亜琉帝滅屠麗埿偉〜ultimate lady〜 (大岡 ひじき)
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譜露楼愚〜prologue〜(※挿絵あり)

試験的に最初の1話だけ。
かなりののんびり更新になるかと思われ。


「藤堂家の後継(あととり)である貴様を、あんなチャラチャラした世界に、いつまでも置いておけると思うか。

 どうしてもと言うならば俺を倒せ。

 この父を説得したくば、言葉ではなく力で語るのだな!!」

「どっかの大魔王みたいな台詞を吐くなクソ親父!!」

 いつもなら10枚は被っている猫を全て引き剥がして叫び、居合の構えを取る父に続いて自分も刀を構えた瞬間、父は実に楽しそうな…他人の目には『悪そう』としか表現できない笑みを浮かべた。

 幼い頃、乾いた布に水が染み込むように、父が教えた技を全て己のものにした私を、誇らしげに見ていた時と同じ顔だと……

 

「蒼龍寺超秘奥義・暹氣(しんき)龍魂(りゅうこん)!!」

 

 …気付いた時に既に私は、その父の最大奥義によってぶっ飛ばされていた。

 

「…さあ、約束だぞ(あきら)

 貴様の進路を賭けた勝負、負けたからには、俺に従ってもらう。

 この3年ほどで腑抜けた貴様に相応しい地獄を、既に用意してあるのだからな!」

 

 ☆☆☆

 

 小学校高学年の頃、たまたま頼まれて引き受けたモデルの仕事で売れっ子になった私は、15歳までという条件付きで父からようやく許可を得て、その仕事を続けていた。

 だが本心はなし崩しに、このままそれを足がかりに、夢だった芸能界に足を踏み入れるつもりでおり、幼稚園からエスカレーター式に通っていた名門校の学業の合間に密かに明け暮れていたのは、武術の修業ではなくダンスや歌のレッスンだった。

 そして15歳の誕生日を迎えた夏、ようやくデビューが叶う筈だったその席に現れた父は、事務所に10倍の違約金を置いて私を強引に連れ帰り、冒頭の言葉を口にしたのだった。

 芸能界デビューを志し武術の修業を怠っていた私と、財閥の運営に忙しく立ち回りながらも、ただでさえ強いものを更なる高みを目指して、日々の鍛錬を欠かさなかった父とでは、結果は火を見るより明らかだった。

 私は藤堂財閥の次期後継者としての教育を、改めて受け直す事となったのだ。

 

 そして、その父が私に施す帝王学として、選んだ私の進学先は……

 

「男塾……!?」

「そうだ。俺の母校でもある。

 あの場所でならば、貴様の根性もたたき直せよう。

 心技体、かつて天才と謳われながら、惰弱な夢とやらで衰えさせたものすべてを、地獄の底で取り戻してこい!!」

「いや待って!!

 自分で言うのも何だけど、それ飢えた狼の群れの中に、いたいけなか弱い仔羊を放り込むようなものじゃないの!!」

「その通り。

 故にあの場所で生き抜く為には、貴様は最初の1日目から頂点に立たねばならん。

 学年筆頭となれば、望めば個室が与えられようからな。

 頂点(テッペン)取れなきゃ、そもそも女としての貴様の人生終わるぞ?」

 そう言って父・藤堂豪毅は、一人()の私に、また悪そうな笑みを向けた。

 だが次の瞬間にはその笑みは消え、真剣な眼差しが私を捉える。

 社交界で未だに騒がれる引き締まった顔立ちの、形のいい唇から、張りのある厳しい声が発せられた。

 

「父親として、そして藤堂財閥現総帥として、俺が貴様に命じる!

 藤堂(とうどう)(あきら)よ、最低3年間女としての自身を封印し、男として自分の力で生き残って、未来の貴様の足場を盤石にしろ!!」

「意味わからんわクソ親父!!」

 …だが勝負に負けた以上、父の命令は絶対だ。

 私は父の母校でもある、色々な意味で名高い男塾で、男として自身を磨き上げねばならない。

 その為には頂点に立たなければ、身を守ることすらできないのだ。

 

 ・・・

 

 ……とりあえずこの件を、父の代理で海外を飛び回っている母に電話で愚痴ったら、

 

「私に言われても困る。

 あの人の行動パターンを一番的確にシミュレーションできるのは貴女でしょう。

 事前に予測することが可能だったにもかかわらずそれを怠り、備えをしていなかったのは、貴女の落ち度です」

 とあっさりバッサリ斬り捨てられた。

 どうやら私には味方がいないらしい。滅べ。

 

 ええもう自棄だ!取ってやるわよ、頂点(テッペン)!!

 

 ☆☆☆

 

「合格である!名を名乗るがよい!!」

「藤堂(あきら)!この男塾を制覇致します!!」

 入塾試験を一発合格した私は、その足で塾生の総筆頭を務めている江戸川という男に会いに行った。

 私の父よりも年上であるらしいその男は、挑んできた私にあっさりと勝負を譲り、私は入塾の日を待たずに、総筆頭の座を明け渡される事となったのである。

 

 そして……三号生の春を迎えたある日。

 

 その男は、現れた。




藤堂(とうどう) (あきら)
【挿絵表示】

男塾三号生筆頭および男塾総筆頭。
藤堂財閥の次期総帥で、藤堂豪毅の一人娘。
中学までは、幼稚園からエスカレーター式の私立名門女子校に通っており、一方で少女モデル『ARISA』として、ギャル系ファッション雑誌の表紙を飾るほどの売れっ子だったが、本格的に芸能界入りを目指したところで父親からまさかの反対をくらい、夢を賭けた勝負にも負けて、父との約束により財閥次期総帥となるべく、帝王学の一環として、男塾に入塾させられる事となる。
父譲りの才能に加え、幼い頃から武に親しむ環境に居た為、刀剣術や拳法は達人レベル。
一号生となる前に総筆頭であった江戸川に挑んでその座を奪い、三号生となった今も揺るぎない地位を築いている。
細身で長身のモデル体型。
長いまつ毛と切れ長のキツそうな目が印象的な、父親似の悪役顔美女(笑
あと、やっぱりくせ毛(爆
割と頭の中身は残念なタイプ。


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萎血〜ichi〜

『大岡ひじき……!?知らんな、そんな名は。
俺の名は、戦慄のばしょうかじき。
…なにか、勘違いをしているようだな。』

………誰かに指摘されたらこのネタをやろうと思ってたんですが、感想欄でSHVさんにその上をいかれてしまったので、おとなしく匿名設定外すことにします。
お騒がせして申し訳ありませんでした。


「悪ィな、(あきら)。手伝ってもらって。

 俺も含め、ここの職員は全員、このテの作業が苦手でな。」

「いいえ。このくらいならお安い御用です。」

 一応職員用の筈なのに、職員に使える者が居ないという、何の為にあるのか判らないパソコンに向かって、頼まれた資料を作成していたら、凝視するような視線を感じた。

 その視線の元を振り返って、その目を見返して問う。

 

「………富樫さん、何か?」

「…ん?ああ、悪りぃ。

 ちょっとした角度とか表情が、最近ますます藤堂の野郎に似てきたなと思ってさ。」

 塾長秘書の富樫さんはここの卒業生で、父と年齢が同じだが、学年は一年先輩にあたるらしい。

 

「……よく言われます。」

 顔だちについては勿論ながら、母に言わせると、

『物事に対する反応や発想、更に行動パターンがほぼ同じ。あの人をそのまま女の子にしたら、まず間違いなく貴女が出来上がる』

 のだそうだ。

 ぐぬぬ。なんと失礼な言い分であろう。

 素の私はおしゃれキャットのマ○ー、ローラ○シュレイの花柄ファブリック、咲きたての可憐なスズラン、そしてプリンとカスタードシュークリームが大好きな、女の子らしい感性を持った普通の女の子であるというのに。

 父親そっくりの悪人顔に似合わないとか言うな。

 

 …幼少期は際限なく甘やかしてくれていた父が、私に厳しく接するようになったのは、私がまだ小学校に入学する前、乳母も務めた専属の女中に誘拐されてからの事だった。

 母と同じ時期に出産した子を生まれてすぐに亡くして私の乳母になったという彼女が、私の世話をするうちに、私を自分の娘と思い込むようになった末の犯行だったそうだ。

 けど、知らない場所に連れていかれ、両親を恋しがって泣く私に、『あなたのお母さんは私で、あの家にいるのは本当の母親ではない』と般若のような顔で叱りつけた彼女よりも、その事件の後で思いつめた父の、

『己の身すら己で守れぬようではこの先、どのみち生きてはいけん。女の身であれば尚更だ。今日より貴様が女であること、俺は忘れることにする。』

 と、藤堂財閥の総力を挙げて無事身柄を確保された直後の私に言い放った、その時の地獄の修羅のような表情の方が、より強い恐怖として、私の記憶に刻まれている。

 その日から厳しい修業を私に課し、できないと泣けばできるようになるまで続けさせ、それまで蝶よ花よと育てられてきた深窓の令嬢だった私にトラウマを植え付けるくらい、大好きな『おとうさま』の豹変は衝撃的だった。

 …まあ要するに過保護と溺愛があさっての方向に極まった結果だったわけだと今ならば判るのだが、これも母に言わせれば『それを過保護や溺愛と素直に受け取れる時点で発想が一緒』らしい。

 実に不本意だ。

 …ひょっとして母は、本当は私の事が嫌いなんじゃないだろうか。

 どうも私に対してのツッコミに、容赦がなさすぎる気がしてならないのだが。

 

 それでも父が『もう教える事はない。あとは己の力で技を磨き、更なる研鑽を重ねていけ』と言ってくれるところまで、割と早い段階でたどり着けたのは、その父譲りの才が、私の成長を助けたからだ。

 どこまでも私は父親似で『藤堂豪毅の娘』だった。

 

「こんなに似てんのに、なんで最初に男塾(ココ)で会った日に気付かなかったかね、塾長も。」

「藤堂には娘しかいないと知っていたからでしょう。

 入学試験の時は、完全に男だと思っていたそうですから。

 見たような顔とは思っていて、名前を聞いて驚いたと、後から仰っていましたし。」

 男塾は基本、男子校だ。

 しかし女人禁制の旨は、実は募集要項には記載されていない。

 それは、単に女性が入学を希望する想定をしていないというだけの話で、もし事前に判っていたら、私は入学試験を受けるに至らず弾かれていたはずだという。

 それが何故か書類段階で弾かれずに入学試験を受けるに至り、『合格』と塾長が宣言した後にようやく気がついた事で、撤回ができなかったのだと後から聞いた。

 

「最終的には女優になりたかったって言ってただけに、その辺の擬態はちゃんとしてたもんな、お前さんは。」

 父は私に実力で合格しろと厳命し、ごく普通に入学願書を出したのみで、敢えて事前に塾長にご挨拶には伺わなかった。

 その分入学金に上乗せした寄付金は弾んだと聞いたが、それで私への待遇が特別になるわけではなかったし、私自身もそれを望まなかった。

 私が総筆頭の座を最初から奪い取りに行ったのは、あくまでここで平穏無事に過ごす為。

 端的に言えば浴室付きの個室を確保する事と、父に話だけは聞いていた、裸にならなければいけない内容の、幾つかの授業を回避する事が目的だった。

 総筆頭は、基本的に教官より権力があると聞いていたから。

 

 …結果として、平穏無事を目指すなら学年筆頭で満足しておくべきだった。

 誰だ男塾制覇するなんて言ったやつ!私か!!

 ごめんなさい調子こきました。

 総筆頭となる事で個室は確かに確保できたが、男のフリはしていても基本的に本物の男よりは華奢な私が総筆頭になった事は、『アイツに取れる頂点(テッペン)なら、ひょっとして俺でもいけんじゃね?』と、ちょっと腕に覚えのある者に思わせるに、充分な事態であったのだ。

 総筆頭となった者は、自分がそれを成した時と同様、挑戦してくる者に対して、それを拒む事は許されない。

 一号生の時期が一番キツかった。

 上級生だけでなく同じ一号生からも絶え間ない挑戦を受け、その全てに勝ち続けて、ようやく父に鍛えられた頃まで闘いの勘を取り戻した頃、最上級生の三号生が江戸川さん1人を残して卒業した。

 私も二号生に進級して、その頃には私の強さを疑う者は居なかった。

 …のは新入生が入ってくるまでの話で、私たちの後輩にあたる新たな一号生の何人かからは、その後半年に渡り数度の挑戦を受けてそれを退けた。

 そのうち1人は、次第に私に叩きのめされる事に喜びを見出し、違う世界の扉を開けたがそれは別にいい。

 そいつらの挑戦が収まると、今度は『新生関東豪学連』とかいう奴らが攻め込んできて、校庭で観戦料を取って闘う羽目になり、それを退けた2ヶ月後に、どうやら詳しく説明してはいけないらしいが男塾設立当時から敵対しているという北国の宿敵がちょっかいをかけてきて、こちらは男塾が抱える『特号生』という、一応は職員扱いの臨時戦闘要員ポジションにいる大豪院という人(多分私より10歳以上年上)と協力して、先日ようやくこちらの支部を潰したばかりだ。

 その闘争の最中に私は三号生に進級し、入塾した時には最上級生だった江戸川さんと同級生になってからは、新一号生の挑戦を受けることもなく、そこそこ平穏に過ごしていた。

 その時一号生は一号生ですごい問題児を抱えていた、というのは後から聞いた話だ。

 

 ともあれ、一応は総筆頭として揺るぎない地位を築く事に成功した私の、そうする事で守ろうとした女としての人生が、逆にそのせいで一方では完全に終わった気がして仕方ない日々に、光明が見えたのは突然だった。

 

 ☆☆☆

 

「……と、もうこんな時間か。

 そろそろ戻っていいぞ。

 朝早くから、手伝いにきてくれてありがとな。」

 と富樫さんに言われて時計を見れば、あと数分で始業時間というタイミングだった。

 

「どうせなら最後まで終わらせて行きますよ?

 三号生は、授業らしい授業などありませんし。」

 強いて言えば、卒業後のヴィジョンを明確に、実現に向けて動くのが三号生としての1年間だ。

 それぞれの得意分野を見極め、卒業後の進路への準備をする期間。

 何しろ、男塾は学業的に言えば授業内容は小学校低学年レベルだ。

 ここの授業を基準に勉強していたら、大学受験など天より高いハードルになってしまう。

 そして勿論、進学も就職も人生の最終目的ではないわけで。

 この私塾は、将来の日本の舵取りをしていく人間を育成するのがコンセプトであり、それは最終的には、この日本という国の国力を上げていく事に繋がる。

 言われたことしか出来ない人材など、国のトップには必要ないのだ。

 ちなみに最近辞意を表明した剣総理はこの男塾出身であり、卒業後は東大に進学した後、ハーバード大学に留学している。

 在学中、一号生のうちに総代(この当時はまだ『総筆頭』という名称はなかったらしい)の座を譲られた彼の伝説と足跡は、未だにこの塾のあちこちに残っており、この塾を卒業してすぐ塾長秘書となった、彼と同学年である目の前の富樫さんなどは、その伝説をリアルタイムで近くで見続けてきた人…らしい。

 どうも私にはあまり言いたくないようで、詳しい話は聞けていないのだが。

 

「いや、実は俺の方がこのあと野暮用でな。

 今からここを離れなきゃならん。

 事実上の職員待遇とはいえ、一応は塾生であるお前さんを、1人で職員室に置いとくわけにはいかないんでな。

 悪いが一旦出てくれると助かる。」

「判りました。では、明日の朝にまた。」

 富樫さんの野暮用というのが少し気にはなったが、私は頷いて席を立つ。

 2人で部屋を出て、富樫さんが職員室に施錠したのを見届けてから、私は一礼して、そこから同じ棟にある自室に、一旦戻ることにした。

 今、私が使っている個室は、三号生に進級してから充てがわれたもので、以前は富樫さんの前に塾長秘書を務めていた方が使っていた部屋だそうだ。

 一号生と二号生は、校舎の敷地から少し離れた『男根寮』で生活するのだが、三号生は敷地内にある別の寮へ移動となる。

 だが今回、江戸川さんが卒業せず未だ在学中の為、三号寮の個室が空かなかった。

 それまでずっと三号生筆頭として、また総筆頭補佐として手助けしてくれていた彼を、今更一般塾生との同室に追いやるのも気が引けて、許可を取って私は近くに部屋を借りる事にでもしようと塾長に相談したところ、この部屋を使えと提供されたのだ。

 実際に寝起きする部屋と浴室は、執務室から続き部屋になっており、執務室と自室の間にキッチンがあって、煮炊きも充分にできる仕様になっている。

 ここで非常に残念なことは、私に作れる料理が目玉焼きくらいだということだが。

 これを、宝の持ち腐れという。

 仕方ないよね!私、お嬢様だし!!

 

 ちなみに余談だが、食事は二号生の頃までは、みんなと一緒に寮の食堂でとっていたのだが、三号生は基本的に当番制で、江戸川さんが立てた献立表とレシピに従ってみんなが作るシステムに変わった。

 総筆頭の私は当番から免除され、出来たものをこの部屋まで、当番の1人が持ってきてくれるようになったのだが、ここに来て初めて、男根寮の権田寮長のつくるごはんがおいしくなかったことを知った。

 …いや味が判らなかったわけじゃないんだよ!

 口に合うか合わないかで言えば合わないとしか言いようがないんだけど、それまで食べていたものと内容があまりにも違いすぎて、これが庶民の普通の食事なんだと思い込んでいた。

 そして改めて知ったこと。

 藤堂の実家で食べてたものって、全然贅沢な食事とかじゃなかった。

 味は勿論美味しいんだけど、内容はむしろ質素。

 騙されてたと思うと同時に、もしも金持ちの令嬢らしい贅沢に慣れた舌であったなら、ここの生活に耐えられなかったろうとも思う。

 そう考えると父はいつから、私を男塾に入れようと考えていたのだろう。

 ここでの生活で私に学ばせようとしたものは、一体なんなのか。

 正直、未だに掴めていない。

 ちちうえ、と思わず呟いた言葉は、

 

 

 同時に鳴り響いた銃声にかき消された。

 

 

 今のは校庭からだ。

 またどこかの勢力でも攻めてきたのか!?

 私は舌打ちをひとつして、傍の愛刀を手にし、自室を飛び出した。

 

 ☆☆☆

 

「ヘタ打ちやがったな。一号のボケ共が。」

 二号生の教室の前を通りかかると、全員が窓から校庭を見下ろし、あまつさえゲラゲラ笑っていた。

 

「……どういう事だ?」

 その背中に声をかけると、全員が一斉に、まるでバネのように振り返る。

 そのうち数人が、同時に私の名を呼んだ。

 

「……藤堂さん!」

「総筆頭!!」

 ふざけた笑い声が止まり、その場に緊張が広がる。

 

「状況を報告せよ。何があった?」

 塾生たちの前では私は男である為、父の口調を真似る事にしている。

 幼い頃、父のオフィスに連れていってもらった際、部下たちに指示を出す父の姿は、本当に格好良かったから。

 

「はっ!

 現在校庭に拳銃を所持した若者と、その身内らしき、ヤクザと思われる男たちが数名、3台の車で乗り込んできております!」

 答えたのは二号生の筆頭で、名前は……うん、覚えてない。

 けど、新一号生の頃、私に挑んできた1人だった事は覚えてる。

 それにしても…ヤクザだって?

 

「なんでそんな事に…。」

 おっと。あまりのことに口調が崩れてしまった。

 

「昨日の午後、一号生の課外授業で渋谷のセンター街に赴き、風紀指導を行なったと聞いております!

 その指導を受けた者の中に、あの先頭の若者がいたようです。」

 見れば、拳銃を手にした背の小さい若者と、その後ろに数人の黒服、そして今耳にした通り、3台の高級車。

 どうやら発砲したのは、あの青年で間違いないらしい。

 

「カッカカカ、出て来やがれ!

 この俺の頭に見覚えのある奴等──っ!!

 この(オトコ)・安東洋明が、昨日のオトシマエつけにきたぜ──っ!!」

 ……という事は、茶色の髪を耳の周りだけ残して後は丸刈りという珍妙なヘアスタイルは、自分の趣味でしているわけではないと。

 当たり前か。

 あれが狙ったデザインなら前衛的すぎるわ。

 うっかりその奇抜な頭に見入っている間にも青年は、自分の後ろにいるのは叔父で、日本一の極道の親分だと声高らかに宣言している。

 

 兎にも角にも校庭でこんな騒ぎ、見過ごすわけにはいかない。

 ここのポリシー的に塾長や教官は、塾生のトラブルに介入できないが、私は塾生の長なのだ。

 彼らを守る義務がある。

 

 というか、こんなの普通に近所迷惑だ。

 近隣住民の皆様、いつもお世話になっております。

 

退()け、貴様等。私が行く。」

 状況説明を受けた二号生の教室にずかずか踏み込み、窓に群がっていた塾生を散らす。

 そうして窓枠を乗り越えると、私はそこから飛び降りた。

 

 …二階って結構高いな。

 格好つけるんじゃなかった。

 

 ・・・

 

「……な、なんだテメエ!」

「男塾三号生及び総筆頭・藤堂(あきら)

 うちの塾生が失礼した。だがここは神聖な学舎(まなびや)

 物騒な得物はしまって、早々にお帰りいただきたい。」

 飛び降りた際にちょっと腰に衝撃がきたが、なんとかふらつかずに立ち上がることができ、悠々とした足取りで、青年の元へと歩み寄る。

 こういった演技(ハッタリ)は大事だ。

 

「なんだと!?俺をなめてんのかコラッ!!」

 だが、それも相手を刺激する事にしかならなかったようだ。んもう、(あきら)ちゃん悲しい。

 ていうか彼の後ろの方で、『あっちゃー』とか小声で呟いた黒服サングラスの男が、さっき別れたばかりの人に激似なのだがどういう事だろう。

 

「まあいい、てめえは人質だ!

 俺をこんな頭にした奴が出て来ねえなら、てめえをぶっ殺す!!」

 青年がそう言って、拳銃の銃口を向けると同時に、私は我が愛刀……入学祝いに父から贈られた、蔵林厳(ぞうりんげん)正宗*1の鯉口を切った。

 

「俺は、マジだからな!!」

「承知した。その言葉を覚悟と受け取ろう。」

 そして……次の瞬間、

 

 

 

 抜き放った刃の居合の軌跡が

 

 

 青年が持つ拳銃の、その銃口を斬り飛ばした。

 

 

 

「………いいぃっ!!?」

 短くなったそれと私を交互に見て、先程安東と名乗ったその青年が、変な声を上げる。

 

「……刀も銃も同じ事。

 抜いた瞬間、そこから(タマ)()り合いだ。

 …殺される覚悟もない奴が、安易に『殺す』などと口にするな!!」

 その顔色が赤くなったと思ったら、そこから一気に青く変わっていくのを見据えながら、私は刀を鞘に収めた。と、

 

 パチパチパチ……

 

 その場の緊張感を払うような拍手の音が響き、その場の全員がそちらに視線を移す。

 

「ハハッ…よっ、千両役者!!

 最初は下手くそな学芸会かと思ったけど、主役が出てきた途端に舞台が変わっちまった。

 初日から遅刻しちまったが、これを特等席で観れたから、ラッキーだったな。」

 そこに居たのは、涼しげな微笑みを浮かべた、端正な顔立ちの青年だった。

 …どことなく見覚えがある顔な気がするが。

 

「……貴様は?」

「剣 獅子丸。今日からここの塾生です。

 よろしくお願いします、先輩。」

 剣。

 その名を聞いてよもやと思い、その顔を改めて見返して確信する。

 先の総理大臣、男塾伝説の総代。

 目の前の青年は、私の知っているその人の顔を少し若くした容貌だ。

 かの人は面長で、この青年はやや丸顔なので、ここに残っている写真の彼よりも幼く見えるが。

 彼はその人の血縁…恐らくは息子に違いない。

 

「…ここでの挨拶は『押忍』だ。

 剣。覚えておこう。

 何か困ったことがあれば、訪ねて来るがいい。」

 心の昂りを押し隠して、私はそれだけ口にする。

 

「押忍!ごっつぁんです!!」

 伝説の血統は素直に頷くと、イイ笑顔で返してきた。

 

「てめえら!俺を無視すんな──っ!!」

 と、すっかり存在を忘れていた安東(なにがし)が、少し気を抜いていた私に殴りかかって来ようとし……

 

「…ヒエエエ───ッ!!」

 瞬間、剣の手から振り下ろされた刃が、安東の丸刈りの頭皮に、触れる寸前で止まっていた。

 抜く手すらはっきり見えなかったそれは、どうやら学ランの下に隠していたらしい。

 その太刀筋を見て、一目でわかる。

 彼は…………私より、強い。

 

 …………瞬間、天啓が降りた。

 

 そうか。そうだったのね…『おとうさま』。

 なあんだ、それならそうと言ってくだされば良かったのに、知らないからうっかり頂点(テッペン)取ってしまったではないの。

 

 恐怖のあまりへたり込んだ安東から視線を移して、剣が後ろの黒服達に声をかける。

 

「どうした。助けてやらんのか。相手になるぜ。」

「やはり血は争えんな。」

 剣の問いかけにそう返してきた黒服の声に、私は、『ああやっぱり』とため息をついた。

 

「野暮用ってこの事だったんですか…富樫さん。」

「悪く思うな、(あきら)

 そいつを試すつもりだったところに、お前さんが入ってきたんだ。」

 そう言って、黒服の富樫さんがサングラスを外す。

 …いや、サングラス着けてても、右目の上から頬にかけての特徴的な傷痕が隠れてないから、普通にわかりましたからね。

 

「試す……?」

 言われて、剣が怪訝な目を富樫さんに向け、立っていた黒服が全員、着けていたサングラスを同じタイミングで外して、顔を見せた。

 

「ああ、ちょうどそこの坊やが殴り込みかけるってんでね。」

「趣旨とはズレたが、いいモン見してもらったぜ。

 なるほど、話にゃ聞いてたが、顔だけでなく太刀筋まで、ホントに藤堂そっくりだぜ!」

 男たちが口々に言う中、先頭の高級車のウインドウが降りる。

 

「獅子丸といったな……。

 今ここに集ったのは、かつて貴様の親父と生死を分かち合った仲間達…。」

 その車の中から言葉をかけてきたのは、両頬に三条ずつ、合わせて六条の傷痕が刻まれた、精悍な顔立ちの中年男性だった。

 

「ヤツが、日本一と言われる極道の親分、伊達臣人。

 俺やお前さんの父親と同じ、ここの卒業生だ。」

 と、いつのまにかそばに来ていた富樫さんに、そう耳打ちされる。

 …ひょっとして子供の頃に父から聞いた、槍一本で戦車に勝ったってひとだろうか。

 いや絶対嘘だろうけど…嘘だよね?

 

「そして、そこの(あきら)の父親もまた、貴様の親父との死闘の末に我等の同士となった。

 俺達は皆、貴様等に期待しておるのだ。

 この男塾の名を、再び天下に知らしめん事を…!!」

 …知らなかった。

 父が、剣総理と闘った事があるなんて。

 ぼんやりと剣の後頭部を見つめていたら、その顔が私を振り返り、なんとなく見つめ合ってしまった。

 あ……この子、よく見ると瞳が青い。

 

「な、なんだよ叔父貴…それじゃ最初から、俺の事はどうでも良かったって…」

 最初は確かに主役だった筈の、へたり込んでいた安東青年が、自分置いてけぼりで目の前で繰り広げられる急展開に、ふらつきながらも立ち上がってツッコミを入れる。

 瞬間、車の中で腕組みしたまま微動だにしていない伊達組長から、胸の詰まるような覇気が放たれた。

 

「バカが!

 ……貴様の入塾手続きをしておいた。

 貴様も男塾(ここ)で、その腐った根性を叩き直すのだ!!」

 味方だと思っていた身内に冷たく言い放たれた挙句、地獄に突き落とされた安東青年は、今度こそ打ちひしがれてその場に倒れた。

 

 ・・・

 

「わしが男塾塾長・江田島平八である──っ!!」

 唐突に響いてきた声に、反射的に背筋を伸ばして、気をつけの姿勢をとる。

 周囲の黒服改め男塾卒業生一同様が90度に腰を折る中、ゆったりとした足取りで近づいてくる塾長の、その視線の先に気付いて、小声で剣に囁いた。

 

「どうやら、貴様に用があるらしいぞ。」

「俺に?」

 その青い瞳がもう一度塾長へと戻る前に、深く低い声がかけられる。

 

「受け取れ、剣。

 貴様の親父からの(ことづ)かりモノじゃ。

 ……奴の、魂である!!」

 …それは、真っ白な細長い布だった。

 剣はそれを受け取ると、迷う事なく額に回し、後頭部で結ぶ。

 

「押忍!ごっつぁんです!!」

 写真で見たかつてのその人と同じように、白いハチマキを結んだ剣に、何故かこれは伝説のリレーなのだと感じた。

 ここに、新たに伝説が受け継がれていくのだと。

 

 

 

 …お父様。貴方の真意がようやく解りました。

 この男塾は、未来の日本を担う男達が集まる場所。

 そして私は、女の身で将来、藤堂財閥を背負う事になる一人娘。

 

 ご安心くださいお父様!

 今、私は最高の男を見つけました。

 不肖、藤堂曉!必ずやこの男を、藤堂家の婿として連れ帰ってみせますわ!!

*1
正宗は日本刀剣史上最も著名な刀工の一人であり、その作った刀についてはさまざまな逸話や伝説が残されているが、蔵林厳正宗は、彼の作品の中でも類を見ない、斬れ味に特化した刀と言われた名刀である。

伝説では合わせた刀を葉枝の如く切り払ったとか、敵の兜を薄紙の如く切り裂いたとも言われる。

尚、正宗作の刀剣には銘のないものが多く、この蔵林厳も後世に名付けられたものであり、幕末にドイツのスパイとして日本に入ったシーボルトが、国外に持ち出そうとした際に名付けたと言われる。

その名の由来は勿論、刃物の街と言われるドイツのゾーリンゲン市である。

 

民明書房刊『必見!世界の名剣・名刀〜そのくだものナイフしまえよ』より




絶対違う(爆

…読んでいただければわかったと思いますが、ここの豪毅は厳しいようで、実は娘溺愛なかなりの親馬鹿です。
お母さんは曉が嫌いなわけではなく、そんな豪毅とのバランスを考えた態度を常に取っています。


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逃〜ni〜

見た目はイケメン、中身は残念!
その名は総筆頭・(あきら)!!

すいません何でもないです。



 ……………来ない。

 

 

 

 

 

 生理が……とかでは勿論ない。

 てゆーか、私は遠征などで困ることが絶対無いよう、月経をコントロールする為の低用量ピルを使用しているので、万が一の事態が起きたとしてもそんなうっかりは有り得ない。

 では、何を待っているかというと…

 

「…なんで、挑戦しに来ないのよ!

 男のくせに頂点(テッペン)取りたくないわけ!?」

 だんだんだん。

 苛立ちのあまり、つい地団駄を踏んでしまう。

 あの衝撃の運命の出会いから一週間。

 私は自分が総筆頭を江戸川さんから譲られた時と同じように、剣獅子丸がそれを奪いに挑戦してきたら、即譲り渡そうと考えていた。

 

 だから、待ってるのに……来ない!なんでよ!!

 

 ☆☆☆

 

 …あの日の放課後、一号生筆頭の日登(ひのぼり)直樹が、私の執務室を訪ねて来た。

 

「…本当なら、俺達一号が自分()で収めなきゃいけない事態だったのに、総筆頭殿の手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした!」

 そう言って坊主頭を下げた日登は、厳つい風貌の割にやけに可愛い目が特徴的な青年だ。

 男塾は私塾でありつつ一応は高等科に認定された教育機関である為、卒業時には高卒の認定がされる。

 故に私もそうだったように、大抵の入塾者は中卒でここの試験を受ける事になるわけだが、日登は一般の高校を卒業した後に、一大決心の末入塾したそうで、一号生だが年齢は私よりひとつ上だった。

 彼は筆頭になった時にも挨拶に来て、てっきり私に挑みにきたと思い受けて立とうとしたら、

 

「いや挨拶に来ただけですから!

 勘弁してください!!てゆーか心の準備が!」

 とか叫んで、大して広くもないこの執務室の端まで物凄い勢いで後ずさりして入口のドアに頭をぶつけ、脳震盪を起こして、仕方なく目がさめるまでここのソファーで寝かせたという出来事があったのでよく覚えている。

 少なくとも私がここを使うようになってから、このソファーで寝ていった奴は後にも先にもコイツしか居ない。

 本人は目が覚めたらこれ以上ないくらい恐縮して帰っていったけど。

 その時のことを思い返しながら、腰の高さまで下げた日登の剃り残しのない頭頂部に、私は言葉をかける。

 

「気にすることはない。

 塾生を守るのは、総筆頭としての私の役目だ。」

 もっとも、実践できていたのはごく一部の者のみだったらしいが、一応歴代のその方々は塾史に名が残っており、剣のお父上である剣桃太郎氏もその1人だ。

 伝説の男に並ぼうと思うわけではないが、同じ立場となったからには、私もその姿勢を見習っていきたいと思うのだ。

 将来、義父になる筈の方でもあるし……きゃっ。

 

 ……………コホン。

 あの後、剣と安東は塾長室での血判の儀の後(この辺までは私も立ち合った)、安松教官に案内されて一号生の教室に入った時には、相当険悪な雰囲気になったらしい。

 安東はともかく、剣は関係なくない?と思ったのだが、実はその前日のセンター街での風紀指導の際、安東だけではなくそこに剣も居たそうで、剣の青い瞳を見た日登は、それをカラコンだと勘違いして『指導』を行なったところ、返り討ちにあっていたそうだ。

 

「後で聞いたら、アイツ半分外国人の血が入ってるらしくて。

 つまり明らかにこっちの言いがかりだったんですが、俺だけでなく他の奴らも、アイツにメンツ潰されて腹立ててたもんですから。」

 きまり悪げに日登は頬を掻きながら、そう言って苦笑いしていた。

 ああ、だからあの子、青い目なんだ。

 白人女性と日本人男性の組み合わせだともっとどっちつかずの色になるだろうから、お母さんが白人の混じった日系かアジア系で青い目は隔世遺伝の可能性が高いけど。

 

 まあそれはさておき、彼らの一号生の教室での顔合わせは険悪なまま終わり、あわや乱闘といったタイミングで教官の制止が入って、そこからはまあ、いつもの流れというか…男塾式の『名物』と呼ばれる課外授業に突入したのだとか。

 で、なんだかわからないがその流れの中で、編入生の2人の度胸と根性を認めるに至り、気がついたら打ち解けてしまっていたそうなのだが、その辺は女である私には理解の及ばぬ部分なのであまりつつかない事にする。

 昔から父やその友人という方々が、『男は喧嘩して仲良くなる』的な事を言っていたし、そういう事なんだろう。

 女は滅多に争い事に身体を使わない分、精神的な部分を攻撃にかかるから、一度喧嘩になると関係が修復する可能性は極めて低い。

 

「…何にせよ、和解ができたのならば重畳。

 男塾(ココ)にいる間は、互いの助け合いが必要となる事態が多々あろう。

 この塾は男が強さを学ぶ場所。

 そして男は、1人で強くはなれぬのだ。

 強くある為、強くなる為、仲間と絆を深めるがいい。

 その絆が、必ず貴様等を助ける事になる。

 勿論、何かあれば私も相談に乗ろう。」

 …偉そうに言ったが、全部父の受け売りだ。

 だがそう言って微笑んでやると、日登は何故かちょっとだけ頬を赤く染め、それから深く息を吸い込んで、恒例の挨拶を返してきた。

 

「押忍っ!ごっつぁんです!!」

 

 ・

 ・

 ・

 

 ……その後、何故かロボットのようにぎくしゃくとした動きで執務室を辞した日登が、

 

「落ち着け、血迷うな俺……あれは男だ。」

 と胸を押さえながら呟いていた事を私は知らない。

 

 更に次の日の朝早くに、安東が執務室を訪ねてきて、やはり初対面の時の事について謝罪された。

 あの後、剣に励まされて『イナバの白ウサギ』という試練…例の、日登が言った課外授業だろう…に挑んでそれを見事達成し、その日のうちに一号生の皆に仲間として認められたと、誇らしげに語る安東の目からは、初対面の時にはあった筈の劣等感のようなものが、さっぱりと消えていた。

 憑き物が落ちたような、とはこういう状態を言うのだろうか。

 なんだか顔付きまで変わって見える。

 恐らく彼はコンプレックスが鬱屈していただけで、決して根性まで腐っていたわけではなさそうですわよ、伊達組長。

 

「最初は勿論ハラ立ったけど、この事が無きゃ俺はいつまでも、心に呑んだドスを錆びつかせたまんまだったんで。

 だから自分への戒めとして、このアタマはそのまんまにしとこうと思うんです。」

 と嬉しそうに言われた時は、思わず()めろと口走りそうになったが。

 ……いや、本人がいいならそれでいいんだけど。

 

「…ところで藤堂先輩には、お姉さんか妹さんは居ませんか?」

 そして一通りの報告が終わった後、安東は何故か、そんな事を問うてきた。

 その言葉に、なんのこっちゃと少し考えたが、素直に首を横に振る。

 

「……いや?藤堂に子は私一人だ。

 父にも母にも兄弟姉妹(きょうだい)は居ないから、年の近いイトコも居ない。」

 だからこそ、女である私がこんなところに居るのだし。

 というか、父には元々兄が居たそうだが、若くして亡くなったらしい。

 父があまりその事は話したがらないので詳しくは聞いていないのだが、あまり良く思っていなかった事だけはなんとなく感じ取っている。

 いい女は、男が語りたくないことをつっこんで聞くものではないのよ。ふふん。

 …まあ本当は聞いてほしい事を、勿体ぶってわざと濁す場合もないわけじゃなく、その見極めは難しいんだけど。

 少なくとも私の父は、そんなタイプじゃないと信じたい。

 今でこそ娘を男塾に放り込むクソ親父だが、幼い頃の私には『大きくなったらお父様のお嫁さんになります!』と断言して母にアタマはたかれるくらい、強くて優しくて男らしい、理想のヒーローだったのだから。

 

「…そうッスか。

 ならやっぱ、他人の空似かなぁ……。」

「……ん?」

「3年くらい前に引退しちゃったんですけど、『ARISA』ってモデルが先輩と似てるんスよ!

 ……あ、すいません。

 女の子に似てるなんて言って、失礼ですよね…。」

 ……すまん。それ私だ。

 ARISA時代は可愛い系のメイクで、本来の顔の持つ悪人臭を極力消してたから、イメージは全然違うと思うけど。

 左目の下の泣きぼくろとか綺麗に潰すくらい塗ってたしな。今思えば。

 

 …まあ、本人と断定されなかった事を考えると、私の男の演技が上手くいってるのだと好意的に解釈した。

『勿論本物の女の子の方が可愛いけど』とかちっさく呟いてた事に気を悪くしたりなんかしていない、絶対。

 人の上に立つ者は、弱者には寛大でなければならないのだ………ぐぬぬ。

 

 ☆☆☆

 

 とまあそんなわけで、この流れならこの後、剣も挨拶に来るに違いないと踏んでいたのだ。

 そしてその際には、総筆頭の座を賭けて挑戦してくるだろうと。

 ……………あっれ〜?

 

 …ともあれ、今日は週に一度の朝礼の日である。

 総筆頭の私は特に出なくてもいいのだが、一応塾生の上に立つ身としては、その身をもって(のり)とすべしと、特に逼迫した業務がなければ出ることにしている。

 …ねえ、私偉くない?誰も褒めてくれないけど。

 そんなわけで、制服を詰襟まで止めてきっちり着て、校庭へと向かう。

 ただ、総筆頭は一番最後に入らなければ場が締まらないのだと江戸川さんに言い含められているので、私は全員が並んだ後に、江戸川さんと一緒に入って三号生の一番後ろに着く事になる。

 私は女子にしては長身な方であると思うが、江戸川さんが人類の平均を遥かに超えてデカ過ぎなので、正直隣に並ぶのがすごい嫌だ。

 私たちが列の後方に現れると、全員が一瞬こちらを向いて一礼するのに合わせ、私も首だけで会釈した。

 顔を上げた瞬間、見るともなしに一号生の列に目が向くと、かなり前の方に安東と並んでこちらを向いていた剣と目が合った。

 その口角が、笑みの形に上がった…気がした。

 改めて見ると、お父上には及ばないまでも相当なイケメンだわ。

 

 ・・・

 

「ん…どうした安東?」

「……カッコイイな、藤堂先輩。

 あんな巨漢と並んでても、堂々としてて、存在感が全然負けてねえ。」

「ああ…同感。

 体は細いけど氣の充実感がハンパじゃない。

 あれに挑んで勝てると思う奴は、余程見る目がないか、自殺願望の持ち主だぜ。」

「…さりげなくひとの黒歴史突つくんじゃねえよ。

 一応反省してんだよ、俺だって…!」

 

 ・・・

 

 その日の朝礼は、塾長の訓辞に入ったところでちょっとした騒ぎとなった。

 一号生の誰かが持ち込んだ携帯電話が鳴り、必死に隠していた林正治という塾生が、あえなく見つかってお仕置きを食らっていたのだ。

 

「ケイタイもパソコンも貴様等には要らぬ。

 その便利さを売りモノとする文明の利器は、我が男塾の本分である敢闘精神と、完全に相反する。

 …超絶なる敢闘精神は、科学をも凌駕するのである──っ!!」

 いつもならば自己紹介のみで終わる訓辞をそのように終えて塾長が去った後、二号と三号は解散となったが、一号達は残された。

 

 …そしてその日、男塾名物『大鐘音』が、夕方まで響き渡る事となった。

 剣が『魂のケイタイだ』とか叫んでいたが、まったく意味がわからない。

 ともあれ近隣住民の皆様、いつもお世話になっております。

 御迷惑をおかけしますが、何卒温かい目で見守っていただけますよう、お願い申し上げます。

 ああお願い、塾敷地内に空き缶等を投げ入れるのはおやめください。

 おやめくださいというのにこの野郎。

 

 ・

 ・

 ・

 

 次の日の早朝。

 朝礼の中断に始まり、最終的にご近所に迷惑をかけた事で、本人を呼び出して詳細を説明させたところによると、林の妹がその日心臓の手術をする事になっており、携帯電話にかけてきたのはその妹だったそうだ。

 不安になっているであろう彼女を励ましたかったのだと、傷と青痣だらけの顔でしどろもどろに説明を終えた林に問う。

 

「…それ、ちゃんと鬼ヒゲに説明したか?」

 …私の質問の意味が一瞬判らなかったのだろう、林はぽかんと口を開けて私の方を見返してから、ゆるゆると首を振った。

 

「……は?い、いえ、個人的な事情ですし…」

「そういう事情があると判れば、鬼ヒゲなら下手すればぼたぼた泣きながら、便宜を図ってくれた可能性が高いぞ?

 あの男、意外と情にもろいからな。

 ……次はないだろうが、機会があれば試してみるといい。」

「ええ〜……。」

 先に知りたかった、と困り顔で呟いた林に、私は更なる追い打ちをかける。

 

「…ともあれ、貴様のお陰で私は今日一日、近隣住民の皆様に対して、各家庭に謝罪行脚に回らねばならん。

 当事者として、貴様も今日は私に付き合え。

 ちなみに、塾長と教官には許可を取ってあるから、貴様に拒否権はない。良いな?」

「は、はい……。」

 不安げに頷く林に、私はにんまりと微笑んでみせた。

 

 ☆☆☆

 

 そして。

 

「総筆頭……ここは。」

「林ミカ。年齢は11歳。

 心室中隔欠損症の手術の為、先週からこの病院に入院中…で、間違いないな?

 ちなみに手術は無事成功したそうだぞ。」

 そう。私は謝罪行脚に付き合わせるという名目で、林を妹の病院まで連れてきている。

 

「…10分だ。それ以上の時間はやれん。

 もっとも術後まだ一日半ほどしか経っていないから、彼女の体力的にも長時間の面会は無理だろうが、せっかくだから顔くらい見せてやるがいい。」

「総筆頭っ……!!」

「時間を無駄にするな!

 10分などすぐに過ぎるぞ!!今からだ!」

「オ、押忍ッ!!」

 …面会用に用意されたマスクと帽子を看護師に着けさせられ、病室に連れていかれた林の、主に横に大きな背中を見送りながら、兄妹がいるというのはどんなものなのだろうと、ちょっとだけ思った。

 

 ・・・

 

 ロビー前の待合所で、他の患者さんの迷惑にならないようにと隅っこに立っていたら、何故か看護師のお姉さん達に囲まれてしまっていた。

 口々に話しかけてくる彼女達それぞれに返事をしていたら、側を通り過ぎようとしていた先生が立ち止まって声をかけてきた。

 私に寄ってきていた人垣が散り、それぞれの持ち場へと戻っていく。

 

「君は、藤堂(あきら)さんですね。

 …覚えていませんか?

 先週の、男塾への殴り込みの際、私もあの場に居たのですが。」

 やけに色気のある微笑みを浮かべたその先生はびっくりするくらいイケメンで、言われてみればあの時の黒眼鏡の中に居たなと思い当たった。

 まさかお医者様だったとは。

 何やってんですかと思うとともに、つまりはこの人は男塾OB、私の先輩であるのだと気がついて……そして、ある事に思い至る。

 

「…ひょっとして、飛燕先生ですか?

 9年前の襲撃事件の時に、母を助けてくださった。」

「…それは、覚えていて欲しくはなかったのですがね。」

 …目の前のそのひとは、少し困ったような微笑みを浮かべつつ頷いた。

 

 私が9歳になる年に、その事件は起きていた。

 いつも通り授業を受けていた学校へ父が迎えに来て、状況的に自宅の車は危険だからと、タクシーを拾って病院へ向かった事を覚えている。

 あの日、藤堂財閥が主宰する新聞社のビルが、軍用ヘリコプターで銃撃されるという、あり得ない事態が起きていた。

 その時たまたま父の名代としてその場にいた母をはじめ多数の重傷者が出ており、私たちが駆けつけた時には、母は瀕死の状態だった。

 その時の病院がここだったかまでは覚えていないのだが、手術をしてくれた執刀医の先生が男塾OBで、父の先輩だったと後から聞かされた。

 母はギリギリのところで命を繋ぎとめ、1ヶ月後には下手をすれば以前より元気になって家に戻ってきた。

 ちなみに後日、自宅の車を入念に点検したところ、やはり爆発物が発見されたらしい。

 つまり、本当に命を狙われていたのは父だったのだという。

 あれ以来、自分は日本を離れられないからと、父が母に海外の顧客との折衝を任せる事が多くなって、結果、母が滅多に日本へ帰れなくなったのは、恐らくはあの件と無関係じゃない。

 自分がいる筈だった場所に母が代理で立つという事態が、今後絶対無いようにとの采配なんだと思っている。

 

「その節はありがとうございました。

 あ…もしかして林ミカちゃんの執刀を担当されたのも飛燕先生ですか?」

「…ええ、彼女はわたしの患者です。

 そうか、彼女のお兄さん、男塾に居るのでしたね。」

「……どうして、その事を?」

「フフッ。わたしも、元男塾生ですから。

 …聞こえていましたよ。『大鐘音』の応援がね。」

 ………まさか。

 ここと男塾は、車で一時間以上の距離が離れている筈なのだが。

 もしかしたら手術中、あの声はミカちゃんの耳にも届いていたのだろうか。

 その時初めて剣の言った『魂のケイタイ』の意味がわかった。

 

 ・・・

 

 10分きっかりで戻ってきた林は、自分たちの応援の声が妹に届いていたと嬉しそうに語った。

 男とは、本気で願って行なえば、奇跡を起こせる存在なのかもしれない。

 

「…総筆頭。ありがとうございました。

 俺は今日のこと、絶対に忘れません。」

「?…私は何もしていない。

 礼ならば『大鐘音』を提案した、剣に言うべきであろう。」

「でも今日、俺をここに連れてきてくれたのは、あなたですから。」

 …だとしたら、私の心をそう動かしたのもまた、自分たちの起こした奇跡であるのだと、この子たちはいつ気がつくのだろう。

 

 ☆☆☆

 

 更に、翌日。校庭の桜の木の前で。

 

「押忍、藤堂先輩。林から聞きました。

 昨日は俺たちの代わりに、近所迷惑の謝罪に行ってくれたそうですね。」

「……剣か。ここで何をしている。」

「押忍!その件も含め事情を、林が鬼ヒゲに報告したら、鬼ヒゲが泣き出して授業にならなくなったのでフケてきました!!

 鬼ヒゲの攻略法、伝授いただき、感謝いたします!」

「そこかよ!!」

 ねえ、挑戦はー?



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