エリカとポメ隊長 (イリス@)
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エリカとポメ隊長

「どうなってるんだこれは!」

 

「こちらにも色々と事情がありまして……」

 

 夏の全国大会に引き続き大洗女子学園対黒森峰女学園の対戦カードが実現した無限軌道杯決勝戦。

 その開始前に行われる挨拶の場で、憤慨する大洗女子学園の隊長たる河嶋桃に対して黒森峰女学園副隊長の1人である赤星小梅は最早何度目になるかわからない申し開きをするばかりだった。

 

「黒森峰の隊長はそこの逸見エリカだろ!? ふざけたことを言うな!」

 

「ふざけてなんていないわ。今の私は副隊長。隊長はこの方です」

 

未だに激昂し続ける桃に対してエリカはそれがごく当然のように言い放ち、胸に抱えた白い物体に視線を向ける。

 

『くぅ~ん』

 

 もそもそとエリカの腕から這い出してきたのは白く柔らかい毛に覆われた1匹の子犬――。

 愛くるしいポメラニアンが円らな瞳を向けながら初対面の相手への挨拶とばかりに可愛げな声を上げた。

 

「ふざけるな! 犬が隊長だなんて大洗を馬鹿にしてるのか!?」

 

「あなたこそうちの隊長を馬鹿にしないで!? みほのお情けで隊長をやらして貰ってるくせに」

 

「うぐぐぐ……」

 

「河嶋先輩落ち着いてください」

 

 あまりの剣幕に心配になったのか慌ててみほが止めに入るが、桃の怒りは収まりそうに無い。

 一方のエリカも熱が冷めないのは変わらず、見かねた小梅はエリカと桃の間に割って入り、そっとエリカの肩に手を乗せる。

 

「エリカさん落ち着いて。ほら、隊長が何かおっしゃってますよ」

 

『キャンっ』

 

 小梅の言葉に応えるかのように、ポメラニアンは小さな体相応の消え入りそうな声を発する。

 その泣き声を耳にするや否や、エリカははっと我に返ったように怒りの形相を鎮め、いつもの凛々しい表情に戻る。

 

「……自らの実力は戦車道で示す。そうですね、隊長のおっしゃる通りです」

 

「お、おい。お前、本当に大丈夫か……?」

 

「隊長はこうおっしゃっています。『何とでも言うといい。全ては試合の中で証明して見せる』と」

 

 まるで本当にポメラニアンに諭されたかのように振舞うエリカに怒り心頭だったはずの桃の表情が段々と本気で相手を心配するものに変わっており、桃の隣にいるみほも同様の仕草を見せる。

 

「……赤星さん、エリカさん一体どうしちゃったの?」

 

「すみません。私たちの力が足りないばかりにこんなことになってしまって」

 

 顔を近づけ、小声で囁くみほに小梅は申し訳なさそうな顔をしながらこうなるに至った事情を説明した。

 

 

 

 本来隊長であった西住まほがドイツへ留学することになり、急遽隊長へ繰り上がってしまったエリカは誰の目にも見える程に擦り切れていった。

 

 隊長としての責任感の重さ、西住姉妹と比較した自分の力量への劣等感。

 その全てが伸し掛かり、エリカの心に莫大な負担を強いることとなった。

 小梅の必死なフォローもむなしく、やつれていくエリカ。

 そんなエリカの憔悴を見かねた直下があることを提案したことで全ては始まった。

 

「アニマルセラピーってストレスに効果的って聞くし、コアラの森みたいに動物を飼うのはどうかな?」

 

 小梅もコアラの森の隊長が本物のコアラであり、チームのマスコットとして人気を集めていることは風の噂で聞いていた。

 

 少しでも隊長の癒しになればとチームの隊員総意で賛成意見の出された提案にエリカは当初難色を示したが、最終的に小梅たちが強引に押し切った。

 飼いやすさや触れ合いやすさを検討した結果、犬を飼おうことに決め、数日後に白いポメラニアンがチームにやってきたのだが、元々難色を示していたこともあってかエリカは犬に近づこうとしなかった。

 

 どうしたものかと困り果てていた小梅だったが、ふとある日、忘れ物を取りに隊長室へ入ろうとしたところで衝撃の光景を目にしてしまう。

 

「……隊長、私は隊長になんてふさわしくないんです」

 

『くぅ~ん』

 

「私は一体どうすればいいんですか……教えてください、隊長」

 

 子犬を隊長と呼び、両手で抱きしめながら弱音を口にするエリカの姿に、小梅は言葉が出なかった。

 これほどまで精神的に追い詰めらているにも関わらず、隊長のプライド故か皆の前では子犬と触れ合うことすらしようとしないエリカの危うさ。

 それに気づいてしまった小梅は最早なりふり構っていられなかった。

 

「おはようございます、エリカさん。今日も副隊長としてしっかり隊長を支えてあげてくださいね」

 

 翌日の練習を始める際、小梅は抱きかかえたポメラニアンを隊長として扱い、エリカに手渡した。

 エリカは始め困惑した表情を浮かべていたが、すぐにそれが当然のことであるとばかりに受け入れ、子犬を抱いてそのままティーガーⅡに乗車していった。

 

 犬を隊長として認識させることで自身の隊長としてのプレッシャーから取り除き、かつ自然に犬と触れ合える状況を作り出す。

 それが小梅の立てたエリカの心を救う作戦だった。

 事前に全隊員へ徹底したこともあって、何事もなく練習は始まったのだが、ここ数日の練習とは比較にならないほど良い結果が出たことに小梅のみならず皆が驚いた。

 

「隊長、ご指示をお願いします」

 

『きゅ~ん』

 

「了解しました。……3時の方向に二列縦隊。一気に突き進むわよ」

 

 ティーガーⅡの砲手と装填手曰く、エリカがポメラニアンに対して問いを投げかけ、その反応に対しエリカが何かしらの指示を出しているのだという。

 勿論小梅やティーガーⅡの乗員も白い子犬が本当に指示を出しているとは思っておらず、エリカが無意識の内に隊長であるポメラニアンを経由するという形で自身の指示を皆に出しているのだと分析した。

 このあまりにも特異な体制には一部から不安の声も上がったが、最終的な結果としてはエリカにも黒森峰にとっても良い結果をもたらした。

 

 エリカは隊長のプレッシャーから解放され、子犬と日々触れ合ったりして笑顔を見せるようになり、黒森峰も強固な指揮系統が復活したことで元々備えていた実力を十二分に発揮できるようになった。

今回の無限軌道杯においても、かつての因縁の相手であるプラウダ高校、そして前回の全国大会で苦戦した聖グロリアーナに対しても危なげなく勝利を収めるほどだ。

 

 

 

「う~ん、だいたいの事情はわかったけど、本当に大丈夫なのかなあ」

 

「あくまでリハビリみたいなものですから……。自信をつけて少しずつ元のエリカさんに戻ってもらえれば」

 

 おおまかな理由を聞き、心配そうな顔を見せるみほに小梅は苦笑しながら答える。

 

 小梅も元々これが苦肉の策というのは充分理解していたが、当のエリカが想像以上に短期間でこの状況を受け入れ、無限軌道杯でこれほどまでの成績を残せたことは予想外だった。

 

 逆にこの成果が自嘲気味だったエリカが自身の力を受け入れる良い機会になったのではないかと思っているほどだ。

 

「ええっと……そっちじゃなくて、私もエリカさんはきっと元通りになってくれるって信じてるんだけど……」

 

「何か他に心配ごとでもあるんですか?」

 

 どこか言い淀むみほの様子に小梅は不安を覚える。

 その発想力と視野の広さでいくつもの強敵を打ち破ってきたみほの懸念事項。

 それは今の小梅にとっては決して放置できない問題であった。

 

「黒森峰の皆は大丈夫だと思うんだけど、その……お母さんはどう思ってるのかなって」

 

「あ……」

 

 完全に抜け落ちていたごく当然の指摘に小梅は思わず間抜けな声を上げてしまう。

 

 西住流現家元、みほの母親でもある西住しほは理不尽ではないが、とにかく厳格な人である。

 黒森峰の特別講師として関係の深い彼女が、事情があるとはいえ、犬を隊長と言い張っている今の現状に

どのような反応を示すのか、考えるだけで身の毛もよだつ事態だった。

 

「そのことに関しては試合が終わってから考えようと思います」

 

「……私に出来ることなら手伝うから何でも言ってね」

 

 みほの気遣いに感謝の意を伝えた小梅はそのままエリカの元に戻る。

 完全に機嫌が戻り、にこやかな表情を浮かべるエリカと笑顔の引きつった桃が試合前の握手を交わしているところだった。

 

「さあ、行くわよ小梅。黒森峰の力、見せつけてやりましょう」

 

『キャン』

 

 やる気に満ち溢れるエリカの表情と円らな瞳で見つめてくるポメラニアンに小梅は安堵の感情を浮かべつつも、勝利しようと敗北しようとも試合後に待ち受ける苦難に、ただただ溜息をつくばかりだった。

 

 



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