黒猫の魔法使いと個性社会 (オタクさん)
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1話 やって来たのは、ヒーローではなく魔法使いでした。

初めまして、オタクさんと申します。

誤字脱字とか多いと思いますが、楽しんで読んで下さると嬉しいです。

後、原作を把握できていなかったり、キャラが少し原作と違うかもしれませんが、ご了承していただけるか、コメント欄で教えていいただけると幸いです。

それではどうぞ。



誤字を修正いたしました。そして、報告をしていただきありがとうございます。




ここは、港町トルリッカ。

 

辺りには、魚や野菜などを売る商人と買う人の声で活気が溢れ賑やかだ。

 

そんな中、黒いローブを目元から足先までピッチリと羽織り、正体不明な人物が肩に黒猫を乗せて歩いていた。

 

港町らしく潮の香りがする強い風に吹かれ、ローブから顔が露になる。

 

顔を見る限りではまだ年若い女性だ。

バブルピンク色の髪と瞳を持ち、右の房は軽く三つ編みにしている。

 

女性の名はキキ・レイラドル。

 

黒猫の名はウィズ。

 

彼女はいつも、黒猫を肩に乗せているので、黒猫の魔法使いと呼ばれている。

そんな彼女達を謎の光が包み込む。

 

「まただね」

 

「はぁ~。またにゃー」

 

男性にしては声が高く、女性にしては声が低いアルト声で少し呆れ気味で呟いた。

 

猫も喋ったのだが、周りには聞こえていないし、キキはもう馴れていると言うよりも、元人間だと知っているから気にしていない。

 

ウィズは元々人間で、キキを助ける為に自分の身を犠牲にして猫になったのだ。

 

ウィズは四聖賢と呼ばれていて、この世界クエス=アリアスの魔導士のトップクラスの実力を持ち、キキの師匠だ。

 

今、旅をしている理由もウィズを人間に戻す為だ。

 

そして、この光は異世界に行く時の合図だ。

この光は最低でも月に一回は現れる。多いと月に二回も現れる。

 

「また、変なところに飛ばされけなきゃいいにゃ」

 

「そうだね」

 

酷い時にはいきなり海へと落とされたり、戦場のど真ん中に放り出されることがあるのだ。

 

一抹の不安を抱えてまた新たな冒険が始まる。

久し振りにかつての仲間に会えるのか、それとも初めての場所なのか、高鳴る胸の高揚感を抑えて...

 

 

 

光に身を委ねた。

 

 

 

光が消え、辺りを見渡せるようになる。

 

そこは、背の高い建物が行儀よく並び、人が歩く道と物凄い速さで走って行く鉄の塊専用の道で別れていた。

人が歩く道には木が所々に植えられている。

 

そこはかつて、リレイ達と出会った場所と似ていた。

けど、違う点もあった。

 

人が普通ではなかったのだ。

 

ある者は翼が生えていたり、また、ある者は頭から触覚を生やしている。腕が四本だったり、やたら背が高かったり低かったり、ガッチリとした体格だったり、逆に簡単に折れそうな柔い体格の人もいる。

 

動物みたいだけど人間と同じ体格の人もいた。

これに関しては、クエス=アリアスでも、バロンという人間と同じ体格のライオンの魔導士がいる。だから、驚くことはなかった。

 

そもそも、キキは色んな異世界に行ったことがあるので、そこまで驚かない。

ただ、ここまで色々な人達がいるのは珍しいなあ。と、思ったのであった。

 

 

異世界に着いた時に先ずやることは情報収集だ。

 

キキは適当に歩いていると、薄くて四角い箱が沢山置かれていて、大体同じ映像を流していた。

 

確かこれは、テレビだとキキは思い出す。

テレビは情報収集するのに使うと、蓮司がそう言ってた筈だ。この状況にはうってつけだ。

 

キキは暫くの間、テレビを見ることにする。

 

 

 

暫く見ていると、大体この世界の事が解ってきた。

この世界には"個性"と呼ばれる不思議な力があり、強大な力だったり、炎を出したりと人によって千差万別らしい。

 

この"個性"の使い方で呼び方が変わるらしい。

"個性"を人々の為に使うのがヒーロー、"個性"を悪いことに使うのが敵(ヴィラン)と呼ばれていた。文化レベルはリレイ達と似ているが、ヒーロー、敵(ヴィラン)がいることからアレイシア達がいる世界と似たようなものだと判断をする。

 

そして、キキの格好は敵(ヴィラン)に見えるらしい。

テレビを売っている店の人達が、こちらに指を指して険しい顔でひそひそ話をしている。

 

面倒ごとにならない内に店から離れようとする。

 

ドンッ

 

その時、店の人ばかり気にしていたせいで、キキは誰かとぶつかってしまう。

 

「うぉぉ!」

 

「...ッ!」

 

キキは微動だにしなかったものも、少年は鍛えていないのか、いとも簡単に尻餅をついてしまう。

 

「イッタ」

 

「ごめん。大丈夫?」

 

キキは少年に手を差し伸べる。

緑色のもじゃもじゃ髪にそばかすのある地味めな顔。

黒い制服を着た少年だ。

 

「あ、ああ。す、すすすいません!すいません!」

 

少年はキキの手を借りずに、素早く立ち上がるとお辞儀を繰り返し謝りだす。

 

「あの人も、私達のことを敵(ヴィラン)と勘違いしているにゃ」

 

ウィズは幸先が良くなくて溜め息をついてしまう。

ウィズは本来、人前では話さないが、囁いているから聞こえておらず、何よりも今の彼には周りを見えていないので堂々と話す。

 

キキは少しでも怪しい者ではないと証明する為にフードを取り、顔を露にして笑顔を見せる。

 

少年はキキと目と目が合うと、顔を真っ赤にして、余計にてんぱって動きが激しくなる。

 

「うゎゎゎわー!?ほ本当に!ごごごめんなさい!」

 

「あの、落ち着いて」

 

キキが必死に少年を落ち着かせようとすると...。

 

「彼方です!速く来てください!あの人が襲われています!」

 

いつの間にか、店の人がいなくなっており、見るからに強そうな人を連れて来る。

 

「キキ、逃げるにゃ!」

 

ウィズがキキの肩で強く囁いた。

ウィズと同じ考えのキキは、精霊強化の魔法を自分に掛けて、普通の人間には走れない速度を出し、この場から逃げ出すのであった。

 

 

 

キキとウィズが逃げ出し、緑色のもじゃもじゃ髪の少年がぽつんと立っていた。

 

少年は逃げたキキの後ろ姿を呆然と見詰めていた。

 

そんな少年に声をかけたのは、ベリーショートの黒髪で髭が生えた厳つい顔の五十代の男性だ。

身長は180cm程で小麦色の肌は鍛え抜かれた筋肉で、はち切れんばかりだ。その姿は、誰もが現役のヒーローだと直ぐに分かる程だ。

 

でも、彼の姿はヒーローと言うよりも軍人だ。

ポロシャツの様な長袖の黒いシャツに迷彩柄のズボン、靴はアーミーブーツを履いている。腰には仕事用の道具をしまうウエストポーチを着けている。

 

男性はキキを追いかける事を止め、見た目とは裏腹に少年の目線まで、腰を下ろし優しく見つめる。

 

「もう、私が来たから大丈夫だ。少年よ、どこか痛いところはあるか?」

 

「いえ、大丈夫です!その見た目、その格好。もしかして、見守りヒーローシュッツですか?!」

 

少年はシュッツにキラキラした眼差しを向ける。

 

「ああ、そうだ」

 

シュッツは少年に笑顔を向ける。

 

「シュッツ。ドイツ語で守護という意味で、その名の通りに児童養護施設オアシス東京の警備隊長を勤めていてる。施設の子供達から熊さんと呼ばれている程、慕われていて、暇さえあれば子供達とのふれあいを欠かせずにしている。ヒーローとしては、数十年間も働いている大ベテランだ。戦い方は見た目通りの前衛タイプの肉弾戦を得意とする。"個性諸刃の剣"は、オールマイトと負けず劣らずの威力を持っているけど、個性を使うと代償として殴ったり蹴ったりすると、その箇所が折れる。なので、普段は鍛えられた肉体のみで戦い、いざという時しか使わない。そもそも、児童養護施設の警備員ヒーローと共に戦っている為、個性を使わなくてもよくて......」

 

少年の饒舌さにドン引きしていたシュッツだったが、最後の歯切れの悪さ、笑顔で語っていたはずなのに、今は俯いている。雰囲気からでも負のオーラが感じる。

 

シュッツは気を取り直し少年に優しく声をかける。

 

「少年よ。どうしたのかい?何か悩みがあるみたいだね。私に話をしてみたらどうだ?話すだけでも、スッキリするぞ。君の知っての通り私は、児童養護施設で働いているから、少しは力になれるぞ。どうだ?少しは話してみるかい?」

 

少年は覚悟を決めて叫んだ。

 

「......"個性"がなくても、ヒーローにはなれますか?!」

 

少年は頬を赤く染め目を閉じたまま立っている。

シュッツは無言で立ち上がると、少年の頭のてっぺんから足先まで数十秒かけてじっくりと見た。

 

「....目を開けなさい」

 

少年はシュッツの言われた通り目を開けた。

シュッツの目線は少年と同じ目線だった。少年から見たシュッツの顔は、厳しくてどこか優しい父親のような微笑みだ。

 

「....はっきり言おう。今の君には無理だ。なんでかは君は分かる?」

 

「....それは..."個性"がないから...」

 

少年は辛そうに言う。

 

「違う。それは単純に鍛えていないから。"個性"がなくても鍛えたり、道具を駆使したり、他の人達と力を合わせれば、意外といけるもんさ。...けど、ヒーローになるまでの道が果てしなく遠い。他の人達よりも何十倍も何百倍も」

 

「......もし、僕が鍛えて、強くなったとしても......」

 

 

 

「"個性"がない僕と一緒に戦ってくれる人はいますか?」

 

少年が絶望に満ちた表情で抑揚の無い声で言う。

 

「............ごめん......。それに関しては...何とも言えない。......本当にごめんな」

 

ヒーローの世界はいつだって危険で、名のあるヒーローが急に死ぬこともよくあることだ。でも、素人から見れば、華やかで格好いい世界。その個性を使って誰かを守る姿は誰もが格好いいと認める程だ。

 

けど、現場は違う。

力が及ばなくて死んでいった者。守れなくて、死に逝く者をただただ見ることしか出来なかった者。遺された家族の哀しき声を黙って聞くことしか出来なかった者。捕まえた敵(ヴィラン)に逆恨みをされ、家族を殺された者。

 

そんな中で、"個性"が無い人と一緒に戦ってくれる人はいるだろうか?いや、いない。強力な"個性"を持っていてもなお、誰かと組まなければ勝てない敵が沢山いる。せいぜい、一人で戦えているのはオールマイトぐらいだ。あれぐらい強力な"個性"を持ってないと無理だ。

 

シュッツがそんな事を考えていると、少年は黙って帰ろうとする。

 

シュッツはポーチから名刺を取りだし、少年の手に持たせると、再び目線を同じくして真剣な表情で向き合った。

 

「はっきり言おう。君の考えている事と同じで、一緒に戦ってくれる人は誰一人いない。けど......」

 

「君が命を掛ける覚悟があるのならば、そこに私の電話番号を書いてあるから...その時に電話をかけなさい」

 

少年は名刺を見る。

そこにはヒーロー名が目立つように書かれている。他にも児童養護施設オアシスの住所、電話番号と個人の電話番号が書かれていた。

そして、諸橋 刃【もろはし やいば】と、シュッツの本名が書いてあった。

 

「私が責任を持って君を鍛えよう。もし、私が一緒に戦える状態なら、一緒に戦おう少年」

 

「......どうして?どうして!そこまで!僕の事なんかのことを気にかけてくれるんですか!?みんなは"個性"が無いことを馬鹿にするのに!」

 

少年は目に涙をためて叫ぶ。

シュッツは少年の頭を優しく撫でながら...

 

「ヒーローは敵【ヴィラン】と戦うだけでの者でない。ーーー困っている人を救けるからこそヒーローだ」

 

少年はシュッツに抱きつき溢れる涙を流した。

 

 

 

「少年、名前は?」

 

「....ウゥ、緑谷出久【みどりやいずく】です。グッス」

 

シュッツは緑谷の背中を泣き止むまで優しく撫でた。

緑谷の目には涙が残っているが、今では満面の笑みを浮かべている。

 

「...あの、すいません!」

 

「何だ?」

 

「サインお願いがします!」

 

緑谷はリュックサックからノートとペンを取り出し、お辞儀をして頼み込む。

 

「ああ、何だそんなことか。良いよ」

 

シュッツはノートとペンを受け取ると、見開きいっぱいにサインを書いた。

 

「有り難うございます!一生もんの宝にします!...そして、今日は、本当に有り難うございます!!」

 

緑谷は深くお辞儀する。

シュッツは優しく言う。

 

「良いんだ。それよりも、もし、君が困っていたら電話をかけてくれ。いつだって、君の力になれるから」

 

「はい!有り難うございます!!」

 

緑谷は何度もお辞儀して帰って行った。

シュッツはその姿が見えなくなるまで、手を振り続けたのであった。

 

 

 

「いやあ~。流石ヒーロー。とても格好良かったです。それにしても、あの人は敵(ヴィラン)だったのかしら?」

 

緑谷がいなくなった後、女性店員がシュッツに話し掛けた。

 

「いや、あの子は敵ヴィランじゃない。敵(ヴィラン)だったら、少年のことを気にかけたりはしない」

 

「じゃあ、なんで、あの少年はあんなに慌てふためいていたのかしら?」

 

「それは彼が大方、虐められていたのだろう」

 

「虐めであんな風になるのですか?」

 

「ああ、そうだ。虐めは人の精神を殺す所業で、例え終わったとしても、一生心を蝕み、人とのコミュニケーションが上手く出来なくなる。そんな虐めはくだらないことでよく起きる。......本当は救けてあげたいだけど、この手の問題はデリケートすぎて、下手にやると悪化するだけだ。それに...彼が心配かけたくない人に心配させるからな。あまり人には知られたくないと思うし...」

 

シュッツは大きく溜め息をついた。

 

「....そうですね。だから、彼に名刺をあげたんですか?」

 

「ああ、そうだ。これで助けを求めてくれると良いんだが」

 

「上手くいくと良いですね」

 

「上手くいけば良いんだが。...さて、そろそろ、私はあの子を追いかけなければならない。あの子は敵(ヴィラン)ではないとはいえ、公共の場での個性の使用と、わざわざ怪しい行動をしたことについて、追求をしなくてはならないからな」

 

「そうですか。では失礼します」

 

女性店員のお辞儀をすると店に戻る。

 

シュッツはキキが逃げていった方をじっと見詰める。

そして、小さな声で呟く。

 

 

 

 

「....あの子は一体...」

 

プロヒーローの経験が、彼の胸をざわめかせる。

シュッツは急いで後を追うのであった。

 

 

 

 

 

キキは無事に逃げられたことに胸をほっと撫で下ろす。息を整えると街の中を散策をし始めた。

 

適当にぶらぶらと歩いていると...

 

 

 

ドゴオオオォォォーーーーーーーンンンンン!!!

 

どこかで大規模の爆発が起きた。

 

けたたましい音が鳴ると共に遠くから煙が上がる。

 

煙を見る限り、そう遠くはなさそうだ。

逃げだしている人もいるが、中には現場に向かっている人もいる。

 

キキは勿論。

 

「行こう!」

 

全速力で現場に向かうのであった。

 

 

 

現場には、この事件の様子を見る為の人だかりができている。

 

彼らの目線の先には強靭な肉体を持った焦げ茶色の熊の様な二メートル越えの大男が、片手で幼い少女を掴んでいる。もう片方の手は鋭い爪を少女の首に当てている。

 

変わった服を着たヒーローと思わしき二人組が何も出来ずにいた。

 

「ママー!!たすけて!」

 

少女は号泣しながら助けを求める。

 

「彩希!」

 

警察らしき人達が周囲の人達を押さえ込む。

少女の母親らしき人も泣きながら、行こうとするが警察に止められていた。

 

キキは中々前に進めなくて、イライラしながらも少しずつ前に進む。

その度に他の人とぶつかり舌打ちされるが、そんなことはどうでもいい。早くあの女の子を助けることしか考えていなかった。

 

一番前まで出ると、敵(ヴィラン)と少女に向かって走り出す。

周りの人達は驚いてキキを止めようとする。

 

「あの子は馬鹿か!」

 

「あの馬鹿野郎!何してるんだ!止めろ!止めろ!!」

 

「君が行ったって、無駄だ!死ぬだけだ!!引き返せ!!」

 

キキは周りからの罵声を気にせず、ただがむしゃらに走りながら、敵(ヴィラン)の様子を観察する。

 

「何だあ!?あの女!」

 

敵(ヴィラン)は驚いて数秒間の間固まるが、我に返ると少女の首に強く爪を当てようとする。だが、そんなことをさせる暇は与えない。

 

キキは走りながら、魔力を込めたカードを敵(ヴィラン)の顔に向けて投げ付ける。

 

カードは敵(ヴィラン)の顔に当たるのと同時に、強い光を放つ。

 

「目が!目がーーー!!」

 

敵(ヴィラン)があまりにも強い光で目を痛め、両手で顔を抑えこんだ。

その拍子に少女を放り投げた。

 

キキは少女を受け止めると、一旦敵(ヴィラン)から離れて少女を下ろし優しく声を掛ける。

 

「ヒック、うぇーーん!怖かったよ!怖かったよ!」

 

「よーし、よしよし。怖かったね。うんうん。本当に君は頑張ったよ。随分と待たせちゃってごめんね。でも、もう大丈夫」

 

キキは泣きじゃくる少女の頭を優しく撫でた。

キキは少女と目線の高さを同じくすると優しく問い掛ける。

 

「お嬢ちゃん。ママのところに一人で行ける?」

 

「....うん、大丈夫、行けるよ。お姉ちゃんは?」

 

少女は泣き止めキキを見る。

 

「君のことを傷付けた悪い人を今からやっつけるんだ。お姉ちゃんは強いから大丈夫。...だから、もう、行きなさい。君のママが待っている」

 

キキは話している途中に気付く、敵(ヴィラン)が動き出すことを。

 

「うん!!」

 

少女は笑顔で返事をして、こちらに目をくれずに走り去る。

 

少女が無事に人集りの中に入るところを見守りながらも敵(ヴィラン)を睨む。

 

「テメエエエェェェーーーーーーー!!テメェだけは!テメェだけは!!絶対に殺す!!!」

 

怒りで我を忘れた敵(ヴィラン)が襲い掛かる。

キキはカードに魔力を込め迎え撃つ。

 

 

 

この世界の初めての戦闘が今、始まるのであった。



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2話 ヒーローじゃなくても

敵(ヴィラン)が巨体とは思えない速度で、キキに突撃をする。

キキは直ぐ真横に避ける。

 

ドッッン!!

 

敵(ヴィラン)が拳を降り下ろした衝撃で風が発生し、ローブをなびたかせる。

降り下ろした腕は女性のウエストよりも太く、あんなのに殴られればで身は持たないだろう。と、冷や汗を流す。見た目通りに力が強く、鋭い爪は深々と地面に突き刺さる。

 

敵(ヴィラン)は地面から爪を抜くと襲い掛かる。

 

この速度で動き続きられると魔法の発動が間に合わなくなるかもしれないと悟り、キキは苦虫を噛み潰した表情になる。

 

キキの使う魔法ー精霊魔法。

 

精霊魔法とは、108の異世界の人達の力を借りる魔法。未来、過去とわず、契約さえしていれば何時だって、力を借りることが出来る魔法。

精霊の力を借りるには、108の世界を繋ぐ全の円環ー叡智の扉を開かなくてはならない。叡智の扉を開くには、問われる問いに正しく応えること。

 

精霊魔法はかなり強力だが、問いを応えないといけない為に時間がかかる。簡単な問いなら数秒程度で済むが、戦場ではその数秒ですら命取りだ。

 

特に素早い敵は苦手で、接近戦に持ち込まれたらあまりよろしくない。一応、接近戦は出来るが、命懸けの戦いでは、自分が一番得意とする闘い方を出来るだけ持っていかなければならない。

 

だから...

 

人が軽く吹っ飛んでしまうくらいの強い風を発生させ、空高く自分を飛ばし敵から遠ざけた。

 

キキは空中で難なく体勢を整え、敵(ヴィラン)から少し離れた場所に着地する。

 

キキが様子を伺っていると。

 

「テメェーーー!!何!逃げてんだ!!かかってこいや!この!臆病者が!!!」

 

敵(ヴィラン)はキキが離れたことに、怒りを感じ怒鳴り声を上げ罵倒する。

 

「キキ、敵(ヴィラン)が君の魔法を受けてみたいらしいにゃ」

 

ウィズが耳元で悪戯っ子のように囁く。

 

「そうみたいだね」

 

キキもウィズのように笑うと、カードを取り出し魔力を込める。

そこから火球をくり出す。

 

「はぁああーーー!?」

 

敵(ヴィラン)は驚いたままで、逃げようともせず、受け身をとろうともせずに思い切り当たる。

 

敵(ヴィラン)はまだまだ戦えそうだが、体から白い煙がもうもうと立ち、焦げ茶色の毛が焦げて少し黒くなる。

 

辺りの人達から賛美の声が上がる。

 

「スゲー!良いぞ!!もっとやれー!!」

 

「あいつ、ヒーローだったのか...。いけーー、このまま倒しちまえ!!!」

 

「ヒーロー!ヒーロー!」

 

「お姉ちゃん、がんばれーー!!」

 

「あの子の"個性"は何だろう?」

 

「"個性"が三つも有るぞ!」

 

「何て強力な"個性"なんだ。僕が見た限りだと、風を発生させたり、空中に浮かんだり、火の玉を出したりする。あの風だけでもかなりで強力だ。人を簡単に吹き飛ばせてしまうぐらい強力だ。例え吹き飛ばせなくても、足元を悪くするだけでこちら側が有利になる。あれ以上の威力を出せるのだろうか?そして、もっと細かく調整が出来るのだろうか?そういえば、あの人見た事ないなあ。今日ヒーローデビューしたのか...それにしてはなんで逃げたんだろう?...ああやって火も出せるなんて羨ましい。...それに、あのカードは一体なんだろう?カードから光を放っていたし...」

 

「ここはお前に譲ってやるぜ!」

 

「"個性"が不利な俺達の代わりにやっちまえ!!」

 

 

「にゃにゃ!?」

 

「何だ?これは」

 

キキとウィズは驚きのあまり目を白黒させ、思ったことをそのまま口に出してしまう。

 

先程前までの態度から一変し自分達の事を賞賛する。

あの時戸惑っていた少年でさえ、何やら人のことをブツブツと呟きながらノートに書いている。正直に言って止めてほしい。

 

敵(ヴィラン)は、今のところ自分達のことしか見ていないが、何時矛先が変わっても可笑しくはない。それなのに、誰も逃げ出そうとしない。それどころか笑顔で応援をして、楽しんで観ている。応援をされたことはあるが、こんなに楽しそうではない。それに、黒や白などのフォナーのような物を何故か此方に向けている。

 

「......この状況って...」

 

「うん、闘技場みたいなことになっているにゃ。キキの戦いをただの娯楽だと思っているにゃ」

 

「でも、闘技場みたく壁とかなくて危ない筈なのに...随分と余裕だね...。危機感無いの?」

 

「確かににゃ。でも、今の雰囲気は闘技場で戦った時そのままにゃ」

 

「そうだけど......。もし、そうだとすれば...」

 

 

「あの泣いている女の子でさえ娯楽感覚だった?」

 

キキは苦渋に満ちた表情になる。

 

「....それが本当なのかは解らない。...けど、もし、そうだとしたら...最低にゃ!!」

 

ウィズも人集りに対し激しい怒りが沸き起こり、侮蔑を込めた視線で睨む。

 

「ははっ。おい、何だよそれ。おーい、オマエラ。みんなを守るヒーロー様が俺様を放っておいて、喋る猫とお喋りしてるぜ。それどころか、俺様を睨むんじゃなくて、守るべきオマエラのことを睨んでいるぜ!」

 

始めはウィズが話をしていることに驚いて固まっていたが、敵(ヴィラン)は何もしないと分かると、キキと人集りを交互に見てゲラゲラと愉しそうに嗤う。

 

「はぁ!?おい!ヒーローのくせに!何睨んでいるんだよ!さっさと!敵(ヴィラン)を倒せよ!!」

 

「そうだー!そうだー!」

 

「さっさとやれよ!使えんなぁ!」

 

「......お姉ちゃん...」

 

「何見てるのよ!子供が怖がっているでしょうが!!」

 

またあの時ように罵倒が始まる。

あの助けた女の子でさえも母親にすがり隠れている。

 

「ガッハハハハ!!これが、ヒーローか?ヒーローが増えすぎて、こんな奴でも成れるもんだな!!」

 

 

 

敵には煽られ、守ろうとした人達には文句を言われ、助けた女の子には怖がられその母親には睨まれる。

 

キキはあまりにも嫌になって涙が少し浮かべてしまう。自分はなんで、戦っていたのだろう?と、疑問が少しずつ芽生えてしまう。

 

 

それでもー

 

それでもー

 

キキはー

 

 

「お前達の方こそ、いい加減に...しろーーーーーーーーー!!!」

 

叫ぶ。

 

「「「...はぁ?」」」

 

 

キキのことをヒーローと勘違いしている彼らからしては、完全な逆ギレであった。

彼らは直ぐ様文句を言おうとするが、キキは鬼のような形相で睨んでそんなことをさせなかった。本来ならば、部外者であるキキはその世界の在り方、考え方に文句をつけられない立場だった。

 

どんなに考え方が変わっていても、それがその世界の在り方で、その人達の生き方。

 

でもー

 

 

この考え方にはー

 

 

納得できない!

 

 

「ボクは何で!今!戦っていると思っているんだ!!

 

泣いていたあの子を救ける為に戦っているんだ!!断じて、お前達を!楽しませる為の戦いではない!!あの子は...あの子は....どんなに苦しんで!怖くて!それでも!誰も助けてくれなくて!泣いたことか?!母親はそんな我が子の様子を見たくないのに!助ける力が無い自分が歯がゆくて!悔しくて!助けを求めても!誰も!手を差し伸べてくれない!...下手していたら、あの子は死んでいたんだよ!!あの子が死んだら!どう責任取るんだ!ずっと泣いて!生活してろってか!!そんなことにならないように!守る為の戦いを真剣にしているんだ!

 

遊びで観るな!!邪魔だから帰れ!!

 

後、そこのヒーロー?!戦えないなら、そこの人達をどこか安全な場所に連れていくとか、何かやれよ!!そんなことも出来ないのなら辞めちまえよ!!!」

 

キキはありたっけの想いを叫んだ。

 

 

誰も彼もが黙り辺りをシーンとさせる。

その中で誰かが泣き崩れて、声がうまく出てこなくて嗚咽となる。

 

キキは言いたい事を全部言い終わると、右腕の袖で乱暴に涙を拭うと敵(ヴィラン)を睨む。

 

「...ハッ!言いたいことはそれだけか?そんな偉そうに説教してるんじゃねーよ!目障りだ..」

 

 

「目障りはお前の方だ!!!消えろ!」

 

敵(ヴィラン)の話の途中に、軍服を着たあの強そうな人が眼で捉えられない程のスピードで割り込み、右ストレートアッパーで敵(ヴィラン)を天高くぶっ飛ばした。

 

割り込んで来た時のスピードは凄まじく足下には小さなクレーターができていた。

殴り飛ばした本人は空を見上げている。キキは凄まじいスピードとパワーに驚いてまじまじと見詰める。

 

ドオオオォォォーーーーーーンンン!!!

 

敵(ヴィラン)は数十秒後物凄いスピードで地面に落ちた。その衝撃で衝撃波が生まれ強風となり、辺りの人や物を吹き飛ばそうとする。

 

「くっ...!!」

 

「にゃーー!!」

 

「きゃあ!!」

 

「ウオオッッ!」

 

 

 

風は数秒程度で収まり戦闘は呆気なく終わった。

敵(ヴィラン)は大きなクレーターの中心で倒れていた。警察と役に立たなかったヒーロー二人組が、恐る恐る確認してよく解らない拘束道具で捕まえて連れていかれた。

 

キキはどさくさに紛れて逃げ出そうとしたが、腕を掴まれて逃げられなかった。

 

「...どこに行こうとしているんだ?君には話があるのだけど」

 

「...話って何ですか?」

 

キキは覚悟を決めて向き合う。

あの強そうな人は見た目だけではなかった。ピリピリと肌を焼くような威圧感が長年戦ってきたことを証明していた。

 

「君は何でさっき逃げ出したんだ?敵(ヴィラン)と勘違いさせる行動は止めなさい」

 

こちらの目をじっと見つめてくる。

 

(さて、どう説明するか......)

 

キキが悩んでいると...

 

「...そんなことも説明出来ないことかね?後、君はヒーローではないだろう?!何でこんなことを...」

 

男性が怒り説教しようとするが...

 

「やめて!!...お姉ちゃんは!!...お姉ちゃんは!!私のヒーローなの!!」

 

あの時助けた女の子が、泣きながら男性の足に抱き付いて止めようとしている。

 

「そうです!彩希の言う通りです!!この人は私達のヒーローです!!誰も彩希を救けてくれなかったのにこの人だけは救けてくれた!私達のことを真剣に考えて怒ってくれて...ねえ!貴女はプロヒーローですよね?!」

 

「お姉ちゃんはヒーローだもんね」

 

「では、免許証を見せてもらおうか」

 

母親はキキにすがり付くかのような視線で見る。

母親の発言もあってか、少女は目をキラキラさせながら嬉しそうに言う。男性は手を差し出して催促する。

 

(...え~。何か凄い状況になってきた。ていうか、この世界って、戦うにも免許が必要なの?アレイシア達がいる世界みたいに?今みたいな状況でも駄目でもなのか?アレイシア達と似たような世界なら正当防衛になる筈だが...これで敵(ヴィラン)扱いされたら最悪だ...。悪いことには使っていないのだけど...。どうしよう...。ヒーローって嘘ついても、免許証持っていないしなあ。家に有りますって言っても調べられたら終わりだし。...あの速さで追い掛けられたら簡単に捕まる)

 

キキは考えるのを必死のあまりに脂汗を流す。

ウィズも必死に考えている。キキとウィズはゆっくりと目と目を合わせると互いに頷く。

 

(...ここは正直に言うか..)

 

キキはゆっくりと一呼吸して...

 

覚悟を決めた。

 

「うん。ヒーローじゃないよ」

 

「えっ!ヒーローじゃないの!?」

 

「じゃあ!何で!!彩希を!娘を!救けてくれたんか!?あんな酷いことをしたのに!!うぅ...うぅ」

 

男性が何か言う前に、感情が高ぶった母親が泣き叫んだ。そのまま泣き崩れて座り込んでしまう。

 

重苦しい雰囲気になり誰も喋らなくなる。

 

キキは少し考えるとしゃがみ、母親と同じ目線となる。

 

「...人を助けることに理由なんて必要かな?..強いて言うなら...人助けが好きだからだよ」

 

「それだけですか!?」

 

「うん。それだけだよ」

 

「本当に!それだけですか!?」

 

「うん。そうだけど...そんなに理由はいる?....それよりも...もう...あのように見るのは止めて。そっちの方が嫌だ」

 

「...分かりっております。...本当に私達の為に戦って下さったのに...。貴女が来たことで安心しきって、他人事のように感じてしまって...。あんな酷いことを言ってしまって..。本当に本当にごめんなさい!!」

 

「お姉ちゃん、ごめんなさい」

 

母親はキキに対して土下座をした。

少女も謝る。

 

「ほう...。君はヒーローに向いている」

 

キキの言葉に感心した男性は、顔から怒りが消えて微笑んだ。

 

「そうですか...でしたら...この件に免じて見逃して下さい」

 

「それは無理だ...。...というか...ヒーローに向いていると言われて嬉しくないのか?」

 

「特に何も思わない」

 

キキの淡泊な反応に男性は、眉間に皺を寄せて訝しそうな表情になる。

ヒーローになろうが、敵(ヴィラン)にもなろうが、誰かの為に行動を出来るのならどちらでも良く、特に拘りなんてないキキ。

 

「全く...。もう、行くぞ」

 

男性は少し呆れて、溜め息をつくとキキの腕を引っ張り連れていく。

 

「待って下さい!このことで刑務所に入れさせられるのは止めて下さい!!罰金ならいくらでも払いますから!だから!だから!」

 

男性に抱き付いて母親が必死で懇願をする。

 

「....厳重注意ぐらいで済むと思うのだが、この子から話を聞かないと分からない」

 

男性は淡々と話す。

その姿はまるで安心させるようだった。

 

「...これで牢屋行きにならなければ良いのだけど...」

 

「それはこれからのお前さん次第だ」

 

安堵したキキに男性は注意をする。

 

着いて行こうとした

 

 

その時ー

 

 

「助けてくれてありがとう。お姉ちゃん!お姉ちゃんがほんとのヒーローじゃなくても!!私の中ではヒーローだよ!!私!お姉ちゃんみたいなヒーローになる!おじさん!お姉ちゃんにひどいことをしないでね。約束だよ!」

 

 

「.....ああ、約束する。だからもう、安心をしていいよ」

 

男性は一瞬呆けるが、キキの腕を一旦離すと叫ぶ少女のところまで行く。

そして、少女の前でしゃがみ頭を優しく撫でた。

 

「ほんと?」

 

「ああ、本当だ。約束する」

 

「じゃあ、ゆびきりして!」

 

「ああ」

 

 

男性と少女が小指と小指で何かしている間に、ウィズはこっそりと囁く。

 

「...ふぅー、何とかなったにゃ。けど、まあ。あの人普通に良い人そうだけど...。ただ、これからどうなるのかが問題だにゃ」

 

「戦ってはいけないみたいだけど...放っておくことは出来ない。それに..."個性"が不利だと動かないヒーローがいるのは大問題だ」

 

「そうだにゃ。君の性格上戦闘を避けられないのに、"個性"の相性で戦ってくれないのなら、また同じことが起きるにゃ。というか...戦うって決めた割には戦わないとは凄く情けないにゃ!!他もそうだけど、ここと似ているアレイシア達がいる世界でも相性が悪いからって逃げたりしないにゃ!というか...これからどうなってしまうのか考えると少し不安だにゃ。正直に話をしても、どこまで信じてもらえるかは分からないにゃ...」

 

キキとウィズは思わず溜め息をつく。

 

 

「待たせたな。では行くぞ」

 

話し終えた男性は、もう一度キキの腕を掴みどこかへと連れていく。

 

お辞儀をする母親と元気よく手を振る少女。

キキは引っ張られながらも、苦笑いで手を振ることしか出来なかった。

 

キキとウィズは誰も見えなくなったところで、これからのことを考えて、胸が押し潰されそうな不安を溜め息を長く吐いて、気を紛らわすことしか出来ないのであった。




自分が思っていることを書いたらこうなりました。

説教くさくなるかも知れませんが、間違っていることは間違っている。会話の時は楽しそうに書く、戦闘の時は格好よく書こうと思います。

それでも良ければ、これからもどうぞよろしくお願いいたします。



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3話 個性と魔法

まだまだ途中ですが、とあるコラボ楽しかったです。

それではどうぞ。


キキとウィズは話をする為にとある場所に連れられる。

その場所は赤と青と黄色の棒でできた少し高めのよく解らないもの、片方は階段でもう片方は坂になっている大きめな台みたいなもの、二本の鎖に繋がれた不安定な椅子がある公園と呼ばれる場所だった。

 

三人かけの長い茶色の椅子に男性とキキは座った。

男性はキキを座らせると立ち上がり、自動販売機でブラックコーヒーとスポーツドリンクを買ってきて、スポーツドリンクをキキに渡した。

 

男性はプルタブを開けて一口飲む。

 

「...全く...。君は一体何やってんだ。...とはいえ、君のお陰であの娘は助かった。それに自分がこれから説教されるのに気を使えるなんて偉いぞ」

 

男性はそう言うと、立ち上がって豪快に笑うとキキの頭を撫でた。

 

キキは頭を撫でられて少し照れてしまい顔が赤くする。見られたくないキキは顔を俯いた。

 

(...こうやって、褒められるの初めてだ。感謝されることはよくあるけど...と言うか、敵倒していないけど。なんか...照れくさいな)

 

「さて、褒めるところは終わったから。...次は本題に入ろうかね」

 

男性はズイッと前に出て顔を近づけた。

その顔からは笑顔が消え、井形がハッキリと浮かび上がる。

 

「君は何で戦っていたのかな?何でそんな敵(ヴィラン)みたいな格好をしているのかな?何でさっき逃げたのかな?全部説明してもらおうかね」

 

男性はただただ静かに言う。

それが逆に恐怖を伝わりやすくなる。

 

「...それと敵(ヴィラン)と戦ったのは、今日が初めてではないでしょ?君」

 

「...その前に質問をして良いですか?」

 

「別に構わないが、説教はするぞ」

 

 

キキはこれからの事を考えると頭が痛くなった。

覚悟を決める為にゆっくりと深呼吸をする。

 

 

「何で敵と戦かうことはいけないことですか?」

 

「....はい?」

 

質問の内容に手鼻をくじかられる男性。

男性はキキの顔をまじまじと見るが、キキは嘘をついているわけではないので真剣な表情だ。男性はキキが常識を知らないことに頭が痛くなり、思わず、これから飲もうと思っていた缶を落とした。

 

まだ缶の中にはブラックコーヒーがたくさん残っており、地面へと染み込んでいく。

 

ウィズも一呼吸入れて話し出す。

 

「そもそも"個性"って何なのにゃ?何で不思議な力を個性と呼んでいるのにゃ?それに、キキの使う力は"個性じゃなくて魔法にゃ。...私達はこの世界の者ではなくて、違う世界から来た者にゃ」

 

「そう言うこと。だから、この世界のルールなんて解らない。因みに戦って怒られたのはこの世界が初めてです」

 

因みにアレイシア達がいる世界でも魔法を使ったことに怒られかけたが、防衛手段として認めれお咎めはなかった。寧ろ正直に話したことにより、馬鹿にされたと勘違いされて牢屋行きになってしまった。

男性は驚きのあまりに声が出なくなり、鳩が豆鉄砲食らったような顔をする。キキはスポーツドリンクを飲みながら、男性が元の状態に戻るのを待った。

 

 

 

三分後ーー

 

 

微動だにしなかった男性が、首をブンブンと痛くなるまで振ってからやっとのことで喋り出す。

 

「...............何、常談を、言っているのかな?そんな嘘ついたって、説教は止めないし余計に長引くだけだ」

 

かなり動揺をしており、男性は腕を組んで威圧感を出そうとするが、全然感じられなかった。

 

ただ、キキはウィズが喋ったことに驚かないことについて、あぁ、この世界も動物は喋るんだ。と、一人場違いなことを考えていた。

 

「なら、実際に見てみると良いにゃ。ちょうど怪我をしているみたいだにゃ」

 

「えっ!?」

 

「気付いていたのか!?」

 

男性は怪我をしていることがバレ、キキは相手が怪我していること自体に驚いた。

 

「にゃははは。猫の嗅覚も中々鋭いものにゃ。血の匂いがそこまでしていないとは言え、治してもらった方が良いにゃ」

 

ウィズは得意げに言う。

 

「怪我した場所はどこ?」

 

「右腕と両足にゃ」

 

「そうなんだ。分かった。...でも見た限り、大丈夫そうだけど...。ちょっと腕捲ってもらおうか」

 

キキはきょとんとしている男性に袖を捲るように指示をする。それでも、やろうとしないもんだから、キキは

立ち上がって男性の右腕を掴もうとする。

 

「...いやいや、ちょっと!ちょっと!待ちなさい!何、個性を使おうとしているんだ。それに!そこまで怪我していないから...ほら!」

 

男性は慌ててキキを止める。

男性は右袖を捲ると固く引き締まっていた筋肉が青紫色に腫れている。

 

「あれ?ウィズ。血が出ているんじゃなかったの?」

 

「それは足だ。後、そんな簡単に気安く触るのではない」

 

「あ、ごめん。てっきり痛くて出来ないと思ったから。後、何でそんなに気にしているの?」

 

「そう言う問題ではない。あまり人の身体を触ってはいけないよ」

 

「えっ、でも、怪我をしていたし....」

 

「そうだけど、そこまでの怪我をしていないから。女性が見ず知らずの男性の身体を気軽に触ってはいけないよ」

 

「そう?気にした事はないけど...。何か理由があるの?」

 

「.........そうか...。何か起きてからだと、遅いんだが....」

 

「何かあるの?」

 

「そういうことは親とか学校とかから、学ばなかったのかい?」

 

「?」

 

首を傾げるキキと呆れて溜め息を吐く男性。

キキは男性とのやり取りをした後に、返事を聞かずに怪我を治す準備を取り掛かる。

カードを見せつけるように取り出し、魔力を込めて回復魔法を掛けた。淡い緑色の光が男性の身体を包み込んだ。

 

右腕の腫れはすっかりと消えた。

この分なら両足の怪我も確認しなくとも、ちゃんと治っているだろうと、経験から基づいて判断をする。

 

「......!?回復系の"個性"か....かなり珍しいな。.................いやいや!?なに、"個性"を使っているんだ?!公共の場で"個性"の使用は禁止だ!」

 

「あれ?納得してくれないのにゃ?」

 

「当たり前だ。そのカードも"個性"で作り出したんだろう?」

 

「....納得してくれないんだね...」

 

キキは男性が信じてくれないことに困り果てた。

腕組みをして考え込んでいると...。

 

「......まあ、話してみてみなさい。それから、考えてみるからさ。その"個性"......いや、魔法とやらを。...具体的にはどんな事が出来るんだ」

 

胡散臭そうにしていた男性は、このままだと切りがないと察し話を促した。

キキとウィズは少し嬉しそうに話し出した。

 

「けっこう色々なことが出来るよ」

 

「勿論にゃ。今みたいに怪我を治したり、火、氷、雷、光、闇で攻撃したり、防御障壁で身を守ったり、精霊強化魔法で身体を強くしたりすることも出来るにゃ」

 

「.........そんなに出来るのか......ちょっと、これ、かなりまずいな。...今から説明する」

 

男性は辺りをキョロキョロと確認をする。

念のために人が自動自販機の後ろや周りに誰かいないかと念入り深く確認した。

 

「にゃにゃ!?そこまでするのにゃ?!」

 

男性の異常とも言える確認行動にウィズがかなり驚いた。

 

「...当たり前だ。もしその話が本当なら、相当ヤバイんだぞ。......全く、"個性"はそんなに便利なものではない。...それに最悪敵(ヴィラン)に目をつけられて、誘拐される恐れもあるんだ」

 

一通り確認終えると男性はキキの隣に座って、大きな溜め息をつくと話し出した。

 

「......"個性"とは、自然界の物理法則を無視する特殊な能力だ。そしてその力は身体能力の延長である。早ければ産まれた直後に発見し、遅くても四歳までには発見する。例外もあるが...。強力なものでは、辺りを簡単に火の海に出来るほどの火力を持つ者。自分の肉体からあらゆる道具を造り出す者などがいる。弱いものでは、目玉が飛び出すだけの者。指が伸びるだけの者などがいる。そして、"個性"には必ずデメリットがある。私ではこの力を使う度に怪我を負うことだ。だが、訓練すれば、デメリットを弱くすることが出来るし、鍛えれば鍛える程強くなる。分類的には三つに別れている。一つ目は発動型。二つ目は変異型。三つ目は...異形型...ただ、この言い方には気を付けてくれ、差別的な表現でもあるから」

 

「えっ!?何で差別用語って解っているのに言い方を変えないの?」

 

「そこは私でも解らない。一応、私の所属先では言い方を変えたりして、言わないようにしている」

 

キキの怒りに男性も溜め息で同意をする。

 

「じゃあ、何て呼んでいるのにゃ?」

 

「...色々な形があって定められていないから不定型と呼んでいる」

 

「ふーん、そうなんだにゃ。じゃあ何でその力を"個性"って呼び方をしているのにゃ?随分と変わった呼び方だにゃ」

 

「......ずっと昔の話。まだ"個性"が、マイノリティだった時代。"個性"を持った子供を産まれたんだが、民衆から差別されたんだ。その時に母親が、この力もこの子の個性ですって言ったのが始まりらしい」

 

ウィズの疑問に男性は、目を閉じて険しい表情で頭を絞って思い出す。

 

「....じゃあ、今度は、こちらから質問をする。君は戦ったことがあるだろう?」

 

「うん、あるよ」

 

キキは何も間違いないと言わんばかりに堂々と言う。

 

「.........そう言うことは堂々と言うな!!...で、どうして戦ったんだ?」

 

男性はキキを叱ると呆れ気味で質問を催促する。

 

「それは簡単だよ。困っている誰かを助ける為だ」

 

キキは屈託の無い笑顔で言う。

 

男性はキキの笑顔に一瞬見とれるが、頬を叩いて強制的に考えを変える。

 

「...確かに人助けをするのは素晴らしいが、そういった事には役割がある。君の出番はないよ」

 

「悪いけどそうは思わないよ」

 

キキは力強く言い返す。

事情を知らないとはいえ、面と向かって言われると、今までの出来事を全て否定された気分となる。キキは自分でも気付かぬうちに男性を睨んでしまう。

 

男性はぶつぶつと何かを呟く。

キキとウィズは男性の行動についていけなくなっていると、突如男性はキキの腕を掴む。

 

「えっ!?」

 

「にゃあ!?」

 

驚く一人と一匹を尻目に男性はどんどんと行動を進める。

 

「方針は決まった。これから君達はある場所に来てもらう」

 

男性は話をどんどんと進めていくものだから、キキとウィズは驚いてついていけなくなる。

 

「行くってどこへ?」

 

困惑した表情で聞くキキ。

男性はチラッて少しだけ見ると力強く宣言する。

 

 

「“児童養護施設オアシス”だ!」

 

そう言われたキキは無理やり走らされて、急がされるのであった。




少し短めですが、きりが良いのでこの辺りで終わります。

※11月24日内容を少し変更しました。


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4話 児童養護施設オアシス

遅くなって申し訳ございません。

色んな事があったり、気になるニュースの方を観ていたり、ヒロアカでこんな設定有りかなって考えるのに時間がかかりました。

誤字、脱字、疑問点などがあるかもしれませんが、楽しんで読んで頂ければ嬉しいです。


手を引っ張られるままにキキは街の中を走らされていた。走っていく内に建物や人が少なくなっていく。

どれぐらいの間、走っていたのかは分からないが、いつの間にか自然多き場所になっており、辺りには民家と思わしき建物があった。

 

そして、目の前には、巨大な学校みたいな建物が建っていた。

建物の大きさと比例するかのように庭も広く、庭の周りにはそびえ立つ鉄の柵で囲まれ、目の前にある大きな門が固く閉ざされていた。外との連絡用に小屋が門の近くに設置されており、小屋は人一人分に入るのに少し余裕があるぐらいの大きさだった。

 

小屋の中には人型の亀がいた。

シュッツと目が合うとその人はニコッと笑い、帽子を軽く上げて挨拶をする。その後、キキと目が合うと一瞬目をぱちくりとしたが、手でポンッと軽く叩くと一人で納得をしだした。キキとウィズに穏やかな笑みを浮かべると歓迎の合図として軽くお辞儀をする。

 

「これはこれは、シュッツさん。お疲れ様です。お嬢さんも、児童養護施設オアシス東京支部へ、ようこそ」

 

 

門番がそう言うと門がゆっくりと独りでに開く。

門が空いた途端、シュッツはキキの腕を掴んで早く入るように急かされる。キキが驚いて辺りを見渡すと、門番は無反応でこういうことはよくあることなのか?とキキは察する。

 

門が無事に閉まるのを見届けてから歩き出す。

 

「中々な良さそうな場所だにゃ」

 

キキとウィズは感嘆な声を上げた。

 

そこは緑溢れる場所だった。

ただ自然豊かな庭ではなく、草が生えていても歩きやすい長さにカットされ、色とりどりの花が咲き誇っていた。門から建物の位置は遠く、はるか彼方と錯覚してしまう程の距離だった。広大な土地に威厳を感じてしまう程の建物が示す。

 

 

巨大な建物、厳重に柵で囲む、それらからここは重要な場所だと物語っていた。

 

 

建物に近付くと段々、遊んでいる子供達の声が聞こえてくる。

きちんと整備された道を歩く。途中途中、ここで働く人達と目が合う。笑顔で軽くお辞儀をする者もいれば、じっとこちらを見る者もいる。互いに目が合うが、すぐに目を逸らす。

 

キキはシュッツの後ろを歩いているが、シュッツはキキのことを気にも留めていなかった。どうやら、それなりに信用してくれたみたいだ。

 

ウィズは退屈しのぎにシュッツに質問をする。

 

「そう言えば、児童養護施設って何だにゃ?」

 

「...そんなことも分からないのか...」

 

シュッツは呆れ顔で溜め息をつく。

 

「児童養護施設とは、訳あって身寄りのない子供達の世話をするところだ」

 

「何だ。教会みたいなもんにゃ」

 

「そういったことは、クエス=アリアスでは教会がやるんだよ」

 

キキはウィズの話に少し増補する。

 

「...ああ、そう言うことか...。単純に言い方が違うだけか...。って!!何、簡単に納得しているんだ私は!」

 

シュッツはなるほどと納得しそうになるが、立ち止まって首を振り考え直す。顔に手を当てて自分自身に呆れ果てていた。

 

「ここはよく手入れされているね」

 

「そうだにゃ。本当によく手入れされているにゃ。ここまでちゃんとしているところは中々ないにゃ。こういうところは人手不足になっていることが多いのににゃ。庭の手入れだけで、もう二~三人見ているにゃ」

 

シュッツの気を取り直す為にキキとウィズは、少し大袈裟気味の明るい声で話を変えた。

 

「...ああ。誰が見てもここは綺麗な場所だと思う」

 

 

「けど、だからこそ、悲しいんだ」

 

キキとウィズに向けていた笑顔が、悲しそうな憂い顔になった。

 

「...それは、どういうことにゃ?」

 

ウィズは真剣な表情になって追及する。

 

「国を挙げてとあるプロジェクトを行っている。その一環として、ここ児童養護施設オアシスでは特別プログラムを実施している。その影響により人が必要以上にいる」

 

「プロジェクト?特別プログラム?」

 

「随分と大掛かりになっているのにゃ」

 

「理由は色々あるが敵(ヴィラン)になる人が多いんだ。国が少しでもそういった人達を減らそうとしている。そこで、一番、敵(ヴィラン)になりやすくて分かりやすい理由はお金だ。だから、新しい職場が見付かるまでここで雇って働かせている。それが特別プログラムだ。そうすれば、少なくともお金目的の敵(ヴィラン)を減らすことができる」

 

「...なるほどにゃ。だからこんなに綺麗なのにゃ。綺麗になればなるほど、犯罪者になる人が多いってことにゃ」

 

「そう、そういうことだ。綺麗になることは良いことだし、子供達も余計な怪我をしなくて済む。...だが、それほど敵(ヴィラン)が多いんだと嫌でも実感してしやすくなってしまう...」

 

シュッツはどうしようもない現状に溜め息をついた。

 

「なるほどそういうことなんだね。ところで、ここで働いている人達はどれぐらいいるの?」

 

キキはさらに質問をする。

 

「ここで正式に雇っている人達を”正規”って呼んでいるのだが、三十七人働いている。特別プログラムによって働いている人達を”非正規”と呼んでいて五十四人働いている」

 

「元々多いんだね」

 

「ああ、まあな。警備員とか医師とか専門員とかがそれなりの数が必要だからね。敵(ヴィラン)に狙われやすいし。それに、ここでは"個性"の研究もしている」

 

「何で子供を保護する場所で"個性"の研究をしているのかにゃ?...まさか?!」

 

ウィズの顔が強張った表情となる。だが、シュッツは笑い飛ばした。

 

「ワッハハハ。そんな非道なことはしない。ただ、子供達を日頃から観察して異常がないかと調べるだけだ。せいぜいやるとしても、血を少しくらい取る血液検査ぐらいだ」

 

シュッツは笑い続けるが、キキは気まずくなって謝る。ウィズの頭を軽く押して謝るように催促をする。ウィズもまた気まずくなっていたようですぐに謝った。

 

「ごめんなさい」

 

「疑ってごめんにゃ」

 

「...こういうことは結構言われ馴れているから平気だ。寧ろ、君達みたいに謝ってくれる人は少ない。この施設に研究所がある理由は、子供達の中には"個性"を上手く制御出来ずに、親を殺してしまった子もいる。そういった悲劇を二度と起きないようにする為の研究所なんだ」

 

シュッツは笑っていたが悲しそうな笑みだった。

キキとウィズの表面上は落ち着いているように見えているが、内心かなり驚いていた。

 

魔法でも、上手く制御出来なくて暴走してしまった例は聞いたことはあるが、それは大人だけで子供では聞くことはない。普通の子供には暴走する程の力がないからだ。

 

詳しく聞けなかったが、"個性"とやらは、子供でも強力な力を得てしまうのだろう、とキキとウィズは推測をする。この世界のことを何も知らなくても、一刻も早く研究を進めるべきだと理解をする。

 

「そんな大事な理由があるのにね...」

 

余計に罪悪感を感じてキキはシュンとなる。ウィズもかなり罪悪感を感じたようだ。

罪悪感から逃げる為にウィズは話を変える。

 

「...話を変えるにゃ。さっきのシュッツの話で気になったことがあるにゃ。国の考えとはいえ、元犯罪者をここで働かせても大丈夫なのかにゃ?もし、被害者と加害者が鉢合わせてしまったらどうするのにゃ?」

 

ウィズはかなり心配をするのだが、対称的にシュッツは

軽い言い方で説明をする。

 

「ああ、それなら大丈夫だ。そういうことはちゃんと大丈夫かと調べているし、鉢合わせしないようにもしている。それに、これにはちゃんとした訳がある」

 

「えっ、それってどういうこと?」

 

シュッツは一呼吸して言う。

 

「これは、加害者に自分がどれ程罪深いことをしたのかを見せる為だ」

 

キキとシュッツの歩みが止まり立ち止まった。シュッツは振り替えって話を続ける。

 

「...いくら、生きる為とはいえ、誰かを傷つけたんだ。どんな理由があったとしても誰かを傷付けてはいけない。そもそも他の道があったのに、敵(ヴィラン)の道を選んだのなら、それ相応の反省が必要となる。...子供達を見れば、自分がこういうことをしたんだと。ここで働いていれば嫌でも解るだろう。それを糧にしてこれからは真っ当に生きていくってな」

 

「...でも、それだけで反省するもんなのかにゃ?」

 

「...確かに、反省する人はいると思うけど、皆が皆そうだと思えないな」

 

キキは今までに敵を思い出す。

事情がある者ならばそれが解決次第に止まってくれるから楽だ。けれども他のタイプは止めるのが難しい。信念がある者の中には自分の中で折り合いをつけてくれるパターンもあるが、大概は達成するまで止まらない。まだこの手の人達は良くて、最悪の場合、誰かが苦しんでいるところを見て喜んだり高笑いする人もいる。

 

あの女魔道士の笑い声が聞こえてくる。あのような人には一生無理だろう。

 

キキは考え耽っていたがシュッツは話を続ける。

 

「反省をしない人は連れてこないさ。何度でも言うけど、ここに連れてくる時は念入りに調べて、犯した罪が軽い人。心の底から反省している人。子供達に悪影響を与えない人とかね。間違っても"個性"を使って人を殺したい、自分の欲のままに暴れた人は連れてこないよ」

 

「そっか。それなら大丈夫だね」

 

「まあ、職を見付けてあげるだけでも違うと思うにゃ。...と言うか、何で、そんなに暴れたい奴がいるのかにゃ。人を傷つけるくらいなら、誰かの為に使おうって思わないのかにゃ?」

 

ウィズは思い切り溜め息をつく。

ウィズの発言にシュッツは優しく微笑んだが、現状を思い出して苦笑いをする。

 

「...ほんと何でだろうね..。私には分からない。皆が君達のような考え方になると良いのだが...。だけど、"個性"を使って良いのはヒーローになってからだ。一般人の時は駄目だからね」

 

シュッツはウィズの考え方を誉めた。キキには同じ目線になって優しく叱る。あの時のことは良いことだと認めるのと同時に、二度と危難なことをしないように警告をする。

 

けど──

 

 

キキとウィズにはその考えにかなり納得いかなかった。

 

「...身を守る為でもにゃ?」

 

「...駄目だ!」

 

ウィズの苛立ちが含んだ声にシュッツは驚いたが、直ぐ様に素に戻って叱る。

 

「ヒーローが来るまで待ってないといけないの?」

 

キキも反論するかのように質問をする。

 

「勿論だ!」

 

シュッツはさらにきつく叱る。

 

「...それは無理だね。"個性"とやらの相性で戦わなくなるから意味ないし、そんな人達を待つくらいなら自分で戦う方が遥かにマシだ」

 

キキの冷え冷えとした言い方で否定をする。

シュッツはキキの冷たい雰囲気に圧倒され、呆然としてしまうが、すぐに気を取り直してキキの目をじっと見詰める。暫くしてシュッツは気を引き締めて言う。

 

「...ああ、そういうことか...。君達がどうしてそのような考えを持った経緯は解らないけど、ここには君と同じ考えを持った人達が沢山いる。子供も大人も関係なく。私もその一人だ。...けど、自覚しているからこそ、一日でもより多くの訓練をしたりして、あらゆる状況に対応出来るようにし、もう二度と起こさないようにと誓っている」

 

「でも、他の人達はそんなこと気にしていなそうだよ。戦うと自分で決めたわりには、"個性"の相性で戦う相手を決めるんでしょ?それに...ここの人達が気にしていても、他の人達が気を付けていなければ意味はない」

 

「ああ、君の言う通りだ。...彼らは幸か不幸かそういった事を現場で体験してない故にそれを知らない。だから、相性が悪いから仕方ないって考えるし、ヒーローの数も多いから誰かがやればいいと思っている」

 

「施設が必要な程被害者が出ているのに、悠長なもんだね。と言うか、そういうことは起きてからでは遅いよ。その後の遺された人達のことを想像出来ないなんて....やっぱり、この世界のヒーローなんて待っていられないよ」

 

「それも君の言う通りだ。...ところで、何で一般人が勝手に戦闘に参加してはいけない理由は解るかい?」

 

キキのトゲトゲしい言い方にも、シュッツは一歩たりとも退かなかった。

キキの言っていることは正しく、反論する術がなかったシュッツは別の視点に変えて説得を試みる。話を変えられたキキは怒ることはなく元の口調で話して質問に答えた。

 

「一般人が戦闘に参加してはいけない理由?それは下手に手を出せば、攻撃の邪魔になったり味方の足を引っ張ったりして迷惑をかけるから」

 

「そう、その通りだ。...って!分かっているなら、止めなさい!!君が戦わなくたって、プロが代わりに戦う。すぐに信じろとは言わない。けど、もう、君は戦わないでくれ。...だって...君は...あの時の戦いが初めてじゃないんだろう?本来、君みたいな一般人が戦わないといけないと思わせるのが、可笑しいんだ。君達から見たヒーローはとても情けない存在だけど...。それでも私達ヒーローが頑張るから...ね」

 

怒鳴る程の勢いがあったが、段々と弱くなっていき、か細くなっていた。シュッツは手で顔を覆って声を抑えようとしたが、嗚咽が漏れ涙が見え隠れしていた。弱々しくも必死に説得させようとするその姿はまるで、許しを求める罪人のようだった。

 

尋常ではその様子にキキとウィズを狼狽え、必死に宥めようとする。

自分達以外にも戦う者が現れる度に、泣いて止めようとして、代わりに立ち上がっても変えられない現実に憤っているのだろう、と直感的に感じ取る。

 

「別に責めている訳じゃないよ。ただ、出来ていない人がいるから文句を言っているだけだよ。ちゃんとやっている人には文句はないよ」

 

「そうだにゃ。私達はちゃんとやっている人達には文句はないにゃ。....私達は気づいての通り、戦ったことがあるにゃ。それもかなりの場数を踏んでいるにゃ。私達が戦っているのは現場にいる人達が情けないからではないにゃ。この力、魔法を人の為に、正しく使いたいだけにゃ。だから、泣かなくていいにゃ。自分を責めなくていいにゃ。少なくとも私達は、自分の意思で立ち上がって戦っているにゃ」

 

かなり慌てていたウィズだが、途中から落ち着いた声で優しくシュッツを諭した。

それでも、シュッツは泣き続けていた。ゆっくりと手を下ろし顔を剥き出して喋り出す。

 

「...それでも...私は......。...いや、君達はどうして戦っていたことは分かった。けど...不思議だ...。君の"個性"はかなり強力だ。それなのに噂話の一つも聞いたことがない。絶対に目立ってしょうがない筈なのにな...。...やはり、君達は異世界人で、"個性"ではなく魔法...?」

 

「そうだよ」

 

「.........信じるしかないのか...?まあ...こればかりは..."個性"検査と記憶を見れば分かるだろう...」

 

キキのしれっとした言い方に、シュッツの涙は驚きで止まっていた。

強力な力なのに一度も噂を聞いたことがないところから、少しずつ信じ始めたようだ。

 

「....そう言えば、記憶を見るってどうやって?」

 

「"個性"だ」

 

「"個性"って色んなことが出来るんだにゃ。でも、何でそういう人を雇ったのかにゃ?」

 

「うん、そうだよ。悲惨な事件から運良く生き残った子供から知る為にね。後、ここで、急遽働くことになった非正規の最終確認をする為にもね」

 

「なるほどにゃ。じゃあ、シュッツは何で泣いていたのかにゃ?」

 

何となく気付いていたが、ウィズが一番気になったところなので尋ねる。数秒間黙った後にシュッツは意を決したようでゆっくりと語る。

 

「ここに来る人達の中には、君達と同じ考えを持ち、戦っていた者もいる。...そして、保護された子供達の中には、"個性"の相性で、戦ってくれず見殺しにされた子もいる。...それを知っているからこそ、同じヒーローとして情けないんだ」

 

予想が当たり、シュッツのげんなりとした姿を見て、キキとウィズは互いに顔を見合せて溜め息をつく。

シュッツはその姿を見て歩き出す。この話もうしたくないようだ。シュッツは二人を置いて行く。

 

「君達、置いて行くぞ」

 

シュッツは後ろを振り返って、立ち止まっていることに気が付きキキに向かって叫んだ。キキはゆっくりと後を追う。

 

「......なんか、この世界可笑し過ぎるにゃ」

 

歩き出したキキの肩の上で、ウィズは小声でぼやきが出る。キキは何のアクションを起こさなかったが、ウィズと同じ意見だった。

 

あの後、何事もなかったように建物に向かって歩いていると、遊んでいる子供達とすれ違った。

 

「あ、くまさんだ!」

 

「くまさ~ん」

 

「あそんでーあそんでー」

 

シュッツは子供達から慕われており、遊びをせがまれていた。軽く高い高いをしてあげたりするが、他の時間が掛かるような遊びはやんわりと断っていた。

 

「あたらしい人?」

 

「...ヴィランみたい」

 

「あー、あの人のかたにねこがのっている!」

 

「ねこさんだー。かわいい!」

 

「にゃんにゃんさわらせて」

 

「今、急いでいるから、無理なんだごめんね」

 

「むー!さわらせてくれたっていいじゃん!」

 

「ごめんね」

 

キキは頬を膨らませる少女を軽くいなした。

歓迎されているシュッツとウィズと違って、キキは子供達から怖がられていた。原因はキキの格好がヴィランに見えるらしく、怖がられて木で身を隠したり、身体を震わせていた。だけどもウィズのお陰で場はなんとか持ち堪える。

 

(...この格好魔法使いの正式な服装だけど...敵(ヴィラン)扱いしないでほしいな...)

 

トラウマの影響で何かと思い出しやすく、傷つきやすいのは解るが、流石に敵(ヴィラン)扱いされるのは、納得いかないキキであった。

 

そんなこんなで建物の前に辿り着く。

建物の前には子供達が二、三十人ぐらいいる。その子達の周りには三人の大人がいた。

大人三人の中でもある女性が一際目立っていた。亜麻色の髪は腰までとどく程長く、ウエディングドレスのように真っ白いメイド服を着た二十代前半の女性。子供達に囲まれた彼女は聖母の様な微笑みを浮かべていた。

 

その女性がシュッツに気が付くと、こちらに駆け寄って近づいて来る。

 

「シュッツさん。お疲れ様です」

 

「ああ、お疲れ様。花野さん」

 

「はい、お疲れ様です。...あら、そちらの方は...。初めまして、私は花野 香【はなの かおり】と申します」

 

女性ー花野香はキキにお辞儀をする。

 

「こちらこそ、初めまして。キキ・レイラドルです」

 

「うふふ。御行儀良くていい娘ね」

 

キキは挨拶をする。その様子に香は嬉しそうに微笑む。

 

「この娘はさっき保護したんだ。今後どのように対応するのかは決まっていない」

 

シュッツが説明をすると、香の顔から笑顔が消え視線が地面の方に落ちた。数秒間俯いていたが、元の笑顔に戻してキキを見つめる。

 

「そうなのね...」

 

「...今まで本当にお疲れ様。良く頑張ったわね」

 

香はキキの事を慈愛で満ちた眼で見つめる。

哀れるのではなく、心の底から心配し親身になって考えている。ここに来る者は何かしらの理由で、心に傷を負っている者だと知っている故の行動だ。

 

子供も大人も訳のある人達が集まる場所故に、心から心配をし無事だと安堵の涙を流す。

 

過去のことを引きずらせないように、香は笑顔で迎えて褒め称える。

キキには関係ないのだが、説明するのは難しいし、話をしたところで信じてはくれない。けど、今まで色々な出来事があったのは本当のことだから、話を合わせることにする。

 

「今まで、色々なことがありました。....でも」

 

 

「その分楽しかったから大丈夫だよ」

 

 

想いが駆け巡り、かつてのことを振り返る。

 

(...本当に色々な出来事があった。理不尽なことも沢山あったし、いつ死んでもおかしくはないことも沢山あった。...だけど、困っている人達を助けられて良かった。何よりも...色んな人達と出逢えて仲良くなれた。掛け替えのない友達も沢山できた。楽しく過ごせたことも沢山あった。...それだけで充分だ)

 

キキは笑顔でもなく、目を閉じていただけなのだが、香はその姿を見て安心をする。

確認の為、うっすらと目を開けたキキは心の中で苦笑いをする。そもそも心に傷を負ってここに来たのではなく、行く宛がなくてここに来ただけのことだ。

 

それでも、心配させてしまったので、安心してくれたところを見てホッと息をつく。

 

良い雰囲気になっていたところをシュッツは、手をパンパンと叩き壊した。香、キキ、ウィズ、ボーとしていた他の大人と子供達はシュッツを一斉に見る。

 

「はいはい。良い雰囲気のところを悪いんだけど、その娘にはこれから用事があるもんでね。花野さん、悪いんだけど、先に生かせてくれないか」

 

「あらまあ、ごめんなさい。急いでいるのに引き留めてしまって...。では、いってらっしゃい。...でも、その前に」

 

そう言うと香は腕を伸ばして、白いレースの手袋をはめた手でウィズを掴み上げた。

 

「にゃにゃ!?ちょっ!?放してにゃー!!」

 

「えっ!ちょっと!?何するんですか!?放して下さい!!」

 

これにはウィズとキキはかなり驚いた。

納得がいかないキキは全力で抗議をする。キキとウィズがここまで怒る理由が分からない香はきょとんとする。

 

「あのー...。捨てようとしていませんのよ。本館は動物禁止なもので、裏手にある小屋に連れて行こうとしただけなのですが...。...あら?この猫ちゃん。雄英の根津校長みたいに喋るのですね」

 

「本当に捨てない?どこか別の場所に連れて行かない?」

 

「ええ、本当ですわ」

 

「本当の本当に?」

 

「ええ、本当の本当にですわ」

 

不安で念には念を入れて訊くキキに、嫌な顔を一つもせずに応える香。話をボーと聞いていた翼を生えた少年が意地悪そうにニヤッと笑うと話に参加した。

 

「でも、里親に出しちゃうかもな!」

 

「それも止めて!!」

 

涙めになるキキをケタケタと笑う少年。

少年はシュッツから軽く拳骨を食らい、香からはこっぴどく叱られた。

 

「イッテェー」

 

「こら!翔太君!人の大切なものでからかうのではありません!!ペットだって大切な家族ですよ!それに里親に出したのは、あの犬ちゃんは家族がいなかったからですのよ!この猫ちゃんには関係のないことですよ!ほら、ちゃんと謝りなさい!!」

 

「.........ごめんなさい」

 

少年はばつ悪そうに言うと、居たたまれなくて直ぐにその場から離れてたのであった。

 

「ごめんなさいね。翔太君が失礼なことを言ってしまって」

 

香は深く謝った。

 

「大丈夫だよ。謝ってくれたから気にならないよ」

 

キキは取り乱したが、謝ったので怒る気持ちはなくなり気にしないようになる。

 

「そう言ってもらえると有り難いですわ」

 

二人の会話が終わったところを見届けると、シュッツがすかさず割り込んで先に進むようにと促した。

 

「済まないね。色々あってあんな感じの子もいるんだ。...さて、悪いんだけど、早く先に行きたいから、その猫を花野さんに預けてくれないか?」

 

「うん、分かった。香、ウィズのことを宜しくね。ウィズ、また後でね」

 

「また後でねにゃ」

 

「えぇ、分かりました。任せて下さい」

 

「では、行こうか」

 

「ちょっ!?ちょっと!?にゃーー!尻尾を引っ張らないのにゃ!!変なところを触らないのにゃ!!ちょっと!にゃーー!!」

 

他の子供達にもみくちゃされるウィズ。

 

「このねこしゃべるんだ。すごーい」

 

「まるで、ゆうえいの校長みたいだな」

 

「お願いだから優しく触ってね!!」

 

「花野さんに任せたら大丈夫だから。ほら、行くぞ」

 

「ちょっ!?」

 

呆れ気味のシュッツにローブを引っ張られて、無理やり連れて行かれるキキであった。

 

「こらこら、猫ちゃんをちゃんと優しく撫でてあげなさい。良いですね?」

 

「「はーーい」」

 

扉を閉める時子供達の声が元気良く鳴り響いた。

 

 

 

屋敷に入ると先ず、大量の下駄箱が目に留まった。その奥には事務室と思われる場所があり、その部屋の中で三十代前半の紫色の髪に鋭い眼の男性が働いていた。

 

屋敷の中は必要最低限の物しか置いておらず、やはり掃除が行き届き塵一つ落ちていなかった。シュッツは靴を下駄箱に置いてスリッパに履き替え先に進む。紫色の髪の男性と話すとどこかの部屋の鍵を受け取り、キキにも上がるように指示をする。

キキはブーツをどこか邪魔にならないとこに置いておき、用意されたスリッパに履き替えて、屋敷に上がるのであった。

 

 

屋敷の中を進んで行くシュッツとキキ。階段を降りるとやけに頑丈な扉の前に着いた。

シュッツが鍵を使って開けると、そこは薬品の臭いが漂う医務室だった。

 

シュッツとキキを迎えてくれたのは、白衣を着た六十代前半の白髪の男性と、ガトリンが着ていたような服、いわば、ナース服を着た四十代後半の女性。クリーム色の髪の毛をひとつ結びにしている。

 

男性と女性は予め話を聞いていたみたいで、キキのことを困惑した目で見てくる。

 

男性が恐る恐るとキキに話し掛ける。

 

「え、えっーーと、君がキキ・レイラドルかね?」

 

「うん、そうだけど」

 

「そ、そうか。私の名前は測定 真太【そくてい しんたい】だ。まあ、そこの椅子に座って気長にしてくれ」

 

そう言われたキキは背もたれのない黒い丸い椅子に座った。キキが座ると真太は話し出す。

 

「今から、"個性"を確認する為に足のレントゲンを撮ったり血液検査をする」

 

「それで解るの?」

 

「ああ、解るさ。足の小指に関節があるかないか。血を調べることにより”個性因子”があるかないかとね。君には、検査結果が出るまでの間に君が言う”魔法”とやらを見せてもらうよ」

 

キキが返事をする前にすぐ様検査が始まった。

 

こことは違う部屋で足の写真を撮られたり、左腕から注射器とやらで血を少量採られた。キキはこれまで味わったことのない痛みに戸惑った。

 

待っている間キキは彼らに魔法を見せた。

 

左腕の注射の時にできた小さな傷を回復魔法で治したり、火、氷、雷、白い光、黒い闇を軽く出したたりした。

 

彼らは見る度に驚き困惑をし、魔法を使う度に険しい表情になっていった。

 

もっと出来るか?と訊かれ、キキは更に魔法を続ける。身体を強化して部屋のはしに一瞬で移動したり、水や風を発生させたり、煙を発生させて部屋の中を見にくくしたりした。

 

「これで、一通りかね?」

 

「うん、大体はね」

 

「他にも出来るのか?」

 

「出来ることは出来るけど、複雑な魔法は準備が必要だから今は無理」

 

ある程度終わった後、真太から質問をされるキキ。

真太は今までのことをノートに書き込むと、更に質問をする。

 

「"魔法"とやらのデメリットは?」

 

「魔法は魔力がないと出来ないし、問われた問に正確に答えなければ発動しないし、唱えているからその分時間が掛かって、素早い動きの対処が苦手」

 

「そ、そうなんだな。では、杞奥さん。宜しく頼む」

 

「はい。分かりました」

 

険しい顔をした女性へと担当が代わった。

 

「初めまして、私の名前は杞奥 響明【きおく きょうめい】と申します。早速ですが、レイラルドさん。私の"個性"で貴女の記憶を見させて頂きます。その際にこの薬を飲んでください。この薬はただの睡眠薬です。毒ではないのでご安心ください。もし、不安でしたら、この薬を飲んだことをある人を今すぐお呼び致しましょう。何か質問をありますか?」

 

白い丸い錠剤を見せながら、有無を言わせない堅い口調で説明をする響明。

 

キキは質問をする。

 

「質問です」

 

「はい。何でしょう?」

 

「何で、ボクの記憶を見るのに睡眠薬に必要なんですか?」

 

「はい。必要です。私が"個性"を使って記憶を見ると、相手にも私の記憶が見られてしまうのです。私の記憶には今まで色んな人達を見てきたので、その人達の記憶が私の頭の片隅に残っているのです。相手方のプライバシーを守る為であります。レイラルドさん、はっきり言って、私どもは貴女のことを信用しておりません。なので、貴女には記憶を見ないように寝ていて下さい。では、納得して頂けたら、そちらのベットに腰を掛け、薬を飲んで寝て下さい」

 

キキは案内された白い簡素なベットの上に座り、薬と水の入ったコップを受け取ったまま俯いた。

 

キキはちらっと彼らを見るが、険しい表情でこちらを見るだけだ。

 

(......はあ...。飲まないといけないみたいだね...。...覚悟を決めるか)

 

心の中で覚悟を決めたキキは薬を飲んだ。

強力な睡眠薬だったようで、すぐ様暗闇が訪れるのであった。

 

 

暫くたつとキキは目を覚ました。

 

薬の影響で眠たい頭を無理やり動かして、キョロキョロと回りを見渡した。シュッツと真太は起きたキキと目があってかなり戸惑っていた。もう少し先を見れば、キキが座っていた丸い黒い椅子の上にウィズがちょこんと座っていた。

 

キキはウィズを見て一安心をする。

ウィズはキキが起きたことを確認すると、キキの肩の上に移動した。

 

「おはようにゃキキ。もう夜だけどにゃ」

 

「おはようウィズ。大丈夫だった?」

 

「中々大変だったにゃ。...そんなことより!キキの記憶を見てどうやら、私達のことをやっと信じてくれたみたいだにゃ!...でも、大変だったにゃ。かなり慌てた様子で私を捕まえに来て、息つく間もなく質問攻めされたにゃ...。でも、そのお陰で、私達が元の世界に帰るまでの間、ここに泊まって良いことになったにゃ。生活費も国が出してくれるにゃ。でも、その代わり......」

 

 

「ヒーローとして、働いてもらう」

 

嬉しそうに話すウィズに割り込んだシュッツ。先程の戸惑い顔は消え真剣な表情になっていた。

 

「すぐには働けないけどね。色々とあるから、...しかし、一つ質問があるのだが...君達が来たってと言うことは......この世界は何か大変なことが起きるのか?」

 

「必ずしもじゃないけど、大概は何かしらある」

 

「悪いけど平和だった方が少ないにゃ」

 

「......そうか...」

 

シュッツは心底げんなりとした声で言う。

シュッツは自分の気持ちを切り替える為にも、ごほんっと咳払いをする。

 

「君の魔法は目立ち過ぎる。だから、表向きには"個性"ということにしてもらう。色々と考えた結果。君の"個性"は...他人の力を借りる個性だ。...そして、君は本来に"無個性"だ。ほんと驚いたよ...」

 

「今度は私が説明する」

 

真太が話に割り込んでくる。

 

「キキ・レイラドル。君が"無個性"という結果についてだ。理由は...君の足の小指の関節があったこと。君の身体から"個性因子"が見つからなかったこと。...しかし...面白い。魔法とやらは、魔力が尽きるまで発動出来て、魔力が回復すれば、また発動出来る。それに対して"個性"は"個性因子"は尽きることはないけど、回復することは出来ない。ほんと不思議だ」

 

「そう言うことだ。後、君にデメリットのことも聞いたのだけど...その結果、デメリットにならな過ぎる。これもヒーローになるまでの間に考えておこう。......まあ、色々なことがあったけど、宜しくな。キキ、ウィズ。私の本名は諸橋 刃【もろはし やいば】。で、シュッツと言う名はヒーロー名だ」

 

刃はそう言うと右手を差し出した。キキも右手を差し出し握手をする。

 

「こちらこそ、よろしく」

 

「よろしくだにゃ」

 

こうして、一日目にして色んな事があったのだが、この"個性"で成り立つ不思議な異世界での生活に幕が上がるのであった。



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5話 日常の始まり

チュンチュン

 

ウィズが気持ち良さそうに寝ている中、鳥のさえずりで起きたキキがカーテンを開ければ、部屋に朝の日差しが柔らかく射し込む。

 

キキが軽くストレッチをしながら部屋を見渡す。

ベット、机、クローゼットといった最低限の家具に、ウィズの為にベット、トイレを用意してくれた。部屋の広さは四畳ぐらいの広さだ。この部屋はキキとウィズがこの世界にいる間与えられた部屋だ。

 

あの後余った給食を頂き、お部屋まで親切丁寧に案内してもらった後、夜遅く疲れきっていたことからすぐ寝たのであった。

 

髪の毛をとかしていつも通りに結ぶと、昨日渡された赤のジャージに着替えポケットにカードを入れて、ウィズを起こさないようにそっと部屋を出るのであった。

 

 

部屋から出て歩いていたが、暫くたつとあることに気が付く...。

 

(どこに向かえば良いのだろうか...)

 

昨日は両者とも色々あり、特に刃達にはかなり刺激が強く、困惑して詳しく説明されてはいなかった。

キキは辺りを見渡したが誰もいなかった。

 

「どうしたの?」

 

呆然と突っ立っていると、後ろから心配そうに声をかけられた。キキは藁にもすがる思いで素早く後ろを振り返る。

 

キキのことを心配したのは一人の女性だった。

ショートカットの焦げ茶色の髪の毛をちょこんと結び、髪の毛と同じ色の活発な瞳がキキを見る。女性はキキと同じくらいの年齢で、白のTシャツに青のジーンズといったラフな格好をしていた。

 

困った笑みを浮かべながらキキは説明をする。

 

「今日からここで非正規で働くことになったのだけど...実は...あまり説明を聞いていなくて、朝は集まることは知っているんだけど、どこに集まるのかが分からなくて困っていたんだ」

 

「へぇー、そうなんだ。分かった。案内するね。...ところで、あたしの名前は布里 舞梓【ふり まわし】って言うんだけど。あなたの名前は?」

 

「ボクの名前はキキ・レイラドル。よろしくね」

 

「うん!こちらこそ、よろしくね!」

 

そう元気よく返事をすると、舞梓はキキの手を取り案内をするのであった。

 

 

朝は職員室に集まるらしい。

職員室に着くと人が集まっていた。でも、まだ、全員が集まった訳ではないらしく多少待つことになる。

 

全員集まると朝礼が始まった。

朝の挨拶から始まり、次にキキの自己紹介をした。キキの事は暖かく拍手と共に迎えられた。最後に今日の予定の連絡をし、今日来る予定の来訪者の写真と来る時間をまとめたプリントが配られる。

 

朝の連絡が終わると慌ただしくなり、特にエプロンをつけた人達は忙しかった。

キキと舞梓は忙しくなかったので、朝食に行こうとしたが、キキは刃に呼び止められた。

 

「レイラドルさん。これから、もしかして朝食に行くの?」

 

「はい。そうですけど...。どうかしましたか?」

 

「いや、この後、渡さないといけない物や説明しないといけない場所があるから、一緒に行動して欲しいんだ。...ところで、布里さんと一緒にいるみたいだけど、もう仲良くなったのかい?」

 

「うん、そうだよ」

 

「はい!」

 

「そうか。それは良かったね。...ところで、私もご一緒しても大丈夫かな?」

 

「それは良いですけど...。どうかしたのですか?」

 

同席することが珍しいことなのか舞梓は首を傾げる。

 

「これから、レイラドルさんに説明があるからね。別々で食べて待つよりも早いからね」

 

「あー、そうですね。...でも、今度こそちゃんと教えてあげないと、レイラドルさん困っていましたよ」

 

「...ああ、今度はちゃんと教えるさ」

 

事情を知らない舞梓に小言を言われ、苦笑いを浮かべることしか出来ない刃だった。

 

 

朝食を食べる為を移動をするキキ達。

目的の場所に近づくにつれて、ご飯を炊く匂いなどの良い匂いが漂ってくる。暫く歩いて扉の前につくと『職員用の食堂』と書かれていた。

 

子供達と一緒に食べると思っていたキキは少し驚いた。大概の職員は職員専用の食堂で食べるらしく、子供達と一緒に食べるのは一部の人達だけらしい。

 

席を着くと昨日食べなかった分を補うように、しっかりと食べるキキであった。

 

 

朝食後は舞梓と別れ、キキは刃の元案内を受けた。

 

「先ずは、監視室だ」

 

キキが案内されたのはモニターだらけの部屋だった。部屋に居る人達はモニターを一心不乱に見ていた。

 

キキがじっと見ていると一人の女性が近づいてきた。

 

青みがかった黒髪と瞳。角ばった黒の眼鏡をかけ、スーツを着た如何にもお堅い雰囲気を持つ三十代前半の女性。

 

「初めまして、君がキキ・レイラドルか?私の名前は正筋 令【せすじ れい】だ。これから、ここで暮らしていくと思うが、絶対に覚えないといけないことがある」

 

そう言うと令は、机の引き出しから黒い塊を取り出してキキに渡す。

 

「これは何ですか?」

 

「無線機だ。何か非常事態が起きた際にこれで連絡をする。これはあくまでも練習用だ。これを使って、最低でも三日で覚えろ。"個性"の影響で猫になったウィズという女性にも伝えておけ。では、私は忙しいから失礼する」

 

伝え終えると令はきびすを返し元の場所に戻る。

 

「...まあ、次行こうか。次」

 

「うん」

 

キキと刃は令の態度に少し困惑をしていたが、特に歩みを止めずに先に進むのであった。

 

 

 

 

子供達の部屋、勉強部屋、図書室、プレイルーム、子供用の食堂、調理室、保健室、トレーニングルーム、リネン室、会議室、物置部屋、事務室、浴室、トイレといった重要な場所を覚えていく。

 

一通り説明を終えると職員用の食堂に戻った。

二人は椅子に向かい合わせに座ると、刃は紙を取り出しキキに渡した。その紙には『就職活動記録日誌』っと書かれていた。

 

「最後の説明だ。昨日も言ったけど、ここで働く非正規はいつか、ここを出ていかないといけない。と言っても、時間制限があるわけではない。正式に新たな職と住む家を決めてからだ。だが、どのように活動したのかをこの紙に書いて、月に一度提出してもらう。君には関係ないことだけど。一人だけ、貰っていないのはおかしいからね。建前だけど、受け取ってね。提出する際には何も書かなくて良い。だけど、みんなに見られるとまずいから提出日ギリギリに出してといてね。...では、私はこの辺で...後、言い忘れていた。君の部屋の前には、ペット専用のキャリーケージとウィズさんのご飯があるから」

 

「...そう言えば、何故ウィズはこの屋敷で自由に行動してはいけないの?」

 

立ち上がろうとした刃の動きが止まり、中途半端な姿勢で話し出した。

 

「単純にアレルギーの問題だ」

 

「アレルギー?」

 

「アレルギーとは人体の免疫反応が過剰に反応してしまう病気だ。症状としては、くしゃみ、鼻水、涙眼、眼の痒み、皮膚の痒み、蕁麻疹、そして、最悪の場合死に至る。アレルギーの原因は動物の毛、食べ物、埃などで起こる。だから禁止だ」

 

「えっ!死ぬ!?」

 

キキにまるで雷に打たれたような衝撃が走った。衝撃のあまりキキは跪いた。彼女の頭上に"ガーン"という擬音が見えるのではと思える程だった。

 

(えっ!?えっ!?嘘!?死ぬ!?今まで、色んな異世界に行ったけど、こんなの初めてだ!...この世界だけなのかはよく解らないけど。早くウィズを人間に戻さないといけない理由が増えた!...これって、他の世界でも起こってしまわないよね?!前に行った異世界でも起こらないよね!?もし、起こってしまうなら、誰かを殺してしまうところだった!?......そもそも、免疫反応って何?)

 

キキが頭を抱えてしゃがみこんでしまう。そ

んなキキを見て焦ったのか、刃の笑みはひきつり声もつまった。

だが、それでも、優しく宥めるように声をかけた。

 

「.....あ、ああ、最悪の場合だけど。だから、そこまで気にしなくていい。それに、アレルギー自体必ず起こるわけではない。とは言え、対策を怠ってはならないだけだ。君の部屋にもコロコロという粘着性の強い白い紙を置いてある筈だから、今度からは念入りにやってから来てね」

 

「.........はい」

 

数十後に遅れてきた元気のない返事に苦笑いをする刃。刃は優しく微笑みながら次の行動に移した。

 

「じゃあ、私は忙しいから次に行くね。...確認なんだけど、次どうするか分かるかい?」

 

「次は...外に出て獣宮 豹朗【けみや ひょうろう】に会って仕事の振り分けをしてもらう」

 

「そう、分かっているなら大丈夫だね。また後でね」

 

刃は去っていき。キキも気持ちを切り返し自分の部屋に戻った。

 

 

 

「おはようにゃ....あれ?どうしたのにゃ?」

 

ウィズは如何にも寝起きといったのんびりとした挨拶をする。しかし、右肩に黒と白を基調としたバックを提げて、ご飯を持ってきたキキの様子が明らかにおかしかった。そんなキキにウィズは不思議に思った。

 

「ウィズ....」

 

 

「早く人間に戻さないと!今すぐに!!」

 

キキの声はか細く今にも倒れそうな青白い顔だったが、力強く宣言するのであった。

 

 

「ふーん。私がここを自由に出入り出来ない理由がそういうことだったのにゃ」

 

ウィズはご飯を食べながら言う。

ウィズのご飯は、白米に透けて見える程の薄ピンク色をふりかけ、その上に茶色のスープかけたものだった。

 

それを食事しながらウィズは物申す。

 

「全く、キキは慌てん坊だにゃ。そこまで気にすることではないにゃ。大体、アレルギーとやらもこの世界で初めたことだにゃ。他の世界にもあるって決まったことではないにゃ。それに必ず起きるって刃も言っていないにゃ。...まあ、この姿も中々悪くないから気にすることはないにゃ」

 

呆れながらも慰めるウィズ。

そんなウィズに有り難みを感じるキキだが、その姿のままに過ごすことに満足しないでほしいと思った。

 

 

 

「やあ、初めましてレイラルドさん。改めて言うが、俺の名前は獣宮豹朗。教育担当を勤めている。よろしくな」

 

「こちらこそ、よろしく」

 

キキと豹朗は挨拶の握手をする。

 

 

あの後、ウィズがご飯を食べ終えるの待って、キキはその食器を洗って片付けてから、外で待っているのであろう新人の教育担当の獣宮豹朗のところに行く。

 

身長百七十五cm前後の三十代前半の男性。見た目は豹をそのまま二足歩行にし、がたいがよくなり、頭には体毛と同じく淡い黄褐色の毛が生えていた。肉食獣の鋭い目つきだが、その声は反して陽気で朗らかだった。

 

「で、レイラドルさん、改めて聞くが。外の仕事で構わないんだね?」

 

「うん、構わないよ」

 

ここでの仕事は主に外と中で分けられている。

 

キキが何故このことを知っているのかというと、朝礼が始まる前に渡されたプリントに書いてあったからだ。自己紹介が終わった後、どちらにするかと質問をされ、キキは外の仕事に就くことにした。

 

では、仕事の内容を具体的に言うと。

 

外の仕事の場合─

 

外の仕事は主に警備員の補佐をすること。といっても敵と直接やり合うことはないが、朝や夜の見回りを手伝ったり、建物の周辺に不審者いないかと目を光らせたり、庭に変な物が落ちていないかと気にかけたりする。

体力や腕っぷしに自信がある人達が外の仕事に就くことが多い。

 

中の仕事の場合─

 

中の仕事は主に職員の補佐をすること。中の仕事は幅広く色んな仕事を行う。来客をお出迎えをしたり、他の職員にお茶を出したり、電話対応等の雑務、保育士や調理師などの補佐をしたりする。

現場での作業で実践的に勉強が出来るため、保育士や調理師といった資格を取りたい人達が多い。

 

"因みにどちらの仕事も余裕があれば子供達を優先とする"と紙に書いてあった。

 

キキは今までの経験を活かせるのは外の仕事だと思い、そちらを選ぶ。

キキがそんなことを考えていると、豹朗からバシッと背中を思いっきり叩かれた。しかも肉食獣特有の鋭い爪が背中にほんの少しだけ刺さる。キキはヒリヒリする痛みで睨み付けたが、当の本人はこれまた豪快に笑っていた。

 

「ガハハハハ。そんなに筋肉がついているなら大丈夫だ!ろくに鍛えてもいないのに敵(ヴィラン)と戦おうとする妙な輩がいるからななあ!確認だ!確認!まあ!そんだけ鍛えておれば大丈夫だな!ガハハハハ!!」

 

キキのジト目にも気にせず笑い続ける豹朗。

暫く笑い続けた後に、豹朗は涙眼を拭うとやっと本題に入る。

 

「さてと、そろそろ本題に入るか。ある程度プリントで知っていると思うが、詳しく説明するぞ」

 

豹朗は先程までのおちゃらけた雰囲気は、真面目な雰囲気へと変わる。キキも雰囲気に呑まれて自然と背筋を正しす。

 

「昨日君も見た通り、大概は子供達と遊ぶか庭の手入れだ。やるべきことをやれば、中の仕事よりは楽だ。だが、もう一度聞く。...本当に外で良いのか?いざという時、中も外も関係ないが、外の方が遥かに敵(ヴィラン)と鉢合わせする可能性が高い。契約書には戦わせないと書いてはあるが、そんなの緊急事態が起きた時には関係ない。法律で"個性"を使ってはいけないがここでは緊急事態の場合に限り、正当防衛として、国から特別に許可を貰っている。戦いからは逃れられない。...もう一度聞く、それでも良いのか?」

 

豹朗の真剣な眼差しがキキを射抜く。

キキもまた真剣な眼差しで、豹朗を片時も見逃さない様に言う。

 

「構わない」

 

キキのたった一言に豹朗は眼を細める。

優しく笑うと、先程までの雰囲気を吹き飛ばすかのように豪快に笑う。

 

「ガハハハハハハ!そんだけ覚悟がありゃ大丈夫だ!それにお前さんの眼も澄んでいて悪くない!まあ、安心しろ!戦うと言っても緊急の緊急の場合だ!プロである俺達が倒す!だから、大船に乗ったつもりで安心したまえ!...よし!気分が良いし!早速!仕事を教えよう!...と言っても、もう午前中の部は終わった。後は子供達と遊ぶか、庭のごみ広いか手入れをしてくれ。午後の部といっても、子供達が学校から帰ってくる間は仕事はあまりない。ここまでで何か質問あるか?」

 

「ある」

 

「何だ?」

 

「何でそんなに庭の手入れをするの?」

 

「ああ、何だそのことか。危険な物が落ちているか、何か変わったことが起きていないかを確認するためだ。"個性"を使えば何だってありだからな。常に見張っといた方が良い。それに大人が居れば、それだけで犯罪を防ぐことが出来る。......後、これは馬鹿げた話なんだが、俺達職員が、常に歩き回って見張っていると、近隣の住民から気味悪いと言う苦情の電話があったらしく。何かしらやれと上から命令があって、それで庭の手入れに力を入れることにしたんだ...」

 

元気よく説明をしていたのだが、近隣住民とのトラブルを思い出す度に豹朗の眼が死んだ魚の様になってしまう。

ああ、相当大変だったんだなあ。とキキは悟るのであった。

 

説明が終えると豹朗は違う所に行ってしまう。

残されたキキは、庭を見回りながら探索をすることにする。そのお陰で場所を把握することが出来た。

 

見回りを終えた後は子供達と遊ぶ。

残っている子供達は、学校に通っていない五~六歳くらいの子供だった。

 

昨日、キキを見て怖がっている子もいたが、服装が違っていた為大丈夫だった。また、ウィズのことを知っていた為、ねだっていたはが、今日は休みだよと優しく言って説得をする。ウィズを触れなくてシュンと悄気(しょげ)てしまったが、何とか気を取り直してくれた。

 

キキは悄気させてしまった分子供達と全力で遊んだ。

 

おままごとをしたり、鬼ごっこをしたり、かくれんぼ等をしたのであった。全力で遊んだので子供達の受けも良かった。

特に受けが良かったのは高い高いだ。子供を高く持ち上げて、その場でクルクル回るのがお気に入りになったらしい。また、子供を肩に担いで走り回るのも気に入ってくれた特に男の子に。

 

その様子を離れて見る職員達の中で、微笑ましく見る者とハラハラと見る者で二つに別れていたのだった。

 

十二時になると昼休憩になるが、全員一斉に休憩するのではなく、二つに別れて休憩するものであった。

 

キキは最初に休憩する方に分けられた。

 

食堂で食べるのも良いし、自分の部屋でゆっくり食べても良い。時間さえ守れば何でもOKだった。

 

キキは自分の分とウィズの分のご飯を持って、自分の部屋で食べることにした。

 

 

 

十三時。お昼休憩は一時間だけだ。

 

キキは時間に遅れないようにと外に出て、働いていた職員と交代をする。

 

この時間帯は子供達のお昼タイムなので暇だった。なので箒を片手にとり掃除をする。他の職員達も草木の手入れだったり、座り込んで雑草を取っていた。

端から見ればのんびりとしているだけに見えるが、誰一人も気を抜いていなかった。

 

 

 

仕事に夢中になっている間に時間が経つ。時間が経つに連れて、年齢の低い子供達から学校から帰って来た。

正規の職員は外に出て、周りを見張りながらお出迎えをする。非正規の職員も子供達と遊ぶ人と見張る組と別れながら仕事をする。

夕焼けが建物を照らし、どこからか音楽がなり、外で遊んでいる子供達に帰るようにと催促の放送が流れた。

 

部活などの一部の子供以外が帰ってきた頃には、この日のキキの仕事は終わることとなった。

 

 

 

夜間の部の人達と代わるとキキは自分の部屋に戻った。ウィズは気持ち良さそうに寝ていたが、扉の開ける音で眼が覚めたようだ。

 

「おかえりにゃ。仕事はどうだったのかにゃ?」

 

「うん、大丈夫だよ。今までと比べたら楽だよ」

 

「そりゃそうだなにゃ」

 

キキはベッドに腰を掛けて談笑をする。

 

「...あ、そうだウィズ。これを覚えてだって」

 

キキは令から受け取った無線機をウィズに見せる。

 

「何なのにゃ?」

 

「無線機。これで何かあった際には連絡を取り合う物らしい。後三日で覚えないといけないよ」

 

「にゃにゃ!?これを三日で覚えろとは無茶言うにゃ!」

 

ウィズは抗議の声をあげる。

 

「仕方ないよ。何かあったらこれを使うから」

 

キキはウィズを宥める。

ウィズは納得すると溜め息を吐く。

 

「...はぁ、分かったにゃ。これって、私も覚えないといけないみたいだけど...。そもそも、猫の身体でも使えるのかにゃ?」

 

「それは分からないけど、でも、覚えないといけないと言われたよ」

 

「ふーん。そうなのにゃ」

 

「そうだよ」

 

「...ところでにゃキキ。ご飯とかお風呂とかって、どうなっているのかにゃ?」

 

ウィズは気になっていたことを質問する。キキは思い出しながら話をする。

 

「えっと、確か...。ご飯もお風呂も時間指定はされていないよ。ただ、お風呂とかは早めに入ってほしいらしい。後、明日の仕事に支障きたされなければ、好きに起きていても良いけど、煩くすると他の人達に迷惑がかかるから気を付けてくれと言われたぐらいだよ」

 

「そうなのにゃ」

 

「じゃあ、ご飯持ってくるよ」

 

「宜しくにゃ!」

 

キキがそう言って立ち上がると、ウィズは満面の笑みで嬉しそうに言う。

 

キキは今日は働いていないくせに、と心の中で毒づきながらも取りに行く。その後は二人でご飯を食べて、ゆっくりした後はお風呂に入って疲れを取る。

布団に入りながらキキは思う。たまにはこんな日も悪くないと。眠気に身体を委ねて眠るのであった。



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6話 魔法使いはヒーローに成る

月と眩い人工的な光が街を照らす。

万部なく街を照らす光だが、夜遅い為か人一人もいなくて暗い夜から身を守るという本来の役目を果たせていなかった。

 

そんな中を一人と一匹の猫が現れる。

光は本来の役目を果たすかのように、一人と一匹を執拗に照らす。

一人は真っ黒のローブを目元から足先までピッチリと纏い、男か女かもすら分からない人物。

そんな人物の肩に乗っている緑色の目をした黒猫。

 

この世界に来て五日目にして、キキとウィズはヒーローに成ったのだ。

 

 

─それは三日前のこと─

 

「これは何にゃ?」

 

ウィズとキキが首を傾げる。目の前に謎の物体が置いてあるからだ。

その物体はフォナーやエニグマデバイスの厚さを更に薄くして、二倍くらい引き伸ばした物である。

 

刃はポツリと呟くように答える。

 

「タブレットだ」

 

「タブレット?」

 

キキがそう聞き返すと刃は頷き話を続ける。

 

「そう、タブレットだ。フォナーと似たような物であるから、そこまで畏まらなくていい。これを使って、今からテストをする」

 

「テスト!?」

 

キキが驚く。そんな話一言も聞いていないからだ。

戦闘単体ならともかく、筆記も必要と聞いていたらこの世界のことをほぼ知らないキキにとってみれば、身構えてしまうのも当然のことだった。

 

「まあ、テストと言ってもそんなに難しくない筈だ。レイラドルさんの部屋の前に置いてあった参考書を読んでいれば解る問題だ」

 

刃の言った通りキキの部屋の前には、いつの間にかヒーローに関する参考書が置かれていた。

その本の側にはメモが置かれていて、メモには『レイラドルさんとウィズさんへ ヒーローに成るためには知識が必要です。なのでこの本で勉強しておくように』と書かれていた。

 

一応キキとウィズは、書かれてあった通りに勉強しておいたのだがそれでも不安は大きい。

二人が不安がっているなか刃はタブレットを操作し、数秒も掛からない内に終わってキキにタブレットを渡す。

 

「そこまで身構えなくていい。テスト方法は簡単な○×形式の二択だ。正しいと思った方に画面をタッチして選られば良い。タブレットの使い方に関しては、私が側で立って見ているから何か困ったことがあったら随時質問してくれ。問題なければタブレットを持ってくれ。テストを始める」

 

「そう言えば、私にも勉強しておくようにって書いてあったけど、私はテストを受けなくてもいいのかにゃ?」

 

キキがテストを始めようとした瞬間、ウィズが質問をする。

 

「ああ、大丈夫だ。問題ない。ウィズさん自身は直接戦うことはないからね。ただ、知識をつけて欲しかっただけだ。確認はするほどではない。納得してくれたのなら、始めても大丈夫かな?」

 

「OKにゃ」

 

ウィズが応えると刃はキキの方を見て確認をする。刃と目が合ったキキは頷いて問題ないと合図を送る。

 

「では、テスト始め!」

 

合図の意味を理解した刃の掛け声ともに、キキはテストを始める。テストは約三十分程度のものだった。

 

 

無事にテストを終えて待っていると、採点にそこまで時間が掛からないらしく二十分程で戻ってきた。

刃はキキの側に戻ると淡々と告げる。

 

「おめでとう。合格だ。では、これからの話をしよう。...と言っても、テストを合格したからって、直ぐにはヒーローには成れない。書類の準備や免許証を作らなければならないからな」

 

「どれくらい準備がかかるのにゃ?後..."個性"にはデメリットがあって、魔法はデメリットが少なすぎると言っていたにゃ。不自然にならないようにデメリットをつけるのにゃ?そしたらどんなデメリットのするのかにゃ?必要とは言え、あまり変なのだと戦闘に支障がでるにゃ」

 

ウィズが目を細めて質問をする。キキもデメリットに関してはかなり気になっていたところだ。

 

「準備するのに三日前後くらいはかかるね。...デメリットに関しては、使う度に寿命を削ることにしたよ。これなら、目立った変化がなくても言い訳出来るし、多少辛そうにしていれば誤魔化しが利くと思うし、それに急に消えても言い訳が出来るしね」

 

「にゃにゃ!?随分とハードな設定だにゃ!」

 

ウィズが驚きのあまり叫ぶ。

 

「仕方ないだろ。魔法は色んなことが出来すぎる。それに対して"個性"は一人一個が常識だ。それでも物によっては、使いづらかったり、デメリットが大きすぎたりするものがある。それらに比べれば、妥当なのかもしれない」

 

「でも何かやり過ぎに...見えるにゃ」

 

キキはウィズと刃のやり取りをそっちのけで、オールマイトを思い浮かべる。

筋骨隆々な体型。前髪を二本逆立てた金髪。顔の彫りが深く、まるで自分達と同じく異世界から来たのかと思う程周りの人達と絵柄の違う人物。

 

そして─

 

この国で一番強く人気No.1ヒーロー

これからそんな人と戦っていく。戦いは全線になるだろうし、プレッシャーが半端ないだろう。

これからのことにキキが思い耽っていると、いつの間にか話し合いが終わったのか、刃から肩を叩かれる。キキが見上げると刃は安心させるように優しく笑っていた。

 

「大丈夫だよ。レイラドルさん。いつも通りにやれば良い......。ただ.........」

 

ここで刃の顔が一転して雲ひとつない晴天から、一気に暗雲が垂れ込め、まるでこれから土砂降りが降らす雲のような暗い表情となる。

 

「レイラドルさん。君の敵は...ある意味敵(ヴィラン)だけではないのかもしれない」

 

「....えっ?」

 

 

 

そんなことを考えながら深夜デビューをした二人は、パトロールをしながら、ここら一帯の地図を覚えるために歩き続ける。

 

「何考え込んでいるにゃ?そんな調子だと、覚えられるものも覚えられないにゃ」

 

いつの間にかキキのことをじっと見るウィズ。キキはハッとし気持ちを切り替える。

 

「そうだね。ウィズ」

 

キキは返事をする。

その声はに明るく振る舞っていたものも、どこか憂いを帯びていた。

 

 

赤提灯街を暫く歩いていると二人の男性が道の真ん中で倒れていた。

キキは急いで二人に駆けつける。

 

一人は羊の角を生やした四十代後半の男性。もう一人は見た目は普通の人間と変わらない五十代前半の男性。

キキは羊の角の男性を、ウィズはもう一人の男性の様子を伺う。

 

「大丈夫ですか?」

 

キキは大きな声をかけながら肩を叩く。

 

「君!大丈夫!?」

 

ウィズも相手の頬を前足で、ペシペシと叩きながら様子を伺う。

倒れている二人の男性の顔が真っ赤に染まっていた。

 

「...ウッ...」

 

「......~...」

 

羊の角の男性は呻き声を出す。

もう一人は声そのものは出ていなかったが、意識はあり、鬱陶しく感じた彼は右手でウィズを追い払おうとしていた。

 

「...何か息が臭いにゃ」

 

ウィズが顔をしかめる。

 

「そうだね。...これは...お酒?まさか...」

 

キキも臭いで彼らの状態に気付く。

 

「.......そうにゃ。これはただの酔っぱらいにゃ」

 

ウィズは呆れ果てて長い溜め息をついた。

 

 

 

男性二人を何とか近くのベンチに座らせたキキは、持ってきた水筒からお茶を差し出す。

 

「はい、どうぞ」

 

「お、ありがとう」

 

そう言うと羊の角の男性は一口飲んだ。けれども気にくわなかったのか、顔をしかめて文句を言う。

 

「なんだよ水じゃないのかよ。全く使えねえな。酒の後は水に決まってんだよ」

 

「はあ?」

 

あまりの態度に呆気に取られるキキ。

更にもう一人の男性も文句を言う。

 

「もしかしてこれ、回し飲み?やだよこんな汚いオッサンと。どうせなら女の子が飲んでからが良いなあ!」

 

「それはこっちの台詞だ!」

 

男達はゲラゲラと笑う。

着いていけないキキがボケーと突っ立っていると、もう一人の普通めの男はキキの側に立ち、かなり失礼なことに勝手にフードを持ち上げてしまう。バブルピンク色の髪と瞳が露となる。その瞳は不満げを隠さず睨んでいた。

 

「ヒーローならば、もっと愛想よくしないと駄目だぞ!」

 

フードを上げた本人はキキの肩を勝手に組む。

 

「そりゃそうだ!だから、エンデヴァーみたく嫌われるんだよ!守るべき一般市民に説教しちゃうし」

 

羊の角の男性もウィズが乗っている方の肩を勝手に組む。

 

「近いし、酒臭いにゃ!」

 

ウィズはシッャーと威嚇をする。

 

「何だよ。この猫でさえも愛想ねぇー」

 

「ほんとにヒーロー?俺の息子もヒーローやっているけど、比べ物にもなられねぇなぁ」

 

「今だって睨んでいるし」

 

「「ほんとヒーローの面汚しだよな」」

 

ギャハハハと酔っぱらいの汚い笑い声が静かな街の中を木霊する。

そう、キキは、この世界の住民から嫌われていてのであった。

 

 

 

「それはどういうことにゃ?」

 

時を遡り、刃から言われた話をもう一度振り返る。

刃の言葉に納得できないウィズは、目を細めて鋭い声で質問をする。当の本人であるキキは呆然としてしまって何も反応が出来なかった。

 

「あの時、君達がこの世界で初めて戦った時に、あの場にいる全員に怒ったのだろう。それが原因で、この国の...全ての人からと言わないが、大体の人達から嫌われてしまったのだ」

 

刃が何も抑揚のない声で呟くが、悲しみが強く感じられた。

 

「そんなことで嫌われないといけないのかにゃ!?」

 

「そうだ。それに苦しんでいる人がいるのに見世物として見ている人達の方がいけない」

 

今度は話を理解してきたキキも声を荒らげる。

それを見た刃は長い溜め息をつく。

 

「......私も、君達と同じ考えだが、世間はそうでもない。悪いがこればかりは変えられない。それに、レイラドルさんが嫌われるのはそれだけではない。魔法は色んなことが出来すぎるから、嫉妬もされやすい。特に同業者から」

 

「嫉妬はともかく、見世物にするのは納得いかないにゃ!...と言うか、何で、もう国中の人々に知れ渡っているのにゃ?」

 

「ネットだ」

 

「「ネット?」」

 

キキとウィズは首を傾げる。

他の世界でもネットと似たような物を見てきたり、クエス=アリアスよりも高い文明の利器の恩恵を受けたことがあるが、異世界によっては名称が変わる為少しでも名前が変わると分からなくなる。

 

「ネットというのは、特定の物で見れる情報集だ。先程前にタブレット、携帯やパソコンといった物などで見れる。それを使って、レイラドルさんの戦いを動画に上げてしまったらしく...動画というのは...まあ、簡単に言えば動く絵だ。それを見た第三者にとってはかなり気にくわなかったらしい」

 

刃はそんな彼女達を見て呆れることもなく、タブレットを見せつけるようにしながら説明をする。

 

「...あれ?特定の物でしか見れないなら、余計に何でみんな知っているのにゃ?」

 

「今時、パソコンは一家に一台の時代であり、携帯何かは一人に一台は必ず持っている。それこそ小さな子供以外はな。...しかも、最悪なことにネットに一度でも上げると一生消すことは出来ない」

 

「そんなあ...」

 

「つまり、私達の評価は一生悪いままにゃ」

 

あまりにも嫌な現状に、キキとウィズは項垂れることしか出来なかった。

 

「...そうだね」

 

刃もこめかみを指で押さえる。

その状態が少し続いたが、意を決したのか顔を上げて真剣な表情でキキとウィズを真っ向に見詰めながら言う。

 

「こんな現状だが、頼む!!君達は何も悪くないのに言われ続けるだろう。酷い目に遭うかもしれない。虫のいい話過ぎるが、それでも!これ以上の被害を出さない為に手を貸してくれ。もう一度言う。どうか!お願いがします!」

 

刃は九十度の角度の深いお辞儀をする。

キキとウィズは顔を見合わせ微笑み合うとキキから口を開き出す。

 

「そんなことを言わなくても戦うよ」

 

キキは優しく微笑みながら言う。

 

「そうだにゃ。例え、私達が余計な御世話と思われていても、誰かの為に戦うにゃ。それがクエス=アリアスの魔道士にゃ」

 

ウィズもウィンクしながら言う。

 

「...そうか。本当にありがとう!」

 

キキは刃の様子を見ると密かに拳を握りしめた。

 

「...決めた」

 

「何をにゃ?」

 

「何が?」

 

ウィズと刃の疑問の声が同時に揃う。

二人が見詰めているのにも関わらず、キキはゆっくりと己のペースで深呼吸をする。

 

 

そして─

 

「......なヒーローに成る」

 

「にゃにゃ!?」

 

「何だと!?」

 

キキの宣言にウィズと刃はかなり驚いた。

特に刃は部屋中に響き渡る程の大声を出してしまう程だった。刃は直ぐにキキの側に駆け寄る。かなり気持ちが必死だったようでキキの肩を物凄い力で掴む。

 

「いいか!私はただ戦ってくれれば充分だ!そんな余計なことはしなくて良い!!いくら、この世界にいる時間が短いとは言え、余計にいづらくなるだけだ!嫌がらせされる確率も高くなる!レイラドルさん、平穏に過ごす為にも止めた方が良い。なっ、なっ」

 

最後は懇願するように説得をする。表情はとても心配しており、キキは一瞬揺らぐが止めなかった。

 

「大丈夫、覚悟は決めている」

 

キキの一歩も引かない様子を見てウィズは言う。

 

「にゃはは。私の弟子は頑固だから諦めた方が良いにゃ」

 

「でも...」

 

キキの引かない態度を見ても、ウィズが刃に諦めるように言っても、それでも刃は引き下がらない。

最後の人押しとしてウィズは笑顔で宣言をする。

 

「大丈夫だにゃ。私達はこれぐらいの修羅場乗り越えられるにゃ」

 

その言葉と態度により刃は彼女達を信じて、不安ながらも引き下がって様子を見守ることに徹するのであった。

 

 

 

質の悪い酔っぱらい達に捕まるキキ。酔っぱらいが掴んでくる腕の力で意識が現実に引き戻させれる。

キキは酔っぱらいの腕を振り払う。酔っぱらいは顔をしかめ、今にも文句を言いそうだが、キキが先に話し出す。

 

「ボクは確かに君達の望むヒーローではありません。...でも...」

 

キキは一呼吸を入れて覚悟を決める。

 

「敵(ヴィラン)を殴ってでも、力付くで止めるのなら...相手が一般市民でも、駄目なことを駄目と言って止めるのがヒーローだよね」

 

「「......はぁあああああ!?」」

 

酔っぱらいの怒りの叫び声が街中響き渡る。

元々のお酒の影響で顔が真っ赤になっていたのに、怒りで更に顔色がペンキをそのまま塗りたくられた様に真っ赤に染まっていくのであった。

 

「何が!駄目なんだよ!」

 

「そうだ!そうだ!大体、ヒーローは人気稼業!戦っている姿を見てもらえなければそっちが困るだろうが!!」

 

「何も言わず!市民を守るのがヒーローだろうが!!」

 

ギャーギャー騒ぐ酔っぱらい達に辟易しながらも、キキは自分の考えを説明する。

 

「別に戦っている姿を見てもらえなくても何も困らない。それに仕事なら実力で取ります。後、苦しんでいる人を見世物に様に見るのはとても失礼ですよ。自分がやられたらどう思います?」

 

キキは笑顔で語るが目は笑っておらず、逆に強く睨み返しながら語る。

酔っぱらい達は怒りのあまり一瞬だけ黙るが、直ぐに怒鳴り始めた。その様子は怒りすぎてで倒れてしまうのではないかと思う程の勢いだった。

 

「大体人質がでるって言うことは!ヒーローの仕事怠慢だからだろうが!!!」

 

「そうかな?確かにヒーローは、事件が発生してからなので遅れがちだけど、君達も動けるのに危ない所に留まっているのが悪いのでは?...それに!」

 

「敵(ヴィラン)だって!元々は市民だったんだ!確かに!言い様がないほどの悪人もいる。....けど!」

 

「敵(ヴィラン)になるのも理由があるんだよ!どうしようもなくて!他に方法がなくて!その道に進むことしか出来ないんだよ!」

 

キキは一呼吸を入れながら叫ぶ。その度に想いが呼び覚ます。

 

この世界の人達が何で敵(ヴィラン)になるのかは分からない。身近にそういった人達はいるが、まだまだ来たばかりだし、いきなり聞くのは失礼過ぎるし、聞く気もなかった。

 

まだこの世界に来たばかりのキキの憶測とはいえ、一度でも敵(ヴィラン)になってしまえば、釈放された後でも生きづらい生活になるのは容易に出来る。

 

でも──

 

他の世界なら知っている。

 

大切な人を心配させたくなくて、でも、堪えきれなくて暴れまわってしまった人─

 

友達を救いたくて他の人達を犠牲にしようとした人─

 

他にもそういった人達がたくさんいる。そういった人達が悪であろうか?

 

いや、違う─

 

悪ではない!ただ、やり方が違うだけだ!

 

 

その様子にたじろぐ酔っぱらい達。

酔っぱらい達はけッと道端に唾を吐き捨て、最後の捨て台詞は言う。

 

「そんな馬鹿なことを言って!後悔しても知らんからなあ!!」

 

「そうだ!そうだ!人生の先輩の有り難いアドバイスを捨てやがって!俺の息子の顔に泥を塗るなよ!!」

 

そう言って去っていったのであった。

 

「もう何なのあいつらにゃ!!」

 

ウィズは酔っぱらい達が消えた方に向かってシャーと威嚇をする。気が済むまで威嚇をするとキキの方を見る。

 

「...本当にこれで良いのにゃ?」

 

ウィズは先程の怒りを消して真顔で問い掛ける。キキも軽くコクンと頷く。

 

「うん、これで良い」

 

「そうかにゃ」

 

ウィズはもう何も言わず前を見る。

 

キキのこれからやることは余計な御世話でしかない。

 

それでも─

 

自分が正しいと思ったことは貫きたい。その代わり、他のことは誰れにも強要しないから。

 

だから─

 

敵(ヴィラン)も市民も関係なく悪いことは止めたい。

 

それが─

 

キキが成りたいヒーローだ。

 

色んな異世界を回り、色んな人々と出会って、泣いたり笑ったりして過ごしてきたから故の想いだ。

 

キキは何事もなかったように歩き出す。

 

 

「...ところで」

 

「何にゃ?」

 

キキは暫く歩くとウィズに質問をする。ウィズは顔を見上げて話を聞くに姿勢になる。それを確認するとゆっくりと話し出した。

 

 

「何でエンデヴァーって嫌われているのだろうか?」




元々、書いている内に黒猫とヒロアカって相性かなり悪いなあと思っていました。

とはいえ、価値観の違う者が抗うのは現実だとかなり難しいですが、創作の中ではやっていきたいので、これからも書いていきます。

後、毎回説教することはありません。普段は心の中で文句を言う程度です。度が過ぎたら文句を多少言うぐらいですのでご安心下さい。それでも無理ならブラウザバックをしてください。

ここまで読んで頂きありがとうございます。誤字や感想などよろしくお願いいたします。


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7話 オールマイト参戦

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。

本編が始まる前にヒーロー活動する際には、名前のところをヒーロー名で表記させていただきます。


街の中にあるとあるビルが炎に包まれ、煙がもうもうとしている。

綺麗だった店内は荒れ果て、穏やかな日常から暴力が支配する非日常へと変わってしまった。子供達は泣き止まらず、大人達も宥めるのに必死だ。大人達の中にも泣き叫び、パニックになっている者も多かった。また、派手な衣装を着たヒーローと思われる人物が、敵(ヴィラン)との戦闘により倒されていた。

 

そして、この惨状を作りだしたのは五人の敵(ヴィラン)。

 

二十四~五歳の男女の集団で、背丈はバラバラだが黒い服で統一している。

成人男性にしては小柄で、黒の短髪に鋭い目つきをした敵(ヴィラン)の一人が、恐怖で座り込んでいた店員らしき制服を着た女性に近付き、長い藍色の髪を無理やり引っ張り上げて強制的に同じ目線にさせる。

 

「ひぃ!?痛い!痛い!止めて下さい!」

 

女性は痛みと恐怖で逆らえず涙目で懇願していた。

それでも敵(ヴィラン)はうざそうに舌打ちをすると、首もとにナイフを当てる。ナイフが皮膚に当たってしまい少し血が流れていた。

 

「うるせえんだよ!おめえはただ、金目の物を渡せば良いんだよ!」

 

「も、もう、お金とかは無いのです...あれで最後です」

 

「はぁあ!?ここはデパートだろうが!!まだATMやレジ、宝石ぐらい残っているだろうが!!」

 

「す、すすいません。もう無いのです...許して....ひぃ!!」

 

女性は泣きながら説明をして許しを得ようとしたが、駄目だった。返答の代わりに男性の右ストレートを繰り出される。

全員が最悪な光景を見たくなくて目を瞑っていたところ、殴る音や人が倒れる音が聞こえることはなかった。恐る恐る目を開けてみると意外な人物が彼を止めていた。

 

「ねぇ、この服盗んでいい?奈穂も持っていっているし-」

 

彼の動きを止めたのは、同じ仲間であるアホッぽい話し方をする女敵(ヴィラン)。褐色の肌に金髪ポニーテールの女性が、高級そうな服を持って尋ねる。

 

「はぁ!?んなもん!自分で決めろ!」

 

「だって~、必要な物以外持っていくと、逃げる時邪魔って厚也言っていたよね?」

 

「バッカじゃねえの!?それぐらい、自分で判断出来ねぇのか!?後、やる前に言ったよなあ!互いに本名を出さないって決めただろ!昇華!」

 

「あ~、厚也だって、今、あたしの名前言ったじゃん!ねぇ~、それよりも~、良いんじゃん~少しぐらい~力也だって食べ物詰め込んでいるよ」

 

「はぁあ!?..チッ!!あのデブ!大体!おめえらが、そうやって!持っていくと車のスピードが...」

 

厚也と呼ばれた男性が、昇華という女性に怒鳴ろうとした瞬間─

 

 

ガンっと壁が壊れる音が鳴り、壁の破片がパラパラと崩れ落ちる音が響く。粉塵が舞い、壊した人の姿を隠していた。

 

「ここは十五階だぞ!...まさか!!」

 

「ハアーハハハハハハ!!」

 

敵(ヴィラン)の疑問を答えるかのように、煙の中から特徴的な笑い声が聞こえてくる。

 

「その声!」

 

「この声は...!!」

 

笑い声を聞いた民間人は泣き叫ぶのを止め、パニックは次第に収まる。逆に敵(ヴィラン)達は慌て始めた。舞っていた粉塵は風で飛ばされ、隠されていた姿が露になる。

逆立った金髪、筋骨隆々の体型、青を基調とした派手な衣装、真っ白の歯、顔の彫りが深い男性。

もう一人は黒いローブをピッチリと羽織ったせいで顔が見えず、男か女かは人目見ただけでは判らず、一見して敵(ヴィラン)ぽい服装をしている人物。肩には黒猫を乗せている。

 

「オールマイトだぁ!!」

 

泣いていた少年がオールマイトと呼ばれる男性を見つけると嬉しさのあまりに叫ぶ。

そんな少年の方を見て、オールマイトはニカッと笑うと宣言する。

 

「もう大丈夫だ。...何故って..」

 

 

「"私達"が来た」

 

オールマイトと黒猫の魔法使いが現れたのであった。

 

 

 

「チッ!!もう来やがったか...!」

 

余裕がなくなった敵(ヴィラン)達の焦りは苛立ちに変わる。

オールマイトが現れても諦めきれずに、五人は一塊に集まってそれぞれの武器を構える。

 

「ま、まだ、大丈夫だ!こんなかの誰かを人質にすれば...!!」

 

敵(ヴィラン)の一人が人質を取ろうとして、体制を整えようとするが...

 

「そんなことはさせない」

 

「し、しまった.!!」

 

オールマイトの超スピードで何の問題なく確保していく。恐怖に震える民間人も、負傷したヒーローも、誰一人欠けることなく確保する。あまりのスピードにこの場にいる誰の目にも捉えれることは出来なかった。

 

オールマイトは一通り確保すると、黒猫の魔法使いの側による。

 

「さてと...私は、彼等を安全な場所まで連れて行かないといけない。頼んだぞ。黒猫の魔法使い」

 

「うん、分かった」

 

オールマイトは返事を聞くと、振り向かず、握り拳で親指を立て降りていく。

残されたのは、魔法使いとウィズと安全上のため一緒に降りられなかった一部の民間人。誰もが様子を見をする中で、魔法使いは、首にかすり傷を負った長い藍色の髪の女性に近付く。

 

「もう大丈夫」

 

魔法使いはカードを取り出して淡い緑色の光を放つ。淡い緑色の光は女性の首を包み込み一瞬で傷を癒す。

魔法使いの動きを観察していた敵(ヴィラン)達は、自分達の敵ではないと判断をし、余裕をかましながら取り囲むように動き出す。

 

「な~んだ。残ったのは"回復系の個性"かぁ。これなら、怖がって損した~」

 

「と言うか、こいつの名は有名じゃないから、ウチらでも余裕で勝てるしょ」

 

「そうだな。さっさとこいつを倒して、人質を作ってオールマイトの動きを止めるぞ!」

 

「そうだな。回復系は厄介だしな。...あいつ、どこかで見たことがあるような...?まあ、良い。どこまで回復出来るかは分からないが、こいつは必ず殺そう。人質はこいつらの中から適当に選べばいい」

 

リーダー格の敵(ヴィラン)が思い出そうとするが、結局思い出すことが面倒くさくなって途中で止める。

敵(ヴィラン)達が動き出したのと同時に、魔法使いもまた違うカードを構えて敵(ヴィラン)の集団に突入していく。

 

「ハンッ!!ヒーローは守るもんが多くて大変でちゅねぇ~」

 

オールマイトがいなくなり、自棄になったと勘違いした敵(ヴィラン)達がストレス発散の為に魔法使いを煽り、小柄な男性敵(ヴィラン)が挑発をしながら魔法使いにナイフで襲い掛かる。

民間人からも、"個性"の相性が悪いなどで勝ち目を信じておらず、悲鳴を出したり目を瞑っていたりしていた。怖がっている民間人を嘲笑うかのように、(ヴィラン)達は勝利を確信して魔法使いを殺そうとする。

 

回復系の"個性"しか使えなかったり、"個性"以外の手段で戦う方法がない者には敵(ヴィラン)や民間人が思い浮かべた結果になっていただろう。しかし、魔法使いは違う。

魔法使いはカードに書かれてある呪文を唱える。

 

『歳末魔道炊き出しカレー&シュー』

 

呪文を唱えた途端、うっすらとサンタの格好をした金髪の少女と雪だるまの格好をした黒髪の少女の姿が浮かび上がる。

そしてどこからか、場違いな元気一杯の少女の叫び声が反響する。

 

「アリエッタ、今よ!」

 

「これぞいい子の振る舞いだ!どりゃー!」

 

「「「...はあ!?」」」

 

クリスマスパーティーにでも参加するような格好、気の抜けた叫び声。これには敵(ヴィラン)達も思わず動きを止め、戦意を失う程呆れ果てていた。

 

「ねぇ......あの人...遊んでいるの?」

 

「何で、オールマイトはあの人を信用しているの?!」

 

「早く!オールマイト!助けて!!」

 

民間人達も敵(ヴィラン)と同じように呆れ果て、終いには自分達が助けてもらう立場なのに文句を言う人が出てきてしまう。

だが、魔法使いはそんなことを気にせず、敵(ヴィラン)達の動きが止まったのを逃さずに氷と雷の連撃を放つ。

 

「はぁ!?」

 

「チッ!防御を固めろ!!」

 

今度は打って変わって攻撃系の"個性"を繰り出す。

あまりの変わりように焦ったものも、捕まりたくない意地か、何とか持ち直ったリーダー格の男性が、他の仲間に命令をして立ち直らせる。命令を聞いた太った黒髪の男性が仲間の前に出てその身を盾にする。太っていた男の敵(ヴィラン)は"個性"で更に縦にも横にも膨れ上がり、服は破れ、巨大な肌色の生きた盾となる。

小柄な男性もただ味方を盾にするだけではなく、ナイフから盾に持ち変えて、"個性"で盾の幅を厚くして耐えられるようにする。

 

敵(ヴィラン)の準備が終えた頃、氷と雷の連撃が二人に向かって放たれる。

 

「クッ...!!」

 

「くそ!!こいつの"個性"は回復系じゃねえのかよ?!」

 

「回復系の"個性"だけじゃなくて...!!攻撃力系の"個性"も持っているのかよ!?しかも氷と雷も!そんなのチートじゃねえか!!」

 

氷と雷の十数連撃に敵(ヴィラン)は絶句をしてもなお、文句を言う余裕はあるようだ。

 

「卑怯よ!」

 

「そうよ!"個性"は一人一個よ!」

 

「にゃはは。こちらもちゃんと"個性"は一個にゃ」

 

ウィズは笑って答える。

平然と嘘をつくウィズを見て魔法使いは、戦闘中なのに、思わず感心してしまう程の演技だった。

確かに、魔法使いの魔法は契約をした精霊の力を借りるだけで"個性"は一個とも言えるが、その力を借りる為に契約をしたカードは一枚につき一個だけの力ではない。

 

カードの力は大きく三つに分けることができる。

一つ目はAS(アンサースキル)。これは魔法使いが制限時間以内に応えれば発動するタイプ。主ににこれで攻撃をする。

二つ目はSS(スペシャルスキル)。これはASを何度も行わないと発動出来ないスキル。でもその分威力はASスキルよりもかなり強力だ。しかし、今みたいに呪文は唱えないといけない。因みに『歳末魔道炊き出しカレー&シュー』もSSの部類に入る。

三つ目はEXーAS(エクストラアンサースキル)これもASよりも強力で、しかも、条件が達成すれば、呪文を唱えなくても発動出来る優れものだ。だが、条件が達成すると勝手に発動してしまう。その上、一部の強化スキルしか受けつかなくなる。

 

一枚のカードで最低三個の力がある。しかもカードによってはSS1、SS2で違うタイプに変わるものや一部の特殊なカードだと四、五個以上の力も持っているパターンもある。

改めて思い返してみれば、凄い力だと実感をし、魔法使いは苦笑いを浮かべてしまう。いつまでもカードのことを考えている訳にもいかず、再度意識を敵(ヴィラン)に向けて気を引き締める。

 

「だが!この程度まだ耐えられる!」

 

「ああ、鬱陶しいが!」

 

敵(ヴィラン)男二人組には耐えられる程だったが、代償は大きく、太った男性の敵(ヴィラン)の肉体は氷で霜焼けをし雷で火傷を負い、その両方の影響で動きが鈍くなっていた。盾の方もボロボロで、あともう少しで破壊できる程だった。

 

「へっ!耐えきれたぜ!」

 

「調子に乗りやがって!このくそヒーローが!」

 

あともう少しのところで連撃が止まってしまう。魔法使い攻撃が終わってしまえば、敵(ヴィラン)達の番になり、魔法使いや民間人に危殆に瀕することになるが、けれどもその前に、もう一度同じ連撃が始まる。

これは魔法使いが唱えた『歳末魔道炊き出しカレー&シュー』の効果である。この呪文の効果は、発動しているもう一度ASを発動させ、同属性の攻撃力を300まで上げることが出来るのだ。(条件をきちんと揃えた上での最高出力である。)

 

「おい...!!油断するな!」

 

「なッ!?」

 

「嘘だろ!おい!」

 

「うわ!」

 

「けっ!糞が!」

 

異変に気づいたリーダー格が大声で伝える。ボロボロの盾のまま慌てて体制を整えたが、巨体の男は攻撃によって吹き飛ばされ、盾も壊れて使い物にならなくなっていた。

 

「あたしらを舐めんな!」

 

「これでも、食らいなさい!」

 

倒れた隙間から、女敵(ヴィラン)達が現れる。黒の長髪の女敵(ヴィラン)は持っていた植木鉢の木を"個性"で急速に成長をさせ投げ払おうとする。金髪の女敵(ヴィラン)は口から黄緑色の塊を吐き出す。

攻撃が終わった魔法使いは急成長された枝を屈んで、黄緑色の塊は転がって避ける。

 

「どけ!お前ら!ここは、俺が」

 

ろくに魔法使いにダメージを与えられないことに、苛立ったリーダー格の男が銃を持って応戦をしようとするが──

 

 

「テキサス・スマッシュ!!!」

 

オールマイトの強烈なパンチが、嵐のように何もかも吹き飛ばすのであった。

 

 

 

倒れた敵(ヴィラン)達はオールマイトによって担がれた。

 

「お疲れ、黒猫の魔法使い。初めてにしては上出来ではないか」

 

「まあ、戦闘には慣れているからね」

 

オールマイトから労いの言葉を頂く。魔法使いは軽く受け答える。端から見ればとても仲良さそうと見えるこの二人、実は共同でヒーロー活動するのは今日が初めてなのだ。しかも今朝に出逢って軽く話をした程度。それでも二人は互いにどこかシンパシーを感じていた。

片や人生全て捧げてヒーロー活動を行っていた者。片やどんな時でも人助けを怠らない者。そういったところに共感したのか直ぐに仲良くなったのだ。

オールマイトがいつも言う"私が来た"と言う台詞も、"私達が来た"と言い換える程に。

 

「そうか」

 

「ところで、人質はどうなったのにゃ?」

 

「勿論、ちゃんと救いだしたさ。それにペットショップの子達も救いだしたさ」

 

敵(ヴィラン)相手では敵なしの彼でも、動物相手には悪戦苦闘するらしく、オールマイトの顔には猫に引っ掻かれた思われる傷があった。

 

「魔法使い」

 

「何?」

 

魔法使いはオールマイトの突然の問い掛けに首を傾げる。

 

「いやあ...何故か分からないけど、毎回犬に噛まれたり、猫に引っ掻かれたりするんだよね...。そこで、魔法使い。猫の扱いには慣れているのだろう?どんな風にすれば良いのかな?」

 

「シャッー!私は人間だにゃ!!」

 

まだ会ったばかりだからか、ウィズが人間だと把握しきれておらず、その言葉を聞いたウィズが怒る。

 

「ハッハハハハ。悪い悪い。...さて、そろそろ降りようかね。私は敵(ヴィラン)を担がないといけないから、頑張って降りてね」

 

「えっ?...あ!」

 

オールマイトがこれから、散歩しようか?と言うのりで軽く言う。

魔法使いはオールマイトに言われて、今の状況を思い出してすっとんきょうな声を出す。魔法使いは頑張って降りることしか方法はなかった。

 

 

 

オールマイトが力強くドスンッと地上に降り立てば、魔法使いは後からその隣に降り立つ。

そんな二人に群がるのは救出された人達とカメラを持ったマスコミと呼ばれる人達だ。

 

「ありがとう!」

 

「ありがとう!オールマイト!」

 

「オールマイト!!オールマイト!!」

 

感謝の言葉とオールマイトコールが鳴り響く。

カメラからパッシャパッシャとシャッター音がなり、その度に彼を照らしていく。

 

「流石!!オールマイト!今回はどのようにして、解決に至ったのでしょうか?」

 

マイクを向けて語り掛けるマスコミ。

オールマイトは笑いながら応える。その様子に他のマスコミ達もマイクを向けて次々と質問をする。オールマイトは笑顔で一人一人顔を向けて対応していく。魔法使いはその様子をボーッと眺めていた。

 

「応援ありがとう!でも!ヒーローは時間との勝負もあるから、次行くね。では、液晶越しでまた会おう!マスコミの皆さんもまたの機会に。それでは...今後とも応援よろしくね-------!!」

 

五分くらい対応するとオールマイト自ら切り上げ、魔法使いを肩に担いで飛び立つ。

衝撃で粉塵が舞い上がり人々を色めき立たさせ、遥か彼方空高く飛んで行く。

オールマイトに夢中な民衆は気付かない。けれども魔法使いが立っていた場所の周りには、不自然にゴミが落ちていたのであった。

 

 

 

「やあやあ、遅くなってごめんね。これもヒーローには必要な事だからね」

 

「...そう...。...まあ、いいけど...」

 

オールマイトは苦笑いしながら弁解する。

魔法使いは民衆のせいで不機嫌になり、ぶっきらぼうになっていた。オールマイトに関係はないと言えども、彼といれば民衆と関わることが多くなるのでどうしても態度が隠せなかった。

 

和やかな雰囲気が一転して険悪な雰囲気へと変わる。

そこでウィズは雰囲気を変えるために、魔法使いがやるべきことを思い出せる。

 

「ねぇ、キキ。オールマイトを強化魔法掛けなくてもいいのかにゃ?」

 

「...あ、そうだね」

 

思い出した魔法使いは懐からカードを取り出し唱える。

 

『オーセンティック・シプレーノート』

 

「私が調香した香水です!」

 

花に囲まれた長いピンク髪の少女の姿が映し出される。

のんびりとした声が聞こえると、オールマイトの身体はオレンジ色の光に包まれた。

 

「...これは!!中々凄いね。力が漲ってくるよ」

 

この魔法の効果は暫くの間体力と攻撃力を上げることだ。

オールマイトは何度も手のひらをグーパーを繰り返しながら沸き上がる新たな力を確かめる。一見して、オールマイトには必要ないことに思えるが実は違う。今この姿をマッスルフォームとオールマイトは呼んでおり、この姿でいられる時間は一日約三時間。それ以降はこの姿になれなくなり戦えなくなる。

 

じゃあ、本来の姿は何ていうのか、それはトゥルーフォームだ。トゥルーフォームは、マッスルフォームから極端に痩せて骨と皮でできた骸骨みたいな姿になる。

なんでこんなに体型が激変わりするかと言うと、それは六年前AFO【オール・フォー・ワン】との戦いのせいである。その戦いの影響で呼吸器は半壊し、胃袋は手術で全摘出するほどの重症を負ってしまったのだ。現役で戦うことは出来るが、無理をすると血を吐く後遺症が今も続いている。

 

だから、少しでもマッスルフォームが長く続くようにと、オールマイトと話し合って魔法使いが強化魔法を掛けることとなった。

魔法の影響で空を飛ぶスピードがかなり速くなり、魔法使いは必死にオールマイトの身体をしがみつく。

 

「にゃ...!!」

 

凄まじい風とのし掛かる重力により、ウィズの口から声にならない悲鳴が漏れる。

 

「大丈夫か?」

 

「...大丈夫」

 

「何とか大丈夫だにゃ!」

 

魔法使いとウィズは暴風により口を開けずらかったが、何とか質問に応える。

 

「そうか。それなら良かった。...また敵(ヴィラン)だ」

 

質問を聞き終える前に魔法使い達への興味は薄れ、オールマイトの目線の先には黒い車が走っていた。車はただ走っているだけで、端から見れば何も問題ないように見える。

 

「あの、車が、どうかしたのにゃ?」

 

ウィズが言葉をつっかえながらも質問をする。

 

「あの車に...どうも敵(ヴィラン)が乗っているようだ」

 

「ど、どうして、分かるのにゃ?」

 

「なーに、長年の勘さ」

 

「それで、決め付けて、良いの、にゃ!?」

 

笑いながら答えるオールマイトにウィズは冷や汗をかく。

 

「...取り敢えず止めてみれば良いんじゃないのかな?」

 

「にゃにゃ!?キキも!?」

 

ボソッと同意する魔法使いにウィズは、驚きのあまり普通に話せるようになる。

 

「じゃあ、決まりね。...では、行くぞ!」

 

笑顔でのほほんとしていたオールマイトが、表情をキリッと締めて戦闘体勢に入る。歴戦のオーラが魔法使いとウィズに伝わり、自然と引き締まり戦闘体勢に入った。

返事を聞くこともなく、相手の方を見ることもなく、オールマイトは地面に落ちるスピードを上げ、魔法使いはオールマイト身体からしがみつくのを止め空に飛び立つ。

 

オールマイトは地面に降り立つ。

黒の車の前に立っているが、車は止まる気配はない。それどころか更にスピードが上げて直接ぶつけようとするが─

 

 

オールマイトは片手で難なく止める。

汗一つかかず涼しい顔をしており、その様子に敵(ヴィラン)達は恐怖で青ざめ、陸に打ち上げられた魚の如く口をパクパクしていた。車はその衝撃でフロントガラスは割れてフロントバンパーは大きく凹む。

 

「いや~凄いね。魔法というのは。いつもなら、もう少し力を入れるが、腕を添えるだけで簡単に止められるものだ。...さて、敵(ヴィラン)の諸君。覚悟は良いか..?」

 

「ひぃいいい~~~」

 

オールマイトの気迫に情けなく叫ぶ敵(ヴィラン)達。

敵(ヴィラン)達はただ動けなくなっているかと思いきや、バタンッと大きな音が鳴る。まだ無事な後ろの扉から一人が逃げ出していた。どうやら、仲間を見捨てて逃げ出そうとしているのだ。

 

「ひぃい~!!やってられるか!!お、俺だけでも、逃げてやる!」

 

「待て!お前だけ逃げるな!」

 

「そうだ!そうだ!仲間を見捨てる気か!?」

 

「ふん!知るか!!」

 

慌て府ためて逃げる敵(ヴィラン)をオールマイトは追わず、ただじっと見つめる。

 

「お、追い掛けてこない...!?やったー!逃げ切ってやるぞ!!」

 

敵(ヴィラン)は後ろを振り向き、追ってこないことに喜びそのまま走り続ける。

だが、敵(ヴィラン)の喜びは直ぐ消えてしまう。遅れてきた魔法使いがやって来たのだ。

 

魔法使いの手にはカードが握られていた。

涙目ながら敵(ヴィラン)は迎撃しようと構えるが、敵の"個性"が発動する前に魔法使いが唱える。

 

『ミク×ウィズスペシャルステージ』

 

「歌うよ!」

 

魔女っ子の格好をした青緑色の髪のツインテールの少女がうっすらと映る。

少女の姿がが映るのと同時に、魔方陣で描かれた時計の針がクルクルと回り、十二時を示す場所へと止まると逃げ出した敵(ヴィラン)の動きが止まる。その間に魔法使いは捕縛用の縄で縛り付けて捕獲する。

 

「う...嘘だろ...」

 

逃げられると思っていた敵(ヴィラン)は、何が起きたのか分からずにショックのあまり呆然と呟く。オールマイトも戦意喪失した他の敵(ヴィラン)を縄で縛り付けていた。

騒ぎを聞き付けた警察に敵(ヴィラン)の身柄を渡す。

 

「ご苦労様です。オールマイト。黒猫の魔法使い」

 

ビシッと敬礼をする警察官。

 

「うむ。ご苦労様」

 

「お疲れ様」

 

オールマイトと魔法使いも労いの言葉を掛ける。

警察官が何か話そうとした瞬間。警察官の胸から無線機が鳴る。詳しくは聞こえないが、ところどころの単語や青ざめいく表情、警察官から発する空気が、非常事態だということを伝えさせる。

 

オールマイトが声を掛けようとするが、警察官がその前に無線機を繋げたまま話を再開する。

 

「都内の外れにある。とある山で大規模の山火事が発生!至急応援お願いいたします!!」

 

オールマイトがこくりと頷くと魔法使いを抱え、直ぐ様飛び立つ。超スピードで現場に向かう。

 

 

 

山火事はこの二人の働きにより簡単に終わった。

オールマイトは超パワーで天候を変えて雨を降らせ、火の海を弱らせる。そして、超スピードで山に取り残された被災者を助け出していく。

魔法使いの方も水を作り出し消火活動を行い、更にオールマイトや現場にいた他のヒーロー達にまた違う強化魔法を掛ける。その強化魔法により多少のダメージなら防ぎ、傷なら少しずつ回復していく。これにより、救助活動がやり易くなる。また、運び出された被災者を回復魔法を駆使して応急措置をしていく。

 

無事に鎮火させるとオールマイトは魔法使いを抱えて、またどこかに飛んでいく。

 

そんな二人の後ろ姿を見て誰かがポツリと呟く。

 

 

─あの二人だけで良いんじゃないか?

 

 

そんな嫉妬やらの悪意のこもった呟きが誰にも聞かれず、空へと消える。

魔法使いの本格的なヒーロー活動は、これでも、まだ始まったばかりだった。



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8話 交流

徐々にお気に入り、評価が増えて嬉しいです。これからも頑張っていきます。

後、新しいタグを付けました。


一日の半分が過ぎて、世間の大半は昼食の為に仕事を一時中断するこの頃。

とある屋敷の部屋に、男性と少女が向かい合って座っていた。

少女は長い金髪を密編みにしており、青い瞳はルンルンと楽しそうにしていた。服装は黒猫のワンポイントが入った青のパーカーに黒のズボンを履いて、少しボーイッシュな感じだ。男性の方は逆立った金髪に痩せこけた頬、窪んだ目からは想像できない程の鋭い眼光。骸骨の様な男性は白のシャツに黄土色のズボンを履いたカジュアルな格好をしている。

 

この二人の居る部屋は豪華な和室で、今は昼食をとっている。

昼食である鍋の匂いが部屋中を漂い、少女をルンルンとさせ、男性はそんな様子を微笑ましく見ていた。

 

鍋の準備が終わった女将は丁寧にお辞儀をすると部屋から出ていく。

女将が静かに退出すると、二人はそれぞれの飲み物が入ったコップを持ち上げてぶつける。

 

「「乾杯」」

 

二人は美味しそうに一杯目を飲み干したのであった。

 

 

一杯目を飲み終え、互いに労いの言葉をかける。

金髪の少女はカツラを被ったキキで、骸骨のような男性はトゥルーフォームのオールマイト─本名八木 俊典【やぎ としのり】。

 

「お疲れ。レイラドル少女」

 

「お疲れ様。俊典」

 

「...君はやっぱり呼び捨てだよね...」

 

「?嫌だった?」

 

気軽に名前を呼び捨てにするキキ。

慣れない呼び捨てに八木は苦笑いする。そんな八木の心境が分からないキキは首を傾げる。

 

「いや、別に嫌じゃないよ。ただ単に慣れていないだけさ」

 

「そう?それならよかった」

 

キキはそう言うと鍋をつつく。

よく煮込まれた鰆を箸でつまみ、ポン酢に絡めて食べる。口の中に入れた瞬間、鰆の柔らかい食感、ポン酢の爽やかな酸味と優しくもしっかりとしたで汁が口の中に広がる。

 

一口口に入れただけで頬が緩む。

その様子を見た八木は優しく微笑みながら言う。

 

「君は本当に美味しそうに食べるね」

 

「うん。本当に美味しいからね」

 

キキは満足そうに返事をする。

返事を終えると次々と鍋の具を口の中に入れていく。だが...

 

美味しそうに食べていたキキの瞳から突如涙が零れる。

 

「レイラドル少女!?いきなり、どうしたのか...!?」

 

いきなり泣き出したキキに大慌てになってしまった八木は、ガゴッと机に足の脛をぶつけてしまう。

多少ダメージが残る地味な痛みに悶えつつも、宥めようと足の脛をさする。

 

「~~!!泣いていても何も分からないよ。どうしたのかね?教えてくれないか?」

 

キキはグスグスと泣きながら答える。

 

「......鍋を食べていると。目明かし達のことを思い出したんだ」

 

静かに語り出すキキ。

途中ティッシュで鼻水をかんで中断するが、鼻かみ終えるとゆっくりと深呼吸をし、それでも間を開けてやっとのことで話し出した。

 

「みんなで話をしたり、ふざけたり、こうやって鍋を食べたり...ううん...それだけじゃない」

 

「他の世界でも楽しく過ごせたのに...自分の気持ちに正直に動いても......何も問題なかったのに!!」

 

キキは話ながら泣きながら色々なことを思い出す。

色んな異世界で色々な人達と談笑をしたり、食事をしたりして楽しい日々。

 

辛いこともあったが共に困難な道を歩み乗り越え、その先のみんなの笑顔。

 

勿論不幸なこともあった。

 

状況的に勘違いされて攻撃されたり。すれ違いした故に喧嘩をし、戦うこともあった。けど...直ぐに勘違いだと理解してもらえたり、仲直りをすることは出来た。人によってはだけど、敵対した人でさえも仲良く出来たこともあった。

 

けど...

 

今は...

 

 

「どうして!」

 

キキは今までの不満を込めてありたっけ叫ぶ。

 

「こんなことになっているんだ!!」

 

八木はただただ見詰める。

キキのこれまでの苦しみを全てを受け入れるように。

 

「ボクはただ苦しんでいる人を面白がって見ている人を許せなかっただけなのに!」

 

「ただでさえ、人を助けるのは難しいのに!それを邪魔したから起こったんだよ!悪いのはそっちなのに...!なのに...!!」

 

「なんで......」

 

「こっちが悪者になっているんだ!」

 

「活動の邪魔されないといけないんだ!」

 

「ずっと悪く言われ続けないといけないんだ!...それに...」

 

今はヒーロー活動を行えば邪魔をされ、ただ普通に生活をしていても誹謗中傷の的にされる。

 

でも、それだけではなかった。

 

 

「なんで!なんも関係の無い施設の人達まで悪く言われければいけないんだ!!」

 

キキが生活している施設でさえも的にされていた。

職員は勿論、保護されている子供にも被害が及んでしまったのだ。

色々とあるのだが、幾つかの例を簡単に紹介するとこんな感じである。

 

 

キキは児童養護施設では外での仕事をしている。

場所によっては人目につくこともあり、通行人にじっと見詰められることもある。一々視線を気にしていたら仕事にならないので、気にせずに仕事をしている時のことだった...。

 

「おい...!そこのお前!」

 

「ここの職員に用があるのでしたら、私がお相手致しますよ」

 

荒々しくキキに声を掛ける男性。

その声が自分に掛けられたものとは知らず、キキは掃き掃除を続ける。そもそも見知らぬ人からのお前呼びに応える義理なんてない。あっちだって警備員─池亀(いけがめ)を無視しているのだから。

 

振り向きもしない、気にも止めない、無視続けるキキの姿に腹を立てた男性は空き缶を敷地内に投げ込む。

 

「...お前のことを呼んでいるんだよ!耳あんのかコラ!!」

 

「さっきから黙って聞いていれば!職員を侮辱し!空き缶を投げ入れる!今すぐこの場から立ち去りなさい!でなければヒーローや警察を呼びますよ!」

 

缶を投げ入れる音、怒鳴り声、騒ぎが大きくなり無視していられる状態ではなくなった為キキは後ろを振り返る。

 

「...何の用」

 

不機嫌な様子も隠さずに扉の前までに近付くキキ。

その様子に男性は更に腹を立てて怒鳴る。

 

「何の用!?何の用じゃねえよ!!人が話し掛けているのに無視してんじゃねぇよ!!」

 

互いに嫌悪感を丸出しに空気は、どんどんと止まらなくなる程に悪くなっていく。

 

「ここで喧嘩はお止め下さい!レイラドルさんも、その人の相手をしなくて良いです!私が対処しますから!」

 

すかさず池亀が止めに入るのだが、二人とも聞く耳持たずに互いに睨み付ける。

男性はキキに文句を言いたいし、キキは自分が喧嘩を買って逃げずに相手をした方が良いと思ったからである。...直接文句を言いたい気持ちが強かっただけでもあるが。

 

「それが人に話し掛ける態度?」

 

「ああ、そうだ!お前が無視するのが悪い!ったく...!あの忌々しい黒猫の魔法使いと声までそっくりとか...見ているだけで気分が悪くなる!」

 

「だったら話し掛けないでくれる?こっちだって仕事で忙しいんだ」

 

「お二人ともお止め下さい!」

 

池亀の制止も聞こえずに互いに睨み合い口論は続く。

ずっと続いてしまうのではないか?と池亀が頭を抱えていると、意外な人物が止めに入ってくる。

 

「おうおう、こんな所で喧嘩とかいい度胸だな」

 

その人物は豹郎だった。

いつの間にか男性の背後の立っており、人よりも大きく獣特有の鋭い爪のある手で肩を掴んでいた。

 

「痛!ヒッ...!」

 

怪我をしない程度に肩に食い込む爪、豹郎の笑顔から覗く牙。

分が悪いと悟った彼は、覚えていろ!と捨て台詞を吐いて去っていく。今回の件はこれで一先ず解決したのだが、問題がこれで解決する訳ではなかった。

 

 

 

「...えっ..!そんなことがあったのかい?!施設ってあの児童養護施設でしょ?何でそこも?!」

 

キキから聞いた出来事に驚きを隠せない八木。

苛立ちを隠せないキキは、八つ当たり気味にキッと目を鋭くする。

 

「そんなことこっちが聞きたいよ!!...でも...もしかしたらあの事件のせいからもしれない...」

 

「あの事件?あの事件とは一体何のことかい?」

 

八木の質問にキキが苦しそうに胸を押さえる。

そのまま数十秒間の間考え込むと、キキの表情がまるで苦虫を噛み潰したような表情になったまま話し出す。

 

「...もしかしたら何だけど...マスコミに囲まれたボクを助けようとして、職員の人がマスコミの一人を殴ったことかな...?」

 

新聞に載る程でもない世間的には小さな事件だったが、養護施設的には大きな事件が起きていた。その事件が起きた時期はキキがヒーローになったばかり頃だった。

一般人としてキキが表門から施設に入ろうとした時、マスコミに腕を掴まれてしまったのだ。しかも最悪なことに、小屋の中に居た警備員が止めようとする前に人混みで出入り口を封鎖されてしまい止められなくなってしまう。

 

「ちょっと君!話いいかな!?」

 

「お...!本当に君、噂通りに黒猫の魔法使いに似ているね!まさか...君が本物!?」

 

「そんな訳がないさ。こいつは"無個性"らしいからな!でも...ここまで似ていると...何か繋がりがありそうだな。ちょっと話を聞かして!」

 

キキの返事を聞かずに勝手に腕を掴んだり、あまつさえバックの中を漁ろうとする。

反撃しようとしたところでキキは、立ち止まることしか出来ないことに気が付く。どんな理由があるにせよヒーローが一般人に手を出してはならない。反撃も出来ないまま、しゃがみこんで嵐が過ぎ去るのを待つ。そんな時だった─

 

 

「お前ら!何をしている!」

 

騒ぎを聞き付けた紫色の髪の鋭い目付きをした男性─天意(てんい)が駆け寄ってキキとマスコミの中に割り込む。天意が鬼のような形相で睨んでもマスコミは一歩も引かず、それどころか睨み返して逆ギレをしていた。

その様子に天意の堪忍部の緒が切れる。

 

「お前ら...!いい加減にしろ!!人のことを敵(ヴィラン)、敵(ヴィラン)と...言っているが!お前らの方こそ──」

 

 

「人に迷惑をかけて敵(ヴィラン)じゃねえか!この屑どもが!!」

 

天意は罵倒共にマスコミの一人を殴る。

これにより騒ぎが大きくなったのは言うまでもなく、キキや他の職員の人達が止めて何とか騒ぎを収めたとしても、世間と養護施設の溝が更に深まるだけとなった。

 

 

 

「そう言うことか...。でも、それは、職員の人も悪いんじゃないの?マスコミが悪いと言っても、もう少し言い方があるだろうし、殴るのは駄目だよ...」

 

話を聞いた八木は落ち着いて反論する。

しかし、今のキキには逆効果だった。キキは怒りで頭に血が上がり、感情に身を任せるままに大声で怒鳴る。

 

「はあ!?天意が殴って止めてくれてなければ!バックの中を漁られて!今頃正体がバレてしまっていたところなんだけど!そもそも勝手に!バックの中を漁って殴られるようなことをするのが悪いんだ!」

 

「す、済まない」

 

鬼のように怒鳴るキキに、八木はたじたじになってしまい。

 

(これは...失敗してしまったのだろうか...)

 

八木は怒っているキキを見ながら考える。

元々この鍋はキキを接待する為に用意された物である。今は冬で鍋が美味しい季節であり、"個性"で記憶を見た時他の異世界の仲間とワイワイ楽しみながら、美味しそうに食べていたことから選ばれたのである。

 

オールマイトの親睦を深めると共に、食事で機嫌を取ろうとしたのだが、上手くいくどころか、鍋を引き金に不満を爆発させてしまったのだ。

 

「いくら...刃と約束をしたとはいえ...他の人達まで被害が出てきたら...ヒーローを続けることは出来ないよ。...しかし...なんで、敵(ヴィラン)と同じことをやっていることに気が付かないの?やっている人達は馬鹿なの?」

 

キキは約束を果たせないことを申し訳なさそうに呟く。

呟いているうちに不満が溜まったキキは、嫌がらせをしてきた人達に罵倒で愚痴ると、用意されていたジュースを一気に飲み干す。

 

八木の顔はすっかりと青ざめてしまう。

冷や汗を流しながら八木が考え込んでいる間も、キキはやけ食いやけ飲みをする。このままでは食事会が終った途端、施設の人達を守るという名目で、無理にでもヒーローを辞めるのは誰の目にも明白だ。

 

八木はストレスのあまり吐血してしまうが、一生懸命頭を回転させ、何とかして説得しようと試みる。

 

「...レイラドル少女。念のために聞くけど...君がヒーローをやりたくない理由って。ヒーローの数が元々多いこと、一般市民にずっと悪く言われ続け嫌がらせをされること、関係ない施設にまで被害に遭ったこと。これでいいんだよね?」

 

キキはこくりと頷く。

 

「ならば、話は早いな。...私からもハッキリと言う。ヒーローの数は多いが、その分質が低いのも多いと私も思っている。...と言っても恥ずかしい話、君がこの世界に来るまでの間、少しそう思うだけで疑問には感じていなかった。ただ、私が、平和の象徴として頑張れば良いと思っていた」

 

キキは何もせず静かに話を聞く。

それを確認した八木はゴホンッと一つ咳払いして、呼吸を整えてまた語り始める。

 

「けど、君や君の仲間は違った。どんな敵でも、どんなに不利な状況でも、逃げずに命懸けで戦った。君の記憶を見た時、安い表現だが身体中に電流が走ったよ。こんなにも人の為に体を張る人がいたんだと。そして...本当に我々は情けないと実感したよ...。...はっきり言って、これは差別的だが。君の友達にサポート道具を作る少女─エリン少女がいただろ?あからさまに戦うことが出来なさそうなのに...そんな少女が仲間の為に命を懸けて戦った。...だからこそ、あの言葉が胸に響いた痛い程にね。...本当に現状の問題をそのまま見てきたような言葉だよ。全く!我々が情けない!!」

 

急に叫んだ八木に驚いたキキはビクッとしてしまうが、八木は高ぶった感情に呑まれながら、更に声量を上げて自分の意見を答える。

 

「だから!変えよう!この考え方を!ヒーローも!一般市民も!私は、これでも、平和の象徴だ。人気も、影響力も、有ることを自負している。だから......」

 

八木はここで深呼吸をして一旦自分を落ち着かせる。

落ち着くといつものように、オールマイトの時で活動する時の笑顔となる。

 

「私たちで変えよう。このどうしようもない考えを」

 

キキの口から言葉にならなかった声が漏れる。

 

「...それにねレイラドル少女。あの施設に関しては、三日前の事件で気になったから調べたんだけど...。元々レイラドル少女と関係なく、元々少し折り合いが悪かったらしいよ。だから、そこまで気にしなくていいんだよ」

 

優しく笑って八木は言い終える。

キキは黙っているだけだが、静かに微笑んで頷く。キキの頭の中でこの世界での出来事が駆け巡る。

 

初めてこの世界に来た時、何だか見た目が個性的な人が多いと思った。

 

この世界での初めての戦闘をした時、一般市民とヒーローの考えがあまりにも可笑しくて頭が痛くなった。

 

児童養護施設オアシスに連れて来られ過ごしていたのだが、キキを苦しめる切っ掛けとなった動画がそこでも話題になっていた。

その動画を観た職員の皆が言う。我々の代わりに怒ってくれてありがとう。ああ、この世界にも、まだまともな人がいることに心底嬉しくなった。

 

だから──

 

決めたんだ。彼らの考えが間違っているって否定しようと。

 

 

分かっていたことなのに、鍋を食べただけで泣きたくなるなんて随分と心が弱っていたんだ、とキキは自分のことを蔑んだ。

あの事件があってから言われたんじゃないか、この施設は前から民間人と上手くいっていませんと。

 

なのに...なのに...

 

 

長く深く溜め息をするキキ。

溜め息を終えたキキは意を決して八木と対面する。

 

「俊典ごめん。取り乱して」

 

「いいんだレイラドル少女。君の気持ちを考えれば、当然さ」

 

「...でも...いや...ありがとう。お陰で、決意を取り戻す事が出来たよ」

 

「そうか。なら、また頑張ってくれるか?」

 

「うん。頑張るよ」

 

キキは笑ってもう一度誓う。八木もまた安堵の笑みを浮かべる。

和やかな雰囲気へと戻り行く。

キキと八木は最終的に笑い合い、楽しく食事会をしたのだった。



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9話 前触れ

段々とタグが増えてきました。

それと戦闘描写が難しいです。つたない文ですが、お楽しみ頂けたら幸いです。


今日もヒーロー活動を効率的に行う為、魔法使いはオールマイトの肩に担がれて空を駆け巡る。

いつも通りに日常が始めるかと思いきや、今日のオールマイトは普段と違う行動をする。それはヒーロー活動する前に、あることを自身のブログに書き込んだのだ。

 

【最近黒猫の魔法使いについて、色んな意見がありますが、私は黒猫の魔法使いの考えに全面的に賛成しております。なので、私は、彼女の考えを一緒に広めていきたいと思います。そして、黒猫の魔法使いやそれを関するものへの誹謗中傷及び迷惑行為は止めて下さい。お願い申し上げます。】

 

No.1のヒーローの影響力は凄まじく、いつも国といたちごっこをしていたあの動画は、それ以降、上げられることはなかった。

この件に感謝した魔法使いとウィズは、オールマイトが聞き飽きる程のお礼を言う。

 

後、このまま騒ぎが収まれば、No.2であるエンデヴァーとの共闘が始めることが出来るらしい。それに続いて、他のトップヒーローとの共闘も始まる。

 

オールマイトが自分達の為にここまで頑張ってくれたのだから、絶対にこの狂った世界の考えを変える!と魔法使いは強く、何度でも数えきれないほど誓った。

 

 

 

オールマイトのブログの件で、マスコミが騒ぎを起こすことは明白であった。そこで今日は、人目のつかない場所で活動することになった。

今は逃走している敵(ヴィラン)を追いかける為、目撃情報があった廃トンネルの中を歩いている。

 

「キーーッ!オールマイトと黒猫の魔法使いが来やがった!!」

 

たった一日で魔法使いの知名度は一気に上がり、有名人になっていた。

もう既に敵(ヴィラン)に見付かったらしく、野太い男性の声が誰かに知らせるように叫ぶ。

その声はとても五月蝿くて耳が痛くなる程反響する。相手はトンネルの奥の方にいるらしく、魔法使いとオールマイトは目配せをしてから、オールマイトは魔法使いを抱えて最高スピードで走り出す。

 

トンネルの中央辺りまで辿り着くとそこには...

腕が足首近くまで伸びている猿顔の男性敵(ヴィラン)と、黒髪ロングの若い女性敵(ヴィラン)が待っていた。女性敵(ヴィラン)の方は袋を抱え込んでおり、武器なのか奪った物なのかは一目見ただけでは分からなかった。二人は何故か、眼鏡をゴツくしたような黒い物を額に掛けていた。

 

「やって来たわね」

 

女性は驚く程落ち着いていた。

猿顔の男性もニヤニヤと嗤っている。まるで勝利を確信しているかのようだった。

 

その嗤い顔を見た魔法使いとウィズとオールマイトは嫌な予感を感じる。

どこからか"呻き声"が聞こえ、不気味な現象に背筋が凍る。更に周囲には錆びた鉄のような臭いが漂う。呻き声と血の臭いに二人と一匹は、勘に導かれるままに上を見上げる。

 

見上げた瞬間、女性敵(ヴィラン)がくすりと嗤う。

端から順にバッンと、乾いた音を鳴らしながら照明がついていき、薄暗がりからオレンジ色に染まる。

二人と一匹はゾッとする。何故なら──

 

 

傷だらけの人が逆さまにぶら下げられていたからだ。

派手な格好をした男のヒーロー、まだ十代前半の少年少女、子供たちの母親と思わしき三十代前半の女性、計五人が吊るされていた。

 

特にヒーローの状態は酷く顔の原形をとどめていなかった。しかも、傷は顔だけではなく、足や腕にも痛め付けられており曲がってはいけない方向に折れてしまっていたのだ。

彼らが吊るされている下には、小さな水溜まりが血でできていた。これには、感情を押さえつけることは出来ずに、魔法使いは苦々しげに言う。

 

「なんてことを...!!」

 

何か策があって余裕があるのか、それとも怒っている様子を面白がっているのか、二人の敵(ヴィラン)は嫌みな笑みを浮かべている。

 

「...さあ!オールマイト!黒猫の魔法使い!人質を解放して欲しければ...ガフ!!?」

 

男性敵(ヴィラン)は怒りが頂点に達したオールマイトに力いっぱい殴られ、遥か彼方まで吹き飛ばされる。躊躇なく殴りにくるオールマイトに先程までの余裕は消えてなくなり、女性敵(ヴィラン)は慌て出す。

 

「待ちなさい!オールマイト!下手に動いたら!その風圧で人質が傷付くわよ!!ヒーローが人質を傷付けてもいいの?!!人質がこれ以上傷付く前に!大人しく!私達の言うことを聞きなさい!!」

 

「残念だったな!敵(ヴィラン)!私はどんな時でも"個性"調整を出来るようにしている!人質を傷付けずに、敵(ヴィラン)を倒すことなど朝飯前だ!ミーズリーー...スマッシュ!」

 

オールマイトは自信満々に宣言をすると、女性敵(ヴィラン)の後頭部に手刀を打ち込む。

オールマイトの並外れた力に堪えきれず、女性敵(ヴィラン)は呆気なく地面に倒れる。二人の敵(ヴィラン)を無力化にしたオールマイトは急いで人質を縄から解放をする。

 

「黒猫の魔法使い!回復を!」

 

じっと見ていた魔法使いは敵(ヴィトン)が殴られる否や、走り出して傷付いた人達の下に行き回復魔法を掛ける。淡い緑色の光が幻想的にトンネルの中を照らす。

無事に回復を終えた後は敵(ヴィラン)二人の身柄を警察に渡し、傷付けられていたヒーローと一般人は念の為病院で検査をすることとなった。怪我人達を無事に病院まで届けると、魔法使いとオールマイトは、また次の現場に向かう。

 

 

 

「来たね!オールマイト!黒猫の魔法使い!」

 

「私達はそう簡単に捕まらないわよ!」

 

「食らいなさい!」

 

今度は四十代の女性(ヴィラン)が三人組となって、オールマイトと黒猫の魔法使いに襲い掛かってくる。

彼女らは銀行強盗から帰りで、丁度空を飛んでいたオールマイトに見付かってしまったのだ。最後の悪足掻きとして"個性"で反撃をする。

 

自分や周囲の影を伸ばして拘束をしようとし、霧を発生させて姿を隠し、霧の中から鋭い葉っぱが凄まじいスピードで襲い掛かる。

並みのヒーローなら一溜りもないだろうが...

 

 

この二人には関係はなかった。

魔法使いが魔法を唱えて炎を出し、影を火で弱らせ、鋭い葉っぱも炎で跡形もなく燃える。

 

「テキサス...スマッシューー!!」

 

そしてトドメといわんばかりに、オールマイトのパンチが、霧ごと三人の女性敵(ヴィラン)を吹き飛ばす。まるでごり押しの手本を再現をしているようだった。

この事件の後もオールマイトの超スピードを活かして、現場に赴き数々の事件を解決していく。溺れている人を助けて、迷子の子供共に母親を探して、山や海岸に置かれていたゴミを片して、どこにでも出没をする敵(ヴィラン)を赤子の手を捻るように倒していく。

 

魔法使いがオールマイトを魔法で強化しながら、ヒーローの仕事をこなしていくのであった。

 

 

その日の夜。

 

ヒーローも敵(ヴィラン)とも関係ない、ただの一般市民の家で、一人の女性が鼻唄を歌いながら、黒いスマホをいじっている。

 

くすんだ灰色のショートカットの髪、髪の毛に対比するかの如く鏡の様な銀色の瞳。

 

その瞳は爛々と輝いていた。

 

「...ふ~ん。流石に止められちゃった。元々、消されやすいらしいのねこの動画。...まあ、私は興味なくて観てなかったけど...。"先生様"が気に止めろって言われてから、調べ出したのよね...。こんなことになるのなら...動画が出てからすぐに、調べておけば良かっ...ううん...いくら"先生様"の言い付けで、こんなことをしていても、自分からヒーローに関わりたくないのよねえ...」

 

女性は自己反省会を開きながら携帯を操作していく。

携帯を操作しているので、顔は俯いて表情は伺えないのだが、声色だけで忌み嫌っていることが容易に伝わってくる。

 

「しかし...こんなにも、"先生様"の興味を持たれるなんて、私からすれば羨まし~い。..."先生様"と似ている"個性"だからかな?考えても分からないなあ...。...あ~あ、調べに行かないと駄目なのかな?"個性"を悪用する時の言い訳を考えないといけないのだから、面倒くさいのよねえ~。しかも私の"個性"の効果じゃ、気付かれないようにするのは無理なのよねえ~。............ほんと......」

 

 

「嫌になっちゃう」

 

増悪の全てを一言にして吐き捨てる。

どうして、何を、嫌っているのかの答えは、すぐにでも吐き出される。

 

「今更、なんで、弱い人の味方のふりをするのかしら?貴方達ヒーローは、人の不幸が大好きな最低な人達でしょ!今更!!弱い人の味方なんてしないでよ!!!気が付くのが遅すぎるの......いや、これは...気が付いているのではないわ。ヒーローが多すぎて、目立つ為に、新たな路線を作っただけなのよ!きっとそう!そうに違いないわ!あっははは!!だとしたらなんて馬鹿なの?!先輩達が作ってきた自ら道を否定するなんて!なんて馬鹿なの!皆が面白がっているのよ!そんなこと分かっていないの?!あっははは!!こんなの...!まるで...」

 

 

「白部!?どうかしたの!?大丈夫?!」

 

女性の狂った笑い声が下の階まで響き、女性の母親を心配をさせる。

心配をした母親の声が女性を正気に戻す。

 

「...あっ...やっちゃった...。お母さん!私は大丈夫だよ!面白い動画を観ただけだよ!」

 

「...えっ...?そう...なの...?けど...」

 

「本当に大丈夫だから!心配しないでね!」

 

「...本当に?」

 

「本当に!本当だよ!私を信じて!!」

 

「............分かったわ...。本当なのよね?」

 

「うん!お母さん、私を信じて!」

 

「そう......。白部がそこまで言うのなら信じるわ。...その代わり......」

 

 

「もう二度と独りで抱え込まないでね」

 

女性の母親が念入りに尋ねる。

 

「大丈夫だよお母さん。私は...もう立ち直れているよ。学生時代は散々だったけど、職場の人達には恵まれているから...大丈夫!だって私!仕事するのが楽しくてしょうがないもん!皆良い人達だから、毎日が充実して楽しいもん!」

 

女性は出来るだけ明るい声で説得をする。

 

「...それは良かった。白部は昔から、抱え込みやすい子だったけど...その様子だと本当に楽しそうで良かったわ...」

 

部屋の扉の前で女性の母親は納得をする。

扉があって顔は見れなくても、声だけでも心底心配をしていたことが分かる。女性は心配を掛けてしまったことにより、心を鷲掴みされたように痛くなる。

 

女性の母親が階段を降りていった音を確認をしてから、女性は他の人に聞かれないように気を付けて呟く。

 

「...いつも心配掛けてごめんねお母さん...。けど...私...この生き方を選んでいったこと...後悔していないよ...。いざという時なったら...ちゃんと...」

 

女性はこの先を言うことを止める。

それから大きな溜め息を吐いて気持ちを切り替える。

 

「...これ以上先を言ったって...私には関係ないわ...。だって...私は"先生様"の意思を全面的に同意しているからね☆...さてと...いつまでも落ち込んではいられないね♪私は私の仕事をしないと!...といっても...出来るだけ...自分で探す時間は減らしたいのよね...。あ!そうだ!こんな時はあれを使おう!」

 

女性は携帯を操作してとあるサイトを開く。

そのサイトはヒーローに関する情報を取り扱っており、その手の情報ならなんでも揃っているサイトだ。"個性"のことから、家族や恋人の有無まで...ありとあらゆる情報がごったになっていた。

 

ここに書かれている情報全てあっている訳でもないが、それでも一つの情報手段として有益なものであり、やってみるだけの価値はかなりある。

 

女性はさっさと疑問を解決する為に文字を打ち込む。

 

 

 

 

『黒猫の魔法使いって誰から力を借りているんだ?』



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10話 平穏な一時

この世界のキキは"無個性"のキキ・レイラドルと黒猫の魔法使いのキキ・レイラドル。この世界では別々の存在として生きていた。

世間には特に問題なく欺けられているのだが、施設にはある程度の期間帰ってこなくなると、怪しまれることになるので、一定の期間が経つと施設に戻らなければならなくなっていた。ただでさえ再就職は難しいのに、今の状況で仕事が見付かりましたと言っても真実でもらえないからだ。

 

例え仕事が見付かったと言ったところで、マスコミが嗅ぎ回っている影響により、キキ含め非正規の職員は騒ぎが収まるまでの間は辞めるにも、辞められなくなってしまっていた。

マスコミ騒動が終わるまでキキは、ヒーロー活動と施設の職員、二つの生活を掛け持ちしなければいけなくなってしまったのであった。

 

 

迷惑を掛けてしまった分、仕事で汚名返上をしようと張り切って仕事に向かうキキ。

 

「おっはよー!」

 

職員室に向かう途中、キキの後ろから元気よく舞梓が挨拶をする。

 

「おはよう」

 

キキも微笑んで挨拶をする。

 

「お帰り。キキちゃん」

 

「ただいま」

 

「就職活動お疲れ様。...キキちゃん、やっぱり今は...急がなくても良いんじゃないの?他の職員の人達だって、マスコミ騒動が落ち着いてから行動をしようとしているよ。特にキキちゃんは、黒猫の魔法使いとそっくりなんだから、施設で働いていた方が良いと思うよ?」

 

就職活動という名目で出掛けているキキに、舞梓がキキの様子を探りながら心配をする。

 

「ありがとう。でも、大丈夫。やりたいことがあるから」

 

キキは笑顔で安心させようとする。

 

「そう?無理しないでね」

 

舞梓もキキの笑顔を見て言うのを止める。

そんなこんなで職員室に辿り着くと先に着いていた他の職員からお帰り、久し振り等の挨拶で歓迎されているキキだった。

今日の説明を受けて、仕事を始める前に朝食を食べるようと思っていたのだが─

 

 

「お帰りなさい」

 

「おう、帰ってきたのか。お疲れさん」

 

キキは人気者になっており動けなくなっていた。キキが帰ってきたのが分かると職員の誰もが、労いの言葉と挨拶をしに来るからだ。

敵(ヴィラン)と戦っていたり、市民から嫌がらせを受けていたキキにとって、職員の人達の挨拶と労いの言葉は心が浄化される程癒されるものとなっていた。

 

キキがここまで人気があるのは二つの理由があった。

 

一つ目の理由は、敵(ヴィラン)とヒーローの戦いの観戦に対して怒ったこと。

子供達の中には敵(ヴィラン)による被害で、歳関係なく、今でもトラウマで苦しめられ、夢にまで出て夜も眠れない子。忘れたくても、たまにふとした瞬間に思い出してしまう子、ストレスで自傷をしてしまう子、似たような場面で体調不良を起こしてしまう子がそれなりにいる。

職員の人達は被害に遭った子供達が、ここまで苦しんでいるのを知っているからこそ、ヒーローと敵(ヴィラン)の戦いをライブ感覚で見ることに腹を立てていた。でも、世間の考えに立ち向かえる者は誰もいなかった。

けれども、キキとウィズが、職員の人達に代わって自分達の意見のように怒ってくれた。異議を唱えるだけでも、彼等にとっては飛び上がる程嬉しいものであるのに、キキとウィズは本気で怒り、世間から酷い目に遭っても意見を変えない。自分達が出来ないことをやってのける、彼女達を応援したくなる気持ちは当然のことだった。

 

二つの理由は敵(ヴィラン)を庇ったこと。

この意見を聞いて、非正規の職員と敵(ヴィラン)から産まれた子供達は感涙の涙を流す程喜んでいた。世間にとって元敵(ヴィラン)や、敵(ヴィラン)の子供は差別の対象だ。敵(ヴィラン)の子供は悪いことをしていなくても学校で虐められ、一度でも敵(ヴィラン)になってしまった者は知り合いや友達からは縁を切られ、親からは勘当をされる。名も知らぬ赤の他人から、一生言われ続け蔑まれる。敵(ヴィラン)を庇う者などおらず、庇った人も敵(ヴィラン)扱いをされる。それでも庇い続けるのは、凄いことなのだ。

 

その二つの理由から彼等にとって、キキとウィズは救世主にも近い存在になっていた。

だから、赤の他人だとしても、姿と声がそっくりのキキを大事にする。

 

キキとウィズはヒーローとして嫌われていると思っているが、苦しんだことがある人、他人が苦しんでいる姿を見たことがある人、今なお苦しめられている人にとってはここの施設限らず、密かに人気があることを知らなかった。

 

 

色々な理由が重なって施設の職員には人気者のキキ。

挨拶を終えたキキは食堂に辿り着き、食事を自分で用意して席に座る。隣には舞梓が座っており、他にも今日はお休みだと言う香、キキをマスコミから守ってくれた紫色の髪の毛の三十代前半の男性、指標 天意【しひょう てんい】がキキの近くの席に座っていた。

 

キキは味噌汁を飲んでから、子供達の様子を香に尋ねる。

 

「最近、子供達の様子はどう?」

 

「ええ、大丈夫ですわ」

 

「良かった」

 

一安心をするキキであったが、念の為に舞梓が困った笑みを浮かべながら訊ねる。

 

「やっぱり、学校休ませて正解だった?」

 

「え、ええ。...そうですわね...」

 

良くない内容が以心伝心したらしく、香もまた困った笑みを浮かべる。

 

施設の子供たちが通う学校でも、キキについての話がよく話題になっているらしい。

外の子供達もキキが本物だろうが、偽者だろうが関係なかった。気の弱い子を狙って嫌がらせをしてくるのだ。そのせいで、子供たちの気が病んでしまい、感情を上手く制御出来ない子供は、八つ当たりとしてキキを嫌っていた。

 

この理由もまた、児童養護施設オアシスが世間と上手くいっていない理由でもある。

偏見に満ちた人や、意地悪な人達が施設の子供達を虐めてくるのだ。そのせいで、数年前自殺してしまった子供もいる。学校や保護者に問い詰めても認めない。虐めていない、そんなのそっちの思い違いだ、と言い捨て聞く耳を持たなかった。

響明の"個性"を使えば簡単に判るのだが、プライバシーの侵害、少年法、未成年だからと言われ、手を出すことは出来なかった。

 

非正規も同じく弱い立場であった。

せっかく社会復帰が出来ても、前科持ちだということがバレてしまい、嫌がらせをされ、またここへ戻ってきてしまうパターンがそれなりに多い。

 

施設側が上手くやろうとしても無意味であった。外の方がちょっかい出してきて上手くいかないのだ。

 

「学校なんて、元々、碌でもないところじゃん。行かなくたって何も問題ねぇよ。そもそも冬休みが近かったからな。休むが増えるだけだし」

 

嫌な雰囲気を吹き飛ばすかのように、ケラケラと笑いながら言う天意。しかしながら、世間への隠憎しみをしきれていなかった。

困り顔で笑みを浮かべるだけで何も反論しない香。プーと頬を膨らませて何か言いたそうな舞梓。

 

微妙な雰囲気になっていく。

キキは雰囲気を変える為、気になっていたあることを質問をする。

 

「世間の人達はヒーローと敵(ヴィラン)の観戦を好んで観ているけど...ここの人達はそのことを駄目なこととして認識をしている。...そのような考えになったのは理由があるから?それとも初めから嫌だった?」

 

キキの真面目な質問に三人は顔を見合わせる。

キキがずっと気になっているのも当然だ。殆どの人達は世界のあり方に疑問を感じない。それでも疑問を感じるとしたら、何か大きな出来事が起きたからである。何が切っ掛けで、目を覚ますことが出来たのかを知りたいと思うのは当然のことだ。

 

「私は......恥ずかしながら、ここで働くまでの間は、特に疑問を感じていませんでした...」

 

香は過去の自分を悔やみ、手で顔を隠して泣き出してしまう。

周りの人達がこちらのテーブルに注目をする中、舞梓が明るめの声で香を励ます。

 

「あたしだって!ここに働くまで気にしたことなかったもん!だから、花野さんがここまで気にすることはないよ!」

 

「...悪いと思っているんなら、そこまで気にする必要はないと思うぞ」

 

「責める為に聞いた訳じゃないよ。どうしたら目を覚ますのかを聞きたいだけだから気にしないで」

 

キキと天意がやんわりと香を宥める。

皆に説得をされた泣き止む香。香がまた自分のことを責めてしまう前に天意は話し出す。

 

「俺は......ここに来る前はよく虐められていたからか...人質が虐められている俺と重なって...それで虫酸が走る程嫌になったんだよなあ...。......けど...世の中にはまだ気が付いていない馬鹿が!たくさんいるから、そこまで気にすることはなくね...」

 

馬鹿!と強調をしながら、天意は最後照れくさくなりながらも香を庇う。

舞梓はそれに続くように語り出す。

 

「あたしは...高校生の時に行ったインターンの時のことだけど...。あたしがインターンで行った事務所のヒーローが...子供だけは助けられたけど...子供の両親は間に合わなくて...。それで、子供が泣いて、事務所のヒーロー達を責めている姿を見てね...その姿が忘れられなくて...ううん!忘れてはいけないの!忘れないように、この施設に就いたのだけど...思っていた以上に助けられていない子供達がたくさんいて...それからかな、助けられていないパターンが多いのに、なんで喜んで観ていられるのかなぁ...と嫌になったの」

 

キキの疑問が場を暗くする。

場を暗くしてしまったことに責任を感じたキキは、急いで話を変える。

 

「舞梓はヒーローだったんだ」

 

「うん、そうだよ。今年デビューしたばかりの新人ヒーロー乱舞。応援、よろしくね♪」

 

暗い雰囲気を吹き飛ばす為、舞梓はわざと茶化して挨拶をする。

 

「ところで、舞梓はなんでヒーローに成りたいと思ったの?」

 

キキはこの中で一番テンションが高い舞梓に話を振る。

 

「あたしがヒーローに成りたかった理由?う~~ん......あんまり考えたことはないかも...格好良いから目指した訳だしなあ...」

 

「へぇー...そうなんだね...。香と天意はどうしてここで働くことを決めたの?」

 

命懸けの仕事なのに意外にも理由は軽かった。

何とも言えない気分になったキキは、香と天意に話を振って尋ねる。

 

「私は...ヒーローに成れなくても、人の役に立つお仕事を探しておりまして...。丁度その時、ボランティア活動でここを知りまして、応募をしたのですよ」

 

「俺は...自分自身が困っている子供だったから、やっぱり見過ごせないし、助けたいと思ってな。だからこの仕事に就いた」

 

真面目な雰囲気で質問を答える二人。

この後は暗い雰囲気になることはなく、楽しく話をしながら朝食を食べるのであった。

 

 

 

朝食を終えて仕事を始める。

それから暫く経って仕事が落ち着いた時、キキはある作業を開始する。

 

赤や白などのペンキ、筆、大きめの木の板。

仕事の合間、職員全員で祭りの準備をするのであった。

 

切っ掛けはキキが送ったプレゼントだ。

実は鍋を食べた後、キキは迷惑を掛けてしまった子供達に、みんなで遊べるプレゼントを買おうと考えていたのだ。キキは借金してまでも買おうとしたが、オールマイトが全額払ってくれたのだ。オールマイトが贈ったプレゼントは、子供達や施設の職員達に大いに喜んでもらえ、そのプレゼントを活かす為に、お正月に祭りを開くことになった。祭りの準備はキキが戻ってくる前には始まっていた。

 

キキが袖をまくって準備に取り掛かっていると...

 

「...お姉さん。まつりのじゅんびをしているの?!」

 

一人の少女が興味津々と近付いて来る。

声をかけてきた少女の後ろから、二、三人の少年少女がぞろぞろとやって来た。

 

今のキキはなんとか子供達の機嫌を取り戻せていた。

プレゼントの効果であったり、時間が解決をしてくれたり、職員の人達が頑張ってくれたお陰で、理不尽な目に遭った子供達もキキのことを嫌うのを辞める。

 

「そうだよ」

 

「やっぱり!」

 

キキが返事をすると目をキラキラと輝かさせる子供達。

 

「やらせて!やらせて!」

 

「うん、良いよ」

 

キキが了承すると子供達は喜んで作業を始める。

カラフルにぐちゃぐちゃに塗りたくられていく看板。

手も服も顔もペンキで汚しながら、作業を進めていくうちに、子供達の中で一番歳上そうなおさげの少女が訊ねる。

 

「ねぇ、お姉さん」

 

「なあに」

 

「お姉さんって、黒ねこのまほうつかいにそっくりだね。本当は黒ねこのまほうつかい?」

 

「ボクは"無個性"だから違うよ」

 

「ふ~ん。そうなんだ」

 

「うそだ!そっくりじゃん!」

 

元気いっぱいな丸坊主の少年は信じてもらえなかった。

 

「そうだよ!」

 

髪の長い少女も丸坊主の少年と同じ意見だ。

 

「だったら、測定さんや杞奥さんに聞いてみるといいよ。あの人達が証明してくれるから」

 

「しょうめい?」

 

髪の長い少女は首を傾げる。

 

「証明はね...それが本当だよって、教えてくれるもの」

 

「...ふーん、そうなんだ」

 

髪の長い少女は曖昧な返事をする。

 

「まあ!何でもいいや!それより、まつりだ!」

 

丸坊主の少年は祭りの方が大事で作業を再開する。

 

「うん、そうだね!ゆい姉もやろうよ!」

 

おさげの少女も作業の続きを促す。

 

「うん!」

 

髪の長い少女もまた喜んで作業を再開する。

子供達の作業を見守っていると...

 

「おう!お前達もやっているか?」

 

豹朗が子供達を連れてやって来る。

 

豹朗の服もペンキで汚れており、完成した看板を脇に抱え込んで運んでいた。

子供が書いたのだろうか、大きい歪んだ字には、わたあめ屋と書いてあった。

 

「うん、やっているよ。けみやさん」

 

おさげの少女が返事をする。

 

「そうか!そうか!で、何の看板を作っているんだ?」

 

豹朗が屈んで聞く。

 

「金魚すくい」

 

「わなげや!」

 

「クレープやさん」

 

子供達全員の意見がバラバラだった。

 

決めていなかったんだ、とキキは少し呆れる。

キキは道具を用意しただけで、子供達がやりたい、と言ったものだから、後は任せるつもりだったので何も知らなかったのだ。

 

豹朗は困った笑みを浮かべながら頭をかく。

 

「...あ~~...金魚すくいは...生き物を用意するのは難しいって、言われなかったか?輪投げも、景品を用意するのはちょっと難しいって、言っていた筈だぞ。クレープ屋は昨日、真理が終わらせたって言っていたぞ。知らなかったか?」

 

「だって、やりたいから!」

 

「おれもわなげしたい!」

 

「クレープやは、わたしがやるってきまっていたもん!....なのに!なのに!...うわーーん」

 

豹朗は泣き出した長い髪の少女の頭を撫でた。

 

「あー...それは、災難だったな」

 

豹朗が頭を撫でて宥めている。

だが、結局三人の意見は元からバラバラで、また揉めそうだと、ある意味考えてはいけないこの先のことをキキは考えてしまう。

 

考え込んでいるうちにある疑問が浮かび上がる。そこでキキは、眼鏡をかけた賢そうな少年に話を聞く。

 

「少し、話を良いかな?」

 

「...なんでしょう?」

 

「こういった喧嘩って、よくあるの?」

 

その質問に少年はあからさまに呆れ、大人ぶった表情で語り出す。

 

「よくありますよ!せっかく集まって、決めたのに、勝手にやり始めたり、もめてけんかをしたり、あれがやりたいと泣き出す。...みんなもう、子どもなんだから...」

 

頑張って背伸びをして話をしている少年の姿にキキは、君も子供だろう、と思ってしまう。

 

「あー!今、ぼくのこと!子どもあつかいしたな!けんかをして、足を引っぱったりするほど子どもじゃないぞ!」

 

「大丈夫。分かっているよ」

 

取り繕っても納得してもらえず、背中をポカポカと殴られてしまう。

 

「いーーや、ぜったいに分かってない!」

 

顔を真っ赤にして叫ぶ少年。キキは恥ずかしがる少年を見ながら思う。

平和だからこそ何でもないことに全力に取り組み、笑い合ったり、時には喧嘩が起きてしまう。

 

だけどそんな平和な日常に、キキは暖かみを感じるのであった。



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11話 平穏な一時 その2

いつの間にか、UAが5000こえました。ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。


子供達と共に飾りを付け、屋台で出す料理の下準備をする。途中、同じ看板が何故か二、三個あったり、つまみ食いが大量発生するが、無事に準備を終える。

 

 

「「「あけまして!おめでとう!!」」」

 

パッカーン!

 

子供達と職員達が歓喜を帯びた声で新年を祝う。

声を上げるのと同時にクラッカーを全員で鳴らす。一月一日、年の初めの日、去年は色々とあったが、無事に年を迎えることが出来たお祝いを兼ねて、お祭りを開催する。

 

 

祭りの用の音楽が施設中を控えめに流れ、飾られた電球がカラフルに照らす。

屋台は全て食べ物屋で、わたあめ、りんご飴、チョコバナナ、クレープ、お汁粉、たこ焼き、焼きそば、カレーライスだ。

 

冬だからか浴衣ではなく、普通の私服にマフラーや毛糸の帽子を着けている。一部の子供達は首に何か書いてある紙をぶら下げていた。

 

「わーい!おまつりだー!」

 

「さっそく、あっちに行こうよ!」

 

「わたあめ食べる!」

 

「りんごあめもいいよねぇ!」

 

「クレープつくるー!」

 

「カレーもいいぞう!」

 

「じゃあ!きょうそうだあ!!」

 

「こら!危ないから、走ってはいけません!人が多いから、ぶつかるよ」

 

「「「「はーーーい!!」」」」

 

子供達は高ぶる感情のままに走り出し、大人達に注意をされる。微笑ましい光景が目に入る。

どの子達も笑顔で祭りに参加しており、まるでアヤツグ達がいた世界で、開いてしまった盆げーとうぇいを問題を解決する為に行われた時の祭りと同じくらい賑わっていた。

 

キキは今は普通のお客として祭りに参加していたが、他の職員は子供と一緒に回ったり、屋台で料理を出していた。キキも後に交代する。

 

キキはわたあめ屋の列に並ぶ。

わたあめ屋では、大人と子供がそれぞれ別れて作っていたが...

 

「う~~ん...うまくできない...」

 

「ほら、がっかりしないで。初めての体験だから、仕方ないのよ。また列に並んで練習しましょ。...ねっ?」

 

「うん....わかった」

 

子供が上手く作れなくてぐすっていた。

しかし、このわたあめを作るのは大人でも難しく、本来大きく膨らむ筈が小さく萎んでしまっていた。

 

そんな少女や大人達の見ても、他の子供達は自分達なら、もっと上手く出来ると思っているらしく、我先にやりたいとせがむ。

自信ありげな子供達を見てキキは、楽しそうと思うのと同時に、綺麗に作り上げるのにはプロがやらないと無理なのでは?と感じていた。

 

他の人の番が来て、上手く出来なかった少女は泣いてしまっていた。キキは泣いている少女を慰める為屈んで話し掛ける。

 

「どうしたの?」

 

キキに話し掛けられた少女は泣くのを止めて、泣きじゃくりながら話し始める。

 

「...ヒック。..だって、ヒック..。上手くできなかっただもん」

 

「誰だって、はじめは上手くできないものだよ」

 

「...でも、ふわふわのを作りたい....」

 

キキが慰めても少女は泣き止まない。

 

「......そうやっていつまでも泣いていると、練習をする時間も、楽しむ時間も、なくなってしまうよ。それに..みんなを見てごらん」

 

少女はキキの意見に従ってわたあめ屋の方を見る。

上手く出来なくても、笑いながら、楽しそうに作っていた。失敗をして歪んだ形になっても、そのことを友達と笑い合って会話のネタにする。そんな子供達の姿を見て少女は...

 

「......うん...わかった...。なかないでれつにならんで作ってくる...」

 

涙を拭いて列にもう一度並ぶ。

キキはその姿を見届けてから、次の屋台に移動をするのであった。

 

 

少女のように真剣に作る子の中には、上手く出来なくて泣き出してしまう子がいる。だけども、それとは逆に面白がってふざけて作る子もいる。

どれだけわたあめを大きく作れるのか、生クリームなどの具を全てのせようとしたクレープ。

 

これだけではなく、まだ他にも...

 

「このクレープ、いっぱい作りすぎたから、あげるね」

 

中には食べたいのではなく、作りたいだけの子供達もたくさんいた。

もう食べられないと言われれば、職員や世話焼きであるお兄さんお姉さんが、代わりに食べるのであった。

 

わたあめ以外にも...

 

「チョコバナナ食べたいから、このりんごあめ食べて」

 

色んな物が食べたいけど食べれない少食の子は、友達と交換しあったり、職員の人に残りを食べてもらうのであった。

キキも失敗した、要らなくなった物を何度も食べて、お腹いっぱいになってくる。

 

一人でいても、誰かと回っていても、子供達の相手を次から次にしなければならなかったので忙しいものだった。

 

 

自由時間が終わり、他の職員と交代したキキはカレーライスをよそる。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

少年はお礼を言って走り去って一人減ったが、列はまだまだ続いている。

寸胴鍋の中のカレーがすくなっていき、キキが心許なくなってきた頃、丁度良いタインミグで刃が寸胴鍋いっぱいに入ったカレールーを運んでくる。

お代わりとして刃が持ってきてくれたのだ。

 

「ありがとう」

 

キキはお礼を言う。

だけども刃は、忙しさから何も言わずに次の場所に向かう。

 

忙しく休む暇もないキキは、猫の手も借りたいと思った瞬間、ウィズのことが頭の中をよぎる。後で何か渡しに行こうと決める。

キキが考え込んでいる間にも、カレーの減りは早く、特に育ち盛りの少年が、あっという間に何周もしてしまう程勢いよく食べる。

 

「このカレーライス多めに入れて下さい」

 

「はい、どうぞ」

 

キキは少年のリクエスト通りに多めによそる。

 

「ありがとう」

 

笑顔で受け取り、その食べっぷりは誰が見ても見ていて気持ち良く、清々しかった。

 

 

 

落ち着いた頃合いを見計らって、ウィズに食べ物を渡しに行くキキ。

施設の裏手で誰もいないこの場所は、遠くから祭り囃子が聞こえるだけで、余計に寂しく感じさせるものだ。

 

「やっと食べられるにゃ!」

 

匂いに釣られて笑顔で奥から出てきたウィズ。

目を輝かせ尻尾を左右に大きく揺らす。

 

「はい、どうぞ」

 

持ってきた皿の中には、クレープの皮やたこ焼きのたこなどの祭で使われた食材が入っており、その皿をウィズの近くに置く。

 

「いただきますにゃ!」

 

がっつくウィズに苦笑いをするキキ。

 

「誰も取らないから大丈夫だよ」

 

「そうは言っても、お腹空いたにゃ」

 

ウィズは注意されてもがっつくのを止めなかった。

キキが食べているウィズを観察していると、刃が施設の裏手にやってくる。

 

「....ここに居たのか...まあ、いいや。レイラドルさん、これから片付けがあるのだけど...それを終えたら...ウィズさんを連れて医務室まで来てほしい」

 

片付けの手伝いはともかく、大事は話があることにキキは自然と気を引き締める。先程まで幸せそうな顔をしていたウィズでさえも真剣な表情になる。

 

「...どういうことにゃ?」

 

刃は少し目を閉じてから言い始める。

 

「...これからのことだ」

 

「これからのこと...ヒーロー活動のことですか?」

 

何となく分かったキキは刃に確認をする。

刃はゆっくりと頷いた。

 

「そうだ。...これ以上は誰かに気付かれるとまずい。だから、続きは医務室で話そう」

 

 

 

片付けをある程度終えたキキは、急いでウィズを連れて医務室に向かう。

息を乱しながらも部屋に辿り着き扉を乱暴に開ける。

 

バッン!!

 

静かな部屋に雷が落ちたかのように鳴り響く。

夜遅く皆に迷惑を掛けてしまう時間帯なのだか、誰もそれを咎める者はいなかった。部屋には刃、真太、響明、そして施設長である六十代後半の男性の竜田 創平【たつた そうへい】が神妙な顔付きでキキを待っていた。

 

キキとウィズが部屋に入ると創平は早速話を始める。

 

「...お待ちしておりました。では、お話を始めましょうか」

 

「...ヒーロー活動のせいで何か支障があったのですか?!」

 

キキは直ぐ様叫んで訊ねる。

キキがここまで急いで走ってきたのも、乱暴に扉を開けたのも、またこの施設に被害が出たと思ったからだ。

キキの発言、行動、考え方が何もかも気に食わなくて、施設にも被害が出てしまっていたのだが、更に酷くなってしまったのだ、とそう思ったキキはいても立ってもいられなくなったのだ。

 

キキが息を整えていると、創平が白いスマホを指で操作し始める。

三分もしないうちに操作を終えて、見せつけるようにキキの顔にスマホを近づける。

 

そこには─

 

 

『黒猫の魔法使いって誰から力を借りているんだ?』

 

ただの疑問を訊ねる文だが、キキは心臓をぎゅっと見えない手によって、締め付けられたような痛みを感じる。

 

キキは冷や汗をかき、ウィズも息を呑んでいる。

他人の力を借りる個性と表向きに言っていることであり、魔法を使えば精霊の姿が浮かび上がり、力を借りていることが誰にでも容易に分かってしまうのは当然だった。だからと言って、あからさまに検索をされては気分が悪くなるのは言わずもがな。

 

とは言え、力を借りている先の精霊はこの世界にいない為、どんなに頑張って調べても情報は出てくることはない。だから、気にする必要もない。

 

それでも...

 

かつて共に戦い、苦楽の日々を過ごした大事な仲間達が、好き勝手に言われるかもしれない現実に怒り震える。

 

キキは知らずの内に怒りで拳を作り、ウィズは険しい表情になっていた。

そんなキキ達の気持ちを同情しながら創平は話を続ける。

 

「幸い、貴女方の御友人はいくら調べても、見付かることはありません。ですが...それも大変なのです」

 

「それは..どういうこと?」

 

疑問に思ったキキは取り敢えず質問をする。

 

「恐らく...どんな手を使っても、調べる人が出てくるのでしょう。とはいえ、異世界の人物ですから見付かることは絶対に有り得ません。...ですが...そのことが余計に...不信感を与えます」

 

「不信感を与える?」

 

「はい。...実は...この世界で人が産まれると役所などで生年月日、国籍、今の住んでいる場所などの個人の情報を登録しなければなりません。そして人が亡くなれば、同様にその人が亡くなったことを、役所などに伝えなければいけません。この世界では生きることも、亡くなったことも、報告をし、常に人の情報は管理されております。...情報は作ろうと思えばいくらでも作れますが...情報を管理している施設が、もし敵(ヴィラン)にでも襲われたりして奪われてしまったら...」

 

「簡単にバレてしまうのにゃ」

 

「はい。ウィズさんの言う通り、嘘の情報だとバレてしまいます」

 

創平は長く話をした為お茶を飲んで喉を潤す。

お茶を飲んで一息ついたが、まだ重い話は続いており、創平の口から溜め息がこぼれる。

 

「.........実は...今度から...エンデヴァーさんと共に戦うことが決まりました...」

 

「もう一緒に戦うことになったのにゃ!?こんな状況で?!無理にゃ!!下手したら、足の引っ張り合いで死んでしまうにゃ!そもそも!今の状態で共同したら、勝てるものも、勝てなくなってしまうにゃ!!意味ないにゃ!それだったら!独りで戦う方がましにゃ!!」

 

ウィズが猫の体ではあり得ない程の音量で部屋中を響かせる。キキも何も言ってはいないが、表情で全てを語っていた。

分かっていた結果でも、創平の精神を酷く苛ませる。創平は鉛の様に重たくなった口をゆっくりと開く。

 

「ま、まあ!エンデヴァーさんには!事情を説明してあるから!大丈夫でしょう!!...けど......エンデヴァーさんには相棒(サイドキック)が居るからなあ......」

 

段々嫌になってくる現状に、ウィズは長い溜め息を吐くことしか出来なかった。

 

相棒(サイドキック)とは?

相棒(サイドキック)もヒーローであるが、読んで字の如く、相棒のようにサポートをする者。ヒーローにとっては見習い時代の様なものである。

 

相棒(サイドキック)は、どこの事務所にも例がいなくいる。ただ、オールマイトだけはいない。それでも、かつては一名程いたらしい。

 

相棒(サイドキック)の数は事務所によって違う。

エンデヴァーのところは三十人近くはいる。

 

キキの事情を三十人にも説明は出来ない。

必ず納得するとは限らないうえ、闇雲に話せば、どこかで敵(ヴィラン)に聞かれる可能性も出てくる。もし聞かれたりしまったら、キキとウィズは普通に生活することさえも出来なくなってしまう。

 

「ところで、杞奥さん」

 

あることに気が付いた真太は響明に話し掛ける。

いきなり呼ばれた響明は少し驚く。

 

「はい、何でしょう?」

 

「君は...レイラドルさんが、事情を知らない相棒(サイドキック)と上手くやっていけると思う?」

 

その質問に皆は一斉に響明の方を見る。

響明の"記憶を共有する個性"がキキの性格を把握し、この世界の住民として考え方を理解しているからこそ、白羽の矢が立たれてしまった響明。みんなの視線に驚いて一瞬目を見開いてが、深呼吸をして話す準備を整える。

 

皆が固唾を飲んで見守る中響明は口を開く。

 

 

「レイラドルさんが事情を知らない相棒(サイドキック)と上手くやっていけることですか?そんなの無理でございます」

 

響明はばっさりと切り捨てる。

本当は聞かなくても答えは分かっていた。だが、あまりにも辛辣に言い放すものだから、みんなは唖然として何も言えなくなる。

 

「大体、自分と違うものを認められない、受け入れられない人が多い...そのような馬鹿な人が多い世の中で!レイラドルさんが上手くやっていける確率は不可能にも等しいです!!」

 

機械のように単調に話をする印象の強い響明が、暗い感情に身を任せて吐き捨てる。

あまりの変わりようにウィズが驚く。

 

「にゃにゃ!?一体どうしたのにゃ!?」

 

「...私の"個性"、"記憶を共有する個性"で他人の記憶が見えます。その"個性"の力により、今まで人の汚いところを見てきました。記憶を覗くだけでも、身の毛がよだつ程恐ろしいものなのです...。あのような汚い考え方を持つ生き物が、自分と違う考え方を受け入れるどころか...話を聞くことすら出来ないのでしょう」

 

「......」

 

響明は単調に話そうとしても所々闇を感じさせる。

そのことに気が付いてもみんなは、黙るという選択肢しかなかった。

 

「...ねえ、このままずっとオールマイトと共に戦うのは駄目なのかね?...私は、ヒーローとして活動をしたことは無いから詳しくは分からないけど、戦うのならばやはり、仲良く戦える人と戦う方が良いと思うんだ。それでも駄目なのか?」

 

話を変える為真太が創平に尋ねるが...

 

「駄目ですね。やはり戦場ではどうなるか分かりませんので、色々な人と手を組んで練習をした方が良いですね。予め対処出来るのなら、していきたいところです。それに...レイラドルさんの立ち位置って、結構特殊なんです。基本は後方で味方のサポートすることですが、前線で戦うことがあります。そうですよね?レイラドルさん」

 

「うん。変わるよ。どんな状況でも戦えるよう、心掛けているからね」

 

刃が真太を説得しながらキキに話を振るう。

返事を聞いてから刃は更に話を続ける。

 

「ですので、オールマイトと共に戦う確率は低いのでしょう。オールマイトは必ず前線で戦いますが、レイラドルさんに限っては状況次第です。それに、総力戦となれば、必ず怪我人は出ます。回復系の"個性"は少ないので後衛に回ることになるのでしょう。なので、オールマイトと共に戦える確率は低い。....レイラドルさん、君には悪いのだけど、私も国と同じ考えだ」

 

「えっ!?」

 

キキに同情的だったのに刃は、説明の途中でなんと考えを変えてしまう。

 

「どうしてにゃ?!」

 

刃のその行動は、キキとウィズにとっては裏切るような行為であった。

驚いている二人を見て刃は悲しそうに笑う。

 

「だって....君が助ける為に治癒魔法を掛けても、守ってくれる人がいなければ意味が無いからね....」

 

刃に続くように創平も国からの伝言を伝える。

 

「これはオールマイトさんの事情なんだけど、オールマイトさんは、レイラドルさんの件の対応で忙しくなっているらしい。それで、オールマイトさんが市民を抑えている間、レイラドルさんには他のヒーローと仲良くなってほしいこと」

 

「にゃにゃ!?こんな状況で上手くやれとにゃ!?しかもちょっかい出してくる相手なのににゃ!?」

 

「国としては、今まで色んな人とも仲良く出来たから、大丈夫だろうと...」

 

「確かに色々な人と仲良くなったけど。だからって、会った人全員と仲良くできたわけではないのだけど....」

 

「それでも充分に素晴らしいと思います。自分とは違う姿。自分とは違う思想。自分よりも強く未知なる力。普通の人だったら、話をすることすら出来ません」

 

響明が優しく微笑んでキキとウィズを誉める。

本来は誉められて嬉しくなる筈なのに、キキとウィズは嫌な現実に頭が痛くなってそれどころではなかった。

 

キキもウィズも、いつか他のヒーローと共に戦うと言われた時から、考えていたが全く答えは出ていなかった。

最早、いつもの異世界渡りのように、ぶっつけ本番で乗り切るしかなかった。

 

 

これからのことが不安で眠れなくなったキキは見回りをする。事情は全くもって違うが、どうやら子供達も同じようで眠れないようだ。興奮が冷めきらない子供達は、同室にいる子供と話していた。

注意しようと思ったキキだが、まだ冬休みの最中だし、明日きちんと起きれれば良いかと思いスルーする。それでも、煩い部屋には注意にしに入る。

 

「煩くしたら駄目だよ」

 

「はーい!でも眠れないもんだもん」

 

「そうか...。だったらお話でもしようか?」

 

眠れない子供に絵本などを読んで、寝かせると言う習慣を思い出したキキは話を聞くことを提案をする。

少し大きめの子供もいたけれど、意外にも賛成してくれていくつかの異世界の話をした。

 

 

奇想天外な世界観、予測不能な展開、個性的な仲間達。異世界の話は好評だった。

楽しんでくれたことに満足したキキは、出来るだけ早く寝てねと告げてから部屋を後にする。

 

部屋を出てから数歩歩くと、誰かを待ち構えるかのように天意が立っていた。

ただ単に立っているだけかと思いきや、真剣な表情をしているものだからキキも背筋を伸ばして訊ねる。

 

「どうかしたの?」

 

「......話聞かせてもらった」

 

「話って...子供達に聞かせた話のこと?」

 

「そうだ...」

 

異世界の話が何が悪いのだろうか?と、原因が思い付かないキキは首を傾げる。

キキがもう一度訊ねる前に、ぽつりぽつりと辛そうに本音がこぼれ落ちた。

 

「止めてくれ......。いくら作り話でも...敵(ヴィラン)が受け入れられる、夢のような話は止めてくれ...。そんなあり得ない話は子供に聞かせるようなものではない...」

 

今にも大泣きしそうな彼の顔がキキの脳裏に焼き付いた。



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12話 これからが本番

はじめから言っておきます。

バーニンのファンの方はすみません。

彼女は思った事をズバズバと言うタイプだったので、キツイ事を言わせております。

もし、嫌悪感を感じたら、ブラウザバックをオススメします。


ドクンー

 

ドクンー

 

ドクンー

 

キキの心臓は緊張してしまったせいでおかしくなっていた。その動きはまるで、時を告げる鐘を誰かが不要に鳴らしてまくっているみたいだった。

あまりにも五月蝿くて思わず耳を塞いだのだが、自分の体から鳴る音だから意味はなかった。

 

落ち着かせる為に深呼吸を行い、ゆっくりと空気を吸って息を吐く。

それらを数十何回か行っているうちに、ウィズの声によって中断される。

 

「キキ。緊張するのは分かるけど、もう結果は分かりきっていることだから落ち着くにゃ」

 

「...そうだけど...」

 

ウィズの言い分は分かっているが、気持ちは収まらなくて深呼吸を止められないキキ。

暗い顔をしたまま突っ立っているキキを見ていたウィズは溜め息をつく。

 

「もう!くよくよしていたってしょうがないにゃ!だったら、少しでも明るく振る舞うように心掛ける方が、印象良くなる筈にゃ」

 

キキは言われた通りに笑顔を作ってみたが、どうしても緊張が抜けず苦笑いだった。

仲良くしないといけないと分かってはいるが、頭の中では言い争いをして拒絶される光景しか思い浮かばず、どうしても気が進まなくなる。

 

「おい、入れ」

 

キキが笑顔の練習をしている最中、エンデヴァーからお呼び出しを受ける。

キキとウィズは互いに数十秒間顔を向かい合わせてから頷くと、エンデヴァーとその相棒(サイドキック)が居る部屋に入るのであった。

 

 

「失礼します」

 

キキとウィズは恐る恐るではなく、堂々とここに居るのは自然だと言わんばかりに当たり前のように入る。

ゆっくりと歩き中央まで辿り着くと仁王立ちをし、キキの肩に乗っているウィズもキリッとした表情で前を見る。

 

キキとウィズが入った途端空気が一気に変わる。

相棒(サイドキック)達は驚きのあまりざわめき、近くに居る者同士でひそひそと話し出す。

 

その様子にキキは、誰にもばれないようにホッと安堵の息を吐いた。

なんでここに来るんだよ!と、この時点で拒絶される最悪の可能性を考えていたのだ。

 

エンデヴァーが注意しようとした瞬間、一人の女性が手を挙げた。

 

「質問いい?」

 

質問してきたのは白い軍服のような服を着た女性だ。

炎のようになびかせたネオングリーンの長い髪と、パッチリとしたつり目が特徴的な人で、見た目通りのハキハキした人だ。

 

「ああ、構わない」

 

エンデヴァーはあっさりと承諾する。

質問を承諾された女性は、はっきりと大きな声で話し出す。

 

「何で、アンタはここにいるんだ?アンタはオールマイトのサイドキックだったよね?オールマイトと共に戦わなくていいのか?」

 

女性の質問は相棒(サイドキック)全員の気持ちを表していた。

その手の質問をされることを予想していたキキは、予め用意していた答えを語る。

 

「オールマイトが自分と共に戦うだけではなく、他の人とも戦ってみることも良い経験となると言われ...」

 

「ふーん、実質クビじゃん!」

 

キキの説明が終える前に質問してきた女性が遮った。

一瞬ビックリして固まってしまったが、何事もなかったようにキキは説明を再開しようと口を開こうとするが...

 

「だって、アンタさ自分の発言で、市民に嫌われているもんね。流石のオールマイトも流石に手に負えなくなったのか?そもそも、ヒーローは何も言わずに市民を守る者でしょ!」

 

「だから!市民を守る為に、危ない場所にいたら注意するんだよ!」

 

女性のあまりにの言い草に、キキは用意してきた言葉を言う気力はなくなったが反論する気力は残っていた。

 

けれど意見を聞いてもらえることはなく、キキの意見に女性は眉を潜めた。

 

「そっちの方こそ分かってないよ!ヒーローの戦う姿ってね、市民を安心させる力があるのよ!それとね、ヒーローの力強さを見せれば、敵(ヴィラン)だってやる気を失くして、犯罪を減らすことが出来るのよ!現にオールマイトがいるところは、減っているから」

 

女性の意見にムッとするキキ。

キキの代わりににウィズが話し出す。

 

「確かに強ければ戦いを挑まれにくくなるけど、戦っている姿を見せることは、必ずその場で見せないといけない事なのかにゃ?テレビとかネットとかでは駄目なのかにゃ?......あれ?その場で見せなくても...」

 

「何言ってんの?ヒーローの傍にいる方が安全でしょ!」

 

「にゃにゃ!?」

 

ウィズは何か思い出せそうとするが、女性の大きな声ととんちんかんな言い分に、言いたいことが吹き飛んでしまって思い出せなくなる。

 

ウィズも口論に加わりそうになった。

その時やっと、今まで傍観していたエンデヴァーが炎を放出しながら怒鳴って話を止めさせた。

 

「お前らいい加減にしろ!」

 

周りが静寂に包まれるとエンデヴァーは喋り出す。

 

「そいつが優秀だったから、ここにいることを認めただけだ。お前達プロなのに揉め事を起こすのか?そんなに自分の意見が正しいと言うとなら実力で示せ!」

 

エンデヴァーの迫力に圧倒されるキキとウィズと相棒(サイドキック)達。

エンデヴァーは全員が大人しくなったところで指示を出す。

 

「今日の朝礼はこれで終わりだ。各自持ち場に就け」

 

そう言われた相棒(サイドキック)達は、直ぐ様自分達のやるべき仕事に就く。途中から参加したキキは何をすればいいのか分からず立ち止まっていた。

 

エンデヴァーは事務員に話し掛ける。

 

「水元、これから魔法使いと大事な話があるから、もし客人が来ていたら待たせるようにしておけ」

 

「はい、エンデヴァー様」

 

事務員の返事が終わらない内に、エンデヴァーはキキを別の部屋へと連れて行くのであった。

 

 

 

社長室に連れて来られたキキとウィズ。

キキとウィズはムスッとした顔で、エンデヴァーを見ていた。

 

エンデヴァーは腕を組んで溜め息をつく。

 

「お前らな、喧嘩をしないと約束をしただろうが」

 

「そんなことを言われたって、あんなことを言われれば誰だって怒るにゃ!」

 

ウィズは自分よりも遥か大きく、動物にとって苦手な炎を絶えずに放っているのに屈することなく言い返す。

キキもウィズの意見に頷いて同意する。

 

エンデヴァーはそんな二人を見て、思い切り溜め息を吐いた。

 

「では...今みたく、一々喧嘩をするのか?」

 

「それは...」

 

エンデヴァーの言葉に自覚あるキキ。

どんな人にでも譲れない想いがあるのは理解しており、何を言っても変わらないことは分かっている。それでも、こればかりは、一ミリたりとも認めたくないキキであった。

 

そもそも、敵は、自分の目的を叶えるためなら手段なんて選ばない。周囲に被害が出るのは当然のことであり、人質にされてしまうことだってある。敵の中には人を殺すことに躊躇しない敵もいる。そして敵は常に、勝つ為に相手が嫌がることをする。

それなのに、その場に戦えない者を残すのは危ないどころの話で済ませる問題ではなく、自殺行為そのものでもある。

 

もし、敵が自分より強かったらどうするんだ?しかもこの世界では"個性"の相性が悪いと戦わない人もいる。

黙り込んで考えているキキを見て、エンデヴァーは話を続ける。

 

「お前らがどう考えようとも勝手だが、ヒーローとして働くなら俺らの考えに合わせろ。でないと、一緒には戦えん」

 

「えっ...」

 

驚くキキを見ると、エンデヴァーは面倒くさそうに語り始めた。

 

「いいか、ヒーローは基本歩合制だが、実力だけではなく人気も必要だ。今のお前の状態では俺はともかく、他の相棒(サイドキック)の足を引っ張るだろう。だから国の方でも、一般市民と仲良くしろと言われるんだ。お前らの生活は保障されているが、他のヒーローは市民から支持されないと、食っていくのは難しい。仲良くなれない限り、相棒(サイドキック)と共に戦うことは出来ない」

 

「じゃあ、私達がここに来た意味ないにゃ」

 

ウィズが無駄足だったと溜め息をつく。

 

「それはない」

 

エンデヴァーがキッパリと否定する。

 

「何でにゃ?」

 

「話を聞いてなかったのか?俺は影響出ても大丈夫だと。だから、暫くの間は俺と二人で行動をする。今日みたく俺に用事があると、一人で行ってもらわなければならないのだが」

 

言い終えたエンデヴァーは無線機を渡す。

無理やり納得するしかなかったキキは、無線機を受け取りこれからのことを訊ねた。

 

「で、これからどうすればいいの?」

 

「時間までパトロールをし、異常があれば解決をする。それの繰り返しだ。もし要請が必要だったらこれで呼べ。こちら側も何かあったらお前を呼ぶ。分かったら行け」

 

説明が終えると、キキは半ば追い出されるようにして部屋を出る。

 

長い廊下を歩きながらこれからのことを考える。

キキは不満をウィズに話して発散したかったが、全身が鉛のように重たく、口を開くことさえも煩わしくなっていた。それにウィズに愚痴ったところで何も解決はしない。

 

キキは何度目か分からない溜め息を繰り返す。

 

だからこそ気が付かなかった。

くすんだ灰色の短い髪の若い女性とすれ違ったことを。

 

その女性はキキとウィズをチラッと見ただけなのに、息が止まりそうになっていた。

 

「ふ、ふふふ、ふふふふふふふふふえぇ!!?」

 

「にゃにゃ!?」

 

すっとんきょうな叫び声に驚いて立ち止まるキキ。

ウィズも女性の叫び声に釣られて少し叫んでしまう。

 

驚いて固まっているキキに、女性は遠慮なく近づき勝手に手を握る。

 

「お初にお目にかかります。黒猫の魔法使いさん、ウィズさん。私は湖井 白部【こせい しらべ】と申します」

 

キキとウィズの反応を後目に心底嬉しそうに語る女性。

女性のテンションについていけず、キキとウィズは固まってしまう。

 

キキとウィズが呆然としている間のことであった。

 

突然、女性の鏡のように透き通った美しい銀色の瞳が一瞬怪しく光る。

キキとウィズはその変化に気が付く。"個性"を使ったことは明白だった。気が付いたキキが、今何をした!と問い詰めようとする前に女性の様子が可笑しくなる。

 

女性の身体は吹雪の中を歩かされたように震え、身体中の血が抜かれたみたいに青ざめる。

 

「大丈夫!?」

 

キキは女性に声を掛けるが、口をガタガタと震わせるだけだった。

女性の目は頻りに目をキョロキョロさせてどこに向けているのか分からない。空気を漏らすことしか出来なかった口がやっと言葉を紡ぐ。

 

「..............む..."無個性"..........?う、ううううううううううう、ううううう嘘!?あ、ああ、あなたが、む、むむむむむむむ”無個性”だなんて!!嘘よ!!!.............嘘って!言ってよ!!!言ってよ!!!言ってよーーーーー!!!!」

 

話せたが発狂をして会話にならなかった。

頭皮から血を流す程かきむしり、獣のように吠える。瞳から涙は流れ、まるで母を求める迷子の子供のように泣き叫ぶ。キキとウィズは"個性"を使って勝手に何かしようとした怒りはすぐに消えて女性の身を案じる。

 

「おい!何があったんだ!?」

 

「大丈夫ですか!?」

 

そんな時だった。

叫び声を聞きつけたエンデヴァーとスタッフ達が駆け寄る。

 

「こっちの方こそ聞きたいにゃ。なんか"個性"を使ったと思えば急に叫び始めたにゃ」

 

ウィズが愚痴りぎみに語る。

 

「おい!大丈夫か!?しっかりしろ!」

 

エンデヴァーは女性の身を覆い被せるようにしゃがみ込み、力強く声を掛けて気を確かめる。

 

焦点が定まっていなかった女性の目は、次第にエンデヴァーを見詰める。

 

「そうだ。目が覚めたか?ならば、深呼吸をしてみろ」

 

返事の代わりに深呼吸をしろと告げられた女性は深呼吸をして応える。深呼吸を繰り返しているうちに、体の震えは収まり引っ掻くのを止める。

 

「ご、ごめんなさい」

 

落ち着きを取り戻した女性は静かに謝ると、スタッフ達に支えられて、近くの部屋まで連れて行かれた。

後に残ったのはキキ、ウィズ、エンデヴァーだけだった。

 

「あの人はいったい何なんだ?」

 

キキはポツリと呟く。

 

「湖井か。誰にでも気安く話し掛ける人だ」

 

「それはさっき会った時の態度で分かるにゃ。それは良いけど...あの人"個性"をいきなり使ってきたにゃ。あの人は怪しい人ではないのかにゃ?」

 

いくら苦しんでいたとは言え、いきなり"個性"を使ってきたことに訝しげるウィズ。そのことに共感したエンデヴァーも頷きながらも仕方がないと庇う。

 

「俺もお前と同じく"個性"を勝手に使った際に怒ったことがあるが、その際にあいつは何度も謝りながら語っていた。あいつが言うには、真正面で一定の時間見つめ合ってしまうと発動してしまうものらしい」

 

「なんでちゃんと"個性"を制御できないのにゃ?」

 

「"個性"はヒーローや仕事以外使用禁止だからな。それで練習をしないのだろう。学生の頃の個性教育でも、限界はすぐ来る」

 

「でも、今みたく勝手に"個性"を使ってくる方が怖いにゃ。"個性"を制御するための練習くらい、許してあげてもいいんじゃないのかにゃ?」

 

「そうは言っても、それを悪用する奴はいくらでもいる。お前は、異世界人だからそういった発想が出てくるのだが、ヒーローとして働けば、敵(ヴィラン)がどれほど厄介なのか分かる筈だ。しかも数は多い」

 

今までウィズの疑問を応えていたエンデヴァーだったが、ウィズの発言にしかめっ面をする。何も分かっていない奴が何を言うと。

 

エンデヴァーのしかめっ面を見て、ウィズもまたしかめっ面になった。

 

「私達だって...短い間とはいえ今まで敵(ヴィラン)と戦ってきているし、そもそも他の世界でも戦ってきているから、敵の厄介さは身を持って分かっているにゃ。それと...敵の厄介さと力を使うことは関係ないにゃ。力を悪用する人は勿論いるけど、しない人はしないにゃ。力は結局、使うその人次第にゃ。下手に規制規制と言って、制御出来なくて誰かを傷つけてしまったら、本末転倒だにゃ」

 

「フン。この世界に住んで僅かばかりの奴が何を言う」

 

「だからこそ、気が付くことが出来るのにゃ」

 

ウィズの意見に頷いて同意するキキ。

誰だって、自分達の価値観はそうそう変わることはない。けど、第三者から見れば、結構可笑しいものであったりとする。

 

キキが所属する魔道士ギルドの掲げる“魔法使いは人々の奉仕者たれ!”という考えに、キキは全面的に同意し、如何なる時もその考えに従うが、エニグマサンフラワーが言うにはそれ、ブラック企業じゃん、と否定されてしまったのである。

 

このように傍から見れば、理解出来ないものだったりとする。

 

勿論、エンデヴァーが愚痴りたくなる気持ちをキキは共感していた。何故ならば、やけに敵(ヴィラン)が多いからだ。

彼は一日百件前後の事件に関わっているのだ。うんざりしてしまうのも仕方のないことだろう。

 

けど─

 

だからこそ──

 

 

どうして、こんなにも敵(ヴィラン)がいる理由を調べなくてはならない。そして、その理由を理解して、敵(ヴィラン)をこれ以上増やさないように努めなければならない。

 

 

そんな風に一人考え耽っていたキキだったが...。

 

「キキ。もう行くにゃ」

 

ウィズに呼ばれて考えを中断する。

 

「うん、分かった」

 

キキはウィズに言われるがまま外に向かう。

 

キキは前しか見ていなかったから気が付いていなかった。ウィズの顔付きが先程よりも、険しくなっていたことを。

エンデヴァーの事務所である大きなビルを出て、仕事に向かうのであった。

 

 

 

空がオレンジ色に染まる頃、一先ず仕事を終えたキキはエンデヴァーの事務所へと向かう。

 

仕事を終えたのにも拘わらず、キキとウィズの気分は最悪であった。

 

仕事自体は何にも問題はなかった。

一人で敵(ヴィラン)と戦っていても、魔法を駆使すれば余裕で勝てた。今日の敵(ヴィラン)はあまり強くはなかった。

 

原因は一般市民だ。

キキに注意されたことを未だに腹を立てているらしく、すれ違えば小声で悪口を言い、最悪の場合缶やゴミを投げてくる始末である。

 

いつもはオールマイトと共に事件現場に向かって、解決すれば、さっさと次の現場へと風のように向かう。

それの繰り返しだったから、実感することは殆どなかったのだ。ネットに書かれていたとしても、携帯などの電子機器の上手く扱えないキキにとっては見せない限り問題はなかった。

 

それでも、めげずに、いつも通りに人々の為に頑張れ良い問題ではなかった。

 

誰かの為に雑用をすればするほど、今更、おべっかかいたって意味ねえよと馬鹿にされる方が多かった。

 

しかも問題は一般市民だけではななかった。

 

他のヒーロー達もだ。

"個性"は基本一人一個だ。だからこそ、何でも出来てしまう魔法は嫉妬の対象だった。

 

キキが一人でヴィランと戦っていた時に、他のヒーローは手伝うこともなく、去って行った。寧ろ、獲物を取られたと舌打ちをする始末である。

 

今日は問題はなかったけど、もっと強い敵(ヴィラン)が現れたらどうするのだろうか?と、これで誰かが死んでも気にしないのだろうか?とそんな嫌な考えで頭の中を覆い尽くす。

キキは何もかも嫌になって、他にも人がいたが気にせずに深い深い溜め息を思い切り吐く。

 

ヒーローとして活動するならば、アレイシア達が居る世界でやりたかった。

あちらの世界でも、こき使われる前提だけど、ヴァンガードの皆は頼りがいがあり、安心して背中を預けられる存在だ。共に戦うのならば、そういった存在の方が良い。それにあっちの世界でも、他のヒーローと考え方ですれ違ったことがあったけど、独自の勝負で挑んで白黒はっきりつける為今みたく陰湿な嫌がらせはない。

 

一般市民だってパニックなどを起こさない限り、ちゃんと言うことを聞いて逃げてくれる。本当にこれだけでも有難い。勿論、悪口を言ってきたり、ゴミを投げてくることもない。

 

考えるだけで憂鬱になるので、考えないようにしていたが嫌なことが続きすぎて、どうしても頭の中に浮かんできてしまうキキ。

もっと疲れが溜まってしまったが、報告書を書く為に、エンデヴァーの事務所へと気力を振り絞って急いで向かう。

 

 

 

何とかエンデヴァーの事務所に辿り着いて、キキが少し休めると思った矢先待ち構えていた人がいた。その人は湖井白部だった。

白部の顔色はまだ少し悪かったが、それをかき消す程の真剣な目付きで見詰めてくる。

 

「どうかしたの?まだ何か用事あったの?」

 

キキは疲れもあってか淡々と尋ねる。

 

「先程は、本当に申し訳ございませんでした!」

 

白部はキキの態度を気にせずに謝罪をする。

九十度の深い御辞儀をしてから顔をあげた。途中目を逸らして、"個性"を発動させないように気を付けながらキキの顔色を伺う。

 

「いきなり"個性"を使ってきた私は、敵(ヴィラン)その者と変わりないことをしてしまったと自覚しています。...自己満足なのは分かっていますが、謝罪をしに待っていました...」

 

「...分かったにゃ。けど、説明はちゃんとしてほしいにゃ。どうして"個性"を制御を出来ない理由を」

 

「そうだね。説明をしてほしいね」

 

厳しめに聞くウィズを見て、白部はコクリと頷いてから説明を始める。

 

「はい。勿論、説明致します。...ですが、その前に、私の"個性"の発動条件を説明をした方が、分かりやすいと思いますので先に条件の方を説明します。私の"個性"は、私と相手が真正面で目を見つめ合うと、勝手に発動してしまうものです。体感的には数十秒後に発動してしまいます。それは、元々の話で、今は家で練習をしたかいがありまして、制御できるようになりました。...ですが、気持ちが高まったりしてしまうと、発動してしまうのです...」

 

「で、気持ちが高ぶって発動してしまったとにゃ」

 

「はい...。面目ありません...」

 

ウィズに指摘されて、恥ずかしくなったのか白部は俯いて指を絡めてモジモジする。

 

「でもなんで、気持ちが高ぶったの?」

 

キキが訊ねると白部の耳は何故か真っ赤に染まり、更に指を絡める。

一分間ぐらい沈黙が続いた後に、白部はゆっくりと語りだした。

 

「......あ、あの、実は...」

 

「実は?」

 

 

「わ、私!魔法使いさんのファンなのです!!」

 

「「...えっ?」」

 

白部の告白にキキとウィズの思考は停止してしまう。

 

「な、なんで?」

 

思わず質問してしまうキキ。

それは仕方のないことだった。今のキキは、一部の人以外ほぼ嫌われているからだ。何故好きなったのか、気になるのは当然だ。

 

しかし、質問をしても白部は恥ずかしいのか応えなかった。

なのでキキは自分なりに考えてみる。

 

この世界でキキに好感を持つ人は、何か訳のある人か、苦しんでいる人を間近で見ている人だ。そして白部との出会いを思い出すと辻褄が合うところがある。それは"無個性"という言葉にトラウマを持っているところだ。

いつ、どのようにして、そんな風になった理由は知らないけど、今でも恐怖を感じる程の出来事があったことは簡単に推測できる。

 

 

しかし──

 

だからと言って何故好きなったのかは分からない。

 

今まで世間に言った言葉は、危ないから現場から離れてと、敵(ヴィラン)だって元々はただの一般市民だと、"個性"の相性だけで諦めるなとしか言って言わなかった筈だ。"無個性"に関しては話どころか、単語すら一度も出てなかった。

 

なのに白部に好感を持たれた。

 

他にも理由があるだろうが、他の一般市民の行いのせいで納得はしずらかった。

 

けど─

 

 

「そうなんだ。ファンって言ってくれて嬉しいよ」

 

考えるのを止めたキキは、笑って白部に右手を差し出して握手を求める。

 

恥ずかしがっていた白部は顔をあげて呆然とする。

二十秒くらいポカーンとしていたが、握手に応じられていたことに理解すると慌てて応じた。

 

その様子にキキはクスリと笑っていたが、肩の上のウィズは小声でささやく。

 

「良いのかにゃ?はっきり言うけど、あの人なんか怪しいと思うにゃ」

 

「そうだね。...でも...それでもね...」

 

キキも白部に聞こえないように小声で返事をする。

 

「好意を持ってくれて嬉しいんだ」

 

「えっと、なにか言いました?」

 

白部に少し聞こえてしまったらしい。

けれど内容までは聞き取れてはいなかったらしい。

 

「ううん、なんでもないよ」

 

キキは誤魔化して握手を続ける。

 

 

確かに彼女は怪しい人かもしれない。

"個性"を説明してくれたとは言え、それがあっているかどうか確める術はない。

 

だけど─

 

初めて会ったあの時、彼女は心底嬉しそうにしていたのは本心だと思う。

 

だから─

 

受け入れる。どうせ、今は確める術はないのだから。

 

彼女だけが問題ではない。

 

他にも──

 

一般市民やヒーローとの関係もある。いずれ、解決しなければならない。オールマイトと共に戦っていた時よりも問題が山積みだ。

もしかして本番はこれからかもしれないと、思うキキであった。



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13話 敵(ヴィラン)

カンッー

 

硬いもの同士がぶつかり合う音が鳴り火花が散る。

その音の正体は、展開した防御障壁が魔法使いの首を狙うナイフを防いだ時に発した音であった。

 

殺されかけた魔法使いは平然としていても、市民の方は、街中で白昼堂々とナイフを振り回す人物が現れて、パニック常態に陥ってしまう。

このまま放っておけば、二次災害を引き起こしても可笑しくはない状況だ。

 

しかしー

 

「大丈夫だ。ヒーローが居るからな」

 

エンデヴァーは力強く言う。

 

すると市民のパニックがおさまり、立ち止まって様子を伺い始めた。No.2の実力と実績を持つからこその信頼である。

 

失敗した黒フードの人物は、忌々しそうに舌打ちをする。

確実に逃げられる為に市民に手を出そうとしたが、エンデヴァーが壁のように立ちはかだっている。敵わないと思った黒フードの人物は走って逃げ出そうとする。

 

「逃がさないにゃ!」

 

魔法使いは、黒フードの人物が逃げ出す前にカードを取り出して魔法を唱える。

 

魔法使いが唱えている姿を見て、無防備だと感じた黒フードの人物は、逃げるのではなく逆に近付いて、ナイフでもう一度襲い掛かる。だが、魔法使いに振りかざす前に氷魔法が発動し、黒フードの人物の足を凍らせる。

それでも黒フードの人物は諦めずに振りかざすが、ナイフはかすることはなかった。それどころか、両足が動けない常態で振りかざすものだから、ろくにバランスを取れずに、顔面から地面に倒れそうとなる。

 

相手が身動き取れない間に、素早く背後に立ったエンデヴァーが、首に向かって手刀を食らわせる。

意識を失った黒フードの人物は眠るように倒れ込む。

 

「確保」

 

エンデヴァーは凍った足を溶かしながら、黒フードの人物を縄で縛る。

 

市民の人達が安堵している最中、空からすっとんきょうな叫び声が聞こえてくる。

 

「ヒャッハハハアアァ!」

 

その場にいた全員が見上げてみると、足がバネになっている敵(ヴィラン)が空を跳んでいた。

その敵(ヴィラン)の目は血走り、明らかに尋常ではない様子だ。また、手には真新しいそうな刃物を持っており、これから人に危害を加える気満々だった。

 

「ウヒヒヒャャアァ!」

 

何が面白いのか常に笑っている敵(ヴィラン)。でもその顔はおぞましかった。

常に笑っているせいで口から涎を垂らし、血走った目は瞬き一つもしない。誰から見ても異常だと伝わるものであった。

 

被害が出る前に魔法使いは別のカードを取り出す。

詠唱が短くて済む弱い雷撃の呪文を唱える。威力は弱いが、それでも人間相手には充分だ。

 

「...っひぎゃ!?」

 

雷撃は直撃し、そのまま痺れて動けなくなり、地面へと落ちていく。

 

さらにエンデヴァーは、退けるついでに追い討ちをかける。

 

「赫灼熱拳ヘルスパイダー!」

 

エンデヴァーは指から糸状の炎を繰り出すと、敵(ヴィラン)の体を巻きつけて、勢いよくコンクリートの地面に叩きつけた。

 

「グェ..!!」

 

潰れた蛙のような声を最後に敵(ヴィラン)は動かなくなった。

 

一先ず、戦いの幕が閉じるのであった。

 

 

緊迫した雰囲気が消えると、市民は何事もなかったように元のありふれた日常に戻り、魔法使いとエンデヴァーもまた、敵(ヴィラン)二人を警察に引き渡してパトロールに戻ったが...

 

「..........」

 

「......はぁ...」

 

魔法使いはずっと溜め息をし、エンデヴァーはいつもよりも眉間にシワを寄せて、不機嫌そうな態度を隠しはしない。

彼らを見た周りの人達はぎょっとして後退りをしても、気が付かない程疲れていたのであった。

 

「....最近、やけにヴィランが多いね」

 

魔法使いが愚痴を呟く。

理由は知らないが、この街に赴任したばかりの魔法使いでさえも、実感する程敵(ヴィラン)の数が増えていた。

相手はそこまで強くはない。だけど、数が多く、いつどこから現れるか分からない故に、ずっと気を必要以上に張っていないといけないのだ。

 

このことが疲れを塵の山のように積んでいく。

 

「...何かの前触れでなければいいにゃ」

 

ウィズの意見に同感だった魔法使いは頷くが、エンデヴァーは違った。

 

「...フン。どうせ、馬鹿が暴れたいだけだろう。考えっていたって切りがない」

 

ばっさりと切り捨てるエンデヴァー。

 

「....本当にそうなのかにゃ?」

 

「...何が言いたい?」

 

しかしウィズは真剣な表情になって考え始める。

 

「だって...敵(ヴィラン)の様子がおかしかったにゃ。それに...エンデヴァーはNo.2に選ばれている程の実力者、キキはオールマイトと共に戦っていた実績があるにゃ。それと、他にもヒーローはいっぱいいるにゃ。...それなのに、わざわざ戦いを挑むのにゃ?見た感じだととても強そうには見えなかったにゃ。何か目的があるようにしか見えないにゃ」

 

「大方麻薬などの違法薬物に手を出したのだろう。だから...そうか、お前達が来たから何かしらの異変があるのか...ならば、後で警察にでも話を聞いておくとするか」

 

「そうだね。そうするにゃ...で、いつ話を聞きに行くにゃ?」

 

「...そうだな...。二、三日は予定は入っているからな。それ以降だ」

 

「オッケーにゃ」

 

エンデヴァーの発言に反論したいが、事実なので苦笑いすることしか出来ない魔法使い。

 

そんな魔法使いを余所に、ウィズとエンデヴァーはこれからの話をする。

そんな時だった...

 

「きゃあああ!引ったくりよ!誰か捕まえてーー!」

 

少し離れた場所から、絹を裂けるような女性の叫び声が聞こえてくる。

 

「行くぞ。魔法使い」

 

「うん」

 

魔法使いとエンデヴァーは気を引き締めて、急いで現場に向かうのであった。

 

 

現場は少し走った先にあり、そこには被害者であろう女性がへたり込んでいた。

幸いにもバックを盗んだ敵(ヴィラン)は逃げきっておらず、走れば間に合う距離だった。

 

「大丈夫か?」

 

「...は、はい...」

 

エンデヴァーが被害者に寄り添い、魔法使いが敵(ヴィラン)を追い掛ける。

 

「待つにゃ!」

 

ウィズの叫び声に反応した敵(ヴィラン)が振り向く。それでも敵(ヴィラン)は止まることなく走り続ける。

 

さらに魔法使いはスピードを上げて追い掛ける。だが、敵(ヴィラン)も追いつかれられないように、さらにスピードを上げる。

 

そんなおいかけっこをしている最中に予期せぬことが起きてしまう。

 

曲がり角から、事情を知らない親子がこちらに来てしまったのだ。

このままでは、あの親子が人質にされてしまうのは時間の問題だ。

 

魔法使いは急いであるカードを取り出す。

そのカードの実用性を知ったのはウィズに言われてからだ。それ以来、魔法使いはそのカードをいつでもSSを使えるようにしている。

 

魔法使いは急いで唱えた。

 

『見せてみなーーてめえの牙を!』

 

吸血鬼のような格好をしたオレンジ色の髪の青年が浮かび上がる。

 

「せっかくだ。サシでやろうぜ!」

 

すると鎖の幻影が現れ、敵(ヴィラン)の背中を突き刺す。これ自体にはダメージはない。ただの幻だ。

 

魔法使いの変な発言、力強い男の人の声が聞こえてきた敵(ヴィラン)は、驚いて一瞬だけ立ち止まって周りを見渡すが、何の異常が起きていないと分かると走り出す。

 

魔法使いは走るペースを落として、いつでも迎撃ができるように準備をする。

 

後ろを振り向いて敵(ヴィラン)は、遅くなった魔法使いを見て喜ぶ。

調子に乗った敵(ヴィラン)は勝率を上げる為、前にいた子供に腕を伸ばす"個性"を使って捕まえようとする。

 

 

がーー

 

 

伸びた右腕は子供には向かわず、なんと魔法使いの方に向かう。

 

「なに!?」

 

それどころか、体の向きも親子の方ではなく魔法使いの方に向く。

 

戸惑って隙を見せる敵(ヴィラン)。魔法使いはその間も着々と、対処していく。

伸びてきた腕は防御障壁でとめ、問に答えて火と闇の丸弾を放つ。

 

放たれた丸弾は真っ直ぐに敵(ヴィラン)に向かう。

 

「なっ...!こんなもん!」

 

腕を元に戻し、体を少し右にずらして躱そうとする。だが、丸弾も敵(ヴィラン)と同じように右にずれる。

 

「う、嘘!!?」

 

敵(ヴィラン)は驚いて動けずにもろに当たる。ちょうど鳩尾に入り、体をくの字にさせた。敵(ヴィラン)はその場でバタンと倒れると、ピクリとも動かなくなっていた。

 

敵(ヴィラン)を拘束する為、魔法使いが確認をすると気絶していた。

目覚める前に縄で縛りを終えた魔法使いは、放り出されていた女性のバックを掴む。その際に周囲の安全確認をする。

 

被害はなく無事に終えることが出来た魔法使いは、安堵の息を吐き、改めてこのSSの有用さを実感する。

今使ったSSの名は『決闘』。

その効果は、相手か自分が倒れるまで、互いに攻撃をぶつけ合うもの。自分の攻撃が必ず当たる代わりに、相手の攻撃も必ず当たる。

 

本来このSSの使い方は、他のカードを敵からの攻撃に守る為ものである。

この使い方を思いついたのはウィズだ。ヒーロー活動を頑張っている魔法使いを見て、少しでも力になれるようにと考えてくれたのだ。

 

自分の攻撃が他の関係ない人に当たる心配をしなくて良い。それどころか、相手の攻撃が必ずこちらに当たるから、周囲に人がいても流れ弾の心配もしなくて良い。

 

一番のメリットは、人質を作れなくするところだ。

 

触れることは出来てしまうので、敵(ヴィラン)に捕まってしまうが、傷付けることは出来ない。そうとなれば、人質を作っても意味はない。

 

でも、デメリットもある。

相手の攻撃も必ず当たる。耐えられなければ、最悪死んでしまう可能性があるのだ。

 

見極めが必要だが、それでも、この世界ではかなり有効だ。なんせこの世界の住民は、危機管理能力が低く逃げるのが遅い。

 

魔法使いが決闘の効果について色々と考えていると...

 

 

ドッスン!!

 

地面が揺れ、不安になった周囲の人達は何だ何だとざわめく。その原因は直ぐに判明する。

 

「よくも!オデの兄貴を!!」

 

なんと山のような巨体のヴィランがいつの間にか立っていた。はじめからいましたと主張しているようだった。

 

何の音もなく現れて魔法使いは吃驚する。

少し焦ってしまったが、よくよく考えてみると、他にも仲間がいても当然のことである。大きな巨体は突然現れたのではなく、"個性"を使って大きくなっただけ。

 

捕まえられたヴィランを助ける為に、巨体な腕をこちらに伸ばしてくる。

 

まずい!と魔法使いは焦る。

防御障壁を展開してもずっとは耐えられない、それにあの巨体が少しでも動けば、ガラスが割れたりして周りへの被害は尋常ではない。

 

魔法使いはありったけの魔力を込めて耐えようとする。

 

がーー

 

 

「ぼけっとするな!魔法使い!」

 

空を飛んでいるエンデヴァーに大声で怒鳴られる。

いち早く敵(ヴィラン)の出現に気がついたエンデヴァーは、コンクリートの壁を溶かしながら登っていき、大空高く飛び上がっていた。

 

「赫灼熱拳ジェットバーン!!」

 

足裏から炎を噴出しながら、敵(ヴィラン)との距離を詰めて、相手が倒れるまで、灼熱に燃え上がる炎の拳を振りかざすのであった。

 

 

 

あれからも敵(ヴィラン)による犯行が何度もあったが、無事に仕事を終えた魔法使いとエンデヴァー。

 

二人は黙って事務所に向かっていると...

 

 

「あっ...お疲れ様です。エンデヴァーさん、魔法使いさん、ウィズさん」

 

スーツを着た白部と偶然出会った。

 

笑顔で挨拶する白部。

しかし魔法使いは、無視するかのように突然辺りを伺い始める。

 

ウィズもまた魔法使いと同じ行動を取る。

白部は吃驚してキョトンとしてしまい、エンデヴァーは呆れ顔をする。

 

「....何をやっている」

 

「周りに人がいないのか確認」

 

「何故だ?」

 

「...ボクが嫌われすぎて、周囲の人達に影響が出たからね...」

 

苦笑いする魔法使いに、エンデヴァーはくだらなそうに息を吐き捨てる。

 

「フン。そんなもん気にする方が馬鹿馬鹿しい」

 

「自分だけなら気にしないよ。でも、他の人達が酷い目に遭うのは...」

 

オアシスの子供達や職員への嫌がらせを思い出して、苦虫を噛み潰したような顔をする魔法使い。

ウィズもそのことを思い出して声を荒げる。

 

「まったく!私達に文句があるのなら、直接言ってくれればいいにゃ!私達は逃げも隠れもしないにゃ!」

 

「だから白部も、ボク達と仲良くしてくれるのは嬉しいけど、周りに人がいないか確認してから......白部?」

 

石像のように固まっている白部を見て魔法使いは心配する。

 

暫く白部は固まっていたが、声を掛けられたことに気が付くと、白部は慌て出す。

 

「す、すみません!ボーとしてしまって....」

 

「それはいいけど、大丈夫?」

 

「はい...大丈夫です!心配してくださりありがとうございます」

 

白部はいつもの笑顔で応えた。

 

「しかし...魔法使いさんはとても大変な状況にいらっしゃるのですね...。もし、私で良ければ、御相談に乗りますが...」

 

「ありがとう。でも大丈夫。自分で何とかするよ」

 

「そうですか...。一刻も早く、問題が解決出来るよう、祈りますね」

 

「ありがとう。あははは...」

 

思わずやけくそ気味な笑いが出てきてしまう魔法使い。

 

だってこの問題は解決できる問題ではないからだ。

魔法使いの価値観とこの世界の価値観が合わなすぎるのが問題だ。しかも、価値観なんてそうそう変わるものではないうえ、互いに変える気もない。つまり、一生平行線だ。

 

そんな状態で、何も事情を説明出来ない白部に言ったって、ただ愚痴を語ることしか出来ないのだ。

 

「...本当に大丈夫ですか?」

 

魔法使いのやけくそ気味な笑いを見て訝しげる白部。

 

「う、うん。本当に大丈夫だよ。本当だよ」

 

慌てて取り繕う魔法使い。

白部は納得してはいないものも、これ以上踏み込むべきではないと、悟って何も言わなくなった。

 

 

エンデヴァーの事務所まである程度歩くと、白部には用事があるらしく、途中で別れたのであった。

 

ウィズが興味本位で尋ねると、どうやら、お洒落なバーで飲みに行くらしい。行きますか?と誘われたたが、仕事がまだ残っていると、魔法使いは断った。

 

「エンデヴァー」

 

「何だ」

 

「今日のヒーロー活動とてもやり易かった。ありがとう」

 

いきなりお礼を言う魔法使いに、面食らうエンデヴァー。

黙っていたが、直ぐに馬鹿馬鹿しいという感じで、息を吐いた。

 

「まったく、戦闘中にぼけっとするとは情けない。よくそんなんで、生き残れたものだな」

 

「そのこともあるのだけど、今日はそうじゃなくて...」

 

 

「エンデヴァーがいたお陰で、陰口を叩かれることもなく、ゴミを投げられずに、無事に終わらすことが出来たよ。本当にありがとう」

 

エンデヴァーの指摘を受けて苦笑いしていた魔法使いが、本来の笑顔をみせる。

 

「私からもお礼を言うにゃ」

 

感謝を伝える魔法使いとウィズを見ても、エンデヴァーはつまらなそうに息を吐いた。

 

「お前達が舐められ過ぎているだけだ」

 

そう言って、エンデヴァーは先に行ってしまう。

魔法使いはその後をゆっくりと追い掛けるのであった。



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14話 弱き者

ワイン、ウィスキー、ブランデー、ウォッカ、ラム、テキーラ等あらゆるお酒がそろうバー。

雰囲気を作り出す為か店内は薄暗く、お酒をゆったりと飲めるようにお洒落な音楽が控えめに流れていた。

 

バーテンダーは人の形をした黒い霧だ。

バーテンダーはコップを磨きながら、とあるお客に対して呆れた目線を送っていた。

 

そのお客は、お酒を一口も飲んでいないのにカウンターに突っ伏しており、くすんだ灰色の髪の毛がモップのように広がっていた。

 

「...そんなに疲れているのなら、家に帰った方がよろしいのでは?いい歳した女性がこんなところで寝ていると、みっともないですし、危ないですよ」

 

「....今日の仕事で物凄ーーく疲れてしまったから、仕方ないんです~~。お酒飲んだら、帰りますから許してください~~。あと、黒霧【くろぎり】さん~、その"個性"で、家まで送ってくれませんか?」

 

「....私の話ちゃんと聞いておりますか?あと私の"個性"をタクシー代わりにしないでください」

 

話し掛けられた女性は、面倒くさそうに顔をあげて怠そうに話す。

まるでその姿は、我が物顔で道路の真ん中で寝ていた猫が、嫌々退く姿と重なるものであった。そんな様子に黒霧は呆れてため息を出していたが、心配していたその姿は、仲の良い父親を連想させるのであった。

 

「...仕事で疲れたと言っておりましたが、その仕事は表向きの仕事ですか?それとも、裏の仕事ですか?」

 

真面目な声色で尋ねる黒霧に女性は、キリッとしていないくても、真面目に話をする態度になった。

 

「表向きの仕事の話だよ。今日、ヒーローと商談があったんだけどね。凄く最低なやつが二人もいたのよ!で、一人目が自慢話が凄く長いやつ!どうでもいい話の上に、本題に戻ろうとすると、話を聞いてよ~って言ってまた自慢話に戻すのよ!もう飽きたよ!しかもそのせいで、他のヒーローの商談に遅刻してしまったのよ!予め電話で遅刻します。申し訳ございませんって言ったのに、たかが五分の遅刻で!二時間くらい説教しやがったのよあいつ!!どうせ仕事がないから、説教したのでしょ!それが二人目」

 

嫌な出来事を思い出して途中途中声を荒げる。

黒霧はそんな女性に同情をする。

 

「それは...大変でしたね。一杯だけなら何か奢りますよ」

 

「わーい!ありがとうございます♪では...ヨーグリートストロベリーソーダをお願いします」

 

「かしこまりました」

 

黒霧からのささやかな施しに機嫌が治る女性。

女性はウキウキしながら待っていると...

 

「お待たせしました。ヨーグリートストロベリーソーダです」

 

「わーありがとう。美味しそう♪いただきます」

 

いかにも女性が好きそうなピンク色の飲み物が出される。嬉しそう受け取った女性が、お礼を言って一気飲みをする。

 

中身が無くなるまで飲むとグラスを置いて、肘をついて溜め息を吐く。機嫌が治ったように見えただけで、まだ治っていなかったのだ。

 

「はぁ~あ...。やっぱり、ヒーローは碌なのがいないわね」

 

「当たり前だろ。碌でもないからヒーローをやっているんだ」

 

声がした方に女性が振り向くと、そこには、一人の男性がボサボサの水色の髪を乱暴に掻いていた。

上下黒い服を着て身体中に手を付けていた。そのせいで不気味な印象を与える。それだけではなく、近付いただけで噛みつく獣のような雰囲気を醸し出している。

 

「あ、死柄木【しがらき】さん居たのですか?」

 

「いたのですか?じゃねえーよ。はじめからいたわ。オマエがボケッとしていて、気付いていないだけだ」

 

「まあまあ、湖井さんは仕事していて疲れていたのですから、仕方ないことですよ」

 

ぶっきらぼうな言い方をする死柄木。

見た目と合間って一般人には恐怖を感じても可笑しくないのに、気にも止めない白部。死柄木を宥める黒霧。何とも言えない雰囲気が作られていた。

 

「しかし...何故部外者である湖井さんに対して、そこまで言えるのでしょうか?」

 

「だから黒霧。ヒーローやっている奴らの頭はいかれているからだ」

 

「その通りですが、人気が減ることは売り上げが下がること。生活に関わっているのに、わざわざ不利なことをやるのですか?」

 

「知らねえよそんなこと。あんな奴ら死ねばいい」

 

 

「私...理由なんとなく分かる...かも」

 

黒霧と死柄木が話し合っている中、白部がぽつりと呟いた。黒霧と死柄木は一斉に白部の方へと振り向いた。

 

「はあ!?あんないかれた奴らの考え分かるのか!オマエもあいつらの仲間か!」

 

「あいつらの仲間かって言われても...私は仕事であいつらをよく見ないといけないから、嫌でも分かってしまうだけだよ」

 

「そうですよ死柄木弔【とむら】。これも彼女の仕事ですよ。苛立つ気持ちは分かりますが、彼女に当たっても意味はないですよ」

 

「...ケッ!!」

 

死柄木は腹ただしく舌打ちをする。明らかに物騒な雰囲気が出ても白部はスールし、黒霧もまたかと呆れながら宥める。

死柄木はとある理由からヒーローの事が大嫌いで、その単語を聞くだけで苛立つのだ。事情を知っている人達にとっては、よくあることなのでスルーをしたり、黒霧のように宥めたりしていた。

 

「...では、どのような理由なのでしょうか?」

 

「そうねぇ...簡単に言うと...説教男の場合は、あの事務所、先代から続いている事務所なんだけど、ほら、エンデヴァーの事務所が近くにできてから仕事が減っちゃって、更に追い討ちを掛けるように、黒猫の魔法使いがエンデヴァーの事務所に来ちゃったじゃん。余計に仕事が減ってそのストレスを私にぶつけてきたわけよ。で、自慢話大好き男は、便利な"個性"だったのだけど、あまりヴィラン退治には使えないみたいでさ。その人も仕事が減ったから、私に必死にアピールしてた訳よ」

 

「成る程そういうことですか...」

 

カチッ

 

死柄木のことを一先ず放っておいて、黒霧と白部が会話していると、突然テレビが勝手につく。

会話を中断して真剣な表情でテレビを観る黒霧と白部。イライラしていた死柄木でさえも、テレビを観始める。

 

画面は砂嵐でザッ...ザッ...ザーっと、不愉快な音が短く続いたり、長く延びたりとしていた。不快感のある音筈なのに彼らは耳を澄ませていた。

数十秒間待つと、彼らの待っていた人物の姿が映る。

 

「やあ皆、御待たせ」

 

優しい声で語り掛けたその人は車椅子に座っていた。

顔半分は失われており、見た者をトラウマにする程おぞましかった。怪我の影響なのか、身体中には点滴やパイプを繋げていた。

 

「先生様ですわ~」

 

先生の登場に嬉しくなった白部は、頬を赤く染め語尾を延ばす。その姿はまるで恋する乙女のようだ。

 

「湖井は相変わらずだね」

 

「はい!私は先生様の救われたあの時から、先生様一筋です!」

 

「そうかそうか、それは嬉しいよ」

 

優しく返事をしてはいるが、その分素っ気なさも感じさせていた。

それでも白部は全然気にしていなかった。ただ先生という人物の顔を見たり、声を聞くだけでもご褒美であった。

 

「先生は今日何の用事で来られたのですか?」

 

白部の様子に少しうんざりした黒霧が話を変える。

 

「ああ、今日は湖井と姿見【すがたみ】に頼んでいたことについて、報告して貰うためだよ。...ところで、姿見はこの場にいるのかい?」

 

「姿見なら、俺のゲーム機を買いに行っているから遅くなる」

 

「またですか...」

 

「死柄木さん...今月何回目ですかそれ?」

 

「五回目だ。何か悪いのか?」

 

「別に悪くはないけど...そんなに壊すのなら、指サックしてやったらどう?」

 

「嫌だ。あれをつけるとやりづらい」

 

黒霧と白部に呆れられていても、我が儘な子供のように話を聞く耳を持たない死柄木。

 

カラン

 

ドアに付けていた鈴が鳴り、一人入ってくる。一斉に皆は音の方に振り返る。

そこには、スーツを着た二十代後半の男性が立っていた。金髪は角刈りに、金色の眼は黄金のように輝き、体はある程度鍛えられていた。第一印象が良い好青年という感じだ。

 

「死柄木さん、言われた通り買ってきたぞ」

 

「あ!姿見さん!」

 

「オッス、久し振りだな湖井!」

 

男性は白部と親しげに挨拶をしてから、買ってきた物を死柄木に渡す。

 

「おう」

 

死柄木はお礼を言わずに取る。

その態度に姿見は苦笑いをする。苦笑いしていた姿見だが、用事を思い出してテレビを観る。

 

「先生こんばんは」

 

「うん、こんばんは」

 

九十度のお辞儀をして礼儀正しく挨拶する姿見。

白部と違って盲信はしていないようだ。

 

「遅れてきて申し訳ございません」

 

遅れて来た事に詫びを申して首を下げたままの姿見。

先生からの反応は何も無く、全然気にしてはいないようだ。

 

「大丈夫、僕は気にしていないよ。理由を知っているからね。それよりも...調査は順調進んでいるかな?」

 

「はい、調査は...順調と言うか...あまり順調に進んでないと言うか...カメラで撮れていることは撮れているのですが...どうやら、見張られている自覚があるようで、素の状態を見せる気配はありません」

 

「ヒーローが人の視線に気が付くはよくあることさ。だからそこは気にしなくても良い。しかし...彼女は、マスコミが嫌いそうだから、何らかの反応を示すと思ったんだけどなあ...。オールマイトやエンデヴァーが指導したのかな?...まあいいや。で、どんな感じだった?」

 

「敵(ヴィラン)との戦闘に関しては、これ以上怒らして近付けなくなるといけないので、見ることは出来ませんでした。業務に関しては、普通に働いておりました。ゴミ拾い、失くした物を探して持ち主に返したり、喧嘩の仲裁、徘徊した老人探し。ごくたまに道案内と。普通のヒーロー活動となんら変わりはありませんでした」

 

「そうか...。うん、報告ありがとう。それで充分だ。次は湖井、君の番だ」

 

「はい!先生様!」

 

姿見は報告を終えると一礼をして、空いている席に座った。姿見が席に着くと先生はすぐに白部に話を振る。

気分が上がった白部は大きな声で返事をするが、すぐには話し出さなかった。深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから話し出す。

 

「私から見た黒猫の魔法使いの様子は、とても疲れていることと何か悩み事があるように感じました。日々住民からの嫌がらせがかなり効いていると思います。悩み事に関しても、住民との関係だと思います。悩み事を切っ掛けに、仲良くしようと考えましたが、話す気はありませんでした。もう少し仲良くなったら話してくれるのか、黒猫に相談しているのか、両親に相談しているのか、友達に相談しているのか、プロヒーローに相談しているのか、悩むだけで悩んで終わらしているのかは、分かりません。でも、相手は私と仲良くする気はあるので、時間はかかりますが、仲良くすることは可能です」

 

「うん、良い調子だ。その調子で頑張ると良い」

 

「はい!ありがとうございます!!先生様!」

 

先生に褒められて先程の落ち着いた口調が吹き飛ぶ白部。

その場で跳び跳ねて喜びを全身で現していたのだが、あることを思い出して立ち止まる。

 

「あ...。すみません、大事な事を一つ言い忘れました。私の"個性"を使って確認をしようとしたのですが...黒猫の魔法使いの"個性"が"無個性"という謎の結果で終わりました...」

 

「はあ!?オマエふざけているのか!!」

 

「ふざけてなどいません!本当に分からなかったのです!本当に...本当に...」

 

死柄木に問い詰められて言い返す白部。

白部の顔は青ざめていく。死柄木に問い詰められて恐怖を感じたというよりも、トラウマを思い出した感じだった。呼吸は荒くなり、冷や汗は止まらなくなる。最終的には立てなくなって、その場に座り込んだ。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

座り込んだ白部を心配した姿見は、慌てて彼女に側に駆け寄る。

白部の変わりようにも先生と黒霧は無反応で、死柄木に関しては鬱陶しそうな顔で見ていた。

 

「弔、彼女を責めるのは止めなさい。彼女が裏切る訳が無いのだから。...姿見、彼女を家まで送ってあげてくれないか?」

 

「立てるか?湖井」

 

「...うん...。...何とか...」

 

「そうか、無理するなよ。ほら、肩に掴まれ」

 

「....ありがとう...姿見さん」

 

弱々しく礼を言う白部。

姿見はそんな白部を優しく支えてあげていた。二人は寄り添うように、バーを去っていくのであった。

 

 

 

 

「はあ...。やっと行ったか、あいつら」

 

ずっと鬱陶しそうにしていた死柄木は、疲れを追い出すように溜め息を吐いた。

 

「そう言う言い方するんじゃないですよ死柄木弔。彼らだって味方ですから」

 

「そうだよ弔。彼らが働いているからこそ、君が好きなように生活が出来るし、犯罪資金も集まる。それに前、君はこう言ったよね、あの馬鹿なヒーローどもがこのことを知ったらどんな顔をするのだろう?楽しみで楽しみで仕方ないと」

 

「ああ...言ったさ。でも、あんな弱い奴ら見ていてイライラする。文句を言うだけ言って何もしない、口だけの奴は嫌いだ」

 

「そうさ。彼らは弱い。だから文句を言うことしか出来ない。どんなにこの社会に不満を持っていても。...でも、そんな彼らを救うのが僕達の役目さ。僕達が表舞台で暴れて、彼らは僕達を影で支える。良い関係ではないか」

 

「それはそうだけど...」

 

死柄木の態度に苦言を呈する黒霧と先生。

死柄木が納得していないと分かっていた先生は、更に説得をして納得させようとする。先生の説得の甲斐あってか、死柄木は大人しくなった。

 

「本当にあいつら、弱い奴らだな」

 

「ああ、だから彼らは"弱き者"さ」

 

"弱き者"。敵連合が自分達に味方する一般人に対しての特別な呼び方だ。

彼らは、この社会に自ら死にたくなるぐらい追い詰められた者。敵(ヴィラン)のように思いっきり暴れるのではなく、自殺でしか解決手段を持たなかった者。そんな彼らを敵連合は自殺する前に止める。そして、止められた者は敵(ヴィラン)連合の為に働く。そんな関係だ。

 

弱き者の仕事の内容は、敵(ヴィラン)連合が作ったり、乗っ取った表向きの企業で働き、ヒーローと仲良くして、些細な情報でも全て伝える事これだけだ。

 

でも、このことはかなり厄介なのだ。

まず、普通に生活しているから、悪事はしていないうえに、相手はあくまでも仲良くしたがるだけ。普通の人は好意を持ってくる相手に疑うことは出来ない。

 

更に厄介なのが、敵(ヴィラン)連合が作った、又は乗っ取りをした表向きの企業だ。

敵(ヴィラン)連合が関わる企業はメディア関係だったり、ヒーローに関するものだ。メディア関係なら、ヒーローにつきまとっても、よくあることで済ませられるし、ヒーローに関する仕事なら、会議とかで出会いが多く仲良くなりやすい。しかも、会社で儲けたお金をいくら悪事に使っても、誰も咎めたりしない。だってそこに働いている全員が、敵(ヴィラン)連合に救われた者だから。

 

 

だが...一番厄介なのは...

 

ヒーローが守っていた社会を、その存在だけで否定出来ることだ。

 

自分達が命懸けて守っていた社会が実は地獄でした。

 

自分達を殺しにくる存在の方が救世主でした。

 

そんな残酷なことを知ったら、誰だってヒーローをやりたがらないだろう。今働いているヒーロー全員が、辞めてしまうのであろう。

 

だから敵連合は一般人を救う。自分達に降り注ぐ膨大なメリットの為に。

 

 

「さて...弔が納得したところで、本題に戻ろうか」

 

「そうですね先生」

 

「ああ、あの黒猫の魔法使いについてだろ?あいつは...オールマイト並みに大嫌いだ!救えなかった存在がいるのに、そんな存在をまるで最初からいないように振る舞うどころか!救えられなかった存在に寄り添うふりをする偽善者め!!」

 

イライラが頂点まで達した死柄木は、顔や手など、皮膚が見えているところ全部、血が出る程引っ掻きながら叫んだ。

先生と黒霧は、死柄木の異常な行動を気にすることはなかった。いつものことであり、本題の方が大切だからだ。

 

敵連合は自分達の邪魔になるヒーローに目を付けているが、今はあのNo.1ヒーローオールマイトよりも、黒猫の魔法使いの方に危機感を覚えていた。

 

それは有能で色々な"個性"が使えるからではなく、弱い存在に本当に寄り添うことが出来るからだ。

敵(ヴィラン)に襲われていた少女の為に、本気で怒って泣いたのを初めての戦闘の動画で知り、敵(ヴィラン)を元一般人だと庇ったのを別の動画で知った。

普通のヒーローは、敵(ヴィラン)を庇うことは無い。敵(ヴィラン)への道に進んだら進んだで、自業自得だと殴るだけ。

 

敵(ヴィラン)の戦闘を間近で見ることも、敵(ヴィラン)へと堕落したのは自業自得だということも、この世界の常識だった。

常識に異を唱えるのはかなり異質な存在だ。そもそも、常識に異を唱える事自体、かなり難しいことである。喩え常識が異常なものだとしても、異を唱えるどころか、気が付くことさえも難しい。ほんの少数が気が付いて唱えたところで、異常者として片付けられるだけだ。そして、弱き者も常識によって、追い詰められた者も多い。

 

そんな常識に真っ向から立ち向かうとは、勇気あるどころか、ただの蛮勇であり、無謀に過ぎないこと。

それでも、立ち向かったという実績だけでかなり凄いこととなる。

 

このことを知った時先生の頭は、金槌で何十回も思いっきり全力で叩かれたかのような衝撃が走った。

だから、全力で潰すことにした。このままでは、弱き者がヒーロー側に行ってしまっても、可笑しくはないからだ。

 

メディア関係の力を使い悪評を流し、市民を味方に付けけて嫌がらせを行った。

幸いにもヒーロー側にも彼女を疎んでいる者がいた。更に暴れたい敵(ヴィラン)を"個性"を使って暴れさせ、少しでも殺せる確率を増やす。

 

彼女の"個性"についての研究してあるレポートも手に入れた。厳重に保管されていたのを黒霧の"個性"を使って成功した。

そこには、デメリットとして"個性"を使う度に寿命が減ると、書かれてあった。白部からとても疲れていると、報告を受けた際には、内心効いていると喜ぶのであった。

 

「では...脳無を使うとするか...」

 

「脳無をですか?」

 

「うん。脳無を使えるだけ、全て使おう。それと...黒霧、あの人を連れてきてくれないか?」

 

「あの人とは...誰でしょうか?」

 

先生はとある案を思い付いたのだが、曖昧な言い方に?を浮かべる黒霧。

先生は歳なのかで中々思い出せなかったが、少し経つと思い出す。

 

「ステインだよ。ヒーロー殺しの。彼はかなり強い。もしかしなくても、黒猫の魔法使いを殺せる確率は高い。それに、オールマイトの考え方を変えさせたのだから、彼も会いたがっている筈だ」

 

「なる程...それは確かに名案ですね」

 

「本当はもっと遅く...弔が成長する切っ掛けが合ってからの方が良いのだけど...。仕方ない、黒猫の魔法使いが成長されても困るしね」

 

「分かりました。では、連れて来ますね」

 

「うん、頼んだよ」

 

先生の指示を受けてどこかに消える黒霧。

先生はそれを見届けると満足そうに笑う。

 

 

敵は動き出し、黒猫の魔法使いだけではなく、街全体へ牙を向けるのであった。



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15話 振り回され中

「君は誰だね?」

 

(もう...このやり取り...七回目だよ...)

 

老人とのやり取りで魔法使いは内心呆れ果てていた。

 

 

事の始まりは、魔法使いが一人でパトロールをしていた時だった。

背の低い男性のご老人が、「探したい人がおる、一緒に探してはくれんかね?」と訊ねてきたので、魔法使いは二つ返事でオッケーしたのだが、当の本人が探したいその人のことを覚えていなかった。それどころか、魔法使いのこともすぐ忘れてしまう。

 

魔法使いのことを忘れる度に、「君は誰だね?」と初めて会ったように訊ねる老人の姿は、探している人が本当にいるのか?と何度も魔法使いを疑わせる。それでも、相手が探すのを止めない限り探さなければならない。

 

あと魔法使いには、あまり人探しに付き合ってられない理由がある。それは敵(ヴィラン)の数が増えてきており、しかも自分狙いの場合が結構あり、老人が襲われる危険性があるからだ。

どうして、その様な現状になったのか警察に聞きに行ったりもしたが、理由は結局分からなかった。捕まった敵(ヴィラン)は大概、麻薬などの違法薬物をやっていたことにより薬による暴走と判断された。とはいえ、それ以外の状態の敵(ヴィラン)はいたので、調査は今も続いている。

 

理由はこれだけではない。

魔法使いが嫌われすぎて、一緒に歩いている老人も危害を加えられるかもしれないのだ。オアシスの子供達や職員達に被害が遭ってしまった様に。もうそういう姿を見たくない魔法使いの内心はヒヤヒヤしていた。今だって周りをキョロキョロして気が気でなかった。

 

老人はそんな魔法使いの気持ちを露知らず、好き勝手に前を歩き続ける。

 

「お前さんの仕事姿を見せてくれんかね?」

 

またこうやって、自由気ままに老人は振る舞うのであった。

 

 

「私達の仕事姿を見ていてもつまらないと思うにゃ。と言うか、人を探さなくても良いのにゃ?相手も待っていると思うのだけどにゃ」

 

魔法使いが歩きながらごみ拾いをしている最中、ウィズが老人の話し相手になっていた。

 

「相手...そんな人いたっけ?」

 

「もう...君は帰った方が良いにゃ...」

 

すっとぼける様に言う老人にウィズはげんなりする。

 

「テキパキと慣れているもんだな」

 

老人はウィズの話を気にせずに魔法使いに話を振る。魔法使いはそんな老人に呆れたが、取り敢えず質問にはちゃんと応える。

 

「まあ...仕事だからね」

 

「オ~イ、黒猫の魔法使い!こんなところでごみ拾いかぁ?ダッセエなぁ!」

 

「仕事クビになったよな?なったよな!」

 

「じゃあ!これも捨てておけ!」

 

カンッ

 

魔法使いの足元に缶が投げられた。

犯人はガラの悪い高校生だった。ガラの悪い高校生達は魔法使いに暴言を吐き、言うだけ言うと、ギャハハハと下品な声で笑いながら去っていった。

 

魔法使いは特に何も言わずにごみ拾いを続ける。けどその背中は悲しみに溢れていた。

 

「...そうじゃ。折角だから、そこの鯛焼き屋で奢ってやろう。あそこの鯛焼き屋は旨いぞ」

 

老人は店に指を指して言う。

老人は魔法使いのことを気にかけている様に微笑んでいた。

 

 

「ほれ、鯛焼き食って元気だせ」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとにゃ」

 

公園のベンチで鯛焼きを食べることになったのだが、何だか不思議な気分になる魔法使いとウィズ。

こうして気にかけてくれる人はあまりいないからだ。...あと、仕事中に座って食べることに、魔法使いはサボっている様に感じて少し罪悪感が芽生える。

 

「そんな堅苦しい顔はすんな。鯛焼き食って機嫌治せ。ほら、中が熱くて旨いぞう」

 

老人はそう言って美味しそうに頬張る。

魔法使いもそれを見習って一口噛りつく。

 

(本当だ。美味しい。冬で冷え込んだ体を温めてくれるし、優しい甘さが疲れを癒してくれる)

 

「で、お前さんは何でヒーローをやっているんだ?」

 

「ぐっ!?」

 

魔法使いが夢中で食べている時に、老人は躊躇なく質問をしてきた。そのせいで鯛焼きが喉に詰まりかける。そしてその質問はとても答えにくい質問であった。

だって、理由は無いからだ。国から頼まれてヒーロー活動を行っているのであって、自分からやりたいと立候補した訳ではない。自分がこの世界で生きる為に働いているだけである。

 

続けいている理由はあるのだが、その理由は、被害者を見世物にしたり、敵(ヴィラン)やそのご家族を必要以上に責めたり、"個性"の相性で逃げたりするなどの駄目なものを駄目だと言って止める為だ。

けど...この世界では、それが当たり前で、異議を唱える方がおかしい世界だ。この理由をそのまま言ってしまえば嫌われるだけだ。

 

魔法使いが黙っていると老人が先に話し出した。

 

「...もしかしてお前さんは、両親に言われてやっておるのか?」

 

老人の出した答えに魔法使いは急いで首を縦に振る。

両親ではなく国だが、ある程度あっているので同意する。老人はその様子に苦笑いだ。

 

「そうか...。それは大変じゃったな...。"個性"が強いとヒーローに強要されやすいもんな。...両親の意見に文句を言うことは出来んのかね?」

 

「出来ないですね」

 

「それはまた大変じゃな。...正直に言って、ヒーローを辞めたいと思ったことはあるか?」

 

「う~ん...それは...」

 

質問に答えられない魔法使い。

老人はその様子をじっと長く見詰めてから、口を開いた。

 

「じゃあ、何でお主は、そんなに敵(ヴィラン)を庇うのかのう?何でそんなに見られたくないのじゃ?見てもらわないと、お前さんの食いぶちが無くなるじゃろ」

 

老人の質問に魔法使いの息が止まる。

絶対に聞かれたくない内容で、説明出来ない内容であるからだ。気持ちに嘘はつきたくないし、間違っていることは間違っていると伝えたい。けど、今は、一般市民と仲良くしなければならない。もし本心を言えば、絶対にこの老人に嫌われるのであろう。国からの命令を守って嘘をつくのか、それとも自分が決めた決意のままに行動するのか、自分の決意と国からの命令。更に老人の優しさが加わって気持ちがさ迷う魔法使い。自分が噛った鯛焼きを見詰めることしか出来なかった。

 

 

「君!あの時の気持ちを思い出すにゃ!」

 

ずっと黙っていたウィズが叫ぶ。

その叫び声に魔法使いと老人は驚く。ウィズは二人の様子を気にせず、ただ魔法使いに向かって叫び続ける。

 

「私達が言わなければ誰が言うのにゃ!私達だけが、知っているのにゃ!!全員が全員、好きで悪の道に行った訳ではないことを!部外者な私達だからこそ、困っている人を見世物にする異常さを!...私達だけが知っているのに...それを言わないとはどういうことにゃ!...それに...」

 

 

「君が!!君自身で決めたことなのに!それを...簡単にやめるのは駄目にゃ!!確かにあの時は、屈指かけてしまったけど......だからって、屈しては駄目にゃ!...今の私達は一般市民と仲良くしなければいけないけど、それとこれは別にゃ!私達は何も悪いことはしていないにゃ!堂々とするにゃ!」

 

ウィズの意見はあまりよろしくなかった。

国からの命令を聞かなければいけない立場であるのにも関わらず、自分の意見を声高々と言えば嫌われることとなり、無視する結果になってしまう。それでも...

 

ウィズは嫌だったのだ。キキが意見を曲げることを。

キキと一緒に旅をしているからこそ、ウィズもキキと同じ意見だったのだ。いや、キキ以上に痛感していたのだ。ウィズの本来の姿は人間で、キキ以上に強い魔道士である。

だからこそ、ウィズは自分が戦えれば、キキだけが戦った以上により良い結果が生まれていたのでは?と悔やんでいた。見ていることしか出来なかったから、何も出来ない自分に心を痛めて歯痒かったのだ。

 

ウィズの魂の叫び声でもう一度決意を決める魔法使い。

魔法使いは胸の前で拳を作ると老人と向かい合う。

 

「お爺さん...。大体はウィズの言った通りです。ですが、ボクの口からもう一度言わせてください」

 

老人の顔はボケーとしていた。その顔は呆れているのか、怒っているのか、真意を読み取ることは出来なかった。

それでも魔法使いは話を続ける。

 

「ボクは...どうして...敵が生まれた理由を知っています。理由は一概とは言えないが、苦しみから逃げ出したいのか、想いを叶えたいのか、自分の欲望のままに生きていただけなのか。人によって理由はそれぞれです。敵(ヴィラン)は悪人だ。だけど、だからって、本当の悪人と追い込まれた人を一緒にしたくはないんだ!」

 

「やり方は悪い。そのせいで他の人が傷付いていることは確かだ。だから然るべき罰は受けるべきだ。......だけど...その想いまでは否定をしたくないんだ!」

 

「大切な誰かを守る為に殺そうとするのは悪なのか?想いを叶える為に最終手段を取ってしまうのは悪なのか?」

 

感情的に話し続ける魔法使い。

次第にエスカレートしてぶっ飛んだ内容を話してしまい、老人を脅かせるどころか、とても良い雰囲気を自ら壊してしまう。

 

「いや!人殺しは駄目じゃろ!」

 

「にゃにゃ!?あの時のことを思い出したのかにゃ!?確かに印象は強いけど、今は言っちゃいけないにゃ!!」

 

「そうだとしてもその気持ちは否定したくない!」

 

ウィズに止められても止まらない魔法使い。

もう自分でも止まれなくなってしまった様だ。ウィズは後悔し始める。

 

「お主はそのせいで殺されても、文句は言わんのか?!」

 

「殺されたくないから全力で抵抗はするけど、恨まないよ」

 

「じゃあ...もしも...お前さんの友達が、お前さんか他の人を選べって言われ、他の人が選ばれて、お前さんを殺そうとしてきたら、どうすんのじゃ?」

 

老人の問いに魔法使いは不謹慎だが少し笑ってしまう。前にも同じな状況があったからだ。

 

「気持ちは尊重するけど、殺されたくないので全力で戦うよ」

 

「...友達相手に殺す気で戦えるのか?」

 

「うん、戦える」

 

老人はその答えに信じられないと思い切り顔に出ていた。

普通ならもっと疑うが、魔法使いは速答したので信じるしかなかった。

 

「じゃ、じゃあ!なぜ見られるのは嫌なんだ?」

 

「見られるのが嫌と言うよりも、泣いている人がいるのに笑って見ているとか嫌だ」

 

「でも、ヒーローは戦っている姿を見てもらわんと。あと...被害者に対しては誰も笑っておらんぞ」

 

「けど、その場でヒーローの戦いを楽しんでいることは、被害者を笑っていることと同然だ。ヒーローは困っている人がいるから戦う。それを...お遊びで見ること自体許せない!泣いている人、困っている人を笑ってみるな!ヒーローも!それで稼ぐな!」

 

「お前さん...。ヒーローに...向いていないな...」

 

「困っている誰かで生活をするヒーローなら、そんなもんには成りたくない」

 

魔法使いは異世界を旅をしているから知ってる。他の世界でヒーローが職業になっていても、ヒーローvs敵(ヴィラン)の戦いによる見物で稼いでいないことを。魔法使いとウィズは常に思う、戦いを見物させて稼ぐ方法以外で稼げ。その他の方法で稼ぐ方法を考えろと。

呆然と呟く老人に魔法使いははっきりと答えた。

 

「じゃあ...何で、やっておるのじゃ...」

 

「それは...命令されたから。...でも続けたい理由はある」

 

「続けたい理由?それは...何じゃ?」

 

「駄目なことを駄目って止めるヒーロー」

 

「常識から外れてもか?お前さんの生き方だと、ヒーローは飢え死にしちまうぞ!」

 

「困っている誰かを笑い者にするなら、その方が何百倍もましだ!それが常識なら...そんな常識壊してみせる!」

 

「成る程...お主は...あれか、ステインみたいな考えの持ち主なのか....。全く!俊典の奴め!どうして、こんな奴を選びおって!」

 

「選んだ?何を?...俊典って確か...オール」

 

「わしは失礼する!」

 

老人は早口で言うだけ言ってこの場を離れた。

残された魔法使いは座っていたままだったが、ウィズが魔法使いの前に移動する。

 

「キキ」

 

「な、何?」

 

ウィズの声には怒りが含まれていた。魔法使いはウィズの怒りに戸惑った。

愛らしい猫の姿なのに、死神の様な恐ろしさを感じさせる。魔法使いの背中に冷や汗が流れた。

 

「えっと...何でしょう...?」

 

「正座」

 

「えっ?」

 

「正座」

 

「ここベンチだけど...」

 

「じゃあ、地面で正座にゃ。...何度も同じことを言わせないで欲しいにゃ!」

 

「は、はい!」

 

ウィズの言われるがままに正座をする魔法使い。

魔法使いが正座をすると、ウィズはお説教モードに入った。

 

「私は意見を貫けって言ったけど!あそこまで言うことないにゃ!大体、この世界は戦争をしていないのだから、殺しはご法度にゃ!...まあ、前に、ノクスとか、バビーナファミリーとかで、味方同士で戦うことがあったから想うことは色々あるとけど...時と場合を考えるのにゃ!キキが暴走した時、私...。乗り気にさせたことに、後悔したにゃ!...私だって...思うことはいっぱいあるにゃ...でも、何か伝えたいことがある時は、相手に伝わるように考えなければいけないにゃ。それが出来なければ、やる意味はないにゃ!」

 

「ごめんなさい....」

 

「もう...次からは気を付けるにゃ...。さて、これからのことを考えないといけないにゃ。あのお爺さんがもしかして、何かネットとかで何かしてくるかもしれないにゃ。それに、ステインという、とんでもない奴と同じ扱いをされてしまっているにゃ。もし...このことが他の誰かにバレてしまったら大変にゃ」

 

「ステイン?」

 

「キキ!説明されたのに覚えていないのかにゃ!?大事なことはちゃんと覚えるのにゃ!」

 

「ご、ごめんなさい」

 

ウィズの驚き様に魔法使いは圧倒される。

色々なことが有りすぎて、魔法使いはすっかり忘れてしまっていたのだ。ウィズはそんな魔法使いに呆れたが、説明はちゃんとするのだった。

 

「ステインはヒーロー殺しのことにゃ」

 

「ヒーロー殺し?ヒーローだけを殺す敵(ヴィラン)のこと?」

 

「そうにゃ。ステインには信条があるのだけど、それを満たしていないヒーローを殺すから、ヒーロー殺しにゃ」

 

「信条って?」

 

「ヒーローは無償で働けって感じにゃ。詳しくは...覚えていないけどにゃ」

 

「無償かあ...。それは流石に無理だね...。話は変わるけど、何でみんな、見物で稼ぐ方法を否定すると、稼ぐことを全否定されたと思うのだろうか?他の方法なら特に気にしないのに」

 

「それは...私にも分からないにゃ。...考えても分からないことは後回しにゃ。今はステインのことに集中するのにゃ!何でかよく分からないけど私達もステインの対象になっているにゃ。それと...彼と因縁が出来てしまったみたいだにゃ」

 

「何で!?」

 

魔法使いはかなり驚いた。

だってステインとは、一度も会ったことがないからだ。それなのに因縁があるとか、言い掛かりをずっとつけられているもんであった。ウィズも魔法使いと同じく納得していなかった。

 

「ステインは...オールマイトの信者らしく...私達の肩を持ったことで、何かしらの行動を取ると予想されているにゃ」

 

「そんなのあり?」

 

「そんなこと私にも分からないにゃ。だから気を付けないといけないのにゃ。...さあ、仕事に戻るのにゃ!長居しているとサボったと思われるにゃ。どんな些細なことでも、騒ぎを作りたがる人がいるからその前に仕事を再開するにゃ!」

 

「そうだねウィズ。早く仕事に....」

 

 

ドッカーーン!!

 

魔法使いが言い終わる前に爆発音が鳴り響く。

魔法使いとウィズが急いで振り返ると、ビルから煙が立ち上っていた。少し離れた場所にある他のビルにも煙が立ち上ぼっていたり、炎に包まれたビルがちらほらとあった。

 

更に空には黒い巨体が空を飛んでいた。遠くからでも分かる程異常な存在が堂々と我が物顔で空を飛ぶ。

頭は歪に歪み、筋骨隆々の巨大な体。体と同じ色の蝙蝠の様な大きな翼が生えていた。

 

奇声を上げながら、騒ぎの中心である街へと降りて行く。

十秒も経たないうちに、何かを壊す破壊音が流れ耳にこびりつく。

 

「早く助けに行くにゃ!」

 

魔法使いは返事を走り出す。

 

 

魔法使い達が目指す街は謎の人物によって、地獄絵図へと成り果ててしまっていた。




早く原作キャラと仲良くなるよう、頑張りたいです...。本当に価値観が違う者同士を納得させるのは難しい。

あと....。自分の文章力に自信がないので、もう一度書きますが、別に主人公は人殺しを推奨していないです。ただ守りたい人の為に戦うのなら、その気持ちを否定したくないだけです。人殺し自体には怒ります。何て言うか、とある戦争系のMAD動画で、戦争を否定しても、戦死者を否定するなというコメントが、主人公に合うと思って書いてみました。


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16話 黒い怪物とヒーロー殺し 前編

ビルは燃えて、木は折れて、車は乗り捨てられ、瓦礫があちこちに散らばっている。

あれ程賑わっていたのに人の声は消えて、火の燃える音と時折崩れる瓦礫の落ちる音だけが響く。一時間程前までは平和だったのに、今はその面影は跡形もなく消えていた。

 

「酷い有り様だにゃ....。キキ、一旦エンデヴァーと合流するにゃ!」

 

あまりの惨劇に、一瞬意識が飛びそうになってしまう魔法使い。

それもその筈、ここはあのNo.2であるエンデヴァーの管理下だからだ。生半可な敵(ヴィラン)ではあっさりと捕まり、それなりの強さを持っていたとしても、ここまで被害が出ることはない。

ウィズに指摘されて、慌てながら魔法使いは無線機を取り出して連絡を試みる。

 

「...連絡が取れないよ」

 

「やっぱりにゃ...。被害は酷いけど、彼等はヒーローだからそう簡単にはやられはしないにゃ。それよりも、一般市民の方が心配だにゃ」

 

「そうだね。皆を探しながら守っていくしかないね」

 

連絡が取れないと分かると、直ぐ様魔法使いは街の中心に向かって走り出す。

 

 

 

度重なる戦闘によるものか地面は抉れ、炎に包まれた瓦礫を時々避けながら、懸命にスピードを落とさないよう走り続ける。エンデヴァーやそのサイドキック、他の事務所のヒーロー達が頑張っているお陰か、逃げ遅れた一般市民はいなかった。

 

「皆、どこに行ったのだろう?」

 

「音が鳴る方は...こっち...にゃ!?」

 

 

ドスン!!

 

突如黒い物体が空から落ちて、魔法使いとウィズの行く手を妨げる。

落ちた衝撃で地面は割れ、砂ぼこりが舞う。魔法使いは片手で顔を守って様子を伺う。

 

砂ぼこりが収まると黒い物体の正体が露となる。

それを見た魔法使いとウィズは困惑をする。生物として守るべき脳が剥き出しになっていたからだ。更にその生物は、悪意も無ければ敵意も無い。ただ魔法使いをじっと見詰めるだけ。魔法使いも相手が見詰めている間に表情や様子を伺い、念のため防御障壁を展開する。それでも何らかの反応を示さない。

魔法使いとウィズは直感で、この怪物が街を壊した犯人ではないかと訝しげたが、人形の様にの何も感じない姿に困惑をする。

 

しかし、睨み合いはあっという間に終わる。

 

黒くゴツゴツした丸太の様な腕を、躊躇無く魔法使いに向かって振りかざす。

防御障壁はあっさりと破壊かれ、風圧で枯れ葉の如く数十メートル先まで吹き飛ばされてしまう。地面をゴロゴロと転がりながら、何とか受け身を取り立ち上がる。防御障壁のお陰で傷一つつかなかったが....

 

黒い筋肉質の巨体がもう魔法使いの目の前に迫っていた。

圧倒的な腕力、圧倒的なスピード、その能力はオールマイトを連想させる。恐怖で目を瞑っても魔法使いは腕でガードをし、少しでも衝撃に耐えられるよう身構える。

 

けれど、衝撃が来ることはなかった。

 

誰かが魔法使いをかっさらったからだ。

その人はとても小柄な人であった。黄色のマントを羽織ったヒーローであり、魔法使いとウィズも見知った人物であった。

 

「えっ...!?あの時のお爺さん?!」

 

「にゃにゃ!?ヒーローだったのかにゃ!...とてもあの時と同じ人には見えないにゃ」

 

その人は先程まで会っていた老人であった。

あの時の様な頭がボケて弱々しいお爺さんではなく、頼もしく力強いベテランヒーローになっていた。あまりのギャップに、魔法使いとウィズは驚くことしかできず、本来言うべきお礼が言えなかった。

 

「老人だから仕方ないだろ。この歳になると、覚えられるものも覚えられん。...まあ、わしのことは一先ず置いておいて...。取り敢えず、間に合って良かった!さっさと皆のところに合流するぞ!」

 

老人は言い訳がましく叫んでいたが、プロとしての顔付きに戻る。

ウィズは気になっていたことを必死に叫んで聞く。

 

「今皆はどうなっているにゃ!この状況はどういうことにゃ!あの怪物は何なのにゃ!一体何が起きているのにゃ!」

 

「そう矢継ぎ早に質問したら、答えられるもんも答えられなくなるぞ。...どうしてこうなったのは知らん。ただわしが街に戻った時には、あの怪物が急に空から襲い掛かって来たのじゃ。あやつは...何て言うか..."個性"を複数持っているようじゃ...」

 

ウィズの様子に老人は苦笑いをしていたのだが、敵のことを思い出す度、苦虫を噛み潰したような顔になっていく。

 

「"個性"が複数...どういうことにゃ?」

 

「あやつは...オールマイトと同じようなパワーとスピードを持ち、いくら傷付けても再生をし、エンデヴァーの火力にも耐えられる程火に耐性があるのじゃ」

 

「そう、なのにゃ....。何だか、ここら辺を襲うのに都合のいい"個性"にゃ。と言うか、"個性"って一人一個の筈だけど...。それと、"個性をたくさん持っているから、あんな見た目になるのにゃ?」

 

ウィズの言う通りであった。

この街の主力はエンデヴァーの事務所だが、そこに集まっているサイドキック達は何故か、エンデヴァーと似たような火に関する"個性"持ちが多いからだ。

対策済みと言うことは、この奇襲は前から誰かが計画していたのだとウィズは察する。それと同時に、異形の怪物ような敵の姿に疑問を感じた。

 

「そんなことわしが知るか!そんなに知りたいのなら、お前さんのパートナーに聞けば良いだろ!複数"個性"持ちみたいなものだろ!」

 

「にゃにゃ!?そ、それは...」

 

「二人とも、そんな悠長に話をしている場合ではないよ。それよりも....こんな状態では皆の元には戻れないと思う。ところで、敵は一人だけ?他にもいる?」

 

ウィズと老人は真剣に話を進める。

だがウィズの疑問を切っ掛けに、言い争いが始まってしまった。そこで魔法使いは老人が疑問に思う前に話を変える。

 

「いや、他にもおる。わしが見ただけでも六人はおった」

 

「そんなにもいるのか...。で、お爺さんのことを何て呼べば良いの?」

 

「わしのヒーロー名か?ヒーロー名はグラントリノじゃ」

 

「グラントリノ。よろしくね」

 

魔法使いはこれから共に戦う老人に挨拶をする。

老人も黙って頷く。

 

小柄な爺さんことグラントリノ。

魔法使いはグラントリノに救われ、グラントリノは敵から出来るだけ距離を取る。敵はオールマイトのようなスピードを活かして、殴りかかる。敵は何も考えてはいないのか、ただ自分と距離が近い方に拳を振るう。魔法使いは風魔法と精霊強化の魔法を駆使して避け、グラントリノは足の裏から空気を噴出させる"個性"を使って避けている。敵の攻撃を避けながら情報交換をする。

 

魔法使いとウィズが分かったことは、敵がやけに強くて数もそれなりにいるということ。

だからといって、諦めたりする気はない魔法使いは、懐からカードを取り出して構える。ウィズも真正面から見詰めて、敵の様子を探る。何か突破口がないかと。

 

だが敵のスタミナも半端なく、攻撃は止まらない。

魔法使いとグラントリノは、懸命に魔法や"個性"を駆使して避け続ける。そんな時だった...

 

「ヒヒヒィーーンンン!!」

 

鎧を来た馬のような人が敵に突進をする。

 

黒い巨体は勢い良く吹き飛ばされ、地面を数回バウンドをした後、吹き飛ばされた先の建物を壊す。

壊れた衝撃で煙は立ち込めて見えないが、特に動きはないようだ。馬のような人はその間に魔法使い達の側に駆け寄る。

 

「ヒヒヒン!」

 

馬の人は魔法使いに背中に乗れと合図をする。

実はこの人はエンデヴァーの相棒(サイドキック)である。現場に来るのが遅い魔法使いを迎えに来たのだ。だけど、魔法使いとウィズは首を振って断る。

 

「今は...無理にゃ。そう簡単にあのヴィランは、やられないと思うにゃ。あの敵(ヴィラン)を倒さない限り、皆の元には行けないにゃ」

 

「ヒヒン!!ヒヒン!!」

 

ウィズが説明しても、彼は納得せずに一生懸命に首を振りまくる。

どうしても魔法使い達には現場に向かわせたいみたいだ。

 

「グラントリノ、現場はどうなっている?」

 

魔法使いは話せない彼に聞くのを止めて、現場を知っているであろうグラントリノに話を振る。

質問されたグラントリノは一瞬呆け顔になるが、現場を思い出して焦り出す。

 

「急がんといかんかったのじゃ!黒猫の魔法使い!現場には怪我人が大量におってな、お前さんの力が必要じゃたのじゃ!」

 

「そんな...!他に回復系の個性持ちはいないの?!」

 

「いても数が足らんのじゃ!怪我人の中には、命の危険がある人もおる。だから、早めに来て欲しいのじゃが...」

 

「もう、敵が動き出すにゃ!」

 

話をしている最中に敵が動き出す。敵の動きに気が付いたウィズが叫ぶ。

魔法使いとグラントリノと馬の人は左右に別れると、敵は丁度真ん中に拳を振るう。拳を振るった場所は隕石が落ちたように、大きなクレーターが出来ていた。

 

「こんな状態では戻れないにゃ!」

 

「そう言われてもな!わしらだって、お主らを連れて行きたいのじゃ!...そうだ!現場に向かいながら戦うぞ!」

 

「敵が一般市民の方に向かうかもしれないから、無理にゃ!」

 

「いや、そうでもない。あの敵(ヴィラン)は何も考えてはなさそうだから、民間人には手を出さんと思う。だからそこをついて、ある程度は現場に向かった方が良い。勿論、直接向かわん。...わしがあのヴィランを足止めしてお主らを先に行かせれば良いのじゃが、力不足でな...。ほんま歳は取りたくないもんじゃ!」

 

「仕方ないよ。敵はオールマイトみたく強いのだから...それに、現場には回復系の個性持ちがいるのでしょ?だったらその人達に任せて、ボク達でさっさとあの敵を倒そう」

 

現場の惨劇を知っているグラントリノは自分を責める。

その声色にはやりきれない悲痛な思いの叫びが入っていた。魔法使いとウィズもその声を聞いて、現場が大分酷いことになっていることを悟る。

 

魔法使いとウィズもできれば現場に向かいたかったし、はっきり言うと、大概のヒーローのことを信じていなかった。そもそも最初の印象が悪すぎた。"個性"の相性が悪ければ戦わないし、魔法使いを邪魔者扱いしてろくに連帯を取ろうとしない。

だけど、ここまで走ってきて、逃げ遅れた一般市民がいないっていうことは、力を合わせて的確な行動をしたという証明になっていた。だったら彼等を信じて、ここで敵を倒した方が良いと判断をする。

 

「いや、お前さんは現場を知らんからそう言えるだけだ。...まあ、お前さんの言う通りじゃな。倒さんといかんし...。だったら、その馬の様な奴の背に乗らんか!この戦いが終わったら、早よ現場に向かえるように!」

 

「分かった」

 

グラントリノの意見で魔法使いは馬の人の背に乗る。

相手も乗せる前提だから、乗りやすい体勢にしてくれる。魔法使いが背に乗る頃には、敵の攻撃が来て不安定な体勢になってしまったが、懐からカードを取り出して反撃を開始する。

 

『縁日の遠い幻 古き友』

 

「お祭りを楽しみましょう!」

 

ウィズを抱え、こちらに手を向ける着物を着た少女の姿が浮かび上がる。戦場には似合わないのんびりとした声が聞こえてくる。

 

「ヒヒン!?」

 

「お祭りじゃと?!こんな状況で...何を...!?」

 

抗議の声が上がる彼等に淡い光が包み込む。魔法使いは彼等の様子を気にせずまた魔法を唱える。

 

『X-Derive:AegisResoIution』

 

「私だって、シェルアークを救いたいんだ!」

 

防御障壁らしきものを展開する白髪の少女の姿が浮かび上がる。先程の少女とは違って、決意に満ちた力強い声であった。彼等にまた淡い光が包み込む。

 

「ヒヒン!!」

 

「力を...感じるぞ...」

 

これらの魔法は全て精霊強化だ。

相手がオールマイト並みに強いのなら、こちらも強くなればいい。どの世界でも通用するからこそ思い付く、黒猫の魔法使いの十八番。

 

力が漲ったことでグラントリノと馬の人はやる気に満ちる。どちらもニヤリと笑い、グラントリノは敵に蹴りかかる。

 

ガンッ!!

力強い蹴りが敵の背に当たる。けど...

 

「やっぱりこいつ、効いていないぞ」

 

「にゃにゃ!?効かないなんて...」

 

蹴りの衝撃で体勢が崩れても、ダメージがなかった様に立ち上がる。様子を探っても、背中をさするなどの痛そうにしている気配はない。その様子にウィズは怖じ気立つ。だってその魔法は、必殺技みたいなものだからだ。

 

「まあ、だからって諦める気はないが...。これは体が軽くなって、戦い易いなっ...と!」

 

愚痴っていてもグラントリノの攻撃は止まらない。

魔法の効果で体が軽くなり、更に"個性"を使って敵を翻弄させながら、蹴り続ける。

 

「ヒヒン!」

 

馬の人は四足歩行になって魔法使いを背に乗せる。

時折避けながら、強烈な蹴りを入れたり、足元の瓦礫を蹴って敵に当てる。

 

『マター・エンド』

 

「私が解決します!」

 

魔法使いも呪文を唱えて攻撃をする。

 

赤い派手な衣装を着た金髪の少女が浮かび上がると、元気いっぱいな声と共に、並みの人間よりも大きい雷の球体が現れる。

雷の球体は敵にぶつかり、ほんの僅かの間だけ痺れさせる。その間も蹴りや瓦礫、電撃などの攻撃は止まない。それでも、攻撃を受けた箇所が凹んだり、少し焦げるだけで、直ぐ様再生されてしまう。

 

「再生がとても速いにゃ...。あれだけ痛みつけたのに、全然痛そうにしていないにゃ。もしかして...これも"個性"なのかにゃ?」

 

「ああ、その考えはあり得るだろうな...っと!」

 

グラントリノに敵の拳が迫る。

グラントリノは足の裏から空気を出して、体をわすがに反らして避ける。振り向き様にカウンターを入れる。

 

「しかし再生は厄介にゃ。限界とかあればいいのだけど...」

 

観察眼に優れているウィズは、敵の些細な変化を見逃さないようにする。

 

「そうだな...。まあ、力も漲っておるから大丈夫。ただ...切れたらヤバイな。時間制限とかあるだろ?あと、どんぐらいだ?」

 

「あるよ。けど、また掛け直すから大丈夫」

 

「それは頼もしいなあ」

 

魔法使いはニカッと笑って言う。

その様子にグラントリノも笑顔になる。

 

敵の攻撃は単調とはいえ、一撃一撃がかなり重い。当たれば即死ものだが、恐怖を感じることもなく、果敢に挑むのであった。

 

 

「いつになったらこやつは倒れるのじゃ!」

 

あれから、どれくらい時間が経ったのかは分からないが、何十何百の攻撃を受けても、敵はけろっとしていて倒れる気配が無かった。

グラントリノの愚痴が全員の気持ちを表していた。

 

「分からない。でも...相手の再生スピードは落ちているにゃ!」

 

敵をじっくりと見ていてられたウィズが気が付く。

蹴られた箇所の凹み、電撃での焦げの治りが遅くなる。痺れて動きが鈍くなったり、膝をつきそうになることも、ちらほらと出てくる。やはりどんなものでも、限界はあるのだ。魔法使いがそこに止めを刺す。

 

『X-Derive:GravitonRuIer』

 

「三角はね、広がっていくよ」

 

二本の長剣の従わせた少女の姿が浮かび上がる。ゆったりとした声と共に、剣、盾、ハートなどのマークが敵の上空に現れ、光線が敵に直撃する。

 

「!?!?」

 

敵は光ごと呑み込まれたのであった。

 

 

 

光線の衝撃で砂塵が舞う。

砂塵は風に流されて収まったが、魔法使い達は警戒をして直ぐには動けなかった。一番身軽であるグラントリノが確認に行くと、敵は巨大なクレーターの中で倒れていた。

 

足でちょんっとつついても、何も反応は無かった。

 

「これは...生きとるよな...。まあ、いい!黒猫の魔法使い!お前さんは現場に行け!わしはこやつを縛ってから、追い掛ける!」

 

「分かった!」

 

「ヒヒン!」

 

魔法使いとウィズはグラントリノに後を任せて、現場に向かうのであった。

 

 

 

現場に辿り着くと、別の仕事があった馬の人と別れる。現場は酷い有り様だった。悲鳴は鳴り止まず、呻き声が聞こえてくる。エンデヴァーの事務所に怪我人を集められていたのだが、全員は入りきらず、軽症者は外で手当てを受けていた。

グラントリノの言う通り、魔法使いは早く現場に向かわないといけない立場であった。

 

自分の選択に後悔を魔法使い。

けど、後悔していても意味は無いと、自分の頬を叩いて気持ちを切り替える。

 

エンデヴァーの事務所に向かおうとした瞬間...

 

「おい!黒猫の魔法使い!今まで何をやっていたの!」

 

相当怒っているバーニンに肩を捕まれる。

バーニンが怒るのも無理はない。だがそれと同じくらい、ウィズも怒っていた。

 

「そうは言っても、こっちだって敵と戦っていたにゃ!」

 

「だったら、無線機で伝えなさいよ!」

 

「そっちが教えなかったにゃ!!」

 

ウィズとバーニンの言い争が始まる。

ウィズが怒っている理由は、バーニンに遅いと言われたからではない。バーニンを含め他の相棒(サイドキック)達が、無線機の番号を教えてくれなかったからだ。無線機の番号を互いに知っていれば、現場の状況をいち早く知れたし、敵に襲われた時も援軍を呼べる。そうすれば、怪我人の元にもっと早く行けたのだから。

 

「いやいやアンタ!エンデヴァーさんから、私達の番号を聞いていないの!?」

 

「いや、聞いて....」

 

バーニンの指摘に、ウィズと魔法使いはとあることを思い出して、顔を真っ青に染め上げる。

 

実はちゃんとエンデヴァーから全員分の番号を聞いていたのだ。ただ魔法使いとウィズにとって、他のヒーローの印象が悪すぎて、手伝ってくれないと思っていたのだ。互いに嫌っていても、プロとして、最低限のコミニュケーションを取れていれば、こんな結果にはならなかったのだ。

 

バーニンは長いため息をつく。

 

「もういいわ....。ただし!後で絶対説教だからね!早く行きなさい!怪我人が待っているわ!急いで!」

 

バーニンは魔法使いを急かす。

その背中を見て呆れていたが、自分達にも責任があったことに、気が付いてはいなかった。

 

 

 

緑色の淡い光が薄暗がりの中輝く。

魔法使いはこれで何人目かは分からなくなっていたが、まだ他にも怪我人はたくさんいた。回復魔法を唱えても唱えても切りがなかった。魔法使いの他にも"個性"で回復出来る人がいても、かなり数が足りないのだ。

 

部屋の隅には死体になっている人達が集められていた。その中では特にヒーローが多く、その次に子供や老人が多かった。彼等を見て魔法使いとウィズは、自分達の不甲斐なさに怒りを感じる。こういった大惨事を止める為に、異世界に来ているのだからだ。

 

感情に囚われても時間の無駄になるだけと、魔法使いはそう自分に言い聞かし、回復魔法をまた唱える。

そんな時に無線機が鳴る。魔法使いの代わりにウィズが無線機を取る。

 

「黒猫の魔法使い!今どこにいる!」

 

「エンデヴァーの事務所にいるにゃ」

 

無線機の相手はエンデヴァーであった。

無線機の向こう側は、何か重たい物を殴る音や蹴る音、火が燃える音、人々の怒号が聞こえてくる。こちらも同じ現場にいるような気にさせる。

 

「そうか...。なら仕方ないな。怪我人を優先にしろ!俺達は俺達で何とかする」

 

「なら、何で呼んだのかにゃ?」

 

魔法使いが治癒にあたるのは想像しやすいのに、エンデヴァーはそれでも魔法使いに来いと命令をした。

その様子にウィズは、何かあったのではないか?と悟った。エンデヴァーは数十秒間黙った後、ゆっくりと話し出す。

 

「実は...他のヒーローにも声を掛けたのだが...誰もこちらに来やしない」

 

「まさか?!」

 

「あの敵(ヴィラン)に殺られたのであろう。想像に難くない」

 

「今いる人達で大丈夫にゃ!?」

 

「お前に心配されなくても、こんな奴ら...燃やし尽くしてやる!」

 

エンデヴァーが暗い声で応える。

その様子にウィズはますます心配をする。

 

「そうなのにゃ...。でも、何かあったら呼ぶにゃ。私達も駆け付けるにゃ」

 

「フン!お前達の助けなんかいらん。それよりも、怪我人をどうにかしろ!」

 

「...分かったにゃ」

 

ウィズが返事をすると無線機は一方的に切られる。

作業をしながらも魔法使いは話を聞く。

けど想像以上の自体に、血の気が引いてしまう。話が聞こえていた他のヒーローも、顔を青ざめていた。

 

「これって...大分まずくない...」

 

「そうは言っても...怪我人が多すぎるから、行かないでほしい」

 

「だからって、元を断たないと切りがないぞ!」

 

「一体、何があったんじゃ?」

 

「どうかした?」

 

雰囲気が悪くなったところ、グラントリノとバーニンが現れる。

ウィズがエンデヴァーの状況を説明すると...

 

「成る程...そういうことか...」

 

「それは大変な状況だわ...」

 

「なあバーニン。状況はどうなっておる?」

 

「それがねえ...。こっちも最悪な状況なのよ。他の街の地区から助けを呼んでも中々来ないのよ。みんなあの敵(ヴィラン)に手こずってしまっているのよ。怪我人を運ぼうにも、敵(ヴィラン)が街を破壊しまくったからさあ。道路が滅茶苦茶で、救急車も通れなくなってしまったわ。この辺りの病院は既に壊滅状態だし...。オールマイトがいれば...」

 

バーニンは愚痴をこぼしてしまう。

オールマイトと聞いて他のヒーロー達も気が滅入る。誰もがオールマイトの助けを待っていた。ただグラントリノだけは違っていた。

 

「居ない者に頼っては駄目だろ。この場に居るわしらだけで、やるのじゃ」

 

「気持ちは分かるけど、私達は諦めちゃ駄目にゃ!」

 

魔法使いはウィズの言葉に頷く。

ウィズと魔法使いも落ち込み気味だが、心の炎は消えていなかった。

 

「と言う訳で...治癒が間に合うのなら、こいつを借りるぞ。...大丈夫か?」

 

グラントリノは魔法使いに指を指して問う。

この場にいた回復系のヒーロー達は考え込み話し合う。その結果...

 

「厳しいですが...行ってきてください。ここもいつ襲撃されるか分かりませんし、怪我人もずっと待たせる訳にはいきません。だから、ここは私達に任せて、敵(ヴィラン)を倒してきてください」

 

「よし、分かった。さっさと倒しに行くぞ!黒猫の魔法使い!バーニン!」

 

「了解!」

 

「おう!」

 

グラントリノの号令で、魔法使いとウィズとバーニンはエンデヴァーの元に向かうのであった。

 

 

「こっちよ!」

 

この街に詳しいバーニンが先頭になる。

近道として路地裏を走っていると...

 

「血生臭いにゃ....」

 

鉄の錆びた匂いが路地裏中、どこに行っても匂いが漂っていた。

四人は嫌な予感をしたが、スピードを落とさず慎重に進んでいく。とある路地差し掛かると、

 

 

「「「「なっ.....!?」」」」

 

四人の目に衝撃的な光景が入る。そこには...

 

 

頭が転がっていた。それも一人だけではなかった。

 

 

首と胴体が別れていたり、胸の中央が刃物らしきもので貫かれていたり、滅多刺しにされている死体であった。ある者はもたれ掛かるように死に、ある者は地面に寝転ぶように死んでいた。死んだ者は皆派手な服装をしていることから、ヒーローだと思われる。

 

「一体...誰が...」

 

「こんなことを...」

 

「何よこれ!」

 

「さあな...。って言うか、あれ、今までの戦っていた敵(ヴィラン)と、攻撃のやり方が違う...。もしかすると...!!皆下がれ!」

 

ヒュン!

 

グラントリノが叫ぶのと同時に、一本のナイフが、先頭にいたバーニンの顔を狙う。

バーニンは体を後ろに反らして避ける。投げられたナイフは、バーニンから僅か離れた場所に落ちる。ナイフを投げた犯人は、隠れもこともなく四人の前に堂々と現れる。

 

体格的には男性だと思われる。

顔には包帯状のマスクを着けて、首には赤いマフラーとバンダナを巻いている。動きやすいように防具は、プロテクターだけだ。武器は日本刀とナイフ。禍々しい雰囲気を放っている。

 

「ハァ...社会を歪める贋物は...」

 

 

「俺が粛清する....”正しき社会の為に”!」

 

最悪のタイミングで、最悪の敵(ヴィラン)、ヒーロー殺しが暴れていたのであった。




なんか、エンデヴァーのサイドキックで馬みたいな人の印象が強すぎて、勝手に個性を想像してしまいました。


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17話 黒い怪物とヒーロー殺し 後編

粛清すると言ったわりには動きの無いステイン。

互いに様子を探り合い、視線で牽制しながら睨み合う。戦闘が始まる前に魔法使いはウィズに訊ねる。

 

「ウィズ、相手の"個性"とか知ってる?戦い方とかはなんとなく分かるけど...」

 

「確か...血に関する"個性"だったにゃ。...それが、自分の血なのか、相手の血をどうかするのかは、分からないにゃ」

 

「そうなのか...。だとしたら...自分達も、相手にも、出来るだけ血を流さない方がいいね。...相手の血が毒かもしれないから、一応状態異常を防ぐ魔法を掛ける準備を..」

 

魔法使いは懐から、目的に用いたカードを取り出そうとした瞬間─

 

 

ヒュン

ステインが一本のナイフを投げる。ナイフは魔法使いのカードを持った手を狙うが、カードでナイフを叩き落とす。静寂の中ナイフが落ちる音だけが、耳にこびりつく様に響く。ステインの行動に警戒態勢を高めるが、当の本人はつまらなそうに溜め息を吐く。

 

「ハァ...。敵を目の前にして、お喋りとは...いい度胸だな...。こんな奴が、オールマイトに選ばれるとは...ハァ...何を考えたものか...」

 

ステインが一歩歩くと、グラントリノは足腰に力を入れ、バーニンは拳を握り構える。魔法使いも他のカードを準備をしながら質問を投げ掛ける。

 

「オールマイトに選ばれた?何の話?それに...何故ヒーローを殺すの?」

 

それは魔法使いがずっと気になっていることだ。

たかが、オールマイトと一緒に戦っているだけで、選ばれたとか言われる意味が分からなかったのだ。更に言えば、ステインと同じ扱いをされたことが嫌だった。彼の信念と言うものが何なのかは魔法使いは知らなかったが、少なくともヒーローというだけで殺す人と同じ扱いをされたくはない。

 

ステインはもう一度大きな溜め息を吐く。

日本刀やナイフを手に取る訳でもなく、ただ突っ立っている姿だけでも、悪夢から出てきて殺しに来る怪人の様なおぞましさを感じさせる。

 

「ハァ...。お前...そんなことも分からないのか...。ハァ...これだから、静粛対象は...。冥土の土産として、聞かせてやる...。オールマイトは...常に独りで戦い、平和を維持している...」

 

「だから、それがなんだって言うにゃ」

 

「ハァ......。ど素人は......」

 

ウィズの口出しに、ステインは長い溜め息の後舌打ちをする。

それでも刃物には手を取らずまた語り始める。

 

「良いか...今の俗物どもは、オールマイトのように、平和の為に考えている奴は、誰一人としていやしない......。金か、名誉かだけだ...。皆自分のことしか、考えておらん...。そんな俗物は、生きているだけでも社会の癌だ...。だから、俺が粛清する...」

 

金か名誉。それのどこが悪いのだろうか?とキキとウィズは首を傾げる。

"個性"の相性で逃げるヒーローなら責められていても分かるが、名誉やお金を欲しがっただけで人を殺すことは理解出来ない。だってそれ自体は悪いことではないからだ。不純な動機でもそれで人を助けられるから問題なんてない。

 

益々理解出来なくなる魔法使いとウィズ。

魔法使いは思わず本音を溢れてしまった。

 

「お金や名誉を求めて何が悪い?」

 

その言葉を口に出した瞬間空気が凍る。

ステインは動いていないのにも関わらず、喉元に刀を突き付けられた様な圧迫感と緊張感が走り、気が弱い人であればショック死してしまう程だった。

 

「ハァ......オールマイト贔屓でお前に話し掛けた...俺が愚かだった...!」

 

いきなり音もなくステインが襲い掛かる。

あまりにも動きが速すぎて防御障壁を張るのに精一杯だった。斬りまくるステイン。今は防御障壁は耐えられているが長くは続かない。このままではジリ貧だ。そこでウィズが話し掛けて隙を作ろうとする。

 

「お前は一体何をそんなに怒っているのにゃ?!」

 

ステインはウィズの言葉に反応せず無視をする。

防御障壁が耐えている間に急いで作戦会議を始める。

 

「どうするのよこれ!?」

 

「攻め入る隙がないぞ!それに、攻撃出来たとしても...こやつが張ってあるバリアーに攻撃が当たってしまうかもしれん!このバリアーは残しておきたいものじゃろ?」

 

「そうだね。防御障壁は残しておきたい。これだけ速いと唱えることが出来なくなるし」

 

「怒りでこんなに強くなるとは思わなかったにゃ」

 

「怒りでこんだけ速くなるのならいっそのこと...もっと怒らして疲れさせてみる?」

 

その作戦は単純だった。一か八かの賭けだった。

でも、意外と、人を怒らせて冷静さを欠けさせて動きを単調にさせる方法はよくあること。他の作戦が思い付かないのでバーニンの作戦に乗るしかなかった。四人は息を限界まで吸い込んで叫ぶ。

 

「勝手に決めつけて!勝手に絶望をして!人殺しをしているだけなんだね!!」

 

「平和を維持を目指す人間が!人を殺してどうするにゃ!そんなにオールマイトのようになりたいのなら、オールマイトと同じような行動をすればいいだけの話しにゃ!」

 

「そうじゃ!お前さんはヒーローではない!ただの人殺しじゃ!!」

 

「あんたなんかにヒーローを語れたくないわね!!オールマイトさんを見習うのなら!!文句を言わずに人を助けなさい!!この根性なしが!!オールマイトさんはね!あんたみたく!絶望しないで!笑顔で人を助けるものよ!!!!」

 

「黙れ!!」

 

怒らせすぎた結果、ステインは距離を取りこちらの様子を伺う様になる。

完全に動きが止まるステイン。両者睨み合っているとステインの口が動き出した。

 

「ハァ......黒猫の魔法使い...。お前は...馬鹿か?」

 

何故か今度は魔法使いだけ標的にされる。

防御障壁が厄介だったのか、口撃で精神的に攻撃する様だ。魔法使いは相手の作戦に乗らずに平然と言い返す。

 

「馬鹿?人殺しに言われたくないけど」

 

平然としている魔法使いに、ステインは怒ることもなく冷静に語り掛ける。

 

「お前だって...ずっと...自分の意見を言っていただろう...誰にも聞いてくれない虚しさは、お前には分かる筈だろう...」

 

「別に虚しくはないけど」

 

魔法使いの言葉は嘘ではない、本心だ。

この世界の住民が話を聞いてくれないことに激怒をしたことはある。だが、虚しくはなったこはない。異世界だって話し合いが出来ずに戦うことがよくあるからだ。寧ろ戦いで本音をぶつけるパターンが多い。

 

悲しいことに、人間と言う生き物は通じる言語を持っていたとしても、想いを通じる言葉は持っていないと言われる程、話を聞くことさえも出来ない残念な生き物である。

でも、だからと言って、諦めてはいけない。言葉は通じなくても行動で変えることは出来る。

 

「な...なんだと...!?」

 

最初から聞いてもらえないことを、分かっていた魔法使いにステインは愕然とする。驚きすぎたステインは素に戻っていた。

 

「だって...言葉だけで変わるとは思っていないからね」

 

「分かっていながらも...何故...やっているんだ....?」

 

「変わらなくても、続けることに意味があると思っているから。それに...やめてしまったら、本当に伝わらなくなってしまうよ」

 

魔法使いはステインに多少同情出来るところがあった。

 

ステインの言う通り、この世界のヒーローは碌でもないと思っている。全員がそうではないと分かっていても、初めて見た時の行動が酷すぎて、そのイメージが住み着いてしまっているのだ。だからといって殺すという愚かな行為には呆れ果てていた。

自分自身もヒーローを勝手に役立たずと、そう思っていた魔法使いはオールマイトに愚痴っていたが、端から見れば同じ様に見えたのだろう?と、魔法使いはあの日の自分に嫌気が差す。

 

そんな考えことを振り払って魔法使いは話を続ける。

 

「大体、何故そこで人を殺すという発想になる?自分がみんなのお手本になろうとか考えないの?」

 

「ハァン...!!何を言うかと思えば...。世間を知らん奴が...。始めは...言葉で伝えようとは思った...。だが、誰も聞きやしない...。所詮、力で示さなければ、ならんのだ...!!」

 

「だからって、人を殺しても意味はないよ!!」

 

「殺すことには、意味がある...。あの様な俗物どもの生き方は、簡単に伝染する.....。あやつらの様になる前に......誰かが間引きをして、やらなくてはならんのだ...」

 

「間引きって...。随分と上から目線なんだね。結局は、自分の考えが通じなくて、我が儘になっているだけじゃないか!確かに、言葉では人を変えられないけど!でも!行動なら、変えられる!自分自身で、手本になろうとしてから、言えよ!」

 

ステインと話し合っている内に、魔法使いはかつてのことを思い出す。

出会った人達は皆、何か強い想いを持っていて、変わることはないけれど、想いを持てる数は一つだけとは限らない。伝えたい想いが、相手の元の想いに阻害しない形で共有出来ることを知っている。

一人一人、誰もが違う考えを持っていることを身に染て感じていたのに、この世界のヒーローにはイメージで勝手に組み込んだ。例え、自分が知らないどこかで、命を懸けて戦っていても。

 

諦めたくなる気持ちは魔法使いとウィズは理解していた。人の話を聞こうとしないで馬鹿にし、あまつさえ苦しんでいる人を見物するヒーローと一般市民。特に苦しんでいる人を笑い物にするところには吐き気を感じていた。

だからと言って、全員が全員、"個性"の相性が悪くて逃げ出したり、敵(ヴィラン)との戦闘を見世物にした訳でもない。相手を咎めるのなら、きちんと証拠を集めた上でやらなければならない。ヒーローだからと決め付けて殺すのは以ての外。人殺しの意見など尚更聞かなくなる。

 

絶望していた時ヒーローはみんなそんな奴らだと思っていた魔法使いとウィズ。そんな無礼なことをしていた自分を無くしたい魔法使いは、吐き出すようにありったけの想いを叫んだ。

 

ステインは日本刀を持ち直す。

日本刀は月に照らされ、銀色に鈍く光っていた。先程まで人を殺していた様にはとても見えなかった。

 

「ハァ...。お前達と話す決断をした俺が馬鹿だった...」

 

言い切る前にステインは魔法使いに斬りかかる。

まるで瞬間移動をしたかの様に目の前に現れ、張り直しておいた防御障壁とぶつかる。ステインは防御障壁に斬りかかるのは止めて一旦距離を取る。

 

『大地が割れる咆哮』

 

「盗みを邪魔されるのが...一番許せねぇ」

 

ステインが離れた瞬間魔法使いは呪文を唱える。

狼男の姿が映し出され、野性味溢れる声が聞こえてくる。このSSは状態異常を防ぐ魔法。ステインの血が毒かもしれないと用心をした魔法使いは、グラントリノ、バーニンに魔法を掛ける。

 

グラントリノが早速蹴りかかるが、ステインはあっさりと避ける。

ステインが反撃でナイフを投げ付ける。けれども、グラントリノは足の裏から空気を出してナイフを弾き返す。グラントリノは足から出した空気の勢いで、距離を取り相手の出方を探る。

 

両者睨み合っている時、バーニンはポケットから何かを取り出し、ステインに向かって投げ付ける。バーニンが

投げた物は空中で燃えて火の玉になる。ステインは驚きもせず、軽々と避けたが、突如火の玉は大きくなり、人を容易く飲み込める程の球体になる。

 

「....!!」

 

ステインは慌てて壁などを蹴って跳躍をし、巨大な火の玉の上を飛び越えて避ける。火の玉はステインから離れると徐々に小さくなって、最終的には燃え尽きて消える。

 

「これが...バーニンの"個性"...」

 

「そうよ。これが、私の"個性"燃え立つよ!」

 

「燃え立つ...。何が出来るのにゃ?」

 

「弱い火でも強い火に変えることが出来ることよ!...ただ、私自身から炎は出せないし、ある程度離れてしまうと、元の大きさに戻ったり消えてしまうのよ」

 

「そうなんだにゃ。...だとすると、火属性の方が良いみたいだにゃ。丁度、今使ったカードも火属性だしにゃ」

 

「火属性?何よそれ?...まあ、炎を出せるなら、出してくれた方がありがたいわ」

 

ウィズがバーニンの"個性"を確認をする。

連携が上手く出来ていなかった為、敵の前でも詳しく説明しかなかった。

 

「ハァ...。味方の情報すらちゃんと把握していないのか...。やはり、ヒーローは、碌でもない...」

 

その様子をステインは呆れながら見ていた。

 

「そう?現地で確認するのもありだよ。その時の状態によっては、出来ることも出来なくなるし、出来ないことも出来るようになるからね。確認は大事だよ」

 

「君は否定しか出来ないみたいだにゃ」

 

ステインの言っていたこは間違ってはいないが、魔法使いとウィズは開き直って反論をする。今度こそステインは、言葉で反論をしないで行動で応える。

 

ステインは諦めることもなく、何度も防御障壁に日本刀を振りかざす。日本刀がぶつかる度にキィーンと金属音が鳴り、ハンマーでぶつけた様な衝撃が伝わる。先程から日本刀をずっと振りかざしているのに、疲れを感じさせずに、素早く力強く振りかざす姿は魔法使い達に畏怖を感じさせた。

魔法使いばかり狙うステインに対して、グラントリノは足蹴りで攻撃をし、バーニンは道具を使って火球を作り、当てようとするが簡単に避けられてしまう。

 

怒らせたことによる私怨なのか、それとも魔法使いの能力を知って厄介な存在として認識したからか、理由は分からなかったが、魔法使いは執拗に標的にされていた。

理由を解明出来ないまま魔法使いは、火球を繰り出してステインを引き離そうとする。ステインは魔法使いの願い通り火球を避けて距離を取る。

 

狙い通りにいったとはいえ、このままでは埒が明かないと思った魔法使いは、近くまで戻っていたグラントリノとバーニンに話し掛ける。

 

「グラントリノ、バーニン、お願いがある」

 

「何よ?」

 

「どうかした?何か、打開策が思い付いたのか?」

 

「打開策とははっきり言えないけど、炎を出すからバーニン、火を強くしてくれないか?」

 

「分かったわ!」

 

「で、わしは、それに気付けろと」

 

「うん。そう言うこと」

 

伝えたいことを伝えた魔法使いは、頃合いを見計らって呪文を唱える。

 

『炎彗騎士 イグニス・ヴォルガノン』

 

紅色の鎧を着た騎士の姿が浮かび上がり、蛇の様にくねらせる炎がステインの周りをぐるぐると囲む。

 

「はっああ!」

 

バーニンが力むと弱々しい火が大きくなり、ステインを追い詰める。だが...

 

「ふん...!」

 

日本刀で炎が斬られてしまう。

 

「させるもんか!」

 

グラントリノは"個性"で炎をけしかけて、閉じ込めようとする。けど、日本刀で道を切り開き、高い身体能力を活かして飛び越える。避け続けられていても、焦って見落とすことはなかった。

魔法使いは火を追尾させ、バーニンはただ火を強くするだけではなく、所々弱い場所を作って誘き寄せる。グラントリノは直接蹴ったり、炎をけしかけて攻撃をする。

 

「こいつ...やけにしつこいなあ!」

 

「そうだにゃ。...あんなに火傷をしているのに...」

 

いくら避けているとはいえ、ステインの体は火傷が多数あった。それでもステインの勢いは止まることはなかった。

 

「どうして...。彼をここまで奮い立たせるものは何なのにゃ!?」

 

「俺は...俺は...!!俗物を...絶対に...この世から......一人残らず...粛清させてやる...!!」

 

ウィズの疑問を応えるようなタイミングで、ステインの口から想いが零れる。

あまりにもタイミングが良すぎて、疑問を応えたように見えたが、時折足がフラッとしているところから、意識が朦朧(もうろう)としていることを推測する。

 

「もうしつこいわね!さっさと終わらせるわよ!」

 

痺れを切らしたバーニンが叫ぶ。

その叫びに魔法使い、ウィズ、グラントリノは頷く。速くこの戦いを終わらせて、エンデヴァーの元に行かなければならないのだ。了承を得たバーニンは、火の勢いを更に強くする。ステインは日本刀を薙ぎ払って切り抜けようとするが、火の勢いに負けていた。

 

『光の聖女 サーシャ・スターライト』

 

更に魔法使いは魔法で止めを刺す。

呪文を唱えるのと、踊り子の様な衣装を着た美しい女性の姿が映し出され、囲んでいる炎ごと凍らせる。炎と氷の極端な温度差が水蒸気を発生させ、暫くの間姿が隠れていたが、風が吹いてステインの姿を露にさせる。

 

ステインは初めて会った時の様に突っ立っていた。

一瞬無傷なのかと勘違いしてしまう程であったが、流石に敵を目の前にして、微動だに動かない姿は可笑しいと疑問を抱かせる。

 

グラントリノが代表をして彼に近付く。

今まで動いていなかったステインが、近付いてきたグラントリノに気が付いて、ナイフを投げようとしてきたが力が足りずに地面に落ちる。

 

「俺を...捕まえて...良いのは...オールマイトだけだ!」

 

最後の悪足掻きとして、死神の様な気迫で追い払おうとする。その気迫にグラントリノ、バーニンの動きが止まってしまう。

魔法使いとウィズだけは気迫に負けずにステインを縄で拘束をする。グラントリノとバーニンは、信じられないものを見るような目をする。だが魔法使いは、それらを無視さて作業を続ける。

 

「持っている武器は全部没収したし、縄できっちりと結んだにゃ。...さあ、行くにゃ!」

 

「お、おう...」

 

「そ、そうね...」

 

魔法使いの代わりにウィズが指揮をし、顔を引きつらせながらもグラントリノとバーニンはウィズに従うのであった。

 

 

 

現場は想像以上に荒れていた。

消火活動は間に合っておらず、炎は建物を燃やし続ける。怪我人は攻撃の余波が届かないところで、横たわっていたり、自分自身で応急手当をしないといけない状態であった。また、長引く戦闘により、ガラスの破片が飛び散り、瓦礫が常に落ちてくる。

 

「本当に来たのか...」

 

一同は、安堵と呆れが混じったエンデヴァーに出迎えられた。エンデヴァーは彼らをじっと見詰めていたが、直ぐ様敵の方に視線を戻す。

 

黒い怪物は今もなお暴れており、手当たり次第殴り体当たりをしてくる。

この黒い怪物も、先程魔法使い達が倒した者とそっくりであることから、同じ能力であると予測する。しかもそれが三人もいることに、絶望をして膝から崩れ落ちそうになる。

 

「うっうわわあああああーーーー」

 

エンデヴァーと話をしている間にも、一人のヒーローが、遠くの方にあるビルまで吹き飛ばされてしまう。

全滅するのは時間の問題であると、改めて認識させられる。魔法使いはカードを強く握り締めて、呪文を叫んで唱える。

 

『オーナーのイニシアチブ』

 

「フモーフちゃん、やっちゃうのです」

 

「フモモ」

 

フリルやリボンをあしらった着緑色のドレスを着た少女と、五匹の白い綿毛の様な生き物の姿が浮かび上がる。少女と生き物の可愛らしい声が響き渡る。

魔法使いの呪文はまだ続く。

 

『双刃奥義「狼々銘湯」』

 

「入れよ。温まるぜ」

 

火と水の剣を振るう白髪の少年の姿が浮かび上がる。お風呂を勧める少年の声が聞こえてくる。

 

二つの呪文の効果が、この場にいるヒーロー全員に力を与える。

 

「これは...」

 

「すげえな!」

 

「力が湧いてくる...!!」

 

「よっしゃあ!やってやるぜ!」

 

新たな力にヒーロー達はやる気を出す。

魔法使いは戦闘に参戦せずに、怪我人の手当てにあたり、他のヒーロー達は一斉に反撃をする。

 

「うおら!」

 

ヒーローの一人が敵に殴りかかる。

けど敵は何かにぶつかったくらいにしか思っておらず、うざそうにどこかに放り投げる。放り投げられたヒーローは別のヒーローの"個性"によって救われていた。力が強くなっても力負けをしている事実にヒーロー達は、やる気を急速に失われていく。

 

「怯むなあ!この程度の攻撃で、ヒーローが脅えてどうする!!」

 

戦闘音にも負けないエンデヴァーの叱責が響き渡り、挫けそうになったヒーロー達を支える。

そんなやり取りの最中に、最低限の手当てを終わらせた魔法使いが参戦する。

 

『双刃奥義「狼々銘湯」』

 

「入れよ。温まるぜ」

 

魔法使いがもう一度同じ呪文を唱えてから、エンデヴァーの隣に立つ。

 

「手当ては終わらせたのか?」

 

「最低限はね」

 

「本来は...貴様達の助けなどはいらんと言いたいところだが...そうも言ってられんな...。行くぞ!黒猫の魔法使い!」

 

言い終わるやなエンデヴァーは、巨大な炎を敵にぶつけて閉じ込める。

敵は燃えているが、まるでダメージには入ってないと言わんばかりに、超スピードでこちらに向かってくる。

 

『社会を変える魔道玉』

 

「いろいろ混ざったやべえ玉をくらえー!!」

 

敵が向かってくることを分かっていた魔法使いは、炎をぶつけた時と同時に予め呪文を唱えていた。

 

ピンク色の服を着た少女の姿が映し出されると、空には剣、ハート、盾の紋章が浮かび上がり、敵の真上から巨体な光線が降り注ぐ。破壊音にも負けないくらい、少女の叫び声が響き渡る。

 

エンデヴァーの強烈な炎、魔法使いの水属性の強力な攻撃魔法により敵の動きが止まる。

これには他のヒーロー達は驚く。また、ステイン戦の時よりも水蒸気が凄くなっていた。水蒸気が晴れると敵の姿が露になる。敵は動かなくなっていた。

 

自分達を散々苦しめてきた敵が、動かなくなった姿を見て他のヒーロー達の戦意が高まる。

 

「うおおおおおーーー!!」

 

一人が駆け出せば、後は自然に流れに乗るだけであった。

高ぶった感情に身を任せ、敵二人を一斉に襲い掛かって動きを止める。感情というのは凄まじく、不可能だと思われていたことを、やり遂げられる力になり得られるのだ。

 

「お前ら!敵(ヴィラン)を上に上げろ!!」

 

何か案を思い付いたエンデヴァーが叫ぶ。

全員がその案に乗る。力自慢のヒーローは拳で敵の体を浮かし、浮いた体を風や念力などを使って、空高く持ち上げる。

 

「「「いっけえええええぇぇぇーーーーー!!」」」

 

敵が天高く打ち上げられ、エンデヴァーが炎を噴出してその後を追い掛ける。

みんなの期待を乗せて彼は大技を放つ。

 

「プロミネンス...バーーン!!」

 

エンデヴァーは両腕を十字にクロスにし、両手両足を大の字に開いて、全身全霊の辺りを燃やし尽くす炎を繰り出した。敵は何の抵抗できずに燃えていく。

 

その圧倒的な火力は、この激しい戦いの幕を閉じるのに相応しいものだった。




ステインを自分なりに考えてみました。後、エンデヴァーと合流をした際、グラントリノがステインの身を他の人に預けに行っていました。

バーニンの”個性”も本名である上路 萌の萌なのですが、萌の意味で草木が芽生えるという意味があり、また見た目は炎系なので、火力を強くするに、勝手に推測しました。


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18話 事件を乗り越えて

あの事件から二ヶ月が経ち、季節はすっかり春となる。

 

街は急速に復旧作業が行われて、人々が溢れる賑やかな元の街戻る。

だが、素直に喜んでいられる場合でもなかった。死亡者と負傷者は甚大な数が出ており、死亡者はヒーローでは九十三名、一般市民では百十五名。怪我人はヒーローで百二十八名、一般市民では百三十六名と悲惨な結果が残っていた。今なお病院で入院中の者もいる。

 

とはいえ、解決出来た事実には素直に喜んで良いだろうと、今日は街の復興記念のパーティーが行われるのであった。

 

 

パーティー会場はエンデヴァーの事務所の最上階。

 

ガラス張りから見える景色は、復興された街に明かりが灯され、宝石箱の様にキラキラと輝いていた。会場にいる人達はジュースや食べ物を片手に取って、感慨深そうに眺めている。

会場には色々な食べ物や飲み物が用意されていた。

食べ物は寿司、ピザ、唐揚げやポテトなどの揚げ物、片手で食べられるものを中心に、和洋折衷関係なく用意されていた。飲み物はソフトドリンクやノンアルコールドリンクで、アルコールはなかった。今日はパーティーの日とはいえ、何かあった時の際の為に備えているからだ。

 

「やったー!ご馳走だにゃ!」

 

「食べ物は逃げないから、落ち着いて食べようね」

 

はしゃぐウィズを制する魔法使い。

魔法使いが飲み物としてメロンソーダを選ぶと、丁度ヒーローコスチューム姿のエンデヴァーが、壇上に上がってくる。この場にいる全員は誰かに言われるまでもなく、自主的に黙ってエンデヴァーを見詰める。

 

檀上の中央に立つとエンデヴァーは、マイクの調子を確かめてからゆっくりと話し出した。

 

「本日はお忙しいなか、お集まり頂き、誠に有り難うございます。司会は、不肖ながらもこのエンデヴァーがさせて頂きます」

 

いつもとは違った丁寧な口調で語るエンデヴァー。

その姿に魔法使いは新鮮に感じた。

 

「皆様も知って通りことなのですが...二月十日の月曜日に、ヒーロー史上に名を残す、最悪な事件が発生してしまいました。ですが、皆様のご活躍により、無事に事件を解決するまでに至ることが出来ました。ここにいる皆様が、誰か一人でも欠けてしまったら、解決出来なかったと思います。そのことを、私、エンデヴァーが、代表してお礼を述べたいと思い、このパーティーを開かせて頂きました。皆様、本当に有り難うございます」

 

エンデヴァーの言葉に、ヒーロー達は胸を張って前を見る。

 

「ですが!守れなかった人達のことを!力及ばずに死んでしまったヒーロー達のことを!今なお苦しめられている人達のことを!忘れてはなりません!!」

 

自分達を誉め称える言葉から、戒めを垂れる言葉となる。

ヒーロー達の晴れやかな表情から、奈落の底へと落とされる。魔法使いとウィズもそのことに奥歯を噛み締める。彼らの気分がどれだけ落とされようとも、この事実には目を逸らしてはいけないのだ。

 

「そんな彼らの為に、今一度、祈る時間を下さい」

 

各々、飲み物や食べ物を自分の近くのテーブルに置いて。

 

「黙祷」

 

エンデヴァーの合図により、目をつぶり手と手を合わせ、全員の気持ちがひとつとなる。

黙祷は一分間程続いたのであった。

 

「皆様、有り難うございます。二度とこの様な事件が起きないように、切磋琢磨に頑張っていきましょう。色々と厳しい話となりましたが、本日限りは、事件を解決したことに素直に喜んでいきましょう。それでは...乾杯!」

 

「「「「「乾杯!!!」」」」」

 

コップは上に持ち上げられ、その声には喜びで満ち溢れるのであった。

 

 

「おう!黒猫の魔法使いじゃねぇか!久し振りだな!元気にしておったか?」

 

「あんたのお陰で生きていられたよ。ありがとな!」

 

「ヒヒーン」

 

「黒猫の魔法使い、ウィズ、ちゃんと食べてるか?」

 

魔法使いとウィズが食べたり飲んだりしていると、あの時一緒に戦ってくれたバーニンや馬の人、他の事務所のヒーロー達が魔法使いの元ににやって来る。魔法使いは笑顔で対応していたのだが、その心は複雑な気分であった。

 

事件が起きる前は魔法使いは酷い扱いであった。

だが仲悪いのは魔法使いだけではない。他のヒーロー同士も仲はあまり良くはない。理由は簡単だ。貰える給料が減るからだ。互いに牽制し合い、手を取り合うことはそうそうにない。しかし、事件を切っ掛けに、仲良くなり手を取り合うことを覚える。こんな風に仲良くなれるなら、事件が起きる前に仲良くなりたかったと、魔法使いはどうしてもそう思ってしまうのだ。そうすれば、事件の被害がもっと抑えられた筈だから。

 

実際に今日開かれているパーティーも、ヒーロー同士のコミュニケーションも目的である。

 

「いや~。あの事件は最悪でしたね」

 

「そうですねぇ。私の事務所のところなんて、半分ぐらい犠牲者が出てしまいましたもん」

 

「私のところなんかは、ほぼ全滅ですよ!...一番被害が少かったのは、エンデヴァーさんのところでしたっけ?」

 

「そうね。私達のところかしらね。でも、入ったばかりの新人五人は、死んでしまったわ....」

 

やはり一番最初の話題は事件のことだ。

各自、どれだけ被害に遭ったのかの話始める。バーニンも語っていたが、亡くなった仲間を思い出して辛そうになる。他のヒーロー達は同情の目線で見詰めたり、バーニンを慰めたりしていた。

 

「俺のところもそうですよ。結局、新人で生き残ったのは黒猫の魔法使いだけ。...しかし...新人ヒーロー達の勇姿はとても凄かった。実は...俺...。こんな見た目なんですが、あの化け物と戦っていた時、何度も逃げたくなってしまいました...。だけど!俺のところに来たヒーローパロットは、恐れることもなく戦い、最後は....。化け物の攻撃から子供を守る為に...自分の身を犠牲にして...」

 

「あの時のヒーロー達は皆、格好良かった!いつもは、張り合っていて、鬱陶しいと思う時があったのに、あの時ばかりは、有り難い存在だった!」

 

「私のところもですよ...。一般市民の誘導中に殺されて...。しかし、あの化け物と戦って更に実感したのですが...オールマイトが敵(ヴィラン)でなくて、本当に良かった!」

 

「あー!分かりますそれ!オールマイトの頼もしさと、恐ろしさを同時に感じましたもん!」

 

「あの化け物は...やはりと言いますが...人工的に造られたことにひどく納得しますよね?」

 

「そうかぁ?俺はまだ納得できねぇぞ。命がそうそう簡単に造られてたまるか」

 

「でも、"個性"が複数あるのですよ。基本的に一人一個の筈なのに......」

 

「そんなこと、黒猫の魔法使いに聞けば良いじゃないか!複数"個性"持ちみたいだろう!」

 

「いや...。ボクの"個性"は一つだよ」

 

「まあまあ。信じられない話ですが、喧嘩するのはやめましょうよ。せっかく、こんな素晴らしいパーティーが開かれているのですから、楽しみましょう」

 

「そうだにゃ。私達が喧嘩しても意味ないにゃ。せっかくのご飯が台無しにゃ!」

 

亡くなったヒーロー達の話から段々と変わっていき、黒い怪物の話になる。

あの事件の後黒い怪物は、警察に捕縛され、詳しく調べられることになった。その結果、造られた人工生命体であると判明する。衝撃の結果に魔法使いとウィズは多少驚き、それ以外の人達は茫然自失になってしまった。今も半数以上が信じていなかった。因みにこの件については機密事項となっていて、警察とヒーロー関係者しか知らされていない。

 

喧嘩気味になっていた二人は謝る。

気まずい雰囲気になってしまったが、人工生命体を信じていた方から話し出す。

 

「あの怪物だけでも大変でしたが...まさか、ヒーロー殺しも同じタイミングで、暴れていたとは思いませんでした..」

 

「それな!良くもなぁ、生きて帰ってこれたよなあ!バーニン、黒猫の魔法使い」

 

「ボク達だけではないよ。グラントリノというヒーローも手伝ってくれたよ」

 

「ええ、そうね」

 

「グラントリノ?聞いたことねぇな。この中で知っている奴はいるか?」

 

「ヒヒン!」

 

「私はない」

 

「俺もない」

 

「私は...聞いたことが...あるような気がします...」

 

「微妙な割合だな...。いっそ、叫んで呼んじまうか?この事件に関わっているんなら、いる筈だし...」

 

「急に叫んだら周りに迷惑にゃ。私が探しに...」

 

「待って、私が呼びに行くわ。ウィズも足元チョロチョロ彷徨かれていたら困らせると思うわよ。それに、エンデヴァーさんに聞けば分かるでしょ」

 

グラントリノの知名度はかなり低いようだ。

だからこそ、知らない人達にとってはかなり気になるのだ。あの事件を生き残った猛者として。そこで、バーニンが聞きに行って魔法使い達の側から離れる。待っている間も話題はヒーロー殺しのステインのことだ。

 

「ヒーロー殺しとか、かなり厄介な相手だったんだろ!どうやって倒したんだ?あいつの"個性"って何だったんだ?」

 

少年の様に目を輝かせて早口で訊ねてくるヒーロー。

その様子に魔法使いは、ちょっと気まずくなってしまう。答えられない部分が多いからだ。

 

「簡単に言えば、炎の中に閉じ込めるようにして倒したよ。ステインの"個性"はよく分からないなあ...。"個性"を使わせる前に倒したし...。ウィズから聞いた話だと、ステインの"個性"は血に関するものらしいよ」

 

「へぇ~。そうだったのですね。...やっぱり、色々な"個性"を使える方は、とても有利になれますよね。素直に言うと、羨ましいです...」

 

「ああ、ほんと羨ましいな。...ところで、グラントリノはどんな人なんだ?」

 

「グラントリノは小柄なお爺さんだよ。..."個性"は...足の裏から空気を出すものだった」

 

「そうなのか...。小柄で、しかも爺さん。目立って分かりやすい割には見つからんな...。来ていないのか?」

 

「そう言えば見ていないにゃ」

 

(いや...ウィズの場合はご飯に夢中なだけだったよね)

 

魔法使いはウィズに呆れていたが、せっかくのパーティーだったので黙っていた。

グラントリノ本人がいないことを良いことに、話のネタにされ、どんどんと会話が盛り上がっていく。

 

「小柄な爺さんですか...。よく生き残れましたね。そもそも歳を取ってもヒーロー活動をしているのとは...中々凄い方ですね」

 

「でも、知名度がねえよな。長くやっていれば、それなりに知名度があっても可笑しくねぇのに...」

 

「もしかして...。お爺さんになってからヒーロー免許を取ったとか?」

 

「それはねえな。もしそうだとしたら、逆に話題になってもっと知名度がある筈や!」

 

「あー。確かに」

 

「エンデヴァーさんに聞きに行ったけど、用事があって来れないそうよ」

 

「あ...そうなんだ...」

 

話が丁度盛り上がっていたところにバーニンが戻ってくる。

グラントリノは来ていなかった。お礼を伝えようと思っていた魔法使いは、少し残念な気分になった。そんな時だった──

 

 

ピピッ♪

 

魔法使いに支給された携帯が鳴る。

音に驚いて戸惑ってしまう魔法使い。他のヒーロー達はその光景に苦笑いで見ていた。そんなことを気にする余裕はない魔法使いは、慌てて番号を確認をする。驚きの番号に頭が一瞬フリーズしてしまうが、首を振って気を取り直す。

 

「ちょっと...電話に行ってきます」

 

「ああ、行っておいで」

 

魔法使いとウィズは電話しに部屋を出るのであった。

 

 

 

「もしもし」

 

『やあー!久し振りだね!元気にしていたかい?上手くやってこれかな?黒猫の魔法使い、ウィズ』

 

電話の相手はなんとオールマイトだ。

数ヶ月ぶりの会話がとても懐かしく感じる。感慨深くなっている魔法使いの耳に、溢れんばかりの元気いっぱいの声が鳴り響く。

 

「うん、元気だよ」

 

「オールマイト久し振りだにゃ!私達は元気に過ごしているし、何とかやってこれにゃ!」

 

『それは良かった!...急な話で悪いのだが...君達に、大事な話があるんだ...』

 

和気あいあいとしていたが、一転して真面目な雰囲気に呑まれる。

にこやかな表情だった魔法使いとウィズも、背筋を伸ばして気を引き締める。

 

「...どうかしたのにゃ?」

 

『いや...実はね...。ほら、東京に黒い怪物が襲った、あの事件を覚えているかい?』

 

「覚えているも何も、今エンデヴァーの事務所で、事件から立ち直った街の復興パーティーを行っているところにゃ。そもそもあんな大きな事件、そうそう忘れることは出来ないにゃ」

 

『そうだよね...。実は...。あの黒い怪物二人まとめて戦ったのだけど...。そのせいで、制限時間が短くなってしまって....』

 

「えっ!?」

 

「にゃにゃ!?」

 

オールマイトの衝撃の告白に、誰かが駆け付けて来ても可笑しくない程の大音量で叫んでしまう二人。

 

『こらこら、そんなに叫んでいたら聞かれてしまうよ』

 

「ごめん...」

 

「ごめんにゃ...」

 

『静かにしてくれれば別に良いさ。叫んでしまう気持ちも分かるしね』

 

「どれぐらい時間が短くなってしまったのにゃ?」

 

『...約一時間半、半分まで...短くなってしまったね...』

 

「半分.....」

 

「そんな....」

 

絶望的な現実に絶句する二人。

だが、一番嘆きたいのであろうオールマイトは、何でもない様に笑う。でもその行為は逆に痛々しさを増す。空気を読み取ったオールマイトは空咳をしてから話し出す。

 

『まあ...色々と思うことはあるだろうが、君達が気にする必要はない!全くだ!寧ろ、君達がいてくれたお陰で被害を抑えることが出来たのだ!誇っても良いところさ!...さて、そんな君達に一つ、お願いがある』

 

「お願い?」

 

『そうお願い。それは....今までの経験を活かして、私の後継者を一緒に鍛えてほしい!』

 

「にゃ!?」

 

「ちょっと待って!ボクはまだ修行中の身。人に教える程の実力ではない」

 

「と言うか...オールマイトの後継者って、弟子のことかにゃ?それにしては...随分と仰々しい言い方だにゃ。何か特別なことがあるのかにゃ?」

 

魔法使いは自信がなくて拒否をし、ウィズは当然の疑問を尋ねる。数秒間沈黙が続いた後、決心のついたオールマイトは重そうに語り出す。

 

『それは...順に追って説明をするよ。私の"個性"......ワン・フォー・オールは...他の人に渡せる"個性"でね...代々、その力を受け継いで来たのだよ』

 

黙って聞く二人。オールマイトが何かを飲む音しか聞こえなくなる。

喉を潤してからまた語り出す。

 

『しかし...。この力を悪用されないように、与える人は慎重に選ばないといけないものだ。だから、今まで、後継者を見付けることはできなかった。ただでさえ私には、時間が少なく、焦るばかりであったが......。そんな時!彼と出会う!』

 

オールマイトのテンションが一気に上がる。

 

『彼は"無個性"であった。だが!ヴィランに襲われた友人を助ける為に、走り出す!その行動は無謀であったが、私の心を揺さぶる!』

 

『そんな彼に、私は相応しいと思った!!』

 

「そうなんだね...」

 

「気持ちの話か...。...まあ、誰を選ぶのはオールマイトの自由にゃ。ただ!オールマイトの力を受け継がせるということは、彼にも同じ責任を負わせるということにゃ!彼はそのことを分かっているのかにゃ?覚悟はちゃんとあるのかにゃ?そういうところはちゃんと話しているのかにゃ?」

 

魔法使いはオールマイトの気迫に押されて大人しくなり、ウィズは逆に弟子を慎重に選んでいた経験から、オールマイトに問続ける。

ウィズの勢いは、先程までテンションマックスだったオールマイトを怯ませる。

 

『う、うん!ちゃんと話してあるさ!』

 

「そう?それなら良いけどにゃ...。でも、彼とキキの戦い方は絶対に違うから、あまり教えることはないにゃ。それに...私達の話を信じてくれないと思うけどにゃ」

 

『ワハハハ!それなら大丈夫さ!私も一緒に彼を説得するから。戦い方に関しても、私が教えるから心配ない。ただ、アドバイスをしてくれたり、模擬戦の相手になってくれれば良いんだよ』

 

オールマイト並みの能力を持った黒い怪物との戦いで、恐ろしさを身を以て知っている魔法使いは、まだ模擬戦するとは決まっていないのに話だけで嫌になる。

 

ずっと嬉しそうに語るオールマイトの声を聞いているうちに魔法使いは、後継者となる”彼”のことがかなり気になり始めた。

 

「彼ってどんな人?」

 

『彼はね"無個性"だけどね。ヒーローを目指していてね...』

 

「"無個性"?それって"個性"を持っていない人のこと?」

 

『うん。そうだけど...』

 

「だからどうしたの?....もしかしてこの世界では、"個性"を持っていないと、ヒーローにはなってはいけないの?」

 

オールマイトの"無個性"と言う言い方に、やけに気になった魔法使いは質問をする。

その質問は地雷なのか、オールマイトは黙ってしまう。黙っている姿に魔法使いはやきもきをする。早く答えてくれなければ、嫌な方向で魔法使いの感が当たってしまうからだ。

 

『君に言っても理解できないと思うけど...。...."無個性"がヒーローを目指すということは...この世界では...自殺志願者と同じみないなもの何だよ...』

 

「そう?不思議な力を持っていなくても、強い人は強いよ。まあ...力を持っていた方が優位なのは分かるけど...」

 

「キキ。これ以上、この話はやめるのにゃ」

 

真面目な表情で魔法使いを止めるウィズ。

でもその声には多少の苛立ちが入っていた。やはりウィズにも馬鹿にしたような感じで聞こえたのだ。

 

だけど、オールマイトの意見も何も間違っていないのだ。人類の八割が"個性"という不思議な力を持った世界で、何も力を持っていない人はかなり不利なのも事実。そんな世界で戦える者がいたとしても、かなり少ないのであろう。この世界でトップクラスのオールマイトが言うからには間違いない。それでも、強い人を知っている魔法使いとウィズには不平に感じる。

 

魔法使いとウィズが怒っていることを察したオールマイトは、慌てながら話を変える。

 

『か、彼の話は、実際に会ってから話をしよう!そうしよう!君達には悪いのだけど、エンデヴァーの事務を辞めてもらうね。上からも話をつけてくれるから大丈夫!じゃあ切るね!バイバイ!』

 

魔法使いの返事を待たずに、オールマイトは電話を切ってしまう。

その様子にため息をつきたくなった魔法使いだったが、ウィズが首を振って止める。

 

「私達が文句を言う権利はないにゃ」

 

「けど...。そうだよね...。ここはそういう世界だもんね...。しかし、あのオールマイトもかあ...」

 

「馬鹿にはしていない筈にゃ。ただ、彼はあくまでも、この世界の常識にしたがっているだけにゃ」

 

この世界の考えはオールマイトの考えの方が正しい。

寧ろ、異世界の話をごちゃ混ぜにするな、と文句を言われても可笑しくはないのだ。だが、魔法使いの記憶を見て心を打たれたオールマイトは反論をすることはしなかった。

 

いくらこの世界の常識と言われようとも、魔法使いの心は腑に落ちることはなかった。逆に、心の隅では、この件について絶対に忘れてはいけないと想っていた。何故なのかは自分でも分からないが、心に留めることを誓う魔法使い。

 

「ここで考えていても仕方ないにゃ。...それよりも...なんて言って辞めればいいのにゃ...」

 

「そうだね...。せっかく仲良くなれたのにね...」

 

憂鬱になりながらも魔法使いとウィズは、オールマイトとその後継者の為に次の準備をするのであった。



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19話 緑谷出久

予め書いておきます。緑谷アンチになっております。緑谷ファンの方は申し訳ございません。○○アンチとかでタグを作りません。原作でなんでここは、こうなんだろう?と、全体的に突っ込みを入れてしまうので....。

皆々様の考えは分かりませんが、私の考えでこうなりました。それでも良ければ、どうぞ。


冷蔵庫、洗濯機、テレビ、ソファー、車のタイヤなど、どこかの誰かに使われていた物が、勝手に捨てられ、遠い国の物も海から流れ着く。ここ、多古場海浜公園は、それらの理由でゴミが大量に放置されている場所だ。そんな場所に、朝早くから少年が一人でゴミ拾いを頑張っていた。

 

もさもさした緑色の髪とそばかすが特徴的で、今まであまり運動をしてこなかったのか、動きはひょろひょろしており、重たい物を持つのに苦労をしていた。

 

そんな少年を見守る影が一つ。

骸骨の様にガリガリに痩せている金髪の男性。彼は少年の動きを観察していたが、何か思いにふけると、少年を呼び出して作業を一時中断させる。

 

「緑谷少年、ちょっとこっちに来て」

 

「はい!一体、なんの用ですか?」

 

少年は持っていた物をその場に置いて、急いで男性の側に駆け寄り、汗を拭いてから件を訊ねる。

男性は聞かれても黙っていたが、意を決すると口を重たそうに開いて話し出す。

 

「緑谷少年...。実は、君に会わせたい人物がいる...。...しかし....ウィズとレイラドル少女には....この前喧嘩別れをしたようなものだからなあ...会いづらい...。...しかも...説明はかなり難しい...けど...緑谷少年を強くするのに必要なことだし...。...ああ!価値観が違いすぎるけど!緑谷少年と仲良く出来るのだろうか!?」

 

「僕に会わせたい人物ですか?その人は一体誰ですか?...って!オールマイト!?」

 

緑谷という名の少年は骸骨の様な男性、トゥルーフォームのオールマイトの態度に首を傾げる。

オールマイトはゴニョゴニョと、口をもごつかせていた。

 

「オールマイト...。...うん?レイラドル少女...?レイラドルって...どこかで聞いたことがあるような...?...あ!思い出したぞ!他人の力を借りる"個性"を持っているヒーロー、黒猫の魔法使いの名字だ!あの人が...僕に会わせたい人?何故あの人?それは他人の力を借りる"個性"と引き継ぐ"個性"ワン・フォー・オールに共通点があるから?...正直に言って...あの人こと、苦手なんだよなあ...。なんでヒーローと敵(ヴィラン)の戦いを見てはいけないのであろうか?あそこまで怒るのことなのか?それに...あの時...ヒーローなら、なんで他のヒーローから逃げたのだろうか?しかし...あの"個性"はかなり羨ましい...。エンデヴァー並みの火力、強烈な敵の攻撃から守る盾、人を回復させたり、力を与え。敵の動きを止める...。しかも、火だけではなく、氷、雷など色々操れていたなあ...。そういえば、五枚までしか操れなかったけど、やっぱり制限があるのかな?...ああ、それでも、本当に羨ましい!あれだけあれば、幅広い選択肢があるだろうな。僕だったら...」

 

緑谷もオールマイトと同じくぶつぶつ呟くのであった。

 

 

 

「コホン...。話が大分それてしまったが、本題に入ろうか」

 

我に戻ったオールマイトは、恥ずかしそうに空咳をしてから話を切り出す。

緑谷もオールマイトに注意されて元の状態に戻る。

 

「緑谷少年、君も察しの通り、会わせたい人物は黒猫の魔法使いだ」

 

「それは引き継ぐワン・フォー・オール"個性"と、他人の力を借りる"個性"に、何か共通点があるからですよね?...それって!誰かの力であったけど、自分の力になったというところですか!?」

 

「そうさ!素晴らしい洞察力だ緑谷少年!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

憧れのヒーロー、それもNo.1のヒーローオールマイトに誉められて、緑谷は満面の笑みを浮かべる。

オールマイトも微笑ましく見ていたが、言わなければいけないことを思い出して、仕事時と同じくらい真剣な顔付きとなる。

 

「緑谷少年、率直的に問おう。君は、黒猫の魔法使いについてどう思っているんだい?」

 

真剣に問う姿に緑谷は戸惑っていた。

緑谷はなんて答えようか迷っていたが、偽りのない気持ちで答えることにする。

 

「僕は...やっぱり、正直に言って、苦手です」

 

「ほう...。それはどうしてかね?」

 

先程の様子でなんとなく分かっていたが、知らないふりをしてオールマイトは質問をする。

 

「だって...!ヒーローの活躍はいつだって、人々の心に夢と希望を与えるものなのに!それを一個人の身勝手な意見で禁止するなんて...!許せない!それに、ヒーローなら人々を守るのは当たり前なのに、守れないなんてそんなの、ヒーロー失格だ!だいたい、黒猫の魔法使いの"個性"は僕が今まで見てきた"個性"の中でも、類を見ない程強力な"個性"なのに、誰よりも強い"個性"なのに、ヒーローの仕事が全うすることが出来ないなんて.....はっきり言って...力を貸してくれる人に対して裏切っているし、情けないよ!...だったら、僕のような"無個性"にあげた方が、救いになるよ!」

 

緑谷は小さい頃からヒーローを目指していた。

だが、四歳の時に"無個性"と判明されてから、ほぼほぼヒーローの夢を諦めかけていた。それでも執着心から、ヒーローについての研究ノートを書いていた。

 

そういった影響で、緑谷はヒーローと"個性"に凄く執着心が湧いていた。

だから、ヒーローについて文句を言っていると、怒りが芽生えた。そのうえ、誰よりも強い"個性"を持っているのに弱気な意見を言うその姿は、この世界で一番って言っていい程腹が立っていた。緑谷はその思いをオールマイトに全力でぶつける。言い終えた彼の顔は、真っ赤に染め上げていた。

 

「そうか...。それが緑谷少年の正直な気持ちなんだね...。君の気持ちを知った上でも、私は、緑谷少年を強くする為に、黒猫の魔法使いと会わせるよ」

 

オールマイトの返答に緑谷は俯いて黙る。

緑谷の様子にオールマイトは心の中で溜め息をつくしか出来なかった。

 

 

 

 

オールマイトは緑谷が自分から離れる前に、弟子である緑谷の気持ちが不快にならないように、そして、黒猫の魔法使いに興味を示すような話の内容を考えていた。

この難しい問題にオールマイトは頭を抱える。

 

実は黒猫の魔法使いの考えに、全部が全部、賛同している訳ではない。オールマイトも自分の行っている仕事、ヒーローに誇りを持っているから、緑谷と同じ考えのところもある。ただ、オールマイトはとあることに疑問を感じていた。それは....

 

 

皆、大袈裟に怒りすぎていない?

 

あくまでも黒猫の魔法使いが怒っている理由は、ヒーローと敵(ヴィラン)同士の戦いを直接見に行くことで、危なくなるから怒っているだけだ。市民も守れないって言ったのも、わざわざ危ないところに行くから文句を言ったのであって、怪我をしていたり、怖がってパニックになったりとか、そういった時には文句は一ミリたりとも出ないし、自分よりも強い人がいることを知っているからこそ慎重になって言っているだけである。

 

(緑谷少年とレイラドル少女は、明らかに相性が良くなさそうだなあ...。けど、私の引退は近い。それに...私の"個性"ワン・フォー・オール並みに強い黒い怪物、因縁のオール・フォー・ワンとの決着がつかない限り。そして、この世界の平和の為に!異世界の体験談は必要だ!悪いが緑谷少年。その気持ちを我慢してくれ...)

 

「緑谷少年...君の気持ちはこっちが痛くなる程伝わったよ。だけど、君が強くなるには彼女達の力が必要だ!...この経験も、これからのヒーロー活動で絶対に!役に立つだろう!だから、頑張るのだ少年!...それと...彼女達と話す時は、”今までの常識を捨てなさい”でないと...頭がついていけないぞ!」

 

オールマイトは熱く語ったが、緑谷の反応は何も変わっていなかった。それでもオールマイトは話を続けようとするが、緑谷から「僕....作業に戻りますね....」と、暗い返事を一方的にされて言ってしまう。

オールマイトが引き留めようとしても、聞く耳を持たなかった。

 

結局、黒猫の魔法使いとウィズが来るまで、一言も話をできなかったのであった。

 

 

 

「おーい!」

 

緑谷の耳に黒猫のウィズの呼ぶ声が聞こえてくる。

オールマイトは嬉しそうに振り向き、緑谷は一度、魔法使いとウィズの方を見るがそっぽを向く。

 

あれから三十分は経ったけど、二人の空気は気まずいままであった。

 

「久し振りオールマイト。オールマイト、あの時の怪我は大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫さ!見ての通り!」

 

「そのガリガリな姿で大丈夫って言われても信用ないにゃ!」

 

「HAHAHA!これまた手厳しい!そんなことよりも...君達の方こそ、大丈夫だったかね?」

 

「私達は皆がいたから無事にゃ。オールマイトの方こそ大変だったにゃ。あの黒い怪物を一人で相手をしていたなんて...」

 

「私は大丈夫!何せNo.1ヒーローだからね!」

 

「けど...時間が減ってしまったにゃ...」

 

「まあ...それは仕方ない...。けど!私の時間を引き換えに!あの街は無事だった!それで良いではないか!」

 

「あまり良くないにゃ!」

 

オールマイトとウィズと黒猫の魔法使いは、久方ぶりの再開で話がどんどんと進んでいく。

その様子を緑谷は面白くなさそうに、チラチラと横目で見ていた。

 

「彼が...オールマイトの後継者?」

 

緑谷と黒猫の魔法使いの目が合う。

気まずくなった緑谷は急いで下を向く。下を向いたのいいが、相手の様子が気になった緑谷は何気なく探る。黒猫の魔法使いはこちらをじーーっと見詰めている。気分が悪くなった緑谷は心の中で愚痴る。

 

(なんだろうこの人は...。ずっと見てきて...。僕が嫌がっているのを、分かっていないのか?!黒猫の方も同じくらい見てくるし!ヒーローは人の嫌がることをしてはいけないのに!)

 

緑谷が愚痴っていてもなお、黒猫の魔法使いの観察は終わらない。

それどころか、ウィズも一緒になって観察をする。ますますイライラする緑谷。

 

「二人共、観察するのはよそうか。彼が私の後継者の緑谷出久だ..よ!?!?」

 

オールマイトが嫌がっている緑谷を気遣って、黒猫の魔法使いとウィズを止めるが、急に黒猫の魔法使いがオールマイトの胸ぐらを力いっぱいに掴む。

バブルピンク色の瞳には怒りで満ちていた。ウィズも怒っていたので、黒猫の魔法使いの行動を止めなかった。寧ろもっとやれ!と、雰囲気で助長させていた。

 

「な、なんだい!?急に!どうして、そんなに怒っているのかい!?」

 

「どうして......」

 

黒猫の魔法使いは困惑したオールマイトの声を聞いておらず、ただボソボソと呟く。

いきなりの展開に緑谷はボーッとすることしか出来なかった。黒猫の魔法使いは周囲の雰囲気を気にせず呟き続ける。

 

「どうして.........」

 

「どうして............」

 

 

「......本当にボクの記憶を見て共感したの?」

 

「う、うん!そうだ」

 

「だったら!なんで!彼を選んだの!?ボクの記憶を見ていたら、知っているよね!!身に余る力を持ったらどうなることを!!...彼を!彼を殺したいのか!!」

 

「えっ!?なんで知っているの!?訓練してから二日後に、僕の今の体では耐えられなくて、四肢が捥げ、爆散してしまうて言われたことを!」

 

「やっぱりにゃ!」

 

黒猫の魔法使いとウィズが怒っている理由を知って緑谷は、驚きのあまり口から心臓が飛び出てしまうのではないかと、勘違いする程驚く。

たじたじになったオールマイトは、なんとか黒猫の魔法使いを落ち着かせようとする。

 

「レイラドル少女にそういった経験があったから、怒ってしまう気持ちになるのをちゃんと理解しているよ。それでも私は!分かっている上で、彼に"個性"を渡すことにしたのさ!」

 

「分かっているなら!どうして!!」

 

黒猫の魔法使いは親の仇を見るような形相で睨む。

普通の人ならすぐ目をそらしても可笑しくない。だがオールマイトは、黒猫の魔法使いの視線を全部受け止める。胸ぐらを掴まれて苦しい筈なのに、何事もなかったように、優しく、子供に言い聞かせるように語り掛ける。

 

「ワン・フォー・オールは体を鍛えれば、宿主を傷付けることはないからね。私が先代からこの"個性"を受け取った時は、鍛えてあったから無傷で使えたんだ。だから...彼も鍛えれば、安全に使えるようになるさ。...ごめんね。私が電話で先に話しとけば良かったね。色々と、思うことがあったのに...」

 

「えっ!?オールマイトは初めからワン・フォー・オールを使いこなせていたのですか!?先代って、どんな人ですか!?その人も初めから使いこなせていたのですか!?」

 

置いとけぼりにされていた緑谷が訊ねる。

その様子に今度はウィズが激怒する。

 

「オールマイト!私は言ったよね?!後継者にする彼にはちゃんと話すって!彼、分からないことだらけみたいだにゃ!そんなんで、責任とか伝わらないにゃ!!」

 

「なっ!?何勝手に言っているんだよ!僕は!オールマイトがどれだけ大変なのはとか!オールマイトがどれだけ平和に貢献しているとか!僕は分かっているよ!大体!オールマイトに迷惑を掛けている君達が!責任ならなんやらを言う資格はないんだ!」

 

緑谷は大のオールマイトファンだ。

それはどのくらいかと言うと、四歳になる前からオールマイトの動画を観て、ヒーローを目指す程だ。その動画では、災害に巻き込まれた人々をオールマイトが救うものだった。恐怖でパニックに陥っている最中、オールマイトだけは高らかに笑い、人々を安心させようとするその姿は、幼い緑谷の心にずっと印象に残る程であった。

そんな尊敬していた人物で、一番初めに好きになったヒーローに文句を言う黒猫の魔法使いとウィズに、緑谷は生きてきた人生最大の怒りに、あっという間に呑まれて、緑谷自身でも出したことのない音量で叫ぶ。

 

三人の様子にストレスが溜まったオールマイトは、一旦血を吐きにどこかに行ってしまう。黒猫の魔法使いとウィズは緑谷を冷めた目付きで睨み、言いたいことを言えた緑谷は、荒く息を吐いて整えようとしながらも、黒猫の魔法使いとウィズを睨み付ける。

 

怒りに捕らわれていた三人は、オールマイトの体調の悪化にも気付けず、両者睨み合う。睨み合いでは終わらず、先にウィズが口を開く。

 

「ふ~ん...。君は分かっているって、言っているみたいだけど、全然分かっていないにゃ!」

 

「はぁああ!?何でそんなことを、勝手に決め付けるんだ!!」

 

「なら!なんで君は体を鍛えなかったのにゃ!戦うことは分かっていたなのに、なんで体を鍛えていないのにゃ!そんな貧弱な体で何が守れるのにゃ!誰も守れないどころか、自分自身すらも守れないにゃ!その状態でヒーローを目指していたら、死ぬだけにゃ!」

 

「体を鍛えたって、"無個性"だから無理なんだよ!!それに、鍛えろ鍛えろって、さっきから言っているけど!オールマイトに指導されて鍛え始めているんだから、良いじゃないか!君達には分からないだろうね!"無個性"の苦しみを!"無個性"って言うだけで、何やっても無駄って言われ!"無個性"なだけで、常に馬鹿にされる僕の気持ちを!君達なんかには分からないだろうね!特に黒猫の魔法使い!君は!類い稀な"個性を持っている!そんな君には、僕のような"無個性"の苦しみなんか分からないね!!」

 

緑谷の心の叫びに黒猫の魔法使いとウィズは呆放心していた。

そのことが更に緑谷を腹立たせる。

 

「話では聞いていたけど...。"無個性"ってそんなに苦しめられていたんだね...」

 

「黙れ!」

 

黒猫の魔法使いの同情が緑谷の神経に触る。

さっきまでは自分は関係ありませんと、呆けていた癖に!と、緑谷は生まれて初めて殺意が湧く。緑谷は怒りのままに怒鳴り続けようとしたが、黒猫の魔法使いが口を開いて中断させた。

 

「じゃあなんで君は、あの時の事件を見ていられたんだ?」

 

「えっ?あの時の事件?...って!今はその話をしていない!僕は"無個性"の苦しみを...」

 

「質問にはちゃんと答えて」

 

黒猫の魔法使いは緑谷の話を遮る。

静かな口調だったが有無を言わせない。なんとも言えない迫力に緑谷は渋々従うことにする。

 

「あの時の事件って...黒猫の魔法使いが初めてプロデビュー戦のことですか?」

 

「そうだ」

 

「理由を聞かれても...。僕はプロヒーローの活動を見るのは趣味のことだし...」

 

「随分と趣味が悪いんだね」

 

「なっ!!?なんで君にそこまで言われないといけないんだ!!」

 

「ヒーローが戦っているってことは、困っている誰かがいるということ。しかも君の場合...人質のことを気にも止めず、ボクの力にしか興味がなかった!」

 

緑谷は盲点を突かれ黙る。

黒猫の魔法使いの感情は高まり、話はヒートアップする。

 

「君はさっきから"無個性"の苦しみを知れ!と、言っていたけど、ボクから言わせれば!あの時泣いていた女の子の気持ちを考えろ!いつ死んでも可笑しくなくて!恐怖に体を震えることしかできなかった姿を!周りには人もヒーローもいるのに、助けてもらえず、ただ見ることしかしない!いくら泣いて叫んでも!君のようにお遊び感覚で見る....!君は散々"無個性"で苦しめられていたんだよね?それなのに、なんで君は、他人の痛みが分からないんだ?」

 

「女の子の苦しみを気にするどころか、興味すら持たない君は...」

 

 

 

「ヒーローに向いていない」

 

「........ッ!?」

 

静かに告げる黒猫の魔法使い。

反論したいのに言葉が出ない緑谷。

 

(僕は...オールマイトに認められたのに!ヒーローに向いていない!?オールマイトは......僕の行動はヒーローに向いているって認めてくれたのに!?...なんで、デビューをして間もない奴が、僕を否定してくるんだ?!皆を不愉快にさせている、こいつが...!!許さ...)

 

「待て待て!ストッーーーーープ!!」

 

緑谷が暗い感情に堕ちている時に、やっとオールマイトが戻ってくる。

オールマイトの登場で場が少し収まる。

 

「君達、喧嘩は駄目だ!」

 

「でも!こいつは!こいつだけは!」

 

「緑谷少年!ここは少し気持ちを落ち着かせなさい!レイラドル少女!ウィズ!先に彼と話したいのだが、良いかね?」

 

黒猫の魔法使いとウィズは黙って首を縦に振る。

オールマイトは、緑谷と同じ目線の高さまで腰を下げて向き合う。その姿に少しは緑谷の怒りが収まる。

 

「良いかね?緑谷少年。レイラドル少女とウィズは...実は...異世界から来たんだ」

 

「...........................はい?」

 

驚きのカミングアウトに、緑谷の怒りは遥か彼方まで飛んでいく。

困惑が彼の頭の働きを鈍くする。

 

「...えっ?異世界って......」

 

「緑谷少年が驚くのも凄く分かる!しかし私は、彼女の記憶を見たんだ」

 

「記憶を...?」

 

「そう記憶を。記憶に関する"個性"を持っている人物を経由して知ったんだ。そこで私は驚愕の事実を知る!なんと彼女は!"無個性"だ!」

 

「えーーーーーーーーーーーー!!!?黒猫の魔法使いが”無個性”!?!?」

 

緑谷の大絶叫が空に広がる。

オールマイトと黒猫の魔法使いは耳を塞ぎ、ウィズは文句を言い、近場にいた鳩は逃げるように飛び立つ。幸いにして、この近くに他の人がいなかったから、聞かれることはなかった。

 

「そう!レイラドル少女、通称黒猫の魔法使いは、異世界クエス=アリアスから来た魔法使いだ!彼女の力は"個性"ではなく、魔法」

 

「"個性"ではなく...魔法?」

 

「そう魔法!」

 

「...クエス=アリアスの魔法は、どんな魔法なんですか?」

 

憧れのオールマイトが認めていたことにより、緑谷はなんの疑問を感じずに、黒猫の魔法使いとウィズが異世界から来た存在だと受け入れる。

認めたことで好奇心が芽生えた緑谷は尋ねる。今までオールマイトが答えていたが、魔法に一番詳しいウィズが代わりに答える。

 

「クエス=アリアスの魔法...それは...108の異界の住む人達ー精霊から、力を借りる魔法にゃ」

 

「108って...異世界って...そんなにあるのですね...。そっかあ...魔法かあ...。だから"個性"と違って、なんでもできるのかあ...。本当に羨ましい...。...うん?ちょっと待ってよ!なんで僕の体が爆散することと、クエス=アリアスの魔法に、なんの関係があるんだ!」

 

「ちゃんと関係あるにゃ。魔法も、自分のレベル以上のものを使うと...召喚した先の化け物に喰われたり、人間から異形の姿に成り果てるにゃ。...クエス=アリアスだけではない。他の世界でもそうだったにゃ」

 

「だから、彼女達は怒っていたんだ。緑谷少年の身を心配してね。本当に私が先にちゃんと説明をしておけば、喧嘩にならずにすんでいたんだ。緑谷少年、彼女達を受け入れてくれるかい?」

 

事情を知った緑谷はいたたまれなくなる。

喧嘩の原因が自分の身を案じていただけだったことに。緑谷は素直に謝ることにする。

 

「そ、その!色々と言い過ぎてごめんなさい!」

 

緑谷は勢いよく頭を下げる。

その様子に黒猫の魔法使いとウィズはたじろぎ、オールマイトはほっと胸を撫で下ろす。もうこれで喧嘩しなくて済むのだと。

 

「だから......」

 

 

「黒猫の魔法使いとウィズの考え方が可笑しかったのですね」

 

「「...えっ?」」

 

「あ...!違います!違います!考え方が可笑しいって言うのは、悪口ではなくて!異世界から来たから、仕方のないことだったなあっと!」

 

緑谷の変な言い方に、黒猫の魔法使いとウィズは驚く。緑谷は気分を悪くさせたと、勘違いをして弁解をする。雲行きが怪しくなっていく。

 

「だって!ヒーローの格好良さが全然分かっていなかったじゃないですか!」

 

「.....」

 

「ヒーローはね凄く格好良いんだよ!敵(ヴィラン)に勇敢に立ち向かう姿は、人々の心に勇気を与えて!ヒーローが勝つ姿は希望を与えてくれる!だってそうでしょ。悪は負けて、正義が勝つから、人々は真っ直ぐと前に歩ける。皆の憧れの職業!しかし...魔法は良いね!ヒーロー向けの力で!僕は"無個性"だったから、ヒーローになれなくて、ずっと...諦め気味だったんだ。でも!オールマイトに出会えたから、やっとヒーローになれた!だけど...君が羨ましいんだ!」

 

「羨ましい?」

 

「そうなんだよ!それだけ強い力があれば!絶対に勝てるじゃないか!」

 

「勝てる?自分よりも強い人間は結構いるよ」

 

「えっ?そうなんですか!?とても強い力なのに!?」

 

「うん負けるよ。...ところで、なんで君はヒーローに成りたいの?」

 

「僕がヒーローになりたい理由?それは...僕が"無個性"だったから...。黒猫の魔法使いは知らないと思うけど...この世界は"無個性"だけで馬鹿にされます。だから...人を助けている姿を見て、凄く格好良いと思ったのです。僕もそんな風になりたくて、ヒーローを目指しています」

 

黒猫の魔法使いの問に緑谷は想いを込めて語る。

黒猫の魔法使いとウィズはそんな緑谷を...

 

 

 

先程以上の冷たい目付きで見詰めていた。

 

「えっ..........?」

 

あまりの変わりように緑谷はたじろく。

自分が何か変なことを言ってしまったのか?でも、相手は異世界人だから考え方はあまりにも違いすぎるし...と、緑谷は考えを煮詰めている間にも、黒猫の魔法使いとウィズは、 氷山の様な冷たい雰囲気を漂わせて睨み続ける。

 

けど、ずっとは睨み続けることはなかった。黒猫の魔法使いはつまらなそうにため息を吐いた。

 

「あ、そう。それが君のヒーローになりたい理由なんだね。......今日はもう疲れたから帰っていい?」

 

「え!?今日はまだ始まったばっかりだよ!時間は短くても良いから!今日のトレーニングを付き合ってよ!ねえ!」

 

オールマイトが必死に頼み込んでいるが、黒猫の魔法使いとウィズはそれでも帰ろうとする。

必死なオールマイトは黒猫の魔法使いに肩を掴む。その瞬間...

 

「じゃあ、言い方を変えます。...とてもイライラしているので、頭を冷やしに帰ります!」

 

そう言って黒猫の魔法使いはウィズを連れて帰っていく。

緑谷とオールマイトは蔑んだ目付きで睨み付ける。

 

彼らはそのことを、一生忘れることはなかったのであった。




次の話でオリ主視点の話を書きたいと思います。

こんな文なのですが、気になった方は次もよろしくお願いいたします。


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20話 誓い

「はあ...」

 

昨日は散々であった。

オールマイトが後継者を選んだと聞いて、キキは変装をする時間を惜しんで、急いでウィズを連れて目的の場所に走って行ったのに、後継者となる人物はがっかりもんであった。

 

始めはこの少年に見覚えがあるような...という曖昧な感覚だった。

曖昧な感覚に釣られて、少年が不快に感じる程見詰めてしまう。少年が不快に感じようが、悪いと思いながらも思い出したかったし、どうしても確認をしたかった。それは彼がオールマイトから与えられる"個性"に耐えられるかどうか。

 

何度見ても、彼の体は貧弱で耐えられそうにはなかった。

実は見た目と力強さが必ずしも比例する訳ではない。

他の世界の話だが、自分よりも華奢な体型の人が、自分が持てない重たい物を軽々と持ったり、辺りを破壊尽くす程の力を持っていたりすることはある。だから少年にも見た目が貧弱なだけだと思いたかったが...

 

駄目だった。

見た目通りの人であり、少年からは、そういった人達特有の覇気などの力強い雰囲気を感じることはなかった。やっぱり見た目通りの人と思ったキキとウィズは怒りに支配され、感情の流れのままオールマイトを問い詰める。あの時の怒りは身を焼き付くす程だった。

 

キキとウィズが怒るのには理由があった。

キキが使う精霊魔法。普段何気なく使っているあれも、自分のレベルに合ったものを使わなければ、召喚された先のものに殺されたり、異形の怪物に成り果てる。他の魔道士が力に溺れて、そのような結末を迎えたところをもう何度も見た。

その度にキキが倒す。元人間であっても。この話は何もクエス=アリアスだけではい。他の世界でも同じようなことが起きている。だから身に余る力は危険でしかないことを痛感をし、オールマイトにも、こっちがどんな気持ちで戦ったのか!とか、人の命を舐めているの!?と手が出そうになってしまった。

 

まあ、事情を聞けば、ワン・フォー・オールは体を鍛えれば宿主を傷付けないと聞いた。

それはそれでキキとウィズからすれば、随分と都合の良い"個性"だと感じた。強力な力を手に入れるのには厳しい条件があったり、選ばれたほんの一部の素質持ちぐらいだったりとする。とは言え、この点の話はこの世界では例外だったと言うことで終わらせることは出来るのだが......

 

しかし、まだ問題はあった。それはオールマイトがちゃんと彼にワン・フォー・オールについて、話をしていなかったことだ。

 

クエス=アリアスの精霊魔法のように、素質と魔力があれば誰でも出来るならともかく、世界で一つだけの力でありながら、世界トップクラスを誇る程の強烈な力である。

しかも、因縁のAFOとの決着がまだ終わっていないと聞いている。自分が信用して選んだのだから、話すべきものであり、話さなければ、もし何かあった際に何も対処が出来なくなる。......と言うか...これから訓練をするのに、教えるヒントになる筈の先代のことすら教えないことにキキとウィズは疑問を抱いて頭を抱える。信用した相手ぐらい話をしてあげなよと。

 

そんなこんなでオールマイトに怒っている内に、今度は何故か緑谷が怒り出しまった。

キキとウィズが呆然気味に話を聞いているうちに気が付く、緑谷はオールマイトに怒鳴ったことで怒っていたのだ。師匠を想う気持ちで、キキは何処となく緑谷とシンパシーを感じる。しかし、緑谷のこの後の発言でシンパシーに感じたことを後悔する。

 

"オールマイトに迷惑を掛けている君達が"

 

この言葉はキキとウィズの心を大きく抉る。

好きで迷惑を掛けている訳ではない。キキとウィズからしてみれば、こちら側が完全な被害者だ。ヒーローとして頑張っていても、軽い被害ですれ違いざまに悪口、酷い時は罵倒やゴミが飛んでくる。更に自分が住んでいるだけで関係のない児童養護施設にも被害が飛び、子供達は外で虐められ、大人達も嫌がらせを受ける。そんな仕打ちがあったキキとウィズは緑谷の発言に怒り狂う。

 

キキとウィズは怒っている最中に、緑谷がこの世界で初めての戦闘を見ていたことを思い出す。

彼はあの時、泣いている女の子を目もくれず、魔法にしか興味がなかった。本当にヒーローに成りたい人であれば、未知の力に興味を持たず、目の前の苦しんでいる人にしか目が行かない筈だ。彼があの時の事件の傍観者だと気が付いたキキとウィズの怒りは天まで上がる勢いとなる。

 

ヒーローとは苦しんでいる人に親身になって寄り添う者。アレイシアが行動でそう教えてくれた。それに対して緑谷は......最低最悪だった。

 

苦しんでいる人を無視するヒーローはいらない。

そもそも、憧れのヒーローを目指さなくなる程酷い目にあったのに、他人の痛みや悲しみや苦しみに興味ないって酷すぎる。

結局彼は力を思い切り振り回しだけの、憧れただけの、力に溺れた人に過ぎない。唯一の幸いは憧れのヒーローになって、人助けをする気持ちがあること。でも彼の場合は...皮だけのヒーローにしか成れないだろう。何故ならば......

 

 

人を助けたい、救いたいと言う言葉が一言も出なかったからだ。

その言葉が緑谷自身の言葉として出ない限り、彼は本物のヒーローに成れないだろうとキキとウィズは強く思っていた。そして...そんな彼を選んだオールマイトの評価は地に堕ちた。師匠としてすべき説明はしないし、何よりもどうして緑谷を選んだのかが分からない。いくら事前に、誰かを助けに行ったと聞いたとしても、ここまで酷いと信じられなくなる。

 

本当は彼らとはもうあまり会いたくないレベルだ。

けど、後継者を一緒に鍛えると約束してしまったから。それに...

 

ウィズとあることを決めたからには、行かなければならないのだ。

頬を叩いて気持ちを切り替え支度を始める。

 

顔を洗い、歯を磨いて、寝巻きから青いジャージに着替える。着替え終えると、世間にバレないように変装の支度を始める。バブルピンク色の髪の毛は金髪のカツラで隠して、髪と同じ色の瞳もカラコンで青い瞳に変える。

 

「...よし!」

 

声をいつもより甲高くして確認をする。

キキは仕上がりに満足すると、ポケットにカードを入れて、ウィズをペット用の持ち運びバックに入ってもらって、準備を終らせて目的の場所に向かうのであった。

 

 

 

空は雲一つもない晴天。

海はゴミで見えないが波の音が聞こえ、カモメが空を飛んでいる。昨日と何も変わらない多古場海浜公園に辿り着く。

 

「ウッ....!!うぬぬぬぬ!!」

 

変な叫び声を上げて粗大ごみを運ぶ緑谷。

 

(...こうして見ると、頑張っている少年にしか見えないのに...。何が彼をあそこまで歪ませたのか...。"無個性"はそんなに悪いこと?何やっても否定されるとはどういうことだ?私生活では"個性"を使ってはいけない筈だから...普通に生きていれば、"個性"持ちも"無個性"もなんにも関係ない筈なのに...)

 

キキが緑谷を思い思い眺めていると、誰かが自分のことを見ていることに気が付く。

キキは知っている相手だったから、後ろを振り向かずに話し掛ける。

 

「...オールマイト、隠れて見ていることは分かっているよ。普通に出てくれば?」

 

キキがそう言ってもオールマイトは出て来ない。

やはり昨日の件でかなり気になっているみたいだ。何度か空咳をしていたり、頬を叩く音が聞こえてくる。やがてトゥルーフォームのオールマイトが姿を現す。

 

「や、やあ!レイラドル少女!いや、今の君は、レイチェル少女だったね!えっと!...昨日は...!」

 

「緊張しなくてもいいよ」

 

「そ、そう!?まあ、その方がありがたい」

 

動きが挙動不審のオールマイト。

彼は一安心して頭を掻いている。でもホッとしてられるのもわずかの間だけだった。

 

「単刀直入に言う。なんでオールマイトは彼を選んだの?」

 

オールマイトの動きがピタッと止まる。

ずっと動きが止まったままのオールマイトを、キキは何も言わずに見詰め続け、ウィズも鞄の隙間から様子を伺う。

 

風が彼らの体を撫でるように通りすぎて、何匹かのカモメが見守るように近くに下り立つ。

オールマイトはゆっくりと深呼吸をしてから、キキと真正面で向かい合う。

 

 

「最初に言った通り、彼が困っている人を助けに行ったからさ!」

 

オールマイトはいつもの笑顔で答える。

その回答にキキとウィズに変化は起きない。その様子にオールマイトは二人はまだ怒っていると思って焦ったが、内心を出さないように冷静を装う。キキとウィズが一番怒っているところを共感しながら語り出す。

 

「確かに彼はまあ..."個性"飢えているね。けどね...それは仕方のないことなんだ」

 

「仕方のないこと?」

 

「そう、仕方のないことだ。....私も昔は"無個性"だったからね。彼の気持ちがよく分かるんだ」

 

「そうなんだ」

 

「驚かないの!?なんで?!」

 

オールマイトの告白にもキキとウィズの様子は変わらない。

その様子にオールマイトは変なポーズになる程驚いていた。あまりにも変なポーズにキキとウィズの目が一瞬見開くが、持ち直したキキは苦笑いしながら応える。

 

「なんて言うか...。オールマイトの過去はそんなに興味がなかったから言われても、へぇー、そうなんだ。ぐらいにしか思わなかった。....もしかして、ワン・フォー・オールを受け継ぐことを出来るのは"無個性だけ?」

 

「いや...。そうでもない...。先代は"個性を持っていた。"無個性""個性"持ちも関係ないな」

 

「そうなんだ。...じゃあ...オールマイトも昔は..."無個性"で虐められていた?」

 

キキは相手の嫌な過去に触れる為、気まずそうな顔付きになる。

だけど、どうしても聞きたかったので、真剣な表情でオールマイトを見詰める。オールマイトは自分を気遣う姿に優しく微笑む。けど過去のことを思い出して、眉をひそめる。

 

「そうだね...。緑谷少年みたいに追い詰められる程じゃないけど...私もヒーローへの道を進んでいた時は、よく否定されていたなあ...」

 

「だったら!」

 

キキが反論しようとしていたが、オールマイトは言いたいことは分かっていたのでスルーをして話を進める。

 

「否定されて悲しかったけど、私は、否定してきた人達の意見に同意している。特にヒーローとして活動をしてから、よく痛感しているよ。...この世界の"無個性"は、他の世界の"無個性"のように強くはない。だから...一回目の緑谷少年に否定したことは正しいと思っている。だけどね...緑谷少年は...」

 

 

 

「力がないって否定されても!困っている人を助けに行く姿は!あの場にいる誰よりもヒーローだった!」

 

 

「追い詰められた後でさえも、誰かを救いに行ったから、彼が相応しいと認めたのだにゃ?」

 

ずっと黙っていたウィズが口を開く。

急に話し出してオールマイトはびっくりしていたが、直ぐ様切り替え直して元の状態に戻す。

 

「そうだ!」

 

「そうなのにゃ。...今度は...彼...出久と話してみたいにゃ。それぐらいの時間を使っても構わないよね?」

 

「構わないが....」

 

「なら、決まりにゃ!行くにゃ!」

 

「えっ!?ちょっと!」

 

ウィズはさっさと緑谷の元に向かう。

キキはウィズの後を黙って着いていく。オールマイトは彼女達の後を慌てて追い掛けた。

 

 

 

「え、えええっ!?な、なんで!?僕の名前を知っているのですか?!」

 

変装したキキにいきなり声を掛けられて、運んでいた物をその場に落としてしまう程慌てる緑谷。

他人と話すのが苦手なのか、目線は関係ないところを見ており、顔を大きな動きで右左を交互に向いていた。それでも落ち着かなくて、指と指を絡ませたり指をいじっている。虐めている訳でもないのに酷い状態なった緑谷を見て、いたたまれなくなったキキは、声を元の状態に出来るだけ早く戻して話し出す。

 

「ボクは黒猫の魔法使いのキキ・レイラドルだよ。今はバレないように変装をしてこの姿になっているだけだよ」

 

「へ...変装...?」

 

「そう変装。だから、今のボクのことはレイチェルと呼んでね」

 

「な、名前呼び!?」

 

「そうだよ。それがどうかした?」

 

名前で呼んでと言った途端、緑谷の様子が更に可笑しくなる。

何故名前を呼ぶことになっただけで、こんなにも慌てるのだろう?とキキが首を傾げていると、ウィズが代わりに話を進める。

 

「何をそんなに戸惑っているにゃ?」

 

「だ、だって!僕は今まで!女性と碌に話したことがないんだよ!それなのに!いきなり名前呼びからなんて...」

 

「名前を呼ぶのだけなのに...。そんなに照れることかにゃ?」

 

「照れるよ!!」

 

「じゃあ...なんて呼べば良いのかにゃ...?」

 

呆れたウィズが疲れたそうに聞く。

緑谷は指をもじもじさせながら要望を言う。

 

「え、えっと...。名字は...名字はありませんか...?」

 

「名字?名字は作っていなかった。せっかくだから、作っておくか...。名字は...オールでいいや」

 

「オール...。なんだかワン・フォー・オールを思い出します」

 

この頃聞き覚えのある単語に首を傾げる緑谷。

キキは何ともないように笑顔で応える。

 

「だって、君のことを見ていたら、ワン・フォー・オールを思い出してね。そこから名字にしたからね」

 

「えっ!?そんな理由!?ま、まあ...バレなきゃいいや...」

 

オールマイト的には嫌そうだったが、特に反論せずオールを名字として認めるのであった。

気が引き締まらない空気だったが、ウィズの質問で場は空気が一変とする。

 

「君は...出久は..."無個性"だったことで、どれだけ虐められていたのにゃ?」

 

ウィズの質問に緑谷の眉をひそめる。

ただ昨日みたく怒っているのではなく、嫌なことを思い出して不愉快になっているだけであった。

 

「答えないと...いけないのですか?あまり...思い出したくないのですが...」

 

「そうだね....。辛いのは分かるにゃ....。けど!これから、ヒーローとして活動していく上で、大事なことなるのにゃ!」

 

「ヒーローとして?」

 

「そう、ヒーローとしてにゃ」

 

「僕の過去とヒーロー...。一体なんの関係があるのですか?」

 

「それは今は言えないにゃ。ただ、質問に答えれば自ずと答えは出るにゃ」

 

「質問に答えるだけで?」

 

「そうだにゃ」

 

ウィズとのやり取りで緑谷は理解していないものの、ちゃんと応えようと思い、目を閉じて考えをまとめ始める。

二分間程考えた後にゆっくりと語り出す。

 

「僕が虐められ始めたのは五歳の時だった」

 

「四歳の時!?中々酷いにゃ!と言うか、今は何歳なのにゃ?」

 

「今は十五歳です」

 

「十五歳と言うことは....十年間も!そんなに酷かったの!?」

 

驚きを隠せない一同。

特にキキとウィズはすぐに声に出る程であった。緑谷は苦笑いしながら様子を見ていた。

 

「まあね...。僕の場合は"無個性"だけではなくて、何やっても出来なかったから....」

 

「そんなの理由にならない!何も出来ないから...虐めるって...酷すぎる!」

 

突然話し出し拳を握るキキに緑谷はビクッとする。

怯えながらも笑みが消えてなかった。

 

「そんな風に...怒ってくれるなんて...初めてだ...」

 

怒ってくれている彼女達の姿を見て、緑谷は涙を浮かべて呟く。

そんな緑谷を見かねてオールマイトは気にかける。

 

「緑谷少年...君の辛さはよく伝わったよ。だから...」

 

「オールマイト、話を続けさせてください」

 

「良いのかい?緑谷少年」

 

「はい!大丈夫です!」

 

緑谷はオールマイトの気遣いをあえて無視して話を続ける。緑谷の中でキキとウィズの好感度がかなり上がったからだ。

 

「僕はずっと...ヒーローになりたかっただけなのに...かっちゃん達に馬鹿にされて虐められていて...」

 

「...かっちゃん?君は友達に虐められているのにゃ?」

 

「いや...友達じゃなくて...。幼馴染みというか...腐れ縁みたいなものなんだ」

 

「そうなんだ」

 

「で...話を元に戻すけど、最近進路志望で雄英のヒーロー科に受けようとしたことがバレてね...」

 

「なんで雄英に受けたらいけないの?」

 

雄英と言う単語にキキは引っ掛かりを感じたが、取り敢えず今は質問をせずに話を進める。

 

「そりゃあ、雄英が日本で一番のヒーロー高だからね!有名なヒーロー皆、雄英高校出身なんだ。例えばNo.1よオールマイト、No.2のエンデヴァー、ベストジーニアスを八年間受賞したベストジーニスト...他にも有名なヒーローがたくさんいるんだ!」

 

「それと雄英を受けてはいけないことは何か関係あるの?」

 

「要はヒーローを目指すだけでも生意気なのに、有名な学校を受けようとすることは、もっと生意気な奴だと、思われてしまったということにゃ」

 

理解していないキキに説明するウィズ。

その説明に緑谷は大きく首を縦に振る。

 

「そんなの個人の勝手なのに...。...ところで、なんで出久が雄英に受けることはバレたの?」

 

「それは...担任が皆の前で...バラしたから...」

 

「「「.........えっ....?」」」

 

思いもよらなかった答えにキキとウィズとオールマイトは呆ける。

自分が責められた訳ではないのに、緑谷は恥ずかしそうに頭を掻きながら語る。

 

「ぼ、僕だけではなくて、皆の進路志望の紙をばらまいたんだ...。皆、ヒーロー科だよねって言って...」

 

「...学校というのを詳しくは知らないけど...そんなのありなの?」

 

「いや、駄目だから!」

 

首を傾げるキキに必死に否定するオールマイト。

緑谷は困ったような笑みを浮かべることしか出来なかった。

 

「それで..."無個性"は無理だろ。とか、勉強が出来ても意味はない。とか...クラスの皆に馬鹿にされて...」

 

「そうなんだ...。...!?ちょっと待って!」

 

「はっはい?!...近い...!!」

 

悲しそうにしていたキキだが、何か思い付いて緑谷に詰め寄る。

女性慣れしていない緑谷は、顔を真っ赤に染めてそっぽを向く。

 

「どうかしたのかね?レイチェル少女」

 

困っている緑谷を助ける為、オールマイトがキキに話し掛ける。

キキは緑谷の様子を気にも留めず話を続ける。

 

「クラス全員、ヒーロー目指しているのだよね?!」

 

「う、うん!そうだけど...」

 

緑谷が返事をすると、うんざりしたキキは溜め息を吐き捨てる。

緑谷はビクッと怖がっていたが、怒っているキキは気にする余裕なんてなかった。

 

「せっかくヒーローを好きになってきたのに...これではまた嫌いになりそうだ...」

 

「....えっ?なんで!いきなりそんなことを言うのですか!?」

 

信じられないと緑谷は思わず叫ぶ。

キキはゆっくりと息を吸い込んで、目を閉じて気を落ち着かせる。気持ちを落ち着かせたキキは、目をカッと開いて言い聞かせるように話し出す。

 

「ヒーローはね!困っている人、苦しんでいる人、悲しんでいる人を助ける人なんだ!」

 

「なんですか...急に...。そんなこと、言われなくても分かっていますよ...」

 

「君のクラスメイト...ヒーローにはなってはいけない人達だ!」

 

「えっ?なんですか?」

 

キキの話に着いていけない緑谷とオールマイトは首を傾げる。

ウィズだけは頷いて同意をする。分かっていない二人に、キキはがっかりして様子を隠さず大袈裟にため息を吐いた。

 

「ヒーローは...人を救うのが目的だよね?」

 

「はい...そうですけど...」

 

戸惑いながらも応える緑谷。

緑谷の同意を聞いたキキは、キッと二人を睨み付けて言う。

 

「人を傷付け、差別をする。...そんな人達が、ヒーローになってはいけない筈だ!」

 

「でも....!"無個性"のまま、ヒーロー目指すなんて無茶なことだし...」

 

「馬鹿にすることはいけないが...否定されるのは仕方のないことだ」

 

「その考えが気に食わない!」

 

散々傷つけられてきたのに、世間の考えに納得をしている緑谷。オールマイトも緑谷と同じ意見だ。

そんな二人を気に食わなかったキキは指を指す。彼らがドキッとして話せなくなったうちに、キキは一気に畳み掛ける。

 

「例えオールマイトの言う通り...この世界の"無個性"はヒーローに成れないのかもしれない。...けど!"無個性"を馬鹿にして良い理由は一つも存在しない!この世界では、ヒーローに成れない"無個性"は、欠陥品なのか!?それは違う!こんな下らない考えを壊そうとは思わないの?!」

 

「僕だって!変えたいよ!...けど!それが常識だから...!オールさんには...分からないと思うけど....」

 

「ふざけるな!」

 

ウジウジした緑谷の態度に腹が立ったキキは叫ぶ。

緑谷がどんなに苦しい状態になっていても、この考えを譲れないキキは止まらない。

 

「その価値観でどれだけの人が苦しんでいると思っているの?!..."無個性"だけじゃない!道を間違えてしまってやり直そうとしている人でさえも!酷い目に遭っているんだよ!それにまだ、話の段階で始まってもいないのに出来ないと決め付けるのは速い!」

 

「でも!どうやって!!」

 

まだ納得をしていない緑谷は疑問を問いかける。

 

「今からその方法を考える為にこの場に来たのだよ。昨日あれだけ言い合ったのに、ノコノコ来るのは何か可笑しいと思わないの?...後、ウィズが質問した意味は分かる?」

 

あれだけ嫌な気分になったキキとウィズが来た理由は、この世界のいかれた常識を壊す為に、緑谷とオールマイトにも手伝ってもらおうと、昨日家に帰ってから話し合いで決めたからだ。そう決めていなかったら、もう二度と会いたくない程怒っていた。

 

「そ、それは...」

 

問い詰めるキキに、おっかなびっくりな様子で首を横に振る緑谷。

今までの様子を呆れながら見ていたウィズは、キキと同じく溜め息を吐いてから答える。

 

「全く...君は...。あれだけ苦しめられていて、よくこの考えに納得出来るもんだにゃ。...まあ、色々言いたいことがあるけど、今は置いておくにゃ。過去を振り返って嫌な気分になった筈だにゃ。オールマイトにも気を遣われていたしにゃ。...で、君は、君のように苦しめられた人を、救いたいと思わないのにゃ?」

 

「それは...でも、そんな方法があるのですか?」

 

「今は方法よりも、君の気持ちを聞いているのにゃ。方法はその後にゃ」

 

ウィズに聞かれて緑谷は俯いて考える。

キキとウィズとオールマイトに見守られる中、必死に考えて決意を決めようとする緑谷。波が何十回、何百回の寄せては返すを繰り返した後に、緑谷は拳を握って決意を固める。

 

「変えられるのなら....変えたいです!」

 

緑谷の決意にオールマイトは、腰が抜かりそうになる程驚く。

 

「み、緑谷少年...」

 

オールマイトがここまで驚くのは仕方のないことだ。

そもそも常識を疑うこと自体かなり難しい上、常識に歯向かうだけで敵を作ることになる。例え何も悪いことをしてなくても。しかも緑谷は、キキとウィズと違ってこの世界から出ることは出来ない。それ故に常識に歯向かったことで、これから独りぼっちになってしまう可能性だってあるのだ。

 

 

今は...それでも...

 

立ち向かうことを誓った。

 

「HA...HAHAHAHA!!若いのは良いね!大きな壁に立ち向かう姿は....うん!とても格好いいよ!道はとても険しくなるけれど、私も出来るだけ手伝うよ!」

 

「オールマイト!」

 

緑谷の決意に心動かされたオールマイトは、マッスルフォームに変身して、地平線まで響くような笑い声で手伝うことを宣言をする。

オールマイトも手伝うと言う宣言に、緑谷は泣いて喜ぶ。

 

「じゃあ決まりね。これから宜しくね」

 

「こちらこそ、宜しくお願いします!」

 

笑顔で握手を求めるキキに緑谷も笑顔で応える。

 

 

「あっ...でも...常識に歯向かうって、どうやってやるのだろうか?ただ訴えるだけで伝わるのだろうか?オールマイトはともかく...僕やオールさんの話を聞いてくれる人はいるのだろうか?どうやって話を聞かせるようにするのかな?被害に遭っていた僕でさえも、中々共感を得なかったからなあ...。満足している人どころか、普通に生活している人でさえも、不可能に近いぞ!」

 

緑谷のいつものブツブツ呟く癖が始まる。その様子に先程まで笑顔であったキキとウィズも引き気味だ。

だが、険悪で終った昨日とは違い今は、穏やかな空気が流れ、仲良くなった彼らを祝福するかのように太陽が彼らを照らす。

 

異世界から黒猫と魔法使いがやって来て、無力だった少年はこの世界に問題を知る。問題を知った無力な少年はが、この世に抗い、最高のヒーローを目指す物語の幕が上がる。



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21話 訓練開始

誤字報告をしていただき、誠にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。


「さてと...話が終ったのなら、訓練を始めないとね!準備は良いか?緑谷少年!」

 

「はい!いつでもいけます!」

 

トゥルーフォームに戻ったオールマイトは、訓練を始めようと声を掛け、緑谷は元気よく返事をする。

返事に満足したオールマイトは緑谷を連れて訓練に戻ろうとしたが、他にも話があったウィズに止められる。

 

「待つにゃ。訓練するなら私達にも内容を教えてほしいにゃ」

 

「ああ!そうだね、ごめんごめん。この紙に内容を書いてあるから...」

 

オールマイトは懐から紙を取り出す。キキが受け取り、ウィズが割り込むように覗き込む。

白い紙には、どのトレーニングをいつやるのか、筋肉を作る為の食事メニューなど細かく書かれていた。

一見して特になんも問題はなさそうだが、ウィズとキキはとあることで怪訝な顔になる。

 

「オールマイト、ちょっと気になることがあるにゃ」

 

「なんだい?」

 

仲直りしたとはいえ、キキとウィズに怪訝な顔をしたり怒ったりすると、少し内心がヒヤヒヤするオールマイト。多少トラウマになってしまっていた。けど、そのことに気が付いていないウィズは遠慮なしに言う。

 

「十ヶ月分しか書いていないけど...。この後から一気に内容が変わるのかにゃ?」

 

「あー...それはね...。雄英の入試があるからね」

 

「だからなんだっていうにゃ?」

 

「いや、雄英の入試は敵と戦わないといけなくてね」

 

「それでも力の継承はまだ早すぎると思うにゃ。最低でも一年以上は訓練しないとダメにゃ。...と言うか、雄英の入試って、力を継承させないといけない程、危ないものなのにゃ?」

 

「危なくは...ないよ一応は...。だが、"個性"がないと、合格はできない!だから緑谷少年には、雄英の入試前には私の"個性"を引き継いでほしいんだ!」

 

かなり言い淀むオールマイトだったが、迷いを吹き飛ばすかのように大声で語り出す。

その様子を緑谷は目をキラキラと輝かせながら見ており、キキとウィズは呆れていた。

 

「言い淀んでいる時点で説得力はないにゃ!」

 

「"個性"がないと合格出来ないとはどういうこと?雄英の入試は一体何と戦わせるの?」

 

キキはオールマイトに尋ねるが、銅像のように固まって黙っていた。

疑い始めたキキはオールマイトを観察してみたところ、答えを知らないのではなく、答えを言えないだけであった。思い耽る様子はなく、ただ固まっているだけだった。

 

「オールマイト、答え知っているよね?なんで答えられないの?」

 

「......」

 

「...オールマイト?」

 

キキはあからさまに疑うような目線で探り、緑谷は心配の眼差しを送る。

二人の目線にオールマイトは真っ向から迎えるが、彫りの深い笑みに一筋の汗が流れる。終には耐えきれなくなって、溜め息をついて話し出した。

 

「まあ...。雄英の入試で何をやったかということは覚えているさ。...けど!君達の質問には、答えることは出来ない!だって、緑谷少年が私の弟子だからって、教えるのは狡いと思わないかい?」

 

「それはそうだけど...」

 

「一人だけ答えを教えるのは確かに狡いかもね」

 

オールマイトの応えに緑谷はしゅんと項垂れて、キキは納得をする。ただウィズだけは違った。

 

「それはそうだにゃ。だけど、私達の他にも教えてもらおうと尋ねる人はいる筈にゃ。尋ねられた人の中には、答えを教えてくれる人がいるかもしれないにゃ。もしそれで、入試の内容を知っている人は現れたら、どうするにゃ?その人はずるをしたということになるけど、その時はどう対応するにゃ?」

 

「え、えっ?それは...」

 

いきなりの展開に着いていけないオールマイト。

あたふたして気が動転しているうちに、ウィズは追撃をして更に追い込む。

 

「事前に情報を収集するのも大事なことだにゃ。ヒーローだって、これから戦う敵(ヴィラン)のことくらい調べるよね?」

 

「まあ...そうだけど...」

 

「だったら、入試の内容くらい知ろうとするのは当たり前のことだよね?逆に、知ってそうな人に聞かなければいけないと、思わないかにゃ?」

 

「君の言っていることは何も間違ってはいないけれど、入試の内容を教えるのって、場合によっては、罪に問われることもあるんだよ」

 

「えっ...?」

 

「嘘!?」

 

「にゃにゃ!?」

 

オールマイトの衝撃的な発言に、三人の口は閉じることさえ出来なかった。

阿保面になっている三人の顔を見てオールマイトは、失礼だと分かっていても笑いそうになってしまい、一旦ゴミ山の隙間から見える海を見て、気持ちを落ち着かせる。気持ちを落ち着かせると顎に手を当てて、過去にあった事件を思い出しながら語る。

 

「これは..."個性"が発現する前の話。中学生の少年がとある名門校に合格を目指す為、塾に通っていたのだが...。その塾の講師が名門校の教師にお金を渡して、入試に出てくるテストを要求したんだ」

 

「それで...?」

 

キキが固唾を飲んで尋ねる。

オールマイトはキキ達の気持ちに汲んで、ゆっくりと頷いてから話し出した。

 

「名門校の教師はお金の誘惑に負けて、塾の講師に入試に出てくるテストの内容を教えてしまったんだよ。そのお陰で、塾の生徒達は名門校に合格をすることが出来たのだけど、後でそのことがバレて、名門校の教師と塾の講師は賄賂罪で捕まり、塾の生徒は皆不合格となった。お金を渡した訳ではないから罪に問われないとはいえ、内容を知っていたことがバレたら、不合格になっても可笑しくはないな」

 

「へぇー、そうだったのですか」

 

「何故塾の講師はお金を渡したの?いくら合格の為に、そこまでする必要はあるのだろうか?」

 

「バレたら不合格になるのか...」

 

緑谷は昔にそんな事件があったことに驚き、キキは疑問を抱く。この話を聞いても、ウィズは未だに何か考え込んでいた。

 

「塾としても名門校に生徒が合格すれば、それだけで箔がついて、塾に入りたい子供が増える。...要は金儲けが出来るから犯罪に手を染めたということさ!...ところで、ウィズ。君は先程から、やけに入試の内容を気になっているようだが、どうしてそこまで気にしているのかい?」

 

必死に入試の内容を聞き出そうしてくるウィズに、疑問を感じたオールマイトは訊ねる。

オールマイトの質問にウィズは答えようとしたが、ウィズが話し出すその前に、緑谷が頭の中に思い浮かんでいたことをブツブツと呟く。

 

その姿を見たキキは鬱陶しく感じて今、注意をするべきかと、迷っていた。

 

「確かに...それは気になるな。なんでウィズは、入試の内容が気になっていたのだろうか?もうヒーローとして働いてるから、雄英に入学をする訳でもないし...。しかも、僕とウィズは仲はあまり良くはない。僕の為に必死になる理由なんて....」

 

「今から私が話をしようとしていたところにゃ。...それに...出久...その話し方!気持ち悪いにゃ!!」

 

ブツブツと呟き始めた緑谷にウィズは気味悪がる。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「その話し方を止めないと、人を困らせてしまうのにゃ!...で、オールマイト、私が入試の内容が気になった理由は簡単なことだにゃ。それは....」

 

「それは....」

 

緑谷に注意を終えた後ウィズは、勿体ぶってから話し出す。

ウィズの想いが強く滲み出て、周囲の空気に溶け込ませ、聞き手三人の背筋を伸ばさせる。彼らが自然と聞く体勢になった時、やっと、ウィズの話が進む。

 

「"無個性"の状態で、入試を合格してほしいからにゃ」

 

「そういうことなんだね」

 

「そ、そ、そんなの無理だよ!!」

 

「緑谷少年の言う通り、"無個性"で雄英の入試を受かるのはとても難しい。はっきり言って夢物語の等しい程だ。いくら入試の内容を知ったところで、対策はできない。ヒーローには敵を倒す力が要る。だから到底"無個性"には...」

 

キキはウィズの考えに気が付いて納得をし、緑谷は喚き声を出しながら否定をする。

オールマイトは冷静に批判をする。

 

「じゃあなんで、オールマイトは"無個性"の時からヒーローを目指していたのにゃ?」

 

オールマイトの批判にもウィズは、過去のことを持ち出して反論をする。

その問いにオールマイトは黙ることしか出来なかった。それを機にウィズの勢いは増す。

 

「さっきまであれ程約束してくれたのに、全然君達は分かってくれてないにゃ。その考え、どこかに捨てないと常識は変えられないにゃ!確かに、なんにも力を持っていない"無個性"は不利になりやすいのは分かるけど、始まってもないのに否定は早すぎるにゃ!そもそも、なんで私が、出久に対して、"無個性"の状態で合格してほしいのには、二つ理由があるからにゃ」

 

「二つの理由...」

 

「先ず、一つ目の理由は、僅か十ヶ月程度の訓練で"個性"に耐えられる体は出来ないと思うにゃ。私達は、出久の体が耐えられる体になるまでの間は、ずっと反対するにゃ」

 

緑谷は拳を握りしめて黙りとする。

ウィズの言っていることは正しく、反対する理由は尤もだ。今更ながら体を鍛えていなかったことに後悔をする。

 

「二つ目の理由は、君達はほんと"無個性"を馬鹿にしているから、その考えを捨てなければいけないにゃ。ずっと馬鹿にされ続けた影響かもしれない、そうだとしたら君達は被害者なのかもしれないにゃ。けど、私達の考えに賛同するのなら、心の底から"無個性"は馬鹿にされる存在ではなく、"個性"がなくても、強い存在になれる。と、認識をしなければならないのにゃ。心の籠った言葉でさえも、人の心を動かすのは中々難しいのに、心の籠っていない言葉は誰の心にも響かないにゃ。このことは、行動を起こす前の話にゃ。いくら行動を起こしたって、認識を改めなければ、世の中は変えられないにゃ」

 

ウィズの力説が緑谷とオールマイトの耳を貫く。

彼らの心にどのように感じさせられたの分からないが、ウィズは流れに乗って話を進めていく。

 

「と言う訳で、出久には"無個性"で雄英の入試を受けてもらうにゃ。彼が雄英に合格できれば、"無個性"が強い存在だと認めてもらうチャンスになるにゃ」

 

「で、でも!合格ができなかったら!」

 

「その時はその時にゃ。...というか、出久。君はオールマイトに会う前から雄英の入試を受ける予定だったよね?だったらどうやって挑もうとしていたのにゃ?」

 

「それは...」

 

ウィズの指摘に緑谷は何も言えなくなる。

その様子にキキが一番驚いた。

 

「戦うって分かっていたのに、何も考えていなかったの?」

 

緑谷の沈黙が肯定を示していた。キキは呆れのあまりに空を見上げる。

一体、彼はどうやって挑もうとしたんだ?という思いが、キキの頭の中を全速力で駆け巡る。だが、ぼーっとしていても始まらないから、思いを無理やり抑えて本題に戻る。

 

「そういえば、雄英の入試ってなんで戦わせるの?」

 

「ああ、それなら答えられる。簡単な話、戦えるかどうかを見るのだよ」

 

「そうなんだ。...うん?待てよ...。ねえ、オールマイト」

 

「なんだい?レイチェル少女」

 

ある不自然な点を思い出したキキは質問をする。

 

「この世界の人達は"個性"を使ってはいけないよね?」

 

「ああ、ヒーローや仕事以外では使ってはいけない。でも、なんで急に、そんな当たり前のことを聞くんだ?」

 

「そうだよね。だったら...」

 

 

「雄英の入試に"個性"なんていらないね」

 

「......はい!?!?」

 

「...えっ、え、えーーーー!?!?」

 

キキの思わぬ発言に驚愕をする緑谷とオールマイト。

彼らの反応を無視してキキは話を続ける。

 

「碌に使ったこともないのに、いざ本番で使いこなせるのは無理だと思う。それに...時折住んでいる施設で聞いた話だけど..."個性"の制御が出来なくて、周囲に被害を出してしまった子供達の話を聞いたことがある。...そんな事件が起きてしまっているのに、ぶっつけ本番は酷すぎる。もし事故が起きてしまったらどうするんだ?」

 

「えっ?そ、それは...」

 

「やはり...戦うと言っても、"個性"は使わないで戦うのよね?」

 

「いや...その...え、ええっと......」

 

オールマイトは段々質問に応えられなくなっていた。

神妙な面餅で黙っていたけれど、深呼吸をして話すことを決する。

 

「雄英の入試には......"個性"が必要なんだよ...」

 

「えっ...碌に扱ったことがないのに?」

 

「まあ...雄英を目指している子は自力で、"個性"を鍛えているからね...」

 

「"個性"を使ってはいけないのにどうやって?」

 

「専用の施設とか...広い土地を持っている家庭の子は、その土地の中で鍛えたりするんだ...」

 

「私有地なら良いの?」

 

「危ないことや悪さをしなければね」

 

「皆意外と"個性"を使っているんだね」

 

「まあね...。"個性"を鍛えなければ、ヒーローには成れないからね...。これくらいのことは当然のことさ!」

 

「今度は私からも質問をしても良いかにゃ?」

 

ずっと話を聞いていたウィズが尋ねる。

 

「別に構わない」

 

「じゃあ...私有地を持っていない、その手の施設に通えない子供はどうしているのにゃ?」

 

「それは...やはり...入試に落ちるかな...」

 

「そうなのにゃ...」

 

ウィズは残念そうな表情を浮かべる。

それの様子を見ていた緑谷は疑問を覚える。

 

「どうかしたのですか?」

 

「いや...なんて言うのかにゃ...ちょっと不公平だと思ってにゃ...」

 

「不公平?」

 

「不公平にゃ。練習を出来ない人は可哀想にゃ」

 

「そうなの?」

 

ピンと来ない緑谷は首を傾げる。

 

「そうだにゃ。私達の知り合いに"個性"を制御出来ていない人がいてにゃ...。その人のことを思い出すと、他にも練習を出来ない人がいるのではないかと、思ってにゃ...」

 

「そうだよね。もしその人みたいなパターンがあったら、必ず落ちるということになるよね...」

 

キキも白部のことを思い出して、ウィズの意見に同意する。

 

「何か救済措置みたいなものはないのにゃ?」

 

ウィズが縋るような目付きでオールマイトを見詰める。

オールマイトは険しい顔をして呟く。

 

「.........う~~~ん......。無いとは言いきれない......と思う...」

 

「だったら!その方法にかけてみるにゃ!」

 

「えっ!?オールマイトの"個性"の力を借りずに!?雄英の入試に合格する!?そんなの無茶だよ!」

 

「無茶だとしてもやるしかないにゃ。今の出久の体では"個性"を耐えきれないにゃ!それに...」

 

 

「出久は"無個性"を馬鹿にしているにゃ!オールマイトもそうにゃ!無意識に馬鹿にしていて、とても失礼だにゃ!!」

 

ウィズが嫌悪感を追い払うように叫ぶ。

 

「ボクもウィズと同じ意見だ。この世界の"無個性"は弱い者とかもしれないけど、何も力を持っていなくても強い者を知っているボク達にとっては、馬鹿にしているとしか思えない。それに、出久は諦めていて、挑戦をしていなかったではないか。始まってもいないのに決め付けるのは良くはない。そういうことは、挑んでから言うものだ」

 

「そ、それは...仕方ないじゃないか!!"無個性"に戦う力がないのは事実じゃないか!!皆が"個性"を持っているから!圧倒的に不利なんだよ!!」

 

過去の自分を否定されていると感じた緑谷は反論をする。

 

「まだ納得をしていないようだね。考えを変えたいのなら...今の考えを否定しなければ始まらない」

 

「今すぐ捨てろって言われても無理ですよ!僕がこの世界の考えで何年生きてきたと思っているのですか!?もう十五年ですよ!!十五年培ってきた価値観は、そんな簡単に捨てられない!!」

 

考え方を捨てることに納得をしていない緑谷は、最後の抵抗として必死に反論をする。

 

「そうだね、価値観を変えるのは難しい。だったら......」

 

 

「魔法を使わないボクと戦って、"無個性"の強さを知ればいい」

 

「...えっ...?」

 

キキが言い放った言葉は緑谷を呆然とさせる。

 

「価値観を変えるのはいつだって、常識を越えた奇想天外な出来事。...逆に言ってしまうと、そういうことがなければ変わらない。だから...出久には...これから毎日、ボクと戦ってみたらいい。ボクはその手の達人ではないけど、それなりに戦える自信がある。そしたら、もしかして...価値観が変わるかもしれない」

 

「そうだにゃ。やってみる価値はあるにゃ。...というこで、オールマイト。オールマイトが作ったトレーニングの内容に、私からも指示を入れさせてもらうにゃ!」

 

ウィズもキキの考えに賛成をして話を勝手に進める。

 

「な!?結構厳しいぞ!私が出したトレーニングでさえも、今の緑谷少年にはついてくだけでも精一杯だ!トレーニングの内容を増やしたところで体を壊すだけだ!!」

 

オールマイトが怒って怒鳴るが...

 

「それなら問題はないにゃ」

 

ウィズは軽く言い返す。

 

「問題はないって...。体を壊すのは緑谷少年なんだぞ!!」

 

「いつもオールマイトにやっていることをすれば良いのにゃ。そうすれば体を壊さない筈にゃ」

 

「いつもやっていること...?そうか!魔法か!」

 

「そうなのにゃ。体力がなければ、魔法で補えば良いのにゃ」

 

「けど、力も強くしたら訓練にはならないぞ」

 

「体力だけ増やせば良いのにゃ。そういった魔法もあるにゃ」

 

「そうか...。ならば...もう...問題はないな...」

 

「オールマイト!?ウィズさん!?」

 

勝手に話を進めていくウィズ達に緑谷は驚きを隠せなかった。

 

「さて、今度こそ!訓練を始めよう!」

 

ウィズに説得されたオールマイトは、訓練を始める前に気を高ぶらせる為に大きな声で言う。

 

「はい!」

 

呆然としていた緑谷だったが、気を取り直して大きな声で返事をする。

訓練はやっと始まったのであった。




またきつめになってしまい、申し訳ございません。

この質問を答えられる方は答えてほしいです。
原作の緑谷出久は、もしオールマイトから個性を受け継ぐことがなかったら、どうやって雄英の受験を受けるつもりだったのでしょうか?
その事が分からなかったため、黙らせてしまいました。

オールマイトの教えたら罪なるって言わせたのは、ここで教師とバラしたくなかったから言わせただけです。ただ、実際に中国で起きた事件を元にしました。

こんな小説ですが、これからも宜しくお願い申し上げます。


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22話 訓練その一

訓練がまだ始まったばかりの春。

 

緑谷は砂浜に足を取られたり、粗大ゴミを持ち上げ足るのに苦労をしていた。

悪戦苦闘をしながらも、自分の出来ることを行い続けて、少しずつ糧にしていく。そんな彼に、もっと頑張りを要求をする女性と黒猫が一匹いた。

 

「じゃあ、次はゴミ山の上を歩いてみるにゃ」

 

「えっ?なんでですか?」

 

「足場が不安定になっても戦えるようにするためにゃ」

 

「ああ...なるほど...」

 

「キキ。取り敢えず、見本を見せてあげるにゃ」

 

「分かった」

 

キキは慣れた手つきでゴミ山を登っていく。

しかも手を使わずに、次々と足場を跳び跳ねるように登っていく。それを見届けてから緑谷も窪みに手を引っ掛けて、体重を掛けても大丈夫そうなところに足を乗っけて、ゴミ山をよじ登り始める。

初めて登るゴミ山に戸惑って時間が掛かる。しかもゴミは、適当に積まれているせいで、足場を選ぶのを一苦労させる。

 

「うっわ!?」

 

足場が崩れて緑谷の体は重力に従って落ちる。

その体をキキが唱えた風の魔法で受け止める。

 

「大丈夫?」

 

「なんとか...」

 

「ゆっくりで良いから頑張って」

 

「は、はい!」

 

緑谷は一時間程掛けてゴミ山を登る。

基礎はまだ出来ていないのに、ウィズは何故こんなことをやらせるのには理由があった。それはゴミ山はいずれ片付けられるからだ。基礎をつけなければいけないことは分かっているが、ゴミが山のように積もっているうちにやらせておきたかったのだ。

 

不安定な場所を歩かせるだけだったら、街の中でも出来るが、それだと他人に迷惑掛かる。と、オールマイトから言われてゴミ山を登らせることにする。

 

緑谷がゴミの山の天辺に辿り着くと、キキが緑谷の手を握って歩かせる。暫くの間歩かせられたら、また新たな要求が求められた。

 

「今度は飛び降りるにゃ」

 

「えっ!?せっかく登ったのに!?」

 

「そうだにゃ。高いところからの受け身の練習も必要だにゃ。...けど、そこから降りるのは危なそうだから...出久、砂浜が見えるところまで、移動をするのにゃ」

 

ウィズがゴミ山を登らせた目的その二。

ゴミの山から飛び降りて受け身の練習。ここは砂浜だから怪我をする危険性はかなり低く、練習するにはもってこいな場所だ。

 

「わ、分かった」

 

緑谷は落ちそうになりがらも、なんとかゴミ山の上を歩いて目的の場所に着く。

 

「降りる手本はキキがやるにゃ」

 

キキは何も言わずに躊躇なく飛び降り、綺麗に足から着地をすると、すぐに手を地面につけて転がり、勢いのまま立ち上がる。

凄いと思った緑谷は手をパチパチと叩く。振り返ったキキは緑谷に催促をする。

 

「次は出久の番だよ」

 

「えっ!?結構高さはあるよ!」

 

「これぐらいの高さは平気にゃ」

 

緑谷は怖がって突っ立っている。

何度か深呼吸をした後に意を決して飛び降りる。

 

「うっわわーー!!?」

 

恐怖で叫び、途中で体勢を悪くなってしまったのか、全身で受け止めようにも格好悪く落ちてしまった。

 

「イテテ...」

 

砂だらけになった緑谷は痛がっていた。

 

「大丈夫?」

 

「な、なんとか!!」

 

キキは心配をして近付いたことにより、女性慣れをしていない緑谷は顔を真っ赤に染めて後退りをする。

ウィズは思案顔を浮かべていた。

 

「今日の受け身の練習はこれぐらいでいいにゃ。後は夕方になるまでずっとゴミ拾いにゃ。今日の模擬戦は夕方にゃ」

 

先ずは高いところと女性に慣れさせる方が先だと、緑谷の様子を観察をしたウィズはそう思い、暫くの間はゴミ山の上を歩かせて、慣れる訓練と足腰を鍛えることを優先をすることに決める。

その間に、キキに慣れれば良いのだけど...と、ウィズは気がかりになっていた。

 

「はい」

 

ウィズの心配をする気持ちを露知らず、緑谷は返事をして作業に取り掛かる。

 

「...ボクも、鍛えるか...」

 

キキもまた緑谷に倣って鍛えるのであった。

 

 

 

 

今日も体力が失くなって倒れてしまう緑谷。

指先をプルプルと振るわせることしか出来なかった。これでも、まだましな方だ。

 

最初の方なんかは、碌に運動をしてこなかったため、歩けなくなるどころか、その場に倒れ込んでしまって起き上がれなくなる程だった。そして、その度に....

 

『咲き誇り思い繋ぐ花』

 

「さあ、がんばりましょう」

 

体力を増やす魔法を唱える。

キキの呪文が唱えられると、長い黒髪に十二単を着た女性が、花と共に煌びやかな姿が浮かび上がる。

のんびりした声が緑谷の耳に入った時には、淡い緑色の光が包まれて、倒れ込んでいた緑谷の体に、再び立ち上がる為の力が与えられる。

 

「す、凄い!これが魔法なのか!!この力があれば、もっと高みを望める!人数に制限があったとしても、これだけ強くなれば、力押しで勝てるぞ!」

 

そんな風に喜んでいたが、身体は大分酷いことになってしまっていた。

 

体はもう動けないと、悲鳴を上げているのに、それを無視して無理やり立たせる。そのせいで緑谷の体はボロボロだ。

初日からできた筋肉痛が未だに治らず、夜どんなに早く寝ても疲れは取れない。疲れを取れないだけならまだしも、こむら返りもかなり酷くて、痛みで目を覚ますこともある。寝不足によって、学校の授業では居眠りをしてしまったと、よく話をしていた。

 

ここまで聞いてキキとウィズは、まだ余裕のあるオールマイトの通り訓練に戻した方がいいだろうか?と、悩んでいた。それでもこんな無茶をさせるのには、緑谷の考えが原因だった。

 

緑谷は力に飢えているとキキとウィズは感じていた。

魔法を使った時、この力があれば!と、喜ぶ程であった。しかも緑谷は"無個性"でありながら、"無個性"をある意味馬鹿にしている。しかも、本人にとっては心配をしているだけだから、なお質が悪い。

馬鹿にされたことが原因だとしたら、馬鹿にした奴らに文句を言いたい。”君達の個性がいくら強くても、世界にはもっと強い人達はたくさんいる。調子に乗るな!”と、キキは直に文句を言いに行きたかった。

 

ずっと馬鹿にされた結果、"無個性"は何やっても無駄だと、被害者すらも思い込んでしまっていた。この負の連鎖が繋がって、違う"無個性"の人を傷付けるのではないかと、キキとウィズは考えていた。

 

だからキキは伝えたい。

”力が無くても、人は救える。”そんな訳で本当はボランティアとかをさせた方が良いのでは?と、キキは考えていた。他者から感謝の言葉を貰えば、それだけでも自信がつく筈だ。もし馬鹿にして邪魔をする人がいるのなら、自分が追い払うから、そっち方面で頑張ってほしかったと、キキは想うことしかできないのであった。

 

緑谷に"個性"を渡したくない理由は、体を壊すことだけではない。力に飢えている状態で渡してほしくなかった。体を"個性"に耐えられるようになって、精神が安定している時に渡してほしかった。

出会いがどんなに良くても、受け渡すタイミングが悪すぎた。このままでは余計に歪むだけだ。

 

"無個性"が"個性"持ちには敵わない。

緑谷やオールマイト、この世界に住む人達は皆そう思っている。

けれど、本当にそうなのか?と、キキは常に怪しんでいた。もしかしたら、この世界のどこかで、"無個性"の人が戦っているかもしれない。ちゃんと調べてもいないのに、決め付けるのは可笑しい。それに、諦めるのまだ早い。

緑谷は鍛えていない故に、真っ白な状態だ。これから鍛えていけば、"個性"持ちよりも強くなるのかもしれない。決める付けていいのは頑張ってからだと、キキは誰よりも可能性を信じていた。

 

キキが考え込んでいるうちに、いつもの流れが始まっていた。

 

「やはり、訓練メニューは戻した方が...」

 

「雄英ってこの国一番の最難校でしょ?これぐらい練習をしないと、間に合わないにゃ」

 

「しかし...」

 

「だったら、別の学校にするにゃ?そうすれば...」

 

「進学先は絶対に雄英じゃなきゃ嫌だ!オールマイトと同じ学校に行きたい!」

 

緑谷が倒れる度に、オールマイトが心配をしてメニューを戻そうと言い、ウィズはメニューに戻す代わりに、ランクを下げることを提案をする。それを緑谷が断固拒否をする。

そしてキキはあることを尋ねる。

 

「なんで雄英がいいの?」

 

「最高のヒーローになるためなんだ!」

 

緑谷はそう毎回同じことを言い切る。

別に可笑しなことは何も言ってはいないのに、キキの心に引っ掛かる。まるで”雄英出身でなければ、最高のヒーローには成れない”と、キキは悪い方向に感じ取ってしまった。こればかりは、自分の思い違いだと信じたい。けど、どうしようもない違和感が走る。

 

「そうなんだ...。...で、また魔法を掛ける?」

 

「勿論だよ!僕は今までの間何もしてこなかったから、人の何十倍、何百倍も頑張らなければいけなんいだ!そうしなければ、オールマイトのような立派にヒーローに成れないんだ!」

 

緑谷は疲労が無かったかのように叫ぶ。

その度にオールマイトは感動をし、ウィズはやれやれと溜め息をつく。

 

「分かった...」

 

キキもウィズと同じ気持ちになりながら、呪文を唱える。

淡い緑色の光が緑谷の体に包まれた瞬間、勢いよく起き上がり大声を上げる。

 

「よし!頑張るぞーー!!」

 

緑谷は遅れた分を取り戻す為に、走り出してゴミを片付け始める。

緑谷の勢いは夕方に行う模擬戦まで、衰えることはなかった。

 

 

 

 

 

「模擬戦始めにゃ!」

 

ウィズの合図で模擬戦が始まる。

模擬戦といっても、今は本当に戦うことはない。緑谷が自分で考えた戦い方で戦い、キキはただ避けるだけ。戦い方には口を出さない方針だ。しかしながら、一度だけ口を出したことがあった。

それは、緑谷がオールマイトなら、こう戦う。と言いながら戦い始めたので、出久はオールマイトではない。だから、自分の戦い方を見付けなければならない。と、強く語り掛けた。そもそも緑谷とオールマイトの体格は、かなり差があるため真似しても無駄だ。同じ"個性"だからといって、同じ戦い方になるとは限らない。癖になる前にキキとウィズは注意をした。

 

 

こうして基礎の部分を身に付けて、春の訓練は終わる。

 

 

 

訓練に少し慣れてくると夏が訪れる。

 

暑い日射しが彼らに容赦なく照らす。

日射しのせいで、緑谷の訓練をする時間が減るかと思いきや、意外とそうでもなかった。

 

「後、三往復!」

 

水泳による訓練がメインになっていた。

水泳は全身の筋肉を満遍なく使い、鍛えるのに丁度良いスポーツであった。

ゴミが流れてくる海にしては、とても綺麗で、緑谷は気持ち良さそうに泳いでいる。

 

空気気味になっていたオールマイトが、気合いを入れすぎて、トゥルーフォームからマッスルフォームに変身して指示を飛ばす。

ご丁寧にも、マッスルフォームの体型に合にわせた水着を着ている。

 

キキは日陰で休憩しながら、オールマイトと緑谷をぼーっと眺めていた。

 

このまま穏やかな時間を過ごせるかと思っていたが、そんなことはなかった。

 

「「「キャー!オールマイトよー!」」」

 

水着を着た三人の若い女性が現れたからだ。

オールマイトを見付けた彼女達は、嬉しさのあまりに、絶叫に近い黄色い歓声を上げていた。

その様子にぎょっとしたキキは目を見開いて固まり、ウィズはゴミ山の隙間に急いで隠れる。

 

「テレビで観るよりも~、本当に格好良いわ~!」

 

「偶然SNSで見付けられて、ラッキー♪あのNo.1のヒーロー会えるなんて、マジ最高!」

 

「やっぱり迫力が違うわねぇ。ねぇ!オールマイト!せっかく会えたのだから!握手をして!」

 

「あー!実砂だけ狡い~~!私も握手をして!」

 

「握手をして貰うのは勿論だけどさあ~、オールマイトを真ん中にして、三人で写真を撮らない?」

 

「良いわね!そうしよう!」

 

「うん!そうだね!」

 

「HAHAHAHA!!勿論!大歓迎さ!」

 

「「「キャー!オールマイト素敵!」」」

 

三人の女性をノリ良く対応していくオールマイト。

対応してくれるオールマイトに、女性達の黄色い歓声の音声が更に上がる。訓練に夢中になっていた緑谷さえも泳ぐのを止めて唖然している。

 

喜んではしゃいでいた女性達の一人が、キキがいたことに気が付くと、バックから自分の携帯を取り出して操作をする。操作を終わらせると携帯を持ったままキキに近付く。

 

意味不明な行動にキキは目を白黒させる。

キキが訊ねる前に女性が要求を述べる。

 

「そこの人~、悪んいんだけど、写真取ってくんない~」

 

「写真?」

 

キキは首を傾げる。

携帯ってそんなことを出来たのだろうか?と、考え込んでいるうちに説明は始まっていた。

 

「真ん中の白いボタンを押して~」

 

画面を見てみると、笑顔の三人の女性とオールマイト、呆然としている緑谷の姿が写る。

操作方法がよく分かっていないキキは、携帯をなんとなく動かしてみると、画面の景色も変わることに気が付き、女性達とオールマイトが綺麗に入った瞬間、白いボタンを言われた通りに押す。

 

カシャッ

 

携帯から音が鳴り、微かな光が四人を一瞬だけ照らす。

 

「こんなもん?」

 

「うんうん!めっちゃ良い写真じゃん!ありがとー♪」

 

写真を撮り終えたキキは携帯を助勢に返す。

携帯を受け取った女性は、写真を確認をしてできに喜ぶ。他の女性達も自分の携帯をキキに渡す。

 

キキが残り二人分の写真を撮ると、オールマイトはファンサービスの一環として、三人の女性と共にどこかに行ってしまった。

 

「行っちゃったにゃ...」

 

「行ったね...」

 

「まあ...仕方ないよ。これが、ヒーローとしてのあるべき姿なんだから...」

 

置いてけぼりにされた三人は、オールマイトの後ろ姿が見えなくなるまで注視をする。

この行動はヒーローにとって当たり前の仕事と分かっていても、寂しそうに緑谷は眺めていた。

 

「....なんであの人達は、ここにオールマイトがいたことを気が付いたのだろうか?それと、SNSって何?」

 

「えーー!?SNSを知らないの!?」

 

女性達がオールマイトに会いに来たことに、SNSというものを知らないキキは、緑谷に取り敢えず聞いてみる。しかし、キキがSNSを知らないと言った途端、緑谷は大袈裟に驚く。

 

「当たり前にゃ。私達の元の住んでいた世界には、そんなものはなかったにゃ。知っている訳ないにゃ」

 

「あ...そうだったよね。ごめん...。でも...オールさんはヒーロー活動をしていた時、SNSを使わなかったのですか?」

 

緑谷の言い方に少しカチンときたウィズは、ムッとした態度を隠さなかった。緑谷は慌てて謝ったが、緑谷の疑問は最もなことであった。

ヒーローは人々から人気を得られないと食べていけない。SNSはそんなヒーローにぴったりな情報発信ツールであった。これさえあれば、自分の良い行いを、世界中に発信出来るからだ。使わない方が可笑しいのである。

 

「使わないね。やり方が分からないし...」

 

「そうなんだ...。使い方勉強をしておいた方が良いよ。オールさんの考えを世界に知ってもらえるよ」

 

「そう!?じゃあ!やってみよう!」

 

緑谷の話にキキは俄然やる気になる。

しかし、あることを思い出して動きが止まる。

 

「SNSで嫌がらせを受けたりしない...?」

 

「...嫌がらせをされる可能性はよくある。寧ろ、現実より過激だ。酷い時は...殺害予告をされる場合があるけれど...」

 

「............やっぱり、地道に頑張るよ...」

 

「その方が良いと思います......」

 

緑谷の返事にキキは地道に頑張ることにする。

悲しんでいるキキを見て緑谷は思わず言ってしまう。

 

「今のやり方のままだと、誰にも話を聞かれないし、嫌われたままだから、人気は取れなくて余計に聞く耳が持たない。そんな状態で良いのですか?」

 

「話は聞かれないのは困るけど人気はいらない」

 

「えっ!?そうなのですか!?」

 

「だって人気がほしくてヒーローに成った訳じゃない。国からの命令でヒーローをやっているからね」

 

「でも、人気が出れば!話を聞いてもらえないよ!このままだと...」

 

「そうだね。嫌いな人の話よりも、好きな人の話の方が聞き入れやすいのは分かる。けど、この世界の価値観ってかなり可笑しいから、嫌われることを分かっていも、すぐに口を出してしまうんだ。...まあ、ボクはもう、どう頑張っても好かれない。だけど、皆に好かれているオールマイト、ヒーローになった緑谷なら、話を聞いてもらえると思うから頑張ってね」

 

「は、は、はい!?!?頑張ります!」

 

女性から...いや、碌に応援されたことのない緑谷は、キキの頑張ってに過剰に反応をしてしまう。

その様子にキキは苦笑いをする。

 

「じゃあ、訓練に戻ろうか」

 

「はい!」

 

緑谷はまた泳ぎ始め、キキはそれを見守る。

 

 

 

カモメの鳴き声に蝉の声が加わる夏。

 

海岸が少しずつ綺麗になったお陰で、人が疎らに見に来るようになる。

その影響でオールマイトが緑谷を見れる時間は少なくなるだろう。

 

 

その中の一人、緑谷とキキと大きく関わることになる人物が現れるのは、もう少し先の話。



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23話 再開と訓練その二

誤字報告をしていただき、誠にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。


暑い日が永遠に続くと錯覚させられる今日この頃。水をバシャバシャと搔く音が暑さを和らぐ。

 

日中は専ら泳いで鍛える緑谷。

オールマイトは他の人に見付からないように、トゥルーフォームの姿になって指導をしている。キキは日陰で休みながら時おり、そのままの服装で泳ぐ。突然、海に落とされても対処出来るようにする為だ。やることのないウィズはゴミ山の隙間で寝ている。

 

穏やかに過ごしている時に、誰かがこちらに近付いてくる。

 

その人は砂浜に足を取られてもたつき、フラフラしながら一歩ずつゆっくりと近付いてくる。

やけに歩きづらい様子にキキが疑問を感じてその人を隈無く観察をしてみると、夏の砂浜に似合わない格好をしていた。

 

半袖の白いワイシャツに膝下までの黒いスカート。黒のパンプスがたまに地面に深く刺さってしまう。肩には黒のトートバッグをかけている。

明らかに場違いな衣装であった。ここに来る者は皆、水着などの軽装で遊びに行くような格好だ。しかし、彼女の格好は仕事をする時の服装だ。

 

服装もかなり驚いたが、やって来た人物の方が衝撃ものであった。

その人はなんとキキの知り合いの湖井白部だった。彼女とはエンデヴァーの事務所で出会い、多少話をする仲だ。黒い怪物の襲撃以降会っていなかったが、無事な姿を見ていたら開いたままの口から安堵の溜め息が溢れる。

 

思わず見詰めてしまったキキ。

キキに見詰められていても、白部は気が付いていないようだ。感動の再開までの仲ではないのに、彼女と出会うまでの時間がやけにかかる。それは靴のせいなのか、心情的に長く感じるのかはキキには分からなかった。

 

数分も経たない内に白部とキキは再開をする。

とは言え、久し振りと思っているのはキキだけだ。白部にとっては暑くて水遊びをしていた女性でしかない。

 

キキが様子を伺う前に白部が話し出す。

 

「すみません。ここら辺でオールマイトを見かけたという話を聞いたのですが、何か知っていることがありましたら教えて頂けると嬉しいのですが...」

 

白部もオールマイト目当てだった。

彼女は物凄く低姿勢で尋ねる。話が聞こえてきたオールマイトは誤魔化しといて!と、必死に視線をキキに送る。

 

「すみません。見ていないので分かりません」

 

「そうですか...。お時間を取らせて頂き、誠にありがとうございます。失礼いたします」

 

ぺこりと深く礼をして白部は立ち去ろうとするが、急に踵を返して振り返る。

 

「...あのう...一つ質問をしても、よろしいのでしょうか?」

 

「...?別に構わないけど...」

 

いきなりの質問にキキは首を傾げる。

 

「ありがとうございます。では...貴方方二人は、何故このゴミだらけの海岸で泳いでいるのですか?汚いと思いますし、もしゴミが漂流してきたら危ないですので、場所を移動をした方が良いと思いますよ。余計なお世話ですが...」

 

「ああ...そのことか...」

 

いくら綺麗に見えても、この砂浜はゴミだらけでしかもゴミは時々漂流してくる。汚い場所と思われるのは当然のことだった。

このような質問はたまにある。と言っても、今の白部のように心配をした聞き方ではなく、面白半分で聞かれることもあるし、聞かれないパターンもある。聞かれない時は怪奇な視線で見ているだけか、オールマイトにしか眼中がない時だ。

 

「ヒーローになる為のトレーニングをしているんだよ」

 

キキは素直に内容を答えたのだが、白部は納得をしていないようだ。

 

「?この海岸じゃないといけないのですか?」

 

キキは内心ちょっと驚く。

白部の質問が続いたからだ。質問をしてきた人は皆、トレーニングをしていると言っただけですぐに納得をしてくれたからだ。

...そもそも、他の人はあまり興味がなかっただけかもしれない。そう自分の中でキキは結論を出すと話を戻す。

 

「泳ぐのはここでもなくても良いんだけど、ゴミ拾いをしなくてはいけないから、この場でそのまま泳いでいるんだよ」

 

「そうなのですね。けど...なんで?ゴミ拾いをしているのですか?それも、トレーニングと何か、関係あるのでしょうか?」

 

「一応関係はあるよ。ゴミによっては、大きさも重さも全然違うから、色んな筋肉を満遍なく鍛えられるんだ。後、ヒーローは社会奉仕をするのが仕事と言うことで、そのことを予ているんだよ」

 

「......社会奉仕......。...そうですよね。ヒーローは社会奉仕するのが、仕事ですものね...」

 

抑揚のない声で呟いていたが次第に微笑みに変わる。

朗らかに笑っているだけなのに、何故だが背筋をゾクッとさせる。キキだけではなく、話を上の空程度に聞いていたオールマイトでさえも振り返る程不自然に感じたようだ。

 

あの笑顔には少なくとも良い感情は感じられない。

 

(白部は、"無個性"だけじゃなくて、ヒーローにも何かあったみたいだ。...なら、なんで、エンデヴァーの事務所に来たのだろう?どうして、自分に興味を持ったの?...どう考えても、分からない...)

 

キキは白部に猛烈な興味を抱く。

興味を持ったキキは白部との出会いまで過去を遡り、行動を見極めようとしたが、答えなど出る筈もなかった。

 

施設以外の人で初めて好意を持ってくれた人。

ファンだと恥ずかしながら大きな声で言ってくれた人。

 

そんな彼女が何か心の闇を抱えている。

キキがどうにかしたいと思ってしまっていても、彼女の中ではもう終わっていて、余計なお世話、ありがた迷惑で心の傷を抉るだけかもしれない。

 

だけど─

 

そうだとしても──

 

 

見過ごすことは出来なかった。

キキは強く想う。けれど、考えている内にキキは、自分は何故?必死になっているのだろう?と首を傾げる。

確かに今まで旅をして来て、困っている人を放っておくことはなかった。相手から拒否をされていても手を引くことはなかった。

 

けど、彼女の場合は、負の感情を見せたとは言え、瞬きをすれば見逃してしまう程度だ。はっきりと言ってしまうと無事に終わった過去を思い出して、苦虫を噛んでしまった位だ。

なのに彼女のことが気になってしょうがない。そうやって考え込んでいるうちに、キキは答えを見付ける。

 

 

友達になりたい。

 

 

キキの中でいつの間にか、彼女の存在が大きくなっていた。

キキはこの世界の住民があまり好きではない。全員ではないと分かってはいる。けれども、暴言や嫌がらせで良い印象はない。そんな世界で彼女は数少ない良い人だ。だけど、彼女と仲良くすることは出来なかった。何故ならば黒猫の魔法使いは嫌われすぎて、一緒にいるだけで被害に遭ってしまうからだ。会えて嬉しいよりも、誰かに見られて白部が虐められてしまうではないか?と心配をする気持ちの方が大きかった。

 

けど、今は違う。

今は黒猫の魔法使いではなく、レイチェル・オールというただの女性。レイチェル・オールの時だったら、彼女と仲良くしても問題はない。

 

せっかく会えたのだから─

 

こんなチャンス、手放したくない!

 

でも、どうやって?

 

キキの想いが堂々巡りをしていると、白部は帰ろうとする。何も策を思い付いていないのにキキは白部に声を掛ける。

 

「待って!」

 

「?はい、なんでしょう?」

 

キキの叫びに皆の動きが止まる。

白部は不思議に思いながらも、立ち止まって話を聞く体勢に入り、オールマイトはキキの様子を探る。騒ぎに気が付いた緑谷は泳ぐのを止めてこちらを見ている。ウィズはゴミ山の隙までじっとして、何かあったら対処できるようにしている。

 

様々な視線を受け止めながらキキは話し出す。

 

「なんで、君はここは来たの?」

 

「え、えっ?そんなことですか?」

 

真剣な表情で尋ねた割にはありふれた質問だったので、白部は困惑をする。

けどすぐに取り直して答える。

 

「オールマイトの水着をフィギュアにしたくて...」

 

「フィギュア?」

 

聞き覚えのない言葉にキキは小首を傾ける。

 

「フィギュアと言うのは、本人を模型にした人形です。私が勤めているフレームカンパニー社では、人気ヒーローのフィギュアを主に取り扱っております。最近、SNSで、この海岸には水着姿のオールマイトが現れると知りましたので会いに来ました」

 

「そうなんだ。だけど、水着姿のオールマイトのフィギュアって...売れるの?」

 

白部の説明に納得はしたものも、水着姿のオールマイトを見て何が楽しいの?と思っているキキは首をひねる。

そんなキキに思いも寄らぬ人物が異義を唱える。

 

「欲しいに決まっているよ!」

 

それは緑谷だ。

緑谷は海から上がってきてキキと白部の方に近付いてくる。辿り着いた緑谷はあろうことか、初対面の白部に遠慮なく近付いた。

 

「フレームカンパニー社のフィギュアって、凄く再現されていて!本物みたいで格好いいです!オールマイトの顔のシワの数とか!筋肉の盛りぐらいとか!マントも本当に風になびいているみたいで格好いいです!オールマイトだけじゃなくて!エンデヴァーの炎、シンリンカムイの蔓、ベストジーニストの繊維、どれも再現されていて素晴らしいです!」

 

「あはは...ありがとうございます...」

 

「はい!」

 

緑谷はフレームカンパニー社を知っているようで、目をキラキラと輝かせて近寄る。緑谷の饒舌に白部は圧倒されて苦笑いだ。

しかし、緑谷の行動が意外にも良い方向に持っていく。

 

「出久!」

 

「...あ!ごめんなさい!」

 

「別に大丈夫ですよ。気にしないで下さい」

 

会話の架け橋をかけてくれたのだ。

緑谷の行動をキキが咎め、白部は笑って免じて、緑谷は慌ただしく謝罪をする。

 

「とても有名な会社なのですね」

 

「まあ、それなりには...」

 

「本当に凄い会社なんだよ!...水着姿のオールマイトのフィギュア欲しいなあ...」

 

「とても嬉しい意見ですが、オールマイトに会えない限りは...」

 

「けど、ここで噂があったのだからいつかは会えると思うよ」

 

「そうですよね...。また後日ここに来ます。もし先に会えたら教えて下さい。お願い致します」

 

困り笑みを浮かべていた白部だったが、気持ちを切り換えて、キに名刺を渡してから今度こそ帰ろうとする。

 

「うん。分かった。私達はほぼ毎日ここにいるから、よろしくね」

 

キキはさらっと大事な目的を付け加える。

白部はきょっとんしてしまったが、すぐに笑顔で頷いてくれた。

キキが喜んでいると白部は帰っていき、オールマイトとウィズがキキと緑谷の傍に近寄る。

 

「レイチェル少女。君はやけにあの人に気をかけていたようだが、あの人は一体誰なのかね?何者なんだ?」

 

「何者と聞かれても分からないよ。名前と"個性"なら知っているけど...」

 

「オールさんとあの人は一体どういった関係なんですか?」

 

「多少話をするぐらいの仲だよ」

 

「へぇー...。えっ!?でも、相手は気が付いていなかったみたいでだけど」

 

「だって、黒猫の魔法使いの時に仲良くなったからね。今のレイチェル・オールでは気が付かないよ」

 

「えぇぇぇ!?!?あんなに嫌われていたのに、よく仲良くなれましたね!」

 

「自分でも不思議に思っていたよ」

 

緑谷の驚く様子にキキはすこしだけイラッとする。

その様子にオールマイトが話を変える。

 

「彼女とはどこで出会ったんだ?」

 

「エンデヴァーの事務所だよ」

 

「と言うことは...エンデヴァーのフィギュア!?バーニンのフィギュア!?それとも...」

 

「なんで来たのかは知らないよ。...その時は色々とあったからね。話をすると言っても、天気とか今日の出来事とかを話すぐらいだよ」

 

「そうなんだ...。あれ?だったら、なんで"個性"を知っているんですか?」

 

「"個性"が暴走したから」

 

「「"個性"が暴走!?」」

 

緑谷とオールマイトは同時に驚く。

キキとウィズが息ぴったりと、思わず感心をする程でだった。

 

「"個性"が暴走したと言っても、大したことはないから大丈夫だよ。ただ、出久とオールマイトにはちょっと危ないかもね」

 

「僕には?どういうことですか?」

 

「彼女の"個性"は"相手の個性を知ることが出来る個性"。今の出久、そして、オールマイトからの"個性"を受け取った後に見られてしまったら、最悪の場合何か気が付くだろうね」

 

「そ、そんな!?じゃあ!もしかして...!」

 

「"個性"は使われていないよ。彼女の"個性"は使うと目が怪しく輝くから分かりやすい。目をじっと見られなかったよね?」

 

「うん...まあ...」

 

覚えていない緑谷は自信なさげに応える。

緑谷は白部の話を聞いてバレる危険性があると知り、嫌がり始める。キキはどうしても白部と仲良くなりたい為緑谷を説得を試みる。

 

「目と目を数十秒間合わせない限り、"個性"を発動されることはない。目を注意すれば良い」

 

「そういえば、あの人は君達と目線を一度も合わせようとしなかったな...」

 

オールマイトの何気ない呟きが援護となる。

 

「えっ?!そうなの!?」

 

「そうだよ。おでことか首もとを見ていたのだよ。出久は話に夢中だったから気付かなかったけど...。彼女は悪い人ではないから、ここに来ることを認めてほしい」

 

「彼女は悪い人とは思わないが...。しかし、バレる危険があるからなあ...」

 

「その危険性は分かっている。けど!白部と仲良くするチャンスはレイチェル・オールの時しかないんだ!黒猫の魔法使いの時だと、嫌われすぎて会えないんだ。ここで会う機会を認めてほしい。お願いします!」

 

キキは最敬礼をして嘆願する。

 

「市民に嫌われるようなことをするから...」

 

「嫌われるようなことをしても、手を出す方が悪いにゃ!」

 

騒ぐ外野を無視してオールマイトは考え込む。

キキはオールマイトしか目に入っておらず、待っている時間が途方もなく感じる。キキが固唾を飲んでいるとやっと答えが出たようで口を開いた。

 

「...ここに来ても構わないよ。...というか、私目当てに会いに来るから、いつかは会わないといけないしね。...ところで、レイチェル少女。君はなんで、彼女の"個性"を包み隠さず言ったのかね?言わなければ、ここまで話が大きくならなかったのに」

 

「こればかりは言わないといけないと思ったからだよ。もし、出久が目を合わせすぎて、彼女の"個性"をうっかり発動させてしまわないようにする為だよ。自分が会いたいが為に秘密がバレる危険を説明しないのはいけないよね?」

 

「成る程...分かった。君の好きにするが良いよ」

 

「オールマイト、ありがとう」

 

キキはお礼を述べる。

こうして彼らの訓練に白部が時々加わるのであった。

 

 

 

白部がやって来ると訓練の内容が少し変わった。

それは休憩の時間が増えたことだ。白部の前では魔法は使えず緑谷の体力に合わせたメニューに戻った。

 

早速仲良くしようと意気込むキキだったが、これまた予想外な人物が先に仲良くなっていた。

 

その人物は緑谷出久だ。

白部が勤めている会社のフィギュアについて、話が盛り上がっていた。彼はヒーローオタクである故に、ヒーローについては誰よりも詳しかった。そして、白部の勤めている会社、フレームカンパニー社はフィギュアの細部をとことん拘る会社だった。

 

緑谷がヒーローのマニアックな知識を語っていても、白部は話に着いていける。どんなに語っても引かれない、馬鹿にしてこない状況に、緑谷のテンションが上がって休み時間を忘れてしまう程だ。

 

白部も緑谷の話を笑顔で相槌を打つ。

ヒーローの話を楽しくしているというよりも、商人の顔をして商品を進めたり、知らなかった情報をメモに取っていた。

 

キキに会いに来た訳ではなく、緑谷に売りに来ていたのだが、意外にもこの二人の相性は良さげであった。

ヒーローについての知識量は誰よりも多く、語るのが好きな緑谷。ずっと笑顔で話を聞いてくれる白部。

 

仲良く話す彼らを、キキとオールマイトが遠くから見詰める。

 

「緑谷少年...。彼は意外にも女性と話せるのだね」

 

「そうみたいですね。...まさか、女性と話す練習になるとは思わなかったよ」

 

「私もだ...」

 

「しかし...白部はヒーローが苦手ではなかったのか?」

 

「うーん...。どうなんだろうね。何て言うか、ヒーローと言う言葉よりも、社会奉仕に反応をしていたような...」

 

「そう言えばそうだね。だとすると、もっと気になるな。一体何があったのだろう?」

 

「さあ?私には答えられない。...ねえ、レイチェル少女。君は彼女のことをどう思っている?」

 

「どう思っているって言われても...。自分と普通に話せる数少ない人、過去に何かあって心に闇を抱えている人だ」

 

「そう...。やはり君は...心に闇を抱えている人物を救おうとしているのかね?」

 

「そこまでは考えていないよ。もう終わったことかもしれないからね。ただ、黒猫の魔法使いの自分が好きだと言ってくれたから仲良くなりたいだけ」

 

「そうなのか...。仲良くなれるといいね」

 

「うん、頑張るよ」

 

「頑張れよレイチェル少女。...では、私は緑谷少年のトレーニングに戻るよ」

 

休憩時間が終わる頃、ちょうど良く話が終わり、オールマイトとキキは緑谷の元に向かう。

キキは緑谷と入れ代わるかのように白部の隣に座る。

 

「今回もフィギュアの話?」

 

「はい、そうです。ところで、オールさんは好きなヒーローはいますか?」

 

「いないよ」

 

簡単に言い放つキキに白部は驚いて動きが止まる。

けれどもすぐに話を変える。

 

「そうですか...。しかし、緑谷君は凄いですね。あんな重たい物を運べるのですから...。非力そうなのに...」

 

白部の視線の先には緑谷がいて、タイヤを二個同時に運んでいた。

 

「頑張って鍛えているからね」

 

「その通りみたいですね。では、いつ頃から鍛えていたのですか?」

 

「今年の春から」

 

「意外と遅かったのですね」

 

「まあね」

 

「彼は中学生なのですか?それとも高校生ですか?」

 

「中学生だよ」

 

「何年生ですか?」

 

「三年生」

 

「今年は受験生なのですね。受験勉強に加えて、大変ですよね。どこに受けようとしているのですか?」

 

「雄英高校だよ」

 

「雄英高校!?....それはまた大変ですね。けど、あそこに受かれば、トップヒーローに成れますものね。...オールさん、どうかしたのですか?」

 

白部は雄英と聞いて驚く。

雄英に受けに行くことは良くあることだった為驚くことはなかったが、キキが分かりやすく顔色が暗くなる変化に戸惑っていた。心配されていることに気が付いたキキは急いで言い訳を取り繕う。

 

「体調は悪くないよ。大丈夫だから気にしないで。ただ...なんて言うか...。雄英に行かなければ、どんなに良いことをしても、トップヒーローに成れないのかなあ...って、思っただけだよ」

 

「体調が悪くなくて良かったです。そうですね...やはり雄英に通っていた方が、トップヒーロー入りしていますね」

 

「なんで、雄英以外はトップヒーローできないの?」

 

「それは...敵を倒す力がないからです」

 

「敵を倒す力か...。敵を倒すことしか考えないのか?困っている人を助けるところ、地道な作業は見ないのか?...この世界のヒーローは、敵を倒すことしか考えないのかな...」

 

キキは知らず知らずの打ちに独り言を呟く。

白部が聞いているのに気が付いていない。キキの呟きを聞いた白部の口元は三日月のように弧を描いていた。

 

 

「ええ、この世界のヒーローは、ただ敵を倒せば良い、暴力が許された敵(ヴィラン)ですよ」

 

 

悪意は潮風と共に誰にも聞かれず流されるのであった。



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24話 訓練その三と入試

訓練が日課になってきた秋。

秋になると、オールマイト目当ての人は白部以外来なくなる。

 

訓練の内容はまた変わり、泳ぐのは止めて、体に五キロ程の重りをつけて砂浜を走る練習に変わる。因みに重りは、白部が来ていない日は一日中ずっとつけていた。

ゴミの山は順調に減っており、ゴミを担ぐ量が増えて、運ぶスピードが速くなったと、緑谷自身でも成長を実感出来る程であった。模擬戦でも成長が表れてた。

 

「模擬戦開始にゃ!」

 

ウィズの叫びで模擬戦が始まる。

戦闘に慣れてきた緑谷は、ジャブを放ったり、隙を見て蹴りを入れようとする。

 

バシッ

 

緑谷のパンチがキキに受け止められる。

今までは避けられるだけであったが、秋に入る頃には攻撃が当たるようになってきたのだ。

 

攻撃を初めて防がれた時緑谷は、その場で飛び上がってしまう程喜んだのだ。対戦相手のキキは手加減はしても、相手が"無個性"だから、無力だからと、馬鹿にするような人はではなく、真剣に相手をするだからだ。

 

三分間程跳び跳ねて、ウィズにたしなめられたぐらいだ。けど、喜んでいられるのも束の間だ。

攻撃を防がれることなく、ダメージが入るように、ちゃんと当てなければならないのだ。防がれては意味はないのだ。

しかも、攻撃を当てる為に動きを見極めようとしても無駄であった。何故ならば、キキは武道の達人ではないため、動きが決まっていなかった。素人の緑谷には難易度が跳ね上がっていた。

 

模擬戦の他にもまだ問題があった。それは、ゴミ山の上を歩く、不安定な場所での移動訓練だ。

キキがゴミを山の上に更に乗っけたせいで、山は一段と不安定な状態になってしまった。慣れてきても、落ちてしまうことが多くなっていた。最初の方は風の魔法で受け止めてくれたが、今では滑り落ちることも、受け身の練習として自力で立ち上がらなければならなくなる。

 

その結果、緑谷の身体は痣、擦り傷だらけとなった。

体は傷だらけ、ジャージもボロボロになってしまったけど、彼は夢のヒーローを目指して、生き生きと頑張っていたのであった。

 

 

 

「こんにちは!」

 

白部は週に二日程、スポーツドリンクなどを持ってきて遊びに来るのようになっていた。

 

「あ、湖井さん。こんにちは」

 

「こんにちは」

 

「こんにちは」

 

笑顔で挨拶をする白部に三人は挨拶を返す。

白部は三人の元に駆け寄る。

 

「今日も訓練ですよね」

 

「うん、そうだよ」

 

「そうですか、お疲れ様です」

 

緑谷とオールマイトは挨拶を返すとすぐに訓練に戻り、キキと白部は腰を掛けて男二人組の様子を見守る。

初めはオールマイトと緑谷目的で会いに来ていたのだが、夏の期間を経て、キキと白部は会話する量が増え、ゆっくりと仲良くなっていた。

 

「そういえば...あのゴミの山...なんだか高くなっているような...。毎日掃除をしている筈なのに...」

 

白部はゴミ山の変化に気が付く。

不思議がる白部にキキはなんともないように言う。

 

「うん、高くなっているよ。だって私がゴミを積み上げているからね」

 

「な、何故!?積み上げているのですか?!」

 

「不安定な場所でも歩けるようにね」

 

「元の状態でも充分不安定でしたよ!...そもそも、このゴミ山で練習をする必要がありますか?!」

 

驚いたり、ツッコミを入れる白部。

出会った頃は事務的な会話ばかりであったが、最近はリアクションが大きくなってきた。

話の内容に驚いているだけかもしれない。

けど、キキにとっては慣れてきた兆しに見えた。この調子で仲良くなっていければ良いなと、キキは思いながら答える。

 

「この山じゃないといけないことはないけど、他に練習が出来る場所が思い付かないし、移動をする時間がもったいないから、ここでやっているだけだよ」

 

「他にも練習出来る場所はいっぱいありますよ...」

 

キキの答えに白部は呆れ返りを小さく呟く。

 

「そうなの?じゃあ、どこだったら出来る?」

 

「う~ん...そうですねぇ...。スポーツジム、アスレチック施設、ボクシングや空手などを習うとか...。まあ、これらをする場合はお金がかかりますが...」

 

「お金か...。お金が必要になるなら、親御さんに説明をしないといけなくなるな...」

 

いくら一緒に鍛えると約束したとはいえ、お金を出す義理は無い。

だから、どうやって親に説得をしようかと、顎に手を当てて考え込むキキ。そんなキキを見て白部はやれやれと溜め息を吐いた。

 

「あのですねぇ...お金の説得は、オールさんが考えるのではありません。そこは緑谷君が考えるところですよ。オールさんはお金のことよりも、緑谷君の体を心配してあげて下さい。いつも体がボロボロです。端から見れば、虐めに遭ったようにしか見えませんよ」

 

「うん...。本当はもっと穏便に訓練をやりたかったけど...もう時間がないんだ」

 

「時間?...雄英の入試のことですか?確かにそれなら時間はありません。ですが、ここまでやる必要があるのですか?」

 

白部が緑谷のことを心配するのは当然のことであった。白部の目の前で、緑谷がゴミと共に崩れ落ちたのだ。

ゴミの雪崩は緑谷の姿を掻き消し、キキは急いでバレないように防御障壁を展開をして緑谷を守る。その甲斐あって緑谷は無傷で済んだが、荒事に慣れているキキ、ウィズ、オールマイトでさえも、背筋に冷や汗を流して肝を冷やす。一般人の白部には精神的にきつかったらしく、その場に呆然と立ち止まっていた。

 

それ以降、白部は訓練のやり方に疑問を感じている。

 

「ヒーローって、命懸けでしょ?どんな荒事にも対応出来るように、今のうちに色々なことをやらせておきたいんだ。それに、出久がこうして訓練をやっているのは、ちゃんと親御さんに説明をしたから、説得が出来たと思うよ」

 

「...それは...そうですね...」

 

キキの説得に渋々納得をする白部。

けれど、また新たな疑問が生まれる。

 

「しかし...。オールさんと八木さんは結構厳しいのですね。お二方は、ヒーローに関する仕事をしていたのですか?」

 

「していないよ。命懸けの仕事だと分かっているから、厳しくなっているだけだよ」

 

訓練のやり方も、バレる原因なのか!?と、思ったキキは少し焦り、いつもよりも少し早めの口調で答えてしまう。

けど、白部はキキの変化に全然気が付いていなかった。

 

「そうですよね。ヒーローはいつも命懸けですものね」

 

笑顔で納得をしてくれた白部にキキはほっと息をつく。仲良くなりながらも、バレないように気を付けようと、心に刻むのであった。

 

 

 

訓練をするのが当たり前になってきた冬。

冬の厳しい寒さが人々を凍えさせる。だけど、常に体を動かしている緑谷には関係なかった。寒さを吹き飛ばすかのように、今日も緑谷は走り続ける。

 

緑谷とキキが対峙する。

ゴミの山は着々と減っている為、その分冷たい風を浴びることになったが、緑谷は気にしていられる余裕は無い。これから模擬戦は本格的になるのだから。

 

 

「ぐっ....!!」

 

緑谷は思い切り殴られる。その痛みに倒れそうになるが、なんとか持ち堪える。緑谷は戦闘力の差に絶望しそうになる。

動画とかでプロヒーローの動きを見ている緑谷。そんな彼でも、キキの動は不規則故に、見切ることは出来ず、体につけている重りのせいにしても、キキも緑谷と同じ重さの重りをつけているから言い訳は通用しない。

 

避けるにも重りと痛みで上手く動けず、痛みに堪えるしかできない自分に腹を立てる緑谷。

模擬戦は緑谷がボコホゴになるまで続いたのであった。

 

 

 

「あはは...またボロボロですね。緑谷君」

 

緑谷とキキが休憩していると、白部がいつものようにやって来る。

ボロボロ緑谷の姿を見て白部は苦笑いを浮かべる。

 

「はい...。負けてしまって...」

 

「...?負けたの?今までは、一方的に殴っていたりしていませんでしたか?」

 

緑谷は悔しそうに語るが、模擬戦の内容を知っている白部には疑問でしかない。

 

「今日からの模擬戦は私も戦うことになったんだ。出久も避ける練習をしていた方がいいからね。敵が黙って攻撃を受ける訳ないし、少しは反撃の練習をしないといけないからね」

 

「それは...まあ...そうですけど...。だからって、ここまでやる必要はないと思いますが...」

 

「ううん、ここまでやらないといけないんだ!ただでさえ、始めるのが遅かった僕は、皆の倍頑張らないといけないんだ!湖井さん、オールさんは悪くないよ。避けられなかった僕が悪いんだ」

 

「そうなのですね...」

 

緑谷の熱い叫びに白部は引き下がる。

普段大人しめの緑谷の叫び声に何も言えず戸惑っていた。だが、戸惑っているのも短い間だけだった。

 

「しかし...緑谷君って、戦闘が苦手なのですね。こんな調子だと、先が思いやられますよ」

 

「いや...これは...!!そう!重りをつけていたから、こんな結果になったんだ!」

 

白部の言い方に癪に障った緑谷は必死に反論をする。

 

「慣れてもいないのに、なんで重りをつけたまま戦うのですか?」

 

緑谷の反論は更に呆れさせるだけであった。

 

「そ、それは...オールさんも...重りをつけていたから...」

 

白部が呆れ返っていても、緑谷の言い訳は続き、白部は長い溜め息を吐く。

 

「......オールさんは強いからいいですのよ。それよりも...なんでオールさんはそんなに強いのですか?」

 

「鍛えているからだよ。世の中敵(ヴィラン)が多くて物騒だから、厄介事に巻き込まれても対処出来るようにしているんだ」

 

「まあ...。確かに物騒な世の中ですものね。それとオールさん、対処出来るように頑張るのではなく、巻き込まれないようにすることはお考えならないのですか?」

 

「勿論、巻き込まれないように考えて行動しているよ。ただそれだけだと、いざという時何もできなくなるから、困ると思うんだ」

 

「オールさんは、昔、何か事件に巻き込まれたことがあるのですか?」

 

「......うん......」

 

敵(ヴィラン)の多さを言い訳に強さの理由を語るのだが、普通の人は逃げることを第一に考えていたことをすっかりと忘れたキキは、改めて普通の人を演じる難しさを実感をする。

これ以上聞かれたくないキキは、大袈裟に辛そうな表情を浮かべる。その表情を見た白部は、辛そうに、申し訳なさそうにキキの表情を伺いながら謝る。

 

「大変失礼なことを聞いてしまい、本当にすみません」

 

「気にしなくていいよ。もう過去のことだから」

 

キキが気にしなくても、白部は他人の嫌な過去を踏み込んだ自分を許せないようだ。

自分を責めている白部にキキは心を痛め付けられる。

 

そんな姿を見たくないキキは、急いで話を変えることを提案をする。

 

「もう過ぎたことだから、全然気にしていないから平気だよ。だから、白部は自分を責めないで。これ以上この話を続けても、互いに嫌な思いをするから、別の話をしよう!」

 

「えぇ...そうですね...。お気遣いありがとうございます。オールさん」

 

気にしていないという言葉に、安堵した白部は笑顔で頷く。

白部もこの話はしたくないようで喜んで話を変える。

 

「緑谷君は、今年の春からヒーローを目指しているようですが...」

 

「えっ!?僕の話!?」

 

今までの流れで自分の話題になると思わなかった緑谷は、驚いてすっとんきょうに叫んでしまう。

 

「はい、そうです。個人的に気になることがあって...」

 

驚いている緑谷を面白そうに見詰めながら、話し掛ける白部。

 

「気になること?」

 

「はい、とても気になることがあります。緑谷君は何故、今頃になって、ヒーローを目指しているのですか?」

 

「えっ...?それが、気になることですか?」

 

「えぇ、とても気になることですよ。だって、ヒーローは、緑谷君の知っての通り、命懸けのお仕事です。夢を追い掛けるのに遅いも早いもありませんが、命を懸けるのなら別です。少しでも早く鍛えなければなりません。しかも、緑谷君が目指す学校は、あの雄英。はっきり言ってしまえば、とても無謀な状態で挑むものです。それでも、目指すということは、何かヒーローを目指したい、大きな出来事があったのかと思って、とても気になります」

 

白部は真剣に尋ねる。

あまりの気迫に緑谷は押され気味だ。助けを求めた緑谷は、オールマイトやキキに視線を送るが、誰も目線は合わせず自分でなんとかするしかなかった。

 

「それは...僕とかっちゃんがオールマイトに救われたから...」

 

「かっちゃん?救われた?どういうことですか?」

 

「あの...ヘドロに襲われた事件で....」

 

「えっ!?緑谷君とお友達は、あのヘドロ事件の被害者だったのですか!?」

 

「ヘドロ事件?それはどういうこと?」

 

聞き慣れない単語にキキは首を傾げる。

 

「オールさんはヘドロ事件をご存知ないのですか?」

 

「うん、知らない」

 

ヘドロ事件を知らないことに、緑谷と白部は信じられないと、全身で驚きを表現していた。

そんなに知らないといけないのか?と、キキは内心不満を感じていると白部が説明をする。

 

「今年の春に起きた事件で、一人の少年がヘドロ敵(ヴィラン)に捕まって人質にされていました。現場に居たヒーロー達は、敵(ヴィラン)と相性が悪く、手を出すことができず見ているだけでした。そんな時にオールマイトが颯爽と現れて、ヘドロ敵(ヴィラン)を一撃で吹き飛ばしました。ここまでが、表向きの話です」

 

「また...相性が悪くて見殺しか...。本当にこの世界のヒーローはどうなっているんだ?」

 

キキが愚痴る。

二人には聞かれてはいなかったみたいで話は続く。

 

「これはあまり語られていないのですが...ヘドロ敵(ヴィラン)に立ち向かった一般人がいるのですよ」

 

「それが出久?」

 

「うん!そうなんだ!かっちゃんの顔を見ていたら、いても立ってもいられなくて!」

 

嬉しそうに誇らしげに語る緑谷。

その様子を見てキキは、オールマイトが選んだ理由を思い出す。

 

「成る程...だから...認めたのか...。けど、なんで、表向きに語られていないんだ?」

 

「それは...ヒーローの威厳が廃るからです」

 

「相性が悪くて立ち向かわない時点で廃れると思うけど...」

 

「......そうですね...。ま、まあ!ここで緑谷君を褒め称えたら、危ない行動を認めるようなものですから...!!救われたから、緑谷君はヒーローを目指すのですね!」

 

凄く慌てた様子で話を振る白部。

変貌ぶりに驚くキキと緑谷だったが、特に追求することなく緑谷は質問に答える。

 

「いや、ちょっと違うかな...」

 

「えっ?そうなのですか?」

 

「なんて言うか...。オールマイトだけが僕を認めてくれたんだ」

 

「認めてくれた?」

 

「うん。あの日帰り道に、オールマイトがやって来て、ヒーローに成れるかどうか悩んでいた僕に君はヒーローに成れるって、言ってくれたんだ。...だから、その言葉に応えられるように、今からでも頑張りたいんだ!」

 

「そうだったのですね...。オールマイトの期待に応えられると良いですね」

 

「うん!頑張るよ!」

 

緑谷は眩しい笑顔で頷き、入試の日まで全力で鍛えるのであった。

 

 

 

入試本番の日。

キキと緑谷と白部は歩いて雄英高校に向かう。

 

「あの海岸綺麗にしたのですね。まさか、入試の日まで頑張るとは思いもよりませんでした。...ところで、緑谷君、気持ち悪そうにしているようですが、大丈夫ですか?」

 

「うぅ...気持ち悪...」

 

キキと白部に会うとすぐに、緑谷は海岸のゴミ掃除の報告を喜んでしていたが、緊張のあまり吐き気に襲われていた。

 

「緊張をするのは分かるけど、これぐらいの緊張は乗り越えられないとヒーローには成れないよ」

 

「オールさんは意外と厳しいのですね」

 

「そう?」

 

「ええ、こういう時は励ますものですよ」

 

「励ますと言われても...。出久は今まで頑張ってきたし、強くなったのだと胸を張って言える。だから、励ます必要はないと思うんだ」

 

キキは緑谷の頑張っている姿を見ていた故に、言うことは特にないと思っていた。

 

「へぇ...。とても格好良いことを言うのですね」

 

感心する白部にキキは照れ臭くなる。

照れ臭くなったキキは何気なく周囲を見渡すと、他の受験生がこちらをまじまじと見ていた。

 

「なんで、皆こっちを見ているんだ?」

 

「あ...それはですね...。緑谷君以外、大人を連れてきていないからですよ」

 

「そういえば、なんで、二人は着いて来てくれたの?」

 

「私は雄英を見てみたかったからです」

 

「私は受験生を見てみたかったから」

 

緑谷の疑問に白部はウキウキしながら答え、キキは周囲を見渡しながら答える。

緑谷の訓練が始まった日、"無個性"という酷く下らない理由で、虐めたをしていた人達がヒーローを目指しているのを納得をしていないキキは、そいつがどんな奴か一目見てみたかったからだ。

 

「オールさん...なんだか怖いのですが...」

 

「ひぃ..!!何を急に怒っているんだ...?」

 

「....あ、ごめん。二人には怒っていないけど、ちょっとムカついたことを思い出して...」

 

自分が怖がらせたことに気が付いたキキは急いで謝り、表に出さないように気を付けるのであった。

 

 

話ながら歩いているうちに三人は雄英に辿り着く。

雄英は学校とは思えない程、とても大きくて立派な建物だ。

 

雄英に近付く程受験生が多くなる。

その分じろじろと見られるが、キキは気にせず緑谷を励ます。

 

「じゃあ、頑張ってね」

 

「う、うううん!頑張るよ!」

 

「...あんな状態で、大丈夫でしょうか...」

 

心配そうに見詰める白部にキキは何も言わなかった。

緑谷が建物に入るまで見守ることになったが、歩いている最中にもふらふらしており、足をもたつかせていた。終には転びそうになっていたが、茶髪の少女に助けられていた。緑谷は「女の子と喋っちゃった」と、嬉しそうに大きく言う。だけど、キキと白部からすれば、それは会話に入っていないぞ。と、呆れ果てさせるのであった。

 

「出久......。私と白部は女性でなかったのか?」

 

「きっと...同世代の女の子と話せて...嬉しいのでしょう...。...彼はどうやら平気そうなので、私は仕事に行きますが、オールさんはどうしますか?」

 

「私も帰...!!」

 

キキが返事をしようとすると、後ろから殺気にも似た視線を感じて振り向く。そこには...

 

並みの子供よりも小さい受験生が緑谷を睨んでいた。

彼の頭には紫色のボンボンを付けており、彼の瞳から血の涙を流していた。

 

「オイラの目の前で...!!イチャイチャしやがって...!!絶対に!絶対に!許さねえぞ!!」

 

これ以上は叫ぶと迷惑になると分かっているのか、ハンカチを噛んで走り去る。

その様子を呆気なくキキと白部は見詰めることしか出来なかった。

 

「イチャイチャ...?どういうこと?」

 

「さあ...何を言っているのかはさっぱり分かりませんが、彼も受験生みたいですね」

 

「そうみたいだね。....とても濃い人みたいだ」

 

「あはは....そうですね」

 

キキと白部と苦笑いを浮かべながら帰る。

 

 

キキは歩きながら願う。

誰かに嫌がらせをしたり、傷付けることに躊躇しない人は受かりませんようにと、何度も学校の方を振り向きながら、強く願うことしか出来ないキキであった。



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25話 結果発表

原作と特に変わりはないので、緑谷の入試はカットします。


入試を終えてからの緑谷の様子は可笑しかった。

大丈夫?とキキが尋ねても緑谷は上の空であった。緑谷が入試の結果が気になってしょうがない気持ちはキキも理解しているが、それで訓練を止めては意味はないのでキキが引っ張る形で訓練を続ける。

 

多古場海浜公園が綺麗になったので、別の海岸に移動をする。移動先の海岸は古場海浜公園と近く、似たような条件だからかゴミだらけであった。

ゴミだらけで不愉快になる筈なのに、キキとウィズと緑谷は不思議と懐かしい気分に浸る。懐かしさのあまりに数分間も景色を眺める程であった。

 

このまま景色を眺めていても始まらないと思ったキキは大きな声で指示を出す。

 

「出久、ぼーっとしても始まらないから、訓練を始めるよ。暫くの間は集中をしていられないと思うから、結果が届くまでの間はゴミ拾いだけでいいよ」

 

「は、はい!」

 

キキの声に驚いて一瞬固まった緑谷だが、気を取り直して返事をする。

それから、ぼーっとしていた時間を取り戻すかのようにテキパキとゴミ拾いを始める。

 

お昼の時間になったところで、緑谷のゴミ拾いは一時中断をして昼休憩を取る。

緑谷がプロテインで水分補給をしていると、ウィズが質問をする。

 

「そういえば、入試では何と戦ったのにゃ?」

 

ウィズの質問に苦笑いをする緑谷。

緑谷の表情を見るからに、あまり良い結果ではないと簡単に察することが出来る。

 

「えっと...ロボットだよ...」

 

「人とじゃなくて、ロボットと戦うんだにゃ」

 

「ウィズさんは、ロボットのことを知っているんですか?」

 

「まあにゃ。ここよりも文明が発達しているところにも旅をしたことがあるからにゃ」

 

「そうなんだ...」

 

「ロボットということは...生身だと難しいね」

 

「そうなんだよねえ...。"個性"が使えればなあ...」

 

「いや、"個性"がなくても勝てるよ」

 

嘆く緑谷にキキは釘を指す。

無敵に近いオールマイトの"個性"とはいえ、将来、"個性"が効かない場合があった時、自信を失い、何も出来なくならないようにする為だ。この話は味方だけではなく、どんな敵でさえも絶対が破られた瞬間、狼狽え慌てることを知っているからだ。

 

"個性"の力を信用しても、過信はいけない。

それを伝えるのも、自分の役割だと思っているキキは過去の経験を語る。

 

「確かにオールマイトの"個性"は強いよ。けどね、オールマイトよりも強い人はいくらでもいる」

 

「それは異世界の話でしょ!この世界にはいないよ!」

 

オールマイトの強さを信じて疑わない緑谷にとっては不愉快な話であり、何度言われようが、聞き入れることは出来ないのだ。

 

「今はね。けど、後から強い人が出てくるかもしれない。それに、出久は最初のうちは"個性"を上手く扱えないと思う」

 

「そんなの!訓練をすれば!」

 

「力は強ければ強い程、なんならかのデメリットがある。力は簡単に扱えるものではない」

 

「それは...そうだけど...。だけど、なんで、また価値観が合わない話をするんですか?互いに受け入れられないのに...」

 

嫌な話をするキキに緑谷は、ジト目で非難めいた視線を送る。非難めいた視線にもキキは特に動じることはなく話を続ける。

 

「こればかりは、どんなに価値観が合わなくても、心に刻み付けとかないといけないんだ」

 

「なんでですか?」

 

「出久はこれからヒーローになるでしょ。ヒーローになったら"個性"が効かなかったので勝てませんでしたって、言い訳はつかないよ。それに...戦闘には絶対はない。だから...もしものことは考えた方が良い。驚いて何も出来なくなるから...。何度も魔法が効かないことがあったのに、未だに破られると動揺して、隙を作ることがある...。だから出久も心に刻み付けた方が良いよ」

 

キキが遠くを見詰めるその表情は、険しい顔をしており体が微かに震えていた。

これには機嫌が少し悪くなっていた出久でさえも、怖くなってきて素直に受け入れた。

 

「さてと...。ご飯食べて休憩したら、模擬戦をやろう。...出久も、ボクも、強くならないといけないからね」

 

キキは出久の欠点を見つめるのと同時に、自分の欠点が否応なしに強制的に突き付けられる。

ああだ、こうだと言っている割には自分の欠点とあまり変わらないんだと改めて実感をする。

 

緑谷を鍛えながら自分も強くなろうと、決意をしたキキはびしばしと戦闘訓練を行うのであった。

 

 

緑谷が悶々と日々を過ごした一週間後。

遂に結果は届く。その結果は...

 

 

なんと合格をしていたのだ。

喜悦に満たされた緑谷は、一日中笑顔を通り越した変顔で過ごし、キキとウィズに対してずっとお礼を言い続ける程であった。

 

物凄く喜んでいるのは緑谷だけではない。

緑谷の母親も同じくらい喜んでおり、是非、お礼を言いたいと。緑谷の雄英合格祝いを兼ねて、キキと仲良かった白部が家に招待をされたのだ。

 

 

「白部、後どれくらい?」

 

「そこを右に曲がって...暫く歩けば着くみたいですよ」

 

家に招待されたキキと白部は、渡された紙を見ながら、緑谷の家を目指して歩く。

緑谷が案内すれば良いだけの話かもしれないが、緑谷は母親と一緒にパーティーの準備をする為、案内はできなかった。

 

歩いて最中にキキは、白部が持っている大きな茶色の紙袋が目に入る。ただ歩いているだけではつまらないので話のネタとして質問をする。

 

「白部、その紙袋は何?」

 

「この紙袋ですか?緑谷君の合格祝いのプレゼントです」

 

「もしかして...合格したら、お祝いに何かプレゼントをしないといけなかった?」

 

思わぬ答えにキキは焦る。

この世界では何か合格をする度にプレゼントを贈るのが常識だとしたら、持ってきていない自分はどうしよう!?とキキは面を食らう。

 

「いえ...お祝いをあげるのは、祖父や祖母、親戚の方ぐらいですので、別にあげなくても大丈夫ですよ。私があげたいと思ったのは仲良かったからと、入試の日に迷惑を掛けてしまったから...」

 

「あ...私も迷惑を掛けてしまったけど...」

 

「オールさんは、普段の訓練に付き合っていることで、大丈夫だと思います」

 

困ったような笑みだけど励ますように白部は笑う。

緑谷が案内しない理由は実はパーティーの準備ではなく、入試の日に物凄く注目されて、恥ずかしくなった緑谷は外ではあまり会えなくしまったのだ。海岸まで離れていれば問題はないのだが、街に近付くと誰かに見られている心配で近付けなくなっていた。

 

「出久から聞いた時は驚いたよ。試験が終わってすぐ、金髪に黒のメッシュが入った少年と、背が凄く低い紫色のボンボンを頭に付けた少年と、数名の受験生に囲まれて、ハーレム野郎と文句を言われたらしいね...。ところで...ハーレムって何?」

 

「ハーレムと言うのですね...複数の異性にモテることです。...やっぱり、保護者でもない人が行くのはまずかったみたいですね...。これが切っ掛けで新しい学園生活で虐められなければいいのですが...」

 

「それだけは絶対に阻止しないとね...。けど...あれってモテていることに入る?」

 

「うーん...。どうでしょう...」

 

ハーレムの基準は白部にも分からないようで、頭を悩ませていた。

そんなこんなで話をして歩いている内に、いつの間にか緑谷のアパートに辿り着いた。

 

 

 

「えっ、えっと、初めまして、出久の母の、緑谷 引子【みどりや いんこ】と申します。灰色の髪の女性が湖井白部さんで、金髪の女性がレイチェル・オールさんですよね?」

 

緑谷と同じ緑色の髪、少しふくよかな体型。緑谷の母親と思われる人物がキョドりながら自己紹介をする。

二人は安心させるように笑顔で返した。

 

「こちらこそ、初めまして。私が湖井白部と申します。本日はお招き頂き、ありがとうございます」

 

「レイチェル・オールです」

 

「二人とも礼儀正しくて良い人だわ。出久からよく話は聞いております。中は狭いですが、どうぞ、ゆっくりとしていって下さい」

 

「「お邪魔します」」

 

緑谷の母親に案内をされて家の中に入る。

 

「湖井さん、オールさん、ようこそ。...こうやって、人を呼ぶのは久し振りだなあ...」

 

廊下を歩いていると、顔を真っ赤に染めて照れ臭く笑う緑谷が出迎える。

 

「合格おめでとうございます。緑谷君」

 

「合格おめでとう」

 

「湖井さん、オールさん、本当にありがとう」

 

祝福の言葉に緑谷は今にも泣きそうになる。

泣きそうな緑谷を微笑んで止める白部。緑谷が乱暴に涙をぬぐうのを見届けると白部は茶色の袋ごと渡す。

 

「緑谷君、泣くのはまだ早いですよ。私から...つまらない物ですが...合格祝いのプレゼントです」

 

「えっ...?僕にプレゼント!?」

 

「はい、そうですよ。合格祝いのプレゼントです」

 

「ここで開けて良い?!」

 

「ええ、構いません」

 

オーバーリアクションをする緑谷を、にこにこと見詰めながら白部は承諾をする。

緑谷は恐る恐る紙袋から丁寧に内装された箱を取り出す。丁寧に内装を剥がすと...

 

「これって...!オールマイトの水着フィギュア!?」

 

謎のポーズを取る水着姿のオールマイトのフィギュアが入っていた。

 

「ええ。といってもそれは、試作品なんですけどね。どうせ廃棄処分するのでしたら、勿体なくて私が回収をしたのですよ。出会えたご縁として、誕生日とかでプレゼントとしてあげようと思っていたのですよ。丁度よく、雄英に合格したのでそのお祝いです。裏にはオールマイトのサインが書いてありますよ」

 

「こんな...良い物を...僕なんかが貰っても良いの!?!?」

 

「はい。そのフィギュアが、緑谷君へのお祝いですから...」

 

感激のあまり緑谷の涙腺が壊れ滝のような涙を流す。白部とキキは緑谷の涙の量にドン引きをしたものも、苦笑いをしてなんとか冷静に保つ。

 

「本当にありがとうね...貴女方がいてくれて...」

 

母親も息子に負けじと同じくらいの量の涙を流す。

 

「泣いていないでさ、これからパーティーを始めようよ」

 

切りがないと思ったキキはパーティーを催促をする。

泣いていた緑谷と母親は、素直に泣き止めて笑顔になる。

 

「そうね。せっかくのパーティーですもの、泣いている時間は勿体ないわね。出久、準備を手伝って」

 

「う、うん!」

 

緑谷と母親は急いで準備に取り掛かる。

箸出して、小皿出してとかの指示を出す声が、忙しなく二人の耳に聞こえてくる。何かを指示を出す声が聞こえなくなると準備は終わる。

てっきり、もう少し待つかと思っていた二人は、少し驚いたものも扉を開けて部屋に入る。

 

部屋は色とりどり飾り付けされており、テーブルの上にはジュース、寿司、骨付き肉の唐揚げ、ポテト、サラダ、ケーキなどのスイーツが並べられていた。

 

「遠慮しないで食べて下さい」

 

「では、遠慮なく...」

 

「「いただきます」」

 

楽しいパーティーが始まった。

 

 

 

「緑谷君の合格通知を見てみたいです」

 

会話が弾み楽しく食事が進んでいるうちに、手紙のことを思い出した白部が尋ねる。

 

「...!そうだったわ!気になるのは当然ことなのに、まだ見せていないなんてごめんなさいね。今、持ってくるから、少し待っていて下さい」

 

「あ、母さん!」

 

緑谷が何故か慌てた様子で母親を止めようとするが、母親は緑谷の話を聞いていなかった。

数分も経たない内に小さい機械を持ってくる。

 

「これが...合格通知なのですか...?」

 

思っていた物とは大分違う物であった為、二人は困惑をする。母親も二人と同じ反応をしていたのか、苦笑いをしていた。

 

「私も初めて見た時、戸惑ったわ。そこのボタンを押すと映像が流れます」

 

「映像が...」

 

「流れる...」

 

疑問が多すぎて二人は思考を停止してしまうが、このまま何もしない訳にはいかず、キキがボタンをポチっと押す。

 

『私が投影されたあぁーーー!』

 

「「オールマイト!?」」

 

黄色のスーツを着たマッスルフォームのオールマイトの姿が浮かび上がる。

その映像を観たキキと白部は同時に驚く。しかもかなりの大声だったので耳が痛くなる。

 

キキと白部は色々と質問をしたいことがあるが、先ずは黙って映像を観ることにする。

 

『諸々、手続きに時間が掛かって、連絡が取れなくてね....ゴホン。いや、済まない』

 

オールマイトが空咳をすると一礼をして謝る。

何故この場で謝るのだろうか?とキキは冷静に疑問に感じる。驚きすぎた白部は口を開けっ放しにしていた。

 

『実は、私がこの街に来たのは...他でもない。雄英に勤めることになったからなんだ』

 

『ううん』

 

オールマイトが勝手に頷いていると、誰かが手で合図を出していた。

 

『えっなんだい?巻き?いや、彼には話さなければいけないことが...。後がつかえている?』

 

合格発表と関係ない、知らない誰かと謎のやり取りが流されていた。

なんだこの映像は?とキキは少し呆れていた。

 

『筆記が取れていても、実技は三ポイント。当然、不合格だ』

 

「合格したんじゃないの!?」

 

驚き呆けていた白部が吃驚をして現実に戻ってくる。

 

『それ、だけ、ならね!』

 

オールマイトの姿が消えて、今度は、入試の日に緑谷を助けてくれた茶色の髪の少女の姿が映し出される。

 

『すみません...。あのー...』

 

『試験後すぐに、直談判しに来たってさ』

 

「「なんで!?」」

 

不合格と言っても合格しているからには、何かしらの理由でどんでん返しがあることをキキは分かっていたのだが、流石にこの流れは読めず白部と一緒になって叫ぶ。

 

『続きをどうぞ!』

 

視聴者の疑問を分かっているかの如く、少女の映像の続きが流れる。

 

『あのー...頭、もっさもっさの人、そばかすがあった人...分かりますか?地味目のー』

 

少女は雄英の教師と思われる金髪の男性と話していた。

 

『その人に、私のポイントを分けることはできませんか?』

 

『あの人、三ポイントしか取れなかったって言ってて、私聞いてて...。せめて!私のせいでロスした分...あの人......』

 

 

 

『私を助けてくれたんです!』

 

『お願いします!お願いします!お願いします!』

 

必死に頼む少女。

少女の想いにキキは凄いなと感心するものの、そんなのあり?と疑問を覚える。白部は特にも何も疑問を抱くことなく感動をしていた。事前に観ていた母親でさえもティッシュで涙を拭いていた。緑谷は何故か冷や汗を流し画面を観ていなかった。

 

ピッ

 

画面の向こう側のオールマイトが少女の映像を止める。

 

『"個性"を得てなお、君の行動は...』

 

「出久!!」

 

キキはバッン!!と、怒りのあまり力いっぱいテーブルを叩いた。その衝撃でジュースが溢れるが、キキは怒りで気にも止める余裕はなかった。

 

「なんで君が"個性"を持っているんだ?!答えろ!」

 

映像は相変わらず流れているが、キキの怒りの方が気になって誰も観てはいなかった。

何も答えない緑谷に痺れを切らしたキキは胸ぐらを掴む。

 

一方緑谷はなんて答えれば良いのかを迷っていた。説明を上手くできなければ、互いの秘密がバレてしまうからだ。二人きりならともかく、ここには母親と白部がいる。緑谷が悩んでいるとなんとか苦しい言い訳が思い付く。

 

「た、確かに、"個性"が見付かるのは、四歳までと、決まっているけど、僕は例外だったらしいんだ。オールさんも"無個性"だから怒るのは分かるよ!僕も逆の立場であったら、嫉妬して怒ると思うし...だから言えなかったんだ...」

 

キキの怒りの理由を嫉妬ということにする。

キキの行動をハラハラしながら見ていた二人も、かなり納得をしてキキに同情めいた視線を送る。

 

「オ、オールさん!怒る気持ちは分かりますが、その気持ちを抑えて下さい!お願いします!」

 

母親が必死に頭を床につけてお願いをする。

必死に頼む母親の姿にキキはなんとか怒りを抑える。暫くの間胸を軽く掴んでいたが、誰にも聞こえない音量で小さく呟くと乱暴に緑谷を突き放す。

 

「君は...君達は...約束を...いや、別にしていなかいか...。勝手に私が言ったことだ...。それでも......」

 

キキはこの先は言わずに部屋を出ていき、そのまま玄関の扉を開けて家から出る。

 

 

 

後に残された人達は、呆然と案山子のように突っ立てしまっていた。

楽しくなる筈のパーティーは、緑谷の一生の思い出となる合格通知によって潰されてしまったのであった。



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26話 クラスメイト

あれから、緑谷と一方的に仲違いをしていたキキは話をするどころか訓練にも来なくなっていた。

オールマイトが必死にキキに頼み込んでも、考え方が違うから無理だとか、教えることはないと言って、緑谷とオールマイトから離れていった。

 

キキとウィズは気持ちを整理する為、人気のない海岸で海をボーッと見詰める。

 

「ねえ、ウィズ」

 

「何にゃ?」

 

「ボクの考えてそんなに可笑しいのか?」

 

「自分の考え方に自信を無くしてしまったのにゃ?」

 

キキの質問に質問を返すウィズ。

キキは首を横に振って否定をする。

 

「間違っているとは思ってはない。ただ...」

 

 

 

「この先彼らとやっていける自信が無くて...」

 

間を空けてキキは弱音を吐く。

 

「そもそも出久に"個性"を受け渡しを反対しているのは危ないからであって、体が充分にできていれば文句は言わないとあれ程言ったのに...。なんで話を聞いてくれないのかな?命に関わることなのに...。それに...」

 

 

「あれだけ話し合っても理解してもらえなれない。そんな状態でこの世界の問題に立ち向かってくれるのだろうか?...いや...彼らにとっては...」

 

 

「こんな世界の方が良いかもね」

 

キキは嘲るように吐き捨てる。

 

「それは違うと...思うにゃ...」

 

ウィズは自信なさげに反論をするが、キキは溜め息を吐くだけだった。

 

「そうかな?彼らって、"無個性"で嫌がらせを受けた割には、この世界の考え方に疑問を持っていないよね。それで良いから変えようとしないのでしょ」

 

「なんで急にそう思い始めたのにゃ?」

 

キキの暗い雰囲気に戸惑いながらも、ウィズは質問をする。

 

「だって...」

 

 

「"個性"がなくても!頑張ろうとしないじゃないか!」

 

キキはありったけの声量で叫ぶ。

喉が潰れても可笑しくはない程叫んだのにも関わらず、まだ想いが止まらないキキは叫び続ける。

 

「自分達が一度!頑張っていかないと意味がない!諦めてしまっている人の言葉なんか!誰が聞いてくれるんだ!」

 

「そもそも...!出久が"個性"を受け取ったら!説得が出来なくなってしまうじゃないか!!!」

 

キキの叫びを聞いてウィズはハッと気が付く。

キキがどんなに"無個性"の人を想っていても、絶対に伝わらないことを。

キキは異世界で"無個性"に当たる人物に負けたことがあり、なんの力が無くても強いことをその身で染みている。しかし...

 

キキがそのことを伝えようしても無駄だ。何故ならば、説得力が皆無にも等しいからだ。

キキがどれだけ"無個性"は強い存在だ!と訴え続けたところで、"個性"が無くて苦しんでいる人にとっては馬鹿にしているようにしか感じられなく、余計な反感を買うだけだと緑谷の態度で散々知ることになった。

 

例えるのならば、お金が無くて食べ物が買えず、明日飢えて死んでしまうような子供にお金を使いきらない程持っている大金持ちが、お金が無くても幸せに生きていけるんだよと、笑顔で態々嫌みなことを説教をしてくる最悪な人物みたいなものだ。

 

だが...

 

"無個性"の時の緑谷だけは違う。

 

緑谷が頑張るだけでも、"無個性"が無力ではないことを証明が出来る。

彼が頑張るだけで"無個性"に希望を与え、少しでも良い結果を残せばそれだけで励みとなる。説得力を感じた"無個性"の人達は話をすんなりと聞いてくれるようになる。

 

けど...

 

もう遅い。

 

オールマイトの"個性"を受け取ってしまったからには、彼はただの強い"個性"持ちの人間でしかない。かつては"無個性"だったと言ってはいけないし、ハナから信じてはもらえない。

 

本当にやってくれたな...とキキは頭を抱える。

自分が"無個性"は無力な存在ではない!と言っても聞かなかったくせに、"個性"を受け取った瞬間、同じ失敗を繰り返すことになるのになんで気が付かないの!?とキキは嘆く。

 

緑谷が卒業してから"個性"を継承するのなら全く問題はないのだ。

オールマイトの"個性"は強力過ぎる。体を作っていないと危ないもの。けれど、だからこそ言い訳が出来る。この"個性"は諦めずに体を鍛えたから"個性"が発現したのだと。"無個性"の地位向上は上がらないが頑張る気力は出てくる筈だ。

 

 

キキは乱暴に溜め息を吐いて、気持ちを落ち着かせようとしていると携帯電話が鳴る。

キキは出るか出ないか迷っていたが、電話をかけてきた相手が白部だったので電話に出ることにする。

 

「もしもし?」

 

『もしもし、オールさんでございますでしょうか?』

 

仲良くなったてきたのに、電話では結構他人行儀だなとキキは白部の態度の変わりように吃驚をする。

 

「そうですけど...」

 

『良かった...。電話に出てくれて...』

 

安堵の溜め息が聞こえてくる。

キキがなんで安心をしているのだろうか?と、考え込んでいると、電話越し分かる程白部の雰囲気が一気に柔らかくなる。

 

『グス...本当に...本当に...グス...無事で良かった...。心配をしていたのですからね...。ヒック...』

 

泣きながら安堵する白部にキキは困惑をする。

 

(えっ!?なんで白部は泣く程心配をしているの!?吃驚したり、ドン引きをするのなら分かるけど、何故そんなに心配をしてくれるのだろうか?...そういえば...白部は"無個性"と昔何かあったみたいで、トラウマになっていたのようなのに...どういうことだ?)

 

『オールさん!大丈夫ですか!?』

 

白部の切羽詰まった声でキキは現実に戻る。

取り敢えずキキは平静に取り繕うことにする。

 

「全然平気だよ。出久に対して怒っていただけだから」

 

『そう...良かった...』

 

何故か一安心をする白部。

白部の様子にキキは思考の海に沈んでいく。

 

(出久と白部はそれなり仲良い筈なのに...喧嘩していたら、それはそれで気まずいのじゃないか?なんか...白部のことが余計に分からなくなってきた...)

 

キキはまた考え込もうとしたが、長く考えていると白部に余計な心配を掛けてしまうので、本題に入ることにする。

 

「白部はなんで電話をかけてきたの?」

 

『えっ?...ああ、緑谷君のクラスメイトが、オールさんと私の話を聞いてどうやら興味を持ったらしく、私達に会いたいようです。喧嘩をして気まずいですけど...会っていただきませんか?』

 

「出久のクラスメイト...」

 

なんで自分に興味を持ったのだろうか?と、キキが首を傾げて黙っていると...

 

『嫌だったら、私が説明をしときますが...』

 

白部が気遣い始める。

 

「別に嫌じゃないよ!会いに行くよ。いつ会いに行けば良いの?」

 

『本当ですか!?では...今週の日曜日の午前十時に、緑谷君が訓練に使っているあの海岸で待っています!』

 

相手の顔が見えないのに、花が開いたような柔和な笑みが思い浮かんでくる。

キキは行くと約束をし、それを聞いた白部は喜んで電話を切る。

 

「会いに行くのはいいけど、キキの気持ちは大丈夫なのにゃ?」

 

「まあ...まだ色々と思うところはあるけど...。白部が心配していたし、出久を放っておいて最悪の場合になってしまったら目覚め悪いから放っておけないよ」

 

ウィズの気遣いをキキは笑顔で問題ない振りをする。

けど、その笑顔は岩石のように硬く、笑顔と呼べるものではなかった。

誰から見ても大丈夫ではないのは容易に伝わるが、ウィズもキキと同じ意見故に黙って見詰めていた。

 

せめてこれ以上何も問題が起きなければいいにゃと、ウィズは願うことしか出来なかった。

 

 

 

緑谷のクラスメイトに会いに行く当日。

 

ピーー!!

 

「皆!整列!」

 

笛の甲高い音が鳴るのと同時に男性の大喝が響く。

のんびり歩いていたキキは吃驚をして、急いで音の方へと走って向かう。音が鳴った先に走っていくと待ち合わせの海岸に辿り着く。

 

待ち合わせの海岸には、二十名近くの少年少女が整列をして集まっていた。

一人の少年が少し高めの台に乗って命令を下すが、残りの人達は文句あるようで各自不満を言っていた。

 

「飯田!休日にまでこんなことする必要はないだろ!」

 

「何を言っているんだ上鳴君!ヒーローは如何なる時も規律が大事ではないか!」

 

「飯田ちゃん、言っていることは正しいけど、これ、後から来た人を吃驚させるわよ。ケロッ」

 

「そうだな。これじゃあ近付けねえわ」

 

「そうだよ!せっかくの休日が台無しになっちゃうじゃん!」

 

「少なくとも楽しい気分にはなれないね☆」

 

「飯田!余計なことをして、出会いイベントを台無しにさせるなよ!このイベントがうまくいけば!次のステージに進み、次々と現れるイベントをこなすと、最終的にはあんなことやこんなことが...ギャーーー!!」

 

「うっさい、黙れ」

 

遠くから見ても分かる程、とても賑やかな空間になっていた。話し声の中には聞き覚えのある声が混じっていた。

キキが見とれていると背後に誰かが忍び寄る。

 

「わっあ!!」

 

「うわあぁ!?」

 

思わず叫んでしまうキキ。

誰がやったのか確認をする為後ろを振り替えると、服が浮いていた。

 

「ドッキリ大成功!」

 

「.........えっ......?」

 

驚かせてきたであろうと思われる人物は、楽しそうに言ってはしゃぐ。

キキはあまりの光景になんにも言えなくなる。

声や体つきで若い女性と判断出来たのだが、それ以外は何も分からなかった。敵意は無いから黙って様子見をしていられるが、それ故にどうすればいいのか分からずにキキは反応に困っていた。

 

「ねえねえ!あなたが湖井さん?それともオールさん?」

 

「えっ...?確かに、私の名前はレイチェル・オールだけど...」

 

ハイテンションで訊ねてくる女性?が、自分の名字を当てたものだから吃驚するキキだったが、この人は緑谷と同じクラスメイトではないか?と察する。

 

「もしかして...君は...出久のクラスメイト?」

 

「うん!そうだよ!」

 

キキの予測通りこの女性?は出久のクラスメイトであった。女性?はハイテンションのまま自己紹介を始めた。

 

「私の名前は葉隠 透【はがくれ とおる】!よろしくね!」

 

「宜しく」

 

葉隠はキキの手を握って握手をする。

葉隠のテンションについていけないキキは、されるがままにされていた。握手を終えた葉隠は皆がいるところに向かって叫ぶ。

 

「みんなー!オールさんが来ていたよ!」

 

葉隠の叫び声に集まっていた少年少女が、一斉にこちらの方を視線を向ける。

キキは緑谷との喧嘩の件で行きづらかったのだが、事情を知らない葉隠は引っ張って皆の元に連れていく。

 

「皆!元気良く挨拶をしよう!」

 

「そんなこと言われなくたって、ちゃんとやるよ」

 

「こんにちはーーー」

 

若者らしい元気いっぱいの挨拶がキキを迎える。

 

「こんにちは」

 

勢いに押されながらもキキは挨拶を返す。

 

「緑谷君の師匠に当たるオールさんですよね?初めまして、俺の名前は飯田 天哉【いいだ てんや】。緑谷君とは、同じクラスメイトであり、友人として、共に切磋琢磨をしていきたいと思います!本日はお忙しい中、来ていただき...」

 

(し、師匠!?確かにそういう立場になるけど...)

 

キキが緑谷のクラスメイトが自分はどの様になっているだろうか?と気になっていると、黒髪に眼鏡を掛けた少年が礼儀正しく挨拶をする。

礼儀正しいを越えて堅苦しい挨拶をする飯田に、赤いツンツンヘアーの少年が止める。

 

「おい、飯田。後がつっかえるからほどほどにしとけよ」

 

「ムッ!済まない!切島君!」

 

「別に気にすんなって」

 

飯田が赤いツンツンヘアーの少年に謝る。

会話を終えると、赤いツンツンヘアーの少年の自己紹介が始まった。

 

「俺の名前は切島 鋭児朗【きりしま えいじろう】だ。緑谷が鍛えられたって言っていたけどよ...マジ!?すげえよ!あの入試一位の爆豪に"個性"なしで立ち向かってよお」

 

「オールさんが指導したって、緑谷から聞いたけど、俺にも教えてくれないか?あ、俺の名前は尾白 猿夫【おじろ ましらお】。よろしく」

 

「俺の名前は障子 目蔵【しょうじ めぞう】だ。出来ればも教えてほしいのだが...」

 

「俺の名前は砂藤 力道【さとう りきどう】。俺も近接戦で強くなりたいから、教えてほしいなあ...」

 

キキにお願いをしながら、三人の少年が自己紹介をしてくる。

尻尾が生えている少年が尾白、両肩から触手のようなものを生やした長身の少年が障子、大柄でたらこ唇が特徴的な少年が砂藤。

 

「次は俺の番だな。俺の名前は上鳴 電気【かみなり でんき 】。よろしくな!なあ、緑谷とはどうやって知り合ったんだ?連絡先を交換しようぜ!」

 

「上鳴!抜け駆けはズリイぞ!オイラの名前は峰田 実【みねた みのる】!」

 

金髪に稲妻のような黒のメッシュが入った少年が上鳴、頭に紫色のボンボンを付けた、小さな子供のような体型をした少年が峰田。

 

(実?そういえば...確か...実は...入試の日に変なことを叫んで、血の涙を流しながら走り去って行った人だ...)

 

キキが峰田のことを思い出していたところ、黒のショートカットに耳たぶが異常に長い少女と、黒髪の痩せ気味の少年がキキに話し掛ける。

 

「初めまして、ウチの名前は耳朗 響香【じろう きょうか】。さっきの二人は馬鹿だから、気にしない方が良いよ」

 

「耳朗、結構ひでぇこと言うなあ。俺の名前は瀬呂 範太【せろ はんた】。よろしく」

 

耳朗と瀬呂の自己紹介が終えると、触角が生えた全身ピンク色の黒目の少女と、金髪に輝く瞳が特徴的な少年が語り出した。

 

「初めまして!私の名前は芦戸 三奈【あしど みな】!これからよろしくねー!」

 

「僕の名前は青山 優雅【あおやま ゆうが】。よろしく☆」

 

元気いっぱいな芦戸の声が、青山の話をほぼかき消していた。次に緑かかった長い黒髪の少し猫背気味の少女、黒髪をポニーテールにした少女、入試に日に緑谷を助けてくれた茶色の髪の少女が自己紹介を始めた。

 

「初めまして、私の名前は蛙吹 梅雨【あすい つゆ】よ。ケロッ。梅雨ちゃんと呼んで」

 

「私の名前は八百万 百【やおよろず もも】と申します。以後、お見知りおきを」

 

「私の名前は麗日 お茶子【うららか おちゃこ】と言います。その...出来れば...デク君と、仲直りをしてください...」

 

「デク?もしかして...出久のこと?」

 

キキの疑問に麗日がこくりと頷く。

麗日はキキに近付いて小声で控えめにお願いをするものの、キキはそのお願いを叶えさせる気はなかった。

そもそも、碌に体ができていないのに、"個性"を受け継ぐからいけないのだ。特にオールマイトに関してはキキの記憶を見たのにも関わらず、無断で"個性"を渡したのだ。許せと言われても許すことは出来ない。

 

それでも周りに関係ない人がいれば、普通に仲良い風には装うつもりだ。

 

麗日がキキから離れると、岩のような少年と烏の頭の

少年がキキの元にやって来る。

 

「僕の名前は口田 甲司【こうだ こうじ】です。よろしくお願いします」

 

「俺の名前は常闇 踏陰【とこやみ ふみかげ】だ。で、こいつは....」

 

「アイヨ!オレノナマエハ、ダークシャドウダ!ヨロシク!」

 

口田は喋れないのか、身振り手振りやメモに字を書いて自己紹介をする。常闇は自分の紹介共に"個性"である影のようなモンスターを呼び出して自己紹介をさせる。キキは"個性"にも人格があることに多少驚いた。

 

「全員、挨拶が終わったようだな」

 

頃合いを見計らっていた飯田が話を進める。その時だった...

 

「遅れて来てしまって、ごめんなさい!」

 

白部が息切れをしながらやって来た。

相当走ってきたのか汗でぐっしょりと濡れていた。

 

「大丈夫よ。もしかして...貴女が湖井さん?ケロッ」

 

「はい、そうです」

 

白部が来たことにより、もう一度自己紹介をするのであった。

 

 

 

「ところで、皆はなんで私達に会いたいって思ったの?」

 

自己紹介が終えるとキキは疑問を尋ねる。答えは人によって色々と違っていた。

蛙吹、飯田、八百万は緑谷のゴミ掃除に感銘をして手伝いをしに。尾白、切島、砂藤、障子はキキに教えてもらう為に。皆が集まるなら面白そう!と芦戸、葉隠が声を掛けて回り、外部の女性であるキキと白部に興味を持っていた上鳴、峰田は邪な気持ちで会いに、そんな二人を見張る為に耳朗も付いてくことになった。単純に興味を持って会いに来ていたのは青山、口田、瀬呂、常闇。キキと緑谷が仲直りしてもらう為に麗日が説得をしに。

 

緑谷は...

 

気まずそうにキキのことをちらちらと見ていた。

 

「では!皆!ゴミ拾いをしようではないか!」

 

飯田が張り切って進めようとするが...

 

「それも大事だけどよお、俺はオールさんに教えてもらいたいんだけど...」

 

「俺もその時間はほしいなあ」

 

切島と尾白が申し訳なさそうに言う。

 

「えーー!ほぼ皆集まったんだから!少しは遊ぼうよー!」

 

「そうだよ!せっかくの休日が台無しじゃん!」

 

葉隠と芦戸が飯田の案を嫌がる。

 

「そうですねぇ...。今日は各自、自由に行動をするのが良いと思います。また...都合の良い日に皆さんで集まれば、良いと思いますし...」

 

白部が提案をする。

 

「うむ...その通りだな」

 

白部の意見に飯田は素直に受け入れる。

 

「と言う訳で、各自、自分の判断で行動をしよう!」

 

「なんで、休日なのに飯田が取り仕切っているんだ?」

 

「ここは学校じゃねえぞ」

 

「オイラは早速...」

 

「オールさん!ちょっと...良いかな...」

 

皆が行動をする前に、意を決した麗日がキキに話し掛ける。

 

「どうかしたの?」

 

キキは麗日の言いたいことが分かっていたが、敢えて気が付かないフリをする。

 

「少し...お話をしませんか?」

 

 

 

麗日はキキを誰も来なそうな場所に連れて行く。

そこは海岸の中でも一番ゴミが多く、誰もが近寄らなそう場所であった。

 

「あの...話が長くなるから...どこかに座った方がええよ...!ゴミしかないけど...!」

 

麗日は緊張のあまり変な風になってしまっていた。

キキは適当にどこかに座り、麗日も対面出来る位置に座る。

 

「単刀直入に言うね。...デク君と仲直りをしてください!お願いします!」

 

「どうして、お茶子が出久と私の仲を気にするの?」

 

麗日の必死に頭を下げる。

キキの疑問に麗日は、しどろもどろになりながらも答える。

 

「私、入試の日にデク君に助けてもらって、デク君が合格できていたかずっと気になっていたんだ...」

 

「入学した日にデク君に会って、嬉しかった。けど、デク君は、ずっと浮かない顔をしてたの」

 

「どうしたの?って聞いても、なんでもないしか言わないし...」

 

「失礼だと分かっていたけど、デク君のことが心配で、しつこく聞いたら教えてくれたんや...」

 

「オールさんと喧嘩をしたって」

 

「デク君はオールさんのことを、厳しくて、価値観が変わっているけど、とても強くて頼れる人って言っていたの!」

 

「戦闘訓練のデク君の動き凄かった!入試一位の爆豪君と、"個性"なしで戦えていたの!皆がどうして?そんなに強いの?と聞きに行ったんやけど、その時、デク君はなんて言ったと思う?」

 

麗日はキキの目をじっと見詰めるが、キキは何も応えなかった。

 

「オールさんのお陰だよって、言っていたんだ」

 

「だから!オールさんのことももっと気になったから、質問をしたの!オールさんはどういう人?なんで喧嘩をしているの?って、そしたら...」

 

「オールさんは"無個性"だって」

 

「私には"無個性"がどんなに辛いのかは分からない...だけど!」

 

「オールさんは強いから!もっと胸を張って生きていけば良いと思います!」

 

「デク君の様に、遅咲きの"個性"はないけど、だからって、オールさんはオールさんの、独自の魅力があると思います!」

 

「"個性"持ちを羨む気持ちは分かるけど、いつまでも怒らないでください!」

 

「お願いします!」

 

麗日は立ち上がってお辞儀をする。

とても真摯にお願いしていることは分かっているのだが...

 

(別に、"無個性"のこと全然気にしていないけど...)

 

キキには困惑しかなかった。

キキの怒っている理由は体が出来ていないのに"個性"を受け継いだこと。けど、このことは、オールマイトの秘密にも関わるので、絶対に他の人には説明はできない。だから緑谷の言い訳が、嫉妬で終わらせるのは至極当然のことだ。

 

麗日の誠意に動かされて、緑谷と仲直りするのもありだろう。

しかし、キキはこの件を許す気はなかった。

 

(今の緑谷とは仲直りしたくないなあ...。特にオールマイトは...。なんて言い訳をしよう...思い付かない...やはり、言い訳はできないか...。頭を下げたお茶子には悪いけど、許さない態でいくしかない。ずっと許さないままでいくなら出久のクラスメイトには会わない方が良さそうだ。本当に彼らには悪いけど、喧嘩別れの態でいくしかない)

 

キキは素早く立ち上がる。

麗日はキキの行動に吃驚するが、直ぐ様目線をキキの方に戻す。

 

「お茶子...その願い...」

 

麗日が唾を飲み込む。

キキはその様子に罪悪感を覚える。

 

(ごめん...。本当にごめんなさい。恨んでも構わない...。...だけど...それでも...本当にあの二人の行動は許せないんだ!)

 

「聞き入れられない」

 

「...えっ......?」

 

キキの決断にお茶子は放心状態になってしまう。

 

「お茶子。君が、どんなに彼を大事に思っているのは凄く分かる。だけど...」

 

 

「一年前までヒョロガリの、碌に鍛えもしなかった奴が、あんな"個性"を持っているのが許さない!」

 

「ずっと体を鍛えていた私ではなくて!何故、碌に頑張っていなかったあいつが"個性"が持っているんだ!"個性"が遅咲きするのならば、ずっと頑張ってきた私の方が相応しい筈だ!!」

 

「この世界はなんなんだ!?頑張ったって、報われはしない!"無個性"だけで馬鹿にされる!」

 

「出久を見ているとイライラする!私が惨めになる!」

 

「出久とはもう会いたくはない!」

 

「さようなら!」

 

キキは緑谷の言い訳通りに嫉妬に狂った女性を演じる。

麗日のことを見ることなく、勢いに乗って海岸から走り去っていく。

 

そんなキキの後ろ姿を。

 

白部が、出久が、出久のクラスメイトが、全員見ていたことを。



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27話 謝罪と母親の気持ち

一気に時間を飛ばします。後、原作部分は大分省略をします。


キキが緑谷やそのクラスメイトと会わなくなってから、大きな事件が起こっていた。

 

雄英高校に敵(ヴィラン)連合が侵入をし、教師二名と生徒一名が重傷を負う大事件が起きた。しかも襲撃者の中には、過去に街を襲った黒い怪物もその場におり、脳無【のうむ】と呼ばれていた。

 

大喧嘩をした後とはいえ、流石に心配になったキキは緑谷に連絡をする。

緑谷の話によると、自分以外の生徒は特に怪我人はいないらしい。無茶をしたことにより大怪我を負ったのだが、オールマイトの"個性"がなければ、もっと被害は大きくなっていたらしい。

 

キキは結果的に、緑谷の"個性"譲渡を認めなければならなくなったのだが、複雑な気持ちになる。

"個性"はまだ制御出来ていないが、"個性"がなければ死んでいた。学生のうちだからといって安全の保証は出来なくなっていた。

 

素直に認められれば楽になれるが、キキの脳内で力に溺れた人物が異形の怪物に成り果てる姿が何度も甦る。

 

「.........分かった...。"個性"を引き継ぐことを認めるよ...。その代わり......」

 

 

「指導をするから、"個性"について教えてもらったことは、全部教えて」

 

キキが苦渋の決断をする。

本当はかなり嫌々どころか、認めたくはないけど、また襲撃されたら命の保証が出来ない。だったら、鍛えて調整を出来るようにするしかない。

 

キキの話が終わったが緑谷はずっと黙っている。

流石にあれ程喧嘩をして、今更虫のいい話に怒っているのかな?と、キキが考えていると...

 

「...あ、あの...その......。あまり......この"個性"のこと......知らないから...話せないです......」

 

緑谷が言いづらそうに伝える。

 

その答えにキキはー

 

心の中でー

 

 

あのアホ!!!

 

毒突いて、何もかも考えることを止めた。

 

 

 

キキが緑谷達と会えなくなっていた間、白部は彼らと仲良くなっていた。特に女子とはかなり仲良く、毎週会っているらしい。

キキが何故、白部と緑谷のクラスメイトと仲良いことを知っているかというと。キキが海岸去っていった姿を見ていた白部が心配になって、ちょくちょく会いに来ては、話をしたり様子を見に来るようになった。相当心配していたのだと、キキの心は胸を締め付けられる程苦しくなった。

 

やるせない気持ちになったのは白部のことだけではなく、緑谷のクラスメイトにもだ。

キキは襲撃事件で緑谷の"個性"譲渡を認め、会いに行けるようになったが、今更、どのような顔をして会いに行けばいいのか分からなかった。だが、心配を掛けてしまったので謝りに行くことにした。

 

白部にあの時いた全員を海岸に呼び出してもらい、キキは謝ろうとしたが...

 

「あの時はごめんなさい!」

 

麗日が先に謝ってきた。

 

「えっ....?」

 

「私、オールさんの気持ちも分からないのに、許してって、気軽に言って、ほんとにごめんなさい!」

 

麗日は深い礼をして謝る。

キキは心に穴がぽっかりと空く程罪悪感を感じる。

 

「こちらこそ、ごめんなさい!」

 

麗日が頭を上げる前にキキも頭を下げて謝る。

 

「....えっ?」

 

急な展開にこの場にいた全員が呆然としまう。

真剣に謝っていた麗日でさえも、頭を下げたまま呆然としていた。

 

「関係ない皆を巻き込んでしまいごめんなさい!心配を掛けてしまいごめんなさい!お茶子の想いを無下にしてごめんなさい!」

 

キキは麗日と同じくらい頭を下げる。

 

「なんで、オールさんが謝るの!?」

 

「そうですよ。オールさんが気にする必要はありません!」

 

「どういう事情かはよく分からないが、謝る必要はなくね?」

 

「そうだな。謝る必要はないな」

 

全員がキキの謝罪を否定する。

キキはそれでも頭を上げなかった。

 

沈黙が長い間続く中キキは頭を下げていたが、ゆっくりと頭を上げた。

 

キキの視界がピンク色に染まる。

 

「もー、オールさんは気にしすぎだよ」

 

キキの目の前に芦戸が立っていた。

 

「そうだよ!気にしなくていいよ!」

 

葉隠が芦戸の意見に同意をする。

キキは申し訳ない気持ちでいっぱいであったが、謝るのを止めないと先に進めない為、この件は終らすことになった。

 

こうして、緑谷とそのクラスメイトと普通に会いに行けるようになった。

 

 

 

そこからは会えなかった時間を取り戻すかのように、緑谷とクラスメイトと仲良くなっていく。

緑谷、尾白、切島、砂藤、障子と訓練をし、飯田を中心にしてゴミ拾いをてきぱきに行い、白部の作ってきた弁当に上鳴と峰田が大喜びをし、皆と写真を取ったりして過ごしていった。

 

そんな日々があっという間に過ぎて...

 

 

 

「遂に雄英体育祭!楽しみです!」

 

緑谷達が通う学校、雄英高校に体育祭が行われる日がやって来たのだ。

雄英体育祭とはー

 

一年に一度雄英で行われ、学年ごとに別れて互いに競い合う祭りだ。この祭りは日本のビックイベントの一つとも言われており、ここで良い結果を出して見込まれれば、プロヒーローからスカウトをされる。

 

学生にとっては、体育祭の結果で将来が決まる大事な祭り。観客にとっては、"個性"が飛び合う派手で激しい試合が心踊る、かつてのオリンピックのような一大イベント。

 

今年は襲撃事件で出来ないかと思われたものも、例年よりも五倍警備員を増やして安全性を確保し、行うことになった。

 

白部はカメラやらバックを持ってはしゃいでいた。

かなりの大荷物で重たい筈なのに軽々と運び、余程楽しみなのか、鏡のように透き通った銀色の瞳はキラキラと輝いていた。

 

なのにー

 

何故かーー

 

白部を見てキキは不安を感じた。

 

「どうかしたのですか?」

 

じっと見詰めるキキに白部は首を傾げる。

 

「白部は雄英の体育祭が好きなんだね」

 

キキは質問をして誤魔化す。

 

「ええ!勿論好きですよ!だって、未来のヒーローと契約出来るチャンスであり、私が目を付けた子の中には、トップヒーローになる子がいるかもしれない!その子と専属契約が出来れば会社は....」

 

「白部は仕事をしに来たの?」

 

想像していた楽しみ方が、思っていたものと大分違っていた。

 

「しかし...緑谷のお母さんから、雄英体育祭のチケットが貰えるなんて...感謝しても感謝しきれません!私が買おうとした時にはいつもチケットは売り切れていて、運が無いから...」

 

白部は感慨深く雄英体育祭のチケットを見詰める。ある程度見詰めると、チケットを大事そうにお財布の中にしまう。

 

「ところで...オールさん...」

 

「何?」

 

白部が真剣な表情をして尋ねる。

 

「オールさんは...平気なのですか?緑谷君の"個性"を見ても...」

 

白部はキキが"個性"に飢えている"無個性"と信じており、いくら仲直りをしたとはいえ、また傷付くのではないか?と心配をしていた。

白部の心配をする気持ちは、痛い程キキに伝わり、罪悪感に溺れそうになる。もっと良い言い訳を思い付きたかったと、激しい後悔に襲われるがもう遅い。どんなに心が痛んでも演技をするしかなかった。

 

顔を見れないキキは俯いて言う。

 

「大丈夫...。このことは...ちゃんと...向き合わなければ...いけないんだ...。だから...映像ごしから...でも観て...慣れるようにするよ...。それに...出久の母親に謝らないといけないからね」

 

言い訳をすること辛くなったキキは苦しそうに語る。

チラッと白部の様子を伺うが、白部は益々心配をしていたが何も言わなかった。

 

「そうですか...」

 

白部は曖昧な笑みで肯定をするだけであった。

 

 

 

特に話すこともなく、緑谷の住んでいるアパートに辿り着く。

キキがチャイムを鳴らして緑谷の母親を待つ。白部はキキを見守る為横に立っていた。

 

「はーい!今、開けます!」

 

ガチャ

 

チャイムを鳴らしてから数十秒も経たない内に、扉は開き緑谷の母親が姿がみせる。

 

「あら!湖井さん!それに...オ、オールさん!?」

 

キキの姿を見た瞬間、緑谷の母親は心臓が止まってしまうのではないか?と、キキと白部が勘違いをする程驚く。

緑谷の母親が何か言う前にキキは直ぐ様謝り出す。

 

「私のせいでパーティーを壊してしまい、ごめんなさい!」

 

キキはお辞儀をして謝る。

緑谷の母親は驚いて固まっていたが、恐る恐るキキのそばに寄る。

 

「あの...頭を上げてください...」

 

キキはゆっくりと頭を上げる。

緑谷の母親は苦笑いをしていた。

 

「私も..."無個性"の母親として...オールさんの気持ちが凄く分かるわ...」

 

緑谷の母親は胸に手を当てて語り出す。

 

「出久も"無個性"と診断されてから、最初のうちは必死になって、父の"個性"の真似をして火を吹こうとしたり、私の"個性"を真似をして物を引き寄せようとしたりして..."個性"を発現させようと物凄く必死だったから」

 

自分を責めるかのように緑谷の母親は過去のことを話す。

おばさんは何も悪くない!と、口に出そうになったキキだが、今のキキは"無個性"に苦しんでいる女性。何を言っても意味はない。またもや仮の設定が足を引っ張る。

 

キキと白部が真剣な眼差しで見守る。

語り終るた緑谷の母親は暫くの間黙っていたが、静かな笑みを浮かべるとキキに頼み事をする。

 

「オールさん、謝る代わりにお願い事があるけど...良いかしら?」

 

「構わないよ」

 

「実は...雄英体育祭を家で一緒に観てほしいの...。勿論!オールさんに用事が無かったらの話よ!」

 

話をしている最中に突然緑谷の母親は挙動不審になる。急に挙動不審になるものだから、キキと白部は苦笑いを浮かべる。

 

「用事は無いから大丈夫。一緒に観るよ」

 

「ありがとうございます。オールさん。私一人では、怖くて観れなくて...」

 

「怖くて観れない?」

 

「ええ...。出久が毎年雄英体育祭を楽しみにして一緒に観ていたのですが...私には怖くて....」

 

恥ずかしそうに語る緑谷の母親。

キキは安心させるように笑顔で語り掛ける。

 

「分かった。一緒に観よう」

 

「本当にありがとうございます。さっさ、中に入ってください。湖井さんも楽しんで行ってきてください」

 

緑谷の母親は扉を開けてキキを迎え入れる。

用件が終るのを見届けた白部は、チケットの恩を伝える。

 

「こちらこそ、本当にありがとうございます。チケットの恩は一生忘れません!」

 

白部は綺麗なお辞儀をしてキキ達から離れていく。

 

白部が廊下の間取り角に曲がろうとした瞬間...

 

 

 

「白部!」

 

「?」

 

キキは思わず大声を出して呼び止める。

急に大声を出して呼び止めたものだから、白部は不思議そうな顔をして立ち止まった。

 

「なんでしょう?」

 

いつも通りの笑顔で尋ねてくる白部。

見慣れた光景なのにキキの胸のざわめきが止まらない。この笑顔も今日で最後になってしまう、そんな予感が頭の中を過る。

 

何を話せば良いのか分からないキキは固まってしまう。

 

「...すみません。話が思い付かないようでしたら、また後にしてもらえませんか?開会式に間に合わなくなるので...」

 

呼び止めても何も言わないキキに、待ちくたびれた白部は立ち去ろうとする。

 

何も思い付けなかったキキ。

白部の立ち行く背中の手を伸ばすことしか出来なかった。

 

 

 

例え、何も言葉を思い付けなくてもーー

 

 

 

 

「また、会おうね!!」

 

 

 

約束をする。

 

 

呼び止めた割には、些細な約束だったので、白部と緑谷の母親はきょとんとする。

 

きょとんしていた白部だったが...

 

 

 

「はい、また会いましょう」

 

いつもの笑顔で約束をするだけであった。

 

 

 

白部と分かれてからキキは、緑谷のソファーで寛いでいた。

テーブルにはお茶と茶菓子が置かれており、先程の気持ちを落ち着かせる為キキは茶菓子をずっと食べていた。

 

テレビで放送されるまで落ち着かない緑谷の母親は、廊下を行ったり来たりしたり、茶菓子を補充をしたり、お茶を注いだりしていた。

 

〈さあ、始まりました!皆さんお待ちかねの雄英体育祭!当テレビ局では、一年生の部門を放送していきます!〉

 

つけっぱなしのテレビから雄英体育祭の始まりを告げる。

 

「つ、つつつ遂に始まったわ!」

 

言葉を詰まらせながらテレビを観る緑谷の母親。

キキの隣に座り体をガタガタと震わせていた。あまりにも体を震わせていたものだから、先程の気持ちが一時的とはいえ忘れさせる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「だ、だだだだだ大丈夫!い、出久の晴れ舞台ですもの!ちゃ、ちゃんと観なくちゃ!」

 

(後二、三回ほど出久は体育祭に出る度ことになるけど、大丈夫?)

 

キキが緑谷の母親を心配していると、開会式は始まっており、雄英の教師である長い黒髪の際どいコスチュームを着た女性が、司会者として進める。

 

〈選手宣誓!選手代表!爆豪 勝己【ばくごう かつき】!〉

 

色の抜けた金髪に目付きが悪い男子生徒が壇上に上がる。

 

〈宣誓ー〉

 

 

〈俺が一位になる〉

 

画面の向こうからブーイングの嵐が巻き起こる。

 

(宣誓って...そういうこと!?)

 

キキが驚いていると爆豪が更に問題発現をする。

 

〈せめて踏みの良い踏み台になってくれ〉

 

彼がそう言うと壇上から下りる。ブーイングの嵐が大きくなる。

 

(こんなのありなんだ...)

 

キキが呆れ返っている間にも、雄英体育祭は盛り上がっていく。

 

 

一番始めの障害物競争で緑谷はなんと一位になった。しかし、一位に贈られた一千万ポイントのせいで、次の種目の騎馬戦で誰とも組めなくなってしまっていた。

時間ギリギリでようやく緑谷は麗日、常闇、サポート科のピンク色の髪の少女発目 明【はつめ めい】と共に、騎馬戦を組んだのだが、緑谷に与えられていたポイントのハチマキが取られ、四位まで落ちた。

 

とはいえ、最終種目には出られるのであった。

 

 

最終種目はお昼休憩を取った後に行われる。

キキも緑谷の母親も始まる前に、お昼ご飯を食べていたのだが...

 

「体調悪いのですか?」

 

緑谷の母親の箸が止まっていた。

 

「ううん、体調は悪くないのよ。ただ...緊張をしてね。喉に入らなくて...」

 

「観ているだけなのに?」

 

「ええ...。雄英体育祭の第一種目と第二種目は毎年違うけど、最終種目は毎年同じで.....生徒同士が戦うの...」

 

いくら生徒同士でも戦うことに、心配で堪らないようであった。その気持ちにキキは同情をする。だからこそ....

 

(ヒーローは戦うことになるけれど...。出久は母親にも、ちゃんと安心出来るように説得をしないといけないみたいだ。もし...説得ができないまま、ボクの時みたいに勝手にヒーローになっていたら、本気で怒りに行くから)

 

緑谷のことを信用をしていないキキは、お茶を飲みながら決意をするのであった。

 

 

 

緑谷の母親は結局ご飯を食べることは出来なかった。

ご飯を一口も食べないまま、最終種目が始まる。

ガタガタ震える緑谷の母親を支える為、キキは手を握って観ていた。

 

〈さあ!始まりました!皆さん、お待ちかねの雄英体育祭の最終種目!ガチンコバトル!〉

 

一戦目は緑谷と、紫色の逆立った髪に目の下の隈がある少年心操 人使【しんそう ひとし】だ。

 

出久と心操が何か話をしている最中に試合が始まる。

心操の言葉が緑谷の心を逆撫でしたのか、我を忘れさせる程怒らす。しかし、攻撃をすることはなく、心操の"個性"で緑谷はアホ面になり、自らフィールドを出ようとする。フィールドから出ようとした瞬間突風が起こり、緑谷は指を二本犠牲にして心操の"個性"を突破する。

 

〈何をした!?〉

 

自分の"個性"が突破されると思っていなかった心操は、慌てふためく。緑谷は口に手を当てて応えなかった。

 

〈なんとか言えよ〉

 

"個性"の条件を満たす為か心操は語り掛ける。

 

〈指を動かすだけでそんな威力か。羨ましいよ〉

 

心操が話し掛けている間にも、緑谷は走って距離を詰める。

 

〈俺はこんな"個性"のお陰で、スタートが遅れちまったよ。恵まれた人間には分からないだろ〉

 

(..."個性"によっても馬鹿にされるの?なんでそんなことで?本当に理解できない。条件さえ揃えば、戦わずにして敵を捕まえられる。良い"個性"じゃないか...)

 

キキが心操について色々と考えているうちに、緑谷が背負い投げをして勝負が終る。

一回戦目の勝者は緑谷出久であった。

 

 

それぞれの一回戦が終り二戦目に入っていく。

緑谷の二戦目の相手は、同じクラスメイトの髪の毛が紅白になっている少年轟 焦凍【とどろき しょうと】。

 

スタートの開始と同時に氷が壁になって、緑谷を襲い掛かるが、指一本を犠牲にして氷を粉砕する。轟は自分の後ろに氷を作り出して、フィールド外に吹き飛ばされないようにする。何度も同じ攻撃を轟は繰り返すが、緑谷もその度に指を犠牲にして防ぐ。それを何度か繰り返すと、轟がトドメをさそうとするが、緑谷は壊れた指で防いだ。

 

〈......半分の力で勝つ!未だ僕は君に傷一つ付けられてもいないぞ!〉

 

緑谷は壊れた指でグーを作る。

 

〈全力で掛かってこい!〉

 

轟が緑谷に向かって走り出す。

けど、氷の弊害なのか動きが鈍っていた。近接戦でケリをつけようとした轟だったが、緑谷に腹を殴られてフィールドの端まで吹き飛ばされる。氷を作り出しても、そのスピードは段々と落ちていき、簡単に避けられてしまう。互いにボロボロになった時だった...

 

〈君の!〉

 

〈力じゃないか!!〉

 

緑谷が何故か叫ぶ。その結果...

 

 

轟から大きな炎が現れる。

轟は炎で体を暖めて霜を溶かして体調を良くする。体調を良くした轟は、この試合で一番でかい氷を作り出して襲い掛けるが、緑谷が足を犠牲にして飛び越える。轟は左手で炎を迎え撃ち、緑谷は腕を犠牲にして殴り掛かる。拳と炎がぶつかり合い、衝撃波を産み出す。衝撃波の威力は凄まじく、フィールドや観客を守る為に作られたコンクリートの壁が、あっという間に壊されていく。衝撃で粉々になったコンクリートが暴風に紛れ、視界を奪っていく。暴風が収まり立っていたのは....

 

緑谷出久と轟焦凍であった。だが...

緑谷は場外に吹き飛ばされ力尽きて倒れる。二回戦の勝者は轟焦凍であった。

 

 

「もう...!!観ていられない!」

 

緑谷の母親が片方の手で顔を隠す。

息子の無惨な姿に動揺をして泣き崩れる。キキはリモコンでテレビの画面を消して、話を聞く体勢を整える。

 

「体をあんなにボロボロにして...!!物凄く痛い筈なのに我慢して...!!いつ倒れても可笑しくないのに....!!戦うなんて可笑しいよ!」

 

「これが...!これが.....!!」

 

 

 

「ヒーローになる為の道なの!?」

 

まだ出会っても間もない、大事な息子にいちゃもんをつけてきたキキに、吐露してしまう程弱ってしまった緑谷の母親。キキは涙が溢れる瞳を黙って見詰めていた。

 

「あんな無茶をするのだったら...!!私は....私は....!!」

 

 

「出久がヒーローになることを認められない!!」

 

「出久がやっと掴んだ夢なのに....!!私は...認めたくない!」

 

一通り言い終わると緑谷の母親は、深呼吸をして息を整える。

何も映っていないテレビを眺めて、緑谷の母親はぽつりと呟く。

 

「ねぇ...出久...」

 

「これが...出久の夢なの...?出久はこんなボロボロになっても...夢が叶えられれば...幸せなの?」

 

 

「うん、幸せだと思うよ」

 

キキの言葉に緑谷の母親は絶句をする。

何も言えなくなった緑谷の母親を無視するかのように、キキは独り言のように話を続ける。

 

「何か想いがあったり、信念がある人は、例え死ぬようなことがあっても自分が選んだ道を進む。寧ろ自分が選んだ道を歩まなかった方が、後悔をする。自分の選んだ道を進んだ結果死んでしまっても、彼らには後悔はない、そういう人なんだ」

 

キキは異世界の出来事を思い出す。

例え敵わない敵であっても、かつての仲間と殺し合うことになってしまっても、世界を地獄に変わることになっても。大切な人への想いが、揺るぎない信念が、叶えたい願いが、彼らを突き動かす。その想いは凄まじく、敵を見れば逃げ回っていた臆病な男性を、自分より強い少女を守る為に死のギリギリの淵まで立ち向かわせる。

 

キキだってそうだ。

自分自身が死んでしまうことよりも、困っている人を放っておく方が嫌だ。

 

「そ...そんなのって!!可笑しいですよ!!!」

 

緑谷の母親が抗議の声を上げる。

 

「待っている私は...!旦那は...!もし出久が無茶をして死んでしまったら!遺された私達はどうすれば良いの!?出久の夢の為に我慢しろって!言うのですか!?」

 

「我慢はしなくても良いよ」

 

「......えっ.........?」

 

真逆に近い答えに緑谷の母親は、魂が抜けたように呆ける。

 

「そういう人は、自分の大切な人が悲しんでいる姿を見て、やっと立ち止まるんだ。だから......」

 

 

 

「泣いて無茶をしないようにさせて。悲しんでいる姿を見せて、後悔させて、もう無茶をしなくてもいいように強くさせよう」

 

「そんなの...ありなのですか......?」

 

「ありだと思うよ」

 

緑谷の母親は呆け気味になりながらも尋ねる。

暫く間キキの顔をじっと見詰めていた。

 

「けど...それだと...。出久の夢の邪魔になりませんか?」

 

出久の体の心配だけではなく夢の心配まで始める。

 

「無茶をして悲しませる方が悪い!」

 

キキはきっぱりと否定をする。

 

「大切な人を心配をして泣くのは当然のことだ!だから、おばさんが気にする必要はないよ。無茶をする出久が悪い」

 

キキが言い切ると、緑谷の母親の瞳から涙が止めどなく流れ出す。

キキはずっと泣き止むまで、緑谷の母親に寄り添うのであった。

 

 

 

「今日は来てくれて本当にありがとう」

 

泣き終えた緑谷の母親は晴れやかな笑顔に戻っていた。

 

「早速なのだけど...出久が無茶をしたことを怒りたいのだけど...オールさんも傍にいてもらってもよろしいですか?私だけだと、感情的になって言いたいことも言えなくなると思うから...」

 

「良いよ。...私も言いたいことがいっぱいあるしね」

 

キキは小声で出久への怒りを呟く。

 

「ありがとう。...あら?出久からメールだわ...もしかして!?」

 

緑谷からのメールに、何かあったと思った緑谷の母親は顔を青ざめる。しかし、メールの内容をよく読んでみると...

 

『雄英体育祭の打ち上げをするから、夕飯は要らないです』

 

普通のメールであった。

 

「出久......!!」

 

メールを見て泣き出す緑谷の母親。

キキはその様子に驚く。

 

「なんで、泣いているの!?」

 

「出久に友達が出来て...嬉しくて....」

 

嬉しさのあまりに泣いていたのであった。

 

 

 

 

午後六時、打ち上げが盛り上がっている頃、キキは緑谷の家で夕飯もご馳走になることになった。

キキは手伝おうとしたが、緑谷の母親がお客様はゆっくりとしていて下さい。と言われ、ソファーに座っていたのだが....

 

(また...胸騒ぎがする...。今日はなんでこんなにも落ち着かないのだろう...?)

 

険しい顔をしてキキは窓の景色をずっと眺めていた。

 

「オールさん、暇だったらテレビとか観てていいですよ」

 

眺めているキキに緑谷の母親が勧めていた時だった。

 

 

 

 

「こんばんは。敵(ヴィラン)連合の黒霧と申します。ここが緑谷君のお家でしょうか?」

 

「...!?」

 

黒い霧がいきなりキキの目の前に現れる。

礼儀正しく挨拶をしてくる敵(ヴィラン)。音もなく入ってきことにキキは驚くのだが、考える時間はなく、キキは緑谷の母親を守る為に、黒い霧と緑谷の母親の間に立つ。

 

「そこのお方は、中々と良い動きをしますね。...おっと、携帯とかで連絡をされては困ります。貴女方二人は、これから人質になっていただきますから」

 

キキがポケットからカードを取り出そうとした瞬間、黒い霧がキキと緑谷の母親を包み込む。

キキは何も抵抗が出来ないまま、視界が暗転していくのを受け止めることしか出来なかったのであった。



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28話 裏切り者

敵(ヴィラン)連合が本気出すよ。


キキと緑谷の母親が黒霧に拐われてしまったが、時は雄英体育祭が終了したばかりの頃に遡る。

 

雄英体育祭が無事に終わり、それぞれが体育祭について語っている中、白部が打ち上げを提案をする。誰もが名案だと盛り上がっていたが、爆豪だけは参加する気がなかった。だけど、白部が奢ると言うと、爆豪は渋々だが付いて行くことを決めたようだ。最終的に、緑谷とそのクラスメイト全員が参加をすることになった。

 

夕日を背に彼らは歩く。沈みかけた夕日の光が、大事な戦いを終えた彼らの体を労るかのように、優しくオレンジ色に染め上げる。

白部以外、ここにいる者は皆、身体中に傷だらけであった。特に緑谷は両腕を骨折をしていて見るだけでも痛々しい印象を与える。

 

それでも彼らはずっと笑っていた。

傷は勲章に、疲れは達成感に。

 

気分に身を任せてスキップをしていた芦戸が、白部の方を振り返って質問をする。

 

「ねぇねぇ、湖井さん!そのバックは何?」

 

白部が持っていた大きなバックが気になってしょうがないようだ。白部はニコッと笑ってから答える。

 

「このバックの中には、皆さんとの思い出が入っていますよ」

 

「皆との思い出...つまり!写真!?ねぇねぇ、梅雨ちゃん!私、ちゃんと撮れたかな?!表情とかさ!」

 

「ケロッ...動きで伝わると思うけど、表情は撮れていないと思うわ」

 

「写真ですか...とても良い物ですわね。アルバムを作っていたことを仰っていただければ、私がプロのカメラマンをご用意致しましたのに...」

 

「流石!お金持ちやわ!」

 

「いつの間に写真を撮っていたんすか...」

 

「写真かあ...。俺!格好よく写っているか!?」

 

「普段から格好良ければいけるんじゃね?」

 

「じゃあ、上鳴は駄目じゃん」

 

「どういう意味だ!」

 

「僕の煌めきは写真でもバッチリさ☆」

 

「いつの間に撮っていたんだ...ウチ、ちょっとだけ恥ずかしいなあ...」

 

「写真でも胸は...って!?ぎゃああーーー!!」

 

賑やかに騒がしく目的地を目指す一行。

突然、後ろの方にいた白部が走り出して先頭に出る。いきなり走り出したものだから、緑谷とクラスメイト達は驚いて立ち止まる。

みんなより前に出ると白部は勢い良く振り返る。

いつもの笑顔なのに、何故か緑谷の心に強い印象を残す。

 

緑谷が白部の笑顔をじっと見ていると、何を思ったのか一転をして真面目な表情になる。

 

「......皆さんに質問があります...」

 

「ああぁ!なんだよ、そのテンション差は!気持ち悪!」

 

会ったばかりの爆豪が大変失礼な罵倒をする。

 

「爆豪君!君はなんて失礼なことを言うんだ!!」

 

「おい!爆豪!そんな言い方はあんまりだぞ!」

 

飯田や切島が爆豪に注意をする。

他の人達も加わり、緑谷も注意をしようとするが...

 

爆豪から微かな違和感を感じ取る。

いつもならふてぶてしい唯我独尊の彼が、真っ向から睨み付け、白部の様子を伺っている。いつもの爆豪を知っている緑谷にとっては驚きでしかなかった。普段の爆豪

だったら、気持ち悪いと一言だけ言って後は無視だ。

 

「そうですよね...。へらへら笑っていた私が突然、真面目な雰囲気に変わったら気持ち悪いですね。すみません...。ですが、今日は雄英体育祭という、学生からしてみれば、この先、ヒーローとなる大事な一歩を歩みましたのでしょう。だから、そんな皆さんに聞きたいのです」

 

爆豪の罵倒を笑って許す白部。

白部が許しても飯田の気が済まなかったが、白部は話を真剣な方向に進める。

白部の問い掛けに、先程までの楽しい雰囲気は消えて、授業を受けるような姿勢になる。

 

真面目な雰囲気を察した白部は話を始める。

 

 

 

「ヒーローとはなんですか?」

 

「敵(ヴィラン)とはなんですか?」

 

よくある質問であり、答えがある質問であった。

飯田が手を上げて答える。

 

「ヒーローとは困っている人を助ける者であり!敵(ヴィラン)とは"個性"を悪用する者であります!」

 

飯田の模範的な回答にみんなが頷く。だけど...

緑谷だけは違うことを思い出していた。

 

 

 

「ねえ、出久」

 

「なんですか?」

 

「なんでこの世界の人達は敵(ヴィラン)を叩くんだ?」

 

それはキキが過去に緑谷にした質問のことだった。

緑谷は何でそんなことを質問するだろうか?と、驚いていたが、キキが異世界から来た人だったことを思い出す。

 

「それはやっぱり......。悪いことをしたからだと...思う」

 

「そうだね。彼らは悪いことをしたね。けど、被害者と関係なさそうな人も怒っているのはなんで?」

 

「それは悪いことをしたからであって...」

 

「だからって叩く必要があるだろうか?被害者の家族のだったり、友達とかだったら恨んでやってしまうのは分かるけど...」

 

「そりゃあ。敵(ヴィラン)が暴れたことによって、街が破壊されたりして、皆を色々と困らせるから...」

 

「えっ?あれ困っていたの?楽しんで見ていたじゃないか」

 

キキが嘲るような言い方で吐き捨てる。

緑谷は膨れ上がる感情に任せて反論をしたくなったが、価値観が合わなさすぎて話し合っても無意味だと悟り、何とか我慢をして黙る。

 

緑谷が怒っていること気が付いたキキは、緑谷の表情を探る。緑谷は気まずくて、気晴らしに海を見詰めていたのだが、先にキキが沈黙を破る。

 

「出久は困っている人を救けている姿のヒーローが格好良くて、そんな風に成りたいからヒーローを目指しているのだよね?」

 

「.........」

 

キキは話を変えたのだが、緑谷は応える気力はなかった。何を言ってもまた否定されると思ったからだ。

キキは緑谷の態度を気にしておらず、話をどんどん進めていく。

 

「もし...誰かを救うことになったら、肩書きとか、血とか、力とか、"個性"とかで判断するのではなく、その人の本当の姿を見て」

 

 

「じゃないと、本当に救えない。...いや、それでも、救える方がかなり少ない。納得をするのはあくまで、本人だから」

 

「...何で急に、そんな話になったのですか?」

 

「出久がさっきの話を聞く気がないから」

 

不機嫌な緑谷にしれっと答えるキキ。

緑谷が余計にむくれているが、キキは気にも留めない。

 

「出久はさっきの話を聞きたくないでしょ?だったら、違う話に変えた方が良さそうだからね。それに...。話を聞いてみると今の出久には、人を救うことはできないと思う」

 

「やる前から否定かよ!!そんなの、やってみないと分からないだろ!!!」

 

今までの不満をぶつけさせるかのように緑谷は怒鳴る。けれどもキキは、緑谷から目を逸らさず、真剣な表情で告げる。

 

「今の話だと、出久は、敵(ヴィラン)は悪いことをした人だから、何をやってもいいって感じたよ。けどさ...」

 

 

「何で敵(ヴィラン)になったのか、考えたことはある?」

 

「......」

 

「ないみたいだね。一般人のまま生きるのならそのままでいいよ。誰かを傷付けなければ。けど、人を救うヒーローに憧れているのでしょう?だったら、相手の立場を考えないと。困っている相手に手を差し伸ばしたいのなら、何で困っているのかを分かるようにならないと」

 

キキが話を続けても何も言わない緑谷。

その様子にキキはため息を思い切り吐く。

 

「...まあ、納得できないのなら、今はそのままでも良いよ。いつか...」

 

 

「その手の問題にぶつかると思うから」

 

キキは言うだけ言ってその場を立ち去る。

釈然としないまま緑谷も訓練に戻るいつもの光景。

 

 

 

(何で...今更...こんなことを思い出したんだ!?湖井さんは敵(ヴィラン)でもないのに!どこにでもいる一般人なのに!かっちゃんが普段と違う行動を取ったから!?大体、湖井さんの質問はヒーローとは何か、敵(ヴィラン)とは何かという質問なのに...!....あれ?そういえば、確か、この話には続きがあって......)

 

 

「じゃあ、オールさんは敵(ヴィラン)についてどう思うんだ!?」

 

不満が爆破した緑谷は、キキにいちゃもんをつけるかのように怒鳴って質問をする。

キキは緑谷のところに戻る。

 

「悪人でもないし、悪人でもある」

 

「はあ?!悪いことをしたのに!?」

 

キキの答えに緑谷は苛立ちを更に募らせる。

 

「悪いことをしているとは思っている。けどね...」

 

 

 

「理由によっては悪人に思えないこともある」

 

「そんなの!言い訳にならないよ!!」

 

「そうだね。言い訳にはならないね」

 

緑谷の怒鳴り声にも、キキは幼い子供に優しく諭すように話を続ける。

 

「どんな理由があったとしても、悪いことをしたことには変わらないから止めるよ。だけどね...」

 

 

 

「悪いことをするって決断した人の中には、誰にも助けを求められなくて、苦しんだ末に選んだ人もいるから、そのことを忘れないでね」

 

緑谷は、何故かこの時、悲しんでいるキキの顔を忘れることはないだろう。と、確信をしてしまうのであった。

 

 

 

「緑谷君、何か考え事をしているようですが、緑谷君なりの考えがあるのですか?」

 

白部が考え耽っていた緑谷を現実に引き戻す。

 

「緑谷君、何か考えがあるのかい?せっかくの機会だ。言ってみればいいじゃないか。俺の回答が当たっているとも限らないし、是非、君の考えも聞かせてほしい!」

 

飯田と緑谷に話すよう促す。

緑谷は言うつもりがないのに自然と口が開いていた。

 

「僕は...これは、僕の知り合いの考えなんですけど...」

 

「知り合い?それは...オールさんのことか?」

 

常闇が尋ねる。

 

「うん...まあね...」

 

誰も理解してもらえないと思っていた出久は、言いづらそうにしていたが、白部はとても気になっているようで話すように雰囲気で促す。

 

「オールさんが言うには......敵(ヴィラン)は悪人だけど、悪人とも思えないって...」

 

「なんだそりゃあ!?敵(ヴィラン)は悪い奴だろ!」

 

「敵(ヴィラン)は悪い人ではない...?それはどういうことだ?」

 

「えっ?普通に犯罪しているけど...」

 

「...前に、デク君がオールさんの価値観が変わっているって言っとる意味が分かったよ」

 

切島が熱く反論をし、障子と尾白が首を傾げ、麗日が呆れながら緑谷に同意をする。他のクラスメイト達も似たような反応だ。だけど白部は呆れることもなく、今も興味を持っていた。

 

「へぇー......。不思議な考えですね。ですが、彼女は何故、そう思っていたのですか?」

 

「それは...」

 

緑谷はなんて言うか迷っていたが、あまりにも価値観が違いすぎて上手くまとめることは出来なかった。うろ覚えながらも緑谷は話をする。

 

「えっと...オールさんが敵(ヴィラン)を悪人だと思えない...理由は...人によっては、誰にも助けを呼べなくて!苦しんだ末に選んだからだって!!」

 

面倒臭そうに叫ぶ緑谷。

 

「そんなことでは言い訳にならない!皆、何があっても悪いことをせず、頑張って生きているんだ!そんな人達を裏切らない為にも、悪事に言い訳をつけてはならない!」

 

「俺も飯田の考えに賛成だ。...って言うか、あれだ、過去に敵(ヴィラン)にでもなったのか?」

 

「私も飯田さんと同じ考えですわ。理由をつけて許してしまうのは...何か間違っていると思います」

 

飯田の力説に上鳴と八百万は同意をする。

他の人達も同じ意見であった。

 

「オールさんは一体何を考えているだろうね?...湖井さん?」

 

葉隠の問い掛けにも白部は何も反応を示さない。

疑問を感じた葉隠は白部の様子を伺う。だが、伺おうとしても、白部は黙って俯くだけで、読み取ることはできなかった。

他の女性メンバーも心配をして、声を掛けようとした時だった──

 

 

「......もう...」

 

「話をしている余裕はないですね...」

 

白部が一気に顔を上げる。

笑顔であったが、いつもと変わらない笑みではなく、他人を嘲笑うような、見る者を不快と不安に誘う笑みであった。

 

「湖井さん......?」

 

一番付き合いが長かった緑谷が、何とか気力を振り絞って話し掛ける。呼び掛けても白部は応えない。

 

「ここで...何もかも...終わらせてしまいましょう...」

 

白部はみんなの様子を無視して話を進めていく。

 

「....黒霧さん...。後はよろしくお願いします」

 

「えっ....?」

 

緑谷達は黒い霧に包み込まれていく。

強制移動をさせられる前に彼らの瞳に映ったものは...

 

 

いつも通りに笑う白部の姿であった。

 

 

 

「ここは....どこ....?」

 

黒い霧が晴れて、視界を確保出来た緑谷は辺りの様子を確認をする。

クラスメイト全員が呆然と立っていた。

雄英高校襲撃事件の時みたく、離れ離れになっていなかったことに一先ず一安心をする。仲間がいることで少し余裕を持てた緑谷は周囲の状況を探り出す。

 

波の音と磯の香りが漂い、自然は手付かずのままだ。どこから流れてきたゴミが浜辺に放置され、緑谷はここは無人島ではないか?と推測を立てる。考えていても進まないので目の前の人物を睨み付ける。

目の前に立っているのは仲良く話をしていた白部、敵(ヴィラン)連合と名乗っていた黒霧、オールマイトとやり合った脳が剥き出しの怪人脳無。

 

「湖井さん......逃げて!!」

 

「湖井さん!」

 

「湖井さん!今助けに行く!!」

 

「ケロッ!」

 

白部の身を案じた芦戸、麗日、葉隠。"個性"を使って助け出そうとする飯田と蛙吹。他の人達も白部の元に駆け寄ろうとするが...

 

爆豪が掌で爆発を起こす。

爆破音に驚き、助けに行こうとした者の動きが止まる。芦戸が一番始めに口を開いて爆豪に文句を言う。

 

「ちょっ!?いきなり何するの!?湖井さんを助けに行かないと!!」

 

「はぁあ!?馬鹿かてめぇらは!!あいつは敵(ヴィラン)なんだよ!」

 

「爆豪の言う通りだ。あいつは敵(ヴィラン)連合の仲間だ。...だが...お前は緑谷達と仲良かった筈だ。それなのに何故裏切った?何故このタイミングを選んだ?」

 

爆豪に同意しながら轟は冷静に尋ねる。

白部はその質問につまらなそうに応えた。

 

「ああ...そのことですか?貴方方のようなヒーロー、ヒーローの卵が大嫌いだからです。死んでほしいと願う程大嫌いです。だから、私も殺しに来ました。タイミングは...遅ければ遅い程良いですし、友情は出来るだけ作って来た方が良かったのでしょう。だけど今日は...雄英体育祭というくだらない行事のお陰で、とても集めやすくて...。現に簡単に集まってくれて助かりました。打ち上げという、安い言葉だけで...それに...」

 

白部は緑谷を意味深げに見て嗤う。

 

「強い人程ボロボロになって殺しやすいですから」

 

「皆さん、本気になって戦いますからね~。上位に行けば行く程戦う機会は増えますから、怪我も疲労も増えて私達敵(ヴィラン)が有利となりますし。まあ...緑谷君の場合は勝手にボロボロになっていますが...何でしょうか?...理由なんて知る機会は私には一生無いですけどね。貴方方はこれから死ぬのですから。...取り敢えず、この話は放っておいて、今すぐベットで寝たい程疲れていますよね?そうでしたら、私達にお任せください...」

 

 

「永眠させてあげますから」

 

ぞっとする程冷たい笑みで宣言をする白部。

 

「勝手に決め付けんじゃねえよ!糞が!てめぇらなんか殺して、返り討ちにしてやる!!」

 

「あらあら、とてもヒーローらしい良い笑顔ですわ♪」

 

爆豪のキレ顔にもおどけるだけの白部。

並大抵の人間なら怖がっても可笑しくはないのに、白部は恐ろしい程清々しい笑顔で対応をする。白部が一般人の仮面を被っていたことを痛感させる。

 

「...まあ、散々、殺すと宣言をしたばかりなのですが...私はまだ敵(ヴィラン)でもないのに、そちらも殺す気満々ですか...。流石ヒーロー!認められた暴力装置です♪」

 

まだ挑発を続ける白部。

 

「んだとこらあぁ?!!お前は敵(ヴィラン)連合の仲間だろうがあ!!」

 

「はい、仲間ですよ。ですが、私は未だ敵(ヴィラン)ではないですのよ。その理由、分かりますか?」

 

「知るかあ!!」

 

「爆豪君、本当に入試で一位を取ったのですか?先程まで皆さんで答えを言っていましたのに...」

 

 

「敵(ヴィラン)は"個性"を悪用した者...」

 

「はい、そうです。良く出来ました~」

 

緑谷が答える。

白部は幼児に対する褒め方で馬鹿にする。

 

「私は"個性"を使って犯罪をしておりません。なので...今はまだ、一応、敵(ヴィラン)ではありません」

 

「けどよ!結局は敵(ヴィラン)じゃねえか!!!」

 

峰田の反論に白部の様子は変わらない。

 

「はい、そうです。結局私は敵(ヴィラン)です。言い訳も出来ませんよね。ですが...これでも、今まで悪いことをしていませんよ」

 

「....(ヴィラン)なのに悪さをしていない...それはどういうことだ?」

 

緑谷が一歩前に出て訊ねるが、端から見れば、真っ向から白部に戦おうとしているようにも見える。

 

実際に戦う準備をしていた。

頭の中に入っている思い出は走馬灯のように駆け巡らせ、覚悟の決意を始める。

初めて出会ったあの夏の日も、自分の長い話をずっと頷いて聞いてくれていたことも、訓練の後の差し入れをくれたドリンクの美味しさも、合格をした時自分のことのように喜んでくれた姿も、...最後に見せたあの笑顔のことも。思い出が音を立てて崩れていく。

 

(何で...!湖井さん...!!貴女みたいな人が敵(ヴィラン)に堕ちてしまったんだ!?あの笑顔は嘘だったのか!?僕達をずっと騙していたのか!?だとしたら......)

 

緑谷の中の白部に対する親愛が憎悪に変わっていく。

 

(ここで、倒すしかない!!)

 

緑谷の中で覚悟が決まる。

 

「私は今までやってきたことを言えば、普通に働いて、ヒーローやその候補生と仲良くして、敵(ヴィラン)連合に情報を教える。私、何か悪いことをしましたか?」

 

緑谷達は何も反論が出来なかった。

いや、何て言えば良いのか分からなくなっていた。だが、その反応に気を良くした白部は饒舌に語る。

 

「私、私達は、犯罪者ではありませんが、かといって一般市民でもありません。...簡単に言ってしまえばスパイですね。とは言っても、映画のように華やかではないし、あんな難しいことは私達には出来ませんですが...。...それよりも峰田君、ここで死ねることになって良かったですね。大人になってヒーローに成った時、私の同士が、貴方の恋人になって殺しに来るのですから...」

 

「ひぃいいいい!!」

 

「それはどういうことだ!答えろ!!」

 

情けなく叫ぶ峰田の代わりに緑谷が声を荒げる。

もう彼女のことは親しき仲の知人ではなく、厄介な敵(ヴィラン)としか見ていなかった。

 

「そんなこと...簡単なことですよ」

 

白部は緑谷達のことを、まるで道端に落ちていた犬の糞を見付けた時の如く、不愉快そうに見下す。

 

 

「ヒーロー、この世界、社会。...いや、人間そのものを嫌っている人がたくさんいるからですよ。敵(ヴィラン)連合にはそのような人達が同士になって、この薄汚い社会を壊そうとしているのですよ。そして...貴方方のような、この世界になんの疑問を持たないお馬鹿さん達を殺す手伝いをするのも、私達、同士の仕事です。戦力が無くて殺すことはできなくても、隣人として寄り添い、仲良くなって心を壊します。もっと簡単に伝えますと、貴方方を殺す為なら、心を壊す為なら、何でもやりますってね♪」

 

おぞまし過ぎる計画に緑谷達は吐き気を催す。

 

「あ、そうそう、やっぱり緑谷君には質問があります」

 

白部が尋ねても緑谷は黙ったままだ。

 

「その"個性"...」

 

 

「ワン・フォー・オール。オールマイトの"個性"ですよね」

 

「はぁあああああ!?!?」

 

緑谷以外のクラスメイトは、驚きのあまり絶叫をしてしまう。

これには、今までついていけなかった人達も現実に戻される。

 

「オ、オールマイトの"個性"!?そんな馬鹿な!」

 

「オールマイトの"個性"...やはり緑谷はオールマイトの隠し子か...?!」

 

「ち、違うよ!」

 

轟が疑惑の目を向ける。

緑谷は必死に否定をするが、白部を無視して話を進める。

 

「証拠はちゃんとありますよ。...えっと...これです」

 

白部は持ってきていた大きなバックの中に手を入れて、ある物を取り出す。

 

「...えっ!?それは失くしていたのに...!なんでお前が持っているんだ!!」

 

緑谷は白部が取り出した物を見て取り乱す。それは...

 

 

緑谷の合格通知に使われた投影機だ。

 

「盗んだからです。オールマイトがあまりにも面白いことを言っていたもので...これは是非、敵(ヴィラン)連合に伝えないといけないと思いまして。で...」

 

「ねぇ、何で、オールマイトは、緑谷君が"個性"を発現したことを知っているのですか?あの伝説クラスヒーローのオールマイトが、一般市民程度の緑谷君に連絡出来なかったことを謝るのですか?普通だったら、気軽に連絡なんて出来ませんよね?」

 

「.........」

 

「流石ヒーロー!脳筋お馬鹿で助かりました。...まあ...今回ばかりは、緑谷の合格祝いのパーティーに参加させてもらえなかったら、分からなかったですけど...その点に関しては、緑谷君のお母様にはいくら感謝しても感謝しきれません!」

 

いつもの笑顔でお礼を伝える白部。

白部の裏切りだけでもかなり衝撃的なのに、オールマイトの"個性"に関する新事実に頭が回らず、疑問を聞くための口が開きっぱなしで動かせなくなる。

 

「......だ」

 

「だ?」

 

「黙れ!!!」

 

怒りのあまり緑谷だけは罵倒をするだけの口が開く。

 

「お前みたいな敵(ヴィラン)がお母さんに感謝するな!オールマイトの話をするな!」

 

「...それでは反論になりませんよ。肯定ということでよろしいですか?」

 

「黙れ!!!」

 

「そうですか...。緑谷君、貴方が、ワン・フォー・オールの後継者ですね。....その"個性"我々に返していただきませんか?」

 

「うっさい!!これは....!!」

 

「これは先生様のものですよ。返してください。その"個性"の生まれを知らないのですか?」

 

「......」

 

黙ることしか出来ない緑谷。

 

「その様子だと知っているようですね。だったら...本来あるべき持ち主に返してくださいよ。緑谷君、貴方が持っていても、上手く扱えることが出来ていないじゃないですか」

 

「.........」

 

「反論出来ないから黙っているのですか?それでも良いですけど...あ、そうだ!取り引きしませんか?」

 

「......取り引き...?」

 

笑顔で提案をする白部。

反応をしてはいけないと分かっていても、緑谷は呟いてしまう。

 

「ええ、そうですよ!取り引きです!緑谷君、貴方が受け継いだ"個性"ワン・フォー・オールを返していただければ、貴方だけは見逃してあげましょう」

 

「......えっ?何で!?いや!僕は絶対にお前達に屈指はしない!!」

 

緑谷の抵抗にも白部は気にも留めない。

 

「別に屈してほしいのでありません。貴方のお母様には大分お世話になったので、そのお礼にですよ。私を家に招待してくださなければ、真実にはずっと辿り着けませんでしたし...ならば、それ相当のお礼は必要だと思いますのよね。それに...」

 

 

「ヒーローを目指していた愚か者の末路として相応しくありませんか?共にヒーローを目指していた仲間を見殺しにして、後の人生を悔やんで生きる姿って」

 

無邪気な子供のような笑顔で言い放つ白部。

 

プチっ

 

緑谷の堪忍袋が切れる。

治ったばかりの足を犠牲にして白部に殴りかかる。白部に拳を当てようとした瞬間─

 

脳無が盾になる。

 

「もう、話はまだ終わっていませんよ。人の話は終わるまでちゃんと聞きましょうと、学校とかで習いませんでした?そんな悪い子にはお仕置きが必要みたいですね。脳無...軽く吹き飛ばしてあげて」

 

緑谷の体が藁のように吹き飛ぶ。

あまりのスピードに、吹き飛ばされてからやっと認識をする。何本かの木を巻き込んでからやっと止まる。お腹を殴られたダメージで血を吐き出し、たった一撃で動けなくなる。オールマイトの相手が出来る程の強さを身に染みて痛感をする。

 

「デク君!」

 

「緑谷君!」

 

「緑谷!」

 

「緑谷ちゃん!」

 

爆豪以外のクラスメイト全員が緑谷のところに駆け寄る。

その様子をつまらなそうに見守っていたのだが、白部は何故か急にバックを逆さまにして中身を落とす。

 

「あれは....」

 

バックの中身に見覚えがあったのか耳朗が呆然とする。耳朗だけではない。他の女性メンバーも呆然とする。

 

バックの中身は洋服、アクセサリー、小者などの女性が好きそうな物であった。

これらの物は全て、仲良くショピングした時に買った物だ。

 

バックの中身を全て地面に落とすと、白部は足で踏み潰す。それも何度も行って、綺麗な部分を残さないように踏んで汚していく。

 

「ひ、酷いよ...!!なんでこんなことをするの!?」

 

葉隠が泣き叫ぶ。

 

「あれ?話をちゃんと聞いていなかったのですか?私は敵ですよ。それとも...最後までくだらない希望とやらを持っているのですか?残念でした。私達は貴方方を殺しに来ているのですよ。体も心も殺しにね」

 

白部はそう言い切ると、ポケットからライターを取り出し、火をつけて燃やす。

燃えゆく物の姿は、まるで緑谷達と白部の友情が消えていくのを表しているようであった。

 

「さあ...こんなくだらない時間...さっさと終わらせてしまいましょう...」

 

白部の銀色の瞳が妖しく光る。それが戦闘の合図であった。




結構酷いことを言わせてしまいましたが、キャラが嫌いだからやったのではありません。展開上必要だったからです。
困難に乗り越えてこそ、強い人間に成長をしますから


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29話 難戦

まだまだ、原作キャラに厳しい展開が続きます。


これから戦いが始まるのだが、どうしてもワン・フォー・オールの謎が気になった白部は黒霧に尋ねてみる。

 

「緑谷達は...半殺しにして、先生様に送り付けましょう。...ところで、あのワン・フォー・オールはどうやって受け渡すのですか?」

 

「さあ...私にも分かりません...。取り敢えず送れば分かる筈ですから、私達は目の前のことに集中しますよ」

 

黒霧も本当に知らないようだ。

 

「ええ、そうですね。...殺りますか」

 

白部は決意をするまでの間、悠長に黒霧と話をし、脳無も命令されるまでは動かない。その隙に緑谷達は動き出す。

八百万は"個性"を使ってマトリョーシカを生み出し、白部達の足元に投げる。

 

「皆さん!」

 

溢れんばかりの光が周囲の人達の視覚を奪う。

あのマトリョーシカは実は閃光弾であり、敵を惑わす為に態と可愛らしいデザインにしていたのだ。八百万の合図で緑谷達は瞑って目を守り、油断をしていた白部達は目眩ましを食らう。

 

「クッ...!!目眩ましですか...猪口才な!」

 

「えっ!?何これ!?明る過ぎて目が見えない!?」

 

黒霧と白部は急いで目を瞑る。

この隙に、緑谷達は奥の方へと急いで逃げる。

 

 

 

鬱蒼と生えた茂みが足元に絡み、乱雑に落ちている木の枝が足元を不安定にさせる。

だが、一々気にする余裕はなかった。捕まれば死ぬ、助けはいつ来るのか分からない、敵(ヴィラン)との死の鬼ごっこが、限界まで疲れ果てている彼らを無理やり動かす。

 

「緑谷、大丈夫か!?しっかりしろ!」

 

緑谷を背負っている障子が必死に声を掛ける。

 

「僕は...ゴホッ...大丈夫だよ...」

 

口から血を垂らしながらも緑谷はなんとか応える。

 

「全然、大丈夫じゃねーよ!」

 

緑谷の酷い怪我に瀬呂は思わず突っ込んでしまう。

 

「緑谷も...俺達も...このままでは長くは持たないぞ!どこか休憩出来る場所はないのかよ!?」

 

「この辺りに住む鳥達よ。僕達が隠れられる場所に導きなさい」

 

切島の要望を口田が"個性"を使って応えようとする。

すぐにウミネコなどの海辺に住む鳥が、口田の元に集まり、案内するかのように飛び立つ。

 

緑谷達は体を休める場所を求め鳥の後を追う。

 

 

 

案内された場所は洞窟だった。

小さな洞窟であったが、全員が身を隠せる程の広さはあった。けれど、奥に逃げることは出来ず、もし敵(ヴィラン)に見付かってしまえば、あっという間に殺されてしまう場所であったが、それを覚悟の上でこの場所で休むことを決意する。

 

敵が来る前に緑谷の応急手当てを素早く行い、適当に腰を掛けて疲労回復を図る。落ち着き出した者から、今までの出来事を話し出し、みんなで状況を整理する。

 

「...緑谷さん...大丈夫ですか?」

 

「うん、大丈夫だよ八百万さん」

 

八百万が"個性"で包帯などを作り上げて、適切に怪我の手当てをしていく。

その甲斐あってか、吐血は止まっていた。だが、足は折れたままで、肋骨はひびが入っていた。緑谷は戦うことが難しい状態であった。

 

八百万の瞳から涙が溢れ落ちる。

涙を流しているのは八百万だけではない、他の女性メンバーも涙を流していた。嗚咽が洞窟の中で響き渡る。

 

「緑谷さん...私達は...悪い夢を見ているのですよね...?」

 

緑谷の傷を手当てしながら八百万は呆然と呟く。

この中で一番白部と仲良かった緑谷に思わず尋ねてしまう。現実だと理解していても、悪夢にしか思えず、誰かからの否定を欲しがっていた。

 

「そ...そうだよね!こ、これはヤオモモの言う通り!悪い夢なんだよね!?」

 

「どうして...」

 

「.......ケロッ....」

 

「悪い...夢か...」

 

「そうだよ!これはきっと、悪夢なんだよ!」

 

芦戸、麗日、蛙吹、耳朗、葉隠が思い思いに八百万の意見に同意をする。その様子を男性メンバーは痛々しそうに見守ることしかできなかった。だが...

 

一人の少年だけは違った。

 

「今起きていることは全部、悪夢じゃねえよ!現実だろがあぁあ!!このボケが!!!」

 

爆豪が口汚く八百万達の考えを否定する。

あまりの言い種に飯田、上鳴、切島、瀬呂が注意をしようとするが、爆豪は彼らの反応を気にせず話を進める。

 

「相手は殺す気満々だろうがあ!!それなのに認めねぇとか、頭お花畑かあ?ああ!?」

 

女性メンバーは爆豪に顔を向けるだけで何も言わない。

 

「その目は節穴かあ?その耳は飾りかあ?だからおめえらは、弱いんだよ!!...んなことより!おい!クソナード!!」

 

粗方言い終えた爆豪は、今度は緑谷のところに行って詰め寄る。緑谷が大怪我をしているのに構わず、胸ぐらを掴んで無理やり立ち上がらせる。他の人達は止めようとしたが、話の内容が気になって、無意識の内に動きが止まる。

 

「てめぇは前に、人から貰った"個性"だとほざいていたけどよ!灰髪女の言ってたことは本当のことか?!ああ!?」

 

「......」

 

緑谷は何も言わない。ただ、時間だけが過ぎていく。

爆豪の怒り狂った強烈な睨み、心配と真実を知りたい追及心が交じり合わせたような皆の視線。このままだと切りがない思った緑谷は、観念をして話し出す。

 

「......そうだよ...かっちゃん...みんな...。僕がオールマイトから"個性"を受け取ったんだ...」

 

緑谷は正直に白状をする。

その答えに皆は狼狽える。けれども、ここでも爆豪だけは怒鳴るのを止めなかった。

 

「はぁあ!?てめぇみてぇなクソナードが!?何も出来ねぇ"無個性"の木偶の坊がぁあ!?あのオールマイトから貰ったのかぁあ!?あぁあ!?何でだ...!何でだ!!てめぇみてえなぁ"無個性"を選ぶんだぁあ!?俺何かよりも...!!こいつの方が.........ケッ!!どうせ、"無個性"だから、同情で貰ったのだろうがぁあ!!?」

 

「かっちゃん......」

 

口汚く罵る爆豪。

誰からどう聞いても差別発言であり、聞いた者を不愉快にさせる最低な言葉。だが、オールマイトの"個性"を授けると言う、神様のような力を貰った緑谷に嫉妬をしてしまい、爆豪の言動と行動を無意識のうちに納得をしてしまう。

怒鳴られている緑谷も爆豪の立場に同情をしていた。

いや、彼の幼馴染みだからこそ、この中で一番彼に同情をしていた。

 

小さい頃から彼と共に遊び、オールマイトに憧れていた経験があるから分かる。

どれくらい憧れていたのか、どんな風にオールマイトを見てきたのか、爆豪と幼馴染みだった緑谷には、彼の気持ちが痛くなる程伝わってくる。

 

 

 

「皆さん、こんなところにいらっしゃったのですか?」

 

聞き覚えのある声であり、今は聞きたくない声。

洞窟の入り口に白部が立っていた。先手必勝と言わんばかりに爆豪、轟、切島、常闇、障子、砂藤が動き出そうとしていたが、白部が先に制する。

 

「ここで私を殺そうとするのは構いませんが、貴方達の攻撃が私に届く前に、脳無が洞窟を破壊して貴方達を生き埋めにしますよ。それでもよろしければどうぞ」

 

そう言われてしまえば、攻撃を断念せざるを得なかった。白部は頭に手を当てて溜め息を吐く。

 

「はぁ...。全く...貴方方は、本当にヒーローらしく脳筋なのですね...。それに、今までの出来事のせいで頭が可笑しくなるのは分かりますが、だからと言って、馬鹿みたいに騒がない方が良いですよ。今みたいに、簡単に敵に見付かってしまいますよ」

 

飽きれ果てたから本音が出てしまったのか、それとも最後に残された良心なのか、白部は彼らにアドバイスを与える。

 

「全てこうなったのも...!お前のせいじゃんかよおーー!!」

 

涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに汚した峰田が言い返す。

 

「ええ、そうですね。私のせいでございます。けど、貴方達が原因なのですよ」

 

「一々人のせいにするんじゃねぇーよ!」

 

白部の問いに上鳴は吐き捨てる。

上鳴の言い方に白部は眉をひそめる。

 

「人のせい?いやいや、貴方達の行いのせいですよ。現に洞窟での会話を聞かせてもらいましたが...」

 

白部の雰囲気が一気に冷たくなる。

視線だけで人を殺せる程目が鋭くなり、見た者を怖じ気づかせる。

 

 

 

「貴方達って、ヒーローらしく、立派な差別主義者ではありませんか」

 

「差別主義者...だと?!それは一体...どういうことだ!?ぼ、俺達はそんなことをするつもりはない!そもそも、ヒーローがそんなことをする訳ないではないか!!」

 

飯田が精一杯反論をする。

しかし、白部は、道端に唾を吐き捨てた人を見てしまったかのように、汚ならしいそうに飯田を睨み付ける。

 

「へぇー......。まだそんなことが言えるのですか?私、ちゃんと聞いていましたよ。つい先程前まで爆豪君が"無個性"に対して、差別的な発言をしていましたよね?」

 

「あっ!?てめぇには関係ねぇだろうが!このボケが!!」

 

爆豪が怒鳴って言い返すが、その行動はかなり間違っていた。

爆豪以外の全員が後悔をすることになる。

 

白部が今まで以上に怒っていたのだ。

白部の瞳から強い意思を感じさせ、溢れ出る殺気と威圧感が、実戦経験のあるヒーローの卵達を脅えさせる。

 

 

「ええ、私と貴方達と何にも関係はありません。ですが...!私は貴方達と違って、"無個性"を差別する屑ではないので!!」

 

白部は力強く言い捨てる。

叫びには想いが詰まっており、彼らは気が付かない内に白部の地雷を踏んでしまったようだ。

 

「貴方方のような屑は嬲(なぶ)って、嬲って、嬲って、嬲って、嬲って、嬲って、嬲って......」

 

 

「殺してあげますよ」

 

白部が並みの敵(ヴィラン)より邪悪に嗤いながら宣言をする。もう──

 

 

逃げることは出来ない。

 

 

 

緑谷達は観念をして洞窟から出る。

意外にも脳無の力を使って、洞窟を破壊することはなかった。白部曰く、自分と脳無に嬲り殺されるのが相応しいですと、正面からの戦いを求める。

 

緑谷は怪我を言い訳に、態と遅く歩いて作戦を考えているが...

 

「緑谷君、作戦を考えても無駄です。ここは圏外ですので助けは呼べませんし、貴方方と脳無のスペックの差はあまりにも開いておりますので、何やっても無駄です。例え、脳無が遊ぶ程度に手加減をしたとしても......」

 

高を括っていた白部の体が突然、氷で包まれる。顔ギリギリまで凍らされていた。

 

「敵の前で余裕ぶっているお前の方こそ馬鹿だ」

 

轟が"個性"を使った白部を凍らせる。

 

「轟、出かしたぞ!」

 

「よっしゃあ!確保だ!」

 

白部を捕まえたことにより、緑谷達は思わず喜んでしまっていた。

脳無も命令がないと動けないのか、白部が捕まっていても無反応であった。そのことが更に、緑谷達の喜びに拍車を掛ける。

 

「......そうですか...」

 

捕まっているのにも関わらず、白部は反応は無に近かった。そのことに気が付いた緑谷達は、喜ぶことを止めて警戒体勢に入る。

 

「ところで...。私の顔は凍っていませんけど、これでよろしいのですか?私の顔まで凍らせて、窒息死させなくても良いのですか?止めを刺さないのですか?暴力装置として、私を殺さなくて良いのですか?」

 

「は?何でヒーローが人を殺さねぇといけないんだ?大体、お前は...」

 

白部の言い分にムッとした轟は白部の真正面に立ってしまい、目と目が合う。

 

反論をしようとするが...

 

それが間違いであった。

白部の銀色の瞳が妖しく光る。

 

すると──

 

 

白部の左側から炎が現れ、体を凍らせていた氷が溶けていく。

 

「そちらの方こそ、お馬鹿さん♪私ヴィランの言葉に挑発されてしまうなんて、少しは怪しんだ方が良いですよ」

 

「う...嘘だろ...お前...なんで」

 

白部が轟の"個性"を使って氷から脱け出す。

自分の"個性"を使われた轟は動揺を隠せなかった。

 

「簡単な話ですよ。ほら、B組の物間【ものま】君みたいな"個性"ですよ。というか...私が悠々としていた時点で、罠とか何か思いませんでした?」

 

馬鹿にしたような感じで説明をする白部。

 

「死ねえぇぇーー!!この灰髪女!!」

 

白部が説明をしている最中に、爆豪が空から襲撃を仕掛ける。

白部は爆豪と真正面になれる位置に立ち、目と目を合わせると、左側の掌を爆豪に向ける。

 

BOOOOON!!

 

爆豪と白部の"個性"がぶつかる。

爆発で生まれた煙が二人の視界を覆い、互いの姿を見えなくする。

 

「おら!!」

 

その隙に切島が白部の背後に立ち、"個性"で硬くした腕で、背中を思い切りぶん殴る。

 

「ひゃっ!?いつの間に!?」

 

白部は殴られた衝撃で、かなり遠くの方まで吹き飛ばされる。

 

「尾白!」

 

「分かっている!」

 

白部が吹き飛ばされた先には尾白がおり、切島の要望通りに、太い尻尾で白部の体をきつく縛る。

 

「出かしたぞ!尾白!」

 

緑谷達は尾白に賞賛の声を送る。

白部は特に抵抗をすることもなく、大人しく捕まっていたが、先程の例もあって、緑谷達は警戒心を緩めなかった。対応は何も間違っていない筈なのに、緑谷達の中の嫌な予感は止まらなかった。

 

白部が叫ぶ。

 

「脳無!」

 

 

「私ごと、やりなさい!!」

 

とんでもない命令を下す。

脳無は躊躇なく襲い掛かる。尾白が白部を突き放した時には既にもう遅かった。

 

「ぐっは..!!」

 

オールマイトにも劣るとも勝らないスピードで、尾白と白部の両方に殴りかかる。

たった一撃で尾白は動けなくなってしまう。

 

「尾白君!!」

 

葉隠が尾白の元に駆け寄る。

尾白は血反吐を吐いて苦しそうにしているが、幸いにもなんとか生きているようだ。

 

「葉隠か...俺は何とか...生きていられている...みたいだけど......。これで...お遊び程度...かあ...?ガハッ!!」

 

「尾白君、しっかりして!」

 

「私も...動けそうではありませんね...」

 

尾白とは真逆の方向に吹き飛ばされた白部が呟く。

白部も尾白と同じくらいのダメージを負っていた。

 

緑谷は白部の様子を注意深く観察を始める。緑谷はあることに気が付く。

 

「湖井...お前...まさか!?」

 

「脳無、私の前に立って目を合わせなさい」

 

脳無が超スピードで白部の前に立つ。

白部は"個性"を使って回復をして、何事もなかったかのように立ち上がる。その様子に緑谷以外の全員が絶望に陥る。だが、あることに気が付いた緑谷だけは、度肝を抜かれてそれどころではなかった。

 

「私が何ですか?」

 

 

「痛みを感じていないだろ!?」

 

明らかに痛みを感じていないからだ。

氷に閉じ込められた時も、切島の"個性"で殴られた時も、尾白の尻尾で締め付けられた時も、脳無に吹き飛ばされた時も、反応はしているとはいえ、痛みを感じる様子はなかったのだ。

 

白部は緑谷の質問に呆気なく答える。

 

「はい。そうですよ。それがどうかしましたか?」

 

「なんで...そんなに..."個性"を持っているんだ!?」

 

「ああ、そのことですね。先生様から"個性"をいただいたのですよ。"痛みを失くす個性"と、"どんな時でも理性的になれる個性"と、"限界を越える個性"のお陰で、こうやって戦えるのですよ。貴方達を何が何でも殺す為にね」

 

自分の血で顔を汚し、狂気に満ちた笑顔で話す白部。

"個性"は一人一つという常識を捨てて、痛みを捨てて、今までの生活も捨てて敵(ヴィラン)になり、緑谷達を殺す為に如何なる時も理性だけは捨てずに。

 

そのことを理解してしまった瞬間、緑谷達は背中にナイフを刺されたようなゾクリとした寒気が走る。

 

「...どうして...どうして...!?湖井さん!何でここまでするの!?私達が知らないうちに怒らせてしまっておるんやら...謝るから!こんなことはもう止めて!!」

 

麗日は泣きながら必死に説得を試みる。

けれど白部の心には響かず、フンと鼻を鳴らし、小馬鹿にしたように笑う。

 

「別に貴方達は私に悪いことはしておりませんよ」

 

「だったら、どうして!!?こないなことをするの!?」

 

「しつこいですね。最初にちゃんと言ったでしょ」

 

面倒臭そうに白部は言う。

だけど、話す気はあるのか、深呼吸をして話し出そうとする。

 

「良いですか、私は」

 

 

「ヒーローも」

 

「社会も」

 

「人間も」

 

 

「全てが大嫌いだ!!!!」

 

ここいる人達の鼓膜を破る勢いで叫ぶ。

 

「だから、私はこの身を犠牲にしても!」

 

「この汚い社会を壊し!」

 

「平気で他人を馬鹿にする人間を!」

 

 

「殺すことをここに誓います!!」

 

仁王立ちをして宣言をする白部。

その姿はまるで...

 

 

悪に立ち向かう、正義のヒーローを彷彿させる。

 

「さあ、この人達を嬲って殺しにいきますよ!脳無!」

 

脳無が白部の命令通りに動き出す。

一方的な殺し合いが再び始まってしまうのであった。

 

 

「あう!?」

 

脳無が早速、青山を体当たりで吹き飛ばす。

青山の体は枯れ葉の如く吹き飛ばされる。

 

「えい!この!」

 

青山がやられた怒りで芦戸は、泣きながら脳無に大量の酸を飛ばして当てようとする。

 

「させないです!」

 

脳無にぶつかる前に白部が脳無の"個性"を使って、酸をパンチの衝撃で吹き飛ばす。

 

「...えっ......?嫌ああああ!!?あっ...」

 

酸は白部の"個性"によって吹き飛ばされたが、撃ち漏らした酸が白部の体に付着する。

対脳無用に作られた強力な酸だった為、頬や腕の皮膚を簡単に溶かし、筋肉をもあっという間に溶かし、骨が見える。あまりにもショッキングな出来事に芦戸は、動けなくなり脳無に吹き飛ばされる。

 

「......痛くないはないのですが...。これ...先生様に"どんな時でも理性的になれる個性"がなければ、動けなかったでしょう...」

 

白部も自分の体の変わりように驚いていた。

 

「まあ...いっか...。これで!貴方達を殺しやすいですしね!!」

 

すぐ前向きに捉えて緑谷達に襲い掛かる。

近くにいた峰田に狙いを定める。

 

「こっち、来んなあああああ!!」

 

見るに耐えない白部の姿に、怖くなった峰田は泣き叫んで、全力で拒否をする。

 

「何を言っているのですか?これは貴方達がしたことですよ。ちゃんと最後まで向き合いなさい!」

 

泣き叫んでいる間にも峰田は吹き飛ばされる。

他の仲間達もそうであった。白部が視界に入る度に目を瞑ってしまい、その間に脳無に吹き飛ばされる。

 

始めから勝ち目のない戦いだったのに、状況は更に最悪になる。

 

(考えろ...!!考えろ...!!この状況を打破する為の解決する為の策を!!"個性"の反動で何もできない役立たずの僕が、唯一できるのは策を練ることだろうが!!)

 

緑谷だけはオールマイトの"個性"の件もあり、一人だけ放っておかれていた。その間に緑谷は必死に策を練る。

 

(あ...!そうだ!!あいつらはワン・フォー・オールの受け渡しの条件を知らない!だったら、その話をダシに使って...みんなを...!助けないと!!)

 

「おい!敵(ヴィラン)ども!!」

 

「なんでしょうか?」

 

今まで黙って見ていた黒霧が反応をする。

 

「オールマイトの"個性"の条件を知りたいのだろう!」

 

「まあ...知りませんが...ですが、先生に直接聞けばよろしいことですし、そのまま"個性"は奪えますので、聞きたいことは何もありません」

 

("個性"を奪える!?与えるだけじゃないのか!?奪うことも出来るなんて...そんな...!?.........ん?待てよ。じゃあ....なんで......)

 

敵の親玉の"個性"の強さを知り、緑谷は焦ってしまうのだが、ある不自然点に気が付く。

 

 

「じゃあ!!なんで今まで奪わなかったんだよ!!!」

 

気が付いた時には緑谷は叫んでいた。

 

「ほう...」

 

緑谷の問いに黒霧は何も言えなくなる。

 

「お前達のボスが出来なかったから、こんなことをしているのだろうが!!」

 

「この"個性"を貰ったのは僕だけはない!なのに!今まで奪われることはなかった!それは"個性を奪う個性"でも、奪えなかっただろうが!!違うか!?」

 

「お前達が僕を連れて行っても無駄だ!」

 

「この"個性"は奪えない!」

 

叫び終えた緑谷は息を整える。

 

「確かに...君の言う通りですね」

 

緑谷の意見に納得をした黒霧は話を聞く体勢に入る。

 

「だったら!みんなを解放しろ!そうしたら色々と教えてやる!」

 

「いや、それは出来ませんよ。というか、君は...今の自分の立場を分かっていますか?私の命令一つで君達は死ぬのですよ」

 

黒霧は呆れたように言う。

 

「皆さんを殺すが私達の役目です。君の意見に従うことはありません」

 

「だったら......」

 

 

「僕が死んでやる!」

 

緑谷は自殺をすると宣言をする。

 

「ほう...。では、どのようにして?...脳無!止まりなさい!!」

 

緑谷は"個性"を使って、今まさに殺されそうになっている麗日の前に立つ。そのことに気が付いた黒霧は急いで脳無の行動を止める。

 

「みんなの盾になってだ!!」

 

「それは困りましたね。君の話が本当かどうか、確かめなければなりませんし...。では...私はこうしましょう」

 

黒霧はそう言って消える。

敵が一人減って喜んでいた緑谷だったが....

 

 

「貴方の家族と友人を人質にします」

 

緑谷の母親とキキが無理やり連れて来られる。

緑谷の行動は人質を増やすのと同時に──

 

 

超強力な助っ人を呼び寄せることに成功をする。



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30話 激戦

暗闇が晴れたと思った瞬間、見知らぬ場所に連れて来られたキキと緑谷の母親。

 

「ここは...一体...おばさん!?」

 

急に緑谷の母親が意識を失い倒れてしまう。

完全に地面に倒れ込む前にキキは、緑谷の母親を抱き抱える。抱き抱えた途端、意識を失った原因が明らかとなる。

 

頬や腕の骨が丸見えな白部が、目の前に立っていたからだ。

 

「......えっ............?」

 

衝撃的な光景にキキは言葉を失う。

普通の人なら痛くて騒いでも可笑しくないどころか、すぐにでも気絶を可笑しくないのに平然と立っている。しかも隣には敵(ヴィラン)と思われる黒い霧、更に少し離れた場所には、オールマイト級の身体能力と複数の"個性"持ちの脳無が突っ立っていた。

 

しかも...

 

脳無を見た際にキキの目に映る。

血にまみれ、足や腕が人形みたいに折れてはいけない方に折れ、地面に崩れ倒れる緑谷のクラスメイト達。地獄絵図のようであった。

その中でも立っているのは緑谷、爆豪、轟の三人だけだ。その三人も傷だらけで、いつ倒れても可笑しくなかった。

 

「みんな!」

 

「オールさん...!それにお母さん!?」

 

「...ダークシャドウ!」

 

「アイヨ!」

 

緑谷の叫び声が聞こえた常闇が察し、力を振り絞ってダークシャドウを呼び出し、キキと緑谷の母親の体にダークシャドウが蛇のように巻き付いて、自分達のところに引き寄せる。

倒れていた人達も事態に気が付き、気力だけで立ち上がり、キキと緑谷の母親を守るかのように集まる。全員怪我は大分酷いが、何とか生きていた。

 

キキは一先ず安心をし、みんなの様子を確認をする。確認を終えてからもう一度白部の様子を伺う。

 

白部の瞳には、例え自分が燃え尽きても、やり遂げようとする強い意思が宿っていた。その意思はどす黒い負の感情の交じり合い、身を焦がす焔となって、辺りを焼き尽くす程の勢いになる。

 

(.........白部は...まさか......!?)

 

キキが覚悟を決めて白部の目を睨んだ瞬間...

 

 

 

涙を流し、あれ程の強い意思が嘘のように消えて無くなる。

 

(!?!?えっ!?何で!?どういうこと?!)

 

キキは声が出なくなる程困惑をする。

キキは異世界での経験で、強い意思は何が合っても消えることがない、揺るぎないものであるが故に、会話では止められずに戦うことでしか止められなかった。しかし今の白部は、キキと目が合っただけで、焔ように燃えていた強い意思が跡形もなく消える。初めてのパターンにキキは出鼻を挫く。

 

「.........な、何で......オールさん達を勝手に連れて来たのですか!!?あの人達を連れて来なくても、私は彼らをちゃんと殺しますのに!どうして...!!どうして!こんなことをするのですか!!?」

 

「そう言われましても...。あの少年の言う通り、オールマイトの"個性"を奪えていないことは事実です。彼の話を聞かなければなりません」

 

「だったら!半殺しにして先生様に送れば良いだけのことじゃない!!」

 

「ですが、彼の言う条件によっては、あまり傷を付けてはいけないものかもしれませんし...下手に動かれてしまうくらいなら、はじめから人質をつけて大人しくしてもらい...」

 

「人質なんて要らない!それに!傷付けても先生様の"個性"で治せば良いじゃない!」

 

「あのですね、回復系の"個性"は珍しいものですから、そうそうにありませんよ」

 

子供のように泣きじゃくって文句を言う白部。

それを母親のように優しく、諭すように説得をする黒霧。何ともいえない空間が出来上がっていた。

キキは白部の様子を見てふと思う。

 

(白部は...間違いなく...敵(ヴィラン)だ...。会話を聞いただけでもやったと言っている...。だけど...)

 

 

(彼女は本当に悪人だろうか?)

 

白部との思い出が甦る。

初めて出逢いは狂乱する程喜ばれ、勝手に"個性"を使って昔のトラウマで倒れる。もうこの時点で怪しいといえば怪しかった。それでも、敵だらけの世界で数少ない味方になってくれたことが嬉しかった。

レイチェル・オールになってからは、嫌がらせを受ける心配はなくなり、彼女と仲良くすることが出来るようになった。

 

二度目の出逢いはオールマイト目当てだった。

ゴミだらけの海出逢い、初対面なのに心配をしてくれたのが印象的であった。緑谷の長く一方的な話にも笑顔で聞き、訓練の終わりにはスポーツドリンクを渡す。気遣いが上手い女性。その反面、ヒーローを嫌っているのではないか?と、思わせる素振りをみせる。その後の日々は特に問題は起きることなく、訓練を見ながら、話をしたりする日々。

 

合格後開いたパーティーでは、キキは緑谷に怒って話さなくなる。その間を必死に仲を取り持ったのが白部。

気まずい立場でありながらも、キキとの連絡を取り、連絡出来て嬉し泣きをする彼女の声は、この先も忘れないと確信をする程強く印象に残る。

 

二回目もそうであった。

上手く言い訳が出来なかったキキは、緑谷のクラスメイト達から逃げるようにして会わなくなる。そこでも彼女は必死に仲を取り持つ。一度目の時よりも連絡を取って関係を保ち、キキの様子を伺う。キキの様子を探りながら、日々の出来事を嬉しそうに白部は語る。

 

キキや緑谷、緑谷のクラスメイトと過ごしたあの時の笑顔は本物であった。

キキを心配をして泣く姿は嘘ではなかった。

 

 

なのに...

何故敵(ヴィラン)になった?

 

(いくら考えても駄目だ...。敵(ヴィラン)になった理由が分からない...。やっぱり...トラウマが治っていなくて、今もその件が続いていたのか...?だとしたら...)

 

「と言う訳で、そこの少年、緑谷出久の"個性"ワン・フォー・オールで件で貴女方二人は、人質とさせていただきます。緑谷出久の対応次第ですが、貴女方二人には手を出さないと約束いたしましょう」

 

「だ~か~ら!黒霧さん!そんなことは人質を使わなくても、先生様の"個性"ですぐに分かります!人質なんて要りません!すぐに家に帰して上げて!今すぐに!」

 

「いやいや、奪えなかったことは本当のことですし、念には念を入れた方がよろしいかと...あ、そこの人、連絡を入れようとしても無駄ですよ。ここは圏外ですから...」

 

(いや、何この状況!!?)

 

一心不乱に交渉を続ける白部と躱し続ける黒霧。

真面目に状況を整理していたキキを拍子抜けさせる。あまりにも異様な光景に、緑谷とクラスメイト達も呆然としていた。

キキに何もしないのは、一般人だと勘違いをしているのと白部が一生懸命に抵抗をしているからだ。

 

(.....何だろう...。白部の扱いが...仲間というよりも...丁寧過ぎて...お客様みたいだ...)

 

黒霧は嫌な顔を一つもせずに丁寧に対応をしていく。

そこには対等な関係はなく、黒霧が少しへりくだっているようにみえる。

一通り観察を終えたキキは、もう一度緑谷達の方を振り返る。

 

「みんな、大丈夫!?」

 

「うん...何とか...」

 

「ああ...」

 

「...ケッ!!心配される程落ちぶれてねぇわ!」

 

「爆豪君!そんな言い方はないだろう!!...大丈夫!と、言いたいところですが...。今は言い切れる自信は...守るべき市民を前にして!僕は何て情けないんだ!」

 

「俺は硬化のお陰でなんとかいけるが...長くは...いや!ここで諦めたら漢が廃る!任せろ!」

 

「ぼ...僕だって、た、たたた戦ってみせるさ☆」

 

「青山...気持ちは分かるけど、全然大丈夫じゃねえぞ」

 

「オイラはもう嫌だあああぁぁぁあああ!!お家に帰りだいぃぃ~!!」

 

「俺ももう嫌だ~~!!」

 

「こっちの二人の方が重症だな...」

 

「それでも...やるしかないだろう...」

 

落ち着いているのは緑谷と轟だけだ。

他の人達は悪態をついたり、愚痴を溢したり、泣き言を言っていたりしていた。だが、怪我よりも心の傷の方が深かった。特に心の傷が深かったのは女子メンバーは何も言えず、辛うじて立っているだけだ。

 

白部の事情を知りたかったキキだが、緑谷達は酷い怪我を負っており、悠長に話をしている時間はなかった。

回復の魔法を唱えただけでも敵に正体がバレてしまい、戦闘は避けられない。いつ戦闘が起きても大丈夫なように今の状況に適したカードの準備を速やかに行う。

 

キキはカードを取り出して唱える。

 

『3周年サンクチュアリ』

 

「三度の飯より3周年」

 

美しい妖精のような羽を生やし、煌びやかな衣装を着た女性の姿が映し出される。

魔方陣で描かれた時計がぐるぐると回り、十二時を示す場所で止まると白部、脳無の動きが止まる。

 

直ぐ様癒しの魔法を唱えて緑谷達の傷を癒す。

淡い緑色の光が緑谷達を包み込む。怪我は完全に治すことは出来なかったが、骨折などの酷い傷はほぼ良くなる。

 

「回復系の"個性"...だと!?」

 

「いや!敵の動きを止めたぞ!」

 

「すげえ"個性"だな!!」

 

「何だよ!?その"個性"!チートじゃん!」

 

障子、砂藤、上鳴、瀬呂が驚嘆の声を上げる。

キキはそれらを無視して電撃、炎、光弾を一番厄介である脳無に動き出すまでぶつけ続ける。

 

「これはこれは、脳無がいなければどうなっていたことやら...。どうやら貴女が黒猫の魔法使いですか...。これはこれは...せっかくのチャンスを無駄には出来ませんね...。この機会に貴女を倒させて頂けます!」

 

いち早く危険を察知して脳無を盾にし、キキの正体に気付いた黒霧が倒すと宣言をする。

黒霧が宣言している最中に、呪文の効果が切れた白部は戦いたくないのか戦場から離れていたが、黒霧は離れていく白部を気にせず戦闘態勢に入る。

 

脳無は自慢の再生能力で、何事もなかったかのように無傷で立っていた。

そのことに緑谷達は顔を青ざめていたが、キキにとっては予想通りのことであった為、何も反応はせずに淡々とカードを持ち直して構える。

 

「脳無、本気で殺しに行きなさい!」

 

黒霧の命令で脳無が動き出す。

脳無は言葉に出来ない叫び声を上げると、一瞬にしてキキの目の前に現れる。

 

目が捉えられないスピードで殴り掛かってくるが、キキは右に避けて素早く電撃を浴びせる。

電撃で痺れさせ、少しでも動きを鈍くさせるのが目的だ。

 

それでも脳無のスピードは衰える気配はない。

キキは急いで防御障壁を展開して次の攻撃に備える。破壊されると分かっていても、致命傷を避ける為に展開をする。

 

一秒コンマが、やけに長く感じる間、キキは吹き飛ばされた後のことを考える。

その時だった──

 

 

「スッッマアアァァァシュュッッツ!!」

 

緑谷がキキと脳無の間に割り込む。

"個性"を使った弊害で治りかけた腕は折れて、見るも無惨な姿にまた戻る。けど、そのお陰で脳無の動きが止まる。

 

「緑谷!一体何やってんだ!?」

 

「何って...脳無の動きを止めているんだよ!!」

 

「そんなことしなくたって、黒猫の魔法使いが...」

 

「あんな、チマチマした攻撃で殺せねぇよ。...ケッ、見たところ...色んな攻撃手段があるみてぇが...どの攻撃も...あの化け物の足止めしかなんねぇよ。それに、あの糞野郎どもには借りがある...。直接ぶっ殺さねぇと!俺の気が収まねぇんだよ!!」

 

緑谷と切島が口論をしている間に、爆豪が掌を爆発を起こしながら空を飛んでいく。緑谷も爆豪の意見に賛成をする。

 

「かっちゃんの言う通り、僕達も戦わないと間に合わないよ!黒猫の魔法使いは色々なことが出来るところは長所だけど、その代わり攻撃が少し遅いんだ。だから、僕達の援護も必要だ!」

 

「そうなのか...しかし...僕達はまだ免許を持っていない!緑谷君は"個性"を使えば体がボロボロになる!そんな状態で戦いに参加してはいけないだろ!!」

 

「そうだとしても!今はみんなで戦わないと生きて帰れない!それに!いざという時はオールさんから回復をしてもらえば良い!」

 

「俺も緑谷の言う通りだと思う。相手はあのオールマイト急の強さだ。人手は多いことに越したことはない」

 

「そう言えば...黒猫の魔法使いって...確か...あっ!みんなを守れないって、言っていた人だろ?!」

 

「な、何だと!?」

 

緑谷の意見に飯田は反論をするが、轟は緑谷の意見に同意をする。

それでも飯田は、まだ戦うことを許されていない点や、緑谷の"個性"制御不能の点から反対意見を述べる。しかも、あの動画を観ていた上鳴が余計なことを言い、みんなを動揺させる。

 

こうしている間にも緑谷は殴り続ける。

もう腕はボロボロで動かさない筈なのに、殴り続ける姿は狂気でありキキを困惑させる。言いたいことが山程増えたが、今は戦いに集中をするしかなかった。

 

『エナジャイズオーケストラ』

 

床まで届きそうな程長い緑色の髪をツインテールにした女性の姿が映し出されると、緑谷の周りに淡い緑色の光が包み込む。怪我は完治していないが、ある程度良くなる。

 

「ほほう...借りている相手の姿を映し出すのも"個性"の効果ですか...」

 

「何、悠長なことを言ってんだあぁ!?てめぇもぶっ殺し対象だおらぁ!あの時の借りを返してやるよ!!」

 

飛んでいた爆豪は平然をしている黒霧に掌を向ける。

今まで大量にかいた汗ニトロが猛威を振るう。

 

「榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!」

 

特大火力の爆発が黒霧を襲う。

煙が晴れ、そこには──

 

黒霧の姿はなかった。

 

「...!」

 

「させるかよ!!」

 

「ああ!」

 

キキの真後ろに現れた黒霧。

黒霧は襲い掛かるが、切島が硬化した腕で殴り掛かり、尾白は太い尻尾で叩き付ける。二人が黒霧の相手となる。

 

「緑谷!」

 

瀬呂がボロボロに緑谷の身体にセロテープを巻き付け、こちら側に引き寄せる。入れ替わるかのように電撃、炎、光弾を脳無にぶつかる。

 

「レシプロバースト!!」

 

脳無が痺れて動きが遅くなった隙に、飯田が脹脛のエンジンを吹かし、スピードを上げて脳無を蹴り上げる。けれど大したダメージにはならず、軽い一振で吹き飛ばされてしまう。

 

「飯田!ダークシャドウ!」

 

「アイヨ!」

 

吹き飛ばされた飯田をダークシャドウが回収をする。

 

「行くぞ、障子」

 

「分かってる」

 

今度は肉弾戦に自信がある砂藤、障子が脳無に立ち向かう。今のやり取りの間に怪我人の回復を済ませ、キキは新たな呪文を唱える。

 

『いつまでも上達しないゲロイシュ』

 

ホルンを吹いている男性の姿が浮かび上がる。彼の姿が消える前に直ぐ様違う呪文を唱える。

 

『フローラル・ダウンプア』

 

「香りで気分を整えましょうか」

「この香水はどうですか?」

 

花と一緒に二人の仲良い少女達の姿が、ほんわかした声ともに映し出される。この間にも脳無が立ち上がり、キキの邪魔をしようとするが、"個性"を使って足止めしようとしたり、男子達中心に捨て身の覚悟で脳無に立ち向かう。

生徒達が傷付く姿に、キキは不甲斐ないと思いながらも準備を整えさせる。

 

「脳無から引き離して!」

 

「おう!」

 

「ケロ!」

 

瀬呂がセロテープで障子、切島を引き寄せ、少しだけ立ち直った蛙吹が舌を伸ばして砂藤、緑谷を引き寄せる。

脳無から生徒達が離れてからキキは攻撃系のSSを唱える。

 

『ミーティアリックブレイク』

 

「Tiiiit for Taaaaaaaat!」

 

夜の空に舞う、大剣を持った少女が叫ぶ。

叫ぶのと同時に、黄色の魔方陣が敵の周りに現れては爆発を起こし、追撃として赤色の魔方陣も爆発を起こす。普通の敵だったらここで倒れているが、相手は底無しの回復力を持つ脳無だと分かっている以上攻撃はまだ終わらない。

 

『アペルピスィア・アイギス』

 

「アイギスの盾よ、真価を示せ!」

 

剣と盾を持った女性が威厳に満ちた声で叫ぶ。

また黄色の魔方陣が現れて爆発を起こし、今度は赤色の魔方陣ではなく、白色の魔方陣が爆発を起こす。

 

二つのSSを受けてもなお脳無は立っていた。

脳無はこちらに向かい出す。キキは電撃、轟は氷、峰田は粘着性のあるボンボンを足元に投げ、青山はネビルレーザーで、芦戸は酸を撒き、それぞれの魔法や"個性"で脳無の動きを止めようとする。

 

四人の攻撃を受けても止まらない脳無。だが、厄介なのは脳無だけではなく黒霧もだ。けれども、前回の襲撃事件で攻略法を見付けた爆豪を中心に、尾白などの数名よ生徒達が黒霧の相手をしていた。生徒達の活躍、SSの余波もあってか、黒霧は脳無の加勢が出来なくなっていた。

動きを止められなくても、与えたダメージが回復されても、次のSSを撃てる時間は稼げた。

 

『ミーティアリックブレイク』『アペルピスィア・アイギス』

 

先程よりも少し威力が上がったSSが脳無を襲う。

それなりに攻撃を受けたのにも関わらず、嫌な方向に予測していた通りに脳無は立ち続けている。再生能力も衰えていなかった。

 

「嘘だろ!おい!いつまで続くんだよ!!」

 

頭皮から血を流している峰田が弱音を吐く。

脳無がキキ達の目の前に迫る。キキは急いで防御障壁を展開をし、轟は盾の代わりに氷壁を出現させる。

 

「やれやれ、面倒ですね...こうなったら──」

 

 

「脳無。黒猫の魔法使いを狙うのは止めて...爆豪を狙いなさい!」

 

猛スピードでキキに突進しようとしていた脳無が、一度動きを止めて爆豪に狙いを定める。あまりのスピードに爆豪は身構えることも出来ないまま、何本かの木をへし折りながら遠くまで吹き飛ばされてしまう。

 

「爆豪!!」

 

みんなが爆豪の心配をして動きを止めた瞬間、チャンスを逃さないと言わんばかりに黒霧が止めの命令を出す。

 

「脳無!今度こそ魔法使いを殺しなさい!」

 

命令を終えて止まっていた脳無が、目にも止まらぬ速さで襲い掛かる。

いくら事前に防御障壁を展開していたと言えども、相手はあのオールマイトを想定して造られた脳無。

呆気なく脳無の突進で防御障壁は壊され、キキとウィズもまた遥か遠くに吹き飛ばされる。

 

「黒猫の魔法使い!」

 

キキが容易くやられて生徒達に絶望をして気力を失い、逆に厄介な敵を減らせたことが出来た黒霧は喜び、有利な内に脳無に新たな指示を出す。

 

「脳無、よくやりました。さてと次は...緑谷以外の生徒全員殺しましょう。黒猫の魔法使いの止めを指すのはそれからです。では...やれ脳無!」

 

黒霧の命令で悪夢のような続きが再開される。

倒す術もなく、みんなが敵の攻撃に身構えていた時──

 

 

「HAHAHA!!」

 

オールマイトが脳無の拳を受け止め、パンチで遠くまで吹き飛ばす。途中でキキに会ったのか、オールマイトの側に立っていた。防御障壁のお陰で特に目立った怪我はなさそうだった。

 

「オールマイト!!黒猫の魔法使い、生きていたのか!!」

 

緑谷は感激の声を上げる。爆豪以外の緑谷のクラスメイトも喜びに包まれ、特に峰田は喜びのあまり泣いていた。

 

「オールマイト、どうしてここに?」

 

教える手段は無かった筈なのに、オールマイトがここまで来れ、活動をしていることに疑問を感じた緑谷は質問をする。

 

「ああ...それはね、漁師から、ここら辺で騒がしい音がするから見てきてほしいと通報があって...一番速く様子を見に行ける私が見に来た訳だよ。さあ...敵(ヴィラン)ども覚悟を決めるが良い...何故って?それは...」

 

 

「私が来た!」

 

相変わらずの笑顔で敵(ヴィラン)の前に立ち塞がる。

キキも補助系SSのカードに構えて、迎撃の準備をしていたのだが......

 

 

「オールマイト!!貴方もいずれ殺さなければいけませんが...今は相手にする余裕はありませんので、この辺で失礼させて頂きます」

 

「逃がすか!」

 

オールマイトが黒霧に掴み掛かる前に、脳無を連れて消えてしまう。

敵(ヴィラン)の襲撃事件はオールマイトの登場により、呆気なく終わるのであった。



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31話 否応無しに現実を知ることになる

事件が終わったと実感すると、みんなで急いで爆豪を探し出す。口田の"個性"とオールマイトの超スピードのお陰ですぐに爆豪が見付かる。重症でかなり危険な状態であったが、幸いにも息はしており、淡い緑色の光が緑谷達を包み込む。

一番ボロボロになっている緑谷と爆豪には、念入りに癒しの魔法を掛ける。

 

「助かりました!ありがとうございます!」

 

「傷の手当てありがとうございます!」

 

みんなを代表をして切島と飯田がお礼を言う。

 

「しかし...随分とあっさり引き上げるものだな...」

 

オールマイトが黒霧が消えていった先を睨み付ける。

 

「そうだね...」

 

オールマイトの意見に同意しながら、キキはある方向を見詰める。

その方向には──

 

白部が立っていた。

戦闘が終わったことに気が付いたので戻ってきたのだ。

 

「なっ...!?!?」

 

骨がまる見えの白部に驚愕をするオールマイト。

男性陣が白部を取り押さえようとするが、オールマイトによって止められる。だけど、オールマイトも何かを感じ取ったようで一歩前に出て様子を探る。相手が怪我人だと思わせない程の警戒心をみせる。

 

そんな中キキは気にせずに近付いて、癒しの魔法を唱えて白部の傷を治す。

 

「貴女が黒猫の魔法使いなんですね......」

 

「そうだよ...」

 

白部は疲れからか、前からキキの正体に勘づいていたのか、驚きすぎて何も言えなくなったのかは分からなかった。抵抗することもなく、無反応でされるがままに治療を受けていた。

 

「ねえ...黒猫の魔法使い...彼女はもしかして...」

 

傷だらけで平然と立つ白部にオールマイトは疑問を抱く。

 

「うん、敵(ヴィラン)の仲間だったよ。でも、もう捕まえようとしなくても大丈夫だよ」

 

キキはあっさりと認める。

 

「...捕まえようとしなくても大丈夫?それは...どういことだ?!」

 

「見ていれば分かるよ。任せて」

 

驚いたオールマイトは構えていたが、動くことはなく緑谷達の前に立って様子を見守る。

 

「話をしようか」

 

「.........」

 

白部は無言のままだ。

気が付けばキキは白部と対峙していた。

 

キキは己を研ぎ澄まし、相手を見極める為に目を鋭く。

 

白部は涙で視界をぼかし、向き合わないように目を瞑る。

 

必ず会うと決めた約束が、皮肉にも敵対することになってしまった。その現実に向き合える勇気がない白部は、しゃがみ込んで固まっていた。

それでもキキは向き合う為に、真実を知る為に、口を開く。

 

「ねえ、白部...。君はなんでこんなことをしたの?」

 

キキの質問に白部は何も答えない。

 

「そっか.........。答えられないんだね」

 

白部は何も答えない。

 

「人には教えたくない、教えられない秘密が一つ二つはある。それは分かっている。だけどね...。教えてほしい...」

 

 

「君がここまで追い詰められた原因は何?」

 

 

「えっ.........?私が......追い詰められた原因...?」

 

批難され、罵倒されると思っていた白部は驚いて思わず顔を上げる。

キキの瞳は鋭いままであったが、敵意や身を凍り付かせるような咎める視線ではなく、全てを受け止める優しさで満ち溢れていた。

 

「そうだよ。君が何故こんなことをしてしまったのか、そこには何かしらの原因がある筈だ。そうでなければ、白部はこんなことをしない人間だと...ボクは...」

 

 

「信じている」

 

キキは白部を善人だと今も信じていた。

キキが白部は善人だと信じている理由は友達だからと、贔屓をしている訳ではない。他人の心から心配をする人であったからだ。

 

二度目に海での出逢い、訓練で怪我をした緑谷を気にかけ、喧嘩別れしてからの電話、どれも心配をしていた。他人のことを心配を出来る人間は悪人ではない。

本当の悪人は自分のことしか考えない、自分良ければ他人が犠牲になっても目もくれない、他人の痛みを気にしない人間だ。

 

「............」

 

そのことを知っているキキは自信満々で答えるが、思ってもいなかった言葉に白部は唖然とする。

 

「おい!ちょっと待て!」

 

暫くの間黙って聞いていた轟が反論をする。

 

「何?」

 

キキは振り向かずに聞く。

 

「いくら過去に何かあったとはいえ、犯罪は許されないことだろう」

 

「そうだね。だけど...何があって、こんなことになったのか、知らなければならない。原因を見付けないといつまでたっても終わらないよ」

 

キキは話をさっさと切り上げて白部と向き合う。

 

「白部が過去に何が起きたのかは知らない。話をしたところで苦しかった過去、辛い思いは消えることはないと分かっている。だけど...」

 

 

「独りで抱え込まないで」

 

白部の肩がビクッと震える。

 

「立ち直るまでずっと傍にいる。何か困難ことがあれば共に立ち向かい、解決するまで手伝うよ」

 

「.........」

 

「助けを求めることがどれ程難しいかは分かっている。しかも一度酷い目に遭って助けてもらえなかったから、他人を信用できないと思う。それでも...」

 

 

「その手を伸ばして。絶対に離さないから!」

 

「......!?!?」

 

キキは一区一区切りをしながらゆっくりと語りかける。

 

白部は立ち上がり近づく。一歩近付いて止まる。

 

白部が出した答えは──

 

 

「......なんで...神様...」

 

「あのような人と出逢えるのが...こんなにも...遅かったのですか...」

 

嘆きであった。

 

「世の中...みんな...あのような人だったら...私も...あの子も...笑って生きていられたのかな...」

 

「私は...道を間違えずに生きていたのかな...」

 

「誰かが泣かずに過ごせる世界になっていたのかな...」

 

「私が...望んでいた世界だったのかな...」

 

ぽつりと葉っぱから雫が零れ落ちたかのように、嘆きが、後悔が、羨望が零れ落ちる。一度外に出た想いは止まらず、濁流のように押し流す。

 

「なんで!?なんで!?なんで!?私はこんな世界に産まれてしまったの!?私はこんな汚い社会で生きたくなかった!!」

 

「なんで!?みんなは他人のことばかり気にするの!?なんで!?みんなは他人を躊躇なく傷付けることが出来るの!?傷付けるぐらいなら放っておいてよ!!」

 

「ヒーローも...誰も...泣いている人に手を差し伸べてくれなかったの!?苦しんでいる人達はたくさんいるのに!!」

 

泣き叫ぶ白部にキキは同情と共感を覚える。

 

キキはこの世界の出来事を思い出す。

危ないのに、少女が人質にされて苦しんでいるのに、楽しんで見ている人達。"個性"の相性で戦わないヒーロー。敵(ヴィラン)はただの稼ぎ。世間に文句を言えば、自分だけではなく周囲まで嫌がらせをする。他にも元敵(ヴィラン)や、"無個性"や何らかの"個性"の差別。本当に馬鹿馬鹿しくて、何度も嫌になって、帰りたいと思ったことは何百回もあった。

 

もし...それが...

 

白部にも似たようなことが起きていたのではないか?と、キキは先程の会話から推測をする。

 

そうだとすれば...

 

 

闇落ちしても仕方ない。

 

「そっか...それが白部の溜まっていた想いなんだね...。その気持ち、凄く分かるよ」

 

「でしょう!!私の気持ち理解出来ますよね!?私が敵(ヴィラン)になって当然ですよね!?...こんな世界壊れてしまえば良いのよ!!人間なんて死ねば良いんだよ!!ヒーローなんか要らないのよ!!!」

 

「それは思ってはいけないよ!」

 

「なんでですか!?こんな腐った世界なのに!?壊した方が良いに決まっていますよ!!」

 

キキからの否定に白部は、突き放された子供のように泣きじゃくる。

キキはしゃがみ込んで白部と同じ目線にし、幼い子供に教えるように優しく諭す。

 

「壊してはいけないよ...だって...」

 

 

「白部の大切な人が困ってしまうよ。それでも良いの?」

 

キキは白部がどうやって世界を壊すのかは知らない。

けど、壊すということは、今の日常を失うことになるのは明白であった。誰にでも大切な人が存在しており、ヒーロー嫌いの彼女にとって大切な人は一般市民であると容易に想像が出来る。そして日常が壊れて真っ先に困るのは力を持たない一般市民だ。

キキはその点を踏まえて説得を試みる。

 

「それは......!!」

 

大切な人という言葉で白部は動揺をする。

 

「大切な人がいるのだよね?だったら世界を壊してはいけないよ。この世界は意地悪な人達が多くて生きづらい世の中だけど、世界を壊したら大切な人も生きていけないよ!」

 

「だけど...!!私は...!!それでもこの世界が大嫌いなの!!誰かを傷付けることに躊躇無く、他人のことばかり気にして、自分のことは棚に上げて、罪に問われなかった加害者が笑って過ごせる世の中なんて大嫌い!!!壊したい...!!壊したいよ!!!」

 

「白部...」

 

白部は想いを天に向かって叫ぶ。

その叫びは人間に傷を付けられ、仲間を失った獣が月に向かって叫ぶ姿と思い浮かばせる。

 

キキとオールマイトは白部の想いに同情をし、緑谷達は剥き出しの感情に困惑をする。

 

「この世界は本当に可笑しくて、酷い部類に入ると思う。だからといって壊すのは駄目だ。時間は掛かるけど穏便に変えていこう」

 

「...穏便に変える...?」

 

「そう穏便に変える」

 

「どうやって?!」

 

「自分の意思を貫いたり、駄目なことは駄目って伝えていこう」

 

「......そんなやり方で...世界は変わります?」

 

白部は信じられないと、胡散臭いものを見たかのようは疑惑の視線でキキを睨む。

当然の反応にキキは苦笑いになる。

 

「変わるよ。だって......」

 

 

「この世界を変えたい人がいるから」

 

キキは緑谷をチラッと見てから言う。

キキの目線に気が付いた緑谷は大きく目を見開く。けど緑谷はそっぽを向く。キキはその場で文句を言いたくなったのだが、大きな溜め息で我慢をして再び白部と向き合う。

 

「それにこの世界に不満を持っている白部だけじゃない。苦しんでいた全員が力を合わせれば、この世界は変えられる」

 

「全員で力を合わせる...?どうやって...?」

 

白部の質問にキキは悩む。

異世界で色々な人達と仲良くしてきたとはいえ、改めて聞かれると分からなくなる。キキはおでこに手を当てて自分なりの答えを探す。

 

「......気持ちかな...」

 

「気持ち?」

 

「そう気持ち。この世界の変えたいという想いが、皆を一つに出来る!」

 

「そうなの...?」

 

「そうだよ」

 

今までの経験を基にキキは笑顔で言い切る。

 

周りに人がいないかのように話すキキと白部。

緑谷達と話をしていた時と打って変わって、敵意や憎しみは消え、穏やかに話をする白部。その様子に緑谷とクラスメイト達は驚きを隠せなかった。

 

「ところで...人を嫌いなった理由は分かったけど、ヒーローの嫌いなった理由は何?」

 

「逆に質問をしますが、オールさん...いえ、黒猫の魔法使いさん。なんで私がヒーローを嫌いになったのだと思います?」

 

白部は悪戯っ子のような笑みを浮かべて質問をする。

 

「"個性"の相性で戦ってもらえず、大切な人が死んでしまったとか?」

 

キキは当たり障りのない答えを言う。

 

「それはちょっと違うかな...。まあ、その手の問題もありますが...」

 

「えっ!!!?」

 

白部の返しに皆が驚く。

けど、当の本人は気にしていなかった。話はみんなを置いて進んでいく。

 

「別に私の大切な人は死んでおりませんよ。それも理由のうちに入りますが...。私がヒーローを大嫌いなった理由は...あの子を虐めて自殺に追い込み、私を犯人仕立てた奴が...ヒーローに成っていたからですよ!!!」

 

白部の顔が増悪に染まる。

キキとオールマイトは今までに見たことのない表情に驚き、緑谷達は先程の戦いを思い出して脅えたり、戦闘態勢に入ったり、泣き出してしまっていた。

 

「白部...」

 

「そんな...」

 

「酷すぎる...」

 

「そんなの酷すぎるよ!」

 

「そんな酷いことがありましたなんて...」

 

「胸くそ悪い話だ...」

 

「チックショウ!そいつはヒーローじゃねぇ!!」

 

キキは呟く。

その後に続き、クラスメイト達も白部の怒りに同意をする。けど、白部は彼らの同意は気に食わないようであった。

 

「うるさい!!そんなヒーローを目指している奴らに同意されたくない!!」

 

「おい!ちょっと待てよ!!だったら、黒猫の魔法使いだけ特別扱いなんだよ!?同じヒーローだろ!?何が違うんだよ!!」

 

思わず上鳴は反射的に反論をする。

白部は直ぐ様怒鳴る。

 

「うるさい!!」

 

白部の怒鳴り声に緑谷達は黙ることしか出来なかった。

 

「貴方方の考えは!私の大嫌いなヒーローと何も変わっていない!だから大嫌い!!!」

 

「黒猫の魔法使いは女の子が人質になっている時、"個性"の相性で戦わないヒーロー、ヒーローと敵(ヴィラン)との戦いの見物人に本気で怒ってくれた!!けど!貴方達は!ヒーローと敵(ヴィラン)の戦いを面白がって見ているじゃない!!」

 

「黒猫の魔法使いは敵(ヴィラン)だからって差別をしない!!けど!貴方達は!敵(ヴィラン)をどうでもいいって考えているじゃない!!」

 

「黒猫の魔法使いは敵(ヴィラン)になった私に手を差し伸ばしてくれた!!けど!貴方達は!違うでしょう!!」

 

「おい!ちょっと待てよ!手を差し伸べてくれなかったって!!麗日達は手を差し伸べようとしたし!それに俺達を殺そうとしたし!麗日達との思い出の物を踏んづけて壊したじゃねぇか!!」

 

「それは...」

 

上鳴の反論に白部は俯く。

キキが白部の行動にたしなめながら言い返す。

 

「白部...なんでみんなとの思い出の物を踏み潰したんだ?そんなことはしては駄目だ!それと電気...この場にいる全員に言っておく...」

 

「戦いというものは、己の想いをぶつけ合うもの。自分の想い、願い、意思を貫く為に行う。相手が例え苦楽を共に過ごした仲でも、大事な仲間だったしても、自分の思いを貫く為なら躊躇いもなく行うことだってあるんだよ」

 

「友達だった人とも戦わないといけないの...?」

 

芦戸が目に涙を浮かべながら聞く。

 

「そうだね。辛いけど、戦うと決めたのなら、そういった相手とも戦わないといけないね」

 

キキ自信も辛くなっていたが、芦戸の目を見てきっぱりと言い放つ。

 

「ヒーローと敵(ヴィラン)との戦いを見ていたことが...そんなに悪いことだったのか...?」

 

切島が申し訳なさそうに言う。

 

「悪いことに決まっているでしょ!!過去に死者出しているのに、いつまでこんな下らないことをするのよ!!」

 

白部は感情のまま叫ぶ。

 

「下らないって...!?」

 

緑谷が驚く。

 

「そうよ!これは下らなくて、悪趣味よ!こんなことを続けているうちは、ヒーローなんて暴力装置にしかすぎない!!緑谷君は知っている!?ずっとこっちを助けてと、見詰めてくる人質の目を!面白がって見ている人達の不愉快な視線を!"個性"の相性で戦うのを諦める、情けないヒーロー姿を!あんな戦いを面白がって見れる人は、全員、大大大嫌いだ!!!」

 

驚いた緑谷に白部の怒りが頂点に達する。

 

「ちょっと待ってくれ!!」

 

キキと白部と緑谷のクラスメイト達の問答の最中に、オールマイトが間に割り込んで中断をさせる。

 

「何!?」

 

不機嫌な態度を隠さない白部。

 

「君の話を聞いている限り...」

 

 

「本当に人間が嫌いなのか?」

 

オールマイトに迫真をつかれた白部は黙る。

 

「君の話を聞いてみたところ、怒っている理由は最もなことであるし、人の為に怒っている。人間が嫌いならどうでもいい筈だ。そんな君が敵(ヴィラン)になるとは思えない。今だって苦しんでいた人質のことで怒っていた」

 

「......」

 

「勿論、君があの敵(ヴィラン)と協力をしてやったことは許されないことだ。だが、君は若いし、根も良い人だ。充分やり直せる筈だ」

 

「.......」

 

「もう一度やり直さないか?」

 

「......もう...」

 

オールマイトは大きい掌を白部に向ける。

白部は何も言わずに黙って見詰める。その答えは──

 

 

 

「遅い」

 

機械のように淡々とした答えだった。

懐から腕時計を取り出して時間を確認をすると、そのまま事故報告のように無感情で述べていく。

 

「私は若くて根が良いからやり直しが出来る?そんなのは無理ですよ。オールマイトは知らないのですか?一度敵(ヴィラン)認定された人を、敵(ヴィラン)認定された人の家族はどうなるのか知っていますよね?」

 

「そ、それは...」

 

オールマイトが尻込みをする。

答えを知っているからこそ、下手な言い訳は出来なくなる。

 

「だから私は刑務所には行けません」

 

「そんなのは駄目だ!悪いことをした人は...!」

 

「ええ、真面目な飯田君の言う通り、悪いことをした人には罰が必要です。勿論...私用の罰もちゃんと用意しております」

 

「..........えっ.......?」

 

飯田の当たり前の意見に白部は笑顔で肯定をする。

いつものような朗らかな笑顔、自らの罰を用意するという衝撃的な発言に皆は声を失ってしまう。

 

「罰を用意するって....!!どういうことなの!?湖井さん!」

 

「そのままの意味ですよ麗日さん。自分で自分用の罰を用意したのですよ」

 

動揺した麗日が尋ねると、いつもの笑顔と語りで答える白部。

だけど、みんなの動揺は収まっていなかった故に、白部の身体が微かに震え、涙声になっていることに気が付けなかった。

 

「じゃ、じゃあ!湖井さんが自分で用意をした罰って!?」

 

「自分で用意をした罰ですか?それは......」

 

 

 

「死ですよ。死。これから私は死にます」

 

「そんなの...!ただの逃げじゃないか!!」

 

緑谷の問い詰めに白部は優雅に笑う。

 

「そうですね。緑谷君が言っていることの方が正しいのでしょう。ですが...」

 

 

「私をここまで育ててくれた家族には迷惑を掛けたくはないのですよ」

 

「貴方方は知っているかどうかは知りませんが...黒猫の魔法使いとオールマイトは知っていますよね?敵(ヴィラン)認定された人の家族は酷い目に遭ってしまうことを...。私一人ならともかく...いや...それも嫌です。だって...私がここまで堕ちてしまったのも、この汚い社会と人間のせいですから...」

 

「けど!遺された家族は悲しんでしまうじゃないか!」

 

緑谷は精一杯の反論をする。

 

「ええ、悲しませるでしょうね...それでも...」

 

 

「私の大切な家族を傷付けたくはないのです」

 

「私はこの世界を、この社会を、人間を、ヒーローを殺したい程憎んでいるのと同じくらいに...いいえ、それ以上に守りたいものがあります」

 

「それは一体...?」

 

 

「私の家族であり、共に苦難を乗り越えた同じ志を持つ人達であり、友達です」

 

白部は胸に手を当てて、大切な宝物を抱えているかのように語り出す。

 

「私を大切に育ててくれたから、生きてこれました。同じ考えを持っている人が傍にいるから、自信を持って生きていけました。私はその人達の為ならなんだって出来ます。私が敵(ヴィラン)になると、その人達が酷い目に遭ってしまいます。そんなのは嫌です。だから......」

 

 

「私の自殺を許して、敵(ヴィラン)に殺されたことにしてくださいね」

 

「そ、そんなのは駄目だよ!!素直に自首をしようよ!私も手伝うからさあ!ねえ!」

 

芦戸が必死に説得を試みるが...

 

「芦戸さん、私の家族を偏見から二十四時間守れますか?人々の悪意から私の大切な人を二十四時間守れますか?」

 

「えっ...それは...」

 

「無理ですよね。ですが、芦戸さん。これは誰にだって無理なことですので、そう落ち込まないでください。このことに関しては、誰にも期待していませんので」

 

落ち込む芦戸を励ます白部。

芦戸以外の女性メンバーも説得を試みようとするが、四六時中、白部の大切な人を守ることは不可能であった為、何も言えなくなる。

キキと緑谷も説得は無理であった。キキは周囲に被害を出してしまっており、緑谷は自分自身の身を守れていなかった。

 

「だから、私の死が必要なのですよ。それに.........」

 

 

「私には心残りがいっぱいあります。家族ともっといたいこと、友達と仲良くなれないこと、まだ見ぬ未来に見れずに死ぬこと...これらの想いがあるから、罰になるのです。さて...最後の仕上げに行きますか...」

 

白部は泣きながらしわくちゃになった紙を取り出す。

 

『雄英高校の一年A組の皆様、生きておりますか?僕は...敵(ヴィラン)連合の長と名乗っておこうかな。』

 

「その手紙の主は...まさか...!?!?」

 

心当たりのあるオールマイトは仰天をする。

 

『今回の襲撃事件で誰が生き残ったのか、誰が死んだのか、ワン・フォー・オールは回収できたのか...。まあ、今の僕にはどうでもいい。けど、取り敢えず、生き残った者はおめでとう。やはり、将来有望な子達だね。胸に誇っても良いと思う。だからといって...』

 

『僕達はまだ本気を出していない。』

 

『僕達が本気になれば、君達はオールマイトが駆け付ける前に死んでいるからね。』

 

『大体、可笑しいと思わなかったのかい?僕達の仲間とはいえ、一般人の湖井白部に指揮を取らせるなんて。脳無がオールマイト級とはいえ、一体しかいないなんて。黒霧がほぼ何もしなかったなんて。』

 

『そう、今回の襲撃事件はあくまでもお遊びさ。どう楽しめたかな?』

 

緑谷達の喜びは谷底まで突き落とされた気分になる。愕然として開いた口が塞がらなくなる。

 

『これは、僕なりの嫌がらせであり、宣戦布告さ。』

 

「宣戦布告だと!?」

 

『オールマイト、そして次の代の緑谷出久。君達二人には...』

 

 

『いずれ、そう遠くない日に僕と戦うことになるのだろう。』

 

「なんだと!?」

 

オールマイトが叫び声を上げるが、手紙の内容が気になり過ぎて誰も気にも留めなかった。

 

『その時はこんなちんけな場所ではなく、もっと相応しい場所を用意しよう。もっと大勢の観客を招待しよう。たくさんのヒーローを巻き込もう。その時に決着をつけようではないか。その時に...』

 

『オールマイト、君の次の代である緑谷出久も...』

 

 

『殺してあげよう。ワン・フォー・オールを取り戻してみせようではないか。』

 

『その時だ。本当の決着をつけよう。』

 

『あ...そうそう、雄英高校の一年A組の諸君。僕から教えたいことがある。授業を始めよう。』

 

『この手紙を読んでいるの頃には、彼女は、湖井白部の命はもうあと僅かだ。僕が"個性"で午後七時に丁度に死ぬことになっている。』

 

頭の中が真っ白になる。

誰もがなんて声を掛ければいいのか、分からなくなる。

 

『彼女の死は君達にとって大きな経験になるだろう。ヒーローには悲劇が必要だからね。』

 

『彼女が死んだ時、君達はどんな反応をするのだろうか?泣き叫ぶのだろうか?嘘だと叫ぶのだろうか?それとも...殺しに来た彼女の死に喜ぶのだろうか?それで...彼女が死んだ後も責めて、彼女の大切な家族を傷付けるのだろうか?...僕にとってはどんな反応が見れるのか楽しみだ。遠くから君達のことを見ているよ。』

 

『さてと...話が長くなってしまったようだね。授業に戻ろうか。』

 

『僕から教えることといえば、死と、何も出来なかった無力感と、どうしようもない現実だ。』

 

『生き残った君達はどんな決断を下すのかな?目の前でそれなりに親しかった人が死んでも、ヒーローを目指すのかな?ヒーローを目指すのをやめて一般人に戻るのかな?僕に復讐を誓うのかな?君達がどんな決断を下すのか...』

 

 

『この心地好い世界で見ているよ。』

 

『もう...そろそろかな?時間だ。』

 

『その惨めな骸を抱いて、束の間の平和を楽しむが良い。』

 

『さような...ら......』

 

白部が糸が切れた人形のように倒れ込む。

 

「白部!」

 

白部の体が完全に地面に落ちてしまう前に、急いで走って抱き抱える。

キキが嘘だと思って確認をしても...

 

 

「死んでいる...」

 

現実は非常であった。

敵(ヴィラン)連合の長と名乗る者の"個性"によって、殺されてしまっていた。

 

「こんな...結末なんて...」

 

「...酷すぎますわ!!!」

 

「ケロ...なんで...こんな酷いことが出来るのかしら......」

 

「酷いよ...!!酷すぎるよ!!!!」

 

「なんで!?!?こんな結果になっちゃったの!?」

 

「これが...ヒーローになるということ...?ウチが成りたかった...ヒーローって...」

 

麗日、八百万、蛙吹、芦戸、葉隠、耳朗が呆然と泣き崩れる。

 

「そんな...ヒーローが...人を守れなかった...だなんて......」

 

「こんなことが出来るとは...人間とは思えん...悪鬼羅刹か...」

 

「酷すぎるだろ...これ!!」

 

「ヒーローって...こんな目にも遭わなきゃいけねえのかよ!?」

 

緑谷、常闇、上鳴、峰田も本音を溢し出す。

 

「AFOめぇ!!」

 

オールマイトの叫びは皆の泣き言を書き消す。

 

「いつも人の心を嘲笑いやがって!貴様の思惑通りになるもんか!ヒーローはこんなところで立ち止まらない!!」

 

「貴様の挑戦受け立つ!!」

 

オールマイトは一人天高く拳を上げて決意を表す。

皆は黙って様子を見ていたが、キキもその後に続くように呟く。

 

「そうだね...。なんでこんなことになったのか、調べて原因を終わらせないと!そして...AFOの企みを止めなければいけない!!」

 

キキも叫んで決意をする。

 

無事に二度目の襲撃事件を乗り越えたものも、相手はお遊び程度しかなかった。勝利を噛み締める間はなく、いつか来る決着までに強くならなければと決意をする。

 

今回の事件で、現実はそう甘くないと、少年少女達は知ることとなった。




嬲っていただけだったのも、簡単に黒霧が脳無を連れて帰った理由も、AFOからの宣戦布告だったからです。彼にとっては軽い嫌がらせです。

ここから先も独自の考えで原作に絡んでいきます。それでも宜しければ、これからも宜しくお願い致します。



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32話 決断の時

ガサゴソ

 

緑谷は部屋の荷物を整理している。

敵(ヴィラン)連合に襲われ、敵にオールマイトの弟子であること、ワン・フォー・オールの所持者だとバレてしまった為、敵(ヴィラン)連合との決着がつくまでの間、母親と共に特別な施設に保護されることになった。保護施設に持っていく物を段ボールに詰めていく。

 

緑谷はオールマイトのフィギュアの整理で手が止まる。緑谷の部屋には大量のオールフィギュアが並んでおり、お小遣いやお年玉を貯めて買ったり、母親から誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントとして買って貰ったりした物だ。フィギュアは大体、自分で買ったり母親から貰ったりした物であったが、一つだけ白部から貰ったオールマイトの水着姿のフィギュアが目に入る。

 

「.........」

 

それを手に取った緑谷は無言で見詰める。

生まれて初めての友達。もしくは、少し歳上の姉的な存在。親身に話を聞いてくれたり、いつも差し入れを持ってきてくれた人。

 

そんな人の蓋を開ければ、ヒーローを恨み、人間を恨み、世の中を恨んで敵(ヴィラン)連合に入る程、堕ちてしまっていた。

いつかキキとウィズが言っていたことを思い出す。

 

 

「この世界は可笑しい」

 

 

二人が口を揃えて言う。

始めは異世界人だから、考え方が違っても仕方ないのことだと、考え方を変えることが出来なかった。自分から常識を変えたいと決意したとしても。

間違いだったと認めるということは...それは...

 

 

長年悩んでいた悩み事自体が馬鹿馬鹿しいものとなる。

"無個性"だと馬鹿にされても、ヒーローに成れないと呆れられても、嫌な思いをしながらも疑うことはしなかった。それが常識だから従った。我慢をすることが当たり前だと思っていた。

 

しかし、キキとウィズの意見は正しかった。

生まれて初めて出来た友達みたいな存在である白部は、ヒーローが大嫌いであった。その理由は、"無個性"のクラスメイトを自殺まで追い込んだ人がヒーローに成ってしまい、ヒーローと敵(ヴィラン)の戦いで人質が殺されたところを目撃をしてしまって、狂ったようにヒーローを憎む。

 

彼女の悲痛な叫びは緑谷の全てを否定する。

憧れのヒーローに成ろうとする人は最悪な人であり、趣味のヒーローと敵(ヴィラン)の対決の観戦は悪趣味。

 

キキとウィズにもよく否定されることはあったが、自分と同じ世界に住む人からの否定は初めてだった。

キキとウィズは、ヒーローの敵(ヴィラン)の戦いを観に行くことを否定しても、ヒーローに成ることは否定をしなかった。けど白部は、ヒーローに成ることさえも否定をする。

 

自分と同じ世界に住む人間だからこそ、共感をしやすく、気持ちは伝わりやすく、言い逃れは出来なくなる。それどころか...

 

自分も"無個性"として虐められていた経験から、自殺をした"無個性"のクラスメイトの気持ちが痛い程伝わり、趣味として観ていた事実が重くのし掛かる。

 

緑谷は今度こそ...

 

 

常識と向き合わなければいけなくなった。

 

 

「ねえ...。レイラドルさん、ウィズさん...」

 

「どうした?」

 

「どうしたのにゃ?」

 

護衛として来ていたキキとウィズに、緑谷は話を掛ける。

 

「レイラドルさんと...ウィズさんは...初めての異世界に行った時、自分達の常識が崩れていって、何をどう思った?」

 

緑谷はキキとウィズの目を見詰めながら真剣に尋ねる。緑谷の気持ちはキキとウィズに伝わる。キキとウィズも緑谷の方を向き、真剣な表情で質問に答える。

 

「そうだね......。生き残ることや目の前のことで必死で...考えたこともなかった」

 

「私もそうだにゃ」

 

「何も...考えて...いなかった......?」

 

思いもよらぬ答えに緑谷は戸惑う。

 

「うん。正確には考える暇はなかったよ」

 

「そうだにゃ。異世界の出来事は奇想天外で、敵は物凄く強くて、生き残ることに必死だったにゃ。しかも、私達が異世界に行く回数は多くて月に二回、少なくとも月に一回は異世界に行くにゃ。元の世界に戻ってもまた、違う異世界に行くことがあるから、考える余裕なんてないにゃ。だから...」

 

 

「異世界には異世界の考え方がある。そういうものだと、考えることをやめたにゃ」

 

 

「考えるのをやめた...?」

 

?を浮かべる緑谷にウィズは説明を続ける。

 

「そうだにゃ。異世界のことを考えるのをやめて、ありのままを受け入れることにしたのにゃ」

 

「だったら...!!なんで!?この世界の考え方を否定したんだ!?」

 

説明に納得がいかなかった緑谷は怒る。

 

「それは君達のやっていたことが誰かを傷付けていたからにゃ!私達は基本的に異世界のやり方に文句は言わないにゃ。けど、誰かを傷付けたり、迷惑を掛けるようなことだったら力付くでも止めるにゃ!実際に出久は"無個性"で虐められ、私達は世界に文句を言ったことで周りの人達と一緒に酷い目に遭って、白部は社会を恨んで敵(ヴィラン)に堕ちて、そのクラスメイトは自殺していて...」

 

「一体この世界のどこが正しいのにゃ!?絶対に間違っているにゃ!それでも正しいと言うのなら...反論をすればいい」

 

「.........」

 

ウィズの心からの叫びに緑谷は何も言えなくなる。

 

「ほら、結局何も言えなくなっているにゃ」

 

ウィズは呆れ返る。

暫くの間、ウィズの睨み続ける。俯いていた緑谷の口から、次第に本音が零れる。

 

「......だったら...なんで...僕は......」

 

 

「こんなにも苦しい思いをしたんだ!?」

 

緑谷は今までの苦しみが重みになって泣き叫ぶ。

 

「"無個性"だと馬鹿にされてきた十年間はなんだったんだ!?」

 

「ヒーローに成れないと嘲笑われてきたことはなんだったんだ!?」

 

「それに大人しく従ってきた僕はなんだったんだ!?」

 

「自分でも認めてしまった僕はなんだったんだ!?」

 

「十年間の痛みも、苦しい思いも、辛い思い出は全て無駄で!しかも!僕はそれに従ってしまったから!余計に苦しんで!立ち向かわなかった僕は馬鹿じゃないか!!!」

 

長年溜まっていた不満や悲しみが涙となって、緑谷を頬を濡らし、止まらない思いは叫びになって喉を潰す。

キキとウィズは様子を見守る。緑谷の叫びが終わった頃を見計らってからキキは話出す。

 

「出久の苦しみや辛い思い出には同情する。けど...」

 

 

「十年間の辛い思い出は無駄であるべきだ!」

 

「......!?!?」

 

キキのキッパリとした言い方に、緑谷はショックを隠しきれなかった。

 

「無駄じゃないといけない!"無個性"だからといって馬鹿にするのは違うし、ヒーローに成れないからといって嘲笑うのは違う。こんな、理由を付けて誰かを嫌がらせをしたり、傷付けることを正当化することは、本来あってはいけないことだ!認めてしまったら...駄目だ!」

 

「じゃ、じゃあ!?この辛い思い出はどうすれば良いんだ?!」

 

「その辛い気持ちも、理不尽にされた思いも、立ち向かう為の勇気にすれば良いにゃ!」

 

緑谷の叫びにウィズが叫んで返す。

 

「昔の出久には立ち向かう為の勇気も力が無かったから仕方ないにゃ。けど...今の出久は違うにゃ!」

 

「ヒーローに成るって決意をしたにゃ!」

 

「決意はしたけど...それとこれになんの関係があるんだ!?」

 

話の流れが分からなくなってきた緑谷は困惑をする。

 

「関係あるにゃ!ヒーローは困っている人を助ける。差別で苦しんでいる人達も助ける対象にゃ。出久は今まで受けた苦しみのお陰で他人の苦しみを共感が出来る筈にゃ!辛い思いのお陰で、この可笑しな考えを人一倍をなくしたいと思っている筈にゃ!今までの受けた理不尽を......」

 

 

「踏み台にして、ヒーローへの道を進むのにゃ!」

 

ウィズは力強く叫ぶ。

その姿はまるで、苦難なんて乗り越えるべきだと、目の前の壁をなんともないように簡単に言い切る。普段から苦難を乗り越えているからこそ、力強くすまし顔で言い切れるのであった。

 

「この苦しみが...辛い思いが...理不尽だった過去が...誰かを救えられるの?」

 

そんな自信の無い緑谷は及び腰になる。

 

「そうだにゃ」

 

「こんな...僕でも?」

 

「そうだにゃ」

 

「出来るよ...かな...?」

 

「それはやってみないと分からないにゃ」

 

何度もしつこくなる程ウィズに確認を取る緑谷。

どうしてそんなに自信が無いのにゃ?と、ウィズが訊ねる前に緑谷が先に弱音を吐いた。

 

「出来ないよ...だって......!」

 

 

「僕は!苦しんでいた湖井さんを!すぐに敵(ヴィラン)扱いしてしまったんだよ!!!」

 

泣きながら過去の行動を恥じる。

白部が敵(ヴィラン)に堕ちた原因の一つに、"無個性"のクラスメイトが虐めにより自殺。緑谷自身も辛い虐めの経験が遭った。より心から同情出来る立場だった故に、寄り添わなかったことが、自分の失敗が、助かった安堵共に罪悪感が波のように押し寄せてくる。

 

あの時のことを鮮明に思い出した緑谷は泣き崩れ、その場に踞る。

 

「レイラドルさんのように説得を試みる訳でもなく!!ただ!ただ!敵として殴ることに!倒すことに!全力になって...!」

 

「あれ程仲良くしていた筈なんだ!!」

 

「友達だった筈なんだ!!」

 

「それなのに...!どうして僕は!」

 

 

「敵(ヴィラン)だからって!相手のことも理解しようとせずに!方を付けようとしてしまったんだ?!!」

 

緑谷は力いっぱい床を叩く。

大分気が滅入っているようで、下の階の住民の迷惑を気にせず、自分の気が済むまで殴り続ける。キキとウィズは、緑谷が落ち着くまでじっと待ち続けた。

 

青あざができて痛みを感じてからやっと止まる。

緑谷は荒くなった息を整える。どんなに整えようとしても、息は気持ちと同様に荒くなったままだ。塞ぎ込んでいる緑谷の背中にキキは語り掛ける。

 

「過去の失敗は取り戻せない。だけど、次からは失敗をしないようにすることは出来る。それだけ反省をしていれば、もう間違えないよ」

 

「.........次から失敗をしなくなっても...湖井さんの命は戻ってこないよ......」

 

「そうだね...戻ってこないね...。それでも、立ち止まってはいけない。立ち止まっていたら...本当に救える人も救えなくなるよ」

 

「............」

 

緑谷は無言のままであったが、その沈黙は肯定を示しているようであった。

 

 

 

痛ましい事件が起きたからといって、時は止まることなく、日常はいつも通りに訪れる。

だが...やはり...

 

緑谷の日常は大きく変わっていた。

芦戸、蛙吹、麗日、耳朗、葉隠、八百万、峰田の六人はヒーローを目指すことをやめてしまっていた。このまま転校してしまうかと思いきや、敵(ヴィラン)連合が捕まっていないことから、守る為に普通科に移動することになった。

 

また残っていたクラスメイト達も緑谷と余所余所しくなっていた。詳しく聞かれると思っていた緑谷は覚悟を決めていたが、誰も聞くことはなかった。その代わり、腫れ物扱いにされてしまった。それでも緑谷は、時間が解決してくれるだろう、と前向きに考えて様子見をする。

 

緑谷とクラスメイト達の間に、ギクシャクした空気が流れるが、それ以外は特に問題はなく無事に学校生活を過ごす。

職業体験が中止になり、期末テストが終わり、夏休みに入り林間合宿が始まる。

 

そして...また.....

 

 

林間合宿で敵(ヴィラン)襲撃事件が起きてしまい、緑谷と爆豪は誘拐されてしまうのであった。

 

 

 

「ようこそ、緑谷君、爆豪君、敵(ヴィラン)連合へ」

 

「あぁ!?寝言は寝て死ねや!糞どもが!!」

 

「僕達は絶対にお前達なんかに屈したりしない!!」

 

誘拐されてから一日目、緑谷と爆豪は敵(ヴィラン)に囲まれていた。しかも腕は拘束をされ、抵抗出来ない状態にされてしまっていた。

 

緑谷と爆豪の周りには取り囲むように、九人の敵(ヴィラン)が見張っていた。

死柄木弔、黒霧、体の各部に継ぎ接ぎがある男性茶毘【だび】、茶髪と八重歯が特徴的な少女渡我 被身子【とが ひみこ】、黒いラバースーツを纏っている男性トゥワイス、ヤモリのような男性スピナー、仮面を被った男性Mr.コンプレス、長髪で大柄な男性マグネ。彼らの真ん中には、身体中が傷だらけの男性が車椅子に座っていた。

 

車椅子の男性を見た緑谷と爆豪の本能が叫ぶ。あいつはヤバい!!と。

身体中傷だらけ、顔には生命装置のような物をつけ、車椅子に座っている姿は、見るからに弱っていると分かっているのに、本能が逃げろ!殺されるぞ!と、ずっと警告を鳴らし続ける。

 

「まあまあ、そんな怖がらないでゆっくりすると良い」

 

けど、外見に反して、車椅子の男性は緑谷と爆豪に紳士的に声を掛ける。寧ろこの場の誰よりも、優しく声を掛けて緊張を和らげようとした。

 

「先生、さっさとこいつから"個性"を奪えよ。俺はこいつを早く殺したいんだ」

 

死柄木が緑谷の首を手に掛けようとする。

緑谷は冷や汗を流し唾を飲む。死が迫り、絶体絶命のピンチになる。手が首を掴む後一歩のところで、意外にも先生と呼ばれた人物が止める。

 

「待ちなさい弔。そう慌ててはいけないよ」

 

先生に言われて死柄木は嫌々やめる。

止められた死柄木は、少し離れていた椅子に音を立てながら乱暴に座る。

 

「さて...僕の可愛い弟子は短気な者でね...。緑谷君、早速で悪いのだが、君の"個性"返して貰うよ」

 

先生が緑谷に近付く。

 

「く...来るなああぁぁぁぁぁ!!」

 

「そんな言い方は酷いじゃないか。その"個性"は元々僕のものだよ。借りた物は返して貰うのが、当たり前ではないか?ヒーローとして、人間として、きちんと全うに生きてきた人なら分かるよね?」

 

そう言って先生は緑谷の頭をわしづかむ。

すると、わしづかんだ先生の手から黒いモヤが緑谷の体を包み込む。

 

「う...うわあああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

とてつもない激痛が緑谷を襲う。

数十秒間の激痛が緑谷には長く永遠に感じる。実際はすぐに手を離していた。

 

「先生、どうかなされましたか?」

 

落ち込んでいる先生を見て黒霧は心配をする。

先生は大きい溜め息を吐いた。

 

「これは...随分と厄介なことになってくれたものだね...」

 

「随分と厄介?それはどういうことなんだ?」

 

荼毘が尋ねる。

先生は暗い気分をなんとか持ち直して質問に答える。

 

「この"個性"...ワン・フォー・オールは...僕の弟の"個性を与える個性"と僕が与えた"個性"、"力をストックする個性"が混ざり合ったことで生まれたものだ。そのお陰で、人に与えることが出来るようになったの良いのだが...。どうやら...この"個性"...受け継いだ人の意思も一緒に受け継ぐようでね...その人達の意思のせいで奪えないようだ...。下手に"個性"を使って、ワン・フォー・オールの性質を変えたくないしなあ...これには困ったものだ...」

 

「だったら、そいつを殺すしかねえな!オールマイトの"個性"なんか要らねえし!」

 

死柄木は嬉々として緑谷に触れようとする。

だけど、またもや先生によって止められる。

 

「待ちなさい弔。僕に良い考えがあるから任せてくれないか?」

 

「はぁあ!?」

 

「弔お願いだ」

 

先生と死柄木は睨み合う。

睨み合いの末、死柄木が折れて先生の意見を認める。

 

「ありがとう弔」

 

死柄木は返事もせず舌打ちをする。

先生は特に気にせずに話を進める。

 

「ワン・フォー・オールを奪えないのなら...彼を...敵(ヴィラン)連合に迎え入れることにしよう!」

 

「はぁあ!?俺は絶対に反対だ!!こんな奴、要らねえよ!!連合に入れやがったら、俺がこいつをすぐ殺す!!!」

 

「お前達の仲間に誰がなるもんか!!!」

 

緑谷と死柄木は同時に叫ぶ。

 

「えっ!?出久君を敵(ヴィラン)連合にですか!?賛成です!今すぐ入れましょう!」

 

「おいおい...そんなのありかよ...。...意外とありかもな!」

 

「そうでしょう!ありですよね!嬉しいなあ!出久君が仲間になってくれるなんて!今日はなんて良い日だね!これでいつも血だらけの出久君が見れて...うふふ、嬉しいねぇ...!」

 

「トガちゃん!ほんと良い趣味してるのねぇ!そんなところも素敵だぞ!」

 

大激怒している緑谷と死柄木を無視して、渡我はトゥワイスと一緒にはしゃぎ出す。

 

「でも...良いのかしら?彼はあの平和の象徴の弟子よ...。そんな簡単に敵(ヴィラン)に堕ちるとは思わないわ...」

 

「ステイン様の意思に反してしまうから駄目だ!平和の象徴を継いだ彼には、オールマイトと同じ道を辿って欲しい」

 

「俺もだ」

 

「え~!別に良いじゃないですか!」

 

マグネは不安から、スピナーと荼毘はステインの意思の元に反対をする。自分の思い通りに行かない渡我は怒って頬を膨らませる。

 

「私は...どちらでも構いません」

 

「俺もどちらでも良い」

 

黒霧とMr.コンプレスは中立派だった。

話がバラバラになる前に先生は、無理矢理でも話を進める。

 

「君達の意見は聞かせて貰った。まずは...弔」

 

「あっ!?なんだよ!」

 

「弔...逆にこう考えてはみないかね...。あのオールマイトの弟子が敵(ヴィラン)になって...民衆を不安にさせたり、恐怖に陥れたら...面白いと思わないかい?愉快だと思わないかい?」

 

「それは...そうだけど...」

 

かなり機嫌の悪かった死柄木が、あっという間に懐柔されていく。

 

「次は...荼毘、スピナー」

 

名前を呼ばれた二人は自然と背筋を伸ばす。

 

「確かに...君達が信仰をしているステインの意思を反することになるだろうね...。しかし、この世界は正しいと思うのかい?君達二人、この社会の被害者だから分かるとは思うけど、このままで良いと思うのかな?」

 

「絶対に間違っている!こんな似非ヒーローどもが蔓延る世の中は可笑しい!似非ヒーローどもを全て、粛清せればならん!」

 

「ああ...スピナーの言う通りだ...」

 

「だったら、この世界そのものを変えなければいけないね。似非ヒーローが要らなくなる世界にね...。それに...正義というものは、必ず勝つから正義ではない。勝った者が正義なんだ。この社会を壊して、差別を無くして、次世代の者を住みやすくする...。これもまた、ヒーローの行いではないか?信念のある者の行動ではないか?」

 

「ああ...!良いねえ、その考え気に入った!似非ヒーローどもが生きていけねえ世界に変えてやる!」

 

「...やる価値はあるなあ」

 

「ならば...少しでも人手はあった方が良いよね」

 

スピナーと荼毘の説得を終える。

 

「最後に...マグネ」

 

「は、はい!?何かしら!」

 

緊張をしたマグネはテンパる。

 

「君は...緑谷君が...敵(ヴィラン)堕ちをしないと考えているようだけど...」

 

「は、はい!だ、だって、あの平和の象徴のオールマイトの弟子よん!早々簡単に堕ちる訳...」

 

「大丈夫、僕に任せれば良い。策はある」

 

マグネが言い終える前に先生は話を終わらす。

 

「えっ?俺は?無視?先生!俺への説得はまだー?」

 

「トゥワイス、君は...始めから反対をしていなかったのではないのかね?」

 

「あ、バレた?」

 

おちゃらけているトゥワイスを無視し、先生は黒霧に話し掛けて先に進める。

 

「黒霧。緑谷君がこれ以上、僕達の印象が悪くなる前に、適当な場所に解放させてあげなさい。拘束器具は...そのままで良いよ。助けてくれた誰かが取ってくれるだろう...」

 

「はい。分かりました」

 

「僕は何があろうと!絶対にお前達のように敵(ヴィラン)堕ちたりなんかしない!かっちゃんもすぐに、オールマイトや他のヒーロー達に助け出される!その時がお前達の終わりだ!!」

 

黒霧に帰らされる前に緑谷は宣戦布告をする。けれども、先生にとっては子犬の鳴き声となんら変わりはなかった。

 

「ああ、一つ誤解しているようだが...帰る前にその誤解を解いておこう...」

 

「君を敵(ヴィラン)堕ちさせるのは...僕ではないよ」

 

「......えっ...?」

 

緑谷は予期せぬ答えに呆けてしまう。

 

「その答えは嫌でもすぐに分かるさ」

 

先生は固まっている緑谷に近付き耳打ちをする。

 

「君は...敵(ヴィラン)堕ちを絶対にしないと言っていたが、それは違うね。だって......」

 

 

 

「ヒーローに成りたがっていたのに君は、オールマイトに出逢うまで何もしなかった。そんな君の精神は、他の人より弱いのだからね...」

 

「...!?!?」

 

「さあ、黒霧。彼を帰らせてあげなさい」

 

「承知いたしました」

 

何も言えず、何もできずに緑谷は帰らされる。呆然と黒い霧に身を任せることしかできなかったのであった。

 

 

 

「さて...爆豪君...。君は、ヒーローなんかやめて、敵(ヴィラン)連合の仲間にならないか?」

 

「......はぁあ!?」

 

先程まで爆豪は無視されていたのにも関わらず、友好的に勧誘が始まる。

 

「死んでも!お前らの仲間になってやるか!この糞が!」

 

「そう......分かった...。彼の勧誘はここまでにしよう」

 

「な、なんだと!?」

 

「先生、良いのかよ」

 

「ああ...彼の役目はこれからだからね...」

 

拍子抜けしている爆豪を放っておいて、敵(ヴィラン)連合のこれからの話をしていく。

 

「という訳で、君達は...ヒーローが来た次第に逃げてくれたまえ...この戦いで今代同士は終わらせる。君達次世代は、私がいなくなった後も、僕の代わりに、この社会に恐怖を与えなさい。特に弔。君は次世代の恐怖の象徴だ」

 

「先生...」

 

「君はもう、僕の手から離れないといけない時だ。君の活躍を...。例え、遠くから見ることになったとしても...僕は楽しみにしているよ。...黒霧」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

「ヒーローが来るまでの間、爆豪君の面倒をみなさい。こればかりは...弱き者達には頼めないからね...。間違って頼んでしまったら、彼はヒーローが来る前に、殺されてしまう。良いね?」

 

「承知いたしました」

 

爆豪は助けが来るまでの間、敵(ヴィラン)連合のアジトで過ごすことになったのだが、特にされることもなく、腕が拘束される以外危害を加えられずに過ごす。

そんな生活が二日間程続き...

 

 

『ニュース速報です。今日、午後六時に、生徒が敵(ヴィラン)連合に誘拐された件について。雄英高校が謝罪会見を開くもようです』

 

ニュース速報を観て先生はニヤリと笑う。

先生の周りには死柄木達はおらず、どこにでもいる一般人しかいなかった。彼らは真剣にテレビを見詰める。

 

先生は大袈裟に立って演説をする。

 

「遂に始まったようだね...。さあ、弱き者達よ!今こそ、立ち上がりなさい!この社会が間違っていることを!この世界のせいで君達のような弱者が居ることを...」

 

 

 

「教える時が来た!」



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33話 弱者の叫びはいつだって地獄への始まり

緑谷が元の日常に戻ってからも、黒猫の魔法使いはずっと敵(ヴィラン)連合を追い掛けていた。

しかし敵(ヴィラン)連合のアジトは見付かることはなく、三度目の襲撃事件が起きてしまった。

 

 

敵(ヴィラン)連合を調べ尽くした三日間。

アジトは複数あることが判明される。だが、どの場所に爆豪がいるのかは分からなかった。また、誘拐された日に戻ってきた緑谷に話を聞いてみても、詳しい場所を特定をすることは出来なかった。

 

誰もが頭を抱える中、事態は進展をする。

雄英の記者会見が始まった途端、ヒーロー達が集まっている場所に一通の手紙が届く。

 

『ヒーロー達へ

 

こんばんは。

君達に大事な話がある。それは...爆豪君についてだ。君達が心配をしているのであろう爆豪君は、こちらで大切に扱っているから、安心をするといい。

爆豪君の身柄についてだが...君達が僕の要求を呑んでくれた次第、無傷で返してあげよう。

アジトまでは二人の案内人が君達を案内するよ。彼らにも手を出さないことも、僕の要求の一つだからね。では...君達が来てくれることを待っているよ。

 

では...また後で...』

 

 

「なんだ!?この手紙は!」

 

「あからさまに罠ですよ。これ...」

 

「でも、行くしかないにゃ!」

 

「行ったところで、本当に爆豪君は居るのか!?居なかったら時間の無駄だ!」

 

「そもそも...敵(ヴィラン)の要求は一体なんだ?」

 

手紙にざわめくヒーロー達。

手紙に従おうとする者は一割、罠だと反対をする者は九割と、反対派の意見が勝っていた。だけど、一名だけ、まだ何も言っていない人がいる。それは...

 

 

オールマイトだ。

彼の一言で決まると言っても過言ではなかった。オールマイトは腕を組んで考え込む。数十秒間考えた結果...

 

 

「敵の罠かもしれないが...私は行くぞ!」

 

オールマイトが拳を振り上げて宣言をする。

No.1の一言により、敵の誘いに乗ることになったのであった。

 

 

 

ヒーロー達が外に出ると、二人の男女が建物の前で待ち構えていた。

二人ともバーテンダーのような格好をしており、どちらとも一目見た感じでは、二十代後半ぐらいの若い人であった。鉛色の髪の男性はとても背が高く、鍛えて上げられた筋肉はプロヒーローにも通用するものであった。スレンダー体型の女性は、水色の長い髪を一つ結びにしており、柔らかな笑顔を浮かべている。けれども、本心が隠しきれずに口元が引きつっていた。

 

二人ともヒーローが大嫌いなようで、険しい顔付きでヒーロー達を睨んでいた。

溢れ出る威圧感を無視して、オールマイトが代表して話を掛ける。

 

「君達が...案内人なのか...?」

 

「ええ、そうですよ。私達が貴方達をアジトに案内をする案内人でございます」

 

「僕達に着いてきて下さい」

 

案内人を信用出来ないヒーロー達は、その場でこそこそと話し合いをしていたのだが...

 

「早く着いてこないと、置いていきますよ」

 

男性の案内人が急かす。

ヒーロー達は作戦会議を碌に出来ないまま、現場に向かわなければならなくなったのであった。

 

 

 

「なんで君達は敵(ヴィラン)になったのにゃ」

 

魔法使いの肩に乗っているウィズが尋ねる。

案内人二人は答えることもなく黙って歩き続ける。猫だからといっても警戒心は消えないようだ。ヒーローと同じ行動を共にしている時点でウィズも同罪であった。

 

何も答えないと思いきや、女性の案内人が意外にも後ろを振り返って答えてくれる。

 

「私が敵(ヴィラン)になった理由ですか?それは.........後で嫌になる程分かりますよ」

 

女性が嬉しそうににこやかに笑う。

 

「後で分かる?これから一体...何をする気なんだ?」

 

女性は魔法使いの問い掛けには無視をする。

不気味な雰囲気のままアジトに辿り着くのであった。

 

 

 

「さあ...」

 

「ここが...敵(ヴィラン)連合のアジトですよ...」

 

案内人二人が扉の前で立ち止まり振り返る。

そこはどこにでもあるお洒落なバーであった。バーは表向きには営業中と偽っており、窓から明かりが漏れ出して人影が見える。

 

ヒーロー達は誰も扉を開けようとしない。

さっさと入れ、と文句を言われると思ったが、今回は文句を言われることはなかった。その隙にヒーロー達は円陣となって作戦会議を始める。

 

「本当に...このまま入るのか...敵(ヴィラン)を信用しても良いのか...?」

 

「はっきり言って信用出来ないわねぇ...。本当に彼らを信用をしても良いのかしら?」

 

「俺は反対だ。敵(ヴィラン)なんかの話を信じられるか!きっとこれは罠だ!」

 

「けど!このままだと勝己が助けられないにゃ!」

 

敵(ヴィラン)の行動を信用出来ないヒーロー達とウィズが言い争う。

その様子にグラントリノは呆れて怒鳴る。

 

「いつまでも立ち止まっておっても意味は無いだろう!」

 

「そうだ!ここでくだらない言い争いをしている暇があったら、少しはまともなことを言え!時間の無駄だ!」

 

エンデヴァーにも怒鳴られる。

黙ったところを見計らってエンデヴァーが指示を出す。

 

「おい!オールマイト!」

 

「なんだ!?」

 

急に声を掛けられたオールマイトは吃驚をする。

オールマイトの様子にエンデヴァーは苛つく。

 

「仕事中何ぼうっとしている!貴様はそれでもNo.1か!」

 

「す、済まない!エンデヴァー!...実は......この敵(ヴィラン)連合の長という者は...因縁があって...きっと戦いは避けられないのだろうと、色々考えていたら...」

 

「始めから戦うことが分かっていたら!ちゃんと指示をしろ!それでも貴様はヒーローか!!お前みたいな腰抜けはいらん!!俺が指示を出す!戦うのなら、まずはここら一体の住民を...」

 

過去を感傷的に思い出していたオールマイト。

そんなオールマイトにエンデヴァーは激怒をし、エンデヴァーが代わりに指示を出そうとするが...

 

「どのような行動を取るのかは構いません。ですが...オールマイト、黒猫の魔法使い。貴方方二人は必ず来てください。でなければ、そちらの自由行動を認めません」

 

案内人の男性が釘を刺す。

案内人の意見を聞き入れた話し合いの結果...

 

因縁のあるオールマイトとグラントリノ、会うように指示された黒猫の魔法使い、拘束系のシンリンカムイがアジトの中に入り、それ以外のヒーロー達は戦っても問題が出ないように住民の避難活動を行う。

 

アジトに入る組は覚悟を決めて、それぞれの想いを乗せてアジトに中に入っていく。

 

爆豪を助ける為に─

 

因縁の決着をつける為に─

 

バーの扉が今開く。

 

 

「やあ...待っていたよ。随分と遅かったのではないか...」

 

車椅子の男性が悠然と待ち構えていた。

その周りには赤毛と赤い瞳の特徴的な若い女性、可愛らしいエプロンを付けた四十代の女性、コオロギが擬人化したような男性、くたびれて弱々しいサラリーマン風の三十代の男性。どの人達もどこにでもいそうな一般人だ。

 

誘拐されていた爆豪は中央の椅子に座っており、特に拘束などはされていないが眠らされていた。

 

「オール...フォーー・ワーーーン!!!」

 

「オールマイト!やめんか!!!」

 

「グッ!!」

 

感情的になったオールマイトは飛び掛かろうとするが、グラントリノに蹴られて強制的に止められる。

 

親しげにこちらに話し掛ける車椅子の男性。

顔の半分は抉れ、生命装置らしきものをつけて、体は傷だらけで見るだけでも痛々しく感じさせる。だけど......

 

 

見た目で惑わされてはいけない。

禍々しい雰囲気が絶え間なく溢れ出ており、痛々しい怪我は古兵のような強さの証になっていた。

 

「オールマイト、そう怒らないでくれたまえ...。彼は話の邪魔になるから眠って貰っているだけだ...」

 

AFOは我が儘な子供に語り掛けるかのように話し出す。

 

「僕の目的が達成次第、彼を君達の元に帰そうではないか。目的は......僕の話と僕の可愛い者達の不満を世界中に届けることさ。というわけで君達ヒーローは...話が終わるまで...黙っていて貰おうか...」

 

パチッン

 

AFOが指を鳴らす。

 

「「「「!?!?!?」」」」

 

"個性"によって口を塞がれ、石像のように固まってしまうヒーロー組。

必死にもがいて口や体を動かそうとする。

 

「呼吸は出来るから大丈夫だ。話が終わったら、"個性"を解除してあげよう。勝負は正々堂々としなければ...皆を納得させることは出来ないからね...。終わった後に色々と言われるのは面倒くさいから...この場で白黒はっきりとつけようではないか!さて...では...僕の愛すべき"弱き者"達よ!」

 

部屋の奥からテレビカメラを持ってきた五人の男女が現れる。

金髪に金色の瞳、何かスポーツをやっていそうな程がたいの良い男性にAFOは話を掛ける。

 

「準備は終えたかね?」

 

「はい...先生の指示で今すぐ始められます」

 

「そうか...では始めよう!マイクの準備は良いかい?」

 

「人数分以上揃えています」

 

金色の男性は皆にマイクを受け渡す。

 

「マイクの調子は大丈夫か?」

 

「ええ...バッチリよ!」

 

「大丈夫です」

 

「こちらも...大丈夫そうです...」

 

「平気だ」

 

「大丈夫ですわ...。...これで...私達の悲願がやっと...!!達成出来るのですわ!!」

 

「ああ...この日がどれ程待ち遠しいかったか...!!」

 

それぞれマイクの調子を確認していく。

案内人二人はマイクの確認を終えると、まだ始まってもいないのに感慨深くなる。そんな彼らにAFOは我が子に向けるような微笑みを向ける。

 

「君達にとっても...この日、この時を...!どれ程待ち遠しいことであったか!さあ...!始めようようではないか!姿見!準備は良いかい?」

 

「勿論です」

 

「では.........」

 

 

 

「君達の不満でこの世界を壊そうではないか!!」

 

AFOが力強く宣言をする。

テレビカメラを持ってきた人達がAFOにカメラを向け、マイクを持った人達がAFOの元に集まる。

 

 

この世界が

 

この社会が

 

弱者により

 

 

壊されることになり、長年の付けとして、平穏な日常が崩れ去ることが決定した瞬間であった。

 

 

 

雄英高校の記者会見から、敵(ヴィラン)連合のアジトの映像に切り替わる。

テレビを観ていた人達が驚き戸惑う。戸惑う彼らを構うこと無く話は進んでいく。

 

『やあ、テレビをご覧の皆様こんばんは。僕の名前はAFO。敵(ヴィラン)連合の長で、この雄英高校に襲撃事件を起こし、緑谷君と爆豪君を誘拐した犯人だ。君達に大事な話があるので、テレビはそのままつけといてね。チャンネルは...どこのでも良いよ。どのチャンネルも僕のことを映しているからね。あ...そうそう、テレビ局は襲撃していないよ。僕のことを慕ってくれる人達が、自分達の意思で、行ってくれているからね...』

 

『では...早速...本題に入ろうか。答えが返ってくる訳でもないが...君達に一つ、質問をしよう。敵(ヴィラン)の僕が言うのもなんだが......』

 

 

『君達はこの世界が合っていると思うかい?』

 

『答えが出ないことは当然さ。例え、僕と対面をしていて話が出来る状態でも、すぐには答えは出ないだろうからね。...でも、もう、僕達の中では答えは出ているよ。僕の答えは...』

 

『間違っていると思う。敵(ヴィラン)の僕が言っても説得力が無いのも分かる。けど...証明は出来る。その証明は...僕のことを慕ってくれる、愛おしい人達がしてくれるさ...』

 

赤毛と赤い瞳の特徴的な若い女性に変わる。

一番手に赤毛の女性はきょどって戸惑う。

 

『え、え!?一番始めは私で良いの!?...本当に良いの?ありがとう...。コホン...さて...私が言いたいことは一つ......』

 

 

『いい加減にしろよ!糞やろうども!!』

 

罵倒であった。

仲間達と話す時と打って変わって憎悪に染まる。

 

『人が"無個性"だからって、よってたかって集まって虐めやがって!あんた達は良いでゅちねぇ~~。"個性"があることが、そんなに素晴らしいの?だとしたら...お前らみたいな奴ら!全員死んでしまえ!!...えっ?いきなり暴言を吐くお前の方が悪いからだろ?いやいや...こんなことをさせたのはあんた達よ!私がせっかくマンションの屋上から飛び降りてやったのに...でも、まあ、こうして生き残ってしまったからには、きっと、復讐の神様が生き返って復讐をしろと、言っているに違いないわね!』

 

『...ということで、私は憎きあんた達を殺す!この腐った社会を壊す!...真っ当に生けていけないようにしてやるよ!!』

 

所々おちゃらけた言い方だけども悪意を吐き捨てる。

終わると次は、コオロギを擬人化したような男性の番になる。

 

『次は俺ですね...。俺もまあ...先程の女性と同じ意見ですよ。ただ俺は..."無個性"としての苦しみというよりも、異形型の"個性"として虐められてきました。学生の時なんかは、殺虫剤をよくかけられたり、メスのコオロギを捕まえてきては、お前の好きなタイプだろ!と、虫籠の中に頭を突っ込まれたした...。しかも俺は"個性"のせいで俺は、好きな人を見たり、家に知らない人や嫌いな奴が来ると音を鳴らしてしまう...。ここでお前達に質問をする』

 

『"個性"という、生まれながらの身体能力で虐めるのは何故なんだ?!お前達だって、顔やら身長やら体重とか言われるのが嫌なくせに!何故嫌がらせをする?!自分は駄目で!他人なら良いのか?!と言っても...俺のことを虐めてきた奴なんかはもう忘れているだろうな...。...それとも、俺の見た目が悪いから仕方ないことなのか?だったら......』

 

 

『この昆虫が!人間様を駆逐してやるよ!!』

 

男性は終始"個性"や見た目についての愚痴を溢す。

次の番は可愛らしいエプロンを付けた四十代の主婦。

 

『............いざ言う時が来ましたのに...私はなんて言うべきなのでしょうか......けど...言わなければ、動かなければ...あの子は...死んでしまったあの子は...報われない!!』

 

『お話を繋げるのならば、私は先程のお二人のように酷い目に遭ったことはありません。ですが...私の愛しい息子が虐めで自殺をしました......』

 

『私の息子は"無個性"でも"異形型の個性"ではありません。どこにでもある普通の"個性"でした...。ですが...息子は...とても気の弱い子でした...』

 

『怪我をしていたことに気をかければ、転んで怪我をしたと言い、落ち込んでいたところを気にかけても、なんでもない、と言って笑顔で無理をする。私は...ずっと...気にかけるだけで碌に行動を取っておりませんでした...。ごめんね...ごめんね...湊...。気付いてあげられなくて...無理させて...何も出来なくて...。そんな...息子に無理をさせていた生活が六年程続き...』

 

『息子は自室で首を吊って死んでおりました...』

 

『息子の死を悲しむのと同時に、自分の無力さに腹を立てていました。私は虐めの証拠を掴んで学校に乗り込みました...。だけども、学校や保護者は認めなかったので、警察に被害届を出しました。だけど......』

 

『未成年だから厳重注意となりました』

 

『.........未成年だから......厳重注意...?ふざけないで!!人を殺した奴が未成年だから罪に問われない!?だったら私の息子はなんなのよ?!死者はどうでもよくて、生きている殺人犯が大事!?それが世の中の答えでしたら......』

 

 

『私が敵(ヴィラン)になったとしても!この社会を壊す!!』

 

『この手がいくら血に濡らすことに構わない!地獄に落ちても良い!だから......!!!』

 

『私の愛しい息子を...湊を...返してよ!!』

 

泣きながら訴えていた主婦は、泣き崩れて何も話せなくなる。

サラリーマン風の三十代の男性の番になる。

 

『...私は...この三人とは違って虐めではありません。私の不満は皆様とは少し違います』

 

『私は少し自慢となりますが、順風満帆に生きておりました。虐めに遭うこともなく大学まで通い、卒業後は大手企業に就職をしました。働いてから数年後、妻となる女性と出逢い、気が合った私達は結婚をし、翌年には可愛い娘に恵まれました。順風満帆だった私の人生...ですが...幸せは長くは持ちませんでした...』

 

『妻と娘は敵(ヴィラン)に襲われて亡くなりました』

 

『そのことを知った私はその場で泣き崩れました。妻と娘を殺した敵(ヴィラン)を恨みました。喪った悲しみに私は、何度も自殺をしようと思いましたが、それでは死んでしまった妻と娘に顔向けが出来ないので、私は頑張って生きることにしました。そんなある日のこと...』

 

『会社帰りの私はヒーロー達とすれ違いました。その時の私は特に何も思わず、ヒーロー達の側を通り抜けようとしたその時...』

 

『あの事件は"個性"の相性が悪くて戦えなかったな』

 

『私は呆然と立ち止まりました。今、こいつらはなんて言ったんだ?私は直ぐ様、ヒーロー達に詰め寄りました。ヒーロー達は私のことを面倒くさかったのか、相手にする気はなかったようです。ですが...私の顔を見たヒーローが急に、慌てて謝り出したのです。そして...彼は...こう言いました...』

 

『君の妻と娘を守れなくて、本当に済まなかった!これには...訳が合ってだな!"個性"の相性が悪い相手には仕方ないことなんだ!』

 

『そう言って彼は、私から逃げるように立ち去りました......仕方ない...!?!?妻と娘が死んでしまったのに!?仕方ない!?相性が悪い相手だから戦わないのか!?はあぁぁ!!?』

 

『怒りに身を任せた私はヒーローに殴り掛かりました。ええ、これも、妻と娘が死んで、相性で戦わないヒーローには仕方のないことですね。ええ、本気で殺すつもりで殴りました。仕方のないことですよ、怒らせるようなことをするからですよ。...そして私は...ヒーローを殴ったことで、仕事をクビになりました』

 

『仕事がなくなり、一日中暇になった私は...あることをいつも考えておりました。それは......』

 

 

『どうしたら、"個性"の相性で戦わないヒーローがいなくなるのか。どんなに考えても私には思い付きませんでした...。そんな時、ある人の動画を拝見しました。その人の...動画はそう!ヒーロー殺しのステイン!あの人の考えに、私は感銘を受けました!そうか!戦わないヒーローは殺してしまうと良い!というわけで...私は...』

 

『ヒーローを殺して、この社会を壊すことにしました。仕方のないことですね。だって、私の愛する妻と娘を、"個性"の相性なんかで見殺しにするから』

 

丁寧な話し方で終わらせるサラリーマン風の男性。

次は案内人の女性の番になる。

 

『はじめまして...こんばんは。どうもレッテル貼りが好きなくそったれども。私は敵(ヴィラン)です。それもそのはず、私の両親は敵(ヴィラン)ですから。皆様が望む通りに敵(ヴィラン)に成りました。皆様はいつも、私の両親の正体を知ると、敵(ヴィラン)だ、敵(ヴィラン)だと、石を投げてきましたね。暴言を吐いてきましたね。ヒーロー見習いの子にはいつも、敵(ヴィラン)退治の練習だ、と数の暴力を振るってきましたね。大人も見て見ぬ振りをしてきましたね。私の育ての親も、いつも、お前は敵(ヴィラン)になる、と躾と言い訳をして、暴力を振るいましたね。傷を見ても誰も助けてはくれませんでしたね。とても痛かったのですよ、ですから......』

 

 

『敵(ヴィラン)として、私が受けてきた痛みを貴方達に返してあげます。覚悟をしておいてください』

 

長年の痛みを変わらぬ表情で言い終える。

男性案内人の番となる。

 

『僕はヒーローの一家に生まれ、いつも他人からは羨ましがられながら生きておりました。ヒーローに成るため、常に厳しい訓練をさせられてきました。しかし...僕は...一言もヒーローに成りたいなどは言っておりません。僕がどれだけ嫌だ、と言っても止まらず、他の人達より少し良い"個性"のせいで、嫉妬の対象となりました。...そんなにヒーローに成りたいのですか?でしたら......』

 

 

『僕と代わってください。訓練でできた傷を見ても、ヒーローに成るのだから仕方ない。逃げたいという気持ちは我が儘、ヒーローに成れない弱小"個性"持ちに失礼だろと......成りたくもないのに...我慢しろと...?』

 

『アホですか!?僕はヒーローに成りたくないのですよ!!僕は平凡に生きていたかった!それに......』

 

 

『嫉妬で嫌がらせをする馬鹿どもを!僕がなんで守らないといけないのですか!!?』

 

かつての呪縛を言い終えた案内人の男性。

最後はAFOの番に戻る。

 

『テレビは消していないよね?話は最後までちゃんと聞けたかな?』

 

『これが...僕達が...この世界を間違っていると、思っている理由さ。...きっと...関係ない人達は面を食らい、関係ある人達はばつが悪くてテレビを消したか...自分が該当者だと思っていないのか...それとも...そんなことはすっかりと忘れてしまっているのか...。今となってはどうでも良いことかな...。まあ、話を戻そう...』

 

『この話を聞いた君達はどう思ったのかな?』

 

『許せない?最低な話?虐めた人が悪い?敵(ヴィラン)が悪い?よくあること?仕方ないこと?...で...君達は...悪い人、原因を叩いて終り?それじゃあ...。一生この手の問題は終わらないよ。だって......』

 

 

『君達の生き方、考え方が、被害者を生むんだ』

 

『君達はいつになったら気が付くのかな?原因を叩いても終わらないことを。いや...気付いていたとしても...』

 

『直せることは出来ないだろうね。君達...人間というのは......』

 

 

『誰かを傷付けることが、叩くことが、大好きな生き物だからね』

 

『今頃、画面の向こう側の君達は怒って怒鳴っているだろうね。けどね...証拠はちゃんとあるのだよ』

 

『ねえ、覚えている?雄英の記者会見で、記者が雄英にしていた質問の内容を』

 

『今回生徒に被害が出るまで、各ご家庭にはどのような説明をされていたのか』

 

『具体的にどのような対策を行ってきたのか』

 

『生徒に戦いの指示を許可したことについて』

 

『想定した最悪な状況とは』

 

『拐われた緑谷君と爆豪君についても』

 

『爆豪君が悪の道に染まってしまったら』

 

『これらが...記者が質問をした内容だが...君達の本性が表れているよ。君達はさあ......』

 

 

『今も誘拐されている爆豪君の心配はしないの?死んでいないか?酷い目に遭ってはいないか?怪我はしていないか?君達が心配をしていることは...爆豪君が敵(ヴィラン)になってしまわないか?それだけだ。結局...誰も...心配をしていないではないか!』

 

『それに...君達は...雄英のことばかり叩いているけど...僕達敵(ヴィラン)連合のことは叩かないのか?犯人は僕達だよ。...君達はいつだってそうだよね。弱い者、反撃が出来ない者を狙うよね。君達はいつも、誰かのことを叩きたいのだけど、弱くて臆病だから、自分よりも弱い者を狙うよね』

 

『そう、君達は、君達が大嫌いな敵(ヴィラン)にしかすぎない』

 

『僕達は許されない敵(ヴィラン)で。君達は許された、罪に問われない敵(ヴィラン)だ』

 

『本当に狡くて羨ましいよ。君達が吐いた暴言は、誹謗中傷は許され、更に若ければ、金を奪っても暴力を振るっても、虐めとして終わらせることが出来る。僕達も...君達のようなやり方に変えようかな?』

 

『君達の考えはずる賢くて素晴らしい!気の弱そうな人、自分よりも立場を弱い人を集団で囲んで、相手がいなくなるまで、死ぬまで追い詰めて、空気すらも味方にして、自分達の行いを正当化にして...』

 

『僕には真似出来ない程、狡くて賢くて滑稽だよ』

 

『ずっと僕の話はつまらないだろう。君達も耳の痛い話であろう。だから......』

 

 

 

『今度は君達の意見を言う番だ』



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34話 世界が壊れた日 前編

『では...記念すべき最初の意見は...』

 

『雄英高校の教師達にしよう』

 

画面が雄英高校の記者会見に変わる。

子供ぐらいある大きな白い鼠、黒髪の長身の男性、白髪の筋肉質の男性の姿が映る。三人は座って質問を待っていた。そこに一人の男性記者が質問を投げ掛ける。

 

『夕日テレビです。質問をさせて頂きます。この質問は今までの質問と少し違いますが、答えて頂けますか?』

 

『勿論、質問には全てお答致しましょう』

 

白い鼠が了承をする。

 

『ありがとうございます。では質問をさせて頂きます...』

 

 

『教育者としての質問です。もし雄英高校で虐めなどの事件が起きたらどう対処していますか?虐めを起こさない為にどのような教育を行われていますか?虐めは今現在起きていませんか?』

 

『......えっ?何故いきなりそのような質問を?』

 

『私達の質問には答えると、先程言いましたよね。お答え出来ないのですか?』

 

『出来なくはないのですが...今までの話の流れとは随分と違いませんか?』

 

『確かに違いますが...これも質問なので答えてください。まさか...!?雄英高校で虐めが起こっていて答えられないのですか?!それとも...虐めを下らないと思っているのですか?!』

 

『...!?雄英高校では虐めは起きておりません!虐めを下らないとも思っておりません!勝手に話を大きくしないで下さい!』

 

『だったらなんで答えられないのですか?』

 

『それは貴方方の...!!』

 

『相澤【あいざわ】君落ち着いて。我々の学校には虐めなんて無いから堂々としていれば良いのだよ...』

 

『すみません校長...。いえ、起きてはいません。質問に驚いただけです。今までの話では雄英高校のセキュリティの問題、誘拐された爆豪の話でしたよね?何故急に虐めの話に変わったのですか?』

 

『質問を質問で返さないで下さい。質問にちゃんとお答えをしましたらお答えします』

 

『......分かりました...お答えしましょう』

 

ひと悶着の末に黒髪の男性が記者の質問に答え始める。

 

『雄英高校では虐めは起きておりません。勿論虐めを起きたりしないように気を付けております』

 

『具体的にお答え下さい』

 

『私教師どもが一人一人様子をちゃんと見ており、何か問題が起きれば、すぐに対処出来るようにしております』

 

『一人一人様子を見ている?普通の教師でさえも出来ていないのに、プロヒーローを兼用している貴方方がちゃんと見ている?そんな時間はあります?』

 

『...私どものプライベートの時間を削って作っております』

 

『そうですか...ところで、虐めは社会問題となっておりますが...。なんで虐めは起きると思いますか?教師としての意見をお聞かせ下さい』

 

『虐めが起きる理由ですか...それは...一つの部屋に大勢の人間を一緒にさせるからでしょう』

 

『それはそうですが、理由はもっと細かく教えて頂きませんか?』

 

『...色々なパターンがありますが、代表的なものは"無個性"などの立場が弱い者の場合は、集団生活によるストレスの発散する為に、普通の人は見た目が違う異形型の者は恐怖により虐められるのでしょう。強い"個性"を持っている者は嫉妬により虐められます』

 

『...それはそうですね。こんな当たり前のことを聞いて申し訳ございません』

 

『...僕からも質問良いかな?』

 

白い鼠が会話に割り込む。

 

『構いません』

 

『何故君は、当たり前だ思うことを質問をするのかい?』

 

『それは...後で嫌になる程分かりますよ...』

 

『後で嫌になる程?それはどういうことかな?』

 

『私の質問に答え終わったら分かりますよ。真実を知りたいのでしたら、早く質問を終わらせた方が良いです。では...虐めを防ぐにはどのようにしたら良いのですか?』

 

『生徒一人一人の様子を...』

 

『その話は先程聞きましたので大丈夫です。私の聞きたいことはそこではありません。私の聞きたいことは虐めを引き起こす負の感情の制御の仕方です』

 

『負の感情の制御の仕方ですか?...大人でさえも出来ていない人がいるのに、多感な時期である子供には難しいと思います。ですから私どもが、生徒一人一人を隈無く観察をし、問題が大きくなる前に速やかに解決をします。また、予め問題になりそうな生徒には指導をし、生徒同士何かと交流をさせ、虐めが起きないように仲良くさせます』

 

『素晴らしい模範解答をありがとうございます。それはそうですけれど...どうして人間は感情のままに人を傷付けられるのですかね?』

 

『...それは私にも分かりません。ですが、そのような感情に振り回されないように育てることが、私ども教師の勤めです』

 

『回答ありがとうございます。ところで...根津校長、ブラドキング。イレザー・ヘッドの回答に何か付け足したいことがあったり、ご不満な点がありましたら何か仰って下さい。問題がなければ頷いて下さい』

 

白い鼠と白髪の筋肉質の男性が頷く。

 

『ありがとうございます。では...次の質問です...』

 

 

『雄英高校は日本一のヒーロー育成高校ですが、生徒が卒業をして将来ヒーローになった時、"個性"の相性の問題にぶつかると思います。そうなった時に学校では、どのような対応の仕方を教えているのですか?またプロヒーローであるイレザー・ヘッド、ブラドキングの御二人はその手の問題にぶつかった時、どのような方法で対処していくのですか?それとも...ヒーロー飽和を言い訳にして、戦わないことはないですよね?』

 

『そんなことはしません。市民を守る為戦います』

 

『そうです!我々は"個性"の相性なんかで見捨てることはしません!』

 

『御二人はそのような考えで良かったです。ならば、生徒達にもちゃんと対応の仕方を教えていますよね?具体的にはどのような感じでしょうか?』

 

『具体的と言われましても、私どもの担当をしている生徒は一年生です。まだ基礎を鍛える段階であります。具体的な内容は、生徒の成長具合を見てから決めるので今の段階では言えることはありません』

 

『ふーん...そうですか...。回答ありがとうございます。これが最後の質問となります...』

 

『"個性"の相性で戦わないヒーローがおりますが、同じ同業者としてどう思っているのですか?』

 

『...ヒーローを名乗ってはいけないと思います』

 

『同じヒーローとは思えません!』

 

『...全ての質問の回答ありがとうございました...』

 

 

 

質問攻めが終わると画面がAFOの姿を映し出す。

 

『次は君達市民の番だよ』

 

映像がどこかの街の駅前に変わる。

 

『はいは~い!やっと私の出番になりました~!』

 

黄緑色のショートカットの女性記者がハイテンションで話し出す。

 

『みんな~!これまでの話、テレビでちゃんと観た?観てなかった?質問に答えてくれたら、私としてはどっちでも良いよ!というわけで...』

 

 

『皆様念願の質問タイム~~~!私の質問には正直に答えてね♪では...早速...張り切って参りましょう♪...あれ~~?』

 

『なんでみんな逃げちゃうの?いつものみんなだったら喜んで答えてくれたり、カメラに移り込もうとするじゃない。私の質問がそんなに怖い?みんな大丈夫だよ!攻撃なんかしたりしないよ♪私の質問に正直に答えればいいだけだよ♪貴方達の気持ちを世界中に発信したいだけ!それとも...』

 

 

『みんなは先生の言う通り、敵(ヴィラン)以下の最低な人達なのかな?』

 

『ふざけんな!俺達善良な市民が敵(ヴィラン)以下じゃねえよ!!』

 

『そうだ!そうだ!俺はお前らと違って、真っ当に生きているぞ!』

 

『そうよ!私は貴方達と違って誰も傷を付けずに生きているわ!』

 

女性記者の発言に怒り狂った四十代の男性二人、三十代の女性一人が感情のままに叫ぶ。

女性記者はすかさず皆にマイクを向ける。

 

『あ~~反応してくれた凄く嬉しい~!早速!質問するね!貴方達は虐めとか、"個性"差別とかどう思っている?気持ちを正直にして答えてね♪』

 

『そんなの悪いことに決まっているだろう!!』

 

『そうよ!やってはいけないことに決まっているわ!』

 

『俺達はそんな酷いことをしない!』

 

『うんうん♪当たり前の答えをありがとう~。そうだよねえ~。差別とか、虐めとか、いけないよねえ~。だったら...』

 

『そういったことが目の前で起きたら、今度からは止めると、今ここで宣言をして下さい!』

 

『......はい...?』

 

『.........えっ...?』

 

『いや...それは......』

 

『口だけだったら誰でも出来るよ。私、もうそういった回答にはうんざりなの。口先だけの人間なんて嫌い。貴方達だって口先だけの人間は嫌いでしょ?』

 

『.........き、嫌いではありません......』

 

『...それは...』

 

『時と場合によっては......』

 

『え、嘘!?自分が困っている時に、大変だねって言うだけ言って、見向きもしない人をなんとも思わないの?見殺しにされても平気なの?それが貴方達の本心なの?凄いね!私、尊敬しちゃう♪...あ!逃げないで♪逃げないで♪逃げたら貴方達は口先だけの人になっちゃうよ!...あっ...逃げちゃった...やりすぎちゃったのかな...?けどね...』

 

 

『みんな、口先だけだよね』

 

答えられなくなった三人は走って逃げる。

女性記者のその後ろ姿を見て暗い表情で呟く。

 

『みんな口先だけ、言葉だけ、本当に誰も反省をしていない。誰も行動で変えようとしない。ストレス発散になるから、都合が良いから、自分に被害が及ぶからってね...。だからね...私は...』

 

 

『この世界を壊すことにしたよ!それも貴方達のような数の暴力ではないの!貴方達の過去の仕出かしで壊すよ♪逃げられないよ♪覚悟をしていてね♪』

 

片目をウインクして舌をペロッとわざと出して明るく宣言をする。

彼女の口撃まだ始まったばかりであった。

 

 

 

『ねぇねぇ、そこの君、私の質問に答えてね♪』

 

『す、すすいません!私、急いでいるので!!』

 

『君が例の敵(ヴィラン)連合と繋がっている...』

 

『そこのヒーロー二人組も良いところに来ました♪貴方達にも質問があります。"個性"の相性で戦わないヒーローのことをどう思っている?貴方達は"個性"の相性で戦うことをやめないよね?今この場で嘘をついてもいいけど、後で調べるから、下手なことは言わない方が良いよ。それとね私、悪いことはしていないよ。いつも通りに質問を投げ掛けているだけ。犯罪なんかはしていないよ。それでも私を止めようとするのならば...貴方達ヒーローを、自分達にとって都合が悪いものを吹き飛ばす暴力装置と呼ぶよ』

 

『それは...』

 

『都合が悪いから、私の言葉を制限するの?そんなことをしたら言論統制になるよ。それでも良い?自信持って私に反論をすれば良いだけのこと。では...反論をどうぞ♪』

 

『も、勿論!"個性"の相性で戦わないのは駄目だ!』

 

『そうだよね♪それを...私の目を見てちゃんと話そうか♪あ...それと...上辺だけの言葉なんて私に通用しないよ。本心♪本心♪』

 

『......』

 

『あ...逃げた...。まあ、いいや。あ!そこのお姉さんも、私の質問に答えてよ♪』

 

『ご、ごめんなさい!!』

 

『そちらの若そうな奥様、貴女の意見も聞かせて下さいな♪...あっ...逃げちゃった...私のやり方そんなに駄目なのかな?う~ん...また挑発をしてみようか?みんな~~!このまま私に反論をしなくていいの?敵(ヴィラン)以下のレッテル貼りが成功しちゃうよ!言い返すチャンスは、ここでしかないよ!これが最後のチャンスだよ!言い返さなかったら、貴方達は負け犬だよ!それでも良い?...本当に反論をしないんだ...。ふーん......』

 

『あっ、そうだ!酔っ払っている人に聞こう♪お酒なら人の本性が丸分かりでしょ?私ったら冴えてる♪では、張り切って行きましょう!』

 

 

『早速、酔っている人を発見!では質問を始めましょう!そちらの旦那様、質問をするお時間を下さいな♪』

 

ベンチに寝そべっている六十代の男性にマイクを向ける。

 

『別に良いぞ姉ちゃん』

 

顔を真っ赤に染めている男性は快く質問を承諾をする。

 

『ありがとう♪では質問をするね♪旦那様は虐めとか、差別とか、どう思う?』

 

『そりゃあ...いけないことだろ...。なんで当たり前の質問をするんだ?』

 

『当たり前のことなのは分かっているよ。けどね、この手の問題って、社会問題となっているじゃん。だから、改めてたくさんの人達の意見を聞いて、問題を解決しないといけないからね♪』

 

『そりゃそうだけど...そんな大事な質問を酔っ払いに聞いて良いもんかね?』

 

『色々な人の意見を聞かないと駄目なのです!そこには酔っ払いとか関係ありません!』

 

『そうかい...姉ちゃんは仕事熱心だねぇ...。分かった本音で語ろう...』

 

『ありがとうございます!』

 

『で...やはり虐めは良くないかな...』

 

『そうですよね!だとしたら...』

 

 

『目の前で起きたら、今度からは止めると、今ここで宣言をして下さい』

 

『.........』

 

『やっぱり出来ないのですか?やはり貴方も口先だけ...』

 

『宣言をすれば良いだろ?宣言をするよ。私は今度から、虐めとか差別とかそういった現場を見たら、止めると...』

 

『...自分の言っていることを分かっていますか?今テレビに映っているのですよ。貴方の顔や声が全国の人達に観られているのですよ。この意味が分かっておりますよね?』

 

『......分かっているさ。だけどさ、姉ちゃん...』

 

 

『見て見ぬ振りも辛いんだぜ』

 

『姉ちゃんには分からんと思うけど、昔、俺は...会社に勤めていた頃...よく誰かを見捨てていた。職場での嫌がらせ...言わばパワハラだ。ロッカールームとかで若い女性が泣いても知らん振りをしていた...。犯人は知っていたし、俺の方がそいつよりも上の立場だったけど...面倒だったからを見なかったことにしていた...そんな事件がよく起きていたが、俺含めて会社の全員が見て見ぬ振りをしていた...そんな生活を当たり前のように送っていた...』

 

『だけど、仕事を辞めてから罪悪感に苦しめられることになったんだ。泣いている人達の姿が忘れられねぇ...俺はあいつらに手を出していないんだけどなあ...』

 

『そんな訳で仕事辞めてから色んなことを考えてしまう癖がついてな、酒飲むのがやめられなくなったんだ...で、姉ちゃんの話を聞いたら余計に...だからさ、せめて...』

 

『駄目なもんは駄目と、酒の力を借りてでも言わないといけねぇと、思ったんだ。今更俺が言っても意味は無い。それどころか、見捨てた奴らから罵倒をされるんだろうな...当たり前だよな...』

 

『そんな訳で俺は宣言をする。もう俺は二度と見捨てねぇ、絶対に止める。今更遅いと罵倒されても、俺は今からでも動き出す。...どうせもう後が短い人生、最後は男として格好よく生きたいもんだ。で、姉ちゃん、まだ何か聞きたいことはあるか?』

 

『.........今更...遅いよ...』

 

『そうだな...言い訳はせん...罵っても構わん』

 

『...おじさんを罵っても意味ないから言わないよ。さような...』

 

『お前さんが例の敵(ヴィラン)連語と繋がっている人か?確か...昔、虐められたとかで敵(ヴィラン)連合に入っているだろう?そんな下らないことを、いつまでたっても覚えているから...』

 

違う酔っ払いが絡んできて話を中断させる。しかも絡んできた酔っ払いは女性記者を過去を軽視する。

軽視をした瞬間──

 

画面が真っ赤に染まり、一般市民の意見を言う機会はここで終わってしまうのであった。

 

 

『おや...全国各地でも同じようなことが起きているみたいだね...。まあ、いいか...さて最後は、ここにいる選ばれたヒーロー達による反論で終わらせよう』

 

AFOの画面へと戻る。

AFOが"個性"を使って口だけ元の状態に戻す。

 

『先ずは...シンリンカムイ、君からだ』

 

『......ケホケホ!!』

 

シンリンカムイの顔が映し出される。

むせている彼を無視して話はどんどんと進んでいく。

 

『シンリンカムイ、君は...確か...ヘドロ敵(ヴィラン)の時、"個性"の相性で戦わなかったみたいだね?それはどうしてかな?君なりの理由があるんだろう?教えてくれないかい?』

 

『............!?!?』

 

『話さないと先に進まないよ。そんなに言えないことなのかな?』

 

『わ...我は......!!!』

 

『やっぱり話があるじゃないか。君の意見を......』

 

 

『奥さんと娘さんを亡くした男性の目を見て、話をしてみなさい』

 

『う...っ!!ううわわわわゎーーーー!!!!』

 

『叫んだって意味は無いよ。そんなに罪悪感に苦しめられるのなら、最初から"個性"の相性で戦うことを諦めなければ良かったのにね。今更遅いと思うよ。もし、あのヘドロ敵(ヴィラン)の時、間に合わなかったら、爆豪君の御家族になんて言い訳をするつもりだったのかな?今みたいに叫んで終わり?そんなこと、許されると思っているのかい?』

 

シンリンカムイの叫びは強制的に止まる。

サラリーマン風の男性が、シンリンカムイの背中を思い切り踏みつけていた。

 

『泣いて叫んだら許されると思っているのですか!?泣きたいのは妻や娘、見殺しにされた人達、遺された家族なんだよ!!!』

 

『辛かったのも!!』

 

『怖かったのも!!』

 

『苦しかったのも!!』

 

『妻や娘みたいな人達なんだ!!お前らみたいな無能ヒーローが泣いてもウザいだけだ!!』

 

『ごめんなさい...ごめんなさい...』

 

『泣いて謝ったところで、妻と娘は帰って来ないんだ!!』

 

『ごめんなさい...』

 

『これはもう...僕の話を聞いていないみたいだね...。仕方いないね、彼の行動が悪かったのだから...次はグラントリノ、君の番だ』

 

殴る蹴るなどの暴行を続ける男性にAFOはやれやれと、面倒くさそうに溜め息を吐く。男性を止めることなく次に進む。

グラントリノの顔が映し出される。

 

『...お前...!約束は守らんのか?!』

 

『約束...?ああ...僕が手を出さないという約束でしょ?約束はちゃんと守っているよ。僕は手を出していない。彼が勝手に手を出しただけだ。それとも...グラントリノ、君が、シンリンカムイの代わりに反論をしてくれるのかい?テレビを観ている皆も、彼の行動に納得をしているだろうね。勿論、反論があるのなら、君が代わりにどうぞ』

 

『...こんなことしても!家族は帰って来ないぞ!!』

 

『うるさい!黙っていろ!!』

 

『うまくいかなかったね』

 

『うまくいかなかったねではないだろ!!お前ならあいつを止められるのだろう!?あいつを止めろよ!!』

 

『そうは言っても、彼の暴走する気持ちは僕でさえも止められない。それに..."個性"の相性で戦わなかったシンリンカムイが悪い。この事実に反論出来たら止めてあげるよ』

 

『......』

 

『出来ないみたいだね。まあ、良いけど。ところで...グラントリノ、この中で君が最年長だと思うけど、この世界に対してどう思っている?"個性"の相性で戦わないヒーロー、学校や職場での虐め、それを見て見ぬ振りのする人達、"個性"による差別、元敵(ヴィラン)やその子供達への嫌がらせ等々...これら全て問題になっているけど、君はどう思う?』

 

『どうって...最低なことに決まっているだろ!!』

 

『そうだね。最低なことだね。だけどさ......』

 

 

『今まで誰も問題を解決しようとしなかったね』

 

『それは嘘じゃ!!解決しようとしている!』

 

『いやいや、そんなことはない。だって...問題は解決をしていないじゃないか。"個性"の相性で戦わないヒーローは多いし、虐めなどによる自殺はよくあることで片付けられ。"個性"差別、元敵(ヴィラン)への過剰暴行は見過ごされる...。これらの問題は山積みで、悪いと思っていても、未だに終わることはない。本当に解決するのかな?』

 

『そ...それは...』

 

『しかもこの手の問題は"個性"が発見する前から、ずっと、行われていた。だけど...解決することはなかった...。学校での虐めは話し合い、職場での虐めは被害を受けた側が退社、犯罪者の家族への嫌がらせ、肌の色の違いによる差別...数えていたら切りがない。で...この手の問題が収まったことは一時でもあったかな?』

 

『......』

 

『そうだよね。一度でもないよね。そして僕のことを慕ってくれる人達は皆、被害者だ。僕はそんな彼らに力を貸したい。だからこうした。君達はどうやって問題を解決をする?』

 

『話し合いとか...心掛けとか...』

 

『そんなことで解決をするのなら、もうとうの昔に解決しているよ。そんな解決をしない方法は要らない。他の方法は?』

 

『.........』

 

『無いみたいだね。君には悪いけど、先を急いでいるんだ。メインディッシュである...オールマイトとゆっくりと話をしたいからね。では、皆さん御待ちかね...オールマイトの意見を言う番だ!』

 

オールマイトの顔が映し出される。

因縁の対決が今、変わった形で始まろうとしていた。



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35話 世界が壊れた日 後編

『AFO...貴様ああぁぁぁーーー!!!』

 

『そんな大きな声を出さなくても聞こえているよ。オールマイト』

 

『お前だけは...!お前だけは...!絶対に許さない!!』

 

『そうかい...。僕も君だけは許せないな。この顔の傷を倍返しにしてあげよう。今こそ、決着をつけようではないか!』

 

『オールマイト!君に質問だ』

 

『君のお陰で、君の居る地域では敵(ヴィラン)の発生率は抑えている。それは見事だ。誉めてあげよう。だけどさ......』

 

 

『君のやっていたことは正しい?』

 

『私のやっていることが間違っているだと!?貴様のやっていることが間違っているのではないか!!』

 

『そうだね。僕のやっていることは間違っている。けど僕が聞きたいことはそこじゃない。ただ......』

 

 

『こんなことをいつまで続けるのかい?』

 

『こんなこと...!?馬鹿にするな!!お前のような敵(ヴィラン)が居る限り、私は戦い続ける!!』

 

『やれやれ...僕が言いたいことを全然分かっていないようだね...。君にも分かるようにちゃんと説明してあげよう。僕の言いたいことはね......』

 

 

『敵(ヴィラン)が生まれる訳を知ろうとしらず、ただ殴って押さえ付けるだけの現状は正しいのか?これってどう思う?オールマイト』

 

『...正しくはないだろう......。だけど!!理由があるからとはいえ、悪事を見逃すことは出来ない!!悪いことをしているのならば、それを止める!それがヒーローの役目だ!!』

 

『それはそうだね。だけど、オールマイト。原因を終わらせなければ一生終わらないんだ。君がやっていることは水道の蛇口を閉めずに、ホースの先を手で無理やり押さえているだけだ』

 

『な...なんだと!?』

 

『ところで......』

 

 

『彼らを傷付けた人は何もお咎めなしで良いの?』

 

『咎めだと!?反省させるとしても、そんなものは!!』

 

『咎めは必要だろ。彼らを酷い目に遇わせたのだから...。結局、敵(ヴィラン)とは何なんだい?"個性"を使って悪さをしたら敵(ヴィラン)なのかね?"個性"を使わなければ悪さをしても、敵(ヴィラン)ではないのかな?君達の決める敵(ヴィラン)の規定はなんだ?』

 

『人を殺せば確実に敵(ヴィラン)になるだろう。けど...心を壊すことは罪にすらならない。体さえ無事であれば、心は壊れていても構わない。それで良いのかい?』

 

『僕達を倒す、それは当たり前だ。けれど、君達ヒーローは、敵(ヴィラン)を倒すだけで、心を救おうとする人はいないよね』

 

『そんなことはない!お前が勝手に決め付けているだけだ!!』

 

『そうかな?妻と娘を亡くした男性の話を聞いても、まだそんなことが言える?寧ろ、ヒーローが、心を壊したのではないか』

 

『それは...クッ!!』

 

『ヒーローにはこの質問を返すと楽だ。反論を出来なくさせる。...今日は実に気分が良い。オールマイト、君達ヒーローを堂々と倒すことが出来るのだから。へこたれていたって無駄だよオールマイト。まだまだ質問は終わらないからね』

 

『オールマイト、今の世の中は平和だと思うかい?』

 

『平和ではない!だから...』

 

『だから君がこうして、人柱になった訳と...。君は他人の為に意味が無いことをするんだね』

 

『なんだと!?貴様が勝手に決め付けるな!!』

 

『決め付け?いやいや、決め付けではないよ。いいかね、オールマイト。この世界は、敵(ヴィラン)の生まれる訳を知ろうとしない社会で、どこかで誰かが知らずに泣いている世界。そんな世の中を君は、平和ではないと認めた。で、君のやっていることは、敵(ヴィラン)をその圧倒的な"個性"で倒しているだけだ。もし平和な世界に変えたいのならば、暴力に頼るのではなく、現実は間違っていると言葉で訴え掛ければ良かったのだよ。君のようなNo.1のヒーローなら、話を聞いて貰える筈なのにどうしてそれをやらないんだ?認めているなら、僕に言われる前に動けば良かったものも...』

 

『それは......!!』

 

『だから、君のやっていたことは無駄であると。君のヒーロー像って...敵(ヴィラン)を殴るだけ殴って、後は気にしない。心なんてどうでもいい。君が成りたかったヒーローはこんなものなのかい?』

 

『違う!!私の成りたいヒーローは命だけではなく!心も助けるヒーローだ!!』

 

『そんなヒーローに成りたかったのかオールマイト。だけど残念。君がそんなヒーローだということが、誰にも伝わっていないよ』

 

『貴様になんと言われようが!私は師匠の言葉を胸に染みて行動をする!貴様には関係はない!!』

 

『そうだね。僕には関係ないね。けどさ......』

 

 

『君に憧れてヒーローに成った人達は皆、敵(ヴィラン)を殴るだけで終わらせているよ。それにヒーローに憧れている人達は皆、"個性"の強さしか見ない。...これのどこが心まで救うヒーローに成れると言うのかね?』

 

『...!!』

 

『オールマイト、思いは伝わなければ意味は無い。テレビに出た時にでも、下らないジョークなんか言っていないで、伝えたいことを言葉で伝えれば良かったものも...』

 

『私のジョークが下らないだと!?貴様には分からんだろうが!人を笑顔にさせることがどれだけ大事なのか!!』

 

『そうだね。人を笑顔にさせることが大事だ。だけど、人を笑わせる前に、誰かの笑顔を奪う現実を正さなければいけないのではないか?』

 

『本当に残念だったねオールマイト。君が頑張れば頑張るほど、平和な世界に辿り着けない。君の憧れている人達は皆、君の殴る姿しか興味ないよ』

 

『......!!?』

 

『その反応面白いね。君ですらも認めてしまったのかい?ヒーローならファンを信じてあげないと駄目じゃないか。...君の落ちぶれた姿をいつまでも見ていたいけど、次の質問に行こう。オールマイト、平和の象徴として尋ねる』

 

『君にとっての平和とはなんだい?』

 

『平和!?そんなことは決まっている!!敵(ヴィラン)に脅かされない、誰もが笑顔で暮らせる...』

 

『敵(ヴィラン)が脅かしたら許さないけど、一般市民が一般市民の笑顔を奪うのは良いのかい?とんだ差別主義だねオールマイト』

 

『違う!!私は...』

 

『心を助けたいヒーローが差別主義でどうするんだ?そんな心構えで誰かの心を救えないよ。敵(ヴィラン)だから傷をつけても構わないのかい?敵(ヴィラン)だからどうでも良いのかい?』

 

『君は心まで助けるヒーローに成りたいと言っていたけど......』

 

 

『敵(ヴィラン)はどうでもよくて、救えていない人は多いじゃないか』

 

『違う!!私は...!!』

 

『言い訳なんて聞きたくないよ。今、君達の目の前に救えていない人達はこんなにもたくさん居る。ここに居ないが、僕を慕ってくれる人もまだまだ居る。僕達が知らないところで泣いている人達もまたたくさん居るだろう。...君はNo.1のヒーローなんだから、もっと頑張って声を掛ければ、こんなことにはならなかったのにね』

 

『......クッ!!!例え...私は...貴様になんと言われようとも!!』

 

 

『貴様を倒すまで、私は何度でも立ち上がり続ける!!』

 

『...それは負けを認めることだね。碌に言葉で返していない。そんなことを言ったって、負け犬の遠吠えにしか聞こえないよ。君達が世界が簡単に敵(ヴィラン)に乗っ取られる。僕達の正論を、誰一人、まともに返せた人は居ない』

 

『今日はなんて素晴らしい日なんだ!』

 

『いつも暴力で解決をしているヒーロー達を、言葉で捩じ伏せるのはなんて気持ちが良い!』

 

『君達ヒーローは結局暴力装置にしかすぎない!』

 

『世界を追い詰めるのは暴力ではない、言葉だ!人間と言うのは所詮、暴力でしか解決出来ない哀れな生き物だ』

 

『ああ、なんて気持ちが良いのだろう!この胸の高鳴りのままに最後の質問を終わらせようではないか!』

 

『最後は黒猫の魔法使い、君の番だ!』

 

魔法使いとウィズの顔が映し出される。

口を縛る"個性"が最後に解かれた為、魔法使いとウィズはむせ返る。

 

『君は...君達だけは...世界の問題には立ち向かおうとしていた。ところで君達は、この世界が異常だと、一体いつ頃から気が付いたんだい?』

 

『......ヒーローとして初めて戦った時からだ』

 

『私もそうにゃ』

 

『そうか...。では......』

 

 

『君達もこの世界が嫌いかな?』

 

『はっきり言って......』

 

 

『大嫌いだ』

 

『私もこの世界の考えが大嫌いにゃ』

 

『やはりね...君達はヒーロー側なのに珍しいね。まあ...だからこそ......』

 

 

『僕達の考えに賛同が出来るだろう?』

 

『君達の考えは立派だ。だが、君達の考えは我々、敵(ヴィラン)連合とそっくりだ。君達もヒーローなんかよりも、敵(ヴィラン)連合の方が遥かに相応しい。君達がヒーロー活動をしているだけで、ゴミを投げ付けられていたり、罵倒をされたりと酷い目に遇っていたようだね。傷付けてくる奴らなんか捨てて、僕達と共にこの世界を壊さないか?』

 

『嫌だにゃ!世界を壊す人の手なんか取りたくないにゃ!!』

 

『そうだ!大体...さっきから色々と話をしているけど......』

 

 

『本当に彼らの為に動こうとしているの?』

 

『それは心外だな。僕は彼らの為に力を貸しているではないか。やり方は確かに、穏便に済ますことは出来ないが、こうまでしないと現実は変わらないもの...』

 

『そういうことじゃない!もし、本当に人の為に動こうとする人だったら......』

 

 

『あの男性が暴走した時、面倒くさそうに溜め息を吐いたりなんかしない!!もっと親身に心配をする筈だ!なのに面倒くさそうにしていた!』

 

『正論を並べているけど、ずっと困っている人、苦しんでいる人を見てきた割には今になって行動?だとしたら...行動をするのが遅いんだよ!!』

 

『もし人の為に思うのなら...世界を壊す...こんなやり方......』

 

 

『憎しみを続けるようなやり方はしない!!苦しめる人を増やすようなやり方をしてどうするんだ!?』

 

『行動が遅いか...そんなことを言われても、こっちには準備があるのだよ。僕だって準備期間の間、心苦しいものだったさ。黒猫の魔法使い、君の"個性"は、力があるからそんなことを言えるのだよ。...そんな君に一つ質問がある』

 

『君の"個性"は普通の人よりも大分強い。それなのに君は、守りきれないと言った。これは一体どういうことかな?』

 

『ヒーローと敵(ヴィラン)の戦いを面白がって見ている人達が気に入らないから注意しただけだ。それに、敵がどんな手を使ってくるのか分からない。だから、安全の為に離れてもらう必要がある。どんな人だって安全を保証出来なければ逃げるからね。それで言っただけだ』

 

『けど、君の戦いを見て貰わないと、人気が出てこなくなるけど良いのかい?』

 

『人の苦しんでいる姿で生きていく方が嫌だ!そんな姿を自分が生きる為に見せるくらいなら...飢え死にした方がましだ!』

 

『...へぇー...。若いのにそこまで考えて凄いね。世の中のヒーローなんかは、自分達の富と名誉の為に見て貰うことが前提なのだから...』

 

『君達は敵(ヴィラン)に対して随分と優しいけど、身内にでも敵(ヴィラン)が出たのかい?』

 

『敵(ヴィラン)に優しくして何が悪い?オールマイトに敵(ヴィラン)のことを考えろって責めていたくせに』

 

『理由なんか必要なのかにゃ?』

 

『いやいや、優しくしてくれてありがたいよ。ただ、どうしてそのような考えに至ったのか知りたいだけだ。あのオールマイトさえも、碌に答えを用意出来なかったからね。気になるのは当然のことさ』

 

『考えに至った理由......』

 

『.........』

 

『あれ?説明出来ないの?あれだけ熱心に叫んでいたのに...。本当に珍しい考えを持つよね君達は。どんな人生を歩めば、そんな変わった考えになるのかな?』

 

『黙りなのかい?...全く困った人達だ。...まあ、良い...。それでは次の質問に進もう』

 

『君達の考えは世間の考えと全くもって違う。だからこそ聞きたい......』

 

 

『そのような考えになった理由を教えてくれないか?』

 

『.........』

 

『.........』

 

『僕は君達を責めている訳ではないよ。好きなように話せば良い。なのに君達は固まる。そんなに話が出来ないのかい?』

 

『まあ...特別な施設で暮らしていたからかな?答えられなければそれでも良いが...取り敢えず違う質問をしよう』

 

『黒猫の魔法使い、君が力を借りている先の人達はどういう人達なんだい?』

 

『絶対に教えない。何があっても口を割るもんか!』

 

『絶対に教えないにゃ!』

 

『それは...うん...思っていた通りの反応だ。だけどね......』

 

 

『この騒ぎが本格的に始まったら、嫌でも見付かると思うよ』

 

『......』

 

『......なんで見付かるのにゃ?この事件と一体何が関係あるのにゃ?』

 

『関係?勿論あるさ。この話し合いが終わり次第、ここ神野区だけではなく、全国各地で争いが起きるからね。争いが起きれば、黒猫の魔法使いの友達も一溜りもない』

 

『そんな...!?なんでこんなことをするのにゃ!?世界を壊したところで...』

 

『いいかい黒猫さん。君も施設育ちで世間を知らないだろうけど、人間と言う生き物は自分よりも弱い存在を痛め付けるのが大好きで、気に入らない存在には死ぬまで粘着をして排除をし、自分が弱い存在と偽って保護を騙し取り、弱者を労る振りをして自分を良く見せようとする』

 

『自分と価値観の合わない者、自分が理解出来ない者には考えを理解しようとせず、勝手に怖がって存在自体を排除しようとする。君達だって被害者だったから、そのことくらい分かるよね?』

 

『そ、それは...』

 

『あの敵(ヴィラン)さえも庇う黒猫が言い淀んでしまっているね。君達は本当に...人望が無いよね。そんな愚かな存在にでも、この悲劇を二度と起こさない方法がある』

 

『悲劇を二度と起こさない方法?』

 

『そう、悲劇を二度と起こさない方法。それは......』

 

 

『同じ痛みを体験することだ!』

 

『......えっ!?』

 

『理解出来ないのなら、同じ体験を味あわせて理解させると良い。人間と言う生き物は痛みを知って初めて、他人に優しく出来る生き物だ』

 

『大切な人を喪えば別の大切な人を喪わせ、心の痛みは体の痛みに変え、見殺しにされたら、他の人は見殺しをされる立場になって苦しみを知れば良い』

 

『争いなんか要らない!人間の中には自分と違う存在を受け入れ、共に過ごすことが出来る人達はいる!こんなことをしても無意味だ!』

 

『まだそんな夢見がちなことを言っているの?ここは夢ではない、現実だ。いい加減に目を覚ましなさい。現実から目を背けるな。そんな考えは無駄だ。それとも...僕に言い負かされ過ぎて、頭が可笑しくなってしまったのかい?意地でも認めたくないだけかな?...そんなに綺麗事を言うのならば......』

 

 

『君がその綺麗事を実践して見せてよ』

 

『はじめからそのつもりだよ!』

 

『すぐに言い切ったとは...ほう...。夢しか見ていないのか、現実を知ろうとしていないだけなのか...これだけの被害者の前にそんな馬鹿なことが言えるとは...ヒーローはやはり...馬鹿な人が成るものだね』

 

『馬鹿なことは言っていないにゃ!私達は事実を元に言っているだけにゃ。君の方こそ、自分が知らないからって馬鹿にするのをやめるにゃ!!』

 

『黒猫も馬鹿なことを言うのだね。こんなにも被害者が大勢いるのにまだそんな愚かなことが言えるのか...。僕達はただ、出来もしない綺麗事に苛ついているのだよ』

 

『そんな愚かな君達に早速、綺麗事をして貰おうか。お題は......』

 

 

『彼ら、被害者こと弱き者が、君達に襲い掛かるから、殺してくる彼らを全力で守り、一人も死者を出さないこと。これが出来たら少しは認めてあげてもいいよ』

 

『端からそのつもりだよ』

 

『ふーん...君は偽善に溢れた愚か者だね。いいよ。好きにしたら。...その代わり、一つ忠告をしておく。彼ら弱き者は、綺麗事や偽善者は大嫌いだから。後それと......』

 

 

『黒猫の魔法使い、黒猫、君達にとってのヒーローとは何?』

 

『誰かの為に立ち上がり、悲しんでいる人や苦しんでいる人の気持ちに共感をし、困り事が終わるまでずっと寄り添える人だ!』

 

『私も同じにゃ』

 

『そうか...。これにて話し合いを終わらせよう。...と、その前に、君達の質問の答えを用意してあげよう』

 

『質問の答え?』

 

『そう、質問の答えだ。君達が気になって気になって仕方ない質問の答えだ』

 

『私達が気になって仕方ない質問の答え?何なのにゃ?そんな質問合ったかにゃ...?』

 

『ああ、この話し合いが始まる前皆、とても気になっていたではないか......』

 

 

『爆豪君が敵(ヴィラン)に堕ちていないか』

 

『その答え、黒猫の魔法使いが考える、ヒーローとしての基準で決めようではないか』

 

AFOが眠っている爆豪に近付いて起こす。

起こしたといっても、魔法使い達と同じく体の自由は許されていないようだ。

 

『爆豪君、起きる時間だよ』

 

『.........あっ......?なんだよテメェは!!俺はお前らチンピラの仲間になんか、死んでもならねぇぞ!!!そのマイクは何なんだよ!!?なんでテレビカメラがここにあるんだよ!!?オールマイトに何をした?!!』

 

『僕の質問に正直に答えてくれたら、解放をしてあげよう。では、質問をしよう......』

 

『あぁん!!?質問だと!!?答える義理なんて...』

 

 

『君は敵(ヴィラン)の生まれる理由を知ろうと思ったことは一度でもあるかい?"無個性"や異形型の"個性"、敵(ヴィラン)の元に生まれた子供への虐めについてどう思っている?"個性"の相性で戦わない...』

 

『うるせぇ!!そんなこと知るか!!俺には関係ねぇ!!!そんな下らない質問より、俺をさっさと放しやがれ!!!』

 

『なっ!?』

 

『そんなことを...!!』

 

『それが君の答えかね?そんな答えで良いのかね?その答えだと......』

 

一斉に鈍い音が鳴り響き、テレビカメラを真っ赤に染める。

爆豪は重力に従って椅子ごと落ちていく。頭から流れる血は止まらず床を血で汚していく。

 

金槌、釘バット、フライパンは血で染まっており、爆豪を鈍器で殴った赤毛の若い女性、コオロギ風の男性、四十代の主婦は焦点がずれた目で爆豪を見下ろしていた。

 

『ウィズ、黒猫の魔法使い、これが......』

 

 

『ヒーローに成りたい少年の言動だよ!他人の苦しみなんてどうでもいい、"個性"が強ければそれでいい、それがヒーローなんだ!!』

 

『これが彼の考えさ。彼がヒーローなのか、敵(ヴィラン)なのかは、テレビの前に居る皆が決めたまえ』

 

 

『さあ!君達の懺悔の始まりだ!』

 

AFOの叫び声ともに魔法使い達の体は自由となる。

丁度その時どこからか爆発音が鳴り響き、その音はまるで......

 

世界を壊す破滅の音と感じさせるようであった。



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36話 神野区事件

「貴方方の質問に答えましょう」

 

時は遡り、雄英高校記者会見の場に戻る。

ただならぬ雰囲気にイレイザー・ヘッド達は身を寄せ合う。

 

「これは一体...どういうつもりかね...」

 

「どういうつもり...それは...う...うひゃひゃやや!うひゃうひゃや!あっはははあーははは!!いっーひっひひひ!!」

 

「なんだこいつ!?」

 

根津が尋ねる。

先程まで質問を投げ掛けていた記者が、高らかに狂ったように笑い出す。その様子にイレイザー・ヘッド達は立ち上がって戦闘態勢に入る。

 

「すみませんね~大声で笑ってしまって~。...いや~こんなにも事が上手く進むとは思わなくて...」

 

「事が進む?どういうことだ?」

 

「携帯で観れば分かりますよ。貴方方の記者会見はもうとっくの昔に終わっていますから、好きに観て下さい」

 

「記者会見が終わっている...?」

 

「一々説明するのは面倒くさいので早く観て下さい」

 

記者に言われるがまま、イレイザー・ヘッド達は携帯を取り出してニュースを観る。

 

驚きのあまりイレイザー・ヘッド達は息を呑む。事件を知れば知るほど顔を真っ青に染め上げていく。

イレイザー・ヘッド達の顔が真っ青に染め上げる程、記者達の嗤いは止まらなくなり、手を叩いたり嗤い転がっていく。

 

ニュースが終わるまでの間、イレイザー・ヘッド達は呆然と立っていることしか出来なかった。

 

「雄英の皆さん、貴方方の回答、とても模範解答で助かりました。私達の話を認めてくださりありがとうございます。この世界の問題を認めてくださりありがとうございます。人間の心が醜いものだと認めてくださりありがとうございます」

 

満面な笑みでトドメを刺す記者。

その笑みにイレイザー・ヘッド、ブラドキングの二人は何も言えなくなる。だが...

 

雄英の校長である根津だけは違った。

根津はなんと席から離れ、質問を投げ掛けていた記者に無防備に近付く。

 

「?なんですか?」

 

「僕からも君達に話がある」

 

「話ですか?いくらでもどうぞ。今更どれだけ反論をしようとも、この世界は腐っていることは変わりませんからね」

 

「そのことに関しては事実だから反論をしないよ。ただ一つ言いたいことがある」

 

「なんですか?」

 

根津はゆっくりと深呼吸を行う。

イレイザー・ヘッド、ブラドキング、記者達は根津の様子を片時も目を離さずに見詰める。

 

三回目の深呼吸を終えた根津は口を開く。

 

「僕達、ヒーローが綺麗事をほざく偽善者ならば...君達は......」

 

 

「憎悪に囚われた憐れな人達だね」

 

「......はあ...?」

 

根津の思いよらぬ言葉に記者達は呆けてしまう。

イレイザー・ヘッド、ブラドキングは火に油を注ぐ言葉に慌てて止めようとするが、根津の勢いは止まらない。

 

「だって君達のやろうとしていることは、これから人殺しをするのだろ?そんなことをしても意味は無い。それに......」

 

 

「何も関係ない人を殺すのだろ?」

 

記者達は黙っている。

根津はその沈黙を肯定として受け止めて話を続ける。

 

「世界を変えたい割には人を殺す?そんなやり方では駄目だね。人殺しの話なんて誰が聞く?世直しと言われて、家族や大切な人を殺されたら、君達は殺した人の話に耳を傾ける?聞かないでしょ。それと同じだよ。後、全うに生きていた人を殺した瞬間、君達の言葉は何の意味を持たなくなるよ」

 

「君達は偽善者と罵るけど、僕から言わせて貰うと君達は、人間の悪いところしか見ようとしない盲目者だ。そんな状態では変えられるものも変えられなくなるよ」

 

「この"個性"ハイスペックを持って、答えて上げよう。はっきり言って......」

 

 

「一生賭けてもこの手の問題は終わらないよ」

 

「君達は、問題を見て見ぬ振りをしている世界を許せないと言っているけど、君達だって、原因を殺して終わりではないか。それは見ようとしていないと一緒だ。原因を叩いて終わる世間と何も変わらない。君達も文句を言える権利は無いよ」

 

「私達のやっていることが無駄?ハッ!そんなことを言われましてもね、もう動き出していますし、動くことすらしていない貴方達に言われたくはありませんよ」

 

記者は鼻で笑う。

 

「動く?殺人が世界を変える?そんなやり方では変わらない。人を殺して世界が変わるのなら、一回目の戦争で世界は良くなっているし、差別は無くなっている筈だ。価値観の違いによる衝突も無くなっている。君達のやっていることは結局、臭い物に蓋を閉めるか、間引きをしているだけの違いだ」

 

根津も涼しい顔で言い返す。

 

「ほう...ですが、悪いことを人になんの罰を与えないのは問題大有りですよ」

 

「それは問題だね。だけど君達の場合は飛躍しすぎているのだよ。刑務所までなら問題ないけど、一気に殺すことを認めるのなら、誰だって止めるに決まっている。君達だって気に入らないものを排除しようとする。批判している先の人達と、何一つ変わらないじゃないか」

 

「ふざけるな!私達は被害者だぞ!!何もしてこなかったお前達が文句を言うな!!!」

 

怒り狂った記者は根津の首元を掴んで持ち上げる。

 

「校長!!」

 

「校長を放しやがれ!!」

 

イレイザー・ヘッドとブラドキングが根津を助けに駆け寄る。だけども、根津が片手を上げて止め、息苦しいまま話を続ける。

 

「...そう...やって......感情の...まま...動くから.........争いは終わらない...。問...題を......終わらせる方法は......一つ.........」

 

 

「己の感情と向き合うことだ!!」

 

根津が叫ぶ。

叫び声に驚いたのか、それとも気迫に押されたのか、記者は掴んでいた根津の首元を放す。

 

「己の醜い部分と向き合えないからこうなる。憎しみ、嫉妬、怒り、蔑み等の負の感情を恥じるあまり、その感情を無かったことにする。けど、見えない振りをしているのが難しいから、その感情を抱かせた相手を排除しようとする。...逆に言えば、その手の感情を認め、自分の中でコントロールが出来ればこんなことは起きない。悪事を責めるのは簡単だけど、感情を否定することは誰にも出来ない」

 

「で...今の君達は何だ?感情のままに僕を殺そうとした。その姿は、君達が嫌っている人達と何も変わりはしないかい?」

 

根津は喉の調子を気にせず話を進める。

記者は怒りで手が震えていたが、我慢をして手を出さずにいた。

 

「だから、人を殺しても意味は無いよ。自分の負の感情を向き合えない限り、この手の問題は終わらない。先延ばしにするだけだ。君達は自分の感情に向き合ったことはあるかい?」

 

「それと...さっき...君は...僕達が何もしてこなかった、と文句を言ってきたけど......」

 

 

「君達も碌に動いていなかったじゃないか」

 

根津がまたもや火に油を注ぐ。

堪忍袋の緒が切れた記者が殴りかかる前に根津は叫ぶ。

 

「だったらなんで、君達は、黒猫の魔法使いを手伝わなかったのかい?」

 

その言葉に記者の動きが止まる。

 

「彼女達だって、君達と同じ意見であった。...いつからテレビ局を乗っ取っていたのかは分からない。だけど、君達は、黒猫の魔法使いとウィズをテレビで散々変人扱いをして、馬鹿にしていたじゃないか。それはどうして?視聴率の為?君達は、自分達の利益の為だったら、大嫌いな世間の考えに乗るのかい?本当に変えたいのなら、自分達の嫌いな人の手でさえも取るよ」

 

「手を取りたくない程ヒーローが嫌いなら、名も無き一般人として訴え続ければ良かったのに。弱者の声は聞かないなんて言う言い訳は通用しないよ。現に聞きまくっているじゃないか。それに...僕からしてみれば、君達が慕っている先生とやらは......」

 

 

「“弱者を労る振りをして自分を良く見せよう”とする他人の心を利用する悪党だね」

 

根津の言い方に記者は怒ろうとするが、根津の勢いは誰にも止められない。

 

「だから黒猫の魔法使いとウィズに、早く行動をしろ、と言われるのだよ。僕としても、テレビ局を乗っ取った時点で訴え続ければ良かったのに。虐めの問題は学校とかで自殺者が出て、少しの間しか取り扱っていないから、いつまで経っても終わらないのであって、ずっと取り扱えば問題は今よりも良くなるよ」

 

「テレビ局を乗っ取り出来たからと言われましても...私達が前からテレビ局を乗っ取っているという、証拠はどこにあるのですか?」

 

怒りを抑えながら記者は反論をする。

根津は指を三本立てながら説明を始める。

 

「理由は三つある。先ず一つ目、どのテレビ局も騒ぎが起きていないこと。携帯でニュースを観た後、気になったから調べたんだ。そしたら、どのテレビ局もその周辺すらも、何も問題は無かった。テレビ局というやり方によっては、人々を洗脳すらも出来る場所。敵(ヴィラン)に乗っ取られないように厳重に注意をするのは、当然のことのさ。何か異常があれば、すぐに現場に近いヒーロー、警察が駆け付けるようにしている。君達がいくら情報制限をしても、こちらにはヒーロー独自の連絡手段が合ってね、様子を知ることが出来るのさ。現地のスタッフを"個性"で何とかしようとしても、既に対策済みさ」

 

「二つ目の理由は君達が乗り気なところ。これは一つ目の理由と繋がるのだけど、"個性"で操られているのなら、何らかの異常が見える。だけど君達は特に異常は見られない。じゃあ、大切な誰かを人質されていて、無理やり従わせたとする。そうだとしても普通の人は乗り気にはならない。被害を叫んだ人、僕達に質問攻めをした人、一般市民に質問攻めをした人、皆凄く乗り気であった。それに...もし人質がいるのなら、こうして僕が話をしている間にも、人質が気になってそわそわしている筈だ。だけど君達は平然と僕の話を聞いている。この事件自体、予め計画をしていたみたいだね?」

 

「三つ目の理由はAFOのことをオールマイトづてに聞いているからだ。オールマイト曰く、AFOという人は物凄く頭が切れてずる賢く、人を人として思っていない残虐な人だと聞いている。僕としても、これだけ大きな事件を気付かれずに行った時点で、頭が切れる人物だと認めざるを得ないよ。そんな頭の切れる人が周囲の人達に気付かれないように、事を進めるのならば、時間を掛けてゆっくりと徐々に進めればいい。しかもAFOは、その"個性"の影響で長生きが出来、超常黎明期から生きているから時間はたっぷりとあるさ。人手だって、この手の問題はどの時代にもあるから、困らないだろうし...。僕の予測だけど...もう何十年前にはテレビ局を乗っ取っていたのではないか?」

 

「僕の言い分に何か反論はある?」

 

根津は用意されていたお茶を優雅に飲む。

 

「......はあ...流石"個性ハイスペック"......見事に先生の考えを当てましたね。いつから、テレビ局を乗っ取りが成功をしていたのかは私には分かりませんが...ですが、ここで私達を言い負かしたところで、貴方達の敗けは決まっておりますしね...。それに貴方方は"個性"の相性に関して碌に説明をしておりませんし、爆豪君に関しては差別とかの問題はどうでもいい、糞野郎と確定しましたし...そんな彼を入れた雄英はもう終わりですよ」

 

勝ちを確信している記者はあっさりと認める。

更に嫌な笑みを浮かべて根津を追い詰めようとする。

 

「そうかな?爆豪君に関しては君達のやり方が大分悪いだけだと思うよ」

 

それでも根津の態度は変わらない。

 

「はあ!!?彼の暴言を聞いた後でもそんなことが言えるのですか!?まだ惚けていられるのですか!!」

 

根津の言い分に記者は激情に駆られる。

根津はこれも余裕綽々で言い返す。

 

「うん、君達のやり方は大分悪いよ。だって......」

 

 

「寝起きで話を聞かせておらず、誘拐されている極限の状態で、しかも質問を投げ掛けてくる人は自分やクラスメイト達を二度も襲撃を行い、殺されかけられたのだよ。そんな人と話をちゃんと出来る?君達が全く同じ状況で出来るのなら、批判をしていいよ」

 

記者達は黙ることしか出来なかった。

 

「ほらね。批判をするのは簡単だけど、自分がいざやれ、と言われると何も出来ない。...本当にやり方が汚い。君達のやり方はまるで、戦争を起こしたいが為に、少女に偽りの言葉と涙をやらせる偉い大人と同じだよ。...で、君達は人を批判出来る立場なら、宣言出来る筈だ。ちゃんと僕の目を見て宣言をしてね......」

 

 

「虐めとか差別の現場を見たら、見て見ぬ振りをしません。絶対に止めてみせます、とね。...君達の仲間が必死に言っていたのではないか。君達は出来るから言わせようとしているよね?これで出来ないって言ったら......」

 

 

「君達が殺そうとしている世間の人達と何も変わりはないじゃないか」

 

記者達は少しだけ俯いてしまう。

その隙に根津は畳み掛ける。

 

「虐めはそうそうやる人はいないから文句は言えるけど、見て見ぬ振りをしてしまう人は結構多い筈だ。見て見ぬ振りをしてしまった人はこの中でも結構多いのではないか?」

 

「君達は出来もしない綺麗事を嫌っているけど、君達も見て見ぬ振りをしてしまった時点で、何も文句は言えないよ。文句を言っていいのは......」

 

 

「綺麗事をどんな時でも行える者だ」

 

「僕はオールマイトも、ウィズも、黒猫の魔法使いも、あの様な場で綺麗事を言い切った。その様な人達なら文句を言っていい、文句を言える人と言うのはね......」

 

 

「その行いをどんな時でも行える人だ。出来ない人が言っても、君が言える立場なの?と文句を言われるだけだ。ちゃんと出来るようになってから文句を言おうね。で...早速...君達に有限実行をして貰おうではないか!」

 

根津は記者達に指を指して宣言をする。

 

「この事件が終わるまで君達を暴れさせない。僕が頑張って言葉で止めるから、君達も止まってよね。君達が慕っている先生も言っていたよね、暴力ではなく言葉で止めてみせろ、と。だったら君達も言葉で止まってよね。君達が止まってくれないから、僕達も暴力に頼ることしか出来ないんだ。先生の思惑通りにしたいのなら、先ずは君達が実践する番だ」

 

「...ふーん......。私達を止めたところで他の人達は暴れているから、意味はないですよ」

 

「意外とそうでもないよ。戦力を少しでも戦力は減らせるからね...さて相澤君...」

 

「なんでしょう?」

 

根津は今まで黙っていたイレイザー・ヘッドに話を振る。

 

「僕がここで彼らを止めるから、君は外の人達を止めてくれないかい?君の"個性"は人を傷付けることはないし、君の使っている武器も傷付ける物ではないしね」

 

「しかし...!」

 

「僕は大丈夫。管【かん】君には僕の護衛として残って貰うから...管君も構わないよね?」

 

「それは...構いませんが...」

 

驚きながらもブラドキングは了承をする。

 

「分かりました...行かせて頂きます...。彼らを引き留めるのは構いませんが、無茶はしないで下さい」

 

「分かっているよ。だから早く行ってあげて、イレイザー・ヘッド」

 

イレイザー・ヘッドは頷くと直ぐ様部屋を出ていく。

イレイザー・ヘッドが部屋を出たのを確認をすると、根津は記者達ともう一度向き合う。

 

「さて...話をしようか...。ところで、何で僕が世間の人の肩を持つ理由を教えてあげるよ。僕がヒーローを育てる校長だけだからではない。僕は昔......」

 

 

「この"個性"のせいで酷い目に遭っていた。それも実験動物をさせられていてね...。だから人間のことは恨んでいる。だけどね......」

 

 

「僕のことを助けてくれた人がいたんだ。その人のお陰で僕は今、雄英の校長として生きている。もし君達が言う、人間全てが自分と違うものを認めなれないのなら、個性"を持った動物という、前例がない不気味な存在の僕を助けてくれる人はいないよ。それにね......」

 

 

 

「君達が思っている世界なら、君達が望まなくても、とっくの昔に人類は滅んでいるよ」

 

 

 

 

どこかの街でも騒ぎが起きていた。

ニュースが終わり、一般市民達は慌てふためていた。

 

「オールマイトが...負けるなんて...」

 

「心の痛みの代わりに...私達を殺す!?冗談じゃない!殺すのなら、自分達を痛みつけた人にしなさいよ!!私は真っ当に生きていたわよ!!」

 

「そうだそうだ!!虐めをしていた人や"個性"の相性で戦わないヒーローを殺せよ!!」

 

「これって..."無個性""や異形型の"個性"の人は対象にはならないよな...だとしたら?!!」

 

「じゃ、じゃあ!そそ、そういう奴らがやっぱり!襲ってくるのか!!?」

 

「これ!?真っ当に生きていた人も対象になるの!?ふざけるじゃないのよ!!」

 

「俺には関係ね......グハッ」

 

俺には関係ない、と言った瞬間、背後から刺され殺されてしまう。

背中に刃物を刺されたまま男性は倒れ込む。男性が倒れると、犯人の姿が見えるようになる。

 

男性を刺したのは二十代の女性。

長い黒髪が野暮ったい印象を与え、お洒落に無頓着な服装が更に地味な印象を与える。両腕は返り血で赤く染め上げていた。

 

「そうやって......自分は関係ない、と目を逸らす奴は大嫌い!!死ね!!!死ね!!!死ねえぇぇーーー!!」

 

女性は男性の背中に刺さった包丁を無理やり引き抜くと、馬乗りになって何度も力任せに包丁を刺す。

 

「き......きゃーーー!!!」

 

他の女性の絹を裂ける悲鳴で他の人達は我に返る。

他の人達はパニックになりながら、蜘蛛の子を散らすように我先に逃げ出す。

 

血に濡れた革命はまだ始まったばかりだ。



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37話 神野区事件2

時はまた遡り、今度は児童養護施設の場面へと変わる。

 

神妙な顔付きでテレビを観る非正規の職員の人達。

テレビから流れていく被害者の悲痛な叫び、涙をすすり上げる音、泣き崩れて立ち上がれなくなった姿、世間を罵倒をする声が木霊する。

 

非正規の職員の人達は項垂れた後に立ち上がる。

 

 

 

「......遂に来たか...。君達が来ることは分かっていた」

 

軍服風のヒーローコスチュームを着た刃を中心にし、この施設に正規で働く他の職員達も門の前に立ち塞がる。

身から溢れる威圧感で怯えさせようとも、長年の戦で鋭くなった目でどれだけ睨み付けても、非正規の職員達は一歩たりとも退いたりはしない。それぞれの武器を抱えてシュッツ達を見詰める。

 

先に折れたのはシュッツの方であった。

 

「...お前達......」

 

 

「気持ちは分かるが、行ってはいけない」

 

「何故ですか!?行かせて下さい!お願いします!」

 

「私達には無視はできません!」

 

「行かせて下さい!お願いします!」

 

「お願いします!!」

 

非正規の職員達は一斉に頭を下げて許可を求める。

 

「駄目だ。免許を持っていないのに戦闘の許可は出せない。君達を鍛えたのは、いざという時に敵(ヴィラン)から子供達を守る為であって、自警団(ヴィジランテ)の真似事をさせる為ではない!」

 

シュッツが否定をしても...

 

「あの人達は過去の私達の姿なんです!放っておくことは絶対に出来ません!!」

 

「俺達が止めなければ誰が止めるのですか!?はっきり言って!他のヒーロー達では力で無理やり止めることは出来ても、本当の意味で解決することは出来やしない!」

 

「我々も世間に恨みを持っている。けど!ここにいる子供達のような犠牲者を生み出したくはない!」

 

「あの人達の苦しんでいる姿はもう見たくないし、これ以上の罪を重ねる前に止めに行かせて!!」

 

猛反発をして一向に止まる気配は無い。

実はこの施設で働く非正規の職員達は実は、今暴れている"弱き者"とあまり大差はなく、"弱き者"と似たような理由で敵(ヴィラン)となり、ヒーローに捕まって牢屋で反省をし、社会復帰を目指してこの施設で働く。明確な違いは“救われていた”のか“救われていなかった”だけの違いだけだ。

 

だから暴れている人達の気持ちに共感をする。けれど、被害者である子供達の涙を知っているからこそ、新たな被害者が生まれることを望まない。そしてこれ以上の罪を重ねさせたくないと強く想う。

 

シュッツは腕を組みながら考え事をする。

 

(彼らの言う通り...この事件を止められるの彼らのような弱い立場になったことがある者だけだ...。だからとはいえ、彼らを止めに行くことを認めてしまったら、敵(ヴィラン)として捕まり...いや、それだけではない...。最悪の場合、"弱き者"と勘違いをされて殺されてしまう可能性もある...。そんな状態で彼らを送り出すことは出来ない!)

 

シュッツが自分の中で決断を決めていると、児童養護施設オアシスの施設長である竜田創平がやって来る。

 

「施設長......」

 

誰かが呟く。

創平は正規の職員に目をくれずにいきなり話し出す。

 

「君達......」

 

 

「本当に行く覚悟はあるのかい?」

 

創平の問いに非正規の職員達は...

 

「勿論!覚悟はあります!」

 

「この件でクビにされるのは承知です!死んでしまうことになっても悔いはありません!寧ろ動かなければ、この後の人生一生後悔します!」

 

「私達はどんな目に合ったとしても助けに行きたいです!」

 

「見捨てるという選択肢はありません!!」

 

非正規の職員達は自分達がどれだけ危険な目に遭おうとも、どれだけリスクを背負うことになっても、世間から攻撃をされる可能性も合っても、彼らはこの事件を見逃すという選択肢は無かった。

 

創平は彼らの気持ちを分かっていたが、敢えてもう一度、気持ちの確認をする。

 

「私からもはっきり言って...この事件を止められるのは、"弱き者"の心を理解出来る君達だけだ。...だが...これから行う君達のやり方が、自警団(ヴィジランテ)のようなものでも、敵(ヴィラン)と変わらないはないからヒーローに捕まるのは当然のことになる。それでも良いのか?」

 

「はい!構いません!!」

 

「そうか..."弱き者"を助けるとならば...君達の過去をぶつけることが必要だ。しかし...過去を一般人に知られてしまったら...今の状況では"弱き者"と勘違いをされ、殺されても可笑しくはない状況だ。そんな状況で本当に行くのかい?」

 

「はい!そのような可能性も重々承知をしております!それでも私達は助けに行きたいです!」

 

「......本当に分かっているのか?」

 

「はい!!」

 

息をピッタリと揃えて答える非正規の職員達。

一糸乱れぬその姿は見る者を圧倒させる。現に創平をはじめとした正規の職員達は何も言えなくなっていた。彼らの決意を認めを得ざることになった創平は、深呼吸を何度も繰り返して覚悟を決める。

 

「そうか...ならば.........行ってきても良い」

 

創平の決断に正規の職員達は驚きの声を隠せず、非正規の職員達はその場で喜んで叫んでいた。だが、シュッツだけは待った、と反論の声を上げる。

 

「ちょっ!?施設長!!?待って下さい!彼らを行かせるのだけは駄目です!施設長が許しても、私は絶対に認めません!!」

 

創平は特に返事をせず、シュッツの腕を掴むと無理やり皆が居る場から離れる。

他の人達全員が付いて来ようとしていたが、付いて来ないで、と創平が手で合図をして皆を止める。皆は渋々動きを止めて創平達の様子を必死に伺う。

 

シュッツが何か言う前に創平は話し出す。

 

「諸橋さん」

 

「何焚き付けているのですか?!そんなことをしないで下さい!彼らをどうするおつもりなのですか!?竜田さん、貴方のやっていることは殺すようなものですよ!!」

 

有無を言わせぬ口調ではなしをしていたのだが、シュッツは雰囲気に呑まれずに怒鳴って否定をする。

シュッツの怒りは並外れており、自分の上司にも関わらず怒鳴り散らすが、シュッツの怒りは至極当然のものであった為創平は特に気にせず話を先に進める。

 

「そうだね。諸橋さんの意見が正しいね。だけど、実は......」

 

 

「もう一人、この事件を止める為に、施設を無断で出ていった人がいるのですよ...」

 

「な、なんだと!?その人は一体誰だ!」

 

シュッツは大慌てで尋ねる。

その質問に創平は大きな溜め息を吐きながら答える。

 

「指標さんだよ......」

 

「なっ...!?あいつ...!勝手な行動をして...!!」

 

心配と怒りが同時に込み上げたシュッツは、掌が血だらけになる程爪を食い込ませる。その様子に創平は同情をするかのように吐息を吐く。

 

「...という訳で彼らの行動を認めた方が良いと思うよ。......一度も戦ったことがない私は偉そうに言うのはなんだけど、彼らは強いから大丈夫だと思う。そうそう簡単に死なないことを私は信じている。勿論、全員を外に出すのは認めはしない。子供達を守らないといけないからね。...後...この考えは黒猫の魔法使いとウィズに影響されたものなんだけど......」

 

 

「世界を変えるのなら、その世界に住んでいる人しか変えられない。この事件で苦しんでいる人達には悪いけど、この事件を機に変えるべきなんだ。どんなに綺麗事を言ったところで、黒猫の魔法使いとウィズは異世界人故に届きはしない。例え、他の世界で綺麗事が出来たとしても、この世界では関係はない。だから......」

 

 

「彼らを信じて送り出そう。この事件を本当の意味で止められるのは彼らしかいない。私が責任を取るからさ」

 

穏やかな笑顔で言い切る創平。

だけどその笑顔は更なる怒りを買うだけだった。

 

「責任を取るとかの問題ではありません!責任を取ったところで、死んだ人の命は帰ってきません!彼らを鍛えたのは敵(ヴィラン)が多いご時世だからであって、無茶はさせる為ではありません!!とにかく!彼らを外に出すのは反対です!!」

 

納得のいかないシュッツは怒鳴り続ける。だけど怒鳴っている最中に、誰かが背中を叩いてきて無理やり止めさせる。機嫌の悪いシュッツはムッとした顔で振り返る。

 

シュッツの背中を叩いてきてのは舞梓だった。

赤い着物のヒーローコスチュームを着た舞梓は、真剣な表情でシュッツ達を見詰めている。彼女もまた深呼吸をしてから話し出す。

 

「彼らの代わりにあたしを現場に行くことを認めて下さい!」

 

「布里さんが代わりに...?布里さんには代わりにはならないよ。この問題は布里さんだけではなく、弱い者の立場になったことがない人には無理だよ。...確かに布里さんは色々な人の過去を知って仲良くすることが出来ているけど、それでも説得をすることは出来ないよ...」

 

困り顔で答える創平。

プロヒーローである舞梓が現場に出てくれるのはありがたいが、それでも本当の意味で解決をすることが出来ない為、素直に送り出す気持ちにはなれなかった。

 

創平の頭の中では黒猫の魔法使いとウィズの話が思い浮かぶ。

説得をすることはかなり難しく、出来る人も限られており、成功すること自体ほぼまれである。そんな話を知ってしまったから二人は申し出を受け入れられなくなってしまっていた。

 

プロヒーローである舞梓に頼むのは簡単だ。とはいえ、それでは本当の意味で解決をすることは出来ない。

舞梓が"弱き者"にある程度理解を示しているとしても、彼女も黒猫の魔法使い達同様説得力が無い。力任せで解決をすることしか出来なかった。この現状では力任せで解決をすることが最善策なのだが、それではまた同じ事件を繰り返すことが目に見えていた。それに、非正規の職員達の辛い過去を知っている二人は、どうしても円満な解決方法を探してしまっていた。

 

素直に待っていた舞梓。しかし、時間が経つにつれて、事情を知らない舞梓は不甲斐ない態度の二人に怒りを感じ、想っていたことを怒鳴り気味に叫んでしまう。

 

「あたしだってプロヒーローだよ!こういう時に動かなかったらいつ動くの?!あたしはまだ...プロヒーローに成ったのは一年も経ってはいないけど...。けど!ここで動かなかったら!プロヒーローに成った意味がないじゃない!!あたしがプロヒーローに成った理由は......」

 

 

「間に合わなかった人を間近で見たからなんだよ!!あたしはもうそういうところを見たくないの!だから!あたしはプロヒーローに成って守りたいと誓ったんだ!!」

 

涙を流しながらかつての想いを語る舞梓。

二人は黙って舞梓を見ていると今度は豹朗が語り出す。

 

「シュッツは長年ヒーローやってるから慎重になるのも分かるし、施設長の言い分も合っている筈だ。当然、二人の意見が食い違い喧嘩になるのも分かる。だがな、今は喧嘩をしている場合ではない!さっさと決断を決めるべきなんだろうが!」

 

「俺がこいつらを守りながら連れていく!それで良いだろう!!」

 

獣特有の低い唸り声を上げながら宣言をする豹朗。

 

「私は...。戦えない私が言うのはなんですが...連れていった方が良いと思います。......私の甘い考えなのですけど...似たような境遇の人なら止められると思ってしまって...。こんな時に夢みたいな話をしてすみません。ですが、私は信じてみたいのです」

 

「オレは反対ッス。ルールを破るのもそうなんですが、この混沌とした状況で似たような人を入れるのは、殺せてと言っているようなもんッスよ」

 

香が創平と豹朗の意見に賛同をし、ガンマン風のコスチュームを着た二十代後半の男性は反対をする。

反対派の意見もちらほら出ていたが、周囲の雰囲気は賛成派の意見に傾き、賛成派の意見に空気が呑まれる。観念をしたシュッツは決断を下す。

 

「.........分かりました......。非正規の職員達を外に出すことを認めましょう...。但し!今は無事とはいえ、この施設を守る為に人員を削減することは出来ません!ヒーロー二人と、非正規の職員達は四人までが限度です!それ以外の人達はこの施設で大人しく待っていて下さい!それと...」

 

 

「絶対に!必ず!生きて帰ってきて下さい!!それが最低条件です!良いですか!!」

 

 

「はい!!!」

 

全員の息が揃う。

そうと決まれば全員がテキパキと手早く準備に取り掛かる。準備を終えたシュッツが外に出ようとした時...

 

「待って!あたしが代わりに行く!」

 

舞梓がシュッツを止める。

 

「いいや、布里さんはここに残って皆を守っていてほしい。それに...今の布里さんには無理だ。相手はあのオールマイトの因縁の相手。新人の君では死にに行くようなものだ。だから...」

 

「そんなことを言っていたら!"個性"の相性で戦わないヒーローと何も変わらないじゃない!!どんな強い敵にも立ち向かうのがヒーロー!!あたしはそんなヒーローはヒーローに成りたいのです!止めないで下さい!それとね、あの奥さんと娘を亡くしてしまった男性を止めに行きたいのです!!あの人を止められないとあたし、ヒーローに成る決意が無駄になる!」

 

死に行くような発言にシュッツは舞梓を止めようとするが、そこに待ったと豹朗が止めに入る。

 

「ここは布里に行かせた方が良いんじゃねえの?そもそもあの先生とやらは誰が戦ったって、勝てる確率は低い。だったら、その"弱き者"を止められる可能性が少しでも高い布里が行った方が良いんじゃないか?お前さんだって死ぬ確率は高いんだぞ」

 

「それは分かっている...だけど!」

 

「死ぬなって言った奴が死に行くんじゃねえよ!!自分が約束守れなくてどうするんだ?!ああ!?それに布里はあの大ボスを倒しに行くのではない!"弱き者"を止めに行くんだ!"弱き者"を止めたら、暴走したあいつを一緒に連れて離脱をすれば良いんだよ!!あのヤバい奴の相手はオールマイトやらがやる。俺達は俺達で出来ることをやりゃ良いんだ!」

 

「そうはいっても!離脱出来るなんて...」

 

「じゃあ!自分が布里の代わりになるのかあ!?」

 

「そうだよ!そんな弱気な状態で行っちゃ駄目だよ!!まだあたしが行った方が良いよ!」

 

舞梓と豹朗に反論にたじたじになるシュッツ。

強大な相手に弱気になってしまっていたシュッツをどんどんと追い込んでいく。

 

「あたしだって勝てないってことは分かっているよ!それでも止めに行くよ!」

 

「弱気になっている奴が行くなよ!まだ布里の方がよっぽど良いに決まっている。約束を守れなそうなお前が残れ!」

 

「私は死に行く気は無い!ただ!少しでも生き残れる方を考えたのであって!」

 

「そうだとしても弱気になったら駄目だろ。やはりここは布里の方が良いと思うぞ。あいつの熱意なら止められる筈だ。それにお前さんには大事な役目がある」

 

「大事な役目?」

 

シュッツは豹朗の話の意味が分からなくて疑問を抱く。

 

「そうだ。お前さんにはこの施設を守るという、大事な役目があるじゃないか。それにもし、あいつらが説得成功させれば、この施設は最後の砦となる。パニックになっている人で溢れるだろう。そこで指揮官となるお前さんが必要だ。パニックなった人は何やるか分かんねえからな」

 

「そうだとしても......」

 

それでも渋るシュッツに舞梓が最後の人押しをする。

 

「大丈夫!後援に回るから!!平気平気!あたしだってあんなヤバく奴に勝てると思っていないから無茶しないよ!とにかく!ここでまた言い争いをしていても時間の無駄だから、あたしは行かせてもらうね!...あ、でも、その前に...」

 

 

「施設長さん、非正規の職員の皆さん。ちょっと力を貸して。あたし、良い考えを思い付いちゃったの」

 

舞梓がとびっきりの笑顔で振り返るのであった。

 

 

 

 

 

「行くぞ!お前ら!くれぐれも無茶すんなよ!!」

 

「はい!!」

 

豹朗が先頭になって外に飛び出していく。

その後ろには四人の男女が、それぞれの武器を持って後を追い掛ける。黄緑色の髪の毛を後ろに軽く結んだ二十代後半の男性風下 隼人【かぜした はやと】。黒の髪の毛の真ん中に白い線が入り、髪の毛と同じようなデザインの尻尾が生えている三十代前半の女性穴尾 戸穴【あなお ひあな】。長い黒髪をポニーテールした二十代後半の女性生人 明日香【いくと あすか】。茶色の髪を乱雑に切ったガタイがいい三十代前半の男性桐崎 進【きりさき すすむ】。この四人が皆を代表をして外に出ることになった。

 

炎と混沌に包まれた街に自ら飛び込んで行くのであった。

 

 

 

「お前ら!悪いけどここで避難活動を手伝ってくれ!いつもの訓練通りにやればなんとかなる!俺は助けに行かないといけないからな!くれぐれも!無茶すんなよ!!」

 

街の中をある程度進むと、プロヒーローであるため豹朗は事件解決に行かなければならなくなった。

置いてけぼりになった彼らは豹朗に悪いと思っていても、言うことを聞くことはなく、互いに顔を見合わせて頷き合ってから、各々に勝手に行動を始めるのであった。

 

 

 

「人間なんて大嫌いだ!!皆死んでしまえ!!」

 

「い...嫌!誰か助けて!!」

 

泣き叫んで後退りをする女性を一人の男性が追い詰める。

隼人は"個性"を使って女性と男性を間に入る。

 

「やめろ!!」

 

男性の使っていた包丁をナイフで受け止める。

 

「なっなんだ!?お前は!まさか...!お前はヒーローなのか?!」

 

「ああ...ヒーロー...」

 

隼人の飛び入りに男性が戦慄をし、女性は安堵の涙を流す。男性が様子見をしている最中、隼人は自分の目的を言う。

 

「俺はヒーローではない!ただ君達を止めに来たのだ!」

 

「何!?...うん?ちょっと待てよ...ヒーローじゃないなら...お前は一体なんだ?」

 

女性は驚いて何も言えず、男性は疑問を感じて思わず質問をしてしまう。

 

「俺は......」

 

 

「君達を止めに来た元"弱き者"だ!!」

 

隼人は長い深呼吸をしてから告白をする。

 

「えっ......?貴方はヒーローではないの!?助けに来てくれた訳ではないの!?」

 

「"弱き者"って...俺達の仲間ではないか!なんで俺の邪魔をする!?お前は仲間じゃないのか!?」

 

「仲間だから止めに来たんだよ!!俺はもう、君達にこれ以上罪を重ねてほしくないんだよ!!」

 

「罪を重ねてほしくない...だと!?ふざけるなあ!!!罪は人間の存在自体なんだよ!!大体、罪なんて人間が作り出したものだ!!なんでそんなもんに従わないといけないんだよ!!」

 

「そうだよな...。人間の存在自体が罪みたいなもんだよな...」

 

「そうだろ!!だから!」

 

「それでも俺はこの社会を庇う!」

 

隼人は男性の意見を同意しながら話を進める。

唖然としている男性を気にも留めず、隼人は自分語りを始める。

 

「俺も前までは...君達と同じ意見であった...。俺が世間を嫌った理由は、ヒーローに恋人を見殺しにされたからだ...」

 

「俺もあの男性と同じく、見殺しにしたヒーローに"個性"を使って襲い掛かり、半殺しにしたせいで牢屋に入ることになった。...はっきり言って、あいつを殺しかけたことは後悔はしていない。なんなら殺してしまったとしても、俺は反省をすることはないだろう。俺の彼女を襲った敵(ヴィラン)と、見殺しにしたヒーローに関しては、どんな不幸な目に遭っても腹を抱えてざまあみろと、今でも笑い転げる自信はあるよ。それでもな......」

 

 

「俺はこの社会を庇うよ」

 

「なっ...!?」

 

隼人の誓いに男性は驚く。

 

「俺は見てきたんだ!俺も昔はヒーローは"個性"の相性で戦わない屑野郎と思っていた。一般人もそのことを気にしていなくて、阿保だと思っていた。...だけど!!あの施設で働いてからずっと!守れなかった子供達を悔やんでいる人達の姿を!見てきたんだ!!ヒーロー関係なく全員が、強くなろうと鍛えている姿をな!反省をしながらも前に進む姿を!だから...!俺は...!!」

 

「このクソったれな世界を守る!俺達と同じ抗っている人達が居ることを信じて!」

 

「この裏切り者!」

 

「ああ!俺も裏切り者だ!この社会の実態を知っていながらも、社会復帰なんだといって動かなかったからな。でもこれからは、この事件を機に変えてみせる!!」

 

隼人はナイフを持ち替えて構え、女性の方をチラリと見ながら気にかける。

 

「という訳でそこの人、自力になるが逃げれるか?」

 

「............は.......はい!なんとか...」

 

「なら行ってくれ。俺はあの人を止めなければならないからな」

 

女性は返事もせずによろけながら立ち上がり、そそくさと逃げる。男性は後を追おうとしたが、隼人に止められて動けなくなる。

 

「そこを退け!裏切り者!!」

 

「退くか!!お前の相手は俺だ!!!」

 

激情に駆られた男性は隼人に襲い掛かる。

"弱き者"と元"弱き者"の戦いが今、幕が上がる。

 

 

 

 

「私は子供だろうが容赦はしない!!どうせあんた達もいつかは屑人間になるでしょうからね!いや!子供の時ですらも!人を傷付けることに躊躇なく、残酷な生き物だわ!!今すぐ殺すべきだわ!!」

 

女性は掌に光を集めて少女を殺そうとする。

恐怖のあまり少女は何も言えなくなり、泣いて身を縮こませることしか出来なかった。

 

「...やめて!」

 

そこに戸穴が自身の爪で切りかかり、女性の注意を自分に向けさせる。間一髪のところで女性は戸穴の攻撃を避ける。

 

「何すんのよ!?邪魔しないでちょうだい!!」

 

女性は怒鳴り声に一瞬怯えてしまう戸穴。それでも戸穴は少女の前に立って逃げずに立ち向かう。

 

「...そ、そんなことをし、したら...駄目ですよ...!」

 

「うるさいわね!いいわ!あんたも一緒に殺してあげる!」

 

「ま...待って!貴女に...話があるの!」

 

「話!?あんたなんかに話なんか無いわ!」

 

聞く耳を持たない女性は攻撃をしようと走ってこちらに近付く。臆病な戸穴は言葉を詰まらせてしまうが、勇気を振り絞って自分の過去を話し出す。

 

「わ、私は...!昔、この"個性"のせいで!人を殺しかけてしまいました!」

 

「......はあ...?」

 

戸穴の過去に驚いた女性はその場に立ち止まる。生まれた隙を逃さなぬように戸穴は話を始める。

 

「私の"個性"は...見ての通りの異形型の"個性"で...詳しく言うと...スカンクみたいなことならなんでも出来るの...。でもそのせいで...私...子供の時から...ずっと...虐められていて...。しかも...スカンクってね...臆病だから...防衛反応が出やすいの...。後は分かるよね...?私の出したオナラのせいで...人を殺しかけてしまったの...」

 

あまりの恥ずかしさに戸穴は顔を真っ赤に染め、エプロンを握り締めて、真剣な場面に似合わない行動をしてしまう。

呆気に取られている女性の顔を見られないまま、話を進めていく。

 

「相手が悪いのに......。...今でも思い出すと...凄く恥ずかしいの...。それで私は...少年院に入ることになったわ...。少年院に入っている間私は..."個性"の制御を頑張り...そのお陰で...ちゃんと制御を出来るようになった...。これで家に帰れると思った矢先......」

 

 

「家族は私を置いてどこかに行ってしまった」

 

戸穴の瞳から涙が零れ、涙を見た女性は息を呑む。

 

「私がどんなに泣き叫んでも家族は帰ってこない。私はもう敵(ヴィラン)になってしまったのだから......ううん、私の家族はあの人達ではない、今住んでいる場所に居る人達が家族なの...。...ごめんなさい、下らないことで泣いてしまって...」

 

「...............いいえ...。気にしていないわ......」

 

「ありがとう...。話に戻らせてもらうね...。行く場所が失くなった私は...施設に引き取られることになったの...。正直に言って...嫌だったわ...。施設が嫌と言うよりも、他人との集団生活が嫌だった。...その頃の私は...人間不信だったからね...。誰とも付き合いたくはなかったの...。私は死ぬことすらも考えていた...けど...施設の職員の人達が気にかけていて...私には...自殺をすることが出来ない状態であった。...憂鬱とした生活が続く日々...」

 

「施設の生活でも、私のことをからかってくる男の子二人組がいたの...。嫌だなあと思っていても...私は...諦めていて聞き流していた...そんな時だった......」

 

「職員の人がすぐに来て怒ってくれて...私への嫌がらせを止めてくれたの...」

 

「今でもあの日のことを鮮明に覚えているわ...。だって怒られた後は謝りに来てくれて、しかもそれ以降は、嫌がらせはピタッとなくなって...仲良くすることが出来たのですもの...。誕生日プレゼントすらも貰えたのよ。この尻尾の毛に合うブラシをね...。うふふ...おっかなびっくりでプレゼントを渡してくれる...あの姿は...今でも笑ってしまうわ...」

 

優しく笑いながら自分の尻尾を愛おしく撫でる戸穴。

 

「だから...私は......」

 

 

「教育次第では真っ当な人間に育てられることを信じているの」

 

「そんなの!嘘よ!貴女は騙されているのよ!たかが、一回の良かったことで、全てを水に流してしまうなんて貴女は甘いわ!」

 

「ええ...そうでしょうね...。でもね...」

 

「私の...私達が育てた子供達が施設から巣立っているの子供達皆、それぞれの道を歩んでいるの。...卒業をした後も手紙をくれてね...。ここに就職をしたとか、家族ができたとか、遊びにも来てくれる人がいるの。だから...」

 

「あの子達の未来を!これから出ていく子供達の居場所を失いたくはないの!貴女の気持ちには同情をしています!だけど!あの子達の為にこの世界を守ります!」

 

「嫌なら掛かってきなさい!私がいくらでも相手をします!」

 

爪を伸ばして勇ましく宣言をする戸穴。

一度は社会に傷付けられ、死を考えていた者が、救われて守るべきものが生まれたことにより、かつての自分と対峙する。

 

 

 

 

「死ね!!」

 

憎悪に満ちた男性が、スーツを着た男性の上に股がって首にナイフを突き立てようとする。

絶対絶命のピンチに明日香が持ってきた銃をデタラメ方向に撃って牽制をする。

 

「...あっ...?なんだよ姉ちゃん...ヒーローか?なら...お前も殺しの対象だ!!」

 

邪魔をされ激怒をした男性は、スーツを着た男性を放置して明日香に襲い掛かる。

明日香はすかさず男性の左足に狙い撃つ。

 

「...ぐっ!?」

 

狙いは見事に当たり男性はその場で倒れ込む。

明日香はスーツを着た男性を助けると、今度は自分が打った男性を助けようとする。

 

「おい!そいつは危ない人だ!近付いては駄目だ!無差別に人を殺そうとする奴だ!離れろ!」

 

「こっちに来るなあ!!!」

 

撃たれた男性はナイフを乱暴に振り回す。

しかも男性二人の叫び声に釣られて、逃げていた周囲の人達が集まってきてしまう。明日香は手短に走りながら自分語りを始める。

 

「私は"無個性"のせいで、この二十七年間虐められてきたり、差別をさせられてきました」

 

明日香の告白に撃たれた男性は驚いて固まる。

明日香はその隙に男性に出来る限りの手当てを行う。

 

「そのせいで私は人が嫌いになりました。話すのもはっきり言って苦手です。知らない人と話す時どもってしまいます...。そんな私は学校にあまり通えず、学歴は高校を中退してしまったので...中卒どまりです...。働こうにも学歴はなく、人と話すのが苦手な私には面接はまるっきり駄目でした...。だから私は...生きる為に犯罪を犯してしまいました...」

 

「お前さん...まさか...?!!」

 

「刑期を終えた私は、とある施設で働くことになりました。...正直に言って...私に務まるのか...凄く不安でした。人と接するお仕事だったから...。だけど、我が儘をいっていられる余裕はなかったので、我慢をして働くことを決意しました...」

 

「そこでの生活は楽しかったものですよ。どんなにどもってしまったり、緊張をして変な行動を執ってしまっても、皆さん理解がある方だったから気にする人はいません。寧ろ、大丈夫?と声を掛けて下さるのです。あの場所に働いていく内に私は、普通の人と同じように過ごせるようになりました。...普通の人と同じように生きていける、それだけで私の中で達成感が満たされました」

 

「私の働いているあの施設では、私の他にも犯罪者を入れて社会復帰を目指しています。その中では無事に社会復帰を出来ている人もいます!」

 

「お願いです!その人達の為にも!その武器を捨てて下さい!お願いします!!」

 

怪我の手当てを終えた明日香はお辞儀をして頼み込む。

時間だけが流れていく最中、明日香の足元に何かが落ちてくる。

 

「えっ...これは...イタ!!」

 

明日香が足元に落ちてきた石を眺めていると、また違う石が投げられて頭に当たってしまう。

 

「お前!"弱き者"だな!?よくもこんなことをしてくれたなあ!!!」

 

「いくら過去に酷い目に遭ったからって!!俺達をこんな目に遭わせやがって!!!」

 

「そうよ!!あんた達の方が酷い人だわ!!」

 

「私の夫を返してよ!!私の住む場所を返してよ!!」

 

野次馬になっている人達が、明日香と撃たれた男性に目掛けて石が投げられる。投げられてくる石の勢いは止まらず、増えていく一方だ。

男性を守る為に明日香は一歩を引かなかったが、痛みと恐怖で泣いていた。

 

(こんなの酷いよ!酷いよ!!!なんで私まで石を投げてくるの!?私が"無個性"で"弱き者"の立場だから!?怖い怖い怖い怖い痛い痛い...逃げたいよ...!...でも!!この男性を放っては逃げられないよ...。こんな展開になるかもとは思ってはいたけど...辛いよ...。...やっぱり世間の人達なんて大嫌い!!)

 

明日香が暗い感情に落ちそうになったその時ーー

 

 

「君達やめないか!!!」

 

明日香に助けられたスーツを着た男性が庇う。

その男性は明日香達の前に立ったお陰で石投げは止まる。

 

「この女性は私のことを助けてくれたのだ!!」

 

「"弱き者"が...」

 

「助けてくれた...?」

 

「そんな馬鹿な!!」

 

「あり得ないわ!!」

 

「いいや!!本当だ!私のことを助けてくれた!」

 

「なんで!?なんで!助けてくれたの!!?世間を恨んでいるのでしょう!!」

 

「えっ、えっ、えっ、えええっとそれは......」

 

一転とした雰囲気に戸惑った明日香はどもってしまう。

何も言えなくなった明日香の代わりに男性が話をする。

 

「...話を聞く限り...どうやら...説得......をしに来たようだ。取り敢えず!その人は味方だから攻撃をするな!!大体、私達がそうやって痛み付けるから!!こんな事件が起きるのだよ!!!助けてくれたそこの女性!」

 

「は、はいいい!」

 

有無を言わせぬ口調に思わず明日香は背筋を立たせる。

 

「私を襲った...そこの男性を助けたいのだろ!だったら手を貸すよ!」

 

「えっ...えっ...良いのですか...?」

 

「ああ、当たり前だ!お前さんはなんだって私の命の恩人だからな。命の恩人の為に頑張るのは当然のことだ!それに男の力で運んだ方が速い!...この人を運ぶのは癪なんだが...お前さんがそこまで必死になるなら、手伝うしかないだろう」

 

「あ...ありがとうございます!!ありがとうございます!!ありがとうございます!!」

 

男性の手伝いの申し出に明日香は首が取れる程の勢いで頭を下げる。

 

「そんなにお礼は要らないよ。私の方こそ、お礼を言いたい。さあ、こんなところにいつまでもいられない。先に進むぞ!」

 

「はい!」

 

明日香とスーツを着た男性の二人三脚で"弱き者"を運び出す。

弱い立場にいた者の勇気ある行動が人々を伝染させていく。

 

 

 

 

 

「お前!なんのつもりだ!!」

 

「なんのつもりって...助けに来たのだが」

 

「そういうことじゃない!!何故"弱き者"の立場である"無個性"が!一般市民を助けに来ているのだ!」

 

「ああ、そのこと?」

 

襲われていた少年を守る為進は、アルマジロような異形型の"個性"の男性と対峙をしていた。

"個性"を使わず少年を助け出したところ、敵に"個性"を使わないのか?と馬鹿にされたので、進は自分が"無個性"だ、と伝える。相手が困惑をした状態で話を始める。

 

「俺も昔は...まあ...ヒーローを目指していたからな」

 

「はあ!?あの腐ったヒーローに!?やめとけよ!!大体"無個性"は"個性"を持っていないから不利なのに...」

 

「不利?"個性"の相性で戦わないヒーローがいるのに?今更関係ある?普通に考えれば、そんなの関係ねぇよな。なんで俺達は...あんな馬鹿な考えに従っていたのか...。今だって道具を駆使して上手くいったのによ...。ほんと馬鹿らしい...」

 

呆れ過ぎて溜め息を吐く進。

 

「ほんとそうだよなあ...。なんで俺もあんな奴らの言うことを聞いてきたのだろう...って!!いや!違う!お前はなんで腐ったヒーローを目指していたんだよ?!!」

 

途中まで同意をしながら尋ねてくる男性。

その質問に今日の天気を答えるかのように軽々しく答える。

 

「うん?ヒーローを目指していた理由?どんな時もめげずに自分の意思を貫いて、人を助けるヒーロー。そんなヒーローが格好いいじゃん。だから成りたかった。それだけだ」

 

「そんなヒーローなんて!」

 

「ああ、いないだろうね。俺が目指しているヒーローは、現実のではなくてアニメのようなフィクションのやつだもん。...まあ...いたことはいたけど...」

 

「お前...!考えが...!可笑しいぞ!!」

 

「可笑しいことは自覚している。...この可笑しいな考えと、"無個性"が相俟って親に捨てられたからな...。いつまでもそんな下らないことを考えているのよ?と...。まあ、世間の考えの方が可笑しいから、俺はこの考えで生きていくけど。......とはいえ、今日ぐらいは...」

 

 

「ヒーローと名乗っても問題ないだろう?」

 

怯えている少年を自分の方に寄せる。

 

「お前は何故...酷い目に遭ったのに...」

 

信じられない、と見詰めてくる男性に進はあっさりと言う。

 

「酷い目に遭ったからだ。だから余計に俺と同じ目に遭わせたくないし、俺だけでも変わらないっとな。こんな世界に何を期待すればいい?大切なものを守るなら、強くならないといけないよな?それに俺は...」

 

 

「こんな世界でもヒーローに憧れていた男だ。世の中を良い方向に持っていきたい、と思うのは当然のことだろ?」

 

「............」

 

呆気に取られる男性。

そんな男性を無視して腰にさしていた剣を持ち構える。

 

「という訳で俺はお前を止める。今ここで止まってくれるのなら、戦わずに済むぞ。痛いのは嫌になるからそうしてくれるとありがたいなあ...。...それでも納得が出来ないのなら掛かってこい。俺が不満を受け止める。そしたら頑張って生きていこう。何心配するな。現実でも場所によっては楽園はある。そこで一から頑張ろう...ぜ!!」

 

穏やかに話し掛けながらも、相手が戦闘態勢を解かないことに気が付いた進は剣で相手の攻撃を受け止める。

"無個性"の男性が少年を守る為、相手を止める為、自ら不利な戦いに挑むのであった。

 

 

それぞれの場所で"弱き者"と"弱き者"に該当をする人達の戦いが起こりつつある。

人間が生まれてからずっと、どの歴史でも途絶えることもなく、続いてしまった負の一面が世界を壊す時。

 

 

これまた世界に傷付けられ、一部の世界で救われた人達が止めに来るという、奇妙な応戦の幕が上がるのであった。



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38話 神野区事件3

また時を遡り、今度は閑静な住宅街に切り替わる。

事件はまで起きておらず、街は平和そのものであった。その間にエンデヴァーを含むプロヒーロー達は、素早く手早く住民の避難を行っていた。

 

住民達は何故、ここまでするのか?と疑問の声が上がっていても、特に反抗をすることはなく従っていた。

 

「特に慌てることもなく、ちゃんと言うことを聞いてくれて本当助かるわ」

 

「ああ、全くだ。このまま上手くいくと良いのだが...」

 

マウントレディとベストジーニストが、住民の様子を横目で見ながら話をする。

住民の中にはヒーローと敵(ヴィラン)の戦いを見ようと“いつも通り”離れない者もいたが、そのこと自体は“いつも通り”だったので特に気にせず避難活動を行い続ける。自分達ヒーローが守れば良いだけの話であったからだ。...だが、それが、悲劇に繋がると露知らず...。

 

「助けて!私の息子が!」

 

「奥さん、落ち着いて下さい。私共が見付けて参りますので、奥さんは安心して逃げて下さい。お子さんの名前は?特徴は?離れてしまったのはどの辺りで?」

 

そんな二人の会話に一人の女性が血相を変えて割り込んでくる。ベストジーニストが女性を宥めながら事情を詳しく尋ねる。

 

「私の息子の名前は......そんなガキいるわけねぇわ!!」

 

突如口を汚くし懐に隠していた包丁でベストジーニストに襲い掛かる。

 

「な...!なんなんだ急に!?」

 

女性の変わりようにベストジーニストは物凄く驚いてしまうが、言動とは裏腹に女性の身動きを瞬く間に取れなくする。

 

「放せ!」

 

「放せと言われて放す人はいない。...もう敵(ヴィラン)のお出ましか...」

 

「せっかく上手くいっていたのに...」

 

敵(ヴィラン)の出現にマウントレディがうんざりする。

 

「また敵(ヴィラン)か...。全く懲りない奴らだ」

 

エンデヴァーもまたうんざりした様子になる。

敵(ヴィラン)が現れることさえも“いつも通り”の光景。誰かが誰かを襲い、それをヒーローが止める。異常な光景。そんな、誰かを傷付けようとすることは当たり前で、行動を止めるというよりも傷付かなければ他はどうでもいい、残酷な日常的な行動。こんな日常が許されてしまった故にーー

 

 

今宵、世界は、壊されることになる。

例え平穏に生きていても関係はない、この世界を容認してしまったら、傷付けた人と同罪である。

 

弱者の叫びや涙が彼らを殺す牙となり、首筋に噛み付いて、一生忘れることのない傷を残されることになったのであった。

 

 

 

エンデヴァーがうんざりして気が抜けてしまった瞬間、美味しい水、と書かれてあるラベルのペットボトルが投げ付けられる。

ペットボトルの蓋は開いており無色透明な液体がエンデヴァー達に降り懸かる。

 

「この臭いは...!!市民を守れ!!」

 

独特な臭いが辺り一帯を充満させる。

ペットボトルの中身は水ではなく灯油。エンデヴァーが纏っている火に引火する。ヒーローも、周りの住民も、捕まっている敵(ヴィラン)も皆まとめて火に包まれる。

 

動けないエンデヴァー達に容赦なく灯油の入ったペットボトルが投げ込まれ、更に火の付いたマッチやライターも放り投げ込まれて火の勢いは増々強くなる。

 

「な......!?!?なんなのよ!これ!!?」

 

巨体を活かしてマウントレディは周りの状況を把握する。驚きの光景に目を奪われて何も出来なくなる。

ヒーローから離れなかった住民の中には、ペットボトルや火の付いたライターを投げたり、自ら液体をかぶったりしていた者がいた。

 

「...クッ!!市民ごと狙うとは...!今回の敵(ヴィラン)はかなり卑怯だ...!」

 

「違うわこれ!!!市民が...!市民が...!市民がやっているのよ!!」

 

「ふざけるのもいい加減にしろ!!マウントレディ!そんなことを言っている暇があるのなら、真犯人を見付けろ!!」

 

「で...!でも...!!ペットボトルを投げ付けたり、頭から液体をかけていたわ!!」

 

「大方敵(ヴィラン)が紛れ込んでいるだけだろう」

 

「...ッ!!それも...そうよね...!市民がこんなことをする訳ないものね!!」

 

マウントレディの言動にベストジーニストがキレる。

それもその筈。ヒーローが一般市民を疑うのあってはならないこと。だから敵(ヴィラン)が一般市民に偽装したと思うのも当然のこと。

 

マウントレディは住民を少しでも疑った戒めと、渇を入れる為に自分の頬を叩く。渇を入れ終えたマウントレディは、ペットボトルを投げ付けた人を大きな掌で握って捕まえる。

 

「さあ!勘弁しなさい!こんな下らないことはやめて、大人しくお縄につきなさい!!」

 

マウントレディは握力を強めて相手を諦めるように促す。いつもならこれで大概の敵(ヴィラン)は大人しくなる。今の女性敵(ヴィラン)も大人しいのだが、様子が大分変わっていた。

 

大概の敵(ヴィラン)は放せ、放せと文句を言ったり、暴れたり、口汚く罵ったりする。けどこの女性敵(ヴィラン)は俯いて黙っていた。女性敵(ヴィラン)の様子にマウントレディは首を傾げる。

けれども首を傾げているだけでは始まらないので、他にもペットボトルを投げ付けている人を捕まえようとしたその時だったーー

 

 

「......こんな下らないこと.........?...!!私達の気持ちを知らない貴方達が言うな!!!私達の苦しみも!!怒りも!!悲しみも!!私達がわざわざこんなことをしている理由は、貴方達には一生分からないでしょうね!!」

 

「............えっ......?何言っているの、この敵(ヴィラン)は......」

 

女性敵(ヴィラン)の様子が急変する。

泣き叫ぶ姿は助けを求め、その泣き顔は見た者の心を痛ませ、その声は戦争や災害に巻き込まれた抗う術のない弱者。ただ泣いている姿を見れば、ヒーロー達の方が敵(ヴィラン)のように見えてくる。

 

急変ぶりに驚いたマウントレディは素に戻ってしまい、他のヒーロー達も己の職務を忘れてしまう程だった。

 

「......私達の苦しみ......?いやいや!苦しんでいるのは今襲われている市民だろうが!!被害者ぶりやがって!!」

 

「敵(ヴィラン)が何を言っている!」

 

「泣いたところで貴様のやったことが許されるもんか!」

 

直ぐ様気を引き締めるヒーロー達。

女性敵(ヴィラン)の涙は届かない。当たり前だ。彼女のやっていることは火を使って無差別に襲い掛かる、ただのテロリスト。今現在、誰かを危害を加えようとする人の声なんて誰にも響きはしはい。

 

女性敵(ヴィラン)もその答えが分かりきっているからか、これ以上泣くことも叫ぶこともなく、大人しくマウントレディに捕まっていた。

 

「そうね...。私達の叫びなんて誰も聞かないよね...。だから...一つだけお願いがあります」

 

「お願い?今、あんたの話を聞いていられる暇は...」

 

 

 

「私を殺して下さい」

 

「な......い...えっ?!殺して!?」

 

聞く耳を持つもりがなかったマウントレディだったが、女性敵(ヴィラン)の衝撃的な発言に戸惑ってしまう。

 

「私を殺して。ヒーローは敵(ヴィラン)のことが大嫌いでしょ?私は死ねる、貴方達ヒーローは大嫌いな敵(ヴィラン)がこの世から消える。お互いにWin-Winでしょ?その手を放してちょうだい。私はもう悪さはしない、火の中に飛び込むだけ。だから...」

 

「ふざけないで!!」

 

マウントレディが怒鳴って女性敵(ヴィラン)の話を止める。

 

「ヒーローはどんな人を救う者!私だってそのヒーローなのよ!いくら敵(ヴィラン)が嫌いだからって、見殺しなんかしないわ!!」

 

マウントレディの中の正義感が女性敵(ヴィラン)を止めようとする。

 

けれどもー

 

その正義感はーー

 

 

「そっちの方こそふざけないでよ!!」

 

女性敵(ヴィラン)を怒らせるだけだった。

 

「ヒーローは見殺しにしない!?だったらなんで"個性"の相性で戦わないの!?それは見殺しに入らないの!?」

 

「そ、それは......」

 

「どんな人でも救うと言うのなら......」

 

 

「私を殺して!!私はもう生きたくないの!!!こんな世界はもう嫌!!死だけが救いなの!!」

 

「死が救いではないでしょ!!!」

 

マウントレディがなんとか止めようとするが...

 

「じゃあ!なんで!あの時救ってくれなかったのよ!!!」

 

女性敵(ヴィラン)の怒りが強くなるだけだった。

 

「......えっ?あ...あの時って...?私達は初対面の筈よ」

 

女性敵(ヴィラン)の発言にマウントレディは、この人と会ったことがあるかしら?と首を捻って考える。その様子に女性敵(ヴィラン)は泣き叫ぶ姿から豹変をし、くすりと妖艶に笑う。

 

「ええ、私達は今日初めて会ったわ。だから私の苦しみを知らないのは当然のこと。でもね、貴方達は無関係ではないの」

 

「ちょっ!?何よそれ!初対面のあんたの過去なんか知るわけないじゃない!!」

 

「そうよ!それ!それがこんな事件を起こしたのよ!!」

 

「はあ!?私達の責任なの!?ふざけないで!!何もかも私達のせいにしないでちょうだい!!!」

 

「いいえ、これは貴方達の責任よ。貴方達は知っているよね、"個性"による虐め。私も"個性"のせいでよく虐められていね。だけど、誰も私を助けてくれる人はいなかった。皆見て見ぬ振りをしているだけ。可笑しくない?子供からヒーローを目指している人が多いのに。マウントレディ、貴女、さっき言ったわよね。ヒーローはどんな人でも救うって。だけど現実は違うよね。誰も助けてはくれない。それどころか、昔、誰かを虐めていたヒーローの話が後を絶たない。そんなヒーローがどんな人でも救う?寧ろ人を傷付けているじゃない!!!」

 

「それは...」

 

「いいわよね!ヒーロー目指せる程いい"個性"を持っている貴方達は!!私なんかの気持ちは分からないでしょうね!!!小さい頃からちやほやされて、私なんかは生きているだけで馬鹿にされたのよ!!」

 

「......」

 

マウントレディは終に黙ってしまう。これも当然の結果だ。

この女性敵(ヴィラン)の苦しみは誰もが見掛けたり、経験をしまっている社会問題。"個性"が生まれる前から続き、マウントレディと仲良いシンリンカムイも、"個性"のせいで幼い頃母親に捨てられている。身近に体験談があるから余計に反論が出来なくなる。

 

「あーあ...黙ってばかりで嫌ね。私の言葉に何一つ反論が出来ていない。これがヒーロー?矛盾ばかりしているのがヒーロー?こんなんで人を守れるの?誰かを傷付けているの間違いではなくて?」

 

「だから、この社会は壊すべきものであり、貴方達ヒーロー関係なく死ぬべき存在よ。私達はこんな残酷な世界を壊して死ぬ」

 

「貴女も、私も、皆。死にましょう。人間なんて生きる価値がない存在。私達の過去を知れば皆、私達に同情をして、壊すべきだと叫んでくれるわ。貴方達ヒーローの見方なんて......」

 

 

「誰もいはしないわよ」

 

女性敵(ヴィラン)が芝居掛かった口調で語りかける。

女性敵(ヴィラン)の変わりように恐怖を感じ、また反論出来ない現実問題に固まってしまう。

 

「マウントレディ!!ぼーっとするな!敵(ヴィラン)と話をしている暇が合ったら他の敵(ヴィラン)を捕まえろ!!」

 

ベストジーニストから叱責される。

叱責による驚き、女性敵(ヴィラン)の発言に納得をしてしまった呆然が混じったマウントレディは、女性敵(ヴィラン)の掴んでいる手を緩めてしまう。

 

女性敵(ヴィラン)はその隙に手から脱け出して、炎が燃え盛る建物に落ちようとしていく。

 

「さようなら。来世では人間のいない世界で会いましょう。"個性"の相性で見捨てる偽者のヒーローさん」

 

女性敵(ヴィラン)の捨て台詞にマウントレディの動きが遅くなる。

 

「.........あ......」

 

マウントレディの巨大な腕でさえも間に合わない。

女性敵(ヴィラン)が炎の中に落ちようとした、まさにその瞬間ーー

 

 

細い糸が女性敵(ヴィラン)の体に巻き付いて安全な場所にまで引っ張られる。ベストジーニストが"個性"を使って女性敵(ヴィラン)を助ける。

 

「マウントレディいい加減にしろ!!お前はそれでもヒーローなのか?!ヒーローなら、仕事を全うにこなせ!それが出来ないのなら、家にでも帰って転職サイトでも見ていろ!」

 

「で、でも!あの人の言っていることが...!」

 

「敵(ヴィラン)の言葉に惑わされるな!!敵(ヴィラン)の話に耳を傾けるな、とあれ程言ったのに聞いていないのか!」

 

「へぇー...。まだそんな馬鹿なことを言っていられるのですね......」

 

女性敵(ヴィラン)はマウントレディから、ベストジーニストに恨みがましそうに話し掛ける。

 

「悪いが、今俺達は忙しい。お前と話をしている場合では...」

 

「では、この事件の真相さえも知りたくはないのですね。早く終わらせたくないのですね」

 

「......それはどういうことだ?」

 

早く終わらせたくないのですね、という言葉に思わずベストジーニストは話し掛けてしまう。

その様子に女性敵(ヴィラン)は嘲笑う。

 

「あら?敵(ヴィラン)の言葉には耳を傾けてはいけないのではないかしら?」

 

「事件を終わらせるのは別だ。お前が知っていることを全て吐け。話さないと言うのなら...」

 

「ええ、話すわよ。無駄な痛みなんて味わいたくないもの。それに...会話なら負けないですもの」

 

「負けない...?話術か?"個性"か?」

 

「私にはそんな"個性"はないし、話術なんて高等な技術なんて持っていないわ。ただ事実を話すだけ。誰にも反論を出来ない事実をね」

 

「事実...?誰にも反論出来ない事実?そんなもん...」

 

「ありますわよ。"個性"の相性で戦わないヒーロー、"個性"による虐め、"個性"婚、敵(ヴィラン)の家族、その子供。誰もが聞いたことのある問題で、未だに解決をしていない問題。私達はその問題に苦しめられて...」

 

「だからって!騒ぎを起こすな!!皆我慢して...」

 

「我慢?なんでそんなことをしないといけないの?...貴方達はいつだってそう、被害者には我慢させて、加害者にはなんの罰もなし。被害者は泣いて逃げるという選択肢しかない。しかも逃げれば逃げる程不利になる。それに対して加害者は平然と生きて、どこかの会社に入社をして、恋人作って子供も作って楽しんで生きている。誰かを苦しめて泣かせたのに、罪すらも忘れる...こんな奴らの為に!なんで私達は我慢しないといけないの!!?貴方達はヒーローなんでしょ!?そいつらを罰してよ!!敵(ヴィラン)は殺す程痛め付けて、心を壊した奴は見過ごすの!!?見えないものだからどうでもいいの!!?」

 

「そんなことは!!」

 

「だったら!私達を敵(ヴィラン)として倒す前に!!私達の心を壊した奴らを倒してよ!!悪を倒すのがヒーローなんでしょ!?そいつらは悪ではないの!?」

 

「証拠がないものには...」

 

「あの時は私は泣いたけど、誰も見なかった振りをしたわ!証拠があっても動かないわよ!!証拠なんて意味ないわ!!......殺人は許されないのに!心は壊すのはOKなんだね!!」

 

「そんなことは言っていない!!」

 

「言っていると同じじゃない!!」

 

ベストジーニストと女性敵(ヴィラン)が感情的に言い争う。

他のヒーロー達は聞こえているが誰も止めやしない。手がいっぱいだからでもあるが、ちゃんと反論が出来ないからである。女性敵(ヴィラン)の心の叫びを聞かない振りをする。彼女の恨みがまた一つ増える。

 

火の勢いは止まらず、ヒーロー達に襲い掛かる敵(ヴィラン)の数は増えるばかり。それどころか自ら火の中に飛び込んで、女性敵(ヴィラン)の言葉に反論が出来ない。誰もが途方に暮れた、その時ーー

 

 

雄英高校の校長である根津から一通のメールが届く。

 

『僕達ヒーローの言葉は届かない。この事件を終わらせたければ、今暴れている人達と同じ過去を持つ人と協力をしなさい。その人達にしか止められないから。"個性"の法律の件は僕がなんとかするからさ』

 

メールを読んだヒーロー達は一斉に首を傾げる。

意味が分からないだけではなく、あれだけ目の前で暴れているのに、味方になるのはどういうことだろうか?と信じられなかったからだ。

 

彼らが信じようとも信じなくても、事件は止まらず進んでいく。

この事件がどうなるのかは"弱き者"次第であった。



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39話 神野区事件4

少し短めです。


やっと事件の中心地に戻る。

体の自由を取り戻した魔法使いは、急いで爆豪に回復魔法を掛ける。傷は直ぐ様塞がったのだが、意識を取り戻すことはなかった。魔法使いは起きない爆豪を抱え、一先ず安全な場所に連れて行く。爆豪を狙う"弱き者"をオールマイトとグラントリノが止めに掛かる。

 

「お前さん方!馬鹿な真似はよすんだ!!」

 

「あいつの言葉を聞いてはいけない!!君達が思っている程、あいつは良い奴ではない!寧ろ、あいつは君達を弄ぶだけだ!だから!こんなことはやめたまえ!」

 

「そんなことはどうでもいい!俺達は糞ったれ共を殺すのならなんでもいいんだよ!!」

 

「先生がいくら悪人でも、私達からすればあんた達の方がよっぽど悪人よ!あんた達ヒーローは名ばかりで何もしない!先生の方がよっぽど良い存在よ!」

 

オールマイトとグラントリノの声はやはり届かない。赤毛の女性敵(ヴィラン)とコオロギ風の男性敵(ヴィラン)は、爆豪を殺しに襲い掛かる。

赤毛の女性は大剣を振りかざし、コオロギ風の男性敵(ヴィラン)は翅を使って飛び掛かる。魔法使いは防御障壁で二人の攻撃を防ぐ。攻撃を防げているとはいえ、いつまでもこうしている訳にもいかず、助けを求める為に今も蹴られているシンリンカムイに呼び掛ける。

 

「シンリンカムイ!いつまでもそんなことをしている場合ではないにゃ!」

 

「そんなこと言われたって...」

 

「だったら!私達が叫んでいた時に改めるべきだったにゃ!今更遅いにゃ!」

 

「そうだとしても...」

 

「ふざけるにゃ!そんなに落ち込むのならはじめから戦えば良かったのにゃ!君がこうして落ち込んでいる間にも、勝己に被害が及んでいるにゃ!さっさと立ち上がるにゃ!」

 

「でも...でも...!」

 

「いい加減にするのにゃ!そうやってずっと項垂れているのはやめるのにゃ!そんなことをしていたら、守れるものも守れなくなるにゃ!これで勝己が死んでしまったら、両親になんて説明をするのにゃ?!またそうやって項垂れるのにゃ?!」

 

「それは......」

 

「つべこべ言わず立ち上がるのにゃ!また罪を増やす前に!これ以上誰かを泣かせる前に!早く立ち上がるのにゃ!!」

 

ずっと項垂れ、サラリーマン風の男性敵(ヴィラン)の暴力を甘んじて受け入れていたシンリンカムイ。ウィズの説得でぼろぼろの体を鞭を打ち、殴る蹴るなどの暴力を受けながらも立ち上がる。

 

「今更遅い!お前みたいな屑が立ち上がったところで、私の妻と娘は帰ってこない!!もう遅いんだよ!!それに私は、お前達屑共の助けは要らない!!貴様ら屑共に助けられるくらいなら!!死んだ方がマシだ!!!」

 

立ち上がったシンリンカムイに腹が立ったサラリーマン風の男性敵(ヴィラン)は、ヒーロー達の決意を必死に否定をする。

 

「ほら、やはり君達ヒーローには人を救うことは出来ない。僕のような敵(ヴィラン)の方が人を救える。君達は苦しみを我慢させるだけ、本当の悪人は見逃す。そんな君達には無理なんだよ、傲慢なヒーローさん。...ところで黒猫の魔法使い。君は僕にあれ程啖呵を切ったのだから、彼らを救ってみなよ。現実を見ない絵本主義のヒーローさん」

 

AFOはヒーロー達を小馬鹿にした言い方で挑発をする。

勝利を確信をしているかの如く、車椅子から動かずに口だけで相手の精神を逆撫でる。AFOの態度に魔法使いは苛つき、絶対に一泡吹かしてやると誓う。

 

AFOの挑発に乗って"弱き者"に生半可な説得をしてしまっては、相手を傷付け、怒らせるだけであることは目に見えている為、慎重に言葉を選ばなければいけない。

魔法使いが言葉を選んでいると、またもやAFOがちょっかいを出してくる。

 

「そんなに悩むことなのかい?そこまで難しく考えることはなかろう。君が思い浮かぶヒーロー風に言えばいいのだから。まあ...君が思い浮かべるヒーローは、存在していないだろうけどね」

 

その言葉に頭に来た魔法使いは、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

AFOの挑発に乗らないように、相手の心に響かせる言葉を考える。答えが思い付いた魔法使いは空気を精一杯吸い込む。空気を吸い込んだだけの魔法使いにAFOは嘲笑う。

 

「おや、黒猫の魔法使いが何か言いたそうだね。皆黙って聞いてあげようか。きっと僕達を泣かせてくれるに違いない。人の話はちゃんと聞かなければいけないものだしね」

 

動きを止めて"弱き者"はニヤニヤと嗤いながら、魔法使いを注視をする。

 

「ええ、楽しみですわね」

 

「本当ですね」

 

「あんたなんかの言葉なんて聞きたくないけど、その言葉!真っ向から聞いて否定してあげる!」

 

「どんな陳腐な言葉を言い放つのだろうね!」

 

「言葉なんて...今更遅すぎて意味ありませんわ」

 

どんな言葉も届きはしない。"弱き者"の受けた痛みは言葉では消えない、解決はしない。解決をしていない問題だからこそ、"弱き者"の言葉に反論が出来ない。

何十、何百、何千年も続いていても終わらない問題。終わらない問題故に何も出来ない言葉は嫌われ、綺麗事は吐き気を覚えさせ心に痛みを与えるだけだった。言葉だけで解決するのなら、とうの昔に解決をしている。だから魔法使いとウィズの言葉は一番嫌われている。児童養護施設オアシスや他の世界が出来ていることを知っていたとしても。

 

場は静まり全ての視線が魔法使いに集まる。

その時を待っていました、と言わんばかりに魔法使いは、溜め込んでいた空気と共に苛立ち、迷い、共感などのありったけの感情を叫びに変える。

 

 

 

「だっしゃしょかあああああ!!!」

 

 

 

「......はあ...?」

 

「...えっ......?」

 

「何それ...」

 

「えっ...と......」

 

「お前さん......何を言っておるんだ!?」

 

「その叫び方...まさか?!」

 

魔法使いの奇怪な叫びに一同は驚いて放心してしまう。

だが、魔法使いの叫び方に心当たりのあるウィズとオールマイトは目を見開く。

 

魔法使いは、自分が一番ヒーローだと思った人物の叫び方を真似をしたことにより、頭の中のもやもやが無くなりクリアになる。

奇怪な叫びは伝えたかった言葉は自然と纏めさせる。

 

「"個性"などで決め付けるこの世界は可笑しく、君達がこの世界を嫌うのは当然だ。ボクもこの世界が大嫌いだ。追い詰められて壊したくなる気持ちも分かる。助けてくれなかったヒーローを嫌うのも当然の結果だ」

 

「虐めで死んでしまった少年も、"個性"の相性で見捨てられてしまった妻と娘も、君達のことを大切に思っている人達も、この世界を壊したい、君達のことを傷付けた人を恨んでいると思う。だけど......」

 

 

「君達の手を血で染めるようなやり方は望んでいない!誰かに恨まれることも望んでいない!それに!関係のない人達を傷付けてしまったら...!」

 

 

 

「君達は君達のことを苦しめた人と同じになる!」

 

「そんなのは駄目だ!だから...!」

 

「うるさい!うるさい!うるさい!うるさあああいいぃぃいいい!!!」

 

「だからなんだて言うの!!?」

 

激しく取り乱した赤毛の女性敵(ヴィラン)が割り込み、魔法使いの話を中断させる。

 

「あんたみたいな良い"個性"を持っている人が決め付けるなああ!!先生から聞いているけどあんた、その"個性"のお陰で過保護に育てられ、友達もたくさんいるようね?!そんなあんたが"無個性"の苦しみが分かるわけない!!!」

 

「"無個性"がどんな扱いなのか知っている!?たかが"個性"を持っていないだけで、何をやっても否定されて、"個性"を持っているだけの無能に勝つ為に勉強やスポーツに打ち込んで勝ったとしても、"無個性"のくせに生意気だ!と罵られ、更に虐めが酷くなるのよ!!それが当たり前だから誰も助けてくれない!!しかも私以外にも、私のことを産んでくれたお母さんさえも蔑みの対象になるのよ!!」

 

色々な人達に決め付けられた怒りが、今までの不満が、理不尽だった人生が、勢い付いていた魔法使いを尻込みさせる。

 

「何もかも順風満帆なあんたが偉そうに言うんじゃないわよ!!!」

 

魔法使いの言葉は届かず、赤毛の女性敵(ヴィラン)はその場で泣き崩れる。

その様子にAFOは勝ち誇った嫌らしい笑みで告げる。

 

「おや残念。やはり、君のような恵まれた立場の人間が言っても無駄のようだね。さて...上手くいかなかったようだけど、次はどのような行動を取るのかな?」

 

魔法使いの次の行動を待つAFO達。

因縁のあるオールマイトには目もくれず、魔法使いのことばかり目の敵にしてくるAFO。そんなAFOに魔法使いは疑問を感じ、考えることに夢中になってしまいそうになるが、カードを取り出して戦闘に集中をする。

 

"弱き者"達の説得に失敗をした魔法使いは魔法で強い風を生み出し、彼らを出来るだけ傷付けないようにする。

無防備になったところをウィズが叫ぶ。

 

「シンリンカムイ!」

 

「...!...ああ!先制必縛ウルシ鎖牢!」

 

シンリンカムイの腕から枝を伸ばし、空中で浮かんでいる"弱き者"達を素早く捕縛する。

 

「放して!」

 

「その薄汚い手で私を触るな!!」

 

主婦とサラリーマン風の男性は捕まったのだが、赤毛の女性、コオロギ風の男性、案内人の男女は難なく枝の縄を避ける。

 

「それが君の答えか....君達ヒーローは暴力で解決をするのだね。...はあ...君達が暴力的だから、僕達も暴力的になるのだよ。そもそも、君達が偏見、差別的な思考を持っているからこんなことになっているのだよ。それなのに君達は殴って、吹き飛ばして、血を流して、暴力でしか解決をしようとしない。言葉で解決をしようとしないのかい?まあ、君達ヒーローの張りぼてのなんの意味のない綺麗事は、こんなものだろうけど...」

 

「シンリンカムイ!彼らを連れて逃げるのにゃ!」

 

ウィズがAFOの言葉を掻き消すかのように指示を出す。

 

「ああ、承知した」

 

シンリンカムイは爆豪と捕まった"弱き者"を一緒に連れて、戦場から離脱する。

AFOや"弱き者"達が攻撃をする前にオールマイトが動き出す。

 

「テキサスマッシュ!!」

 

オールマイトのパンチとAFOの"個性"がぶつかり合う。

強烈な衝撃波で生まれた風が魔法使い、ウィズ、グラントリノ、"弱き者"達を吹き飛ばそうとする。

 

「オールマイト、君の力はこんなものなのかい?だとしたら、大分衰えてしまっているね」

 

「その奇妙なマスクを着けている貴様の方こそ、弱くなっているぞ」

 

強風にびくともしないオールマイトとAFO。

二人はまだまだ余裕なようで互いに挑発をしあっている。

 

「...!!君!防御障壁を張り直すにゃ!このままだと建物が持たないにゃ!グラントリノも戦闘が激しくなる前に彼らを捕まえるのにゃ!」

 

「分かった」

 

「お、おう!」

 

しかし周りは持ちそうにない。オールマイトの一撃の余波だけで並んであった酒の瓶は割れ、壁は剥がれ、机などの重たい家具が枯れ葉のように持ち上がる。

いつ建物が崩壊をしても大丈夫なように、魔法使いは周囲を囲むように防御障壁を作り出し、グラントリノは嵐の中を飛び回り"弱き者"達の無力化を図る。

 

「このマスクを着けさせる切っ掛けを作った君が、何を言っている。それにしても...オールマイト......」

 

 

「まだ逃げ切っていない人達も居るのに、そんな大技を出してもいいのかい?君達ヒーローという生き物が守るべき市民が残っているよ。僕達の戦闘に巻き込んでしまったら彼らは死んでしまうよ。それでもいいの?流石暴力だけのヒーロー。市民のことも気にしないみたいだね」

 

「HAHAHA!残念だったなAFO。貴様の挑発にはもう乗らない!私達以外のヒーロー達が市民の避難をさせている。逃げ切っていない市民などどこにもいないのさ!」

 

「オールマイト...」

 

AFOの挑発に笑顔で乗らないと宣言をするオールマイト。

笑顔で宣言をするオールマイトにAFOは何故か、頭が残念な人を見てしまったかのように哀れみを視線で見ていた。

 

「君は本当に、この事件のことを分かっていないようだね」

 

「何!?」

 

AFOの哀れみの視線にオールマイトは慌てふためく。

 

「良いかいオールマイト。この事件はね......」

 

 

「こんなもんではないよ」

 

「なっ...!?貴様の言葉など!」

 

「今までの話をちゃんと聞いているのかい?オールマイト。彼らと似たような恨みを持っている人はたくさん居る。暴れているのはここだけではない。この事件は全国各地で行われているのさ」

 

AFOは小さい子供に説明するかのように、優しくゆっくりと語り出す。

 

「いいかい、オールマイト。彼らのように苦しんでいる人はたくさん居る。数にして年間約四万人にもだ。その数を味方にしてしまえば、あっという間に僕の軍隊の完成だ」

 

「君の言う通り、ここら一体の一般市民は逃げられたかもしれないね。だけど、他の場所で暴れている。君達ヒーローでは絶対に止められない騒ぎがね。ところで、オールマイト......」

 

 

「ここに元一般市民が居るのだけど。彼らは敵(ヴィラン)になったのだから助ける価値はない?」

 

「そんなことはない!!」

 

「そう?君が心にそう思っていても、行動は全然違うじゃないか。僕が君の攻撃に耐えられても、他の人達は耐えられない。死んでしまうよ。分かっている?行動で示さなければ伝わないし、意味ないよ。本当に分かっている?」

 

「貴様を倒すには...」

 

「僕を倒す為なら何をやってもいい?他の人達を捲き込んで殺しても?それが正義の味方のすることかい?正義の正は正しいという意味だろ、その行動は正しいのかい?正義の為なら人を殺してもいいのかい?」

 

「それは...」

 

「あのNo.1ヒーローでさえも反論が出来ない!ああ!なんて気持ちいいのだろう!やっぱり正論で人を責めるのは楽しいね!誰も僕に反論が出来ない!邪魔だったヒーローを言葉だけで凪払う!ヒーローなんて口先だけの暴力装置!たった今ここで、証明をされたのだ!」

 

オールマイトは論破され拳を振るうことしか出来なくなり、その様子を愉快そうに嗤うAFO。

その満面たる笑みは吐き気を催す程邪悪だった。

 

オールマイトとAFOがますます激しくなり、建物が崩れ砂埃が舞う。砂埃が舞っている最中誰かが指を鳴らす。

指を鳴らしたその瞬間ーー

 

 

地面が揺れ、黒い煙が何もかも覆い、赤い炎が猛烈な勢いで辺りを燃やす。

状況を把握出来ていない内に凄まじい爆発が起こる。

 

 

空高く昇る黒い煙は、"弱き者"の怒りを表しているようであった。




魔法使いが続けたかった言葉は

「君達がそうなる前に止める!」

です。
なので"弱き者"を、誰かを傷付ける最低な人扱いをした訳ではありません。


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40話 神野区事件5

パリン!!

 

ガラスが割れたような甲高い音が鳴り響き、その後に続くかのように、ケホケホと黒い煙を吸い込んでしまった人達の咳払いの音も鳴り響く。

 

「全く...防御障壁なかったら皆死んでいたにゃ!」

 

ウィズが愚痴る。

もし魔法使いが防御障壁を張っていなかったら最悪の場合、オールマイトとAFO以外の全員が死んでいたのかもしれなかったからだ。

 

「全く!俊典の奴め!敵の言葉に乗せられておって!!あの愚か者が!!」

 

そのことに気が付いていたグラントリノも怒っていた。

そうこうしている間にも戦闘は進んでいく。

 

戦闘に夢中になったオールマイトとAFOはどこかに行ってしまい、魔法使い、ウィズ、グラントリノ、"弱き者"だけがこの場に残っていた。

 

「あの二人をどうするにゃ?もし避難が済んでいない一般市民がいたら死んでしまうにゃ!」

 

「様子を見に行きたいのは山々だが......」

 

 

「彼らがわしらを逃がしてはくれんからな」

 

ウィズとグラントリノが話をしている間に、"弱き者"達は武器を持ち直して体勢を整え終えていた。

 

「お前らはここで殺す!」

 

「ヒーローなんて死んでしまえ!」

 

赤毛の女性、コオロギ風の男性、バーテンダーの格好をした男女の計四人が立っていた。他のカメラを持っている人達は戦う気がなかったことが唯一の救いだった。とはいえ、彼らも守るべき存在故に戦いづらくなる原因にもなっていた。

 

「...四人だけなのか...?今のところは戦う気はないのだろうか...。まあ...いつかは戦わないといけないんだが...」

 

「あの人達は一体何が目的なんだにゃ?」

 

ウィズとグラントリノの疑問は当然誰も答える訳はなく、"弱き者"達が襲い掛かってくる。

オールマイトとAFOの戦闘が盛上がるのと同時に、"弱き者"達との戦いも始まるのであった。

 

 

 

 

赤毛の女性敵(ヴィラン)がメカニックな大剣で斬りか掛かる。

 

「はぁああ!」

 

叫びと共に今までの恨みが込められ、全てを斬り捨てようとする。

グラントリノは"個性"を使って飛んで避け、魔法使いも距離を取って避ける。

 

「この野郎!!」

 

グラントリノが飛んで避けた先に、コオロギ風の男性敵(ヴィラン)が後ろから蹴りを入れようとし、魔法使いの方も案内人の男女が左右から武器を持って襲い掛かってくる。

 

グラントリノはわざと落ちて蹴りを難なく躱し、防御障壁と金属がぶつかり火花を散らす。

 

「...チッ!!」

 

ナイフが当たらなかったことに舌打ちをする案内人の女性敵(ヴィラン)。案内人の男性敵(ヴィラン)の方は冷静に体勢を整えようとする。

相手が体勢を整え終える前に魔法使いはある魔法を唱える。

 

『エアリアルテンペスト』

 

「〝勝利の旋律〟(フィニッシュコード)で決めたげる!」

 

夜空を飛ぶ夜空色の瞳の少女が高らかに叫ぶ。

もう一度呪文を唱えると赤色と黄色の球弾が"弱き者"達に向かう。一度目は避けられたしても、二度目の弾幕が容赦なく襲い掛かる。

 

それでも魔法使いの攻撃に耐える"弱き者"達。

そうそう簡単に倒れる訳もなく、各々と立ち上がり魔法使い達の方に走り出す。

 

「そう簡単には倒れないか...。これはかなり厄介だな...。というか、あいつらは...やけに戦いなれているみたいだ。...この時の為に訓練をしていたのか?」

 

「それについては分からないにゃ。ただ、それだけ想いが強かったということにゃ」

 

ウィズとグラントリノの話が終わり、魔法使い達と"弱き者"達がまさにぶつかろうとした瞬間ーー

 

 

「『指砲』+『エネルギー放出』+『威力増大400%』......君達だけではなく僕も交ぜてくれないか?」

 

両者の間に赤黒い光線が走る。

その光線はAFOが放ったものであった。彼は片手でオールマイトをあしらい、もう片方の手で光線を放っていた。AFOはニヤリと嗤いながら参戦をする。

 

AFOの乱入により戦闘が更に激しくなっていくのであった。

 

 

 

「『空気を押し出す』+『筋骨条発化』+『瞬発力×4』+『膂力増強増強×3』」

 

AFOの腕がバネのようになりオールマイトを吹き飛ばす。その余波で動けなくなった魔法使いの元に、砂鉄でできた剣を持った案内人の男性敵(ヴィラン)と赤毛の女性敵(ヴィラン)が同時に攻める。

 

魔法使いは咄嗟に防御障壁を張り攻撃を防ぐ。

防御障壁が敵二人の攻撃を止め間に新たな呪文を唱える。

 

『夜空に溶けゆく心の音色』

 

「こういうのはどーお?」

 

夜空色の瞳を持つ少女が、バイオリンを弾きながら語り掛ける。

呪文の効果により、魔法使いが使っているカードが更に強くなる。強くなった火の玉と雷の連撃は"弱き者"を狙わず、AFOに集中的に狙う。狙われなかった"弱き者"達は魔法使いを一斉に攻撃をしたのだが、グラントリノがまとめて相手をする。

 

「『物質操作』+『巨大化』+『耐久力増加』」

 

火の玉と雷の連撃の対処として、AFOは右手を地面に置いて土の壁を作り出す。

土の壁は火の玉と雷の連撃に一度は耐えられてしまったが、二度目の連撃で土の壁の大部分を壊して役目を果たせなくする。無防備になったところをオールマイトが殴り掛かる。

 

「デトロイトスマッシュ!!」

 

だが、オールマイトの渾身を込めたパンチは虚しく、片手で軽々と受け止められるしまう。

 

「『衝撃反転』」

 

「...なっ?!しまっ...!」

 

逆にオールマイトの渾身の力は利用されてしまい、ビルを何棟も壊しながら遥か彼方まで吹き飛ばされてしまう。

 

「怒りに囚われている人間の扱いなんて簡単だね。さてと...夜はまだまだ長い、ゆっくりと戦おうではないか」

 

絶対王者として君臨をしたAFOは、何もかも嘲るような嗤いで全てを見下す。

 

戦いはまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

大地は抉れ、周囲の建物は悉く崩れ、煙が夜空を覆い見えなくする。この世の地獄を表しているようだった。

ぽたっと、誰かの血が流れる。互いを見つめ合う静寂な時間に血の流れる音だけがやけに強調される。AFO以外の全員はどこかしらに傷を負っていた。

 

「ほう...中々頑張るね。特に黒猫の魔法使い」

 

涼しい顔をしてAFOは挑発気味に言い放つ。魔法使いは苦々しく睨み返すことしか出来なかった。

AFOは敵味方関係なく攻撃を放っていた為、敵も防御障壁で守らなければいけなかったからだ。そのせいでいつもよりも魔力消費と疲労が溜まっていた。

 

「お前...!!わざと味方ごと撃ってはおらんか!!」

 

グラントリノの怒りに対してもAFOは何ともないように言う。

 

「それがどうかした?別に彼らはこの戦いで死んでも構わないと思っているから大丈夫。それに...君達だって彼らをよってたかって攻撃をしているのではないか。僕とどう違う?」

 

「それは...」

 

AFOからの問いにグラントリノは答えられなくなる。

 

「フッハハハハ!!!ああ!!本当に気持ちが良い!今日はなんて最高の日なんだ!!この高鳴る気分のままに君達を殺してあげよう!」

 

AFOが片手を振りかざし、魔法使い達が絶体絶命になったその時ーー

 

 

 

「その戦い!ちょっと待って!!」

 

一人の女性ヒーローが他のヒーローを連れて参戦をしてくる。

 

「......えっ?」

 

「......なんでにゃ...」

 

思いも寄らない人物に魔法使いとウィズは驚く。しかもヒーロー達の中には、コスチュームではなくボロボロのジャージを着た一般人もいた。魔法使いとウィズは急いで止めに行こうとしたが、他のヒーローは特に気にしている様子はなく、その人もあまりにも堂々と居るものだから、一先ず止めずに様子を見ることにした。

AFOも他のヒーローが来ると思っていなかったのか、先程の悠然とした状態からかなり腑抜けた状態になる。

 

「...うん?君達は一体...そこに居るのはエンデヴァー、ベストジーニスト...。...ということはヒーローの集まりらしいね。こんな所で油を売っていても良いのかい?僕達なんかよりも一般市民を助けたら?それとも、一般市民のことはどうでもよくて、僕を倒す方が大事?だからヒーローは暴力装置と呼ばれ...」

 

「それなら大丈夫!だって......」

 

 

「止めてきたからね!」

 

AFOの言葉を遮って誇らしげに宣言をする女性ヒーロー。暗い雰囲気を茶化して飛ばしたあの時の姿と重なる。

 

「止めてきた...?何馬鹿なことを言っている。そんな嘘に僕は惑わされないよ。大体、あの騒ぎは君達への恨み、社会への恨みでいっぱいだ。そうそう簡単に消えはしない。まあ、君達ヒーローと言う名の暴力装置だから、彼らの悲しみを聞かずに吹き飛ばしたのだろうね」

 

「力ずくということは認めるけど...。悲しみを聞いていないのは違うよ」

 

「いいや、力ずくで止めたのなら同じさ。暴力で解決したことと何の変わりはない」

 

「勝手に決め付けるのやめてくれない。そうやって勝手に決め付けていたら、貴方達を嫌がらせをした人と一緒じゃないの?だから、先生...貴方の話、不愉快で聞きたくなくなちゃった」

 

「僕の話が不愉快?本当のことを言っているだけなのに?それは不愉快ではなくて、耳が痛いだけの話ではないか?」

 

「ほらまたそうやって決め付ける。これでは話は進まないよ。話し合いで決着をつけたいのでしょ?だったら、相手が話しやすいようにしないと駄目じゃない。それに......」

 

 

「あたし達にまだ、そのマイクを向けられていないの。皆に話を求めていたのなら、あたし達にも話す機会をくれるよね?先生」

 

赤い和服のコスチュームを着た若い女性ヒーローは大胆不敵に笑う。

これまでAFOが率いる"弱き者"達の悲しみ、嘆き、怒りに誰一人反論を出来なかった質問に立ち向かう。しかもAFOの話は不愉快だと切り捨てて。

 

そんな少女の態度にAFOは怒りを覚えていなかった。それどころか、感心をして面白がっていた。

 

「ほう......。今の状況を知っていても尚、そんな口を叩けるとは大したもんだ。余程の大馬鹿なのか、状況を全然把握していないのか、被害者の声なんてどうでもいいのか...。それは話し合いの末に決めよう。お嬢さん、君の名前は?」

 

「乱舞。あたしのヒーロー名は乱舞。ヒーロー名だけで充分でしょ」

 

「それで充分だ。では乱舞、君の望み通りに話し合いに戻ろうではないか...という訳で君達、その武器を仕舞いなさい。...そう焦ることはない。何の道、口論で君達に勝てる者はいない」

 

中途半端に戦いを止められて不満を感じる"弱き者"達。はじめは武器を収める気はなかったのだが、AFOに説得をされて大人しくなる。

 

「お前さん何をしておるんじゃ!!?あいつらの口論に敵う訳なんて...!!」

 

「グラントリノ、彼女に任せてみよう」

 

言い返せなかったグラントリノは必死に止めようとするが、魔法使いが割り込んで止めに入る。

 

「しかし...!」

 

「あれだけ自信があるのなら大丈夫。彼女を信じよう」

 

「キキの言う通りにゃ。彼女に任せてみるにゃ。それに...乱舞と一緒に居た他のヒーロー達は止めに入っていないし、焦ってもいないにゃ。きっと何か策があるにゃ」

 

魔法使いとウィズの説得、乱舞の自信満々な態度、誰も反論が出来なかったのに止めもしない周囲のヒーロー達。それらを踏まえてグラントリノは黙って見守ることにする。

 

 

激しくなった戦闘の幕は一旦閉じて、またもう一度話し合いが始まる。

 

 

 

カメラはAFOと乱舞に向けられる。

二人は話しやすいようにマイクを持っていた。

 

「では乱舞。君はこの話を聞いてどう思う?」

 

「その前に、これまでのお復習を兼ねて質問をしてもいい?」

 

「構わないさ」

 

先程までの戦闘が嘘だったかのように穏やかに話が始まり、驚きを隠せない一同。自信があるAFOは余裕を持って紳士的な対応を取り、乱舞も普通に会話を始める。ただ...苛ついていたのか時折眉をひそめていた。

 

「ありがとう。...コホン...。貴方達の話って..."個性"による虐め、相性で戦わないヒーロー、身内に敵(ヴィラン)が出たことにより迫害...。過去に誰かを傷付けて、これらの問題を見て見ぬ振りをして、心の傷を疎かにしたあたし達ヒーローは、誰かを救う権利もないし、正義を振りかざす権利もない。あたし達の方が悪である...だよね?」

 

「そうだ」

 

「だから、貴方達は、あたし達を悪として倒す...そう言いたいのよね?」

 

「勿論そうだ。ちゃんと分かっているのではないか。で...君の答えは?」

 

「そうね...あたしの答えは......」

 

意を決めた乱舞は目を閉じて深呼吸をする。

たった数秒間だけ筈なのに、待っている人達にとっては途方もない時間に感じさせる。

 

色々な人達を待たせる最中、彼女の出した答えはーー

 

 

 

「先生、貴方も言う権利もないよ!!」

 

それはAFOの否定だった、拒絶だった。短い一言で増悪を表していた。

その答えに"弱き者"達は怒って手を出そうとしたが、AFOは片手で制して止める。

 

「ほう...それが君の答えか...。僕を否定したところで彼らの心の傷は消えない。それに僕は、悲しんでいる彼らの為に行動をしているのであって、僕を責めるのは論外...」

 

「だったら!なんで!!今年の冬、東京を襲ったの!!?答えて!!!」

 

AFOが言い切る前に乱舞は叫ぶ。

 

「彼らのような被害者を出さない為さ」

 

「貴方が襲った人達が、そんなことをする屑だと言う証拠はどこ!証拠があるんだったら教えて!!」

 

今まで勝ちを確信をしていたAFOが揺らぐ。

ヒーロー、一般市民関係なく過去をほじくり返して優位に立っていたAFO。だが皮肉にも、同じことをされて足をすくわれる。言い淀んだAFOに乱舞は畳み掛ける。

 

「被害者を出さない為!!?だったら!なんで!今みたいに彼らの存在を教えなかったの!!?知ってもらわないと意味ないじゃない!!貴方がやったことは街を破壊して、他人の命を奪っただけよ!!」

 

「あの事件のせいで親を亡くした子供達が増えたのよ!!今も泣いているのよ!!誰かの心を救う為なら、誰かの幸せを踏みにじっていいの!!?心を壊していいの!!?貴方も同じことをしているじゃない!!そんな人が正義ヅラをしないで!!」

 

現場に居た魔法使い達も乱舞の叫びを聞いて思い出す。いくら正論を言っていたとしても、AFOが過去にした悪事を振り返せば、彼もまた言えない立場であることを。"弱き者"の叫びを聞いてすっかりと忘れていたのだ。

 

「しかも人体実験で脳無を作っていたでしょ!どんな理由があれば人体実験をしていいの!!?人の命を粗末にしていいの!!?...ねえ!答えてよ!!」

 

叫びきった乱舞はAFOを睨み付ける。

黙っているAFOの代わりに"弱き者"が叫び出す。

 

「ふざけるなあ!!!お前達も人のこと言えねぇじゃねぇかあ!!結局俺達を暴力で押さえ付けるだろうが!!」

 

「そうだね...そのことは認めます...。言葉で止められるのなら止めたいけど...」

 

AFOの時とは打って変わって優しく、悲しげに"弱き者"達に向き合う乱舞。

 

「だったら言葉で止めて見せろ!!暴力者どもが!!!」

 

「言葉で止める...。それで貴方が止まるのならいくらでも付き合います。でも、貴方達はあたし達のことを殺したいぐらい憎いのでしょ。憎んでいるあたし達に可哀想だね、辛かったねって、言われても嬉しくないでしょ?寧ろ殺したくなるだけだよね?違う?あたし達からの労りの言葉で満足をしてくれるますか?それでこの暴動をやめてくれますか?」

 

乱舞からの問いに"弱き者"達は何も言えなくなる。

 

「そうだよね...止まらないよね...だから......」

 

 

 

「貴方達と同じ立場だったけど、無事に過ごしている人達の声を流します。それで...この暴動の件を...少しでも考え直してください。貴方達が思っている程、現実はそんなに悪くないものだよ」

 

泣いている子供をあやすように言いながら、乱舞は携帯を取り出す。

 

「聞いて!皆の声を!!」

 

マイクを携帯に向ける。

誰がどれだけ否定しても、立ち直れた人がいる限り、世界を信じて動き続ける。良い方向に向かうと信じて。



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41話 神野区事件6

『えっと...もしもし...もうこれ始まっているの?』

 

電話先の女性の戸惑っている声が聞えてくる。その光景は奇しくも"弱き者"達の叫びの始まりと被る。

 

「うん始まっているよ」

 

『そう...。分かったわ...でも心の準備をさせて』

 

電話先の女性は何度も深呼吸を繰り返す。

数十回も繰り返した後に自分の過去を語り出す。

 

『私は......"個性"を制御出来なくて人を...傷付けてしまいました......』

 

『故意ではなかったとしても人を傷付けた私は敵(ヴィラン)になり、家族も友人からも捨てられて独りぼっちになりました。ですが...最初の方は特に誰も恨んでおりません。だって、敵(ヴィラン)になってしまったのだから仕方のないことだと、それが当たり前だと思って生きていました』

 

『諦めたとは言え、世間はとても厳しくて生きてはいけませんでした。だから...私は......生きる為に犯罪を犯しました』

 

『まあ、結果としては、逃げ切れずにあっさりとヒーローに捕まるだけでした』

 

『こうして捕まった私は、刑務所の中で模範的な生活を行ったお陰で早めに出所をして、社会復帰の為にある施設に働くことになりました...』

 

『そこで私は優しく迎えられました。だけど...私はあんまり嬉しくありませんでした。だって...助けてくれるのなら、もっと早く助けてほしかった』

 

『不満が溜まった私は大人げない行動を取りました。いつも悪い方向に考えて、言葉にはいつも棘があり、手を差し伸べてくれる彼らを払いのけました。もし...子供達が居なければ、私は手を出してまた犯罪を犯していたのでしょうね...』

 

『そんな私にも彼らはずっと優しくしてくれました。...こんな生活が続いて一年、私はやっと、彼らのご好意に甘えられるようになりました。今の貴方達にとっては信じられないと思いますし、受け入れ難いでしょう』

 

『暴れたい気持ちは分かります。...でも!だからと言って!悪いことはしてはいけません!今は気持ちが落ち着かなくて理解出来ないのは分かります!だけど!!暴れまわるのはやめて下さい!今は苦しいけど!生きていればきっと!優しい人に会えますから!!』

 

『お願いだから!手遅れになる前にやめて!!』

 

『私達と共に一緒に生きよう!』

 

泣き叫んだ女性は感情的に訴える。

すすり泣く音が響く中、電話先では順番待ちの人達が誰にするのか少し揉めていた。けれども、特に喧嘩はせずに話し合いはすぐに終わる。

 

『......次は...私の番になります...』

 

今度は男性のようで、きょどりながらも丁寧な物腰で語り出す。

 

『初めましてどうも...私は社会復帰をして施設を出ていたのですが...今回の事件で心配になったので...戻り...皆さんの話を聞いて...せっかくなのだから...私にも話させて下さいと...頼み込んだ結果...こうして話す機会を貰いました...』

 

『私の場合は......"個性"が電気系だったので...よく妬まれました...』

 

『しかも......中途半端な"個性"の影響で...親からもヒーローを目指せと...でも結局は中途半端だった為...訓練をしてから一年後くらいには見放されました...』

 

『その後の人生は放っておかれるか、妬まれる人生故に...そのことが切っ掛けに...人と関わるのは嫌になり、話すことが上手く出来ません...』

 

『こんな状態ですから...就職活動が上手くいかず...放っておかれていた私は......生きる為に...敵(ヴィラン)になってしまいました...』

 

『色々あって...取り敢えず社会復帰の許可を得た私は...とある施設で働くことになりました...』

 

『そこではコミニュケーションが必須で...本当に大変でした...。大人はともかく...子供達は...少しでも変な話し方をすると...笑われたりして大変で...。私の話し方を頑張って直しても...突然泣いたり...喧嘩をしていたり...突っ掛かってきたり...』

 

『戸惑うばかりで...着いていけなくて...嫌になる日は多かったけど...』

 

『それでも...楽しかった...私は言い切れます』

 

『今の私の話を聞いて...子供と事件はなんにも関係ないと思いますが......』

 

『子供は悪いことをしたら叱られ、反省をしてもう二度としないと誓って、失敗をしながらも前を向いて歩いていく...そんな...当たり前のことを......』

 

『子供達は出来ています。それなのに...大人が...!出来ないのは可笑しいのではありませんか?!!』

 

『貴方方のお気持ちは痛い程共感をしております。私自身も何度も間違えそうになったことか...』

 

『それでも!道を間違えてはいけません!心の痛みを知っている私達だからこそ!私達を傷付けた人と同じことをしてはいけないんだ!!』

 

『痛みを知って...!!初めて人に優しく出来るのであれば...!!私達は間違いをしてはいけない!傷付けてきた人と一緒になりたいのか!!?理由をつけて関係のない人達を傷付けてしまったら、何かと理由をつけて正当化をした人達と変わりません!!私達だけは...!!私達だけは!』

 

『絶対にやってはいけません!!』

 

言い終えたのか荒い息遣いだけが聞こえてくる。

必死に否定をするその声は、まるで自分自身に言い聞かせるようだ。彼もまた辛い境遇から何度も心の闇に負けそうになっていたらしく、こんな状況でも最中厳しい言葉を投げ掛ける。

 

厳しい言葉を投げ掛けたことにより、場の雰囲気は更に悪くなってしまったのだが、次の楽観的な男性が悪い雰囲気を笑い飛ばす。

 

『ガッハハハ!!お前達が気にする気持ちは分かるが、いつまでも気にしていたら幸せにはならんぞ!』

 

「ふざけるな!!お前は救われたから言える立場であって!いい加減なことを言うのではない!!」

 

『ハッハハア!そりゃそうだ!』

 

"弱き者"の怒りにも気にも留めない楽観的な男性。

彼らが怒りで手が付けられなくなる前に強引に話を続ける。

 

『俺が言いたいことはそうじゃなくて。これだけ大暴れをしていれば、もうお前らの目的である平和な世界は作れたもんよ。だって、お前らの言い分では、人は傷付けられてはじめて他人に優しく出来るだろ?だったら、もうやめても良いんじゃないのか?こんな事件が遭った後なら、誰もが他人に優しく出来る筈だ。誰だって殺されたくはないからな!』

 

豪快に笑い飛ばす男性。最後の方は意外にも尤もな意見を言う。

彼は最後まで笑みを崩さずに次の番に渡す。

 

『そうよ!目的は達成出来たのだから、もうこんなことはやめて!前を向きましょうよ!』

 

次の番である女性も男性の話に同意をしながら話し出す。

 

『恨みや辛い過去が簡単に消えないことは分かります。でも!恨みごとばかりを考えないで、自分の幸せとかを考えて下さい!』

 

『そうだ!もう苦しみに囚われることはない!自立するまで俺達が傍にいる!俺達と一緒に生きようぜ!』

 

『そうですわ!私達が何があっても支えますから!』

 

『世界は残酷ですけど!全てが全て悪い人ではありません!考えを急に変えるのは難しいのは分かります!ですが!過去の辛い思い出ばかりを思い出しては幸せにはなりません!貴方達のような、辛い過去を経験をした人達の方が幸せになるべきですから!』

 

『辛い過去を笑い飛ばすぐらい、楽しい思い出を俺らと共に作ろうぜ!』

 

『大丈夫だ!誰だって復帰は出来る!俺だって社会復帰して会社で働いている!俺が出来るのなら君達にも出来る筈さ!』

 

『私達のようなわけありにだって幸せになれる権利はあるわ!』

 

『社会が怖くても大丈夫!なんとかなるわよ!』

 

『私達職員も支えます!』

 

「すぐに信じろとは言わないし、攻撃的でも構わない。俺だってそうだった。だから...まあ...なんて言うか...最初の方は腹が立つ程納得出来ないと思うけど、なんとかなるということだ」

 

「そうだよ!今は信じられないけど幸せになった人はたくさんいる!だから、こんなことはやめようよ!」

 

電話先から何十人の声が木霊する。また、電話だけではなく現地にいた舞梓と天意も参戦をする。

どの人達も不安を取り除こうとしたり、共に生きようと語り掛けたり、幸せを願うものだった。彼らの必死な声は電話越しでも伝わる程だ。

 

そんな彼らの切実な思いを聞いた"弱き者"達の答えは......

 

 

 

「誰がお前達の手なんか取るか!!!」

 

それは拒絶だった。

コオロギ風の男性が怒鳴って差し出された手を払う。

 

「恨みを捨てろとか!幸せに生きろとか!救われた奴がごちゃごちゃうるせえんだよ!!」

 

「大体!関係のない人に手を出すな!って言うが、生きている限り関係のない人間なんていねぇんだよ!!」

 

コオロギ風の男性の後に案内人の男性も続く。

 

「そうですね。人間は一人では生きられない。この事実がある限り、無関係な人間はこの世はおりません。救われた貴方方には分からないと思いますが、目的の為に作られた人の気持ちは理解出来ないのでしょう」

 

「そうよ!"無個性"だけで差別された苦しみもアンタ達には分からないわよ!」

 

「ええ、そうですわね。何も悪さをしていなくても、敵(ヴィラン)の子供ということだけで迫害をされた私の気持ちも分からないと思います」

 

赤毛の女性と案内人の女性も同意をする。

 

「俺達の幸せはな!ここにいる奴ら!なんも知らずに生きている阿保な奴ら!そいつら全員を殺すことが俺達の幸せだ!!!」

 

「そうよ!!殺さないと私達の気が済まないわ!!」

 

「ええ、その通りですわ」

 

「右に同じです」

 

他の"弱き者"達も肯定をする。撮影組も頷いて同意をしていた。

 

「そんな......」

 

「駄目なのか...!!」

 

「根津校長の言われた通りにしたのに...!!何故上手くいかなかったんだ!!?」

 

完全な負けだった。

グラントリノ、ベストジーニストなどのはじめとした他のヒーロー達は意気消沈をして弱音を吐き、結果が分かりきっていたエンデヴァーはつまらなそうに腕を組み、オールマイトは気まずそうに俯いていた。魔法使いとウィズも心苦しく感じていた。

 

一番悔しんでいたのは説得に来たオアシス組だった。

だが、結果が分かりきっていたのか弱音を吐くことはなかった。それでも舞梓は今にも泣きそうな表情を浮かべ、天意は何も出来なかった自分に腹を立てて拳を握っていた。

 

ヒーロー達には重苦しい雰囲気が流れ、敵(ヴィラン)側には勝利を確信して喜びに満ち溢れる。

 

AFOがとどめの言葉を刺そうとしたその時ーー

 

 

 

『だから君達は幸せになれないのだよ』

 

柔らかな口調で爆弾発言がぽつりと呟かれる。

静かな声量なのにこの場にいる全員の耳に強く響く。その声はベストジーニストのポケットから聞こえてきた。

 

その言葉に"弱き者"、オアシス組、魔法使いとウィズは怒りで言葉を失い、他のヒーロー達も不適切な発言に大慌てになる。

 

「ちょっ!?根津校長!!一体何を考えているのですか?!!」

 

『怒らせることは重々承知さ。でも、そうやって言わないと関心を向いてくれないからね。...では、先生...僕にもマイクを向けてもらえないかな?』

 

「ああ...良いとも...」

 

AFOの了承によりベストジーニストは自分の携帯をマイクに向ける。

AFOはにこやかに返事をするが、不愉快そうにムッとした声が隠しきれなかった。

 

『ありがとう先生。さて...僕の正体は...ネズミなのか?犬なのか?熊なのか?その正体は...校長さ!』

 

「......えっ...?」

 

「にゃにゃ!?こんな時に何を言っているのにゃ!!?」

 

根津の始まりの言葉に魔法使いとウィズは呆けてしまう。

魔法使いとウィズはふざけた根津に対して怒ろうとしたが、他の人達は特に反応をしていなかったことに気が付き、この言葉自体がいつも通りの挨拶だと気が付く。

 

魔法使いとウィズは怒りを抑えて話を聞く体勢に入る。

 

『僕から言いたい話は一つだけ。よくもこんなに憎悪にまみれるまでにしてくれたね』

 

「それは僕の責任ではなく、君達の責任なのでは?君達がここまで差別を放置していたからではないのかな?」

 

『それは違うね。だって、"弱き者"を説得に来た人達は同じような過去を持っているのに社会に恨みを持っていないのではないか。それと...差別を放置しないからこそ、暴れている君達を止めるのさ』

 

「俺達を放置しておいて倒すとか!それのどこが差別を放置しないと言うんだ!!俺達敵(ヴィラン)が憎いから倒すだけだろうが!!!」

 

『...ではとある話をしようか...』

 

"弱き者"の怒鳴り声を物ともせずに根津は語り出す。

 

『これは"個性"が生まれる前からの話"......ある部落差別の用いた理論のお話...』

 

『その理論では差別を受けた苦しみは差別を受けた者しか分からない。だから、受けた苦しみは、苦しみを受けた人が決める。そこまでは良いよ。そこまでは...。だけどね...ここから先が大問題なんだよ......』

 

根津は大きな溜め息をつく。

それから数秒経った後にゆっくりと語り出す。

 

『お金が無いのは理不尽だと、富裕者などからお金を奪い、差別だと言い張って暴力や脅迫を行う。...ちょうど今みたいにね!』

 

強く誰にも邪魔されないように叫ぶ。

 

『しかもその理論を作った人は差別者を作るのは簡単だと、豪語したんだ!』

 

『その人のせいで!お金を持ってきない部落民が居酒屋で大暴れをして、飲食代を無料にするだけに飽きたらず、居酒屋の主人を謝らせて金一封を巻き上げたんだ!それだけではない!部落出身の小学生が勉強出来ないことを全て差別のせいだと、開き直るような子供が生まれてしまったんだ!』

 

『"個性"が無い時代から、弱い立場を利用して暴れている人が居たんだよ。この話を聞いた上で"弱き者"、先生、君達に尋ねよう。差別は無くなると思うかい?』

 

"弱き者"は黙っていたが、AFOは怯むことなく余裕を持っていた。

 

「それは君達が差別するのがいけないのでは?」

 

『じゃあ、暴れても良いの?人を殺しても良いの?殺す殺さない基準は?君達が決めるとなると...それは逆差別じゃないの?同じことを繰り返して説得力は無くなるよ』

 

「やられることをやったのが悪いのでは?」

 

『先生、君は分かっていてやっていると思うけど、まんまその理論だね。その理論をこっちも使わせて貰うと、君達に苦しめられた僕達の苦しみを返すことが出来る。永遠ループだね』

 

「では、苦しめられた人と苦しめた人が仲良しこよしで手を繋ぐ?そんなこと出来るものなら...」

 

『出来るよ』

 

AFOの言葉を遮る。

 

「ほう...こんな事態になってもまだそんなことを言える。そんな君の馬鹿な案を僕達に聞かせてくれないかい」

 

『うん、良いよと...言いたいところなんだけど...本当はあまり、この手は使いたくなかったのだが......』

 

AFOに嘲笑われても気にしていない根津だったのだが、何か言いづらそうにしていた。

 

「ほら出来ないのではないか」

 

「そうよ!出来ないのなら黙っていないよ!この糞鼠!」

 

「畜生は黙っていろ!」

 

黙った根津に罵倒を浴びせる"弱き者"達。

 

『いや...言えないことはないのだけど...これを言うと......』

 

 

 

『"弱き者"、説得しに来た人達の苦しみ全てを否定することになる』

 

根津はやっとのことで重たい口を上げる。

 

「苦しみを否定......?それはどういうことだ?」

 

根津の言いづらそうな口調に天意が尋ねる。

 

『なんて言うか......"無個性"だからとか、敵(ヴィラン)の子供だからとか、危ない"個性"だからとかで気にする人はあまり居ない...。それどころか本人も、肩書きとか気にしないで普通に生きている。なんなら、殺し合った人でも仲良く出来ている人達が居るのだよ』

 

「そんな人...居るわけないだろ。お前も絵本の読みすぎか?」

 

「そんな人達がいるの!!?......いたら...こんなことにはなっていないよね......」

 

『敵(ヴィラン)の子供でも気にしないの!!?......そんな人がいたら見てみたいわ...』

 

『危ない"個性"でも!!?......ヒーローでさえ、"個性"で判断するのに...見逃してくれる人なんて......』

 

『"無個性"でも虐められないだと!!?...なわけないだろ、この"個性"主義の世界で......』

 

「殺し合っても仲良く出来る!!?そんな馬鹿な!!そんな人間なんてこの世に存在する訳がない!!......なんて言うと思ったかい?残念。君達の子供騙しの話には、これぽっちも付き合う気もないよ」

 

根津の言葉が大混乱を招いたが、すぐに騒ぎは収まる。

AFOと"弱き者"達は嘲笑い、オアシスの人達はぬか喜びをして落胆する。魔法使いとウィズは、この世界でオアシスの職員以外で誰が出来ていたのかな?と、首を傾げていた。

 

「へぇー、居るのかい。だったら教えてほしいな、君が作った架空の人物の話を」

 

まるで小さい子供を相手にするかのようにAFOは嘲笑い、根津はそんなAFOの挑発を無視して語り出す。

 

『例えばそうだね......』

 

 

『一族の宿命を背負わされて、人形という意味を持った名だとしても、誰よりも強く生きている少女』

 

「にゃにゃ!?まさか...!!」

 

一人目の時点で魔法使いとウィズは察する。

 

『家業のせいで大切な人をいつの間にか殺されてしまっていた青年』

 

『世界を滅ぼそうとした敵(ヴィラン)の息子』

 

『自分の力のせいで母親を殺してしまった少女』

 

『本能で悪さをしてしまう人達』

 

『とある目的で作られた人達』

 

『皆、懸命に生きているよ。それなのに僕達だけは出来ないのはどういうことなのかい?』

 

「そんな人...居るわけが......うん?ちょっと......待てよ.........なんだ?その態度は...?心当たりがあるのか?本当に居るのか?......いや......グルになっているだけか......。そうだね、君達は味方なのだから、互いに庇い合うのは当たり前のことだね」

 

魔法使いとウィズの態度を見て驚くAFO。

だけども、また元の調子に戻って魔法使い達を小突き回し続ける。根津はAFOの批判に負けることなく、怯まずに話し合いを続ける。

 

『いいや、庇い合っていないよ。これは本当のことさ。AFO。君がいくら馬鹿にしても、話し合いが終わるまで語り続けるよ。その為に僕はここに来たのだからね。それに...この話は君も絶対に聞きたいと思うから』

 

「僕が聞きたい?」

 

『そうだよ。なんだって君がずっと探っていた人のことだからね』

 

「僕が探っていた人?」

 

『ああ、君が探っていた人だ。この話は、黒猫の魔法使いが力を借りている人達のことさ』

 

根津が一斉に魔法使いの方を振り向く。

皆の表情は鬼気迫る程だった。舞梓は縋るような目付きで見詰め、天意と"弱き者"達は信じられないと絶句をし、他のヒーロー達も動揺をしていた。

 

「そうなの!!?黒猫の魔法使いさん!!」

 

『気持ちは分かるけど、話を進めたいから落ち着いてね』

 

魔法使いに詰め寄る舞梓に根津が止めに入る。

舞梓は素直に離れる。

 

『黒猫の魔法使い、ウィズ。君達には悪いけど、この現状を解決する為には君達の正体をばらすかしない』

 

魔法使いとウィズが何かを言う前に根津が話し出す。

 

 

 

『他の世界は出来て、僕達の世界だけ出来ない問題を』



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42話 神野区事件7

「他の世界.........?」

 

根津の出だしに怒り狂っていた"弱き者"は放心をし、絶対王者のように余裕を持っていたAFOはアホ面を晒す。他のヒーロー達も拍子抜けて突っ立っていた。

 

「............"個性"が無くなってただの鼠に戻ったのか?」

 

『そう言いたくなる気持ちは分かるよ。けど、これは本当のことなんだ』

 

AFOが呆れ果てていたが、根津はAFOの状態を気にも止めずに話を進める。

彼らの様子を一々気にしていたら、一生話が進まないからだ。

 

「私達のことを話すことは別に構わないにゃ。けど!この方法は...!」

 

『ウィズさんの言いたいことは分かる。それでもやるしかない。彼らの親玉であるAFOを言い負かすのにはこれしか方法はないんだ。AFOを言い負かせなければ、この事件を止めたとしても、解決したことにはならないんだ。それとね...この常識を壊さなければ幸せにはなれない』

 

ウィズの言葉を遮って静かに力強く言い切る根津。電話越しからでも彼の気迫が、覚悟が、伝わる程だった。

そこで魔法使いは根津の決意に応える為、話に乗ることにする。

 

「分かった。でも、どうやって信じさせるの?」

 

『簡単だよ。君の使っているカードは何か話す時があるのだろう?それを利用するんだ。証人はオールマイトとエンデヴァー。No.1とNo.2の発言力はかなり強いから大丈夫さ。それに......AFOにも手伝って貰うから』

 

根津の言い分に一理あった。

この世界ではヒーローが全てと言っても過言ではない。そんな世界で頂点を取ったNo.1とそのNo.2の発言力は強いのは確かだ。また、カードが話すのも事実である。話す内容によっては異世界特有の単語もあり、そこをつけば良い。とはいえ、AFOが手伝ってくれる保証はないのだが...。

 

「.........えっ?僕にも......!?」

 

『当たり前だよ。公平に話を進めたいのなら、君にも頑張って貰わないと。君が持っている"個性"の中には嘘か真実かを見破れる"個性"があっても可笑しくはない。勿論、無かったら無理強いはしないさ』

 

「......そういった"個性"は有るが...」

 

素の状態であった為、思わず答えてしまうAFO。

気が抜けているAFOをチャンスと言わんばかりに、根津は畳み掛ける。

 

『なら出来るね。まさか...出来ないの?あれだけ啖呵を切ったのに?魔法使いのことを絵本主義と、馬鹿にしたのだから、話し合いなんて余裕だよね?それとも......論破されるのが怖くて出来ない...そんな訳は...ないよね?』

 

放心状態のAFOを挑発する。

怒りによりAFOは素に戻る。怒りに囚われることもなく、余裕を持って対応をする。

 

「良いだろう......。君達の話、最後まで付き合ってあげようではないか」

 

 

 

 

 

 

「では、これより、審議を開始する」

 

全てを消し去るような眩い白い光が、AFOの掌に集まり、その掌を魔法使い、ウィズ、オールマイト、エンデヴァーに向ける。

 

『ちょっと待って』

 

"個性"を使って何かする前に根津が止める。

 

「君達が願った通りにしているのに、まだ文句があるのかい」

 

『当たり前だ。これを機に、話し合いが終わったとしても、"個性"を使って動けなくするのだろう。そのようなことはさせないさ』

 

「おやおや...。早速絵本主義をやめてしまったようだね。敵(ヴィラン)のことを無下にして...」

 

『無下にはしていないよ。ただ信用をしていないだけ。それに...いくら絵本主義で、元敵(ヴィラン)とかを許していたとしても、信用を勝ち取るまでは普通に疑うからね』

 

おどけるように口撃をするAFOを軽くあしらう根津。

根津が来てからというもの、形勢が逆転をしようとしていた。その流れを終わらせない為にも、魔法使いとウィズは言い争う前に決断をする。

 

「......はぁ...やれやれだにゃ。本当はこのやり方は嫌だけど仕方ないにゃ...。私が皆を代表をして受けるにゃ」

 

「いや、ボクが受けるよ」

 

「君達が受けるのか!!?相手はあのAFOなんだぞ!信じてはいかん!!」

 

魔法使いとウィズの決断に大反対をするオールマイト。

魔法使いは安心させるように笑って答える。

 

「皆がいるから何があっても大丈夫だよ。それに...驚きすぎて何も出来ないと思うから」

 

魔法使いの挑戦的な言葉にAFOは更に黙ってはいられなくなる。

 

「いつまでその軽口を叩けるのやら......。精々みっともなく足掻けばいい。『饒舌』+『審判』+『罰』」

 

オールマイトが止めようとしてきたが、魔法使いが防護障壁を張って拒む。

魔法使いとオールマイトがやり取りしている間にも、容赦なくAFOの"個性"が魔法使いとウィズに降り懸かる。白い光は魔法使いとウィズの頭から爪先まで包み込むと、何事もなかったかのように消える。

 

「その"個性"は僕のお気に入りでね、よく尋問をする時に使うんだ。君達はその"個性"の影響でお喋りとなり、聞かれたことには全て返事をすることになる。勿論、嘘をつくのかは君達の自由。その代わり...嘘をつけば想像を絶する程の痛みが君達を襲う。怖ければやめても良いんだよ」

 

「怖くはないよ。嘘をつく気はないからね。そんなことよりも...大人しく捕まった方がいい。この話を聞けば皆、心が壊れてしまう!」

 

AFOの挑発に乗らず、魔法使いは大人しくすることを再度進める。魔法使いもウィズと同様、この方法は一番やってはいけないことだと分かっていた。だから、最後の話し合いが始まる前に必死になって止めようとする。

だが、返ってきた答えは、吹雪のように冷たく何もかも否定をするようなものだった。

 

「心が壊れる!!?はぁあ!!?今まで私達の心を壊していたくせに!!今更何!善人ぶって!!!」

 

「そうですよ。今更寝言を言わないで下さい。貴方方ヒーローが、今まで人の心を気にしたことがありまして?」

 

「貴方達に捕まるぐらいなら、死んだ方がましです」

 

「そうだそうだ!!」

 

「やっぱり嘘がつくのが嫌で説得をするのかい?無駄だよ。僕の"個性"からは逃げられない。さて早速、尋問を始め...」

 

『ちょっと待て。僕からも言いたいことがある』

 

魔法使いの説得が失敗に終わった時、根津が急に話に割り込んでくる。

 

「......いい加減にしてくれないかな。僕は、君達の我が儘に応えてあげているのに、これ以上何を求めるんだ?」

 

『我が儘もこれで最後さ。"個性"を持っているのか、持っていないのかどうかは、僕が決めさせてほしいのさ』

 

「.........?何を言っている。なんでそんなことを決めなければならないのだ?異能の力は例外なく全て、"個性"だ」

 

『いいから僕の言う通りにしてほしい。証拠として...試しに......黒猫の魔法使いに対して、君は"個性"を持っていますか?と、質問をすれば良い。そうすれば僕の言いたいことが分かるさ!』

 

「.........は?......はあ?君は僕のことを馬鹿にしているのかい?」

 

『馬鹿にはしていないよ。僕の言っていることが正しいかどうかは、君が質問をして確かめればいい』

 

暫くの間、誰も動かず黙っていたが、痺れを切らしたAFOから動き出す。

おちょくられていると勘違いをしたAFOは、全ての鬱憤を晴らすかのように魔法使いに問い掛ける。

 

「黒猫の魔法使い!君は"個性"を持っているか!!」

 

AFOからの問いに魔法使いは覚悟を決めて、AFOの目を真正面から受け止めてしっかりと答える。

 

「ボクは......"無個性"だ!」

 

 

 

「..................はい.........?」

 

AFOの腑抜けた声だけが溢れる。

怒りで暴走をしている"弱き者"達も、味方である他のヒーロー達も、電話越しで話をしていた人達も、この場面を見ている人達も皆、呆気に取られる。シリアスな空気が一変とし、出来事全てが茶番な喜劇のような雰囲気となる。

 

「............僕の聞き間違いかな?.........僕も大分いい歳だからね......。もう一度言ってくれないかい?」

 

「"個性"は持っていない。"無個性"だ」

 

「......ふざけるのも大概にしてくれないかい。この状況を分かっている?」

 

「ふざけてはいない。自分は"無個性"だ」

 

「僕達を馬鹿にしているのか?」

 

「していない」

 

「.....................付ける"個性"を間違えたのかな......。ああきっとそうだ、そうに違いない。歳を取るのは本当に嫌なもんだねえ.........。『饒舌』+『審判』+『罰』」

 

魔法使いとのやり取りにAFOは頭を抱える。

気を取り直すと腕を伸ばして"個性"を繰り出す。白い光が再度魔法使いとウィズを包み込む。

 

「では...今度こそ......ふざけないで貰おうか...。黒猫の魔法使い、君の"個性"は一体なんだ?」

 

AFOからの問いに魔法使いはある決断をする。

 

「ボクは......"個性"を持って...??!!!!」

 

「キキ!大丈夫にゃ!!?しっかりするにゃ!!」

 

「魔法使い!」

 

魔法使いが嘘を付いた瞬間、耐え難い痛みが襲い掛かる。ウィズとオールマイトの心配した叫びが何度も聞こえてくるが、返事をする余裕もない。

 

爪を剥ぎ取られ、舌を引き抜かれ、骨を折られ、焼鏝を押し付けられ、溺れて呼吸が出来なくなったような痛みが同時に襲い掛かってくる。

あまりの痛みに魔法使いは、叫ぶことも出来ずにのたうち回る。猛烈な吐き気と頭が割れるような頭痛を覚えていたが、その痛みさえも忘れてしまう程の強烈な痛みで、常人であれば死んでしまっても可笑しくない程だった。

 

身体中の擦り傷を作りながら、弱々しく立ち上がる魔法使い。そんな魔法使いをウィズが叱る。

 

「キキ!無茶は駄目にゃ!!」

 

「ごめんなさい。けど......ここまでしないと、話が進まないと思ったから」

 

"個性"の発動のタイミングにAFOは驚きを隠すことも出来ず、公衆の面前で阿保面を醸す。今までのAFOの態度からではあり得ないことだった。

 

「なっ......!!??!!そんな馬鹿な!!"個性"の発動のタイミングが可笑しすぎる!普通逆ではないのか!!!」

 

『本当に可笑しいよね。でも、だからこそ、彼女達が異世界人だと証明が出来るのさ。というか...黒猫の魔法使いの"個性"を見て、強すぎると思わなかったのかい?攻撃も、防御も、味方を強くすることも、回復さえも出来ることも。君でさえも回復出来る"個性"を持ってはいないのに。可笑しいと疑問を感じることはなかったのかい?』

 

根津はAFOが取り乱したタイミングで話し掛け、最後の一押しを押す。

 

「そ...それは......」

 

『"個性"をいっぱい持っている君なら、この異常さを分かってくれるよね。頭が追い付けないと言われても、君達が認めてくれないと話は進まないんだ。そのお気に入りの"個性"を信じて、彼女達が異世界人だと認めたらどうだい』

 

「..............馬鹿馬鹿しいが......信じる他は無さそうだ.........」

 

AFOがやっと魔法使い達が異世界人だと認める。

AFOが認めたことにより"弱き者"達は戸惑う。何か言いたそうであったが、自分達のボスが認めた以上、黙って従っていた。

 

「......だからといって、信じるにはまだ弱い。他にも証拠はないのかね?」

 

AFOの要望に魔法使いは自信満々にカードを取り出す。

取り出したカードに魔力を込めてマイクを向ける。

 

「あなたにはいつも世話になってるわね、魔法使い。異界から来てくれたのがあなたで良かったって思うわ、ホント」

 

「異界とは面白いものだ。教えてくれたまえよ、貴君のおすすめはどの異界かな?」

 

「カムラナがどうしてあなたを呼んだのか、私もその理由は知りませんが、本当に、あなたで良かったと思います!」

 

「色んな異界に行ったからには、色んな料理を食べてきたんでしょう?思い出深いものはある?…『ダークサンブラッド』?それ、食べ物の名前?」

 

「別の世界にいてもね、あなたとのつながり、ずっと感じてるよ。ありがとう」

 

「ありとしある全ての異界が平和でありますように。生きとし生ける者全てが幸せでありますように」

 

「魔界のひと達に会いたくなることはあるけど、魔界に帰りたいとは思わないかも。苛酷な世界だからね」

 

「108もの異界があるとは驚きですね。それだけ異界があったら、私のような人間が他にいてもおかしくなさそうです」

「いて欲しくないんですけど」

 

カードから男女の声が流れる。

話す内容は異世界があること、別の世界から来たことを示しており、認めざるを得ないものだった。普通だったら質問責めになる筈なのだが、理解が追い付かない為に誰もが黙る。

 

『......まあ...と言う訳で......"個性"があるかどうかは僕が決めさせて貰うよ。力があるかどうかは、この話にあまり意味はない関係ないから良いよね。では...話を始めようか。先ずは...一番始めに話し出した少女の居る世界にしようか』

 

根津は軽く咳払いをする。

この場を支配していると言っても過言ではなかった。

 

『一人目の少女...その少女の名はルミスフィレス。彼女は人間ではなく妖精だ』

 

『彼女達が住んでいる世界には独自の言葉がいっぱいある。今は......フェアリーコード、吸血鬼、コードイーター。この言葉だけが重要さ』

 

「フェアリー......コード.........。フェアリーは妖精って分かるけど、コードは一体何?コードイーターも何?」

 

一番始めに我に返った舞梓が尋ねる。

驚きすぎて呆けてしまっていたのだが、どんな人とも仲良く出来る人達の話が聞きたくて気力で立ち直る。

 

『フェアリーコード、それは...人や動物などの心があるものが織り成す音色』

 

「.........??.........何それ?」

 

『そうだね......なんて言うか......その...ルミスフィレス達の居る世界は、音でできた世界であり、フェアリーコードはそんな世界を守る為の音なんだ』

 

「音で......できた.........世界............」

 

また理解出来なくて呆然とする舞梓。

根津はそんな舞梓を労りながら話を続ける。

 

『そのぐらいの認識で良いよ。で...ここからが本題なんだけど...そのフェアリーコードを壊す為に生まれてきた存在が吸血鬼。別名コードイーターさ』

 

「......そうなんだ...。けど、それが何と関係あるの?」

 

「そうだよな......。その吸血鬼、コードイーターが敵で、倒したと言う話なんだろ......」

 

舞梓の質問に天意が呟く。

 

「殺したと言う話だけでしょ」

 

「世界を壊す存在なんだろ?だったら、倒して終わったのだろ。やはりヒーローとしても、放置する訳にはいかないし...」

 

天意に続いて正気に戻った他の人達も意見を述べる。皆々が倒したとしか考えておらず、魔法使いとウィズはそんな彼らに怒りを覚える。

怒った魔法使いは、怒りと悪しき常識を吹き飛ばすように、息を吸い込んでから叫び出す。

 

「全然違う!!」

 

「そうだにゃ!全然違うにゃ!!」

 

「はあ?全然違うって何が!?」

 

「世界を壊す存在なら、殺されて当然ではないのか?」

 

「じゃあ...殺さない以外の方法があったのか?」

 

「それはあり得ません。少しの違いで差別するのが人間ですから...。それにこの場合は殺して正解なんでしょう」

 

魔法使いとウィズの怒りに他の人達はきょとんとする。

 

「ほう...全然違うと...。何が違うのかい?教えてくれないか。君達の話ではどうせ、彼は迫害されて、辛い日々を過ごし、その後に真の仲間に出会って立ち直る。そんな下らないお涙頂戴な話なんだろ。それと何が違うんだ」

 

復活したAFOが面白そうに問い掛ける。彼もまた殺されている、又はオアシスの人達と同じ結末だと思っていた。

仲間の存在を否定されて、魔法使いは怒りに支配されてしまいそうになるが、その怒りをマイクにぶつける。

 

「彼はそういった生まれだけど悪さなんかしていない!普通に生きている!その力を使って仲間と一緒に戦ったり、ファミレスに集まって話をしたりして仲がいいんだ!」

 

「「「「.........えっ......?えーーー!!??!!」」」」

 

魔法使いの返事に絶叫をする一同。

その音量に負けないぐらい、今度はウィズが言い返す。

 

「そうだにゃ!皆と仲良く過ごしているにゃ!!君達みたいに肩書きだけで批判しないにゃ!大体、根津が悪さしたって一言でも言ったのかにゃ?!」

 

『ウィズさんの言う通り、僕は一言も、彼が悪さをしたなんて一言も言ってはいないよ。そういった存在が居ると言っただけさ。なのに君達は、早とちりをして勝手に、悪い存在だと決め付ける。駄目じゃないか。同じ世界の住人の方が、よっぽど人間としてできているよ。彼が世界を壊す為に生まれた存在だと知らされた時、かなり驚いていたけど、その後は何事もなかったかのように接していたのだからね』

 

『ねえ、ヒーローの君達、偏見で決め付ける君達はヒーローなのかい?彼の正体を知って普段通り接している人達の中には、女子高生、男子高生、OLといった、一般人として過ごしている人達も居るんだよ。それなのに...君達は...人を守る仕事のことを本当に分かっているのかい!!』

 

根津の問いにヒーローは黙り、その様子を"弱き者"達は嘲笑おうとしたが、根津は隙を与えなかった。

 

『君達も君達だ。君達もこの世間を変える為に、僕達のことを殺す割には、君達が嫌っているヒーロー達の考えと何一つ変わらないのではないか!それでは世間は変わらない!!変えたいのなら、異世界の人達と同じように、自分達が出来ていないと意味ないじゃない!その様な考え方の時点で、一生この世間の考え方を変えることは出来ないんだ!!』

 

根津の言い分に"弱き者"達は我を忘れて怒り狂う。

 

「何よ!!私達は被害者なのよ!!この考えに囚われても仕方ないじゃない!!!」

 

「そうですよ!!私達の考えは貴方方のせいで変わらないのですよ!元を辿れば貴方方の責任です!!」

 

「責任転嫁をしないで下さい!!!」

 

「俺達のせいにしているんだよ!!」

 

『その考え方が僕達のせいだとしても、この話は他の世界の人達の話なんだよ。他の世界の人達は君達を傷付けたことはないし、会ったことすらもない。だから君達の考えを押し付けるのは大分失礼だよ。ちゃんと出来ているのに。それに...僕は始めに言ったよね。この世界では出来なくて、他の世界では出来ていると。せめて君達と関係ない所ではその考え方をやめるんだ。でないと、一緒になってしまうよ。それで良いの?』

 

根津の返しに俯いてしまう"弱き者"達。

根津は大きな溜め息をつく。

 

『......まだ一人目の時点でもうこれなんだね...。まだ一応本題に入っていないのだけどなあ......。疲れるのだけど......これ、ちょっと、話を進めるのはかなりきついなあ...。しかもこの手のタイプはそれなりに居るのに...。君達の為に話をまとめると、この手のタイプの場合の反応は一緒になって驚いて、その後は何事もなかったかのように受け入れる。皆そんな感じだ。じゃあ...話に戻ろうか』

 

『その彼には娘が居た。その娘が先程言った...自分力のせいで母親を殺してしまった少女だ。では...問題。この少女はこの後どうなってしまったのでしょうか?』

 

根津の質問に誰も答えない。

 

『そうだよね。分からないよね。答えはね......』

 

 

『娘も何事もなかったかのように受け入れた。娘がやらかしたことを知っていても。今度は暴走をしないと信じて』

 

「嘘だ!!」

 

『本当のことさ。ねえ、黒猫の魔法使い、ウィズ』

 

「うん、そうだ」

 

「そうだにゃ」

 

魔法使いとウィズは、泣いて必死に否定する男性の目を真正面から見て肯定をする。

 

「嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!嘘だ!!絶対に嘘だーーー!!!!!」

 

彼は今までカメラマンとして黙っていたようだが、自分と似たような境遇なのにも関わらず、受け入れられている少女に嫉妬のあまり壊れてしまっていた。

彼は一言も自分の境遇を語ってはいないのだが、その壊れて叫び続ける様子から誰の目にも分かる程だった。

 

彼だけではなく、舞梓の携帯からも女性の啜り泣く声が聞こえてくる。

 

「こうなると分かっていたからやりたくなかったにゃ...」

 

ウィズの呟きに魔法使いは首を振る。

どうして二人がこうなると分かっていた理由は、緑谷の態度だった。

 

緑谷はヒーローになって人を救いたい。けど、常識に囚われていた。そのことに腹を立てた魔法使いが問答無用で語り出した。その結果......

 

緑谷は異世界の話を聞く度に、そっぽを向いたり直ぐ様耳を塞ぐようになってしまった。

特に"無個性"が"個性"持ちに戦う話には拒絶反応を見せる程だった。緑谷曰く、自分が何も努力をしてこなかったと否定されているようで、嫌になるらしい。魔法使いとウィズがそのことを否定している訳ではないと、何度も言っても理解してはくれなかった。とはいえ、必要な時は問答無用で話すが......。

 

その経験から事態がこうなると予測していた。

だから、拒絶されると分かっていても、最後まで降伏をするように頼み込んだのだ。

 

魔法使いとウィズが考え込んでいると、嫉妬で壊れた男性が指を指して叫び出す。

 

「そうだ...!!証拠は!!!証拠はどこにある!!証拠が無ければ、俺は信じないぞ!!!!!」

 

魔法使いを彼を悲しそうに見詰めながら、カードを取り出して魔力を込める。

 

「ユリカには、背負わせない」

 

男性の声がマイクによって広く鳴り響く。

 

「これが証拠だよ」

 

「何をだ!何を背負わせないんだ!!!」

 

「...お母さんを...殺してしまったことについてにゃ」

 

「それだけが証拠なんて...!!」

 

『カードではそれだけかもしれないけど...敵の手によって暴れさせられてしまった後、娘に抱き付いてごめんね、ユリカって謝ったりしていたよ。......まだまだ色々とあるけれど......聞く?』

 

どれだけ言っても聞き入れられない男性に追い討ちを掛ける根津。本人は反論をしているだけのつもりなのだが、端から見ればとどめを刺しているようだった。

反論された男性は涙を流しながら狂ったように笑う。

 

その様子を見て根津は提案をする。

 

『ちょっと、落ち着くまで...休憩をしようか』



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43話 神野区事件8

『......大丈夫かい?そっちには精神分析が出来る"個性"持ちはいない?』

 

ある程度時間が経った頃、根津がこちらの様子を尋ねてくる。

電話越しでの呻き声、画面から見える頭を抱え込む"弱き者"の姿。どれも同情をさせる程の痛々しさを感じさせるものだった。

 

根津は心配をして声を掛ける。だが、"弱き者"からの返答は......

 

 

 

「たかが一つの世界が出来ただけで調子に乗るな!」

 

「そ、そうよ!一つの世界が出来ていたからって、私達が屑な訳がないでしょ!」

 

「そうだ!そうだ!お前達のような屑どもと一緒なのは、絶対にあり得ん!」

 

罵倒だった。

今の彼らには何を言っても聞く耳を持っていなかった。そんな彼らを魔法使いは冷めた目付きで睨む。

 

「そう?そのわりにはソウヤのことを決め付けていたね。君達は、君達のことを傷付けた人達と同じことをした。何が違う?他人は駄目で、自分達が言うには問題がないって訳?」

 

魔法使いは怒りで物凄く切れていた。

この世界に来てからというもの、変な言い掛かりで罵倒され、ゴミを投げ付けられ、間違っていると文句を言い続けていれば、第三者であるオアシスの人達が被害に遭う。

それらに加えて、共に戦った大切な仲間を肩書きだけで、勝手に害悪な存在だと思い込んで殺す、倒すべき存在だと言い張る。

 

これらの要素が合わさったことにより、魔法使いの堪忍袋の緒が切れ、被害者である"弱き者"に怒りをぶつけてしまう程だった。

 

「な、何よ!あんたみたいな、魔法と言うデタラメで、強力な力を使える奴に!私達の気持ちなんて分かる訳ないじゃない!!」

 

「そうだ!お前と逆の立場の人間だったら!俺達と同じ意見の筈だ!!」

 

「...逆の立場......」

 

赤毛の女性とコオロギ風の反論に魔法使いは俯く。

その姿に"弱き者"達は一気に畳み掛ける。

 

「そうよ!あ~あ、可哀想に!あんたがどんな所を旅してきたのは知らないけど。魔法を自由自在に使えない人に会っていたら、泣かせていたわよあんた。良かったわね、その様な人に会う前に私達に会って。いい勉強になったでしょ?」

 

「彼女の言う通りですよ。その様な人に会う前に、先に僕達に出会えて良かったですね。貴女の様な人が人を泣かせるのですよ」

 

更にバーテンダー風の男性も加わる。

彼らの反論に魔法使い、ウィズ、根津は答えない。他のヒーロー達は、俯いて小刻みに震えている魔法使いとウィズを心配そうに見詰める。

 

AFOが口を開こうとした、その瞬間......

 

 

 

「にゃははははは!!!」

 

ウィズの笑い声が空高く響き渡る。

あまりの笑いように"弱き者"、他のヒーロー達は面食らう。

 

「ウィズ、笑いすぎだよ」

 

ウィズを注意する魔法使いも笑っていた。

彼女達が俯いていたのは反論が出来ないからではなく、ただ単純に笑いを堪えているだけだった。

 

「何が可笑しい?!!」

 

予想外の反応に"弱き者"達は戸惑う。

誰もが魔法使い達に対して白い目を向ける中、魔法使いは大胆不敵に笑う。

 

「残念だったね、もうそういう人とは、別の世界で友達になっているよ」

 

「そうだにゃ!私達の冒険談、出逢った仲間達を甘くみない方がいいにゃ!君達のように、嫉妬して攻撃をしたりしないにゃ!」

 

『.........本当にさ...相手にも失礼だし、怒られるだけだから、下手なことは言わない方がいい。もう一回言うけど、異世界の人間は君達の考えと大分違う。...丁度彼女の話になったことだし、彼女、リフィルの居る世界の話をしようか。その世界の話が、君達が幸せになれないことを物語っている』

 

根津は怒ることもなく、笑うこともなく、同じ世界の住民として呆れ果てていた。

 

「ほう......。では聞かせて貰おうか。リフィルという人が居る世界の話が、彼ら"弱き者"が幸せになれないと言う証明を。...おっと...その前に......今までの話に嘘はないかね?」

 

「嘘はない」

 

魔法使いは即答をする。

その言い様に、AFOの能面のような顔が少し歪むのであった。

 

 

 

 

『そちらの状態も大丈夫そうだし、話を進めようか』

 

根津が一呼吸を置いて話を始める。

 

『リフィルが居る世界...彼女の居る世界では魔法が失われ...代わりに...ロストメアと言う...かつて誰かが抱いていた夢が、魔物となって暴れている世界...』

 

「かつて誰かが抱いていた夢......それって、どういうこと?」

 

舞梓が皆を代表して尋ねてくる。

舞梓はすっかり質問係りになっていた。

 

『そうだね...簡単に言えば...成りたいものを描いたけど、途中で諦めてしまい、捨ててしまった将来の夢のことさ』

 

「諦めてしまった将来の夢が......ロストメアになって...暴れる......。凄く不思議な世界......」

 

舞梓は思わず率直な感想を呟いてしまう。率直な感想は皆の首を縦に動かす。

暫くの間舞梓はボンヤリしていたが、あることに気が付いて叫び出す。

 

「......うん...?ちょっと...!今気が付いたのだけど!なんで、ロストメアが暴れているの!?暴れさせるくらいなら、叶えさせても良いんじゃないの?それとも...駄目な理由があるの?」

 

「うん、あるよ」

 

魔法使いが返事をし、根津が補足の説明をする。

 

『一度捨てられた夢が、願いを叶えた奇跡の代償として...この世が歪んでしまうんだ』

 

「この世が歪む......?一体何が起きてしまうの?」

 

「歪みはロストメアによって違うにゃ。私が知っている限りでは一つの国を滅ぼしたり、島を沈没させたらしいにゃ」

 

「.........結構凄いことになるのね......」

 

「そりゃあ止めるわな......」

 

皆が事態の重さを把握したところで話を進める。

 

『そのロストメアを止めるのがメアレスさ。メアレスは夢見ざる者と呼ばれ...』

 

「で、その話がリフィルとなんの関係がある?自由に魔法が使えないこともか?」

 

痺れを切らしたAFOが根津の話を遮る。

根津は待っていました、と言わんばかりに語り出す。

 

『リフィルもメアレスの一員なのさ!魔法もロストメアと関係あって。魔法自体は使えるのだけど、魔力はロストメアを倒すか、お金で買わなければいけないんだ』

 

「魔法自体は使えるのか...」

 

『まあね。でも、アストルム一門は、魔法の存在を示し続ける為に、当主となる者の生き方を決めて、縛り付けてきたってんだ。リフィルはそのアストルム一門の末裔なのさ』

 

「ほう......。大体は分かった」

 

一応納得をするAFO。だが、AFOは何故か、意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「しかし......。リフィルという人が君達と仲良くしていても、陰で泣いているかもしれない、嫉妬をして苦しんでいるかもしれない、そこを考えたことはないのかね?」

 

反論点を見付けたAFOはニヤニヤと嗤う。

身構えていたヒーロー達の顔は曇ってしまうが、魔法使いとウィズの自信は揺る切らない。

 

「リフィルはそんな弱い人じゃない!彼女はいつだって、逆境に立ち向かう強い人だ!」

 

「そうだにゃ!」

 

『記憶でしか見たことないけど、僕も、彼女は君達みたいな柔な人間じゃないと思っているよ』

 

根津もAFOの嘲笑いを気にも止めていない。

AFOや"弱き者"達が言い返す前に根津は話し始める。

 

『君達が気付かなくても仕方ないけど...先程のカードの台詞の中に、リフィルが話していたものがあったんだよ。で...あの台詞の中に、泣き言を言っている人はいたのかい?』

 

魔法使いも相手が何か言う前に、カードに魔力を込めてもう一度台詞を流す。

 

「色んな異界に行ったからには、色んな料理を食べてきたんでしょう?思い出深いものはある?…『ダークサンブラッド』?それ、食べ物の名前?」

 

柔らかな口調で語り掛ける少女の声が流れる。

 

『こんなにも優しい口調の人が陰で泣いている?嫉妬で苦しんでいる人が異世界の話を尋ねてくるのかい?僕には...苦しんでいる風には見えないね』

 

「それでも納得できなければ、カードを見てみるといいにゃ」

 

「カード?」

 

ウィズの意見に従って、魔法使いは皆が見えるようにカードを掲げる。

舞梓や天意は近付き、カメラマンはカメラを向け、他の人達も掲げたカードを我先に振り向く。

 

皆が息をはっと呑み込む。

カードに描かれていた絵が衝撃的だったからだ。

 

AFOの思い通りであれば、カードには苦しんでいる少女の絵が描かれている筈だ。けれど、そこには......

 

 

皆で屋根の上に登って沈みいく夕日を眺めている絵。こちら側に優しく微笑みを返す金髪の少女、リフィルの姿が描かれていた。

とても綺麗な絵であった。

 

『こんなにも柔らかな笑みを浮かべている人が、魔法使いさんと仲悪い?冗談にすらならないよ』

 

AFOの嘲りは、たった一枚のカードの台詞と絵で論破される。"弱き者"は歯軋りして悔しがることしか出来なかった。

根津は更に追い討ちを掛ける。

 

『あ、そうそう...。こんなにも柔らかな笑みを浮かべるようになったのは、魔法使いさんと出逢った後からするようになったんだよ。前も笑っているところはあったけど、ここまで柔らかくはなかった』

 

『柔らかな笑顔と丁度いいし...同じ世界の...家業のせいで大切な人をいつの間にか殺されてしまっていた青年の話をしようか。彼もまた、事情を知った後で、柔らかい表情をするようになり、生き生きと生きているならね......』

 

『その青年の名前はレッジ。彼の家では、デュオ・ニトルと呼ばれている巨大な門を守っているんだ。その門をロストメアが通ってしまえば、ロストメアの願いは叶い、世の中に災いが起きる。彼の一族は正しく、世界を守っている、と言っても過言ではなかった』

 

『でも、彼にとっては、門を守る仕事があまり好きではないらしく、心のどこかでは自由になりたいと思っていた』

 

『そんな彼を不憫に思った一人の女性がいた』

 

『けど...彼女は...僕が何度も話した通り...彼の父親の手によって殺されていた』

 

声にも出すのも辛そうに語る根津。

辛い雰囲気が伝わり、舞梓や女性ヒーロー達が涙を流していた。根津も辛い気持ちを抑えて問い掛ける。

 

『ここで皆に質問をするけど......この後、真実を知った彼は、どのような決断を下したと思う?』

 

「......なんでそんなことを聞くんじゃ?答えは分かりきっておるじゃろうに...」

 

今までずっと黙っていたグラントリノが口を開く。誰もが思っていることだった。

根津はゆっくりと深呼吸をする。

 

『.........そうだね......グラントリノの言う通り...いや...君達の考え通り、彼も門の仕事をやめてがっていた。それでもね......』

 

 

『彼はけじめをつけてから決めるって、立ち止まらなかったんだ』

 

「けじめをつけるまで...」

 

「立ち止まらない...」

 

レッジの決意に、事情を知らない人達の口が塞がらなくなる。

 

『因みに......けじめのつけ方も大分きつくてね......彼女の捨てた夢...ロストメアを倒すことに決めたのだけど......』

 

 

『そのロストメアの姿は...声は...』

 

 

『大切な人とそっくりだったんだ』

 

「「「「!!!!?!?」」」」

 

声にならない叫びが一斉に漏れ出す。

そこらじゅうから息を呑む音、鼻をすすり上げる音が聞こえてくる。

 

「なんで......彼はそんな決断を下したんだ?」

 

あのAFOさえも唖然としていた。

 

『それは...彼がロストメアと対峙した時の話......僕の口から語るのも烏滸がましい。魔法使いさん、ウィズさん、どちらでも良い。二人の口から、あの時の彼の言葉を語ってくれないかい?』

 

根津の申し出に魔法使いとウィズは見合わせる。

暫く見詰め合っていると、魔法使いの首が縦に傾き、マイクを口元に近付ける。

 

魔法使いはあの時のレッジの誓いを思い出しながら、目を閉じて深呼吸をする。

皆の視線を受け止めながら、魔法使いはレッジの想いを、決意を言葉にする。

 

「俺が守るのは門じゃないその向こうのある世界。ユイアが愛し、旅してきたすべてだ!」

 

「門の管理者ではなく、メアレス、魔輪匠(ウィールライト)として、おまえを止めるぞ!ラウズメア!」

 

「とりあえず、今の仕事を続けるさ。間違っても、家や親父のためじゃなく......ユイアのために」

 

魔法使いは口許からマイクを離すと、あるカードに魔力を込めて最後の人押しをする。

 

「前は他にないから門の管理者をやっていた。…今はそうすると決めた理由がある」

 

静かに決意を語るレッジの声が響く。レッジの決意に、想いに、誰もが圧倒されていた。

静まり返った空間で根津の声だけが流れ出す。

 

『これが彼の決断。そして...この話が......』

 

 

『君達、"弱き者"が幸せになれない理由さ』

 

根津の発言に呆然としていたAFO、"弱き者"、ヒーロー達のスイッチが入り、大騒ぎとなる。

 

「やはり君もヒーローらしく、人の心を理解していないんだね。大体......」

 

『人の心を理解していない?それはこっちの台詞だよ。君は人の心を見下しているけど、本来の人はとても強いのさ!この世界に住んでいる君には分からないけど!それより...本題に戻ろう...僕の言いたいことはラウズメア、解き放つ夢の話』

 

『彼女はレッジの決断に、夢が叶ったと、とても喜んでいた』

 

『とても不思議な話だよね。この決断だと、囚われる前と、今の彼の環境は、何一つ変わってはいない。なのに、解き放つ夢の彼女は喜んだ。どうしてだと思う?』

 

『それはね......』

 

 

『自分で道を選んだからなんだよ!』

 

「この糞鼠が!お前は一体何が言いたい!!」

 

騒ぎを無視して話し続ける根津に、コオロギ風の男性がヒステリーを起こして怒鳴り散らす。

根津の呆れた、冷めきった溜め息が大っぴらにつく。

 

『僕達に対して怒り続けるのも構わない。怨み続けるのも分かる。けどね......』

 

 

『幸せなのかどうかは、本来、自分で決めるものではないのかい?他人が決めた価値観で決めるものではない筈だ』

 

「ふざけるなああ!!!加害者のくせに!責任転嫁してんじゃねえぇぇ!!!」

 

『だったら、君達の理屈で言えば、リフィルもレッジも、君達と同じく暴れてもいい筈だ。それなのに、リフィルは魔法使いさんのことを知って、自分の環境に嘆くこともなく、荒れて誰かに当たることもなく、自分だけの生き方を探した』

 

『レッジは死ぬ最後まで自分のことを思ってくれた想いを、大切な人の姿をした夢と戦って、門番の仕事を続けることを決意した。......君達とあの二人の違いはなんだろうね』

 

「知るか!!あんな人間性の化け物なんか!!!」

 

「そうよ!普通の人間だったら立ち上がれないわ!!」

 

怒鳴り散らす"弱き者"達を魔法使いとウィズは、ゴミを見るような目付きで睨む。

 

「な、何よ!あんたの知り合いが可笑しいのは当然でしょ!!」

 

『......もう殺されても文句言えなくなってきたよ君達...。じゃあ...作られた人達が、作った人間達と手を取り合った世界の話をしようか......』

 

根津は最早無反応だった。

 

『その世界では、カリプュスと呼ばれる宇宙生物のせいで人類は滅びかけ、カリプュス対策として、ガーディアンという、人造人間が作られた』

 

『作られた彼らは、真実も何も知らず、自警団として、カリプュスの分身体を倒し続ける日常を繰り返していた』

 

『勿論、君達のように、真実を知ったガーディアンが人間に反逆を企て...』

 

「私達と同じ人達がいるじゃない!」

 

『でも暴れているガーディアンを止めたのは、同じガーディアンの人達なんだよ。真実を知って、戸惑いながらも、同胞を止めたんだ。そして...この世界の話が......』

 

 

 

『魔法使いさんとウィズさんが、どんなに頑張っても、僕達の住んでいる世界を変えられなかった理由を物語っている』

 

「それも僕達の責任するのかい?その件ははっきり言って...黒猫の魔法使いとウィズの力不足が原因ではないか。大体、変えたいと言っていたわりには、ただのヒーロー活動をしていただけではないか?それを僕達のせいに......」

 

『うん、今君が文句を言っている方法で、世界を救ってきたのだよ』

 

「ナッ...!!何!!?」

 

今まで以上の驚き顔を醸すAFO。

あまりの驚きぶりに根津は思わず笑ってしまっていた。

 

『......コ,コホン...。細かいところは違うけど、基本的なことは変わっていないんだ』

 

『大まかな流れはこんな感じ』

 

『まず、魔法使いさんとウィズさんが異世界を迷い込んで、ちょっとした事件を解決する』

 

『その結果、良い人、有能な人だと認められ、仲間入りをする』

 

『その後、大きな事件に巻き込まれて、現地の人達と力を合わせて事件を解決する。これが...どの世界にも置ける、世界の救い方だよ』

 

「言い訳?言い訳なら...」

 

『簡単な話......』

 

 

『オールマイトに任せっきりの僕達には無理だってことさ!』

 

AFOの話を遮って根津は語り続ける。その話し方はまるで、"弱き者"達だけではなく、この世界の全ての住民に言い聞かせているようであった。

 

『魔法使いさんが異世界を救った冒険談では、僕達のように一人の人間に任せっきりではなく、皆の力を合わせて事件を解決していくんだ!それこそ、異世界から迷い込んだ魔法使いさんを含めて、協力してくれる人が一人でも欠けたら解決出来ないんだ!全員で力を合わせないと駄目なんだ!!』

 

「だったら...僕らが納得するまで、言葉で説得すれば良いだけの話ではないか?」

 

『あのね......。あんなに嫌がらせを受けているのに...手伝ってなんて言える?あの状態で...上手く事が進むと思っている?それに......』

 

 

『あのガーディアンが居る世界では、作った人間と仲良くしていたけど...魔法使いさんとウィズさんは、人間と仲良くしろと、一言たりとも言ってはいない!これからのことで口出したりなんかしていない!魔法使いさんが帰った後で、自分達で仲良くするって決めたんだよ!!』

 

「...なっ!!?」

 

今日何度目か分からない驚き顔を醸すAFO。他の人達も一緒になって驚き顔を醸していた。

 

『魔法使いさんとウィズさんの役割はあくまでも、大きな事件を解決の手伝いをすること。事件を解決すれば、魔法使いさんとウィズさんはすぐに元の世界に帰される。後は現地の人達が頑張っていくんだ!寧ろ...ああだこうだと口出したのは、この世界が初めてじゃないのかな?ねえ魔法使いさん、ウィズさん』

 

「そうだにゃ!私達がここまで口出したのは、この世界が初めてにゃ!」

 

ウィズは叫んで返事をし、魔法使いは力強く頷いて同意をする。

 

『現地の人達だって、魔法使いさん達に手伝って頼んだり、助けを求めたりすることはよくあるけど...自分達で出来ることは自分達でするのさ!』

 

「自分達で動くって言うが!俺達を見捨てて!ヒーロー活動することと、何が関係あるんだ!!」

 

『見捨ててはいない!ただ...自分達と同じ考えの仲間を探していたんだ。......僕達が手伝わなかったから、仲間探しの状態で止まってしまっていたんだ』

 

「やはり君も!自分達が間違っていることを自覚していたんだね!」

 

悲しそうに、悔しそうに、自分に腹を立てる根津を嬉しそうに責めるAFO。

 

『そうだ!僕も!ここに居るヒーロー達も!皆 も!間違えてしまったから!こんなことになってしまった!だから......』

 

 

『魔法使いさん達の冒険談を語って、君達を止めてみせる!!それで!もう二度と間違いを起こさないように、立ち上がって、魔法使いさんやウィズさん、異世界の人達のように強くなって......』

 

 

『誰かを傷付けないように!』

 

『這い上がれるように!』

 

『誰もが強く生きれるように!』

 

『自分と違うものを認められるように!』

 

『力を正しく使えるように!』

 

『道を誤った人を許せるように!』

 

 

『綺麗事がお花畑と馬鹿にされない、それが当たり前に出来る世の中に、作り変えてみせる!!』

 

根津はAFOの指摘、"弱き者"達の怨みを真っ向から受け止めると、己の過ちを認め、反省をしながら皆の前で決意をする。

 

「誰が望むか!!そんな...」

 

『望む望まない問題ではない!強くならなければ、この手の問題は一生終わらないんだ!』

 

「そうだとしても、差別された者が差別した側と仲良くすることなんて...」

 

『出来る!あの世界の話のしよう!』

 

「まだあるの!?」

 

嫌になってきたのか、バーテンダー風の女性の目に涙が浮かぶ。それでも根津の話は止まらない。

 

『その世界は神にも似た存在、審判獣によって全ての善悪が決められていた』

 

『人類は二つに分けられ、善とみなされた人はサンクチュアと呼ばれ、聖域と言う場所で安全な暮らしを保証された。それに対して、インフェルナと決められてしまった人達は、人が生きることさえも厳しい土地に追いやられ、常に死と隣り合わせだった』

 

『彼らは憎しみ合い、争いが耐えなかった。だけど、戦争を終わらせる為に、インフェルナはサンクチュアと手を取り合って共に戦った。この件は...僕の口から説明するよりも、カードで説明した方が早い。魔法使いさん、該当するカードの台詞を聞かせてあげてくれないか?』

 

魔法使いはカードを取り出す。

その姿は"弱き者"達からすれば、命を狩りに来た死神のような恐ろしい存在になっていた。そのことに魔法使いは気が付いていたが、それでも止まらない、この弱りきった考えを否定する為に。

 

「人間達が手を取り合う。こんな当たり前の事が、どうして出来なかったのかしら」

「理由など無い。お互い、気付くのが遅かったんだ」

 

たった二人の男女の声が、この世界の全てを否定し、AFOと"弱き者"達の正当性を打ち砕くのであった。

 

 

 

 

 

「確かに君達は被害者だにゃ。でも、だからと言って、悪いことはしてはいけないにゃ。どんな理由があったとしても、罪は罪にゃ」

 

"弱き者"達の顔から生気を失い、見るも無惨な姿になっている最中、ウィズは容赦なく諭すように語り出す。

どんな辛い境遇でも、道を間違えなかった人達を知っているから。

 

「今までの君達の話は、私達の冒険談で全て否定出来たにゃ。君達と似たような境遇でも、過去に囚われず、前向きに頑張って生きているにゃ。君達の行動に言い訳なんて出来ないにゃ」

 

「それはそれは...とても強い人間に出会えて良かったね。けどさ...彼らの強さを求めるのは酷なのではないか」

 

AFOが尤もらしいことを言って反論をする。けれども、魔法使いとウィズは怯まない。

 

「出来ないって決め付けている方が可笑しい。他の世界の人達は問題から逃げなかった、諦めなかった!そうやって決め付けて、皆が問題に取り組まなかったから、この世界の問題が終わらなかったんだ!」

 

魔法使いが叫んで指摘をする。

実際に他の異世界も、自分達と異なる種族と交流をすることになって、不安から弱気になってしまったことがあるのだが、はじめから“出来ない”と諦めることはなかった。

 

しかしー

この世界は違う。

 

はじめから出来ないと諦め、自分達と異なる者は排除をしようとし、弱い者には憂さ晴らしに傷付け、強い者にはこれ以上強くならないように足を引っ張り、目に見えている問題を見えないふりをし、問題を誰かに押し付けては解決したことにする。

 

とても弱く......

 

 

歪んだ世界。

そんな世界だから長年の問題が解決しなかった。ただそれだけの話。

 

魔法使いは出したカードを懐にしまって様子を伺う。

"弱き者"達は項垂れて動く気配はなかった。

 

『今だ!今の内に彼らを捕縛するんだ!』

 

根津は無気力なっている"弱き者"達を見逃さずに指示を飛ばす。魔法使い、オールマイト、エンデヴァーの三人は直ぐ様は動き出す。他のヒーロー達も遅れて後に続く。

 

"弱き者"はショックで動くことが出来ず、このまま上手くいけば、捕まえることは容易なことであった。

後一歩、魔法使いが"弱き者"の一人である、赤い髪の女性に触れようとしたその時......

 

「にゃ...にゃあ!」

 

突然、暴風が吹き荒れ、魔法使い達は吹き飛ばされる。

いきなりのことで受け身を取るだけで精一杯な魔法使い達。吹き飛ばした犯人は魔法使い達に目もくれず、必死に叫ぶ。

 

「ま、まだ!!まだ僕達の負けと決まった訳ではない!!」

 

その余裕のない姿は、今まで王者のように自信満々だった人と、同一人物とは思えないものであった。

 

「そ...そうだ!黒猫の魔法使い!君達は今、暴力で解決しようとしているが!君の仲間であれば、暴力で解決しないのではないか!!」

 

AFOの指摘に、"弱き者"達は水を得た魚のように気力を取り戻す。

 

「そ、そうよ!そんなに力強い人達だったら、暴力じゃなくて、言葉で解決する筈だわ!」

 

「そうか...それも...そうだ!!黒猫の魔法使い!お前の心が弱いから!俺達のせいにして!言葉で解決する道を選ばなかったんだ!!!」

 

「諦めてしまったお前が悪いんだ!!」

 

『それは違う!!』

 

魔法使いを非難する声を根津が怒鳴って遮る。

 

「何が違うんだ!!」

 

根津の気迫にも負けずに対抗する"弱き者"。けれど根津は悠然としていた。

 

『そう?そう思うのなら好きにすればいいさ。けど...これだけははっきり言おう......』

 

 

『他の異世界の人達だって、今の君達の状態だったら、力で止めるよ』

 

「な...何!!?」

 

驚いているAFO達を気にも止めず、根津は最後の仕上げとして語り出す。

 

『異世界の人達はどんな人でも認めるし、困っていたら助けてくれる優しさはあるよ。だが、それ以上に......』

 

 

『自分にも他人にも厳しいのさ!今からその厳しい一面を話そうではないか!』



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44話 神野区事件9

「優しさ以上に厳しい一面...?」

 

違う展開に戸惑う一同。

根津は一回の咳払いをして切り替える。

 

『そう、彼らは優しい。けれど、それ以上に厳しい。悪さをする者には勿論のこと、時には辛い決断をさせることもある。しかも人によっては、君達の過去を聞いても、そんなこと知るか!と、撥ね付ける人も居る。まあ...全員が全員、そういうタイプでもないけどさ...。とにかく、どんな理由があるにせよ、どんな事情があるにせよ、今の君達を見過ごす人達は居ないってことさ』

 

「だから何?苦しんでいる彼らをもっと苦しめるのかい?」

 

『そうだね。苦しめることになるだろうね。けどね、彼らにとっては関係ないんだ。必要なことであれば事情、年齢関係なく、結構辛い決断をさせるよ。具体的には......怪物になってしまった兄の成れの果てを実の妹にとどめを刺させたり、皆で力を合わせても手も足も出なかった敵だから、要求を呑んで穏便に済ませようとしたら怒鳴って罵倒されたり、要らないものを押し付けたり、実の娘が母親を殺すことになったり、共に戦った仲間を倒すことになってしまったり...と。このように、心を抉ることになっても決断を迫るよ』

 

あっさりと認めたことよりも、衝撃的な内容に事情を知らない人達の頭がついていけなくなる。十秒間黙っていたままだったが、舞梓がおずおずと手を上げる。

 

「色々と...言いたいことはあるけれど......。取り敢えず...“要らないものを押し付けたり”って......一体何を押し付けたの?」

 

話の中でも一番突っ込みやすい内容に触れる。

 

『要らないものを押し付ける...。丁度、その世界の話が...今の君達のような人を止める為に、戦う道を選んだ少女が居るのだから』

 

 

 

 

『さて......本題に入る為にも、質問に答えようか。その要らないものとは...感情ことなのさ!』

 

「か...感情!?また突拍子もないことになっている!」

 

想定していた考えよりも、遥かにぶっ飛んだ内容に塞がれた口がまた開く。

 

『気持ちは分かるよ。僕だって、どんな理屈を通せば感情を奪えるか知りたいものだからね。まあ...彼女の境遇を考えれば、感情を捨てたいと思うことも、当然なんだけどね』

 

「彼女の...境遇?一体何が合ったの?」

 

『それは......自分の力のせいで母親を殺してしまったことさ』

 

「自分の力のせいで...殺してしまった......。それって...ユリカのこと?」

 

根津はワンテンポ遅らせて同意の形を取る。

 

『いくら、ソウヤが必死に宥めていたとしても、母親を殺してしまった罪悪感なんて一生消えはしない。どの年齢層でも辛いのに、ユリカは見た目的に...五、六歳頃なんだ。そんな幼い少女の心には罪悪感に耐えられなかった』

 

雰囲気がまた悲壮なものに戻る。

 

『だから、ユリカはスニェグーラチカは感情を奪うように頼んだ。スニェグーラチカもまた、ユリカの悲しみに気が付いて現れ、ユリカの願い通りに感情を奪った。けどこれが......更に彼女の心を抉ることになったんだ』

 

「心を抉ることになった...どうして?」

 

『事情を知らないソウヤ達がスニェグーラチカとの戦闘を始めてしまったんだ。事情を万が一話せたとしても、表向きの理由は出産による出血死になっているから、信じて貰えず、止めることは出来ない』

 

『目の前でボロボロになる父親を見ることになったり、何が心当たりはないかって尋ねられたり、願いを叶えてくれた妖精は父親の手によって斬り倒される。と...まあ...結構酷いことが遭ったんだ。今は......詳しい話は置いておいて、先に話を進めるよ』

 

『最終的には、ユリカの感情についての話になるのだけど...それがまた厄介なんだ』

 

「厄介?」

 

『まー...なんて言うか......。どうやら吸血鬼の力と感情が繋がっているみたいで...感情を取り戻すのと同時に、吸血鬼の力が復活してしまうんだ』

 

どのような言葉で表現していいのか分からない根津は言葉を濁す。

 

『しかも、吸血鬼の力は戦っているソウヤよりも強いらしい。で...ここから本題に入るけど......彼女の感情をどうするかの話になったんだ。本人も、世界的にも、感情を捨てることが正しかった。だけど、それを待った、と一人の少女、リレイが異議を申した。またよろしくね』

 

根津の言いたいことが直ぐ様伝わり、魔法使いはマイクを握る。

 

「だからって、心の音を凍らせちゃったら......どんなぬくもりも、喜びも、感じられない。得られない」

 

「今、彼女の感じている辛さに......寒さに。それを勝るぬくもりや喜びが得られると?そんな保証があるのというのか?」

 

ウィズはスニェグーラチカの言葉を語って問題を提示する。

 

「あるよ。絶対」

 

「だって、紅鬼先生がお父さんなんだから」

 

「こんな素敵なお父さんがいてくれるなら、きっと乗り越えられる。辛くても、寒くても。あったかい喜びを、きっともらえる」

 

「私たちもいる」

 

「ユリカちゃんの音が強すぎるっていうなら、乗りこなすやり方とか、いろいろ教えてあげられると思う」

 

「もちろん、あたしたち妖精も手助けできるわ。この子はみんなの人気者だし、放っておいても志願者が殺到するでしょうね」

 

「相談くらいは乗ってやってもいい。俺も、今の身体で龍の音を制御するのに、少しは苦労してきたからな」

 

「ハビィも、解析を手伝うって言っています。オリバーくんの力を借りたら、制御用の機械だってつくれるかも!」

 

「え?なに、これなんかいいこと言う流れ?じゃ、その子がもし人の音を食べまくっちゃったら、あたしがまるっと食べてあげる!とかどう?」

 

リレイ、ルミスフィレス、タツマ、ミホロ、ティギィの言葉を魔法使いは語っていく。

 

『と...まあ...こんな感じに...スニェグーラチカが唱えた問題点を皆で否定した......』

 

「だからなんだって言うんだ!!ただの自慢大会かあぁ!!!!」

 

根津の話を遮ってきたのは、ユリカの話を聞いて発狂したカメラマンの男性。怒りで我を取り戻したようだ。

 

『そうだね...彼女は人間関係にとても恵まれているね。それでも...母親を殺してしまった罪悪感と罪は一生消えることはないし、力は制御出来るようにしないといけないし、フェアリーコードを破壊しようとする輩に狙われることになる』

 

「だからどうした!!!認めてくれる人がいてくれるだけで良いじゃないか!!俺なんか......俺なんか!!少し腕を怪我をさせただけで!化け物扱いされたんだぞ!!...畜生!世界を滅ぼす怪物親子が許されて!俺は許されない...!!一体、何が違うって言うんだ!!!」

 

言いたいことを言い切った男性は泣き崩れる。

"弱き者"達は泣き崩れた男性を慰めていたが、他の人達は呆れていた。ソウヤ達と仲の良い魔法使いとウィズでさえも、呆れすぎてなんの感情も湧かなかった。

 

「お前さん......」

 

「お前...!今、自分が何を言っているのか分かっているのか?!」

 

「ねえ......本当に...差別のない世の中を作りたいの?」

 

「僕達の苦労を知らない人達は黙ってろ!!」

 

本当に分かっていない。

増悪に囚われた彼らには、言い逃れが出来ない程の矛盾を犯し、同じ過ちを繰り返していることに。

 

「こんな不愉快になる話よりも!私達を止めようとする人物の話をしなさいよ!」

 

『うん、そうだね。そろそろ本題に戻ろうか。......君達の矛盾点も後でたっぷりと指摘するから』

 

"弱き者"の要望に応えながらも、小声で釘を刺して逃げ道を塞いでいく。

 

『スニェグーラチカに最初に楯突いた少女...リレイを、戦う切っ掛けを作ったルミスフィレスこそが、今の君達のような人を止める為に戦う道を選んだんだ』

 

『彼女は元々、とある村でシェダという妖精と共に、歌ったり踊ったり、イタズラとかで遊んだりして楽しく暮らしていたのさ。けれども...そんな幸せな日々は長くは続かなかった』

 

『ある日、イタズラで村人を怒らせてしまったシェダは、翅音(はね)を傷付けられてしまって...怒りのあまりに...暴走してしまうんだ。ルミスフィレスも言葉で止めようとしたけれど...シェダには届かなかった』

 

『その結果......』

 

 

『村人全員が殺されることになった。翅音を傷つけた大人達も、仲良く遊んでいた子供達も、皆、感情のままに殺してしまったんだ。丁度......今の君達みたいに...ね!!!』

 

印象を残す為、わざと口調を強く大きく叫ぶ。

この話が一番重要なのだから。

 

「うるさいわね!いきなり何!?鼓膜が破れるとこだったじゃない!!」

 

『いきなりうるさくして申し訳ないと思っているよ。でも...この話が物凄く重要なんだ』

 

「物凄く重要?」

 

鬱陶しそうに耳を塞いでいた者、真剣に耳を傾ける者、面白くなそうにしている者、成り行きを見守る者。

それぞれの想いが交差する。

 

『その事件のせいでシェダは、普通の妖精から暴走妖精、最後には悪魔になって戻れなくなり...ルミスフィレスによって倒された...。シェダの最後の言葉が、鍵になっているんだ』

 

「シェダの最後の言葉...?」

 

『そう最後の言葉さ。魔法使いさん、彼女の最後の言葉と、憎しみの言葉を語ってくれないか?』

 

魔法使いは頷きの代わりに息を吸い込み、自分が出せる限界まで出せるようにし、あの時見たままのシェダの想いを再現する。

 

「わたしーーあんなこと、したくなかった......。したくなかったのーールミス......」

 

強い後悔と悲しみの後、憎しみと怒りの声をカードで届ける。

 

「絶対に許さない」

 

「奴らを皆殺しにしてやる」

 

「許さない…!」

 

「殺してやる!」

 

「まだ…まだいるはずよ……隠れたって探し出してやる…ひとり残らず…息の根を止めてやる!」

 

「みんな!みんな殺してやる!」

 

「みんな殺してやるわ…」

 

"弱き者"達の恨み、憎しみに負けない程の怨念のこもった声が響く。

魔法使いは胸元にあったカードとマイクを天高く掲げる。自分の声だけではなく、シェダ本人の声が皆に届くように、他の場所にいる"弱き者"達にも聞こえるように腕を伸ばす。

 

「あの子たち…みんな好きだったのに…」

 

「どうしてこんな…」

 

「どうして…こんなことをしてしまったの…?」

 

「どうしてーー止めてくれなかったの!ルミスフィレスッ!」

 

先程よりも魔力を込め、語る声量も大きく、どこにいても、嫌でも耳に入るように、シェダの相反とした想いをどこまでも飛ばす。

殺意にまみれた憎しみがこもっていた声とは思えない程の深い悲しみ、強い後悔が響き渡る。

 

「えっ......?どういうこと......?」

 

「......はい?」

 

「なんなんだ?!!その変わりようは!!」

 

シェダの気持ちの落差にヒーロー達の口があんぐりと開き、"弱き者"達の毒気が抜かれる。

 

「後悔...してくれているの......?じゃあ...!あたし達がやっていることは無駄ではないってこと?!!」

 

「やはり止めるのが正しいだな!」

 

自分達がしてきたことが無駄ではないと知り、事件が終わっていないのにも関わらず、舞梓と天意はテンションを上げてしまう。

 

「何、勝手に勝った気になっているんだい?それに...止めてほしければ、今みたく暴れまわったりはしない。君達のやっていることは無駄であることは変わりない」

 

『いや、無駄ではないよ。止めてほしかったシェダでさえも、どうして、どうして、と叫びながら、ルミスフィレスに斬りかかっていたんだよ』

 

味方の士気が下がる前に根津は言い返す。

 

「仮にシェダという妖精がそうだとしても、僕達は人間。妖精の話が人間に通用する訳はないね」

 

『確かに妖精は人間と違う存在だ。人間は生き物、妖精は感情できたもの。でも、だからこそ、感情のままに暴れている今の君達にはぴったりではないか』

 

「救いを望んでいなくても?」

 

『そうだね。だけどね、案外、シェダの音と波長があった人でさえ、自分の気持ちに気が付いていなかったからね』

 

「波長が...合う......」

 

『ここは説明難しいから省くよ。救いを望んでいないと言うけどさ...それなら...なんで......』

 

 

『自殺の道を選んだのかい?』

 

これまで散々やった話題に戻る。

今までの話を理解していないような内容により、"弱き者"達の逆鱗に触れ、言葉に表すことが出来ない罵倒が飛び交う。

 

『追いつめられた人が取る行動は二つ、一つは周りに危害を加えるか、自分だけに止めるか、この二つだ。で...君達は...自分だけに止めた。この行動が鍵となる。本当は君達......』

 

 

『この世界を壊したくはないんじゃないのかい?』

 

怒り狂った"弱き者"は聞いていない。それでも根津は話を続ける。

 

『本当に世界を壊したかったら、一度目の時に自殺の道を選ぶのではなく、自分もろとも周囲の人を殺す筈だ。それに...ヒーローを育てている身として...こんな発言は不謹慎だろう...。それでも......言わせてもらうと......』

 

『人は簡単に殺せる。"個性"持ちは勿論、"無個性"だって、武器...いや...身近にある包丁、ガソリンを使えば簡単に殺せる。しかも、君達が恨みを持った相手は大概素人だ。素人同士、不意を突けば簡単に殺せる。いやプロヒーロー相手でも、狙いを一人に絞れば、殺すことは出来なくても重傷を負わせることは出来る』

 

『それでも君達はしなかった。それは...どうして?』

 

「追いつめられすぎて、そのような発想が思い付かなかっただけなのでは?」

 

『そうかな?国民性の違いにもよるけど...海外だと、この手の事件で銃乱射事件はよくあるし、日本だって少ないけど、嘗て通っていた学校や職場に復讐をする事件はあるよ。そういった事件がある以上、その言い訳は通用しない』

 

『だからこそ......』

 

 

『最後まで他人を傷付けなかった君達には、こんなことは望んでいない、後で後悔をするかもしれないと思うんだ』

 

「はぁあ!!?私達の気持ちを勝手に決め付けないで!!」

 

「俺達は好きでやっている!お前が決めることではない!」

 

シェダの話を知っていた根津は、淡く期待を寄せてみるが無意味であった。

 

『別に決め付けてはいないよ。ただ...僕の希望的観測だ。そもそも、君達のことは何も知らないからね。けど...自殺を選んだということは、楽しい思い出があったのではないか?誰か、傷付けたくない人が人が居たのではないか?』

 

「そんなこと!お前達のような屑に話す義理はない!大体!俺達が自殺したのも!憎い奴らを殺せるだけの力がなかっただけだからだ!けど!今は違う!この力を使って理想郷を作るのだ!!!」

 

『そう....。で...君達の考えている理想郷は...一体...どんなものなんだい?』

 

「そんなもん簡単だ!お前達が作れなかった、差別のない!生きやすい!理想的な世の中を作り上げる!」

 

分かりきった答えをあえて聞く根津。その質問は最終確認をするものであり、間違いを正す為のものだ。

 

『ふーん......そっか......。じゃあ、僕から言わせてもらうと......』

 

 

 

『君達にそんな理想郷は一生作れやしないね』

 

また大騒ぎになる前にAFOが話を進める。

 

「まともな社会が作れなかった君が言うことではない筈だ。負け惜しみはよした方がいいよ」

 

『別に負け惜しみではないよ。本当のことを言っただけだからね』

 

「何を根拠にそんなことが言えるのかな?君の自慢の"個性"で出た答えなのかね?」

 

『こんな結論、僕のハイスペックを使わなくても分かるよ。だって...君達は......』

 

 

 

『人に優しくないないからね』

 

「はぁああ!!?散々私達を傷付けたくせに!自分達のことは棚に置いて、私達には人に優しくしろ!!?ふざけるのもいい加減にして!!!」

 

「そうだ!お前達だけには言われてたくもない!!」

 

『別に僕達に優しくしろとは言わないよ。僕達は君達の加害者だからね。でも、君達も、関係のない人を傷付けた。君達は被害者であり加害者だ』

 

「何が俺達が加害者だ!!俺達は被害者だ!!ふざけたことを言ってんじゃねえよ!!!!」

 

「そうよ!!私達は被害者よ!!!あんた達と一緒にしないで!!そもそも...!!この世界に関係のない人なんて存在しないわよ!!!」

 

顔を真っ赤に染め上げて反論をする"弱き者"達。彼らの怒りを気にも止めずに根津は溜め息を吐いた。

 

『君達は......今までの話を忘れてしまったのかい?自分達の言ってしまった言葉を忘れてしまったのかい?関係のない人達に暴言を吐いてしまったんだよ』

 

「はあ!?私達が誰に暴言を吐いたって言うのよ!!」

 

『.........魔法使いさんの友達だよ』

 

「......はい......?」

 

根津の台詞についていけない"弱き者"達は呆けてしまうが、魔法使い、ウィズ、ヒーロー達は呆れ果てていた。

 

『ソウヤ、ユリカ、リフィル、レッジに対して怪物、化け物だと罵った。彼ら彼女らは異世界人で、どう頑張っても傷付けることは疎か、会うことさえも出来ない。君達はそんな関係のない人達を言葉で傷付けた。例え、言葉が届くことがなくても』

 

「それは......!!お前達が関係のない人達の話をするからだ!!」

 

『だったら、はじめからそうやって、自分達には関係ない、知らないって言えばよかったじゃないか、けれど君達は怪物親子だと、人間性の化け物とか言って罵った。それは問題ないのか?自分達が嫌がらせを受けて痛みを知っているのに他人は罵る。...自分達は良くて他人は駄目なのか?だから魔法使いさんやウィズさんに怒られてしまうんだよ!君達の理論では、人間と言う生き物は痛みを知って初めて、他人に優しく出来る生き物だ、と言っていたけど...痛みを知っている割には、なんにも関係ない異世界人に暴言を吐いた...。これってどういうこと?説明をしてくれないか?』

 

「お前が...お前が...!!関係ない奴の話をするからだ!!!」

 

『この話が関係ない?いや、この話は関係あるよ。だって...この話は...君達が掲げた問題に、解決出来るかの話なんだからね。後...君達は差別のない世界を作ろうとしているけど...今の君達には......』

 

 

『住みにくい世界だ。そもそも平等がどんなものか、君達はちゃんと分かっているのかい?』

 

「平等?そんなもん簡単だ!俺達のような弱者をきちんと扱うことだ!!」

 

『そうだね、合ってはいるよ。ただ少し足りない』

 

「足りないだと!?」

 

『うん、足りないね。君達の言う通り、危ない力を持っていても、犯罪者であっても、その犯罪者の親や子供だとしても、気弱な性格だとしても、障害を持っていても、見た目が化け物だとしても、一人の人間として扱うこと。けど...平等に一人の人間として扱うからこそ......』

 

『可哀想な過去を持っていても、悪さをしてしまう本能だとしても、自分の親だとしても、友達だとしても、大切な人だとしても...事情に関係なく、悪いことをしたら裁かれる。それが、平等というものなんだ。...今の君達も間違いなくアウトだね』

 

「それは!お前達が俺達を追いつめたからだろうが!!お前達を殺した後で平等にする!」

 

『それが出来ない人が説得力はないね』

 

「お前に言われる筋合いは...」

 

『まあ、僕の口からはないね。だけどさ...君達は出来る?自分達を苦しめた存在を生み出した人に対して無関係って言える?敵と似た姿で身構えてしまう自分に嫌気がさせる?自分の人生を滅茶苦茶にした戦争を起こした父親の息子と娘に対して、普通に接することは出来る?悪さをしている母親を申し訳なそうにしている娘に対して慰めることは出来る?平等に接するということはそういうこと。けど、今の君達は出来ていない』

 

「お前だって!!言える立場じゃねえだろうがあ!!!」

 

『僕の立場では言えないかもね。だから......』

 

 

『魔法使いさん、ウィズさん、後は頼んだよ。君達なら何を言われても反論出来る立場だから......』

 

そう言って根津の電話が切れる。

全ては魔法使いとウィズに託された。



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45話 神野区事件10

根津の電話が切れてヒーロー達に動揺が走る。特に魔法使い、ウィズ、オールマイトは取り乱す。

 

「......えっ...?!電話が切れた!?彼に何をした!」

 

「一体何をしたのにゃ!」

 

「オール...フォー...ワーーン!!貴様ぁああああ!!!」

 

魔法使い、ウィズ、オールマイトに責められてもAFOは白々しい態度を...取っていた訳でもなく、本当に知らないようだった。彼も予想外の出来事に少し首を傾げていた。

 

「いやいや...僕は何もしてはいないよ。彼らが勝手にやっただけさ。"弱き者"達を怒らせることを言った彼が悪い」

 

「君の仕業ではなくて..."弱き者"達が勝手にやったと言うこと?」

 

「ああ、そう言うことさ」

 

嘘を付いている様子はなかった。とは言え、AFOの仕業ではないとしても、根津が危険な目に遭っていることは変わりない。魔法使いは根津を助け出そうと後ろを振り返るが、後ろには不安を隠しきれないヒーロー達がこちらの様子を伺っていた。

焦っている魔法使いにウィズは耳元で囁く。

 

「彼は助けを求めていなかった。だから、大丈夫にゃ。私達は彼を信じて、やるべきことを終わらせるにゃ」

 

伝え終えたウィズは、何事も無かったかのように話し出す。

 

「怒らせることを言ったと言われても...君達の質問に答えただけだにゃ」

 

「質問に答えた...ほう...。ではその答え方が悪かったのではないのか?」

 

「答え方が悪いと言われても事実を言っただけにゃ。本当に厳しい言い方だったら、私はもっと厳しい言い方をするにゃ」

 

ウィズの回答に"弱き者"達は鬼のような形相で睨み付けているが、ウィズは気にも止めずにAFOを睨み続ける。

 

「そう...。この話はここまでにしよう。本題に戻ろうではないか...」

 

根津の話をそこら辺に捨てるように切り捨て、AFOはウィズと魔法使いを睨み返す。

 

「フェアリーコード...メアレス...ガーディアン...審判獣...どれも意味不明な話なのだが...結局...どれも......」

 

 

「この世界と全然違う世界の話ではないじゃないか。これでは参考になりはしない」

 

AFOの反論にヒーロー達の勢いはなくなり、"弱き者"達は活気を取り戻す。

 

「ヒーローと敵(ヴィラン)...どんな暴力も正当化するヒーロー...一度でも悪さをしたら言われ続けるヴィラン...。そんな格差を作った世界に、君達の出会った人達のような人間性を持った人なんて......」

 

 

「いる!この世界と似たような世界でも、君達が望んでいるような人達は存在している!」

 

場が悪い方向に盛り上がっていたが、魔法使いは平然と自分が旅してきた冒険談を割り込んで語る。

 

「これは...アレイシア...ヴァンガードがいる世界の話」

 

場が騒然となっていても、話を聞く状態でなかったとしても、魔法使いは語り続ける。

 

 

 

 

 

「その世界にもヒーロー、敵(ヴィラン)がいる。けど、その世界には"個性"はない。代わりに、異能の力を持っている者を神話還り(ミュータント)と呼んでいる」

 

「ミュータント...また新しい単語か......。で、ミュータントとは一体何かね?」

 

もう驚くことはなかった。彼らは驚くことに疲れ果ててしまい、考えることを放棄していた。

 

「神話還り(ミュータント)は神話還りのことにゃ」

 

「......次は神話か......。で...その神話は僕達が分かるものか?」

 

「分かるものか?と聞かれても...」

 

「神の名を言え。そうしなければ、僕達に伝わることはない」

 

「......アレス、ハデス、ディオニソス、ポセイドン、アポロン、アフロディテ、アテナ、ヘパイストス、ゼウス、プロメテウス、ヘルメスとか...」

 

「.........ああ...成る程......異世界にもギリシャ神話があるのか......。その異世界はギリシャ神話に因んだ力を持っているのか......。とは言え、神話は作り話だ。だが......その神話の神の名を借り、神の力を自称しているなんて...とんでもない連中なんだね」

 

「とんでもない連中?!」

 

AFOの棘のある言葉に魔法使いとウィズは怒りを感じる前に、驚きすぎて思考が停止してしまう。

 

「ああ...常識を知らない黒猫の魔法使いとウィズ、君達に常識を教えてあげよう。良いかい、自分を神と偽ると言うことは...人々を騙し、金を巻き上げ、悪い方向に導く、ペテン師の教祖様って訳だ。大体......」

 

 

「神は存在していない。もし神と言うものが存在していたら、ここに苦しんでいる人達も、これから苦しむ人達も存在しなくなる。絵空事の誰かの心を救うヒーローの名を使っても、誰かを救えないどころか、誰かを傷付ける君達が、全てを救う神の名を名乗るのは...酷く傲慢だと思わないのか?皆もそう思うよね?」

 

AFOの問いに"弱き者"達は首がもげる程の勢いで頷く。

 

「ええ、先生の言う通りです」

 

「ああ、そうだ!お前達みたいな屑が!神なんて名乗るな!反吐が出る!!」

 

「......ぉぇ!まじで吐き気してきたわ......」

 

「あんた達みたいな存在が!神を名乗るなんて図々しいにも程があるわ!とんだ罰当たりね!いくらいない存在だからって、いい気になるのも限度があるわ!」

 

「誰も救えていねぇのに、神を名乗るは馬鹿じゃねえの?!!」

 

「ちょっと待って!この世界のヒーローとアレイシア達を一緒にするな!それに!神は...」

 

魔法使いの抗議の声も罵詈雑言に呑まれて掻き消される。その様子をAFOは愉快そうに眺めながら、手を叩いて止めに入る。

 

「まあまあ、君達。これ以上本当のことを言うのは可哀想だから止めてあげようではないか!クックッ......。で...話を本題に戻すが...この世界のヒーローと...君が必死に庇う、そのアレイシアとやらが何が違うのか、僕達にも分かりやすく教えて貰おうかね」

 

罵倒を止めた"弱き者"達はAFOと一緒になって嘲笑う。魔法使いとウィズは直ぐ様反論しそうになったが、彼らの信じない"神様"の話は避けては通れない道、話す時が来るまで黙っていよう、と一先ず二人は口を噤む。

AFOは状況を楽しみながら主導権を握る。

 

「では...先ず...この世界、そちらの似たような世界...明確な違いはなんだ?」

 

AFOの言われてなくても、魔法使いはアレイシア達がいる世界の違いを、この世界の可笑しな点をあげたい気持ちでいっぱいだ。

AFOの質問に魔法使いは溢れ感情のままに力強く応える。

 

「あっちの世界は!ここの世界と違って!ヒーローと敵(ヴィラン)の戦いを観戦したりしない!見世物にしない!」

 

「力の相性で逃げることはない!」

 

「敵(ヴィラン)になってしまっても!社会復帰が出来る!昔敵(ヴィラン)だからって......」

 

「「いやいや!あいつらは駄目だろう!!」」

 

オールマイトとエンデヴァーのの声が重なる。

オールマイト達の失言にヒーロー達は困惑をし、No.1とNo.2の失態にAFOは笑顔になり、魔法使い、ウィズ、"弱き者"達は怒りで二人を睨み付ける。特に"弱き者"達は視線で人を殺すものであった。

 

周囲の人達がどれだけ騒いでいても、二人には気にする余裕がなく、ただ己の考えをぶちまける。

 

「プロメトリックは復讐で人々を神々の戦争に巻き込もうとした!それに...あいつが居なければ...!!あの世界は混乱に陥ることはなかったんだ!」

 

「こいつと同じ考えは癪だが...プロメトリックといい...ヘルメスといい...こいつらは駄目だろう。特にヘルメスに関しては、見過ごしたことにより、神々が襲い掛かって来るかもしれんのに...全く...お人好し過ぎて正気ではなないな...」

 

二人の言葉に皆は唖然となり言葉を失うが、魔法使いだけはオールマイトを睨み付ける。

 

「部外者が文句を言うな!現地の人達が許しているから良いじゃないか!例え...パンテレイモンが神話還り(ミュータント)が生み出したせいで、社会に混乱を招いたとしても...それは力を悪用している人達が悪いのであって、パンテレイモンが悪いわけではない!」

 

エンデヴァーにも同じ行動を取る。

 

「人と神が戦うことはそれなりにあるから平気。それに、あっちの世界は力の相性で逃げたりしないから大丈夫!そもそも、メルクリアは嫌々やらされていて被害者だったんだ!」

 

魔法使いの敵(ヴィラン)を庇ったことよりも、AFO達は神様が本当にいることに気を取られていた。

 

「えっ......人々を神々の戦争に巻き込もうとした.........?本当に...神が......存在したと言うのか......」

 

「この世界に存在しているのか分からないけど、神は存在をしているのにゃ。君達が考える全てを救う神も、道を間違ってしまう神も、人々に危害を加える神も、色々な神が存在をしているのにゃ。もし...私達が嘘をついているのなら、今頃AFOの"個性"の効果で苦しんでいるにゃ。私達が平然と話をしているこの姿こそが、何よりも証拠なのにゃ」

 

魔法使いとウィズの様子を探り、苦しんでいないと分かってから、ウィズの言葉を信じてAFO達は正気に戻る。

 

「......神がいることは認めます...。話を戻しましょう...」

 

バーテンダーの格好をした女性が話を仕切り出す。

 

「貴女方は......元敵(ヴィラン)でも、社会復帰が出来て、酷い目に遭ってはいないと、仰っておりましたが......ですが!前の生活には戻れていないでしょう!その子供だって!誰にも気付かれない軽い虐めが絶対にある筈です!そこはどうなのですか!!?」

 

捲し立て聞いてくるバーテンダーの格好をした女性。

必死に話を聞き出そうとする彼女の姿は、異世界の人間であろうとも、似たような境遇の人の身を案じているようであった。

 

魔法使いは必死に尋ねる女性を安心させる為、優しく柔らかな笑みで語り掛ける。

 

「パンテレイモンの場合しか知らないけど、彼は事件を起こした後も、同じ職場で働いている。ジャスティス・カーニバルと言う...プロヒーローが行う英雄の体育祭みたいなものがあるけれど....そこで彼は、自分の好きなヒーロー、アレイシアの応援団長をしていたよ」

 

「えっ.........?世の中に混乱を招いた人が......普通に生活をしている.........?!そんなこと!あり得ません!!証拠はどこにあるのですか!!?」

 

嘘かどうかは、魔法使いの様子を一目見れば明白なのだが、取り乱している女性の頭はそこまで回らなかった。

魔法使いは信じてもらう為証拠の台詞を流す。

 

「申し訳ありませんが邪魔をしないでいただきたい!今の私は応援団長、アレスちゃんの応援に命を懸けているのです」

 

応援に全力を尽くしている男性の声が木霊する。

 

「敵(ヴィラン)になっても...職を...失わない......?だったら......私は......私は......!!なんで!嫌がらせを受けなければならなかったのですか!!?私は悪さをしていないのに!!叩かれて...!暴言を吐かれて...!存在すらも否定されて...!私は...!私が...!!一体何を悪さをしたと言うのですか!!私と彼はどこが違うのですか!!?誰か...!誰か......!教えてよ!!!」

 

男性の台詞で正気を取り戻せた代わりに、圧倒的な差に絶望をしてその場で泣き崩れる。

悲痛な叫びが現場を包み込む。誰もが女性に同情をしている最中、AFOだけは見向きもせずに話を進める。

 

「ふーん...。で、君達は、他のパターンを知らないと...。そんな希少なパターンで勝ったつもり?馬鹿馬鹿しい。結局、人の苦しみとか、差別に興味ないから、自分達の周りで起きたことしか知らないんだね」

 

「人の苦しみに興味ない?!それはお前だろ!大体、あの世界には少ししかいられなかったけど、こっちの世界よりは幸せそうだった!苦しんでいる人に寄り添うのは当たり前だけど、だからと言って、むやみやたらに人の過去を聞くのは違う!相手の様子を見ながら......」

 

「僕が人の苦しみに興味がない?それは違うよ。もし、僕が人の苦しみに興味がなかったら、彼らを放置していたさ。君も僕のせいにして......」

 

「じゃあ!なんで!?"弱き者"達は今も泣いているの!!?」

 

魔法使いはAFOの言葉を遮って否定をする。

証拠なら目の前にあるから。

 

「本当に救われているのならば!他人を怨み続けたりしない!他人を妬んだりしない!救われていないから、自分と同じ立場の人にさえも辛辣になるんだ!本当に救われているのならば......」

 

 

「過去を気にせず、前を向いて、笑って過ごす!これが出来ていない限り、救われてたとは言わせない!」

 

魔法使いは過去の冒険を振り返る。

どの異世界の住民も、自分の知りたくなかった事実に落ち込んで、絶望をし、自暴自棄になって暴れてしまうこともあった。それでも、自分の頭で考え、現実と向き合い、支えてくれる仲間と立ち向かう。そうやって、自分の正体を受け入れ、自分だけの道を選び、仲間と共に笑い合う日々を送る。

 

立ち直れた姿を何度も見てきたからこそ、それが出来なければ、魔法使いやウィズにとっては救われたとは認めない。

 

「......で...言いたいことはそれだけ?君は偉そうに言っているけど、出来ていない君が言える立場でないのは分かる?」

 

「分かっている。だけど...!諦めたりはしない!」

 

自分の非を認めながらも諦めない魔法使い。

強い眼差しで見つめ返す魔法使いにAFOは苛立ちを覚える。

 

「でも...君さ......僕達を止める方法って結局、暴力なんだろ?それが...正しいやり方かな?僕は違うと思う!ヒーローならば力で解決をせずに!話し合いで解決するべきではないのか?」

 

「さっきから話し合いで解決を求めているけど...力で解決をしようとしているのは君達もだよ。傷付けられたからと言って、誰かを傷付けていい理由には言い訳にはならない。それと...戦いで何も解決はしないと思われているけど......」

 

 

「戦いで解決した件もあるんだよ」

 

魔法使いは全員の目を見据える。

 

「皆が戦いで解決したとは言えない。けれど、戦いで解決した人達もいっぱいいるんだ。リヴェータ、ルドヴィカ、キワム、レッジ、ユリカ...本の一例なんだけど......」

 

「えっ!?ちょっと待って!ユリカちゃんの話って...戦う必要があったの!?あの言葉は本心だったのでしょ?!」

 

事情を知らない人達は舞梓と同じ反応を取っていた。

この世界ではリレイ達の言葉は百点満点以上ものであり、戦いという展開は絶対にあり得ないものだと思っていたからだ。

 

「皆が思っている通り、あの言葉は紛れもない本音だ。だからこそ、力試しとして、スニェグーラチカは戦いを挑んだんだ。本当の意味でユリカを守れるかを確認する為に」

 

「戦いで解決することが駄目じゃないにゃ。戦っても本音を語れず、相手の気持ちが理解出来ず、本質を分かろうともしないから、こんなことになってしまうのにゃ!逆に言えば、本音でぶつかり合い、相手の気持ちを理解し、本質を知ろうとすれば、戦いでも解決出来るのにゃ!」

 

ウィズが戦いを肯定をする。

今までの流れに逆らった内容に敵も味方も面食らう。結局、一番やってはいけない暴力に辿り着いてしまった。

それでも、魔法使いとウィズの経験上、戦いが傷付けるだけではないと知っているから、二人は時には必要なものだと認容をする。

 

「君達の本当の気持ちを...教えてくれないか?」

 

「その質問は...戦いの合図のつもりなのかね?」

 

「言葉で教えてくれないのなら...」

 

「言葉で語るのをすぐ諦めるとは...なんだかんだ言って、暴力が好きなんだね君達は!そんな君達の想いに応えてあげようではないか!」

 

AFOの嘲笑と共に、これまでの鬱憤を溜め込んでいた"弱き者"達は武器を構える。

 

話し合いは平行線で終わり、戦いの火蓋を切られるのであった。



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46話 神野区事件11

話し合いからいつの間にか時間が過ぎ、群青色の光が真っ暗な夜空を塗り替えようとする。その光はまるで、新たな時代の幕開けの合図のようであった。

 

戦いを告げる鐘を鳴らす必要もなく、信念と想いを胸に、各自武器を構え、両者一斉に走り出す。

土煙が舞い、真っ向からぶつかり合う。ヒーローとAFO、魔法使いと"弱き者"。運命に導かれるままに、因縁が続いている者、因縁が生まれた者同士激突する。

 

新たな時代を決める戦いが、今、始まる。

 

 

 

 

 

「あああぁぁぁ!」

 

長年に亘って受けた苦しみ、社会への恨みを込めた一撃が魔法使いの背後を襲う。

これ程恨まれているのは悲痛な過去、可哀想な存在である自分達を否定されたからである。

 

魔法使いが冒険談を語るまでは"弱き者"は被害者でいられた。誰もが心の叫びに共感をし、反論をする者は悪となり、どのような罪でも許されるものになっていた。

けれど、魔法使いが語ったことにより、その価値観は全て否定されてしまう。

 

存在意義を決められ、道具として生まれたリフィル、ソウヤとユリカ、キワムを含めたガーディアン。最愛の人を奪われても、堕ちることもなく、愛する人が住んでいた世界を守るレッジ。いがみ合い、憎しみを募らせて戦争が起きていたが、積年の恨みを水に流して手を取り合ったリュオンとイスカ。

実例はこれだけではなく、他の世界にも似たような人達にもそれなりに存在をしている。例え、異世界の話だ!と否定しようとしても、彼らもまた"弱き者"と同じ心に痛みを負った同じ人間であることには変わりない。彼らが過去を理由に悪さをしないで真っ当に生きている限り、こちらもまた過去を理由に悪さをしてはいけない。

 

それを突き付けられたからこそ、"弱き者"達は怒り狂う。

 

振り下ろされたメカニックな大剣を躱し、すれ違いざまに赤毛の女性と目が合う。

燃えるような赤い髪と同じ赤い瞳は憎悪に染まっていた。

 

「あんたさえいなければ...!いなければ!!私達の勝ち同然だったのよ!それを壊しやがって!この外道め!私達の幸せを奪いやがって!!あいつらの無様な姿を潰しやがって!!私達の為と思うなら!ヒーローを殺させろ!!この社会を壊させろ!!この偽善者めが!!!」

 

四方八方から来る攻撃を躱し、防御障壁を展開しながら、魔法使いは赤毛の女性を見据える。

怒り、憎しみ、恨みに囚われ、我武者羅に剣を振り回す姿は目的の為に一直線だった。傍から見ても迷いは無いように思わせる。けれども...魔法使いからすれば......。

 

 

芯が抜けて、暗い感情に流され、空虚で何もかも空っぽな姿。

魔法使いとウィズにはそんな風にしか見えなかった。

 

この戦いで芯になっていたものを取り戻さなければいけない、と魔法使いとウィズは心の中で誓う。

全ての攻撃を往なした後、魔法使いは"弱き者達に"問う。

 

「君達が誰かを恨む前の望んでいた幸せは一体、どんなものだったの?」

 

一瞬静まるが、すぐにまた怒号が飛び出す。

 

「過去のことを訊いてどうする?!」

 

「そんなの!あんた達のせいで忘れてしまったわ!」

 

「知っていてもお前に教える義理はない!!」

 

「そう...だったら......」

 

 

「思い出させてみせる!」

 

「やれるもんならやってみろ!」

 

カメラマンに徹していた金髪の男性が放った銃弾を放つ。直ぐ様防御障壁を展開して防ぎ言葉を投げ掛ける。

 

「君達の幸せは社会を壊さないとなれないものなのか?」

 

「ああ!そうだ!お前達がいるから幸せになれないんだよ!!」

 

「なんで?」

 

「はぁあ!!?お前!話を聞いていなかったのか!!?お前達が俺達を否定するからだろうが!!!」

 

話を聞いていないような質問に、"弱き者"達は怒り狂い攻撃を止めて怒鳴り散らし、攻撃もより一層に激しさが増す。その怒声は耳を塞ぎたくなる程の罵倒であったが、魔法使いは全ての言葉を聞いて問い掛け続ける。

 

「それって...この世界住む全員にやられたの?」

 

「当たり前だ!」

 

「それは違うと思うにゃ」

 

より一層酷くなる罵詈雑言を無視してウィズは語る。

 

「もし君達の言う通りであれば、自殺する人はもっと多いだろうし、昔敵(ヴィラン)だった人は社会復帰出来ない筈にゃ」

 

「うるさい!!数が少なければ私達はどうなってもいいってことなの!!?」

 

「そうは言っていないにゃ!!全員ではないと言いたいだけにゃ!」

 

「お前みたいなチート野郎には分かんないと思うけどな!!存在そのものを否定されたり!夢を否定されるとなあ!苦しくて!虚しくて!生きることが辛くなるんだぞ!!!」

 

新たに参戦してきた一人の男性が魂の叫び。

その叫びに他の"弱き者"達は頷いているが、魔法使いとウィズは真顔になる。二人の変化に気が付くことはなく互いに慰め合う。いつまで経っても終わらなそうな様子に、魔法使いから話を切り出す。

 

「存在を否定されても、力強く生きている生きている人達はそれなりにいる。夢を否定された人は一人しか知らないけど、その人も新しい夢を探すんだ、と笑顔で話していたよ」

 

騒ぎがぴたっと一瞬にして収まる。

存在を否定された人がいることは話で察していたが、夢を否定されていた人もいるとは思っていなかったからだ。

 

「しかもその人が住んでいる世界は、捨てられた夢が実体化するロストメアがいる世界。その人ミリィは、ロストメアと戦うメアレスで、ロストメアの強さや厄介性を知っている。なんなら、いつか自分の捨てた夢と戦う可能性もある。それでも、ミリィは、前を向いて新しい夢を持つことを決めたんだ」

 

「何度でも言うにゃ。どんな理由があるにせよ、悪いことはいけないのにゃ」

 

怖くなる程静かに話を聞く"弱き者"達。

彼らの様子を固唾を呑んで見守っていると、赤毛の女性の肩がわなわなと震える。魔法使いとウィズが身構えるのと同時に、赤毛の女性の感情が爆発する。

 

「大体!!異世界がそんなに素晴らしいのなら!!異世界の真似事をさせれば良いじゃない!!!私達が住んでいる世界と似たのもあったのに!その世界の真似事をさせなかった!!あんたはその時点で同罪なのよ!!幸せな社会を知っていながらあんたは何もしなかった!この役立たず!暴力主義者!悪魔よりも血も涙もない外道女!私達を見殺しにしたあんたなんか腐った社会と共に死ぬがいい!!!」

 

感情の爆発を切っ掛けに再度猛攻が始まる。

銃、"個性"による遠距離攻撃が雨霰のように降り注ぐ。攻撃を躱す余裕はなく、防御障壁を更に強化して攻撃を受け止めながら訳を語る。

 

「似た世界の真似事をしたって、人間性は真似出来ないよ。それに...あの世界を真似たら......」

 

 

「君達を殺さないといけなくなるかもしれないから」

 

苦虫を噛み潰したよう顔で、かつてあった出来事を告げる。

衝撃的な発言に"弱き者"達は立ち止まり、武器を落とす音が疎らに響く。

 

「.........えっ......?嘘だろ......」

 

「本当だよ」

 

「つまんない冗談はよしてよ!!」

 

「冗談じゃないにゃ。気を失っている敵(ヴィラン)に対して、ヴィランの息の根を止めろ、と言われたことがあったにゃ」

 

ウィズも同じ顔をして同意する。

 

「そんなの......」

 

「ありかよ!!!」

 

「だ、だって!神々との戦争を巻き込もうとした奴が...普通に生活をしているんだろう!!?奴と比べたら、俺達のやっていることは可愛いもんじゃねぇか!!大体!こんなことになったのはお前達のせいなんだ!!お前達が死ぬのは当然だが!!俺達は関係ない!!寧ろ被害者なんだ!!!なのに!何故殺さなければならんのだ!!!」

 

「それが、あの世界のルールだから」

 

無情に、無慈悲に、魔法使いはきっぱりと言い放つ。

"弱き者"達が狼狽える最中でも話は容赦なく続く。

 

「どんな罪でも、事情があったとしても、ルールを破った者は罰を受ける。例え罪が軽いものだとしても、改心したとしても、ルール通りに裁かれる。......殺すことさえもあるんだ......」

 

「しかもあの世界は、厳しいのは敵(ヴィラン)だけではないにゃ。ヒーローにも厳しいにゃ。この世界のヒーローは"個性"を自由に使えるけど、あっちの世界のヒーローは力制限されているにゃ」

 

ウィズの一言でざわめきが止まる。また新しい衝撃の事実に頭がついていけなくなったようだ。

市民の安全を守る点から、ヒーローは、使用禁止されている"個性"を自由に使える許可を貰っている。危険なものでもあるが、それと同時に、防衛手段として最も有効な手段として認められていた。そんな"個性"を封じることは阿保同然であり、愚か者以下の行為であった。

 

「そのせいで大きい敵(ヴィラン)が暴れていてもすぐに出動出来なかったり、英雄省に連絡取れなくて神器(パンドラ)の使用許可をもらおうとしていた最中に負けてしまったアポロンⅥ。大きな事件がこれだけあっても、制限は今も続いている。制限の内容は地区によっては違うけど、速度制限、跳躍制限、飛行制限とか色々あるんだ」

 

「ただでさえ相性によって逃げているのに、制限を掛けてしまったら、救える者も救えなくなってしまうにゃ。だから知っていても真似しようという案は出なかったにゃ」

 

「リレイ達のいる世界は基本的に知られていないから参考にならないし...。他にも、この世界の似たような文明の世界がもう一つあるけど...その世界は敵と戦うと言ってもじゃれ合いみたいなものだし...なんならやり過ぎて味方側から怒られたり...なんて言うか、なんで戦っているのか分からない程仲良いから、その世界も参考にならないだよね」

 

呆気に取られて瞬き一つも動かせなくなる"弱き者"達。

力の相性で逃げず、どんな大物敵(ヴィラン)も許してくれる夢の楽園は、ルールによって雁字搦めに縛られた誰にでも厳しい世界でしかなかった。価値観に囚われるのか、ルールに縛られるのか、どちらを選んでも辛い出来事が待っていた。代案として他の二つの似た世界を真似したところで、不思議な存在は認知されていなかったり、戦う理由が思い付かない程敵味方が仲が良いなど、全然当てにならないものだった。

 

「............極端すぎるだろ......」

 

誰かの本音が木霊する。

何度目かの木霊で正気を取り戻した赤毛の女性は、固まっていた口を無理矢理動かして叫ぶ。

 

「ばっ...!ばっかじゃないの!!!」

 

赤毛の女性の感想に"弱き者"達は正気を取り戻す。

各々武器を拾ったり、独り言を呟いたり、近くにいる人同士で話し出したりして事態の収拾がつかなくなる。

 

魔法使いとウィズがどうしようか?と、悩んでいると赤毛の女性が二人に向かって指を指す。

 

「アポロンなんちゃらとか知らないけど!ルールに縛られ過ぎて馬鹿じゃないの!!?そんなにルールに縛られていたら!人なんて助けられないわよ!!現に!大型敵(ヴィラン)が暴れていても戦えなかったようだし!!やっぱり!どの世界のヒーローも!人を助ける気なんてないみたいね!!!」

 

勝ち誇った笑みで責める赤毛の女性。でも、その顔は涙目になっていた。

更に文句を続けようとするが、魔法使いは割り込んで文句を中断させる。彼らが問題視している点は言われてなくても対策を行っている。それを証明する為に、魔法使いとウィズがいなくなった後のあの日の話を語る。

 

「人々を守るにや、ルールを守っているだけでは足りねえ。ぶち破って先に行くヤツが必要だ。...と大きい敵(ヴィラン)が暴れた日、ゾエルの考えでヴァンガード隊が生まれたんだ。ヴァンガードは先駆者という意味を持つらしく、その意味に因んで、いざという時にルールに縛られない部隊を作り上げたんだ」

 

「...............いざという時にか.........。結局、その部隊もルールに縛られているじゃん。まあ、そんな調子じゃあ碌に使えそうにもないけどな......俺達にとってはどうでもいいけど......。っていうかなんで、あっちの世界のヒーローはそんなに制限掛けているんだ?」

 

「神話還り(ミュータント)が生まれたばかりの頃、敵(ヴィラン)が暴れた被害よりも、ヒーローの方が被害を出してしまったらしいから」

 

「ふーん......ほんと!ヒーローは存在自体厄災みたいなもんだな!」

 

得意気に馬鹿にする男性。

魔法使いとウィズは反論をしたくなるが、今言っても聞く耳を持たないことは明白であった為、黙って男性の言葉を聞くしか出来なかった。嬉しそうに笑っていても次第に飽きてきたのか、自ら話題を変える。

 

「ということは...あっちの世界の市民も、俺達と同じ、使用禁止なのか......」

 

「そうだよ。あっちの世界の市民も使用禁止だよ。只し、身を守る為に力を使うことは認められている」

 

「身を守る為なら認められている...。......つまり!正当防衛なら認められるのか?!!」

 

「うん、認められているよ。それでも...まあ...一度正当防衛なのか調べる為に捕まってしまうけどね」

 

口を全開まで開けて叫ぶ男性。男性の驚きぶりに魔法使いとウィズは苦笑いになる。

男性だけではなく、他の"弱き者"達も男性と同じように驚いていた。"個性"の使用禁止による不満なのか、それともヒーローへの不信感によるものなのか、または両方によるものなのかは魔法使いとウィズには判断出来なかった。

 

「おい!お前!!」

 

魔法使いとウィズが考え込んでいると別の男性から指を指される。何?と尋ねる前に話は進む。

 

「他の世界は許されているのに!俺達の世界では正当防衛すら許されていないなんて!お前は可笑しいと思わなかったのか!?変えなきゃいけないと思わなかったのか!?お前は自由に使える立場だから!文句はないだろうけどな!俺達はな!役に立たないヒーローどもに命を預けないといけないんだぞ!!そこんところ分かっているのか!!?」

 

「分かっていたよ!だから何度も可笑しいと訴え掛けたよ!けれども!ボクが訴え掛ける度に関係ない人達が傷付けれられてしまうんだ!」

 

「関係ない人達が傷付けれられた?そんなもんは!世界を変える為の必要な犠牲だ!」

 

再度攻撃が始まる。

怒りで顔を真っ赤にした男性が瓦礫の双剣で斬り掛かる。魔法使いは避けずに電撃で反撃をする。雷撃で双剣は壊れ、痺れて動けなくなった男性はそのまま地面に転んで倒れ込む。魔法使いは親の敵を見付けたかのように倒れた男性を睨む。

 

「心の傷の痛みを知っているのに!他人の痛みは気にしないなんて...どうかしているよ!」

 

「俺達が他人の痛みを気にしない!?はぁあ!?お前達が擁護しているあいつらだって俺達を見捨てていた!あいつらも同罪だ!」

 

無防備な魔法使いを狙い、倒れた込んでいる男性を助ける為、コオロギ風の男性が蹴り掛かる。魔法使いは屈んで避ける。

 

「君達だってユリカの存在を否定したくせに!もし、本当に差別をしない人だったら!リレイ達のように!世界を壊してしまうかもしれない存在だって認められる筈だ!」

 

「あれは論外だ!」

 

蹴りが不発に終わった男性は追撃をせず、倒れ込んだ男性を抱えて離脱する。コオロギ風の男性が離れたのを見計らうと銃撃、"個性"による攻撃が土砂降りのように降り注ぐ。防御障壁を展開する余裕もなく、走って攻撃を切り抜ける。

 

「論外ではない!君達が言う、差別をしない人達はどんなことでも受け入れる人のことでしょうが!」

 

破壊音に負けない程の大声で叫ぶ。

攻撃が届く前に走り抜け、瓦礫を楯にし、屈んで避けていく。攻撃が当たらないことにイライラした"弱き者"達はただ我武者羅に攻撃をする。銃弾が切れ、"個性"の使用に限界がきたのか攻撃が止まる。魔法使いもこれを機にカードを構え息を整える。一瞬たりとも目を逸らさずに睨み合う魔法使いと"弱き者"達。暫く睨み合っていた。ずっと動きがなかったウィズの口が開く。

 

「もし...君達の中で......」

 

 

「考え方が少しでも違う人が出たらどうするのにゃ?」

 

ウィズの可笑しな質問に面食らう"弱き者"達。魔法使いも意図を理解出来なくて首を傾げる。

赤毛の女性を始めとした一部の"弱き者"達は、質問に答えずに襲い掛かろうとしたが、万全の状態である魔法使いを見て素直に質問に応える。

 

「......何が言いたい」

 

「君達の考えを改めて知りたいのにゃ。で、君達にとっての差別は生まれや"個性"の危険性で判断すること。これが君達にとっての差別、これで合っているのにゃ?」

 

「まあ...合っているけど......」

 

「だけど君達は、ちゃんと出来ているリレイ達のことを否定した。それはどうしてなのにゃ?」

 

「そ、それは...!!相手が規格外過ぎるからよ!大体あの子は!母親を殺し!世界を壊す為に産まれた存在!それを否定して何が悪い!」

 

「そうだ!あいつと違って俺達は!少し危険な"個性"を持っているだけだ!」

 

「そうです。私達とあの子を一緒にしないで下さい」

 

「......はぁ......これでは社会を変えても何も意味ないにゃ......」

 

「だーかーら!俺達がこんな惨めな考えになったのもあいつらのせいであって!俺達は被害者なんだよ!!」

 

「.........ねえ......君達はなんで.........嫌いな人達の考えを素直に聞いてしまうの?その価値観のせいで死を選んでしまったのに...。どうして、そんな下らない価値観を捨てないの?」

 

ウィズも魔法使いも呆れ果てて本音が溢れ落ちる。

隙だらけの魔法使いに、怒り狂った機械の大剣が振り落とされる。慌てて右に転がって避ける魔法使い。その後ろ姿を執拗に追う。

 

「あんた達には分からないのよ!ずっと否定されてきた人の気持ちが!ずっと否定されているとね!自分の考えなんか持てる訳ないのよ!!!」

 

「仲間同士で励まし合わなかったのか!?」

 

「はぁあ!?何言ってるの!?」

 

魔法使いは口の中に砂が入ることも気にせずに叫ぶ。

すっとんきょうな問い掛けに赤毛の女性の手が止まる。その間に魔法使いは立ち上がり少しでも距離を取る。

 

「君達と同じ悩みを持っていた人達も、仲間の言葉で立ち直ったきた!これまでの旅の経験では仲間達の言葉で充分であった!君達は同じ目的を持つ仲間と出逢えたのに自分を持っていない。ねえ...仲間同士で励まし合わなかったのか?!」

 

「励まし合ったわよ!」

 

「でも君達は立ち直っていないじゃないか!」

 

「そんなの......ずっと言われ続けられてきたからこうなったのよ!」

 

「仲間の言葉よりも他人の言葉を大事なのか?!そんなの可笑しいよ!」

 

「言われっぱなしの気持ちに何が分かる!!あんたみたいなチートは!否定されたことがない奴なんて...」

 

「ボクだって仲間から考えを否定されたことがある!」

 

「.........はい?」

 

思いがけない話に"弱き者"達は呆ける。

呆けてしまった彼らにウィズは、小さい子供に物を教えるように優しく語り掛ける。

 

「あのね、人には色々な考え方を持っているのにゃ」

 

「何がしたいのか、何をされて嬉しいのか、何が許せないのか、何が譲れないのか、それは人によって違うのにゃ。例え、同じ仲間同士であっても」

 

「仲間同士でも考え方が違う、そのことを君達はちゃんと分かっているのにゃ?」

 

「分かっている!」

 

「だったらなんで君達は世界中の人達に理解を求めているのにゃ?」

 

「差別を無くす為だ!」

 

「確かに差別はいけないことにゃ。でもね君達は、自分達と考え方が違うから、ちゃんと出来ていたリレイ達を否定した。自分達と考え方を違う者を否定する、それも差別ではないのかにゃ?」

 

無言になる"弱き者"達。

ウィズはそのチャンスを逃さずに一気に畳み掛ける。

 

「あともう一つ言いたいことがあるにゃ」

 

「君達は長年言われ続けてしまった故に他者、しかも嫌っている人達の言葉を鵜呑みにしてしまうのにゃ。他人の言葉を鵜呑みにしてしまうくらいなら、励まし合った仲間の言葉を鵜呑みにすればいいのにゃ。だけど君達は仲間の言葉は鵜呑みにしない。なんでなのにゃ?仲間の言葉は信じられないのにゃ?それとも...その人達は仲間ではなくて、ただの赤の他人なのにゃ?それなら納得...」

 

ウィズが言い切る前に極太のレーザーが放たれる。

極太のレーザーは魔法使いと赤毛の女性の間を通り抜け、遠くのビルを破壊する。レーザーを放った男性の掌から煙が吹いていた。

 

「違う!ここにいる奴らは皆仲間だ!俺達の悲願である!この腐った社会を壊し!理想の社会を作り上げる為の同士だ!」

 

男性は今まで以上に声を上げて反論をする。

関係を侮辱されたことが一番の地雷のようで、うっすらと涙が目に浮かび、視線だけで人を殺せるものであったがウィズは視線を逸らずに問い掛ける。

 

「ならなんで信じてあげないなんだ!」

 

「そ、それは...仲間達もお前達のせいで自信がなくて...!」

 

「仲間の言葉を信じることが出来ない、自分で自分を蔑んでいたら、社会を変えることなんて一生懸命出来ないのにゃ!」

 

長年に渡って行われてきた差別は人々の心を蝕み、当たり前の価値観にし、矛盾点を気付かせさせない。

その当たり前を捨てることが出来ない者は、どんなに良い人であろうが、素晴らしいスローガンを掲げようが、どれだけ同士を集めようが、決して変えることは出来ない。だって変えたい本人達でさえも何も変わっていないのだから。そのことに分かりきっていた魔法使いとウィズは彼らを否定する。

 

暴れて回りに被害が出すことが出来ても、自分がない羊には何も変えることは出来ない。

 

魔法使いとウィズの言葉の意味が分からず、"弱き者"達は再び激情にかられて攻撃を始める。

話す言葉は語り終え、戦闘が本格的に始まる。数が多くても多少訓練しただけの"弱き者"、一人でも数々の戦いを乗り越えた魔法使い。結果は目に見えていた。

 

群青色の光が勝者も敗者も関係なく、全てを優しく照らしていた。



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47話 夜明け後の世界

オールマイトVSAFOの戦いは省略致します。あの熱い戦いは原作で楽しんで下さい。
神野区編はこれにて終わりです。


夜明けと同時に事件の決着がつく。

先に戦いを終えた魔法使いが、"弱き者"達を別の場所に移動している間に戦いは終わり、勝者はヒーロー側だった。ヒーロー側が勝ったとはいえ...無傷ではなく、甚大なる被害が多く出ていた。

 

被害の大きさは戦場になった神野区よりも...全国各地で暴れ回った"弱き者"達による被害の方が大きく、一般市民の家、学校、病院、スーパー、ヒーローの事務所など...。どこもかしこも荒らされており戦場になっていた。

児童養護施設オアシスで働いている"非正規"の職員いわば、"弱き者"達と似たような境遇でありながら立ち直った者、そのような人達が止めに入らなければ被害はもっと大きくなっていたのであろうと...誰もが戸惑いながら実感をしていた。

 

また...この事件の影響は日本だけではなかった...。直接被害を受けていなかった海外にも影響を強く受けていた。

海外の方が色々な人種、民族が入り交じっており、価値観や思想が日本よりもばらばらで、"個性"が生まれる前の時代から紛争や戦争が度々起きてしまっていた。そんな負の連鎖が続いている海外で黒猫の魔法使いとウィズ、異世界の住民、彼女達の冒険段を語った放送は畏怖と尊敬と驚愕を与えていたことは言うまでもなかった。

 

朝日が昇る頃、世界は大きく変わった。

 

 

 

『次のニュースです。先日、神奈川県横浜市神野区で起きた事件で死者六千五百四十一人。負傷者一万八千九十ニ人となる、大規模な事件となりました。草壁さん。まさか...事件がここまで大きくなるとは思いもよりませんでしたよね』

 

『はい...。オールマイトがいるから...いつものように爽快に事件を終わらせてくれると信じておりましたから。あの..."個性"じゃなくて......魔法でしたっけ?黒猫の魔法使い...あの人の言った通りになりましたわね。ねえ、盛田さん』

 

『そうですよ!分かっていたのなら、始めからもっと頑張ってほしいですよ!』

 

『やはり......。この事件の責任は...黒猫の魔法使いにもあるということですか...?』

 

『当然ですよ!彼らの苦しみが分かっていたのでしょ!でしたら、我々が理解出来るまで話をすることは義務ですよ!彼女達は世界を救う為に異世界に飛ばされるのあれば、いくら民衆と問題が起きてしまったことは言い訳になりませんよ!他の世界ではそれこそ、命懸けで戦ってきたのでしょう!?だったら、私達の世界だけ手を抜くなんて酷すぎますよ!』

 

『本当、盛田さんの言う通りですね。彼女達が頑張っていれば...こんなことにはならなかったのでしょうね...』

 

『勿論です!こんなこと言ってはなんですが、彼女達は他の世界に期待しすぎなんですよ!あの人達が今まで旅してきた世界では、彼女達よりの考えだとしても、他の世界でも我々と似たような考え方を持っている世界はあるでしょ!いや、寧ろ、私達と同じような考え方の方が多い筈です!』

 

『確かに...それはそうですね...。色んな世界を旅してきていても、まだまだ旅をしていない世界もいっぱいあるでしょうし...それ故に......。これは...経験不足による悲劇なのでしょうね』

 

『そうです!普段から力付くで問題を解決するから、"弱き者"達を言葉で納得させないといけない場面でも出来なかったでしょ!これを機に、言葉で解決するように努力をし......』

 

ブチッと断末魔のような音を立てて画面が消える。

不愉快に感じた根津がテレビの画面を消し、辺りには静寂が支配する。

 

神野区事件の翌日。

事件を終わらせたキキ、ウィズ、八木、"弱き者"の白部と深く関わりがあった一年A組の人達、その担任である相澤、雄英校長の根津は今後のことを決める為、雄英学園の空き教室に集まっていたのであったが......

 

「......酷すぎてごめんね。この世界の住民の一人として君達に謝るよ...本当に済まなかった!君達の言葉を真剣に言葉を傾けるべきであった!本当に済まなかった!」

 

根津が勢いよく土下座をしてキキとウィズに詫びる。静かな空間に根津の頭をぶつける音が響いた。

その様子にキキとウィズ、一年A組の人達も戸惑い、暫くの間根津の土下座が続く。

 

根津の土下座を終わらせたのはウィズの言葉だった。

 

「......もういいにゃ......。根津はなんにも関係ないにゃ......」

 

「しかし...!」

 

「もういいにゃ!」

 

ウィズの拒絶の叫びが木霊する。

叫びには周囲の人達に対しての拒絶、耳を傾けてくれなかったことへの侮蔑。そして...何も出来なかった自身への呆れと怒りが混ざっていた。

 

過去の行いが、反論の言葉が出ないことが、沈黙になりて全てを肯定する。

一年A組のメンバーの中で不満そうにしていた人が数人程いたのだが、反論をしたところで怒りを買うことは目に見えていたので押し黙る。そもそも、キキやウィズ側にとっては、何も言わなくても言われなくてもはじめから出来ているのが当たり前。出来ない方が可笑しいのである。

 

耐え難い沈黙の中で根津は立ち上がって意を決する。

 

「ウィズさん、魔法使いさん...不満だらけで役に立たない僕達のやり方についていきたくないだろうし、言いたいこともいっぱいあると思うけど今は...これからの話を...いや...過去の話をしよう」

 

「過去?一体誰の過去の話?それって、これからの話をするのに必要なことなの?」

 

「あー...確かに...」

 

「それもそうだよな...」

 

根津の言葉にキキは怪訝そうな顔をする。キキの意見に他の人達も声に出して賛同をする。

根津はゆっくりと首を縦に頷いて同意の形を示す。

 

「君達が疑問に思うことは当然のことなのさ!だけど、これからの話をする為にも必要なことなんだ」

 

いきなり根津は勿体ぶって話を止める。

根津の態度に他の人達も疑わしそうに根津を見つめる。根津もまたこの場にいる全員の目を見つめ返し、大きく息を吸い込んでから本題を切り出す。

 

「この事件の重要人物である"弱き者"。その内の一人であり...君達のお友達であった......」

 

「湖井白部さん。彼女の...彼女達の過去に答えがあった。この問題を本当の意味で解決する為に、AFOから聞き出した全てのことを知る必要がある」

 

白部の過去と聞くと怪訝そうな顔から、戦闘状態に入ったかのように真剣な顔付きとなる。泣き出した者もいたが、必死に涙を押さえ込んで話を聞く体勢に戻る。

その様子に根津もまた応えるかのように、姿勢を正して話がちゃんと伝わるように口の動きを意識する。

 

今──真実を知る為の過去語りが始まる。



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48話 湖井白部の過去 その1

彼女はどこにでもいる普通の女性だった。

 

「見てみて白部が笑ったわよ」

 

「ああ、君そっくりの可愛い笑顔だね」

 

両親に愛され

 

「姉ちゃん!キャッチボールしようぜ!」

 

「ええ~べつのあそびがいい~」

 

「なんのあそびがいいんだよ」

 

「おままごと!」

 

「ぜったいにいやだ!」

 

二つ年下の弟とは喧嘩しながらも仲良く過ごす

よくありふれた家庭に生まれ育ちの女性。幼い頃は明るく人懐っこい、誰に対しても挨拶をする社交的な少女。平凡でどこにであるもの。けれども、確かな幸せを感じながら生きていた。そんな幸せな人生は──

 

 

ある日突然崩れ去る。

 

 

それは日本でも、海外でも、ある一定の年齢を越えれば誰もが通る道。そう...それは───

 

 

「皆さ~ん。ご入学おめでとうございます」

 

小学校の入学だった。

春、出会いと別れの季節。美しく舞い散る桜の姿はまるで祝福をしているかのように感じさせる。だけど、大人になった白部からすれば、自分とある少女の結末に泣いているようにしか思えなかった。

 

「私の名前は裂間空子です。二年間よろしくお願いします」

 

入学式も終わり、主席番号順に指定された席に座ると、担任である年配の女性が張り切って自己紹介を始める。

 

「え~、ここにいる皆さんはこれから二年間、一緒に学んでいく仲間となります。なのでしっかりと覚えていきましょう」

 

担任の自己紹介が終われば、今度は生徒達の自己紹介が始まる。

これもまたよくある光景。自己紹介する側の子供達にとっては、わざわざ前に出ないといけない面倒くささと緊張をして上手くいかなくなる嫌な体験であり、見守る大人達にとっては、微笑ましくも成長する為の大きな一歩にもなる大事な場面。互いに考えがすれ違いながらも、ごく普通に行われる自己紹介。

 

白部も例外なく緊張をしていた。

前に出たらなんて言おうか、冷静に話せるように落ち着かなくては、そんなことを考えながら白部は自分の番を待っていた。

 

「次は...湖井白部さん。前へ」

 

「は、はい!」

 

緊張のあまり声が裏返る白部。

慌てて前に出る後ろ姿を同情の眼差しで見つめる者、意地悪そうにクスクスと嗤う者、ただぼーっと眺めている者。色々な反応を気にする余裕もなく教壇の前に立つ。

 

「わたしの名まえは、こせいしらべです。"こせい"はかがみです。すきな食べものはオムライス、すきなことは絵をかくこと、よろしくおねがいします!」

 

ぺこりとお辞儀をして自己紹介が終わる。

拍手の音を聞いて気が楽になった白部は、自分の席に戻って相手の顔と名前を覚えることに専念をする。

 

緊張が解けてすらすらと覚えていく。

名前と"個性"が連動しているこの世界で、自分の真正面で目が合った人の"個性"が分かる"個性鏡"は、他の誰よりも覚えやすくさせていた。

 

相手の顔と名前を覚えないといけない為、相手の目が合いやすくなる白部。見られている相手も自己紹介に夢中で気付かない。そもそも、目が合ったとしても、不自然なことではないので相手側も気にしない。

だからこそなのか───

 

 

白部の人生、相手の人生をも壊す、悲劇が起きてしまったのは.....

 

 

「わたしの名まえは.......です。"こせい"は.....です...よろしくおねがいします...」

 

その少女は大人しめの少女だったのか、小さく聞き取りづらい声で自己紹介をしていた。

記憶が朧気で曖昧なのは、声が聞こえなかったからではない。辛いトラウマ故に、防御反応として彼女に関する記憶を蓋に閉じたのだ。それでも、炎のように燃える立派な赤毛は強く印象に残す。

 

この少女にも目と目が合う。

そんな些細な切っ掛けが二人の人生を破滅に誘う。

 

(あ...この人......)

 

 

「"むこせい"だ......」

 

白部は思わず呟いてしまった。

嘘ついていたことに怒りは感じていなかった。告発する気も指摘する気もなかった。ただ単に珍しい存在、噂でしか聞いたことのない存在を知って、思わず声に出してしまった、それだけのことだった。

 

七年くらいの人生でも、差別はいけない、"無個性"や異形系の"個性"持ちの人達が苦しんでいる。それぐらいの知識は身に付けていた。また、他人を傷付けてはいけない、と両親からの言い付けを破る気など更々ない。

 

だから、白部にとって、彼女との関わりは気が合って友達になるのか、もしくは、必要最低限の付き合いになるのかの二択でしかなかった。

この時はまだ、特に問題はなく、赤毛の少女の自己紹介も無事に終わるのであった。

 

 

生徒全員が終わると、連絡事項を伝えられ、新入生は帰る時間となる。

白部が配られた教科書、プリントをランドセルにしまっている最中、好奇心旺盛そうな少女に話し掛けられる。

 

「ねえ、ねえ。"こせいかがみ"ってなあに?」

 

これもよくある出来事で、聞いただけでは分からない"個性"は質問の対象にされやすい。

慣れている白部は快く質問に答える。

 

「"こせいかがみ"はね、あい手の目が合った人の"こせい"が分かる"こせい"なんだよ」

 

「へぇー、そうなんだ。じゃあさ、わたしが"こせい"をいわなくても、どんなものかわかるの?」

 

「うん、わかるよ」

 

「それはすごいね!」

 

「えへへ...」

 

キラキラとした目で褒めてくる少女に白部は照れる。

自分の体の一部である"個性"を褒められて、嬉しくない者は誰一人もいない。調子に乗ってしまった白部は発動条件、詳細を全て話してしまう。

 

「そんなこまかいところまでわかるなんて、ほんとにすごーい!ヒーローむきな"こせい"じゃん!」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ!だって目が合えば、あい手の"こせい"がわかったらゆうりだよ!」

 

「でも...わかっただけじゃ、たいしょできないよ...。わたしの"こせい"よりも、いちかちゃんの"こせい"のほうがヒーローむきだとおもうよ!だって、どんなときでもはやくはしれるから、こまっている人のもとにはやくいけるもん」

 

「ほんと!?」

 

「うん」

 

「ほんとに、ほんと!?」

 

「うん、ほんとにすごいとおもっているよ」

 

「やったー!そういわれたのははじめてだよ!」

 

喜びすぎて叫び出す一果。

白部が引いていたり、教室中の人達が白部達を凝視しているが、一果は周りの様子を気にせずにその場で飛び跳ね回る。

 

「えっ...そうなの...?」

 

「うん、そうなんだよ!わたし、しらべちゃんにいわれるまで、かけっこがとくいなだけな"こせい"だけって、ばかにされていたんだ。ヒーローになれない弱い"こせい"って、いわれつづけていたんだ。でも!しらべちゃんがそういってくれてうれしいよ!」

 

だからあんなに喜んでいたんだ、と白部は一人納得をする。馬鹿にされるのは"無個性"だけではないんだと、汚い社会の一面を知ることになった白部。

同情と助けたい気持ちが重なってある提案を出す。

 

「わたしの"こせい"で...いちかちゃんのゆめ...手だすけしようか...?」

 

「えっ......」

 

突拍子もない言い分に一果の興奮が冷めていく。

呆然としている一果を見て怒らせてしまったと、勘違いをした白部は急いで話の補足する。

 

「あ、あのね!ちがうの!いちかちゃんが、わたしの"こせい"を、くわしくわかる"こせい"ってほめてくれたことがうれしくて!どこをどうすればいいのか、アドバイスできるかなっておもったの!テレビで見たのだけど、ヒーローどうしでアドバイスをしながらつよくなるっていっていたからそれで!」

 

一果は不安がっている白部の手を取って喜びの姿を示す。

 

「ううん!すごくうれしいよ!」

 

「ほんと!?」

 

「うん!」

 

「ありがとう」

 

「いちかちゃん、もしよかったら、友だちになろうよ!」

 

「うん!」

 

手を取り合いながら喜び合う二人。二人だけの世界で小さな友情が生まれる。

 

「わたしも、しらべちゃんがこまっているときは、力になるよ!」

 

「ありがとう!これからたすけあっていこうね!ねえ...やくそくとして...ゆびきりをしない?」

 

「うん!しよう!そうしよう!」

 

小指を絡ませて約束を交わす白部と一果。

互いを支え合うと決めた美しい友情。永遠にずっと続くのだろうと、約束を交わした白部と一果、その様子を見ていたクラスメイト、保護者、担任。誰もが信じて疑わなかった。

 

けれども...そんな友情は───

 

 

呆気なく壊れてしまう。

 

異変は次の日に起きていた。

仲良くなった白部と一果は、早速朝の登校を一緒にする。他愛もない話で盛り上がり、いつまでもこんな日々が続くと思っていたのだが、教室の扉を開けた時にはもう始まっていた。

 

「や~い、うそつき女!"むこせい"はあっちいけ!」

 

「そうだ!そうだ!"むこせい"きんがうつるんだよ!」

 

「"むこせい"は学校にくんなよな!」

 

数人の男子生徒が寄ってたかって暴言を吐き、赤毛の少女を虐めていた。

この酷すぎる光景に白部や一果、先に来ていた他のクラスメイトの思考が追い付かず、止めることも出来ずにその場に固まってしまう。

 

「ねえ......これって...いじめだよね...?なんで...こんなことがおきているの......?」

 

「わたしにもさっぱりわからないよ...。それに..........さんの"こせい"は.....で..."むこせい"ではないはずよ......」

 

虐めもそうなのだが、意味不明な発言がより拍車を掛けて事態を混乱させる。

しかしながら、白部には、違う意味で強い衝撃を受ける。

 

(どうして......)

 

 

(あの人が"むこせい"だとバレてしまったの?)

 

確かに秘密を暴いてしまったが、あくまでも暴いただけなのであって、決して言いふらしてはいない。家族には話してしまっていても、担任やクラスメイトは勿論、新しいお友達の一果にも言ってはいない。

 

「とりあえず......先生をよぼう。わたしたちじゃ何もできないから...」

 

「そうだね...」

 

二人は急いで先生を呼びに行く為に背を向ける。

だから、気が付かなかった──

 

 

虐めている男子生徒の中に、白部と主席番号が近い男子生徒がいることを。

 

 

 

「何をやっているのですか!」

 

白部と一果に呼ばれた担任は血相を変えてやって来る。

現場を押さえられた男子生徒達は顔を青ざめたり、恐怖で固まって動けなくなったり、逃げようとして後退りをする。けど、ある男子生徒だけは違った。

 

「あ...あいつが...あいつが!"むこせい"だといっていたんだ!!」

 

なんと白部まで道連れにしようとする。

指を指された白部、隣にいる一果とクラスメイト、被害者の少女は驚きすぎて呆然となり、担任は怒りを通り越して呆れ返る。

 

「......何馬鹿なことを言っているのですか!金属君!湖井さんは!貴方達の愚かな行為を止める為に、私を呼んだのですよ!金属君の言う通り、湖井さんが犯人でしたら、私を呼んだりする訳がないでしょうが!!」

 

男子生徒の悪あがきは担任の怒りを更に買い、一果、女子生徒中心のクラスメイトの人達から冷ややかな視線を浴びせられていた。

それでも男子生徒の往生際が悪く諦めなかった。

 

「じゃ、じゃあ!なんでおれたちがあいつ.......を!"むこせい"だとわかったとおもっているんだ!あいつ!こせいがいっていたんだ!おまえらだってきいていただろ!きのう、あいつはじぶんで、"こせい"がわかる"こせい"だって!はなしていただろ!」

 

「あっ!そのはなしぼくもきいた!」

 

「いっていたね...」

 

「おれもきいた」

 

「ぼくもきいた」

 

「でも...!....さんがいじめられていたとき、こせいさんはいなかったよ!」

 

「そうよ!あのときいなかった人がどうやっていじめるのよ!」

 

「いじめっ子だったら先生をよばないわ!」

 

疑い始めるラスメイトも出てきたが、一果や女子生徒達が擁護をする。

 

「いい加減に......」

 

懲りない男子生徒に担任は手を出すような勢いで声を上げようとするが、往生際が悪すぎる男子生徒は声を荒げて話を無理やり戻す。

 

「きのうあいつはいっていたんだ!"むこせい"...の!....のじこしょうかいがおわったときに!あいつは"むこせい"だっていっていたんだぞ!おまえだけにげるのはゆるさないからな!」

 

男子生徒に指を指された白部の元に視線が集まる。

皆の視線、勝手に悪者扱いをされ巻き込まれた動揺と、"言った""呟いた"の違いが分からない白部の頭の中はぐちゃぐちゃとなり、何も言えなくなって黙り込んでしまう。

 

「......湖井さん...。本当に貴女が...彼に伝えてしまったのですか?」

 

担任が優しく問い掛けをしても答えられない白部。

言ってしまったのは事実。誰かに伝える気がなくても伝わってしまった以上罪悪感を感じる。でも、だからと言って悪者扱いされるのは納得出来ない。だが、言い訳は思い付かなかった。

 

長い沈黙が肯定とみなされ担任は声色を変える。

 

「そう...分かりました...。湖井さん!貴女も謝りなさい!」

 

「えっ...なんで...」

 

理不尽だと感じた白部は思ったことを声に出してしまった。

怒りに支配されていた担任は、白部にも虐めていた男子生徒と同じくらい怒鳴る。

 

「何を言っているのですか!貴女が言わなければ!....さんが虐められることはありませんでした!こんなことになったのは!貴女にも責任があります!謝りなさい!湖井白部!」

 

担任の剣幕に気圧された白部は、言われるがままに虐められていた女子生徒に平謝りをする。

 

「ご...ごめんなさい......」

 

その態度が気に食わなかった赤毛の少女は白部をずっと睨み付けていた。男子生徒特に金属は、自分達のことを棚に上げてニヤニヤと意地悪な笑みを白部に向けていた。だが、担任はそれを見逃さない。

 

「何他人事のように見て笑っているのですか!貴方達が一番悪いのですからね!!貴方達も早く謝りなさい!」

 

担任に逆らえず金属を含む男子生徒達も渋々謝る。

 

「.........ごめんなさい......」

 

平謝りと言えど、暫くの間は虐めが収まったのであった。

 

 

 

けれども、1ヶ月過ぎれば、虐めは担任に見付からないように隠れながら再開される。

存在無視、陰口、罵倒、物を隠されたりゴミ箱に捨てられていたり、バイ菌扱いなど赤毛の少女は理不尽な程酷い扱いを受けていた。そんな彼女をクラスメイト達は怖くて何も言えなかったり、白部のように巻き込まれたくない、"無個性"を蔑む思いから見て見ぬ振りをされていた。白部もまた、ろくに話を聞かずに犯人扱いされた影響で教師に相談する発想が無くなっていた。個人で何度か助けようとしたが、赤毛の少女に睨まれたり拒絶されたせいで何も出来なかった。助けが来ないまま、赤毛の少女は四年間も虐められる生活が続いた。

 

 

 

「......今日は皆様に悲しいお話があります」

 

白部が五年生になったある日のこと。

一年生の時とは違った担任が泣きながら教壇に立って話す。その様子にクラスメイト達は驚いて、自然と静になり話を聞く体勢に入る。泣いている担任にはクラスメイト達の変化を気付ける余裕はなく、ただただ職員室で聞いた出来事を報告する。

 

「今日...お休みをしていた..........さんが......自宅のマンションの屋上から飛び降りました.........」

 

赤毛の少女の訃報にクラスメイト達がざわめく。

一番ショックを受けていた白部の耳には担任の言葉も、クラスメイト達から発するざわめきも、外から聞こえてくる雑音も、皆聞こえなくな り自分だけの世界に閉じ籠る。

 

(私が......私が......"無個性"だと.........口に出してしまったから......こんなことになってしまったの?)

 

白部の瞳から涙が零れ落ちる。

その涙は懺悔、後悔の涙なのか、純粋に赤毛の少女が亡くなった悲しみによる涙なのか、最後まで分からなかったこの涙は、放課後の見回りの職員が教室に来るまでずっと一人で流れていた。

 

 

 

赤毛の少女の自殺の話はクラス内だけで止まらず、学校中の話題になった。

赤毛の少女が属していたクラスの人達は指を指され、すれ違っただけでひそひそ話をされ、汚物を見るような目で蔑まれる。まるで虐められていた赤毛の少女の姿のようだった。辛い日々に耐えられなくなったクラスメイト達は不登校になったり、中には転校をする者も出ていた。そんな中残った人達はある行動に出る。それは───

 

 

犯人捜しだ。

辛くなった彼らは自分達の行いを反省せず、誰かを犯人にして罪を擦り付けようとした。話し合いの末犯人は──

 

 

「湖井白部さん。貴女のせいで.......さんがいじめられていたのね」

 

「えっ......また......私の責任...?」

 

あの事件以降独りぼっちだった白部。必要な時以外誰にも話し掛けられなかった白部は、驚いてまたしてもあの時のように本音を呟いてしまう。

 

「そうよ!あんたがあの時言わなければ!....さんの嘘がバレなくて!いじめられずに普通の学校生活を送れていたのよ!みんなあんたの責任なんだからね!!」

 

「そうだ!そうだ!お前が言わなければこんなことにはならなかったからな!」

 

「人の秘密を探るなんて最低よ!」

 

白部の態度にクラスメイト達はキレる。

担任が居ない今止められる人は居らず、ここで「いじめていた人が一番悪いのでしょ!」と言い返すことが出来れば話はすぐに終わるのだが、あの時のことがトラウマになっていた白部は黙って俯くことしか出来ない。

 

赤毛の少女が飛び降りても、虐めの事件は反省することもなく、誰かに罪を擦り付けることしかしなかった。

 

 

 

不幸中の幸いなことに、白部の虐めは1ヶ月経たない内に終わる。

理由は...赤毛の少女を虐めていた男子生徒五人が...敵(ヴィラン)の手によって無惨なバラバラ死体に変わり、中には臓器を抜かれていたからだ。敵(ヴィラン)のせいとは言え、この事件は罰が当たったと誰もが思い怖くなって止める。

 

それでも白部の心に深い傷を負うことになった。

赤毛の少女と同じように存在無視、悪口や陰口、バイ菌扱い、私物が隠されたり捨てられる他、"個性"を発動する為の目に向かって石や消しゴムが投げ付けられる。なんとか学校を通えていたが心はぼろぼろになっていた。

 

嵐のように過ぎ去った、二人の少女の心を壊した虐めは、始めから誰も興味なかったみたいに有耶無耶に終わるだけであった。

 

 

 

その後。中学校を時々休みながらも通い、通信制の高校をなんとか卒業をして大人になった白部。家にずっと居るわけにもいかず、働こうとしたがある問題が発生していた。そうそれは...面接だ。

面接は終わるまで目を合わせる必要はないが、それなりに目を合わせないといけない。目と目を合わせることがトラウマになってパニック状態になる白部には到底無理だった。病院に通っていても治る見込みはなかった。

 

家族に迷惑をかける後ろめたさ、自分だけ働いていない劣等感、同じ年代の人達がヒーローなどで成功している姿に嫉妬。

色々な感情が白部を苦しめていたが、成人式を迎えた日に起きた出来事が彼女の背中を押す。

 

 

 

働けない代わりに白部は家事を頑張っていた。

朝一番早く起きてポストから新聞や手紙を取りに行ったり、朝食や父と弟のお弁当を作ったり、洗濯物を干したりする。今日も家族の誰よりも早く起きて新聞や手紙を取りに行く。ポストの中に入っていた自分宛の手紙に白部は首を傾げる。しかもその手紙は何故か、送り相手の名前は書いておらず分厚かった。気になった白部はその場で封を開けて読む。

 

ごめんなさい。

貴女は加害者ではなく、被害者でした。

このお金は好きに...

 

ぐしゃっと無意識に手紙とお金を握り潰す。

激流のように感情が流れ涙で頬を濡らし、他の人達の迷惑を考えられずに叫ぶ。

 

「......今さらなんで!なんで!!謝ってくるの!!?あんなことしておいて許されるなんて思っているの!!?私がどれだけ苦しめられたか分かっているの?!こんな手紙一つで許されるなんて思わないで!!あの子はどんな思いでだったのか......絶対に!絶対に!!許さない!!!こんな紙お金ごと...」

 

お金を捨てようしたが、働いていない白部には勿体なくて捨てるどころか手から放すことさえも出来なかった。

突っ張ることが出来ない自分に、憎き相手の施しを受けてしまった自分に、腹が立ち絶望をした白部は......

 

 

 

 

「もういや......耐えられないよ......」

 

誰もいない廃屋のビルの屋上まで走り飛び降りた。



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49話 白部の過去 その2

重力に身を任せ、楽に死ねるのかな?と見当違いのことを考えながら白部は落ちていく。

後もう少しで地面に激突しようとした瞬間だった──

 

「目の前で死なれては困りますよ」

 

紳士的な声と共に黒いもやに包まれる。

 

「えっ...?何々!?」

 

白部が困惑している間に黒いもやが包み込み、あっという間にビルの屋上に戻されていた。

 

「痛...!!」

 

乱暴に落とされて白部は涙目になるが、黒いもやの人物は白部の様子を気にも止めずに立ち去ろうとする。

 

「ま、待って!どうして助けてくれたのですか!?」

 

トラウマの影響で他人と話せない白部だったが、死の恐怖が無くなっていたことと純粋な好奇心から、知らず知らずの内に疑問を投げ掛けられるようになっていた。

 

「......目の前で死なれては困る......。ただ...それだけのことです...。ところで...貴女が死のうとした理由は何ですか?大体の理由は知っておりますが...」

 

黒いもやはこちらを振り返らずに問う。

先程と違って感情を無くしたような抑揚のない声に変わっただけではなく、それどころか理由を知っていると言う重要な発言さえも気が付かない白部。互いに何とも言えない雰囲気に包み込まれる。

 

このまま立ち去るかと思いきや、黒いもやはUターンをし、顔と顔がぶつかりそうな距離まで白部に近付いて迫る。

人には見えぬ黒いもやとは言え、他人に迫られた白部はパニック状態になっていた。それでも聞き取れる声で黒いもやが告げる。

 

「どうせ...死んでしまうならば.........」

 

 

「その命、我々の為に使ってくれませんか?」

 

「......我々の為に...命を使え......?それってどう言う...」

 

「その命。我々の為に使って下さるのはならば、その対価として、貴女の復讐を果たし、安定した就職先を提供致します」

 

「......えっ...えっ...?えーーー!!?ふ、復讐!?なんで私が復讐したいって分かるの!?それに、安定した就職先って...」

 

やっと理解が追い付き騒いだところで話は止まらない。

騒ぐ白部を一瞥もしない姿はまるで、このようなことが日常的に起きていたことを示唆していたが、冷静に状況を見れる者が誰一人として居ない為気が付くことはなかった。

 

「ここで話をする時間はありませんし、誰かに聞かれても困りますので、もっと詳しく話を聞きたいのであれば、この紙に書いてある電話番号にかけて下さい。...あ、そうそう...連絡すると暫くの間我々が用意した泊まることになりますので、荷物を準備しておいて下さい。それでは、また...お会い致しましょう...」

 

機械のように淡々と話す姿に恐怖を覚えて後退りをする白部。最後まで白部の様子を気にも止めず、黒いもやは一お辞儀をすると小さくなって消えていく。

白部は呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

 

ずっと立っているわけにもいかず、何とか正気を取り戻した白部は帰路に着く。

歩いている道中にも黒いもやの放った言葉が頭の中を支配する。

 

"復讐を果たす""安定した就職先を提供"

どの言葉も甘く脳を蕩けさせる。上手い話には裏がある。世の中普通に生きていくことがかなり難しいことも、全員救ってくれる神様が居ないことも、努力が必ず報われないことも、皆理解している。いや、理解しているからこそ───

 

 

 

「この話......乗ろうかしら......」

 

白部は朝送られてきた手紙とお金を強く握り締めながら決意する。

せっかくのチャンス、どうしても無駄にしたくないと心が叫ぶ。甘い話に乗るな!と理性が警鐘をいくら鳴らしても、死ぬ前にこの屈辱を晴らしたいと言う強い思いが止まらなくなり、また自殺の決意により自暴自棄になっていた。何を失っても怖くない、言わば無敵の人になった白部に止まると言う決断は無くなっていた。

 

「ふふ...見ていなさい...。この手紙とお金を送り付けた奴が誰だが知らないけど......絶対に復讐してやるんだから!」

 

周囲に人が居てもお構い無し叫ぶ白部。怪訝な目で見られようとも己の世界に没頭していた。

 

「よーし...そうとなったら!早速準備よ!あいつらの人生!幸せを壊してやるんだから!」

 

握り締めた腕を大きく上げて決断した白部の行動は速いものであった。

 

 

 

 

「こんばんは......ここで合っていますか......」

 

白部は申し訳なさそうに古びたバーの扉を開ける。

営業時間中にも関わらず人っ子一人もおらず、店内に流れる音楽が更に寂しさを感じさせる。黒いもやの人物に指定された場所は、良く言えば隠れ家的なお店、悪く言えば寂れて閉店一歩手前のお店。

 

人に見付からない点では最適な場所だと白部は実感するが、誰も居ないせいでここで合っているのかと不安になる。

間違えたと思った白部が帰ろうとした瞬間...

 

 

「お待たせしまいまして申し訳ございません、湖井白部様」

 

「...ヒィ!!」

 

背後から声に怖くなった白部は逃げようとするが、肩を捕まれて逃げられなくなる。後ろを振り返らずにじたばたと暴れていると、白部を宥めるかのように優しく呼び止められる。

 

「怖がらせて申し訳ございません。信用ありませんでしょうが、私達は貴女様に危害を加える者ではありません。どうか帰らずに、そのお顔をこちらに向けて頂けませんか?」

 

女性の柔な物腰に警戒心を解いた白部は恐る恐る振り返る。振り返れるとそこには、バーテンダーの格好をした女性が立っていた。

水色のつり目はきつい印象よりも綺麗な印象を与え、よく手入れされた水色の長い髪の毛を一つ結びにしている。モデルのようなスレンダー体型も相まって、同姓である白部を魅了させる程の美しい女性。

 

緊張や見惚れで固まっている白部に、バーテンダーの女性は告げる。

 

「湖井白部様。ようこそ、"弱き者"の楽園へ」

 

祝福を授ける女神のような微笑みが、白部にとっての敵連合に入る始まりだった。

 

 

 

「では...湖井様のお望み通り...復讐をさせて頂きますが...暫く間、こちらが用意した建物に泊まって頂きます。泊まる為の準備をしておりますか?こちらでもある程度は用意しておりますが...」

 

「はい。黒いもやの人...に言われた通り用意しました」

 

大人しく話せる体勢になった二人は向かい合ってソファーに座る。

用意してきたスーツケースを見せながら、ふとあることに気が付いて白部は質問をする。

 

「あの...なんで...泊まらないといけないのですか?どうして...帰れないのですか?何か理由があるのですか...?」

 

白部の質問にかなり説明が難しいのか、バーテンダーの女性は少し困り顔になっていた。

 

「そうですね...理由は...復讐する際に嫌でも分かるでしょうから説明致しません。今説明しても混乱するでしょうし...」

 

 

「百聞は一見に如かず。私の説明では分かりづらいと思いますので、実際に見てから判断を下してみて下さい」

 

バーテンダーの女性は説明の途中に立ち上がり移動を促す。差し出された手を受けるとこしか出来ない白部であった。

 

 

 

荷物を預かってもらい、赤いジャージに着替えてから案内される。店の勝手口から案内された場所は薄暗く、赤いペンキで床や壁などで汚れ、鉄が錆びた匂いが充満とする怪しげな場所だった。

普通に生きていれば関わることもない、人が入ってはいけない領域に踏み込んでしまったような重苦しい雰囲気がのし掛かる。また直感が見抜く。お化け屋敷のような作り物ではない、ここに居たら殺される、早く逃げろと本能が叫ぶ。

 

けれども、白部は怖くなりすぎて腰が抜けてしまう。完全に倒れ込む前にバーテンダーの女性が支える。

 

「大丈夫ですよ、湖井様。ここには"貴女"を傷付ける人は居りません」

 

必死に落ち着かせようとするが、理性に戻る余裕なんてない白部には無理なことだった。

そんな白部を嘲笑うかのように、ケラケラと笑いながら紫色のボサボサ髪の女性が現れる。

 

「まあ、まあ、今度はそいつの復讐したい相手なんだね。で...私は早く人を殺したいんだ。さっさと説明始めてくんない」

 

白部の頭のてっぺんから爪先までじろじろ見たかと思いきや、一気に興味をなくして懐からナイフを取り出して手入れを始める。

 

「ヒッ...ひ、人を殺す!?この人敵(ヴィラン)!!?」

 

紫色のボサボサ髪の女性の物騒な発言に、白部は這ってでも逃げようとしたが、バーテンダーの女性に力強く捕まえられて一歩も動けなかった。

顔を真っ青に染め、涙でぐちゃぐちゃになろうとも、逃げることが許されない状況。助けを求めようとしも更なる追い討ちが待っていた。

 

「......湖井様......。貴女様にとっての敵(ヴィラン)とはなんですか?」

 

先程まで柔和な笑みから一転して、人形のような無表情になるバーテンダーの女性。

あまりの変わりようにしゃっくりが止まらず、だけども話さなければ殺される!と言う思いから、一心不乱に喉を動かす。

 

「こ...こ、こ!"個性"を使って!人に危害を加える人です!」

 

「はい...湖井様の仰る通り、世間一般的にはそうなります。ですが......」

 

 

「本当にそうなのでしょうか?」

 

「そ、それは...!一体...どういうことなんですか?」

 

バーテンダーの女性が言っていることが分からなくて更に頭が混乱する白部。

けれど、心のどこかで引っ掛かり、頭の中の片隅で納得している自分もいた。

 

「確かに...ここに居る危外さんは勿論...私も...認めるのはかなり嫌なのですが...敵(ヴィラン)であることは重々承知しております。そうだとしても......」

 

 

「何故、"個性"を使って傷付ける者だけが敵(ヴィラン)扱いなのですか?"個性"を使わなければ、他人を傷付けても敵(ヴィラン)ではないのですか?肉体が無事なら精神はいくら傷付いても構わないのですか?...勿論、違いますわよね、湖井様?」

 

「え、ええ...!勿論そうですわね!」

 

怖さと同じ考えに共感して首が痛くなる程振る白部。

白部が同意したことにより、感情が高ぶったバーテンダーの女性は声高らかに話を続ける。

 

「ええ!そうでしょう湖井様!我々"弱き者"は!湖井様のような苦しんでいる人達に手を差し伸べ!差別する下劣な者共に粛清をし!真の平和な世界を作り出す集団なのです!!」

 

「さあ、湖井様!悪しき敵を倒し!我々と共に平和な世界を作りませんか!」

 

バーテンダーの女性の演説は手を差し伸べた状態で終わる。

その様子をパチパチと手を叩いて拍手をする紫色のボサボサ髪の女性─危外に対してバーテンダーの女性は非難交じりの視線を向ける。

 

「危外さん、毎回言っていると思いますが...!!私が説明する前に、敵(ヴィラン)みたいな真似を止めて頂けますか。貴女のせいで相手が毎回怖がって話が始めづらいのですけど...」

 

「そう?毎回同じことを言っているから、それが説明だと思っていたけどなあ...。と言うか...移動...あんた、いい加減に開き直りな。過去のことを引きずっては人生楽しめないぞ」

 

「この説明の仕方は貴女の時だけですよ。それと......いい加減にするのは貴女の方です!私の過去を知っておいて...そのような言い方はありませんよ!」

 

敵(ヴィラン)、殺人現場、武器を使った喧嘩。

一般人の白部にはどれもが現実離れをしていて、まるでテレビの画面で見ているかのような感覚を覚える。暫くの間呆然と眺めていたが、脳が麻痺していた影響なのか思わず本音が溢れ落ちる。

 

「え、えっと...私は一体...なんのために呼ばれたのでしょうか...」

 

白部の小声は意外にも二人の耳に届き、顔を見合わせて喧嘩が止まる。

 

「そうだ!私はこんな下らない喧嘩をしている余裕はないんだった!お前の復讐したい相手を殺しに来たんだよ!ああ...楽しみだ!このナイフで人を刺した時の感触を、悲鳴で奏でる音楽を、ああ待ち遠しい!この高揚感で胸がはち切れそうだ!」

 

「ええ、そうでしたわね...お待たせしまい申し訳ございません。湖井様の果たすべき復讐、我らの仲間入りすることを祝いまして...ここから始めましょう。湖井様の偉大なる一歩を」

 

危外は舌でナイフを舐め、バーテンダーの女性─移動は元は純白であっただろう赤黒いカーテンを開ける。そこには───

 

 

拘束器具で雁字搦めに縛り付けられ、無理やり椅子に座らせられていた男性が居た。

 

「ムー...!!」

 

ガムテープで口を塞がれており何を言っているのか分からない。

くすんだ黒い髪、アイマスクされていて目の色は見えず、白部と同年代の男性としか判明出来なかった。それなに───

 

 

パンッ!

 

白部は無意識の内に平手打ちをし睨み付けていた。

今の自分の行動に戸惑うどころか、会ったことがあるかどうか覚えていないのに、この男性を殺したい衝動に駆られていた。

 

「やはり......どんなに時間が経っても覚えておりますわよね...。湖井様のお気持ちを考えますと、ここでお預けはかなり苦しいのは分かりますが、それでも話を聞いて下さい...」

 

どんなに強く掴まれようとも相手をぶん殴ろうとする白部。

そんな白部を落ち着かせるかのように、移動は耳にこそッと語りかけ最後の警告と最終確認をする。

 

「ここでこのひ...いえ、屑を殺したら、正式に私達の仲間になり後戻り出来ません。死ぬまで我らの組織に働いてもらいます。今でしたら...ここで見たこと、聞いたことを他所にばらなければ元の生活で生きることが出来ます。裏切りは許されておりません。裏切った場合はそれ相当の罰を受けて頂きます。それでも...我々と共に...修羅の道を歩んで頂けることを誓えますか?」

 

言い終えた移動は手を離す。

答えは...簡単だった───

 

 

右ストレートが男性の顔に炸裂する。

 

「こいつが...!こいつが居なければ!私も...!あの子も...!こんなことにはならなかった!こいつだけは...私の手で絶対に殺す!!」

 

どんなに防衛本能として忘れていたとしても、一目見ただけで過去の出来事がフラッシュバックして思い出す。

一人の少女を寄ってたかって虐める男子生徒達、罪を擦りつけられる切っ掛けとなった指差し、謝れと強要してくる教師の声、味方だと思ってくれた人達からの侮蔑の眼差し、次の日から話し掛けてくれなくなった友達、犯人扱いされて虐められる日々...過去の辛い出来事が頭の中を駆け巡る。

 

「では...こちらの武器をお使い下さい」

 

白部の答えに満足げな笑みを浮かべた移動はカートを白部の隣に置く。

 

「ナイフ、ノコギリ、金槌、フォーク、金属バットなど..人を殺したことのない方でも手軽に殺れる物を用意致しました。好きな物をどうぞ...」

 

「死ね!金属貴一!!」

 

白部は説明が終わる前に金槌を男性の顔に向かって振り下ろす。

鼻の骨が折れ、血が床や顔に飛び散る。相手の顔は苦悶に染まり、ガムテープがなければ絶叫で耳が痛くなったのだろうと容易に伺えられる。

 

怒りのあまりに後のことを考える余裕はなく、血で汚れることもお構い無しに振り下ろそうとするが、危外の手によって止められる。

 

「は、放して!」

 

「おいおい...一人で先に始めるのは遺憾でしょうが...これだから感情が高ぶると困る。私はな、こいつの悲鳴が聞きたいんだ。こう言う時はガムテープを先に外すんだよ。それと...お前が復讐したいそいつは世界で一人しか居ない...どうせ殺すなら、じっくりいたぶってからの方が良いぞ。退きな...」

 

細身にしてはあり得ない力で白部を吹き飛ばし、ガムテープを勢いよく剥がす。

 

「お"、俺が悪かった!だから...!」

 

「さあ!拷問の時間だ!良い声で鳴きな!」

 

「ぎ...ぎゃああああああああ!!!痛い!痛い!もう止めてくれ!!」

 

「ああ...なんと気持ちいい音なんだろうか...。これがたまらなく好き...」

 

危外は男性─金属の右手にナイフを突き刺す。

金属の叫び声をうっとりとした表情で堪能する危外。唖然と眺めていると肩を叩かれる。

 

「復讐をしたければ...早く動いた方が良いですよ。危外さんが夢中になって殺ししてしまいます。それともう一つ...彼女は湖井様を傷付けない約束をしておりますが、夢中になると何するのか分かりませんので、復讐する際には、彼女から離れて行って下さい」

 

「あ...はい...。分かりました...はぁあー!!」

 

「さあ!良い声で泣いておくれ!」

 

危外がナイフで突き刺し、白部は力いっぱい金槌を振り下ろす。

相手の悲鳴が鳴り止まっても、相手の心臓が動かなくなっても、遺体の原型が留まらなくなるまで武器が振る下ろされるのであった。

 

 

 

「これで正式に我らの仲間入りとなりましたね。お仲間として自己紹介させて頂きます。私の名前は移動 真麗【いどう まうら】と申します。で...あちらの女性は危外

歌劇【きがい かげき】と言います。これから...平等な仲間として湖井さんと呼ばせて頂きますね 」

 

「あ...はい...どうも...こちらこそよろしくお願いします。私は...これから...どうすれば良いのでしょうか...?」

 

復讐を果たした後とは思えない程和やかな雰囲気で自己紹介をする。

危外は終わると満足げにいつの間にか居なくなっていた。

 

「そうですね...。先ずは...心境を整える共に、他の人達に挨拶回りをしましょうか」

 

「心境を整える...?挨拶回り...?それって...どういうことですか?」

 

「まあ...言葉通りの意味ですよ。考えなくても行けば分かります。今の湖井さんは...考えることは止めた方が良いですし...」

 

「えっ...?それはどういうこと...」

 

「取り敢えず、今は休んで下さい。我々の用意した場所でしたら仲間も居るので、悩みが生まれたとしてもそこで解決しますから...」

 

「はあ...そうなのですか...」

 

何も理解していないまま"弱き者"の仲間入りする白部。

始まりは憎き相手の復讐を果たしたい思いから敵(ヴィラン)への道に突き進むのであった。



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50話 湖井白部の過去 その3

復讐を終えた後、着ていたジャージを真麗に渡し、証拠隠滅として白部はシャワーを浴びていた。

シャワーを浴びている最中、ふと気が付く。

 

(......あれ?私......勢いで人殺しちゃったけど......これからどうしよう!?見付かったらどうすれば良いの!!?)

 

不安に襲われた白部は居ても立ってもいられずに、浴室から飛び出して真麗に飛び付くように助けを求める。

 

「どっ、どっ、どっ、どうしよう移動さん!!本当にばれないのこれ!?私これからどうすれば良いの!!?あいつ殺したからって......刑務所に入りたくないよ!!お父さん、お母さん、宇純...家族には迷惑掛けれない!!私...これからどうすれば良いの......」

 

「どうやら、正気を取り戻したようですね。これが悩みが生まれると言うことです。でも、ご安心して下さい。我々の仲間...皆様の集まっている所に行けばそのような不安は消えて失くなります」

 

「本当......?」

 

「はい、本当です。堂々としている皆様の姿を見たり話をしたりすれば、そのような不安は解消されるのでしょう」

 

「だから...私を...そちらで用意した建物に泊まらそうとする...訳?」

 

「ええ、それだけではないのですが、湖井さんの為でもあります」

 

「私の為...?」

 

「はい。今の湖井さんの顔色に出てしまっていますからね。その状態ではいくら言う気がなくても家族、警察、ヒーローにばれてしまいます。本人の意思で裏切るならともかく、言う気がないのに裏切り者扱いされるのは可哀想すぎます。家族と離れるのは寂しいと思いますが、湖井さん自身の為にも、今暫くの間は我々の用意した建物に泊まって下さい」

 

パニック状態になり錯乱している白部の頭を優しく撫でてあやす真麗。

裸の白部にも動じずに、泣き止まない我が子を慰めるかのようにそっと頭を撫で撫でながら、白部が納得するまで声を掛け続けてくれた。

 

 

 

真麗の慰めもあって冷静さを取り戻した白部は、シャワーを再度浴び直してから真麗と向き合う。

恥ずかしさもあってか、手をバタバタと忙しなく動かした後真っ赤に染まった顔を隠す白部。そんな白部と対照的に笑顔を一つも崩さずに対応する真麗。対極的な二人だった。

 

「え、あ、その...お見苦しいところを見せてしまい...大変申し訳ございませんでした!」

 

「いえいえ、こう言うことには慣れているので大丈夫ですよ」

 

相手が本気で気にしていないと言えども、初対面の相手に裸で抱き付いたことに恥じを感じている白部の耳には何も言葉が入らない。

時間だけが過ぎていく。案が思い付かない真麗は空気を変えようとして話を変える。

 

「厄介を掛けたくない家族が居る...それだけで素晴らしいことです。少し...いいえ...とても羨ましいことです」

 

「.........移動さんは......ご家族が......居ないのですか......?」

 

衝撃的なカミングアウトに白部はやっと正気を取り戻す。聞いてはいけないことを思わず口に出してしまった白部は急いで口を塞ぐが、真麗は気にしておらず自ら過去を話し出す。

 

「......産むだけの親でしたら......でも...私には本当の家族なんて存在しません......」

 

「駄目ですわね......。もう過去のことを気にしないと決めたのに...でも大丈夫ですわ。こうして湖井さんや素敵な仲間達と出逢えたのですもの。......他の人達の幸せは認めることは出来ませんが......」

 

どんよりと暗い表情から一気に、ニコッと太陽のように光輝く笑顔で語る真麗の姿は、弱々しい印象をなくさせる。

 

「私...もっと...移動さんと話をしていたいな...。このまま...ここに居ることは出来ないの?」

 

親切な人から離れることや知らない場所に行く不安、もっと真麗と仲良くしたい気持ちから、白部は場所を変えることに忌避したくなっていた。

 

「私も湖井さんと仲良くしたいですし、お気持ちは嬉しいのですが...いくらここに人が来ないと言えども、表向きは普通のバー。会話している姿を見られるだけならともかく、会話の内容を聞かれてしまったらアウトです。大丈夫ですよ、湖井さん、あちらの居る方々は素敵なお方ですからすぐになれますよ」

 

柔らかい物腰の言い方ではあるが、ここに残ることを拒む真麗。

白部はこれ以上は無理だと思い、真麗の話を信じて大人しく引き下がる。

 

「分かりました...。そちらの事情を知らずに、我が儘に言ってしまい申し訳ございません」

 

「いえいえ、私も新しく仲間が出来てとても嬉しいですわ。きっと、近い内に会えると思います。その時までのお別れですから、不安は感じる必要はないはありません」

 

「そうですか...そうですね。私も会える日を楽しみにしておりますね。...ところで、この場所に行くにはどうすれば良いのですか?」

 

「そのことに関しても心配する必要はありません。黒霧さんが指定の場所に連れていって下さります」

 

そう言うと真麗はポケットから携帯を取り出す。

 

『もしもし、黒霧さん?この場所での過程が全て終わりました。なので、彼女、湖井さんをあの場所まで連れていくことをお願い致します。...ええ、十分ほどこのバーで待機ですね。分かりました。彼女にもそのように伝えておきます。後はよろしくお願い致します。はい、失礼致します...』

 

電話を終えた真麗は白部の方を向く。

 

「後十分ほどで黒霧さんがここに着きます。その間に準備を終えておいて下さい」

 

「分かりました。ところで...黒霧さんはとは...一体誰ですか?」

 

「このバーで働いている方の一人ですよ。黒霧さんはこの組織のボスである"先生"の側近の一人です」

 

「この組織のボスの側近の一人...私...そのような偉い人に会うの怖いのですが...」

 

「大丈夫ですよ。黒霧さん、彼はとても物腰の柔らかい方ですから...」

 

「へぇー、そうなんですね。黒霧さんってどんな人だろう...」

 

「名前通りのお方ですよ。思い出して下さい湖井さん。湖井さんは黒霧さんと会ったことがありますよ」

 

「......会ったことがある...?......ああ!あの時の黒いもやの人!?」

 

白部は疑問に感じながらも真麗に言われたままに考え込む。

インパクトのある出会いであり、"個性"が名前を表しているのもあってか、数十秒くらいで思い出して大声を出す。

 

「そうです。あの黒いもやの人です」

 

「黒霧さんって...名前通りの人なんですね...」

 

変なところで感心する白部だったが、真麗の手を叩く音で現実に戻される。

 

「はい、納得されましたら準備をして下さい。黒霧さんはすぐに来れるお方です。早く準備をしなければ黒霧さんが来てしまい、待たせることになります。会話は準備を終えてからです。黒霧さんがお越しになるまでの間、もしくは、湖井さんが落ち着いたらいつでも会えますので、今は準備にだけ集中して下さい」

 

「は、はい!」

 

こうして、慌ただしくしている間に黒霧がやって来る。準備を終えた白部は、綺麗にお辞儀をしている真麗に背を向けて、黒霧と共に指定された場所に向かうのであった。

 

 

 

「あ...あの!あの時は助けてくれてありがとうございます!」

 

「......ただの仕事ですから気にしないで下さい......」

 

指定された建物は何も変哲もない普通のホテルだった。

指定された場所に着くといなや、白部は頭を下げるのだが一瞥もくれない黒霧。出会いも別れも呆気なく、白部もまた何も考えずにホテルに向かう。

 

ホテルは外見通りに中も普通のどこにである内装だ。違うところと言えば、カウンターにチェックインするための従業員以外誰も居ないこと。それでも人気のないホテルと言われれば、疑問を感じることはなくなる。

 

取り敢えず白部は、カウンターに行ってチェックインを受けることにした。

 

「あ、あの...」

 

チェックインに向かったのは良いものの、なんて言ったら良いのか分からず、口ごもる白部。

どうやらチェックイン担当の若い男性も慣れているようで、戸惑っている白部に爽やかな笑顔を浮かべて安心させようとする。

 

「話は聞いております。貴女が湖井白部様ですね?御待ちしておりました、湖井様の部屋までご案内させて頂く、無為と申します。では早速、ご案内させて頂きます。あ、荷物はお預かりしますね」

 

テキパキと白部の荷物を持ち前を歩く若い男性。

あまりの手際の良さに白部が呆けていると...

 

「...?どうか致しましたか?何か問題がありましたか?」

 

「い、いえ!なんでもありません!」

 

着いてこない白部に対して男性は不思議そうに振り返り、きょとんとしていた白部は慌てて歩き出す。

今は流れに身を任せることしか出来なかった。

 

 

 

部屋に着いた白部は荷物を置き、案内してくれた男性の言葉を思い出して復習をする。

 

一つ目、一階で敵(ヴィラン)連合の話や"弱き者"達の話をしないこと。

理由は単純にこのホテルにもたまに人が来るから。

 

二つ目、暫くの間はこのホテルで雑用係として働くこと。

目的は宿泊費を稼ぐと共に完全なる社会復帰を目指す為。少量ながらも給料は払われる。またここでは、多少の失敗なら許される。

 

三つ目、メンタルが整うまでは家に帰れないこと。

これは言わずがなもバレないようにする為である。帰れないが、メールなどの動揺していることを悟られない方法であれば、いつでも家族や友人に連絡することは許可されている。ただし、メンタルが安定するまでの間は誰かにチェックをしてもらわなければいけない。

 

四つ目、週に一回以上は"個性"の訓練をしなければいけないこと。

どのような過去があろうとも訓練を逃れることは出来ない。その代わり、きちんと訓練を行っていれば進歩の早さを問われることはない。

 

これらを整理しながら備え付けられたソファーに座る。

白部が気にしていたのは一つだけだった。

 

「"個性"の訓練かぁ...。嫌だなぁ......"個性"なんて絶対に使いたくないよ......」

 

"個性"。それはこの世界の人間ならほぼ誰もが持っている異能の力。

しかし、誰もが持っている故に持っていない者は迫害され、意図しなくても誰かを傷付ける。そんな"個性"を白部は怖がり、大大が付く程嫌っていた。

 

なんとかして訓練を逃れる理由を考えていると、ピンポーンとチャイムが鳴る。

 

「は、はーい!今開けますね」

 

考え混んでいた白部は対応がワンテンポ遅れる。

扉を開けるとそこには、金髪を角切りにした若い男性が立っていた。

 

「悪い。なんかしていたか?そっちにも都合があることは分かっているが、こちらも皆を集めているから呼ばないといけなくてな。今から君達の歓迎会を始めようと思っているけど...都合は大丈夫か?」

 

申し訳なさそうに白部に尋ねる男性。雰囲気が伝わってきて、白部も申し訳ない気分になっていく。そんな気分を紛らわす為に白部はじっと相手を観察する。

金色の眼は黄金のように輝き、スポーツをしていたのか、体はある程度鍛えられていた。人見知りの白部でも話しやすい爽やかな好青年という感じだった。

 

「いえ、大丈夫です。こちらこそ、待たせてしまい申し訳ございま...」

 

「謝罪なんて良いんだよ、俺達は仲間なんだからさ。堅苦しい挨拶なんて無しにしていこうぜ」

 

なんの躊躇もなく男性は白部の手を差し出す。

 

「俺の名前は姿見 新和【すがたみ あらわ】。これからよろしくな」

 

「わ...私の名前は湖井白部です。よろしくお願いします」

 

白部は手を差し出そうかと迷っていたが、これから仲間になるから、と決意をして恐る恐る差し出された手を握り返す。

握手を終えた二人は他の仲間達が居る食堂を目指した。

 

 

 

「ようこそ、敵(ヴィラン)連合へ!不謹慎だけど、俺達"弱き者"の仲間になってくれてありがとう。俺の名前は姿見新和。よろしくな」

 

パチパチ。疎らな拍手が寂しく鳴る。現状をきちんと理解出来ていないが、癖で自然と拍手をしていた。

白部の他にも四十代の主婦らしき女性、サラリーマン風の三十代の男性、蝙蝠のような男性、手が鎌になっている二十代の女性、顔の形が岩のような形をしており、常に頭から煙を上げている男性、計六人の男女が歓迎会に招かれていた。

 

「同じく、同期の田中 七奈【たなか なな】です。よろしくね」

 

「俺の名前は増阿久 勘次【ぞうあく かんじ】。この汚い社会を消す為に皆の力が必要になる。どうかその力を貸してくれ」

 

新和の後に二人の男女が続いて自己紹介を始める。

長い黒髪にふわっと、雰囲気が柔らかく淑女のような三十代前半の女性が田中 七奈。濃い紫色の髪を短髪にし、ボディビルダー顔負けの肉体を持つ三十代後半の男性が増阿久 勘次。この三人が主催者のようだ。

 

歓迎してくれる気持ちは六人にも伝わっていたが、初対面の人と盛り上がるのにはハードルが高すぎるし、何よりもそんな気分ではない。

まるで六人の代表になったかのように、サラリーマン風の男性がおずおずと手を上げる。

 

「一つ...質問がありますけどよろしいのでしょうか?」

 

「遠慮なく言ってくれ。気軽な関係になりたいからな」

 

新和が笑顔で質問を許可する。後ろに居る七奈と勘次も頷いていた。

 

「私達を集めて...一体何をさせたいのですか?」

 

「早速仕事の質問か。言い心がけだ。そう畏まらなくても良い。俺達の仕事は......」

 

 

「先生が用意した就職先で働き、ヒーローや一般人と仲良くし、この社会を裏から操ることだ」

 

 

ヒーローや一般人と仲良くすると言う言葉に嫌悪感を覚えることよりも、勘次の衝撃的すぎる発言に六人の目が点になる。

えっ...?一般市民が裏で社会を操る?しかも社会に追い詰められた弱い立場私達が?!何寝ぼけたことを言っている?疲れてる?休みな。社会を裏から操ると言う非現実的なことなんて出来っこない!六人は初対面なのにも関わらず、一斉に意見や考えが一致する。

 

「な、な、何を言っているのですか!?私達にそんなことは出来ません!」

 

「そ、そうよ!社会を裏から操るなんて出来るわけがないわ!」

 

「そうだ!大体...!なんでヒーローや一般人と仲良くしないといけないんだ!!俺達がどんなに遭っていたのか知っているだろ!!!」

 

ある者は放心状態で止まり、またある者は納得が出来ずに騒ぎ出す。

この反応にも慣れたものなのか、主催者の三人は特に反応はしなかった。毅然とした態度で七奈が話を進める。

 

「皆様がどのような目に遭い、私達が掲げる目標がどれ程無謀なのかは十分に承知しております。ですが、これには深い訳があるのです!どうか、我々の話を聞いてから判断をして下さい。お願いします」

 

深くお辞儀をする七奈の姿に騒いでいた者は黙る。

黙ったところで今度は新和が話し出す。

 

「一つ目の先生が用意した就職先で働く。これらは簡単なことだ。敵(ヴィラン)連合の資金調達の為」

 

「二つ目のヒーローや一般人と仲良くすることと...三つ目の社会を裏から操る。これは二つ同時に説明しないと分かりづらいな...。例えば...この敵(ヴィラン)連合に所属している病院とバーがある。そのバーに、とある殺したいヒーローと仲良くなった"弱き者"が連れてくる」

 

「殺し方は簡単だ。酒に毒を盛り飲ませれば良い。その後は所属先の病院に搬送させ、医者に急性アルコール中毒死と診断書を書いてもらう。医者の診断であれば、どんなに仲良かった家族や友人、同僚も疑問を持たずに受け入れる」

 

「あの...それでも不信がられた時は...?」

 

「その時は君達、"弱き者"の出番だ。彼の死は仕方なかったと言う流れに持っていき、疑問を持つ者に対して罵倒してまでも否定する。これが"社会を裏から操る"と言うことだ」

 

話は一先ず終わるが、六人の中で誰一人として理解出来た者は居なかった。ただこれだけは実感をする。

とんでもない所に来てしまった、と皆で顔を見合わせた。



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51話 湖井白部の過去 その4

仕事の話が頭の中をぐちゃぐちゃにして余計に食欲を失くし、「何か質問はありますか?」と七奈から言われても、分からないことだらけ故に思い付かない。そこで今日はお開きになり、明日から始まる仕事の為に早めに休むことになった。

 

六人は自室に戻る気になれず、談話室に集まり彼らだけで再度話をすることにした。

 

「.........」

 

とは決めたものの、先程出逢ったばかりで何から話せば良いのかは思い付かない。

気まずく時間だけが過ぎていく。一分経ったところでサラリーマン風の男性が話を切り出した。

 

「...このままでは埒が明きませんですし、私達は互いの名前を知りませんので、先ずは自己紹介をしませんか?」

 

男性の提案に白部達は頷いた。

その様子を確認してから男性は自ら自己紹介を先に始める。

 

「私の名前は町役 飛雄【ちょうやく とびお】と申します。貴方方に出逢えられたのも何かの縁、どうぞよろしくお願い致します」

 

サラリーマン風の男性飛雄が終わると、今度は顔の形が岩のようになっている男性の番になる。

 

「俺の名前は岩山 奮火【いわやま ふんか】だ」

 

顔の形が岩になっている男性奮火の自己紹介が終わると、話しやすい雰囲気になり次々と自己紹介が始まっていく。

 

「私の名前は鎌取 切子【かまとり きりこ】よ。よろしくね」

 

「オイラの名前は鳥獣 康太【ちょうじゅう こうた】です...」

 

「私の名前は海野 波子【うみの なみこ】と言います」

 

手が鎌になっている女性切子、蝙蝠のような男性康太、主婦みたいな女性波子と名乗る。

白部もまた続いて自己紹介をしようとするが───

 

 

「.........」

 

言葉が出なくなっていた。

目を合わせられないことはいつものことだが、それなりに就活していた為声が出ないことはあり得ないことだった。普段なら多少は話せる。今日は言葉が出ないどころか──

 

複数人同時で囲むようにしたのがいけなかったのか、それとも色々ありすぎたせいなのか、はたまた両方なのか、目を合わしていないのに過去の出来事がフラシュバックをして鮮明に思い出させる。しかも脳が疲れているせいで感情が制御出来ずに泣いてしまった。

 

「わ、私......」

 

過去の出来事を悟られたくない、他人に心配をかけたくない、嘲笑われたり引かれる恐怖を感じていた白部。必死に取り繕うとするが涙は勝手に溢れ流れ、声は蓋をされてしまったかのように出なくなる。

何か言おうとしていた白部の肩を波子が叩く。

 

「言いたくなかったのでしたら、言わなくて良いのですよ」

 

その反応は今までに見たことがないものであった。

面倒くさがられる、引かれる、優しくて対応が分からない故に狼狽える。波子の対応はどれでもなく白部は面食らう。

 

固まっている白部を波子はまじまじと見詰める。

 

「そうねえ...。名前を呼べないのは不便だし、言えるようになるまで、こちらから勝手にあだ名を付けて良いかしら?」

 

何も動きのない白部。

その姿を否定していないと捉え波子は話を進める。

 

「どんなものが良いかしらね?あだ名をつけるなんて学生以来で懐かしいわ。どうせなら...良いあだ名をつけたいわね。...あ!そうだ!」

 

 

「貴女の瞳、鏡のように綺麗だから、鏡さんと言うあだ名はどうかしら?」

 

波子の思いがけない言葉に白部の感情が崩壊する。

白部は"個性"が大大嫌いと共に、この目もまた大大嫌いだった。自分の人生を滅茶苦茶にし、他人の人生をも奪った"個性"の象徴である目を。

 

その目で見るな!と何度も言われ、お前は目で人を殺したんだ!とまるで怪物を見るかのように怯えられ、石や砂などで目を執拗に攻撃される。自分でも何度も潰した方が良いのかと悩むことがあった。

そんな目を家族以外で褒めてくれる人は初めてだった。事情を知らないとは言え、純粋に綺麗と褒めてくれたことがかなり嬉しかった。人との関わりが少ない白部にとっては、相手が何も知らないことは些細なことであった。

 

止めどなく涙が流れる。赤ん坊よりも泣く白部。もうどうやっても止まらない状態になってしまう。

泣き止まないどころか酷くなる様子に、波子は嫌がっていると勘違いをし慌て始めた。

 

「ご、ごめんなさい!そんなに嫌なら変えるわ。え、えっと!じゃあ......」

 

「...!!ま、待って!...良いんです!そのあだ名が良いんです!」

 

訂正される前に白部は叫んで意思表示をする。

白部の意思はちゃんと伝わり、波子達はきょとんとしたまま動かなくなる。

気まずい雰囲気のまま自己紹介が終わり、白部が話せない状態から、今日はそのままお開きとなり部屋に帰ることになった。

 

 

次の日

何事もなかったかのように新しい生活が始まる。仕事は割り当てられていないが、色々と準備がある為に朝早くから集まることになっていた。次の日から始める理由として、動かないで考え込んでいると悪い方向ばかりに考えてしまうからである。

 

白部は指定された場所に向かう。

白部が着いた時には既に全員が揃っていた。全員が揃っていたから、白部は自分が遅刻した焦るが新和はすかさずフォローする。

 

「大丈夫だよ、湖井さん。仕事はまだ始まっていないし、今日はやる仕事を決めて挨拶回りをするだけだから......」

 

昨日の白部の様子を知っている人達が肘でつつくなどをして新和の言葉を遮る。

遮られた新和は怒ることはなかったが、どうしてこんなことをしたんだ?答えてくれ、と言わんばかりに、つついた人達の顔をじっと見詰める。どうすれば良いのか分からなくなっていく最中、飛雄が新和の耳にこそっと呟き別室にて二人きりになる。少し経つと二人は戻ってくる。

 

「あー...。そちらの事情を知らないで話を進めて悪かった。湖井さんは大丈夫か?駄目なら休んでも良いぞ、別に急ぎでもないし」

 

皆の視線が一斉に白部の方に向く。

責められている訳でもないのに、心配されているのに、過去を思い出して辛くなり、居たたまれなくなった白部は早口で逃げるように返事をする。

 

「だ、大丈夫です!わ、私は平気です!だから!進めて下さい!」

 

「......無理はしなくて良いからな」

 

これ以上何も言えない、と思った新和は聞き入れることしか出来なかった。

 

 

それからはあっという間だった。やりたい仕事を決めて他の人達に挨拶回りをする。

疲れがある程度取れ、四人以上ではなかった為スムーズに自己紹介を終える。きちんと自己紹介が出来て不思議がられたり、驚かれたりしたが聞かれることはなかった。その触れない優しさに白部の心は打たれ、お礼を言えない自分を情けないと思いながらも甘えてしまう。

 

白部の仕事は清掃メインとした裏方の仕事だ。

掃除を丁寧にしながら、社会復帰を目指して人と話す日々。人と話すことに緊張をしてしまうが、それでも心穏やかに平和な日々を過ごす。白部の名前を知らなかったあの五人はどうやら、後から新和に聞いたようで湖井さんと呼ばれたり、波子がつけた鏡さんと日によって違う呼び方で呼んでいた。白部にとってはどちらでも構わなかった。

 

生活がある程度慣れた頃、白部は新和に呼び出される。理由はなんとなくだが白部には多少見当がついていた。

 

「湖井さん...。君には...悪いのだが..."個性"の練習をしてほしい」

 

どうやら新和は白部の過去を知っているようで、言いづらそうにしながらも己の仕事を全うする。

いつか言われるだろうと分かっていながら白部もまた、誰も何も言わないことを良いことにしらばっくれていた。

 

この甘い日々を受ける取る代わりに、提供している側の言うことを聞かなければならない。

追い出されたくない、罪をばらされたくない白部は覚悟を決める。

 

「......はい......。分かりました......」

 

「そう怖がらなくても良い。"個性"を使うことだけが訓練ではない。"個性"を使えるようにするのも立派な訓練だ。そうだね...湖井さんの課題は...。目と目を合わせて話せるようにしよう」

 

悪の組織と言えば、ルールや使命を守らなかった者は酷い目に遭ったり、殺されると思っていた白部には新鮮に感じ、意外にもゆるいんだなあ、と思いながらほっと胸を撫で下ろす。

 

新和は白部の変化を気にも止めずに話を進める。

 

「先ずは...湖井さんと同じ日にここに入った、町役さん、岩山さん、鳥獣さん、海野さん、鎌取さん。同じ日になったのも何かのご縁、先ずはこの五人から話し掛けれてみれば良いんじゃないかな?湖井さんのこと物凄く心配していたし。勿論、他にも話したい人が居たら別だが...」

 

軽い世間話程度しかしていないことを新和は知っていて、結構ちゃんと見ているのね、と白部は感心するのと同時に、やはり人をよく見ている人が選ばれているみたい、と一人勝手に納得をする。

 

「......?何を考え込んでいるの分からないが、取り敢えずよろしくな」

 

用事を終えた新和は颯爽と去っていく。

こうして、白部が意識的に人と放す生活が始まった。

 

 

白部が一人目として選んだ相手は波子だ。

波子は同姓で話せやすいうえ、親しみやすい雰囲気が出ており、嬉しいあだ名をつけてくれた人物。最初に話すのに丁度良かった。

 

白部が探していた時波子は、何人かの同年代の女性達と昨日観たドラマや、食べ物の話をしていた。

ここは本当に、敵(ヴィラン)が集う悪の組織なのかな?と白部は本気で疑い始める。誰がどう見ても波子の姿は主婦の集まりにしか見えなかったからだ。

 

白部が話し掛けようか悩んでいると、気が付いた波子の方が先に白部に話し掛ける。

 

「あれ...鏡さん?どうしたの?立ち止まって。私に何か用があるのかしら?」

 

「え、えっと、その...。"個性"の訓練として...色んな人と話さないといけなくて...」

 

「あらそうなの?でしたらお話をしましょう。皆さんも良いですよね?」

 

「ええ、構いませんわ。席は...海野さんの隣で良いですね?」

 

「こんにちは、鏡さん。鏡さんは食べるのは好き?何か好きな食べ物はある?」

 

「鏡さん昨日ドラマ観た?最近活躍していているあの俳優さん格好いいよね~」

 

波子や周りの人達は乗り気であったけど結果は、白部はあまり話せずにもみくちゃにされるだけとなった。

 

二人目に選んだ相手は切子。

理由は単純に同性だから。もみくちゃされた白部はめげずに次の相手を探す。切子は庭で草刈りをしていた。どうやら"個性"の訓練をしているようだ。

 

「こんにちは、鎌取さん」

 

「こんにちは...鏡さん...?湖井さん...?貴女、どちらの名前の方が良いのよ?」

 

「私はどちらでも構いません」

 

「...そう言うのは困るんだよね、私達大した仲ではないし...。取り敢えず、本名の方で呼ぶわね。で、私に何の用?」

 

「え、えっと、その...。"個性"の訓練として、人との会話を...。鎌取さんも"個性"の訓練ですよね...?」

 

「ええ、そうよ」

 

「鎌取さんは凄いです...。"個性"を普通に使いこなせて...」

 

涼しい顔で"個性"を使う切子の姿を見て、白部は思わず本音が溢れてしまう。

白部の本音が聞こえた切子の表情は一気に変わり、まるで苦虫を磨り潰すまで噛み砕いたような顔になっていた。

 

「はぁ...!?私だって好きで使っている訳ではないわ!あんな...自己中で...!身勝手で...!他人を傷付けてなんとも思わない..."個性"を好きで使っている奴らの方がサイコパスなのよ!平気で使える方が可笑しいのよ!私がそんな馬鹿で!狂っている奴らと一緒にしないで!!......フー...フー......」

 

真っ赤に染まった顔は鬼のような形相となり、言葉になっていない思いを息を切らすまで叫び、過去の怒りを白部に八つ当たりする切子。

八つ当たられた白部は怒ることもなく、ただ言われたことが理解出来なくて呆然としていた。だがしかし、理解が追い付いた時には自分がやらかしてしまった、と白部目にも留まらぬ速さで謝り出す。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

深呼吸をし、息を整え終えれば、思考が元の状態に戻り、自分がやらかしてしまった、と切子は気が付いても後の祭りだった。

切子は白部以上に頭を下げて謝罪を述べる。

 

「私の方こそごめんなさい!」

 

「え、え、でも...私が失礼なことを言ってしまっただけだから...」

 

白部はしどろもどろに自分が悪い、と主張をするが、切子は白部の意見を頑として否定した。

 

「そんなことないわよ!貴女は褒めただけ。勝手に過去を思い出して、八つ当たりした私が完全に悪いのよ。けど...気を付けて。貴女にそんな意志がなくても、私のように激怒して怒鳴り散らしてくることがあるから...」

 

言うだけ言った切子は、しゅんと項垂れて話が出来ない状態になってしまう。

白部は自分の失言に深く反省をし、改めて自分以外の人にも深い事情があることを深く実感をすることとなった。

 

 

女性陣と話し終えたので次は男性陣へと移る。切子の次に選んだ相手は飛雄だ。

彼は男性の中でも話しやすく、また六人の中でも一番コミニュケーション能力の高い男性。異性に慣れていない白部には丁度良い練習相手だった。

 

飛雄は受付で仕事をしており、一般人に対しても愛想よく仕事をしていた。

どんな人でも話せる飛雄の姿に感心しながらも仕事が終わるのを待ち、頃合を見計らって話し掛ける。仕事終わりで疲れているのにも関わらず、疲れ一つ見せずに笑顔で対応してくれる飛雄。いつか彼みたいになろう、と白部は決意をする。

 

「こんにちは、湖井さん。私に何かご用ですか?」

 

優しく話し掛けられても、白部は萎縮してしまって話すことが出来ずに黙り込んでしまう。

何話せばいいのかと悩んでいると、ふと、左手の薬指に指輪をしているところが目に入る。気になった白部は質問をしようとしたが、既の所で、切子の時の二の舞になってしまうと気が付いた白部は慌てて自分の口を塞ぐ。その様子に飛雄は首を傾げつつも話を進める。

 

「...どうかしたのですか?」

 

「え、えっと...あの、その...」

 

歯切れの悪い言葉に飛雄は疑問を抱いたが、時折、白部が左手の薬指を見ていることに気が付く。

 

「ああ...これですね。結婚指輪ですよ」

 

結婚指輪。

それは人生を共にする伴侶を見付け、愛する人との子供が作れる、上手くいっていれば人生においての勝ち組と言える一つの形。

 

そんな順分満帆そうな男性がここに居ることに、白部は酷く驚いて本音を呟いてしまいそうとなったが、白部が言う前に飛雄が自ら疑問を答えた。

 

「私みたいな人が居るのは疑問に思うのは当然ですよ。結婚することは幸せなの象徴の一つとされていますからね。知られたくなければ...この結婚指輪を、どこか別の場所で保管しないといけません」

 

「ど...どうして...皆の目が入ってしまうかも知れないのに、町役さんは指輪をつけているの?」

 

白部の質問に飛雄は苦笑いを浮かべる。

その姿はまるで自分自身でも分かっていないようであった。答えを探すかのように、じっと結婚指輪を見詰めながら飛雄は語り出す。

 

「そうですねえ...私はきっと変わり者ですからかね...」

 

「町役さんが...変わり者...?それは一体どういうことですか?」

 

白部は困惑して飛雄の話についていけなくなる。

まだ出逢ったばかりだが、白部にとって飛雄のイメージは率先として動き、誰とでも話せる人。少なくとも変わった人ではなかった。色々と質問をしたくなったが、口下手な白部には、黙って相手が答えてくれることを望むことしか出来なかった。

 

「私は...。湖井さんや皆さんと違って、過去を隠したいのではなくて知ってほしいタイプ...言わば、吐き出してスッキリするタイプです」

 

「そうなのですか...。色々な人がいるのは当たり前ですし、別に可笑しくないと思いますよ」

 

過去の話を自分から切り出せない飛雄、聞きたいが自分からは聞けずに当たり障りのない返事しか出来ない白部。貴重な休み時間を無駄にしていく。

結局、天気などの無難な話に変えて飛雄との会話は終わることになった。

 

 

 

最後は噴火と康太。

白部にとってどちらも異性で話しづらい人達。この二人に関しては先に会った順で会話しようと決めていたのだが、この二人は気が合うらしく、二人で居るところを白部が出会ったのでまとめて話すことになった。とは言え、難易度が一気に跳ね上がった為白部は話せなくなる。今の白部には挨拶をするだけで精一杯だった。

 

「......うん...?どうかしたのか?何か言いたいことがあれば遠慮なく言っても良いぞ」

 

「...湖井って確か...。町役から聞いたんだけど、"個性"の練習として、人と話をしたいらしい...」

 

「そうなんだ。と...言われてもなあ...。本人は固まっているし、俺達も軽く挨拶をする程度だし...俺達と話さないといけない程なのか?」

 

噴火からの質問に白部は、首を一生懸命に振って肯定をする。

何とか口を動かして事情を話す。

 

「あ、あの...!上から!こ、"個性"の練習として!色んな人と仲良くしないといけなんいんです!」

 

「そうか...けど...。湖井がそんな状態だと話にならんし、俺達が率先して話し掛けたしたところで意味ねえよな...」

 

腕を組んでいて康太がある案を閃く。

 

「要は仲良くなれば良いんだよな?だったら湖井、お前はソシャゲとかしないのか?」

 

「ソシャゲ......?」

 

ソシャゲ。

携帯でお手軽に基本的に無料で遊べるゲーム。白部もまた暇潰しとしてパズルゲームなどをちょこんとやっていた。どんな物なのかは理解していても、話に関係ないと思っている物が急に出てきた為、白部はポカンとしてしまう。

 

けれども案が思い付いた康太は熱弁を振るう。

 

「そう、ソシャゲ!今時やっていない人はほぼいないだろうし、あれなら湖井でもやってそうだから話を作れるだろ!要は仲良くなる切っ掛けがあれば良いんだろう!ゲームと言う共通の趣味を作れば良い!しかもどのゲームで遊ぶのかを決めるのも、話す練習になる!丁度良いじゃないか!」

 

「まあ...それはそうだけど...湖井がゲームじゃなくて他の趣味が良いって言ったらどうするんだ?」

 

「その時はその時で話し合えば良いじゃん。何が良いのか決めるのも、折り合いをつけるのも、コミニュケーションだろ。湖井も案がなければこれで良いよな?」

 

「...あ、はい!その案で大丈夫です!」

 

白部が了承したことにより康太の案で進み、康太と噴火は趣味で繋がる仲となった。

 

 

 

波子と飛雄では趣味の話をし、切子では今時の若者らしくファショッンなど話題で盛り上がり、康太と噴火の件から色んな趣味を作って色んな人と話す。

そんな生活をして早三ヶ月。新しい生活にもなれ、家族にも住み込みの仕事が決まったと伝えることが出来、着実に進歩してきて今日頃このごろ。新和の口から終わりを告げられる。

 

「今日、先生からのお告げで。湖井さん、表に出て仕事をすることになった。拒否権はない」

 

こうして白部は、温かい日常から、自分を追い詰め拒絶された世界に戻ることとなった。



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52話 湖井白部の過去 その5

決まった瞬間何もかも早かった。

次の勤務先も、住む場所も、白部の意見なんか存在しないかのように勝手に決まっていく。今度の場所は幸いにも実家に行こうと思えば行ける距離で、時間と心の余裕があればいつでも会える。

家族に会えて嬉しいと思う反面、どうしてこうなったの?と疑問で心がいっぱいになる。けれど、上からの命令と言われ、質問さえも聞いてはいけないと思い、されるがままに身を委ねることしか白部には出来なかった。

 

一週間後、フレームカンパニー社と言う会社で白部は働くことになった。先輩として新和が白部の傍につくことになり、人見知りする白部には知っている人がついてくれて一安心をする。けれど一安心をするのも束の間、それからの日々は忙しかった。

 

慣れない環境に加え、かつての仕事場のよう緩くなく、少しのミスでも許されない仕事。傲慢で"個性"を振るうことしか出来ないヒーロー。白部のような弱者を見て見ぬ振りをしてきた一般市民。些細なミスを鬼の首を取ったかのように嬉々として文句を言うクレーマー。

"弱き者"達との触れ合いで、白部は少しずつ人に慣れていき、優しさや温かさを知って前に進めるようになっていたが、社会に出たことにより怒りなどの負の感情が生まれてしまっていた。

それどころか、ただ生まれてしまっただけではなく、自分と同じような境遇を知り、その人達によって救われた人達を蔑ろにし、馬鹿にしてきた社会に関わる程増悪が白部の心にこびり付く。

 

対処する為の時間も、改善しようとする気持ちも、白部には何もかもなかった。

ただひたすらに仕事をこなす日々が続いていく。

 

ある仕事の日のこと。

 

「君新入り?どうだこの筋肉凄いだろ!?この造形美を表現してくれるフィギュアを...」

 

無遠慮に近付いてくる取引先のヒーローに、白部は思わず大袈裟に一歩下がる。

その様子にヒーローはムッとした表情で何か言いたそうしていたが、すかさず新和が間に入りフォローをする。

 

「申し訳ございません。ヒーロープロテイナー。彼女はが少々人付き合いが苦手な方ですので...」

 

「ふーん...そうなのか。それなのによくこの仕事を選んだな」

 

ヒーローの一言は何気ないものだった。悪意があるものでもなかった。

ヒーローが放ったこの言葉は特に間違えてはいない。そもそも一般的に、人付き合いが苦手な人は接客業や営業を選ばない。選ぶとしたら裏方作業を中心にした仕事。苦手を克服したいのなら仕事ではなく、もっと気楽に集まれる同じ趣味が集うサークルなどに参加すれば良い。そう言われるのも思われるのも当然のことだった。理性では分かっていても、好きでこの仕事を選んだ訳ではない白部にとっては、苛立つ気持ちはどうしても抑えられるものではなかった。

 

これ以降は特に問題はなく取引は終わる。

 

あの取り引きから時間がそれなりに経ち、昼休憩の時間となり、どこにでもよくある喫茶店に立ち寄る。頼んだメニューを待っていると、近くの席から聞こえてきた何気ない会話だった。

 

「ねえねえ、聞いた聞いた?あそこの奥さんの子供、"無個性"らしいですよ。可哀想よね~」

 

「ええ、そうですわね。本当に可哀想ですよ。息子さんが"無個性"だなんて将来が大変よ。ヒーローにはなれないし、良いところに就職が出来なくなるし」

 

「本当にそうね。将来が真っ暗ですもの。"無個性"も大変だけど、人を傷付ける"個性"持ちも怖いわよね~」

 

「ええ、本当よね。危なくて近くに居て欲しくないのに、私が住んでいる近所にその該当する人が住んでいるのよ~。その人名前は火柱さんと言うのだけど、その子供が危ない"個性"持ちの上で、ちゃんと"個性"が制御出来ないらしいわ。"無個性"なら関わらなければこちらには関係ないけど、制御出来ない子は本当に怖いわ」

 

「そうなの?木原さんも大変ね。出来るだけ関わらないように気を付けないとね」

 

「そうなのよ。子供にも関わらないようにしなさいと言っているわ~」

 

「ええ、それが良いわよ。何かあってからは遅いからね」

 

白部と新和は注文をしていた為に、店から出れなくなってしまい、嫌な思いと美味しくない食事をする羽目となった。

 

最後は帰りの電車の中、白部達と同じく仕事帰りのサラリーマンでの会話。

 

「今朝、この駅の近くで敵(ヴィラン)が暴れていたらしいですよ...」

 

「ああ、知っていますよその事件。だって私、それで会社遅れましたからね。遅延証明書を出したから怒られませんでしたが...大切な会議がある時にやられたらたまったもんじゃないですよ」

 

「あいつら程迷惑な存在は居ないよな。敵(ヴィラン)なんてこの世から居なくなれば良いのによ」

 

「全くその通りですな。敵(ヴィラン)程迷惑な存在なんてありゃしない。全員ヒーローにやられてしまえば良いんでよ」

 

「そりゃそうだ。あんな周りのことを考えない、迷惑で、他人に危害を加えることしか出来ない、正に疫病神。生まれて来ただけで迷惑だ。なんであんな奴らが生まれてくるんだが...」

 

「私には分かりませんし、知りたくもありません。知ったところで時間の無駄です」

 

「そりゃあ違いねえや」

 

毎日ではないが、外に出るとこのような会話が聞こえてくることがよくある。しかも運が悪ければ、どこに行ってもその手の会話をしている人が居る。

白部達は会話が聞こえてくる度に苛立ち、憎悪、破壊欲求が心に募っていく。それらの負の感情が募っていく程、あれ程嫌悪感のあった"個性"の使用への抵抗感が薄くなっていた。それでも白部のトラウマは強くて、目を合わせることも出来ずに"個性"を使用する練習は捗らなかった。

 

仕事に励み、社会に対して負の感情を募らせていたある日。敵(ヴィラン)連合を作り上げた長である、"先生"と呼ばれる人物から白部は呼び出された。

場所は白部が敵(ヴィラン)連合に入ると決めた、あの人気のないバーで、テレビの画面越しで会うこととなり、白部の他にも、同期と思われる"弱き者"達が数十人程集まっていた。

 

どきどきしながら待つこと数分。

電源が勝手に入ると、黒い画面から砂嵐が走り、不愉快な音が数十秒続いた後に"先生"と呼ばれている人物の姿が現れる。

 

「...ヒィ!!」

 

"先生"の姿を見た白部は自分を拾ってくれた恩義を忘れ、本能的に悲鳴を上げてしまう。一般市民として生きてきた白部には耐えられないものであり、その姿はとてもグロテスクであった。この反応は白部だけではなく、他の"弱き者"達も皆、似たり寄ったりの反応をしていた。

鈍器で執拗に撲られたような原形を留めていない顔面。酸素マスクを着けているが、弱々しい印象を与えず、寧ろ余計に禍々しく感じさせる。画面越しでもこの世の全ての殺意、破壊衝動などを収縮した悪意が伝わり、どうして人が殺人鬼に会った時に動けなくなる理由を理解する。

 

だが、声は意外にも、紳士的でフレンドリーだった。

 

『やあ、"弱き者"の諸君、初めまして。敵(ヴィラン)連合へようこそ。僕がこの敵(ヴィラン)連合のボスである"先生"だよ。挨拶をそこそこに、早速君達の力を借りたいのだが...おやおや?』

 

恐怖のあまりに動けなくなっていた白部には気が付かなかったのだが、気の弱い人達の中には失神したり、その場に吐いてしまったりしていた。長年働いている"弱き者"達が、妙になれた手付きで失神した人をソファーに寝かせたり、背中をさすったり、吐瀉物を素早く片付けていた。刺激的な酸っぱい臭いが正気を取り戻させる。

 

自分の姿を見て吐かれたり、失神されたと言うのに、"先生"と呼ばれた人物は怒ることもなく、悲しむこともなく、ただただ騒ぎが過ぎ去るのを待つ。その気にしない様子は敢えて冷たくすることにより、相手に気にさせないようにさせる為の優しさなのか、それとも単純に興味がないのかは誰にも分からない。

後処理が終わると、話が出来る者だけで話を再開する。

 

『落ち着いたところで話を再開しようか。気にしないで良い。こう言うことはよくあることなんだ』

 

怖がっていた者達、慣れている者達も、この場に居る人達の心の中の考えが揃う。こんな状態で気にしない人が存在する訳がないと。

クス...誰かが笑う。

その笑いに釣られて怖がっていた人達も、恐怖に耐えられなくて和らげようとする本能と相まって、少しずつ笑いが広がっていく。その様子に満足げになった"先生"は手を叩きながら笑みを浮かべる。

 

『良かった、良かった。君達には笑っている姿が一番似合っているからね。この調子で笑っていてほしい』

 

怖がられ、吐かれ、拒絶されたのにも関わらず自分達の笑っている姿を喜ぶ。それだけで一気に警戒心が薄れる。それどころか、怖がった自分達に落ち目を感じて反省を始める。

 

『まあ...僕の姿を見て...怖がってしまうことは当然のことさ。君達は気にしなくて良い。誰だって僕の顔を見ればこんな反応をしてしまう。これは当然のことなんだ。だって僕は......』

 

 

『敵(ヴィラン)何だから』

 

その言葉に"弱き者"達は一斉に食い付く。

敵(ヴィラン)。どのような理由にしてもなってはいけない存在。けれども自分達も同じ立場になることで、その辛さが分かりなっても仕方がないと同情を覚えずにはいられない。それに......

 

 

拒否をした自分達を心配してくれた人物であり、何よりも見た目だけで判断をする。それでは大嫌いな世間と何一つ変わらない。

自責の念が、"世間に対する反抗心が、弱き者"達の心を奮い立たせる。

 

『うんうん。皆良い表情だ。その心を大事にしていこうではないか』

 

たった数分で"先生"は怖がっていた"弱き者"達の心を掴む。

"個性"を使った訳ではない、何か褒美を与えた訳でもない、親族などを使って無理やり従わせようとした訳でもなく、好意を向けただけ。それだけである。だが───

 

 

悪意を多く向けられるこの世界で、向けられた悪感情を相手に返さずに、笑顔になった他人を見て喜び好意を向ける。

理解できないものは排除しようとし、自分と違う者は否定をし続けるこの世の中で、真逆のことをした"先生"。受け入れられた後の行動は早かった。

 

失神していた人達に怖くないよ、と説得をし、"先生"を敬い、仕事に励み、大嫌いな一般市民と積極的に関わろうとする。

白部もまた"個性"の特訓に力を入れ始める。不思議なことにあれ程トラウマになっていたのに、今ではすっかりこの世界を変えたい想いから向き合うと必死になっている。これもまた"先生"の行動の影響なのかは、今となってはもう判明することはない。

 

 

 

「お、お願いします!」

 

「おう!頑張れよ!」

 

「はい!」

 

やる気になった白部は暇さえあれば、"個性"特訓用のトレーニングルームに通うようになっていた。

特別な器具とかはなく、スポーツジムにならどこにでもあるような道具で揃っていた。特訓を始める前に、付き合ってくれる新和に挨拶を済ます。

 

"個性"の特訓の付き合いとして新和が選ばれていたのは理由があった。

それは新和の"個性"姿見写し。目の前に立っている相手の気持ちが分かるようになると言う効果があり、その効果を利用して第三者目線から、白部のトラウマ克服へのアドバイスをしてもらう為であった。

 

やる気になったのは良いものの、トラウマが酷く、目を合わせて"個性"を使おうとすれば冷や汗をかき、時には吐いてしまう。吐いて動けなくなる度に相手に申し訳なくなる。それでも前に進む道にしか選択権はなくて、どうすれば良いのだろうか?と溜め息をつきながら悩んでいると、新和が遠慮なしに白部の隣に座る。

 

「湖井さんは優しい人だな」

 

「え、え、えっ!?いきなり何を言っているのですか!?」

 

突然の褒め言葉に白部は顔を真っ赤にして慌てる。

そんな白部に対して新和は笑顔で話を進める。

 

「自信を持ちなよ湖井さん。他人を傷付けても気にしない、屑が多いこの世の中で、いつまで気にして使えないのも優しいから出来ないんだ。焦ることはない。ここでは訓練をちゃんとしていれば、遅くても怒られることはないから...」

 

自分の気持ちを察してフォローする新和の優しさに答えたいのだが、照れてしまってお礼を言えない白部は、俯いたままの状態で何とか伝える。

 

「ありがとうございます...姿見さん...。姿見さんの方が優しいです...。私が吐いてしまっても気にしないで接して頂いて..."個性"の訓練にもいつも笑顔で付き合って頂ける......。私も、姿見さんのようにいつか、誰かの為に"個性"が使えるようになりたいです」

 

言い切り終えた白部はますます顔を赤くして塞ぎ込む。

時だけが過ぎ、恥ずかしがっていた白部にも流石に、何も言わない新和に疑問を持ち声を掛ける。

 

「あ、あの...姿見さん...?」

 

それでも返事をしない新和。

相手を待つつもりだったが、あまりにも反応がなくて白部は痺れを切らして顔を覗き込む。けれど、その行動は間違いだった。新和は無視をしていたのではない、黙って泣いていたから答えられなかっただけである。白部は急いで頭を下げて謝罪をする。

 

「ご...ごめんなさい!勝手に覗き込んでしまい、待っていられなくて、失礼なことを言ってしまい...誠に申し訳ございませんでした!!」

 

今にも土下座をする勢いで謝る白部。

大きな声でやっと正気に戻った新和は、目の前で白部が頭を下げているところを見てぎょとする。

 

「え、え、え、えっ!?何!?いきなりどうした!?何で湖井さんが謝っているんだ!?」

 

「だって...私が...。失礼なことを言って泣かせてしまったと思って......」

 

「別に...湖井さんは失礼なことを言っていない。寧ろ...嬉しいことを言ってくれたんだよ」

 

「う...嬉しいことですか...?」

 

思いがけない言葉に白部は首を傾げる。

 

「そう、嬉しいことだ。実は俺...。昔、俺がまだ子供の頃......」

 

「両親が事故で亡くなって、親戚の家で兄弟揃って面倒みてくれることになったのだが...その親戚の家の実の娘から、俺達は理由もなく嫌われていてさ...。嫌われながら生活をするのも嫌だから、相手に悪いと思ったんだけど、"個性"を使って何で嫌われているのか調べようとしたら相手にバレて...。気持ち悪い!あんたなんか敵(ヴィラン)よ!あんた達も死んじゃ良かったのに!!って...言われてさ...」

 

「あんまりにも酷い言葉だったからすぐには理解出来なかったし、俺も"個性"を使ったことは悪いことだから...自分も悪いと思っていたしな...。だから、俺も、"個性"を使うのがちょっと苦手でな」

 

「"個性"を使うのが苦手...。だったらどうして!私の訓練の為に"個性"を使ってくれたのですか!?」

 

新和の辛い過去の話に衝撃を受けて手で口を押さえていたが、"個性"を使えるようになった理由を知りたくて声を荒げる。

その様子に困った笑みを浮かべながら新和は頬をかく。

 

「う~ん...そうだな...。それなり時間が経って傷が癒えたのと...後は...単純に...。頼ってくれることが嬉しかったからかな...」

 

「時間...頼られて嬉しいから...」

 

白部は新和の言葉を復唱する。

言われてみれば納得出来るけど、そう簡単に解決する方法ではなかった。時間は待っていれば良いが、頼られる為には自分がしっかりと生きていかないといけない。自分と同じように"個性"に苦手意識を持ちながらも、先輩として誰かを支える新和。そんな彼を尊敬したからこそ───

 

誰かを支える為にも、この社会を変える為にも、強くなろうと決心する白部であった。




"弱き者"達がAFOを心酔する理由は仕事や居場所を与え、怖がっていた人達に笑顔を向けた。これだけです。たかが組織の一員にはあまり関わらないと思うし...。



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53話 湖井白部の過去 その6

拒絶をした自分達を受け入れてくれた人の為に、憧れた人に近付く為にも、白部は今日も"個性"の特訓を続ける。

いつしか目と目を合わせることがある程度出来るようになり、特訓が苦でなくなったところ、運命の出逢いが訪れる───

 

 

始まりはイライラしている社員が多くなったところからだった。それも尋常ではない程に。

普段なら普通に話をして笑顔で挨拶を返してくれる。そんな当たり前のことが出来なくなっただけではなく、常に怒っていたり、口調が興奮気味で早口になり、酷い時には物に当たる。あまりにもイライラしている様子に、何でそんなにイライラしているの?と尋ねることも出来なくなる。イライラしている人達と、事情を知らない人達の差が開く中、白部は"先生"からの命令により原因を知ることになる。

 

 

 

『新ヒーロー、黒猫の魔法使いについて調べてほしい。彼女のことは出来るだけ気に止め、可能な限り関わりを持ちなさい』

 

この命令がなければ白部は知ろうともしなかった。

 

「何々......黒猫の魔法使い?そんなヒーローいたの?まあ...検索すれば出てくるのでしょ」

 

いくら大好きな"先生"から頼まれた仕事と言えども、嫌悪感を感じる程嫌すぎる仕事である為、のんびり出来る家でやることに決めた白部。

ベットの上に寝転がり、すぐにストレス発散出来るように自分のスマホを手に届く位置に置くと、仕事用の携帯で黒猫の魔法使いと検索をする。

 

「...ふ~ん。流石に止められちゃった。元々、消されやすいらしいのねこの動画。...まあ、私は興味なくて観てなかったけど...。"先生様"が気に止めろって言われてから調べ出したのが悪かったのかしら?...こんなことになるくらいなら...動画が出てからすぐに、調べておけば良かっ...ううん...いくら"先生様"の言い付けで、こんなことをしていても、自分からヒーローに関わりたくないのよねえ...」

 

暫く検索して分かったことは、何故か喋る猫を相棒にし、ヒーロー史上最速で市民に嫌われたヒーロー。しかも市民にだけに嫌われているのではなく、同業者にも目茶苦茶嫌われていた。

あまりの嫌われように、彼女に関連する動画は暴言に溢れ、暴言のせいですぐに動画が消されてしまっていた。そのせいか観れたとしてもほんの数秒しか観れなかった。

 

動画でまとめる調べる作戦は終わり、経歴や出身校、どのような"個性"を持っているのか、どのようにして戦うのか、また何で嫌われているのかと、ヒーロー公式サイト、素人でも情報を編集出来るウェブブラウザ、掲示板などを利用して個別で調べていくことにする。

 

少し調べただけで黒猫の魔法使いが想定外の存在だと気が付く。

先ずは"個性"。"個性"は驚くことに何でも出来る"個性"で火、水、雷、光、闇を操り、時には強力な攻撃から守る盾を作り出し、どんな傷をも癒す。これらでも歴代トップの有能な"個性"なのに他にも出来ることがたくさんある。これだけで嫌われている一因が容易に理解出来る。それでいて"先生"が目を付けろと忠告するのも、有能すぎる"個性"だからであり、最近知った"先生"の"個性"AFO他人の"個性"を奪うことで何でも出来る"個性"が、黒猫の魔法使いの"個性"とシンパンシーを感じたのかもしれない、と好きな存在を大嫌いな存在と重ねた自分に白部は嫌気が差す。

 

想定よりも長くなる作業に愚痴と本音を溢す。

 

「しかし...こんなにも、"先生様"の興味を持たれるなんて、私からすれば羨まし~い。..."先生様"と似ている"個性"だからかな?考えても分からないなあ...。...あ~あ、調べに行かないと駄目なのかな?"個性"を悪用する時の言い訳を考えないといけないのだから、面倒くさいのよねえ~。しかも私の"個性"の効果じゃ、気付かれないようにするのは無理なのよねえ~。............ほんと......」

 

 

「嫌になっちゃう」

 

本音が溢れ、この一言が引き金となる。

 

「今更、なんで、弱い人の味方のふりをするのかしら?貴方達ヒーローは、人の不幸が大好きな最低な人達でしょ!今更!!弱い人の味方なんてしないでよ!!!気が付くのが遅すぎるの......いや、これは...気が付いているのではないわ。ヒーローが多すぎて、目立つ為に、新たな路線を作っただけなのよ!きっとそう!そうに違いないわ!あっははは!!だとしたらなんて馬鹿なの?!先輩達が作ってきた自ら道を否定するなんて!なんて馬鹿なの!皆が面白がっているのよ!そんなこと分かっていないの?!あっははは!!こんなの...!まるで...」

 

どうして穏やかなみんなが物に当たる程怒っているのかを実感をし、白部も同じ気持ちになって叫び出す。

敵(ヴィラン)の気持ちなんて知ろうとしなくて良い、余計なことをするくらいなら仕事してろ、馬鹿な奴らの気持ちなんて知ってどうする?とかの心ないコメントを書く一般市民。誰よりも強い"個性"を持ち、苦労したことのない人生を歩み、他人を馬鹿にすることが出来る立場の人が、今更取って付けたように手を差し伸べ、弱者の味方の振りをする。こんなことを知れば心が荒れるのは当然のこと。

世間の声もそうだが、今まで楽な人生を過ごして見捨ててきた人が今更寄り添うなど言語道断。寄り添うなら"先生"のようにもっと早くから行動するべきだと。

 

最後まで言えることはなかった。白部の狂った笑い声が下まで響き、母親を心配させてしまい、自分も不愉快になったので調べものはネットの人達に任せることにした。

 

 

 

それなりに時が経ったある日、エンデヴァーの事務所に仕事に向かう。その時チャンスが舞い降りた。

エンデヴァーの事務所内を歩いていると、偶然にも黒猫の魔法使いとすれ違う。

 

「ふ、ふふふ、ふふふふふふふふふえぇ!!?」

 

「にゃにゃ!?」

 

驚きのあまり白部は大声を出してしまう。その叫び声に釣られて相棒の黒猫も叫ぶ。

叫んでしまった白部だが、この叫び声のお陰で相手が動けなくなる。このチャンスを逃がさないように白部はズカズカと近付いて勝手に自己紹介を始める。

 

「お初にお目にかかります。黒猫の魔法使いさん、ウィズさん。私は湖井 白部【こせい しらべ】と申します」

 

白部が名乗っても動けない黒猫の魔法使いとウィズ。更に畳み掛ける。

相手が自分の目を逸らす前に"個性"を使ってどんな"個性"を持っているのか確認をする。すぐにバレてしまうが相手はヒーロー。印象が何よりも大事な故に、謝れば相手は許すことしか出来ない。堂々と"個性"を発動する。後で平謝りをすれば良いやと白部は気軽な気持ちで行った。けれど、それは間違いだった。

 

「..............む..."無個性"..........?う、ううううううううううう、ううううう嘘!?あ、ああ、あなたが、む、むむむむむむむ”無個性”だなんて!!嘘よ!!!.............嘘って!言ってよ!!!言ってよ!!!言ってよーーーーー!!!!」

 

"個性"を発動しても相手の"個性"が分からないことで、あの時のトラウマが甦る。

自己紹介をしている赤毛の少女、寄って集って一人の少女を虐める少年達、赤毛の少女がいなくなって標的になる自分。今だってたまに悪夢を見る程のトラウマで、訓練をしても"無個性"相手に使うことは精神面で無理であった。

 

トラウマによる体調不良で一時撤退するしかなかった。

 

 

このまま引き下がる訳にもいかず、相手に謝罪すると言うことでエンデヴァーの事務所前で待つ。

夕方頃、仕事終わりだと思われる黒猫の魔法使いがとても疲れた顔をしてやって来る。白部相手にも淡々としていて相当疲れていることが容易に伺える。

 

それでも縁を絶やさないように謝る。

顔を上げる際には"個性"が発動しないよう目を合わせないようにする。もうあんな思いは二度と御免だから。それでもあのことを思い出しそうになってしまって、"個性"を使って防いだだけだと自分に言い聞かせる。

 

「先程は、本当に申し訳ございませんでした!」

 

「いきなり"個性"を使ってきた私は、敵(ヴィラン)その者と変わりないことをしてしまったと自覚しています。...自己満足なのは分かっていますが、謝罪をしに待っていました...」

 

「...分かったにゃ。けど、説明はちゃんとしてほしいにゃ。どうして"個性"を制御を出来ない理由を」

 

「そうだね。説明をしてほしいね」

 

謝罪は受け入れてくれたものの返答は厳しいものであった。

予想外の態度に白部は舌打ちしそうになるが、何とか堪えて話を進める。

 

「はい。勿論、説明致します。...ですが、その前に、私の"個性"の発動条件を説明をした方が、分かりやすいと思いますので先に条件の方を説明します。私の"個性"は、私と相手が真正面で目を見つめ合うと、勝手に発動してしまうものです。体感的には数十秒後に発動してしまいます。それは、元々の話で、今は家で練習をしたかいがありまして、制御できるようになりました。...ですが、気持ちが高まったりしてしまうと、発動してしまうのです...」

 

「で、気持ちが高ぶって発動してしまったとにゃ」

 

「はい...。面目ありません...」

 

見られないように顔を下に向け、指をもじもじさせるなどをして怒りを抑え込む。

 

「でもなんで、気持ちが高ぶったの?」

 

「......あ、あの、実は...」

 

聞かれることは分かりきっていた。だから言い訳を考えてある。

 

「実は?」

 

 

「わ、私!魔法使いさんのファンなのです!!」

 

「「...えっ?」」

 

怒りで顔を真っ赤になってしまったが、照れていることにして誤魔化そうとする。

それに会えて嬉しいと思ったのも本心だ。主に"先生"の役に立てると言う意味合いでだが...。

 

「そうなんだ。ファンって言ってくれて嬉しいよ」

 

数十秒、一分くらい経った後に黒猫の魔法使いが手を差し出して握手を求める。

こうして、白部と黒猫の魔法使いとの会話する仲となった。

 

 

話せるようになったと言えども、いきなり"無個性"などのデリケートな話をする訳にもいかなかった。

そこで思い付いた案は、嫌われていることを良いことに、他の"弱き者"がウザ絡みをしてその言っている言葉が本心なのかどうか、白部が何気なくそこら辺を触れて確かめることになった。

その結果が──

 

「チッ!何だよ!危ない"個性"が何てない、使い方の問題だと!馬鹿なことを言いやがって!!」

 

「どうせ"個性"が暴走して襲われたら手のひら返しをするに決まっている!」

 

「ああ、それこそ、あんな危険な人だとは思わなかった、あれは存在してはいけない存在だとか言って殺すに決まっているだろ!!」

 

「敵(ヴィラン)になるのも理由があるだと!!今まで俺達を見捨ててきた癖によく言うわ!」

 

「ほんとだよな!今更遅いし、そんなことを言っている暇があるんだったら助けろよな!!」

 

「そうよ!身内に敵(ヴィラン)が出たら恥ずかしくて隠すのでしょ!!」

 

「いいや!あの手のタイプは真っ先に排除しようとするね!!」

 

「自分よりも強い人がいっぱいいるですって!?"個性"を使いこなせないのなら、"個性"で苦しんでいる私達にも分けてほしいわ!」

 

荒れるだけだった。

 

「おい、湖井!」

 

「は、はい!何でしょう!」

 

白部にも火の粉が飛ぶ。

その言い方に不満を感じて理不尽だと言いたくなったが、喧嘩をしたくなかったので耐えて従順になる。

 

「明日、また質問をするから、黒猫の魔法使いが移動する場所は確認をしとけ。後その様子を携帯でも何でも良い。動画にして撮っておいけ」

 

「場所は分かるけど...何で話している姿を動画にして撮らないといけないの?」

 

「それは簡単だ。どうせ彼奴は口先だけの人間だ!どれだけ口で綺麗事を言ったところで顔は歪んでいる筈だ。その歪んでいる姿を全世界に発信して、こいつは偽善だと知らしめせば良い!!」

 

「わ、分かった...」

 

男性の気迫に押されて白部は了承をする。

 

 

次の日。

予め黒猫の魔法使いから仕事場所を聞いて待ち伏せをする。通るかは分からないと白部は伝えたが、運良く魔法使いは言った通りの場所に現れる。相手役の男性が魔法使いに話し掛けた瞬間、白部はスマホで盗撮を開始する。

 

「おい!黒猫の魔法使い!」

 

「...何の用?」

 

怒りを隠さずに怒鳴り付ける男性、そんな男性の態度に苛つく魔法使い。

互いに嫌悪感を隠さずに会話が始まろうとしていた。ハラハラしながら見る白部の気持ちとは裏腹に事は上手く進む。

 

「黒猫の魔法使い...お前は......!"無個性"のことをどう思っているんだ!!」

 

「......!!?」

 

思わぬ話題に白部は驚きすぎて叫びそうになってしまう。

 

「......"無個性"?それって確か...異能の力を持っていない人達のことだよね?それがどうかしたの?」

 

きょとんとする黒猫の魔法使い。

発言といい、きょとんとすると態度が自分には何も関係ありませんと言っているようで男性と白部の怒りを買う。

 

「あんだけ綺麗事を言っておきながらどうせ...!お前も!"無個性"のことを馬鹿にするんだろ!!!」

 

男性の想いは叫びとなり、涙となる。

呆然としているのか、それとも考えているのか、魔法使いは黙り込んで男性を見詰める。深呼吸をして言いたい言葉をまとめると男性と向き合った。

 

「力がないと不利な場面があるのは認める。でも、だからといって馬鹿にすることはない」

 

「彼らは弱い存在ではない。それに、共に戦ってくれたから、今自分はここにいる。だから......」

 

 

「彼らは頼もしい存在であり、大切な仲間だ。誰がなんと言おうとこれだけは譲らない!」

 

「なっ...!?どうせ俺や他の人が聞いているかもしれないから!心にもない綺麗事を言っているだけだろうが!!」

 

「違う。これは本心だ」

 

魔法使いの言葉と真っ直ぐに相手を見据える曇りなき眼。信じられなくて男性は反論するが、すぐに力強い眼差しと共に否定する。

それでも信じられなくて男性は舌打ちをしてその場から走り去る。

 

見ていた白部の脳裏にも魔法使いの笑顔が焼き付いて、一生忘れなくなった。

 

 

後日、仕事場の使われていない一室で白部はあの時の動画がきちんと撮れているかどうかなどの確認作業を行う。

本当は一人でやりたくなかったのだが、黒猫の魔法使いの話題は荒れてしまいので一人でやるしかなかった。携帯で撮った動画をパソコンに移して大画面で確認をする。

 

『おい!黒猫の魔法使い!』

 

『...何の用?』

 

『黒猫の魔法使い...お前は......!"無個性"のことをどう思っているんだ!!』

 

『......"無個性"?それって確か...異能の力を持っていない人達のことだよね?それがどうかしたの?』

 

『あんだけ綺麗事を言っておきながらどうせ...!お前も!"無個性"のことを馬鹿にするんだろ!!!』

 

『力がないと不利な場面があるのは認める。でも、だからといって馬鹿にすることはない』

 

『彼らは弱い存在ではない。それに、共に戦ってくれたから、今自分はここにいる。だから......』

 

『彼らは頼もしい存在であり、大切な仲間だ。誰がなんと言おうとこれだけは譲らない!』

 

『なっ...!?どうせ俺や他の人が聞いているかもしれないから!心にもない綺麗事を言っているだけだろうが!!』

 

『違う。これは本心だ』

 

何度も。

 

『おい!黒猫の魔法使い!』

 

『...何の用?』

 

『黒猫の魔法使い...お前は......!"無個性"のことをどう思っているんだ!!』

 

『......"無個性"?それって確か...異能の力を持っていない人達のことだよね?それがどうかしたの?』

 

『あんだけ綺麗事を言っておきながらどうせ...!お前も!"無個性"のことを馬鹿にするんだろ!!!』

 

『力がないと不利な場面があるのは認める。でも、だからといって馬鹿にすることはない』

 

『彼らは弱い存在ではない。それに、共に戦ってくれたから、今自分はここにいる。だから......』

 

『彼らは頼もしい存在であり、大切な仲間だ。誰がなんと言おうとこれだけは譲らない!』

 

『なっ...!?どうせ俺や他の人が聞いているかもしれないから!心にもない綺麗事を言っているだけだろうが!!』

 

『違う。これは本心だ』

 

何度も何度も。

 

『おい!黒猫の魔法使い!』

 

『...何の用?』

 

『黒猫の魔法使い...お前は......!"無個性"のことをどう思っているんだ!!』

 

『......"無個性"?それって確か...異能の力を持っていない人達のことだよね?それがどうかしたの?』

 

『あんだけ綺麗事を言っておきながらどうせ...!お前も!"無個性"のことを馬鹿にするんだろ!!!』

 

『力がないと不利な場面があるのは認める。でも、だからといって馬鹿にすることはない』

 

『彼らは弱い存在ではない。それに、共に戦ってくれたから、今自分はここにいる。だから......』

 

『彼らは頼もしい存在であり、大切な仲間だ。誰がなんと言おうとこれだけは譲らない!』

 

『なっ...!?どうせ俺や他の人が聞いているかもしれないから!心にもない綺麗事を言っているだけだろうが!!』

 

『違う。これは本心だ』

 

何度でも。

 

『おい!黒猫の魔法使い!』

 

『...何の用?』

 

『黒猫の魔法使い...お前は......!"無個性"のことをどう思っているんだ!!』

 

『......"無個性"?それって確か...異能の力を持っていない人達のことだよね?それがどうかしたの?』

 

『あんだけ綺麗事を言っておきながらどうせ...!お前も!"無個性"のことを馬鹿にするんだろ!!!』

 

『力がないと不利な場面があるのは認める。でも、だからといって馬鹿にすることはない』

 

『彼らは弱い存在ではない。それに、共に戦ってくれたから、今自分はここにいる。だから......』

 

『彼らは頼もしい存在であり、大切な仲間だ。誰がなんと言おうとこれだけは譲らない!』

 

『なっ...!?どうせ俺や他の人が聞いているかもしれないから!心にもない綺麗事を言っているだけだろうが!!』

 

『違う。これは本心だ』

 

確認をする。

何十回、何百回でも黒猫の魔法使いの表情を見て発言を聞いて、じっくりと考えながら確認をし続ける。だからこそ気が付いてしまった。

 

「.........嘘......。こんなことって......ありなの!?」

 

日本だけではなく、世界トップクラスの有能な"個性"持ちの人間が優しげに、愛おしそうに、まるで宝物を扱うかのように──

 

 

『彼らは頼もしい存在であり、大切な仲間だ。誰がなんと言おうとこれだけは譲らない!』と力強く断言をしていた。

 

"個性"が強い人程有利で威張っている人が多いこの世界で、"無個性"を大切な仲間だと口先だけではなく本心から言い放つ。

終始泣き怒っていたのは自分達"弱き者"であって、試されていた黒猫の魔法使いは語っている途中笑顔になっていた。その姿もまた、ここにはいない友達を自慢しているようであった。

 

認めたくない!と心が拒否しても、何度も考えながら言葉を聞いた理性がこれは本心だ、と自分の価値観を全て否定する。

 

「......あ...ああああああああ!!」

 

耐えきれなくなった白部は叫びながら気絶をした。

この動画は他の"弱き者"には見られず、"先生"の元に動画が送られた。危機感を感じた"先生"は更に警戒を強め、それと同時に黒猫の魔法使いの心を打ち砕いて存在そのものを否定しようと強く誓った。

 

 

 

「や~い、うそつき女!"むこせい"はあっちいけ!」

 

「そうだ!そうだ!"むこせい"きんがうつるんだよ!」

 

「"むこせい"は学校にくんなよな!」

 

夢。気絶をした白部はそのまま悪夢を見ていた。

 

(止めて...もう止めて...。もう終わったことなんだから...)

 

自分も、相手の人生も、終わらせてしまった悪夢。いつもなら赤毛の少女が自殺するところまで見せ付けられるのだが、今日は会ったことも見たこともない人物が割り込んでくる。その人物の頭はバブルピンク色をしていた。

 

「いじめは止めなさい!」

 

ビシッと格好つけて虐めを止めようとする少女。

少年達は何か言い返そうとしても、相手の"個性"が怖くて何も出来ずに逃げていく。後に残されたバブルピンク色の髪の毛の少女が、泣いている赤毛の少女の側に寄り添う。

 

「だいじょうぶ...?」

 

赤毛の少女はずっと泣いている。

泣き止まない少女に驚きの発言をする。

 

「"むこせい"だってかっこいいと思うよ!つよいと思うよ!」

 

慰めにもならない発言に赤毛の少女は驚いて泣き止む。それを良いことにバブルピンクの少女は手を差し出す。

 

「いっしょにつよくなって、こんなせかいみかえそうよ!」

 

幼い自分は、あの時のように見ていることしか出来なかった。

 

 

 

「...ハッ!!?」

 

いつもとは違う悪夢。思いがけない悪夢を見た白部は自分自身に戸惑う。

 

「どうして...今更...」

 

いつの間にか白部は休憩室のベッドに寝かされていた。運んでくれた人への感謝をする余裕なんてなく、ただ呆然と泣いて気持ちを誤魔化した。

 

 

あれから、東京の大規模な敵(ヴィラン)も襲撃もあってか、黒猫の魔法使いとは会えなくなる。

その代わりに自分達と似たような価値観を持つ、"無個性"のレイチェル・オールと言う女性と出会う。彼女はヒーローにも興味がないと言う点で物凄く仲良くなれると思ったのだが、ヒーローを目指す少年緑谷出久が"個性"に目覚めた影響で会えなくなった。

 

"無個性"の前で無惨にも"個性"が芽生える緑谷。"個性"が芽生えるタイミングは選べないから仕方のないことだと理解しているが、"無個性"で苦しんでいる相手にヒーロー科しかも雄英高校に入学出来る優秀な"個性"持ちの人達に会わせるとか鬼畜の所業である。元々ヒーローを目指す者が大嫌いなのに、この件の影響で更に白部は呼んだ緑谷のことも大嫌いになったが、平然と会いに行く雄英の生徒も大嫌いになる。

 

緑谷が"先生"が探していた"個性"持ちだと判明をする。調べあげた白部は"先生"に褒められる。白部は天にも昇る気持ちとなる。けれども、喜んでいられたのも僅かな間だけだった。白部が直接緑谷達を苦しめる係りになったからである。今までの功績を称え、痛みを感じなくなる"個性"と楽に死ねる"個性"を渡してくれた。

 

あの時死ぬ覚悟をしていたとは言え、楽しいこと、同じ志を持つ新しい仲間と出会った今の白部には死は恐怖であり、避けたいものであった。けれど、もう、助けを求めることは出来ない。だって──

 

 

人を殺してしまったから。

 

 

決行日前日の夜。

白部は眠ることが出来なくて、リビングにあるソファーに座り込んでいた。

 

何となく白部は辺りを見渡す。

電気をつけていない部屋の中がはっきりと見えなくても、どこになにがあるのかは把握している。置いてある全ての物が家族との思い出で詰まっていた。

 

弟とチャンネル争いをしたテレビ。

 

家族でゲームセンターに遊びに行った時に取ったぬいぐるみ。

 

父が読んだ後に乱雑に置かれた新聞紙。

 

母が趣味で育てている観葉植物。

 

少し奮発したデザートをみんなで一緒に食べた大きなテーブル。

物だけじゃない、空間さえも思い出がいっぱい詰まっていて、目を瞑れば鮮明に包丁で食材を切りながら家族を呼ぶ母の声が聞こえ、父が新聞を読んで夕飯を待っている。呼ばれた少し後から白部がやって来て母の手伝いをし、弟は更に遅れてやって来る。手伝わない弟に怒りながらも白部は席に座る。

 

談笑をし、時には喧嘩をしてしまうが、楽しくて掛け替えのない日々。

思い出してしまった白部は思わず泣いてしまう。涙を止める術がない為、声を何とか押し殺して泣く。

 

「どうして......こんなことになってしまったの...?私はただ......」

 

 

「誰かに救われたいだけなのに...職を求めただけなのに...平和な日々を求めただけなのに...!!」

 

泣き言を言ってももう遅い。

敵(ヴィラン)と関わってしまったのだから。家族と強制的に引き下がれ、生きられない怨み。ただ生きているだけでキズツケテクル理不尽な社会への怒りを、明日の襲撃で八つ当たりすることしか出来なかった。




これにて白部の話は終わりとなります。


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54話 長い話の果てに

根津からの話が終わると沈黙が覆う。それはとても重苦しく、全員の口を閉じらせて放せなくする。やっと話せたのはウィズだった。

 

「あの時...誰かに見られているとは思ったけど...まさか、白部に見られていたとは思わなかったにゃ」

 

「ボクも聞かれているとは思わなかった。と言うか...知らない内に傷付ける言葉を言ってしまったね...」

 

「俺達と比べればマシですよ。俺達なんて地雷踏みまくっていますから...」

 

ウィズの後に続いてキキが呟き、切島も後悔の言葉を呟く。

 

「そうですわね...私達は知らないとは言え、ヒーローが嫌いなのにヒーローのお話をしてしまいましたし...」

 

「私なんか...表向き"個性"のことで苦しんでいるレイラドルさんに向かってデク君と仲直りしてほしいと言ってしまったよ...」

 

「ぼ...俺も軽率だった。皆がヒーローを好きだと勘違いをしてしまった...」

 

「私も...人の気持ちを考えて行動をすることが出来なかったわ...ケロ」

 

八百万、麗日、飯田、蛙吹が後悔の言葉を呟いた。特に関わりがなかった爆豪、轟以外の他の人達も言葉には出さなかったが、悔やんでも悔やみきれない、と後悔の念に押し潰されそうになっていた。

 

「で...君達...このままAFOの言われた通りのままで良いかい?」

 

「絶対に嫌だ!」

 

即答で答えた者、目で訴える者、それぞれの意見が一致する。

その様子をじっと、まるで見極めるかのように、一人ずつ顔を見ていく根津。数分間もかけて全員の顔を見てから根津は話を切り出した。

 

「そうだね...先ずは...。どうしてこんなことになったのか、これを理解している人はいる?あ、ウィズさんと魔法使いさんは除外ね。僕達の問題は僕達で考えて解決しよう。で...誰か分かる人はいるかい?分かったら挙手してね」

 

「はい!」

 

「八百万さん、どうぞ」

 

綺麗な姿勢で手を挙げていた。

根津に許可を得てから意見を言う。

 

「それは差別ですわ」

 

「うん、そうだね。大まかに言って正解だね。じゃあ何で差別は起こるのかな?」

 

「はい」

 

「今度は障子君だね、どうぞ」

 

複製した腕を上げて挙手する障子。はいと返事したのは複製された腕についていた口だった。

 

「怖いからだ」

 

「それは見た目が怖いから?それとも何を考えているのが分からないから?」

 

根津の問い掛けにみんな理解出来なくて不思議そうな顔をする。

そこで言い出しっぺの障子が質問に答える。

 

「それは当然、見た目が怖いからだろう」

 

「では何で人は、見た目が怖いと差別されるのかな?」

 

「それは......危害を加えられると思われやすいからだ...」

 

「獣よりも大きな牙は人を容易く噛み千切り、剣よりも鋭い爪は鋼鉄さえも切り裂く。邪悪なる存在は常に恐ろしいものだ」

 

「あー!なんか分かるー!ホラー映画とか、絵本とかに出てくる怪物って怖いよね!特に小さい頃読んだ絵本の怪物は怖かったよ!」

 

常闇は静かに浄弁気味に語り、芦戸は無理に明るく振る舞って会話を続けられやすくようにする。

けれども雰囲気が明るくなったのは生徒達の間だけで、キキ、ウィズ、根津の表情は険しくなる。

 

「確かに分かりやすくする為に、敢えて恐ろしげに描いたり、この存在は怖いものだと文章で強調したりするけどさ......」

 

 

「君達を襲い掛かってきた敵(ヴィラン)は全員、見た目が恐ろしい怪物だけだったの?」

 

根津の怒り気味の声に、生徒達は失言してしまったのだと後悔することとなった。

根津は敢えて大袈裟に溜め息をつくことにより、怒っていることをアピールをし、生徒達に反省を促す。

 

「違うよね。誰かを傷付けた故に本能的に近寄りがたかったり、犯罪者特有の怖い雰囲気があったりすることがあるのは認める。けれども、全員が全員、人間離れた容姿ではないよね。死柄木とかは従来の人間の姿をしている」

 

「誰かが言ったから、物語りなどでそう描写されたから、テレビで報道されたから。そうやって考えずに、オールマイトにだけ平和を押し付けたからその付けが回って...」

 

「お話しの最中に申し訳ございませんが、少々割り込んでしまっても宜しいのでしょうか?」

 

「うん、どうぞ」

 

八百万は己の失敗に恥じりながらも、異議があるところにはすかさず唱える。

話の途中であったが、根津は中断をして八百万に話の主導権を渡す。八百万はゆっくりと頷くと優雅にお辞儀をし、根津の目を真っ向に見詰めながら語り出す。

 

「ありがとうございます」

 

「お言葉ですが、根津先生。我々だって差別については考えたことはあります。何もかもオールマイトに任せてしまった件については深く反省しております」

 

「勉強不足であることも認めます。しかし、小学校、中学校、そして...この雄英高校で、短い時間ながらも真剣に勉学に励みました。もっと精進するべきだと言う意見でしたら特に言うことはありません。根津先生が考えに考え抜いた結果、そのような考えに至ったと思います。ですが、考えていないと言う一点においては、納得出来ませんので反論させて頂きます」

 

「うん...そうだね...。勉強はしていたね。八百万さんのように真面目にやっている人もいれば、残念ながら、下らないと感じて真面目にやらない人もいる。そもそも今回の件で思い知ったのは時間が足りなすぎた。義務教育でも、高校でも、大学でも、専門学校でも、毎日道徳の授業をするべきだと実感したよ。で...真面目に勉強をしてきた君達に一つ質問をする......」

 

 

「道徳ではどんなことを習ったのかな?」

 

「そうですわね...道徳の教科書に沿って、この時の登場人物はどのようなことを考えているのかを、どのようにすれば問題が解決出来るのかと、自分で考えたり、クラスメイトと共に話し合って色々な意見を出し合いましたわ」

 

「俺のところもそんな感じ」

 

「ウチのところも八百万と同じだな。内容は教科書沿いだから学校によっては違うと思う」

 

「後は...トロッコ問題のような...答えがないものを考えたりしたな」

 

砂藤、耳郎、尾白が八百万と同じ意見だと言い、基本的に話せない口田も首を激しく振って同意する。他の人達も意見を言わないだけで口田と同様に首を振って同意した。

一通り意見を聞き終えたところで根津が話を切り出す。

 

「そう...みんなきちんと勉強をしていて良かった。ところで...道徳ではこんなことは習わなかったかい?」

 

「こんなこと...?こんなこととはどのようなことでしょうか?」

 

先程から話をしている八百万が代表をして尋ねる。

根津はすぐには言わずに深呼吸をしてから答えた。

 

「どうして差別が起きてしまったのか?とか」

 

「勿論、そこは勉強をしてきましたわ。差別をしてしまう理由は、自分と違う存在、自分と違う意見を認められずに...」

 

「意見ありがとう。でももういいよ。今の八百万さんの話で実感したよ。学校の道徳の授業なんて──」

 

 

「全て無意味だったと言うことを」

 

「そ、そんなことはありませんわ!授業は悪くありません!私達が勉強不足であって...」

 

「だったら何で!魔法使いさんやウィズさんの話を聞かなかったんだ!?」

 

「え、えっと...!それは...」

 

根津の鋭くなった目から逸らさず、周囲にプレッシャーを与える程の怒りにも怯まなかった八百万だが、痛いところを突かれて言葉が段々と萎んでいく。

あらん限りの大声で生徒達に問う。

 

「彼女達は何か間違ったことを言ったのか!?」

 

「敵(ヴィラン)になった経緯を考えることは、そんなにめんどくさくて嫌なことだったのかい!?」

 

「困っている人がいるのに、見物のように見ていると指摘されても認めなかったのは何故なんだい!?」

 

「"個性"の相性を言い訳にして逃げることは...あ、これは他人のことは言えないね......」

 

心当たりのある出来事を思い出した根津は軽く咳払いをして気持ちを切り替える。

自分のことを棚を上げることになっても、説得力がないと思われて批難されることになっても、今は最後まで話を進めないといけないからだ。

 

「僕の教育も他人のことが言えないね。そこは言い訳しないし認めるよ。だが...僕のことを責めるのは話が終わってからだ。今はこんなにも大きな事件が起きてしまった理由の解説を続けよう。一つ目の原因は...」

 

根津は指で数字を表し丁寧に、少し遅めの速度でみんなが聞き取りやすく伝わりやすくようにする。

 

「問題から目を逸らし、他人に任せっきりだったこと。これは言われるまでもなく実感し反省しているね」

 

「二つ目は...理解出来なかったものを尊重出来なかったこと。"無個性"、障害者、異形系の"個性"持ち。この辺りの人でさえも理解せずに否定する人が多いのに、この辺りを理解しようとした人でさえも、魔法使いさんやウィズさんの意見を理解しようとする人はいなかった。しかも、指摘されてからやっと、自分達が理解しようとしなかったことを自覚する」

 

「三つ目は...自分で考えなかったこと。これは大事な話で、長くなるから一先ず置いておくよ」

 

「差別はあくまでも、これらの結果にすぎない。この三つが出来なかったから、僕達の住む世界が滅びかけたと言っても過言ではない。で...本題に戻る前に...君達に一つ問を掛けよう......」

 

根津から発せられる空気に生徒達は固唾を呑み、魔法使い、ウィズ、担任の相澤は背筋を伸ばす。

引き締まったみんなを見ても根津は何も言わず、敢えて焦らすことにより緊張感を限界まで高めようとした。頃合いを見計らった時静かな声で再度問う。

 

「君達は何で───」

 

 

「ヒーローになりたかったのかい?」

 

「......はい?」

 

想定していなかった問に一同は呆気に取られる。

逆に相手の反応を予測出来ていた根津は、気にも止めずに話を続ける。

 

「じゃあ言い方を変えようか。何でそこまでヒーローに執着しているのかい?」

 

「な、何を言って...!根津校長!ここは将来ヒーローになるための学校ではありませんか!執着するのは当たり前です!大体!夢を必死に追い掛けることを執着などと言い方は...!」

 

「飯田君、君は何でヒーローになりたかったんだい?」

 

飯田の怒りをお構いなしに生徒達に問い掛け続ける。

飯田は話を逸らすな!と怒りたくなったが、何か考えがあるのでは?と怒りをグッと堪えて根津の質問に答えることにする。

 

「それは...兄、インゲニウムのような立派なヒーローになるために!」

 

「何を言っているんだ飯田君?君は君だよ、どう頑張ってもお兄さんにはなれない」

 

「そんなことは分かっております!兄のようになりたいと言うのは例えであって...!」

 

「それも分かってはいるさ。それでも文句を言うよ。さて...君達には、この問に全員答えてもらう。しかも、ただ答えるだけではなく、何が何でも、どんな答えでも否定するからね。異論は言わせないし認めないよ。これからを決める大事なことだから。さて次は...出席番号順で...青山君、君がヒーローになりたい理由は何?」

 

即座に否定をする根津。

あまりの言いぐさに反論しようとする人がいたのだが、反論される前に他の人への質問が始まって言える状態ではなかった。

 

「え...え...?僕?ぼ、僕がヒーローになりたい理由は、誰よりも輝きたいからさ☆」

 

「ヒーローになるよりも、ミラーボールの光を浴びた方が手っ取り早く輝けるよ。次は芦戸さん」

 

「うわ!?マジで酷いな」

 

青山は落ち込んでその場で塞ぎ込み、思っていた以上の言葉に一同はドン引きをするが、根津の勢いは止まらずに次にいく。

 

「え、えっと...みんなを明るく元気にしたい、笑って過ごせるようにしたいから!」

 

「みんなを元気にさせる方法って、別にヒーローだけではないよね。次は蛙吹さん」

 

「どうしてこんな酷い言い方で尋ねるのかしら?ケロ。飯田ちゃんも、青山ちゃんも、芦戸ちゃんも、ここにいるみんなは勉強を頑張ってここに入学をしたのよ。そこまで酷くしている理由を答えてくれないとこちらも答える気にはなれないわ。ケロ」

 

「そこはちゃんと後で説明をする。だから、先ずは僕の質問に答えてほしい」

 

蛙吹と根津の見詰め合いが暫くの間行われる。生徒達も頷いて蛙吹の意見に同意をしたが、先に折れたのは蛙吹の方だった。

 

「私がヒーローになりたい理由は純粋に憧れたからと、家族を養えるからよ。ケロッ」

 

「別に家族を養うのなら他の仕事で良いよね。飯田君は言ったから、次は麗日さん」

 

「私は家族を助けたくて...」

 

「君の家族建設系の会社で働いているらしいね?家族を助けたければ、"個性"使用の許可を取って一緒に働く方が助かるよ。次は尾白君」

 

「俺は単純に憧れたり、格好いいと思ったから...」

 

「ヒーロー以外の職業も格好いいものがたくさんあるよ。次は上鳴君」

 

「俺も...尾白と同様ッス...」

 

「じゃあ君にも同じこと言うね。ヒーロー以外の職業も格好いいよ。次は切島君」

 

「俺は...!紅頼雄斗(クリムゾンライオット)のような格好いいヒーローになりたくて...!」

 

「飯田君と同じだね。頑張ったところで切島君は切島君だ。紅頼雄斗(クリムゾンライオット)にはなれない。次は口田君」

 

話せない口田は筆談で理由を伝える。

 

「僕の"個性"生き物ボイスで、動物と触れ合えるヒーローになりたかったから」

 

「それはヒーローじゃなくても、動物関係の仕事で"個性"の使用許可を取れば良いだけだよね。次は砂藤君」

 

「俺は憧れていたからだ」

 

「憧れだけでは食べてはいけないよ。他の仕事は安定しているよ。安定した仕事は嫌なのかい?次は障子君」

 

「ヒーローになって少しでも...異形への差別がなくなればと...」

 

「君がヒーローになったところで差別はなくならないよ。次は耳郎さん」

 

「ウチは...えっと...ヒーローが好きで好きを仕事に出来たらいいなあって...」

 

「耳郎さんは確か...噂で聞いたのだけど音楽が好きだったよね?音楽への道には行かないのかい?そっちは仕事にしたい程好きではないのかい?次は瀬呂君」

 

「俺は......格好いいと思ったり憧れたから...ああもう!何だこの話は!語りづらいじゃねえか!」

 

「みんなは...ヒーロー以外の仕事に憧れを抱いたり、格好いいと思ったりしないんだね。次は常闇君」

 

「フッ...下らない。ヒーロー程格好いいと思い、やりたいと感じたからだ。それだけだ」

 

「ソウダ!ソウダ!」

 

これまでの流れで嫌々になる中、常闇君は堂々と端々に自分が希望した理由を言う。流れが変わったかと思いきや、根津の否定的な言葉には敵わなかった。

 

「潔いね。君達は格好いいと思ったと仕事しかしたくないの?格好いいだけでは生きてはいけないよ。次は轟君」

 

「俺はオールマイトのようにヒーローになりたいと思ったからだ。俺は何と言われようと、自分がなりたいと思った道を行く、それだけだ」

 

「君も飯田君や切島君と同じタイプだね。でも無理だよ。どんなになりたいと思ったところでオールマイトはオールマイト、轟君は轟君。行動や功績を真似たところでその人その者にはなれない。次は葉隠さん」

 

「私は根津先生に何言われても気にしないもんね!誰かを楽しめさせたり元気になれるのがヒーローだけもん!」

 

「他の仕事でも誰かを楽しめさせたり、元気にさせることは出来るよ。他の仕事は全否定かい?次は爆豪君」

 

「チッ!!さっきから一々うるせいなあ!俺は高額納税者になるためにヒーローを目指しているんだよ!」

 

「ヒーロー以外の仕事も高額納税者になれるよ。それとも君はあれかな、ヒーロー以外の道で高額納税者になれる才能はないと」

 

「ああ゛!?んだとコラ!!」

 

「次は緑谷君。...彼は最後にしよう。次は峰田君」

 

何故か緑谷を飛ばして峰田の番になる。

吹っ切れた峰田は大声で理由を叫んだ。

 

「女にモテる為だ!」

 

「ヒーローにならなくても、モテる人はモテるよ。...そう言えば君、風の便りで聞いたのだけど、女子生徒へセクハラが酷いらしいね。それが本当なら酷いことをしているし、一生モテないよ。次は八百万さん」

 

冷や汗を流す峰田を見て根津は後で指導しようと決意をする。

でも今は顔に出さずに話を進めていく。

 

「私は...!立派な人になる為にヒーローを目指していましたわ」

 

「ヒーロー以外の仕事は立派ではないのかね?他の仕事もなくてはならない存在だよ。最後に...緑谷君、君は何でヒーローを目指しているんだい?」

 

「......」

 

緑谷は俯いて何も言えなくなってしまった。それもその筈、ずっと幼き頃から夢を否定されて苦しめられてきたからだ。いくら相手が本心で言ってはいないと分かっていても、否定される恐怖が口の動きを奪う。

純粋に心配をする者、痺れを切らした者、嫌々言ってきた者の中に緑谷だけ逃げようとしていると勘違いした者が何か言おうとした瞬間根津の話が再開する。

 

「この世界はいつだってそうだ」

 

「ヒーローになることだけが幸せで、それ以外の道は蔑ろにされて、ヒーローになれない"無個性"や弱い"個性"持ちは勝手に不幸な人、不良品扱いされる」

 

「しかも、ヒーロー業はイメージが大切だから、見た目が怖い異形系の"個性"持ち、人に危害を加えられやすい"個性"持ちは怖がられる。それだけではない、親戚や関係者に敵(ヴィラン)が出ると否定され、最悪の場合迫害を受ける可能性もある」

 

「強い"個性"持ったところで、人々から嫉妬され、見栄を張った親から道具として生き方を強要される」

 

「ただ平穏に生きることは幸せではないのか?みんなが夢見る職業になれない者は一生幸せにはなれないのか?多くの人達が歩んできた道と違う道を選ぶことは不幸なことなのか?」

 

「僕らはヒーロー重視するあまり、人として大切なものを失ってしまったらしい。だからこそ───」

 

 

「これからは自分の幸せも、生き方も、自分で決めよう。他人に決めてもらって、大多数が通る道で生きる生き方はもう終わりだ」

 

「これが三つ目の自分で考えなかったこと。君達はみんな、他の幸せを考えずに、ヒーローになることが一番の幸せだと思っている」

 

「今日はその第一歩として、みんなの夢を否定させてもらったよ。改めてもう一度ヒーローになりたい理由を考えてもらいたくてね。こういうことは一度決めると、他人が否定しない限り考えなくなることが多いからさ」

 

「ここまで否定しておいてなんだけど、別にヒーローとして生きることは悪いことではない。全うにこなせば人を救える仕事だからね。もう一度考えた上でヒーローになりたいのなら、ヒーロー高校の校長として歓迎するよ」

 

先程まで怪訝そうな顔をしていたり、怒っていた生徒達が根津の話に理解出来なくても、生徒達が真剣に話を聞いて理解しようとする。

その様子に根津は嬉しくなって話を続けようとするが、緑谷の余裕ない様子を見て日を改めることにする。

 

「アカデミアを経営している自分が告げる。自分で物事を考え、生き方や自分のなりたい姿、幸せを見付けることが君達...全人類への宿題だよ」

 

「これからのことでまだ話があるけど、君達も手一杯だろうし、こちらも準備が出来ていない。だからまた後でね」

 

最後は軽い調子で告げると根津は部屋から出ていく。

根津から出された課題は、何千年生きても尚、人類が出来ていないものであった。今───

 

 

全人類が成し遂げられなかった課題に挑む。




「人は所詮、身の丈にあったことしか、理解できないかもね。でも、互いの考えを尊重しあえば、理解できなくとも共存はできるのよ。だから、理解できないものと出会ったとき、それを切り捨てるか、尊重するかで、その人の世界の広さが決まるのよ」
この言葉に共感をして広めたくなって、この作品でも人の話が聞けなくて人類が滅びそうになる話を書いてみました。因みにこの元ネタは終末シリーズと言う歌の解説動画であり、終末シリーズ考察 第3週の2【ぼくらの16bit戦争 前半】と第3週の3【ぼくらの16bit戦争 後半】で言われた言葉です。正確に書くと後半に言われたのですが...前編も観ないと分かりづらいもので...紹介させて頂きました。ただ最悪なことに、この元ネタになった動画の話の方が難しく、現実の人でも話を聞いてくれないと思ってしまいます。
やっぱり他人の話を聞くのは大事ですよね。


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55話 大反省会

「根津先生、行っちゃったね。準備って何やろか...」

 

呆然と麗日が呟く。

先程までの出来事が嘘のように静かになり、まるで嵐が過ぎ去ったみたいだった。突っ立っていても始まらないと思った切島が話を切り出す。

 

「さあな。考えても分からねえや...。今はそれよりも校長から出された課題、自分で物事を考える、俺達がヒーローを目指している理由を考えないとな」

 

その言葉にクラスメイト達は頷いても、会話は始まらない。

誰から切り出すのか、一番乗りは気まずい、話が始まらないのはそれだけではい。他にも原因がある。それは──

 

 

「......」

 

「......」

 

根津に否定されて落ち込む青山と、そもそも質問に答えられなかった緑谷。

二人が作り出す憂鬱とした雰囲気に呑み込まれ、また、純粋に心配でとても話せる状況ではなかったからだ。

 

「大丈夫か?」

 

轟の心配する声にも反応を出来ない二人。

様子を見守っていると、ふと上鳴が思い出す。

 

「緑谷ってそう言やお前───」

 

 

「"無個性"だったよな」

 

上鳴の爆弾発言にキキ、ウィズ以外のみんなの背筋が凍る。

元々"無個性"の話はある意味禁句であり、白部に襲われてからは白部のことや緑谷の"個性"に関する話はタブーとされていた。

 

特に緑谷の"個性"OFAは強力だけではなく、あの人気No.1ヒーローオールマイトからの貰い物。

羨望や嫉妬、"個性"を使う度に体が壊れていく故にある種の納得、他人に"個性"を受け渡すと言う前代未聞の行為。全ての要素が合わさった結果、どう話をすればいいのか分からず、今の今まで放置される結果となった。

 

まだこれでもマシな方で、酷ければ嫉妬に狂った人に攻撃される可能性もあったり、最も最悪な場合秘密を全世界にバラされる可能性もあった。

上鳴の発言は人によっては最低な発言として聞こえるだろう。けれどもそれと同時に、今のような突破しないといけない場面では大事な発言となった。

 

「......そうだね、出久は元々"無個性"だったにゃ。けれどもだから何なのにゃ?」

 

ウィズの発言が更に場を冷えさせる。

こう言った発言が価値観の違いを突きつける。飯田や蛙吹などの真面目な性格をしている人達がウィズに怒ろうとするが、相手は良くも悪くも一人の人間として認めているタイプだ。"個性"がないことが可哀想だと思っていないし、底辺だと思ってもいない。あくまでも異能の力を持っていない人程度にしか思っていない。これでは叱る人の方が馬鹿にしていると言っても過言ではない。

 

雰囲気が悪くなって言いづらくなる最中、上鳴は頑張って話を続ける。

 

「あ...いや...その...そう言うことではなく...。ほら、あれっすよ、あれ..."無個性"だと夢を否定されて大変だったよなと言いたかっただけで...」

 

「確かに夢を否定されることは辛いにゃ。でもそれだけで言いづらくなることなんてないにゃ」

 

「やけに淡白な反応ですね。まあ...俺達のいる世界と違って強い人間ばかりだから、夢を否定されて諦める人なんて...」

 

「私達が渡ってきた世界にもそう言う人はいたにゃ」

 

「えっ!?マジで!?どんな人!?」

 

生き方を縛られようが、その為に生まれた存在でも自分が納得する生き方を見付け、かつて殺し合っていようが、元敵(ヴィラン)だとしても気にしないで仲良く出来る強い人。

そんな人が夢を諦めると言う状態になったことが理解者出来なくて、生徒達はキキに詰め寄る。キキはカードを見せながら質問に答えていった。

 

「この人がミリィだよ。出逢った場所は叶わなかった夢、ロストメアがいる世界で、メアレスとして戦っていて...」

 

カードには薄紅梅色の長い髪を三つ編みで結び、どこかの制服を着込み、歳は緑谷達と変わらない少女が武器を持っている姿が描かれていた。

 

「この人がそうですか。...ところで、メアレスとは何なんのですか?ロストメアとは何なんのでしょうか?」

 

「それ!私も気になるー!」

 

八百万の疑問に芦戸が同意する。

頷いてからキキは話し出した。

 

「あの世界ではかつて誰かが抱いたけど、諦めて捨てられてしまった夢が叶う為に実体化したのがロストメア。ロストメアは夢を叶う為に、ロクス・ソルスと呼ばれる都市の中にある、デュオ・ニトルと言う巨大な門を通ろうとするんだ」

 

「これだけ聞くとロストメアを通らせて問題ないと思うとしれないにゃ。でも、一度諦めた夢を叶えさせるのには代償があるのにゃ。代償はとても恐ろしく、世界に混乱をもたらせるのにゃ。小さな島を沈没させたり、国を滅ぶすことさえもあるのにゃ」

 

「だから、それを阻止する為にいるのがメアレス。メアレスと言うのは夢見ざる者とも呼ばれ、例外はいるけど、君達とは違って夢を持っていない人達のことを言うんだ。夢を持つと逆に戦えなくなる」

 

「へぇー!そうなんだ!でも、何で、夢を持つと戦えなくなるの?」

 

「それな!何で夢を持つと戦えなくなるんだ!?後、何でロストメアが生まれたんだ!?」

 

「結構不思議な世界何だね。門が生まれた理由も気になってきたよ」

 

パンパン!

生徒達が異世界の話で盛り上がっている最中、手を叩く乾いた音が鳴り響く。その音の発生源は今まで黙って聞いていた、相澤が現実に引き戻す為に鳴らしたものだった。

 

「関係のない話をするのは後にしろ。お前達はああなりたいのか?」

 

生徒達の有無を聞かずにもう一度テレビをつける。

そこには......

 

『分かっていたのに!何も言わなかった黒猫の魔法使いが悪いんだ!!』

 

『きちんと話をしない魔法使いが悪い!』

 

『ぼくのともだち、かぞくをかえして!』

 

『大事だと思っているのなら!私達が理解するまで言いなさいよ!!』

 

『施設の人達だってそうだ!自分達が安全圏にいるから俺達を見捨てたんだ!分かり合いたいと想いながら逃げやがって!一生許さねぇからな!』

 

『黒猫の魔法使いも!養護施設の奴らも!被害者ぶるな!俺達を見捨てた加害者のくせに!!』

 

『予測出来ていたからってお高くとまって!偉そうに見下しているじゃんないわよ、この人殺し!』

 

どのチャンネルも、黒猫の魔法使いや養護施設の人達を避難する声で溢れ返っていた。

話を聞かなかった、考えを改めなかった、考えることさえもしなかった、間違いを認めることが出来なかった、現実を受け止められずに正当化をしようとした、多くの老若男女が自分達のことを棚に上げて醜く罵倒する姿が映し出されていた。

 

醜く喚き散らし、みっともない集団を見た生徒達は絶叫よりも遥かに大きな声で叫びながら想いを一致する。

 

 

「「「絶対にこんな風になりたくない(わ)!」」」

 

この叫び声は校舎中にも響き渡り、後世に伝えられることとなった。

 

 

「僕達だけでも出来るようになろう!」

 

「皆さん!どんな案でも構いません!どんどん挙げていきましょう!」

 

一先ず落ち着いた生徒達はすぐに席に着き、委員長の飯田と副委員の八百万は前に立って話を進める。

やる気になった生徒達を見て相澤は気だるそうに隅っこに立って見守り、キキとウィズも邪魔にならないように隅っこに立って様子を見ることにする。大人達に言われるまでもなく、話は盛り上がっていく。

 

「人の話を聞けるようにするッスッス!」

 

「上鳴テンパり過ぎ。大体、ウチらが出来なかったら今こうして話をしているんじゃん。それを今言うのは違くない?」

 

「いや!確認とこれからの決意として言うのはありだと思う!要は...人の話を聞けるようになる為にも...ここは一度......自分の価値観を捨てるべきだ!そうすれば!価値観が邪魔をしなくなり話を聞けやすくなる!」

 

「いやいや!価値観捨てる必要ないから!現にウィズさんや魔法使いさんは自分だけの価値観を持っていても人の話聞けるから!飯田も慌てすぎて変なことを言っているぞ!」

 

「己のアイデンティティーを捨てるなど愚の骨頂...。己が己であるからこそ、道を歩いていけるものだ」

 

「常闇の言う通り、価値観を捨てる必要なんてない。必要なのは柔軟性」

 

「それと想像力も必要だと思うわ。ケロッ」

 

「意外と好奇心も必要かもよ?だって興味が出れば知りたくなるじゃん!」

 

「あー確かに。知ろうと思わなければ何も始まらないよな」

 

「過去があるから未来があり、未来があるから過去がある。賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ。過去を学べば、自ずと分かるようになるだろう」

 

「過去を学ぶか...。形を変えたと言えども、差別は昔からあったな。今とは違うが、参考になるのは間違いない」

 

「でもよお...学校の授業で詳しくはやらんよな。オイラのとこだけで、他の所は詳しくやっていたのか?」

 

「いや。俺の所も詳しくはやらない。何年とか何が起きたのかを軽く言う程度だ」

 

「じゃあ...自分から調べないといけないね。受け身は駄目何だね...」

 

「歴史は興味ないと自分から調べないよな。こう言うの何だっけ?...探求心か?」

 

「柔軟性、想像力、好奇心、探求心。どれも言われるまで意外と欠けていたもんだな」

 

「ええ...皆様忙しいですから...。じっくりと考える余裕がなかったのでしょう...」

 

「忙しいからかあ...。だったら!みんなが忙しくならない世界を作るとか!?」

 

「おい、それ、人の話を聞くよりも難易度が遥かに高くなっているぞ!」

 

「ロボットが作れるくらい技術力があるのだから、仕事はみんなロボットにやらせるとか?」

 

「仕事をロボットにやらせたところで、"個性"による敵(ヴィラン)が生まれないことは絶対にあり得ないよな」

 

「そうだな...。今回の件は仕事の有る無しじゃなくて、"個性"や周囲への理解だもんな」

 

「そもそも、暇になったからって、歴史とか勉強するか?遊んで終わりだと思うぞ」

 

「それな!余計に堕落するだけだろ!」

 

「でも、忙しくない方が、考えてくれたり話を聞いてくれる気がする」

 

「忙しいと考える暇もないし、逆に余裕があると別のことに夢中になる。考えることが出来なくても、せめて人の話は聞けるようにしたいね。...で、どうしたら人の話を聞けるようになるのかな?」

 

「それは分からない。だが...今まで考えなかった俺達の姿こそヒントになるかもしれない」

 

「ヒントって何だよ?要は考えろと言うことだろ?考えようとすることにヒントがあるのかよ」

 

「う~ん...確かに...。考えるようとすることにヒントはないかも。考えないと!と思わないと考えることはないし...」

 

「今みたいに切っ掛けがないと考えないよな」

 

「切っ掛けですか...でしたら!ニュースとかで報道をしてもらうのはどうでしょうか!?」

 

「テレビ局か...。あれは駄目だろ、敵(ヴィラン)連合に乗っ取られていたし」

 

「そうでしたわね...。良い案を思い付いたと思いましたのに...」

 

「敵(ヴィラン)連合に乗っ取られなくても、テレビ局を信じるのは止めた方が良いぞ。昔、第二次世界大戦の時、日本軍が劣性だったのに優勢だと嘘をついて、国民を戦争に乗り気にさせたからな」

 

「うわー...。テレビ局と言うか、メディアって、怖いもんだね...」

 

「どこで知ったのかは忘れたけど、報道しない自由と言うものがあるらしいぞ」

 

「いや!それは仕事しろよ!報道しない自由って何なんだよ!?」

 

「テレビ局って結構極端だな...」

 

話の内容を聞きながら相澤をある生徒の様子を観察する。

その生徒は会話に参加せず、見た者をぎょっとさせる程の物凄いしかめっ面で前を向いていた。参加していないのは彼だけではなく、先程から落ち込んでいる緑谷と青山がいる為目立たず、会話に夢中になっていることから気付く人がいなかった。

 

頃合いを見計らった相澤は、その生徒に近付き声をかける。

 

「おい、爆豪。お前に話がある」

 

いきなり現れたものだから、盛り上がっていた会話がぴたりと嘘のように中断される。

 

「相澤先生...爆豪ちゃんがどうかしたの?ケロッ」

 

「爆豪、お前!凄い顔をしているぞ!これから人でも殺すのか!?」

 

「うっせぇ!!てめぇには関係ねぇだろうが!!!」

 

「爆豪は神野区の事件の件で校長から呼ばれている。お前らは気にせずに話を進めていろ」

 

軽く説明をしてから相澤は、爆豪を無理やりでも引っ張って連れていこうと考えていたが、思いの外自分から立ち上がって先に進み相澤を置いていく。

険しい顔付きをしていたこと、逃げるように先に歩き出したこと。後で問い詰めようと決めながら相澤は着いていくが、理由が何なのかすぐに判明することとなる。

 

 

 

「失礼致します。言われた通りに爆豪を連れて参りました」

 

三回ノックした後、根津から返事をもらって相澤と爆豪は校長室に入る。

 

「やあ!よく来てくれたね爆豪君...物凄い顔付きだね?何かあったのかい?」

 

「根津校長が提案した、あの授業中ずっとそのような顔をしておりました」

 

「そう...。爆豪君、どうかしたのかい?そんな顔をしていては周りを困らせるだけだよ。これでも僕は教師だ。聖徒の困りごとを解決するのが教師の仕事だ。ここには僕と相澤君しかいない。他の生徒達には話さないよ。...話をしてくれないか?」

 

根津の問い掛けでも黙る爆豪。

このまま黙ったままで終わってしまうのか?と、思っていた時だった──

 

 

「お......俺が......俺達が.........」

 

 

「弱かったのがいけねぇだろうが!!!!!」

 

爆豪の咆哮が相澤と根津の鼓膜を貫く。

爆豪の溢れ落ちた感情は、崩壊したダムのように止まらなくなる。後は吐き出すだけだった。

 

「否定されても動くことも!!」

 

「自分と違うものを認めることも!!」

 

「間違いを認めることも!!」

 

「みんな...!!みんな...!!!」

 

 

「心が弱かったから出来なかっただろうが!!!!!!」

 

耳が痛くなる意見や自分と違うものを受け入れ、間違えたと思ったら素直に引き返し、自分が選んだ道を突き進む。

一見して言葉にすると簡単なのだが、これはかなり難しいことである。特に自分の間違いを認めることは相当難しい。心の弱さだけではなく意地になり、ちっぽけなプライドが邪魔するからだ。あのみっともなく喚いていた集団を見れば、誰だって分かることだろう。

 

想像力、柔軟性、好奇心、探求心。どれも大切で譲れないものである。そして、それらと同じくらい強さも必要なものだ。特に差別のない世界を作るには強い心は必須。

神野区の事件では誘拐され、忘れたくてもニュースで毎日報道されていて、現実から目を反らすようであればあの醜い集団と同じになってしまう。だから爆豪も考えた。誰よりもストイックに強さも求めていた彼だから、みんなとは違い強い心が必要だと気が付く。

 

「爆豪お前...。ちゃんと考えていたのか。それだったらみんなの前でも...」

 

「うるせぇ!!!被害が出ているのに!心が弱いからいけねぇんだといったら!荒れて話にならねぇだろうが!!!」

 

「あー...確かに...。正論だけど、君の言い方、話し方で確実に荒れるだろうね」

 

そう、爆豪が話をしなかったのも、話し合いが下らないとかではなく、ちゃんと空気を読んで言わなかったからである。

 

叫びすぎた爆豪は肩で息をしていた。

本音を叫んでも爆豪の表情は相変わらず険しいままだった。先程から険しい顔をしている爆豪に、気になっていた相澤は訊ねようとするが、先に根津が思いがけない言葉を発する。

 

 

「成長をしたんだね、爆豪君」

 

噛み合わなすぎる言葉に相澤は呆然し、爆豪は噛み付くように反論をする。

 

「あぁあ゛!!?んだとコラァ!!!その脳みそは飾りか!!?寝言は死んでから言え!!!クソボケが!!!!」

 

「......相当指摘されたくなかったんだね...。君が自分で気が付いたことは理解している。けれど、君の成長の為にも、再度僕の口から言わせてもらうよ」

 

暴言を吐きまくる爆豪に対して、根津は動じずに涼しい顔をして続ける。

 

「君は体育祭の選手宣誓の時、荒れると分かっていながら一位を取る宣言をし、決勝戦で相手が本気を出していなくても、見事宣誓通りに一位を取ることが出来た。君は、相手が全力を出していないものだから、頑なにメダルを受け取ろうとしなかった。そんなプライドの高い君が──」

 

 

「己の間違いを認めることが出来た。それは素晴らしいことだよ」

 

"自分と違うものを認めることも!!"

この言葉は"無個性"と言うことで虐めていた爆豪にも含まれる言葉だ。雄英高校入試で一位を取れた彼がそのことに気が付かない訳がない。

 

考えている内に己の罪を自認することとなり、爆豪の心は荒野となる。その影響で、形相で今にも人を殺せるのではないか?と勘違いされる程険しくなっていたのだ。

 

まだまだ続く反省会。自覚しただけと言えども、大きな一歩を踏み出した。



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56話 次へと進む為の準備

「さてと...そろそろ本題に戻ろうか。君だって褒められても嬉しくないだろうし、そもそもそこまで褒めることでもない。大きな一歩を踏み出した言えども、これはあくまでもマイナスからゼロに近付いただけさ」

 

「だったら何で褒めやがった!!?そんな必要はねぇだろうが!!!」

 

「必要はあるよ。多くの人達が自分の失敗を目を逸らし、現実に目を向けることが出来ず、なかったことにしようとする。いや...何も気が付かずに罪だと認識することさえも出来ない。けれど...君は出来た。それは素晴らしく誇るべきことなんだ。そんな偉業を成し遂げた君を、教育者の一人である僕には見過ごせないよ。それと...これも君が望んでいる罰の一つだよ。ほら、精神的な苦痛を与えて罰する方法何てよくあることでしょ。例えば、狭くて自由が利かない牢獄に閉じ込めて反省を促すとかさ。現に君に効いているようだね」

 

爆豪は悔しさのあまりに歯軋りをする。その勢いは凄まじく、今にも歯が削れそうだった。

 

「でもねせっかく反省してくれたのに、これ以上僕は責めたりはしないよ。で、本題に入ろうか。本題は──」

 

 

「一週間後、二人の"弱き者"をここに連れて、君達と共同生活をしてもらう」

 

「ナッ...!!」

 

驚きすぎた爆豪は呼吸することさえも忘れ、少しの間固まってしまうが、何とか気持ちを切り替えて、荒ぶった感情のままに疑問をぶつける。

 

「ハァ......ハァアアアア!!!?んだよそれ!!?急すぎるだろうが!!大体!あいつらは犯罪者だろうが!!!それとも何だ、あいつらには可哀想な過去があるから何やっても許されるってか!!?」

 

ゼーゼーハーハーと全力で叫んだ爆豪は肩で息をする。

根津は爆豪の反応を予想していたらしく、何食わぬ顔でお茶を飲みながら主張を聞いていた。喉を潤してから悠々と始める。

 

「別に可哀想な過去があるから特別扱いをした訳ではないよ。あの神野区事件でヒーローにしか手を出さなかった、敵(ヴィラン)連合に加入する際に人を殺さなかった人。そういった罪の軽い人達だけを招き入れるから...」

 

「んな訳あるか!!あいつらは嬉々として自分が恨んだ相手を殺す!」

 

「いやね、意外と...調査の結果、驚くことに、少数派ではあるが、敵(ヴィラン)連合への加入の際に殺していない人がいることが判明した。差別をなくす為にもお互いのことを知る必要があるし、今は少しでも問題解決の糸口を見付けたいから、殺人者ではない限り共同生活をしてもらうよ。それに......」

 

「さっき僕はこう語ったよね、精神的な苦痛を与えて罰すると。ヒーローと、ヒーローの卵が集まるこの場所に"弱き者"を招き入れたら...刑務所以上の苦痛を与えて反省を促せるよね?」

 

根津の説明に納得をした爆豪は大人しくなる。

根津は説明に集中していたが、爆豪の口角が微かに上がっていた変化を見逃さなかった。

 

(いくら成長をしたとは言えども、いきなり殴ってきたらそうなるよね。まあ...大笑いしてこない限り注意はしないけど。差別をしない人間を作ることが目的であって、何をやられても許す聖人君子を作ることは目的ではないからね)

 

"弱き者"達が世間やヒーロー達を嫌っているのと同様に、爆豪もまた"弱き者"達を嫌っている。

自分達に危害を加えてきた人と似たような人を嫌うのは仕方のないこと。けれども、それで手を出してしまえば、"無個性"や敵(ヴィラン)向きの"個性"と言うだけで虐めてきた人達と何も変わらない。本当に差別を無くしたければ、当事者同士だけで問題を解決しなければならない。手を出してしまうと、今の爆豪みたく負の連鎖が続いてしまうからだ。

 

「今の僕の説明を聞いてどう?納得してくれた?」

 

最後の確認として訊ねるが、多少不満があるものも反論しないで爆豪は受け入れる。

 

「......話はそれだけか...?」

 

「納得してくれてありがとう。でもね、話はまだまだあるから戻れないよ。ここからが君にとって一番大事な話なのさ!」

 

根津はわざとらしく咳払いをし、爆豪の目だけを見詰めながら話を切り出す。

 

「"弱き者"をここに受け入れる。それは───」

 

 

「君の過去、緑谷君を虐めていたことが、クラスメイトのみに関わらず、この学校中に知られてしまうだろう。そのことを覚悟してほしい」

 

今度こそ息が止まる爆豪。

それもその筈、爆豪は中学生の頃、学生の内から伝説を作りたくて緑谷に雄英を受けるなよ、と圧力をかけたことがあるからだ。それだけではない、幼少の頃から虐めは続いており、ただでさえ印象が悪くなっているのに、全てを暴露されてはヒーローに成れないのも当然である。

 

体の方に限界が来て爆豪は蹲って咳き込む。

更に追い討ちをかけるかのように根津は話を続ける。

 

「少しでも大嫌いなヒーローの印象を悪くする為に、虐めをした君を追い詰める為に、弱き者"達は君の過去を大喜びで暴露するだろう。僕や相澤君を含む雄英の教師、ウィズさんや魔法使いさんなら、当事者同士できちんと終わらせられたら文句は言わないよ。でもね......」

 

 

「世間は違う。例え問題が解決していて、被害者加害者双方が納得していても、君を責める人は必ず出てくる。僕達がずっとは止めることは出来ないし、虐めはいけないことだ!とか言われたら反論は出来ない。責めてくるのは生徒は勿論のこと、君と共に困難を乗り越えたクラスメイトからも言われるかもしれない。今からそれを...覚悟しておいてほしい。"弱き者"達が来るまでの一週間の間にどうするか決めておいてほしい。僕から伝えたいことは...これだけだ」

 

「...ふっ...ふざけんなぁああ!!デクならともかく!何で赤の他人にとや...ぬが!?」

 

爆豪が叫んでいる途中に相澤が操る捕縛布によって口が塞がれる。

 

「君の言い分も分かるけど...叫んでいたらみんなにバレてしまうよ。叫びたかったら...はい、この訓練部屋ならいくらでも叫んでも良い。君に与えられた選択権は二つ。一つ目は大人しくその部屋に行って叫ぶか。二つ目は感情を押し殺して話し合いに戻るか。この二つだ。さあ...どうする?」

 

捕縛布を解かれた爆豪は、ズカズカと根津に近付いて部屋の鍵を奪い取り、扉を壊すかと思う程の勢いで扉を閉める。

その様子に根津と相澤が呆気に取られ、相澤はいくら爆豪が成長をして喜ばしい状況だとしても、物に当たる態度には注意しようと心の中で決めていた。

 

まるで空気を変えるかのように、数秒経った後に根津は相澤にある頼み事をする。

 

「相澤君...今度は緑谷君を呼んできてくれないかい?」

 

「分かりました」

 

特に質問をすることもなく相澤は背を向けて行こうとするが、言い忘れていた根津が何気なく告げる。

 

「あ、そうそう...緑谷君を呼ぶ時に他の教室の様子を見ておいてね」

 

軽く頷いて返事をした相澤は部屋を後にし、そんな彼の背中を根津は黙って見送っていた。

 

 

 

「緑谷君、君にも大事な話があるんだけど...」

 

緑谷から発生する負の雰囲気に圧され、根津は言葉を失ってしまいそうになるが、一呼吸を入れることで何とか気を取り直す。

 

「まあ...落ち込む気持ちも分かるよ。でもね、時間は待ってくれないんだ。悩むのは後に...いや、悩めるのは後一週間しかないんだ」

 

「悩めるのは後一週間って...それはどういうことですか!?」

 

驚愕する話にずっと塞ぎ込んでいた緑谷の感情が露になる。

 

「爆豪君にも話をしたけど、互いのことを知る為にも、一週間後雄英に"弱き者"達を招き入れる。君に受け継がれた"個性"OFA..."弱き者"達がその"個性"をどれくらい知っているのかは知らない、箝口令を轢いたりして、厳重に対策をして情報をばらさせないようにするけど...どこからか情報が漏れるのかは分からないから、漏れる前提で話を進めさせてもらう。そこで君にはある決断をしてほしい。それは──」

 

 

「そのまま"個性"を受け継いでヒーローを続けるのか、"個性"を手放して一般人に戻るのか、この一週間の間に決めてほしい」

 

"個性"を手放す。

そんな提案をされてしまった緑谷は、先程まで俯いて話せない程落ち込んでいたとは思わせない動きで根津に近付き、机を力一杯叩いて抗議をする。"無個性"で虐められた緑谷は誰よりも"個性"に執着しているのだ。

 

「そ...そんな!!?僕はオールマイトに選ばれたのに!?ヒーローを目指すのを辞めないといけないのですか!?僕以外にもオールマイトに選ばれた人がいるのですか!!?」

 

「別にヒーローを目指すのを辞めろとは言わない、君がヒーローに相応しくないからこんな提案をした訳ではない。でもね───」

 

 

「嫌なことを言われそうになって立ち止まり、ずっと塞ぎ込んでしまうくらいなら、君のメンタルを守る為にもヒーローを目指すことを辞めるのをお勧するよ」

 

「ヒーローと言う者は、どんなに高い壁があっても、どれ程困難な道でも、勝利を掴むまで、困っている人を助けるまで諦めずに挑む者だ。残念ながら今の君には......出来なさそうだ。君はOFAと言う最強の"個性"を持つ責任に耐えられるか?周囲からのプレッシャーに耐えられるか?他人の命を背負う覚悟、守れなかった時の罪悪感、遺族からの批判...君がプロヒーローに成る前にはっきりと言おう、僕からの否定、しかも本心ではないで上に言い放った訳でもない。それなのに、ずっと落ち込む今の君は耐えられない」

 

今にも泣き出しそうで人によっては同情をして、直視することが出来なくなる程辛くなる緑谷の目から逸らさず、真っ向に見詰め返して話し続ける根津。他人と自分の命が関わる以上、妥協も甘えも許されない。

緑谷はすがり、根津は何も言わずに見据える。このままでは切りがないと感じた根津は終わらせようとする。

 

「君がどう思っていても、この決断は覆されないよ。互いの溝を無くすことが最優先だからね。ここで僕を見ている暇はないよ。悩みたければ自室で悩むと良い。...そうそう、受け継ぐにしても、受け継がないにしても、答えがちゃんと決まるまでの間は鍛えておいてね。この話はここで終わり、一週間後の朝またこの部屋で会おう」

 

取り付く島もないと感じた緑谷は、渋々校長室から退出しようとした時、諦めきれなかったのか最後まで根津を見詰める。

けれども、根津は気付かない振りをして書類を読んでいた。

 

 

 

緑谷が退出して暫く経った後、先程の行動に疑問を感じていた相澤が根津に話し掛ける。

 

「根津校長、一つ質問があります」

 

「後で各クラス担当をしている教師が報告するのに、わざわざ遠回りして様子を見に行かせたことが気になっているのでしょ?答えは簡単、百聞は一見に如かずだよ。こう言うことは自分の目で確かめる方が良いからさ。報告だけでは気付かないこともあるからね」

 

まるで予想をしていたかのように、内心を言い当てられた相澤は特に気味悪がることもなく、顔色を変えずに話を続ける。

 

「まあ...理屈は分かりますが、それだと私は会議に参加していないから参考にならないのでは?」

 

「大丈夫。今回は君に大事な用があって話せないと、他の教師に伝えてあるから」

 

「そうですか。しかし...爆豪はともかく、緑谷と青山が落ち込んで話しにならないとは...これでもマシな方なのが最悪ですね」

 

「これでもマシって...一体何があったのかい?」

 

今まで書類を読んでいた根津が顔を上げる。

 

「この二人のことではありませんが...他のクラスではテレビと同じように、忠告を聞かなかった自分達のことを棚に上げて魔法使いに怒っていたり、このような事件が起きたのは仕方ないことだと、考えることを放棄していました」

 

「確かにそれは最悪なことだね。家族や友人などを失ったことにより、考えられない状態だったら分かるけど、怒るのは筋違いで怒りを向ける相手を間違っていることに...早く気が付いてほしいものだよ」

 

心底うんざりする根津。長い溜め息をして何とか気持ちを落ち着かせようとしていた。

 

「たった一人に、世界や国、平和を押しつけたツケが、何も考えない癖が、人の話を聞けなかったことが、このような痛ましい事件を起こす引き金になってしまったのだと実感している。今後はそのような愚かな行為はしないと誓おう。それでもね──」

 

 

「OFAを受け継ぐ緑谷君は別だよ。またオールマイトのように任せきりにして、彼に大きな負担を背負わす愚行はしないよ。けれども...ヒーローの頂点に立つ可能性が高い彼には、次世代に強力な"個性"を引き継がせる相手を見極めないといけない彼には、この程度のプレッシャーを乗り越えなければならない」

 

OFAはこれまで緑谷を含むと九人に受け継がれている。そして、緑谷の後も受け継がれていくだろう。

OFAはパンチ一撃で天候を変える程強い力を持っている"個性"。受け継がせる相手を間違えてしまえば世界が滅ぶと言っても過言ではない。見抜く力と決断力を培わなければいけないうえ、敵の親玉であるAFOは緑谷が今代のOFA継承者だと知っている。手下を使って何かするのは明白だ。OFAのこともバラされるのも時間の問題かもしれない。

 

落ち込みやすいことが生来の気質だとしても、弱気な状態ではOFAを任せられない。それを理解しているから相澤は根津のやり方に文句はなかった。

それどころか、合理的な考えを好む彼には、今すぐ現役のヒーローに受け渡した方が良いのでは?と考えている。表立って言わないのはOFAの秘密が広まるリスクを恐れているからだ。

 

「しかし...緑谷君は過去を知っているから分かるけど...青山君も何であそこまで落ち込んでいるのだろうか?彼のことも調べてみるか...」

 

ここで根津の話が終わり、相澤もまた教室に戻って生徒達の様子を見守るのであった。

 

 

 

あの話し合いから三日経った。話し合いは今でも続き、青山は立ち直って参加していたが、相変わらず緑谷は落ち込んでいて部屋に閉じ籠っていた。

クラスメイト達がどれだけ声を掛けても部屋から出てこない。みんなが途方に暮れていた時、爆豪はキキの肩を掴んで無理やり引っ張る。

 

「おい!魔法使い!ちょっと面貸せ」

 

クラスメイト達は爆豪を止めようとするが、キキは手で制してクラスメイト達を止める。キキが大人しく着いてくることが分かると、爆豪は引っ張るのを止めて先に進む。

人目がつかない所まで行くとある頼み事をする。その頼み事に酷く驚いたキキであったが、嫌なことではなかった、寧ろ楽しいことだったので快く引き受けた。

 

 

キキが爆豪に頼まれ事を終えたその日の午後。爆豪はやけに神妙な面持ちをして緑谷の部屋の前に立ち、荒々しい動作で扉を叩く。

 

「おい!デク!いい加減にしろ!」

 

「いい加減にするのは爆豪の方...」

 

「ああ゛ん!!?こっちはきちんと先公から許可取ってんだよ!!」

 

「先公って...相澤先生のことか!?どうして許可が取れたん...おい!待て!いくら何でもやりすぎだろ!」

 

騒ぎを起こす爆豪を止めに入る切島。

切島が戸惑っている最中に、爆豪は相澤から預かった合鍵で緑谷の部屋に勝手に入り、体育座りをしている緑谷を力付くで立たせて強制的に外に連れ出す。

 

「い、痛いよかっちゃん!止めて!」

 

「うるせぇ!!元はと言えば、ずっと落ち込んでいるテメェが悪いんだろうが!!」

 

騒ぎを聞き付けた切島以外の男子生徒達が一緒になって止めている間、女子生徒達やキキとウィズも騒ぎを聞いて駆け付ける。

結局の所、爆豪の行動は誰にも止められず、緑谷は爆豪に抵抗出来ずに引きずられ、キキとウィズと生徒達は着いていくことしか出来なかった。

 

 

 

「確かに俺は、緑谷を部屋から強制的に連れ出す許可を出したが...こんな騒ぎを起こして良い許可は出していないぞ」

 

爆豪が緑谷を無理やり連れてきた場所は訓練部屋だった。

最初は大騒ぎに相澤は驚いていたものも、事情を聞いて物凄い呆れ顔になっていた。

 

「本当に相澤先生からちゃんと許可を取っていたのね、ケロッ」

 

「でも、どうして、許可をしたのですか?」

 

「俺も爆豪と同じ意見があってな。連れ出す許可を出す代わりに、やりすぎないように俺が見張る予定だったが...連れ出す時点で騒ぎを起こすとはな...いくら成長をしたとは言えども、爆豪は爆豪のままか。...まあいい。で、このまま始めても良いのか?」

 

「.........構わない。どうせ遅かれ早かれバレるだけだ。後で説明すんのはかったるいから、これで良い」

 

「そうか...。他の人達も見たければ邪魔にならない場所にいろ」

 

爆豪への成長をした発言に、キキ、ウィズ、生徒達は首を傾げる。

上鳴が質問をしようとするが、雰囲気的に聞けるようではなかったので、大人しく端に並んで様子を見ることにする。緑谷も端に行こうとするが、爆豪が許す筈もなくフィールドに立たされる。

 

爆豪が緑谷の反対側の位置に立つと、それは始まった。




切りが良いのでここまで。
次回こそ緑谷をどうにかしたいですね。アンチヘイトを掲げておいて説得力はないのですが、緑谷がここまで落ち込みやすいのも、ヒロアカの世界では認められることが何よりも結構重要なので否定されると弱いのかな?と思ってこのようになりました。


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57話 対等なる喧嘩を

ある理由があって緑谷に酷い言い方がありますので、緑谷ファンの方は気を付けて読んで頂けると幸いです。
後...ヒーローに関しての話は書きたいタイミングが見付かりましたので、そのタイミングまで待って頂けると幸いです。


いつ何が起きても可笑しくない、一色触発先とした雰囲気の中で、先に口を開いたのは訳も分からず連れてこられた緑谷だった。

 

「ねぇ、ねぇ!かっちゃん!何でこんなことをするの!?僕は悩んでいたいんだ!もう時間がないんだよ!」

 

緑谷は焦っていた。

かつてのトラウマから、少しでも否定されることに敏感になり、いくら考えても踏ん切りがつかない緑谷には一秒たりとも時間を無駄にしたくないからだ。そんな緑谷の心を踏みにじるかのように爆豪が叫ぶ。

 

「うるせぇデク!!大体───」

 

 

「弱い奴が夢を持つな!どうせ捨てるくせに!少し否定されそうになっただけで!落ち込むくらいならさっさと諦めてしまえ!時間の無駄だ!!」

 

爆豪が言い放った瞬間、爆豪の目の前に緑谷が迫っていた。殴ってくると分かっていたのか、爆豪は落ち着いて対処する。

爆豪の暴言、緑谷の"個性"の使用に生徒達はざわめく。

 

「爆豪!言い過ぎだぞ!」

 

「先生!二人を止めないんですが!?」

 

爆豪を非難したり、"個性の"無断使用や暴言を止める為に相澤に詰め寄っている最中、キキだけは冷静に爆豪の言葉を聞いてあることを思い出していた。

"夢を捨てる"、"弱い"。この単語はメアレス、ミリィが捨てた夢ドレスメアのカードが語っていた。

 

「あいつが弱かったから、あたしは捨てられた。それで終わりなんて我慢ならない。あいつが諦めたなら、あたしが叶える!」

 

ミリィのことを怨みながらも、己の夢を叶えると進むことを諦めなかったドレスメア。

爆豪からメアレス、ロストメアのことを語れ、と言われた時は仲間のことを語れるとキキは喜んでいたのだが、まさか悪用されるとは思っていなかったので少し悔やむ。キキが悔やんでいる間にも話は進む。

 

「元はと言えば、君が!かっちゃんが!否定したのがいけないじゃないか!!」

 

「ハッ、知らねぇよ!!やんのも、やんねぇのも!テメェの意思だ!一々他人のせいにするなよ!弱虫の木偶の坊が!!」

 

「弱虫の木偶の坊!?ぼ、僕が弱虫の木偶の坊!?...僕を弱虫の木偶の坊にしたのはお前だろ!!"無個性"と言うだけで僕を虐めた!!お前が言うな!!!」

 

緑谷のカミングアウトに、驚きすぎて感情が追い付かず、騒いでいた他の生徒達は呆然となり、何も言えなくなって二人の喧嘩を見詰めることしか出来なかった。

 

「弱虫に弱虫と言って何が悪ぃんだよ!!事実をさっさと認めろ!クソデク!!」

 

「僕が弱虫ならお前は人のカスだ!!自分が気に食わないだけで他人を虐める!人でなしの碌でなしだ!!!お前があの時言った!来世は"個性"が宿ると信じて、屋上からのワンチャンダイブ!!あれは僕が自殺する気がなかったから良いものも...あれで本当に屋上から飛び降りたら自殺教唆だからな!!!」

 

「ハッ!どうせお前は臆病もんだからしねぇだろ!」

 

「僕がするかしないかの問題ではないだろ!!」

 

言葉を交わす度に苛烈に、過激に、拳や蹴りや"個性"を使った喧嘩の勢いが増していく。

 

「いつも俺の近くでうろちょろしていてうぜぇし!キモいんだよ!!」

 

「絡んできたのはお前の方じゃないか!」

 

「デトロイト...スマッーーーシュ!!」

 

「榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!!!」

 

感情が昂った二人は"個性"を使った大技を繰り出す。

一撃で天候を変える拳、火薬となる汗が溜まっている状態での爆破。流石にヤバイと感じた相澤は自身の"個性"を使って二人の"個性"を消し、キキは防御障壁を二人の間に展開して止めようとする。

 

"個性"もなくなり、二人は素の状態のまま防御障壁に衝突をする。

大型トラックどうしで事故を起こしたような衝突音が鳴り響き、耐え難い痛みに悶絶している間に相澤は捕縛布で二人を拘束をする。

 

「お前らやりすぎだ。緑谷、いくら挑発が酷いからとは言え、オールマイトから貰った"個性"で殺そうとするな。爆豪、お前は言い過ぎだ。元凶であるお前が言っていい言葉ではない。俺は殺し合いをさせる為にこの件を許した訳ではない」

 

「爆豪ちゃん...貴方言っていい言葉と言って悪い言葉も分からないの?ケロッ。それと...緑谷ちゃんや相澤先生が言っていたことは本当なの?」

 

蛙吹の言葉に呆然としていたクラスメイト達が我に変える。

 

「爆豪...それ本当最低なことだよ!やっちゃいけないことだよ!」

 

「爆豪...お前...普段から口が悪いと思ってはいたが、まさかここまで酷いとは思わなかったぜ...」

 

「爆豪さん!何か仰って下さい!」

 

「爆豪...お前...!そんな漢らしくないことはしていないよな!?嘘だよな!?嘘なら嘘と言ってくれよ!!」

 

普段の緑谷への対応からすぐに信じた人は侮蔑の視線を向けていた。全員がすぐに信じた訳でもなく、中には共に苦難を乗り越えた仲間が、虐めなどと言う最低な行為をしていたことを信じたくなかった人もいて、特に爆豪と仲良かった切島は否定して欲しくて必死になって詰め寄っていた。

みんなの視線を浴びながらも爆豪は応える。

 

「ああ...そうだよ......」

 

 

「デクの言う通り!俺はデクを虐めたんだよ!!"無個性"と発覚した時からな!"個性"がない奴はヒーローになれねぇから!ワンチャンダイブをしろ!!と言った!!ぶつぶつ呟きながら書くノートはうぜぇからノート爆発した!!俺の周りをうろちょろして鬱陶しいから!排除しようとしたんだよぉお!!!」

 

反論もせず、逃げもせず、言い訳もせず、はっきりと爆豪は肯定をする。

けれど、その姿は開き直っているようにしか見えなくて、彼の心の変化を知っている相澤以外の人達は、心底軽蔑をして物理的に爆豪から距離を取る。

 

「うわ...最低...。爆豪、今すぐヒーローを目指すのは止めな。あんたにはヒーローを目指す資格はないよ」

 

「雄英を首席で入学をした君が...まさか...本当に...こんなことをしていたとは...君には真底軽蔑をするよ!今すぐ雄英を出ていきたまえ!」

 

「爆豪君...どうして人を傷付けておいて!平然とヒーロー目指そうとしているの!?ヒーローは人を傷付ける人ではないんだよ!!人を守る人だよ!人に安心を与える人だよ!そんなことも分からないでなろうとしていたの!?」

 

「お前みたい奴がいるからこんなことが起きたんだ!!オイラらの平穏な生活を帰せ!!」

 

「...根津校長はこのことを知っているのだろうか?知っていたらどうのような反応をするんだ?」

 

「そんなの決まっている。直ちに...」

 

 

「呼ばれて飛び出て!校長が登場!猫なのか!熊なのか!犬なのか!何と...その正体は...!驚きの!"個性"を持った鼠なのさ!」

 

轟の疑問に答えに来たようなタイミングで、大きな音を立てながら扉を開け、いつも以上のテンションの高さで根津が登場をする。

空気を読まなすぎる発言、不適切な程元気で陽気に振る舞おうとする姿は、周りとの差がありすぎて場を凍らせる。激情に駆られていた二人でさえも唖然としていた。

 

「校長...。いくら防音で話が聞こえないと言えど、もっとましな掛け声を思い付かなかったのですか?校長の頭でしたら現状を察していられるでしょうに...」

 

「そうだね。このような結果になっていたことは想像していたよ。でも、こうして、奇を衒った行動をすればみんなを落ち着かせることが出来るよね」

 

「落ち着かせたと言うよりも、面を食らっただけにゃ」

 

相澤とウィズからの呆れた視線を物ともせずに、傷だらけで拘束されている二人に近付く。

 

「おやまあ...随分と怪我をしているね。...本当は介入しない方が良いだろけど...ここまで酷い有り様になってしまったら手を出すしかないね...。結果はどうなったのかい?上手く話は進められたのかな?」

 

見えている肌が全部傷だらけで痛々しい姿を見ても動じず、無遠慮に話を始めようとする根津。二人のことしか見ていない根津を見て、あの二人から直接聞きたいんだと、他の人達は察して応えなくなり成り行きを見守る。

予測が出来る根津がわざと己の口から言わせてくる態度に、爆豪は苛つきながらも説明を吐き捨てる。

 

「見ての通り!上手くいかなかったんだよ!」

 

「上手くいかなかった理由に心当たりは?」

 

爆豪が答える前に、怒りが頂点に達した緑谷が噛み付くように答える。

 

「かっちゃんが...!こいつが...!こいつが原因なのに!!お前が弱いから夢を捨てたんだ!!とか平気で抜かすからいけないんだ!!!」

 

「ハンッ...!!事実だろうが!テメェは弱いから言われただけで夢を諦める!!鍛えようともしねぇ!!鍛えていなねぇから!勝手に自滅して迷惑なんだよ!!!」

 

「僕の何が迷惑なんだ!!僕がいたお陰で救われたこもあったじゃないか!!」

 

「馬鹿か!!その後動けねぇのがお荷物だと言ってんだよ!!それすらも分からねぇならヒーローを辞めろ!!低能が!!」

 

「爆豪は言い過ぎだが...その後動けなくなって誰かの手を借りていることについては間違ってはないな」

 

緑谷と爆豪が口喧嘩を再開している最中、ボソッと相澤が爆豪の意見に同意していた。

誰もが彼らの喧嘩を見届けている中、切りがないと思った根津が本格的に介入することを決める。

 

「爆豪君...君は言い過ぎた。君が虐めて夢を潰してきた張本人なのに言って良い言葉ではない。緑谷君。君は彼をどうしたい?彼が謝ったとして、その謝罪を受け入れてこのまま学校生活をさせるのか。それとも...謝罪を拒否して退学にさせ、裁判にかけて法的に罪を償わさせるのか...。みんなの前で決めづらいと思うけど、周りの人達の目は気にしなくても良い。相手を許せば優しい人と思われ、許さなくてもやったことを考えれば当然だと思われる。周りの人達は、どんな判断をしても君を責めたりはしない。さあ...どうする?」

 

いきなり選択権を渡された緑谷は戸惑っていたが、すぐに怒りに支配されて即効答えを出す。

 

「そんなの決まっている!!かっちゃんを...!爆豪を...!こいつを...!絶対に許したりはしない!今すぐ退学にして......」

 

異世界での出来事を他人を罵倒する為に使われて、腹が立ったキキは話が終わる前に割り込む。

 

「ちょっと待って!」

 

予想外の人物が乱入したことにより、騒ぎは一時的に収まってキキは注目の的になる。

邪魔をされた緑谷は不機嫌を隠さずにキキを怒鳴り付ける。

 

「今は忙しいから後にしてくれないか!?話なら後でいくらでも出来るだろ!!」

 

「ボクも勝己に文句を言いたいんだ」

 

どんなに睨み付けても一歩も引かないキキに、同じ不満を持つ考えもあってか、キキが言い終わるまでは従順になって引き下がる。

 

「勝己。何でボクの話を悪用をしたの?リフィル達がいる世界の話したのも、出久を傷付ける為に言った訳ではない」

 

「悪用...?一体何の話をしてるんだい?リフィル達のいる世界って...メアレスがいる世界の話でしょ?彼らは如何なる時も、危険なロストメアが現れることになったとしても、夢を規制しようとする人達に怒ったのだから、夢を捨てろなんて言わない筈さ。言う人がいたとしても.........もしかしてロストメア?」

 

キキの言葉に疑問を抱いた根津が疑問を抱く。

考え込んでいる内に根津は答えに近付く。キキは返事の代わりに頷いた。

 

「話に付いていけないのだが...何で爆豪はメアレスの話を緑谷にしたんだ?そもそもロストメアは夢を捨てた張本人に怒る?好きで捨てた訳ではない、怒る相手を間違っているのだろう。夢を捨てるように圧力をかけた人達に怒るべきだ」

 

「大事に抱かれていた分、捨てられた時、憎悪を感じて人間を憎むらしいよ」

 

「大切にしてくれた人から、いきなり理由もなく捨てられたら、訳が分からなくなって今までの愛情が裏返り、その人のことを恨んでしまうみたいなものにゃ」

 

キキとウィズが常闇の疑問に答えても爆豪は無言を貫いていたが、みんなの視線が痛くなる程集まってからやっと爆豪は言い分を言い出す。

 

「俺が...普段通りに罵倒をしたところで......」

 

 

「いつものことだと思って相手にしないだろうが!!!」

 

「あー...確かに、そりゃそうだ」

 

瀬呂が呆れながらも爆豪の意見に同意する。

他の人達も納得しており、その様子にキキとウィズは普段、どれだけ口汚いんだ?と呆れていた。みんなが納得している間にも爆豪の感情は、滝のように激しく止めどなく叫ばれる。

 

「大体!!異世界なら出来る!異世界なら出来る!その言葉を聞く度に!腹が立って!周りを爆破したくなる程!苛立ちが抑えられねぇ程悔しいんだよ!!!俺はどんなことでも一番になる男だ!!!けどよ......」

 

「もう人間性では敵わねぇ...。俺はデクを...出久を虐めた...どんだけ馬鹿にしようが、どんだけぶん殴っても付いてくる、"無個性"で...弱い存在のくせに...ヒーローになろうとする...何も出来ねぇくせに俺が川に落ちた時に助けに来たデクが...理解出来なくて...気持ち悪くて...屈辱的に感じた俺は虐めて遠ざけようとした......」

 

 

「今までごめん」

 

「悪かった、出久」

 

あの口悪くて、プライドがエレベストのように高い爆豪がみんなの前で、格下だと思っていた元"無個性"の緑谷に頭を下げる。

あり得ない光景に学生達は大きく口を開き、怒り狂っていた緑谷でさえも今までの暴言を忘れて真顔になっていた。

 

「か、かっちゃん...」

 

「過去は変えられねぇ、今までやってきたことが最低なことだと自覚している。お前が許さねぇならそれでも構わない。ここを退学させられても自業自得だと思っている。でもな...俺は──」

 

ずっと頭を下げていたかと思いきや、今度は何故かキキの方を振り向いて指をし、キキの目から逃げずに面と向かって宣言をする。

 

「何があっても絶対に諦めねぇ!!!俺は何としてでもヒーローになる!!テメェの仲間、ミリィみたく!俺は諦めたりしない!!!あいつが出来なかったことで俺は上にに行く!!!」

 

「ミリィ!キキ!ウィズ!異世界の奴ら!今はテメェらの方が上だが!!俺はいつか!テメェらを越えてみせる!!首を洗って待っていろ!!!」

 

「そう。だとしたらボク、ボク達も、壁として全力で立ちはだかるよ」

 

「ハッ!!上等だ!壁は高ければ高い程!殺りがいがあるんだよ!!」

 

「...緑谷君を置いて君達だけで盛り上がらないでくれる」

 

根津の一言でキキと爆豪は互いに見つめ合うのをやめて、爆豪は緑谷の方を睨み付ける。

話が再開出来そうなところで根津が緑谷に話を振る。

 

「......で、もう一度問おう。緑谷君、君は、謝ってくれた爆豪君のことを許せるかい?」

 

「ぼ、僕は......」

 

爆豪の謝罪により、冷静になれた緑谷は自分が生半可な言葉では反応しないことを自覚した。

彼との思い出は圧倒的に辛い日々だったが楽しいこともあった。嫌な思い出と少ない楽しい思い出が緑谷の頭の中で駆け巡る。みんなの前で答えると言うプレッシャーと、駆け巡っていた思い出のせいで思考がぐちゃぐちゃとなり、答えを差し置いて思わず本音を溢してしまった。

 

 

「か...かっちゃんって格好いいなあ...」

 

「.........はい......?」

 

緑谷以外の全員が理解不能になって呆然となる。

あの根津でさえも、君は何を言っているんだい?と落ちいて切り返すことが出来なかった。一番先に我に返ったのは格好いいと言われた爆豪だった。

 

「き、気持ち悪りぃ!!!こっち来んな!!クソデク!!!」

 

相澤の"個性"の影響が解かれ、自由に"個性"が使えるようになった爆豪は、手を緑谷に向けることが出来なくても本能的に己を守る為に手で小規模の爆発を作っていた。

変な誤解をされた緑谷は大慌てで反論をする。

 

「ち、違うよ!かっちゃん!!ぼ、ぼ、僕は君のことをそんな目で見ていないよ!ただ!これから困難な目に遭うと分かっているのに!前を向いて挑むところとか!魔法使いさんから異世界の話を聞いて!実力差を感じているのに!正面切って勝負を挑むところとか!何時だって勝利を掴もうとする君の姿が!格好良くて!憧れるんだ!!」

 

「ああ...そう言うこと...」

 

キキが納得したことを切っ掛けに、クラスメイト達も正気に戻る。特に麗日は誰よりも安心していた。

 

「良かったあ...デク君が普通で...」

 

「てっきり緑谷が...あっちの趣味だと思った...」

 

話がまた変な方向に行く前に根津が話を戻す。

 

「結局どうするの?爆豪君を許すの?許さないの?」

 

「ゆ、許します!だから、もう、終わらせて下さい!」

 

嫌な奴だと思ってはいたが、そこまで怒りを感じていなかった。そして何よりも、恥ずかしくてこの場から今すぐにでも離れたかった。

話を終わらせたい気持ちからか、大声で早口ですんなりと爆豪の謝罪を受け入れる。

 

「そう...これにて爆豪君の罰は終わり。被害者が許したから退学の話もなし。...良いね?」

 

よく分かんない状態になってしまったが、緑谷が許した以上クラスメイト達も認めると言う選択肢しかなかった。爆豪のことが許せなくて渋々首を縦に振った人もいたけど、概ね問題なく解決をする。

 

クラスメイト達が認めたことを見届けると、恥ずかしくなった緑谷は全速力で自室へと逃げ帰る。

みんなを巻き込んだ大騒動は、いつの間にかみんなを置いてけぼりにして、あっさりと幕を閉じるのだった。

 

 

 

「一体何の為に、勝己は、出久を無理やり連れてきたのにゃ?勝己の始めの発言をどう聞いても...出久に謝る為に言ったものとは思えないにゃ」

 

ウィズの疑問は後日、"弱き者"達との共同生活の開始日にて、どうしてそのようなことになったのかを知ることになったのであった。

 

 

 

 

 

 

一方その頃......

オールマイトこと八木は英雄から離れたある場所にいた。そこは──

 

 

神野区事件の中心地にある慰霊碑の近くに立っていた。

あれから四日後、急ピッチで被害者の名前が掘られた慰霊碑が今も立てられ続け、遺族が絶え間なく花を持ってお参りに来ていた。

人々の泣く声に八木は胸が痛くなって、後悔のあまり自分で自分の頬を全力で殴る。どれだけ自分で痛みを与えても足りなくて、いっそのこと私を殴ってくれ!と遺族に言おうとしたが、見回りに来ていたヒーローに止められ、変なことをしないようにと、時おり他のヒーロー達が八木の様子を見に来るものだから、下手に遺族に関わらないようになっていた。

 

八木は後悔しながら思う、権威主義のこの世の中で、一般市民の信頼を勝ち取った自分が常に訴えていたら、こんな悲しい事件が大きくならなかったのだろうと。

後悔してももう遅い。人は生き返らないのだから。

 

八木が後悔しながら見ていると、喪服を着た一人の少年が八木に近付く。鮮血のように赤く染まった瞳が八木を必死に見ていた。

八木はどんな罵倒でも受け入れようとするが、八木の望みとは違い、口をもごもごさせながら何か頼み事をしようとしていた。

 

「あ、あの...」

 

「快平(かいへい)。人に話し掛ける時はきちんと挨拶しましょうね」

 

少年が八木に話し掛ける前に、母親らしき人物が少年の肩に手を置いて注意していた。

老婆のように白いが透き通っていて美しい髪、少年と同じ鮮血のように赤く染まった瞳。母親らしい柔和な笑みを浮かべると、八木ににっこりと笑いかける。罵倒でも暴力でもない対応が八木を苦しめる。

 

八木が自分の胸を押さえている間に、少年は具合が悪くなってしまい、その場に倒れそうになっていたが、八木が助けなくても母親は慣れた手付きで支えて抱っこをしていた。

 

「あの事件で夫を喪ってから...快平は...よく体調を崩してしまうのです。私達は夏休みの時期のお陰で海外に旅行に行っていたから助かりましたが...プロヒーローで仕事が忙しかった夫は...あの事件で殉職してしまいました...。父親を喪った悲しみ、自分達が遊んでいたことへの後悔によるストレスと...お医者様から言われ...」

 

「お、奥様!私への説明は要りません!それよりも息子さんを早く病院へ!他のヒーローを今すぐ呼んで...」

 

「大丈夫ですわ。ここら辺にはタクシーがいっぱいいますから...」

 

母親の言う通り、人が多い所には自然とタクシーも集まる。

すぐにでもタクシーが捕まえられるのは明白だ。

 

「...参拝出来ない私達の代わりに、花を置いてきて下さる?」

 

「ええ!それは勿論!」

 

「では、お願いしますね」

 

倒れそうな息子を支える為に放り投げられた花を八木が拾っている途中に、母親は急いでタクシーが集まっている所に向かう。八木は喪服には似合わない黒いバックを背負った後ろ姿を見ることしか出来なかった。

今日もまた、被害者が泣いて終わる世界が続く。




話の流れ的に有耶無耶になってしまい、答えを出せなくて申し訳ございません。次こそはちゃんと答えを出します。

そうそう...例えが不謹慎になるかも知れませんが、どうしてはじめから聞けなかった理由について改めて考えてみたところ、自分が作品を書く際に影響を受けた終末シリーズの考察動画で言っていた言葉が理由になりそうでした。その言葉を交えて説明させて頂きます。

「やっぱり、古い技術にこだわっていると、基本的にいいことないでしょ。非効率だし、競争には勝てないし、場合によっては危険だったり。それに、新しい技術で、多くの命が救えるかもしれないのに、それを拒んだら、頭おかしいくらいに思われるのでしょ?」
ヒーローは技術ではないし問題点も多い。でも、全うに職務を果たしていれば人を救える仕事。確実に多くの人々がヒーローのお陰で救われていたのでしょう。そんな人々の命と生活を守るヒーローを、真っ向から否定する魔法使いなんて頭おかしい人でしょ。それこそ現実で例えるのであれば、ありもしない陰謀論を信じ、コロナワクチンなどの医療を否定する愚か者くらいに。しかも、ヒロアカの世界は冷たいから、自分とその周りの人達が無事であれば問題が起きていてもないもの扱いされる。
とまあ...こんな感じです。コロナワクチンを否定したら話を聞かないのはデマじゃないから...消されないよね?

因みに...現実でも40年前にポル・ポトの件も被害者の話が聞けなくて事件が大きくなったことがあります。何が起きていたのかは...自分で調べてみて下さい。閲覧注意クラスほどでとても酷かったです。胸糞ものです。
こう言うことを知ると...現実でもどんな突拍子もない話でもきちんと聞いた方が良いですよ。


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58話 大きく変わり出した瞬間

緑谷と爆豪の喧嘩が終わり、"弱き者"達が雄英にやって来る間の四日、爆豪への態度が大きく変わっていた。

女性陣と青山と峰田からはほぼ無視され、常闇、障子、口田、上鳴、尾白、瀬呂、砂藤からは腫れ物を扱うかのように余所余所しくなっていた。飯田と切島は色々と思うところがあってか、かなりぎこちなさを残しており、それでも何とか普通を目指して話しをしようとしていた。緑谷、轟、キキ、ウィズ、相澤や根津を含めた教職員は前と変わらずに通常通りに接していた。

あの後、爆豪が緑谷を呼び出した理由について気になっていたウィズが、爆豪に訊ねても理由は答えてもらえなかった。どうやらあの時の緑谷の格好いい発言が今でも引きずっているらしく、気持ち悪がって話をしてくれなかった。

 

一年A組の中で大きな変化が起こっている中、大幅に遅れていた始業式が始まろうとしていた。

 

 

 

 

「何平然とここにいるのよ!私達を見殺しにした黒猫の魔法使い!!」

 

「お前がもっと言っていれば!!こんなことにはならなかったんだよ!!責任を取ってよ!!!」

 

「責任は俺達だけではない!お前も同罪だ!!」

 

「雄英にお前のような屑がいるな!!ここはヒーロー!最高峰のヒーローを目指す場所に!テメェが気に食わないからって!他の世界は助けて!!この世界の住民は見殺しにした!!気分で助けなくなる屑がいていい場所ではない!!!」

 

体育館に向かっていたキキとウィズは学生達に捕まっていた。

面倒なことが起きると分かっていながらも、堂々と歩いていたのには理由がある。それは"弱き者"が雄英高校に生活するにあたって、絶対に問題を起こすことが目に見えていたからだ。問題を起こした際に雄英の教職員だけでは手が足りず、キキも手伝わないといけない程大きな問題が起きるのは明白で、どうせいつかバレると分かっているのならば、逃げも隠れもせずに真っ向から立ち向かうことにした。

 

思っていたよりも早く、生徒達に囲まれたキキは反論をしようと思ったが、何を言っても無駄だと思って反省を踏まえて過去を振り返る。

話を聞いてもらえないから、話すことを諦めて、オールマイトのようなヒーローになれば聞いてもらえると思い、一生懸命ヒーロー活動をして少しでも印象を良くしようとした。でもそれは無意味だった。児童養護施設オアシスの人達や、オールマイトにも手伝ってもらっても結果は変わりなかった。証拠もなく、ありもしないと思われている危険を訴えるキキの姿では、説得力が皆無なのも頷けるだろう。

だとしても──

 

 

証拠は出せなかったが確実に被害は出ていた。

この冷たい世界では、被害者が続出しても、原因を解明しようとしないで放置をし、自分とその周りに被害が出ていなければ他者の悲しみなんて関係ない。無関係だと思い込む。それどころか、自分の身には何も起きないと、よく分からない根拠のない自信を持っている。何なら自分が間違っていたことを認めたくないから、指摘してきた相手を罵倒して違うものを原因として決め付ける。そんな冷たくて、愚かな人達が多い世界。

 

キキとウィズに責任を擦り付けてくる学生達に、キキの怒りが頂点に達しよう時、ある世界での会話をふと思い出す。

 

 

「言っておくけど、人間のためじゃないわよ。あたしたち妖精は、自分たちが生まれた世界を守りたいだけなんだから。妖精は、世界に流れる音から生まれる。だから、世界は自分の一部みたいなものだし、自分は世界の一部でもあるの」

 

「あたしたちにとって世界を守るのは、自分を守るのと同じくらい当たり前のことなのよ」

 

「彼らも、そう言っていたわ」

 

「あたしたち人間は違う。自分は自分、世界は世界。だから、大事なのは自分と、その周囲のものだけ。そこが人と妖精の違いかもしれないわ」

 

「確かに......世界って、なんかフワッとしてて、大きすぎて遠いっていうか。世界を守るなんて、考えもしなかったなぁ」

 

「あたしからしたら、その感覚が不思議ね。自分の手にケガをしたら包帯を巻くでしょ?世界を守るって、そのくらい当然のことよ」

 

 

フェアリーコードがある世界での話。

フェアリーコードの乱れを止める為、乱れの中心である東京タワーへ向かう途中でバスに乗っていた時ルミス、ギン、リレイがしていた会話。

 

町中で大騒ぎになった時、助け合った人達でさえも冷たい人達と評価されていたこともあった。

住んでいる世界や価値観は違うが、同じ一般市民なのに、どうしてこんなにも差があるのだろう?と民苛立ちで回らなくなった頭を必死に動かそうとするキキ。

考えれば考える程疑問は膨れ上がり、その疑問は怒りを越えて、自然と平静に溢れ出ていた。

 

 

「何て言ったら、話を聞いてくれたの?」

 

 

キキの疑問に罵倒を投げ掛けていた学生達が何も言えなくなる。

沈黙は少しの間しか保たず、また怒りに支配された学生達はキキに八つ当たりしようとした時、教師の一人である、長い黒髪のグラマラスな体型をした若い女性、香山 睡(かやま ねむり)が間に入って止める。

 

「貴方達!いい加減にしなさい!これ以上魔法使いさん達に迷惑を掛けるのなら...痛い目見るわよ」

 

仕事道具の鞭を振りかざして黙らせる。

怒りで狂っていると言えども、流石に教師に歯向かう訳にはいかず、蜘蛛の子を散らすように慌ててキキから離れていく。生徒達が離れるのを見届けると香山はキキとウィズに対して頭を下げる。

 

「本当にごめんなさい。貴女達は何も悪くないのに...代表をして謝るわ。でも......」

 

 

「本当に、どうしたら話を聞いてくれるのかしらね?」

 

香山の誰も答えられない疑問は、生徒達から発せられる喧騒で掻き消されていった。

 

 

 

 

教師と一緒にキキとウィズはステージに立つ。

他の生徒達は視線だけで殺すような目付きで睨んでおり、爆豪、轟以外の一年A組のクラスメイト達はハラハラした様子で見守っていた。教師が見張っているので暴動は起きなかったが、切っ掛けがあればすぐにでも暴動が起きるのは一目瞭然だ。誰かが不満を言い出して雰囲気を悪くする前に、根津がマイクを持って中央に立つ。

 

「みんな!今日は大事な話があるよ!」

 

おはようとか、夏休みはどうでした?とか、神野区事件のことではなく、何事もなかったかのように本題に入る根津に生徒達は驚いて怒りを忘れる。大人しくなっている隙に根津は一気に畳み掛ける。

 

「互いを理解し合う為にも!何とここで!二人の"弱き者"が生活することになったよ!仲良くしてね!」

 

落ち着いていたのは束の間だけだった。

キキとウィズよりも大嫌いな、事件を起こした張本人達と生活をするのは何よりも我慢らなくて、理性がなくなって感情のままにひたすらと文句を叫ぶ。

 

「ふざけんじゃねぇよ!!人殺しと生活出来るか!!!」

 

「何で牢屋じゃなくて!ここに来るんだよ!雄英が穢れるだろ!!!あいつら牢屋...いいや!タルタロス行きだ!!!」

 

「私達は人殺しとの生活は出来ません!!」

 

「何で刑務所に行かないの!!?人を殺した...人達が...平然と歩けるなんて可笑しいよ!!」

 

「その通りだ!!悪いことをした人間は裁きを受ける!!!この国で一番、ヒーローを目指すのを適した学校で!悪事をした人を放っておくとか!いかがなものです!!!」

 

わざと明るく振る舞っていたのも、生徒達に意表をつく為ではなく、こうなることが分かっていたから根津は自棄糞になっていた。

言われたい放題の根津。互いへの理解が必要だと結論に至った根津の考えであり、国からの要望でもある。国からの命令であると言っても納得しないのは分かりきっていたことで、香山の"個性"を借りて力ずくでその場を収めても、目覚めた後に暴れるのも明りょう。どうしてもこの場で納得させないと言う、無理難題に頭を抱えていた時だった──

 

 

 

「さっきから、ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせぇなあ!」

 

"弱き者"の一人であった赤毛の女性が、勝手に拝借したマイクを持って反論をしながらステージに上がって来ていた。

ヒーローではない職員の人が止めようとしていたが、それなり戦える彼女を止めることは出来ず、ステージの中央まで行かせることになってしまった。

 

「おい!待て!まだお前の話の番では...」

 

「どうせ話になっていないのだから、割り込んだって良いんでしょ。それとも何か、自分達が気に入らない存在はいくらでも罵倒されてもいいって訳?流石!暴力で解決することしか出来ないヒーローですね!」

 

「管君...もういいよ。何やっても喧嘩になるだけだから、好きなだけ言わせよう。これだけの教師がいれば止められると思うからね...」

 

イラっとした管が赤毛の女性を止めようとしたが、"個性"ハイスペックを持ってしても返られない結末に、疲れきった根津はもうどうにでもなれと、思考停止状態になっていた。

ずかずかと我が物顔で上がり込んで来た赤毛の女性を、解決策が思い付かない教師達はストレスで痛くなる胃や頭を手で押さえ、体調不良に苛まれながらも様子を見ることしか出来なかった。

 

 

 

 

視点は緑谷達へと変わる。

時は巻き戻り、朝、ろくに説明をされないまま体育館に行くように言われ、体育館に着いた時には一年A組の生徒以外ほぼ集まっていた。

 

「あ!見てみて!ステージの上に魔法使いさんがいる!」

 

「えっ!?嘘!?あ...本当じゃん!酷いこと言われるのに何で立っているの?私達の前だけ出ていれば良いのにね」

 

「マジで立っているなぁ。俺だったらこんな状態で前に立ちたくねぇわ...」

 

「オイラも...。離れているのによぉ...他のクラスから出る殺気がびんびんにこっちまで伝わってくるぜ...」

 

「何で集まることになったんやろ?」

 

「まあ、普通に考えれば...始業式を始める為の集会だろう」

 

「だったら普通に始業式を始まるから集まれと言えばいいじゃねぇか。ただ集まれとしか言わねぇのは何でだよ?」

 

「それは俺に聞かれても...」

 

「まあまあ、待っていれば次第に分かりますので、ここは大人しく待っていませんか?」

 

八百万が宥めていると、根津がステージの中央に立って話し始める。

 

「みんな!今日は大事な話があるよ!」

 

呼び出された理由を知りたい生徒達は静になり、一斉にステージの中央に立っている根津に目を向ける。

訳を知りたい生徒達は今か今かと待ち構え、根津も生徒達の気持ちを読んでいたかのようにいきなり本題に入る。

 

 

「互いを理解し合う為にも!何とここで!二人の"弱き者"が生活することになったよ!仲良くしてね!」

 

 

最初は理解出来なくて黙っていた生徒達。

根津の言葉が生徒達の頭が追い付いた途端、相手が教師だとか、この学園で一番偉い人に逆らってはいけないとか、理性が一瞬で消え去り、キキとウィズが現れた時以上の怒りに支配されて後先考えずに、まるで知性のない獣のように怒鳴り散らす。一年A組の生徒達の中からは罵倒は出ていなかったが、"弱き者"と共同生活をすることに疑問の声を上げていた。

 

「マジで..."弱き者"達がここに来るのか...。流石にタルタロスに行けとは言わないが、まだ刑期は終わっていないだろ。何で雄英にいるんだ?こう言うのは刑期を終えてから来るもんだろ」

 

「切島の言う通り、まだ来るのは早いと思うぜ。だって...あいつらは...湖井さんの話によると...敵(ヴィラン)連合に入る時に憎き相手を殺したんだろ?いくら事情があったとしても、刑期を終えずにここに来るのは違うぜ」

 

「そうだな。それに...こんな状態では話にならないだろう。ところで...緑谷、爆豪。お前達は驚いていないようだが、ここに"弱き者"達が来ることを知っていたのか?」

 

会話をしていた轟が緑谷と爆豪が驚いていないことに気が付く。

轟の言葉に気になったクラスメイト達は、他のクラスに邪魔にならない程度に緑谷と爆豪を取り囲む。

 

「お前ら...轟が言ったことは当たっているのか?」

 

「うん...当たっているよ...。ほら...僕の...」

 

「その先は言わなくていい。大体分かった。だが...あいつらは緑谷の...秘密を知っているのか?」

 

「上が知っているから、"弱き者"と呼ばれている人達も知っていると思うよ...。何時どこかで暴露されるのかは分からないから用心しておくってね...」

 

「それでか。で...緑谷はともかく、爆豪は何で知っている...あっ!もしかして!あの時誘拐されたから気を付けろ!ってことか!?」

 

「違ぇわ!俺の過去が必ずばらされるから覚悟しとけって言われたんだよ!」

 

「お前の過去、ヒーロー側の汚点になるもんな」

 

緑谷と爆豪が説明している間に、元"弱き者"である赤毛の女性が現れて一年A組の生徒達はざわつく。

クラスメイト達が話し合っている間にも罵倒が続き、あまりの罵倒に関係のない青山がストレスで腹痛を感じていた。

 

「ううぅ......ちょっとお腹が痛くなってきた...」

 

「大丈夫か?青山」

 

「全然平気...あぅ☆」

 

「こんな状態じゃ、先生の許可取れないだろうし、集会もろくに進まないから行ってこいよ。もしサボり扱いをされたら俺から相澤先生に説明しておくからさ」

 

「そうさせてもらうよ...」

 

切島が説明してくれると聞いて青山は、ぎこちない動きをしながらも急いでトイレに向かう。

そのタイミングを待っていたかのように、元"弱き者"の女性が報復と口撃を兼ねた言い返しが始まる。今まで募らせてきた憎しみ、痛み、苦しみは饒舌に語らせる。

 

「何被害者ぶっているのよ!先に手を出したのはお前達の方でしょうが!!!」

 

「何が私が殺人者よ!!そもそもお前達のような屑が!!"無個性"だからと虐めたから!"個性"が敵(ヴィラン)向けだから!親が敵(ヴィラン)だったから!そんな感じでお前達が決め付けて!我々を傷付けたことが悪いんだよ!!!」

 

「せっかく、黒猫の魔法使いが忠告してくれたのに、馬鹿で、プライドが高過ぎて自分が犯した間違いを認められない、先入観でしか物事を見ることが出来ない、考える為の脳みそがないお前達には理解なんて愚か、いつも見下す私達の声もテレビ越しなら聞いてくれて、私達敵(ヴィラン)連合と一緒になって問題を大きくする。本当にありがとう!私達の手駒になってくれて!愚かなお前達のお陰で憎き!黒猫の魔法使いの心を痛め付けることが出来たわ!それだけ感謝してあげる!お礼の意味を込めて、真実を語ってあげる。その汚い耳をかっぽじってよく聞きなさい...」

 

 

「お前達はな!淘汰されるべき羊なんだよ!!!」

 

全身で出す声は体育館を響かせ、彼女から発せられる苦しみは幸か不幸か、怒りで支配されていたと言えど、無意識の内に、ヒーローを目指している生徒達は苦しんでいた人の声を無視することが出来なくて最後まで話を聞くことになった。

けれども、最後まで話を聞いたせいで堪忍袋の緒が切れ、彼女に直接手を出そうとする人が多くなってステージに上がろうとしたり、"個性"を使ったりして彼女を殺そうとするが、キキと教師達が魔法や"個性"を使って暴動をする生徒達を止めていた。

 

「あーあ...こりゃ駄目だな。思っていたよりも酷ぇことになった...あ、今、電撃で動き止められているわ。...こういうの見ると羨ましいなあ。俺の"個性"による電撃は、敵味方関係なく周りに無差別に攻撃してしちまう...どうしたんだ?轟」

 

上鳴が暴動していた生徒達をのんびりと見詰めていたのだが、轟が近くにいた一年B組の生徒達の方をじっと見ていたことに気が付き轟に声をかける。

 

「あ、いや...あいつの角...羊じゃないだろ」

 

「何故俺達を羊に例えたのかは分からないが...頭に角が生えているとか、絶対そういった意味で言ってはいないぞ」

 

轟の天然気味のボケに暴動に怯えていたクラスメイト達でさえも思わず笑ってしまう。

轟の発言と一年A組の生徒達の笑い声が聞こえたのか、自覚のある女子生徒がA組に近付く。その女子生徒の名は角取(つのとり)ポニー。角取の頭には牛のような立派な角を生やしていた。誰よりも大きくて円らな瞳で見据えながら文句を言う。

 

「違いマース!私の角は羊ではありません!」

 

側で話を聞いていた、角取と同じクラスメイトである茨のようなツルが髪の毛になっている女子生徒塩崎 茨(しおさき いばら)が説明に入る。

 

「羊...人で例えるとしたら、キリスト教の用語で、キリスト教を信じてくれる、言わば信者のことですわ。敬遠なるキリスト教徒のことを馬鹿にするなんて...なんて罰当たりなんでしょうか!人は誰しも間違えることは当たり前です!いくら辛い過去があったとしても、あの人も敵(ヴィラン)になったと言う過去があります!他者を否定する資格なんてありません!そもそも宗教とは、私達やあの人のように、道を踏み外さないように導いて下さる、大切な存在ですわ!」

 

塩崎が嘆いていると、キキや教師達には敵わないと悟った生徒達が攻撃を止めて言葉で相手を精神的に痛め付けようとする。

 

「俺達がお前以下だと!?はぁ!!ふざけるなあ!!!お前が人殺しで!俺達は被害者だ!!直接手を出したお前が一番悪い!!!」

 

「そうよ!!私達が原因ではない!!!悪いのはあんた達だけよ!!!」

 

「"無個性"だからでは!!悪いことは全て他人のせいにし!何も反省をしない!他人を傷付ける!お前がそんなんだから虐められたんだよ!!!あの時本当に死んでいれば良かったんだ!!!」

 

あの時本当に死んでいれば良かった、その言葉にかちんと来た赤毛の女性は有らん限りの声量である人の過去で指摘をする。

 

「ヒーローが"無個性"だからって虐めない!?そんなの嘘よ!!!都合の悪いことは信じられないあんた達でも!分かりやすく教えてあげる!!でも、私の言葉は聞いてくれないから、そうねえ......」

 

 

「一年A組、出席番号十七番、爆豪勝己。"無個性"に対してワンチャンダイブなどと、相手を自殺するように促した彼にでも話を聞いてみたらどう!!」

 

完全にとばっちりで流れ弾を食らう爆豪。

疑問と殺意が混じった視線が爆豪の方に集まる。本当のことを言えば酷い目に遭うのは確実で、下手に黙ってしまうと無言の肯定とみなされて同様に酷い目に遭う。キキや教師達は距離や赤毛の女性を護衛もあって助けられないだけではなく、助けようと動けばまた肯定とみなされる。爆豪が対応に悩んでいる間にも変化は起きていた。

 

「爆豪...お前...。何でお前の周りから人が離れているんだ?」

 

自業自得、怖くて巻き込まれたくないと感じた一部のクラスメイトが爆豪から離れる。

口で言わなくても、他の人達の態度でバレてしまい、怒りの矛先が一気に爆豪に変わる。

 

「ああ...そうだよなあ!!お前はその派手でヒーロー向きな"個性"だから!他人のことをモブ扱いをしていたよな!!!」

 

「そうそう!体育祭の時には踏み台になれ!と言っていた!あんたみたいな屑がいるから!ヒーロー全部悪者に見えるのよ!!今すぐ消えて!!この人間の屑が!!!」

 

「体育祭の選手宣誓の時だけではなかったよこいつ!A組に視察に行った時も!モブは退いてろ!と言っていたし!」

 

「この件も全部...お前のせいだ!!お前みたい奴が生きているからこんなことになるんだよ!!!」

 

言葉だけでは収まらず、終には"個性"を使って爆豪を危害を加える人が現れる。

キキや教師達が助けに行けない中、ある人一人の少年が暴走する生徒と爆豪の間に割り込んで止めに入る。

 

「こ...!これ以上!止めないか!!!」

 

止めに入ったのは緑谷だった。

事件の元凶を生み出した人物を庇う人が現れると思ってもいなかった生徒達はたじろぐが、それでも少しだけですぐに怒りが戻って理性がなくなる。

 

「そいつの味方をするとか...お前も!そいつと一緒になって!"無個性"を虐めていた屑なんだな!!!」

 

「ち、違う!!虐められていたのは僕なんだ!」

 

「は......はぁあああ!!?性格も終わっているかと思いきや!頭も終わっているのかよ!!頭も悪いのだからお前も雄英を辞めてしまえ!!」

 

「嘘じゃない!僕の"個性"は普通の人よりも遥かに遅咲きで!中学三年の時に目覚めたんだ!それでずっと僕は!"無個性"と勘違いされて虐められたきたんだ!ねえ!そうだよね!かっちゃん!!」

 

「...あ、おう...そうだが......」

 

庇ったかと思えば、全くもってフォローになっていない緑谷の問に驚いた爆豪はあの時の嫌悪感を忘れて素で同意した。

みんなの前で自白させて追い詰めるような行動をしたかと思っていきや、いつ襲われても可笑しくない状況でも逃げないで立ち続ける緑谷の姿は、怒り狂った生徒達でさえも困惑をさせて騒ぎを沈静化させる。

 

全員の動きが止まっている姿を確認すると、緑谷はステージの上に立っている赤毛の女性に聞こえるように腹の底から大声を出して反論をする。

 

「確かに...かっちゃんは...僕を"無個性"だからと言って虐めた、世間一般的に酷い人だと思う。それでも僕は──」

 

 

 

「かっちゃんのような、過去の行いを素直に反省出来るヒーローに成りたい!君は人は、"プライドが高過ぎて自分が犯した間違いを認められない"と言っていたけど!かっちゃんは違う!!かっちゃんは自分の罪を認め!みんなの前で謝ってくれた!君が言う、愚かな人間ならそんなことは出来ない筈だ!!」

 

緑谷の叫びを聞いても赤毛の女性は詰まらなそうにしていた。

 

「ふーん......それで?謝ったから何?お前は自殺をしろと言われた過去は変わらないけど」

 

「確かに過去は変わらないけど!謝ってくれたから僕はそれで良い!!それに...かっちゃんはお前を虐めた訳ではない!部外者は口出しをするな!!僕はお前のように過去に囚われて!前に進もうとする人の足を引っ張らないぞ!!!」

 

「......過去に囚われない......ふざけるなあ!!!糞野郎が!!!!」

 

表情一つ変えなかった赤毛の女性が激情に駆られて吠える。

間近で見ていたキキや教師が一歩下がりそうになる程恐ろしい形相をしていた。

 

「過去に囚われるなあ!?ふざけるなあ!!!私はお前と違って繊細だから!傷みに耐えられなくて死のうとしたんだよ!!元"無個性"のくせに!あたしと同じ昔虐められていたくせに!これだから...!これだから...!ヒーローを目指す屑は嫌い!!!大体......」

 

 

 

「少し否定されただけで、夢を諦めるような弱虫が!ヒーローに成れる訳がないんだよ!!!お前のような人の痛みが分からない!屑の弱虫が!ヒーローに...いや!屑の弱虫だからヒーローにお似合いなんだろうね!!!」

 

痛いところを突かれて黙ることしか出来なくなる緑谷。

俯いてしまえば、相手に隙を作り、最悪の場合暴動がまた起きて幼馴染が酷い目に遭うと思い至った緑谷は顔を上げて宣言をする。

 

「そうだね...僕は...君の言う通り...人から否定されて夢を諦めるような弱い人物だ...それでも──」

 

 

「僕のことを誰よりもヒーローだった!と認めてくれた人がいたから!今度こそ諦めない!!」

 

幼馴染を助けたいと言う想いから生まれた宣言。

緑谷の宣言と共に、誰がどう見ても上手くいかない、不穏だらけの共同生活が始まった。




ここまで読んでくれた方に何でこの場で言うの?荒れるのに、と思った方も多いと思いますが、落ち着いて事件のこととか話せるようになったとしても反対が出て荒れるの明白だから、もういっそのこと、どのタイミングでも良いやと自棄糞になったからです。後、隠れて連れてきても、弱き者を嫌っている生徒がどこかで弱き者を見かけたら危害を加える可能性が高い。だったら目の前で暴れさせた方がブラックリストとして把握出来るかなと思って。

羊はキリスト教徒の用語ですが、意味合い的にはこの二つの動画"ヒトとキジンシリーズ考察 第05週の2【ウソの中の真実】"、"ヒトとキジンシリーズ考察 第05週の3【幻想の虎】"で言われた意味合いの方が強いです。因みに...その動画の中でオリ主や忠告者であるオリキャラ達の気持ちを書いてある歌詞がある。


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59話 交流会 前編

結局のところ、武力で解決することとなり、相澤の"個性"で暴走していた生徒達の"個性"を封じ、キキの電撃や香山の"個性"で無力化して何とか事を収める。

事件の後片付けをしなければいけなくなり、始業式はお開きとなった。

 

 

 

午前中いっぱい自習となり、各々と勉強や訓練室を借りて取り組まないといけないのだが...生徒達にはそのような気持ちはなく、"弱き者"の話で持ち切りになっていた。

 

「話があると言われて来たが...まさか、"弱き者"はここに来るとは思いもしなかったな」

 

「連れてきても上手くいかへんなのは目に見えておるのに...本当に何で連れて来たのだろう?」

 

「そうそう!あの赤毛の女性滅茶敵意あったよね!」

 

「あんなにも敵意丸出しなのに...どのようにして話し合いをすればよろしいのでしょうか...」

 

「それだよ。しかも、刑務所に入る前に雄英に来るなんて凄く可笑しいし」

 

「そうだな。来るとしても刑期を終えてからだよなあ...。何でいきなり、刑務所をすっ飛ばして、雄英に来るんだ?いくら訳ありでも刑期を終えてから...」

 

先に根津の説明を聞いて訳を知っている爆豪は、説明なんか知るか!と言わんばかりに、早々と訓練室に行って籠っていた。

根津達が来るまでの間、爆豪以外の全生徒達は勉強や訓練をせずに"弱き者"達の話に夢中になっていた。

 

 

 

根津や教師達の話し合いは昼まで続き、お昼休みが終わってから根津達は一年A組の生徒達の前に現れる。

自習をせずにお喋りに夢中になっていた生徒達は叱られ、訓練室に籠っていた爆豪は褒められながら教室に呼び出される。飯田を中心とした謝罪が終わるとすぐに説明が始まった。

 

 

 

 

「納得していないと思うが...これから国の意向により、"弱き者"と共同生活することになった。予め話だけは聞いておこう...何か質問がある人はいるか?中止にはしないが、答えられる質問には全て答える。質問がある人はいるか?」

 

窓側にキキが少し離れた位置で様子を見ており、そのキキの肩にウィズが乗っていた。教卓の上に根津が立ち、気だるそうな相澤は壁に寄り掛かる。黒板の前にそれぞれ並ぶ。

教師達が前に並ぶと騒いでいた生徒達が静かになる。相澤の話を聞いて飯田が天高く腕を上げて訊ねる。

 

「はい!」

 

相澤や根津は声には出さなかったが、頷いて飯田の発言を許可する。

 

「彼ら、"弱き者"との交流が必要だとしても!先ずは罰して反省してからだと思います!いくら過去や、我々の行動に責任があったとしても!自分の行いには、自分で責任を取る必要があります!どのような理由があろうとも!無罪釈放は可笑しいと思います!」

 

飯田は力強くハキハキと反対意見を述べる。

飯田の質問の返答に待ちきれない生徒達はそわそわし、根津は彼らを焦らすかのようにゆったりと口を開き、爆豪の時と同じように自信満々に答える。

 

「うん、飯田君の言い分は正しいよ。でもね...このやり方は間違ってはいないんだ。飯田君。そもそも刑務所はどのような場所であり、また、どのようにして反省を促すかと答えてくれないかい?」

 

「はい!刑務所とは法令に違反し、裁判の結果、刑罰に服することとなった受刑者を収監し、就職訓練などの処遇を行う刑事施設であります!規則正しい生活や職業訓練をさせたり、罪と向き合うことで反省を促させる場所であります!」

 

「飯田君。見事な解答だね。素晴らしいよ。でもね...多少僕の意見も付け加えさせてもらうね。刑務所で罪を向き合ったり、規則正しい生活や職業訓練は大事だよ。他にも精神的な苦痛を与えて罰し、あの罰が嫌だから、もう二度と罪を起こさないと決めさせる。そのような役割もあるのさ。ヒーローと、ヒーローの卵が集まるこの場所に"弱き者"を招き入れたら...刑務所以上の苦痛を与えて反省を促せるよね?要は──」

 

 

「ここ、雄英を、一時的に、刑務所の役割を担うことになったのさ」

 

「えーー!!雄英が刑務所になる!!?」

 

一時的とは言え、まさか雄英が刑務所になると思わなかった爆豪以外の生徒達は叫んだ後、口を大きく開けたまま唖然としていたり、信じられないやマジか...と呟いていた。

唖然としている生徒達を放置して根津は話を進める。

 

「この話は君達にも悪くない話さ。将来、ヒーローになった時、敵(ヴィラン)を搬送したり、逃げ出さないように監視することになる。君達はその将来の勉強が出来ると言う訳なのさ!」

 

決めポーズの状態で動かなくなった根津を余所に、相澤が話を纏めて締めようとする。

 

「まあ...要するに...ここに"弱き者"達を招き入れれば、お前達が望む刑務所以上の罰になり、将来への勉強にもなる。...理解出来たか?」

 

「そこは分かりました。彼らにとって罰になるのでしたら文句はありません。ですが...ここでは社会奉仕は出来ません!その点はどのようにして解決するのでしょうか!」

 

真面目な故に融通が利かない面もある飯田が質問を続ける。

その点も事前に考えてあったのか、根津が先程と変わらない様子で答える。

 

「飯田君が考えているような、清掃活動や職業訓練などはここでは行えない。代わりとして、僕達と交流をすることによって、より良い社会作りの道標として貢献出来るから、それが社会奉仕になるんだよ。...と言うことで納得してくれるかい?」

 

「分かりました!ご説明ありがとうございます!」

 

根津の説明により納得をした飯田は、行儀よくお辞儀をすると勢いよく着席をする。

他の生徒達は特に言いたいことはないようで、手を上げたりせずに静かに待っていた。

 

「納得してくれたようでなりよりだ。早速交流を始めると言いたいところだが...お前達が見ての通り、あの状態では交流は不可能だから明日からにする。で、今日は、明日の交流会に備えて準備をする。お前達入ってこい」

 

お前達?と言う言葉に疑問を感じた生徒達は質問をしようと口を開くが、言葉が出る前に扉が開いて、他のクラスの生徒達が入ってくる。

金髪で目が特徴的な体格が良い男子生徒、目を輝かせながら辺りを見渡す水色のロングヘアーの女子生徒、目付きが鋭く少し耳が尖っている黒髪の男子生徒、黒髪で目を隠している男子生徒、金髪を縦巻きロールにし異様に睫毛が長い女子生徒、秘色の髪をボブカットにして右目の下に涙ほくろがある女子生徒、体育祭で成績を残した心操と発目が入ってくる。堂々と入ってきたり、逆におどおどしながら入ってきたりと生徒によって態度が違っていた。

 

「こいつらが、明日からお前達と一緒に"弱き者"と交流をするメンバーだ」

 

「明日から俺らと一緒に交流をするメンバーって...あの人達は自分のクラスでやらなくて良いんですか?他にもいないんですか?」

 

切島がみんなの意見を代弁する。

一年A組の生徒達は不思議そうに入ってきた生徒達と相澤の顔を交互に見る。相澤はそんな一年A組の生徒達を見て誇らしく感じる共に、出来ない他の生徒達を思い出して溜め息をつく。反省をしようとせずに、不満だけを喚き散らす生徒達の姿を脳裏に浮かばせてしまった相澤は、疲れはててしまい倒れたくなったが、何とか気を取り直して話を戻す。

 

「ああ、いない。まともに話せるのは...お前達、一年B組、こいつらと条件付きでなら他にもいる。それでも一部だけだが...。話せない人達と混ざったところで碌に話は出来ないことは分かりきっていて、混ぜたら効率が悪いどころではない。話せる人達だけで集まる方が合理的だ。待たせている一部を入れる前に、お前達の状態を見て三つの分類に分けた。先にその三つの分類を説明をしておく」

 

「"弱き者"達に暴言を吐くこともなく、危害を加えなかった者。そして冷静に現状を語れる人達をホワイトリスト」

 

「"弱き者"達に暴言を吐かなかったり、危害を加えなかったが、現状を語りたくない、見たくない、考えたくない者をグレーリスト」

 

「"弱き者"達に暴言を吐いた、危害を加えようとし、自分達は何も悪くないと反省をしない者をブラックリスト」

 

「この三つに分けたのだが...もう一つ特殊なリストとして、ホワイト寄りのグレーリストがある。そいつらは"弱き者"達に危害を加えたりはしなかったが、憎悪を抱いている。"弱き者"達との行動は出来ないが、現状が悪い状態であることを理解し、お前達だけとなら話し合いをしたいと思っている人達をホワイト寄りのグレーリスト。今からそいつらを入れる。入ってこい」

 

再び扉が開いて廊下で待っていた生徒達が入る。ホワイト寄りのグレーリストに判定されたのは僅か五人だけだった。

一人目は長い金髪をツインテールにしたつり目の女子生徒。二人目は頭に触角、背中には紫色の蝶の羽を生やしており、ウェーブロングヘアーの黒髪は腰にまでの届く程長く毛先が薄紫色になっている女子生徒。三人目はヒーロー顔負けの鍛えられた筋肉を持つ、緋色の髪をスポーツ刈りをした男子生徒。四人目は中学生と勘違いされる程背が低く、黄緑色の髪をマッシュヘアにした男子生徒。五人目はアホ毛と八重歯が特徴的なオレンジ色の髪をショートカットにした小柄な女子生徒。それぞれ毅然とした態度で前に立っていた。

 

「この五人がホワイト寄りのグレーリストと判定された者だ。この中で名前を知っている人もいるだろうが、改めて名乗らせて貰う。先ずは通形からだ」

 

「俺は三年B組ヒーロー科の通形(とおがた) ミリオ。これから共に、色々なことを話すことになるけれど、笑いとユーモアが溢れる世界を作っていきたいと思っているんだよね!よろしくだよね!」

 

「初めまして、私は三年A組ヒーロー科の波動(はどう) ねじれ。今日は今後の為の話し合いをみんなと参加して欲しいと頼まれました。けど、しかし─」

 

「ねぇねぇ、ところで君はマスクを?風邪?おしゃれ?」

 

「!こ、これは、昔...」

 

「後、貴方轟君だよね?ね!何でそんなところを大怪我したの!?」

 

「.........!?それは......」

 

「あ!貴方は!あの悪名高い爆豪君だよね!?何で爆豪君は人を虐めたの?ヒーローを目指していたのに。人を虐めることは良くないことなんだよ。そんな簡単なことさえも分からなかったの?」

 

「貴女が噂の黒猫の魔法使い何だよね!?異世界から来たのって本当!?不思議~!こんな不思議なこと初めて~!ねぇねぇ、どんな異世界から来たの?どんな方法でこの世界に来たの?狙って来たの?魔法ってどんなもの?何が出来るの?どうやってそのカードを手に入れたの?何枚あるの?後々、異世界を渡って世界を救ってきたのに、天喰君みたいに弱気なのは何で?」

 

「一気に質問をされても...」

 

「異世界って猫さえも話せるの!?異世界って本当に不思議で面白いね!どうして猫なのに人間の言葉が話せるの?どうやって人間の言葉を覚えたの?」

 

「私は元々人間にゃ!」

 

「ねぇねぇ、尾白君は尻尾で支えられる?」

 

「波動さん、質問は他所でやって貰える?後が詰まっているのだけど。後、相手が困るような質問をしかも、聞く気がないような態度を取るのは大分失礼ですよ」

 

落ち着きもなく、好奇心のままに、あちらこちらに動いて手当たり次第色んな人に質問をしまくる波動。

良く言えば無邪気、悪く言えば無礼気な態度を取り続ける波動に、金髪ツインテールの女子生徒がぴしゃりと注意をして止める。

 

波動の暴走を止められたものも、場がかなり静かになり、注目の的になった次の人が話しづらくなる。

静かになりすぎて何も言えなくなったのか、黒髪の少し耳が尖った男子生徒は執拗に一年A組の生徒達を睨む。

 

「ヒッ...」

 

「何て目付きだ...!」

 

鋭い目付きに一年A組の生徒達はたぢろがす。

唸り声を上げたかと思いきや、自己紹介はせずに仲が良い人達と会話をし出す。彼の姿を良く見ると震えていた。

 

「ミリオ、波動さん、因氣...。じゃがいもだと思って挑んでも、頭部以外は人間のまま。依然人間にしか見えない。頭が...真っ白だ...辛い...帰りたい...!」

 

「俺もだ...」

 

今度は何故か急に生徒達に背を向けて壁に塞ぎ込む。しかも、隣にいた目元を黒髪で隠した男子生徒も同じ行動をする。

他の生徒達が動揺している最中、波動がまた話し出して彼らの変わりに自己紹介をする。

 

「あー!聞いて天喰君!根本君!そういうのノミの心臓って言うんだって!人間なのにねぇ、不思議!彼はノミの天喰 環(あまじき たまき)。もう一人のノミの彼は根本 因氣(ねもと いんき)。天喰君は私と同じクラスで一緒にヒーローを目指しているんだよね。で、根本君は私達と同じ三年生だけど、彼はヒーロー科ではなくて、普通科なんだよ」

 

悪く言われているのに、反論をする余裕がない彼らはずっと塞ぎ込んでいた。

波動がこれ以上騒ぐ前に、止めようかとキキや相澤やツインテールの女子生徒が悩んでいると、次の番である異様に睫毛が長い女子生徒が自己紹介を始める。他の人の自己紹介が始まると、波動は空気を読んで元の立ち位置に戻り大人しく話を聞いていた。

 

「私の名前は絢爛崎 美々美(けんらんざき びびみ)と申します。三年生で、サポート科に属しております。どうぞ、よろしくお願いいたしますわ」

 

「わ、私の名前は涙石 夏希子(るいせき なきこ)と言います。私は二年生で普通科です。私自身出来ることは少ないけれど、皆さんとの話し合いで良い社会が作れることを願っています...」

 

「言わなくても知っている人は多いだろうが、俺の名前は心操人使だ。まあ、よろしく」

 

「発目明です」

 

「あたしは三年D組の物見(ものみ) ひねりよ」

 

「妾の名は蝶宮 紫(ちょうみや ゆかり)じゃ。妾は三年生で経営科に所属しておる。御主らとは長く付き合うことになるが、よろしく頼むぞ」

 

「俺の名前は燈台 光(とうだい ひかる)だ。俺は二年生でサポート科に所属している。ヒーロー科のみんな、もしコスチュームが壊れたりしたら遠慮なく言ってくれ!直してみせるから!これからよろしくな!」

 

「僕の名前は縮小 集(しゅくしょう しゅう)。僕も光君と同じく二年生でサポート科に所属しています。よろしくお願いします」

 

「私の名前は声高 木霊(こわだか こだま)です!話すことが大好きな一年生で!クラスはK組で経営科です!複雑な状況であるけれど、好きなお喋りで世界を変えられるなんて嬉しい!一緒に頑張っていこうね!」

 

教室に入ってきた順番で自己紹介が始まり、途中騒ぎがあったものも無事に終わる。

 

「明日から一日二回、話し合いをすることになる。物見、蝶宮、燈台、縮小、声高は午前中だけで、通形、波動、天喰、根本、絢爛崎、涙石、心操、発目は午後も参加することになる。彼らはA組だけではなく隣のB組とも話し合うことになる。自由に選んで貰っても構わないが、片方に寄るのであれば注意をする。どうせ今から勉強をしたところで、集中しないことが明らかだから、今と明日の朝で存分に話しをして、勉強に集中出来るようにしろ。席は喧嘩しなければどこでも...いや、波動は駄目だ。魔法使いの近くに座ったら話が逸れる。波動が暴走しても止められるように通形、物見。お前達は波動の近くに座れ」

 

これで説明が全部終わったようで、説明を終えた相澤は疲れを隠さずに教卓の近くに置いてある椅子に倒れ込むように座る。

いきなり終わって最初は戸惑っていた生徒達も、すぐに正気を取り戻して席をどうするのかを考える。考えた結果、一々移動するのは面倒なので元の立ち位置の場所に椅子を置くことにした。但し、色々なことに興味を持ちすぎて集中力が続かなくなる波動は、発目と場所を入れ換え、人見知りな天喰と因氣も通形の近くの席に移動をする。

 

他クラス、他学年と交えた第一回目の交流会が始まった。

 

 

 

目的は同じといえども、何を言えば良いのか分からないこともあってか、誰も言葉を発することが出来ずにいた。

そんな言いづらい状態でも、通形は立ち上り率先して話し出す。

 

「イレイザーヘッドや根津校長が言っていたんだけどさ、一年A組のみんなは誰よりも早く立ち直って話し合っていたんだよね?それってどんな意見が出たんだい?参考にするから俺達にも教えて欲しいんだ」

 

「教えるのは良いですけど...通形先輩クラスで話し合わなかったのですか?」

 

「うん、話し合わなかった。体育館での出来事よりは酷くないけど、俺達のクラスは話せる状態ではないんだ」

 

「そういえば...先程相澤先生が仰っていましたわね、話し合いが出来る状態ではないと...」

 

八百万の質問に、他のクラスの生徒達は深刻そうな表情を浮かべながら頷く。

尋ねた後に他のクラスは話し合いが始まっていないことを思い出し、事態は自分達が思っている以上に深刻なのだと、悟った八百万ははっきりと聞き逃さないように一語一句丁寧に答える。

 

「人の話を聞けるようにすること」

 

「柔軟性、想像力、好奇心、探求心を身に付けること」

 

「歴史を自分から調べにいくこと」

 

「自分で考えるようにすること」

 

「敵(ヴィラン)連合のこともあり、テレビ局を信用しないこと」

 

「これが...私達が出した意見ですわ」

 

「説明ありがとう。しかし...実行するには中々難しいね」

 

通形の言う通り、改善策が思い付いても、実際にそれらを行うとしたら相当難しい。

解決案が出せずに時間だけが過ぎていくかと思いきや、意外にもすぐに話し合いは再開する。

 

「自分でものを考えることが出来なくなる...民衆を愚民化させる3S政策が上手くいったものね」

 

「民衆を愚民化させる3S政策!?」

 

聞き慣れない単語にキキやウィズ、一年A組の生徒達も、合流してきた生徒達も、普段あまり表情を出さない相澤でさえも誰が見ても分かる程驚いていた。驚いていなかったのは根津、紫、光、集、木霊だけだった。

 

「ねぇねぇ!3S政策って何?3Sって何の略なの?国民が愚民になったら国は困ると思うのに、何で愚民化させるの?国は国民を愚民化させて何がしたいの?」

 

「ちょ、ちょっと!待ち...」

 

マシンガントークでひねりに質問をする波動。

波動の勢いに圧倒されたひねりは何も答えられなくなる。言い出したひねりの代わりに木霊が嬉しそうに答える。

 

「はいはーい!3S政策というものは太平洋戦争終結後、GHQが日本の占領政策として行った政策の一部だよ!3Sの正式名称はscreen(スクリーン)、sport(スポーツ)、sex(セックス)のことだよ!」

 

「もう一回!!頼む!!後もう一回!!3Sの政策の名称を言ってくれ!!!」

 

突然の峰田の叫びに教室にいた全員が驚く。

あまりの声量に木霊は引いてしまう。それでも気を取り直して何とか復唱をする。

 

「うん...良いよ...。3Sの正式名称はscreen(スクリーン)、sport(スポーツ)、sex(セックス)...」

 

「もう一回だ!!!」

 

「screen(スクリーン)、sport(スポーツ)、sex(セックス)...」

 

「女性陣だけで!恥ずかしく!sex(セックス)の部分を唱えてくれ!!」

 

「峰田(君)(さん)!!!」

 

聞き逃したから質問をしたのではなく、己の性欲に従って言わせたかっただけだった。

峰田は女子生徒中心に叱られ、話の邪魔したとしてキキがカードを飛ばして口を塞ぐ。話せなくなった峰田はむー!むー!と呻き声を上げてカードを取ろうと必死になっていた。

 

「なるほど...これが愚民化政策か...。かなり上手くいっているんだな」

 

「違う、そうじゃない。俺達が言いたい愚民化ということではない」

 

「俺の生徒が済まない...。あいつは後で指導を行うから、今は話すことに集中してくれないか?」

 

「わ、分かりました、相澤先生...。3S政策を行う理由としては民衆が感じている社会生活上の様々な不安や、政治への関心を逸らさせることにより、大衆を自由に思うがままに操作し得るとされています。所謂ガス抜きと言われているの。国が好き勝手暴れたい時には重宝されているんだよ。または、国民にとって厳しい政策を行い時に、目剃らしとして3S政策を行うことがあるよ。簡単に言うと...3S政策の3Sは娯楽のことで、みんなが娯楽に夢中になっている間に、国が裏で悪さをして好き勝手するということだと覚えておくと良いよ」

 

「へぇー!そうなんだ!過去の出来事がここまで悪影響を与えるなんて不思議!ねぇねぇ!物見さんが考える、国が裏で進めたら嫌なことって何?」

 

「そうねえ......憲法から基本的人権が消されたり...消費税が十九%に上げること...かしらね?」

 

「それは俺でも嫌だ!!何でそんなヤバイことを考え付いた!?」

 

「な、何となくよ!何となく!」

 

「なるほど...それが愚民化させる3S政策なんだね!説明ありがとう!政治かあ...まさか政治が絡むとは思っていなかったよね。今回の件は政治とは関係ないけど...」

 

「娯楽に夢中になって政治に興味を無くすように、娯楽に夢中になるあまり、現実で起きていた問題を無視していた。その点は変わらないな」

 

「俺達がオールマイトに任せきりにしたのが原因だと思っていたけど、...過去の出来事がここまで影響をするとは思いもしなかったな...」

 

「上鳴が言っていた、時間があると娯楽に嵌まってしまうと...それは本人の気質だけではなく、その3S政策による影響もあるのか...」

 

「当たったって喜んでいる場合ではないけど...自分達の考えたことが間違っていなかったことが嬉しい!」

 

「娯楽さえ駄目なのはちょっと...かなりきついんだけど...」

 

「このストレス社会に娯楽が無かったら俺達死ぬからな」

 

「娯楽が駄目じゃなくて、娯楽に夢中になりすぎて現実で問題が起きた時にちゃんと向き合えないことが問題なのにゃ。娯楽は上手く付き合えば良いだけの話にゃ」

 

「そう!その通り!あたしだってさっき娯楽の危険性を語ったけど、娯楽は今でも好きだよ!」

 

「俺も3Sの存在を知っていても、未だにゲームとか好きだし」

 

「"個性"がない時代から続く問題なんて...俺達で解決出来ることなのか...」

 

「俺もだ...自信無くなってきた...」

 

あまりにも大きな問題に、解決出来ないと自信を無くした天喰と因氣は項垂れる。

そんな二人の姿に腹を立てたのか、ひねりは立ち上がって彼らに指を指して想いを叫ぶ。

 

「あんた達情けないわね!あんな酷いことを言われたのに!あの屑......"弱き者"どもと会話するって!決めたのでしょ!あたし達みたいに怒りに支配されずに!向き合うって決めたのでしょ!だったら前を向きなさい!特に天喰!あんたはヒーロー科で!この雄英でBIG3と呼ばれている程強いあんたが!そんな弱気な姿でどうするのよ!!」

 

肩で息をするほど声を荒げて自分の想いをぶつけるひねり。

冷静に話し合いが出来る人達が集まっても、交流会は上手く進まないものだ。



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