此岸ノ鬼 (夜十喰)
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現代ノ鬼

仮募集をしてから約2ヶ月....ようやく投稿することが出来ましたーー!!

やっとリアルで時間が作れまして、これからボチボチ更新して行こうと思います。


初のオリジナル作品なので、拙い部分も多いと思いますが、アドバイス、感想などドンドンいただけると嬉しいです。


それでは早速お楽しみ下さい。


時は魑魅魍魎が犇めく江戸の時代。人々はすぐ隣にある死への恐怖に日々打ちひしがれながら生きていた。人々に恐怖を植え付けた存在は、突如現れ、無慈悲にその力を振るった。人は無力だった。どれだけ抵抗しても、どこへ逃げようと、どこへ隠れようと、ヤツらはどこにでも現れ、その禍々しく圧倒的な力で、生への渇望を嘲笑う様に、人を人だったモノに変えた。

 

 

人はヤツらを、生を()らう()物『喰魔(クラマ)』と呼んだ。

 

 

 

喰魔の脅威は国の各地に及び、人は絶滅の一途を辿るのみと、この世に絶望し、生を諦めかけた──────そんな時だった。

 

 

希望を失い、絶望する人々の前に、彼らは突然現れた。

 

襲い来る喰魔を次々と倒し、葬って行く彼らの姿を、人々の目に焼き付いた。今まで全く歯が立たず、出会えば死ぬしか無いと、そう思っていた絶望の権化たる存在が、いとも簡単に倒させて行く光景を目の当たりにした人々は、喜びも忘れ、その場に立ち尽くすことしか出来ずにいた。

 

 

生を乞う人々の前に颯爽と現れ、喰魔を撃退したのは、鬼の仮面をつけたおそらく10代後半から20歳前半くらいであろう7人組の男女だった。

 

『よく頑張った。よく生きた。よく踠いた。後は拙者たちが切り開こう。明日の、明後日の、未来の、さらにその次の未来を』

 

 

瞬く間にその場にいた喰魔を全て倒した彼らのうちの1人が仮面で見えない口を開きそう言うと、彼らは散開するように、すぐにその場を去ってしまった。

 

 

その時、人々の目には、颯爽と駆ける彼らの背中にそれぞれ1体ずつ、計7体の異形の影が映ったという。

 

 

それっきり、人々は彼らの姿を見る事は二度と無かった。しかし同時に、人々が喰魔を目撃したのも、その日で最後となった。

 

 

人々は彼らを神の遣いとして崇め奉り、姿なき彼らに感謝を注いだ。

 

 

そして、鬼の仮面をつけた彼らは、人々にある名で呼ばれる様になり、人々はその名を後世に伝説として言い伝える様になった。

 

 

 

 

その名は────────『鬼人(オニビト)

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らの尽力あってか定かでは無いが、その日以来人々が喰魔に襲われることも無くなり、あまつさえその姿を見ることすら無くなった。

 

そして時が過ぎるということはいかに無情か、人々は、次第にその恐怖や脅威、更にはその存在すらも、記憶の中から消し去っていった。その後、瞬く間に数多ある伝承からもその存在が消えた喰魔は、知る人ぞ知る空想上の生物として認識される様になった。それにつられる形で、鬼人の存在も口から語り継がれる寓話となり、喰魔と鬼人の存在は完全に人々の記憶の中から消え、この此岸の地から消滅したものと思われていた。

 

 

しかし、それは全くの間違いであった。人々の知らぬこの世の裏で、喰魔はその力を弱体化させることもなく、この此岸の地にその脅威をふるっていたのだ。ならなぜ、喰魔たちは表の世界の人々にその姿さえ目撃される事が無くなったのか。それは、喰魔と共に人の記憶から消えたはずの誰も知らない英雄達が、誰に認識される事もなく、静かに、しかし確実に、人々を、この此岸の世を守ってきたからである。

 

 

彼らの誓い、力、血、使命は脈々と途切れる事なく受け継がれた。その過程で、彼らは各々に子孫繁栄に努め、江戸の時代が終わる頃、彼らは『緋蜂(ヒバチ)家』『辻凪(ツジナギ)家』『(カノウ)家』『淵上(フチガミ)家』『兎宮(トミヤ)家』『戒血(カイチ)家』『蜜芭(ミツバ)家』の7つの家に分かれ、それぞれが1つの組織となり、喰魔の撃退に勤めていた。

 

そして、この7つの家を総じて【鬼掟七家(キテイシチケ)】と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現代、鬼人の血は途絶える事なくこの時代まで行き届き、現代の鬼人たちは今なお消息を見せない喰魔との戦いに日々身を投じている──────

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ……!!」

 

 

───────その最中……

 

 

 

「ハァ…ハァ…クソッ!!一体なんだってんだよ⁉︎」

 

ここはとある山の奥深く。辺り一面が闇に覆われた真夜中の森の中で、1人の男が暗闇の中を怯えた様子で必死に走っていた。男の耳には無数をピアスが開けられており、首や指にはジャラジャラと沢山のアクセサリーがつけられている。いかにもチンピラですと言わんばかりの男は、葉の間からわずかに差す月の光を頼りに、生い茂る草木を手で掻き分け、切り傷だらけの手や泥だらけになったら服と靴に目もくれず、男はただひたすら森の中を駆ける。

 

「ハァ…ハァ…なんでっ……俺がこんな目に……いつまで付いてくんだよ!クソがッ!」

 

怯えた様子を見せる男だったが、次第にその感情が怒りに変わっていく。どうやら男は何かに追われており、逃げ惑う自分を客観的に見て、自分の無様な姿に怒りの感情を覚えた様だった。

 

「上等だ!だったら完全に撒いてやるよ!!」

 

そう言うと、男は走るスピードを上げた。男は息を切らしながらも、そのスピードを落とす事なく走る。それどころかこの視界がほぼ真っ暗のこの状況で、男は無駄のない動きで森を一直線に抜けていく。その動きだけで、逃げるこの男が只者では無いことは一目瞭然だろう。では逆に、それほどの動きを見せる男が逃げ惑う相手とは一体どんな奴なのか、それは今まさに追われている男自身ですらその姿を目視しておらず、分かっていない。ただ、男の直感が告げる。決して追いつかれてはならないと。

 

「ハァ……どうだ…クソ野郎…!!……ハァ…これだけ走れば流石に撒いただろ……ハァ…ハァ」

 

男は、一度立ち止まり、後ろを振り返る。そこには誰もおらず、ただ木々が風に吹かれ、不気味に揺れているだけ。

 

「……ハァ!!...ここまでは流石に追って来ねぇようだな…っと!?」

 

その事に安心し、今まで身体に入っていた力を抜き、その反動で足が数歩後ろへ下がった時、男の足に太い木の根っこが引っかかり、バランスを崩した男が後ろに倒れかけたその時───────

 

 

ヒュンッと言う風を切る音とともに、男の首から血がタラーッと流れた。

 

「え…ぁ……はぁァァ!!!?」

 

あまりに突然のことに驚きの声を上げる男。痛みのする首に手を置く。そこには確かに血が流れていたが、幸い傷の深さは2、3ミリ程度で、致命傷になるほどの傷では無かった。男は驚きながらも安堵するが、手に広がる赤い血を見て慌てて辺りを見回す。しかし、周りを見渡してもやはり誰もいない。人の気配すらも感じない。男がその事実を認識した時、同時にとてつもない恐怖感に襲われた。加えて自分が木につまづいていなければ、確実に首をハネられていた事実が、更に男に恐怖を植え付ける。

 

「ウアァァァァァッ!!!!!?」

 

男は再び逃げ出した。しかし、今度は先程のような後ろを振り返る余裕は無く、今度こそまさにただ逃げ惑うだけだった。

 

「ハァ……ハァ……!!クソッ!!クソクソクソッ!!!」

 

男は再び必死に走る。恐怖を紛らわすように声を漏らしながら。

 

 

 

そして男はようやく森の出口までたどり着いた。

 

「ハァ...!!森を抜ける!もうちょい...!!」

 

男は、森を出て相手を目視さえすれば返り討ちに出来るという、恐怖している事に対する負け惜しみの様な考えの中、ようやく森を抜けた。

 

 

しかし、その先は───────

 

 

ザパァーンッ!!ザァー!ザァー!ザパァーンッ!!

 

 

「……はあ!?」

 

森を抜けた先は、どこにも逃げ場の無い、高く荒々しく打ち付ける荒波が下で待つ断崖絶壁だった。

 

 

これ以上逃げ場が無いことを理解した男は、来た道を振り返る。その顔は、覚悟と恐怖が混在した様な、そんな表情で満ちていた。

 

「なんなんだよ!!いい加減姿を見せやがれ!!」

 

男は振り返り、森に向けて叫ぶ。

 

「………………」

 

男の声が森の闇に消えていく。

 

「………………」

 

男は黙ったまま、闇の中を鋭い眼光で睨みつける。

 

 

 

『はぁ……さっさと諦めれば良かったのに、めんどくせぇな……』

 

 

「!!!?」

 

男の問いかけに答える様に、森の闇の中から人間の男の声が聞こえて来た。男はその声を聞き肩をビクッと震わせる。

 

 

そして、ザクッザクッという足音を立て、声の主が闇の中から歩いてくる。少しずつ、その姿が満月の光の元に照らし出される。

 

 

「──────ゾクッ!!」

 

 

男は月明かりに照らし出された人物の姿を見て、戦慄した。

 

 

 

満月の光が照らし出したのは、黒いモッズコートに身を包み、黒いズボンと黒い靴。更に黒い手袋まで。全身を黒で覆った人間だった。そして、特に目立ったのは、その顔につけられていた不気味なペストマスクだった。更にその人物の腰には、黒い刀が添えられているのが男の目に入る。

 

 

『もう逃げ場はねえよ。さっさと諦めろ』

 

 

ペストマスクの男は、逃げてきた男に向けて、再び諦めるよう促す。

 

全身黒ずくめの不気味な男の姿をその瞳に写した男は、先程までとは比べ物にならない程に背筋を震わせ、心底怯えた様子を見せる。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…!!」

 

次第に男の呼吸が速くなっていく。なぜここまで男が怯えるのか、それは彼自身が今自分の目の前にペストマスクのいる意味が理解出来たからである。

 

 

 

ペストマスクの男の目的。それは自分を()()()()()のだと。

 

 

 

「なんなんだよ!?なんでお前みたいな奴が、俺を追ってきてんだよ!?俺は何もしてねぇ!何もやっちゃいねぇんだよ!」

 

男は突然、必死に自分で弁明を始めた。声を荒げ、必死に叫ぶ。しかし、ペストマスクの男が彼の弁明を聞き入れる事は無く、ペストマスクの男は一度ため息をつくと、心底めんどくさそうに口を開く。

 

『はぁ……緋蜂(ヒバチ)直衛(ナオエ)。27歳。1年半前、一般人男性に対する恐喝・暴行・脅迫。その約2ヶ月後に、一般人女性に対する恐喝・脅迫・暴行・強姦。更にその数ヶ月後に別の一般人女性に対しても同じ犯行を行なっている』

 

ペストマスクの口から次々と出てくる罪状の提示に、逃げてきた男、緋蜂直衛の顔色がサァーッと引き、青白くなってしまっている。

 

『まだ他にも結構あるな。これだけの事をしてきたんだ。流石に何もやって無いってのは無いんじゃ無いのか?』

 

「そ、それをやったのは俺じゃねぇよ!お、俺は...そう!さ、誘われただけで、やってねえ!断ったんだ!」

 

直衛は必死に叫ぶ。自分は無実だと。自分は何もしていないと。しかし、明らかな動揺が、その言葉が嘘である事を物語っていた。

 

『じゃあ誰に誘われたんだ?そして、お前はそいつがこの犯行を行うと分かっていながらなぜ何もしなかった?』

 

「そ、それは………」

 

直衛の明らかな嘘に、ペストマスクは再び大きなため息を吐いた。

 

『はぁ……』

 

ペストマスクのため息に、直衛はビクッと体を震わせる。

 

『嘘をつくのはお前の勝手だが、俺に対してそれは自分で自分の首を絞めているのと同義だぞ?』

 

「ど、どういう事だ...!!?」

 

まるで嘘が分かるという様なペストマスクの言い草に、直衛は更に動揺し、声を荒げる。

 

『お前が知る必要はねえよ』

 

ペストマスクは一言そう言い捨てると、腰に添えていた刀を抜き、刃の先を直衛にむけこう言い放った。

 

『お前は()()()の掟を破った。故に俺は、お前をこの世から排除する。それだけだ』

 

ペストマスクは冷酷に淡々と、直衛に死を告げた。

 

 

 

「ふ、ふざけるなぁァァァァァァァ!!!」

 

自身への死の宣告を受け、直衛は顔を真っ赤にし、怒りに震えだす。瞳孔が開き、額に血管が浮き出て、喉がはちきれんばかりに声を上げる。

 

「ふざけるな!こんなとこで死んでたまるか!いいのか!?俺は()()()の人間だぞ!?こんな事が許される訳がない!俺の頭首が許すはずがねぇ!!」

 

今直衛が発した“緋蜂家”、これは直衛が自分の命を繋ぐ為に残された数少ないカードの1つだった。少ないカードだったが、これには直衛も絶対の自信があった。これで自分は助かる。相手は自分に何も出来ない。僅かな希望を自身の中で少しずつ膨らませていく直衛。しかし、その希望も簡単に打ち砕かれる事になる。

 

 

『この件はお前んとこの頭首様も承諾済みだ』

 

 

「………………は?」

 

予想外の相手の解答に、一瞬直衛の思考が停止する。

 

『だから、テメェは自分の家に、一族に、家族に、見放されたんだよ』

 

直衛が理解するのを拒んだ結果を容赦なく叩きつけるペストマスク。

 

「う、嘘だ...嘘だ!!そんな訳がない!!」

 

直衛は必死に否定する。嘘だ。ありえない。何かの間違いだ。そんな言葉を頭を抱えながらひたすら叫ぶ。

 

そんな直衛を見たペストマスクは、彼が大きな勘違いをしている事を理解し、三度大きなため息を吐いた。

 

『はぁ……お前は何か勘違いをしている様だから言っておく。本来俺の行動に頭首の許可も承諾も必要無いんだよ。お前の処分は決定した。これはどう足掻こうと覆らねえ』

 

ペストマスクで隠れた口から、容赦の無い言葉が次々と吐き出される。直衛は堪らず地面に膝をつき、顔を地面に向ける。

 

『掟を破った者を抹殺する。それが、俺の、俺の()に与えられた役割だからな』

 

直衛の呼吸が更に荒くなる。血の巡りがドンドン速くなり、全身の血管が皮膚から浮かび上がっている。全身の幹線から汗が溢れ、強膜が赤く染まっていく。

 

『というわけで、これより対象者の排除を執り行う』

 

その言葉を聞いた瞬間、直衛の中で恐怖心が怯えから怒りに変化した。直衛は地面に向けていた顔を勢いよく上げ、満月の浮かぶ夜空を仰ぐ。

 

そして──────

 

 

 

「黙れェェェェ!!」

 

 

現実を否定するように直衛が声を張り上げる。すると、彼の周りの空気が大きく揺らめく。よく見ると、彼の身体からゆらゆらと赤黒いオーラの様なものが溢れ出ていた。彼は膝に手を置き、肩をダランとさせながらのっそりと立ち上がる。顔を下に向けながら、ペストマスクを睨みつける。

 

 

「だったら簡単だ!テメェを殺して、俺は生きてやる!!」

 

 

彼はこの時から既に、冷静な判断など出来ていなかった。目の前にいるのがどれだけ強大な相手なのか、もちろんそんな判断など出来ておらず、ましてや戦術など皆無。彼の頭の中にはただ、自身の“力”で相手を打ちのめし、殺すことしかなかった。

 

 

 

そして、直衛は満月の浮かぶ夜空に向けて

 

 

 

 

「討ち滅ぼせ!【驍鬼(ギョウキ)】!!」

 

 

 

 

口上の如く添えられた言葉に続き、直衛は1つの“名”を叫んだ。

 

 

 

その瞬間、今の今まで何のいなかった直衛の背後に、夜でもクッキリ見えるほどの赤黒い影が現れる。その赤黒い影は、次第に夜の闇に溶ける様にゆっくりと消えていく。

 

『……っ』

 

赤黒い影が完全に消失する。すると、影が漂っていた場所に、一体の異形が現れた。

 

 

突然現れた異形は、全身を血の様な赤黒い皮膚で覆い、人型で二本の足で立ち、同じく二本の腕が生えている。腰から下には動物の毛皮の様なものをズボンの様に履いており、更に口には大きく鋭い牙が生え、目の強膜は真っ黒に染まり、瞳孔は金色に輝いている。そして異形の右手には大きな鉈の様な刃物が握られており、その額には、皮膚と同じ色の()()()()が生えていた。

 

 

その異形の姿はまさに、日本に古来から言い伝えられている怪物、【鬼】そのものだった。

 

 

『グルラァァァァぁぁぁぁ!!!!』

 

 

驍鬼と呼ばれた鬼らしき異形の生物は、激しい咆哮を上げるとともに跳躍すると、直衛の前に着地し、彼を守る様に手に持った鉈をペストマスクに向けた。

 

『グルルゥゥゥ!!』

 

まるで犬が威嚇するような低い唸り声を上げる驍鬼。鋭い牙をギラリと覗かせた口からだらしなく涎を垂らし、殺意に満ちた眼光でペストマスクを睨みつける。

 

「ははっ!俺が抵抗しないとでも思ったかァ?生憎と俺は()()殺す事を躊躇するほどあまちゃんじゃ無いんだなぁ!どうせ逃げ切れねぇならテメェを殺すまでだ!!」

 

形勢逆転とでも言いたいのか、直衛は突然自分が優位に立ったような口ぶりで話し出す。

 

対するペストマスクは、異形の怪物を目の前にしても、鉈を向けられても、殺意に満ちた視線を向けられていても、一切の動揺も恐怖も怯えも見せない。

 

『はぁ…………』

 

「あぁ?」

 

するとペストマスクは、直衛対面してから何度目か分からないため息を吐き、直衛に向けていた刀を下ろした。

 

『心底めんどせぇ...結局死ぬんだから抵抗すんなよ。“鬼”まで顕現させやがって....はぁ....』

 

ペストマスクはそう言うと刀を鞘に戻し、完全に直衛を舐めたような声色で言い放つ。

 

 

『ん?遺言は済んだか?もうちょっと時間必要か?』

 

 

 

「─────っ!!」ピキッ

 

 

ペストマスクのまるで自分など目に写っていないとでも言いたげな言葉に、直衛の怒りが限界を迎える。

 

 

「やれェ、驍鬼!!あのクソ野郎の四肢を捥いで細切れにしろォォ!!!」

 

 

直衛の指示を聞き、驍鬼は右足を軽く後ろに引き、重心を落とす。そして、引いた右足に力を込めると右足が地面にめり込み、地面を力の限り蹴る。

 

『ゴルグアァァァァ!!』

 

刹那、目にも止まらないスピードで加速した驍鬼は、瞬きする間もなく、ペストマスクの目の前まで移動し、手に持った鉈を天高く振り上げる。

 

 

しかしそんな窮地でさえ、ペストマスクはその場を動く気配すら見せない。

 

 

驍鬼はそんなペストマスクの奇怪な行動に戸惑う事なく、ただ命令された通りに動く。振り上げた鉈を、今度は力の限り振り下ろした。ブウォンッ!という空気の切れる音が空気を震わせると共に、その刃がペストマスクを捉えた────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキィィィンンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────はずだった。

 

 

 

「な...ん...だと...⁉︎」

 

 

直衛は自分の目と耳を疑った。驍鬼の放った一撃は、確実にペストマスクの脳天を目掛け振り下ろされたはず。本来なら肉の切れる音、骨の絶たれた音、血の飛散する音が夜の闇に響くはずだった。しかし、直衛の耳に届いたのは、そんな生々しい音ではなく、硬い物質同士が衝突した時に生じる甲高い金属音だったからである。

 

 

 

振り下ろされた驍鬼の一撃は、ペストマスクを殺すこと無く、空中で停止した。いや、驍鬼自身が停止させたのでは無く、何かが驍鬼の攻撃を防いだのだ。

 

 

そして、直衛はその甲高い金属音と驍鬼の攻撃を防いだモノの正体をその目で目の当たりにしていた。

 

 

 

『コシューー.....』

 

 

 

驍鬼の一撃を防いだのは、全身の外皮が漆黒の鎧の様な装甲になっており、顔もフルフェイスのヘルメット様に目、鼻、口が見えない漆黒。更に後頭部からは銀色の獅子の鬣の様な髪が生え、額には、驍鬼と同じように皮膚と同じ色、すなわち漆黒に染まった角が二本生えている細身でスタイリッシュな“鬼”だった。

 

 

漆黒の鬼の右手にはこれまた黒い大太刀が握られており、これが驍鬼の鉈を寸前の所で防いだのだ。

 

 

『はぁ...で?最後の悪足掻きはこれで終わりで良いのか?』

 

 

ギリリッ!!チィリリッ!!と、刃同士が互いに強い力で押し合うことで発生する音と夜の闇に美しく光る火花の散る音を、ペストマスク越しに聞きながら、彼は直衛をただただ冷たく見据える。

 

 

渾身の抵抗を難なく防がれた直衛は、驚愕のあまり目を見開き口をパクパクさせている。そして、ペストマスクの冷たい視線を肌で感じ、彼は再び自らの死を直感した。

 

 

『終わりのようだな。なら....やれ』

 

 

ペストマスクの命令を受け、漆黒の鬼は横に倒し驍鬼の鉈を防いでいた大太刀を一度軽く引き、驍鬼がバランスを崩した所で再び力を込め、上方へと弾く。ガキィン!!という鈍い音と火花が散り、驍鬼は上体を仰け反らせてしまう。方や漆黒の鬼は、すぐさま腰を落とし、刀身を外気に晒したまま、居合の構えを取る。そして──────横一閃。

 

漆黒の鬼が振り抜いた一撃は驍鬼の首を易々と捉え、その首を刎ねた。

 

驍鬼の首は、人間と同じ赤い血を撒き散らし、月明かりに照らされながら宙を舞う。

 

首を無くした身体からも勢いよく血が吹き出し、驍鬼の立っていた場所を中心に血の海が広がる。

 

 

驍鬼の身体は後方に倒れ、背中を地面につける。そしてその身体は次第にひび割れ、ボロボロと崩れては灰へと変わっていく。

 

 

「う...そ...だろ....」

 

 

あまりにも呆気ない驍鬼の敗北に直衛は膝を地面につけ、両肩を落とす。

 

そして次の瞬間には、直衛の首に冷たい刃が突きつけられていた。

 

 

『じゃあな。俺が憎ければ地獄(向こう)で腕磨いて待ってろ。そう遠くないうちに俺もそっちへ行くだろうからな.....』

 

 

ペストマスクはそう言い残し、突きつけた刀を振り払った。振り払われた刀は直衛の首の筋肉や骨をたった一太刀で両断した。

 

 

奇妙な事に、切られたはずの直衛の首は切られたから数秒間は身体と繋がっており、ペストマスクが鞘に刀を収めると同時に首が地面に落ちた。

 

彼は自分の足元に転がってきた緋蜂直衛だったモノを、ただただ冷たく見下ろしていた。人を殺した事を嘆いているのか、後悔しているのか、もしくは殺す事に愉悦を感じているのか、そもそも彼にその様な感情があったかのかどうか、ペストマスク越しには分からなかった。

 

 

しかし、少なくとも痛みも恐怖も一瞬で消し去るペストマスクの殺しの腕は、せめてもの慈悲と言えたのかもしれない。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

『任務完了....か』

 

そう一言溢し、ペストマスクはその着けていたマスクを外し、被っていたフードを下ろした。

 

今まで隠れていた顔と髪が外気に触れ、夜の冷たい風に吹かれ小さく揺れる。

 

 

マスクの中から露わになったのは、血のような赤い瞳とフードを被っていたにもかかわらず、ボサボサっと無造作にハネた黒い髪の高校生くらいの青年だった。

 

 

「ご苦労だったな」

 

 

青年は振り向き、自身の後ろに立っていた漆黒の鬼に労いの言葉をかけると、漆黒の鬼は霧の様に消えてしまった。

 

 

「…………はぁ、帰るか」

 

 

 

 

Prrrr....!!Prrrr....!!

 

 

 

 

「んっ」

 

 

青年がその場を後にしようとした時、胸ポケットに入れていた青年のスマホがブルブルと震え出した。青年はスマホを胸ポケットから取り出し、電話をかけてきた相手を見て、すぐに電話に出る。

 

 

「ジャストタイミングだな。今終わったところだ」

 

 

『ん…ご当主さま、任務遂行お疲れ様、です』

 

 

電車越しに聞こえてきたのは、ゆっくりとした静かな声色の幼げな女の声だった。

 

「ああ。もうすぐ帰るからアイツにもそう伝えといてくれ」

 

『わかり、ました。そう伝えて─────兄貴ィィ!!』

 

「うおっ」

 

電話で話していると突然、話相手の声が怒鳴りつける様な声に変わった。その大声に青年も驚き、キーーンとする耳を抑える。突然聞こえてきた怒鳴り声は、先程まで話していた女の声とは正反対のはつらつとした活気のあるこれまた幼げな女の声だった。

 

『また何にも言わずに任務に行ってたな!いつも言ってるよな!行くなら行くって一言言ってから行けって!何回言わせんだこの駄兄!』

 

男勝りな口調と迫力で聞こえてくる声は、青年と兄貴と呼んだ。どうやら怒鳴り声の女は青年の妹の様だ。

 

月依(ツクヨ)、ちゃん...電話、返して。それと、ご当主さま、任務の後、疲れる、から、あんまり大きな声、ダメ、だよ』

『でもよー!兄貴は一度言っても聞かねえんだ!聞くまで言うしかねえだろ。ほら、莉月(リユエ)も言ってやってくれよ!』

『え...⁉︎ぼ、ぼくは、別に...』

 

「はぁ...悪かった悪かった。話は帰ってから聞くから。とりあえず切るぞ」

 

『あ!!ちょっ、待て兄k─────』

 

活気ある声の女の子を“月依”、静かな声の女の子を“莉月”と呼び合う彼女たち。突然2人で言い合いを始めた彼女達に、兄らしい青年はため息を吐き、任務遂行の報告を終えたと電話切った。

 

「ったくアイツら...ま、これ以上めんどくさいことにならない様にとっとと帰るか....」

 

 

青年はそう言うと、最後に一度だけ夜空に浮かぶ月を見つめながらある男の言葉を思い出していた。

 

『お前はあの月みたいに人を暗闇から優しく照らす男になれ。太陽みたいに熱を持つ必要も闇を完全に払う必要も無い。お前は誰かを暗闇から救い導ける男になれ。お前の名前はそう言う願いを込めて付けたんだ』

 

思い出したのは青年が幼い頃に父親から聞いた名前の由来。それと懸け離れた現状に、青年は愚痴をこぼす様に吐き捨てる。

 

 

「誰かを救い導く...よくもまぁこんな環境に産まれた奴にそんな名前をつけたもんだな...親父のやつ」

 

 

月明りだけが降り注ぐ暗闇の中、足元に広がる血の海の上で1人手に持つペストマスクを寂しげに見つめながら佇む青年の名は『戒血(カイチ) 月彦(ツキヒコ)』。

 

 

彼は高校生にして、現代における鬼人が集う組織『鬼掟七家』、その一角を担い、【掃除】を生業とする『戒血家』の現頭首である。

 

 

 

これは、そんな彼が現代に生きる様々な鬼人達と人の生を喰らう異形の怪物『喰魔』との命を削り合う戦いの物語。




読んでいただきありがとうございました〜!

1話から1万字近く....長いなーと自分でも思います。すみません(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
本当に軽く戦闘シーンを描写しましたが、いかがだったでしょうか?やはりかなり難しいですね...もっと分かりやすく迫力のある描写が書けるように努力したいと思います!

それから、早速声と名前だけでしたが、送っていただいたキャラクターのうち2名を登場させました。詳しい説明は次にするとして、まだまだキャラクターは募集しているので(むしろ重要ポジションのキャラが揃っていない)、是非参加いただけるとありがたいです。


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月は記憶と共に悪夢を覗く

プロローグを投稿してから徐々にキャラが集まってまいりました。どれも濃くて早く動かしたくなるキャラばかりで、ありがたいです。


それでは早速本編に入らせてもらいます。第2話ですが、今回は戦闘シーンはありません。加えてそこまで話も進みません。すみません(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)


「いいか月彦。俺たちは決して私怨で殺しをしてはいけない。それを常に心に入れておくんだ」

 

 

そう言って親父は、まだ小さかった俺の心臓に指を当てた。

 

 

「私怨って何?お父さん」

 

「私怨ってのはそうだな...個人的な恨み、つまり自分の為だけに殺しをしてはダメって事だ」

 

 

俺の質問に顔をしかめながらも、親父は答えてくれた。その時の俺は多分その言葉の意味を理解してはいなかっただろう。

 

 

「自分の為に?」

 

「そうだ。俺たちは産まれた時から避けることの出来ない残酷な環境に置かれてた。月彦ももう少ししたら人を殺さないといけないかもしれない。俺たちにはそういう力がある」

 

 

親父はそう言うと、酷く悲しそうな表情を見せた。

 

 

「そんな環境に産まれたからこそ、お前はそれを誰かを守る為に使うんだ」

 

「守るため?」

 

「そうだ。殺す事は本来してはいけない事だ。でも、1番いけないのは殺す事に()()()事だ。決して痛みを忘れるな。心はいつも正しくあれ。自分のしている事は間違っていると、悩み続けるんだ。それはとても辛い事だけど、とても大事な事だ。忘れるな」

 

 

親父はそう言ってニッと笑った。いや、顔が笑っただけで心は嘆いていたのかもしれない。その瞳は、今にも涙が溢れそうなほど湿っていた。

 

 

「分かった!お父さんの言ったこと、僕、絶対忘れない!」

 

 

俺は親父にそんな顔をして欲しくなくて、必死に笑ってそう言った。この頃は、その為の訓練をしていても、殺す事への実感も覚悟も、諸々足りていなかったのだと、俺はのちに後悔する。

 

 

「そうか...頼んだぞ!月彦!」

 

「うん!」

 

 

親父は俺の頭に手を置いて、わしゃわしゃっと頭を撫でる。随分乱暴な撫で方だったが、俺は親父にそうされる事が好きだった。

 

 

 

 

すると突然、辺りの景色が一変した。

 

 

気がつくと俺は、暗闇の中にポツンと1人で立っていた。

 

 

「ここ...どこ?お父さん...?お父さん!」

 

 

俺は必死に親父を呼んだ。喉が痛くなっても、俺は呼び続けた。

 

すると、遥か遠くの方に何か人影の様なものが見えた。目を凝らすと、そこにはこちらに背を向けて歩き続ける人の姿だった。

 

 

「っ!お父さん!」

 

 

見間違えるはずが無かった。その背中は、確かに親父のものだった。

 

 

「ハァ...!ハァ...!ハァ...!お父さん、待って!!」

 

 

真っ黒な空間の中を、視界の先に僅かに移る親父の背中を頼りに追いかける。

 

 

「お父さん!お父さん!」

 

 

身体はまだ小さい時のまま、小さな手を必死に伸ばしながら走る。何度も呼びかけても、親父はこちらを見向きもせず、ただ淡々と前進するだけ。振り返ることは一度もなかった。

 

 

「お父さん!なんで...待って!!」

 

 

俺は走り、親父は歩いているのにもかかわらず、その距離は縮まるどころか差が開く一方。

 

 

「お父さん!.......父さん!.......親父!!」

 

 

真っ黒な空間をひたすら走っていると、なぜか俺の身体が少しずつ成長を続けていた。10秒経つごとに1つ歳をとり、2分ほど経った頃だろうか。俺の身体は今の、18歳の身体に成長し、そこで成長をピタッと止めた。

 

 

「待てよ親父!!親父!!!」

 

 

成長し、歩幅が大きくなったにもかかわらず、親父との距離は更に開く。親父の背中が、まるで米粒のように小さくなった時、突然何かが俺の首を掴んだ。

 

 

「カハッ⁉︎」

 

 

首を掴まれた俺は息が出来なくなり、走るスピードを落としてしまう。すると、次々と俺の身体を何かが掴み始めた。手足を掴まれ、身動きが取れなくなる。腰を掴まれ固定され、振りほどく事もできなくなる。頭を掴まれ、地面に押し付けられる。

 

 

「な...ん、なに...が...⁉︎」

 

 

俺は力を振り絞り、なんとか首を回して後ろを振り返る。そこにいたのは身体の皮膚が血の色に染まり、目がくり抜かれた様に真っ黒な、さながらゾンビの様な人間たちだった。数は、ざっと数えただけでも30人近くはいたと思う。

 

 

『お前のせいだ...!!』

『お前が殺した...!!』

『お前が奪った...!!』

『お前が...お、まえが...オマエガァァァァ!!』

 

 

赤黒い皮膚の人間たちは怨念に支配されたごとく、そう口々に吐きながら、俺の身体にまとわりつき、その赤黒い手で俺を掴んでは、爪を立て皮膚をえぐり、あらぬ方向に力を込めては骨を軋ませる。

 

 

「ぐ...がは..!!...っ..!!」

 

 

激痛が走りながらも、俺は必死に抵抗し、まとわりつくゾンビ人間たちを弾き飛ばす。しかし、次から次へと湧いて出てくるゾンビ人間たちに、俺は次第に圧倒されていく。

 

そこで俺は気がついた。この人間とは到底言い難い彼らの顔に、見覚えがあるのを。

 

 

そう...彼らは全て、戒血月彦()任務を遂行した(殺した)者たちだった。

 

 

『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!』

 

 

まるで呪言の様に『殺す』と呟きながら、彼らは俺を引きずり、飲み込もうとする。耳には、ボリッ!!グジャッ!!ブヂャッ!!という生々しい音が届き、全身に凄まじい激痛が走る。そして次第に、つま先が、ふくらはぎが、太ももが、腰が、無くなっていくのが分かった。

 

 

俺はそんな状況でも、必死に手を前に伸ばした。親父が進んだ遥か先へ。俺は諦めていなかった。親父に必ず追いつく。親父の背中を掴んでやる。追いついて掴んで、一度思いっきりぶん殴ってやる。

 

 

そう心の中で思っていたはいいものの、どれだけ手を伸ばしても、その手が親父に触れることは無かった。

 

 

視界全てが、赤黒いものに覆われていく。

 

 

 

「く、そ....待ちや、がれ.....お....や..じ.......」

 

 

 

月彦の身体は飲み込まれ、真っ暗な空間の中に、血に染まった右腕の肘から上の部分がポツンと残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ん」

 

 

全身をヤツらに喰われると同時に、月彦は自分のベッドの上で目を覚ました。

 

 

「また....あの夢か....」

 

 

地獄のような悪夢から目を覚まし、上体を起こした月彦。しかし、彼はそんな悪夢を見ても、汗をかいたり、息を切らしたりする事はなく、まるでそれが日常に起こる出来事の様に落ち着いた様子だった。

 

 

ピピッ!!ピピッ!!ピピーーー!!

 

 

「...ん」

 

 

月彦が目覚めてから数秒後、枕元に置いてあった充電ケーブルに繋がれた月彦のスマホからアラームが鳴り出した。時刻を確認すると、現在は午前7時。時刻を確認し、ベットから出た月彦は、スマホをもって部屋を出る。すると、そこには目の前には広々とした庭園が広がっており、縁側の様な廊下が左右に続いていた。

 

 

「ふぁ〜.....眠...」

 

 

大きなあくびをしながら長い廊下を歩く月彦。次第にジュ〜っという何かを焼いている様な音と、香ばしいにおいが聴覚と嗅覚を刺激する。月彦はその音と匂いが流れてくる部屋まで来ると、障子を開け中に入る。

 

 

「あ、月兄ぃ。おはよう、ございます……」

 

 

そう言って彼に声をかけたのは、黒いリボンで結んだ空色のツインテールに、見つめると吸い込まれそうになる闇色の瞳をした小さな女の子だった。その子はベージュのセーラー服に焦げ茶色のチェックのスカートを履いており、その首には、()()()()()()()()()()()()を着けている。手にはお盆を持っており、その上には小鉢に入ったきんぴらごぼうや漬物が積まれている。

 

 

「あぁ、おはよう莉月(リユエ)

 

 

月彦は少女を“莉月”と呼び、まだ完全に覚めてない目を擦りながら挨拶を返す。彼女の名は『戒血(カイチ) 莉月(リユエ)』。昨晩月彦に電話をかけてきた静かな声色の少女だった。電話では月彦の事を『ご当主さま』と呼んでいた彼女だが、今は『月兄ぃ』と呼んだ。呼び方的に兄妹のようだが、2人はお世辞にも似ているとは言えない顔立ちだった。

 

 

「あ!やっと起きたか兄貴!ちゃっちゃと顔洗って着替えて来い!ご飯もう出来てるから、冷めても知らねえぞ!」

 

 

すると、部屋の奥の台所から男勝りな声でそんな言葉が聞こえてくる。月彦が声のした方に顔を向けると、そこにはトントンと手慣れた手つきでリズミカルに包丁を使い料理をしている少女がいた。

莉月と色違いの黒のセーラー服と黒のチェックのスカートの上に白のエプロンをつけた少女。短く切られた艶やかな黒髪が外に跳ね、瞳が血に濡れた様に赤い少女は、髪と瞳の色、そして纏う雰囲気がどことなく月彦に似ている彼女の名は『戒血(カイチ) 月依(ツクヨ)』。

 

 

 

月彦、月依、莉月、この3人がこの戒血家の宗家に住み、戒血を統括する現当主とその家族である。

 

 

 

「分かった分かった」

 

 

月彦はつの言葉を軽く流す様に返すと、部屋を出て洗面台のある風呂場に向けて歩いて行った。

 

 

 

風呂場に着いた月彦は、まず歯を磨く。それを終えると、手に水をつけ、ボサボサに跳ねた髪に濡れた手を当てて跳ねた髪を整える。ある程度の跳ねは治ったものの、元々癖っ毛に近いボサボサの髪はそこまで治った様には見えない。

 

 

「はぁ...」

 

 

諦めた様にため息を吐いた月彦。頭から話した両手を、一度じっくり眺める様に目の前に持ってくる。すると突然、彼はもう一度蛇口をひねり水を出すと、両手を擦り合わせながら手を洗い始めた。

 

 

「…………」

 

 

手に何か汚れが着いているわけでも無いのに、石鹸も使わずゴシゴシと何度も両手を擦り合わせる。

 

 

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

 

 

無言のまま、気が狂った様に手を擦り合わせ続ける。

 

 

「……っ」

 

 

突然気がついた様にピタッと手の動きを止めた月彦。顔を上げて鏡を見ると、その顔に特に表情は無く、いつもの遣る瀬無い様な表情のままだった。

 

 

キュッと蛇口をきつく閉めた月彦は、タオルで手を拭いてから台所のある部屋へと戻っていった。

 

 

 

部屋に戻った月彦、すでに机の上には漬物やきんぴらごぼう、鯵の幽庵焼きといった豪勢かつバランスの取れた朝ごはんが並んでいた。が、不思議なことに、机の上に箸は三善置かれているのにも関わらず、それぞれのおかずは2人分ずつしか無かった。更に何も置かれていない机の一角の所に置かれているのは、いつも月彦が使っている箸だった。

 

 

「あー...莉月?これはつまり...」

 

「え、えと...月兄ぃの分は、別に....作るからって...月依ちゃんが」

 

 

てっきり昨日の電話ブチ切りに怒った月依が“朝ご飯無し”という挙行に及んだのかと思った月彦だったが、どうやら月依は月彦の朝ご飯を別で用意しているらしいと莉月から聞き、一安心する月彦。ほっと一息吐いてから椅子に座る。

 

 

「おまたせ兄貴」

 

 

月彦が椅子に座ってすぐ、台所からこちらに来た月依が手に持った皿を月彦の前にドンッと置いた。

 

 

「・・・え?」

 

 

月彦の目の前に置かれたのは、かなりの大きさのどんぶりに高々に盛られたカツ丼だった。白く艶やかに輝く米がどんぶりの高さの倍くらいの位置まで盛られ、その上にカラッとキツネ色に上がったカツと黄金色に輝く卵と玉ねぎがご飯の上に乗せられている。カツから出た肉汁と旨味の溶け込んだツユが米にかかり、煌びやかな輝きを放っている。本来なら、これほど食欲をそそるものは無いだろう。そう、()()()()....

 

 

「えーっと...月依さん?これは...」

 

 

月彦は「嘘だろ...?」とでも言いたげな表情のままこのカツ丼を作った本人である月依に問う。

 

 

「兄貴の朝飯だけど?」

 

 

対する月依は「当たり前だろ?何言ってんだこの駄兄」と完全に言っている表情で返す。

 

 

「朝からカツ丼ですか...?しかも量がアスリートの量なんだが...」

 

「んー?どうやら兄貴は人の言うことを全く聞かないらしいからな。昨日も任務から帰ってきたと思ったら説明も無しに風呂入ってすぐ部屋に戻ったから、私はきっと兄貴がお腹を空かせてるんだろなーと思って朝からこうやってカツ丼を用意した訳だけど?」

 

「お前...昨日のこと根に持ってるだろ」

 

「まっさかー。私は兄貴の事を思って作っただけだけど?」

 

「どこに兄を思って朝から特盛のカツ丼を食わす妹がいるんだよ...」

 

「文句あるなら食べなくてもいいぞ。ついでに弁当も無しだけどな」

 

「鬼か、お前は」

 

「一部はそうだぜ?」

 

「ふ、2人とも...早く、食べないと...学校、遅れる...よ?」

 

 

莉月に止められ、ため息を吐きながら仕方ないかと特盛のカツ丼を食べ始める月彦。朝から胃にガツンとくる肉と米に、恨みを込めた視線を送りながら、なんとか流し込む。

 

 

案の定、今日一日グロッキー状態が続いたのは、彼の自業自得だろう。




※追記解説(ここでは、本編に載せられなかったちょっとした内容の解説をさせていただきます)

・月彦たちが住んでいるのは、戒血家の宗家でかなりの大きさの屋敷ですが、住んでいるのは現在月彦、月依、莉月の3人のみです。他の家にはメイドの様な世話係の様な人(戦場に赴かない鬼人が基本的になる)がいるところもありますが、月彦たちはそういう人達を屋敷には置いていません。


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悪夢に沈む月は微かな音に手を引かれる

超絶お久しぶりです。
ここしばらく私用とモチベーションの低下により更新を行えておりませんでした。気づけば年も明け、2020年に突入しました。またボチボチとではありますが、小説を投稿していこうと思います。


遅ればせながら、あけましておめでとうございます。今年も夜十喰をよろしくお願いします。


 

 

「オェ....まだ気持ち悪ぃ...」

 

 

朝から特盛カツ丼という中々の試練をなんとか切り抜けた月彦。案の定、普通ならありえない朝の満腹感と襲い来る胃もたれにすでにグロッキー状態となっていた。普段から血や死体に触れている月彦だが、こればっかりはどうにもならないらしい。なんとか通う高校に着いたは良いものの、授業を受ける気にはなれず、彼は屋上で持って来た鞄を枕に仰向けに寝そべり顔を真っ青にしていた。

 

 

「ま、自業自得か....あいつらにはまだ【掃除】をしてもらう訳には行かないし。頑張れ、俺の胃袋....まだまだ重朝飯からは解放されなさそうだぞ...」

 

 

【掃除】というのは、月彦が当主を務める『鬼掟七家』の1つ、『戒血』の稼業の事で、内容は“掟を破った鬼人の抹殺”。情報の漏洩はもちろん、一般人に対して力の行使したり、むやみに深い関係を持つ者もこれに当たる。これが彼に与えられた使命、代々戒血家当主が全うしてきた責務である。

 

 

「ふぁ〜あ....それにしても、ここしばらく任務が多いな....」

 

 

大きな欠伸をしながらそう愚痴をこぼす月彦。彼の言うように、彼が戒血としての任務を行うのはここ1ヶ月で既に3人目となっているのだ。加えてまだ詳しい調査を行なっている件も複数存在している。

 

任務が多いと言う事は、数いる鬼人の中からその自覚や責任を忘れている者たちがいると言う事と同義。月彦はそんな状況になりつつある現状に、一当主として頭を捻らせる。

 

 

「ここ数年で喰魔の出現率とその戦闘力が増してきているし、被害に関しても日々対策が練られてるとはいえ、民間人の被害が無くなって無い。主力の『淵上』、『緋蜂』、俺たち『戒血』の三家の中から戦闘に自信のある奴らは出来るだけ各地に散らばるようにはしてるが、それだけじゃ民間人への被害抑えるのはやっぱり厳しい。特に『淵上』の連中に任せると最悪喰魔以上に被害が出るかもしれねぇし....はぁ、考えるだけでもめんどくせぇ....寝るか....」

 

 

柄にも無く考えてみたが、結果これという打開案は見つから無かった。月彦は早々に考えるのを止め、気持ち悪さを紛らわせようと腕を枕にしてゆっくりとまぶたを閉じる。その時校舎には朝のチャイムが鳴り響いた。

 

そんなことお構いなしに、月彦の意識はゆっくりと遠退いていく。次第にチャイムの音は小さくなり、閉じたまぶたを照らしていた日の光はその光を失うように消えて行った。

 

 

・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・・

 

・・

 

 

 

 

(・・・ん、ここは─────)

 

 

気がつくと、月彦は見知らぬ場所に茫然と立ち尽くしていた。辺りを見渡すがそこには一面深い闇が広がるばかりで何もない。

 

 

(何処だここ……)

 

 

 

───ビチャッ!!

 

 

 

月彦が歩き出そうと足を一歩前に出した時だった。不意にそんな不快な音が足元から聞こえてきた。顔を歪ませる月彦。彼は()()()()()()その音に歪ませた顔を保ったまま、彼は音が聞こえたのと同時に突如重みを感じ始めた右手へと視線を向けようとゆっくりと顔を動かし始める。

 

 

 

ピト....ピト....ピト....

 

 

 

すると、今度は水滴が落ちる様な音が暗闇に響いては消えて行くのが分かった。

 

 

 

ピト......ピト!.........ピト!!!

 

 

 

視線が右手に近づくにつれ、水滴の音はその間隔を広げて行くが音はより鮮明に耳へと届く様になってくる。

 

ようやく視線が右手に辿り着く。すると手に黒い刀の柄の部分が握られているのが見えた。視覚で刀を握っているのを認識してようやく、月彦の手には刀を握る感触、刀の重みが伝わる。

 

 

今度は視線を柄から前、刀身へと移して行く。刃は良く砥がれており、ギラリと銀色に輝いている。

 

 

しかし、その美しい銀色は地面に向いた切っ先に近づくにつれ、赤黒い液体に濡れて汚れてしまっていた。その赤黒い液体は刀身を流れ、滴り地面へ落ちる。

 

 

ようやく視線が足元へ向くと、そこには大きな赤黒い水溜りが出来ており、月彦はその中心に立っていた。そんな異様な光景の中で、月彦は「やっぱりか...」と小さく呟き、足元に大きく広がる赤黒い液体に視線を落とす。鼻につくこの鉄の様な匂い、それは彼がこれまで何度も嗅ぎ、浴び、触れ、染まってきたもの。それもおそらく動物や魚の物ではない、獣臭さも生臭さも無いこの液体は間違いない。

 

 

 

人間の血液だ……───

 

 

 

 

(………………)

 

 

 

気づけば先ほどまで刀に滴っていた血は流れるのを止め、暗闇の中で赤く映える血溜まりは揺れることなく見下ろす月彦をまるで鏡の如く映し出していた。まるで自分自身を踏みつけている様に、真下に映る自分の姿にじっと視線を送る月彦。しかし、血溜まりに映る月彦は見下ろす彼とは違う姿でそこには映っていた。

 

 

血溜まりに映る月彦の身体は血でびっしりと汚れ、衣服はボロボロ、顔や破れた衣服の隙間からは生めかしい傷が顔を覗かせ、その瞳はまるで闇に何度も漬け込んだの様に暗く、()()()()()()()()()()()()

 

 

そのことに月彦は動揺の一つさえも見せない。姿の違う自分自身に視線が吸い寄せられる様に彼はただ茫然と見下ろす。

 

 

 

(ああ...やっぱり俺はどう足掻いても()()()の俺からは逃げられねぇみたいだな....)

 

 

 

彼は暗闇に小さくそう零すと、刀を持つ手とは反対の左手を血溜まりに映る自分に差し出す様に伸ばし始めた。当然、血溜まりに映る月彦も同じ様に手を伸ばし、月彦の瞳は次第にその瞳を血溜まりに映る月彦と同じような光の無い瞳へと変化させていった。

 

 

ゆっくりと2人の月彦の手が合わさろうとした正にその時だった

 

 

 

『……ジーー………ジーー……ぱ……い……』

 

 

 

突然頭の中にノイズが響き渡る。ノイズの遮りにより、血溜まりに映る自分に伸ばされていた月彦の手が止まる。月彦は無意識のうちにノイズに意識を集中させていた。すると微かだが何かが聴こえる。ほんの微かだが、それは間違いなくノイズとは別のもの。今度は意識してノイズに耳を傾ける。

 

 

 

『………ジーー…ん……ぱ……い………』

 

 

 

やはり微かだが確実に聴こえる。これは“声”だろうか、途切れ途切れだがそれは間違いなく人の声だと月彦は理解する。やがてその声はノイズを掻き分け、ハッキリと月彦の鼓膜を揺らした。

 

 

 

『……せ…ん……ぱ……い…………せん、ぱ…い……』

 

 

 

“せんぱい”、未だ途切れ途切れだか、その声は確実にそう言葉を連ねていた。次第に声は色を持ち、月彦は声の高さから声の主は女性であると理解する。

 

 

(………………)

 

 

声の主が女性であると月彦が理解した途端、月彦がいる暗闇から微かな光が極小の隙間から漏れ出した。月彦は血溜まりに伸ばしていた手を引き、何か言葉を発する訳でもなく、ただ導かれる様にその小さな光へと手を伸ばす。手が光に重なった瞬間、突然光がその輝きを強める。その光は次第に暗闇を払い、光を失いかけた月彦の瞳に再び光を灯す。

 

 

 

『…せん、ぱい………先輩!!』

 

 

 

今度は途切れも無くハッキリと聴こえた“先輩”という声。その声は暗闇を染めた光の中で、伸ばされた月彦の手を掴み、光の輝く方へと強く引き寄せた。

 

 

・・

 

・・・・

 

・・・・・・

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

「…………空」

 

 

目を開けて飛び込んで来たのは、青と白に彩られた鮮やかな空模様だった。同時に背中や尻からは硬い感触を感じる。月彦は自分の記憶を辿り、自分が学校に来て早々サボりをきめて屋上で眠っていたのを思い出した。月彦は「しまった...」とかなり深く寝ていた事を少し後悔しながら、今の時刻を確認しようと上体を起こしスマホの時計を確認しようとした時だった。

 

 

「やっと起きましたか。随分と優雅に眠っていましたね、先輩?」

 

 

時刻を確認する間もなく、隣から呼びかけられる。月彦は声の主へ目線を送る事なく、顔を少しバツの悪そうな表情へと変える。次の瞬間、月彦は高速で起き上がり、その場から退散しようと脚に力を込める。

 

 

「どこに行こうとしてるんですか〜?まだ話は終わっていませんよ?」

 

 

が、それは無駄な抵抗だと思い知らされた。月彦が起き上がった瞬間、声の主は月彦との距離を詰め、彼の肩に手を置き動きを固定する。月彦と声の主との距離はわずか3、4歩程度だったが、月彦は相手が()()()の生徒なら逃げ切るには十分すぎる距離だと思っていたが、生憎とその相手は俗に言う()()には含まれない生徒だった。

 

 

「………そろそろ授業が始まる頃だから戻ろうかなーと」

 

「始まるどころかもう既に昼休みですよ?」

 

「………そういや先生にプリント配っとけって頼まれてたんだ」

 

「朝から教室に居なかったくせにいつ先生に頼まれたんですか?」

 

「………あ、そうそう。今日昼一緒に食べようって言わr───」

 

「先輩友達いませんよね?」

 

「ハイ。申し訳ございませんでした」

 

 

完全に逃げ場を失った月彦はいとも簡単に自らの敗北を認めた。我ながら相手を間違えたと後悔しながら肩を押さえつけている人物を見上げる月彦。

 

そこにいたのはその名の通り宝石と同じ色をした琥珀色の瞳に黒縁の眼鏡をかけた、艶やかで鮮やかなストレートの長髪を風に靡かせた美少女と言って間違いようが無い顔立ちをした女生徒がこれでもかという清々しく恐ろしい笑顔で月彦の肩に手を置きながら腰を曲げて立っていた。靡く女生徒の髪は時々地面と並行になりながら風に吹かれていた。その髪色は焦げ茶色という表現が一番正しいだろう。焦げ茶色の髪は日の光を反射しキラキラと輝いている。しかし反射した光は毛先に近づくにつれ次第にその輝きを強めていた。それはなぜか、それは彼女の太ももの辺りまであるであろう髪の色が腰と背中のちょうど中間辺りから徐々にその色素を無くしていき、腰を超えた辺りから完全な純白に変わっているからである。

 

 

「全く先輩は...もう少し真面目に学生という立場でその本分を全うされてはどうですか?」

 

「授業をサボることも学生の本分だろ」

 

「そんな本分ありませんよ!以前も言いましたよね!貴方は事情はどうあれ当主なんですから、ピシッとすべきところはそうするべきですよ!」

 

「当主だから真面目に生きるべきってのは固定概念に囚われすぎじゃないか?」

 

「当主とは家の代表なんですから、まずその代表がしっかりしていないと部下の方々に示しがつきません」

 

「ならその代表の1人である俺にそんな口の利き方で良いのか?」

 

「当主といっても先輩ですから。私も敬う相手は自分で選びます」

 

「そうですかい....」

 

 

これはいくら口論を交わしても勝ち目がないと判断した月彦は早々にこの無駄な論争から手を引いた。月彦が白旗を上げると、その女生徒はスカートを整えて月彦の隣にすとんと正座で腰を落とした。

 

 

「それで?わざわざのこの素行不良生徒の俺に注意しに来たのか?ソナタ」

 

「えぇ。先輩の様な駄目当主には私のようなお目付役が必要ですから」

 

「おっふ....そーですね」

 

 

月彦が口にした“ソナタ”という名。これが彼女の名である。“叶ソナタ”、彼女も月彦と同じ鬼掟七家の1つ『叶家』に在する鬼人の1人である。『戒血家』と『叶家』、家元は違えど共に喰魔との死闘に身を投じる者同士、特に【治療】を稼業とする叶家はいわばゲームでいうヒーラーの役目を担う戦闘において重要な役割を持つ家系。叶家の力無くしては喰魔討伐の難易度は何倍にも跳ね上がる。

 

 

「まぁ理由はそれだけでは無いですが」

 

「?なんだよ」

 

「人に物を頼むときは?」

 

「……教えて下さい」

 

「はい、よく出来ました」

 

「お前....」

 

この2人の口論は今に始まった事では無いのだが、結果はいつも決まっている。月彦が身を引いてのソナタの勝利。これが2人の口論のお馴染みの結末である。屁理屈など吐こうと思えば湯水の如く湧いてくる月彦ではあるが、彼は彼女、ソナタにだけは強く当たれない。もちろん、それは彼女の押しの強さと物怖じしない性格ゆえにでもあるが、1番の理由はそれでは無い。

屁理屈を返す月彦に対し、ソナタは袖をまくって徐に右腕を見せつける。その右腕には少なくとも前腕からまくられた袖から顔を出している上腕部分までギッチリと包帯が巻かれていた。

 

 

「卑怯だろ.....それは」

 

「あら?『卑怯、汚いは敗者の戯言』が先輩の座右の銘じゃなかったでしたか?」

 

 

ソナタは肩を縮める月彦にニヤっと笑うと、まくった袖を元に戻した。そう、この包帯が月彦がソナタに強く出れない最も大きな要因である。この包帯の下には、数年前に月彦がつけた大きな傷が残っているらしい。稼業が【治療】である叶家にかかれば傷など綺麗に消す事は容易なのだが、ソナタはあえて消さずに今回のように月彦に対する脅しとして活用しているのだ。

 

 

「お前、ここ数年で性格歪み始めてねぇか...?」

 

「それはもちろん、性格も根性も性根も歪みに歪みまくってるどうしようも無い歳上の男の人と一緒にいる事が多かったですからね」

 

「はぁ...」

 

「あら、ため息なんて失礼ですね。ふふ、まあお遊びはこの辺りにしておきましょうか」

 

 

どこまでも自分を追い込んでいくソナタに深くため息を吐く事で反応を返す月彦。しかし、そのセリフを最後に、先程まで煽る様な笑みを浮かべていたソナタの顔から突然笑みは消え、その表情は真剣な面持ちとなって月彦を強く見つめた。

 

 

「月依ちゃんに聞きました。昨晩も任務があったそうですね」

 

 

ソナタの言う任務が指すのは考えるまでもなく月彦の稼業(掃除)に関する事だと月彦は理解する。彼女にそう切り出された月彦は特に顔色の変化も少しも反応する様子も見せず、ただ単にめんどくさいなと言った感じでそれはそれは深いため息を吐いた。

 

 

「はぁ〜〜....またあいつか。いちいち報告するんじゃねぇよ」

 

「そんな風に言ってあげないで下さい。それだけ先輩を心配してるって事ですよ」

 

「まさか、ただ任務に連れて行って貰えないからその腹いせだろう」

 

「もう、またそんな風に考えを捻くれさせないで下さい」

 

 

そこから少しの沈黙が2人の間に流れた。月彦はこれ以上踏み込んで来て欲しくなさそうにソナタと視線を合わせず、対するソナタは一向に自分と視線を合わせようとしない月彦を心配するように視線を逸らす事なく見つめ続ける。

 

 

「.......大丈夫ですか?」

 

 

沈黙を破ったのはソナタのその一言だった。なんの飾りもなく、シンプルに投げかけられた問いに対し、月彦はソナタに背を向けたまま立ち上がった。月彦のその行動に、言葉を間違えたと思ったソナタは、背中を丸め、顔を伏せ、太ももの上に置いた両拳を強く握りしめた。彼が他人からの干渉を好まない性格なのは理解していた。だから彼はいつも必要な事しか他人に話さないし、必要が無いと判断した事はめんどくさいと他人に話す事はない。それはソナタ自身も良く分かっていた。でも、そう言葉をかけずにはいられなかったのだ。いつも彼を見ていたソナタだったから。彼の抱える闇も光もどちらも知ってるソナタだったから。彼が誰よりも無理を重ねた結果を見に染みて知ってるソナタだったから。さっきもそうだ、さっき月彦は寝ている間にすぐそばまで近づいて来ていたソナタに気づかなかった。普段の彼であればいくら寝ているとはいえ、その隙に近づく気配を察知出来ないはずがないと知っていたから。

 

 

すると突然、下がった頭に何かが触れる感触がソナタに伝わった。その感触は頭全体を包んでいるかの様にとても大きく、そして何より、その感触には確かな温かみがあった。

 

 

「え....」

 

 

あまりに唐突な事に反射的に顔を上げるソナタ。上げた先には、自分に向かって手を伸ばしている月彦の姿がすぐ近くにあった。そこでようやくソナタは自分の頭に月彦の手が触れられている事に気がついた。撫でると形容されるであろう行動を起こす月彦の表情は、かなりぎこちない微笑みと共にソナタに安心を与えようとしている事が理解できた。

 

 

「あー、なんだ…そのー、えーっと...まあアレだ。心配しなくていい、俺は大丈夫。悪夢も()()()()見れてるしな。まぁこう言うと心配させちまうかもだけど、大丈夫だ」

 

 

悪夢を見ると言う事は自分の中に罪悪感が存在し、それが無意識のうち、寝ている間に脳がそれを定着させようとしている事だと月彦は自分なりに解釈していた。昔、自身の父親に言われた『1番いけない事は殺す事に慣れる事だ』、この言葉は現在の月彦を構成する言葉の中でも特に重要なもので、つまりは悪夢を見る=殺す事に罪悪感を持っている、という事の証明であるから。

 

過去に月彦はこの言葉を忘れた事があった。度重なる不幸、窮地、厄災に見舞われ、当時まだ中学生だった月彦の心は闇に埋もれてしまった。そんな彼を救ったのが、今現在彼の目の前にいるソナタなのだ。だから彼は、恩人である彼女に悲しみや後悔を抱いて欲しく無いと、慣れない手つきで彼女の頭に手を伸ばしゆっくりと撫で始めた。ではなぜ起こした行動が頭を撫でる事だったのか、それは月彦自身も理解していなかった。ただ何となく、反射的に起こした結果こうなっただけ。別段理由があった訳ではなかった。

 

 

「「・・・・・・・」」

 

 

撫でる者と撫でられる者、そんな2人の間になんとも言えない沈黙が流れる。月彦は1度開始してしまったため、どうにも自分から手を引くのは忍びないと躊躇して動けない状態におり、対するソナタは不意に向けられた月彦の優しさとぎこちなくも温かな微笑みを受け、恥ずかしさのあまり言葉が出ず、同じく動けない状態になっていた。

 

 

そこから何分、何十分ほど経っただろうか、いやもしかしたら60秒も経っていないのかもしれない。2人には経過する時間を気にしていられる余裕は無く、無言のまま、ただただゆっくりと時間だけが過ぎていった。

 

 

しかし、そんな2人の沈黙は月彦のポケットから発生した電子音によって破られる。

 

 

 

Prrrr....!!Prrrr....!!

 

 

 

「うぉっ⁉︎」

「きゃっ⁉︎」

 

 

ポケットを震わせる振動と高い電子音に声を上げて驚く2人。月彦はソナタの頭の上に乗せていた手を反射的に離し、すぐに立ち上がってポケットに入れていたスマホを取り出した。

ソナタに背を向けて少しだけ距離をとり、画面に映った相手の名前を確認してから通話ボタンを押す月彦。そんな月彦の背中をソナタはどこか名残惜しそうに見つめていたが、月彦がその視線に気づくことは無かった。

 

 

「莉月か、なんだ?」

 

 

通話をかけて来たのは昨夜同様、妹の莉月だった。莉月は慣れた口調で月彦に迅速に報告を行う。

ちなみに莉月が今月彦に通話をかけて来ているのは彼らの住む戒血家の宗家から。本来は莉月も学校に通う歳なのだが、彼女はとある理由により学校には通っていない。故に喰魔出現の情報をいち早く入手し、瞬時に月彦へと報告できるようになっている。

 

 

『ご報告です…ご当主さま。現在、ご当主さまのいる地点より北東へ約4里の地点に喰魔が出現、しました』

 

「....すぐ向かう。結界は?」

 

『既に発動済み、です。民間人への被害も、今のところ、確認されていません。近くにいた他の家の鬼人も数名、既に現場に向かっています』

 

 

莉月の言う結界とは、七家の1つ【防衛】を稼業とする『蜜芭家』が開発した人の五感による認識を断つ効果のある結界の事で、結界が発動している範囲にいる鬼人及び喰魔は民間人から認識されなくなるのだ。

 

 

「分かった。逐一状況の報告を頼む」

 

『了解、しました』

 

 

そこで一度通信を切った月彦は、制服の上着を脱ぐと、屋上の床に置いてあった鞄に手を入れ、なかからあるものを取り出した。それは真っ黒に染まったモッズコート、そして2本の角が生えた不気味なペストマスクだった。

 

 

「先輩、喰魔の出現ですか?」

 

「ああ」

 

 

月彦の行動を見て通話の内容を理解したソナタ。自分も急いで出動の準備をしようと持って来ていた鞄に手をかけるが、月彦に呼びかけられてしまう。

 

 

「おい、ソナタ」

 

「はい、なんですか──って、おっと⁉︎」

 

 

名前を呼ばれ月彦の方へ向いた瞬間、ソナタの目には月彦がこちらに向かって何かを投げて来ているのが映った。咄嗟にその何かをキャッチしたソナタは、自分の腕に収まった物を確認すると、それが月彦の鞄だという事が分かった。

 

 

「お前はここに待機。後それ預かったといてくれ」

 

「え⁉︎私も行きますよ!」

 

「ここから現場までの距離なら俺1人の方が速い」

 

 

月彦はそう結論だけ言い捨てると、脚に力を込めて跳躍。軽々と屋上を囲っていた3mほどの高さのフェンスの上に着地し、先程鞄から取り出したモッズコートを見に纏う。更に手に持ったペストマスクを付け、右耳の辺りを少しいじる様な動作をしたのち、そのままフェンスを足場に助走をしながら現場の方角である北東にあった建物の屋根へと再び跳躍した。

 

 

「ちょっと先輩!!.....もう!またそうやって」

 

 

そう愚痴をこぼしている間にも、月彦は次々と建物の屋根や屋上を伝って一直線に現場に向かっていった。その姿はまるで物語の中の忍者の様に軽やかで素早く、あっという間にその姿は小さくなっていった。

 

 

対して1人屋上に残されたソナタは、月彦の制服の上着と鞄を抱きしめていた両腕に、ギュッと更に力を込めた。そんな彼女の表情は、置いていかれた切なさや怒りを孕みながらも、懸念の色が濃く現れていた。

 

 

「月彦先輩....」

 

 

ソナタは小さく自身の脳内を埋め尽くす人物の名前を口ずさみながら、真っ直ぐと彼が消えていった先を見据えていた。

 

 

 

キーンカーンカーンコーン!!!

 

 

 

その時、授業の始まりと月彦の闘いの始まりを告げるチャイムが、学校中に響き渡った。




※追加解説

・月彦達が通う学校は“私立大江杜(おおえもり)高校”と言う学校です。偏差値は63と平均より高めで、生徒の自発性を尊重する学校となっております。周りには住宅地や商店街の他に、廃工場や空き地が広がる開拓予定地、少し離れたところに山があったりします。

大江杜高校には月彦とソナタの他にも鬼人は何人か在籍しています。基本的に1つの学校に鬼人は3人〜5人ほど在籍しており、戦闘時のバランスを考えて七家から各1人ずつ通わせるのが基本となってます。


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