戦国自衛隊 小田原の戦い (佐藤練也)
しおりを挟む

時を超える防人
1話


夕焼け色に染まった空の下。鮮やかな色合いに不似合いな硝煙が辺りに存在する家屋から立ち昇り、風に流されては辺りに焦げ臭さを漂わせている。煙が立ち昇っている場所は何も数箇所というわけではなく、現在その状況にある家屋が増加しているようだ。ひとつの町、全体が何かしらの干渉を受けて事案が発生してると見て取れる、まさにそのような様相であった。

 

「.....。」

 

迷彩服姿の男達が、等間隔に隊列を組んで周囲を警戒しながら市街地方向へ進む。彼らは、陸上自衛隊東部方面隊東部方面混成団隷下の部隊、第48普通科連隊の隊員達だ。武器を携え、その顔は緊張に汗がにじみ、命のやり取りをしている時のその形を成しているようだ。列の最前列からそう遠くない位置を歩く1人の青年自衛官、佐々木良太は、ローレディの状態を維持したまま小銃をいつでも敵に指向出来るようにと心に言い聞かせる。

 

「....!」

 

いよいよ市街地に入る頃、列の先頭を行く中隊長と思われる男が、ハンドシグナル(手信号)でもって後方の隊員たちに停止指示を出す。停止と同時に付近の建物等の陰に身を潜め、散開し警戒に当たる。中隊長の傍についていた小隊長ともう1人、無線機を背負った青年。吉田啓介は、周囲を見渡しながら、ひときわ汗をかき恐怖を感じているように見えた。

 

「全小隊に通達しろ。町に潜伏中の工作員を駆逐し、民間人の保護を実施せよ。」

 

「りょ、了解...!」

 

町からは怒号や悲鳴が響き、それに銃声、爆発音までもが木霊している。ただならぬ状況である。民間人が襲われている。先程から立ち昇っていた硝煙の原因は、工作員による略奪行為によるものだった。命令を受けた啓介もただ事ではないと認識したようだ。焦りが見え始めた彼の後ろから、1人の男が様子を伺っていた。小出高志、中隊の火器陸曹である。

 

「(えらく緊張しているな....。無理もない、こいつも含めた、俺たち初の実戦だからな....。)」

 

手の震えを必死に抑えながらも、ほかの小隊へ無線連絡を試みる啓介。そう、啓介自身も怖いだろうが、この戦いが48連隊、いや陸上自衛隊初の実戦なのだから。

 

「10(ヒトマル)より全小隊、工作員を排除し、民間人を救出せよ。」

 

「いくぞ!続け!」

 

 

中隊長を先頭に市街地へと突入していく隊員達。辺りに漂う血と火薬の香り、そして聞こえてくる日本語とは違う言語。間違いなく工作員の攻撃がこの市街地に及んでいることは明白であった。鼻につく臭いを他所に半長靴の靴音を響かせて颯爽と駆けていく。良太は駆けている途中、家屋から飛び出してきた小銃を携行している男に目を向けた。明らかに装備が異なり、更には私服を着て武装をしている。工作員に違いない、そう思った彼は89式小銃を男に指向した。

 

「!」

 

こちらに反応した男も、走りながら持っていた自動小銃、AK47で見出しをせずに撃ちまくってきた。切り替え軸部(セレクター)を操作して、「タ」まで持っていく。

 

「ふー.......っ。」

 

確実に頬付けと肩付けをしてから呼吸を整え、照星照門上(アイアンサイト)に敵を捉えてから、射撃を開始した。彼が伊の1番に引き金を引いた隊員だった。敵工作員が放つ弾丸は良太に当たることはなく、地面や家屋の壁面に着弾し跳弾した際の甲高い音を鳴らす。タンッ!タンッ!と良太の正確な射撃を受け、疾走していた工作員の男は転倒し動かなくなった。

 

「おいっ、憲法9条を忘れたのか?」

 

後ろから冗談交じりな口調で良太に喋りかける、1人の青年。矢野進は64式狙撃銃を構え、窓から身を乗り出し、今にも逃げ出そうとしている工作員に狙いを定めた。先程敵1名を射殺した良太は、一瞬驚いた顔を浮かばせた。と同時に引き金を引き、工作員を射殺する進。89式よりも増してる反動と射撃音を体に受けて、その後に彼はスコープ越しに敵が地面に倒れ伏したことを確認した。頬付けを解いた後、更に躍進をする2名の青年。

 

「憲法は改憲されただろ。それに俺はあの憲法は好きじゃない。あんな、日本を解体する為だけに作った憲法なんか.....!」

 

「あーあー悪かったよ、今は実状況中だ。熱く語るなら後でにしてくれや!」

 

冗談交じりに言った進の言葉に少々機嫌を悪くした様子の良太だが、今は彼の言う通り状況中だ。鉛玉がすでに飛び交う戦場に、自分たちが置かれていることを認識しなければならない。そう気を改めて温まった頭を冷やす。隊員達は道路上から家屋に接近し、生存者の確保と敵残存兵力の掃討を開始した。

 

「各家屋に潜伏している敵を制圧しろ!単独で行動するな!確実に最低2人で固まって行動しろ!!!」

 

「.......。」

 

市街地戦闘へ突入していき、この場所では民間人と工作員が入り乱れている。ある1室に突入しようとする、良太と進。進がドアを開け、良太が閃光発煙筒(フラッシュバン)を投擲する格好である。

 

「(準備はいいか?)」

 

「(ああ。)」

 

ドアを瞬間寸分だけ開放して、その隙間から投擲。床面に落ちた瞬間にけたたましい炸裂音が部屋に木霊して多人数のうめき声が聞こえたのを確認するやすぐさま突入する2名。うずくまっていた工作員数名を射殺したのち、付近に倒れている女性を横目で確認。部屋の制圧を確認し、良太がその女性の下へ歩み寄る。

 

「クリア!....どうだ?」

 

「.....脈がない。呼吸も止まってる。」

 

「....そうか。...まだ居る筈だ、次に行くぞ。」

 

部屋を出る前に、女性に手を合わせる良太と、それを見届ける進。引き続き市街地での掃討戦は続けられ、相次ぐ工作員との戦闘で常即含めた隊員に死傷者が出始めていた。工作員の掃討と同時並行的に進められていた民間人救出作戦も順調な経過を見せており、軽微であれど出てしまった死傷者の数と比して順調な推移である。

 

日が沈む時刻、地平線に太陽が隠れてからそう経っていない頃、小隊長の傍についていた無線手の啓介は、ただならぬ報告を無線を介して聞くことになる。

 

「10より全小隊、偵察部隊より報告。敵の大規模部隊が付近に接近中。部隊は救助した民間人を伴い、以下の地点へ集結せよ。繰り返す.......。」

 

「.....えっ!!!?」

 

なんと敵の工作員が大規模部隊を編成してこちらへ接近中との連絡が、啓介の耳に飛び込んできたのだ。これには緊張と恐怖に慄いている啓介の耳にはずいぶん堪えたことであろう。恐怖を必死に堪え、啓介は汗を吹きだしながら小隊長に報告した。その旨はすぐに中隊全部に広まり、車輌等に民間人を同伴させる形で後退することとなった。

 

「要救助者はどうするんですか?」

 

3t半トラックに乗車して回収地点にまで向かう間、小銃をおおむね敵方へ向けながら1人の青年が言った。白井祐希。彼はトラックの後部座席の最後尾へ腰を掛けて、絶えず後方を警戒している。その向かい側の席に腰かけている中年程の大柄な男が、先程まで居た町の方を見ながらそれに答えた。

 

「本来ならば後送して丁寧に弔ってやらねばならんのだが、状況が状況だ。のうのうと弔いをやっている時間はないということだ。」

 

「ですがこれでは...!」

 

 

喰ってかかってくる祐希に対し、落ち着いた様子で話す中年の男。佐藤浩二は、続けて言葉を放つ。

 

 

「祐希よ。これは災害派遣じゃない...。これは有事、実戦なんだ。敵は自然じゃない、人間だ!俺たちは、災害救助隊ではない。軍人だ!今は敵と殺し合いをしているんだ!...弔いや家族への御言葉は、ことが終えてからにでもするしかない。今は1日でも多く戦い抜いて、1人でも多くの敵を殺し、1人でも多くの日本人の命を救う!...それ以外に、救えるものを見たり、納得いかないことがあれば、手を差し伸べればいい。だがな....。」

 

「はい.....。」

 

「俺たちは、軍人だ。自衛隊という呼称は、愛着があって呼ばれている。災害派遣用の部隊。そう捉えられても俺は構わん。だが、俺はこの国を守る軍人だ。」

 

「.....。」

 

「....お前も、お前の目指す自衛官の姿があるんだったら、その通りにやれば良い。何も俺が言ったことが全てじゃないからな。」

 

「.....はい!」

 

 

 

少々言い過ぎたかなというようなそぶりを見せた後に、浩二は目線を再び町の方へと向けた。祐希はこの時から心の中に葛藤を抱え込む。自衛隊は、軍人、それともそれ以外の何かか。その組織に入っている自分は一体何者なのであろうか、そういった思考をこれから巡らせていくのである....。

 

 

 

 

 

「あれが回収地点だ。」

 

「ヘリが2機...、間違いないな。」

 

 

大型輸送ヘリ、チヌーク2機が駐機した状態で一行を出迎えた。指定された回収地点に到着した48連隊第1中隊の一行は、同伴していた民間人をヘリまで誘導し、民間人を乗せた2機のヘリが無事に飛び立つまで見送った。その後の行動に中隊は移行する。

 

「10より全小隊。事後は、群馬相馬ヶ原へ前進する。了解か、送れ。」

 

「11、了。」

 

「12、了。」

 

「13、了。」

 

 

中隊は連隊本部であり、部隊集結地に指定された相馬ヶ原駐屯地へと車を走らせる。

夜間は行動の秘匿をする為に車輌に遮光、偽装処置を施す。ゴムバンド、遮光板を車体に取り付け、すすきの葉などを括り付ける。ドライバーは個人暗視装置を装着し、夜間操縦をしなければならない。

 

「(良いよなあ、後ろの連中は....。有事の時にでも後部座席で居眠りとは.....。)」

 

暗視装置を付けながら夜間操縦を行う、村田大輔はバックミラーで後部座席の様子を一瞬伺い、心の中でそうぼやき捨てた。全員寝てるというわけではないが、1人2人は散見されたのでそれが気になったのだ。命のやり取りをしているのに、お前らは....。である。

 

「(まあ、言わないけどねえ。無駄に体力使いたくないし....。)」

 

「村田、この先はトンネルだな....。注意して進め。」

 

高機動車の助手席に座って前後左右の警戒をしているのは、小出高志。手には地図を持っており、相馬ヶ原駐屯地までの経路を遮光処置をしたライトで照らし確認しながら大輔に話をかけている。車内に赤い光が灯り、地図を僅かに照らす。

 

「了解。」

 

やがて前方に巨大な口を開けたトンネルが、第1中隊の到着を待ち侘びていたかのようにその場所で佇んでいた。

 

「(何回も通るが、やはり不気味な場所だなここは。)」

 

暗視眼鏡を通して警戒しつつ、慎重に前に進んでいく。暗視眼鏡に敵の姿は見えず、人の気配も感じない。やはりこのような不気味な場所には、敵も一切近づかないというわけだ。

トンネルの中へ入る前に暗視装置を一旦解除して、通常状態で操縦を開始する。

 

「......。」

 

続々とトンネルの中へ入っていく、第1中隊の車輌。最後尾の3t半トラックがトンネルに入ったところで、異変が起き始めた。

 

「....ん?」

 

 

先頭を走る中隊長車を操縦していた根室正平が、無線や車輌の異変に気付き声を上げた。交信するためのプッシュトークボタンを押していないのに、勝手に反応し、更には車輌の計器類まで意味不明な挙動をし始めるにまで至った。

 

「....なんか起きたな。」

 

3t半トラックに乗車していた真田義孝は、状況の変化に気付き周辺を見渡した。隊員個々の健康状態は異状なしと認められるが、状況がいまいち把握出ない。しかし何かが変わったことは直感で感じ取ったようで、幌の隙間から外の状況を観察する。先程まで点灯していたトンネル構内の電灯もすべて一斉に消えている。そして一斉に止まる1中隊の車列。急ブレーキ気味な挙動のおかげで後部座席で寝ていた隊員達もこれで目が覚めたらしく、辺りをきょろきょろと見まわしている。

 

「.....どうなってる?」

 

全車輌が一気に同じタイミングでエンジンが強制的に止まり、そして無線を含む電気機器系統全てが機能停止という事態に陥った。つまり部隊の足である車輌も動かなければ、夜の目として必要な暗視装置や懐中電灯も使用出来ない。携帯電話、スマホも例外ではない。

 

「....トンネルの中から動けないということか。俺たちは。」

 

「ああ。敵が両脇から来たら袋の鼠だな。」

 

点呼確認の為、一旦車輌から下車する隊員達。トンネル両脇に対して歩哨要員を6名程つかせ、無数の声が構内に.....響かなかった。周囲は暗闇で明かりが全くない状況。人がいるかもわからない状況なのだ。トンネルと言えば、声が反響する場所であるがその現象が全く起きない。どういうことか全く理解できない隊員達は、辺りをしきりに見渡した。

 

「.....。」

 

歩哨についていた隊員の1人が、音を聞いた。田園などでよく聞く、カエルの鳴き声だ。まさかトンネルの中でこんなにカエルが鳴くワケないだろうと思いながら別の方角を見やると、そこには理解しがたい光景が広がっていた。.....

 

「....なんで.....、こんなことが。」

 

辺りは、見渡す限りの田園風景に囲まれ、ちょうど第1中隊の立つ位置が田んぼのあぜ道となる格好で存在していたのだ。

 

 

「.......ガチかよ....!」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

「.....。全小隊、人員を確認した後報告せよ。」

 

第1中隊長は隷下の小隊に点呼を実施させ、人員の掌握を始めた。とりあえずは人命を預かる指揮官としてとるべき行動と言えばそうだが、周囲の状況に著しく変化が生じていることに対しても無視はできない。それに加えて、先程一斉にダウンした車輌、機器類の状態も気がかりだ。一時的に遮光だけ解除して、装備品の点検も実施させる。

 

「(...さっきまでトンネルに居た筈だがな、俺たちは。)点呼終わって余裕のあるヤツは武器装具、あたって点検しとけ!」

 

頭上を見れば、無数に瞬く星たちが夜空に浮かんでいるのが見える。なんともロマンチックな光景だが、今はそう言っている余裕もない。安全な状況下ではないことを前提に行動しなければ、いつまた工作員に襲われるとも限らない。点呼を終了した後、浩二は武器の入念なチェックを部下たちに命じ現在の時間を使って実施する。

 

「武器装具、共に異常なし。」

 

「同じく異常なし。」

 

同じ小隊で班である、良太と進も武器点検を終え、それを浩二が小隊長へ報告する。小銃等武器が不調ではなければ戦えはするので、一部の確認だけでも取れたといったところか。現在は車輌や無線機の状況確認、良太や進も自身の個人物品の確認をする。

 

「おお、俺のスマホ生き返った。」

 

「本当だ!....俺も今は普通に動いてるねえ。」

 

「(戦場でスマホなんぞいじりおって、ガキどもが....。)」

 

半ばあきれた様子で2人を見やり、兵士でもまだ歳相応ということか。しかし既に起きていた異変に、良太や進も気付き始めた。

 

「ん?おい、良太。」

 

「....進。お前もか。」

 

2人でお互いのスマホの画面を見せ合いながら、何か確認しているようだ。それに気づいた浩二は自身も携帯電話を開き、確認する。電波が入っていないことを知らせる、圏外の2文字が画面左上に表示されていた。試しに電源を消して、再起動をかけてみる。やはり圏外のまま、表示は変わらなかった。

 

 

「さっきから状況が読めないな....。」

 

「だな。トンネルで立ち往生していると思ったら、いつの間にか田んぼの真ん中にいるなんてな....。」

 

 

電波が回復しないスマホを戦闘服の胸ポッケにしまい、辺りを忙しなく動く士官の姿に目を向ける。無線手である啓介も小隊長に随行して、把握できた状況から逐次小隊長の命令で送信を実施している。

 

 

「10。全小銃小隊、人員、武器装具資材、異常なし。」

 

「10、了。車輌の復旧状況はどうか?」

 

「えー、......。現在確認中である、送れ。」

 

「了。掌握次第追って知らせ、終わり。」

 

 

どうやら無線交信は正常に行われているようだが、無線機の電波は飛んでいるのに携帯電話の電波が飛んでいないということになる。しかしそれから色々と問題が生起し始めた。先頭の中隊長車内で他部隊との無線通信を試みる正平は、ただならぬ予感を感じずにはいられなかった、冷静に対応する彼は焦りを見せることなく周波数を設定して、無線網図を確認しつつプッシュトークボタンを押しながら交信を続ける。

 

「00、00。00、00。こちら10、10。送れ!」

 

プッシュトークからは虚しく雑音が送られてくるばかりで、人の声は入ってこない。目下、他部隊との連絡が取れない状況下である。

 

「(俺たちが立ち往生している間に、何かことが起きたのか...。)...中隊長、駄目です。小隊を除いてどこの部隊とも交信出来ません。」

 

「わかった。....引き続き交信を継続せよ....。」

 

「了解。」

 

それから10分も経たないうちに全ての車輌がエンジンを吹き返し、部隊として稼働する状況にまで回復した。エンジンがかかった様子を見て、隊員達も足を失わずに済んだという思いで案堵する。これからの行動について、中隊長、小隊長間でのブリーフィングを実施した上で行動を再開することとなった。急ぎ相馬ヶ原へ到着して友軍部隊との合流を果たさなければ、戦況に大きく左右する。1個中隊の戦力でも、自衛隊は欲しているのだ。

 

「我々は、引き続き相馬ヶ原への前進を継続する。急ぎ他部隊と合流して、戦力の充実を成さねばならない。敵工作部隊もかなり増強されているとの報告も移動前の段階で受けている。」

 

「中隊長、ですが現在位置が不明です。先程と環境が一変しております。地図を見ても先程のトンネルはおろか、山岳地帯はなく田園地帯が周辺に広がっています。現在位置測定の為GPSを使用しましたが、これも機能せず。状況を把握する為にも、斥候要員を中隊から選出して情報を得られた方がよろしいかと。」

 

 

中隊長車付近で幹部がブリーフィングを実施している頃、陸曹や陸士階級の隊員達は各班ごとにまとまって消耗した分の弾薬を弾薬車から引っ張り出し、補給作業を行っていた。弾倉に1発1発丁寧に弾丸を入れていき、それを弾納に収納する。各人に配当される弾数は180発。弾薬車担当である1台の3t半トラックには、まだ弾薬が荷台に所狭しと積載されていた。装弾作業を終えた良太と進は荷台にある未開封の弾薬箱を見やる。

 

「これだけあれば、まだ当分の間はもつな。」

 

「相馬に行けば、追加で補給出来るかもしれないしな。」

 

戦いは始まったばかり。これからどれぐらいの弾薬を射耗するのか2人にはまだ知る由もなく、それを考える間も時間という存在は与えてはくれないのだ。

 

 

敵工作員部隊以上の脅威となる、『時間』という巨大な脅威に、彼らは未だに気付いていない.....。

 

 

ブリーフィングの結果、中隊から斥候要員を出して状況偵察を実施することとなった。斥候の長は、大輔である。次に大輔が斥候要員数名を選抜する。

 

 

「陸士を連れて行く。イキのいいやつ、それから無線が使えると良い。良太、進。あとそれから啓介、祐希だ。」

 

「はい!」

 

 

陸士4名を選抜し、武器や無線機、装具などを携行。出発前の点検を済ませ、斥候班は出発した。田園地帯から付近の森林地帯へと伸びる畔道を5名は進んでいき、その姿は草木の陰に阻まれやがて見えなくなった。

 

 

明け方.....。太陽が東から昇って、作物に光を浴びせる。暗闇をのけて暖かい陽光が照る中、草木の植生が富んだ整備の行き届いていない道路付近、大輔率いる斥候班は周辺を確認しつつ、錯雑地に潜伏中であった。時刻は大体8時頃を回ったところ。時計に目をやってから周囲の状況と、携行していた地図を確認する大輔。明らかに状況が違うことに、否が応でも気付き始めている。道路は舗装されておらず、そして標識はおろか偵察を実施してから数時間、電柱の1本たりとも現代的なものが何ひとつ、目につかないのである。

 

「10、こちら50。定時異常無し...。」

 

「50、こちら10。了。」

 

「.....。大村2曹。」

 

「なんだ?」

 

無線で定時報告をする啓介。その近くで双眼鏡を覗いていた進が、何かを発見したようだ。敵を発見したかと考えたがそうではないらしい。どうやら農作業をしている農夫や老婆のようだ。進から双眼鏡をもらい、大輔が覗くと、そこには紛れもない農作業をのんびりとした様子でこなす老若男女の姿が映っている。

 

「おかしい...今は有事の際中だぞ。国民保護サイレンだって鳴っているのに。」

 

「呼びかけますか?」

 

「工作員は日本人だったら見境なく襲うぞ。そうする他ない。」

 

 

5名は錯雑地から這うようにして出て、農作業をしている農夫と思われる者へ声をかけた。武器を所持しているので怖がられる公算は高いだろうと踏んでいた大輔は、なるべく恐怖や刺激を与えないようにゆっくり丁寧に声をかけた。

 

「すみません、作業中のところ失礼致します。」

 

「....?」

 

農作業の途中で手を止めて、こちらへ顔を向ける農夫。あまり驚いてはいないようだが、珍しいものを見るような目でまじまじと5名を見ている。それに気づいた周りで作業をしている人々も、手を止めて歩み寄ってきた。この時点で5名は更におかしいと思い始めた。農作業に使う軽トラ、田植えなどに使う耕運機などの姿は無く、飼馬と思われる馬が数頭畔道に止められている。最近の農家にしてはかなり古い容姿である。まるでタイムスリップでもしたかのような気分に、大輔達は襲われていた。

 

「お勤め中のところ、失礼致します。我々は陸上自衛隊の者です。」

 

「はあ....。どこかの、お役人さんでしょうか.....?」

 

「でもおかしいねえ。見たところ刀を持ってないようだが.....。」

 

「侍らしい格好でもねえしなあ....。」

 

いよいよおかしなことになってきたと、農夫達の言葉を聞いてから5名は悟った。刀?役人?侍?いつの時代の話をしているのだ。とりあえず国民保護、有事が生起したことを報告して、大輔は彼等に即刻避難を促した。

 

 

「日本国内全土において、工作員が活発に活動しています。危険ですので、直ちに避難してください!」

 

「あんたさっきから何をわからないこと言ってるんだ?おふざけなら他所でやっててくんない。」

 

「いえ、ですから.....。」

 

 

「きゃああああああああああああ!!!!!!」

 

 

言葉を言いかけた時に、どこからか響いてくる悲鳴にその場にいる全員が反応した。5名は即悲鳴の聞こえた方へ駆け出し、そのまま畦道を行く。それを後ろから農夫達も追いかける。畦道を行った先には農家が数棟確認出来たが、そのうちの1棟に何やら複数名の男が群れを成し押し入ろうとしている。人数にして10名ほど。甲冑らしき装束を身に纏い、刀をそれぞれ帯刀、もしくは手に持っているようだ。

 

 

「(とても工作員の風貌とは思えんが....、ありゃあただ事ではないな。)」

 

「あっ、お松!!」

 

「ちっ、もうきやがったか...!」

 

農夫の1人が叫ぶように、名前を呼ぶ。今家屋から男数人に引きずり出されてきた1人の女の名前がそれなのだろうが、この男達はただならぬ雰囲気を漂わせている。後ほどこの男たちがこのお松という女にどのような真似をするか知れたも同然。大輔のすぐ後ろを付いてきた4名も、この状況はただ事だとは思わなかった。悪態をつく薄汚れた甲冑の男は、5名と農夫達に言った。

 

「おいっ!!今すぐ金目のもんか飯をたらふくよこしな!この女をぶっ殺されたくなかったらなあ!!」

 

刀をお松の首根っこに近づけて斬るそぶりを軽く見せた後に、男は言葉を言い放つ。それに対して農夫はお松を帰してくれと言うが、その言葉にどこ吹く風と言うかのよう。男達は刀を振り上げながら、農夫達、5名の居る方へと近寄っていく。

 

「聞こえねえなあ....。何もでねえんだったら、最初にお前らを血祭りにあげてから女を辱めて殺してやるよおぉっ!!!」

 

 

刀を大きく振り上げ、農夫に対して斬りかかろうとする男と、恐れ慄く農夫を前に...。

無数の発砲音が周囲に響いた。5名が一斉に発砲し、その男が血みどろになってその場に倒れ伏せる。それに驚きながらも他にいた男達も大輔等5名に斬りかかってきた。それも間髪入れずに引き金を引き、的確に小銃弾を男の身体へ撃ち込んでいく。射撃音が辺りに木霊し、近くに居た農夫達は瞬く間に血を吹き出し倒れていく男達の姿を見る。お松という女を捕らえていた男の眉間もしっかりと大輔が撃ち抜き、10名の男は5.56mm弾、7.62mm弾の応酬を受け血を身体から垂らし絶命した。敵が絶命したかの最終確認も怠らない。大輔はそれぞれの死体への確認を4名に指示した。頸部に手を触れ、脈拍を確認する良太、進、祐希。啓介もビビりながらであるが、手を添えて確認する。

 

 

「確認しろ。」

 

「.......。クリア。」

 

「了解。.......一体何なんだこれは.......。」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

「10、こちら50。送れ。」

 

「こちら10。接敵したのか?送れ。」

 

「その通りである。....。民間人や50が攻撃を受けたので、制圧を実施。」

 

中隊との無線交信に対応する啓介は、どのような言い方が良いものかと考えながら報告をする。農夫とその身内の女と思われるお松という少女を、襲い来る男達から救った大輔達5名。刃を向けられ人質を取られたという危機的状況であったが、こちら側には誰1人とて死傷者は出なかった。所は先程男達が押し入った農家の中。助けて頂いたお礼にと農夫や女達からのもてなしを受けているところだった。本来であるならば、このようなことはせずに即刻中隊へ復帰して報告を済ませなくてはならない。

 

「50の現在地はどこか、送れ。」

 

「畦道から森林に入って、道なりに進んだ先である.....。(あとこれどう説明したらいいの.....。こんなことしてるの見つかったら絶対怒られるレベルじゃ済まないよ....!)」

 

状況中、有事の真っただ中である時に民間人からの接待を受けている世界の軍隊....。いや意外とどの国の軍隊もこういうことはあるかもしれない。現地住民との友好的コンタクトは自身の保身、周辺からの理解について非常に重要な項目である。そう無理やり考え、この行動は必要なものだと、啓介は1人勝手に納得した様子でプッシュトーク越しに中隊との交信を終了した。

 

「了解。中隊もそちらへ前進を開始する。終わり。」

 

「50了。」

 

 

屋外で無線交信をしていた啓介は、ふうっ。とため息をつき、晴れ渡っている空を仰ぎ見た。空が綺麗なのを見ると、心穏やかになる。そんなことを思う彼の近くに、着物姿のあどけない複数人の子供達がやってきて彼をまじまじと見ている。

 

「.....?」

 

屋内では、大輔、良太、進、祐希の4名が農夫の娘の1人が淹れたお茶を各々のペースでゆっくりと飲んでいた。かなり古い造りの、まさに純粋な日本家屋と言って良い住居。ほとんど博物館などでしかお目にかかれない、今の世の中から姿を消した農機具等が土間の壁に掛けられ、先程から火が焚かれている囲炉裏、スニーカー等の履物は一切ない玄関が、平成、昭和生まれの人間には凄く珍しいものに感じる。お茶をすすり終えた大輔が、ゆっくりと農夫へ質問を投げかけた。

 

「.....色々と、お伺いさせていただきたいことがあります。.....よろしいですか?」

 

「ええ。私共で答えられれば。」

 

「ありがとうございます....。今この場所は、どういった所ですか?」

 

大輔は先程の襲い掛かってきた武者のような風貌の男達、この周辺状況の著しい変化、そしてここにいる農夫達の明らかに今の時代では見ることのない恰好。そして認識の食い違い。それらを踏まえた上で、質問をする。農夫がその質問に対して答えた内容に、大輔達は言葉を失った。

 

「ここは、北条氏直様が治める相模国(さがみのくに)、中郡。その中にある大住と呼ばれている場所の外れです。....お役人様方も、氏直様の遣いの方々と思っていたのですが.....。この場所をご存じないということは、旅のお方ですか?」

 

「........。」

 

 

北条家。当時各地で割拠する戦国大名の中で一大勢力を誇り、あの豊臣秀吉や武田勝頼などと戦を交えた力のある大名である。最後は相模国にて行なわれた小田原合戦で豊臣方へ降伏し、国主である北条氏直は自決。これにより北条家は、戦国大名としての存続を絶たれた。その人物の名前を聞き、もはや意味が分からなくなってしまった様子の4名。大輔の質問を追うように、良太も農夫へ質問を手短に問う。

 

「今は何年ですか....?」

 

「天正17年です。」

 

「!......天正17年......。」

 

 

頼むから冗談と言ってくれと、そう口から出かかっている言葉を制御する。情報を鵜呑みにはしない。1人から得られた情報をどの範囲まで絞って現実問題として認識するか。という問題になってくるが、昨日までの状況の変化の具合から見て妥当な気がしないでもない。もしこれが偽りの情報ならば、彼らはとっくに工作員と会敵して銃撃戦を繰り広げている筈である。昨日報告が入って部隊が移動している間にも、各地で続々と工作員の動きが確認されたことも考えて。会敵しないのは、やはりおかしい。

 

「.....そうですか。」

 

「はい....。先程から、えらくお焦りになられている様子ですが.....。」

 

 

「いえ.....。」

 

 

農夫の言葉にどう返せばいいのか、返答に困る大輔。息苦しくあるその空間に、1人だけ例外な人間が居た。進である。好奇心旺盛な彼の性格から、この予想外な展開を今楽しんでいるように見える。

 

「(戦国時代かあ....。通りで空気が澄んでるわけだ...。)」

 

それを他所に外では、先程から複数の少年少女と仲良く遊ぶ啓介の姿があった。少女からお手玉を習っているらしく、少女はその見ている彼のすぐ側で楽し気に遊んでいる。やってみてとお手玉を手渡される啓介も、このような手先を使う遊びや技能には結構長けている為、、上手く出来たりする。3つのお手玉を少女と少年の目の前でヒョイ、ヒョイと回して見せた。それを見て喜ぶ2人、微笑ましい光景である。

 

「(この子たちも、僕たちが守らなくちゃいけないんだ.....。こっちに向かってくる奴らと、戦わなくちゃいけないんだ.....。)」

 

有事の際の、束の間の一時。と言いたいところではあるが、その状況とは既に切り離されてしまっている。農夫が言う通りここが天正17年の日本なのであれば、工作員など活動しているわけがない。時間が何らかの形でもって彼等に干渉し、時間の果てへ飛ばしてしまった。もっと簡単に言うのであれば...........。

 

 

彼等、第48 普通科連隊第1中隊は、平成から戦国の世へタイムスリップしてしまったのである!

 

中隊主力は斥候班と合流する為、車列を前進させていた。パジェロジープや高機動車、3t半トラックや軽装甲機動車のエンジン音をけたたましく田園、森林に響かせて進む。そしてそのエンジン音に加えて、遥か彼方から聞き覚えのある音が耳に入る。ヘリの飛行音である。高機動車のドライバーを代行していた高志は、その飛行音を聞いて機種を判別する。

 

 

「UH-1Jか。」

 

 

高志の言った通り多用途ヘリのUH-1Jが中隊車列の上空を通過し、車列の後方まで行った後にまた折り返してきた。このようなものが天正の空に飛ぶわけもなく、あちこちで目撃した者の間でたちまち話題となり噂は広がり始めている。

 

相模国足柄下、小田原城。相模国を治める北条氏直が居城する難攻不落の名城であるこの城は、越後上杉軍の攻撃を耐え忍んだことで知られている。その天守閣内に、複数人の男達が居た。1人は上座に腰を掛け、高い位置に胡坐をかき姿勢を正している。その男こそ、時の北条氏直(ほうじょううじなお)。そしてその家臣である大道寺政繁(だいどうじまさしげ)、清水康英(しみずやすひで)、松田憲秀(まつだのりひで)等の姿もあった。

 

「先刻の鉄の鳥、なかなか興味深いものだ。」

 

「殿。あのようなものは、今まで見たことが御座いません。」

 

「わかっておる。儂も鉄でできたものが空を飛ぶなどと、考えたこともない。」

 

 

一同は、先程空を飛んでいた鉄の鳥、ヘリコプターについて軍議を開いているようだった。問題は、その鉄の鳥がどこから飛んできたかということだが、あれがこちらに仇成す者であったならば、相模国、北条氏の危機。今までにない最大の脅威となる。家臣たちはそれを恐れているようだったが、城主の氏直はそれよりもどのような存在かを明確にした上で、一体どれ程の力を持っているのかをこの目で確かめるべきという考えを示した。

 

「まだ敵方と決まったわけでもなければ、こちらの軍勢のものとも限らん。今のままでは、判断をするにあまりにも早計であろう。知らぬ事ばかり故な。」

 

「されど、殿。近い内に豊臣方と何があるかも解りませぬ。このような緊迫している状況では、もしあれが豊臣方のものとすれば....!」

 

 

中でも政繁は、ヘリコプターに対して異様な恐怖感でも感じるのだろうか。敵視をする声を主に挙げている。彼は北条家の重臣の中で、複数ある御由諸家と呼ばれる家柄の人間である。御由諸家とは古くから北条と関係しており、戦国が始まる前の世に繋がりを持った者同士が主君と家臣の関係になったことが、ルーツとなっている。彼の家は古くから北条に仕えている身である為、厚い信頼関係を築いている。氏直は気にすることなく口を動かした。

 

 

「どこから飛んできたか、はっきりと見た者はおるか?」

 

その氏直の問いに、康英が答えた。彼も古くから北条に仕え、伊豆の豪族達を束ねる。相模国の軍勢の中でも水軍を指揮した名将で、小田原の合戦においては最後の最後まで豊臣方相手に奮戦した勇猛な氏直の家臣である。

 

「西の方より飛んで参りましたと申す者が複数。その時櫓に立たせていた兵も、その方角から飛んできたと申しておりました。この目ではっきりと見てはおりませぬが。けたたましい音は、確かにその方より聞こえたように思えます。」

 

「わかった、西か。....紋は付いていたか?」

 

「日の丸が、横腹に描かれていたと聞きます。今のところいずれの軍勢かは、先程殿が申された通りです.....。」

 

 

今のところ、鉄の鳥...。ヘリコプターに関する情報が不確定な状態だ。これを早急に解明し、どのようなものかを把握する必要がある。彼は豊臣方との戦に備えていた。東海道、奥州を伊達、徳川との同盟でほぼ掌握してもなお、豊臣方の勢力に及ばず、このままでは近いうちにこの東海道、相模国も同盟諸国諸共島津や長曾我部のように討ち取られると、危機感を抱いていたのだ。最悪は籠城戦に持ち込んで越後上杉の軍勢を追い返した時の如く、豊臣方を一蹴する気でいるが、それでは領民の者に負担をかけ、不満が募る。氏直は戦を有利に進める為にも、純粋に強大な戦力を欲していた。

 

「飛び去った時は、どちらを向いておった?」

 

「北の方、中郡にある大住辺りに飛んで行ったかと。」

 

「そうか...。明日、大住に向け出立するぞ。皆、用意しておけ。」

 

「ははあっ!!」

 

 

腕時計の針が12時を回った頃。相模国、中郡大住の外れ。第48普通科連隊第1中隊が農家の付近に車列を停め、また先程合流した1機のUH-1Jは今は使われてない畑に簡易発着スペースを設け、そこへ駐機させた。斥候班の情報報告と現地住民への情報聴集を行っていた。隊員達はそれぞれ車輌から下車し、周辺を警戒しながらその場で待機する。

 

 

「....解りました.....。御協力ありがとうございます。」

 

「いえいえ。私達も、貴方様方の御味方に助けていただきました。.....もし、よろしかったらここでゆっくりなさってはどうでしょう?聞いた話では、行く宛てもないとのことでしたので、うちの村でよければ空き家もございますし、いくらでも使っていただければ。」

 

「........。」

 

 

第1中隊の隊員達はこの日、村長からの許可を得て村を中隊野営地とし今後ここを拠点に活動することとなる。そして今ある状況を村民達からも聞き、これによって全員が戦国時代.....。天正17年、すなわち1589年の日本に居ることを認識することとなった。そう、あの北条氏の運命を決める小田原城の戦いまで、あと1年の時のことだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

戦国時代にタイムスリップしたという事実を受け入れて、そこから現代の人間は何を思い行動するだろう。それこそ人によってさまざまであるが、まず受け入れるということから始めてそれを認めない人間も、もちろんいるものだ。夜、漆黒の闇が辺りを包み、街灯が1本もない世界に星はひと際輝いて目に映る。ヘリや車輌の周辺を警戒する隊員は、暗視眼鏡を装着して辺りに目を光らせている。良太も今現在動哨係を任されており、実包を装弾した弾倉を小銃に装填している。

 

「(ここは平成じゃないからな.....。下手したらまた昼みたいに野盗が襲って来ないとも言えないし。...。)」

 

3t半の陰に誰かいないか、車輌の下などに忍び込まれていないかなど、入念な点検を行うが未だに侵入者の兆候は確認出来ない。時々他の隊員とすれ違う以外に人を見ることはないが、時々林がざわつく度にその方向に銃を指向し誰何(すいか)をして確認する。演習場で訓練をしている時などはよくこの音を聴き、確認の結果殆どの場合が動物だったりする。動物の種類にもよるが、シカなどの草食動物であればすぐに逃げるが、熊などの肉食系動物はそれこそ個体差はあるが襲ってくる。

 

「.....。しょんべん。」

 

他の立哨動哨についている隊員に報告して、雑木林の中に入る。そこで用を足していると、不意にガサガサと音が鳴る。良太は急いでズボンを上げ、小銃を据銃し銃口を音のした方へ指向する。

 

「誰か!」

 

誰何をして、識別確認をする。この場合所属部隊、氏、階級、合言葉を適切に言わねば友軍であっても射殺される可能性がある。因みに合言葉はその都度変わるので、外部に出て夜間に帰ってくる者はしっかりと覚えてから行かなければならない。

 

「48連隊1中隊、矢野士長!」

 

「山!」

 

「川!」

 

繁茂するすすきの葉の間を掻き分け出てきたのは、進と他の一等陸士3名であった。彼等は周辺の状況偵察に出かけていた為、少々帰るのが遅くなってしまったようだ。田園地帯、森林地帯付近には錯雑地がたくさんあり見通しが困難な場所が多く、迷いかけてしまったが何とか辿り着けた。暗視眼鏡を上にあげて目から離し、1回ため息をつく。背中に装着している水筒を手に取り、水を一口飲むと美味そうにまた息を吐く進。

 

 

 

「よう、良太。俺達はもう寝るぜ。そうだ、小隊長に報告しないと....。」

 

「お疲れ、皆。また明日な。」

 

「ああ、お休み...。良太もお疲れな。」

 

 

良太は進達が任務を終えて、自身の天幕へ戻っていく様子を見届けた。複雑な錯雑地を何べんもしかもこんな夜遅くまで駆け抜けていたのだから、それは疲れるだろう。常備自衛官も顔負けの働きぶりである。良太もこれから一晩寝ずの番をしないといけないのはキツイものがあるが、この役割は重要である。

 

 

「.....。」

 

その良太の姿を家屋の影からじっと眺めている1人の少年の姿があった。朝、啓介と一緒に遊んでいた子供達の内の1人のようだが、その少年が小さな足取りで良太の方へ向かっていく。暗い闇を見透かす暗視眼鏡にその少年の姿が映ると、良太は暗視眼鏡を目から外し少年を肉眼で確認した。

 

「天狗みたいだね。」

 

「天狗?....ああ、暗視眼鏡のことか。.....というか、寝てなかったの?」

 

「うん。寝れなくて起きちゃった。」

 

 

なら仕方ないなと言うように、その場で辺りを見渡しながら良太は自分の懐をまさぐり何かを取り出す。その手に握られたものが、少年は気になっている様子だ。手にはキャラメルが握られており、装具に装着していた懐中電灯で照らして少年に見えやすいようにする。

 

「?」

 

「食うか?キャラメル。」

 

「....キャラメル?」

 

 

少年の手の上にキャラメルを1粒載せて、食べるように促す。食べても安全だということを少年に確認させる為に、自分も包装を解いてから1個口に放って舐めて見せる。口の中に甘みが広がり、思わず笑顔がこぼれた。

 

「.....うん。うまい。食べてみてよ。」

 

 

「......。」

 

 

何秒か経って、少年は自身の手に載せられたキャラメルを食べようと良太と同じように包装を解く。それから口の中に入れてゆっくりと味わうようにして舐め回し、次第に甘さが口に広がっていくのが解ったようだ。少年の顔にも笑顔が起こる。

 

「甘い...!」

 

「だろ?」

 

 

お互いにキャラメルの美味さに納得したかのように笑い合う。縛るに縛られた平成なんかとはわけが違う、あの時代とは別の時代に俺達は今生きて居るのだと少年とのやり取りだけでつくづくそう思えた。心豊かになれる時代、確かに殺し合いが当たり前のように起こる残酷な時代だと思う人間も少なからず多くいるだろう。だが良太はそれ以上の人間の暖かみにこれからも触れられるような、そんな感じがした。文明が栄えた時代ではなくとも、平成に戻れないとしても。それが今ある自分や仲間、周囲の人々の状況にとってプラスになることなら、何でも喜んでやりたいと、自然とそう思えてきた。もとよりこの国の為、良太は即応予備でも自衛官であり続けている。先日もこの気持ちで戦った。ならばこの国の為に、手の届く範囲でやれることをどんどんやっていこうじゃないか。その気持ちが、言葉になって小さく口から出てしまった。

 

 

「まずは、相模国か.....。」

 

「どうしたの?」

 

「いや。なんでもないよ。」

 

 

今は1589年....。天正17年8月。すなわち史実によれば、この相模国が豊臣秀吉に攻撃され属国となる日まで約1年。歴史を変えるにはそれを覆さなければならない。無論、絶大なリスクを伴う。タイムパラドックスという現象が起こる可能性があるのだ。本来の歴史には存在しない人物が歴史の舞台に立ち何か事を起こせば、歴史という大いなる存在はその存在を抹殺せんと様々な力を働かせてくる。歴史を覆すと口では簡単に、心の中ではいくらでも言うことは出来るが、実際それをやるのは至難の業だ。

 

 

歴史を覆そうとするのではなく、その場の成り行きで動くわけでもない。人類の歴史は、人類自身が正しいと思ったことの積み重ねで出来ている。ならば自分も違う時代の人間だが、生きている人間には違いない。ならば今自分が居る時代で、自分が正しいと思うことをこれからやっていこうという、その考えで良太自身まとまりがついたようだ。

 

 

「(時代が変わろうとも、俺のやることは変わらない。隔たりは勿論あるだろう。たかだか上等兵....、陸士長が出来ることなんて限られちゃいるが、出来ることが無いわけじゃない。足軽レベルの人間でも、色々やっていくんだ...!)」

 

 

少年と共に星空を見ながら、キャラメルをもう1粒ずつ少年と分けて舐める。少ししたら、良太は少年を家に帰らせ、彼も動哨業務に復帰した。

 

 

 

 

翌朝3時半頃。再度周辺状況の偵察、安全化を実施する為、編成された斥候班が村を出発した。半径5km圏内の偵察のみとし、火器を携行。明らかに攻撃の兆候、または敵対する動きを見せた場合は即刻射撃し制圧せよとの指示を斥候班は受けていた。パジェロに乗り指定圏内ギリギリまで走らせてから、隊員を下車させ、ドライバーはパジェロを隠蔽できる場所へ隠す。

 

「...。」

 

息を殺して錯雑地へ進入し、陣地占領、潜伏を開始。この道を普段どれぐらいの人間が往来し、どのような人間がここを通るのかを確かめる為。パジェロが平気で通れる道なのだから、おそらく大名クラスの人間も通る道だと思いながら斥候班は待機する。

 

「10、こちら50。位置についた。送れ。」

 

「了解。そのまま待機せよ、送れ。」

 

「50了」

 

 

少しするとぼちぼち人通りが増えてきた。商人や、運び屋等が道を行く。何時間か経ち、初めは何人か固まってくる程度の往来だったが、何やら鎧武者の集団が列を成して歩いてくるではないか。斥候班はこれを中隊本部に報告した。

 

 

 

「00、こちら50。鎧武者の集団が2列縦隊を組み徒歩行進中、送れ。」

 

「00了。なお方向は観測出来るか、送れ。」

 

「待て...。....」

 

斥候班が村長から渡された地図と自前の地図を照合して分析した結果、殆ど自分たちが来た道と同じルートを通っていることが明らかになった。このまま行けば村や中隊野営地まで一直線である。

 

「10、こちら50。目標の進行経路上に中隊本部、村あり。警戒せよ送れ。」

 

「了解。全小隊を配置する。50はそのまま待機せよ。」

 

「こちら50、了解。」

 

 

鎧武者の集団を見送り、その場で潜伏する斥候。鎧武者の集団は確実に中隊本部に迫りつつあった。村では鎧武者の集団が近付いてくることを中隊長が村長に報告したが、そう身構えることはないと村長は言う。村長が言うにはその鎧武者の背負う旗印を見れば解るとのことらしいが、中隊本部はもう1度斥候に無線交信する。

 

「50、00送れ。」

 

「00、こちら50。」

 

「鎧武者の識別を確認できるか、送れ。」

 

「00、待て。」

 

双眼鏡を覗く斥候班長。双眼鏡の先には白地に黒の三角模様のような、家紋らしきものが刻まれた旗竿が空にめがけて幾本も掲げられていた。その家紋は北条家の家紋であり、北条鱗と呼ばれる家紋である。折り返し無線交信する斥候班長は、正確に情報を中隊本部へと伝えた。

 

「00、こちら50。先程の鎧武者は、三角の家紋のような旗を掲げている。繰り返す、三角の家紋らしきものが見える、送れ。」

 

「(三角の家紋?)了解。50は別命あるまでその場で待機。異常発生次第、直ちに応戦。無線にて報告せよ、終わり。」

 

「こちら50、了解。」

 

それから10分程で遠方から迫りくる鎧武者の集団を、配置に付いていた隊員達は目視で確認した。報告通りたくさんの旗竿を空に向かって真っすぐに掲げており、それがこちらに近付いてくるのは迫力がある。小銃、軽機関銃、重機関銃、84mm無反動砲、RAMが、一斉にその方向を睨む。旗竿に掲揚されている家紋を見て、浩二は言った。

 

「....北条家か。」

 

「知っているんですか?」

 

「ああ。戦国に入る前、元は御由諸家っていう北条氏になる前の形だったのが、仲間内で主君と重臣を決め東海道を代表する大名となった姿ってところか。身内の絆は固いらしいが....。」

 

「そうなんですか....。」

 

「最後には豊臣に負けるがな。」

 

 

 

祐希にそう言ってから、再び照準の見出しを整える浩二。そう話しているうちに、鎧武者の隊列はすぐそばまで迫って来た。整った甲冑姿の武者たちを前に、第1中隊の隊員達も身動ぎひとつせずに銃を指向し続けている。それを見た中隊長は、前に出て中隊の動きを手で制した。

 

「......。」

 

 

武者行列の先頭を行く指揮官とみられる男からは、並々ならぬ気を感じる。中隊長はその男を見据えたまま、目線を一寸もずらすことなく口を開き名乗りを上げた。

 

 

「陸上自衛隊。東部方面隊東部方面混成団隷下、第48普通科連隊第1中隊。中隊長、伊庭昌、3等陸佐。.......名前を御伺いしたい。」

 

 

その名乗りを聞いた男は、声高らかに名乗りを返す。

 

「相模国小田原城城主、北条氏直。」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

「陸上自衛隊....?ほう、聞かぬ名じゃな。」

 

そう言って中隊の面々を騎上から一望する氏直は自身の馬を前へと進ませ、それに重臣や付き人複数名が後から随行する。

 

「見ない身形に、聞かぬ名。お主等のような軍勢は、見たことがない。」

 

それもその筈。この時代には存在しない組織であり、人間にしても機械にしてもまだ存在していないもので溢れている。氏直はそう言いながら昌に近寄っていき、ガチャガチャと甲冑が擦れる音を響かせる。続けざまに質問をする彼の眼には、好奇心かそれとも探求心、あるいは敵を探るための観察眼でも備わっているのか、色々なものが渦巻いているように昌は感じた。

 

「訳あって、この村に昨日から世話になっている。」

 

「ほう。どのような縁じゃ?」

 

 

馬から降りて、氏直は付き人に馬の手綱を握らせる。そこへ頭を下げていた村長が顔を上げて、氏直と昌の下へ近寄り事の説明を行った。昌を始め第1中隊の隊員は少なくともこの村の住民から、少なくとも理解を得ていると思えたことで心強さを感じていた。隊員達も氏直やその周辺の重臣等の接し方を見るに、銃口を向ける必要は無しと昌が制した通り銃口を下方へ下げローレディの姿勢になる。

 

「恐れながら、私の方から述べさせていただきます。この方々は、私の村の者を野盗から御救い下さいまして、恩義を感じ村に泊まっていただいております。」

 

「野盗か。どこぞの流れ者かは知らぬが、領民に人死には出てはおらぬのか。」

 

「ええ。1人も死んではおりません。ただ、野盗は1人残らず、伊庭様方が討ち取って下さいました。」

 

「左様か。災難であったな、後で家臣に城から米や食糧を村に贈らせる故。」

 

「有難く存じます。」

 

 

村長とのやり取りを終えた後に、再び昌の方へ向き直る氏直。領民の命を野盗から救った人間の集まりということは、少なくともこちら側に仇成す者達ではないと言い切れないにしても友好的な存在であると氏直自身、認識は出来たようだ。氏直は続けて口を開いた。

 

「我が国の領民の命を救ってくれたこと、誠にありがたく思う。...見たところ、伊庭殿の軍勢は刀を持ってはおらぬようであるが。一体どのようにして野盗を除けたのだ?」

 

「鉄砲です。」

 

「鉄砲だけでか?!」

 

 

氏直やその重臣達は、昌の言う言葉に驚いた様子だった。この時代の鉄砲と言えば火縄銃という火薬や火打石を使って弾丸を放つ古典的な使用方法、機材を用いられ、尚且つ重量がある為取り回しが不便である。自衛隊が使用する89式小銃などは、弾倉へ弾薬を込める作業を除いてほぼほぼ自動で行程が行われる為、使い勝手が良く更には軽量で日本人の体格に合わせて作られており、射撃がし易く着剣をすれば白兵戦も可能といった数多くの利点が存在する。

 

「ええ。今私が持っている鉄砲もそうですが。私の家臣、....部下が持っている鉄砲が今回、野盗を討ち果たした鉄砲です。」

 

「ほおお....。」

 

 

昌が1人の隊員を呼び、氏直に間近で小銃を見せるように言う。目の前に差し出された黒一色の鉄砲は、今までに見たこともない形をしており氏直の興味をさらに引かせた。

 

 

「これを持って、伊庭殿の軍勢は戦っておるのだな。そうか。....中々興味が湧いてきたぞ。.....おお!」

 

 

氏直がある一点を見て、指をさした。それを見た昌や他の常即共の隊員達もその方向を見やる。氏直の指した方向には、先刻この時代にやって来たと思われるヘリコプター....。UH-1Jがあった。使われていない広大な畑を利用した発着スペースなだけあって、その中央に位置する大きな空飛ぶ鉄塊は、この時代では異様な存在感を醸し出している。UH-1Jの近くまで歩み寄った氏直は、重臣等と共に周囲を回り始めた。まじまじとヘリの外観を見て回る様は、まさにタイムスリップしてきた人そのものだ。(今回の場合、未来人が来たという逆の形だが...。)

 

 

「ほお。康秀、まさにお主の言う通りじゃ。見よ、日の丸が描かれておる。」

 

「はっ!確かに、左様で御座いますな。」

 

「ふむ、伊庭殿の軍勢の名前も書かれておる。『陸上自衛隊』っか...。」

 

 

噂がたちまち城下町に広まり、そして家臣からの報告で上がった鉄の鳥ことヘリコプター、UH-1Jをまじまじと見て御満悦といった感じの氏直は、今度はヘリに搭載されていた火器、M2ブローニング12.7mm重機関銃に目を向けながら昌へ言葉をかけた。

 

「伊庭殿、この鉄の鳥に据えてあるこれは何じゃ?」

 

「これも鉄砲です。」

 

「ほおおお.....。このような大きな鉄砲もあるのだな!」

 

重機関銃に直接触って触れてみるなどして、その質感を確かめる氏直。長い銃身、そして薬室に繋がれているベルトリンクに連なっている12.7mm実包。付近には昨日卸下したばかりの弾薬類が、シートを被せた状態で置かれていた。

 

「やはりどれをどう見ても、今迄儂が見てこなかった....。いや、どの大名もおそらく見たことないものばかりであるな.....。」

 

「諸国を回ろうとも、このような大きい鉄の鳥を飛ばすことの出来る国は皆目見当が付きませぬ.....。」

 

 

UH-1Jの機内にも入り隈なく観察を続ける氏直は、ヘリから降りてまた別の車輌へ足を進めた。次は軽装甲機動車、通称LAVの方へ近寄って行く。ヘリよりかは一回り小さいが、鉄の塊には相違無く氏直はそれにも興味を示した。その様子に隊員達も面白いのか、微笑する。

 

 

「なかなか堅そうじゃのう.....、伊庭殿。この鉄の馬は何というものじゃ!」

 

「装甲車です。」

 

「装甲車.....!なるほどお、織田水軍が使っていたという亀甲船のようなものじゃの!これなら弓矢や槍は勿論、鉄砲に至るまで防げるではないか!」

 

「それに相違ありません。」

 

 

それから一通りの見物を重臣と共に行った氏直は、昌と共にまた最初に居た場所へ戻る。そこで改めて、第1中隊の面々へ問いを投げる。

 

 

 

「伊庭殿。....儂からも1つ聞きたい。」

 

「何なりと。」

 

「家臣を連れて、鉄の鳥、鉄の馬を携えどこから来たのだ?琉球か?それとも北の蝦夷の地からか?」

 

「.......我々も、なんとも申し上げられないが......。」

 

 

はっきりしない返答に、氏直は疑問を抱き再度問いかける。

 

 

「己がどこから来たかも解らぬと言うのか...?」

 

「いや....。我々は.....、400年より先から来た。貴殿らがまだ見ぬ、遥か先の時代から。」

 

「.....。遥か先の時代から?」

 

昌の返答に対して、これは突拍子もないことを言う御仁だとでも言いたげにしながらも、その答えに偽りなしと心を改め氏直は昌に向き直る。それに重ねて、昌は言葉を述べた。

 

「我々も、まったく見当が付きません。何故この時代に居るのかも。ですが、これは偽りではなく誠で御座います。我々が操る鉄の馬も、鉄の鳥も、一撃ちで数十名を薙ぎ倒す鉄砲も、皆。....この時代の物では無いのです。」

 

「.....そうか。ならば伊庭殿。領民の命を救い、そして此度の急な伺い、鉄の鳥、鉄の馬を拝見させて頂いた。その御礼じゃ。また幾日後に、儂の家臣が村民に食糧を与えに参る。その時に、お主と家臣の分の食糧も運ばせよう。」

 

「いえ.....。」

 

「そう言うでない。....400年先の人間でも、兵糧が尽きれば戦えぬであろう。それから、いつでも我が城下に家臣諸々足を運ぶが良い。さらばじゃ!」

 

 

そう昌や隊員達に述べた氏直は、再び馬にまたがり手綱を握って踵を帰す。帰路につき、それに続いて家臣達もまた元来た道を共に帰っていく。それをその場で見送る第1中隊の隊員。

 

 

「....北条、....氏直。」

 

 

その日の夜。中隊野営地にて新たな天幕等設営の準備でもしているのか、資材を積載していた3t半から業務用天幕(通称、ビックリ業天。)を複数、炊事用資材を卸下、それに野外炊事車を稼働させている隊員達。それを不思議そうに遠巻きから見守る村民達の中に、自衛隊が何か始めると思い何人かは近くで見物をし始めている。村民から分けてもらった野菜や川で捕れた魚を使って、料理を始める隊員。その光景に、村民達は目を丸くした。

 

「良し、出来たな!みんなを呼ぼう。」

 

「皆さーん!!晩飯上がりましたよー!!」

 

災害派遣等で実証された自衛隊の高い野外炊事能力は、戦国時代においても遺憾無く発揮されている。身寄りが無く村に泊めてもらっている恩を、こちらも返さなくてはならない。美味しい料理の香りに、村民達は自衛隊の天幕地域に集まって来た。そのうち大人数になり、焚火を起こしてその周りで村民と自衛隊が一緒に喫食する格好になった。

 

「兄ちゃん。」

 

「おっ、お疲れ。.....えーっと....。」

 

良太の隣へ、昨日の少年がちょこんと腰を下ろした。手には配給された大根の味噌汁を持って、湯気と一緒に美味そうな臭いが鼻まで伝わってくる。昨日名前を聞いていなかったので、良太は少年の名前を言えずにいた。

 

「六助。」

 

「そうか。六助、昨日はよく眠れた?」

 

少年の名前は六助と言うらしく、更に打ち解けた感じがした良太は嬉しく思えた。彼はコミュニケーション能力がそこまで高くないと自覚があり.....。いや、そうではない。変り者である上にコミュニケーション能力がそこそこある為、平成の時代では生まれる時代を間違えたとまで言われた程、平成という時代は良太にとって生き辛い時代であった。しかしこの場所、この時代はそれらを遠ざけてくれる。こうして戦国時代の人々と触れ合うに連れて、心が穏やかになる感じを彼は覚えた。少年は笑顔で良太に答えた。

 

「うん。キャラメル美味しかった!ありがとう。」

 

「また今度持ってくるよ。」

 

そう言って自らも手に持った味噌汁を地面に置いて、頂きますと一言述べてから一口すする良太。六助も同じく頂きますと言って、味噌汁を音を立ててすすった。自衛隊の管理野営なども大体このような雰囲気で行なわれるのだが、今日は地元住民も合わせた家族キャンプに近い形となっている。

 

「兄ちゃん、名前は?」

 

「まだ言ってなかったな。俺は、佐々木良太。改めてよろしくな。当分の間世話になるよ、六助。」

 

「それじゃあ、良太兄ちゃんだね。」

 

なんか兄ちゃんという響きが嬉しいのか、それともこそばゆいのか。少なくとも嬉しい方なのは確かな様子の良太は、無言で六助の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。

 

天幕地域からは離れて、村長の住む住居に通された昌。本日起きた一連の出来事について礼を述べた昌に対し、村長も同じように言葉を返す。近くの囲炉裏でパチッ、パチッ、と音を立てて薪が小さく燃え、色は鮮やかに赤くなっている。

 

「今朝は大変ありがとうございました。村長や村の方々がいらっしゃらなければ、我々の存在に誤解が生じたかもしれません。」

 

「いえいえ。私達こそ、これ程の料理を準備して下さりありがとうございます。村の方で炊き出しをやろうということにはなっていたのですが、代わりにやっていただけて村の者も皆喜んでおります。」

 

「こちらも宛てもない身で広く使わせて頂き、その上泊めてまで下さっているのですから。」

 

「ははは、好きなだけお使い頂ければ。私共村の者も伊庭様の軍勢が居てくれた方が、むしろ安心出来ますよ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

所が変わり、小田原城。本日第1中隊野営地の村に赴いた氏直は、父である北条氏政に事の次第を報告し、家臣を交えて今後どのように接していくかを話し合っていた。

 

 

「氏直、それは誠であるか。400年先の時代から参った者達というのは。」

 

「はい。嘘では御座いませぬ、父上。この氏直。彼の者達の姿、しかとこの目に焼き付けて参りました故。」

 

氏直の後ろに居た複数の家臣、政繁、康英を中心とした重臣達も、それに相違は御座いませんと言う。重ねて父である氏政に報告する氏直。ただならぬ内容に氏政は到底信じることの出来ぬ内容と言いたげに、疑いの眼差しを氏直へ向けた。

 

「鉄の鳥、鉄の馬、自然に溶け込むが如く戦装束、そして一撃ちで数十名を討つ鉄砲。間違い御座いませぬ、あの者達こそ鉄の鳥を操りし軍勢。」

 

「氏直、お主。儂に戯言を申しておるのか?」

 

氏政の言葉に、家臣の政繁や康秀が説得を試みつつも氏直の言葉に偽りは無いと弁明する。

 

「とんでも御座いませぬ、氏政様!我等もしかと殿と共に己が目で確かめ、この手で直に鉄の鳥へ触れました!」

 

「まさに鉄の鳥とも言うべきもので御座いました。更にその鉄の鳥には、鉄砲の大きさを更に上回る鉄砲が御座いました。」

 

家臣達の言葉を耳に入れた氏政。それでもまだ信じるには足りないようで、息子の氏直やその家臣達に言い放った。

 

「ならばその方達の言う者を、ここへ連れて参れ。己が目でその者を見なくては信用するに足らん。儂は隠居の身であるとて、この相模国を守る家の者。どこの由緒もあるか解らぬ者共を、みすみす領内に置いておくわけにはゆかぬ。3日程間を空け、その者を小田原城へ招くのだ。」

 

「....畏まりました、父上。」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

登場人物紹介

登場人物紹介です。区切ってやっていきます。


【登場人物】

陸上自衛隊

佐々木 良太(25歳)

即応予備自衛官、陸士長。退役後も即応予備自衛官として国に貢献するという志を胸に、再び迷彩服に身を包み小銃手としての役目を果たしている。常備時代は銃剣道訓練隊に所属しており、近接戦闘を得意とする。射撃も不得意というわけではなく、準特級を獲得する程の腕を持つ。性格は社交的でどこか抜けているのか天然的な部分があり、独特な性格である為自分自身人間関係があまり得意ではないと自覚している。黒髪、精悍な体格で自衛官にはあまり珍しくはない外観。思想的にはだいぶ保守寄り。

 

矢野 進(25歳)

良太と同期で即応予備自衛官の陸士長。常備自衛官を退役してからも狙撃手を務め、一歩兵として活発な行動力を持つ。小銃射撃検定では5点圏同一弾痕、特級を毎回のように叩き出す常備顔負けの射撃能力を有している。本人曰く、「ここいらヘンじゃね?」ぐらいの感覚で引き金を引いているらしい。好奇心旺盛で、なおかつ落ち着きがない一面があり、結構いい加減なところも.....。良太とはよく飲みに行ったりする。黒いソフトモヒカンに、剃り込みを入れた生え際、チャラチャラしてそうな雰囲気の割りに、やるべきことはちゃんとやるようだ。

 

佐藤 浩二(38歳)

もうすぐ40歳を迎える即応予備自衛官の二等陸曹。良太や進の父親的なポジションで、訓練時には様子見がてら2人とよく会話をしてコミュニケーションをとるなどをしている。流石予備でも階級が階級なだけあって分隊長としての責務を果たすには十分な責任感と経験、戦闘能力を有している。剛腕と折れぬ心の持ち主で、大が付く程の酒好き。歴史に関心が強く、武将に憧れている。その為、日々実戦を意識した自主訓練を欠かさず実施し、その身体つきはもとより、パワー等欧米人を凌ぐ程である。酒の席では本人は嗜む程度に楽しんでいるつもりが、周りが酔い潰れていることもそう珍しくはない。白髪交じりのオールバックに筋骨隆々な体格は、一般人には近寄りがたい雰囲気があるものの、根は優しく若年層隊員から見れば頼れるパパ的な存在である。

 

 

白井 祐希(21歳)

即応予備自衛官、一等陸士。常備自衛官を1任期程勤務したが、実家が神社である為、その家業を継ぐために常備から即自へ。射撃と偽装が得意だが、格闘戦においては得意ではない。このタイムスリップという現象を目の当たりにして、元の世界に帰れないことに葛藤を抱えつつも神主、軍人としての自分の立場を踏まえた上で戦乱の世で何をすべきかを思考し続けている。思慮深い性格で、思いやりを大切にしている。奥手というわけではないが、どこか遠慮がち。あといじられキャラ。

 

吉田 啓介(22歳)

最近常備自衛官から即応予備自衛官となった、新入隊員。階級は一等陸士。18歳の時に入隊し、2任期の期間を経てその期の間で無線モスを取得。部隊の中で限りある貴重な通信手の1人である。有線、無線、共に扱いなれておりセンスも中々良く、無線操作以外でも多少の力仕事(地雷埋設、爆弾設置等)、繊細な作業を得意とする。浮き沈みが激しい性格で、戦国時代にタイムスリップする以前から、有事になった時にはどうするべきか、どのような考えを持ってことに臨めばいいのかと、絶えず思考を巡らせる小心者的な部分も見受けられるが、優しい心の持ち主で困った人を見ているとぎこちない挙動で助けに向かう程溢れんばかりの良心を持っている。奥手な性格で、自分から人に絡みに行くことがあまりなく消極的な面が多い。けど優しい。

 

村田 大輔(33歳)

常備自衛官の三等陸曹で、レンジャー有資格者。小銃小隊狙撃班の観測手兼狙撃手を務める。進の射撃能力に目を向けて、共に射撃の腕を競い合う仲である。彼も射撃能力が高く、観測手としての技能も習熟している。進と共に行動がとれない場合についてはM40対人狙撃銃ではなく、64式狙撃銃を携行し任務にあたる。5点圏同一弾痕の成績を高頻度で叩き出し、中隊配属当初から狙撃手に選抜された。車輌モスも習得しており、戦車、装甲車以外のトラック等車輌なども運転出来る。明るい性格で、なおかつ命令に忠実。そこで待てと言われれば、周囲を敵に埋め尽くされてもそこでやり過す程の実行力がある。短髪が似合う顔立ち。何があっても笑顔は絶やさない、強靭なメンタルの持ち主。酒は飲まない。

 

小出 高志(35歳)

格闘指導官の資格持ちで、火砲等の扱いに長けている中隊の常備火器陸曹。階級は二等陸曹で、武器管理、毎週実施の武器点検は彼が担当する。目や耳が良く、遠くの人員や音を判別できる。ちなみに武器点検は彼が許可を出すまで決して終わらない。例え常備だろうと、即自だろうと、武器を確実に整備させるまで自分の天幕には帰さない。ストイックなところは極限までストイックだが、休む時は、超休む。メリハリがしっかりしている。部下への気遣いも欠くことなく、自分の周りで作業をしている人間や環境の状態を観察し、客観的に物事を見れることから周囲から信頼を得ている。外見は大人びた好青年だが、服を脱げば太くたくましい腕があらわになる。太ってはいないが、腹筋が割れて居るわけでもない。

 

真田 義孝(45歳)

中隊備品の管理業務を担当する常備補給兼警備陸曹。元迫撃砲小隊所属で、現在は小銃小隊。階級は一等陸曹。スキンヘッドのガングロというルックスは、いかにも厳つくあまり人を寄せ付けない外観かもしれない。が、それは本人最大のコンプレックスである。(一見するとヤクザのそれである。)それからスキンヘッドにも触れてはいけない。野営地の備品の管理だけではなく、そこの警備態勢の管理も行なっている。あまりにも業務が多忙な為、現場で寝泊まりしていることが多い。いつも戦闘服にはネーム、階級章以外、バッチを縫い付けていないが、実は彼はいわゆる隠れレンジャーでもある。何故縫い付けないか、それはレンジャーだからと言って一度に業務を矢継早に持ってこられたくないからだそうだ。小銃射撃や応用的な武器の扱いを得意とし、主に64式小銃を使用する。擲弾筒や迫撃砲も扱え、まさに遠距離レンジにおいては隙のない重要戦力だ。

 

根室 正平(30歳)

常備自衛官の通信陸曹、小銃小隊所属で階級は三等陸曹。小銃、軽機関銃、84mm無反動砲、その他旧式火器等々多岐に渡る火器の取り扱いに精通している。中でも扱いに秀でているのが軽機関銃で、中隊の中での射撃成績もトップである。中隊長ドライバーの業務や、中隊長車車載型の無線機の整備点検なども行う。今は自衛隊に数少ない火炎放射器モスも持ち、様々な場面で活躍するオールマイティーマン。ひとつのことにはあまり囚われない人間性は、淡白とも見て取れるが仲間想いである。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

防人、戦国を見る
第6話


夜の宴も終わりを迎え、焚火の炎が弱まりを見せた頃。その周りにはまだいくつかの人影があった。男2人が静かに談笑して、その2人の姿を炎が優しく灯し火の粉が夜空を舞う。そこに居たのは浩二と進であった。

 

「進よ。良太はどうだ?」

 

「なんですか急に?いつもと変わりませんよ。」

 

問を掛ける浩二は、良太の身か、心かを案じている様子であった。その案ずる気持ちの根源などいきなり問い掛けられた進には解らぬことで、彼の眼にも良太はいつも通りの姿で映っていた。いや、それはただ単に良太が隠しているからこそ何か異常があることに皆が気付いていないだけなのか。焚火の上に吊るしてあるホットコーヒーを、進が浩二の器に淹れるとそれを受け取り夜空を見上げながら浩二は口を開いた。

 

「アイツが周囲から変り者扱いされている節があることは、俺も解っていた。実際俺もその変わり者だからな。」

 

「まあ、若干ずれているところがあるというか。....でも良太が変り者っていう話は今に始まったことじゃない。」

 

「その状態であるべき場所に居続ければ、別に心配なんてしないさ。」

 

浩二は進や良太と共に、数年間同じ部隊の飯を食い同じ部隊で訓練をしてきた、半ば親子同然の関係である。その中で良太という人間のそれを少しでも理解してきた浩二は、彼は並の若年層男子より強い愛国心と、極度に反日思想主義者を嫌う質の人間であるという風に認識した。天然であまり頭がよくない、目先のことにとらわれ、そして勝手に突っ走る。良い風に言えば、物事に対して実直。悪く言うならば視野が狭く、型に嵌りがちな上にあまりにも極端。その人格の者が、この戦乱の世に流れ着いた。彼自身の問題以外にも、これから連鎖的に起こるであろう何かが、良太や自分達をどういう風に、何処へ誘うのか。どのような外的干渉が起こるかなど、彼等に解る筈もない。

 

「なるほどな....。浩二さん。俺、こっちに来る前、状況中にさ。良太と軽く話したんだよ。冗談で、「憲法9条はどうしたんだよ。」って。やっぱり良太は、そういう思想を持ってんだな。」

 

「俺よりもアイツと絡んでいるお前が、1番それを知っていると思ったんだがな。」

 

「あらためて確認したんだよ。」

 

「そうか....。」

 

 

コーヒーを啜る2人の姿を、焚火の炎は変わらずに照らしている。まるでその焚火の炎は今の平穏な状態を表しているが如く、ゆらゆらと穏やかな様子で激しさを感じさせることなく明かりを絶やさない。

 

「俺達がこの時代に流れ着いた、その瞬間から既に歴史の歯車は違う回転を始めていた。かもしれん。」

 

「俺もそう思う....。だって、この時代に俺達は存在しないんだからな。」

 

「そうだ、進。だがな、俺達はもう干渉してしまった。この歴史というおそらく前人未到の、未知の領域にな。」

 

頭上に広がる美しい星空を見て浩二が一言、「歴史が、変わるかもしれん....。」と静かに呟く。誰かに言っているというわけでもないが、彼自身の心にその言葉を刻み、ここが戦国時代だという風に認識をさせる為....。そう、もう2度と元居た時代。平成の時代に帰れないかもしれない。そういうことへの覚悟を決める為に、今の言葉を吐いたように思える。

 

「....だけど、浩二さん。それと良太と何の関係があるんだよ。」

 

「解らないか前には。良太はな、今の平成日本が過ごし辛いと感じているんだよ。日本人が日本人じゃない、この国に自分の先祖を尊敬し、どれ程の人間が日本という国に誇りを持ち、どれ程の日本人が国の為に尽くそうと考えているのか....。アイツはな、....いやお前もかもしれんが....。物心ついた時から、反日の教育を施されていたんだ。」

 

 

というか今の時代に生きている日本人の殆どがその反日教育を施されているのだが、という突っ込みは無しにして、話を進めよう。その教育を受けている中で、自然とこれはおかしいという風に感じてきた良太は、普段父から聴いていた言葉を胸に秘めて生きてきた。「先祖に敬意を払え」っという言葉を胸に。

 

「アイツの祖父、曽祖父、その前の代も帝国陸軍将兵だった。それに感化されて、自衛官になったんだ。御国の為にっていう、志を持ってな。」

 

「......。」

 

コーヒーを再び啜り、軽く息を吐いた後に浩二は進に言った。

 

「アイツは、その時が来たら本格的に歴史に介入する気だろう。歴史を変える為にな。」

 

「.....ああ、なるほどな。自分の先祖や、自分の国を悪く言うヤツが気に入らないから歴史ごと消し炭にしてやろうって魂胆か。」

 

「おそらく、俺やお前の推測の域を出んがな.....。」

 

 

そこからコーヒーを一気に飲み干した後に、焚火の炎を半長靴で踏みつけて消火した。そして自分の幕舎(テント)へ入る前に進に語気を強めて言う。

 

「歴史に介入しないようにしたとしても、もう手遅れだ。良いか、進。」

 

「はい?」

 

 

言葉の出ない進に、続けて浩二が言い放つ。

 

「良太が危険な真似をしかけたら、可能であればお前や俺が止に入らにゃあいかん。歴史が狂うか狂わないかの問題じゃなく、生きるか死ぬかの問題だ。それを念頭に入れて、行動しろ。」

 

「....うん。」

 

「良いか?死んだら元も子もない。俺達から行かなくても、敵さんからわざわざ此方に来るのがこの戦国時代ってもんだ。死にたくなければ、何人でも殺す覚悟をしとけ。.....おやすみ。」

 

「おやすみ....。」

 

 

 

翌朝。大輔は伊の1番に起床し、まず顔を洗うために浄水車の方へと歩みを進めていた。そこへ中隊長である昌も天幕から顔を出し、欠伸をしかけた口を押える。天幕のジッパーが動く音で気付いた大輔が、中隊長幕舎の方を向く。

 

「おはようございます、中隊長。」

 

「ああ、おはよう.....。空気が綺麗だな、この時代は.....。」

 

「ええ。まったく。」

 

 

2人で朝一、戦国の澄んだ空気を身体に取り入れ、それに伴い身体が喜ぶのを感じる。昌も大輔と共に浄水車の方へと向かい、洗顔を始める。川から汲み上げてろ過した水を手で汲み、顔面に擦り付けるが如くまんべんなく洗顔をする。他の隊員や村民達も起きてきたようで、1人の女が朝食の支度をする為に浄水車へ水を汲みに来た。その女は、一昨日野盗に連れ去られかけていた、お松という女であった。大輔もそれに気付き、挨拶をする。

 

 

「おはようございます。」

 

「....あっ、....おはようございます。」

 

隣同士の蛇口を使い、水を流す2人。お松がもくもくと水を汲んでいる姿を横目で見ながら、おもむろに大輔は話をかけた。

 

「あの後は、大丈夫でしたか?」

 

「...ちょっと、驚いちゃって、腰が抜けちゃいましたけど。...今は何ともありません。....あっ、あの時は助けていただきありがとうございました。」

 

そう言ってお松は手で桶を持ったままお辞儀をし、その状態では桶ごと傾いてしまうので

必然的に水がこぼれる格好になってしまった。ジャバジャバと音をたててこぼれる水。それを見て、その場に居た2人は声を出すのを堪えて笑い合った。それを遠巻きから見る中隊長の昌は、どこか微笑ましそうな表情を浮かべた。

 

「.....あの、良かったら手伝います。」

 

「えっ、いえ、それは悪いですし....。」

 

「良いから良いから。....っしょっと。」

 

2人は合ってそこまで経ってはいない筈だが、どこか仲睦まじい様子を見せていた。大輔の親切心、お松の素直さが、良い調和を働かせているのだろう。

 

「ありゃあ、出来てんのかねえ....。」

 

 

2人横に並んで歩く様子を、農家から覗くお松の家族と思われる男。一昨日、野盗の襲撃を受けた際にその場に居た男である。その横から村長が顔を出し、男に言った。

 

「余計な詮索に加えて覗きとは感心せんな。そもそもお前とお松は兄妹同士。そのような特別な感情などは、成立せぬぞ。」

 

「わかっています、村長。ただあの男にお松を幸せにできるかどうか、確かめているのです。」

 

「まったく、心配性で小心者なヤツじゃの.....。」

 

 

一方戻って再び天幕地域。起床した良太は、天幕内で戦闘服を着正してから、出入り口のジッパーを開き、武器保管所へ向かった。今日も彼は野営地及び村一帯の警衛に上番することになっている。銃架から自分の小銃を取り、槓桿(チャージングレバー)を一杯に引き薬室(チャンバー)内点検を実施した後、テッパチを被り装具の点検もして上番報告をしたのち位置についた。

 

 

「......。」

 

 

野営地や村の周りは、相変わらず鳥のさえずり、カエルの鳴き声などで一層長閑さが増して感じる。その自然の中に溶け込む敵を見つけ、報告し早期対応するのが歩哨要員の任務であるが本日はまだ襲撃等の兆候は見られない様子だ。その歩哨につく様子を、遠方から監視する忍びの姿があった。

 

 

「...........。」

 

 

特に攻撃動作を行うわけでもなく、その場で監視する忍び。その目的とは、いったい何であろうか.....。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話

「そろそろ交代の時間か。」

 

 

左手首に着けている時計を見やる。良太が歩哨についてから2時間ほどが経過をしていた。いい加減テッパチが頭部に食い込んできて、若干気がめいり始めた良太は、自分と向かい合っている形で存在する深緑の森へ視線を移した。銃口もその方向へ向けながら、警戒は怠ることは無い。

 

 

「....(とんとん」

 

 

自身の半長靴を固いもので小突くような感触に、前方への警戒をしながら返答する。

 

 

「異常なし。現在、前方深緑の森を監視中。」

 

 

「了解。....良太、進だ。」

 

 

「待っていたぞ...。」

 

 

 

ゆっくりと立ちながら、良太の横に配置へ着く進。2人は現在身体偽装を施しており、敵に見つからないよう、警戒に当たっているところだった。89式小銃の銃口が睨む先、青々とした葉を成す木々の向こうへ意識を集中させる。

 

 

「敵の斥候でも見えたら攻撃せよって命令だったよな?」

 

「当たり前だ...。俺達は今戦国時代に居るんだぞ。」

 

 

彼ら2人は足軽を射殺した最初の隊員で、この世界の戦闘を最初に経験した先駆者ともいえる。予備自衛官といえども、流石実戦を経験しているだけある。ためらいなく襲われていた人々を救い、襲い来る敵を完膚なきまでに叩きのめしたのであるから。

 

 

「....。(ガサガサ」

 

 

「!!」

 

 

その深緑の森とは別の方向から草を掻き分ける音が聞こえ、良太と進はその方向へ銃口を向けた。

 

 

「誰何!!!」

 

 

声を張り上げる。その声を掛けられた者はびくっと反応を示してから、その場で硬直しているためか動きを見せない。さらに続けて誰何を行う

 

 

「誰何!!!!」

 

 

先程よりも語気を増した誰何に、更に委縮したのか動きを停止させたままの彼我不明のモノは何者か。

 

 

 

「答えなければ撃つぞっ!!!」

 

 

「まっ、待てっ!!待ってくれ!」

 

 

 

そう言って錯雑地より顔を覗かせたのは、1人の農夫であった。しかもこの前野盗に襲われていた、あの男である。

 

 

 

「うっ、撃たないでくれ!」

 

「誰だ!!!」

 

「あんたらを匿っている村のもんだ!!道を間違えちまった!!」

 

「そこは警戒区域ですよ!下がって、危ないですから!」

 

 

良太が農夫をこちらへ誘導しようと近寄り、そしてそれを進の鷹の眼でカバーする。進は64式狙撃銃のスコープから目を離し、視野を広く保った状態から良太のカバーについた。

 

 

「(はあ、こりゃ村の連中にも危険な場所をもっと知らしておかんきゃいけんかねえ...。)」

 

 

良太が農夫の手を握って歩哨壕へ戻ろうとしたとき、彼の真横を矢が掠めた。それが農夫に当たり、その農夫は死に絶えた。すぐさま手を離し、駆け足で陣地に戻る良太を進は64式で援護する。そして陣地に戻った良太は、小隊本部へ連絡を入れるべく受話器を取り、送電機を回し有線を使い敵襲の報告を迅速に済ませる。

 

 

「また野盗か!!」

 

「こちら30、こちら30!!敵襲!!!繰り返す、敵襲!!!!」

 

 

深緑からわらわらと出てくる野盗共に7.62mm弾を浴びせる進、1発1発を丁寧な呼吸と射撃姿勢でもって野盗の頭部や四肢を撃ちぬいていく。流石7.62mm弾、四肢に当たれば身体から離れ、それには野盗もたまらず転げまわる。

 

 

「まだこんなにいたのかっ!」

 

 

良太も89式小銃で射撃を開始し、単発射撃で発砲を開始。腹部を中心で狙いを定めて、的確に弾丸を敵に届ける。腹に5.56mm弾が当たると同時にうずくまる野盗共。しかし後からわらわらと蜘蛛の如く湧く、その数は100~150人と言ったところか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。