雑用係と神造兵器 (サンダーボルト)
しおりを挟む

ぐだぐだだね、分かるとも!

「ケン、ポテチ取ってくれないかい?」

 

「はいよ」

 

 

カルデア内のマイルームにて、寝転がって菓子を貪る英霊が一人。

 

しがない雑用係の俺の部屋に入り浸るエルキドゥは、何度言っても菓子食った手でゲームのコントローラーを握るのを止めない。

 

 

「エルキドゥ、油で汚れるからポテチ食った手でコントローラー触るなって何度も言ってるだろ」

 

「何を言うんだ、使った後はきちんと拭いているだろう?」

 

「コントローラーじゃなくて手を拭け、って言ってんの」

 

「僕もやろうとしたさ、ケン。でも人間の腕は二本しかないんだ。ゲームをする、お菓子を食べる、手を拭く。三つの事を同時にはできないんだよ。僕は人間は好きだけど、この点は不便に感じるね」

 

「自分のズボラさを人間のカタチのせいにしないでもらえますかね…」

 

 

ぐうたら兵器は上機嫌に足をばたつかせ、ポテチを口に運びながらゲームに夢中だ。こっちは仕事があるのでいつまでも構っていられない。

 

 

「エルキドゥ、ゲームしてるのはいいが部屋を散らかすなよ?」

 

「仕事かい?留守は任せておきたまえ」

 

 

エルキドゥを部屋に残して仕事に向かう。俺はマスター適正こそあるものの、レイシフト適正が立香ちゃんに比べて低いため、特異点攻略は専ら立香ちゃんに任せっきりだ。

 

だがその代わり、カルデアゲートによる種火と素材集め、修復された特異点に飛んでの素材回収は俺の仕事となっている。年下の立香ちゃんに人理修復なんて重荷を背負わせるのは心苦しいが、せめて彼女の助けになれればと思う。

 

 

 

――――30分後――――

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえり。いつものことながら早いね」

 

「孔明先生様々だよ」

 

 

宝具ぶっぱを延々繰り返し、レイシフトに必要なエネルギーであるAPが尽きたので戻ってきた。果実を食べて回復することもできるが、普段は自然回復するのを待っている。

 

勿論、素材回収以外にも仕事は山ほどある。持ってきた書類の束を机に置き、ペンを片手に処理にかかる。

 

 

「ケン、2Pやってくれないかい?」

 

「人が仕事してるのに遊びに誘わないでくれる?」

 

「強大な敵が現れたんだ。これは僕達の友情を示す絶好の機会だと思ってね」

 

 

優しい微笑みでコントローラーを手渡してくるゲーマー兵器。

 

 

「…これが終わったら手伝ってやるから、大人しく待ってなさい。自分からやるって言っておいて、終わりませんでしたじゃ済まないからな」

 

「分かったよ。それじゃあ僕はここで君の横顔を眺めているとしようかな」

 

 

ベッドに腰かけたエルキドゥはニコニコしながら、言葉通り終わるまでずっと俺を眺めていた。時折視線を向けると『ん?』と首を傾げて覗きこんでくるのはちょっと可愛いと思った。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

夜になってようやく終わり、エルキドゥとの協力プレイでゲームを開始する。前面に出て派手な撃ち合いをするエルキドゥに、隙を潰すように闇討ちを仕掛ける俺。ゲームくらいは派手な活躍をしたいものだが、そう上手くはいかないものだ。

 

 

「やっぱりケンがいると戦いやすいな。思うがままに動けるよ」

 

「こっちは付いていくのに精一杯だけどな…」

 

「ふふ、敵は僕達のコンビネーションで風前の灯火だ!イシュタルだ!さあ行こうケン!あの腹立たしい駄女神にトドメを刺してやろう!」

 

「俺たちはいったい何と戦っているんだ…」

 

 

興奮したエルキドゥは金星の女神を馬鹿にしつつ、敵に必殺技をお見舞いした。画面に表示される”WIN”の称号。エルキドゥはやったーと万歳してこちらに体を預けてきた。

 

 

 

「僕達の勝ちだ。僕とケンは最高のパートナーであることが証明されたね」

 

「ゲーム一つで大袈裟だよ。それより飯にしよう。続きは飯食ってからな」

 

「食堂に行くのかい?」

 

「何か貰って戻ってくるよ。何が良い?」

 

「んー…ケンに任せる」

 

 

サーヴァントは食事を必要としない。兵器のエルキドゥなら尚更……と思っていた時期もあったが、コイツは俺が食べている物を度々ねだるので、そんな考えは捨てた。

 

二杯のうどんを持って帰ると、エルキドゥはベッドにうつ伏せに寝転がって漫画を読んでいた。子供みたいに足をばたつかせているせいで、着ている一枚の布が捲れあがって際どい場所まで肌が見えそうになっていた。

 

 

「エルキドゥ…見えそうになってるぞ」

 

「ふふっ、当ててるのさ」

 

「使い方は合ってるが、意味が違うぞ」

 

「そうなのかい?」

 

 

ヒロインみたいなことを言い出すエルキドゥ。サーヴァントは聖杯から現代の知識を学んでいるらしいが、いらん事まで覚えてくるのは止めてほしい。きつねうどんをエルキドゥが取り、俺はたぬきうどんをすする。エミヤという英霊が仲間になってから、食堂の料理の質が上がっているな。大きなお揚げにかじりついているエルキドゥもご満悦のようだ。

 

 

「ケン、次はパーティーゲームをやろう。CPUの名前をイシュタルにして尻の毛一本残さずむしり取ってやろうじゃないか」

 

「陰湿な遊び方は止めなさい」

 

「ちぇー」

 

 

その後はひたすらゲームしていたが、流石に眠気がしてきたので、ゲームを止めてベッドに潜り込んだ。

 

 

「ん?ケン、もう寝るのかい?」

 

「おう…悪いけど電源切っておいてくれ」

 

「うん、おやすみ」

 

「おやすみ…」

 

 

部屋が暗くなり、睡魔に身を委ねた俺は眠りに落ちていった…。

 

 

「………まいったな、急に僕も眠くなってしまった。しかし、今から部屋に戻ろうとしても廊下で眠りに落ちてしまうかもしれない。それはいけない。

 

だから、ケンのベッドで一緒に寝るのは何もおかしい事じゃないよね、うん。という訳でお邪魔するよ。

 

 

…………。

 

 

ケンの匂いを感じる。ケンの温もりを感じる。

 

 

好きだよケン。一緒にいると、兵器でなく人としている事が出来る。そう思わせてくれる、君が好きだ。

 

 

この先に何があっても、僕が君を守るよ。だからずっと一緒だよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜の魔力だね、分かるとも!

現在23時が過ぎた深夜のカルデア。戦力の強化をするにあたって再臨素材が足りなくなり、急遽リンゴを食べてレイシフトする事になったのだが、目当ての素材が出ないせいでこんな時間になってしまった。

 

日が変わる前にどうにか終えたは良いものの、晩飯を食べ損ねたせいで腹ペコだ。

 

 

「おかえりだね、ケン!」

 

「おう…」

 

 

向こうから見知った緑髪兵器が小走りで迎えに来た。夜なのに元気な奴だ。

 

 

「僕はケンと会えればいつでもどこでも元気ハツラツのエルキドゥさんさ!」

 

「流れるように心を読むなよ。それより、来てもらって悪いんだが、俺は今から食堂に行くんだ」

 

「食堂?もう閉まっているけど。エミヤかブーディカを叩き起こしてくるかい?」

 

「いや、簡単な物を作って食べるからいいよ」

 

「ケン、僕が言いたいのはそうじゃなくてね」

 

 

少し困った顔をしたエルキドゥ。他の事だとすると、アレだろうか。

 

 

「それなら大丈夫だ。エミヤから鍵を預かってるからね」

 

「そうなのかい?流石ケンだね!でもよく貸してもらえたね」

 

「まあ、物資の調達も俺の仕事だからな」

 

「なるほどねぇ」

 

 

英霊が増えるのは良い事なのだが、それと同時に困った問題も起きた。食堂には常に食べ物が置いてあるため、つまみ食いをする英霊が増えたのだ。

 

一食分くらいなら勝手に使われても特に問題は無いのだが、ごっそり食べ物が減っている事が多々あったため、エミヤ達キッチン担当サーヴァントが所長に直訴して、つまみ食い防止のために冷蔵庫や戸棚に魔術を用いた鍵をかけたのだ。

 

ちなみに俺が何故持っているかというと、食料調達のためにレイシフトしているので特例で鍵を持つことが許されている。当然のことながら、使い過ぎは厳禁だ。

 

 

そんな訳で食堂に行く俺。ちょこちょこ付いてくるエルキドゥ。そしてもう一人、意外と言えば意外な人物がいた。

 

 

「むっ、ケンにエルキドゥか」

 

「……ネロ皇帝?」

 

 

赤セイバーこと、ネロ・クラウディウス。可愛らしいローマの皇帝だ。

 

 

「どうしたんだい、こんな夜中に?」

 

「それは余も聞きたいぞ。そなたらはつまみ食いなどする輩ではないだろうに」

 

「今の今までレイシフトしてたんですよ。それで腹が空いたんで、ここに」

 

「おお、そうか!毎日大義であるぞ、ケン!

余はな、今の今までトレーニングルームでボイストレーニングをしておったのだ!だが、少々白熱しすぎてな…」

 

 

――――グギュルルルルルゥグゴォォォォォォゥグウウゥゥゥゥゥ…

 

 

「…小腹を満たしに来たのだ」

 

「小腹ってレベルの腹の音じゃないんだけど…」

 

「ネロはお腹の中に魔獣でも飼っているのかい?」

 

 

流石に恥ずかしいのか、顔を赤くするネロ。魔獣のうめきを抑えるために食べ物を探しに来たが、鍵がかかっていてどうしたものかと悩んでいたらしい。心なしかアホ毛にも力がない。

 

 

「じゃあ、ついでにネロ皇帝の分も作りますよ」

 

「本当か!感謝するぞケン!余は嬉しい!」

 

 

愛され皇帝は見ているこちらが元気を分けてもらえるほどに喜んでいる。

 

キッチンに移動し、小さめの鍋二つに水を入れて火にかける。エルキドゥとネロは傍らで作業を見守っていた。

 

 

「お湯を沸かして……スープを作るのか?」

 

「カップ麺だね、分かるとも!」

 

「袋麵だよ」

 

「!?」

 

 

何も分かってなかったエルキドゥは置いておいて、湯を沸かしている間に具材を作ってしまおう。

 

フライパンに油を引いて温めて、大量のもやしとキャベツを炒める。塩コショウで軽く味付けし、醤油を一回し分加えて完成だ。

 

 

「それは野菜炒めか?」

 

「焼きサラダかい?」

 

「初めて聞いたぞ焼きサラダとか…」

 

 

ただの具材なので名前は無い。お湯が沸いたところで麺を入れて茹でる。茹で終わったら付属のスープをそのまま鍋に入れてかき混ぜて完成だ。特徴的なにんにくの匂いがキッチンに広がる。良い匂いだ。

 

 

「むあっ!?これはガーリックか臭いぞケン!!……む、だが食欲をそそられる匂いだな…」

 

「夜にそんなの食べて大丈夫かいケン?」

 

「たまには良いさ。さあ食べようか」

 

 

 

ラーメン丼を二つ用意し、鍋の中身を移す。ネロの分を移した後に自分の分を移そうとしたら、期待に満ちた顔をしたエルキドゥがこちらに小さめの丼を差し出してきた。ご丁寧に”えるきどぅ”と名前が書かれたマイ丼らしい。いつの間に作ってたんだろうか。

 

自分の分をエルキドゥに分けてやり、さっきの野菜を山盛りにして乗せる。あとタマモキャットが作り置きしていたチャーシューを少し拝借しよう。今度のレイシフトでニンジンを取ってこなきゃなあ。

 

 

「これで完成か?ケン、もう食べてよいか?」

 

「そうだな。自分で作っておいてなんだが辛抱たまらん。食うぞ」

 

「いただきまーす♪」

 

 

ようやく晩飯にありつけた。にんにくの効いた温かいスープが五臓六腑に染み渡るぜ…。麺と野菜をスープに絡めて食べるが、これも美味い。厚めに切ったキャット特製のチャーシューも格別だ。食堂のラーメンに入っているのも同じものだが、薄く切ってあるからな。食べ応えのある量を入れられるのは俺だけの特権だ。

 

 

「美味しいぞケン!余は今までにこのような物を食べたことが無い!」

 

「ウルクにも無かった味だね。ケンの愛情が感じられる。うん、好きだよ」

 

 

ネロもエルキドゥもご満悦なようで良かった良かった。しかし、俺の愛情ってスーパーで500円位で揃えられるものだったんだな。コスパ最高じゃないか。

 

あっという間にラーメンをたいらげ、お礼を言ってそのまま帰ろうとするネロを引き止める。

 

 

「牛乳飲んで歯磨きしてから帰るんだぞ。にんにく臭いままになるからな」

 

「うむ!エチケットというやつだな!」

 

「ケン、にんにくをありったけ貰っていっても良いかな?イシュタルの部屋にぶち込むから」

 

「駄目だよ」

 

「ちぇー」

 

 

 

今度こそネロと別れ、部屋に戻った俺とエルキドゥ。寝間着に着替えて寝ようとしたところで、エルキドゥが話しかけてきた。

 

 

「ケン、僕の口、にんにく臭くないかい?ちょっと確認してくれないかな」

 

「ん?大丈夫だと思うがなぁ…」

 

「ほら、はーっ」

 

 

息を吐くエルキドゥに鼻を近づけて匂いを確かめる。

 

 

「……やっぱり大丈夫だよ」

 

「本当かい?もっと近くで確かめておくれよ」

 

「心配性だな、お前…」

 

 

しつこく確認してくるエルキドゥの口に、もっと鼻を近づけた。

 

 

「ん……ちゅ♡」

 

 

突如、鼻先にキスをしてきたエルキドゥ。驚きで目を見開く俺の視線の先で、してやったりとにやついている。

 

 

「エルキドゥ…」

 

「ふふ、どうだい?不意打ちのキス」

 

「いや…ムードもへったくれも無いな…と」

 

「んふふ」

 

 

エルキドゥは俺の両手を取り、共にベッドへ転がり込んだ。

 

 

「どんなカタチであっても、君と一緒にいられる事が、僕にとって幸せなのさ」

 

「……俺だってそうだよ。お前と一緒だと楽しい」

 

「両想いってやつだね、分かるとも」




エルキドゥ「もっとイチャイチャしたいよぅ」

ギルガメッシュ「我胸焼けで吐きそう」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

因縁だね、分かるとも!

キングゥ「サブタイのフレーズって僕のなんだけど」

エルキドゥ「もう僕のだ」


ふむふむ、シェイクスピアの育成も済んだのなら周回シフトに入れてもいいだろう。孔明先生のシフトを減らしておこう。

 

ダヴィンチちゃんからエルキドゥのヌード写生希望書?本人に聞いて。

 

バベッジとエミヤから装置の部品の催促が来てるな。カルデアの生命線だし、優先して持っていこう。

 

エジソンとテスラからも来てる?個人的な張り合いだから優先しなくてよくってよ、ねえ。…いつか持っていこう。

 

ティーチが軍資金を募ってるって?何してるのかドレイク船長に調べさせよう(ゲス顔)

 

……沢庵の取り寄せ要求がなんでこんなに多いんだ。1日にいくつ食べてるんだ?

 

王様方から内装をもっと豪華にしろと…無理です。

 

あ、マシュから感謝の手紙が……尊い。

 

 

………。

 

 

……………。

 

 

………………………ふう。

 

 

大所帯になったから、サーヴァントからの要望書もこまめに目を通しておかないと、あっという間に溜まってしまう。スタッフからの要望書や立香ちゃんからの報告書もあるし、どんどん片づけていかないと終わらないぞ…。

 

次の書類に目を通そうとしたら、視界が塞がれて真っ暗になった。

 

 

「フォーウフォウ?」

 

「……は?」

 

 

後ろから聞こえる鳴き声。ちょっとびっくりしたが、視界を塞いでいる相手が分かっていれば対処は簡単だ。

 

 

「エルキドゥなんだろ?」

 

「だーいせーいかーい」

 

 

ぱっと視界が開けて振り向くと、謎の生物フォウを頭に乗せて手を振っているエルキドゥがいた。

 

 

「よく分かったね。カモフラージュにフォウを連れてきたんだけど、ケン相手だと意味なかったかな?」

 

「何のカモフラージュなんだ…。エルキドゥの匂いがしたからな、簡単に分かったよ」

 

「ふふ、ちゃーんと身だしなみにも気を遣っているからね」

 

「ほー、感心感心」

 

 

召喚した最初の頃は無頓着だったからな。色々と身の回りの世話をしたんだっけ。

 

 

「ところで何しに来たんだ?用事でもあったのか?」

 

「やっぱり気づいてなかったんだね。もうお昼だよ?」

 

 

呆れたエルキドゥが指差した先、時計の針は12時をとうに過ぎていた。

 

 

「うわ、まったく気づかなかった。なんか気づいたら急に腹が減ってきたぞ…」

 

「だろうと思って呼びに来たのさ、ズボラなマスター君?」

 

 

この間の仕返しとばかりに意地の悪い言い方をするエルキドゥ。ぐうの音も出ない。

 

 

「悪かったなぁ…」

 

「君は僕がいないと駄目だなぁ。さあ、食堂に行こうか」

 

「フォーウ」

 

 

俺の手を引いて食堂へ向かうエルキドゥ。頭の上に乗っかったままのフォウ。

 

 

「今日はフォウも一緒なのか。いつも立香ちゃんやマシュにくっついてるのに、珍しい」

 

「女体はもう充分堪能したんだってさ。ああ、冗談だから叩かないでおくれ」

 

「フォーウ!フォフォーウ!!」

 

 

アホな事を言ったエルキドゥの頭をフォウが肉球でてしてし叩いている。痛そうじゃないし気持ち良さそうだ。

 

昼時の食堂は当たり前だが混んでいる。幾多の英霊がひしめき合う様は正にカオスだ。ジャンヌとマリーは仲良しだし、エジソンとテスラはいがみ合ってエレナに仲裁されている。

今日もセイバー・アルトリアの食事量は常軌を逸しており、反転したアルトリア・オルタは何故かウエイトレスをやっている。

クー・フーリンはいつも通り死んでいる。大量の槍が刺さっているところを見ると、またスカサハにいらん事を言ったのだろうか。

沖田総司は元気に血反吐を吐いていた。いつも通りの日常だ。

 

手を引いたまま列に並び、途中でクー・フーリンを踏みつけてもノーリアクションのエルキドゥは、鼻歌混じりにメニューを手に取った。

 

 

「今日は何を頼もうかなっ。フォウは何が良い?」

 

「フォウ。トンカツフォウ」

 

「思ってたより直球で食べたいもの言ってきたよ…」

 

 

実は普通に喋れるんじゃないだろうか。

 

 

「待たせたな。注文は?」

 

 

応対してきたのはエミヤ。厨房では複数のサーヴァントと調理スタッフがせわしなく動いている。ふと、いつものメンバーがいない事に気づいた。

 

 

「ブーディカはどうしたんだ?」

 

「………」

 

 

渋い表情をするエミヤ。何かあったのだろうか?

 

 

「先程、ネロ・クラウディウスの応対を彼女がしたのだがな…」

 

 

『余はインスタントラーメンを所望するぞ!!』

 

 

そんなことを言ったらしい。余程気に入ったんだろうか。食堂でそれを言うのは自殺行為だと思うんだが…。

 

 

「彼女を厨房裏へ連れて行ったきり、戻ってこない」

 

「あの皇帝、割と馬鹿なんだろうか…」

 

「馬鹿なんだろうねぇ。僕はチキン南蛮、フォウにトンカツを。ケンは?」

 

「から揚げ定食で」

 

「承った。札を持って席に着いていてくれ」

 

 

二人で座れる席を見つけて料理が出来るのを待つ。隣に座ったエルキドゥは、少しこちらに椅子をずらして手を握ってきて、ご機嫌な様子であった。

 

 

「フォフォフォウフォウフォウフォー」

 

 

空いているエルキドゥの片手で撫でられながら、フォウは俺を見て鳴いた。

 

このまま平和に過ごしたかったが、そうは問屋が卸さないのが我がカルデア。楽しそうに待っていたエルキドゥが急に立ちあがった。

 

 

「いっちにー、さんし。にーにー、さんし」

 

 

準備運動を始めた臨戦態勢兵器を不思議そうに見る英霊達。その中にはあのギルガメッシュ王の姿もあり、笑いを堪えているようだった。

 

 

「さて、丁度いいものは……これでいいかな」

 

 

設置されていたゴミ箱を持ち上げ、食堂の入り口付近で待機するエルキドゥ。そこへ――

 

 

「ふんふんふーん♪ごっはんーごっはんー♪エミヤー、本日の日替わり定食はなー……に?」

 

 

スキップしながら現れた、美の女神イシュタル。エルキドゥと目と目が合った瞬間、動きが固まった。そして――

 

 

「イシュタルゥゥゥウウゥゥゥウゥゥゥィィィィイィィァァァ!!!!!」

 

「ぎゃーーーーーーーーーっ!!!!????」

 

 

ゴミ箱をイシュタル目掛けて全力投擲。普段の物腰の柔らかさも一緒に彼方へ投げ飛ばした。

 

イシュタルは素早く身を屈めてエルキドゥからのゴミ箱攻撃を回避。あわやゴミ箱が壁にぶつかりそうになる寸前で、鎖がゴミ箱に絡みついて勢いを殺し、そのままエルキドゥの手元へ戻っていった。

 

危機回避に成功したイシュタルは安堵の息を吐き、次に怒りを漲らせてエルキドゥに詰め寄った。

 

 

「こんの土人形がぁ!!私の顔を見るたび…っていうか、私の行くとこ行くとこに先回りして待ち伏せしてんじゃないわよ!!」

 

チッ、しくじった。やあイシュタル、本日のカルデアは青天の霹靂だ。旅行日和だし金星まで行ってきたらどうだい?そしてそのまま帰ってこないでくれ」

 

「少しは悪びれろ鬼畜土器ぃ!!」

 

 

このイシュタルとエルキドゥは並々ならぬ因縁の間柄であり、ギルガメッシュ王に求婚したものの振られたイシュタルが腹いせに神獣グガランナをけしかけ、それを倒した神罰としてエルキドゥが死んでしまったらしい。盟友を残して死んでしまった事をエルキドゥは今でも気にしているようだ。

 

まあぶっちゃけ完全にイシュタルが悪いので、別に止めたりはしない。周囲になるべく迷惑をかけない程度に仕返しするよう言い聞かせてあるから、大事にはならないだろう。多分。恐らく。ならないといいなぁ…。

 

 

「ちょっとぉ、アンタこいつのマスターなんでしょ!?しっかり手綱握ってなさいよね!暴れ馬より質が悪いわよ!」

 

「僕のケンに近づくなぁ!!!このヤリマン女神!!!」

 

「美の女神だっての!!」

 

 

イシュタルの怒りの矛先がこちらにも向かってきた途端、エルキドゥの怒りも爆発した。ギルガメッシュ王の時の事を思い出してるんだろう。

エルキドゥの余裕が無くなったのを見て、イシュタルが悪い笑みを浮かべたのが見えた。

 

そして俺の傍へと移動し、腕を取ってそのまま抱き着くようにくっついてきた。

 

 

「ね~えケン、あんな泥人形ポイして私のマスターにならない?なってくれたら、とってもイ・イ・コ・トしてあげちゃうわよ?」

 

 

などと誘惑してくる美の女神(笑)だが、自分の状況を理解しているのだろうか?少なくとも、了承しても断っても自分は死ぬ運命にあると思うのだが。

 

 

……コロス。コロスコロスコロスコロスコロスコロス

 

 

殺意1000%のエルキドゥがけたけた笑いながら、宝具の展開準備を始めた。まずい、怒りで我を忘れている!?

ここは俺がマスターとして、自然な感じで収めなくては…。

 

 

「モウシワケアリマセンイシュタルサマ、ワタシハエルキドゥノマスターデスノデ」

 

「え、なにその棒読み…」

 

「アッ、イッケナァイ。モウコンナジカンダ。デハコレデシツレイシマス」

 

「えっ、ちょ、ちょっと!?」

 

 

無理でした。

 

ただの雑用係があの修羅場で自然に振る舞うなんて無理です。顔から火が出そうな程恥ずかしかったが、エルキドゥの手を掴んで速やかに食堂から退散する。

 

大分離れた場所で手を離し、顔を覆ってうずくまった。

 

 

「……恥ずかしい。死にたい」

 

 

あれじゃ笑い者だ。しばらく誰とも顔を会わせたくない。

羞恥心で悶える中、後ろから忍び笑いが聞こえた。

 

 

「……お前ぇ…」

 

「くっくっ……いや、ごめん。僕のためだとは分かってるんだけど…」

 

「そうだよお前のために恥かいたんだよ…なのにお前まで」

 

「ああ、ごめんってば」

 

 

そう謝りながら、頭を撫でてくるエルキドゥ。

 

 

「子供じゃないんだぞ…」

 

「そうだね。この世に二人といない、僕の自慢のマスターさ」

 

 

このままだと延々撫でられそうなので立ち上がる。正面のエルキドゥが愛おしそうに両腕を俺の頭に回したところで、重要な事に気が付いた。

 

 

「あ」

 

「どうしんだい?」

 

「昼飯…」

 

「あっ…」




アルトリア「あの後運ばれてきた料理は私が美味しくいただきました」

フォウ「トンカツカエセフォーウ!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盟友だね、分かるとも!

エルキドゥ「弓のギルが来た時の話だよ!」


「……懐かしい気配がする」

 

 

そう言って俺を自室から連れ出したエルキドゥ。いつも絶えず笑っているやつだが、期待に満ちた今の表情は見たことがない。

 

…きっと、ずっと待っていた盟友がカルデアに来たのだろう。

 

召喚室から溢れ出す金色の光。それはかの英雄王の降臨を意味していた。

 

 

「ふはははは!この我を呼び出すとは、貴様の運はこれで尽きたな雑種!まあそれは良い。ここには我が盟友も一足先に来ているであろう。さあ迅速に呼びに…む?」

 

 

目にしたもの全てが畏縮してしまう程の威光。それに臆する事無く、エルキドゥは一直線に向かって行く。

 

 

「ギルゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!!!」

 

「ゴハァッ!!??」

 

 

まったく勢いを殺さずに英雄王の胸に飛び込んだエルキドゥ。平たく言えばタックルである。

 

 

「会いたかったよギル!!よく来たねギル!!こうして…こうしてまた君と話せるなんて夢みたいだ…!!うう……うわあああああん!!!」

 

「…ゲホッ……う…うむ…息災なようで何よりだ我が盟友よ。というか貴様、泣いて…」

 

 

現界したばかりで碌に霊基の強化もしていないはずなのに、強化しまくったエルキドゥの全力体当たりを受けてなお、普通に喋る事ができるのは流石としか言いようがない。

 

 

「ようこそおいで下さいました英雄王。とりあえずお納めください」

 

 

台車に積んだ大量の種火と素材を献上する。英雄王は自分に気安く話しかけた俺に対して目つきが鋭くなったが、すぐにエルキドゥが俺の隣に立って、俺の頭を抱き締めるように腕を回す。

 

 

「あっ、紹介するね。僕の親友兼彼氏兼マスター兼運命共同体のケンだよ!仲良くしてね!」

 

「待て」

 

「見て、凄いでしょ!ケンと一緒にギルのために集めてきたんだよ!何でか相手にギルがいたけど、流石ギルだね!良い素材をいっぱい落としてくれたよ!ギルを沢山ぶっ殺してこれだけ集めたんだ!凄いでしょ!?」

 

「待てと言っているだろう友よ」

 

「ささっ、食べて食べて!早く強さを取り戻して一緒に素材集めに行こうよ!うわあ、楽しみだなあ!ギルと一緒に戦うなんて何世紀ぶりだろう!相手は弱くて物足りないけど、まあ最初だし軽めにしようね!」

 

「………………そうだな」

 

 

王様を相手にして雑用に誘う事が出来るのは、友達だけの特権だと俺は思った。言いたいことは山ほどあるだろうに、それでもエルキドゥに合わせてあげているあたり、王様もエルキドゥの事大好きなんだろうなぁ。

 

ちなみに王様を呼んだ立香ちゃん達は完全に蚊帳の外でした。ごめんなさい。

 

 

 

 

――――――――周回中――――――――

 

 

 

 

「それでね、ケンは僕に負けてほしくないんだって!誰にも何にも負けないくらい強くあって欲しいんだって!そこまで想われているなら張り切るしかないよね!あ、ケンに関する事だったらギルにだって譲るつもりは無いからね。覚えておいてね!」

 

「うむ。そもそも盗ろうなどとは思っておらぬから安心するがよい」

 

「なら良かった!やっぱりギルは僕の盟友だ。あ、ケンの事雑種って呼んじゃ駄目だからね。ケンはただでさえ自虐癖があるんだから!慰めるの大変なんだから!」

 

「ふははは、貴様をここまで様変わりさせた相手が雑種であるわけなかろう。まあ、雑用係が適任であろうな」

 

「むぅー、本当はそれも嫌なんだけど…ギルだから許すんだからね。ごめんねケン。ギルは昔からこういう奴なんだ。ギルに雑用係って言われても許してあげてね。そうだ!これ見てよギル!この間の休みにケンと日帰りで日本にレイシフトしてきたんだ!ギロッポンって場所らしいよ。大きな鉄の塔が沢山建てられててびっくりしたよ。でもウルクのほうが凄いけどね!」

 

「当然よな。この我が治めた国こそが至高!分かっておるではないか」

 

「服も沢山買ってきたんだ。スマホって便利だよね。自分が見ているものとかを写真にして残すことができるんだって!ほら、色んな服を着てみた僕だよ!」

 

「ほほう、中々に似合っているではないか」

 

「でしょー!これなんてケンが選んでくれたんだよ!思わず同じの五着買っちゃった!あとこれ、今の流行でタピオカチャレンジっていうんだって。おっぱいでコップを支えて、手を放してストローで飲むらしいよ。僕もやってみてできたんだけど、普通に飲む方が楽だったよ」

 

「ふっ、愉悦に効率を求めるなど無粋よ。寧ろ、その面倒な過程こそ楽しむ者もいる」

 

「そういうものなのかなぁ。あ、エヌマ・エリシュ」

 

『おのれおのれおのれぇーーーー!!!!』

 

 

兵器だけに止まらないマシンガントーク。ずっと英雄王と喋り続けながらも敵を殲滅していくエルキドゥは頼もしいものだ。いくら弱くなっているとはいえ、片手間で倒される自分を見て、英雄王はどんな気持ちなのだろうか…。

 

 

「ふう。ケンのAPも尽きたし、一旦終わりにしようか」

 

「そうか、では先に戻れエルキドゥ。我はこやつと話があるのでな」

 

「……ギル」

 

 

剣呑な目つきになるエルキドゥ。

 

 

「エルキドゥ、心配いらないから」

 

「……うん」

 

 

不承不承に頷いたエルキドゥに素材を渡して送り出す。この空間にギルガメッシュ王と二人だけになり、思わず体が震えてしまう。

 

 

「ふはは。畏まらずもよい……と言いたいが、この我を前にして無理な話ではあったな。ああもエルキドゥが我に話しかけていたのは、我が意識を向ければ貴様がこうなっていたのを見越しての事であろう。理解しているな?」

 

「……はい、それは勿論。アイツは自由に動いているように見えて人を見ていますから。この間も…」

 

「待て。自慢話はもうよい。もう腹いっぱいだ」

 

「あ、はい」

 

 

多少げんなりとした表情の英雄王。しかし次の瞬間には、凄まじいプレッシャーを放っていた。

 

 

「…エルキドゥは我の唯一の盟友にして、何物にも代えがたい至宝である。故に我の目の届かぬ場所へ移し、我の許可無しに使い魔とした事は到底許される事ではない。よって、貴様には最も重い罰を下す」

 

「………」

 

「一度しか言わぬ。この刑罰を撤回する事も無い。いいか、貴様は生涯、エルキドゥと共に生きろ」

 

「――――――――」

 

 

英雄王はあっさりと言い渡す。

 

 

「フン、ここで我が貴様を死罪に処すとでも思ったか?我らの諍いを避けるためにエルキドゥを先に戻させたか?貴様の考えは全て的外れだ。雑用係如きが王の思考を読もうなどと片腹痛いわ!!」

 

 

 

 

「見たのだろう、エルキドゥの最期を。貴様が見たのはエルキドゥが最も他者に見せるのを嫌う記憶だ」

 

 

 

 

「奴は思っていたのだろう。己の死が我の矜持に瑕を付けたと」

 

 

 

 

「間違ってはいない。我は友との別れで死を恐れ、不老不死を求め、その代償に国を失った」

 

 

 

 

「…だが、奴は自分自身が瑕付いているとは思っていなかった」

 

 

 

 

「皮肉な物よ。神をも縛る鎖を持つあやつが、己自身の心で己を縛り上げているとはな」

 

 

 

 

「……あやつの罪の鎖を壊し、解き放ったのは貴様だ。ならば貴様が責任を取れ、雑用係」

 

 

 

 

「放棄することは許さん。貴様の生を余すことなくエルキドゥに捧げよ」

 

 

 

 

「フン。本来であれば、現界した我が成すべき仕事だ。王の仕事を奪うなど越権行為も甚だしいぞ!!」

 

 

 

 

「……おい、いつまで黙っているつもりだ。貴様に拒否権など無いぞ。速やかに返事を……?」

 

 

 

 

「――――き、気絶しているだと…!?待て!!貴様どこまで聞いていた!?この場で気絶などありえんだろうが!!ええい起きろ雑用係!!これではエルキドゥに誤解を受けるぞ!!起きんかーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう金ぴか!久しぶりだなぁ、元気であったか?」

 

「…征服王か。いつぞやの聖杯戦争以来だな」

 

「……なぁ金ぴか。こうして再会したんだし、お前の酒庫の中身、ちょっくら馳走してくれんか?」

 

「顔を合わせていきなりそれか。貴様、余程首を斬られたいらしいな」

 

「いやあ、何というかな…。お前さん、騒ぎたくて仕方ないって顔してるぞ?」

 

「……そうか?」

 

「うむ。そう見えるぞ」

 

「……くくく、ふはははははははははは!!!よかろう、ありったけの雑種共に声をかけよ!!今宵は我が宝物庫の鍵を開け、宴を催す!!」

 

「おぉ!?どうした、言っておいてなんだが、えらく大盤振る舞いだな!」

 

「よきにはからえ!!ふははははははーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると後頭部に柔らかい感触があり、目の前にはエルキドゥの顔があった。

 

 

「あ、起きたねケン」

 

「……あ、れ?ギルガメッシュ王は…?」

 

「ケン、ギルの圧に当てられて気を失っちゃったんだって。大丈夫?痛いところはない?」

 

「ああ、大丈夫…だと思う」

 

「そっか、良かった」

 

 

柔らかい感触に名残惜しさを感じつつ、体を起こす。どうやらマイルームに運ばれていたようだ。

 

 

「…英雄王はどうしてる?」

 

「今夜はカルデアの皆を集めて宴だってさ。僕達は参加しちゃ駄目って言ってたけど」

 

「……何故に?」

 

「ケンは王の話の途中で気絶したから不敬罪。僕はギルをぶっ殺しまくったから同じく不敬罪だってさ」

 

「謝ったほうがいいかな…」

 

「いいよ、気にしないで」

 

 

ふと、部屋の中で良い匂いがしているのに気づいた。匂いの元は、テーブルに置いてあった豪華な料理だった。一緒にワインも置いてある。

 

 

「エルキドゥ、あれは?」

 

「エミヤが持ってきた。ギルがあんな犬の餌と安酒は宴にいらないってさ。僕達で処分しておけって」

 

「……ギルガメッシュ王って良い人だよね」

 

「どうかな?無能には厳しいけど」

 

 

エルキドゥが俺の胸板に頭をくっつけ、そのまま頬ずりしてきた。

 

 

「それと、僕とケンは明日はお休みだって」

 

「休み?なんで?」

 

「さあ、分かんない。……でもさ」

 

 

ほんのり頬を赤く染めたエルキドゥが上目遣いでこちらを見上げてくる。

 

 

「ふふ、ケ~ン♪明日はお仕事無いんだし、ハメ外しちゃおうよ♪美味しい物いっぱい食べて、お酒もたーくさん飲んでさ、明日は一緒にゆっくりしよ?」

 

「…久々の贅沢な休みの過ごし方だな」

 

「あははっ♪僕、すっごい幸せだよ♪」

 

 

エルキドゥと一緒に座り、ワイングラスで乾杯する。

 

俺達の宴は始まったばかりだ。

 




~気配り王ギルガメッシュ~


「おい贋作者。なんだこの料理は。こんな出来損ないを我の宴に出すなど恥を知れ。即刻処分せよ」

「貴様…」

「そうだな…別室で罰を受けている奴等に持っていけ。くくく…不敬を働いた連中には犬の餌がお似合いよ」

「(なんだただの差し入れか)」

「それとこの安酒も持っていけ。何故だが知らんが我が宝物庫に紛れ込んでいた。このような物を宴に出しては我の品格が落ちる。これも奴等に処分させよ」

「フォーウ(無茶苦茶気遣ってるじゃないか)」

「ああ、それとカルデアの長は貴様であったな。奴等は明日まで罰を受けさせる故、一切仕事をさせるなよ」

「はあ!?なに勝手に決めてるのよ!?」

「……(無言の王の財宝)」

「ヒッ!?分かりました仕事は私がやりますぅぅぅ!!」

「所長レイシフト適性無いのに…」

「それとそこのキャスター。貴様が良かれと思って一服盛ろうとしておる疲労回復薬だがな、千分の一の確率で出る媚薬効果の副作用が大当たりで出る故、入れるなよ?」

「そうですか…残念です」

「お料理美味しいね~マシュ(もぐもぐ)」

「そうですね~先輩!(もぐもぐ)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

朝チュンだね、分かるとも!

「……お前、意味分かってて言ってるか?」

「…?ちゅんちゅん♪」

「(可愛い)」

「和んでいる場合か早急に意味を教えろ雑用係!!放っておけばそやつは洒落にならぬ誤解を皆にばら撒くぞーーーーー!!!!」


二人だけのささやかな宴を楽しんだ翌日の朝。ベッドで寝ていた俺はゆっくりと目を覚ました。目線を落とすと、俺に抱き着いて幸せそうにまだ眠っているエルキドゥの寝顔があった。

 

柔らかなほっぺを撫でてやると、エルキドゥは無意識のうちに手のひらに顔をすりすりこすり付けてくる。むず痒い幸福感を堪能し、次に口元に指を当てる。すると何度か甘噛みした後、そのまま咥えてちゅぱちゅぱ吸い付いてきた。

 

……やばい。くっそ可愛い。

 

口元が緩むのが抑えられない。綺麗な緑色の髪を手櫛で梳いてやれば、気持ちよさそうに寝ながら笑っている。

 

そんな感じで寝ているエルキドゥを愛でていたら、エルキドゥの目がぱっちり開いた。急に起きたエルキドゥに驚いて固まる俺の手を、自分で自分の頬に持っていくエルキドゥ。

 

 

「……おはよ、ケン♡」

 

 

しょうがないなぁ、と言いたげな笑顔でそう言われては、俺の心臓は爆発寸前である。暫く俺の顔を眺めながら手の平の温もりを味わっていたエルキドゥだったが、のっそりとシーツをどけて起き上がった。襟から覗き見える艶めかしい鎖骨辺りの肌色が眩しい。

 

 

「とりあえず、シャワーでも浴びて目を覚まそっか?」

 

 

そう促され、マイルームに完備された浴室に入る。軽装のエルキドゥは裸になるのに時間がかからないので、俺の服を脱がすのを楽しそうに手伝ってくる。シャツのボタンを外す時は奥さんのようだ。

 

裸体のエルキドゥは完成された芸術品のような美しさだ。シャワーを浴びているこいつを見ていると思わず目を奪われる。

 

 

「………き、綺麗だ」

 

「そうかい?ありがとう。この体を褒められるのは嬉しいよ」

 

 

エルキドゥは礼を言いつつ、こちらにシャワーをかけて俺の体を洗ってくれる。エルキドゥの体は男に付いているものも女に付いているものも無い。自由に変える事が出来るようだが、俺のナニを見て真似して生やそうとするのは流石に止めた。

理由を聞けば、俺とギルガメッシュ王のナニしか見たことが無いから、生やすならそれをモデルにするしか無いらしい。ちなみにギルガメッシュ王のエアはキングサイズだったと記しておこう。凹む。

 

シモの話はこれくらいにして、シャワーを浴び終わった俺は朝飯の準備をする事にした。備え付けの調理器具で簡単な料理ならここでも作れる。エルキドゥは自分の髪をタオルで優しく拭いている。アイツ曰く、自身のメンテナンスのやり方も学んでいるようだ。

 

 

「何か食べたいものあるか?」

 

「うん?そうだなぁ…あの甘くてふわふわしたパンが良いな。あとタコさんウインナーも付けてね」

 

「あいよ~」

 

 

フレンチトーストをご希望のフレンチ兵器。手早くフレンチ液を作って食パンを浸し、その間にウインナーに包丁を入れてタコ型にして焼いておく。

 

フレンチトーストを焼いている俺に代わり、メンテナンスを終えたエルキドゥがサラダを盛り付けてコーヒーの準備をする。髪を纏めてバンダナを被り、花柄のエプロンをしており気合いが入っている。まあ、サラダは皿に移すだけだし、コーヒーもインスタントなので誰にだってできるのだが。

 

それでもエルキドゥと一緒に暮らしているという実感を得られる作業なので、俺にとっては至福の時間だ。エルキドゥもそう感じてくれていると嬉しい。

 

焼き終わったフレンチトーストの仕上げに蜂蜜をかける。エルキドゥの分には多めに。テーブルに今朝のメニューが揃ったところで、エルキドゥがコーヒーを持ってきた。

 

 

「ケン、お砂糖とミルクはどれくらい入れる?」

 

「ん?いや、いらない」

 

 

片方のカップを受け取ろうとしたのだが……エルキドゥが手を放さない。

 

 

「…ケン。コーヒーは危険な飲み物だ」

 

「……なんて?」

 

「少なくとも何も入れずに飲める代物じゃない」

 

「飲めなかったのかお前…」

 

 

呆れ混じりに返せば、エルキドゥの頬がほんのり朱に染まった。

 

 

「…とっても苦かったんだ。ウルクにはあんな苦い物無かった」

 

「お前が知らないだけで、苦い食べ物とかあると思うけどな」

 

「ケンの味覚は正常かい?こんな泥水そのまま飲もうだなんて、舌に欠陥があるとしか思えない」

 

「うるさいよ子供舌め」

 

 

むくれたエルキドゥが意地でもカップを放そうとしないため、此方が折れて角砂糖を二つ入れたらようやく放した。

 

 

「食うか」

 

「うん」

 

「「いただきます」」

 

 

作りたてで温かい朝食をエルキドゥと食べる。

 

 

「蜂蜜たくさん入れてくれたんだね」

 

「露骨だった?」

 

「ううん、嬉しいよ。ありがとう」

 

「甘いの好きだろう?苦いのが駄目なのは知らなかったけどな」

 

「駄目って訳じゃないよ。あのコーヒーが飲めないだけさ」

 

「まあ、いきなりはキツイか」

 

「ふふ、この可愛いウインナーも美味しいよ」

 

 

赤いタコ型ウインナーを口に運び、顔を綻ばせるエルキドゥ。

 

……長く自然の中で暮らしていたというこいつに対して、動物の肉とか出していいんだろうかと思い訊いたことがある。エルキドゥは少し困ったように笑いながらこう答えていた。

 

 

『家畜とか養殖とか、人間本位のシステムに対して思うところが無いわけじゃないよ。でも、側面を見れば自分たちが飢えないために作りだした仕組みでもあるし、僕がどうこう言っても捨てられないだろう?あまり気にし過ぎないでほしい。

 

……でも、そうだね。ケンが気にしてくれるなら、僕も少し我儘を言っても良いかな?出された物は残さず食べることと、いただきますとごちそうさまを忘れない事。これを守ってくれるかい?』

 

 

自分達が生きるために奪った命に対しての感謝。毎日やれば薄れてしまうだろうけど、それでも無くすことだけはしないでほしいというのがエルキドゥの答えだった。

 

時間に追われている普段ならあまり気にしてもいられないだろうが、今日のように自分に余裕があるのならじっくりと恵みに感謝するのも良い事なのだろう。

 

 

「盛り付けに凝ったものはあっても、このタコさんウインナーみたいに何かを模した食べ物って無かったなぁ」

 

「ほんのちょっとした工夫で出来るけどな。そもそも、王様とその友人相手に出そうなんて考えないだろう」

 

「そうか、僕がこういうの食べられなかったのはギルのせいか」

 

「やめて。刑期が延びる」

 

 

温かな食卓の空気を凍らせたエルキドゥ。心臓に悪いからそういう事言うのは勘弁してほしい。

 

 

「ケンと一緒にいられるなら、僕はずっとこのままでも良いよ?」

 

「馬鹿言え。お前との一生をワンルームで終わらせてたまるか。二人して引きこもりになるつもりかよ」

 

「あはは、ギルに裁かれちゃうね」

 

「だから洒落にならないから」

 

「ごめんごめん。お詫びにはい、あーん」

 

「あーん」

 

 

一口大に切り分けられたフレンチトーストに蜂蜜をたっぷり付けて食べさせてくる。こっちもお返しでフレンチトーストを食べさせてやろう。

 

 

「ほら、あーん」

 

「あーん♪」

 

 

冷静になれば悶絶しそうなやり取りだが、今日は誰とも顔を合わせる必要もないので気にもならない。エルキドゥとのイチャイチャモーニングタイムを満喫し、片づけを終わらせて食休みに入る。

 

 

「ふー…今日は何しよっか?ゲーム?」

 

「それも悪くないな…。でもなあ、朝っぱらからゲームっていうのもな…」

 

 

何かなかっただろうか。適当に部屋の中を漁って使えそうなものを探す。

 

 

「映画見ようよ、映画」

 

「朝の幸せな雰囲気をぶち壊す選択するな」

 

「えー」

 

 

文句を垂れるエルキドゥだが、こいつの好きなジャンルはスプラッター系なのだ。

 

 

『作り物って分かっているけど、ここまでクオリティが高いと見応えがあるね。あ、今の見た?あれはレバーだね。ちょっと巻き戻してもう一回見てみようか』

 

『やめて』

 

『これと同じことくらい、僕にも出来そうだ。ケン、ちょっと待っててね。近くに丁度いいイシュタルがいないか探してくるよ』

 

『やめて』

 

『人型のエネミーも多いし、今度からこうやって戦ってみようかな。こう、手足を引きちぎった後にハツを抉りとって…』

 

『やめて』

 

 

 

こうなる(恐怖)。見るだけなら俺が我慢すればいいが、親友が戻ってきてテンションが上がったこいつが何をするか分かったもんじゃない。最悪、王様の目の前で解体ショーやら活け造りやらが振舞われるだろう。

 

死ぬ(俺が)。

 

今日は平和に過ごすと決めているのだ。王様の気遣いを無碍にするわけにはいかない。

 

 

「ねえ、これは何だい?」

 

「お…」

 

 

エルキドゥが発掘したものはジグソーパズル。今日みたいな日には正にうってつけの物だ。

 

 

「へぇ、一枚の絵をバラバラにして、それをまた組み立てる遊びかあ」

 

「なんとなくここに持ってきてそのままだったやつだ。やるか?」

 

「うん」

 

 

大量のピースをテーブルにばら撒き、完成図を見ながら手探りではめていく。エルキドゥも四苦八苦しながら絵の完成を目指していた。

 

 

「同じように見えてもピースがはまらない。なるほど、興味深い遊びだね」

 

「時間はかかるが、出来た時の達成感は凄いぞ。……そういえば、誰かと一緒にやるのは初めてだな」

 

「ふふ、じゃあ僕がケンの初めてなんだね。分かるとも!」

 

「ソウダネー」

 

「むぅ…適当に返さないでほしいな」

 

「お前はどこからそんなネタを仕入れてくるんだ…」

 

「ケンが貸してくれた漫画」

 

「そうか、俺のせいか」

 

「責任取ってね?」

 

「取ってるだろう」

 

 

そんなやり取りを繰り返し、残るピースはあと僅か。一人の時はもっと時間がかかっていたと思うが、エルキドゥと一緒にやったおかげで早く完成しそうだ。

 

 

「これで最後のピースだね」

 

「そうだな。やっていいぞ」

 

「一緒にやろうよ」

 

「一緒に?…まあいいけど」

 

 

最後のピースを摘まんだ俺の手にエルキドゥの手が重なる。空白にピースをはめて絵が完成した。

 

 

「やったー」

 

「思ったより簡単だったな」

 

「ケンとの努力の結晶だね」

 

「そこまで大袈裟な物か?」

 

 

せっかくなので額に入れて飾る事にした。最初は殺風景だった俺の部屋も、エルキドゥと過ごしていくうちに彩ってきたような気がする。

 

 

「ケン、お昼ご飯はどうしようか?」

 

「あ~…カップ麺でも作るか」

 

 

たまに無性に食べたくなるんだよな。戸棚にあるカップ麺の在庫を確認し、一番食べたいシーフード味を手に取った。

 

 

「お前は何味がいい?」

 

「カレー!」

 

「つくづく恐れを知らないんだな…」

 

 

真っ白な服でカレーをチョイスする勇気よ。ポットからお湯を注ぎ、箸を乗せてワクワクしながら待っているエルキドゥ。

 

3分経ったので蓋を剥がしてカップ麺を食べる。食堂の食事も美味いが、こういったジャンクフード系も中々捨てがたい。

 

 

「美味しいけど、人体にはあまり良くない食べ物だね。ケン、食べるなとは言わないけど食べ過ぎは厳禁だからね」

 

「分かってるって」

 

「約束だからね。ケンには元気でいてほしいんだから。ほら、指切りげんまん!」

 

 

カップ麺を食べるたびに言われている気がするし、指切りまでさせてくる健康兵器。

 

 

「ゆーびきーりげーんまーん、嘘ついたら足を千切って臓物引きずり出してイシュタルに投ーげる!指切った!」

 

 

健康には気を付けないとね(震え声)。エルキドゥの気遣いが身に染みるなぁ(恐怖)。

 

午後はジュースとスナック菓子をお供にゲーム三昧だ。モンスター狩猟系のゲームを二人でプレイする。

 

 

「ケン、欲しい素材があるから手伝ってよ」

 

「いいぞ~。終わったら俺の分も頼むな」

 

「おっけぇ~い(裏声)」

 

「ダヴィンチちゃんの真似かそれ?」

 

「似てたかい?」

 

「60点だな」

 

「ちぇー」

 

 

二人でモンスターを狩りまくり、それでも目当ての素材が出ない事に憤慨しながらゲームを続ける。

 

 

「もう30体は倒してるよ…」

 

「どうしてゲームでまで素材集めしなけりゃならないんだ…」

 

「ケンは雑用から逃れられない運命なんだね」

 

「言うな。泣きたくなる」

 

「おっぱい貸してあげようか?」

 

「胸な、胸」

 

「胸肉?」

 

「パサパサしてそう」

 

「なんだと~」

 

「いてっ、蹴るな蹴るな」

 

 

意固地になって挑戦し続けて数時間、エルキドゥが欲しい素材を俺が取るというアクシデントがあったものの、無事に素材集めを終える事が出来た。

 

 

「ようやく終わったね…。あ、ケンの分が残ってたね」

 

「俺の分はまた今度な…。もう疲れた…」

 

「うん…」

 

 

疲労困憊の俺達は飯を作る気力も無くなっていたので、大人しく食堂で晩飯を頂くことにした。

 

 

「休みだというのに疲れた顔をしているな。あえて理由は聞くまい。人の営みに首を突っ込む猫は噛まれる故。キャット渾身のスタミナ丼を提供しようか?」

 

「そうするか…」

 

「そうだね…」

 

「あい分かった。暫し待っておれ」

 

 

タマモキャットに注文を済ませ、近くのテーブルに座る。隣に座ったエルキドゥがこちらにもたれかかってくるが、突っ込む気力もない。

 

 

「ケン、食堂は混んでるね…」

 

「飯時だからな…」

 

「来るまで時間かかりそうだし、ちょっとしたゲームでもしない?」

 

「ゲーム?なんだ?」

 

「ウルトラ怪獣を順番に言っていくゲーム」

 

「ほお…自慢じゃないが、怪獣にはこだわりがあるんだぞ?」

 

「ふふふ…自信たっぷりだね。じゃあケンから言ってみて?」

 

「よし。最初はベムラー」

 

「ゼットン!」

 

「早い!2話で終わらせるなよ!」

 

「うそうそ。次はバルタン星人でしょ?」

 

「そうだよ。次はネロンガ」

 

「ラゴン」

 

「グリーンモンス」

 

「ゲスラ」

 

「アントラー」

 

「レッドキング」

 

 

意外にも食いついてくるエルキドゥ。魔獣とか相手にしていたから、怪獣にも興味深々なんだろうか?

 

 

「あの…お二人とも、何をしていらっしゃるのでしょうか?」

 

 

白熱している勝負の最中に、メカクレにメガネの少女が話しかけてきた。

 

 

「あ、スカイドン」

 

「いえ、マシュ・キリエライトです」

 

「キリエロイド?」

 

「キリエ!ライト!です!!エルキドゥさん、わざとですか!?」

 

「うん」

 

「認めた?!」

 

 

立香ちゃんと最初に契約したデミ・サーヴァントのマシュが叫ぶ。華奢な体で巨大な盾を振り回す豪快なサーヴァントだ。

 

 

「防人さん。エルキドゥさんに対人コミュニケーションのカリキュラムを受けさせるべきです」

 

「これでもマシになったんです」

 

「いえーい」

 

「防人さんが仰ると重みがあります…」

 

「うむ、キャットも同感だ。スタミナ丼お待ち。そこのなすびも食べるか食べられるか選ぶがよい。あ、ワン」

 

「食べる方に決まっています!防人さん、キャットさんにも同様にカリキュラムを受けさせてください」

 

「無駄かと…」

 

「一刀両断、キャット空中大回転である」

 

「はい。今のやり取りで確信しました…」

 

「ケン、食べようよ~」

 

「じゃあマシュ、俺達は飯食うからこれで…」

 

「あ、はい。ごゆっくりどうぞ」

 

 

そそくさと離れるマシュを見送り、スタミナ丼をかき込む。甘辛いタレに豚肉が絡み、白米と相性抜群で箸が止まらない。

 

 

「美味しいね、ケン!」

 

 

口元をタレで汚して満面の笑みを浮かべるエルキドゥ。全くもって同感だが、もう少し綺麗に食べてほしい。見ていられないので手元のナプキンをエルキドゥに差し出した。

 

 

「エルキドゥ、口汚れてるぞ」

 

「ん~」

 

「…拭けって…」

 

「ん~!」

 

 

顔……というより口を差し出してきた。こいつは自分の体を拭けない呪いにでもかかっているのだろうか。…違うな、髪拭いてたし。

 

 

「じっとしてろよ…」

 

「んふふ」

 

 

放っておくと可哀想な事になるので、エルキドゥの口周りを拭いてやる。……どこからか呪詛が聞こえるのは気のせいだと思いたい。

 

 

「ありがと、ケン♪」

 

「どういたしまして…」

 

 

気持ち早めにスタミナ丼を食べ終え、キャットにごちそうさまを言って部屋に戻る。

 

 

「風呂入るか…」

 

「そうだね~」

 

 

朝にシャワーは浴びたが、やはり湯船に浸からなければ一日が終わった気にならない。お湯を溜めている間に体を洗ってしまおうと思ったのだが…。

 

 

「あわあわ~。お客さん、痒い所はありませんか~?」

 

「エルキドゥ」

 

「なあに?」

 

「泡使い過ぎ」

 

 

体を洗ってくれるのはありがたいのだが、全身泡だらけでギャグみたいになっている。

 

泡を洗い流して一緒に湯船に入る。あまり広くは無いので、エルキドゥを俺が抱きしめる形だ。

 

 

「温かいね」

 

「そうだな」

 

「…こんな一日が、ずっと続けば良いのになぁ」

 

「平和が一番だよな…」

 

 

人理修復が終わった後、俺達は…エルキドゥはどうなるのだろうか。やっぱり座に還ってしまうのだろうか…。思わず抱きしめる腕に力がこもる。

 

 

「ケン?どうしたの?」

 

「いや、何でもない…」

 

 

何でもないと言いながら、エルキドゥの髪に顔を埋める。お日様の香りがする、優しい匂いで落ち着く。

 

 

「ずっと、一緒にいたい…」

 

「僕もだよ?」

 

「エルキドゥ…」

 

「このままだとのぼせちゃうよ?上がろうか」

 

「うん…」

 

 

エルキドゥに連れ出される形で風呂から上がる。寝間着に着替えた俺を膝枕しながら頭を撫でてくれるエルキドゥ。

 

 

「前は膝枕なんてさせてくれなかったのに、ケンも素直になったよね」

 

「まあな…」

 

「いつもお疲れ様。僕でいいならいつでも甘えてくれて良いんだよ」

 

「ありがとう、エルキドゥ…」

 

「明日からまた頑張ろうね。おやすみ、ケン」

 

「ああ、おやすみ…」

 

 

俺の眠気を察したエルキドゥが、膝枕から枕へ頭を移してくれた。その後も撫でられ続け、眠りに落ちるまでその感触を味わい続けた…。

 

 

「……んっ…」

 

 

眠っているケンの唇に、自分の唇を重ねたエルキドゥ。

 

 

「これが愛してるって感情なのかな…。好きともちょっと違う。もっと熱くて、ドキドキする…」

 

 

自分の唇に指を添え、熱のこもった目でケンを見るエルキドゥ。

 

 

「君だけの兵器でいたい。君に好きなように扱ってもらいたい。君になら、どんな酷い事をされたって…。

 

 

…………。

 

 

……ううん、ケンはそんな事しないよね。兵器の僕に、優しくしてくれた君だから」

 

 

寝息をたてているケンに覆いかぶさるように、エルキドゥはその身を預けた。

 

 

「君の温もりをずっと感じていたい…。

 

ありがとう、ケン。兵器の僕には勿体ないくらいの素敵な贈り物をくれて。

 

僕もずっと君の隣りにいたい。甘えたいときは甘えさせてあげるから、今は僕に甘えさせてね…」




まだ書き足りないので連載にしておきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お疲れだね、分かるとも!

でんででででん、でんでんでん♪

でんででででんでん♪

でんででででん、でんでんでん♪

でっ、でっ、でん♪


カルデアのサーヴァントに用意されている自室。茶室を模して作られた中で卓袱台を囲み、お茶で一服している織田信長一行。

 

彼女らはカルデア内で発生した特異点に巻き込まれた被害者であり、特異点を作る切っ掛けになった原因でもあった。

 

 

「ふい~…一時はどうなる事かと思ったが、無事戻れて良かった良かった。新たなクラスも手にいれたし、ノッブ新時代の幕開けじゃな!」

 

「はぁ~?今回はノッブ主役だったんですから、次は水着解禁沖田さんの大活躍イベに決まってるでしょう!」

 

「お前、毎年毎年そんな事言っとるから、沖田に水着が来ないのはネタ、みたいな扱いにされて実装されんのじゃないかのう…?」

 

「嘘でしょう!?吐血といい水着といい、沖田さんに何か恨みでもあるんですか!?」

 

「実装?ネタ?貴女方は時々何の話をしているのやら分かりませんね…」

 

 

特異点で新たに仲間になった軍神、長尾景虎。彼女もまた、新クラスの信長と共にカルデアへやってきたのである。

 

 

「景虎さん、カルデアにはもう慣れましたか?」

 

「ええ、まあ。マスターからは現代の色んな情報を貰っていますし、防人さんも私に気を遣ってくれていますので、快適に過ごせていますよ」

 

「そいつは重畳じゃな。……しかし、今思えば防人の奴には、ちと悪い事をしてしまったかのう…」

 

 

信長が憂うのには理由がある。こういった特異点ではアイテムを集める事で種火や素材と交換できる時があるのだが、今回は特異点を安定させ、ケンがレイシフトできる状態になるまでに時間がかかってしまい、物資の調達にかなり無理があるスケジュールになってしまったのだ。

 

 

『ごめーんケンさん!柴田さん倒すのに時間かけすぎちゃった!』

 

『う~ん、この特異点が消滅するまでの時間はかなり短いね。前回の特異点での蓄えもあるし、今回は無理しなくても大丈夫だけど、どうする?』

 

『行ってきます』

 

『うん、迷いの無い返答ありがとう!』

 

 

金のリンゴを大量に持ち込み、カルデア家の交換部屋と戦場を行き交う雑用係の姿があったという。

 

 

「…恩恵に与った私が言うのも何ですが、誰か彼を止めたりしないんですか?傍目に見ても体力の限界や睡眠時間を削っての無茶苦茶な周回でしたよ?私は交換所にいましたし、一部の周回にも付いていきましたので指揮に問題はないのは分かりましたが。死んだような目というか、死んでないのがおかしいというか…」

 

「あー…防人さんの事情を知ってる我々からすれば、止めにくいといいますか…」

 

「ぶっちゃけアイツが活躍できるのって周回だけじゃし。あれやらせないと、自分に存在価値無いって己を追い詰めるからのう。そんで疲労でダウンしておれば、元も子もない話じゃが」

 

「難儀ですね…」

 

 

ここで、沖田総司がある事に気付く。

 

 

「……でも、防人さんがあんなになったのって、ほぼノッブのせいじゃないですか?前のイベントからそう時間も経ってないうちから、あんなトラブル引き起こして」

 

「おいそりゃ無いじゃろ!あの箱に刀突き立てたの忘れておらんよな!?いやまあ、最初に銃ぶっぱなしたの儂じゃけど!」

 

「オール信長とか言って、もろ特異点堪能してましたし。その信長達も今のノッブに纏まったわけですから、大体ノッブの責任ですね」

 

「大体ノッブの責任っておかしくね!?それを言うなら、儂がいなかったら特異点の修復もできんかったじゃろ!?」

 

「そもそも、無茶なスケジュールになったのって柴田さんのせいで、あの人ノッブの家臣ですよね?柴田さんがカルデアに来てたらまた話は違いますが、そうじゃないなら上司のノッブが責任取らないとですよね?」

 

「ぐぅ…」

 

 

珍しく言いくるめられる信長。彼女も少なからず責任を感じているため、言い返す事が出来ないでいた。それに総司の言うこともあながち間違っていない。

 

 

「……いかん。このままだと儂、ドゥ先輩にしばかれる。あの方プッツンするとマジで容赦無くなるから…」

 

「ノッブはクラス相性的に逆らえませんからねぇ」

 

「いや、今の儂はアヴェンジャーじゃから。それでも勝てる気せんけど」

 

「それでどうするんですか信長?腹を斬るなら介錯しますが」

 

「するか!……仕方ない、ちと話をつけに行くとするか。普段の軍備増強の褒美も兼ねて、な。丁度よいイベントもある事じゃし」

 

「イベント?……ああ、ですね!」

 

「???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ~……」

 

 

ぬぁ~疲れた~…。特異点が消えてしまう前に全てのリソースを根こそぎ回収したは良いのだが、周回疲れで体が怠い…。今日の周回でスパさんにも、『反逆は一日にしてならず。時を待つがいい(要約:最近疲れているようだから休め)』と気遣われたし。

 

 

「お邪魔するよ~…うわ、ものの見事にダウンしてるねぇ」

 

 

ベッドで唸っているとエルキドゥが部屋に入ってきた。いつもなら何かしら構ってやるところだが、今はそんな気分ではない。

 

 

「何か用事かエルキドゥ…。俺は見ての通りだから、ほっといてほしいんだが…」

 

「大丈夫?おっぱい揉む?」

 

「無いだろうが…」

 

「……」

 

 

エルキドゥは無言で俺の片手を取り、自分の胸へと押し付けた。普段の硬い感触と違い、俺の手の平に柔らかな感触が広がる。

 

 

「おお…ふ…」

 

「ふふっ、どうだい?人間の女性の胸の膨らみを再現してみたんだ。あれって脂肪の塊らしいけど、どうかな?癒される?」

 

 

言われて見てみれば、今のエルキドゥの胸には女らしいささやかな膨らみがあった。

 

 

「あんまり大きいとデメリットが多いらしいから、小さめにしたんだけど――うわっ」

 

 

辛抱たまらずエルキドゥをベッドに押し倒し、胸に顔を埋めて感触を味わう。柔らかい、良い匂い、気持ち良い…。鼻息荒く顔を押し付ける俺を、エルキドゥは拒むことも無く抱きしめてくれた。

 

 

「そんなに刺激的だったかな?」

 

「…無理だろ……反則だろこんなの…」

 

 

ひたすらエルキドゥを味わう。体感時間で十数分経った頃、ふと我に返った。

 

 

「……何してんだ俺。何させてんだ俺」

 

「ん……もう満足かい、ケン?」

 

 

体を起こした俺を見つめる、横たわったエルキドゥ。

 

 

「ごめん…」

 

「なんで謝るのさ。押し倒されたのはビックリしたけど、君と僕の仲だし気にしないでおくれ」

 

「悪かった…」

 

 

脱力してベッドに突っ伏す。エルキドゥは身嗜みを軽く整えた後、笑みを浮かべてこちらを見る。

 

 

「ふふふ、実はそんな疲労困憊のケンに贈り物があるんだ」

 

「…?もう堪能させてもらったが…」

 

「あれは違うんだけど……まあ、オマケにしておくよ」

 

 

エルキドゥはわざとらしく背中に手を隠した後、2枚のチケットを取り出した。

 

 

「じゃ~ん♪いつも頑張っているケンにご褒美だよ!」

 

「……なんだそれ」

 

「ホテルのチケットさ。ケン、サーヴァント・サマー・フェスティバルは知ってるよね?」

 

「ああ…カルデアももうすぐ夏休みだからな…。休暇で行きたいって申請が沢山あったよ。心ゆくまで楽しめるように、会場を特異点ルルハワにしたって報告があったが…」

 

「そのルルハワの最高級ホテルに泊まれるチケットがこれさ!ケン、夏休みは南国へ旅行に行こうよ!」

 

「……………嫌だ」

 

 

いつになくハイテンションのこいつにハッキリNOと突き付ける。楽しそうにチケットを持ったエルキドゥがピシリと固まり、瞳を潤ませて詰め寄ってきた。

 

 

「…な…なんで…?まさか夏休みまで雑用する気じゃないよね…?僕とのバカンスより、優先するものなんかないよね?ねえ!?」

 

「…そうじゃないんだが…場所がなあ……」

 

「…?ケン、ハワイ嫌いだったの…?」

 

「ルルハワって特異点で、サーヴァントが沢山来るんだろ…?これまでの経験則から言って、100%トラブルに巻き込まれるだろ…。折角の夏休みくらい、そういうのとは無縁でいたい…」

 

 

そう言うとエルキドゥは顔を伏せた。少し悪い事をしてしまったが、分かってほしい。今のハワイに行くという事は、面倒ごとに首を突っ込みに行くのと同意だ。

 

 

「……分かった…。それならしょうがないね…」

 

「エルキドゥ…」

 

 

少し悲しそうに笑いながら、顔を上げたエルキドゥ。

 

 

「今からルルハワに行って邪魔なサーヴァント共を消してくるよ。もし僕達が行ってから新しいサーヴァントが来ても速攻で殺そう。そうすれば僕とケンのバカンスを邪魔する奴はいなくなるからね」

 

「ハッハッハッ、さっきのはちょっとした冗談だよエルキドゥ。本場のアメリカンジョークの予行演習さ。俺がお前とのバカンスを断る訳無いだろう?だからそんな物騒な旅行計画はポイしてくださいお願いします」

 

「あ~!ひどいよケン!!僕、本当にショックだったんだからね!ジョーク禁止!ばかばかばか!!」

 

 

胸をポカポカ叩いてくるエルキドゥに内心どっと冷や汗をかきながら、こいつの殺戮を止められたことに安堵する。そうだ、元々こういう奴だったわ。

 

 

「そうと決まったら申請しに行かないとな…。外に出るなら許可が必要だし」

 

「ああ、それも終わってるよ」

 

「…準備万端過ぎないか?」

 

「ノッブが準備してくれたんだよ。この前のトラブルで迷惑かけたから、お詫びだってさ。ほら、お小遣いもこんなに」

 

「寧ろこっちが悪い気が…」

 

「気にしない気にしない。さ、善は急げだ。ケン、早速行こう」

 

「は?早速って…。飛行機のチケットとかいるだろ?」

 

「…?なんで?」

 

 

エルキドゥは俺の言葉に首を傾げながら抱き着いてきた。緑の長髪が俺の体のあらゆる所に絡みつき、ギッチリ締め付けてくる。

 

 

「……おい…まさか…」

 

「飛行機より僕が運んだ方が早いよ?安心して、落としたりなんかしないよ。でもしっかりくっついててね」

 

「…………」

 

 

もうこれは逃げられない。悟った俺は目を瞑り、力強くエルキドゥに抱き着いた。

 

足が地面から離れた浮遊感。徐々に加速していく風切り音。世の人間の誰も見られないような景色を俺は見ているんだろうが、目を開けたら絶叫してしまいそうなので、俺はルルハワに着くまで大人しく抱き着いているしかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルルハワだね、分かるとも!

「お疲れ様。着いたよケン、ここがルルハワさ!」

 

「………………」

 

 

空港前に着陸した俺とエルキドゥ。早速はしゃぐエルキドゥだが、俺は腰が抜けてしまってその場で座り込んでしまった。真夏の日差しで熱されたアスファルトが尻を焼いて熱い。

 

 

「大丈夫かい?ホテルまでおんぶでもしようか?」

 

「……いや、それには及ばん」

 

 

おんぶにだっこでは情けなさ過ぎるので、足に力を入れて立ち上がる。ニコニコ笑っているエルキドゥと手を繋いで歩こうとして、誰かに声をかけられた。

 

 

「おんや~?これはこれはお二人さん、ここで会うとは奇遇ですな」

 

「ティーチじゃないか。君もバカンスかい?」

 

「ぐふふ、もちのロンでござるよ。まあ拙者の場合はフェスの方が本命でござるが。しかし防人氏がこのようなイベントに興味があるとは、意外ですな」

 

「俺はむしろ休養目当てなんで…。フェスはまあ、時間があれば回りますよ。それにしても船長、Tシャツ似合ってますね…」

 

「自慢ではないですが、フェスに参加して長いですからな。もうすっかり順応しておりますよ拙者」

 

「ケン、とりあえず行かないかい?」

 

「そうだな…。じゃあ俺達、ホテルに行くんで…」

 

「デュフフフ…真っ昼間から二人きりでホテルとは、お盛んですなあ!」

 

「…………」

 

「あ、冗談、冗談ですぞ。だからエルキドゥ氏をけしかけようか本気で悩むのはやめて下され」

 

「笑えないからそれ…」

 

「それは失礼。それはそうと、お二人は完全に休暇なのですな。先程マスター達も来ておりましたが、どうやら仕事も兼ねていたようですぞ」

 

「そうなんだ。でも僕達は何も聞いていないし、立香達だけで何とかなる案件なんじゃないかな」

 

「でしょうなあ。それでは拙者はこの辺で。アーロハー!」

 

「うん、アーロハー♪」

 

 

やたら庶民的だった船長と別れ、俺達はホテルへと向かう。しかし、立香ちゃん達は仕事で来てるのか…。休暇も兼ねているようだったし、大した事ではないと思うけど。

 

 

「あ、見てよケン、立香達がいたよ。おーい、アロハー!」

 

 

エルキドゥが立香ちゃん一行を見つけて声をかけた。立香ちゃんにマシュ、牛若丸にロビンに、一人だけ水着に着替えているジャンヌ・ダルク・オルタ。

 

向こうも俺達に気付いたようだが、ジャンヌ・オルタが猛スピードでこちらに走ってくる。え、何あれ…。

 

 

「――――マネージャー確保ぉぉぉぉっ!!!」

 

「………なんて?」

 

 

俺の両肩をガッチリホールドしたジャンヌ・オルタが叫んだ。随分気合いが入った水着だな、これ。だが水着より、腰に差した刀が気になるんだが…。

 

 

「アロハー!です、エルキドゥさん、防人さん!」

 

「うん。説明よろしく」

 

 

マシュの話によると、サバ☆フェスで売り上げ一位になったサークルに聖杯が贈られるようで、去年の優勝サークルにジャンヌがいた事でジャンヌ・オルタが刺激され、参加することになったようだ。なんかフォーリナー反応とかもあったらしく、一緒に調べるらしい。

 

 

「と、いう訳よ防人!正直猫の手も借りたい状況なの、あんた達も手伝って!」

 

「お断りだ」

 

 

俺がそう言うと、驚いて固まる一行。いや、マシュだけは変わってないが。

 

 

「ケ、ケンさんが雑用を断った…?」

 

「こ、これは天変地異の前触れでは…?」

 

「旦那、まさかあんたもBBに妙な術式を…」

 

「皆さん落ち着いてください!防人さんはお仕事中なら大抵のお願い事は聞いてもらえますが、お休みの時は断られる事が多いんです!オンオフの切り替えができる方なので!」

 

 

マシュの言う通り、急な事とはいえ今はオフで夏休み中だ。ましてや現在の俺は普段よりもやる気が萎えている。

 

仕事のフォーリナー関連なら兎も角として、ジャンヌ・オルタの我儘に付き合う義理は無いのだ。

 

 

「………そう。確かにアンタの言ってる事はもっともな話ね」

 

「分かってくれたか…」

 

 

ジャンヌ・オルタは俺の肩を放し、代わりに自分の腰に差した刀に手をかけた。

 

 

「……何のつもりでしょうか」

 

「アンタ達には悪いけど、こっちも四の五の言ってられないのよ。使えるものは何だって使うわ。断る気なら、力ずくでも連れていくわよ」

 

「ちょ、オルタ!?」

 

 

臨戦態勢のジャンヌ・オルタに驚きの声を上げる立香ちゃん。どうやら本気らしい。

 

 

「防人の旦那…バカンスを楽しみにしてるのは痛い程分かるんですが、そこを曲げちゃくれません?俺も豚になるかどうかの瀬戸際なもんで…」

 

「大丈夫だロビン。豚になっても俺達は友達だから」

 

「何のフォローにもなってねーですよ…!」

 

「主殿、オルタ殿のやり方は野蛮極まりないですが、今の我々には人手が必要なのも事実。首を獲らぬ程度で戦いましょう!」

 

「先輩…」

 

「うう~…!!」

 

 

苦悶の声を上げながらも、此方に向き直る立香ちゃん。

 

 

「こうなったらヤケクソだぁ!ケンさんごめん!いざ尋常に勝負!」

 

「……エルキドゥ」

 

「ほいほ~い」

 

 

ふわりと前に躍り出たエルキドゥ。戦う以外に選択肢は無いようだ。ジャンヌ・オルタと牛若丸が前に出て刀を抜いた。マシュも盾を構え、ロビンは後方で射撃の準備を終わらせている。

 

 

「四対一…ね。卑怯だって罵ってくれても構わないわよ」

 

「言わないさ」

 

 

エルキドゥの頭に手を置き、撫でるついでに魔力を直接流し込む。

 

 

「――俺のエルキドゥは一人でも強い」

 

「――さて、どこを切り落とそうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うわあああぁあああぁああぁあーーーーーーっ!!?」

 

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」

 

 

エルキドゥの鎖に足を絡めとられ、振り回される牛若丸とジャンヌ・オルタ。勢いそのままに地面へと叩きつけるが、マシュによる防御力強化のおかげで倒れてはいないようだ。

 

 

「がはあっ…!!う、うう…強い!いや分かってはいましたが強すぎる!!」

 

「げほっ、げほっ…!!な、何よあのデタラメ兵器!?いくら何でもおかしいでしょう!?」

 

「ひいぃ…!やっぱり勝てないぃぃ…!」

 

 

早くも戦意喪失しかけている立香ちゃん。駄目だなあ、マスターならサーヴァントを信じてやらないと。

 

前衛二人が崩れたところで、エルキドゥがマシュとロビンに狙いを付けた。光の槍の弾幕が二人を襲う。

 

 

「あはははは!滅多撃ちだねぇ、分かるとも!!」

 

「おわああああああ!!!殺しに来てる!!あれ絶対殺す気でしょ!!?」

 

「死にます!!先輩!!私達味方に殺されます先輩ぃぃぃ!!!」

 

「マシューーーーっ!!ターゲット集中と無敵付与!ロビンは宝具撃ってぇ!!」

 

 

泣き叫びながらも指示を出せるのは流石だ。エルキドゥの攻撃がマシュに集中し、ロビンが反撃に移ろうとする。

 

でもなあ、エルキドゥはそれくらいで負けないんだよなあ。

 

 

(ディンギル)

 

「「「ファッ!?」」」

 

 

エルキドゥが地面に手を当てて黄金色の波紋が広がり、大型の設置式クロスボウが三基生み出された。絶大な攻撃範囲を誇るそれに、ターゲット集中効果は意味を成さない。

 

たった二人に攻撃するには過剰な量の、魔力により製造された砲弾が一斉に発射された。

 

 

「うわあああああああーーーーーーっっっ!!??」

 

「いやぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっっ!!!?」

 

「マシューーー!?ロビーーーン!?」

 

 

断末魔の叫びを上げて脱落する二人。無敵は今、宝具を撃つロビンにかけておくべきだったね。

 

 

「牛若丸ーーーーーーーー!!!」

 

「はああああああああーーー!!」

 

 

立香ちゃんが名前を呼べば、体勢を立て直した牛若丸が跳んできた。エルキドゥへの道を作るように浮かんだ小舟の上を渡っていき、再び刀を抜いた。

 

 

壇ノ浦・八艘跳(だんのうら・はっそうとび)!!」

 

 

数多の強敵を切り捨ててきた対人宝具がエルキドゥへ迫る。しかし、お察しの通りエルキドゥは人間ではないわけで…。

 

 

「インパルス殺法!」

 

「――――はあ!?」

 

 

上半身と下半身がどこぞの分離ロボットよろしく別れ、牛若丸の刃はすっぽり空いたど真ん中を素通りした。

 

 

人よ、神を繋ぎ止めよう(エヌマ・エリシュ)(ライト版)!」

 

「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

無防備になった牛若丸の背後から、上半身だけで宝具を撃つエルキドゥ。大分威力は落ちているものの、サーヴァント一人をダウンさせるには十分だった。派手に墜落し、目を回している牛若丸がそれを物語っている。

 

 

「……さて、これで終わりかな?」

 

「…くっ…」

 

 

無事に合体したエルキドゥの手から鎖が伸び、ジャンヌ・オルタを大の字に縛り上げて拘束して手繰り寄せた。

 

 

「……あんた達、今回の裏ボスとかじゃないわよね…?」

 

「ありそうな展開だね」

 

「そんな訳ないだろう…」

 

「ははっ、それもそうだね。じゃあさようなら」

 

 

エルキドゥの右手が光の剣となり、ジャンヌ・オルタを貫いた。

 

 

「かふっ…!」

 

「さて、終わったよケン。行こう?」

 

「ああ…。じゃあ立香ちゃん、俺達は行くから。お仕事頑張ってね」

 

「………はい……お邪魔してすいませんでした……」

 

 

俺達は今度こそホテルへ向かう。サバ☆フェスの影響からか、街中にはサーヴァントの他にも人がおり、中々賑やかだ。はぐれてしまわないよう、エルキドゥの体を近くに寄せてしっかりと手を握る。

 

 

「ふふ、今日は積極的だね」

 

「阿保か。お前、これまで何度迷子になったと思ってる?こうしてないと興味あるものに片っ端から突っ込んでいって、いつの間にかいなくなってるだろうが」

 

「~~~♪」

 

「こっち向けこの野郎」

 

 

そっぽを向いて口笛を吹く迷子兵器。茶化したって誤魔化されんぞ。こういう賑やかな場所に連れていくと、高確率でどっか行くのがこいつなんだ。

 

こうして監視しながら歩く事数十分。目的のホテルへと到着した俺達はチェックインを済ませる。

 

 

「いらっしゃい。君達も来たんだね。モードレッド、案内を頼むよ」

 

「おう。部屋に案内すっから、ついてきな」

 

 

支配人のジキル博士にホテルマン(?)のモードレッドが俺達を出迎えてくれた。モードレッドはいつもの鎧姿でもなければ、こんがり焼けてもいない、きっちりした服装だった。

 

 

「こいつが部屋の鍵だ、無くさないようにな。それとルームサービスは人手不足で休業中だ。メシは下で喰いな。あと、ここはカルデアじゃねえから、他の部屋に忍び込んだりするなよな」

 

「カルデアなら忍び込んで良いみたいな言い方止めてください…」

 

「あー…うん。そうだな、悪い」

 

 

モードレッドに案内された部屋は、最上階のスイートルームだった。ここって一番高い部屋なんじゃ…?

 

 

「見てよケン!すっごい広いね!ノッブもいい仕事してくれたね!」

 

「あんまりはしゃぐなよ、みっともない」

 

「ホテルで作業してる奴もいるし、ほどほどにしておきな。ここでのバトルは厳禁だ」

 

「だとさ」

 

「ちぇー」

 

 

大人しくベッドに腰掛けるエルキドゥ。

 

 

「じゃ、後は好きにしな。何か用があったらオレかあのモヤシに聞きに来い」

 

「あ、ちょっと待って」

 

「…?」

 

 

戻ろうとするモードレッドを呼び止め、財布から今回の資金であるギル$札を何枚か取り出してモードレッドのポケットに入れてやる。

 

 

「俺達からのちょっとした心付けだ。しばらくお世話になるよ」

 

「さ、サンキュー。その、なんだ…ゆっくりしていけよ…」

 

 

ぶっきらぼうに言うと、モードレッドは早足でこの場を後にした。分かるぞ、その人の好意に慣れない感じ。

 

 

「ケン、今のは何だい?ワイロ?」

 

「チップっていってな、こういう仕事をしてもらった時に渡す感謝の証みたいなもんだ」

 

「へえ~…」

 

 

今では廃止してる所も多いらしいが、細かい事は教えなくてもいいだろう。

 

バルコニーに出てみると、綺麗なオーシャンビューが視界一面に広がった。人理焼却されてから……いや、その前から一度も見た事のない景色だ。

 

 

「……こんなの見れるなんて、来てよかったって感じするよ」

 

「ふふ、何言ってるのさ。まだ来たばっかりじゃないか」

 

「はは、そうだったな」

 

 

海から流れてくる気持ちいい風にエルキドゥの髪がなびく。青と緑のコントラスト…っていうのか?こいつって海とか似合いそうだよな…。

 

じっとエルキドゥを眺めていて、ある事に気付いた。

 

 

「……そうだ、とりあえず買い物行こう」

 

「え~、僕お腹空いたよ。どこかに食べに行かない?」

 

「いや、先に買い物だ。見ろ、俺達の格好」

 

「恰好?」

 

 

自分の体を見下ろすエルキドゥ。着替えもしないで飛んできたので、服装が場違いだ。

 

 

「バカンスならバカンスらしい服にしなきゃな。行くぞエルキドゥ」

 

「うんっ!」

 

 

元気に頷いたエルキドゥの手を取って、近場のショッピングモールへ向かう。

 

 

「どんな服にしようか」

 

「そうだな…ロビンが着てたやつみたいな、アロハシャツとハーフパンツ…で、いいのか?とにかく、あんな感じのラフな服が良いだろ」

 

「りょーかい」

 

 

目当ての服は案外すぐ見つかった。ルルハワでもメジャーな物らしく、分かりやすい場所で売られていたからだ。その中から適当に何着か選び、エルキドゥにも同じものを渡す。

 

 

「僕も同じものを着るのかい?ペアルックってやつだね、分かるとも……でもこれ、男物だよね?」

 

「嫌か?」

 

「いいけど…ケンはいいの?女の子の服だって、僕は喜んで着るけど?」

 

 

小首を傾げたエルキドゥがそう聞いてくる。……まあ、女バージョンでいてくれればデートらしくなるんだろうが…。

 

 

「女の姿してて、もしナンパでもされたら困るからな」

 

「………………そ、そうだね、困っちゃうね」

 

 

買った服に早速着替えた俺とエルキドゥは、腹を満たしにどこかの飲食店に立ち寄ろうと歩きながら吟味することにした。ただ、エルキドゥがさっきからずっと俺の手を握りながらモジモジしている。

 

 

「(えへへ、ケンは僕がナンパされたら困るんだなぁ♪これって、僕がケンの女……女?って主張しているようなものだよね♡うふふえへへへへ…♡)」

 

「(エルキドゥにナンパ仕掛けるような命知らずの犠牲者を少なくするには、男のままでいてもらうのが一番だからな…。絶対勘違いしてるだろうけど、口には出すまい。ナンパされたらムカつくのは本当だし…)」

 

 

歩いていると、道に建てられた大きなハンバーガーの看板が目に入った。…外国で売ってるハンバーガー、少し興味があったんだよな…。

 

 

「エルキドゥ、昼飯はあそこにしないか?」

 

「うんっ、そうしよっか♪」

 

 

ご機嫌なエルキドゥを連れてハンバーガーショップに入り、オーソドックスなセットメニューを頼んだ。席に着いて少し待っていると、俺の頼んだハンバーガーとエルキドゥの分のチーズバーガーのセットが運ばれてきた。

 

 

「……で、でかい…」

 

「ケン、食べきれるかい?」

 

「どうにかするさ…」

 

「頑張ろうね。じゃあ…」

 

「「いただきます」」

 

 

両手で持たなければいけない程大きなバーガーにかぶりつく。ジューシーなパティにレタスとトマトの旨味が口いっぱいに広がり、マスタードの辛みが良いアクセントになっている。付け合わせのポテトフライも塩味がきいていて美味い。何口か食べた後にコーラを流し込む瞬間など最高だ。

 

 

「ケン、チーズバーガー美味しいよ。ちょっとあげるよ」

 

「お、悪いな。こっちのも食うか?」

 

「わーい!」

 

 

お互いのバーガーを少し切り分けて交換する。丸々一個は多すぎるから、こうやって分け合って食べられるのはいいな。

 

味にも量にも大満足した俺達は、一旦ホテルに戻って食休みしながら予定を考える事にした。ベッドに座ってガイドブックを読む俺の膝にエルキドゥが寝転がってくる。

 

 

「ハンバーガー美味しかったね。他にも美味しい物沢山あるのかなぁ?」

 

「んー、そりゃ、あるだろうな」

 

「夜は何食べる?ねえケン、何食べる?」

 

 

食欲旺盛なエルキドゥを満足させるために、とりあえずは近場の美味い店を調べる事にした。

 

俺とエルキドゥのバカンスは、まだ始まったばかりだ。




メカニック先生の次回作にご期待ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒロインだね、分かるとも!

夜になる少し前、散歩でもしようとワイキキストリートに繰り出した俺とエルキドゥ。

 

夕食前だというのにアイスをねだった間食兵器に三段アイスを買ってやった所で事件は沖田。いや、起きた。

 

突如、空が光ったかと思えば、青い流星が目の前に落ちてきた。周辺がざわめく中、流星の正体が土煙の中から現れる。

 

それは近未来的な輝きを放つ人型のロボットだった。ロボットは片言で何か喋った後、手から光の剣を発生させた。

 

恐らくあれが話にあったフォーリナーなのだろう。いくら何でも目の前で暴れようとしているのを放置するわけにはいかない。

 

 

「あれを止めるぞエルキドゥ!………エルキドゥ?」

 

 

エルキドゥからの返事が無い。俺を庇うように前に出ていたエルキドゥが、もしや何らかのダメージを負ったのか心配になった俺はエルキドゥの前へ回り込む。

 

 

…………。

 

 

ダメージといえばダメージを食らっていた。手にしていた三段アイスがエルキドゥの体にべっとりくっついている。

 

 

「………アイス………僕のアイス………」

 

 

アカン。

 

虚ろになった瞳がフォーリナーを見据える。邪魔にならないように俺は距離をとった。フォーリナーの方もエルキドゥに気付き、戦闘態勢になる。

 

 

『違法サーヴァント発見。速ヤカニ破壊シマグボァッ!?!?』

 

 

エルキドゥ、まさかの徒手空拳。一気に距離を詰めてからのアッパーカットでフォーリナーを粉砕した。綺麗な弧を描いて吹っ飛んだフォーリナー。地面に落ちたところにエルキドゥが飛んでいき、馬乗りになって猛然と殴り続けた。

 

 

『ガッ、グフッ、チョッ…ハメ技は卑怯…ヤ、ヤメ…アフンッ!?』

 

 

エルキドゥが素手で装甲を引っぺがしていくうちに、あれがただのロボットではないのに気付いた。所々に剥き出た肌は間違いなく人間のものであり、何より素顔が露になった瞬間、猛烈な既視感に襲われた。

 

金色の長髪に帽子を被り、アホ毛がぴょこんと飛び出た頭。カルデアに何人かいるあの人の特徴に合致する。

 

顔の下半分を鷲掴んで持ち上げ、トドメを刺そうとしているエルキドゥに待ったをかけた。

 

 

「ちょっと待った」

 

「……何だい、ケン?僕は速やかにこれを始末して、お散歩デートに戻りたいんだけど?」

 

「んーーーっ!んーーーーーっ!!」

 

 

口を押えられ、声も上げられないフォーリナーが助けを求めるように俺を見る。

 

―――目と目が合った瞬間、俺はこのフォーリナーに同族意識が芽生えた。

 

 

「放してやってくれ。彼女は恐らく敵じゃない」

 

「君を疑う訳ではないけれど、根拠を聞かせてほしいな」

 

「目を見てみろ。これは周回疲れの目だ。自分で何度も見てるから自信あるぞ。もっと具体的に言えば、気の遠くなるほど周回してるのに、目当ての物にお目にかかれない感じの目だ」

 

「証拠として不十分極まりないけど、他ならない君だからこそ信じられるよ。やだ、僕の恋人病みすぎ…!?ってやつだね、分かるとも」

 

 

半ば呆れられたが、俺の証言は証拠として認められたようだ。解放されたフォーリナーが俺を信じられないものを見るような目で見てくる。

 

 

「初めてですよ、いきなり自分の境遇について的確に言い当てられたのは…」

 

「滅多にある事じゃないですがね…。襲ったサーヴァントのマスターが言うのもおかしな話ですが、大丈夫?」

 

「ええ、お陰様で。私の方も貴方の目を見れば分かります。仕事に文句は無いですが、ここの所働き過ぎていて嫌気がさしていますね?」

 

「……俺達、似た者同士?」

 

「フフッ、そのようです♪」

 

 

ヒロインXXと名乗った彼女はまごう事無き社畜であった。俺と同じく同族意識が芽生えた彼女は色々と情報をくれた。この特異点で邪神の反応をキャッチして銀河警察から派遣された事。来たは良いが原因が分からず、延々と一週間がループしている空間に居続けている事。彼女が拠点としているキラウエア火山に行ってみれば、簡易テントと空になったカップ麺の袋がヒロインXXの境遇をこれでもかと表していた。

 

ちなみにキラウエア火山に行く事を彼女は嫌がったのだが、敗者に選択権は無いとばかりにエルキドゥが引きずっていった。

 

 

「なんというか、貧相だねぇ」

 

 

これには流石のエルキドゥも思うところがあったのか、少し同情しているようだ。ただ思うところをそのまま口に出すのが悪い所でもあるので、エルキドゥの素直な感想にヒロインXXは打ちのめされた。

 

 

「う……うわーん!だから見られたくなかったのに!」

 

 

泣きべそをかくヒロインXXを見て、流石に気の毒だと思った俺は、カルデアの協力者にならないか誘ってみる事にした。

 

 

「どうやら目的は同じみたいですし、カルデアと協力体制を築く気はありませんか?俺達は休み中ですが、同僚が仕事で来ていますので、どうです?」

 

「……衣食住の確保をお願いしたいのですが」

 

「承知しました。話を通しておきましょう」

 

 

マシュに連絡を取ってヒロインXXの協力を得られる旨を伝えたが、一つ問題が出てきた。

 

 

「不味いぞ、泊める部屋が無い」

 

「立香達の部屋は駄目なのかい?」

 

「大人数で同人誌を描いてるから、かなりカツカツらしいぞ…。他の空いてる部屋も無いそうだ」

 

「今からだと、他所のホテルも駄目だろうね…」

 

 

エルキドゥとアイコンタクトを取る。やれやれ、と言いたげに首を振って苦笑した。

 

 

「僕達の部屋も同じスイートだし、一緒で良いなら泊めてあげようか?」

 

「おお、夢にまで見たスイートルーム!!……でも良いんですか?」

 

「まあ、一人増えても問題ないだろう。俺とエルキドゥは一緒のベッドを使えばいいし」

 

「そうだね、いつもと同じだ」

 

「……ふぅむ、息を吐くように自然に惚気られましたね、私。でも全然全く気にしません!なぜなら私は大人のお姉さんですから!」

 

 

ヒロインXXを仲間にした俺達は部屋へと戻り就寝することにした。

 

 

「では二人とも、先に休んでいてください!私は夜間のパトロールに行ってきますので!ルルハワの平和を乱すセイバーとフォーリナーを成敗してきます!」

 

「あんたがそのフォーリナーだったけどな…」

 

「ついでに邪悪なイシュタルも殺してきてくれないかい?あの害悪神には皆、迷惑してるんだ」

 

「すみません、アーチャーは管轄外なので。それでは行ってきます!おやすみなさい!」

 

 

バルコニーから飛び出していったヒロインXX。イシュタルをターゲットに入れられなかったので舌打ちしたエルキドゥだが、すぐに機嫌を直して俺のベッドに潜り込む。

 

 

「んふふ、ケンの匂いだぁ…」

 

「止めてくれ、恥ずかしい…」

 

「二人で出かけるのも良いけど、もう何人か増えても良いものだね♪」

 

「現金な奴…」

 

 

エルキドゥを抱き枕代わりにして横になる。寝具兵器が静かな寝息を立てたのを聞いた後、俺もゆっくり眠りに落ちていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます!もう朝ですよ、お二人とも!!」

 

 

元気な声と共に被っていたシーツを引きはがされ、朝の陽ざしに照らされ目を開く。微睡みの中、水着姿のヒロインXXが仁王立ちでこちらに笑いかけてきた。

 

 

「お腹が空きました!朝はビュッフェだそうですよ!時間は有限なんですから早く行きましょう!もしかしたら、暴食のセイバー共に荒らされるかもしれません!ほらハリー!ハリー!」

 

「……朝から元気ですね…」

 

「んぅ……眠い…」

 

 

半分寝ているエルキドゥを抱き起こして身支度を整えた後、ロビーに降りて朝食にする。料理を取りに行った二人の代わりにテーブルを確保。眼前に見える広い海が、室内だというのに解放感を感じさせる。

 

 

「すっげ……こんな贅沢、滅多に味わえるもんじゃねえ…」

 

「今は料理を味わおうよ、ケン。はい、取ってきたよ」

 

「お…美味そうだな。ありがとう」

 

 

エルキドゥがトレーを二つ持って戻ってきた。俺用の和食メニューに自分用の洋食メニューが盛られている。

 

 

「見てくださいケン君!カレーもありましたよ!しかも盛り放題だそうで、調子に乗って特盛にしてきました!ケン君のご飯にもかけてあげましょうか?」

 

「ケンく…いや、好きに呼んでくれて構わないですけど…。あと、和食で固めてるんでカレーは遠慮しておきます」

 

「えー」

 

「XXも戻ってきたし、食べようか」

 

 

いただきます、と手を合わせてから各々が朝食にありつく。波の音をBGMにするなんとも贅沢な時間。出てくる料理の味も絶品であり、正に至れり尽くせりといった感じだ。

 

 

「ウインナー、ベーコン、スクランブルエッグ、シーザーサラダ……どれもこれも美味しいよ!」

 

「この卵焼き、出汁がきいてて凄く美味い…。焼き魚も塩味の効かせ方が絶妙だ」

 

「お肉も野菜もとても柔らかく煮込まれていますね。料理人のこだわりを感じます!おかわり行ってきます!」

 

 

料理を口に運ぶ手が止まらない。あっという間に皿を空にして、第二陣へ取り掛かる。

 

 

「おお、生姜焼きにから揚げまである!これはご飯が止まらんぞ!」

 

「なんだか今日はテンションが高いね、ケン」

 

「そうか?そりゃあ旅行だからな。ほれ、お前もどんどん食え」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 

てんこ盛りにしたご飯を食べ進めていき、自分でも驚く量を平らげてしまった。これがルルハワの魔力というやつか…。

 

 

「デザートも沢山ありますね。杏仁豆腐にゼリーにプリン……もう全部いっちゃいましょうか!」

 

「賛成!」

 

「あ、メロンあるじゃん。俺はこっちにするかな」

 

「ケン!僕の分も!」

 

「はいはい」

 

 

甘味も思う存分味わって満足した俺達は、一度部屋で休んでから海に行く事にした。着いてから、俺とエルキドゥが水着を買っていない事に気が付いたのだが…。

 

 

「海だー!うわーい!!」

 

「うおわあぁぁぁぁ!?」

 

 

テンションアゲアゲのエルキドゥに担ぎ込まれ、服のまま海にダイブした。まあ、こうなったら細かい事は良いだろうという事で、海遊びを満喫する俺達。

 

 

「ケン君ケン君!ビーチボール借りてきました!いきますよそれぇ!」

 

「え、ちょ、いきなり!?」

 

「あははっ、ケン頑張れー♪」

 

 

 

「僕、あれやってみたいなぁ。浅瀬で捕まえてごらーんって追いかけっこするやつ。ね、やろうよケン♡」

 

「それは遊びじゃないし、そんなんどっから覚えてきた!」

 

「ケンの貸してくれた漫画」

 

「俺の部屋にそんな漫画無いから!」

 

「バレたか…」

 

「ちょっとちょっと、二人の世界にならないでもらえますか?お仕置きです!フォーリナー!」

 

「冷たっ!?」

 

「あはは、やったな~。お返しだよ、それぇぇぇぇぇ!!」

 

「ちょっ、水をかけるというより波を叩きつけてる感じなんですがほわぁぁぁぁ!?」

 

 

 

「あそこの浮きまで泳ぎで競争しましょう!最下位はトロピカルジュース奢りということで!」

 

「いいよ、やろうか」

 

「えっ、サーヴァント相手に体力勝負しろと…?」

 

「では行きますよ!よーい、ドン!」

 

「僕のウルク式水泳術を見せてあげるよ!」

 

「……ず、ずるいぞ…」

 

 

 

未だ遊び足りず、体力も有り余っている二人はまだ海ではしゃいでいる。俺は一旦休憩するために砂浜にシートを敷いてビーチパラソルを刺し、拠点を設営した。

 

遠くに見えるエルキドゥとXXを見守りながら、買ってきたミネラルウォーターに口を付ける。汗をかいて水分を欲している体に染み渡る感じが心地いい。

 

 

「よう旦那ぁ、隣ちょっくら失礼するぜぇ」

 

「…くまさん」

 

「うん、間違ってないけど、オリオンな」

 

 

小さなクマのぬいぐるみのような英霊、オリオン。ハワイアンな装飾を施された彼が隣へちょこんと座る。

 

 

「いやあ、良いねぇルルハワ。どこを見ても水着のおにゃのこで溢れてますぜ」

 

「目の保養になりますねぇ」

 

「なんだ、旦那はイケる口か?てっきり嫁さんにシバかれるから興味無いフリでもするかと思ったんだが…」

 

「魅力的なものは魅力的だからしょうがない。エルキドゥもそれはそれで面白くなさそうな顔をする時もあるけど、その分後で構ってやればいいし」

 

「理解のある嫁さんで羨ましいよ。ウチなんか毎度毎度、口に出すのも嫌になるような目に遭わされるんだからよ…」

 

「アンタはアンタで問題あると思う」

 

「何でだよぉ!?男なら誰しも持ってる感情だろ!ほら見てみろよ、夏の風物詩である彼女らの水着姿を!聖女様やマシュの嬢ちゃんは一目見てデカいって分かったが、マリーちゃんや玉藻だって瑞々しいものをお持ちだし!ネロや頼光、スカサハや牛若丸も水着になることで新たな魅力が解放されてるじゃねえか!男の欲望をビンビン刺激してくるあいつらに反応しない男なんかいねえだろう!?」

 

「熱く語ってるねぇ」

 

「ごめんなさい」

 

「どうして謝るのかな?」

 

「マジでごめんなさい許してください」

 

 

ひょっこり戻ってきたエルキドゥに完全降伏して謝るオリオン。俺に良からぬことを吹き込んだから怒って戻ってきたと勘違いしているようだ。頭にクエスチョンマークを浮かべたエルキドゥだったが、すぐに切り替わって俺の飲みかけのミネラルウォーターに口を付けた。水分補給をしに来たらしい。

 

 

「…水着ってそんなに良い物なのかな?」

 

「そりゃあもう!世の男は女が水着になるだけで嬉しいもんでしょう!女の水着姿っていうのは、雄を誘惑するためにあるようなもんだし!」

 

「偏った知識植え付けるの止めてくれません?」

 

「……ふぅん、そっか」

 

 

空になった容器を俺に渡すと、エルキドゥはまた海に戻っていった。

 

 

「……本当に怒ってねえんだな」

 

「だから言ったでしょ?」

 

「かぁー羨ましい!ウチのアルテミスなんかなー、愛は一々重いわ、嫉妬深いわ、処女の癖にスイーツ脳で行動的だわで付き合うこっちも大変なんだからな!」

 

「……でも、そんなところが好きなんだろう?」

 

「あたぼうよ!って何言わせやがる恥ずかしい!」

 

 

与太話に興じるオリオンの後ろに迫る影。オリオンはそれに気付くこと無く…。

 

 

「どぅわぁぁぁぁりぃぃぃぃん♡♡♡」

 

「ぬわーーーーー!?」

 

「私も愛してるよぉー♡ダーリンの浮気性な所もだらしない所もぜーんぶ♡」

 

「わかっ…分かったから力緩めてくれぇ!?」

 

 

アルテミスの猛烈なハグがオリオンを襲う。じゃれあいの最中、俺とオリオンの視線が交わった。

 

 

「(まさか旦那、俺を助けるためにあんな事言ったのか!すまねえ、恩に着るぜ!)」

 

「(災いの種は持って帰って、どうぞ)」

 

 

恐らく互いの意思は疎通していないだろう。オリオンに助け船を出したのは、目の前で災厄を振り撒く真似をされるのは困るだけだ。

 

 

「もう一人のマスター、ダーリンは貰っていくね!」

 

「ご自由に」

 

「アンタ気苦労多そうだし、ゆっくり羽伸ばしておけよなー」

 

「くまべぇ…」

 

「オリオンな!?アンタそんなボケかますキャラだったか!?あ、傍目じゃ分かりにくいだけで相当浮かれてんなコイツ!?」

 

 

嵐のように去っていった彼等。それと入れ替わるように、隣に腰を下ろすサーヴァントが来た。

 

 

「ケン、場所を貸してもらうぞ。息抜きがてらに来たは良いものの、このままでは茹でダコだ」

 

「ああもう、いくら暑いからって有無を言わさず座ったら駄目だよ、先生」

 

「構いませんよ、孔明先生。アレキサンダー君も遠慮しなくていいですよ」

 

 

暑さに耐えかねて日陰へと避難してきたらしい孔明先生とアレキサンダー君。クーラーボックスから程よく冷えている飲み物を取り出し、二人に差し出した。

 

 

「スポーツドリンクでよければどうぞ」

 

「頂こうか」

 

「ありがとう防人さん、貰うね」

 

 

二人は飲み物を受け取ると、中身の半分ほどを一気に飲み干した。余程喉が渇いていたとみえる。

 

 

「……ふぅ。安直な表現だが、生き返ったようだ」

 

「あはは、僕達は実際に生き返ってるようなものだけどね」

 

「今更だがケン、お前もここに来ていたんだな。言ってくれていれば、観光名所の案内くらいはしたんだが…」

 

「俺も急に来ることになったので…」

 

「そうか…」

 

 

一言だけでこちらの事情を大方察した孔明先生は、若干同情の籠った視線を俺に向け、再び飲み物に口を付ける。

 

 

「……あれ?ねえ二人とも、あそこを見てみてよ。ほら、何かの催し物が始まるのかな?」

 

 

アレキサンダー君が指差した先には、大勢の男達が何かのステージを準備していた。

 

 

「ふむ…この砂浜でやるイベントなど無いはずだが…」

 

「どこかの英霊が思い付きで始めたんじゃないですかね?」

 

「あり得るな。訪れた者が皆浮かれているこの状況では、そう考える輩が出ても不思議ではない」

 

「僕達も参加してみようか?」

 

「馬鹿を言うな。ゲーム大会でもなければ私は動かん」

 

「ゲーム大会なら出るんだね、先生」

 

 

暫く状況の推移を見定めていた俺達。次第に不穏な空気が漂ってきた。

 

 

「…メイヴ……コンテスト……?」

 

「成程な、あの男衆は女王の取り巻きという訳か」

 

「流石にあれには出られないね」

 

「孔明先生、女装に興味あります?」

 

「無い」

 

「ですよね。俺達はノータッチでいきましょうか」

 

「…………あの、度々すいません旦那方、ちょいとお知恵を拝借したいんですがね…」

 

 

恐る恐る声をかけてきたのはロビンフッド。隣に牛若丸もいた。俺が視線を向けると、二人とも、『ひっ!?』と短い悲鳴をあげて怯えた。

 

 

「……ケン、何をした?」

 

「正当防衛ですよ先生」

 

 

このやり取りだけで、俺と彼等の間に何があったか理解した孔明先生は眉間を押さえた。

 

 

「…?何があったか知らないけれど、話くらい聞いてあげても良いんじゃないかな?」

 

「……そうですね。流星が目の前に落ちてきた時点で、無関係を貫くのは難しそうだ」

 

「お前の幸運はクー・フーリンにすら劣るのかもしれんな」

 

「止めてください」

 

 

冗談だ、と肩を竦める孔明先生。それで話を聞いてみると、あのメイヴコンテストとやらは、フェスで人気を勝ち取って一位になる為のデモンストレーションらしい。

 

 

「あれがあっては、我々が優勝することは難しいのです」

 

「あれに参加こそ出来るんですが、観客から審査員までメイヴのシンパ…結果は目に見えてますぜ…」

 

「民衆を盛り立てて人気を得ている訳だね」

 

「一番になる為に何でもするって気概は嫌いじゃありませんけどね」

 

「さて、我等が軍師は何か策があるのかな?」

 

 

視線が孔明先生に集まる。

 

 

「……ケン、お前ならどうする?」

 

「ここで俺に振りますか…」

 

「単純だが策はある。だがお前の考えも気になったのでな。どうだ?」

 

「……あのコンテストを潰せば良いんじゃないですか?」

 

「…………えっ」

 

「「ヒェッ…」」

 

 

俺の答えに困惑するアレキサンダー君、また怯えるロビンと牛若丸、笑いを噛み殺す孔明先生。

 

 

「くくっ…やはりお前、ルルハワに来て気が大きくなっているな。いやそれだけじゃなく、休暇を邪魔されたというのもあるんだろうが」

 

「そりゃあ、こう次々と問題が起きたら……ねえ?」

 

「分かるぞ、自由奔放なサーヴァントが洒落にならないレベルの問題を起こす事は良くあるからな。私もそれで数えるのも馬鹿らしくなる程駆り出されているからな」

 

「先生は頼りになりますからね」

 

「そう言われて悪い気はしない。殆どが純粋な善意や悪意の無い行動故だが、割り切れない気持ちもあるだろう?」

 

「まあ…」

 

「そしで潰せばいい゙と断言したのは、既に必要な駒が揃っているからだろう?」

 

「…………」

 

 

思わず無言になる。

 

 

「なに、周回以外でお前の力を見られる良い機会だ。ちょっと羽目を外してみてくれまいか?」

 

 

孔明先生に言われて、そんなに嫌がっていない自分に気がついた。たまのバカンス、思うがまま、やりたいままに動くのも良いかもしれない。

 

 

「なにやら人が集まっていますが、どうかしましたかケン君?」

 

「XX、あれを見てみてくれないか?」

 

「あれ?はあ……コンテスト…ですか?水着美女なら目の前にいるじゃないですか。もしや私に出ろと言うんですか?吝かではありませんが…」

 

「あれな……セイバーが人気取りの為にやってるらしいぞ」

 

 

「……………………」

 

 

盛大に燃料を投下してやり、ちょっぴりワクワクしている俺であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お約束だね、分かるとも!

アンケートやって気付いた事。

選択肢3つの後に全部やるって書いたら、そら全部に投票するよね。




白い砂浜に建てられたステージの上で、メイヴを筆頭とした水着サーヴァント達がパフォーマンスを行い、観客を沸かせている。

 

己の美しさを知らしめる為、そして人気をかっさらいフェスの優勝を磐石のものにする為に開催されたメイヴコンテスト。

 

審査員に採点された点数の上位三名が優勝と謳っているが、最後に飛び入りという形で着替えた自分も参加し、上位三名を自分だけのものにする腹積もりのメイヴは内心ほくそ笑む。

 

ホームステージで自分が負けるはずがない。

 

余裕綽々でコンテストを楽しんでいた彼女に向けて、讚美の声があちこちから挙がる。それで更に気を良くするメイヴ。

 

そんな中、彼女の描いたシナリオをぶち壊さんとするサーヴァントが現れた。

 

 

「そこまでだ、悪党っ!!」

 

 

パワードスーツを脱ぎ捨てて、ヒロインXXがコンテストへと乱入する。

 

 

「ひとーつ、人の世に蔓延るセイバー皆殺し!

 

ふたーつ、不埒なセイバー皆殺し!

 

みーっつ……皆殺しだセイバァァァァァ!!」

 

「な、何事っ!?」

 

 

一番注目を集めていたメイヴに斬りかかるXX。不意討ちであったがギリギリで対応出来たメイヴは、斬撃を受け流して距離をとった。

 

 

「あらアナタ、確かアサシンの癖に自分の事をセイバーだと名乗ってる頭が可哀想な…」

 

「だまらっしゃい!それは昔の話です!貴女こそ、元はライダークラスの癖にわざわざセイバーに鞍替えとは!この私に逮捕される覚悟あっての所業ですか!」

 

「何よ、文句があるならアナタも出ればいいじゃない。まあ、美しさで私に敵わないと知って、実力行使に出たんでしょうけど?クスクス♪」

 

「ふん、このコンテストが真っ当なものではない事など、ハナから見破っているのですよ!」

 

「さあ、何の事かしらね?なんであれ、真正面から攻めてくる気概は褒めてあげるけど…」

 

 

XXを取り囲むように、武器を取り出す男の観客達。

 

 

「私を守る勇者たちがひしめき合うこのステージで、たった一人でやってきたのが運の尽きよ!さあ、私の愛しい勇者たち!飛び入り参加者を歓迎してあげなさい!」

 

「Oh------!」

 

「……あれは宇宙OLの私ですか。ここは助太刀した方が良いのでしょうか」

 

「やめとけ、やめとけ!どさくさ紛れにやられるのがオチじゃろ」

 

「どうしましょう、先輩。私達もXXさんに加勢するべきでしょうか…」

 

「うーん……とりあえず様子見しておこうか…」

 

 

不利な状況に立たされた筈のXXだが、その表情に焦りは見られない。

 

 

「ふふふ、残念ながら今の私は一人ではないのですよ!自分に有利な状況を作ったつもりでしょうが、こちらには心強い味方が付いているのです!」

 

「……何ですって?」

 

「海岸線でイベントをやろうとしたのが運の尽き!刮目せよ!マイ・ベスト・フレンド!!」

 

 

XXが海を指さすと大きな水飛沫が上がり、巨大な怪物が姿を現した。その姿は――

 

 

『しゃーーーーーーーーく!!!』

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

「サメだな」

 

「サメだね」

 

「サメですな」

 

 

孔明先生とアレキサンダー君、そしてまた会った黒ひげ船長が次々に口に出す。XXの助っ人に現れた大きなサメ。言うまでもなく変身したエルキドゥである。

 

 

『な、なんだあのデカイサメはぁぁぁ!?』

 

『落ち着け!どんなにデカくても相手はサメだ!陸までは上がってこれn(ガブリ』

 

『男Aーーーーーー!?』

 

『おい普通に陸まで来たぞ!?どうなってんだ!!』

 

『しゃーーーーーく!!』

 

 

「……阿鼻叫喚ですなぁ」

 

「僕、サメって見た事ないけど、あんな生き物じゃないよね?防人さん?」

 

「サメですから」

 

 

『怯むな!相手は一匹だ!数で囲めば勝t(パクリ』

 

『ひ、ひぃぃ!?あ、あ、頭が増えt(パクリ』

 

『あっという間に姿が変わったぞ!?どうなってんだあのサメは!?』

 

『しゃーーーーーーーーく!!』

 

 

「……頭が増えましたぞ」

 

「尻尾まで頭になってるよ、防人さん」

 

「サメですから」

 

 

『きょ、距離を取るんだ!遠くから攻撃すれば倒せr(ズドーーーーーン!!!』

 

『男Bーーーーーー!?』

 

『頭を千切って投げやがった!!しかもすぐ生えてきやがる!ば、化け物だぁぁぁぁ!!!』

 

『しゃーーーーーーーく!!!』

 

 

「やりたい放題ですなぁ」

 

「あれもうサメじゃないよね、防人さん?」

 

「サメですから」

 

「だから違うよねぇ!?」

 

 

『ははは!まさかバカンスに来てあのような怪物とあいまみえるとは!血が滾ってきたぞ!』

 

『駄目だよ師匠!水着を着てる時点であれにはまず勝てないからぁ!何人かは生き残れるけど他は餌にされるだけだからぁ!!』

 

『それを聞いて大人しくしていられるか!さあ、いざ尋常にs(パックンチョ』

 

『師匠ーーーーーー!?』

 

『しゃーーく!!しゃーーーーーく!!』

 

 

「スカサハが食われたぞ」

 

「サメですから」

 

「それと、サメの鳴き声は『しゃーく』ではないぞ。そもそも鳴かんぞ」

 

「サメですから」

 

「防人さんさっきから同じことしか言ってないよね!?」

 

 

『な、なんてこと……私のコンテストが…あんなサメ一匹に…。ゆ、許さない…許さないわよ、アンタ達…!』

 

『ふっ、では決着といきましょうか……その前に写真を一枚。はい、チーズ!』

 

『っ!!?(ビクッ!!』

 

『隙ありっ!!死ねぇっ、セイバァァァ!!』

 

『きゃーーーーーーっ!!!』

 

 

「終わったな」

 

「あっけない最後でしたな…。しかし防人氏、よくこんな作戦思いつきましたなあ」

 

「アイツにサメ映画見させられてるせいですかね、こういうビーチを見ると頭にサメがよぎるんですよ」

 

「病気じゃないかな?」

 

「こ、これは…策と呼べるのでしょうか…?」

 

「実際倒しちまったしな…。ま、勝てば官軍負ければ賊軍、ってやつでしょ」

 

「アレですよ、こんなビーチでサメ対策もしないで呑気にコンテストやってたのが悪い、って事で」

 

「酷い言いがかりだ!?」

 

「ケン君ケン君!セイバー退治終わりました!ご褒美に本場の分厚いステーキを所望します!」

 

「しゃーく!」

 

「じゃあ、昼飯はステーキにしますか。それとエルキドゥ、戻ったならもうサメの真似はいいから。いや、真似になってないけどな」

 

 

一仕事終えた俺達は、後始末をロビン達に任せてステーキを食べに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、今日も疲れた……でも、楽しかったな」

 

 

ステーキを食べた後もエルキドゥとXXにあちこち引っ張りまわされて、夜にようやく帰ってこれた。

 

 

「すぴー……すぴー……」

 

「なんて格好で寝てるんだ、この人は…」

 

 

海遊びにセイバー退治に観光で、タフそうなXXも体力の限界にきていたようだ。あどけなさが残る寝顔で水着のまま寝ている彼女にそっとシーツを掛けておく。

 

 

「ケン」

 

「?」

 

 

閉めたカーテンの隙間から、バルコニーに出ていたエルキドゥが手招きをしていた。外に出てみると、月の明かりでうっすら輝く海が広がっている。

 

 

「おお…また違う景色が見られたな。良いもの見つけたじゃないか、エルキドゥ」

 

「うん…」

 

 

腕を取り、こちらに寄り添ってくるエルキドゥ。俺も少し体を寄せ、お互いに寄り添う形のまま夜景を眺めていた。

 

 

「……そろそろ寝るか?」

 

「ケン…聞きたい事があるんだけど」

 

「なんだ?」

 

「ケンは水着の女の子が見られたら……嬉しい?」

 

「何だそれ…。まあ、ちょっとは嬉しいけど…」

 

「………」

 

「ごめん嘘。かなり嬉しい。俺も男だからさ…」

 

「そうだよね…」

 

 

格好つけたかったが、エルキドゥの無言の重圧に負けて正直に言う。メイヴコンテストだって、妙な思惑さえなければ観客でいたかったし。

 

顔を伏せていたエルキドゥが俺の腕を放し、一歩後ろに下がる。なんとなく気まずくなって視線を逸らしたが、仄かな光がエルキドゥから放たれたのを切っ掛けに視線を戻す。

 

――――俺は絶句した。

 

 

「…………どう、かな」

 

 

手を後ろに組んだエルキドゥが自分の体を見せつけるようにして立っている。

 

――――身に纏っているのは真っ白なビキニだった。

 

 

「僕が誘惑したい雄は…君だけだよ」

 

 

ふっくらと膨らんだ胸。キュッとくびれた腰つき。綺麗でハリのある太もも。女性の魅力を前面に押し出したエルキドゥが水着姿で立っている。口を開けたまま、その光景に目が釘付けになって動けない。

 

 

「ケン……何か言ってよ…」

 

 

少し不安そうに聞いてきて、ようやく俺の頭は再起動した。

 

 

「あ、あの……き、綺麗で、とても似合っている…。凄く…可愛い…よ…み、魅力的だ…」

 

 

途切れ途切れになってしまう言葉に、情けなくなって頭を掻き毟った。

 

 

「…悪い、気の利いた言葉の一つも出てこない…」

 

「……ふふ、何を言うんだい」

 

 

ふわり、と距離を詰めたエルキドゥが、背伸びをするように俺の唇に短いキスをした。

 

 

「気を遣わなくても良いよ。僕と君の仲じゃないか。君の正直な言葉が僕には嬉しい」

 

 

至近距離で優しい微笑みをたたえるエルキドゥ。顔が真っ赤になっていくのを自覚した俺は、顔を横に逸らした。

 

エルキドゥの両手が顔を掴んで、視線を自分へと戻してくる。

 

 

「目を逸らさないで…。もっと僕を見てよ」

 

 

見ればエルキドゥの顔も、俺と同じくらいに赤くなっていた。たどたどしく言葉を紡いでいくエルキドゥ。

 

 

「好き。大切な存在だ。大好きだ。愛してる。離れたくない。ずっと一緒にいたい。君が大事だ。一緒にいてほしい。ありがとう。

 

……ごめんよ。君に贈りたい言葉は山ほどあるのに、一つに纏められないんだ。ごめん……んむっ」

 

 

しょぼくれた姿がたまらなく愛おしくなり、エルキドゥの頭に手を回し、長いキスをした。

 

もう片方の手をエルキドゥの腰に回し、引き寄せ、抱きしめる。足りない、足りないと体を押し付け、体温を分かち合う。

 

強張っていたエルキドゥの体から力が抜けて、俺に全てを委ねてくれる。

 

長いキスの後、唇を離したエルキドゥの顔はさっきよりも赤くなっていた。

 

 

「謝るなよ、俺とお前の仲だろう?」

 

「ケン…」

 

「言いたい事は全部言ってくれ。俺もちゃんと返すからさ」

 

「………大好き」

 

「俺も大好きだ」

 

 

エルキドゥが顔を胸に押し付けてくる。

 

 

「君は、やっぱり……優しいね」

 

 

エルキドゥが満足するまで抱きしめ続ける。

 

エルキドゥとの絆が少し深まった気がした。




ヒロインXXルートは終了。次はメイドオルタです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君も変わったね、分かるとも!

ネットが使えなくてスマホで書いてました。

細かい所が違ってるかもしれませんが、お気になさらず。


今日もいい天気だ、飯が美味い。

 

蜆の味噌汁に口を付け、間髪入れずに白米をかき込む。俺のトレーにあるのは、納豆、生卵、味付け海苔に明太子。ご飯のお供でどれだけおかわりできるかチャレンジしている。

 

 

「ほう、お前にもそのような茶目っ気があったとはな」

 

 

お茶のおかわりを注ぎに来た、黒いビキニにメイド服を着たアルトリア・オルタ。通称メイドオルタは面白いものを見た、とばかりに口角を上げた。

 

 

「別に良いじゃないですか。誰に迷惑かける訳でもないですし」

 

「お前にしては随分と棘がある言い方だな。大方、いつも一緒にいる奴がいないからだろうが」

 

「…………」

 

 

メイドオルタに指摘され、反論する事も無くお茶を飲む。この場には俺一人しかいない。XXは昨日セイバー退治をやらせたお蔭で熱が入り、早朝から見回りに飛び出していった。エルキドゥはといえば、バルコニーで日光を浴びていたのだが、

 

 

『あっ、あそこにギルがいる!ちょっと行ってくるね!』

 

 

そう言って飛んで行った。部屋のバルコニーがカタパルトみたいになってるんだが。

 

メイドオルタに言われた事は、まあ間違ってはいない。昨夜あんなことがあったというのに、当人ほっぽり出してアレだからな。切り替えが早い奴だ。いくら相手が王様だとしても、少しは嫉妬する。

 

 

「ふむ。となれば、お前はこれから時間がある、という訳だな」

 

「……何を企んでるんです?」

 

 

向かいの席に座るメイドオルタ。この人も厄介ごとを持ち込む気なんだろうか。

 

 

「そう睨むな。どこぞの愉快犯のような事は考えていない」

 

「どうだか…」

 

「単刀直入に言うぞ。私と食べ歩きしろ」

 

 

何故かドヤ顔でスパッと要件を言ってくるメイドオルタ。……食べ歩き?

 

 

「あの、それ、俺いります?」

 

「厳密に言えばお前でなくとも構わないのだがな。普段であれば堂々と店を回るんだが、生憎今の私はメイドさんだ。となれば、ご主人様が必要になる。メイドとご主人はセットだ。切っては切れない関係にある。故に私は一人で歩き回る事ができない」

 

「な、成程…」

 

 

正直これっぽっちも理解できないが、ビキニメイドにそもそも常識などないだろう。それにあの目力で堂々と言われれば、俺でなくとも相槌を打つに決まっている。

 

 

「しかし候補を探そうにも、ここにいるのは既に日程を組んでいる者ばかり。私の予定に付き合ってくれそうな奴はいないだろう」

 

 

それはそうだ。フェスにしろ観光にしろ、事前に現地で何をするかは決めているだろう。

 

 

「と、いう訳だ。どうせやることがないのなら私に付き合え。お前にも少なからず得はある」

 

「得って…何です?」

 

「現地の美味い店の情報が手に入る。碌に準備しないままここに来たんだろう?私は事前に評判の良い店の情報を集めてきたからな。数は少ないが日本食を扱っている店もある。全部が当たりかは分からんが、良い店は見つかるだろう」

 

 

一理ある。現地のパンフレットはあらかた読んだが、それだけで美味い店かは判断し辛い。本場のジャンクフードが食べられるなら、彼女の情報の精度も大きく上がるはずだ。

 

 

「一緒に行くのは構いませんが、二人分以上の金は出しませんよ。お代わり分は貴女の自腹ですからね」

 

チッ。ああ分かっている。当然だとも。私は三歩歩けば腹を鳴らすあの騎士王とは違う」

 

「舌打ち聞こえたんですが」

 

「では決まりだな。私はまだ給仕の仕事がある。準備を済ませてここで待っていろ」

 

 

メイドオルタは席を立った。やれやれ、午前中から食べ歩きとは。ご飯のお代わりしなければ良かったな。ま、食べるのは騎士王様だし、俺はコーヒーでも頼んでお茶を濁すか。コーヒーだけど。

 

こうしてルルハワの美味い店を探しに出かけた俺とメイドオルタ。見慣れぬ土地だというのに、迷いなく進んでいく豪胆さには少し憧れる。

 

 

「あの、メイドさん」

 

「なんだご主人様」

 

「…着替えないんですか?」

 

 

あの格好で、という言葉が付きますが。なんでビキニメイド姿のままで歩いてるんですかね…。

 

 

「何を言うかと思えば。メイドならばメイド服を着ているのが当然の事。それに私はこの服がお気に入りだ。だから着ている。脱ぐ理由がない」

 

「そうですか…」

 

 

そういえばこの人、しょっちゅう服を着替えていたな。どうにもお堅い印象を持っていたが、女の子らしくファッションに興味もあったようだ。センスには触れない。触れても何も良い事は無いからな。

 

 

「着いたぞご主人様。ここはチーズバーガーが人気なんだ」

 

「そうなんですか」

 

 

最初の店でいきなりチーズバーガー10個を注文したメイドオルタ。俺はコーヒーを頼んで、メイドオルタの食事が終わるのを待つ。

 

 

「(もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ)……うむ、良い肉を使っているな。とろとろのチーズとケチャップが絡み合い、肉の味を何倍にも引き上げている。この値段で量も多い。……だというのにご主人様、何故お前はコーヒーしか頼んでいないんだ」

 

「チーズバーガーは初日に食べたので…」

 

「馬鹿者。店によって味は違うものだろうが。そんな事で愛しいアイツを喜ばせられると思っているのか」

 

「大抵の物は喜んで食べるから大丈夫ですよ」

 

「慢心はあの金ぴかの専売特許だ愚か者。いいから同じものを頼め」

 

 

有無を言わさずチーズバーガーを注文された。自分の分から分けてはくれないんですね。分かってました。

 

この後もメイドオルタは、見ているだけで満腹になりそうな食事を色んな店で行っていた。

 

 

「大きな熱々のハンバーグステーキだ。ここではパンではなくライスをお供にして食べるぞ、ご主人様」

 

「見ろ、山盛りのスパゲッティだぞ。具沢山で色んな味が楽しめそうだな、ご主人様」

 

「ここはSUSI屋だ。寿司じゃない、SUSIだ。間違えるなよ」

 

 

体のどこにあの量が入るのだろうか…。

 

店を回ること十数軒、ようやく食べ歩きも落ち着いてゆったりしている。メイドオルタは向かいでパフェを食べている。まだ食うのか…。

 

………思い返してみれば、エルキドゥ以外の英霊と二人きりで行動する事なんて無かったな。孔明先生にも言われたが、ここの空気に当てられて自分らしくない行動をしている。

 

 

「どうしたご主人様。難しい顔をして」

 

「いや…なんと言いますか、ルルハワに来てから普段では考えられないような行動をしてばっかりだな、と思いまして」

 

「自分の変化に戸惑っているのか?」

 

「そうですね…」

 

 

俺がそう答えると、メイドオルタはパフェを口に運ぶのを止めてこちらを見つめてきた。

 

ジッと見つめ返すと、メイドオルタはニヒルに笑みを浮かべた。

 

 

「そう深刻になるな。お前の変化は寧ろ好ましいものだ」

 

「……そうですか?」

 

「そうだ。戦場には目に見えない流れというものがあってな、それを味方に付けられるか否かで勝敗が決まる。今のお前はその流れに上手く乗れている状態だな」

 

 

メイドオルタの話を聞いて、心の中のモヤモヤが無くなった。俺はエルキドゥ以外の誰かにも、普段と違う自分を肯定して欲しかったのかもしれない。

 

 

「ありがとうございます、メイドさん」

 

「どういたしましてだ、ご主人様」

 

 

メイドオルタと別れホテルに戻ると、ベッドの上でエルキドゥが体育座りをしていた。何やってんだコイツは?

 

 

「どうしたんだ?王様の所に行ってたんじゃなかったのか?」

 

 

隣に腰掛けて聞いてみる。

 

 

「………ギルが僕の事忘れてた」

 

「……はあ?」

 

「誰かに殴られて記憶喪失になってた。喋り方とか変わってなかったのに、親友の僕の事忘れてるなんて、ありえないよ…」

 

「そうか…」

 

 

割と本気で凹んでいるエルキドゥ。頭を撫ででやると、自分の膝に顔を深く埋めた。

 

 

「そう気を落とすなよ。そのうち思い出してくれるさ」

 

「どうだろうね…。ムカついたから10回殴ってきたよ」

 

「結構殴ったな。ショックで記憶戻ってるんじゃないか?」

 

「さあね…」

 

 

反応が薄い。せっかくのバカンス、こんな気分にさせたままにしておく訳にはいかないな。

 

 

「エルキドゥ、何かやりたい事ないか?普段やらないような事でも、今ならやってやるぞ」

 

「……ほんと?」

 

「ああ」

 

 

顔を上げたエルキドゥは、期待に目を輝かせていた。

 

……機嫌が治ったのはいいが、何をやらされるのか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エルキドゥ〜!」

 

「あははっ、こっちだよ〜♪」

 

 

美しい海の浅瀬を走る2人。海からの風で髪を踊らせながら、楽しそうに逃げるエルキドゥと、それを追いかけるケン。

 

 

「僕を捕まえてごら〜ん♪」

 

「待て〜、逃がさないぞ〜!」

 

 

キラキラ光る水飛沫が2人の逃避行の軌跡を描く。わざと女の子らしく走っているエルキドゥに、次第にケンが追いついていく。

 

 

「それっ、捕まえた!」

 

「きゃあ♪」

 

 

嬉しそうに声を出すエルキドゥを抱きしめるケン。揺れるようにイチャイチャした2人は、やがて互いに顔を合わせた。

 

 

「ケン……僕の事、ずっと離さないでね」

 

「ああ、勿論だ」

 

 

唇が触れ合いそうな距離で誓いを立てる。見つめ合う2人は、やがて…

 

 

「エルキドゥ…」

 

「うん…」

 

「死ぬほど恥ずかしいんだが!?」

 

 

水面に崩れ落ちたケン。夕暮れの誰もいない海岸ならアリかもしれないが、まだ日の高い時間で人で溢れる海岸では、2人の行動は人目を引く。

 

 

「まあ、とっても楽しそう!私達もやりましょう、ジャンヌ!」

 

「え、ええ…?あれは、女の子同士でやる事じゃないと思うけど…」

 

 

「おや、あれは防人さん。健全にバカンスを楽しんでいるようですね。円卓の皆さんも、あのように平穏に過ごしていれば良いのですが…」

 

 

「ははははははははははは!!!煮詰まって気分転換に外に出てみれば、目の前にあんなネタが転がってくるとはな!」

 

「いやあ、若さとは素晴らしい!我々は今まさに、新たな黒歴史の誕生に居合わせたといった所でしょうなぁ!!」

 

 

「もう、最後はちゅーで締め括るって言ったじゃないか」

 

「真昼間からやれというのか…!?」

 

「……何でもやるって言った癖に」

 

 

そこまでは言ってない。そんなツッコミを入れようとしたが、不貞腐れて口を尖らせたエルキドゥを見て思いとどまる。

 

意を決したケンは、エルキドゥの顔に手を添えて短くキスをする。

 

機嫌が天元突破で上昇したエルキドゥは、ケンに抱きついて海へ押し倒した。

 

周囲から上がる歓声。きゃーきゃーノブノブ御禁制と騒がれるど真ん中でケンは思う。

 

––––流れに乗ったというより、激流に流されているんじゃないか?

 

この光景をビキニメイドがハンバーガーを片手に満足げに眺めている事など、彼は知る由もない。




皆様にご報告があります。

ようやくエルキドゥ引けましたぁ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

事件だね、分かるとも!

キングゥは救われてほしいと思うけど、救いの無い展開もちょっとだけ見たいというのはキングゥ好きならあると思います。

嫌いなわけじゃないのよ?勘違いしないでよね!


強い日差しが照りつける中、俺とエルキドゥはホノルル空港に訪れていた。

 

といっても、特に目的があるわけでもない。ただフラッと歩いていて、お土産でも見ていくか、といったノリで寄っただけだ。

 

そこそこの人混みでごった返す中、何やら不穏な空気を感じ取った。目を向けると、ある一か所に人が集まってざわめいている。

 

 

「おい、これヤバくないか?」「救急車呼んだほうがいいんじゃ…」「い、生きてるのか?」「この日差しにやられたか?」「美少女prpr」

 

 

只事ではない雰囲気を感じ、人混みを押し除けて渦中の場所へと進む。

 

 

「すいません、何かあったんですか?」

 

「なんか、人が倒れてるらしくて…」

 

「えっ!?」

 

 

エルキドゥに引っ張ってもらい、空から人が倒れている現場へ降り立つ。

 

倒れていたのは若い女性。外傷は見当たらないが、頭の方に血溜まりができている。恐らくは吐血したのだろう。

 

うつ伏せに倒れている彼女は羽織を着ており、背中には誠の一文字が刻まれている。

 

…………。

 

 

「あ、これ大丈夫です。いつもの事なので気にしないで下さい。お騒がせしました」

 

「なんだ、いつもの事なのか」「あーびっくりした」「心配させんなよな〜」「美少女prpr」

 

 

周りを囲っていた人達が離れていく。大事にならなくてよかった。

 

 

「……じゃ、俺達も行くか」

 

「うん」

 

 

そう言って一歩足を踏み出したが、次の一歩がとてつもなく重い。足元を見れば、血塗れの両手が俺の足をガッチリ掴んでいた。

 

 

「待ってください。おかしいですよね?知人が倒れているのにスルーは酷いと思います!大体いつもの事だから大丈夫って何ですか!?いつも大丈夫じゃないんですよ私はぁ!!」

 

「自分の体質を理解してるなら、1人で出歩かないで下さいよ。ここはカルデアじゃないんですよ?いくら英霊だからって油断しすぎです」

 

「……あの、その、1人でいるのは止むに止まれぬ事情があるからでして…」

 

「………じゃあ俺達はこれで」

 

「待ってぇ!見捨てないでぇ!沖田さん本当に困ってるんです!!お願いですから助けてください!!」

 

 

また厄介事の匂いがしたので早々に立ち去ろうとしたのだが、あまりにも必死な様子に戸惑ってしまう。

 

 

「ケン、混み合った事情がありそうだし、そこのカフェでパフェを食べるついでに話を聞いてあげようよ」

 

「お前ただ食いたいだけだろうが…」

 

 

話を聞く気のある奴の提案じゃないんだが…。

 

ともあれ、夏の日差しの中で立ち話も辛いので、俺達はカフェの中で沖田さんの話を聞くことにした。

 

アイスコーヒーをちびちびすする沖田さんは、申し訳なさそうな視線を俺達に送ってくる。

 

 

「すいません…コーヒーご馳走になっちゃって…」

 

「それくらいいいですよ。それよりも落ち着いたなら話を聞かせてもらいたいんですがね…」

 

「甘くて美味しいね、ここのパフェ!」

 

「エルキドゥ、空気読んで?」

 

 

どこまでもマイペースなエルキドゥに苦笑した後、沖田さんは話し始めた。

 

 

「ええと、実は今回サークル"新撰組"として参加していたんですよ、私達」

 

「へえ、私……達?」

 

「はい。私と土方さんの2人で来ました。……来たんですけど」

 

 

まさか、異国の地で迷子にでもなったんだろうか.…?

 

 

「土方さん、私を置き去りにして女の人口説きに行ったんですよ!それも何人も!お陰で沖田さん、始めはぼっちで観光ですよ!」

 

 

予定とか決めてなかったのかな…。まあ、土方さんの女好きは今に始まった事ではないけど。

 

 

「で、ようやく帰ってきたと思ったら、ここには沢庵が無いのかって不機嫌ですし!」

 

「持ってきてなかったんですか?あの人と行動するなら、沢庵は必須アイテムですよ?」

 

「当然、持ってきてましたよ!でも、あっという間に消費しちゃったんです!それで沢庵なんて売ってないって答えたら、怒って帰っちゃったんです!!」

 

「ええ…」

 

 

何という沢庵好きか。気軽に行って帰れる場所じゃないのに…。

 

 

「え、まさかお金とか全部持っていったんじゃ…?」

 

「あ、いえ。私の荷物とかお金は置いていってくれてました」

 

「じゃあ、どうして無一文だったんです?」

 

「……あれは、あっという間の出来事でした。

ホワンホワンホワンソウジ〜…………」

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「まったく、土方さんはまったく!私1人だけ置いていくなんて信じられません!!」

 

 

空港の近くを怒りながら歩いている総司。そんな彼女をつけ狙う影が一つ。

 

 

「コケーッコッコッコッ!!」

 

「……鶏?ああ、野生化したのがいるんでしたっけ…。なんにせよ、今の沖田さんに襲い掛かろうとは命知らずですね…!」

 

 

怒りを鶏にぶつけるため、刀に手をかける総司だったが…。

 

 

「コフッ!?」

 

 

運の悪い事に病弱が発動してしまい、吐血してしまう。

 

 

「こ、こんな時に……あうっ!?」

 

 

隙を見せた総司に襲いかかる鶏。更に…。

 

 

「「「「「クックルー!!」」」」」

 

「ええええええ!?何でこんな沢山!?あっ?!いたっ!いたたっ!!」

 

 

総司は鶏の大群に囲まれ、袋叩きにされてしまった。

 

 

「痛い痛い!!だ、誰か助けて………ほぎゃあああああ!!!!!!??」

 

 

鶏に纏わりつかれた総司に、何者かの宝具が直撃した。

 

 

「あーあ…何で女神の私が周回なんてしなきゃならないのかしら。折角の水着もお預けだし、嫌になっちゃうわ」

 

「愚痴を言うでないわ。儂だって早く終わらせて泳ぎに行きたいんじゃ。防人に休暇を用意した手前、アイツを呼ぶわけにはいかんからのう」

 

 

ギル札を回収するイシュタルに織田信長。総司を襲ったのは、周回中のイシュタルの全体宝具だったのだ。

 

 

「.……あら、この鶏は景気良いわね。見なさいよ、お札がこーんなに手に入ったわよ!」

 

「おお、こんな事もあるもんなんじゃな!.……んん?」

 

 

丸焦げの黒い物体に見覚えがある気がして、目を凝らす信長。

 

 

「……のう、その真っ黒焦げの鶏、見覚えあるんじゃが…」

 

「え?」

 

 

そう言われてイシュタルもジッと観察する。やがて正体に思い当たったのか、2人は冷や汗を流し始めた。

 

 

「……や、やぁーね信長ったら、これは他のよりほんのちょっと大きいだけの鶏よ!」

 

「そ、そうじゃな!まさかどこかの侍も一緒に吹き飛ばしたとか、そんな事あるはず無いよネ!うっかりうっかり、う…うははははー!!」

 

「そうよそうよ、熱さのせいで目の錯覚が起きたんだわ!あ、あはははははは!!」

 

 

大袈裟に笑いながら、早足でその場から離れていく2人。ちなみに総司は気を失っていた為、誰に襲われたのか知らなかった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「……と、いう訳です…」

 

「「…………」」

 

 

要約すると、旅行中に置いてけぼりを食らい、鶏に襲われた上カツアゲに遭ったという事らしい。

 

不運過ぎる…。

 

流石の沖田さんも、このトラブル三段突きに意気消沈してしまっている。

 

どうするべきか、隣にいるエルキドゥに目をやると、ここは任せてと言わんばかりにウインクを返してきた。

 

 

「それは残念だったね。でも僕達には一切関係ないから、ここで失礼させてもらうよ」

 

「!!……………ふぇ……」

 

「追い討ちかけるなよ…」

 

 

エルキドゥの頭をはたく。沖田さん泣きそうだぞ…。

 

 

「ごめんごめん。放り出したりしないから安心してほしいな。僕達はスイートルームに泊まってるから、よかったら来るかい?」

 

「スイート!!行きます!行かせて下さいお願いします何でもしますから!!」

 

「テンプレ反応ありがとう。……しかし大丈夫かな。もう1人仲間に入れてる人がいるんだけど」

 

「場所を借りている身になりますし、沖田さん大人しくしてますよ〜?」

 

「いやそうじゃなくてですね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見損ないましたよケン君!!私というものがありながら、野良のセイバーを拾ってくるなんて!元いた場所に返してきて下さい!」

 

「日本まで行かなきゃならなくなるんですけど…」

 

 

やはりこうなったか。

 

興奮しているXXから沖田さんを庇うようにエルキドゥが立ち塞がっている。事前に沖田さんを守れと指示していて良かった。

 

 

「また新しい女を連れ込むとはな。お前は意外とプレイボーイだったんだな」

 

「その言い方やめて下さい。というか何故いるんですか、メイドさん」

 

「フ、優秀なメイドはどこからも欲しがられるのでな。特別にお前達の部屋の担当にしてもらったのだ。ベッドメイクが必要ならいつでも呼べ」

 

「どうしてベッドメイク限定なんですか…」

 

 

いつの間にか部屋にいたメイドオルタが、自慢げに言う。そんなやりとりをしている間に、XXの抑えが利かなくなってきた。

 

セイバー殺すべし、と襲い掛かろうとしたXXの両手をエルキドゥが掴んで止める。

 

 

「まあまあ、落ち着いて?」

 

「いかにドゥさんといえども、こればかりは見逃せませんよ!離して下さい!」

 

「まあまあ、落ち着いて?」

 

「庇いだてするならあなた方も斬りますよ!せっかく仲良くなったのだから、私もそんな事したくありません!さあ、速やかにそこのセイバーの身柄を引き渡して下さい!」

 

「まあまあ、落ち着いて?(ミシミシミシミシ)」

 

「……あ、あのすいません。話し合いの場を設けますから、力をちょびっと緩めて頂けませんか…?このままだと私の両手がポッキリ逝って、T-REXの如くプラプラしてしまう事に…」

 

「まあまあ、落ち着いて?(メキメキメキメキ)」

 

「みぎゃあああ折れちゃう折れちゃいますぅぅぅぅぁ!!!?すいませんごめんなさい申し訳ありません!!!自分も居候の分際で偉そうな事言ってすいませんでしたぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「あっ(ボキッ)」

 

「ぎゃあぁぁぁぁ折れたぁぁぁぁぁぁ!!!??」

 

 

勢い余ってXXの両手をエルキドゥがへし折ってしまった…。アイツもアイツでストレスが溜まってたのかなぁ…?

 

 

「うぇぇぇぇぇケンくぅぅぅぅん……!!ドゥさんに骨折させられましたぁぁぁぁ!!」

 

「案外余裕ありますね貴女…」

 

「余裕じゃありません!!痛いですよぉ!!」

 

「はいはい、今治しますから」

 

 

令呪を使ってXXの怪我を治す。本当、彼女がサーヴァントで良かった。

 

 

「これに懲りたら大人しくしていて下さいね?」

 

「うう…了解しました…」

 

「これで安全は確保できましたよ、沖田さん」

 

「はいっ!!沖田さん良い子にしてます!!ですから穏便に過ごしましょう!!!!」

 

 

何故かベッドの上で正座している沖田さん。

 

 

「もっとくつろいでくれて良いんですよ」

 

「あ、そうですか。じゃあ…」

 

 

ベッドにぐだ~っと寝転がる沖田さん。リラックスしてくれているようだが。やはりどこかぎこちない。まあ、間借りしてるからしょうがない事なのかもしれないが。

 

 

「防人、昨日の店のハンバーガーが食べたい。買ってきてくれ」

 

「何でアンタがくつろいでんだメイドさん!?」

 

「ケン君ケン君!お姉さんはホットドッグを所望します!」

 

「アンタ達……」

 

 

メイドオルタとXXまでもが、ベッドにもたれかかって食べ物を要求してきた。沖田さんの緊張をほぐす為…じゃないんだろうな。

 

 

「沖田さんは何か食べたい物ある?」

 

「お任せしまぁ〜す♪」

 

「任されましたっと…エルキドゥ、悪いけど付いてきてくれ。この人達が満足する量、1人じゃ運べん」

 

「うん、買い出しデートだね、分かるとも!」

 

「何でもデート付けりゃ良いってもんじゃないぞ…」

 

 

買い出しから戻ってきた後は、ホテルの部屋で5人で食事にした。

 

なんだろう……上手く言えないが、こういう形での食事も良いな。

 

 

「どうかしたの、ケン?なんだか嬉しそうに見えるけど」

 

「そうか?……上手く言葉にできないんだが、今の状況が心地良いというか…」

 

「あ、それなんとなく分かりますよ。旅行先で大人数で騒ぐのって楽しいですよね」

 

「そうなんだよ。なんか、家族みたいで良いなと思ってな…」

 

「家族……」

 

 

俺の言葉に、エルキドゥ以外の三人の視線が集中する。………結構恥ずかしい事言ってたな、俺。

 

 

「家族か、良いね。ケンが働き盛りのお父さんで、僕がお嫁さん。XXとオルタはペットの犬だね」

 

「犬!?私ペットなんですか!?」

 

「おい、せめて私はメイドだろうが。何故ペットなんだ。理由を聞かせろ」

 

「食費がかかるから」

 

「くっ…反論できん」

 

「私、働いているんですけどー!?」

 

「あのー、沖田さんは?沖田さんはどこのポジションですか?」

 

「総司は体が弱くて、絶賛入院中のお隣の子かな」

 

「あれっ、家から追い出されてますけど!?いえ、それ以前に家族ですらない!!」

 

 

エルキドゥのあんまりな言い分に納得がいっていない三人。

 

 

「お前もお前で黙ってないで、私達を養うくらいの気概を見せろ防人」

 

「無理です」

 

「即答されたぁ…。防人さん、実は沖田さん達の事嫌ってますか?」

 

「そんな訳ないでしょう…。そっちこそ、俺達の家族ポジションで良いんですか?」

 

「ふむ、嫌ではありませんね」

 

「防人さん、もっとみんなと絡みましょうよ~。防人さんと話したり遊んだりしたいってサーヴァントはそこそこいるんですよ?」

 

「うむ、お前と周回してるサーヴァントは特に、だな。まあ、そっちの嫁英霊がどう思うかは分からんが」

 

「僕は気にしないよ。ケンが皆に好かれるのは、僕にとっても喜ばしい事だからね」

 

「これが正妻の余裕ってやつですか……ゴクリ」

 

「ケンの事が一番大好きなのは僕だけどね!!分かるとも!!!」

 

「揺るがぬ自信……」

 

「フッ、精々足をすくわれないように気を付けるのだな」

 

「ご忠告どうも…」

 

 

そんな他愛のない話をして、酒もちょっと飲んで。

 

騒がしい俺達の部屋の明かりは、日が変わるまで点いたままだった。




次回。

BBちゃん、死す!(仮)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お仕置きだね、分かるとも!

CEOイベント、始めてなので楽しみです。

推奨BGM::帝国のマーチ


「ケン君、今日が決戦の日です!」

 

 

 気合十分のヒロインXXと待機している俺とエルキドゥ。

 

 どうもこのフェスはただ聖杯を取り合うだけのものじゃ無いようだ。

 

 今更知った事だが、BBが立香ちゃん達を巻き込み、フェスで優勝するまで一週間を繰り返し続けるよう仕向けていた。

 

 ………マネージャー、断るべきじゃなかったかもな。

 

 

「何を考えているか分かるけど、君が責任を感じる事じゃないよ」

 

「そうだろうか…」

 

「そのBBとやらは、意図的にケンさんやドゥさんと接触を避けていたようです。気がつかなくても無理はないですよ」

 

 

 そう2人がフォローしてくれたおかげで、少し気が楽になった。

 

 ……マウナケア山にて対峙する、BBと立香ちゃん達。

 

 BBの姿が変化し、スロットマシンの残骸のような不気味なオブジェクトが生み出された。

 

 

「この反応は…やはり、彼女には邪神の力が宿っています!」

 

「なんてこった…」

 

 

 あのBBに邪神パワーとか、厄介でしかないぞ…。

 

 

『深淵を覗く者は注意しなければならない。あなたが覗くとき、深淵もまたあなたを覗いているのだ

 

…でしたか?それで結果はご覧の通り♡BBちゃんは邪神と同調して、暗黒のBBに!』

 

 

 カルデアのハワイ支部や天文台はBBの虚数空間に飲み込まれて消失してしまっていたのか…。息をするように恐ろしい事をやらかしたな…。

 

 

『では、カルデアが観測したフォーリナーはやはりBBさんだったんですね…!』

 

『ええ、もちろんです』

 

 

 邪神の権能、BBの機能、女神ペレの権能。これらが合わさり、今回の舞台が完成したのか。

 

 

『あと目障りなギルガメッシュさんを背後から襲って記憶を混乱させたのも――――』

 

「………………あ゛?」

 

「………やべ」

 

 

 BBの一言がトリガーとなり、エルキドゥからドスの効いた声が漏れた。ゆらり、と立ち上がったエルキドゥを見て、XXが短い悲鳴を上げる。

 

 

「ねえ、ケン…」

 

「ああ、うん。言わんでも分かってる。行ってこい」

 

「ありがとう。それとXX。それ、借りても良いかな?」

 

「ハッ!!どうぞお使いください!!」

 

 

 やけに低姿勢で双槍ロンゴミニアドを差し出したXX。それ、途轍もなく貴重そうなんだけど貸して大丈夫なの…?

 

 

「エルキドゥ…」

 

「なんだい?」

 

「その、やり過ぎるなよ…?」

 

「……………」

 

 

 ニッ、コリ。

 

 返事は無い。しかし、笑っている。

 

 これアカン。

 

 

「……あの、ケン君」

 

「……なんでしょう」

 

「凄く怖かったです」

 

「俺もです」

 

「やり過ぎたり、しませんよね?」

 

「……最悪、マウナケアが消えます」

 

「……」

 

「……」

 

 

 猛スピードで飛んでいくエルキドゥを、俺とXXはただ見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 規格外の力を持つBBに追い詰められていく人類最後のマスター。

 

 彼女達に迫る黒い影は、どんな手段をもってしても対抗する事は叶わない。

 

 

「頑張りますねぇ。でも私はまだまだ元気です♡」

 

 

その言葉に嘘は無く、奮闘する立香達を纏めて飲み込もうと影を展開する。

 

 

「……?」

 

 

 その時、BBは気づいた。ここに向かって尾を引く飛行機雲を。

 

 自身に迫る光を。

 

 

「チェェェェェェェェストォォォォォォ!!!!」

 

「ギャーーーーー!?」

 

 

 黒い影を切り裂く赤い光をかわしたBBは、マウナケアに降り立った神造兵器の姿を捉える。その手に持ったロンゴミニアドと、発せられている赤い光を見て目を見開いた。

 

 

「ちょっ、それ一体どうしたんですかぁ!?こう、コスモスがエーテル!?っぽい、凄い光!?ていうか真っ赤で怖いんですけど!?」

 

「この槍の光は、宇宙に秩序をもたらすもの。君のような混沌の化身には良く効くだろうねぇ…?」

 

 

 口が弧を描き、両目が赤く光るエルキドゥ。マジギレである。

 

 

「ケンと僕とのサマー・バケーションを邪魔した挙句、ギルにまで手を出すなんて……そんな僕の怒りの感情がエネルギーになって、この槍から放出されているのさ」

 

「ていうかそれ、ほんとに対邪神の切り札じゃないですかぁ!?」

 

「そうだね。それですんなり同期出来たのかもしれない。――――僕は神を縛る鎖だから」

 

 

 大地より生まれた鎖がBBの体を雁字搦めに拘束する。

 

 

「うぐぅっ!?……は、外せない!?こんな事って…!」

 

「下手に神性なんてものを身に付けるからこうなるのさ。まあ、事故のようなものだったんだろうから外すこともできず、僕達を意図的に蚊帳の外にして難を逃れるつもりだったんだろうけど」

 

「ええそうですよ!こんな事になるのが嫌だったから放置したのに!」

 

「目論見が外れて残念だったね」

 

 

 ロンゴミニアドを分離させて両手で構え直すエルキドゥ。赤い光が刃となり、金の鎖が展開されて切っ先をBBへと向けた。

 

 

「え、じょ、冗談ですよね?そこまでやりますか?」

 

「加減が出来る相手じゃないからね。もしかしたらBBちゃんのついでに邪神が消えるかもしれないけど、必要な犠牲、コラテラル・ダメージというやつさ」

 

「消滅させる優先順位、私が上なんですか!?」

 

「安心してくれ。僕が忌み嫌うのはイシュタルだけ。君には怒っているけど、一時的な事だから。もっとも、この後君が残っているかは分からないけどね」

 

「ヒィ!?」

 

 

 エルキドゥは飛び上がり、双槍を構えて高速で肉薄する。身動きの取れないBBに遠慮なく刃を振り下ろした。

 

 

「エヌマ・エーテル・ディザスターーーーーーー!!」

 

 

 邪神の力は切り裂かれ、鎖が貫きバラバラにされる。

 

 

「キャーーーーーー!」

 

 

 邪神・BBホテップ。ここに散る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーベ!」

 

「Q!」

 

「だね、分かるとも!!」

 

 

 BBを倒して事件も無事に解決し、皆で打ち上げのバーベキューをする事になった。ちなみにBBは権能の殆どを封じ込められ、XXにしょっ引かれて牢屋で反省中だ。

 

 

「肉……肉か……いや大丈夫……サーヴァントは太らぬ…」

 

「とか言ってると、自分でも知らない間にお腹周りに食べた分のお肉がぽっちゃりと…」

 

「マスターちゃんやべてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「なにさー!サーヴァントの皆だけ太らないって不公平じゃん!」

 

「例えどんなお姿になられても、ますたぁはますたぁですよ?」

 

「ありがとう清姫!でも微妙にフォローになってない!」

 

「そんな!?」

 

「先輩!鶏肉が良い焼き加減です!どうぞ!」

 

「ありがとうマシュ!あっ、つい受け取ってしまったぁぁぁ!?」

 

 

 年頃の女の子は大変だなぁ…。そう思いながら、網にどんどん肉を乗せて焼いていく。

 

 

「ビーフ、ポーク、チキン、ラム、ジビエ…皆違って、皆美味しいね、ケン!」

 

「最後のは肉の種類じゃないぞ…。ま、じゃんじゃん食っていけ」

 

「わーい!」

 

 

 何本もの串を手に取り、口いっぱいに頬張ってご満悦のエルキドゥ。立香ちゃんの周りはもとより、俺達の所でも沢山のサーヴァントが来てバーベキューを楽しんでいた。

 

 

「ははは、毎度の事ながら周回は堪えるねぇ」

 

「ぼやいても仕方あるまい。効率的に動き、必要な分を速やかに確保して終わらせるのが、周回における最適解だろう」

 

「二人共お疲れ様です…」

 

 

 くたびれた様子のマーリンと孔明先生に丁度焼けた肉を差し出した。

 

 

「ああ、頂こう」

 

「どうもありがとう。いやぁ、最近ぞんざいに扱われる事が多いから、ケン君の心遣いが身に染みるよ」

 

「それは日頃の行いのせいだろうに…。ケン、お前もご苦労だったな」

 

「立香ちゃん達に比べたら、なんてことないですよ」

 

「どれ、一口……うん、これは美味い!こういった開放感のある場所で食べるのは、また格別だねぇ」

 

「景色もまたご馳走といったところか」

 

「どんどん食べていってくださいね」

 

 

 追加の肉を焼いていると、串を片手に静かに泣いているサーヴァントがいた。

 

 

「ど、どうしたんですかエレシュキガル様?」

 

「ケン……これは何でもないのだわ…。ただ、冥界ではこんな美味しい物食べられないから、感動しただけなのよ…」

 

「そ、そうですか」

 

「もっと欲しいのだわ…構わないかしら…?」

 

「焼けてる物は持っていっていいですよ」

 

「感謝するわ!!」

 

 

 がっついて食べ始めたエレシュキガル様。やっぱり現代の食べ物ってサーヴァントからしてみれば珍しいんだろうなぁ。

 

 

「とってもいい匂いね。私も貰っても良いかしら?」

 

「夫人。ええ、お好きにどうぞ」

 

「ニャーフ!ありがとう!」

 

 

 水着に着替えたブラヴァツキー夫人が手を伸ばす。

 

 

「マハトマが囁いているわ。このお肉が食べごろよ!」

 

「マハトマってそんな事も教えてくれるんですか?」

 

「そうよ!マハトマは凄いんだから!」

 

 

 嬉しそうに肉を食べ始めた夫人。今日は喧嘩の仲裁をすることも無く、平和に過ごせているな。

 

 

「ケン君!ちょっといい?」

 

「どうしました?」

 

 

 俺と同じ肉焼き係のブーディカとエミヤがこちらに来た。

 

 

「それが、予想外に人が集まってしまってな。肉が足りなくなってしまったんだ」

 

「今、新しいのを頼んでるんだけど、ちょっと時間がかかりそうなの。お肉が余ってたら分けてもらえないかな?」

 

「ああ、そういう事ですか。そこに沢山ありますから、どうぞ持って行ってください」

 

「ありがとう!わ、綺麗な色のお肉だね」

 

「追加が届いたらこちらにも持って来よう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 肉の盛られた大皿を持っていく二人。あれだけあれば恐らく足りるだろう。

 

 

「はー、良かった。ケン君は頼りになるねぇ」

 

「あのー、追加のお肉を調達してきました」

 

「ああ、助かる。ケンから貰ってきた肉が丁度焼けたところだ。食べるだろう?」

 

「はい、是非!」

 

 

 特製ソースで味付けされた串焼きをエミヤから受け取ってかぶりつくマシュ。味を確かめるように何度も咀嚼し、頭に疑問符を浮かべる。

 

 

「これは、何のお肉でしょうか…?」

 

「……そういえば、なんだろ?」

 

「聞いていなかったな」

 

 

 マシュが小走りで俺の所に来た。どうかしたのか?

 

 

「防人さん、このお肉は何のお肉なのでしょうか?なんだか食べた事の無い味と食感です」

 

「ああ。それね、サメ肉」

 

「さめにく」

 

 

 きょとんとして自分が手にしている肉を凝視するマシュ。まあ珍しいよね。

 

 

「エルキドゥが獲ってきたんだよ。美味いだろう?」

 

「はい。肉厚でとても食べ応えがあります!」

 

「サメか。珍しい肉を調達してきたんだな。追加を持ってきた。味付けは済んでいるからそのまま焼いてくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 エミヤが持ってきた串焼きも焼いていく。しかし、焼いても焼いてもすぐに無くなっていくな。

 

 

「ケン君、さっきから焼く係ばかりで食べていないようですが…」

 

「私が変わってあげましょうか?」

 

「甘いなお前たち。奴の皿を良く見てみろ」

 

「へ?見てみろって………おや?」

 

「あ、あれ?お肉が増えたり減ったりしてますよ!?」

 

「そうだ。奴は雑用を極めてあのように、周りが気づかないうちに自分の食事を済ませる技能を身に付けている。私の目指す奉仕とはまた違うが、あれはあれで参考になるぞ」

 

「ふふ……」

 

 

 メイドオルタの解説に、つい得意げになって笑みが零れてしまう。そうとも、こういう場では焼く係や配膳係になる俺は、気を配りつつ自分の飯も食べるスタイルを会得したのだ。

 

 そしてまた追加の肉を焼こうとすると、トングと肉を横から奪われた。

 

 

「アホなスキル磨いてないで、食べたいなら食べたいって言いなさいよね。私が代わりに焼いてあげるから、普通に食べなさい」

 

「あ、はい。すいません」

 

 

 ジャンヌ・オルタに焼く係を奪われた俺は、大人しく食べる係になる事にする。

 

 

「ほら、もうこれ焼けてるわよ。取ってあげるわ」

 

「ど、どうもありがとう…」

 

「……どう、美味しい?」

 

「ええ、とても美味しいです」

 

「そ」

 

 

 ジャンヌ・オルタは俺の皿にガンガン肉を置いていく。い、一体彼女に何があったんだ…?

 

 

「あいつはな、最初にお前を力ずくでマネージャーにしようとした事をずっと気にしてたのさ。部屋でもたまにぼやいていたしな」

 

「あんた何で知ってるのよ!?」

 

「私はメイドだぞ?メイドというのはだな、あらゆる人間の裏側を覗いているものだ」

 

「覗いてたワケ!?この冷血メイド!!」

 

「俺なら気にしていないから、大丈夫だぞ」

 

「……こっちの気が済まないのよ。ほら、肉だけじゃなくて野菜も食べなさいよね」

 

「あ、はい。いただきます」

 

 

 こうして俺はジャンヌ・オルタのおかげで、普通にバーベキューを堪能した。




私は鶏肉が好きです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間の物語
君と共に在りたい


原作崩壊上等。


「…参ったね。僕の負けだ。降参だ」

 

 

カルデアの精鋭Aチームのリーダー、キリシュタリアとの模擬戦で尻餅をついて負けを認めた英霊エルキドゥ。見物していた他のチームの魔術師達から歓声と称賛の声が上がる。キリシュタリアは一礼した後、エルキドゥに手を差し伸べた。

 

 

「貴方との戦闘は良い経験になります。今回は私が勝ちましたが、次はどうなるか分からない。お互いに切磋琢磨していく関係でありたいですね。勿論、私だけでなく他の魔術師達ともね」

 

「そうだね。こちらも性能比べなら大歓迎だよ」

 

 

手を取らずに立ち上がったエルキドゥはその場を後にする。精鋭と言われるだけはあり、その力量は魔獣や神獣相手に戦ったエルキドゥですら舌を巻く程だった。

 

カルデアに召喚されしサーヴァントの第四号であるエルキドゥは、ダヴィンチと違い戦闘に特化したサーヴァントであったため、魔術師達の訓練相手を務めていた。

 

 

「やあ、模擬戦お疲れ様」

 

「おや、ロマン」

 

 

白衣を着た優しそうな青年ロマニ・アーキマン。通称ロマンはカルデアでドクターを務めている。

 

 

「早速だけどメディカルチェックといこうか。君はこうやって呼びに来ないとすっぽかすからね」

 

「僕は兵器なんだ。兵器にメディカルチェックなんかしてどうするんだい?そういうものは人間にするべきだろう」

 

「駄目駄目。戦闘によって霊基に異常が見られないかとか、調べることは山ほどあるんだから!」

 

「やれやれ、こういう時だけ仕事熱心だね」

 

「だ、だからあれは休憩してただけであってだね…!そ、それにこれは君のマスターの命令でもあるんだぞぅ!」

 

「ふぅん?まあ。マスターの命令なら仕方ないか。早く済ませようじゃないか」

 

 

医務室に向かうエルキドゥとロマン。医務室の中ではエルキドゥのマスターである防人ケンが待っていた。

 

 

「来たな、エルキドゥ。とりあえず座りなさい」

 

「うん」

 

「ケン君の言う事は素直に聞くんだなぁ…」

 

 

言われた通りに椅子に座るエルキドゥ。ケンはブラシを取り出して、戦闘でぼさぼさになった髪の毛を整え始めた。

 

 

「君も変わり者だね。兵器として扱ってほしいって言っているのに、こんなに甲斐甲斐しく僕の世話を焼くなんてさ」

 

「好きでやっている事だから…」

 

「魔術師はサーヴァントなんて使い魔くらいにしか思ってないのにさ。君はどうしてここまでするんだい?」

 

「…俺みたいな雑用係より、あんた達の方がよっぽど凄い。なら、相応の態度ってものがあるだろう」

 

「うーん、ケン君は相変わらず卑屈だね。これから召喚するサーヴァント用の種火や素材を集めているのはケン君なんだし、偉そうにとは言わないけど、もっとこう…」

 

「特異点修復に必要な最低限のレイシフト資質がないんです。俺は素材集めくらいしか役に立てませんから」

 

「それが十分役に立ってるって言ってるんだけどなぁ…」

 

 

話の通じなさに思わずめまいを起こすロマン。エルキドゥは髪を梳かれながらケンに話しかけた。

 

 

「代わりに高いマスター適性があって、チームには入れないけどスタッフとして勧誘されたんだっけ?」

 

「そうだよ。エルキドゥも俺じゃなくて、他の優秀なマスターの方が良かったんじゃないか?」

 

「うーん、そうでもないかな。こうしてマスターに色々してもらうのも、嫌って訳じゃないんだ」

 

「……負けたのに?」

 

 

髪を梳く手が止まり、ケンが問いかける。

 

 

「うん、そうだね」

 

 

エルキドゥは笑っていた。

 

 

「負けても、マスターにこうやって慰めてもらえるから、苦ではないかな。ほら、手が止まっているよ?」

 

「ああ、ごめん」

 

「うーん、僕出て行った方がいいのかなぁ。おかしいな、ここは医務室で僕は医者なんだけどなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルキドゥを召喚してもう数ヶ月になる。

 

掴みどころがなく、現代の色んなものに興味をもっている。

 

自分の部屋を与えられているのに、しょっちゅう他の人の部屋に遊びに行っているらしい。始めは俺の部屋に来るのは一週間に一回のペースだったが、しばらくすると殆ど毎日一緒に過ごすようになっていた。他の魔術師から大分顰蹙を買っていたらしく、一部を除いて迷惑がられていたようだ。魔術師はサーヴァントを使い魔みたいなものだと思っているからしょうがないと言ったら、俺は違うのかと聞かれた。

 

俺はそんな大層な魔術師ではない。過去の偉人を呼び出して小間使い扱いなど恐れ多すぎる。

 

そう答えたら笑われた。何なんだまったく。

 

 

 

エルキドゥは自分の事に無頓着だ。着ているのは布一枚と言って差し支えないものだし、模擬戦で汚れていても気にしていない。自分の事は兵器だと思って気にせず使い潰してくれと言っていたが、関係ないだろう。銃でも刀でも日頃のメンテナンスは大事だろうに。

 

使った事無いけど…。

 

 

俺には勿体ないくらいの凄い兵器だから大事にするんだと言ったら、それ以降はブツブツ言うけど拒否はしなくなった。

 

 

 

エルキドゥが初めて模擬戦で負けた。チームを組まれての対戦では負けることもあったが、今回は一対一での決闘方式で初めて負けた。いつもより酷い汚れ方であったが、エルキドゥは気にしていない様子だった。

 

 

エルキドゥがまた負けた。精鋭のAチーム相手だと一対一で負けることが多くなってきた。魔術師達はどんどん強くなっていく。エルキドゥは特に気にしていなかったが、俺は何だかモヤモヤした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の日常にエルキドゥがいるのが当たり前になっていた。

 

重い荷物を運んでいるとやってきて、ニコニコしながら付いてくる。手伝ってくれと言ったら半分持ってくれた。

 

飯の時間に隣に座り、欲しいおかずと俺の顔を交互に見つめてくる。仕方ないから半分あげた。

 

部屋に戻るとベッドに腰かけていて、自分の膝を叩いた。無視してベッドに潜ったら、隣に入り込んできた。

 

何もなくても隣にいる。理由は無いが手を繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何の変哲もない日常。エルキドゥと一緒に歩くのが当たり前になった日常。

 

 

 

 

それは突然、終わりを迎えた。

 

 

 

 

空から降ってきたおぞましく黒いナニカがエルキドゥの体に絡みついた。

 

 

 

 

力が抜けた人形のように倒れるエルキドゥを支える。

 

 

 

 

触れて分かった体の軽さに驚きつつ、エルキドゥを抱きとめる。

 

 

 

 

エルキドゥの体を黒いシミが覆っていく。

 

 

 

 

令呪を使って侵食を食い止めようと試みる。

 

 

 

 

止まらない。

 

 

 

 

令呪を使って黒いシミを取り除こうと試みる。

 

 

 

 

消えない。

 

 

 

 

エルキドゥの体のあちこちが崩れていく。

 

 

 

 

最後の令呪でエルキドゥの回復を試みる。

 

 

 

 

治らない。

 

 

 

 

――――エルキドゥ!!

 

 

 

 

打つ手を失い、ただ叫ぶ。なんで、何故、どうして、エルキドゥがこんな目に遭わなければならない。

 

 

 

 

 

あいつが何をした。俺が何をした。

 

 

 

 

――――エルキドゥ…!!

 

 

 

 

ボロボロと崩れていく手を握る。必死になって抱きしめる。他に何もできない。何もしてやれない。

 

 

 

 

――――泣かないで

 

 

 

 

エルキドゥの手が頬に触れた。

 

 

 

 

――――お願いだ、泣かないでほしい。僕は兵器だ。兵器でありたい。……もう友を泣かせる存在になりたくない。大事な人に、消えない瑕を付けたくない

 

 

 

 

エルキドゥが何を思っていたのか分かった。今になって分かった。

 

 

 

 

分かっても無理だった。感情を塞き止める事は出来なかった。

 

 

 

 

――――お前だって、泣いてるだろうが…!!

 

 

 

 

――――マス…ター……

 

 

 

 

――――瑕がなんだよ…そんな事だけで、今までのお前を消せっていうのか…!?できるわけないだろうがぁ…!

 

 

 

 

――――……僕だって……僕だってぇぇぇぇ……!!

 

 

 

 

 

――――来てくれたのが他の誰でもないエルキドゥで、心から良かったと思ってる…!!!

 

 

 

 

――――…う…ん……!ぼ……く…も……しあ…わ……せ……

 

 

 

 

泣き笑いのような表情で、エルキドゥは腕の中から消えた。

 

 

 

 

何も残らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター…これは何だい?」

 

 

自室にエルキドゥを呼び出し、てんこ盛りの種火と素材を見せた。

 

 

「お前の強化素材だよ」

 

「うん。そうじゃなくてね?これだけの量、よく分けてもらえたね?」

 

「所長を脅した」

 

「うん。……うぅん?」

 

「正確には、ドクターロマンとダヴィンチちゃんを味方に付けて略奪した」

 

「えぇぇ……」

 

 

困惑しているエルキドゥ。いきなりこんな事されたらこうなるのも分かるが。

 

 

「大事なサーヴァントの為だからな。これくらい屁でもない」

 

「気持ちは嬉しいよ、マスター…。だけど、もう何度も言っているけど僕は兵器なんだよ?だからさ…」

 

「分かっている。だから、()()()()

 

「………え」

 

「兵器でも何であってもいいから、誰にも負けないでくれ。俺も……エルキドゥの事だけなら、誰にも負けないようになる」

 

「……マスター…」

 

 

綺麗に透き通った瞳がこちらを見つめる。不意に、何かを悟ったようにやれやれと笑った。

 

 

「僕はどこにも行かないよ?」

 

「分かってるさ。だからって何もやらないのは違うだろ」

 

「そうだね……ああ。その通りだ」

 

 

目の前の素材が一つ残らずエルキドゥの体内に入っていく。薄い金色のオーラを纏ったエルキドゥが、俺の手を優しく握った。

 

 

――――ケンも、僕と同じ夢を見たのかな

 

 

――――滅茶苦茶に泣いて、苦しんで。それでも、君は逃げずに僕と一緒にいてくれるんだね

 

 

――――ケン、一緒に立ち向かおう。過去を消すことはできない。あの時の後悔はずっと染みついたままだ。それでも僕のマスターでいてくれるのなら、僕も約束するよ。二度と僕の友達を泣かせるような未来は来させない。

 

 

――――僕は負けない

 

 

「ありがとう、マイ・マスター。これからは、ケンって呼んでもいいかな?」

 

「好きなように呼んでくれ」

 

「うん、そうするよケン!」

 

 

 

 

 

 

シミュレーター内で対峙するキリシュタリアとエルキドゥ。雰囲気が変わったエルキドゥを見て、キリシュタリアはほう、と呟いた。

 

 

「始める前に、君に謝りたい事がある。この間の発言は無かったことにしてほしい。切磋琢磨とか、何とか…あまり気にしていられなくなったからね」

 

「そうですか。理由をお聞きしても?」

 

 

エルキドゥの周囲の空間から黄金の波紋が広がる。それを見たキリシュタリアは笑みを浮かべた。

 

 

「負けられない理由ができた。僕が勝てば喜んでくれる人がいる。だから全力で応えたい。

 

――――これから僕と戦いたい奴は、覚悟しておけ。僕には卑屈で世話焼きで、ずっと一緒にいたいマスターがいる」

 

 

その日から、エルキドゥに勝てた魔術師はいなかった。




・防人(さきもり)ケン
結構初期からカルデアにいる。特異点へのレイシフトこそできないが、安定しているカルデアゲートからのレイシフトによる素材集めとエルキドゥを呼んだ功績でカルデアスタッフ兼マスターとしてカルデアに残留。

雑用係と自分を評し、周囲との能力差を自虐するが、それで腐らずやれることを探し出して取り組む鋼の精神の持ち主。

エルキドゥとの関係で悩んでいたが、夢の中で自分の気持ちをさらけ出したので覚悟が決まり、自分の人生をエルキドゥに捧げ、どのような困難も一緒に乗り越えようと腹をくくった。


・エルキドゥ
ダヴィンチちゃんの次に呼ばれたカルデアの古参英霊。召喚に応じた理由はケンが孤独で過労死しそうなところが盟友と似ていたから。

ちょっかいを出して反応を見て楽しんだり、世話を焼かれたりとケンと過ごす日々は案外悪いものではなく、本人も結構惹かれていた。

かけがえのない日々の中でふと過去を思い出してしまい、自身が死んだときの夢を見てしまう。

夢の中ではあったが、自分の気持ちとケンの気持ちを再確認し、自分のために迷わず動いたケンを見て奮起。神罰だろうが何だろうがなぎ倒すと心に決めた。

ギルガメッシュが盟友なのは変わらないが、ケンに関しては盟友の他にも色々と感じている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖なる夜に、大切な君へ

クリスマスに投稿したかった…。


 煌びやかな装飾品で飾り付けられたカルデアの食堂に、赤と白を主役にした衣装を来た人々が集まり今日という日を祝っている。

 

 本日はクリスマス。サンタになったサーヴァントにサンタ衣装を着たサーヴァント。スタッフやマスターも皆混ざってクリスマスパーティーを楽しんでいた。

 

 キッチン担当のサーヴァント達が今日の為に、腕によりをかけて作ったご馳走の前で、サンタ帽にサンタ服を着た緑の麗人が紙皿片手に視線を迷わせていた。

 

 

「どれも美味しそうだなぁ。迷うけど……チキンを貰おうかな」

 

 

 チキンレッグを1つ口に咥え、更に数本を皿に乗せる。行儀が悪いが今日は特別な日。これくらいで目くじらを立てる者はいなかった。

 

 

「おいひいおいひい(もぐもぐ)」

 

 

 チキンを咀嚼しながらも次の獲物を探して回るエルキドゥ。ちょうど焼きたてのピザが運ばれてきたのを見て、テーブルに置かれた瞬間を見計らって手を伸ばす。

 その時、隣から伸ばされたもう一本の手に気付いて動きを止めたエルキドゥ。もう一本の手の持ち主もまた、動きを止めてエルキドゥと視線を交わす。

 

 

「……あ」

 

「げっ……」

 

 

 相手は美の女神イシュタルだった。睨み合って一歩も引かない二人。和やかムードの中で張り詰めた空気が流れだす。異変を察知した参加者たちが、どうなる事かと二人の様子を窺っている。

 先に動いたのはエルキドゥだった。

 

 

「…………取りなよ。食べたいんだろう?」

 

「…………えっ?」

 

「僕は他のテーブルから貰ってくる。取っていいよ」

 

「……あ、うん。ありがと…う…?」

 

 

 困惑した様子でお礼を言われ、思わず鳥肌を立てながら距離を取ったエルキドゥ。困惑しているのは周りの参加者たちも同じで、いつも顔を合わせるたびに罵り合い、殺し合いを演じる二人が穏便に事を済ませたのはとても珍しいことだ。

 まさかこの会場が特異点に?なんて突拍子もない意見が飛ぶほどには衝撃的だった。

 

 

「貴様にしては大人しい反応ではないか、エルキドゥよ」

 

「…ギル」

 

「てっきり七面鳥でも投げつけるのかと期待しておったがなぁ?」

 

「…そんな事はしないさ」

 

 

 皆が紅白の衣装に身を包む中、空気を読まずに金キラの鎧姿の英霊王ギルガメッシュ。長年の友人の彼から見ても、エルキドゥの反応は珍しかった。

 

 

「フン、まあ理由なぞ簡単に想像つくわ。あの雑用係に言い含められたのであろう?」

 

「……うん」

 

 

 姿の見えない雑用係に釘を刺されていたエルキドゥ。どこか遠くを見つめるように、ぽつりぽつりと語りだす。

 

 

「あれは、このクリスマスパーティの準備をしている時だったよ。ほわんほわんほわんえるきどぅ~…」

 

「………………え、回想入る流れかコレ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 話はパーティが始まる前の準備期間中まで遡る。ケンとエルキドゥは食堂の飾りを取りに備品室まで来ていた。

 

 

「ケン、これで全部かい?」

 

「ああ。それだけあれば足りるだろう」

 

「それにしても、立香の行動力は凄いね。パーティを企画して、所長に許可を取りに行って、サーヴァント達に指示を出してさ」

 

「誰かがクリスマスにトラブルを起こさないようにする牽制も兼ねてるんだろう。立香ちゃんの企画なら蔑ろにする人はいないだろうからな」

 

「本当、逞しくなったよね」

 

 

 話をしながら飾りをダンボールに詰めていく。

 

 

「お前も大人しくしてるんだぞ」

 

「理解しているよ」

 

「例え相手が神イシュタルでも、絶対に暴れたりするなよ」

 

「えー…」

 

 

 思いっきり渋い顔をするエルキドゥに、ケンは念を押す。

 

 

「フリじゃないからな。大人しくしてるんだ」

 

「分かったよ…」

 

 

 渋々承諾したエルキドゥだったが、ここで彼の中の悪戯心が顔を出した。

 

 

「ねえ、もしも僕がトラブルを起こしちゃったら、どうするんだい?」

 

「ん?そうだな…」

 

 

 軽い気持ちで聞いたエルキドゥに、ケンが少し悩んだ後に答える。

 

 

「――――お前の事、嫌いになるかもなぁ」

 

 

 エルキドゥの手から飾りが落ちる。スマートフォンで時間を見ていたケンは、それに気付かない。

 

 

「あ、もうこんな時間だ。すまん、別の用事があるから、これを食堂に運んでおいてくれ。頼んだぞ?」

 

 

 備品室から出ていくケン。エルキドゥの頭の中では、さっきの言葉が反復して響いている。

 

 

 

 ――――”お前の事、嫌いになるかもなぁ“

 

 

 

 

 

 ――――”お前の事、嫌いになるかもなぁ“

 

 

 

 

 

 ――――”お前の事、嫌いになるかもなぁ“

 

 

 

 

 

 ――――”お前の事、嫌いになるかもなぁ“

 

 

 

 

 

 ――――”お前の事、嫌い”

 

 

 

 

 

 ――――”お前が嫌いだ”

 

 

 

 

 

 ――――”お前なんか嫌いだ。契約も切る。二度と近づくな”

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああぁあああぁぁああ!!!!

 

あああああぁぁあああぁああぁあぁああああ!!!!

 

やだああぁああああぁああぁああ!!!

 

嫌いにならないでぇえええぇええええぇえええぇ!!!!」

 

「落ち着けエルキドゥ!!!妄想で泣くな!!!ええい、現世で人間臭くなったがそれ以上に面倒臭くなったな我が友はァ!!!」

 

 

 パーティのど真ん中で泣き叫ぶエルキドゥ。参加者たちの視線は近くのギルガメッシュに集中する。

 

 

「なんだ雑種共その目は!!これは我が泣かせたのではない!エルキドゥが勝手に泣いたのだ!!

 

……おいその”いじめっ子がよく使う言い訳しやがって”という視線を送るのは止めろ!!いや我も言っていてそう思ったが!!事実だから仕方なかろうが、たわけ!!」

 

 

 周囲からの謂れのない冷たい目線に怒る英雄王。

 

 

「……近くにいたのでおおよその事情は理解したでち。よちよち、もう泣くのは止めるでちよ。ケンはお前様の事を、例え操られても酷い事は言わないでち」

 

「我が敬愛なる反逆者の一番槍よ。君の抱く悲しみは偽りである。悲しみに反逆せよ!!」

 

「ぐすっ……うん……」

 

 

 近くにいた紅閻魔とスパルタクスが慰めに入り、エルキドゥは泣き止んだ。内心胸を撫で下ろすギルガメッシュ。

 

 

 

「……で、元凶の雑用係はどこにおるのだ」

 

「そういえば、姿が見えまちぇんね」

 

「ぬう、よもや祭事に反逆しているのか…?」

 

「ん……」

 

 

 不意にエルキドゥの体が熱くなる。

 

 

「ケンが呼んでる」

 

「え?」

 

「ちょっと行ってくるね」

 

 

 そう言って食堂から出ていくエルキドゥ。小走りで向かった先には、令呪が一角消えたケンが待っていた。

 

 

「ケン」

 

「急に呼んで悪かったな。それじゃあ、ついてきてくれ」

 

「うん。でもどこに行くの?」

 

「お前の故郷だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイシフトした先は古代バビロニア。ウルクの都の中を二人は手を繋いで歩く。

 

 

「ねえケン、どこに行くのかそろそろ教えてくれても良いじゃないか」

 

「まあ、もう少しで着くから」

 

「むぅ…」

 

 

 むくれながら大人しくついていくエルキドゥ。少し歩いた先に、見慣れた建物があった。

 

 

「………あれって」

 

「カルデアの拠点に使ってた建物。中もちょっと変えてあるから、入ってみてくれ」

 

 

 そう促されて、拠点へ入っていくエルキドゥ。

 

 

「――――え?」

 

「………遅いぞ。いつまで待たせるつもりだ」

 

「メリークリスマス。こう言えば良いんですよね、エルキドゥ?」

 

 

 テーブルに着いて頬杖をついている、キャスターのギルガメッシュ。

 

 そして、司祭長のシドゥリもいた。

 

 

「何を呆けている。早く席に着け」

 

「え、あ、うん…」

 

「こうして三人で話すのは、久しぶりですね…」

 

 

 椅子に座ったエルキドゥは振り返る。そこにはケンの姿は無かった。

 

 

「この席は、あの雑用係がお前のために用意したものだ」

 

「…そうなの?」

 

「お前が一番喜ぶ贈り物は、この我と話をする事だとほざきおってな…」

 

「…良いのかい、ギル。王になった君は、僕と話す事は無かったんじゃないのかい?」

 

「………今夜はオフだ、構わん」

 

「ギル!」

 

「最初は王も駄々をこねていたんですが、彼がエルキドゥと過ごす聖夜の大切な時間を割いてまでお願いしているのですからと、私が進言してやっと…」

 

「シドゥリ、余計な事を言うな」

 

「申し訳ありません」

 

 

 笑みを隠そうともしないシドゥリに溜息を吐くギルガメッシュ。エルキドゥもまた、満面の笑みを浮かべた。

 

 

「じゃあ、まずは僕がいなくなってからのウルクの話が聞きたいな」

 

「ああ。長くなるぞ」

 

「ふふ…」

 

 

 知識としては知っていても、友人から自分の死後の話を聞くのはこれが初めてだった。

 

 たった一夜の語らいは、エルキドゥに暖かな感情を確かに与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティの片づけを終えて、自室に戻ったケン。

 

 

「おかえりなさい、ケン」

 

「戻ってたのか」

 

 

 サンタコスのエルキドゥがケンを出迎える。

 

 

「俺からのクリスマスプレゼント、気に入ったか?」

 

「うん。本当にありがとう。君からの贈り物は、僕の霊基にしっかりと刻み込まれたよ」

 

「言い方が大袈裟だな…。まあ、喜んでくれたなら良かったよ」

 

「うん。それでね、僕からもプレゼントがあるんだ。是非受け取って欲しいな」

 

「プレゼント?あるのか?」

 

 

エルキドゥは部屋の扉にロックをかける。

 

 

「鍵までかけるのか?」

 

「二人きりを邪魔されたくないからね。今、準備するから僕が呼ぶまで後ろを向いててね」

 

「用意周到だな…」

 

 

 言われるがまま待機しているケンの後ろで、エルキドゥは静かに服を脱いだ。そしてベッドに仰向けになって寝転がり、名前を呼んだ。

 

 

「ケン、良いよ」

 

「おう……!?」

 

 

 ベッドには体中にリボンを巻き付けたエルキドゥが、ケンに視線を合わせながら顔を赤くして仰向けに寝ていた。

 

 

「はは、流石に恥ずかしいね…。僕にも羞恥というシステムはあったみたいだ」

 

「お前な…」

 

「……君にも、僕という存在を心に、魂にまで刻み込んでもらいたかったんだ。こっちに来てくれるかい?僕の愛しい人…」

 

「……当然だろ」

 

 

エルキドゥに覆いかぶさるように、その体を抱きしめる。お互いの体に自分の顔を押し付ける二人。

 

 

「お前の体、貰っていいんだな?」

 

「うん。メリークリスマスだよ、ケン。……僕を、召し上がれ…」

 

「…メリークリスマス、エルキドゥ」

 

 

二人が交わした口付けは、クリスマスケーキよりも甘くて優しい味だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

年は変われど、二人は変わらず

年末に何かしたくて急いで書きました。


 今年もあと少しで終わる。年の瀬のカルデアは賑やかに騒いでいる所もあれば、静かに新年を迎えようとしている所もある。

 カルデアに響く鐘の音。今年の終わりを予見させる音は、来年への期待と一抹の寂しさを味あわせてくれる。

 

 

「とはいえ、山の翁にやらせるとはなぁ…」

 

 

 鳴り響く晩鐘は誰の名を表してるのか。除夜の鐘の音をマシュに聞かせたいとかで、立香ちゃんが頼んでやってもらっているらしい。

 

 

「おかえり、ケン!待ってたよ!」

 

 

 部屋では炬燵に陣取ったエルキドゥがニコニコ笑っていた。

 

 

「ほら、エミヤ特製スペシャル年越しそばだぞ」

 

「わーい!」

 

 

 ほかほかと湯気が立つ大きな丼の年越しそば。天ぷらとかき揚げに卵が入った豪華なそばは、ちょっと贅沢な気分にさせてくれる。

 

 

「いただきまーす」

 

「いただきます」

 

 

 そばを適度に冷ましてから、一気にすする。幸せを噛み締めた表情のエルキドゥは、次に天ぷらに手をつける。つゆを吸いきっておらず、サクサクとした食感を残している天ぷらにかぶりつき、さっきと同じく幸せそうな顔を見せた。

 

 

「ふふ、おそばも天ぷらも両方美味しい…」

 

「はー……暖まるな」

 

 

 つゆも美味い。エミヤの料理は同じメニューでも食べるたびに変化していて、飽きがこない。そばを堪能していると、エルキドゥが体をこちらに寄せてきた。

 

 

「寒いなら、こうすればもっと暖かくなるよ」

 

「……そうだな」

 

 

 くっついてそばをすする俺達。この何の変哲もない時間も、年末となると特別なものに思えてくる。

 

 

「新年はカルデアの皆で、紅閻魔の所に慰安旅行に行くんだっけ?」

 

「ああ。借金騒ぎも解決して繁盛してるみたいだからな。全員で羽を伸ばそうって話だよ」

 

「この時、あんな事が起こるなんて今の僕達には予想できない事だった…」

 

「不吉なモノローグ付けるの止めてくれる?」

 

「んふふ」

 

 

 そばを食べ終わったエルキドゥが、俺の腕に抱き着いて頬擦りしてくる。お返しとばかりに顎を撫でてやれば、気持ちよさそうに声を漏らす。

 

 

「ん…♪気持ち良いよ、ケン」

 

「そうか…」

 

「こうやって君と触れ合えることは、僕にとって幸せな事だ」

 

「俺もそうさ」

 

 

 エルキドゥのは俺の手を取って、その綺麗な指を丁寧に絡ませる。優しく細められた金色の瞳と視線が交わった。

 

 

「ケン」

 

「うん?」

 

「来年も…ううん。これからずっと、ずーーっと、よろしくね」

 

「はは、そうだな。これからずっと、よろしくな」

 

 

 何度年を越しても、俺とエルキドゥの関係は変わらない。

 

 新年を知らせる晩鐘の数は、あと残りわずかだ――――。




良いお年を!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。