俺はめーりんに会いに行く! (憩 恋子)
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出会い
第1話 濃厚プリンは強かった


初投稿っ!続けば嬉しいなぁ。


「…………は?」

 どこ、ここ……?

 瞬きをした瞬間、静哉は見たこともない場所にいた。

 目の前に広がる草原。周りを見渡してみるも、山と森しかない。

 静哉は状況を整理してみようと、混乱する思考を巡らす。

「俺の名前は、下川静哉。年齢は19歳。童貞。死んだ遠い親戚の遺産で暮らしているニート。よし、全部憶えてる。…………自分で言うのもなんだけど、俺ってつくづくダメな人間だなぁ」

 静哉に優しくしてくれていた遠い親戚のおじさんが病気で亡くなった時、莫大な遺産がそっくりそのまま彼のところに流れてきた。

 その日以来、静哉はなんとか高校を卒業できる程度の成績を稼ぎ、あとは自堕落な生活を送った。

 高校を卒業した現在も、莫大な財産を前に大学に行く気にもなれず、気づけば半ば引きこもりと化していた。

 今日外に出たのは、コンビニで新発売のプリンを買う為だった。

 確かそのプリンの名前は——

「ねー、食べていいー?」

「…………っ!」

 ゾクリ、と。背後から、可愛い声に反して底冷えするような、酷く悍ましいものを感じた。

 振り向くと、そこにあったのは闇だった。

 全てを呑み込むような漆黒の闇。触れればその瞬間にも食い尽くされそうな、そんな雰囲気を放出する闇の球体だ。

 しかし、ここで静哉は思い出した。

 可愛い声が聞こえたではないか、と。

 一か八か、静哉は賭けに出る。

「ちょっと待ってくれ。君に美味しいものをあげるから、だから俺を食べないでくれ」

「…………」

 突き返されたものは、無言だった。

 駄目だ、おしまいだ。そう思い、覚悟を決めて瞼を閉じる。

「それって人間より美味しいのー?」

 彼女? は無言の間に悩んでいただけのようだ。これを好機と捉えた静哉は、右手に持っていたコンビニ袋からある物を取り出した。

「テレテテッテテー!リョーソン限定濃厚プリン!」

 プリンを取り出した時の声は、もちろんダミ声だ。某国民的アニメの青ダヌキとそっくりである。

「見たことないー。どうやって食べるのー?」

 その場に漂う闇は濃厚プリンに興味を示す。

「ええっと、まずフタを剥がして。次にプラスチックのスプーンを取り出してっと」

 そこで、静哉は気づいた。あれ、これどうやって食わせようかと。

 このままあーんをすれば腕ごと持っていかれそうで恐ろしいが、ここまでして与えないのはもっと恐ろしい。

 そこで、ある提案をした。

「君って、もうちょっと人っぽくなれたりしない?」

 静哉は考えた。

 漂う闇ということは、つまり、弛んだ腹に力を入れるように、闇も凝縮して人の形を取れないのか。

 そうすれば、あーんをしても不確定な形を気にして怯える必要がなくなる。

「できるよー」

 少女の声を発する闇は、暢気に肯定した。

 ——瞬間、闇が霧の如く霧散する。

 そこから現れたのは、あどけない表情の少女だった。

 ふんわりとした金髪と綺麗な赤い瞳。左側頭部に、全体が赤一色で、先端部だけが白いリボンを付けている。上半身は長袖の白シャツに黒いベスト。そして、小さな赤いネクタイ。履いているスカートにはフリルがあしらってあり、誰がどう見ても、年齢が一桁から、辛うじて二桁に足をかける程度の少女だ。

「めっちゃ美少女やん……」

 ロリコンじゃなくて良かったと、静哉は人生で初めて心から安堵した。

 もし自分がロリコンだったとして、理性の枷が外れて襲いでもしたら、その瞬間、自分は闇に取り込まれどうなっていたか分かりもしないのだ。

「ねー、どうやって食べるのー?」

「あっ、えーっと、まずこれを持って?」

「こうー?」

「そうそう。次にこの濃厚プリンを反対の手に持って、その透明の棒でこれを掬って口に入れてみて。透明の棒は食べちゃダメだからね」

「わかったー」

 少女はスプーンをグーで握り、濃厚プリンに突き刺して、大きな口へと運んだ。

「んー!美味しいー!」

「だろ? これはあのスイーツの種類に関しては他の追随を許さないリョーソンが一流のプリン職人と作った、低価格最高品質の具現化ともいうべき代物なんだ。俺は元々リョーソンのプリンが大好きなんだけど、この濃厚プリンが出ると聞いた瞬間震え上がったよ。こんなに良いものがこの世に——」

「ねー、無くなっちゃったー」

 小さな手に引かれて少女の手元を見てみると、確かにプリンが無くなっていた。しかも舌で可愛く舐めとったらしく、容器の底周辺以外は綺麗になっている。

「もっとちょうだいー」

 少女はさらなる濃厚プリンを静哉に求めた。

 静哉は悩む。濃厚プリンはあと10個あるが、無くなれば自分は恐らくこの少女に喰われるだろう。それだけは何としても阻止したい。

 そこで、更に静哉は閃いた。

「なぁ、もう一つ濃厚プリンをあげるからさ。代わりに、君に優しくしてくれる人のところまで連れて行ってくれない?」

 この発言の裏には、ある考えがあった。

 この少女は、明らかに人外で、超常の力を有している。そんな彼女に優しくする存在となれば、それは少女よりも格上か、またはこの少女にとって価値のある存在というわけだ。

「いいよー。じゃあ霊夢のところに連れてくねー?」

「おう、霊夢って人がどんな人かは知らないけど、その人のところまで連れて行ってくれたら濃厚プリンを1個あげよう」

「やったー」

 先ほど食べた濃厚プリンを思い出して涎を垂らす少女を尻目に、静哉はこの先に多難が待ち構えているのではないかと頭を抱えていた。

 

 




 読んでいただきありがとうございます!次もお楽しみに!


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第2話 博麗の巫女

 少女の後ろを歩くこと十数分。少女と静哉は、山の麓の長い石段の前に辿り着いた。

「この上のはくれー神社に霊夢がいるのー」

「へー、神社に住んでるのか。もしかして、霊夢さんって巫女さんなのか?」

「そーだよー」

少女がそうはっきりと断言したが、静哉は少し懐疑的だった。

 目の前のほわほわとした少女は、明らかに人外だったのだ。その少女に優しくするのが真逆の存在とも言える神社の巫女のはずがない。

 恐らく朽ちた神社に住み着く孤児か、または盗賊なのではないかと静哉は踏んでいた。

「おいてくよー?」

「おぅ、待ってくれよぉ」

 すでに10段ほど上がった先で少女が早く早くと催促していた。

 静哉は2段飛ばしで駆け上がって、人外少女の隣に並ぶ。

「よし、行こうか」

「出発しんこー」

 少女の掛け声を合図に、二人はえっちらおっちらと石段を上り始めた。

 

 

「とうちゃくー」

「…………はぁ……はぁ……ぐはぁ……」

 静哉は石段を上ってすぐの大きな鳥居の前に、荒い息を吐いて倒れ込む。もちろん命綱とも言うべき濃厚プリンは静かに置いた。

 この男は見事やり遂げた。あの終わりのないような感覚に陥る石段を、もはや気力だけで上り達成したのだ。

「プリンちょうだいー?」

「あ、ああ…………はぁ……ほら、食べ……はぁ……なぁ……はぁ……はぁ……」

 普段から運動しとけば良かったと、少し前の自分を恨む静哉。その隣で、人外少女がうまうまと濃厚プリンを食べる。

 数分もすれば呼吸も整い、静哉は立ち上がって周辺の確認をした。

 大きな鳥居に取り付けられた神額には、博麗神社の文字が薄れ気味だが確認できる。この場所が博麗神社で間違いないようだ。

「すみませーん!博麗霊夢さんはいらっしゃいますかー?」

 返事がない。ただの無人神社のようだ。

「……本当にここに霊夢さんがいるの?」

「いるー、嘘は吐かないよー」

 少女は心外だとばかりに静哉の手を握る。

 ドキッとした。それがここ数年経験のない異性との接触故か、はたまた喰われるのではないかという恐怖で心臓が跳ね上がったのかは定かではない。

「こっちこっちー」

「お、おう」

 静哉は少女に手を引かれて賽銭箱の前に来た。

「ここにお金を入れたら霊夢が出てくるよー?」

「えらく現金な巫女さんだなぁ……」

 静哉が正直に吐露すると、拝殿からガタッと音がしたが、静哉の耳には届かなかった。

「えーっと、財布の中身はっと。げっ、濃厚プリンのお釣りで小銭だらけだ。小銭は全部落としていくかぁ。むー」

 ガタガタッ。

 しかし、考え事をしている静哉の耳には届かない。

「どうしようかな。どうせ帰れるかもわからないし、有り金全部落として行こうかなぁ」

 ガタガタガタッ!

「誰かいるのか⁉︎」

 今度ははっきりと静哉の耳に入った。

 静哉の問いかけに、しかし音の主は現れない。

 もしかしてこの人外少女の通り、賽銭箱にお金を落とせば出てくるのではと本気で思案する静哉。

 静哉は相手を釣り上げることにした。

「んー、とりあえず御利益を期待して2万円ほど入れようかなぁ?」

 2万円という言葉に反応して、拝殿の扉が少し開く。

「ひぃッ!」

 静哉はあまりの恐ろしさに小さな悲鳴を上げた。

 拝殿から覗くその瞳は獲物を狙う猛禽類のように鋭く、隣でぽけーっと空を眺めている人外少女とは恐ろしさの格が違った。

 その恐ろしき瞳が捉えているのは、静哉の手に握られた2枚の1万円札。

 しかし、霊夢(仮)にも分別はあるらしく、直接奪い取りに来る気配はない。

 ただ穴が空くほど見つめられて、静哉の心が耐えられそうにないだけだ。

「じ、じゃあ2万円入れさせていただきます……」

 静哉の手から2万円が離れる。二枚の札はヒラリヒラリと落ちていく。

 そうして、賽銭箱に触れ確実に中へと落ちた瞬間——目にも留まらぬ速さで、可憐な少女が静哉の前に躍り出た。

「あなた、良い人ね! きっと御利益があるわ! この博麗神社の巫女が保証する!」

 紅白の巫女服のような、それにしては腋が堂々と外気にさらされた奇怪な装束を着た少女は、静哉の手を握りぶんぶんと振った。

 そこには先ほどの猛禽類の如き鋭さはなく、あるのは可愛げのある整った顔立ちの少女然とした表情だけだった。

「えっと、貴女がこの女の子の言う博麗霊夢さん?」

 静哉が人外少女を前に押し出す。

「あら、ルーミアじゃない。あんたがこの人を連れてきてくれたの?」

「そうだよー」

「偉いわ!あんたにも御利益をあげちゃう!」

「えー、びんぼー神社のごりやくなんていらないよー」

「あんたとんでもなく失礼ね⁉︎」

「いたいー」

 切れ味の鋭い本音に、霊夢は人外少女——ルーミアの頭をすぱーんと叩いた。

 ルーミアが叩かれた頭をさする中、霊夢が思い出したように静哉に向き直る。

「ところであなた、ここの人間じゃないわよね?」

 静哉は説明も無しに自分の境遇を言い当てられたことにひどく驚き、そして緩んでいた緊張を取り戻した。

「そ、そうなんですっ!気づいたら原っぱにいて!どうしたものかと悩んでいた時に、このルーミアちゃん? が助けてくれたんです!」

 静哉が興奮気味にそう言うと、霊夢もまた驚いた。

「ルーミアに助けられたぁ? よく喰われたかったわね。コイツ、人喰い妖怪よ?」

「あっ、やっぱりですか。初対面で食べていいかと訊かれたので、なんとなくそんな気はしていたんですが……」

 ルーミアの予想通りすぎる正体に、静哉はやはり濃厚プリンを与えて正解だったかと改めて安堵した。

「あの、俺は帰れるんでしょうか……?」

「さぁ? 私にそんなこと訊かれても困るわ。行く宛がないなら、しばらくはうちに泊めてあげるけど?」

「…………じゃあ、しばらくお世話になります」

 静哉は霊夢の善意に甘え、しばらく居候させてもらうことを決意した。

「あっ、とりあえず財布に入ってるお金は全部差し上げます。これでどうか10日ほどは……」

 静哉は霊夢の手を握り、有り金の10万円と890円をその小さな掌に載せた。

「ははっ、あんたはもういつまで居ても良いわよっ!」

 載せられた普段見ぬ大金に霊夢は上機嫌になり、静哉を我が家に迎え入れた。

「放置かー。そーなのかー」

 その場に取り残されたルーミアの悲痛な呟きは、霊夢の静哉を歓迎する言葉の前に消し飛んだのだった。




 読んでいただきありがとうございますっ!次話もお楽しみにっ!


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第3話 魔法使い

 今日は絶好調だなぁ!


 満面な笑みを浮かべる霊夢に迎えられ、静哉は現在居間で茶を飲んでいた。

 久し振りに飲んだ人の手で淹れた茶に、静哉の心はぽかぽかと温まった。

「ほら、お腹空いてるならこれでも食べなさい」

 霊夢はそう言って、木製の戸棚から茶請けの煎餅を取り出してきた。

「あっ、じゃあこれ、代わりにお納めください」

 静哉はコンビニ袋に入った10個の濃厚プリンをちゃぶ台の中ほどに置く。

「何これ? 外の世界の甘味?」

 霊夢がコンビニ袋を物珍しそうに漁る。

「ええ、プリンという食べ物です」

 静哉が目の前で袋から濃厚プリンを1つ取り出し、フタを開けて見せる。

「この透明の匙で掬って食べてください。あんまり冷えてないですけど……」

 静哉の説明を黙々と聞いた霊夢は、手渡されたプリンを恐る恐る口に含んだ。

「うわっ、なにこれ! めちゃくちゃ甘くて美味しいじゃない!」

「ははっ、冷えてたらもっと美味しいんですけどね……」

 霊夢の盛大な喜びの反応に、冷えていればと静哉は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 そんな静哉の気持ちを感じ取ったのか、霊夢は花のような笑顔で言い返す。

「私は今のままでも十分すぎるくらいよ!あんた、本当に良い人ね。これ、全部食べていいの?」

「あ、はい。全部食べちゃってください。置いてても悪くなるだけなんで」

「やったーっ! ほら、あんたも1つ食べたら?」

「いえいえ、俺はもう霊夢さんの優しさで胸がいっぱいなんで大丈夫ですよ」

「そうなの、じゃあ食べたくなったら言いなさい。私が全部食べ終わるまでならあげられるから」

 霊夢が夢中でプリンを食べ、静哉はそんな彼女の姿を微笑ましい気持ちで眺める。とても穏やかな時間が流れていった。

 しかし、穏やかな時間というものは、得てして簡単にぶち壊されるものだ。

「霊夢ぅーっ! 遊びに来てやったぜーっ!」

 突如空から少女の快活な声が響いた。

 その声の主は、有ろうことか空から登場した。

 にかーっという擬音が聞こえそうなくらい元気な笑顔。金髪をすっぽりと隠す、白い大きなリボンのついた三角帽。黒いドレスのような服に白いエプロンの少女は、空飛ぶ箒にまたがって現れた。

 魔法使いのような少女は霊夢が珍しいものを食べていることに目敏く気づき、ちゃぶ台の上に鎮座するプリンの山を凝視する。そして急いで箒を降りて縁側から侵入してくる。

「あーっ、霊夢が人間と美味そうなもの食ってる! わたしにもくれよ!」

「アンタも人間でしょうが。これは絶対にあげないわよ。だってこの人——そういえば、名前知らなかったわね。あんた、名前は?」

 霊夢がちゃぶ台の上のプリンを自分のもとに集め、静哉に名前を問う。

「俺は、下川静哉です。えっと、貴女は霊夢さんの御友人でしょうか?」

 静哉が霊夢との関係を問うと、快活な少女は腹を抱えて大笑いした。

「あっはははは! 霊夢『さん』て! 霊夢はそんな大それたヤツじゃないぜ! 隠居した年寄りみたいなヤツさ! おっとと、わたしの名前は霧雨魔理沙! よろしくな、静哉!」

「よろしくお願いします、魔理沙さん」

「固いなぁ! わたしのことは魔理沙って呼べ! 分かったか?」

 そう言って、魔理沙は静哉にぐいっと顔を近づける。

「あ、ああ、分かったよ。魔理沙」

 魔理沙の勢いに気圧されながらも、なんとか呼び捨てをする静哉。魔理沙の美少女っぷりにドギマギしながらも、なんとか表に出さずに済んだと一安心する。

「にひひっ、歳の近い男に名前呼ばれるのって、なんか少し恥ずかしいな!」

「あら、魔理沙を呼び捨てにするなら私も霊夢って呼びなさい。私のことを霊夢さんなんて呼ぶ奴はこれまでいなかったから、なんだか少しむず痒いのよ」

「わ、わかったよ。れ、霊夢……」

「…………たしかに、少しこそばゆい感じね」

 名を呼ばれた霊夢は頬をかきながらそっぽを向く。

「あーっ、霊夢のヤツ照れてやがる!」

「ばっ、そんなんじゃないわよ!」

 ここぞとばかりに茶化す魔理沙と、若干頬を赤くしながら追いかけ回す霊夢。

 追いかけっこする2人はチラッチラッと静哉に視線を送り、それに気づいた静哉は悩んだ末に口を開く。

「ま、魔理沙と霊夢は、普段何をして遊んでるんだ?」

「わ、私は別に——」

「わたし達はいつも弾幕ごっこで遊んでるぜっ!」

 ちゃぶ台の周りをぐるぐると回っていた2人は、まるで落とし所を見つけたと言わんばかりに座り直す。

「弾幕ごっこ? えっと、名前から全然内容が掴めないんだけど……」

「見せてやるぜっ! ほら、霊夢!」

「はぁ……分かったわよ」

 魔理沙は意気揚々と、霊夢は面倒そうに縁側で靴を履いて鳥居の方へと歩いていった。

 静哉は2人について行く。

 参道の中央に相対すると、魔理沙が箒にまたがり浮かび上がった。

「よしっ、勝負だせっ! 霊夢っ!」

「面倒くさいわねぇ……」

 後頭部をかきながら、すでに面倒オーラを隠そうともしない霊夢。

 静哉が霊夢をジッと見ていると、ふいに目が合った。だが、瞳から霊夢の感情は読み取れなかった。

「はぁ……しょうがないわねぇ」

 霊夢がトンッと地面を蹴ると、そのまままるで水中にいるかのように上昇した。

「れ、霊夢は空を飛べるのかっ⁉︎」

 箒すら使わず空を飛ぶ少女を目の当たりにし、静哉は仰天した。

「ええ、そうよ。私は空を飛べる人間なの。凄いでしょ?」

「ああ、凄いな! 羨ましいよ!」

 静哉は正直に告げた。それを羨ましく思った魔理沙が、静哉の前にやって来る。

「わたしだって飛んでるぜっ!ほらっ、ほらっ!」

 魔理沙が地面スレスレまで降りて低空飛行したり、中空で一回転したりとアクロバティックな動きをする。

「魔理沙も凄いな!」

「へへん! そうだろそうだろ!」

「アンタいつも子供みたいだけど、今日は一段と幼くなってるわよ? どうかしたの?」

 静哉に褒められて調子に乗った魔理沙に、霊夢がニヤニヤしながらそう言った。

「う、うるさいっ! ——ふんっ、止めだ止めだ! 今日はなんだか弾幕ごっこをする気分じゃなくなったぜっ! じゃあな、霊夢! 静哉!」

 魔理沙が早口で別れを告げて、逃げるように帰っていった。

「ふぅ、やっと帰ったわね。さっ、早くプリンを食べるわよ」

「あ、ああ……」

 嵐のような人物だったなと思う静哉であった。




 読んでいただきありがとうございますっ!次話もお楽しみにっ!


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紅霧異変
第4話 紅い空


 魔理沙が霊夢に言い負かされて逃げ帰ってから、数日が経ったある日。

 その異変に最初に気づいたのは、他でもない静哉だった。

「霊夢、なんか空が紅くないか?」

「そうね、紅いわね」

 霊夢は煎餅を噛み砕きながら、事も無げにそう言ってのけた。

「えっ、これって普通なのか⁉︎ 俺の感覚がおかしいだけ⁉︎」

 そのあまりにも自然すぎる態度に、静哉が取り乱す。

「いいえ、空が紅くなったのは初めてよ。何かあったんでしょうね」

「…………『空が紅くなった』のは?」

 静哉は鋭い視線を霊夢にぶつける。

「そんな睨まないでよ。こういう現象は、ここ幻想郷じゃ珍しくないのよ」

 静哉は驚愕した。自分がいるこの場所が、幻想郷という名前だったことに。

 見当外れのことに驚く静哉だが、それも仕方がなかった。霊夢とって、この世界の名を知っているというのはあまりにも当たり前のことだったため、教えるという行為そのものが頭から抜け落ちていたのだ。

 しかし、そんなことはおくびにも出さない静哉だった。

「幻想郷じゃ珍しくないっていうのはどういう意味だ?」

「ここはね、忘れ去られたまたは忘れられそうな存在が流れ着く場所なの。まぁ、妖怪や妖精達がその代表みたいなもんよ。そして、私がこの幻想郷のバランスを保つ博麗の巫女ってわけ」

「忘れ去られた、か……。………………じゃあ、俺の持ってきたお金は使えないんじゃないのか?」

 静哉は抱いた疑問を口にした。

 もしやお金を渡して喜んだのは、霊夢の善意による演技ではないのか。自分はそれで感じていた自責の念を薄れさせて調子に乗っていたのではないか。

 一度頭をよぎった疑念はなかなか消えず、静哉の心を蝕んでいく。

 自分は相手の善意の上に胡座をかいて、更にはそんな優しい人物を微笑ましい無知な子供の如く見ていたのか。

 ああ、なんて自分は愚かで人の機微に疎いのだろうか。

「——気にしなくていいわよ」

 自分を責め続ける静哉に、霊夢はあっけらかんとそう言った。

「で、でも……」

「うじうじしないの。大丈夫よ。私の知り合いに幻想郷と外とを行き来できる奴がいるから、そいつに両替してもらうつもりだし。だからそんな申し訳なさそうな顔しないの。あんた、私より年上でしょ」

「うぅ、ありがとう…………ありがとう、霊夢」

 静哉は感謝の気持ちが溢れ出て涙が止まらなかった。

 世界にはこんなにも優しい人間がいたのかと。

 そして、決意する。自分は何があっても霊夢の味方になろう、と。

 だがしかし、この決意は数秒後に揺らいだ。

「はいはい。ほら、これで顔拭きなさい。あんた、今酷い顔よ」

「あ、ありがとう……」

 静哉は霊夢から手渡された布で顔を拭いた。

 しっかりと目元と鼻周り、口周辺を拭いた後、霊夢があっと声を発した。

「ごめん。それ、床を拭いてる雑巾だった……」

「ギャー!」

 静哉は手に持っていた雑巾を床に叩きつける。そして顔面がどうにかなってしまいそうな気がして、掌で顔を擦った。

 その光景を、霊夢が指を差して笑う。

「あっははは、あんた元気になったじゃない!」

「ま、まさか、雑巾ってのは嘘……?」

「いや、本当だけど?」

「ギャー! ギャー! ……いやいや、こんなことしてる場合じゃないよ! 空が紅いんだって!」

「はいはい、分かったわよ。私の出番よね。行ってくるわ、行ってくるわよ」

 霊夢が面倒そうに立ち上がる。しかし、その霊夢の手を静哉が掴んだ。

「待ってくれ、俺もついて行く」

「あんた、本気で言ってる? たぶん、いや絶対に死ぬわよ?」

 霊夢は本気で静哉の身を案じていた。

 相手が加減したとしても、静哉は弾幕の存在すら知らない外の世界の人間だ。

 一方的に嬲られるのがオチだろうと霊夢は推測したのだ。

 それに助けた人間のそんな姿は、見たくない。

「だ、大丈夫だ! 問題ない!」

「その残像が見えるくらい震えてる膝をどうにかしてから言いなさいよ……」

 霊夢が半目で静哉の膝を見る。

 言葉通り静哉の膝はどうしようもないくらい震えていた。それが、静哉は恥ずかしかった。

 自分より年下の少女に恐がってると思われるのは、僅かばかりの男としてのプライドに発破をかけるのには十分すぎるくらいだった。

「よし、もう大丈夫だ! 行こう!」

「ところで、あんたどうやって元凶のところまで行くつもり? 私は空を飛ぶ気なんだけど……」

「…………」

「…………」

「…………」

「……安心しなさい。私も一緒に行ってあげるわ」

 静哉は絶望した。自分は無意味に無計画に彼女を引き留め、そればかりか彼女に気を使わせてしまう自分が、いっそ死にたくなるくらい情けなく感じた。

 だが、立ち止まってはいられなかった。

 空を覆う紅い何かは、きっと人々を困らせている。

 そして、霊夢にはそれをどうにかできる力があり、自分は霊夢に助けられてばかりなのでここらで一つ、役に立たなければ彼女に申し訳が立たない。

「ありがとう、霊夢。じゃあ、行こうか」

「ふふっ。ええ、ついて行ってあげるわ?」

 霊夢が悪戯っ子みたいに笑いながら、静哉の隣をふわふわと浮遊していた。




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第5話 優しい門番

「この世界…………幻想郷だっけ? 俺以外にも普通の人間がいたんだな」

 静哉は先程通り抜けた人里を思い出して、感慨深げに頷く。

 大きな声で客引きをする野菜を売る八百屋。穏やかな雰囲気の流れる団子屋。その他にも蕎麦屋や花屋、豆腐屋や酒屋などと多種多様な店が軒を連ねていた。しかし静哉が気になったのは、その店のどれもが今は珍しい木造平屋建てだったということだ。

 それだけではない。里の人間は皆等しく着物を着用し、洋装の者など両手の指の数より少なかった。

「なぁ、霊夢。もしかして、ここの人間は不老不死なのか?」

 隣を歩く霊夢は、何言ってんのよと静哉を笑った。

「だって幻想郷の外にあんな造りの建物はもう少ないし、なにより日常的に着物を着てる人なんてほとんどいないんだ。それなのに、ここの人達はなんの疑いもなく生活していた。これは、きっとあの人達が不老不死だからなんだ!」

「あんたやっぱり馬鹿ね。ここは外の世界から隔絶された世界よ? それなら世代交代したって文化が変わるわけないでしょうに」

「ぐぅ、た、たしかに……」

 なんでその考えに到らなかったのかと、羞恥心に悶える静哉。

 大声で的外れなことを叫んでしまったことが、とんでもなく恥ずかしい。

「——それより。ほら、あそこを見てみなさい」

 静哉は霊夢の細く綺麗な指の差し示す先を見つめた。

 そこにあったのは、紅い洋館だった。

 広大な湖の上に浮かぶ、紅い霧を発生させている巨大な洋館だ。

 静哉はそれを見て確信した。

 あの館の主人こそが、この紅い空を作り出した犯人だと。

「あそこが今回の異変の元凶がいるらしいわね。…………最後にもう一度だけ言ってあげるけど、本当に行くつもり? あんた死ぬわよ?」

「ああ、行くさ。足手まといになるつもりはない。俺がヘマしたらとっとと捨てて先に進んでくれ」

 霊夢と静哉が視線を交わる。

 ——折れたのは霊夢の方だった。

「はいはい、分かったわよ。私の負けよ」

 優しい少女は顔を逸らし、手を左右に振った。

「ありがとう、霊夢」

「…………とりあえず、あの門の前にいる奴をどうにかしましょ」

「うん。…………ん? えっ、この距離から見えるのか?」

「ええ、辛うじて女だってことが分かるわ」

 現在2人がいる場所は、紅い洋館から数キロも離れた地点だった。

 静哉はもちろん、普通の人間ならば確実に見えない距離だ。ここから、霊夢の視力の凄まじさがうかがえる。

「これぞまさしく人並み外れた力って感じだな」

「そうかしら、これが普通だから分からないわ」

 静哉と霊夢は何気ない会話をしながら洋館へと歩みを進める。

 

 

「……ようやく着いたな」

「ええ、普通に疲れたわ。私だけでも飛べばよかったかも……」

「それもこれも紅い空を作り出した館の主人のせいだな」

「ええ、見つけ次第ぶん殴ってやる」

 額に汗を滲ませた静哉の隣で、それ以上に汗を流している霊夢が愚痴をこぼす。

 外の世界で引きこもりをしていた静哉と、娯楽の少ない幻想郷であまり動くことがない霊夢。

 動くことが好きではない2人の心が、奇跡的に噛み合った瞬間だった。

「ほら、お客さんが現れたわよ」

「ははっ、お客さんは俺達だろ?」

 門の前で軽口を叩く2人。だが、顔は青く、息も絶え絶えだ。

「………………あの、大丈夫ですか」

 門の前で待ち構えていた門番も、現れた2人を思わず心配してしまうレベルだった。

 その態度が気に触れた霊夢は、疲労で震える膝を無理矢理従えて立ち上がる。

「はんっ、敵の心配なんかしてんじゃないわよ! 今すぐこの館の主人を出しなさい!」

 精一杯の虚勢を張った。

「いや、あの、一旦落ち着かれた方が……」

「いいって言ってんでしょ⁉︎」

「霊夢、このおっぱいの大きいお姉さんの言う通りだ。少し休もう。もしこれで負けたとして、もう一度歩いてくるのは嫌だろ?」

「………………チッ!」

 青い顔を真っ赤にして憤慨する霊夢を諌める静哉。霊夢は次も付いてくるつもりの静哉に舌打ちしたのだが、この男が気づくはずもない。

 2人は門の前で十分ほど座り込み、優しい門番は水の入ったコップを与えていた。

「……アンタ、名前は?」

「あっ、私ですか? 私は紅美鈴です」

「ふんっ、博麗霊夢よ。そんで、アンタの乳を見て鼻の下伸ばしてる男は、居候の静哉」

「うおぃ! そんな悪意ある紹介はやめろ!」

 静哉は改めて美鈴へと自己紹介をする。

「えっと、俺の名前は下川静哉です。19歳。彼女はいません。得意料理は炒飯。好きな女性のタイプは、優しくて一緒に居て退屈せず、そして包容力のある自分より年上の人ですね。あっ、ついこの間幻想郷に迷い込んだばかりの新参者なんで、色々教えてくれると嬉しいです」

 静哉がそこまで言ったところで、後頭部に霊夢の拳が炸裂する。

「あんたの好みを聞いて誰が得するのよ……っ!」

 霊夢が呆れ気味に言うが、相手方の反応は予想外のものだった。

「炒飯が得意料理なんですかっ⁉︎ 奇遇ですね、私もなんですよ! どうです、召し上がっていきますか?」

「やったーっ! 霊夢、炒飯食わしてもらえるんだって! 早く行こうぜ!」

 門を開けて美鈴と静哉が中へと歩いていく。

 静哉は無邪気に笑いながら霊夢を誘うが、霊夢自身はこんな簡単に敵の本拠地へ侵入できていいのかと頭を抱えた。




 読んでいただきありがとうございますっ!次話もお楽しみにっ!


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幕間 奮い立つ心

 紅魔館の二階テラスから、幼い少女が苦虫を噛み潰したような表情で敷地内を歩く美鈴達を睨んでいた。

 コウモリのそれと酷似した翼を背中に生やした、10歳程度の外見を持つ少女だ。

「——お嬢様」

 いつの間に現れたのか、銀髪のメイドがお嬢様と呼ばれる少女の後ろに控えていた。

「頭が足りないやつだとは思っていたけれど、まさか敵を笑顔で招き入れるほど馬鹿だとは思わなかったわ」

「今日くらいは居眠りをしないようにと言い付けたのですが、余計に酷いことになったようです」

「……まぁ、いい。計画に狂いはないわ」

 少女はそう言って、

「——ところで、この霧って人間に影響あるんじゃなかったかしら?」

「ええ、確実にあります。……あるはずなんですが」

 2人の眼に映るのは、美鈴と親しげに話す男。

「…………効いてる風には見えないわね。人里の方はどう?」

「先程見て回りましたが、目に見えて体調を崩す人間は確認できませんでした」

 メイドの言葉に少女が目を丸くする。

「えっ、ここの人間強すぎじゃない? もしかして私達、ここじゃ人間如きにも負ける最弱集団として扱われたりするのかしら……」

 少女はその細い二の腕を掴んで震えた。あっという間に少女の絶対的強者の仮面が剥がれる。

 少女は元来、人を傷つけたり嫌な思いをさせるのがあまり好きではなかった。

 しかし、そんなことは言っていられない。

 あの忌々しい太陽さえなければ、自分は外で自由に生きていけるのだ。

 だけど、もし自由を得たとして人間の方が圧倒的に強かったら? 館の者も嬲り殺しにされてしまったら?

 ——それでも、自分の心は自由を渇望している。

 そんな主人の心の葛藤を目の前で見てきたメイドは、恐怖で体が震えている少女の背中をさすった。

 触れるとそれは、自分よりも小さな小さな背中だった。

「大丈夫です、お嬢様。吸血鬼であるお嬢様が人間より弱いはずないじゃないですか。もっと自信を持ってください。ファイトです!」

「そ、そうよね! 私は最強の吸血鬼よね! 人間如きに負けるはずないわ! そうよ、私は最強よ!」

 メイドの励ましが功を奏し、折れかけていた少女の心がなんとか奮い立たされる。

「では、お嬢様。私はあの2人の人間を追い出しに行ってまいります」

 館内に静哉と霊夢が侵入したのを確認し、メイドが少女にそう告げて、またもや瞬時に消え去る。

「……うぅ、本当に大丈夫かしらぁ…………」

 その場に残った少女がメイドの励まし効果が消えて、心細さのあまり少量の涙を零したことは誰も知らない。




 今回は超短めっ!
 読んでいただきありがとうございますっ!次話もお楽しみにっ!


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第6話 完全で瀟洒な従者

 気分転換やでっ! 熱しやすく冷めやすい性格のせいで、すでに飽きつつあるけどねっ!


 美鈴さんに案内されるまま、俺と霊夢は洋館の中にある広い部屋に来ていた。

 そこには数十もの机と、その机に付属する六つの椅子があった。つまり、椅子の総数は机の六倍あるというわけだ。

 …………この洋館には、そんなにも人がいるのだろうか?

「こちらが紅魔館の大食堂です!」

 ここに来てようやく洋館の名前が明かされる。

「へー、この洋館は紅魔館っていう名前なんですか。かっこいいですね」

「ですよねっ⁉︎ うんうん、同志がいて嬉しいです!」

 俺が素直にネーミングセンスを褒めると、美鈴さんはまるで自分のことのように喜ぶ。

 本当に子供のように純粋で単純な人だ。

「ちょっと待っててくださいね! 今から張り切って炒飯を作ってきますので!」

「はい、楽しみに待ってます!」

 駆け足で厨房へ消えていく美鈴さんに手を振り続け、後ろ姿が完全に見えなくなった瞬間。

「——っ‼︎」

 背後から凄まじい殺気を感じて、俺は震え上がった。

 圧倒的なまでの脅威に心臓が縮み上がる。だが、なんとか勇気を振り絞って首を回すと、そこには黒く禍々しいオーラを発する霊夢がいた。

「あんた、何のためにここへ来たのか憶えてる?」

「あ、紅い霧を消してもらうためであります!」

 そこには敬礼せざるを得ない何かがあった。

 俺は現代社会で飼い慣らされてしまった本能を総動員して、素晴らしく綺麗な敬礼をする。

「…………じゃあ、これはどういう状況? 敵の懐でご飯を食べるのが、あんたの考える最善策ってわけ? へー、平和的な侵略があったもんねぇ」

 チクチクと刺さる霊夢の言葉に居心地の悪さを感じながらも、俺は黙々と敬礼を続ける。

 ここで少しでも生意気な口を利けば、即座にあの細腕ではっ倒されることだろう。

「まぁ、とりあえず。今は相手の好意に甘えておきましょう。……帰ったら、もちろん夕飯はあんたが作りなさいよ」

 霊夢が咎めるように処遇を言い渡す。

「りょ、了解であります!」

 夕飯係を押し付けられた俺は再度敬礼し、静かに霊夢の隣の席に着いた。

 しばらくすると、俺たちが入ってきた扉とは異なる扉から数名の少女が入ってきた。

 彼女たちはロングスカートのメイド服を着ており、背中には透明な羽が生えていた。

「名付けるなら妖精メイドって感じね」

 霊夢が少女たちを見てそう呟いた。

 とんでもなくドヤ顔で言ってるけど見たまんまだよ? と言ってやりたいが、今霊夢の機嫌を損ねるのはとても不味いので口には出さない。

「あれ? あなた方はお客様ですか?」

 妖精メイド(命名・霊夢)の一人が、俺たちの元へ駆け寄ってきた。

「あ、はい。そうです」

「そうなんですかっ、では、ごゆっくり!」

 妖精メイドが一礼して集団に合流していった。そして、彼女たちはまた別の扉から出ていく。

 恐らく大食堂を通るのが一番の近道なのだろう。俺も近道だからとよく私有地を通り抜けたものだ。

 それからしばらく待っていると、厨房の方から香ばしい匂いが漂ってきた。

「なぁ、霊夢。今日の晩飯は何が——」

「——静哉ッ‼︎」

 ドォン‼︎ と、トラックと正面衝突したのかと錯覚するような衝撃とともに、俺はいくつもの椅子をなぎ倒しながら吹っ飛ぶ。その犯人は俺を突き飛ばした姿勢のまま、誰かと対峙していた。

 霊夢の前に現れたのは、冷たい瞳をしたメイドだった。顔の両側で三つ編みをした頭髪は銀色で、その髪と同じ色のナイフを多数指の間に挟んでいる。

 俺がさっきまで座っていた場所には、キラリと光を反射させる鋭利なナイフが数十本刺さっていた。

 霊夢が突き飛ばさなければ、俺は今頃ナイフを身体中から生やした状態で死んでいただろう。

「アンタ、客にナイフを投げるなんて随分なご挨拶じゃない。主人の教育が行き届いてるわねぇ」

「ええ、当然よ。お嬢様は私にとって最高の主人なんだから」

 突如現れた銀髪のメイドは、霊夢の皮肉をまるで意に介さない。

「……チッ」

「あら、お客様? 出口はあちらですが、案内しましょう、か!」

 言い終わると同時にメイドが——霊夢の背後でナイフを構えていた。

「霊夢っ‼︎」

「ぐっ! おりゃああ!」

 物凄い反射神経で霊夢は間一髪、背後から迫る凶刃を体を捻ることで避けた。

 すると、瞬きもしない内にメイドは消え去り、今度は全方位からありえない量のナイフが霊夢を中心に現れて襲う。

「くそっ、数が多いわね! 静哉! あんた暇なら倒した椅子くらい直しておきなさい! こいつを倒して美味しい炒飯食べるわよ!」

「お、おう……」

 意外に余裕なのだろうか?

 俺は言われた通り椅子を順番に立てていく。その間も、二人の攻防は続く。

「あれ、咲夜さんじゃないですか。どうかしたんですか?」

 場違いな声が戦場に響いた。

 声の主は、厨房から出てきた美鈴さんだった。

 手には、二人分の炒飯が。とても美味しそうだ。

「美鈴っ! こいつらは計画を邪魔する侵入者よ!」

「な、なんですとーっ⁉︎」

 美鈴が銀髪メイド咲夜の言葉を聞き、俺たちの顔を見て驚愕する。

「で、でも、あまり強そうじゃないですよ⁉︎」

 おぅおぅ、泣くぞこらぁ!

 美鈴さんが俺を指差して咲夜に伝えた。

「それは弱いから放っておいても大丈夫よ! こっちを手伝って!」

「はいっ!」

 ぐすん、みんなして寄ってたかってイジメやがってよぅ!

 もういいよ! 俺は美鈴さんが作ってくれた炒飯食べてるから、アンタらで勝手に戦ってろよぅ!

「ちょっと事実を言われたくらいで落ち込むんじゃないわよ! あ、一人だけ先に食べてずるい!」

 霊夢がナイフを避けエネルギー弾みたいなやつを避け、余裕綽々と言った様子で文句を言う。

 霊夢が強すぎる件について。

「美鈴さんっ! この炒飯、最っ高に美味しいです!」

「あははっ、ありがとうござ——ほげぇ!」

「美鈴さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん⁉︎」

 美鈴さんが花のような笑顔を咲かせながら、霊夢の攻撃で壁の方へ消えていった。

 俺は美鈴さんを迎えに行く——わけでもなく、炒飯を口の中へ掻き込む。

 うん、美味い。絶品だよこりゃあ。

 今は人の心配より、炒飯を味わうことの方が重要だった。




 読んでいただきありがとうございますっ!次話もお楽しみにっ!


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