戦姫魔晶シンフォギアD (イビルジョーカー)
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enemy file(エネミーファイル)
フランメ/ヘルゲ・パニッシュメント/ヘルゲ・ワーム



アラクネアしかなかったので、出ていた悪魔を紹介します。

暇潰しに見てもらえれば嬉しいです。



 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 階級分類/中位悪魔(コンプレア)

 

 特徴/火炎を彷彿とさせる色合いの体色と硬質外皮。左手は指が四方を囲むような形に、右手は魔力の弾丸を撃ち出す穴があり、その上下は弓のような三日月状の爪が伸びる。

 

 能力/魔力を火炎へと変換し、放出する。また口に含んだものを火炎放射として放つことができる。

 

 解説/『炎の魔女』、『炎帝』の異名を冠する大悪魔『イフリータ』に従う忠実な兵士。元はブレイドという悪魔だがイフリータの炎の魔力を授かったことで眷属化した。

 

 忠実というだけあって忠誠心が非常に高く、彼女の命令なら例えそれが不条理なものだったとしても、文句なく受け入れてしまう程。

 

性格は個体ごとに違い、忠義の為に彼女の意に背く個体もいれば、従順過ぎて融通が効かない個体。

 

言うことはそれなりに聞いてくれるものの、猛進気質で暴れ狂う個体など。

 

その個々の豊富さは目を見張るものがあると言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 階級分類/下位悪魔(ソプラス)

 

 特徴/顔を二つに分かつ縦に大きい口。俗に言う悪魔のイメージを具現化したような赤茶色の姿。

 

 能力/鋭い爪と牙による攻撃。

 

 解説/ヘルゲ種の悪魔の中で一番弱い部類に入る。人間の血肉を好み特に生きた人間を苦痛と恐怖のまま嬲るように喰い殺すことを好む。

 

依代には動物の血液や死体(種類は問わない)、負の思念が込められた物(小物から大きな物まで何でもいい。負の念は微かでも問題ない)、または人体パーツ(髪の毛や爪、歯など)といったものが成り得る。

 

身近な物でも容易に依代にできる為、人界に頻繁に現われるタイプである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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階級分類/中位悪魔(コンプレア)

 

 特徴/芋虫のような体軀を持ち、長い腕が二対。その間に挟まれるように短い腕が一対。中腹辺りにも柔らかい感じの腕が左右一対とあり、計8本の腕を持つ。顔はパニッシュメントのように縦に分かれた口が占めている

 

 能力/自分にとって有利に働く結界の精製。その内部へ任意した相手を引き込むことができる。個体によるが火や水、風といった属性魔術を

行使できる者もいる。

 

 解説/ヘルゲ・パニッシュメントの上に位置する中位悪魔。ブヨブヨとした芋虫のような身体には喰い殺した人間の残留思念や喰らった他種の悪魔の魔力。

 

罪人の魂を豊富に溜め込んでおり、部下であるパニッシュメントたちに栄養餌として与える。

 

性格はパニッシュメントと同様に悪辣なもので、食の嗜好性としては子供、特に頭を喰らう傾向がある。一度プライドに傷をつけられると相手を付け狙う執念深い一面も併せ持ち、非常に厄介な気質の持ち主。

 

 

 

 

 

 

 

 



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アラクネア


 悪魔の紹介コーナーを作ってみました。

 原作のデビルメイクライにも恒例としてエネミーファイルがありましたから、ここでも作ってみた次第です。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 階級分類/上位悪魔(アパルト) 

 

 特徴/肉塊が蜘蛛のように胴体と尻に分かれ、そこから多数の人の頭が生えており、人間の指を細く歪に伸ばしたような8本の脚を持つ蜘蛛に似た外見をしている。

 

 能力/多頭の顔一つ一つ異なる(緑目の頭なら糸を吐く。黒目に赤い瞳の、顔の目から下が埋まっている頭の場合は、漆黒の光線を放つ等)

。ミトリウスと呼ばれる肉塊のような物質を操る。

 

 解説/大手企業『土蜘蛛』を真に牛耳る強力な悪魔。社長は傀儡に過ぎない為、社内管理や人材派遣などといった企業における運営方針は、

彼女の意図によって采配される。

 

 社員の大半が人間を装った悪魔で、時折人間の社員を部下である悪魔の餌にしたり、趣味で悪趣味な遊戯を行う為の玩具として弄ぶなど。

 

 その性格は極めて残忍で嗜虐的思考の悪魔らしい悪魔と言える。人界に存在する為にミトリウスという、暇潰しの遊戯で苦痛と絶望のまま死んだ人間の情念を悪魔の死骸に含ませた特殊な物質を依代として利用。

 

 それによってあらかじめ蓄積したミトリウスを防護壁にしたり自在に伸びる触手へと形状変化させる等。

 

 ミトリウスそのものを様々な目的に合わせて自在に操れる。

 

 そして魂を良質化させる物質を生成することも可能。その物質を飲料や食品に混ぜ込み販売することで『希魂』という、特別な魂の代替品として収集し『自身が仕える悪魔』……アンノーウスへと献上していた。

 

 それなりに長生きしている悪魔で、己が力への信奉は当然。

 

 アンノーウスの配下になった経緯は単純に彼の魔力を見て、敵わないと判断。そのまま戦うことなく配下となった。

 

 主であるアンノーウスに対しては、役目を果たしているなら何をしようと構わないというスタンスだった為、それなりに気に入ってはいたらしい。

 

 だからと言って別段忠誠心がある訳ではなく、彼よりも強い力か。

 

 もしくは容易く貶められる策さえあれば、一切の躊躇なく反旗していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下、字稼ぎ。

 

 

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Luna Attack(ルナアタック編)
第1話  It is the devil's whisper


デビルメイクライ5のグリフォン、シャドウ、ナイトメア。

もうこの三体が好き過ぎて、ついでにシンフォギア5期やるってもんだから書いちゃいました。

楽しんで頂けたら幸いです。


訳題『ある悪魔たちの目覚め』






 

 

side ???

 

 

 

 

 

 

 

「こいつは、一体どうなってるんだ?」

 

 目が覚めて開口一番の一言がコレだった。明らかに人間の言葉を喋ってはいるのだが、とうの本人は人間とは到底呼べず、分類不明の猛禽類らしき鳥にしか見えない

“彼”は今自分が置かれている状況に困惑を隠し切れなかった。

 

 

「おいおい。“俺たち”は死んだ筈だよな?」

 

「グルル……」

 

 

 彼の言葉に答えたのは、なんと黒豹だった。

 しかし身体中を奔るように赤いラインが浮かび点滅している。普通の黒豹であればこのような現象はまずできない。当然タネも仕掛けもない。

 

 異常な存在なのは明らかだ。

 

 そして、“死んだ”という言葉。その意味については、今は語る所ではない為、頭の片隅にでもボッシュートして置くことを薦めよう。ともあれ今この現状は彼等にとって説明し難く、常軌を逸していたが故に彼は深く溜息を吐き出し、愚痴る他になかったのだ。

 

 

「ハァァ〜〜……ったく、ワケ分かんねーな」

 

「グオンッ!」

 

「あぁ? “なんかいる”って? ……確かに妙なのを感じるな」

 

 

今彼等がいるのは、何処かの街の路地裏としか表現できない場所で、それを表すように人が作った建造物たるビルが聳え立ち、夜の店を象徴とするネオンの看板や、らしい雰囲気を放つ店々を見ればそう考えるのが妥当と言えるだろう。

 

 

「見てみるか猫ちゃん」

 

 

 鳥の彼はそう言い、黒豹はそれに答えはしなかったものの、両翼を羽ばたかせて向かう彼を追っていく。自分達の“同族”とは異なる、ましてや人間でもない全く未知の気配。存在感とも言うべきか。

 そういったものを彼等は感じ取れるのだが、経験上覚えのない気配を頼りに進んでいく様は、さながら阿弥陀口のようか。何が待つか分からないゴールを目指し、彼等は向かっていく。そうしていく内にやがて拓けた場所に出た。そこは街の通りだ。しかし肝心の人はその影さえなく、更に妙なものがあった。

 

 

「んあ? なんだァこれ?」

 

 

黒い砂らしきものがそこかしこに散っていた。見た所それだけで他にどうこう言うだけの特徴がなく、おそらくは煤の類と予想できた。

 

 

「………なんてことはねェ。ただの煤だこりゃぁ」

 

 

 翼を閉じて着地し、恐る恐る。そんな様子で足を出しては黒い砂のようなものを指で突くように触り、確認する。どうやら間違いなくただの煤のようだった。

 しかしそうなると何故こんな所に?と言う、一つの疑問が出て来る。煤は、有機物が不完全燃焼を起こして生じる炭素の微粒子や、建築物の天井などに溜まるきめの細かい埃で、少なくとも街中に散乱するような代物ではない。

 

 

「謎が謎を呼ぶ……ってか? 気配はもうちょい先だな」

 

 

 正確な距離を言えば、今彼等がいる街道の位置から50m程と言った具合だ。

 そこから角を曲がっての先に感じていた気配の根源がある。確証は他ならない自身らの勘だ。一般的な人間のソレとは違い、彼等の感覚は正確過ぎるレーダー並みにズバ抜けている。

 故に勘のみだったとしても十分証拠に成り得るのだ。

 

 

「で、来てみれば……何だアレ?」

 

 

 それは、人の言語を語る猛禽類らしき鳥である彼が言うのも可笑しな話かもしれないが、"その存在"は、彼と同じくらいか、もしくはそれ以上に奇妙で不可解だった。パステルカラーのような色彩が蛍光のように淡い輝きを発し、形状は個体ごとに様々で、カエルのような両生類を思わせる形もあれば、葡萄のように球体が寄せ集まったような形をしたもの。普通に人型に近いものなど。本当に千差万別で、当然ながらソレは一つだけでなく、まるで生き物が群れを成すように複数いた。

 正確な数は……面倒という理由で数える気が更々ない彼だが、見積もって30はいる。

 

 

「グォォ……」

 

「猫ちゃんも思うか? 俺も"ご同類"かと思ったんだがよ……全然違うなありゃ」

 

 

 彼が言う"同類"。その言葉を理解する為には唐突だが"悪魔"について語らなければならない。悪魔とは、宗教において神の敵対者であり、人の心を惑わし堕としめる事もあれば、人の血と肉、そして魂を喰らう魔なる存在。悪魔は、人の住む世界とは異なる世界である 『魔界』より生まれ落ち、様々な理由で人間世界へと来訪…もとい侵入するのだ。とは言え魔界と人界の狭間には悪魔の人界への侵入を防ぐ為の大規模な『結界』が構築している為、国一つ容易に落とせる程の上級に位置する大悪魔は足の先さえも入れないが、結界の生じてしまった小さな隙間。

 下級程度の悪魔ならばそこを掻い潜り容易に人間界へ侵入することができる。

 ならば、このカラフルで得体の知れない者共はその下級悪魔か?と聞かれれば、彼は自信をもって『NO』と答える。アレは、悪魔ではない。

 彼…猛禽類に似た姿を有する『グリフォン』もまた悪魔だ。同様に黒豹も『シャドウ』という影の名を冠する悪魔。彼等の持つ感覚という名のセンサーが違うとそう断じていた。

 

 

「おいおい。あのネーちゃん大丈夫か?」

 

 

 よく見ればあの異形のカラフル集団を相手に戦っている1人の少女がいた。黒く短い髪を波のようにクネらせた、ウェーブ状の髪型はよく見るとふんわりと浮きそうな感じを醸し出しており、翼を彷彿とさせるには十分な印象をしている。服装は何も着ていない下にその上からレザーの黒コートを羽織っている。

 そして、彼女は戦っていた。

 悪魔に似ながらも悪魔ならざる異形の群れを相手にその手に握り締めた一本の棒のようなもので、懸命に一心不乱に振って異形たちを煤くれへと変えていく。

 

 

「猫ちゃん。あのネーちゃん……魔力使ってるぜ」

 

 

 グリフォンは自身が気付いた事をシャドウに耳打ちするが、そんなことシャドウにしてみれば言われるまでもなく、容易に気付いていた。

 魔力は、悪魔が持つ特殊な力の事を指している。悪魔ならば無い筈がなく、無い悪魔など悪魔でなく人間かただの動物だ、と言い張れる程に在って当然の力。しかし、少女はそれを持っていた。

 人間の目では捉えられないが棒のような物には魔力が通されている。

 

 

「んじゃ、実力をお手並み拝見と行こうぜ。見た所そんな苦戦してる様子じゃねーし」

 

 

 同意の意味を孕んだ鳴き声でシャドウは答える。

 あの少女が一体何者なのか……全く分からない。自分達にとって協力者となるのか、もしくは敵となるのかさえの区別も付かないほど彼女は2匹の悪魔からすれば未知の相手だ。

 仮に何か知ってるとして、戦闘に介入し少女側に付いたとしても素直に教えてくれるとは限らない。そもそも悪魔とは人にとって敵なのだ。害意があろうなかろうが関係ない。

 魔の存在は人にとって実害を齎す毒その物。故に敵だと判断され襲い掛かって来る可能性が有り得る。

 そうなってはグリフォンとシャドウにとって少女は敵となる。実力が下ならば大したことないが自分達より遥かに上だった場合、確実に狩られてしまうのは目に見えた結末だろう。

 そんな謂れ無い悪意を受けて、再び死ぬのはシャドウもグリフォンもゴメンだ。ハッキリ言って馬鹿らしい事この上ない。

 だからこそ、様子見に徹するのが得策となる。

 戦いで消耗し、バテた所を捕まえて何かしら吐かす、という選択肢も踏まえての判断だった。人間かどうかは分からないとは言え、そのような外見の者に対してそうする、と言うのは乱暴で、人によっては悪辣と映るかもしれない。

 が、彼等は“悪魔”。

 いかに話が通じ、人間臭く憎めない所があるとは言え、それを忘れてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

side ???

 

 

 

 

 

 

 “あたし”は、まっとうな人間じゃない。

 

 あたしは、悪魔の力を意図せずして手に入れた。

 

 冗談でもなければ何の比喩でもなく、異形の化け物の悪魔だ。

 

 魔界に生まれ、人間を獲物として襲い、魂や血肉を喰らい糧とする。あるいは単純に己の嗜虐心を満たす為だけに惨い方法で命を奪ったりもするのさ。

 

 とにかく悪魔が人間世界へやって来る目的や理由なんて大抵がロクでもないんだ。中には人が好きだから、とか悪魔とは思えない理由でやって来る事もあるけど。

 

 そんな悪魔の力を手に入れたのは偶然か、必然か、あるいは神様ってヤツの傍迷惑な気紛れなのか。でも事実は変わらないし、どういう訳かあたしは一回死んだ身にも関わらず生きてる。

 

 でも、今はそれだけで十分。理屈も講釈も必要ない。

 

 あたしには、やらなきゃいけない目的があるから。

 

 それは二つある。一つは、“ノイズ”って呼ばれてるカラフルな化け物どもを始末する事。

 

 もう一つは……。

 

 

「◾︎◾︎◾︎!!」

 

 

 一体何を言ってるのか、そもそも言語等とは到底思えない電子音に近い鳴き声…かは定かではないが、発して1人の少女へと迫る。ノイズは人間のみを狙い、襲われた人は炭素の塵と化してしまう。物質変換能力を用いて人の命を容易く奪うのだ。

 おまけに自らの存在を人の存在する次元から別次元へと位相をズラす事で己が存在を曖昧な物とさせ、通常の武器・兵器、それに基づく手段を無意味にさせてしまう。

 

「ふん!」

 

 しかし、この少女にしてみれば大した問題ではない。

 少女が手に持つのは棒らしき物体…よく見れば工具でよく知られているバールだった。

 彼女が明確な自我意識を覚醒させたあの日、誰かに捨てられ落ちていたソレは、シンプルな金属製でデザインもこれと言う特別性が皆無。何処からどう見ても普通のそこら辺で売っているように思えるバールだが、コレだけあれば十分。

 ノイズを倒すのに不足はない。

 バール自体に魔力を通す事で通常ならノイズ相手に意味を成さない物理攻撃を可能にした少女の手により、ノイズたちはあらゆる武器・兵器の無効化という絶対的優位性を今この場をもって剥奪され

、煤へと還る。

 ノイズたちは鈍過ぎる単調な動きと目標に向かって突っ込むという手段しか持ち合わせておらず、動きが素早く、棒を用いての戦法をいくつか有している少女に分があった。

 少女はノイズとノイズの間を俊敏なチーターの如く駆け抜け、その都度バールの先端を両刃の刀身に変え切り裂く。魔力を調節することで少し程度だが、変形を可能にできるようだ。

 

 

「チッ、ぞろぞろと……」

 

 

 しかし数が多い。今のところ苦戦はしてないがあまり長引かせるべきではない。そう判断しつつも、決定的攻撃手段が見つからないし持ってさえいないのなら、早期殲滅は難しい。

 

 

「なにッ! ぐうぅッ!!」

 

 

 ダチョウをトーテムポール風にしたような、なんとも妙なデザインのノイズが嘴らしき突起からトリモチのような白い粘り気を持った物質を発射し、少女の両足を封じ込む。

 どうやら焦るあまり、油断してしまったようだ。なんとか力を込めて足掻き抜け出そうとするも、それを嘲笑うかのように白い物質は更に粘り気を増し、拘束力を強めた。

 

 

「ふっ、ふざけるなッ!!」

 

 

バールに両手の力を込めて何度も突く。が、それでも抜け出すこと叶わず。ただ時間と労力だけを消費するだけにしかならなかった。

 

 

「……こんな、ところ、でぇぇぇ!!」

 

 

 終わりたくない。

 

 あたしには、やらなきゃいけない事がある。

 

 ノイズを倒すことと、もう一つ……。

 

 一番大事なことなんだ。

 

 "償い"をしなくちゃいけないんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁ。見てられねぇーな」

 

 

 そんな諦観を含んだ声と共に少女の視界を光が遮った。

 

 

「な、なんだ?!」

 

 

 突然の事態に驚くものの、光が収まり視界が戻ってみればノイズの群れは見る影もなく消え果て、代わりに奴等だったであろう煤がそこら中にあるのみ。

 

 

「これは……」

 

「よォ、ネーちゃん。今のはヤバかったな」

 

 

 自身の頭上から投げ掛けられた声に反応し、頭を上へ向ければ見た目とは裏腹に軽快そうな雰囲気を醸し出す1匹の猛禽類の如き悪魔…グリフォンが翼をバサバサと羽ばたかせていた。

 

 

「……悪魔か」

 

「そう言うネーちゃんはどうなんだ? その棒切れに魔力を通してるなら、俺たちのお仲間か……その力を得た人間っつーコトになる訳だが?」

 

 

 探るような視線を向ける少女。グリフォンはそれに対し、問いを投げた。

 

 

「……まぁ、いい。理由はどうあれ助けられたんだ。ありがとう」

 

 

 何かの目論みがあってのことかもしれない。その可能性があっても少女は礼を述べたかった。先程の閃光は彼によるもので、そのおかげで自分が助かったのは事実。なら、文句を言える立場ではない

。少女もそういった礼節は弁えている。

 

 

「ハッハー! 悪魔に礼とは面白しれェな!!

だが俺達はネーちゃんが消耗してる所を捕まえて、ゲロさせようと目論んでたんだぜ?」

 

 

 グリフォンの言葉は嘘偽りでなく、選択肢の一つとして考慮し、必要あれば実行に移す気でいた。

ある一人の男の悪夢の具現化でもあるグリフォンとシャドウ……そしてもう1体の悪魔は消滅を願い

、その男の弟と因縁も含めて戦い敗北。

 別れの言葉を告げて消滅した筈の彼等を待っていたのは、何処とも知れぬ街。何をどうすればいいのか。右往左往と闇雲に彷徨う訳にもいかず、妙な気配を辿り来てみれば悪魔ではない異形の集団と戦う少女の姿。

 安易に手を出せばこちらにどのような危険が及ぶか分からない。

 しかし結局、何と言うべきか。見ている内に自然と助けたくなってしまい、極め付けは少女の窮地を見て動いてしまったのだ。

 普通に考えればわざわざ助ける理由は何処にもない。

 情報が欲しいなら、其処らにいる一般人でもひっ捕まえてしまえばいいだけの話だ。別段この少女で無ければならないと言う理由は何処にもない。

 

 だが、それでも尚助けた。

 

 何故?

 

 "己の魂がそう命じた"

 

 それ以外の答など、なかったのだ。

 

「なら始めからそうすればいいし、そんな事わざわざ本人に言う必要もない。

助けてくれたんだろ?」

 

 そんなグリフォンの心情を読み解くように、少女は少しばかり笑みを浮かべて言った。

 

 

「……へいへい。んじゃ、とりあえず…」

 

 

 カラフルな異形達はまだいる。グリフォンの雷によって煤へと還されたとは言え、その数を減少させただけであって全滅した訳ではない。

 

 

「この訳分からない奴等を地獄に送らせてやるとするか!!」

 

 

 グリフォンが吠える。そしてそれに呼応するようにグリフォンの影が揺れる。水面の波紋のようにやがては沸騰する湯水の泡を想起させるボコボコと泡立ちを生じ始め、不可解な現象を生み出した正体がその姿を現わす。

 

 

「グオオオオオオッッッ!!!!」

 

 

 簡潔に言えば、黒豹。紛れもなくシャドウだ。

 シャドウは宙へと身を駆け出したかと思えば、目にも止まらず瞬きの間すらない程の速さで刃が連なる円盤と化し、更に回転する事で切れ味を倍増。宛ら、丸鋸のソレだろう。

 空飛ぶ丸鋸と化したシャドウは自身をカーブさせ、クネクネとしたS字を描くように異形の群れを切り刻み、煤へと変えていく。

 さながらミキサーに入れられ、固形から粉々とした物質へと変換される食材、と例えるのが相応しいかどうかは個々人で分かれる所だが。少なくとも少女は口には出さないものの、内心そう思っていた。

 

 

「やるねぇ〜猫ちゃん!」

 

 

 口笛でも吹きそうな軽い口調でグリフォンは言いつつ、雷撃を止めることなく異形の群れへと降り注ぐ。

 

 

「ハッハー!! 地獄に落ちてクソになりナァ!ゴミども!」

 

 

 言葉遣いはかなり悪いが。

 ともかく数は大分減り、程なくして異形たちはその全てが狩り尽くされた。グリフォンは今でこそ一般的な猛禽類の鳥サイズだが、昔はクジラよりも遥かにデカい巨体と国一つを

壊滅させる実力を兼ね備えた大悪魔で、魔界を統一していた帝王に仕えていた程の実力者。

 実力では大悪魔に行かずとも、それでも人間の軍隊100人編成規模をたった1匹で殲滅できるシャドウ。

 この2体を相手では大した力を持たない異形如きでは話にならないだろう。

 

 もっとも、“デカい相手”では分からないが。

 

 

「ウワッ! デカブツ登場?!」

 

「グルル……ッ!」

 

 

 空間から滲み出るように出現したドロドロの何か。それはすぐさま形を成し、芋虫を彷彿とさせるブヨブヨした質感の身体と20はあろうかと言う巨体。デカい新手の出現だった。

 

 

「チッ、デカい"ノイズ"が出たか」

 

「ノイズ? この訳分かんねー連中の名前か?」

 

「人間が触れれば瞬く間に塵に還る。そんな異能の力を持った悪魔とは違うモノ。それが今あたし等が相手にしてる存在だ」

 

「ご説明アリガトウ! けどコイツは逃げた方がイイぜェェェェェェェェェェーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」

 

 

 強引に少女の手を両足で掴み取り、そのまま空中へと持ち上げる形で上昇するグリフォン。見ればグリフォンとシャドウ、少女のいた場所は前足2本、後ろ足2本で計4本はある巨大ノイズの片前足が重低音を響かせ、鎮座している。

 あともう少し遅ければ、足の裏側で血塗れの平面図と化していただろう。ともあれ、巨大ノイズが出た以上は倒さなければならない。

 

 

 

「デカい芋虫野郎がッ! 喰らってな!」

 

 

 そう言って、グリフォンは口から雷球を数発吐き出すと共に身体からも雷撃を放ち、ダメージを与えようとする。

 シャドウも地上から自身を刃の歯車と変えたり、あるいは巨大な口に、時として鋭い棘を生成して攻撃を加えていく。

 

 が、巨大ノイズへのダメージは、その殆どが微々たるものだった。

 

 

「どうした? 威力不足か?」

 

「ああーそうだヨッ! 猫ちゃんと俺のダブルでやってんのにクソちッせェェダメージ?!脂肪吸収もイイトコだぜ!」

 

「別に脂肪で攻撃を吸収してる訳じゃない。そもそも連中に脂肪なんてない」

 

「律儀に返してんじゃねぇーよ! ジョークも通用しないってかァ?」

 

 

 そんな会話をしてる内に芋虫の大型ノイズは顔と思わしき楕円形状の部位にある昆虫の様な口から自身の一部を弾丸として吐き出して来た。

 

 

「おい、きちんと避けろ!」

 

「鳥使い荒いっのォォッ!!」

 

 

 そうは言いつつ、グリフォンは翼をより一層と羽ばたかせ、魔力による強化も使って飛行速度を上げることでノイズの弾幕を紙一重のギリギリながら回避していく。

 

 

「どうするネーちゃん! このまま逃げ回ってるだけじゃキリないぜ!」

 

「クッ……何か、あのデカいノイズを葬れるだけの大技の類は無いのか?」

 

「無理言うなよ!俺も猫ちゃんもクソでかい大技なんざ持ってねぇよ

!!……アイツが入れば話は別だがなァ!」

 

「アイツ? あの黒い豹以外にも仲間がいるのか?」

 

「ああ、いたな! もっともソイツは諸々事情ってヤツでクタばっちまってる! 俺らと同じでな!」

 

「………話は後々聞くとして、今はアレをどうに…ッ?!」

 

 

 最後まで言いかけた少女は自らの身を伝わる衝撃に耐えかねて言葉を噤み、それによってグリフォンも意図せずして足を放してしまった。

 

 

「なァァッ?! ネーちゃん!」

 

 

 思わず叫ぶが自身もまた衝撃のせいで咄嗟の動きが取れず、そのまま彼女と共に落ちていきコンクリートが覆う地表へと激突。少女諸共に二次的な痛手を受けてしまった

 

 

「イッテテ……んだよ今のは?」

 

「……どうやら、新手によるものの様だ」

 

 

 グリフォンより先に態勢を立て直した少女は、宙に浮かぶソレに鋭い視線を送っていた。

 それを見たグリフォンは彼女と同じ宙に視線を向け、その先にある存在を捉える。

 

 それは一言で言い表すなら『宙に浮く玉』。

 この表現が一番の適切な程にソレに他に特筆すべき物が何もなく、張り付いたように輝くモニター状の模様からノイズである事だけでは分かった。

 

 

「$〓□○ッ!」

 

 

 理解不能な電子音を鳴らし、そのボール型のノイズは自身の球体を膨らませたかと思えば、中に溜まった"モノ"をグリフォンと少女に向けて吐き出して来た。

 

 

「ぐっ、がぁぁ! ……なるほど。"空気"か」

 

 

 避けることも防ぐことも出来なかった少女は見事ノイズの攻撃を食らってしまったものの、命に関わる程の殺傷性の高い威力でなく、しかも直に見たおかげで自身とグリフォンがどうやって落とされたのか

 それを察することができた。今しがた少女の言った空気という単語。この玉のような丸みしかないノイズは、内部で空気を圧縮させ収束。それを放つという攻撃手段を有していたのだ。

 

 

「風船みてーだなオイ」

 

 

 ギリギリ飛び上がって回避したグリフォンがそんな事を宣うが、対する少女は異様で不可解な物でも見るような表情を浮かべていた。

 

 

「……ありえない」

 

「ンン? 何がありえないってンだよ」

 

 

 説明を求めるグリフォンに少女は別段隠す素振りは見せず、素直に答える。

 

 

「ノイズは、人間を標的として定め襲って来る。理由は人間の命を奪う為だ」

 

「ハハッ! そこン所は悪魔と大差ねェーな」

 

 

 人の世に降り立ち、人間を好んで殺す。

 

 悪魔は例外を除けば大抵大半がそんな連中で占められており、例外、と言ったように中には気高き戦士としての誇りを持つ悪魔。あるいは人間に対して友好的な者もいるにはいるが、やはり割合で言えば性根が腐ったないし破壊や殺戮の本能しか頭に無い悪魔が占めている。

慈悲のカケラもなく、命乞いにも耳を貸さず、本能の赴くままに人の命を奪う。

 その点だけで見れば両者は同じ穴の狢、と言えるのかもしれない。

 

 

「そうかもな。だが、悪魔は色々なやり方で命を奪うのに対し、ノイズは自分と対象を接触させて……人間を煤くれに変えて殺す。それしかしてこない」

 

「あん? なんで他にねぇンだよ」

 

「そこまでは知らない。何故それ以外の殺害方法をしてこないのか……まぁ、そこはどうでもいい。重要なのは、そういった手段しか持ち得ない筈のノイズがそれ以外の攻撃をして来た、この点に注目すべきだ」

 

 

 悠長に説明しているように見えるが、これでも球体ノイズが放つ空気の弾圧を軽快且つ素早い動きで回避している。先程は不意打ちを食らってしまったものの、目できちんと見さえすれば回避は困難でなかった。

 

 

「ノイズの攻撃は今言ったように他者への身体的接触、自身を紐状又は槍状に変化させての突進。この二つのパターンしかない」

 

「つまり、空気を利用してくるのはアリエネェってコトか?」

 

「ああ。私の知識からするとな」

 

「だがネーちゃん。ネーちゃんを縛ってたあのモチは? その理屈で言えやァ、そういったのも有り得ないんじゃないのか?」

 

「アレはノイズ自身の内部を一部変化させて吐き出したものに過ぎない。魔力を持っているアタシならともかく、只人が同じようにされたら煤になる」

 

 

そして、と。一言置いて少女は言った。

 

 

「奴等にはタイムリミットがある。この世界に留まれる事を許された、僅かな時間がな」

 

 

まるで少女の言葉が引き金となるかのように先程まで優位に立っていた筈のボール型や巨大なノイズらは全てその形を保てなくなり、まるで燃え散る紙屑の如く煤くれへ還っていった……。

 

 

 

 



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第2話 Two devil and girl



連続投稿どうぞ!

訳題『2匹の悪魔と少女』


 

 

 

 side ??? 

 

 

 

 

 

「はい。周囲の避難は完了。被害も最小限に留められました」

 

 

 ノイズが発生し、少女と悪魔が邂逅した現場は人払いの為の立ち入り禁止の赤文字がペイントされたバリケードが周囲を囲むように立てられ、それなりの武装を身に纏った自衛隊が見張りとして配備されている。バリケードの向こう側では自衛隊含む政府の人員たちが後始末に勤しんでおり、その中で黒スーツを身に纏った、通称『二課』と呼ばれる組織に所属する青年が上司たる男と連絡を交わしていた。

 

 

『ご苦労。いつもすまないな』

 

「いえいえ。当然のことです」

 

 

 電話越しから来る労いの言葉に対し、青年は口の端をほんの少し上げては微笑むように。自分が任された責務を当然の事だと答える。

 

 

「ただ……気になることがあります」

 

『ん? 何かあったのか?』

 

 

 声のトーンを和やかなものから真剣味を帯びたものへと。変質させた青年の様子に男も若干ながら気を引き締めた様子で問いを投げかける。

 

 

「ノイズが発生した現場にまるで雷でも落ちたような焼け焦げの跡や鋭く大きな刃物で切ったと思わしき傷跡が多数見つかりました……まさかとは思いますが」

 

『何者かがノイズと交戦した、と?』

 

 

 青年が言葉に出すよりも早く、男は仮定していた予想を提示する。

 

 

「おそらく、ですが……」

 

『もしノイズ相手に戦えるのだとすれば、その何者かは"シンフォギア装者"か……又は我々も所持する"完全聖遺物"を持つ者かもしれんが……"アウフヴァッヘン波形"が検知できなかっただけでなく、ほんの僅かな反応さえなかったことを鑑みるとどうにもな……』

 

 

 断定はできない。言わずともニュアンスでそう伝えて来る男の言葉だが、何も知らない一般人が聞けば疑問符を上げる他ない用語を平然と混じえて話す様はある種奇妙なものかもしれない。だが、このような内容の会話など二課にとっては日常茶飯事である。

 

 

「もう少し現場を調査してみます。何かあれば報告を」

 

『分かった。ではこちらも様々な方向で調査する。気をつけてな』

 

「はい。承知してます」

 

 

 そんな会話を交わして、電話を切る。青年は流し目程度にある一点へと視線を向けた。そこには、膝を折り曲げ焼け焦げの跡が生々しく残るアスファルトに手を添え、神妙な面持ちで何かを考えている青い髪の少女の姿があった……。

 

 

 

 

 

 

 

 side 少女と2匹の悪魔

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、ざっとこんな感じだ」

 

 廃墟。

 そう言うに他ないほど荒れ果て、誰にも使われないただの建物という一つの物体として存在するその場所の、一室。ある程度の高さがあるおかげか街の景色がよく見えるがその部屋にいる少女も。グリフォンも。シャドウも。正直景色を楽しもうという風情は皆無だった。あるのは『状況把握』と『情報を整理したい』と言った二つの興味しか存在し得ない。

 

 

「ノイズ……シンフォギア……全然聞いたことねぇー名前だ」

 

 

 猛禽類を彷彿とさせ、嘴が普通の鳥とは違い花弁の如く四方に分かれる異様な形状の口部で人の言語を介する黒みがかった藍色の羽毛に覆われた悪魔『グリフォン』は、訳分からないと言った様子で疑問符混じりの言葉を吐き出す。

 

 

「だろうな。『レッドグレイブ』や『フォルトゥナ』っていう街の地名。世界的に有名らしい『魔剣士スパーダの伝説』。どれも聞き覚えないし、スマホで調べてもヒットしない」

 

 

 そう言う少女の手には黒いカラーのスマホが収められていた。とは言え少女のものではなく、少女に対し強行的によからぬ事をしようとした不貞な野郎連中を懲らしめた際、慰謝料代わりに貰い受けたものだ。

 

 もっとも持ち主本人の承諾は確認しなかったが。

 

 ともあれ、互いの情報を確認する上でスマホの利便性は役に立ったものの、結果的に言えば双方の情報は中々噛み合わない謎を生じさせた。

 

 グリフォンの経緯はこうだ。

 

 自分達はバージルと言う男が魔と人を分かつ特別な力を宿した魔界の道具……俗に魔具と呼ばれる刀で、自身の人と魔を分かち、人間としてのバージルである男『V』と悪魔としてのバージル、ユリゼンの二つに分かれてしまった。

 

 グリフォンとシャドウは、バージルの中にある負の記憶……それが本体から弾き出された結果、悪魔として顕現した存在。かつて母親を殺した仇である魔界を統べる魔帝ムンドゥスに挑んだ際、バージルは力及ばずに敗北。その折、ダンテを倒す為の駒として改造を施され、悪魔の剣士ネロ・アンジェロと化した。

 

 その際の記憶……そして、ムンドゥスが自身の駒とする為の改造の過程で、様々な悪魔の存在性を司る因子をバージルの肉体に埋め込んだ。しかし他を拒むバージルの性質故か、どうやっても弾き出してしまうのだ。結果は無意味なものとなったものの、何種類かの因子は弾き出される消滅せず残り続けた。

 

 その因子の二つが……グリフォンとシャドウの物だった。

 

 つまり、彼等は悪魔の因子がバージルの記憶を媒介にすることで悪夢の具現化という形で誕生した本物であって本物ではない実体無き悪魔という訳なのである。

 細かい部分は省略するがユリゼンによって魔界の大樹がレッドグレイブ市を侵食し、人の血を糧に成長していくという前代未聞の大事件が発生。

 紆余屈折の果てにVは自身の目的、ユリゼンとの融合を成し遂げ、バージルとして復活する。役目を終え、果たすべき野望も何もないグリフォンとシャドウ、そしてナイトメアと呼ばれる三体の使い魔たちはかつて自分達を倒した男……ダンテと言う、バージルの双子の弟と死闘を繰り広げ敗北。そして何故か消え去った筈の自分達が確かに在り、少女と出会った……というのがグリフォンとシャドウの経緯だ。

 だが話を聞いていた少女の記憶に魔界の大樹であるクリフォトが起こしたレッドグレイブ市の大事件などなく、ついでとばかりに話したフォルトゥナでの事件も聞き覚えはなかった。

 それどころか地名や事件で何度検索してもヒットせず、事実上レッドグレイブ市並びフォルトゥナは存在していないと認めざる得なかった。

 ならばとバージルとダンテの父である魔界随一の剣士にして、ムンドゥス並び魔界を裏切り、悪魔の侵攻から人間界を救った英雄スパーダに関する伝承・伝説も検索して徹底的に調べた。

 が、前例と同じく、この世界に魔剣士スパーダの伝承・伝説は一切存在しなかった。アニメやゲームなどの似たような名前の関連性が全く無いものばかりで、目当てのものに辿り着くことは叶わなかった。

 

 

「オイオイ……んだよそりゃ。まさか並行世界にでも迷い込んじまった系かこりゃあ」

 

 

 溜息交じりに吐いたグリフォンの並行世界という言葉。選択によって分岐した可能性が現実化した事象と言えばいいか。パラレルワールドとも呼ばれ、今自分がいる現実とは異なる同一の現実が存在すると言うSFでは有名な理論だ。

 

 この時ああしていればこうなった。

 

 あの時、こうしていればこうならずには済んだ。

 

 あるいは、こんな歴史を歩んだ同じ世界があるのかもしれない。

 

 そういった様々な分岐によって生じた幾重にも存在する現実の世界

。それが並行世界なのだが何故グリフォンが知っているのかと言うと並行世界の存在は大悪魔クラスであれば知り得る知識の一つだからだ

。実際、並行世界を行き来する魔界の道具があるのだから何らおかしい事ではない。

 

 

「パラレルワールド……信じ難いが、そうかもな」

 

「でよぉネーちゃん! そろそろお名前の一つは聞かせてくれてもいいんじゃねぇーか? これから長〜い付き合いになるんだから、ここは一つお近づきの印にさ!」

 

 

 話の腰を折らんばかりの唐突な質問の投げ付けに対し、少女は溜息を交えつつ答える。

 

 

「『K(ケイ)』と呼べばいい。それよりも長い付き合いってどういう意味だ」

 

 

 とりあえず律儀に名前を教えてから、先程言った言葉の中で気になったワードに関する問いを投げかける。

 

 

「そのまんまの意味さ。ネーちゃん……いいやK! このオレ達がお前に協力してやるって言ってんのよ!!」

 

「グオン」

 

 

 グリフォンの提案に便乗するようにすぐ近くで大人しく座っていたシャドウが一鳴きする。ニュアンス的に肯定しているかのような感じだ。

 

 

「……なんでだよ」

 

「オイオイ、んな疑い全開な目で見るなよ」

 

 

 訝しげな視線を送る少女ことKが何を言いたいのかなど、疑心を込めた目を見れば容易に分かる。

 会ったばかりで単純に互いの経緯や情報を開示し交換しただけの間柄に過ぎない。にも関わらず、何の後ろ盾もない自分に協力するなど言われてハイよろしくなどと気楽には言えない。

 裏がある。何かを企んでいるかもしれない。

 そう考えるのが妥当であって、無論Kもそれは変わらず例外ではない。あの時助けてくれた恩があるとは言え、それでも容易に承認するほど少女……Kはお気楽ではない。

 

 

「俺たちに目的とかそんなもんは一切ない。死んで消えたと思えばこの有り様だ。だからよ、お前の目的の為に付き合ってやるってワケだ

! さぁさぁ今なら魂払いなしの無料お買い得!! 出血大サービス! 契約するなら今だぜKちゃ〜ん!!」

 

「少し黙ってろ」

 

 

 自分の近くでギャーギャーと騒ぐのに加えて両翼でバサバサとやるのだから、Kにしてみれば鬱陶しさことこの上ない。その嘴を手で掴んだKの対応にグリフォンは思わず『ムグゥッ!』と。

 そんな苦悶の声を漏らした。

 

 

「デ、デジャブ……」

 

「喧しい鳥はゴメンだ。けど確かにお前は中々強い。そっちのシャドウって奴もな。いちいち手段を選ぶ時間も方法もがないから、承知してやる。で、契約の仕方は?」

 

 

 未だ疑念は消えないようだが、それでも構わないのであれば是非もない。Kが嘴を掴んでいた手を離し、自由になったグリフォンはやはり彼女の質問に陽気喝采な声で説明する。

 

 

「英断即決だ! スゲーぜ! 前のご主人様だったVは最初拒否ってたからな! で契約だがそんな難しいもんじゃねー」

 

 

 グリフォンはそう言うと自らの身体を黒い粒子のような物へと変化させ、間髪入れずKの中へと入っていった。

 

 

『ビビるこたぁねぇよ!! こうやって繋がりを作るんだよ!』

 

 

 頭の中で響くグリフォンの声に不快感が増す。

 とは言えコレが契約する為に必要であるのなら、それを否定することをKはしない。まぁ、だとしても不快感があるのは否めないが。

 そうこうしている内に少女の身体に黒い独特な模様が刺青のように浮かび上がる。悪魔が自身と契約した事を示す“刻印”だ。

 

 

「ヒャッホーウ! イイね! 最高だ! 本当なら実体のない俺らは消えちまうんだが、どういう訳か今の俺たちには“実体がある”! そんなもんだから得られる魔力も絶好調だ!」

 

「……は? 実体がないと言ってなかった?」

 

 

 適当なことを抜かさずキチンと答えろ。

 そう言わんばかりの表情と視線で訴えかけるKに焦りを感じたのか。バッというような効果音と共に彼女の肩から現れたグリフォンは、慌てて自身の弁明を述べる。

 

 

「まま待てって! 別に適当に言った訳でも嘘を吐いたつもりねーよ?! こっちに来るまではよ、本当に実体のねー存在だったんだ!」

 

 

 悪夢である彼等は本来、相手を苦しめることはできても殺す事はできない。何故なら、悪夢が形を有しただけで実体と呼べるものがなく、誰かに憑依しなければ長く姿を保てない曖昧にして不明瞭な存在。

 だが、この世界では有る筈のない実体があった。

 証拠に彼等はノイズを殺すことができた。

 アレが明確な命を持つかどうかは怪しいところだが、それでも倒す事ができたのは間違いない。それは詰まるところ、彼等はただ相手を苦しめるだけでなく、“殺すことができるようになった”と言えるのだ。

 

 

「はぁぁ。どうなってるんだソレ」

 

「まぁイイじゃねーか細かいコトは。目ん玉で見るイマが重要ってな!」

 

 

 悩ましい溜息を吐き出すKを尻目に調子のいい台詞を口遊むグリフォン。そんな一人と一体をどこか懐かしそうな様子で見るシャドウ。

 

 前途多難かもしれない。

 

 Kという少女は内心、そんな弱音に近い愚痴を吐露する他なかった。

 

 

 

 

 




感想ほしいデス! お待ちましてます!!


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第3話 The devil's mind 




switch版の初代デビルメイクライをやっているのですが・・・やっぱ初代って難しい(-_-;) 

ボスよりデスシザーズが厳しいとか・・・しかもそこ止まり。



そんなこんなで三話ですが、どうぞ!



 

 

 

 

 

 side ???

 

 

 

 

 

 

 

 グリフォンって名前は魔界じゃ結構馳せたもんだった。物から命、挙げ句の果ては異次元空間さえも創っちまう魔界の帝王様ことムンドゥスのクソったれジジイの忠実な腹心の一体、それがグリフォンって大悪魔だ。そりゃ強かったさ。大昔に起きた魔界の支配権を巡る魔王候補三体が率いる悪魔の軍勢そのチョーやべェ三つ巴の戦いを余裕に生き残ったばかりか魔王候補の一体、確か“アビゲイル”だったな。

 ソイツを自慢の雷撃で仕留めちまった。まぁ、他の腹心の協力もあったけどな。特に他人の話をろくに聞かねー脳みそまで筋肉がギッシリ詰まったアツアツのクソ蜘蛛。

 

 まさに栄光の日々だった。

 

 魔界のパンピーなヘルどもを筆頭に上流階級のメジャー悪魔連中。果ては頭の足りねぇー本能しかない魔獣の類も、その魔力を刮目しちまえば有無を言わずヘコヘコと平伏しちまう。それが大悪魔グリフォン。そんな大層な奴もとうとう年貢の納め時ってのが来ちまった。あの魔剣士様の息子のダンテに二回も挑んで2度目で完全敗北。ドでかい柱がすっぽり突き刺さった無様な悪魔を助けてやるほど、ムンドゥスに部下思いの心ってヤツは皆無でな。

 

 あっさりと用無し宣言。始末されちまった。

 

 でも生き返った。1度目は怨念を媒介に自我もへったくれもねェ魔王候補の一体だったアルゴサクスって名前のクソ破壊野郎の人形として。そん時もダンテと戦ったさ。無様滑稽の二拍子が似合う有り様でくたばったまったが。2度目はダンテの兄貴バージルの負の記憶が身体に残ってたグリフォンの因子と結びついて。そん時はきちんと自我があって自分の意志で挑んだんだが……またダンテに負けちまった。ここまで来ると運命の赤い糸でも繋がってんのかって思いたくなっちまうぜ全く。

 

 

 で、3度目は……。

 

 

 

 

『……なぁ、Kちゃんよォ』

 

(いきなり頭の中で話かけるな。かなり響く)

 

 

 

 頭の中で響く声の主はグリフォンだ。それに対しKは鬱陶し気に言うが、そんな事などお構いもなしに兼ねてから疑問に思っていた事を問い質す。

 

 

『なんでパフェ食ってんの』

 

(パフェじゃない。ストロベリーサンデーだ)

 

 

 何処にでも普通の喫茶店。奇抜と言えば奇抜な格好のせいで結構目立つものの、Kは気にせず。

 スプーンを操り、スイっと。

 リズム良くストロベリーサンデーのアイス部分を一部掬い取っては口に運び、その味を余す事なく堪能せしめる。心なしか頬を若干赤らめているようだ。

 

 

(次に言い間違えたら毟るぞ)

 

『どっちでもイイんだよンなァコトは!! 目的は?! やらなきゃいけねー目的があったんじゃねぇーのかよ!!』

 

(焦らすなアホ鳥。そんなに急がなくても時間はたっぷりある。これは謂わば戦前の心構えってヤツだ)

 

『どんな心構えェッ?! ハッピー気分全開で宝くじでも買う気かよ!』

 

 ギャーギャーと捲し立てるグリフォン。それも脳内にガンガン響くのだから、Kとしては堪ったものではないのだ。

 

『グォッ!』

 

『んだよ猫ちゃん?! “そんくらいで騒ぐな”? いや、そうだけどよォ!』

 

『グルルッ!』

 

『分かった分かった! んな吠えるなってドードー!!』

 

 

 グリフォンと同じくKに憑依する形で潜んでいる黒豹の悪魔シャドウがグリフォンの喧しさに耐えられなかったのか。あるいは主人を想っての行動か。その辺りは分からないが、とにかく、シャドウの介入のおかげで喧しさはとりあえず収まった。本当にとりあえず、だが。

 

 

『で、食った後どーすんのよ』

 

(あたしの目的を覚えてるよな?)

 

『だーから最初から言ってんじゃねぇーか』

 

 

 呆れを孕んだグリフォンの声は、同時に面倒臭いことの上ないとでも言いたげなものだった。いつも調子良く人の話など聞いてない風なグリフォンだが、彼とて頭のない本能しかない魔獣種の悪魔とは違うのだ。昨日、廃墟にてKからシャドウと共に契約を交わした彼はその後すぐにKから彼女自身の目的を聞かされたのだ。

 

 

 

 

 side グリフォン

 

 

 

 

「で、連中を倒しつつ操ってる黒幕も始末して、事件解決!って寸法か?」

 

「ああ。概ね違いはない」

 

 

 グリフォンの聞いた少女Kの目的。それはどこまでもシンプルな内容だった。現れたノイズと“それに同伴する形で来るかもしれない悪魔”を狩りつつ、それらの糸を引いているであろう黒幕を見つけ出し、徹底的に叩く。命を奪う形で。子供でも分かるほどに単純な目的ではあるが、グリフォンには気掛かりなことがあった。

 

 

「悪魔と同伴で出て来るってのはどゆコト? まさかノイズと悪魔は手を組んでやがるのか?つーか、やっぱこの世界にも悪魔いんの?」

 

 

 疑問の連続が航空侵犯でもしそうな勢いで飛び交うが、それに特に気にする素振りなくKは答える。

 

 

「基本的にノイズに関しては謎だ。だが悪魔共はどういう目的かノイズを操り利用している節がある。そうじゃなきゃ一緒になって現れんし、あたしの目から見て連中はノイズに対して何もしないでただ様子を伺ってるだけ。その場合大抵現れるのは蝙蝠みたいな悪魔だけだ」

 

「ん〜…蝙蝠に似た悪魔ってんならガーゴイルやピロバットとか、そんアタリになるがな〜。まぁ並行世界な訳だし、俺や猫ちゃんの知らねー悪魔だわ多分」

 

 

 グリフォンの知る限り蝙蝠に似た悪魔と言われて思いつくのは、先程言ったガーゴイルやピロバット。他にも色々いるにはいるが悪魔の種類に精通する知識を持つグリフォンでも名を馳せ轟かした上級悪魔ならともかく、魔界のそこらで有象無象に蔓延っている下級悪魔如き

、頭にいちいち入れておく道理はない。さすがにそこまでは範疇外である。

 

 

「もっともあの時のように必ず現れる訳ではないし、その辺も含めて考えると…目的と理由が全く読めない」

 

「結局何にも分かってねーの? そんなんでこの先、大丈夫?」

 

 

 やや小馬鹿にした風にグリフォンは言うが、何も全く分からないと言う訳ではない。

 

 

「舐めるなトリ頭。ノイズに関して何か知ってるかもしれない悪魔は何匹か心当たりがある。その内の1匹は信頼できる情報屋だから問題ない」

 

「悪魔が情報屋〜? まぁ、便利屋やってる悪魔もいるし、いても不思議じゃねーか」

 

 

正確には、伝説の魔剣士の血を受け継ぐ半人半魔だが。

 

というより、かつて三度に渡り自分を討ち倒して来たダンテのことではあるのだが、K自身興味ないのか。 特にその事には触れず、スルーして話を続ける。

 

 

「仮にそいつが情報を持ってなかったら、それ以外の悪魔に問い質せばいいだけさ。泣かない悪魔が堪らず咽び泣いてしまう程のやり方でな」

 

 

 ニヤリと。凶相な笑みでそんな事を宣う彼女にグリフォンは引く…訳ではなく、素直に好感触を覚えた。

 

 

「ヘッ! だったら俺らの専売特許だ!! 魔力もいい具合だし、記念に一つオッパじめるかァ!」

 

 

 やる気十分と言わんばかりに自身の体から電流を迸らせ、いかにもと言う風に滾っているが水を差すようにKが待ったと声を上げる。

 

 

「気合い溢れるのは結構だけど、行動するのは明日だ。疲れたし、明日は明日で別にやる事がある。何を言おうと休息は取らせてもらうぞ」

 

「あっそ。まぁイイけど。もし寝るんだったらよ、子守唄でも歌ってやろ〜かァ? オネンネお嬢様のKちゃん! ギャッハッハッ!!」

 

 

 いよいよ持って調子づいた事をほざいた為、Kは一切の遠慮もなく、魔力の篭った例のバールを投げつけた。避ける暇は生憎グリフォンになく、顔面にジャックポットを決め込んでしまった。まぁ当然だが、バールなんて凶器をかなりの力で当てつけられれば悪魔であろうと、大した怪我は負わなくてもダメージを貰ってしまう。魔力が少しでも込められているのであれば、尚更である。

 

 

「ブギャァッ!!」

 

「シャドウ。周囲の見回りと警戒よろしく」

 

「グオン」

 

 

 間抜けな声を上げて床へ落ちるグリフォンに目もくれず。Kは若干気怠さを覚える自らの身体をその辺で寝かせ、シャドウに周囲の警戒を命じる。それに対し嫌がる様子もなく黒豹は一声鳴いて答えるとすぐさま周囲の様子を探り把握する為に自身の身体を影のような実体のない黒い何かへと変えて、ガラスのない窓から部屋を後に出て行く。

 シャドウは影の名を冠する悪魔であるだけに陰における行動に関しては優れている。索敵やら諜報や暗殺など。その隠密における有能さは、かの魔帝をも感心させた程だ。その事についてKは知らないものの、ノイズ相手に上手く立ち回り余裕に健闘する程の実力者である事だけは知っている為にシャドウなら何も心配ない、と言う安心感のようなものが僅かながらに芽生えていた。未だ気絶しているグリフォンを最後まで気にする素振りを見せず、意識を暗闇へと沈殿させた。

 

 

『人様…いや鳥様の顔面にバール投げるとか、マジでイカれてやがるぜ全く!!』

 

(揶揄って来るお前が悪いだろ)

 

 

 取り付く島もなく、一切の弁解を許すことさえもなくそう断じたK。グリフォンとシャドウを人前に堂々と出している訳には行かず。その為、普段はKの中へ憑依する形で隠れており、用があるなどの理由で会話をする必要があれば、こうして、頭の中で会話するという訳なのだ。

 

 

『で、ストロベリーサンデー食ってその後は? まさか他のスイーツでも食う気かよ』

 

(ストロベリーサンデーさえ食べれば十分だ。とにかく、まずは場を移す必要がある)

 

 

 そう言ってKは人々の雑多で溢れる街路を抜けて人気のない路地裏へと足を運ぶ。やがてコンクリートの建物が三方を塞ぐある突き当たりに来ると真正面の建物の壁にじっと見つめた。ただの人間が見れば目の前の建物の壁は何の変哲もないただの壁にしか見えないが、Kや彼女と契約している悪魔達は違う。

 

 

「なんだァこれ?」

 

 

 周囲に人がいない事を確認した後、Kから出てきたグリフォンが彼女の肩に乗りつつ疑問の声を間の抜けた様子で零す。そんな彼の疑問にKはコートの裏側に忍ばせていたバールを手に取り、答える。

 

 

「次元の歪みだ。この世界における魔界と人界は密接に重なり合う形で存在し、互いが影響する関係にあるんだ。この歪みもその一つだ」

 

「なるほど。ようは魔界に繋がる抜け穴って訳ね。俺たちの世界にも、そういうのあったな」

 

 

 魔界に繋がる次元の歪み。

 

 それ自体はグリフォンの世界における人間界でも割と多くあり、大抵人が行方不明になるのは、その歪みに入ってしまったか。あるいは偶然歪みから出てきた悪魔の餌食になったか。

 

 例を挙げるとすれば、魔剣士スパーダがかつて領主を務めたという、スパーダにまつわる伝説が残る城塞都市"フォルトゥナ"。

そこでは、そういったものを通り、悪魔が現出するなど意外にも日常的だった。とは言えその都度ダンテと同じく、かの魔剣士の血を引くネロと言う名のデビルハンターの青年が討滅している為、街が壊滅するなどと言った非常事態はありえなかった……。

 

“あの事件”以外は。

 

 ともあれ、そういった物がこの世界にも存在していた事を知り、並行世界とは言え変わらない部分もあるのかとグリフォンは思った。そんな心境を知る由もなくKはバールを空間の歪みへと突き刺し、魔力を注ぎ込む。そうすることでこの黒い靄のような歪みはただ其処に生じるだけの存在ではなくなり、魔界へと接続し降臨する為の“鍵穴”となるのだ。

 

 

「うぉぉッ?! どうなってんだコリャァ!」

 

 

 グリフォンが驚く。その光景は超常的存在こと悪魔である彼ですら不可思議で奇天烈なもので、空気が異質なものへと変わり始めそして建物が亀裂を生み、バラバラの破片状になったかと思えば宙へと浮き始め、地面からアスファルトを突き破り全体の所々に大小異なる膨らみを持った赤黒い触手が出現。変化はそれだけでは止まらず、空に街の建物が浮かび出した。それもただ浮かんでいるのではなく、例えば高層ビルならアーチ状にありえない曲がりを披露して見せ、また別のビルはS字を描き屋上である先端から通常とは比較にならない程に巨大な触手を生やしているばかりか、何と木が実らせる果実のように青白く丸い物体が巨大な触手本体から枝分かれした触手の至る所にあり、しかもその青白い物体には苦悶の絶叫を上げ散らかすかのように壮絶な表情をしている顔が、深く刻まれている。

 

 

「なんだなんだァァッ?! もしかしてここ魔界かよ!!」

 

「言っただろ。魔界と人界は重なり合って密接し、どちらかに影響が出ればもう片方にも影響が生じるって。魔界は言わば人界の影。だからこうして人界にあったものが存在し、人間の魂が意図せずして落ちて来ることもある」

 

 

 そう言ってKは上を向く。釣られてグリフォンも同じ方向へと視線を合わせれば何やら空から落ちて来る一つの人影が見えた。よく見ると身体つきから男性とは分かるもののそれ以外の所は全身が黒一色に塗り潰されていて、まるで人の影が実体と質量をもったかのような……そう表現する以外にない何かだった。

 

 

「人界で罪を犯し悪徳に溺れた者の魂だ。ああやって黒い人型となって堕ち、多くは大型の悪魔や強い悪魔の餌食となる。そうならなかった者は悪魔になるか。もしくはまた別の悪魔の餌食になるか。どれかだ」

 

 

 淡々と解説するKを尻目に黒い人型の影…罪人の魂は偶然通りかかって来た1匹の悪魔の餌食になる末路を迎えた。その悪魔はグリフォンもよく知る悪魔だった。

 

 デス・シザーズ

 

 白い無機質な無表情の仮面の如き顔と実体を有さない影の如きローブのようにも見える漆黒の身体。そして何より目を引くのは細長い両腕で持つ巨大な鋏。レッドグレイブでは幾度も相手取った悪魔で、かつてダンテを殺す為に魔帝が導いたマレッド島と呼ばれる無人島において、刺客として放たれた悪魔でもある。もっとも、その時は強化する目的で黒魔術の儀式によって豊潤で質の良い魔力を帯びた山羊の頭蓋骨を使っていた為に通常個体に比べて強かったが。ともあれ、件のデスシザーズはKたちに気付いた様子はなく、注目している対象はあくまでも黒い人型の魂だけだった。死を告げる鋏。その様な異名を冠するデスシザーズの鋏は単純に物を分断するだけに留まらず、魂や魔力と言った実体なき物も切り裂くことができる。この悪魔が至高とする食が悪徳に塗れた人間の魂なのだから、当然と言えば当然だろう。

 デスシザーズは好物を相手に慈悲など持たない。ご馳走が救いを乞い、嫌だと喚こうが意に介す道理はなく、デスシザーズはその不気味な笑い声と共に黒き魂を五体バラバラに切り裂く。仮面の様な顔を歪ませる程口を大きく開いて、、救いの声も届かず虚しく終わり、魂は霧状となってデスシザーズの口へと飲み込まれた。

 

 

「おいおい……ヒデェな。慈悲もねーってか!」

 

「悪魔のお前でも可哀想とか思うのか?」

 

 

 別段心に篭ってなどいない悲劇風な台詞を吐くグリフォンにKは呆れた様子で、そんな問いを投げかける。

 

 

「アレ罪人の魂なんだろ? なら同情なんざねーよ!! 俺たちの世界でもな、悪〜いことした輩の魂は地獄に堕ちて悪魔どもの玩具か餌ってのがお決まりでな! まさかここでも似たような事があったとは。こりゃ驚きだ」

 

 

 実際グリフォンのいた魔界には七大地獄と呼ばれる層が存在し、そこでは傲慢。色欲。怠惰。暴食。強欲。憤怒。嫉妬。これら七つの原罪を犯した人間の魂が堕ち、それをセブンヘルズと言う死神のような姿をした悪魔らが苦痛を与え甚振るのだ。どうやら、この世界における魔界は魔界その物が七大地獄と言っても過言ではないらしい。

 

 

「……さっさと目的の悪魔に会おう。万が一見つかったらゾロゾロと出てくる」

 

「ハイハイ。Kちゃん様の仰せの通りに」

 

 

 やはり人を小馬鹿にしたような、生意気な態度でそんな返事を送って来るグリフォンに若干のイラつきを覚えつつ、デスシザーズに見つかる危険性を避ける為に敢えて何もせず答えず。グリフォンを肩に乗せ無言のまま、その場を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第4話 Devil who drank


訳題『飲んだくれの悪魔』


 魔界。人界のありとあらゆる物が変質・変形し、人界には存在しない奇妙なものがそこら中にある異形の世界。そこには悪魔と呼ばれる住民が日夜罪人の魂を喰らい甚振り、なんとも悪趣味なパーティーを開催している。常人から見れば地獄と評して然るべきそんな世界に一人の少女……Kはグリフォンに周囲の確認をさせつつ、何という事など無いかの如く歩いていた。

 

 

「着いたぞ」

 

 

 狭い建物間の道を抜けて広い場所に出たKは、グリフォンにそう言う。

 

 

「何ここ? バー?」

 

 

 拓けた場所は子供が遊んでそうな小さな公園。

 と言うより、遊具のある広場という方がしっくり来る程にそこそこ広いだけの小さな公園のど真ん中にポツンと佇んでいるソレにグリフォンは疑問符を浮かべた。

 形状を述べると赤く四角いレンガの積み重ねで構成された建物で、屋根は少しボロめの木の板を三枚程度に置いてくっ付けたような適当さを、これでもかと感じる作りになっている。これを見てグリフォンが酒場であるバーなどと思った要因は出入り口と思われるドアの上に英語で綴られた黒い塗料か何かでこう書かれていた。

 

 

 

 “Stomach

 bag of liquor"

 

 

 

 訳すると“酒の胃袋”と。なんとも言えない珍妙さで、酒臭さが漂って来そうなネーミングである。

 

 

「“バクス”。いるか?」

 

 

 ノックをせずいきなりドアを開けると言う些か礼に欠けた入店方法で、特に店に対する不信感なく入り込んではこの店……かどうかは分からないが店らしき建物の主へ声をかける。存在の有無を確認する為のKの言葉に返って来たのは……。

 

 

 

 キィィンッ!! 

 

 

 

「アブねェェッ?! 酒瓶が飛んで来やがった!」

 

 

 

 なんと言うことか。言葉としての返事が返って来るかと思いきや、グリフォンの言う通り、返って来たのは言葉という実体のない音の現象でなく、きちんとした実体も質量もある酒瓶。

 それが突然投げつけられたのだ。幸いKは一切の動揺を見せずバールを素早く前へ出し、酒瓶防いで見せた。そこそこ頑丈なのか酒瓶はそれで割れて砕け散るような事はなく、円形のタイプである為コロコロとその辺に転がった。

 

 

「うぃぃ〜なんだお前さんかK」

 

 

 呑気な飲んだくれ声と共に店内のカウンターから、ゆっくりと一人の男が姿を現わす。第一印象としては薄汚い。この一言で十分表せるほど男の顔は整えてなどいない無精髭が顎と両頬を覆い、団子鼻にそばかす。身なり自体はやや高そうなヒョウ柄の毛皮コートを羽織り、その下に着ている服装も少し高級感を匂わせるシックな黒のシャツに黒ズボン。

 それに茶色の革製ベルトも加え、雰囲気だけは出せていた。実際は金欠だが。

 

 

「こいつの名はバクス。表と裏、両方の情報通でまぁ世話になってる……ついでにかなりの酒豪だ」

 

 

 そう解説するKだがバクスというこの男の口、果ては身体にさえ染み付いている酒臭さが相当嫌なのか。鼻をつまみ、うんざりとした表情を見ればそれが本当である事を嫌でも物語っていた。

 

 

「ご紹介ありがとうよK! ところでコイツは……ヒャ、ヒャッハッハッハッ!!!! なんて、なんてこったァ! コイツ、あのグリフォンじゃねーか! んん! おまけによぉ〜く見ればシャドウもいるなぁオイ

?!」

 

 

 グリフォンとシャドウを知っている。と言うことは、この男が単に悪魔関連の裏側を知っているだけでなく、この世界の住人ではない事を意味しているに等しい。その事についてグリフォンが早々に指摘し出した。

 

 

「オレらを知ってるつーことは、アンタもオレらと同じ世界から来たってことだよな?」

 

 

 グリフォンの問いかけにバクスは笑いを未だに抑えられず、上擦ったように答えた。

 

 

「ヒャッ、ハハッ……そ、そうさ。ヒッヒッ! 俺はアンタと同郷……ヒヒッ! プッ! のもんさ」

 

 

 ようやく笑いが収まったのか。今度は普通とした口調で答える。

 

 

「まぁ、つっても俺ぁ雑魚悪魔だがな。名前なんてそう馳せてねーし

、人間界に逃げ込んでたよ」

 

 

 悪魔の住む魔界は弱肉強食。過酷な環境に耐え、他者を圧倒する実力こそが全ての世界。ではその世界に馴染みない弱小の悪魔はどうなるか、と問われれば結末は二つに絞られる。

 

 自分よりも遥かに強い悪魔の餌食になるか。

 

 人の世に逃げ込んで来るか。

 

 グリフォンのいた世界では魔界と人界はかつてスパーダの張った大規模且つ、強大な結界による隔たりがあるが、それを何かに例えるのなら『網』というのが相応しい。

 ならば当然網目があり、その網目より小さい物は容易くすり抜けてしまう。

 網で魚は捕らえられても、極小の砂は捕らえられず、摺り抜けるのと同じで、魔界で生きられないほど脆弱極まる悪魔は結界の網目を通り抜けられる。

 まぁ、逃げた先の人間界で必ずしも望んだ生が謳歌できる保証はないが……少なくとも自分を容易く、それこそ人間が何の抵抗もできない芋虫を軽く踏みつける程簡単に殺すことのできる強者の悪魔が右往左往と犇めく魔界よりはマシと言うものだろう。

 バクスもそうやって安全圏へ逃げ込んで来た、ようは負け犬悪魔なのだ。

 

 

「ハッ、負け犬ヤローが笑えた義理かよ」

 

 

 盛大に笑われた事を気にしているのか。皮肉な言葉を口にするグリフォンにバクスはあまり堪えている様子はなく、むしろ愉快そうにする始末。

 

 

「ケケッ、違げぇねぇ。しかし雑魚の負け犬で結構。生きてりゃー文句なしよ」

 

 

 悪魔とは大抵プライドを持つ者が殆どだ。人間が豚と同列に扱われることを嫌悪するように、悪魔は自分より下の存在に対し同列、又はその下に置かれ扱われることを殊更嫌悪する。

 

 だから、力を求める。

 

 他を圧倒する力を得て、至高へ到達する快楽と全てを支配する名誉を勝ち取る為に。そういった野望を持つ悪魔は本能のみに生きる魔獣とは違い、人並みかそれ以上の知性と確固たる自我を持つ悪魔が絶えず持っているものだ。

 このバクスもそうした悪魔の1匹である筈だが……見て分かる通りバクスにそういった野望はない。自分が安全に生きていて、この世で最も重宝する酒を飲んで飲んで、飲み明かす毎日を送れれば、それで良し。

 悪魔としてのプライドはなく、あるのは酒好きとしてのしょーもない矜持だけだ。

 

 

「で、なんだ。今日はどんな情報が欲しい? なんなら俺がどういった経緯でこっちの世界に来たのか身の上話でもしてやろうか? 前にお前に貰った中々良い味の酒は全部で3本。

 その3本分に応じて情報をやるってのは覚えてるよな? 前に一回情報やったから、残り二回だ。俺の身の上話は勘定に入ってねーから安心していいぜ」

 

 

 ドカッと近くにあったボロい木製の椅子に座り、偉そうに両足と両腕を組む姿は、腹立しいと思う以外の感情をKやグリフォンに抱かせず。

グリフォンに至ってはこのまま自身の雷撃で消し炭にしちまおうか、などと物騒な事を考えてる始末だ。

 ちなみにバクスの経営方針は基本的に前払い制で、金ではなく酒を要求する。その酒の味や質が良ければ貰った数だけ情報を提供し、逆に質が悪くて味も微妙なら何個貰おうが一回のみ。

 彼は悪魔である故に人間のように生命維持という意味での飲み食いをする必要性がなく、文字通り酒だけで生きていける為、健康面の配慮などは無縁である。

 

 

「なら、一つ聞くぞ。ノイズを操ってる黒幕について…教えろ」

 

 

 Kは自身が望むもの…ノイズを影から操っているであろう存在についての情報を求める。

決して嘘偽りは許さない、と。

鋭い眼つきだけで、そう語りながら……。

 

 

 

 

 

 

 side 立花響

 

 

 

 

 

 “立花響”。それが彼女の名前だ。

 

 性格は明るく元気溌剌という言葉を絵に描いたような人柄は偽りなく事実であり、同時に彼女はその特徴に合う優しさを持ち、人助けを己の信条にまでしている。

 

 それはいつ自分が、どのような危機的状況に置かれようとも、だ。そんな彼女であればこそ、ノイズに遭遇し尚且つ母親と逸れた小さな女の子と出くわしてしまえば、迷わず救いの手を差し伸べる他にない

 

 

「はぁ、はぁ、がんばって!」

 

「うん! はぁ、はぁ」

 

 

 自身と手を繋ぎ逃げる女の子に励ましの言葉を投げ掛ける。少女は辛そうに息を吐くが、それでもきちんと答えてくれた。ともあれ先程から逃げてはいるものの、一向に振り切れずにいた。

 ノイズ自体の足は遅くとも、何処からともなく先回りするかのように次々と現れて来るからだ。紆余曲折の逃走劇の果てに二人はビルの屋上へと難を逃れたのだが、待っていたのはノイズの団体様だ。当然二人を煤くれにしようと迫って来ている。

 

 

「お姉ちゃん……私達、死んじゃうの?」

 

 

 死への恐怖と救いのない絶望。幼いながらに嫌でも理解してしまったのだろう。そんな女の子に対し少女は決意を込めて言った。

 

 

「諦めちゃダメ! 生きるのを諦めないで!」

 

 

 それはかつて、自分の運命を変えたライブ会場の悲劇で自分をノイズの魔の手から救った恩人が自分に投げかけた言葉。あれから2年経った今でもその言葉を覚え、胸に刻んでいる。死の淵にあった自分を引き上げたくれた、魔法の言葉なのだから。

 

 

「へ? アレ何?」

 

「え?」

 

 

 唐突な事を言う女の子に疑問符を浮かぶ響は女の子が見上げている視線に合わせて、自身も顔を上げる。

 視線の先は自分の頭よりかなり上の宙。そこに黒い玉のようなものがあった。表面は液体のように波打ち畝り上げ、本当にそれが黒い液体で構成されているのかと思う程に液状が球体の形を成していたのだ。

 やがて、黒い玉は一気に降下し、爆発した。

 

 

「きゃあああッッ!!」

 

「うわあああぁぁッッ!!」

 

 

 女の子と響が突然の事態に驚愕と恐怖を織り交ぜた声を力一杯に吐き出し、それでも尚響は恐怖を押し殺して女の子を庇うように抱き締めた。

 幸い、爆発で二人が怪我を負うことはなかった。

 屋上を丸々消し飛ばす程の威力がなかった事も要因の一つだが“彼”が二人に危害が及ばないよう配慮した事が一番大きかった。

 

 その“彼”が人型のような形を成して、二人を守るように立つ。

 

 黒い玉の何かだった彼は、彼を良く知る者たちからはこう呼ぼれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界を破滅しかねない魔界兵器……ナイトメア、と。

 

 

 

 

 

 

 




ナイトメアが何故響たちを守ったのか。そしてグリフォンたちがアレコレしていた時、彼は何処で何をしていたのか。

次回はそれについてスポットを当てたいと思います。

ちなみに今話で登場したオリキャラの悪魔『バクス』は原作でダンテと馴染み深い情報屋のエンツォがモデルで、名前の由来はギリシャ
神話の酒神バックスから来ています(バッカスとも呼ばれてる)。

感想、ご指摘、励みになるので是非お願いします!





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第5話 Nightmare Revival part1



※ 文章的におかしなところがあったので、一部修正しました。



今回、あの悪魔がッ!!




 side ナイトメア

 

 

 

 

 

 

 その悪魔の誕生は決して自然的なものではなかった。かつてスパーダによって倒され、魔界ごと封印されたムンドゥスは幾ばくか取り戻した自身の力を使い、最強の悪魔を創り出そうとした。

 物資的な物から、命。空間。およそ不可能とされる物を創造し生み出してしまうムンドゥスはその力で数々の悪魔を生み出して来たが、今回は憎きスパーダに復讐する為、まさに悪夢の再現とも呼べる最強の悪魔を創造したかった彼は試行錯誤を繰り返し、とうとうソレを完成させた。

 

 nightmare(悪夢)。

 

 そう命名された悪魔は固定の身体を持たない黒のスライム状のソレで、取り込んだ者を悪夢の異空間へと誘う能力を秘めていた。

 だが、ナイトメアは魔帝が望んだ以上に強力過ぎた。一度暴走すると魔界全てを滅ぼしかねないと言う凶悪性を持っていたのだ。

 結果ムンドゥスはこのナイトメアを専用の拘束具で抑え込み、その力を制限せざえる得なかった。

 それが敗因かどうかは分からないが……ナイトメアは倒されてしまった

 。スパーダではなく、その血と魂を受け継ぐ息子のダンテによって。

 しかしナイトメアは復活した。

 ダンテの兄であるバージルが自身の負の記憶と“人としての自分”を切り離す為、愛刀にしてスパーダが鍛えた一振り『閻魔刀』で自分を刺し貫き、そのはずみで体内にあった因子が吐き出され負の記憶と結合

 。

 実体を持たない悪夢として蘇ったのだ。

 明確な意思を持たなかったナイトメアはその力を求めてやって来た“人間としてのバージル”と戦い、契約。以降彼の力となって戦った。

 そして人間としてのバージルが悪魔としてのバージルと一つになり、完全なるバージルとして復活した際はグリフォン、シャドウと共に因縁のある宿敵ダンテに勝つ為、自らの意思で選択しダンテと戦った。

 今にして思えば、感情も意思もない筈のナイトメアがダンテに勝ちたいと願い、そして主たるバージルが二度と悪夢を見ないよう自らの消滅を選んだのは、文字通り“魂が宿った結果”なのかもしれない。

 

 しかし運命は、ナイトメアの消滅を書き換えた。

 

 気が付けば、ナイトメアはノイズによって引き起こされた地獄の真っ只中にいた。

 

 当然疑問が湧いた。

 

 何故、消滅した筈の自分がここにいるのか。

 

 ここは何処か? 見た感じでは人間の街だ。

 

 そして、悪魔ではないあの異形はなんだ? 

 

 何故、人間を襲っている? 

 

 冷静に分析するナイトメアだが答えは出なかった。答えを導き出すよりも先に親と逸れて泣き崩れていた小さな園児位の齢の女の子の、背後から襲いかかろうとした1匹のカエルのような異形……ノイズを自身の瞬間転移を用いて、上から押し潰していた。

 何故、悪魔たるナイトメアが小さな女の子を守ったのか。ナイトメア自身もよく分かってはいなかった。しかし彼の記憶の中で鮮明に覚えていた事柄がきっかけなのは分かった。

 それは自身と契約を交わした人間としてのバージル……Vが沸き起こる使命感に従い人間を助けた時だ。

 バージルはダンテと違い人間を省みることなく、ただ自身の目的の為に行動する冷淡さとその為の障害となり得るなら人間であろう何だろうと構わず切り捨てる。人間としてのバージルも目的の為に他者を欺き利用していた。

 しかし……悪魔としてのバージルことユリゼンと切り離されたが故なのか。人々が悪魔に襲われているのを黙っていられず、肉体の維持が限界にも関わらず魔力を使い救った。

 他者を取り込み、その精神と記憶を同調する事で他者にとっての悪夢を顕現させる能力を持つナイトメアだからこそ、Vと繋がったことで何かしらの影響があったのかもしれない。

 

 しかし、原因や道理など、ナイトメアには関係ない。

 

 ただ……その身に宿った魂が命じるままに。

 

 人を守り、人に害を及ぼす存在を排除せしめるだけだ。

 

 ナイトメアはこのまま放置するには危険だと言うことで自身の内部空間へと少女を取り込む。無論、ナイトメアに害する気がない為、空間に囚われても悪夢が現れ何かする心配はない。

 

 その後は実に単純だった。

 

 ゾロゾロと出て来るノイズを相手に自慢の剛腕で殴り飛ばし、一つ目の部位から細く鋭い光線を発射し大群を爆散。時に隙をついて無数のノイズが動きを止めようとして来たが、無駄だとばかりに瞬間転移で逃れ、背中からブーメラン形態となった自身の一部を飛ばし返り討ちにしてやったり。

 まさに圧倒的蹂躙という言葉が相応しく、僅か10分でノイズは完全に殲滅された。周囲の安全確認をしてオールグリーンと判断。

 幼い女の子を自身の内部から外へと戻した。

 

 アレ、気絶、シテル? 

 

 どうやらあまりに非現実的な状況の数々が原因で、少女は気を失ってしまったらしい。どうしたものかと悩むナイトメアだったが、近くで女性が誰かの名前を必死に呼ぶ声を聞き取った。

 

「◾︎◾︎◾︎ッ! ◾︎◾︎◾︎────ッッ!!」

 

 おそらく、この子の母親だろう。

 

 そう予測したナイトメアは身体を人型の固形から、不定形の液状へと変化させ瓦礫を上手く利用し、自分の存在がバレないよう配慮しつつ、少女を母親らしき女性の側へと優しく寝かせた。

 

 そして結果は……当たりだった。

 

「◾︎◾︎◾︎……よかった、本当に良かったぁぁッ!」

 

 女の子を見つけるや否や女性は泣き叫びながら駆け寄り、優しく強く少女を抱き締め何度も先程呼んでいた名前を震えた唇から零していく。

 程なくしてレスキュー隊員や軍関係者と思わしき人間達に無事保護されていくのを確認したナイトメアは、一先ずの安堵感にホッとしたような気分を抱いた。

 それはかつて、魔剣士の息子を抹殺する為だけに生み出され、無機質に。無感情に。敵対する物を万象問わず破壊するだけの魔界の兵器であった頃では決して考えられない思いだ。

 ついさっきまではナイトメアに何かを成す理由も目的もなかったが、今となっては違う。

 

 人間を守り、それを害する存在を一掃する。

 

 またあの悪魔ならざる異形が出て来るかもしれない。直感的な物だったがそう思うに至った彼は各地を転々とした。

 そして直感は正しかった。かつての自分と同じ心無き理不尽な力が人間を煤くれへと変えていく。そこに一切の情は垣間見ない。

 あるのはただ人間を煤へと変えるという一種のプログラム的作用。それに従い異形……ノイズと呼ばれるソレらは容易く人の命を奪っていく。

 

 見ていられなかった。

 

 奴等が現れる度、ナイトメアは自身が秘め持つ力でノイズを屠っていった。その様はまさしく鬼神の如し。

 ナイトメアにノイズの炭素変換は通用しない為、それはもう一方的な虐殺に等しかった。

 しかし相手はノイズ。人間を虐殺する習性を有するのであれば、その逆に遭うのも道理。

 巨腕で押し潰され、強力な熱線で消し飛ばされ、身体の一部を変化させた槍の刺突や同じく一部を切り離し変化させたブーメランで薙ぎ払うと言う一騎当千を絵に描いたような圧倒的な戦いは、見る者を逃げる事さえも忘れさせる程のものだった。

 そんなことを繰り返す内、いつの間にか貨物船乗り込んでいたナイトメアは海を渡り、日本へ

 とやって来た。当たり前だが人間に見られたら面倒な為、普段は不定形のスライム状になり、更には空間圧縮を利用して手の平サイズに収まる程度の縮小サイズで過ごしている。

 おかげで今までバレずに済んでおり、狭い所や小さい箇所に入り込める利点を考えれば隠密性に優れた形態と言えるだろう。

 しかし、日本に来て早々面倒な事が起きた。

 高校生くらいの年齢と思わしき少女と小学生くらいの女の子が二人揃ってあのノイズに襲われていたのだ。

 これを見て、そのままにしておく道理はない。

 すぐさまナイトメアは空間圧縮を解き、空中で玉状になった後一気に二人の下へ降り注いだ。衝撃で敵を一掃する為だ。尚、その際に生じる高熱と爆風はある程度コントロールできるので二人に被害が出ないよう十分配慮している。

 

 こうしてナイトメアは元の姿へと戻り、二人を守る為に立ち上がったのだ。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 side K

 

 

 

 

「ノイズを操ってんのはフィーネ。終わりの名を冠する金髪の妙な女だ」

 

 

 時を少し戻し、魔界は情報屋『酒の胃袋』店主ことバクスは酒臭さを漂わせるゲップを奏でつつ、Kの求める情報を提示した。

 

 

「フィーネ……イタリア語で“終わり”の意味合いを持つ言葉だが、随分シャレた名前だな」

 

「まぁ、偽名の線もあるがな」

 

 

 皮肉げなKの言葉にバクスはそう返した。

 

 

「その女悪魔か? Kが言うにはノイズと一緒に悪魔どもが出てくるみたいだが、それなりに強い悪魔なら何匹か従えてもオカしくねェ」

 

「いいや、悪魔じゃない」

 

 

 バクスはにべもなくそう答えた。

 

 

「俺は一回奴をよ、こっそり生で見たことがあるんだが俺の観察眼じゃあ、アレは悪魔じゃない。ただ……人間には違いないが真っ当な人間かって聞かれたらNOって言うがな」

 

 

 顔に酒酔いの赤らみが消え失せ、真剣な声音でフィーネに対する自論をバクスは語った。

 

 

「アレは、魂がおかしい。何度も何度も既存の魂を塗り潰して、そこに全く別の魂をおっ立てた様な感じだ」

 

「……つまり、魂を上書きしていると?」

 

 

 あまり考えたくなかった回答なのか、Kの唇から紡がれる口調は何処か棘が混じっているように聞こえる。

 魂の上書きと言うのは、悪魔が人間に憑依し、その全てを奪い去るに相当する、卑しい匹夫の所業。それを何度も行なっている可能性を考慮すれば忌々しい情念を覚えるのも無理ないだろう。

 

 既存の人格を、魂を無にしてしまう。

 

 それが意味する所は生まれ変わることができず、虚無へ消え去るという救いの無い末路を迎えると言うことなのだ。

 ある意味、死よりも残酷な行為と言っていい。

 内心憤りを募らせるKだがそんな彼女の心中を知る事はなく。バクスは話を続ける。

 

 

「まぁ、例えるならな。ともあれ気をつけた方がいいぜK。フィーネは何体かの上級悪魔と結託してやがる。そしてその連中を束ねる強大な悪魔が真の黒幕さ」

 

「……その悪魔の名は?」

 

「アンノーウス。真偽は知らんが、そいつはこの名で呼ばれてる」

 

 

 アンノーウス。単語だけで考えれば正体不明を意味するunknownを捩ったように聞こえる。

 実際そうなのかは分からないが、とにかく名前が分かっただけでも目的への進歩には違いなかった。

 

 

「仮に偽名だとしても情報は情報だ。フィーネとやらの存在も、分かった事だしな」

 

「あ、それとなK。フィーネと連んでる悪魔の中で名前と詳細が分かってるのを1匹だけだが特別に教えてやるよ。“アラクネア”ってヤツだ」

 

 

 アラクネア。聞き覚えが全くない悪魔の名にKがどういう悪魔か聞いてみると、曰く全身が人の頭で構成された悪魔で、喜怒哀楽の表情が頭の顔一つ一つに出ていると言うのだ。

 正直な話、想像してしまえば不気味を通り越して吐き気を催せるだろう。

 

 ちみなみに女らしい。どうでもいいが。

 

 更にこの悪魔には元締めのボスからある役目が与えられており、それは魂の質を上げる物質を生成し、ソレをある方法で人間に配布するというものだ。

 

 

「魂の質を上げるだと?」

 

「人間で言えりぁ豚や牛に出来の良い餌をやって肉の質を上げるのと同じ感じでよ。色んな品……例えば薬や飲料に混入させて人間に飲ませてやがるのさ」

 

「……人間の魂をより良い味に仕上げて喰らう為か」

 

 

 益々憤りが募るのを感じだKはこれ以上耐えられないとばかりにバクスに背を向け、店から出ようとした。

 

 

「オイオイ待てよ、どうしたんだよ! まさか、乗り込む気か?! 場所知ってんのかよ!!」

 

 

 Kの突然の行動にグリフォンが至極真っ当な物言いを投げる。しかし、それを問われることを微塵も予想していないKではない。

 

 

「目星は付いてる。大手製品会社の土蜘蛛企業……そうだろバクス」

 

「bingo! 鋭いじゃないかK。けどよ、あそこは人間に化けた悪魔どもの巣窟。強さもそうたが面倒な能力を持った悪魔もゴロゴロしくさってんだぞ。無駄に死に晒すだけだ。やめとけって」

 

 

「上等だ。例え一人でもやってやるさ」

 

 

 あまりに無謀な言葉。他人が傍から見れば無知な愚か者としか見ないだろう。実際バクスもそうだ。

 しかしそれを馬鹿にしないどころか共に行くと、そう吐き捨てる輩がここに居た。

 

 

「待てよKちゃん! 一人でも? 俺たちを忘れるなんて、ち〜っと酷いんじゃないのォ?」

 

 

 ドアを開けて前を見れば、いつの間に移動したのか。そこには自身が契約を交わした悪魔が2匹、共に行くという意思を見せつけるように立ち構えていた。

 グリフォンは、シャドウの頭に乗って胸を張る動作を見せつつ、Kにそんな言葉を投げかけた。

 

 

「……今更だがいいのか。最悪、死ぬかもしれない」

 

「何度も死んだ身なんでな。それに俺たちは腐っても悪魔。死ぬことにビビって臆病風吹かせた日にゃあ、そこら辺の糞の掃き溜めにも劣っちまう」

 

「……」

 

 

 饒舌なグリフォンと違いシャドウは人の言葉を介すことはできないが、理解することはできる。故にKの言葉に対しシャドウはその姿勢と、見つめる瞳で答えを示す。

 

 

「……そうだな。契約はしたんだ。なら存分に働いてもらうのが礼儀と思おう」

 

「イイ答えだ! それでこそオレ達が見込んだ主様ってナァ! ハッハーッ!」

 

 

 上機嫌絶好調、とでも言いたげた陽気溌剌に言うグリフォンはシャドウの頭からKの肩へと翼を羽ばたかせ乗り移る。

 煩そうな顔を浮かべるものの特に反論することなく、Kは情報屋を後にしようとしたのだが。

 

 

「!! ッ この気配は……」

 

「ノイズじゃねェか!」

 

 

 Kにとっては憎しみしか有り得ない怨敵。その気配を近くで感じたのだ。

 

 

「ホント多いな、ノイズの発生」

 

 

 店から顔を出し、置いてあったのか缶のビールを手に持ちながら酒飲みに耽る傍ら、バクスは忌々しげにそう呟く。

 

 

「ノイズは大したことないが悪魔どもがウザったいぜ。そら、悪魔の気配も出てきたろ?」

 

 

 言われて感覚の範囲と精度を上げてみれば確かに悪魔の気配も感じられた。悪魔とノイズ。

 この両方が姿を現したのなら、人界にどんな被害が降りかかって来るか、予想する必要すらない。

 

 誰かが死ぬのは、まず間違いないからだ。

 

 

「気配の出所は……なるほど。人界に戻るぞ」

 

「ジャアな! 呑んだクレッの酒野郎」

 

 

 Kは丁度近くにあった歪に魔力の篭ったバールを突き刺す。元の世界へ戻る際グリフォンは酒好きの悪魔に対し、そんな別れ台詞を吐くがバクスは中指をおっ立てて皮肉たっぷりのイイ笑顔で答える。

 かつての大悪魔に向かってやる事ではないのだが、過去は過去だ。

 今はしがないそこそこ強い程度の使い魔でしかない。それを知っているからこその行為なのだ。

 

 

「また酒をやる。その分、情報を頼むぞ」

 

 

 Kは至って淡々とした様子でそう言った。

 ビジネスライクな関係程度にしか思っていない為だが、そういうのはバクスとしても有難い。

 変に情を移すのも、移されるのも面倒事を極力避けたいのでゴメン被りたいのだ。

 ともあれKとグリフォン、そしてシャドウは歪から生じる光に包まれ一瞬の内に消え去ってしまった。

 

 

「ったく、人の……いや悪魔の忠告ってのもオカしいけどよ。少しは聞けってんだよ全く」

 

 

 残りをグイッと飲み干して、そんな愚痴を零すバクスはそのまま店の中へとノソノソと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 side ナイトメア

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトメアにとってノイズなど、そこいらの悪魔にさえ劣る雑魚でしかない。

 故に容易く、迅速に……とはいかないが、それでも二人に害を成すノイズを殲滅することには成功した。方法は簡単。

 モノアイの視覚器官から放射した閃光を一発、薙ぎ払うように横一線に撃っただけ。それだけでノイズの群れは容易く塵と還った。

 

 さて。これで当面の危機は去った。

 

 ノイズを1匹残らず殲滅したことで少女と女の子は救われた。ナイトメアにすれば大変喜ばしい結果なのだが、やはり彼女らにとって自分が

異形の存在であることは変わらない。

 

 分からないからこそ、人は恐れる。

 

 できれば、危害を加えるつもりはないと。

 彼女らに精神的な安心感を持たせてやりたいと思うナイトメアだが、その為の言葉の使い方や術を知らなかった。

 いや、そもそも、どうやって自分が敵意や害意などを持たない存在かを伝えればいいか。そこもこの現状における悩みの種だ。

 人間のような発声する為の器官を持たないナイトメアは、変形することのできる特性を用いて擬似的な器官を生み出す、という器用な芸当が

できないのでどうやったとしても、二人に明確な言葉として伝えることができない。

 

外見だけ見れば警戒心と恐怖を抱かれても文句は言えない風貌をしている為、伝えられたとしても、疑われる危険視される可能性もある。

 

 

 立花響という少女が普通の感性の人間だったら、の話だが……。

 

 

「あ、あの! 助けてくれて、その、ありがとう? いや、ありがとうございます……」

 

「ありがとっ!」

 

 

 そしてそれは響だけではなく、女の子も同じだった。

 二人の言葉にナイトメアは耳を疑った。

 いや、耳は無いが聴覚はきちんとある。ただ信じられなかった。

 人は自分にとって理解を超えた相手に対し警戒と恐怖を抱き、排斥的行動に出るのが心理。

 にも関わらずこの少女は悪夢の具現化たる自分に対し、恐怖こそ抱いてはいるがそれでも感謝を込めて礼を言っている。

 

 返したい。きちんとした声で返したい。

 

 そう思っても喋れる事叶わず。仕方のないと踏ん切りを決めたナイトメアは、頭を下げる、と言うお辞儀の礼儀作法を持って答えた。

 とは言え、首や頭に相当する部位はないのだが、身体を傾けるだけでそれっぽい動作をして見せた。

 

 

「えぇーっと……人間……じゃ、ありませんよね?」

 

 

 肯定。再度頭を下げるような動作で答える。

 

 

「…………もしかして、どこかの秘密結社か何かが造った生物兵器的な

?!」

 

 

 否定。今度は身体を左右に揺らす動作で違うと表した。

 

 

「そ、そうなんだ……」

 

「あ、もしかして悪魔さん!」

 

 

 今度は女の子が言う。それにナイトメアは肯定の意を込めた頷いた。

 

 

「へ? あ、悪魔って……えぇ〜……」

 

 

 人生でこれ程までに常識を卓袱台の如く、容易くひっくり返される非現実的な出来事が連発するだろうか。いや、早々ない。

 だからこそ、響はもはや何も言えなかった。

 ただでさえ、こんなアニメに出てくるようなコスプレに等しい格好にいきなり変身しただけでも頭で処理し切れないと言うのに、自分と女の子を助けてくれたのが悪魔などと、どういう感想を抱けばいいのか。

 

 

「やっぱり! 絵本で読んだ優しい悪魔さんにそっくりだったから」

 

 

 そしてこの子が何故ナイトメアを悪魔だと思ったのか。言葉通りに聞けばどうやら絵本に出て来る悪魔のキャラクターがナイトメアにそっくりだったらしく、しかもどうやら悪魔なのに心優しい設定のようで自分達を助けてくれた=優しくて絵本で悪魔さんに似てる、という方式からナイトメアが悪魔であると導き出したようだ。

 

 

「!! ッ」

 

 

 シュールで何処か笑えて来るような空気から一変。こちらへと近づいて来る何かの気配と魔力を感じ取ったナイトメアはモノアイの角度を上へと上げる。

 予想は的中した。

 虚空から血のように染み出した赤い放射線状の模様が現れたかと思えば、それが漆黒の穴となって何かが飛び出すように現れた。

 

 

「キャハハッ! ハハハハハッッ!!!!」

 

 

 甲高い歪な笑い声。それは人間に恐怖と不安を掻き立てる狂気の旋律に等しく、それを奏でる存在は山羊の頭蓋骨に実体のない黒い霧のようか布類のようなものと言える幻影の影の如き身体。

 細長い指の異形の両手には巨大な鋏の柄の部位を収め、当然柄の先には鋏を鋏たらしめる挟み切る為の刀身がある。

 まさしく、大鎌ではなく大鋏を持った死神と称するに相応しいだろう。ナイトメアはこの死神の如き異形……悪魔についてよく知っていた。

 

 デスシザース。

 

 それが悪魔の名だ。Kが魔界で見たものと全くの同族だが姿が異なり、山羊の頭蓋骨で作られた仮面を依代にした個体で、質の良い依代を得ている分通常のデスシザースよりは数倍ほど強い。

 

 

「キャハハハハハハハッッ!!」

 

 

 絶えない笑い声を上げ、デスシザースは自身が持つ大鋏をガチガチと打ち鳴らす。

 

 “美味しい馳走を前に待ち切れない”、とでも言っているかのように…………。

 

 






初代デビルメイクライにおけるトラウマ……用水路の悪魔こと『山羊の頭蓋骨を被ったデスシザース』!!

ボスでもない癖にまぁ強いこと強いこと……おかげでゴールドオーブを何個も消費する破目に(T . T)

しかも場所によってまた出て来るからホントウザかった……ッ!

そんなデスシザースも、5に出て来た際はかなりレベル的にダウンした感がありましたね。やっぱりあの山羊の頭蓋骨が相当依代として質が良かったのか……。







あと、なんかここのナイトメア……可愛くないっすか?



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第6話 Nightmare Revival part2

遅くなりました(^_^;)








 デスシザーズという悪魔は強いか弱いかの位で分別する場合、“少し強いが弱い部類”に入る。

 

 この世界において悪魔は階級を有しており、まず、一番下に位置する“トッソ”と呼ばれる階級。

 

 この位の悪魔は人界の物質またはエネルギーに対し耐性がかなり弱く、故にその辺の店で売ってある塩でも軽く浄化され消えてしまい、しかも依代無しには人界で活動ができない。

 

 依代の条件は古くなった無機物又は何かしらの負の念が込められた無機物のいずれか。

 

 それよりも一個上に位置するのが“ソプラス”。これも人界での活動に依代を必要とし、トッソが無機物限定でしか依代にできないのと違い、生き物を依代にすることができる。

 

 とは言え、強さに関しては正しい知識を習得していれば撃退可能な程弱いが。

 

 次は上位と下位の間に位置する“コンプレア”

 

 この位の悪魔は依代はやはり必要なものの、力は位二つを超えている為、一般人での撃退は不可能。稀に他の悪魔を下僕として使役している。

 

 これらの更に上に位置する階級は、数えて二つあり、上位のアパルトと最上位のプライア。

 

 アパルトは人界の国家一つを容易に潰せる程の実力を有し、プライアに至っては単体で人界を破滅へと導くことさえ可能となる。

 

 ナイトメアは、以上の階級で強さを表すのであれば、プライアに相当する実力を持った悪魔。よってデスシザースを相手取るのであれば、圧勝は必定も同然。

 

 ただ問題がある。

 

 単純に力を持ってして叩き潰すだけなら何がどうと言う訳でもなくナイトメアの圧勝に終わるが、ナイトメアの後ろには小さな女の子とその子を守ろうとした少女がいる。

 

 ならば、彼女等を無視して派手な広範囲攻撃や射出・放出系といった類の攻撃はできない。

 

 守りながら戦わなければならないのだ。

 

 その点については重々承知しているナイトメアだが、いかんせん守りながら戦うと言う戦闘には慣れていない。

 

 

『キャハハッ!』

 

 

 繰り出されるナイトメアの剛腕。威力こそ頑丈な悪魔でも粉々にしてしまう破壊力を秘めてはいるが、しかしその分、 挙動における俊敏性に劣る欠点がある。

 

 それを知っているのか、そうでないかは定かではないがデスシザーズは不気味な嘲笑と共に、容易く回避してしまう。

 

 ユラユラとしつつも素早く、掴み所のないその様はまるで宙に舞い踊っているのかとすら思う程、あまりに余裕綽々といった雰囲気を滲み出していた。

 

 が、ソレだけだ。

 

 デスシザーズはその自慢のハサミを向け身体を錐揉み状に旋回。そうする事で得た回転による威力増加を伴った突進を仕掛けて来る。

 

 ギィィンッッ!! 

 

 だが、ナイトメアを傷つけるには至らない。

 

 当たり前だが強さ然り、魔力然り、全てにおける悪魔としてのステータスにおいてナイトメアの方がかなり上回っているし、当然その分格差がある。

 

 曲がりなりにも、かつては魔界や人界といった世界一つを滅ぼしかねないと創造主である魔帝直々のお墨付きを貰っている。

 

 そんな相手にデスシザーズが勝てる道理など、存在しないのだ。

 

 しかし、それを本能的に知っているはずのデスシザーズは、尚も攻撃を止める気配はなかった。

 

 

『キャハハッ! ハハッ! ハハハハハッ!』

 

 

 鬱陶しい。勝てないにも関わらず、そんなこと視野に入っていない等とばかりに嘲笑の笑い声を上げるデスシザーズの存在は、ナイトメアにとって一種の目障り極まりない害虫の類に思えてならなかった。

 

 まさにそんな思いを滲ませていた時だった。

 

 

「きゃああああッ!!」

 

「うわあああッ!」

 

 

 女の子と少女の叫び声が響き渡る。振り返って見ればデスシザーズと同じく実体のない黒い幻影の如きマントと異様に唾が幅広い黒のハット帽を頭に被ったような出で立ちの姿をした1匹の悪魔。

 

 其奴が二人を両の腕の、黄土色で鉱物のような硬い質感を有する外骨格で覆われた細長い手で首元から肩を押さえつけるように捕らえていた。

 

 拙い。

 

 そう思い向かうとするがデスシザーズがソレを阻む。

 

 鈍重な腕で追い払おうと振り回した所で、速さで負ける以上当たる道理などない。かと言って、光線やブーメランなどは二人に当たりかねない危険性を考慮すれば使える訳がない。

 

 一体……どうすればいい? 

 

 ジワリと落ち着くことができず、なんとかしなければ、という思いがこびり付いて離れない。

 

 焦燥。今のナイトメアの中に生じている感情は、まさにコレだった。

 

 

『フフフ、そうです。我が下僕よ。そのまま、木偶の坊を押さえ込んでなさい』

 

 

 ふと声が聞こえる。それは二人から発せられたものでなければ、発声する為の器官を持たないナイトメアでもない。他ならぬ、二人を抱え拘束しているファウストだ。

 

 悪魔が喋るのは決して珍しい事ではない。言葉を介すことのできない悪魔は多種多様といるが、それと同等に言葉を介す事が可能な悪魔もまた多種多様といる。

 

 メフィストと呼ばれる悪魔の上位種であるこの悪魔ファウストも、そういった内の一つという訳である。

 

 

『イイ。イイですよ。私を恐れる貴方達は愛い。とてもね。さぁ、

 もっと恐怖しなさい。そうすればその柔らかく食べ応えのある魂は

 一層と美味しくなる』

 

「うぅ……」

 

「や、やぁぁ……」

 

 

 悪魔にとって人間の恐怖は気分を高揚させ心地良いものにさせてくれる香りであり、同時に己の力を高める増強剤にも成り得る。

 

 故に悪魔は人の恐怖に敏感だ。それを辿って人の前へ姿を現し、苦痛と死をもってして更なる恐怖を与えようとする。

 

 そんな悪しき本性をこのファウストという悪魔も例外なく持っているのだ。

 

 人間に似た顔を持つも、その口は両端が耳の辺りまで裂ける程に吊り上がり、醜悪で不気味な笑みを浮かべる。更にその口から二本の舌が這い出て来た。

 

 まるでそれが別種の生き物のようにうねりを伴って動くファウストの舌は、響の頬へと張り付くように到達し、彼女の頬を這い回り、唾液で濡らしていく。

 

 抵抗したくもできず、ただ両目を閉じて、顔を逸らすように耐えるしかない響はただただ不快な感触に苛まれた。それは女の子も同じだった。ファウストの舌は一本ではなく、二本もあった。もう一方の舌は女の子の耳に張り付き這い回っていた。

 

 不快極まる他ないその悪魔の行為はナイトメアの神経を逆撫でするには十分だった。

 

 もうこんな雑魚悪魔に構うものか。

 

 ナイトメアは翻弄する事はできても未だ自分に対したダメージを負わす事ができずにいるデスシザースを無視し、ファウストの魔の手から彼女等を救い出そうと鈍重ながらも走り出す。

 

 これに対し、ファウストより足止めを命じられているデスシザースは当然行かせる訳にはいかず。その為、自身ができる足止めを実行した。

 

 

『キャハッ』

 

 

 デスシザースは短く笑い声を上げ、その手にある大鋏を思い切り投げ付ける。その行き着く先はナイトメアの足元だ。

 

 ナイトメアの足下に突き刺さった大鋏は赤い稲妻状の魔力が迸らせ、やがて大鋏を基点に薄っすらと赤いドーム状の結界が形成され、ナイトメアはその中へと閉じ込められてしまった。

 

 

『よくやった。では、これにて』

 

 

 ファウストはナイトメアに向けてお辞儀する形で礼を取る。

 だがそこに敬意はなく、あくまで相手を煽る為の欺瞞行為でしかない。そしてその間にも決して二人を逃がしてしまうようなヘマを犯さず、隙を見せず。その腕に二人を抱えたまま自身の前に赤や紫に妖しく光り輝く魔法陣を出現させ、逃亡を図るファウスト。

 

 間に合わない。

 

 そんな判断がナイトメアの中に過ぎる。

 

 

「悪いがお持ち帰りはNOだ」

 

 

 しかし、その場に二人を救うとする者が増えれば、容易く覆る。

 

 冷徹さを秘めた少女の一声と共にファウストの顔面を何かが風のように横切り、同時に悪魔の顔に三つの深い切り傷を与えた。

 

 

『ガァァッ!! 目、目がァァァァッッ!!』

 

 

 しかも運の悪いことに両目を抉られたようで、血液こそないがほんのりと赤い黒いガス状の物が流れる。それと同時に響と女の子はファウストの魔の手から逃れる事ができたものの、今いるのは宙。

 

 それもビルの屋上から測って7m程はある。

 

 死なずとも怪我を負う可能性が高いのは否めない。しかしそのまま落ちる事はなかった。

 

 

「キャッ!!」

 

「よっと。大丈夫かい嬢ちゃん」

 

 

 若干の落下の感覚があったものの、それも一瞬。小さな女の子の片手を落ちないよう力強く、女の子が痛みを覚えないよう手心を加えて握り締める誰かがいた。

 それは確かに人の言葉を介してはいるが人ではなく、1匹の猛禽類の鳥……いや、かつての大悪魔であり、今は使い魔となっている悪魔

 

 グリフォンである。

 

 

「鳥さん?」

 

「ご覧の通りな。とりあえず降ろすぜ」

 

 

 少しばかり芝居掛かってそう宣うグリフォンはゆっくりと女の子を下ろしていく。普段はいい加減でお調子者、尚且つ下品なジョークや皮肉を垂れ流して来るが、なんやかんで相手を気遣う配慮を心掛けている。

 

 故に女の子を乱雑に扱ったりはしない。

 

 それにグリフォン自身、こういった繊細な扱い方に関して言えば前の契約主で嫌というほどに経験済みである。

 

 女の子がグリフォンに救出された一方で響の方は、黒い粒子状の何かが落ちて来る彼女を受け止め、こちらも丁重に降ろした。

 

 

「え、え、何これ?!」

 

 

 一目見ただけではソレが何かなど分かるまい。黒く粒子状らしき不定形のモノとしか分からない見た目なのだから、困惑を覚えるかあるいは恐怖やら不安やらを覚えてしまうだろう。

 

 実際のところ響の場合、あまりに非現実的な情報量のせいで混乱しかないのだが。

 

 ともあれ、響が無事であることを確認したソレはやがて明確な形となって現れる。

 

 

 黒豹の悪魔、シャドウ。

 

 

 影の名の如く実体を持たないかのような変幻自在な身体と、まるで闇夜そのものを体現させた漆黒の体毛を有するその悪魔は、グリフォンと共に己が主たる少女の下へ戻っていく。

 

 

「よくやった。グリフォン。シャドウ」

 

 

 労う一人の少女……Kは愛用のバールを右手で握りしめて、逆に空いた左手へとバールの釘抜きの先端を叩くようにリズム良く当てている

 。

 

 その視線の先にはファウストがおり、グリフォンとシャドウも同じ方向で、同じ対象を見据えていた。

 

 

「だが、終わりって訳にゃいかなねーよな! 変態臭い悪魔がいやがる!!」

 

「グォン」

 

 

 変態悪魔とは、言わずもがな。ファウストの事だ。それに対しシャドウも同意見だと吠える。

 

 

『キ、キ、キサマァァァァァァァァァァァァァ────────ーッッッッッッ!!!!!』

 

 

 そんな彼等が癪に触るどころか、両目を傷付けられたという屈辱を受けたファウストの顔は、憎悪と憤怒に塗れ、いつもの不気味なニヤけ面を完全に消し去っていた。

 

 

『こ、ここ、このクソ鳥めが! 私のこの高貴なる両目に傷を付けるとは何たる無礼! 失礼千万な所業! 申し開きがあるなら遺言として聞いてやろう!』

 

 

 両目は既に元の状態へと回復し、視覚に関しても問題はない。が、だからと言ってそれで良しとするほど、ファウストは決して寛容ではない。

 

 例えファウストでなかろうと、悪魔らしい悪魔ならば同じような反応を示し、其の者に報いを与える事だろう。

 

 

「ハッハー! 傑作だぜコイツは! 悪魔が高貴とかほざきやがる! 脳ミソにお花でも生やしてやがんのか? ギャッハッハッハッハ!!」

 

 

 グリフォンは嘲笑う。その言が滑稽でアホ丸出しだと。直接言わずともそんな意図を匂わせる彼の言葉はファウストの怒りをより一層と焚き付けるには十分だった。

 

 

『殺す。もう許さん!』

 

 

 ファウストが殺意の言葉を吐き出した直後だった。つい先程までその効果を発揮していた結界の檻は、その中に囚われていたナイトメア自身の純粋な力業で結界の基点だった大鋏を破壊。

 

 結界の檻より解放された悪夢は、心なしか睨むようにファウストと彼の側に寄って来たデスシザースへ向けられた。

 

 

『チィッ! 予測はしていたが……マズい』

 

 

 あの結界が長い間ナイトメアを拘束できるとは思っていなかった。

 

 このファウストという種の悪魔は様々な魔術の行使やその知識の保有

 、更には魔力の測りを得意とする種族で、この個体も例に漏れず、相手の魔力を測り見極めることができる。

 

 このファウストから見てナイトメアは異常だった。その魔力は気さえあれば国一つを容易く滅ぼし、数千数万の人間を殺戮せしめる位には十分過ぎるもの。

 

 そんな大悪魔クラスの存在が無力に等しい二人の小さな女の子と少女をノイズの魔の手から守っている。

 

 ナイトメアに邪悪な思惑や企み等なく、単純に見過ごせなかっただけ

 。

 

 しかしそれを見たファウストはこう考えた。

 

 あの二人、さぞ上質なご馳走なのだろう、と。

 

 でなければ、わざわざ悪魔ともあろう存在が、それも圧倒的強者が人間を守るなんぞ有り得ない。

 

 だったら、奪ってやろう。

 

 大悪魔クラスの者がそこまで執着するほどに美味い人間だと言うのなら、是非ともこの私がその魂を食してみたい。

 

 最近はノイズに殺された人間の魂だけで腹を満たしていたが、たまには生きた人間から直接魂を喰らうのも僥倖。

 

 そう思い始めていたファウストにとって、生娘二人の生きたての魂というのは丁度いい最高のご馳走に違いなかった。

 

 そんな考えで、あと一歩で奪えたにも関わらず、それを邪魔して来たのが鳥と豹の悪魔2匹。

 

 そして、その2匹を従えていると思わしき一人の少女。人ではあるものの、仄かに悪魔の気配が漂うという妙な雰囲気をしてはいるが、正直ファウストにはどうでもよかった。

 

 今はただ、コイツらを殺す。

 

 それだけがその内なる思考を支配していた。

 

 

『フォォ……』

 

『キャハハハッ!!』

 

 

 怒りに震えるファウストの背後。

 

 その宙に赤い空間の歪みがあちらこちらと生じ、そこから無数の悪魔が這い出て来た。

 

 ファウストやデスシザースのように身体が黒い布かあるいは霧状に見えるという共通点はあるものの、見比べれば素人でも分かる違う点があった。

 

 まず挙げられるのが“顔”。

 

 全体的に見ると質感は鉱物のようだが、薄っすらと浮かび上がった血管らしきものがピクリ、ピクリと一定した間隔で脈打つ様が、それが生き物であるのだと訴えているような生々しさを醸し出している。

 

 そして青い左右二つの複眼が妖しく光り輝き、その頭部は縦長で、幅もそれなりにあり、まるで先が丸みを帯びた花の花弁が五つ合わさったような鰭状の皮膚飾りを形成している。

 

 しかも複眼の上辺りに何本かの角のような突起物があり、顔を逆さにして見ればそれらが牙に見え、中央の皮膚飾りの部位がまるでベロンと伸び出た舌のようにも見えた。

 

 さながら、大口を開くもう一つの悪魔の顔……とでもいいのか。

 

 これだけでも随分特徴的な悪魔だが、もう一つばかり挙げるならファウストに似た両腕を有し、人差し指と思われる部分が異様に伸びてその先端が鋭利に尖らせている。

 

 この悪魔たちの名は、メフィスト。

 

 総じて“フェレス”と呼ばれる種の悪魔の下級種で、その上級種こそファウストなのである。

 

 

『だが! 私には手足共が沢山ある! 殺せェェェェェ──────────ーッッッッッ!!』

 

 

 放たれるファウストの怒号に応え、明確な敵意と殺気を放ち一斉にKたちへと襲いかかって来た。

 

 

 

 

 

 

 




デビルメイクライ4より、ファウスト&メフィストと初代からの敵、デスシザース。

頭部と腕以外に実体がないという点とデザイン的にもそっくりな似た者同士の悪魔たちです。

ちなみにファウスト、この小説だとめっちゃキモいキャラ付けで喋ってますが、原作デビルメイクライ4じゃ一切喋りません。




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第7話 Nightmare Revival part3

更新が遅くなってしまい、すみません(−_−;)

別の小説に時間を割いてたのと、ニコ動での実況動画に夢中だったのが原因です。はい。

あと、タイトル変えました。



「ヒャッハァァッ! あの世に行けクソども!」

 

 

 グリフォンがそう叫ぶと共に彼の身体から迸る雷が実体なき悪魔の肉体を蹂躙、破壊し尽くす。

わずか一発食らっただけで何匹かのメフィストが命を散らし、煙のように薄っすらとその姿が消えるように死んでいく。

 

 しかし、ただやられてばかりではない。

 

 3匹のメフィストたちが鋭い人差し指から火、水、毒霧、と三種類の魔術を行使してグリフォンへ攻撃を仕掛けた。

 

 

「はー。雑魚の癖に魔術とか芸がイイじゃねぇーか」

 

 

 棒読みとしか言えない感心声を吐き出すグリフォンだが、そんなものは当然煽りの一種でしかない。

 

 より言ってしまえばフェレス族程度の魔術なぞ、グリフォンにとってはチャち臭い手品でしかないのだ。

 

 

「だが、んなもんはオレに通じねェよ!!」

 

 

 グリフォンの雷撃が宙を駆け迸る。

 

 向かう先はメフィストの3匹がそれぞれ放った火と水と毒霧の魔術攻撃。威力が同程度ならば相殺で終わったが、生憎それで終わるほど雷撃は甘くなく、火の魔術を打ち消し、水の魔術を蒸発させ、毒霧の魔術を胡散させるもその勢いを止めることはなく。瞬く間にメフィストを三体喰らい消滅させた。

 

 

「グォォォッ!」

 

 

 低い雄叫びを上げるシャドウはその自在且つ、しなやかに素早く形を変える己の能力を利用して鋭さを持った円錐の針を作り、メフィストを問答無用で刺し貫いていく。

 

 しかし、メフィストは実体を持たない霧状の身体を持つ悪魔。

いや、正確に言えば霧状の魔力の衣を纏っていると言った方がいい。

 

 そのせいで物理的な攻撃を無効化してしまっている為、シャドウの針による刺突は無意味に終わっている。

 

 

『フォォ……!!』

 

 

 自らが優勢にあると理解したメフィストたちは、不気味な鳴き声を発しながら、その鋭利な爪に魔力を込める。すると人間で言うところの人差し指だ。

 

 その部位の爪が淡い黄色の光を放つ。

 

すると同時にシャドウの攻撃のように伸び、勢いと共に刺突技を繰り出した。

 

 シャドウはそれを紙一重で避ける。

 

 魔爪の刺突をかわされながらも、それで驚くメフィスト達ではない。続いて今度は魔力を全身に迸らせ身を錐揉み状に回転、突撃し出したのだ。

 

 当然先程の円錐の針もそうだが、自分の身体を武器のソレへと変化させて当てるだけの単純な攻撃では、メフィストの魔力の衣は引き剥がせない。

 

 それを素早く知性的に且つ、本能的に悟ったシャドウは自身の尾に魔力を収束させる。躱す等造作もないのだが、ここは敢えて迎え撃つと言う手段を選ぶ。

 

 限界まで尻尾に魔力が集まった事を知覚した瞬間。尾の先端を鎌の如く変化させ、更には刃に赤紫色の魔力が上乗せするようにもう一つの刃の部位となって輝き、人間の動体視力では確実に捉えてられないであろう音速でしなやかに動く尾の刃は、メフィストの回転的突進をその身体ごと切り裂いた。

 

『ブレイドイーター』。

 

 シャドウが保有する攻撃手段の内の一つ。

 

 メフィストのように単純的な物理攻撃が一切意味を成さない悪魔に対し、効果を発揮する。

 

 この攻撃は文字通り“刃が喰らう”のだ。しかし喰らうのは血肉や骨と言った物質的なものではなく、魔力という、実体を持たないし目視もできないエネルギーそのもの。

 

 メフィストを切り裂くことができたのも、魔力を喰らうというブレイドイーターの特性を利用して霧状の魔力の衣を喰い剥いだからだ。

 

 そして、その餌食となったメフィストたちは断末魔の叫びも上げる暇もなく、僅かな一瞬の間に回転を、その生命活動ごと停止させられ消滅した。

 

 

「◼︎◼︎◼︎────ッ!!」

 

 

 いつもより甲高い咆哮を上げ、勝利を誇る。

 

 今ので6体を同時に仕留めたがまだ敵はいる。

 とは言え、グリフォンにナイトメアがいれば、例え数千という数で来ようが問題ないだろうとシャドウは踏んでいた。

 

 この世界に来る前の自分達は、実体なき悪夢の化身であるが故に悪魔を殺せず、契約者だった男にトドメを刺してもらう他なかったが今は違う。

 

 確固とした存在として現世に在り得ている。

 

 そのおかげで前以上に力が漲るのを感じる。

 

 何故、自分達が明確な一つの命となってこの世界に顕現したのか。その理由は皆目見当もつかない。が、今のシャドウにとって些細な事に過ぎない。

 

 今はただ戦って、敵を討つ。

 

 今世の契約者であるKの為に。

 

 そんな殊勝とも言える心境に思考が浸かっていたシャドウだが警戒していない訳ではなく、証明に自身の背後を狙って攻撃して来たメフィスト二体をブレイドイーターで切り裂いた。

 

 グリフォン、シャドウが戦いを優勢に進めている中でKは、ナイトメアに人間2人を任せ、ファウストを相手にしていた。

 

 デスシザーズはいつの間にか逃亡し、消え失せていたがKにしてみれば、面倒が減って好都合なのには違いない。

 

 ファウストの攻撃手段は基本的にメフィストと同じで、魔力を帯びた爪による攻撃と突進だが魔術を行使していたメフィストがいたように、ファウストはそれよりも数段強力な魔術を繰り出して来る。

 

 

「フゥッハアアアア────ーッッッ!!」

 

 

 両手からは紫煙を吐き出す黒炎の玉を生み出し、それを不気味な奇声と共にKへと差し向けるように放つ。

 二つの黒炎は上。下。右。左。定まった方向もなく曲がりくねった滅茶苦茶な動きだが確実にKに迫っていた。

 

 

「フンッ!」

 

 

 Kはバールに魔力を込めて振るう。魔力によって打ち消す事が可能となったバールは黒炎を一つ、分かつ様に切り裂く。

 

 続いて振り向き、横一線に黒炎を切り裂いた。

 

 しかしそれでは消えなかった。

 

 それどころか四つに増えてしまった。

 

 

「チッ、面倒だな」

 

 

 一旦距離を置く為に後方へと跳ぶ。四つの黒炎はユラユラと宙で揺れ、こちらの隙を伺っているようにも思えた。

 

 

『我ァァが、魔術はァァ!! 中小位の悪魔の中とは言え最高峰! そして、この幻影剣術もまた最高峰ォォォォッッッ!!!!」

 

 

 相変わらずハイテンションなウザさを吐き散らかすファウストにKは顔を顰める。が、油断はしなかった。

 

 次の瞬間、ファウストの両手全ての鉤爪がネオンのように妖しく、蛍光のソレに似た輝かしさで発光。そして光はファウストの鉤爪の形を模した魔力の武器となって浮かび上がる。

 

 

『ヒィィヤッハァァッ!!』

 

 

 甲高い奇声が響き渡る。

それを合図にでもしたのか、浮かび上がった魔力爪が互いに交差し打ち鳴らすことで金属同士が衝突する際によく出る甲高い反響音に似た音が空気によって伝達されていく。さながら楽器のようだ。

 

 もしそうであったなら良かったが、生憎悪魔の扱うモノに碌なものはない。

 

 魔力爪がその典型だ。

 

 音を打ち鳴らすだけではなく、それらは宙を右往左往と縦横無尽に飛び回り、様々な角度からタイミングまでバラバラに次々と襲いかかって来た。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 斬る。突く。薙ぎ払う。

 

 普通の人間では目で追うことも、ましてや躱すことさえ叶わない高速の魔力爪による剣戟。

 これに対し、Kは一応程度には渡り合うことはできていた。

 だが魔力爪は徐々に速度を上げていき、鋭利さを強くしていく度に身体の所々に傷跡が付けられ、その都度、鮮血が吹き出す。

 

 

「ヒィィッヒヒヒヒヒッ!! どうです? ええ? 中々に鋭く恐ろしいでしょう?」

 

 

 デスシザースに負けず劣らずの気色悪さを滲み出した笑い声を上げ

、魔力による妖光で輝く自身の鉤爪を、まるで演奏の指揮者のように大振りに。

上や下やらと曲がりくねらせる動きに何の恥もなく余裕綽々に。

 己の奇行をさも上品で雅なものだと語りたいと、そんな斜め上を軽く超える自惚れ具合を晒す姿にKは言葉ではなく嘲笑で答える。

 

 

「……ンン? なぁぁにが可笑しいので?」

 

 

 笑われる筋合い等ありはしない。少なくとも、ファウストはそう思っている。だからこそ自分が追い詰めている獲物であるKがまるで馬鹿にするかのような嘲笑いに納得が行く筈がない。

 

 追い詰めているのだから、恐怖しろ。

 

 怯えろ。苦しめ。そして己の愚行を呪え。

 

 そうでなければ……人間を負の心理に貶める悪魔として、立つ瀬がないだろう。しかしKにしてみれば、そんな些事如き、配慮する道理などない。

 

 

「そんなものが最高峰? その程度の再現など容易いが?」

 

 

 そう言ってのける。その顔に威勢がいいだけの虚仮威しと言った嘘偽りはない。彼女はそれをすぐに証明して見せた。

 

 

「狂え。幻影は入り乱れる刃と成り果てる」

 

 

 Kが特殊な詩を口遊む。

 

それは俗に言う呪文と呼ばれるものに近い。

 

この一節が鍵となり、彼女の魔術が行使される。

 

 Kの頭上背後に光が何処からともなく灯り、その色は橙に近い赤色

。やがて、それは形を刀へと変え、縦横無尽に飛び交いその全てが不規則な動きでファウストを攻め伏せる。

 

 

「ギィッ! ガァァッ!!」

 

 

 なんとか己の幻影爪で防ぐものの、その全てを防ぎ切ることはできず。

 

 ダメージと共に魔力の衣を剥がされてしまった。

 

 

「ハッ。それが、お前の本当の姿か」

 

 

 闇のように漆黒の衣が剥がされ……ファウストは、その滑稽な姿を晒す破目になってしまった。

 

 一言で表すのなら、虫。

 

 そう、虫だ。硬質な外骨格に脚や身体に見られる節。おまけに身体は細く、人間界の虫で例えるのなら、ナナフシ、と呼ぶべきだろうか

 それだけに貧相な身体付きだと言わざる得ず、衣を剥がされる前にあった高貴な雰囲気はもはや微塵も感じられない。

 

 

「ギィッ、ギィィィィィィッッ!!」

 

 

故に堪らず、ファウストは金切り声を上げて叫び散らす。

 

 

「クソクソ、クソがァァァァァッッ!! 見られたくねー所をよくも、なんてことしてんだァッ! クソアマがッ!!!!」

 

 

 耳が痛くなる程の甲高い奇声を上げ、そこから罵詈雑言を吐き散らかす。

その様は、高貴などヘドロ塗れの溝川に放り捨てたとでも言わんばかりに大変見苦しく、目が汚れるとしか言えない醜態だった。

 

 

「やかましい」

 

 

 そんなファウストに配慮する様子は微塵もなく、その価値すらない

、とでも言いた気に眉間に皺を寄せるK。

 更に幻影刀が、容赦なく、釘を刺すが如くその汚らしい口を黙らせる為にファウストを刺し貫いていく。

 

 

「ガバァァッ!!」

 

「さっさとそのドブのように汚い魂を魔界に還すんだな」

 

 

 パチンッ。

 

 Kのフィンガースナップが周囲に響き渡る。

 

 そしてそれが合図となり、Kの幻影刀が爆散。

 

 ファウストの肉体を徹底的に破壊して、その命を停止させた。

 

 

「終わったカ〜Kチャン!!」

 

 

 グリフォンが飛んで来ては、軽快な言葉を投げ掛けて来る。Kはすぐには答えず、無言で腕を出すとグリフォンはその腕へと降り立つ。

 

 

「見ての通りだ。大した悪魔じゃなかった」

 

「ま、ファウストなんて所詮、魔界産の害虫だからな。俺たちの敵じゃねェのは当然ってこった」

 

 

 そんな会話をしている間にシャドウが戻って来た。ナイトメアは周囲に悪魔がいない事を確認してから、泥が溢れ出るように液化状態で出現。

内部に収容していた女の子と少女を解放し、あのゴーレムのような人型となった。

 

 

「ヨォ〜メアちゃん! メアちゃんもこっちに来てたとは、コイツは驚きだァ! つーか、隠れてたのかよ」

 

 

 久し振りの再会に喜ぶと同時に自分達が戦って間に、何処かに行ったのかと片隅ながらに思っていたグリフォン。

 人間2人を守る為に隠れていたと知り、小さな疑問が解消されたようだ。

 

 

「まァ、あんまし派手に暴れたら危ねェしナ

 

「……ともあれ、ここから引くぞ。結界が解かれた以上“アイツ等”が介入して……ッ!!」

 

 

 突然Kは言葉を途中で噤み、バールを振るう。

 

 ギィンッ! 

 

 直後。バールに何かが当たり、弾かれる。

 弾かれた何かは重力に従い、抵抗なく少し離れた位置に落ち、よく見てみれば、それは変わった形状をした小刀の類だった。

 何も知らない者から見れば、ただ変わった小刀で終わるが、Kにとってソレは、非常に見慣れたモノ懐かしささえ覚えてしまうモノだった。

 

 が、タイミングがあまりに悪い。

 

 コレが放たれて来た、と言うことは、“彼女”が来ている証明なのだから。

 

 

「……」

 

 

 何も言わず、心を冷静にさせて小刀が飛んで来た方向へと視線を移す。

 その先……隣接するビルの給水塔の上に“彼女”はいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼きシンフォギアを纏う、“風鳴翼”が。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第8話 Nightmares with girls 



訳題『悪夢は少女と共に』

新年初投稿です。






 

 

「味気ない、感動の再会もあったものだな」

 

 

ぼそりと。Kは面倒だと言わんばかりの溜息と共に、誰にも聞こえない位のか細く小さな声音で呟いた。

 

もっとも、少女と女の子には聞こえていなかったが、グリフォンとシャドウにはしかと耳に届いていたが。

 

 

「ハッ!」

 

 

給水塔から高く跳躍した翼は、一切の怪我などを負わず、Kたちのいる建物の屋上へと舞い降りた。

 

普通の人間ならば、まずできない芸当だが彼女の纏うモノ……対ノイズ兵器として開発されたシンフォギアがあるからこその賜物である。

 

とは言え……彼女の周囲には、シンフォギアやその元となる聖遺物を使わずとも、化け物染みた離れ業をやってのける傑物がいるが。

 

さておき。この状況はKにとって非常に危うく、同時に面倒な事この上ない。

 

 

「質問に答えて。何者? そしてついさっきまでいた筈のノイズ…消し去ったのは、貴方? それとも其処にいる人型の何か?」

 

 

翼はそう言い、自身のアームドギアであるアメノハバキリの切っ先をKへと向け、問いを投げつける。

 

見ただけで分かると思うが……妙な動きをせず、質問だけ答えろと言っているつもりだ。

そして人型の何か、とは。ナイトメアのことを指しているのだろう。

そうとしか言い表せない存在など、今のこの場ではナイトメア以外に考えられない。

事実、翼はKだけでなく、ナイトメアにも警戒を込めた視線を向けているので、間違いないだろう。

 

 

「生憎、身元を特定できる物がないんだ。免許証でも持っていれば良かったか?」

 

 

間違いではないが、なんとも皮肉なジョークで

はある。もっとも、向けられた相手は一切笑ってなどいないが。

 

 

「オイオイ!人様に刃物向けるとかヨ、アイドルとしてドーなんよソレェッ!!」

 

 

そんな折、グリフォンが唐突に非難の声を上げた。まぁ、彼女の事を知っているとは言え、直接の面識が一切ない初対面にも関わらず刃を向けられるなど、グリフォンから見ても物騒としか言い様がないのだろう。

 

 

「ッ!……と、鳥が喋っただとッ?!」

 

 

心底驚いた様子だ。まぁ、普通に考えれば鳥は明確な意味をもって人語を介したりはしないものだ。

インコやカラスなど人の言葉を真似る鳥はいるにはいるが、アレはあくまで、言葉を真似て喋っているだけだ。

意味を理解して喋っているわけではない。にも関わらず、この鳥は明確に人の言葉を口にしてみせたのだ。

 

驚くのも無理はない。

 

 

「イイ驚きっぷりドウモ!! ギャハハッ!」

 

 

まるで悪戯が成功した事に楽しむ子供のような様子で笑うグリフォン。そんな相棒の悪魔に溜息を吐きつつ、Kは自分のすぐ隣にいる女の子と響に視線を向ける。

 

 

「とりあえず、この子達を安全な場所まで頼む。小さい子は親とはぐれてしまったようでな。二課なら謹んで聞き入れてくれるだろ?」

 

 

二課。その言葉に対し、翼は視線を鋭くする。

 

 

「どこまで知っているの?」

 

「重要なのはそこじゃない。二人を無事に保護してくれるのか。その、一点だけだ」

 

 

質問に答えず、諭すようにKは言うが、やはりそれでどうにか納得する筈もなく。両者の間に緊迫した沈黙が流れる。

 

が、それは予期せぬ形で破られた。

 

 

「グッ……ウゥ」

 

 

響が胸を押さえ、その場に蹲り出した。

 

 

「ドォーした嬢ちゃん!つか、なんか光ってんぞオイィッ!」

 

 

グリフォンの言う通り、響はどういう理屈かは全く分からないが、身体全体が光り輝いている。

 

しかもそれは、段々と増していた。

 

そして刹那の間。光は一筋の天を指す柱になる程の光量を放ち、少女の身に何かが纏い始めた。

 

 

「ゥ、ウゥ……ーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!」

 

 

発せられたそれは、まるで世に生を受けた事を喜ばんばかりの歓喜溢れながらも獰猛性を感じさせる獣の如き咆哮。

光が止み、咄嗟に腕で光を遮りつつ目を閉じていたKは、何が起きたのかを確認する為に響の姿を見る。

 

 

「!!ッ……まさか、何故ッ!」

 

 

見た先にあったのは……形こそ違うが、Kは確かに感じていた。それはかつて、一人の少女が纏っていたシンフォギア。

 

かの戦の神がその手にとって神々の戦場で名を轟かせたとされる名槍。

 

 

 

 

 

 

 

 

“ガングニール”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side K

 

 

 

 

「なんで、お前がそれを…」

 

ようやく目の前の事態を正しく認識したKだが、それでも彼女の中に混乱はある。

 

ガングニール。

 

グングニルとも呼ばれ、北欧神話における神々の王にして軍神、あるいは知恵の探究者としての側面を持つ神格『オーディン』が所持していたとされる投擲槍。

敵を定め投げれば、何処までも敵を追い詰め、最後は必ず敵の心臓へ突き刺さる。千や万と無数に分かれて多くの敵を穿つ等。

 

オーディンを語る上で欠かせない、謂わば象徴と言ってもいいだろう。

 

その名を冠したシンフォギアを、立花響という一般人である筈の少女が身に纏っている。

 

おかしいを通り越して、理解不能と言っていい。

 

「へ?………え? うぇえええええ!!」

 

自身の両腕や腰から足の爪先。後ろは無理だが見える範囲で何度も見て確認した響は、自分がどのような格好になっているのか。

 

翼と同じく肌に密着したインナースーツの上に機械的な装甲パーツを纏い、パーツ部位の色は共通して白だが、インナーは翼の青とは異なり黄色の仕様となっている。

 

どう見ても、それはシンフォギアだったのだ。

 

『翼! たった今、こちらでシンフォギアのアウフヴァッヘン波形を観測した! 間違いない! ガングニールだ!!』

 

「!!ッ そんな……」

 

一目見てソレをガングニールだと認識できたKとは違い、シンフォギアである事は理解できたものの、ソレがガングニールだと判別できなかった翼は自身が所属する組織『特異災害対策機動部』の二課の本部からの通信により、響の纏うシンフォギアの正体を知ることになった。

 

「そんな! だってアレは……奏の」

 

「グリフォン! シャドウ!」

 

明らかな動揺。しかしそれはKにとって好都合な隙だった。

 

すぐにグリフォンとシャドウを呼び、シャドウはKの中へと憑依し、Kはそのまま全力疾走で駆ける。その先はビルの屋上の外側。

 

つまり、飛び降りる気なのだ。

 

Kの意図を即座に察したグリフォンは彼女に追従。何もない宙へと身を放り出すように飛び降り、天に向けて翳した自身の主の片腕。

その手首を両足でしっかりと掴み、そのまま逃亡を図る。

 

「ホントッいきなりだなオイィ!!」

 

「仕方ないだろ。……こっちだって混乱してる」

 

『待て!』という翼の声が聞こえるが、それに従う気はKにはない。

 

逃亡をより確実なものにする為、魔術を発動する呪文を口遊む。

 

「我が身は虚空なれど、在りしものなり」

 

簡単に言えば、相手の視覚から自分達の姿を消す隠遁に優れた魔術でこれにより、追うことは不可能となる。

 

「この辺でイイか? ちょい限界」

 

ある程度まで離れるとグリフォンはそう言い、Kを道路脇に下ろす。すぐさまビルの隙間を潜り路地裏へと入ったKは、二課の人間に捜索される事を懸念を考慮し魔術を解除することなく、建物の壁に背を預け一息…疲労を含んだ空気を吐き出す。

 

「……なんてことだ。だが、何故あの子が」

 

「アー、マァなんだ。シンフォギアってのはヨ、誰でも纏えるモンなのカ?」

 

翼を休める為に地面に降りたグリフォンの言葉に、否定の言葉で返した。

 

「そんなわけあるか。もし誰でも扱えるなら装者なんぞ簡単に量産できる。人材不足に苦労する事自体バカらしい」

 

シンフォギアを扱える者は、そのシンフォギア自体に適合することができる素質の者でなければ、扱う事などできはしない。

現にKの知る限り二課のシンフォギア装者は翼のみ。

誰でもそうホイホイと成れるものなら、風鳴翼一人だけ、というのはおかしな話だ。

 

「……恐らく、あの子もノイズと戦う事になるだろう。あの子は……そういう子だ」

 

「? もしかして、知り合いってヤツ?」

 

しかしあの時の少女の反応を見るに、全く知らない人だという感じだったのは、グリフォンから見て間違いない。

 

聞いてみたものの、Kは頭を左右横に振った。

 

「いいや、違う。私が一方的に知っているだけだ」

 

「ナ〜ルホド、そーいうコトね」

 

合点がいったとばかりに納得する。どういう理由で彼女の事を知ろうと調べたのか。

それについて、問うことはなく、さして重要なことじゃないと判断したグリフォンはとりあえず、今後の方針を聞くことにした。

 

「で、どーすんだヨ。何つったっけ? ナントカの組織の連中がお前のこと探してンだろ」

 

「特異災害機動部の二課だ。普通に二課と呼べばいい」

 

「ハイハイ! そんで、なんかプランあんの?」

 

「予想外な事が起きだが、予定通り土蜘蛛企業を襲撃する」

 

Kは壁から離れ、手に持ったバールをブラブラとさせながら言う。

 

どの道、その一点に変更は無いようだ。

 

「けど今日は遅い。身を休めるぞ」

 

しかし今すぐにと言う訳ではないらしい。

まぁ、今夜は本当に色々有り過ぎてさしものKも疲れたのだろう。

何処か陰鬱とした雰囲気を漂わせながらKは、寝床を求めて二匹の使い魔と共にその場を後にする。

 

とは言え、この時、Kは気付いていなかった。

 

こっそりと背中の…服の裏へと潜り込んだ悪夢を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 立花響

 

 

 

 

結局。謎の少女と喋る鳥、黒豹らしき獣ばかりかいつの間にか姿を消した人型の何か。

 

其れ等の逃亡を許してしまった事実は翼にとって心境的に痛いモノで、恥すべきと断じている程だ。

 

できれば羞恥に染まった心を座禅などで鎮めたかったのだが、ごく普通の一般人である筈の立花響がガングニールを纏ってしまう、想定外どころか、誰も思いつきもしない緊急事態が発生したことで余韻に浸る暇は生憎となく。

 

響をやや強引ながら連行。

 

行き先は、特異災害対策機動部二課。

 

夢のような非現実的な出来事の数々による混乱とそこから生じる不安は、当然ある。

しかし実際に来てれば……なんとそこは自身が通うリディアン音楽院の

地下深くに在り、来て早々想像を遥かに超える好意的な歓迎ムードで対応されるという始末。

 

そして、現在。

 

強引ながらもそう時間を取らない軽い検査を終え、その結果が告げられた。

 

「それじゃあ、結果はっぴょっう〜!」

 

陽気にそう宣言するのは、二課の科学者にして、シンフォギアの生みの親である櫻井了子。

その奇抜な発言と陽気さから変人扱いされる事も多々あるが、しかし科学者としての手腕は天才と称して他ない程もの。

現に彼女がいなければシンフォギアという人類の矛は誕生すらしなかった。

 

それを考えれば彼女の天才ぶりが少しは分かるだろう。

 

ともあれ、その結果内容は驚きのは一言に尽きた。

 

 

「どうやらこの子の胸に聖遺物……ガングニールと思わしき欠片があるの。響ちゃん。身に覚えはないかしら?」

 

 

検査室の広めのスペースには、櫻井了子に立花響。そして風鳴翼とその叔父にして二課の司令官である筋骨隆々とした体格の赤いシャツを身に纏った男性、風鳴弦十郎とその右腕であり、表向きは歌手として活動している翼のマネージャーも請け負っている緒川慎次。

 

オペレーターの男性、藤尭朔也。

 

同じくオペレーターの女性、友里あおい。

 

以上計7人が集っている。

 

そして電子モニターに映し出された高性能な機器によるスキャン画像。それは響の身体を撮ったものに違いないが、その胸の中心にある心臓には無機質な物体……ガングニールの欠片が埋め込まれるようにして存在していた。

 

 

「確か2年前の、ツヴァイウイングのライブの時に……奏さんが私を助けてくれた時に出来た傷です」

 

「……そうか。君はあの日のライブに」

 

 

弦十郎はあの日……翼のパートナーであった天羽奏がその命を落としたツヴァイウイングのライブの日に彼女が居たことを知り、合点がいった

とばかりに納得する。

 

 

「つまり奏が君を助ける際、誤って砕けたガングニールの欠片が君の胸に刺さってしまい、それが今もある……という事か」

 

「あの、そう言えばまだこの力……翼さんや私が着てた鎧っぽいモノのこと、教えてもらってないんですけど……」

 

 

やや歯切れ悪く言うが確かに言っていることは間違いなく正しい。

 

それを承知している弦十郎は一言『すまない』と謝罪する。

 

 

「では説明しよう」

 

 

シンフォギアについて大体教わり、小難しい用語や理論云々はさておき

、とりあえず歌うことで生じるフォニックゲインと呼ばれるエネルギーを用いて、通常の兵器や武装が通用しないノイズに有効的な攻撃を与える特殊なシステム。

 

と、言う風に響は自分の分かり易い範囲で理解した。

 

 

「あの、シンフォギア、については大体分かったんですけど……」

 

 

ふと、ここで響は気になったある事を思い出した。

 

 

「ん? 何か質問か? 是非聞いてくれ」

 

 

弦十郎は特に苦言を呈すことなく、質問する事を承諾したのだが、その言葉は彼にとってあまりに荒唐無稽で突飛としか言い様のないものだった。

 

「悪魔……って、本当にいるんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side K

 

 

 

 

「ハァァ……次から次へと面倒な」

 

 

今宵は運が悪過ぎる。

 

そう思わずにはいられない苦労気味な心境など露知らず、眼前に現れた無神経な悪魔どもにKは、隠せない苛立ちを込めた溜息と共に鋭く睨みを利かせる。

 

悪魔は……名を『ブレイド』

 

蜥蜴が人型を取り、その身に頭を守るヘルムと攻撃を弾く盾を着けた姿をしているその悪魔はグリフォンやシャドウにとって懐かしい顔ぶれで

、特にグリフォンはこの悪魔達を軍勢として使役していた過去がある。

 

ブレイドは魔帝ムンドゥスがナイトメアを創造する前、主である人界の爬虫類をベースに造り上げた悪魔だ。その誕生経緯は人界への尖兵として、である。

 

かの名高い魔界の剣豪、魔剣士スパーダが己が主のムンドゥスに反旗を翻す前には既に数え切れない大量の悪魔の軍勢を人間界へと送り込み、多くの国々を攻め落とした。

 

その中でも活躍したのがブレイドだ。

 

ナイトメアやグリフォンのような上位の強さを持っている訳ではない。が、人間界の爬虫類をベースにしたことでその強大な力故に活動限界の時間に縛られる上級悪魔の手と足となり、素早さと統率された無駄のない動きで、人間の兵士達を屍へと変えて来た。

 

このブレイドも、恐らくスピードとコンビネーションが武器であろうが、相手が悪い。

 

 

「いいだろう。そんなに相手して欲しいなら受けてやる。支払いは自分達の命で、だがな!」

 

「イヤー、懐かしい連中相手すんのは心が痛むナァァオイ!」

 

 

グリフォンはそう言うが当然微塵も思っていない。雷球を弾丸の如く発射しブレイドたちへと迫るが、先程言ったようにブレイドは『スピード

』……素早い俊敏な動きが売りだ。

 

大したことないとばかりに容易く回避した尖兵たちは、グリフォンめがけその鋭利な爪を振るう……

 

『ギャァッ!』

 

ことはできなかった。グリフォンに迫って来た4体のブレイドたちが背後から円錐状の棘を繰り出したシャドウによって刺し貫かれ、そのまま息絶えたからだ。

 

 

「ハッハッハッハッ! 後ろに御注意ってコトだァ!」

 

 

グリフォンが軽快に吐き捨てる。

 

生き残っているブレイドは残り26匹。やや多いが、それだけだ。

 

 

「さっさと潰すぞ」

 

 

そう言ってKはバールを飛ばす。

 

バールは魔力を帯び赤色に輝いて、ブレイド1匹の胸に突き刺ささるとそのまま心臓を掻っ攫う形で貫き、続いて高速回転。

 

心臓を串刺しにしたまま、他のブレイドを10匹。

 

なめらかな曲線を描くように様々な角度から首めがけぶち切り、掻っ攫っていく。

 

頭はヘルムで守られているがそれ以外は何も纏っていない裸も同然。

 

それでも体表を覆う深緑色の鱗がその役割を代替しているが、今この時に至っては相手が悪過ぎたとしか言いようがない。

 

 

「汚い花火だな」

 

 

ブーメランのように戻って来たバールを掴み取り、頭のない断面から鮮血を噴水の如く飛び散らせたブレイド達の様を流し目程度に見ては、そんな心許ない感想をKは零す。

 

刺さっているブレイドの心臓を取って一目見てはそう吐き捨て、そのままその辺に放り投げた。

 

どの道、命を消失させた悪魔は人界にいる影響で存在性が薄れて数分程度で消え失せる。

 

だからゴミのように心臓を放り投げて捨てたとしても、さして問題にはならない。

 

まぁ、絵面的には完全にアウトだが。

 

 

「これで……シマイだァァ!!」

 

 

雷の柱を連続で繰り出す事で遠くの敵に迫り、焦げた煤へと果てさせる『ブロッケイド』で6体を仕留め、それを上手く躱した10匹の内5体は自身の周囲にドーム状の雷撃『ラウンドロビン』でダメージを与え、吹っ飛ばす。

 

吹っ飛ばされた先にはシャドウが待ち構えており、その身体を巨大な禍々しい大口へと変化させ、そこから触手を何本か放つ。

 

触手は無慈悲にブレイドたちの身体を貫き、その身動きを確実に束縛。そしてそのまま5匹を口まで瞬時に持っていき……一気に喰らうように

挟み込んだ。

 

 

バグヴゥゥッ! グギッ……バギィッ……グチュッ!

 

 

後は簡単だ。血肉を引き裂き抉り、骨を砕き、粉々にしながら咀嚼していく。

 

 

「ウヘェッ! んなモン喰ってウマいのかよ、猫チャン」

 

 

ブレイドを始末し終え、シャドウの食事ぶりに明からさまな嫌悪感を出してグリフォンが言う。

シャドウは元より話せないのもあるが、腹が立ったと言うニュアンスの鳴き声や行動を返さないので、スルーしているらしい。

 

ほんの数秒程度で食事を終えたシャドウは元の黒豹形態になり、甘えるようにKの足に擦り寄って来た。

 

それに応えるようにKが少し腰を落とし手で頭や背中、横腹を撫でるとゴロゴロと猫特有の甘える時の撫で声を出して来る。

 

これだけ見ればシャドウが悪魔などとは全くイメージできないだろう。しかしその気になれば数百人の軍人部隊を難なく始末できてしまう事は変わらない。

 

どうあろうとも、シャドウはやはり悪魔でしかないのだ。

 

 

「しかし妙だな」

 

 

シャドウの頭を撫でながら、ふと。Kが独り言のように言葉を零す。

 

 

「ン? ナニがだよ」

 

「明らかに悪魔の出現が多すぎる。前まではこんな事なかったのに」

 

 

本来この世界の悪魔は依代が無ければ活動できず、上位の悪魔に至ってはその保有する力が自身の存在性を歪ませ、相当な負荷となってしまう為にもって1時間しか人界に顕現する事ができない。

 

しかし、依代があれば……話は別だ。

 

まぁそれでも長時間人界で活動することはできないが、どうやらこの世界のブレイドたちは人界の爬虫類を依代にしているようで、グリフォンたちの世界のように強大な悪魔によって創造

されてはいない。

 

とにかく何が言いたいのかというと、この世界の悪魔は条件的理由もあるが、積極的に人間界には姿を現さないのだ。

 

人間界での活動時間をオーバーすれば、その先に待つのは死。人間で言えば、毒ガスや放射能といった人体に致命的なダメージを与えるモノが充満する場所に長居するようなものだ。

 

しかし最近、そんな事などお構いなしとばかりに悪魔の出現率が高くなっている。

 

そもそもブレイドが30匹もの数で現れること自体おかしい。

 

大抵は5〜6匹で現れるものだ。

 

 

「ヘェ〜。この世界の悪魔は色々面倒な縛りがあンだな。まぁ〜それに関しちゃ俺たちの世界も同じようなモンか」

 

 

ざっと程度にKから説明を受けたグリフォンは、そんな感想を零す。

 

 

「とりあえず、ここで寝るとしよう。一応結界は張ってあるから人間にバレはしないだろう……が、その前に」

 

 

薄い黒コートを突如勢いよく脱ぎ捨てるという、妙な行動に出るK。

最初こそ意味を理解できなかったグリフォンだったが、すぐに気付くことになる。

 

コートから何かが滲み出るように出て来たのだ。それは黒く液体のようなもので、妖しく紫色に輝く目のような丸い球体状の物体もある。

 

その正体に気付いたのは、他ならぬグリフォンにシャドウだった。

 

 

「アレェ?! メアちゃんじゃネェか!!」

 

「グォォ……」

 

 

そう。それは紛れもなく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナイトメアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第9話 Entertainment before the storm




訳題『嵐の前の余興』。


Switch版『デビルメイクライ3』。

早くやりたい……。





 

 

 

side 響

 

 

 

 

 

当たり前だと思うが、響のこの発言は非常に理解不能と言っていい。

いきなりそんな事を宣う少女に対し、周りの反応は困惑と呆れが垣間見れていた。

 

 

「ひ、響君。ソレは何らかの比喩的な意味と取っていいのか?」

 

 

事実。弦十郎は正直なところ、困惑しかなかった。

故に響の言ったソレをある種の比喩的表現と解釈したのだが、生憎そのままの意味である。

 

 

「え、えーっと……つまりですね……比喩とかそー言うんじゃなくて、怪物としての本物の悪魔という意味で……」

 

「貴方……ふざけてるの?」

 

 

翼の目が鋭くなる。苛立ちも含んだその視線に響はあうあうと取り乱す他なかったが、率直にに言ってしまえばこうなるのだから、自業自得ではある。

 

致し方なし、とは。まさにこの事である。

 

 

「ふぅぅむ……どう思う了子君」

 

「ん〜悪魔って一口に言っても国や宗教ごとで姿形とか本質とか、そういうのがバラバラに伝わってるのよね〜」

 

 

例えに挙げるならキリスト教では悪魔とは天使が何かしらの理由で神に反旗し、その罪で地獄へと堕とされたものとされ、人を悪徳へ誘おうとする存在。

 

しかし同じキリスト教でも宗派が異なると、悪魔もまた神の使いであり、敢えて悪徳へと誘うことでそれを試練とし、人間を試す存在ともされる。

 

元々天使で堕ちて悪魔となったという点を考えれば、日本に伝わる妖怪変化の類も元は八百万の神々だったモノが零落した存在とも言われるの

で、悪魔と呼ぶに相応しいかもしれない。

 

結局の所、響の言う悪魔が一体何なのか。二課の面々は掴みあぐねていた。

 

 

「と言うか、オカルト系はさすがに専門外よ。そもそも、どうしてそんなこと聞くの?」

 

 

とりあえず、まず響がこんな何故こんな質問して来たのか。了子はその理由を知ろうとした。

 

 

「実は……」

 

 

響は女の子と共にノイズから逃亡・追い詰められた際に起きたナイトメアとの一件を全て話し、語られた内容に弦十郎は驚いた表情を顔に張り付かせた。

 

 

「まさか、あの人型のアンノウンがそんな事を……」

 

「話を聞く限り人並みの知性が備ってるようね……」

 

 

驚いている弦十郎とは対照的に、了子は難しい表情で興味津々とばかりに顎に手を添える。

 

 

「もう一度聞くけど、あの人型は女の子がいった悪魔という言葉に対して、肯定と思わしきジェスチャーを取った……のよね?」

 

「はい。肯く感じでこう……頭はないんですけど、確かに」

 

 

曖昧とした感じながらも響は、実際にナイトメアがしたその時の行動を真似て示し、ハッキリと断言する。

 

 

「何を馬鹿な。ニュアンスの受け取り方など人それぞれ。この娘が勝手にそう解釈しただけのことでは?」

 

 

だが翼は否定の声を上げた。

 

言い分としても可能性としては十分有り得る。

 

それでも響は曲げなかった。

 

 

「絶対間違いありません! あの人は悪魔さんで、すごく優しい人だと思います!!」

 

 

悪魔に対し『人』と言う表現を使うのはどうかとは思う弦十郎だが、しかしそれはさて置き、響の言い分が何処まで正しいのか……判断する

には材料が少なすぎた。

 

 

「……司令。そう言えばアンノウンの近くにいた鳥と豹と……少女の行方は?」

 

 

妄言には付き合い切れないとばかりに話を逸らそうと翼はもう一つの懸念事項である……Kのその後について問いを投げるが、弦十郎は首を左右横に振る。

 

 

「あ、ああ……捜査は続けてはいるが、どうにも見つからん。まるで存在そのものを消し去っているかのようにな」

 

「消し去る……そう言えば、あの時も奴の姿は背景に溶けるように消えてましたが」

 

 

人間なら間違いなく見破ることは叶わない魔術による隠遁なのだが、魔術を全く知らない者にそれが分かる道理はない。

おそらく聖遺物を利用した何らかの光学迷彩の類ではないかと。

 

それが二課の出した有力な仮説だが、当然外れに過ぎない。

 

 

「まぁ、とにかくだ。今日の所は帰ってもらって構わない。ただシンフォギアに関しては誰にも口外しないでほしい。これは君だけでなく、

君の親しい人を守る為でもある」

 

 

シンフォギアの存在は日本政府の中でも最重要トップシークレット。迂闊に米国に装者の存在が知られれば、何が何でも手に入れようとするだろう。

米国は聖遺物の研究にかなり熱を注いでおり、それこそ第二次世界大戦以前から聖遺物の発祥……先史文明における異端技術を調査・研究し、その恩恵を得てきた。

そんなアメリカが兵器として優れた性能を誇り、尚且つそれが異端技術によって作られたシンフォギアであるなら……裏で武力行使を得意とするあの国の連中が黙っている筈がない。

そうなった時、親しい人間を人質に取る可能性はほぼ大。よくある効果的な常套手段だ。

 

 

「俺たちが守りたいのは秘密じゃない。人の命だ」

 

「人の……命」

 

「また明日来てほしい。君が住む寮まで二課のスタッフが送ろう……

ゆっくり休んでくれ」

 

 

この弦十郎の言葉により、一旦この説明会はお開きとなり、今後の方針に関してはまた明日へと持ち越された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで。なんでこんなに遅くなったの?」

 

 

とっくに寮の就寝時間を迎えているにも関わらずに戻らない心配するのは、ルームメイトであり、親友の小日向未来としては至極当然の事である。

 

おまけに入る際、こっそりとバレないよう忍足で部屋に帰って来たのだ。

 

何かとんでもない事をやらかしたのではないか、あるいは過去のあの事で因縁をつけられたのか。とにかく心境は気が気でなかったのだ。

 

 

「えーっと……その……ごめん」

 

 

響は良い意味も悪い意味も含めて素直過ぎる所がある。故に下手な嘘はつけない。

 

彼女にできるのはただ謝ることしかできない。

 

だが未来はそんな事など理解している。溜息を吐きつつ、困ったような顔ながらも笑みを見せる。

 

 

「いいよ。別に何かやましい事したって訳でもないだろうし、言えない事情があるなら、それでも構わないよ」

 

 

未来は響という少女をよく知っている。

 

何があろうと……あのライブの日以降、絶え間ない《悪意》に晒され続けても彼女と共にあり、見守って来たのだ。

 

彼女が人助けが趣味である事を知っている。

 

趣味というより、大袈裟に言って使命感から、というのが正しい。

そんな善性と優しさの塊みたいな少女が良からぬ事をする筈がない。

絶対、という言葉は存在しないが、響ならそうなのだとハッキリ言える

 

それだけ立花響という少女を未来はとても信頼し、幼馴染の親友として慕っているのだ。

 

 

「ありがとう、未来!」

 

「ほら、もう寝よ?」

 

 

そんな会話を交わし、二人はベッドの中へと入る。ああ言ったものの、やはりまだ未来の中に不安は残る。

 

しかし、それ以上に信じたい思いがある。

 

だから敢えて聞かない。側にいて寄り添うことで響を支える。それが小日向未来という少女が選んだ彼女なりの《償い方》なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side ???

 

 

 

 

 

薄暗い闇の中。そう例えるしかない場所はどうやら何処かの建物の部屋のようで、壁は奇妙な円形状の幾何学的文様を歪ませたような柄で彩られ、床は翡翠色の大理石と思わしき材質で占められてある。

 

部屋の中心には、長方形の約5m程のテーブルが配置されており、そのテーブルのいくつかの席の一つに誰かが腰を下ろしていた。

 

 

「……」

 

 

シルエットのみで全貌を把握できないが、その人物は一言も何も発さず、動作一つなく、さながら岩のような静粛さで其処にいた。

 

 

「ア〜ラララ!! 何やら考え事かい正体不明ちゃん!」

 

 

だが、そんな人物に声をかける者がいた。

 

つい先程まで光が天井に吊るされた薄い光を放つランタン以外にない、殆ど闇に閉ざされた場でスポットライトの如く強い光が出現。

 

その光によって、謎の人物に声をかけた主の姿が浮き彫りとなる。

 

 

「……お前かよ。何の用だ?」

 

 

男性特有の低い声から、その人物が男である事は分かった。それでも溢れ出る漆黒の魔力が男を覆い隠している為、シルエットという形しか判別できない。

 

男は自身へと声をかけた光の中に立つ者に、ここへ来たことに対する問いを投げる。

 

その姿は一言で言うと、俗に言うゴスロリ衣装を身に纏った少女。

 

髪は長く血のような赤と深い海のような青の二色に染まり、左が青で、右が赤とそれぞれ頭部の左右両サイドで分かれていた。衣装も髪も派手だが、何より目を引くのは顔だ。

 

本来白目の部分は黒に、双眸の瞳は髪と同じく赤と青。瞳孔は猫科動物の鋭い縦長。

肌の色は生気がまるで感じられない無機質な白面という、人間のソレと思えない風貌の面持ちは、残念ながら特殊メイクの類でそうなっているのではなく、紛れもなく本物なのだ。

 

 

「オイオイ随分なご挨拶じゃない? アタシたち友達じゃん?」

 

「妄言も許される範囲ってのがある。そこから出るとなると……容赦できないんだがぁ」

 

「ウワァァオ! ソイツは笑えないねェ。ならなら、恋人ってのはどう?」

 

 

笑えない等と宣いつつ、ヘラヘラと笑い面を浮かべる少女。挙げ句の果ては男にとって笑えないジョークを口走る。

 

それが、男の癪に障った。

 

振るわれるのは赤黒い魔力の奔流。

 

人間であれば瞬く間にミンチになる。

 

しかし少女はそれを片手で防いで見せた……代償に片手は腕ごと吹っ飛んだが。

 

 

「オォォ〜イ!! なんて酷いことすんの?! 血も涙もないのアンタは!!」

 

 

しかし、片腕が丸々無くなろうとも減らず口は止まらず、寧ろ余計に煩くなった気がした。

 

 

「どうせ生えるだろ。それにお前にとっちゃぁ……余裕にダメージないんだろ?」

 

「無いなんてコトはnothing! 痛いってマジで! アタシノ〜腕ガ〜♪ フッ飛ンジャッター!フットン・ダー!!」

 

 

どうやらダメージはあるらしい。

 

それを差し引いても、ウザさと喧しさをブレンドした苛立ち発生機に等しい歌モドキを、元気に披露できるほど溢れる余力がある所を見るに

、ダメージは所詮微々たるものに等しいだろう。

 

その事実が、例え分かっていたとしても余計に男の中に渦巻く腹立たしさを増長させた。

 

 

「おっとっとっとッ! チョー大事な報告ある

の忘れてた! ゴメンネ、正体不明ちゃん!」

 

「そのウザキモい呼び方やめろ。由来になったのは違いないけどなぁぁ」

 

男はそう言い、少女に向ける視線に殺気を込めて己が名を語った。

 

「アンノーウス。それが俺様の名前だ」

 

正体不明を意味する《unknown》。

 

それに肖り、同時に時の神であるクロノスの名を拝借し、組み合わせた名前。

 

それがアンノーウスなのだ。

 

 

「ハイハイ! 分かってますよ〜アンノーウス様。まぁまぁとにかく聞いて頂戴。ど〜にも最近ノイズを狩ってる連中がいてさ」

 

「二課の人間……シンフォギア装者の風鳴翼じゃないのか?」

 

「それだったら報告なんてする必要ないでしょ〜? どうにも黒いコートを着た女の子と鷹の悪魔に黒豹の悪魔らしいのよ」

 

「……」

 

 

報告を聞いた途端、アンノーウスは口を閉ざし、何か黙考している様子を見せた。

 

 

「ンン〜? どったのアンノーウス様?」

 

「……いや、何でもない。とりあえず障害となる存在の排除はお前に任せる」

 

「ヤッホー! ソイツは光栄至りアリまくり! お礼にダンスでも披露しちゃう?」

 

「……おいぃぃ。頼むから俺の神経を逆撫でするんじゃねぇぇよ。えぇぇ?」

 

 

どうにもこの男、苛立ちや怒りを感じる際に語尾を伸ばす癖があるらしい。

 

 

「腕以外に何処を消しとばして欲しいぃ?」

 

「ア、これヤバいかも。じゃ〜ネ〜……アッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!」

 

 

大袈裟に手を振り回し、やはりどう聞こうとも苛立ちしか覚えない耳障りな高笑いを上げながら、スポットライトと共に消失。

また部屋に静寂が戻ったが、アンノーウスの内心は静寂とは言い難った

 

 

「……まさか、生きてるのか。アイツはァァ」

 

 

内なる憤怒。それを体現しているかのように、霧のように彼を覆う黒き魔力の隙間から、紅く輝く双眸の光が覗いていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。知り合いなのかこの悪魔は」

 

 

黒いコートから滲み出るように現れたスライムのような不定形に紫色の単眼が覗く悪魔。

 

"ナイトメア"をバールで指しつつ、Kは言葉を介すことのできるグリフォンに問い質した。

 

 

「ああ、そうさ! 名前はナイトメアってンだ!」

 

 

戦友と言っても過言ではない知り合いに会えた……というのもあるが、同時に戦力になれるという事実をよく知っている為、グリフォンは上機嫌にナイトメアに関する情報をKに教授した。

 

 

「聞いて驚くなよ?コイツは俺たちがいた世界の魔界を滅ぼしかねない程のパワーを秘めた、

かの魔帝のクソジジイが造った最強の魔造兵器なんダよ!!」

 

「……御大層な肩書きだな」

 

「とにかく契約ダ! メアちゃんの実力はお墨付きだし、お前にも損はさせねーヨ!!」

 

「……」

 

 

言われてみれば確かにそうかも知れない。

 

先の戦いではデスシザースに遅れを取ったとは言え、事実としてデスシザースはナイトメアを殺す事は叶わず、それだけ差が大きく開いている証拠であった。

 

だから、ファウストはあくまでデスシザースに囮の役目だけを与えたのだ。

 

正面切ろうと切らまいと、実力勝負で挑み掛かれば、デスシザースは容易く死んでいただろう。

人質の存在も加えて、ナイトメアが本気を出せなかっただけの事なのだ

 

 

「……却下だ」

 

「そうそう……ってハアァァァァッッ?!!」

 

 

予想だにしなかったKの言葉にビックリ仰天とばかりに驚愕の声を張り上げた。

 

 

「おまッ、バカか?! あのナイトメアだぞ!ヤベェ強さ満載な魔造兵器のナイトメアと契約すれば相当な戦力になるぞ! しかもどうやらオレたちと同じで実体化してる。コレがどーいうコトかお分かりッ?!」

 

「煩いクソ鳥」

 

 

バールをグリフォンの嘴の中へと軽く突っ込み、アガガガと上手く閉じれない様を見ながらKは理由を語る。

 

 

「戦力としては是非欲しい。そこは間違いない。が、コイツは立花響の護衛にしたい」

 

「ベェッ!……ハァァ? 護衛?」

 

何とかバールから逃れたグリフォン。だがKの言葉に対し、理解できないとばかりに声を上げる。

 

 

「なら契約した方が得だろうが。で、命令して守れって言えァ、それでイイだろ」

 

「……お前の意見も尤もだ」

 

 

グリフォンの真っ当というか、合理的な意見に対しKは否定しなかった。しかしKはただ守らせたい訳ではないのだ。

 

 

「だが契約相手は私ではなく、立花響がいいんだ。あの子はまだ未熟だ。しかしナイトメアが彼女の力として加わったなら、強くできる筈だ……それなりの危険は伴うが」

 

「ケッ! 未熟だからどーしたよ。お前さんが手取り足取りヨチヨチ歩きの手伝いまでしてやろうってカ? いくら何でも過保護だろソレ」

 

 

そもそもグリフォンにしてみれば、立花響という少女にそこまでする義理などない。

 

Kと立花響。

 

この両者の間にはそれなりに関係があるだろうが、それを差し引いても響に過剰な気を配るKの真意をよく思わなかった。

 

 

「ナァ、Kチャンよォ。よ〜く考えてみろ。響っつーあの娘っ子はどう見ても悪魔とかそっち関連に疎い所か全く知らなさそーなカンジだぜ?

悪魔と契約するってのは覚悟がいるんだよ。あと知識ナ。お前がご丁寧に教えてもソレが分かる程頭が良さそうには……」

 

「黙れ」

 

 

有無を言わせない剣呑さを込めた声と共に、視線がグリフォンを射抜く。

 

 

「そんなことは承知している。できれば巻き込みたくなかった。だが、何故かあの子は悪魔に狙われている。理由は分からないが、お前達と契約する以前からだ」

 

「……それでメアちゃんに守ってもらうって、寸法か」

 

「ああ、そうだ。異論はあるか?」

 

 

何故Kが立花響を守ろうとするのか。

 

ここで問い質しても喋りはしないだろう。

 

少なくともグリフォンはそうも思っているし、シャドウもそこら辺はきちんと理解している。

 

だから、先に折れる他になかった。

 

 

「アァァーーハイハイッ! 分かりましたよ! オレたちのリーダーはK、お前だ! 言う通りにしてやるよッ!!」

 

「初めからそうしろ」

 

グリフォンのヤケクソ気味な言葉に素っ気なくそう返すと、Kはナイトメアの前で片膝を地につけ、願いを託す。

 

 

「どういうつもりで私の後をついて来たのかは知らないが、もし契約するつもりでいたのなら諦めろ」

 

 

代わりに、とKは間を置く。

 

 

「立花響。お前が守った黄色の短い髪の少女だ。彼女と契約を交わせ。だが、今はするなよ? あの子には説明が必要だし、意思が無

ければな。絶対に無理強いだけはするな」

 

Kはナイトメアに念を押し、最後に。

 

 

「あの子を守ってくれ。頼む」

 

「……」

 

 

ナイトメアは声を発することはできない。

 

しかし、その身を人型の巨躯へと戻すと首を縦に振るうような。身体を使ってジェスチャーし、自らの意思をKに伝える。

そして。再び液状へと変化し地面に吸い込まれる形でナイトメアは姿を消す。

最後まで確認したKは溜息を一つ。零しては、木の板が積まれた材木の束へと腰を下ろす。

 

 

「少し疲れた。寝る」

 

「ハイハイ。どうぞネンネしてなKチャン」

 

 

グリフォンの言い方に癪を覚えつつ、Kは意識を暗闇へと落とす。

 

明日の明朝から行う腹積りの土蜘蛛企業の襲撃。

 

これが吉と出るか、又は凶と出るのか。

 

誰にも、まだ知り得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第10話 Transparent sword





 訳題『透明なる剣』









 

 

 

 

 

大手土蜘蛛企業。

 

業界のみならず、一般市民からも、それなりに知名度があるこの企業は薬品や清水飲料や食品の生産・販売を主な収入源とし、社員の数は8.569名に及ぶ

 

 

尤も、その半分以上が人の姿に成り済ました異形の存在……悪魔だが。

 

企業の社長は表向きは土蜘蛛大西という初老の男性だが、実際に企業を管理・運営方針の決定をし牛耳るのはアラクネア、という女悪魔。

 

位はアパルト。

 

その姿は人間の頭部を寄せ集め、そこから人間の指が歪に伸び脚となっている。

 

性格は最悪の一言に尽きる。彼女は人間の従業員を使い、様々な遊戯に興じる事を趣味としているのだが、悪魔が人間を使って遊ぶ内容など、

その全てにおいて碌でもない事なのは、言わずもがな。

 

アラクネアも例に漏れず、異界と化した結界の牢獄に人を閉じ込め、限界まで追い回し絶望を味わせてからその血肉を喰らう『鬼ごっこ』。

 

 

人間同士を魔術で強制的に殺し合わせる『決闘ごっこ』。

 

人間の身体を実際に解剖し、魔術による延命処置を加えつつ、痛覚などの感覚はそのままの『お医者さんごっこ』。

 

このように彼女にとって人間など玩具でしかなく、それ以外の価値は?と問われれば食い物だと平然に答える。

 

まさに正真正銘、本物の悪魔なのだ。

 

そんな上級悪魔を相手にKは2匹の使い魔を連れて挑む訳だが、時刻は4時00分。

 

少し空が明るくなった頃合いを見計らい、裏手の塀からグリフォンを使って易々と土蜘蛛本社の敷地内へと侵入したK。

 

その隣で翼を羽ばたかせながら、グリフォンは周囲の気配を探る。

 

 

「あー、コリャいるな。結構いる。185人の

数が色々動き回ってやってる感じだナ」

 

 

185人。土蜘蛛企業は週休2日制である為、週休末の土日は休日である筈だ。

 

なのに185人もの数の人々が本社内で業務に従事している。

 

明らかにおかしいだろう。仮に何か理由があって休日出勤しているにしても、数が多い。

 

 

「コイツはマジで悪魔の巣窟だナ。人間ゼロ。185人は185匹が正解ってワケね」

 

 

しかし残念ながら休日出勤で本社内にいる大勢の従業員は全員が悪魔。

 

グリフォンの気配感知のレーダーがそう告げているし、シャドウも自らの嗅覚が黒だと言わんばかりに鼻をスンスン鳴らしては、グオォォン

と低めの鳴き声を漏らす。

 

 

「やはりか。まぁ、僥倖と思っておこう。人が居れば無視する訳にもいかないからな」

 

「何が僥倖だよオイ。185匹の悪魔がウロウロしてる巣に跳び込むなんて正気の沙汰とは思えないナァ」

 

「なら尻尾を巻いて逃げ出すか?」

 

 

グリフォンの何処か挑発的な言葉に対し、Kは嘲笑う様子で同様に挑発的な言葉を返す。

 

彼の答えは決まっている。

 

 

「ハッ! 冗談! イカれたパーティーをお預けにできるほど、お利口さんじゃねぇよッ!!」

 

 

その身から迸らせる青白い電気の火花。

 

やる気十分という意思表示にシャドウも便乗し、身体から赤いラインを浮かび上がらせ、獣特有の唸り声を滲み出す。

 

 

「結構。さて、何処から侵入すべきか……」

 

 

今、Kたちがいるのは本社の裏手にある倉庫前。中へと入る為の大きな出入り口はシャッターが下ろされている為、無理に入ろうと強硬手段に打てば確実に見つかる。

 

185匹の悪魔の群れの、その強さはバクスの情報が正しければ何らかの能力を持つ者が殆どだと言う。

 

グリフォンが雷を、シャドウがその身を自在に凶器へと変化できるように敵の悪魔も様々な能力を持っているとなると、確かに面倒には違い

ない。

 

ならば、本命を討つ。

 

この企業を束ねて牛耳るアラクネアを討てば、事は思うままだ。

 

 

「グリフォン。アラクネアの気配は探れるか?

 

「ちょい待ってろ………ウ〜ン、まぁまぁ微弱だが、親玉は地下にいるな」

 

「結界で最低限気配を隠しているのか」

 

 

気配が微弱である点に違和感を覚え、その理由を結界による隠蔽だと推察するKにグリフォンも賛同の声を上げた。

 

 

「そんなトコだろーな。しっかし上玉モンの悪魔にしては臆病だなオイ」

 

 

この世界における上級・最上級の悪魔はグリフォンのいた世界の悪魔と変わらず、自他共に力を信奉し、それ故に己の力に並ならぬ自信を持っているものだ。

 

故に結界を使用して気配を隠そうとする意図が読めない。いかに慎重に行動するタイプとは言え、町一つ簡単に破壊できる力ある悪魔がそうコソコソと隠れるだろうか。

 

悪魔の慎重は人間の慎重とは大分違う。

 

悪魔で言う慎重とは、あまり目立たず、しかし徹底的にあらゆる物を破壊し尽くすことを言う。

 

矛盾していると思うが、そうらしいので追及するだけ無駄である。

 

 

「性格はどうあれ、地下にいるならそこに向かうだけだ」

 

「行くって言ってもどーやって行くワケ?」

 

 

当たり前だが闇雲に突入すれば185体の中級悪魔がお出迎えして来ることだろう。

 

それを理解していない程、Kは単細胞ではない。きちんと方法は用意していた。

 

 

「転移の魔術を使う。それなら面倒な道のりを省略して行ける」

 

「オォー! イイね! さっすがKチャン!」

 

 

グリフォンはテンションを上げ、転移系の魔術が行使できるKを調子良く褒め称える。表情は大して変わらない仏頂面だが、それでもほんの少しだがKの顔に誇らしげな色が滲み出ていた。

 

 

「魔力を保有する物全てを対象に……その対象がいる地点から近い場所へと空間転移するものだ。直に行けないのがデメリットだが、まぁ、その辺りは割り切るしかない」

 

 

Kは皮肉げにそう言い、手に持ったバールを前へ翳し、両眼を閉じる。

 

 

「……我は汝の下へ行かん。さすれば道は開かれるであろう」

 

 

紡がれる魔術の詠唱に反応するようにKの足下に淡い白光を放つ魔法陣が出現。

 

それを踏むようにして魔法陣の内側へと入ったKは、身体がほんの少し浮遊し始め、そのままパッと瞬間的に消失してしまった。

 

 

「ウヘェッ! 気持ち悪ゥゥゥ!」

 

 

次にKが現れたのは、土蜘蛛企業の地下B5Fの広い空間だった。

 

これといって何の妨害もなく労さず。目当てのの上級悪魔がいるであろう場所に到達できたのはいいのだが、その目的地に出るな否や、周囲に漂う鼻がひん曲がりかねない悪臭が立ち込めていたのだ。

 

あまりの強烈さにグリフォンは堪らず叫んだ。

 

 

「イヤイヤ! 死ぬぞコレェェッ?! なんでこんな臭っセェ場所にいんだよッ!!」

 

「知るか。本人に直接聞けばいいだろ」

 

 

鼻を片手で摘むように押さえつつ、そう言ってKは周囲の状況を確認する。見たところ、床はコンクリートらしき材質のタイルで構成されており、楕円形状に広がる空間の四方八方は鮮やかな赤に染まる謎の肉質に覆われていた。

 

天井はかなり高く、推定で35mはいうにあるだろうか。そこだけは肉質全くなく、床と同じタイルが貼り付けられている。

 

 

「しっかしンだよコレ」

 

 

グリフォンは翼を羽ばたかせ、足の爪でツンツンと肉質に触れながら正体を探ろうとするが、当然そんなことで分かる筈もなく、皆目検討もつ

かないという結果になるだけだった。

 

ただ唯一、彼が分かっているのはこの肉質が生き物の筋肉組織っぽい感触をしている、という安直な答えに帰結している。

 

 

「これはミトリウスという物質の集合体だ。何からの理由で死んだ悪魔の死骸の血肉に人間の怨念といった負の因子が結合して生じる」

 

 

そんなグリフォンに解説という形で誰に言われるまでもなく、ご教授を

賜ったKはその顔に別段良いも悪いも含まれない無表情だったものの、

何故か声が意気揚々としていた。

 

意外にも、無知な相手に対し自分の知識を教えるという行為で披露するのが好きなのかもしれない。本人は否定するだろうが。

 

 

「とは言え……妙に多過ぎるな」

 

 

そんなグリフォンとは裏腹に、Kは肉質の正体を解説を携えてグリフォンに教える。

 

しかし、何処か納得がいかないとでも言いたげに含みのある言い方だった。

 

 

「多過ぎる?」

 

「普通一箇所にこれ程の量にはならない」

 

 

この世界における魔界の物質や粒子、又は金属といった類の話は生憎グリフォンには解せない部分が多い。

 

別の並行世界における魔界から来たのだから、当然だろう。

 

 

「まァ、こんなトコで考えても仕方ねーから先行こーゼ。ほれ、あそこ見てみろ」

 

 

前方にある膨れ上がった肉厚の壁をよく見ると、壁から更に膨張した肉塊二つの間に小さく細い縦筋の穴があった。

 

 

「感じるゼェ……目当てのやっこさんは、あの穴の奥だ」

 

「……ああ。私も感じる」

 

 

グリフォンと契約することにより、悪魔を感知するレーダーが上がったKは地上にいた時よりも濃厚に感じる悪魔の気配に無意識の内に一歩、

下がってしまう。

 

Kが今まで狩って来た悪魔は、最下と下と中の位でしかない弱小種。上並び最上に位置する、アパルトやプライアといったレベルの大悪魔と戦うのは今回が初めてのことなのだ。

 

戦意が削がれ、臆病風に吹かれてしまうのは否めない。

 

が、それでも……。

 

 

「……やらないと、いけないんだ」

 

 

次の一歩は退がるのではなく、進む。

 

たった一歩に込められた覚悟。それが無ければあの時点で引き返しているし、そもそも、この場所に来ることもないのだから。

 

 

「ヘッ! ビビってる割にはやる気満々と来たか。悪くねーナ!!」

 

 

主の心情を察するも、そっとしておく性分ではないらしい。

揶揄い気分で口走るグリフォンに対し、若干のイラつきを覚えつつ、目当ての標的が放つ魔力を道標に縦穴へと歩を進め始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

細く粘液に濡れたミトリウス肉質の狭い通路を抜けて出た、その先にあったのは、転移して来たあの広い楕円形状の空間よりも更に数十倍はある広々とした巨大空間。

 

古代ローマをテーマにした映画に出てきそうな石造りのギリシャ神殿を彷彿とさせる、天辺に四角いプレートがあり、その下に皿状パーツ。

 

その更に下には24数にも至る溝が綺麗に沿うドーリア式と呼ばれるタイプの円柱。それらが空間の至る所に乱雑に置かれていた。中には折れて倒れてしまっている物もある。

 

 

「まだ先がありそうだな」

 

 

Kが真正面にある小さく狭い縦穴ではなく、ポッカリと大きく口を開けた丸い穴に目を向け、そう溜息混じりに答える。

 

 

「オイオイ、マジかよ。イイ加減さっさとご対面してブチ殺してェのに

 

「同感だ」

 

 

二つの空間がどういった目的で造られ、存在のかなど知らないし、Kたちは一切興味がない。

 

が、無駄に広い空間だといちいち移動するのが面倒で、何もない。

 

虚無同然の場所を歩いても面倒なだけで欲しいものは一切ないなど、Kにしてみれば時間の無意味な浪費でしかない。

 

まぁ、それでも目的の場所……アラクネアがいるであろう地点に行くしかない。

 

転移魔術は魔力を大幅に食う為、最低でも一回しか使えない。

 

時間を置かずに今ここで使えば、必ず魔力は尽きる。

 

そうなってしまえば、アラクネアを相手にできない。無様に嬲り殺されるのがオチだ。

 

 

「……ッ」

 

 

気怠さを覚えつつも再び歩み始めようとしたKだが、右足を一歩踏み出し、前へ出そうとしていたもう片方の左足の裏を地につけたまま、固まってしまう。

 

 

「これは……」

 

「どうしたK」

 

「悪魔が近くにいる」

 

 

Kは感じ取ったのだ。この広い空間を漂う魔力の残滓に。魔力が人界で自然発生する訳がない。例外もあるが、ここではその例外が起こり得る要素や条件がない為、それは考えられないだろう。

 

いの一番に確実的な可能性は近くに悪魔がいること。

 

残滓程度でもKが感じる魔力は濃厚的で重く、そのせいで軽い目眩を起こしていた。

 

 

「グリフォン。お前は感じないのか? 魔力の残滓だ。濃厚で質がいいからすぐ気付く筈だ」

 

「ンなこと言っても感じねーって。ビビリ過ぎて頭おかしくなっちまったのか?」

 

 

どうやらグリフォンには感じ取れないらしい。苛立たしさを覚える彼の軽薄な悪口を聞き流し、Kは出所を求め、魔力の残滓を辿り足早に歩を進める。

 

 

「ちょ、待てってオイ!」

 

 

そんなKをグリフォンは呼び止めようとするが聞く耳もたず、と言った様子で無視して足を止めようとしなかった為、仕方ないのでグリフォンは彼女の後を追った。

 

とは言え、時間は掛からなかった。

 

Kが言う魔力の残滓の出所……それは無造作に地へと斜めに突き立てられた一本の剣。

 

刀身は半分以上が埋まっている状態の為全貌は分からないが、唾の装飾は丸く何重の線が入った円形が二つ上下に並んだもので、円形の中心には血の如く赤黒い宝玉らしきものが半円形状に埋め込まれている。

 

手で握る締める部分である柄はというと、普通に棒状のソレで、螺旋を

描くように線が彫られているだけの至ってシンプルで味気ない仕様になっている。

 

言ってしまうと鍔や全貌が見えない刀身、柄の各部位は赤錆に覆われ、とてもじゃないが使える代物とは到底思えない。

 

こんな所に“ただのボロい剣"があるということに不思議に思うものの

、別段何かするという訳では無さそうなのでグリフォンは先を急ごうと促しかけるが……。

 

 

「これは、魔具だ」

 

 

Kの一言により、さすがの彼もスルーできずに待ったァァッ!と混乱気味に吠え捲し立てる。

 

 

「よ〜く見ろってK! コレ、タダのボロい金属のゴミだぞ!! ソレを魔具って言うか普通ッ?! やっぱマジで頭がおかしくなっちまったのかよォォ!!」

 

 

魔具とは、魔界の住民によって造られた物。

 

あるいは魔界の住民たる悪魔がそのものが己の肉体を材料に構築し、その動力として自らの魂を変質させたものでもある。

 

後者の場合は余程強く、精神性が優れていなければ成立し得ない為、悪魔が魔具へと変化する場合の全てが上級か最上級しか有り得ない。

 

とは言え、一部例外もあるらしいが情報が限りなく乏しい為、なんとも言えないが。

 

 

『ボロい金属のゴミとはよく言うではないか。羽虫の如き鳥悪魔が』

 

 

突然、低い男性の声が周囲に響き渡る。

 

音源は間違いなく地面に突き刺さった剣だった

 

 

「やはり、お前は魔具なんだな」

 

『いかにも。我はかつて"透角王"と呼ばれし者。長きに渡る強者との戦いの果てに魔具となった……名を《インビス》と言う』

 

 

剣の魔具……インビスはそう語るとKにある問いを投げかけた。

 

 

『我が力、其方に貸すことができるがいかに?』

 

「唐突な質問だな」

 

『我が透魔剣インビスは、生半可な者を担い手にするなぞ、この身が砕け散ろうとも御免被る。さりとて、お前は我が魔力の残滓を的確に感じ抜きこうして我が下に辿り着いた』

 

「……グリフォンはお前の魔力を感じなかった。それがお前の能力なのか」

 

 

自分はインビスの魔力を察知できたにも関わらず、グリフォンは感じ取ることができなかった。

 

これは、普通に考えればおかしい話だ。

 

結界によって隠蔽され微弱だったアラクネアの魔力を感じ取ることができたのであれば、この空間に漂う魔力の残滓を察知できない筈がない。

 

感覚の程度で言えば、同じなのだ。

 

なのに自分だけが感じ取ったのであれば、それなりの理由がある。あるべきなのだ。Kはその理由をこの魔具の能力によるものかもしれないと思い、問いを投げかける。

 

 

『いかにも。我が身を振るうに相応しい担い手を探すには我が能力を使うのが一番。我が力は存在的にキッシャクさせる。無に近くになる。同時に特定の者のみに我が存在を知らしめるといったこともできる』

 

「つまり、どゆコト?」

 

理解できていない様子のグリフォンだが、まぁ、説明文を見聞きすればあまり理解できたものではないのは確かだろう。明らかに意味不明な妙な単語が紛れ込んでいるのだから、意味が分からないと捉えられても仕方ない。

 

 

「もっと分かり易く言え」

 

 

Kも分かりにくかったらしい。面倒だと言わんばかりに眉間に皺を寄せた表情を作りつつ、再度の説明を要求する。

 

 

『簡単な話、我自身と我を手にした者は薄くなる。透明になると言っていい。もっともそう見せかけているのではなく、本当に薄くなっているのだ』

 

「……ああ、希釈のことか」

 

 

ここでKはキッシャクという妙な単語の意味を悟る。希釈とは、濃度を下げるために媒体の量を増加することである。

 

酒で例えるとアルコールの濃度を下げるために水やジュースなどで割るイメージで大丈夫だ。

 

薄めるという意味を持つ言葉をこの悪魔は変な言い回しで発音した為に理解できなかったのである。

 

 

『我が透過の力はハングリティックスピリッヒーな貴様に合うだろう。手に取るがいい』

 

「……ナァ、Kチャン」

 

「悪いが私も意味不明で分からん」

 

 

あまり理解できない意味不明な単語を会話の中に組み込むこの魔具の奇天烈な性格に頭を悩ませる他ないグリフォンは、Kに助けを求めるも彼女も同意見のようだ。

 

そうして一人と一匹は素直に思っただろう。

 

この悪魔の頭の出来具合に。

 

 

「だが、どうあれ力だけ見れば、これは十分有能だ」

 

 

そう言ってKはインビスに近づき、剣を引き抜こうと柄の部分を掴む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、一気に力を込めて引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 






デビルメイクライ3って結構ムズいと思います。

ボス戦はもう惨敗まくり……ヤバすぎる。





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第11話 Arachnea




訳題『アラクネア』


遅くなってすみません(~_~;)

どこもかしこもコロナのアレで本当に大変です……。





 

 

 

 

 

透魔剣インビス。

 

インビスという魔界ではそれなりに名を馳せた強力な悪魔は数々の激戦の果てに命尽き、魂が残された魔力を利用する形で魔具となった。

 

この剣の特徴にしてアドバンテージは手にした者の存在そのものを曖昧なものへと変え、様々な攻撃を透過させるという特質にある。

 

しかも、目視や気配も察知できない為、まさに最強の暗殺武器だろう。

 

諜報を行う者にとっては喉から手が出る程に欲しい代物であることには違いない。が、この剣はかつての悪魔の意思がそのままある為、持ち主を選ぶ。

 

力無き者の前に姿形を見せず、力ある素質者にのみ魔力を道標にして、自らの下へと誘導させる。

 

そんな主人を選ぶ剣が初めて価値を見出したのがKだった。

 

アラクネアは気に入った物を人界のガラクタから魔界産の物まで収集するという変わった癖の持ち主で、アラクネアは本当に偶々インビスを見つけてしまい、思わぬ拾い物だとばかりに取ったかと思えば、こんな場所にインビスを突き立てた。

 

曰く『大して品がない所だからアンティークには丁度いい』との事だった。

 

ふざけるな。

 

かつては魔界にその名を馳せし悪魔たる我が身をアンティーク呼ばわり。怒りを感じない筈がないのだが、しかし今となっては担い手がいなければ魔力が劣化し、その刀身も錆びるしかない魔具の身。

 

どうこうしたくとも、どうにもできない。

 

そんなもどかしさを抱えたまま時が過ぎ去っていく中、自分の担い手として相応しい存在が現れた。

 

他ならぬKだ。

 

わざわざアラクネアの本拠地に乗り込んで来るのだから、おそらくその目的はアラクネアの討伐であろうと踏んだインビスは残り少ない僅かな魔力を利用し、己の下へと引き寄せた。

 

そしてそれは、非常に正解だったとインビスは激しく歓喜する。

 

 

『オオオオオオオオオッッ!! 素晴らしい! ウッスカとした我が魔力が麗しく、エキセントにエヴォリュートするとは!! なんと、なんと良きことかァァッッ!!!!』

 

 

担い手となったKの魔力供給を受けることで錆び付いた刀身は黄金のソレへと変化し、これがついさっきまで錆の鉄屑だったのか、と思わずにはいられない。

 

それほどまでにインビスはその箇所一つ一つが黄金の光を放っていた。

 

 

「目立たなくする能力の割に随分と派手だな」

 

 

能力と反するインビスの真の姿をマジマジと見据えては、呆れたと言わんばかりに溜息を零す。まぁ、その派手さを能力で完璧に隠してしまうのだから、見た目の有無について議論するのは合理的ではないだろう。

 

そんな考えを内心巡らせていたKの耳朶に、かの魔剣の喧しい声が突き刺さる。忌々しいと苛立つ程に。

 

 

『感謝するゥゥゥッッ!! 其方こそ、まさにスターナイツィート! 故に! 我が剣は御身と共にぃぃぃぃ在らぁぁぁぁぁん!!』

 

 

ブチィ……

 

 

「あ、コレヤバそう……」

 

 

一際喧しく吠えるインビスにとうとう、Kの中でキレてはいけないモノがキレてしまい、本人のみならずグリフォンも感じ取った。

 

 

『どうした我が主よ! さぁ、我が身を携えてあの忌まわしき醜悪な汚物を……』

 

「ふぅぅんッッ!!」

 

 

しかしインビスはそんな事など露知らず。尚も捲し立てる舌を止めない魔剣を、Kは地面へとふんだんに力を込めて突き刺した。

 

そして。

 

一発蹴りを見舞ってやった。

 

 

『ガブフゥッ!!』

 

 

予期せぬ不意打ちに驚く暇もなくインビスは吹き出すような苦悶の声を漏らし、軽く吹っ飛ぶ。

 

突き刺すように立てたと言っても浅いのだ。

 

軽くても蹴りを入れられれば容易く飛んでしまうのは当然。そしてKは足早に吹っ飛んだインビスに近づくと柄を掴み、グイッと顔に近づけた。

 

 

「おい」

 

『と、突然なんなのだ。いきなり蹴りを入れられる覚えは…』

 

「黙れ。口を閉じろ」

 

 

有無を言わせない威圧感、と言うべきだろうか。それをジワジワと背後から滲ませているKは殺意を乗せた視線でインビスを睨む。

 

 

「使ってはやる。だがお前のその鬱陶しい口調は閉じてろ。普通に喋れ

。ただでさえこっちにはやたら喧しいアホ鳥が鳴いてるのに、今度は…それと同等、しかも訳の分からない言葉をやたら吐き出す剣と来た。聞き障りもいいところなんだよ、こっちはァァッッ!?」

 

 

最初こそ苛立ちを滲ませる程度の声音だったが段々とソレが増してしまったのか。最後の方でとうとう我慢の限界とばかりに吼えるKの形相は、まさに悪魔。

眉間に皺を寄せ、釣り上がった両目と上下噛み合わった状態で歯を剥き出しにしているのだ。

おまけに視線に殺気をふんだんに込めているのだ。素人でも本能的に理解するだろう。名状し難い怒りを抱えている、と言うことを。

 

 

「分かったか? 分かったんだよな?」

 

『………』

 

 

かなりの圧に何も言えない……が、それでも無言を貫くのは、あくまで拒否の意思を示す為だ。

 

インビスは自分の話し方に対し、何もおかしい所などないと思っている。

 

であればこそKの主張は不服に思わない筈なく、しかし怒りのプレッシャーに圧されているのでこれ以上口答えして煽る訳にもいかず。

 

だからこそ、こうして無言という名の反論で答えているのだ。

 

 

「そうか。別に不服なら結構。こんな場所にお前の眼鏡に適う誰かがまた訪れるといいな」

 

 

遠回しに『お前をここに捨て置く』と宣言されたようなものだ。

 

それをすぐに理解したインビスは、心底堪らないと声を張り上げる。

 

 

『わ、わわ分かった! だから連れてってくれ!! 我が悪かったぁ〜ッ!!』

 

 

やはりこんな場所は嫌なのであろう。

 

まぁ、好き好んでいたがるような奴が仮にいたとしても、その神経をKは愚か、彼女の従者達も理解できないだろう。

 

ともあれ言賃は取ったのだ。

 

再び魔剣の柄を握ったKは顔の近くまで持って来ると、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「それでいい。せいぜい役に立て」

 

『ぬぅぅ……』

 

 

悔しいのか苦虫でも噛み潰したような声を漏らすインビスだが、とうのKは知ったことか。と魔剣を自身の背へと預ける。

 

断っておくがKは鞘と、その鞘を支える留め具の類は一切ない。しかし不思議と背中にピタッと張り付いている。普通という基準にある一般人が見れば相当謎である。

 

しかしグリフォンとシャドウは特に気にせず、別段言及することもなかった。

 

かつて、かの魔の島で自分と何度か相対した魔剣士の息子も同じように剣を背にし、その父である魔剣士スパーダも自らの名を冠した魔剣を筆頭に多くの魔具を背中に装備させている光景を彼等は見てきたからだ。

 

無論、Kのように鞘も留め具もない。

 

しかしどういう訳か。まるで剣が鞘に収まる時のような、金属同士が当たることで発生するカチンという、独特の音がするのだ。

 

単純に魔力を利用しているのなら、留め具も何もない状態の剣が背に付くという現象に対し説明はできるのだが、そうだとしても何故金属音が鳴るのか?

 

そもそも感覚さえ掴めれば魔具をエネルギー状に変換して体内に収納することもできるのに、何故それをしないのか?

 

疑問は尽きないが少なくとも今この場においては一切、何の関係もないだろう。

 

何故なら其れ等はスパーダ一族での話だ。Kは関係ない。たまたま同じような事をしたと言うだけの話、特に意味はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インビスを手に入れた空間とはまた別の広大な空間へと出たKたちを待っていたのは、耐え難い生き物の血肉が腐ったような悪臭と、その臭いの元と思わしきミトリウスの山。

 

やはり、多過ぎる。

 

この地下空間での最初の場所でも感じた疑念が、Kの中で強くなった。

 

ミトリウスは悪魔の死骸に人間の負の因子……正確に言うと怨念や憎悪

、恐怖といった類いの残留思念が結びつくことで生じる魔界の物質だ。

 

考えられる原因としては、かなりの数の人間をここで殺しているのだろう。

 

そしてそれは、自分よりも下に位置する悪魔に対しても同じように行われていたのだろう。

 

悪魔は同族であっても関係ない。人が人を殺すように悪魔にとって同族殺しなぞ日常茶飯。

 

数多くの悪魔と人を醜劣な遊戯の為に無残に殺された人と魔の双方の要素が生み出した産物と考えれば、ミトリウスが異常に多いのにも納得が行く。

 

悪臭は堪えるが、しかしそれを理由に先に進まない道理はない。一歩一歩とゆっくり、しかし油断を絶やさず周囲を警戒しながらKとその側を飛ぶグリフォンは続く。

 

そして。濃厚で、大きな、かなり重圧のある魔力をKとグリフォンは察知した。

 

 

「ナ〜ンカ、ヤバくね?」

 

「……少なくとも威勢だけ、ということは無いだろうな」

 

 

グリフォンの魔力を察知する為のセンサーから生じる一つの勘が、危険だと警鐘を鳴らし、その点においてはKも同じだ。

 

今までこの感覚が間違った事はない。

 

だとすれば、これから自分達が相手取る悪魔は、やはり偽りない強さを秘めた悪魔なのだろう。

 

 

『アアァァ……イィィ……クフゥゥゥッ!!』

 

 

ふと、声が聞こえる。濁音が混じったような女の声だ。ある程度進んでいくと突き当たりに差し掛かり、そこから右へと続く道らしき道を進んでいくと拓けた場所に辿り着いた。

 

そこに……悪魔はいた。

 

一言で表すなら"肉塊"と呼ぶに相応しい。

 

ミトリウスに似た薄桃色の肉質に所々青い血管が浮き出ており、計8本

。まるで人の指をか細くしたような異形の脚が生えていた。

 

これだけでも十分グロテスクなものたが、肉塊には脚だけでなく、頭も生えていた。

 

数えれば8個もあり、一つずつ顔の形状が異なっているばかりか、瞳や白目の部位が緑や黒、黄色といった各々に色違いが見られる。

 

毛髪はなく、共通しているのは本体の色に比べて頭の方は全て白い肌で統一されているといった具合だ。

 

 

『アア! イイネェ! どんどん出て来るゥゥゥ!!』

 

 

汚らしい喘ぎ声を上げ、よがり狂う悪魔…アラクネアは一本の生き物の腸に似た謎の管と繋がっており、一定で3秒ほどの間隔でドクン、ドクンと。

 

脈打つ様子は心臓が体内全体に血液を送り出すソレに似ているが、仮にそうだったとして、何を送り出しているのか。

 

考えれる線として濃厚なのは、やはり生産する食品や薬品、飲料などに混入させる人間の魂の味を良質に引き立てる例の物資そのものだろう。

 

 

「ウワッ、キッモ。ニーズヘッグといい勝負だな」

 

『忌まわしい。我をあんな場所に置き去りにした悪魔め』

 

 

恍惚とした表情で、しかもグロテスクな醜悪さ満載の姿を上乗せした気色の悪さにグリフォンは素直な感想を零し、インビスは怒り心頭といった感じに吐き捨てる。

 

 

「……せっかくだ。お前の力を試させてもらうぞインビス」

 

『うむ! 存分に使ってくれ!』

 

 

どうしても意趣返しをしてやりたい。

 

あんな場所に大した理由もなく捨て置いたに等しい行為をやられて、それをチャラにできる程インビスは寛容ではない。

 

躊躇いなくKの要望に承諾したインビスは秘めたる魔力を開放。その力がKの身体を隅々まで巡り、彼女の存在性を酷薄させる。

 

 

『これで気付かれまい。だが持って3分。時間はあまり無いぞ』

 

「十分過ぎるな」

 

 

たった3分。正確には持って、が付くので実際はそれ以上に短いかもしれない。が、そんな事はKにとって些事に過ぎない。

 

目的は、インビスの能力を利用した奇襲による

管の切断。

 

これが成功すれば確実に隙となり、一撃による必殺……とはいかない可能性が高いが、それで

も何かしらダメージを与えることができる。

 

それが大きければ、尚良しだ。

 

「グリフォン。あの管を切った時が合図だ。雷のデカいヤツを喰らわせてやれ。それと同時に

シャドウも繰り出す」

 

「了解! 任せなってKチャン」

 

簡単な指示を出し、了承を確認したKは背負っていたインビスを手にかけ、握り締め同時に両脚に魔力を集中させる。

 

アラクネア本体から天井へと伸びるあの管を切るのであれば、一回で決めるが好ましい。

 

そこにシャドウとグリフォンの強力な攻撃を入り込ませることができれば、最初の一手を打てる。

 

 

「ハッ」

 

 

軽く息を吐く。その瞬間、両脚に集中させていた魔力を爆発的に開放させ、常人では再現することは勿論、やろうとするだけ無駄だと知らしめる程の桁外れな跳躍力が一時的に生じる。

 

Kは、一気に跳んだ。常人ならざる異常な跳躍とインビスの能力の効果で容易く管へと接近できた。

 

そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ザシュッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一本に伸びる管を、二本へと分断せしめた。

 

 

 

 

 

 







次回は本格的なボス戦です。

名前で分かる方は分かると思いますが、ボス悪魔の名前の由来はギリシャ神話に登場する神の怒りから蜘蛛へと変えられた女性の名前からで、
まぁ、簡単にいってしまうと蜘蛛モチーフです。

初代デビルメイクライの最初のボスが蜘蛛(正確にはサソリ要素もある
)のファントムだったので、それのオマージュ的意味でやってみました


次回はなるべく早く更新したいと思います。








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第12話 Arachnea part2

ギリギリ間に合った………できれば4月に出したかったんですが、ダリアマに集中してました。

感想があれば、作者の励みになります! 





side アラクネア

 

 

 

 

 

アラクネアが気づいた時には既に遅かった。

 

管は薄黄色の液体を漏らし、完全に断たれてしまった。これでは魂を良質化させる物質を上の施設内部にあるミキシングルームへ送る事ができない。

 

 

"何処のアバズレだぁぁッ?!"

 

 

してやられたアラクネアは怒りに顔の一つを歪ませるが、それよりも先に特大級にして、最大出力を惜しみなく出したグリフォンの雷が落ち、脚の先まで焼き焦がしていく。

 

 

「ギィィィィィィヤァァァァァァァァァーーーーーーーーーーー!!!

!!!!」

 

「ハッハーッ! どうヨ! 軽くウェルダンになれる気分だろ?」

 

 

グリフォンは今までにない位に最大威力の雷撃をアラクネアに喰らわせ、余裕な台詞でそう吐き捨てては、彼女を挑発する。

 

当然、舐めた態度を取られて怒りが湧かない筈もない。自尊心と己が力への誇りが強い上位……アバルトの位に位置する悪魔であるアラクネアにとって舐められるという行為は、かなり屈辱的であり、卑しく、下劣なもの。

 

何がなんでもツケを払わせるに値する罪なのだ。

 

しかし雷撃を浴びて直後。更なる追撃が彼女を襲う。

 

回転する刃と化したシャドウがKの身体から解き放たれ、アラクネアの頭の一つ……片方の目が肉に覆われたモノに喰らいつく!

 

 

「ギィィィィィィッッッッ!!!!!」

 

 

言葉として意味を成さない叫び声を上げるアラクネアだがシャドウは決して威力を弱らせず、むしろより一層力を込めて刃を深く、深く深く突き立てていく。

 

その結果、頭を二つにかち割ることに成功。

 

再生される様子はなく、鮮血を滝のように吹き出しながら崩れ落ちていき、泥状の何かとなってそのまま消滅した。

 

 

「やってくれたなァァ。クソ野郎が」

 

 

怒りを滲ませるその声は、地獄の底からでも来てるんじゃないか?と錯覚させるだけの恐ろしさを秘めており、一般人から腰が引けて動けなくってしまうことだろう。

 

だがグリフォンとシャドウ、Kにとっては恐るるに値しない。

 

上位に君臨する悪魔としての実力に警戒し、恐れを成したとしても、たかが威圧感や言葉程度、そんなものでビビるほど彼女らの心はヤワではない。

 

 

「チッ、そんなに喰らってネーな」

 

「仮にも上位の悪魔だからな。不意打ちの一つ程度で取れるとは思ってないさ」

 

 

バサバサと羽ばたきながら、与えたダメージが言うほどのものではないと。目で見て悟ったグリフォンは悔しそうに舌打ちを鳴らす。

 

が、Kは微塵も気にする様子はなく当然といった様子だ。

 

どうやらこの程度で一発決められるなどと夢想してはおらず、むしろ結果は予測通りなので別段問題はない。

 

問題なのは、次の一手をどう攻めるか、だ。

 

 

「あァァ、クソ忌々しい! 腹立つゥゥゥ!! テメー等は知らないだろうけど、あたしは5千300年は生きてる古株なんだよ! そして、

大事な仕事の真っ最中だったんだァァァァァ!!!」

 

 

人の指のような細い脚を振り上げ、打ち付けるという行為を繰り返していき、その都度ダァァンといった具合に激しく重い音が響き渡る。

 

そんな彼女をKとグリフォン、シャドウでさえ呆れたような視線で見据えている。

 

当のアラクネアはソレに気付くことなく、暴言を吐き散らかす。

 

 

「なのに、何邪魔してくれてんだよクソッタレェェェ!! テメー等木端悪魔ごときがァァァ!!」

 

 

一番前にある二つの顔の内、汚らしい声と言葉でKを責め立てる。しかし、そんな苦情なんぞ彼女の知ったことではないのだ。

 

 

「お前のような醜いだけの肉達磨に配慮なんぞ必要あるか? それよりも。私はお前に聞きたいことがあるんだ」

 

「ハァァッ?!」

 

「お前たちは何を企んでいる。正確に言えば、お前を従えてるボスはどういうつもりでフィーネと手を組んだ?」

 

「?!ッ……どこでそれを!」

 

 

フィーネ。この言葉にアラクネアは露骨な反応を見せ、それが『情報を持っている』という事をKに悟らせてしまった。

 

 

「悪魔が人間に手を貸すのは、手を貸すだけの利益が悪魔にとってあるからだ。そうじゃなきゃ人を虫も同然としか考えない悪魔が、人間相手に自分から手を差し伸べて来る訳がない」

 

 

アラクネアは、とりあえずKの言葉に耳を貸していた。油断は一切ない為、単純な不意打ちは何の意味も為さないと一目見て理解したからこその判断だ。

 

彼女は強力な悪魔だが、だからと言って油断は一切しない。ただKを見据えて、次の一手をどう繰り出すか。

 

それだけを考えていた。

 

 

「なら、フィーネと手を組むことで得られる、お前たちのボスにとっての利益とは、何か……生憎そこだけは答えが出ないんだ」

 

 

少しばかり長々と語ったKは、最後に手に持ったインビスの刀身。その切っ先をアラクネアへと向ける。

 

 

「教えろ」

 

「くたばりなァァァァッッ!!」

 

 

交渉の余地なし。Kの耳に返って来たのは怒りをこれでもかと染み込ませたような怒号と、振り下ろされたアラクネアの脚だった。

 

しかし、それはK目掛けて振り下ろされたものではなかった。

 

 

「捕まえて、臓器を全部バラしてやる!」

 

 

振り下ろされた脚はアラクネアのすぐ目の前。

 

Kがいる位置とは大分数mほどの距離があり、当たらないのは明白だ。

 

だがこれを合図とするかのように空間全体が揺れ始め、足元や天井。左右の肉の山や壁の一部が異様に盛り上がって蠢き、無数の触手と化してKを捕らえようと迫る。

 

 

「グオォォンッッ!!」

 

 

させない。そう言わんばかりに四方八方から迫る肉塊を自身が変化した巨大な回転刃で肉塊を細切れにしていくシャドウ。

 

おかげでKへの被害はないが、細切れになっても捕らえようと足掻くのを止めない触手には、グリフォンが雷撃で止めを刺した。

 

 

「キッショッ!! あーもう、イヤになるぜ本当!」

 

 

昔から、それこそ大悪魔時代から何かと虫系や、手足のない長い物系の悪魔に嫌悪感を覚えていたグリフォンにとって、この場所はまさに地獄だった。

 

悪魔なら地獄にいて当然だと思うかもしれないし、そのイメージもあるだろう。

 

だが、誓ってグリフォンは嫌悪感以外にないし、住み心地がいいと思うなど以ての外である。

 

さっさと終わらせたいと心中で願いつつ、自慢の雷撃を再びアラクネアへと当てる。

 

 

「一回で決まらないってナラ、何発でもご馳走してやるっての!!」

 

「キシシ。無駄さ。喰らった攻撃はねェ!」

 

 

そんなものは無意味だと宣うアラクネアの言葉は、決して強がりで無ければ、虚勢の類でもなかった。

 

雷撃はただ当たっただけで終わった。

 

アラクネアは先程のようにダメージを負ったような様子はなく、僅かな焦げ跡さえ見れない。

 

 

「ハァァァァッッ?!」

 

「効いてない、だと?」

 

 

大袈裟に驚くグリフォンとは対照的にKは慌てることなく、少々驚きはしているが冷静にこの不可解な現象を分析していた。

 

 

「ハッ! 年季が違うんだよ年季が!」

 

 

異形の肉塊の女悪魔は嗤いながら、今度は顔の上半分が飛び出し、下半分が肉塊の身体に埋め込まれた赤い瞳に黒目の頭がその瞳に魔力を集中させ、そして漆黒の光線として放出。

 

 

「グギャッ!」

 

 

それをモロに喰らってしまったのは、グリフォンだった。あまりに強力な攻撃だったらしく、肉の地に堕ちると共に身体が粒子状になり、丸い核の部分が露出した状態……ステイルメイトになってしまった。

 

 

「羽虫は地面に落ちてりぁいいのさ!」

 

 

その様を見下し、嘲笑するアラクネアは今度は緑目の頭の口を開かせ、そこから緑色に妖しく輝く糸を吐き出す。

 

糸は一本の束になっていたが、ある程度シャドウとの距離を詰めると、糸の先端からまるで植物の開花のように分裂。

 

幾つもの糸となって捕らえようと迫る。

 

すぐさま回転刃で糸を切り裂こうとするが、糸は肉の触手のように簡単には切れなかった。

 

それどころか回転を利用してどんとん絡んでいく。動けば動くほどに糸は巻きつき、しかも糸の特殊な性能か、シャドウに体表に張り付くと

同時にその魔力でシャドウ自身の魔力循環を阻害しているのだ。

 

悪魔には様々な能力があるが、その全てが魔力によって齎されるもの。グリフォンの雷撃も、シャドウの変形能力も魔力があってこそ実現する為、魔力による正しい循環の流れを阻害するということは、悪魔の力を封じることに等しい。

 

ソレをアラクネアはして来た、という事なのだ。

 

 

「させるかァァ!!」

 

 

シャドウの異変に即座に気付いたKはインビスを斜め縦一線に振るう。

 

一本から幾つもの糸へと変化している部分を切り裂いたことで、アラクネア本体から送られていた魔力が絶たれた。

 

アラクネアの魔力が送られることがなくなれば、あとはシャドウの魔力の流れが正常に戻るだけ。

 

魔力を阻害されたダメージもあって地面に着地できなかったグリフォンは、そのまま身体を打ち付けてしまったものの、すぐに立ち上がり『

大事ない』という言葉のない意思表明をKへと送る。

 

 

「チッ、厄介な剣だね」

 

 

しかし、ソレを見ていたアラクネアは気に食わないと顔を歪ませては、Kが持つ魔剣へと視線を送り、舌打ちを鳴らす。

 

 

「覚えがないのか? この剣に」

 

「んん? ……あぁ、そういやアンティークがてら、部屋の一つに飾った剣があったねぇぇ」

 

 

思い出したとは言え、ソレがどうしたとアラクネアは魔剣を嘲笑う。

 

 

「さぞ高名な悪魔だったんだろうねぇ……魔力を見ればよく分かる。

あーあー、そうだそうだった。確かインビスって名前だっただろう?」

 

『ふん! 忌々しい肉ゴミが。我に対しての狼藉、安くないと知れ!!

 

 

とことん自分以外の他者を、悪魔や人間関係なく劣ると判断するその性悪な感情が込められた物言いに、我慢が限界を迎えたインビスは堂々と、自らの怨敵に叫んで唾棄する。

 

 

「プファ〜! 危ない危ない! マジで死ぬかと思った…ゼッ!!」

 

 

ステイルメイト状態から元の姿へと回復したグリフォンは、呑気にそう言いつつ、雷を棒状に収束させて放つ『雷光槍』という技を繰り出す。

 

しかし、この技も先程の雷撃と同じように命中こそしたが何の効果も齎さなかった。

 

 

「だから、言ったろぉ? もうお前の攻撃は効かないってね」

 

「ハッ、クソ位に頑丈だなオイ」

 

 

悪態を吐きつつ、しかし自慢の雷の属性による攻撃が通用しない事実に苦虫を噛み潰すみたいな、苦悶の焦りが顔に滲み出していた。

 

 

(耐性を獲得する能力か……あるいは魔術。どちらにせよ、もしそうなら闇雲に攻撃するだけ無駄だな)

 

 

Kはアラクネアから目を離さず油断を見せず。しかし思考を巡らせ、そんな考察を構築していた。

 

とは言え、その考察から得た結果は『ただ闇雲に攻撃するのはあらゆる面で無意味』という、その程度のこと位だが。

 

 

(さて、どう出るか。時間は1秒でも惜しいんだがな……クソ)

 

 

思わず悪態を吐くK。インビスの発動からの制限時間はもって3分。

 

状態に異常があるか、あるいは肉体的・精神的に弱っている場合においては、それ以下になる可能性がある。

 

そして能力発動を終えてからの次の発動には、5分かかる。

 

たった5分。

 

とは言え相手が上位の悪魔であることを考慮すれば、それは致命的な弱点になりかねない。

 

上位の悪魔はそれだけ厄介で面倒。たった一つの小さなミスが死に直結することだって、有り得るのだ。

 

 

(……シャドウの攻撃は避けずに糸で防いでいたが、物理的なものは無効化できないのか? それとも、そう思わせる為のブラフなのか………とりあえず、時間まで粘るついでに試してみるとするか)

 

 

時間稼ぎをしつつ、相手の特性を見極めようと結論付けたKは魔剣を構え、一気に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第13話 Arachnea part3


何とか、もう一個分のストック、作れるくらいに書きまくりました(^◇^;)

思いの外執筆が進んだのでよかっです。






 

 

 

「シャアアッァァ──ーッッッ!!!!」

 

 

 甲高い奇声と共にアラクネアの脚が素早く振り下ろされ、Kを刺し貫こうとした。

 

 間一髪のところでグリフォンが両足でKを掴んだおかげで直撃せず、直後に迫り来る緑色の糸の雨を波を描くように滑らかな飛行テクニックで掻い潜っていく。

 

 

「俺の攻撃が全然効かないっつーことは、頼りになるのは猫チャンだけ……コレ、まさにピンチってヤツゥ?」

 

「その割に口は止まらないんだな」

 

 

 窮地に立たされようとも決して閉ざさないグリフォンの口先には、別の意味で敬意を表しかねないと内心思うK。

 

 それがグリフォンという悪魔の性であれば、何を言っても無駄と既に諦めているKは、理解が良いという点では賢いかもしれない。

 

 もっともコレをK本人が聞けば、『下らない評価なんぞお断りだ』とでも言うのだろう。

 

 とにかく、状況はKにとって芳しくない方向へと傾いていた。

 

 耐性能力か防御効果を齎す魔術か。理屈は今の段階では決めあぐねているが、いずれかだろう。

 

 とは言え、仮にどちらであろうとグリフォンの攻撃が無意味である以上、シャドウでアラクネアを討つ為の策を考えなければならない。

 

 いや、シャドウ以外にもう一つある。

 

 

『主よ。発動できるぞ』

 

 

 透魔剣インビスの持つ、存在の希釈化。

 

 気配も姿も、保有する魔力でさえ察知されなくなるという隠密に特化したこの力は、アドバンテージを獲得するには必須だろう。

 

 そして、一回の発動からの再度行使する為の時間が5分経った為使えるようにはなった。

 

 だが、Kはソレをおいそれとすぐに使う気はない。相手がそこいらの雑魚であれば話は違うが、アラクネア相手に手札をすぐ使い切る訳にはいかない。

 

(まだだ。確実に仕留められる時が来る。使うとすれば、その時に)

 

「使わないのかいぃぃ? その剣の力を」

 

「……」

 

「ケッケッケッケ! このあたしが、管を切られたのは単にお前らの運が良かっただけ、なんて。それでスルーするとでも?」

 

「もし、そうだとしたら?」

 

 Kは敢えて直接言わず、あくまで疑問形に返した。

 

「見え透いてんだよぉ! クソメスのガキぃぃぃぃ」

 

 また、床を叩く。

 

 今度は倍の量の触手が四方八方から迫り、それをシャドウとグリフォン、K自身が切り刻んでいく。しかし、触手による攻撃は絶え間ないもの。

 

 一つ二つ切り落としたところで一瞬とばかりにすぐに新しいのが生えていき、おまけに切り落とした触手でも暫くは動いているので油断はできない。

 

 グリフォンが雷撃で徹底的に黒焦げにしてるとは言っても、量が量だけに捌き切れなくなる。

 

 それが一つのミスを生んだ。

 

 

「K!」

 

「!! ッ」

 

 

 叫ぶグリフォン。それに反応して気付いたKは触手が自身の足元に絡み付くのを見た。黒焦げを免れた触手だ。

 

 両足にぬるりと巻きつき、そのはずみで転倒。

 

 運の悪いことにその際、インビスを手放してしまった。

 

 

「一本、いただきさね」

 

「しまっ……ぐあぁッ!!」

 

 

 慌てて何とか対処しようと試みたKだが、それをミトリウスから伸びる触手の数々が彼女の体を巻きつく形で拘束し、動きの一切を封じた。

 

 

「その気色悪りィ触手をどけなッ!!」

 

「ガウァァァ!!!」

 

 

 囚われた主を助けようと、二匹の魔獣は触手を焼き焦がし、切り裂こうと迫る。

 

 無論、それを許すわけもなく、触手が二人を絡め取ろうとウネウネとくねらせ、襲い掛かる。

 

 

「ダァァァッッ!! ウゼェんだよ!」

 

 

 全くもってその通り。妨害を目的に次から次へと伸びては、それに対処していく終わりが見えない作業に苛立ちを覚えない筈はない。

 

 誰だってそうだ。

 

 グリフォンも例に漏れず、苛立ちから不満を叫び散らした。

 

 

「イッヒヒヒヒヒヒ!! 剣は奪われ、自由も奪われ、雑魚悪魔二匹があのザマ。さぞ悔しいだろうねぇぇ?」

 

 

 触手で捕らえたKを自身の目前まで持って来ては、実に嫌味ったらしい口調でKを詰る。

 

 陰湿もいいところだ。K自身腹は立つが、だからと言ってどうすることもできないこの状況下では、ただ睨み付ける他にない。

 

 "今、この時までは"

 

 

「……」

 

「何も言えないのかい? ヒャハハッ! いい目してるじゃないか。抵抗できず、悔しいけど、憎くても、なぁぁんにもできない!!」

 

 

 愉快極まれり。今のアラクネアは有頂天状態なのだろう。それはKの目から見ても一目瞭然。

 

 魔具を手中に納め、Kを捕らえて、グリフォンとシャドウを討ち取るのも時間の問題だと考えているのだろう。

 

 それはアラクネアが意図せずして見せた、油断による隙だった。

 

 慎重などと言っても、所詮は己が力を過信する悪魔という種であるからこそ、その油断は必定であり、Kに"手札を切る"という判断をとらせるには十分だった。

 

 

「グリフォン! "使え"!」

 

「ヘッ! ようやくかよ!!」

 

 

 Kの"合図"を聞き、グリフォンは首元の羽毛に隠していたある物を嘴で器用に取り出す。

 

 それは紙ほどの厚さの星形の形状をしていた。

 

 色は金色で、淡い光を放つソレは宝石のように見えなくもないが、そうではない。

 

 宝石ではなく、"魔石"である。

 

 多くは悪魔の血が凝固した"レッドオーブ"という物質を材料に魔術で作り出され、その効果は種類ごとに異なる。

 

 例えば、緑色をした魔石バイタルスターを使えば、傷が癒えるばかりか体力も回復できる。

 

 紫色の魔石デビルスターなら魔力が回復する。

 

 そしてグリフォンの持つ金色の魔石……アンタッチャブルは、膨大な魔力によって肉体を強化させると同時に肉体をいかなる攻撃からも無効化するバリアコーティングが身体を覆う。

 

 その性能は凄まじく、かの魔帝レベルの強大な悪魔の攻撃でさえ通用しなくなる程だ。

 

 無論、それだけ凄ければデメリットとして時間に制限がある。1分間程度だ。

 

 だが、それでも十分。

 

 グリフォンは嘴で咥えたアンタッチャブルをそのまま飲み込む。星形だったのでやや飲みにくかったものの、何とか顎の力で砕いて飲み込むことができた。

 

 瞬間。爆発的な魔力の量による増大と質の上昇をグリフォンは感じていた。

 

 "ああ。なんてイイんだ。"

 

 "ヤバすぎて、狂っちまいそうだぜ!"

 

 

「雷撃が効かないってならヨ、こいつはどうだ!!」

 

 

 グリフォンにとって雷とは武器なのだ。しかし、主要がそれと言うだけで他にない訳ではない。その鋭い嘴と爪も、雷と比べればやや劣ってしまう。

 

 しかし、それでも立派な"武器"であることに違いない。

 

 

「オラァァ!!」

 

 

 活気溢れんばかりの声と共にアラクネアめがけ、速度を上げた飛翔状態で突っ込んでいく。

 

 それを防ごうと触手がグリフォンを狙い定めるが、向かって来る触手の群れに対し、今度は避けるという選択肢をグリフォンは取らなかった。

 

 何故なら。

 

 

「ローリングアタックってナァァァァァ!!」

 

 

 翼を一旦折り畳み、身体を回転させることで魔力の奔流を作り出したからだ。

 

 膨大且つ良質化した魔力による鉄壁。それを防衛ではなく、攻めに転じれば、どうなるか? 

 

 上位悪魔にも届く、無双の一撃となる。

 

 それはすぐに証明された。凄まじい速度の回転でまさに一つの無双の槍となったグリフォンは、柔い肉の触手を容易く切り裂き、アラクネアの一番前にある顔の二つの内。

 

 黒目に白い瞳の方の額にグリフォンの鋭利な、そして身体と共に回転する嘴が突き刺さる。

 

 だが、それだけで終わることはなく、そのまま推進力に従いアラクネアの肉を抉り、骨格にまで届くとそのまま向こう側へと貫通せしめてしまった。

 

 

「────────────ッッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 声にならない断末魔の叫びを、肉塊の女蜘蛛は口いっぱいに開いて吐き出す。

 

 アンタッチャブルの効果が消えたが、それをグリフォンは別段気にすることなく、堪らないといった様子で勝機を取ったとほくそ笑む。

 

 Kも同じだ。

 

 

「やはり、非物理の攻撃が効かないだけか」

 

 

 同時に『物理攻撃は通用する』という、一つの答えを得た。

 

 それさえ分かってしまえば、あとはどうとでもできる。

 

 

「シャドウ! トドメを刺せ!」

 

 

 変幻自在の黒豹は主の命に従い、その身をまた回転刃へと。それも通常よりも一回り大きなものとなってアラクネアを一刀両断にしてやろうと。シャドウはそんな腹積りで向かっていく。

 

 だが、アラクネアに到達する前にシャドウの回転刃は止まってしまう。いや、正確にはこれ以上の前進を止められたというべきか。

 

 触手ではなく、今度は正方形で太い厚みの肉の壁が出現。シャドウの回転刃は勢いを止めてはいないものの、表面がやや削れ血吹雪が舞い飛ぶだけで向こう側へと抉り通せない。

 

 

「チッ、最期の悪足掻きか!」

 

「最期とは言ってくれるねぇ〜。立派な隠してた手札と言ってもらいたいよぉぉ!!」

 

 

 頭の額部分がかなり抉れて、しかも後ろへと貫通している様は側から見て痛々なんて代物ではない程に悲惨な光景だが、彼女は悪魔。

 

 よほど弱い悪魔でなければ、依代となる肉体が破損したところで擦り傷すらならない。

 

 もっとも、今回はグリフォンの魔力を最大出力で利用した刺突技の一撃。アンタッチャブルというブースター付加も併せて考えれば、ダメージは相当なものだろう。

 

 下手すればこれで討ち取れた可能性だってあった。

 

 だが、"仕留め損ねた"

 

 アラクネアを守っていた壁が、突如としてくねりと後ろへと曲がりくねったかと思えば、そのすぐ側にいたアラクネアに覆い被さってしまう。

 

 そして瞬く間に圧縮でもされているかのように小さくなっていった。 僅か10秒だ。

 

 やがて何かが出てくる。アラクネアのあの細長い人間のような8本の脚だった。

 

 更に肉塊のあらゆる箇所からグチャ……ビチョ……という生々しい音を奏で、あの幾つもの頭が現れる。

 

 それはもう完全にアラクネアだった。最悪なのは、今まで受けたダメージが綺麗さっぱり無くなっていることだろうか。

 

 その証拠にグリフォンによって貫かれた頭部とシャドウの回転刃で抉られた二つの頭部が元の状態に戻っている。

 

「悪魔はねぇ、依代ってもんがいる。その筋の人間みたいだから知ってるとは思うけど、依代があるから悪魔は人間の世界に干渉できる」

 

 脚を伸ばして、折り畳み。また伸ばしては折り畳む。まるで状態を確認するかのような動作をしながら、アラクネアは別段頼まれてもいない解説を垂れ流していく。

 

 

「あたしの依代、何か分かるかいぃぃ?」

 

 

 "……なるほど。そういうことか"

 

 勝手に語って、嫌らしい笑みを浮かべて問いを投げて来るアラクネア。そんな悪魔の言いたいことに当たりを付けるKは、ゆっくりと答えた。

 

「ミトリウスだろ。妙に多いとは思ってたが、そういうことか」

 

「そう! その通り!」

 

 

 高いテンションを上げ、アラクネアは捲し立てる。

 

 

「ミトリウスは悪魔の死骸に人間の負の情念が結びついて生成される物質。人界由来のモノがあるのなら、それは十分依代になるのさ!」

 

「……」

 

「ハナから詰んでたんだよ。どれだけダメージを喰らおうが関係ない。ミトリウスは見た通り腐る程あるんだから、ねぇぇ」

 

「……」

 

「オイオイ、黙んまりかいぃ? 絶望で何も考えられ「呆れるな」……あ゛あ゛ぁぁ?」

 

 

 上機嫌だったアラクネアの語りに対し、遮るように挟み込んだKは、そんな言葉を送り、心底見下したような嘲笑を浮かべる。

 

 その直後だった。

 

 

「!! ッ ぐ、ぎ、あァァッッ!!」

 

 

 崩れ落ちる。そう表現する他にない光景だった。先程まで余裕な態度を浮かべていた筈のアラクネアの身体中にいくつもの黒い滲みが発生。

 

 そこを起点に罅割れ、皮膚は黒い塵へと。中身である臓器や筋肉は同じく黒い色の液体となって、流れ落ちていく。

 

 何故だ。何をした。

 

 どうして? なんで? 意味が分からない。

 

 は、早く! ミトリウスで回復をッ! 

 

 アラク疑問と混乱、そして生命の危機を察知した生存本能が働かせた、死への恐怖が思考するよりも先にミトリウスを摂取させようとアラクネアの身体を動かす。

 

 自らの無数の頭が口を開け、すると呼吸による吸引力ではない何かしらの力が働き、ミトリウスが長く、うねりくねらせて一本の線状となってアラクネアの口の中へと入っていく。

 

 更に足元からもミトリウスを吸収することで崩壊を何としようとする

アラクネアだが、どれだけ大量のミトリウスを摂取・吸収しようと身体の崩壊を遅らせるだけに過ぎず。

 

 自身の身体の崩壊を完全に止めることはできなかった。

 

「グリフォン。アレを出せ」

 

 無様に生にしがみつこうと必死になっているアラクネアを見据えながら、肩に乗ったグリフォンに何かを出すよう指示した。

 

 

「ウッ! オブゥエェェッッ!!」

 

 より正確に言うと、何かを"吐き出した"。

 

「見ろアラクネア!」

 

 

 右手でそれを受け止めたK。今度はソレを見せるように前へと差し出す。

 

 ソレを見たアラクネアは、ミトリウスを喰らうことを辞めて、驚きを露わに両目を大きく、血走った目をKに向けた。

 

 

「アァァ……そ、そそ、ソレは!!」

 

「お前の核だ」

 

 

 ドクン……ドクン。一定のリズムで刻まれる鼓動は正常に機能していることを明確にする。

 

 ソレは、紛れもなく心臓と呼ぶべきものだが、人間や普通の生き物と違い、血液のみならず、魔力も送り込み循環させることで悪魔の生命をどのようなダメージであれ、修復しようとする生命維持の役目を担う臓器だ。

 

 これが悪魔が総じて人間よりも遥かに高い自己の治癒や再生を持っている理由である。

 

 ならば、その核たる心臓が身体から出たとして、その場合悪魔はどうなるのか。

 

 答えは……死を迎える。

 

 頭を抉られようと。

 

 身体中を八つ裂きにされようが。

 

 臓器や血肉を掻き乱されたとしても。

 

 その悉くを容易く再生させてしまう高位の悪魔であろうと、逃れることはできない理なのだ。

 

 

「ギィィザマァァァ!!!!」

 

「最高位、高位の悪魔ほど再生力は並外れた物だ。だが、その能力を発揮させるコレがなければ、再生どころか生命維持も危うくなる」

 

 

 必死に取り戻そうとする伸ばすアラクネアの前脚は、前脚のみならず

、その全てが完全に朽ち果てて、ただの黒い塵と液体になっている。

 

 これではもう、ろくに進むことは勿論一切の行動が封殺されたに等しい。

 

 

「死にたくないなら、答えろ。お前らのボスの目的はなんだ」

 

「し、知らなイぃぃ……本当に、知ラナイのォォ……私はあの方の命令で人間の魂を良質化させる……あたしが生成した物質を入れた、商品を作ってただけ……うゥゥゥ……」

 

 

 先程とは違い、弱々しい声で苦悶の声を上げつつも素直にKの質問に答える。

 

 どうやら、命を投げ捨てるほどの忠誠心は皆無のご様子。Kは、そんな彼女に慈悲を与えず、更なる質問を提示する。

 

 

「お前たちの配下の悪魔たちがノイズといる所を見たことがある。その理由は?」

 

「ゼェ……ゼェ……アァ、それは、希魂を回収する為……だよ」

 

「希魂?」

 

「希少性の高い人間の魂……さ。それを喰らえば、あたしら悪魔の魔力を強められる」

 

「仮にソレ目当てだとして、何故ノイズと共に行動する。必要性が全くないぞ」

 

「ゼェ……ゼェ……いいや……あるのさ。希少性が高いからこそ、ゼェェ…そう簡単には……取れない。確実に探す為の手段が……全くなかっんだよ」

 

 

 アラクネアの息が荒くなる。崩壊していく部分の範囲が多くなり、言葉と共に深く息を吐き出していく様は、苦しそうではある。

 

 もっとも、彼女の行いを考えれば安易に同情などできないが。

 

 

「でも……ゼェ……ゼェ……ノイズには……ゼェ……その問題点をどうにかできた」

 

 

 苦しみに苛まれようとも決して言葉を止めることはなく、ここで止めてしまえば、もう価値なしと判断され容易く殺されてしまう。

 

 そういったことを懸念し、非常に恐れているからこそ彼女は必死に舌を回す。

 

 

「ノイズに殺された人間は……全部って訳じゃ……ないが。魂が希魂に変化する、ことが…ハァ、ハァ、……あるって、分かったんだよ」

 

「! バカな。魂を取っている風には……」

 

「希魂は……ゼェ……悪魔の感覚でも見えや、しないし、触ることも…できない。人間のあんたなら、尚更さ」

 

 

悪魔でも知覚し、認識することのできない魂を仮にも人の枠組みに属しているKが知覚・視認できる筈がない。触れることもだ。

 

 

「だ、から……ハァ……ハァ……認識することのできる悪魔を造って、きちんと摂取できるよう……ゼェ……ハァ……加工……するのさ」

 

「……魂を良質化する品物を売っていたのは?」

 

「いくら……ゼェ……見つけられるようになったとは、言っても、

ハァ、ゼェ……その数は少ない」

 

「……」

 

「だから希魂に劣る……とは言え、ゼェ、ゼェ、ハァ、ハァ……魂を良質化させて収穫すれば……"使う為の魂の数"は、何とか合わせられる

 

 

 数合わせ、という言葉から考えると希魂を得るにあたり、定められた数が必要らしく、現状ではそれを十全に満たせない。ならば、代替品で補おうと"悪魔の観点から見て"、魂を良質なものへと変化させるプランに移行したというわけだ。

 

 そしてこの悪魔は"使う為の魂の数"とも言っていたことから、単純に喰らう為に収穫するのではなく、何かに利用する為のようだ。

 

 それについて、Kは聞いてみた。

 

 

「そうか……ちなみに集めた魂は必要な数を揃えて、最終的にどうするんだ?」

 

「さぁ、ね。……あたしは、本当に何も知らない。これだけ、は、確か……なんだよ。ゼェ……ゼェ……ゼェ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

 

 問いに対する返答は、望むものではなかった。

 

 だがここに来て『希魂』という言葉。そして、それに関係する有力な情報が得られたことはKにとって喜べる進展だ。

 

 そしてアラクネアの得た情報から分かったことがある。それは収穫した魂を何かに利用するつもりだと言うこと。

 

 今のところ、ソレがどういったものなのか。そこの所は一切分からない。

 

 アラクネアも知らない様子ではあるし、これ以上問い詰めるのは時間の無駄だろう。

 

 ただ分かるのは……それを、どうにかしなくてはならない、ということだけは確かだ。 

 

 "上等だ。止めてやる。己の全てを賭けて"

 

 心底から湧き起こる気合いの高揚感。そこから生じる覚悟に思わず笑みを浮かべるK。

 

 それに水を差したのは、アラクネアの怒号だった。

 

 

「さぁ! 知ってる……ことはァァ! 全部、全部ゲロったんだァァッッ!! さっさとソレを返して、おくれよぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 泣き寝入りな金切り声でアラクネアは必死に核である心臓の返却を求める。もはや身体の殆どは無くなり、残されたのは頭一つだけ。

 

 その最後の頭もどんどん崩壊が進んでいる。

 

 完全な崩壊による死はもう目の前だった。

 

 

「……いいだろう。返してやる」

 

 

 そう言ってKは特に力を込めず、ゴミでも捨てるような気軽さで放り投げる。

 

 

(ハハハハハ! バカが!! んなアッサリ返すとはネェェ!! ヒヒヒヒ、ヒャッハハハハハハハハ───ッッッ!!!!!)

 

 

 その光景にアラクネアは下卑た笑いを心の中で高々と叫び散らす。

 

 グリフォンに頭を貫かれると同時に自身の生命の核である心臓を気付かず、あっさり盗み取られるという高位悪魔としてのプライドに傷をつけられ、果てはこんな状況に追い込まれたが運は尽きてないと。

 

 アラクネアは確信した。

 

 哀れに思ったが故の行動なのか。

 

 それとも圧倒的有利な立場になったからこそ、己を過信して傲ったのか。

 

 どちらにせよ。アラクネアにしてみれば、バカな真似をした間抜けな小娘という認識だった。

 

 再生したら、一瞬の内に喉元に喰らい付いて嬲り殺してやる算段を立てていた。

 

 

「だが」

 

 

 心臓が地面に落ち、それを経口摂取という形で取り込もうとした瞬間

。Kの言葉が降りかかる。

 

 

「無傷の状態で返してやるとは言ってないが」

 

 

 風を切る音と共に、アラクネアの心臓が……二つに裂けた。

 

 

「ナァァッッ!! アガッ! アアァァァァァァァァァァ…………」

 

 

 低い断末魔の叫び。それを吐き出しつつ、最期に見たのはインビスを縦に振るい、己の心臓を一刀両断とばかりに斬るKの姿だった。

 

 二つに斬られ裂けた心臓はすぐに鼓動を止め、そのまま崩壊。

 

 それと同じタイミングでアラクネアの最後の頭も崩壊し、これで彼女の死は、確実なものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 





グリフォンが隠し持っていたアンタッチャブルというアイテムは、実際にデビルメイクライ1で登場しています。効果が一定時間、あらやる敵からの攻撃を無効化してくれる便利アイテム。

ボス戦、ラスボス戦で助けられた人もいる。

自分はよくこれ使ってゴリ押し戦法やってましたww







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第14話 Tears Part1




訳題『落涙』。

明日に投稿しようとしていたストックを今日投稿します。





 

 

 

 

 

 

「ウゲェェ〜……ああー、もう最悪」

 

 

 Kの肩に乗りつつ、気分が悪そうに顔を顰めては吐きそうという風体でいるグリフォンの嘴から、そんな不満が垂れる。

 

 

「気分が優れそうにないな」

 

「アア?! あったり前ダローが! あんな気色悪りィ虫ヤローの心臓を腹ん中に入れてたんだぞ! 作戦でもなけりゃあ、ぜってーしネーよクソッ!!」

 

 

 あの後。土蜘蛛企業から撤退したKたちは、人気のない道路の端を歩いていた。

 

 時刻は既に夜。深夜帯ではないが、しかし道が道な為、走っている車も人影も一切ない。

 

 そんなところを歩いている訳だが、グリフォンが抱えている不満というのは、アラクネアとの戦いの際その心臓を自身の腹の中に隠していたことのようだった。

 

 

「仕方ないだろ。油断させる為にもあの手が良かったんだ」

 

「あのインビスって剣の力を使えばよかったんじゃネーの?」

 

「アレは白兵戦より隠密や誅殺する方が向いてる。敵がこっちを見えない、感知できないからって確実に仕留められる保証はない。防御に徹すれば時間切れと同時にこちらが仕留められる可能性もある。それなら元々用意してあった策を使う方がいいだろ」

 

「ハンッ! それを考慮してもだぞ? あんな気色悪いモン食わなきゃなんないワケ? 俺の繊細なそこんところ、お・わ・か・りィ?」

 

「はぁぁ。いい加減機嫌を直せ。鬱陶しい」

 

 

 今回ばかりは自分が悪かったと自覚はしている。Kとしても、造形的に見て気色悪さを追求したような姿の悪魔の臓器を口にするなど、願い下げなのだ。

 

 自分がしたくないことをグリフォンに押し付けてしまった罪悪感を感じないほど、相手の心境が考慮できない訳ではない。

 

 とは言え、こうもグイグイ突っかかって来られるのも、かなり面倒極まりないのでグリフォンに苦言を呈した。

 

 くどいようだが、グリフォンは虫系並びワーム系の悪魔の類が苦手なのだ。

 

 にも関わらず、その苦手なモノの……それも臓物を一時とは言え、腹に収めるなど気持ち悪いを通り越して、言葉では言い表せない恐怖なのだ。

 

 人間で言えばミミズを食べるようなものだろう。

 

 大半の人間は相当な物好きや変人でなければ、実際に行いはしない。気持ち悪さから来る嫌悪感が半端ないのだから。

 

 だが今回の場合、強力な悪魔であるアラクネアと対峙するのであれば、その弱点を突くことは至極当然なこと。

 

 悪魔の共通する弱点の一つである心臓を、予想外な攻撃によって奪い取る。

 

 成功の確率を上げる為、色々と希少な魔石であるアンタッチャブルを使い、結果的に成功したとは言え、この役目を与えられたグリフォンは

 当初から抗議を上げていた。

 

 そもそも、何故グリフォンなのか。

 

 シャドウは攻撃における全てが肉体の変形によるもの。なので攻撃をしつつ、器用にアンタッチャブルを隠し持つことはできない。

 

 やろうと思えばできなくもないらしいのだが、だからと言って"現状ではできない"のであれば仕方ないし、その為の練習をする時間も惜しい。

 

 ならば、残るグリフォンにやってもらうしかなかった。

 

 抗議しつつも、結局Kに言い包められて、今に至っているわけである

 

 

「機嫌直してほしいィ? ならなんか甘いモンでも奢れよ。そいつで手を打ってやる」

 

「……悪魔が甘党のつもりか? 笑えないな」

 

 

 意外な甘党発言に堪らず失笑するKだが、冗談でも何でもなく、純粋な要望だったらしい。

 

「ハッ! 好きなモン食って何が悪いってンだよ」

 

「前に私がサンデー食べて時は文句言ってた癖に」

 

「それはソレ、これはコレ。とにかく行こーぜKチャン!」

 

 

 全く調子の良い鳥だ。内心そう思いつつ、足を少しばかり早めて人の多い通りへと向かうとしたKだったが、自身の耳にある音が入って来た

 

 爆発音。

 

 およそ、しかもごく普通の街に居ればまず日本では聞くことのない音だ。しかも……

 

 

「オイオイ、メアちゃんの気配じゃねェか!」

 

 

 あのナイトメアの気配も感じられた。響の側にいる筈のナイトメアが

出現しているということは、響関連で何かあったに違いない。

 

 それを理解したK焦燥感に駆られかけるが、焦ったところで何になると冷静に自らを律する。

 

「それに今の爆発音。お前も聞こえたか?」

 

「もうバッチリな。行ってみるか?」

 

「そのつもりだ」

 

 

 距離は音からしてそう遠くない。脈絡なく発現したナイトメアの気配を頼りにKたちは、爆発音がした方向へと行き先を変えて向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一株の、言い知れぬ不安を心中に抱えながら…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 立花響が天羽奏と同じガングニールのシンフォギア装者として二課と協力し、ノイズ殲滅に当たるようになってからというもの、響にとってかなり労を費やす大変な日々だった。

 

 と言うのも、出動の際は携帯から連絡が入るのだが、親友である未来にシンフォギアのことや

 二課の存在を開示する訳にはいかない為、適当な理由をつけて彼女の下を去ることが多くなった。

 

 秘密を抱えて、何でもないと嘘をつくというのは響にしてみれば気持ちの良いものではない。

 

 それが合理的に理に適っている、としてもだ。

 

 そしてノイズとの戦闘では、やはり元々平凡な民間人だったことが災いし、何においても上手くいかず、翼がその尻拭いをするのがほぼ日課と化していた。

 

 しかしどういう訳か、翼は響と言葉を交わすようなことはなく、それどころか先輩として、何かしらアドバイスをするということさえしない

 

 極端に響を避けているとしか思えなかったのだ。

 

 それに関しては響自身は勿論、彼女の叔父である風鳴弦十郎を含め、二課はきちんと把握している。

 

 響は単純に自分が未熟者だから、という予想でいるが弦十郎並び二課の人間は風鳴翼という少女をよく知っている。

 

 

 だからこそ翼の響に対する非良好的な態度が単に響が未熟者だから、と言うような理由ではなく、新たなガングニールの装者に成って、戦場に出ることにあると確信していた。

 

 響の胸部中央に刺さったガングニールの欠片。ガングニールの元所持者が天羽奏であったのは言わずもがなだろう。

 

 翼にとって奏はかけがえのないパートナーであり、それ故に信頼を置いて戦場で共に戦っていた。

 

 翼と奏は、歌でその性能を上げるというシンフォギアの特性から、アーティスト活動をしていた二人は、両翼という意味の『ツヴァイウイング』の名で国内で高い評価と確かな人気を誇るトップアーティストのコンビとして活動していた。

 

 あるライブの日、その日は秘密裏にライブ会場の地下で聖遺物の起動実験を行っていた。

 

 そもそもライブをすること自体、翼と奏が歌うことで発生するフォニックゲインを利用し、休眠状態における未知の力を秘めた先史文明の遺産……俗に聖遺物と呼ばれるソレを覚醒させるという目的のものだった

 

 だがライブ会場はノイズの襲来により壊滅。

 

 当時その会場にいた響を守る為にガングニールでノイズの攻撃を防いだものの、運悪く攻撃を受け止めた際の衝撃でガングニールが罅割れ、

その時に生じた欠片が胸へ突き刺さるという、思わぬ事故を起こしてしまった。

 

 瀕死の重傷を負った響の為、奏は自身の命を代償にすることで発動する『絶唱』を歌う決断に打って出た。

 

 命を差し出すだけあって強力なエネルギーの衝撃波を生み出す絶唱は、ノイズの大群を一匹残らず殲滅。命を失った奏は……駆けつけた翼の腕の中で灰塵に帰した。

 

 ガングニールは、天羽奏が持つに足るべきもの。

 

 大切な親友の遺品とも呼べるモノを戦場をろくに知り得ぬ、覚悟なき者が手にして勝手出る。

 

 とても許容できるものではなかったのだ。

 

 だからこそ、

 

 

「貴方と私。今、この場で戦いましょう」

 

 

 風鳴翼は天羽々斬の切っ先を向ける。だが相手は討滅対象であるノイズではない。

 

 ガングニール装者である立花響本人へ。

 

 一方、響は混乱し動揺を見せていた。

 

 当然だろう。出動要請に従いシンフォギアを纏い、先に来ていた翼と合流し『一緒に戦いましょう』と意気込んだ言葉を投げかけた返答が、

剣を向けられる行為。

 

 動揺も混乱も当たり前だろう。

 

 もうノイズはいないし、やや頭が残念な響でも決してソレが冗談の類などではなく、本当『敵対する者に向けての目』であることを理解した

 

 でも、納得がいく筈もなく。堪らず響は叫んだ。

 

 

「ま、待ってくだい! そういう意味じゃ……」

 

「私は確かめないといけない。貴方の覚悟を!」

 

 

 これ以上の問答は無用。

 

 対話という言葉を交わす行為を切り捨て、互いの武をもって交わす、実力勝負という形で響という少女がいかに覚悟を持っているのか。

 

 それを知ろうとした。

 

 しかし、とうの響はつい最近まで普通に暮らしていた一般人なのである。

 

 そんな翼の意図についていける程、戦士としてはまだ足りていないし、整ってさえいない。

 

 

「はぁぁッ!!」

 

「うわぁッ?!」

 

 

 天羽々斬という刃を振るい、しなやかながらも鋭い一閃が迫る。それを紙一重で避ける響は、次々と絶え間なくやって来る追撃を、なんとか

逃げの一手に決めて回避していく。

 

 その様は素人のソレで、何かしらの考えがある訳でもなく、ほとんど闇雲だ。ただでさえ苛立ちを募らせていた翼に、その光景が更なる苛立ちを倍加させた。

 

 

「いつまで逃げ回っているの? 早くガングニールのアームドギアを展開しなさい!」

 

「そ、そんなこと、言われても……!!」

 

「……やはり、貴方には覚悟が無いのね」

 

 

 失望。そんな言葉を詰め込んだ溜息を吐き出して、翼は鋭い視線を響に向ける。

 

 

「……アームドギアは、常在戦場の意思の体現。貴方が何者を貫き通す無双の一振り、ガングニールのシンフォギアを纏うのであれば、できる

筈。それができないというのなら……」

 

 

 そこまで言うと膝を折り畳み、シンフォギアが齎す並外れた身体能力で一気に地面を蹴るように跳躍。

 

 かなりの高度まで跳ぶと、地表にいる響に向けて叫ぶ。

 

 

「お前は、奏から何も受け継いでなどいない! 戦知らずが、遊び半分でノコノコと戦さ場になど立つなぁぁぁぁぁ────ッッ!!」

 

 

 そして、そこから天羽々斬を投げつける。その降下先は紛れもなく響が立っている地点だ。

 

 主の手を離れた天羽々斬は降り注ぐ雨の如く、その速さを落とすことなく、むしろ加速していき、その形状を刀から巨大な両刃の大剣へと変化した。

 

 

「ハアアアァァァァァァァァッッッ!!!!」

 

 

 これだけでは終わらず。

 

 翼が大剣の柄があった部位へと蹴りつけることでまた速度が上がり、蹴りの態勢のまま、両足から蒼い炎を灯し響へと向かっていく。

 

 "間に合わない! "

 

 響自身も、それをモニタリングしていた二課のスタッフたちも誰もが思う。

 

 弦十郎は翼が刃を向けた辺りから瞬時に最悪の結果を予見し、すぐさま現場へと向かってはいるが……来た頃には既に、だろう。

 

 しかし、"彼"はソレを許さない。

 

 

「!! ッ」

 

「えっ?!」

 

 

 響と翼の間に入り込む形で突如地面から滲み出すかのように現れた1体の異形。それは紛れもなく、響を助けた悪魔であるナイトメアだった

 

 そして、今度もその目的を果たす為に現れた。

 

 

 ナイトメアのモノアイに紫色の光が瞬時に収束すると共に一筋の閃光が、風鳴翼と天ノ逆鱗と呼ばれる大剣へと変化した天羽々斬を飲み込む

 

 そして、凄まじい衝撃波が道路のコンクリートを砕き、地中にあった水道管が破裂。

 

 吹き出る水が雨のように降り注ぎ、少しして煙から翼が膝をつきながら降り立つ。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

 

 ナイトメアのレーザーに当たる直前に天羽々斬を縦に、全力で防御に徹したのが幸いした。

 

 とは言え、ダメージは皆無という訳ではない。

 

 急な防御に移行した体力の消耗とナイトメアの 攻撃のダメージが二重にして負荷を翼に与えているのだが、当の本人は、それを知ったことか

 と荒い息で肩を上下させつつ。

 

 ナイトメアをさながら怨敵と言わんばかりの殺気の篭った視線で睨みつけた。

 

 

「ハァ、ハァ、…………あの時の、アンノウンが

 何にしに来た! 邪魔をするな!」

 

 

 発声器官を持たないナイトメアに返答はできない。が、それを差し引いても、守るべきものに刃を向ける存在と言葉を交わそうなどとは、露程も思わないだろう。

 

 

「邪魔をするなら「そこまでだ」!!」

 

 

 突然聞こえて来た声。自分と同じ齢を思わせる少女の声は、最近になって聞き覚えのあるものだった。

 

 勢いよく声のした方向……後ろを振り返る。

 

 案の定、予想した通りの人物がそこにいた。

 

 

「どういう状況だ、コレは」

 

 

 言葉を話す鷹、グリフォンを肩に乗せたKが険しい面持ちで、その場にいる全てを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 







う〜ん……なんか原作以上に翼さんがアレっていうか……。

まぁ、奏さんを失っておまけに未知の敵である悪魔が出てきたもんだから、余計に心に余裕がないのかも。

今後の励みになりますので是非ご感想お願いします。




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第15話 Clown devil laughs



訳題『ピエロの悪魔は笑う』







 

 

 

 

 

 

 

「お前は……」

 

「途中からしか見ていないが……風鳴翼。貴様、今立花響を攻撃しようとしたな?」

 

 

 漆黒と蒼の視線が交差する。Kの追求に対し、翼は否定せず事実だけを口にした。

 

 

「……その通りよ」

 

「どういうつもりだ?」

 

「貴方に言う必要はない」

 

 

 そう簡単に口走るつもりはない。そんな意図が嫌でも分かるほどに翼は言葉と言葉で交わる気はなく、純粋に己の武をもっての果たし合いを望んでいる。

 

 そんな彼女の姿を見て、一つ。

 

 呆れと、言い知れぬ悲しみを孕んだような表情を見せながら溜息を吐いた。

 

 

「………一つ、言っておきたいことがある」

 

 

Kは、静かに語り始める。

 

 

「この子は、あくまで一般人だった。朝目覚めて、学校に行って、友達と笑い合い遊んで、色々を学び、眠る。そんな何一つ変らない日々を生きていた女の子の一人だったんだ」

 

「……」

 

 

特に何も言うことはなく、翼はただ聞き入れつつ、立ち上がり刀を構える。

 

 

「それをお前は壊そうとした。この子はこの国で生まれた、たった一つの人命。シンフォギアという力を手に入れたからって、それは変わらない」

 

「!!ッ……いったい、どこまで知っている!」

 

 

 初めて出会った際、二課を知っているかのような風を匂わせていたが、それのみならず、シンフォギアのことまで知っていた。

 

 ますます警戒心が跳ね上がる。

 

 一体何者で、何の為に行動しているのか。

 

 何から何かまで不明な部分が。得体の知れない不気味さが。異常なほど、翼の心中を掻き立てた。

 

 だが、掻き立てるのはソレだけではない。

 

 感じるのだ。郷愁を。懐かしさを。

 

 そして……哀しみを。

 

 何故こんな感情が呼び起こされるのか、分からない。分かる筈もない。

 

 たった一度出逢っただけの少女に何故自分は、こんな気持ちを抱ける。そんなことありえない筈なのに。

 

 思考と感情がグルグルと頭と心中を巡る。

 

 そんな彼女を察することなく、Kは言った。

 

 

「防人の使命を忘れたか。風鳴翼」

 

「!!」

 

 

 気がつけば、翼は弾かれたように天ノ羽々斬を渾身の力で振るい、切り掛かっていた。

 

 常人ならまず対応することなく残酷に切り捨てられるだろうが、Kは違った。

 

 

「いきなり、とは。ご挨拶だな」

 

 

 手に入れたばかりの魔具『透魔剣インビス』で、翼の剣戟を見事に防いでみせた。おまけに口からは余裕をも感じさせる言葉が紡がれ、造作もない、とでも宣っているようだ。

 

 それが癪に障ったのか、舌打ちを鳴らす同時に力を押し込んでインビスを弾き押し返す。

 

 そこを袈裟斬りに襲いかかるが、Kはインビスを思いっきり、空高く投げた。

 

「!!ッ」

 

 今まさに斬られようとしている最中で自身の手にあった剣を捨てる。当然、そんなものは自殺行為以外の何者でもない。

 

 翼もそんな間抜けなことをする筈ないとタカを括っていた為に、思わず視線を上へと舞い上がるインビスに向けてしまった。

 

 

「斜め下に注意だ。悪く思え」

 

 

 その隙をKは見逃さない。元より、こんな奇抜な行動の真意がこの為なのだから。

 

 すかさず魔力によって生成された赤色の光球を放ち、見事それは鳩尾へとめり込む。

 

「ガハァッ!」

 

 人体において鳩尾とは、腹部上方中央にある窪んだ部位のことで、ここの内部奥にある腹腔神経叢には多数の交感神経(神経叢)が走っており、ここを攻撃されると痛覚が鋭敏になっている為、直接攻撃を受ければダメージはかなり大きい。

 

 いくらシンフォギアに守られているとは言え、翼も例外でなかった。

 

 胃の中のものは吐き出さなかったが、代わりに軽く唾液を飛沫させ、その場で片膝を突く。

 

 戦慣れしている翼からすればこの様な体制など言語道断。敵に『どうぞ攻撃してください』と自分から言っているようなものだ。

 

 しかし、だからこそ。

 

 翼がそうなってしまう程に、生半可な攻撃ではなかったことが伺える。

 

 

「どうした? もうお終いか?」

 

 

 再び手に収めたインビスの切っ先。

 

 その腹の部分に翼の顎を乗せながら、平然とそんなことを宣うKの姿は、さながら悪役のソレとしか言い様のない。

 

 だが、何を言われようと、剣を収める気はない。

 

 仕掛けて来たのは翼だ。こうして無力化したとは言え、剣を収めてまた斬りにかかって来ないとも限らないのだ。

 

 それだけ彼女の心が荒んでいるのを……知りたくない程に知り得てしまっている。

 

 とにかく。

 

 少なくともこの場から早々に撤退する姿勢がなければ、剣は出したままだ。

 

 

「大人しくここは退いてくれ」

 

「……私は、防人だ」

 

「だから無理か。しかしこの状況で何ができる

 

 

 現に翼は人体の急所の一つである鳩尾へと攻撃を喰らい、ダメージから動けない状態。

 

 そしてKからは妙な動きをすれば斬り捨てると言わんばかりに剣を突きつけられている。

 

 ここで奇跡の形勢逆転を起こすには、何かしらの要因がなければ無理だろう。

 

 しかし、残念なことに助けは来ない。

 

 万が一の為に人払いの結界を周囲に形成し、暗示による認識的な意味はそうだが、物理的にも人が入ることは到底不可能。

 

 魔術に関する知識があれば話は別だが、生憎のところ二課にそのような人材は皆無。

 

 つまり、現時点で翼は詰んでいるのだ。

 

 

「あ、あの!」

 

「?」

 

 

 緊迫した空気の中。響の声がKの耳朶に届く。

 

 

「つ、翼さんに剣を向けるのは止めて下さい! そんなことしちゃダメですよ!」

 

 

 人に剣を向ける。

 

 なるほど、確かに一般的な常識の範囲で物事を鑑みれば、コレは止めに入らない方がおかしい

 

 尤もそれは"荒事に向いた職種の人間がすべき行為"であって、対人の護身術さえ身につけていない元一般人だった少女がするには、相手も相手である為、かなりの無謀だろう。

 

 

「立花響。悪いがこっちの問題だ。大人しくして欲しい」

 

「へ? どうして私の名前…あがががッッ!!」

 

 自分の名前を見知らない…いや正確に言えば、前に一度助けてもらった顔しか知らない誰かが、どういうことか自分の名前のを知っている。

 

 当然疑問に思い、問い質しかけた瞬間。

 

 身体中を目紛しく巡り、神経という神経を刺激されるような麻痺的な感覚が軽い痛みと共に身体の自由を奪い、響はコンクリートの道路にうつ伏せに倒れてしまった。

 

 

「オォ〜ッと! 悪いな嬢ちゃん! Kチャンは大事なお話の真っ最中って訳ヨ。イイ子にオトナしくしてナ」

 

 

 突然響を襲った現象の正体は、グリフォン自身が威力を痺れさせる程度にまで弱めた雷撃だった。

 

 スタンガン程度と変わらないので、死にはしないものの、身体の自由を奪うことが可能でこういった相手を動けなくさせるのに必要な場面においては役に立つ能力と言えるだろう。

 

 

「ドワァァ!!」

 

 

 響の頭の上に乗って揶揄うように嫌な笑みを浮かべるグリフォン。悪ふざけな鷹悪魔の被害に遭う響を見かねてか、ナイトメアは豪腕を背後から振るい、グリフォンを容赦なく殴り飛ばしてしまった。

 

 哀れ、グリフォン。

 

 ほぼ自業自得だが。

 

 

「イッテェェ!! 何すんだゴラァ?!」

 

 

 殴られてジンジンと痛む背中に気を配りつつ、すぐに飛び立っては目線をナイトメアに合わせ、グリフォンはいきなり問答無用で背中から殴られた事に抗議する。

 

 が、ナイトメアは何処行く風だ。

 

 

「あン? 『自分はこの子を守る為にいる、だから今のは正当防衛だ』ッテェェ?!」

 

 

 言語どころか、鳴き声一つさえ発さないナイトメアの言葉をどのようにして受け取っているのかは謎だが、ナイトメアの言いたいことが分かるらしい。

 

 そのおかげでご丁寧に翻訳しては、納得いかんとばかりにグリフォンだが、そんな彼の暴走をKが諫める。

 

 

「やめろグリフォン。ナイトメアの意見は尤もだ。それに誰が電気で止めろと指示した」

 

「んな細かいコトいいだろーが。余計なことされたら面倒になったかもしれねぇだろ?」

 

 

 可能性で言えばグリフォンの言葉にも一理ある。が、それでも今現状において守るべき対象である響に対して害を加えるなど、Kにとって許容できるものではなかった。

 

「とにかく、勝手な…!!ッ」

 

 言葉を途中で遮ったかと思えば、どういう訳か驚愕したような表情を顔に出してすぐさま、ある方向へと視線を向ける。

 

 位置的にはKの前方、翼にとっては背後になる。

 

 そこから1mにも満たない距離から、何かが疾走。それは人で、赤い髪に筋肉隆々とした体格の大男だった。

 

 身に纏っている赤いシャツからでも分かる程に引き締まった筋肉は、それだけ日々鍛えている何よりの証明だろう。

 

 そんな一人の男がビル三階建てよりも高く跳び上がる。

 

 もし、この光景を何も知らない常人が目撃すれば、相当自分の眼がおかしくなったと疑うことだろう。

 

 何をどう鍛えれば……いや、そもそも人間の脚力では、どうあがいても三階建てのビルより高く跳べる訳ない。

 

 幻覚だと切り捨て、思考へと費やす労力を止めることだろう。

 

 しかし残念ながら。これは紛れもなく、本当に現実として起っている事象なのだ。

 

 

「ハァァァァァァァッッッッッ!!!!!」

 

 

 雄々しい叫びを腹の底から吐き出して、左膝を折り畳み右脚を真っ直ぐ。

 

 そして螺旋の如く回転。空気が風となり、繰り出されるソレはまさに旋風の豪脚。

 

 それがKの身体へと到達する前にサッと後方へ飛び退いたおかげで、事なきを得た。

 

 しかし、それだけでは終わらず。

 

 標的を失った脚による一撃は、Kがいた位置に深さ30cm程度の小穴を形成するほどにコンクリートを貫き砕いており、これが人の身であるKに降りかかっていたらと思うと、背筋がゾッと凍りつく錯覚に陥ってしまう。

 

 まさにK本人がソレを嫌というほど味わっていた。

 

 

「ず、随分なご挨拶だ。風鳴司令殿」

 

「なに。お前さんなら避けられると思ったからな」

 

 

 結果はご覧の通り。

 

 強面の顔つきに似合わず、悪戯をして、それが成功したと面白がるような童心を恥じることなく曝け出すように、ニヤリと。

 

 筋肉隆々の大男、風鳴弦十郎はまるでそんなことを宣っているかのように笑って見せた。

 

 

「グオォォンッッ!!」

 

 

 弦十郎という男の存在の危険性をすぐさま嗅ぎつけた一匹の黒豹がKの影から躍り出る。

 

 シャドウだ。

 

 回転刃へと形状変化し、凄まじい速度の回転によって生じる刃の切れ味で弦十郎を細切れになったハムのようにズタズタにしてやろうと、そう殺気立っていた。

 

 シャドウは基本的に人を殺さない。いや、殺せないと言った方が正しい。

 

 悪魔の因子から生じたとは言え、バージルの悪夢を依代に実体化した弊害で生き物を殺害することができない。

 

 悪魔もそうだが、人も例外ではない。

 

 だがこの世界に来てからというもの、悪夢でしかない筈のシャドウたちは、不完全故に契約主からの魔力の供給が必要な身だったとは思えないほど明確な確固たる肉体を手にしていた。

 

 原理など分からない。

 

 理屈など見当もつかない。

 

 しかしありのままの事実として、そうなってしまった。

 

 つまり……その気になれば、人も殺せるのだ。

 

 そう。Kに危害を加えれるほどの実力と覇気を有した風鳴弦十郎という、人間に分類される敵を無慈悲に殺す腹積りでいたのだ。

 

 断っておくがシャドウの行動原理というのは、極めてシンプルなもので、自身。又は守るべき対象に危害を及ぼすものを、及ぼしかねないものを警戒し場合によれば殺すことも厭わない。

 

 在り方は悪魔としてやや異質ではあるが、それでも根本的な本能は何一つ変わってなどいないのだ。

 

 主に歯向かう者は、その牙で。

 

 己が存在を脅かす存在を、その爪で。

 

 殺意を向け襲い掛かろうとする事象に対し。

 

 死と破壊。この二つの形をもって排除する。

 

 ……もっとも。

 

 そう簡単に命を奪えるほど風鳴弦十郎という男は、"非常識"を鍛錬がてらに背負ってなどいない。

 

 

「フンッ!」

 

 

 ここで一つ、問題を提示しよう。

 

 面積の広さが大人一人を容易に丸呑みにしてしまうほどの巨大さを誇る刃があったとして。

 

 それがヘリコプターのローターに匹敵するか、あるいは以上に回転するとして。それが自身に迫って来た場合どうなるのか。

 

 まず身体を真っ二つか。あるいは八つ裂きという言葉が似合う位にバラバラにされて死ぬ。

 

 避ければ、あるいは身を隠して防げれるだけの巨大な人工物や巨岩があればそれを盾にして、難を逃れるかもしれない。

 

 しかし弦十郎の場合は身を守るモノが何一つない道路のど真ん中。

 

 絶望的。そんな三文字を側から見た人間は思うかもしれないが、"現実にシャドウの刃を左手の親指と人差し指の二本だけで摘むように防いでいる"様を刮目してしまえば、そんな三文字は容易に吹き飛ばされてしまうだろう。

 

 

「えェェッ! チョチョ、ちょっと待てよォォ! オイ!!」

 

 

 グリフォンは自分の眼が正常なのか。まさか、遠くから敵に幻術の類にかけられて、おかしくなってしまったのか。

 

 疑問が際限なく溢れ出ていく。

 

 だが、まごうことなき事実。

 

 風鳴弦十郎という、ただの人間が悪魔による攻撃に対し、時間も命も浪費することもなく止めてのけた。

 

 あろうことか、

 

 

「ほい、よっと」

 

 

 ポイっ。

 

 まるでありふれた漫画のアニメでよく見られる擬音が聞こえて来そうなほどに軽く、雑な扱いでシャドウを放り投げ捨てる。

 

 やはり悪魔の力でも持っているのではないか、と勘繰ってしまうかもしれない。だが、紛れもなく弦十郎は『人』なのだ。

 

 ヒト科の霊長類。人間。

 

 そこに間違いは一切ない。

 

 

「はは。コイツは中々元気のいい猫だな」

 

「グルル……」

 

 

 弦十郎に放り投げられながらもシャドウはすぐに回転刃から元の黒豹の姿へと戻り、見事着地して見せた。

 

 が、その顔は納得がいかない。気に食わない。

 

 そういった感情を滲ませ、風鳴弦十郎という男に対しての敵愾心と殺気を隠すことなく牙と共に剥き出していた。

 

 

(……相変わらず規格外だな)

 

 

 Kは口には出さず、心の中でのみそう呟く。

 

 己の使い魔が取った行動はKにとっても不意打ちのようなもので、そのせいで対処するに遅れが生じてしまった。

 

 シャドウは弦十郎を殺すつもりだった。

 

 人の命を奪うことに関して、Kはソレを禁忌としている。故にシャドウのした勝手な行動はあってはならない。

 

 主としてきちんと手綱を握り、止めなければならなかった。

 

 もし、弦十郎が只人なら、間違いなくその命は消失していただろう。

 

 だが、日の本の国を古より守護して来た、由緒正しき名家の血筋であればこそ。

 

いかに人外のモノでも、太刀打ちできずに何するものぞ。

 

そんな決意と覚悟を双方併せ持っている男の前では、悪魔の刃は意味を為さない。

 

 

「……。言い過ぎでは……いや、でも……」

 

「ブツブツ言ってどーしたヨ。非常識過ぎて頭が吹っ飛んだ?」

 

 

誰に向けて言うでもなく、何故か手を顎に当てて、考えるような仕草で独り言を零していくKに心配そうに声をかけるが、流暢に喋る猛禽類に"非常識過ぎる"などと語られたところで、『お前が言うな』と。

 

 そんなブーメランで投げ返されるのがオチだろうが。

 

 

「なぁ。とりあえず任意で同行願えないか。俺たちとしても知りたいんだ。何故、君がノイズを倒すことができるのか。君が使役していると思わしき動物たちは何なのか。聞きたいことが山のようにある」

 

「そうか。だがこちらにメリットは何一つない。役所仕事ご苦労とだけ言っておこう」

 

「悪いがそう言う訳にはいかんのだ」

 

 

 弦十郎は再び構え直す。おそらく何らかの拳法を主体とした接近戦へと踏み込んで来るのだろう。

 

 少なくともグリフォンはそう思っていたが、Kは違った。

 

 

(まずいッ!)

 

 

 Kが察した予想は見事に的中した。

 

 弦十郎はその場から一歩も動かなかった。何もしなかったという訳ではない。

 

 右脚の足裏に"氣"を込めてコンクリートを穿ち、それによって生じた衝撃波がKの下まで硬いコンクリートを砕きながら向かって行く。

 

 するとKの周りに更なる衝撃波が生まれ、それによって計8枚の分厚いコンクリートの巨大な瓦礫が出現。

 

 彼女を一歩たりとも逃さないよう取り囲んだ。

 

「奥義・八石封神」

 

 その言葉は、鍵の役目でも果たしているのか。弦十郎が呟いたその言葉と共に、8つの瓦礫がゴゴゴと重量感のある音を立てて動き、互いを隙間なく密着し合っていく。

 

 そうやっていく内に僅かな隙間も上もない、Kを捕らえる為の石牢が完成した。

 

 

「少々荒っぽいが……すまない」

 

 

 この石牢を作り出し、Kを捕らえた張本人である弦十郎だが、彼とて望んでこうしたかった訳ではない。

 

 できるなら穏便に済ませたかった。

 

 しかしノイズを容易く倒せる力を持つことが分かっている以上、放っておくことはできない。

 

 Kという少女が危険性を孕んだ人物であるのか、そうでないのか。

 

 これだけは、国民の安全を守る立場の人間として、白黒ハッキリさせたいというのが弦十郎の本音なのだ。

 

 不本意な方法ではあったが、これでKの真意を聞けるかもしれない。

 

 そう思っていた矢先。

 

 それは起きた。

 

 

『ノーノー、いけないYO。muscle boy』

 

 

 突然己に囁きかけて来る少女の声。聞き覚えは一切なく、翼のものでもKのものでも、ましてや響のでもないことは間違いない。

 

 しかも声は耳朶に入るというより、脳内に直接来るような妙な感覚で、生まれて初めての経験だった。

 

 そのせいか僅かとは言え動揺してしまい、ソレが仇となる。

 

 

『スリーとツーで、ワンッッショータイム!』

 

 

 妙なカウントを取り始めた謎の声はハイテンションでそう言った瞬間、石牢の真下に紫電に輝き迸る魔法陣が展開され、石牢の壁を8枚もろとも粉々に砕かれる。

 

そして。魔法陣の輝きが目で見ても耐えられる程度のものから堪らず隠したくなる程の閃光へと変化し、周囲を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グゥゥゥゥッ!!」

 

「ウギァァァァァッッッ!!!!」

 

 地に足を踏んでいた感覚から一般、フワッと宙へと放り投げ捨てられたKは身体を転がりながら地面へ着地を果たし、グリフォンは飛べる事が幸いして地面と接触するギリギリのところで翼を羽ばたかせ、何とか回避。

 

 シャドウはKの中へと入っている為、特に問題はなかった。

 

 

「いっつ……」

 

「ハァ、ハァ、フゥゥゥ危なかったァ」

 

 

 動揺するグリフォンを尻目にKは衝撃で少しばかり強く打ってしまった頭を抑えつつ、周囲を確認し自分達の身に何が起こったのか。

 

 軽く情報整理を行うことにした。

 

 

「濃い瘴気とその中に含まれる魔力………まぁ、周りだけ見ても魔界なのは間違いないな」

 

 

 魔界の大気を構成しているのは瘴気と呼ばれる人体に有害な気体と、空因子と呼ばれる魔力の二つによって成り立っている。

 

 これが周りに満ちている場所は魔界以外にあり得ない。更にKたちは何処かの森にいるにのだが、その森の木々は異様に捻じ曲がり、顔らしき模様が不気味な声を上げて蠢いている。

 

 人間の世界にこんな森などない。

 

 おまけに空は血を満遍に塗りたくったように赤く、黒い謎の天体が大きく浮かんでいる。

 

 目に映る光景全てが人間界には絶対に存在し得ない。

 

 魔界と断定するに時間を浪する必要がない程に明白なものと言ってよかった。

 

 

「そんでもオレたち、魔界への歪みには入ってないゼ?」

 

「あの無茶苦茶な技に捕らえられた時、足下に広がった魔法陣を見たか? アレは強制的に歪みを作り出して魔界直行の門を作るモノだ」

 

「ビンゴオォォッッ!! 意外とお利口さんだねぇ!」

 

 

突如響き渡るグリフォンとK、そしてシャドウの一人と2柱以外の何者の声。

 

ハイテンションな声の持ち主の姿を捉えようと周りを探るK。意外とあっさり見つかった。

 

近くにあった木の天辺に、"彼女"はいた。

 

 

「……何者だ」

 

「フフ、命の恩人だよ♪」

 

 

笑いながら相手はそう言う。そして意気揚々とした雰囲気で自らの名を語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしの名は"ジェスター"。pretty trickyなピエロ女子って覚えといてよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






・風鳴司令

発勁で色々出来ちゃう、最強のOTONA。
発勁でコンクリート砕いて、その瓦礫でKたちを捕らえるとかもう人間やめちゃってますね、ハイ。



・風鳴翼

心乱れ気味で色々と荒れてる。
何故かKを見てると懐かしいような、悲しいような。そんな感情が訳も分からずに心の底から出てくるご様子。荒れ具合は原作よりも酷い人。



・ジェスター

 デビルメイクライ3に登場したハゲ……もといアーカムの悪魔としての姿。独自解釈として、今作の姿こそジェスター本来の姿と性別。  
 『3』に登場したジェスターは、妻を生贄とした儀式によってジェスターの力を奪ったアーカムの『魔人化形態』という解釈です。
 儀式は結局不完全に終わり、そのことも込みで『3』でのあの姿ってことにして下さい。
 あのハゲ本人じゃないにしても、癪に障る言動は一応の女性っぽさがあるだけで、『3』の時と変わらず。性格といったジェスターの根本的部分は原作のまんまです。
 今作ではアンノーウスに仕える悪魔の一柱という立場ですが、自身の思惑を匂わせつつ、あちらこちらで暗躍している模様。





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第16話 Gift from a clown




 訳題『道化師からの贈り物』

 
 遅くなりましたが、どうぞ!





 

 

 

 

 血のような赤と深い海のような青の二色に染まり、左が青で、右が赤とそれぞれ頭部の左右両サイドで分かれていた髪。

 

 人形のような不気味な無機質さを感じる白い顔。

 

 黒目に浮かぶ、髪と同じ赤と青の色の瞳。

 

 黒と紫のゴスロリの衣装を纏う少女の姿をしたその悪魔は、自らの名をジェスターと名乗る。

 

 仰々しいお辞儀を見せた後、グニャリと曲がりくねった幹の木から跳び下り、そのままKの目の前へと軽やかに。そして仰々しい芝居臭い動作で立った。だが、その瞬間。向けられたのは言葉ではなく、インビスの切っ先がジェスターのすぐ自身の眼前へと突き付けられた。

 

 

「WOW! 変わった挨拶ドウモ!」

 

 

 驚き様もまた芝居がかっており、ふざけ切った雰囲気から、ジェスターが本当は驚きなど感じていないのだと、子供でも分かるくらいに分かり易かった。

 

 その態度にKは、自分の中に苛立ちが募っていくのを感じた。

 

 

「もう一度言う。何者だ? 名前だけ言われても困るな」

 

 

 名前だけでは、何も分からない。

 

 あくまでKが知りたいのはジェスターがどういった立場で、どういう意図で自分達を助けたのか。

 

 知りたいのはソコだ。名前だけ教えられ「はいそうですか」と納得するほど、Kはお気楽な性格ではない。

 

 

「あ、そゆコト? だったらキチンとその可愛らしいお口で丁寧に説明してYO! アーハッハッハッハッハッハッ!!!!!」

 

 

 まるでKをバカにするかのような……いや。

 

 実際見下して低能な奴と嘲笑っているのだろう。ジェスターが紛れもない悪魔であれば、当然の反応だろう。

 

 こちらの世界でも悪魔は人を見下し、嘲け虐げる存在なのだから。

 

 しかしコケにされて何も思わないKではない。

 

 すぐにインビスを手元に召喚し、横斜め一閃に下から素早く振上げるように斬りかかる。

 

 狙いは顔の右頬。

 

 殺しはしないが、おふざけに付き合うつもりは一切無いという、そんな意思表示を含んだ警告だった。だが、狙い通りにはならず。

 

 顔と同じ生気が一切感じられない白さの片手がインビスの刀身…先の方を掴んでいた。

 

 

「おっとと、イケないよ。いきなり剣で斬りかかるなんて。マジで怒ったのなら謝るからさ〜、ゴメンね!」

 

 

 形だけの謝罪などKはいらない。明からさまな挑発にギリッと苛立ちに歯を軋ませる。

 

 とは言え、更なる追撃をしたところでこの悪魔は容易に自分をいなすだろう。

 

 それだけの実力は確実にある。

 

 剣を止められた程度でも、その赤と青の双眸に秘められた、力の片鱗が嫌でも分かる。

 

 だからこそ、迂闊に手を出すのは止めることにしたKはインビスの柄を握る力を緩め、抵抗はしないという意図を示した。

 

それを見たジェスターはニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべ、インビスから手を離した。

 

 

「ムフ、イイ子チャンはだぁ〜い好き♪」

 

「……どういうつもりで私達を助けた」

 

 

 付き合いきれない。そんな気持ちを存分に滲ませたうんざり顔で真意を問うK。

 

 目の前の悪魔が完全100%の善意で助ける質の性格でないことは嫌でも分かる。故に意図は必ずある筈。

 

 素直に答えないのは明白だが、一応は形式として言ってはみたものの

……

 

 

「ハッハッハッハッ!! 面白ォォ! そんな直球で言ってさ、本気で言うとでも思ってるのォォ?! マジのマジでウケまくっちゃうYO

 

 

 嘲笑を乗せた煽りで返されるという、極めて不愉快な言葉の羅列にそろそろ堪忍袋の緒が切れかけた時。

 

 ふいにグリフォンが声を上げる。

 

 

「crown witch……魔宮道化師って意味の通り名で、そう呼ばれてた女悪魔がいたな」

 

 

 グリフォンの口から出たのは、ある悪魔について….…グリフォンの生まれた並行世界の魔界において、悪名を轟かせた女悪魔についての語りだった。

 

 

「ソイツは大昔の魔界で覇を競い合ってた三つの勢力の何処にもつかず、何かしらの対価も要求しないで、三つの勢力相手に股かけて情報を売り渡してた」

 

「……」

 

 

 つい先程までハイテンションで喧しく騒ぎ立てていたジェスターは、相変わらずのニヤけ顔で何かに期待するように沈黙を貫いていた。

 

 Kは突然の語りとは言え、いつになく真面目な口調のグリフォンから何かを察し、ジェスター同様何も言わず耳を傾ける。

 

 

「そんなことすりゃあ、三つの勢力のトップのボス悪魔どもはキレる訳だ。殺し合って競ってる相手に情報が漏れてるんだからな。んな訳で刺客が差し向けられた。犯した重罪を償わせる為にってもあったが、その男が大昔のオレ位のレベルの強さをもってたっつーコトで、三勢力の中で上位に入る腹心クラスがヤツを仕留めに向かった訳だが……」

 

 

一旦間を置いて、やや言いにくそうに語りを紡いだ。

 

 

「ヤツが自分から漏らした居場所の情報を頼りにやって来た三勢力の腹心どもは……喰われた。人や悪魔、生きてるものを際限なく喰らう魔界の植物の一種にな」

 

「ンフフ! 懐かしいね。そーゆーコトもあったよ〜」

 

 

 これだけ聞けばもう分かる。

 

 その魔宮道化師という異名を持つ悪魔こそ、眼前で不気味な笑みを浮かべるジェスターなのだと。

 

 Kは確信を得た。

 

 

「でもでも! アレは力を得る為にしたコト。これでもアタシ、大昔はそこそこ強いだけで弱い部類だったんだよね〜」

 

 

 自らを弱いと嘯くジェスターは、身体をクネらせ、時には兎のように軽く飛び跳ねる動作をしながら、流暢に話し続ける。

 

 

「だ、か、ら。強力な悪魔を喰らえば、果実を作ってソレを食べた者に絶大な力を与えてくれるっていう植物に喰わせた訳よ。アタシの命を狙うお邪魔虫を処分してくれて、パワーアップな果実も作ってくれるって

……もうサイコーだと思わないィ?」

 

「……」

 

「おお〜っと、勘違いしないで。アタシは面白いコトがだぁぁ〜い好き

。特に自分が誰かの手の中で滑稽に踊ってるとも知らずに動いてくれるおバカさんや、大切なヒトを殺されて憎んで。でも何もかも止められなくなった狂人とか、普通とは全然違った変わり者さんとか」

 

「ようするに、面白半分の道楽も含んでいた。……ということでいいのか?」

 

「ビィ〜〜ンッゴォォッ! やっぱ察しがイイネbar girl!!」

 

 

 ゲラゲラ笑うその顔に、Kがバールを持っていることから付けたであろう渾名。その名の通りバールを使って、思いっきり腹の立つ顔面へとぶち込みたくなるK。

 

 苛立ちを隠さず、むしろ露骨に顔に曝け出した。

 

 このハイテンションに馬鹿騒ぎ気味の女悪魔の相手など、神経が擦り減るばかりか、頭の血管がはち切れそうになるぐらい、嫌悪感と不快感が絶えずダブルでKの中で湧き起こっている。

 

 その点を考慮すれば、まぁ、Kの顔は当然の反応だろう。

 

 そんな彼女の苛立ちを通り越した殺意を知ってか知らずか、ジェスターは何処からともなく取り出した独特な形状のバトンサイズの杖を自身の頭上で特に意味もなくぶん回す。

 

 

「まっ、結局『絶大』って言う程でもなかったけどネ。それでも足しにはなったよ」

 

「……」

 

「おっとと。そろそろbar girlのイライラも限界っぽいから、簡潔に助けた理由を言ってあげるネ」

 

 

杖を振り回すのを止め、仰々しく敬意の何も込められていないお辞儀を披露する。

 

 

「あたしがbar girlのことを面白いって感じたか。面白そうなことは全力で取り組めって、コレあたしのマミィの名言なの♪」

 

「……」

 

「……え? ツッコミなし? 悪魔に親なんていないだろってツッコミは? ノリ悪いとこの先やってけ……うぉへぇッ?!」

 

 

 我慢も限界だ。

 

 その意思の表現だとばかりに懐に隠していたバールを、ジェスターの顔面めがけ投げつける。

 

 咄嗟に回避はできたものの、その事実にKは忌々しいとばかりに舌打ちを鳴らして見せた。

 

 

「チィッ」

 

「もー! それ酷くない?!」

 

「なら黙れ。そして失せろ」

 

 

 ジェスターの抗議を意に介さず、Kは端的に要求する。

 

 とにかく消えて欲しい。これが彼女にとって今一番叶えて欲しい願望だ。

 

 

「分かった分かった、分かったYO!! 悪魔だけにあくまで助けるのだけが目的だから、お望み通り消えてさしあげますって! それじゃあ

! バ〜イ〜ナラ〜〜ッッ!!!」

 

 

 まるで振り子のように左右に身体を振るいつつ、ジェスターは手も振ってそう言った途端、

 

 ドロンッ!

 

 古典的な効果音がつきそうな煙を出して、ジェスターはその場からマジックショーのように消え失せる。

 

周囲に気配がないことを確認して、Kは疲れたと言わんばかりに疲労を含んだ溜息を一つ、吐き出す。

 

 

「ケッ! フザけたヤローだな」

 

「ブーメラン発言も程々にな」

 

 

 ふざけているという点に関して言えば、グリフォンも似たようなものだろう。

 

 もっとも、得体の知れない相手よりは多少なりとも気心の知れた相手の方が大分マシではあるが。

 

 特にそれを言うこともなく、Kはもろ自分へと返って来ているグリフォンの発言を窘める。

 

 比較的にかなりマシとは言え、ふざけた態度で相手を挑発に誘うのは似た者同士だと言える。

 

なんとか元の人界に戻る為、元の歪を探そうと足を数歩進めた直後。

 

 

《アァァ〜〜っとっとっと!! 言い忘れてたことあったから、

メッセージでbar girlのHeartの中に伝えちゃうYO!!》

 

 

 特殊な伝達魔術を用いての、脳内に響き渡る憎たらしいジェスターの声。本当にウザい。口には出さずとも、Kがそう吐き捨ててしまうのも無理はない。

 

 消えたと思ったらテレパシーの類いで、こんな伝言をお届けするのだから。

 

ようやく消えかけていた筈の苛立ちがKの中で再燃焼してしまった。次会ったら、どうやって地獄を味わせてから殺そうかと思案するKを他所にジェスターは言葉を続ける。

 

 

《プレゼントあげちゃう! そりゃもう、とろけまくっちゃう程にイイヤツをね。あ、マジでトロットロにとろけちゃうかもしれないから、そこはご注意!》

 

 

 轟々と。地中から重く響くような音を鳴り上げ、地面から炎が沸き起こったと思えば、中から何かが姿を現す。

 

 

『かの炎帝様の領土に入るとは』

 

『身の程知らずの愚か者よ、断罪の炎によって醜く泣きながら懺悔するがいいぞ!!』

 

 

何かは、言葉を介すことのできる知性を有した二体の悪魔だった。

 

全体的に赤く、全身は鱗に覆われ、両腕は岩のような硬度を誇る外骨格のプロテクターが覆うその悪魔は、首や腹部に襟巻きのような硬質的な物質を纏っていた。

 

 

「炎帝、だと」

 

 

悪魔が言い放った『炎帝』というワードに対し、明白に動揺した反応を見せるK。その何か知っている風な様子を見たグリフォンは、すかさずKに聞く。

 

 

「ナ、ナァ、Kチャン。炎帝って何?」

 

「……"炎帝イフリータ"。灼熱の魔女とも言われる火炎を操る最上位のプライアに位置される大悪魔だ」

 

「え? イフリータ? "イフリート"じゃなくて?」

 

 

グリフォンの記憶にある限り、似たような名前で火炎を操る悪魔と言えば、イフリートという悪魔以外に思いつかない。

 

イフリートは、スパーダと雷を操る悪魔『アラストル』の両者と盟友の間柄で、彼等もまた魔帝の軍勢に属する悪魔だった。

 

しかし魔帝を含む三大勢力間での長き闘争の果てに命尽き、その魂はあらゆるものを焼き尽くす籠手の魔具になった。

 

後にスパーダの息子のダンテの手に渡り、当時全盛期の力を有していたグリフォンと激闘を繰り広げた訳だが、ここではどうやら違うらしい。

 

並行世界であることを考慮すれば、この世界におけるイフリートという悪魔は"イフリータ"で、『魔女』という異名から察するに女性のようだ。

 

ちなみにイフリートは、れっきとした男の悪魔である。

 

 

『炎帝イフリータ様の名を間違えるとは。なんと、恥知らずな鳥だ!』

 

『無礼千万。我ら、炎帝様のお力により眷属となりし焔の尖兵"フランメ"! この名にかけて、領土侵犯に加えて、炎帝の名を汚せし罪!』

 

『断罪の獄炎にて極刑なり!』

 

 

できることなら、無用な争いは避けたかった。

 

 Kは、身体から炎を吹き出して、怒りに燃え盛る二体の悪魔フランメたちを説得しようとした。

 

 が、そうする前にグリフォンのちょっとした勘違いが原因で彼等の逆鱗に触れてしまい、怒りを買う羽目になった。

 

 これでは、争いは避けられない。

 

「クソッ……ろくでもないプレゼントを渡されたなッ!!」

 

 この場にはいない例のピエロ女の悪態を吐きつつ、己の影からシャドウを召喚。

 

 更に透魔剣インビスを手に、態勢を戦闘のソレヘと移行させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 "フランメ"という種の悪魔は、元を正せば、ブレイドである。

 

 かつて、グリフォンたちのいた魔界において、ブレイドは魔帝ムンドゥスによって創造され、その創造主がダンテによって魔界と人界の狭間へ封印されたのを機に支配から解放。

 

 野生化し、独自の進化を遂げた。

 

 暴風が吹き荒れ、竜巻が容赦なく弱者の命を奪う魔界の環境地域において、風の力を身につけたブレイドは、インディアンのような装飾の羽と飾り物をつけ、襟巻き状の器官が生え、代わりに纏う鎧の硬度が下がった結果。

 

 『アサルト』という悪魔へと進化した。

 

 フランメの場合は進化したというより、自分よりも格上な悪魔の力を分け与えられたことで、大々的に肉体や体色が変質した悪魔と言っていい。

 

 両手自体も変化し、右手は高熱の弾丸を射出する穴ができ、その周囲を灰色の長く、上下に伸びる大爪と左右に伸びる小さな爪が生えた。

 

 大小合わせて4本の爪は、相手を切り裂く為のものではなく、穴の内部で発火させた魔力の弾丸の熱エネルギーを安定させる為のもの。

 

そして左手は、物を掴んだり相手を握り潰す為の黄土色の4本の爪が四方に囲うように生えている。

 

 注意すべきは、やはり目を引く両手であろう。

 

 灼熱に燃え盛る魔力の弾丸の射程距離は、最大で5kmにも及ぶ。当たれば洒落にならない程のダメージが待ち受けている。

 

 4本の爪の握力は隕鉄の塊さえも泥団子のように粉々に握り潰し、並の人間や悪魔ならどうなるか。語るまでもない。

 

 

『食らえッ!』

 

 

 一匹のフランメが魔力弾を飛ばす。

 

 それを瞬時に横へ移動したことで何とか躱したKはインビスの力を使い、相手の視界から姿を消し、更には攻撃の無効化を可能とする。

 

 

『ぬッ? 消え…ぐあァッ!!』

 

 

 悪魔とは言え、突如視界から相手が消えてしまえば、多少なりとも動揺する。

 

 見えない相手に対して、容易く看破できる察知型の能力。又、魔具があれば、対処は容易だったろうに。

 

生憎、フランメにそのような類いのものはなく、もろに斬られたダメージにより苦悶の声が漏らす。そして更に追い討ちをかけるように…

 

 

「■■■ーーーーーーッッッ!!!!」

 

 

 尋常な生物ではありえない力強く、そして不気味な咆哮を上げ、先端が刃となった触手による高速攻撃を繰り出すシャドウがいる。

 

 見えない相手を警戒しつつも、直に見える敵の猛攻のせいで、どうしても注意がそちらへと向いてしまい、Kが付け入る隙を作らせてしまう

この状況は、フランメにとってこの上なく忌まわしかった。

 

 

『ぐっ、小癪なッ!』

 

 

 だが。見えない、気配を知覚できないからと言って、対抗策が無い訳ではない。

 

 

『炎帝の尖兵を甘く見るなァッ!』

 

 

 業火。炎帝クラスの大悪魔には足元にも及ばないが、それでも。その次に位置する程に強力な熱量を秘めた炎を、己の身を守る為の防具として全身から噴き出し纏った。

 

 

「ぐうゥッ!」

 

 

 周囲を遍く灰塵に返還させかねない熱波を、その身に喰らってしまったKは一時的にインビスの希釈化能力が解かれ、吹っ飛ばされる。

 

 衣服と全身に魔力コーティングを施していた為に大事ないが、それでも腕や頬に重度の火傷を負ってしまい、その場に蹲ってしまった。

 

 

『勝機! ウオオオオオオオーーーーーッッッ!!!!!!』

 

 

 歓喜の咆哮を上げるフランメにとって、今の状況はまたとない好機に

違いない。これを見逃すほど間抜けではないが故に、フランメは炎を纏った4本の爪を合わせて刺突状の武器としてKの身体を勢いよく貫こう迫る。

 

 

「猫チャンッ!」

 

「グオォッ!!」

 

 

 別のもう一体のフランメと戦っているグリフォンは、Kが今まさに貫ぬかれようとしている場面を見て、シャドウの名を叫ぶと共に、三つの雷球‘を放った。

 

 雷球は、いつもの攻撃する為の雷球ではなく、『スパーク・バインド

』と呼ばれる技だ。

 

 これは相手を束縛する為の技で、文字通り三つの雷球は、フランメの足元の地面に着弾すると、囲い込むように紐状に伸びてその業火を纏う身体を押さえ付けた。

 

 

『ぐぬぉぉッ! なんだ、コレはッ?!』

 

『!! 束縛とは、姑息な!』

 

 

 自身の仲間が押さえ付けられ、身動きが取れない状態に晒された光景を見て、このスパーク・バインドの発動者であるグリフォンを打ち倒そうとするが、攻撃の悉くをグリフォンは余裕に避けてしまう。

 

 

「ハッハーノロマがッ!! ここまでおいでーーッ!!」

 

『おのれ! 愚弄するか!!』

 

 

 そんなことを繰り広げるグリフォンとフランメを他所にシャドウは、アメーバの如き不定形の形態になって、束縛されているフランメからKを遠ざけた。

 

 コレでひとまずは安心だ。元の形態に戻って心配そうに火傷を負ってない方の頬を舐めるシャドウ。そんな使い魔の心遣いに応えてか、少しばかり意識が上手く定まっていなかったKは、なんとか離さなかったバールを握り締め、松葉杖代わりに立ち上がって見せた。

 

 

「ありがとう。助かった」

 

 

 短く簡潔に礼を言うK。その表情はいつもの彼女とは思えないほどに温和なもので、その手でシャドウの頭を撫でる。

 

 為されるままにシャドウは身を任せ、その心地よさから猫科動物特有のゴロゴロと喉を鳴らす甘えの意味を孕んだ音を漏らす。

 

 

「さて。どうしたものか……」

 

 

 肉体的ダメージは中々といった具合にあるが、それでも魔具による能力の使用自体に問題はない。とは言え、あの業火の鎧によって斬撃が封じられてしまった以上、先程と同じ接近を主体とした戦法は困難となった。

 

「あの炎の鎧、お前でも無理か?」

 

「……ウォン」

 

 シャドウが音量の低い声で、申し訳そうに耳を項垂れ、頭を下へ向ける。

 

 魔具による斬撃が無効化されたとなれば、他の攻撃手段は三つに絞られる。

 

 一つは、魔力をコーティングしたバールによる刺突と殴打による技を用いたもの。

 

 もう一つは、魔力を形状変化させて放つ単純な魔力攻撃。

 

 最後の一つは、シャドウによる攻撃。

 

 三つの選択肢の内、いくつか。あるいは、その全てを連続して実行したとしても、フランメの纏う炎の鎧には通らない。

 

 貫通させる為の威力が十分ではないからだ。水を利用した魔具でもあれば、できなくもないだろうが、あればとっくに使っている。

 

 

『ぬぅッ! 虫の如く煩わしい鳥めがッ!!」

 

「ハッハー! 言ってろトカゲ野郎ッ!!」

 

 

 グリフォンの力をプラスすれば、まぁ、なんとかなるかもしれない。

 

 生憎、もう一匹の相手で忙しそうだが。グリフォンも何度も強力な技を放っているが、強力な炎の鎧によって掻き消され無効化されてしまっている為、未だ少し程度のダメージさえ与えられない状況だった。

 

 

「面倒な相手を遣わされたものだ………仕方ない」

 

 

 魔力を大量に消費する羽目になるが、打つ手がないと判断したKは転移の魔術を利用することで、この場からの脱却を思案する。

 

「来い! グリフォン!!」

 

 契約者と契約主の繋がりを利用した瞬間移動でグリフォンを手元に呼び戻すと、シャドウを自分の影の中へと戻し、グリフォンの脚を掴んで

飛翔するK。

 

 

『逃亡は許さん!』

 

 

 当然させまいとグリフォンが相手をしていたフランメがその強靭な脚力を駆使して跳び上がる。

 

 

『我も行くぞ! ハァァッ!!』

 

 

 スパーク・バインドによって封じられていたフランメも、その熱波を

勢いつけて解放した結果、稲妻の束縛を破壊し、跳び上がる。

 

 が、もう既に遅かった。

 

 

「"人と魔、この境において門を開き、橋をかけん"」

 

 

詠唱が紡がれ、凄まじい白色の光と共にKたちはその姿を眩ませ、もはや虚空には誰もいなかった。

 

一方、強烈な光によって一時的に視覚異常を起こしたフランメたちは、バランスを崩してしまい、着地もままならず地面へと身体を大きく殴打させてしまう。

 

しかし大したダメージなどない。人にとっては大怪我を負いかねないか

、もしくは。死に直結する高さだろうと彼等にしてみれば、地面から数センチ程度から落ちたに過ぎない。

 

 

『ぬうぉぉッ! 目が……おのれ逃げ遂せたか! なんと、不覚の極み

ぃぃッ!!』

 

『同じく。まことに恥ずかしいぞ兄上』

 

『この失態。死んで償うべきか、いや、次でこそ挽回すべきか。どう思う我が弟』

 

『挽回すべきだろう』

 

『うむ。炎帝様を守り抜く為に死するならともかく、こんな失態で恥を晒して死にたくはない。名案だな弟よ』

 

『しかし我が主に虚偽はいかん』

 

『おお! そうだッ! 危うく過ちを犯すところだったな』

 

『では兄上、やはり正直に行くか?』

 

『仕方なし。ゆくぞ、我が弟よ』

 

 

 なんとも言えない会話を繰り広げたフランメの"兄弟"……グニアスとサランは、自らが仕えし主の下へと焔を迸らせ、凄まじい速さでその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 







 今回出てきた悪魔『フランメ』の名前は、"火"を意味するドイツ語から取りました。4に出てきたブリッツが元はブレイドをベースに作られた『フロスト』という悪魔で、同じブレイド系列の悪魔であることと
、ドイツ語が由来になっている点からドイツ語の火を名前にしてみました。

 今回、名前だけ出てきたイフリータは、実際にイフリートの女性名として存在します。そもそもイフリート自体、現実のアラビア神話に登場する魔人で、女性バージョンもいるみたいです。


 あと、最後に……ジェスター、書いてて自分でもかなりウザかったです(笑)。






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第17話 The next move and speculation


 ※題名を変更しました。



 訳題『次なる一手と思惑』

 新たな幹部の登場です。








 

 

 悪魔とは、魔界に生息する異形の生物を指す。

 

 姿形。能力。性格。

 

 それらは個体ごとに違っているのだが、共通しているのは『人間を下等な存在と見下す、あるいは嫌悪』している点と、『力とそれに連なる強さを信奉する価値観』。

 

 悪魔にとって、力とは命の次に彼らにとって大事な部分で、だからこそ、人を弱者に過ぎないと思っている。

 

 せいぜい己の魔力を強める『贄』か。あるいは依代という、人間界で活動する為の『服装』程度の認識でしかない。

 

 よって、彼等は何の躊躇いもなく目的の為ならば、容易に人に害を成す。

 

 

『オォォォォッ!!』

 

 

 今宵もまた、悪魔が人間界へ訪れる。

 

 人の苦痛、恐怖、絶望を存分に味わう為におぞましい叫びを上げて人の世へと現れたのは悪魔の名は『ヘルゲ』。

 

 人並みに知能が高く、言語も理解し話すこともできる悪魔で、その生息総数は多種多様とある悪魔の種族の中でも不動の一位を貫いている。

 

 とは言え、彼等は悪魔としてはトッソ(最下位)か、ソプラス(下位)程度の雑魚でしかなく、稀に強い個体が生まれたとしてもコンプレア(中位)しか成り得ないが。

 

 更に特筆すると、ヘルゲには種類が色々ある。

 

 しかし悪魔のイメージを体現したかのような角と尻尾。そして焔を出すことができるという点は例外なく共通しており、今回現れた種類の名は『ヘルゲ・パニッシュメント』。

 

 縦状の両眼と口を持ち、特に口は顔を丸々半分に割るほどに大きく裂けており、並ぶ鋭い牙は人間の頭蓋骨どころか、鉄骨さえ噛み砕いてしまう。

 

 指は4本あり、牙と同じ性能を誇る為、一振りでも容易く人の命を奪い、頑丈なものでも破壊せしめる。

 

 

『ハァァ……イイね。旨そうな人間どもの匂いがたまらねぇぇなぁ』

 

『早く食っちまおうぜ。ガキの血肉は俺に寄越せよ?』

 

『ハッ! 相変わらず食いの好みがなってねーな。ガキ臭い肉より若い女の肉が絶品だぞ』

 

 

 そんな会話を仲間内で弾ませ、計8体のヘルゲは雑木林の茂みから、キャンプ場の様子を伺う。

 

 時刻はもう深夜なので、テントを張っている客はその中で眠りに就いている。

 

 音もなく襲いかかれば、容易に中の人間は悪魔たちの晩餐へと早変わりだろう。

 

 人間を一人や二人と複数襲うことなど、造作もない。悪魔に対する知識を持っていれば話は別だが、生憎、このキャンプ場に訪れている客は

 紛れもなく一般人。

 

 対抗する術を知らないどころか、悪魔など、その存在すら信じてはいない。

 

 そんな信じていない存在の腹を満たす為の喰い物へと成り下がる恐怖。家族連れの客達は、それをこれから嫌でも味わい尽くされる羽目になる。

 

 命乞いは通用しないだろう。

 

 運良く逃げることに成功しても、容易く追いつかれ、捕まって苦痛を与えられながらじっくりと喰われ、そして終わるだけ。

 

 ほんの一時の生を得るだけで、真に逃れることなどできはしない。

 

 "何事も起きなければ"の話だが。

 

 ボォォッ! 

 

 炎が燃え上がる音が唐突に聞こえて来たかと思えば、一匹のヘルゲ・パニッシュメントが一瞬……数字で表せば、ほんの2秒程度。

 

 体色が黒ずんだものに変わり、口から煙を吐き出す様に生命の鼓動も息吹も感じられず。

 

 それを見た他のヘルゲたちは、本能的に察する。

 

 立ったまま、それこそ物言わぬ像のように一匹のヘルゲ・パニッシュメントは絶命したのだと。

 

 

『どうなってる?! 何が起きた!』

 

『"術師"どもか? だが気配がない!』

 

『隠れてやがるんだ! クソッ! どこにいやがる!!』

 

『ギィッ』

 

 

 混乱の中、また一匹。

 

 今度はヘルゲ・パニッシュメントの胸を背後から何かが貫く。その衝撃と焦げ付くような熱い痛みに短い声を漏らし、命を散らすと共に身体は薪の如く燃え上がる。

 

 

「ふん。待ってみれば……とんだ雑魚だな」

 

 

 悪魔の身体を貫いたのは、なんと『髪の毛』だった。

 

 ヘルゲ・パニッシュメントを相手にそんな台詞を吐いた一人の少年は、その長い髪の毛を一本の束、ポニーテール状の三つ編みにしており、それがヘルゲ2体の命を奪ったものの正体。

 

 最初の"見えない攻撃"は、近くの木の枝。

 

 その茂みから髪を瞬間的にのみ伸ばし、人間はおろか並の悪魔の動体視力さえ捉えきれぬ高速の捌きで、ヘルゲ1体の首を断ったのだ。

 

 あくまで様子見するつもりだったのだが、今の自分でも対処できると判断した少年は、堂々と姿をヘルゲたちの前に晒したのだ。

 

 

『テメェか小僧!』

 

『ヒャハッ、見えりゃあ問題ねーよッ!!』

 

 

 8体の内、2体を葬った。

 

 そして、こうして姿を現したのはおそらく慢心しているのだろう。

 

 偶然とは言え、悪魔を2体も狩った。

 

 だったら他のも余裕で狩れると踏んで、その姿を晒した。

 

 少なくとも、6体となったヘルゲ・パニッシュメントたちはそう考え、一気に少年へとその牙を、爪を。

 

 突き立て、八つ裂きにしようと迫る。

 

 

「アホが。間抜けはさっさと死ね」

 

 

 だが、それは根拠のない"慢心"に侵された……愚かな持論に過ぎない。

 

 少年の髪は、"灼熱"を迸らせ6体のヘルゲ・パニッシュメントたちの首を瞬時に"焼き斬る"。

 

 

「掃除完了。さっさと報酬貰いに行くか」

 

 

 大して騒ぎを起こさず、迅速的に。且つ、比較的大きな音を立てずに夜のキャンプ場を守った少年は、そんな呟きを虚空に残して闇夜に紛れて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘッヘッ! まずは黒幕への痛手に乾杯ってな。ほらよ」

 

 

 魔界。悪魔たちが右往左往と溢れ蠢くその世界の、小さなボロ屋で情報屋を営んでいる矮小な悪魔である酒喰らいのバクスは、手に持ったワイングラスの中に半分と注がれているビールを傾けながら、それを勧める形でKへに差し出す。

 

 しかし、とうの本人はパラパラと分厚く、それなりの年数を感じさせる風化を伴った古本のページをめくり、見聞している。

 

 このまま無視するのかと思いきや、Kは本をパタンと閉じて、冷え切った目をバクスに向けた。

 

 

「悪いが酒は口に合わない」

 

「んだよ。一杯やれよ」

 

「大体それはお前が口をつけたのだろ。別のをよこすのが客に対する礼儀じゃないか?」

 

「そりゃ"悪魔"だからな。礼儀なんて高尚なもん期待すんなって」

 

 

 バクスはそう言って、ビールをゴクリと一飲みし汚らしいゲップを吹く。その臭いと無神経な行為に顔を嫌そうに顰めるK。

 

 するとKの刺青が蠢き、グリフォンとシャドウが出てくる。

 

 

「オイ! くっせーっての!! 猫チャンがやめろって言ってんぞッ

!!」

 

「グルル……」

 

 

 どうやら、グリフォンもシャドウも良く思ってないらしい。

 

 当たり前だが。

 

 

「どーどー! 落ち着けって。はいはい、わーるかったよ」

 

 

 とりあえず口では謝りつつ、適当にそう言って遇らう。バクスがこういった性根なのは知っているので、Kは敢えて目を瞑り、気分を切り替える為に新たな情報を求めた。

 

 

「アンノーウスの従えてる他の悪魔は? 勿論、雑魚じゃなくて幹部のだ」

 

「教えてもいいがよ、あと一つ分だけだぜ?」

 

 

 バクスは情報料に金銭を要求しない。彼にとって札束は紙屑に過ぎず、両手で抱えるしかないほど大きい金塊も金属のガラクタになるほど、彼にとって何の価値も見出さない。

 

 それよりも求めるのは『酒』。

 

 質の良いレアものなら、情報100個分も提供してしまうほどに彼にとって酒は、命の源といっても差し支えない貴重なものだ。

 

 Kは、そこそこ良い部類に入る酒を三つ分提供しており、二回消費している為、実質バクスから得られる情報は一回きりという訳である。

 

 

「酒ならまたくれてやる。もっと良いのをな」

 

「ヘッヘッそうかい! んじゃ、『ケルベロス』と『クラーケン』っつー、新着ホヤホヤの情報をくれてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side ??? 

 

 

 

 アンノーウスは、フツフツと沸き起こる憤怒の情念をマグマのように煮え滾らせながら、自らの下につく"幹部たち"を前にその口をゆっくりと。重く響くような声を解放させる為に開く。

 

 

「聞け。一言一句聞き逃すな。アラクネアのクソアマが死んだぁ」

 

 

 薄暗く、四方八方と壁や床、天井がまるで生き物のように蠢き、まるで心臓のような脈打ちを息づかせている。

 

 悍しく得体の知れない恐怖を呼び起こしかねない異様な空間の中でアンノーウスは、無数の硬質的な触手の様なものが幾重にも絡んだ玉座に腰を下ろし、威風堂々と。

 

 さながら揺るぎようのない王者の覇気を纏わせていた。

 

 ……ついでに言えば、底知れぬ怒気もだ。

 

 

「アラクネアが死んだのは痛い。アイツ自身に価値はねぇが、魂を良質化する物質を作っていたのは他でもないアラクネアだ。希魂が大量に手に入らないからこそ、代わりに魂の良質化で事を成そうって予定が……かなりぃぃぃ……狂っちまったんだよなぁぁ」

 

「ハッ! 死んだのかよあのキモ女」

 

 

 怒り絶頂という程に精神的によろしくない状態のアンノーウスだが、そんな彼など眼中にないとばかりにアラクネアに対する嘲笑の声を上げる者がいた。

 

 短めの金髪を逆立たせ、袖が異様に広い白色のシャツと青のズボンをラフに身に付けた青年。

 

 一目見たぐらいでは、その程度のことしか分からないだろう。が、彼もまた正真正銘『大悪魔』だ。

 

 

「こいつは嬉しい〜ね! おいアンノーウス! 俺に奴が運営してた企業をよこせよ!」

 

「たかが人間の組織など、どーするつもりだ」

 

 

 アンノーウスではなく、彼の右隣にいたブラウンカラーのスーツを纏った初老の男性が指摘する。

 

 

「金が欲しいんだよ。ボチボチ増やねーと無くなっちまう」

 

「そんなもの、奪えばいいだろ」

 

「人間界に入ったら"ある程度は"法に従うってポリシーがあるんだよ

 

 

 どうやら金髪の青年は悪魔でありながら、人間の布いたルールを言葉通り『ある程度は』尊重するらしい。

 

 人間に対する配慮と気遣いを一切持たない悪魔にしては、妙なポリシーと言う他にないだろう。

 

 そんな青年の言葉に初老の男性はそれ以上何も言うことはなかったが

、明らかに呆れを含んだ溜息を漏らす。

 

 

「ケルベロス。金ならいくらでもくれてやる。アラクネアが運営してた企業もな。だが、今は対策を捻ってもらわねぇぇと困るんだよぉ」

 

 

 金髪の青年……ケルベロスと言う名の悪魔は、その言葉に不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「策ならあるぜ。とっておきの、な」

 

「策? 能無しがよく吠える」

 

 

 今度はケルベロスの左隣にいた女性が、冷めた視線と表情で物を言う。

 

 長い銀髪に、ノースリーブの黒いシャツ。

 

 頭には軍帽を彷彿とさせるタイプのキャップを被り、服装は灰色の軍服。厳格さと冷酷さを織り交ぜた軍属の麗人というに相応しかった。

 

 

「あぁ? なんつったコラ」

 

「能無しがよく吠える、と言ったのだ。頭だけじゃなく耳も悪いのか?

 

 

 一瞬触発。まさしくそれを絵に描いたような、空気が重く張り詰めていく光景が展開される。

 

 

「……まぁ、いい。まずは聞けや」

 

 

 今にも彼が得意とする"雷撃"が放たれてもおかしくなかったが、寸前のところでケルベロスは抑えた。

 

 ここで暴れることは簡単だ。しかし、そうなれば黙っていないのがアンノーウスだ。

 

 ケルベロスもアンノーウスが極度の怒りに在ることは、わざわざ説明しなくとも理解している。同時にそれを一気に爆発させると言うことが

いかに愚かなことなのか、それも重々承知している。

 

 だからこそ自分に向けられた挑発に対し、その苛立ちと殺意を抑え込み、飲み込んだのだ。

 

 

「人間の血を集めればいい。人間の血は魂と同じで魔力を高めてくれる最高の嗜好品だ。けど分かってると思うが……ただ集めただけじゃ意味

がねぇー。どうしたって魂には劣るからな」

 

「自信満々に言うってことは……きちんと考えがあるって解釈していいんだろぉぉな?」

 

 

 アンノーウスの嫌にトゲの篭った指摘に動じることなく、ケルベロスは答えた。

 

 

「もちろん。そもそもなんで血が魂と同じ魔力を強める要因になるのかってー考えたことあるか? 血そのものじゃなくて、それを媒介に生命力が含まれてるからだ。そんで、この生命力を一気に向上させる儀式をやって『人間の血で出来たレッドオーブ』を精製するんだよ」

 

 

 レッドオーブとは本来、悪魔の血が凝固し石のように硬質化した楕円形状の物質だが、ケルベロスはそれを悪魔のものではなく、人間の血を材料に特殊な儀式を用いて造るというのだ。

 

 

「どうだ? これが俺の掲げる『ヒューマン・ブラッドプラン』だ。悪くねぇーだろ?」

 

 

 ケルベロスの提示して来たプランにアンノーウスは、暗く黒い瘴気に覆われた内側からスッと……満足そうに目を細める。

 

 

「確かに。発想はいいな。だが一つや二つ造る程度じゃ足りないぞ。人間が大量に消失すれば騒ぎになる。そのせいで嗅ぎつけられた場合、どうするのか。その辺のところも考えてんのか?」

 

「んなもん、大事にならないよう人を集める方法なんざ、いくらでもある。もし万が一嗅ぎつけられたってんなら……俺が直に始末する」

 

 

 揺るぎようのない確固たる自信。それを嘘偽りのない言葉で示した以上、アンノーウスは何も異議の一つさえ発言することはなかった。

 

 ただ、命じるのみ。

 

 

「ならやれ。"雷獄の覇龍"の名に期待する」

 

 

 それを聞いたケルベロスは、ニヤリと。不敵な笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷獄。魔界の深層にある『地獄界』において、落雷が常に降り注ぎ、絶えず地面を稲妻が疾り抜けるその領域は、生半可な強さでは意味を為さず、命を落とす程に過酷な環境となっている。

 

 その雷獄の頂点に君臨する悪魔がいた。

 

 "雷獄の覇龍"と謳われ、恐れられる三つ首の龍の大悪魔。その名を"ケルベロス"。

 

 彼が放つ稲妻は幾億と犇く悪魔の大群を容易く消し炭に変え、地形さえも変えてしまうほどに強力であり、無慈悲。

 

 その身体は一切余さず"雷"で構成されているので、物理的な攻撃はおろか雷属性の攻撃は全く意味を為さず、通用しない。

 

 つまり……。

 

 

「オレ用無しィィィィィッッッ!!」

 

「よく分かったな。チキン頭にしては上出来じゃないか」

 

 

 バクスの酒場で絶叫するグリフォン。その様は自分が次に戦うであろう相手に対し、一切役に立たないという現実を前に絶望するかのような

……いや、実際してるのだろう。

 

 暗い雰囲気を纏わせて端っこの方で項垂れる彼の姿は、見る者によっては哀愁を匂わせるかもしれない。が、Kはあくまで無関心。

 

 

「ケルベロスと言う悪魔については分かった。それで、もう一体のクラーケンに関しては?」

 

 

 勝手に腐っていく鷹の悪魔を無視してKはバクスにもう一体に関しての情報を促す。

 

 

「クラーケンは魔界の表層……つまり、俺達がいる人間界の影であるこの領域全ての海を支配する、まさに"海の女王"ってヤツでな。見た目は銀髪の美人な姉ちゃんだが、気を付けろ」

 

 

 やたら妙に真剣さを含ませて、バクスは語る。

 

 

「クラーケンは自分に楯突いた連中の魂を取ってコレクションにしちまうのさ。それを美術品の中に入れて楽しむっつー、実に悪魔らしい趣味をしてやがる。けどそれは……まだいい方なんだよ」

 

 

 手元にあったビール瓶を手に、グイッと。

 

 中身をゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み込んでいき、ある程度飲むと口から瓶を離し、話を続けた。

 

 

「取られた奴等の中には苦痛と恐怖……絶望しか感じることのできない特殊な仮初の肉体に入れられて、とんでもなくヒデェ拷問されてるって話だ」

 

 

「なるほど。とことん悪魔らしい訳か」

 

 

 嗜虐思考はアラクネアと同等か、それ以上か。

 

 何にせよ、悪魔とは大抵自分より下に位置する人間を蔑み苦痛を与えて快楽を見出す輩が大半なので、性格や趣味思考はKにとってはどうでもいい。

 

 もっとも知りたいのは、どういった魔術あるいは能力を持っているのか。または弱点など戦うことを想定した上で、それに役立つ情報なのだ

 

 

「あー、はいはい。肝心の能力とかだろ?」

 

 

 目で訴えていたのが伝わったらしく、説明を始めた。

 

 

「海を支配するだけあって、水を操作する能力は勿論、水を司る魔術も得意だ。あと毒もあるらしいから、こいつには特に気をつけた方がいいぜ」

 

「分かった。それで、その悪魔たちの居場所は判明してるのか?」

 

「いいや。どうにも隠蔽が上手くてな。アラクネアがお前さんにやられてから、慎重になってるらしい」

 

「……なら、こっちから探し出して始末する」

 

 

 そう言うと椅子から腰を上げて、立ち上がる。

 

 開き読んでいた本をパタンと。音を立て閉じ、本来の持ち主であるバクスに差し出した。

 

 

「中々面白かった。ありがとう」

 

「お、おう」

 

 

 返されて来た本を受け取りながら、素直に礼を述べて来たKに思わず、少しながら動揺を見せるバクス。

 

 出会った当初から、素直に礼を言わなさそうな……どこか棘を帯びた雰囲気を漂わせ纏っていた為、まさかこうもすんなりと礼を言ってのけるとは、思ってもみなかった。

 

 それも柔らかい笑顔つきで、だ。

 

 戸惑いを感じてしまうのも無理ないだろう。

 

 

「また来る」

 

 

 そう言い残し、一人と二匹は酒場を去る。

 

 去り際に受け取った本を改めて見てみるが、本自体は別段普通のものだ。散歩気分で人界を訪れたバクスが見つけ、まぁ、暇潰しになるかな

と思いゴミ捨て場から拾ってきたものだ。

 

 普通に書店に行けば買えるであろうソレを、どういう訳か。Kは食い入るように見ていた節があった。

 

 

「……なんか思い入れでもあるのかね? こんな本に……」

 

 

 本のタイトルは『オーディンの詩集』。

 

 北欧神話における最高神にして戦神。同時に詩文の神でもあった彼は神話の物語の中で様々な詩を口にする場面があり、又、それ以外でもオーディンが作り上げたとされる詩文の数々が、この本には余さず載っている。

 

 

「……つーか、アイツ。詩なんて読むのかよ」

 

 

 意外な事実だった。バクスから見ると、とてもそんないい趣味を持っている風には見えないので、素直に驚いたのは……ここだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 






デビルメイクライ5が公開されてから、何ヶ月と経ちましたが……こう
、なんか追加ストーリーとか、そういうのが欲しいと思う今日この頃。

冒頭に出てきた少年の正体は、後々……。





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第18話  Burning phantom




訳題『灼熱の幻影』



何気に今回、あの子が出てきます。






 

 

 

 

 

side 謎の少年

 

 

 

 

 

昨晩。ヘルゲ・パニッシュメントを8体狩って見せた例の少年は、自身と"妹"が暮らしているキャンプカーの中で軽い朝食を作っていた。

 

最初にフライパンでウィンナーを炒め、その上に生卵を落とし、蓋を閉じる。

 

そして3分後に蓋を開けて、中のウィンナーと目玉焼きを皿へと乗せる。

 

ただそれだけの単調な調理法。小難しい手間を省き切っているので、料理が苦手な人でも問題なくできる。

 

少年はできたソレをテーブルまで持っていき、既に椅子に腰かけ、スタンバイしている妹の目の前へと置いた。

 

 

「ほら、朝飯。目玉焼きウィンナーだぞ」

 

「むー……またこれ? 最近こればっかじゃんかよ」

 

「文句言うな。徹夜で"悪魔退治して来たんだぞ"。今日も仕事が入ってるから無理だが、きちんと豪華で美味いもん喰わせてやる。だから少しくらい我慢しろ"クリス"」

 

「ん……まぁ、それならいいっか」

 

 

長くふんわりとした銀髪の少女クリスは、不承不承といった様子でフォークを手に取り、目玉焼きの黄身の部分と、その下のウィンナーを同時に突き刺す。

 

敢えて半熟にした為、中身の液状の黄身が漏れ出てしまったが、しかしどうせ口の中に入れば否が応でも中身は出てくる。

 

そんな単純過ぎる理屈など気にする道理はなく、口の周りを汚しながら、もっきゅもっきゅと食べていく。

 

 

「ほら、拭け。汚れてる」

 

 

近くにあったナプキンを手に取り、それで口の周りを拭くように言う。

 

 

「サンキュー、"トム兄"」

 

 

クリスは少年をトム兄と呼び、ゴシゴシとやや乱暴に拭いていく。

 

呆れた溜息をトムは零すが別段嫌と言う訳ではなく、ただ小さかった頃と何一つ変わらない妹を見ては、顔には出さないが嬉しく思っていた。

 

微笑ましい兄と妹の光景だが、一つの不穏な気配が水を差す。

 

 

「……」

 

 

妹が自分が渡した布巾で口周りを拭っている最中に感じた、一つの気配

 

自身が嫌と言うほどよく知っている気配だ。

 

 

「クリス……」

 

「分かってるよ。まぁ雑魚だろ?」

 

「ああ。ちっと外出てるから、お前も食べたら食器とか片付けておけよ」

 

 

そう言って、出入り口のドアを開けた設けられている三段しかない階段を踏み締め、降りていくトム。

 

2人が住んでいるキャンプカーは、知り合いが所持している家が2軒建てれる空き地に駐車しており、それ以外は特に何かあるという訳ではない。

 

が、この世ならざる者が時々トムやクリスを目的に訪れることがある。

 

 

『なんと嘆かわしい。こんなチビクソの人間如きにやられるなんて……我等ヘルゲの種の名に傷がつく!!』

 

 

それはまるで芋虫と称されても、おかしくないブヨブヨとした肉塊の巨体。

 

ヘルゲ・パニッシュメントに似た顔だが角が左右4本とあり、顔の下には計6の腕が左右3対の位置で生えている。

 

この悪魔の名は、ヘルゲ・ワーム。

 

人型のパニッシュメントとは異なり、芋虫のような巨体を有するヘルゲの一種で、パニッシュメントよりも上位種に当たる悪魔だ。

 

 

『逃げられると思うなよ。貴様は今、この瞬間。我が支配する魔の領域へ引き摺り込まれたのだから』

 

 

その言葉が決して嘘ではないことは、すぐに証明された。

 

空が赤い雲に覆われ、生きる為に必要な空気が人の身体を害する毒性を秘めた瘴気へと変わる。

 

世界は、おぞましく変容した。

 

だが、この光景は人の世界が変わったのではない。

 

トムがヘルゲ・ワームの手によって魔界に似た特殊な空間が成す領域へと文字通り、『引き摺り込まれた』だけに過ぎない。

 

ヘルゲ・ワームは魔術を扱いに長ける程の知性を有する。特に一定範囲における空間を侵食し異質な法則によって成り立つ領域を創り出すことのできる魔術を得意とし、これによって自分に有利な環境を整え攻める手法を用いて、仕留める。

 

これを駆使することで弱肉強食の理が支配する魔界を生き残って来たのだ。

 

 

『この瘴気は我には無害。だが、それ以外にとっては身体を侵す猛毒…「うるせぇ」!!ッ』

 

 

ワームの口から吐き出される演説臭い長々とした台詞。それを遮った声に苦悶の様子は見られない。

 

その声の主は、他でもないトムだった。

 

 

「ゴチャゴチャ、ベラベラ、あーだ、こーだってほざくのは勝手だ。確かに悪魔は人間を欺くもんだしな。だがよ、それは塵糞にも劣る雑魚の話だ。本物の悪魔は力をもって相手に示す。その命を、魂を奪ってなァッッ!!」

 

 

黒い瘴気が周りの空気として構成しているその環境の中で、トムには息苦しささえありはしない。

 

普通の人間なら、ろくに呼吸ができない筈。更には瘴気の"圧"によって体が負荷に耐えられず、窒息する前に内部の臓器が潰され、腐敗していく筈なのだ。

 

だからこそ、ワームは驚愕と困惑を混ぜ込んだ目でトムを見る。

 

ワームも言ったことだが、人間にとって瘴気とは毒以外の何物でもない

。悪魔と契約を交わしその力を得たのなら無害だが、ワームの目から見ても明らかに少年は人間。

 

にも関わらず、この領域に平然としている。何故なんともないのか。

 

答えは単純。トムの"保有する魔力"がワームの魔力を遥かに越えているからだ。しかしワームはその膨大な魔力を感知できておらず、その単純な答えに気付いてはいたが、何故少年から魔力を感じ取れないのか。

 

疑問ではあったが、そこからある可能性が浮かんで来た。

 

 

「き、貴様、まさか"魔人"か?!」

 

「今更知っても遅せぇんだよ」

 

 

少年は口端を釣り上げ、ニヤリと嗤う。

 

三つ編みに束ねられ、先端がどことなく蠍の尾のソレに似た形状の長髪を蛇の如く操り、素早い速度でワームの右目を抉り、そのまま背後の後頭部まで貫通せしめた。

 

 

「ウギャアアアァァァァッッッ!!!!」

 

 

例えようのない激痛がワームを襲う。人間なら痛みを感じることなく即逝けただろうが、生憎そう易々と死ねない悪魔にとって、まさに地獄の苦痛と言っていいだろう。

 

 

「おいおい、情けない悲鳴上げんなよ。まぁ、俺も昔腹ブッ刺されて喚いたことあんけどよ」

 

 

懐かしそうに言うが、そんなことはワームにしてみれば知った事ではない。

 

すぐに引き抜こうとトムの髪を掴むが……。

 

 

「熱ゥゥッ!! な、なんだァァァァ?!」

 

 

すぐに手を離し、疑問に叫ぶ。

 

なんと髪が灼熱を宿し、燃えていた。だが不思議なことに髪そのものは燃えず、あくまで炎が燃え滾っているだけという、訳の分からない現象を引き起こしていたのだ。

 

しかしワームにとって、そこは問題ではなかった。この程度のことは"術師"でも可能だからだ。

 

問題なのは、自身を貫いているこの髪の束が抜けないことだ。

 

刺突に加えて高熱による激痛は耐え難いもの。

 

苦痛に悦を感じる性癖でもない限り、そのままの状態でいたいなど思う筈がない。なんとしても、この地獄の如き苦痛から脱却したかった。

 

 

「安心しろ。もう終わりだ」

 

 

髪から発せられる炎が一気に爆ぜる。

 

千度以上の熱を保有する業火は、ワームの肉を。骨を。その魂さえも消し炭へと変えた。

 

呆気なくヘルゲ・ワームはこの世から退場。

 

同時に世界が元に戻り、トムは取るに足らない雑魚悪魔に労力を使ってしまった事実に溜息を吐いた。

 

実際のところ、彼が悪魔によく絡まれることは、ほぼ日常のルーティンと言っていい。

 

しかし絡んで来るのは総じて大した力を持たない癖に態度だけは威張り腐る、雑魚かそれ以下の塵と称するに値する弱小の悪魔が殆どだ。

 

強靭な力量を兼ね備えているのであれば、格下なんぞよりも自分と同格か。あるいはそれ以上の相手と渡り合いたい、というのが本心だ。

 

だが願ったところで、運も神もそれを叶える事はなかった。

 

たった今、雑魚を相手にしたのがその証拠だ。

 

 

「はぁぁ。歯応えあるヤツはいないのか?」

 

 

彼以外の誰の耳に届くことはない、そんな呟きが空気に溶けて虚空へ還っていく。

 

人でありながら、生まれながらに悪魔の力を持つ"魔人"にして、"悪魔殺しの便利屋"は今日も退屈なルーティンを済ませる羽目になって

しまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファントム。

 

1万年という人から見て途方もない時間を生きた強力な悪魔であり、その姿はサソリのようなハサミ状の二本の前足と尾を持ち、その外骨格は魔剣士スパーダの剣戟さえも意に返さない程鋼鉄よりも遥かに硬く、筋肉や血液がマグマのような超高温の物質によって形成された巨大な蜘蛛そのもの。

 

触ろうとすれば、大火傷どころか骨さえも残さず灰燼に帰してしまうだろう。

 

それが、魔界で上位に君臨するファントムという悪魔である。

 

ファントムはKがいる世界の悪魔ではなく、魔剣士スパーダとその息子兄弟が存在する世界の悪魔だった。

 

その世界の魔界を総べし魔帝ムンドゥスの腹心で、己とよく似た形状をした土塊の蜘蛛悪魔であるサイクロプスや、空を遊泳する巨大な百足型の悪魔ギガピード、ハエの悪魔ベルゼバブといった虫系悪魔の軍勢を従えていた。

 

だが彼自身、その性格は猪突猛進を地で行くというもので、自分はそうでなくとも、周囲からは『脳筋』やら『頭なしの突進蜘蛛』などと揶揄されていた。

 

そんなファントムだったが、決して無能という訳ではなかった。

 

虫系悪魔の特性を理解し応用した戦略を駆使。その結果、数多くの戦績を残した将たる側面を有している。

 

例えば、数時間という単位の短期間で倍々に増えていく異常な繁殖力と増殖力を利用した物量戦。これにより、瞬発力が厄介だがその分消耗が早いという欠点を持つ種の悪魔に対し、完全殲滅という形で戦果を収めて見せた。

 

それに加え、己自身の強大な魔力と実力、そして外骨格の頑丈さを活かした特攻で配下の軍勢をカバー。

 

敵将の悪魔を討ち取って見せたりもした。

 

とは言え、それでも魔帝の右腕であったスパーダと比べるとその差はかなり大きいものがあったが。

 

しかし腹心として、魔帝に楯突く勢力を根絶やしにしていった事実は確かだ。そんなファントムだったが、スパーダが反逆した日、その短気で猛進的な性分が災いして特殊な結界に嵌ってしまい、魔力の大半を奪われるというヘマをやらかしてしまった。

 

その時のファントムの怒りは、壮絶なものだっただろう。悪魔の誇りである力を奪われ、雑魚と同列に並ぶ。

 

力を信奉する純粋な悪魔たるファントムにしてみれば、屈辱以外の何物でもなかった。

 

それでもフツフツと燃え滾る憎悪と怨嗟に耐え忍んだ。

 

復讐の時を、自分から力を奪ったツケを支払わせる為に。

 

大半の魔力が喪失して以降、ファントムは日々の多くを休眠に当てがった。無駄に魔力を消費することを抑える為だ。

 

しかしそんな節約なんかで事足りる筈がなく、足りなければ危険のない雑魚悪魔や、魔界に堕ちた人間の魂を喰らい、それを魔力の糧としていった。

 

地道で惨めな日々だった。誇り高い悪魔である筈の自分がちっぽけな人間の魂や、塵に等しい知性すら持たない雑魚悪魔を喰らい、怠惰に眠りを貪る。

 

情けない。忌々しい。

 

それでもファントムはスパーダへの復讐を諦めず、ひたすらその手段を繰り返し、ようやく。

 

二千年という長き月日を経て、完全な力を取り戻すことに成功した。

 

歓喜した。取り戻した己の力に酔いしれた。

 

2000年の間に喪失しかけていた強大なる魔力を持つという、この言葉にし難い感覚。

 

 

"………ハハ、フハハ、ハーッハハハハハッッ!コレだ! これこそ俺だ! 今この瞬間を持って己を取り戻したぞォォォォッッッ!!!"

 

 

叫ぶ。力を取り戻したと。ファントムは魔界の大気を震わせるが如く笑い声を上げ、自身の復活を宣告した。日々彼を嘲笑っていた悪魔どもは恐怖に慄いた。力を取り戻したのだから。

 

力を失ったこともそうだが、無駄な足掻きだと思って嘲笑い、侮蔑を吐いて来た彼等はファントムの復活を泡沫の夢と断じ、起こり得ない等と高を括っていた。

 

しかし、それが現実になった今、彼等を待ち受ける結末は一つ……。

 

 

"コケしてくれた礼だ。盛大な祝砲をくれてやる!!"

 

 

超高温の魔力を収束させ、一気に天へ向けて放つと、魔力は分散しまるで地表を抉り砕く隕石のように降り注いだ。

 

悪魔たちは容易く塵と化して死んだ。

 

断末魔の叫びを上げる暇もなく、呆気なく。

 

自身を嘲笑い、侮蔑下劣な罵声や嫌味を吐いて来た中級クラスの悪魔たち。それらを掃除できたことに対し、ファントムは清々しい気分を得て、それを存分に味わう。

 

中々気分の良い余韻に浸っていた矢先、ふと。かのスパーダに似た強大な闘気を人間界から感じ取る。

 

 

"もしや、スパーダなのか"

 

"この俺から力を奪ったことを、後悔させてやる!!"

 

 

スパーダである可能性が高い。

 

確証があろうがなかろうが、それ自体はファントムにとって問題ではない。可能性があるなら阻む障害を悉く破壊し、蹂躙を尽くしてでも向かう。

 

力を取り戻したとは言え、やはり2千年という年月を得ようとも変わらない短気で猛進的な性格は変わらない。

 

そもそも、ファントム自身に変える気がないのだから、変わらないのも当然かもしれない。

 

ともあれ。ファントムはその闘気を辿り、人間界へと現界を果たす。

 

現界した場所は、地図にない無人のマレット島。その城に設けられた礼拝堂の天窓を魔界のゲートにして通り、自身の存在を知らしめる為の咆哮を上げる。

 

そこに、強大な闘気の持ち主はいた。

 

残念なことにスパーダ本人ではなく、その息子であるダンテなのだが……それを知るのは、己の死に際だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファントムは二度に渡りダンテと激闘を繰り広げた末、二度目の戦いで彼の渾身の一撃に怯み、その結果。

 

最初に天窓を割って現れたのと同じように、二度目の戦いの場である城のバルコニーの天窓を割って落下。

 

その下にあった騎士の像が持っていた槍の先端に背中から腹部を貫かれ、それが致命傷となってしまった。

 

 

"貴様……何者だ! 人間ではないな?!"

 

 

己の死を悟りつつも、どうしても知りたかったことをダンテに問い掛けた。

 

最初会った時、ファントムはダンテをただの人間だと判断したが、今となってそれは違うと認識を改める。

 

もし、彼がただの人間なら容易く己の餌か消し炭になっている筈だ。

 

しかし、どうしたことか。

 

彼は上級悪魔であるファントム相手に奮闘し、結果的にとは言え、倒してしまった。

 

なら……ダンテは悪魔と契約を交わし、力を得た人間なのか?

 

しかしそういった類の人間というのは大抵、雑魚悪魔と契約して大した力を持たない者が殆どだ。

 

ファントムのような上級悪魔が人間に下ることもなければ、その力を貸すなど有り得ない。

 

全くない、という訳ではないが理由が単なる気紛れや戯れの類なので、非常に稀な例と言える。

 

だが、それでも。あくまで直感的なものだが己の勘が"違う"と訴えている。

 

ならば、何だ。何だというのだお前は。

 

どれだけ思考を回転させようとも明確な答えは得られなかった。だが、その時ファントムは彼の姿がある悪魔と被るのを見た。

 

それは、単に錯覚の類だが、それこそが答えに

近かった。

 

 

"まさか……伝説の魔剣士スパーダなのか?!"

 

 

魔剣士スパーダ。

 

自身の主であるムンドゥスに歯向かい、あろうことか人間に下った愚かな悪魔。そして、自身の力の大半を奪った憎き相手。

 

それが、己を追い詰めた男の正体だとでも言うのか。

 

ダンテはファントムを見下ろし、不敵な笑みを浮かべつつ、答え合わせをするように自らの正体を明かした。

 

 

"鋭いな。その息子の……ダンテだ"

 

"ネンネしな"

 

 

スパーダの息子。あの魔剣士に息子がいたという事実に驚愕すると共に肉体が崩壊。

 

ムンドゥスの腹心の中で最初にダンテに敗れた悪魔として、その生に幕を下ろした。

 

しかし、何の因果か。

 

スパーダの息子に敗れた悪魔の魂は、魔界へと還ることなく転生を果たす。

 

それも並行世界に。

 

あろうことか……前世の記憶を持ったまま"悪魔の力を持った人間"として。最初、ファントムは困惑を隠し切れなかった。

 

何故、自分が人間の姿に?

 

魔力は感じる。が、かつての巨大な大蜘蛛の姿にはなれず、見えると言ったら木々や鬱蒼と生える草以外に何もない。

 

森の中にいる。せいぜい分かることはこの程度だ。

 

 

「……冗談だろ? この俺が、人間だとぉぉぉッ

!!」

 

 

沸き起こる憤怒に呼応するように己の魔力が炎へと変換され、周囲を悉く燃やしてしまう。

 

すぐに鎮火したが、彼の周りにあった植物は大きさや種類を問わず木々は一瞬の内に炭へと変わり、草に至ってはもはや炭の粒子そのものとなって原型などない。

 

 

「ええい、クソッタレ! 死んだと思ったらなんだこのザマは!! 意味分かんねーよ!!」

 

 

見たところファントムの外見は、肩まで長い黒髪の9歳程度の少年といったところだ。

 

先程まで青かった瞳の色が赤に変わるといった特異的な特徴はあるが、それ以外では特になく、外見だけで物を言えばどこにでも男の子だ。

 

そしてこれが…ファントムが並行世界へと転生し、己の置かれた状況を把握。同時に今生の姿を認識した始まりの記憶である。

 

後に彼はある家族と出会い、『雪音トム』という名を貰うに至るのだが……それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"魔人"とは、人でありながら生まれつき悪魔の魂を有した者を指す。

 

大抵、その力は強大なもので、かつて悪魔として生きていた前世の記憶…というより、ほぼ意思がまったく同じで、本人からしてみれば死んだと思いきや、何の脈絡もなく人間の肉体に捻じ込められたような感覚らしい。

 

特徴として、見た目自体は然程変わりはない。しかし魔人は"その保有する魔力を悪魔が感じ取れない"為、『ただの人間』と誤認される。

 

観察眼が鋭いか、あるいは万象を看破する類の能力を持っていなければ

、正確に判断することは不可能だろう。

 

 

「で、アレか? その魔人っつーのを仲間にしようってか? 大丈夫なのソレ」

 

 

人気のない路地裏。

 

建物の壁が左右に並び立ち、コンクリートで覆われた道を踏み締めて歩いて行くKの横でグリフォンがバサバサと音を立てて、Kから聞かされた"魔人"という存在について、

 

 

「お前が役に立たないからな。シャドウだけじゃ心許ない」

 

「そんならよォ! ナイトメアに頼んで協力してもらう方が楽なんじゃねーの? アイツの力は冗談抜きで国一つは余裕で落とせるんだぞ」

 

「響から悪魔を寄り付けなくさせるには、ヤツの力は必要だ。何かあってからでは遅いんだ」

 

 

ケルベロスへと標的を定めたKにとって、グリフォンは足手纏いとしか言えないほどに役には立たない。

 

他の事ならば話は別だろうが、ケルベロスとの戦いでは雷や電気を吸収し回復・強化することのできるケルベロスはグリフォンにとって最悪の天敵だ。

 

おまけにアラクネアと同じ上位(アパルト)に君臨する大悪魔。

 

アパルトに近い中位(コンプレア)程度の強さしかないシャドウだけでは、確かに不安が残るところだろう。

 

だからこそ、Kは"依頼"することにしたのだ。

 

自分と同じく悪魔の存在を知り、人に仇名す魔を狩る者に。

 

 

「つーかよォ、その魔人って連中はどのくらい

いんの? そんで連中の誰を誘うとか……そーゆープランあんの?」

 

「だいたいで一つに国に一人か二人、ぐらいの

割合だな。誰にするか既に決めてる。任せろ」

 

「"私にいい考えがある!"、とか! そんなんじゃないだろーな? マジでフラグってのは勘弁だぜ」

 

「訳の分からない事を言うなトリ頭」

 

 

一人と1匹。そんな会話を交わす内に時間は過ぎていく。歩く目的は勿論あり、決して気まぐれの散歩気分で歩いていた訳ではない。

 

目的の人物に会う為だ。狭い道を進んでいたKとグリフォンは、やがてそこそこ広い場所に出る。

 

子供が遊ぶ為の遊具が設けられている公園だ。

 

休日なら幼い子供たちが遊び、保護者たちが井戸会議に花を咲かせているそこも、さすがに平日は人っ子一人いない。

 

せいぜい、いたとしても野良猫か羽虫といった人間以外しかいないだろう。だが。この公園を包み込む熱気のような異様な雰囲気が漂い、それらさえも近寄らない領域と化していた。

 

 

「……ナァ、Kチャンよ。オレさ、なんとな〜く覚えがあるんだよな。この感じ」

 

「つい最近か?」

 

「いいんや、もうスゲー昔からさ」

 

 

公園に漂う熱気を含んだ魔力にグリフォンは覚えがあった。

 

かつて、共に魔帝に仕えた同胞の灼熱の大蜘蛛。自身の力に絶対の自信があり、空を飛ぶ自分を"羽虫"呼ばわりして喧嘩腰に突っかかていた記憶が悪い意味でフツフツと蘇って来る。

 

そして。

 

 

「お前が依頼主か? それに……どっかで見たことのある羽虫野郎がいるなぁ?」

 

 

この世界におけるデビルハンターにして、悪魔の力を秘めた魔人『雪音トム』が静かに佇み、ギラついた視線でKとグリフォンを一瞥していた

……。

 

 

 

 

 

 

 








ーーちょっとした補遺ーー


雪音クリス/原作同様、幼少期に紛争に巻き込まれて両親は死亡(経緯も原作通り)。しかし彼女の両親に拾われ養子となっていたファントムことトムが兄として居たこと。これがその後における原作との転換点になった。

なんとかトムの力で窮地を脱し、おかげでフィーネに引き取られることなく、その後は二人で各地を転々としながら兄妹で暮らすことに。

性格は特に変わりなし。




雪音トム(ファントム)/かつて魔帝ムンドゥスが腹心の上級悪魔だったが、スパーダの息子ダンテに敗れ死亡。その後、何の因果か魔人としてシンフォギアの世界に転生。

最初は色々と戸惑っていたが、同じ魔人の『ある人物』と出会い、この世界に関する情報を教授される。2、3年は一人であてもなく放浪していたところを雪音夫妻に出会い、紆余曲折を経て養子に。

クリスにとって義理の兄となる。

紛争に巻き込まれる形で両親は死亡するが、悪魔としての力を駆使して
クリスと共に紛争国だったバルベルデを脱出。以降は兄妹二人で各地を転々とする形で暮らしている。

性格は基本的にファントムの頃と大差はないが、傍若無人で血の気の多かった悪魔時代と比べると、人と接する上での常識を心得ているので幾分かマシになっている(これも雪音夫妻の教育の賜物)。

ちなみにクリス大好き。気安く近づいてくる害虫(男)は焼却処分する方針。





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第19話  Cooperation



訳題『協力』







 

 

 

 

 

 

グリフォンにとってファントムという悪魔は、鬱陶しいこの上ない存在と言えた。

 

生前は共にムンドゥスの腹心として任に当たることもあったが、顔を合わせる度にファントムはグリフォンを羽虫と罵るのが常だった。

 

前契約者だったVの悪夢として顕現した際もそうだ。

 

羽虫扱いは変わらず、あろうことか悪夢故に消えてしまうというのにも関わらず、悪魔としてのプライドからVとの契約を拒み、襲い掛かって来た。

 

そんなファントムがどういう訳か。この世界に居てしかも、魔人となっているなど。想像できる筈もないし、グリフォンの心境を考慮すればしたくもないだろう。

 

 

「随分小さいナリになったじゃないか。まるでベルゼバブのようだなァァ?」

 

「ハッ! 小さいナリになったのはお互い様ダローがよ。相変わらず脳ミソ筋肉デブだな」

 

「あぁ? 死にたいのか羽虫」

 

「アァン? やんのかチビガキ」

 

 

互いにメンチを切り合うグリフォンとトム。

 

生前と何ら変わりない、かつての魔帝配下たちによる喧嘩は違う世界でも行われようとしていた。

 

 

「やめろ。そんな事をする為に来たわけじゃない」

 

 

それを阻止したのは、Kの鶴の一声だった。

 

 

「"デビルハンター"…悪魔を狩る生業の者は知られてないだけで世界中にいる。中でも生まれ持って悪魔の魂を持つ"魔人"は、かなり腕が立つ」

 

「詳しいな。同業者か?」

 

「生憎、コレでの収入はゼロだがな」

 

 

トムの言葉をやや皮肉ったように答えるK。

 

実際Kは悪魔を狩ってはいるが、それは依頼ではなく、個人の私情によるものだ。

 

悪魔が人の世を犯し、人を貶め喰らう。

 

それが許せないから。それだけの為に、彼女はグリフォンたちと契約する以前から悪魔を狩り、同様にノイズを狩って来た。

 

 

「そうかい。それで……だ。俺に依頼するっつーことは、それは当然悪魔を狩って欲しいっていう認識でいいんだよな?」

 

「ああ。その通りだ。悪魔の名は"ケルベロス"。雷を操り、奴の体も雷で出来てるらしい。聞き覚えは?」

 

「"こっち"じゃないな。"向こう"だとケルベロスは氷を操るワンコロだったからな」

 

 

トムが言う"こっち"とは、トムが転生し新たに生を受けたこの世界であり、"むこう"とは、彼がファントムとして生きていた世界を指している。

 

グリフォンと旧知の間柄ということもあって確信していたが、Kの思った通り、トムはグリフォンがいた世界の住人だった。

 

敢えて隠さずに言ったのは、グリフォンを使役しているKも大体の事情を知り得ているだろうという予想。そして、別段知られても特に問題はないという、この二つから理由からだ。

 

 

 

「なるほど。いつ頃からこっちに?」

 

「だいたいで数年前だ。正確には数えちゃいねぇよ」

 

「そりゃそーだろ。お前の頭の中には筋肉しか詰まっアァァァァーーーーーッッ!!!!」

 

 

いらん事を平然と口しようとしたグリフォンは、トムの蠍の尾に似た三つ編みの髪の鞭によって横から野球のホームランの如く、遠くへ情けない悲鳴を上げながら吹っ飛ばされてしまった。

 

だが容易に戻って来るだろうと判断したKは、その事についてトムを責めるようなことはせず、話を続けた。

 

 

「とりあえず事情は分かった。ケルベロスはかなりの実力を秘めた相手だ。位で言えば『アパルト』……いいのか?」

 

「元悪魔を舐めるな。こっちは最近雑魚しか狩ってないからな。いい加減、歯応えのある相手でないと腕が鈍りそうなんだよ」

 

 

獰猛さを孕んだ不敵な笑みを浮かべ、問題はないと言ってのける。

 

いくら人間に生まれ変わっても、当時の記憶や自らの意思は健在で、それは悪魔としての闘争本能も、だ。

 

存分に力を出して戦いたくとも、雑魚は容易く死ぬ。今まで数多くの依頼を受けて悪魔を狩って来たトムだが、まともにやり合えたのは、たったの二度。

 

それ以降は本気を出すまでもなく、ほんの少し力を出す程度でやられる雑魚ばかり。

 

そんな相手では、どれほど狩っても闘争心は満たされない。

 

雑草を抜く淡々とした詰まらない作業に等しいのだ。

 

だからこそ、今回のKからの依頼は個人として実にやりがいを感じさせてくれるものだったので、非常に有り難かった。

 

 

「アパルトなら申し分ねーよ。で、何処にいるんだ?」

 

「残念だが居場所は分からない」

 

「……え、マジ?」

 

 

敵の存在は明確なれど、肝心の居場所が分からない。悪魔の知識を持つ

、その筋の人間ならば対象となる悪魔の居場所は把握していると踏んでいたのだが。

 

とうの依頼主であるKは狩るべき悪魔の居場所はおろか、その行動パターンも掴めていないのが現状だった。

 

 

「じゃあどーすんだよ。虱潰しに当てもなく探す気か?」

 

 

それだけはゴメンだ。そんな心情がひしひしと伝わって来る表情を露骨に見せてくるトムだが、至極当然なものだろう。

 

何の手掛かりもなく、勘頼みで適当に探した所で目的の悪魔が見つかるなど有り得ない。

 

相手が慎重に行動し、その動きを悟らせないよう策を張り巡らせているなら尚更だ。

 

そんなことはKが十分承知している。

 

 

「今日はあくまで顔合わせだ。奴の居場所はこちらで何とかする」

 

「オォォォイッ!! ちょっとは心配してくれてもイイんじゃねッ?!」

 

 

両翼を一定のリズムでバサリと羽ばたかせながら戻って来たグリフォンは、自分を全く心配しないどころか、思考の外へと追いやるかのように平然と話を進める非情さに異議を申し立てながら戻って来た。

 

そんなグリフォンの姿を見ては、Kは半端呆れた視線を送り、面倒だと言わんばかりに眉間に皺を寄せる。

 

 

「バカを言うな。余計なことを言って墓穴を掘ったのはお前だろ」

 

「……チッ。ギャーギャー喚くな。たかが吹っ飛ばされた程度でよ」

 

 

苛立ち混じりにトムはそう吐き捨てる。

 

本人の口からは決して言えないが、グリフォンが今のような姿になっていたことに対し、トムは不服を感じていた。

 

グリフォンがどれほど強い悪魔だったのか。

 

それを彼はよく知っている。

 

かつては共に戦うことが多く、魔帝に歯向かう弱小勢力や当時ムンドゥスと同等の魔力と軍事力を従えていたアルゴサクスやアビゲイルの勢力に属する強豪悪魔を滅ぼして来たのだ。

 

気に食わないのは確かだ。悠々と空へ舞い上がり、堂々とその威光を地上で這い蹲る悪魔どもに見せつけるその傲岸さは、ファントムだった頃のトムにとって忌々しく腹立たしいもので、今でも思い出せば臓腑が煮えくり返りそうになる。

 

だがそれは見栄だけでなく、れっきとした実力も併せ持っているが故の威光。

 

魔帝に仕える腹心としての強さは認めたくはないが、認めざる得ないほどに本物だった。

 

しかし今のグリフォンにそれはない。

 

その身はバージルの悪夢で出来ており、グリフォンの因子と、かつての記憶。この二つがあっても実際のところ、限りなく同一個体に近い別個体なのだ。

 

"グリフォンであって、グリフォンではない"

 

かつての強大な力はなく、贋物としか言いようのない程に堕ちてしまった。

 

おまけに厳格で、そうするに相応しい対象に対しては礼儀正しかった性格も、変わり果てて無くなり。

 

今ではただ喧しく吠え立てる羽虫程度の悪魔と化してしまっている。

 

その姿がトムの中で言い知れぬ怒りを増長させていた。

 

 

「オメェーがやったんだろーが!! ホントッアレだな! 魔界にいた頃から変わってねーナ、そーゆトコ!!」

 

「喧しいわッ!! その毛毟り取るぞ!」

 

「ハッハー上等だ筋肉クソ蜘蛛! テメェーを俺様の電撃で黒焦げにしてやるヨ!!」

 

「ハッ! やってみろ羽虫ィィ!! チキンかソテーにしてやる!」

 

 

また始まる元二大悪魔の激闘……と言う、名ばかりのしょうもない理由で勃発した大喧嘩。

 

鋭い電撃が迸り、マグマの支柱が巻き起こる。

 

もし、これが街中で起こされたのであれば、甚大な被害は待ったなしだろう。しかし、公園はトムの張った特殊な結界により、一種の異境と化している。

 

例え原型が残らない程に損害を受けても、解けば元通りに直るばかりか、結界の外側に被害が及ぶことは確実にない。

 

ならば好きにさせよう。

 

こうなってしまっては、横槍として入ってでも止めるのは容易な事ではないし、そんな下らない事に労力を使いたくない。

 

だからこそ、Kは傍観するという選択肢を選んだ。

 

 

「オラオラ! どーしたァァッ!! んなモンだったか? えぇぇ〜?!」

 

「調子こいてんじゃねぇよ羽虫野郎! そら、火の雨が落ちるぞォォッ!!」

 

 

勢いが弱まることは、決してなく。炎と雷が絶え間なく周囲を焦がし、抉り、破壊していく。

 

そんな様子を側から見て、Kは止めるのも面倒になったのか。呆れた顔をしつつ、静かに溜息を一つ零す。

 

"これから先の前途は…多難ありまくりだな"

 

色々と諦めたような。あるいは、達観したとも言える思いを抱きつつ、そう予想せざる得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 二課

 

 

 

「あれから一週間は経ったが……」

 

「進展なし、ねぇ……」

 

 

モニターに映されるノイズを相手に戦闘を繰り広げる響と翼。

 

それを見る二課の司令である弦十郎と、シンフォギアを開発した天才科学者である櫻井了子の両名は、未だ溝を作っている二人のシンフォギア装者の間にある『溝』……それが良い意味で埋まらない現状に、頭を悩ませた。

 

あの日以降、二人の関係性は良好とは言えず。というより、翼が一方的に拒絶しているだけだが。

 

やはり今は亡き奏のガングニールを響本人が意図しなかったことだとは言え、持っていること自体、許容して受け入れることはできないようだ。

 

しかも響本人は戦いとは無縁の日々を送って来た普通の高校生だと言うのに、誰かの為にと人助けを理由に戦う意志を見せている。

 

それもまた翼が響を拒絶する原因になっている。

 

翼から見て、立花響という少女は自身が素人であるにも関わらず、遊び半分で戦場に出ていると。そう認識されてしまっているのだ。

 

響自身にそんなつもりは一切ないが、元々一般人だったが為に戦う為の技や術など。そういった知識も皆無なのだ。

 

あるのは、ただ人を助けたいという気持ちだけの感情論。

 

戦いという命を賭けた現場を何もよりも理解し、心得ている彼女からすれば、そう見てしまうのも仕方ない話だ。

 

 

「う〜ん……難しいわね〜」

 

「天才科学者の了子君もお手上げかな?」

 

 

少し空気を軽くしようと思ったのか。そんな風に茶化して来る弦十郎に向けて、肩を竦める。

 

 

「そりゃそうよ。人の心は数字みたいにはいかないわ」

 

「ははっ、まさしくその通りだ」

 

 

人間の心情の全てが数字などで把握でき、造作もなく語れるというなら。その時点で心など、無価値なものに成り果てているだろう。

 

そんなことは弦十郎も了子も分かっている。

 

だからこそ、この難題は決して簡単なものではないのだ。

 

 

「あ、ちょっと用事思い出したから、行って来るね弦十郎君」

 

 

モニターから背を向き、そう言って部屋を後にしようとする了子。

 

 

「ん? 別に構わないが、何処へ?」

 

「ふふっ……デ・ー・ト♡」

 

 

部屋を出ようとした了子は、振り向き様に悪戯に溢れた妖艶な笑みを浮かべ、そんな言葉を残して去っていく。

 

 

「な、なんと……了子君にそういった相手がいるのか」

 

 

こう言っては失礼だが、弦十郎自身、櫻井了子という女性は普段から研究室に篭りっきりである為、そういった色事の類はてんで興味がない…

…もしくは、あっても研究を優先して、そっち方面に中々目が向けらないか。

 

 

弦十郎はそう思っていた。だが、彼女とて成人女性。性格は悪く言えば、能天気。良く言えば前向きで明るいムードメーカー。

 

そんな性格を好きになる人がいて、その人と懇意の仲になる。別段おかしい話ではない。

 

 

「ふっ……いつか紹介してほしいものだな」

 

 

そう言って笑みを浮かべる

 

すぐ側のテーブルに置いたコーヒーへと手をやり、ずずっと音を立てながら弦十郎は、その味を楽しむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空気を切り裂くような、轟音とも取れる旋律が空間全体を飲み込む。しかしただ煩いだけの騒音などではない。

 

刻み込まれるリズムと独特な曲調。この二つが瞬く間すらないほど素早く観客の耳朶に浸透していき、その心を雁字搦めにして離さない。

 

 

「イェェェェッッ!! 盛り上がってるかァァァァいィィィィィッッッッッ!!!!!!!」

 

 

マイクを前に男は叫ぶ。黒い髪を半分ほど赤く、稲妻模様に染め上げ、全体的に逆立てたような髪型。

 

服装はノースリーブの黒いシャツに、下はややダボついた緑と黄と茶の三色が織り成す斑模様のボトムス。

 

首には金銀の派手なネックレスを飾り付け、同じような色合いの指輪を装飾品として指に嵌め込んでいる。

 

ライブ会場という場所において、そんな派手な衣装と腹の底から力を引き出して叫ぶ男の姿を見れば、容易に彼が歌手であることは見当がつく

だろう。

 

その通り、彼は紛れもなく歌手だ。

 

あのツヴァイウィングに並ぶ程で、その名は『Rose』。

 

本名は不明。デビュー当時から国内のオリコンチャートで一時期はツヴァイウィングを越し、堂々の一位を獲得した実力派。

 

最近では企業方面にも力を入れ、大手企業である土蜘蛛社を買収。自身に関連付けた食品や飲料の販売を開始するなど、その自由ぶりは一介の歌手の枠に入らないだろう。

 

そんな彼が歌うライブ会場は、大勢の人たちが熱狂的な賑わいを雰囲気として形成し、盛り上げる要素を作り出していた。

 

彼の歌を愛するなら、ここへ足を運ばない道理はない。

 

そんなファンの思いにRoseは、歌で答える。

 

 

(いいね〜ッ!! 乗って来た! じゃあ、そろそろ頂くとするか)

 

 

Roseは、誰にも知られない心の中で、そんな思考を一つ零す。

 

すると、それは起きた。

 

観客全員の身体から何かが出てきた。何か、を具体的に言えば黒に近い赤で、液体のように流動的なものだった。

 

いかに歌に集中しているとは言え、観客全員からそんな妙な物が出てくれば嫌でも目に止まり、その瞬間からパニックが引き起こされてしまう筈だが、どういう訳か。

 

観客の目に、誰一人として、それを視認できるものはいなかった。

 

視界に入っているにも関わらず、見えていない。

 

勿論、観客全員が視覚に問題があるといった類の人たちではない。

 

至って健常に物を見ることができている。

 

なら……簡単な事。

 

その赤黒い液体自体が、普通の人間では、目視できないモノということなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唯一人……激しく熱唱しているRoseを除いて。

 

 

(やり遂げて見せるぜ! この俺の完璧な計画をよォォッ!!!!)

 

 

 

 

 

 

 



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第20話  Encounter between the devil and the ghost




訳題『悪魔と亡霊の邂逅』





 

 

 

 

side ???

 

 

 

 

ほんの数時間前まで大いに賑わっていたライブ会場。観客は誰一人としていない。

 

1日分一通りのライブスケジュールが終わり、閉幕となったのだ。

 

歌や音楽が開始されないライブ会場にいつまでも居る訳にもいかないだろう。

 

しかし観客はおらずとも、このライブ会場という施設における"関係者2名"は、互いに顔を見合わせ、ステージの左右両極の位置に立っていた。

 

右側にある一人は、歌手のRose。

 

左側にいるもう一人は……金髪の女性。

 

「中々順調のようね」

 

女性がそう言うと、Roseは嫌悪に満ちた露骨な表情を見せつける。

 

「なんだってテメーがここに来るんだよ。アンノーウスの差し金か?」

 

「"ブラッドオーブ"を回収するよう言われてはいるけど、別に妙な気はない。アンノーウスにもね」

 

 

女性は袖の垂れた黒い服装を身に纏い、唾の広い黒帽子を被るといった"いかにもな"スタイルでケルベロスと相対していた。

 

 

「個人的にブラッドオーブというものがどんなものなのか気になってね。私は使いを志願したに過ぎないわ」

 

 

そんなことを嘯く金髪の女性は口元を綻ばせ、妖しい笑みを浮かべる。その艶やかな唇から紡がれる笑顔は、さぞ多くの男性を虜にしてしまうだろう。

 

但し、人間ならば…の話だ。

 

悪魔に人の魅力など伝わらない。虫が人にフェロモンを出して魅了させようとしても無意味なように、悪魔にとって人とは、完全に別種の生き物に過ぎない。

 

それも自分達より劣る脆弱な存在として。

 

 

「……チッ、ほらよ」

 

 

金髪の女性に向けて、Roseはその手に握り締めたモノを軽く投げる。山のような放物線を描いて、ソレは向こう側にいた女性の手の中へと届く。

 

開いて確認してみれば、それは一つの黒い結晶だった。

 

より正確に言うならば、赤がうっすらと交じっている。女性はそれを見て、更なる笑みを深める。

 

 

「いい魔力ね。人間の血液を抜き取って作られただけ、とは到底思えない」

 

 

親指と人差し指で上下を固定し、やや上へと掲げるように眺めては、その品自体の出来の良さに女性は素直な感想を述べる。

 

 

「俺の力を使えば造作もねぇーよ。今はそれ1個だけだが、すぐに大量生産できるぜ。材料は自分から来てくれるからな」

 

 

そう言ってRoseは、全身から黄光の火花を散らせ、その姿を"本来の姿"へと戻す。

 

その姿は、紛れもなくケルベロスの人間態。

 

つまり、Roseとはあくまで仮の名と姿に過ぎず。その正体は……アンノーウスの配下である悪魔ケルベロスだったのだ。

 

 

「しかし上手く考えたな。ライブで大勢の人間を集め、ライブ中に血を抜き取るとは」

 

「この建物余さず、俺特製の結界が張ってあるからな。効果は三つ。特定の物を見えなくする『不可視』と血を吸い取る『吸血』。そんでもって魔力を感知できなくする『魔力遮断』」

 

 

意気揚々と、ケルベロスは愉快そうに語る。

 

それほど自分の魔の技術に誇りを持っているのだろう。

 

 

「だから簡単には見つけられねぇよ。それに、だ。血を取るつっても所詮は死なない程度。死人が出りゃあ、面倒が起きて気取られやすくなるが、逆に言えば出さないようにすれば、何の問題もない」

 

 

ケルベロスの言う通り、ライブ中に死人が出た場合、ニュースやSNSなどで取り上げられてしまう。

 

そうなれば、材料である客の足数が減る。もっと言えば、相手側に目をつけられる可能性も無きにしもあらず、だ。

 

だからこそ、死人を出すと言うヘマは犯さない。

 

大量のブラッドオーブを作る為に……何より、悪魔のプライドとしても

。今回の計画はどうしても達成しなければならない。

 

 

「渡すもんは渡したんだ。さっさと消え失せな亡霊女」

 

 

事を済ました以上、気に入らない存在の顔を見る道理はない。吐き捨てるようにケルベロスは言うと、身体からバチバチと電気を迸らせる。

 

その意味は実に単純。

 

要求を飲まない気なら、アンノーウスの協力者であろうと関係ない。今この場で塵にする。

 

そんな意思表示だ。

 

 

「そんなに荒立てなくても退散するわ。では、

ご武運を。計画が成功する事を祈ろう」

 

「ほざけ、"フィーネ"」

 

 

金髪の女性……フィーネは、ケルベロスの悪態にどうこう言う訳でもなく。

 

ただ微笑を浮かべたまま、去って行った。

 

己の殺気など、歯牙にもかけない。そんな態度が気に入らないと思いつつもケルベロスは、今すべき計画成就の為、次のライブの準備を進め始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お望みのものよ」

 

「……なるほど。確かに代用品にはなるな」

 

 

何処とも知れぬ場所。その玉座で腰を下ろし沈黙していたアンノーウスは、フィーネがケルベロスから譲渡された人間の血で精製された特殊なオーブ……"ブラッドオーブ"を手に取り、

その品定めをしていた。

 

そして、彼の下した評価は『代用品くらいにはなる』という程度のもの。

 

もし、ケルベロスがいて、コレを聞けば苛立ちを覚えるかもしれないが

……それまでだ。

 

それ自体、いかに手間暇かけて作った代物だとしても、やはり希魂には及ばない。

 

良質化された魂もだ。

 

希魂とは、そもそも単に最高純度の良質さを持っているだけではなく、それから生み出される魔力というエネルギーの量も桁外れなのだ。

 

アンノーウスはそんな希魂を用いる事で成せる、一つの目的がある。

 

その為に希魂の数を多く揃えたいのだが、それ自体が希少である為、ガバガバ獲れるようなものではない。

 

だからこそ、アラクネアやケルベロスの計画は必要だった。アラクネアは失敗の果てに死んだが、ケルベロスには是非成功してもらいたい。

 

そうでなければ、アンノーウス自身の内に秘めた目的が成せなくなるからだ。

 

 

「でも、たった一個でも莫大なエネルギーを生むという観点で見れば、個人的に興味があるわね」

 

 

フィーネは、アンノーウスの手にあるブラッドオーブを改めて見ては、そんな感想を呟く。

 

彼女は本質的に言えば『科学者』に分類される人間だ。その為、只人から得た血だけで莫大な魔力を生むブラッドオーブに関して言えば、そそられるものがあった。

 

これがどういった形であれ、自身の計画に利用できるとしたら……尚更だろう。

 

 

「ほう。虫ケラの亡霊にしては……見る目だけはあるじゃないか」

 

 

アンノーウスはそれに対し、侮蔑を孕んだ言葉を宣う。

 

当然ながら。そんな言葉を眼前で吐かれては、

フィーネとしても黙ってられない。

 

 

「随分な言い草ね。仮にも協力関係にあるのだから、円滑に保とうとは思わないのかしら?」

 

 

言葉としては丁寧で穏やかだ。

 

おそらく何も知らない……あるいは、感じ取れない人間からすれば、大して気にも留めずに冷静に話しているように見えるかもしれない。

 

しかし、実際には違う。

 

フィーネは明確な怒気と殺気をアンノーウスにぶつけている。

 

コケにされて"はい、そうですか"などと言える程、彼女の精神は寛容ではないし、大らかなものでもない。

 

だが。それでもアンノーウスは平然と言う。

 

 

「協力を持ちかけて来たのはお前だろーが。本当なら、クソ忌々しいノイズを操る虫ケラと協力するなんてなぁ、反吐が出るんだよ」

 

 

若干ながら苛立ち気味に言うアンノーウスにフィーネは何も言えなかった。

 

確かに協力関係に結ぼうと持ち掛けて来たのは他でもないフィーネだ。

 

フィーネという女性個人に別段興味はないが、彼女が"ノイズを召喚する術"を持っているということ自体がアンノーウスの神経を逆撫でする要因だった。

 

アンノーウスにとってはノイズという存在自体、この世から消し去りたいと願う程に憎悪の対象なのだ。

 

何故。そうまでしてノイズを憎んでいるのか。

 

それはアンノーウス自身の口から語らなければ分からないことであり、安易に触れて欲しくはない個の心理における深層領域。

 

それこそ自分が従える幹部の悪魔達であったとしても、話す気は毛頭ないだろう。

 

そうなると何故アンノーウスはフィーネと結託したのか、という話になるのだが、勿論これにはちゃんと"理由"がある。

 

 

「だが、それでも手を組んでやったのは計画の邪魔をする"錬金術師の輩"を抑える為だ」

 

 

『錬金術師』という言葉自体、ファンタジー系のゲームや映画といった創作メディアでよく見ることがあるだろう。

 

鉛を金に変える魔法のようなもの、と簡単に言えば分かり易いかもしれない。

 

ただ、それはあくまで狭義的な解釈に過ぎない。

 

錬金術の本質は『万象の変換』。

 

鉛を金に変えるというのは、卑金属という物質を貴金属という物質に変えるということ。それはつまり、物質を根底から作り変えることになる。

 

物質のみならず、あらゆるものを構成する単位の最小たる素粒子さえも

、変えることができる。

 

それをもってすれば自然界には存在しないどころか、科学をもってしても作り出せない物質を作ることができる。

 

まさしく魔法という他にない。

 

そんな技術を操るのが錬金術師である。

 

彼等は知られていないだけで、世界中に数多く存在する。錬金術という一種の異端技術を操るが故にその存在は秘匿の身にある。

 

そして錬金術師は大まかに二つの人種に分かれている。

 

一つは、物質の変換を用いて既存の理を脱することで完全あるいは完成に至る『至高派』。

 

もう一つは、錬金術が誕生した理由の一つである悪魔の叡智たる魔術を人の身でも運用できるよう変換させ、悪魔に対抗する『祓魔派』。

 

アンノーウスが危惧しているのは後者である祓魔派だ。

 

最近になってこちらの動きをコソコソと嗅ぎ回っているのは、既に把握している。

 

しかし。かと言ってあちらの方から手を出すという事はなく、おそらく今現状では様子見に徹しているらしい。

 

なら、手を出して来る前にこちらから打って出て始末するべき……と考えるのが普通だろう。

 

無論、アンノーウスも最初はそうするつもりだったのだが、錬金術師たちは使い魔の類を放ち、自分達の正確な位置を把握できないよう術式による隠蔽工作を何重にも施している。

 

さすがのアンノーウスでも、また彼に従っている悪魔たちであっても、それを破るのは容易ではない。

 

向こうも手を出せないが、こちらも手を出す事ができない。

 

ならば、向こうがより手を出させないようにする為の"抑止力"を使えばいい。

 

"安易に手を出せば、最悪の結果が待ち受けている"ということを上手く認識させれば、確かに抑止にはなるだろう。

 

では、何を抑止力とするのか?

 

それこそ、フィーネと協力関係を結んだ理由である。

 

フィーネはある聖遺物を用いてノイズを発生させ、自在に操ることができる。フィーネの手で召喚れたノイズを抑止力として利用しようとしうのだ。

 

悪魔や怪異に属する事象を専門とする祓魔派の錬金術師にとって、ノイズは専門外。

 

ノイズの位相差障壁という、"次元をズラす"ことで、攻撃をすり抜ける特殊な防御特性は彼等であってもどうにもならない。

 

至高派の錬金術師はその殆どが"ある組織"に属し、様々な術式を構築

・研鑽することで派生していった為、位相差障壁を問題なく突破することが可能だ。

 

しかし祓魔派は、太古から今に至るまで悪魔を祓い退け、滅するという方針を貫き、それ故にその方面だけに特化し過ぎた。

 

結果として。ノイズに対抗することができない皮肉な顛末に至っている

 

発生する確率が人1人の生涯で通り魔に遭遇するよりも、遥かに低いにも関わらず。1年前からノイズの発生率が『数ヶ月に一度や二度起きる事故』レベルに高まっていたのには、裏でフィーネがノイズを操っていたからだ。

 

そのおかげでアンノーウスは祓魔派の錬金術師による妨害を受けることはなく、希魂や良質な魂の収集を行えて来た。

 

 

少なくとも……Kが現れるまでは。

 

 

「まぁ、いいわ」

 

 

諦めたように溜息を零す。

 

フィーネとしては自分をそこいらの人間と同じだと唾棄し、見下すアンノーウスを快く思ってなどいない。

 

だが彼女自身、大きな目的がある。何を犠牲にしても、どれだけの途方もない時間を経ても、歯牙にかけない程の大願。

 

それを踏まえて考えれば屈辱感を覚えるとは言っても、所詮は些事。いちいち相手にしていたらキリがない。

 

そもそも、協力というのは建前だけの話に過ぎず。実際は互いに利用し合うだけのWIN-WINの関係と言った方が正しい。

 

フィーネが祓魔派の錬金術師らに対する抑止としてノイズを発生させ操り、牽制と抑止の役目を上手くこなしてくれた結果。

 

Kという異分子を除けば、現状において錬金術師からの介入らしきものは一切なく、自分達への被害と損失を考慮してか、迂闊に手を出さず様子見に徹底しているようだ。

 

これにより、アンノーウスがフィーネを利用するメリットが成立された。

 

では、フィーネのメリットは?

 

彼女が望むのは、役目を果たしたことで得られる報酬……すなわち、"悪魔そのもの"。

 

そのドス黒く、果てしない"執念"と"狂愛"に彩られた計画において、手足となる悪魔は是非とも欲しいのである。

 

 

「それで、今回はどんなのを遣してくれるのかしら?」

 

「"ピートウィッチ"と"ドリームウォーカー"をやる。せいぜい上手く使え」

 

「ええ。そのつもりよ。前の悪魔も役に立ったわ。実験材料として」

 

 

実験材料というのは決して比喩ではなく、文字通りの意味である。悪魔という存在に興味があるフィーネは以前貰い受けた悪魔を使い研究し

、その力をノイズへと移植するという、正気の沙汰とは思えない実験を行使した。

 

その目的は悪魔の力を利用したノイズの強化であり、万が一アンノーウスが裏切りを見せた場合の対抗策にする腹積りだった。

 

結果としては、成功した。

 

"空気や風を操る悪魔の力"を移植されたノイズをそれを試運転とばかりにKに当てがったのだが、ノイズの弱点である短時間の活動限界を超え、炭素化消滅してしまった。

 

悪魔の力を持っていようとノイズとしての特性を消すことはできないらしい。

 

 

「悪魔なんぞ、いくらでもいる。何をしようと好きにしろ」

 

 

アンノーウスにとって、自身に仕える悪魔たちは所詮『切って捨てても問題ない駒』。

 

ケルベロスやクラーケンといった幹部クラスは惜しいが、それ以下に劣る悪魔は別段損失になることはない。

 

悪魔に人の倫理は通用しない。

 

許されざる所業を平気でしようとも、そこに人らしい罪悪感も後悔もない。

 

力ある強い者が万象全てを制し、思いのままにする。

 

それが基本的な悪魔としての"常識(ルール)"なのだ。

 

 

「ありがとう。こればっかりは助かるわ」

 

「礼ならさっさと消える形で示せ。いつまでも視界にあると思うと鬱憤が増して来る」

 

 

やはり最後までフィーネに対する態度は変わらない。今に始まった事ではない為に既に諦めたのか。何も言わず望み通り消え去った彼女を見届けたアンノーウスは溜息を一つ零す。

 

 

「全く。祓魔派の術師共に加えて、例の不確定要素か……本当に忌々しい」

 

 

もし、悪魔に何の耐性も経験も、その知識さえない人間がいたとしたら。

 

間違いなくその人間は意識を失うだろう。

 

下手すれば気を失ったままこの世を去る破目になるかもしれない。それを可能にできるだけの怒気がアンノーウスの全身から放たれており、その周囲の空間も陽炎の如く揺らいでいる。

 

この状態でのアンノーウスに近づく者は、誰一人としていない。悪魔であっても関係ない。

 

自分以外に誰もいない空間で、アンノーウスは静かに何一つとして言わず。その意識を様々な情報が交錯し介在する思考の海へと落とし込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side K

 

 

魔人にしてデビルハンター、トムと一旦別れたKたちはケルベロスの居場所を把握する為に行動していた。

 

しかし行動、と言っても大した事は一切しない。

 

Kは、ただ意識を集中させ、"誰かとのリンク"を図っていた。

 

 

「……」

 

 

魔界の廃墟のビル。その屋上で両手でバールを祈るように握り締め、何も言わず、ただひたすら"繋がる"ことを意識する。

 

その様子をグリフォンとシャドウは周りを警戒しつつ、見守るだけ。

 

この状態のKに彼等が何かできる訳ではない為

、悪魔に襲われないよう警護し、終わるのを待つしかない。

 

暫くして。

 

ある光景がKの閉ざされた筈の視界に映り込む。観客が歌を楽しむ目的で集まるライブ会場だ。

 

そこはいい。問題は"そのライブ会場が何処にあるのか"だ。

 

やがて景色は変わる。続いて見えたのは、そのライブ会場の建物と思わしき看板とその玄関口らしき場所。

 

看板の名は『Rose bound』

 

 

「見つけた……」

 

 

目を開き、思わず口にするKの表情は笑みを浮かべて歓喜していることを隠さない。

 

 

「オ、分かったのか?」

 

 

翼を羽ばたかせ、グリフォンがKの肩に乗りつつ訪ねて来る。

 

 

「ああ。Rose boundと書かれた看板が目印のライブ会場だ。おそらくそこに……ケルベロスがいる」

 

「しっかしアレだな〜、瞑想っぽいことしただけで分かるとか、超能力かよって言いたくなるぜ」

 

「悪魔も似たようなことできるだろ」

 

 

グリフォンの軽口に対し、Kは悪魔も同じようなものだと言う。悪魔と超能力者ではかなりジャンルが違って来るが……だが『異常な現象を

引き起こす』と言う点においては、同じと言えなくもないだろう。

 

グリフォンが言う瞑想っぽい、というのはKが今しがたやっていた祈るようなあのポーズの事だが、瞑想とは全く違う。

 

あの状態のKは、ある悪魔と精神的な"繋ぎ"を作ることができる。

 

その悪魔は……アンノーウス。

 

Kは、アンノーウスとリンクする事で彼の持つ記憶……中でも有力なものを情報として得ようとし、見事ケルベロスの居所を突き止めることに

成功した。

 

ここまで聞けば、便利だと思うかもしれないが実の所、これは決して簡単なことではない。

 

相手と繋がるということは、逆にこちら側へのハッキングを許してしまう恐れがある。

 

そうなった場合、情報を盗み取られ、Kの弱点を突く手段を実行して来る可能性や、その過程で関係のない人々が巻き込まれる危険性もある。

 

まだアンノーウスが気付いていないからこそ良かったが、下手を打ってしまった場合のデメリットは計り知れない。

 

それを踏まえていたからこそ、Kはバクスから得られる情報に頼っていたのだ。

 

何のデメリットもなく、安全に使えていれば、情報屋を頼る必要性はないのだから。

 

 

「ケルベロスはライブ会場で大勢の人間の血を抜き取っているようだ」

 

「血? まぁ、悪魔にとっちゃ血はイイ栄養だがよ。単に血が好きで集めてるのか?」

 

 

悪魔は人の血を好む傾向がある。

 

無論、それは魂もだ。

 

だが断然人間の血肉を喰らった方が身体的に強化され、魔力の質や量も向上する。

 

強さを求め、その手段として大勢の人間の血を求める。それはかつて、バージルから分かれた悪魔としての側面……魔王ユリゼンがしていた事

と状況的には似ている。

 

 

「人の血を集めてると言ってもどうやら、死なない程度らしい。どうにも騒ぎを起こす事を控えているようだ」

 

 

とは言え、"似ている"というだけで"同じ"ではない。

 

ユリゼンの場合はクリフォトと呼ばれる魔樹の養分の為に大勢の人を殺す形で血を収集していたが、ケルベロスの場合は違う。

 

大勢の人を殺すことで表立った騒ぎを起こさないよう、あくまで死なない程度に血液を奪っているらしい。

 

ユリゼンに限らず、人の血を集めるのが目的なら、大抵の悪魔はどれほど目を引こうと気にせず、その過程における規模の大きさを厭わない

 

その結果として、どれだけの人間が死に絶え、人間が作り上げたものが壊れようとも。それはほんの少しの意識を向けることさえも億劫な無意味な些事に過ぎない。

 

にも関わらず、ケルベロスは慎重に行動している。ケルベロスがアンノーウスに勝てないとは言え、それでも他の悪魔と比べれば強力な悪魔なのだ。

 

そんな悪魔が人目を気にして、事を荒立てずに慎重に暗躍するなど。普通ならありえないことだ。

 

だがもし、そのありえない事が本当にあるのだとしたら?

 

そこには、明確な"理由"がある筈だ。

 

 

「ヤッホー!」

 

 

ふと背後から声が聞こえる。

 

それはKでもなければグリフォンでもなく、喋れないシャドウのものでもない。

 

その声に反応し、瞬時にインビスを召喚。

 

そのまま勢いに任せて魔剣を横一線に振り払う。位置的に背後にいるであろう相手の首を落としかねないが、刃は頸を撥ねるには至らず、空振りに終わってしまう。

 

 

「ご挨拶だね〜K! 友達がこうやって来たんだからさ、笑顔で出迎えてくれるのが筋ってもんじゃない?」

 

 

背後にいた筈の誰か……それは、ジェスターだった。

 

相変わらず血の気の悪い肌色だが、それこそが平常なのだ、と。まるでそう言いたげたバカに高いテンションで接するのだから、相手する側からすれば相当な労力を強いられるだろう。

 

Kも同じく、できれば無意味な消耗は抑えたい

と思いジェスターを無視して行こうとする。

 

 

「ちょ〜っとっとォォ!! 待ってよK〜。そんな冷たくしなくてもさ

〜」

 

だが、そうはさせまいと。

 

ジェスターが行手を阻む。その際両腕をブンブンと振りまくる姿がKの神経を更に無作法に撫でまくる。

 

 

「黙れ。そして変な行動をやめろ」

 

「えぇ〜……」

 

 

不服そうにジト目になるが、そんなことをしたところでKの言葉に揺らぎはない。

 

 

「何の用だ? お前のような得体の知れない奴に時間を浪費する趣味はないんだが」

 

「んもう! そんなこと言って〜、ホントは嬉しいって感じ? 女の子同士であんなことやこんなこと…キャー! やっちゃうやっちゃう?!

 

 

 

取り付く島もない、とは。まさにこういうことを言うのだろう。

 

まともに話を聞かず、こんな茶番に等しい言動を繰り広げる。なんて馬鹿らしくて煩わしい事この上ないのだろう。

 

 

「……」

 

 

言うつもりがないなら、無視して行くべき。

 

そう判断したKはさっさと行こうとするが、やはり待ったと声を上げてジェスターが止めに入る。

 

 

「ちょっちょちょちょッ!! んもう、つれない人なんだから!!」

 

「早く要件を言え」

 

 

可愛くもない頬を膨らませる仕草で文句を言うジェスターに対し、Kは端的に言って促す。

 

 

「オイオイ! 黙ってりゃー好き放題言ってんじゃねーヨ!!」

 

 

と、今に至るまで沈黙していたグリフォンが声を張り上げる。

 

Kもそうだが、グリフォンもグリフォンで頭に来ていたようだ。

 

とは言え、ここで騒がれてもややこしくなる。

 

 

「ムギュッ!」

 

「悪いが静かにしてもらうぞ」

 

 

グリフォンの嘴を掴み、口封じをしてからKは改めて問い質す。

 

 

「それで? もう一度言うが、要件をさっさと簡潔に言え」

 

「あー、はいはい。もうセッカチちゃんなんだから。まぁ、アレだよ」

 

 

手に持っていた杖をバトンの如く振り回し、これ以上にないほど悪意を染みつかせた笑みで、ジェスターは言葉を繋ぐ。

 

 

「ケルベロスの居場所に張られてるのチョー頑丈な結界の解き方(・・・・・・・・・・・・)と…血をたっ〜ぷり集めるその目的。

この二つの情報をプレゼントしちゃう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第21話  The clown laughs


訳題『道化師は笑う』



気付けば、お気に入りが105件。とても嬉しいです。

今まで書いてきた作品で、100件以上のお気に入り登録はなかった為
、この小説が初めてになります。

これからも頑張って執筆していくので、よろしくお願いします!!






 

 

 

 

 

 

 

side K

 

 

 

 

「結界……それが厄介だと?」

 

「そー! ホントにチョー頑丈なヤツ」

 

 

ジェスターは杖を振り回しながら軽く投げ、受け止めるといった他愛ない動作を仰々しくしながら、ニンマリと笑いそう言う。

 

 

「といっても、それは別に単純に頑丈って話じゃないんだよ。ンン〜?

分かるかな?」

 

 

自分の言っている意味が分かるか、と暗に問いかけて来るジェスターに嫌気を差しつつ、Kは答えた。

 

 

「何かしら厄介な特性があるんだろ?」

 

「ビンゴォォッ!!」

 

 

どうやら正解らしい。ハイテンションにジェスターは、解説を始めた。

 

 

「その結界には、ある効果があってね。まず一つに『吸血』。血を集める為なんだから、当然だよね? んでもって特定のものを見えなくする『不可視』。吸血は単純に死なない程度の一定量を身体から外へ出す感じだから、自分の血が傷口もないのに出て来るなんて、もーパニックは不可避!! それを見えなくする為にあるってワケ。そんで、『魔力遮断』。まー、コレはKチャンには関係ないかな。魔力を遮断することでバレさせない為のヤツだけど、もう今バレちゃったカラ!! とまー、こんな風なんだけど、実はもう一つあるんだよね」

 

 

振り回していた杖をピタリと止める。そして勢いよく杖の先端をKへと突きつけた。

 

 

「こ・れ・が!! 一番厄介なワケ!! なんとなんと! 結界そのものが魔力を吸収して、結界全体を維持する為のエネルギーに変換しちゃうのよ!!」

 

 

「……確かに。それは厄介だな」

 

 

悪魔の結界を破る方法は、同じく悪魔の力である魔力を用いた手段でなければならない。

 

魔具か魔術か……あるいは、魔を祓うことに特化した祓魔式錬金術か。

 

いずれにしろ、コレらは全て魔力を用いて行使される為、やったとしても結局吸収されて終わりだ。

 

だから実質"魔力を伴わない攻撃"が必要になる。

 

 

「イヤイヤ、魔力を伴わない攻撃って無理じゃね? 無理無理」

 

「でも〜、そ〜しないと〜、無・理・な・の! アーハッハッハッハッハッハッ!!!!」

 

 

グリフォンは言う。悪魔の生み出した結界を魔力を使わない手段・攻撃で壊すなど不可能だと。

 

だがジェスターは嘲笑いながら言う。それ以外に何もないと。

 

 

「なら、フォニックゲインを使うしかないな」

 

 

しかし、それで重く悩むKではなかった。

 

悪魔の結界は、いかにそれが核兵器と同等威力であったとしても、物理法則に縛られた攻撃・手段では僅かな針の穴さえ開けることも叶わない

 

だからこそ、悪魔の力である『魔力』が介在する手段・攻撃が必要不可欠なのだが、もし。

 

魔力の代替品に成り得るものがあったとしたら……どうだろうか?

 

ソレをKはフォニックゲインだと結論付けた。

 

 

「イヤイヤイヤ!! 待てってK!! フォニックゲインつったらアレだろ? シンフォギアってヤツに使うエネルギー……だっけか?」

 

「ああ、そうだ」

 

「んなモンが代替になるなんて、どーいう頭してたらそーなるンだよ!

 

 

捲し立てるグリフォンだが、その意見は間違いではない。フォニックゲインは確かに既存の物理法則に縛られない特殊なエネルギーだろう。

 

しかし、だからと言ってソレが結界を破壊できるに足るとは。

 

些か早計過ぎる浅はかさ、だと言わざる得ない。

 

それでも。Kは確信をもって答える。

 

 

「だが、既存の物理的な手段で幾千幾万、幾億とも知れない確率で臨むよりも遥かにマシだ。それに……やってみなければ分からないものだ、こういうのは」

 

「ブラボー! ブラボー!!」

 

 

頭の位置に手を上げ、そこから拍手をしながら『ブラボー』、と。

 

形だけの喝采称賛を見せるジェスター。

 

それだけKの言葉は彼女にとって的を得ていた(・・・・・・)

 

 

「さっすがKチャン! もうホント目の付け所がイイってカンジ! あんまり良すぎてあたしのハートの中身見えちゃった? アッハッハッハハハハうぉッ?!」

 

 

ジェスターの嘲りに満ちた小馬鹿な大笑いが癪に障らない訳もなく。案の定、Kはバールを突きつけ警告する。

 

 

「いい加減その喧しいお喋りをやめろ。無理なら無駄にバカ高い笑いを止めろ。二つに一つだ」

 

「あ〜ハイハイ。わかりました。んじゃ、さっきの話に戻すけど、フォニックゲインを代替に結界を破るってのはすご〜く的を得てるワケ。実のところフォニックゲインと魔力は性質こそ違うけど、元は同じ(・・・・)なの」

 

「同じ?」

 

「そ❤︎ 魔力もフォニックゲインも元は『イレイ』っていうエネルギーから派生したもの。イレイは地球の地下に張り巡ってる『レイライン』っていう、一種の龍脈に沿って止まることなく流れてるワケ」

 

 

それなりに悪魔関連における知識を持つKだが、それは知り得なかった事実だった。

 

内心驚きつつもそれを顔には出さず、ジェスターの話に耳を傾けた。

 

 

「そんでもって『イレイ』は地球だけじゃなくて、宇宙全てに満ちるチョー特殊なエネルギーでもある。既存の科学技術じゃ利用することはおろか、観測さえできやしない…錬金術を除いて、ね」

 

「錬金術ゥ? んなモンがこの世界にもあんのかよ」

 

 

Kの言う通りに沈黙を貫いていたグリフォンは、『錬金術』というワードに反応した。

 

向こうの世界にも錬金術は存在し、それを扱い行使する錬金術師は存在した。

 

グリフォンの元主であるムンドゥスは、彼らに対し利用価値を見出し、悪魔の力を求める多くの錬金術師たちを信奉させ、そしてあるもの(・・・・)の建設を命じた。

 

人界と魔界に大規模なトンネルを形成すること双方の世界を繋ぎ、大量の悪魔を人界へと呼び込む役目を担う巨塔。

 

その名は、『テメンニグル』。

 

更にムンドゥスは、強大な力のせいで人界では存在を維持できない性質を克服する為、天使の如き翼と筋骨隆々とした身体を有する神々しい男性像を依代として作らせたりと。

 

様々な面で彼等を利用していた記憶がグリフォンの脳裏を過っていた。

 

結局のところ、テメンニグルは塔の管理・護衛を任されていた上級悪魔たちと共にスパーダによって、封印されてしまったが。

 

 

「いるよー。ゴキブリみたいにコソコソ隠れ偲んでいるけど。まー、そこら辺は置いておいて」

 

 

錬金術師に対し、ジェスターは害虫とほぼ同列だと酷評をしつつ、話を戻す。

 

 

「あ、あとは聖遺物とかの異端技術ね。とにかく、この世界の魔力やフォニックゲインとかの特異なエネルギーってのは基本的にイレイが元になってるのよ。性質が違うだけで元は同じ。ならなら、十分に干渉できなくもないって理屈」

 

「けどよ、肝心のフォニックゲインはどーやって用意すんだよ。そもそも、結界ぶち壊すだけの威力できんの?」

 

 

ここでグリフォンはKに問いを投げる。

 

 

「フォニックゲインを使うには聖遺物が必要がある。その聖遺物は…ここにある」

 

「?」

 

「おぉ〜。初めて見るね。『ガングニール』」

 

 

そう言って、コートの裏の懐から取り出したのは菱形に近い形状の何かの欠片。

 

グリフォンは疑問符を浮かべるが、ジェスターは何かを悟ったように笑みを深め、その欠片の正体を言い当てた。

 

 

「の、欠片だけど」

 

「えェェ?! こんなゴミが聖遺物?! オイオイ、マジかよ。始めっからご破算じゃん!」

 

 

失礼極まりない使い魔の発言が腹に来たのか。無言で再びグリフォンの嘴を掴み、放り投げる。

 

 

「ンギャッ!」

 

 

軽く悲鳴を上げるグリフォンをとりあえず捨て置き、Kは話を続ける。

 

 

「そう。ガングニール。シンフォギア装者の一人…天羽奏が使っていた聖遺物だ。コレは、奴が最期の戦いの際に破損させたガングニールの一部。それを拝借したものだ」

 

「な〜るほど。でもでも、ソレのフォニックゲインを引き出すには歌って共鳴させるんでしょ? じゃなきゃ、結界を壊せるだけの力は引き出せないヨ〜?」

 

 

聖遺物は、完全に形を保っているもので、且つ『一度起動されている状態』であれば、適合者の歌でいちいち引き出す必要はなく、常人でも使用可能となる特徴がある。

 

だが、そうではなく、あくまで欠片程度でしかない聖遺物の場合は適合者の歌で出力を上げ、維持しなくてはならない。

 

 

「当ては、ある。お前に言う必要はないがな」

 

 

道化師の悪魔を決して信用しないという、そんな意味合いを含んだ言葉を吐くKは、ガングニールの欠片を懐へと戻す。

 

 

「お前の情報の真偽は、直接確かめればすくに分かる。だから今ここで結界の情報の信憑性を議論するつもりはない。だがな……これだけは問わせて貰う」

 

 

お前は、何故私がリンクできることを知っている(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「!!」

 

 

その言葉にグリフォンは気付く。よく考えてみれば、そうだ。

 

ジェスターは結界についての詳細を語る際、Kがアンノーウスと繋がることで、ケルベロスの居場所を知り得たことを、まるで既に知っている風な口ぶりだった。

 

それはつまり。ジェスターがKの特殊な能力を把握しているということに他ならない。

 

 

「ワッ、ワワワ。気づいちゃった? ウソん」

 

 

わざとらしく慌てる素振りを見せるが、あまりに見え透いた児戯のような道化っぷりを見せつけるジェスター。

 

その態度が……Kの神経を逆撫でる。

 

 

「おい、いい加減…」

 

「オォォォっとっとっと。イイの? イイの? ジェスターちゃんにかまっちゃってて、ホントにイイの〜?」

 

 

匂わせるようにして言う思わせぶりな台詞だが、直感的ながらもそれが単なる誘導や誤魔化しの類ではないことをKは感じていた。

 

なら、どういうつもりで言っているのか?

 

その疑問の答えに辿り着くことなく、遠回しでぬらりくらりとした煽りの後に続いた言葉は、Kにとって大きな動揺を齎すものだった。

 

 

「あのアイドルちゃんと……ガングニールを受け継いだヒヨコちゃん。二人揃ってお陀仏! ってありえるかもよ〜?」

 

 

 

 

 

 

 





5のスペシャルエディション……早くバージル使いたい。

もうすぐとは言え、待ち遠しいです。


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第22話  tears of blood part1



訳題『血涙』




まさかXDがガメラとコラボするとは……これはもう、ガンダムや仮面ライダーと共演してもおかしくないですね、ここまで来ると。

そして今回は原作の『絶唱顔を晒した』回、その前編的な回です。


ちなみに今回XDからのキャラが登場します。その正体は……。







 

 

 

side 立花響

 

 

 

そう望んだ訳でもなく、思わぬ形でシンフォギア装者となってしまった立花響だが、それでも彼女の中に戦いから"降りる"という選択肢はなかった。

 

確かに、今まで平凡に生きてきた、ただの学生である自分がノイズという異常な存在を相手に戦うなど無謀で、愚かな事なのかもしれない。

 

そう思う気持ちがあっても降りなかったのは、彼女にとって『人助け』という行為が自分自身を形成する上での芯になっているからだ。

 

弦十郎に『シンフォギア装者として戦ってもらいたい』という、一般人に対して無茶で強引に思えるような要望を聞いた時、即答で了承するほどだ。

 

それだけ響にとって人助けというのは、当たり前で、優先事項なのである。

 

しかし。それは他人から見れば、ある種の自殺願望と捉えられてもおかしくはない。

 

考えてみてほしい。

 

ただの平凡な一般人として学生業に勤しみ、仲の良い友達と遊んだり、他愛無い談笑をして過ごして来た少女が何の脈絡もなく、『君には力がある。だから是非人類を脅かす敵と戦って欲しい』などと言われて、即答できるだろうか?

 

普通ならできないだろう。

 

力があるからと言って、十分に戦えるのかと聞かれれば、答えは『否』

 

 

無理にも程がある。

 

戦う為の術や方法を習う以前に『戦う覚悟と意思』、その精神的な基盤が全くないのだから。

 

その要請を願い出た弦十郎自身、いかに自分の言っていることが支離滅裂なもので、響本人のあるべき未来を摘み取りかねないある種の外道な発言であることは、十分理解している。

 

故に、考える余地なく即答で言ってのけた響に対し弦十郎は懸念を抱いていた。

 

立花響という少女の心に根付く"歪み"を。

 

しかし当の本人はそんな自覚などなく、今日も現れたノイズを倒す為、ガングニールのシンフォギアを纏って現場へと駆けつける。

 

幸い、既に民間人は残さず避難しており、誰もいない。

 

ただ……今の響は、心底腹の虫が悪かった。

 

 

「見たかった……未来と一緒に、見たかったのにッ!!」

 

 

原因は、親友である未来と約束した『今晩一緒に流星群を見る』という予定を叶えられなかった事にある。

 

大好きな親友との約束を、何の予兆もないノイズの発生という緊急事態で台無しにされた。

 

その怒りの矛先が元凶であるノイズへと向けられた。

 

地下鉄で発生した様々な形状のノイズたち。一番手に響に襲いかかって来たカエル型を殴り倒し、続いて手がアイロンのようになっている人型ノイズの何体かを回し蹴りで吹き飛ばし、炭素の塵へと還す。

 

このままではやれるだけだと思ったのか、大勢で響に覆い被さるがそれも無意味だった。

 

橙色の極光を迸らせ、エネルギーの衝撃波がノイズたちを容易く吹き飛ばす。

 

倒れ込んだ人型ノイズを馬乗りの状態で、その顔らしき部位を胴体から引き千切る。

 

そこに技量的なものは一切ない。ただ胸の奥から湧き起こる怒りをエネルギー源に、力任せに倒していくだけ。

 

さながら、野獣のようだ。

 

表情も顔に陰が差し、凶暴性を帯びた赤い眼光を放ち、まるで他者を壊し蹂躙する事を楽しんでいるかのように狂気的な笑みを浮かべている

 

このままやり合っても勝てない事を悟ったのか、1匹のノイズがその場から逃げていく。

 

しかし不幸なことにそれを目撃した響はすぐに逃すまいと、追いかける

 

ノイズを追っていく内にやがて地下鉄を出た響は、ある場所へと辿り着く。追っていたノイズは制限時間を超えた為、既に消滅している。

 

そこは、なんてことのない森林公園の広場。

 

しかし、何もない拓けた場所だからこそ、夜空を駆けていく流れ星たちを見ることができた。

 

一つ一つ、ほんの瞬く間に線を描き、消えていく。人は太古の昔からその僅かにしか見れない星に願いを込めて祈りを捧げていた。

 

本当なら、今自分の隣には親友の未来がいた筈なのだ。でもそれは叶わなかった。

 

 

「私……呪われてるのかな」

 

 

よく使う口癖が自然と零れる。

 

やや憂愁な気持ちに浸っていると再びノイズが現れ、響はすぐさま対処しようと構えるがすぐに無意味となった。

 

無数の剣を雨の如く降り注ぐことで敵を貫く、『千ノ落涙』と呼ばれる広範囲型の技がノイズを瞬く間に葬り去ったからだ。

 

技を繰り出したのは、風鳴翼本人。

 

響の前へと着地したものの、彼女に声をかけることもなければ、目を向ける事もない。

 

やはり翼は響自身を共に戦う仲間として、見てはいない。

 

彼女にとって背中を預けられる相棒は……どうあっても天羽奏しかいないのだろう。

 

それでも。響は翼に向けて言葉を紡ぐ。

 

 

「あ、あの! 翼さん! 私…」

 

「お前らが、風鳴翼と立花響か?」

 

 

至らなくても、無様だったとしても、一緒に戦いたい。

 

そう告げようとした途端、一つの声が遮る。

 

声の主はすぐに分かった。堂々と現れたのだから。

 

赤い髪をサイドテールに束ね、響より少し下程の身長の少女。

 

年齢も、翼や響とそう変わらないだろう。

 

ただ一つ目を引くのは……彼女が身に纏っている真紅の装束。

 

翼や響が着ているシンフォギアに似た機械的な装甲部位に肌と密着したインナースーツ。

 

 

「まさか、シンフォギア……なのかッ?!」

 

 

翼は、動揺と疑念を織り交ぜたような声を張り上げた。

 

実際どうなのかは分からないが、シンフォギア というものを見て知る者ならば、少なくとも少女が纏うソレをシンフォギアだと断ずるのも、

無理ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 風鳴翼

 

 

 

シンフォギアシステムを構築し、対ノイズ兵器の実用化として完成させたのは紛れもなく櫻井了子本人。

 

生みの親といっていい彼女が造り上げたシンフォギアシステムを何故、明らかに二課の人間ではない一人の少女が纏っているのか。

 

疑問は尽きない。

 

故に……問わずにいる訳にはいかなかった。

 

 

「何者なの貴方は。どうして、シンフォギアを纏って…」

 

「ごちゃごちゃすんなよ。お前ら二人を殺しに来たって言えば、十分だろ?」

 

 

しかし、馬鹿正直に答える筈もない。

 

にべもなくそう言われた翼はこれ以上の文言は無用と判断し、刀を構える。

 

 

「ハッ! いい闘気だ。まずはお前からやってやるよ」

 

 

そう言って少女は、翼の刀と同じようにアームドギアを展開していく。

 

最初は何の変哲もない金属の棒状だったソレは、何分と費やすことなく瞬く間に変形し、赤熱の宿るエネルギーの両刃を持つ戦斧へと姿を変えた。

 

 

「や、やめて下さい! 翼さんも! 相手は同じ人間ですよ?!」

 

 

両者一瞬触発という、ただならぬ空気の中で響は二人の間に入り、叫ぶ。

 

元一般人である響からすれば、殺し合う現場というのは度し難いというのもあるが、彼女の信念である『人助け』とは程遠い真逆の行為。

 

それが自分の目の前で行われようとしているのを黙って見過ごせるほど、彼女の中に割り切るという選択肢は存在しない。

 

 

「戦場で何をバカなことをッ! 貴方は下がってなさい!!」

 

 

聞く価値などない。そう吐き捨てる翼だが、対する少女の方はと言うと、至って冷静に言う。

 

 

「なるほど。まぁ、俗に言うところのお人好しって類か」

 

「え?」

 

「俺としてはアンタみたいなお人好しは嫌いじゃないから見逃してやりてぇ……が、生憎とそう言う訳にもいかないんだ」

 

 

ほんの少し、あるいは微かか。そんな曖昧な程度の悲哀を滲ませつつ、嘘偽りのない殺気を響へ向けて少女はそう言う。

 

 

「変更だ。余計に苦しませるのは性分じゃねぇから、今ここで俺が一息でお前を殺す」

 

「その前に私がお前を斬る!!」

 

 

翼から響へと優先順位を変えた少女は、自らの愛武器である戦斧を響へと向ける。

 

その態度を嘗め切っていると、勝手に判断した翼が刀を横一閃に繰り出す。

 

狙うは、腹部。

 

勿論加減はしてあるし、アレがシンフォギアと同じようなものであれば何らかの保護システムが働くだろうと踏んでの一手だった。

 

しかし。

 

 

「!?ッ」

 

 

何かに(・・・)に刀身を抑え込まれる形で阻まれた。

 

その何かは……よく見ればムカデだった。

 

それも人間の腕を超す大きさの。

 

 

「ひぃっ!」

 

 

思わず、情けない声が翼の口から漏れた。

 

やはりそこは女の子である為か、虫の類が相当苦手であるらしい。

 

すぐさま振り払うが、ムカデは落ちることなくスルスルと宙に浮きながら後退していく。

 

 

「ギィ、イィィィ……」

 

 

下がっていくムカデの後ろには、一人の女性が立っていた。衣服のようなものはなく、しかしその肌は温もりの通った血の気のいい人肌とは到底思えない、濁った青色の肌。

 

下半身は腰部に妙な渦巻模様が描かれ、上半身よりも濃い青となっており、両足は硬質的な灰色の外殻に覆われた異形の足。

 

これだけでその女性が普通ではないことが分かるのだが、極め付けは『顔』と『胴体の中央』、そして『腕』だ。

 

『胴体の中央』には、胸から腹部にかけて縦に穴があり、穴の中にはまるで生き物のようにうねりとした動きで蠢く黒い紐状のモノが潜んでいた。

 

ただ、ソレは1本や2本程度ではなく、夥しい数が女性の身体の中で犇いていた。

 

顔も同じように縦穴があるのだが、目は一つしかなく、その目の周りには黒い縁のような模様が覆い、胴体の縦穴と同じく紐状の何かが顔を覗かせているかのように這い出ている。

 

胴体よりも、その数は多かった。

 

そして…先程翼の刀に絡みついて来たムカデはなんと、女性の左腕と一体化しており、忙しなく脚を動かしていた。

 

 

 

「なんだ……コレはッ?!」

 

 

あまりに人間とは呼べない、悍しい存在。

 

ソレを目の当たりにした翼は心底から湧き出て溢れ、止まることを知らない『恐怖』という名の感情に手を、身体を震わす。

 

響も同じく、止まらない恐怖に支配され、足が雁字搦めに固定でもされているかのように動くことができなかった。

 

 

「"悪魔"さ」

 

 

そんな二人の心境を露知らず。

 

むしろ、興味さえないと言わんばかりに淡々とした声音で、恐怖を呼び起こさせるその対象の名を、少女は口にした。

 

 

「あ、悪魔だと?」

 

「魔界っつー異次元の別世界からこっちに来る化け物さ。好物は人間の血肉と魂。んでもってそのままの状態じゃ消えちまうから、無機物や生き物に憑依する。よく聞くだろ? 悪魔が人に取り憑いて色々悪さするって類の話。アレ、マジなワケ」

 

 

わざわざご丁寧に解説してくれた少女は、人差し指を女性へと向け、その"悪魔の名"を口にする。

 

 

「コイツの名前は"ピートウィッチ"。見ての通りムカデに似た悪魔が人間の死体と融合して、あんな見た目になってる」

 

「ギィィィ……ギギ、キ、キィ」

 

 

ピートウィッチと呼ばれた、女性の似姿をした

悪魔はまるで答えているかのように金属同士を擦り合わせたような声を上げる。

 

どうやら、人語を介するほどの知性はないらしい。

 

 

「んでもって、コイツも紹介しないとな」

 

 

パチンッ。

 

フィンガースナップの乾いた音が周囲に響き渡る。やがて、ソレは黒いモヤと共に姿を現した。

 

目を引くのは、角を有した獣の頭蓋骨を象った仮面。ほぼ頭をすっぽりと覆い隠すのに十分なフルフェイス型で、体格はやや細い印象を受けるが脆弱に見えるという訳ではなく、あくまで細型の筋肉質のソレだ。

 

体色は灰色だが、両肩から胸部中央にかけて幾何学的な模様があり、赤や青、緑や紫といったカラフルな色合いで占められ、各色の部位から同色の血管のようなものが張っている。

 

両腕は右手が6本の硬質的な指、左手が棘状の刺突武器と化しており、実質物を掴むといった手先の行為は右手しかできないだろう。

 

そして。ドリームウォーカーの下半身は存在しておらず、代わりに黒い霧とも靄ともつかないものが蠢いていた。

 

 

「コイツは"ドリームウォーカー"。まぁ、カラフル野郎って覚えときゃいい」

 

『聞き捨てなりませんな、少女よ』

 

 

少女にドリームウォーカーと紹介されたその悪魔は、発音・口調とう何ら問題のない人語を話し、難色を示した。

 

 

「間違ってないんだから。別にいいだろ」

 

『……よろしい。我が名を今一度言いいましょう。ドリームウォーカー!

『幻夢の渡来者』と呼ばれし者!!今宵、貴方たちは我が幻夢に魅入られてしまう』

 

 

芝居がかった口上を吐き出すドリームウォーカー。その様子に少女は呆れ果て、その言葉を向けられたとうの本人である翼と響ら2人は困惑を隠せなかった。

 

 

「くっ、もういい! 悪魔だろうと何だろうと敵は斬る! それが防人だッ!!」

 

 

だが、相手が自分達を殺そうと言っている。

 

響は気づいていないが少女から放たれる殺気は本物。幼い時から戦場で戦う者としての培って来た経験が成す、一種の第六感が翼にそう告げている。

 

ならば、剣を手に取って応えるしかない。

 

恐怖を何とか払い除け、半ばヤケ気味ながらも刀を構え、斬り結ぼうとした……

 

 

その時。

 

 

何処からか一つの閃光が飛来した。発生した位置は、響の影(・・・)

 

閃光の向かう先にいたのは……ピートウィッチだった。

 

 

「ギィィィィィィッッ!!!!」

 

 

人のものとは到底言えない、おぞましい断末魔の叫びが轟く。

 

そして。響の後ろ……彼女の影にその悪魔はいた。

 

 

「あ、悪魔さん!」

 

 

背後を振り返った響は悪魔…ナイトメアの姿を見て、思わず安堵の笑みが零れる。

 

 

『ムム。見たことのない悪魔ですな……しかし、実力は下手すれば私より上か』

 

 

ピードウィッチがナイトメアの光線にやられたというにも関わらず、ドリームウォーカーは平然とした様子でナイトメアを分析する。

 

そこに動揺は一切ない。

 

 

「まぁ、いい。まずは青き少女を我が幻夢の中へ誘おう!!」

 

 

ドリームウォーカーは、堂々とした口調でそう言い放つと、仮面の眼窩の奥から緋色の妖しい光を灯し、途端に周囲が闇に包み込まれる。

 

星空も、足下の地面さえない暗黒の中で翼は安易に動こうとはせず、ただ相手の気配を何とか掴もうとしていた。

 

 

「雲隠れのつもりか?! 小癪なッ!」

 

 

視界を断ち、暗闇を利用しての奇襲に警戒して翼は神経を尖らせ、全身の感覚を集中する。

 

彼女の考えは当たっていた。

 

ドリームウォーカーという悪魔のやり口は確かにこの暗黒を利用した奇襲に違いはない。

 

ただこれは視界を遮り、自らを隠す為のものではない(・・・・・・・・・)

 

 

「翼」

 

 

ふと、懐かしい声が聞こえる。

 

不思議と違和感なく耳朶に浸透していくその声は翼にとって、最も相棒として信頼していた一人の少女の声。

 

目を限界まで見開いて後ろを振り返えれば、そこに、彼女はいた。

 

 

「う、そ……か、かなで?」

 

 

あの日。ノイズによるライブ襲撃の際、命を落とした歌姫こと、天羽奏が確かにそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 




感想待ってます! 






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第23話  tears of blood part2





新年一発目の初投稿です! 



 

 

 

 

 

 

 

「翼さん! どうしたんですか?!」

 

「……」

 

 

響の返事に翼は答えず、光のない虚な目でただちゅうを見ているだけ。

 

まるで魂でも抜き取られたかのような状態に陥っていた。

 

 

『無駄だよ。彼女は我が幻夢にてもはや籠の中の鳥。外界で何が起ころうとも彼女は何一つ認識できない』

 

 

ドリームウォーカーは響の呼び掛けを無駄だと断じる。どうやらコレがこの悪魔の能力らしい。

 

 

「翼さんを元に戻して下さい!」

 

『断る。君も眠るがいい。優しく甘い幻夢が迎え入れてくれるぞ』

 

 

また妖しい光を放とうとするドリームウォーカーだが、そうはさせまいと。

 

ナイトメアがその巨腕で響の視界を遮る。

 

 

『ム。煩わしい真似を……』

 

「なんかデカいの出てきたな。しかも、見た目の割に頭が回りやがるな」

 

 

邪魔をされた事に苛立ちを覚えるドリームウォーカー。そんな悪魔とは対照的に少女はナイトメアがドリームウォーカーの能力の事を理解し

、視界を遮らせた知性の高さに驚きを示していた。

 

わざわざ響の視界を遮ったということは、初見でドリームウォーカーの能力を分析し、見抜いた可能性が高い。

 

そうでなければ、直感によるものという線もある。

 

実際のところは……前者が正しい。

 

"知性が高い"という、少女の推察は間違いではないのだが、正直そんなこと、ドリームウォーカーにとってはどうでもいい。

 

邪魔をされた。

 

ただそれだけの事実があれば、その下手者を殺すだけだ。

 

 

「あんのデカいの。任せて大丈夫なのか?」

 

『構いません。貴方はさっさと黄の少女を殺しなさい』

 

「ハッ! 言わずともやらァァァァッ!!」

 

 

ドリームウォーカーはナイトメアを。少女の方は響を。それぞれが取るべき相手を見定め、攻撃へと転ずる。

 

 

「まずはデカブツを引っぺがす!!」

 

 

響の真後ろにいるナイトメアめがけ赤刃の戦斧が勢いよく振り払われる。

 

咄嗟に片腕でガードしたが思いの外その一撃は強く、衝撃でナイトメアの巨体は宙へ放り投げられてしまう。

 

これにはナイトメア自身驚きを隠せなかった。

 

ナイトメアの身体は泥のような質感のスライム

状の物質で構成されており、その密度は一つの首都を覆い尽くす程だ。

 

そしてそれは人型の身体という一箇所に集積している為、超重量を誇る。

 

そんなナイトメアをたった一人の少女が吹っ飛ばせる筈がない。

 

しかし現実であることに違いはない。ナイトメアと響の距離は10mほどの間隔になり、すぐに響の下に戻ろうしたナイトメアだが、そうはさせまいとばかりに先程光線に撃たれ沈黙していた筈のピートウィッチが眼前に立ち塞がる。

 

 

「ギィ、イィィィ、ギィギィッ!!!!」

 

 

不快音に等しい金属的な鳴き声でナイトメアを

威嚇する。無論、そんなものでナイトメアが阻める筈もない。

 

鬱陶しいものを払う感覚で片腕を繰り出したが

、その剛腕にピートウィッチのムカデが絡みつく。

 

強く巻きついて中々離れないと判断したナイトメアは、腕のみ液状化させ容易く脱出する手段を選択。すぐに巻きつかれた腕を液状させようとしたのだが……中々上手くいかない。

 

別に難しい事ではない。だから何の問題なくできる筈なのだ。なのに、そうすることができない。

 

ナイトメアの中で疑問が生じる。

 

何故液状化することができないのか。

 

その疑問を解決するのにそう時間は掛からなかった。

 

魔力で構成された薄い膜が、ムカデを中心に腕全体を包み込んでいたからだ。

 

しかも、薄いと言っても脆くなく、かなり丈夫な部類に入るせいか中々壊すことができない。

 

ならば、腕を切り離そう。

 

蜥蜴の尻尾などでよく見る"自切"という手段でムカデの拘束から逃れようとしたナイトメアは、その思惑通り腕を切り離したおかげで拘束から逃れることができた。

 

自由を勝ち取れば、あとはあの技(・・・)を繰り出して今度こそ完全に消し去ってしまえばいい。

 

そこまで考えるとナイトメアはモノアイ部位に魔力を収束。かなりの光量をもって輝く魔力はナイトメアの腕を未だに拘束しているムカデへと向けられる。

 

そして、途方もない威力の光線が解き放たれた。

 

"ドミネーション"と呼ばれるソレは、耐久力の高い防御性を誇る悪魔であろうと、木っ端微塵に消し去るに足る威力の技で、ナイトメアが誇る"必殺の一撃"である。

 

ムカデは成す術なく紫の極光に飲み込まれ、塵一つさえも残さず消え去った。

 

だが、ここでナイトメアは気付いた。

 

大ムカデを付けていた女性型の身体は……何処に行ったのか、と。

 

 

「ギィ、イィィィ!!!!!」

 

 

ふと聞こえた金属音の如き鳴き声。

 

紛れもなくピートウィッチのものだ。どうやら地面に隠れ潜んでいたようで、地中から這い出てきたピートウィッチはムカデのいなくなった片腕の断面から、黒いタールのような泥状の物質を放出。

 

そして口からも泥状の物質を吐き出していく。

 

片腕から出てきた泥は、ピートウィッチの大ムカデの代わりとして、新しい腕として生え変わった。

 

口から出た泥はピートウィッチの暗青い身体を包み込み、胸部と両肩。両足へと覆い、鎧と化した。

 

ナイトメアの体色と同じ黒で、表面が液体のように流動的に不規則に蠢いている。

 

形は女性の腕そのもの。

 

その手を握ったり開いたりして正常に動くかどうか確認したピートウィッチは、泥の腕を砲身の形状へと変化させ…眩いばかりの光と共に一筋の閃光をナイトメアへ直撃させた。

 

 

??!ッ……ッッ!!

 

 

間違いようもなく、閃光は自分の技だった。

 

細長い直線の閃光によって敵を殲滅する"ストロングメア"。

 

威力はドミネーションよりも劣るものの、それでも多数の敵を一気に蹴散らす程はあるその技を何故、ピートウィッチが行使しているのか。

 

簡単だ。"他者の悪魔の魔力を吸収したことで、その技を再現できた"というだけの話なのだから。

 

ピートウィッチの能力は、総じて二つ。

 

一つは、他の悪魔の魔力を吸収することでその悪魔が行使できる魔術や技の再現。

 

もう一つは、霧のような実体のない姿への変身。この状態では完全に気配を消すことができる為、感知に優れた悪魔でも難なくかわすことが可能である。

 

ナイトメアに見つからなかったのは、単に地面に隠れ潜んでいただけではなく、この能力のおかげなのだ。

 

 

『ピートウィッチだけではないことを、お忘れなく』

 

 

そう言ったのはドリームウォーカーだ。

 

ドリームウォーカーは赤い閃光を左右眼窩から放つ。眩い閃光の一筋は見事な直線を描きナイトメアへ直撃したが、それで止まらず、そのまま通過していき遠くの位置にてようやく消え去る。

 

幸い、飛んで行った方角に誰もいなかった。

 

元よりここら一帯は人の目を避ける為、人払いの結界と次元位相をズラす結界を二重に張っている。

 

空間そのものに強大な影響を及ぼす規模の魔力攻撃、あるいは魔術的な手段でなければ、突破することは不可能。

 

 

「……」

 

 

何か言う訳でもなく、モノアイを動かして自らの…人間で言うところの肩に当たる部位を見る。

 

ぽっかりと穴が開き、グチュグチュと生々しい音を立てなから煙が出ていた。

 

コレを見るに、威力はおそらくストロングメアと同等。幸いナイトメアはゴーレムに近い存在なので生き物のような痛覚は持ち合わせていない。

 

だが、ダメージがない訳ではない。

 

ダメージが許容範囲を超えてしまえば、待ち受けるのは機能の停止……死だ。

 

いくら元最強の魔界兵器と言えども、不死身ではない。そうであったのなら……ダンテに敗れるなど有り得なかっただろう。

 

ナイトメアはすぐに風穴を塞ぎ再生させる。

 

そして響の方を見れば、あの赤い少女と何やら会話を繰り広げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

side 響

 

 

 

「おぉ〜。デカい図体の割によく飛ぶねぇ」

 

赤いシンフォギアらしきものを身に纏ったツインテールの少女は、片手側面を両眼の上の位置に押し当てる仕草をしながら、呑気な声を上げる。

 

 

「悪魔さん!!」

 

 

少女の一撃はナイトメアの巨体を吹っ飛ばすには十分なものだが、あまりダメージはない。

 

あくまでも響を引き離すことが目的なのと、ドリームウィッチの獲物であることを考慮して、それなりに加減していたのだ。

 

しかし、そんな事など分からない響は吹っ飛ばされたナイトメアの下へ向かおうとするが、その行手を少女の戦斧が阻む。

 

 

「おっと。ここから先は通行止めだ」

 

「!! 退いて下さい!」

 

「無理だな」

 

 

響の提案を却下するな否や、重量感を醸し出す戦斧を響めがけて振るい落とす。

 

運良く回避はしたが、代わりに響が立っていた地面は戦斧の熱で地面がドロリと抉れ、微量の煙が燻っていた。

 

もし、これが当たっていたなら……と考える響は思わず身を震わせた。

 

誰でも予想できる結末。それが自分だったかもしれなかったのだから、怯えてしまうのも無理はなく、むしろ当然だろう。

 

 

「あー、そうだった。オレの名前、言ってなかった。"フォルテ"だ。

フォルテ・シーモ」

 

「あ、わ、私は立花響です…じゃなくてッ?!」

 

 

つい自己紹介してしまった響だが、今は自己紹介よりも言わなければいけない事があった。

 

 

「なんで、こんなことするの?! 人間同士でこんな……殺し合うなんて間違ってる」

 

「そりゃそーだ」

 

 

否定して来るかと思いきや、少女…フォルテは、響の意見に同意の言葉を示す。

 

 

「人殺しはな、どう理由があろーと悪だ。何せ食う為に殺す訳じゃないし、命奪っても意味なんかねーだろ? あってもんなもんは所詮、こじつけに過ぎねぇ」

 

「なら!」

 

「けどなぁ。そんな碌でもねぇーやり方でも、やらなきゃなんねー時ってのがある」

 

 

そう言って、再び戦斧を構えるフォルテ。

 

 

「じゃあな。恨みたかったら好きに恨め!」

 

 

フォルテが横一線、垂直に振り払われた斬撃の行方は、人体の中で切り離されれば間違いなく即死するであろう『頭』。

 

正確には、"頸"である。

 

頭と身体を繋ぐ首を物凄い速さで斬ることができれば、余計な苦痛を負わすことなく死を与えられる。

 

フォルテは悪魔のように苦痛と恐怖を極限に引き出した上で殺すような真似はしない。

 

彼女の性格として、命を奪う殺すという行為は生きる目的で食べる以外に有り得ない。

 

彼女にとって『悪』なのだ。

 

そして、獲物に対し苦痛や恐怖は最小限に抑えるべきだと考えているからだ。

 

だが、今回……いや、彼女との契約が継続(・・・・・)している限りは、自分の信条を曲げなければならない。

 

故に恐怖は仕方ないが、せめて苦痛だけは無くす形で殺す。

 

そのつもりでフォルテは戦斧を振るい、彼女の即死を狙って頸を落とそうとした。

 

 

「ぐぅッ!!」

 

 

フォルテの戦斧を用いての一撃は、咄嗟に出た響の腕でのガードで防がれ、頸を落とすには至らなかった。

 

とは言え、かなりの衝撃が響を襲い、彼女は吹っ飛ばされてしまう。

 

 

「ぐっ!! うぅ……痛ッ…」

 

「あり? おいおいマジかよ。今の腕ごと頸落とせる筈の威力だぞ? 勘弁しろよ……」

 

 

痛みを伴いつつも、何とか立ち上がる響。

 

そんな彼女に向けてフォルテは溜息を吐きつつ戦斧を逆さまの状態で置き、片手でワシャワシャと軽く掻き乱しながら不満を零す。

 

 

「何度もやりたくねぇってのに……ま、死にたくないだろうし、そりゃ抵抗するよな……っつか、シンフォギアって、んな固いのかよ」

 

「や、やめて下さい! 私は……戦いたくないんです!!」

 

「うん。悪いけど無理だわ」

 

 

至って平坦な口調で、フォルテは無慈悲にそう告げた。

 

 

「オレはある女と"契約"しちまってんだよ。だからある程度の命令は聞かないといけねぇ。それが自分に課した"ルール"でもある」

 

 

響には、フォルテが契約したと言う女のことは一切分からない。

 

しかし、自分や翼を殺すよう命じてくるほどの悪人であることだけは分かる。

 

そんな何処の馬とも知れない謎の女性に自分の命を明け渡すほど、自他共に認めるお人好しの響でも容認できない。

 

 

「で、でも! 私の命はあげません!!」

 

「そーだよな。けど、お前の許可は必要ない」

 

 

再び振るわれる戦斧。しかし今度は握る手を離し、投げ飛ばす投擲の戦法で響の首を刈り取ろうとした。

 

 

「うわぁぁッ!!」

 

 

戦斧の刃が当たる前に間一髪避ける。だが彼方へと去っていくかと思われた戦斧は見事な曲線を描き、もう一度とばかりに響へと向かっていく。

 

しかも、先程投擲された速度よりも倍速く。

 

響は避けた際、誤って背を向ける形で倒れ込んでしまい、尚且つ素人であるが災いして、思うように行動ができない。

 

間に合わない。

 

フォルテはそう確信し、響自身もそれを直感すると共に覚悟を決め両眼を瞑る。

 

しかし、戦斧の刃が響の頸を落とすという悲劇は起きなかった。

 

何故なら……

 

 

「あっぶねぇ……ギリ間に合ったな」

 

 

黒髪を三つ編みに束ねたデビルハンター、トムがかつての自身の尾(・・・・・・・・)に似た魔剣で戦斧を弾き飛ばし。

 

 

チャキ……

 

 

「おっと。動くなよ?」

 

 

フォルテの背後を取り、第二号聖遺物『イチイバル』のシンフォギア (・・・・・・)を纏ったクリスがクロスボウ型のアームドギアを展開し、動きを封じたからだ。

 

 

 

 

 

 




我等がクリスちゃん、イチイバルでの登場!

フィーネに保護されていない筈のクリスちゃんが何故イチイバルのシンフォギアを所持しているのか……それは追々分かります。

では、また次回に。





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第24話  tears of blood part3




最新話です、どうぞ。


 

 

 

 

 

 

side K

 

 

 

 

「冗談には言っていいものと、そうじゃないものがある。お前は後者を言った」

 

 

Kはインビスの切っ先を突きつけていた。

 

この道化師は、翼と響が死ぬかもしれないと嘯いたのだ。

 

訳が分からない道化師の妄言。それに付き合うほどKは酔狂ではないが、言ってはいけない事を言ったのだ。

 

そのツケを、支払わせずに置く訳にはいかない。

 

 

「冗談じゃないのよコレが〜。なんでかって? そりゃシンフォギアがチョー疎ましいって輩がいてさ、その輩がアンノーウスと同盟関係にあんのヨ!! ……ここまで言えば、お分かり?」

 

「フィーネか」

 

 

終わりの名を冠する、ノイズを使役する術を持つ謎の女性。

 

そのフィーネがアンノーウスと手を組んでいる事は既に分かってはいた

。そしてノイズを操るというのであれば、その対抗手段であるシンフォギアは相当目障りな存在だろう。

 

故に始末する。その結論に至るのは当然の理と言えた。

 

 

「クソッ!」

 

 

ナイトメアの事を考えれば、自分が行く必要はないのかもしれない。だが万が一、ということも十分有り得る。

 

ならば、行く意味はある。

 

すぐさま二人の下へと急ごうと駆け出すKだが、それを止めたのはジェスターだった。

 

 

「待って待って。ほらドーゾ❤︎」

 

 

ジェスターはくるりと杖を回し、その先端を地面へ向けた瞬間、輝かしい青い光と共に魔力の稲妻を迸らせる魔法陣が出現した。

 

それは遠くの別の場所へと瞬間的に移動する為のもので、コレをわざわざ出したということは止めたとは言え、行かせないという訳ではないらしい。

 

 

「……」

 

 

とは言え、だからと言って魔法陣を使うほど間抜けではないKは、疑惑と警戒を剥き出しにした目でジェスターを睨む。

 

 

「大丈夫だって! 変なトコ行ったりしないからサ!! コレなら間違いなく二人のとこに行けれるから! 信じてよォォ〜!!」

 

 

信じられないとばかりに疑心を抱いているKを見て、身体をくねくねと奇妙に動かしながら嘘泣きをするジェスターは、どう見ても人を小馬鹿に謀っているようにしか見えない。

 

そんなジェスターが用意した魔法陣を通り抜けようとするなど、正気の沙汰ではない。

 

 

「悪いが、そういったのは間に合ってる」

 

 

故にKは、己の魔術による行使で向かうことを選択した。

 

 

「"我は汝の下へ行かん。さすれば道は開かれるであろう"」

 

 

白色の閃光を伴った魔法陣が現れ、Kを響と翼のいる場所……その付近へと転移させた。

 

残されたジェスターは、一つ深い溜息を吐く。

 

そして、嗤う。

 

 

 

「そーそー。簡単に引っかかっちゃうなんて、そんなのはダメダメ、ネ♪」

 

『ウオオオオオオオーーーーーーッッッ!!!!!』

 

 

そんな独り言を漏らした瞬間、魔法陣から巨大な異形の腕が、おぞましい獣のような叫びと共に現れる。

 

それも一本じゃない。何十本もだ。

 

灰色で筋肉質のソレは、手の部位が硬い手甲を彷彿とさせる外骨格に覆われ、今にもジェスターの足を掴んで来ようと手探りで踠いている。

 

ジェスターは、嗤い顔を張り付かせたまま淡々とした様子でその腕の一本を蹴り砕く。

 

鮮血と肉片が舞い、その飛沫がジェスターの頬を濡らす。

 

まるで痛みに耐えるかのように呻ぎ騒ぐ絶叫。

 

それは当然、魔法陣の向こう側に居る無数の手の主たちだ。

 

そう。この魔法陣は響と翼の下へは行かず、魔界の中でも数千数万と多種多様な悪魔が密集している危険なエリアに通じていたのだ。

 

ジェスターは、最初から嵌めるつもりだった。

 

 

「簡単じゃ〜つまらない。つまらないヨ。もっともっと足掻いて、踏ん張って、無様に絶望を抱いて泣き叫んでくれないと、ネ♪」

 

 

道化師の悪魔は不幸を、悲劇を、そうやって生まれる"地獄"を好む。

 

その中で踠いて、絶望する人間の姿はこの上なく彼女にとって心地よく美しいと感じ得るものなのだ。

 

単純に果てなき殺戮と闘争を好む本能的な悪魔とは真逆と言ってよく、まさに人間が思い描く『欺き貶める魔性の存在』としての悪魔らしさが

滲み出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フン。まったくもって忌々しい悪魔ですね』

 

 

ドリームウォーカーは、中々倒れないナイトメアに対する苛立ちを隠さずに滲み出す。

 

ナイトメアの技を模倣したピートウィッチの強力な一撃で倒れることなく立ち続けるナイトメアの姿は、確かにドリームウォーカーにしてみれば厄介なことこの上ない。

 

 

『だが、こちらは貴様の力を模倣したピートウィッチがおり、私もいる

。形勢の利は我々が握っているに等しい』

 

 

現状は2対1の構図だ。

 

しかしピートウィッチは既存の力に加え、模倣したナイトメアの力がある。

 

量は勿論、質でも勝っている自負がドリームウォーカーにはあった。

 

 

『む? ……どうやら邪魔が入ったようだ』

 

 

ドリームウォーカーの視線にナイトメアもモノアイを向け、同じ方向へと視線を合わせる。

 

見れば響の前に立つ少年と、フォルテの背後を取って紅いクロスボウガンを突きつけている少女の姿があった。

 

すぐさま二人を解析・鑑識した結果、おそらく味方であろうという結果が99%と出た。

 

ナイトメアは自身の情報分析能力から得たデータに従い、謎の二人へ響を任せて冷静にドリームウォーカーとピートウィッチの対処へと思考を駆け巡らせる。

 

そして、二体の悪魔を倒し得る策を瞬時に構築した。

 

 

「ギィ、イィィィッッ!!!」

 

 

まずは、ピートウィッチ。

 

ピートウィッチは他者の悪魔の力を模倣する能力を持つ故に、自身の力をトレースされてしまった事実はナイトメアの不利を意味している。

 

だからこそ、最初の標的はピートウィッチだ。

 

ナイトメアがモノアイに魔力を収束させストロング・メアを放とうとしているのを察知したピートウィッチは、すぐさま腕の砲身をナイトメアに向け、同じく魔力を収束。

 

だが、生憎のところナイトメアの方が早かった。

 

 

『いけません!!』

 

 

ドリームウォーカーは、すぐさま幻術をもってナイトメアの攻撃を止めようとする。

 

妖しい赤色の輝きによる視線がナイトメアのモノアイから見る視線と重なる。

 

これでいい。奴はもう幻術という籠の中だ。

 

内心ほくそ笑むドリームウォーカーだが、その心中の思いはすぐに裏切られることになる。

 

収束された魔力は消えることなく、ドミネーションという極太の閃光となってピートウィッチのストロングメアごと、魔女の悪魔を飲み込む。

 

 

『!!ッ ええい! こうなれば!!』

 

 

己の幻術が効かない事実に対し、忌々しさを覚えることはあれど取り乱すことなく、冷静に次の手を講じる。

 

ドリームウォーカーが歪な音を奏でながら、硬い指をクイっと曲げる。すると地面から黒い靄が溢れ、それが様々な悪魔の形を成していく。

 

 

『"レギオエル"!!』

 

 

やがて。その全貌が真名と共に明かされる。

 

 

体色、細部はその個体ごとにバラ付きがあるものの、総じて同一なのは身体を包む金属質の鎧のような外骨格。

 

そして、人型を各パーツごと歪に曲がりくねった形状。

 

まるで中世の騎士の鎧を象ったモノを無理矢理に歪ませ、細長く伸ばし変形させた不気味なものとなっていて、頭部のヘルムにある縦細いスリットからは不気味な瞳が三つ、四つと覗いている。

 

歪な鎧の悪魔"レギオエル"

 

ヘルゲ種ように群を形成し、自分達よりも強い者を信奉し仕える、まるで騎士のような生態を持った悪魔の種族。

 

そして『戦士』と認識した者以外は決して襲わないという悪魔らしくない一面もあるという。

 

そんな悪魔がドリームウォーカーの配下として召喚された。この個体群の強さに関してはコンプレアだが、実力的には上位に近い。

 

 

『行きなさい!』

 

 

主の号令を合図に、レギオエルは片手や両手に魔剣を生成。一気にナイトメアへと斬りかかる為に迫る。

 

レギオエルの魔剣は、持ち手である個体の鎧の外骨格と同色で、刀身は波打つようなフランベルジュタイプの剣に似ている。

 

剣自体は自らの鎧を形成している物質と魔界の金属を混ぜ合わせて作られていること以外は、至って普通の剣。

 

しかし、レギオエルという悪魔には能力があり、それは『攻撃の反射』。

 

物理的・魔術的・単純な魔力の当てつけ等、方法や手段に問わず、向かってくる攻撃を反射する形でそっくりそのまま跳ね返すことができる。

 

但し、反射した攻撃は制御が一切できない。

 

よって、反射された攻撃がどの方角へ行くのか。担い手であるレギオエルたちにも分からないのがデメリットだろうか。

 

とは言え、これだけ聞けば厄介な悪魔に思うかもしれないが、ナイトメアは悪夢という幻の存在ではなく、一個の実体ある悪魔としてこの世界に転生した。

 

悪夢でしかなかった頃はVがいなければ、ろくに悪魔を倒せなかった。それは事実だ。

 

しかし今のナイトメアは違う。

 

全盛期……魔帝配下の頃ほどではないにしろ、力は悪魔の中でも強力な部類に入る。

 

 

「……!!ッ」

 

 

ナイトメアは身体中を巡る魔力を再びモノアイに収束。ストロングメアを今度は一直線に一つではなく、後方を除く左右前方に幾線も繰り出す"クリティカル・インパクト"を発動。

 

解き放たれた魔力の光線はレギオエルの一体一体に当たりはしたが、しかしカウンターの壁が光線を阻み、そのまま跳ね返す。

 

レギオエルにダメージを与えることなく、光線は見当違いの方向へと飛んでいき、いくつかはナイトメア自身に返って来たものの難なく腕で払い、防いで見せた。

 

その間に1体のレギオエルがナイトメアの身体を切り裂く。それに続いて他のレギオエルたちがナイトメアの身体を余すことなく切り刻んでいく。

 

しかし、ナイトメアの身体は流体のソレだ。

 

まともに切ったところで意味はない。

 

ナイトメアはレギオエルたちが自身を切り刻む為に近づいて来る、この状況に目をつける。

 

 

「……ッ!!」

 

 

声ではなく、まるで機械が駆動する際に出すような音を上げ、ナイトメアは左右の剛腕を地面へと叩きつける。

 

瞬間。地面が土砂の柱を立てながら盛り上がり、続いてナイトメアの身体を形成しているタールのような黒いスライムがレギオエルたちを一気に飲み込む。

 

"ナイトメア・ヘル・フォールン"。

 

悪夢の名の通り、ナイトメアは自分の内部へと取り込んだ相手の記憶を読み取り、その相手が恐れるもの。憎むもの。嫌悪するもの。

 

そういったものを幻影として見せ、襲わせると

いう能力を持っている。

 

内部はナイトメアが形成した異空間となっており、レギオエルたちをそこに送り込んだ訳だが、そこで幻影に攻撃させてもカウンターされてしまう為、意味はない。

 

なら何故取り込んだのか?

 

 

『!! 消えただと?!』

 

 

ドリームウォーカーは驚く。自身の配下であるレギオエルたちの気配…生命反応(ルビ)が消え去った。

 

彼等が何処にいようと、ドリームウォーカーはレギオエルたちの生死を判別できる。

 

これはドリームウォーカーという、個の能力というより、悪魔同士又は人でも主従関係を結んだ場合に生じる、契約の執行力だ。

 

しかしたった今、その気配が途切れた。

 

それはつまり、『死』を意味する以外にない。

 

 

『キサマァァ、何をしたアァァァァッッ!!』

 

 

怒りの叫びでナイトメアに捲し立てるが、発声器官を持たず、テレパシーにソレに近い思念送りの魔術を使えないナイトメアでは、答える事などできはしない。

 

もっとも、仮に意思を伝えることができたとして、それを懇切丁寧に伝えるとも思えないが。

 

ナイトメアがしたことは非常に単純なことだ。

 

レギオエルたちを異空間に送り込むと同時に、異空間を消失(ルビ)させたに過ぎない。

 

ナイトメアの異空間は、それが所謂ナイトメアの体内という訳ではなく、あくまでナイトメアが能力で作り出した産物に過ぎない。

 

よって、生み出すことが出来れば、それを消し去ることも可能。

 

レギオエルたちを、異空間ごと消し去っただけ。

 

一つ二つの物理・魔術的な攻撃を跳ね返すカウンターなど何の意味も為さない。

 

空間ごと消え去るのだから。

 

 

『え、ええい、もういい! 最初から私自らがやればいいだけのことだァァァァッッッッッ!!!!』

 

 

もし。ここにかつての契約主であるVがいれば、おそらくだが詩的な皮肉を聞かせてくれた事だろう。

 

それほどまでにドリームウォーカーは、頼んでもいないのに滑稽さと無様さの両方を見せてくれていた。Vがいたら、鼻で嗤うだろうと内心思いつつ、ナイトメアは再びドミネーションを放つ準備をし始める。

 

 

『フン! ハァァァァ………』

 

 

すると、ナイトメアの攻撃を予測したのか、両腕をクロスさせると共に下半身の黒い靄が辺り一面に広がっていき、ナイトメアの周囲を包み込む。

 

 

ドシュッ!

 

 

直後、生々しい音を立てながらナイトメアの左腕に何かが突き刺さる。

 

それを振って払い取ろうとするがそうするよりも先に、ナイトメアの左腕は根元から引き千切れ、地面に落ちる。

 

 

ドシュッ!

 

 

また音がする。先程と全く同じの音だ。

 

今度は右腕が引き千切れ、地面にドサリと落ちて融解・蒸発していく。

 

どうやらドリームウォーカーはこの靄に隠れて奇襲し、ジワジワと嬲るように殺す腹積りらしい。

 

とは言え、だからと言ってナイトメアに対処はできない。

 

この黒い靄はナイトメアの視界をただ遮るだけではなく、透視や熱源察知といった各種の視覚機能まで完全に阻害していた。

 

これではドリームウォーカーの姿を正確に捉え、こちらから攻撃を与えることはできない。

 

 

ザシュッ!

 

 

今度は刺す音ではなく、一気に切り払う感じの音が響く。

 

見ればナイトメアの胸部から腹部にかけて袈裟斬りの線が奔り、それが紫色の光を帯びている。

 

 

『フフ。やはり、完全に斬撃を無力化できると言うわけではないようですね』

 

 

相変わらず姿を見せず、余裕に満ちたドリームウォーカーの声が響く。

 

 

『物理的な斬撃が意味を為さないなら、魔術的、あるいは魔力を込めた攻撃を行使すればいいだけのこと。単純明快でしょぉぉ?』

 

 

ドリームウォーカーは、余裕と嘲りを嫌味として込めてそう言う。

 

レギオエルがナイトメアにダメージを与えられなかったのは、単にナイトメアの身体が流体だからという理由だけではない。

 

実はレギオエルはそれぼど魔力の扱いが上手くなく、どちらかと言えば、不得手な方だ。悪魔にも魔力の扱いに関して得手不得手というものがあり、それは個の才の有無だったり、種としてそういう風に出来ている等、様々。

 

レギオエルの場合は、種族そのものが魔力操作自体苦手とする存在。ナイトメアに斬撃でダメージを与えられなかった大きな要因は、魔力を扱えない為に武器に魔力を付与できなかった事だ。

 

魔力が十全に込められていれば、込めた魔力の分だけダメージを与えられただろう。

 

魔帝時代では魔力を吸収する性能を持っていたナイトメアも、今では幾分か弱体化したせいでそれが失われている為、効果の程は期待できた筈なのだ。

 

悪魔を殺すには、ただ武器で物理的に攻撃するだけでは足りない。

 

悪魔が忌み嫌い、時として彼らにとって毒となる『聖性』の力が宿ったモノを使うか。もしくは、同じく悪魔の身技たる魔術又は魔力が秘められたモノを使うか。

 

それ以外になく、レギオエルたちは種としての不得手が仇となってしまった訳だ。

 

だが、主であるドリームウォーカーは魔力の扱いに長けている。

 

魔力の付与など、彼にとっては赤子の手を捻るように初歩的なことで、高難易度の魔術を行使することだってできる。

 

ナイトメアが強くとも、ドリームウォーカーもまたレギオエルのように容易に行くほど、雑魚ではないのは確かなのである。

 

 

『ハッハッハッハッハッハッハッ!! なんと無様な!! さぁ! まだまだ行きますよォォォォッッ!!!!!』

 

 

ここでふと気付いたことがある。再生する筈の両腕がどういう訳か、一向に元に戻る気配が見受けられない。別にナイトメアが意識せずとも自動的に再生し、腕は元に戻る筈。

 

なのに、何かを入れられたのか、意識を集中させ再生させようとするが

全く上手くいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コレハ……モシカシテ、マズイ?

 

ふと、そんな考えがナイトメアの心中を掠めて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第25話  tears of blood part4




お待たせしました。今回はちょっと長めです。


 

 

 

 

 

「ったく、あのアマ(・・)人使い荒いっつーの」

 

 

トムは自身の髪をワシャワシャと掻きながら、『魔槍剣ファントム』というかつての自分の名を冠した魔具を肩に担ぎ、赤い少女であるフォルテへ鋭い視線を真っ直ぐにぶつける。

 

 

「で、この嬢ちゃん殺そうとしたお前は誰だ? 言いたくないなら結構。その分ブチのめさせてもらうだけだ」

 

 

クイッと親指を後ろにいる響へ向け、まるでヤクザが言いそうな常套句を述べるトム。

 

そんな彼に対し、フォルテは深く溜息を吐く。

 

 

「勘弁してくれよ。本当ならさっさと終わらせて帰る予定だったのに。これじゃー、楽に終われないだろーが」

 

「そうかい。そりゃ残念だったな。で、質問に答えてくんねーか? それともやっぱブチのめした方が早いのか? ん?」

 

 

首をポキポキと鳴らしながら言うトムを一瞥するものの、フォルテの顔に怖気付く様子は見られない。

 

場数を踏んだ強者故か、あるいは感情が希薄なのか。いずれにしろ別段口が硬いというわけでもないらしく、トムの質問に素直に答える。

 

 

「オレの名前はフォルテ。フィーネって女に雇われた身で、そいつの依頼でそこの嬢ちゃんの命を取ろうとしたってわけだ。まー、どこぞの誰かさんのせいで、たった今失敗したが」

 

「そのフィーネってヤツのこと吐け!!」

 

 

フォルテにボウガン型のアームドギアを突きつけていたクリスが、やや強めな口調で問い質して来た。

 

単純に苛立っている…という感じではなく、どちらかと言えば『憎悪』を滲み出している、という表現が当て嵌まる感じだ。

 

 

「クリス。落ち着け」

 

「でも!」

 

「落ち着ついてくれ。頼むから」

 

 

トムからの懇願に近い言葉が出される。その顔は厳しさの中に哀愁を入れたような、そんな表情だ。

 

その意味をすぐに察したクリスは頭に昇っていた血がゆっくり下がっていく感触を覚え、目を伏せてしまう。

 

 

「………ごめん」

 

 

一言の謝罪。それを聞いたトムは『気にすんな』と答え、仕切り直しとばかりにフォルテを睨む。

 

 

「おーおー、恐っ。フィーネのヤツに恨みでもあんのかよ?」

 

「テメェには関係ねーよ。ヤツの居所をさっさと言え」

 

 

チャラけた口調で活気良く聞いてくるフォルテに苛立ちを覚えたトムは彼女の質問を切って捨てて、ファントムの先端を向ける。

 

 

「悪いが、言えないな。だがこれだけは教えてやる。一応、念を入れて正解だったよ」

 

「あん? どーゆ……グボォッ!」

 

 

それは、あまりに突然のことだった。

 

地中から何かが飛び出し、それが土と共にトムを空高く舞い上げる。

 

一瞬あまりの衝撃に意識を失いかけたが、地中から飛び出した何かが鋭い爪らしきモノを向けて来るのを見た瞬間、即座に意識を取り戻し、何かを踏み台に宙返りを決め込みながら着地を果たす。

 

 

「トム兄…ガハッ!」

 

「油断は禁物だァァ!!」

 

 

勢いよく飛ばされたトムに動揺が生まれたクリスの隙を見逃さず、エルボークローを鳩尾へ叩き込んだフォルテ。

 

そして、そこから更に蹴りを一撃入れてクリスを吹っ飛ばした。

 

 

「クリス! くッ!!」

 

 

やられるクリスを見て助けに入ろうとするトムだったが、つい今し方トムに奇襲の一撃を与えた犯人が敵意を向けると共に鋭い爪を繰り出し、それをトムは咄嗟にファントムで防ぐ。

 

 

「テメェ……"アサルト"か!!」

 

「いかにも!」

 

 

アサルト。見た目は蜥蜴の獣人のソレで、トムの前世では魔帝配下だった尖兵ブレイドが魔帝の支配から解放され野生化。

 

そうして変化したのがアサルトという種の悪魔だ。

 

とは言え、この世界におけるアサルトは単にブレイドに似ているだけで、あくまで別種の悪魔に過ぎない。

 

姿形は騎士を彷彿とさせるヘルムや盾を装備していたブレイドとは異なり

、インディアンのような民族戦士の装飾を纏い、風を操る力を持っている

 

そしてこのアサルトはどうやら人間の言葉を理解して介する程の知性があるらしい。

 

 

「私の名は"ストムル"。魔界の言葉で"嵐"の意味を持つ!!」

 

「自己紹介どーも! 生憎覚える気はねぇよ!」

 

 

アサルト……ストムルの爪を弾くように押し返したトムは、ファントムの刀身部位を長く伸ばすことでそのままムルティーの心臓を抉ろうと突きを繰り出す。

 

が、突如としてストムルとトムの間に人並みの大きさの氷塊が刺さり、ファントムの突きを無効化してしまう。

 

 

「! これは……」

 

 

その氷塊に見覚えがあった。より正確に言えば、前の世界で見慣れた記憶がトムにはあった。

 

 

「フォォォォォォ……」

 

 

深く息を吐き出すような音。その発生源である斜め横へと視線を向ければ

、何もなかったはずの其処に1体の悪魔がいた。

 

両腕と両肩に氷を纏い、硬質な外骨格に包まれた肉体を持つその悪魔は、トムのよく知る存在だった。

 

 

「"フロスト"まで居るのかよ!」

 

 

氷の悪魔フロスト。ブレイドのように魔帝が生み出した悪魔の一種で、氷の力を有し、ソレをもって敵を葬るアサシン。

 

その力には魔帝もお気に召していた記憶があったなと思う反面、マグマでさえも耐えてしまうフロストの氷の鎧にうんざりしつつ、トムはファントムを構える。

 

 

「上等だぁ……来やがれ!」

 

 

そう叫び、勢いよくファントムを振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと! これで全部か?」

 

 

とある街中で二人の人物が突如として発生したノイズに対処し、その全てを残さず殲滅し終えたところだった。

 

一人は、青い長髪に何処か音符を彷彿とさせるサイドテールの髪型をした少女『風鳴翼』。

 

そして、もう一人はノイズが全て倒したことをに確認するように言った、赤く鳥の翼に似た髪型の少女『天羽奏』。

 

 

『ああ。付近にノイズの反応はない。ご苦労だったな奏、翼』

 

「ノイズに対抗できるのは、あたしらシンフォギア装者だけ。自分にできることをしたまでだよ」

 

 

通信から聞こえる弦十郎の労いの声に対し、奏はそれが当然だと笑顔で答える。

 

真っ直ぐで優しく、自分よりも強い奏のそんな姿を見てか、翼は自分でも無意識に笑顔を浮かべてしまう。

 

 

『何もないとは思うが、周辺を注意しつつ帰投してくれ』

 

「分かった分かった。ホント心配症だね〜旦那は」

 

『性分なものでな。じゃあ、また会おう』

 

「ああ」

 

 

そんな何気ない会話を終えて通信を切る奏。

 

 

「? どーした翼、笑ったりして」

 

「え、いや、その……ごめん」

 

「ハッハッハッ! 何謝ってんだよ。まったく翼はおかしいなー」

 

「わ、笑わないでよ!!」

 

 

顔を真っ赤にして抗議する翼。

 

そんな彼女を適当に遇らう奏。

 

二人の光景は仲の良い親友同士だからこその物で、側から見るにさぞ輝いていることだろう。

 

だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それは本当に現実なのか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!ッ」

 

 

知らない筈なのに何故か聞き覚えを感じる声。

 

それを耳にした瞬間、翼は思わず振り返る。

 

 

「? 翼?」

 

 

何もいない……当然だ。

 

今の声は翼にしか聞こえない幻聴のようなもの。どこを見ようと、その発生源を見つけることはできはしない。

 

 

「う、ううん。何でもない」

 

「ならいいけど、無理すんなよ?

 

 

怪訝な様子で聞いてきた奏も単に気のせいだろと判断したのか、特に追求することはなく、無理だけはするなと念を押すだけに留めた。

 

 

「大丈夫。さっ、帰ろう」

 

「おう!」

 

 

夕暮れを背にして、二人は二課本部へと帰投していく。

 

 

『目を……■■……ッ!!』

 

 

聞こえている筈の雑音(・・)に耳を傾けないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キシャアァッ!!」

 

 

アサルトのストムルと名無しのフロスト。この二体は通常よりも知性が高く、個体としての強さも厄介なものだった。

 

というのも、この個体らはフォルテが直々に育て上げた悪魔達で、上位であるアパルトに近い実力を有している。

 

が、それでもトムにとって倒せない敵ではない。

 

鋭利な鉤爪に風の力を纏わせ、繰り出す手刀。

 

その突きの一撃を放って来たストムルは、風によって生まれるその回転の力でトムの身体の肉を削ぎ落とす気のようだ。

 

しかし、その思惑は終わる。

 

ファントムの刀身はマグマと悪魔ファントムの岩のような外骨格によって形成されており、実質マグマという液体で出来た不定形の剣だ。

 

故に伸縮自在。鞭のように扱うことも可能で、その蛇のように曲がりくねる薙ぎ払いで鉤爪を弾くばかりか、その腕と胴体をマグマの超高温で溶断する。

 

 

「オラァァッ!!」

 

「!!ッ お、おのれぇぇ……」

 

 

ストムルの口から恨み言が漏れるものの、もはや死は確定付けられた。そう宣告しているに等しい溶断の傷の状態は酷いものだった。

 

鋼鉄に等しい硬質な皮膚を容易く溶かし、血肉を蒸発させてしまっている。

 

そして、生命維持を司る臓器である心臓も同様に抉り溶かされた。

 

皮膚や他の臓器ならまだ何とかなったのだが、生命維持と魔力循環を司っている心臓を破壊されては仕方がない。

 

切断された腕とほぼ同着でストムルが地に伏し、依代にしていたトカゲという物質と共に魔力が流出したせいで形を保てなく、身体ごと消滅するという死を迎えた。

 

 

「………」

 

 

フロストはそれを見てどう思う訳もなく、まさに氷のように冷厳な姿勢で両腕に纏う氷柱を地面へ突き刺す。

 

 

「おっと!」

 

 

たちまち氷柱が地面から生え、針地獄を生み出した。

 

トムは攻撃の気配を読んで咄嗟に宙へ逃げた為何ともないが、もしほんの数秒でも遅れたら、股から口まで貫かれ無様な氷像が完成していた

ことだろう。

 

 

「で、芸はもうお終いか?」

 

 

着地したトムはわざとらしい挑発を口にする。

 

果たして、このフロストに怒りの感情があるかどうかは分からない。

 

が、それでもフロストは何もせずそのまま退くという選択を取らず、敵であり獲物でもあるトムに殺気を向け襲いかかる。

 

と言ってもファントムの存在を忘れず、まずは遠距離から野球ボールサイズの氷塊を無数に飛ばす『アイスブレッド』という技で小手調べを計る。

 

考えなしに接近戦に持ち込めばファントムの餌食になるだけ。

 

予測不能な動きとその上で瞬発力が高いファントムを前に近づく行為は自殺と大差ない。

 

運良く初撃をかわすことができても、次の一手である予測し難い攻撃の餌食になるのがオチだ。

 

 

「地面から生やすのはお前だけじゃねぇぞ!」

 

 

そう言って片手を地面へ置く仕草を取るトム。

 

するとフロストの立つ位置から灼熱を迸らせるマグマの柱が湧き起こる。

 

咄嗟に回避したフロストだったが、マグマの柱は無数の糸状に拡散。その一つがフロストの氷に覆われた身体を絡め取る。

 

 

「捕まえたぜ!」

 

「!!ッ……オォォッ!!」

 

 

低い鳴き声を発して、その拘束から逃れようともがくが、決して簡単には行かない。

 

むしろ動けば動くほど糸は絡み付いていき、逃れられない。

 

 

「諦めな。いくらマグマの熱にも耐えられても

動けなきゃお終いだ」

 

 

そう言って、ファントムを振るいフロストの心臓を突き刺す。

 

更に超高熱のマグマを注入され、完全に息の根を止められてしまう。そしてフロストの身体は氷が蒸発した気体と共にこの世界から焼失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありゃりゃ。2匹ともヤラレちまったか」

 

 

フォルテは赤い閃光の矢を次々と払い除けながら、アサルトのストムルとフロストが倒されたことに対し、淡白な味気のない感想を零す。

 

 

「これでこっちが有利なったな。さすがトム兄! やるぅぅ!」

 

 

赤いエネルギーの矢を放っていたクリスは笑みを浮かべ、自分の兄がやってくれたことを素直に喜ぶ。

 

2対1で、しかも奇襲を仕掛けたにも関わらず2体が負けてしまったのは相手であるトム自身との実力における差。そして彼等が仲間同士でチームプレーをせず、各々勝手に戦い始めたところが敗因だろう。

 

勝てないでも、上手くチームプレーができていれば、もう少し善戦はできただろう。

 

力に対する自尊心と闘争心が異常に強い悪魔という種に対し、それを言っても栓なき事だが。

 

 

「有利? そいつは……どーかな!!」

 

 

フォルテは勢いよく戦斧を地面へ向けて叩きつける。

 

トムが武器ではないが手を地面につけて発動させる技を持っていることを知っていたクリスは、何らかの攻撃を発動させる気かとボウガンを構える

 

すると、それは起こった。

 

戦斧から亀裂が奔っていき、地面がスナック菓子のように容易く崩れ落ちていく。

 

亀裂の規模は、横一線で50mほど。

 

やがて地面は無くなり、代わりにぽっかりと虚無の穴が顔を出した。

 

 

「な、なんだコレ?!」

 

「"地獄門"……つってもピンと来ないか。まぁ簡単に言えば魔界と人界を繋ぐ穴さ。さて問題…この穴から出てくるのは、一体何でしょう?」

 

 

何が出て来るのか。この穴が魔界へ続いているというのなら、考える迄もない。

 

"悪魔"以外にありえない。

 

 

『ウォォォォォォォォォッッッッ!!!!』

 

 

そして、歓喜に打ち震えているかのような雄叫びを上げて1匹の悪魔が穴から姿を現す。

 

それはまさしく"炎を纏った鋼鉄のミノタウロス"と呼ぶに相応しい姿をしていた。

 

ミノタウロスとは、ギリシャ神話に登場する頭部が牛で身体が人間の怪物の名。その怪物によく似た姿のこの悪魔はこう呼ばれている。

 

業火の鉄牛魔フュリアタウルス。

 

元は罪人を焼き殺す為の処刑道具だった牛型の青銅像だったのだが、数多の罪人たちの怨念や恐怖と絶望が依代としての条件を満たしてしまい、炎属性の悪魔が憑依した結果誕生した。

 

 

『ブゥリ、サッシマーヒュー(久しぶりの人界だ)』

 

 

魔界の言語を口にするフュリアタウルス。

 

そしてフォルテとクリスに目が行く。

 

 

『エモー……クワッセル!!(獲物か……食わせろ!!)』

 

 

どうやら、人界に来て最初のご馳走だと認識したらしいフュリアタウルスは、口から物に触れられる特異な火炎を吐き、捕らえようとする。

 

 

「うわぁぁッ!」

 

「おっと」

 

 

間一髪避けることに成功。しかし今度はフュリアタウルスの両手が迫る。

 

 

「代わりにコイツを喰らいなッ!!」

 

 

フォルテは戦斧を投げつける。回転しながら、しかもまるで意思があるかのようにフュリアタウルスの腕を軸に螺旋状の曲線を描くように腕を切り刻み、バラバラの鉄片へと変えてしまう。

 

 

『グゥアアアアアアアアアアアアアアアッッ!

!!!!!』

 

 

フュリアタウルスは、苦悶の叫びを上げ腕の断面を押さえる。

 

召喚されたと言うのに召喚者であるフォルテを襲う。クリスにして見れば謎の光景なのだが、答えは単純だった。

 

 

「言っておくが、コイツはオレの部下じゃないぜ?」

 

 

クリスの顔から彼女の心中に浮かんだ疑念を察してか、フォルテは自分が作った穴へと戦斧の先端を向ける。

 

 

「アレは単なる『穴』だ。召喚陣じゃない。あの牛野郎は単に穴があったからこっちに来たってだけの話で、オレと全く関係ない」

 

「な、なんだよソレ……何の為にそんな…」

 

「そりゃ、混乱に乗じて逃げる為だよ」

 

 

地獄門は未だ開いている。無論、そこから出て来る悪魔はフュリアタウルスだけではない。

 

翅に異形の目玉が付いた巨大蛾の悪魔ノクトプテランが五体。

 

無機物に憑依し、ヘリと戦車に憑依した個体『インフェスタント』のインフェスチョッパーとインフェスタンクのそれぞれ2体。

 

歪で錆び付いた大鋏を持つ、仮面のように感情を覗かせない白い顔をした悪魔デスシザースが17体。

 

猿のような霊長類を思わせる外見をした悪魔ムシラ数十体。

 

更に名称不明の悪魔が無数に地獄門から出て来る。もし、これらの悪魔たちが街にでも襲来して来たとしたら……間違いなく、この世の地獄絵図が現実の光景として完成してしまうだろう。

 

 

「んじゃーな。あ、結界はせいぜい30分位だから、早めに穴閉じて悪魔どもを駆除しといた方がいいぞー」

 

 

張本人にも関わらず、いけしゃーしゃーと呑気な口調で告げるフォルテは戦斧を振るい、自分の背後に十字を描き、その十字を丸で囲む。

 

すると、何もない筈の虚空に円形の穴が現れる。

 

 

「待ちやがれ!」

 

「逃すかよッ!!」

 

 

クリスはエネルギー矢を放ち、駆けつけたトムは掌に生じさせた火球でフォルテの撤退を阻止しようとするが、火球は片腕を再生させ新たらしく生やしたフュリアタウルスの腕に阻まれて失敗。  

 

クリスの矢では威力不足のようで、簡単に戦斧で払い砕くと不敵な笑みを浮かべ、穴が閉じる。

 

完全に消え去った。もはやフォルテの姿は影も形もないが、それでも悪魔たちは残っており、僅かな休息の暇さえない状況だった。

 

 

『ウォォォォォォォォォッッッッ!!!!』

 

「こ、の! なんでこっちなんだよ!! あのガキだろ普通はッ!!」

 

 

何の関係もなかった筈のトムに標的を定めたフュリアタウルスは、腕を切られたことで激怒し、理性が完全に吹き飛んでいる状態なのだ。

 

故に区別など有る筈もなく、ただ目に映るモノを人も悪魔も関係なく屠る暴れ牛と化している。

 

フュリアタウルスの攻撃を軽快に避けながら文句を言うトムだが、いい加減鬱陶しく思いファントムを額へと伸ばし突き刺すと一気にフュリアタウルスの頭部へ立つ。

 

 

「さっさと鉄屑になれやクソ牛!」

 

 

そう吐き捨てるトムは、一気にファントムを脳天へと刺し込み、そこから大量のマグマを流していく。

 

フュリアタウルスの青銅の身体は内部に高温の魔力の炎を灯している為、耐熱性に優れてはいるが、当然の如く限界値も存在する。

 

約3500度。

 

この上を行くと鋼鉄の肉体は容易く溶け崩れてしまう。

 

そして、ファントムのマグマの温度は『4万8千度』。

 

限界値を遥かに超えている。

 

 

『ロメア! ロオォォメェェ……ァァァァァ……

……』

 

 

"やめろ"と叫ぶも既に遅過ぎる。

 

炎を纏う猛牛の身体は無惨にも溶けていき、その原型を残さずドロりとした金属の塵へと変換されてしまった。

 

一方、クリスの方は戦い慣れしていない響の援護に回っていた。

 

翼が未だ幻術に囚われて動けない為、彼女を守りつつ、悪魔を倒さなければならない。

 

 

「あーもうッ! 鬱陶しいんだよ!!」

 

「あ、あの! 手伝ってくれてありがとう!!」

 

「礼は後でいいから今は手を動かせ! マジで数がビッグハリケーンだぞ

!!」

 

 

響とクリスは互いに初対面だが、それでも両者の性格は悪いものではなく、拙いながらも連携自体は取れていた。

 

響が悪魔を殴り蹴るといった格闘戦で弱らせ、クリスがトドメを刺す。

 

アームドギアが無いせいもあるが、響本人の技量的にも決定打が足りない為、そこをクリスがカバーするといった感じで次々と悪魔を倒していく。

 

だが地獄門は未だその口を開け、悪魔をこちら側へと呼び込んでしまっている。

 

実力があっても、敵が際限なく永遠と出てくれば消耗戦に陥り結果的には敗北しかない。

 

おまけに結界という檻は時間を過ぎれば無くなってしまい、人間という餌を目当てに街へ向かうのは容易に想像できる。

 

 

「大丈夫かクリス!」

 

 

数体のムシラの首をファントムの刀身が切り落とす。

 

トムが合流したことで倒される悪魔の数は更に増えた……が、結局根本的には解決しない。

 

 

「くそっ、地獄門をなんとかした方が良さそうだな」

 

「穴に向けてドンパチすりゃいいの?!」

 

 

力任せな脳筋で投げやり気味なクリスの言葉にトムは首を横に振る。

 

 

「アレは単純に地面に穴が開いてんじゃねぇ。次元に穴が開いてんだ。だから物理的な力押しでどうにかなる代物じゃない」

 

 

大鋏を振り回し向かって来るデスシザーズをすれ違いざまに突き刺し、マグマを注入。

 

途方もない高温に苦しみながら死んでいき、続く様に襲って来た数体のヘルゲ・パニッシュメントに火球をぶつけて始末する。

 

 

「じゃあ、どーすんだよ!!」

 

 

また別のヘルゲ・パニッシュメント10体に向けて腰部のアーマー部位から展開した発射台からマイクロミサイルを撃ち、一発も撃ち漏らさずに屠って見せる。

 

 

「空間操作に長けた魔術か、錬金術じゃないと無理だぞアレはッ!」

 

「それトム兄できるの?!」

 

「できん! 悪い!!」

 

「もう詰んだじゃんソレェェッ!!」

 

 

クリスの悲観めいた叫びが轟く。あの地獄門さえ無くせば、後は雑魚を……ドリームウォーカーを倒すだけでいい。

 

しかし逆を言えば地獄門を閉じない限り、こちらの勝ち筋は一切見えてこないも同然。

 

 

「オラァッ! バーベキュータイムだァァァッ!!」

 

 

高らか且つ騒々しい声と共に奔る雷撃が、無数の悪魔を蹴散らしノイズのように消炭へ変えていく。

 

その声に聞き覚えがあったのは響とトム。

 

 

「あ、あの時の鳥?!」

 

「……チィッ! よりによってコイツかよ!!」

 

「うわー、ナニその態度。オレそーゆーの良くないと思うゼ?」

 

 

紛れもなくグリフォンだった。翼を羽ばたかせながら近づいて来るグリフォンに響は驚愕を。

 

対するトムはやはりと言うか、苛立ち混じりに舌打ちを鳴らす。

 

 

「お前の契約者は?」

 

「Kちゃんならメアちゃんのとこだ。苦戦してるみたいでよ」

 

 

そう言うグリフォンの視線は未だ黒い霧が漂う

ドリームウォーカーの特殊な結界へと向けられている。

 

 

「しっかしメアちゃんが苦戦たぁーねぇー」

 

「メア? 誰だよソレ」

 

「ナイトメアのコトだよ!! 知ってんだろ?」

 

「はぁ? そんなヤツ記憶にねーぞ?」

 

 

トムは怪訝な顔を露骨に見せて、知らないと答える。グリフォンはその様子を訝しぶがすぐに理由に至った。

 

 

「あー、そー言えばお前、スパーダの奴に封印されてたっけ。あのムンドゥスのジジイが創った魔造兵器だよ。まっ、今じゃ頼りなる仲間になってるケドな」

 

「……詳しい話は後だ。そら、次が出てくるぞ」

 

 

グリフォンの雷撃のおかげで残りの悪魔を殲滅することに成功したが、それでも一時的に過ぎない。

 

地獄門からまた新たな悪魔が出現した。

 

人並みの大きさを持つ鳥型の悪魔『ブラッド・ガーゴイル』。

 

人間の血液を浴びたことで不浄を孕んだ魔像を依代にした悪魔で、剣や槍といった攻撃では死なず、むしろ分裂して増えてしまう。

 

だが銃に耐性はなく、喰らうと魔像状態に戻ってしまうのでその内に破壊すればいい。

 

全部で50匹のブラッド・ガーゴイルの群れが宙を舞い、けたたましい鳴き声を放つ。

 

出てくる悪魔はブラッド・ガーゴイルだけでなく、他にもいた。

 

ヒレ状の脚を交互に波打つように動かして空を飛ぶムカデの悪魔『ギガピート』。

 

女性の上半身を持つ蜘蛛の悪魔『アルケニー』。

 

その他多種多様な悪魔が湧いて出てくる様は、何度見ても悍しく感じるだろう。心なしか、その大半が昆虫に似たモノに見える。

 

 

「ウヘェッ! 虫が多いな!! しかもあの塔の悪魔どもまで居やがるって、ここはテメンニグルかよ!!」

 

「おーおー。これはまた懐かしい顔ぶれだな。まっ、ぶち殺すだけだが」

 

 

文句を言うグリフォンに比べ、トムは懐かしさを覚えつつもファントムを構える。

 

クリスと響も気を引き締めて構え、襲い掛かって来た悪魔に対し、すぐに迎撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フッフッ! 気になりますか? 何故腕が再生しないのかと』

 

 

未だ黒霧が周囲を包むその中でドリームウォーカーの動きを感知できず、あろうことか両腕を捥がれてしまったナイトメアの聴覚器官にドリームウォーカーの嘲笑混じりの声が響く。

 

 

『毒を仕込んだんですよ! それもただの毒じゃない。魔力を喰らい何もせずとも消耗していく特殊なものでしてねぇ〜。ほら、そろそろ形を保つのも一苦労では?』

 

 

その言葉は結果として射抜いた。

 

片足が崩れ始め、思わずガクッともう片方の足の膝で倒れないよう支えるが、その間にも身体がドロドロと徐々に崩壊していく。

 

 

『悪魔を構成しているのは魔力! 悪魔の血肉や臓器、身体機能! 回復力! それらは全て魔力の働きによって成し得ている産物であれば

、魔力が減っていくというのは死も同然!』

 

 

ドリームウォーカーが仕込んだ毒は魔力を消耗させていくものらしい。確かに着眼点としては申し分ない。

 

悪魔は魔力あってこそ、その強大な力を行使することができる。逆にそれがほんの一欠片しかない状態ではまともに力を振るえず、身体をも

脆弱なものへと成り下がってしまう。

 

まさに『悪魔殺し』と呼ぶに相応しいだろう。

 

 

『ひ、ひひひひひッ! 楽しい楽しいぃぃ、粋がる馬鹿な悪魔が無様に死んでいく! こんな楽しいぃぃショーがあるかァァァッッッ?!

!?』

 

 

姿が見えずとも、頭がおかしいとしか言えないハイテンションで狂喜している。

 

そんな様子が容易くイメージできてしまうほどの声を吐き散らかすドリームウォーカーは、もう勝利は目前だと思っているのだろう。

 

ナイトメアからすれば認めたくないだろうが、実際にそうだ。

 

毒に侵され、身体が人型を保てず崩れていく状態で反撃は難しく、黒霧のせいで相手の位置が把握できない。

 

無闇やたらにストロング・メアを放ったとしても当たる確率は限りなく低いし、ただでさえ減少している魔力が更に減り、形を保てなくなってしまうのは明白だ。

 

そして、そうなってしまえば、ナイトメアの生命維持器官であるコアは無防備。

 

毒で死ぬか、トドメを刺されて死ぬか。

 

このどちらかになるだろう。

 

一か八か。ナイトメアはある賭けに出ることにした。

 

 

『コイツでお終いだァァァッッッ!!!!』

 

 

自身の勝利は揺るがない。もはやそう確信していたドリームウォーカーは、毒によるナイトメアの崩壊を待たず、直にトドメを刺す選択を選び叫ぶ。

 

方法は単純。針状の腕だけを出して、一気に突き刺す。突き刺した瞬間、今の毒よりも数倍強い毒がナイトメアの体内へと侵入し確実にその命を奪う。

 

ドリームウォーカーは手の部位が針状となっている方の腕を、ナイトメアの背後から一気に突き刺した。

 

『勝ったァァァッッッ!! コレで………?? は?』

 

 

仕留めたという悦びから、困惑に変わる。

 

何故なら毒がナイトメアの体内から放出されず、まるで詰まっているような感触を覚えたからだ。

 

 

『?!ッ まさか、キサマッ! 私の針の中に自分の一部を……』

 

 

針には毒を注入する為の穴があり、そこに何か物を詰めてしまえば注入することはできない。

 

ナイトメアはドリームウォーカーが自分の手でトドメを刺す選択をするだろう予想の下に、ある策を思い付いた。

 

刺された瞬間、自分の身体の一部である泥を毒を入れられる前に針の穴に入れて硬質化する。

 

そうすることで毒を入れられるのを防ぎ、尚且つ腕を泥で拘束するというものだ。

 

そして、その後は……。

 

 

『クソォォッ! 小賢しいんだよ塵野郎がァァァッッッ!!』

 

 

必死に腕を引き抜こうとするが、できない。

 

毒に侵された身体だと言うのにナイトメアは身体を形成している泥を操り、かなりの力でドリームウォーカーの腕へ纏わり付いて離れない。

 

そのままの状態でモノアイを背後へと移動させたナイトメア。モノアイに残った魔力を集中し、身動きの取れないドリームウォーカーへと向けた。

 

 

『さっさと離ッ……あ』

 

 

何処か間抜けな声と、煌めく紫光の光景を最期にドリームウォーカーの意識はテレビ画面の如く真っ黒に途絶し、その肉体は黒霧と共に消え去った

 

同時にナイトメアの身体は完全に崩れ、コアを晒したままの状態である"ステイルメイト"になってしまう。

 

 

「どうやら、私の出番はなかったようだな」

 

 

ステイルメイト状態のナイトメアの下へ来たのは、シャドウを横に同伴させたKだった。

 

 

「魔力が枯渇しているようだな。少し待ってろ」

 

 

そう言ってKは、懐から星形の紫色の物体を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







次回でこの回も終わりです。特に目立った見せ場のないカメオ出演的な感じでしたが、DMC各シリーズの悪魔たちを登場させてみました。

多分1匹くらい『あー、いたわコイツ』とか『やってた頃コイツ厄介だったわ〜』といった感じで思い出して頂けると幸いです。

ちなみに出て来た悪魔の中で、作者が個人的にカッコいいと思ったのは
フュリアタウルス。DMC2に出て来た悪魔です。純粋に燃え盛る業火のミノタウロスってのが良いですね。





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第26話  tears of blood part5




なんとか書き上げました……遅くなってすみません(−_−;)

亀更新ですが、楽しみに読んでもらえると幸いです。





 

 

 

 

 

「お目覚めか? 眠り姫」

 

 

体感で1分程度だろうか。尽きてしまった魔力が補充され、すぐに起動状態となって目を覚ましたナイトメア。

 

そんな彼に声をかけて来たのは、ここへ到着したばかりのKだ。

 

 

「起きたのならそれでいい。寝起きで悪いが、悪魔共の掃除をしてもらうぞ」

 

 

Kの目線の先には魔界に続く地獄門と、そこから尽きることなく次々に湧いて出てくる悪魔の群れ。

 

そんな異形の集団を相手にしているのは雪音兄妹と自らが守らなければならない響の3人。

 

一見すれば3人の方が優勢だが、この勢いは長くは続かない。

 

長引けば、消耗戦に陥る。

 

悪魔は吐いて捨てるほど際限なく出て来るのだ。勝ち目がない戦いなのは明白だ。

 

 

「私にはやる事がある。お前はあの3人と一緒に悪魔を駆除しろ」

 

 

それだけ言い残し、Kはある目的の為に駆けていく。その姿を確認したナイトメアは、すぐさま自身の状態を分析。起動状態及び魔力状態に問題なしと結果が出た為、彼女に言われた通りすぐさま3人への加勢を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「翼! 風鳴翼!! しっかりしろ!!」

 

 

Kが向かった場所。それはドリームウォーカーが死んだというのに、幻術が解除されない翼の下だった。

 

基本的に悪魔が齎した魔術や呪いの類はその悪魔が死ぬと同時に効果を失うもの。しかしそれはあくまで下位〜中位クラスの悪魔の話だ。

 

そこから上となるレベルの悪魔の場合、何らかの干渉がない限り永遠に作用し続けるものがある。

 

おそらく翼が掛かっている幻術がソレだ。

 

 

「クソ、ダメか……」

 

 

分かっている。悪魔の力が働いた事象・現象に関しては並大抵のことでどうにかなる訳がない。

 

分かってはいても、元に戻す手段や方法が今の

Kにはない。

 

それなりに魔術は行使できるが、それらは基本的に攻撃手段としてのものばかりだ。

 

精神に干渉する類の魔術はからっきし。我ながら、こういった時に役に立たない自分の魔術の知識に嫌気が差す。

 

 

「おい! そいつ連れて離れてろ!!」

 

 

そんな折、トムの声がKの鼓膜を揺らした。

 

 

「今こんな場所でその状態治すのは無理だ! 危ねぇからさっさと……あっぶねぇぇだろぉぉゴラァァッ!!!!」

 

 

背後から襲い掛かって来たアサルト…人語を介していたストルムとは別個体の攻撃をギリギリで避け、その際にファントムで心臓を突き刺す。

 

それと同時に地面から轟音と爆炎が二重に奏でられる。

 

衝撃で大半の悪魔は吹っ飛ばされ、中にはそれで呆気なく死んだ者もいる。

 

ナイトメアの"ストロング・メア"が原因だ。

状態が完全に復活し、デビルスターと呼ばれる星形をした紫の魔石の効果により、魔力は十分過ぎるほど補填されている。

 

かなりの魔力を凝縮して作ったデビルスターなので、一般的なモノと比べると一個だけでダムの水量レベルに近い魔力を得られる代物。

 

強力故に消費が激しいナイトメアにとって、これほどありがたい燃料は無いだろう。

 

 

「……いや、一つだけあった」

 

 

事ここに至って、Kは一つの閃きを得る。

 

戦闘以外では役に立たないと思っていた中で見つけ出した、翼を幻夢の牢獄から解放する術。

 

懐からある物を取り出したKは、ソレに魔力を込める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燃える。壊れる。人が、建物が、命が易々と壊れ消えていく。

 

異形の雑音たちが人々を襲い、塵芥へと変えていく。

 

悍しく、傷ましく、地獄の釜底のような光景がそこにはあった。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

そんな中を一人の少女が歩いていく。

 

風鳴翼だ。彼女は手を伸ばして来る人たちを救おうとその手を伸ばすが、間に合わず。

 

人だったモノと成り果てて、次々に崩れていく。

 

 

「なんで……なんで誰も守れないんだ……」

 

 

ここには少女が尤も信頼する赤毛の少女…天羽奏はいない。

 

叔父である弦十郎も、心身に世話を焼いてくれる緒川もおらず、オペレーターの二人もいない。

 

みんな……目の前で消え去った。

 

 

「うっ……うぅ……ゔああああああああーーーー

ーーーーーッッッッッ!!!!!!!」

 

 

斬る。斬っていく。

 

脇目も振らず、慈悲もなく、情け容赦をかなぐり捨てて刀を振るいノイズを切り捨てていく様は……鬼の如し。

 

 

「死ね! 死ね! 死んで償えッ! いや……貴様らに償いなど埒外だ! 地獄で後悔して死に果てろおおおおおおッッッッッ!!!!」

 

 

怨嗟の声を吐き出す姿は、鬼そのもの。

 

翼の中にあるのは憎しみと怨念と、それによって骨組みとして築き上げられた使命感。

 

殺し尽くす。慈悲も容赦もない。

 

そんなものを溝の沼にでも捨てて、斬り捨てろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も殺すの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!?ッ」

 

 

幼い声が翼の耳朶や鼓膜へと浸透していく。

 

そして気付く。自分がノイズに振るっていた刀は今……ノイズではなく、何の罪もない一般人の少女の胸を貫いていたと。

 

 

「ち、ちが……う、そんなつもりじゃ……」

 

「ノイズを殺し尽くしたら、次は人? 護国の為に人を殺すの?」

 

 

護国の為。それは自身の出自たる風鳴家が存在意義として掲げている一つの指標。

 

果たすべき使命、とも言える。

 

しかし現当主であり、風鳴翼の祖父にして、風鳴弦十郎の父である風鳴訃堂はその信念を尊重するあまり、民草の犠牲を良しとするような漢。

 

もし、ノイズがいなくなれば……間違いなく、シンフォギアを護国の為に利用するだろう。

 

過去の失態から二課の総司令官の地位を降りてはいるが、未だその実力と権威は衰えてはおらず、陰ながら暗躍し続けている。

 

可能性としては十分に有り得るだろう。

 

場合によっては……自身に歯向かう人々を容赦なく排除する為に利用することもある。

 

風鳴訃堂とは、そういう男だ。

 

もし訃堂が非情な命令を下した時、それに自分は抗えるのか?

 

命令で、人を殺せるのか?

 

護国の為に、その手を血で濡らす覚悟など持てるのか?

 

確定のない曖昧な未来に翼は恐怖と不安を覚えてしまった。

 

それを引き金に幾多の声が湧き起こる。

 

 

「殺すのか?」

 

「殺すの?」

 

「殺すの? どうして?」

 

「酷い……殺すなんて」

 

「化け物め! 鬼だお前は!!」

 

「死にたくない……死にたくないぃぃッ!!」

 

 

血濡れの人々が翼の周囲を赤く彩り、情念に満ちた声を上げる。

 

憎悪。怨恨。疑問。生への渇望。様々な情念が混濁した波となって翼へと向けられる。

 

彼等は言わば亡者だ。悪夢の呪いが見せる幻に過ぎない。

 

しかし、そんなこと翼が分かる筈もない。

 

それだけ彼女の精神は追いやられているのだから。

 

 

「あ、あぁぁぁぁッッ!!! いや! いやだ

よぉぉ……」

 

 

とうとう限界が来たのか、幻の亡者が囲む中で翼は頭を両手で抱えて蹲り、泣き始めてしまった。

 

 

「うぐっ……うぅぅ……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 

誰に対して言っているのか、何の為の謝罪なのか。もはや翼自身分からない。

 

ただ押し寄せて来る途方もない恐怖と不安、絶望という闇に心が蝕まれていく。

 

おそらく最後には完全に心を悪夢に喰われてしまうのだろう。

 

そんなことを直感で思いながら、意識が段々と暗黒に引っ張りれていく。

 

そしてとうとう、両瞼を閉じかけ完全に身を任せようとした直前。

 

 

「全く、翼はホントに世話が焼けるな」

 

 

懐かしい声がその耳朶に染み渡っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奏ェェッ!!!!」

 

「叫ぶなバカが」

 

 

バチン。

 

乾いた音と共に衝撃が襲い、後からじんわりと額に痛みが広がっていく。

 

 

「いっ、たぁぁ……」

 

「ふん。叫べるなら大丈夫そうだな……」

 

 

片手で額を抑える翼を尻目に、突然叫んだ彼女に対しデコピンを見舞ったKは鼻を鳴らしてそう言う。

 

しかし、ぞんざいな言葉の割に安堵の笑みを浮かべているところを見るに、口に出さないだけでしっかりと優しさが垣間見れる。

 

 

「な、何を……あれ? ここは? 私は……」

 

 

夢とは大概忘れやすいものだ。夢の内容を一から十まで正確に把握し、覚えている者など然程いない。

 

しかし、あの幻夢の世界で起きた全てをきちんと記憶していた。不幸か否か、完璧と言える位に。

 

 

「!!ッ」

 

 

思わず、腹の底から吐き気が込み上げて来る。

 

咄嗟に片手で口を抑える。かろうじて吐くのは抑えられたが、悪夢の中で得てしまった負の感情は脳裏に深く焼き付いてしまい、容易に落とすことなどできない。

 

 

「……自分が何を見たのか、思い出したか?」

 

 

そう言って、下に伏せていた顔を上げる。

 

Kを見る翼の瞳には確かな怯えがあった。

 

 

「ドリームウォーカーという悪魔は相手に幻夢を見せる力がある。それも、相手にとって心地いい夢をな。だが最初のうちだけだ。やがて悪夢に変わる。そうして相手を夢の中で呪い殺す……タチ悪いだろ?」

 

「……では、私はヤツの術中に……」

 

「とにかく。今のお前じゃ足手まといだ、ここで少し休んでろ」

 

 

そう言ってKは翼に背を見せ、自身も悪魔を排除する為に向かった。

 

 

(しかし……まさか"コレ"が役に立つとはな

 

 

ふと掌に目をやるとそこには、一つの欠片があった。

 

宝石か、あるいはガラスで出来ているのか。

 

そのどちらでも放つことのできない赤い光を一瞥して、Kは心中で吐露する。

 

 

("今回も"これに助けられるなんて……ほんと、いいお守りだよ)

 

「Kチャン! ヤバイってコレェェッ!!」

 

 

やや懐旧に浸っていた意識をグリフォンの焦り声が引っ張り上げる。そのことに少し苛立ちを覚えたものの、状況が状況の為、とりあえず耳を傾けてみることにした。

 

 

「マジで際限ねぇーぞアレェェ!! 悪魔共は人間世界にご執心ってかァァ?!」

 

「今更か。悪魔にとって最大のご馳走は人間の魂や血肉。餌がわんさかある所に通じてる道があって、飢えた悪魔がそこを通ろうとするのは

当然だろ」

 

「イヤ、それは分かってるってーの!!」

 

 

グリフォン自身も悪魔であるが故に悪魔の行動など、大方熟知している。

 

問題は悪魔が出てくる動機や理由の追求ではなく、悪魔を次々と出す穴をどうするか。

 

そこがグリフォンの聞きたい論点なのだ。

 

 

「ア・ナ!! 分かる? あの穴なんとかしネーとマズいって!」

 

「……そんなこと、言われなくてもわかってる」

 

 

悪魔を無限に吐き出す穴をどうにかしなければ、どれだけ悪魔を駆除しようと埒が明かず、根本的解決には成り得ない。

 

それはKでも理解できることだ。

 

問題なのは、その穴をどうにかする手段・方法が皆無だという事実。

 

アレは単なる穴ではない。次元と次元を結ぶ抜け道で、物理的な干渉は全くの意味を為さない。

 

アレをどうにかするには、魔力そのものを大量にぶつけるか。あるいは次元に干渉する"次空魔術"が無ければどうにもできない。

 

Kはこの次空魔術に少しばかり心得があるが、あくまで場所から場所への転移を可能とする程度のもの。

 

それでは、あの穴を消すことはできない。

 

 

「フンッ!」

 

 

自身に襲いかかる悪魔を1匹バールで突き刺し、続いて背後から来た悪魔を2匹、悪魔の眼前へと生成した橙色の魔力で編まれたバール2本を

飛ばし、その心臓へと突き刺す。

 

 

「クソッたれどもには、バーベキュータァァイムってなァァッ!!」

 

 

それだけに留まらず、今度は上空からブラッドガーゴイル計4匹が向かって来るが寸前のところでグリフォンが雷撃を飛ばし、一瞬で石像に変え粉々に砕け散らせる。

 

 

「おい! 来たばっかり悪いが、なんか作戦ねぇーか!」

 

「あったらとっくにやってる」

 

 

トム、クリス、響の3人が無数の悪魔を蹴散らしながらKと合流を果たす。開口一番で何か策が無いかと要求して来るトムの言葉を、Kは切って捨てた。

 

 

「トム兄。これ、拙くない?」

 

「ああ。マジもんのピンチだな」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

チラリとトムが視線のみを横へ向ければ、響が肩で息をする程消耗しているのが見えた。

 

悪魔という存在を相手にするには、響は技術的にも精神的にも、足りない部分が多過ぎる。

 

ノイズを相手にするだけでも現状は不得手だと言うのに、悪魔と来れば尚更だろう。

 

手詰まり。一寸先は闇。そんな言葉がKの頭の中を掠めるが、ふと一つの歌声が周囲に響き渡る。

 

 

Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 

「あ? 歌?」

 

 

紛れもなく、それは歌。

 

声を利用して奏でる、音楽という人類が編み出した文化の一片。

 

「これ……2年前の……ッ!!」

 

突然の歌にトムは疑問符を浮かべるも、響はこの歌に聞き覚えがある。

 

2年前のツヴァイ・ウィングのライブ会場。

 

そこで無限に出現するノイズを一掃する為に用いた命を賭けざる得ない諸刃の剣。

 

その名は……絶唱。

 

 

「!!ッ……そんな、やめろ!」

 

 

絶唱の意味をKは知っている。知っているからこそ悲痛な声で制止をかける。

 

が、歌い始めてしまったものは、もう止めることはできない。

 

 

「邪魔だ! どけぇぇッ!!」

 

 

ならばと翼の下へ向かい、直接止めようと走る。しかしその行手を悪魔の群れが壁となって遮る。

 

悪魔を相手取る時間さえ惜しい。

 

その間にも、翼の歌は続く。

 

そして、とうとう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Emustolronzen fine el zizzl ……

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の一節が紡がれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何が起きたんだ?」

 

「すんごい光となんか…でかい衝撃だったけど

 

途方もない光と悪魔全てを一掃させ、地獄門を消し去ってしまった膨大なエネルギー。

 

その様子は壮絶の一言に尽きるもので、シンフォギアの絶唱という機能システムを知らないクリス(ルビ)やトムにしてみれば、何が起きたのか、完全に理解することは困難だろう。

 

だが、Kは違う。

 

彼女は知っている。どれだけ装者の肉体に負荷を掛けるのか。

 

どれだけ……それが死と隣り合わせなのか。

 

 

「翼! お前、何をしてるんだッ!!」

 

 

だからこそ、Kは翼を糾弾する。

 

膨大で破壊的な威力のエネルギー。その発生の中心だった故に見事なクレーターが形成され、

 

その中に彼女は、風鳴翼は立っていた。

 

まるで何てことはないかのように。

 

 

「私は……みんなを守る剣……防人だ」

 

 

Kからの言葉を意に介さず、彼女はそう言いながらゆっくりと振り返る。

 

 

「防人の剣は……こんなことじゃ、決して折れない……」

 

 

両眼、口、鼻、果ては両耳から尋常ではない量の血が流れ落ち、僅かな血溜まりを足下に作り上げていた。

 

正気のソレとは思えない光景。

 

そんな中でも彼女は笑っていた。

 

自身の成すべきことが出来たのだと。

 

そして……彼女の意識は暗闇へと沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 







ダラダラと引き伸ばした感が否めませんが、その点は作者の力不足です
。すみません(~_~;)

これで絶唱回は終わりで、次回は原作の流れに添いつつ、Kというオリジナルキャラの視点やどうしてクリスがシンフォギアを持っているのか


それに関して触れていきたいと思います。

では。




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第27話 Mysterious woman



訳題『謎の女』


ギリ今月中に投稿できてよかったです(-。-;






 

 

 

 

 

 

 

「〜〜♪」

 

 

 鼻歌とは読んで字の如く、口を開けて声を出すことなく鼻腔を使って奏で歌うもの。

 

 それをしている時というのは大抵、機嫌が良い時だ。

 

 風鳴翼も例に漏れず、愛車であるバイクを久々にメンテナンスできる時間ができたことが嬉しく、また愛車弄りが好きな為、今の気分はもう最高潮と言っていいだろう。

 

 

「へぇ〜、こいつは良い。ご機嫌だな翼」

 

 

 だからこそ気付けなかった。

 

 その人物が抜き足差し足と、まるで忍者のようにこっそりと気付かれないよう配慮していた事も要因だが。

 ともあれ、突然の声に翼は変な声を上げてしまった。

 

 

「も、もう! 驚かさないでよ奏!!」

 

 

 紛れもなく天羽奏、その人だった。

 

 とは言え、当の本人は翼の抗議の声など何処いく風とばかりに流し、先程の鼻歌について言及し始めた。

 

 

「いやー、なんつーか新鮮だな〜。翼の鼻歌なんてそうそう聞けないし、眼福ならぬ耳福ってヤツだな」

 

「もう……奏のいじわる」

 

 

 赤面し頬を膨らませる翼。その姿は誰の目から見ても『可愛らしい』の一言に尽きるもので、

 ある種の小動物染みた魅力があり、見る者の心を心地よく擽ってくれる。

 

 もっとも、本人に自覚なしだが。

 

 

「悪かったって。めんごめんご」

 

「もう……ん? それ……」

 

 

 ふと、何かに気づいた翼はある物へと人差し指を向ける。

 

 釣られて翼の指が示す下の方向へ視線を向ければ、そこには金色の額縁の装飾に収められた緋色の輝きを放つ宝石を用いて作られた一つのアミュレットがあった。

 無論それは待機状態のガングニールではなく、一見すればただの首飾りに過ぎない。

 

 

「ああ。これな。……家族の形見なんだ」

 

「あ……ごめん」

 

 

 奏の家族は、もういない。

 

 考古学者だった両親に妹と共に発掘現場に同行し、そこで突如として現れたノイズに殺された。

 このペンダントは、そんな家族が残したものであり、両親によれば代々に渡り受け継がれて来たものらしい。

 

 

「はは。気にすんなよ翼」

 

 

 ノイズに殺された家族の事を意図しなかった事とは言え、思い出させてしまった。そのことに謝罪の意を伝えるが、当の本人は特にどうとは思わず。相棒の謝罪を軽く笑う形でやんわりと返した。

 

「まぁ、なんつーかさ、御守りらしいんだよなコレ。そのおかげか分かんねーけど、たまたま持ってたあたしが生き残った……どーせなら家族も守って欲しかったのに」

 

 翳りを帯びたやや冷たい一言。普段の彼女からすれば有り得ない程に温情が篭らないその言葉は、おそらく自分だけしか守らなかったこの御守りに対するものだろう。

 事実、この御守は謎の光を放ち、窮地に陥った奏の命を救った。

 結果的に言えば遺跡の調査隊の中で唯一彼女だけが生き残り、こうしてシンフォギア装者としてノイズを相手に戦っている。

 その点だけ見れば感謝の念を抱けるかもしれないが、少なくとも奏自身はそうは思えなかった。

 自分を助けられるなら、家族も守ってくれて良かったんじゃないのか。

 そこまでの力が無かったのかもしれないが、そう思わずにはいられない

 

「奏……」

 

「あ、悪い悪い! なんか辛気臭くなってごめんな」

 

 心中を察してか、心配そうに見つめて来る翼を見て、奏は余計な気を遣わしてしまったことを詫びる。

 

「こんなんでも父さんと母さんが遺してくれた形見だ。色々思うところはあっても付けておこうと思ってさ」

 

 アミュレットを手に乗せて言う奏は、やはり何処か仄暗い雰囲気を漂わせて、アミュレットを見つめる。

 何をどう言ったとしても、両親から譲り受けた御守りに違いはない。

 なら、持っていなければならないのが一人残された家族としての責務だろうと考えたから、こうして身につけているのだ。

 

 

「そ、そうだ! これさ、ご先祖様の代から受け継いでるって言ったけど、それと一緒に昔話もあるんだよ」

 

 

 気分を変えようとある話を持ち出す奏。

 

 

「昔話?」

 

「ああ。このアミュレットに纏わる話なんだけど……」

 

 

 内容は、人に味方した名前のない悪魔と少女の物語だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶唱。歌えばシンフォギアのスペックを遥かに超えたエネルギーを引き出し、数多の敵を一掃できる強力な切り札。

とは言え、強力であるという事は、それなりにデメリットを伴う。

 それは単純に負荷が大き過ぎるという点だ。

 そもそもシンフォギア自体、適合者でも人間とギアを構成する聖遺物とに隔たりがある為ギアから解放されるエネルギーが装者を蝕む代物なのだ。

 故に力を最大限に引き出す絶唱を行使すれば、どうなるのか……言うまでもないだろう。

 

 

「翼ァァッ! 起きろッ! 起きてくれ!!」

 

 

 動揺を隠せない様子で呼びかけるKだが、当の本人は意識が回復することはなく、その身を血に染め、内蔵の損傷や骨折がこれでもかと絶唱の爪痕として残っている。

 

 どうしようもなく、危険な状態であるのは間違いない。

 

「オイオイ! マジかよ! ヤベーだろコレ……」

 

 グリフォンの目から見ても、それは間違いなく事実だが生憎彼に他者の傷を癒し回復する術はない。

 

「……色々やっちまってるな。おい、これ使ってみろ」

 

 近づいて翼の容態を一目見たトムは、あるものをKへと差し出す。

 

「念の為に用意してたもんだ。応急処置くらいならソレで足りる筈だ」

 

 デビルスターを紫ではなく緑にした星型のソレは、バイタルスターと呼ばれる魔石である。

 デビルスターが魔力を回復させる代物であるのに対し、バイタルスターは傷を癒し体力を回復させる力がある。

 とは言え、どんな重傷も完治する訳ではない。

 今の翼の容態を考えれば、せいぜい応急処置が関の山だろう。

 しかし、それでも今にも命の灯が消えかかっている翼にしてみれば、それだけでも救いにはなる。差し出されたバイタルスターをKは乱暴に奪い取り、そっと翼の胸下へと置く。

 するとバイタルスターはまるで氷が溶けていくように翼の中へと吸収されていき、その身体を幻想的な翡翠色で輝かせる。

 

「きれい……」

 

 この場の状況を考慮すれば相当場違いな発言を零す響。しかしバイタルスターの翡翠色の輝きは、紛れもなく生命の具現と言っても過言ではない。

 生命そのものであるが故に美しいと感じてしまうのは、仕方のないことだろう。

 やがて翡翠の輝きはゆっくりと消えていき、完全に消えたのを確認したトムは翼の手首を持ち上げ、人差し指と中指の二本を使い脈拍を図る。

 

 

「……峠は越えたな。まぁ、早く病院に連れて行くのには変わりないが」

 

 

 結果は正常。規則正しい動きだった。

 

 とは言え、悠長に安心していられないのは変わらない。あくまで応急処置程度に回復させるだけに過ぎないのだから、病院へ急ぐ選択は変わりない。

 

 

「翼ァァッ!!」

 

 

 野太い声が周囲に響き渡る。発生源である後方へと視線を向ければ、数台の黒いバンの車種が止まっており、そこから降りて来たと思わしき一人の男が駆け寄って来る姿があった。

 

 男は、紛れもなく風鳴弦十郎その人だ。

 

 

「な、なんてことだ……」

 

 

 翼の叔父であるが故に姪が悲惨な姿になっている姿を見て、何も思わないほど人でなしではない。

 

 止められなかった後悔。そんな不甲斐ない己への怒り。翼が死の淵へと迷い込んでしまった悲哀。

 

 様々な感情が心中を占めつつ、それに飲み込まれる弦十郎ではなかった。

 

 

「急いで翼を搬送しろ! 急げ!!」

 

 

 弦十郎の発破に当てられ、すぐに黒服のエージェントの一人であり、彼女のマネージャーを務める緒川慎司が丁寧且つ迅速な動きで車の中へと運び込む。

 響は他のエージェントの連れ添いの下、別のバンへと乗せられた。

 

 

「緒川。響君と翼を頼む」

 

「重々心得ています。また後ほど」

 

 

 両者共に短い言葉の応酬を行い、翼と緒川、そして響を乗せた二台の黒いバンは発進する。弦十郎は翼の無事を祈りつつ、残ったKたちを改めて見据える。

 

 

「すまない。色々と事情を聞かせては貰えないか?」

 

 

 特異災害二課の司令官としては、どうしても聞かなければならない事があった。何故、この場所で通常では考えられないほどの高エネルギー反応があったのか。

 おまけにそのエネルギーは全く未知のもの。

 翼の身に起きた事と密接に関係しているというのなら、聞かなければならない。それに、極めつけなのは雪音クリスだ。彼女個人に関しても弦十郎としては関係があり、何よりシンフォギアを纏っている。

 一体どこでそれを手に入れたのかも聞かなくてはならない。

 

 

「お役所仕事ごくろうさん。生憎だが、こっちもこっちで事情があってな。さいならだ!」

 

 

 トムは身に付けているパーカーの腹部に当たるポケットから何かを取り出す。

 よく見ればソレは小さい棘のような突起物が乱立する赤い石のような質感を思わせる物で、宙へと放り投げられたソレは、パアァンッと弾けて砕け散る。

 無論、それだけで終わりという訳ではない。

 それが砕け散った瞬間、強烈な閃光が周囲を照らしだした。

 

 

「め、目眩しだとぉぉッ!!」

 

 

 さすがの弦十郎も堪らず、といった様子でそう言いながら自身の腕を縦に閃光をやり過ごす。

 しかしそれ以外の彼の部下であるエージェントたちは皆咄嗟に判断と行動ができず、もろに食らってしまった為、一時的な視覚の機能不全が起こってしまっていた。

 

「め、目が……ッ!!」

 

「ぐ、あぁぁ……」

 

 黒服たちの苦悶の声が上がる。

 閃光が消えて、改めて目を開ける弦十郎。眼前にいた筈の彼等はいなくなっており、その痕跡さえもなかった。

 

「逃げられてしまったか……」

 

 残念なのか。遣る瀬無さか。

 あるいは、そのどちらにも思えるような呟きを零しつつ、すぐさま切り替えて司令官としてのやるべき責務に弦十郎は当たることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界のどこであろうと夜になれば、静寂に包まれる場所というのが必ずある。日本も例に漏れず、そういった場所は沢山あり、大抵は使用する目的が無くなってしまった建物や何らかの施設など。

 多くが俗に言う『心霊スポット』と呼ばれていたりする場所だ。

 Kたちが()()()()()()()()()()()()()()目標地点もそういった場所だった。

 何もおらず、誰もいない。悪魔でさえ寄り付かないような其処はかつて小さな工場があった事を示唆するように、枠組みとしか言えない程に全壊してしまった小さな工場が寂しく佇んでいる。

 おおよそ一軒家が5件は建てられそうな広さの空き地。そこから、何の脈絡もなく突然過ぎる閃光が迸り、形容し難い不思議な音を奏でる。

 同時に雪音兄妹、Kとその使い魔たち、そしてナイトメアが爆発にでも巻き込まれたかのように大きく仰々しいとさえ言えるレベルの吹っ飛びを披露。

 

 そして。ただでさえ小さな揺れ一つで崩れそうな骨組みと僅かな壁しか残っていない、あばら家同然の工場は転移の際に生じる衝撃波に加え、四方八方と吹っ飛んでしまった彼等との衝突により築30年という時間に幕を引かざる得ない結果を迎えてしまった。

 

「ケ、Kチャ〜ンン!! マジで頼む!! 抜けねぇんだよ!!」

 

 グリフォンが吹っ飛ばされた方向には不幸にもドラム缶があり、そこに頭を突っ込んでしまい、抜け出せなくなってしまっていた。

 トムとクリスは瓦礫を押し除け立ち上がり、Kはシャドウが丸い球体状に変化するように守ってくれていた為、一切の怪我なく立っていた。

 Kは、ドラム缶に頭を突っ込んで抜け出させず喚き散らすグリフォンを見て溜息を零す。

 

「……粒子化しろ。忘れたのか」

 

「へ? あ、そーいやできたな」

 

 Kの助言を聞き、自分の身体が粒子化できることを思い出したグリフォンはその方法でドラム缶から脱出し、Kの右肩へと降り立つ。

 

「バカかよ」

 

「紛れもなく馬鹿だ」

 

 トムの罵倒を肯定だと同調して言うKの視線には冷ややかな呆れの念を含んでおり、属性的に言えば正反対のトムも同じ様な目でグリフォンを一瞥している。

 

「マ、マァ〜細いコトは置いといてよ! とりあえずは逃げられたって感じでOK?」

 

「……まぁ、大丈夫だろ。あの位置から結構跳んだ筈だし、向こうには魔術的知識はねぇーだろ。あとは人除けの結界張っておけばいい」

 

 そう言ってトムは手に取った嘗ての自身の名を冠した魔具ファントムの切っ先を天へと掲げる。

 

 すると先端から赤い魔力の線が伸び、一定数上昇すると蜘蛛の巣を彷彿とさせる網目状に展開し、Kたちのいる半径50m以内の周囲をすっぽりと包み込んだ。

 

「よし、これで問題ない」

 

 魔具を担ぎ、少しばかり自身の上出来さにご満悦といった笑みを浮かべるトム。

 Kはそんなトムに対し、真妙な面持ちで突然頭を下げる。

 

「すまない。本当にありがとう」

 

 突然の行動に一瞬、疑問符を浮かべてしまったがその意味を察した。

 

 あの時、バイタルスターが無ければ翼の命はそのまま果ててもおかしくない非常な危険な状態だった。生命が危ぶまれる域を脱する事ができたのは、やはりバイタルスターの力が大きい。

 それを提供してくれたのがトムなのだ。感謝しない道理などない。

 

「別にいいって。あったから使っただけだ。正直に言うがよ、アレが無けれりゃ、俺は平気で見捨ててたぜ」

 

「トム兄!」

 

 あんまりな兄の言葉にクリスが声を上げる。だが、トムは悪びれる様子なく続ける。

 

「ありゃ完全にイッちまってた。並の処置なんかじゃ到底無理なレベルでな。そんで、あの女はソレを自分の意思で使ったんだ。様子から見るに十分承知してたって感じでな。自分から死に行くようなヤツを助けるなんざ、俺はお断りだ」

 

 決死の覚悟……というものに関してトム個人としてはピンと来ないし、理解しようともしない。

 死ぬ為の行動など一体何の意味がある。

 生きて生きて、生き抜く。生き抜くからこそ、意味がある。

 かつて悪魔だった前世ではそういった考えで魔界の過酷な環境を生き抜き、強大な悪魔の一角として君臨する事ができた。

 全ては、他でもない自分の為。

 しかし人間となって、雪音クリスという妹が出来てからは己ではなく、彼女の為になった。

 今世と前世で目的が違っても、根底は変わらない。

 そんな彼にしてみれば、覚悟を見せる為だけに死にに行こうとした翼はどうしようもなく愚者の類で、もはや嗤う気も無くなる失笑ものなのだろう。

 

 随分なトムの物言いは、しかしKの逆鱗に触れず。

 それどころか納得したような顔まで浮かべている。

 

「……そうだ。その意見は尤もだ。けど、そんな

 翼を助けてくれたことには変わりない」

 

 思惑、動機はどうあれ、それでもトムがバイタルスターを渡してくれたおかげで助かったのは否定しようのない事実だ。

 あくまで感謝しかないという姿勢を見せるKの姿にトムは"もういい"と手を振って話題を変える。

 

「わざわざ結界張ったのは情報交換の為だ。俺たちは、ある女の依頼であの黄色い嬢ちゃんを助ける為にあの場所にいた。念の為クリスも同伴でな」

 

「……一つ、聞きたい。何故彼女がシンフォギア を纏ってるんだ。それもよりによって二課の前身がヘマ打って紛失したイチイバルを」

 

 

 シンフォギアを所持しているのは二課しか有り得ない。開発者である櫻井女史が所属しているところが大きいが、何かしらの漏洩が起きてしまい、その情報を基に作り上げた模倣品なら説明は付く。

 が、二課……ひいてはあの櫻井女史が漏洩ミスを起こすとは考えにくい

 

 彼等の情報のセキュリティレベルは最高峰と言っていいし、それはK自身よく熟知している。

 

「今回俺らに依頼してきた女に貰ったんだよ。確か……1ヶ月前だったな

。郵便で、わざわざその日に電話で『有効に使ってほしい』って伝言付きでな」

 

「……そうか」

 

 その謎の女性の意図はどうあれ、聖遺物を郵便で送りつけるとはどういう了見なのか。

 堪らず頭を抱えたくなってしまう。それでもKは心の奥底にとりあえず押し込むことにした。

 今考えても無駄な事だし、仮に考えた抜いた結果として馬鹿げた結論に行き着くのも嫌だからだ。

 

「直には会ってないのか?」

 

「接触は今回で二回目だが、どれも電話だけだ。『雪音クリスしか使えないから、彼女に与えなさない』って言ってたが、まぁそん時は全然信じなかったな。でもまぁ、その、アレだ……クリスがどうしても使いたいって駄々こねるからよ……」

 

「可愛い妹のお願いには勝てなかった、と?」

 

 Kはトムの心境を察したのか、露骨に冷たい視線を向けるがとうの本人は大した気にした様子はなかった。

 

「ああ。勝てる訳がない。こんな可愛い天使にお願いアダァッ!」

 

「余計なこといってんじゃねぇーバカ兄!!」

 

 顔を真っ赤にしながら放つクリスの蹴りがトムの鳩尾へとめり込む。羞恥の念がブースト効果を齎したのか、あまりの威力と当たった部位が部位だった事も災いしてかなりのダメージが直撃し、トムはその場で腹を抱えて蹲ってしまう。

 

「いや、お前、それ強すぎ……る」

 

「知るかバーカ」

 

 トムの非難の声は呆気なく一蹴される。

 そんな二人の様子を見て、ふとKはある事を思う。

 

「元とは言え、悪魔が表現に天使を用いるというのは……アリなのか?

 

「イヤ、知らねぇーよ」

 

 それはかなり場違いで、限りなくどうでもいい内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






文章を変えてみまたした。もしも読みづらい、前の方が良かったという
意見があればお気兼ねなく言って下さい。前の文章構成に戻します。





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第28話 Girl's determination



訳題『少女の決意』


投稿します。


 

 

 

 

 

 

 

「それで? おめおめと逃げ帰って来たのか?」

 

「堅ってーこと言うなって……仕方、ねぇだろ……あれ、んん……あはかっただがよ!」

 

「喰いながら物言うな愚か者が!!」

 

 

 とある山にポツンと佇む一つの西洋風の屋敷。

 煌びやかな調度品と各部屋や場所の規模の広さを見れば、まるでお城の中にでも迷い込んでしまったと錯覚することだろう。

 しかし、外見内装は絢爛豪華と呼ぶほどに美しかったとしてもここに住う者達は違う。

 片や、目的の為に悪魔との禁断の契りを交わす魔女フィーネ。

 片や、その魔女に加担しシンフォギアに似た異質な力を持つ赤髪の少女フォルテ。

 そして。彼女に従う悪魔の群れ。

 そんな彼等は食堂で早めの朝食を摂っていた。

 朝食とは呼べないほどに豪勢な量と高級感溢れる見た目の料理の品々が長いテーブルに綺麗に並べられていた。

 それを前にしては、我慢するなど彼女にとっては愚の骨頂。

 遠慮もなしに容赦なく料理を口へと放り込んでいき、瞬く間にその数を減らしていく。

 おまけに肝心な報告を物が入っている口で喋る為、何がどうなのか上手く聞き取れない。

 そんなフォルテの態度に苛立ちを混えてフィーネは怒鳴ったのだ。

 

「もう一度、言うわよ? 何の成果も上げずにおめおめと帰って来たの?

 

 ゴクゥン……。

 

 とりあえず言われた通り口の中に入っているものを全てを喉を鳴らしながら腹へと押し込み、淡々と答えた。

 

「悪かったって。でも邪魔が出たんだからしょうがねぇーだろ? ……ほら、やるよ」

 

 フォルテが骨つきチキンを2つほど片手で上へと投げる。

 すると、それを取る者が現れた。

 天井にびっしりと張り付き犇く、無数の悪魔の群れだ。

 その内の人型で脳らしき部位を露出させた蜥蜴のような1体の悪魔が長い舌でチキンの肉をキャッチしたのだ。他の悪魔はそれを羨ましそうに見ては、催促とばかりにフォルテを見る。

 普通の感性を持つ人間なら、悍ましさと気味悪さを嫌と言うほど兼ね備えた無数の悪魔に見つめられて平気な訳がない。おそらく失神か……あるいは失禁という無様な姿を晒してしまうだろう。

 だが、フォルテは違う。

 

「物欲しそうにすんじゃねぇ。コイツは俺のだ。どうするかは俺が決める。もっと欲しいってんなら、相手になってもいいんだぜ? あぁ?」

 

 殺気を込めて悪魔たちを睥睨する。その姿に異を唱える悪魔は1匹たりともおらず、一人の少女に怯えるしかない悪魔たちを見てフィーネは、その滑稽で無様と呼ぶしかない様に呆れさえも出てこないほど落胆の息を吐く。

 

「はぁぁ……まぁいい。次は失敗するなよ?」

 

「へいへい。ん、これうめぇな」

 

 釘を刺すが、フォルテは特にどうと思うことはなく食事を続ける。

 

 "それなりに使えるかと思って契約してみたが……まぁ、実力は本物だ。もしもの時は切り捨てるだけだ"

 

 フィーネがフォルテ・シーモと出会ったのは、ほんの3ヶ月前に遡る。

 自身のある目的の為に影で数々の暗躍をしてきた彼女は異様な程に強力な魔力とその魔力によって生じる『時空の揺らぎ』を感じ取り、自らの足でその場所へと向かった。

 そこに……フォルテはいた。

 それなりに悪魔を従わせる術を持つフィーネでさえ手に負えない強力な悪魔。

 その屍の上で、返り血を浴びながらつまらなそうに腰を下ろすフォルテを見た瞬間、フィーネは彼女の持つ実力を嫌と言う程に感じ取り、らしくないが……未曾有の恐怖を覚えた。

 それは初めてアンノーウスと同盟を持ちかける為に直に顔を合わせた時のものと同等。

 とある方法で他者の魂を塗り潰し、途方もない時間を生き続けたフィーネが見ただけで容易くそう感じてしまうということは、まともに相手取れば確実に自分が負けることを意味している。

 しかし。それは逆に言えば、上手く懐柔できれば大きな戦力になる事実も意味していた。

 一か八かで会話をしてみたが、フォルテはそこいらの悪魔とは違い、義理人情を尊重し、自身に課したルールを曲げない気質の持ち主だった。

 それに付け入り、フィーネは契約を持ちかけた。

 

『どうかしら。私と契約してみない?』

 

『あん? 契約? 俺がお前とか?』

 

『ええ。相当な無理難題でなければ私は貴方の望むものを何であれ差し出すわ。私には果たすべき目的があるの。その為の力を貸して欲しい』

 

 突然の契約にジロリと睨みを利かせる。

 見ず知らずの得体の知れない誰かに『契約してほしい』などと言われたら、疑念が生じるのは至極当然。

 フォルテの鋭い視線を前にフィーネは少しばかり気押されるものの、持ち前のポーカーフェイスを維持しながら決して目を逸らさずにフォルテを見る。

 1分かそれ以上か。正確な時間など分からないが少なくともフィーネから見て長い沈黙を打ち破ったのはフォルテの笑い声だった。

 

『プッ、ふふ、あっはははははははは!!!! いい! いいね気に入ったのよアンタ!』

 

 フォルテは、ひとしきりに笑った。そして終えた途端、真剣味を帯びつつ、大胆不敵を絵に描いたような笑みを浮かべてある物を要求した。

 

『飯だ。美味い飯を寄越せ! その折れねぇ信念と美味い飯が俺が求める報酬だ!!』

 

 それはあまりに予想とかけ離れ過ぎた、悪魔と言うには人間臭さい俗な要求。今でも強烈過ぎて忘れられず、フィーネの記憶の中にこびり付いている。

 とにかく。一旦過去へと遡っていた思考を戻し、フィーネは次の任務を言い渡す。

 

「立花響に関してはもういいわ。確かに脅威になるかもしれないけど、目的さえ果たしてしまえば後はどうにでもなる」

 

「あっそ。ま、いいけどよ」

 

「だから、貴方にはその目的の為に行動してもらうわ」

 

 そう言ってフィーネは、妖艶な笑みを浮かべて内容を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は早朝から遡り深夜。とっくに日付けは変わり、間もなく丑三つ時に入ろうと言う、そんな時間帯。

 Kとその使い魔、トムと妹のクリスは瓦礫の山と化した廃工場で互いに顔合わせをしつつ、意見や情報の交換を行なっていた。

 トムの使った空間転移の事象を引き起こす、特殊な使い捨ての魔具に巻き込まれる形で廃工場へと転移してしまったKだが、彼女としてはどうしても聞きたい事があった。

 何故クリスがシンフォギアを纏っているのか、どういった方法、あるいは経緯で手に入れたのか。

 それをどうしても聞きたかった。

 トムの方もそういった質問に関しては別段、不都合ということはなかったので、きちんと答えるつもりでいた。

 というより、今後共にケルベロスを相手取る為にはある程度の連携が必要だ。

 変に隠し事を立てて、疑心暗鬼になられては足元を掬われかねない。

 周囲に人除けの結界を張り、話しやすい環境を整えて行われた結果、以上のことが分かった。

 

 クリスの持つシンフォギアは、かつて二課の前身に当たる組織『風鳴機関』がヘマを打って紛失させた聖遺物『イチイバル』を用いて作られた代物。

 

 謎の女性と思わしき人物から渡され、電話越しで会話しただけで直接会ってはいない。

 

 イチイバルのシンフォギアは、どうやらクリス専用に調整・製造されているらしく、彼女しか使えないようになっている。

 

 概ね、こんなところだ。

 これらの情報から鑑みるに謎の女性らしき人物は暗躍に長け、様々な諜報活動を実行することで人脈などを利用し聖遺物を奪取。

 更に奪取した聖遺物を元にシンフォギアを造れるだけの技術力と知識を持っているようだ。

 そして、何かの目的の為に自らが作り上げたシンフォギアをクリスへと譲渡した。

 その方法が郵便だったのは、とりあえず目を瞑ろう。敢えてそういった手段で隠蔽を図った可能性も無きにしもあらず、と思えばいい。

 とにかく、肝心なのは謎の女性がシンフォギア を造り出し、それをクリスに譲渡した意図だ。

 クリスは世界的ヴァイオリニストの父、雪音雅律と声楽家の母ソネット・M・ユキネの間に生まれた、謂わば音楽界におけるサラブレッドと称してもいい天才の血を受け継ぐ少女。

 兄であるトムは養子である為、直接的な血縁はない……彼女の素性としてはこんな所だが、至って普通としか言えないものだ。

 悪魔に対する防衛手段と知識はそれなりにある。トムが悪魔退治を目的としたデビルハンターであるが故に、必然的にそういった事は万が一を考えて必要になる為、トムから直々に教えられているのだ。

 だが、それだけだ。

 あくまで彼女は常世の人の域を出ていない。

 そんなクリスにシンフォギアを与える意味は……普通に考えれば無いに等しい。

 そして、ここも肝心なところだが、一体誰がイチイバルの製造者なのか

。ここに関しては、唯一該当する人物にKは心当たりがあった。

 二課に所属する天才科学者にして、シンフォギアシステムを確立した通称『櫻井理論』を提示した生みの親……櫻井了子。

 彼女しか有り得なかった。

 しかし、彼女は悪魔に関する知識や力を持たない常世の科学者でしかない筈。

 物理法則を容易く無視したシンフォギアというオーパーツ染みた代物を作り上げてしまう程の天才であることは認めるしかない事実だが、だからと言って彼女がK達と同じとは限らない。

 仮に櫻井了子がこちら側の人間だったとして、何故そんな事をするのか。はっきり言って、『分からない』という他にない。

 情報を整理してみても、出てくるのは疑問ばかりで納得の行く答えは一切見当たらない。

 だが、Kには一つだけ。分かる事があった。

 

「どうやら、アンノーウス側でも、フィーネ側でも、ましてや二課側でもない全く別の介入者がいるみたいだな」

 

「へ?」

 

「アー、Kチャンよぉ。なんか随分自信満々に言ってっけど、確証あんの?」

 

 クリスはKの言うことが理解できず、その理由を本人ではなくグリフォンが代わりに言う。現状、いくつかの勢力が存在し各々が行動している。

 日本政府に属する特異災害機動部二課。

 強大な悪魔アンノーウスとその配下悪魔たち。

 悪魔の知識に精通し、その力を振るうが悪魔ではなく、しかしまともな人とも言えない謎の女性フィーネ。

 そのどちらでもないと、Kは言っているのだ。

 しかしグリフォンの言う通り、現段階ではこの三つのいずれか、あるいは別の勢力かを判別するのは不可能だろう。

 なのに断言できる根拠は、一体どこにあるのか?

 

「考えてみれば容易に分かる。謎の女が二課の人間だった場合、二課はとっくに悪魔の存在を知り得ている」

 

 初めてKが風鳴翼と対峙した際、彼女は悪魔の事を知らぬ様子だった。

 弦十郎もシャドウを前にした時は恐れているといった動揺はなかったが、未知なる物に対しての驚愕の色が窺えた。

 既に悪魔という存在を認知しているのなら、そういった反応はまずないし、仮に演技だとしても、そんなことをするメリットは皆無だ。

 

「翼や弦十郎のこれまでの反応を見れば分かる。彼等は悪魔という存在に対しての知識はなく、その存在を知ったのは私達との接触が始めてということになる。なら、謎の女が二課に属しているという線は消える」

 

 では、アンノーウス側やフィーネ側に組しているという可能性は? 

 二課の線が消えるのであれば、そちらが浮上して来る。これについてもKは否定的な考えだった。

 

「フィーネは響を消そうとした。なら助けようとする筈がないし、仮にそれが何かしらのマッチポンプだったとしても、そんな面倒なことをするだけのメリットが分からない。アンノーウス側に至ってもそうだ。つまり、三つのどちらでもない介入者……という線が濃厚だろ」

 

「ハァ〜……なるほどねぇ〜」

 

 素直に関心するグリフォンを他所に、クリスの手痛い一撃が数分で回復したトムが腹を撫で抑えつつ、なんとか立ち上がる。

 

「いっ……つつ……まぁ、なんだ。ケルベロスをぶっ殺すつーのは変わらないんだよな?」

 

 謎の女について色々考察をしていても、結局答えに行き着くだけの材料がない。それをよく分かっているトムは以前から依頼されていた案件……雷獄龍ケルベロスの討伐の話を切り出した。

 

「ああ。だがケルベロスだけじゃない。アンノーウスの配下の上位悪魔は全て狩る」

 

 それに対し、Kは確固とした一つの宣言を表明した。その言葉と共に目には覚悟の色が見え、決意がひしひしと伝わって来る。

 中身のない戯言ではないのだと、嫌でも分かるほどだ。

 

「そうかよ。まぁ、とりあえず今日のところはここいらでお開きにしようや。色々あったし、そこそこ休息はいるだろ?」

 

 確かに今日は色々あった。フォルテという少女の登場兼戦闘。それに加え、彼女が引き起こした地獄門の対処。どれも結構な労力の割に見返りがない点を考えれば、まさに『骨折り損』にしかならない。

 よって、トムの提案に誰も口を挟まず、素直に受け入れる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院というのは昼はともかく、夜の時間帯は人の目から見れば、程度はどうあれ、不気味に感じてしまうものだろう。

 今を生きる人の、その死において一番近いと言える場所は怪談のネタとしてよく出てくることがある。

 しかし、そんな夜の病院にいる響の中にそんな感情はなかった。

 

「翼さん……」

 

 絶唱を使って倒れた翼は近くの病院へと搬送され、現在緊急手術を受けている。

 バイタルスターのおかげで幾分は回復、なんとか峠を越えたものの傷は決して浅くはない。

 手術室の前で一人、ベンチに腰をかけながら翼の名を呟く響。その心中にあるのは今後における不安。

 風鳴翼が今後無事に回復するのか……という心配に関して問われれば、『回復する』と断言していい。

 バイタルスターを使ったのだ。身体的な意味では無事に後遺症なく回復することだろう。

 バイタルスターにはS、M、Lの三表記が存在し、これはスター自体の大きさではなく、魔力の大きさとその効果を表したものだ。

 トムがKに渡したのは『S』。

 回復力は小さいながらも人に使う分には期待通りの回復が望めるので、特にこれと言って心配することはないのだが、生憎響にそんなことを知る術はない。

 悪魔に関する知識など皆無なのだから、当然だろう。

 

「隣、いいですか?」

 

 カカオの甘い香りと共に優しさを含んだ声が降り掛かる。視線を床から声のした方へ移せば、

 そこには両手に飲み物を持った翼のマネージャー、緒川慎司が温和な笑みを浮かべて立っていた。

 

「あ、は、はい! どうぞ!」

 

 突然だったので少し慌てたものの、問い掛けに答えて、掌を自身の隣の空いた空間へと指すことで着席を促した。

 

「ありがとうございます。暖かいもの、どうぞ

 」

 

「暖かいもの、どうも」

 

 何気ない会話を交わし、緒川は響の隣へと腰を下ろす。

 ほんの数秒ばかり沈黙が続いたが、それを破ったのは響だった。

 

「緒川さん……翼さんは……」

 

「……医師の話では、手術の必要はあれど危篤というほどの事じゃない、みたいなんです」

 

「え?」

 

 そんな筈ない。響は確かに見たのだ。

 耳や目、口、鼻から絶えず血を流しながら立っていたその壮絶な姿を。

 見えていないだけで、身体の中も尋常ではないダメージを受けた筈だ。

 

「あ、そう言えば……」

 

 響はすぐにバイタルスターへ思い至った。

 どういったものかは勿論分からない。が、それでもアレが要因で、そうであろう可能性が高いこと位は響でも分かる。

 

「その、Kさんが緑色のお星様みたいな何かで……治療? ……してくれてましたから、多分それのおかげかもしれません」

 

「K……彼女が、ですか?」

 

 直接の面識はないが組織として情報共有はされている為、Kについては充分聞き及んでいる。

 アンノウン……悪魔と呼ばれる黒いヒョウと喋る鷹のような鳥を使役する謎の人物。

 敵対の意思は見受けられないが逆にこちらへ協力する意思もなく、何が目的で行動しているのか分からない。

 そんな人物が翼を助けた。

 響には悪いかもしれないが正直、緒川の中では実感が湧かなかった。

 

「どんな様子だったのか、覚えてますか?」

 

 とは言え、響に気を使い、それを口には出さず

 。代わりに彼女が翼を助けるに当たり、どんな

 様子だったのか。

 それを聞いてみることにした。

 

「うーん……すごい必死でした。大切な友達を死なせたくない……って感じがしました」

 

 その瞬間を見て思ったことを率直に述べる響だが、そうは言いつつも内心ありえないと否定していた。

 何故ならKと翼は完全な見ず知らずの他人同士

 で、初めて会ったのが響がシンフォギア装者となったあの夜だからだ。

 会って間もない他人を親しい間柄の人物として

 見るなど、普通に考えれば有り得ない話だ。

 響はそういった"縁結び"が得意な人柄な為、平気で出来てしまう所があるが……そこは一先ず端に置くとして。

 確かなのはKと翼には過去の因果関係的な接点などなく、瀕死の状態だった翼を見て取り乱し、その命を助けるという行為に及んだ事実。

 

「……Kさんがいなかったら、多分、本当に駄目だったと思います」

 

 少しばかり意識が思考の中に沈んでいた緒川だったが、すぐにその意識を現実へ引っ張り上げたのはポツリと零す響の言葉だった。

 

「私、全然駄目でした……何の役にも立てないで

 、足ばっかり引っ張って……」

 

 力を得たのにそれを有効的に活用できない。

 そんな現実が響の心中に陰を落としていた。

 これに関しては仕方のないことだろう。

 今まで何の訓練も技術も学んでいない一般人が銃を手に取り、経験すらもない状態で突然一流の兵士としての務めを果たせるのか、と問われれば答えは一つ、"出来る訳がない"だ。

 響はただ平穏を生きる一般人の女の子だった。

 そんな彼女がシンフォギアという訳の分からない力を得はしたが、それが誰かを助けることができるものだと安易に期待し、何も学ぶことなく足を突っ込んでしまった。

 覚悟が足りなかったと言わざる得ない。

 

「……翼さんは、これまでずっと剣を振って戦って来ました」

 

 そんな彼女に緒川は語り始める。

 

「我が身を振り返らず、ひたすらに剣を振って

 。年頃の女の子が知るべき筈の遊びや恋も知らずに……ただ己を剣にと言わんばかりに戦い続けました」

 

「そんなの、酷過ぎます……」

 

 あんまりだ。

 何気ない日常を生きる。そんな当たり前な事を何一つ知らずにただ戦いに生きるなんて、人の生き方とは思えない。

 戦うという概念の形は様々だが、翼における戦いとは剣を振るい、人の命を脅かす存在を討ち取るもの。

 それはつまり、暴力を伴う戦い方という事になる。相手を傷つけ、自分を傷付ける。

 そして……相手の命を奪う。

 敵となるのが感情を持たず、ましてや、生物であるかも定かではないノイズだからこそ、まだマシな方かもしれない。

 だが。もしこれが人だったら……。

 翼のような正しく清らかな心の持ち主では、どうあっても心に傷跡をつけ、いずれ破綻するだろう。

 そんな教えを受けて来た翼は、何を想って来たのだろうか。

 少なくとも、響はそんな生き方に『憧憬』や『羨望』は感じない。感じることなど到底できない。

 自分の目の前にいる緒川含めた二課のオトナたちがそんな生き方を強要させたのか。

 ふいに響は二課という組織の大人に対し、そんな邪推した考えを持ってしまった。

 無論、これはあくまで響の見解であって、正しい見方ではない。

 実のところ二課は人権や倫理を尊重し、人命第一を掲げる真っ当な組織だ。

 そういった組織な訳なのだから、当然そこに所属する大人は人として出来た人物ばかりだ。

 翼の叔父である風鳴弦十郎がその筆頭と言っていい。

 弦十郎はシンフォギアの運営には当初から反対していた。

 成年に満たない少女を戦場へと誘うシンフォギアの存在は許していいものではなく、本当ならその資料さえも残さず消してしまいたかったのが彼の本心だった。

 しかし、それがノイズを唯一倒せる代物である以上、日本政府としては国家防衛の手段として欲するのは当然であり、そこは否が応でも認めなければならない。

 現に、今日においてノイズは風鳴翼の手によって掃討され、日本は平和を維持している。助けられる命は限りがあるが確実に助けられた命がある

 その結果がシンフォギアあってこそ齎された物であれば、頭ごなしに罵声を張り上げてまで否定はできない。

 

「ええ。本当に酷いんです。僕たち大人は」

 

 しかし、自身の意向ではないにしろ子供を死地に送り出していることへの結果は変わらない。

 だからこそ、緒川は何も否定せず、粛々と。

 それでいて哀愁を込めた面持ちで響の非難を受け入れた。

 そんな彼の様子からすぐに響は自身がいかに無神経な事を言ってしまったのか。それに気づき、慌てて謝罪しようとした。

 

 だが。

 

「いいんです。だって事実なんですから」

 

 人差し指を自身の唇に当てて、何も言わなくていい、と。

 あくまで緒川は非難を受け入れるスタンスを貫く。

 

「それに……よりによって翼さんはパートナーを失ってしまった」

 

「あ……」

 

 天羽奏。

 翼にとって共にノイズを倒して来たパートナーであり、かけがえのない親友。2年前のライブ会場の折、生命の危機にあった響を救った恩人でもある。

 しかし、彼女は命を賭して、燃やした。

 全身の細胞一つ一つが空っぽになってしまう位に燃やし尽くした彼女の身体は灰塵と化し消えてしまった。

 それを見て、直で親友の死を感じてしまった翼は何を想ったのか。

 想像を絶する、ということしか分からない。

 他者ではそれが限界だ。当人でなければ、分からない。

 

「全部、僕たちの不手際が原因です。本当なら恨んでもよかったのに……」

 

「……分かりました!!」

 

 哀愁を誘う緒川の言葉を遮るように突然声を張り上げた響。いきなりだったので何事かとつい

 目を丸く見開いてしまう。

 

「私が一生懸命頑張ります!! 翼さんの分まで! でも今のままじゃ心許ないんで、きちんと戦う為の術を学びます!」

 

「は、はぁ」

 

 そして、間髪入れずのこの宣言。

 さすがの緒川もこんな気の抜けた返答を出すしかできなかった。

 

「証明してみせます。二課の皆さんは悪くなんかないって」

 

 先程までの悲壮感は何処へやら。ニカっと太陽のように明るい笑顔を見せて来る少女を前に、ようやく緒川は響の意図を悟った。

 つまるところ、響は二課という組織が間違っておらず、そこに属する皆が人として正しく善い人なのだと証明したい、そう言っているのだ。

 その為の方法は実に単純。

 戦う為の術を学んで、鍛えて、ノイズを相手に きちんと戦い倒す。

 ただ、それだけだ。

 

「はは……すごく頼もしいですね」

 

 苦笑ながらも響のその心意気は緒川としては非常に嬉しいもので、同時に少し陰鬱だった心の雲が晴れた気がした。

 マネージャーとして、影ながらも共に戦う仲間として、上手く翼を支えられなかった事実は緒川にとってかなり来るものがあった。

 その果てに絶唱を酷使し、危うく命を落としかけた。

 悪魔という不確定要素の介入があったとしても

 、それで『はいそうですか』と割り切れる程、緒川慎司という男は賢い人間ではない。

 そんな男に響自身としては全く自覚ないだろうが、その心に掛かった鬱憤とした陰りを晴らしてくれた。

 本来なら響を励ます筈が、逆に励まされてしまったようだ。

 

「なら、ぴったりの人がいます。その方でしたら絶対貴方を強くしてくれる筈です」

 

 絶対。緒川がそう断言するほどの人物の名を聞いた瞬間、彼の予想通り響は大層驚きを示した。

 

 

 

 

 

 

 

 








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第29話 Thunder Gard Part1


 訳題『雷の少女』

 遅くなりました。おまけに短めです(^_^;)

 


 

 

 

 

「で、ここが目的の場所でいいのか?」

 

「間違いない。ここに奴はいる」

 

明朝3時。未だ人の気配を匂わせない街並みの一角。そこにあるライブ会場『Rose bound』の前でトムとKの両者が並んで立っていた。

目的は、ここを根城にしていると思われるケルベロスを狩ること。

 

「結界はきちんと張ってある。いつでも行けれるぞ」

 

ライブ会場の周辺は既に人払いの結界は張ってある。誰一人として犠牲を出すつもりは毛頭ないKはその言葉に安心し、ライブ会場に張られた強力な結界を解除する為に胸元のコートの裏側へ手を伸ばす。

そしてそこから、ガングニールの欠片を取り出した。

 

「……なんつーか、本当にそんなもんで結界解けるのか?」

 

懐疑的な視線を向けながらそう零すトム。

グリフォンも似たような反応だったが、何も知らない側から見ればチンケな欠片一つが強力な悪魔の結界をどうこうできるとは露程も思い至らないだろう。

謂わば…これは小石で家一軒を倒壊させるようなものだ。

そう考えれば、疑念が湧かない方が無理がある。

 

「百聞は一見にしかず。見ていろ」

 

しかしKは、ただそう言うのみ。

ここで一から十まで理屈で凝り固めた言葉をダラダラと口から垂れ流すよりも、たった一回でも見た方が伝わり易いし効率的だ。

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl……」

 

力強く、勇ましく。しかし凛々しくもある歌声が周囲に響くのと同時にガングニールの欠片が夕焼けの如き色彩の閃光を放ち始めた。

閃光の本質はフォニックゲイン。

それが強烈な輝きを見せると言うことは、それだけ膨大なエネルギーを発している証拠だ。

やがて……閃光は一筋の直線となり結界へと当たる。

 

■■■■■ッッッッッ!!!!!!!!

 

表現しようのない甲高い音と共に結界は消滅。結界が破壊された以上、ケルベロスは気付く筈。配下の悪魔をけしかけて来るかもと踏んではいた二人だが、今のところその気配は見受けられない。

ケルベロスは決して間抜けな悪魔ではない。

用意周到に計画し、裏工作も完璧だった。Kがアンノーウスへ精神をリンクさせるという予想外の裏技が無ければ、発見が困難を極めていた可能性だって有り得た。

そんな頭のキレる悪魔が結界を破壊されたことに気付かない訳がない。

とすれば、考え得る理由は二つ。

元より居ないのか。

あるいは……。

 

「誘ってる……ってことか?」

 

敢えて自身の陣地へ誘き寄せようとしている…とすれば、何も不思議なことではない。

己が最大限に力を、術を、戦略を発揮できる陣地に敵を嵌めるなど常套手段。それが悪魔ともなれば尚更だ。

そして、まるでそれが正解とでも言いたいかのように。トムの言葉に応える形でゆっくりとライブ会場への扉が開いた。

無論、決して電気仕掛けの自動ドアではない。

ケルベロスの魔力によって扉は一人でに開いたのだ。

 

「大当たり、だな」

 

不敵に笑いながら、そんな言葉を零すK。

 

「なら素直に応じようじゃないか」

 

「そうかい。まぁ、ブチのめせば問題じゃねぇわな」

 

そんな掛け合いを交わし、二人は扉へと歩み寄りそのまま入っていく。

中は薄暗かったが、すぐに電気が点く。

どうやらフロントロビーのようだが、人は一人もおらず、代わりに数匹の悪魔が電気状の火花を散らせながら出現する。

 

「"プラズマ"に"ボーン・ホロウ"かよ」

 

分類的に見て2種類。青白い稲妻の集合体で、コウモリのような形状をした悪魔"プラズマ"と、黒いモヤのような気体に動物の頭蓋骨という姿をした"ボーン・ホロウ"。

ボーン・ホロウはトムの前世における魔界にはいなかったがプラズマは別だ。

雷属性の下級悪魔で、その身体はケルベロスと同様に電気で構成され、一つ目の蝙蝠の姿をしている。

この悪魔の特徴は相手を読み取り、その似姿になることで行動パターンや技までもコピーして攻撃するという点だ。

おまけにこちらが攻撃すると分裂するので中々に厄介な敵だと言える。

この世界での位はコンプレアで基本的な能力や攻撃手段は前世と変らず

、一つ目から放つ光線や雷撃などを放って来る。

 

「オォォラァァァッッ!!!!」

 

活気良く声を張り上げるトム。

自身のかつて名『ファントム』を冠する魔具を振るい地面に突き刺す。

すると地面がひび割れ、マグマの大柱が勢いよく吹き出し、容赦なくプラズマやボーン・ホロウを飲み込む。当然無事では済まない。

実体の無い彼等は灼熱のマグマによって塵すらも残さず消滅してしまう

 

「行け、シャドウ。あの仮面を砕け」

 

「■■ッ!!」

 

活気良く獣らしい鳴き声で応えるシャドウは、

ボーン・ホロウの依代である仮面めがけ、自身の身体を刃の歯車に変化させて次々と破壊していく。

依代がなければ、この世界において実体化できない悪魔は死を迎える以外にない。

 

「ーーーーッ!!」

 

すると、音波のような甲高い鳴き声を上げる1匹のプラズマが人型を取って着地する。

そのシルエットは、紛れもなくKのもの。

ご丁寧に彼女が所持するバールまで模倣している様を見るに、相手をコピーするのにそれなりの拘りでもあるのか。とは言え、Kからしてみれば石ころ以下に価値が無い位どうでもいい事だが。

そして、1匹のプラズマに釣られてか、他の個体も姿を変えてKの形を模倣していく。

 

「ここはものまね大会の会場か? だとしたら、捻りが無さすぎて全員失格だな」

 

その様を見て、Kは鼻で笑い飛ばす。

 

「ーーーーーーッッ!!」

 

「ーーーーーーーッッッッッ!!!!」

 

1、2匹程が先の甲高い鳴き声を上げならKの命を刈り取ろうと、そのバールを振るって襲い掛かる。

 

「フッ!」

 

軽く息を吐き出し、余裕の表情で回避して行く。動き自体はKのソレをよくトレースしているものだと思えるほどよく似ていたが、結局はよく似ている止まりだ。

アレンジ性と言うものが皆無で、容易に攻撃の軌道を読める。バールに魔力を込め、Kは袈裟斬りにプラズマの1匹を切り裂き、2匹目は首をへし折るようにしてその首を胴体と分離させる。

 

「もう少し骨があると思ったが……コンプレアとは言え、雑魚か」

 

「終わったぞ」

 

トムの声がかかり、振り向けば既にボーン・ホロウとプラズマの二種数体を始末した彼が立っていた。

見るからに体力の消耗などなく、むしろ物足りなさを感じているような顔をしていた。

 

「挨拶にしても、もうちっとばかし歯応えが欲しいな」

 

「無駄な労力は好きじゃない。これ位が最初には丁度いい」

 

そんな会話を交わす最中、連絡放送用のスピーカーからやけにハイテンションな声が出てくる。

 

『ハロハロ〜♪ 生意気にも結界を破って入ってきた不届きモノちゃんたち〜!!』

 

「……ケルベロス……じゃないな」

 

「女だしな。手下ってとこか?」

 

『よく分かったじゃん! ご褒美に私の名前を教えてあげるわ。アタシの名は"ネヴァン"! ケルベロス様の忠実なファンよ!!』

 

 

「ネヴァン……」

 

トムが声主の名を反芻する。

その名前には聞き覚えがあった。と言うより、前世において魔界での知己だ。

 

妖雷婦ネヴァン。

 

多種多様なサキュバスという悪魔の中で最も強力な部類に入っていた女性の悪魔。この世界におけるサキュバスは分からないが、向こうではサキュバスという悪魔は基本的に弱小種だった。

ヘルズという死神姿をした魔界の住人の少し上程度。従って他の凡種の悪魔同様、上級悪魔の配下としてでしかその生を確立できない。

だが、そんな弱小種である筈のサキュバスに突然変異のある個体が生まれた。

それがネヴァンだ。

サキュバスらしく性を貪り、しかし誰に靡く事はなく、敵対する悪魔はその雷撃てもって消し炭になる。

そんな彼女はムンドゥス配下の勢力、下級悪魔を指揮する権限を持った『将王』となった。

当時ファントムは弱小種族の出の悪魔が自分やグリフォンと同じ『将王

』座に着くことが気に食わなかった。

とは言え、ムンドゥスの意思によってそう定められたのなら、何も言うことはできない。

自身より遥かに上の悪魔に歯向かうほど、ファントムは脳筋だってあっても道理が分からない愚者ではない。

ともあれ、ネヴァンは人間界侵攻の為のテメンニグルを守護する大役に抜擢されたものの。結局スパーダの反乱の折、テメンニグルごと封印されてしまったが。

 

「知り合いか?」

 

何やら意味深な呟きだと思ったのか。知己かもしれないという予想を立てての質問だった。

そんなKの問いに対し、トムは面倒臭いとばかりに頭を掻いた。

 

「前世の話だ。ここじゃ知らねー」

 

ぶっきらぼうに返すトム。別人とは言え、前世からいけすかなかった悪魔が出て来た事が彼の中で苛立ちを生じさせた。

おまけに何というか……性格が前世のネヴァンに比べて、かなりのハイテンションぶり、とでもいうべきか。そういった部分でも癪に障る存在だと、内心ボヤく。

 

『残念だけど、ケルベロス様はここに居ないわ。アンタらみたいな不届きモノ共がここに来ることはお見通しってワケ』

 

「……そうか。で? お前が相手になると?」

 

『またまたよく分かるじゃん! まっ、所詮アタシの敵じゃないだろーけどさ!! アンタら雑魚だしィィ!!」

 

そのやけにハイテンションな口調から女子中学、あるいは高校生のソレを彷彿とさせる物言いだが、しかし悪魔としての根幹は一寸たりとも変わらない印象を受ける程に自らの力に対する絶対的な自信が滲み出ていた。

 

「雑魚かどうか、それを決めるのは早計だぞ」

 

「全くその通りだ。あんましダッセェ強キャラムーヴ出すのはやめておいた方がいいぜ? 後でたっぷりと俺たちに泣かされて、惨めな思いすんだからよ」

 

『……………ぶち殺す』

 

ブッ!!

 

かなりの音を立てて、放送が切れる。トムの言葉が相当ご立腹になったようだ。ともあれ、二人はこの場所にもう悪魔が出なくなったのを確認し、先を急いだ。

 

 

 

 

 

 






妖艶で大人な雰囲気を醸し出す原作のネヴァンとは対照的に、こっちのネヴァンは"ギャルっぽさ"を出した子供らしい雰囲気にしてみました
。何気に作者が苦戦を強いられた悪魔です(−_−;)








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第30話 Nemain part1

 

 訳題『ネヴァン』

 新年明けまして、おめでとうございます!

 相変わらずの亀更新ですが、楽しみにして頂けると幸いです(^_^)






 

 

 

「てりゃああ!」

 

「声は良し! だがまだ腹に力が篭ってないな。おまけに腰もだ! そんなんじゃ、いい拳は放てないぞ響君!!」

 

「はい師匠!!」

 

 実に見事な熱血スポ根ドラマを醸し出しているのは、筋骨隆々の大柄体格をした二課の司令官こと風鳴弦十郎。

 ちなみに今はジャージ姿である。

 そんな彼の指示の下、精を出しているのは立花響だった。

 そしてこちらもジャージ姿である。

 そんな二人が何をしているのかと言うと、スポ根ドラマには定番の『特訓』だった。

 弦十郎は監督する側で、響は言われた通りに従い、気合いを込めて特訓に打ち込む。

 この上なくシンプルな構図だが、何故こんな光景ができたのか。

 その理由に関しては緒川がきっかけだった。

 強くなりたい、足手纏いは嫌だと言う響を強くする為には、基礎的な体力を作り出す"鍛錬"と戦闘技術をその身と頭に覚えさせる"訓練"が必須科目だ。

 だが、独学・独力では無理がある。

 一般人であり、荒事を嫌う平和的思考の響には暴力を伴う戦い方など知っている筈もなく、必然的にそういった事柄に関して正しく教え導くことのできる師の存在が不可欠なのだ。

 そこで緒川は二課の司令官である風鳴弦十郎を師として紹介したと言う訳だ。

 門を叩いた事に関しては困惑を隠せなかった弦十郎だが、すぐさま彼女の意気込みとその瞳に滾る強い意思の炎を見て、彼女の師になる事を承諾した。

 そして、今に至る。

 

「お〜お〜、ヤル気溌溂ってか?」

 

 ついでに言うと1匹の傍観者…というより、傍観鳥がいた。

 グリフォンである。

 何であれ電気エネルギーを吸収し、力にしてしまうケルベロスを相手取るに当たり、不利になるどころか万が一捕らえられて、その魔力を吸い取られでもしたら堪らない。

それがあと一歩という状況の中で起こってしまうのなら、尚更回避したい可能性だ。

 と言うことで、戦線離脱を余儀なくされた彼は、Kからの指示で響の様子を伺うという、半ばおつかいレベルの任務を仰せつかった訳である

 

「ハァァ〜……なっんでこんなん任すかネ〜。Kの奴、オレのこと伝書鳩か何かと勘違いしてね?」

 

 響の様子の確認とは言っても別段問題が起きるとは思っていなかった

。彼女の側には常にナイトメアが影の中から身を潜めており、並の悪魔が襲って来たとしても、消し炭にされるのがオチだろう。

 にも関わらず、自分を寄越すとは一体どういう了見なのか。

 いくらケルベロス戦では役に立たないからと言って、これはあんまりだと愚痴るグリフォン。

 だが、もう後の祭りだ。

 

「にっしても……よくや『ドゴォォッ!!』

 

 絶えず拳を撃ち続ける響の姿を見て、よくやると呟こうとしたグリフォンの呟きを一際大きな音が掻き消した。

 正体はサンドバックだった。

 より正確に言うと、響の渾身の一撃がサンドバックに穴を開け、グシャリとひん曲げた。

 その際に生じた音である。

 

「おお!いいぞ響君!まさに稲妻を喰らい、己の力とする良い一撃だ。この調子で次の修行に進むぞ!!」

 

「はい!師匠!!」

 

 その身体に熱血を滾らせる、師弟の関係。

 人によってはさぞ良い絵に見えるだろうが、グリフォンは到底そんな綺麗な風に見ることなどできなかった。

 

「………」

 

 どうツッコミを入れればいいのか。

 まさにそんな心境を表したように呆然と屋敷の中に入っていく2人を凝視することしかできない。

 ただ、これだけは分かる。

 サンドバックをひん曲げ、あろうことか穴を開けるなど、武を極めた達人ならワンチャンあるかもしれない。

 だが、元一般人の10代の女の子に到底できる所業ではないと。

 

「………あの嬢ちゃん。ダンテやバージルみてェな感じじゃねェーだろうな?」

 

 だからこそ。有り得ないと思いつつ、ついそんな呟きをグリフォンは零してしまった。

 ちなみに、それを言ったら弦十郎も同類になってしまうのを加えておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハ〜ロ〜! のこのこやって来た馬鹿ども!!」

 

 歌と音楽で彩り、観客の心を湧かせる舞台ホール。そのステージの上で、たった二人だけの観客を出迎えたのは黒いセーラー服に厚めの同色のストッキング。

 全身に満遍なく、塗料でも塗りまくったのかと指摘したい位に紫に染まった肌の身体。

 腰までストレートに伸ばした銀髪からは、うっすらと火花が散っている。

 

「一応確認しておくが、お前がネヴァンか」

 

 Kがバールで指しながら、そう問い掛ける。

 

「声聞いてわかんねーの? それともこの程度の判別もできねぇアホってワケ? ウケる!」

 

「すまない。あまりに弱そうに見えたんで、まさかとは思ったが……こちらにとっては良い意味で予想外だ」

 

「よし、ぶっ殺す!!」

 

 なんとも沸点の低い悪魔だ。

 Kが内心そう思っていると、彼女の身体中に火花が激しく散り始める

 まるで電気のエネルギーが高まっているかのようだが、その通りだと主張する代わりに無数の太い稲妻の線がうねり曲がり、その目標をKとトムに定めて来た。

 

「オラァァッ!」

 

 魔具ファントムを横薙ぎに振るい、マグマで構成された膜の盾を形成

。煮え滾るマグマの膜は稲妻の何本かを押し留めた。

 

「コイツをプレゼントしてやる!」

 

 そして、そのまま膜を押し返す。

 稲妻を防ぎながら前進する超高温を宿したマグマの膜が向かう先は、ネヴァンだ。

 そのまま喰らえば、大火傷以上のダメージは確実だろう。

 

「ザッ、オ〜〜プンってな!」

 

 するとネヴァンは、そんな言葉を吐いて黒く染まり出した。

 さながら、黒のインクか墨で全身を染めたかのようだ。しかし体色を黒く変化させただけでは、トムの繰り出したマグマの膜を防ぐことなどできない。

 

《アッハッハッハッハッハッハッ!!!!》

 

 甲高い笑い声。

 まるでステージを彩る独奏曲のように響き渡るが、決して楽しげなものではなく、まさしく悪魔が歌う不気味な音楽だ。

 その音楽と共になんとネヴァンの身体が無数のコウモリへと変貌。

容易くマグマの膜を回避してしまった。

 

《無駄無駄って訳なのよ!!見ろよ私を!私は文字通りコウモリの群れ!チャチ臭い攻撃なんか無意味なんだよバーカ!ギャッハハハ》

 

 嘲笑する悪魔ネヴァン。

 数百数千という数のコウモリは確かに彼女そのものであり、生半可な攻撃では何の意味も持たない。

 トムの前世にいたネヴァンも全くの同じの能力を持っており、一度絡んだ時にこの能力で弄ばれた経験がある。

 そんなトムからすれば、激しく苛立ちが沸き出る光景だろう。

 

「あぁぁッ、クソッ!!」

 

実際に苛ついている。

 

「あん時を思い出す!!」

 

 自分めがけ襲いかかって来るコウモリの群れ。直接噛み付いて来る個体もいれば、バチバチと紫電の火花を散らし、一部のコウモリたちが

一斉に放つことで稲妻の線を生み出す。

 それらを防ぎつつ、魔具ファントムを振るうことで発生するマグマの斬撃を使ってコウモリを焼却処分していく。

 が、それはチマチマとした小規模な攻撃なので、コウモリの大群を相手にするには心許ない。

 

「■■■ッ!!!!」

 

 咆哮を上げるシャドウは背中から触手を伸ばして、先端の刃でコウモリを次々と切り裂いていく。

 こちらも正直なところ成果は上げられていない。バールを振るいコウモリを叩き落とすKも同じだ。

 

《アッハハハハ!!! 偉そうな口叩く割にこの程度? ないない、ないワ〜マジで!!》

 

 高らかに嘲笑を張り上げるネヴァン。

 そんな最悪な耳障りを受け取ったトムは顔を下へ伏せる。

 

「………そうかよ。なら、見せてやる」

 

 絶望したから? 

 

 否。

 

 自分の力に限界を感じた?

 

 否。

 

 無惨に殺される現実に恐怖した?

 

 否、否!

 

 どれも的外れもいい所だ。トムの顔は眉間に皺を寄せ、歯を食いしばり、所々血管がピクピクと蠢いている。

 それは単純な『怒り』だ。

 取るに足らない雑魚だ、能無しだとコケにされたことへの怒りは単純ながらも、彼にとって二番目にやってはいけない事柄だ。

 ちなみに、その一番目はクリスへの危害を加えることである。

 ともあれ、その怒りはある種の燃料となって彼の中の魔力を熱く滾らせ、彼の青い双眸を赤の色へと変えて顔を上げる。

 

「格を違いってヤツをな!!」

 

 トムの激昂に呼応するかのように会場のあらゆる場所から上下左右関係なく。

 骨をも消失しかねない灼熱を宿した柱が生える。

 そしてそこから、マグマの糸がまるで蜘蛛の巣のように展開。

 会場全体を四方八方に張り巡らせてしまった為、コウモリの群れは糸に囚われ、そのまま瞬時に溶けて消え去る。

 

《ギャァァァァァァァッッ!!!!!》

 

 ネヴァンのコウモリは同質量を保持したまま無限に分裂できる為、少数程度殺されてもネヴァンにとっては何も痛手にはならない。

 だが、一度で大量にやられてしまえば、その限りではない。

 分裂変化の状態を維持できず、元の姿に戻ってしまうのだ。

 

「熱苦しい上にメチャクソ痛てぇんだよボケがァァァァァッッ!!!!

 

 元に戻ったネヴァンは早々喚き散らす。

 身体中は所々煤に塗れ、火傷らしきモノも見受けられる。

 それなりにダメージを負ったようだ。

 

「人間如きが、こんな真似して、タダで済むと思ってんのかゴラァァッッ!!」

 

「さあな。持ち合わせは少ないから、慰謝料は期待できないが?」

 

両手を上げ、いかにもな困ったポーズを披露するK。それを見た瞬間、ネヴァンの中でブチリと何かが切れてしまった。

 俗に言うところの、『堪忍袋の緒』だろう。

 

「……オッケ〜〜。よぉ〜〜く分かったわ」

 

 歯を剥き出しに目を血走らせたその表情は、『怒り』を通り越して『憎悪』を宿していた。

 

「コケにしたツケはテメェらの命だアァァッ!!!!」

 

 大蛇を彷彿とさせる極太の稲妻が放たれる。Kの命を奪い取る為にその肉体を徹底的に蹂躙し破壊し尽くすだろう。

 悪魔として、コケにされて『はい、そうですか』と流す訳にはいかない。

 悪魔としての誇りは時に命よりも重い。

 そこに安易に触れると言うのは、凶暴な龍の逆鱗を舌で舐めるような命知らずの暴挙。

 だが、それは無知で愚かな無謀者ならの話だ。

 

「支払ってやる道理も筋もないな。むしろ支払って貰うのはこちらの方だ」

 

 何も恐れる様子はなく。Kはバールに魔力を込める。

 そして迫る雷撃に対し、バールの先端を突き付けた。

 すると稲妻は四方へ分散。結果的に稲妻はKの命を奪うことはなく、ただ無意味にその暴力的な魔力を消費しただけに終わってしまった。

 

「なッ?!」

 

「来い。ビッチコウモリが」

 

 驚愕の表情を見せたネヴァンに向けて、Kはさも当然とばかりにそんな台詞を吐いて捨てた。

 

 

 

 




 ギャルネヴァン(作者命名)は、原作3のネヴァンのように電撃とコウモリへの変身&分裂の能力があり、両腕の袖を刃に変化させたりもできます。
 ただ、性格は大人びた優雅で妖艶な3とは真逆。簡単に挑発に乗って激昂してしまうので、そんな短慮な所が弱点になってしまうこともあります。



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第31話 Nemain part2



 なんとかギリ書き上げました。

 どうぞ!


 

 

 

 

 ネヴァンは、ここに来て攻撃パターンを変えた。

 無数のコウモリへ分裂し、雷撃を放つ戦法からコウモリの翼を鋭利な刃へ変化させ、不規則に縦横無尽に飛び交っていたのを止め今度は旋回という行動を取った。

 無論、意味もなく回るのではない。

 そうすることで生じる"ある現象"を利用し、封じるとまではいかなくても、ある程度動きを押さえつけるのが目的だ。

 

「これ、は!」

 

「ぐっ…!『風圧』で押さえ付けようって腹か?」

 

 無数のコウモリたちが旋回することで生じた

風の乱流。風を自在に操る悪魔や風の魔術を扱う者からすれば、それを防ぐ事は容易い。

 しかし生憎Kにはそれができない。

 そういった類の魔術を習得していないからだ。

 そして、それはトムも同じである。

 属性的に炎の魔術、能力が得意なトムにとってそれ以外は肌に馴染まない為、習得していない。

 つまり、現時点で自分達の動きを封じようとする風に対策はできない事を意味している。

 

「!ッ」

 

「いっ…てぇ!!」

 

 それだけならまだ良いが、追い討ちをかけるように両翼を刃物状に変形させたコウモリが襲い掛かって来るのだ。

 風圧で身動きが取りづらいのをいい事に、容赦なく幾匹かのコウモリたちがKとトムの身体を切り裂いていく。

 

「こ、んのクソがァァァッッ!!!!!」

 

 やられっぱなしで終わるなど、冗談じゃない。悪魔としての前世がそうさせるというより、愛すべき、何があっても守るべき妹がいる。

 死ねばそれまで。大切なものを何一つ守れなくなる。だからこそ、死ぬ訳にはいかない。

 その思いを込めて、一か八かの一手に出た。

 

「うりゃああああああァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!」

 

 体内に貯蔵してある魔力の大半をマグマへと変換。トム自身が生み出した灼熱の泥がコウモリと同様自分達をくるりと囲むように盛り上がる。

 そして、上書きする形でコウモリたちを容赦なく飲み込む……

 

『同じ手なんか食うかよ!!』

 

 寸前。トムとKの背後にコウモリたちを集結させ、ネヴァンは元の姿に戻ってしまった。

 死角に回り込まれたのは、さすがに拙い。

 

「チッ!」

 

 すぐに対応しようとファントムを振るうが、魔力を大量に行使した影響でどうにも思い通りに動かず、緩慢になっていた。

 十全とはいかないトムの動作を見切るのは容易い。そこいらの雑魚悪魔ならともかく、彼女は長く跳ぶように伸びたファントムを穂先を掻い潜る。

 

「がぁッ…はぁぁッ!!!!」

 

 そして。鋭く爪を尖らせたネヴァンの手刀がトムの腹部を捉え、一片の躊躇もなく抉り貫く。

 

「1匹始末っと♪」

 

「トム!!」

 

 仲間の名を叫んだ瞬間、バールの先端に魔力を付与。

 一気に突きでネヴァンを仕留めようとしたKだが、再度コウモリへと分散。

 

『あっはっはっは!! 息巻くだけでこの程度とか! よくそれでケルベロス様を殺そうとか思いつけるわね! マジのマジでウケる〜ギャッハハハ!!!!』

 

 侮蔑。見下し。悪意。恍惚。

 そんな感情がこれでもか、とふんだんに込められた嘲笑がKとシャドウ、トムの鼓膜へと突き刺さんばかりに届く。

 何も思わない筈がない。しかしそれは不利を嘆くものでも、ましてや死が迫る絶望に恐怖したものでもない。

 

「俺の血。取り込んでくれてどーも」

 

 紅く濡れた腹を手で押さえ、膝をついて苦悶していた筈のトムの顔は前へ向いた途端、勝ち誇った不敵な笑みを浮かべていた。

 それでも受けたダメージは相当なものである為、顔色は悪いが。

 

『はぁ? 何言って……!!ッ』

 

 一瞬気が狂ったのかと思いそうになったネヴァンは、トムの言った言葉の意味をすぐに理解した。

 しかし、もう遅い。

 コウモリへ変化・分散する際に手に付着したトムの血は吸収され、身体全体に行き渡っている。

 それが意味するところは一つ。

 無数のコウモリ1匹1匹にトムの血液が消化されず、まだ残っている

 

「バーニングだ。燃え上がれェェェェッ!!」

 

 トムの前世であるファントムという悪魔は、その血液と筋肉がマグマで構成されている。

 当然、触れば軽い火傷などでは済まない。

 その影響か彼の魔人としての能力の一つに、身体に流れる血ををマグマに変えるものがある。

 そしてたった今、ネヴァンが吸収した血液をマグマへと変化させた。

 どうなるか、など。語るまでもない。

 

『■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!』

 

 勝ち誇った嘲笑から一変、声にならない絶叫

へと転落したネヴァンは大半のコウモリが焼失したことで分散化を維持できず、本来の姿へと

戻った。

 

「あ、がぁぁ……ぢぐ……じょう!!」

 

 制服が焼け焦げ、身体中が炭化に等しい火傷を負ったネヴァンは立ち上がることができず、這うような俯せの状態で倒れ込む。

 顔も例外ではなく、左側の目の周りや右側の口の端が爛れているといった有り様だ。

 人間ならとっくに死んでいてもおかしくないのだが、そこは悪魔。

 持ち前の生物の範疇を超えた耐久性と再生力で何とか保つことができた。

 と言ってもこれでは戦えない。所詮どう足掻いたところで、詰みの状況には変わりない。

 

「コウモリ女。ケルベロスの居場所を吐け」

 

 相手が深傷を負っていることに一切の遠慮などなく、ネヴァンの髪を掴み上げ、視線を合わせる。

 

「少なくともただの下っ端じゃねぇーんだろ? だったら知ってるよなぁ?」

 

「だれ、がぁぁ!言うがぁぁぁ!!」

 

 火傷のせいで濁音混じりの嗄れ声となっているが、己の喉の状態など気にせずと言った感じで叫びながら、トムの腕を払い除けた。

 

「ごのでいど……どぉってごどねぇーんだよ! いま、ずぐ…ぶっごろじでやる! ごい! ごい! あだじは、まだ、負けでない!!」

 

 こんな風に喚き散らしつつ、何とか立ち上がる。

 どうやら多少なりとも回復したようだ。

 しかしそれを踏まえてもダメージは深刻であることには変わらず、もはや、瀕死に等しい状態のネヴァンが2人と1匹に勝つことなど万に一つもない。

 

「……ったく、プライドは一丁前だな」

 

 優雅も余裕も、それに伴う妖艶さも併せ持っていないネヴァンの姿はトムの知るネヴァンという悪魔とかけ離れてはいるものの、それが気に食わなったトムから見れば、この世界のネヴァンはまだ好感が持てた。

 出来ることなら、見逃してもいい。

 そんな事を思う気持ちが無い訳では無いが、どう足掻いてもネヴァンは根っからの悪魔。

 人を餌とし、快楽悦楽を貪る為の道具程度の存在にしか認識していない彼女を野放しにするということは、これから先多くの犠牲を生む事になる。

 封印する形で二度と人間界に来れないようにする方法もあるにはあるが、かなりの手間が掛かり、尚且つ材料と時間が無い為できない。

 よって、その命を断つ以外にない。

 とは言え、殺したとしても、この世界の悪魔は死なない。

 身体は人間界で活動する為の媒介物に過ぎない。意識を司る魔力の一部を人間界の物質に付与することで初めて悪魔は悪魔として顕現し、この人間界で活動する事ができる。

 ここで殺されるということは、媒介となっている器が壊され、その意識の魔力が消え去る。

 これは悪魔にとってかなりのダメージとなり数千年か。あるいは数万年という月日をかけて回復に努めなければならない。

 それは力ある上位に位置する悪魔にとって、かなり屈辱を伴うものだ

 スパーダに力を奪われ、無様に魔界へ逃げ果せた自身の経験からか少しばかり同情が湧くが、塵レベルの極小程度。

 何より、たった一人の家族であるクリスに害が及ぶ可能性を考えれば

、ここで生かしておく理由など存在しない。

 

「悪いが、お前は終わりだ。魔界に還れ」

 

 そう言ってファントムを前へ翳す。

 その鋭利な先端を伸ばし、悪魔にとって身体の生命維持と意識の定着化を担う核器官である『心臓』を穿つ為だ。

 

 バチィッ! ドオオォォォッ!!!!

 

 直後。一筋の稲妻が轟く雷鳴と共にネヴァンを飲み込む。

 すぐに反応した二人は後方へ飛び退いた為、特に問題なく無事だったものの、落雷が直撃したであろうネヴァンの姿は何処にもなかった。

 

「……今の。ネヴァンが出した奴じゃねーよな?」

 

「ああ。明らかに別の悪魔が放ったものだ。しかも……始末ではなく、転移させたらしい」

 

 威力を鑑みるに、止めを刺されたにせよ遺体くらいは残る。

 悪魔の仮初の肉体である依代はその悪魔の死と共に物質として存在が維持できなくなり、消失してしまう。

 その悪魔との融和性にもよるが、依代が無機物の場合だと消失しないケースもある。

 仮に消失するのだとしても、一瞬などということはなく、数分程度はその場に残留する筈だ。

 それが無いということは、情報漏洩阻止の為に始末されたというより

、転移で救出したと見る方が適切だ。

 問題なのは誰が彼女を救い出したか、だ。

 二人の結論は早くもネヴァンの主人であるケルベロスに至った。

 

「悪魔の割に部下思いのようだな」

 

「いや、わかんねぇぞ? 自分の手でやるってタイプか、使えないなら使えないナリになんかの消耗品として利用するって腹積りかもな」

 

「どちらにしろ、逃げられた事に変わりないがな……」

 

 ネヴァンがどうなったか、など。

 それは些細なことでしかなく、肝心なのはケルベロスを仕留め損ね、その情報源となったかもしれないネヴァンを逃された。

 まるでそうなることを予め想定しているとでも言わんばかりにだ。

 

「なら、奴等がここに戻って来る道理はない。さっさと出よう」

 

「ああ」

 

 互いにそう交わし、Kとトム。シャドウたちはもはや喪抜けの殻と化した会場を後に、外へと出ていった。

 それを見ていた1匹の小さな悪魔に気付かず……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 人気のない路地裏と思われる場所。

 そこにネヴァンはいた。

 Kの読み通り、あの稲妻は対象となるものを別の場所へと送る為の転移魔術の一種だったらしい。

 そのおかげで窮地を脱したが、自らを助け出した相手がケルベロスであった事。

 これがネヴァンにとって最悪だった。

 

「予めブラッドオーブを持たせて正解だったな

。気分はどうだ?」

 

「は、はい……大丈夫、です……けど!」

 

 別にケルベロスを忌み嫌っている訳ではない。それどころか、彼女のケルベロスに対する忠誠心と好感は天を仰ぐほどと言っていい。

 だからこそ。彼の手を煩わせるなど、愚の以外にない。

 それに彼女は己の口で宣言したのだ。

 ケルベロスの敵は何者であろうと討ち取ると。だが結果は惨敗。

 最初の方こそ上手く行ってはいたが、最後の最後で相手を甘く見て痛手を負ってしまった。

 そして主に助けられる。

 笑い話にもならない醜態を晒した失敗だ。

 

 だが。

 

「失敗なんざしてねぇ」

 

 "失敗"の二文字が頭に浮かんでいたのを、まるで読み取ったかのようにケルベロスは真っ直ぐ彼女を見る。

 

「お前が戦ってくれたおかげで、奴等の戦い方っつー情報はよく取れた。お前の努力は重々承知してる。それに伴う結果もな」

 

 ケルベロスはそう言って不敵な笑みを浮かべる。ネヴァンにとっては心強く、安心感を与える顔だ。

 

「つーか、そもそも俺はお前に小手調を頼んだけで、奴らの首を取ってこいなんて言ってねーだろーが」

 

 笑顔から一転し、今度は呆れ顔で溜息を零す。ケルベロスがネヴァンに命じたのはあくまで情報収集を目的とした力試しだ。

 強力な悪魔の一柱であるアラクネアを倒したことを考えれば、相当な実力者であること分かる。

 そうでなかったとしても、強力な悪魔に対して効果的、且つ確実的な必勝の策を持っている可能性が高い。

 どちらにせよ、迂闊に手を出すのは愚行だと言っていい。

 まずは相手の手の内を知る、と言う意図で自身の側近であるネヴァンに命じたのだが、彼女はそれを忘れ、ケルベロスの為とは言え、あろうことか『情報収集』という本来の目的を『敵の首を取る』に挿げ替えてしまったのだ。

 

「うぅっ……なんて、なんてご寛大なご慈悲! アタシ、ネヴァンはどこまでもケルベロス様に付いていきますぅぅぅぅぅッッッ!!!!」

 

「いや、寛大っつーかさ。そもそも失敗してねーんだって。聞けよ話」

 

 再度、溜息を吐く。

 もうこの手のことは嫌と言うほど経験している為、敢えて深くは突っ込まず。

 代わりに後ろを軽く振り返り、テーブルの上に置かれたアタッシュケースへと視線を送る。

 開かれたケースの中身……それは血そのものである赤黒さに染められた結晶体こと、ブラッドオーブ。

 それが大量に詰め込まれていた。

 

「こっちの収穫はたんまり。これならそろそろ、イケるかもなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 









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第32話 A city of another world part1



 訳題『異界の街』

 連続投稿です。今回は先駆けという形であの二人が登場します。






 

 

 

 

 

 

「うわ〜、すっかり日が暮れちゃったなぁ…」

 

 弦十郎との修行を終え、帰路に着こうという時には既に夕方。

 夕焼け色の太陽がまだ顔を出しつつもゆっくりと沈み始め、真っ赤に染まった雲が空を彩る。

 響の携帯はディスプレイ画面に5時半を記している。響は親友である未来とリディアン音楽院の寮で生活しており、当然決められた門限が

ルールとしてある。

 それが運悪く『5時半』。

 どれだけ足が早くても、あるいは瞬間移動なんて超能力染みた事ができたとして、やったところで意味などない。

 シンフォギアという常軌を逸した力を手にしようとも、ままならないものは何をどうしようとも無駄なのである。

 

「はぁぁ……わたし、呪われてるのかな?」

 

 お決まりとも言える弱気な言葉が溢れる。

 今まで寮の門限を破ったことは一度もなく、密かにそんな自分を褒めてる節もあったのだが、シンフォギアでノイズと戦う道を選んでからと

いうもの、緊急時に呼び出されることが多々あり、夜遅くに呼び出されることも珍しくない。

 そういった影響で授業中居眠りをしてしまったり、こういった意図せずの門限破りをやらかしてしまっているのが響にとって困り所なのだ。

 とは言え、こういった問題は二課が密かに手を回し、単位が落ちないよう取り計らっている。

 元々リディアン音楽院は二課の足下に属する教育機関の施設。

シンフォギア装者としての活動のせいで色々と支障が生じている彼女の生活面を支え、単位を落とさないよう手を回しておくなど造作もない。

 しかし、だ。

 こういったところが真面目で、小さいながらも誇りに思っている響にしてみれば、どうしても気落ちしてしまう。

 そういう性分だし、中々根っこのところにあるので、そう易々とは変えられない。

 

「? あれ? 道間違えた?」

 

 ある程度帰路を歩いて、ふと気が付く。

 

 景色が見知ったものではなかった。

 

 住宅街である点は変わらないのだが、所々いつもと違った所が多くある。

 明らかに知っている道ではない。

 

「いろいろ考え事してた…からかな?」

 

 響も人の子だ。些細なことで間違えたりすることなど結構ある。

 考えた事をしてたこともあって、それが原因で違う道に知らない内に行ってしまったと結論付けようとした響だったが、それを掻き消すように本能的な警鐘が頭に響く。

 

 違う。

 

 違う。

 

 迷ったとか、単純な話じゃない。

 

 居てはいけない。長く留まってはいけない。

 

 そんな場所に来てしまった。

 

 理屈でも、知識でそう学んだ訳でもなく。

 響は直感的にそう思ったのだ。

 

「に、逃げないとッ!」

 

 恐怖が込み上げて来る。

 心の奥底…あるいは本能的なものか。古来から人は未知を恐れるものだがそれは、響も例外ではない。

 シンフォギア装者もれっきとした人間であれば、それは至極当然の事

 だが寸前のところで踏み留まる。

 

「落ち着いて……冷静に……ノイズかもしれない

。だとしたら、戦わないと!」

 

 そう。恐怖を覚える人間とは言え、彼女はシンフォギアを有する一人の戦士。

 まだ未熟な所はあるがそれでも誰かを救い、全力で守るという一つの信念がある。

 それがある以上、何もせず逃げることはしない。

 勇ましい美点かもしれないだが、彼女にとってそれはある種の『歪み

』とも言えるものだ。

 

「霧? なんで……」

 

 聖唱を詠み、その身体にガングニールを纏う。

 すると直後に深い霧が立ち込めて来た。

 視界が一気に悪くなる。

 目に頼る生物ならそれは最悪と言っていい。

 いつ、どこから自身を狙う存在が襲い掛かって来るか分からないのだ。

 そのせいで、響の中で恐怖が更に増した。

 

「しゃがめ嬢ちゃん!!」

 

「は、はぃぃ!!」

 

 突然頭上から降り注ぐ声。聞き覚えはあった

が驚きのあまりろくに確認せず、ほぼ反射的に膝を折り屈んでしまう。

 すると、何かが空気を裂きながら通過していった。それも音の発生源は一つではなく、三つ。

 別々の方向から同時に、だ。

 何かは分からないが、必死な様子で叫んだあの声から察するに当たれば大怪我どころではなくなる。

 理屈でそう思考したというより、ほぼ勘だが。

 

「そこだァァッ!!」

 

 バヂィィッという弾け飛ぶような音と共に閃光が迸る。

 声の主が何かしたようだ。

 そのおかげか濃い霧は瞬く間に。それこそ煙のように掻き消えていく

 

「ひっ!!」

 

 消えたのはいい。いいのだが……霧が消えた直後、自分のすぐ目の前にあったソレに思わず、響は小さな悲鳴を上げてしまった。

 人形の首が転がっていたからだ。

 プラスチック製で精巧に作られたマネキンの一種と思われるそれは、所々煤汚れコーティングが剥がれ落ちている。

 不気味に思わない筈がない。

 マネキンの首自体が造形的にリアル寄りに造られているせいも相まって、近くで見たいとは到底思えない。

 物好きの変人なら話は別かもしれないが、響自身にそういった類の趣味や感性はない。

 

「ボサっとするなよ嬢ちゃん!ソイツはまだくたばっちゃいねェぜ!」

 

 左右の翼を羽ばたかせ、喧しく捲し立てながら舞い降りて来たグリフォン。

 声の主であり、あの閃光は彼が放った電撃だったのだ。

 

「あ、あの! Kさんのお友達の鳥さん…ですよね?」

 

「友達っつーか、まぁ、契約関係…って、んなのはドーでもイイっての!! マネキン見ろマネキン!!」

 

 激しく促されてマネキンの方を見てみれば、なんと。首だけしかない筈のマネキンが立っていた。

 首の断面部位から黒く、石ともプラスチックともつかない紐状に長い何かを出しながら、煤汚れ虚な眼球を響へ向けていた。

 

「あ、あああああの!! これ、なんですぅ!?」

 

「悪魔だよ悪魔! 散々見てんだろォ!」

 

「そんなに見てないですよ悪魔なんて!!」

 

 恐怖と混乱から、てんぱり出してしまう響にグリフォンが檄を飛ばすものの、お門違いだと反論される。

 確かに響は悪魔を見たには見たし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは言え、それでも直接目で見たのはナイトメアに出会ったあの時とフォルテという謎の少女との邂逅時。

 つまり、計2回しか悪魔に遭遇していないと言うことになる。

 

『たべもの、たべもの……ちょうだいぃぃ!!』

 

 首だけのマネキン悪魔が黒い紐状の身体から、更に紐状の黒い物体を何本か伸ばし、そんな人の言葉を介す。

 食べ物。それは言わずもがな、響自身のことだ。

 悪魔にとって生命エネルギーである精気や、精神を司る魂。そして血や肉は他にないご馳走。

 特に人間ものは格別だ。

 そんなご馳走を前に飛び付かない道理はない。

 人の言葉を介せるだけの知性があっても、所詮それは真似事に過ぎないのだ。

 

「おっとォォ!!やるせるかよボケが!」

 

 しかし。グリフォンがそれを許さない。

 くねらせながらも勢いよく響へ向け迫って来た黒い紐状の触手。それに稲妻が纏わり付き焼いていく。

 

 『ぎぃぃぃぃ!痛い!痛いィィ!!!』

 

 当然電気のエネルギーなのだから本体へ伝わっていき、本体をも焼いていく。

 先程放ったものよりも威力が強めだったことに加え、完全に息絶えるまで稲妻を送り続けたことが原因でマネキンの頭部が炭化。

 紐状の身体もろとも、ボロボロ崩れて消え失せてしまった。

 

「ヘッヘェ! どうヨ! 俺様の電撃は!」

 

「たお、したんですか?」

 

「ま、ザコだからな、あんなの!」

 

 今の攻撃はグリフォンの技の中でもさして強力ではない。それで死んだのあれば、確かにザコなのだろう。

 しかし今、解決すべき点はそこではない。

 

「なんか、アレだな。どうやら俺たちは異界に知らず知らず入っちまったって感じだな」

 

「異界? やっぱりここって私の知ってる街じゃないんですか?」

 

「ああ。違うネ。全然違げェ」

 

 直感的にそう思っていたとは言え、やはり直に指摘されるというのは並ならぬ不安が湧いて来る。

 できれば自分の勘違いであって欲しいと願ってはみたものの、現実は残酷だった。

 

「悪魔って連中の中にはヨ、こんな感じで、知ってる景色と同じようで違う場所を作れるのがいてナ。それが異界ってワケ」

 

「へ、へぇー……あの、ひょっとして、ここ。普通の方法じゃ出られなかったりします?」

 

 グリフォンの説明を聞く限り、異能力系のバトル漫画によくある『自分にとって有利な環境のある空間を作り出す』系のそういったものを想像した響は、同時にソレ関連でよくある『正攻法じゃ決して出られない

』的なタイプなのでは?とそんな結論を叩き出した。

 内心外れて欲しいと思いつつも……

 

「そりゃそーダロ。簡単に出れたらとっくに出てるしな」

 

 なんと的中。からの轟沈。

 またしても希望は容易く打ち砕かれた。

 まぁ、これに関しては彼女のは根拠のない希望的観測だったのだから

、砕かれても元来そういうものなので仕方がない。

 

「マァマァ、そう落ち込むなって、ナァ?」

 

 膝をアスファルトの地面につけて、ついでに頭も伏して両手で抑えてるような悶える格好を晒している響に内心爆笑しつつ、グリフォンはなんとか励ましつつ説得した。

 

「その普通じゃ出来ない方法を知ってンのよ、俺。これでもソコソコ強えー悪魔なんだぜ? なんつーかさ、大船にでも乗ったつもりで期待しろって!ナァ?」

 

「へ? どうやったら出れるのか、知ってるんですか?!」

 

 ガバッと、勢いよく飛び上がるように食いついて来る響にグリフォンはニヤリと笑って言った。

 

「やり方は単純。この空間を作ってる悪魔をボッコボコにすりゃいいのサ! 相手が堪らず泣いちまう位にナァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、ダメじゃないかぁ……こんなところに女の子が一人で来ちゃあ、なぁ?」

 

「そうそう。俺らみたいな怖〜いお化けにパックリ!なんてあるかもしれないんだぜ?」

 

「まぁ、ソレ事実なんだけどな!!」

 

 グリフォンと響が異界から脱出する算段を立てる中、同じく異界の別の場所…商店街の一角で、一人の少女を相手に3人の男達が取り囲んでいた。

 一見すると柄の悪いヤンキーとしか言いようのない着崩れした学生服を纏う彼等。

 自らを『怖いお化け』などと称する様は只の悪ふざけにしか見えない

 顔にも間抜け面が滲み出している点を考慮すれば、女の子一人を相手に粋がる馬鹿なヤンキー生徒そのものだろう。

 が、残念な事に彼等は人ではない。

 彼等はれっきとした"悪魔"だ。

 

「いやぁ、しっかし異界の主さまさまだな。術者どもにバレずにこんな美味い飯にありつけるんだからよ」

 

「まぁ、俺ら勝手に入って食い漁ってるけどなぁ! あっはっはっはっは!!」

 

「……あれ〜お嬢ちゃん? なんかさっきから俯いて黙ってるけどぉ、なになに? ビビってる?」

 

 ギャーギャーと喧しく騒ぎ立てる3匹とは対照的に少女の方は、至って冷静に沈黙を貫いている。

 顔を俯かせてはいる為、その表情は分からない。

 しかし彼等はそれを見て、溢れ出す恐怖をなんとか耐えようとしていると勝手に解釈し、その嗜虐心を更に沸き立たせた。

 

「うっほーいいね、いいね! そんじゃ俺から頂いちまうかぁぁぁぁッッッッ!!!!!」

 

 3匹のヤンキーの内、モヒカン頭がその姿を本来のものへと変化させた。

 俗に言うヤギに似たバフォメットの形態。

 背中には骨組みの翼があり、赤紫色の魔力の飛膜が張っている。

 まさしく絵に描いたような悪魔だが、その食性は本物のヤギとは違い、肉食。

 獲物を前に汚らしいヨダレを撒き散らしながら少女の頭へ齧り付こうと迫る。

 

「いただ「はい、ダメデェース!!」あへ?」

 

 突然聞こえて来た声。

 声の感じからして少女のそれらしいのだが、眼前の少女が口を開いた様子はない。

 というより、声は真上から聞こえて来た。

 なら。声の主は誰なのか?

 

「もう『調』!! 探したデスよ!!」

 

「遅いキリちゃん」

 

「デデース?! 探したのこっちなのにダメ出しとは!!」

 

「予定した場所はここで合ってる。キリちゃん間違えてたの気づいてる?」

 

「ほえ? えぇー……そんなまさかー……」

 

「じーっ」

 

「マジのマジの助け、デスかぁぁ?!」

 

 何気ない会話を繰り広げるのは、今まさに悪魔が喰らおうとした少女だが、もう一人は上から着地する形で現れた別の少女だ。

 金髪のショートヘアに黒いバツ印の髪留めをし、黒を基調とした服に緑のスカートを着た姿をしている。

 だが、突然現れたことなど関係ない。

 その少女が人間だろうが悪魔だろうが、喰い殺せばそれで済むのだから。

 

「あ、あれ? なんで、食えねぇんだ?」

 

 だが。どういう訳か喰えない。

 というより……そもそも視線がおかしい。

 何故か、少女たちを下から見ている。

 何故そんなことをしているのか。

 おまけに身体も動かない。一体全体どうなっているのか。

 

「あ。首、取れてんじゃん俺」

 

 なんとか視線を動かし、ようやっと置かれた状況を理解した。

 自分の頭…首が根本から寸断されて、落ちてしまっているのだ。

 頭が無ければ、身体が思い通りに動く道理はない。

 悪魔によってはバラバラにされても動くことのできる者はいるかもしれないが、生憎バフォメットの悪魔にそんな芸当ができる機能など備わっていない。

 己の死を自覚した途端、その身体は切り離された頭部諸共、魔力の粒子へとなり散っていく。

 

「テメェ、ゴルァ!! メスガキが何してんだよオイィィ!!」

 

「ヒヒ、2人纏めて始末してやりゃあ!!」

 

 残りの悪魔たちが殺意の籠った声を上げ、その姿を変貌させる。

 一人は、ズタボロの布袋を人形にしたような悪魔『スケアクロウ・デッド』。

 左手に2本の鉤爪、右手に生々しいチェーンソーのような殺害器官を備え、ナイフで切って出来た感じの切り目が顔を形成している。

 その口と思しき部分から、なんとガトリングらしきモノが銃口を覗かせていた。

 

「ボボッッボォォォン!!!!」

 

 妙な奇声を上げたかと思えば、ガトリングが回転を始め、銃口から情け容赦ない銃弾の雨が吐き出される。

 

「おおっととと!」

 

 当たれば蜂の巣は確定。

 しかし金髪の少女は少し慌てた様子ではあるものの、何処からか自分の背丈以上もある大鎌を出現させ、ガトリングと同じように両手で回転させたかと思えば、なんと銃弾を一発も漏らさず弾き捌いていく。

 

「脇がガラ空きなんだよボケが!!」

 

 しかし、そうなると側面に隙ができてしまう。

 銃弾の雨を防ぐのにやっとな様子の少女に側面からの攻撃を仕掛けて来たのは、もう1匹の悪魔。

 ヤンキーの一人だった『テンタクルス・リッパー』だ。

 この悪魔はイカとタコ、ナマコを掛け合わせたような不気味な姿をしており、身体中に多数の触腕が生え、尚且つその先端には鋭利な三日月状の刃が付いている。

 リッパー…切り裂く者と名にあるようにこの触腕を利用したトリッキーな動きで獲物を切り裂く戦法を得意としている。

 繰り出される速さも人間の視力で捉えることは難しく、仮に出来たとしても人間の反応速度を遥かに超えている為、回避も防御もままならない。

 

「速いだけで威力は大したことないね」

 

 一番の獲物として狙いを定められていた調は、触腕の刃が当たる直前

、桃色の魔法陣の障壁が展開したことで切り裂かれることはなく、代わりに魔法陣から同色の魔力刃が複数射出。

 テンタクルス・リッパーの触腕を輪切りにしてしまう。

 

「い、いでぇぇぇ!!」

 

「自分がやれる気分はどう?」

 

 頭に被っていたフードを取る。

 前髪を切り揃えて、長い髪をツインテールに整えたあどけない少女の顔が露わになる。

 

「お、お前、術者か?!」

 

 普通の人間では到底不可能な芸当の数々。それを見せつけられてしまえば、否が応でも彼女が普通ではないと認めざる得ない。

 

「うん。キリちゃん」

 

「はいデス!!」

 

 律儀に問いに答えつつ、『キリちゃん』と呼ぶ金髪の少女にアイコンタクトを送る。

 相変わらずガトリングによる攻撃を弾いてはいるが、しかしこのままでは埒が開かない。

 そこで、キリちゃんこと『暁切歌』は手を止めず、なんとそのまま突進を開始。

 ガトリングの弾丸の雨自体はそこそこ圧があるものの、押し返せない程ではない。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!ハァ!」

 

 しかも運が良いことに弾を吐き続けることに限界が来たらしく、荒い息遣いを繰り返しながら攻撃を止めた。

 この好機を見逃す手はない。

 

「お前の命、いっただきデェース!!」

 

「アァ! ヤバい!!」

 

 大鎌の刃の部位は鉄の類ではなく、青紫の魔力で構成されたもの。

 魔力製の武器は単純に物理的な性能を持つだけではなく、悪魔の意識や魔力といった非物質に強く作用することができる。

 切歌の大鎌の特性は、悪魔の本体とも言える意識に直接的なダメージを与える。

 

「ギィィィィィィッッッッ!!!!!!!」

 

 断末魔の金切声を上げて、大鎌で前方斜め一線に、頭から腰の辺りまで袈裟斬り状に切り裂かれたスケアクロウ・デッド。

 ダメージに耐え切れず、意識体は魔界へ還ることができずに消失。

 依代になっていたズダ袋と銃器の数々が残された後、それらも風化するように消え去った。

 

「!! やべェ!!」

 

 このままでは、死ぬ。

 状況を見れば一目瞭然で、さして後退や逃走を恥と思うプライドが皆無な彼は命惜しさに去ろうとする。

 しかし、死神はそれを許しはしない。

 

「お前の命も、デェェェェス!!!!」

 

 大鎌の魔力刃部位を本体からパージさせ、ブーメランのように回転しながら、くねりくねりと。

 カーブの軌跡を描く跳び方でその勢いを殺すことなく、テンタクルス

・リッパーの頭を落とし、更には胴体を三枚下ろしの如く三つの肉の板へと作り変えてしまった。

 

「うぅ…グロい……」

 

 まぁ、当たり前だが、その様は想像するだけでもグロいの一言に尽きる。

 すぐに消えるとは言え、それでも臓物や血が大量に飛び出て、辺り一面を彩るのだ。

 そんな光景を見て喜ぶ様な人種は、サイコパスの類か"実は悪魔でした"の二択しか考えられないだろう。

 生憎、『月読調』という少女はそのどちらにも該当しない。

 

「あ、ご、ごめんデス調。やりすぎでしたね」

 

「ううん。これ位、慣れる……と思う」

 

 はっきりとは言えず、か細い小さめの声で自信なく答える。

 悪魔相手に渡り合えるとは言え、やはり感性は普通の女の子のようだ。

 

「大丈夫デス! 慣れなくても私が頑張れば何も問題なしデース!!」

 

「すごい自信だけど、どこから来るの?」

 

 根拠のない言葉にツッコミを入れる。

 だが、数少ない信頼に値する人物からの言葉というのは、例えそれが根拠のないものでも、不思議と心の中を暖い安心で満たしてくれる。

 調にとっての切歌とは、そういう存在なのだ。

 

「さて。行こっかキリちゃん」

 

「はいデス! 私の"キリキリ悪魔センサー"がバッチし捉えてみせるデース!!」

 

 両手の人差し指を自分の頭に向けて、くるくる。そんな感じで回す仕草を取りながら意味不明な言動をする暁切歌と、対照的に至って真面目な月読調の両名は異界の商店街を後にした。

 

 

 

 

 

 

 







 はい。Gで初登場する筈のきりしらコンビです!
 
 この作品内で調はシュルシャガナの装者であると同時に錬金術師。
 切歌はイガリマの装者であり、魔人ではない本物の悪魔。

 何故二人がいるのかについては次回辺りで追々。




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