戦姫絶唱シンフォギアAB (株式会社の平社員)
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始動: The beginning
1VOLT


原作開始より7年前からスタートという設定。


アスタラビスタ(サヨナラだ)、GV」

 

その言葉とともにボクの身体は凶弾により貫かれる。

 

シアンがボクを呼ぶ声が聞こえるが彼の持つ特殊な銃弾により貫かれた身体は第七波動(セブンス)が全く機能せず、立ち上がる事すらままならない。

 

そしてボク同様にシアンも凶弾に撃たれてしまう。

 

「シ…アン…」

 

途切れかける意識の中でボクは手を伸ばしたがその手は決して彼女には届く事はなく、力尽きてしまった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

同時刻ーー

 

とある実験施設にて。崩れかけた実験施設の中で一つの人影が蠢いていた。

 

その人影はただ前に進もうと必死に手を伸ばし、地面を掴んでは力の入りきっていない腕で前進する。

 

しかし、その人影に向けて無情にも大きな瓦礫が降り注いでくる。

 

瞬間、蠢くものが急に光に包まれる。

 

容赦なく降り注ぐ瓦礫。地面と衝突し、周辺に凄まじい勢いで砂塵を巻きあげる。

砂塵が消えると同時に光も消える。その光はなんだったのか誰にも分からない、だが一つだけ分かるのは光と同時にその人影もこの世界から消滅したという事だけであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクはアメノウキハシと呼ばれる皇神(スメラギ)の軌道衛星とは違う場所で目覚めた。

 

ここが何処かは分からない。あの後、治療でもされたのか身体には傷一つなく、医療用の服を着ていた。身体の状態からするとかなりの時間が経っているかもしれない。

 

「そうだ!シアンは!?」

 

辺りを見渡す。視力が悪いため、ぼやけた視界のなかで彼女を探す。倒れていた場所は何処かも分からない路地裏のような場所。それに近くにシアンも見当たらない。

 

「どうなっているんだ…」

 

現状が全く分からない。

 

身体が動く事を確認して辺りを見回す。装備も全て喪失している。

 

「コンタクトが付いてないからもしかしてと思ったけど、ダートリーダーすらなくなってるなんて…」

 

ダートリーダーというのは愛用していた銃である。

 

「このまま動くのは危険かもしれないけど、行くしかないか」

 

立ち上がって服についた汚れを払う。ここから動かない事には何も始まらない。幸い、建物が立ち並んでいるという事は街中という事になる。歩けばこの路地裏から出て、情報を得る事が出来るだろう。見たところ廃墟とも思えない。だが問題があるとすれば...

 

「この状態で出て、怪しまれないかが心配だ…」

 

医療服を着た男が街中を歩いていればすぐに不審がられ通報されるだろう。そして能力者と判断されれば直ぐ様皇神(スメラギ)の研究所に送られる事になる。

 

第七波動(セブンス)を使って逃げるしかないか」

 

ボクの持つ特殊能力、蒼き雷霆(アームドブルー)。電撃を操る第七波動(セブンス)

 

この力を使えば逃げられない事はないがこの格好で能力を使ってしまえば直ぐに顔が割れてしまう。

 

「それに装備もない状態でどこまでボクの第七波動(セブンス)が通用するかも分からない」

 

装備があってこそ、今までの任務をこなす事が出来ていたが、この状態での第七波動(セブンス)の威力はあまり試した事がない。

 

でも

 

「ここで迷っていても何も始まらない」

 

そう呟いてボクは路地裏を歩き始める。

 

しばらくして、通りに近付いたのか声が聞こえてくる。だが、その声は悲鳴や叫び声だ。瞬間、ボクの身体は声のする通りに向けて駆け出していた。室外機やゴミ箱などの障害物を飛び越え、大きな通りに出るとそこには逃げ回る人々の姿が見えた。何から逃げているのか、逃げてきた方向を見ると、見た事のない異形の生物らしきものが人々を襲い、黒い何かに姿を変えている。

 

「ッ!?」

 

あまりにも酷い状況に口を噛む。今にも襲われそうな人達の方に直ぐに駆け出す。生体電流を活性化させ、ボクの駆け出す方向とは逆に進む人々の間をすり抜ける。我先に逃げようと大人達に押されて倒れていた人の前に割るように入り、雷撃鱗を展開させた。

 

この雷撃鱗はボクの第七波動(セブンス)である蒼き雷霆(アームドブルー)の力を応用した(スキル)だ。体表面に電磁場を発生させ、雷撃のバリアを作り出すものだ。

 

「えっ……」

 

子供、少女だろうか。割って入った存在、電撃の膜を見て何が起こっているか分からない表情をしている。

 

「ここはボクがどうにかするから、この雷撃が消えた瞬間に走るんだ!」

 

急に怒鳴るように言った事により泣きそうな表情になるが、直ぐ様人を黒い何かに変える存在を見て、自分の置かれている状況を思い出し、こくんと頷く。

 

そして、ボクは雷撃鱗を解除すると少女は立ち上がって走り出した。

 

その少女を追撃しようと怪物が襲いかかるが再び雷撃鱗を展開する。

 

雷撃鱗に触れた怪物。瞬間に、電撃が怪物の身体で拡散してそのまま全身に駆け回る。怪物はすぐに黒い塊となり、そのまま崩れ落ちた。

 

「なんなんだこれは…皇神(スメラギ)の新兵器なのか?表向きだけでも能力者と無能力者の共存を掲げているのに何で?」

 

こいつらが生物なのか、兵器なのかは分からない。だが、それでも目の前にいる怪物は無差別に人を襲い、人を殺す恐ろしい力を持つものには変わりない。ならばボクに出来るのは…

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!人に仇名す怪物に裁きを下せ!」

 

この恐ろしき怪物達を倒す事だけである。

 

◇◇◇◇◇◇

 

特務災害対策機動部二課ーー

 

「司令!市街にてノイズの反応の後にそれ以外のエネルギー反応が出現。現在、謎のエネルギー反応により、ノイズが少しずつ反応が消失していきます!」

 

モニターを操作するオペレーターの声に反応した司令と呼ばれる男が驚きの表情を浮かべ巨大なモニタを食いいるように見る。

 

「どういう事だ!?」

 

司令こと風鳴弦十郎はオペレーターに確認する。

 

「解析を進めていますが現在出現しているエネルギー反応と該当するパターンがありません!新種の聖遺物の可能性も!」

 

「なんだと!?」

 

聖遺物、世界各地に存在するとされる超古代の異端技術の結晶。だがそのほとんどは劣化したり破損している物ばかりで、ほとんどは使い物にならない。だが、もしかすると……

 

「現場の付近にある監視カメラと接続しました!映像を映します!」

 

他のオペレーターが監視カメラと接続した事により、現場の状況が映し出される。

 

土煙の舞う中、蒼い雷がカメラに映り込む。その雷はノイズに当たるや否やノイズの身体を炭の塊へと変えると同時にカメラの映像が消えた。

 

「蒼い…雷?」

 

ノイズという人類が決して勝つ事の出来ない存在を容易く打ち破るその雷に目を奪われそうになる。その時、

 

『叔父さ…司令!現場に到着しました!』

 

現場に出動させていた幼き声が部屋に響く。幼いながらもノイズと戦う事の出来る少女。風鳴翼の声だ。不安が残るが今ノイズに対抗出来る手段であるシンフォギアを纏う事の出来る人類の希望。

 

「翼!現在ノイズと交戦する謎のエネルギー反応がある!少ししか映像を確認出来なかったが、蒼い雷を放っている何かだという事しか分からない!状況が分からない今は危険だ!すぐに避難しろ!」

 

翼に現場の状況を伝える。まだ幼い彼女は怒鳴られて、怯えた声で分かりましたと言った。

 

「怒鳴ってすまない、翼」

 

弦十郎は直ぐに怒鳴った事を謝る。彼女は大丈夫と少し鼻声になりながらも言った。帰ったらもう一度しっかり謝るとしよう。

 

そして先程のパターンを解析していたオペレーターがさらに驚く事を告げる。

 

「市街地から全てのノイズのエネルギー反応とエネルギー反応が消失しました!」

 

「この短時間で全て消滅!?」

 

あまりの事態の終息が早くついた事に驚きを隠せない。軍隊のような単位でくるノイズ達をものの数分で片付けられたのだ。

 

「すまない、翼!さっきの命令を撤回する!ノイズの反応が消えたため、直ぐに現場に入り、状況を確認してくれ!こちらも直ぐに現場へと向かう!」

 

そう言うと翼は分かりましたと返答して、オペレーターの指示に従い、高エネルギー反応が消えた場所へと誘導されていく。

 

「鬼が出るか蛇が出るか……」

 

弦十郎は未だ不明のその存在の事を考えながら呟き、自らも現場に向かい始めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

風鳴翼はオペレーターの指示通り、シンフォギアを纏った状態でエネルギー反応が消えたポイントへと向かう。ポイント付近にはノイズだったと思われる黒い炭のようなものがあちこちに散らばっている。

 

たった一人でこのような場所に来るとまだ身体が竦むのが分かる。戦場に出るようになってまだほんの数年、命を懸ける戦いに慣れる事は出来ない。

 

歩みを進めているとエネルギー反応が消えたと思われるポイントに到着する。

 

辺りは叔父の弦十郎が言った通り、雷によって焼けた跡や舗装された道がひび割れている。

 

「何が起きていたの?叔父様の言ってた通り新しい聖遺物なの?」

 

自然発生した雷でノイズを倒せたというのは聞いた事はない。自然発生するにしても難しい条件が重ならないとなかなか起きない。となると未知の聖遺物、もしくは自分と同じくシンフォギア装者の可能性もある。

 

辺りを見回しそれらしきものを探す。だが人だったと思われるものかノイズだったと思われる炭の塊だけだ。そんな中、どこかで荒い息遣いが聞こえる。

 

翼は生存者がいると思い、辺りを探すと建物と建物の間、路地の入り口に治療服を着た男が辛そうに座り込んでいた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「だ、誰だ?ってなんなんだ、その格好は…」

 

男はこちらを向く。顔色は通常通りだが尋常じゃない量の汗を流している。ノイズから全力で逃げていたのだろうか。

 

だがいくらなんでも初対面、それに辛そうなのにそんな事を聞くのはどうなのだろう。少しムカつきはしたが、直ぐ様弦十郎と連絡をとり、現状を伝える。その時に先程案内をしてくれたオペレーターから連絡が入る。

 

『翼さん!数は少ないですが付近にノイズの反応が再び!』

 

『翼!その人物の安全の確保を優先して、退避しろ!』

 

その声が聞こえると同時に男のいた路地の奥から建物をすり抜けるようにノイズが三体現れた。直ぐ様男より前に出ようとする。

 

瞬間、

 

「天体の如く揺蕩え雷、是に到る総てを打ち払わん!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ライトニングスフィア!」

 

男が辛そうに立ち上がりながら、そう唱えると男の周りから蒼い雷の球体が出現する。

 

その球体は、ノイズ達に向かって飛んで行くとノイズに衝突する。ノイズ達は球体が当たった瞬間に身体中に雷撃が迸り、そのまま炭の塊となり朽ち果てた。

 

男は身体がふらつくとそのまま倒れる。翼はその身体に近寄って支えた。どうやら意識を失っているようだ。

 

『翼!大丈夫か!?』

 

弦十郎の声が無線から聞こえてきたので返答する。

 

「叔父様!先程の一般人がノイズと交戦し、ノイズを倒しました!蒼い雷の球体をどんな方法かは分かりませんが出現させた事から、叔父様の情報であった蒼い雷の正体はこの人と思われます!」

 

『なんだと!?もうすぐそちらに着く!それまでの間、その人物の安全を確保しろ!』

 

弦十郎はそう言うと車で移動しているのだろう、運転手に対して急ぐように言っていた。

 

翼は壁にもたれかかるよう男を座らせる。

 

「この人は一体…」

 

ノイズを倒したこの人物は一体何者なのだろうか。翼は考えた。聖遺物らしき物を持っているわけでもない。シンフォギアを纏っているわけでもないこの男はどうやってノイズを倒したのか。どうやって先程の力を使ったのか。いくら考えても分からない。

 

翼は弦十郎に言われた通りに到着するまでの間、気を失った彼の身の安全の確保に努める事にした。

 



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2VOLT

目を覚ますと今度は真っ白な天井が目に入る。

 

「確か怪物と戦っていて…」

 

怪物と戦いを終えて気持ち悪くなり、路地裏で休んでいたら変な格好をした女の子が来て、また怪物が来たため倒したところまで覚えている。

 

今まで第七波動(セブンス)を使っていて、こんな事がなかったため、どうして倒れたか不明だ。もしかしたら、装備の補助もない状態で同じ出力で使用した結果なのかもしれない。

 

ぼやけた視界で辺りを見渡すと個室の病室だと思われる。皇神(スメラギ)の施設の可能性もあるが、拘束されてないのならば逃げる事は可能だろう。

 

状況を確認している時、唯一の逃げ道であった入り口の扉が開き、誰かが入ってくる。高い身長にスーツを着た男性?まではなんとなく分かるが顔までは判別出来ない。

 

「気が付いたみたいですね」

 

そう声を掛けてきた。誰だか分からないが、あの変な格好をした少女の関係者だろうか。

 

「ここは何処ですか?」

 

当たり障りのない会話を行い、情報を得ようと考え、返答に答える。

 

「ここはある施設の医療室です。そんな心配しなくても大丈夫ですよ。決して悪い事を行う場所ではないので。後、君が運び込まれてから意識を取り戻すまで2時間も経っていません」

 

僅かな空気の変化を察したのか、こちらがいつでも戦闘出来るようになったと同時にそう告げた。相手の力量が相当なものと理解する。警戒をしているとスーツの男性が話を進める。

 

「君こそ、どうしてあんな所に?運び込まれた時の服装から見て、病院から抜け出してきたんですか?」

 

「分からない…。気が付いたらあの付近に倒れていて…人が大勢いる場所を目指して出た所にあの怪物が現れていたんだ」

 

「怪物…それはこんな感じでしょうか?」

 

スーツの男性は何処からともなくフリップを取り出した。フリップに写されているものが見えるくらい顔を近付けて見ると意識を失うまで戦っていた怪物の写真があった。ボクはコクリと頷く。

 

「そうですか。こちらのフリップに写っているものはノイズと呼ばれるものです。急に現れて人々を炭にしてノイズ自体も自壊して消える事から災害として認識されています」

 

怪物、ノイズという存在はそんなものらしい。それなら質量兵器や光学兵器で倒せば問題ないのでは?と考えていると...

 

「でも、このノイズには位相差障壁と呼ばれる特殊な障壁によって現存する兵器ではほぼ倒す事が出来ないのよねん」

 

気付いてはいたが、扉を開けて誰かが入りながらそう言った。声からして女性だろう。目がぼんやりして分からないが、頭の上に髪だと思われるものをこれでもかというくらい盛っている。

 

「櫻井さん、自分の分野の説明になったからって入ってこないで下さい。司令が話すと止まらなくなるから待機してるよう言ってたじゃないですか」

 

櫻井と呼ばれた女性はごめんごめん、と言いながらスーツの男性に謝っていた。

 

「で、単刀直入に聞くんだけど…その障壁を無効化して倒したあなた…いったい何者なの?」

 

先程の雰囲気を壊すようなピリッとした空気を醸し出す女性。

 

「答えないなら…身体にでも聞きましょうか?」

 

妖艶な台詞を吐きながら近くまで来てボクの身体に触れてきた。脳が危険だと信号を発するが如く、全身が沸き立つ。

 

「…助けて貰ったのは感謝します。でも、あなた方がボクに何かするつもりなら、こちらも相応の対応をさせてもらいます」

 

そう言ってボクは身体から雷撃を迸らせる。付近にあった電化製品、ライトの電源が落ち、ボクが放つ蒼い雷撃によって辺りが照らし出される。身体に雷撃が出る前に危険を察知したのか、スーツの男性は女性を守るように前まで移動し、女性と共にボクから離れ、何処から出したのか分からないが銃を構えていた。

 

「ちょっと待て!これはどういう状況だ!?」

 

暗くなった部屋の入り口から焦った声を発しながら大柄の男性が飛ぶように入ってきた。

 

「櫻井さんが彼の気に触る事を言ったんだと思います。しかし、これは驚きましたね。映像だけしか見ていませんが本当に身体から雷を出すなんて…」

 

スーツの男性はこちらから銃口を離さずに言った。やれやれ、という素振りを見せる大柄の男性は両手を挙げ降参の合図を送る。それを見たスーツの男性がボクに向けていた銃を下ろした。

 

「とりあえず落ち着いてくれ。こちらは君と争うつもりなどこれっぽっちもありはしない。ただ話をしたかっただけだ」

 

そう言って敵意がない事を示されたため、ボクの身体から迸る雷撃を収めた。その瞬間、電源が復帰して、部屋が明るく照らし出す。大柄の男性がほっと息を吐くと同時に先程の女性がものすごい勢いでボクに近付こうとしてくる。

 

再び雷撃を纏おうと思ったが、その前に大柄の男性に腕を掴まれていた。

 

「ちょっと離してよ!あなた達はあの現象を見てどうも思わないの!?私の提唱した櫻井理論と全く違う、ノイズを倒す力!そして人体から放たれる不可思議な雷!是非とも彼の事を調べさせてもらわないと!」

 

掴まれた状態でさらに近付いて来ようとしているが、掴んでいる大柄の男性の腕力が強いのかその場から全く動けていない。

 

「あークソ、これじゃ埒が明かん。慎次!彼を連れて別室に移動してくれ!」

 

「分かりました」

 

スーツの男性、慎次と呼ばれる男性がボクの方に近付くとベッドの脇からスリッパを出した。ボクは流されるままスリッパを履くとスーツの男の後に付いて行き、部屋を出る。

 

「あぁ!ちょっと、私の話がまだ終わって…」

 

「君は少し黙ってろ!」

 

そう言って彼女を先程までボクが寝ていたベッドに投げ飛ばすと、大柄の男が部屋から出て外側から施錠する。

 

「ちょっと、女性の扱いがなって…って、なんで扉を閉めて…閉じ込められた!?」

 

急いでベッドから降りたのだろう。扉の向こう側からドンドン激しく叩いているのが分かる。

 

「君がいると彼の事を聞こうとしても全く進まん!安心しろ!こっちの対応が終わったら出してやる!すまなかった、他の部屋に移動しよう」

 

そう言われたので、ボクは彼らの後に付いて行った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

部屋を移動し、応接室のような場所に入る。席に着くと同時に大柄の男性と慎次と呼ばれる男性が頭を下げる。

 

「まずは先程の件、すまなかった。了子君、彼女には悪気はないんだが研究者としてどうしても知りたい欲求が勝ってしまいああなってしまった。許してくれないか」

 

「…驚きましたが、あなた方があのようにボクに対して危害を加えようとしない限り、ボクからは決して何かをするつもりはありませんよ」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

そう言って顔を上げるとこほんと咳払いをして、話し始める。

 

「なら本題に入るとしよう。まずは君が誰なのかという事だ。服装から見て何処かの病院患者かと思ったが、あらゆる病院のカルテを確認した結果、病院に君がいたという形跡は何処にも存在しなかった」

 

それもそのはずだ。ボクはアメノウキハシという軌道衛星で倒れ、気が付いたらあの路地裏にいた。傷がない事から、何処かしらで治療を受けたにしても、路地裏にいた事自体おかしな事だ。

 

「ボクにもそれは分からない」

 

「そうか。なら次の質問だ。君の身体から発っせられた蒼い雷はなんだ?」

 

「あれはボクの第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)。雷撃を操る事の出来る第七波動(セブンス)。他にも色々な力を持った能力者が世界中にいるはずなんだけど…」

 

第七波動(セブンス)能力者は十数年前から出現し、今となってはそれなりの人数がいるはずなのになぜそのような事を聞くのだろうと疑問に思いながら返した。

 

「待て、他にも君のような力を持った者が世界中にいるだと?」

 

大柄の男性が怪訝な面持ちで答えた。

 

「俺の知る限り、そんな力を持つ者の話を聞いた事がない。実際に見たのも聞いたのも初めてだ。第七波動(セブンス)と言ったか」

 

第七波動(セブンス)を初めて見た?」

 

第七波動(セブンス)は既に大きく取り上げられており、この国では色々な能力者が出ているはず。知らないのは流石におかしいと感じた。

 

「司令、彼はノイズの知識を持っていませんでした。私たちも第七波動(セブンス)と呼ばれる能力者という者を彼以外見た事も聞いた事もありません」

 

「ああ、こちらの情報であるノイズの事は色々なメディア、ましてや教育機関でも出るものだ。それを知らないという事は外部との情報が隔絶された場所、今のこの国ではありえない。そしてこちらも第七波動(セブンス)に関しては君が言うには、かなりの人数がいるという事だが、俺達はその事を全く知らない」

そう言って、ボクと二人はそれぞれ知っている、もちろんボクも向こうも、一般的な知識の交換を行った。一般的な知識に多少の誤差はあるが、ある程度は同じようだ。

 

だが、

 

「なら皇神(スメラギ)グループ、この名前に聞き覚えは?この国の大企業なんだけど」

 

皇神(スメラギ)?聞いた事がないな」

 

皇神(スメラギ)の存在がない。先刻前までボクはその企業に属する能力者達と戦っていたはずなのだが。他にも聞きなれない単語などが出るが割愛する。大柄の男性がメモを取っていた慎次とこちらに聞こえないように話し、二人が納得したように頷く。

 

「君の知っている事と俺達の知っている事に一般的な知識に誤差が多少ある。だが君の話した情勢は俺達の全く異なるものだった。この事からある可能性が俺達の中にある」

 

大柄の男性はボクにそう切り出した。

 

「その可能性というのは?」

 

「…君は聖遺物、神の時代の現在の技術力でも再現不可能なオーバーテクノロジーを信じるか?」

 

伝承として存在はしている事になっている物だが、オーバーテクノロジーというのはどうだろう。いや、現代の科学でも再現不可能な物もあるくらいだからそうなのかもしれない。

 

話が逸れた。ボクの知識だと、幾つかは既に発見されており、それを皇神(スメラギ)の七宝剣と呼ばれる幹部の能力者達の強力な能力を制御するための宝剣と呼ばれる拘束具に加工して使われていた。拘束と言っても、殆どの者が戦いにおいてその能力を解放させる事が容認されている。皇神(スメラギ)を知らない以上、話すわけにもいかない。

 

「伝承でなら聞いた事は。存在の有無は分からない」

 

「そうか。話の流れから分かると思うが聖遺物という物は、実際に存在している。そしてその中の一つに別世界に繋ぐ事の出来る聖遺物があるとされている」

 

「別の世界に繋げる?なんでそんな物が?」

 

ボクが聞き返すと、大柄な男性は頷く。

 

「君も信じられないだろうが、そのような物が存在すると思われる。まだ確証も得ていない段階で実物が何処にあるかも把握出来ていない。だから、俺達もどうとも言えない。だが、俺達の知っている事と一致しない知識、力。その事から、君はこことは別世界の人間と俺達は考えている」

 

別世界、確かに知識、第七波動(セブンス)の存在、ノイズの存在。合致しないところを考えると、その可能性もあり得るのかもしれない。

 

「別世界、余りにも話が飛躍し過ぎて正直信じられない。どちらも本当の情報を話しているという事もまだ確信すらしていない。簡単には信用出来ない」

 

「確かにな。だが、情報はお互い様だろ?」

 

流石にあちらもこちらの情報を疑っているようだ。

 

「まぁ、可能性としてだ」

 

大柄の男性は話を続ける。

 

「こちらの情報については後で用意しよう。そしてその代わりと言ってはなんだが、俺達から君に協力を要請したい事がある」

 

「協力…病室で話していたノイズの事?」

 

「そうだ。ノイズには人類では打ち勝つ事が出来ない。だからこそ、その第七波動()を使い、人類の助けになって欲しい」

 

大柄の男性、慎次が頭を下げる。ノイズと呼ばれる災害に手を貸すのはいい。だが、ボクはあちらの話を信じるなら、別世界の人間である。そしてボクはこのような状況になったのか元の世界に戻り、あの人に確認しなければならないのだが、このままノイズに脅かされる人々を野放しにする事も出来ない。

 

悩んだ末にボクは答えを出す。

 

「条件がある。ボクはあなた方の言う、別世界から来たと言うなら、ボクは帰ってやらなければならない事がある。だから、帰る手立てが出来るまでボクはあなた方の力になる。それともう一つ、ボクがこの世界に来たのなら、シアンも…女の子も来ている可能性もある。その子の捜索にも協力して欲しい」

その言葉を聞いた二人は頭を上げ、微笑んで手を出す。二人の手をボクは握り、協力の同意をする。

 

「ありがとう、その子の事は我々の組織が全力で捜索に当たらせてもらおう。自己紹介もまだだったな。俺は特務災害対策機動本部二課の司令をやっている風鳴弦十郎だ」

 

「僕は緒川慎次と申します。同じく特務災害対策機動本部二課に所属するエージェントです」

 

「ボクはガンヴォルト 。あなた方の話がもし本当で別世界の人間であるのなら、向こうでフリーの傭兵紛いの事をやっていたよ」

 

「傭兵か…通りで直ぐにノイズと戦えたわけか。しかし…ガンヴォルト 、それは本名なのか?」

 

「…コードネームなんだけど、こっちに慣れてるし、本名はもう覚えてないんだ」

 

肩を竦めてみせる。弦十郎達もそうかと言って深くは聞いてこなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガンヴォルトを別の病室に移して、了子を解放した後、了子にガンヴォルトの素性を話した。

 

「全く異なる世界から来た。確かに、そういう聖遺物、ギャラルホルンは伝承にあるにはあるけど、それだとあの時にもっと大きなエネルギー反応が出るはずよ。戦闘までにノイズ、彼の言う第七波動(セブンス)のエネルギー以外確認もされてないわ。それに何処にあるかも分からない聖遺物が彼を呼び出したのも考え辛いわ。まぁ、さっきの話を聞くとその限りではないんだけどね」

 

「そうだな。だが、俺達が気になったのはそこじゃないんだ」

 

弦十郎がガンヴォルトから聞いて気になったのは傭兵紛いという事。

 

「彼は傭兵、確かにそう言った。戦いに慣れているのはそれで分かっている。だが、その戦いで…」

 

「人を殺している可能性がある。そういう事ね」

 

了子は意図を読み取り弦十郎が答える前に言った。

 

「その通りだ」

 

「これからの事を考えると、彼の存在がどう転ぶかによっては、脅威が増える事になる」

 

「協力を得たのは良いですが、困りましたね」

 

慎次も困ったように答えた。

 

「だが、ノイズの脅威に対抗しうる第七波動()。これを見逃すわけにはいかない。だから、彼の行動を逐一監視する。もし彼が牙を剥き、我々と敵対するようであれば…」

 

「彼を殺す…という事ね?」

 

「そこまで物騒な事にするつもりはないさ。その時は、俺等が正しい道へ導き、その罪を償わせるさ」

 

弦十郎としても殺すとまではしない。だが仮に、彼に更生の余地すらない、人に敵対するようであればその限りではないかもしれない。

 

「全く、世の中常にうまくいかない事ばかりだな」

 

弦十郎は溜め息を深く付いた。

 



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3VOLT

特務災害対策機動部二課に協力する事を了承して数日、生活に支障が出ないようにと眼鏡を貰った。もちろん、自分の視力に合うように作られた物なので今は快適に過ごせている。そして現在、ボクはその施設の中の訓練場に来ていた。あの時にボクに興味を持っていた女性、櫻井了子がボクの第七波動(セブンス)についての事を調べさせて欲しいというものだった。

 

最初はボクは第七波動(セブンス)の解析については反対した。解析され、この力を前にいた世界のように複製されてしまえば、この力を求めてさらなる悲劇を生む可能性があったからだ。

 

でも、彼女も引き下がらなかったため、少し言い合いになったが弦十郎と慎次の立ち会いのもと、能力を見せ、そのエネルギーの反応だけ解析するという事で話は付いた。

 

了子は、「もっと詳しく見たかったわ、力の奥の底まで」と、残念そうに言っていたが、彼女の言動にはもっと別の意図がありそうでこの人は信用してはならないと警戒する人物と認識した。

 

「ではガンヴォルト 、君の力をその空間で使ってみてくれ。その力をこちらで計測してみる」

 

弦十郎が別部屋からの指示が来たため、ボクは雷撃鱗を展開する。

 

「こんな感じでもいいかい?」

 

雷撃鱗を展開させるだけだが、装備もないため出力を抑えている。前回の戦闘同様意識を失ったら元も子もないからだ。

 

「驚いたな、こんな事も出来るのか」

 

「雷撃鱗と言って体表面に電撃のバリアフィールドを発生させるものだよ。もちろん、このバリアフィールドに触れば感電させる事も出来る、攻守一体の技」

 

あとは、ダートリーダーという銃があればさらにこの雷撃鱗からの雷撃を相手に誘導させる事も出来るが、現在はその銃はなく、二課の技術班が似たような物を作成中である。

 

「了子君、解析の方は?」

 

「はいはい。エネルギー反応の解析中よ。その雷撃鱗はいつまで展開出来るの?」

 

「ボクのEPエネルギーが切れるまで、EPエネルギーはボク自身がどのくらい残っているかは把握しているから、切れそうになったら解除するよ」

 

「なるほど。じゃあそのEPエネルギーが切れたらどうするの?また貯まるまで時間がかかりそう?」

 

了子が、そう聞いてきた。

 

「いや、エネルギー自体はボクの能力を使い過ぎてオーバーヒートしなければ勝手に回復していくよ。オーバーヒートしても時間をかければまた使えるようになるけど」

 

「便利な能力だな。しかし、そのEPエネルギーとはなんだ?」

 

「エレクトリックサイコエネルギー、ボクの能力に付随するもので、簡単に言えば力を使う燃料と思ってくれればいいよ」

 

ボクはEPが尽きそうになったため雷撃鱗を一度解除してEPをチャージする。EPのチャージが完了すると再び雷撃鱗を展開する。

 

「あの僅かな時間で回復したの?確かに戦闘で長い時間をかけて充電されるのを待ってたら大変だものね」

 

「確かにな。してガンヴォルト 、他にもどんな事が出来るんだ?聞いた話だと他にも球体のようなものを出せると報告にあったが」

 

弦十郎が質問する。球体、ライトニングスフィアの事だろう。

 

「他には生体電流を活性化させて身体能力を高めたり、細胞を活性化させて傷の治癒、他にも電子デバイスなんかのハッキングも可能だよ。で、その攻撃をここでやらなきゃダメなのかな?」

「ああ、思う存分やってくれ!」

 

弦十郎の声が室内に響く。そう言うのなら、多分大丈夫なのだろう。

 

ボクは再び雷撃鱗を解除して第七波動(セブンス)のエネルギーを高める。

 

「天体の如く揺蕩え雷!是に到る全てを打ち払わん!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ライトニングスフィア!」

 

三つの雷撃の球体がボクの周りに出現して、身体を守るように公転を開始する。

 

「エネルギー大幅に上昇中よ!こんなエネルギー上昇見た事ない!」

 

スピーカー越しから了子の嬉々とした声が響く。ボクは公転する球体が役目を果たして消えそうになるのを感じ、球体を消した後に確認した。

 

「こんな感じだけど、解析は出来た?」

 

「ええ!良いデータを取らせてもらったわ!解析するのには時間がかかりそうだけど、なんとかなりそうよ!」

 

嬉しそうにそう言う了子。どこか不安だが、解析をお願いする。その後は生体電流の活性化による身体能力の調査を行った。普通の体力測定なものもあったが、戦闘訓練もあった。

 

この時、慎次が担当してくれたが、ボクの能力を使った時の身体能力に付いて行けるのとまだまだ底を見せない実力を見て、この人も何かの能力者じゃないのかと疑ったが、話を聞くととある忍者の子孫であり、自分も忍者だそうだ。

 

ボクの知っている忍者とは少し違う気がする。しかも、司令、弦十郎はさらに強いとの事。本当にこの人達は能力を持たない人間なのか?と少し疑った。

 

まあ、それはともかく一通りデータが取れたため、解析結果が出るまで自由にしていても良いという事になった。と言っても、ボクは外に出られる訳でもないため、施設内の部屋で過ごすか、トレーニングルームに行くかの二択になってしまう。

 

トレーニング、と言っても先程の調査で身体をかなり動かしているため、あまり行く気が起きない。となると、与えられた自室に戻り、弦十郎から貰った資料を読み耽るしかない。

 

「あっ…」

 

声がした方を見ると青い髪の女の子が立っていた。確か彼女はボクが気を失う前に会った女の子だった気がする。あの時は変な格好をしてたけど、今日は私服のようだ。女の子はボクを見るとすぐに進路を変えて逃げていく。と思ったのだが、逃げた先の角に身を隠すと、顔を半分出してこちらを覗いている。あれで隠れているつもりなのだろうか?

 

「えっと…」

 

言った方が良いのだろうか。だが、あちらはこちらを確認して逃げたのなら、人見知りなのか、関わりのない人がいたから隠れたのどちらかだろう。隠れきれていないが。無理に話すのも逆効果だと思い、気付かないふりをして、自室へと向かう事にする。

 

だが、彼女はボクがそのまま行こうとするとそのまま後から尾行してくる。幼いながらもかなり尾行が上手い。ボクは、角を曲がると同時に生体電流を活性化させ、そのまま長い廊下を駆け抜けて、次の角を曲がり、遠回りながらも自室へと向かった。

 

彼女には悪いが、弦十郎からは今は余り、課のメンバーとは関わらないよう言われてる。了子の解析結果が出るまでは大人しく部屋で資料でも読み漁る事にした。

 

◇◇◇◇◇◇

 

風鳴翼は叔父の風鳴弦十郎の手解きをしてもらうため、二課のトレーニングルームへと向かっていた。いつ起こるノイズとの戦闘を考えて、訓練を怠らない。なぜなら、翼は人類を守る防人なのだから。

 

「あっ…」

 

私は、トレーニングルームへと向かう最中、ある男の背中を見た。彼は、この前のノイズが出現したポイントにいて、シンフォギア装者ではないのにノイズを倒した男だった。

 

謎の多い彼がなんでここにいるのだろう?と思ったが、先程の声を聞いてこちらに顔を向ける。翼はすぐに道を引き返し、曲がり角から顔を出して様子を伺う。

 

彼は気付いているのだが、敢えてこちらを無視して歩いて行ってしまった。翼はそのまま、彼の後を尾けていく。彼が曲がったのを確認して、翼もすぐに後を追ったが、曲がった先を確認すると、すでに彼の姿はない。いくら足が速くとも、次の角に当たるまでの距離はそこそこ離れている。翼がここに着くまでに曲がる事は不可能なはず。

 

「一体何者なの?あの人は?」

 

これ以上追う事が出来ないと悟り、翼は諦めてトレーニングルームへと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

弦十郎との訓練を終えた翼は、先程の男の件を聞いてみた。

 

「叔父様。ここに来る前にあのノイズが出現した現場にいた人に会ったんですが、あの人は何者なんですか?保護してから、叔父様も緒川さんも何も言わないから気になっています」

 

「ああ、ガンヴォルトの事か」

 

彼はガンヴォルトと言うらしい。本名ではないという事ぐらいは分かるが、その事を聞くと彼は傭兵で本名を呼ばれる事がなくなって忘れたらしいだとか。

 

「彼、ガンヴォルトは一体何者なんですか?あのノイズを倒す事の出来る聖遺物以外の力、あの雷は一体…」

 

ガンヴォルトの事について説明を要求すると弦十郎は少し困った顔をしながらどう説明しようか悩み、そして口を開く。

 

「ガンヴォルトの出自は不明だ。だが、俺たちと異なる知識、力から別世界の人間と考えている」

 

確か、別世界に繋げる事の出来る聖遺物があるとは聞いた事があるが、それによってこの世界に流れ着いてしまったのだろうか。

 

「まだ、憶測の域でどうか分からんがな。能力に関しては第七波動(セブンス)と言う超能力のようなもので、蒼き雷霆(アームドブルー)と言う雷撃を操る事の出来る能力らしい。今、了子君が第七波動(セブンス)の解析調査を行ってもらっているから、ノイズを倒せる理由はそこで分かるだろう」

 

弦十郎はそう言った後、少し顔を強張らせて私の方に近付く。

 

「彼には協力を要請をしていて、ノイズとの戦闘にいずれ出るようになるだろう。その時、ガンヴォルトには気を付けろ」

 

「な、なんで?」

 

あまりにも突然だったので、素の言葉が出てしまう。

 

「ガンヴォルトは別世界にいた頃、傭兵に似たような事をしていたそうだ。傭兵という事は、雇われれば殺しもやる可能性もある仕事だ。もちろん、全ての傭兵がそんな奴ばかりではない。だが、金以外でも私利私欲のため動く連中もいる。人となり、彼の事が分かるまで、お前と組ませる事はないが、非常時の場合、お前とガンヴォルト、二人で対処してもらう可能性もある」

 

弦十郎は一拍おいて...

 

「そしてガンヴォルトが敵対するのであれば、戦わず逃げろ。分かったな」

 

翼は弦十郎の言葉の重みを感じ頷く。しかし、ある疑問も浮かぶ。彼が傭兵で敵対をする可能性もあると言っていたが、それなら何故、見ず知らずの私を助けるように、力を使ったのだろうか。分からない。

 

「分かりました。彼が我々に敵対する時は、命を優先して守ります」

 

「それでいい」

 

弦十郎は頷く。

 

「さて、今日はこれで終わりだ。明日も学校があるだろうから家に帰ってゆっくり休め」

 

「はい!では叔父様ありがとうございました!」

 

そして翼はトレーニングルームを後にした。

 

◇◇◇◇◇◇

 

一方…

 

「なるほど、彼の第七波動(セブンス)と言う力には聖遺物と同様のアウフヴァッヘン波が検出されるわけね。歌を歌わない彼に何故このような力が宿っているのかは分からない。でも、一つ可能性があるとすれば…」

 

了子は解析している蒼き雷霆(アームドブルー)のエネルギー解析データを閉じ、もう一つの画面を開く。そこに映し出された物は、剣と思われる3つの画像。

 

「この現存している物と全く意匠の異なる聖遺物と同じ、アウフヴァッヘン波は二つの波形が合成して作られている事が確認された事」

 

そこに映し出された画像にはそれぞれに名称が記載されていた。

 

「天叢雲」「八咫烏」「黒豹」

 

その三点の新たな聖遺物は、私が彼を回収した時、現場と少し離れていた場所に落ちていた物だ。私が触るまでアウフヴァッヘン波すら放たないこれらは最初はただのゴミかと思ったが、私は触った瞬間に、これがなんなのか理解した。

 

これは、彼と同じような第七波動(セブンス)を封じていた物であり、その力は休眠状態にあるという事を。今もまだ何かの拍子で使う事の出来る物だと。

 

「これはなんなのか、なんてどうでもいいわ。この力を使えれば…」

 

了子はそう呟く。

 

「いや、まだ使えるかどうかも分からない代物。使い方が分かっても、うまく扱えなければ、計画の綻びにしかならない。だが…」

 

彼女はすぐに、その画面を閉じて再び蒼き雷霆(アームドブルー)のエネルギーデータを確認する。

 

「この特殊なパターンさえ解析出来れば…私の悲願を…世界を一つに束ねる事が出来る…」

 

蒼き雷霆(アームドブルー)のエネルギーパターンと重なるようにある、もう一つの波形を見ながら呟いた。

 

そこに映し出された蝶の羽の様な波形はまるで彼の力の波と共に歌うように重なり合っていた。



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4VOLT

資料を見て過ごした次の日、ボクは弦十郎から呼び出しがかかり、慎次に連れられて了子の研究室に通される。

 

「よく来てくれたわね、ガンヴォルト 。こんな美女の部屋に招かれる幸運な事、一生に一度あるか分からないわよー」

 

「ボク以外にも既に弦十郎も慎次もいるじゃないか、それにここは研究室だろ?」

 

そうツッコむガンヴォルトに最近の子供は連れないわねー、としょんぼりしながら言う。

 

ここに集まっているのは、ボクと弦十郎、慎次、昨日の尾行少女であった。

 

「そういえばガンヴォルトに紹介してなかったな、この子は風鳴翼。苗字が同じだからなんとなく察しているかもしれないが俺の姪っ子だ」

 

少女は風鳴翼と言うらしい。しかし、苗字が同じだからって親族なのは分かるが姪っ子とまでは流石に分からないだろう。

 

「よろしく」

 

翼に挨拶すると、彼女は直ぐに弦十郎の後ろに隠れてしまう。

 

嫌われているのか?

 

「気にするな、ただの人見知りなだけだ」

 

弦十郎は翼の頭を撫でながら答える。昨日のあの行動からなんとなく察していたがそういう事だったのだろう。

 

しかし、姪っ子の翼が何故この場にいるのか、多分、今回の説明に関係あるのだろう。

 

「さてと、みんな集まったから始めさせてもらうわね。昨日取らせてもらったガンヴォルトの第七波動(セブンス)と言う力。何故ノイズに対抗出来るのかからだけど、これを見てもらえる?」

 

部屋を暗くしてプロジェクターから映像が壁に投影される。映し出されたのは二つの波形。二つの波形は形が複雑で初めて見るボクには見当もつかない。だが、もう一つの波形を見てボクは固まった。了子は気付いていながらも話を続ける。

 

「まずはこの波形。昨日取らせてもらったガンヴォルトの第七波動(セブンス)の波形。まぁ、波形だけ見てもちっとも分からないだろうから、もう一つの波形、天羽々斬のアウフヴァッヘン波を用意させてもらったわ。あっ、ガンヴォルトはアウフヴァッヘン波を知らないと思うから説明させてもらうわね」

 

そう言ってボクに説明をしてくれたがボクはほとんど聞いてはいなかった。

 

「とりあえず、アウフヴァッヘン波の説明はこのぐらいにして、本題の第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)についてなんだけど、この波形を見て貰えば分かるように、聖遺物同様の波形を出している事が分かるわね?」

 

了子はボク以外の全員の顔を見ながら聞いた。なんとなく理解出来ている反応だったので彼女は話を続ける。

 

「でも、ガンヴォルトの波形は二つの波形を合成された物だと分かったわ」

 

そう言って、彼女はスクリーンに映し出された蒼き雷霆(アームドブルー)の波形を大きく出し、そしてそれを二つに分割させる。

 

「一つがこの雷の様な意匠の波形。これが本来の蒼き雷霆(アームドブルー)のアウフヴァッヘン波と思っているわ。そしてもう一つのこの蝶の意匠の波形。これが、今回の件の重要な役割をしていると思うの」

 

「どういう事だ?」

 

弦十郎が分からないと声に出す。

 

「まず、蒼き雷霆(アームドブルー)のアウフヴァッヘン波形なんだけど、これだけだとノイズの位相差障壁を越すための調律に必要な出力には届くか届かないかの曖昧な所と結果が出ているわ。でも、このもう一つの蝶の羽の様な意匠の波形が蒼き雷霆(アームドブルー)と合わさる事によってその出力は大幅に増幅して、ノイズとの戦闘を可能にしているの」

 

そう言って、彼女は一点を見つめ続けるボクに問い掛けた。

 

「さっきからずっと自分の波形…いえ、この蝶の波形を見ているけど、何か心当たりがあるのかしら?」

 

「…一緒に過ごした女の子の第七波動(セブンス)の力、この波形がその意匠にそっくりなんだ」

 

かつて、共に過ごしたシアン、そしてボクがこの場所に来る前に彼の凶弾により倒れてしまった少女、第七波動の力(モルフォ)の羽にとても酷似している。

 

「そうなのね、彼女の力はどんなものなの?」

 

了子がそう聞いてきた。

 

「彼女の能力は…」

 

ボクは口を開き、

 

「彼女の能力は、電子の謡精(サイバー・ディーヴァ)。僕と同様の雷撃を操る第七波動(セブンス)。違うのは操るのがボクのような人か、彼女の様な人格を持った第七波動(セブンス)を顕現させる事くらいだ」

 

ボクは嘘を付いた。まだ二課の人間を完全に信用した訳でもない、ましてや今現在目の前にいる女性は全く信用出来ない。能力名のみ本当の事を話し、あとはデタラメな事を言う。

 

「そうなのね、ありがとう。でも、なんでその女の子の力をあなたが持っているのかってところだけど」

 

「彼女の第七波動(セブンス)はボクの第七波動(セブンス)と同系統のものと言われていて、僕は彼女の力に何度も救われた。彼女の第七波動(セブンス)に何度も助けてもらったからその影響なのかもしれない」

 

「そういう事ね」

 

彼女はそう言ってさらに説明を続ける。

 

「話を続けましょう。さっき、ガンヴォルトの言っていた電子の謡精(サイバー・ディーヴァ)の波形、そして蒼き雷霆(アームドブルー)の波形が重なり合う事でノイズの位相差障壁を調律するまでの出力を底上げしていると思っているわ」

 

「という事は、ガンヴォルトの力は二つの第七波動(セブンス)が混じり合って出来たものであり、その電子の謡精(サイバー・ディーヴァ)がシンフォギア装者でいう歌の力、フォニックゲインという訳か」

 

「学者としてそんな簡単にされるのは癪だけど概ねそんな感じよ」

 

「シンフォギア装者…って?」

 

ボクは聞き覚えのない単語に反応する。

 

「よく聞いてくれました!シンフォギア装者と言うのは…」

 

彼女は得意げに説明してくれるが、弦十郎、慎次は呆れた様に聞いていなかった。

 

話が長く、要約するとシンフォギア装者と言うのはノイズに対抗する聖遺物と言う物を特殊な鎧に変換させて戦う者の事を指すらしい。と言っても、このシンフォギアという物は誰でも扱えるって訳ではないらしく、適合した者の歌でないと使えない。

 

「それでね…」

 

まだ話も終わりそうもなく、全員そろそろ限界な様で、ボク達は辟易し、翼に関しては眠そうに瞼を擦っていた。

 

「了子君、もうガンヴォルトもシンフォギアの概要は分かったんだし、いいんじゃないか?」

 

ボクはその言葉に賛同して頷く。

 

「ちょっとー、これから面白くなってくるのにー」

 

これ以上は学者の方々にして欲しいものだ。

 

「まあいいわ。これだけは覚えておいてね。今二課の所有している物もあってそれが彼女、風鳴翼ちゃんが持っている天羽々斬。そしてそれこそが唯一ノイズに対抗できる希望よ。まあ、あなたが加わった今は唯一じゃなくなったけどね」

 

シンフォギア装者、だから彼女はあの現場にいたのだと合点が行く。

 

「私の方の話は以上。あとは弦十郎君の方から」

 

「ああ、ようやくか」

 

そう言って弦十郎は大きなジュラルミン製のケースを二つ取り出した。

 

「ガンヴォルトから要請されていた物の試作品ができたから持ってきたぞ」

 

一つを開くとボクが受注していたダートリーダーの模造品と弾倉が数個、そして髪留め型のプラグが入っていた。

 

ダートリーダーとはボクが愛用していた銃の名称で、避雷針(ダート)と呼ばれる特殊な弾丸を打ち出す事の出来る銃である。しかも、口径が合えば他の弾も打つ事が出来る優れものである。

 

そして避雷針(ダート)は、ボクの髪の毛を電気伝導率の高い特殊な金属でコーティングして弾にした物だ。この弾は敵に当たるとロックオンする事が出来、雷撃鱗を発動させると強力な雷撃がロックオンされた対象に向かって誘導させ必中させる。

 

もう一つ、髪留め型のプラグはテールプラグと言う物で、ボクの後ろで束ねた三つ編みの先端を銃の後部コネクタに接続する事によって、強力な第七波動(セブンス)の一撃を放出するといったものだ。

 

もう一つのジュラルミン製のケースの中には頼んでいた戦闘服が入っていた。ボクが注文した通りの服装である。フェザーに所属していた頃の戦闘服をそのまま再現してもらった。違うといえば、アンダーウェアが特殊な物らしく、人工筋肉繊維というものを使用していてかなりボクの身体的補助をしてくれるらしい。それとへそ出しじゃなくなっている。

 

「ガンヴォルトの注文通り作らせてもらった。流石に試作品だから、あとで性能テストをしてもらう。後、これだ」

 

そう言ってなんだか分からないが機械を渡される。大きさはスマートフォンくらいか。

 

「お前用の通信端末だ。今まで俺か慎次が食べ物を買っていたからな。不便だから作っておいた。使い過ぎには気を付けろよ」

 

「気を付けるよ。ありがとう」

 

「早速だが技術班より性能テストの件があるから直ぐに向かってくれ」

 

ボクは頷くとジュラルミン製のケースを貰い、テスト場所を弦十郎に確認して部屋を後にした。

 

◇◇◇◇◇◇

 

結果から言うと、装備自体の性能は問題なかったが、ダートリーダーの後部コネクタとテールプラグのセッティングだけはまだ調整に時間がかかるようだ。

 

欲を言えば、第七波動(セブンス)を強化出来るレンズ、指輪、ペンダントがあれば完璧なんだけど、流石にそこまでは望まない。そういえばあれも特殊な鉱石、霊石と言う物を使っていたそうだが、もしかしたらあれも聖遺物に近しい物だったのかもしれない。

 

あとは避雷針(ダート)がノイズに効くかどうかを確認するくらいだ。

 

そんな事を自室に戻る道中に考えていた。ちょうど自販機があったので、支給された端末を自販機に当て、ミネラルウォーターを買う。

 

一口含み口の中を潤して、飲み込んだ。

 

先程の了子の説明を思い出す。ボクの第七波動(セブンス)には彼女、シアンの第七波動(セブンス)も混じっているという事。彼女には確かにたくさん力を貸して貰った。だが、それだけで彼女の第七波動(セブンス)がボクと融合するのだろうか。学者ではないボクは原因の究明など出来るはずなどなく謎のままだ。

 

シアンの捜索も未だ手掛かりがない状況である。もしかしたらボクだけこちらに来てしまったのだろうか。そうなるとシアンは…。

 

「いや、考えを悪い方向に持っていくのはダメだ。とにかく、捜索は二課に任せて、僕は出来る事をしないと…」

 

手に持っていた水を一気に飲み干して、空となったペットボトルをゴミ箱に捨て、部屋へと向かった。



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5VOLT

数日が経つ。

 

二度ノイズが出現したため、出動して戦闘を行った。避雷針(ダート)はボクの第七波動(セブンス)の雷撃を纏って打ち出されるため、ノイズにもロックオン可能だという事が分かった。

 

その結果、複数のノイズとの戦闘はかなり楽になっていた。ただ、問題があるとすれば今は良いがかなりの数のノイズが現れた場合、避雷針(ダート)の数が足りなくなるという事くらいだ。

 

それなりの数を用意してもらっているが、それでも一回の戦闘で減る避雷針(ダート)の数は多い。ボクの髪の毛から出来ている物であるため、髪を切って渡しているが、伸びるのにもそれなりに時間が掛かる。

 

スキルを無限に使用出来ればそんな事ないのだが、そんな上手い話がある訳でもなく、スキルも使いどころを考えなければならない。それに、現在はライト二ングスフィアのみしか知られていないため、他のスキルを使用する事も出来ない。ただ、他の二つのスキルに比べて燃費が良いのがまだ救いなのかもしれない。

 

後、生活環境も変わった。現在は二課より支給された部屋から離れ、職員の独身寮の一角を借りさせてもらっている。

 

それと弦十郎の計らいにより戸籍を作って貰い、学校にも通わせてもらっている。

 

年齢的にも中学生だし、二課にずっといるよりもある程度は自由になったのは良い事だとは思う。ボクの元いた世界でも、学校に通っていたし別に苦という訳でもない。

 

ただ、ボクだけがこんな形で過ごしている中、シアンの事だけが心残りである。

 

「無事でいてくれ…」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ガンヴォルトの様子はどうだ?」

 

「独身寮の一室を与えてから、学校にも普通に通っていてます。学友も出来、中学生らしい生活を送っていると思います。ですが、ガンヴォルト君自身、大人びたところがありますし、少し他の方々と距離を置いているところが少し不安にはなりますが…」

 

弦十郎の質問に慎次が答える。

 

確かに、ガンヴォルトはあの年代にしては大人びたところがある。それは、ガンヴォルトの元の世界での生活環境が起因しているのかもしれない。

 

だが、この数日ガンヴォルトを見ている限り、弦十郎等が危惧していた可能性は誤りではないかと思いたくなる。

 

「俺達の思っていた事は起きない。そう願いたいものだ。だが、ガンヴォルトには悪いが、1%以下の可能性でも捨てきれない限り、監視を続けさせてもらうしかないか」

 

弦十郎は、プライベートすらも監視するなんて事は余りしたくはないが、危険性が完全になくなった訳ではない。それを考慮すると監視せざるを得ない状況である。

 

「全く、こんな事を行わなければならない事に嫌気が差してくる。青春真っ只中の少年の監視を未だ続けなければならない状況に」

 

「ごもっともです」

 

二人して大きな溜め息を吐く。

 

しかし、事の転換期は唐突に起きるものだ。

 

鳴り響くアラーム。そのアラームはノイズの出現を意味していた。

 

弦十郎の通信端末に連絡が入る。

 

『大変です、司令!ノイズの出現パターンが大量に出現!場所はこの上付近のリディアン音楽院!』

 

「ノイズ、だと!?」

 

弦十郎は声を荒げ、通信端末に向かって現状の様子を確認する。

 

『現在、ノイズの反応が初等部のある校舎に集中しています!天羽々斬装者である翼さんが交戦している模様!しかし、数が多く、対処しきれていません。現在一課に要請して避難誘導を行っていますが、間に合うかどうか…』

 

「くそったれ!」

 

弦十郎は端末を強く握りしめる。その直後、慎次の端末に誰かから連絡がきたのか、バイブレーションで震える。

 

『こちらガンヴォルト。ノイズの出現で、学校からシェルターへ避難勧告が出された。出現場所は?』

 

「ガンヴォルト君!現在、ノイズはリディアン音楽院初等部、二課の本部の地上付近に発生しています!」

 

『了解。ボクも直ぐに向かって、ノイズの掃討に当たる。何か指示があればその都度出して』

 

ガンヴォルトはそう言って通信端末を切った。

 

「まさか、こんな早くに翼さんと共闘する羽目になるなんて…」

 

「仕方あるまい。慎次!俺たちも司令室に急ぐぞ!」

 

弦十郎と慎次は共に司令室へ向かう。弦十郎は危惧している事が起きない事を願っていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクは持ってきていた戦闘服を装備をして直ぐにリディアン音楽院初等部へと向かう。道には、人が避難のために溢れかえっていたため、建物の屋上へと駆け上がり、建物から建物へと移動している。

 

リディアンに近づくにつれ、人がいなくなったのを確認し、屋上から飛び降りて道路へ。第七波動(セブンス)による生体電流の活性による強化の限界速度で駆ける。

 

一課と思われる戦車などが見える。その先にはノイズに向け発砲する、一課の部隊。しかし、質量兵器である、銃火器はノイズの身体を通り越して全く役に立っていない。ノイズたちは体の形状を変化させ、その部隊へ向けて攻撃しようとしていた。

 

ボクは彼らの前に出ると雷撃鱗を展開する。ノイズ達は、雷撃鱗に触れた瞬間に炭化して崩れ落ちた。

 

「大丈夫!?」

 

「あ、ああ、君は?それにこれは…?」

 

彼らは現状が理解出来ず、ボクの方を見ながら、問いただす。

 

「ボクは二課協力者。この力については二課から聞いて。それより、状況は?」

 

「じょ、状況はリディアン付近に大量のノイズが発生。現在、リディアンにはノイズがいて全く近付けていない」

 

さすが軍人。すぐに落ち着きを取り戻し、報告してくれた。どうやら出動してここで足止めを食らっていたようだ。

 

「了解。ボクはこの先に向かう。あなた達は、付近にまだ避難者がいないか確認して欲しい。避難者がいない事を確認出来たらそのままボクが通るこの道を通ってリディアンに向かって」

 

ボクはそう言って再び駆け始める。リディアンに近付くに連れ、大量のノイズが出現する。

 

「退くんだ!」

 

沢山のノイズがボクに向けて形状を変え、襲い掛かろうとするが、展開している雷撃鱗に触れると炭化して消える。

 

ノイズを殲滅しながら先に進む。突如横から謎の液体のような物が飛んでくる。エネルギーも切れかかっていたため、雷撃鱗を解除して後ろに飛んで躱す。液体が道路に当たった所からノイズが出現する。液体の飛んできた方向を見ると芋虫に足が生えたような巨大なノイズが出現しており、再び口らしき所から吐き出そうとしていた。

 

直ぐにダートリーダーを構え、避雷針(ダート)を3発命中させる。避雷針(ダート)が着弾した所に紋様のようなものが出現する。

 

ボクは素早く、EPエネルギーのチャージを行い、再び雷撃鱗を展開する。雷撃鱗からその紋様に向かい、3つの雷撃がそのノイズに誘導され、触れたと同時にノイズの身体全体に蒼い雷撃が迸る。雷撃がノイズの身体を覆うと同時に、炭化して消える。

 

その瞬間にボクは再び、リディアンに向けて走り出す。遠くにいるノイズには避雷針(ダート)を撃ち込み、雷撃を誘導させ、襲い掛かるノイズは雷撃鱗により炭化していく。

 

ノイズを殲滅しながらどうにか、リディアンに到着する。リディアン初等部という門を潜る。そこには、ある一方向を向き、その中心に向けて襲い掛かるノイズの群れが確認出来た。

 

ボクはそのノイズの群れに雷撃鱗を展開しながら、走り出す。ノイズはボクに気付いた時には既に炭化しており、走り抜け中心に近付くに連れて状況を理解する。

 

中心には、肩で大きく息をしている翼がおり、ノイズと戦っていた。既に装着されている装備はボロボロで誰が見ても危ない状況と分かる。

 

ボクは自分の出せる限りのスピードで走り抜け、翼の元へ向かい、翼の背後から忍び寄るノイズに向けて避雷針(ダート)を撃ち込んで、雷撃を誘導させ炭化させた。炭化したノイズを見て慌てる翼。その隙を見逃さないとばかりにノイズが襲い掛かる。

 

だが、その前にボクが翼の元に辿り着き、一度雷撃鱗を解き、翼を抱えて、跳躍する。ボロボロになった翼を見て、顔を歪ませる。なんでもっと早く助けてやれなかったと。

 

「よく頑張った」

 

ボクは今の状況を理解出来ていない翼を抱えてそう言った。ノイズを雷撃鱗で撃破しながら、校舎の壁を蹴り、安全だと思われるリディアン初等部の屋上に着地して、翼を下ろす。

 

「ガン…ヴォルト?」

 

「後はボクに任せて」

 

「ちょ、ちょっと…」

 

ボクに何か言いたげに詰め寄ろうとするが、足がふらつきぺたんとその場に座り込んでしまう。その足は震えており、立つ事は少し難しいだろう。

 

校舎下に見えるノイズの大群。既にこちらに向けて今にも飛び掛かりそうな状況だ。この数を雷撃鱗と避雷針(ダート)だけでは確実に対処は出来ない。

 

「あの数を1人でなんて無理!私も戦う!」

 

そう言って持っていた刀を杖にして立ち上がろうとするがボクはそれを制して、言った。

 

「大丈夫、あとはボクがどうにかするから」

 

安心させるよう笑い掛け、ボクはノイズの方に視線を移す。

 

「翼、付近の住民避難って終わってるか分かる?」

 

「えっ…逃げ遅れがいないなら終わってると思う」

 

目の前まで来ていたノイズに雷撃鱗を展開して、炭化させる。このノイズの数、翼を守りながら戦うのであれば長引くと危険だ。それなら、ボクも出し惜しみしてる場合なんてない。

 

「閃く雷光は反逆の導、轟く雷光は血潮の証、貫く雷撃こそは万物の理」

 

その言葉を紡ぐごとにボクの展開する雷撃が形を変え、鎖に変わる。その鎖はボクの周りから出現すると同時に、視界に入るノイズたちへと向かい貫く。視界に映るノイズの数は多いが、ボクの周りに展開される鎖はそれ以上の数、長さで、ノイズ全てを絡め取る。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ヴォルティックチェーン!」

 

その言葉と同時に鎖にとてつもないエネルギーを持った雷撃が迸る。貫いた鎖からノイズへと雷撃が流れ込み、炭化させる。それだけではなく、雷撃はさらに力を増幅して次々とノイズを殲滅して行く。

 

ものの数秒で全てのノイズが炭の塊となって崩れ落ちる。

 

ボクは、全てのノイズが片付いた事を確認するため、一度連絡を入れる。

 

「こちらガンヴォルト 。リディアンのノイズを殲滅。他に反応があるか確認して」

 

『ああ、ノイズの反応は確認されていない。しかし、何をしたガンヴォルト』

 

「それは後で説明するよ」

 

そう言って端末を切る。そして翼の方に歩み寄る。まだ、先程の光景が目に焼き付いているのか、惚けている。

 

しかし、ボクが目の前に来て翼の目線に合う高さにしゃがむ時にようやく意識をこちらに向けたのか少し身構える。そんな翼の頭に手を置いて

 

「よく一人で頑張ったね」

 

そしてその言葉を聞いた翼は目を見開いていた。そして、その言葉の意味を理解したのか瞳に涙を溜め、やがて決壊したように泣き出した。

 

「怖かった…怖かったよ…私、死ぬんじゃないかって…」

 

零れ落ちる涙を手で拭いながら呟くように言った。ボクはそんな彼女を抱きとめ、頭を撫でる。彼女はボクの胸に顔を押し付けると声を殺して泣き続けた。シアンよりも下の年齢の子だ。今まで一人で戦い、辛かったのであろう。

 

ボクは彼女が泣き止むまでは胸を貸した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

翼はノイズがリディアンに出現した事を確認して、直ぐ様天羽々斬を纏いノイズの掃討へと向かう。

 

リディアンに出現したノイズは今まで戦った事のない数であり、恐怖に足が竦む。だが、ここで恐怖して戦えなくなれば、リディアンの生徒が教師が殺されてしまう。

 

覚悟を決め、刃を構える。

 

「防人の剣で全てを薙ぎ払って見せる!」

 

そして翼はノイズへと駆ける。剣を振るい、ノイズを次々と両断していく。もちろん、ノイズもただ斬られている訳でなく、翼に向け、攻撃を仕掛ける。

 

あるノイズは形状を変え、弾丸のように。あるノイズはその大きな口を開け飲み込むように。巨大なノイズはそれを支援するように強力な酸のような液体を飛ばす。

 

翼は弾丸のようなノイズを斬り裂き、襲い掛かる大口のノイズを蹴り飛ばし、酸を巨大な剣を召喚して盾のようにして防ぐ。

 

しかし、あまりの数の多さに苦戦を強いられ、纏うシンフォギアはボロボロになっていく。

 

ノイズの攻勢は止む事がなく、こちらの体力、武装を削っていく。巨大なノイズが小型のノイズを湯水のように召喚し続け、遂には膝を付いてしまう。

 

「はぁ…はぁ…ここまでなの…」

 

足は震え、立つ事が苦しい状態だ。限界に近いが、それでも立ち上がろうとする。その時、翼の背後に何かがバチっという音が聞こえる。

 

振り返ると、背後にいたと思われるノイズが雷に包まれ、炭化していた。そして雷の発生源の方を向くと蒼い雷の膜がノイズを炭化させながら近付いてくるのが見えた。

 

「あの蒼い雷は…」

 

その蒼き雷はかつて戦場にて見た、彼の、ガンヴォルトの雷であった。そして翼の前まで来るとガンヴォルトは翼を抱え、そのまま飛び上がった。

 

ガンヴォルトはボロボロになった翼の状態を見て顔を歪ませるが、直ぐに安心させるように表情を変えた。

 

「よく頑張った」

 

彼はそう言った。ガンヴォルトは翼を抱えながらノイズを炭化させ、壁を蹴り、リディアンの校舎の屋上で翼を下ろす。

 

「ガン…ヴォルト?」

 

翼はガンヴォルトの名前を口にする。ガンヴォルトは翼の方を見ながら言った。

 

「あとはボクに任せて」

 

そう言ってノイズの方に体を向ける。流石にあの数を一人では無理だと感じ、翼はガンヴォルトに近付こうとする。

 

「ちょ、ちょっと…」

 

しかし、足を上手く動かす事が出来ず、そのまま座り込んでしまう。

 

「あの数を1人でなんて無理!私も戦う!」

 

いくらガンヴォルトでもあの数を一人で戦うなんて無理がある。翼は剣を杖代わりにして立ち上がろうとする。が、ガンヴォルトはそれを制し、翼を不安にさせないためか、笑い掛けてくる。

 

「大丈夫、あとはボクがどうにかするから」

 

そう言ってノイズの方を向きながらガンヴォルトは翼に質問する。

 

「翼、付近の住民避難って終わってるか分かる?」

 

避難はリディアン付近にシェルターが幾つもあり、ここにノイズが集中しているのならば、避難は完了していると思われる。

 

「えっ…逃げ遅れがいないなら終わってると思う」

 

ガンヴォルトは襲い掛かるノイズを身体から出現した雷の膜で炭化させながら、そうと言うと、雷の膜を消した。

 

「閃く雷光は反逆の導、轟く雷光は血潮の証、貫く雷撃こそは万物の理」

 

ガンヴォルトは言葉を紡ぐ。その言葉に呼応するようにガンヴォルトの身体から湧き立つ雷が姿を変える。

 

鎖。彼の雷は無数の鎖となって現れ、その鎖は意思を持つが如く、校庭にいるノイズの大群へと向かい貫き、又は絡め取るように巻き上げていく。

 

そして、

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ヴォルティックチェーン!」

 

ガンヴォルトが叫ぶと同時に鎖に雷撃が迸った。その雷撃はノイズ達を雷撃が包み、より強力になりながら、ノイズ達を殲滅せんと校庭に迸った。

 

瞬く間にノイズは炭化していき、校庭からは全てのノイズが消え失せた。

 

余りの光景に放心する。これがガンヴォルトの力、蒼き雷霆(アームドブルー)。気付くとガンヴォルトは翼の目線に合わせてしゃがんでいた。そして、ガンヴォルトは翼の頭に手を置いて、

 

「よく一人で頑張った」

 

そう言った。翼はその意味を最初は理解出来なかった。しかし、どことなく暖かく、心に響くその言葉を聞き、涙腺が崩壊したように涙がとめどなく溢れ出す。

 

「怖かった…怖かったよ…私、死ぬんじゃないかって…」

 

今までの恐怖を思い出し、翼は泣きじゃくる。一人で戦い続け、疲弊していた心が隠していた感情をさらけ出すように泣く。

 

ガンヴォルトはそんな翼を抱きしめ、頭を撫でてくれる。その暖かさに翼はガンヴォルトの胸を借り声を押し殺しながら泣き続けた。



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6VOLT

翼が泣き止み、ボクは彼女を連れて二課本部の司令室へと向かう。あれから彼女はまだ立ち上がる事が出来なかったので背負っている。

 

そして二課の司令室に入ると、全員がボク達が無事な事を喜び、歓迎してくれた。

 

「ありがとう、ガンヴォルト。君のおかげで翼を失わずに済んだ。改めて礼を言わせてもらう」

 

「いや、協力してるんだから当たり前の事をしただけだよ」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

ボクは慎次が椅子を用意してくれたので、背中に背負っていた翼を下ろす。翼は、ボクが下ろすと小さな声でありがとうと礼を言う。ボクは翼の頭をポンと軽く置いた後、弦十郎の方に向き直る。

 

「今回のノイズの件で気になる事があるんだけどいい?」

 

ボクは今回出現したノイズの掃討時、思った事を口にする。

 

「今回のノイズの出現量についてなんだけど、余りにも数が多過ぎる。前にも同じような事が?」

 

「ノイズの出現量についてなんだが、この量が出現した記録はない。ノイズの出現量はまばらだからどうとも言えないが、こんな天災を起こす量が出た原因については謎だ」

 

弦十郎も不可解と思っていたようで既に調べていたようだ。だが原因は分かっていない。

 

「ノイズ自体災害そのものだ。予想を出来る訳ではない。が、ここまでくるとなんらかの意図が働いているんじゃないかと疑いたくはなる」

 

どうやら、初めての事例で二課の中でも気にはなっているようだ。だが、原因が分からない、再発する時のパターンを確認しなければ対策すら取れないだろう。

 

「それよりも俺達が気になっているのは、ガンヴォルトの出したあの鎖だ。なんなんだあれは?あれも第七波動(セブンス)なのか?」

 

「あれはヴォルティックチェーン。ボクの雷撃を鎖へと変化させ、敵を殱滅させる。敵が多ければ多い程威力が強くなるボクの持つ広範囲のスキル。翼も限界に近かったからあのままチマチマと倒して戦闘が長引けば翼にも危険があると思ってね」

 

先程のスキルの説明する。

 

「そうか。しかし、なぜその事を隠していた」

 

説明を聞き、弦十郎が少し怒った表情で問いただす。

 

「あなた方がボクを監視しているようにボクをまだ完全に信用出来てないのが理由かな」

 

「…気付いていたのか?」

 

弦十郎達は驚きはしたものの直ぐに表情を戻す。

 

「部屋の至る所に盗聴器、監視カメラなんか仕掛けられていたからね」

 

ボクは既に監視に気付いていた事を明かすが、敵対の意思はないと両手を上げる。

 

「…監視に対しては済まないと思っている。俺達もこんな事はしたくないんだが…ガンヴォルト 、お前が傭兵だったという事を聞いて我々の中にある危険性をどうしても見過ごす訳にはいかなかったんだ」

 

「危険性か…否定は出来ないからどうとも言えないな…」

 

弦十郎は顔を強張らせ、問いただす。

 

「やはり、お前は人を殺めて…」

 

「ああ、ボクは人を殺した事がある」

 

ボクはあっさりとその事実を認める。

 

「やはり…それは何故だ?私利私欲のためか?」

 

「…彼女の自由のため…私利私欲、側から見たらそうなのかもしれない。ボクは彼女を…シアンを利用しようとしていた能力者達と戦って、殺した。だけど、ボクだって殺したかった訳じゃない。シアンを助けたかっただけなんだ!」

 

ボクはシアンを利用していた皇神(スメラギ)への怒りをぶちまけるように叫ぶ。

 

「シアンはその能力をもって生まれたせいで、自由を失い、能力を無理やり使わされた!シアン自身もそれを嫌がって、ボクと初めて会った時、これ以上苦しみたくないと自らの命を落とす覚悟までして、ボクに殺して欲しいと頼んだ!ちゃんと外の世界も見た事もないのに…だからボクはシアンの本当の願いを聞いて、シアンの自由のために戦っただけだ!例え、その行いが(テロリスト)と罵られようとも!」

 

かつて彼女を操り、その力を使用して対峙した男がボクに向けて言った一言だ。でもボクは自分の行動が間違っていると思っていない。

 

弦十郎はボクに近付いてくる。弦十郎はそんなボクを肩に手を置き、目を合わせ言う。

 

「ガンヴォルト。お前が行ってきた事、どんな辛い経験をしたかは俺達には分からない。そして、俺達はお前のやっていた行動に善悪を決めつける事も出来ない。だがな」

 

弦十郎は一拍おいて、

 

「もがき苦しみながらも戦っていたお前を罵るような奴はこの二課には誰一人としていない。だから、一人で抱え込むな。その行動を他人からは間違っているとしてもお前は己の信念を曲げず、その少女のためにやったんだろ?」

 

弦十郎はそんなボクを憐れみや同情といった表情で見ず、ただ真っ直ぐにボクの目を見ていた。

 

「うん」

 

「なら包み隠さず、俺等大人にぶつけて来い!何のための大人だと思う!ただ、歳だけ無駄に食っているだけと思っているのか!大人とはな!悲しみ、苦しみを持った子供達を導いてやる存在なんだよ!お前も、俺等が守るべき未来ある子供なんだ!たまにはその大人びた態度をやめて子供らしく大人に頼りにこい!」

 

まるでレトロ映画のような台詞を言う弦十郎。余りの臭い台詞にボクは先程の怒りを忘れ、笑みをこぼす。

 

「そのレトロ映画みたいな台詞を言うのは流石にどうかと思うけど。でも、ありがとう。少し気が楽になったよ」

 

「なら良かった。しかし、俺の言った台詞はそんなに古い映画みたいなのか?」

 

少し恥ずかしそうにボクに小声で聞いてくるが、笑って濁した。弦十郎は咳払いをしてもう一度ボクに問い掛ける。

 

「だから、もう一度聞かせてくれ。お前は、殺しを…何の罪もない人々を殺したりするのか?」

 

「そんな事するつもりは絶対にないよ」

 

「ならばよし!こちらも済まなかったな。監視するような真似をして」

 

「ボクの方こそ、疑い過ぎてごめん」

 

謝罪して、頭を下げる。頭を下げた時、コートの端を掴む翼が見えた。その表情は覚悟を決めたような感じ

でボクは頭を上げて翼の方に向き、目線を合わせる。

 

「どうしたんだい、翼?」

 

翼はボクの過去を聞いて、何か言いたかったのだろうか。翼はボクの目を弦十郎と同じく真っ直ぐ見て宣言するように叫ぶ。

 

「ガンヴォルト!私はあなたの行動を否定しないわ!だけど、これから背を合わせ戦う者同士、嘘なんて付かないで!あなたが苦しみ、悲しむような事があれば私が、この天羽々斬と共にずっと防人の剣で払ってあげる!」

 

この叔父あってこの姪あり、二人とも台詞回しがどことなく古い。だが、その言葉にはとても助けられる。

 

「ありがとう、翼。そしてこれからよろしく」

 

ボクは翼の手を両手で包むように握り、彼女の表明に答える。それを見た慎次が余計な事を言わなければここで話は終わっていたのかもしれない。

 

「翼さん、ずっとなんて付けて逆プロポーズに聞こえちゃいますよ。それにガンヴォルト君の握り方、とてもそのプロポーズを了承したようにしか見えません」

 

急にそんな事言うから翼の顔がリンゴのように真っ赤になる。司令室にいた女性社員達もきゃー、と黄色い声援を上げ、ざわめき始める。

 

「まだ小学生の言葉だろう?そこを指摘するのはどうかと思うよ、慎次」

 

呆れながらもボクは慎次に返す。しかし、一人だけ間に受けた者がいるようで、こちらに拳を構えている男がいる。

 

「大切な姪っ子のプロポーズだと…ガンヴォルト、俺はそこまで気を許したつもりはないぞ!もし、翼と婚約を結びたいと言うのなら、俺と兄貴を倒してみろ!」

 

「いや、弦十郎もどこまで話を飛躍させてるんだ…」

 

そう叫び襲い掛かる弦十郎。それを抑え込もうとする男性職員達。彼らは抑えながら同じような事を叫ぶ。

 

「司令!あなたがこんな所で暴れたら機材やら床が跡形もなく壊れてしまいます!」

 

「素手で床に穴を開けたりするあなたが、こんなとこで暴れて壊れた機材を搬入したりするのは僕達なんですよ!」

 

「緒川さん!何でそんなピンポイントに司令の地雷踏んじゃいますかね!それだから、優良物件と言われてもモテないんですよ!ザマァみろ!」

 

一人だけ罵倒も混じっている気がするが、そんな感じで司令室が混沌に包まれた。ボクはとりあえず他の職員に逃げるように促される。

 

「待て!ガンヴォルト !話と拳の決着はまだついてないぞ!」

 

司令室から木霊する弦十郎の雄叫びを聞きながらボクは急いでその場から退散した。



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7VOLT

ボクが二課に所属して2年の歳月が経った。

 

未だ、シアンの情報は全くない。だが、了子の言っていたボクに宿る彼女の第七波動(セブンス)は健在している。第七波動(セブンス)が消えてないならば彼女は生きていると思う。その根拠のない希望を抱き続ける事は本当に正しいのだろうか。あの時、ボクが撃たれ気を失った時には彼女は既にもう…。

 

最悪の考えを振り払うように首を振る。今やるべき事に集中する。

 

ボクは今、とある場所に来ている。

 

長野県の聖遺物発掘現場。そこに聖遺物があるとされ、国が総力を挙げて調査している場所だ。

 

ボクがこの場に来ている理由は、任務やノイズ発生などではなく、シアンや元の世界の手掛かりを探すためである。全く情報が見当たらず、どうしようもないボクに出来る事はほとんどない。

 

だから、ボクは前に弦十郎の言っていた別の世界に繋ぐ聖遺物を探している。

 

この2年で幾つもの日本にある採掘現場を回ったが、何の成果も得られていない。二課にはシアンの捜索をしてもらっているため、完全にボクが個人的に行なっている調査となっている。ただ、聖遺物を見つけたとしたら二課に渡さなければ調査しようがないので、その時は二課にお願いしようと思っている。

 

発掘現場に赴く。休みのため人が閑散としている。ボクは、発掘現場の一般開放された部分以外を二課のメンバーだと身分証明書を出し、難なく入る事が出来たため、そのまま発掘現場にて調査を開始する。

 

ボクのような素人では、どれが聖遺物なのか皆目見当もつかない。だがそれでも何もせずにはいられなかった。最悪、聖遺物とは古代の聖遺物のため、それらしき物を見つければ何とかなるのかもしれない。

 

ボクは坑道などを徹底的に調べながら発掘現場を回っていた。

 

だが、しばらく探してもなんの成果もない。まだそこまで日も落ちている訳でもないため、一度休憩でもしようと考えた矢先、少し離れた所から爆発音と悲鳴が聞こえる。その悲鳴の聞こえる方に向かって走り出した。同時に持っていた通信端末に連絡が入る。

 

『ガンヴォルト!ノイズが出現した!今すぐ本部に向かい、ヘリへと急げ!』

 

「ごめん、弦十郎。こちらもトラブル発生だ。二課に行く事が出来ない。悪いけどこっちの指定した場所までヘリを飛ばしてもらえる?それで、ノイズの出現場所は?」

 

『長野県の聖遺物発掘現場だ。なら、翼を先行させる。ガンヴォルトは後で合流してくれ。それで、お前のいる場所は?』

 

ノイズの出現。しかし、運が良いのか悪いのか、出現したと言われる場所は多分さっきの悲鳴からして、この場所で間違いなさそうだ。

 

「ヘリの迎えは必要なさそうだ。今回のトラブルがそのノイズだと思う。ボクはその場にちょうどいるから翼は一応待機させておいて。こっちはボクがなんとかする」

 

『なんでそんな場所に赴いているか知らないが、分かった。装備はあるのか?』

 

「アンダーウェアは着ているし、ダートリーダーも持ってるからなんとかなるよ」

 

『そうか。だがガンヴォルト。無茶だけはするなよ』

 

「分かってるよ」

 

ボクは通信端末をしまい、ダートリーダーを取り出して蒼き雷霆(アーマードブルー)で生体電流を活性化させ、ノイズ出現場所まで駆け抜ける。

 

ノイズは既に何人かの人を炭へと変えており、辺りにはかつて人であったであろう炭の塊が確認出来る。その中を未だに標的を探しているノイズ達が彷徨っている。

 

ノイズ達はボクという消滅対象を認識すると身体の形状を変化させて襲い掛かる。

 

雷撃鱗を展開し、襲い来るノイズを炭化させる。ボクは離れているノイズに向けてダートリーダーを構え避雷針(ダート)を撃ち込み、展開している雷撃鱗から出る雷をノイズへ誘導させ、炭化させる。

 

ノイズを掃討する中、二つの人影がこちらへと助けを求めてやって来た。翼と同年代くらいの少女とその父親だろうと思われる男性。しかし、その男性は爆発に巻き込まれたのであろうか、満身創痍で、歩くのがやっとの状態。少女はそんな男性の肩を支え、助けを求めている。

 

直ぐに二人の安全確保をするために、駆け出す。だが、非情にもそんな彼らの存在に気付いたノイズがボクから標的を変え、襲い掛かっていく。

 

彼らを救おうと襲い掛かるノイズに向けて避雷針(ダート)を撃ち込み炭化させながら近付く。

 

だが、無情にも一体のノイズが二人の後ろに出現し、襲い掛かる。男性は支えていた少女を突き飛ばし、少女を守るように身体を盾にしてノイズに貫かれる。

 

「いやぁぁぁぁ!」

 

少女はその光景を目の当たりにし、泣き叫ぶ。男性は炭化して崩れ行く身体を動かし、こちらに向けて言う。

 

「…娘を救ってくれ…」

 

男性はその言葉を言い終えると同時に炭となってノイズと共に崩れ落ちた。

 

「お父さん!お父さん!」

 

泣き叫ぶ少女は炭となった父親の亡骸に縋るように近いて、父親だったものをかき集める。

 

そんな中、ノイズ達は少女へと襲い掛かる。だが、既に少女の確保を出来る距離にいるボクは雷撃鱗を展開して少女を守る。

 

雷撃鱗によって炭化していくノイズ。残りのノイズを殲滅するようにボクは泣き叫ぶ少女を守りながらダートリーダーを構え、避雷針(ダート)を撃ち込んでいく。

 

瞬く間にノイズは炭化していき、この場に出現していたノイズはいなくなった。

 

通信端末を取り出し、二課へと連絡をする。

 

「こちらガンヴォルト。見える範囲のノイズを片付けた。他に反応は?」

 

『辺りにノイズの反応はないです、戦闘お疲れ様でした』

 

オペレーターの友里あおいから応答があった。

 

「了解。それと生存者が一名いるからヘリの」

 

言葉を言い終える前にボクに向けて振るわれる拳を回避する。拳を振るったのは唯一生存している少女だ。

 

少女はその炭で真っ黒になった拳を握り、ボクに殴り掛かる。

 

「なんでだよ!なんでお父さんを助けてくれなかったんだ!」

 

少女は泣き叫びながら拳を振るう。行き場の無い怒りの矛先をこちらに向けて。

 

「さっきのはなんなんだよ!ノイズをぶち殺す力があるのになんでもっと早く来なかった!そしたらお父さんは…家族やここにいたみんなが死ぬ事なんてなかったのに!」

 

そんな少女に対してボクは何も言う事が出来ない。もっと早く、確かにこの場にいたボクが探索場所が違う所、少女達と同じ場所にいれば父親も、家族も多くの命を助けられていたかもしれない。だがそれは理想であり、現実では無い。

 

「お前が!お前が!」

 

少女は何度もボクの事を責め立てる。ボクは落ち着かせるために言葉を掛け続けるが、少女は聞く耳を持たず、ボクに拳を振るう。ラチがあかないと思い、少女に向け、かなり出力を抑えた雷撃を当てる。

 

「がっ…」

 

少女は雷撃が迸ると同時に意識を失い、倒れかける。そんな少女を支えて、ボクは握っていた通信端末へ再び声を掛ける。

 

「ごめん、生存者が暴れて抑えが効かないからやむなく雷撃で気を失わせた。ヘリの要請と治療出来るように手配して欲しい」

 

『分かりました。すぐにそちらに向かわせます。ガンヴォルトは到着までの時間他の生存者がいるかどうか確認をお願いします』

 

通信端末を切り、ボクは少女を抱えて他の生存者がいるかどうか探し始めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガンヴォルトが生存者を探す中、彼を遠くから見つめる存在が一人いた。

 

「ノイズが急に消えていくから、何事かと思ったけど、彼がいたのね。何でここにいるかは知らないけど、大方、熱心に探している女の子の捜索…もしくは並行世界へと繋がると言われているギャラルホルン探し、てとこでしょ」

 

見つめる人物、了子の腕の中には既にこの場で手に入れた聖遺物が抱えられていた。

 

「運良く彼に会わなかったから良かったけど、見つかったら、計画が台無し。消したいのは山々だけど、あなたがいないとあの聖遺物も分からなくなるからね。本当に厄介よね、彼」

 

目的である聖遺物の回収は既に終わった。他の生存者を捜索しているガンヴォルトに見つかるとまずいだろうと彼女はその場から立ち去った。



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8VOLT

「離せよ!くそっ!そこの金髪のお前!お前だけは絶対に許さない!」

 

獣のように暴れまわるため拘束された少女。名は天羽奏。あの現場でボクが唯一助ける事の出来た少女だ。

 

少女、奏は未だにボクへと助けるのが遅かったせいでみんな死んだんだ!と責め続ける。

 

「この少女がガンヴォルトの言っていた子か」

 

「うん。あの遺跡でボクが助ける事の出来た子だ」

 

「助けた?何寝ぼけた事言ってやがる!お父さんを救ってくれなかったのに助けたなんてよく言えるな!お前がもっと早く来ていれば家族を…みんなも救えたのに!」

 

ボクと弦十郎の会話を聞き、吠えるように叫ぶ。だが、その瞬間、この場にいた翼が奏の元に向かい頰をぶった。

 

「テメェ、何しやがる!」

 

「あなたが何を言ってるの!あの場にガンヴォルトがいなかったらあなたも死んでいたかもしれないのに!」

 

「よせ、翼」

 

弦十郎が再び頰を打とうとする翼を抑え、奏から引き離す。

 

「そうだな。翼の言う通り、あの場にガンヴォルトがいてくれたおかげで君は助かった。もし、あの場にいなければ君も…」

 

「ならいっそ家族と一緒に死なせてくれれば良かったんだ!そうすれば、私は…」

 

その言葉を聞いたボクは思わず叫んでしまった。

 

「簡単に命を投げ出そうとするな!ボクだって出来る事なら君の家族を…あの場にいた全員を救いたかったさ!だけど僕は全能な神なんかじゃない!出来る事だって出来ない事だってあるんだ!」

 

ボクは第七波動(セブンス)という特別な力を宿しているだけのただの人だ。だけど、

 

「でも、あの場で君を助けた父親の意志を無駄にするな!君の父親は、君を守るために体を張ったんだ!君を助けたくて…生きて欲しくて!君の父親が君を助けた最後になんて言ったかも覚えても無いのか!見ず知らずのボクに君を託したのに!」

 

ボクは奏へと近付き、肩を掴んで真っ直ぐ目を見た。

 

「君は父親の思いを無視するのか!」

 

「赤の他人が一丁前に説教かよ!あんたに私の何が分かるってんだ!」

 

奏は叫ぶ。そして近付いて来たボクの首元に噛み付く。ボクは顔を歪ませる。首から少しずつ血が溢れていき、赤い染みを服へ作っていく。それでも暴れたりせず、奏に話を続ける。

 

「確かに、ボクは君の父親の事…家族の事は何も分からない。だけど、君の父親は、あの場で君を守るために身体を盾にし…その事を無下にするような事を言っては欲しくない。それに君の父親から託されたんだ。救ってくれって。だから、頼む。簡単に自分の命を捨てないでくれ…」

 

奏へボクの本心を打ち明ける。恨まれたって構わない。だが、奏の父親に救ってくれと言われたんだ。ボクは奏を救いたい。もちろん奏の父親の願いもある。だが、奏は

 

「そんな甘っちょろい言葉を並べたところで私が納得すると思ってんのか!」

 

奏はボクの首から口を離し叫ぶ。

 

「確かにお前が私をお父さんから託されたのかもしれない!でもそれはお前がお父さんを救えなかったからだ!」

 

しかし奏にボクの思いは届く事はなかった。そんなボクを引き剥がすように弦十郎が首根っこを掴んで引っ張る。

 

「ガンヴォルト、一旦その傷の治療に行ってこい。後は俺達が彼女に話をして見る。翼、済まないがガンヴォルトを治療室へと連れて行ってくれ」

 

「…だけど…ごめん、弦十郎。後は頼んだ」

 

今のボクでは何も奏の力になる事も、憎しみを取り除いてやる事も出来ない。拳を強く握り、ボクは部屋を退出する。

 

「ガンヴォルト…大丈夫なの?」

 

後を追ってきた翼がボクに問い掛ける。

 

「翼…大丈夫だよ。このくらいの傷は蒼き雷霆(アームドブルー)で細胞を活性化させればすぐ塞がるさ」

 

「傷もそうだけど、そっちじゃない!あの子の事!ガンヴォルトだって一生懸命やったのに、助けたはずなのに何であんな事言われなきゃいけないの!」

 

「翼…」

 

泣きそうな顔で叫ぶ翼。自分の事ではないのに自分の事のように辛そうにしている。

 

「大丈夫だよ、翼。責められるのも、恨まれるのももう慣れてる」

 

かつて、ボクが敵対していた組織、皇神(スメラギ)の人間、その家族。そして、シアンの友人。面として言われた事などは数少ないが、インターネットの普及された世界なら何処にいようがSNSなどでテロリストであったボクに対する怒り、憎しみの感情を見てしまう。

 

「私は…」

 

目尻に涙を溜める翼。ボクは翼と目を合わせる。

 

「なら、彼女に歩み寄ってくれないか?ボクじゃどうにも彼女の憎しみを…怒りを強くするばかりだから。今彼女に必要なのは話を聞いてくれる相手、理解してくれる相手じゃないかと思うんだ」

 

ボクのような力で全てを乗り越えてきた者に今の奏の力にはなる事は出来ない。

 

「でも、ガンヴォルト…あなたはそれでいいの?あの子に恨まれたままで」

 

翼の問い掛けにボクは肩を竦め答える。

 

「さっきの様子だと今のボクに出来る事は何もないよ。また彼女の怒りを買ってしまうだけ。もしかしたら時間が解決してくれる事なのかもしれないし恨まれ続けるのかもしれない」

 

ボクは心配させまいと作り笑いを浮かべる。

 

「ガンヴォルト…」

 

「大丈夫。ボクはさっきも言ったようにこういう恨まれるのは慣れているさ。それよりも早く医務室に行こうか。いつまでも血の付いた服装でいるのはどうもね」

 

医療室に向けて再び歩き始める。振り帰り際に見た翼の表情はとても悲しそうだった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

翼にガンヴォルトを医療室に連れて行くよう頼んだ弦十郎は拘束されている天羽奏に話し掛ける。

 

「ガンヴォルトを …彼の事を許してやって欲しい。彼も彼なりに頑張っていたんだ。君から恨まれるような事はしていない。さっきも言った通り、彼があの場にいなかったら君もどうなっていたか分からないんだ」

 

「うるせぇ!あんた等には分かるのかよ!ノイズをぶっ殺す力を持っている奴がその場にいながら、目の前で家族を殺された人の気持ちなんてよぉ!しかも見た事しかない私の父親の代弁なんかしやがって!」

 

天羽奏がガンヴォルトに抱いている怒り、憎しみは相当なものだ。目の前で家族を殺され、その場にいながらも自分一人しか助けられなかった事が怒りや憎しみの感情をより深く奏に植え付けてしまった。先程のガンヴォルトの言葉すら一切届かず彼女は未だ暴れ叫び続けている。

 

「それより、あいつのあれはなんだ!武器なのか!?ノイズをぶっ殺す力!あんた等持ってるんだろ!?それを私に寄越せ!」

 

天羽奏はガンヴォルトの持つ第七波動(セブンス)を欲しがった。だがあれはガンヴォルト以外分からない未知の力。譲渡する事すら出来るか不明だ。しかし、弦十郎は躊躇った。もう一つノイズと戦う事の出来る武器、第3号聖遺物、ガングニールがあるにはある。第七波動(セブンス)という力が入る前からノイズを退ける武器。だが、未だに適合者の出ないその聖遺物は奏を受け入れるのだろうか。

 

「何黙ってんだよ!早く私に武器を寄越せ!家族の仇…ノイズをぶっ殺す力をくれ!」

 

弦十郎は暴れながら叫ぶ彼女と目線を合わせるために膝を付く。

 

「その役目は我々に任せてくれないか?君の家族の仇を必ずとってみせる」

 

「あんた等に…あいつに任せてなんてられるか!それに私の家族の仇は私以外とれねぇんだ!いいから早く力を寄越せ!」

 

聞く耳を持たない奏。弦十郎は間を開けて問い掛けた。

 

「その力は君を地獄の苦しみに落とすだろう。それでも君は力を欲するか?」

 

「地獄の苦しみ?地獄なら既にいる。私のいるこの世界が、家族を殺したノイズが存在するこの世界そのものが地獄だ。ぶっ殺せるのなら私は地獄なんてもの怖かない。ノイズを滅ぼすまで何処までも落ちてやる」

 

彼女の言葉は余りにも重く、弦十郎は拳を強く握りしめた。またしてもノイズという脅威に未来ある子供を戦いに巻き込んでしまう自分の不甲斐なさに。

 

弦十郎は強く握りしめた拳を解き、奏の頭に手を乗せ、優しく撫でる。そして彼女を抱きしめた。

 

「許してくれ…」

 

弦十郎は力なく呟く事しか出来なかった。

 

そして数日後、奏は地獄のような訓練とLINKERという薬の投与を続ける事によって第3号聖遺物、ガングニールの力を手に入れた。血反吐に塗れながらも奏は力を勝ち取ったのだった。



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9VOLT

奏がガングニールのシンフォギア装者となって数日。ボクは弦十郎の計らいにより奏とは余り会わないようになっている。今は力を手に入れ落ち着いているし、日常ではある程度の抑えは利くようになっていると聞いた。

 

ボクは奏にはあれ以来会っていないため、そのくらいの情報しかない。ノイズの出現に対してもボクは一人で、翼と奏は二人での行動が多くなると聞いている。

 

それと、翼はあれから奏に歩み寄ってくれているそうだ。弦十郎は最初に平手打ちしたからどうかと心配していたそうだが、問題なかったそうだ。

 

奏も翼もうまくやれているのなら心配はないが、ただ今気になっているのは奏のガングニールの件だ。

 

正式には第3号聖遺物、ガングニール。この国が保有している聖遺物の欠片であり他にも翼の保有する天羽々斬、紛失してしまったイチイバルがある。

 

話が逸れたが、その聖遺物は適合する者の歌でしか反応しないはず。それなのに奏が運良く適合した。そんな都合の良い話があるのだろうか。

 

ボクはその事実確認のために弦十郎の元へ向かう。司令室に入り、弦十郎に声を掛けた。

 

「弦十郎、奏のガングニールで聞きたい事がある。聖遺物は適合者でないと反応しない。これは間違いないと聞いてる。奏に反応したのがちょっと気になっているんだけど」

 

「…ここで話すのは少々気が引ける。付いてこい」

 

弦十郎はそう言って司令室から一緒に出るように促す。ボクはその後を追った。

 

「弦十郎、あの場で話せないのはなんで?何か機密があるのか?」

 

「機密などはない。だが、この話はあまり大人数で話す内容ではないからな」

 

そう言って休憩室に入り、弦十郎は缶コーヒーを二つ買って、片方をこちらに投げ渡す。それを受け取るが開ける事なく直ぐに弦十郎に問う。

 

「それで、奏がなんでガングニールを使えるように?奏は適合者だったの?」

 

「いいや、彼女はちゃんとした適合者ではない。ガングニールは彼女の歌には反応しなかった」

 

「じゃあなんで奏に反応を?適合者じゃないと反応しない。了子の資料を一通り目を通してるからそのぐらいは理解している」

 

だったらなんでと聞き返す前に弦十郎が答えた。

 

「LiNKER。それが奏を適合者にした答えだ」

 

「LiNKER?」

 

聞いた事ない単語が出て弦十郎に聞き返す。了子にもらった資料にもなかった単語。

 

「LiNKERは聖遺物との適合率を無理矢理引き上げる薬の事だ。だが、当然副作用があって適合率を上げれば上げるほど投薬者に負荷が掛かる。運が悪ければ死者や廃人を作り出してしまう程の」

 

ボクはその言葉を聞いて弦十郎の胸倉を掴んだ。

 

「なぜそんな薬を使ったんだ!」

 

「彼女が望んだ事だ。俺だってあの子をこんな戦いに参加しては欲しくなかった」

 

「だからってそんな物を使ったのか!そんな危険な副作用があると知って!死ぬ可能性もあったかもしれないのに!」

 

「おいおい、そんなの承知の上に決まってるだろ。あんたに何かを言われる筋合いはないぜ」

 

弦十郎からではなく背後の入り口の方から聞こえた。振り返るとそこには奏が立っており、その後ろにはどうしていいか分からなそうにオロオロしている翼がいた。

 

「奏…」

 

「気安く呼ぶなよ。あんたに気を許してなんかいないんだからな」

 

奏はボクへ突き放すように言った。

 

「私はノイズをぶち殺すために血反吐を吐きながらもこの力を手に入れたんだ。それを何様だ?使うな?副作用が出て廃人になるか死人になる?私にとってはそんなのちっぽけな事に過ぎないんだよ。家族の仇、それさえ取る事が出来れば私はどうなろうと関係ない」

 

「そんなの間違っている!例えそれが君の願いだったとしても、家族の仇を取るために自身の命を懸けて欲しくない!」

 

「うるせぇ!理想を並べて善人を気取ろうとしたって私の意志は変わらない!私に残されたのはノイズをぶち殺す、この力だけなんだからな!」

 

そう言って奏は首から下げているペンダントを握った。

 

「奏!ガンヴォルト!二人とも落ち着け!なんでお前等は顔を合わせるだけで言い争いになるんだ全く!」

 

弦十郎がボクと奏の間に入り仲裁する。

 

「弦十郎の旦那には関係ねぇ!」

 

「関係大アリだ!お前等二人の保護者という立場だからな!とにかく今のお前等じゃ話が進まん!一旦落ち着いてこい!翼、奏を何処か落ち着ける場所に連れて行ってくれ!」

 

翼は頷いて奏を引っ張って連れて行く。奏はあの時よりは落ち着いているのか暴れようとはせず、こちらを睨みながら出て行った。

 

「ったく、どうしてお前等は…」

 

呆れながら溜め息を吐く。

 

「ガンヴォルト…お前はなんであそこまで彼女に戦って欲しくないと言うんだ?戦うのも彼女の意思だ」

 

「戦って欲しくない、それはボクの我儘だって事ぐらい分かるさ。ボクが怒る理由は薬を使い続けた結果の事だ」

 

弦十郎にその事を説明をする。未だ何が起こるか分からない物を使い続けた結果。彼女がどうなってしまうかを考えてしまう。

 

それに...

 

「今の奏が…復讐を望む奏が過去の自分の辿ろうとしていた道に行きそうだから」

 

「お前が辿ろうとしていた道…」

 

かつてボクは皇神(スメラギ)の実験施設にいた。その時、あの人に助けてもらい、ボクは自由になった。だが、あの時のボクは助けられずに実験体として扱われ続けたら彼女よりも酷く誰も彼も信用出来ない人間になっていただろう。

 

憎むべきものは違えど、彼女がその憎しみを抱き、生き続けるのは耐えられない事を語った。

 

話しを聞いた弦十郎は辛そうな表情を浮かべる。

 

「それに奏はそうは思ってないかもしれないけど、ボクは助けた人がそんな状況だからこそ見捨てる事が出来ない」

 

「お前の気持ちは分かった。だが、奏はあの様子だと止まらないだろう。だから、あいつのケアは俺達に任せてくれ。それと薬に関しては申し訳ないが今すぐどうこう出来る問題じゃない。もし、ここで止めて仕舞えば、奏は矛先をさらにお前に向ける事となるからだ」

 

確かに、急にLiNKERを打てなくなれば先程反対していたボクに向くと予想は出来る。弦十郎は話を続ける。

 

「だがガンヴォルト。前にも言ったが、お前も我々や医療班を信用して欲しい。ここに配属されている人材は皆優秀なんだ。絶対に奏を危険な目には遭わせはしない」

 

「…分かった。だけど、約束はしてくれないか。奏と翼を、あの二人を危険な目に遭わせない事を」

 

「そんなの当たり前だろうが。二人とも大事な俺達が支えるべき子供達なんだからな。だが、お前も」

 

「その中に入っている。そう言いたいんでしょ」

 

弦十郎も分かっているならよし、と言ってボクの背中を叩く。

 

「まあ、この問題に関しては直ぐには動けるような問題じゃない。だが、このままギスギスした状態でいるのもな…」

 

弦十郎はさらなる課題に頭を悩ませる。

 

「毎回のように口論になると決まった訳じゃ…」

 

「だとしてもだ。奏もまだ装者になったばかりだ。しばらくはガングニール装着時のトレーニングに専念させる。お前との鉢合わせなんかは少なくなるだろうから大丈夫だと思うが」

 

「分かってるよ。奏が落ち着くまでボクは召集がない限りあまり二課の中を歩かないようにするよ」

 

そう息を吐くように言うとぬるくなった缶コーヒーを開けて一口飲む。温くなったコーヒーは特有の酸味と苦味だが、いつも飲んでいるコーヒーよりも苦く感じた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「そろそろ離せよ、翼」

 

奏は自分の手を引き、先程言い争っていた休憩室から離れた場所まで来ると翼に言った。翼は手を離すと奏の方を向き言った。

 

「なんで奏はガンヴォルトに会ったら言い争うの。あの人も奏に対してすぐに感情的になるかもしれないけど、奏を助けてくれたのよ?」

 

「あの時も言った通り、あいつは私のお父さんを殺したようなもんだ」

 

「ガンヴォルトの報告じゃ、奏を守ってと聞いているわ。現場にいなかった私じゃどうこう言える立場じゃないけど、あの人は簡単に人を見捨てるような人じゃない」

 

翼の言葉は真実であるのかもしれない。あの時は怪我をした父親を助けようと必死だったから彼がどうしていたかも不明だ。だが、助けられなかった事は事実であり、あの場にいたガンヴォルトは助けてくれなかった。

 

「いいや、あいつは私のお父さんを見捨てたんだ!」

 

あの時の感情を思い出し、思わず叫んでしまう。急に叫んでしまい、翼は涙目になる。我に帰り、友達になってくれた翼に謝る。

 

「急に怒鳴ってごめん。でも、私はあいつが許せない。目の前の助けられた命を見落としたあいつが…」

 

「あの人は…ガンヴォルトはそんな事する人じゃないよ…それだったら、あの時私も死んでたんだから…」

 

翼が涙を拭いながら言った。

 

「翼が死んでいた?」

 

奏は翼の言葉に問い返す。

 

「奏も知ってるでしょ?2年前に起きた、リディアン初等部であったノイズの襲撃を」

 

2年前に大々的に報道されたリディアン初等部を襲ったノイズの大群。その事件は奇跡的に死傷者がほとんど出ずに解決された数少ない事例だと聞いている。

 

「あそこで私はノイズの大群を一人で相手していたの。あまりの数の多さに手数が足りなくて、気付けばノイズに囲まれて追い詰められたの」

 

翼が語る真実。それは規制されてメディアでは報道されることのないもの。

 

「あの時、私は死にかけてもうダメだって思っていた時、ガンヴォルトが助けてくれたの。自分の疑いすら気にもせず」

 

その言葉に奏は気になる事が出来た。

 

「何に掛けられてんだ、あいつ?」

 

「…殺人」

 

その瞬間、奏の中の何かが弾け、先程いた場所まで駆けようとするが、翼が奏の手を掴んで止める。

 

「離せよ翼!やっぱりあいつは!」

 

「違うの!あの人は確かに人を殺したと言ってた!でも、それは人を守るためなの!」

 

「だからってなんで誰もあいつを恐れないんだ!人殺しがなんでこの場に!」

 

ガンヴォルトが殺人を犯しているのに、この場でのうのうと過ごしているのを見逃しては置けず、翼の手を振りほどこうとする。

 

「違うの!あの人は別の世界で悪用されようとしていた力を持つ人のために戦ってたの!決して罪のない人を殺すような人じゃない!」

 

「翼や弦十郎の旦那もなんでそんな奴の事が信用出来る!嘘偽りの可能性だってある!今は隠しているかもしれないけどあいつがいつ本性を出し始めるか分からないだろ!それに別世界ってなんだよ!訳わかんねぇよ!」

 

急な展開で頭が追い付かない。過去のリディアンの襲撃。ガンヴォルトの殺人。別の世界。一気に入ってくる情報は奏の頭をパンクさせる。

 

「本当に訳がわかんねぇよ!なんなんだよそれ!」

 

「だったら私が詳しく説明してあげるわ」

 

その言葉と共に何処からともなく了子が現れた。

 

「了子さん…」

 

「奏ちゃんもこれからは二課で一緒に働くものね。その辺りも詳しく話しておかないと今後になんで説明しなかったって怒りそうだものね」

 

そう言って了子は奏と翼を手招きする。

 

「こんな所で立ち話するのもなんだし、近くの部屋でお茶でも飲みながら話しましょう」

 

了子は奏と翼を引き連れて近くの部屋へと入っていった。



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10VOLT

「という事があって、今ガンヴォルトとは協力関係にあるの。別に彼は常に人を殺そうなんて考えは正直ないと思うわ。ただ欠点とするなら、あの力の事を全然教えてくれない事ね。あの力がなんなのか分かればノイズに対抗出来る戦力強化が見込めるんだけど…」

 

奏は翼と共にガンヴォルトの事を了子に教わった。最後の一言だけは私情が混ざっているのは気にしてはいけない。

 

それで、ガンヴォルトが別世界の人間であり、第七波動(セブンス)という特別な力を持っているという事。彼は元いた世界ではその力によって狙われた少女を助けるために戦いに身を投じていた事。その過程で何人もの同じ能力者達を手に掛けた事。他にも分からない事があったら質問すれば了子自身が知っている限りの事を話してくれた。

 

「詳しくはガンヴォルトに聞いた方が良いかもしれないけど、彼自身も余り話してくれるかは分からないけどね」

 

そう呟いて、了子は紙コップに入ったコーヒーを飲む。

 

「なんとなくは分かったと思う。でもなんであいつの事をみんな信用しているかがわからねぇ」

 

「まぁ、その辺は人それぞれよね。弦十郎ちゃんは翼ちゃんを助けてもらった恩義もある。翼ちゃんなんて彼に逆プロポーズする程だからね」

 

「さ、櫻井女史!あ、あれは違う!それっぽく聞こえただけでそのような事は決してない!」

 

了子の言葉に顔を真っ赤にさせて慌てる翼。一度咳払いをして先程の事をなかったように話し始める。それでも顔の赤さが引かず了子はそれを見てニヤニヤしていた。

 

「私はあの人を信じてる。私を救ってくれて、ノイズという脅威に苦しんでいる人々を救ってくれている。我々と同じ志を持っている人を疑いたくはない」

 

翼の彼に対する信頼はそこから来ている事を知る。その言葉を聞いた了子は青春しているわね、と先程から変わらないニヤけヅラで呟いた。

 

「だからって私の意思は変わらないよ。例え、それが人を救うためだったとしても、人を殺す奴の事なんか。ましてや家族を見殺しにした奴の事なんか」

 

「奏ちゃんの家族を見殺しにされたかもしれないという憎しみは簡単に消えるようなものじゃない。それは私たちのような、経験した事のない者からするとなんとも言えない事は理解しているわ。でもね、あの子も頑張って貴方や家族の事を救おうとしていたのは事実よ」

 

「だからって」

 

「奏ちゃん」

 

了子は奏の言葉に被せるように言った。

 

「憎しみは簡単には消えないかもしれない。でもね、ガンヴォルトの話もしっかりと聞いてあげなさい。例えそれが憎い相手だったとしても。そうでないと貴方はその感情を持ち続ける生き方をしなきゃいけない。それが悪いとは言わないわ。その代わりに貴方の大切な感情すら消えていくかもしれないのよ。それに、話をしても何かしら答えてくれるでしょ?ガンヴォルトだって受け答えの決められた機械じゃないんだから」

 

「でも!」

 

奏は再び何か言おうとするが了子が口に指を当て止める。

 

「大人の忠告はたまには聞いておきなさい」

 

そして、了子は口から指を外すとコーヒーを口にしようとする。しかし何時の間にか空になっている事に気付いたのかコーヒーの入っていたコップを置く。

 

「ごめんね翼ちゃん。コーヒー無くなっちゃったからお使い頼んでもいいかしら?もちろん貴方達の分も好きなの買って来ていいから」

 

そう言って了子は通信端末を翼に渡す。翼はそれを受け取ると部屋から出て行った。

 

「私は…私はそれでもあいつとは分かり合える気はしない。あんな奴…」

 

「そんなに背負い込んで悩まなくていいの。貴方にはまだ沢山時間があるんだから。早急に答えなんて出さなくても大丈夫よ。ゆっくり考えて貴方なりの答えが出たら彼に話すのもいいんじゃない?」

 

「私の答え…」

 

多分、答えは今だと直ぐに許せないというだろう。例え、考えていてもその気持ちは変わらない。

 

「多分、私の答えは変わらないはずだ。あんな奴とは一生分かり合うつもりもない。了子さん達があいつを信用してても絶対に私はあいつの事を」

 

「だから、考えが早急過ぎるのよ奏ちゃんは。さっきも言ったけどゆっくり考えなさい。でも、もしも貴方の考えが変わらないというのであれば…」

 

了子は奏の頭に手を置いて

 

「その時は貴方が家族の仇としてガンヴォルトを殺せばいい」

 

一気に血の気が引いた。その言葉の真意は分からないが、今までに了子からは感じた事のない気配を感じた。しかし、すぐにそれは収まり、いつもの了子の雰囲気に変わる。

 

「なんて冗談よ。さっきの事は忘れなさい。」

 

そう言って頭を撫でる。そのタイミングで自動ドアが開き、三人分の飲み物を持った翼が入ってくる。

 

「櫻井女史。さっき技術班の方から連絡があって研究室の方に来て欲しいそうです」

 

「そう。分かったわ。翼ちゃん知らせてくれてありがと。じゃあ、私はこれで失礼するわね。あっ、言っておくけどここで話した事はガンヴォルトだけには言わないように。あまり、ガンヴォルトに負担を掛ける訳にもいかないしね」

 

了子はそう言って翼からコーヒーをもらってから部屋から出て行った。奏は先程撫でられた頭を触りながら先程出て行った扉の方を見続ける。

 

「奏、私がいない間に櫻井女史と何か話してたの?」

 

翼が奏に買ってきたお茶のカップを渡しながら尋ねてくる。

 

「あいつについての事で考えなさいって散々小言言われただけだよ。全く、あいつの事ばっか聞かされて嫌になるよ」

 

「もう、櫻井女史だって考えなさいって言ってたじゃない」

 

「私はあんな奴の事なんか一秒たりとも理解するために考えたくなんてないね」

 

そう言って渡されたカップに入ったお茶を一気に飲み干す。そして、先程の会話について翼と喋っていると二人の通信端末に連絡が入る。弦十郎からだ。

 

『奏、翼。今からトレーニングルームへ来てくれ。これからは前にも話した通り君ら二人にはコンビを組んでもらいノイズと戦ってもらう。急造に作ったコンビネーションじゃ実戦では使えないからな。俺が稽古をつけてやる』

 

「分かったよ。でも旦那?シンフォギア装者の稽古なんて旦那に出来るのかい?」

 

少し冗談に聞こえた言葉に奏も少し笑いながら答える。

 

『心配無用。お前達の相手なら俺で不足ない』

 

「言ったな、旦那。なら負けたら何か罰ゲームだかんな!」

 

「ちょっと奏!叔父様にそんな条件出しちゃ」

 

翼が慌てるようにそう言っているが奏は制止を聞かず話を続ける。

 

「なら決まりだ。負けたらどっか美味しい物たらふく食べさせてもらうからな!」

 

『ははは、それは俺に勝ててから言ってもらいたいな。なら俺が勝ったら地獄のトレーニングコースと行こうか。とにかく、トレーニングルームへ来るんだぞ』

 

そう言って弦十郎は通信端末を切った。

 

「やったな翼。今日は美味しい物がたらふく食べれるぞ!」

 

翼の方に笑みを浮かべて向くが、翼はげんなりした表情を浮かべていた。

 

「どうしたんだよ翼。少しは喜べよ。割りの良い話だったんだし」

 

「…奏はまだ何も知らないからね。仕方ないといえば仕方ないかもしれないけど、叔父様がどんな人なのかを…」

 

翼は何も知らない奏が少し羨ましくも憐れに思ってしまう。そして奏に手を引かれた翼はトレーニングルームへと急ぐのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

結局、奏と翼は弦十郎という何処か人間をやめかけている漢に負けて弦十郎流の地獄のトレーニングを受ける事となった。

 

「なんなんだよ、あれ。シンフォギア装者二人相手に素手で圧倒するなんて」

 

「だからやめとこうって言おうとしたのに奏が勝手に約束しちゃうから」

 

スポーツウェアを着た二人は黙々と腕立て伏せを行っていた。弦十郎はというとジャージ姿で竹刀を持つ時代が少し古めな格好で二人を見ている。

 

「こら、無駄口叩いてないで歌でも歌え。装者の力は歌によるフォニックゲインが鍵になるんだからな。それにまだ腹筋とスクワット、ランニングも残ってるんだぞ」

 

弦十郎は軽く竹刀で地面を叩く。

 

「一昔前の体育教師かよ」

 

奏は不満そうに呟いた。

 

「これもノイズに負けないためよ。頑張りましょう」

 

翼がそう言って腕立て伏せを続ける。流石に歌いながらは恥ずかしいのか二人とも無言で腕立て伏せを続ける。

 

「そういえばガンヴォルトがいないけど大丈夫なの?」

 

ここにいないもう一人の戦闘員について翼が尋ねた。自分達だけがトレーニングしているのに姿が見えないのが気になったからだ。

 

「ああ、ガンヴォルトの事か。ガンヴォルトはお前達が来る前に軽くスパーリングしてたからな」

 

「叔父様。ガンヴォルトって近接格闘出来るの?ノイズとの戦いは基本的にあの人は銃と雷撃しか使わないからどうか分からないけど」

 

翼の疑問に奏も少し感じている部分もある。確かにガンヴォルトの基本は蒼き雷霆(アームドブルー)を軸とした戦闘だ。特に奏達のように剣や槍での近接は行なっていない。最もガンヴォルト自身は生身のため、ノイズに近接戦闘をするという事はしない。

 

「ガンヴォルトは一応格闘術も扱えるな。慎次とも結構スパーリング程度だがあいつもかなりのレベルの技術を持っているぞ。それに俺や慎次の技も異常な勢いで吸収していくからな」

 

翼は少し興味があるように関心を向けるが奏は興味がないのか黙って腕立てを行う。正直、奏はガンヴォルトの事なんてどうでもよかった。

 

「まあ、それはおいおいガンヴォルトから聞いてくれればいいさ。それより二人ともペースが落ちてるぞ、喋らず歌って身体に馴染ませていけよ」

 

何故か弦十郎自身が歌い始めた。その歌を聴きながら彼女達はトレーニングに励んでいった。



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11VOLT

さらに年月も経ち、翼と奏は近況のノイズ対応、ガンヴォルトは遠方での対応と別れてノイズの出現の対策を行っていた。

 

ガンヴォルトは基本的に二課に報告のみという形でしか来なくなり、行動はほとんど一課と行っていた。

 

たまには顔を見せて欲しいと翼が連絡とかしている事もあるが、あちらもまだ学生の身。ほとんど予定も合う事もなく、ガンヴォルトとは顔を合わせる事もない。

 

奏と翼、そしてガンヴォルト。ノイズを倒す戦士である彼女達には、休息などはない。何処かで誰かが助けを求めているのであれば戦える者が呑気にしている場合などないのだから。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「奏、翼!ノイズが出現した!直ぐに現場に向かってくれ!」

 

弦十郎からの通信が入り、奏と翼は直ぐに現場へと走る。近場であるために直ぐに到着した。

 

目の前に広がる地獄絵図。人々を襲い炭化させゆくノイズ達。奏は逃げ惑う人達が自分の過去と重なり怒りと復讐のため、歌を歌う。

 

「Croitzal ronzell Gungnir zizzl」

 

奏が光に包まれる。そして光が消えると共に橙色の鎧。シンフォギアを纏った姿で現れた。そして腕に付いているギアを重ねると槍へと変わる。その槍を手にした奏は一目散にノイズ目掛けて駆け出し、貫く。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

そんな奏に続き、翼も聖詠を歌う。青きシンフォギアを纏った翼もノイズを取り出した剣で斬り伏せる。

 

「はぁ!」

 

奏が振るう一振りの槍は目の前に広がるノイズの大群を薙ぎ払い、翼の剣から放たれる斬撃は数多のノイズを炭へと変える。

 

しかし、ノイズ達もただ黙って切られるはずもなく身体を弾丸の様に変えて突撃したり、さらには他のノイズと融合し、巨大な一つのノイズになって彼女達を飲み込もうと大きな口を作り出し襲い掛かる。

 

だが、彼女達はそんな襲い来るノイズの巨体を貫き、弾丸のように襲い来るノイズを斬り裂いて炭へと変える。

 

これがシンフォギアを纏った彼女等の力であり。並みのノイズでは今の彼女達には敵う事がない。しかも、そんな彼女達はどんな時も油断をしないため隙などは存在しないにも等しかった。

 

「奏!」

 

「分かってる!」

 

奏と翼はビルよりも高く飛び技を繰り出した。

 

奏は周囲のノイズを一掃するため槍を投擲すると同時に無数の槍が分身するように出現し、雨のように降り注ぐ、STARDUST∞FOTON。翼も同じく空中に無数の剣を出現させ落下させる、千ノ落涙。二つの無数の槍と剣がノイズの身体を突き穿ち、瞬く間に周囲に存在していたノイズを炭化させて行った。

 

そして最後に残るのは巨大な芋虫のようなノイズと巨人のようなノイズ。

 

「翼!これで終わりにするぞ!」

 

「言われなくても!」

 

着地した二人はその二体に接近する。

 

「これで終わりだ!」

 

二人は大型のノイズ二体に向けて、奏は槍の穂先を回転させ巨大な竜巻を発生させ相手に打つける、LAST∞METEOR。翼も負けじと持っている剣を巨大化させエネルギー波を放つ蒼ノ一閃。

 

二体の巨大ノイズは片や身体を粉々に打ち砕かれ炭化し、もう一方はエネルギー波により身体を真っ二つに切り裂かれ、炭化していった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ノイズの脅威が過ぎ去り、二人は一課と共に瓦礫の除去や人命救助の手伝いをしていた。

 

まだビルの中に取り残されていた者、怪我を負い動けなくなった者、瓦礫に埋もれてしまい身動きが取れなくなった者を探し、生きている者を探しては安全で治療の行える一課の簡易テントへと連れて行く。

 

奏と翼はシンフォギア装者という立場であるためにその力を使って瓦礫の除去を行い、身動きの取れない者の救助を行なっていた。

 

「大丈夫か?」

 

瓦礫の下に埋もれていた一課の隊員に向けて声を掛ける。隊員は外傷はあまり見当たらないが足があらぬ方向に曲がっていて立てない様子であった。

 

近くにいた隊員がそれを見て彼に肩を貸して立ち上がらせる。

 

「ありがとう。二人とも。二課に助けられたのはこれで二度目なんだ」

 

「えっ?」

 

急な礼を言われた奏は戸惑ってしまう。

 

「瓦礫に埋まっていても君達の歌が聞こえていたんだ。だから僕は諦めずにいる事が出来た。だからありがとう。それと、今回は遠くにいると聞いている彼にもお礼を言ってくれないか?彼がいなければ僕は生きていなかったんだ。目の前でノイズに殺されそうになった時、彼が助けてくれたから」

 

そう言うと隊員に連れられて彼は簡易テントのある方へ歩き始めた。

 

「…」

 

「奏?」

 

先程のお礼。それと彼、ノイズを倒したと言うならガンヴォルトの事であろう。彼もまた、誰かを救っていた事に奏の中の彼の印象が僅かに揺らいでいた。

 

「奏!」

 

考え込んでぼーっとしていた奏が翼の呼ぶ大きな声に反応してビクッと震えた。

 

「ぼーっとしてどうしたの?奏?まさか、何処か痛めてるの?」

 

心配そうに顔を伺う翼。

 

「大丈夫だよ。翼は心配症だな。ただ急にお礼を言われたから戸惑ってただけだよ」

 

心配そうな顔をする翼の頭に手を置いて撫でる。

 

「何するの奏!ちょっと恥ずかしいって」

 

そう言いつつも翼はその手を払おうとはせずに俯くのみであった。それに奏は先程の考えを拭うようにぐしゃぐしゃになるくらい翼の頭を撫でる。

 

「奏やめてよ!」

 

流石に翼もそれには耐えられずに彼女の手から逃れるように身体を捻った。

 

「相変わらず翼はからかい甲斐があるな」

 

「もう…奏の意地悪」

 

拗ねるように頬を膨らませる彼女を見て笑う。そんな事をしている内に隊員が生存者全ての救助を完了した事を告げる。

 

「奏。私達も二課の人が来るまで待機してよ」

 

そう言った翼はシンフォギアを解いて簡易テントの方へ奏の手を引く。奏もシンフォギアは解いてその手の引かれ、簡易テントへ向かう。

 

簡易テントに近付くと一人の女性と隊員達が言い争っている現場に出くわした。

 

「なんであの子を助けてくれなかったんですか!」

 

奏はその言葉がかつてガンヴォルトに向けた自身の言葉と重なった。

 

「貴方達が避難誘導をしっかりしてくれればあの子は他の人達に押し倒されずに助かったかもしれないのに!貴方達がもっと早く来てればあの子がノイズに殺される事もなかった!貴方達が守れなかったせいで!」

 

「落ち着いて下さい!」

 

隊員達の言葉を全く聞かず、噛み付くが如く泣き叫びまくる。

 

「貴方達があの子の代わりに死ねばよかったのよ!貴方達が死ねばあの子が助かったのかもしれない!何のための災害対策の部隊よ!娘を返してよ!人殺し!」

 

奏はその言葉を叫ぶ女性と過去の自分が重なって写ってしまう。奏がガンヴォルトに対して言っていた言葉。救うべき人を救う事が出来なかった隊員がガンヴォルト、糾弾する彼女がどうしても自分の姿と重なってしまう。

 

その様子を見ると足が竦み、その場で蹲ってしまう。自分がもっと早く来ていれば、あの人の娘を助けられたかもしれない、自分がもっと早くノイズを倒していれば…、そのような考えに苛まれる。

 

「奏!奏!しっかりして!」

 

奏の様子を心配して翼が奏を呼ぶ。

 

「私が…私がもう少し早く到着していれば…ノイズを殺してれば…」

 

「奏!すみません!誰か奏を!」

 

翼の声で気付いた隊員が奏を見て直ぐに異常に気付き、奏を担いで医療用のテントの中に連れて行く。

 

中は個室のような空間のため先程の場所が見えず、防音設備もしっかりとしているのか外の音も余り聞こえない。ここまで連れてきた隊員は治療を行える者を連れてくると言って直ぐに出て行った。

 

「…奏」

 

「…私達は、人を助けるために、私のような人を作らないためにノイズと戦っているんだよな…」

 

元気のない奏の声はまるで泣きそうな子供のように震えていた。

 

「…そうだよ。私達は人々を守るために、防人として剣と槍を振ってるの」

 

「…私達がもっと早く、もっと近くにいればあの人の娘を救えたんじゃないのか…」

 

震える声は後悔の念を含んでいた。

 

「…そうなのかもしれない」

 

翼も今回の事に関しては奏を励まそうにも自分も同じような気持ちになり、上手く言葉が見当たらなかった。

 

「私達がやった事は…本当に守るべき人達をちゃんと守れているのかな…」

 

奏の問いに翼は答える事が出来なかった。

 

「…あいつも私が責めた時こんな気持ちだったのかな…」

 

余りガンヴォルトの話を口に出さない奏から出た言葉。その言葉には後悔ともどうとも言えない感情が混じっていた。

 

「奏、翼!無事か!?」

 

医療用のテントの入り口から慌てた形相で弦十郎が入ってくる。弦十郎は二人の様子を見ると顔を歪める。

 

「…さっき入る前にお前達が運び込まれた事と、どういった理由で運び込まれたのかは聞いた」

 

弦十郎は二人に近付くと抱き寄せる。

 

「大丈夫だ。お前達のせいじゃない」

 

弦十郎は二人をあやすように声を掛けるが二人の表情は晴れる事はなかった。

 

「…弦十郎の旦那…私達がもっと早く来ていればあの人の娘は死ななかったのか…あの人が悲しむ事はなかったのかな…」

 

先程同様に震えた声で奏が言う。

 

「…」

 

弦十郎は何も答える事が出来なかった。奏と翼に対してそのような事を言ってしまえば、二人が更なる無茶をして倒れてしまう事を恐れたからだ。

 

「あいつなら、もっと上手くやって全員助ける事が出来たのか…」

 

「…ガンヴォルトでも今回の件はどうする事も出来なかったかもしれない。あの時、奏を助けようとした時と同じように」

 

弦十郎はそう言った。だが、実際のところは分からない。ガンヴォルト自身、未だにノイズの戦闘に対しての限界を、底を見せていないからだ。

 

「あいつの事は憎いけど…あいつは何度もこんな事を見たり聞いたりしてたのか」

 

「…多分な。遠方に行く事の多いガンヴォルトは一課と共に処理作業もしている。お前達よりもはるかにさっきのような状況を経験しているはずだろう」

 

「なら何であいつは潰れないんだよ!残された人達から責められるように言われ続けてるかも知れないのに!」

 

奏は叫ぶ。今にも潰れそうな二人に対してガンヴォルトはこんな状態になったと聞いた事もない。奏の時も怒りはしたが潰れる事すらなく戦い続けている。

 

「ガンヴォルトは、お前達以上に分かっているんだ。ここで自分が止まればそれ以上の負の連鎖が生まれる事をな。ガンヴォルトは翼や奏以上にノイズとの戦闘、救助活動を行なっている。そこでどんな仕打ちを受けようともノイズと戦い続けているんだ。これ以上の被害を出さないためにもな。例え救えなかった命があって、その事を責められようとも」

 

「それは私達だって同じだ!でも…私が言えた事じゃないけど助けた人達にすら責められるのは…」

 

いつにもなく弱気な奏。

 

「…お前達の気持ちは分かる。だが、前にガンヴォルトが言ったように、俺達は全能な神様ではないんだ。出来る事と出来ない事がある」

 

「でも旦那!」

 

「…分かっている。俺達だって出来る事なら全員を救いたい。だが、災害にいくら備えようにも救えない命もある」

 

「なら、どうすればいいんだよ!」

 

奏は泣き叫ぶ。

 

「前にガンヴォルトが言っていた。自分は戦うしかないと。ノイズを倒す事の出来る力があるのだから、自分が折れて仕舞えば被害がより増えるから。例え責められようと自分にはそれしか出来ないと」

 

かつてガンヴォルトが弦十郎にのみ吐露した言葉。それは力でしか何も出来ない自分を皮肉そうに言っていた。

 

「なら私だって!」

 

「ガンヴォルトはお前達と自分は違うと話していた。ノイズを掃討していた時、歌う歌には誰かの支えになる事が出来ると。その歌に救われる人達がいると」

 

その言葉は、何処か昔を思い出すようにガンヴォルトが言っていた。

 

「私達の歌…」

 

翼がその言葉に反応して呟いた。

 

「そうだ。さっき隊員の一人が言っていたんだろ?お前達の歌のおかげで頑張る事が出来たと。だからこそ歌とそのシンフォギアで誰かを支えてやるんだ。お前達はお前達なりの戦いで。その亡くなってしまった人達の願いを背負って」

 

「私達の歌で…」

 

奏と翼が同時に呟いた。未だ二人は暗い表情をしているが先程のように泣いたり、後悔と言った念は少しは拭われていた。

 

「ああ。さっきの事を忘れろとは決して言わない。だが、お前達にはとってそれはとてつもなく重い足枷になる事だってあるかもしれない」

 

弦十郎は抱き寄せるのを止め、二人の目を見る。

 

「だが、潰れそうになってしまったら俺達を頼るんだぞ。二人のサポートは俺等の役目だからな。一人で背負い込もうとするんじゃない」

 

弦十郎は二人に元気を出せというように言う。そして二人から離れ、医療用のテントから出て行く。

 

「気持ちの整理が付いたら出てきてくれ」

 

去り際に弦十郎はそう言って。弦十郎なりの気遣いだろう。

 

「…翼。私達って未熟なんだな…」

 

奏が翼に向けて呟くように言った。

 

「…そうだね…」

 

「弦十郎の旦那もあいつもこんな辛い目に何度も遭いながらも前に進んでるのに私達は立ち止まりそうになって…本当に未熟だ…」

 

奏が見せた表情には未だ迷いが残っているがそこには何処か決心のようなものが見える。

 

「私決めたよ。私は一人じゃどうしようもなくなる。ノイズへの復讐心だけじゃ、私は同じように大切な人を失った人達を救えない」

 

奏は立ち上がり、座る翼と目を合わせる。

 

「だから私は…私の歌が救いになると信じて戦う。だけど私一人じゃ何処まで行けるか分からない。だから翼、私と一緒に来てくれないか?私一人だとまだ真っ直ぐに進めるか分からないからさ」

 

「…奏…。私こそ、自分の歌で救われる人がいるなら奏に協力する。私の方こそ奏に来て欲しい」

 

その言葉で二人は少し、だが先程よりも晴れた表情になる。

 

「決まりだ。これからも一緒に行こう翼」

 

「そうだね。奏となら何処までも頑張れる気がする」

 

二人は手を握る。そしてこの誓いが二人の物語。ツヴァイウイングという彼女達の願いのツバサであった。



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12VOLT

奏と翼。二人がツヴァイウィングとしてデビューしてから月日が経ち、ある程度余裕が出来た頃、奏は一人長野県へと来ていた。

 

向かうのは彼女の両親が死んでしまった採掘場付近の墓地であった。救助されて以来、ろくに墓参りをする事も出来ず、ノイズを殺す事だけを考えていて、両親達へと顔向けが出来なかったからである。

 

「今頃ってお父さん達は言うかもしれないけど、あの頃よりは心に余裕が出来たし、あの状態で家族に顔を合わせる事なんて出来なかったしな…」

 

独り言ちながら墓地に向けて歩いていく。数年も放置しといて家族は怒るかもしれない。だけど顔を合わせなかったらもっと怒るだろう。

 

「でも報告ぐらいはさせてもらえるかな」

 

そう言って採掘場にある亡くなった人達の墓の前に着く。だが、来ていなかったせいで少し荒れていると思われた墓は定期的に誰かが来ているのか小綺麗にされており、数ヶ月前にも誰か来ていたのであろうか、供え物が置いてあった。

 

「一体誰が…」

 

供え物を見ながら考えていると誰かがこちらに来ている事に気付いた。

 

長い金髪を三つ編みにした男。最近は全く見なくなったがその男を奏は知っている。

 

「…お前…」

 

「奏…」

 

ガンヴォルト。ここにいるのか最初は疑問に思っていたが腕の中にある花や袋の中に入った道具を見て、彼が墓参者だという事は分かった。しかし、何故?ガンヴォルトがここにと奏の中で疑問が生じた。

 

「なんでお前がここに」

 

「なんでって言われても奏と同じ理由としか答えようがないな」

 

ガンヴォルトは肩を竦めながら言うと墓の近くまで行き、手早く道具を取り出すと墓の掃除を始めた。

 

「何でお前が私の家族の墓を掃除しに来てるんだよ…」

 

「そんな事聞く前に奏も手伝って。その後でならいくらでも聞いてあげるから」

 

そう言って掃除する手を止め、奏に向けて軍手ときちんと折結ばれた袋を投げ渡した。奏はそれを受け取り、不満そうながら少し離れた所に行き、墓の周りを綺麗にし始めた。

 

定期的に整備にされていたお陰か、すぐに整備が終わりガンヴォルトと奏は共に線香をあげた。そして、墓地の少し離れた所にある休憩所に来た。

 

ガンヴォルトは持っていた飲み物の缶を一つ、奏に渡して休憩所の向かい合ったベンチに座る。

 

「さっきも聞いたけどなんであんたがここにいる」

 

「ボクが出来る君とその家族への償いのためだよ。こんな事で君に許されるとは思ってないけどね」

 

ガンヴォルトはそう言って持っていた缶を開けて一口飲む。

 

「償いのためだかなんだか知らないけどあんたが殺したようなもんだろ。それなのになんでそんな事をするんだ」

 

「だからこそだよ。ボクは君の家族に謝るためにもお墓まで来るしかない。無駄かもしれないけど家族への懺悔が考えた中で行える償いだから」

 

ガンヴォルトはそう言った。

 

「だからって人様の墓に勝手に」

 

「そう言う奏は家族の墓に来るのは建てられた時以外だと初めてじゃないのかい?」

 

確かに、今まで奏は墓参りには来る事が出来なかった。ノイズを殺すための訓練。最近はツヴァイウィングというユニットを組んでいるため、レッスンや打ち合わせなどで時間が取れなかったためだ。ガンヴォルトの言葉に対して何も言い返す事が出来ない。

 

「別に責めてるわけじゃないよ。でも君の大切な人達なんだ。頻繁に来てあげてとは言わないさ。今は君も忙しい身だしね」

 

そう言ってまたガンヴォルトは缶に口を付ける。

 

「だからって…」

 

奏はそんなガンヴォルトにまた何か言おうとしたが何も言葉が出てこない。彼への憎い感情はある。その時弦十郎との前の会話がよぎる。

 

「あんたは…あんたは何度も助ける事の出来なかった人達に糾弾されても戦い続けるんだ?」

 

前に弦十郎から聞いた話だ。だが、奏は何故そこまでしてガンヴォルトが戦うのかという本当の理由を知らなかった。

 

「弦十郎から聞いたのか…ボクが糾弾されても戦い続ける理由か…理由なんて二課の戦う理由と変わらないよ。ノイズを倒し尽くして平和になればボクはそれでいい」

 

「だからって恨まれたって構わないのかよ!必死で、命を懸けて戦っているのに…頑張った結果で誰かから糾弾を受けても!」

 

奏は叫んだ。ノイズを倒したはずなのに救えなかった人の事で責められ続けた隊員達の事を。奏がガンヴォルトを糾弾した時の事を思い。

 

奏の目にはうっすらと涙が滲んでいる。

 

「…一つ話をしようか。とある企業を宣伝するマスコットヴァーチャルアイドルがいた。彼女の歌声は誰をも魅了する歌声でとても人気があったんだ」

 

ガンヴォルトが話し始めた。

 

「でも、彼女の歌には特別な力があった。同じ特別な力を持つ人達に歌を聴かせると特殊な干渉波を検知するソナーとしての役割があったんだ。その企業は彼女の歌を使って特別な力を持つ人達を捕らえては抵抗する者に非人道的な実験を行なっていたんだ」

 

ガンヴォルトの話は奏にとってはよく分からなかった。しかし、その話はガンヴォルトが体験してきた事だと直ぐに分かった。

 

「それを止めるためにある組織が動き、彼女のプログラムデータ抹殺をしようと動いていた。ヴァーチャルアイドルだから、プログラムデータと思われていた彼女の正体は同じ特別な力を持つ小さな女の子だった。企業は女の子の力を無理矢理使って特別な力を持つ人達を探していたんだ」

 

「…」

 

奏はガンヴォルトの話に黙って耳を傾ける。

 

「そして、女の子を見た組織の人は彼女を救うため任務内容の修正を伝えた。だけど帰ってきた答えは女の子の抹殺。もし女の子を助けようとすれば組織の人は女の子を守った状態で逃げないといけなくなって、最悪組織の人の命も危ぶまれる。その事を知った女の子は言った。それなら殺してくれと。もう人を苦しませる歌を歌いたくないと」

 

奏はその話に反発するように言った。

 

「そんな話あってたまるか!私はそんな事させない、助けるに決まってる!」

 

「世間からしたらその行いがヴァーチャルアイドルとしての彼女を壊すと知っていても?」

 

奏はその問いに直ぐには答える事が出来なかった。世間と自分の信念。そのどちらが正しいのか分からない。

 

「君ならどうするんだい?世間ではヴァーチャルアイドルとして活動させられていた彼女を壊した者としているか、それでも女の子を救うためにその事を厭わずに助けるか」

 

ガンヴォルトの問いかけには奏はやはり答える事が出来ない。女の子を救ってあげたい。しかし、そうする事で世間では有名なアイドルとしての彼女を壊してしまい、世間からは彼女を壊した人物として広がってしまう。

 

「…お前ならどうするんだ…」

 

悩んでも答えは出なかった。だから目の前の人物、ガンヴォルトはどう答えるか気になったのだ。

 

「ボクは迷わずに女の子を救う。それで世間からは彼女を壊したテロリストとして名を馳せようがね」

 

奏はその言葉を聞いて問い返す。

 

「なんでそこまでするんだよ。女の子一人のために世間すら敵に回して」

 

「彼女…女の子の願いでもあったからなんだよ。女の子は願ったんだ。外の世界で自由に自分の歌を歌いたいと。だからこそ手を差し伸べたんだ。かつて救ってくれた人がしてくれたように。例え、その行いが(テロリスト)と罵られようとも、己の信念と正義を貫いて」

 

「…私は…私は出来ないかもしれない。私にはそこまで出来る自信がない」

 

弱々しくガンヴォルトに言った。

 

「別に同じような事をしろって言ってる訳じゃない。ボクが言いたいのはその行いに己の信念を貫けるかどうかなんだ。その信念を曲げてしまったら、耐えられずに折れてしまうから。だからボクは糾弾されても己の信念を貫き続けるんだ」

 

そう言ったガンヴォルトは缶に入っていた飲み物を一気に飲み干した。

 

「…あんたは強いな。私はそんな事出来そうにないや」

 

「そういう奏も、前にはなかった信念を貫こうとしてるじゃないか」

 

ガンヴォルトが奏に向けて言った。その言葉に奏はきょとんとした表情になる。

 

「弦十郎から聞いたよ。奏と翼は、ノイズのせいで悲しみを抱えている人達も救いたいからこそツヴァイウィングという答えを出したんだよね?だったらその信念を信じて貫けばいい。それでも糾弾され続けるのならその人達の心を救うために歌を歌うんだ。二人の歌にはそんな力があるんだから」

 

そう言うとガンヴォルトは立ち上がり、休憩所から立ち去ろうとする。

 

「この後予定があるから先に行くよ。奏も気を付けて帰るんだよ」

 

そう言ってガンヴォルトはこの場を後にする。

 

「…待てよ」

 

奏はガンヴォルトを呼び止めた。ガンヴォルトは振り返り奏を見る。

 

「私にはあんたの様に直ぐに答えは出ない…今でもあんたの事だって憎いさ。でもそれじゃダメって事は薄々分かってる!だから、あんたの言う信念ってやつを私も貫いてやる!私は自分の…翼と一緒に歌で皆を救う!ガンヴォルト!あんたが私達を焚きつけたんだからな!あんたが先に折れようもんなら私と翼が容赦しないからな!」

 

奏の中で答えはまだでない。しかし、ガンヴォルトは奏の進むべき道をさしてくれたのかもしれない。憎い相手に言われたのに妙にすっと入ってきた言葉。奏の中で何かが変わっていってるのかもしれない。

 

「そうならないよう気を付けるよ。それと、初めて名前呼んでくれたね」

 

ガンヴォルトは笑った。奏は少し恥ずかしそうに視線をずらした。

 

「奏もこれから大変かもしれないけど頑張って。ボクは影ながら応援してるから」

 

そう言ってガンヴォルトはその場を去っていった。

 

「…あんたの応援なんて必要ないよ」

 

奏はガンヴォルトの問いかけに否定的に呟いた。しかし、その顔は何処か嬉しそうにも見えた。



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13VOLT

前書きを使わせていただき挨拶したいと思います
初めまして株式会社の平社員と申します。
本小説、戦姫絶唱シンフォギアABを閲覧して頂きありがとうございます。
拙い文章ですが完結までお楽しみください。


ボクは今スーツを着て空港の軍専用のゲート前にいた。理由は過去にバル・ベルデ共和国にて捕虜となった少女、雪音クリスが無事保護されて日本に帰国する事となったため二課がその子の保護を申し出たからであった。

 

何故ボクが選ばれたかというと、明日に控えたツヴァイウィングのライブと並行して行われるネフシュタンの鎧の起動実験でほとんど手の空いている人がいなかったためである。

 

戦闘員であるボクはやれる事は少なくただ待機しているしかなかったため、弦十郎に頼まれたのだ。

 

「しかし、ネフシュタンの鎧の起動実験から外されるとはな。世紀の瞬間に立ち会えると思ったのに残念だ」

 

ボクの隣にいる藤堯朔也がぼやく。彼は二課の情報処理を担当するオペレーターだ。だけど、今回は準備などはしていたがこちらに回されたらしい。

 

「ちょっとぼやかないでよ。こっちだって重要な任務の一つなんだから。今回保護する雪音クリスさんだって重要な人物なのよ」

 

ぼやく朔也を注意するのは友里あおい。今回少女の保護という事で男だけだと怖がるかもしれないという事もあり、弦十郎が気を使ってこちらに回してくれた。

 

「だからって、たった三人だけこっちに回されたんじゃぼやきたくもなるよ」

 

「二人とも、一応機密なんだから余り声に出さないように言われてるんだ。朔也もあおいの言う通り、こっちも重要な任務なんだからぼやかないで」

 

ボクは二人を注意する。

 

「そうだけどさあ、保護の任務に俺はいるかな。司令や緒川さん、ガンヴォルトや装者と違って不測の事態が起こった時にどうする事だって出来ないし」

 

「流石にノイズ以外なら対処出来るでしょ。そんな事ぼやいてないで集中しなさい」

 

あおいの言葉に分かりましたよ、と納得がいかない様子で頷く朔也。そんな様子を見てボクはため息を付く。

 

そんな形でボク等は雪音クリスの到着を待つ。飛行機が到着したと連絡が入ったため、二人にもその事を伝えると二人も話をやめて待機する。

 

だがその時、要人用の滑走路の方でトラブルが発生したと連絡が入った。原因は紛れ込んでいた要人警護の人物の中にテロリストが混ざっていたらしく、少女を誘拐したそうだ。

 

「朔也!あおい!トラブル発生だ!保護対象が誘拐された!二人は直ぐに航空警備隊と一課に連絡して、ボクは対象の救助に向かう!」

 

「本当に起きやがった!」

 

「そんな事言わなくていいから直ぐに向かうわよ!ガンヴォルト、あなたも気を付けて下さい!」

 

そう言って朔弥とあおいは航空警備隊の本部へと向かい始めた。ボクは直ぐ様銃を取り出す。今回はダートリーダーではなく、ボク専用に作られたテザーガンだ。このテザーガンも専用にカスタマイズされており、電源がオミットされ、飛び出す電極にボクの蒼き雷霆(アームドブルー)による雷撃を流す事が出来る。ダートリーダーも持ち歩いているが一応、ノイズ以外の戦闘では禁止という事になっているため使う事が出来ない。

 

直ぐ様、蒼き雷霆(アームドブルー)で生体電流を活性化させてゲートを潜り、要人を護送した飛行機へ向かう。しかし、向かった先には既にテロリストが占拠しており、こちらを発見次第、直ぐ様持っている銃をこちらに向けて乱射し始めた。

 

ボクは直ぐ様物陰に隠れ、迫り来る弾丸をやり過ごす。テロリストの数は10人以上おり、武装も隊列もしっかりしている事から相当な訓練を受けているような感じだ。ボクが物陰に隠れた事を確認すると直ぐに銃撃をやめ、こちらの出方を伺っているようだ。

 

「戦い慣れているな…組織的な犯行なのか?」

 

そう呟くと同時にゴミ箱が破損し飛び散ったであろう落ちていた缶を拾い、物陰から出ずにテロリストの方に投げ込む。

 

缶を手榴弾か何かだと思ったのか缶は瞬く間に銃で迎撃され、原型が分からないくらいボロボロになって物陰に帰ってきた。

 

流石に一人では対処は厳しいだろう。しかし、そんな事で時間が取られれば保護対象が連れ去られてしまう。辺りに使えそうな物がないか確認して見る。

 

辺りには特に何もなく、あってもテロが撃ち込んだ潰れた弾頭と飛び散った破片ぐらいであった。だが、一つの活路を見出した。

 

天井に付いているスプリンクラーだ。そのスプリンクラーに向けてテザーガンを撃ち込み雷撃でスプリンクラーの制御にハッキングして無理矢理水を放水させる。もちろんこのエリアの全てのスプリンクラーのだ。

 

「悪いけどこんな所で時間を使ってられないんだ」

 

水浸しとなったエリア。ボクは水浸しとなった床に手を付いて雷撃を流し込む。雷撃は瞬く間に水を伝い、エリア全域を感電させた。

 

聞こえてくるのはテロリストの悲鳴。水を伝ってテロリストの身体に雷撃が流れたのであろう。次々とバタバタと倒れる音がした。テーザーガンのモーターを回転させ電極を回収してから、物陰から石を投げて反撃がない事を確認して物陰から飛び出す。

 

エリア内のテロリストは全員感電しており、時折痙攣して動いている。テロリストの武装である銃を雷撃で破壊しておく。一応念のために一丁のハンドガンと数個のマガジンだけは回収して。

 

進路の安全が確保出来たため、再び駆け出した。テロリストの占拠していた区画を抜け、空港の搭乗口から滑走路に飛び出す。

 

滑走路にも既にテロリストが占拠しており、こちらを見るとすぐに発砲してくる。だが隠れる場所も遠く間に合わないだろう。ボクは生体電流をさらに活性化させ、弾丸を避けながら先程回収したハンドガンのセーフティーを外してテロリストに近付くと至近距離から銃弾を数発撃ち込んだ。先ほどのテロリストたち同様の装備であり、防弾チョッキを着ているため、撃ち込まれた箇所に物凄い衝撃が走り、気絶した。

 

「what tha fack!」

 

近くにいたテロリストが叫ぶ。英語で話しているのは言語による特定を防ぐためなのだろうか。しかし、今はそんな事に構っている暇はない。

 

スコールのように降り注ぐ弾丸の雨を掻い潜り、テロリスト達を無力化していく。電磁結界(カゲロウ)が使えればこんな弾丸の雨を躱さなくて済むのだが。ないものをねだったって仕方ない。

 

今出来る事で対処しなければならないのだから。

 

滑走路にいるテロリスト達を全て鎮圧し終えたところで耳に付けていた通信機に連絡が入った。

 

『ガンヴォルト!無事ですか!?』

 

「ボクは大丈夫。今滑走路にいたテロリストを全て鎮圧した。これから対象の捜索をするところ」

 

あおいからの連絡に答える。しかし、あおいから入った連絡は悲報としか言えない内容であった。

 

『保護対象、雪音クリスは既にこの場にいなくなっています。乗り込んだテロリストが既に彼女を誘拐していて、追跡をしていたのですが振り切られ、行方が分からなくなりました』

 

「振り切られた場所は!?これから向かって痕跡を探す!」

 

ボクは直ぐに捜索を行うために追跡を振り切られた位置の座標に向かおうとする。しかし、あおいがそれを止める。

 

『無理です!ガンヴォルト!こちらの動きが読まれたように振り切られたの!あなたが今行ったところで捜索する事は出来ないの!』

 

「くそっ!」

 

ボクは拳を握りしめる。かつてのようにまた救う事が出来なかった。そして今はこの状況で何も出来ない自分にも腹が立つ。

 

『とにかく今は怪我人の処置とテロリスト達の捕縛を。今彼女の捜索は一課が全力で行ってます。私達の出来る事をしましょう』

 

あおいの言う事は正しい。だが今は直ぐにでも雪音クリスを追いたい気持ちがあった。しかし、なんの情報もないまま闇雲に追っても意味はない事ぐらいは分かる。

 

「…分かった。こっちは滑走路の方にいるテロリスト達を捕縛する。あおいと朔也はさっきのホールの奥にいるテロリスト達の捕縛とこちらにも人員を割くように航空警備隊や一課の人達に伝えて」

 

『分かりました。そちらもまだテロリストがいる可能性があるので気を付けて下さい』

 

通信が切れた。ボクは捕縛すると言ったものの手錠などを持っていないためテロリストが持っていた銃のスリングを使って簡易的な紐でも作ろうとする。

 

近くにいたテロリストの銃を取ろうした瞬間、離れた所にいるテロリストの一人の頭が爆発した。

 

「なんだ!」

 

その一人が爆発すると連鎖的に次々と倒れたテロリストの頭が爆発していく。直ぐ様テロリストから離れる。

 

「あおい!朔也!すぐに捕縛をやめさせるんだ!テロリストの頭に爆弾が仕掛けてある!」

 

通信先の朔也とあおいに直ぐに伝える。

 

『なんだって!?』

 

「テロリストから離れるよう直ぐ伝えるんだ!」

 

『分かりました!』

 

朔也が悲鳴のような声で通信機越しに叫んでいる。だが、あおいと共に通信後に直ぐにテロリストから離れるよう伝えていた。

 

付近のテロリスト達から爆発が収まる。つまり全てのテロリストが死んだ事を意味している。

 

『ガンヴォルト!何が起きてるんだ!』

 

「分からない。倒れたテロリストの頭が急に爆発した。情報を吐かせないためだろう。だけどここまでするなんて」

 

『ひどい…なんでこんな事に』

 

朔也とあおいは余りの悲惨な状況を通信越しで聞いているのであろう、声が僅かに震えている。

 

「二人とも一課や警備隊、空港の被害状況の確認を頼む。ボクはこっちの状況を確認次第そっちに向かう」

 

そう言って通信を切った。辺りの惨状を見て顔を歪ませた。

 

皇神(スメラギ)のように人を人として扱ってない。誰がこんな事しているか知らないが必ずボクの雷撃で打ち砕いてやる」

 

いつか必ず報いを受けさせるべくボクは姿の見えない敵を見据え呟いた。



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激動:Luna attack
14VOLT


原作1話突入します


ライブ会場の裏、奏と翼の二人はライブが始まるまでの時間を待っていた。二人は対照的で奏は早く始まらんとばかりに待ち遠しそうにして、翼は緊張して不安そうな顔をしている。

 

「開演するまでの間が持たないって言うか、やっぱりこの時間は退屈で苦手なんだよね。早くステージで暴れたいのになー、翼」

 

「…そうだね」

 

やはり翼は緊張して会話をするが返答がこの調子だ。そんな翼にデコピンをかました奏。

 

「せっかくの晴れ舞台だからって誘ったガンヴォルトが任務で来られなくなったから不貞腐れちゃって、私の相棒なのに焼けちゃうね」

 

「そ、そんなんじゃないわよ!確かにガンヴォルトが来れないのは少し寂しいけど、あの人も重要な任務が入ったから仕方ないじゃない!」

 

奏の言葉に翼は顔を赤くして慌てるように反論する。そんな翼を見て奏の嗜虐心がくすぐられる。

 

「そんなに慌てちゃってー。任務だから行けないってあいつに言われた時、拗ねてしばらく部屋出てこなくなったのはどこの誰かな?」

 

「そっ、それは…」

 

翼がばつが悪そうに呟く。

 

このライブの準備の時、翼はガンヴォルトをライブに誘ったのだが彼には既に要人護送の任務が入っていたため断られてしまった。その時の翼の表情はとても暗くなり、絶望に満ちていた。慎次や任務をガンヴォルトに頼んだ弦十郎はそんな翼を見て、とても申し訳なさそうにしていたが、もし要人護送中にノイズが発生していた場合、対処出来るのがガンヴォルトしかいないため、どうする事も出来なかったと小言を漏らしていた。

 

「あいつだって私らの晴れ姿を見たかったって言ってたんだからせっかくの晴れ舞台に悲しい顔は厳禁だぞ」

 

「そういう奏もガンヴォルトが来れないって聞いた時に少し寂しそうだったじゃない!私が知らないうちにいつの間にか名前呼ぶようになって!」

 

「なっ!わ、私はあいつが自分で貫けって言っていた意思を貫いてるのに全くその事に無関心なあいつがだな!」

 

奏は慌てながら弁明する。

 

「和気藹々と楽しそうじゃないか」

 

そんな奏と翼に声を掛けてきたのは真っ赤なスーツを着込んだ弦十郎だった。

 

「弦十郎の旦那!翼に言ってやってくれよ!ガンヴォルトが来れないからって私まで巻き込もうと!」

 

「司令も奏に言ってあげて下さい!ガンヴォルトの事で拗ねてるのはまるで私だけみたいな言い方を!」

 

「俺からしてみれば二人とも似たようなもんだがな」

 

弦十郎の言葉に二人は顔を赤くして黙ってしまう。そんな二人を見て弦十郎は微笑ましく思う。奏は昔のように恨みや怒りで苛まれていた頃に比べてよく笑い、明るくなった。それに翼もそんな奏といて以前と比べ物にならないくらい明るくなっていた。

 

「全く、あいつには感謝しないとな…」

 

そう二人に聞こえないくらいの声で呟いた。だが直ぐに顔を引き締める。

 

「二人とも和気藹々とする分は構わないが、今日は…」

 

「大丈夫だって、今日が大事な日って事は私も翼も理解してるから。旦那も心配性だな」

 

先程の顔の赤みは引いていないが本来の目的は忘れておらず、そう言った。

 

「分かってるならよし。今日のライブの結果が人類の明るい未来を照らし出す希望の光となるんだからな」

 

そう言った瞬間、弦十郎の通信端末が鳴る。

 

「どうしたんだ、了子君?」

 

『私の恋愛センサーの反応がその周辺を指してたから近くにいそうな弦十郎ちゃんに電話を』

 

「用がないなら切らせてもらうぞ」

 

『ちょっと待ってよ弦十郎ちゃん!ちょっとしたジョークじゃない!みんなの緊張を少しでも解そうとした櫻井ジョークよ!そんな本気にしないでよ!あっ、でもそっちでなんか甘酸っぱい感じがしたの』

 

弦十郎は何も言わずに通信端末を切った。会話の内容が分からない二人はポカンとしていた。再び弦十郎の通信端末が鳴る。

 

『まいど、櫻井了子です。さっきの話の続きじゃないから切らないでね!』

 

仕切り直しと言った感じで何事もなかったように通信を入れる了子。弦十郎に念押しした了子はこほんと一度咳払いをして話し始める。

 

『こっちの準備も完了したからそろそろ戻ってきて欲しいって連絡よ。せっかちな男はモテ』

 

弦十郎は話を最後まで聞かずに通信端末を切った。いちいち余計な事を言わなければとても良い人物なのだがと弦十郎は溜め息を吐く。

 

「な、何かあったの?」

 

奏と翼がこちらを心配そうに見てくる。

 

「いつもの了子君の戯言だ。全く、報告の度に何度も言ってくれるから困ったもんだ。だが、向こうは準備が出来たみたいだから俺はあちらに向かう」

 

「ステージの上は私と翼に任せてくれ!確実に成功させてやる!」

 

「頼んだぞ、二人とも」

 

そう言ってステージ裏から姿を消した。そしてまもなくライブの開始時間が迫っていた。

 

「さてと、難しい事は旦那や了子さんに任せてさあ、私達はパァと暴れるか!」

 

奏の言葉に返答がない。翼の方を見ると最初と同じように暗い表情をしている。そんな翼を奏が抱きしめる。

 

「真面目が過ぎるぞ、翼。あんたがそんなガチガチだと、私一人じゃ上手く飛べなくなっちゃう。私達は二人で両翼の揃ったツヴァイウィングなんだ。片翼の調子が悪かったらもう一方の私まで調子が悪くなっちまう」

 

「…奏。そうだよね、私達が楽しくしないと今日来てもらってる皆が楽しめないもんね。奏と一緒なら行ける気がする。行こう、奏」

 

その言葉を受けた翼の表情が次第に明るくなる。

 

「分かってるじゃん。なら私達のやる事は決まってる。私達両翼揃ったツヴァイウィングは歌でみんなを楽しませてやるんだ。それと翼、私と一緒なら行ける気がするじゃないだろ?」

 

その言葉を聞いた翼は口を綻ばせる。

 

「そうね。私と奏なら行ける!」

 

「そうさ。だったら始めるか!私達の歌を響かせに」

 

そしてライブが始まった。

 

しかし、ライブが始まって観客のみんながライブ特有の興奮状態に達した時、悲劇の引き金が引かれる。

 

会場の爆発、そしてノイズの出現。ライブ会場は一瞬のうちに地獄絵図と化した。出現する巨大ノイズより召喚された小型のノイズが次々と人々を襲い炭化させていく。ライブ会場で聞こえてくるものは歓声から悲鳴へと変わる。

 

「急ぐぞ翼!今この場に槍と剣を携えているのは私達だけだ!」

 

「でも司令からは何も…いえ、そんな事言ってる場合じゃない」

 

二人は頷いて歌を歌う。人類の希望たる武器を携える戦姫の聖詠。

 

「Croitzal ronzell Gungnir zizzl」

 

「Imyteus amenohabakiri tron」

 

そして二人の戦姫。シンフォギアを纏った翼と奏。ノイズを殲滅するがため、奏は槍を翼は剣を携えてノイズに向けて駆け出す。

 

攻め来るノイズを殲滅するため、奏は槍を。翼は剣を振るう。

 

奏は周囲のノイズをガングニールで切り裂き、炭化させ辺りからノイズが消えると飛び上がり、ガングニールを投擲。投擲したと同時に複数の槍が空中に出現して、ノイズに向けて降り注ぐ。

 

槍に貫かれたノイズ達は炭化し、周辺にいたノイズは貫かれた槍の破片と衝撃波によって同じく炭化する事となる。

 

翼も奏に合わせ討ち漏らされたノイズを切り裂き、炭化させ、千ノ落涙でノイズを殲滅していく。しかし、巨大なノイズを倒す事が出来ていないため、限りなく湧き続けるノイズ達。

 

それでも2人は諦める事などしない。己の携えた武器でしかノイズを倒せないのだから。

 

奏はさらにノイズを倒すために大技である、LAST∞METEORを放つ。ノイズに向けて振るわれる撃槍の強烈な一撃。ノイズ達を吹き飛ばし、巨大なノイズを旋風が貫き炭化させる。

 

だが、その一撃を放った槍からは電池が切れたように光が失われる。

 

「っち!ここまでかよ!」

 

先程までの力が失われ、どっと疲労感が身体を蝕み、肩で息をする。そんな奏に狙いをつけたノイズ達は襲いか掛かる。奏はノイズを捌いていくが、数も多く、疲れた身体では手数が出せず押され、重い一撃を逸らす事は出来たが後ろへ吹き飛ばされる。その時、爆発でも起きたのか、観客席が崩れる。その崩れゆく観客席から1人の少女が落ちていくのが見える。

 

ノイズがその少女に気付き、数体のノイズが少女に向かい始める。奏は直ぐにその少女に向かうノイズの元に向かいガングニールで斬り伏せる。

 

「今すぐ出口へ駆け出せ!」

 

ノイズに襲われようとしたショックで動けない少女に喝を入れ、逃げるように促す。だが、ノイズ達は逃すまいと奏と少女の方に向けて攻撃をしてくる。巨大なノイズから吐き出される液体。それはシンフォギアを纏っていない少女にとって必殺の一撃だろう。奏は少女を守るため槍を高速で回して防ぐ。だが、さらに追加とばかりにもう一体いた巨大なノイズが液体を奏に向けて吐き出した。

 

あまりの猛勢に槍の隙間から吐き出される液体が奏の身体を、シンフォギアにダメージを与えていく。そして奏の身に纏うガングニールが猛勢に耐えきれずに壊れる。

 

その壊されたシンフォギアの破片はショットガンの弾丸のように周囲へと飛散する。運悪くその破片が少女の胸へと突き刺さった。

 

ノイズの猛勢が一旦止んだ事に安堵する奏だがその後ろの少女が破壊されたガングニールの破片によって重症になってしまった事を知る。ボロボロになった体で武器である槍を捨てて駆け寄る。

 

「おい死ぬな!目を開けてくれ!」

 

奏は必死に重症の少女を呼びかける。

 

「生きるのを諦めるな!」

 

その言葉を言った時、少女の目が僅かに開く。そのに安堵するが、この状態では治療をしなければ少女の命が危ない。奏は覚悟を決める。

 

「いつか、心と身体を空っぽにして思いっきり歌いたかったんだよな。今は目の前にこんなにも沢山の奴が聞いてくれてるんだ。だから私も出し惜しみなしでいく」

 

そう言葉を紡いだ時、ガンヴォルトの顔が浮かぶ。最初は全く信用しなかった奴、だがあいつは何処までも真っ直ぐで納得いかなければ自分の信念を貫いていた。そんなガンヴォルトが憎かったが、そんな彼の信念を貫く姿に憧れた。

 

「そういえばあいつに私の歌を一回もしっかりと聞いてもらってなかったな…」

 

不意に思った事。奏は少し悲しそうな表情をした。今までひどい事をしてきたのに謝りもしない自分に少し後悔した。

 

「だけど、こんなところで迷ってたらまたガンヴォルトから小言をもらっちまうな。聞かせてやるよ、私の絶唱を」

 

奏は呟くと槍を掲げる。だが、その言葉が翼の耳に入ったようで奏に向けて叫ぶ。

 

「奏!その歌は…その歌は唄っては駄目!」

 

だが、覚悟を決めた奏はガンヴォルトのように安心させるように笑みを浮かべる。だが、その両目からは一筋の涙が零れ落ちていた。

 

「後は頼んだぞ、翼」

 

そう言うと奏は歌う。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl」

 

そのどこか儚いが、とても力強い響を持った歌声。その歌を歌い切った奏は口から血を吹き出した。ボロボロの身体で放つ絶唱は自身すらをも蝕む諸刃の剣。

 

「かはっ!」

 

だが、絶唱は発動する事なく奏は喉を抑えて倒れる。

 

「なんで…なんで絶唱すら出来ないんだよ…」

 

奏は薄れゆく意識の中、呟く。捨て身の覚悟で放った絶唱ですら不発に終わり、奏は無残にも散りそうになる。そして倒れた重症の少女、戦意をも削がれた奏に向けてトドメとばかりにノイズが襲い掛かる。

 

「…私は誰も救えないのかよ…」

 

襲いくるノイズ。しかし、力が入らない身体ではノイズに太刀打ちする事など出来はしない。翼もそんな奏を助けようとするが、他のノイズに奏までの道を防がれ、向かう事すら許されない。

 

「奏!奏!」

 

翼の呼ぶ声。しかし、そんな奏には無情にもトドメの一撃とばかりと複数のノイズが覆い被さろうとする。

 

「閃く雷光は反逆の導、轟く雷光は血潮の証、貫く雷撃こそは万物の理」

 

そんな中、突如空中から聞こえてくる男性の声。その声は二人がよく知っていて頼もしい力を持つ。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ヴォルティックチェーン!」

 

紡がれた言葉と共に現れる大量の鎖。その鎖は奏を守るように盾となり、ノイズを倒すための槍となる。奏を守る鎖以外はノイズ達を貫き、絡め取る。そして、雷撃が流れると会場に出現していたノイズ全てを殲滅する。

 

そして奏の見えにくくなった視界に映ったものは空から蒼き雷撃を纏い、苦痛を受けたように顔を歪めていたガンヴォルトの姿だった。



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15VOLT

ボクは空港でのテロリストの戦闘後、朔也とあおいと合流して被害状況を確認した。被害は死者は出なかったものの、捕縛時に近くにいた何人かの隊員達が大きくはないが負傷したと言う事を聞いた。死者が出なかった事は幸いだが、テロリストが何の目的で保護対象を誘拐したかは未だ不明だ。それについて話している間に既に日付は変わっていて、ライブ当日になっていた。とにかく一旦ボク達は休む事にして、休憩後に話す事になった。

 

数時間の仮眠を取り、ボクが倒したテロリスト達の特徴などを伝えたりして昼頃、あおいと朔也と合流する。

 

「今回の件は一応司令の方には伝えたけど、会って報告するのは心苦しいな」

 

朔也が溜息を付きながらそう漏らす。

 

「まさか護衛に付いていた人がテロリストなんて誰も思わないわよ」

 

「自分の仲間の中にテロリストがいるかもしれないという思惑で全員が疑心暗鬼になって誰も彼も信用出来ないようにする。テロリストもそんな魂胆を狙ってるのかもしれない。だからと言って身辺調査を今頃したところでさらに溝が出来て相手の思うツボになる。向こうもそれが狙いなら手出しが難しい」

 

ボクの言葉に朔也とあおいが頷く。今頃、疑いを掛けて疑心暗鬼になったところを攻められるなら相手にとって好都合だろう。敵の虚言に騙されて撃たれるなんて事になる可能性だってある。

 

「この事は余り身内には知られない方が良い。とにかく、ボク達はいち早く戻って弦十郎に報告をしよう。ヘリの準備はもう一課に頼んでる」

 

ボクはそう言って朔也とあおいと共に空港屋上のヘリポートへと向かう。待機しているヘリに乗り込むとヘリは飛び立った。

 

下の空港ゲートに視線を向けると沢山の記者団が押し寄せており、一課や航空警備隊が対応に追われていた。

 

「全く、こっちだって真剣にやってるのに有る事無い事書いて、いい迷惑だ」

 

憎たらしそうに朔也が呟いた。振り向くと朔也の手には新聞かあり、新聞の一面には

 

-自衛隊、テロリストの侵入を許してしまう。捕虜になっていた少女をなぜ救えなかったのか-

 

と見出しに書かれていた。

 

その見出しを見てボクは奥歯を噛み締める。あの場にいて雪音クリスを救えなかった事、過去の奏の件と重なる。

 

「ガンヴォルト、あなたのせいじゃないわよ。今回の件もあなたは自分の危険も顧みずに戦ったんだから。誰も今回の事であなたを責めたりはしない」

 

ボクの心情を察したのかあおいが励ましてくれる。それでもボクは雪音クリスを救えなかった事に歯痒く感じている。

 

そこからはボク達は黙って到着するまで会話らしき会話もなく目的地である二課までヘリの中で待機していた。

 

しかし、その沈黙を破ったのはヘリのパイロットであった。

 

「ライブ会場にノイズが出現したそうです!現在被害状況は不明!シンフォギア装者がノイズとの戦闘を行なっているそうです!」

 

「ライブ会場に進路を変更!ノイズタイプの確認も頼む!」

 

ボクはパイロットに情報を求めた。パイロットは一課に確認を取り返答する。

 

「確認されているのは飛行型、巨大型、人型、四足歩行型です!」

 

「分かった!ボクをライブ会場上空で降ろしてくれ!」

 

「分かりました!」

 

パイロットは進路をライブ会場へと変更させる。そのうちにヘリの中にあるボクの戦闘服へと素早く着替える。腕や脚の装備やダートリーダーの状態を確認をしながら朔也とあおい、そしてパイロットに向けて言う。

 

「付近に近付くと多分飛行型ノイズが襲ってくる可能性が高い。ボクを降ろした後は直ぐにその場から離れてくれ」

 

「分かっている。けどあんたは大丈夫なのか?」

 

パイロットが不安そうに聞いてくる。

 

「ボクの事は気にしなくていい。こういう事は慣れてる。それよりもボクが飛び出した後、全員が安全圏まで逃げ切れるように操縦をお願い」

 

ダートリーダーの確認を終え、避雷針(ダート)の入ったマガジンを装填する。そしてヘリの搭乗口を開けて状況を確認する。まだ距離が離れているためライブ会場の内部状況は分からないが、爆発などで建物の一部が破壊されていたり、逃げ惑う人々が見える。そして、ライブ会場の中心から発生する竜巻。奏のガングニールによるものだろう。

 

「急いでくれ!」

 

「分かりました!」

 

さらにスピードを上げるヘリ。それによって周辺にいる飛行型ノイズがこちらに気付き、ドリルのような形状に変わり襲い掛かろうとする。

 

ボクは素早く搭乗口から身を乗り出して避雷針(ダート)を撃ち込み、腕から雷撃を出す。今ここで雷撃燐を使ってしまえばヘリの操縦席の機材にも影響を及ぼしてしまう可能性があるからだ。

 

飛行型ノイズは不可避の雷撃により空中で炭の塊と化して落ちて行く。

 

ある程度会場に近付く事は出来たが、ノイズの猛勢が激しくなってきたため、これ以上近付く事が出来ない。

 

「ここでボクは降りる!ボクが降りたら直ぐに離れてくれ!」

 

そう叫ぶとボクは搭乗口から飛び出した。ヘリが遠くに逃げるのを確認しながら飛行型ノイズを掃討していく。

 

雷撃鱗を纏いながら滑空していきライブ会場の中心へと進む。近付くに連れ内部の状況が分かり始めた。

 

内部では翼や奏が戦っているのであろう。ノイズの炭が大量に残っている。ノイズの群れの中で戦う翼は確認出来た。しかし、奏の姿が未だに見えない。

 

「何処にいるんだ」

 

辺りを見回して探すと観客席が崩れ落ちた所で少女を背に槍を掲げる奏を見つけた。

 

そして

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl」

 

その歌は聞いた事がなかった。しかし、その歌から発せられる歌声にはとてつもない力がある事が分かる。

 

かつて、弦十郎から聞いていたシンフォギア装者の奥義、絶唱。莫大なエネルギーを使い、装者の身を滅ぼしかける命を懸ける歌。だが、その力は霧散して発動する事はなかった。

 

そして倒れる奏を襲い掛かろうとするノイズ。

 

そんな事をさせるわけにはいかない。ボクは雷撃鱗を解除して言葉を紡ぐ。

 

「閃く雷光は反逆の導、轟く雷光は血潮の証、貫く雷撃こそは万物の理」

 

ボクの身体に迸る雷撃が形を変えて鎖となっていく。ボクは直ぐに奏に襲い掛かろうとするノイズの群れから奏を守るように束ねた鎖を放ち、それ以外は翼や少女に当たらないように鎖を操作してノイズ達を貫き、絡め取る。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ヴォルティックチェーン!」

 

鎖に雷撃を流し込み、会場にいる全てのノイズを炭化させた。地面に降り立つと同時に雷撃を纏った鎖が消え、奏の状態を見て苦虫を噛み潰した時のように顔を歪ませた。

 

「ガン…ヴォルト」

 

ボクは直ぐ様奏の近くに向かい、うつ伏せで倒れる彼女を起こそうとする。

 

しかし、彼女の身体に触れた瞬間に理解してしまう。奏の身体からは徐々に体温がなくなっていき、彼女の生体電流の活動が減少していくのを。

 

「しっかりするんだ、奏!」

 

「ガンヴォルト!奏の状況!?」

 

翼もこちらに近付いて奏の様子を見ると手で口を覆う。余りの酷い状態に翼は膝を突いた。

 

「ガンヴォルト…あんたっていつも遅刻するよな」

 

「奏それ以上喋るな!」

 

ボクの言葉を無視して奏は喋りを止めない。

 

「まぁ、今回はいいや。…ガンヴォルト…私の歌…ちゃんと聴いてくれたか…」

 

奏は焦点の合わない目でボクを見る。

 

「ああ、聴いたよ。だけど、ボクが聞きたかったのは君のそんな歌じゃない!だから、本当の君の歌を聴かせて欲しい…」

 

「…よかった…でも、ごめんな。私もうこれ以上歌えそうにないや…。さっき絶唱、失敗したけどさ…さっきから私の身体はちっともいう事を聞いてくれないんだ…」

 

奏は最後の力とばかりにボクの頰に手を伸ばす。

 

「ごめんな、ガンヴォルト…せっかく助けてもらったのに…ずっとありがとうも言えなくて…」

 

「だったら生きる事を諦めるな!君は…君はまだ助かる!だから…」

 

何かを言い終える前に奏の手がボクの頰から滑り落ち地面に落ちた。

 

「奏!死ぬんじゃない!こんな形でありがとうと言われてもボクは笑えない!だから…だから」

 

それ以上言葉が出ない。奏の身体から発せられる生体電流の鼓動がやがてゼロになったかのように活動を停止した。ボクは彼女を生かすために自らの蒼き雷霆(アームドブルー)で彼女の生体電流の再起を試みた。

 

「君をこんなところで死なせはしない!目を開けてくれ!奏!」

 

しかし、他の人の生体電流を上手く活性化させる事が出来ず、滞ってしまう。そして奏の纏うガングニールが朽ちるように崩れ始める。

 

「ボクは…ボクはまた救う事が出来ないのか…」

 

あの時のシアンのように。今度は奏まで…。

 

『解けない心 溶かして二度と 離さないあなたの手』

 

突如響き渡る懐かしき歌声。ボクが倒れた時、助けてくれた歌声。今まで聴く事の出来なかったその歌声。

 

「モルフォの歌…モルフォなのか!?」

 

突如響き渡る歌声に辺りを見回す。翼もその歌声に我に返り辺りを見渡している。

 

『ごめんね、GV。私は、今はこの声を届けるのが精一杯なの』

 

「モルフォ…いや、この感じはシアンなのか?」

 

『そうだよ、GV。今の私じゃこのくらいの事しか出来ない…』

 

響き渡るモルフォの声は最後は雑音が入ったように聞こえづらくなった。

 

『…もう時間がないの。この場所にあった歌の力で一時的に目が覚めただけ。だけど、GV。私は何時でもあなたのそばにいる…』

 

「どういう事なんだ、シアン!君は…」

 

その言葉を最後に彼女の歌声は、彼女の声は聞こえなくなる。それと同時に抱える奏の身体から消えてしまった体温が少しずつ上がっていき、生体電流が流れ始めるのを感じる。

 

「ガンヴォルト!さっきの歌はなんなの!?それにさっきの声は!」

 

翼が起こった事が理解出来ず、ボクに問いただしてくる。

 

「ボクにも分からない…だけどシアンの、彼女の歌のおかげで奏が助かった。でも、シアンは何処に…」

 

シアンの声だけで姿もない。それにあの言葉の真意が分からない。だが、あの言葉、彼女の言葉の意味があの時の事だとすると…。

 

ボクは最悪の考えを頭を振るって打ち払う。

 

「とにかく今は奏を安全な場所に。ボクは後ろのあの子を連れて行く」

 

そう言って翼に奏を預けると近くで血を流す少女の方に駆け寄る。

 

彼女も先程の歌の影響なのだろうか、傷口は塞がっており、容体は見た目よりもとても安定している。だが所詮は素人目。何が起こるか分からない。ボクは少女と奏の様子を見ながら一課の到着を待った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

あの場に倒れる少女、立花響はツヴァイウィングの片翼である奏の言葉を胸に重い瞼を閉じないように気力で意識を繋いでいた。

 

(生きる事を諦めない)

 

彼女の言葉通り、響は焦点の合わない視界で彼女を見続けた。

 

だが、その彼女すら倒れ、迫り来るノイズに襲われようとしている。そしてそれが終わったら自分が標的になるだろう。

 

(嫌だ、死にたくない!)

 

しかし、そのノイズ達は空中から出現した鎖に貫かれる。そしてその鎖は奏の前に盾のように複数突き刺さり、他にも大量の鎖が空中から降り注ぐとノイズ達を絡めとった。そして次の瞬間、鎖に電気が流れるように雷が伝ってノイズに感電させたかと思うとこの場にいる全てのノイズ達は炭へと変わった。

 

そして鎖が消えると同時に1人の男性が空から現れた。長い髪を三つ編みにし、片手には変わった銃を携えた蒼いコートを着た人物。彼の背中には蒼い雷が迸っていた。

 

そんな彼が倒れている奏を抱え、何が叫んでいる。しかし、聞こえづらい耳には会話が全く入ってこない。

 

奏が事切れた瞬間に歌が聞こえてくる。その歌声はとても優しく、そして生きる活力を与えてくれる。その歌声が消えると共に響は意識を失った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

豪邸の中にある研究室、そこで何者かが興味深そうに画面を見つめていた。

 

「彼女達とは違う歌の力…死にかけた人すらを癒す歌の力か…やはり、第七波動(セブンス)とは興味深いものだ」

 

何処で撮られたか分からないがライブ会場の動画が画面に映っている。

 

「そしてこの歌の力が響くと同時に今まで何も反応がなかった天叢雲が呼応し始めた。鍵はやはりこの歌を歌う者か…」

 

そう言って培養液の中にある聖遺物の一つに目を移す。そこでは今まで眠っていたかのように反応していなかったはずの天叢雲が鼓動するように光を明滅させている。

 

「やはり鍵となるのは歌の力…電子の謡精(サイバーディーバ)。ガンヴォルトの言っていた情報は(フェイク)だったか…。第七波動(セブンス)…ガンヴォルトとこの聖遺物の持つ共通するアウフヴァッヘン波形。そしてシアンと呼ばれる少女。全く興味が尽きないわ、第七波動(セブンス)と言うものは」

 

呟くと同時に、天叢雲がまるで反応したかのように大きく瞬いた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ライブ会場で起きた惨劇は行方不明、死傷者合わせて12874人と言う甚大な被害をもたらした。

 

そしてその惨劇により天羽奏は昏睡状態となり、ツヴァイウィングは活動を休止。

 

その惨劇は多くの人々に大きな傷跡を残した。



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16VOLT

「うーんもう少しだから頑張ってねー」

 

響は木に登り、猫に向かって手を伸ばしていた。

 

なぜこのような事になっているかというと、登校途中に木から降りれなくなった猫を見つけてしまい、響の困ってる人、いやこの場合は困っている猫だろう。困っていたら助けてあげたいという思いからこのような事になっていた。

 

響の手が猫に届きはしたが、猫はそれを避けて更に枝の先に逃げてしまう。

 

「あーもう、こっちにおいで。そんな端っこに行ったら枝が折れちゃうよ」

 

響の言葉を無視して猫は更に細くなっていく枝の先に行ってしまった。案の定、枝は猫の重さに耐え切れずにミシミシと音を立て折れてしまう。

 

「危ない!」

 

木から飛んで猫をキャッチする事に成功するがそのまま重力に沿って落下してしまう。とにかく猫が無事な様に胸に抱え、自分が下になるよう体勢を整えて目を瞑って衝撃に備えた。

 

しかし、衝撃は意外にもあっさりとしていて、痛みすら感じない。恐る恐る目を開けると男性の顔が目に入った。

 

「まったく、猫を助けるために無茶をして怪我をするつもりだったの?」

 

男性は呆れたようにそう言った。

 

「えっとすみません…」

 

「とにかく君も猫も無事でよかった」

 

そう言って男性は抱えていた響を地面へと下ろす。響は今まで自分がお姫様抱っこされていた事に気付いて顔を赤らめる。

 

「助けてくれてありがとうございます」

 

お礼を言って改めて男性を見る。スーツを着ていて長い金髪を三つ編みにしていて、目が悪いのか眼鏡を掛けている。

 

だが、その男性に既視感を覚えた。二年前のあの時の後ろ姿の蒼いコートを着た男性と重なった。

 

「すみません!つかぬ事をお聞きしますが、二年前に私の事を助けてくれた人ですか!?」

 

「…急にそんな事言われてもどう答えれば分からないな…。君を助けたと言われてもどういった時の事なのか分からないし、人違いなんじゃないかな?」

 

男性は少し困ったように答えた。確かに響の配慮が足りず、全く説明が入っていなかった。

 

「あっ、二年前のライブの時です!あの会場で怪我をしていた私とツヴァイウィングの天羽奏さんを救ってくれた時、あなたもあの場所で!」

 

男性は困ったように喋り続ける響に一度静止を掛けるように手を響の顔の前に出した。

 

「待ってくれ。君はリディアンの生徒だろ。こんな所で質問をしてる暇はないんじゃないかな」

 

そう言って男性は腕時計に指を指す。腕時計の時間を見せてもらうと既に始業の時間を少し過ぎており、完全な遅刻であった。

 

「あぁ!?しまった!すみません、この話はまた今度に!」

 

響はリディアンの方向に向けて走り出した。

 

「ちょっと…」

 

男性は何か言いたそうに響を止めようとしたが、既に響は全力で脇目も振らずに走り去って行った。

 

「猫を連れながら学校に行くのと、連絡先を知らないのにまた今度って…彼女は天然なのかな?だけど…」

 

男性、ガンヴォルトは響の背中を見送りながら少し安堵したような表情を浮かべた。

 

「だけど君は無事でよかったよ…」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「だはー、疲れた。入学初日なのにクライマックスが百連発気分だよ。これは絶対に私呪われてるかも」

 

響はリディアンの寮の床に倒れ込みながらぼやいた。入学式には遅刻して怒られ、更に猫を学院内に連れ込んで先生に叱られるなど散々な一日だった。

 

「半分は響のドジかもしれないけど残りはどうせいつものお節介でしょ」

 

響のぼやきに答えるのは幼馴染であり寮の同室である小日向未来という少女であった。未来は荷解きをしながらそんな響に言った。

 

「人助けって言ってよ。人助けは私の趣味なんだから」

 

そう言って体を回転させて仰向けからうつ伏せ状態になり未来の方を見る。

 

「響の場合はその行いが度を過ぎてるの。猫を助けようとしてそのまま遅刻しちゃうし、同じクラスの子に自分の教科書は普通貸さないでしょ」

 

「私は隣の未来から見せてもらうからそんな事いいんだよー」

 

響はいつの間にやら未来の後ろまで来ており、笑顔を浮かべている。未来はそんな響を見て少し驚くも頰を染めて微笑む。響はそんな未来を見て満足したのかデスクの方へ向かう。そんな響を見て未来はバカと呟いた。

 

「おぉ、新曲のCD発売はもう明日だったけ?やっぱりかっこいいな。翼さんは」

 

響はデスクの上に置かれた雑誌を拾い、裏に大きく宣伝された翼のポスターを見て胸に抱えた。

 

「翼さんに憧れてリディアンに進学したもんね。あの成績からよく頑張ったよ」

 

「だけど今日は翼さんの姿すらお目にかかれなかった。そりゃー、今話題のトップアーティストなんだから簡単に会えると思ってないけどさ」

 

そう言って雑誌を置き、響も自分の荷解きを始めた。

 

(あの日私を助けてくれたのは、ツヴァイウィングの二人ともう一人、雷を纏った男性なんだけど…)

 

「あー!」

 

急に大声を上げた。未来はそんな響を見てどうかしたのかと心配そうに聞いてきた。

 

「どうしたの響。何か大切な物でも忘れたの?」

 

「違うの!今日猫を助けた時に落ちる私を助けてくれた人に改めてお礼を言おうとしたのに連絡先聞き忘れてた!」

 

その声を聞いた未来は少し呆れながらも響に言った。

 

「やっぱり響はドジなんだから。でもその人リディアンの近くにその時間にいたのならこの近くの人なんじゃない?それだったらまた何処かで会えるんじゃないかな?特徴とか覚えてるんでしょ?私も一緒に探してあげるから」

 

「うん。未来も探してくれるなら直ぐに見つかると思うんだけど…眼鏡を掛けた長い金髪を三つ編みにした人でスーツを着てたかな」

 

その言葉を聞いた瞬間に未来がものすごい勢いで響に詰め寄る。

 

「響!その人の事を何処まで知ってるの!?」

 

突然の未来の行動にあたふたする響。

 

「そ、そんなには知らないよ…その人に会ったのも二回目だし。もしかして未来の知り合いだったりするの?」

 

「知り合いじゃないんだけど…」

 

歯切れが悪く答える未来。

 

「だったら…はっ!もしかして未来の元カレとか!?私が知らない間にいつの間にか年上のかっこいい彼氏作ってたの!?私と一緒で年齢=彼氏いない歴と思ってたのに!?」

 

響がそういうと未来は慌てて首を振る。

 

「そ、そんなんじゃないよ!話の内容が飛躍しすぎて意味不明だし…ただ、私も前にその人に助けてもらったかもしれないから…」

 

「えっ?未来もその人に助けてもらった事あるの?」

 

「前にね…」

 

やはり未来は歯切れが悪い返答をした。何か隠しているのだろうか。だがとても言いづらそうにしているため、響は深く聞かず笑顔を浮かべる。

 

「だったらその人が未来の恩人だったら改めてお礼を言おうよ!その人がもし同じ人だったら未来の事を覚えてるかもしれないし!」

 

「七年も前の事だよ。その人かどうかも怪しいし…」

 

「大丈夫だよ!もし未来を助けてくれた人なら絶対その人も覚えてるはずだよ!だから会った時に絶対二人でお礼をしよう。ね」

 

未来はようやく笑みを浮かべて頷く。

 

(とは言ったものの、私がお礼を言いたいのは二年前のあのライブ会場の事。私が退院した頃に見たニュースでは全く違った事が放送されていた。ノイズの事はあっていたけどあの鎧みたいなものを纏った奏さんや翼さん…それに二人とは違ってあの場に現れたあの人の事…翼さんやあの人に会いたいのはあの日、本当は何が起こっていたのかあの人達に会えば分かる気がするから。でも、あの人が本当に二年前にライブ会場にいた人なのかどうかも分からない…未来にはあの時の事を聞いたとしても信じてもらえるかどうか分からないし…だって人が雷を操るなんて話したってまた変な子って思われるだけだし、どうしよう)

 

◇◇◇◇◇◇

 

未来は先程の響の言っていた男性について考えていた。

 

(金髪の三つ編みの男性…私の小さい頃に助けてくれたあの人かもしれない…)

 

未来は七年前に起きたノイズの発生地域にたまたま居合わせてしまった。そして逃げる人々に押されて転び、ノイズに襲われようとした時に間に入ったのが響が言ってた特徴と一致する長い金髪を三つ編みにした男の人であった。

 

うっすらとしか覚えてはいなかったが長い金髪を三つ編みにしている男の人というのはとても印象に残っている。

 

(でもその人なのか分からない。ただ響には言えないよね)

 

それは政府により口止めされている事と響に心配させたくないと思っている事ともう一つ。

 

(ノイズを倒す事の出来る雷を操る人だなんて信じてもらえるか分からないし…)

 

あの助けられた時の事、逃げている際にその人が大丈夫なのかと無事を確認したく、振り向いた時にその男の人は雷を操り、バリアのようなものを展開してノイズを倒しているのを目撃してしまった。

 

もちろん、最初はその人を助けてと保護された時に自衛隊の人達にお願いしたのだが、それ以降あの人に会う事も話を聞く事も、生きているのかさえも分からなかった。

 

(どうか、響の言うその人が私を助けてくれた人でありますように…)

 

未来はその人物が助けてくれた人だと信じ願った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

所変わってリディアン周辺の森林の中、夜が深くなる頃にノイズが発生して、街に侵攻してきた。直ぐ様近くの一課が出動してノイズの進行を防ごうとしている。

 

鳴り響く銃撃と爆音。しかしノイズに向けて放たれる銃弾やミサイル弾はノイズをすり抜けてしまい、何のダメージも与える事が出来ていない。そんな中、一機のヘリが飛んできてノイズ上空を通過する。

 

そのヘリからは二人の人が飛び出していく。

 

「Imyteus amenohabakiri tron」

 

一人は歌を歌い飛び出す。もう一人は手にした銃で目下にいるノイズへと銃弾の様なの物を撃ち込み、手から雷を放つとノイズ達を炭へと変えていった。

 

二人の人影が降り立つ。一人は蒼いコートを羽織り、片腕には特殊な銃が握られており、身体には雷が迸っている男性。もう一人は蒼い鎧のような物を纏った女性であった。

 

『ガンヴォルト、翼。まずは一課と連携を取りつつ、ノイズの出方を伺ってくれ』

 

「必要ありません」

 

蒼い鎧を纏う女性、風鳴翼は直ぐにそう答えてノイズの群れへと突撃していった。

 

『翼!…全く、後で説教だ。ガンヴォルト、悪いが翼と一課のフォローを頼む』

 

「了解。こっちは任せて。そっちは状況を逐一報告とノイズの反応のチェックをお願い」

 

通信機越しに男性、ガンヴォルトが答えるとガンヴォルトも蒼き雷霆(アームドブルー)で生体電流を活性化させてノイズに向けて駆け出した。

 

迫り来るノイズは雷撃鱗を展開しての体当たりで炭化させ、離れている敵には避雷針(ダート)を撃ち込んでロックオンされた矢先に雷撃鱗から雷撃を誘導して雷が迸り炭化する。

 

翼もカポエイラの様に逆さになり足から伸びる刀で切り裂く、逆羅刹。周囲のノイズを殲滅すると空に跳び上がり、空中に大量の剣を出現させて降り注がせる、千ノ落涙。そして周辺のノイズを片付けると残っていた巨大ノイズに向けて駆け出す。手に持つ剣を巨大化させ、振るう剣からエネルギーの刃を飛ばす蒼ノ一閃。

 

巨体ノイズは身体を真っ二つに切り裂かれ、そのまま炭化した。着地する翼。しかし、死角から隠れていたノイズが翼に向けて弾丸の様な勢いで襲い掛かる。

 

だが、そのノイズには既に避雷針(ダート)でマーキングされた様に蒼い紋様が浮かび上がっており、ガンヴォルトが腕から雷撃を出すとまるで吸い込まれるかの様にノイズへと誘導されていき、翼に当たる直前に炭化した。

 

「翼、最後まで気を緩めるんじゃない」

 

ノイズの殲滅を確認したガンヴォルトは翼の方に歩み寄りながら言った。

 

「気を緩めてなんかいないわ。ノイズの存在自体も気付いていたけど、貴方のロックオンが見えたから無視していただけ。ガンヴォルトならやってくれると思ってたから」

 

ガンヴォルトはそれを聞いて少し呆れながらも言った。

 

「まったく。信用してくれるのは嬉しいけど、余り無茶はしないで。弦十郎の指示も無視して…。心配する弦十郎達やボクの事も少しは考えて」

 

「ごめんなさい、ガンヴォルト。でも、私は奏をあんな風にした存在が許せないの。だから直ぐにでも…」

 

ガンヴォルトは少し表情を曇らせるが直ぐに表情を隠した。

 

「それならボクも同じ気持ちだよ。でも翼、焦っちゃいけない。それが油断に繋がるんだから。この後はボクが一課と一緒に処理を進めるから翼はもう上がって。学生、アーティスト、防人の三重生活になってるんだから休める時はしっかり休んだ方が良い」

 

「私は大丈夫だから」

 

続けて何か言おうとする翼の言葉を遮る様に弦十郎から通信が入る。

 

『ガンヴォルトの言う通りだ。後は一課とガンヴォルトに任せて翼はもう休め』

 

「しかし司令!」

 

『たまには言う事を聞け!奏が入院してからお前はいつもいつもそれだ!ガンヴォルトの言う通り、お前は』

 

怒鳴る弦十郎。それ以上はまた小言を言われそうになるためガンヴォルトは翼の耳に付いている耳当てに手を当て、翼の通信機を切った。

 

急に耳に手を当てられた翼は顔を赤くする。

 

「な、何をするのガンヴォルト。そ、そういう事は…」

 

「そういう事?何の事か分からないけどこれ以上は弦十郎の話が長くなると思ってね。弦十郎の小言がまた入る前に帰った方が良い。後はやっておくから」

 

「…バカ…」

 

翼が小さい声でそう言うがガンヴォルトは通信機から手を離し、肩を竦める。

 

「翼が早く帰ってくれないと明日の弁当をボクは作れなくなるかもしれないな」

 

翼を和ませようとおどけた風に言うと翼は慌てる。

 

「そ、それは困る!ガンヴォルトの弁当が貰えなきゃ私の昼食がなくなってしまう!」

 

「だったら今日は早く帰った方が良い。さっきの件については弦十郎にボクが怒らない様に伝えておくから」

 

「でも」

 

また何か言おうとする翼の話を遮る様に前に奏が翼を嗜める時によく使っていたデコピンをする。

 

「根を詰めすぎてもダメだよ。ここは甘えておいて」

 

翼は少し恥ずかしそうにしたが直ぐに頷いてヘリの待機している場所まで歩いて行った。ガンヴォルトはそれを見送った後、一課の方に歩き始めた。



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17VOLT

一晩明け、ボクはとある病室に来ていた。病室のベットに寝かせられているのは二年前あの日から眠り続けている奏であった。

 

「奏…昨日、君が助けたかった女の子に会ったよ。危なっかしい子だったけどとても元気な子だった。多分、今笑っていられるのは奏のおかげだよ。それと今、奏が眠ってるせいで翼が無理して困ってるんだ。早く起きて翼に何か言ってあげて」

 

その呟きは病室で静かに木霊する。しかし、その問いに対して奏は目を覚ます事はなく沈黙を続け、眠っていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「自衛隊、特異災害対策機動による避難誘導は完了しており、被害は最小限に抑えられた、だって」

 

食堂でスマートフォンのニュース欄を見ながら未来が呟いた。響は未来の話を聞きながらご飯を食べる。

 

「ここからそう離れていないね」

 

未来はそう言いながらスマートフォンの画面に出ている関連記事を読んでいく。

 

急に食堂の入り口付近がざわめきたち、やがて伝染する様に食堂内が騒がしくなる。

 

「ねぇ見て、風鳴翼よ」

 

「芸能オーラ出まくりで近寄り難いわ。さすが孤高の歌姫といったところね。でも、あの人がお弁当を食べる時だけは和やかな雰囲気になるのは何でかしら?」

 

響は風鳴翼と聞いた瞬間、お椀を持ちながら立ち上がり、入口の方を向いた。向いた先には既に翼が目の前にいた。

 

「あ、あの…」

 

目の前に立っている翼を見ると上手く言葉が出ない。響は口をパクパクさせながらなんとか喋ろうとするが、その前に翼は自分の口元を指差した。

 

「おべんとついてるわよ。慌てずゆっくり食べなさい」

 

そう言って翼は響の前を通り過ぎて奥の方に行ってしまった。

 

響は顔を赤くして大人しく座り、無言でご飯を掻き込んだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「あーもうだめだ。翼さんに恥ずかしいところを注意された…絶対おかしな子って思われた…」

 

放課後、響は机に伏せながら昼食時の失態を嘆いていた。しかし、翼と少しだけでも会話が出来た事は嬉しかった。

 

「けど、あのタイミングでなんでおべんとなんか付いてるのー」

 

「落ち着いて食べないからそんな事になるのよ。それに翼さんの認識は間違ってないからいいんじゃない」

 

隣に座る未来は課題なのか開いたノートにペンを走らせていた。

 

「少しは慰めてくれてもいいじゃん…それより、今やってる事もう少し掛かりそう?」

 

「うん。あっ、そっか。今日は翼さんのCD発売日だったね。でもなんで今時CDなんかで買うの?」

 

「やっぱりダウンロード版よりも初回特典の充実度が違うからに決まってるじゃん。それにダウンロード版にはないあのお店まで買いに行く時のワクワク感。やっぱりあの感覚を味わうために」

 

響は得意げに饒舌をふるう。未来はそれをしっかりと聞きながら響が話終わるのを確認してから未来は口を開いた。

 

「だけど私が終わるのを待ってるなら初回特典のCD、売り切れちゃうんじゃないかな?」

 

「しまった!ごめん未来、それが終わったら部屋の鍵開けて待ってて!急いでCD買って帰るから!」

 

響は鞄を持つと急いで教室から出て行った。

 

「まったく、慌ただしいのはいつまでも変わらないな」

 

未来はそんな親友の様子を困りながらも微笑みながら見送った。

 

「私も早く終わらせて帰らなきゃね」

 

そう呟くと未来はノートに書く速さを少し上げた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

街が夕日により朱に染まる道路を響は小走りで駆け抜けていく。未来を待っていて少し遅くなってしまったが、CDショップまでもう少しという所に迫っていた。

 

「今回もCDの初回特典は豪華だったし、早く買って帰って未来と一緒に翼さんの新曲を聴きながら初回特典を拝まないと!」

 

そう呟きながら響は走るペースを少し上げた。角を曲がればCDショップという所で街から先程までの喧騒が消えているのに気付いた。

 

「さっきまであんなに人がいたのになんで?」

 

喧騒と同時に人も全く居なくなっている。逢魔時の恐ろしさなのだろうか。肌を撫でる風がとても冷たく感じた。そして、その風と共に飛来してくる黒い粉のようなもの。吹いてきた風の方向に目を凝らすとそこには幾つもの炭の塊が散乱していた。

 

「えっ?まさか、ノイズ!」

 

気付いた時には響の足は既にシェルターの方へ駆け出していた。先程の道を戻るように走り抜け、ノイズがいないか怯えながらも駆ける。その時、少し離れた所で女の子の悲鳴が聞こえる。響はシェルターに向けて駆けていた足を止め、その悲鳴の方向に走り出した。

 

建物の間、路地を駆けて出た通りには一人の女の子がいた。親とはぐれてしまったのだろう。響はその子の元へ向かう。

 

「大丈夫!お母さんとはぐれちゃったの?」

 

女の子に声を掛ける。女の子はビクッと怯えて反応するがノイズではなかった事を安堵したのかこちらに寄ってくる。そして問いに答えるようにこくんと頷いた。

 

「なら、お姉ちゃんと一緒にシェルターに向かおう。一人で心細くても二人なら平気、へっちゃらだからね」

 

女の子を安心させるように笑顔を浮かべて言う。女の子は安堵した表情で響の手を握る。

 

「じゃあ急ごうか」

 

そう言ってシェルターの方へ向かおうとした時、遠くの方からこちらの方に向けてゆっくりと迫り来るノイズが目に入った。後ろの通ってきた道からも既にこちらに向かってくるノイズが見えた。

 

響は女の子の手を引いて別の裏路地に逃げ込んだ。後ろから迫り来るノイズを見ながら路地の奥へ奥へと進んでいく。そして路地を抜けた先の用水路に出ると既に先回りをされたようにノイズが待ち受けていた。

 

「お姉ちゃん!」

 

女の子が泣きそうな顔で響の制服を握る。響は女の子を抱き寄せる。

 

「大丈夫。お姉ちゃんが一緒にいるから!」

 

左右そして来た道からもノイズが迫ってきている。逃げ道は目の前の用水路しかない。意を決して響は女の子と一緒に用水路に飛び込む。そして向こう岸まで泳ぐ。女の子と共に向こう岸に渡りきり、女の子の手を引き再び走り出した。

 

必死に逃げる。だがノイズから逃げるうちにシェルターからどんどん離される。だが、響は足を止めない。

 

(あの日、あの時、私は確かに救われたんだ。私を救おうとしてくれた奏さんも言ってた。生きるのを諦めないでって。だから、こんなところで諦めちゃダメだ!)

 

響は足が動かせないと言い始めた女の子を背負い、工場地帯へ入る。太い配管の合間を縫うように道なき道を走る。今のところはノイズの姿は見えない。だけどノイズは急に現れるため油断ならない。

 

響は工場地帯の中にある一際大きな給水タンクの梯子を登る。長い貯水タンクを登り切るとアドレナリンが切れたのか今まで走っていた足が急に動かなくなり大の字に倒れる。

 

「はぁ、はぁ…」

 

「お姉ちゃん、私たちどうなっちゃうの…」

 

女の子が心配そうに響を見る。女の子は響が倒れた時に放り出されたせいか、体中泥や埃などでうっすらと汚れていた。

 

「大丈夫…ここまで来れば」

 

「お姉ちゃん!」

 

女の子が急に悲鳴のような叫び声を上げる。重くなった身体を起こすといつの間にかノイズの大群に囲まれていた。先ほど登ってきた唯一の逃げ道であった梯子もノイズによって塞がれてしまっているため、逃げ道はもうない。

 

「いやぁぁ!」

 

女の子は響に抱きつく。その身体は恐怖のせいで震えている。

 

(こんな所で死にたくない!私に…私にだってまだ出来る事がまだあるはずだ。だから)

 

響は震える女の子を安心させるため、そして恐怖で竦む自分を鼓舞するように叫んだ。

 

「生きるのを諦めないで!」

 

叫ぶと共に胸の内から何か込み上げてくると共にすぅと思い浮かんだ言葉を響は歌った。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

紡いだ言葉は響の周りを淡い光で覆った。そして、響の胸からは一筋の光が溢れる。その光の光源にあるのは2年前に着いた、フォルテの形をした傷だ。

 

そして淡い光が治ると同時に今度は胸から出る光が広がって響を光で包み込んだ。同時に身体の内が熱くなる。まるで細胞ひとつひとつが急速に温められていくような感じ。だが、瞬間、物凄い勢いで身体を何かが蝕むように激痛が走る。

 

「あぁぁ!」

 

響の背中を突き抜けるように出てきた機械。それは響の背中を出たり入ったりを行くばかりか繰り返す。響は余りの激痛に叫び続ける。そして機械は響の中に全て入り込んだ。だが、また食い破るように背中から突き出てきて今度は響の身体に巻きつくように絡まる。

 

絡みつく機械はいつの間にか形を変えていき、二年前に奏が装着していた鎧と似たような物に姿を変えた。

 

「な、なにこれ!?」

 

急によく分からない物を纏った響は訳が分からず叫んだ。先程まで着ていた制服は何処になど今の状況では些細な事ばかりに思い浮かぶ。

 

だが、目の前にいるノイズが目に入るとそんな考えも消え、どうすれば助かるのか、どうすれば逃げられるのか考える。

 

「お姉ちゃんその格好…お姉ちゃんはヒーローなの?」

 

縋るように見つめる女の子。震えはなくなり、その目には淡い希望の色が見える。

 

「…うん!お姉ちゃんはピンチになると変身出来るの!だからもう安心だよ」

 

とは言ったものの、危機的状況には変わらない。ノイズは響に向けて形を変え、襲い掛かる。響はそれを避けるように女の子を抱えてその場から飛び退く。

 

「えっ!?」

 

響は軽く飛んだつもりだったのだが、給水タンクから大きく飛び出し空中に浮かんでいた。自分の跳躍力に驚きを隠せないが、そんな事はどうでもよくなる。響の身体はしばらく滞空した後に重力に沿って落下を始めた。

 

「ど、どうすれば!?」

 

どうすればいいか考えている間にすぐに地上はすぐ目の前に迫っていた。響はやけくそになり、女の子に衝撃が来ないよう抱きしめ、両足を地面に付けた。途端に来る衝撃。しかし、痛みなどはなく、足も身体も無事であった。

 

「ぶ、無事なの…?」

 

身体の何処にも違和感がなく、高い所から落下したのに痛みがない事に驚く。

 

「お姉ちゃん!」

 

我に帰るとノイズの大群が響に向けて形を変えて弾幕の張るように襲い掛かる。響は再び、それを避けるように走る。だが、間に合わず、地面に衝突するノイズの衝撃で吹き飛ばされる。吹き飛ばされた先には給水タンクがあり、女の子を庇いながら衝突する。衝突しても痛みはほとんどなかった。衝突した衝撃でバウンドして直ぐに重力に沿って再び落下し始める。響は給水タンクの壁をがむしゃらに掴んだ。

 

給水タンクの配管を掴む事に成功し、落下するのは回避出来た。しかし、その隣にはいつの間にか巨大なノイズが出現しており、響に向かってカニのハサミのような形状の腕を響に向かって振り抜く。

 

響はとっさに手を離し、避ける事は出来たが、衝撃で女の子もろとも地面に吹き飛ばされる。女の子を守るように抱えて、背中から地面の衝突する。響は軽い衝撃に襲われる程度であったが、身体を起こし、抱きしめている女の子の無事を確認する。

 

「大丈夫?」

 

女の子は響の顔を見て頷く。よかった、そう思った瞬間、女の子は響の後ろを指差す。そこには四足歩行のノイズが飛び上がり、響達を覆い被さるように襲い掛かってきていた。体勢的に動く事が難しいため、無駄かもしれないが響は片手を振るってノイズを払おうとする。

 

だが、結果的には響の腕に当たったノイズは何が起こったか分からないが、炭の塊となって崩れ落ちた。

 

(わ、私が倒したの?)

 

余りの出来事に理解も追い付かない。その時、バイクのエンジン音がこちらの方に近付いてくるのに気付く。その方向を見ると、バイクに跨った一人の女性がこちらに向けてフルスロットルで迫ってくる。そしてバイクに乗った女性は響の横を通り過ぎると翻るように飛び降りた。

 

バイクは慣性に従って進み、巨大なノイズにぶつかると爆発した。飛んできた女性、翼は響と女の子の前に着地する。

 

「惚けない。あなたはそこでその子を守ってなさい」

 

「えっ?つ、翼さん!?」

 

響は憧れの翼が目の前にいる事に驚くが、翼はそれを無視して歌いながらノイズに向けて駆け出した。

 

「Imyteus amenohabakiri tron」

 

歌うと翼は光に包まれる。光が収まると翼は響と似たような鎧を纏っていた。翼は剣のような物を取り出すと、巨大な剣に変えて振り下ろす。振り下ろされた剣から青いエネルギーが放出され、ノイズの大群を斬り払う。そして、飛び上がると翼の後ろに大量の剣が出現して、ノイズに降り注ぐ。ノイズの大群があっと言う間に数を減らされていく。

 

その鬼神の如き戦いに響は見惚れる。

 

「お姉ちゃん、後ろ!」

 

女の子の言葉で我に帰り、後ろを確認すると巨大なノイズが響達に向けて腕を振り下ろそうとしているところだった。響は逃げようと考えたが振り下ろされた衝撃が自分達を襲うだろう。響は女の子だけでもと女の子を守るために抱きしめた。

 

「煌くは雷纏いし聖剣、蒼雷の暴虐よ敵を貫け!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

突如響き渡る男性の声。その言葉と共に出現した雷を纏った巨大な剣がノイズを貫き、炭へと化した。崩れゆく炭の塊。その塊が完全に崩れると共に雷を身体から溢れてさせ、特徴的な銃を握った男性が現れた。

 

その男性の姿はかつてライブの惨劇で響を救った男であった。



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18VOLT

ノイズの発生を確認して司令室へ向かうボクと翼。ボクはもともと二課本部にいたため、戦闘服を身に纏いいつでも出撃する準備は出来ている。翼に至っても制服姿だが歌う事によりシンフォギアを纏えるため戦闘準備は既に完了している。

 

「状況を教えて下さい!」

 

翼は司令室に入るとオペレーター達に現状を把握するために情報を要求する。

 

「現在反応を絞り込んでノイズの位置の特定を急いでいます!」

 

ボクはそれを聞くとデバイスの方に向かい、機材に手を当ててここから繋ぐ事の出来る監視カメラの映像を一つのモニターに複数出現させる。何箇所かダメになっているカメラもあったが、その中の複数の過去の映像からノイズの写り込んでるものをピックアップする。

 

「監視カメラの映像を確認した。ノイズに追われている生存者2名を発見。一人は幼い少女。もう一人はリディアンの生徒だ。逃げた方向とその先の監視カメラに映ってない事から、この先の工業地帯に逃げ込んでいる可能性がある」

 

その情報を全ての職員に伝えると、職員達はその付近の反応を調べ始め、ものの数分でノイズの現在地を特定した。

 

「でかしたぞ、ガンヴォルト!これより、生存者2名の救出に移る!ガンヴォルト!お前は街から他の生存者がいないか確認をしながら工業地帯に向かえ!翼はこのまま工業地帯へと向かい、生存者の救出を頼む!」

 

その瞬間、司令室にアラームが響き渡る。画面を見るとノイズの反応とは別に大きなエネルギー反応を示すグラフが映し出されていた。

 

「ノイズとは異なる高質量エネルギーを検知!波形の照合を急ぎます!」

 

職員達が一斉に動き始め、過去に出現した様々なグラフを確認する。そして了子がいち早くその正体を見破ったのか呟くように言った。

 

「まさかこれって!アウフヴァッヘン波形!?」

 

呟くと同時に了子の画面が素早く切り替わり、今まで確認されたアウフヴァッヘン波形が司令室の大型スクリーンに映し出された。そして照合されていくグラフの中、全員が驚きを隠せない波形と重なった。

 

「まさか、ガングニールだと!?バカな!あれは今も我々の基地に保管されているはず!」

 

「そんなはずはない!だってガングニールは奏の…奏だけのシンフォギアのはず!」

 

「私達の持っている物はガングニールの欠片に過ぎないわ。もしかしたら、何かしらの経緯で欠片を持っていた子が土壇場で適合した可能性もあるわ」

 

弦十郎と翼はあり得ないというように言うが、了子はそんな二人に対し、可能性の話をしてこの状況を分析する。そんな話をしている間にボクはダートリーダーにマガジンを装填して司令室を出ようとする。

 

「何処に行くつもりだ!ガンヴォルト!」

 

「何処って、さっき言っていた街の生存者の捜索とノイズの掃討にだよ。奏と保管しているガングニールは無事な事はさっき病院内と基地内のカメラで確認した。奏と保管されているガングニールが無事ならこんなところで言い合いをするよりもより多くの命を助けるために動くべきだ」

 

そう言ってボクは司令室を出て、市街地へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガンヴォルトが出て行くのを見送った弦十郎達。

 

「全く、俺達がどうかしていたな。あいつの言う通り、俺達の役目は人々をノイズから一人でも多く救う事だ。こんなところで議論してたところで救える命すら救えなくなっちまう」

 

「そうね。私も、今議論をするのが有意義かそうじゃないかぐらい分かっていたのに、目先の出来事に囚われ過ぎてたわ」

 

弦十郎の言葉に賛同する了子。そこには反省の色が見える。

 

「ですが司令!ガングニールは奏の!」

 

「翼!ガンヴォルトの言った通り、奏のガングニールが無事な事は確認出来ている!ならば今、我々のやるべき事はガングニールが誰のものなのかの議論じゃない!ノイズに襲われているかもしれない人々の命を一つでも多く救う事だ!」

 

弦十郎は翼を叱責する。その言葉に翼は苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。

 

翼は納得はしていないようだが、弦十郎の言い分が正しい事を理解しているため、司令室を出て出撃に向かった。

 

(ガングニールは奏だけのギアだ。今出現しているのがどうあれ、奏以外の適合者など、私は認めない)

 

◇◇◇◇◇◇

 

市街地にはノイズと炭にさせられた人だったものが散らばっている。市街地はビルなどでビルの合間が分からないがその街に人の気配などはなかった。

 

だが、人の気配は感じないものの獲物を見つけた獣の如く、潜んでいたノイズが数体現れる。ノイズはボクを見ると形を変え、弾丸のように一直線にボク目掛けて襲い掛かる。

 

しかし、ボクは雷撃鱗を展開して襲い掛かるノイズを炭へと変える。直ぐに雷撃鱗を解いて念のためにEPエネルギーを回復させると直ぐにダートリーダーを構え、離れたノイズに避雷針(ダート)を撃ち込んだ。避雷針(ダート)を撃ち込まれたノイズ達には蒼い紋様が浮かび上がり、腕に雷撃を迸らせ、ノイズ達に向け構える。腕から伸びて行く雷撃はノイズ達を確実に捉えて炭と化した。。

 

このエリアにいるノイズがいない事を確認してダートリーダーのマガジンを入れ替える。

 

「ここにはもうノイズも生存者もいないか…やっぱり生存者が残っている工業地帯に向かってるのか」

 

呟くように言う。そして身体の生体電流を強化してビルの壁を蹴り上がり、屋上へ降り立つ。そこから見える工業地帯。

 

ここからでも見えるくらいの巨大なノイズが見える。それを確認するとビルの屋上を飛びながら工業地帯へと駆ける。

 

街の方ではノイズとは余り出くわさなかったが、工業地帯に近くになるに連れ、ノイズの数が増えていき、ボクを発見したノイズが襲い掛かってくるが雷撃鱗を展開してやり過ごす。貫通する事の出来ないノイズ達は雷撃鱗に触れた瞬間に炭へと化す。

 

そして工業地帯のノイズが集まる中心まで到着すると、先に到着していた翼が生存者を助けるためにノイズと戦闘を行っていた。

 

そんな中、生存者達の背後の給水タンクの合間からノイズが出現し、生存者達へと襲い掛かろうとする。

 

避雷針(ダート)を撃ち込んで雷撃を流すのでは間に合わないと思ったボクは巨大なノイズに向けて飛び上がり言葉を紡ぐ。

 

「煌くは雷纏いし聖剣、蒼雷の暴虐よ、敵を貫け!」

 

言葉と共に腕に雷が集まって行く。そして巨大なノイズの背後で腕をかざす。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

その言葉と共に腕に集まる雷は形を巨大な剣へと変え、ノイズの身体を貫き、炭へと変えた。

 

地面に降りたつと共に巨大な剣は霧散して消えた。そして炭と化したノイズが崩れ落ちる。その先にいたのは昨日木から落ちていたあの少女の姿であった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

雷を纏った男性はまだ残っていたノイズに銃を向けて何かを撃ち込んだ。当たったノイズには紋様が浮かび上がり手をかざすと、手から雷が出現し紋様の付いたノイズに雷が誘導されるように直撃して炭へと化した。

 

その様子を呆然と見る響。男性は周囲にノイズがいない事を確認するように警戒していたが、視界にノイズが現れない事を確認すると響の元に歩み寄って来た。

 

「無事かい?」

 

「は、はい!」

 

「よかった」

 

響の無事な様子を見て、男性は耳に手を当てる。

 

「こちらガンヴォルト。生存者及び適合者の無事を確認。周辺にノイズの影すら見当たらない。反応は?」

 

どうやら、この男性はガンヴォルトというらしい。だが、偽名のように感じるその名前は響にとっては些細な事で、目の前にいる人物こそ、二年前のライブ会場で助けてくれた人だと彼の放った雷撃を見て確信した。

 

「あ、あの!」

 

ガンヴォルトは木から助けてくれた時のように喋ろうとする響に制止を掛けた。

 

「周辺にノイズが少し残ってるみたいだ。君は女の子を守ってあげて」

 

そう言うと彼はコートを翻し駆け出し、去っていった。

 

「またお礼言いそびれちゃった」

 

「お姉ちゃん、あの人もお姉ちゃんみたいなヒーローなの?」

 

手を握る女の子が響に問いかけた。

 

「うーん、ヒーローなんだと思う。あの人は前にもお姉ちゃんを助けてくれた人だと思うし、ノイズを倒せるみたいだから…」

 

男性が消えて行った方を見ながら響は呟くように言った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ノイズが全て片付いたのか、自衛隊と思われる人々が到着し、工場地帯に散らばる炭の回収、現場検証のような事をする人で溢れ返っていた。

 

響はその様子を見ながら先程の男性、ガンヴォルトの事を翼の事を考えていた。

 

(二年前のあの日、やっぱり助けてくれたのはツヴァイウィングの二人とガンヴォルトっていう人に間違いなかったんだ。でも、あの時聞こえてきた歌声の人は何処にいるんだろう?)

 

かつて助けてくれた時には三人は覚えている。だが、もう二人、助けてくれた奏の姿と歌を歌って元気をくれた声の人は見当たらなかった。

 

「あの、あったかい物どうぞ」

 

考え込んでいた響にスーツを着た女性が紙コップを差し出す。その中には湯気を浮かべる琥珀色の紅茶が入っていた。

 

「あ、あったかい物どうも」

 

響は一度考えるのをやめ、女性から飲み物を受け取り、少し息を吹きかけて冷まして飲み物に口を付けた。

 

「あはー」

 

身体の芯から少し冷えた身体を温めてくれる。一息付いたところで響の身体が急に光り始め、力が抜けたかと思うと、先程の鎧のような物が消え、制服姿に戻る。力が抜けて自分の足で立つ事が難しくなり、手から紙コップが離れ、倒れそうになる。

 

「うわぁ!」

 

だが、倒れそうになる身体は誰かに支えられる。振り向くと先程のガンヴォルトと呼ばれる男性が響を支えており、落とした紙コップも中の紅茶を溢さずに器用にキャッチしていた。

 

「大丈夫?」

 

「だ、大丈夫です!」

 

直ぐに身体を動かそうとするが、疲れていた足が上手く動かず、支えられたままの形となる。

 

「無理しない方がいいよ。さっきの戦闘で疲れているんだから無理に力を入れたら身体が付いて行かないよ」

 

そう言って、支える身体を起こして、手に持っていた紙コップを渡してくれた。

 

「ガンヴォルト!いつまでその子に引っ付いているの!」

 

そんな様子を見ていたのかどこか苛立っている翼がこちらに近付いてくる。

 

「いつまで引っ付いてるって、この子が倒れそうになったから支えてただけだけど」

 

「だったらこの子を立たせて直ぐに離れればいいでしょう!それなのにいつまでも」

 

翼は苛立ちが強くなったのか、矢継ぎ早に責め立てる。ガンヴォルトは何故怒られてるのか分からないという風に困った表情をする。そんな時に自衛隊の隊員数名がこちらにやって来る。

 

「お忙しいところすみません。ここまで来る時に倒したノイズの場所の詳細を聞きたいのですがお時間よろしいですか?」

 

「分かった。翼、悪いけど愚痴は後で聞くから慎次を呼んでおいて。ボクは後で合流するから」

 

そう言ってガンヴォルトは自衛隊の隊員達と共に簡易テントへと向かって行った。残された響と翼。

 

「あの…なんていうかすみません」

 

「…」

 

先程から不機嫌そうにしている翼に向けて、自分のせいなのかもしれないと思った響は謝る。しかし、翼はその言葉には答えずにそっぽを向いた。

 

それでも響はそんな態度を執る翼に以前助けてもらったためお礼を言う。

 

「あの、ありがとうございます!私、翼さんとあの人に助けられたのはこれで二回目なんです」

 

「二回目?」

 

その言葉に翼が反応してこちらを向く。だが、それでも響に対してはなんの反応も見せずに先程のガンヴォルトと呼ばれる男性が言っていた慎次という人を呼びに言ったのかこの場から去って行った。

 

先程の支えてもらってた事以外で悪い事でもしたのだろうかと不安になる。しかし、飲み物を渡してくれた人が近くに来て励ますように話してくれた。

 

「気を悪くしたようならごめんなさい。翼さんは彼、ガンヴォルトの事となるといつもあんな感じになるの。本人は否定してるけどね」

 

「それって!」

 

女性の含みのある言い方に響は察した。だが、トップアーティストと言う立場上、それを知られるのは非常にまずいのではないかと思ったので辺りに人がいない事を確認してからなるべく小さな声で女性に言う。

 

「あの…そんな重要な、というか記者とかに聞かれると危ない情報をなんで教えてくれたんですか?」

 

「それは直ぐに分かりますよ」

 

女性職員は困ったような表情をすると、その後ろからぞろぞろと黒服を着た屈強な男達が響の周りを囲う。

 

「えっ!?」

 

「今から貴方の身柄を特異災害対策機動部ニ課まで拘束させて頂きます」

 

その声と共に翼が屈強な男達の間から現れた。

 

「な、なんでですか!」

 

「これも国家機密を守るためなんです。少しの間、嫌な思いをするかもしれませんがご容赦下さい」

 

隣で声が聞こえたため、そちらを振り向くと優男風の男性がいつの間にか現れており、気付かぬ間に頑丈そうな手錠により拘束されていた。

 

「な、なんで!?」

 

「それは翼さんの先程言っていた我々の職場に来れば分かる事ですよ」

 

なんの説明もないまま、その男に手を引かれながら黒塗りの車に乗せられる。響は抵抗しようとしたが、屈強な男達の圧に敵うはずもなく、黙って車に乗せられてしまう。

 

「せめて、経緯を説明してくださーい!」

 

響の悲痛な叫びに誰も答える事なく、行き先も分からぬまま車は走り出した。



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19VOLT

黒服の男達と共に車に乗せられ連れてこられた先は最近通い始めたリディアン音楽院であった。車はリディアンの校門を何の躊躇いもなく通過していく。そしてリディアンの校舎の前に駐車する。

 

黒服の男達は校舎の前を警備するように辺りを警戒し始める。そんな中、響は先程の優男と翼と共にリディアンの中央棟へと歩いていく。

 

「あの、ここって先生達のいる中央棟なんですけど…」

 

響の問いに対して翼と優男は何も答えない。教師達専用のエレベーター前に到着するとエレベーターの扉が開き、中に入る。

 

優男がエレベーターのボタンのところに通信端末のような物を押し付けると壁から取っ手のような物が飛び出してくる。翼は無言でそれを握った。

 

「あの…これは?」

 

「危ないのでこちらに掴まっていて下さい」

 

優男が手錠をされた手を取り、取っ手を握らせる。そして優男も取っ手を握ると共に急速にエレベーターが下降し始めた。

 

「えっ!?えっ!?」

 

急下降し始める。下降したエレベーターはしばらくすると広いホールのような景観の場所に出る。そこには特殊な文様のような絵が壁にびっしり描かれている。

 

「あはは、私って今から何処に向かうんでしょう?」

 

「愛想は無用よ。ここからいく先には微笑みなんて必要のない場所なのだから」

 

「うぅ…」

 

突き放すように翼が言い放つ。その言葉に悲しくなる。無言の雰囲気のままエレベーターが目的地に着いた事を知らせるベルが鳴る。先程の言葉通りならここはとても重苦しい場所だと思われる。響は息を飲み、エレベーターの扉が開くのを待つ。そして開かれた先には…

 

クラッカーやパーティーのような会場。そして歓迎されているような形で沢山の人達が響に向けてクラッカーを放っていた。

 

舞い上がる紙吹雪。そして掲げられた垂れ幕には響の名前と歓迎の文字が大きく描かれていた。先程の言葉と真反対で響は固まってしまった。

 

翼はこの状況に呆れるように溜息を吐き頭を抑える。優男はそんな状況に苦笑いを浮かべていた。

 

「ようこそ立花響君!人類最後の砦となる特務災害対策機動二課へ!」

 

赤い髪の大男が代表して笑顔で響を歓迎する。

 

「えっ?」

 

「驚いているところ悪いけどお近づきの印に私とツーショット写真でもいかが?」

 

一人の白衣の女性が響にスマートフォンを持ちながら近付き、響を抱き寄せると写真を撮ろうとする。

 

「ちょっと待って下さい!手錠を掛けたままの写真なんてあとあと悲しい思い出にしかならないじゃないですか!」

 

そう言って響は女性から離れる。そんな様子を見る女性は残念そうな顔をしながら何処かへ行ってしまった。しかし、響は疑問に思った事を問う。

 

「どうして初めて会う私の名前の事を皆さん知っているんですか?」

 

「我々の前身は戦前に作られた特務機関であって情報収集などお手の物なのさ」

 

赤髪の男がそう言うと先程の女性がどこか見覚えのある鞄を携えて戻ってきた。それはリディアン音楽院の鞄であった。誰のと思ったが女性が鞄の中から響の写真が映された学生証を見せて、その鞄が自分の物だと理解した。

 

「女の子なんだから鞄の中身をこんなぐっちゃぐちゃにしちゃダメよ。モテる女は見えないところでもしっかりとしてるんだから」

 

「私の鞄を何漁ってるんですか!というか何が情報収集はお手の物ですか!私の鞄を勝手に調べてただけじゃないですか!それに、今日は急いでたんで鞄を結構揺らしたからで普段はちゃんとやってます!ほんとですよ!」

 

響は怒りながらも否定するところは否定する。そして女性が持つ鞄を取ろうにも手錠で拘束されている腕では取り返す事が難しく女性に振り回されながらも鞄を取り返そうと努力する。

 

「返して下さい!」

 

「やだこの子…なんか子犬みたいで可愛い…」

 

了子はそんな響を見てどこか嗜虐心を揺さぶられたのか鞄を返さないように彼女が鞄を取り返す手を上手く避けながら鞄を死守する。

 

しかし、その攻防は長くは続かず、一人の男性によって止められた。その男は先ほど現場で別れたガンヴォルトと呼ばれる男性だった。

 

「なんで人の物で遊んでるの、了子。その子の物なんだから直ぐに返しなよ」

 

男は了子の持つ鞄を器用に奪い取る。了子はそれを取り返そうとするが何人かの女性職員に止められたため、残念そうに諦めていた。

 

「ガンヴォルト、現場作業の方はもう済んだのか?」

 

「現場作業と言っても地図を見ながら場所の説明してただけだからね。そんなには時間は掛からなかったよ。一応、一課の皆が位置を把握したから後は任せてきた」

 

赤い髪の大男がガンヴォルトに話し掛けると何やら重要そうな話をし始めた。そんな最中にガンヴォルトの持っていた響の鞄を隙を見て、了子と呼ばれていた女性が奪い取ろうとするが、鞄を了子が奪う瞬間に逸らして、上手く躱していた。

 

「了子、流石にそれはボクでも怒るよ」

 

「残念。もうちょっと遊べそうだったのに」

 

了子と呼ばれた女性は今度こそ諦めたのかフロアに出されていたグラスにワインと思われる飲み物を入れて飲み始めた。それを確認したガンヴォルトは響の方に歩み寄る。

 

「ごめんね。普段は研究に熱心な人なんだけど、たまに暴走するんだ」

 

そう言って響の手錠に手を翳すとピピっという音と共にガチャンと手錠が外れたような音がした。手錠を見ると先程までロックされていた手錠が解錠されており、ガンヴォルトが手錠を外す。

 

ようやく外れた事を安堵する響。そんな中、ガンヴォルトに対して赤い髪の大男が困った風に嘆いていた。

 

「ガンヴォルト、いくらなんでもそれで外すのはないんじゃないか?手錠だってうちの備品で安い物じゃないんだぞ」

 

「弦十郎の方こそ、なんの説明もなしに手錠をされて連れてこられた身にもなって。それに壊した風に言わないでよ。ただ制御の方にハッキングして解除しただけなんだから」

 

ガンヴォルトも呆れたように赤い髪の大男、弦十郎に言うと手錠を近場にあった机に置いた。何か危ない単語も入っていたが響は聞かなかった事にした。

 

「悪かったね。急に連れてきて。これ君のだろ?あと、現場に落ちていた制服の上着は二課のクリーニングに出してあるから後で渡すよ」

 

そう言って響に鞄を渡す。

 

「ありがとうございます。えっと、ガンヴォルトさん?」

 

お礼を言うとガンヴォルトは頷く。それを見た響は安堵し、頭を下げて言った。

 

「こ、この度は助けて頂きありがとうございます!ガンヴォルトさんには助けて頂いたのはこれで三回目なんです!」

 

そう言うとガンヴォルトは響の肩を叩く。響は顔を上げるとガンヴォルトを見る。

 

「あの時は、はぐらかしてごめん。一応、顔は知られてしまってると思ってたけど機密だったからね。ライブ会場、猫を助けようとして木から落ちそうになった時、それと今回の事だよね?」

 

ガンヴォルトは響の事を覚えていたようで、響は自分の直感が当たっていた事に安堵する。だけどガンヴォルトは困った顔をして響に話す。

 

「それでなんで君がここに連れてこられたかという事なんだけど、君の現状を説明するのはボクの役目じゃないから後はあの二人に聞いて」

 

ガンヴォルトは後ろにいる弦十郎、了子の方に顔を向けた。待ってましたとばかりに弦十郎と了子が近付いて来る。

 

ガンヴォルトは二人にこの場を任すと翼の元に向かった。ガンヴォルトが翼の元に着くと、先程からイライラし始めていた翼が積もりに積もっていたのか、小言をガンヴォルトにぶつけていた。そんな様子を優男が苦笑いで見ている。

 

そんな様子を見て、響も苦笑いを浮かべる。先程の現場で女性が言っていた事が本当なら翼が物凄いやきもち妬きであり、ガンヴォルトにご執心なようで自分の中のクールな翼とはかけ離れていたからだ。

 

「説明もなしに連れてきて申し訳なかった。特務機関である特異災害対策機動二課は外では余り声を出して言えるような組織ではなくてな。それと自己紹介もしてなかったな。俺は風鳴弦十郎、ここの責任者をしている」

 

「そして私は出来る女と評判の櫻井了子です」

 

「これはご丁寧にどうも。知っているとお思いですが立花響です」

 

共に自己紹介をする三者。響の自己紹介を聞いた弦十郎は頷くと響に話し始める。

 

「君にここに来て貰ったのは、今後我々の元で協力を要請したいからだ」

 

「協力…」

 

初めは何の事だろうと思ったが、直ぐに先程の事を思い出し弦十郎に尋ねる。

 

「教えて下さい、あれは…あの力は一体何なんですか?」

 

そう聞くと了子が近付いて指を二本立てる。

 

「あなたの質問の答え合せをするには二つのお願いがあるの。一つは今日見た事は誰にも話しちゃダメよ。特に、あそこにいるトップアーティストの風鳴翼ちゃんと、そこで何でそんな事で怒られなきゃいけないのかと困惑しているガンヴォルトの事はね」

 

そう言って立てた指を一つ下ろすと、もう片方の腕で響を抱き寄せる。

 

「もう一つは、とりあえず今から私の研究室に来て脱いでもらいましょうか」

 

その言葉を聞いた響は本日二度目となる。悲痛の叫びをあげた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

結局、翼から責められていたガンヴォルトがいつの間にか解放されており、了子に向けて誤解を招くような言い方をするなと窘めている。

 

実際は大きな精密機械に身体をスキャンさせられただけでいやらしい事は一切なかった。

 

再び、今日の事は機密事項だから絶対に話すなと何度も警告を促され、制服と預けていた鞄を返してもらうとリディアン音楽院の生徒が住む、寮の近くまで送迎して頂いた。

 

走る気力もない響は重い足取りで自分の部屋の扉を開けると玄関に倒れ込んだ。

 

「ただいま、未来。立花響、ただ今帰還しましたー」

 

「響!こんな時間まで外にいて何処までCDを買いに行ってたの!?それに近くにノイズも現れたみたいだし、心配したんだよ!」

 

未来は倒れた響を心配して声を掛け、肩を貸し立ち上がらせる。

 

「ごめん。でも、もう大丈夫…」

 

響は肩を貸してもらいながら荷物置きとなっている二段ベッドの下段に腰を下ろした。

 

そして先程まで未来が見ていたと思われるテレビ画面には先程まで一緒にいた翼のニュースが映っており、海外への移籍の打診や、ツヴァイウィングのもう一つの翼である奏の事について語られていた。

 

(あの時助けてくれたのはガンヴォルトさんと翼さんで間違いなかった…奏さんは何処かの病院で未だ目を覚ましていないのは知っているけど、もう一人、私を歌で救ってくれた人は何処にいたんだろう…)

 

そんな事を考えながら、響は寝支度を済ませ、未来と同じ布団に潜り込んだ。

 

「あのね、未来。今日遅れたのはね…」

 

未来に今日の事を話そうとしたが、了子や沢山の職員に口止めされている事を思い出し、口を閉じた。

 

「やっぱり、なんでもない」

 

「私は、なんでもなくないよ。響の帰りが遅いから心配したんだよ。近くにノイズが現れた時、前みたいに響が危ない目にあったんじゃないかって」

 

未来は心配そうな声音で言った。そんな未来の様子を見た響は未来に抱き着く。

 

「どうしたの急に!」

 

響の突然な行動に驚く未来。

 

「ごめんなさい。でもありがとう。こんなにも私の事を心配してくれるのは未来だけだよ」

 

そう言いながら未来の背中に顔を埋める。

 

「やっぱり未来はあったかいな。なんせ私にとって小日向未来は親友で陽だまりでもあるんだから。この暖かさが、私の帰る場所って教えてくれる…」

 

そう呟くと響は今日の疲れが身体を襲い、抗う事の出来ない眠気により眠りに落ちた。

 

「もう…おやすみ、響」



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20VOLT

後日、改めて響の精密検査の結果を確認という事で二課主要メンバーと響は治療室のような場所に集まっていた。何も知らされず連れてこられたと思われる響は心なしか不安な表情を浮かべている。

 

「それでは全員集まったという事なので響ちゃんのメディカルチェックの結果発表に移りたいと思います」

 

いつもながら若干おふざけの入る了子の前置き。主要メンバーは呆れつつも毎回の事なので無視する。了子はそんな事を気にせずに自分でドンドンパフパフーと盛り上げようとするが誰も乗らなかったため、残念そうにしていた。

 

「はぁー、盛り上げようとしたのに誰も乗らないなんて」

 

「とにかく説明をしてやってくれ、了子君。響君は盛り上げようとする事よりあれが気になって仕方ないみたいだからな」

 

弦十郎が響の様子を見ながら了子に伝える。了子も弦十郎に言われて響を見るとそれもそうねと呟き、治療室のモニターに響の精密検査の結果を表示させた。

 

「メディカルチェックの結果は初めての経験をした負荷は若干残ってるけど、身体に異常は少ししかなかったわよ」

 

「少しって…」

 

響は了子の言う、少しと言う部分に引っかかる。多分、響にとってその少しの部分にあの力があると気付いているのだろう。

 

「貴方にとってはメディカルチェックの結果よりも別の事、あの力の事の方が気になるものね」

 

そう言うと了子と弦十郎が響にシンフォギアについて説明を始めた。現存する聖遺物の力を特定振幅の波動であるアウフヴァッヘン波を歌の力、フォニックゲインによって覚醒させ生み出される鎧がシンフォギアであり、ノイズと戦う為の力という事を。今、二課の保有しているものは翼の持つアメノハバキリ、現在二課に保管されている奏のガングニールについても。

 

奏の事が気になった響は了子に質問したが、奏の現状はテレビニュースであった通り、今もなお、意識不明という事を伝えた。その事については響は悲しそうにしたが、奏をよく知る弦十郎達はあいつは必ず眼を覚ますからと響を安心させようと話した。響は眼を覚ます事を信じて、その話題を一旦やめる。弦十郎はそれを見て先程の話の続きを開始した。

 

「その力を使う事が出来る人の事を我々は適合者と呼んでいる。その適合者が翼と君という訳だ」

 

「ある程度説明はしたけど何か分からない事があったら質問は何でも受け付けるわよ」

 

説明を受けた響はどことなく分かってないように頭を悩ませている。

 

「難しい質問ばかりだから、その子もいきなり理解するのは難しいと思うよ」

 

「そうだろうね」

 

「そうだろうと思ったよ」

 

ボクの言葉に賛同するようにあおいと朔也が言った。了子はそれを聞いて乾いた笑いを上げるが、気を取り直し、自分がこの技術を作り上げた偉人であると覚えといてと響に向けて言った。

 

「でも…そのシンフォギアって言う物の適合者は私と翼さん、そして奏さんだけと言っていましたが、その…ガンヴォルトさんは違うんですか?ノイズを倒しているから、てっきりその適合者だと思っていたんですけど」

 

響の質問に対して全員がボクの方に視線を向ける。その質問は自分で答えなさいという事であろう。

 

「ボクは適合者ではないよ。シンフォギア装者でもないし、聖遺物も持っていない」

 

そう言ってボクは手から雷を迸らせて響に見せる。

 

「ボクの力は第七波動(セブンス)と言うもので、その中の雷撃を操る事の出来る蒼き雷霆(アームドブルー)と言う名称の能力なんだ。君に分かりやすいように言えば超能力の類だよ。ボクの持つ第七波動(セブンス)にもアウフヴァッヘン波と呼ばれる了子の言っていたシンフォギアと同じ性質があってノイズを倒す事が出来るんだ」

 

手から雷を消すと、響は近付いて恐る恐る手を見始める。その様子を見ている翼がイライラしているのを気付いた響は直ぐに離れてボクに問いかける。

 

蒼き雷霆(アームドブルー)と言う超能力…第七波動(セブンス)?と言うものでガンヴォルトさんはノイズと戦える事は分かりましたが、私や翼さん以外にもこんな能力を持った人達も探せばいいんじゃないですか?そうすれば適合者以外にも少しは対抗出来る人達が増えるんじゃないでしょうか?」

 

響の質問はごもっともだ。ボクは一度全員の顔を見渡す。これから協力してもらう為にもその事について話すべきなのか一度全員に許可を得る為だ。翼以外は全員頷く。翼は話すべきではないと目でこちらに訴え掛けてくる。

 

「ガンヴォルト、その話はお前個人の問題だと思っている。お前自身が話すべきだと思うなら彼女に教えてやってくれ」

 

翼を一度見た弦十郎が溜め息を吐くとボクに問いかける。ボクは昔の事もあったため、隠そうと思ったが、信用を得る為にも響に話すと決めた。

 

「この能力を持っている人は多分、この世界にボク以外だと一人しかいないと思う。この能力、第七波動(セブンス)はこことは違う場所、別の世界の力なんだ」

 

その言葉を聞いた響はますます分からなそうに頭を悩ませていた。

 

「ボクはこことは異なる世界の人間であって、いつの間にかこの場所で気が付いた。ファンタジー小説なんかでよくある、異世界と言った方が分かりやすいかもしれない」

 

響に理解しやすいよう説明をしようとするがそれでもなお、彼女は頭を抱えている。突拍子のない事とは分かっているが、自分でも現状それ以外にあり得るはずがないと腑に落ちないが納得はしている。

 

「あらあら、あなたの話も難しくて響ちゃんも分かってないみたいじゃない。私にあんなこと言う割には自分だって難しい話してるじゃない。まあ、その事に関しては櫻井理論提唱者であり天才の私にも不明だからどうとも言える立場ではない訳なんだけどね…」

 

少し茶化したような言い方をするが直ぐに、了子は説明しようがない事に対して研究者として解明出来ないとしんみりと言った。

 

「その事に関しては、今ボクも了子の言う聖遺物の捜索中だから気にする事はないよ。話が逸れたけど、簡単に纏めるとボクは別世界の人間で、シンフォギアとは別のノイズに対抗する力を持っているという事だよ」

 

「最後の言葉で何となくは分かりました…でも、ガンヴォルトさん以外にももう一人と言っていましたが、誰なんですか?」

 

そう言うとボクはシアンの事を思いながら呟くように言った。

 

「もう一人は未だ行方不明で、この世界の何処かにいるはずのボクの大切な人なんだ…君も二年前のあの場にいたならもしかすると彼女の歌を…声を聴いていたかもしれない」

 

「あの歌声が…」

 

響は覚えがあるようで、シアンの歌声を聴いていたようだ。だがあの場にはシアンの姿は見当たらず声のみでボクに問いかけてきた。そして、彼女の言っていた言葉、その真意は不明だが、彼女に起こっている最悪の結末を描いてしまい、その考えを振り払う。

 

響にある程度質問された事を答えてから、ふと響は最初の質問であった聖遺物について首を傾げていた。

 

「そういえば、私が適合者という事は分かりましたが…私、奏さんと同じガングニールなんて持っていないんですが、どうして使う事が出来たのでしょう?」

 

響の質問に対して了子はモニターの画面を切り替える。そこに映し出されたのはレントゲン写真。それは昨日スキャン時に取られた響の物らしい。胸の辺り、ちょうど心臓のある辺りに小さな影が幾つも写っていた。

 

「その答えはここにあるの」

 

了子はレントゲン写真の胸の部分に何処からか取り出した指示棒で心臓付近に移る影を指した。

 

「心臓部分に幾つか写り込んだ影。これを調べさせてもらった結果、二年前の事件でノイズにより破壊されて飛び散った奏ちゃんのガングニールの破片という事が分かったわ。これが響ちゃんがシンフォギアを纏う事が出来た理由よ」

 

その説明を聞いた響はなるほどと頷く。だが、話を聞いていた翼はショックを受けたように壁に寄りかかり苦悩の表情を浮かべた。そして、翼は急ぎ足で医療室から逃げるように外へ出て行った。

 

「翼!」

 

弦十郎は翼に声を掛けるが、それを無視するようにいなくなる。ボクは弦十郎にこの場にいるように伝え、翼の後を追った。

 

「翼!」

 

ボクは彼女に呼びかけるが、止まる気配もなく、走ってあの場から遠ざかろうとする。走って追い掛けるボクは翼の肩に手を掛け、止まらせるとこちらに振り向かせるように力を入れた。振り向いた翼の表情は暗く、そして何処となく怒りを孕んでいる。

 

「なんで…」

 

翼は表情を変えず、ボクに縋るように叫んだ。

 

「なんであなたは何も思わないの、ガンヴォルト!あれは…ガングニールは奏だけのギアなのに!誰ともしれない一般人であるあの子がギアを纏っているのになんで誰もその事に疑問すら抱かないの!それに、あなたも行方の分からなくなった人の…姿を見せていない子が二年前のあの時に声を聞いただけでなんでそこまで生きていると信じられるの!」

 

翼の悲痛の叫び。彼女にとってガングニールとは相棒であった奏だけの物という事を正当化させており、響の持つガングニールは異物であり、本物ではないと思っているのだろう。だが、それだけならまだボクは翼を窘めたかもしれない。しかし、シアンの事まで言われたボクは頭に血が上ってしまう。

 

「シアンは生きている!ボクの第七波動(セブンス)と混じる彼女の波動が消えていない!それに二年前、あの場にいたなら君も聞いていたはずだ!彼女の歌を!彼女の声を!それなのになんで君は生きているのを否定するんだ!今君が言った事は奏のギアを彼女が纏う事がなぜ出来ると感じている事と同じ事なのに!なぜそう言う事が出来るんだ!」

 

初めて翼に対して怒りをぶつけてしまったかもしれない。

 

「でも、あれは奏の!」

 

「ボク達二課の保有するガングニールは無事だ!奏のギアはここにあるんだ!なぜその事を理解しようとしないんだ!彼女の纏う事の出来る物は奏と同じガングニールだとしても、あれは彼女のギアであり、彼女のガングニールだ!翼の言う事は間違っている!」

 

翼は未だ納得していない様子。そしてボクが突き放すような言い方をしてしまったためか、彼女の瞳から涙が浮かび上がる。

 

「なんで…なんであなたも奏を否定するの!あなたなら理解して貰えると思っていたのに!」

 

そう叫び、翼はボクの手を振り払い、何処かに駆け出して行ってしまった。ボクは彼女の去って行く後を追おうとするが、さらに翼を傷付けてしまうのではないかと躊躇ってしまう。

 

「あの…」

 

いつの間にか近くに来ていた響が先程の様子を見ていたのか申し訳なさそうに声を掛けてきた。

 

「君は…もう話は済んだんだね。ごめんね。見苦しいところを見せて」

 

「こっちもすみません。聞くつもりではなかったんですけど…」

 

響は申し訳なさそうに謝る。その響の後を追い掛けてきた弦十郎や了子と合流する。

 

「ガンヴォルト、翼はどうした?」

 

「ごめん、弦十郎。翼の事を任してくれたのに彼女の説得に失敗した。でも、いくら翼でも言って良い事と悪い事ぐらい理解していると思っていたのに…シアンの事を否定されて頭に血が上ってしまって」

 

「そうか…分かった。翼の事は後は俺達がフォローしておく」

 

弦十郎はやれやれと言った風に溜め息を吐いた。了子はガンヴォルトに対して傷付いた女の子に逆上して怒ったらそれは傷付くわよ、特に翼ちゃんはあなたに対してはね、と何処かで含みのある言い方でボクを窘めた。

 

「反省してるよ。それで、君は自分がこれからどうしようか決めたのかい?」

 

ボクは響に対して問いかける。

 

「はい!私、翼さんやガンヴォルトさん達と一緒に戦います!慣れない身ではありますが精一杯頑張らせて頂きます!」

 

「分かった、これからよろしくね」

 

そう言ってボクは響に手を出す。その手を響は握り握手を交わした。

 

「よろしくお願いします!昨日挨拶しそびれまして、ガンヴォルトさんにしていませんでしたので自己紹介です。私、立花響って言います!」

 

「よろしくね、響。ボクは知っていると思うけどガンヴォルトだ」

 

そう言って握った手を離す。

 

「でも、この戦いに関わる事は自分の命を危険に晒す事と同義だという事だけは忘れないで」

 

「分かりました!」

 

響が元気の良い返事をするのを見て、本当に分かっているのか不安になる。

 

その時、二課の廊下内にアラームが鳴り響く。それと同時にボクや弦十郎、オペレーターである朔也とあおいの通信端末に連絡が入る。

 

ノイズが現れたらしく、朔也とあおいは持参していたパソコンを開き、二課のネットワークにアクセスすると情報を確認してボクに見せてくる。

 

「ノイズの出現位置を特定しました!距離は地上、リディアンの近辺!」

 

「分かった!ボクが現場に急行する!一課にも本件を通達後現場に急行する事を伝えてくれ!」

 

そう言うとボクはダートリーダーを取り出すとノイズを殲滅するため、現場へと走り出した。



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21VOLT

リディアン校内を駆け抜け、現場であるハイウェイに向かう。着いた先には群がるように湧いて出るノイズ。ボクは素早くダートリーダーを構えて避雷針(ダート)を撃ち出していく。

 

避雷針(ダート)に当たった複数のノイズは青い紋様が浮かび上がり、手を翳しノイズに向けて雷撃を放つ。雷撃は避雷針に誘導され、ノイズに直撃をする。

 

ボクは翳した手を戻し、雷撃鱗を展開するとノイズの集団に駆け出す。ノイズはボクに向けて襲い掛かろうとするも雷撃鱗に当たると共に炭の塊となって砕け散る。

 

それでもなお、ノイズ達は攻撃を止めず、身体を変化させたり、集合して巨大な蛙のようなノイズになるとボクに向けて襲い掛かる。

 

しかし、どんな形状、巨大化しようと雷撃鱗を突破する事が出来ず、雷撃鱗の前に炭の塊と化す。EPエネルギーが切れかけていたため、一度雷撃鱗を解く瞬間に一斉にボクに向けて再び襲い掛かる。しかし、一瞬でチャージを終えると再び雷撃鱗を展開してノイズ達を炭の塊へと変えた。

 

ノイズ達は再び雷撃鱗を張った事で攻撃を止め、様子を伺っている。

 

「学習しているのか?」

 

今まではこういった事は無かった。そして、今回のノイズ達はボクの攻撃を突破しようと模索するような動きをし始めている。

 

ノイズは意思疎通は出来るはずもなく集団で現れるも統率など取らずに、人を襲う災害という事だったはず。

 

「ノイズを統率するノイズ…もしくはそれを操る事が出来る物があるのか?」

 

そんな考えが浮かんでくる。だが、その可能性もない訳ではない。聖遺物と言うオーバーテクノロジーがあり、別の世界に繋げる事の出来る物が存在する世界だ。絶対にないとは言い切れない。

 

考えながら、ノイズの大群を掃討するために、雷撃鱗や避雷針(ダート)を撃ち込んで雷撃を誘導していく。

 

しかし、ノイズの数は一向に減る事はなく、更に勢いを増している気がする。気付けば辺りにはノイズの朽ち果てた炭の塊よりもノイズの数の方が圧倒的に多い。

 

しかし、その事がある可能性も示している。

 

「ノイズの勢い、数が増えていくという事はその奥に何か隠れている可能性がある」

 

呟くように言うと雷撃鱗を消して言葉を紡ぐ。

 

「天体が如く揺蕩え雷、是に至る全てを打ち払わん!」

 

ボクの周りに迸る雷が形を球体に変え、

 

「迸れ!蒼き雷霆!ライトニングスフィア!」

 

紡いだ言葉に呼応し現れるのは三つの公転する雷の天体。雷撃鱗とは違い、EPエネルギーを消費する事なく出せるこのスキルは移動する事は出来ないものの、ボクから離れるように回転していき、周囲のノイズを巻き込みながら処理していく。

 

辺りのノイズが消えていく事で視界が広がる。そして、遠方に見える森から緑の光がこちらに向けて放たれる。ボクはそれを躱すと光は背後へと通り過ぎる。緑の光が当たった場所から数体のノイズが現れる。

 

一方向から連続して放射される光はボクの周りに所狭しとノイズが召喚されると再び囲まれる。

 

だが、あの光がノイズを召喚しているところを見ると間違いなく今回の出現にはなんらかの作為がある。それならば先にあるものを捉えれば何か掴めるのかもしれない。

 

一気に殲滅しようと思うが、先程使ったライトニングスフィアによりボクの最強のスキル、ヴォルティックチェーンは使えない。使うようになるまでまだ時間がかかる。しかし、それを待って何も分からなくなるくらいならば、

 

「煌くは雷纏いし聖剣、蒼雷の暴虐よ敵を貫け!」

 

ボクはまた言葉を紡ぐ。その言葉と共にボクから迸る雷が腕から手へと、そして手から雷が漏れ出すと雷は巨大な剣の形へと変化していく。

 

「迸れ!蒼き雷霆!スパークカリバー!」

 

紡ぎ終えた言葉と共に形を留め、一振りの巨大な剣が現れる。それは昨日響を助ける時に使った雷剣。その剣は前回とは違い、振るう事を前提として呼び出したため柄が付いている。

 

ボクは召喚されたスパークカリバーの柄を握るとそれをノイズに向けて振るう。切り裂かれるノイズ達。だが数体はその剣戟を避ける。だがその剣に迸り、放電される雷に触れるとその部分から炭化してそこから伝播するように身体全身に雷撃が流れ、炭と化した。

 

ボクはノイズを屠りながらその光を目指して駆け出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ハイウェイにノイズを召喚した少女はシンフォギア装者達の練度の確認のためにソロモンの杖を持ってノイズをリディアン付近のハイウェイに放った。

 

「ったく、こんなとこでこそこそ観察とはしょうにあわねぇが相手の戦力を知るには仕方ないか」

 

少し離れた森の中で少女が呟く。双眼鏡を覗きながらハイウェイに現れると思われるシンフォギア装者を待った。

 

しかし、そこに現れたのは蒼きコートをたなびかせる一人の男。

 

「なっ!なんであんな所に人が!」

 

少女はソロモンの杖を操作してその男へと攻撃しようとするとノイズに攻撃を中止するように命令を下す。

 

しかし、その男は何か銃のような物でノイズに弾丸を撃ち込む。当たったノイズから奇妙な紋様が浮かび上がる。その男は手から雷を発生させるとその奇妙な紋様が描かれたノイズにまるで吸い込まれるかのように当たり、それらは全て炭化してしまった。

 

「なんだよあいつ!あんな奴がいるなんて一言も聞いてねぇぞ!」

 

情報にない男の出現に少女は困惑を隠せない。とにかく、ノイズ達にあの男を倒すように命令を下す。ノイズを倒す事が出来る存在など少女が知る限りシンフォギアを纏う者しかいない。あの男の纏っている物がシンフォギアだとするならばノイズを倒す事が出来た説明もつく。

 

少女はソロモンの杖を使い、あの男を倒すように命令を下す。その命令通りにノイズ達はその男に襲い掛かるが、男の周りから雷が発生したかと思うとその雷は男を守るように膜のようなものを形成する。

 

ノイズはその膜のようなものにぶつかると同時に炭化して朽ち果ててしまう。

 

「なんでもありかよ!」

 

遠くから男の異常な戦闘を見ながら静かに叫ぶ。男はその雷の膜のようなものを展開しながら、召喚していたノイズに向けて走り出す。

 

少女はノイズを倒すあの男をどうにかするため、あらゆる方向から攻めるように、ノイズを束ねたりとあの膜を突破しようと命令を下すも悉くノイズ達を倒す男。

 

「なんなんだよあいつは!」

 

召喚されたノイズが数を減らしていく。だが、少女の持つソロモンの杖さえあればノイズを限りなく呼び寄せる事が出来る。ノイズ達を増やす事の出来るブドウのような球体を沢山つけたノイズを数体召喚するとその球体でノイズ達を増やすように命令して大量のノイズを作り上げ少女は杖で操り、ハイウェイへと向かわせる。

 

その時、男の周りに展開されていた雷の膜が消える。

 

「チャンス!?」

 

直ぐに男に襲い掛かるように命令を下す。男へと接近するノイズ。しかし、男は何かポーズを取ると直ぐにまた同じものを展開させ、襲い来るノイズ達を迎撃し、炭へと変えた。

 

「くそっ!罠だったのか?」

 

隙をわざと見せたのか、それともなんらかの意味がある行為なのかは不明。少女はその様子を見ながら悔しそうにノイズを倒す男を双眼鏡越しに見つめる。

 

ハイウェイに到着した先程のノイズ達は男を囲うように追い詰めようとする。すると男は急に展開していた雷の膜を消すと、何か呟くように口を動かした。何かをしているか分からないが、急に男の周りに公転する球体が現れるとその球体が男を中心に広がるように回り始め、辺りのノイズを払うように炭の塊へと変えていった。

 

「マジかよ…」

 

一瞬、たったその時間であちらに送ったノイズ全てを炭の塊へと変える男に驚嘆する。

 

「やろうっ!」

 

少女はその男に向けて杖を構え、そのまま光を放出させる。光は男に向かっていくが、気付かれて避けられる。しかし、その光が当たった地面からノイズが何体も召喚される。少女は闇雲にその男の周辺に向けて大量の光を放出させてノイズを召喚する。

 

しかし、その行為が自分の首を絞める事となる。男は光の出所に目を直ぐに向けると、今度は巨大な剣を召喚しそれを振ってノイズを切り裂いて、こちらに向かい駆け出してくる。

 

「くそっ!やっちまった!」

 

少女は自分から位置を知らせてしまった事を後悔し、自分の近くにさらにブドウノイズを召喚した。正体の分からない男、そして何も教えてくれぬ賛同者の事を憎みながら少女は深い闇に覆われた森をいち早く立ち去った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクはスパークカリバーを振るい邪魔をするノイズを炭化させながら光の発信源へと駆ける。スパークカリバーはその途中で出力が落ちて消えてしまったが問題はない。消えた後はダートリーダーや雷撃鱗を使いノイズ達を退けながら駆けていく。

 

そして発信源に到着するとそこには今まで見た事のないブドウのような球体を大量に携えたノイズが複数いた。そのノイズはボクを視認すると球体をボクに向けて放ってくる。その球体を雷撃鱗で防ぐが触れた瞬間に爆発を起こす。

 

また厄介なノイズが現れたかと思うと、投げていないブドウノイズはその球体を地面に向けて叩き付けるように放るとその球体が人型やカエルノイズに変化して、襲い掛かる。

 

直ぐにダートリーダーのマガジンを交換してそのノイズに向けて避雷針を撃ち込むと雷撃鱗から雷が誘導され、ノイズ達を炭へと変える。

 

ブドウノイズにも撃ち込むがブドウのような球体に当たると、その部分だけを切り離し身を守っていた。

 

厄介な敵が現れた事に文句の一つでも言いたいところだが、そんな事を言っているよりも倒す事の方が先決だ。

 

避雷針(ダート)が通らないのならば近付いて倒すか、時間がある程度経ってスキルを使えるようになったらライトニングスフィアを使えばいい。ライトニングスフィアは先程来る途中にある程度使えるまでの出力は戻っている。

 

ボクは早く決着をつけるために言葉を紡いだ。

 

「天体が如く揺蕩え雷、是に至る全てを打ち払え!迸れ!蒼き雷霆!ライトニングスフィア!」

 

紡ぐ言葉に呼応して、再び現れる三つの雷撃の球体。ボクの周りを公転しながら、球体はブドウノイズを何一つ行動させる事なく、全て炭の塊へと変えた。

 

辺りにノイズの気配がなくなったが、警戒しながら付近の状況を探る。

 

光の発信源であるこの場所には既に誰の気配もなく、逃げた後かと思われる。それか、先程のブドウノイズが光を放出して、ノイズを召喚していたのか。今となっては分からない。

 

「無駄足だったのか?」

 

だが、辺りの捜索をしていると一つ星の明かりにより煌めきを放つ物があった。その地点へと近付くとそこに落ちていたのは双眼鏡。

 

「…やっぱり、誰かがノイズを操っていたのか…」

 

落ちている双眼鏡を拾い呟く。そして、しばらく考え込んでいると耳に付けていたインカムに連絡が入る。

 

『ノイズの反応が全て消失した。ガンヴォルト、無事か?』

 

弦十郎の声。どうやら、この一帯にはノイズがいなくなったようだ。ボクは無事な事と、ノイズ発生源に落ちていた双眼鏡の事について話す。

 

『なるほど…。ノイズの発生源にそんな物が落ちているという事は、何かしらの作為を感じるな』

 

弦十郎も通信機越しに悩むように唸っていた。しかし、考えを振り払うように大きな溜め息を吐くと愚痴のようにボクに向けていった。

 

『全く、困るような事が次から次へと』

 

「何かあったの?」

 

『翼と響君の間で衝突があった。仲裁するために俺の靴が台無しだ。翼はやはり、奏のガングニールを身に纏う響君の事がどうも気に入らないらしい』

 

弦十郎はそう言い終えるとまた深い溜め息を吐いた。

 

「なんとかしたいのは山々なんだけど、ボクが今の翼に言ったところで逆効果だろう」

 

『そうだろうな。だが、今ノイズの発生がここら近辺に集中している。前のようにお前を遠方に送る事は出来ない』

 

分かっている、と弦十郎に伝えるとボクは帰投する事を伝え、リディアンへと向かった。



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22VOLT

リディアンへ帰投するためにハイウェイに戻ると、ボクがいた頃よりも派手に壊れており水道の配管が破裂したかのように水が吹き出して雨のように降り注いでいる。

 

「…派手にやったね、弦十郎」

 

「ガンヴォルトか。二人のシンフォギア装者の仲裁は俺もここまでしない止められないからな」

 

ボクは溜め息を吐く弦十郎に苦笑いを浮かべる。

 

「それより、翼と響は?」

 

近くにいる二人を見る。顔を下に向け涙を隠す翼と、頰が少し赤みを帯びている事から翼に打たれたのだろう、何でこんな事になっているか分からないと言った表情をする響の姿があった。

 

ボクは翼と響の方に歩み寄る。先程弦十郎に連絡をして仲裁をしてもらおうとしたが、今の翼を見るとそんな事をしてもらっている場合ではない事は分かる。ボクは響に弦十郎の元へ行くように伝え、翼に声を掛ける。

 

「翼、響が纏うガングニールが奏のギアと同じ物だから納得がいかないのは理解しているよ」

 

「…ガンヴォルト…ならなんであなたはあの子に対してなんの感情も抱かないの!」

 

翼は先程のように叫ぶ。確かに、ボクは翼とは違い、響に対してそのような感情を抱いていない。響には悪いがボクは今の彼女を一つの戦力として考えている。

 

「ボクは響に対してはなんの感情も抱いていない訳じゃない。でも、翼みたいに受け入れたくないなんて考えてない。響はこれから一緒に戦う仲間になるんだから」

 

「あなたにとってあの子は奏の代わりなの!?奏とあの子は違う!ギアが同じだからってあの子が奏の代わりになる事なんて出来ない!」

 

翼は涙を流しながらボクに向けて叫ぶ。彼女にとってガングニールとは奏の物である事は揺るがないだろう。だからボクは自分の思っている事を口にした。

 

「奏の代わりなんて考えてないよ。奏と響は同じギアを纏おうが別人なんだから」

 

「ならなんで!」

 

「ボクにとって、ガングニールが誰の物なんてどうでもいい。ボクが最も失いたくないものは人の命なんだ」

 

翼はその言葉に顔を上げる。その表情は薄情にも程があると言いたそうに怒りを表していた。それでもボクは話を続ける。

 

「響を、奏が救った命だからこそ否定したくないんだ」

 

その言葉に表情を変える翼。

 

「奏は命を懸ける覚悟までして響を救ったんだ。例え、その行為により響を適合者にしてしまったとしてもその行動を間違っているなんて思いたくない。だから、ボクは響を否定したくないんだ。それを認めると奏の行動が間違っている事になると思っているからね」

 

ボクは親指で翼の涙を拭う。

 

「今すぐに響を認めるなんてボクと会った頃の奏みたいに凄く難しいかもしれない。だけど、翼。時間はあるんだ。直ぐにとは誰も言わない。ゆっくり考えて翼自身の答えを出せばいい」

 

「…そんな話を出すなんて、ガンヴォルトはずるい人だ…」

 

翼は涙を拭い、ボクに言った。

 

「あなたの言う通り、簡単に割り切る事は出来ない。だけど、善処してみるわ。あなたの言う通り、時間はあるんだから」

 

少しだけスッキリした顔で言う。ボクは翼の表情を見てボクは安堵する。

 

「そうだね」

 

「でも、あなたには聞かなきゃならない事があるの」

 

先程とは違い、何処か威圧感のある笑顔を放つ翼。

 

「ガンヴォルトの探す人について私の勝手な考えを言った事は謝るわ。ごめんなさい。でもね、これだけは聞かせてもらえる?そのシアンって子が大切な人っていうのはどういう意味かくらい?」

 

先程までの威圧感が更に増し、その威圧感は以前手合わせをした弦十郎の本気を出した時の威圧感に似てる。これも風鳴の血統というものなのか…。

 

「翼はどうしてその事を気になるか知らないけど、シアンはボクにとって家族みたいな人で妹みたいなものだよ」

 

そう言うと翼の威圧感が嘘みたいに収まり、先程同様スッキリした表情に戻る。そして、響に謝りに行くと言って弦十郎達の方に向かっていった。

 

ボクは何故翼がシアンを気にしていたのか見当がつかないが、とにかくなんとか翼が響とのわだかまりが無くなってくれたならいいかと、その考えを放棄して、しばらくして到着した一課と共にノイズの戦闘記録と炭の回収作業を行った。

 

ちなみにハイウェイの無残な姿になった経緯を説明したら誰一人として信じてもらえなかったのはここだけの話だ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

あのハイウェイでのノイズ出現から数日後。街から少し離れた豪邸のような家。そこには二つの人影があった。

 

「フィーネ!あいつはなんなんだ!お前の言っていた情報では二人のシンフォギア装者しかいないって言ってたじゃねぇか!それなのにあんたの言う通り、ノイズを出現させてみれば意味の分からない男にノイズを全部倒されるし、説明してくれよ!あいつは一体なんなんだ!」

 

フィーネと呼ばれる人物は少女、雪音クリスの方を向けて言った。

 

「私は嘘は言っていない。シンフォギア装者は二人だ。一人は風鳴翼、もう一人はつい最近シンフォギアを纏う事が出来るようになった立花響」

 

「そんな事はあんたが言ってたから知っている!私が聞いてるのはあの男についてだ!なんであんたはあいつについて何も私に伝えなかった!」

 

クリスはフィーネに向けて叫ぶ。

 

「クリス、その事を伝えたところで見ていない存在を信じる事は出来たか?お前の事だ。どうせ信じずに行動しただろう?」

 

そう言われて黙ってしまうクリス。その様子を見て溜め息を吐いてからフィーネはクリスが求めている男の情報を話し始める。

 

「奴の名前はガンヴォルト。特異災害対策機動二課に所属するエージェントの一人であり、ノイズに対抗するシンフォギアとは異なる力、第七波動(セブンス)という聖遺物とは異なる力を使い、ノイズを退ける事の出来る唯一の存在だ。そして、シンフォギア装者とは別に最も厄介な存在であり、我々の目的の最大の障害となる者だ」

 

第七波動(セブンス)…ガンヴォルト…フィーネ、そいつがいる限り、私達の目的を達成できないのか?」

 

クリスはその事を聞いて何処となく不安そうにフィーネに尋ねる。

 

「そうね、奴が居なければかなり楽に物事を進ませる事が出来る。だけど、奴が居てもある程度は回り道をしながらでも進める事は出来るわ」

 

それを聞いて少し安心したように表情を緩めたクリス。しかし、フィーネはそんなクリスに向けて更に

 

「問題があるとすれば奴の持つ雷撃の第七波動(セブンス)の技だ。クリス、あなたも見たでしょう?奴の言葉に呼応して出現する公転する雷撃の球体、巨大な雷の剣を」

 

その言葉にクリスはハイウェイでのガンヴォルトの出していたものを思い出す。その力はシンフォギア装者にも劣る事のない凄まじいエネルギーを感じた。あんなものを何度も出せるようであれば一筋縄ではいかなくなる。

 

「そして最も厄介なものが一帯のノイズを全て屠る事の出来る鎖を召喚する技だ。あれだけの出力の雷撃を放っておいて何の疲れも見せない奴の底が見えない」

 

フィーネは少し忌々しそうに言うと表情を戻してクリスに近寄る。

 

「だけど、それでもなんとかなるわ。クリス、あなた次第でどうとでもなるわ。私達には協力者によってもたらされたノイズを制御する事の出来るソロモンの杖。そして、私達の所有しているネフシュタンの鎧。この二つさえあれば、あなたの理想である争いのない世界を作り上げる事が可能なんだから」

 

フィーネはそう言ってクリスを抱きしめた。クリスはそれを聞いて安心したように頷く。しかし、

 

「でも、あなたのせいで奴に我々の存在に気付くヒントを与えてしまった。その罰は受けてもらわないと」

 

そう言うとクリスから離れ、いつの間にか手に握られていたスタンガンのような物をクリスの腹に当てると電撃を流す。

 

「あぁぁ!?」

 

「あなたの事についてなんの手掛かりも残していなかった事はいいけど、それでもやはり持ち物をその場に残すのはとてもよくないわ」

 

クリスがハイウェイ近くで落とした双眼鏡。それをガンヴォルトが回収しており、それによってなんらかの作為が働いていると感じて、聖遺物についてかなり嗅ぎ回っている。文献でなど残ってないにしろ、その事を知っているかいないかで動き方も変わってくる。

 

「クリス、罰とは言ったけどあなたが今受けているその痛みこそが人が結ぶ絆の在り方なのだから」

 

フィーネはそう言うと更に強くスタンガンを押し当てて電撃を流す。

 

家中に響くような絶叫。苦しむクリスの姿を見てフィーネは口角を上げて更にスタンガンを強く押し当てた。



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23VOLT

個人的な理由で週1ペースの投稿に変えます。
理由はしょうもないですが活動報告にしてあります。



響が二課の戦闘に参加するようになって一ヶ月ほど経った。しかし、ボクや翼のように幼少の頃より鍛錬を積んでいない響には申し訳ないが今は戦力になっていない。

 

基本的には発生時には招集を行うがボクか翼に付き添う形で戦場に赴く。ボクは彼女に実戦経験を積ませるために響と出撃する際は彼女にノルマを課して、それを達成するように調整はしているのだが、翼と出撃する際は翼が響の経験を積ませずに一人でノイズを処理してしまうため、弦十郎もボクも困っている。

 

あの件以来、響の事を無視したりという事はないが、未だ吹っ切る事の出来ていない翼はまともに響と会話などがないためそちらも心配の種になっている。

 

そして今、ボクは響と一緒にノイズの出現ポイントに赴き、ノイズの掃討を行っている。

 

「響!そっちにノイズが向かった!」

 

ボクの展開する雷撃鱗や避雷針(ダート)の届かない範囲にいるノイズ達は今ボク以外の標的となる響に向けて襲い掛かろうとする。響の戦闘訓練にはちょうどいいが未だ不安をぬぐいきれない。響に襲い掛かるノイズに念のため避雷針(ダート)を撃ち込んでおく。

 

「わ、わ!?」

 

響はそれを横っ飛びで避けて地面にうつ伏せになる。その隙にノイズ達は無防備となった響に弾丸のように一直線に向かっていく。ボクはそんな響を守るために腕に雷撃を迸らせるとマーキングされたノイズに向けて誘導され、全身に雷撃が迸り、炭へと変えた。

 

「ありがとうございます、ガンヴォルトさん」

 

ボクは響に近寄り、うつ伏せのまま倒れる響に手を差し伸べた。

 

「やっぱり、ノイズは怖い?」

 

手を取り立ち上がる響は顔を曇らせて答える。

 

「はい…このシンフォギアがある限り大丈夫って説明はされてますけど、人を簡単に炭に変えるって思っちゃうとどうしても足が竦んでしまって…」

 

確かにノイズはギアを纏えば炭化する事はないが、受けたダメージは身体を伝い、痛みを残す。翼や奏はこういう戦いを長い年月続けているからなんとかなるが、響の場合はまだ一ヶ月しか経っておらず、戦い方を未だに理解していない。

 

「ごめんなさい、戦いますって言っておいてなんの役にも立てず、翼さんやガンヴォルトさんの足ばっかり引っ張っちゃって…」

 

ボクが考えていると響が申し訳なさそうに謝ってくる。

 

「気にしないで、と言っても君の場合はどうしても気になるだろうからね。まだ一ヶ月しか経っていないんだ。頑張ってノイズとの戦い方を覚えればいいさ」

 

「…はい」

 

凹む響に何か声を掛けようにもそれが逆効果になるかもしれないと思い、何も言わないでおく。これは響自身の問題であり、ボクにはどうする事も出来ない。

 

「ガンヴォルトさんはノイズと戦っている時に恐怖とかは感じないんですか?」

 

響はボクに対して質問する。

 

「ノイズ自体は怖いとは思っているよ。ボクの場合、響や翼と違ってシンフォギアを纏っていない生身の身体だからね。触れられたら終わりだと思う。試した事はないし、試そうにも当たれば一回で炭になるから出来ないんだけどね」

 

「ガンヴォルトさんの場合はそうですけど生身のっていう部分はなんか腑に落ちませんよ。高いビルから飛び降りても無事なんですし…でも私の場合は、ある程度このギアが使える限りは大丈夫ですが、それでもやっぱり恐怖を拭いきれません」

 

最初の方はボクに対しての感想だろう。そこまで言わなくてもいい気はするが、それなら生身の身体でビルの高さまで飛んだりアスファルトを砕いたりする弦十郎や水の上を走ったり気配もなく現れる慎次なんかはどうなるのか。話が逸れたが、とにかく響は何度も人を炭化させているノイズを見ているためか、そこからくる恐怖心を拭いきれない模様。

 

「別に恐怖心を無くせなんて言わない。誰だって怖いものはあるんだから。だからこそ、その恐怖心にどう向き合うか。それが何とか出来ればいいんだけど、そう簡単じゃないからこそ難しいんだけどね」

 

ボクは肩を竦ませて響に言った。響も乾いた笑いを浮かべているが、多分わかっていないだろう。

 

ボクも響に対して何か教えたい気持ちがあるが、戦闘スタイル自体がダートリーダーを使用した中距離レンジでの雷撃の誘導、雷撃鱗を展開した雷のバリアでの体当たりやスキルを使った攻撃とどれも響のギアとどうしてもスタイルが違う。

 

「せめて響のアームドギアさえ分かればどうにかなるかもしれないけど」

 

ボクは響に聴こえないくらいの声で呟いた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

さらに数日、二課にて定例ミーティングが開かれるという事で主要メンバー、この後にアーティストとしての打ち合わせが入っているため慎次が司令室に集まっていた。響が少し遅れて司令室へと入って来た。

 

「さてと全員集まった事だ。定例ミーティングを始めるぞ」

 

弦十郎が言うと司令室にある大型スクリーンに今までにノイズが発生した地域のマップが表示された。それを響に見てもらい質問するといっぱいですねと答え司令室に弦十郎の笑い声が響いた。

 

弦十郎はこのマップについてノイズの発生した地域という事を説明する。

 

そして、この事からノイズの発生について二課はある可能性を考えていた。

 

「この事からなんらかの作為が働いていると思われてたんだけど、この前のハイウェイ付近の森で発見された双眼鏡、土の付着や劣化具合から見てまだ使って間もないって事が分かったの。だから、まだ不確定かもしれないけどこの事態には作為が働いている可能性が高いと見ているわ」

 

了子がそう言って画面を切り替えると映し出されたのはボクが戦闘後に回収した双眼鏡。付着していたと思われる誰かのDNA鑑定の結果もかかれているが今も該当者は発見されていないらしい。

 

「なんらかの作為が働いているなんて…じゃあ今までのノイズ出現には誰かがなんらかの形で関わっているという事ですか?」

 

響の質問に了子はおそらくと答える。たまたまそこに落ちていたという事も考えられるためどうとも言えない。

 

「了子、聖遺物の専門家に聞きたい事があるんだけど。今回の件で、ボクはその双眼鏡を回収した現場から緑色の光が照射されて、その光からノイズが出現したんだけど、完全聖遺物の中にノイズを発生させるような物があったりするの?二課に保管されている了子の資料を全部読ましてもらったけど何処にもそんな記述が載ってなかったから、了子なら何か知ってるんじゃないかと思って」

 

そう言うと了子は一度考えるが直ぐにごめんなさいと謝る。

 

「聖遺物に関して私以上に理解している者はいないと自負しているけど、二課に置いている資料にある事が私の知っている聖遺物についての事なの。私でもそれだけの情報じゃどういった物かは分からないわ」

 

「あの、完全聖遺物っていうのはなんですか?私や翼さんの持っている聖遺物とは何が違うんでしょう?」

 

ボクと了子の会話にて出てきた完全聖遺物について響が質問する。

 

「いい質問ね。じゃあ響ちゃんにも分かるように私が説明してあげる」

 

了子は響に対して完全聖遺物について説明を始める。たぶん彼女の分野である話のため長くなるだろう。テンションの高さに付いて行けていない響と了子以外のメンバーは苦笑いを浮かべた。

 

完全聖遺物とは奏や響の持つガングニール、翼の持つ天羽々斬などの欠片ではなく、出土した時に完璧な状態な物の事を指す。その完全聖遺物は歌の力によって起動すると永久的に使用する事が出来、誰にでも使用する事が出来るという物だ。今のところ発見されている完全聖遺物は二年前に起動実験を行い、紛失してしまったネフシュタンの鎧と二課の地下深くに保管されているデュランダルくらいらしいが、他にも発見されている可能性はあるが日本ではなく他国の場合が多く、情報は秘匿されているため分かっていない。

 

「その完全聖遺物って物の中にガンヴォルトさんはノイズを発生させる物があるんじゃないかって疑っている訳ですね」

 

「うん。現状ボクはそうと考えている。ハイウェイでボクのいた場所に的確にノイズを発生させていたからこそ、疑っているんだ。それでも、了子でも分からなければお手上げだけどね」

 

ボクは肩を竦めながら言った。

 

「他にはどんな完全聖遺物があるんですか?」

 

再びの質問にまたまた了子のテンションが上がるが、説明しようとした時に翼が先に答える。

 

「我々が保有している完全聖遺物はサクリストDと呼ばれるデュランダル。今はこの基地の下層、アビスと呼ばれる場所に保管されているわ。そして、今回の件もこのデュランダルを狙って起こっている可能性があるの」

 

説明を取られたことで項垂れる了子。

 

「デュランダルに関しては今も日本政府が研究を行なっていますが、一番重要な起動実験も安保を盾にした米国により、目処も立っていない。」

 

「二年前、沢山の人達がいたライブ会場で行われた起動実験の反動もあるわね。そのせいで米国なんかには私ら日本政府に任せられないと言ってデュランダルの引き渡しを要求されているし」

 

朔也の言葉にあおいが続く。ボクとしてはあの起動実験により沢山の命が失われているため、このまま起動させずにどういう物なのかだけを調べて封印してもらいたいところだが、国の事情が絡んでくるため、どうなるか分からない。制御しきれるか分からないと言うところは第七波動と同じだ。

 

「そんな事情があったなんて…」

 

響はその話を聞いて表情を暗くさせる。翼の方も平静を装っているがどことなく暗くなっている。あの惨劇の事を思い出したのだろう。弦十郎は二人の気を紛らわそうと別の話を始める。

 

「我々だって馬鹿じゃない。あのような惨劇を起こさないためにも慎重にしているさ。それよりも最近になって我々のコンピュータにハッキングの形跡が何万と見つかっているがそれはどうなっている?」

 

「私達オペレーター全員でハッキングの痕跡を辿っているのですが、未だそれが誰なのか分かってはいません」

 

「今回の件については、ガンヴォルトに痕跡の経由していたコンピューターを実際に調べに行ってもらってたりしましたが、情報は得られてません」

 

朔也とあおいはその件に関してはまだ情報を引き出せていない。現場に出てボクと慎次も調べるには調べたが痕跡は更に経由されていたため、ボクの能力で探る事も出来なかった。

 

「何の情報を掴めない分、更に慎重に動いて回らなきゃいけないのも辛いね。だけど、二年前のテロリスト襲撃に関する情報があった。断定は出来ないけど、誰かがテロ組織に依頼した痕跡があった。要求額から大企業、もしくは国が依頼した可能性はある」

 

「ああ、あの件に関しても調査を継続している。お前の言う通り依頼額が莫大な金額だ。個人や名のある組織ですら支払えるか分からないような額だ」

 

「だからと言ってその件を今日本政府にプレッシャーを掛けている米国と断定は出来ない。他にも聖遺物に関してはEUなんかも負債を肩代わりしたけど、今となっては負債もなくなり、デュランダルを取り戻そうと動いている可能性もある」

 

「ほえー、そんな大きな思惑が私の知らない所で起きていてここを狙ってるなんてあんまり考えたくないですね」

 

響の言葉に全員が頷く。

 

「すみません、話し合っている最中悪いんですけどそろそろ打ち合わせの時間に」

 

慎次が時計を確認して弦十郎に言った。そういえば、そろそろ翼のアルバムの収録があったなと思い出す。

 

初めて響と会う慎次は響に名刺を渡すと翼と共に部屋を出て行った。

 

「さて、ならボクも明日は行かなきゃいけない所があるからそろそろお暇させてもらうかな」

 

「む?そろそろそんな時期か。いつもすまんな。俺も保護者として行かなきゃならないと思っているんだが、どうも最近は対応が多くてな」

 

「気にする事ないよ」

 

ボクが申し訳なさそうに謝る弦十郎に大丈夫とジェスチャーする。ボクは立ち上がると部屋から出て行く。

 

喉も渇いているので一度飲み物を買うために自販機に寄ろうかと考えているとボクの後から部屋から出てきた響が声を掛けてくる。

 

「すみません、ガンヴォルトさん。前々から聞きたかった事があるんですけど」

 

突然の質問に何だろうと考える。

 

「私の親友が七年前に長い金髪を三つ編みにしている人、多分ガンヴォルトさんだと思うんですけど、助けてもらったかもしれないっていう事があったんですが何か覚えてないですか」

 

その質問に関して考える。七年前、それはボクがこの世界で目を覚ました時期であり、活動はしていたもののほとんど現場では一課の人としか会ってない時だ。他に私生活も考えるが、これと言って助けるような事は何か起きた訳でもなかった。それに長い金髪で三つ編みだとほぼ確実にボクだろう。

 

「流石に七年前の出来事だけじゃピンとこないな。詳しく分かれば思い出すかもしれないけど。その子は他に何か言ってなかった?」

 

「えっと、何かとても話し辛そうにしてました。余り、話したくない事なのかもしれなかったので詳しくは聞かなかったんですけど」

 

言いづらい事、何か事件なのだろうか。だけど七年前だとボクが携わったものとなるとノイズの殲滅以外は考えられない。

 

「もしかしたら、ボクが助けていた可能性があるならノイズの可能性が高いんだ」

 

「未来もノイズに襲われて!?」

 

ボクの言った可能性に驚く響。

 

「ノイズの事となると前に弦十郎から聞いていると思うけど機密だから話してしまうとその子の身が危険に晒されてしまう。もし話せないとなると彼女もその時に口止めされている。だから君にも話せなかったんじゃないかな」

 

「でもそうなると私、未来にこの事をずっと黙ってないといけないんですか?」

 

「残念だけどそうなるね。彼女もその事を響に伝える事は出来ない。でも仕方ないんだ。君の親友をボクも危険な目には遭わせたくない」

 

その言葉に響は悲しそうに表情を曇らせる。ボクはそんな響に掛ける言葉が見つからない。確かに彼女にとっては話したいだろうけどそうなるとまだ見えぬ敵がその情報を何処からか仕入れ、矛先が響の友達に向いてしまう。

 

「ごめん」

 

「分かってます。私も親友を危険な事に巻き込みたくない。でも、親友が今も一緒に探している人が私の目の前にいるかもしれないのに何も伝える事が出来ないのが辛くて…」

 

「辛くても我慢しなきゃいけないよ」

 

そう言うと響は親友の身を案じ、引き下がった。

 

「ごめんね、力になれなくて」

 

響はいいんです、と言って少し悲しそうに司令室の方に戻って行った。

 

ボクはその背中を黙って見送る事しか出来なかった。



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24VOLT

投稿遅れてすみません。
ストライカーパックでリハビリがてらアキュラの操作とガンヴォルトの操作をしていたら未だクリアできていなかった最強への挑戦をやっていました。
とりあえずスーパーガンヴォルトEXのスパークカリバーシュートマンダラーの鬼畜さが異常でクリアに手間取ってしまいました。ライトニングスフィアやヴォルティックチェーンは八割方かわせるようになったけどスパークカリバーだけは本当に無理ゲー。でも楽しくてタイムアタックを一人でしていて三分を切ることはできました。
スーパーアキュラEXはとにかくめんどくさいものの比較的に楽に勝てたんですが二度とやろうとは思いませんでした。
とりあえずはムゲンドライブもディヤウスプラグも手に入れて楽しく遊んでいました。すみません。
それとツイッターで公式のコハクのデザイン画を見てホットパンツかと思っていたものはバックパックも言うことに驚きつつもインティはいい仕事をしてくれたと思う今日この頃。
長くなりましたが小説の方もお楽しみください。
なんか書いてると話数ペースがアニメ原作1話に対して3から4話と長くなりそうだなと感じています。


次の日、ボクは朝に支度を済ませ、長野県のあの場所に向かった。奏と会ったあの場所の近くに建てられている奏の家族の墓。

 

ボクは奏の家族を助けられなかったこと以外にも奏の父親との約束であった奏を救うという事が出来なかった。未だに墓の前で懺悔する事しか出来ない。

 

着いたお墓はボクや弦十郎、翼が定期的に清掃をしているためそれなりには綺麗になっている。それでも、雑草などが生え始めているため、周りの草を抜いたり雨などにより汚れた墓石を綺麗に磨く。

 

手慣れた作業の為、時間も掛からず終わる。そして他の調査員達のお墓も全て掃除を行い、線香をあげる。

 

「ごめん。ボクはあなたとの約束を守れなかった」

 

ボクは最後に線香をあげた奏の家族の墓でまたそう呟いてしまった。奏の父親から救うよう託されたのに助けられなかった。奏の父親はあの時の事だけお願いしたのかもしれないがボクにとってはそれは、その場だけの約束なんてものじゃないと思っている。その事を未だにこの場所に来ては謝り続けている。

 

弦十郎や翼もボクのせいではないと言ってくれるが、ボクが少しでも早くあの場に到達していれば奏は無事だったかもしれない。もしかしたら響も装者とならず、戦いの場に出なくても済んでいたかもしれない。

 

そんな考えが浮かぶが、ボクが考えてどうなる問題でもない。ボクに出来るのは蒼き雷霆(アームドブルー)を使って戦う事だけ。この世界に来てもやる事は結局は変わらない。守る為に戦うだけだ。そして、今。少しずつだが、誰がこのような状況を作り出そうとしているか影を掴んだ。その影を捉える事が出来るまであと少しで、時間の問題である。

 

「だから、今度はボクが勝手に約束する。あなたが託した奏が眼を覚ます時には奏が、みんなが笑顔を見せて歌える場所を作ってみせるよ」

 

誓う。奏の家族に、託された者として。だけど、そこにボクはいるかは分からない。ボクもこの世界に来て七年の月日が経つが、ボクには元の世界に戻り、このような状況に陥った原因となったあの人に真意を聞かなければならない事がある。だから、この世界に異物であるボクや第七波動(セブンス)はあってはならない。

 

風が吹き、まるでボクの誓いをかき消すように木々の葉が音を立てて揺れる。生暖かく、不安を運ぶ風。その風により、先程点けたばかりの線香が根元から折れてしまう。

 

普段なら気にしないような事だが、その出来事がボクの中で大きな不安を感じさせる。第六感というべきなのだろうか、何を感じているのか分からないが何故か早く帰らなければ大変な事になる気がする。だけど、何故今このような感覚が働くのか分からない。だが、元の世界ではこの感覚に幾度となく救われた。だからこそ、ボクは新しい線香に火を点け、奏の家族の墓を後にする。

 

「この不安がボクの気のせいであってくれればいいけど…」

 

ボクは不安を感じながら急いでリディアンに向かい走り始めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響は友人達と中庭にて昼食を取っていた。みんな昼食である弁当箱やバスケットを広げてご飯を食べる中、響は一人レポートを広げ、ひたすら書き込んでいる。

 

「全く、そんな大事なレポートをギリギリでやるなんてアニメじゃないんだから」

 

「まぁ、ビッキーだから仕方ないか」

 

レポートを広げる響に友人である板場弓美と安藤創世は響の口元に食べ物を近付ける。響はそれを口に含むとレポートを書き進めていく。

 

「だって、最近忙しくてレポートに割く時間がなかったんだもん」

 

響は二人に呟きながらもレポートの用紙と格闘を続ける。

 

「まぁ、忙しくといえば小日向さんもですよね?お二人とも帰りの時に何処か探すように少し回り道をしながら帰ったりしてますもんね。何か落し物であったら私達も協力しますよ?」

 

「ありがとう。でも、大丈夫だよ。落し物じゃなくて人探しなんだ」

 

寺島詩織の質問に未来が答える。

 

「人探しならあたし達も手伝うよ?やっぱり人が大勢いた方が早く見つかるんじゃない?」

 

創世がそういうが響が少し申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんね。今回の人探しは私達の個人的な問題なんだ。あっ、でも危ない人とかじゃないから心配しなくても大丈夫だよ?」

 

響は事情を知っているからこそ、友人を巻き込みたくない、というより探し人自体はなんら問題のない人格者であり、すでに響は何処にいるのかを把握しているのだが、二課という機密の塊に所属している事。普通に外に出ていたりするがガンヴォルト自身が機密の塊だという事で外部の特定の人以外とは余り接触できないという決まりがあるために紹介する事も出来ない。響との接触も彼のお人好しがあってたまたま接触してしまったようなものらしい。

 

その為に響は未来に隠し続けなければならない事を申し訳なく思っている。

 

「そうですか、でも本当に手詰まりになったら私達も協力するのでいつでも言って下さいね」

 

「うん、ありがとう」

 

未来と響は詩織達の言葉に礼を言う。

 

「さてと、私達もここで話していたらレポートの邪魔になってしまいますし、屋上でバトミントンでもどうでしょう?」

 

「えっ!?手伝ってくれるんじゃなかったの!?」

 

響は詩織の提案に驚く。

 

「悪く思わないでね、これもビッキーが課題をやらなかったのが悪いんだから。ヒナはどうする?」

 

「私は響のレポートを手伝うよ。手伝うって約束してるもの」

 

「相変わらず仲がよろしい事で。じゃあ、私達は屋上でバトミントンやってるから。入りたくなったらいつでも来てね」

 

そう言って三人は校内へと向かって行った。

 

「皆ひどいよー。でも、未来だけは私を見捨てないでくれた、さすが私の親友!」

 

「煽ててないでさっさと終わらせなさい。今日もあの人を探すんだから」

 

その言葉に響はあははと苦笑いを浮かべる。探している人物は直ぐ近くによくいるのだが言い出せない自分に罪悪感が生まれる。だが、探し人であるガンヴォルトの事を喋れない為こうやって笑って誤魔化すしかない。

 

「あのさ、響。今日なんだけど、あの人が今日も見つからなかったらさ、流れ星見に行かない?ああやって無闇に探してても見つからないなら気分転換をした方がいいってネットとかに書かれていたし。それに今日の夜は流れ星が見えるらしいの」

 

「えっ、ほんと!?行く行く!」

 

未来の誘いに響は直ぐに食いつく。

 

「だがら早くレポート終わらせてね」

 

響はレポートを終わらせる為にペンを急いで走らせた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

放課後、響はなんとかレポートを終わらせる事が出来たが、先生に提出して及第点をもらう事は出来たが、字がヒエログリフみたいだのもうちょっと余裕を持ってやりなさいだの授業にももっと集中しなさいだの沢山の小言を担任にもらった。

 

「なんとか終わったー」

 

職員室から出る時には既にお疲れモードの響。そんな響を見て未来は苦笑を浮かべる。

 

「なんとか間に合ったね」

 

「ありがとー、未来。一人だったら絶対に終わらなかったよ」

 

「響も忙しいのかもしれないけど今度からマメにやってね」

 

未来からも注意されるが、響の心は既に流れ星の事でいっぱいだった。

 

「分かってるよ、それより早く教室に戻ってカバンを持ったら流れ星見に行こう!」

 

「それよりもあの人を探すのが先。響はここで待ってて。カバンは私が取ってきてあげる」

 

そう言って未来は教室の方に走り出す。

 

「えっ?いいよ。それくらい」

 

「響が今日頑張ったんだから、そのご褒美。響はここで待ってて」

 

そう言って未来は教室の方に走り去って行った。その後ろ姿を見送った響はやっぱり未来は優しいなと呟く。

 

だが、急に響の持つスマホが音を立てて震え出す。友達からの連絡かなと思い取り出したスマホの画面にはノイズの出現による二課からの出撃の要請。今日に限ってガンヴォルトは用事により遠くに行っている為に翼と響にのみに要請が来ているようだ。そして出現位置に近いのは響であった。響は親友の約束を守れない事を謝り、現場に向かった。

 

現場に向かう途中、流石に黙っているのはまずいと思って未来に走りながら電話を掛ける。

 

『響!あなた、急にいなくなって心配したんだから!』

 

未来は何も言わずにいなくなった響に対して心配そうにそして少し怒っているようだ。

 

「ごめん、未来。急ぎの用事が出来ちゃって…」

 

そういうと未来は少し考えてから電話越しに言う。

 

『また、大事な用事?』

 

その言葉は少し寂しそうに、そして悲しそうな声音が含まれていた。せっかく約束したのに守れない事を歯がゆく思いながら響は言う。

 

「ごめんね、未来。本当にごめん」

 

『分かった。部屋の鍵開けておくからなるべく早く帰ってきてね』

 

「ありがとう、未来」

 

そう言って電話を切る。そして少しするとノイズの出現場所である地下鉄に着く。辺りには既に人の気配はなく、入り口には人であった炭の塊がチラホラ見える。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

響は聖詠を唱えるとシンフォギアを纏う。そして、そのまま地下鉄へ入っていく。そこには数体のノイズが、未だに炭となっていない人間がいないかと徘徊していた。

 

響はノイズを見つけると駆け出す。ノイズはそんな響に気付くと襲い掛かるが、響は襲い掛かるノイズにダメージを食らうのも御構い無しに拳を振るう。

 

その拳は今までガンヴォルトにサポートされていた時のように恐怖など微塵も感じておらず、今では響にとって約束を反故させ、親友を悲しませてしまった事での怒りによって恐怖など感じる事なく、憎きノイズに拳を振るう。

 

『響さん!そちらに大きな反応が近付いています!パターンからガンヴォルトの報告にあった葡萄のようなノイズだと思われます!葡萄のような果実は爆弾でもあり、ノイズを発生させる物と報告があるので速やかに排除して下さい!』

 

その報告と共に現れたのは葡萄のようなノイズ。そのノイズは既に房から果実のような球体をもぎ取っており、響の上の天井めがけて投擲をしていた。

 

果実は爆発して響は崩れてきた瓦礫の下敷きになってしまう。しかし、響はシンフォギアによる痛みの軽減がされて動けないという訳ではない。むしろ今先程ノイズにされた攻撃により響の奥底にあった怒りをさらに表面に押し出す形となった。

 

「お前達のせいで…約束を…親友との約束を…」

 

響は力任せに瓦礫を殴り飛ばすとそのまま獣のように残っているノイズに向けて襲い掛かる。掴み掛かったノイズを掴み上げると炭の塊となる前に振り回して近くにいたノイズにぶつける。ノイズ同士がぶつかって弾き飛ばされると、掴んでいたノイズは炭の塊と化し、握りつぶして飛ばされたノイズに向けて飛び蹴りを入れる。

 

「お前達のせいで…大切な約束を破ったんだ…お前達がいなければ…」

 

響の中に押さえ込まれていたドス黒い感情がガングニールに呼応し、力を増幅させる。響は力任せに付近のノイズ達に振るう拳や蹴りに今の感情を爆発させるように乗せて攻撃する。

 

気が付けば辺りに出現していたノイズはいつの間にか全て炭の塊となっていた。残っているのは先程からノイズを立て続けに増やし続けていた葡萄のようなノイズ。そのノイズは既に果実のような球体は既に無くなっており、無防備の状態となっていた。

 

響は最後に残っているノイズに向けて駆け出し、殴り飛ばすそうとする。しかし、そのノイズは一つの球体を急速に再生させるが如く、出現させると響に向けて投擲する。

 

響は咄嗟に両腕をクロスさせその爆風の衝撃を受ける。シンフォギアのおかげでダメージは少ないものの、爆発の衝撃で吹き飛ばされ、煙のせいで視界が悪くなる。

 

だが、そのおかげか冷静になる事も出来た。煙が晴れ、ノイズのいた場所を見るとノイズは幾つか球体を復活させており、響に背を向けて逃げるように後退していた。

 

「待て!」

 

響はノイズを追う。ノイズは復活させた球体を複数響に投げ付ける。響は次はそれを躱すように避けるが爆発は起きずノイズが現れ、響に襲い掛かる。

 

響は付近に出現したノイズを倒す事に専念するが、その間に葡萄のノイズは地下鉄の路線の天井を残った球体で天井を崩して逃げようとしていた。それを追うために素早くノイズ達を炭の塊に変え、葡萄のノイズを追う。しかし、逃げ足の速いようで既に地下から地上へと抜け出しており、見えなくなっている。

 

響はノイズの開けた穴から飛び出ようとするがその時、空に蒼い星が流れるのを確認した。目を凝らすとその星は翼であり、巨大な剣を召喚した翼がそれを逃げ出したノイズに向けて突撃しているようであった。

 

響は急いで地上に出る。地上に出ると同時に地面が揺れる。そして、その震源に目を向けると巨大な剣に貫かれ、炭の塊となったノイズと翼の姿があった。

 

「翼さん…」

 

「ノイズを取りこぼす事は被害を広げる事になる。ガンヴォルトがあなたに教えていると思っていたけどそれすらも出来ないの?」

 

その言葉は少しカチンとくるが、翼の言う通り、一人であったら多分被害を増やしていただろう。だが、それでも言い方っていうものがあると思った響は翼に言った。

 

「その事については私が不甲斐ないばかりに迷惑を掛けているのは分かっています。でもこれでも頑張ってやってるんです!それなのにそんな言い方はあんまりじゃないですか!私が奏さんと同じガングニールの所有者として認めたくないというのはガンヴォルトさんに聞いています!だけど私だって守りたいものを守る為に頑張っているんです!」

 

「戦場でろくに警戒せずにおしゃべりなんて余裕だな!」

 

突然響く少女の声。その方向を向くと、シンフォギアに似たような鎧を纏う少女が姿を現した。響は最初は協力者かと思ったが翼が剣を構えるのを見て敵だと認識する。

 

「ネフシュタンの鎧…あなたそれを何処で手に入れた!」

 

響は分からなかったが、少女の纏うそれはかつてライブ会場にて起動実験を行い、暴走により紛失したネフシュタンの鎧という二課の所有していた聖遺物であった。

 



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25VOLT

お待たせしました。
白き鋼鉄のXをクリアしてようやく書く時間ができたので投稿。
ツイッターなどで白き鋼鉄のXの情報などが流れていたり、サイトもしくは自分で買ってやった人は展開を知っていはたくさんいるかもしれませんがやはりガンヴォルトシリーズならではの鬱な展開がありましたね。
とりあえず、やってて楽しかったですがトラウマになりそうなものでした。
アキュラが爪で自己中であまり好きになれなかった方はこれをやると好きになると思います。
そして真エンド探しをマークを完成させてなお未だに諦めきれない私はちょこちょこ条件を探し中です。
そして真エンドが見れないせいであったらこんな感じかなという構想が一個できてしまいました。
暇な時に書いて投稿でもしようと思います。


現れた少女と対峙する翼と響。

 

「へぇ、この聖遺物についてあんた知ってるんだ」

 

「二年前に紛失していた聖遺物…もう一度聞く。なぜあなたが身に纏っている!」

 

激昂する翼。その様子を鼻で笑う少女。少女は手に持つ杖のような物を構えると緑の光線を放ちノイズを召喚した。

 

「それを聞きたいのなら力尽くで聞き出す事だな!」

 

ガンヴォルトが以前報告していたものと酷似する現象。そして、その少女の号令と共に動き出すノイズ。翼と響はノイズの殲滅を行う為に動き始める。

 

「はぁ!」

 

剣を振るう翼は目の前のノイズを斬り伏せながらネフシュタンの鎧を纏う少女に近付く。響は自分の周りにいるノイズを倒す事に精一杯でノイズの包囲を抜け出す事は出来ない。

 

少女へと近付いた翼は剣を振り下ろす。少女はそれを後ろに飛んで避けるが翼は追撃とばかりに少女へと距離を詰め、剣を振るう。

 

少女は翼の剣を鎧から垂れるクリスタルの鎖ような物を使い防ぐ。

 

「貴方が何者なのかは今はどうでもいい!その鎧を何処で手に入れた!」

 

「はん!話す訳ねぇだろ!そんな事よりいいのかよ!お前の相棒がノイズに囲まれてピンチだぜ!」

 

「あの子だって未熟ながらも一介の戦士!あの程度でやられるような鍛え方をされてなどいない!」

 

翼は剣に力を込める。少女は剣を受け流して杖を振るう。翼はそれを避けて距離を取るが今度は逆に少女の方が距離を詰め、翼に鎖を振るう。

 

翼はそれを払い、少女へと斬りかかる。幾度と重なる剣と鎖。少女は翼のような訓練を積んでいるようで翼の攻撃を悉く払っていく。

 

「シンフォギア装者がこの程度なんて呆れるぜ!この程度で脅威から全てを守ってきていたなんてお笑い種だ!あいつさえ居なければ装者なんて取るに足らないな!」

 

「貴方のような人に何が分かる!それに何故貴方がガンヴォルトの事を知っている!」

 

翼は少女の言葉に激昂する。しかし、少女は不敵な笑みを崩さない。底の知れない相手。そんな中、いつの間にかノイズを全て倒したと思われる響が翼と少女の間に割って入る。

 

「何で同じ人同士争わないといけないんですか!同じ人なら話し合う事だって出来るじゃないですか!」

 

「戦場で何を言っているの!」

 

少女と翼の声が重なる。どうやら向こうも話し合いなど無駄だという事らしい。

 

「そういう事だ立花。向こうは敵であり、この件に絡んでいるテロリスト。話し合いなどはこの場では不要。それは向こうも同じ。ならばあの子を取り押さえてこの件を問いただせばいいだけ!」

 

「そいつの言う通り、話し合いはするだけ無駄だ。だけど残念だな!私はお前ら程度には捕まえる事すら不可能なんだよ!」

 

そう言って再びノイズを召喚する少女。今回のノイズは今まで見た事のないような水飲み鳥を彷彿とさせる姿をしているノイズ。そのノイズが召喚されたのは響の周りであり、そのノイズから出された粘液のようなものが響を拘束した。

 

「何これ!動けない!」

 

身体を捻ったり暴れて逃げようとするが、粘着して全く動く事が出来ていない。

 

「立花を捕らえてどうするつもりだ?一騎打ちでもするつもり?」

 

「残念だが、私の目的はもとよりあんたとやりあう事じゃなくてこいつの回収なのさ。あいつがいない今こそこいつを回収するチャンスだからな」

 

もとより少女の狙いは響であり、ガンヴォルトという戦力がいない今を狙って連れ去ろうとしていたようだ。

 

「ガンヴォルトのいない今を狙って…貴方は何故その事までを知っている!」

 

「言うと思うか?言わなくてもあいつがいない今なら、お前程度なら私一人でどうにかなるんだよ!」

 

翼に向けて鎖を伸ばすように投げる。翼はその鎖を払うと再び少女との距離を詰める。少女は鎖を巧みに操り、翼を近付けないように距離をとって戦う。

 

「この程度!」

 

翼は縦横無尽に動き回る鎖を剣で捌く。しかし、口では言うものの鎖の動きが不規則であり、死角からも攻撃を捌くとなるとかなりの精神力、集中力を使うために疲弊していく。

 

翼は捌き切れないものを最小減の動きで躱すが避けきれなかったものがギアを身体を傷付けていく。集中力、そして身体の疲労、そして怒涛の攻撃による事により、シンフォギアの動力源であるフォニックゲインを生み出す歌が途切れ途切れになり、ギアの出力が落ちてしまい、少女の振るう鎖に身体を巻き付かれ、捕らえられてしまう。

 

そしてそのまま鎖を操る少女は翼を宙に鎖で引き上げるとそのまま地面へと叩き付けた。

 

「がはっ!」

 

「翼さん!」

 

未だ捕らえられた響は何とか抜け出そうとするも未だにノイズの出す粘液を振り解けずにいる。響は翼の元に駆け寄りたいがこのノイズ達をどうにかしなければ動く事すら出来ない。

 

「良い様じゃねぇか。その程度じゃ出来損ないもいいとこだ」

 

近付いて翼を踏みつけながら少女は言う。

 

 

「くっ…確かに…私は奏やガンヴォルトがいなければ出来損ないなのかもしれない。それでも、私はこの身を剣と捧げたのだ…」

 

翼は、そう言って空中に複数の剣を召喚して降り注ぐ千ノ落涙を自身に当たらないよう少女に向け放つ。少女はそれを躱すために大きく距離を取る。

 

剣を杖にして痛みや疲労で怠くなった身体を無理矢理動かす。軋み痛みを堪え、立ち上がった翼はふらつく身体で少女と対峙する。

 

「私一人が不甲斐ない所為で多くの命を失い、片翼を…奏をあんな状態にまでして、彼を悲しませてしまった」

 

あの時、翼が不甲斐ないばかりで片翼を昏睡状態へと追い込み、ガンヴォルトはその事で奏の父親との約束を守れずに奏の父親の墓の前で自分が不甲斐ないばかりでこんな事になった事を後悔していた事を思い出す。

 

だが、あの場にいなかったガンヴォルトが来た事により奏は命を失わずに済んだと翼は思う。だけど、あんな事になった根本的な理由は自分が何処までも不甲斐なく、たった一人で何も出来なかった自分のせいである。

 

「だからこそ…ここでそのネフシュタンの鎧を纏う貴方を捕らえる事で私の…出来損ないである私の起こしてしまった悲劇を清算してみせる!」

 

翼は覚悟を決めて少女に向けて剣を構える。

 

「言う事だけは一丁前に決めやがって…そういうのが一番ムカつくんだよ!出来損ないは出来損ないらしく指を咥えてネンネしてな!」

 

少女は再び杖を振るうとノイズを辺り一帯に大量に出現させる。その数は今までの比にならず、二年前のライブ会場で起きた惨劇の数にも届きそうだ。

 

「立花…今から私の…防人としての私の覚悟を見せてあげる。だから、しかと目に焼き付けなさい。貴方の望んだ道…この道をどう歩むのかは貴方自身で決めなさい。逃げたければ逃げればいい。これが私からの…先輩としての最後の助言よ」

 

響に対して微笑む翼。その表情には後悔などは微塵もなく、ただ我が道を歩む先人としての、先輩としての覚悟が見える。

 

「翼さん何を!?最後ってどういう事ですか!?」

 

響の言葉に翼は何も答えない。少女を見据える翼はナイフのような小さな剣を召喚して握ると少女に向けて投擲する。

 

その小さな剣を容易く躱す少女。

 

「覚悟を決めた?そんな短剣如きがお前の覚悟なんてお笑い種だな!もういい!そんなに終わりたきゃ終わらせてやる!」

 

そう言って少女は命令を下す為に杖を振るおうとするが身体が上手く動かない事に気付く。

 

「な!?なんだこれは!?」

 

少女は困惑する。動く目だけで周囲を確認すると視界の端に見える短剣が自分の影を貫いている事だけしか確認出来ない。

 

「何をしやがった!?」

 

「もうこれで終わるのだから、何も語らなくてもいいでしょう。それよりも月が出てる間にこの戦の幕を引きましょう」

 

何が起こったかも分からない少女に向けて翼はそう言うと、歌い始める。その歌は響がかつてライブ会場で瀕死の時に最初に聞いた歌。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

その歌を歌っている翼を見て狼狽え始める少女。響にはその歌が何の歌かは分からなかったが少女の狼狽するのを見て何処か不安を覚える。

 

「まさか…絶唱を使うのか!?」

 

「絶唱…」

 

翼はさらに少女に近付く。ノイズは少女の命令がない為動く事は出来ないのか翼に近寄る気配はない。翼はその隙に少女まで歌いながら近付く。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

翼は歌を歌い終えると少女に向けて笑みを浮かべた。その口元からは血が流れる。

 

「これで終わりましょう」

 

その言葉と共に翼から紫色の衝撃が走る。

 

「があぁ!?」

 

少女が悲鳴を上げ地面を砕き、周囲に広がる衝撃。辺りのノイズを巻き込み、炭化させると共に響に付着した粘液や捕らえるノイズをも炭化させる。だが響にはダメージは何もなく、衝撃により吹き飛ばされるのみであった。

 

そして響は地面に吹き飛ばされた事により地面を滑りながら倒れる。

 

起き上がり次に響の目に映った光景は鎧がボロボロに砕けている状態で倒れた少女とその少女を前に佇む翼の後ろ姿であった。



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26VOLT

白き鋼鉄のXハロウィン投票の報告見ましたがやはりイソラが一位でしたね。
やはりガンヴォルトシリーズのキャラ投票は無印のエリーゼ然り爪のジブリールと敵キャラが人気ですね。
自分の投票したコハクは敗れてしまいましたがハロウィンイラストは楽しみです。
センターのイソラを二階席から応援しておきましょう。
そういえばイラストに今回の悪魔の所業たる奴は参加なのでしょうか?
ネタバレのしないために載らないか第二形態で載るか欠席者のように右上か左上にちょこんとなるのか。
しかし投票にまさか変態のおじさんことロメオがあったけど無効票にされてかわいそうなことになってたことに残念と思いました。一応登場するのに…
何この展開!とまさにその通りだなと思いました。白き鋼鉄のXで変態のおじさん是非探してみてください


ボクは急いで長野から本部へ向かった。本部に着いた頃には既に日が暮れている。

 

「弦十郎!状況は!?」

 

装備を整えて司令室へと入るボクは第一声に弦十郎に現状の説明を要求する。

 

「ガンヴォルトか…休みを出しているのにすまない。来る途中に通信端末で説明した通り、現在翼と響君が我々が二年前に紛失してしまった聖遺物、ネフシュタンの鎧を纏う少女と接触した。少女の手には前にガンヴォルトの話してくれた情報と一致するノイズを操作する事の出来る聖遺物と思われる物を所持している」

 

ノイズを操作する事の出来る聖遺物と思われる物。

 

「やっぱり存在していたか…ボクも現場に急行する!位置の情報!それに一課に要請してヘリの準備を!」

 

「すまない、現在一課の方も現場にて避難作業を行なっているため、ヘリの要請をする事が出来ない。俺と了子君はネフシュタンの鎧を纏う少女に接触を試みるため、現場に向かう。悪いが俺達の車に同乗して、護衛をしながら向かうぞ」

 

弦十郎はそう言うと了子がモニター席から立ち上がり、弦十郎の近くに寄る。

 

「急ぎましょう、第4号聖遺物であるネフシュタンの鎧が起動しているとなるとその力は計り知れないわ。翼ちゃんや響ちゃんの持つ聖遺物の欠片と違ってあちらは完全聖遺物。どれ程の力を持っているかも起動前の状態でしか見た事のない私達には分からない。そして、接触した少女の持つノイズを操る聖遺物らしき物もある向こうの戦力も未知数。言い方は悪いかもしれないけど響ちゃんと言う未だに戦力になるか分からない彼女がいる状態で翼ちゃん一人で戦うには分が悪すぎるわ」

 

弦十郎はその言葉に頷くと車のキーを取り出しながら司令室から出て現場に向かう。了子とボクもその後を追って車に急ぐ。

 

車に乗り込んだボク等は法定速度など無視をして現場に向かう。本部からの通信によると少女との戦闘が始まったらしい。

 

大量のノイズが召喚されたようで翼と響がノイズの掃討に取り掛かっている。

 

「ノイズを操る事の出来る聖遺物と思わしき物。私の今まで調べていた聖遺物の中でも該当する物はないわ」

 

「聖遺物の採掘をしても見つかる事なんて稀だ。了子君ですら分からない聖遺物も幾つあってもおかしくない」

 

「今はそこに関して考える時じゃない。もし今ネフシュタンの鎧を纏っている少女の持っている物が聖遺物であるのならば、歌がなければ使用する事なんて不可能。それは了子の提唱している櫻井理論で分かってる。もしあれが聖遺物となるとすれば既に誰かの歌により起動した完全聖遺物になる。ネフシュタンの鎧同様、歌の力により覚醒していて常人でも使えてしまう危険な代物だという事。そして、少女がなぜ持っているか分からないが今は置いておく。少女の目的が何なのか分からないけどこのまま放っておくと危険な事は変わりない」

 

ボクの言葉に頷く二人。しかし、完全聖遺物であるネフシュタンの鎧、そしてノイズを操る事の出来る聖遺物と思わしき物を持って現れた少女。何故今頃になって現れたのか分からない。何か重要な要素があるのか。

 

ボクが少女が現れた理由を考える。

 

二年前に紛失したネフシュタンの鎧、そしてノイズが頻繁に現れている今の現状は少女の持つその杖のような物により引き起こされたものだと考えるのが妥当だろう。しかし、なぜ。

 

ボクは思考するが思い当たる節といえば新たに現れた装者である響の存在。しかし、その存在は公になっておらず知る事は不可能。ならば何か少女が出てくるに値する重要な出来事でもあったのだろうか。未だ何者か分からない少女。組織的なものなのか、それとも少女自身の何かしらの思惑があるのか。

 

今ある情報を頭をフル回転させて何故このような出来事が起きたかを考える。

 

そんな中、車のラジオから流れる現在の翼と響の情報が入り、思考を一旦やめる。だが入ってきた情報はボクにとっては最悪とも思える情報であった。

 

「翼さんの纏う天羽々斬から急激に上昇するフォニックゲインを確認!このパターンは二年前の奏さんと同じ、絶唱を放つ時のパターンと一致します!」

 

その言葉にボクは自分の通信端末から本部に連絡する。

 

「今すぐ翼に絶唱を放たないように指示を!」

 

しかし帰ってきた答えは翼と響への通信が不能とあり、指示を行えない事。

 

ボクはクソっ!と悪態をつくと弦十郎にスピードをさらに上げるよう申し入れる。

 

「無理だ!これ以上のスピードをこの車で出す事は不可能だ!翼を信じろ、ガンヴォルト!絶唱だとしてもシンフォギア装者の身を滅ぼすものだが、奏とは違い、正規適合者である翼なら堪える事が出来るかもしれない!」

 

「それでも貴方は翼の親族なのか!そんな低い可能性しかないものをボクは信用する事は出来ない!もし、翼も奏のようになってしまったらどうするんだ!」

 

ボクの言葉に対して弦十郎は何も返さない。運転している弦十郎を殴りそうにもなったが、ハンドルを握る手が強く握り締めている事に気付いたボクは弦十郎も苦しんでいるのに気付き、ボクは拳を収める。

 

「…貴方達二人の気持ちは分かるわ。でも相手がそれだけ強敵で翼ちゃんも倒すには絶唱以外ないと覚悟を決めたの。だからガンヴォルト、翼ちゃんを信じて」

 

ボクは了子の言葉を聞くが、どうしても奏という前例がいるため頷く事など出来なかった。

 

絶唱、装者の奥義であり使うと身体をも蝕んでしまう諸刃の剣。奏の場合は後天的にlinkerと言う薬品による強制的に適合率を引き上げられた適合者であり、絶唱を放ったあの日は普段よりも容量を抑えて行ったためあのような状態になったと聞いているが、それでもあれ程のダメージ、そして二年もの昏睡。あれを見せられて絶唱に対する考え方などボクには使うなと言う答えしか見つからない。

 

しかし、翼の目の前には今の翼の技量を上回る敵。そんな敵と戦って勝つためにはそれしかない状況となれば使うざるを得ない。

 

「…翼ちゃん、絶唱を使ったみたい…」

 

ボクが考えている間にラジオより入った情報を了子が呟いた。

 

ボクはダートリーダーを握る手で誰も座っていない隣の後部座席を叩き付けた。

 

間に合わなかった。そんな後悔の念が浮かぶ。そして、弦十郎の手にも力が入り、ハンドルに亀裂が入った。

 

「とにかく今は早く向かいましょう」

 

了子の言葉に頷く弦十郎。ボクは強く拳を握り、翼の無事を祈り続けた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

倒れる少女とその前に佇む翼。

 

「クソッタレ…」

 

悪態をつく少女。その身体は既にボロボロで鎧は所々絶唱による攻撃により砕け、ところどころ傷の付いた素肌を晒している。

 

「ぐっ!?」

 

少女は突然苦しそうな声を上げると傷付いた身体に鞭打って立ち上がると空を飛んで何処かに消えてしまった。

 

「翼さん!」

 

それを見送った響はその場から動かない翼の名前を呼び駆け寄る。しかし、先程の衝撃により足場の悪くなった地面に足を取られ転んでしまう。

 

その時一台の黒塗りの車が到着する。その車から降りてきたのは弦十郎と了子。そして、今日は非番だったはずのガンヴォルトであった。

 

ガンヴォルトは車から降りると直ぐに翼の元に駆け出す。

 

「翼!」

 

ガンヴォルトの言葉と共に振り返る翼。そこには目と口から止めどなく血を流していた。その光景を見たガンヴォルトは素早く翼へと駆け寄る。

 

「ガンヴォルト…ごめんなさい…。私は…結局少女も捕らえる事も出来ずにこの有様…」

 

そう力ない声で言った翼は倒れてしまう。ガンヴォルトはそれを支えると素早く耳元に手を当てて叫んだ。

 

「本部、直ぐに医療班をこっちに回してくれ!装者が重症だ!早く!」

 

ガンヴォルトはそう叫ぶと応急処置を施すために弦十郎や了子に指示を飛ばした。

 

そして直ぐに付近で避難誘導を行っていた一課の医療班が到着して処置された翼を救急搬送していった。

 

翼を見送るとガンヴォルトが何も出来ずに立ち尽くしていた響の方に歩み寄る。責められると思い直ぐさま響はガンヴォルトに対して謝罪をする。

 

「す、すみませんガンヴォルトさん!私が不甲斐ないせいで翼さんが…」

 

下を向く目からは涙が止めどなく流れる。だが、ガンヴォルトは響を責める事はなく、そんな響の頭に手を置いて撫でる。

 

「響のせいじゃない…あれは、防人としての翼が…自分の信念を貫いて行ったんだ…君は勿論、誰のせいでもない…」

 

顔を上げ、ガンヴォルトの顔を見る。その顔はとても辛そうであり、悲しそうとも取れる表情を浮かべていた。

 

「ガンヴォルトさん…」

 

そしてガンヴォルトは響の頭から手を離すと呟くようにそして自分を責めるように言った。

 

「ごめん。ボクが居なくなった時に限ってこんな事になって…」

 

「ガンヴォルトさんのせいじゃないです!私が…私がもっとしっかりしていれば!」

 

「二人ともこんな所で互いに責めていても仕方ないだろ。俺達も急いで病院に向かうぞ」

 

響は向かおうとするがガンヴォルトは立ち止まり、弦十郎に言った。

 

「ボクはこれから少女の捜索を行う。本部に確認して反応が消えた位置は特定している。絶唱による一撃だ。ボロボロになった身体じゃ遠くに行く事は難しい。翼の覚悟を無駄には出来ない」

 

「…分かった。だが、気を付けろ。その少女のバックには誰がいるかすらも分からない。協力者がいて危険と判断したら直ぐに逃げろ」

 

ガンヴォルトの言葉に少し考えてから弦十郎は言った。ガンヴォルトは弦十郎の返答に頷くと少女が飛んで行った方向に駆け出して行った。

 

「現状はガンヴォルトに任せて、俺達は病院に向かおう、響君」

 

そう言って響は了子と共に弦十郎の車に乗って翼の搬送された病院へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

翼は絶唱を行い、そのフィードバックによって身体がボロボロであったが病院で適切な処置が行われ、何とか一命を取り留めた。

 

響は翼がこうなってしまったのは自分の不甲斐ないせいでと表情を暗くしてソファーに腰を下ろしていた。

 

「誰もこうなったのは貴方のせいでとは思っていませんよ」

 

響は顔を上げるとそこには翼のマネージャーである慎次の姿があった。慎次は一つの湯気の立つ紙コップを響に渡して、少し距離を開けて同じソファーに腰を下ろす。

 

「翼さんが自らの覚悟を決めて歌ったのですから。でも…またこんな事になるなんて…」

 

「また…?」

 

何の事か分からない響は慎次に問い返す。

 

「二年前の貴方もいたライブ会場の惨劇。その時に奏さんが自らの命を燃やす覚悟で絶唱を放ちました。ですが、絶唱は発動せずにその負荷のみを使用者である奏さんが受ける事となり、今も昏睡状態に陥っています」

 

響はその時の事を思い出す。

 

「じゃあ翼さんも…」

 

奏が二年も昏睡状態になっているとしたら翼も奏と同じ状態になるのではないかという最悪の考えが思い付いてしまう。そして、その原因となったのがまた自分にあると考え、涙を流す。

 

「私が不甲斐ないせいで二人とも目を覚まさないという事に…」

 

こんな事になった事を酷く後悔する響。しかし、慎次はそれでもなお、響を責めずに言った。

 

「先程言ったように響さんのせいではありません。今回の責任があるとすれば貴方ではなく、サポートをする事が出来なかった我々にあります。少女の来襲の察知、そしてノイズを操れる聖遺物と思われる物の調査不足。二年前も同様、我々の敵に対する調査不足が今回の原因を作ったと言ってもいいでしょう」

 

穏やかに言っている慎次だが、手に力が入り震えている。自分だけではなく、慎次や弦十郎、そして現在少女の追跡を行なっているガンヴォルトも響同様に辛い思いをしている。そして響に対して慎次は言った。

 

「響さん。今こんな事をお願いするのは申し訳ないですが、翼さんをどうか嫌いにならないで下さい。貴方に対しての翼さんの反応はとても厳しいものでとても嫌いにならないでと言うお願いが無理と言えるかもしれませんが、不器用な人なので未だに貴方との距離感を掴めずにああ言ってしまっているのです。だから、どうかお願いします」

 

そして頭を下げる慎次、そしてそこから続けるように言った。

 

「そして、ガンヴォルト君の助けにもなって下さい。今の彼を支えてあげる事が出来るのは同じ戦場に立つ事の出来る貴方だけなのです」

 

「えっ?なんでガンヴォルトさんも…あの人は私よりも強くて決して支えられるような人には見えないんですが…」

 

なぜ彼を。遥かに自分の戦力を超える彼を支える事をお願いするのか疑問が浮かび慎次に問い返す。

 

「彼自身が前にも言ったように別の世界の人間であり、この世界には家族や恋人と呼べるような大切な人という者がいません。そして彼の探すシアンと言う女の子の足取りが未だに掴めない今、奏さんや翼さんが彼は気付いていませんが彼の中心となっていました。そして二人がこのような状態になった今、彼は自分の事など顧みず戦いに没頭してしまう可能性があります。だからこそ、そうさせないために貴方に彼をお願いしたいんです。もうこれ以上、彼に傷付いて欲しくないから」

 

その事を聞いた響はガンヴォルトの境遇を改めて認識する。彼は響とは違い、全く異なる世界に来て、大切な人がいないながらも戦いに身を投じ、そこで会った奏や翼の二人が今となっては大切な仲間であった。しかし、その二人がいなくなった今、大切なものがなくなってしまったガンヴォルトにはただ人類という莫大な人々を守るために一人で無理をしてでも戦おうとする事が何となく分かる。ガンヴォルトとは付き合いが短い響だが、彼の性格を知る者としてそうなる事は容易に思い浮かんでしまった。

 

そして、翼が絶唱の前に言った言葉を思い出す。そして、その言葉に従うならこの現状から逃げてもいいと。だが、それは響にとって苦しんでいる人がいるのに自分は呑気に過ごす事になる。そんな選択はもとより響の中にはなかった。

 

「私は、翼さんを嫌いにはなりません。絶唱と言うあの力を放つ前、翼さんは逃げてもいいと言いました。翼さんは覚悟を決めて…自分の命を顧みずに自分の役目を全うしたんです。…なのに私が逃げれば翼さんの覚悟を無駄にして…ガンヴォルトさんが一人苦しみながら戦う事になります。だから、私は逃げずにガンヴォルトさんを助けてみせます。翼の見せてくれた覚悟…まだ見えぬ敵が襲う限りまだこの戦いは終わりません。それなら私は出来る事をして戦います。今度こそ、翼さんにしっかりと顔向け出来るよう…翼さんが認めてくれるように!」

 

涙を拭い、覚悟を決めた響。今までの自分に課していた不透明な覚悟とは決別し、新たな覚悟を胸に刻む。

 

「ありがとうございます、響さん」

 

慎次はそんな響に礼を言った。



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27VOLT

最近小説を書いててあれ?このGVってシアンの行方不明、奏とか翼とかが昏睡状態になってしまったって中々ハードな展開になってしまっているのに書いてて思ってしまった。当初はもっとソフトに考えていたのになんでこんなことになってしまったんだ。まあ、原作よりは重くないし、いいかなと思っている自分がいる。
多分、書く前にやった白き鋼鉄のXことアキュラの探し求めるバタフライエフェクトのせいだと思う。


一課や二課に所属するエージェントと共に少女の痕跡を探したが何の手掛かりも得る事は出来なかった。そして、その件についての報告は慎次に任せたボクは翼の眠る緊急治療室の前に居た。

 

「すまない…翼…ボクが…ボクがもう少し早く着いていればこんな事に…」

 

ガラスの向こうで医療器具に繋がる翼に向けて呟くように言った。だが、その問いに翼は答える事はない。

 

「警戒していればシアンの時のように君をこんな苦しい思いにならなくて済んだのに…なんでボクは何時も護りたいと思った人達は手遅れになってしまうんだ…」

 

かつてのシアンが拐われた時もそうだ。ボクがもう少し警戒していればあの時もシアンを拐われる事もなく、逃げ切れたかもしれない。そして救った後でもあの凶弾から彼女を庇いながらも逃げ切れたかもしれない。

 

「やっぱり、ここに居たか。ガンヴォルト」

 

急に声を掛けられる。見知った声、顔を向けずとも分かる。

 

「弦十郎…」

 

ボクは弦十郎に返答するが顔を上げる事はなかった。

 

「報告会、お前の代わりに慎次がしてくれたから当面の方針は決まった」

 

その言葉に被せるようにボクは言った。

 

「少女の正体の調査、それに内通者の捜索だよね?」

 

「…何故報告会で話した内通者をお前が知っている?と言いたい所だが事情は友里や藤尭から聞いている」

 

弦十郎はその事に対して少し驚いた声音で聞き返すがその事を既にあの二人から聞いたようだ。

 

「テロリストが…内通者の疑いは二年前のあの事件からボクは考えていた。雪音クリスの誘拐のあの時からボクは政府を…いや、二課内部にも少し疑いを持っていた。だけど、その時は言えば狙っていると思われるテロリスト達の思う壺と思って二人にも黙ってもらっていた。それにあの時はライブの事件のせいで…奏の昏睡でボクはそれどころじゃなかったから…。だけど今回の件ではっきりしたよ。二課に内通者が居て、ボクの居ない時を狙ってあの少女を翼と響に仕掛けた」

 

「ああ、その通りだ。響君によると狙いは二課ではなく響君、彼女自身だそうだ」

 

「響が…?それは彼女がシンフォギア装者だから?」

 

「そこまでは分からん。そうなると翼や病院内の奏も対象になるはずだ。だが、響君個人を特定され狙われるとなった今、出撃をどうするか考えている所だ。翼もこんな事になって狙われている響君を出撃させるべきか迷う所だ。だが、そうなるとお前には多大な負担を強いる事になってしまう。我々としても…いや、俺個人の意見としてもそんな事をしたくない」

 

弦十郎の意見にボクは言った。

 

「狙いが響と分かったなら、響の家族、交友関係のある人物を今すぐに安全な場所に移すんだ。弦十郎、貴方だけにしか分からない所にだ。内通者がいる以上、この事を二課全体に伝えるとバレる可能性がある。ボクは貴方が信用に足る人物だから貴方だけに言う。ボクはどうなっても構わない。たとえ一人だろうが蒼き雷霆(アームドブルー)で事態を収束してみせる」

 

「ガンヴォルト!」

 

そう叫ぶ弦十郎。その声には怒気が孕んでいる。

 

「俺が言っていた事を聞いていたのか!?俺はお前に負担を強いたくないと言ったんだ!なのに一人でもやっていくだと?ふざけるな!」

 

ボクは今まで伏せていた顔を上げ弦十郎に向かって叫ぶ。

 

「響が狙われている以上、それが最善の策だ!そんな事、貴方でも分かるだろう!これ以上、ボクは何も出来ないまま、目の前で傷付いていく人達を増やせとでも言うのか!そんなのボクは耐えられない!翼や奏のように、響も仲間だからこそボクは言っているんだ!ボクはノイズ如きにやられない!それにネフシュタンの鎧だろうが…その裏にいると思われる組織だろがなんだろうとボクの雷撃で倒してみせる!ボクにはそれしか出来ないんだ!」

 

ボクの言葉に弦十郎は何も分かっていないという風に返す。

 

「お前は何も分かっていない!一人で本当に出来ると思っているのか!未だに力の底が分からないネフシュタンの鎧の力を!ノイズを発生させるあの杖のような物の力を!本当に一人でどうにかなると思っているのか!」

 

「どうにかしてみせるに決まっているだろ!ボクは今までそんな相手と何度も戦ってきたんだ!ボク同様に第七波動(セブンス)を持つ能力者達を蒼き雷霆(アームドブルー)で退けてきた!例え、相手がどんな能力者であろうとボクは能力で…蒼き雷霆(アームドブルー)の力で戦ってきたんだ!」

 

「お前が能力者達との戦闘で連戦連勝であったとしても、ここはお前のいた所とは別の世界であって、状況が違う!それにお前は一人と言ったが、決してお前一人の力なんかじゃない!前の世界じゃシアンという子に何度も助けてもらった!そう言ってただろ!」

 

シアンの事を口に出され、ボクは弦十郎に対して何も言う事は出来なかった。確かに、弦十郎の言う通りだ。今まで確かに一人で戦っていた。しかし、それはシアンのサポート、それに元々いた組織の人達に支えられてこそ、能力者達を倒す事が出来ていた。

 

「でも…ボクはこれ以上…ボクの身近な人をこれ以上失いたくないんだ…。翼を…奏を…もうこれ以上、ボクの親しい人達が消えていく苦しみを味わう事なんて無理だ…」

 

ボクの悲痛な声が廊下に響く。シアンを見つける事の出来ない苦しみ。奏が昏睡状態になり、奏の父親との約束を守り通す事が出来なかった苦しみ。そして、ボクに対して守ると誓ってくれた翼が奏同様に意識を失くして眠り続けてしまうんじゃないかという不安。その全てが今のボクの心を蝕んでいく。

 

「ガンヴォルト、お前は決して一人じゃない。例え、お前が自分を一人だと思い込んでも、俺達二課の皆が、お前をサポートしてくれる一課の皆がいる。それにお前が助けた人達がいる。その繋がりがある限り、お前は一人じゃない。それに響君もだ。彼女の出撃に関しては今の所はまだ決定していないが、今のお前がこんな状態のまま逃げる様な答えを彼女は持っていない。今の響君はこれまでと違った覚悟で…力を持ってしまって流されたままの覚悟ではなく、翼やお前に認めてもらう為に新たな覚悟を決めている。だから、一人で戦おうとするな」

 

弦十郎の言葉にボクは心が揺らぐ。本当にそれでいいのか。弦十郎の通りボクは彼らを信じても。だがそれで信じた結果が最悪の結末になるかもしれない。だけど、ボク一人がワンマンでやったところでもっと恐ろしい結末が起きてしまうのではないかと負のスパイラルの思考に嵌ってしまう。

 

「そんな深刻に考えるな。そうならない為にも俺達がいるんだ。…全く、お前は会った頃からそんなネガティブな事ばかり考えるのはちっとも変わらんな。安心しろ、お前は決して一人じゃない」

 

「弦十郎…ありがとう」

 

ボクは弦十郎の言葉に勇気付けられる。確かに、ボクは今までずっと最悪な事ばかり考えていた。悪い事とは言わないが、その考えを表に出したところで逆にその様な事になってしまう事になってしまえば目にも当てられない。

 

「礼なんていらん。大人として当然の事だからな。お前もいつまでもしょぼくれてないで辛いなら俺達に頼るんだぞ。それに、そんな酷い顔だと翼や奏が目を覚ました時に心配されるぞ」

 

弦十郎の言葉にボクは翼のいる集中治療室のガラスに映る自分にピントを合わせる。弦十郎の言う通り、ボクの顔は側から見たら心配されるくらい血色が悪く見える。

 

「そうだね…こんな状態じゃ起きた二人に逆に心配される。ボクも少し休むよ」

 

「そうしろ。それと最後に一つ。お前はもっと翼以外にも人を頼る事を覚えろ。戦闘のフォローは俺達には出来ないかもしれないが、それ以外ならお前をサポートする事ぐらい出来るんだからな」

 

「分かったよ。心配ばかり掛けてごめん」

 

「分かればいい。しっかり休め。休んでいる間に俺達が色々と調べておいてやる」

 

弦十郎は困った顔をしてそう言った。ボクは弦十郎の言葉に甘えて休む事にする。最後に翼のいる病室へと一度顔を向ける。

 

「翼…君を信じて待ってるよ」

 

ボクは翼に向けてそう言って、その場を後にした。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響は報告会に参加した数日後、学園内にある広場で一人浮かない顔をしながら考えていた。自分の守りたい物を守る為、そして翼の覚悟を見て自分の決めた答えを出す為、そして慎次との約束であるガンヴォルトを支える為。

 

覚悟をした事と既に具体的な方針を決めた事までは良かったがそれ以降がどうすればいいか思い浮かばない。

 

「こんな所にいたんだ」

 

声の方に視線を向けると親友である未来の姿があった。

 

「最近一人でいる事が多くなったけど何かあったの?」

 

心配そうに尋ねる未来。

 

「…ちょっとね。考えなきゃならない事が出来たの」

 

響の何処か真剣そうな表情に未来は事情を知らないなりに何か察したのか、隣に座って言った。

 

「私には話せない事?じゃなきゃ響は私に相談せずに迷ったりしないものね」

 

「…うん。今考えているのは私が考えて答えを出さないとダメな気がするの」

 

未来は響の表情を見て少し翳りを見せ、心配そうな響に言った。

 

「分かった。もし話せる時が来たら話して欲しいな。今の悩んでる響を見てるとまた一人にしちゃうんじゃないかって心配になるから」

 

中学の頃の事を引き合いに出され、響は未来に今でもどんなに心配を掛けているかを改めて実感する。

 

「ごめん」

 

「別に響に謝って欲しくて言ってる訳じゃない」

 

未来は首を振るう。

 

「今の響は辛そうに見える。今悩んでる事のせいで…話せない事で悩んでいる響を見てると私も辛くなっちゃう。無理に笑ってなんて言わないよ。無理に笑っても響の場合、直ぐに分かるんだもの」

 

「未来…」

 

「だから、響には心から楽しそうに笑って欲しい。今悩んでいる事の答えに正解がないのかも知れない。だけど、それでも響ならなんとか出来ると思ってる。だって私の知っている響ならどんな答えを出そうとも出来るって信じてるから」

 

響を信じてくれる未来。響は親友にこんなに心配を掛けているのにも関わらず、響自身を何処までも信じてくれている。

 

だからこそ響は未来を、親友を守りたい。大切な陽だまりを。響の帰る場所を。

 

「ありがとう、未来。未来のお陰で少しやる事が見えてきた気がする」

 

信じてくれる未来を心配させたくない。そして、今集中治療室で眠る翼が起きた時に同様に心配を掛けたくない。そして、ガンヴォルトを支える為に起こす行動は自ずと出てきた。

 

「よかった。いつもの響の顔に戻って」

 

未来はそんな響を見て微笑む。

 

「ごめんね、未来。心配掛けて」

 

「気にしないで。私も響の手助けが出来て良かった。でも、お礼として一つ約束してもらおうかな」

 

そう言って未来は携帯を取り出すとカレンダーを開き見せてくれる。そこには次の流れ星の流れる日とカレンダーのメモ欄に書かれていた。

 

「今回は一緒に見れなかったけど、次の流れ星の日は必ず予定を入れないようにしてね」

 

「うん、次は絶対一緒に見よう!」

 

響は未来に向けて言う。だからこそ、響は誓う。次こそは必ず、未来と流れ星を見るために。この戦いに決着をつけると。

 

後日。響は未来を守るため。翼の目が覚めた時、認めてもらうため。そして、大切な人が長い眠りにつき、精神がボロボロになっているガンヴォルトを支える為、響はシンフォギアと生身の身体で戦う事の出来る弦十郎に師事を受けるようになった。



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28VOLT

白き鋼鉄のXのやりすぎでプレイ時間が100時間を超えてしまった…
白き鋼鉄のXのハロウィン画像を見たせいで更にやる気が上がってしまいやりすぎた気がします。
この前のガンヴォルト情報局を見て、あの人の声優が出て来るからこんなことになったんや!
それは置いといてガンヴォルトが本小説にて鬱になっていくので書いてる自分も書く気が若干起きなかったので遅れました。申し訳ありません。


ボクは翼と奏を信じ、二人の代わりにノイズの討伐を響と共に行うようになった。響は弦十郎の言う通り、今まであったノイズへの恐怖を克服していた事と、今までの戦闘が嘘のようにメキメキと成長していた。これも響自身が胸に刻んだ覚悟の現れであり、弦十郎に師事してもらっているからであろう。

 

ノイズとの戦闘後、本部へと帰り、エージェントの部署で自分のデスクにてノイズによる被害の状況などのレポートを作成している途中、弦十郎が部屋に入ってくる。

 

「戦闘ご苦労だったな、ガンヴォルト」

 

「いつも通りの戦闘だから気にする事ないよ。響も戦えるようになってボクも補助をしなくなる分、被害をかなり抑える事が出来るようになったしね」

 

ボクがそう言うと弦十郎は頷く。

 

「響君もかなり俺の出した特訓を頑張ってクリアしていくからな、指導する俺もつい熱が入ってしまって俺の尊敬するアクション俳優の出演するDVDを更に貸してしまった」

 

「待ってくれ弦十郎。そもそもあなたの見ているアクション映画は確かに実在するというかそのアクション俳優が作った武術を元に作成された映画があるのは知っているけどそれを見せただけで弦十郎も響も体得したのかい?」

 

ボクの言葉に頷く弦十郎に少し頭を抱える。普通なら誰かの師事を得て長い時間をかけて体得するようなものをアクション映画を見ただけで体得する二人。そんな事を出来るなら誰だって苦労しないはずなのに。

 

「それよりもガンヴォルト、お前に頼みたい事があってな」

 

「任務の事?」

 

「違う。そろそろ響君もノイズへの対応が出来るほど戦いに慣れた事だ。これから次のステップである少女との戦闘になった場合の対処として対人戦へと慣らしていこうと思ってな。俺とは何回かやっているがやはり同じ相手ばかりではなく別の人ともやらないと身体も慣れないと思ってな」

 

そう言う弦十郎。確かに、経験を積ませるのは良いとは思う。だが、少女との対人戦ならば身体的特徴の似ている人とやるべきなのではないのか?と思ったが、そんな戦闘に慣れた少女なんて簡単に見つかるはずもないからボクにそう言っているのだろう。

 

「その事についてはボクは構わないけど、いつやるの?ボクは戦闘時以外とエージェントとしての任務がない限り大丈夫だけど」

 

「その事については響君とも相談する。こちらはいつやるのは構わないが、響君は学生の身。俺達二課に協力してもらっているが学生な以上、勉学にも励んでもらいたいしな」

 

「ボクとは状況が違うからね」

 

そう言うと同時に再び扉が開く。

 

「失礼します!師匠がここにいると聞いて来ました!」

 

そう大きな声を出して入って来たのは響であった。

 

「響君。丁度良い時に来てくれた。そろそろノイズとの戦闘に慣れて来た頃だ。少女との戦闘に及んだ時の対処として対人戦を俺以外にやろうと思ってだな」

 

「分かりました!となると師匠がここにいるとなると指導してくれる方はガンヴォルトさんになんでしょうか?」

 

「そうなるな。ガンヴォルト自身はいつでも良いそうだ。後は響君の都合の良い日にしようと思っているんだが」

 

そう言うと響は少し考えてから言った。

 

「なら明日の朝にお願いします!私、少しでも早くガンヴォルトさん達の役に立ちたいんです!」

 

「明日の朝って、平日じゃないか。朝早くから始めるのかい?」

 

「いいえ、明日学校を休みます!」

 

ボクはその言葉に少し頭を抱える。

 

「響、確かに君もノイズと戦えるようになって次にやらなければいけないのは少女ともし戦闘になった時かもしれないけど、君はまだ学生だ。学費は親御さんが出してくれてるんだから学校にはしっかり通わないと」

 

「でも、いつまた姿を見せない敵が攻めて来て、私が未熟であるばっかりに大切な親友や友達を危険な目に遭わせたくないんです!それに私が強くなりたいのはあの子と戦う為じゃありません!あの子は私と同じ人間です!あの子の持つ聖遺物から出るノイズを倒して、私はあの子と話をしたいんです!なんでこんな事を起こすのかを、なんで私を狙うのかを聞きたいんです!」

 

響の言葉にボクは考えさせられる。響のその意欲はとても良いと感じるが、学生の本分である学業を疎かにするのはどうだろうと考えてた。だが響自身ら既にその事を見越して考えていた様だ。確かに、ノイズの襲撃、少女がまたいつ現れるかなんてボク達には分からない。

 

「確かに学生という身分である響君には学業を優先して欲しいという事は俺やガンヴォルトも思っている事だ。だが、響君の言う通り敵はいつ現れるかなんてこの中の誰も分かるはずもない。なら、俺は学業と平和なら平和を取れと思う。何故なら平和じゃなければ学業なんて受ける事が出来ないからな。よし、ならば明日は明朝からビシバシ行くぞ!」

 

「弦十郎がそう言うならボクは構わないよ」

 

響はそれを聞いてはい!と返事を返す。

 

しかし、

 

「だからと言ってその後を考えると響君の学力が落ちてしまうのも協力を要請している我々がご両親に申し訳ない。ということでガンヴォルト、ついでに響君の遅れた分の家庭教師をしてもらいたいと思うんだがお前は構わないか?」

 

「ボクは仕事の合間なら大丈夫だよ。ボクとしても学生が本業である響にはしっかりと勉学に励んでもらいたいし、家庭教師はもともと翼が音楽活動を始めたばかりの頃よくやってたから構わないよ」

 

そう言うと少し苦笑を浮かべる響。

 

「えっと、それはありがたいんですけど仕事もあるガンヴォルトさんに負担がさらにかかると思うんでそこは自分でなんとかしようと思うんですが…」

 

「遠慮しなくて大丈夫。さっきも言った様にボクは学生だった時も仕事の合間で翼の勉強を何度も見ているから別に苦ではないし気にしなくて良いよ」

 

そう言うと何処か遠い目をしながら響はぎこちなく頷いた。

 

「という事だ。とにかく、明日は明朝から俺の家にと言いたい所だが、明日はここのトレーニングルームを使用してやろうと思う」

 

弦十郎の言葉にボクも響も頷いて応える。響の顔は何処か苦悶に満ちているが、多分さっきの反応からして勉強をする事でそんな顔をしているのだろう。あまり突っ込まないでおこう。

 

◇◇◇◇◇◇

 

次の日、ボクは明朝から弦十郎に戦闘服で来いと指定され、ボクは先にトレーニングルームに足を踏み入れていた。

 

慣らすために身体を動かしているとジャージを着た弦十郎と響がトレーニングルームに入ってくる。

 

「待たせたな」

 

「お待たせしました、今日はよろしくお願いします!」

 

ボクは二人に挨拶を済ますと何故戦闘服で来るように言ったのか聞いた。

 

「気にしなくていいよ。それよりなんで今日はこの格好なの?動きやすい服で良い様な気もするんだけど」

 

「ああ、今日は響君にガングニールを纏ってでの対人戦に慣れてもらう予定だからな。安全のためだ」

 

その事を聞いて納得する。

 

「だが、戦闘服を着たからといってダートリーダーと雷撃鱗の使用は禁止、さらにスキルもだ。今回は主に肉弾戦でのトレーニングだからな。雷撃鱗やスキルなんてお前が使ったら響君は手も足も出ないだろう」

 

「分かったよ」

 

「よろしくお願いします!」

 

ダートをしまって、広いトレーニングルームで響と距離を取る。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

響は聖詠を歌いガングニールを身に纏うと拳を構える。ボクも拳を構えると弦十郎は開始の合図を出した。

 

「始めっ!」

 

「はぁ!」

 

合図と共に響はシンフォギアの脚力を使ってボクとの距離を一気に詰める。近付いた拍子に弦十郎直伝の拳を振るうが、ボクはそれを払って拳を逸らす。響は拳を逸らされるとそのまま流れる様な動きで回し蹴りを繰り出す。

 

ボクはその蹴りを半歩後ろに下がって躱す。響はそれでも攻撃の手を止めず、ボクに向けて拳を躊躇いもなく振るう。

 

「せいっ!」

 

ボクは声と共に振るわれる拳を避けた。ついこの間まで逃げてばかりだった頃の彼女に内心喜びつつも身体は能力者達の戦いの時の様に本能的に動いていく。反撃を試みようと思うがまだ様子を見る事にする。

 

「ガンヴォルト相手だ!遠慮せずにぶつけていけ、響君!」

 

弦十郎の声と共に更に攻撃の勢いを速める響。ボクはとにかく今は回避に専念する事にする。弦十郎の考えだと回避よりも反撃をして欲しい所だろうが、ボクとしてはもう少し響の成長を確認したいと思う所もあった。

振るう拳、薙ぐような蹴り。弦十郎の動きを自分の身体に合わせて上手くトレースしている。

 

「ガンヴォルト!そろそろ攻撃に移ってもいいぞ!響君の成長を見るのはいいが、そうなると響君のペースになってしまう!」

 

ボクの心を読む様に弦十郎からの指示が飛んでくる。ボクとしてはもう少し見たい部分もあるのだが、これでは訓練にならないと思い、ボクも反撃に移る事にする。

 

ボクは響の猛勢を避けずに全て捌き始める。振るう拳、薙ぐような蹴りを腕を使い払い退ける。響もボクが避ける事から捌く事に切り替えた事により、攻撃をやめ、ボクから距離を取ろうとした。

 

だが、ボクはそんな響を距離を取る前に響との距離を縮め、バックステップで距離を取ろうとしていた響の足を蹴り、バランスを崩して転倒させた。

 

「うわっ!?」

 

転倒する響は直ぐに立ち上がろうとするがボクはそんな響へマウントを取りに向かうが、一旦距離を置いて響の様子を伺う。

 

響は既に体勢を整えており、再びボクの方に向かって駆け出した。

 

「…響、真っ直ぐに来るのはいいけどもう相手の手の内を知らないで攻めるのはあまり感心できないな」

 

そう言って響の繰り出す拳を避けるとそのまま背負い投げで響をまた倒した。

 

「うっ!」

 

響は苦悶の表情を浮かべながら受け身を取るがボクはそんな受け身を取る響に向けて拳を振り下ろす。だが、ボクは響の目の前で拳を止める。ボクは一度拳を収めてから響に言った。

 

「真っ直ぐなのは響の良い所だと思う。でも、相手にもよるけどそれが欠点になってしまう事があるんだ。君の戦い方はボクは否定はしないけど、もう少し君なりにどうすればいいか考えていけば伸びると思うよ。ボクのアドバイスが参考になるか分からないけどね」

 

「ありがとうございます」

 

そう言って立ち上がろうとする響に手を差し伸べた。響は手を取るとボクは響を立ち上がらせる。

 

「まだ始まったばかりだし、弦十郎からもアドバイスをもらったら再開しようか」

 

「はい!」

 

響は元気よく返事をすると弦十郎の元へと向かいアドバイスをもらっていた。しかし、稲妻を喰らい、雷を握り潰す様に拳を振るえと言っているが、そんな事を雷撃の能力の蒼き雷霆(アームドブルー)を使い、響がそれに適応しろとでもいうのかと思う。というか、そんな事が出来るのなんて蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者であるボクしか出来ない様な気もするが。

 

いや、あの人間離れの身体能力を持つ弦十郎の事だ。もしかしたら弦十郎も出来るのかもしれない。いや、本当に出来るとしたらもうそれは普通の人間なのか疑わしい。

 

そんな事を考えていると響は弦十郎からアドバイスを受けた様で続きをお願いしますと言いながら構えを取っていた。

 

弦十郎もボクに構える様に言っているので構えを取ると再び弦十郎が合図を送り、響がボクへと迫り拳を振るった。

 

結局あの後休憩を挟んで何度も響と手合わせしたが、響の拳はボクへとは当たる事とはなかった。しかし、一回一回やるごとに響は少しずつ成長している事を実感した。

 




そう言えばXDで響も雷を使って暴走状態に変化してましたが、蒼い雷なんてよく見た光景だな…
これはコラボの前兆なのか?


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29VOLT

ブラマスゼロを買ったのですが面白いですね。とりあえずクリアしましたがやっぱり通常エンドは酷い展開でした。真エンドはハッピーエンドっぽく終わりましたが次回作でヒロインが酷い目になっているのでどうなのかと言う感じですが…。
EXキャラのガンヴォルトも買ってプレイしてますがとりあえずブラマスゼロの主人公であるジェイソンよりもだいぶ使いやすいです。高所から落ちても死なないし壁ジャンプ使えばある程度進めるし、ソフィアと言う戦車をあまり使わなくて済むから助かる…


翼は何もない真っ暗な空間をただ真っ直ぐに歩く。いや、本当に真っ直ぐ歩けているのかは謎だが歩み続ける。翼は自分が死んでしまったのか、どうなったのか分からない。絶唱を放ってガンヴォルトに謝る所までは覚えているがそこからは何も分からない。

 

「私はどうなったんだ…」

 

何も分からない。しかし、何もしないでただ立っていても何も変わらないため、翼はこの空間をひたすら歩み続ける。

 

「もし、私が死んであの少女が捕まっているのか?」

 

独り言を呟きながら歩んでいく。翼の覚悟の一撃で事件は収束していたら本望だが、それを今の自分には知る術などない。

 

「捕まっていれば出来損ないの私はあの悲劇の清算を出来た…でも、ガンヴォルトや奏を悲しませてしまった…」

 

ふと浮かんだ二人の名前。未だ眠る奏は自分の死を聞いたらどうなるのだろうか。ガンヴォルトがいてくれるからなんとか持ち直してくれるかもしれない。だけどまたガンヴォルトを助けられなかった事で恨んでしまうかもしれない。そうなると翼はガンヴォルトに対して酷い事をした事になる。また深くガンヴォルトを傷付けてしまうのではないかと考えてしまった。

 

「…私はやっぱり未熟だな…自分の覚悟ですら人を悲しませてしまう事しか出来ない…」

 

翼は自分が行った事に後悔が生まれる。しかし、それでも守る為には絶唱以外思い浮かばなかった。

 

しかし、こんな場所にいる翼にはどうなったのかなんて今後の事を知る事などは出来ない。

 

そんな時、この空間に一筋の光が現れる。翼はなんなのか分からない。だが、何もない空間に現れたそれが気になり、その方向に向けて歩みを進めた。

 

そしてその光に辿り着くと、目を覆う様な眩しく瞬いた。翼は目を瞑る。その光が収束するのを待つ。光が収まって再び目を開けるとそこは2年前の惨劇でボロボロとなったライブ会場に立っていた。

 

「何故この場所に…?」

 

翼は疑問を口にするとその問いに答える声が聞こえてきた。

 

「ここは貴方の精神世界。貴方が翼ね?」

 

翼はその声の聞こえてきた方向へと振り向く。壊れた壇上の上には蝶を模したデザインの服を着た金髪の少女が立っていた。その少女は今まで会った事はない。しかし、その声は二年前のこの場所で聞いた事があった。

 

「貴方は…シアン?」

 

「初めまして、翼」

 

その少女はシアンと言うと頷く。何故この場所に彼女がいるのか?精神世界にいるのか分からない。

 

「翼が歌う事で発生した歌の力、フォニックゲインだったっけ?そのお陰で少し目を覚ます事が出来た。そこだけは感謝してる」

 

シアンは何処か不服そうにそう言うと、蝶の羽の様な紋様を羽ばたかせると翼の元へと降り立った。

 

「翼はまだ死んでない。膨大な歌の力のせいで身体はボロボロになってるけど翼は辛うじて生きてるよ」

 

「ッ!?ならあの後どうなったの!?ネフシュタンの鎧は!?少女の身柄は!?」

 

矢継ぎ早にシアンに質問するがシアンは首を振る。

 

「私にその事を知る術はないよ。あの一瞬で翼の持っている宝剣みたいなのに干渉しか出来なかったんだから」

 

宝剣とは分からないが、剣と言っているから多分アメノハバキリの事だろう。だが、何故そんな事をしたのだろう。

 

「翼が死んでGVが悲しむのを私見たくないからこの宝剣みたいなものに干渉して微力ながら貴方を助けた。二年前もGVを悲しませたくなかったから奏とか言うおっぱいの持っている槍に干渉して助けたの。本当だったらあんな事しないんだから!」

 

いかんせんその名前で呼ぶのはどうだろう。

 

「助けてくれたのは感謝する。でも奏の事をおっぱい呼ばわりしないで欲しい。確かに大きいけど…」

 

「ええ、大きい。あれを使ってGVを誑かさないか心配で…ってそんな話をする為に私は翼に干渉したんじゃない!」

 

シアンも何処か抜けているのだろうか、自分の言葉にツッコミを入れると一度咳払いして話し始めた。

 

「翼にも言いたい事は沢山あるわ。特にGVの事についてだけど。今その事を言いに来たんじゃない。翼に干渉したのは私と同じ第七波動(セブンス)電子の謡精(サイバーディーヴァ)を持つ何かを見つけて欲しいの」

 

「貴方の持つ力と同じ物?」

 

「そう。二年前にあのおっぱいを助けた時に辛うじて感じた私と同じ波動を持つ何か。それが何なのか分からないけど、前にも感じた事のある嫌な感じ。何か嫌な予感がするの」

 

嫌な予感。そしてシアンの持つ電子の謡精(サイバーディーヴァ)と同じ波動を宿す何か。

 

「それはどんなものか分からないの?それだけじゃ探そうにもどうする事も出来ないけど」

 

「それについては私にも分からない。だけど貴方達の持つ宝剣に似た物と同じ様な物だと思う。私がどうにも出来ない以上、翼にお願いするしかないの。この役目を前にあのおっぱいに頼もうとしたけど、何故かおっぱいの槍に干渉して精神世界に潜り込もうとしたのに何故かおっぱいに干渉出来なかったの」

 

奏にも干渉を試みようとしていたらしいが何故か奏には干渉出来なかった様だ。だけどガンヴォルトと同じ能力なのに何故こんな事が出来るのか疑問が浮かぶ。

 

「奏の事をおっぱいおっぱい呼ばわりするのは本当にやめて上げて。それよりも貴方の目的には奏を助けてもらった恩もあるから手伝う。でも教えてもらえないかしら。貴方の能力はガンヴォルトと同じ雷撃の能力と前に聞いている。なのに何でこんな事が出来るの?」

 

「GVが私の能力に嘘をついて伝えてなかったの?」

 

シアンは驚きつつも能力について話し始めた。

 

「私の第七波動(セブンス)電子の謡精(サイバーディーヴァ)って言う精神感応能力。GVが何でこの事を伝えてないのは何かしら意図があるのかもしれないから翼だけに伝えておくから。GVがこの理由を話すまで絶対話しちゃダメだからね」

 

そう言うとシアンの身体がどんどん透けていく。

 

「私の第七波動(セブンス)も翼の歌の力によって一時的に戻っただけでもう時間がないみたい。さっきお願いしたこと頼んだよ」

 

彼女の姿がさらに透けて見えづらくなる。

 

「翼、ここで私と話した事はGVには内緒ね。GVも私の今の状態を話すと悲しむと思うから」

 

消えゆくシアンに向けて翼は叫ぶ。

 

「シアン!貴方は今何処にいるの!ガンヴォルトは貴方の事を七年も探し続けているのよ!こんな事せずに貴方がガンヴォルトの前に出てくればガンヴォルトも安心するのに何でこんな回りくどい事を!」

 

「それが出来れば私だってこんな事をせずにGVに会いたいよ!でも今の私はこうでもしないと現れる事は出来ないの!」

 

シアンの悲痛の叫びに翼はたじろぐ。一体何故こんな回りくどい事をして現れる事しか出来ない事は分からない。

 

「翼、今はもう時間がないの。さっき頼んだ事をお願いね」

 

そう言うとシアンは完全に消えていなくなる。それと同時に先程のライブ会場も空間が割れるかの様にひび割れていく。そして完全に空間が割れると同時に眩い光が翼を覆う。光が収まり、目を開けると何人かの人が私を見ており、目を開けた事を確認すると慌ただしく散っていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

医薬品の匂い、心電図の機械が鳴らす音。そして自分が何かポッドの様な場所に入れられている。シアンの言う通り、翼は生きていた。

 

(生きている…あの子の言う通りだ…)

 

翼はまだ覚醒しきっていない頭で考える。

 

(シアンはガンヴォルトに何故か会えなくて私や奏の聖遺物を介して私達にお願いをした…そしてシアンは私に第七波動(セブンス)を持つ聖遺物の捜索を…シアン、貴方は何が目的で私に頼んだの?)

 

翼は考えるが答えは出ない。もう少し考えようとするが再び抗えぬ眠気が襲って来て翼は再び目を瞑る。

 

(今考えても答えは出ない…とにかく、ガンヴォルトにシアンの事を…)

 

だが先ほど見た夢のような出来事を話してガンヴォルトは信用してくれるだろうか、それにシアンはガンヴォルトには自身の事を伝えないでくれと言われている。

 

(…シアンの事を伏せてガンヴォルトに聞こう…シアンの言っていた宝剣と呼ばれるものの事…それに電子の謡精(サイバーディーヴァ)の事を)

 

そして翼はそのまま意識を失うように眠った。




さて、ようやくシアンが登場し翼と会いましたがまた消えてしまいました。シアンは一体いつになったらちゃんと登場するんだと言うところですが、シアンの出番はこれからまたしばらくありません。


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30VOLT

ブラスターマスターゼロ2買いました。本編クリアしたんですけど相変わらず特殊アイテムを集めないと強制バットエンドとはインティらしい作品だった。ガンヴォルトシリーズとは違いハッピーエンドで良かったし次回作も期待出来そうなので早く来る事とアキュラの追加を楽しみながら待つ事にします。


ボクは響との訓練が終わった後、一課へと赴き、今後の対策についてを話し合いに来ていた。シンフォギア装者である翼の一時的な戦線離脱、その事によって起こる被害の状況予想。通常なら了子や弦十郎が来て説明するべきなのだろうが実際の現場に出ているボクが来るようにとお達しがあった為一課保有の基地へと赴いていた。

 

今回の話し合いで一課は対策としてシェルターの増加の検討や災害時の二課のシンフォギア装者やボクの要請によるヘリなどの高速移動手段の対応など、翼が居なくなり、戦力ダウンした二課へのフォローを行い、被害の拡大を防ぐと言った内容であった。

 

話し合いは長くなり終わったのが夕方であった。一課の職員に帰りに送迎は必要かどうか聞かれたが、ボクは一度病院へ寄ってから本部へ戻ると伝えてその申し出を断った。

 

一課の事を信じていない訳では無いが、内通者がいる可能性もあるだ。既に知られている可能性もあるのだが、念には念を入れておかなければならない。

 

ボクは徒歩で奏や翼の入院する病院へと向かう。尾行なども警戒しながら向かう途中の災害復興地帯、僅かに漂う血の様な匂いに気付き、病院へ向けていた足の方向を変えてそちらに駆け出した。途中、テザーガンを取り出して何かあれば対応できる様に集中する。

 

そして高架下のトンネルにて何かにぶつかってひしゃげたであろう車のフロントが見えた。そちらに足早に向かい、トンネルの中の状況を確認するとトンネル内には弾丸により貫かれたスーツ姿の人間が何人も倒れていた。

 

「ッ!?」

 

ボクは辺りに気を配りながら、何があったのか確認する。倒れている人達は既に絶命しているが体温がまだ温かい事からまだこうなって間もない事は分かる。

 

「一体何が…?」

 

まだ生存している人がいないかを確認する。一番前の車、そして真ん中の車、二台の車の内部には既に死に絶えた人達しかいなかった。そして三台目の車の中を確認する。

 

ボクはその中にいる横たわった人物を見て驚いた。

 

「広木防衛大臣!」

 

ボクはその名を呼ぶが広木防衛大臣から返答はない。それもそのはず、ボクが広木防衛大臣の身体を車から出している時に見た身体は大量の銃弾を浴びており、即死している事が分かった。

 

「なんでこんな事が…広木防衛大臣は確か了子と話し合っていたはずじゃ無いのか?」

 

ボクはとにかくまだ何か残っていないかを確認する為に広木防衛大臣の乗っていた車を調べ始める。広木防衛大臣以外に乗っていた秘書と思われる人物も車から下ろして、内部を捜索するが特にこれと言って手掛かりはなかった。

 

ボクはとにかく二課の本部へと連絡しようと通信端末を取り出そうとした時に一番前の車から僅かに聞こえる電子音に気付き、素早く雷撃鱗を張った。

 

直後、一番前の車が爆発して連鎖する様に他の二台をも巻き込んで大きな爆発を起こした。崩れるトンネル。瓦礫が雷撃鱗に触れてチリとなる。砂埃を立て、辺り一帯を見えなくさせる。

砂埃が晴れ、ようやく視界がクリアになる。

 

「…二年前のテロリストと同じで証拠を爆発で消し飛ばしたのか…」

 

辺りの様子を見てボクは呟いた。

 

「とにかく連絡を取らないと」

 

二課へと連絡を取ろうとした時、こちらに向けて猛スピードで来るサイレン音に気付き、そちらに顔を向けると、パトカーが何台も壁になる様に止まり警察官が降りてこちらに銃口を向ける。

 

「その場を動くな!銃を捨てて手を挙げろ!」

 

ボクに向けて構えられる銃口。ボクの手にはテザーガンだが傍から見たら拳銃にしか見えない。そしてボクの足元には先程車から下ろした広木防衛大臣とその秘書。そして、その二人を下ろす時にスーツに付いた血痕。

 

これじゃあ、ボクがやった様にしか見えない。

今はこの状態で何か行動を起こしても悪い方向にしかいかないと思い、地面にテザーガンを下ろして手を挙げる。

 

そして、ボクは警察官により広木防衛大臣を暗殺した殺人犯として現行犯逮捕された。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

「はぁーい、皆。櫻井了子ただいま帰還しました!」

 

「了子さん!?無事だったんですね!」

 

本部に戻ってきた了子を響が心配そうな表情をして出迎える。

 

「了子君!連絡が取れないから心配したぞ!」

 

「何々!?皆そんな慌てて、私が居なくてそんなに寂しかったの!?本当に皆私が居ないとダメなんだから」

 

少し嬉しそうに言う了子だが、弦十郎が首を振りながら心配している原因を説明する。

 

「広木防衛大臣が殺害されたんだ。それで了子君に連絡をしたんだが全く連絡が取れなかったから君も何か巻き込まれたんじゃ無いかと」

 

「広木防衛大臣が殺された!?」

 

それを聞いて了子は驚く。

 

「犯行声明が幾つも出されている。現在二課で調査しているが今の所なんの手掛かりも見つかっていない」

 

「了子さんもなんで連絡したのに出れなかったんですか!?私達心配で心配で…」

 

そう言って了子は自分の通信端末を確認するとどうやら壊れていた様で何の反応もしていなかった。

 

「壊れてるみたい。ごめんね、心配掛けて。それよりも、ガンヴォルトはどうしたの?」

 

「ガンヴォルトにも連絡しているんだが、あいつにも連絡がつかない。ガンヴォルトの事だから心配ないとは思うが、何かしらに巻き込まれている可能性もある」

 

弦十郎は自分の通信端末でガンヴォルトの方に連絡を入れている様だが一向に繋がる気配がない。

 

「今は彼の事を信じましょう。私の方も無事で広木防衛大臣から受領した政府の機密データも無事よ。この機密データに入っている任務を遂行する事が広木防衛大臣への弔いになるはずよ」

 

そう言って了子はデータが無事な事を見せてくれた。

 

「そうだな。俺達に出来る一番の弔いはその任務を達成させる事だ」

 

弦十郎はその事に頷く。そんな時、弦十郎の通信端末に誰かから連絡が入る。

 

「こんな忙しい時に誰が?」

 

弦十郎は通信端末を耳に当て、誰かと話し始める。

 

「なんだと!?」

 

急に大声を上げる弦十郎。その声により全員の視線がそちらに向かう。そんな事をお構いなしに弦十郎は違う、あいつがそんな事するはずがない!と端末に向かい叫んでいた。

 

そして通信が終わり、通信端末を耳から離すと弦十郎は握っていた通信端末を握り潰した。

 

「くそったれ!」

 

「急にどうしたの弦十郎君、皆貴方があんな大きな声を出して通信するからびっくりしたじゃない。さっきの通信、何かあったの?」

 

了子が代表して弦十郎に問いかける。すると弦十郎は苦虫を噛み潰したように顔を歪めて言った。

 

「ガンヴォルトが…ガンヴォルトが広木防衛大臣の殺害犯として逮捕されたと、昔の同僚から連絡が入った。あいつに限ってそんな事をするはずがない…」

 

弦十郎の悔しそうな声にその場の全員が驚きの声を上げた。

 

「そんな…嘘ですよね!?ガンヴォルトさんが!?」

 

響が弦十郎に対して問いかける。

 

「聞くと、あいつが広木防衛大臣の殺害現場に銃を持っていた事で現行犯として逮捕されたらしい。それ以外はまだ分からないが、とにかく俺は一旦ガンヴォルトが居る所に行ってあいつから話を聞く。了子君、すまないが機密データを解析後、そこにある任務について全員に説明をしていてくれ」

 

そう言って、弦十郎は急いで司令室から出て行きガンヴォルトの元へ向かっていった。

 

「嘘ですよね…ガンヴォルトさんが犯人なんて…」

 

響は了子に対して信じられないという風に言った。

 

「…そうね、あの子に限って絶対にないはずよ。前にガンヴォルトは誓っているんだから」

 

響にではなく、二課にいるメンバーに対してその言葉を問いかけていた。その言葉に二課の七年前から携わっているメンバーは誰もが頷いている。

 

「それってどう言う事なんですか?」

 

了子の言葉に響は問いかける。

 

「響ちゃん、ガンヴォルトが別の世界の人間って言うのは聞いていると思うけど彼の過去の事は詳しくは知らなかったわよね?」

 

了子の問いかけに頷く響。そして、了子からガンヴォルトの過去について聞かされた。過去に奏に話した時同様、響は、そしてその時まだ配属していなかった者達はその過去について驚く。ガンヴォルトは元いた世界で一人の少女を、彼の探すシアンと呼ばれる少女を助ける為に戦っていた事。そして、その際にシアンの持つ第七波動(セブンス)を狙っているとある大きな企業に所属する能力者達と戦い、その手で能力者達を殺めていた事。当時二課に所属していた弦十郎もその事でガンヴォルトを警戒していたが、彼自身から進んで殺しをしていた訳ではなく、彼女を守る為に敵対していたと話してもらい、自分からは人を殺す事はないとガンヴォルトは誓った。

 

「私達もこれ以上の事はガンヴォルトから詳しく聞いていないから分からないわ。でも、彼が何の関係もない広木防衛大臣を殺すなんて考えられないの」

 

「ガンヴォルトさんは人を殺して…あんなに優しい人がなんで…その戦っていた人達と話し合いとか出来なかったんでしょうか?」

 

「そこは私達も分からないわ。そこはガンヴォルトにも聞かないと」

 

未だ不透明なガンヴォルトの過去。だが、それでも彼の今までの行動には人を殺して楽しむ様なサイコパスに見えないし、裏でテロリストなどの組織とまともに取り合う様な人柄に見えなかった。

 

「とにかく、今ガンヴォルトの事は弦十郎君に任せて、私達はこの機密データの中身の確認を行いましょう。私がデータを引き出して来るからそれまで皆は犯行声明をもう一度洗いざらい調べて彼の無実を証明する事を優先して!」

 

そう言って了子は機密データの保管されたチップと共に二課にある自分の研究室に向かって行った。他の二課のメンバー、特にガンヴォルトの過去を知る者は必死になって彼の無実を証明しようと動き出すが、友里や朔也などは初めてその事実を聞いた様で未だに放心していた。しかし、古参の二課メンバー達が喝を入れようやく動き始める。

 

そんな中で響はただ見ている事しか出来ない。

 

(ガンヴォルトさん…なんで人を殺めて…話し合いでどうにかならなかったんでしょうか…)

 

響はガンヴォルトの過去の事を考えてみるが彼自身からその事を聞かないと答えを知る事が出来ない。

 

何故ガンヴォルトは助ける為に殺す事を選んだのか?響には今はその事を理解する事は出来なかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「まさか、こんな嬉しい誤算があるなんて…」

 

研究室にてパソコンでデータを確認する了子は顔に浮かんだ不気味な笑みを堪える事が出来なかった。

 

協力者に頼み実行された広木防衛大臣の殺害、そして死体の処理。ただそれだけなのに二課の保有し、計画の障害となり得る戦力であったガンヴォルトの逮捕。無実のはずの彼がたまたまその付近に居合わせたおかげで動けなくなるなんて嬉しい誤算だ。機密データの内容が明日の明朝でサクリストD、デュランダルをより安全と思われる永田町にある記憶の遺跡への輸送となっている。

 

例えガンヴォルトが無実だとしても取り調べや現場での説明などで釈放されるまでは少し時間が掛かるだろう。ガンヴォルトと言う障害がなければクリスを投入してデュランダル奪取と立花響の誘拐も可能になるかもしれない。

 

「全く、こんな都合の良い事が起きるなんて本当に笑みが隠せないわね」

 

そう呟きながら了子はクリスへと暗号化させた明日のデュランダル輸送の計画をメールにて送りながら自らの計画が上手く進んでいく事に不敵な笑みを浮かべ続けた。

 




【悲報】ガンヴォルト逮捕!
また災難な目に遭って残念なガンヴォルト。とりあえず取り調べ受けて弦十郎から説明を受けても経緯の説明やら何やらでガンヴォルトはデュランダル輸送はお休みしていただきましょう。
ガンヴォルトがここで参加すると響ではなくガンヴォルトがデュランダル持って第七波動、電子の謡精と共鳴、ガンヴォルトが暴走して強制的ベルセルクトリガーからのコレダーデュランダルとかしそうなネタもあったんですがそうなると響よりも黒幕が第七波動に興味が向いちゃうので。


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31VOLT

ボクは留置所にて弦十郎の同僚と名乗る男にこの件に付いては無実という事を伝え、弦十郎の方に連絡を取ってもらった。

 

弦十郎に伝えたらボクは無実だと信じてくれている様だが、あの現場に銃を持っていたためそう易々とは信じてもらえそうではなかった。

 

一応弦十郎が到着するまでと検死の結果が出るまでは留置所に入れられる事となった。

 

「一応、機密組織である特異災害対策機動二課と言う所に所属しているのは風鳴に確認が取れて銃の携帯は仕方ないにしても、お前をまだ出す事が出来ない。銃自体は打つ事も出来ないテザーガンだったから広木防衛大臣とその秘書、ボディーガードを殺したとは考えられないし、お前の持っていたもう一つのバッテリーを積んでないと撃つ事の出来ない電磁加速を利用すると思われるもう一つの特殊な銃。あれが何なのか分からない限りお前を易々と出す事は出来ないし、それだけ分かったとしても広木防衛大臣の殺害容疑から外れる事はないだろう」

 

ボクと弦十郎の同僚以外いない留置所でそう言われる。バッテリーなどはボクの蒼き雷霆(アームドブルー)による電気供給のため必要がない為、傍から見ればモデルガンの様にしか見えないだろう。しかしダートリーダーに関しては別だ。二課の保有する最先端の技術を使って作られているものであり、その事を教える事など出来ない。

 

「その事に関しては機密があるから喋る事は出来ない。二課の事を喋る事も出来ないけど貴方だけは弦十郎の現在の職務を知っているからこの事を話したけどボクの口からはそれ以上の事を話す事は出来ない」

 

「全く、難儀な組織だな。特異災害対策機動二課ってやつは」

 

溜息を吐く様に言う弦十郎の同僚。

 

「まあ、風鳴があんなに否定するんだからお前が犯人じゃないとは俺も思う。広木防衛大臣の撃ち込まれた弾とお前の持っていたヘンテコな銃の弾の口径が合わない。それに聞いた話じゃ幾つもの犯行声明、それに特異災害対策機動一課の方からも広木防衛大臣の死亡している場所に行く前にそこに居合わせていた記録もあると連絡もあった」

 

「それならボクを早く出して欲しい所だけど、検死の結果、それに状況をもっと詳しく言わないといけない訳だから出す事も厳しいって感じだろうね」

 

「よくお分かりで」

 

ボクもこの件に関しては少し状況判断を誤ってしまった。あの現場に着いた時点で弦十郎達に連絡を入れていればこんな事にならなかっただろうと後悔する。

 

「ガンヴォルト!?何があったんだ!?」

 

暫く、弦十郎の同僚と話していると弦十郎が何人かの警察官に付き添われ留置所に入って来た。

 

「風鳴、忙しい中すまんな」

 

「いいや、こっちもお前が俺に連絡を取ってくれて助かった。それよりガンヴォルトを出す事は可能か?」

 

弦十郎は同僚と話してボクを出せるかどうか問いかける。

 

「済まんな、こっちも俺の様な下っ端が何言ったってこいつを出す事は出来そうにない」

 

「そうか、なら少しガンヴォルトと二人で話をさせてもらってもいいか?無理な事を頼んでいる事は承知の上だ」

 

「誰もお前を疑う奴はいないだろうがそれは出来ない。悪いが、一人は監視をつけさせてくれ」

 

「分かった。ならお前がついてもらえると助かる」

 

弦十郎がそう言うと警察官達に弦十郎の同僚が下がる様に命令をすると留置所から出して、そのまま部屋を移動する。そして取り調べ室に入ると弦十郎とボク、そして弦十郎の同僚の三人だけとなった。

 

「一応記録は必要なんでな。まあ適当にでっちあげるから安心しろ。それとこの部屋のマジックミラーとカメラはブラフだから聞かれる心配はない」

 

「助かる」

 

弦十郎はそう言ってボクに問いかける。しかし警察署内にこんな施設を作って何の意味があるのだろう?だが、今はその施設に感謝する。

 

「ガンヴォルト、今回の広木防衛大臣の殺害にお前は加担してないか?」

 

「当たり前だよ。ボクはあの場に来た時には既に広木防衛大臣は殺されていた。スーツに付いているこの血も広木防衛大臣を車から出す時に着いたものでボクは殺害に全く加担していない。それは検死の結果が出れば直ぐ分かる」

 

「そうか。でもお前は何故あの場所に?」

 

「一課の報告の後、奏達の病院に向かう最中にあの場所の近くを通ったんだ。そこであの場所に行って現場を調べていたら車が爆発。そしてタイミングよく警察が到着してこんな事になった。ボクも最初に二課に連絡を入れていればこんな事にならなかったのに…ごめん」

 

「全くだ。だが、お前の無事とお前が加担していない事が分かれば十分だ」

 

弦十郎は溜息を吐きながらも安堵した表情になる。そして真面目な表情をしてボクに問う。

 

「それで、調べている中で何か分かった事はあるか?」

 

「証拠や捜査の役に立ちそうなものは何一つ残っていなかった。あったとしても車が爆発してるから何か残っている可能性は低いと思う。だけど、手口から考えれば二年前のテロリストの可能性が考えられる。用済みな物を爆発させて証拠を消す。雪音クリス誘拐と同様にね」

 

「おいおい、今回の件は二年前のあの事件も絡んでいるのかよ」

 

同僚もそれを聞いて驚きを隠せていない。

 

「可能性としては同一組織だとボクは思う。二課にも何か情報は?」

 

「犯行声明の調査を行なっているが今のところ犯人は分からない。だが広木防衛大臣を狙っていたとなると機密データが狙いだったものと考えている」

 

「機密データの安否は?」

 

「機密データは無事だ。了子君が既に手にしていたからな。了子君も無事だ」

 

それを聞いて安心するが、妙な感じがする。

 

「何で了子との取引の後にこんな事が?テロリストは既に広木防衛大臣の移動ルートを把握していたはず。それなら重要なデータも狙うはずだ。それなのに広木防衛大臣の殺害のみ実行して逃走している。広木防衛大臣を狙っていただけとも考えられるけど少し引っ掛かりを感じる。事前に了子と取引を行っているのも既に知っていると思っているけど、了子を狙わないのは少し妙だ」

 

ボクの言葉に弦十郎も考え始める。確かに国にとって防衛大臣という役割はテロリストが狙うには十分な標的となっている。だが、それだけのためにこんな大それた事をするだろうか?元々テロリストでもあったボクにとってそこは引っ掛かる。

 

「お前の考え過ぎ、と言いたい所だがお前の考えについては経歴があるからそうとも言えない可能性もある」

 

弦十郎もボクが元々傭兵であり、テロリストであった事を伏せながら話した。

 

「とにかく俺達の方で調べてみる。お前の釈放と合わせてなるべく早く事を済ます」

 

そう言って弦十郎は立ち上がる。

 

「済まないが、ここで話した事は内密に処理してくれると助かる」

 

「お、おう。こっちで何とかしてみる。一公務員が聞いていい話じゃないからここで聞いてて後悔しそうだ」

 

「済まないな。ガンヴォルトとにかく、お前は今はもう少し我慢してくれ」

 

「分かった。頼んだよ、弦十郎」

 

そう言ってボクも立ち上がると三人で部屋を出る。弦十郎は入り口で待機していた警察官に連れられ、そのまま出口と思われる方に向かっていった。

 

「風鳴の奴も大変だな。お前もその若さでこんな事に巻き込まれて動じないのも凄いと思うけど」

 

「厄介事に巻き込まれるのは慣れてるさ。とにかく今は弦十郎を信じて待つよ」

 

そう言ってボクは弦十郎の同僚に連れられ再び留置所へと戻った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

弦十郎が二課に戻るとミーティングルームにて機密データに入っていた任務への説明を了子がしていた。

 

弦十郎がミーティングルームに入ると了子はいったん説明を止めて、弦十郎にガンヴォルトの件を問いただす。

 

「弦十郎君!ガンヴォルトは!?」

 

「あいつ自身今回の件は何も関わってないらしい。だが、それでも広木防衛大臣の検死結果が出ない限り何とも言えない」

 

「そう…」

 

了子は残念そうにそう言った。

 

「とりあえず、今は機密データの任務についての説明を続けてくれ。あいつの事はその後に話す」

 

「分かったわ」

 

了子は弦十郎の言葉に頷き、先程の続きを話し始める。任務とはサクリストD、デュランダルを記憶の遺跡への輸送。そしてそれが明日の明朝より実施という事。それに向けての移送ルートの指定。了子は懇切丁寧に説明を終えてから弦十郎の方に向く。

 

「これが今回の任務内容よ。それで弦十郎君、ガンヴォルトにも参加してもらうつもりだったんだけどどうなの?」

 

「今回の任務までに釈放しようとも考えていたが、明日の明朝ともなるとそれは厳しいだろう。検死にも時間が掛かるし、現場にあった証拠になりそうなものを回収して鑑識に回してるそうだがいつまで掛かるかどうか…」

 

その言葉に誰もが絶句する。ガンヴォルトという大きな戦力を失って輸送任務を遂行しなければならないからだ。響も今となってはまともな戦力になったもののそれでもガンヴォルトの様に立ち回れるか不安が残る。

 

「とにかく、今いない者の事を考えて行動をするな。辛いだろうが俺から言えるのはそれだけだ。響君も辛いかもしれないが、明日の任務は君の手に掛かっている」

 

「…」

 

しかし、響から返事はない。響を見ると何か考え事をしている様だ。

 

「響君!」

 

弦十郎の叫びで思考の海から引き摺り出し、もう一度同じ事を言った。今度は力強く返事をしたが、再び考え事に戻ってしまった。

 

「はぁ…響君。後で俺の所に来てくれ」

 

弦十郎は溜め息を吐いて言う。二課のメンバーにもそれぞれ任務を全うするよう指示を出した弦十郎は響を連れてミーティングルームを後にし、応接室のような部屋に入った。響を部屋の椅子に座らせて弦十郎は響に言った。

 

「響君、ガンヴォルトの事で了子君から聞いたのか?」

 

弦十郎は響の悩みの原因と思われる名を言った。

 

「はい…了子さんからガンヴォルトさんの過去の事を聞きました。昔傭兵をしていて守る為に人を殺めた事を」

 

「…そうか。君はガンヴォルトの事をどう思っているんだ?人を殺した殺人鬼として軽蔑するか?」

 

「その話、俺達にも詳しく教えて下さい!」

 

ミーティングルームから追って来たのであろう。朔也とあおい、そして了子が部屋に入ってくる。

 

「藤尭、それに友里も…確かに、二課に所属してから古参以外だとお前達が一番あいつと付き合いが長いからな…お前達にも聞いた方がいいだろう。お前達はガンヴォルトの過去を知って軽蔑したか?」

 

「正直、あの話を聞いて頭の中はぐちゃぐちゃですよ。あいつが…気の利いた奴が人を何人も殺めているなんて聞いたら」

 

「…ガンヴォルトの事をサポートしてたつもりだけど、あの子…何も自分の過去を言わないからこれからどう接していいか正直分かりません」

 

朔也も友里も話を聞いてどう接すればいいか分からないようだ。

 

「そうか…了子君。君は皆にどんな感じで説明したんだ?」

 

弦十郎は了子に問うと七年前にガンヴォルトが言っていたような事を事細かに説明していた。

 

「了子君の説明した事が俺らの知っているガンヴォルトの過去だな」

 

「…何で…何でガンヴォルトさんは話し合いという選択を選ばなかったんでしょう?相手も人間なら話し合いが出来ていたかもしれないのに…」

 

響は少女と話し合いをしたいという思いもあり、なぜガンヴォルトがその選択を出来なかったかを弦十郎に問う。

 

「俺にもあいつの過去については分からない。そこはあいつから聞かないとさっぱりだからな。だけど俺はあいつの事を皆には信じて欲しいと思っている。了子君が話した通りだが、殺したくて人を殺めていた訳じゃないんだ」

 

「…だからって簡単に…はい、分かりましたなんて俺は答えられませんよ…」

 

弱々しい口調で朔也が言った。

 

「大体何で司令はあいつの事をそこまで信頼出来るんですか?俺や友里もあいつが人を殺しているなんて聞く前は信頼していました。でも、そんな聞いた後に信頼する事なんて出来そうにない…」

 

「藤尭の言う通りです。ガンヴォルトの事は信頼してましたけどその事を知った後信じられない…」

 

「そうか…」

 

弦十郎は何処か悔しそうな表情をする。了子もそんな弦十郎を見てられないのか言った。

 

「確かに彼は人を殺していると言っていたわ。でも、それだけで彼の今までの行動を全て否定して欲しくない。思い出して、彼が今までに沢山の命を救う為に行って来た行動を。奏ちゃんのお父さんとの約束を守れなかった時、一番苦しんでいた彼の事を。あれが私利私欲のために人を殺したような人の演技だと思う?」

 

朔也やあおい、そして響に了子が問いかける。

 

「私も彼の本心までは分からない。でも、彼の行動は人の命を一人でも多く救いたいという信念を持って行動しているわ。だから、簡単に彼を見捨てないで。そうなると彼が壊れてどうかなってしまうから」

 

了子の言葉を聞き入る。しばらくの沈黙が続く。沈黙を破る為に口を開いたのは響であった。

 

「分かりました。了子さんの言う通り私はガンヴォルトさんの事を信じます。私はまだガンヴォルトさんに会って間もないですけどガンヴォルトさんと一緒に戦っていて、私はガンヴォルトさんがそんな理由もなくその能力者さん達を殺したとは思いません。確かに人を殺すというのは間違いです。でも、ガンヴォルトさんだって殺したくて殺したんじゃないというのは了子さんの言葉で分かりました。それに私は緒川さんとも約束しているんです。ガンヴォルトさんを孤独にしないでくれって。ここで私がガンヴォルトさんを信じる事が出来ないと了子さんの言う通りガンヴォルトさんが壊れてしまうかもしれませんから。でも、ガンヴォルトさんにも黙っていた事を全部聞きたいんです。どうしてそうするしか出来なかったのかを」

 

「響君…」

 

響の言葉に弦十郎は少し安堵した表情を見せる。その言葉に続いてあおいが言った。

 

「年下の女の子にここまで言わせといて私達が今までの行動を否定して信じられないなんて言えるはずないじゃない。私も彼を信じます。だけど響ちゃんの言う通り、過去の事を洗いざらい吐いてもらって大きな一発入れないと私も気が済まないわ。今までそんな重要な事を黙っていた彼が悪いんだから」

 

「私達って…まぁ、俺も簡単にあいつの事を信頼していたくせに過去に人を殺した事で信じられないなんて都合が良すぎるよな…俺もあいつに何でそんな事をしなきゃならなかったのか全部ぶちまけてもらって一発デカいのを入れてやるよ。何で俺達の事を信頼してるくせにそんな事を黙ってたんだってな」

 

朔也も何処か吹っ切れて響やあおい同様に信じる事に賛同する。

 

「お前達…」

 

弦十郎はそんな皆を見て顔を綻ばせた。

 

「うん。それでいいと思うわ。彼には全部ぶちまけてもらった後に全員一発デカいのをお見舞いしてあげましょう」

 

了子がいつもの調子でそう言うと手を叩いて言った。

 

「とりあえずガンヴォルトの事は彼が出た後に翼ちゃんも交えて聞きましょう。ちょうどあの子も目を覚ましたそうだしね」

 

「それ本当ですか!?」

 

響は翼の目を覚ました報告を聞き、了子に聞き返した。

 

「ええ、さっきミーティング中だったから電話連絡じゃなくてメールで入っていたわ。とりあえず峠は越えたみたいだからこれから精密検査なんかをやって問題がなければ復帰出来るそうよ」

 

響はその事を聞くと胸を撫で下ろす。

 

「良い報告かも知れないけど、私達の最優先にやるべき事は明日の明朝より行われるサクリストD、デュランダルの記憶の遺跡への輸送よ。今回の作戦の要になるのは響ちゃんだから頑張ってね」

 

「はい!」

 

響は返事を返した。ガンヴォルトの過去の事は重要な事ではあるが今は置いておき、とにかく眼前にある大きな作戦に専念した。



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32VOLT

次の日の明朝、響は未来に心配を掛けてしまったが、何とか誤魔化す事に出来たがそれでも不安にさせてしまった事は申し訳ないと思っている。しかし、ガンヴォルトがいない今、輸送中にガンヴォルトがいない今響がいなくなった場合、ノイズの襲撃に遭った時の対策が何も出来なくなってしまう。

 

「一課に対応してもらって輸送ルートを通行止めしてもらった。サクリストD、デュランダルの輸送をこれより開始する!」

 

「ルートは既に皆の頭には入っていると思うけど今回の護送車のナビに全て入れておいたわ。ルートはもしもの時は逐一変化していくから先導車両は間違えないように。この任務のミスは全員の命がかかっているから心して全うしてね」

 

了子は先導車両に乗るエージェント達に説明を終えるとエージェント達は車に乗り始める。

 

「私達も乗りましょう、響ちゃん。今回の作戦の要は貴方なんだからもしもの際は頼りにしてるわよ」

 

響に向けてウィンクする。響も頑張ります!と表明して了子と同じ車に乗り込んだ。そして後ろの席に置かれたデュランダルの方へと目を向ける。

 

テロリスト、そして少女が狙っていると思われるデュランダル。これを無事に輸送出来れば何かが変わるかもしれない。

 

車は先導車両を先頭に了子達の乗る車を守るような陣形を組んで出発し始める。

 

何も起きないのが一番なのだが、そんな都合の良い事はなく、出発し始めて高速をしばらく走行し、川の上を通ろうとした時、事態が動き始めた。

 

急に橋の一部が倒壊して崩れ落ち、了子と並走していた車が一台そのまま崩落していた場所から落ちる。

 

「襲撃!?やっぱり知られていたのね!」

 

了子は運転しながら叫ぶ。

 

『了子君!無事か!?』

 

ラジオから弦十郎の声が響く。

 

「こっちはね!それより弦十郎君、襲撃犯はノイズ!?それともテロリスト!?」

 

『倒壊の様子と反応からしてノイズだ!現在位置を二課のオペレーター達が探っている!反応が沢山あるが姿が見えない!』

 

「新種の見えないノイズとかなんでしょうか!?」

 

『パターンからして我々の今まで確認したノイズだ!とにかく、了子君や響君、エージェントの全員速度を上げて突き放せ!』

 

弦十郎の号令と共に速度を上げて走行していく。橋を渡りきり高速を降り、街の中に入り走行していくと今度は響達の通った後のマンホールから大量の水が噴き出す。それに巻き込まれた後ろをカバーしていた車が水圧によって吹き飛ばされる。

 

『下水道だ!ノイズ共は下水道から攻撃を仕掛けている!』

 

「流石にそこまで手が回らなかったのね!」

 

了子はそう言って先導車両に誘導されながら記憶の遺跡へと向かう。その中でまた一台、下水道から吹き出る水により飛ばされ了子の運転する車に向けて落下するが了子がハンドルを切って何とか回避する。

 

「私の車の修理費は二課が持ってくれるかしら?」

 

「今車の心配よりも飛ばされた人達の安否とかの方が優先じゃないですか!?」

 

三半規管を揺らされるドライブ。車に酔い、気持ち悪い状態で響は人の心配をするよりも車を心配する了子にツッコミを入れる。

 

「エージェントの人達は一瞬で車から脱出してたから大丈夫よ。ガンヴォルトの訓練の賜物ね。多分負傷していても動けない事はないでしょうから弦十郎君が待機させてた一課がエージェントを回収しているはずよ。それよりも、護衛が的確に減らされてるけどこのままだと私達が狙い撃ちされるわよ。どうする、弦十郎君?」

 

落ち着いた口調で無線で繋がった弦十郎へと了子が問う。

 

『護衛が減らされるのはノイズが制御されていると思われる!ルートの変更だ!そこから近くの薬品工場地帯に向かってくれ!』

 

「ちょっと弦十郎君!?そっちだと、もし引火なんかしたら私達も危ないんですけど!勝算はあるの!?」

 

『敵の狙いは響君、それにデュランダルだ!敢えて危ない道を行く事で敵からの攻撃を躊躇わせる!思いつきを数字で語れるかよ!』

 

「ちょっと、その台詞今聞きたくなかったんだけど!」

 

弦十郎の言葉に了子はそう返すが、指示通り薬品工場へと向かう。そして最後の護衛車であった車も突如現れたノイズにより破壊される。もちろんエージェント達は直ぐに飛び出して何とか回避して足早にノイズ達から逃れていた。しかし、薬品工場地帯へと入る事により弦十郎の予想通り、ノイズからの攻撃は躊躇うように止んだ。

 

「弦十郎さんの予想通り!」

 

ノイズを避けてさらに加速していく車。しかし、ノイズ達が至る所から現れルートを塞いで行く。そして一体のノイズがなんの躊躇いもなくこちらに向けて弾丸のように攻撃してきた。

 

まさかの攻撃に了子は反応が遅れギリギリ避ける事は出来たものの、その先にあったパイプによって車が跳ね上がり横転してしまった。

 

シートベルトのお陰でそこまで大きな怪我は負う事をなかったのだが、車がこれで使い物にならなくなってしまった。素早く車から這い出て、デュランダルを持ち逃走を図るが、既にノイズにより完全に包囲されている。

 

『了子君達、無事か!?さっきの破壊された車の爆発の煙でこちらからそちらの様子が見えない!』

 

ラジオから弦十郎の声が入る。響は直ぐに返答しようとしたが、その車にノイズが攻撃して無線を破壊されてこちらからの応答が出来なくなる。

 

そして、無防備になった二人に向けてノイズは攻撃を開始する。響は歌ってシンフォギアを纏おうとするが、既にノイズは目と鼻の先にいた。

 

響は避けようとデュランダルを投げ、回避する。何とか避ける事には成功したが、その後ろにいた了子がノイズ達の餌食になろうとしていた。

 

「了子さん!」

 

響は了子に向けて叫ぶ。しかし、了子は避ける事もせず、迫りくるノイズに向けて手を翳す。すると、何か紫色のバリアのようなものが出現すると、それが盾となり、ノイズ達を消滅させていた。まるで、ガンヴォルトの雷撃鱗のように。

 

「了子さん…それは一体…」

 

「今はそんな事はどうでも良いのよ。それよりも響ちゃんこうなってしまった以上、貴方の力が頼りよ。やりたいようにやっちゃいなさい」

 

そう言われて、今の状況を再認識する。今、この場にいる響以外戦闘出来る者はいない。なら、やる事は決まっている。

 

「はい!私の歌で、この状況をなんとかします!」

 

そう言うと響は聖詠を歌う。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

歌う事により響の胸に宿る聖遺物、ガングニールの破片が呼応してシンフォギアが形成される。

 

響は弦十郎の特訓、そしてガンヴォルトとの模擬戦を何度も行った事による戦闘経験がいかにノイズを効率よく倒すか、頭ではなく身体で感じ、本能のままにノイズを倒していく。

 

「ここまで成長してるなんて…」

 

了子はそう呟いた。そしてしばらくすると辺りに大量にいたノイズは響に猛攻によりあっという間に数が減っていった。

 

しかし、不意に現れたネフシュタンの鎧を纏う少女が響を腹を蹴飛ばし、猛攻を抑えられる。そしてネフシュタンの少女の持つ杖により再びノイズが大量に溢れ返る。

 

「少しは出来るようになったからって調子に乗るなよ!」

 

「うっ…」

 

飛ばされた響は蹴られた腹を押さえながら少女と対峙する。

 

「調子になんか乗ってない!私は私に出来る事をしてるだけなの!」

 

響は少女に向けて叫ぶ。しかし、少女は返答する事なく、響に向けて一気に距離を詰めるとインファイトを仕掛ける。一つ一つが鋭い一撃。だが、それもガンヴォルトや弦十郎と比べれば荒削りであり、今の響にとってはそれを捌く事は容易い。

 

「ちょこまかと!」

 

痺れを切らした少女は鎖のような物を使い、少し距離を取って戦う事に切り替える。

 

「させない!」

 

響は少女が距離を取ろうとするのに合わせて距離を詰め、逆にインファイトを仕掛ける。

 

「ッ!?」

 

対応が以前にも増して早い響に少女は驚きつつも、響の攻撃を何とか捌いていく。

 

少女と響の戦いはさらに激化していく。

 

◇◇◇◇◇◇

 

そんな中、了子はノイズに狙われる事なく、その様子を見続けていた。

 

「こんな短期間でここまで成長するなんて…これが聖遺物と融合を果たした者なの…それとも響ちゃんの元々のポテンシャル?」

 

響の成長を驚きつつも、その戦いを見届ける了子。その時、響が投げ飛ばしたデュランダルの入ったケースのロックが解除される。

 

「何!?」

 

デュランダルは何か意思を持ったようにケースから飛び出すと、そのまま天に切っ先を向けて浮遊する。

 

「もしかして覚醒!?そんな、まさか!?」

 

了子は少女と戦う響の方に目を向ける。今この場にいる装者で歌を歌うのは響ただ一人。たった一人のフォニックゲインにより目覚めたデュランダル。それを見た了子は響を見ながら嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「まさか、こんな形で覚醒するなんてね…」

 

しかし、その笑みの真意を気付く者はこの場にはいなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

少女と響は最初に比べると戦いは激しくなりつつある。だが、傍から見れば響優勢の少女の劣勢。少女は響の成長を見誤り、近接戦闘で早急な決着をつけようとしたが、響の急激な成長により攻めあぐねている。距離を取り、態勢を立て直そうとしようなら離さないとばかりに響が距離を詰めて、結局インファイトの応酬。

 

「いい加減鬱陶しいだよ!」

 

隙を見て、杖を握る少女はノイズへと命令を下し、響に向けて攻撃を開始し始めた。響は少女の周りから襲い来るノイズを避けるべく、距離を取る。しかし、その瞬間に少女の鎖のような物が響の脚を拘束して、そのまま鎖のような物を操り、響を少し離れたタンクのようなものに叩きつけた。

 

「ふん!」

 

少女は響を叩きつけた事で一旦息を整え、起き上がってこない事を確認する。念の為にノイズへと命令を下し、追い討ちを掛けておく。そして、目的であるデュランダルの方を見るとそこには浮遊するデュランダルが見えた。

 

「あれがデュランダルか。あれさえあれば」

 

一度、デュランダルを見る了子をチラッと見たが、特に何をする訳でもなくデュランダルに向けて駆け出し、デュランダルを奪おうとした。

 

しかし、

 

「それだけは渡すものかぁ!」

 

デュランダルを取る目前でその叫び声と共に背中に衝撃が走る。吹き飛ばされる中、背後を確認するとそこには響の姿が。先程いた場所にはノイズだったと思われる炭の塊が幾つも残っていた。

 

「あの数を一気に!?」

 

そして少女はデュランダルを奪う事に失敗し、デュランダルは響の手に渡った。

 

響は何とか少女がデュランダルを奪い取る前に奪還する事が出来たが、デュランダルを握った瞬間から胸の奥から抗い難い衝動に支配される。何と呼べばいいか分からないこの衝動。何とか抑えようとするもどうにも抑えが効かない。

 

そして、その衝動に呼応してか、デュランダルが仄暗い灰色から金色の光を放ち姿を変えた。その姿は神々しくもあり、恐れすら感じる。しかし、そんな感覚さえもどうでもよくなる衝動。響は何とか耐えようと試みる。しかし、その神々しくも恐れすら感じる光を見た少女が響に向けて叫びながら杖を構えている。

 

「なんなんだよそれ…そんな力を私に見せびらかすな!」

 

ノイズが大量に召喚され、全てが響に同時に襲い掛かる。響はとにかく何とかしないとと思い、衝動に任せてノイズに向けて握ったデュランダルを振り下ろした。

 

振り下ろしたデュランダルから放たれる光の奔流。それは周囲を気にせず全てを破壊していく。ノイズも建物も。その光景を見た響は急激な眠気に襲われ、その場に倒れた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

デュランダル覚醒同時刻-

 

何処かの研究室。液体の中に満たされたポッドに入る一つの剣。それは天叢雲と了子が呼んでいた物であった。

 

二年前に少し反応を見せて以来何もなかったその剣が再び光を放ち、瞬く。今度はあの時の輝きとは異なり、もっと大きく、そして目覚めたかのように。

 

「…ようやくだ…今度こそ僕は…」

 

光と共に剣から発せられる声。しかし、その声に気付く者はいない。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクは留置されて初めての朝を迎えた。特に留置所ではやる事はないが、とにかく今は弦十郎達が何とかしてくれるのを待つ。

 

そんな時、全身の細胞が熱を帯びたように熱くなる。そして、ボクの第七波動の力が漲るような感じに襲われた。しかし、それも一瞬の出来事であり、既にその感覚は無くなっていた。

 

「一体何が…」

 

「どうしたんだ?独り言か?」

 

ちょうどボクの様子を確認しに来た弦十郎の同僚がボクが入る勾留所に顔を出す。

 

「…なんでもない」

 

「そうか。ならこれからまた取り調べの時間だ」

 

ボクはそれを聞き狭い留置所の床から立ち上がる。未だボクの無罪は決まらない。なるべく早くここから出ないと何かあった時に困る。

 

弦十郎達に一刻も早くボクの無罪を証明。そして本当の広木防衛大臣を殺害した犯人達が判明する事を祈った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

輸送での任務、デュランダルの覚醒による被害は死傷者は出る事はなかったが、ノイズの襲撃により、二課の本部の最深部となるアビスに再び保管される事となった。

 

デュランダルの覚醒により広範囲に溢れ出たフォニックゲイン。その覚醒が誘うは終焉か、希望なのか。今は誰も知る事はない。




デュランダル輸送任務とりあえず終了


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33VOLT

あと残すところルナアタック事変も半分くらいになりました。更新ペースは最近忙しくなってボチボチですがなんとか頑張ります。
それとお気に入り200人を越えることができました。お気に入りしてくれた皆様ありがとうございます。
そして評価をしていただいた方々もありがとうございます。


街外れにある豪邸の近くにある湖の辺り、そこにはネフシュタンの鎧を纏っていない少女、雪音クリスの姿があった。

 

「第七波動と言う力を持った二課に所属する男、ガンヴォルト。あいつがいないあの時にならチャンスがあると言っていたのに…結局、あいつもデュランダルも手中に収めるのにも失敗した…」

 

千載一遇のチャンスと呼べるあの時にクリスは何とか物にしようとしたものの響の急激な成長。響の歌により起動したデュランダル。そして、その力を暴走しながらも奮い、クリスを退けた。

 

「あいつのせいで…私はまた…私の目的が…争いのない世界が遠のいていく…」

 

クリスは唇を強く噛んで拳を力一杯握る。そして、あの暴走をしながらもデュランダルでノイズやネフシュタンの鎧すら退かせた響の事を思い浮かべて憎しみと怒りの入り混じった感情を吐露するように口にした。

 

「化け物が…」

 

その言葉に返答する者はいない。そしてある程度感情を制御出来るようになって一度息を吐くと手に握るソロモンの杖を見る。

 

「あんな化け物を確保するために私にこんな命令を…」

 

「化け物なんて思うのは無理もないはね。ソロモンの杖、ネフシュタンの鎧というアドバンテージがあるにも関わらずあの子とデュランダルの回収すら出来なかったんだものね」

 

不意に背後からそう言われ、振り返る。そこには黒で統一された服装をするフィーネが立っていた。

 

「フィーネ…なんであいつに固執する!私がいればあんな奴いなくても私達の目的は…争いのない世界を作り上げる事は可能だろ!確かにデュランダルの力が有ればもっと大きな力を持って争いを生む奴らをぶっ飛ばす事は出来る!だけど、あいつに固執する意味を教えてくれ!確かにあいつはデュランダルの覚醒をたった一度の歌で行ったけど、もうデュランダルが覚醒したのならあいつはもう必要ない!私がいればあんたのやろうとしている事は事足りるだろ!」

 

フィーネに向かい叫ぶクリス。だがフィーネは首を振る。

 

「今のあなたに教える義務もその言葉を口にする権利はないわ」

 

その言葉にクリスは唇を噛む。

 

「貴方には失望させられっぱなしだわ。言った通りの事もまともに出来ないなんて…。まぁ、今は機嫌が良いの。デュランダルの覚醒、それに…」

 

その言葉と共にフィーネは不気味な笑みを浮かべた。その笑みにクリスは恐怖を感じて後退りする。そんなクリスを見て笑みを一旦隠すフィーネ。

 

「そんなに怯えなくてもいいわ。まだ貴方にはチャンスをあげる。デュランダルは覚醒して二課のアビスに戻されて奪還は不可能。一旦デュランダルの回収は置いて次の機会を狙うとしましょう」

 

「…あいつの回収か?」

 

クリスの言葉にフィーネは頷く。

 

「そう。まだガンヴォルトも行動不能であり、最後のチャンスとなるわ。でも、もし次に失敗でもしたら私、貴方の事を嫌いになっちゃうかも」

 

その言葉にクリスは慌てる。

 

「何でだよ!何であいつにそんなに!」

 

「貴方が私の言い付け通り回収を行っていれば嫌いにならなかったのに」

 

クリスはその言葉を聞き、唇を噛み締める。そして、クリスは握っていたソロモンの杖をフィーネに投げつけて言った。

 

「分かったよ!でも、今度は私の好きにさせてもらう!こんなもの使ってまどろっこしい事しなくても私がどれだけこの計画の要になるか再認識させてやる!」

 

「そう、頑張ってね。貴方には期待しているわ」

 

クリスはフィーネの横を通り過ぎ、屋敷の方へ向かった。次こそ、あの女を立花響を捕らえる為に。そして、クリスの目的を達成させる為に。

 

◇◇◇◇◇◇

 

翼は目が覚めて以降、何度も精密検査を受けてようやく集中治療室(ICU)から出る事が出来たが、未だに自分の精神世界で言っていたシアンの一言が気になり、とにかく自分なりに足早にガンヴォルトに詳細を確認しようと、病院内を歩き、二課の本部に向かおうとしていた。

 

だが、未だに疲労やうまく動かない体で歩き回る事が出来ず、看護師に見つかってしまう。

 

「風鳴さん、集中治療室(ICU)から出たばかりなんですから安静にしていないと!」

 

「すみません…どうしても確認したい事があるので…」

 

「何の事だか分かりませんがいけません!貴方はまだ休んでないと治るものも治らなくなるんですよ!」

 

どうしても今すぐ確認したいと看護師の説得にも応じない翼。そんな中誰かがこちらに駆け寄って来るのが視界の端に見える。少し慌てたように近付いて来たのは慎次であった。

 

どうやら病室にいない事を知り、探していたのであろう。

 

「翼さん!まだ体調も良くないのに歩き回るなんて何をしてるんですか!」

 

「緒川さん…私はどうしてもガンヴォルトに確認しなきゃいけないんです…ガンヴォルトを呼んでくれませんか?」

 

「何を確認したいのかは分かりませんが、今彼を呼び出す事は無理です。ここで話す事は出来ないので、とにかく一旦病室に戻りましょう」

 

何故ガンヴォルトを呼び出す事が出来ないのか分からないが、とにかく慎次がいるならば翼が意識が戻るまでどうなったか確認しようと思い、慎次に連れられて自分の病室へと戻った。

 

看護師に車椅子を用意してもらい、慎次が病室まで連れてくると翼は慎次に支えてもらいながら、ベッドに腰を下ろすと慎次に問う。

 

「緒川さん、私が集中治療室に入っていた間について聞かせて下さい」

 

「…まずはその事ですが、翼さんの回復するまでの間に起こった重要な出来事だけを伝えます。まず一つ目は少女のこと、彼女は翼の絶唱を受けてからも逃げられています。これについては我々の至らぬばかりに申し訳ありません。そして二つ目、デュランダルを狙っている可能性もあり、二課よりも安全な記憶の遺跡へと輸送。しかし、ノイズと例の少女の妨害により失敗。デュランダルは響さんが何とか死守する事は出来ましたが、デュランダルは響さんの歌により覚醒しました。今は誰にでも使えるものになりより危険な状態になっています」

 

「デュランダルが!?立花は無事なの!?」

 

響の心配をする翼に驚きつつも慎次は響の無事を伝えた。

 

「何でデュランダルが立花の歌で覚醒したのかは謎の部分が多い…。専門家でもないから櫻井女史にそちらは任せるとして、何でガンヴォルトがいながらそうなったの?」

 

その言葉に慎次は首を振る。

 

「ガンヴォルト君は今回の作戦には参加していません。いや参加する事が出来なかったんです」

 

「何でガンヴォルトがそんな重要な任務に参加していないの?」

 

「ガンヴォルト君は今広木防衛大臣殺害の容疑を掛けられて留置所にいます」

 

それを聞いた翼は怒りを露にする。

 

「あの人が…ガンヴォルトがそんな事をするはずない!あの人は!」

 

「落ち着いて下さい、翼さん!」

 

立ち上がろうとする翼を何とか抑えるが未だにそんな事信じられないと否定し続ける。

 

「ガンヴォルト君は犯人じゃない事ぐらい、全員分かってます。でも、その場にたまたま居合わせてしまったのでこうなってしまったんです」

 

「だからって何でそんな重要な任務をガンヴォルト無しで行ったんですか!」

 

「政府直々の指定なんです。我々も上層部に逆らう事は出来ません」

 

その言葉に翼は唇を噛んだ。政府も警察も何故重要であり、守りの要となるガンヴォルトを特例で出したりせずにこんな事を行ったのか。考えただけでも怒りが込み上げる。

 

そんな翼を慎次が落ち着かせようとする。翼も身体の節々が痛み始めたのか抵抗は直ぐにやめ、大人しくなった。しかし翼はなお怒りを抑えられないが、今翼が何をしても事実は変わらないと言い聞かせる。

 

「我々もガンヴォルト君の重要性は承知しています。でも、政府に逆らう事で我々特異災害対策機動部全体の印象を下げる事は得策ではなかったのです。その事も司令達も分かっているはずです」

 

「くっ…」

 

「それに今はガンヴォルト君に対してか内部でも少なからず戸惑いの声も上がっています…」

 

その言葉を聞いて、翼は慎次にその事を問うとかつて翼を救った時に言った事をガンヴォルトの過去に行った殺害の件であった。

 

「…今いる二課の皆さんにも伝わったのですか…」

 

それを聞いた翼は拳を握る。

 

「はい。ただ古参のメンバーや何名かの職員はそれでもガンヴォルト君を信じてくれています。それに響さんも…」

 

「立花も…。それはまだありがたい事だ…今ガンヴォルトを信じてくれて背中を合わせる事が出来るのはあの子しかいないもの…」

 

翼は何処か安堵し、胸を撫で下ろした。

 

「あの子には辛い事ばかり押し付けてしまったけど、しっかりとやれているのね」

 

「はい。響さん、翼さんに認められる為にすごく頑張っていますから」

 

「そう」

 

それを聞いて翼はようやく落ち着いた表情に戻ってくれた。それを見て慎次もようやく落ち着いた翼に戻ってくれたので言った。

 

「ところでガンヴォルト君に会うと言うのは難しいですが、僕自身もこの後ガンヴォルト君に会うので何かあるのでしたらお伝えしますが?」

 

そう言うと少し翼は考えてから言った。

 

「これは二人だけで話したい事だから、出れたらこの病室に来るよう頼んでくれれば大丈夫です」

 

「…そうですか。分かりました。そのように伝えておきます」

 

そう言うと慎次は立ち上がって病室を後にする。そして扉を開けて出て行こうとした時に、慎次は余計な事を口にした。

 

「くれぐれも部屋を綺麗にした状態でいて下さいね。お見舞いに気になる人が来るんですから」

 

何処か含みのある笑みを浮かべる慎次の言葉に顔を赤くした翼はベッドの枕を投げようとするが直ぐに逃げられた事でその矛先を向ける先がなくなる。

 

「私とガンヴォルトはそういうのじゃ…」

 

顔を赤くした翼は握った枕を抱いて顔を埋めて顔の熱が治るまで待つ事しか出来なかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガンヴォルトのこと、そして自分の未熟によりデュランダルの輸送を失敗した響は親友の未来と休みの日の朝に走り込みをしていた。

 

あの時自分が未熟だったからデュランダルの力に飲み込まれてあんな大きな力を奮ってしまったと後悔し、自分の未熟を克服するためにももっと強くならないとと思い走り続ける。

 

そして、ガンヴォルトの事もだ。あんなにも尽くしてくれた人を簡単に見限ろうとした自分が恥ずかしく、慎次との約束も守ろうとしなかった事に後悔しそうになり、とにかくガンヴォルトの事を知り、本当の事を聞きたい。その思いが強くなる。

 

そればかり考えているといつの間にか目の前に未来がおり、そのまま抱き付いて響を止める。

 

「やっと止まってくれた…考え事してたと思ったけど私が止めようとしたのにもう一周したからびっくりしちゃったよ」

 

「えっ?」

 

そう言われて自分の決めていた走り込みの外周よりも一周多く走っていた事に未来に言われて気付き、そんなに深く考え込んでおり、走り続けていた事に驚く。

 

「ごめん未来。まさか、自分でもこんなに考えていたなんて思ってもなくて…」

 

「考え込むのはいいけど、無理したら体に悪いよ」

 

響の考えていた事を未来は詳しくは聞かずに言った。

 

「やっぱり響は変な子。それよりも汗もかいてびしょびしょになっちゃったし、部屋に帰って流そ?このまま身体が冷えちゃったら元も子もないし」

 

そう言われて響は未来からタオルを貰って汗を拭い、自室へと向かった。

 

自室に帰ると運動着をカゴに入れると二人は身体から汗を流して浴槽に浸かる。

 

「やっぱり走ると気持ち良いね」

 

身体を伸ばしながら言う未来に休みの朝から付き合わせてしまい申し訳なかったと謝る。

 

「ごめんね、未来。せっかくの休みなのに付き合って貰っちゃって」

 

「気にしないで。私も昔みたいに走って気持ち良かったし」

 

「流石元陸上部」

 

浴槽でたわいもない話をしながら身体を温めていると、少し未来が表情を曇らせて言った。

 

「あのね、響。この前なんだけど私達の探していた人…私似た人を見たかもしれないの…」

 

急にそんな話をされて少し驚くが、それよりも未来が言った探し人、ガンヴォルトを見た事に少し緊張が走る。ガンヴォルトは現在留置所にいる事を知っているがもしかして、その現場で…いや、それ以前にとも考えられるがここまで隠しているとなるともっと前にも未来が見ていた可能性も。

 

とにかく響は未来の次の言葉を待った。

 

「この前響が来なかった学校帰り、一人で探していた時なんだけど、CDショップのある大通りでね沢山のパトカーが通って来たの。その時何か事件があったのかなくらいに見てたんだけどそのパトカーの一台に金髪の男の人が乗っていたのがその人だった可能性が…」

 

未来の言葉に響は何も返す事は出来ない。その事は知っていたがまさか未来にも目撃されていたなんて思っても見なかったからだ。少し驚いた表情をする響に未来は話を続ける。

 

「ごめんね。この事黙ってて…あの人がするはずがないなんて私が言える事じゃないけど響には知ってて貰いたくて…まさか犯罪者だったなんて…もちろん違う可能性もあるよ…」

 

少し涙を浮かべる未来。確かに連行されていれば何か犯罪を犯してしまったと考えるのは妥当だろう。だが、響は未来に言いたくても言えない。未来が見た人が私の探し人であり、未来の探し人である可能性がある人で、今は無実の罪で入っているなどと。

 

「伝えてくれてありがとう、未来。でも、多分その人じゃないかもしれないよ。私の知る人はとっても優しい人で犯罪なんか犯す人じゃないもん…」

 

響の言葉の最後には力がなくなる。確かに、ガンヴォルトはそういう人じゃないと響は思っている。それにその事件の真相も。だが、それ以外にちらつくガンヴォルトの過去。ガンヴォルトの本質が分からないせいで言葉が小さくなってしまう。もちろん、響は信じたい気持ちもあるが、踏み込みたいが踏み切れない気持ちであった。

 

どうやら未来はそんな響を見て響が悲しそうに見えたのか自分の涙を拭って言った。

 

「そうだよね。響の言う通りあの人じゃないよね。もしそうであっても何か事件に巻き込まれただけって事もあるし、私としてもその人、響みたいに自分から厄介事に手を貸しそうだもん」

 

「ちょっと、私のやっているのは厄介事じゃなくて人助けだよ!?まあ、確かにあの時もそうだったし、そうかもしれないね」

 

未来の言葉に賛同する。未来にもあの人はそんな人じゃないと知って欲しい。しかし、機密によって話せないのがもどかしく、嘘を吐き続けなければいけない事が胸にチクリと痛みを与える。

 

「ごめんね、急に暗くなるような話ししちゃって…」

 

「いいよ、私も探している人らしき人の情報が入ってきたしさ」

 

チクリと痛む胸の痛みを抑えて未来に答えた。

 

「うん。響にこんな隠し事をいつまでもしたくなかったし、自分にも嘘を吐きたくなかったの。せっかく見つけたかもしれないのに嘘まで吐くなんて響に出来ないよ。だから響、私にも嘘は吐かないでね」

 

未来の表情を見て響は頷く。だが、今の自分は嘘ばかり並べている。既に未来を裏切っているのだ。この頷きも嘘であり、その事が響の胸に大きなしこりを残す事となった。



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34VOLT

週明けの平日の昼。留置所から何回か取り調べを受けている中、遺留品の中にボクの持つダートリーダーの口径に合う弾がなかった事、蒼き雷霆(アームドブルー)を使用しなければ絶対に撃つ事が出来ない銃であった事、そして一課や二課の擁護により証拠不十分となり、釈放となった。昨日は慎次が来てくれたそうだが結局取り調べ中で面会出来なかった。弦十郎の同僚に聞いたら、所内に押収されていた装備の回収が目的だったらしい。ついでにあって近況の報告もしたかったそうだが、慎次も忙しかったらしく、そのまま帰った様だ。

 

「少しばかり窮屈な思いをさせて済まなかったな」

 

弦十郎の同僚が留置所の扉を開けながらそう言った。

 

「いや、元よりこっちのミスが原因でこうなってしまったんだ。済まない」

 

ボクは頭を下げて謝ると同僚は肩を叩き、顔を上げるように促す。

 

「それならとっとと例の件を解決してくれ。今はこっちも色々調べているが進捗はお前達の方が良いと思う」

 

テロリストの件を知っているのはこの男だけの為、他に聞こえないように小声でボクに言う。

 

「分かった。こっちで出来る限り早めに何とかする」

 

そしてボクの言葉に頼んだと言うと、留置所からボクを出してくれた。

 

二課の方にも連絡をしてくれたようで今広木防衛大臣の式に参列していない弦十郎の代わりに慎次が署の前に待機していた。

 

「ガンヴォルト君、良かった」

 

「慎次、ごめん。皆に心配を掛けて」

 

「仕方ない、とは言えません。今回は君の連絡が遅れたせいこんな事になったんですから」

 

ボクは慎次に頭を下げて謝る。慎次も今回の事を気にしているようで厳しく言ってくるがそれでも、ボクが犯人ではない事がほぼ決まったようなので安堵した表情をしてボクの肩を叩く。しかし、直ぐに表情を切り替える。

 

「とりあえず、ガンヴォルト君がいなかった間に起こった事の報告書を本部に戻りながら確認して下さい。君の装備も今は二課に保管されているので急ぎましょう」

 

ボクは頷いて慎次の乗ってきた車に乗り込む。そして報告書が入っているタブレット端末を貰うと、ボクは直ぐに読み進める。

 

「デュランダルの移送失敗原因はノイズによる襲撃で、例の如くあの子に邪魔された…」

 

「はい。幸い、響さんの迅速な対応のお陰で建物の被害は大きかったですが、デュランダルの奪還は阻止は出来ました」

 

「極秘のはずのデュランダル移送ルートの特定…やっぱり内通者」

 

「はい。そう思って間違いないでしょう」

 

慎次は運転しながら答える。そして報告書の下部に書かれた響の歌の力、フォニックゲインによって覚醒したデュランダル。

 

「デュランダルの覚醒…テロリストの思惑通りなのか、偶然なのか」

 

「偶然だと思いたいんですけど、こう次から次へと問題事が増えていくと何かの因果なのか思惑なのかが働いているんじゃないかって思って頭を抱えたくなりますね」

 

慎次が苦笑いをしながら答える。

 

「そうだね」

 

ボクは報告書を頭に叩き込んでからタブレット端末をスリープモードにすると慎次に聞いた。

 

「報告書の事は理解出来た。他に何か近況であった?取り調べ中に面会に来てもらってたらしいけど」

 

「ダートリーダーなんかの回収を、それと貴方の状況確認の為です。それと、嬉しい知らせは一件あります。翼さんが目を覚ましてICUから出ました」

 

「それは本当!?」

 

ボクはその事に驚き、慎次に問い返すと嬉しそうに頷く。

 

「…良かった…翼は目を覚ましたのか…」

 

ボクは安堵の表情を浮かべると、慎次はボクへ言った。

 

「翼さんもガンヴォルト君の事を聞いてとても心配していましたので無事を伝えれば喜びますよ」

 

「うん。翼にも目を覚ましてボクが捕まっている事を聞かされて心配を掛けたし、今日の帰りにお見舞いに顔を出すよ。奏は?」

 

慎次に聞くと表情を曇らせて首を振る。ボクはそれを察してそうか…と短く答えると、奏にも早く目を覚ましてくれる事を祈る。

 

「ガンヴォルト君。僕はまだ少し別の件で君を送った後に行かなきゃいけない場所があるので、司令達にももう一度謝っておいて下さい」

 

「分かった。ボクもその後慎次に合流した方が良いかい?」

 

「いえ、今回は大丈夫です。ガンヴォルト君は休んでノイズ達との戦闘の時にその力を発揮して下さい」

 

ボクは慎次の言葉に頷いた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクは慎次と別れ、二課に帰還すると一度汗を流す事と、スーツを新しいものに着替えてから司令室へと向かう。

 

司令室に入るとオペレーター、そして装者を除いた主要メンバーがいた。ボクが入ると重要な話をしていたと思われるのにボクの方に何人も駆け寄ってくる。

 

「よく帰ってきた!」

 

「無事ですか!?ガンヴォルト君!?」

 

「お前があんな事する訳ないって信じていたぞ!」

 

古参メンバーの皆は近付いてきてボクへ小突いたり、背中をバシバシと叩いてきたりして歓迎してくれる。ボクはそのメンバーに心配掛けてごめん、と謝って司令室の中央にいる弦十郎の方へと向かう。

 

「よく帰った、ガンヴォルト」

 

「迷惑掛けてごめん」

 

「気にするな。お前は何もやっていないんだ」

 

弦十郎はそう言ってくれた。しかし、ボクの方を訝しげ見る友里や朔也、そして何名かのオペレーター達がいる。

 

「どういう状況?」

 

少し不安な雰囲気を察して弦十郎に確認する。

 

「…二課の全員にお前から聞いていた過去を話した」

 

それを聞いてボクはこの状況を理解する。先程寄ってきていたのは全員古参のメンバーであり、寄らなかったのはボクの過去を話した当時に居なかったメンバー達であった事を察した。

 

「そう…」

 

ボクは短く答えると、友里と朔也が代表してボクへと問いかける。

 

「ガンヴォルト、貴方の過去を聞いたわ。なんでそんな事をしたのか私達は知りたいの」

 

「今まで一緒に仕事していた中でそんな重要な事を隠してるなんてどういうつもりだったんだ?」

 

怒りを孕んだ口調の二人。過去の件、そして弦十郎達に話している事から、殺人の件だと直ぐに分かる。

 

「俺や話した当時のメンバーはお前を信用しているが、他はお前がどうしてそういう事をやらざるを得なかったか話してもらわないとこの調子でな。だが、事情が事情だ。俺もお前がどうしてそうしなければいけなかったかもう一度確認したい」

 

ボクは少し考える。確かに聞かれなかった事もある。そこは多分弦十郎も掘り返して欲しくないと思って深く聞かなかったと思っている。しかし、この状況になったのなら話さないという選択肢は潰されたようなものだろう。

 

「…その話をするとなるとボクがこの世界に至る経緯も話す事になる。少し長くなるけどそれでも良いなら話す。でも話すのは翼が退院した時にだ。過去を知っている翼にもこの事を話さなきゃいけない。それに響にも話さないといけない。だけどボクもこの話を何回もするなんて気分の良いもんじゃ無いからなるべく皆が集まった時にしてくれると助かる」

 

「分かった。他の皆もそれでいいか?」

 

弦十郎が今いるメンバーに確認を取る。話してくれるならいいとの事であおいも朔也も、そして古参メンバー以外のオペレーターも納得してくれる。

 

「それでも構わないそうだ」

 

「ありがとう」

 

「とりあえず今日はお前は休め。狭い留置所じゃしっかり休めなかっただろう。ダートリーダーとテザーガンは技術班がメンテナンスしてる筈だ。メンテナンスが終わっていれば直ぐ受け取れるだろう」

 

「分かった。悪いけど少し休ませてもらうよ」

 

そう言ってボクは一度司令室から出る。休む前にとりあえず武器の回収と翼の病室に一度顔を出して謝らないといけないとこれからのスケジュールを考えながら技術班の部屋に向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

技術班からメンテナンスを終えたダートリーダーとテザーガンを貰うのに釈放されて良かったなどの言葉を頂いていると少し時間を掛け過ぎた様でボクは少し急ぎ目に翼の入院しているリディアン学院の隣の病院へと向かう。

 

念のために近くの店でお見舞い用のフルーツを見繕ってもらった。

 

「寝てなければいいんだけど…」

 

ボクは院内を歩きながら、翼のいる病室へと足を進める。

 

「ガンヴォルトさん!?」

 

不意に背後から響の大きな声が聞こえて来る。振り返ると響がこちらに向けて小走りで駆けて来ていた。

 

「ガンヴォルトさん!釈、むぐ!?」

 

ボクは響が心配している事は伝わるのだが病院内で大きな声を出される事と、多分釈放と言いたかったんだろうが、病院内であまりそういうのは声に出さないで欲しい。変な目で見られそうだ。

 

「病院内は静かに」

 

ボクはそう言って翼に悪いと思ったが、響を病院の中央の広場へと一旦連れ出す事にした。

 

翼の病室から結構離れているがあそこで騒がれるよりマシだろう。響にも心配を掛けた為謝る。

 

「ごめんね、響。ボクが捕まったせいで大変な任務を一人でさせてしまって」

 

「私の方こそごめんなさい!せっかく師匠やガンヴォルトさんがあんなに強くなれる様に手伝ってくれたのにあんな結果しか残せなくて…」

 

響は悲しそうにそう言うがボクは首を振る。

 

「いいや、あんな結果なんかじゃ無いよ。輸送は失敗したかもしれない。でも、響はあの子と競り合ってくれたからデュランダルをあの子に奪われる事がなかったんだ」

 

「でも…」

 

それでも響は何か言おうとしていたため、ボクは奏が翼によくしていた事を倣い、響にデコピンを入れる。

 

「あう!?」

 

急に走る痛みに響は仰け反り、そしておでこを抑えてボクを見上げる。

 

「あまり悲観し過ぎなくてもいいよ。君はよくやったんだ。それにそんな悲しそうな顔でお見舞いにこられても翼にも迷惑が掛かるよ?」

 

ボクの言葉に響は少し考えると今度は両頬にパチンッと手のひらで叩いた。

 

「そうですね!とにかく、今はその話は無しにして翼さんのお見舞いに行きましょう!」

 

そう言って響はボクの手を握り、走って行こうとする。ボクは溜息を吐いて響が走るのだけは危ないからやめなさいと注意した。

 

そんなこんなでとりあえず響が手を離して二人で翼の病室の前に着く。響は翼にどういう顔で会えばいいのか迷っている様だが深呼吸して意を決してスライドドアに付属されているブザーを押して翼の名を呼ぶ。

 

「すみません翼さん、お見舞いに来ました」

 

しかし、中から返事は帰ってこない。寝ているのだろうか?と響と顔を見合わせる。何処か行っているのかもしれないと思い、ボクは時間を少しずらそうと響に話そうとしたが、響は病室の部屋の扉を開けていた。

 

「響…いくらでなくても勝手に開けるのは…」

 

響に注意するが、響は持っている鞄を落とした。

 

「そんな…」

 

ボクは響の視線の先、翼の病室を確認するとそこはまるで強盗にでも入られて荒らされた様な部屋となっていた。

 

「響、落ち着いて。直ぐに弦十郎に連絡するから近くの看護師を呼んで...」

 

「ガンヴォルト!?」

 

響に看護師を呼んでもらおうと思い、響に指示を出すと同時に翼の声が廊下に響く。声のした方を向くと翼が点滴を垂らすスタンドを握りながらふらふらと急いで近付いて来る。

 

「翼、無事かい!?」

 

「貴方こそ捕まったって!私も目が覚めた時に逮捕されてるなんて聞いて心配したんだから!」

 

怒りを抑えずに翼は涙を浮かべながらボクを責める。

 

「ごめん。でも、翼も目を覚まして本当に良かった」

 

ボクは本当に良かったと安堵の表情を浮かべる。翼はボクの表情を見て怒るに怒れないじゃないと言って落ち着いてくれた。

 

「それより二人ともお見舞いで来てくれたようだけど、何でこんな所に立ち尽くしていたの?」

 

翼がそう言うと響が部屋の現状を説明する。

 

「私達、お見舞いで部屋に入った瞬間、この状態だったんで翼さんに何か起こったんじゃないかって心配で弦十郎さん達に連絡しようとしてたんですよ」

 

それを聞いた翼は顔を赤く染め俯いてしまう。響がそんな翼の様子を見て何か理解したようで響は翼に耳打ちでボクに聞こえないように話している。ボクは未だに分からないがとりあえず本当に誰かが翼を狙って攻め込んだ可能性も考えた為弦十郎に連絡をしようとする。

 

「ガンヴォルトさん!師匠への連絡は大丈夫です!これは翼さんが」

 

「響、何を言っているんだ。この荒れようから考えて誰かに何か盗まれた可能性があるんだ。テロリスト達の動きが分からない今、前みたいにボクも捕まって動けなくなるのは避けたいし、何か弱みを握られるものを盗られていたら不利な状況になってしまう」

 

響はそれでも連絡は大丈夫と言うがこんなに荒れているとなるとボクは荒らされたという点を気にしてしまう。

 

結果的に響の口伝と忙しい中悪いと持ったが

慎次の連絡により翼の整頓能力のなさが引き起こした勘違いという事で幕を閉じた。

 

響は翼を援護する形で忙しくて片付ける事が出来なかったと言い訳を通したという形にしたが、ボクの過剰な翼へと世話焼きも問題があるんではないかと思い、翼や奏の過剰な援助も問題ではないのかと考えてもう少し自分での整頓能力を上げるべきではないかと考えて過剰に翼への介入を慎むべきなのではないかと考えるべきではないかと思う出来事であった。



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35VOLT

お久しぶりです。
ようやく忙しい時期が終わり書こうと思った矢先にインフルエンザや里帰りなどが重なり時間がかかりました。



響と翼にとにかく男性が片付けていると誤解を招きそうな下着類や見られたらまずいものを響に任せて片付いた事を響が教えてくれたので病室に入り、片付けを手伝う。

 

さっき慎次へと連絡した際に溜息を吐いてやっぱりこうなりましたか…呟いていたがどうやら慎次もこうなるかもしれないと注意していたようだが結果的にこのような状況になった事を少し嘆いていた。

 

慎次もその連絡の後は直ぐに仕事が入っていたのでこの件について翼を交えて話し合いをした方がいいだろう。

 

ボクはゴミの分別や衣料品を畳みながら部屋を手際よく綺麗にしていく。

 

「まさか集中治療室(ICU)を出て数日でこんなになるなんて…」

 

ボクは翼の病室の惨状をもう一度確認して溜め息を吐く。確かに翼の部屋にはボクも入った事はないけど病室がこれだと普段使用している部屋はもっと酷い可能性が高い。

 

「…ガンヴォルトさん…いくら部屋がこの有様でも本人の目の前で言うのはそれはそれで酷な気が…」

 

ボクの言葉に反応して響が申し訳なさそうに言う。この部屋の主はボクの言葉に反応して枕に顔を押し付けて身悶えている。

 

「翼さん!大丈夫ですよ!人間、誰しも得意不得意な事はありますし!ねっ、ガンヴォルトさん!」

 

そんな状態の翼を見兼ねて響がボクに強く同意を求める。響の目にはこれ以上何も言わないで下さい!という風に見ている。

 

ボクは少し配慮が足りなかった事を自覚して翼に言った。

 

「ごめん翼。君がこんな状態なのに無神経な事を言って」

 

「そうですよ、ガンヴォルトさん!あの超人気の歌手が掃除が出来ないというおっちょこちょいがあったってそれもそれで個性ですし!」

 

「そうかもしれないけど、それを本人の前で言う響もボクに何か言えるような立場でもなくなるからね」

 

響の言葉がトドメになったのか悶えていた翼が撃沈したかのようにうつ伏せになって動かなくなった。流石に翼の精神も二人の心ない言葉に耐え切れなかったようで何処か悲しそうな感情が感じ取れる。

 

響も自分の失言にボクの言葉によって気付いたのだが時すでに遅しでとにかく話題を切り替える為にボクに話し掛けた。

 

「ガ、ガンヴォルトさんってかなり手際が良いですね。二課の男の人って皆こんなに家事が出来る感じなんですか?」

 

響は話題を逸らそうとしていたのだが全く逸れていない事に気付かずに言う。そしてしまったという表情をしてしまったが、とりあえず響の質問に答える。

 

「どうなのかな?ボクは元々一人暮らしが長いし、自分の事は自分でやらないといけない環境にいたからね。弦十郎は分からないけど朔也や慎次もこの位は出来るからあんまり気にした事ないな」

 

それを聞いて響はなるほどと頷いた。しかし、その事を聞いた翼はさらにベッドの上でどんよりとした雰囲気になる。とにかくこのままにしておく訳にもいかない為、翼に謝罪する。

 

「ごめん翼。ボクも君への配慮が足りなかったよ。確かに、響の言うように誰にだって得意不得意もある。それに今の状況で片付けをしろなんて酷いよね」

 

失言に対してフォローを入れたつもりだが、翼は未だにうつ伏せのままであった。フォローになってなかったかと思い、今は翼の病室を綺麗にしようと手早く部屋を片付けていく。

 

響もボクの様子を見て反応のない翼を心配しながらも部屋の片付けを再開した。

 

片付け中にタオルなどに埋もれている下着を何枚か見つけたり、スポーツ紙にある少しアダルトな広告を響が見て慌てふためいたりという事もあったが、何とか部屋の掃除を終わらせる事が出来た。

 

響と自分の分の丸椅子を用意して、お見舞いで持ってきていたリンゴの皮を剥いていく。そんなボクの様子を興味深そうに見る響。そして片付けてしばらく経っても先程の状態から動く気配のない翼。

 

「なんかこう、翼さんの新たな一面を見て少し驚いていますけど、ガンヴォルトさんがスーツ姿でリンゴの皮を剥いているのもとても新鮮ですね」

 

「そうかな?あぁ、でも響の前でこういう風な形で過ごした事もなかったし、新鮮と言えば新鮮かもしれないね」

 

響の言葉にそう答える。確かに響とは訓練やノイズの騒動などでは一緒にいる事がほとんどだったのでボクみたいに男性がこうしているのが不思議なのだろう。とりあえずリンゴを剥き終えて食べやすい大きさにカットしたら元々備え付けられていた紙皿とプラスチックのフォークを二つ取り出して一つを響に渡し、もう一つはボクが持つ。

 

「こっちが響の分。まだ果物はいっぱいあるから何か好きなものがあったら言って貰えれば切るから」

 

「ありがとうございます」

 

響はリンゴをムシャムシャと食べ始める。

 

「ほら翼、リンゴが剥けたから食べて」

 

ボクはうつ伏せになる翼に小さく切ったリンゴをフォークに刺して翼に差し出す。翼は枕から顔を上げ何処か不貞腐れた表情でボクの方を見るとそのままフォークに刺してあるリンゴだけ食べてまた枕に顔を埋めるのであった。

 

「拗ねないでよ、翼」

 

ボクは翼のそんな様子を見ながら再びリンゴを刺して翼に差し出す。それを音で感じたのか翼はリンゴだけを食べてまた枕に顔を埋めるのであった。

 

やれやれとボクは息を吐いて翼にリンゴを与え続けた。

 

そして響はというとそんなどことなく見せつけられているような感じの空間にいて甲斐がいなく世話をしてくれる彼氏がいたなら、という事とこんな甘い雰囲気の中自分は場違いなんではないだろうかと少しお見舞いのタイミングを間違えたかなとリンゴを食べながら思うのであった。

 

だが、個人的に翼の可愛らしい一面を見つけて少しほっこりとした。

 

◇◇◇◇◇◇

 

翼の機嫌を良くなり、響と翼も前のように蟠りもなく話し合いをしている最中、ボクの持つ携帯端末に連絡が入った。少し席を外すと二人に伝えて病室から出て話が出来る場所に直ぐに向かい携帯端末から折り返し連絡を入れる。

 

「どうしたの、慎次?休みを貰っているのに掛けてくるっていう事は何か重要な事?」

 

慎次から休むよう言われているのに掛かってくるという事は何か重要な事だろう。向こう側からは他のエージェント達が何やら騒がしく動いているのが何となく分かる。

 

『重要な、と言えばそうでもありますが、ただ君にも先に知ってて貰いたい事がありまして連絡を致しました。まずは広木防衛大臣殺害のテログループと思われるアジトを見つけました。もぬけの殻でしたが取り残された武装の中に広木防衛大臣に撃ち込まれた弾と同じ物とその弾が撃てる銃が幾つもあったのでほぼ確定だと思われます』

 

「そう。これでボクに掛かっている容疑は完全に無くなったと思ってもいいんだね?」

 

『ええ、こちらを提出すれば何とかなるでしょう』

 

ボクはそれを聞いて安堵する。容疑を掛けられたままだと動きにくい事はないが少し不安でもあった。

 

『それと次が重要な事なのですが、ガンヴォルト君。君の事をどうやらテロリストが嗅ぎ回っていると思われます』

 

「なんだって?」

 

『そのテロリスト達が残していった資料の中に君の特徴を完全に捉えたメモが残っていました。君の力、第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)の事について』

 

ボクの存在は一応一課と二課が完全に秘匿しているはず。やはり内通者なのか。いや、一般人の誰かが漏らした可能性も。だけど、第七波動(セブンス)の事まで完璧となるとその線は消える。

 

『ただ、おかしいんですよ。こんな重要なメモをテロリスト達が処分もせずに置いていくなんて』

 

確かに慎次の言う通り妙だ。なぜテロリスト達はボクの能力などが書かれたメモを処分もせずにいなくなったのか。そしてその情報は今後の役に立つはずなのに持って出なかったのか。

 

『とりあえず、このメモについては通信端末に写真を送っておくので時間がある時確認して下さい。司令には伝えておきますので』

 

「分かった。お見舞いが終わった後一度本部に顔を出して確認してみる」

 

『すみません、折角の休みを』

 

慎次が謝るので気にしないでと言ってボクは端末を切る。テロリスト達が何故ボクの事も、そして何故二課にとって機密の情報を持って出なかったのか。

 

内通者かは確証はまだ裏が取れないとどうとも言えない。だがテロリストとの繋がりを考えるとネフシュタンの鎧を纏う少女の可能性も…。だが、こんな初歩的なミスをするだろうか。

 

ボクはとにかく、今までに聞いてきた情報を頭の中で整理する。しかし、いくら考えても完璧な解答は出てこない。

 

「とにかく一旦本部に戻って確認するしかないか」

 

ボクはそう思い響と翼へ帰る事を告げに部屋に戻ることにした。

 

◇◇◇◇◇◇

 

世間話をする響と翼。しばらく談笑していた所でガンヴォルトが誰かから連絡が来た為、病室から出て行くのを見送ると響は少し不安そうな表情で翼に問い掛ける。

 

「翼さんは…ガンヴォルトさんの過去を知っていますか?」

 

その言葉に翼は少し驚いたが、翼は特にそれ以外の表情を出さずに響に話した。

 

「ええ、知っているわ」

 

響はその言葉に肯く。

 

「貴方はそれを聞いてどう思った?彼が昔、人を殺した事があると聞いて、恐れを抱いた?」

 

「いえ…最初はあんなに優しい人が何でそんな事をしていたのか…何でそんな事を隠していたのか…それ以外にも色々な感情が目まぐるしく現れて混乱しました」

 

翼は響の解答を聞き、普通はそう思うかもしれないわねと言った。

 

「翼さんは知っていたようですが、最初聞いた時にどう思ったんですか?」

 

「私の場合…そうね。私がガンヴォルトのその時の感情を知っているからこそ、恐怖なんか感じなかったわ。それに、私の事を顧みず助けてくれたガンヴォルトを信用しないなんてあの時の私はそう思わなかったの。もちろんその答えは今でも絶対に変わらないわ」

 

そして、翼は響に自分が何故ガンヴォルトをそこまで信頼しているのかを話し始めた。

 

もちろん初めは翼も、弦十郎ですらも信用していなかった。それは彼が別の場所で傭兵をしており、その中で人を殺している可能性がある事を弦十郎に聞かされていたからだ。だが、そんな時に起こったのが七年前のリディアン初等部のノイズ襲撃。その中で未熟だった翼はノイズに囲まれてやられそうになった時にガンヴォルトが駆け付けて助けてくれた。その時の翼の状態などを考えたガンヴォルトは疑われているのにも関わらず隠していた大技まで使い、翼を助けてくれた。

 

そして、二課に戻ったガンヴォルトはその技について問われ、自分の危険性を肯定して、ガンヴォルトは自分のしてきた行いを、感情を曝け出して叫んだ。そして、その時の話を直で聞いていた翼は彼を支えなければ、彼を一人にしちゃいけないとガンヴォルトの過去を受け止めて翼はガンヴォルトを信頼していると言った。

 

「あの場にいた人達はガンヴォルトの苦しそうで辛そうな彼の叫びを聞いていたから彼が壊れないように支えなきゃと考えたと思う。多分、その時のガンヴォルトの詳しい感情は櫻井女史も説明してなかったんじゃないかしら」

 

響は彼の探すシアンと呼ばれる少女の事。それ以外だとあまり、激しい感情を出した所を見た事がない。

 

「確かに、どんな理由があれど人を殺めるという行為は悪いと捉えられるわ。でも、言い分を聞かずに悪と決めつけたり、軽蔑する事は何処か違う気がするの」

 

「私は軽蔑なんてしません!だって、ガンヴォルトさんは私の命の恩人でもあるんです!何も聞かないで悪い人と決めつけてガンヴォルトさんをこれ以上傷付けたくありません!」

 

その言葉を聞いた翼は微笑み、響に礼を述べた。

 

「ありがとう。貴方もガンヴォルトの味方になってくれて」

 

「私だけじゃありませんよ、師匠だって、緒川さんだって、了子さんだって、二課の皆さんはガンヴォルトさんの優しさを知っています。今はまだ整理がついていない人はいっぱいかもしれませんけど絶対にガンヴォルトさんを裏切るような人は居ません」

 

響は翼に向けてそう言うと、翼も嬉しそうにしている。響を釣られて嬉しそうに笑った。そんな時に病室の扉が開いてガンヴォルトが入ってきた。

 

「ごめん、翼、響。ちょっと急用が入ったから先に失礼するよ」

 

少し急ぎ気味な対応から、ガンヴォルトが呼ばれた事を理解する。

 

「あっ、それと翼。退院時期が分かったらボクにも連絡してくれないかな?話したい事があるんだ」

 

その言葉に響は黄色い歓声を上げ、翼は顔を真っ赤にさせた。女子高生にとってこの流れでその話の振り方は完全に告白する流れだと思う。

 

「もちろん響にもだ」

 

「えっ?」

 

翼の顔が今度は青くなる。ついでに響は顔が引きつっている。こんな堂々と二股宣言なのかと。しかし、場をこのようにした当の本人はその空気のまま話を続ける。

 

「ボクの過去を二人にも聞いてもらいたい。今、ボクが二課内でも言われてね。ボクも皆に話さなきゃと思ってね」

 

その言葉に翼も響も先程の考えを改めてガンヴォルトを見る。

 

「ガンヴォルトさんの過去…」

 

「うん。ボクがここまでに行なった経緯、そして何故そこまでやらなきゃいけなかったのかを翼が退院してから話そうと思う。だから、分かったらそれだけ知りたかったんだ」

 

「分かったわ。検査の結果で分かり次第貴方にも連絡をする。それに私も貴方に聞きたい事があるから時間がある時に私の病室まで来てくれると助かるわ」

 

「分かった。それじゃ、響。翼が無理をしないように頼んだよ」

 

そう言ってガンヴォルトは病室を後にして出て行った。病室の窓の先、リディアンの図書室にて誰かにその光景を見られていた事にも気付かずに。



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36VOLT

リディアン学院の図書室にて未来は響の事を考えながら本を手に取る。

 

「…なんで響は私に何も相談してくれないの…」

 

最近の響が自分に隠して悩んだり、迷ったりするのを目にして響の方から相談してくれるのを待っていたが、響は何も話してくれない。

 

それどころか最近は誰かから連絡が来ては用事が入ったと言って何処かに行ってしまう。話しているのは寮の部屋の中ぐらいである。それでも、響は上の空であったり考え事をしてしっかりと話を聞いてくれた事は稀になっている。

 

「はぁ…」

 

溜め息を吐く未来。響に無理に話してとは言いたくないが思い詰める程の悩みであれば親友である自分に話して欲しい。例えそれが自分の我儘だったとしても。

 

ふと、外が一望出来るガラス張りの壁を見る。向かいに見えるのはリディアンの敷地に隣接している病院。眺めが良い窓は所々カーテンが閉められたり、空気の入れ替えをしているのか空いてたり、色々な病室がここから見える。

 

流石に病室をじろじろ見てるのも悪いかなと思った未来はまた本棚に目を移そうとする。しかし、とある病室が一瞬目に入り、動きを止めた。

 

目に入った病室にいるのは先程用事があると言って別れたはずの響であった。遠くからでも親友の姿を見間違えるはずもない。しかし、その隣にいるのは響の大好きなアーティストであり、リディアン音楽院の先輩でもある風鳴翼らしき人の姿が。

 

何故、翼と響が一緒に?用事というのは翼が治療服を着ている所からお見舞いだろうか。だが、リディアンの先輩後輩という関係だけであり、一度食堂で会っただけの先輩のお見舞いに?響の追っかけが度を過ぎたのかと思いはしたが、それなら何故普通に二人は話しているのだろうか。

 

訳が分からない未来は頭を悩ませる。そんな時、その病室に一人の男性らしき人物が入ってくる。その男性は翼と響に何か伝えると、直ぐに部屋を出て行った。

 

だが、その出て行く時に見せた後ろ姿に未来は衝撃を覚える。

 

「な、なんであの人が…」

 

息を呑み、口元を両手で押さえてしまう。正面からは分からなかったが、その後ろ姿を見てあの時の、七年前の後ろ姿と重なった。

 

身長も服も違う。しかし、あの時助けてくれた人の背中、そして長い髪を三つ編みで束ねている金髪。

 

紛れもなく、七年前の未来を救ったあの人の背中であった。

 

何故あの場に?数日前にパトカーに乗せられて連れられていた人とは別の人なのか。それとも本人で警察関係者なのか。

 

未来の頭はあまりの情報の多さに処理が追いつかない。

 

そして何より感じたのが。

 

「なんで響はあの人の事を知っていたのに私に何も話してくれなかったの…」

 

親友は多分彼の事を既に知っていたのになんで自分に話してくれなかったのだという憤りを覚える。親友なのに、隠し事をしないって言ったのに。

 

「なんでなの…響」

 

その小さな呟きを発した未来は悲しさと疎外感に苛まれる。直ぐに未来はその光景を見ないように図書室から足早に退出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクは一度二課に戻ろうとする前に、同じ病院にいる奏の元にも赴いた。だが依然として奏は目を覚ましておらず、眠り続けている。

 

特にボクが見舞いに来ていない間も特に異常はなかった事を聞き、何かあったら二課に連絡してくれるよう、奏のかかりつけの看護師に話を通して、直ぐに二課に戻った。

 

二課に到着してエージェント達のデスクのある部屋の自分のパソコンを開き、先程慎次から連絡があったメールを開く。そこにはテロリストが潜伏していたアジト、そしてその中に残された物の写真がずらりと表示される。

 

そして、それらを一通り見終えてから本題である、ボクの特徴を捉えていると言われるメモの写真を開いて見た。

 

「…確かにボクの特徴、第七波動(セブンス)の詳細が書かれている…でもなんでこんなものを残して行ったのか…」

 

病院内でも慎次が言っていたこのメモを処分もせずに残して行った理由。思っていたよりも早く二課のエージェント達に場所がバレた為とも考えたが、爆弾を使って証拠隠滅しようとする連中だ。それは考えにくい。それか、テロリストの協力者が何かしらの意図があってそのメモを残した。しかし何故?他にも誰かボクの事を調べている人間か組織でもいるのか?

 

そんな事を考えながらメモの写真に他に何かないか確認していると、通信端末に連絡が来た。

 

『ガンヴォルト君、今お時間大丈夫でしょうか?』

 

「大丈夫だよ。丁度二課のパソコンでさっき送って貰ったメールを確認してる。何かあったの?」

 

『いえ。あのメモ以外に特に目ぼしい手掛かりは無さそうです。今見てるならあのメモを見て率直な意見をガンヴォルト君にも聞きたくて』

 

ボクはメモを見た感想を述べる。

 

「さっきも言ったようにこのメモを処分せずに逃げるのもおかしいと思う。内通者がいても多分同じはず。ボクの事を調べているなら何故そのままにしたんだと感じたよ。リスクがあるのも関わらず…。考えられるのは内通者以外にもボクの事を嗅ぎ回っている人物、組織がある可能性、そして第七波動(セブンス)を利用しようとしているのかもしれない、がボクがメモを見て思った事。でも、第七波動(セブンス)に関しては能力者であるボクですら分からない事があるし正直、何かしようにも出来ない事が救いかな」

 

『ですがなんらかの方法で君を捕らえて奇跡的に能力を使わせる事だって考えられます。油断は出来ません。それにまだ分からない事だらけの能力をどうやって使用するか。他の組織…内通者に加え、テロリストに加担して他の組織まで動いているとなると相当厄介になりそうです』

 

「ボクの第七波動(セブンス)が既に見えない敵に存在がバレているようだし、気をつけるよ」

 

『お願いします。それと、直ぐに報告もね』

 

慎次は最後にそう言うと通信を切った。

 

現状確認出来る事はした。今はやる事はなくなったのでこのまま帰ろうとも考えたが、写真でしか見てないメモを実際に見る事でまだ得てない情報を捉える事も出来るかもしれないも思い、残ろうとも考えた。

 

「そう言えば翼がボクに何か話したいと言ってたな」

 

先程、病室を後にする時に言っていた翼の一言。また何かの小言かと思っていたが、どことなく、そんな雰囲気ではなかった。

 

「…もう一度、翼に会うしかないか…」

 

ボクはそう呟くと起動していたパソコンをシャットダウンする。慎次もいつ帰るか未だ分からないし、ただここで待っていても進展する事はないだろう。

 

ボクは立ち上がり、二課を後にした。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガンヴォルトが部屋を後にして、残った二人は風を当たりに屋上に来ていた。

 

「ガンヴォルトさん、行っちゃいましたね…」

 

「ええ、ガンヴォルトもやる事があるから仕方ないわ」

 

「でも、ガンヴォルトさんも大変ですね。無実の罪で捕まってようやく出れたと思ったら、直ぐにまたお仕事なんて」

 

「仕方ないわ。これもガンヴォルトという戦士の務めだもの。でも本音を言うとあまり頑張り過ぎないようにして貰いたいわね…」

 

心配そうにそう言う翼。

 

「翼さんはガンヴォルトさんが大好きなんですね」

 

響は翼の言葉にそう返す。どれだけガンヴォルトの事を思い、大切に思っているか分かる。だけど、翼のガンヴォルトを思う感情はそれだけではない事も。

 

「なっ!?あ、貴方は何を言っているの!仲間として当然の心配事でしょ!」

 

「そうかもしれませんが、翼さんの言い方は多分、あまりに鈍感な人じゃない限りバレバレだと思いますよ?」

 

その言葉に翼は顔を赤くしながらも響は笑いながら答えた。

 

「貴方も緒川さんも一体何で私に対してそんな事を言うのかしら…」

 

そう呟いて、顔は赤くなったままだが、表情を直して響に伝える。

 

「私が戦えない今、ガンヴォルトと共に戦い、ノイズの脅威を退ける剣は貴方しかいないの。私からもお願いするわ。ガンヴォルトを支え、力になってあげて」

 

その言葉を聞いた響も笑みを浮かべて答える。

 

「もちろんです。翼さん以外にも緒川さんや師匠にもガンヴォルトさんの助けになれるように頼まれていますし、私の守りたい人にもガンヴォルトさんも含まれてますから。あっ、もちろん頼まれたからとかそういうのじゃありませんよ!?」

 

響は誰かに頼まれたからそうしているという事だけは違うと否定する。

 

「私は二年前のあの日、翼さん、奏さん、ガンヴォルトさんに助けられたからこうして今の私があるんです。奏さんもガンヴォルトさんも翼さんだって他人だからとか関係なく、守りたいから戦った。だから私もどんな小さな事でも誰かの助けになりたいって思ったんです。それに、私の胸にはガングニールがあって、皆を助けられる力を与えてくれます。それを使わずにただ傍観するのなんて性に合いません。だから、この胸にあるギアを使って戦って守りたいものを全部守りたいんです」

 

「それが貴方の覚悟なのね。でも、貴方がそこまで背負ってしまう必要はないと思うの。私達ならまだしも、貴方はあの場ではまだ何も力もない人だったんだから。そこまでしなくてもいいのよ」

 

「いいえ、これは私が決めた事なんです」

 

響の目には強い意志が宿るのを見て翼はそこまで決めているなら何も言う必要もないと感じ、それならいいわと答えた。

 

「だから、しばらくガンヴォルトさんの背中は任せて下さい!」

 

「分かった。ガンヴォルトの事をお願いね」

 

「はい!」

 

響は翼に向けて力強く頷いて見せた。



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37VOLT

祝!蒼き雷霆ガンヴォルトストライカーパックPS4発売決定!
switchで持ってるけど買いますわ


ボクは再び病院を訪れたが、翼の病室には誰もいなかった為、出直そうかと考えたが、先程あまり奏のお見舞いも出来ていなかったのでそちらに向かう事にする。

 

翼の様に広い病室とは違い、生命維持装置や心電図などの医療機械が所狭しと置かれ、その中心にあるベッドの上には奏の姿があった。

 

二年前のあの時から変わらない奏の表情。今にも目が覚めるのではないかと思う事がある。

 

でも、一度も目を覚さない。だが、ボクは必ず奏は目を覚ますと信じている。

 

そんな時に、奏の病室の扉が開く。

 

入ってきたのは了子であった。

 

「あら、ガンヴォルト。貴方も奏ちゃんのお見舞いに来ていたの?」

 

「うん。さっき少しだけ顔を出したんだけど、やっぱり奏の様子が気になってね。了子もお見舞い?」

 

「私はちょっと奏ちゃんのこの昏睡状態が聖遺物によるものなのかの検査よ。異端技術はある程度は翼ちゃんや奏ちゃんのお陰で安全面は確認出来ているけど、こんな状態になってしまったんだから、私の知識がまだ足りなかったのかもしれないと思ってね。でも、二年前から検査してるけどこれと言って進展はないわ」

 

悲しそうに言う了子。その態度からは本心でそう思っていると感じる。だが、何故かボクにはその言葉を信じる事が出来なかった。

 

過去にあった彼女のボクの持つ第七波動(セブンス)への興味、それに数日前に起きた広木防衛大臣の事件。何故彼女は狙われなかったのか、もちろん了子は対象として見られてなかった可能性もある。でも、そんな都合の良い事があるだろうか。

 

「どうしたの?そんな難しそうに考え込んで」

 

了子の言葉に一旦先程までの思考をやめて何でもないと言う。

 

「そう。それよりもガンヴォルト、貴方本当に休んでる?今日出所して疲れを癒す為に弦十郎君が気を利かせて休みをくれたのに。お見舞いに来るのは良いと思うけど自分の体調管理もしっかりとしなきゃダメよ?」

 

「分かってるよ。それに奏の様子も安定してるからもう少ししたら帰るよ」

 

「なに、ガンヴォルト?貴方も男ね。今から奏ちゃんの検査って言ったのにまだ残るの?確かに奏ちゃんのグラマラスなボディーは男の人にとって目を引くものがあるけどそこでがっついたりしたら女の子は」

 

「了子は要らない話が多いよ。そうだね。女の子にとって男に身体見られるのは恥ずかしいと思うし帰るよ」

 

ボクは了子に窘めるように言うとそう言って奏の病室から出ようとする。

 

「あっ、待ってガンヴォルト」

 

了子に呼び止められ、足を止める。

 

「そう言えば最近、テロリストの動きが分かってきているけど進展はあった?」

 

急な話の切り替わり方に呆気にとられたが、先程慎次から来たメールの内容を伝える。どうせ後で知らせるより今知らせた方が良いだろう。

 

ボクは了子に先程の内容を説明し終える。勿論、メモの事も話した。

 

「貴方の事を調べている組織…確かに災害派遣で貴方の力、第七波動(セブンス)の力を実際に目にした人は沢山いるでしょう。でも、貴方の事は一課や二課が当然秘匿している訳だし、バレている可能性もそこまである訳じゃないはず。貴方が助けた人の誰かが広げていたらさらに問題で貴方が活動してきた地域の災害救助者の全員に状況確認が入るわ」

 

確かに、正体を探られているならその線もあるだろう。だけどメールにも書かれていたボクの能力、第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)まで知る事は出来ない。だからボクはその線はないと伝える。

 

「そうなると出処は弦十郎君や貴方も疑っている内通者という訳ね」

 

「そうなるね。だから、どんな情報でも見逃せない事になるんだけど、そんな簡単に内通者が見つかるなら誰も苦労しないんだろうけど」

 

ボクは溜息を吐いて、了子に奏の検査を遅れさせてごめんと謝ると奏の病室を後にした。

 

◇◇◇◇◇◇

 

病室に残された奏と了子。しかし、了子は奏の検査をする訳でもなく、近くにあった丸椅子に腰を下ろして考え込んでいた。

 

「…どういうつもりだ、あの男。自分から情報を頼んだのに、なぜ証拠を残す馬鹿な事をしでかした…」

 

広木防衛大臣暗殺に携わっているテロリスト。そして、テロリストに対して莫大な資金を投資して操り、聖遺物、そして先程出て行ったガンヴォルトの情報を依頼した男の事を考える。

 

こっちも最近になって二課などが内部調査などをしており警戒が強まっている中、態々なぜそんなミスを犯したのか気が気でならない。

 

「全く、何処か掴み所のない人間だと思っていれば、とんだ思い違いだったか」

 

憎しげに吐き捨てるように呟くと了子は奏の腕に繋げられた点滴に触れると何かを念じるように目を瞑る。

 

「これでまだしばらく目を覚まさないだろう…」

 

そう呟くと、再び丸椅子に腰を下ろして今度は先程と違いしっかりと検査しているように近くの機材を弄り始めた。

 

「貴方にはもしもの時に役に立ってもらわないといけないから、今はまだ眠っていて頂戴ね」

 

了子の口調が先程と変わりいつもの感じに戻る。そして何事もなかったかのようにそのまま検査を続けた。

 

だが、

 

「貴方も私の悲願を邪魔するのなら容赦しないわよ…アッシュボルト」

 

ここにいない、情報を依頼した挙句ミスを犯した男に対して再び憎しげにそう呟くのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクは奏の病室を後にして翼の病室へと向かう。病室のドアのインターホンを鳴らして翼がいるか確認すると直ぐに扉が開く。

 

「翼、また来たよ」

 

「ガ、ガンヴォルト!?」

 

少し眠そうにしていた翼が恥ずかしげに顔を赤らめた。眠る前に来て迷惑だったかなと思う。

 

「眠る前だったんでしょ?明日にまた来るから休むかい?」

 

「だ、大丈夫よ、それよりも一日に二回も来るなんてガンヴォルトこそ珍しいじゃない」

 

「途中で帰っちゃったからね。もう少し翼の様子が見たかったのと、さっき別れ際に言われた言葉が気になっちゃってね」

 

ボクはそう言うと翼は少し考える。そして少し間を置いて翼がボクにとって思いもよらない言葉が飛び出した。

 

「宝剣って何か分かる?」

 

ボクはその言葉に一瞬動揺しかけるがなんとか抑え込んで平然な態度を装う。

 

「…神話や伝承で出てくるような架空の剣?新しい(スキル)のアドバイスか何か?」

 

だが翼はボクの心情を理解しているのか首を振る。

 

「隠さなくていいわ。宝剣…聖遺物のような何かっていう事は聞いたの…それにシアンの第七波動(セブンス)電子の謡精(サイバーディーヴァ)の本当の能力は精神感応の事も」

 

ボクはその言葉を聞いた瞬間に息を飲む。何故誰にも話していないその事を翼が知っているのか。そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)の本当の能力の事を。

 

「…なんで…なんで翼がその事を…一体誰に…まさか、翼が内通者なのか?」

 

ボクの中で今まで一緒に戦ってきた翼が内通者なのかと疑ってしまう。その言葉に翼は首を振る。

 

「この事を聞いたのはつい最近の事だから今この事を知っているのは私しかいない。なんで貴方はこの事を隠していたの?」

 

誰だか分からない。だが、翼に何故そのような事を言ったのか。この世界で今の所ボク以外知り得ない事を知っているのか。そして、最近と答えた理由。翼はここ数日は会える状態ではなかったはず。

 

「…隠していたのは謝るよ。でも、宝剣に関しては翼が退院してから皆に説明する予定だった。けど、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の事はシアンの力の事は話すつもりなんてなかった。なのに翼はなんでその事を知って…」

 

「誰かから聞いた事は口止めされてるの。でも、内通者でもない貴方の味方よ」

 

その言葉を聞いてボクは現場で知り得ない事を何故翼が知っている。内通者がもし翼とするならボクに堂々と聞くだろうか?ボクは悩み続ける。

 

「どんな理由があれ、嘘を吐かないでと前に言ったでしょ。私は絶対に貴方を裏切らない。前に貴方に誓ったんだから。貴方が苦しんだり悲しんだりする原因は私の剣で払うと。だから、教えてシアンの力の事…電子の謡精(サイバーディーヴァ)の事を」

 

ボクはその言葉を、翼が言ったボクへの誓いを思い出す。ボクはあの時の翼の覚悟を無碍にした事を後悔した。こんなにもボクの事を信じていてくれるのになんで翼を疑ってしまったのか。でもボクはまだあの人の事を思い出すと人を信頼する事は出来ても完全に信用する事が出来ない。もしまた信じた者達に裏切られたなら…。

 

「ボクは…翼の事を信用はしている…でもボクには信頼をする事がまだ出来ない…また同じように…」

 

ボクはあの時のように…あのような形で裏切られたならボクはもう立ち上がる事なんて…。

 

「大丈夫。私は貴方を絶対に裏切らない」

 

翼がベットから降りてぎこちない動きで側に寄るとボクの手を握っていた。その暖かさにボクの心が揺れる。

 

本当に信じて良いのだろうか?翼は絶対に裏切らないのか?ボクの心が揺らぐ。そしてボクが悩んでいる事を見透かされたのか翼はさらに握る手に力を込めた。

 

「大丈夫。私はずっとガンヴォルトの味方だから。何度も言ってるでしょ?あの日の誓いを反故するような事は絶対にしない」

 

ボクはその言葉でかつてボクを慕い信じてくれたシアンと重なった。いつまでたってもこのままじゃいけない。ボクも先に進まなきゃいけない。決意を胸に秘め、翼を信じてボクは自分の知る限りのシアンの力を打ち明けた。

 

「…ボクも詳しくは知らないけど、シアンの第七波動(セブンス)電子の謡精(サイバーディーヴァ)は翼の言う通り精神感応能力。シアンの歌を聴いた能力者に干渉して能力を引き出したりする事。翼や奏、響同様に歌が能力のトリガーになっている。ボクもシアンの歌う歌で何度も救われた」

 

「シンフォギアと同じ歌の力…」

 

「そう。そして、シアンの力はボクの持つ蒼き雷霆(アームドブルー)に近しい能力だからこそ、シアンの歌によってボクの力が強化されるんだ。ボクの中に宿るシアンの第七波動(セブンス)はその名残だと考えてる」

 

ボクは翼にシアンの能力を説明してから翼は理解したようで話を次に移した。

 

「シアンの能力は分かったわ。それで宝剣っていうのは?」

 

「宝剣はボク達能力者の中で皇神(スメラギ)グループに所属する七宝剣と呼ばれる組織の幹部に渡される能力制御デバイス。そのデバイスには持っている幹部達の能力因子が埋め込まれていて宝剣を使えば能力を強化出来て、シンフォギアの様な鎧に変化する物。宝剣はその特殊さ故に強力な呪術的アーティファクトを組み込まないといけない。こっちで例えるとさっきも翼が言ったように聖遺物になる」

 

「シンフォギアに近いものなの!?」

 

「うん。歌を歌いながらという事以外はシンフォギアに近いかも知れない。そう考えると宝剣は完全聖遺物に近いかな。でも宝剣は埋め込まれた能力因子を持つ者でしか起動出来ない」

 

ボクの言葉に対して翼は驚き、そして悩んでいた。

 

「宝剣に関しては専門家じゃないからここまでしか分からない。それで翼、その話は誰に聞いて、なんでボクに話したの?」

 

翼はボクの言葉を受けて少し考え込む。そして、意を決して話し始めた。

 

「シアンの事、宝剣の事。この二つを教えてくれた人についてはあの子に口止めされているから言えないわ。でも、内通者でも敵でもない。貴方を信頼している味方だから」

 

そう言われてボクはまた考えてしまうが翼の言葉を信じ、話を聞き続ける。

 

「それで私が聞いた理由は、何処かに電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を持つ何かが存在して何か悪い予感がするからその何かを探して欲しいと頼まれたの」

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)がボクに宿っている力とシアン以外に存在してる!?」

 

翼から出たその言葉に驚きを隠せない。

 

「何かは私にも分からないわ。でも、嫌な予感がするって」

 

一体誰が翼にその事を伝えたのか?そして、何故その存在を知れたのか?ボクはその人物の味方であり、翼に伝えたのか。

 

「今はこの世界でボク以外知らない情報を持っている人はとても気になる。だけど今は翼の言葉を信じてその何かを探してみる」

 

「頼むわね。私も復帰したら探すから」

 

翼はそう言って立っていたのが辛かったのだろう少しよろけながら手を離すとベッドへと戻った。

 

「分かった。ボクも個人的に探してみる。弦十郎達にはこの事は伝えた方が良い?」

 

「いいえ、あまり広げられるような情報でもない事は貴方も分かっていると思う。だから、私とガンヴォルト。二人でなんとかするしかないの」

 

ボクはその言葉に頷く。そうと決まれば翼が動けない間はボクの方でも色々調べる事にしよう。

 

そんな時、ボクの通信機に連絡が入ってきた。

 

『ガンヴォルト!休み中悪いが今何処にいる!?』

 

「翼の病室に今いる。何があったの?」

 

『ネフシュタンの鎧の少女が現れた!現在響君に対応してもらっている!済まないが現場に急行してくれ!』

 

「分かった。戦闘服を準備しておいて」

 

ボクは通信機を切って翼に言う。

 

「ネフシュタンの鎧の少女が現れた。響が戦っているから救援に行ってくる」

 

「分かったわ。無事に帰ってきて、ガンヴォルト」

 

翼の言葉を聞いてボクは頷くと病室から出た。今度こそ、ネフシュタンの鎧の少女を捕らえ、裏に誰がいるのかはっきりとさせる為に。



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38VOLT

響は翼と病室へと戻り帰る事を伝えて帰路に着いていた。

 

翼の可愛い一面などが見れた事やガンヴォルトが復帰出来る事が聞けて良かったと思う。そして、ガンヴォルト自身が翼が退院した後過去についても語ってくれると言ってくれたのでもやもやしていた感情が一つ解消される。

 

だが、ガンヴォルトのその行いを聞いて響はガンヴォルトの事をどう思ってしまうのかを考えてしまう。

 

弦十郎や了子、もちろん響も翼もガンヴォルトの事は信用も信頼も出来る。

 

だが、その過程で人を殺してでもやらなければいけなかったのか?話し合いで解決出来なかったのか?響の中でその事が引っかかっている。だが、いくら考えた所で響はガンヴォルトではない為、答えなど分からない。

 

本人が話してくれるというのだから、その時にはっきりすればいい。考え事をしていると響の持つ携帯に弦十郎から連絡が入る。

 

『響君!付近にネフシュタンの鎧の出現パターンを検知した!直ぐに現場に向かってくれ!ガンヴォルトにも応援を要請する!狙いは響君だろう。だが、ガンヴォルトは装備の問題もあって直ぐには動けない。そうなると周囲に被害が出てしまう可能性がある。ガンヴォルトが来るまでなんとか持ち堪えてくれ!』

 

「分かりました!ガンヴォルトさんが来るまでなんとかしてみせます!」

 

響は携帯に越しに返事を返し、携帯の通話を切る。それと同時に響の持つ携帯にネフシュタンの鎧の少女の座標が転送されてくる。

 

どうやら少女は既にこちらを補足しているのかこの場に一直線に向かって来ている。街中で戦うのは危険だと判断した為、人気の無い場所に移動する。

 

「とにかく、人に被害の出ない場所に急がないと」

 

響は急ぎ、人気の無い場所に駆ける。しかしその時、

 

「響!」

 

響は聞き慣れた親友の声を聞き、足を止めた。

 

「未来!」

 

振り返るとそこには未来の姿がある。だが、響から見た未来は何処となく怒っている事が分かる。用事をして未来と別れてしまった事だろうか?それともまた別に何かやってしまったんだろうか。

 

「響!なんであの人を知っていたのに黙ってたの!翼さんといつの間にか知り合いになってお見舞いしてたのは構わない!でも、なんであの人を知っていたのにどうして隠していたの!」

 

「ッ!?」

 

なぜ未来がその事を知っているのか。ガンヴォルトに関しては今朝まで留置所にいたはず。それなのになんでガンヴォルトの事を、翼の事を知っているのか響には分からなかった。

 

「答えてよ響!なんであの人は翼さんの病室に居て響とも親しいの!?隠し事はしないって約束したのに!」

 

響はどうするか悩む。本当の事を話すべきなのか。でも、そうする事により未来を危険な目に遭わせる事は響には出来ない。だけど今はこんな所で考えている時間は無い。

 

既にネフシュタンの少女がこの場に迫っている。とにかく未来の避難を優先しなければ。

 

「見つけたぞ!」

 

上空から響く少女の声。そちらに顔を向けると既に少女は鎖のような物を振るい攻撃を仕掛けていた。

 

その鎖は響と未来の間の地面を抉り砂塵を巻き上げる。

 

巻き上がる砂塵と砕けたコンクリートの破片。飛び散る破片が目に入らないように腕で顔を覆う。瞬間に腕を襲う幾つもの衝撃。幸い、少女の一撃は威力を押さえていた為か大きな破片が飛んでくる事はなかった。衝撃が収まり、腕を顔から外すと目の前には傷付いて倒れ込んだ親友の姿があった。

 

「あぁ…」

 

少女が驚きの声を上げる。響のように戦いを覚え、備える事が出来る人とは違い、目の前にいる親友はその破片を直に受けてしまい、怪我を負ってしまった。

 

もっと早く説明していれば、もっと早く逃げるように話せば未来が傷付く事もなかったのに。

 

響の心が前に約束を守れなかった時よりも黒くよりドス黒く浸食されていく。約束を守れなかった時は親友を悲しませ、そして今本当の事を言えず、迷ったせいで大切な親友を、陽だまりを…。

 

「こいつ以外に人が!?くそっ!?」

 

少女が何か言っている。しかし、何を言っているか分からない。お前が親友を…、陽だまりを傷付けたのだろう。

 

お前がいなければ…オマエガイナケレバ…。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

響は胸に宿るガングニールから溢れ出た言葉を呪いのように、重く、そして今のドス黒い感情を込めて歌う。

 

その歌と共にガングニールの鎧が形成される。だが響の纏うガングニールは黒く浸食されていき、響自身をも黒く染め上げた。

 

「オマエガァァ!」

 

響はその衝動に身を任せてネフシュタンの鎧の少女に向けて飛びかかる。弦十郎が教えた歩法や武術とはかけ離れた獣の如き跳躍。一瞬で少女の前まで到達すると殴り飛ばして地面へと激突させる。

 

「ぐっ!」

 

少女はなんとか響の一撃をガードする事に成功したが、今まで戦ってきた中で最も重く、そして身体への衝撃が比にならなかった。

 

響は追撃とばかりに少女に向けて落下して行き、そのまま少女の身体を踏みつけた。

 

「がはっ!」

 

少女は鎖の様なものでガードしたが、それを突き抜けてくる勢いと威力に押されて鎧が砕ける程のダメージを受けてしまう。

 

鎧が砕け、少女の肌が露出する。しかし、露出した肌を侵食するかの様に鎧は新たな鎧を形成して行く。

 

その際に少女は顔を歪めるが、響はそんな事関係ないとばかりに、馬乗りとなって少女へと拳を振るう。

 

しかし、少女も黙って受ける訳もなく、鎖の様なものを匠に操り、響の首へ巻きつけるとそのまま響を投げ飛ばして、立ち上がると響から距離を取る。

 

「その姿は…本当にお前は一体なんなんだよ!」

 

「ガァァ!」

 

少女の問いに響は答えず、闇雲に少女に向けて突貫する。少女は鎖へとエネルギーを集約させると光の球の様な物を出現させ、響へと投げ飛ばす。

 

「おらぁ!」

 

光の球を響は腕を振るい、吹き飛ばす。光の球は近くの木にぶつかると爆発を起こす。響は爆風にも目もくれず少女へと足を進める。

 

だが、少女の攻撃もそこで終わっている訳ではなく、もう一方の鎖にも集約させて作っていた光の球を今度は頭上から響に叩き落とす。

 

響はその攻撃により足を止める。しかし、響は腕にオレンジ色の小さな球を作り始めるとそれを握り、そのまま光の球を殴りつけた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

爆発が起き、辺りに砂塵が舞い上がり、周囲の木々が爆風に耐え切れず折れて飛散する。

 

少女、クリスはその爆風を受け止める為に腕を交差させて守りを固める。そしてようやく爆風と砂塵が収まり、視界が開ける。

 

爆心地であった場所を見てクリスは目を見開く。

 

「嘘だろ…」

 

その爆心地にいた響は未だ無傷と言って過言でない状態で、立っており。そして再びオレンジ色の光の球を二つ出現させるとそれを握り、こちらに向けて駆け出した。

 

「ぐっ!」

 

クリスは飛んで避けようとするが先程砕けてしまったネフシュタンの鎧の侵食の痛みにより行動が遅れる。

 

そして響は目の前に既に拳を構えており、クリスに向けて振り下ろそうとしていた。

 

「くそっ!」

 

悪態を吐く。

 

(こんな奴が…、こんな化け物みたいな奴がいるせいで…)

 

クリスは悔しくて、そして何も出来ない不甲斐なさに涙を流し、目を瞑る。瞬間、目の前に何か風の様なものが通るとバチバチと火花が散る様な音と共に何かが衝突する音と共に男の声が聞こえる。

 

「響!何をやってるんだ!この子を殺すつもりなのか!」

 

その言葉を聞き目を開けると、そこには蒼いコートを翻し、響の一撃を雷の膜のようなもので響の攻撃を抑えている男の姿があった。



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39VOLT

二課に戻り、装備を整えてボクは弦十郎の指示に従って響が向かうポイントへ向かう。どうやら響も先程まで病院にいたおかげでリディアン音楽院からもそう遠く無い人気のない場所に移動しているようだ。

 

これなら、響と共にネフシュタンの鎧の少女を捕らえる事が出来るかも知れない。

 

だが、少女の実力も未知数。ネフシュタンの鎧自体の性能も分かっていない。

 

もし、少女自身がネフシュタンの鎧を完全に使いこなし、危険だと判断すれば響だけでも何とか逃さなければ。これ以上、被害が大きくなる事や仲間が傷付くのは避けなければ。

 

ボクは身体に雷を迸らせてさらに加速して響の元へ駆けて行く。

 

響と少女の戦闘が始まったのか、響のいると思われる地点で破壊音が発生している。

 

ボクはその音の発生地点へ駆ける。そして到着するとそこには地面が抉れ、道が粉砕されていた。周囲に響と少女の姿は無く、森の中で衝突音が聞こえてくる。直ぐに向かおうとしたが、ボクの目の前にリディアン音楽院の制服を着た一人の少女が倒れている為、直ぐにその子の回収に専念する。

 

戦いの巻き添えを喰らってしまったのだろうか。血は出ていないが、何かの衝撃で頭をぶつけたのだろう。意識が朦朧としている。ボクは直ぐに応急処置を施して、弦十郎にこの子の回収を要請する。その時、女の子が口を動かして何か言おうとしていたが、全てを声に出す事が出来ておらず、何を言っているか分からない。

 

「…あ…た…」

 

「大丈夫。直ぐに自衛隊が駆けつけて来てくれるから」

 

ボクはそう言って都合良くネフシュタン出現時点で出動していた一課の隊員が避難誘導などを行っていた為、隊員に来てもらいその子を預けるとボクは走って響の元へ向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「響!」

 

未来は帰路にて響を見かけた為呼び止めた。何故響は既にあの人の事を見つけていて何も言わなかったのか。

 

「響!なんであの人を知っていたのに黙ってたの!翼さんといつの間にか知り合いになってお見舞いしてたのは構わない!でも、なんであの人を知っていたのにどうして隠していたの!」

 

翼の事は見舞いに行く程の間柄になっていた事は良い。だけど、何故隠し事をしないと言っていたのにあの人の事を隠していたのか。何故親しい間柄なのに黙っていたのか。

 

響もその言葉に驚きどう答えれば良いか悩んでいる。

 

「答えてよ響!なんであの人は翼さんの病室に居て響とも親しいの!?隠し事はしないって約束したのに!」

 

約束をしたのにその事を破った事に腹を立ててしまう。本当はこんな形で聞きたくない。でも未来はあの人を何故隠していたのかで頭がいっぱいであり、響を責める様な言葉しか出てこない。

 

響もその事についてずっと考えている様に黙っている。そして未来は再び問いただそうとした瞬間、上空から声が聞こえてきた。

 

「見つけたぞ!」

 

その言葉に反応して視界を上空へ移すとどういう原理で飛んでいるのか、鎧の様な物を纏った人が、こちらに向けて鎖の様な物を振り下ろしていた。

 

鎖の様な物が地面に叩きつけられると同時にコンクリートが砕けて破片が散弾の様に未来に襲い掛かった。

 

咄嗟に目を瞑りはしたが大きな破片が身体全体を襲い掛かる。衝撃に対処しきれなかった未来は吹き飛ばされ、地面に頭をぶつけてしまう。

 

歪む視界、砂塵が舞い、倒れた未来に襲い掛かる。

 

意識も朦朧として声も出せない。そして砂塵が晴れて響は今の未来の姿を目にして響は絶望の表情を浮かべ、そして口を動かして何か紡ぐと、黒くそして恐ろしい鎧を纏って変身すると空に浮かぶ少女に向けて獣の如き疾走で迫っていった。

 

それからは首も動かす事も出来ず、未来はその後はどうなったか分からない。しかし、響がどうしてあんな姿になってしまったのか。そして、何故この様な事が起きているのか。朦朧とする思考ではどうする事も出来ず、未来は何もする事が出来ない。

 

響を追ったり、逃げようにも先程の衝撃で身体が動かない。そんな時、誰かが近付いてくるのを地面から伝わる振動で察知した。

 

そして、身体を浮かせられ意識があるか確認をして応急処置を施される。しかし、未来はそんな事すらどうでもいいと感じる。

 

何故ならその人物は響と翼の病室で見た人物であり、未来が探していた人物であったからだ。

 

「…あ…た…」

 

あなたはあの時の、と言いたかったが口が上手く動かず、声も出ない。

 

「大丈夫。直ぐに自衛隊が駆けつけて来てくれるから」

 

違う、そういう事じゃない。あなたは七年前に助けてくれた人なんですよね。そう言いたいがやはり声が出ない。

 

その人は耳元に手を当てて何か言うと未来を抱えて近くにいた自衛隊に未来を引き渡した。

 

「この子の事を頼むよ。血は出ていなかったけど脳震盪を起こしているから病院へ搬送をお願い」

 

待って、まだお礼も言ってない。声に出せずに行動も取れない。

 

未来はただ、先程いた場所に駆けていくその人の後ろ姿を眺める事しか出来なかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

現場に到達してボクの目に飛び込んできたのはボクの知っているガングニールとは違う黒く染まった響の姿。そして、その前にはネフシュタンの鎧の少女。響が圧倒している事は分かったが、響は少女に向けて拳を振るおうとしていた。

 

だが、その一撃にはボクには少女を殴り殺せそうな勢いと威力がありそうで危険だと直感した。それに、響の姿は異常であり、何よりボクの中で今の響は危ないと感じた。

 

ボクは直ぐに少女と響の間に入り、雷撃鱗を展開して、響の攻撃を受け止めた。

 

 

「響!何をやってるんだ!この子を殺すつもりなのか!」

 

ボクは響に向けてそう叫ぶ。だが、響にはその声が届いていないのか雷撃鱗に何度も拳が壊れるのを厭わないかの如く殴り続ける。

 

「何をしてるんだ響!ボクの事も分からないのか!?」

 

響が何故こんな状態になっているのかは分からない。だが今の響は正気じゃない事ぐらい分かる。普段の響であればこんな戦い方をするはずもなく、殺そうともしない。何故こんな状態になったのか。聖遺物のまだ不明な部分のせいなのか。それとも響の胸の中に宿るガングニール、翼や奏のようにペンダントを介さない装着の影響なのか。とにかく、響を正気に戻さなければならない。しかし、このまま響の攻撃を受け止め続けていればEPエネルギーが先に尽きてしまう。

 

ボクは少女を気にしつつ、一度雷撃鱗を解除して響に向けて駆け出す。

 

響は雷撃鱗が消えると同時に後ろにいる少女に向けて獣の如き動きで疾走する。

 

ボクは響を止める為、避雷針(ダート)を響に撃ち込んで出力の低い雷撃を響に放つ。

 

だがそれだけで響はよろめきも動きを止めたりもしない。このままでは響に殺人という重い足枷を背負わせてしまう。

 

ボクは響を掴み、勢いを利用してそのまま地面へと投げ飛ばす。だが、直ぐに響は体勢を立て直した。だが、そのおかげで今度は狙いを少女ではなくボクに移す事に成功した。

 

「響!止めるんだ!正気に戻るんだ!」

 

だが、ボクの言葉を全く聞かない響。響は手からオレンジ色の小さな光の球を出現させるとそれを拳に握った。すると響の腕についた機械の様な機構が動き始め、杭打ちの様に起き上がる。

 

「まさか、あれが響のアームドギア!?」

 

正気を失った状態でこんな事になるなんて…。流石に生身であるボクがあの一撃を喰らえば一溜りもないかもしれない。

 

「ガァァ!」

 

そして響はボクに向けて駆け出す。その速度は速く、瞬く間にボクへの距離を縮める。だが、突然響の腕が爆発する。何が起こったのか分からないが、その爆発によって響の動きが止まった。ボクはその隙を見逃さず、響に向けて避雷針(ダート)を撃ち込む。そして、響との距離を詰めるとボクは響に向けて雷撃を纏った拳を響へと叩き込む。

 

「ごめん響。ボクにはこうする事でしか君を止められない」

 

説得も出来ず、力でしか止める事が出来ない自分に後悔する。だが、こうでもしない限り、響は少女を殺してしまうかもしれない。

 

ボクの拳が響のお腹を捉えると避雷針(ダート)が反応して響に雷が迸った。

 

「ガァァ!!」

 

苦しみの叫びを上げる響。しかしその瞬間。

 

「こいつを喰らいな!」

 

今まで戦意を喪失していたと思われる少女が鎖から光の球を二つ出現させており、それをこちらに向けて投げ飛ばしていた。

 

ボクは直ぐに響をそのまま殴り飛ばして、離れた事を確認すると対抗する為に言葉を紡ぐ。

 

「天体の如く揺蕩え雷。是に到る総てを打ち払わん!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ライトニングスフィア!」

 

ボクの周りに三つの公転する雷撃の球体が出現する。そして、その二つの球を飲み込みながら雷撃が光の球とぶつかり合うと互いに鬩ぎ合うとライトニングスフィアは混じり合う様に重なり、そして球は消滅した。

 

そしてライトニングスフィアが切れるとボクは少女に向けてダートリーダーを構える。

 

「君は何が目的でこんな事をしているんだ!何故響を狙う!」

 

「お前には関係ない!」

 

少女はボクに向けて、鎖の様なものを振るう。ボクはそれを雷撃鱗を展開して弾く。ボクは雷撃鱗を展開したまま少女に向けて避雷針(ダート)を撃つ。少女はダートを交わすと、ボクへ向けて鎖の様なものを振るう。ボクは雷撃鱗でそれを弾いていくが、先程EPエネルギーを充電してなかったせいで雷撃鱗が切れてしまい、オーバーヒートしてしまう。

 

「ッ!?」

 

「こいつで眠っとけ!」

 

無防備なボクに向けて鎖を振るう。だが、その鎖はボクに当たることはなく、ボク以外の人に阻まれた。

 

「大丈夫ですか!ガンヴォルトさん!」

 

そこには先程まで、黒く染まり暴走したかの様に正気を失っていた響が、いつものオレンジのギアを纏って立っていた。



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40VOLT

暗い闇が広がる空間。そしてそれよりも黒い霧。響は自分が今どうなっているのか分からなかった。未来が少女によって傷付けられ、憎しみや怒りが胸に宿るガングニールに反応したかのようにドス黒い感情に支配されてそこからはあまり覚えていない。

 

自分が今何をしているのか分からない。ただ意識が朦朧としてふわふわと漂っているだけ。そしてその周りにある霧は響を覆うように纏わり付く。この感覚は気持ちが悪い。

 

なんとかしてみようとしたがそんな気力も出ない。どうする事も出来ない響はただその空間に漂うのに身を任せる。

 

そんな時、響の耳に雑音混じりの誰かの声が聞こえてくる。

 

「…!…ャ…!」

 

雑音が酷く上手く聞き取れない。一体誰が。

 

しかし、今の響にはそれすら考える思考はありはしなかった。

 

「もう、このまま委ねちゃえばいいのかな…」

 

響はそう思い目を閉じようとする。

 

「ごめん響。ボクにはこうする事でしか君を止められない」

 

突如クリアに聞こえたガンヴォルトの声。そしてその言葉と共に響は目を見開く。お腹の辺りに衝撃が走る。それと同時に自分の中で電撃が走るように体全体に纏わり付く霧を雷撃が吹き飛ばす。

 

そして真っ白な空間になった。その瞬間から聞こえだす歌。その歌はかつて響に生きる気力を与え、救ってくれた歌。

 

その歌声の聞こえる方に目を向けるとそこには一人の少女の後ろ姿があった。

 

色素の薄い金色の髪。そして蝶を彷彿とさせる衣装。

 

「あの!」

 

響は少女に声を掛ける。しかし、少女は気付いていないのか、響の方を向かず歌い続ける。響は少女に近付こうとするが何故だか近付く事が出来ない。そして、少女の歌がどんどん小さくなっていき、少女と響の間にどんどん濃い霧のようなものがかかる。

 

「待って!貴方は私を救ってくれた人なんですよね!?」

 

響は精一杯声を張って少女に問いかけるがなんの反応もない。そして、響と少女の前の霧はやがて少女を完全に見えなくさせる。

 

少女のいた場所に向けて走り出す響。霧の中は何も見えず本当に少女のいた所に駆けているのか分からない。それでもただひたすら響は走る。

 

そして霧がどんどん薄くなっていき、光が見える。響はその光に向けて走る。そして光が眩くなっていくと響はあまりの眩しさに目を瞑る。

 

そして次に目を開けた時にはオレンジ色に染まる空が見えた。

 

「あれ、あの子は…?」

 

響はどうなってるのか分からなかった。とりあえず身体を起こす。

 

そして響の目に次に映ったのはガンヴォルトが雷撃鱗を張って少女の猛攻を防いでいる所であった。

 

「ガンヴォルトさん!?」

 

いつの間にこの場にいたのだろうか?いや、それよりもなんで私はこんな所で倒れていたのだろう。

 

考えるが全く記憶がない。だが、今ガンヴォルトは少女と戦っている。響は直ぐに立ち上がり、ガンヴォルトを支援する為に走り出す。

 

走り出したと同時にガンヴォルトの纏っていた雷撃鱗が消滅して無防備となっていた。

 

まずいと思った響は全力で駆けて少女とガンヴォルトの間に入り振るわれる鎖のようなものを受け止めた。

 

「大丈夫ですか!ガンヴォルトさん!」

 

「響!?」

 

ガンヴォルトは驚いていた。それに少女も響を見て身体を強張らせながら鎖を操り手元に戻すと距離を取る。

 

「響、大丈夫なのか?」

 

「えっと、大丈夫ですが…どうしてそんなにガンヴォルトさんもあの子も私を警戒してるんですか?」

 

「覚えていないのか?君はさっき黒く染まったシンフォギアを纏ってボクやあの子に襲い掛かった事を」

 

響はそれを聞いて驚き、覚えていない事だが、罪悪感に苛まれる。しかし、ガンヴォルトはそんな響の隣に立ち、今は後悔してる場合じゃないと響に言う。

 

「今は後悔や自分を責める時じゃない。ボクもその事は後でしっかり説明するから今はあの子を捕らえる事を優先しよう」

 

ガンヴォルトはそう言うと少女へと銃を構えて少女に向けて言った。

 

「形勢はこっちの方が有利になった。抵抗せずにこのまま投降して欲しい」

 

少女は苦虫を噛み潰したように表情を歪める。そしてガンヴォルトの言い方が気に障ったのか突然にキレ始めた。しかし、その言葉は響には恐怖をかき消したいが為の悲痛の叫びに聞こえた。

 

「うるせぇ!どいつもこいつも、群れればなんでも自分が思い描いたように物事が進むと思いやがって!形勢が有利になった?何処がだ!そこの化け物が元に戻ったからって調子に乗ってんじゃねぇ!」

 

「訂正するんだ!響は化け物なんかじゃない!」

 

ガンヴォルトは少女の言葉に反応して叫んだ。響も少女に対して言い返そうとする前だった為、ガンヴォルトの発言に耳を傾ける。

 

「響は普通の女の子だ!あの時にボクがもっと早く到着出来なかったから聖遺物を胸に宿して装者になってしまったかもしれない…。でも…響は正義感の強い優しい女の子なんだ!もう化け物なんて呼ばれるのは、ボクだけでいい…」

 

「ガンヴォルトさん…」

 

ガンヴォルトの発言に少し照れくさくなる。だが、最後の言葉だけが響には違和感しか感じなかった。しかし、その言葉を聞いて少女はガンヴォルトに対して反論する。

 

「そんな事どうでもいいんだよ!私はお前の様な自分の理想を他人に押し付ける様な奴は大っ嫌いだ!それに化け物を化け物って言って何が悪い!お前だって同じだ!そんな訳の分からない力を使って私の理想を…争いのない世界の邪魔でしかないんだよ!理想の為に手に入れたんだ!お前達のように力を持つ奴がいるせいで私はこれでそいつらを力尽くで排除するしかないんだよ!」

 

少女はガンヴォルトにそう叫んだ。だが、少女はしまったという風に表情を歪ませた。そしてガンヴォルトは少女の目的を知り、何処となく悲しそうな表情をした。

 

「争いのない世界…。確かにそんな世界があれば良かった…。でも、そんな力任せなやり方じゃ何も変わらない。変えられないんだ…」

 

ガンヴォルトは悲しそうな表情をして言った。その表情は何処か既にその結末を知っているかの様であった。

 

「知ったような事を言うな!」

 

少女は叫び、ガンヴォルトと響に向けて鎖を振り回す。ガンヴォルトは雷撃鱗を展開出来なくなっていたようなので危険だと判断して響はガンヴォルトの前に立ち、鎖を受け止めようとした。

 

「チャージングアップ!」

 

ガンヴォルトは響が動き出す前にそう唱えるとガンヴォルトの周りに再び雷が迸り、雷撃鱗を展開させ、鎖を防いだ。

 

「知っているんだよ…力だけじゃ争いがなくならないなんて事は…」

 

ガンヴォルトの悲しそうに、そして何処か達観した表情で少女を見据えて呟いた。ガンヴォルトの過去に一体何があったのか。何故そんな表情をするのか。響は自分にはそれが何故か分からず、ガンヴォルトを支えると誓っているのにこの様な表情をさせてしまい、不甲斐なく感じてしまう。だが、ガンヴォルトは直ぐに表情を切り替え響に指示を飛ばした。

 

「響、あの子を捕らえてこの件を収束させるよ」

 

「はっ、はい!」

 

考え事をしていた響はその感情を一旦払って少女に対して拳を構え、ガンヴォルトが雷撃鱗を消すと共に少女に向けて駆け出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクは少女の目的を知るが、力だけじゃ世界が平和にならない事を知っている。力だけじゃ何も変わらず、新たな火種を生むだけだと。でも、今あの子に説明した所で聞き入れてはもらえないだろう。それに、今ボクがするべき事は少女を捕らえて、今発生している件を解決する事だ。

 

ボクは雷撃鱗を消して響に指示を飛ばすと響は少女に向けて吶喊する。

 

「はぁ!」

 

響は少女に向けて拳を振るう。それに合わせて少女は躱して響へと鎖を振るう。ボクは避雷針(ダート)で鎖を弾き響を援護する。

 

「甘っちょろいお前等に私の何が分かるんだよ!苦しみも辛さも知らないお前等に!」

 

少女は激昂して響に向けて再び光の玉を作り上げると、一つを響、もう一つをボクに向けて投げる。

 

「響!アームドギアを使うんだ!覚えていないかもしれないけど、君のアームドギアはその拳なんだ!」

 

「何の事だか全く分かりませんがやってみます!」

 

ボクの言葉を聞き入れ、響は拳を握り締める。すると響の拳が杭打ち機のように起き上がると、その拳で光の玉を殴りつけた。

 

響の拳が光の玉を捉えると同時に起き上がっていたものが打ち出され、エネルギーへと変換されると光の玉を殴り飛ばし空中で爆発させた。

 

ボクも雷撃鱗を展開して光の玉の軌道を逸らして上空へと上げると避雷針(ダート)を撃ち込んで、雷撃を誘導させて爆発させる。

 

「まだだ!」

 

少女は再び光の玉を作り上げようとしている。だが、ボクは少女に向けて避雷針(ダート)を撃ち出しそれを阻止する。

 

「お前等二人めんどくせぇんだよ!」

 

「私はお前なんて名前じゃない!私には立花響って言う名前があるんだから!」

 

「戦場で何寝ぼけた事言ってやがる!」

 

響は少女に吶喊しながら少女に向けてそう叫ぶ。それに対しては同意するが、少女の気が響に逸れた。そのうちに空となったダートリーダーのマガジンを交換する。

 

響は少女に向けて拳を振るう。少女もそれを躱し、受け流す。

 

「覚えてないけど、あなたに急に襲い掛かった事は謝る!ごめんなさい!でも、私だって親友を傷付けられて少し怒ってるんだ!」

 

「私だってお前とそこにいるあいつ以外傷付けたくはなかったんだよ!関係ない奴までこんな事に巻き込みたくねぇんだ!だから、さっさと気を失っとけ!」

 

「嫌だ!」

 

響は一旦距離を取って少女に向けて言う。

 

「私から手を出しているみたいだから、先に手を引く!だから一回話し合おうよ!なんで貴方はそんな事をしないといけないの!?ちゃんと話せば私が、私達が力になれるかもしれない!」

 

響は拳を下ろして少女に向け対話を試みる。少女は全く聞く耳持たずで響に向けて鎖を振るう。

 

「だから甘っちょろい事言ってんじゃねぇって何回言わせる気だ!お前等のような奴等と話をしたって無駄なんだよ!」

 

「無駄なんかじゃない!なんでも力尽くで物事を解決するなんて間違っていると思う!話し合えば何か変わるかもしれないのに、なんで話し合いをしないの!」

 

「話し合いが解決するんじゃねぇ!話し合いをするだけ新たな火種が生まれるんだよ!争いで他者との理解が一致する事なんてねぇ!そんな事も分からないのか!」

 

確かに意見が一致するなんてそうそうないだろう。響の言う通り話し合えば何かが変わるのかもしれない。

 

「私にはその方が分からないよ!争いをする事が!他の人を傷付けてまでそれが正しいと思えるその事が!話し合えばどうにかなるかもしれないのになんでその可能性も放棄してやらなきゃいけないの!?」

 

「だから無駄だからって言ってるだろ!私には分かるんだよ!お前等に指示してる大人なんてクソ野郎共だ!自分達が何も出来ないからこうやってお前等のような戦える奴らを無理矢理戦わせて自分等は高みの見物して傷付いている様を楽しそうに見ているだけって事をな!」

 

「師匠や皆は違う!」

 

響は少女の言葉を否定する。少女は響の言葉をさらに否定する。話し合いなど初めから無意味だとばかりに少女は響に向けて攻撃を再開する。

 

その様子を窺いながらボクは少女の隙を探す。だが、ボクは少女の言う関係のない奴らまで巻き込みたくない。それなら何故このような事を。そんな事を思ってしまう。だけど今は考えている場合じゃない。

 

響が少女に向けて拳を突き出しそれを回避する為に大きく後退した。瞬間、ボクは少女に向けて避雷針(ダート)を撃ち出した。少女も反応して避けようとするが、避け切る事が出来ず、蒼い紋様が着弾した場所に浮かび上がった。

 

「ッ!?」

 

少女は紋様が浮かび上がると同時にさらに距離を取ろうとするが、そんな事をさせるはずもなく、ボクは雷撃鱗を展開した。雷撃鱗から迸る雷撃はロックオンされた少女に向けて誘導され、少女の身体に当たると全身に雷撃が迸る。

 

「ガァァ!」

 

少女は雷撃による痛みによって叫び声を上げた。そして、少女から雷撃が止むと少女は事切れたように倒れる。

 

「ガンヴォルトさん!あの子を連れて行きましょう!」

 

響が少女が倒れるのを見計らうと捕まえる為に少女の元に向かう。

 

「待つんだ響!その子はまだ気を失っていない!」

 

ボクの言葉に足を止める響。だが、少女は舌打ちすると、鎧が急に光り始めた。

 

危険だと判断してボクは直ぐに響の元に向かう。響の前に立つと同時に少女の纏う鎧が散弾のように弾け飛ぶ。ボクは雷撃鱗を展開してボク達を襲う破片をガードした。

 

弾け飛ぶ破片は雷撃鱗をも突破する勢いであり、雷撃鱗の中に潜り込んでも直ぐには消滅せずに迫ろうとしていたが目の前でようやく霧散していった。

 

全ての破片が飛んだのか辺りには数々の破壊痕が残ったがなんとか響に怪我はなかった。

 

ボクと響は少女のいた場所を見る。だが、ボクはネフシュタンの鎧を纏っていた者を見て絶句する。

 

「なんで…」

 

そこに立っていたのは二年前ボクが救う事の出来なかった人。そして今も行方不明である少女。

 

「なんで君がテロリスト側に居るんだ!雪音クリス!」

 

ボクは少女に向けて叫んだ。



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41VOLT

何故…何故雪音クリスがテロリスト側についているんだ。

 

ボクは今までにこの事件を起こしていた一人であった少女の正体を見て絶句する。

 

「なっ…なんで私の名前を…」

 

「ガンヴォルトさん、あの子を知っているんですか!?」

 

少女、クリスは既に名前を知られている事に驚き、響は少女の身元を知るガンヴォルトに問いかける。

 

「二年前の空港での事件…とある国に捕虜となっていてようやく帰国してボク達が保護するはずだった子だよ…こんな形で会う事になるなんて…」

 

ボクは苦虫を噛み潰したように表情を歪ませて少女に合わせていたダートリーダーを下げる。

 

「保護なんて嘘だ!あの時、お前等は私を実験台にしようとしていたんだろ!」

 

「違う!ボクは…ボク達は君にそんなつもりなんて一切ない!」

 

「デタラメを言うな!お前達が私を保護すると言いながらもどうせお前等の持つ聖遺物の非人道的な実験台にしようとしていたんだろ!」

 

クリスはボクに向けてそう叫ぶ。弦十郎達は確かに聖遺物の適合者を探す為にクリスに目を付けていた。しかし、非人道的な事はするつもりもなく、身寄りのなくなったクリスの保護。そして、クリスに非人道的な事ではなく人々を助ける為に協力してもらう為だった。

 

でも、弦十郎も二課もそんな事をするつもりは一切ない。なのに何故そこまで飛躍した話になっているのか。

 

「なんでそこまで君の話が飛躍したかは分からない。でも、ボク達は君にそんな事をしようなんて考えて「黙れ!」…ッ!」

 

クリスはボクの話を最後まで聞く事もなく歌を歌い始める。

 

「Killter Ichaival tron」

 

そしてクリスの周りに響や翼、奏が聖詠を歌った時に発生するバリアフィールドが展開され、ガラスが割れる様に砕けるとそこには赤いシンフォギアを纏ったクリスの姿があった。

 

「…な、なんであの子もシンフォギアを…」

 

「イチイバル…ボクが所属する前に既に行方が分からなくなっていた聖遺物の欠片…それに彼女は適合者だった…弦十郎!」

 

『通信でお前達の会話は聞いていた。まさかネフシュタンの少女が、雪音クリス君だとは…ガンヴォルト、響君。これよりネフシュタンの少女、いや雪音クリス君の捕縛から聖遺物イチイバルの装者、雪音クリス君の保護へと切り替える!大人として彼女を放って置く訳にもいかない。それにテロリストの情報を何かしら持っているかもしれない』

 

耳につけている通信機越しで弦十郎がボクに向けてそう告げた。

 

「響。弦十郎からの指示通り、雪音クリスを保護する。抵抗されるけどなんとかするよ」

 

「分かりました!」

 

「何を話しているかは知らないがお前等になんか捕まってたまるかよ!」

 

クリスはそう叫ぶと銃の様なものを取り出して構え、ボクと響に向けて引き金を引く。銃の様なものからは紫色の矢の様なものが幾つも放たれる。

 

ボクと響はその矢の様なものをその場から飛び去り回避する。クリスは気付けば空いた方の手にも既に銃が握られており、一方を響、もう一方をボクに向けて構え、引き金を引いていた。

 

雷撃鱗で防ぐか考えるが、クリスの銃から放たれているのは物質ではなく、エネルギーの様なものだと一目瞭然である為、ボクは迫り来る矢を回避してクリスに向けて駆け出す。

 

クリスはボクや響に向けていた銃をガトリングへと変形させると弾幕を張る。

 

ボクはガトリングの弾幕を雷撃鱗を展開して全て防ぎ切るが響の方に向けられた弾丸を響は避ける事が出来ず、幾つか被弾してしまう。

 

「響!」

 

ボクは雷撃鱗を展開した状態でクリスに向けて近付いて響からボクに狙いを集中させようとする。

 

「ちょせぇ!」

 

クリスはボクに向けていたガトリングを再びハンドガンの様なものに変化させるとマシンガンの様に矢の雨をボクに向けて放つ。

 

「くっ!」

 

電磁結界(カゲロウ)さえあればこの中をEPエネルギーがある限り避ける事は出来るが前同様、無いものに頼ろうとしても意味がない。

 

ボクは雨の様に降り注ぐ、矢を最小限の動きでなんとか避け、クリスへと近付いていく。そんな中、響がボクに視線を移しているクリスを目にしたのか取り押さえようと駆け出した。

 

「お前の考えている事はお見通しなんだよ!」

 

クリスはそう叫ぶと腰についていた鎧から幾つもの小型のミサイルの様なものを展開した。展開した小型のミサイルは直ぐにボクと響に向けて発射される。

 

「響!逃げるんだ!」

 

ボクの言葉に直ぐに反応した響はクリスから離れながら、小型のミサイルから逃げる。

 

「他人の心配なんてずいぶん余裕じゃねえか!」

 

気付けばクリスは両手に銃を携えてボクへと接近していた。直ぐに雷撃鱗を展開して接近を辞めさせるが、それでも矢の様なものを撃ち出して、攻撃をやめない。そしてクリスの後ろでなんとか小型のミサイルを回避していた響だったが、木の根に足が引っかかって転び、小型ミサイルが直撃する。

 

「響!」

 

「後はお前だけだ!」

 

いくらシンフォギアを纏っていてもあの攻撃を全て受けては無事では済まないかもしれない。最悪の場合、響は…。その事を一瞬考えてしまう。だが、その心配も杞憂に終わる。響のこけた地点に聳え立つ壁の様なもの。その正体を知るボクは直ぐにクリスへと接近して雷撃を纏った腕でクリスを掴もうとする。

 

クリスは直ぐ様避けて距離を取り、ボクからアドバンテージを取ろうとしたのか響のいた方向に銃を向ける。

 

「おい、これ以上お前が抵抗するならあいつがどうなってもいいのか!?ッ!?いつの間にこんなものが!?」

 

「こんなものじゃないわ、これは巨大な剣よ」

 

突如出現していた壁の様なものにクリスは驚く。そして返答に答えるのはボクや響ではなく、今は入院しているはずの翼であった。

 

「翼さん!?」

 

「翼!シンフォギアを纏って大丈夫なのか!?」

 

響は現れた翼に驚き、ボクはここに来る前まで立つ事もやっとであった翼の状態を心配する。

 

「仲間が戦っている時に伏せっている事が防人としての私が許せなかった。だから私はそんな状態でも来たの。それで立花をこうやって助ける事が出来たんだから」

 

「翼さん…」

 

「変な空気を醸し出してるんじゃねぇ!そういう関係なら他所でやれ!」

 

そんな状況を見てクリスは顔を赤らめながら叫び声を上げる。何を恥ずかしがっているのか分からないが、ボクはそんな隙を見逃すはずもなく、クリスへと素早く近付いてクリスを捕縛しようとする。

 

クリスも直前でそれに気付いたが、間に合わず、ボクはクリスの武装を叩き落として地面へと倒すと、抵抗出来ないように押さえつける。

 

「くそっ!」

 

「大人しくシンフォギアを解いて。これ以上君を傷付けたくない」

 

ボクの言葉はクリスには全く届かず、暴れようとする。雷撃を出して大人しくしてもらうか?いや、それはクリスにとっても情報を聞き出す際にそれがトラウマになったりして、情報を聞き出せない可能性がある。それに、助けられなかった少女を雷撃で黙ってもらう事も何処か間違っている気がする。

 

「大人しくすれば何もしないよ。だから」

 

「ガンヴォルト!お前達の周囲にノイズの反応が確認された!どんどん増えている!気を付けろ!」

 

突如弦十郎の声が通信機越しに聞こえる。ボクは通信が入ったであろう響と翼に向けて周囲の警戒を指示する。だが、翼は無理をして来ているせいで、響は先程のクリスの攻撃を受けて所々シンフォギアが砕けている。

 

「翼!響!この子を頼む!ノイズはボクが処理する!」

 

そしてなんとか近くに寄ってきた翼と響にクリスを任せ、ボクは直ぐにダートリーダーのマガジンを交換して索敵を開始する。

 

「弦十郎、ノイズの位置の特定は?」

 

「お前達の反応と今一致している!周囲にノイズは!?」

 

ボクは周囲、そして上空を確認するがノイズの姿が見当たらない。

 

「まさか!?翼!響!その子を抱えてその場から離れるんだ!」

 

ボクは翼達に叫ぶ。その瞬間地面が盛り上がり、ドリルの様な形状となった飛行型ノイズが現れた。翼はなんとか避ける事が出来たが、響はクリスを庇い、さらにダメージを負ってしまう。

 

「響!」

 

ボクは素早く避雷針(ダート)を撃ち込んで雷撃でノイズを炭の塊へと変える。ノイズにより負傷した響はクリスが抱えており、響に対して何故と問答していた。

 

「私、さっきクリスちゃんに酷い事をしたみたいだから…こんな事で私がやった事が許される事じゃない事は分かってる。でも、それでも私、クリスちゃんを助けたかったから…仲良くなりたかったから…」

 

「訳分かんねぇよ!お前の言ってる事!私は…私はお前に今まで酷い事をしてきたんだぞ!それなのに…それなのに助けたかったから?仲良くなりたかったから…本当にお前の事分かんねぇよ…」

 

クリスは今直面している事態に戸惑い、そして敵だったはずの響に助けられ更に混乱している。

 

「結局、なんの成果も出せずに敵にまで助けられるなんて、本当に私をどれだけ失望させれば済むのかしら?」

 

突如響く声にボクはその発信源に向けてダートリーダーを向ける。そこには金色の長髪、そして黒い喪服の様な服装にサングラスをした女性が佇んでいた。その手に持つものは事前に翼や響がクリスと戦った時にクリスが使っていたノイズを召喚する杖であった。

 

「全く、女性に向けていきなり銃を構えるなんてどれだけ物騒な男なのかしら?」

 

「その言葉そのままそっくりお返しするよ。貴方が手に持つその杖は一体なんなのか分かっているのか?いや、タイミング的に既に使い方も分かっていると思ってる。ボクは貴方を今まで起きていた事象に関わっていると判断させてもらう。さっきのノイズ、そして貴方が出るタイミング、この子に対して言った言葉。無関係なんて言わせない。貴方達の目的はなんだ」

 

ボクは女性から照準を離すことなく女性に問いかける。

 

「貴方達に言う必要があるかしら?それとも無理矢理でも聞き出してみる?」

 

女性は素敵な笑みを浮かべるとノイズを大量に杖から召喚させるとボク等、それに仲間であるはずのクリスまでを狙い攻撃の指示をした。ボクは襲い来るノイズを処理する為に避雷針(ダート)を撃ち込んで雷撃で、突撃してくるノイズを雷撃鱗を張って防ぐ。

 

「どういう事だよ!フィーネ!なんで私まで攻撃するんだ!」

 

後ろで響を支えるクリスが女性、フィーネに向かって叫ぶ。しかし、フィーネの興味なさげに、いや、興味がなくなった様な態度でクリスに向かい言い放つ。

 

「貴方の様な私の言った事を何一つこなせない様な子に私といる存在価値なんてないわ。本当に貴方をあの時引き取った事を後悔した。唯一役に立ったといえばこれを使える様にした事ぐらいね」

 

クリスに向けてフィーネはそう言い放つ。クリスはその言葉に縋るように懇願する。

 

「待てよ!私は確かにフィーネの言った事は何も出来てない…でも」

 

「言い訳なんて耳障りよ、クリス。貴方はもう私にとっては要らないの」

 

フィーネがそう言うとクリスは瞳から涙を浮かべまだフィーネに向かって言おうとする。

 

しかし、それを邪魔するように今度は空にノイズを大量に召喚するとボクの攻撃の届かない空から負傷しているクリスと響、本調子ではない翼に向けてノイズが襲い掛かる。

 

「閃く雷光は反逆の導、轟く雷光は血潮の証、貫く雷撃こそは万物の理」

 

ボクはヴォルティックチェーンの言葉を紡ぐ。その瞬間、フィーネはまずいと思ったのか、全てのノイズをボクに向けて狙った。

 

「ブラフだよ」

 

ボクは雷撃鱗と避雷針(ダート)を撃ち込んで次々と敵を殲滅させた。フィーネは舌打ちをするがまだ余裕を持ってボクに話しかける。

 

「全く、広範囲スキルをブラフに使うなんて嫌な事するわね」

 

「仲間のはずのクリスをも巻き込んで殺そうとした貴方に言われたくないよ」

 

「ふふっ、仲間なんて思った事なんてないわ。その子は既に役目を終えた駒に過ぎないもの。それに、私はもう目的を達したから」

 

その言い方に対してボクはかつてのあの人のように信頼していたのに裏切り、殺そうとした事を思い出し、目の前の女性にかつての怒りが込み上げた。

 

「ふざけるな!そんな事の為に貴方はこの子を…クリスを駒として使っていたのか!うんざりなんだ!利用されて、使えないから処分されるなんて…人の気持ちを…意思を尊重しない貴方達のような輩が!」

 

「何熱くなっているか知らないけど、さっきも言ったようにもうここに用はないの。既にこの手にそこの役立たずが捨てたネフシュタンがあるのだから」

 

そう言って手を翳すとそこにはクリスの纏っていたネフシュタンの鎧の原型が女性の手の上に浮遊していた。辺りを見回すと散乱していたはずのネフシュタンの鎧の欠片が消えている。

 

「それが目的の時間稼ぎ…でも、貴方を逃す訳にはいかない!」

 

ボクは女性に向けて避雷針(ダート)を撃ち出す。しかし、避雷針(ダート)は杖により召喚されたノイズにより阻まれる。雷撃鱗から誘導される雷撃によりノイズは炭となっていなくなる。そして、先程までいたフィーネの姿も消える。

 

「待てよ!フィーネ!」

 

消えた方向に響を翼に押しつけて追い掛けるクリス。ボクはクリスを掴んで止めようとしたが、クリスを掴もうとした瞬間にボクとクリスの間を通り過ぎる何かにより阻まれた。クリスはそれを無視してフィーネを追い掛けて行き、姿を消す。ボクもその後を追おうとしたが、今度は響と翼に向けられて迫り来る何かを察知して翼と響を守るように雷撃鱗を張った。

 

その瞬間に雷撃鱗に当たる何か。それは雷撃鱗を超えて迫ろうとするが雷撃鱗に入ってくると同時に角度を緩やか変えていき、そのまま逸れるように地面へと衝突した。

 

ボクは響と翼を誘導して木の後ろに隠れると先程の奇襲を警戒する。

 

「敵なの!ガンヴォルト!?」

 

響を支える翼がボクに問いかける。

 

「分からない。でも、タイミング的に敵だと思う。響と翼に向けてされた攻撃は弾のように見えた。もしかしたら何処からか狙撃されているかもしれない」

 

「そんな!?」

 

「フィーネ…あの人の協力者なのかもしれない。ボク達の目の前に出てくるにしても逃げられる策がないと出てこないのに、そんな事も頭に入れてなかった…ごめん、翼、響。ボクのミスだ」

 

ボクは翼と響に謝る。とにかく二人だけでも守らなければ。そして数分の時間が経つ頃には周囲に二課、そして避難誘導していた一課が到着して現場は収束を見せた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

フィーネは避難誘導される人々に混じりながら、ガンヴォルト達のいた場所から離れていた。その手にはソロモンの杖もネフシュタンの鎧も既になく、誰からも怪しまれてはいなかった。

 

そんな中、フィーネの携帯に非通知の着信が入る。フィーネは誰かからの連絡なのか知っているかのように電話に出る。

 

『フィーネ、上手く逃げられたようだな?』

 

「よくもまあ平然と連絡が出来たものだな、アッシュボルト。貴様のおかげでこちらはどれだけ被害を被っているのか理解しているのか?」

 

電話の相手は協力者であり、そしてフィーネの目的に対してミスを犯したテロリストの頭目、アッシュボルトと呼ばれる者であった。声は変声器を通してなのか、ニュースでよく聞くような声になっている。

 

『ミスではないさ。あれはヒントさ。フィーネから聞いたその存在が本当に知っている者なのかをね』

 

「そんな事はどうでもいい。私はお前のせいで計画の成功率が下がっているんだ。どう落とし前をつけてくれる」

 

『だからさっき落とし前をつけたさ。あの男から簡単に逃げられると思っていたのか?私が狙撃して足止めしていなかったら確実にあの男に捕まっていたぞ?』

 

フィーネはその言葉を聞き、ぐうの音も出ない。確かに、あの程度でガンヴォルトを止められるはずはない。だが、特に追撃もなく逃走出来た。裏でこの男が動いて逃走出来たがそこまで言われると癪に触った。

 

「そちらのミスのせいでこんな目に遭っているのよ?これで貸し借りは無しとは言わないわ」

 

『それは失敬。だが、そちらにも非はあるぞ?私が回収した聖遺物を使える少女を買い取ると言ったのに安易と使い捨てるそちらにもな』

 

その言葉にフィーネは特になんの感情もなくアッシュボルトに言い捨てた。

 

「使えなかったから捨てただけよ」

 

『そうか。どちらも育て方と言う物がよく分からないようだな』

 

アッシュボルトはそう言うと直ぐに何かを片付けているのか忙しなく動きながら告げた。

 

『まあいい。それと我々はこれより君への支援はなしにしてもらう。君とあの子供のせいで失敗続きだ。既に私は見限っている。そんな所に投資したところで何も変わらないからな。もちろん、近日中に貴様の持つソロモンの杖も回収させてもらう。今までの報告も偽りと知った今、貴様に手を貸すメリットなどないからな』

 

「好きに言ってればいいわ。私は私の目的の為に動くだけよ。それにこれは元々私の物だ。返す訳ないでしょう」

 

『全く。君は立場を理解していないようだな。まあいい。その杖だけは回収させてもらうよ』

 

そう言うと向こうは電話を切ったのか、ツー、ツーと電話越しに聞こえる。フィーネは通話を切り、周囲の誰もが怪しんでない事を確認すると避難する人混みの中で姿を消した。



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42VOLT

響と翼は一課と二課のエージェントに連れられ病院に搬送される中、ボクは慎次と共にあの場に撃ち込まれた物を確認していた。

 

「狙撃銃の弾ですね。ガンヴォルト君の言う通り、そのフィーネと名乗る女性の協力者が放った物でしょう」

 

「タイミングとしては間違いない。弾痕の地面への侵入角度からこの辺りからの狙撃だとは思う」

 

そう言って広げられた地図に印を付ける。

 

「ボクもそう思って印を付けた一帯を一課、二課合同で捜索してもらっています。一応、狙撃銃の有効射程距離分をくまなくしていますが、雑居ビルの立ち並ぶ場所ですから時間はかかるでしょう。それと逃げたフィーネと呼ばれる女性の捜索も当たっていますがそれらしき人物を見たという報告はありません」

 

「雪音クリスの情報は?」

 

ボクの問いに慎次が答える。

 

「雪音クリスさんの捜索も並行して行っていますが、今の所発見に至っていません。彼女の身に付けているシンフォギア、イチイバルのアウフヴァッフェン波形が途切れた場所を特定して捜索をしていますが、こちらも今の所報告がなく、発見は出来てないと思います」

 

「分かった」

 

ボクは拳を強く握る。

 

「ガンヴォルト君のせいではありません。あの時、君が彼女を保護出来なかった事を悔やんでいる事は知っていますから」

 

慎次はボクの胸中を察してそう言った。慎次の言う通り、ボクはあの時に空港のエントランスで待機せず、滑走路に入ればクリスを保護して、こんな事はなかったかもしれない。でも、既にこうなってしまっている以上、悔やんでも仕方がない。

 

「ありがとう、慎次」

 

ボクは慎次に礼を言う。それと同時に地図の付近に置いてあった無線機に通信が入る。

 

『狙撃ポイントを発見しました!ですが…』

 

通信先の隊員が少し言葉を詰まらせる。

 

「何処ですか?我々もそちらに向かい、調査を行いたいんです」

 

慎次が隊員に向けて告げる。だが、隊員の言った一言に慎次は息を呑んだ。

 

『狙撃ポイントは指定されたポイントのさらに先、約四〇〇〇mも離れた場所にありました』

 

「そんなまさか!あり得ない!優秀な観測手がいたとしてもその距離を正確に狙うなんてほぼ不可能なはず!」

 

『それだけじゃありません!この狙撃は複数などではなく単独で行われたものです!』

 

隊員の言葉を信じられないと言い続ける慎次。普段あまり慌てない慎次に驚きつつも今度はボクが慎次に落ち着くよう促し、隊員に話しかける。

 

「慎次、落ち着いて。そのポイントをこちらに送ってもらえる?直ぐに調査に向かうから」

 

ボクの言葉に隊員は了承して通信を切ると近くにあった画面に発見された狙撃ポイントを確認すると慎次と共に車に乗り込み向かう。

 

「まさか、テロリスト側に装者だけじゃなく出鱈目な狙撃手もいるなんて」

 

「四〇〇〇m…確かに出鱈目な距離だ。それも優秀な観測手無しでその距離を正確に撃つ事の出来る人材がいるなんて…」

 

慎次の言葉に賛同しながらも見えぬ敵に新たに追加された狙撃手の事を考える。

 

正確に撃ち抜いた記録となると約三五〇〇mが最高だったはず。動かない物体に対してならまだしも動いていたボクに向けてだ。到達時間も十秒もかかる為どれだけ難しいのかは分かる。それを二発共誤差はあったかもしれないがほぼ正確にボクや翼と響に向けて撃ち込んでいた。そんな狙撃手はこの世界では知らない。

 

「それに雷撃鱗を僅かながら貫通してきた…」

 

確かにそれが可能な弾丸はある。だが、それは完全に貫通をしてダメージを与える。過去に戦った事のある能力者を憎んでいる少年が使っていた弾丸だ。もっと恐ろしい弾もあったがあれとはまた違う。

 

だけど、それはこの場の話などではなく、元いた場所での事だ。ここにはそんな都合よく同様の弾が存在している?狙撃手に雷撃鱗を貫通する勢い。その正体について慎次と考察をしながら車を進めていき、数十分後にその狙撃ポイントとなっていたビルに到着する。そこは廃ビルであり、少し前まで企業が入っていたが、老朽化により解体予定となっている場所であった。

 

ボクと慎次は既に現場に居た隊員達に調査の事を告げて廃ビルの屋上へと向かう。調査している隊員を指揮している者に話しかける。

 

「二課から調査で来ました。現状分かっている事だけでいいので教えてもらえますか?」

 

慎次の言葉に隊員は答える。

 

「現在分かっている事は狙撃ポイントがここという事と狙撃手一人である事です。狙撃手が一人だけと断定した理由は我々の調査時に履いていた靴以外で最近出入りした靴跡が一種類しか見当たらなかった事です。それとこんなものが」

 

隊員はそう言って慎次に何か紙を渡した。慎次はそれを見て直ぐにボクへと紙を渡してくる。

 

ボクはその紙を見て驚愕する。

 

そこに書かれているのは前回、慎次が見つけたテロリストのアジトに残されていたメモと同一のものであった。だが、あの時と違い、追加されるように別の言葉も書き綴られていた。

 

《その蒼き雷霆(アームドブルー)は本物か?》

 

どういう意味か分からない。だが、確実にボクの事を、そして第七波動(セブンス)の事を知っている。

 

ありえないと頭に浮かぶ。内通者は既に居る事は把握しているが、それでもこんな事を問いかけてくるのはおかしい。それに本物の蒼き雷霆(アームドブルー)とは…このメモを残した人物は何を知っていて、何故このような問いを残していくのか意味が分からなかった。

 

「どうやらテロリストのアジトに居たと思われる人物と同一人物で間違いなさそうですね」

 

その言葉にそうだと答えようにもボクは今それよりもこの言葉が何を指しているのか考え込んでいた。

 

本物の蒼き雷霆(アームドブルー)、それは何なのか?この力はまさしく雷撃を操る第七波動(セブンス)であり、本物かと問う意味が分からない。何が本物でないのか?全く分からない。

 

「ガンヴォルト君!」

 

慎次が隣でボクが答えない事を心配して揺さぶって思考の海から引きずり上げる。

 

「…ッ!?」

 

「メモを見たまま固まっていたので何事かと思いましたよ。何か分かったんですか?」

 

「ごめん。考え込んでた。今のこれだけだと正直何も分からない。この下の言葉が何を指しているのかは。本物…この言葉がどういう意味で書かれているかなんて」

 

慎次に謝り、今の現状は何も分からない事を伝える。しかし、また何故こんなものをテロリストは残していったのか。

 

慎次とボクは調査班が廃ビルの屋上を調査し終えるのを待ち、指揮する隊員に怪しい箇所を全て調べてもらったが何も見つからなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクは結局それ以上の情報を得られる事が出来ず、今入った情報共有の為に二課の司令室へと戻った。慎次は入院していたのに抜け出した翼の心配をして先に病院へ寄ってから向かうと言った。その為、ボクは先に司令室へと入り、弦十郎へと調査の件を報告する。

 

「なるほど。前回慎次が調査を行ったテロリストのアジトと同じメモがあり、さらに意味深な事が書かれていたと」

 

「うん。それに敵に相当手練れの狙撃手が一人いる。観測手無しに約四〇〇〇mを僅かの誤差でだ。ただでさえ向こうにはノイズを操る事の出来る完全聖遺物、ネフシュタンの鎧、それに…」

 

「雪音クリス…我々が保護出来なかったシンフォギアを纏う事の出来る少女。だが、あちらの首謀者と思しき女性、フィーネは雪音クリスを見限り、お前共々襲い掛かった」

 

ボクは弦十郎の言葉に頷く。

 

「雪音クリスはテロリストからも見限られて一人になっている可能性は高い。テロリストからしたらなんらかの情報を持っている彼女は目的の障害にしかならない。一刻も早く保護をしないと」

 

「分かっている。だが、未だ彼女の行方は分かっていない」

 

弦十郎も悔しそうに拳を握る。こうしている間にも雪音クリスの身が危ない。

 

「とにかく、こちらも一課にも協力してもらいながら彼女の行方を追う。ガンヴォルトは今は休め。こちらで調べられる限りは調べておく」

 

その言葉に反論しようとしたが肝心な時に身体を壊して何も出来なくなる方がもっと意見になると思い、弦十郎の言葉に甘える。

 

休みを取る為に帰ろうとする途中慎次がちょうど病院から戻ったようで翼と響の状態を聞く。響は軽傷、翼は特に異常はなく、現在は安静にしているそうだ。

 

後はクリス、彼女が無事な事を祈る事しか出来ない。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガンヴォルト達が報告をしている最中、フィーネは街の外れにある一角の屋敷のバルコニーに佇んでいた。

 

「どういう事か説明しろよ、フィーネ!」

 

フィーネの背後には先程から追い掛けてきたクリスの姿があり、今にも飛びかかりそうな勢いでフィーネの次の言葉を待っていた。

 

「全く、何処まで貴方はしつこいのかしら。さっきも言ったように貴方は既に用済みなのよ、クリス。今の貴方にはなんの感情も湧かないわ」

 

「ふざけるな!私は…私の理想と同じ目的を持つお前とその為にどんな非道な事もやってきたんだぞ!それなのに…それなのになんで!」

 

クリスはまだフィーネが必要としてくれるはずと心の何処かで思っていた。しかし、振り返り、こちらを見るフィーネの目にはゴミでも見るかのようになんの感情も持たぬ瞳でクリスを見る。

 

「何度言わせれば分かるの?貴方は不要よ。役に立たない駒を何故手元に置いておかなければならない?」

 

クリスを突き放すその言葉。クリスは本当にフィーネから必要とされなくなった事に絶望する。身体から気力が、生気が何もかも抜けていくように身体から力が抜け膝を突く。

 

「もう貴方に用はないわ。今ここで消えなさい」

 

フィーネがそう言うと何処からともなくソロモンの杖を取り出すとクリスへと近付き、尖った先をクリスに向けて振り下ろす。

 

クリスは何もかも諦めて、このまま死ぬ事も考えた。もうここで終わってしまえば、何もしなくて済む。苦しむ人達ももがく人達も見なくて済む。だが、そんな絶望の中、彼女の脳裏に浮かんだのは両親の姿であった。

 

こんな悲劇が続いてもいいのか?苦しむ人達をこのままにしてていいのか?クリスはそれを否定する。クリスはなんとか気力を持ち直し、振り下ろされる杖を間一髪の所で避けて屋敷から逃げる為に駆ける。

 

だが、その目には涙が浮かんでいる。今までフィーネの為に頑張ってきたのに裏切られた事に対して、何も出来なかった自分自身の不甲斐なさに対して。

 

クリスはとにかく逃げ続けた。生きて自分の理想を、争いの無い世界を実現する為に。

 

そんなクリスの後をフィーネは追う事はしなかった。フィーネの目には既にクリスの事など映ってなどいなかったのだから。



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43VOLT

アニメ一話分になんでこんなに話が出てくるんだろう?
別に書かなくてもいいんじゃないかと思いながら、そうすると繋がりが無くなったりして怖いなと思いながら書いていました。
なんや感や後書きに白き鋼鉄のXの続編希望で自分なりの真エンドっぽく書いたけど絶対にこんなことになる事はないや。
だってタイトルがタイトルだもんね。
と言うことで白き鋼鉄のX未プレイの方は閲覧注意。


「全く、同じ病室のお見舞いに一日三回も訪れるなんてね」

 

「ガンヴォルトが心配性なだけよ」

 

「そうですよ、ガンヴォルトさん」

 

ボクの言葉に翼と響が答えた。

 

「そうかな?でも、二人ともなんともなくて良かったよ。慎次には様子を聞いていたけど心配だったんだ。それよりも響、今はなんともない?」

 

響はボクの言葉に対して疑問符を浮かべる。どうやらすっかりさっきの戦闘の暴走を忘れているようだ。今回は無事に戦闘が済んだが、響がクリスとの戦闘の際に起こしたあの暴走。響はその時の記憶が無い為、何故あのようになったのか分からないが、響の胸に宿るガングニールが何か悪い方向に作用していない可能性もないとも言い切れない。

 

ボクはあの時の事を伝えると顔を曇らせ、ボクに頭を下げて謝る。

 

「ごめんなさい、ガンヴォルトさん!」

 

「ボクは気にしていないから大丈夫。でもなんであんな事になったの?」

 

ボクがそう言うと少し間を開けて響は話した。

 

「未来が…親友が私の目の前であの子に傷付けられて…それで胸の中で嫌な感情が溢れ出して、次に気付いた時はガンヴォルトさんがあの子と戦っている時でした」

 

「響の親友…あの付近に倒れていた女の子かい?」

 

「多分、そうだと思います。搬送してくれた隊員の人がたまたまいたので異常もなく無事とは聞きました。大事をとって今は入院していて眠っているので病室にも入れなかったです」

 

響はそう答える。無事な事もいい事だが、大切な人を傷付けられた事を引き金に響の胸に宿るガングニールがなんらかの影響で暴走したのかもしれない。

 

聖遺物に詳しい訳では無い為なんとも言えない。了子も休みであったが響の事を聞いて今こちらに向かってもらっている。

 

「とりあえず、響は了子が来たら一回了子に見てもらった方がいい。もしかしたら病院では分からなかった異常が見つかるかもしれない」

 

「…分かりました」

 

表情が暗いままの響。だが、何か思い出したようにボクに言う。

 

「そういえば私、意識が朦朧とする中、またあの歌を聞いたんです。ライブ会場で聞いた、勇気をくれたあの歌を」

 

その事を聞き、ボクは驚き、響に詰め寄る。

 

「シアンに会ったの!?」

 

急の事に響は驚く。そして何故か顔を赤くして答えようとも言葉が出ないのかあの、えっとと繰り返す。

 

「ん、んっ!」

 

そんな様子を見ていた翼が咳き込む。

 

ボクはなんの事か分からないが、翼の体調を気になり、一旦落ち着いて翼の体調を気遣う。

 

「大丈夫かい?翼?」

 

「ええ、大丈夫よ。でもガンヴォルト。急に詰め寄ったりしたら立花も話しにくいと思うから離れた方がいいわ。立花も多少なりとも負傷してたんだから身体を気遣わないと」

 

何故か怒ったように強い口調で言う翼。怒っている理由は分からないが確かに響も負傷していたし。悪い事をしたと響に謝る。だが、それでも響にはその事を…シアンの事を聞かなければならない。

 

「ごめん、急に詰め寄ったりして。でも、どうしても知りたいんだ。なんでシアンの話が出てくるのかを」

 

響は息を吸っては吐いてを繰り返して、ようやく落ち着いたのか話し始める。

 

「私もなんであの歌が聞こえてきたかは分かりません。だけど意識が朦朧としてた時、ガンヴォルトさんの声が聞こえて、急に意識が覚醒したんです。でも何故か意識はあるのにあの森じゃなくて何もない真っ白な空間にいて、そこでその人があの歌を歌っていたんです。蝶を思わせる服を着た金色の長い髪の女の人が」

 

蝶を思わせる服、そして金色の長い髪。モルフォだ。

 

「でも、その人は私が話しても反応がなくて、何度も呼びかけたんですが反応がなかったのでその人の所に向かったんです。けど女の人に近付こうにも何故か距離が変わらなくて、気付けば私とその人の間に霧が出て、とにかく私はその人の元に向かって走ったんです。それで光が見えたのでそこに向かって走っていたらあの森で倒れていたんです」

 

響の話を聞いて考える。シアンが、歌っている姿を響は見ていた。しかし、響が話しかけてもシアンは歌い続け、響の事を無視していた。何故?

 

「あら?何二人してそんな深く考え込んでいるの?」

 

ちょうど考え始めた瞬間に了子が翼の病室に入ってきた。

 

「了子か」

 

「何よ、貴方が呼んだんでしょう?」

 

少し不服そうに了子が答える。確かに呼んだのだが、どうしてこう間が悪いのだろうか?

 

「悪かったよ。それより、メールで言った響の件お願いしても大丈夫?」

 

「当たり前じゃない。人類の砦となるシンフォギア装者。そして開発者である私が断ると思う?それに今までなかった現象。響ちゃん自身に今の所何もないにしてもいつ異常が出るか分からない以上、無視する訳にいかないじゃない」

 

日頃からこのぐらい真面目ならいいのだが。とも思うが、了子に響の事を任せる。響も了子の後をついて行き、翼の病室を後にした。

 

残されたボクと翼。ボクは翼に対して問う。

 

「翼、なんで響が話したシアンの事で君も考え込んだんだい?」

 

先程、了子が言った通り、二人。響ではなく、考え込んでいたのは翼とボクである。シアンの声を聞いた事のある翼が何故ここまで考え込んでしまうのかボクは気になった。

 

「…さっきも話した電子の謡精(サイバーディーヴァ)を宿した物…それが今、立花の胸にあるガングニールの欠片なんじゃないかって思って…」

 

「…なんでそう思ったの?」

 

ボクもその事を問い返す。確かに先程クリスとの戦闘前に翼の言っていた電子の謡精(サイバーディーヴァ)の宿る何か。それに響が何故かシアンの、モルフォの姿を見たのも気がかりだ。それに翼に情報提供した者の言っていた嫌な予感。それが響の暴走だとすると妙に辻褄が合う気がする。

 

「でも、もしそれが本当ならどうすれば…響のガングニールの欠片は心臓付近に食い込んでいるんだ。それを取り除くとなると響に危険が伴う…」

 

「…とにかく、今は様子を見る事しか出来ないと思う。だから、私達で立花の様子を見守るしかない…」

 

翼も何処か悔しそうにそう言う。まさかこんな身近に、そしてあろう事か疑わしきものが響の胸の中に宿っている可能性があるなんて。

 

「でも、まだ可能性の段階だ。ボクはその事も考慮して念の為に他にもそれらしきものを探そうかと思う」

 

翼はその言葉にお願いと返事をする。

 

「とにかく、翼は体の方をゆっくりと休めて復帰して。ボクや二課の皆。それに歌手としての翼の帰りを待ち望んでいるんだから」

 

「…そうね。ありがとう、ガンヴォルト」

 

「気にしないで。翼も早く良くなるようにしっかり休むんだよ」

 

ボクはそう言って翼の病室から立ち去った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

病室に残された翼。翼は先程の件の事を考えていた。

 

(立花の胸に宿るガングニールの欠片…それがシアンの言っていた電子の謡精(サイバーディーヴァ)の宿る物の可能性がある…)

 

確証はない。だが、ガンヴォルトから聞いた響の暴走。そして響が見たシアンの姿と歌。翼がシアンと会った時の事と似ている。そして、響が声を掛けても反応がなかったシアン。

 

あまりにも出来過ぎているとも感じてしまう。多分ガンヴォルトもそれを考えて別の物があるかの捜索を行うと答えたのだろう。

 

だが、もし響の胸に宿るガングニールがシアンの言っていた物であるのならばどうやってそれを調べる。調べるとすればシアンは秘密にして欲しいと言っていったが了子の調査は必須となる。

 

「シアン…私達はこの後どうすればいいんだ?」

 

翼の病室に呟いた言葉が木霊した。だが、その問いに答える反応は一切無かった。




誰もいなくなったスメラギ第拾三ビルの最下層。そこにある砕かれた三つの電脳ポット。損害の少ない唯一のポットの中に未だノイズが混じりながらも百年以上前に存在していたテロリストのエンブレムが存在していた。

「マイナーズドモメ…ヨクモワタシヲ…セプティマホルダーノ守護者デアルワタシヲコワシテクレタナ…」

ノイズがかったデマーゼルの声が室内に木霊する。しかし、その声も消えかかるように遅く、そして明滅しながら電脳とかした命も尽きようとしていた。

「マダダ…マダワタシハヤラネバナラン…セブンス能力者ノ…セプティマホルダーダケノ世界ヲ…コンナトコロデ…ヴァニッシュスルワケニワイカナイッ!」

そう言うと再び天井からもう一つ冷気を纏いながら降りてくる一つのポットがあった。

「マサカ…コノ姿カラ退化スルコトニナルトハナ…」

そう呟くと共に冷気を放つポットが熱を帯び、水蒸気が舞う。水蒸気が晴れるとそこには機械に繋がれた一人の少年の姿が現れた。

かつてデマーゼル自身がこの手にかけた少年の姿が。

「能力因子ノキャプチャノ為ニキサマを残シテ正解ダッタ…」

そう呟くとその機械に繋がれた少年の身体中に蒼い雷撃が迸る。

そして少年の身体から雷撃が消える。それと同時に先程まで破損したポットの中に浮かんでいたエンブレムも消失した。

静寂がこの場を支配する。

そして静寂を破ったのは機械に繋がれた少年であった。

再び機械に繋がれた少年の身体から蒼い雷撃が迸る。

「…どうやら記憶(メモリ)書き込み(インストール)には成功したようだな…」

先ほどまで動きのなかった少年の口が重々しく開かれる。

そして少年は辺りの機械を破壊するほどの雷撃を迸らせると雷撃による破壊を尽くして、地上へと降り立つ。

「マイナーズ…そしてアキュラ…まだ私は終わらない…この世の全てを能力者だけの世界に変えるまでな…」

そう呟くと先程エンブレムが消えていたポットに再びエンブレムが映し出される。

「この身体…有用に使わせてもらうぞ…GV」

その言葉と共に少年の身体にはいつの間にか出現していたコートを羽織り、何処かに消えていった。


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44VOLT

後日、響の状態を了子から聞いて問題ないとの事だった。響は午前中の為、学校に行っている。カルテとその時の検査の様子を写した動画も見せてもらい、本当に響には異常がない事を知る。

 

だが、暴走の原因は検査では解る事ではなく、了子曰く、親友を傷付けられた事による響の胸に宿るガングニールの心象の変化により暴走を起こした可能性があると了子は語った。

 

聖遺物の適合者は己の心象を武器に反映して戦う武装の為、変化によりこのような事が起きたんではないかというのが了子の見解だ。

 

響のシンフォギアに僅かながら懸念が残るが、今は異常もなく無事な事に胸を撫で下ろす。

 

「響ちゃんもこんな良い男に心配してもらえて羨ましい限りね」

 

「からかわないでよ、了子。それにボクはそんな良い男じゃないよ」

 

こんなおふざけがなければ優秀な研究者なのになと溜め息を吐く。

 

とにかく、響も無事な事が確認出来た。後は、響の胸にあるガングニールの件はどうやって調べるか。

 

クリスとの戦闘の際に見たガングニールのアウフヴァッフェン波形にはシアンの電子の謡精(サイバーディーヴァ)の痕跡は見られなかった。調べるとなるとそれくらいだった為、念の為こうやって響のカルテも見たのだが、なんの手掛かりもなかった。

 

となると、やはり別の物なのか?

 

「全く、最近ガンヴォルトは眉間にシワを寄せて考え過ぎじゃない。響ちゃんにはなんの異常もなかったってこの聖遺物に一番詳しい美人研究者の私が言うんだから間違い無いわよ」

 

考えている事と見当違いの回答だが、確かに最近眉間にシワを寄せて考えてばかりだ。シアンの電子の謡精(サイバーディーヴァ)が宿る物が響のガングニールだと考え込んだり、翼に情報提供をした謎の人物について悩んだり、クリスを救えなかった事で悩んだりと。

 

「ごめん、了子。確かに考え込む事が多くなってたよ」

 

「悩むな、なんて研究者である私は否定しないけどたまには少し休んで別の楽しい事でも考えてリラックスしないと、良い案も解決策だって浮かばないわよ。年上の美人研究者の助言を快く受け取っておきなさい」

 

「…ありがとう、了子」

 

自分の事を上げて話す了子を可笑しく思いながら礼を述べた。

 

「本当に心の底から感謝してる?」

 

「してるよ、本当に」

 

「ならガンヴォルト!貴方の蒼き雷霆(アームドブルー)を」

 

「ボクも忙しいからそろそろ行くよ」

 

全く、少し見直していたら直ぐにこれだ。とにかくボクは了子の研究室から逃げるように退出していった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響は学校の帰りに親友の入院している病院に急いで向かう。

 

リディアンの直ぐ近くにある為、直ぐに辿り着く。受付で未来の病室の部屋に行く事を告げて、病室に入る。

 

「未来!大丈夫!」

 

ノックもせずに入る響。親友である未来なら許してくれるだろうと入ったが、響の言葉に返答はない。

 

病室に入り、ベッドへと向かう。そこには外を眺めて起き上がる未来の姿がある。

 

「未来!よかった無事だったんだ!」

 

響は未来が無事な事を確認して抱きしめに行こうとするが、未来はそんな響に顔を向けずに拒絶する。

 

「やめて!響!」

 

未来の強い口調にたじろぐ響。

 

「どうしたの未来?」

 

「…」

 

未来は響の質問に何も答えない。そして暫しの沈黙の後、未来は響を見る事なく言った。

 

「隠し事はしないでって私何度も言ったよね?」

 

その言葉に響は未来にシンフォギアの事を見られたのかもしれないと思い返す。確かに、あの場で未来が傷付いてからの事は覚えていない。だが、未来の言い方は何か知っているような言い方である。

 

「どうして…どうしてあの人の事を知っていたのに私に黙っていたの!翼さんと仲良くなっているのは別にいい!…でもなんで響はあの人の事を隠していたの!あれだけ一緒に探していたのに…響は知っていながら私に隠していたの!?それに、あの響の纏っていた黒い鎧みたいなのは何なの!?」

 

ようやく響の方を向いたかと思うとその目からは涙が流れていた。

 

「ッ!」

 

響は全てではないが未来に見られていた事、そして何処で知ったのか翼とガンヴォルトの事を問われた響は口を閉ざす。

 

未来にも言いたい。だが、その事は全て弦十郎やガンヴォルトから機密として話してはならないと言われている。未来は全てではないだろうがシンフォギアの事、そしてガンヴォルトの事を気付いている。

 

話したい。でも話せない。響はそんな板挟みの感情の中、右往左往する。そんな事を知らない未来は黙ったままの響に怒りが込み上げているのか響を責め立てる。

 

「なんで話してくれないの、響!隠し事しないって約束したのに!なんで何も話してくれないの!私だけなの!?響を親友って思っていたのは!?馬鹿みたいじゃない!私だけ信じて約束を守っていた事が!」

 

「未来…」

 

「帰ってよ!今は顔も見たくない!」

 

未来からはっきりとした拒絶。響は未来の拒絶が未だに信じられないかのように固まる。だが、そんな響に追い討ちを掛けるように未来は手元にあった枕を投げつける。

 

「帰って!」

 

そこから響の記憶は曖昧だ。逃げるように病室から出て、そこからはどうやって病院から出たのか。気が付いたら響は寮の近くの公園のベンチに座っていた。

 

未来の拒絶。その事が響の頭から離れない。

 

「どうして…こうなっちゃったんだろう…」

 

響は呟く。何故こうなってしまったのだろう。未来にだけでも二課の皆には内緒で話を通しておけば、でもそうする事で未来を危険な目に遭わせる事になってしまっては…。

 

響は孤独になってしまうと感じ、腕で自分を抱いてなんとか気をしっかり保とうとする。だがその孤独感から溢れる悲しみを抑えきれず涙が流れる。

 

「未来…」

 

不意に漏れる親友の名前。しかし、今はその呟きに答えてくれる者はいない。

 

「響?」

 

見知った男性の声が聞こえた。声のする方向を見るとそこには二課から帰宅途中なのであろうか、スーツ姿のガンヴォルトの姿があった。

 

「…ガンヴォルトさん…」

 

響の様子がいつもと違うと感じたのか、ガンヴォルトは直ぐに響の近くに寄ると響の状態を見て、響に問う。

 

「何があったの、響?」

 

優しく問いかけるガンヴォルト。その優しさが今の響には辛く、涙が決壊したように流れ始める。そんな様子を見たガンヴォルトは慌てる。

 

「響、取り敢えず付いてきて」

 

事態が把握出来ないガンヴォルトは隣にあった鞄を取ると響の手を取り、立たせるとそのまま響を連れて歩き出す。響はガンヴォルトのなすがままに歩いて行く。

 

しばらくすると、近くのマンションに着く。ガンヴォルトはそのまま響を引き連れてマンションに入ると、ガンヴォルトの住んでいる一室まで招き、響を部屋に入れる。響を居間まで連れて行くと三人掛けのソファーに座るよう言って、ガンヴォルトはキッチンの方に向かった。

 

キッチンから帰ってきたガンヴォルトはマグカップを一つ持ってきて響に渡す。響はそのマグカップを黙って受け取った。その中には温かいココアが満たされている。

 

「それを飲んで落ち着いて」

 

ガンヴォルトの言葉に頷いて、袖で涙を拭いながら、響はココアを飲んでいった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

仕事も終わり、帰宅時に響に会った。それだけなら軽く話して帰ろうかと考えたが、響は涙を浮かべ、酷い顔をしていたから何事かと思わず家まで連れてきてしまった。

 

落ち着いてもらう為に響にココアを渡して飲んでもらっているが、何故響がこんな事になっているのだろうか。

 

ボクは響が落ち着くのを待つ。響の座るソファーの空いているスペースに座る。響はココアも飲み終わり、ボーッとしていた。涙も止まったのか流してはいないが目がまだ赤い。

 

「落ち着いた?」

 

響に問いかける。響は未だボーっとしているがこくんと頷いた。

 

「何があったか分からないけど、相談してくれれば力になるよ。別に話したくないのなら深くは追求はしないから」

 

ボクの言葉から口を閉ざしていた響はしばらく無言のままであったが、意を決して話し始めた。

 

「未来を傷付けない為に嘘を吐いてでもずっと隠していた事がバレて…未来を傷付けてしまいました…。お見舞いに行ったのに…未来から拒絶されて…」

 

響はまた涙を流し、止めどなく流れる涙を制服の袖でぐしぐしと拭う。

 

ボクはそんな響に対してどう話すか考える。ボク自身にも大切な人達はいる。だが、親友といわれるとそういう関係の人物にあたる存在はなく、どう話せばいいか分からない。

 

「未来が私を嫌いになったら、私はまた一人になっちゃう…嫌だよ…」

 

響は涙を拭いながら何度も一人になりたくない。未来とは離れたくないと連呼する。過去に何かあるのだろうか。だが、この様子を見るに問い返してさらに響を追い詰めては元も子もない。慰め方などは分からない。

 

だけど、

 

「響の辛い気持ちは分かるよ。大切な人がいなくなるのはとても辛いし、悲しい」

 

今のボクもシアンという大切な人が見つけられないからこそ響の気持ちを理解出来る事もある。

 

「響を傷付けてしまったのはボクにも原因がある。本当にごめん」

 

「ガンヴォルトさん達のせいじゃないです…私が…私がもっと…」

 

響はそう言って自分を追い詰める様に、そして自分のせいとまるで何かに取り憑かれた様に復唱する。

 

「響のせいじゃない。君は親友を守る為に自分を追い詰める必要もないよ」

 

「でも!私が」

 

響は何処か怒りをぶつける様にボクに対して叫ぶが、ボクはそれを制して言う。

 

「何度も言うよ。響のせいじゃない」

 

響は何か言おうとするがさらにボクはかぶせる様に言って響の言葉を遮る。

 

「例え響が自分のせいと思っても、何も変わらないし変えられない」

 

「ならどうすればいいんですか!?私は親友を失うかもしれないのに人事みたいに!ガンヴォルトさんには分かりませんよ!大切な人が居なくなるかもしれない辛さも信頼している人を裏切ってしまった事も!」

 

ボクの言葉に激情した響が噛みつく様に叫ぶ。

 

「大切な人が居なくなる事も信頼している人に裏切られた事も体験したから分かるんだ」

 

「ッ!?」

 

響はその言葉に激情していた頭が冷えたのか言葉を詰まらせる。ボクはかつてのシアンをあの人に殺されそうになる場面を。その人に裏切られて殺されかけた時の事を思い出す。あんな気持ち、知らない方がいい。

 

「傷付いている響に追い討ちを掛けるかもしれないから今は言えない。だけどボクはそれを体験しているから、どうしても響の助けになりたいんだ。ボクは弦十郎や了子みたいにカウンセリング面に関しては何も心得ていないから、響を励ます言葉が全然出てこない。それにボクは響が悲しむのを見たくないんだ。相談してって言ったのに何も出来ない自分が歯痒いけど」

 

ボクは響を励ます言葉が出ない事を吐露して何が助けたいだと自分は何も出来ていない事を、逆に響を激情させてしまった事を後悔する。

 

でも、ボクは必死に考えて響に対して、その子とどうしたいのか聞く。

 

「響はその子とどうしたいんだい?」

 

「…また一緒に笑い合いたい…仲良くしたいです…」

 

「だったら響らしくぶつかってでも話し合うしかないね」

 

ボクも奏との時を思い出す。奏も最初はボクを憎み、会えば罵詈雑言を浴びていた。だが、数年前の奏と共に墓参りをした後、僅かな時間だけど奏の態度は軟化して普通に接する様になった。何度もぶつかる事もあったが、いつしか関係が変わる事もある。

 

「いきなり変わるなんて無理だと思う。響が初めて二課に来た時の様に、翼が響に酷く毛嫌いしていたみたいに少し時間がかかる。それでも翼が響を認めて今の関係になっている様に、いつかはその子も響がどうしても話せない理由を聞いて納得してくれるまで話し合うしかない。確かに機密で話せないと言われてもその子が納得してくれるのか分からないから。でも響が必死に説得すればどうにかなるかもしれないよ」

 

他人事に聞こえるかもしれない。でもボクはボクなりに考え抜いた答えだ。

 

「でも…私また未来に否定されたら…」

 

「そんな最悪の状況を最初に考えるのはいけな事だよ、響」

 

自分も最近弦十郎に言われたなと思い出しながら響を嗜める。

 

「響のその真っ直ぐな性格なら絶対にその子も響がどうしてそこまで隠しているのかを分かってくれるよ。実際にボクも会って響が何でそこまで隠しているかを説明したい所だけど、こればっかりはね」

 

正体を知られている、そしてその子がなぜかボクを知っている以上、会う訳にもいかない。

 

「ガンヴォルトさんは確かに人を励ますのは下手です」

 

そこまで酷いか言わなくてもいいんじゃないと思いながらも、響の目を見る。その目には涙を流しておらず何処か決意の満ちた目をしていた。

 

「でも、ガンヴォルトさんは必死になって考えてもらったのにそれに応えないのも、そしてこんなに悩むのも私らしくないと思います!」

 

そう言ってソファーから立ち上がるとボクに向けて宣言する。

 

「未来とまた仲良くしたい!未来と親友のままでいたい!だから、未来と話します!拒絶されるかもしれない、無視されるかもしれない。そんな考えで未来を遠ざけてしまったら、関係が修復出来ないと思います!だから全力でぶつかって行きます!」

 

大きな声で宣言する響。ボクはいつもの調子に戻って行く響を見て安堵する。

 

だが、

 

「響、そう言って貰ってボクは嬉しいけど…声のボリュームは少し落として欲しいな。このマンションは二課職員専用のマンションだから大丈夫だと思うけど、響の声が隣にまで聞こえていると思うよ」

 

響にそう言うと顔を赤らめて恥ずかしそうに隣の部屋に繋がっている壁を交互に見るとしおらしく先程座っていたソファーに腰を下ろして顔を手で覆ってしまう。それに追い討ちを掛ける様にお腹が空いていたのだろう。お腹から可愛らしい音が耳に入る。

 

「ッ!?」

 

さらに顔が赤くなって行く。確かにそろそろいい時間だし腹が鳴るのも仕方ないだろう。響は恥ずかしそうにボクの顔をチラッと確認してまた顔を手で隠した。

 

「お腹空いてるみたいだし、今日は家で食べて行くといいよ」

 

「…はい。ありがとうございます」

 

顔を隠したままそう言うとボクはスーツから着替えてから夕食の準備に取り掛かった。

 

夕食では響は物凄く美味しいと言って先程までの暗い表情とは一変して明るくなっている事に安堵するものの、響の食欲に少し唖然とした。最近の女子高生はここまで食べるのかと。翼が元気になったら弁当に不満がないか聞いてみる事にしよう。

 

夕食後、響を寮の近くまで送り届け、無事に帰ったら連絡をと言って別れた。直ぐに寮に着いたのか響からは無事帰ったと連絡が入ったのでボクも帰路に着いた。

 

マンションに帰った際、両隣の二課のメンバーが何でお前の家に立花さんがいたんだ!や、女子高生を家まで連れ込んだ野郎、マジで地獄に落ちればいい!と罵倒されたので誤解がないように説得した。

 

防音設備がしっかりいる場所と変な誤解をしない住人のとこへ引っ越ししようか考えるべきかもしれないと思ってしまった。



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45VOLT

新年度も始まり、いろいろ忙しくなりそうですが気にせず投稿していきます。
さて、本小説も気づけば後約三ヶ月もしないうちに一年ほど経とうとしています。当初の予定だと一年くらいで一期を終わらせる予定でしたがそろそろ本腰入れて書いていかないと終わりそうもなくなってきた状況です。なのでこの三ヶ月で一期を終わらせられる様に頑張って行きます。作品の質を落とさず、投稿頻度を上げていければいいかなと考えております。終わらなかったら気長に一期完結をお待ち下さい。
とか言ってもPS4版蒼き雷霆ガンヴォルトストライカーパックが発売されるので結局終わらなそうな気もしますが…


「…」

 

昨日からクリスは街を彷徨う。

 

今まで信じていたフィーネに切り捨てられ、居場所を失ってしまった。ただ、当てもなくただ歩き続ける。

 

「…何でだよ…フィーネ…」

 

同じ志を持ち、腐り切った現状を変えると、変えていけると思っていた。だがフィーネはクリスを見限り、こうしてまた一人となってしまった。

 

「…どうすればいいんだよ…パパ、ママ…」

 

寂しさがクリスを蝕み、やがて人目などを気にせず涙を流す。

 

すれ違う人は急に泣き出したクリスに驚きはするものの、避ける様に、そして見なかった様に通り過ぎて行く。

 

冷たい人、それに心配して声すら掛けない人。本当に腐っていると感じてしまう。クリスは腕で涙を拭いながら、その場から足早に、そして逃げる様にその場を後にする。

 

気が付けば、クリスは人気の無い公園のベンチに腰を下ろしていた。ただ人目につきたくなかった、誰もいない場所に行きたかった。ただそれだけを考えてここまで来ていた。

 

静寂に包まれた公園でクリスは再び涙を流す。もうクリスの帰る場所は無い。もう誰もクリス自身を見つけてはくれない。大好きだった父親も母親も、そして居心地が良いとは言えなかったが、帰る場所をくれたフィーネももうクリスには興味がない。

 

「どうすればいいんだよ…」

 

クリスはベンチで手を強く握り、弱い自分を押さえつける。

 

誓ったんだろ、この世界を変えると。争いの無い世界に変える為に。その意思だけを原動力にクリスは堪える。

 

それでも、居場所を失ったという喪失感は拭きれず、ポロポロと涙を零す。

 

しばらく涙を流し、呆然としているクリスに向けてハンカチが差し出される。

 

誰が、と思いそのハンカチを差し伸べる人物を見る。そこには小さな女の子と男の子がいた。クリスは泣いている姿を先程の道で見られていた時には感じなかった恥ずかしさで顔を赤くする。

 

「なっ、なんだよ!お前等!私を笑いに来たのか!?」

 

男の子と女の子に向けて怒鳴る。女の子はその声に驚き涙を流しそうになるが、堪えて更にハンカチを近付ける。

 

「笑いに来たんじゃない…お姉ちゃんが泣いていたから…私と同じ迷子になったと思ったから…」

 

女の子はクリスに涙を溜めた目で真っ直ぐと見る。

 

「私は迷子なんかじゃねぇ!」

 

再び怒鳴るクリス。しかし、女の子を守る様に男の子がクリスと女の子の間に入る。

 

「妹の優しさを無駄にするなよ!俺も妹も父ちゃんが居なくなって、迷子になって泣きそうなのに、お姉ちゃんが泣いてるから見過ごせないって言ったのに!」

 

その言葉に自分に対して優しくしようとしていた女の子にどれだけ酷い事を言ったかを自覚する。

 

「ッ!?…悪かったよ…。ちょっと虫の居所が悪かったんだ…心配してくれて…その…あんがとな」

 

女の子に謝る。女の子は気にしないでと言ってクリスの目から流れる涙をハンカチで拭った。

 

「じ、自分で出来るからそんな事すんなよ!」

 

恥ずかしがりながら女の子からハンカチを取り上げると流していた涙を自分で拭う。クリスはようやく涙が乾き切ると二人に向けて言った。

 

「なんでお前等はこんなとこを歩いてるんだよ。人を探すならあっちの街の方が分かりやすいだろ?」

 

「妹がもう歩けないって言うからこっちに来たんだよ。しばらくはおぶっていたんだけど俺も疲れたから少し休憩しようとここに寄ったんだよ。そしたらお姉ちゃんが泣いてるから妹が心配して」

 

事の経緯を知ってクリスは呆れながらも言う。

 

「そうかよ。しかし、お前等の父親は二人を置いて気付きもしないで行くなんて最低だな」

 

「お父さんのせいじゃないもん。私が何も言わずに離れちゃったから…お兄ちゃんは気付いてくれたから一人にはならなかったけど」

 

結局、女の子が起こした自業自得だという。クリスは呆れながらも男の子にどの辺りで父親と逸れたのか聞く。男の子はなぜという風に首を傾げた。

 

「さっきの礼だよ。それに…優しく接しようとしてくれたのに怒鳴っちまったしな」

 

クリスはベンチから立ち上がると二人に向けて言った。そして女の子と視線を合わせて歩けるかと尋ねる。女の子は首を振るう。

 

仕方なく、クリスは少女に背を向けてしゃがむ。

 

「おぶってやるよ。そうすれば少しは見つけやすくなるかもしれないしな」

 

そう言うと女の子はありがとうと笑顔を浮かべ、クリスの背中へと抱きつく。クリスは少し重くなった身体を持ち上げると男の子の手も握り、別れた地点へ歩き始める。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。迷子じゃなかったらお姉ちゃんはなんで泣いてたの?」

 

「…ちょっとな…喧嘩したんだよ…」

 

「…なんか酷い事でも言われたの?」

 

女の子はクリスへと聞き返すが兄である男の子が失礼だろと言って怒るが少し強めな態度で女の子はクリスの背中でまた泣きそうになる。

 

「…酷い事か…そうだな、今まで一緒に同じ志を持っていた奴に言われたんだ…要らないって、不要だってな」

 

その言葉にかかる重みを感じたのか二人はしばらく何も言わなかった。だが、勇気を振り絞る様に男の子がクリスへと向けて言った。

 

「なんでお姉ちゃんみたいな優しくしてくれる人が不要なんて言われなきゃならないんだよ!確かに妹の優しさを受け取らなかったり、急に怒鳴ったりするし不器用な人だけどさ!」

 

「そうだよ!なんでお姉ちゃんがそんなに酷い事されなきゃいけなかったの!?」

 

女の子も兄である男の子に賛同する様に怒りを露わにする。見ず知らずであったクリスを思い、そこまで怒ってくれる二人に調子を狂わせる。

 

なんで見ず知らずの自分の為にそこまで接してくれるのかと。そして、それと同様にクリスが襲ったあの少女、立花響と共にいた男の事を思い出す。

 

その男はクリスに投降するよう促し続けた。倒そうと思えば倒せたはずなのに。圧倒的な実力を持っていながら、そうはしなかった。

 

それにフィーネに要らないと言われて絶望した時に最も怒りを露にしたのもあの男だ。なんで全く知らない、いや、向こうは二年前にあの空港にいたと言っていたから、情報だけは持っていたのだろう。だがなぜあれほどクリスの為に怒りを露にしたのだろうか。今のこの二人とあの男の心情が分からない。

 

「なんでお前等は会ったばかりの私の為にそこまで怒るんだよ」

 

「なんでってそんな酷い奴、誰だって許せないに決まってるからだろ!」

 

女の子も同意する。だがクリスはどうすればいいのか分からない。本当になぜここまで自分の為に怒るのか。

 

「そんな奴、絶対に《雷人》がぶっ飛ばしてくれるさ!」

 

「そうだよ!正義の味方の《雷人》がやっつけてくれるよ」

 

急に出てくる謎の単語、雷人にクリスは疑問符を浮かべる。

 

「な、なんだよ、その雷人っていうのは?」

 

その言葉に二人が驚き、クリスに本当に知らないのかと聞き返す。

 

「お姉ちゃん知らないのかよ!?雷人の事!?」

 

「知らねぇよ、そんな奴」

 

その後二人は雷人について熱く語る。

 

「雷人っていうのは都市伝説なんだけどさ!人知れずノイズと戦って皆を救おうとしてくれる人なんだぜ!正体不明の男で雷を使う事の出来る奴でカッコイイんだ!」

 

「そう!それでいて沢山の人を救おうとしてくれるヒーローなんだよ!」

 

目を輝かせながらクリスに熱弁する二人。そんな中、クリスはその男について考え始めた。

 

多分、いや確実にあの男の事であろう。だが、この二人が熱弁する程あの男は良い奴なのだろうか。

 

二課というクリスを実験台にしようとしている組織に所属している男だ。口ではああ言ってもクリスにとってはあの男が言っていた事は嘘であると思う。

 

「ッ!?」

 

なぜクリスは思うと考えてしまったのか。あの男、ガンヴォルトは敵であり、クリスの目標の最大の障害になる男。だが、なぜクリスは今まで否定的な事ばかり考えていたのに何処か信じた風に考えてしまったのか。そこで思い浮かぶのは標的であった響であった。

 

響が変な言葉でクリスを惑わして、この様な考えに至らせた事を思うと非常に居心地の悪い気持ちになる。そんなクリスの心情を知らない二人は変わらずに雷人の話を夢中でしている。

 

気付けば街中に既に着いており、二人も付近を見ながら黙って父親を探し始めていた。

 

父親は直ぐに見つかり、二人は直ぐに父親の元へ駆け寄る。父親が見つかった事を非常に喜び涙まで浮かべている。その光景を見るクリスは何処か羨ましく感じる。

 

「ありがとうございます。二人と一緒に私の事を探してくれて」

 

「気にすんなよ。私もそいつに助けてもらったからその借りを返しただけだ」

 

ぶっきらぼうに、そして何処か恥ずかしそうに二人の父親に向けて言う。父親はそれでも助かりましたと頭を下げる。

 

「今度は離れるんじゃないぞ」

 

クリスはそう言って立ち去ろうとする。父親は慌てて何かお礼をと言うがクリスは断った。

 

「いらねぇよ。言っただろ、借りは返したって」

 

「本当にありがとうございます。お前達も」

 

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 

二人は父親と同様に頭を下げてお礼を言う。その言葉に何処かむず痒く感じる。今度こそ立ち去ろうとした時、二人が言った。

 

「お姉ちゃんに酷い事言った奴は絶対に雷人がやっけてくれるよ!だから心配しないで!」

 

「そうだよ!それでまた仲良くなれる様にしてくれるよ!」

 

ガンヴォルトの事などどうでもいい。だがクリスはフィーネがまた頼りにしてくれる可能性があるという事を考えた。

 

だが、クリスを殺そうとした時の目を思い出し、拳を握る。あの時のフィーネの目はなんの感情もなく、クリスなど映ってはいなかった。あの目はかつてクリスを拉致したテロリストが用のなくなった捕虜を殺していた時と同じ目であった。もう二度と同じ関係には戻れない。

 

「…もう、戻れないんだよ」

 

クリスは三人を背に街の中に消えてゆく。しばらくしてまた公園まで辿り着き、腰を下ろす。

 

再び一人となったクリスは今後どうするかを考える。目標を達成する為に。

 

だが、先程から言われ続けて頭の隅に残る男、ガンヴォルトの言葉を不意に思い出す。力ある者を更なる力で押さえつける事により争いを無くす考えを否定してきたその言葉を。そして、その時のガンヴォルトの顔を。

 

「…あんたは何を知っているんだよ…」

 

クリスの問いに答える者はいない。ただその呟きは夜空へと吸収されていく様に響き渡る事もなく消えていった。




この話し出ててきた雷人という単語の読みはらいじんです。
後々登場する、うたずきんと同様の存在と考えてください。
ついでに雷人の設定は各所にノイズが出現するとどこからともなく現れて迸る雷でノイズを倒していく人が確認された事、情報操作によりガンヴォルトの存在は隠されているがテレビなどのメディアに映り込んでしまった雷とその地点でノイズが消えていくことからどんどん噂が膨らんでいき、ネット上でささやかれる様になったのが発端。なぜ装者より先に出回った理由ですが、奏、翼の過去の行動範囲が起因していて、二人は都市近郊、ガンヴォルトは全国各地で活動を行っていたことがある為、知名度が二人よりも高い。ついでに男だっていう詳細が出回った理由は、ガンヴォルトのスキル発動時に紡ぐ台詞を口に出しているせい。ガンヴォルト自身はこのことを知ってはいるがバレたことは仕方ないけど命に比べればボクの正体は別にいいという認識。二課はこの事を都市伝説のままの方が都合がいいと思い、正体に関する情報などが有れば改竄や痕跡を辿って隠蔽に勤めている。

本小説もこの単語は本編では関わったりしないのでそこまで覚える必要もありません。
ついでに雷帝とかにしようとしましたが、なんか被りそうだしこの辺にしておこうくらいの考えです。


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46VOLT

ガンヴォルトの過去をサクッと説明をします。
詳しい過去を知りたい人はゲーム、又はwikiで確認してください。


翼もようやく調子を取り戻し、未来も医師からの問題ないという事で二人は退院した。未来との関係をガンヴォルトの言うように、響らしく未来へ何度もアプローチを掛けようとしたが、未来とは最低限の会話で未来はそれ以上何も話す事を拒む様に無視をされて響の話を聞いてくれなかった。

 

そんな様子を見て未来と響を心配しに来る創世、弓美、詩織の三人組。退院してからの響と未来の様子があまりにも激変した事から野次馬などではなく、三人も心の底から二人の関係を心配している。響は自分と未来の問題である旨を伝えてなんとかするというが、三人の表情は晴れる事はない。

 

だが、少ないが響の事、性格を知っている三人はもう少しだけ待つからと言って、これ以上長引く様なら介入するという風に伝えてまた五人でフラワーというお好み焼き屋に行こうね、と激励をもらい、響は約束をした。

 

だが、その日は未来との会話を何度も試みたがやはり、未来は響の嘘を許せる事が出来ないのだろう。全くと言っていい程会話がなかった。

 

何の変化もないまま放課後となってしまった。未来も響を置いて既に帰っており、これから寮でならまだ話せると直ぐに荷物を纏めて帰路に着こうとした時、響のスマートフォンに一件のメールが入ってくる。

 

「今は未来と早く仲直りしないといけないのに…」

 

響はメールを確認する為にスマートフォンを取り出してメールの内容を確認する。

 

メールの差出人は弦十郎であり、ノイズの発生か定例会だと思っていたが、その内容を見て響は息を飲む。

 

【響君へ

 

今日なるべく二課に来て欲しい。

今まで聞けなかったガンヴォルトの過去を話してくれるそうだ。大事な用事があればまた今度ガンヴォルトの過去を纏めた報告書で確認してもらう事になる。ガンヴォルトは過去に対してあまり言いたくないと言っているから正直、後から聞くのも気が引ける。だからなるべく来て欲しい】

 

未来の事も大切だ。だが、ガンヴォルトの過去についても、何故ガンヴォルトがそういう生き方をしてきたのかを今直ぐにでも知りたい。

 

それに、

 

「ガンヴォルトさんが言っていた過去に体験した大切な人を失いそうになる気持ちを知っているのか知りたい」

 

今の響の様に大切な人を失う辛さ、そして裏切られた辛さを知っているのかを知りたかった。それに今の響にとって未来と仲直りをする為の切っ掛けが見つかるかもしれないと思った響は弦十郎に行く事を伝え、二課へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ガンヴォルト、お前の過去についてなんだが…本当に聞いても大丈夫なのか?」

 

弦十郎は心配そうに問いかける。

 

「話さないと皆納得はしてくれないだろうし、翼も退院したから話さないと思ってね。今まで隠していた事に後ろめたい気持ちもあるし、ずっと話さなかったボクも悪いから」

 

ボクはそう返して、弦十郎と共に二課の大半のメンバーが集まる大会議室へと向かう。

 

「お前がそういうのなら俺からは何も言わない。だが、お前がどんな過去を背負っていようと俺は決してお前を見放したりはしないからな」

 

「ありがとう、弦十郎」

 

ボクは弦十郎にお礼を言うとそのまま無言で大会議室へと向かう。大会議室へと入ると二課の大半のメンバーが集合していた。大半の理由は有事の際に誰かが控えていなければ対処に遅れる事もあるからだ。

 

近くには翼、慎次、了子、そしてあおいと朔也がいる。

 

まだ響が顔を見せていない為、しばらく待っていると息を切らせて響が入室してくる。

 

この場に全員が揃った事を目を配らせて確認する。そして弦十郎からいいぞと言われ、話を始める。

 

「まず、皆にこの事を伝えずに不安を募らせた事を謝罪します。すみませんでした。今から話す事はあまりにもボクの身勝手な理由で行ってきた事だから、軽蔑しても構わない」

 

そして頭を深く下げて、謝罪する。そして頭を上げて、ボクは現在に至るまでの事を。

 

「ボクが何故人を殺めていたか、それはボク同様の能力者の自由の為、そして能力者と無能力者の共存という偽りの平和を掲げていた企業、皇神(スメラギ)グループの第七波動(セブンス)能力者への非人道な活動をやめさせる為に行ってきた」

 

ボクは最初に行っていた理由を述べた。だが、その事を聞いた何人からは戸惑いの声や批判が募る。それを代表して、あおいがボクに対して問う。

 

「貴方が何故人を殺めてきたかは分かったわ。でも、何でそこまでしなければならなかったの?貴方の勘違いや貴方の被害妄想とかじゃなかったの?それで何の罪もない人を殺めていたのなら大問題なのよ!」

 

最後の言葉には怒りが込み上げており、声を荒げて叫ぶ様に言った。

 

「間違いじゃないよ。皇神(スメラギ)のやっていた事はね。ボク自身が皇神の非人道な実験を受けていたから」

 

「ッ!?」

 

その言葉にあおい、そして先程まで批判を募った全員が驚き、口を閉ざす。

 

「ボク自身、この力…蒼き雷霆(アームドブルー)の力を持ってしまったせいで実験台とされてきたんだ」

 

「なんでそんな事をされたんですか?」

 

響がおずおずと聞き返す。

 

「ボクの持つ蒼き雷霆(アームドブルー)は無限の可能性を持つ第七波動(セブンス)として重宝されていたからなんだ」

 

「無限の可能性というのは?」

 

研究者として活動している了子がボクに問う。

 

「こちらの世界もそうだけど、電子技術の発達した世界において、この能力自体がどれだけ応用が効くかを皇神(スメラギ)は知っていたからだよ。発電機(ジェネレーター)なしに供給可能な電力源として、電子機器さえあればこの力を通して思いのままに操れる力として。ボクの様に戦闘訓練を積んだ同じ能力者が複数現れた時は、世界を脅かす程の戦力として」

 

その言葉を聞き、了子は驚き、そして考え込んでしまう。

 

「確かに、貴方のような能力者が複数人いて、戦闘技術も貴方同様の力を持つ者が出るとしたら、その国だけじゃなく他国への恐怖としての象徴、そしているというだけで抑止力となる訳ね」

 

「了子の言う通りだよ。その為に皇神(スメラギ)は有用な能力者を捜索しては捕らえて、皇神(スメラギ)の意志に賛同しない者は非人道な実験台として使われてきた」

 

かつてのボクの様に、能力を無理やり使わされ、非人道な実験を受けてきた事を。

 

「ボクはそんな時にある人物に助けられた。それが、ボクが傭兵になる前に所属していた能力者達の自由を掲げ、皇神(スメラギ)の暗躍を止めようとしていた組織フェザーのリーダー、アシモフという男に。そしてボクと同じように、非人道な実験を受ける能力者を増やさない様、アシモフの意思に賛同して皇神と敵対する事になった」

 

二課のメンバーからしたら突拍子のない事のオンパレードだと思う。それでもボクは話を続ける。フェザーに入隊してから様々な訓練を受け、皇神(スメラギ)の能力者や皇神(スメラギ)の保有する数々の実験施設を、能力者が捕らえられていた施設の破壊や解放を。

 

「そしてボクはある事がきっかけでフェザーから脱退する事になった。これは皆も知っているボクの探し人であるシアンが関係している」

 

かつて古参メンバー達に、そして奏に語った電子の謡精(サイバーディーヴァ)の抹殺任務の事を。その任務の最中に見つけた電子の謡精(サイバーディーヴァ)の能力者であるシアンを救出して、フェザーの命令を背き、アシモフによりチームの輪を乱した奴を置く事は出来ないとフェザーから除名され、ボクが傭兵になった事を。

 

「ボクはそれでフェザーを抜けた事を後悔しなかった。それでシアンの自由が手に入ったのならね」

 

その言葉に反応して近くにいた朔也がボクへと近付いて胸倉を掴んだ。

 

「お前はそれでいいのかよ!シアンさんが助かったのはいいけど、お前の意思はどうなんだよ!今まで戦ってきたお前の辛さは俺達みたいなその場にいなかった者には分からない…。それなのに何でお前は平気なんだよ!今まで一緒に仲間と戦って来たんだろ!同じ志で皇神(スメラギ)に抵抗して来たんだろ!?なのになんで別れる事になったのにお前は!」

 

朔也が怒りのままボクへと叫び続ける。

 

「別に辛くなかった訳じゃない。でも、ボクはボクの意思でそう望んだんだ。シアンの自由を。その事を後悔する事なんてボクにない」

 

「それでも!」

 

「別に組織の人間じゃなくなったからってその繋がりがなくなった訳じゃないよ。フェザーはボクとシアンの事を最大限にサポートはしてくれた。二課の様に」

 

そう言うと朔也は早とちりした事を恥ずかしそうにする。胸倉から手を離して悪かった、と言うと元の場所へと戻っていく。ボクは掴まれた影響でぐしゃぐしゃとなった襟を戻して話を再開する。

 

「それで、ボクはフェザーから除名はされたけどフェザーから傭兵として依頼をくれて、それをこなした。シアンの為に、能力者達の本当の自由の為に。例え、その行いが一般の人達からしたらテロ行為と言われようと」

 

そして、その後に行った任務、七宝剣と呼ばれる幹部との戦闘について。

 

ゲームの駒としてしか味方の兵士を思っておらず、味方共々ボクを殺しにかかって来た少年。皇神こそが正義と盲信し、シアンの力を無理矢理にでも使って国を守るという青年。シアンの事を思うあまり、無理矢理能力を使われるシアンの事をそれが正しいと思い、その状態のシアンに恋慕を寄せていた倒錯した感情を持った少年。戦う事こそが本懐と、言い分を聞かずに能力者を捕らえていた青年。皇神の職員すらもゾンビに変えてしまい、それを楽しむ様な様子で能力を使い、そしてその事を何も思わなかった多重人格の少女。皇神の薬物により正常な判断すら出来ず、敵味方など判別する事も出来なくなり、自分の欲求を満たす為に戦った青年。そして、能力者の事を化け物と罵り、殺そうとする無能力者の少年の事を。そして、宝剣の事も。

 

「…ガンヴォルトさんは…ガンヴォルトさんは話し合いで解決しようとはしなかったんですか?」

 

響の言葉にボクは答える。

 

「話し合いで解決出来れば良かったさ。でも、皇神(スメラギ)の能力者達、それに話した無能力者の少年も自分の判断が正しいと主張した。そして皇神(スメラギ)も。皇神(スメラギ)こそが正しいと主張する者。己の欲望の為に戦う者。シアンの自由とシアンの能力を無理矢理使って平和をもたらそうとする者。相容れぬ存在同士が話し合った所で、結局戦闘は避けられなかったよ」

 

響は間違っていると思っているのだろう。だけど、話し合いで解決が出来る程ボクのいた世界は穏やかではなかった。

 

「それでようやく敵の幹部を倒し終えた時、ボクの気の緩みのせいでシアンが拐われたんだ。それもボクがこの手で殺した能力者に」

 

その言葉に誰しもが驚く。

 

「待ってよ、何でそこで貴方が殺したはずの能力者が出てくるの?貴方は確実に能力者達を殺したんでしょ?」

 

了子が食い気味に聞いてくる。その目には驚きよりも好機の色が窺える。一瞬、話さない事を考えたが、ここで嘘を吐く事でさらに険悪に、そして疑いがかかる可能性を考えて本当の事を話す。

 

「後の事になるけど、さっき話した能力者の少女、その能力は死者をも復活させる事の出来る第七波動(セブンス)生命輪廻(アンリミテッドアニムス)の力によるものだった。この力は通常だと死人を不完全な形で蘇らせる事しか出来ず、死人をゾンビとして蘇生させる事が出来る能力」

 

「死者を愚弄するのか…皇神は…」

 

翼はかつてない程の怒りを浮かべ、そう呟く。その手は強く握り締めている為小刻みに震えている。

 

「話を戻すよ。それでボクは拐われたシアンを救出する為、その能力者を追った。だけどその能力者の力、亜空孔(ワームホール)によって既に別の場所に移されていた。だから、ボクはシアンを助け出す為にまた同じ能力者に手を掛けた」

 

亜空孔(ワームホール)翅蟲(ザ・フライ)残光(ライトスピード)爆炎(エクスプロージョン)の能力者達を二度手に掛けた。だが、次に現れた生命輪廻(アンリミテッドアニムス)だけは倒す事が出来なかった。そして生命輪廻(アンリミテッドアニムス)の本来の力を使ってその能力者が生き返った事を。

 

「不死の能力者…そんな者をどうやって?」

 

了子は自分の欲求を満たす為なのか、第七波動(セブンス)について詳しく聞く。弦十郎が話が進まなくなると言ってようやく治ったので話を続ける。

 

「さっき話した無能力者の少年の手によって殺されたんだ。その少年が持っていた銃弾に特殊な第七波動(セブンス)の力が込められていていたんだ。かつてボクも戦った敵、重力拳(マグネティックアーツ)の能力と同性質の力。第七波動(セブンス)の力を押さえ込む力があった」

 

第七波動(セブンス)を封じ込める為の第七波動(セブンス)…それにそんなものを作り上げる少年にも興味はあるわね」

 

そう呟く了子。弦十郎からいい加減に話を進めさせてやれと睨まれてごめんねと言い、ボクは続ける。

 

「そして、ボクはその無能力者の少年と戦ってその少年を退けてシアンの救出に向かった」

 

何故殺さなかったのか、あの時のボクも膝を突いた少年にかまっている暇などなかったからボクは手を掛けずにシアンの救出を専念した。

 

「そして皇神(スメラギ)グループ、七宝剣のボスである男と戦った。電子の謡精(サイバーディーヴァ)の能力を…シアンの力を無理矢理使って」

 

「ちょっと待って、電子の謡精(サイバーディーヴァ)は貴方と同性質の能力と聞いていたわ。それなのにその能力を行使出来るのならその能力者っていうのは貴方同様にそのボスも蒼き雷霆(アームドブルー)だったの?」

 

「いいや、蒼き雷霆(アームドブルー)じゃないよ。ボクも話していなかったのは悪かったけど、電子の謡精(サイバーディーヴァ)と相性が良いのは他にもあるんだ。ボスの能力は念動力(サイコキネシス)。その能力も何故か電子の謡精(サイバーディーヴァ)との相性が良くてその能力を引き出す事が出来た」

 

翼の方に目を配らせる。翼にだけは本当の事を能力の事を話している為、黙っていてくれという意味で目を配らせる。翼は無言で頷き、黙ってくれる事を確認する。

 

「そしてボスもシアンの力を最大限に使い、彼自身の持つ宝剣の力でボクを倒す為に巨大な鎧を纏い、ボクを倒す為に死闘を繰り広げた」

 

巨大な鎧を纏う紫電。シアンの力を無理矢理使い、プロジェクトと称したシアンの自由を奪い、紫電の掲げる正義。思想の相容れぬボクと紫電。正義と悪。

 

ボクは一人(シアン)の自由を奪い、争いの為に利用としていた。だからボクは(テロリスト)でも構わない。だからこそ戦った。そして、辛くもボクは紫電を倒す事に成功した。

 

「それで良かったのか、ガンヴォルト?」

 

弦十郎がボクに問いかける。本当にこれが良かったのかと。確かに、傍から見たらボクは平和を乱した(テロリスト)であり、誰にも理解はされないだろう。

 

それでも、

 

「誰かを犠牲にした正義なんてものに本当の和平は掴めない。だからボクは戦った」

 

弦十郎はそうかとだけ言うと、それ以上何も言わなかった。あまりの展開に他のメンバーも驚き、何も言わなかった。

 

「そしてボクはシアンの救出に成功して、シアンを連れて皇神(スメラギ)の施設から脱出を試みた。そこである人物と邂逅した。ボクの恩人であるアシモフに」

 

最初は脱出の手助けに来てくれたと思った。しかし、アシモフが来ていたのは別の理由であった。

 

「アシモフは元々、皇神(スメラギ)というグループが己の目的の障害となる為に戦っていただけに過ぎず、そこでボクはアシモフの手に踊らされて戦わされていた事に気付いた。アシモフの目的は皇神(スメラギ)に囚われていた能力者の解放。そして皇神(スメラギ)の悪事を公にする事ではなく、無能力者を根絶やしにして能力者だけの世界を作る為に活動していた事に」

 

その言葉に誰もが息を飲む。ボクがやってきた行いは能力者の解放。そして本当の能力者と無能力者の平和の為だと思っていたからやってきた事なのに。

 

「結局アシモフのやろうとしていた事は皇神(スメラギ)と変わらない思想でこの手で自分の理想の世界にしようとしていた事だって」

 

だからこそ、ボクは協力を促されたが拒絶した。そんなやり方を、皇神(スメラギ)と同じやり方に賛同出来なかったからだ。

 

「そしてボクはアシモフの手によって殺されかけた。何故持っていたのか分からないけど、無能力者の少年が手にしていた、第七波動(セブンス)を無力化させる弾丸によって…」

 

その言葉に誰もが驚き、悲痛の表情を浮かべる。

 

「その弾丸にシアンも貫かれた所までがボクの覚えている記憶だよ。その後目を覚ますとこの世界になぜか来ていて、その後は皆が知るようにこの世界でノイズと戦い続けながらシアンを探している一人のエージェントになった」

 

話を終えて、ボクは一度大きく息を吐いた。その直後、ボクの頬に大きな衝撃が走る。

 

目の前には翼がおり、翼が平手打ちを喰らわせた。それを理解するまでしばらく時間がかかった。

 

「翼?」

 

「貴方は何でそんなに平気でいられるの!?信頼していた者に裏切られて、大切な人を傷付けられて何でそこまで平然としていられるの!?奏の時みたいに…私が倒れた時みたいに何であそこまで感情的にならないの!?」

 

翼は涙を流しながら叫ぶ。そしていつの間にか近付いていた響も少し怒りを孕ませながらボクに向かって叫んだ。

 

「そうです!何でガンヴォルトさんはそこまで平然としていられるんですか!?ガンヴォルトさんは裏切られる辛さも大切な人がいなくなる辛さも知っているって言っていたのに、何で!?」

 

「響まで…」

 

そして、あおい、朔也、弦十郎、慎次。それぞれの形でボクへと向けて何故そこまで気丈に振る舞うのか怒る。

 

「…別に気丈になんて振る舞ってない。ボクが生きているのならシアンもこうやって何処かで生きていると信じているから。それにこんなに年月が経とうと、アシモフが何故こんな事をしたのか聞かないといけないから。生きているからこそ、チャンスがあるから。アシモフが何故こうまでしたのか。問いただす機会があるから」

 

その言葉に誰もが何も言えなくなる。ボク自身も気丈に振る舞っている訳ではない。だけど、ボクはこうして生きている。シアンも必ず。ボクの中に宿る彼女の第七波動(セブンス)の波動が消えていない。それに何処かこの世界の何処かにいる。そして、再び元の場所に戻り、アシモフに何故あんな事をしたのか、本当にそれがアシモフ自身の真意なのか聞く機会があるから。

 

「…ガンヴォルト。お前は何故そこまで信じられるんだよ…」

 

朔也がボクに問う。

 

「ボク自身と自分の事をこうまでしておいた人に何でここまでしたくなるのか分からない。でも、アシモフ自身がこうした事にも何か訳があるかもしれないからだよ」

 

そう言うと今度は近くにいた全員から平手打ちよりも酷く、尖ったような拳を腹に喰らわせられた。

 

「ガンヴォルト…隠していた貴方が悪いのよ」

 

「そうです。ガンヴォルト君。何で君がこんなに辛い経験をしているのに気付けなかった僕達も悪いと思いますが、それを話さずに背負い込んでいた君も悪いです」

 

「そうよ。私達は貴方と一緒に戦う仲間なのよ?それなのに辛い経験を一人で背負い込んでいるのに見放そうとしていた私達が寧ろ悪者みたいじゃない」

 

「ガンヴォルト…貴方は私達の事を信頼してくれて話してくれた事は嬉しいわ。でも、前にも言ったでしょ?苦しみ、悲しむ事があるなら防人の剣として払ってあげるって」

 

「そうですよ。殺す事が仕方なかったなんて事は私には分かりません。でも、そんな悲しい事をずっと一人で抱え込まないで下さい!私だって、一人の女の子の為にそこまで出来るような人じゃありません…それでも!ガンヴォルトさんの力にはなれるはずです!」

 

了子、慎次、あおい、翼、そして響がボクに対して一発ずつ入れてそう言った。そして弦十郎も近くに寄って、トレーニング同様、内臓が破裂しそうな程の一撃をボクの腹に打ち込む。

 

「ッ!?」

 

ボクは腹を抑えて膝を突く。

 

「ガンヴォルト!これはお前が悪いんだぞ!そんな辛い思いをしているのに…そんな経験をしていてあんな気丈に振る舞うお前が!大体、俺は言ったはずだぞ!俺達を頼れと!それなのになんだ、さっきの話は!聞かなかった我々も悪い部分もある!だが、そんな辛い経験を隠し続けていたお前にも非がある!そんなに我々が頼りないか!?」

 

「…弦…十郎…?」

 

ボクの胸倉を掴み、無理矢理立たせると言った。

 

「さっき言っただろ!お前がどんな経験をしていても見捨てはしないと!それに見ろ!今の話を聞いて、お前を見放そうとしているメンバーがこの中にいると思うか!?」

 

殺人とは悪い事だ。例えそれが一人の少女を救う為だとしても。だが、この中のメンバーは最初にあった軽蔑とは別の感情が目に見える。

 

「誰もお前を見放したりはしない!だから、もっと我々を頼れ!そんなに我々が不甲斐ないか!?」

 

その言葉に賛同するように各々がボクに対して今までの不満を爆発させるように一人一人の感情がこの場を支配する。

 

こんなにも皆を不安にしていたのかと改めて実感する。ボクも少し抱え込み過ぎていたのかもしれない。ここに信頼しているフェザーの時の仲間もいない。それでもこの世界にもボクの事をこんなにも信用してくれる人物達がいる。

 

「今まで隠してごめん…それとありがとう」

 

ボクは今出る精一杯の声を出して礼を述べる。

 

ようやく弦十郎も胸倉から手を離し、納得してくれる。

 

「信用してくれて…それにこんなボクを受け入れてくれて、皆…本当にありがとう。それで急にだけど一つお願いしてもいいかな?」

 

弦十郎はおう、とようやく素直になったボクが嬉しいのかにこやかに言う。

 

「さっき貰った一発が凄く効いて今にも倒れそうなんだけど…医務室に連れてってもらえないかな?もう、正直立っているのも厳しいんだ」

 

そう言ってボクは再び膝を突く。まともに食らった弦十郎の腹への一撃。さっきから腹がはち切れるような痛みが酷くなる一方だ。体の方も異変をようやく脳が理解したのか顔もみるみる青く染まっていく。

 

全員がその事に気付き、慌ててボクを医務室へと連れて行くのであった。



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47VOLT

ガンヴォルトは医務室へと連れて行かれた。そんな中、響も心配であったがあまりに大勢の人がガンヴォルトの元へ向かうのも迷惑だと思い、響は近くの休憩室へ来ていた。

 

ガンヴォルトの過去を知る事は出来た。だが、響にとってその事実はかなりのショッキングな内容であり、シアンを助ける為に他者を仕方なくも殺したという耐えがたい事実よりも信頼した者から裏切られると同時に殺されかけ、その者によって大切な人を奪われたという事実の方が頭に残ってしまった。

 

体験したからこそ響の気持ちが分かる。その意味はあまりにも残酷であり、酷い現実であった。そして、それでもなお大切な人が生きていると信じ続けるガンヴォルトの気丈さにはある種の尊敬を抱いた。

 

何故あそこまで振る舞えるのだろうか?響には分からない。

 

悩みに悩んでいると休憩室の扉が開き、誰かが入ってきた。

 

「立花、ガンヴォルトは無事だったわ」

 

翼であり、医務室へと連れて行かれたガンヴォルトが無事である事を知らせてくれる。

 

「立花はガンヴォルトのここまで来るまでの過程で人を殺めていた事に幻滅した?」

 

「幻滅はしてません!あの時皆がガンヴォルトさんに言ったようにあの言葉は私の本心です!」

 

それでも、

 

「…分かんないんです。今のガンヴォルトさんの話を聞いてもそこまでしなければならなきゃいけなかったのかっていうのは分かりません。現にガンヴォルトさん自身も命を懸けてた戦いで一人だけは殺さずになんとか出来ていた訳ですから…。でも、皇神(スメラギ)っていう企業もなんでそうしなきゃいけなかったのかっていうのも分かりません。なんでそこまでして…一人の女の子を犠牲にしてまで世界を平和にしなきゃならなかったのかを…別の方法があったんじゃないかって。それに、ガンヴォルトさん自身のここまで来る過程が辛過ぎます…信頼していた人から裏切られて…大切な人を目の前であんな事をされたのに…」

 

響はガンヴォルトの話を思い出し、涙を浮かべる。響からしたらあまりにも惨たらしい結末を、残酷である結末を。それを知ってしまった響は少し後悔もある。自身も気になっていた、そして親友との分かり合いの何かの手掛かりになると思い、聞いた話はあまりにも酷過ぎる。

 

今では後悔、そしてあんな簡単にガンヴォルトの事を支えると言ってしまった事が本当に正しかったのだろうかと。ガンヴォルトの事を本当に支えてあげられるのだろうかと。

 

「確かに、ガンヴォルトがあんな辛い経験をしていたなんて私も思いもしなかった…」

 

翼も初めて聞いたガンヴォルトの過去。あまりの経験を聞き、自分がその場に入れたならばと考えているのだろうか、辛そうにきつく手を握り締めていた。

 

「でも、ガンヴォルト自身が己の信念を曲げずにやってきた事よ。それを否定する事はガンヴォルトの生き様を、そしてガンヴォルト自身も否定する事になる…貴方の事を否定し続けていた私に対してガンヴォルトから言われた事だけどね」

 

いつの間にか響に対して悲しそうな表情ではあるが先程握っていた拳から力が抜けており、涙を流す響の涙を指で払う。

 

「私はどんな過去があろうがガンヴォルトを受け入れるわ。同じ意思を…人々を救う為に共に手を取り合った仲間なんだから。それに、そんな過去を背負っているからこそ私はガンヴォルトを支えたい。だって私の知っているガンヴォルトは誰にだって優しく、そして気高い意志を持った人なんだから」

 

人を殺してもガンヴォルトは別に悔いていない訳じゃない事を翼は伝えた。響もその事は了子から聞き知っている。それにガンヴォルトも言っていた。殺していた訳じゃない事を。解決出来るなら話し合いで解決したかった事を。だけど、響は未だに迷っている。慎次との約束をしたのにどうしても踏み込めない。

 

そして響は思う。どんな過去があろうとガンヴォルトの事を何処までも信頼する翼の事を。ガンヴォルト自身も翼の事をとても思っている。その関係を羨ましく思う。

 

「羨ましいです…翼さんの様に直ぐにはっきりと答えを明確に出せる事が…」

 

響は翼の様にガンヴォルトの話していたあの時も直ぐにはっきりと答えを出す事が出来なかった。

 

「今ははっきりと出さなくていいの。時間はいっぱいあるんだから、ゆっくりと答えを出せばいいの…これもガンヴォルトからの受け入りだけどね」

 

翼は肩を竦めながら言った。その顔には何処にも悲愴などは感じない優しい笑みを浮かべていた。こんなにも信頼してくれる人がいる。今の響には翼が眩しく感じる。

 

響にも今は喧嘩中でろくにコミュニケーションすら取れない親友の事が浮かんだ。話したい。だけど話す事は出来ない。未来の探し人であるガンヴォルトの事も。

 

辛いが話せない。仕方のない事と自分に言い聞かせる。危険に晒したくないこそ、そうするしかないのだから。

 

響はいつの間にか深刻そうな表情で考え事をしだした為、翼は心配そうに響の名を呼ぶ。

 

「立花?」

 

「えっ?」

 

「急に深刻そうな表情をしたから心配したわ。まさか、私の忠告を無視して今すぐにでも答えを出そうとでもしたの?」

 

少し呆れ気味に聞く翼。

 

「い、いえ!ちょっと別の事を考えていたんです。今のガンヴォルトさんと翼さんの関係が羨ましくて…。何があっても信じてくれる人がいて…」

 

翼もその言葉にどうしてそこまで深刻そうに考えるのか問いただす。響は今親友とシンフォギアと二課の事、そしてガンヴォルトの事、そして今は喧嘩をしていてその仲直りの為の糸口を探している事を。

 

翼は響の悩みに真摯に向き合い、共に考えてくれた。

 

「…秘密を守りながら誤解を解く…難しいわね」

 

「はい…危険な目に遭わせたくない…だからってそれ以上の嘘で傷付けて、これ以上深い溝を作りたくないんです」

 

翼もどうにか考えているが答えは出ないようだ。翼にしてもその様な経験がない為、どう答えたらいいのかも分からない。

 

「…奏なら良い答えを出せたのかもしれないわね」

 

翼が不意に漏らした言葉。何故奏ならば分かるのだろうと響は疑問に思う。その事を翼に聞くと翼は少し考えてから話してくれた。

 

過去に奏は父親をノイズに目の前で殺されて、近くにいたガンヴォルトが助けられなかった事を責め、恨んでいた事を。

 

奏の事をあまり知らない響にとってはそれは驚きであった。ガンヴォルト自身が奏の事をあんなに気に掛けているのに奏はガンヴォルトを恨んでいたなんて思いもしなかった。

 

出会うたびに奏はガンヴォルトに向かって罵詈雑言の嵐。ガンヴォルトはそれでも奏に歩み寄ろうとしたが全て拒絶されていたらしい。

 

「奏が変わったのは家族のお墓参りに行った後からね…私も何があったか分からないけど、今まで歩み寄ろうとしなかったガンヴォルトに対して心を開き始めたの」

 

ガンヴォルトと奏の関係。それはどんな些細なきっかけだったのかもしれないが歩みをやめなければ変われるのかもしれないと。翼はそう言った。翼にも何があったか分からない。でも、翼にはガンヴォルトがあんな奏に対してもずっと歩み寄ろうとしたからこそ、奏が心を開いたんだと言った。

 

「他人事の様で悪い気もするけど諦めるな、立花。諦めた所でその溝は深くなるかもしれないから」

 

かつて奏に言われた言葉と似たニュアンス。その言葉に響は勇気を、活力を与えてくれた。

 

諦めるな。それは今は眠る奏が唯一、響に教えてくれた事。その言葉に響がどれだけ勇気を貰ったかを。

 

響は拳を握る。

 

まだ、何もしていない。出来ていない。

 

ガンヴォルトの事を信じ、支える事も。未来との仲直りも。ガンヴォルトの過去の行いが悪い事だったとしても、響の知るガンヴォルトは人々を守る為に戦ってきた善良な人物。命の恩人である。それに未来の恩人でもある。

 

だからこそ、響は今までの不安を拭い去る様に頭を振り、翼に向けて礼を述べる。

 

「ありがとうございます、翼さん。私、もう大丈夫です。ガンヴォルトさんの事、未来の事。諦める事はしません。約束とかそういうのじゃなくて私がそう思うからしないんです。だって、どんな過去をしていようと私の知っているガンヴォルトさんは皆の為に戦って、守ろうとしてくれるかっこいい人だから。恩人だから。ガンヴォルトさんの事を疑心暗鬼していてもこのまま胸のつっかえを持ったまま接し続けるのも私らしくありません!何があっても私はガンヴォルトさんの事を信じ続けます!」

 

その言葉に笑みを浮かべる翼。

 

「早急に考えないでって言ったけどもう答えが出たのね…でも、ありがとう」

 

ガンヴォルトの事を信じてくれた事に感謝する翼。そして響の様な真っ直ぐな人であれば必ず親友と元の関係を築けると励ましてくれる。

 

未来との関係。響にとっての陽だまり。絶対に一緒に見ようと約束した流れ星。

 

絶対に戻ると誓い、響はその想いを胸に自身を鼓舞するのであった。



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48VOLT

未来は響の帰りを待つことなく、その日は就寝しようと考えていた。

 

未来も言い過ぎたと思っていたが、隠し事をしないと約束していたはずの響が許せなかった。信じていたのに。それも響は未来が探しているはずの人物をいつからか隠していた事に。

 

その事が許せなかった。探しているはずの人物を知っていたはずなのに、何も伝えず、響がその人と話し合っていた事が。

 

もしかしたら未来を助けてもらった人ではないのかもしれない。それでも響の事を信じていたのに何も話すことなく黙っていた事が許せなかった。

 

だが、今ではその怒りは何処かに身を潜め、一抹の不安と寂しさが未来にのしかかっていた。

 

黙っていた響が悪いと思う。だが、それでも響にも何か訳があって話せない理由があったのではないのか?

 

だが、それでもあの時の未来にはそんな事を考える余裕もなく、なぜ隠していたのか、そして響の纏っていた黒い何かの事も隠していたのかがその思考を邪魔していた。

 

もしこのまま響が未来の事を嫌いになり今までの様に笑い合った関係に戻れなくなる事を考えて未来は怖くなる。

 

あの時、もっと考える思考があれば。もっと優しく言う事が出来れば。

 

響も未来に対して気にしてないよ、という風に何度も話しかけてくれたのだが、未来にとってその行動が今までの事をさらに隠していると感じ、遠ざけてしまった。

 

響が今までの事を話さずにまた仲良くしたい事は分かる。誰にだって話せない事がある様に。当然、その事は未来自身もある為に響の気持ちが分かる。未来も響には政府の人間により話せない事があるから。

 

だが、その隠し事があの男性となると未来はどうしても感情を隠す事が出来なかった。何年も行方も正体も分からなかった人。

 

だから響には酷い言葉を、引き離す様な言葉を使ってしまった。今になって後悔している。

 

なんで響の話を聞こうとしなかったのか。何故あんな言葉しか出なかったのか。

 

いくら後悔してももう遅いかもしれない。その証拠にもう門限の時間が過ぎているのに響が帰ってきておらず、連絡も先に寝ててという短い文だけで送られてきたメール。

 

響も同様に今日の最低限の会話しかしてこなかったせいで怒ってこの様な文を送ってきたのかもしれない。

 

未来は怖くなる。今までの思い出が色褪せていく事が。大切な親友がいなくなる事が。

 

「…一人は寂しいよ…響」

 

溢れ出した感情。だが、そこには今まで何かあれば直ぐに心配してくれる親友の姿も、自分を陽だまりと呼んでくれる太陽の存在もありはしなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクは昨日の一件で何かと二課のメンバーから少し過保護になるくらい心配される様にはなったが、元の様に接してくれる様になった事に安堵した。

 

だが、日が登って直ぐに人気の無い地域にてノイズの出現があった為、ボクは現場へと急行していた。

 

だが、ノイズの現れた現場に着くと誰かが既にノイズを粗方片付けている様でボクは残っていたノイズの掃討をする。

 

「弦十郎」

 

『分かっている。お前に出撃してもらった後に急にノイズの反応が減っていった。ノイズはお前の様な能力者かシンフォギア装者しか倒す事が出来ない。翼と響君にはまだ連絡を入れていない。となるとノイズと共に出現したパターンを解析しなくても分かる。イチイバルの装者、あの子がやったんだろう』

 

弦十郎の言葉はボクの考えていた事と同じ事であった。

 

「それしか考えられない…。雪音クリスはフィーネとは決別したと考えられる。となると雪音クリスも既に敵と認識されていると思う」

 

『ああ。そう考えるのが妥当だろう』

 

そうなるとクリスの身が危ない可能性が高くなる。見放され、情報を持ったクリスはフィーネにとって最初に排除しなければならない対象となるからだ。

 

「早くしないといけない。弦十郎、ノイズ達を掃討したら捜索部隊の派遣を頼んだよ」

 

『分かっている。くれぐれも無茶するなよ』

 

ボクはその言葉に了解と返し、再び残ったノイズの出現位置へと向かう。

 

「…無事でいてくれ…雪音クリス…」

 

◇◇◇◇◇◇

 

未来は目を覚ますと、ベッドに今まであった温もりがない事に寂しさを覚えながら目を覚ます。二段ベッドの下の段には未来が眠った後に帰ってきたのだろう、少し悲しそうな表情で眠りにつく親友の姿があった。

 

響も遠慮して今日は一緒に眠る事はせずに空いたベッドで寝たのだろう。深い眠りにつく響。だが、その響の表情は共に寝ていた時の様な安心した表情などではなく、寂しそうに、そして悲しそうな寝顔。

 

未来はその表情を見て後悔もした。そして響を起こして、また話し合おうとする事が出来ないと思ってしまった。

 

あんなに酷い事を言ったのにどう響に接すればいいのだろうか。未来は響へと書き置きだけを残して、直ぐに身支度を整えて部屋を出た。

 

まだ学校に行くには早い時間。未来は学校にそのまま行く事を考えず、当てもなく街を彷徨い続ける。

 

今は何も考えず、ただ行き交う人々の波に流れながら未来は歩く。

 

流されるまま行き、ふと路地の方で苦しそうな息遣いに気付いた。気になった未来は路地をそっと覗く。

 

人気の無い路地。お店が設置している様な青いポリエチレンのゴミ箱。そして、その奥に見える人足を見て未来は驚き、駆け寄った。

 

そこに倒れる様に壁に背を預けて息を切らせた同年代くらいの少女が辛そうにしていた。

 

「だ、誰だ…ッ!?」

 

少女は未来を見るなり驚き、立ち上がろうとするが、足元が覚束なく、その場に倒れ込んでしまう。

 

「だ、大丈夫!?」

 

未来は慌てて駆け寄り、少女に肩を貸す。

 

「やめろ!」

 

少女はそう叫んで未来を振り払おうとするがそんな力もないのか、未来を振り払えない。

 

「私に構うなよ!私はお前に…」

 

「そんな状態で何言ってるの!」

 

未来は少女が何故拒絶したか分からない。だが、この少女を放っておいてはダメだ。そう思った。未来は力なく暴れる少女の肩を貸して立たせる。

 

「本当に…お前等はなんなんだよ…なんで私に…」

 

少女はそう言うと力が抜けて未来に身体を委ねたのか、気を失ってしまった。未来は、そんな少女の状態を確認する。

 

先程の様に気を失って息を荒げている。熱を確認して少女のおでこに手を当て、体温を確認すると自分よりも体温が高く、風邪をひいている可能性がある。

 

未来はその少女を肩を貸し、立たせると近くの安静に出来る場所に向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ノイズを掃討したボクはクリスの行方を追っていた。あちこちにあるノイズの残骸には目もくれず、ボク自身の倒したノイズ以外の痕跡を追い続けた。

 

だが、クリスの痕跡は残っておらず、捜索は難航していた。唯一、分かったと言えばノイズ達の街への侵攻を食い止めていた事。

 

その証拠に街へと向かう沢山のノイズの残骸が多く見られた。クリスが何故、街へと向かうノイズを食い止めていたかは分からない。

 

でも、クリス自身が助けた響に何の危害も加えなかった様に関係のない人間まで巻き添えにする事を拒んでいるのかもしれない。

 

理由が分からないにしろ、クリス自身、今までの襲撃の様に人を巻き込まない配慮をしていたのではないだろうかという考えに行き着く。

 

クリスの言っていた争いのない世界。それの意味を何となくだが理解した。

 

争いを生む危険な思想を持つ者を駆逐して、力なき者を救おうとする事。

 

かつてボクが望んでいた和平とも似た考え。共存を謳った皇神をなくし、能力者と無能力者の差別がなくなった明るい未来を。

 

だが、クリスもボク同様に利用されて同じ窮地に立たされている。

 

だからこそボクは同じ過ち、同じ境遇にあって欲しくない。クリスを救いたい。その気持ちを原動力にクリスを捜索し続ける。

 

かつての自分を見ている様で、見捨てる事が出来なかった。あんな過ち、そしてあんな経験をして欲しくない。

 

ボクはクリスの無事を願い、捜索を続ける。

 

もうあんな経験をする人間が出ないように。

 

◇◇◇◇◇◇

 

クリスが目を覚ますとそこは知らない天井で、見慣れない、いや、自分が傷付けてしまった関係のない少女の姿があった。

 

何故、自分がこんな所で眠りについていた?何故、見ず知らず、いやネフシュタンの鎧で顔は見られていないかもしれないが傷付けてしまった少女が看病しているのかと頭に色々な情報が入ってくるが、今必要な情報のみを整理して、その少女から離れるよう身体を起き上がらせる。

 

「なんで私を助けた!?あそこで放っておいたらよかっただろ!?」

 

クリスは少女から離れるように辺りを確認して近くにあった壁に背をつけて問いただす。

 

少女は急に起き上がったクリスに驚きはしたものの、直ぐに顔を赤らめて目を逸らした事に違和感を覚える。

 

「なんだよ!何か言いたい事があるなら言えばいいだろ!」

 

「え、えっと…急に立ち上がってそんな警戒すると…その…」

 

何か言い籠る少女。それにムカついてしまい、クリスは少女に問いただす。

 

「どもってないで何か言ったらどうなんだ!」

 

突き放すような言い方だが、関係のない少女を巻き込んでしまった。だからこそ、クリスは少女に関係を持たないように言い放った。

 

「そんな態勢になるとお…」

 

少女は少し言い吃ると意を決したように言った。

 

「女の子の大切な場所が隠れていないよ!女の子なんだから、少しは同性だとしても恥じらいを持って!」

 

最初は意味の分からない発言であった。だが、今の自分の姿を見て理解する。

 

今まで着ていた服装ではなく、少女の私物なのだろうか、小日向と書かれた体操着を着せられ、その下に着ていたはずの下着すら剥ぎ取られたのだろう、何もつけていなかった。

 

警戒していた感情より、羞恥心が勝った。見ず知らずという訳ではないが、クリスにとって何故この姿になっているのかは分からないが、体操着を着ているのに何も着けていない事に気が付き、顔を赤くして、直ぐにその場に戻り、布団を乱雑に取り、包まった。

 

「な、なんで私はこんな格好になっているんだよ!?」

 

今の状況を理解出来ないクリスは目の前にいる少女に問いただす。

 

「そ、その…あの格好だと汗とかで体調が悪化しそうだったのと、下着の替えなんて持っていなかったから…ごめんね」

 

「ッ…こっちこそ助けてくれたのに怒鳴って悪かったよ…」

 

クリスはあの女の子同様に何故見返りもなく助けてくれた事に困惑したが素直に礼を述べる。

 

「貴方はなんであんな所で辛そうにしていたの?」

 

少女から掛けられた言葉。クリスを何故か少女は心配するような目でこちらを見ている。昨日の女の子と同様、何故クリスと出会った人達はなんの接点もないのに手を差し伸べようとするのか。少女は気付いてはいないが、あの時、傷付けてしまったクリスに対して。

 

何故だか分からない。しかし、クリスは気が付けば少女に対して吐露していた。

 

同じ志を持った人に見放され、裏切られた事を。一人、当てもなく彷徨っていた事。

 

目の前にいる少女への贖罪なのだろうか、聖遺物やノイズの事は伏せて、今までの事、当てもなくただ彷徨っていた事を話した。

 

少女はクリスの話に耳を傾けて聞いてくれた。クリスも話す事により、少しばかり、今まで戦いや二課の連中から逃げていた時のように張り詰めていた気が緩み、少しだけ楽になった。

 

少女はクリスの話を聞いて何処か思う所があったのか少し深刻そうな表情をする。

 

「なんでお前がそんな顔するんだよ…」

 

クリスは困惑しながらも少女に言った。

 

「…貴方が体験してきた事程でもないけど、私も貴方を傷付けてしまった人と同じ事をしているから…」

 

そして、クリスは助けてもらったのにこんな辛そうにしている少女を放っておく事が出来ず、少女同様に問い返した。

 

「聞いてもらってばっかだったし、お前も話せよ。私も話したら少し気が楽になったし、よく分からないけど、相談に乗る事くらいは出来るからさ」

 

クリスは少女に向けてそう言った。少女は少し困惑したが、話してくれた。

 

少女には親友がいて、親友が重要な事を隠していた事を。それが原因で親友との仲に亀裂が入ってしまった事。親友は関係を修復しようとしているのだが、少女がその事を許す事が出来ず、突き放してしまった事を。

 

少女の目には涙が溜まっている。クリスはどうすればいいか分からない。両親と死別してから一人で生きてきたクリスにとって人を慰める方法なんて分からない。だが、クリスに出来るアドバイスはフィーネから教わった痛みによる繋がり。だが、今となってはこのやり方すら正しいのかも分からない。

 

「相談に乗るって言っておいて、何も言わないのも酷いから言うが、お前はどうしたいんだよ?」

 

「私は…」

 

少女は考えているのか迷っているのか言い淀む。クリスはその行動に呆れと苛ついてしまい、怒鳴った。

 

「そんなんだから、そうなんだよ!言いたい事があればはっきり言えばいいんだよ!それが出来ないならそいつをぶっ飛ばして自分の気持ちを伝えるしかないんだよ」

 

突然の声に、少女は驚きはしたが、その乱暴な解決策に無理だと言った。

 

「無理だよ、そんな事!」

 

「無理、無理否定ばっかしてるから踏み出せないんだ。そういう時はどんな行動も勢いが大事だ」

 

「でも、その行動でまた…」

 

言い淀む少女に苛々を募らせる。クリスは知っている。少女の親友がどんな人物なのかを。どれだけ自分が酷い事をしてきた事にも関わらず手を差し出し、助けようとした響の事を。だからクリスは少女に言う。

 

「私は親友、それどころか親しい友人さえいないからこれが正しいなんて分からない。でも、そいつはそんな事で親友を辞めるような奴なのか?そんな奴、親友でもなんでもないだろ」

 

クリスの言葉に少女は困惑する。だが、何処か先程よりも深刻そうな表情は収まっている。

 

「ありがとう。私にはそこまで出来る自信はないけど楽になった」

 

少女はそう言うと今度は手を差し伸べてくる。

 

「相談に乗ってくれてありがとう、それと友達になって下さい」

 

今度はクリスの方が少女の言葉に困惑する。何故、傷付けてしまった少女は手を差し伸べるのだろうか。

 

「な、なんで私なんだよ…お前みたいな奴なら私なんかよりも」

 

「貴方なんかじゃないよ。貴方だから友達になりたいの。理由がそれだけじゃダメかな?」

 

クリスはますます困惑した。だが、こんな自分でも認めてくれる、そして対等に接してくれる少女に惹かれてしまう。気付けばその少女の手を掴もうとしていた。だが傷付けた事を負い目に感じ、戸惑ってしまう。

 

本当に友達になっていいのか?信用してもいいのか。クリスは戸惑う。だが、少女の目に移る自分は縋るように助けを求めている表情をしていた。

 

「大丈夫。私は貴方の味方だから」

 

その言葉にクリスは少女の手を掴んだ。この子は大丈夫。絶対に裏切らないと直感したから。

 

「友達に貴方って言われるのも嫌だ。私には雪音クリスって言う名前がある…」

 

「クリス…よろしくねクリス。私は小日向未来」

 

掛けられた言葉に込められた暖かさ。クリスはその暖かさを久しぶりに感じ、何処か安心する。この少女、未来の言葉からは生前の両親と同じ暖かさを感じた。

 

そんな中、未来の後ろでハンカチを目に当てて涙を溢れさせる女性がいた事に気付いた。女性もクリスが気付いた事にもう隠れても無駄と思ったのか部屋に入ってくる。

 

「ごめんね。お嬢ちゃんの服が乾いたから持ってきたんだけど、結構重要な話をしてたから。若い子の話を勝手に聞くのも申し訳ないと思ったけど、こんなドラマみたいな青春見せられたらおばちゃん涙腺が緩くなったみたいで」

 

そう言って畳まれたクリスの服を置くとクリスに向けて言う。

 

「よかったわね。こんな良い友達が出来て。それと何かあったらおばちゃんも力になるからいつでも来ていいからね」

 

野次馬のような女性であるが、暖かい言葉にクリスは安心してしまう。こんなにあったかい場所があったのかと今の自分でも受け入れてくれる人達がいる事にクリスは気付ば涙を流していた。

 

「クリス!?」

 

未来が心配そうに声を掛けるがなんでもない、ゴミが入っただけと答えた。そして涙を拭う。

 

守りたい。そしてクリスの望んでいた世界には友達になってくれた未来や目の前にいる女性のような人達が必要だから。あの時手を差し伸べてくれ女の子もそうだ。このような人達をなくしてはならない。

 

だからこそ、やらなきゃいけない。本当の平和を作り上げる為。争いのない世界を作り上げる為に。

 

だが、その誓いを試そうとするようにクリスが女性から受け取った元の服装へと着替え終わると同時に響き渡る警告音。

 

クリスは何か分からなかったが二人は直ぐに何なのか理解してクリスを連れて外へ出た。

 

「なんなんだよ、この音は!?」

 

「ノイズが現れたのよ!早く逃げないと!」

 

その言葉にこの騒ぎはフィーネによって仕組まれた事だと気付き、クリスは激怒する。

 

また関係のない奴を巻き込むつもりか、差し伸べてくれる優しい人達を消していくつもりか。クリスはもうフィーネにどう思われてもいい。未来のように、この女性のように心優しい人達がいるのにそれすらも消すつもりのフィーネに敵意を表す。

 

「あんたらは逃げてろ!私がなんとかして見せる!」

 

「クリス!?」

 

クリスは未来の静止も聞かず走る。守る為に、こんな悲劇に二人を巻き込まない為に。



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49VOLT

22時に投稿した49話の変更です。


二人から離れたクリスは今の街の状況を見て悔やんだ。自分がやってきた行い。それが今のような結末を生んでしまった事を。

 

響を捕らえたとしても多分、フィーネはこのような事をしでかしていただろう。だからこそ後悔する。自分が今までやろうとしていた事により、どれだけの関係のない人々に犠牲が出ていた事に。

 

「なんで私はこんな事にも気付けなかったんだ…こんな事の為に私は…あいつが言っていた事が正しかったのか…」

 

不意に浮かんだ敵対する男の姿。男は力では変えられない。その事を知っていて、こうなる事が分かっていた素振りであった。

 

関係のない人々を巻き込んでまでしたくない。だが、クリスのそんな思惑は初めから存在しない事に気付いた。自分が行ってしまったとんでもない過ちを悔いる。

 

「私が…私がやってきた事は…全部間違いだったのかよ…」

 

起きている惨状にクリスは涙を流す。全ては何の疑いもなくフィーネに加担してきた自分の責任。そして、今までの出来事の裏を何も知らなかった自分の責任。

 

気が付けば辺りには標的がいなくなった事で彷徨い続けていたノイズがクリスの辺りを取り囲む。

 

クリスは涙を拭い、取り囲むノイズへと啖呵を切った。

 

「そうだ…お前達の獲物は目の前にいる…だから関係のない奴に手を出すな!」

 

クリスの啖呵と同時に一斉にノイズが襲い掛かる。クリスは避けながらも聖詠を口にする。

 

だが、漂う炭の粉が喉に入り、咳き込んでしまった。ノイズにとって絶好のチャンスであり、それを見逃すような事もせずクリスへと襲い掛かる。

 

「しまっ…」

 

既に目の前に迫っていた。だが襲い掛かるノイズとクリスの間に誰かが立ち塞がると同時に蒼い雷で作られた膜を出現させた。

 

膜に当たるとノイズは身体全体に蒼き雷が迸ると炭へと変わっていった。

 

「お前は!?」

 

「間に合ったみたいでよかった」

 

クリスの目の前に現れたのは敵対しているはずの男、ガンヴォルトの姿があった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

今朝のノイズ出現後、ボクは他のエージェントと共に雪音クリスの捜索を行なっていた。

 

ノイズを掃討したボクは戦闘服のままの為に市街での捜索は出来なかった為、人のいないと思われる廃墟などの特定の場所などの捜索を行なっていた。

 

街にいる可能性も高いが、そこから離れて身を隠している可能性もなくはなかった為、ボクはテロリストよりも早くクリスの捜索を行った。

 

だが何の進展もなく、他のエージェント達の捜索も完全に空振りと来ている。

 

既にテロリストに捕まったという最悪の可能性が頭に過ぎる。だが、その考えを振り払い、捜索に専念する。

 

だがそれを遮るかのように通信端末から通信が入る。

 

『ガンヴォルト!今朝に続き、ノイズが出現した。場所は市街地だ!避難誘導は一課、それにエージェント達が既に行っている!翼と響君にも通達するがいかんせん今回のノイズの出現場所が少し学院から離れている!最も近いのがガンヴォルト、お前しかいない!直ぐに現場に向かってくれ!』

 

「分かった。現地に急行するからノイズの出現ポイントを端末に送って」

 

そう言うと直ぐにボクの端末にノイズの出現ポイントが表示される。場所を確認した瞬間に生体電流を活性化させて駆ける。

 

廃墟の壁を蹴り上がり、屋上まで辿り着くとビルを飛び、ノイズの出現ポイントへと急ぐ。

 

そして市街地へと入り、彷徨うノイズが標的を見つけた事によりボクに襲い掛かるが、雷撃鱗を展開して退ける。

 

そうこうしているとノイズがある一点に集まっているのを確認した。ボクはそこに向けてビルやマンションの屋上を飛び、直ぐに向かう。

 

そしてその中心にいる人物を確認して驚く。

 

中心にいたのはクリスであり、探していた人物である。そしてクリスはノイズの中心におり、ノイズはクリスに標的を絞っている。

 

ボクはさらにスピードを上げてその中心に駆け出した。今のクリスはシンフォギアを纏っておらず生身である。危険であり、シンフォギアを纏う為の聖詠が間に合わない最悪の可能性が過り、走る。

 

また救えない。奏の時のように間に合わない事なんて絶対に。

 

最速で、最短で、全力で。

 

そしてクリスがなんとか堪えてくれたおかげでボクは間に合う事が出来た。直ぐ様雷撃鱗を展開してクリスを襲っていたノイズを全て片付ける。

 

「お前は!?」

 

「間に合ったみたいでよかった」

 

間に合った。その事に安堵する。そしてクリスは突如現れたボクに驚いている。

 

とにかく今はクリスの救出と安全を確保する為、クリスを抱えて、ノイズに囲まれた地点から離脱する。

 

クリスは突然抱えられた事に驚いたのか抵抗している。だが、クリスは現状を理解し空中で落とされたら危ない事を悟ったのか暴れなくなった。

 

近くのビルの壁を蹴り上がり、クリスを下ろす。

 

「よかった、今度は間に合った」

 

ボクはクリスを助けられてあの時のように失う事もなく助けられた事を本当に良かったと思う。

 

「な、なんで私を助けたんだ!私とお前は敵だろ!なんで助けた!」

 

クリスはボクから離れながら言い放つ。

 

「ボクは君を敵なんて思っていない。助けたいから助けた」

 

クリスはその言葉を意味が分からないと頭を掻き毟る。ボクはそんなクリスの背後から襲い掛かろうとする。

 

ダートリーダーをノイズに向けて構え、避雷針(ダート)を撃ち込むと腕から雷撃を放ち、炭へと変える。

 

「ッ!?」

 

いきなりの行動にクリスは身構えたが、自身がノイズに狙われていた事を悟った。

 

「Killter Ichaival tron」

 

直ぐに聖詠を歌い、シンフォギアを纏った。

 

「…助けた事は感謝するが、私は今のお前を信用しない!絶対にだ!」

 

未だ拒絶される。だが、それでもいい。いつかクリスは分かってくれる。根拠のない思いだが、今はそれでいいと思ってしまう。

 

奏の時のように、ボクではなく、翼でも響でもいい。必ずクリスが心から信頼する人がいれば。だからボクはクリスに向けて何も言わなかった。

 

だが、

 

「信用して欲しきゃ、助けろよ!今、この場のノイズに襲われている関係のない奴を!こんな私に手を差し伸ばしてくれた奴等を!そしたらお前の事をほんの少しだけ信用してやる!」

 

そう言うとクリスはノイズが蔓延る街に向けて飛び去って行った。

 

「ッ!?…待つんだ!」

 

だがクリスを追おうとするボクの前にノイズが立ち塞がる。この場にいたクリスがいなくなった事によりこの場のノイズがボクに標的を移して周囲を取り囲んでいたからだ。

 

「お前達に構っている暇なんてない!」

 

そう呟くと同時にボクは言葉を紡ぐ。

 

「閃く雷光は反逆の導、轟く雷光は血潮の証、貫く雷撃こそは万物の理」

 

紡ぐ言葉に呼応して迸る雷撃は鎖となり、周囲のノイズを貫き、絡めとる。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ヴォルティックチェーン!」

 

鎖に雷撃が迸り、周囲にいたノイズが全て炭の塊となる。

 

ボクは駆け出したクリスが向かった先に。ノイズが蔓延る街の中心に。

 

「信用してくれるのはいいけど、君が無事じゃなかったら意味がないんだ」

 

ボクの呟きは誰にも聞かれる事なく、静かに消えていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響はいつも通り起床したが、未来の姿が見えず、本当に嫌われてしまったと悲しみに暮れるが、机に残る未来が書いた書き置きを見て、まだ希望があると少しだけ元気が出た。

 

急いで着替え、学校に向かった。

 

だが、学校には未来は来ておらず、弓美、創世、詩織にも未来を今日は見ていないと言われて心配する。

 

真面目な未来が何の連絡もなく学校に来ていない。もしかしたら、事後報告ではあったが、ガンヴォルトが対処したノイズの襲撃に巻き込まれてしまったという最悪の考えが浮かんだ。

 

その考えを振り払おうとしたが、振り払う事が出来ず、授業も上の空で何度も先生に注意された。その事で三人にも心配されたが、その事が言えず、未来がいないからとだけ答えた。

 

三人もその事で授業を抜けて探す事を提案してくるが、ノイズが関わっている可能性がある以上巻き込みたくない。

 

そんな話をしている最中にスマホに弦十郎からノイズの発生を告げるメールが入り、響は教室から飛び出した。

 

響は弦十郎に向けて連絡を入れる。

 

「師匠!どんな状況ですか!」

 

『現在、市街地にノイズが出現している!付近にいたガンヴォルトに対応してもらっているがいかんせんノイズの出現範囲が広過ぎる!翼にも既に連絡済みだ!急いで現場に向かってくれ!』

 

弦十郎の言葉に了解と答え、気になっていた事を確認する。

 

「師匠!確認したいんですが、早朝のノイズの出現の時に被害にあった方はいますか!?」

 

『何故今そんな事を?』

 

「未来が…親友が巻き込まれている可能性があるんです!」

 

『なんだと!?』

 

弦十郎は他のオペレーター達に今朝のノイズによる被害状況を確認してくれた。

 

『響君。早朝のノイズの被害はガンヴォルトが抑えて建物以外被害はない。君の親友は巻き込まれていない』

 

それを聞いた響は最悪の事態が起きていない事を知り、安堵して、直ぐに現場に向かう事を告げ、通話を切った。

 

まだ未来は無事。だが、学校にいなかった未来は街にいる可能性がある。

 

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

響は聖詠を歌い、シンフォギアを纏うと街へと高速で移動した。街の皆を救う為。親友を救う為に。



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50VOLT

響は街に着くとノイズを雷で倒しているガンヴォルトに合流した。ガンヴォルトも何か焦っている様子で響に駆け寄る。

 

「響!雪音クリスを見なかった!?」

 

「クリスちゃんもここにいるんですか!?」

 

この場にクリスがいる事に驚くが見ていないと告げる。どうやらクリスもこの場にいてノイズの掃討に協力しているようだ。

 

「ガンヴォルトさん!私も聞きたいんですが、この前ガンヴォルトさんが助けてくれた人を見ていませんか!?リディアンの制服を着た人です!」

 

「君の親友も…ごめん、ボクも見ていない。でも、今回はクリスの捜索で散らばっていたエージェント達のおかげで被害も最小限に抑えられている。もしかしたら何処かのシェルターに避難しているかもしれない」

 

ガンヴォルトはそう言いつつもダートリーダーを構えては周囲のノイズに向けて撃ち、雷撃でノイズを倒す。響も近付いてくるノイズを片っ端から倒して、ノイズの数を減らしていく。

 

「でも、もしかしたらまだ逃げ遅れている可能性もある。響はこのまま、捜索してくれ。ここのノイズはボクが片付ける」

 

そう言うとガンヴォルトは空となったマガジンを捨てて、新しいマガジンを再装填する。

 

そして雷撃鱗を展開しながら次々とノイズ達を殲滅していく。

 

「ありがとうございます、ガンヴォルトさん!」

 

響は礼を述べるとその場から飛んで、現場を離れた。未来を探しながら、まだ残っているノイズを倒して街を捜索する。

 

しかし、未来の姿も他の生存者の姿も見えない。未来の事だ。危ない事をせずになんとか逃げ切れているのかもしれない。だが、万が一。未来が巻き込まれて何処かに取り残されている可能性があるかもしれない。

 

だから響は探し続ける。未来の無事を確認出来るまで。

 

しかし、捜索途中で響はなんとも得難い倦怠感に襲われる。今まで感じた事のない倦怠感に響は呼吸を荒げる。

 

「何だろう…急に身体が重く感じてきた…」

 

響はそれも気にせず捜索を続ける。だが、その倦怠感は響が今進む方向に行くに連れ増すばかりであった。そして、気が付くとシンフォギアが消えてしまい、響は制服姿に戻ってしまう。

 

その瞬間から先程まであった倦怠感も消えて、嘘だったかのように身体が軽くなる。

 

「なんでシンフォギアが!?」

 

響もその事に驚くが幸いにも辺りにはノイズはおらず、そのまま捜索を継続させた。今何故シンフォギアが解けたのかは報告すればいい。

 

「はぁはぁ…」

 

響は近くにある建物の内部をくまなく探していく。

 

依然、見つける事の出来ない未来の姿。弦十郎やガンヴォルトからも連絡がない。響は未来を探す。

 

そんな時、聞き慣れた未来の叫び声が響の耳に届いた。

 

「未来!?」

 

響は声のした方向へ走る。見えてきたのは解体途中であった建物。響はなんの躊躇いもなくその中に入る。

 

「未来!?」

 

建物の内部に入り、未来の名を呼ぶ。しかし、返ってきたのは未来の声などではなく、見慣れた色の触手のような攻撃であった。響はそれを躱して、攻撃の元へと目を向ける。

 

今まで見た事のないタコのようなノイズ。響は声を出しそうになるが、その前に響の口が誰かの手によって塞がれる。

 

その方向に顔を向けると探していた未来の姿があった。

 

「み…」

 

未来は響が何か喋る前に口元に人差し指を当てて静かにするようジェスチャーする。

 

そして、スマホを取り出すとあの目の前にいるノイズは音を感知して襲い掛かる事、音を出さなければ襲われないのだが今この場には響もよく行くお好み焼き屋のフラワーのおばちゃんも気絶しているとの事。

 

響もスマホを取り出してそれならば自分が何とかしてみる、未来はあのノイズの気を引いている間に逃げてくれと書いて見せる。

 

しかし、未来はその文面を見て首を振り、再びスマホで文字を打つ。

 

スマホにはそんな危ない事、響にさせられないと綴られていた。

 

響はスマホで未来に抗議しようとしたが、その前に未来が響を抱きしめる。

 

「ごめんね、響。今まであんな酷い事を言ったのに…響は私とまた仲良くしたかったのに私の方から遠ざけて…」

 

響の耳にしか届かないか細く、震えた声。

 

「私がした事を響に許される事じゃない事も分かってる…響が何で隠していた事は分からないけど、響も話したくても話せない理由があったと思うの…それなのに私は一方的に響を傷付けた…」

 

違う、傷付けたのは自分の方なのに。それなのに何故そんなに未来が謝るの。

 

響は違うと思い、未来に抗議しようとしたが、遮る様に未来が続けた。

 

「こんな事で許してなんて思うのも烏滸がましいのかもしれない。でも、私も響ともう一度仲良くしたい。だから、おばちゃんの事頼んだよ」

 

響にそう告げると未来は響を離して出口に向けて走り去る。

 

そして、

 

「こっちよ!」

 

未来の叫びと共にノイズは未来へと向けて襲い掛かる。しかし、それを既に予見していた未来はノイズの攻撃の届かない、そして響とおばちゃんの被害が出ない外へと走り出していた。

 

未来を追い掛けていくノイズ。

 

取り残された響は歯を噛み締めて呟く様に言った。

 

「私はそんな事、気にしていないのに…」

 

響は叫んだ。

 

「私はそんな事で謝られて…許してなんて思ってないよ!何で勝手に行っちゃったの、未来!」

 

響は叫んだがそれは建物内に木霊するだけであった。

 

だが、響は直ぐに立ち上がり、おばちゃんを見つけるとおぶって外へと駆け出す。

 

「未来も自分勝手過ぎるよ…私もまた未来と仲良くしたかっただけなのに…」

 

外に出て姿の見えなくなった親友の名を呟くが、誰も答えない。

 

「早くおばちゃんを安全な場所に連れて未来を探さないと!」

 

響は直ぐに安全なシェルターへと足を進めるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その様子をビルの屋上から眺める一人の男の姿があった。

 

「…どうやらこれはシンフォギア装者に対してそれなりの効果は見れる様だな…いかんせん量がそこまで確保出来ていない現状ではやはり閉鎖空間でないとそこまで機能しないか」

 

男の手には大きなグレネードの様なものが握られており、既にピンが抜けている事から既に使用済みの物を回収したものと思われる。

 

「まあいい、元はシンフォギア装者を呼び出して効果を確かめる為だけだったが、ちょうどよく来た立花響で効果がどれくらいかは確認出来た」

 

そう呟くと同時に男の持つ通信機から何者から連絡が入ったのかノイズが入る。

 

『どうだい、アッシュ?Anti_LiNKERの効力は?』

 

「Dr.ウェル。効果覿面だが、やはり閉鎖空間でしか使えないな。もう少し、このサイズでも広範囲且つ、状態を保持し続けていなければ実戦では使い物にならないだろう。改良は可能か?」

 

『やっぱりアッシュもそう思うんだね。流石は僕と運命の赤い糸で繋がれた人だよ。でも大丈夫。現段階では試作品だから、幾らでも改良は可能さ。アッシュから優秀な機材を沢山提供してもらったからね。時間をかければ今持っているものより強力な物を作る事は可能だよ』

 

研究結果を聞いて上機嫌な通信先の相手。

 

「…そうか。君には期待しているよ。その為の投資さ。君と私が英雄になる為のな」

 

運命と大それた言葉を使う通信相手に辟易しながらそう言うと、さらに通信相手は上機嫌になったのか高笑いが通信機より響く。

 

『全く、アッシュの様に僕の事を分かってくれる人が現れた事自体が僕を世界が英雄にする為に仕組んだ運命なんだよ!』

 

「上機嫌な事は何よりだが、私もこの場を直ぐに離れなければ君と私の英雄譚(サーガ)も始まらないだろう。どうやらこの近くにあの男がいる様なのでな」

 

そう言うと通信相手は高笑いを辞めて、憎々しげに言った。

 

『ガンヴォルトという奴かい?なんでアッシュはそんな男の事を構うんだい?君ならそんな奴簡単に殺せるだろう?』

 

「簡単に殺せないんだよ、Dr.ウェル。奴が本当に何者なのか、正体を知るまでな」

 

第七波動(セブンス)という謎の力の事かい?僕も知りたいけどそんな事の為に僕等の英雄譚(サーガ)を不透明にするのかい?』

 

何処か拗ねている様な言い方でそう言う。

 

「私達の英雄譚(サーガ)に問題はないさ。寧ろ奴がいてこそ我々の英雄譚(サーガ)が完成するかもしれないのだからな。我々が英雄足らしめるには強大な敵、それに事柄があった方が箔がつくだろう?」

 

そう言うと先程拗ねていた通信相手はテンションが高笑いの時と同じ様に高くなる。

 

『流石アッシュだ!そこまで見越しているなんて!』

 

そう言うと君が安全に帰ってくる事を願って通信を切るよと言って通信が途絶えた。

 

「全く、Dr.ウェルのご機嫌をとるのも苦労する」

 

そう言うと街中の方に目を向けて雷撃が落ちる地点を見つめた。

 

「お前は何者かは分からない…だが、その力、その名前、そしてその出立。私の知るお前でない事を祈るよ」

 

そう呟くと男はビルの屋上から姿を消した。



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51VOLT

ボクは街にいるノイズを掃討しながらクリスの行方を追う。響も現場にて合流したが響も行方の分からなくなっている親友を探す為、別の場所に行ってもらった。

 

ノイズを相当な数を倒しているのにも関わらず一向に減る気配を見せない。何処かにフィーネがおり、減っている側からそれ以上の数を出現させているのか。もしくは巨大な芋虫の様なノイズが見えない所を考えると葡萄ノイズが相当な数がいて、出現させ続けているのか。

 

減る気配のないノイズ。避雷針(ダート)の残弾も少なくなり、このままではジリ貧である。

 

囲まれながらも雷撃鱗を展開して襲いくるノイズを近距離で炭へと変え、離れた所から攻撃しようとするノイズには避雷針(ダート)を撃ち込んで雷撃を誘導させる。

 

キリがない。クリスを追う為にボク自身の使える広範囲で高威力のヴォルティックチェーンを使った事がこんなとこで仇になるとは。

 

スキルも使おうと思えばスパークカリバーは使えるだろう。だが、この大量のノイズを殲滅するには足りない。

 

どうする。考えた所でノイズは歩みを止めるはずもなく、絶え間なく攻撃を続ける。

 

だが、そんな中、空に大量の剣が出現すると共に落下して周囲のノイズを全て掃討した。

 

「大丈夫!?ガンヴォルト!?」

 

「翼、助かったよ」

 

最後の剣と同時に降り立つ翼。翼はボクに駆け寄ると見慣れた弾倉を幾つか手渡してくれる。

 

「遅れてごめんなさい。司令に念の為にこれを渡してくれって頼まれて」

 

「弦十郎も把握してくれて助かった。翼もありがとう」

 

避雷針(ダート)の弾倉を受け取り、弾倉を腰のマガジンポーチに入れる。

 

「現状はこっちの被害は建物のみの倒壊、避難している住民は今の所確認出来ていない。翼の方は?」

 

「私の方も司令から貴方の場所を聞いてノイズを倒しながら来たけど周辺にはノイズだった炭だけで建物以外の被害はなかったわ」

 

「そうなると翼のいた所に雪音クリスがいた可能性があったって事か」

 

クリスの名前が出た事に翼が驚きの声を上げる。

 

「あの子がここに!?立花は!?」

 

「心配ないよ。今の雪音クリスならね。響の事なんて考えず、ボク達と同じように皆を救う為に奮闘している」

 

「でも!」

 

翼がそれでもと言いかけるが口を閉じた。

 

「貴方がそこまで言うなら私もあの子を信じるわ」

 

そう話している間に大量の玉が降り注ぐ事を感知して雷撃鱗を展開して、翼を守る。そして雷撃鱗に触れた玉は爆発し、それ以外の地面にぶつかった玉はノイズへと姿を変えた。

 

「どうやら向こうからこの大量のノイズを出現させる元凶が姿を見せてくれたみたいだ」

 

ボクはそう言うと攻撃の元へと目を向ける。そこにはかつてボクが倒した事のある葡萄のように大量の実のようなものを携えたノイズが何体もいた。

 

「ガンヴォルト、ここは私がなんとかするから立花の元へ行って」

 

ノイズに向けて剣を構えた翼がそう言った。ボクも周囲を警戒しながら何故と問う。

 

「言ったでしょう?立花のガングニールには未だ電子の謡精(サイバーディーヴァ)の宿っているという疑惑がある。もし立花のガングニールにどう対処すればいいか分からない私より、第七波動(セブンス)の事を知っている貴方がいた方が対処出来るかもしれない」

 

「…ノイズの数が数だ。流石に翼一人で戦わせる訳にはいかないよ」

 

そう言うと翼は愚問と言い、蒼ノ一閃をノイズに向けて放つ。

 

「もう奏とガンヴォルトの背中を追い続けた弱い私じゃないの。一人の防人として貴方の側に立つ為に私は強くなって行きたいの。だから行ってガンヴォルト。私は大丈夫だから」

 

その姿にボクは肩を竦め、翼がいつまでも守られる存在ではなく、守る存在である事を理解し、この場を任せようと思った。

 

「分かった。ボクは響の捜索をするよ。でも翼、無茶だけはしないでね。危なくなったら直ぐに逃げるんだ。それと、雪音クリスを見たら伝えてくれ」

 

ボクはそう言うと道を切り開く為に言葉を紡ぐ。

 

「煌くは雷纏し聖剣、蒼雷の暴虐よ敵を貫け!」

 

言葉に呼応し蒼い雷が、巨大の剣を象り、姿を現す。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

巨大な剣がノイズを貫き、その剣から放たれる雷撃により目の前にいるノイズが一瞬の内に炭へと変化した。

 

そしてスパークカリバーが消えると同時にボクは走り出す。そこに目掛けてノイズ達も逃さないとばかりに襲い掛かろうとするが雷撃鱗を展開しての移動、そしてそうはさせないと翼が周囲のノイズを斬り飛ばしてボクは囲まれたノイズの輪の中から逃れた。

 

「頼んだよ、翼」

 

ボクはそう呟くとノイズの群がる場所から離れて行く。

 

「お願いね、ガンヴォルト」

 

最後にボクに向けて告げた翼の一言。ボクは翼の言葉を信じ、その場から遠ざかって行った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

響は未来との距離が離れている事を実感しつつもフラワーのおばちゃんを安全な場所に連れて行く為に走る。

 

幸い、シンフォギアを纏っていなくても既にノイズは誰かしらに倒されており、難なく運ぶ事が出来ている事に安堵しながらも走り続ける。

 

その途中なのかタイミングよく大通りに一台の車が響の前に停止した。

 

「響さん!何故シンフォギアを纏っていないんですか!?」

 

「緒川さん!その説明は帰ってからします!とにかくおばちゃんを安全な場所に!」

 

そう言うと近付いてくる慎次におばちゃんを任せると響は走って未来を探しに行こうとする。

 

「待って下さい!その状態での捜索は危険です!」

 

響は、ノイズに追われる未来が心配でそれどころではなかったのだが、慎次の言う通り、今の状態で未来の元に行っても自分という被害者を増やすだけと思い、あの時何故シンフォギアが解けたか未だ謎であり、不安でもあったが、聖詠を歌う。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

あの時とは違い、倦怠感もなくシンフォギアを纏う事に成功した。

 

あの時、何故シンフォギアが解けたのか、響には分からない。だが、今はこの力があれば未来を救う事が出来ると思い、そのまま駆けて行った。

 

行く先々にいるノイズが響の邪魔をするかのように襲い掛かろうとするが、響は纏うシンフォギアで、そしてようやく理解した自身のアームドギアを使い、ノイズを撃破していく。

 

しかし、響はこうしている間にも未来が危ない目に遭っている事を感じ、焦り、急ぐ。

 

未来の居場所は分からないが、響の逃げた方向とは逆に逃げたはず。それに逃げるにしてもいくら未来が過去に陸上をしていたとしても体力の限界がいずれ来る。

 

だから早く未来を見つけなくては。

 

響は地面を蹴り上がり、ビルの屋上へと到達するとさらに高くから見下ろして探す為に全力で飛び上がった。

 

空中で未来の姿を探す。今動いているとすればそれはノイズであり、それが向かう先には標的、つまりは人がいる。

 

遠くでは爆撃による破壊音と蒼いエネルギーの斬撃が空中へと放たれ、そこから少し離れた所では見慣れた蒼い雷撃が見える。

 

翼とガンヴォルトであろう。そしてさらに二人の奥では空に浮いている飛行型ノイズ達がおり、次々と炭の塊となっている。

 

遠距離であのような事はガンヴォルト、翼でも可能であるが、スピードが桁違いであり、あの場所では多分クリスが戦っているのだろう。

 

響はその地点へと向かうノイズ以外を探す。そしてその地点へと向かうノイズは発見出来なかったが、川の付近の小高い丘の道路に背後から先程見たノイズに追われる未来の姿を小さくだが捉えた。

 

「未来!」

 

響は腰に付いたブースターを使い、空中を駆けるようにして未来の元へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

未来は走り続けた。ノイズから逃れる為に。

 

響にフラワーのおばちゃんを任せ、とにかく二人から追い掛けてくるタコのようなノイズの気を引きながら、人気のない道をただ走る。

 

体力の限り、出来るだけ遠くに。陸上で鍛えていた足で何とかノイズとの距離を保ちつつ、未来は逃げ回る。

 

響とおばちゃんとの距離はかなり稼げたはず。このまま足を止めればノイズの餌食となってしまう。

 

しかし、既に走り続けた足は前に出すだけでもきつく、重い。だが走り続けなければノイズに襲われて炭へと変えられてしまう。

 

死ぬ訳にはいかない。

 

未来は走り続ける。だが、長く走り続けた足は上手く上げる事が出来ず、躓き、転んでしまう。

 

その瞬間をタコのようなノイズは好機と捉えたのか巨体を打ち上げるように飛んで、未来の頭上へと落下する軌道で襲い掛かる。

 

未来はその瞬間に自分の最後を悟った。

 

「もう…ここまでかな…」

 

響にしっかりと謝る事が出来なかった事を後悔しながらも、響を危ない事から遠ざけられた事に安堵しながら未来は、自分はこれで終わるんだと、目を瞑る。

 

短い人生だった。響と色々な事があった。走馬灯のように脳裏に過ぎる響との記憶。そして、会う事のなかったあの人の後ろ姿。

 

フラッシュバックしていく記憶、大切な思い出を感じながら、未来はただ自分の終わりに近付く人生を待った。

 

だが、フラッシュバックしていく記憶の中に最近響と約束した流れ星の件が見える。

 

響の本当に楽しそうに、待ち遠しそうにしている顔。そして次こそ絶対見ようという言葉。未来は目を開けて気力を振り絞り、立ち上がろうとする。

 

まだ、響と流れ星を見ていない。仲直りもしっかりとしていない。そして、ちゃんと話してもいない。こんな所で死んでしまったら、響は悲しみ、あの頃のように一人になってしまうかもしれない。自分が響を傷付けた事は分かっている。だけど、それでも響はそんな未来と分かり合おうとしてくれた。

 

だからこそ、しっかりと話し合わなければならない。未来は立ち上がり、襲い掛かるタコのようなノイズの影から、ふらつく足を精一杯動かしてその場から離れた。

 

その直後にタコのようなノイズの攻撃を避ける事には成功した。

 

だが、タコのようなノイズの重さによる盛り上がったコンクリートにより、未来は打ち上げられてしまう。

 

運悪く、ここは小高い丘であった為、打ち上げられ、丘の急な斜面へと飛ばされた未来はそのまま高所から落下していく。

 

「きゃぁぁ!」

 

ノイズに殺される事はなかったが、こんな高所から落ちれば助からない。結局、響に謝る事も出来ず、悲しい目に遭わせてしまった響の事を思い、涙する。

 

そして、そんな落下する未来へとタコのようなノイズは崩れたコンクリートから飛び出して落下していく未来を襲いに触手を伸ばしてくる。

 

「ごめんなさい、響」

 

響に本当は謝りたかった。だが、今の未来にはノイズにより殺されるか、落下して死ぬかの二択しかない。

 

「未来!」

 

突如聞こえて来た響の声に目を見開き、落ちていきながらもその声の方向に目を向ける。

 

そこにはかつて未来の見た黒い鎧などではなく、響の陽だまりを体現したかのようなオレンジに近い黄色の鎧を纏った響がノイズに向けて飛び込んでいた。

 

「響!?」

 

突然の事で未来は響へと逃げるように促そうとするが、既に響に気付いたノイズはこちらに触手を伸ばしながらも響にも残った触手を伸ばして炭に変えようとしていた。

 

「逃げて、響!」

 

空中では受け身どころが方向転換出来ない事は分かっている。だが、未来にはそれしか出来なかった。響は一度未来の方へと目を向けて言った。

 

「心配しないで、未来!直ぐに、今度こそ助けるから!」

 

そう言うと響の鎧の腕が変形すると共にタコのようなノイズの触手を空中で器用に避けるとノイズに向けて拳を振るった。

 

ノイズは響の拳を受けて、吹き飛ばされるとそのまま炭の塊となって崩れていく。ありえない光景を目の当たりにして呆然とする未来。だが、響は腰に付いたブースターを器用に使い方向転換すると未来を抱きとめた。

 

「ごめんね、未来!こんな危ない目に遭わせて…本当に…本当に無事でよかった…」

 

響は未来を抱きとめたと共に涙を流す。未来も釣られて涙を流す。

 

「なんで響が謝るのよ…私の方が響に酷い事したのに…」

 

落下しながら、二人は互いの無事を確かめるように強く抱きしめる。だが、直ぐに響は落下中の事を思い出したかのように未来を抱えて、体勢を整える。

 

「待ってて、未来!絶対に助けるから!」

 

響は未来に涙を流しながらも笑いかけ、未来も響に釣られて笑みをこぼした。

 

「私は響を信じるよ!こんな私の事を助けてくれようとしてくれたし…私は響の親友だから!」

 

その言葉に響は特大の笑みを浮かべると地面へと両足で着地した。落下と共にかかっていた重力が響の足を襲うが、鎧を纏った響はそんな事を物ともせずに地面へと着地した。

 

だが、着地地点が急勾配の坂であった為、響はバランスを崩す。響は未来を守る為に強く抱きとめて、急勾配な坂を転がり落ちていく。

 

ようやく勾配を抜け、回転が止まると響は未来を抱きとめていた腕を解く。それと同時に、未来も反動で転がるように仰向けで大の字で草むらで寝そべった。それと同時に響の先程纏っていた鎧は消えて、リディアンの制服を纏っていた。

 

「ごめん、未来。私がこんな事を隠していたせいで、危険な事に巻き込んで」

 

響は体を起こして未来に土下座する勢いで座り込む。そんな様子を見て未来は体を起こして、それを制した。

 

「響がなんで謝るの!私の方があんなに酷い事を言って、響を傷付けたのに…」

 

二人は互いに自分の悪かった部分を言い合うが、どちらも一歩も引かない。

 

そして互いに言い合う事が尽きたのか息を切らした二人。そして、響は未来を見て笑みを浮かべた。

 

「よかった…未来は私を本当に嫌いになったんじゃなくて…」

 

響の言葉が未来の胸にあった一抹の不安を溶かしていく。

 

未来は自分のせいで響が傷付き、塞ぎ込んでしまうんじゃないかと心配していた。だが、実際は、あんな事を言ったのにも関わらず、響は変わらず、まだ自分の事を親友だと信じて、こうやって危険な事を顧みず、助けてくれた。

 

あんなにも拒絶したにも関わらず。その事に未来は涙を流す。だが、響はそんな未来を抱きしめて言った。

 

「どんな事があっても、私は未来を助けるよ。だって未来は私にとって大切な居場所で陽だまりなんだから」

 

その言葉に決壊したダムのように涙がポロポロと溢れ出す。

 

「響…」

 

あんな事をしたにも関わらず親友として、接してくれた響。その事が今の未来にとってどれだけ嬉しかったかは未来しか分からない。とめどなく溢れる涙が流れ落ちるまで、響は未来を抱きしめ続けた。

 

そして、未来の涙がようやく枯れきった所で、未来は響から離れる。そして、先程転がってしまい、何処か怪我をしたんじゃないかと心配するように身体を見始める。

 

「ど、どうしたの?未来?」

 

「どうしたって、さっき転がった時に響が何処か怪我したんじゃないかって」

 

「大丈夫だよ!それよりも未来は今の自分の方を心配した方がいいよ」

 

少し笑いを堪えるように言う響に対して、未来は自分の姿を見る。制服が所々破けており、女性からしたら恥ずかしいし、下着の一部が破けた部分から露出していた。未来は顔を赤らめるが周囲に響しかいない事を確認して、安堵し、仕返しとばかりに、響の今の状態を言った。

 

「今は私と響しかいないから心配ないけど、それを言うなら響の方も、女の子からしたら恥ずかしいくらいに、顔に泥とか草とか付いたり、髪とか凄いボサボサになってるよ」

 

「嘘!?」

 

そう言って響は髪を整えるように、手で泥や草を取り払おうとするが、見当違いの場所ばかりにやる為、逆に酷い有様になっていく。

 

「そこじゃないよ、響」

 

響は未来から言われた場所を拭ったりするが、結局、その行為が悪く、酷くなる一方だ。

 

その行為に笑っていたが、響がそれならどっちが酷いか写真を撮ろうよ、と言う。

 

未来はそれを快く承諾すると二人の様子を写すように、スマホのインカメを使い、今の二人の姿を撮影した。

 

二人のあまりの酷い姿にお互い笑い合う。どちらも今の状態はとても他人に見せられる程整った姿をしておらず、どっちもどっちであったからだ。

 

「あはは!結局、二人ともあんまり見せたくないような姿だったんだね」

 

「笑い事じゃないよ、響。この後助けに来てもらっても結局恥ずかしい目に遭うじゃない」

 

その事を笑う響に呆れながらも未来にも笑みが溢れる。

 

だが、それを遮るように、響の後ろに数体のノイズが出現する。

 

そして、そんな二人に向けて、躊躇いもなく銃弾のような勢いで攻撃を開始するノイズ。

 

響はその事に未だ気付いていない。このままでは、二人とも危ない事を悟った未来は響だけでも助ける為に、立ち上がるとノイズの前に立ちはだかる。

 

その行動にようやくノイズの出現に気付いた響は未来に迫り来るノイズ達に気付き、危険になった未来の名を呼ぶ。

 

「未来!」

 

だが、ノイズはそんな響の声を無視するように未来へと襲い掛かる。

 

未来は今度こそ絶体絶命のピンチに目を瞑り、ノイズに身体を貫かれる事を覚悟した。

 

ごめん、響。せっかく仲直りしたのに。

 

響に向けて懺悔して迫り来る脅威が自分の身体を貫くのを待つ。

 

しかし、いつまで経ってもノイズが未来の身体を襲ってこない事を感じ、恐る恐る目を開ける。

 

そこにはかつて自分を救ってくれた男性のように雷の膜を張り、ノイズを退ける後ろ姿があった。

 

「二人とも無事かい?」

 

その背中、そして声に未来は涙を流す。

 

その男は七年前に未来をノイズの脅威から救い出してくれた、紛れもなくあの人の後ろ姿であった。



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52VOLT

ノイズを殲滅しながらなんとか響の元に辿り着く事が出来たが、響ともう一人、多分先程言っていた捜索していた少女と思わしき二人がいた。

 

だが、響と少女が互いの無事を喜んでいる最中、それに水を刺すように現れたノイズ。響はシンフォギアを纏っていなかった為、ボクは全力で駆ける。

 

ノイズも既に攻撃の態勢に入っており、二人に向けて飛び出そうとしていた。

 

だが、以前のように間に合わない距離ではない。ボクはノイズと二人の間に割って入り、雷撃鱗を展開する。

 

雷撃鱗の展開により、ノイズ達は触れると同時に炭の塊となって崩れ去る。周囲にノイズがもういない事を確認して、二人に声を掛けた。

 

「二人とも無事かい?」

 

「ガンヴォルトさん!」

 

響は少女が無事な事と、助かった事に対して、ボクの名を呼び安堵する。そしてもう一人の少女はボクの言葉と姿を見て涙する。

 

恐怖と助かった事による安堵によるものだろうか。

 

とりあえず、今の少女の姿はボクにとって少し目に毒だろう。周囲に再びノイズの反応がない事を確認してガントレットを外し、コートを脱いで少女に掛ける。

 

「大きくて少し重いかもしれないけどこれを着ておいて」

 

少女に掛けて直ぐに弦十郎に向けて救助要請を送る。弦十郎から指定されたポイントが送られた事を確認して端末を響に渡して言った。

 

「響、君はこの子を安全な場所までお願い。ボクはまだ街の中にいる生存者の捜索と他の装者の手助けに行く。場所はさっき渡した端末に表示してあるからその場所に向かって」

 

そう言って外したガントレットを付け直して、ボクは再び街の中へと駆け出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響は再びシンフォギアを纏い、未来をガンヴォルトに指定された地点へと未来を抱えて向かっていた。

 

「ごめんね、未来。さっき会った人の事ずっと隠していて」

 

響はガンヴォルトを隠していた事を未来に謝罪する。

 

「大丈夫だよ。私もあの人の事、しっかり話してなかったから」

 

そして未来は何故ガンヴォルトの事を探していたかを響に話した。

 

七年前に未来もノイズにより命の危険に晒されていた事。そしてそれを助けたのが七年前のガンヴォルトだという事。そして、その事を政府の人により話せる状況じゃなかった事を。

 

「そうだったんだ…」

 

響の知らなかった未来がガンヴォルトを探す理由。それは響と同様、過去にガンヴォルトが救ってくれた事に対するお礼がしたかった。

 

「大丈夫だよ、未来。私も隠していた事を何も言えなかった。だからこれでおあいこ」

 

その言葉に未来も笑顔を浮かべる。

 

ノイズと出会う事なく指定ポイントに着くとそこでは一課が忙しなく動き回り続けていた。その中で慎次の姿を見つけたので響は未来を連れて向かう。

 

「緒川さん!」

 

「響さん!無事だったんですね!」

 

響の声に気付いた慎次も響と未来の元へ駆け寄る。そして、未来が着ているガンヴォルトの蒼いコートを見て少し慌てていた。

 

「響さん!ガンヴォルト君は!?」

 

「ガンヴォルトさんは未来にコートを渡した後に街の方にまた行ってしまいました」

 

「そうですか」

 

慎次は安心したように息を吐く。そして未来の姿を見た事と、ガンヴォルトがコートを渡した事になんらかの意図を察したのか近くの隊員に毛布を一枚用意してもらうように頼んだ。そして未来と響は慎次についてくるように慎次の後を追う。

 

着いた先は避難者達が集まる場所であり、付近にあった大型の車両の中に入れてもらう。

 

「とりあえずこの中に入っていて下さい。それとこれを」

 

そう言って未来に毛布を渡して後でコートを渡すよう言うと、慎次は車両から出て行った。未来もコートを脱いで毛布をポンチョの様に羽織る。そして、未来は脱いだコートを大事そうに抱えて響に聞いた。

 

「あの人…無事に帰ってくるよね?」

 

その言葉に響は大丈夫だよ、といつもの様に笑う。

 

「ガンヴォルトさんは絶対に帰ってくるよ!だってガンヴォルトさんがやられる事なんて考えられないもん!」

 

ノイズに対抗出来る人間。そしてノイズを倒す力を持つ響。響がこう断言するのだから間違いなくガンヴォルトは帰ってくる。そう思えるが、そんな事をはっきりと言え、そこまで信頼出来る人である事を知っていた事を少し羨ましく思った。

 

そんなガンヴォルトについて響に聞いていると車両の入り口がノックされる。

 

「着替えが終わったのであれば出てきて貰えますか?司令が到着しましたので、響さんの報告を聞きたいそうです」

 

そう言われたので響と未来は車両から外に出る。未来は初めて会う弦十郎に少し緊張したが、弦十郎の優しい人柄に触れ、いつの間にか緊張も解けていた。

 

響が弦十郎に報告を終えると同時に、付近にいた一課の人々がある一点に集まっている事に気付き、その事を未来が聞く。

 

「あの、今皆さんがあそこに集まっているんですが、何かあったんですか?」

 

「ああ、君の持つコートの持ち主が帰ってきた様で現場の報告や状況を伝えているんだろう。そのコートも我々が彼に返しておくよ」

 

その言葉と共に未来へと手を差し出して、コートを渡す様促す。

 

しかし、未来は首を振って言った。

 

「これは私が返したいんです、お願いします」

 

その事を聞いて弦十郎は機密やらなんやら話を切り出す。だが、響がシンフォギアを見られた事、そしてガンヴォルト自身の持つ能力、第七波動(セブンス)を見られた事を伝える。未来もその言葉に自分が勝手に踏み入った事を説明する。

 

「全く、君にもあいつにもあれだけ力を見られるなって言っていたのにな」

 

その言葉に響は絶対怒られるという覚悟をしたが、響と未来の頭に手を乗せて言う。

 

「まあ、それもこれも人命救助の不可抗力だ。響君にもあいつにも力を見せずに人を救えなんて無茶は言わないさ。それに人命救助の立役者に大人が叱るという無粋な真似はしないさ」

 

その言葉に響も未来も安堵する。

 

「だが、ことも事だ。響君には後でその事の始末書と報告書でも作ってもらおうかな」

 

「そ、そんなー」

 

弦十郎の言葉に項垂れる響。その様子を見て弦十郎は高笑いしながら冗談だと笑う。だが、君の友達の処遇だけはどうにかしないといけないからと伝えられた。響はそんな響に悪いようにはしないと笑顔で言う。

 

「楽しそうだね、弦十郎」

 

そしてその高笑いを上げる弦十郎に向けて、男性が声を掛けてきた。

 

先程集まっていた一課の人々が散会して各々の持ち場に向かい始めた中、ようやく解放されたのであろう、ガンヴォルトがこちらに来ていた。

 

「ガンヴォルト、報告ありがとう」

 

「気にしないで。ノイズの報告については出撃する度にしているから」

 

そう言いながら、弦十郎に先程の報告と被害状況を手短に伝える。それが終わり、機を待っていたとばかりに未来がガンヴォルトに話し始める。

 

「あ、あの!」

 

「君は」

 

「小日向未来です!先程はありがとうございました!」

 

頭を下げる未来。無事で良かったよとガンヴォルトも言う。

 

「それでもお礼だけは伝えたかったんです!七年前も含めて!」

 

「七年前…響の言っていた事か」

 

ガンヴォルトはそう言うと過去の事を思い出そうとしているのか、少し考える様に顎に手を当て考え始めた。

 

七年という月日。それにガンヴォルトがこの様な救出を幾度となく行っている事を先程車両内で響から聞いていた。覚えてないよね、と一抹の不安が未来の頭を過ぎる。

 

「もしかして、ボクが治療を受ける時に身に着ける様な服を着ていなかった?」

 

その言葉に未来は顔を上げて、嬉しさのあまりに声が上ずりながらも答えた。

 

「そうか…君があの時の…良かったよ。あの時同様にまた君を助ける事が出来て…」

 

その言葉と優しい笑みを浮かべるガンヴォルトにドキッとした。だが、直ぐにガンヴォルトは響と未来に向けて頭を下げた。

 

「ごめん、ボクのせいで二人の仲を傷付ける様な事をしてしまって」

 

ガンヴォルトに対して響と仲直りした事を急いで告げて未来も響も頭を上げる様に言った。

 

その行動に弦十郎もガンヴォルトの行動に何か思ったのかガンヴォルトに頭を上げる様に言い、今度は弦十郎と慎次が頭を下げる。

 

「今回の事、いや、これまでの事についてはガンヴォルトにではなく我々の責任である。響君が君に話が出来なかった事、ガンヴォルトの事を知っていても話せなかった事。それに関しても我々が隠さなければいけない、ガンヴォルト自身が特異な存在である為に話せなかったんだ」

 

未来は頭を下げる二人に頭を上げるように言う。

 

「わ、分かったので頭を上げて下さい!響がどうして隠さなきゃならなかった事も、私を危険に巻き込みたくなかったという事は分かりましたから」

 

そう言うと弦十郎は助かると言って頭を上げる。

 

そして、未来も安堵してようやくガンヴォルトに対して持っていたコートを渡す事が出来た。

 

「あの…これお返しします」

 

ガンヴォルトもありがとうと言い、受け取る。響も借りていた端末の事を思い出して返すと端末を少し操作して苦い顔をする。

 

「あの、もしかして壊しちゃいました?」

 

響が申し訳なさそうに言うと違うと否定して端末に表示された画面を見せてもらう。

 

そこには翼からのメールが何通も来ており、ガンヴォルトの無事を心配する文章が綴られていた。未来はこの時に何故響が翼と知り合いであったのかをここで理解した。

 

「もしかしてだけど、弦十郎。翼への連絡は?」

 

「したんだが、お前と連絡が取れないとかで探すと言って俺の言葉も聞かず行ってしまった。耳につけた無線の周波数さえ合わせれば確認出来たものの」

 

弦十郎もガンヴォルトも溜息を吐く。ガンヴォルトは端末を操作して翼へと連絡を入れる。慌てた翼が端末から出ると付近にも聞こえる声音でガンヴォルトの無事を安堵していた。そして翼に無事な事と帰ってくる様に伝えると端末を切った。同時に一台の車が猛スピードで少し離れた所に停車して、了子が降りてくる。

 

「なんか私のセンサーが反応してたから急いできてみれば、またガンヴォルトが女の子を侍らせていたのね」

 

そう言いなから降りる了子にガンヴォルトはさらに重い溜息を吐いて言う。

 

「そんな事じゃないから。それより了子、現場には伝えてあるから調査の方頼んだよ」

 

「全く、急いで来たのに直ぐそれよ。もうちょっと私に優しくしてもいいんじゃない?」

 

「了子がその態度を改めてくれればボクは普通に接するよ」

 

不貞腐れながらも直ぐに調査の準備を始める為に一課の用意した簡易テントへと向かっていった。

 

「さてと、もう遅い時間だ。君達は戻ってもらって構わない。これからは我々大人の仕事だ。慎次、二人を送ってやってくれ」

 

そう言って響と未来は慎次に連れられ車へと移動する。だが、未来はまだ伝えていない事を思い出して弦十郎とガンヴォルトに言う。

 

「あの、友達と逸れたんですがその子も無事ですか?雪音クリスという名前の女の子です」

 

そう言うと二人は神妙な顔をする。そして顔を見合わせると弦十郎が未来に対して安心する様に言った。

 

未来にはなんとなく、この件にもクリスが関わっているのではないかと不安を覚える。だが、未来は聞くに聞けず、響と共に慎次が出してくれた車で寮へと帰った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

了子はある一区画で眉を潜めていた。

 

周囲には一課が各々の作業で忙しなく動いている為、聞かれる事を恐れ、声に出す事はなかったが、今この場に漂う普通の人では感知出来ない違和感に考えさせられる。

 

(…この感じ…アッシュボルトがあれを使ったのか?)

 

かつて協力関係にあった男に渡したデータにあった、シンフォギア装者の適合率を下げる事の出来るAnti_LiNKER。

 

了子にとっては必要のない為、支援を受ける為に渡したデータ。それを使える様にしてこんな意味のない時に使う。アッシュボルトは何をしたかったのか分からない。

 

アッシュボルトの目的、そんな事は了子にとってはどうでも良かった。だが、このような無駄な事。そして理解の出来ない行動。

 

(お前は一体何がしたいんだ?)

 

了子はアッシュボルトの事を考えるが、あの男が何をしようとしているのか考えつかない。

 

アッシュボルトの目的を考えながらも今の自分のやるべき事である現場調査に務めるのであった。



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53VOLT

雨の降る中、ボクはある場所に来ていた。人気の無い廃墟となったアパート。ここに来た理由は雪音クリスの潜伏場所と知ったからこそ、ここに来た。

 

仕事時に確認した防犯カメラの映像。そして、クリスの姿が捉えられた映像が最後に映し出した場所、その近くで潜伏するのに都合の良い場所がここであった為、この場所を訪れていた。

 

「ガンヴォルト、お前もここに来ていたか」

 

「弦十郎こそ」

 

話しかけられたがボクは振り返ることなく、その声だけでも後ろにいるのが弦十郎と理解した。

 

「まあな。昨日お前が調べていた映像を少しだけ見てしまったからな」

 

そう言うと、弦十郎はボクの手に持つ物を訝しげに見る。

 

「それで懐に持つダートリーダー以外にも何か持っているがそれは?」

 

「雪音クリスが今逃亡している身だからね。一応警戒されるとは思うけど彼女の腹の足しになるものを」

 

そう言って雨に濡れない様に袋の中に入ったバスケットの中身を見せる。中には数種類のサンドイッチ、そして魔法瓶が二つ入っている。

 

一応春だが、雨が降ると肌寒く感じる時期であり、暖かいものが必要と思い、紅茶とスープを入れておいた。

 

「そうか…流石、慎次に翼の栄養管理を任されているだけあるな。俺なんてこんなものしか用意出来なかった」

 

そう言って弦十郎はコンビニの袋を持ち上げる。その中にはあんぱんと牛乳が入っていた。

 

「いや、弦十郎の方が正しいかもしれない。ボク、いやボク達はまだ雪音クリスには敵認定されていると思うから、ボクの持ってきた物よりも弦十郎の持ってきている既製品の方が安心して食べられるかもしれないし」

 

「そうかもしれないが、今の彼女は追われる身となってしっかりとしたものを食べていないのかもしれない。そう考えるとガンヴォルトの作ったものの方が栄養的に良いと思うのだが」

 

「食べてくれるか分からないし、とりあえず雪音クリスの捜索をしよう。食べるか食べないかはまた考えよう」

 

そう言うとボクと弦十郎は廃墟となったマンションに入って行った。

 

虱潰しに探す訳ではなく、クリスの潜伏場所は把握している為、ボク達はその場所に向かう。把握している理由はこの廃アパートの管理会社の方の記録から鍵の壊れている場所をサーチしている為入れる場所はそこしかない為だ。外側から窓を割れば分かるだろうが、わざわざ見つかる様な真似を雪音クリスがする事はないと予想している。

 

「会った事のない俺が行くよりも面識のあるお前が入った方が警戒は少し緩くなるかもしれない。二人だと彼女を威圧してまた逃げられる事も考えられる」

 

「そうかもしれないけど、ボク自身の事を多少なりとも知っている雪音クリスにとってはボクが入ると逆に逃げてしまう可能性もあるんじゃない?」

 

「そうかもしれないが、逃げられてしまったら追跡するしかあるまい。とりあえずまずは彼女との対話だ」

 

そう話している内に彼女の潜伏している部屋の階層に到着する。弦十郎から持っていた袋も手渡される。

 

「俺はこの階で待機しておく。何かあれば突入するからな」

 

そう言ってボクは弦十郎に任されてクリスが潜伏する部屋へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

クリスは廃墟となったマンションの一室にいた。少し肌寒いが先住者の残していた古い毛布に包まってなんとか寒さを凌ぐ。だが、寒さは凌ぐ事は出来ても、今まで何も食べていないせいで腹の音だけが鳴り止まない。

 

「くそっ」

 

あの時に友達となってくれた未来に何か貰えばよかったかもしれない。だが、いきなりそんな厚かましい事をしてもいいのか。そもそも友達とはどういったものなのか理解出来ないクリスは悩む。

 

だが頭を回転させるたびに腹の虫は大きく鳴いて思考を鈍らせる。

 

雨の降る外を見る。今なら人も少ないだろうか。それだったら適当な店に入り、食べ物を食べて逃げればなんとかなるかもしれない。一般人に対してならシンフォギアを纏えば逃げられる。

 

だが、そうする事によりニ課の連中に居場所がバレる可能性がある。それにそんな事の為にシンフォギアを使う事。そして何よりそんな事をすれば自分ではなく、他人に迷惑を掛けてしまう。

 

クリスは腹の虫を抑える為に毛布に包まり、腹を抑えて横になる。

 

その瞬間、玄関の方から扉が開く音が聞こえる。直ぐに毛布から出て、壁に背を付けると侵入者を撃退しようと息を潜める。

 

侵入者は躊躇いもなく、入ってくるとそのままこちらに向けて歩いてくる。

 

クリスは拳を握り、姿を見せた瞬間に拳を振りかぶり、現れた人物に向けて振るう。しかし、いとも容易く受け止められる。

 

クリスは逃れる為に狭い部屋の隅へと後退り、入ってきた人物が何者かをここで気付いた。

 

そこには、ガンヴォルトの姿があったからだ。

 

直ぐにペンダントを握り、聖詠を歌おうとするが、声を出そうとした瞬間に腹の音が鳴り響く。

 

クリスは顔を赤くして腹を抑える。そんな事を暖かな視線を向けてくるガンヴォルトにムカついて噛みつく。

 

「なんだよ!」

 

「やっぱり持ってきておいて正解だったようだね」

 

そう言ってガンヴォルトは手に持った袋を二つクリスの方に向けて差し出す。クリスは警戒しながらもガンヴォルトの持った袋を奪い取って、その中を確認する。一つにはバスケットが入っており、もう一つの袋にはあんぱんと牛乳が入っていた。

 

「しっかり食べてないんじゃないかと思って持ってきた」

 

そう言うガンヴォルトは懐にしまう銃を取り出すと地面に置いてクリスの方に滑らせた。

 

「どういうつもりだ?」

 

「君と対話をする為に来たんだ。これを持ってたら君も安心して話を聞いてもらえそうにないしね」

 

そう言うとガンヴォルトはクリスとは逆の壁に寄ると壁を背に座った。

 

クリスはガンヴォルトの能力を知っている為、この銃がなくとも警戒を解かずに、窓側の隅に寄るとクリスも座る。

 

警戒しつつ、持ってきた袋を置いてバスケットの方に手を伸ばす。中にはラップに包まれたサンドイッチがあり、野菜が綺麗に並んだ野菜サンド、卵サンド、そして照り焼きだろうか、挟まれた肉に何かソースのかかったサンドが二つずつ入っており、開いたスペースに二つの魔法瓶がある。多分、飲み物か何かであろう。今のクリスにとって直ぐにでも欲しかった食べ物。だが、クリスは警戒して反対側にいるガンヴォルトに問う。

 

「…誰が作ったやつだ?」

 

「ボクだけど…何か入っているって心配をしているなら食べずにもう一つの袋の方を食べればいい」

 

ガンヴォルトはそう言う。クリスはそれだけ聞くとラップを乱雑に開けるとそのサンドイッチにかぶりついた。

 

「何か入っているとは思わないの?」

 

ガンヴォルトの言葉に一つのサンドイッチを食べ終えて、二つ目に手を出しながら言った。

 

「前にも言っただろ。関係のない奴等を救えば、あんたの事を少しは信用してやるって。逃げている時にあんたらのお仲間が被害者がいない事を言っていた」

 

そう言って、サンドイッチを食べる事を再開する。ガンヴォルトが作ったと言っていたが悔しい程美味しかった。

 

魔法瓶に入ったまだ温かいスープを全て飲み切り、残りの紅茶を飲む。スープ同様に冷えた身体に温かい飲み物が身体の芯から温めてくれる。

 

クリスは紅茶を飲み干して、魔法瓶を全てバスケットに入れるとガンヴォルトに向けて空のバスケットを滑らせる。

 

「美味しかった?」

 

「…美味かった…」

 

正直な感想。それだけ聞くとガンヴォルトは笑みを浮かべてバスケットを回収する。

 

「それで聞きたい事があるんだけど」

 

ガンヴォルトの言葉を遮り、クリスは言った。

 

「まず、私の友達の安全が先だ。それとお前が何故あの時、私の理想の為の行為が何で平和を掴めない事をお前が知っているかもだ」

 

それを聞いたガンヴォルトは既にこちらの友達を知っている様で言った。

 

「君の友達、小日向未来、それにその子と一緒にいた女性は無事だよ」

 

クリスはそれを聞いて胸を撫で下ろす。そして、ガンヴォルトは少し間を置いてクリスをかつて否定した理想に辿り着く事が出来ない理由を述べた。

 

「否定したのはその事を知っているからだ。力が正義っていうのは間違いなんだ。結果的に表面的には平和は保たれるかもしれない。だけどその中には恐怖や憎しみが生まれていずれ身を滅ぼす」

 

「私が聞いているのはそんな事じゃねぇ!私が知りたいのは何でお前がそんな事を知っているかだ!」

 

その言葉にガンヴォルトは自分の出自について手短にクリスに語った。その言葉にクリスは絶句する。

 

ガンヴォルトが別の世界の人間。そして戦っていた過程の中でクリスのやろうとしていた事に対してあのような事を言った意味を知る。

 

だが、クリスにとって驚くべき事はその過程である。ガンヴォルトは幼い頃より囚われ、酷い仕打ちを受けていた事。そしてクリスの様に過去にその様な行いがあり、そして同じ様な境遇の人を生まない為に戦っていた事。

 

クリスと似たような境遇。そしてクリス同様に苦しんでいる人達を出さないようにした結果、信じていた者から切り捨てられ殺されかけた。

 

クリスは初めて遭遇する近い境遇の男。それなのに、ガンヴォルトの今はどうだ。自分はこんなに辛い目に遭っているのにも関わらず、何故こんなにも気丈に振る舞え、笑えるのか。

 

「何でお前は…何でお前はそんな幸せそうなんだよ!私とフィーネの関係の様に…お前も信頼していた男に裏切られたんだろ!?なのに何でお前は幸せそうに笑える!?お前と私の何が違ったんだよ!?私もお前も同じ穴のムジナなのに何で私だけこんな目に遭ってお前はそう笑える!」

 

「…多分ボクは今まで、本当に心から笑った事はないと思う。まだ救えていない大切な人がいる。ボクがこの世界に来た原因となったあの人に何故こんな本当になぜあんな事をしたのか、あの時の言葉が本心でない事を願いながらも聞かないとボクが心から笑える日なんて来ないと思う」

 

その言葉は本心だという事はクリスにも分かる。だが、それでも何故そこまで自分の意思を押し潰してでも笑う理由が分からない。

 

「それでも人を助ける事が出来た、守る事が出来て笑う事は出来るよ。それだけでもボクにとっては…今のボクにとっては十分なんだよ。例え、心から笑えなくとも、それだけの事でもボクは良かった、こんなボクにでもまだ救う事が出来る。それだけでも心の曇りが取れなくても別にその事を忘れて笑える訳じゃないよ。本心を知る人にしたら道化にしか見えないかも知れない。でも、それでも…その行動に間違いはない。かけがえのない命を守る事が出来た。心から笑えなくてもよかった、守れた。嬉しいという感情が消えている訳じゃない。だから嬉しくて助けられて、救えてよかったと笑えるんだ」

 

「だからって…だからってお前はそれでいいのかよ!本心で笑えなくても!本当に心の底から笑う事が出来なくても!?」

 

クリスは何度も叫ぶ。目の前にいるガンヴォルトに対して。ガンヴォルトの事が何故か心配になる。敵であるはずなのに、何処か心の奥底にある真意を知ってしまったから。

 

「いいわけないよ。でも、今やるべき事の優先順位は見誤りたくないんだ。確かにさっき言ったやるべき事もある。だけどボクの探す人は今も何処かで無事に生きている。二年前とそれに少し前に彼女がまだ歌い続けている事を知れたから。あの人も今はここに来てどうしているか分からない。でも帰る手立てがない。だからと言ってその事を優先していれば、救うべき命は救えない。だからこそボクは助けているんだ。それに今はそれを一緒になって探してくれる仲間もいる。信用しているからこそ、ボクは出来る事を任せてやるべき事をしているだけだよ」

 

クリスにとって分からない。なぜガンヴォルトはこうも言い切る事が出来るのかを。

 

「それでもお前の気持ちを私は理解出来ない!何故そこまでしてお前を殺そうとした奴と話そうと考えるんだよ!殺されかけたんだろ!?なのに、なんでそんな奴と話し合おうとする!?お前もあいつも敵だった奴になんでそんな真似出来るんだよ!」

 

ガンヴォルトも、自分が何度も傷付けてきた響の存在も何故そこまで出来るのか。

 

「ボクにだって分からない。それでもこうして生きているという事は何かしら意図があった。そしてボク同様に生きている大切な人も。だから、ボクは聞きたいんだ。最初はボクも大切な人と同様に殺されたと思ったよ。それでもこうして生きているのは意味があると、あの人にも何か別の思惑があったんじゃないかって」

 

クリスはガンヴォルトの目を見て言っている事は全て本気だという事は理解出来る。だが、それでも、そこまでされて。大切な人と離れ離れにされた目の前の男がいう奴に対して憎しみはなかったのか。

 

「憎くないのかよ…お前は」

 

「憎しみはないよ。ボクにとっての憎しみはいいものじゃない。ボクが憎しみを抱いたら多分、ボクはその憎しみに囚われるだけの人になってしまうから」

 

何処までもお人好し。バカがつく程に真っ直ぐな言葉。だけど、クリスにとってその言葉に逆上する。

 

「つまりお前は私を否定するのか!私は力を持つ者のせいで辛い思いをしてきたのに!そんな奴等のせいでパパとママは殺されたのに!憎むなと言うのかよ!」

 

「…憎むなとはボクは言えないよ。その辛さを経験している人だけにしかその気持ちを理解する事が出来ないから…」

 

何処か苦しそうな表情をするガンヴォルト。そして口を開いた。

 

「君以外にも、同じ憎しみに生きていた人をボクは知っている。その子は守る為に今は目を覚さない状態でいる。二年前に君を救えなかった事だけじゃない。君を助けたくてこうやって話をしに来たんだ。君の憎しみはボクにどうにかする事は出来ない。それでも、一人の君を放って置けなくてボクは話をしに来たんだ」

 

「うるせぇよ!私はいつだって一人で生きてきたんだよ!何も知らない幸せそうなお前に私の何が分かるっていうんだ!」

 

「分からない。だから君と話して聞きたいんだ。君が本当にどうしたいのかを。君の口から聞きたいんだ。ボクや二課になんらかの誤解をしていると思っている。だけど、二課は君の思う様な場所じゃないし、人もいない。ボクは君を裏切らない。だから話して欲しい。君が望んだ世界を作る為にも。今起きているこの事件を収束させる為にも。力を貸して欲しい」

 

ガンヴォルトの言葉に惹かれる。憎たらしい言葉が気に入らないとも感じる。だが、ガンヴォルトならどうにか出来るのではないかと感じてしまう自分もいる。クリスは口を開きかけたが、不意に現れる訪問者に身構えてしまう。

 

「ガンヴォルト!そこを離れろ!」

 

玄関を蹴破り現れた男。それと同時にクリスの陣取っていた窓ガラスが割れて銃を持った複数の人が押し寄せてきた。

 

クリスやガンヴォルトに向けられる銃口。だが、複数の人は一瞬の内にガンヴォルトの雷撃によって行動不能とさせられた。

 

ガンヴォルトは素早く、クリスの元へ向かい、クリスの安全を確認する。

 

「大丈夫か!?」

 

「なんなんだよこいつらは!?」

 

「テロリストだよ。君とフィーネが協力していたね」

 

「協力していたテロリスト!?私はフィーネからは一言もそんな事!」

 

それを聞くと同時にガンヴォルトは驚きはしたものの、入ってきた男と少し話をすると近くにあった銃を持って立ち上がるとクリスに手を差し伸べる。

 

「多分、君が狙いだと思う。ここは危険だ。直ぐに逃げよう」

 

クリスはその手を掴もうとしたが、それを拒み、聖詠を歌う。

 

「お前等が逃げろよ。狙いは私なんだろ?どうせフィーネが私を消す為にけしかけたとしたのなら狙われるのは私の方だ。私の問題にお前等を巻き込む訳にはいかない」

 

シンフォギアを纏ったクリスは窓からベランダへ出て、周囲を警戒する。ベランダには居なかったもののアパートの階下には数人の銃を持ったテロリスト達の姿が見える。

 

「私の理想に協力するって言葉だけ信じてやる」

 

そう言って飛び出そうとする前にガンヴォルトが呼び止める。しかしクリスは静止を聞かず、そのまま人気の無い工場地帯へと飛び去った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「クリス君!」

 

弦十郎もクリスを呼び止めたが、下から聞こえる銃声によりかき消される。

 

ボクは玄関の方を警戒しながら、言った。

 

「弦十郎!とにかくここを出よう!テロリスト達の装備が二年前と同じだ!」

 

その言葉を言って弦十郎と共に、外へ向けて走る。そして玄関を出ると同時に雷撃鱗を張って逃げてきた所を撃ち込むテロリストの弾丸を無効化する。

 

それと同時に部屋の中で爆発が起きる。それを察知した弦十郎はコンクリートの床を踏み砕き、ボク等は一階層下の廊下へと降りる。

 

爆風がボク等の頭上を掠め通る。

 

「ガンヴォルト!お前は外のテロリストを倒せ!二課への連絡と残ったテロリストは俺が対処する!」

 

「分かった!弦十郎、無事でいてくれ!」

 

「当たり前だ!大人の力を見せつけてやる!お前も無事で帰って来いよ!」

 

ボクは弦十郎に任せて外のテロリストを対処、クリスの捜索へ向かった。

 

だが、結局クリスは再び行方知れず、テロリスト達も倒された所から自決する様に爆破していき、何が目的なのかも分からなかった。



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54VOLT

昨日、PS4版蒼き雷霆ガンヴォルト ストライカーパック発売になりました。
おめでとうございます。
予約特典のボックスとAmazon限定クリアファイル最高です。



街から離れた別荘の地下。そこに一人の女性、了子がポットに浮かぶ三つの剣を眺めながら考え事をしていた。

 

「ガンヴォルトの言っていた宝剣。これが念動力(サイコキネシス)第七波動(セブンス)という事は分かった。だが、本人以外使う事が出来ないというのは計算外だったわ。全く、ガンヴォルトももう少し早く教えてくれたら無駄な事をせずに済んだものを」

 

恨めしそうに呟きながら了子は奥歯を噛み締める。

 

「まあいい、第七波動(セブンス)の事はあまり解りはしなかったけど、響ちゃんがデュランダルの覚醒と同時期に宝剣自身も使用者がいないのにも関わらず起動している。デュランダルと同等のエネルギーを持っているからもしもの時の代用品と考えて計画を進めていきましょう」

 

息を吐いて心臓が脈を打つ様に点滅する光を見た了子は研究室から出て行くのであった。

 

しかし、取り残されたポットの中心に入る宝剣、天叢雲が鼓動の反応とは別に僅かに震えた。

 

「ガンヴォルト…なぜ君の名前がここで…」

 

宝剣から発せられた言葉。だが、発せられたこの言葉に気付く者は誰もいなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

テロリストからの襲撃により、対応に追われていた二課であったが、二年前のテロリスト同様の手口により、なんの情報も得られなかった。

 

クリスの捜索も難航し、テロリストの他のアジトの捜索を行うが目立った手掛かりも見つかっていない。

 

「根を詰めすぎよ、ガンヴォルト」

 

「そうだぞ。全く休んで無いんだろ」

 

休憩室で資料を読みながら座っていたボクにあおいと朔也が言う。あおいはこれでも飲んでとコーヒーを渡してくれる。

 

「ありがとう。でも、今回も警戒を怠ってしまったボクが原因なんだから尻拭いぐらいやらないと」

 

そう言うとあおいも朔也も溜め息を吐く。

 

「全く、責任感が強いのはいいけど、貴方が過労で倒れたりしたら皆心配するし、その補填をするのも私達や他のエージェントなんだから」

 

「ガンヴォルトは俺達を信用してるんだかしてないんだか分からないよ。とにかく、お前は休めよ」

 

そう言いながら、朔也がボクの持つ資料を取り上げた。ボクは二人の本当に心配する姿を見て、折れて休む事を伝える。

 

「それでも、やっぱり雪音クリスの行方やテロリストの動向は気になるから資料だけでも目を通しておきたいんだけど」

 

全く分かっていないという風に二人は溜め息を吐いた。そんな中、翼と未来と響が休憩室に入ってくる。

 

「ガンヴォルトさん!お久しぶりです!」

 

「響、どうしたの?」

 

響がボクを見るなり声を掛けて挨拶する。そしてこの前から探していたんですけど全然見つからなかったんで、と数日はクリスの捜索やテロリストの動向の調査で響達にも会っていなかったなと考える。

 

「ガンヴォルトさんにしっかりと未来を紹介出来ていなかったんでそれでずっと探していたんですよ」

 

そう言えばあれ以降、未来とも会っていなかった事。未来も正式な二課の協力者となった事は聞いていたがボクも自分の事を伝えていなかった事を思い出す。

 

「ごめん。改めて自己紹介するよ。ボクはガンヴォルト。二課に所属しているエージェントだ。よろしく」

 

そう言って未来に手を出す。未来もそれに両手で手を握り挨拶に答える。

 

「前にも紹介させて頂きましたが小日向未来です!小日向でも未来でも好きな方で呼んで下さい!」

 

「OK。それなら未来って呼ばせてもらってもいいかな?これから二課の協力者としてよろしくね」

 

改めて軽く挨拶を終え、ボクは三人に飲み物を買って渡し、ありきたりな話をしているとあおいと朔也が何か閃いた様に二人でコソコソと話し始めていた。

 

何かあるのだろうかと考えるが二人の会話は耳に入ってこない為に何を話しているのか見当もつかない。

 

「ねぇ、三人とも。今度の休みに遊びに行くって話していなかった?」

 

あおいの言葉に三人は頷き、それがどうしたのかと疑問符を頭に浮かべる。

 

「ちょうどガンヴォルトもその日休みみたいだからさ、一緒にどうかなと思って」

 

朔也の言葉に何を勝手に決めているんだと反論しようとしたが、その前に響が声を上げる。

 

「本当ですか!?私は全然大丈夫ですよ!翼さんも未来も大丈夫ですよね!?」

 

「ああ、私は全然大丈夫だ。ガンヴォルトなら歓迎するわ」

 

「私も全然大丈夫です!むしろガンヴォルトさんの事をもっと知りたかったので賛成です!」

 

ちょっと待ってよ女子高生三人組。と心の中でツッコミながら何故簡単にもOKを出してしまったのかと思った。それよりも何故二人がこの様な提案をいきなりしてきたのか分からなかった為、反論しようと二人に向けて言おうとしたがタイミングよく休憩室に弦十郎が入ってくる。

 

「む?一人を除いて皆何やら楽しそうにしているな」

 

弦十郎は途中から入ってきた為内容を理解していなかったがあおいと朔也が弦十郎にボクに聞こえない様に説明すると納得した表情を浮かべていた。

 

「なるほどな。ちょうどいいんじゃないか?俺もガンヴォルトが少し働きすぎだと思っていたから休むように言いに来た訳だしな」

 

弦十郎までボクを休ませようとしているなんて。確かにここ最近働き詰めなのは認めるが、なぜ休日の予定まで決めなければならないんだろうか。

 

弦十郎達に何か言おうとするが、既にボクを頭数に入れて話を進める三人に向けて無理と言う事が出来ず、諦める事にする。

 

「だけど、女子高生の中に大人の男一人と遊んでいて何か怪しまれたりはしない?」

 

「お前くらいの年齢なら彼氏彼女の関係か兄、くらいの関係という形ならなんの違和感もないだろう。それにそんな事を気にする人がいるかも怪しいがな」

 

「いや、彼氏彼女の関係なら傍から見たら女の子三人を侍らせた男にしか見えないと思うけど」

 

「そういうものか?」

 

「大丈夫ですよ、司令。ガンヴォルトは見た目はチャラ男なんかと違って誠実を現す様に物腰柔らかでそういった風に見られる男じゃありませんよ」

 

「だな。こうなんていうか誰であろうと物腰柔らかに、さりげない気遣いを自然と出来る男として人気があるからな。あれ、なんか自分で言ってガンヴォルトの事がムカついてきたな」

 

朔也の私怨混じりの言葉を無視して弦十郎は笑いながらそうかと答えた。とりあえずボクの休日の予定は勝手ながらも三人の大人により決められたのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

待ち合わせ時間よりも早く着いてしまった為、カフェで時間を潰す事を考えていた時、ボクの名を呼ぶ声に考え事をやめ、声のあった方に目を向ける。

 

「ガンヴォルト、早かったのね」

 

小走りで来たのか翼が息を切らしながらボクの側にいた。

 

仮にも翼は有名人であり、軽い変装で帽子を深く被っている。

 

「今来た所だよ。そんなに急がなくてもまだ集合時間まで時間があるから、ゆっくりしていてもよかったのに」

 

「そういうガンヴォルトこそ、時間よりも早く着いていたじゃない」

 

「ボクは良いんだよ。三人の遊びにお邪魔させてもらうし、遅れて行くのも悪いしね」

 

翼はボクの言葉に納得していなかったが、男はそういうものだよと説得した。

 

「そういうものなの?」

 

「多分そういうものだよ。ボクもそこまで知らないけど高校時代とかにそんな話を聞いた事があるし」

 

そう言うと何処か翼の視線が冷たくなる様に感じた。

 

「それは男性かしら、それとも女性?」

 

最後の部分が妙に強調されているがボクは男だと言うとその冷たくなった目線は落ち着いた。なぜそこまでボクの交友関係で翼がおかしくなるのか今でもよく分からない。

 

「それならいいわ」

 

そう言って翼は落ち着いたので共に響と未来を待つ事にする。そう言えば制服姿や治療服ではない翼を見るのは久しぶりだなと思い返す。以前だとどれくらい前だろうか、ここ数年見てなかった気がする。制服とまた違った雰囲気を醸し出している。

 

「翼の綺麗な青い髪に合わせたジャケット、それに合わせて考えたコーデ、いつもの制服の翼も綺麗だけどその格好もとっても似合っているよ」

 

「きゅ、急にどうしたの!?」

 

「いや、久々に翼の私服を見て、似合ってたから率直な感想を言っただけだけど」

 

そう言うとさらに帽子を深く被って表情を見えなくさせる。何か悪い事でも言ったかと思ったが、特にこれと言って間違った事は言ってないとは思うが、翼が何処か嬉しそうにしている事から別に恥ずかしがっているだけだと察した。

 

「恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。こういう事、言われ慣れてるでしょ」

 

「他の人に言われるのには慣れてても不意打ち気味にガンヴォルトに言われると恥ずかしいじゃない…」

 

「そういうものなの?」

 

「貴方だと別よ…でも、ありがとう」

 

小さくだが翼のお礼の言葉が聞こえた。喜んでいるのであれば何よりだ。

 

しばらく黙り込む翼が落ち着くまで辺りを見ながら待つ。気が付けば集合時間に差し掛かろうとしているが響と未来の姿は一向に見えない。

 

「遅いわね…一体何をしているのかしら…」

 

さらに数分が経ち、集合時間を過ぎても現れない二人に痺れを切らした様に言葉を漏らす。確かに遅いとは思うが、響の事だから人助けとかしてるんじゃないかと、翼を宥める。

 

さらに数分後、響と未来が足早に到着した。

 

「すみません、翼さん、ガンヴォルトさん」

 

「遅いわよ。何をしていたの?」

 

「えっと、響が男の人と出掛けるのなんて久しぶりなもので、色々と手間取ってしまって…」

 

「未来、嘘はいけないよ。ガンヴォルトさんと出掛けるって事で未来も手間取ってたじゃない」

 

「そ、そうだけど…結局は響が原因で遅れたのには変わりはないでしょう?」

 

二人が責任をなすりつけ合うので溜め息を吐いて呆れる翼。ボクはとりあえず、遊びに行こうと言って二人の会話を切り上げる事と、手間取ってまで精一杯お洒落してきた様なので二人の事を褒めつつ、ショッピングモールに行こうと三人を誘導した。

 

そんな中、ボクは翼達と話しながら、尾けているある人に合図を送るのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ガンヴォルト君にはバレてましたか…」

 

ガンヴォルト達の事をこっそり尾行していた慎次はガンヴォルトの合図の意図を察して、ある男をつけると人通りの無い路地に連れ込んだ。

 

「い、一体なんのつもりだ!?」

 

「すみません。既に分かっているので何も言わずにカメラの中のデータだけ消してもらえると

助かるのですが」

 

慎次は男が何処かの記者だと把握しており、先程隠れて撮っていた写真を消す様お願いする。

 

「あんたも同じ記者なのか?言われたって消すもんかよ。あの大人気アーティスト、風鳴翼が男と密会なんてこんなスクープ見逃せるかよ」

 

男はそう言って写真を消去する事を拒んだ。

 

「手荒な真似はしたくないので素直に消してくれると助かるんですが」

 

そう言って慎次が合図を出すと共に何処からともなくエージェントが現れる。いきなり現れる屈強な男達を前に記者は怯える。

 

「一応、確認しますが消してくれますか?」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「分かりました」

 

そう言うと慎次が合図を送り、エージェントは記者へと近付くと、警察手帳の様なものを見せて、記者を連行していった。

 

別に尋問などではないので問題はないが、きつくお灸を据えてこの事を話さない様にしてもらう。

 

「戦う女の子達とガンヴォルト君の休日くらい、守ってあげるのも大人の務めですからね」

 

そう言って慎次は後の事を他のエージェント達に任せてガンヴォルト達を遠くから見守るのであった。



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55VOLT

ショッピングモールに移動したボク達はゲームセンターへと来ていた。元の世界でもこういう所に詳しい仲間によく連れ回されたり、高校の頃に友人達と遊ぶ時には来ていたが、久々に足を入れた。

 

「久々だな、ゲームセンターなんて」

 

「そうなんですか?ガンヴォルトさんってこういう所にあまり来ないというよりゲームセンターみたいな所には行かない方だと思っていたのですが」

 

「そうだね、あまり自分から進んで行く事は全くないけど、高校の頃とかに友人達と何回かね」

 

未来の質問に答える。

 

「せっかくですし楽しみましょー!」

 

テンションの上がる響が翼と未来の手を引いてゲームセンターの中へと連れ込んでいくのを微笑ましく見た後に、ボクはその後について行った。

 

かと思うと翼が入り口付近にあるUFOキャッチャーの景品に目が留まって歩みを止める。それを見た響と未来は足を止める。UFOキャッチャーの景品に目を向けると猛獣などをデフォルメにした可愛らしいぬいぐるみであった。

 

「翼さんもこういうものが好きなんですか?」

 

「なっ!?私でもと言うのはどういう事だ立花!」

 

可愛いもの好きが意外に見られた事に反論する翼。確かに、業界などではクールな姿や可愛らしいよりも綺麗と捉えられる翼が可愛いものが気になれば少し意外に思われるだろう。

 

「響、翼さんだって女の子だよ。こんな可愛いぬいぐるみなら誰だっていいと思うよ」

 

未来が翼のフォローを入れる。すると響が直ぐ様UFOキャッチャーにスマホで入金すると動かし始める。

 

「すみません!それだったらお詫びにこれ取るので許して下さい!」

 

そう言ってUFOキャッチャーで景品を取ろうとする。だが響は何度も挑戦していくがなかなか景品を掴む事が出来ない。

 

「全然取れない!」

 

「立花、さっきの事はそこまで気にしていないからそうまでして取る必要はないわ」

 

翼もどんどん入金していく響を心配してそう言うが響は絶対に取って見せますと何度もUFOキャッチャーを動かし続けた。

 

「……」

 

ボクもその様子を見ていたが、一向に取れる気配がない。そしてあまりにお金を使い過ぎているのでそれ以上やると無くなっちゃうよと未来が注意する。それでも響は挑戦していくが取れる気配がないのでボクは入金しようとする響を止めて、ボクの端末で入金した。

 

「それ以上使うと買い物とかする分のお金がなくなるよ。ボクも手伝うから」

 

「ガ、ガンヴォルトさーん!」

 

目に涙を浮かべた響が縋るようにボクの方を向いた。ボクは響と変わり、UFOキャッチャーを操作していく。

 

この手の景品は仲間の男にうんちくのように取り方を教わっていた為その通りにやる事にする。

 

仲間曰く、こういうのは景品自体ではなく、タグなどの引っ掛けられる箇所を狙い、持ち上げていくのがベストと言っていたのでそれを実行する。

 

ただ、この手のものも上手い人でないとなかなか狙いをつける事が難しいとは聞いているが、コツさえ掴んでいれば行ける、というのが仲間のアドバイスだったが、何とか一回目に成功して、景品を落とす事は出来なかったが、後一回触れば落ちるような箇所まで持っていく事に成功する。

 

「ガンヴォルトさん凄い上手!」

 

「偶々だよ。ほら、響。一回残っているから頑張ってやってみて」

 

「えっ?でもガンヴォルトさんがここまで」

 

「響が翼の為にやってたんだから、ボクが最後までやったら申し訳ないしね」

 

そう言って操作を響に進めると、響はアームを操作して景品を落とす事に成功する。

 

「やった!」

 

「おめでとう」

 

響は景品を取り出して近くにかかっていた袋に景品を入れると翼にそれを渡した。

 

「翼さんどうぞ!と言ってもほとんどガンヴォルトさんのおかげですけど…」

 

「そうかもしれない。でも、取ったのは立花だ。ありがとう」

 

「翼さーん!」

 

響は翼の言葉に嬉しそうに抱きついていた。

 

「いいんですか、ガンヴォルトさん」

 

未来がそう言ったがボクは二人を見ながら言った。

 

「いいんだよ、これで。あそこまで頑張っていたのに横から手柄を横取りする程野暮な事はしないよ」

 

「ガンヴォルトさんは優しいんですね」

 

「そうでもないよ。これ以上響があそこで続けていると響のお金が消えていくのが目に見えていたからね。遅かれ早かれ、未来やボクに助けを求めていたさ。そうでもしないと高校生のお財布事情だとこれ以上の出費は厳しいと思うし」

 

ボクは苦笑いを浮かべる。

 

「確かに、響なら取るかお金が尽きるまで取ろうとしますね。ガンヴォルトさんが早めに手を貸してくれて助かりました」

 

未来もボクに釣られて苦笑いをする。そんな様子でようやく翼から離れた響がガンヴォルトに近付いて手を握る。

 

「ありがとうございます!ガンヴォルトさん!お陰で取れました!」

 

「気にしなくていいよ。それよりも他にも何かやりたいものとかある?ボクもこういう所は久々だからあまり詳しくないから案内してよ」

 

「はい!」

 

そう言って響はボク等を先導して奥へと向かっていく。

 

「全く、立花は忙しい奴だ」

 

「そうですね。私達も行きましょう」

 

そう言って未来は響の後を追う。

 

「立花も言っていたが、景品の手助けありがとう、ガンヴォルト」

 

「翼も気にしなくてもいいのに」

 

「そういうガンヴォルトこそ、謙遜し過ぎなのよ。こういう善意は素直に受け取ればいいのに」

 

翼は拗ねるようにボクに告げた。ボクはそんな様子を見て肩を竦める。

 

「分かったよ」

 

「ガンヴォルトさーん!翼さーん!四人で出来るレーシングゲームとかありましたー!一緒にやりましょう!」

 

 

奥でボク達に向けて響が手を振っている。

 

「せっかくの休日だし楽しみましょう、ガンヴォルト」

 

そして翼がボクの手を取り、響と未来の元へ向かうのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ガンヴォルトさんにこれが似合うと思うんです」

 

「いいや、立花。こういう服の方がガンヴォルトに似合うと思うんだ」

 

「こっちもいいんじゃないでしょうか?」

 

翼、響、未来がそれぞれ男物の服を持ちながらあれやこれや言っているのを見ながらボクは少し疲れた表情をする。

 

ゲームセンターで満足するまで遊んだ後、三人の意見で服屋を覗く事になった。と言ってもレディース専門店の為にボクは入るのを遠慮したのだが、男性からの意見を聞きたいという事でボクは三人に連れ込まれて様々な服に着替えた三人を褒めていたら、何故か次はボクの服を選ぶという事になり、そのまま流れるようにメンズ専門店に詰め込まれて三人が持つ服を着るよう強制されてしまった。

 

店員や周りの客からの視線も痛く、これ以上目立ちたくないので直ぐにと言うが三人は何故か楽しくなったのか次々に服を選んでは持ってきて、試着するよう頼んでくる。

 

ボクも悪いのだろうが、断ろうとすると三人が本当にしょんぼりして悲しそうな目で見てくるので断る事が出来ず、結局流されるまま三人の着せ替え人形の様にされる。気付けば女性店員数名も入っている事に驚きつつ、翼の正体がバレないかヒヤヒヤしながらもボクはされるがままに渡された服を着ていく。

 

「三人とも、そろそろお店の方にも迷惑がかかるからやめに」

 

「ご心配ありません、こちらとしても目の保養、ではなく最大限に配慮を行なっておりますので問題ありません」

 

店員がそう言うが周りからの視線はそんな生優しいものではないだろう。というよりこの店員は完全に目の保養と言い切った事に更に頭を抱えたくなる。

 

「そういう事みたいなので次はこれをお願いします!」

 

「待って、響!さっき響が渡した服を着たんだから今度はこっちを着て下さい」

 

「二人とも落ち着いて」

 

翼が二人を戒めるのでボクはほっと胸を撫で下ろす。翼としてもそろそろ自分の事がバレる事を危惧してくれたのだろう。

 

「ここは先輩の意見を尊重して私の選んだ服から着てもらうべきであろう」

 

違った。先輩権限とでも言うのだろうか。二人を差し置いて自分の服を優先させるという暴挙に出ていた。

 

「勘弁して欲しいよ…」

 

溜め息を吐き、近くにいた男性店員に着た服を全て包んでくれる様お願いする事と三人の持つ服はまた今度という事を伝える。

 

三人も店員も残念そうにするが、これ以上は居続けるのも迷惑だと思い、精算して服を受け取るとその場を後にした。



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56VOLT

ショッピングモールでの買い物途中で翼の正体がバレたのか翼のファンが追い掛けて来た事によって逃げ回るのだが、気付けばかなりの人数が翼を一目見ようとショッピングモール内を散策している為、未来の提案でショッピングモールから離れたカラオケへと足を運んだ。

 

「まさか、あんなにも人が集まって来るなんて」

 

「トップアーティストが近くにいるとなると一眼でも見たいっていうのは仕方ないのかもしれないからね」

 

「だからってオフの時くらいはゆっくりと買い物させて欲しいものなんだけど」

 

「そうですね。やっぱりオフくらいは休ませて欲しいものですからね」

 

カラオケの部屋に入り、三人がぐったりとソファーに腰を下ろした。見つからずに逃げて行くのには流石に疲れたのだろう。

 

「しばらくはここにいた方がいいね。皆ゆっくりしてていいよ。ボクは何か飲み物を取って来るから何がいい?」

 

各自欲しい翼と響はボクに飲み物を伝え、未来は一緒に来てくれるという事なので、ドリンクバーに二人で向かう。

 

「翼さんも大変ですね。休日にゆっくりと買い物も出来ないですし」

 

「ゆっくりさせて欲しい所だけど、こればっかりはね。人気アーティストの困る所だね。せめてアーティストの時と普通の時で姿が違えば気にせずに外に出れるんだけどね」

 

翼もシアンの様にアーティストと普通の時と違う姿であれば楽なんだろうなと思いながら言う。

 

「そうだったら翼さんの良い所が隠れてしまう様な気もしますけど、そうであったら翼さんも気兼ねなく遊べますし」

 

「そうだね。今までこういった遊びもあまりしてこなかったのがあって心配だったけど、未来や響がいてくれたおかげで助かったよ」

 

正直な所、翼がこうやって友達と遊びに行く所を今までで見たと言えば奏がいる時くらいでそれ以外はボクは知らない。

 

だから、遊びに誘ってくれた未来や響には感謝している。

 

「ガンヴォルトさんって翼さんの保護者みたいな人なんですね」

 

ボクの話を聞いて未来は笑いながら言った。

 

「保護者って…ボクよりも適任者の慎次とか弦十郎がいるんだけど…」

 

「お二人もそうかもしれませんけど、ガンヴォルトさんも同じように私には見えますよ?」

 

「…ボクってそういう風に見えるの?」

 

「はい。あのお二人はお父さんみたいな感じですけど、ガンヴォルトさんは過保護なお兄さんみたいな感じに見えますよ」

 

未来はボクに笑いかける。父親に見られないだけマシ。ここで父親のようと言われたら、あの時のあの人のようにボクも困惑していただろう。

 

「もちろん、悪い意味じゃないですよ。私一人っ子なんでガンヴォルトさんみたいなお兄ちゃんがいたら良いなーって思って」

 

「ボクって未来から見たらどんな印象なの?」

 

未来の言うボクのような兄がいれば、というより、傍から見たらボクはどういった印象を持たれているのか気になって聞く。

 

「ガンヴォルトさんってとても優しい人ですよ。私達が遅刻しても責めなかったり、選んだ服を褒めてくれたり、重そうな荷物をさりげなく持ってくれたり、さっきみたいに皆疲れているからこうやって皆の分の飲み物を取ってこようとしたり、そのさりげない行動を素でしてることって結構凄いと思いますよ?」

 

「そうなのかな?」

 

「そうだと私は思います。って言っても私も男の人と出掛けるなんてお父さん意外、久々なんでこういった事を言うのも恥ずかしいですけど」

 

少し照れながら未来は話す。

 

「別に思った事を口にするのはいいんじゃないかな?ボクも未来にそうやって言われて三人を困らせていなかったのかなって不安もあったし、ボクみたいな女の子の遊びについて来て本当に大丈夫だったのかなって思ってたけど、未来はそう思っていなかったのなら良かったよ」

 

「響も翼さんもそんな事思っていませんよ。それにそんな事思った事なんて私はあり得ませんし、二人もそう思ってませんよ」

 

「それならよかった」

 

未来に笑いかけ、悪く思われていなかったようなので胸を撫で下ろす。ドリンクバーについて未来と話しながら、それぞれの飲み物を注いで、部屋に話しながら戻るとマイクを握った響が机にうつ伏せになっているのを見て驚く。

 

「ボクと未来が飲み物を取っている間に何が起きたの?」

 

響がなぜこうなっているのか分からない、ボクと未来は翼に問いかける。

 

「せっかくここに来て休んでるのももったいないから、立花に歌ってもらっていたんだが、精密採点?というものを入れて歌ったらしいんだが、二曲とも自信のある歌を入れたらしいんだけど思うような点数を取れなくてこうなったとしか言いようがないんだけど」

 

翼も困惑しながらも伝えてくれたのでなんとなく察したが、響の歌はそこまで酷かったのだろうか?と思い、翼と響に飲み物を渡してデンモクを確認するとツヴァイウィングの曲とその前に入れられた精密採点の種類を確認する。

 

「これって、ボクの知る限りじゃ相当厳しい採点をするものだったんだと思うんだけど…そんなに低い点数だったの?」

 

机にうつ伏せになり、未来に慰められている響に問いかける。

 

「今の私ならその採点でも高得点を狙えると思って選んだんですけど、あまり変わらなかった事に気が滅入ってしまいました…」

 

「そんな厳しい採点なの?」

 

翼がそれを聞いてボクに聞いてくる。

 

「ボクも詳しく知っている訳じゃないけど確かかなり辛辣なコメントをするものだった気がするよ」

 

「この採点、相当厳しい事で有名なんですよ。厳しい採点するし、コメントがあまりにも酷いから歌手の方達が歌わないとあまり良い点数を取れなくて」

 

翼がボクと未来の説明を聞いて納得する。響の歌の得点と共に出るコメントを見てなんとなく察したのだろう。

 

「今なら良い点取れると思ったんですよ!それなのに、相変わらずコメントが辛辣過ぎて泣きそうです!」

 

机にうつ伏せになりながら、響はマイクを持つ手で机を叩く。そして、翼に向けてマイクを向けて言う。

 

「機械に負けないんだから!翼さん!頼みます!」

 

「結局人任せにするんだ!?」

 

潔く翼にマイクを渡す響に向けて未来がツッコミを入れる。

 

「任せろ、立花!お前の仇は私が取ってやる!防人たる私達がこんな所で負けていいはずがない!」

 

「翼さん!やっちゃって下さい!私達の歌はこんなもんじゃないってこの機械に教え込みましょう!」

 

劇団でもやっているのだろうか?とボクと未来はそんな翼と響の仲の良さそうな様子を微笑ましそうに見ながら翼の選んだ恋の桶狭間に耳を傾ける。

 

採点で高得点をマークして機械も悔しそうなコメントを残した事を見て、響と翼は勝利したと喜びを分かち合っている。

 

「楽しそうで何よりだ」

 

「ガンヴォルトさん、そういう所が私が保護者って思う所なんですよ?」

 

未来が何処か不満そうに言う。

 

「そうかな?」

 

「そうですよ。もっと楽しんだらいいんじゃないですか?折角遊びに来ているんですし、という事でガンヴォルトさんも何か歌ってみて下さい」

 

そう言って未来がデンモクを手渡す。

 

「うーん、ボクもあまり得意じゃないし、そこまで知っている曲も少ないし」

 

デンモクを操作しながら、知っている曲を探す。この世界で知っている歌は基本的に翼や奏が歌っていた曲くらいで後はテレビなどのCM曲のサビくらいだ。

 

その事を未来に伝えると、それならばデュエットをしようという事になり、未来と共にツヴァイウィングの曲を共に歌う事になった。

 

結果的にはそこまで悪い点数ではなかったのだが、響や翼にもデュエットをせがまれる形となり、今までで一番歌を歌った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

場所は変わり、響と未来がオススメの場所にボク達は足を運んだ。

 

そこは見晴らしの良い公園の展望台であり、街を一望出来る場所であった。

 

響や未来、そして翼も楽しそうに話しているのを見ながら夕暮れの街を見渡している。

 

こんな日常も悪くない。そう思える。だからこんな日常を目を覚ました奏、シアン、まだこの街の何処かにいるクリスにもこういった日々を過ごせるようになって欲しい。

 

本当にそう思った。

 

だけどボクはこの楽しい日々が続くようになった後、帰る手段が見つかればボクは元の世界に戻ってやるべき事をしなければならない。

 

そう思うと同時に、だからこそ、今の現状を改善しておきたいと強く思うのであった。




ガンヴォルトに歌わせる曲を考えていて、中の人関連でマッチョアネーム?を歌わせようかと考えていましたが、ガンヴォルトと言うキャラが崩壊しすぎるのでボツにしました。


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57VOLT

休日後これまで通りの業務に戻り、クリスとテロリストの捜索をしていたが、進展がなかった為、本部に戻ってここ最近の監視カメラの映像などを見て捜索していたのだがここでも見つける事は出来なかった。

 

流石に張り詰め過ぎて休憩室で座ってボクはコーヒーを飲んで休憩していると翼が入ってくる。どうやらボクを探していたようで安堵で胸を撫で下ろし、近くに座る。

 

「ガンヴォルト、今度ライブがあるのだけど来れそう?」

 

「何もなければ行けると思うよ」

 

翼が完全に快復した事により、慎次が色々と駆け回ったり、テレビなどの報道によって翼のライブが決まったらしい。

 

だが、当の本人は何処か浮かない顔をしている。その理由は少し前に慎次から聞いている。海外の進出を今まで断っていたのだが、響も覚悟を胸に戦うようになった事に感化されたのか分からないが、自身も新たな道を歩んでみようと考えているようだ。

 

だが、今の現状、それに奏を置いて自分だけ海外で活動しても良いのかと葛藤しているようだ。ボク自身、本人の口から何も言わないように慎次に口止めされている為、翼の口から出るまでは何も言わない事にしているが、今の翼に

 

「何でそんな浮かない顔をするの?」

 

それとなくボクがそう聞くと翼は以前から海外のオファーが来ており、受けるかどうか悩んでいる事を話してくれた。防人として、そして奏を、親友を残して自分だけ海外で歌うべきなのかどうか悩んでいる。

 

ボクの予想通り、現状、そして奏の事で上手く答えが出ないようだ。

 

元は奏と共に誰かを救う為に歌い始めた。それでも奏と共に誓った歌で誰かを救う為の活動を一人になっても続けていたが、翼だけ世界という大きな舞台に旅立ち、歌うべきなのか?奏と建てた誓いなのに自分だけが。その悩みが翼の答えを曇らせる。

 

「私はどうすれば良いと思う?」

 

悩んだ結果、未だ答えが出ない。確かに、翼の行動は奏と共に歌で人々を救う事。だから自分一人で先に進むべきなのかそうじゃないのか決めあぐねているのは分かる。

 

「…ボクは大きな舞台に立つ人間でもないからどう答えれば良いか分からないよ。でもボク自身が思うに翼の意思で行動したら良いと思うんだ」

 

「でも…でも、私一人だけ世界に出るなんて…私一人じゃまだまだ何も出来ないのに…」

 

翼は悩み続ける。

 

「一人じゃ何も出来ていないなんて、ボクを含めた二課の皆がそう思っているよ」

 

「違うわ。私はただガンヴォルトや奏が作ってくれた、気付かせてくれた道を、誰かの築いた道の上をレールに乗った電車のように進み続ける事しか出来ない。今だって奏と決めたのかもしれない。けど私自身が決めた道ではなく賛同して歩いているのに過ぎないの。自分で決めた事なんてない」

 

少しネガティブな思考を吐露する。

 

ボクもこんな感じで弦十郎に言っていたのかと思いながら、言葉を選びながら翼に言う。

 

「翼はそう言うかもしれないけど、最初はそれでいいんじゃないかな?」

 

「…どうして?」

 

「誰だって自分の道を見つけるのなんて誰かの築いた道を歩いて見つけていくしかないと思うよ。ボクだってそうだし、奏だってそうだと思う。誰だって自分の道は誰かの築いた道を進んでその中で自分なりの答えを見つけてから歩んで行くものだと思うよ。最初から決められたレールに乗せられている訳じゃない。誰もが誰かの築いた道をずっと歩んで行く事はないんだから翼は、翼自身が見つけていく自分の道を歩いて行けばいい。今はまだ奏の作り上げて来た道を歩いているのかもしれない。今の現状を気にしているのは分かるよ。だけどその為にボクや響がいるんだから、翼が本当にどうしたいのか考えて決めていいんだよ」

 

「でも私は…」

 

それ以上また何か言おうとしたので被せるようにボクは言う。

 

「いつまでも悩むな、折角のチャンスを、それに世界にも同じような悲しみを持つ人がいるんだから、胸を張って歌えばいい。奏ならそう言うと思うよ。ボク自身も折角のチャンスを無駄にはして欲しくない。この国が心配な事も分かるけど、その為にボクや奏、響に二課の皆が居るんだから」

 

「…」

 

そう言うと翼は何も言わなかった。

 

「本当に私が世界に出てもいいの?」

 

「もちろんだよ。この国だけじゃなく、世界にも風鳴翼の名前を轟かせておいで」

 

そう言うと翼は少し考えてから頷いた。

 

「分かったわ、ガンヴォルト。私は自分の道を見つけるのと、悲しんでいる人達の助けになる為に世界に行くわ」

 

「うん、まだ先かもしれないけど、行っておいで」

 

そう言うと始めは悩んでどうすればいいか分からなかった表情も、良くなっていた。

 

「でも、そうなると寂しくなるな」

 

「えっ?」

 

不意に漏らしたボクの言葉に翼が反応する。

 

「今生の別れじゃないにしろ、今まで一緒に過ごして来た翼が、世界に行くんだからね」

 

「ガ、ガンヴォルト、それって…」

 

翼は戸惑いの混じった、何処か期待する様な声音で聞き返す。

 

「寂しくなるよ。妹みたいに接して来た翼が遠くに行っちゃうんだからね」

 

その言葉を聞いた翼の声音は今までになく残念そうで、とても冷たかった。

 

「い、妹…私は妹なのか…ふふふ」

 

何処となく怖い笑いを浮かべると、立ち上がりボクの脛を蹴ろうとして来たが、ヒョイっと躱した。翼は悔しそうにして、何処か怒りと呆れを纏った雰囲気を持って休憩室から足早に出て行った。

 

「何か怒らせる事でも言ったのかな?」

 

翼が出て行った方を見ながらボクは自分の発言を思い返していると、いつの間にか休憩室の外に居たあおいと朔也が溜息を吐きながら入ってくる。

 

「本当にガンヴォルトは戦闘に関しては鋭いけど、それ以外はからっきしね」

 

「本当に翼さんの事をもう少し考えてから発言して欲しいよ。最初は良い雰囲気だったのに最後でぶち壊して行きやがって。最初は羨ましいし妬ましかったけど、最後はもう翼さんに同情しか浮かばなかったよ」

 

「二人とも、ボクに酷い事を言っているけど他人の話を盗み聞きしている事を棚に上げて欲しくないんだけど」

 

ボクを一方的に責めようとする二人に向けて可能な限り反論しているが二人はそんな事意に介さずにボクの方をジトーっと見るのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

当日のライブ前にノイズが発生したという連絡を受けた為、そちらの対応をしなければならなくなった。

 

翼にもこの事は伝わっているはずだが、ライブ会場から遠くでの出現。そしてライブをドタキャン出来る訳もない為、ボクと響が何とかしなければならない。

 

それに折角の復帰のライブ。そして翼が世界に羽ばたく事を決めた初のライブをノイズに邪魔させる訳にいかない。

 

ノイズの掃討を行うべくボクは現場に急ぎ向かった。

 

来る途中にノイズとは別の反応も検知されており、何者かがノイズと交戦していると連絡が入る。

 

響も現在急行中、翼はライブでこちらには来る事が出来ない。今現場にいるのはクリスで間違い無いだろう。

 

連絡して来た弦十郎も解析されたアウフヴァッフェン波形もクリスの持つイチイバルと断定した事でクリスで間違いない事を教えてくれた。

 

今まで何処にいたか分からなかったが、クリスがそこにいるのならノイズの脅威を早急に抑えて保護しなければならない。

 

現場に近付くに連れて爆発や銃声が大きくなり、破壊された建物などが目につく様になる。

 

そして、大きな建物を抜けた場所に出ると大量のノイズと戦闘を行うクリスの姿が目に入る。

 

いかんせんノイズの数が多いせいか、クリスは苦戦を強いられている。

 

ボクはクリスに襲い掛かろうとするノイズに|避雷針ダートを撃ち込み、雷撃鱗から誘導される雷撃で炭へと変える。

 

クリスもボクの存在に気付いたのだが、未だ増え続けるノイズを無視する事は出来ず、ボクに気を留めず、周りのノイズ達を倒す事を専念している。

 

このままではクリスの体力がなくなる方が早い。ボクは雷撃鱗を解いて、言葉を紡ぐ。

 

「閃く雷光は反逆の導、轟く雷光は血潮の証、貫く雷撃こそは万物の理」

 

言葉と共にボクの周りに迸る雷撃が鎖へと形を変えて、幾つも現れると鎖を操り周囲にいたノイズ達を貫き、絡め取る。クリスを巻き込まない様に鎖の操作に集中して、見える範囲のノイズ全てを絡め取る。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ヴォルティックチェーン!」

 

鎖に流れる雷撃が、ノイズへと迸り、見える範囲のノイズを全て殲滅させる。

 

周囲にノイズが残っていないか確認しながら、見通しも良くなり、息を切らせたクリスの姿が見えた。

 

「今のはなんだよ!?いきなり派手なもんぶっ放しやがって!当たったらどうするんだよ!?」

 

「当たらない様にちゃんと操作したよ。それより、無事かい?」

 

大量にいたノイズが急に消滅した事、そしてヴォルティックチェーンを初めて見たクリスは文句を言っている。そしてボクの言葉にお前があんな事をしといて驚かせなければだけどな!と答える。

 

軽口を叩けるのなら大丈夫だろう。そして急にボクに向けて銃を構えるクリス。躊躇いもなく発砲してくるが、その銃口から放たれた弾丸はボクに当たる事はなく、背後から現れたノイズに当たり、炭へと変わる。

 

「油断してるんじゃねぇよ」

 

そう言うクリスの背後にもノイズが現れている為、お返しとばかりにクリスの背後に現れたノイズに向けて避雷針(ダート)を撃ち込むと同時に腕に雷撃を流し、避雷針(ダート)の撃ち込まれたノイズへとクリスを避けて当たり、炭の塊に変えた。

 

「そう言う君も油断してるんじゃないか?」

 

そう言って、再び建物の影から大量に出てくるノイズがボクとクリスを追い込もうと近付いてくる。

 

囲まれてクリスとの距離が近付く。そして後ろの視界を互いに任せる様に背をつける。

 

「おい!さっきの奴をまた使えよ!そしたらこいつらを生み出す大元を私が潰してやる!」

 

「無茶言わないでくれ!さっきのスキルは広範囲の敵を殲滅が出来る分、そう何回も連発出来る様なものじゃない!」

 

襲いくるノイズに向けて避雷針(ダート)を撃ち込んでは腕に流した雷撃で倒しながら叫ぶ。

 

「はぁ!?考えもなしに使ったのかよ!」

 

「君が危なかったからね!素早く助ける為にはそうした方が早かった!」

 

「私はお前に助けてなんて一言も頼んでない!」

 

クリスはそう言いながら手に持つ銃をホルスターに戻す様な動作をするといつの間にかガトリングが握られており、周囲のノイズに向けて乱射し始める。

 

だが、一向にノイズの数は減ってこない。ヴォルティックチェーンの使い所を間違えたのかもしれない。いや、それでもクリスをあのままにする訳にもいかなかった為、あれでよかった。

 

だが、こうもノイズが多いとシンフォギアを纏っていないボクは避雷針(ダート)を減らされてジリ貧となってしまう。

 

そんな時、目の前の建物の裏から爆発と共に建物が破壊されて、何かが飛び出して来た。

 

「ガンヴォルトさん!お待たせしました!到着した場所にノイズを増やすノイズがいたので急いで倒しました!」

 

響は地面に足をつけて叫んでいる。

 

「よくやった、響!」

 

それを聞き、ボクは駆け出して雷撃鱗を展解させながら避雷針(ダート)を撃ち込んでいき処理していく。背中を合わせているクリスもガトリングでノイズを一掃していく。

 

響も参戦した事により、ノイズの掃討も早急に終わらせる事が出来た。

 

「クリスちゃん、ありがとう!クリスちゃんがいち早く駆けつけていたおかげで負傷した人とかいなかったって!」

 

二課からの通信を聞いて響がクリスに伝える。

 

クリスも負傷した人がいない事には安堵していたが、響からの礼に戸惑いを見せた。

 

「ボクからも礼を言うよ。君のおかげで人的被害もなく掃討する事が出来た、ありがとう」

 

「意味が分からねー」

 

そう言うとクリスはこの場を去ろうとしたのでボクは呼び止める。

 

「ちょっと待ってくれ!君は今テロリストに狙われているんだ!一人で行動していたら危険な目に遭うんだ!」

 

「あんな奴等、私一人でどうにか出来る!」

 

足を止めたクリスは振り向いてボク達に向けて叫んだ。

 

「お前等の方こそ私に構うな!私に絡んだばっかりにお前はあの時にあいつ等に狙われたんだろ!」

 

「さっきも言ったように狙われている可能性があるからこそ、放って置けないんだよ」

 

「そうだよ、クリスちゃん!そんな危険な目に遭いそうなのに放って置く事なんて出来ないよ!」

 

「お節介なんだよ!お前達は!それにお前等が構わなければ狙われる事もなくなるだろ!私一人が狙われ続ければ他に被害が出る事もない!」

 

「テロリストはそんな甘いものじゃない。ボク等二課にもハッキング、この国の大臣でもあった広木防衛大臣も殺害されている。これ以上被害を、犠牲を出さない為にも君に協力して欲しいんだ」

 

「…ッ」

 

過去にテロリストによって殺害された広木防衛大臣。そしてその警備を行なっていたSP達。フィーネもテロリストもこのまま放って置く事は出来ない。

 

「だからボク等の手を取って欲しい。もちろん君の安全はボクが保証する。騙したりなんかしない」

 

響もボクの言葉に頷いてクリスの回答を待った。

 

「無理だ…私はあんた等とつるむ事はしない」

 

そう言ってクリスはこちらに付く事を拒み飛び去ろうとする。

 

「待ってくれ!」

 

クリスはボクの言葉に反応せず、飛び去ろうとする。

 

「テロリストの頭はアッシュボルトって奴だ。私も名前しか知らない。じゃあな」

 

その言葉を言い残し、クリスは飛び去って行った。

 

ボクと響はクリスを追おうとするが、少数ではあるがノイズが別の場所にも出現したと連絡を受け、そちらに対応を追われ、クリスを再び見失ってしまった。

 

だが、クリスの言い残したテロリストの頭目であるアッシュボルトという名の人物。

 

一体その人物は何故フィーネと協力しているのか。そして何故ボクの第七波動(セブンス)の事を知り得たのか。

 

クリスの安全の為にも早く首謀者である二人の行方と捕縛をする為、ボクと響はノイズを直ぐに片付ける為に別の現場へと向かった。

 



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58VOLT

了子は街から離れた屋敷の中に備え付けられていた機械を使い、ディスプレイに映し出されているデータを確認してはデータを自身の持って来ていた大容量記憶デバイスの中に移していく。

 

映し出されているデータは二課で行なっていた解析や調査などより推考な聖遺物に関するものであった。

 

「全く、二課の仕事のせいでやるべき事を後回しにし過ぎたわ。アッシュボルトは既にここに気付いている筈だからいつこの場を襲撃してくるか分からないし」

 

そう呟くと同時に了子のいる室内に窓や扉を破ってアッシュボルトが率いているテロリストの部隊が突入して来た。

 

「ッ!?いつの間にこの場所に!監視カメラには何も映っていなかったはず!?」

 

「その認識が命取りになるんだ、フィーネ」

 

テロリストが付けている無線から発せられた声に了子、いや、フィーネはそちらを睨む。

 

「アッシュボルト!」

 

「監視カメラ、しかも性能が低いこんなものなど私にかかればハッキングなど容易い。まあ、そんな事はどうでもいいだろう。宣言通り、貴様の持つソロモンの杖の回収に来た。返してもらおうか?」

 

テロリストの無線からボイスチェンジャーで変声された声に苛つきを覚えるフィーネ。

 

「取り返しに来たのなら何故お前は姿を現さない、アッシュボルト」

 

「何、私は用があって国外にいるのでな。私がご指名なら私の持つそこの最後の部隊を全員片付けて逃げれたのならば、日を改めて殺してでもソロモンの杖の回収の為に向かうさ」

 

この場にいない為か、高みの見物なのか分からないがフィーネはアッシュボルトのこの物言いは気に入らない。

 

「さて、お喋りもここまででいいだろう。任務開始(ミッションスタート)しろ。元協力者フィーネよりソロモンの杖(ターゲット)の回収だ」

 

アッシュボルトが無線越しに命令を出すとテロリスト達は各々が持つ銃をフィーネに向けて一斉に射撃を始めた。

 

「アッシュボルトォ!」

 

フィーネは叫ぶと同時に銃弾の雨が襲い掛かり、身体中に穴を穿とうとした。

 

だが、フィーネは手を翳すと紫色の光が出現して、襲い掛かる銃弾を全て防ぎ切った。

 

「貴様等も生きて帰れると思わない事だ」

 

そう言うとフィーネはもう片方の腕を上空に翳すともう一度紫色の光が展開され、この建物一帯を全て包み込んだ。

 

そして茶色であった髪が金色に変色すると同時に、フィーネの身体にはいつの間にか白衣ではなく、金色の鎧を纏っていた。

 

その鎧はかつてクリスの纏っていたものと同じものであったが、装備した者に合わせて形を変える様に、フィーネに合った形状へと変化している。

 

一瞬の出来事にテロリスト達は戸惑いはしたが直ぐに、フィーネに向けて再び発砲を開始する。

 

フィーネは今度は腕を翳して先程の様にガードする事もせずにそのままの状態で銃弾を受けた。

 

受けた弾丸はフィーネを貫通するどころか、当たった瞬間に、鋼鉄に当たったが如く、弾が潰れ、フィーネの身体に傷付ける事すら出来ていなかった。

 

だが、それでも尚、フィーネに向けて銃弾を撃ち続けるテロリスト達。

 

「皆殺しだ」

 

フィーネはそう呟くと同時に鎖の様なものを振るい、テロリストの一人の身体を貫いた。

 

身体を貫かれたテロリストは血反吐を吐きながらも、攻撃を続けようとしたが、フィーネは身体を貫かれたテロリストごと鎖を振って周囲に群がるテロリスト達を薙いだ。躱す者もいたが、それも数人のみで他は鎖と共に壁へと叩きつけられて、血反吐を吐いて完全に動かなくなってしまう。

 

完全聖遺物と現代兵器。その差はこの惨状を見てどちらが有利なのかなど言うまでもなく、圧倒的であった。

 

銃が無駄だと判断した数人が声を上げて再び隊列を組むと、フィーネに向けて発砲を再び再開した。

 

それと同時に、再度数名のテロリスト達が部屋に侵入してくる。

 

その手にはRPGが握られており、それを構えるとフィーネに向けて直ぐ様撃ち出す。

 

だが、フィーネはそれを気にする事もなく、手を弾頭に合わせて構えるだけで、そのまま直撃する。

 

大きな爆発がこの場を反響する。爆発により煙が広い部屋に充満する。だが、テロリスト達はRPGを再装填して再びフィーネが立っていた位置に向けて再び発射させた。

 

テロリスト達も銃弾を撃っても傷一つ付かなかった相手がこの一撃で仕留められると考えるなど毛頭なかった。

 

全てを撃ち切って尚、煙の中に向けて銃弾を撃ち続けるテロリスト達。

 

そして銃弾を全て撃ち尽くした後は胸元のケースにしまっていたナイフを取り出して構えた。

 

そして煙が晴れるとそこには依然として傷一つなく佇むフィーネの姿があった。

 

「これで終わりか?」

 

そう言うとテロリスト達は狼狽などせず、ナイフを構えながら、フィーネに向けて接近戦を始める。

 

だが、振り抜かれる鋭利な刃すらもフィーネの纏う鎧、そして身体には傷を付けることなく、刀身が砕けて折れた。

 

「無駄な事を」

 

そう呟いてフィーネは襲い掛かって来た全てのテロリストを手刀で貫き、絶命させていく。

 

最後のテロリストを倒し終えたフィーネは貫いたテロリストの一人へと近付き、無線へと手を掛ける。

 

「残念だったな、アッシュボルト。貴様の駒は全て倒した」

 

「それは本当に残念だ」

 

無線越しの声からは結果に対してなんとも思っていない風なアッシュボルトの声が聞こえて来る。

 

「だが、それで終わりだと勘違いしては困るな、フィーネ」

 

無線越しにアッシュボルトの声が響くと同時に、無線を付けていた死体が爆発して肉片と焦げた肉の匂い、そして赤黒い煙が周囲に充満し始める。

 

「下衆が!」

 

フィーネがそう叫ぶ。それと同時にフィーネはこれまでに味わった事のない倦怠感に襲われる。

 

「これは!?」

 

フィーネが感じた不快感。その正体を瞬時に理解する。何故ならそれはフィーネが以前ノイズの調査の際に感じた存在と全く同一のものであったからだ。

 

Anti_LiNKER。それは聖遺物を纏うシンフォギア装者の適合率を下げる物。だが、今回のものはそれとは別に改良されているのか、完全聖遺物にも作用している。

 

それと同時に聞こえる、複数の発砲音。そしてフィーネの脇腹に衝撃、そして衝撃を受けた場所に痛みと熱さを覚え、その場所に視線を移す。

 

鎧を纏ったその場所は何かによってネフシュタンの鎧が砕かれ、血が吹き出していた。

 

「くっ!?」

 

フィーネは痛みを堪え、次に発砲音の聞こえた方向に視線を移すと、腹に穴を開けられながらも、銃をこちらに構えたテロリストがいた。

 

痛みにより狙いが定まっていなかった為か、一発のみ被弾して、残りはあらぬ方向に飛んだのだろう。テロリストは血反吐を吐きながらも、リロードの完了した銃をフィーネに既に構えており、フィーネを倒そうと狙いを定めて引き金に指を添えていた。

 

「アッシュボルトォォ!!」

 

フィーネが叫ぶと同時にテロリストの持つ銃口からマズルフラッシュが煌めいた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクと弦十郎、その他のエージェントは突き止める事の出来たフィーネのアジトへと赴き、街外れの屋敷に訪れていた。

 

「弦十郎、ここから先はボクが先導する。近隣住民から警察の方に爆発音や銃声の様なものが聞こえたと連絡が入っているみたいだ。もしかしたら、クリスがフィーネ、もしくはテロリストと戦闘になっていた可能性もある」

 

拘留されている間、世話になった弦十郎の同僚から連絡があった為、ボク等は急いでこの場所に来た。現在は風により揺れる木の葉の音のみと静寂に包まれており、綺麗な屋敷も何処となく不気味な雰囲気を纏っている。

 

「分かった」

 

弦十郎は他のエージェントにもその事を伝えるとボクは屋敷の扉へと近付いて行く。扉に手を掛けて開けると同時に鼻につく火薬と僅かながらの血の匂いと肉が焦げた様な匂い。

 

戦闘がこの場であったのだろう。ボクは内部の安全を確認しようと中に入る。

 

それと同時に目に入る、夥しい量の血痕。そしてテロリスト達の死体。そして共通する、何かに切り裂かれたり、貫かれた形跡。ナイフの様なもので切り裂かれた様なものだったり、太いパイプの様なもので貫かれたようなものだったりと、殺害方法が疎らだ。

 

「弦十郎、突入するのは待ってくれ。テロリストの死体だけだけど、二年前同様にまた爆弾が仕掛けられている可能性がある」

 

ボクは扉の外で待機する弦十郎達に無線で声を掛けて入る事を禁ずる。

 

テロリストに近付かない様に調査を続けているとある部屋の前で誰かの息遣いが聞こえて来た。

 

その部屋は僅かに扉が開いており、その隙間から内部の様子を窺うと、クリスが部屋の中で撒き散らされた夥しい量の血痕とテロリスト達の死体の山を目にして立ち尽くしていた。

 

「何故君がここに!?」

 

思わず、声を出して部屋に侵入する。部屋の中は入り口付近より更に酷く、壁面には血がこびり付き、爆発でもあったのであろうか、周囲に所々焦げてあったり、砕けていたりしている。

 

「な、なんでお前がここに!?」

 

そして、周囲の死体を見ていたボクへ向けて否定する。

 

「わ、私じゃない!私が来た時にはこうなっていたんだ!こんな酷い事私がしたんじゃ…」

 

後退りながら否定するクリス。だがその周囲にはテロリストの死体があり、ボクはそのままクリスに駆け出した。

 

「ッ!?」

 

急に走り出したボクに驚き、後退りながら死体に足がぶつかり、そのまま尻餅をつく。素早くクリスの近くに辿り着くとテロリストの死体からクリスを抱き離れて雷撃鱗を展開する。

 

それと同時にテロリストの身体が膨らんで爆発した。それに合わせて近くにあるテロリスト達の死体、他にも何処からか建物自体をも揺らす程の爆発が起きる。建物自体にも爆弾が仕掛けられていたのか、建物が崩れ、天井から瓦礫が降り注ぐ。

 

だが、その瓦礫も雷撃鱗に衝突すると同時に砕け散り、テロリストにも付けられた爆弾を防ぐ事に成功する。

 

ようやく爆発も崩落も収まった事を確認して雷撃鱗を解除する。

 

雷撃鱗を展開していた場所を起点に辺りは瓦礫が積み上がっている。

 

「大丈夫かい?」

 

「あ…あぁ…」

 

いきなりの爆発と崩壊、クリスは突然起こった出来事に理解が追いついておらず、唖然としている。

 

『ガンヴォルト!無事か!?』

 

「ボクは無事だ。それと雪音クリスもこの場に居た。ボクと雪音クリスのいた場所で激しい戦闘があったみたいなんだが、爆発で証拠となるものは全部瓦礫の下敷きになった」

 

『分かった。とにかく、その場からクリス君を連れて脱出して来てくれ」

 

ボクは無線を切ると、抱いていたクリスを離して言った。

 

「ここは危ない。ここから出よう」

 

「ま、待てよ!なんであんな状況の中にいた私を捕まえようとせず、助けたんだ!?傍から見ればあの中にいた私が怪しかったのになんでお前はそうまでして助けた!?」

 

「なんでって、助けかっただけじゃダメかい?それに、あの惨状を起こした犯人が君だなんてボクは思ってなんかいないよ。あんな酷いやり方、優しい君がやるなんて思ってないよ」

 

「…」

 

その言葉を聞いたクリスは泣きそうな表情になりながら、押し黙る。

 

ボクはそんなクリスの頭に手を置いて、言った。

 

「もう一人で苦しい道を進もうとしないでいいんだ。たった一人で苦しみを抱えなくてもいい。ボク達と君とでは理想は違うかもしれない。でも目的は同じ平和にする事なんだ。もう一人で進もうとしなくていいんだ」

 

その言葉を聞いたクリスは決壊したかの様に泣き始めてしまった。ボクはどうすればいいのか戸惑っているとクリスが泣き顔を見られない様にボクの胸に顔を当てる。

 

こんな状況でどうすればいいか分からないボクは無言のままクリスが泣き止むまでクリスに胸を貸して頭を撫でる事しか出来なかった。



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59VOLT

屋敷から脱出すると弦十郎がボク等が怪我していない事に安堵する。

 

「怪我はないか、二人とも」

 

「ああ、爆発も崩落による被害はボク等にはないよ」

 

「良かった。それで中の現状はどうだったんだ?」

 

「酷い有り様だ。テロリスト達が何人も殺されていた。特に雪音クリスの居た部屋が一番酷かった。多分、あの場所で激しい戦闘があったんだろう。今となっては爆発で瓦礫の下に埋れたり破壊されたりで調べるにしてもかなりの時間と労力をかけると思う」

 

ボクは弦十郎に伝えると腕を組んで唸る。

 

「フィーネによる何かの手掛かりが有ればと思っていたのだが…」

 

「ここまで破壊されたらあんまり目ぼしいものも見つからないかもしれないね」

 

そして腕を組んだ弦十郎はボクの後ろについて来ていた、クリスに問う。

 

「クリス君、君は何の為にここにいたんだ?」

 

「私はフィーネが持っているソロモンの杖、それにネフシュタンの鎧を奪う為にここに来た」

 

「なるほど。だがフィーネはその場におらず、ガンヴォルトと出会ったのか」

 

その言葉に頷く。

 

「君は少し前まで、フィーネと協力関係であった君なら何か彼女の目的を知っているんじゃないか?」

 

クリスに問う弦十郎は悩むクリスが口にするのを待った。

 

「私もフィーネの本当の目的は分からない。フィーネは最初は私と同じ目的と言ってはいたけど、フィーネ自身は常に私に対して世界を一つにとしか言っていなかった」

 

「世界を一つに…それはいったい?」

 

「雪音クリスと同じ目的なら、それが意味するのは争いのない世界という形で統一すると思うけど、それなら何で完全聖遺物を集めていたんだろう?」

 

フィーネの謎が深まるばかりで、特に進展もしなかった。

 

「このままここで悩んでいても仕方ないだろう。ここの調査は二課の本部から了子君を合わせた調査チームに任せて、俺等は俺等で出来る事をするぞ」

 

そう言って弦十郎は撤収する様に伝える。

 

「ごめん、弦十郎。ボクはまだ周囲の捜索をするよ。可能性は低いかもしれないけど、フィーネの痕跡があるか探してみるよ。それにこの前この子に聞いたテロリストの頭目、アッシュボルトを探ってみる」

 

「そうか。だったら止めはしないが、何か見つけたら連絡と深追いはするなよ。それとクリス君。君にも協力して欲しいんだ。フィーネを…テロリストを止める為に」

 

「…分かった。だが、私は私自身のやり方でやらせてもらう」

 

弦十郎にそう伝えると弦十郎は少し複雑そうな顔をする。

 

「それでは君とこちらで連携や情報の伝達が」

 

「それならこいつに連絡して伝えればいいだろ」

 

クリスはボクの方を指差してそう言う。

 

「いやしかし…」

 

「なら協力はなしだ」

 

そう言われて弦十郎は折れてその要求を呑んだ。ボク自身は特に不満はないがなぜボクをワンクッションに挟まないと協力しないのかが謎であった。

 

そして弦十郎はクリスに通信端末を投げ渡すと、良い報告を期待していると言って本部へと帰っていく。

 

だけど、弦十郎。投げた通信端末の説明をしていってくれても良かったんじゃないか?と思いながら、急に渡された端末が何なのか分からず、観察していた。

 

ボクはクリスの持つ端末を一通り、説明をし終えて、クリスになぜボクを通してでないと協力をしないのか聞いた。

 

「私が今信用しているのはお前だからだよ。お前の所属している組織を信用した訳じゃない」

 

信用しているのは嬉しいが、少しめんどくさいのではなかろうか。そんな事を考えながら、ボクはクリスに何かあれば連絡をしてくれる様に頼むと、鍵を一つ渡し、自分の端末から位置情報をクリスの端末に送った。

 

「前みたいな所で身体を休ませているんだろ。しっかりと休める様にその場所を使ってくれても構わないから」

 

「お前!?自分の家の鍵を簡単に渡しすぎだろ!?」

 

「何を勘違いしてるか知らないけど、それは家の鍵だけどボクの住んでいる部屋とは別で、他で借りているマンションの鍵だよ。友人が二課の運営しているマンションに来てボクの部屋にあるダートリーダーや戦闘服とか見られたら困るからね」

 

そう伝えるとクリスは何処か安堵したとも残念そうとも取れる複雑な表情を浮かべた。

 

「その部屋なら好きに使ってくれて構わない。それじゃあ、ボクは行くから、何かあれば連絡を。それと危険な事はなるべくしないで」

 

そう言ってボクは再び屋敷へと戻ろうとするとクリスがボクを呼び止めた。

 

「この中をまだ探すってんなら、私を連れて行け。多分、手掛かりになりそうな所の心当たりがある」

 

「何でボクだけに?」

 

「さっきも言ったが、今信用しているのはお前だけだからだ」

 

そう言ってクリスはボクの返答を待たず、屋敷の中に入っていった。ボクはクリスに待つように言ってクリスに危険な事を伝えるが、連れて行かなければ教えないと言われ、仕方なくクリスと崩れそうな屋敷の中へ向かった。先導しながらクリスの指示通りに進んでいく。辿り着いたのは先程戦闘の爪痕を深く残していた場所であるが、ほとんど瓦礫によって埋まっているような感じだ。

 

クリスはその奥に何かあると指示した為、指示通りに瓦礫を雷撃で壊しながら進むと爆発の衝撃により、破壊されたパソコンのようなものがあるだけであった。

 

「この辺りだ」

 

そう言うとクリスは前に出て瓦礫を指差した。

 

ボクはクリスに離れるように言うと雷撃を放ち、瓦礫を次々と粉々に粉砕していく。

 

そして、赤いカーペットが姿を表す。爆発する前にもあったが何の変哲もないカーペット。クリスはそれを掴んで取っ払うと石畳の床が露になる。

 

「確かこの辺りにあったはずだ」

 

クリスは床を見て何かを探し始める。

 

「そこに何があるの?」

 

「フィーネがこの辺りで何かしているのを何回か見た事あるんだ。私も詳しくは知らないから何があるかは知らない。でも、私にも隠していたんだ。きっとフィーネの本当の目的が分かるかもしれない」

 

それを聞いてボクもクリスと共に捜索する。そして数カ所の石畳の床に不自然な浮き上がりを見つける。それを押してみると石が開き、電子錠が見つかった。

 

「これは?」

 

「私が知るかよ。でもこれを解けば何か分かるはずだ」

 

ボクは電子錠に手を翳し、ハッキングをして解除する事に成功する。

 

「…あんたのそれ、どんだけ便利なんだよ…」

 

「このくらいならね。それより解除出来たけど何があるか分からない」

 

気を引き締めて、辺りを警戒する。そして微かに響くモーター音。その方向に目を向けると先程の破壊されたパソコンのような場所が動き、人が通れそうな穴が現れた。

 

そちらに向かい穴の内部を確認すると梯子で数メートル程の深さで下には微かな灯りが見える。

 

「何だこれ?」

 

「ボクにも分からない。でも、この下に何かあるね。ボクが先に行って下の安全を確保してくるよ。君はその後に降りてきてくれ」

 

クリスはその言葉に頷き、先に下へ降りる。

 

降りた先は研究室のような場所であり、破壊されているがパソコンなどが並んでいる。だが、その中で異彩を放つ真ん中に置かれた三つのポッド。中身には何が入っていただろうか。怪しいが、まずは安全を確保しておく。

 

特に危険がある訳ではなかった為、クリスにも降りてきてもらい、共に隠されていたこの部屋の捜索を開始する。

 

「こんなとこに何でこんな部屋が?」

 

「君にも隠していた部屋は何かの研究をしていたみたいだけど、一体何を?」

 

「何だこの絵は?」

 

クリスが何か見つけたのか、A4サイズの紙をボクに見せる。

 

そしてその紙に映ったものを見てボクは驚愕する。

 

普通の人がそれを見たら幾何学な模様が描かれただけの絵にしか見えない。だが、ボクや二課の皆が見たらこの模様は聖遺物が起動する際に発するアウフヴァッフェン波形だと分かる。

 

だが、このアウフヴァッフェン波形が問題なのだ。

 

そこに描かれていたのはボクの蒼き雷霆(アームドブルー)に宿る電子の謡精(サイバーディーヴァ)と同様の蝶の翅を模した波形。そして以前了子が見せてくれた波形と異なる、蒼き雷霆(アームドブルー)と違う波形が組み合わさっている。

 

そして、それと同時にこの波形の能力にボクは何故か既視感を覚えた。この波形は今回初めて確認した。

 

だが、フィーネが何故こんなものがこの場にあるんだ。あまりの驚愕の事に固まってしまう。

 

「おい、どうしたんだよ?」

 

クリスはそんなボクに、対して聞いてきた事で我に帰る。

 

「…ちょっと、この模様を見てね。アウフヴァッフェン波形だよ。クリスもシンフォギアを纏う時に発生する波形」

 

「こんなものが出てたのか。それでこれはフィーネに繋がる手掛かりにはなりそうなのか?」

 

「これが何の聖遺物の波形なのか分かればだけどね。二課の調査班に確認させてみるよ。これはボクが持っていてもいいかな?」

 

「私が持ってても何の役にも立たないならお前に渡してやるよ。しかし、フィーネはこんな所に何を隠していたんだ?」

 

クリスは特に発展がないこの場を眺めながら言った。

 

だが、フィーネに関わる情報がなかったにしても今まで不明であった、シアンの持つ第七波動(セブンス)電子の謡精(サイバーディーヴァ)を持つ何かを知る事が出来た。

 

それは聖遺物であり、フィーネが持っている事。

 

フィーネがそれで何をなそうとしているのかもその聖遺物を持っている理由も分からない。

 

だが、シアンの行方の手掛かりとなるのならば、必ずそれを見つけなければならない。

 

ボクはクリスの言葉に分からないと言いつつも、これは一体何の聖遺物なのか。

 

そして、第七波動(セブンス)を知るテロリストの頭目、アッシュボルトにも関係しているのか。考えても答えは出ない。

 

「ここにはこれ以外何もなさそうだ」

 

そう言ってこの場を後にした。クリスと共にその部屋を出て、元の場所に戻ると、ボク等は他の部屋も捜索していく。

 

「フィーネに繋がりそうなものはもう残ってなさそうだね…何か他に手掛かりになりそうな事はある?」

 

「…確か、カ・ディンギル…だったか?フィーネが最近になって言っていたような気がする」

 

「カ・ディンギル…確か、メソポタミアの都市の名前だった気がするけど…意味は神の門だったかな?」

 

「何でそんな事まで詳しいかは聞かないけど、手掛かりになりそうか?」

 

クリスは力になれているのか不安そうに言った。

 

「いや、それだけでも十分だよ。ありがとうクリス」

 

その言葉を聞いてクリスは胸を撫で下ろした。

 

「その件も弦十郎に伝えておくよ。もうここにも手掛かりも無さそうだし、クリスも疲れたろ?家に案内するよ。そこで今日は休んでて」

 

そう言ってクリスと共に屋敷を後にした。



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60VOLT

アニメも後約三話分、ようやく終わりが見えてきました。
一日で二話投稿は結構キツイ…
でも終わりが近づくにつれて乗ってきたのかタイピングが早くなってきた気がする。
とりあえず一期は後十話から二十話くらいで終わると思います。
長引いたらごめんなさい


クリスを仮の家に案内した。クリスにとって久々の暖かい布団とお風呂の為なのか嬉しそうにボクに本当にいいのか?と聞いてOKを出すと直ぐに風呂場へ向かって行った。

 

ボクはとりあえず最近あまり使っていなかった為、上着を脱いで軽く掃除と換気をしておいた。

 

そしてソファーに腰を下ろすと弦十郎に向けて通信を入れる。

 

「弦十郎、今大丈夫かい?」

 

『ガンヴォルトか。大丈夫だ。何か見つかったか?』

 

「クリスが教えてくれた事を伝えておくよ。まず、あの屋敷に隠し部屋があってフィーネはなんらかの研究をそこでやっていたみたいだ。多分、聖遺物の事だと思う」

 

ボクは部屋の事だけを話し、あの謎のアウフヴァッフェン波形の事は話さなかった。あれは今は翼とボクのみしかまだ知ってはいけないだろう。何の波形なのか知る事は出来ないかもしれない為、話した方がいいかもしれないが、翼と話してからどう対処するか検討しようと考える。

 

「後、クリスから聞いたんだけどカ・ディンギルって知ってる?」

 

『何の事だかさっぱりだ。カ・ディンギルか…お前は何か知っているか?』

 

「言葉の意味だけなら。メソポタミアの都市の名前で意味は神の門。でも、これだけじゃ何の事なのか分からない。ボクの世界ではそういう風に語られているよ。もしかしたらこっちでは違うのかもしれないからこういう事は了子の方が詳しいはずだよ」

 

『そうだな。それより、クリス君はどうしたんだ?』

 

「雪音クリスなら今仮住まいに連れてきたよ。前みたいに廃マンションに住まわれて身体を壊されたら大変だからね」

 

弦十郎にそう言うと、それもそうだな。と言って、そこに住まわせてやってくれとお願いされたので了承した。

 

「また何か分かったら連絡をお願い。こっちも新しい情報が入ったら連絡するよ」

 

『分かった』

 

そう言って通信を切ると同時にリビングにシャワーを浴び終えたクリスがリビングへと入ってきた。

 

「…あんがとよ、スッキリした」

 

「気にしないで。ここを使っていいと言ったんだから好きに使ってくれて構わない」

 

そう言って上着を着るとクリスにゆっくりしていてもいいと言う。

 

「何処に行くんだよ?」

 

「お腹も空いているだろ?買い出しに行ってくるからテレビでも部屋にある本でも読んで待っていて。それとリクエストがあるなら言って」

 

「…あの時のサンドイッチが食いたい…」

 

ボクはクリスのリクエストを聞いて分かったと言うと買い出しの為に部屋を出た。

 

◇◇◇◇◇◇

 

クリスはガンヴォルトが出て行ったドアを見ながら何処か一抹の不安を覚えた。

 

フィーネに裏切られて、縋るものが無くなったクリスにとって今唯一信じられるもの。

 

それがガンヴォルトであり、敵だったはずなのに何故かクリスを救いだそうとしてくれた男。

 

あの男の何処までも真っ直ぐな言葉と行動でクリスは信じた。

 

だからこそ、ここでまた一人になった事でガンヴォルトはまたちゃんと帰ってくるのだろうか、本当にまた一人になってしまうんじゃないだろうかと思ってしまう。

 

不安だけがクリスの頭を支配していく。

 

その不安に押し潰されそうになり、クリスは自身の体を抱いてなんとか振り払おうとする。だが、一度思ってしまった不安は簡単には振り払う事は出来ない。

 

そしてクリスは部屋の中にある先程ガンヴォルトの座っていたソファーに目を向けるとガンヴォルトが座っていた場所に座る。

 

少ない時間だがガンヴォルトの座っていた事によって温もりが残った場所はクリスにとってはその不安を拭うには十分であり、落ち着く事が出来た。

 

「…早く帰ってきやがれよ…馬鹿…」

 

そう呟くと同時に何処か安心出来たのかクリスは目を閉じて眠りについた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

買い物も終了し、クリスの待つ家へ帰る途中、ボクは翼へと通信する。

 

「翼、今大丈夫かい?」

 

『ガンヴォルト。さっき、全体の会議が終わったから大丈夫よ。会議の内容を貴方に伝えようと思っていたの』

 

「大丈夫だよ。これから少し用事があるからそれを済ませたら本部で資料に目を通すさ」

 

そう言ってそのまま本題に入る。

 

「それよりも翼から聞いた、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を持つ何かを見つけた。どうやらボク達が響だと思っていた予想とは違った」

 

『何ですって!?立花じゃないなら一体!?』

 

「聖遺物だった。フィーネが住んでいたと思われる街外れの屋敷の中で、それだと思われるアウフヴァッフェン波形が映された絵を見つけた」

 

『そんな…』

 

「とにかく、何の聖遺物か分からない以上、フィーネを見つけ出して聞き出すか奪還しなければならない。それに聖遺物となるとボク等だけじゃどうする事も出来ない可能性もある。ここは二課と協力してやるしかないと考えているんだけど、どうする?」

 

『…そうするしかないわね…。教えてくれたあの子には悪いけど、そうしなきゃもっと悪い方向に進む可能性があるわ』

 

「分かった。ボクから弦十郎に伝えておくよ。それと、ボクにもこの情報をくれた人物について教えてくれないかい?」

 

『ごめんなさい…。それだけは本当に教える事が出来ないの』

 

翼の言葉にボクはそれ以上何も聞かなかった。気になる所だけど、その聖遺物を奪還出来れば分かる事だ。

 

「分かった。それじゃあ、弦十郎達に伝えておくよ。翼もその人からまた何か情報が入ったら教えて」

 

『分かったわ。それじゃあ』

 

翼の通信が切れたのを確認すると、次は弦十郎へと通信を行う。

 

「弦十郎、新しい情報が入ったから伝えるよ。フィーネは他にも聖遺物と思われる物を所持している。アウフヴァッフェン波形がプリントされた絵を見つけた」

 

『なんだと?その資料は?』

 

「ボクが持っているよ。データだけは通信後に送らせてもらう。それと、その波形はボクにも関係しているから何か分かり次第、直ぐに連絡を頂戴」

 

『お前に関係している?まさか、お前がこの世界に来た原因か?』

 

「分からない。だけど、このアウフヴァッフェン波形にボク同様にシアンの第七波動(セブンス)電子の謡精(サイバーディーヴァ)の波形が確認出来た」

 

『本当なのか!?』

 

「了子が以前見せてくれたボクの波形にも出ていた電子の謡精(サイバーディーヴァ)の波形が出ている。合わさっているのが何かは分からない。だけど、第七波動(セブンス)が関係してるのならボクがこの世界に来た関係、もしくは原因が分かる気がするんだ」

 

弦十郎は少し考えてから、了承してくれた。そして、分かり次第、対処もボクに任せたいと。

 

「ありがとう、弦十郎。後、さっき翼から聞いた会議の議事録を作っておいてくれると助かるよ。後で確認したいから」

 

『分かった。手の空いた者に作る様、頼んでおく。それと、お前にだけ伝えたい事がある』

 

一拍置いて弦十郎が言った。

 

『了子君を調べてくれないか?彼女が内通者の可能性がある』

 

「…その根拠は?」

 

『さっきの会議の時、ビデオ通話で行なっていたのだが、彼女だけが音声通話だった。その時多分、慎次と俺だけは気が付いたんだが、息遣いがいつもと違い、おちゃらけた雰囲気の了子君だったが違和感がな。それに彼女が本部にいない間に、色々な出来事が起こっている時が多い。フィーネのアジト襲撃、それにフィーネの邂逅。何故か彼女がいない時に起きている』

 

「確かに。でも根拠としては少ないかも知れない。だけど、さっき手に入れた謎のアウフヴァッフェン波形が電子の謡精(サイバーディーヴァ)、つまり第七波動(セブンス)が関係しているから、了子自身がボクに対して力の事を何度も調べさせてくれと言うのが興味なんかじゃなく、その聖遺物の制御の為と考えれば、おかしくもない」

 

『そうだ。俺も彼女が内通者だとは信じたくはない。だが、ここまで重なるとどうしても疑ってしまう』

 

ボクは弦十郎の推測はほぼ間違いないと思う。だが、確信出来る証拠がない。だからボクに調べてもらう。

 

「分かった。こっちは了子の身辺調査をしてみるよ。弦十郎は気付かれない様にして」

 

「助かる。それとカ・ディンギルについても了子君から情報を貰った。どうやら、出典はお前の話してくれたメソポタミア神話同様で、その南部のシュメールで伝えられる物らしく、意味は高みの存在。転じて天を仰ぐ程の塔という意味らしい』

 

「ッ!?」

 

その言葉を聞いて、ボクはかつて命を懸けて戦った男、紫電の通り名を思い出す。そして、フィーネが持つシアンの電子の謡精(サイバーディーヴァ)を宿す聖遺物がなんなのか、そして何故それに電子の謡精(サイバーディーヴァ)が宿っているのかなんとなくだが予想してしまう。

 

『何か知っているのか?』

 

「弦十郎!了子の調査はもういい!了子が来たら直ぐに拘束してくれ!もし違ったら、ボクが全部責任を被る!フィーネが何をしようとしているのかは知らないけど、あの力を扱える様になって仕舞えば必ず良くない事が起きる気がする!」

 

『なんの事だか分からんが、了解した。お前がそこまで焦るのなら相当危険な代物なのだろう。だが、後で必ず説明してもらうからな』

 

そして弦十郎との通信を終える。

 

第七波動(セブンス)自体は悪いものではない。だが、もし。その力を持ち、かつての紫電のように管理した世界こそが平和という皇神(スメラギ)の様な発想が生まれて仕舞えば、第七波動(セブンス)があるにしろ無いにしろ、ボクのいた世界の様な結末があるかも知れない。

 

急いでクリスの待つ家へと足を早める。

 

家に帰り、クリスがソファーで寝ていた。悪いとは思うが、起こして、料理が作れない事を伝える。

 

「な、何かあったのかよ、そんなに慌てて」

 

「フィーネについてまた新しい事が分かった。とにかく、ボクは一度本部に戻らなきゃならない」

 

「…分かったよ。また今度食べさせてくれ」

 

「ありがとう。何かあれば通信機にボクの周波数を合わせてるからそれで連絡してくれ」

 

そう言って直ぐに家を出る。

 

そして、急いで本部に向かう途中、街でノイズが発生した事が通信で分かった。

 

「なんでこうタイミングよくっ!」

 

ボクは唇を噛みながら、クリスに街の方にノイズが出た事を連絡して、クリスがそれに出てくれる事を了承してくれたので、街は他にも出撃した翼と響に任せる事にする。

 

とにかく、今は本部へと向かわなければ。

 

ボクは本部へと全力で駆けて向かった。



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61VOLT

限界突破の一日三話投稿。
反動がありそう…


ガンヴォルトが本部へと向かっている中、クリス、翼、響の三人は街に出現したノイズの掃討を行っていた。

 

「クリスちゃん!そっち行ったよ!」

 

「分かってる!」

 

響は取り逃したノイズがクリスに向けて攻撃していくが、クリスの銃により炭と変わる。

 

そんな背後からクリスに向けて攻撃をし始めるノイズは近くにいた翼により斬り伏せられる。

 

「油断するな!」

 

「気付いてたっつうの!」

 

そう叫ぶと同時にクリスはガトリングに切り替えて、周囲のノイズに向けて乱射して一掃する。

 

翼と響はクリスの参戦に驚きはしていたものの、遠距離で戦える装者が現れた事により、ガンヴォルトと戦っている時と同様に安心感が増していた。

 

「凄いよ!クリスちゃん!」

 

「褒めなくていいから、他のノイズを叩け!空に浮いているのはあたしがなんとかしてやるからお前達は地上にいるノイズを私に気がつかないように倒しておけ!」

 

そう言ってクリスは空に浮かぶノイズ達を掃討するべく、空に向けてガトリングを掃射する。

 

「全く、戦わなくなって協力してくれると思えば、指揮官気取りとはいかなるものか…」

 

「まあいいじゃないですか翼さん。私達はクリスちゃんに任された、地上のノイズをどうにかしましょう」

 

響がそう言うと、二人はクリスに気が向かない様に派手に、そして広範囲の敵を屠る様に大技を連発する。

 

お陰でクリスへと向かう攻撃は目に見えて減り、クリスは上空に浮かぶノイズ達の掃討に専念でき、通常の戦闘よりも早く、終わらせる事が出来た。

 

「ありがとう、クリスちゃん!協力してくれて!」

 

「ああ、空飛ぶノイズに関しては私と立花だけではうまく立ち回れなかっただろう。ガンヴォルトがいれば別だが、ガンヴォルトはまだ本部に到着してなかったし、本当に助かった」

 

「な、なんだよ!お前は!」

 

感謝の言葉に慣れていないクリスは二人の言葉に戸惑いを隠せない。

 

「私はあいつから頼まれたから来ただけだ!それに、これ以上フィーネの好きにさせたくねぇっていうだけだ」

 

その言葉に翼と響の二人は初めの言葉で引っかかり問い返す。

 

「フィーネさんの好きにさせたくないのは分かるけど、なんでガンヴォルトさんが出てくるの?」

 

「なんでって…私はあいつだけは信用出来るから協力してるだけだ」

 

それを聞いて響はガンヴォルトが気付かずにまた翼さんの危惧する様な事を起こしたのではないかと考えた。それと同時に翼の方を見ると、眉をひくひくと動かして狼狽えていた。

 

「確かにガンヴォルトは信用出来るのは一番近くにいる私が良く分かっている」

 

一番近くにいるを強調して言ったのをクリスは分かっていなかったが、かつてあおいに事情を聞いている響はあはは、と引きつった笑顔を浮かべる事しか出来なかった。

 

「それで何故貴方にガンヴォルトが頼むのかしら?探してたとは言え、貴方の居場所をガンヴォルトが知っていたのかしら?それとも何処か出会ってたまたまその事を伝えられたのかしら?」

 

「伝えるも何も、あいつから渡された通信機に連絡が来たからだよ。ったく、あいつも急がずに一緒にいればすぐにこっちに来れたのによ」

 

その言葉に翼の眉間に青筋が浮かぶ様な気がした響は翼の方を見る。翼の額には青筋は浮かんではいないが、雰囲気だけでもかなりご立腹だと分かった。

 

「なんで貴方がガンヴォルトと一緒にいたのかしら?というか、貴方はこの場に来るまでガンヴォルトと何していたのかしら?」

 

「何ってあいつの家を使わせてくれるって事でそこで休ませてもらってただけだ」

 

その言葉を聞いた瞬間、翼は崩れ去り、地面に手と膝を突いた。

 

「なんで…なんで私ですら入った事のないガンヴォルトの部屋に…」

 

そこですか、と響は思いながら、クリスの言っていた部屋はリディアンの近くであった為、到着が早かった事に疑問に思い聞いた。

 

「でも、クリスちゃん私達が来て間もない時に来たよね?ガンヴォルトさんの家ってリディアンから近いし、それなのにこんなに早く来れたのって?」

 

「近くにあんだよ。あいつの別邸だったか?なんか友人とかが来る時に見られたらまずいものがいっぱいあるから他で借りてるらしい」

 

「あー、確かに。ガンヴォルトさんの部屋って綺麗だったけど、別部屋にいつも着ている蒼のコートとかブーツとか玄関に置かれてたし、あの部屋に上がったら確かにまずいね」

 

クリスと響の会話に更に絶望する翼。

 

「…帰ったらガンヴォルトには幾つか聞かないといけない事が出来たわね…」

 

何処か黒い笑みを浮かべる翼にクリスと響はガンヴォルトに対して合掌した。

 

どうか無事であります様にと。

 

そんな時、響の通信機に未来からの連絡が入った。

 

「大変よ、響!リディアンがノイズに襲われてるの!直ぐに…」

 

途中で通信が切れた為、響は慌てて未来の名前を連呼するが応答がない。翼もクリスも響の慌て様に何か大変な事が起きた事を察して、表情を切り替える。

 

「大変…リディアンがノイズに!」

 

「なんだと!?」

 

「クソッ!とにかく急いで向かうぞ!あっちにはあいつがいるにしろ、数が多ければ戦闘が長引いて被害が増える!」

 

三人はシンフォギアを纏ったまま、リディアンに向けて駆け出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

翼、クリス、響が街でノイズの戦闘を行なっている中、ボクはリディアンに到着する。

 

そこではノイズと戦闘する一課の人間がおり、生徒達に被害が出ない様戦っていた。だが、ノイズに既存の兵器は役に立たず、次々と一課の人間が犠牲になっていく。

 

その姿を見たボクは直ぐに言葉を紡いだ。

 

「煌くは雷纏いし聖剣、蒼雷の暴虐よ、敵を貫け!」

 

その瞬間に雷撃が剣を象り、一振りの巨大な剣が出現する。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

巨大な剣を掴み、襲い掛かるノイズ、そして巨大なノイズを切り伏せる。

 

「た、助かった!」

 

「ここはボクがなんとかする!数名は二課に向かってボクの戦闘服を!他はリディアンの生徒の避難誘導を!」

 

スパークカリバーを構え、ノイズに向けて駆け出し、切り伏せる。スパークカリバーの出力が落ちて消える前に数を減らさなければ。

 

とにかく、周りにいるノイズは一番の危険因子がボクと判断したのか、他の戦う隊員達より優先してボクを狙い始めた。

 

ボクは近くにいるノイズをスパークカリバーを振るい、片付け始める。

 

振るう巨大な剣により、近くのノイズを切り伏せ、逃したノイズは剣から迸る雷撃により倒していく。

 

ノイズはどんどん出現していくが、それよりも早く、ノイズが出た瞬間に切り伏せ、他のノイズを生み出していく最初に倒した巨大なノイズを屠る。

 

「ここは終わった、次だ!」

 

「ガンヴォルト君!」

 

スパークカリバーが消え、次の現場へと向かうおうとした矢先、聞き覚えのある声に呼び止められた。

 

そちらを向くと車が止まっており、慎次が降りてきた。

 

「慎次!どうしてここに!?」

 

「ボクも調査帰りでしてね。それよりもこれ」

 

そう言って戦闘服の入ったアタッシュケースを渡してくれる。一旦車に乗り込んで素早く着替え始める。

 

「ありがとう、助かった。でもここもまだ危険だ。早く、二課に戻ってそっちの対応を」

 

慎次はつい先程判明した事をボクに伝えた。

 

「カ・ディンギルの正体が分かりました。確証はありません。でも巨大な塔の様な建造物、地上ではバレる可能性があります。そうなると作るとすれば、地下へと伸ばすしかありません。つまり…」

 

「地下に伸びた…まさか、あのエレベーターシャフトが!?」

 

「その通りです。とにかく、ボクは早く戻って司令にこの事を伝えます。さっきからこの辺では妨害が発生しているのかうまく連絡がつきません」

 

「分かった。ボクは外のノイズを出来るだけ片付ける。慎次はその事を弦十郎に!」

 

車で急いで着替えたボクは慎次にそう伝えて、

車から降りるとノイズとの戦闘があると思わしき、場所へと駆け出した。

 

「ガンヴォルト君もどうかご無事で」

 

そして互いにやるべき事をやるべく、ボクと慎次は別れた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

未来はリディアンにて他の生徒をシェルターへと一課のメンバーと共に誘導していた。

 

付近にノイズが出現してそこまで経っていないが、外は既にノイズにより建物や、木々が破壊されているせいで、黒煙が空へと向かって上がっている。

 

「なんでこんな事に…」

 

避難をさせながら外を見て呟く。響は先程街にノイズを倒しに行く為に向かって行った。そしてそのタイミングにこの襲撃。

 

このままだとシェルターにいても危険なのかもしれない。そんな中、何人かの隊員がこちらに近付いてきた。

 

「避難誘導の手伝いに来た!状況は!?」

 

「馬鹿野郎!お前等が外でノイズを抑えてなきゃこの子達が大変な事になるんだぞ!」

 

「安心してくれ!今あの人が到着して外のノイズを倒してくれている!俺達はその人から避難誘導を頼まれたんだ!」

 

「っ!?本当か!?」

 

未来はその言葉、あの人の事が誰なのか直ぐに理解した。

 

「ガンヴォルトさん…」

 

ガンヴォルトがここに来てノイズの侵攻を抑えてくれている。それならば未来も出来る事をしなければ。響達が皆の為に戦っている様に、ガンヴォルトが時間を稼いでいるうちに。未来も多くの命を救う為に動き始めた。

 

シェルターに向かう人達を自衛隊に任せて、未来は他にも誰か残っていないか捜索に向かおうとする。

 

「小日向さん!」

 

未来は自分の名前を呼ばれた方に視線を向けると心配そうな表情の詩織、弓美、創世の三人がいた。

 

「どうなってるの?学校が襲われるなんて…現実なの?こんな状況アニメでしか見た事も聞いた事もないよ…」

 

「本当に現実味がありません。それよりも私達も早く避難した方が…」

 

弓美も詩織も今起こっている事が本当に現実なのかうまく飲み込めていない様だ。

 

「ごめん、皆は先に避難してて。私はまだ誰か残っていないか、探してくる」

 

そう言って未来は今度こそ捜索に向かった。

 

「ちょ!?ちょっとヒナ!?」

 

創世の言葉を無視して未来は残っているかもしれない生徒を探しに駆け出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ヒナ…」

 

創世は走り去って行った未来の後ろ姿を見送る事しか出来なかった。

 

「とにかく、ここは危険です。私達も早くシェルターに逃げましょう」

 

「で、でも小日向さんが!?」

 

詩織の言葉に弓美が反応する。

 

「君達!早く避難するんだ!ここもいつノイズが現れるか!?」

 

三人に気付いた自衛隊の隊員が急いで近付いてくる。

 

その直後、窓ガラスが突き破られ、一匹のノイズが入り込んできた。

 

「に、逃げるんだ!」

 

隊員もいち早く銃を構え、ノイズに応戦するが、銃弾はノイズをすり抜けていくばかりで当たりはしない。

 

そしてノイズは弾切れになったと同時に隊員に向けて襲い掛かる。

 

「うわぁ!?」

 

その瞬間、またもやガラスが割れ何者かが侵入してくる。隊員の前に着地した何者かは蒼い雷の膜を発生させるとノイズはその雷に触れた瞬間に炭へと変化した。

 

「全員無事!?」

 

入ってきた人物は身長の高い男で、蒼いコートを着ており、長い金髪を三つ編みに束ねている。

 

そして隊員が無事な事を告げると、三人をシェルターに逃げる様に言う。

 

「あ、あの!助けて頂いてありがとうございます!」

 

詩織がその男に向けて頭を下げてお礼を述べる。

 

「気にしないでいいから、早くシェルターに避難を」

 

「あ、あの!それよりも私達以外にも小日向さんが…もう一人友達が避難出来ていない生徒がいないか探しに行っちゃったんです!」

 

「まさか、未来が!?」

 

未来の存在を知っている目の前の男は慌て、どちらに行ったのか問いただす。

 

創世がその方向を教えて男は頷くと、隊員に三人を無事にシェルターへと連れていく様伝えると未来が消えて行った方向へ駆けて行った。

 

「あ、あの人は一体?」

 

唐突に現れた謎の人物に対して詩織はそう呟いた。

 

「ノイズをあんな風に倒すなんて都市伝説の《雷人》かもしれない…本当に今私が見ているのは現実なの?」

 

「夢じゃない事は確かだよ。ヒナの事はあの人に任せて私達も早く逃げよう」

 

創世の言葉に二人は頷き、隊員と共にシェルターへと向かった。




三人娘はトラウマを回避


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62VOLT

反動もなく衝動が上回り書き上げました。
本日はこの後もう一話投稿します。



ノイズが現れる直前の時、了子はとある場所に訪れていた。

 

「機は熟したとは言い難いが、今のタイミングであれば何の支障もないだろう。問題があるとすれば、ガンヴォルト。未だに力の底を見せない未知数のお前だけだ」

 

そう呟くと同時に白衣のポケットから何かを取り出す。

 

それはクリスや翼が持っているのと同型のギアペンダントであった。

 

「お前達は既に私がフィーネだと考えには至っているだろう。となると私一人で対処し切る事も可能であるかもしれないが、不安要素はなるべく摘みたいんだ」

 

そう言って、その場に眠っているもう一人の人物に手を翳してその人物を紫色の光で包んでいく。

 

「役に立ってもらうぞ…天羽奏」

 

その言葉と共に今まで目を覚ます事のなかった奏の眼がゆっくりと開いて行った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

未来の友人の女の子達から、避難がまだ出来ていない人を探しに行ったらしい未来の捜索をしていると聞いたボクは、未来を探していた。

 

「何処にいるんだ…」

 

教室を一つ一つ開けて内部を確認しながら、未来を探す。

 

しかし、一向に見つからない。廊下の方で急に窓ガラスの割れる音、そして未来の悲鳴が聞こえた為、その方向を目指し駆け出す。

 

直ぐにその現場に到着すると、未来がノイズに襲われかけている所であった。

 

ダートリーダーから避雷針(ダート)を撃ち出し、ノイズに紋様を浮かばせると腕から出した雷撃でノイズを未来の前から排除する。

 

「未来!」

 

「ガンヴォルトさん!」

 

間一髪の所で未来を救い出す事は出来たが、今度は未来の背後にある窓ガラスを破り、ノイズは未来目掛けて突撃してきた。

 

急いで未来とノイズの間に入り、雷撃鱗を展開してノイズを倒す。

 

「ガンヴォルト君!未来さん!」

 

「慎次!未来をシェルターへお願い!ここはボクが何とかする!」

 

ちょうどいいタイミングで現れた慎次。それと同時に窓ガラスが次々と割れて廊下にノイズが雪崩れ込んでくる。慎次に未来の事を任せ、慎次と未来にノイズを近付けないようにする。

 

「でもガンヴォルトさんは!?」

 

「ボクなら大丈夫!だから早くシェルターへ!」

 

未来の心配の声が聞こえるがノイズを排除しながら問題ない事を伝える。

 

「行きますよ、未来さん!ガンヴォルト君!貴方もどうか無事で!」

 

慎次はそう言って未来の手を引き、シェルターへと続く、エレベーターへと走り出した。

 

「来いっ!ここから先は絶対に通しはしない!」

 

次々乱入してくるノイズ達にダートリーダーを構えた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

エレベーターに無事乗り込んだ慎次と未来は、長いエレベーターシャフトを降下し、シェルターへと向かう。

 

「ガンヴォルトさんは無事でしょうか?」

 

未来は一人残り、ノイズを食い止めるガンヴォルトを心配する。

 

「大丈夫ですよ。ガンヴォルト君はノイズになんて負けませんから」

 

慎次は心配ないと言ってくれるが、慎次も何処か不安そうにしている。しかし、自身のするべき事を考えて、行動に移す。

 

通信機を取り出し、弦十郎へと繋ぐ。

 

『慎次!無事か!?』

 

「僕は何とか!それよりもカ・ディンギルの正体を憶測ではありますがお伝えしておきます!」

 

慎次は早口だが正確にカ・ディンギルについて伝える。

 

『カ・ディンギルが本部へと続くエレベーターシャフト…これで完全に了子君の疑いが完全な黒に変わった…彼女自身がこの二課の設計に携わっている…そう考えれば何故、この様な長いエレベーターシャフトを建造した事も説明がつく』

 

何処か悔しそうに、そして辛そうに呟く弦十郎。

 

「櫻井さんがフィーネ…。とにかく、今は避難と櫻井さんを見つけ次第拘束しないと」

 

『ああ、ガンヴォルトにも言われている。ガンヴォルトからの連絡も以前ないままだ』

 

「ガンヴォルト君はボクと未来さんを逃す為に地上でノイズの進行を食い止めています」

 

『それでシェルターへの避難がスムーズだった訳か』

 

「とにかく、ボクはシェルターまで未来さんを見届けた後、本部へ向かいま...」

 

その瞬間にエレベーターの天井が割れてクリスが以前纏っていたネフシュタンの鎧を纏った女性が慎次の通信機を破壊して首を掴み壁へと押さえつける。

 

「緒川さん!?」

 

「あれだけの情報でよく気付いた。私も二課の情報網をなめていたようだな」

 

「櫻井さん…いや、フィーネ!何故こんな事を!?」

 

「私は元より目的の為に事をなしていたに過ぎない。そして、二課というのは私の目的によく役に立ってくれそうだと思い、櫻井了子を演じていたに過ぎない」

 

フィーネはそう言って手に更に力を込める。

 

それと同時にエレベーターが目的階層に到着を告げる音が鳴ると同時に扉が開き、慎次は拘束を抜け出して、取り出した銃を心臓めがけて三発放つ。

 

しかし、その弾丸は命中したが、鋼鉄にでもぶつかった如く、ひしゃげてその場に転がる。

 

「ネフシュタン…!」

 

「無駄だ。通常兵器では今の私に傷付ける事など出来はしない。それかあの男でなければな!」

 

フィーネはそう言うと同時にネフシュタンの鎧の鎖を操り、慎次を拘束して締め上げる。

 

「ぐぁ!?」

 

絡みつく鎖が慎次の身体を強く締め上げ、痛みに声を上げる。

 

「緒川さん!」

 

「に、逃げて下さい、未来さん…」

 

「でも!?」

 

未来は自身だけ逃げる事を躊躇してしまう。響ならこういう時、ガンヴォルトならどうするか?そう考えてしまった瞬間に、未来の身体はフィーネに向けて体当たりしていた。

 

「未来さん…」

 

「こいつの言う通り、逃げれば良いものの…自分の命を縮める行動をするとは…」

 

そう言って未来を掴み持ち上げる。

 

「やらせるかよ!」

 

突如響く弦十郎の声。フィーネと慎次の間の天井が抜けて、弦十郎が飛び出してくる。

 

「司令!?」

 

「弦十郎さん!?」

 

唐突な乱入者に素っ頓狂な声を上げる二人を無視して弦十郎は慎次の拘束していた鎖を引き千切り、フィーネへと近付く。

 

フィーネは弦十郎の拳に当たる事をまずいと判断して、未来を捨て去り、避ける。

 

拳は空を切るが、弦十郎は未来を地面に落ちる前に、抱え上げ、慎次の元へ戻り、フィーネと距離を取る。

 

フィーネは拳を避け切ったはずであったがひび割れた鎧を見て言う。

 

「貴様、本当に人間か?」

 

「人間だとも。人類は限界の時こそ力を発揮するんだ」

 

鎧を修復される様を見ながら未来を下ろして下がるように指示すると、弦十郎は拳を構える。

 

「了子君、何故こんな事を?」

 

「まだ私をその名前で呼ぶか…。お前の思う了子という偶像は私の演技であり、今はもう存在しない。了子という存在は風鳴翼が聖遺物を起動するまであったが今となっては私と一つとなった。そして、私がお前達に協力していたのも、私の目的の為に過ぎない」

 

そう言うとフィーネは鎖を操り、弦十郎へと向けて投げる。

 

「何が目的だ!?」

 

鎖を避けてフィーネに向けて接近する。

 

「世界を一つにするだけだ!この混沌とした世界を元の形に戻す為に!」

 

「それでどうしてこんな真似を!?」

 

接近した弦十郎は拳を振るいフィーネに問う。フィーネも先程の弦十郎の拳の威力を理解している為最小限ではなく大きく避けて、拳の余波を避ける。

 

「お前達が何も知らないだけだ!世界が、どんな形だったかを!どんなものだったかを!」

 

フィーネは思いの丈を吐露するかのように叫びながら弦十郎と応戦する。聖遺物を纏っていても人である弦十郎にここまで苦戦すると思っていなかったのか、フィーネは憎々しげに再び弦十郎に言う。

 

「もう一度聞くが貴様は本当に人間か!?」

 

「飯食って映画見て寝る!漢の鍛練はこれで十分だ!後の事はじっくりと拘束してから聞いてやる!」

 

そして、その言葉に狼狽るフィーネの隙を突き、目にも留まらぬ速さでフィーネに接近すると拳を構えた。

 

「弦十郎君!?」

 

フィーネが突然言い放つ。その言葉は了子そのもので弦十郎は一瞬、拳を緩めてしまう。

 

その瞬間、フィーネは口角を上げると同時に鎖で弦十郎を貫いた。

 

「りょ…了子…君…」

 

「甘いな、かつての偶像に手を緩めるとは…」

 

そう言って貫いた鎖を弦十郎の身体から抜くと血が吹き出し、フィーネの身体を濡らしていく。

 

「司令!?」

 

「弦十郎さん!?」

 

見ていた慎次と未来も倒れゆく弦十郎の名を叫ぶ。

 

「ここで貴方は終わり。貴方程の達人、この程度で死ぬとは思えんが、かつての礼として、世界が一つになるのを見せてあげる」

 

そう言うと、フィーネはデュランダルの保管されたアビスの入り口へと足を進める。

 

慎次も止めようとしたが、司令が敵わなかった相手にどうにか出来るのかと考えてしまい、動く事が出来なかった。

 

「お前達にも情けをあげる。そいつを手当して世界が一つになる瞬間を見物してるといいわ」

 

そう言って扉を開けると、フィーネはアビスへと姿を消していった。

 

「し、慎次…」

 

弦十郎の言葉に我に帰り、弦十郎の元に駆け寄る。

 

「司令!喋らないで下さい!とにかく今応急手当をしないと!」

 

「いや、お前は了子君を追え…」

 

「しかし!」

 

その瞬間に、エレベーターの天井から雷撃を迸らせたガンヴォルトが降りてきた。

 

「ッ!?弦十郎!?慎次、未来!どんな状況なんだ!?」

 

ガンヴォルトは弦十郎を見て、慌てて近付く。

 

「ガンヴォルトさん!了子さんが!?」

 

慎次と未来が了子がフィーネである事、そして扉の奥に保管されているデュランダルの元へ向かった事を告げる。

 

「やっぱりか…ボクは了子…いや、フィーネの後を追う!二人は弦十郎の手当てが出来る場所へ連れてって!それと、街へノイズの対処をしている装者達に連絡を!」

 

「た、頼む…ガンヴォルト。了子君を止めてくれ…」

 

弦十郎の言葉に頷き、ガンヴォルトはフィーネの消えていったアビスの扉にダートを撃ち込んで雷撃を流し無理やり開けると扉の奥へと消えていった。

 

「ガンヴォルトさん…どうか無事で」

 

未来はガンヴォルトの背中を見て無事であるよう祈るしか出来なかった。



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63VOLT

ボクはフィーネが向かったデュランダルの保管場所、アビスへと足を踏み入れる。底の見えぬ穴が広がる空間。

 

「シャフトが降りている。動いていない所を見るとフィーネはもうデュランダルの下に!」

 

あるはずのシャフトが既に降り、動きを停止している事からフィーネは既にデュランダルの元へ辿り着いていると推測したボクは何の躊躇いもなく、底の見えぬ穴へと飛び込んだ。

 

今までに飛んだ事のない高さだが、生体電流を活性化させた肉体。着地前に雷撃鱗で降下速度を落とせば何とかなる為に躊躇わない。

 

ここで躊躇えばフィーネが何をしでかすか分からないからだ。

 

降下に適した体勢に移り、ボクは先の見えぬデュランダルの保管されているエリアまで加速しながら落ちていく。

 

そして、数十秒でフィーネがデュランダルを取り出している所が見える所まで降りてくる事が出来た。

 

ボクは体勢を変えて、腕を構える。

 

「煌めくは雷纏し聖剣、蒼雷の暴虐よ、敵を貫け!」

 

腕から迸る雷撃が手へ、そして翳した手の前に剣の形へ収束していく。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

その瞬間に現れる巨大な雷の剣。

 

「やはり、来たか。ガンヴォルト」

 

フィーネはボクの存在に気付き、どうやらここまで来る事を予測していたのか焦りは見えない。

 

ボクはフィーネからデュランダルを遠ざける様に剣を構えて振るい、デュランダルへと続いていた足場を破壊してフィーネと共に更にアビスの深淵へと降下していく。

 

「了子!いや、フィーネ!ボクがここで貴方を止める!そして持っている聖遺物を…いや宝剣を、天叢雲を渡してもらう!」

 

「その事にも気付いたのか…いや、クリスか。余計な事を…お前に余計な事を話してくれたな。やはり、あの時に処分していれば…」

 

その言葉と同時に、ボクは落ちる瓦礫を足場にフィーネへと接近して拳を叩き込む。

 

「そんな事の為に雪音クリスを殺そうとしたのか!本当の事を話さず、自身の目的の為に雪音クリスの人生を狂わせて殺す!?ふざけるな!」

 

フィーネはかつてのあの人、アシモフの様に。要らないと判断すれば切り捨てる。そんなの間違っている。それに、あんな経験をするのはもうボクだけで十分だ。

 

拳を受け止めたフィーネはそのまま蹴ろうとするが、ボクはダートリーダーを持つ手でその軌道を逸らしてフィーネを蹴って距離を取る。

 

「駒をどう扱おうが私の勝手だ。まあ、お前の場合は前に聞いたお前自身の過去に重ねてしまうのも無理はないがな」

 

「重ねて何が悪い!苦しみを味わった事があるからこそ、ボクは同じ境遇に遭いそうな雪音クリスを救いたいんだ!」

 

「そんなもの偽善に過ぎない」

 

「偽善でも構わない!誰かがあんな苦しみを味わうくらいならボクが止める!」

 

そしてフィーネと共にようやく降り立ったアビスの深淵で、ボクはダートリーダーを構え、フィーネと対峙する。

 

「あの子の到着まで少しだけ付き合ってあげる」

 

誰かを待っている様だが、そんな事は関係ない。増援が来る前に捕えればいいだけだ。

 

「言っておくが、ノイズの様に簡単にいくと思うなよ」

 

そう言ってネフシュタンの鎖を操り、ボクへと放つ。

 

雷撃鱗を展開して鎖を弾き、展開したまま、フィーネへと駆けていく。

 

フィーネは地面へともう一方の鎖を放ち地面を持ち上げ、土塊をボクに向けて放り投げる。

 

「無駄だ!そんな攻撃、ボクには通用しない!」

 

雷撃鱗に触れた瞬間に土塊は崩れ去り、消滅させたがフィーネのそこにはない。

 

「上か!?」

 

ボクは素早く上に視線を向けるとフィーネは以前クリスの使っていた光の玉を二つ作り上げてボクに向かって振り下ろして来た。

 

「天体の如く揺蕩え雷。是に到る総てを打ち払わん!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ライトニングスフィア!」

 

ボクは素早く言葉を紡ぎ、公転する三つの雷撃の球体を出現させると二つの光の玉を飲み込んで消滅させた。

 

「小賢しい!」

 

フィーネは叫び、再びボクに向けて光の玉を出現させて投げ放つ。

 

スキルはさっきのスパークカリバーとライトニングスフィアのせいで弾切れだ。もう少し時間をおかなければ使う事が出来ない。

 

ならば、

 

ボクはそのまま球体に向けて避雷針(ダート)を撃ち込んでいく。そして三発撃ち込む事により文様が赤く浮かび上がると雷撃を流してエネルギーを暴発させるまで増幅させて爆発させた。

 

周囲に爆発した事による煙幕が漂う。

 

「姿を消して奇襲するつもりか!?それならばこの煙幕全てに攻撃するだけだ!」

 

姿の見えぬフィーネの声が上空から響く。

 

ボクは素早く壁際に移動して壁を蹴り上がり、煙幕から抜け出した。フィーネと同じ高度に達した際にはフィーネは既にこちらに気付き、既に作り上げた光の玉をこちらに向けて投げ飛ばす。

 

「散れ!」

 

投げられた光の玉。ボクは更に壁を蹴り上がり、更に高く駆け上がる。

 

「ちょこまかと!」

 

フィーネも更に光の玉を作り上げようとするがその瞬間に光の玉に向けて避雷針(ダート)を三発撃ち込み雷撃を逃して爆発させた。

 

「くっ!?」

 

爆発に巻き込まれたフィーネは鎧が所々砕け、爆風で仰反る。その瞬間にボクは壁を強く蹴り、フィーネに向けて突撃する。

 

ダートリーダーを構え、フィーネに向けて避雷針(ダート)を撃ち込み、フィーネに赤い紋様を浮かばせる。

 

「しまっ…!?」

 

「遅い!」

 

ボクは雷撃を纏わせた足でフィーネの腹に向けて蹴りを入れる。それと同時に雷撃がフィーネの身体中を迸る。

 

「ガァ!?」

 

そのまま蹴り落とし、煙幕の蔓延する地面へと叩きつけて、馬乗りになると三発更に避雷針(ダート)を撃ち込んでその状態をキープする。

 

煙幕が晴れ、視界が確保出来るようになりボクは地面に倒れ込むフィーネに向けて言い放つ。

 

「これで終わりだ、フィーネ。お前の目的、そして天叢雲を渡してもらう。口以外少しでも動かせば雷撃を流し込む」

 

フィーネが少しでも動けばボクは直ぐ様雷撃を流し込める事を伝え、フィーネが言葉を発するのを待つ。だが、その言葉と共にフィーネは笑い声を上げた。

 

「ハハハッ!」

 

「何がおかしい!?」

 

「やはり、最大の障害はお前であったか、ガンヴォルト。だが、この程度で終わったと思っているあたり、勘違いしては困るな」

 

そう言うと同時に空中からこの二年聴く事のなかった、歌声が響く。

 

「Croitzal ronzell Gungnir zizzl」

 

その歌と共に上空で光を発した瞬間にボクはその方向を向いた瞬間にフィーネはボクを体を起こす反動で飛ばして距離を取る。

 

それと同時にボクが飛ばされた場所に向けて何本もの槍が降り注ぐ。

 

直ぐ様雷撃鱗を展開して、槍を全て防いでいく。そして槍の放たれた方向を見ると、その隣には今まで目を開ける事なく眠っていたガングニールを纏う奏の姿が。以前と違うのは奏の顔にはバイザーのような物が施され、目が見えない事。

 

「奏!?」

 

突然の乱入者に驚く。何故ここに奏が。目を覚ましてくれた事は嬉しいのだが、何故ボクに向けて攻撃を?だが、奏は何も答えない。

 

「遅い、と言いたいが良いタイミングだ。お陰でガンヴォルトの驚いた表情を見る事が出来た」

 

そう言ってフィーネは奏の肩に手を置く。その瞬間、ボクはフィーネに向けて避雷針(ダート)を撃ち放つ。

 

だが、避雷針(ダート)は奏の振るう槍に弾かれ、消えてしまう。

 

「奏!なんで止める!?」

 

「教えておいてあげる。この子には以前貴方を憎んでいた時に植え込んだ催眠を発現させているの。天羽奏は貴方を憎み、殺そうとする戦闘マシンに変えているの。貴方と対等に戦えるかもしれない存在。でも貴方はこの子を傷付ける事が出来るかしら?貴方の大切な人を」

 

そう言って、フィーネはアビスの深淵から飛び、デュランダルのある場所に向かっていく。

 

ボクは更に避雷針(ダート)を撃ち込もうとするが、その前に奏がボクへと近付き、槍を振るい、それを阻止する。

 

「殺さないと止まらないわ。足止めをお願いするわ、天羽奏」

 

そう言うとフィーネは更に上空へと飛び去っていく。

 

「フィーネ!貴方はなんて事を!」

 

フィーネに向けて再び攻撃しようとするが既にダートリーダーの射程圏外であり、今も攻撃しようとする奏の槍を避けるのに専念する。

 

「奏!止まってくれ!君と戦いたくないんだ!」

 

奏に呼びかけるが、奏は何も答えず、ボクを殺す気で攻撃を仕掛けてくる。ボクは攻撃を躱して奏と距離を取る。

 

「フィーネ!絶対にボクは貴方を許さない!必ずボクが止めてやる!そして、絶対に奏を救う!」

 

空に向けてそう叫ぶと、奏と戦う為にダートを構えた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

弦十郎を本部の司令室へと連れてきた慎次と未来は全員にフィーネの正体が了子である事、そしてガンヴォルトが止める為にアビスへと向かった事を伝えた。

 

「まさか了子さんが…」

 

弦十郎の手当てを終えたあおいはまさかフィーネの正体が了子である事に狼狽える。他の隊員も手を止める程驚いていた。

 

「手を止めないで!とにかく、僕達はやるべき事をやります!」

 

司令の代わりに慎次が指揮を取り、他のオペレーターに指示を飛ばす。

 

「優先は街の方にいる装者にこちらの状況を伝えて、戻ってきてもらいます!他はあまり効果はないかもしれませんが、アビスのデュランダルの保管のロックを強化してフィーネがデュランダルを奪取する時間を稼いで下さい!」

 

慎次の指示にオペレーター達は素早く動き始める。

 

「緒川さん!装者、響さんとの回線繋がりました!」

 

朔也がいち早く装者である響に繋がった事を伝える。

 

「未来さん、貴方がお願いします」

 

慎次の言葉に未来は頷いて響に現状を伝える。

 

「大変よ、響!リディアンがノイズに襲われているの!直ぐに帰ってきて!それにガンヴォルトさんが!」

 

だが、未来が響に全て伝える前に回線が落ちてしまう。それと同時に司令室の電気が全て落ちた。

 

パソコンのコンソール画面のみ光る司令室。

 

「外部からのハッキングにより、回線を落とされました!その他多数の機能の停止!」

 

オペレーター達はなんとか復旧する為に動くがどうする事も出来ていない。

 

「こんな事が出来るのなんて了子さんしか…」

 

朔也が手を動かしながらそう呟いた。だが、彼もなんとかしようと手を動かし続ける。

 

「響…お願い…早く戻ってきて…」

 

未来は響が早く戻ってくる事を祈った。



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64VOLT

もう限界…かも…


アビスの深淵。

 

そこでは激しい戦闘が行われていた。

 

荒れ狂う竜巻が地面や壁を砕き、周囲に放電される蒼い雷撃が混じり、壁に備え付けられていたライトが余波により割れたり、伝播した雷撃により破壊される。

 

そんな事に気を止めず、戦い続ける二つの影。

 

一人は槍を携え、目の前の男をただ殺さんばかりの勢いで振るい、致命傷を与える程の攻撃をし続ける装者、奏。

 

ボクはどうすれば操られた奏を助けられるか、どうすれば傷付けずに救う事が出来るか考え、責めあぐねている。

 

だが、この両者の攻撃には決定的な違いがあり、方や殺す為に。方や救う為に。

 

どちらに分があるかは一目瞭然であり、奏の方は未だ傷一つ負っておらず、ボクの着ているコートは所々が痛み、破れている所もあれば露出の少ない肌には細かな傷が大量に出来ている。

 

「お願いだ、奏!目を覚ましてくれ!ボクは君を傷付けたくない!」

 

だが、ボクの言葉は奏に届く事はなく、ただ目の前の敵を貫き殺さんと槍を振るう。

 

ボクはその槍を雷撃鱗を展開して弾き、徒手格闘で応戦する。

 

元より装者になってボクと模擬戦なども行った事のない奏であったが、奏自身のかつてのノイズへの復讐心、そしてボクへの恨みにより、それがシンフォギア装者としての原動力によって更に強くなっている気がする。

 

だが、ボクにとっては今はそんな事はどうでもいい。今ボクがすべき事はどうやって奏を正気に戻すかだ。

 

植え付けられた催眠は強い物なのか弱い物なのかは専門家でもないボクには何一つ分からない。だからボクは奏に問い掛け続けるしかない。

 

「奏!なんでこんな事をするんだ!君はこんな事の為に装者になったのか!ノイズを操るフィーネの為に戦う事をやめるんだ!君の父親と…家族と同じ被害者を増やしたいのか!」

 

その言葉と共に奏の攻撃は更に速度が上がり、ボクは防ぐのが困難になっていく。

 

それでもボクは奏に語りかける事をやめない。

やめてしまえば奏はずっとフィーネに使い続けられるかもしれない。そして、前のクリスの様に、未然に防ぐ事は出来たが、クリス同様にフィーネの手によって奏が手にかけられるかもしれない。

 

こういった再会を望んでいた訳ではない。こんな展開を誰も望んでいた訳じゃない。

 

翼だって、響だって。二課の皆だってこんな事を望んでいない。だから、ボクがここで止めるしかない。

 

「奏!少し痛いかもしれないけど、もうこれ以上は手を出さない事はしない!ボクは、ボクの出来る方法で君を救い出す!」

 

かつての暴走した響のように、力だけしか持たないボクには蒼き雷霆(この力)でしかどうする事も出来ない。

 

シアンの様に、翼や響、奏、クリスの様に。歌という力を持たないボクにとってこれ以外の方法がない。

 

だけど、

 

「ボクは絶対に蒼き雷霆(アームドブルー)で君を助け出す!」

 

決意を胸に身体から迸る雷撃を更に強め、奏と対峙する。

 

絶対に奏を助ける為にボクは雷撃を纏い、奏へと接近する。

 

奏は槍を構えてボクに向けて振り下ろす。その攻撃を躱して奏へと拳を握り、雷撃を纏わせて殴る。

 

だが、奏もタダで喰らう訳もなく、振り下ろした槍の軌道を変えて、足を刈り取る様に槍を薙ぐ。

 

素早く自身の周りに雷撃鱗を展開させて、防御する。槍は雷撃鱗により弾かれて、軌道が逸れる。

 

行ける。そう確信した時、奏の鎧の至る所から滲み出ていた血に気付く。ボクは直ぐに奏と距離をとり、離れた距離から奏の様子を見る。

 

奏のギアインナーは戦闘中では気付かなかったが、槍を振るうごとに、駆けるごとにギアインナーを血で染めていっている。

 

奏は目を覚ましたばかりであり、肉体は二年も眠り続けていたのだ。シンフォギアという鎧のお陰である程度は軽減出来ているのかもしれないが、二年という歳月も身体が激しい運動を行なっていない状態でこの様な戦闘力を発揮している分、身体には相当な負荷がかかっているはずだ。通常ならまだしも、そんな事耐えられるはずがない。

 

「そんな単純な事を見落としているなんて…」

 

ボクは口を強く噛み締めた。

 

フィーネに操られた奏を止める為に声をかけ続け、攻撃しなかった事でより奏に辛い目に遭わせてしまっていた事を後悔する。

 

長期に渡り声をかけ続けても奏は壊れてしまい、短期決戦を決めようとしても力加減を間違えれば奏を殺してしまう。

 

ボクは迷いが生じてしまい、責める手を緩めてしまった。

 

その瞬間を奏が見落とすはずもなく、奏は空高く飛び上がると槍を構えて、投擲する。投擲と同時に無数の槍が出現するとボク目掛けて雨の様に槍が降り注ぐ。

 

素早く雷撃鱗を展開して全てを防ぐが、視界を覆い尽くす程の槍のせいで奏の姿を見失ってしまう。

 

「何処に!?」

 

そして音もなく背後に回り込んでいた奏は雷撃鱗を無視して突撃してダメージを恐れずにボクの腹に強烈な蹴りを入れた。

 

「ガッ!?」

 

ボクはそのまま壁際へと蹴り飛ばされ、地面を滑っていく。

 

弦十郎とまた違った重い一撃に内臓が掻き回されて、意識が飛びそうになる。

 

だが、こんな事で止まってはいられない。ふらつきながらも素早く立ち上がり、元いた位置、奏の方に身体を向け直すと、そこには既に槍を構えた奏が目と鼻の先にまで迫っていた。

 

「クッ!?」

 

ボクはふらつく足で不格好ながらも奏の振り下ろす槍を躱して避雷針(ダート)を奏に向けて連射する。

 

だが、その攻撃も奏の槍が回転して巻き起こす突風に阻まれる。そしてその突風は竜巻に変わり、ボクに向けて振り払われる。

 

雷撃鱗を展開するが、雷撃鱗は物理的な攻撃のみしか防ぐ事は出来ない為、竜巻にはなんの効果も発生せず、ボクの身体は荒れ狂う竜巻により引き裂かれていく。

 

「ガァァ!?」

 

身体を駆け巡る身体を裂く痛み。色々な機能を付けているはずのコートですら意味をなさず、この攻撃が止むのを待つしかなかった。

 

やがて奏の持つ槍の回転が止み、ギアインナーを血で濡らしながらも立つ奏と、身体中を風の刃により切り裂かれ満身創痍のボク。

 

既に勝敗が決まった様な構図。

 

だが、ボクは諦めない。軋む身体に鞭を打ち、ボロボロの身体をなんとか立ち上がらせる。

 

「諦めない…絶対に君を助けるまで諦めない…」

 

譫言の様に口に出す言葉。

 

こんな所で倒れたらダメだ。こんな所で死ぬ訳にはいかない。ボクは奏を助けるんだ。ここでボクが歩みを止めてしまえば、奏をより辛い目に、そしてこんな奏を見た翼や響、二課の皆が悲しむ。

 

それに、ボクにはやらなければならない事がある。だからこそ、この場で倒れてしまう訳にはいかない。

 

ぶれる視界に奏を納めながら、ようやく溜まった力を振り絞り言葉に出す。

 

「ヒーリングヴォルト!」

 

ボクの持つ雷撃は全て攻撃のスキルという訳じゃない。このスキルも応用で、体内の生体電力を細胞に流し活性化させ、再生能力を増幅させる。

 

だが、このスキル自身、完全に回復させるものなどではなく、表面の傷を塞ぐ程度であり、痛みを無くすには程遠い。

 

それでも、先程ぶれていた視界は収まり、奏の姿をしっかりと確認出来る様になった。

 

「絶対に君を止めて、助けるから…だから待っていてくれ、奏」

 

振り絞る様に声を出して構えを取る。スキルもこの身体じゃ使うのにも負担が掛かる。

 

あと一撃が限界かもしれない。それでも絶対に決めてみせる。

 

覚悟を決めて、奏へと今出せる全力で駆け出した。

 

奏もボク同様に、ギアインナーから血が吹き出しながらもボクに向けて槍を構えて突撃してくる。

 

交差する雷撃を纏った拳と、撃槍の名を冠するガングニール。

 

決着は一瞬であった。

 

奏の振るう槍をダートリーダーで弾き、軌道を逸らす。それと同時に持っていたダートリーダーはひしゃげて破壊される。

 

操られていながらも唯一の武器を捨ててまでした予想外の行動に奏は僅かに動きを止めた。

 

その瞬間、ボクは雷撃を纏った拳を奏の腹に向けて振り抜いた。

 

「いい加減目を覚ますんだ、奏!」

 

振るわれる拳が奏の腹に振り抜かれた瞬間、雷撃が奏の身体を駆け巡り、アビスの深淵を蒼く照らし出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

奏は目を覚ました瞬間に抑えきれぬ憎い衝動に駆られていた。

 

かつてのガンヴォルトに父親を見殺しにされた時のように。

 

目を覚ました瞬間に了子により聞かされた、ガンヴォルトが今までのノイズを使い、人を襲っていた事を聞かされて、了子に渡されたギアペンダントを掴んで、動かぬ身体を鞭打って動かして、ただ、ガンヴォルトのいる場所を了子から告げられたガンヴォルトの居場所へと向けて。そしてリディアンとは別のアビスへの入り口に踏み込むと、そのまま深淵へと続く穴へと飛び込み、ガンヴォルトの元へ向かった。

 

そしてガンヴォルトを見つけた。信じていたのに裏切った敵。そして、あのノイズを引き連れて現れた家族の仇。

 

奏は怒りのまま歌を歌い、シンフォギアを纏った。

 

そこからは何かに身体を乗っ取られるかのように、動かなくなり、意識が遠のく。そして気付けば何処か暗闇に閉じ込められた。

 

そこからは何が起きているかは自身でも分からなかった。だが、自身の身体は物凄い勢いで痛みが走り、その痛みに身体を抱いて耐えるしかなかった。

 

「な、何が起きてるんだよ…これ」

 

振り絞り出した言葉はただ虚空へと消えていく。そして長く続く痛みに耐えながら、奏は治るのを待ち続けた。

 

しかし、その痛みも何か空間を破る衝撃によってかき消された。

 

「な、なんだ…」

 

その方向を見ると暗闇の空間が裂けて、蒼い雷光により照らされた空間が見えた。

 

そして、奏はその空間を見て、驚く。

 

そこに映し出されていたものは、多分、奏が意識を失った後の光景だと思われるもの。

 

今までのガンヴォルトの行動。眠りについて、とても悲しそうに、そして辛そうに奏の手を握るガンヴォルトの姿。そして、ガンヴォルトが誰かを救う為に、何の躊躇いを持たず、ノイズを倒していく姿。そしてガンヴォルトと共に、親友である翼と奏が助けたかった少女の姿。そして、本当の敵はガンヴォルトなどではなく、自身をここまで導いた了子である事。

 

幻覚なのかもしれないが、奏にはその光景がどうしても本物にしか見えなかった。

 

「やっと繋がった!いい加減目を覚ましなさい!貴方のせいで、GVがどれだけ傷付いていると思うの!?」

 

それと同時に現れる蝶を模した服を纏う少女の姿。

 

「お、お前は…」

 

「今はそんな事はどうでもいい!早く目を覚ましなさい!これを見て分かったでしょ!貴方の恨むべき人はGVなんかじゃない!」

 

蝶を模した服を纏う少女は怒りに駆られながら奏を叱責する。奏は何が起きているのか分からずに呆然とする。

 

そんな奏に痺れを切らせた少女は奏にぶつかる程まで近付く。

 

「さっさと起きる!こんな所で呆然としていても何も変わらない!」

 

そして奏に平手打ちを喰らわせた。

 

「何しやがる!?」

 

「貴方がこんなチンケな暗示にかかったせいで、死にそうなのよ!いつまでもぼうっとしてないで、早く目を覚ませ!」

 

その瞬間に奏を囲んでいた暗闇の空間は崩れ去り、蒼い雷光に照らされた空間へと変化する。

 

「もう時間がないの!急がないと、私ももう消えちゃう!貴方の為にGVは身体を張ったせいで死に体なのよ!」

 

その言葉に我に帰り、直ぐに少女にどうすればいいのか問う。

 

「どうすればいいんだよ!私は!?」

 

「聞く前に思いなさい!目を覚ましたいってね!」

 

奏は少女の言う通り、目覚めたいと思う。

 

それと同時に身体が浮遊感に襲われると同時に浮かんでいくのを感じる。

 

「早く行きなさい!私の力が消える前に!そしてGVを助けなさい!もしGVの身に何かあったらただじゃおかないわよ!」

 

そう言って少女の姿がどんどん光り出して透けていく。

 

「おい!?お前は誰なんだよ!?」

 

「そんな事は今はいいから早く行きなさい!」

 

少女の叱責を聞くのを最後に奏は覚醒した。そして、覚醒した奏は自身の腹に拳が叩き込められており、雷撃により身体が、痺れていくのを感じる。それと共に砕ける視界を塞いでいたバイザー。

 

「ガァァ!?」

 

久しぶりに感じる現実の痛みはとてつもなく身体に堪える。

 

そして、その痛みのあまり奏はその場に倒れ込んだ。

 

「起きて早々、なんて事しやがる…ガンヴォルト…」

 

「奏!?目を覚ましたのか!?」

 

ガンヴォルトの方へと顔を動かすと、そこにはボロボロのガンヴォルトの姿が。

 

そして、その瞬間に流れ込む、今までの行動を。

 

そして一気に押し寄せる後悔の波。

 

「あ、あっ…」

 

動かない身体を無理に動かしてでも、苛まれる後悔に奏はガンヴォルトから離れようとする。だが、ガンヴォルトはそのボロボロの身体で奏を抱き上げると優しく抱きしめた。

 

「良かった…本当に良かった…」

 

涙を流すガンヴォルト。何故、ここまでした相手である奏を抱きしめるか分からなかったが、奏は涙が止まらなかった。

 

「ごめん…ごめんなさい…私…お前をそんなになるまで酷い事をした…」

 

「いいんだ、奏。ボクは君が元に戻ってくれれば…」

 

その優しさに奏は決壊したように涙を流す。だが、そんな時間は長くは続かなかった。

 

急に奏を押し飛ばすとガンヴォルトは奏の盾になるように立つと同時に、背中に三本の剣がガンヴォルトに突き刺さった。

 

「…ガハッ…」

 

それと同時にガンヴォルトの口から大量の血を吐き出して倒れた。

 

「が、ガンヴォルトォ!」

 

「勝手に動き始めたと思えば、この男を仕留める為に自発的に動くなんて持ってきておいて正解だったわ」

 

声が響くと同時に、金色の鎧を纏う女性が舞い降りてくる。

 

「テメエェ!?」

 

「催眠も解けるなんて予想外だったけど、障害になりそうな貴方達二人を同時に片付ける事が出来たのは嬉しい誤算だったわ。なんにしろもう既に目的も最終段階に入ったわ。貴方もここで用済みよ」

 

そう言って女性は奏を蹴り飛ばして、壁へと激突させるとそこで意識が飛んだ。

 

「さぁ、世界を一つに戻しましょうか」

 

そして

 

「これで終わりだよ、ガンヴォルト」

 

奏が最後に聞いたのは女性がそう呟く声と微かに聞こえた少年の声であった。



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65VOLT

書くばかりで確認しておりませんでしたがいつの間にかお気に入り300突破してました。
読んでくださっている方々、お気に入りしている方々ありがとうございます。


弦十郎は腹の痛みにより目を覚ます。小さいモニターのみ照らし出された暗い指令室のソファーの上であり、身体を起こした。

 

弦十郎が目を覚ました事にオペレーター達は安堵する。

 

「状況は?」

 

弦十郎の問いにあおいが答える。

 

「ハッキングにより、ほぼ全ての機能が使えない様になっています。現在の内部の状況、それに外の状況は一切分かりません」

 

そうかと答え、今了子を止めようとしているガンヴォルトの事を聞く。

 

その言葉に誰もが首を横に振り、ガンヴォルトの様子すらも分からないと物語っていた。

 

「了子君…ガンヴォルト…」

 

どうなっているか分からない二人。どちらも無事であると共に、この件が収束していく事を弦十郎は願う事しか出来なかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響達がリディアンへと辿り着いた時、そこは既に破壊の限りを尽くされ、薄らとしか原型を留めていなかった。

 

「未来…おーい!未来!皆!」

 

響は未来や他の生存者の確認の為に声を上げるが、その声に反応する者は誰もいない。

 

「いったい何が…」

 

「おい!こっちにはあいつがいるだろ!?なのになんでこんな風になっているんだ!?」

 

翼はあまりの光景に絶句して、クリスはガンヴォルトがいるはずなのに悲惨な光景を目にして叫ぶ。

 

「お前達の信じたガンヴォルトなら地下深くで既に息絶えているわ、クリス」

 

三人は声のした方向に目を向ける。

 

崩れたリディアンの屋上。そこには腹部を血に染めた了子が立っていた。

 

「了子さん!?」

 

響は了子が生存していた事に安堵すると共に何故ガンヴォルトが息絶えた事を知り、危険な場所に現れたのか疑問に思う。だが、その疑問をクリスが解消した。

 

「フィーネ!」

 

「櫻井女史がフィーネ!?」

 

クリスの言葉に翼が驚きの声を上げる。

 

「全く、お前が奴と協力しなければあやつもあんな悲惨な最後に遭わずに済んだのに。まあ、どちらにしろ、あいつには消えてもらう以外の選択肢はありはしなかったが」

 

「そ、そんな…」

 

「嘘だ!ガンヴォルトは死にはしない!あの人は絶対に生きている!?」

 

クリスは自分のせいでガンヴォルトを死なせてしまったという言葉に後悔に苛まれた。そしてガンヴォルトの死を口にする了子、いや、フィーネの言葉を否定する翼。

 

「そうですよ!ガンヴォルトさんが死ぬ訳ありません!それに、どうして了子さんがこんな事を!?了子さんは今まで私達と一緒にノイズから皆を守る為に力を貸してくれたじゃないですか!?私を助けてくれたじゃないですか!?」

 

「そんな事は目的を達成する為の手段に過ぎない」

 

そう言った了子は眼鏡を外し、髪留めを取り髪を下ろすと金色の光に纏われる。そして、その瞬間に金色のネフシュタンの鎧を纏った状態で現れる。

 

そして、響も翼もようやく了子がフィーネであると認識する。だが、響と翼も了子がフィーネであると信じたくはなかった。

 

「既に準備は整った。お前達には特等席で見てもらおうか。世界が一つになる瞬間を!」

 

フィーネがそう叫ぶと同時に、地面が大きく揺れ始め、リディアンが崩れていき、その中から何か巨大な物が浮上していく。

 

三人は揺れにより倒れないように踏ん張ってその浮上する何かを呆然と眺める事しか出来なかった。

 

揺れが収まり、浮上する何かも動きを停止させる。浮上してきた物は天高く聳え立つ塔。

 

「これがお前達が探していた塔、カ・ディンギルだ!」

 

フィーネはその聳え立つ塔を背に高々に笑う。

 

「これが…カ・ディンギル…」

 

翼が目の前に聳え立つ巨大な塔を見て呟いた。

 

「了子さん!いったいこんな物で何をしようと!?」

 

響がカ・ディンギルを見てフィーネに問う。

 

「お前達は知らないだろう…かつて世界が一つであった時の事を…」

 

カ・ディンギルを見上げながら、フィーネは何処か愛おしそうに、そして憎そうに話す。

 

世界が一つであった時の事を。そして、フィーネが思っていた人と並びたいが為に、天にも届く塔を建設してその人の元へと向かおうとした事。だが、その事に激怒した人は塔を破壊して、世界を統一された文明を崩壊させて、バラバラの世界を作り上げた事を。

 

何故、フィーネがそんな事を知っているのかも彼女の口から告げられる。フィーネという存在はその先史文明の頃に作り上げた技術により、何度も蘇り続ける事を可能にした先史文明を生きた彼女の記憶を呼び起こし、現世へと舞い戻る事が出来るようだ。

 

「私は何度も歴史的瞬間に立ち会ってきた。数々の偉人達も私という存在があるおかげで様々な偉業を成し遂げた。だが、私にとってそんな事はどうでもいい。私のしたかった事は偉業を成し遂げる事でも、歴史に名を刻む事などでもない。ただ、世界を一つに束ねたかったのだ。だが、過去ではそんな技術がまだなく、何度も苦い思いをしながら、その時を待った。そしてようやく、私の悲願が成就する時代が来たのだ!誰一人として疑問に思わなかった分裂した世界!私だけが一人苦しみ、もがき続けるのもここで終わる!このカ・ディンギルによって月を破壊する事によってな!」

 

「何故月を!?」

 

フィーネが何故月を破壊しようとしているのかを翼が問う。

 

そしてフィーネはようやく本当の目的を、悲願を口にした。

 

「月こそが、この世界をバラバラにさせ、統一言語をなくした全ての元凶!バラルの呪詛という憎たらしい物を作り上げる動力源であるからだ!そして、今ここで全てを元に戻す!このカ・ディンギルという月すら穿つ、この荷電粒子砲によってな!」

 

「そんな事の為に…そんな事の為にあいつを殺したのか!私を救おうとしてくれたあいつを!?」

 

クリスは泣きながらフィーネへと叫ぶ。

 

「そんな事の為だと!?私がどれだけ苦しんできたのか、お前に分かるのか!?クリス!?私がどれだけ願っても叶わなかった願いをようやく叶えられそうな時に、あの様なこの世界にとって異端である奴こそが、最大の障害だ!目的の成就の為に消して何が悪いんだ、クリス!お前も私と同じ様に、世界を平和にする為に強き者を殲滅し、平和を為そうとしていただろう!お前と私!何処が違うというのだ!」

 

クリスはフィーネの言葉に何も言い返せない。だが、それを否定したのは響と翼であった。

 

「違います!クリスちゃんはそんな事をしようとしていたかもしれない!でも、ガンヴォルトさんがクリスちゃんに何度も問いかけたおかげで、その事は間違いだと気付いて、考えを変えてくれた!」

 

「雪音はもうそんな思想を持っていない!少しだけ刃を交え、背中を合わせ戦った私達は彼女がもうそんな囚われた思想から変わっている!」

 

「お前等…」

 

フィーネはその三人の様子を見て怒り狂う。

 

「何が変わっただ!囚われていないだ!人間の思想など、根本的な部分は決して変わる事などない!お前達が待っていた天羽奏の様にな!」

 

その瞬間に翼が驚き、フィーネに向けて言い放つ。

 

「何故そこで奏の名前が出る!?答えろ!フィーネ!」

 

「天羽奏はガンヴォルトと同じくアビスの深淵で死んでいる。哀れなものだったよ。助けてくれた恩人を過去の憎しみで殺そうとする様を見てな」

 

その言葉に翼は絶句した。

 

「嘘だ…奏はまだ眠っているはずじゃ…」

 

「嘘ではない。天羽奏は私によって二年もの間昏睡させていて、もしもの際の奴への対抗手段になってもらう為に生かしていたのだからな。そもそも、お前が私が天羽奏にガンヴォルトの事を説明してる時に、私の言う通りに飲み物を買いに行かなければこの様な事にならなかったかもしれないのに」

 

その言葉と共に、翼が自分があの時に言う通りにしなければこんな事にならなかったのでは、ガンヴォルトと奏。大切な人を二人とも無くさなくて済んだのではと考えてしまう。

 

「違います!絶対に違います!」

 

だが、響がフィーネの言葉を否定する。

 

「ガンヴォルトさんも奏さんも死んでなんかいない!ガンヴォルトさんは了子さんが思うよりも強いし、凄い人です!一緒に戦ってきたからこそ、ガンヴォルトさんの凄さは分かります!例え、どんな事があろうと必ず生きて私達の元へ来ます!奏さんだってそうです!」

 

響は二人の死を否定して叫んだ。

 

「愚かだな、立花響。現実を見ぬふりをしてその既に壊れた儚い幻想に縋り付くとは」

 

「幻想なんかじゃねぇ!あいつは生きている!あいつはそんなやわな奴じゃない!」

 

クリスはフィーネに叫びながらシンフォギアを纏う。

 

「雪音の言う通りだ…あの二人がそんな簡単に死ぬ様な人じゃない事ぐらい私が一番分かっている!二人は絶対に生きてる!」

 

翼もシンフォギアを纏い、剣を構えてフィーネと対峙する。

 

「絶対に了子さんを止めてガンヴォルトさんと奏さんを見つけ出します!だから、ここでもう止まって下さい!了子さん!」

 

響もシンフォギアを纏い、三人はフィーネと対峙する。

 

「背中に深々と剣を刺された男が生きていると思っているお前等が本当に滑稽にしか見えないわ。特等席での見物人など不要だ。全員纏めて地に這いつくばらせてやる!」

 

そうフィーネが言った瞬間、誰かの血飛沫が飛んだ。

 

血飛沫を上げたのは三人などではなく、フィーネ自身であり、背中から槍が腹に向けて生えていた。

 

「了子さん!あんただけは絶対に許さない!父さんや…家族を…それに私を救おうとしたガンヴォルトにあんな事をしたあんたを絶対に許さない!」

 

いつの間にか現れたガングニールを纏う奏がフィーネへとそう叫んだ。



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66VOLT

一期終了に向けて投稿頻度を上げてきましたが流石にきついですね。
終了まで光速い投稿とモチベーションを落とさないように頑張っていきます。


死んだと思われていた奏の存在に驚くフィーネ。確かに殺してはいない。だが、気を失った以上、シンフォギアも解け、アビスの深淵にてガンヴォルトと共に瓦礫に埋もれ死んだはずと思っていた。

 

三人も奏の登場にかなり驚いている。

 

だが槍に貫かれたフィーネは痛みを感じていない様に振り返り、槍を突き刺す奏に向けて言った。

 

「まさか、お前が生きているとはな、天羽奏。ガンヴォルトと共に地下深くで眠っていればいいものを」

 

「黙れ!眠ってなんかいられるかよ!あんたのせいで…あんたのせいでガンヴォルトが死んだ!私の大切な…大切な恩人を!」

 

「その原因を作ったのも、殺される様になるまで戦ったお前の責任だ」

 

「確かに、あんたのせいで私はあの時の衝動に呑まれて、ガンヴォルトを傷付けて、そして原因を作った…でも、あいつはそれでも私を許してくれた。それなのにあんな最後にさせて…絶対にあんたを許さない!」

 

「責任転嫁が過ぎるな、天羽奏。結局お前は自分自身の罪を私に押し付けて正当化しているだけであろう!」

 

腹から突き出た槍を押し戻しながらフィーネは振り返ると同時に奏を鎖を使って絡め取り、三人の元へと投げつけた。

 

奏は今までに蓄積されていたダメージにより受け身をとる事もままならず、地面へと叩きつけられそうになる。

 

だが、そんな奏を翼と響が受け止める。

 

「…つ、翼…それにお前は…」

 

「奏…やっと目を覚ましてくれたのね…」

 

「奏さん…よかった…」

 

よほどの戦闘であったのかそれとも目を覚まして急激な負荷がかかったせいかギアインナーは血で濡れており、立っていられるのが不思議で仕方ない。

 

「ごめん…私のせいで…私のせいでガンヴォルトが…」

 

奏は翼を見て涙した。その理由はガンヴォルトであり、奏自身が過去の憎しみに捕らえられずに戦わなければ、奏を守らなければ死なずに済んだ事を。

 

だが、翼はガンヴォルトの死を否定する。

 

「奏、ガンヴォルトは死んでない」

 

「いや、あいつは私の目の前で剣に貫かれたんだ!それなのに、そんな身体でも私を守る為にあいつは瓦礫の降り注ぐあそこで血反吐を吐きながら雷撃で私だけでも助けようと破壊してくれていたんだ!私が目を覚ました時、私の所だけ、瓦礫が破壊されていたから分かるんだよ!あいつが自分の命を犠牲にしてまでも、私を守ったんだ!」

 

泣き喚く奏に翼は怒鳴った。

 

「いい加減な事を言うのはやめて、奏!ガンヴォルトは死んでいない!何でガンヴォルトはそんな行動を取ったのか分からないの!?ガンヴォルトは自身が助かる方法があるからこそそうやって奏を守ったの!貴方はその場でガンヴォルトの死体を見たの!?ガンヴォルトが息絶えた所をしっかりと見たの!?そうでもないのにガンヴォルトを勝手に殺さないで!ガンヴォルトは必ず生きている!」

 

根拠の無い、翼の言葉。それでも奏にとってはガンヴォルトは生きているという事実が、少しでも希望があると知り、更に涙を流す。

 

「全く、前とは逆じゃない…いつも泣いたり凹んだりしてるのは私だったのに…これじゃ立場が逆転したわよ」

 

翼も涙を流しながら立ち上がり、奏に手を差し伸べる。奏は涙を拭うと翼の手を取り、立ち上がる。

 

「そうだな!翼の言う通り、あいつは生きている!あいつはどうせ何処かで傷を癒して待っているはずだ!だから今度は私が助け出す!」

 

そう叫び、奏は槍をフィーネへ向けて構える。

 

「全く、何処まで茶番を見せられれば済むかと思えば、死んだ者の幻影に追いすがり、希望を見出して奮起しようとするとは…何処までも愚かであるのやら…それにお前達だけで私を止める?笑わせるのもいい加減にしろ!死に体の装者が一人増えたくらいで、私を止められると思うなよ!」

 

傷をゆっくりと再生させながら、フィーネは叫んだ。

 

「絶対に止めてやる!もうこれ以上お前の好きにさせてたまるかよ!」

 

「うん!もうこれ以上、了子さんに罪を重ねさせない!私達が絶対に止める!」

 

「これ以上貴方の好きにはさせない!」

 

「ガンヴォルトを助け出す前にチャチャっと終わらせるぞ!」

 

四人は各々の武器を構え、フィーネと対峙した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

シェルターの内部、本部からこちらへと避難した弦十郎達二課のメンバーはどうにかして外部の様子を確認する為に忙しなく動き回っていた。

 

「急げ!とにかく、生きてる回線を辿って生きているカメラを探すんだ!」

 

「口を動かす前に手を動かせ!それと、アビスの内部の様子を確認出来そうな生きているカメラもだ!ガンヴォルトがどうなっているかも確認急げ!」

 

オペレーター達が怒号を上げながら各々の持っているパソコンでどうにか外部への接続、そしてアビスの内部を確認出来る生きているカメラを探している。

 

「弦十郎さん、ガンヴォルトさんは?」

 

「さっきの振動からすると、間に合わなかったと思われる。だが、それでもあいつがそんな簡単にくたばるとは思えないし、何も出来なかった事は考えられない」

 

未来は心配そうにガンヴォルトの安否について弦十郎に問うが、弦十郎も生きているとは言っているものの、不安を拭い切れていない。

 

「ッ!?アビス内部に生きているカメラを発見しました!」

 

朔也が唯一生きているアビスの内部のカメラを見つけ出し、それを自身のパソコンに映し出すと弦十郎へと見せる。

 

「これは…!?」

 

そこに映し出されていたものは酷く壊れたアビスの防壁、そして崩れ落ちた瓦礫の山。先程の振動で落ちたにしては数が多過ぎるし、ガンヴォルトが戦闘を行なった後と思われる雷撃による亀裂と焼け焦げた後も確認出来た。

 

「いったいここで何があったんだ!?ガンヴォルトと了子君は!?」

 

弦十郎は叫ぶが、朔也は首を振るい分からない事を告げる。ドローンなどで捜索出来ればいいのだが、今となってはアビスへのルートは全て何処かへ持ち上げられて、行く事すら叶わない。

 

そんな中、シェルター内部で使えるものを捜索していたあおいと慎次が戻ってきた。

 

「すみません、シェルター内部には食料や懐中電灯などの避難用の道具しか見当たりませんでした」

 

「こっちもです。念の為にアビスへの道を探したのですが、シェルター以外の場所の構造が変わっていて行く事すら叶いませんでした」

 

打つ手なし。そう言わざるしか言いようのない状況。

 

「仕方ない。現状の設備で何とかするしかあるまい。とにかく、優先事項を伝える。まずは外部の状況把握とガンヴォルトの安否の確認だ。ガンヴォルトがいればこの状況も何か変わるかもしれない」

 

オペレーター達は頷いて各々持ち込んだノートパソコンのキーボードを叩く。

 

「ヒナ!?」

 

突如声がしたのでそちらを向くと創世、詩織、弓美が部屋へと入ってきた。

 

「良かった、無事だったんだ!という事はあの人は間に合ったんだね!」

 

「本当に無事で良かったです」

 

「それよりも小日向さんは何でこんな所に?小日向さんが避難していたシェルターも崩れそうになったの?それにこの人達は?」

 

三人に二課の事を説明しようか悩んでいると弦十郎が代わりに答える。

 

「申し訳ない。未来君は我々、特殊な機関の協力者として、こちらに来てもらっていたんだ」

 

三人は救助の時に率先して動いていた事を思い出し、何となく察した。

 

「それよりもあの人は?小日向さんが助かっているのならこの何処かにいるの?助けてもらったからお礼を言いたくて」

 

弓美の言葉に誰一人声を上げる事が出来なかった。

 

依然安否の分からないガンヴォルトの事を三人に伝えるべきなのか、弦十郎も未来も悩んでしまう。

 

「生きている回線を見つけました!」

 

あおいと朔也が同時に声を上げる。そして他のオペレーター達の画面にもその痕跡を伝え、全てのパソコンに唯一外へと繋がったものを共有する。

 

そこに映し出されていたものは先程対峙したフィーネと戦うシンフォギア装者である、翼、クリス、響。そして未だ眠り続けているはずの奏の姿があった。

 

「奏!?何故あいつがあの場所に!?」

 

弦十郎はありえない状況に声を荒げた。弦十郎の記憶では奏は未だ病院のベット、もしくはシェルターに避難させられて眠りについているはずと思っていたからだ。

 

「分かりません。でも、奏さんは目を覚まして戦ってくれているのならもしかしたら...」

 

朔也の言葉に弦十郎は怒鳴り声を上げた。

 

「馬鹿野郎!二年も眠り続けていた人間だぞ!?身体機能が衰えた状態でシンフォギアを纏っての戦闘だ!体が無事であるはずがない!」

 

弦十郎の言う通り、奏のギアインナーは他の装者と比べて血が滲み、白い部分や黄色の部分を赤く染めていた。

 

「司令!それよりも外にガンヴォルト君の姿は!?ガンヴォルト君はどうなっているんですか!?」

 

慎次が叫び、稼働出来る範囲の少ないカメラを動かして、辺りの状況も確認するが、ガンヴォルトの姿は見当たらない。そして、ガンヴォルトではないが、危惧していたものが聳え立っている事も確認出来た。

 

「これがカ・ディンギル…外に了子君と装者が戦っている以上、ガンヴォルトはあの場で了子君を止める事は出来なかったって事か」

 

弦十郎は自身の膝を強く叩きつけた。

 

「ねえ、これってビッキーだよね?何でビッキーが戦っているの?」

 

映像を見た創世が未来に問う。

 

だが、未来は何も答える事が出来ない。非常時だからと言って話してもいいのか。

 

だが、そんな様子を察した創世は言う。

 

「前にビッキーとヒナが喧嘩していた理由ってこの事が関係しているんじゃ?」

 

未来はしばらく沈黙した後、静かにこくりと頷いた。

 

そして三人はそれ以上何も聞かず、全員がモニターに映る装者達の戦闘を静かに見守った。



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67VOLT

地上。

 

そこでは四人の装者が、今までのノイズの出現の元凶であるフィーネと戦いを繰り広げていた。

 

拳を振るい、フィーネを止めようとする響。剣を携え、響の攻撃の合間にフィーネの次の手を止めて反撃を許さないように立ち回る翼。そして、そんな響と翼の作っている隙に何度も大技を繰り出す奏。だが、フィーネも易々と大技を黙って見逃すはずもないのだが、翼と響の反撃の切り替えの合間に攻撃をしようとするが、その攻撃も奏を守るように立つクリスが己が持つ銃で弾き返す。

 

その中核となるコンビネーションを作り上げているのは翼であり、かつての奏とのコンビネーションは健在、響とも幾重にも戦場に出て築き上げたコンビネーションはフィーネにとっても思うような戦闘が出来ない事を歯痒く感じている。

 

「小娘共が!」

 

フィーネは上手く事が進んでいかない事に痺れを切らし、纏うネフシュタンの鎧から溢れるエネルギーを解放させて翼と響を吹き飛ばす。

 

「お前等!?」

 

クリスは飛ばされる二人に声を上げる。だが、その瞬間には既にフィーネがクリスの目の前にまで接近しており、クリスに向けて鎖を振り下ろす所であった。

 

「なっ!?」

 

クリスは慌てて防御しようとしたが、その前に背後にいる奏がクリスの前に出ており、穂先を回転させた槍でフィーネを突き穿つ。

 

「クッ!?」

 

フィーネは鎖を自身の身体へと雷撃鱗のように纏うように展開させた。

 

「吹っ飛べ!」

 

回転する穂先から竜巻が巻き起こり、防御するフィーネをそのまま竜巻に飲み込まれ、姿を消した。

 

空間を吹き飛ばす程の一撃を放つ奏。だが、万全でない彼女にとって何度目か分からない大技で身体のあちこちは血で染まっていない場所がないほど酷く傷付いている。

 

「はあ、はあ…」

 

竜巻が収まり、周囲は土煙が舞い、フィーネの様子が全く分からない。だが、あれほどの一撃を防御してたとは言えまともに食らえば、そう易々と反撃は出来ないと感じる。

 

奏は膝を突き、軋む身体を何とか立ち上げようとするも、先程から気力のみで立たせていた身体は上手くいう事を聞かない。

 

「おい、そこまでやれば十分だろ!なんでそんな身体になってまで立ち上がろうとするんだよ!?」

 

クリスは膝を突く奏に肩を貸して立ち上げる。

 

「悪いな…でも、私が…私が奴を止めなきゃいけないんだ…私があいつを…ガンヴォルトを倒れさせた原因を作ったんだ…だからガンヴォルトの代わりに私が止めなきゃいけないんだよ」

 

奏は力の入りきらない足をクリスに支えてもらいながら、鞭打って座る事を拒絶する。

 

「あいつ、あいつって!だからってそうまでなってあいつを止める事をあいつが望んでるのかよ!」

 

クリスは奏に向けて叫ぶ。

 

「望んじゃいないさ…でも、それでもガンヴォルトを助ける為には私が…私達が頑張らないと駄目じゃないのか?早く助けないと、ガンヴォルトが本当にくたばっちまうだろ?」

 

奏はクリスにそう言う。

 

「あんたも私と同じだろ?私はあんたの名前も、どんな過去があったかも分からない。でもあんたもガンヴォルトに助けられた。だからこそ、ガンヴォルトの為に…助ける為にもこうやって戦っているんだろ?」

 

クリスは名を知られていない奏に的を得た事を言われ狼狽える。

 

「だからってそんな身体になるまで…」

 

「絶対にガンヴォルトもなんか言ってくるだろうな…でも、二年越しにあいつに怒られるのも悪くないと思うんだ」

 

穏やかにそう告げる奏。

 

「奏、雪音!危ない!」

 

突如、土煙の中から翼の声が聞こえると同時に、土煙を貫いて鎖のようなものが奏とクリスへと飛び出す。

 

「やらせません!」

 

だが、鎖は奏とクリスには届く直前に響が掴んで止めた。

 

「奏さん!もう奏さんは休んで下さい!そんな身体じゃもう持ちませんよ」

 

「馬鹿言え…こんな所で休めるかよ…」

 

そう言ってボロボロの身体で槍を構えて土煙の中へ、鎖を頼りに入って行った。それと共に響の掴んだ鎖も激しく動き、再び土煙の中へと戻っていく。

 

そして聞こえる、激しい鉄のような物がぶつかり合う音。あの中で翼と奏がフィーネと戦っているのだろう。

 

「おい!あいつも長くない!それにいつあの馬鹿デカい塔が月に何をしでかすか分からない!私がフィーネか塔のどっちか何とかする!お前はあいつ等と連携して戦え!準備が出来たら私が合図を送る!お前はそれをあいつ等に私が送った合図と一緒に下がるよう何とかしてフィーネに悟られないようにしろ!」

 

「えっ!?そ、そんな事私には…」

 

「出来るか出来ないかなんかじゃねえんだよ!やるしかねぇんだよ!そうしないとあいつが…ガンヴォルトが助けられないだろ!」

 

クリスは狼狽える響に喝を入れるように叫んだ。響はそのクリスの言葉に狼狽えるのをやめて聞き返す。

 

「ああ、なんとかしてやるよ。私の命に替えてもな」

 

その言葉に響はその言葉に頷いた。しかし、何処となくその言葉に響は引っ掛かりを感じた。

 

なぜそこまで重く、そして命まで懸けるのか。だが、響は今は深くは考える事はやめて、奏と翼のサポートへと回る為、土煙へと飛び込んで行った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

クリスは響が土煙へと入って行くのを確認すると、フィーネか塔を止める為に、銃を下ろし、念じる。

 

それと同時に現れる巨大なミサイル弾が三つ。

 

「あんたの言う通り、結局私はフィーネを止めてあいつを助けたいみたいだ…でもあんたと違って私はあんたよりも重たい罪を持っているんだ。あんたがあいつと戦ってしまう原因を作ったのも、こんな事になったのもフィーネと協力していた私なんだから…こんな汚れきった手をあいつは絶対に取ってはくれないだろうな…」

 

クリスは寂しそうに呟いた。そして何処かこの土煙の舞う中戦う三人を何処か羨ましく思う。

 

もし二年前にテロリストに連れ去られずにガンヴォルトに助けられていたら、フィーネと会わなかったらクリスもガンヴォルトと共に歩んでいたのだろうか?普通の女の子のように学校へと通い、友達と放課後に楽しく買い食いをしたり出来ていたのだろうか。

 

もしかしたらガンヴォルトとも一緒に楽しい生活があったのだろか。もしかしたらそんな事もあり得たかもしれない。

 

だがそんな事は起きないし、今のクリスにとってそんなものは幻想に過ぎない。

 

首を振るい、今まで考えていた事を振り払い、目の前の戦いに集中する。

 

土煙が晴れ、そこで戦う三人の姿がようやく視認する事が出来た。そして、クリスは響に向けて合図を送ると共に、ミサイル弾を一発フィーネへと撃ち出した。

 

「フィーネ!あんたの悲願は私が砕く!」

 

そして一発を吐き出すと同時に二発目を聳え立つカ・ディンギルへと照準を合わせて発射させる。それと共に自身は残りのミサイル弾へと乗り込み、空へと飛んで行った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響はクリスからの合図を受け、アイコンタクトで翼と奏へと伝えると、全力でその場から退避する。三人が避けると同時にこの中で弱り切っている奏を鎖で絡め取り、自身の盾とした。

 

「ガァァ!?」

 

「奏!?」

 

「奏さん!?」

 

ミサイル弾が直撃した奏はシンフォギアが破壊され、生身を晒す。

 

そんな奏を助けようと翼と響がフィーネへと近付いた。

 

「私に構うな!あいつがなんかしようとしてるんだ!あいつがやろうとしている事を全力で手助けしろ!」

 

そう言うと同時にフィーネは鎖を更に強く締めて奏は絶叫する。そして遂に今まで気力で繋ぎ止めていた意識もそこで途絶えた。

 

「見上げた根性だな!天羽奏!」

 

そう言って奏を塔へと向かうミサイルへと向けて投げ放つ。

 

「奏!」

 

翼がいち早く奏の元へ向かい、空中で奏をキャッチした。その翼に向けてフィーネは鎖を操り、翼へと投げ放つ。

 

「やらせない!」

 

響は奏と翼を守るべく、自身も飛び上がり、盾になるべく前へと出た。しかし、鎖は響を避けるように動くとカ・ディンギルを破壊する為に放たれたミサイル弾を破壊した。

 

「そんな!?」

 

響はクリスの撃ち出したミサイル弾が破壊された事でクリスのしようとしていたカ・ディンギルの破壊が失敗した事に口を噛み締めた。

 

だが、依然止まないミサイル弾の動き続ける音。

 

「クリスちゃん!?」

 

その音の元へ目を向けると、クリスがミサイル弾に捕まり、天高く飛び去ろうとする姿であった。

 

「何をするつもりなんだ!雪音!」

 

翼はクリスの意図が読めず、叫んだ。だが、クリスは何も返すことなく、寂しそうな表情で、そして何処か覚悟を決めた様な表情で天高く飛び去った。

 

「まさか!?撃ち出したカ・ディンギルのエネルギーを止める気か!?」

 

だが、フィーネはその意図を瞬時に理解してクリスへと向けて叫んだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

クリスは成層圏へと辿り着くと、ミサイル弾から離れ、対空すると絶唱を放つ。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl」

 

歌と共に現れる幾つもの光り輝くビット。それは幾重にも広がり、蝶のような紋様を空中へと出現させた。

 

クリスは口から血を流しながらも歌い続け、銃をカ・ディンギルへと構える。

 

「お前が守ろうとしていた物…私が代わりに守ってやるよ…」

 

構えた銃は巨大な砲へと変わり、砲口へとエネルギーを収束させる。

 

そして地上からこちらへと向けて発射される緑色の光線。クリスも砲口へと収束させたエネルギーをその光へと向けて解き放つ。それと同時に蝶の紋様からも放たれる細い光が砲口から放たれる光に纏わりついて更に強化される。

 

そしてぶつかり合う紫と緑のエネルギーの塊。

 

クリスはぶつかり合う衝撃に身体を揺らされる。だが照準を逸らすことなく真っ向で対抗する。

 

「くっ…」

 

だが、カ・ディンギルから放たれたエネルギーは想像を絶し、徐々に押され始める。同時に砲身が軋み、亀裂が入る。

 

初めからどうにか出来る物じゃない事ぐらい、クリスには分かっていた。

 

だけど、

 

「私は…私の歌で守るんだ!」

 

両親が死んだ頃から嫌いになった歌で。

 

だけど本当は歌を心の底から嫌いになる事は出来なかった。でもそのおかげで、守る為にこうして歌う事が出来た。

 

そして押され始めた頃から亀裂の走った砲身はひしゃげ、砕け散り、クリスは無防備な状態となる。

 

「パパ…ママ…私、最初は道を間違えたけど…最後は間違えなかったと思うんだ…。全部信じられる男のお陰なんだよ…」

 

そう呟くと同時に光がクリスを飲み込んだ。



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68VOLT

何とか一年以内に一期完走は出来そう…



「絶唱のエネルギーでカ・ディンギルの砲撃を抑えるだと!?」

 

地上では空高く舞い上がったクリスが撃ち出した砲撃でカ・ディンギルの砲撃を抑え込んでいる事にフィーネが驚きの声を上げる。

 

「雪音の奴!?」

 

「クリスちゃん!?なんで…!?なんでそこまでして!?」

 

翼も響もまさかクリスがこうまでして止めようとするとも考えてなかった。

 

そして響はあの時クリスが言った言葉の意味を理解する。何故あの時クリスが自身の命を懸けてという言葉を使ったのか。

 

「クリスちゃん!?もうやめて!そんな事をしたらクリスちゃんが!」

 

響は自身の声が届かないと理解していてもどうしても叫ばずにいられなかった。

 

「何で…何で!?せっかく仲良くなれると思ったのに!?いっぱいおしゃべりしたかったのに!?何で自分の命を懸けてまで止めようとするの!?そんなの誰も喜ばないよ!?」

 

ただクリスの元へと叫ぶ。だが、その言葉は決してクリスへは届かない。

 

そしてカ・ディンギルの砲撃はエネルギーを増し、クリスが撃った砲撃を押し返し、やがてクリスがいた場所を飲み込んだ。

 

「雪音ェ!」

 

「クリスちゃん!」

 

二人は叫んだ。フィーネは放たれたカ・ディンギルがクリスを飲み込んで無事月へと向かった事を安堵する。だが、月は完全に砕けることはなく、一端を破壊するのみに留まった。

 

「馬鹿な!?絶唱のエネルギーを収束させて砲撃を止めるのではなく逸らす為に!?」

 

フィーネは一撃で目的の月を完全に破壊する事が出来なかった事に口を強く噛んでいた。

 

そして、カ・ディンギルの撃ち抜いた射線から崩れながら何かが地上へと落下していく。

 

それはクリスであり、カ・ディンギルの砲撃をまともに喰らった事によりシンフォギアが砕けており、落下の勢いでどんどんと欠けていく。

 

「クリス!お前はなんて事をしてくれたんだ!ようやく…ようやく私の長い年月をかけて完遂しようとした悲願を…!何処までお前は私の邪魔をすれば気が済むのだ!」

 

フィーネは落ちてゆく死に体のクリスに向けて叫ぶ。クリスは何も答える事はない。だが、クリスの何処かやり遂げた、そして満足そうな顔に更に怒りを覚える。

 

「クリス!貴様は絶対に殺してやる!絶対にだ!目的を果たせば、もうどうでもいいと思っていたが、お前だけは必ず殺してやる!」

 

フィーネはクリスに何度も私怨が交じった言葉を叫び続けた。

 

そんな中、クリスが落ちゆく姿を見て響は絶叫した。

 

「いやぁ!」

 

クリスが倒れ、奏も倒れ、そしてガンヴォルトも安否が分からない。そんな状況で翼と自分のみ残された。まだ翼がいるがそれでも何人も目の前で倒れ、響は自身がまた何も出来ず沢山の守るものを奪われて絶望した。

 

それと共にドス黒い感情が響を飲み込んでいく。もう、どうでもいい。全てなくなった。

 

それならばもうこの衝動に身を任せよう。

 

そして響の身体は黒く塗り潰された。

 

◇◇◇◇◇◇

 

アビスの深淵にてボクは目を覚ました。

 

「…まだだ…こんな所で…こんな所で死ぬ訳にはいかないんだ…」

 

ボクは譫言のように呟き、血反吐を吐きながら砕けてあらぬ方向に曲がった片腕、瓦礫に潰されて原型を僅かに保っているだけの足を引きずり瓦礫の山を越えていく。

 

奏を助けて意識を僅かにながら失って目を覚ました時、奏のいた場所はそこだけは無事であったが、奏の姿はなく、もしかしたらフィーネに連れ去られたのかもしれない。背中に刺さった宝剣の天叢雲、黒豹、八咫烏。それも全て何処かに消えていた。そして背中を刺された時はっきりと聞こえた紫電の声。何故宝剣から紫電の声が聞こえてきたか分からない。

 

でも宝剣が自律的に動き、攻撃する事はあり得ない。だったら操っている存在が、紫電がまだ生きていて、この世界にいる。

 

「止めないと…」

 

ボクは痛みを堪えながら崩れたアビスの深淵を脱出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

クリスが絶唱を放ち、カ・ディンギルの一撃を逸らし、崩れ落ちる様子を見た未来は絶望した。

 

「クリス…何で!?せっかく友達になれたのに!?何でなのよ!?」

 

せっかく友達になれたのに…あの時のサヨナラで本当に最後になるなんて。

 

「何故そこまでしたんだ…クリス君。君は…君はもっと世界を見るべきだったのに…何故だ…何故君は…」

 

弦十郎もクリスが崩れ落ちるのをただ眺める事しか出来ない様を口から血が滲む程強く噛んで後悔している。

 

「どうなってるのよこれ!?何でこんな事になってるの!?」

 

奏が倒れ、クリスが倒れる姿を見た弓美が絶叫する。

 

「私だって分かんないよ!?何でこんな事になっているのかも!?ビッキーや翼さん!奏さんやあの子も!何でこうなっているのかこっちが知りたいよ!」

 

「叫んだって何も変わりません!二人ともしっかり!」

 

そんな中絶望したように叫ぶ、弓美と創世に向けて詩織が叫ぶ。

 

「何で詩織は平気なのよ!?皆…皆どうなるか分からないんだよ!?」

 

創世が詩織に叫ぶ。

 

「平気な訳ないじゃないですか!?目の前で二人も倒れている様を見せられて、こんな状況になって平気でいられるはずないでしょう!?でも、私達が叫んでも状況が変わるはずないんですから!」

 

普段おっとりとした詩織の叫びに創世と弓美、そして未来までも驚く。

 

「まだ、立花さんや翼さんが戦っているんです!そんな中、勝手に託して、救ってくれると信じているのに絶望するなんて間違ってます!」

 

その言葉に二人も何とか希望を見出して顔を見合わせると互いに先程の絶望を振り払うように首を振るった。

 

ようやく振り払った絶望を希望に変えて創世と弓美は画面に映る響と翼の姿を見る。

 

だが、振り払った絶望は再び戻ってきた。

 

画面に映されていたのは先程まで黄色の鎧を纏った響が黒く染まり、仲間であったはずの翼に向けて拳を振るう響の姿であったからだ。

 

希望であった響の暴走。その姿を見た全員は希望すら打ち砕かれ、絶句する。

 

「何で…何で響があの時みたいに…」

 

その姿を唯一知る未来は親友の姿を見て涙を流す。その姿はまるで獣であり、太陽の様に暖かい響の姿はそこにはなかった。

 

「これが…以前ガンヴォルトから聞いていた、ガングニールの暴走…」

 

絶望した弦十郎は呟く事しか出来ず、唯一の無事である翼の身を案じながら、響にも戻ってきてくれる事を願うしか出来なかった。

 

「クソッ!俺達はもう何も出来ないのか!」

 

「落ち着いてよ!あんたがそんな事を口にしたって何も変わらないでしょう!」

 

叫ぶ朔也をあおいが諭すが、あおいの表情も曇っている。

 

本当にこれまでなのか。全員はただ黙って画面に映る、響が元に戻る事を祈る事しか出来なかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「立花!しっかりしろ!」

 

急に鎧が黒く塗り潰された響は翼を攻撃し始めた。奏を持つ翼は響の攻撃を何とか躱しつつも奏を何とか安全な場所へ移す方法を考えていた。

 

「融合した聖遺物に再び飲まれるか…本当に貴方はよく分からないわね。勝手に苦しんで絶望し、味方すらも襲う貴方が」

 

フィーネは以前は興味があったのだが、悲願を為そうとする前では既にどうでもいいと感じていた。

 

だが、それをただ見ているだけであったが、急に響が反撃してこない翼に飽きたかの様に攻撃をやめ、今度はフィーネへと飛びかかる。

 

離れた距離を一瞬で詰めると光を掴んだ拳でフィーネへと向けて殴り掛かる。

 

フィーネは手を翳し、紫色の光を発生させ、壁のように形を変えると拳は光の障壁に阻まれる。

 

「まるで獣ね、立花響。四人で協力していた時の方が全然手強かったけど、今の貴方には何も感じないわ」

 

フィーネは、そんな響に言うと同時に背後から感じた殺気を頼りに鎖を剣のようにして、そちらに向けて振るう。

 

その瞬間にぶつかる剣と鎖。いつの間にか背後に回っていた翼が、フィーネに向けて剣を振るっていた。

 

「私が立花響に気取られている間に天羽奏を何処かに置いて接近していたか」

 

「フィーネ!あなたを止めて見せる!」

 

「ほざくなよ!小娘!」

 

フィーネは翼の剣を払い、鎖を操り剣を絡めとると、弾き飛ばして翼を蹴り飛ばす。

 

だが、その瞬間に展開していた光の障壁が響の拳により砕け散り、フィーネの腹を拳が貫いた。

 

「貴様には何度も驚かせられるな、立花響」

 

何事もないように、フィーネは黒く染まった響の頭を掴んだ。

 

そして紫の光が響を包み込む。

 

「お前は少し、風鳴翼の相手をしていなさい。あなたの戦うべき相手は私などではなく、あっちなのだから」

 

そう言うと、響は拳をフィーネの腹から抜いて、飛ばされた翼に拳を構える。腹の傷をグジュグジュと再生させながらほくそ笑みながら、響を膝を突く翼へと向けて駆り出させる。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「くっ!?」

 

翼は響の攻撃を何とか躱しながら、声を掛け続ける。

 

「しっかりしろ、立花!敵は私じゃない!貴方はフィーネを止めるんじゃなかったの!?このままじゃ、雪音に奏、ガンヴォルトが救えないのよ!?」

 

だが、響は翼の言葉に何の反応を示さず、ただ翼に向けて拳を振るうのみ。

 

「立花!」

 

翼はそれでも声を掛け続ける。翼も奏が倒れ、クリスも倒れた今絶望に打ちひしがれそうだった。だが、それでも、奏を助ける為、ガンヴォルトを助ける為、クリスを助ける為にそんな思いを押し殺して、戦い続けなければならなかった。

 

「私だって、己の衝動に任せて泣き喚きたい。でもそんな事をしたって、何も変わらない!そんな事じゃ誰も救えない!」

 

翼は響をフィーネの元へ蹴り飛ばして、弾き飛ばされた剣の元へ駆け、剣を拾い構える。

 

「武器を取って有意を気取ろうとするか。だが、無駄だ。既にカ・ディンギルは第二射の準備は着実に整っている。核となるデュランダルも直ぐにエネルギーの充填は済む。もう手遅れだ」

 

「そんなの分からないわ。私がガンヴォルトに会わなかったらそんな状況で絶望していたかもしれない。でもガンヴォルトに会ったからこそ、あの時、死にそうで絶望な状況を振り払ってくれた彼の姿を思い出せば、どんな状況でもどうにかなると思えるの。絶対に諦めない。どんな絶望に駆られようとガンヴォルトなら戦うはず」

 

「確かに、ガンヴォルトであればこの状況でも諦めず立ち向かうだろうな。だが、ガンヴォルトも死んだ。それなのに何故立ち塞がる?ガンヴォルトが生きているという幻影に何処まで追いすがり、自分から更なる絶望へと足を進める」

 

フィーネの言葉に翼は首を横に振るった。

 

「絶望なんかしない。それにガンヴォルトが生きているのは幻想なんかじゃない。ガンヴォルトは必ず生きている。あの人が死ぬ訳がない」

 

「それが幻想なのだと何故分からぬ!もういい!貴様等の妄言に付き合っているとおかしくなりそうだ!」

 

フィーネは倒れる響へと命令する。

 

「立花響!そいつを黙らせろ!口が開けぬ程!立ち上がる気力すら無くす程徹底的に!」

 

倒れていた響はゆっくりと立ち上がり、翼に向けて、拳を構える。

 

「立花、私がカ・ディンギルを止める。もし、私が倒れたら、後は貴方に任せるわ。でも諦めないで。絶対にガンヴォルトが何とかしてくれる。だから、お願いね」

 

翼は拳を構える響に向けて突撃する。響も応戦する為に駆ける。

 

ぶつかり合う拳と剣。だが、直ぐにその鬩ぎ合いは終わり、翼が取り出した小さな剣を響の影に突き刺すと響の動きが止まる。

 

影縫い。緒川家に伝わる忍法の一つで、慎次から教わり、使いこなす事が出来るようになった動きを止める技。

 

そして響が動けなくなった事を確認した翼は剣をもう一振り取り出すとスラスターを足から出現させて、飛び上がる。

 

「そんな技を隠してた所で私の悲願を止められると思うなよ!」

 

響が動けない事を理解した瞬間に飛んだ翼に向けて鎖を放つ。

 

だが、その鎖は翼へと当たる直前に弾かれる。それと同時に響く、絶唱の歌。

 

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl」

 

「まさか!貴様も!?」

 

クリスに続き、翼の絶唱。

 

フィーネは驚きながらもカ・ディンギルを守る為に攻撃を続ける。だが、翼に攻撃は届く事はない。

 

しかし、その瞬間にカ・ディンギルのエネルギーは充填されて第二射を月に向けて放った。

 

「もう遅い!これで終わりだ!」

 

「やらせない!」

 

フィーネが叫ぶ。そして発射された緑のエネルギーに追いついた翼はエネルギーを解放した。

 

その瞬間、翼から溢れ出したエネルギーがカ・ディンギルのエネルギーと衝突し、空へと分散させていった。

 

「お前まで!何処まで邪魔をすれば気が済むんだ!貴様等!」

 

フィーネは叫んだ。そしてカ・ディンギルは第二射を終える。翼の絶唱は間に合い、打ち出された砲撃を全て散らし、月の破壊を抑えた。

 

だが、その方向の先からはクリス同様に鎧が砕けながら落ちていく翼の姿が。

 

「後は頼んだわ、立花…ガンヴォルト」



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69VOLT

シェルター内は沈黙に包まれていた。

 

翼の絶唱によるカ・ディンギルの月の破壊の阻止。フィーネの目的は達成させられなかったが、装者達は倒れ、唯一残る希望である響も暴走によりフィーネの手に落ちている。

 

「クソッタレ!俺達はもう何も出来ないのか!?」

 

弦十郎は肉親である翼も倒れた事に怒り狂い、物へと怒りをぶつけていた。

 

「まだガンヴォルトがいます!ガンヴォルトなら!」

 

「こんな状況になっても音沙汰のないガンヴォルトに何を頼ればいいっていうんだよ!?あいつならどうにか出来るかもしれないが、あいつが生きていればの話だろ!?こんな絶体絶命の状況なのに何の連絡もないあいつに何を頼れっていうんだよ!?」

 

あおいは唯一生き残っていると思われるガンヴォルトの名を口にするが、ガンヴォルトからの連絡も一切なく、無事なのかさえも分からない。朔也は既にガンヴォルトもフィーネの手によって殺されてしまったと考え、あおいに向けて叫ぶ。

 

本当にどうする事も出来ない現場。

 

二課の全員は既に希望を見出せず、ただ再び起こる、カ・ディンギルの次弾装填を待つ事しか出来ない。

 

「ガンヴォルトさんは生きてます!音沙汰がないのもこんな状況で、通信が上手くいかないだけで絶対に生きてます!」

 

そんな中、未来が叫んだ。

 

ガンヴォルトという希望はまだ絶たれていない。それに、響もいる。例え、それが極小の希望だとしても未来は信じた。

 

「そうだ…あいつなら…ガンヴォルトなら何とか出来る筈だ!」

 

弦十郎も唯一の希望であるガンヴォルトを探すように絶望するオペレーターに激を飛ばす。

 

だが、

 

「こんな状況であいつに何を託せっていうんだよ!」

 

「ここまで来ているのに何の連絡もないガンヴォルトに何を任せればいいっていうんだよ!?」

 

オペレーター達は喚く。

 

弦十郎もその気持ちも分からなくもないと感じるが、希望を捨てようとしているオペレーター達に喝を入れるが、全く彼等の不穏な感情を捨て去る事が出来ない。

 

「すみません!誰か治療を行える者はいませんか!?」

 

突如、その場に乱入してくる女性の声。未来にはその声には覚えがある。いつも響を怒鳴る担任の声。その声のする方に目を向けるといつもの服を血に染めた担任の姿があった。

 

「今は忙しいんだ!治療を行える者の場所を言うからそちらに向かってくれ!」

 

そんな担任に怒鳴る弦十郎。だが、担任はその怒鳴り声に怯えながらも言う。

 

「で、でもこの人が赤い髪の大柄な男を探せって…」

 

担任は声を小さくしながらも弦十郎にはっきりと伝える。そして、未来のクラスメイトがゾロゾロと現れると共に、急遽鉄パイプとリディアンの制服で作られた担架に乗せられたガンヴォルトが入って来る。

 

「ッ!?ガンヴォルト!」

 

弦十郎は声を上げる。それと同時に朔也や慎次、男性オペレーターがガンヴォルトの担架へと駆け寄り、生徒からガンヴォルトの乗る担架を受け取る。

 

仰向けに乗るガンヴォルトは今までに見た事ない程傷付いており、生きているのが不思議な程の傷を負っていた。

 

片腕はだらりとぶら下がり、片足は原型を保っているのが不思議な程だ。

 

「ガンヴォルト君!しっかりして下さい!ガンヴォルト君!」

 

「寝るなよ!ガンヴォルト!」

 

慎次と朔也は虫の息のガンヴォルトに声を掛ける。

 

「…大丈夫…意識はあるよ…」

 

血反吐を吐きながら答えるガンヴォルト。

 

「ガンヴォルト!」

 

弦十郎は痛む腹を押さえながら、ガンヴォルトの元へ駆け寄る。未来もガンヴォルトがまだ生きている事に安堵しながらもこんな傷を負っている事に胸を痛めて近付く。

 

「…この子達のお陰で…何とかここまで来る事が出来た…ありがとう…」

 

血反吐を吐きながらも生徒達に感謝を述べるガンヴォルト。

 

「喋るな!直ぐに治療を行う!それまで絶対に意識を保て!絶対に助けてやる!」

 

弦十郎はガンヴォルトにそう言いながら、治療出来る者を直ぐに集めようとする。

 

だが、ガンヴォルトはそれを言葉で制止した。

 

「自分で…何とかするよ…だから…折れた腕を真っ直ぐにして欲しい…それと…ひしゃげた足のブーツも脱がして…」

 

「馬鹿野郎!そんな傷で何が出来るって言うんだ!」

 

弦十郎はガンヴォルトに叫びながら、各々に治療が出来るようにガンヴォルトの着ているコートやブーツを取り払う。だが、ブーツだけは肉に食い込んで、取り払う事に苦労する。それに背中に負う傷は今も尚血を流し続けている。

 

「いいから…ボクを信じてくれ…」

 

弦十郎へとガンヴォルトは頼み込む。だが弦十郎は首を縦に振る事をしない。

 

そんな中、未来だけはガンヴォルトを信じ、治療をしようとしていた隊員達をガンヴォルトから引き離そうとする。

 

「ガンヴォルトさんを信じて下さい!」

 

「未来君…」

 

ガンヴォルトから隊員達を引き離し、ガンヴォルトの盾になるように、前に出る未来。

 

「響や翼さん…二課の皆さんより私はガンヴォルトさんの事は知りません!でも!それでもガンヴォルトさんはこう言っているんです!ガンヴォルトさんの事を信じてあげて下さい!」

 

未来はガンヴォルトを信じて欲しいと叫ぶ。

 

「ありがとう…未来…」

 

ガンヴォルトは血反吐を吐きながらも未来に礼を述べる。

 

「…ガンヴォルト、本当に何とか出来るんだな?」

 

弦十郎はそんなガンヴォルトに向けて確かめるように言うと、力なくだがはっきりと首を縦に振った。

 

「信じるぞ、ガンヴォルト…俺達に出来る事は?」

 

弦十郎は唯一の希望であるガンヴォルトに再度確認の為に聞いた。

 

「…腕を伸ばして欲しい…それと…食い込んでいるブーツも脱がせて欲しい…」

 

それを聞いた慎次が肉に食い込んだブーツをナイフを取り出して肉を削いで取り払った。

 

「ガァァ!?」

 

ガンヴォルトが苦しむ声に、この場にいた全員が耳を塞ぎ、絶叫を聞かないようにして苦しむガンヴォルトから目を背ける。

 

「ガンヴォルト!?本当に治療出来る設備もないのに本当に大丈夫なのか!?」

 

「大丈夫…何とかなるはずだよ…」

 

ガンヴォルトは激痛を堪えながらそう言う。

 

そして、慎次に腕を伸ばすように、朔也に身体を抑えるように伝え、二人はガンヴォルトの指示に従い、腕を元の位置に戻すように伸ばす慎次。身体を抑える朔也。だがその顔は怪我人になんて事をしてしまっているんだという、辛そうな顔であった。

 

その瞬間、再びガンヴォルトは絶叫する。だが、ガンヴォルトはそれでも尚、堪え、はっきりと叫んだ。

 

「リヴァイヴヴォルト!」

 

それと同時にガンヴォルトの身体に迸る雷撃。ガンヴォルトの負っていた傷が急速に塞がり始め、伸ばした腕は再生するように蠢き始める。

 

あまりの激痛であろう、ガンヴォルトは絶叫を上げる。慎次と朔也はあまりにも苦しむガンヴォルトから腕を離しそうになり抑え込む力を弱めそうになる。だが、それでもガンヴォルトを信じ、掴んだ腕で抑える力をさらに込める。

 

雷撃が止み、静寂に包まれる。ガンヴォルトから手を離す慎次と朔也。それと同時に辛そうにだが、自分の足でしっかりと立ち上がるガンヴォルト。

 

ふらつきながらもあらぬ方向に曲がっていた腕と原型を保っていたのが不思議な足の感覚を確かめるような動作をする。

 

「何とか…元通りになったみたいだ…」

 

先程まで血反吐を吐いて、途切れ途切れの声だったガンヴォルトの声は生気が戻ったように、はっきりとそして力強く言った。

 

「ガンヴォルト…お前…本当に無事なのか…?」

 

先程まで死に体であったはずのガンヴォルトに対してあり得ないという風に弦十郎が問う。

 

「何とか間に合ったよ。それよりもまだ時は一刻を争うんだ。ボクの装備とダートリーダーをお願いしてもいい?」

 

弦十郎はそのはっきりとしたガンヴォルトの言葉に涙しつつも、ガンヴォルトの言う通りに新しい装備を持ってくるようにオペレーターに伝えた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

どうやらカ・ディンギルは起動してしまい、奏も翼も、そしてクリスまでも倒れ、残る響も暴走してフィーネの手に落ちた事を聞いた。

 

「クソッ!ボクがしっかりしていれば!」

 

ボクは治った腕で地面へと拳を叩きつけた。

 

「ガンヴォルトさんのせいじゃありませんよ…」

 

未来がふらつくボクを支えながら言う。

 

「でも…ボクがもっと早く、どうにか出来ていれば…」

 

「ガンヴォルトさんのせいじゃありません。あの時私が他の人達を救おうとして居もしない人達を救おうとしたから…」

 

未来はボクを支えながら、泣きそうな声でそう言った。未来の頭に手を乗せて言う。

 

「未来、君のせいじゃない。君の行動は何一つ間違っていないよ」

 

未来をあやすようにそう伝え、未だ動かない響の様子が映る画面を見る。そして、その奥に映るのは邪魔者が全て消え、カ・ディンギルが再装填されるのをほくそ笑むフィーネの姿。もう遅かったとしか言えない状況。それでもまだなんとかなるはずだ。絶唱を放っても奏と翼は生きていた事がある。それならばまだ全員助けられるはず。

 

「もう遅かったとも、間に合わなかったとも言わせない…ボクが貴方を絶対に止める…」

 

後悔を今する場合じゃない。後悔をするのはもう十分だ。その考えを振り払う為に、首を振るう。

 

「ガンヴォルト君の装備を取ってきました。それにしても何でシェルターの中にガンヴォルト君の装備が?それも何で君だけこんな事を知っているんだい?」

 

ボクの言われた場所に装備を取り終えて戻って来た慎次が、不思議そうに聞く。

 

「備えあれば憂いなしだよ、慎次」

 

そう言って装備を受け取ると、未来に離れるように伝えて片手のガントレットを外し、未だ残っていたコートと特殊な加工を施したアンダーシャツを脱ぎ去り、上半身を顕にさせた。

 

それと同時にこの場にいた女性陣は顔を覆いながら絶叫を上げる。

 

「ちょっとガンヴォルト!貴方の身体はこの子達には刺激が強いし、何て事してくれるのよ!」

 

確かに女性陣がいる中、着替えるのは気が引ける気もしたが、緊急事態で一刻も争う状況の為、気にせずに新たな装備に着替えた。

 

ガントレットを装着してブーツの調子を整える。

 

「全く。非常時だから仕方ないとして、普通こんな大っぴらな所で…しかも女性陣の前でほぼ全裸を晒すか、普通?」

 

弦十郎も呆れながらそう言うが、ボクは気にせずに言う。

 

「緊急時にあれやこれや言ったって仕方ないでしょ?それよりもボクは直ぐに地上に行ってフィーネを止める。弦十郎達はここで出来る事…いや、ボクがフィーネを相手にしている間に、カ・ディンギルの止める方法と…皆の救助を頼む」

 

ボクは朔也が渡すダートリーダーを受け取り弾倉のチェックと予備のマガジンに避雷針(ダート)が満杯に入っているか確認してポーチに詰め込んだ。

 

「待って下さい、ガンヴォルトさん!」

 

地上へと向かおうとした矢先に未来がボクに制止を掛けた。

 

「ガンヴォルトさん…まだ地上には響が…響がいます!地上は響が何とかしてくれます!だから、ガンヴォルトさんはあの大きな塔をどうにかする為に動いて下さい!」

 

未来の言葉に驚きつつも、黒い鎧を纏う響なら何とか出来るはずと懇願する。

 

「未来…悪いけどその頼みは聞けないんだ。弦十郎からさっきも聞いたけど響はフィーネに操られている。翼の声も届かなかった響にはそれ以上のきっかけを与えないと戻す事が出来ないと思う」

 

「でも響なら…響ならそんなもの絶対に抜け出してくれます!お願いです!響を信じて下さい!」

 

「…」

 

必死に頼み込む未来。ボクはどう言えば未来が納得してくれるかを考える。

 

その時、

 

「あっ!?お兄ちゃん!」

 

突如部屋の中に響く幼い子供の声。それと共にボクの足元に小さな衝撃が。

 

そちらに顔を動かすとボクの足に引っ付く初めて響が助けた女の子の姿が。

 

「君は」

 

「あの時はありがとうございます!お兄ちゃんとお姉ちゃんのおかげで助かりました!」

 

お礼を述べる女の子を足から離れるように伝えて目線が合うようにしゃがんだ。

 

「どういたしまして。…ごめんね、また危険な目に遭わせちゃって」

 

「平気だよ!だってどんな状況でもお兄ちゃんやお姉ちゃんが何とか出来るって信じてたから!」

 

その言葉にこの女の子にシアンの幻影を見る。

 

かつてのシアンもボクの無事を祈り、信じて待っていてくれた。未来同様にこの子も響を信じてくれている。それなのにボクは響を信じる事もせずに一人で何とかしようとしていたなんて。

 

前と同じだ。あれほど弦十郎からも諭されたのに結局一人で解決しようとしている。そんな自分は何も変わってはいなかった。だからこそ変わらないといけない。皆を信じないといけない。未来のように。

 

「…未来、君の事を信じるよ」

 

「ガンヴォルトさん!」

 

その言葉を聞いて未来は嬉しそうに言う。

 

「弦十郎、ボクは未来の言う通りカ・ディンギルに向かう」

 

「だが!そうなると外はどうすればいいんだ!何故未来君の言う通りにする!もう地上には戦える者はいないに等しいんだぞ!」

 

「未来みたいにボクは響を信じたい…いや響だからこそ信じるんだよ。弦十郎、前に貴方から言われていた仲間を信じる。それを実行するだけだ」

 

「だが、響君はもう!」

 

弦十郎がそう言うがボクは首を横に振るう。

 

「響なら何とか出来る。でも、きっかけを与えないといけないんだ。前もあんな状況になった時、響はシアンの歌を聞いて戻って来たと言っていた。だから、今度は皆の歌で響に問い掛けて欲しい。響を元に戻す為に歌って欲しいんだ」

 

「根拠のない事を信じてやれって言うのか!」

 

弦十郎は叫んだ。

 

「根拠はない。でも響を叩き起こせるのは皆の歌しかないんだ。だからお願い」

 

ボクは弦十郎に頭を下げる。それに続き、未来も頭を下げた。

 

その行動に弦十郎も折れて、確かめるように言う。

 

「歌ならばなんとか出来るんだな?」

 

「皆の歌ならね。一人だけじゃ今の響には届かない。皆の歌で響を救ってあげて」

 

そう言ってボクは未来に言った。

 

「響の事を頼んだよ、未来。皆の歌で響を叩き起こしてあげて」

 

「絶対に響を起こします。お寝坊な響を起こすのはいつもの事ですから…だから、ガンヴォルトさんも無事帰って来て下さい」

 

その言葉を聞き、ボクは頷くとカ・ディンギルの元へ行く為に部屋を出て駆け出した。



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70VOLT

ガンヴォルトの出たシェルターは先程まで満たしていた絶望が無くなり、カ・ディンギルをガンヴォルトに託し、動こうとしていた。

 

「今度こそ絶対に了子君を止める!ガンヴォルトは俺達に響君を起こすよう頼んだんだ!全力でやれる事をするぞ!」

 

弦十郎の言葉に絶望に囚われていたオペレーター達は活気付く。

 

「司令!俺はなんでもやってやる!ガンヴォルトが復活したのならやれる!あいつならどんな事でも打ち砕いてくれる!」

 

朔也は先程まで意気消失していたがガンヴォルトという一人の男が再び立ち上がった事により希望を抱き、声を上げる。

 

「よく言った!ならば急ぐぞ!今俺達のやるべき事は地上にいる響君を起こす事だ!案があればとにかくどんな小さな事でもいい!思いつくだけ早く言うんだ!カ・ディンギルの発射までどのくらいか分からない!ガンヴォルトなら必ず成し遂げると思うが絶対に止められるという保証はないんだ!俺達はどんな事でもいいから響君に歌を届かせる為に動く!」

 

弦十郎の言葉に動き始めていくオペレーター達。

 

「司令!非常用の電源を動かせばなんとかなるかもしれません!シェルターに設置されている電源を生かす事さえ出来ればもしかしたら外まで声を届ける事も出来るかもしれません!」

 

慎次が直ぐに言葉を発して、対応出来るかもしれないと案を出す。

 

「可能です!シェルターの非常用電源は系統図を辿ればリディアンの校内にも続いています!非常用電源さえ入り、こちらからリディアンの校内の生きている機材へと繋ぐ事が出来れば、響さんへと声を届ける事が可能です!」

 

朔也が図面を素早く開いて、リディアンへと繋げられる事を告げる。

 

「よし!ならば俺達は電源を生かすように動く!場所は分かるか慎次!」

 

「既に使える物を探していた際に見つけ出しています!ですが…」

 

慎次は既に場所を把握している事を告げるが、申し訳なさそうに答えた。

 

「僅かにしか扉が開いておらず、我々大人では通る事は不可能です。通ろうと思っても我々ではどうする事も…」

 

「なら私が行きます!行かせて下さい!」

 

未来は慎次に懇願して言う。

 

「未来君…いくら協力者だからと言って、君を危険な場所へと派遣する事は出来ない」

 

「それでもやらせて下さい!私だって響やガンヴォルトさんの役に立ちたいんです!ガンヴォルトさんは言ったはずです!響の事を頼むって!頼まれたのに何も出来ない、やらない!そんなの私は嫌なんです!」

 

未来は弦十郎に懇願した。

 

「私からもお願いします!私達だってこんな状況でやれる事があるのにただ何もせずに助けられて全部あの人に任せる…押し付けるような真似なんて事したくありません!あの人はあんなになるまで戦おうとしているのに、ただ救ってくれるのを待つなんてもうしたくないんです!そのサポートの為なら私も行きます!」

 

「そうです!それにあの人は言いました!皆で立花さんへと歌を届けてって!歌を届ける方法が直ぐそこにあるのに、それを諦めるなんてしたくありません!」

 

「私も同じ気持ちです!小日向さんが名指しで頼まれたかもしれません!でも私達にだって何もしないままあの人に希望を託すなんて事したくない!アニメだってどんな状況でも何とかしてくれるのは主役かもしれませんが、脇役でも脇役なりに主役の役に立てる時だってあるんです!」

 

創世、詩織、弓美が未来の隣に立って弦十郎に頼み込む。

 

「確かに…我々では行けないかもしれないが君達ならばどうにか出来るかもしれない…だが、我々は君達を守る為に存在している組織であって危険な目に遭わせる訳には…」

 

「司令、ここはこの子達に任せましょう。勿論この子達を死地に向かわせる訳にはいきません。でもこの子達なら…ガンヴォルト君を信じてくれるこの子達ならこの状況をどうにか出来るかもしれません。勿論、この子達の安全は僕の命に替えても保証します」

 

弦十郎に向けて慎次も頭を下げた。弦十郎は五人のそんな様子を見てダメだと言う事が出来ず、折れて言う。

 

「分かった、電源は君達に任せる。ガンヴォルトが未来君…それに俺達全員に託したんだ。ここで俺が首を縦に振らなきゃ変えられる状況も変えられない…未来君、それに君達も頼んでもいいか?」

 

弦十郎の言葉に四人は頭を上げて頷いた。

 

「慎次、全員を頼んだぞ。危険に遭わせるような真似はするな。四人を必ず無事に目的を達成させろ。響君の為に…俺達に響君を任せたガンヴォルトの為に」

 

「司令とガンヴォルト君とどれだけ長い間いたと思っているんですか…そんな事僕が絶対にさせません。必ず守り通して見せます」

 

慎次のその言葉を聞いた弦十郎も覚悟を決め、五人に告げる。

 

「非常用電源は君達に任せる!ここでこう言うのは何だが、これは遊びでも夢でもない!現実だ!君達にはかなり重要で危険な任務を押し付ける事になる!それもここにいる全員、そしてこの国の行く末にも関わる可能性もある!それでも君達はやってくれるか!?」

 

本当に遂行する事が出来るか、そして逃げ出す事はまだ出来る事を告げる。

 

たが四人は誰も首を横に振るう事はない。

 

覚悟を決め、実行しようとする四人にもう確認など不要。

 

「よし、ならば君達に託す。響君を救う為に頼んだぞ」

 

四人は頷き、慎次の案内で電源の復旧を行う為に走った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ようやく辿り着いた…」

 

カ・ディンギルへの道は閉ざされていた事により、雷撃で無理矢理道を作り出して隔壁を破壊しながら進んだボクはやっとの事でカ・ディンギルの中へと潜り込む事に成功した。

 

内部はパステルカラーの障壁により囲まれており、以前のエレベーターシャフトの面影を残している。

 

そしてその中央に鎮座する光り輝く剣。

 

デュランダル。

 

響の歌により覚醒し、フィーネによってこのカ・ディンギルのエネルギー源となっている完全聖遺物。

 

「ここには紫電の宝剣の姿はないか…となるとまだフィーネが」

 

デュランダル以外の剣。天叢雲、黒豹、八咫烏の姿はここにはない。あれらを破壊しなければいけない。

 

それでも優先してやる事は忘れてなどいない。

 

ボクはデュランダルの元へと足を進める。

 

進むごとに溜まりゆくエネルギーの余波に束ねた髪が、コートが揺れる。

 

「もう貴方の好きにはさせない…貴方の悲願をここで止める!」

 

ボクはデュランダルを支える台座に向けてダートリーダーを構え、弾倉の避雷針(ダート)を全て撃ち出す。

 

紋様は青、黄、赤へとどんどん変化して全ての避雷針(ダート)を撃ち込まれた台座には金色の巨大な紋様が浮かび上がる。

 

それと同時にデュランダルにエネルギーが溜まったのか光がさらに強くなる。

 

「止まれぇ!」

 

ボクはボク自身が出せる限界を超えた雷撃をデュランダルへと向けて放った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

デュランダルの充填が間もなく完了する。そして今度こそ月へ向けて放たれる。

 

フィーネは間もなく世界が一つになる事を思い、にやける。

 

「もう誰も止める者はいない!装者!それにガンヴォルトのいない今!これで私の悲願が達成される!長く苦しい時間はここで終わりだ!」

 

叫ぶと同時にデュランダルがエネルギーの充填を終えて、砲口に再び緑色の光が輝き始める。

 

「やれ!カ・ディンギル!私の悲願を成してくれ!バラバラとなった世界を一つにするんだ!」

 

高笑いを浮かべ、発射される一撃を見守る。

 

その時、

 

ズガンと蒼い雷撃がカ・ディンギルの方向に向けて落ち、その瞬間、緑色の光ではなく、蒼い雷撃が砲口から散るように放出される。

 

「まさか…!まさか!?」

 

フィーネは謎の現象に戸惑いを覚えるが、あの蒼い雷撃には嫌という程見覚えがあり、ありえないという風に言う。

 

それと同時にカ・ディンギルに集まっていたエネルギーの消失を感じる。

 

「何故だ…何故貴様も生きている!?ガンヴォルトォ!」

 

ありえないという風にフィーネは叫ぶ。だが、ありえないと思っていた人間が生きているのは現実であり、カ・ディンギルの機能は停止された。

 

「馬鹿な…馬鹿な馬鹿な!私の…私の悲願が!」

 

そして機能を停止したカ・ディンギルを見ながら膝を突く。

 

それと同時にカ・ディンギルの砲口に現れる一つの影。

 

登りゆく朝日を背に立つその姿にフィーネは憤りを覚える。

 

「何処まで邪魔をすれば気が済むのだ!ガンヴォルトォ!」

 

フィーネは朝日を背に佇む影、ガンヴォルトに向けて叫ぶ。

 

「言ったはずだ、フィーネ!ボクは貴方を止めると!どれだけ傷付いても、倒れそうになっても這ってでもボクは貴方の悲願を止める!」

 

ガンヴォルトも叫び、雷撃を身体から迸らせ、フィーネに向けてカ・ディンギルの砲口から飛び降りた。



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71VOLT

地上で激突するガンヴォルトとフィーネ。

 

慎次はモニターを見る弦十郎からガンヴォルトとフィーネの戦闘が始まった事を知る。

 

「ガンヴォルト君がカ・ディンギルの活動を停止させてフィーネとの戦闘を開始したそうです!一度ガンヴォルト君はフィーネに敗れている以上、僕等も急いで電源を復旧させて、響さんを起こさないといけません!」

 

「ガンヴォルトさんは約束を果たしてくれた…それなら私達も急がないと!」

 

五人は急ぎ、電源の元へと駆け出す。そして、辿り着いた場所は扉が僅かに開いた部屋の前。重厚な扉は五人では開ける事は不可能であると分かるが、その隙間なら創世、詩織、未来、弓美の四人ならなんとか通れそうなサイズであった。

 

「ここです!この奥にシェルターを復旧させる電源ブレーカーがあります!」

 

慎次の言葉に四人は急ぎ、中へと入る。その中は幾つものブレーカーが並び、ブレーカーの上に書かれた電源の名称は羅列のように思える。

 

「緒川さん!どのブレーカーですか!?」

 

「一番大きな物です!一番奥にあるはず!」

 

その言葉に四人は奥を向き、鎮座する扉に閉ざされた大きな盤を見つける。

 

「あれじゃない!」

 

創世がその盤を示して駆け寄ると扉を開ける。

 

現れた巨大なブレーカーは普段見慣れた物よりも大きく、そして重い。

 

「トリップ…ブレーカーのスイッチが上でも下でもない中間位置にいるようであれば一度下げて下さい!そうしないと上がりません!」

 

慎次の言葉通り、創世が下げようとするが強力なバネの力で全く動かない。四人は力を合わせてそれを下ろし、そして重いブレーカーを上げた。

 

「行っけぇ!」

 

電源が入り、電源が生き、明かりが灯り扉が開く。

 

その瞬間に慎次が飛び込むように入ると、次々とシェルターのあらゆる系統を動かす為にブレーカーを入れる。

 

「ありがとうございます!これでシェルターの電源は復帰出来ました!早く皆の元に向かいましょう!響さんに歌を届ける為に!」

 

その言葉に全員頷いて、皆が待つ部屋へと急いで戻る。

 

戻ってみれば全員が未来達を迎え入れ、声を掛けてくれる。だが、モニターに映る戦闘を行うガンヴォルトとフィーネの姿。

 

「急いで響に歌を届けないと!」

 

未来の言葉に生徒全員が頷く。だが、どんな歌を歌えば、響に届くのか。響を呼び起こすには何を歌えばいいのか。全員が悩まされる。

 

そんな中、未来だけは響がよく口ずさんでいた歌がリディアンの校歌という事を知っており、歌い始める。

 

そして創世、詩織、弓美が未来に続き、歌い出す。それは伝播する様に生徒へ、オペレーター達へ、他の避難者達が。全員の声が一つになり、歌が紡がれる。

 

(お願い、響。元に戻って)

 

未来は響に祈り、歌を歌い続けた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響は以前来た事のある暗闇にいて、倒れていた。

 

ガンヴォルトが倒れた事を聞き、奏が倒れ、クリスも倒れ、ただ衝動に身を任せた結果今に至る。

 

だが、響にとって救ってくれた恩人が二人も倒れた事。ようやく手を取ってくれるかも知れなかった、友達になれるはずだったクリスが倒れた。

 

それに未来の安否も分からない。

 

翼もいるが、圧倒的なカ・ディンギルの存在。その前には全てが無意味であり、フィーネを止める事が出来ない。

 

だからもう響は立ち上がろうとはしない。もう、苦しむのも痛いのも嫌だから。その思いが更なる倦怠感を生んで響を縛る。

 

だが、その空間は以前のように何かによって崩される。

 

だが、今回はあの時とは違い、外側から一部分が壊されるだけであり、暗闇を全て振り払うには至っていない。

 

だが、その隙間に移される情景を見て驚く。

 

映し出されたのは先程まで響がいた壊れかけたリディアン。フィーネ。そして、倒れたと聞いていたガンヴォルトの姿。

 

ガンヴォルトはフィーネと戦っており、雷撃で攻撃を防ぎ、反撃をしている。そして倒れる奏、翼、クリスの姿。ガンヴォルトは助ける為に戦っている。

 

「ガンヴォルトさん…」

 

ガンヴォルトが無事で戦っている。それなのに自分はこんな所で倒れてていいのか?

 

「いいわけない…ガンヴォルトさんが戦っているんだ…私達の為に…皆の為に…」

 

響は倦怠感を振り解くようにもがき立ち上がろうとする。だが、簡単に振り払う事は出来ず、響の身体を蝕む。

 

「行かないと…行かなきゃ誰も守れない…」

 

無理矢理立ち上がろうとする響は暗闇のない、その場所に手を伸ばす。

 

「絶対に行くんだ!」

 

叫ぶと共に、歌が響く。

 

その歌は大好きだったリディアンの校歌。歌の声にはクラスメイトや先輩、オペレーターやあの時助けた女の子の声も聞こえる。

 

そしてその中に混じる大切な親友の歌声。

 

「未来!」

 

その声を聞き、伸ばした手を床に付いて這い上がろうとする。

 

「皆生きてる…皆生きてるんだ!こんな所で寝てる場合じゃない…行くんだ、ガンヴォルトさんの所へ!皆の所へ!」

 

倦怠感なんてなんだ!そんな物いつものように平気、へっちゃらと言わんばかりに振り解き、立ち上がると駆け出す。

 

「皆で笑う為に…皆が楽しく笑っていられる為に戦うんだ!だから、力を貸して!」

 

そして響は聖詠を歌いながら破壊された一部に飛び込んだ。

 

それと共に覚醒して黒い鎧が弾かれ、光に包まれる。その光は四つ。奏と翼、そして倒れたクリスの元にも向かい、全員が光に包まれる。

 

「シンフォギヴァァア!」

 

響の叫びと共に光が解放される。四つの光が空へと向かい放たれると同時に倒れていた奏、翼、クリスも身体を起こして中心となるカ・ディンギルへと集まった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

リディアンの校歌が流れる戦場ではガンヴォルトがフィーネと戦う。

 

「何故こんな時まで歌を歌う!?シンフォギアすら持たぬ力無き者に何が出来るというのだ!」

 

「何も出来ないなんて事はない!歌は無限の可能性のある力だ!」

 

叫ぶフィーネにボクは返す。

 

「何が力だ!所詮歌は聖遺物を蘇らせる道具にすぎん!聖遺物を持たぬお前に何が分かるというんだ!」

 

「何も分かってないのは貴方だ、フィーネ!この歌に込められた願い、想いに気付けないのか!」

 

「黙れ!こんな歌!ただのフォニックゲインの垂れ流しにしかならない!」

 

そう言ってボクを屠る為に鎖を振るう。

 

雷撃鱗で弾き、避雷針(ダート)を撃ち出す。その攻撃も避けられる。

 

「虫唾が走る!貴様にも!この歌にも!」

 

フィーネは叫ぶ。

 

「ならばこの歌を貴様への鎮魂歌として屠ってやる!そして鳴り響く不快な歌を歌い続ける者共を屠り、歌というものを消してやる!」

 

「させない!」

 

ぶつかり合う雷撃とフィーネの放つ紫色の光。

 

その瞬間に動かなくなっていた響のいる場所が光り、その光が奏、翼、クリスの元へ向かうとその場から天を貫く程の光が上空へと伸びていく。

 

「馬鹿な!何が起こっている!」

 

「歌の力は無限の可能性がある…これは歌が起こした奇跡だ!」

 

戸惑うフィーネに向けてそう叫ぶと共に光がカ・ディンギルへと集まる。

 

 

「シンフォギヴァァア!」

 

響の叫び声と共にいつもと違うが力強く、そして輝く鎧、シンフォギアを纏った四人が現れた。

 

「馬鹿な!?こんな馬鹿げた事があってたまるか!」

 

四人を見上げて叫ぶフィーネに向けてボクは接近して雷撃を纏った拳を叩き込んでカ・ディンギルへと吹き飛ばす。

 

「ガンヴォルトさん!」

 

響達はボクの元へ急ぎ降りてくる。

 

「響!元に...!?」

 

戻った。そう言いかけた瞬間に響達よりもいち早く降りてきてボクへと抱きつく奏の姿があった。

 

「ガンヴォルト!良かった…良かった…生きてる?生きてるよな?幻覚でも幽霊になって化けて出た訳じゃないよな?」

 

奏は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらボクの傷のあった場所を何度も触りながら、確認するように声を掛ける。

 

「確かに化けてでもボクはフィーネを止める為なら出るとは思うけど、生きてるよ。ごめんね、心配掛けて」

 

「おい!そういう事は終わった後でいいだろ!というかいい加減離れろよ!まだフィーネと決着が付いている訳じゃないだろ!?」

 

「そうだ、奏!そんな羨ま…んっん!とにかく!今はそういう場合じゃないでしょ!?」

 

慌てるクリスと翼を見て起き上がって直ぐにこんな調子になる三人を見て響は乾いた笑みを浮かべる事しか出来ない。

 

でも、全員生きている。立ち上がっている。その事が響に戦う勇気をくれた。

 

「生きている事は喜ばしい事だけど翼の言う通り、フィーネはまだ止まっていない。奏、君は起きたばかりで辛いかもしれないけど手を貸してくれないか?」

 

「当たり前だろ、ガンヴォルト!」

 

ガンヴォルトが奏に問うと涙を拭い、言った。その言葉に全員が頷く。そしてカ・ディンギルにめり込みながら何かぶつぶつと呟くフィーネへと視線を移した。

 

それと同時にシェルターの無事であった入り口からあの時部屋にいた全員が出てくる。

 

「弦十郎!みんな!」

 

無事な事に安堵する。

 

「未来!みんな!」

 

響も全員が無事である事を確認出来、喜んだ。

 

「決着を早く付けよう。全員が助かる為に、笑えるようにする為に」

 

ボクはそう言うとフィーネの元へと向かう。それと共に先程からぶつぶつと何か言うフィーネの言葉がはっきりと聞こえてくる。

 

「うんざりだ…もうどうでもいい…皆殺しだ…この場にいる全員…邪魔な者を全て殺す…」

 

「誰も殺させない。諦めるんだ」

 

近付くと共にフィーネを抑える為に雷撃を纏った手を近付ける。

 

その瞬間にカ・ディンギルの壁を突き抜けてボク目掛けて剣が現れた。ボクはそれを躱し、剣の正体を見て驚く。

 

その剣はデュランダルであり、あれ程の雷撃を浴びたのにも関わらず、無傷で存在していた。

 

「デュランダル!?」

 

「皆殺しだ!貴様等全員!不快な歌を響かせ、復活させた装者とガンヴォルトと共に!貴様等全員炭へと変えてやる!」

 

フィーネがそう叫ぶと共に現れるソロモンの杖。そしてデュランダルを握るとソロモンの杖により膨大な数のノイズを呼び出した。



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72VOLT

「ノイズ!」

 

ボクは現れる膨大な数のノイズを見て驚く。それと同時にフィーネはボクに向けて杖を振るうと、ノイズはボクへと向けて突撃してくる。

 

雷撃鱗を張って突撃してくるノイズを全て炭へと変える。だが、炭のせいで視界が全て黒く染まり、何も見えなくなる。

 

「ッ!?」

 

そんな視界が黒く染まった中を切り開いてデュランダルを構えたフィーネが現れる。振るわれるデュランダルは雷撃鱗に阻まれる事なく、雷撃を切り裂いてボクへと迫る。

 

ボクはデュランダルを避けて一旦距離を取る。

 

「まずは貴様だ!ガンヴォルト!貴様だけはただでは殺さぬ!手足を砕き、目の前で自身が守ろうとした者を全て殺す瞬間をその眼に刻みつけて殺す!」

 

「そんな事させる訳にはいかない!絶対に!貴方の事を止める!」

 

フィーネへと叫ぶ。フィーネはボクに向けて剣を突き立てんが如く、接近しようとした。

 

「ガンヴォルトは殺させない!」

 

奏と翼がボクとフィーネの間に入り、デュランダルを槍と剣で受け止める!

 

「奏!翼!」

 

「死に損ない共が!」

 

フィーネは叫び、デュランダルに力を込める。だが、受け止めた二人の槍と剣はびくともしない。

 

「ッ!?死に損ない共の何処にこんな力が!?」

 

「もう死に損ないなんかじゃない!」

 

「この力はみんながくれた!歌の力だ!もうお前には負けない!」

 

そしてデュランダルを押し返した奏と翼は息の合ったコンビネーションでフィーネを押し込む。

 

だが、フィーネはそれを何とか躱し、もう一方の手に持つソロモンの杖でノイズを操り、奏と翼を襲うように仕向ける。

 

「させるかぁ!」

 

だが、ノイズ達は奏と翼へと向かう前に、クリスの持つ機銃により吐き出された弾丸によって奏と翼に襲い掛かる前に炭へと変わる。

 

「クリスッ!」

 

「させてたまるかよぉ!敵だった私を受け入れてくれたこいつ等を!信じてくれたこいつ等を死なせてたまるか!」

 

クリスがフィーネに向けて叫ぶ。

 

「おのれぇ!」

 

奏と翼のコンビネーションに押されるフィーネは叫び、苦戦をしている。

 

だが、

 

「この程度でどうにかなったと思うなよ!」

 

更なるノイズを召喚して、今度は装者ではなく、出てきていたリディアンの生徒。そして二課のオペレーター、弦十郎達に向けてノイズを差し向ける。

 

 

「閃く雷光は反逆の導、轟く雷光は血潮の証、貫く雷撃こそは万物の理!」

 

ボクは叫び言葉を紡ぐ。雷撃が鎖へと変わり、更にその鎖も分裂させてその全てをドーム状に纏め、全員を守る盾へと変える。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ヴォルティックチェーン!」

 

そして鎖から迸る雷撃がぶつかるノイズを全て消滅させる。

 

「ガンヴォルトォ!」

 

「言った筈だ!そんな事させないって!もう誰も死なせない!倒れさせない!貴方がやろうとする事はボクの雷撃と装者達で止める!」

 

「もうやめて下さい!了子さん!こんな事したって了子さんが辛いだけです!」

 

響もノイズと戦いながらフィーネへと声を掛ける。だが、響の言葉は最初からフィーネには届かない。

 

「黙れぇ!」

 

フィーネは叫び己から溢れ出す先程までの淡い光はドス黒く濁り禍々しさを感じさせる。その光は危険に感じる。

 

奏と翼はフィーネから距離を取る。それと同時にフィーネは自身の腹へとソロモンの杖を突き立てた。その瞬間に集まり出すノイズ。

 

フィーネを取り込むようにノイズは重なり、融合するように繋がっていく。

 

「奏、翼!もっと離れるんだ!」

 

ボクの言葉に二人は更にフィーネから距離を取り、ボクの元へ集まる。クリスも響も全てのノイズがフィーネの元へと向かい、解放された事により全員が集まった。

 

「フィーネは何をしようとしてるんだよ!」

 

「私達にも分からない!これもソロモンの杖の力なのか!?」

 

「何をしようとしているかなんて関係ない!何がなんでも止めてやる!」

 

「もうこれ以上、了子さんの好きにさせません!」

 

各自が蠢いている何かに向けて叫んだ。止める。ボク等はそれ以外の目的など今はありはしない。

 

ノイズ達が集い、何かの形へと変化していき、やがてカ・ディンギルと同程度、いやそれ以上の一体の巨大な竜の様な物となった。

 

「黙示録の赤き竜!ネフシュタンの鎧、デュランダル、ソロモンの杖!完全聖遺物の力で作り上げたこいつで全てを無に変えてやる!」

 

轟くフィーネの声と共に竜の様な存在は何か光を集める。

 

「ッ!?」

 

ボクは危険を感じるがその一撃に物凄い質量のエネルギーを感じ取り、直ぐ様動き始める。

 

カ・ディンギルの壁へと駆け、その外壁を蹴り上がり、竜の口元らしき場所へと到達すると同時に、ダートリーダーを構えて弾倉が空になるのも構わず、避雷針(ダート)を撃ち出し、金色の巨大な紋様を浮かび上がらせると、全力の雷撃を腕から放出させた。

 

雷撃が誘導され、口元に集う強大なエネルギーの塊へとぶつかる。

 

そして巨大な爆発が起き、ボクはその衝撃で吹き飛ばされる。

 

「クッ!?」

 

空中で体勢を立て直したが、あまりの衝撃に為す術もなく吹き飛ばされる。

 

「ガンヴォルトさん!?」

 

ボクの元へと飛んだ四人が吹き飛ばされるボクを何とか受け止めた。何とか立ち上がって赤き竜へと視線を戻す。

 

「ありがとう、皆…弦十郎!全員地下へと避難させるんだ!地上は危険だ!どんな被害が出るか分からない!安全の為に全員地下へと戻れ!」

 

ボクは叫び、この場が今まで以上の戦闘になる事を告げる。

 

その言葉に全員が再びシェルターへと逃げていく。

 

「もう貴様等も終わりだ。逆鱗に触れた貴様等にもう勝ち目などない。完全聖遺物と聖遺物の欠片。例え限定解除しようが完全なる聖遺物の集合体である赤き竜には敵わない」

 

「そんな事やってみないと分かりません!」

 

そう言って響は赤き竜へと飛び出して拳を叩きつける。それと共に大きな爆発が起き、赤き竜の身体を破壊する。だが、直ぐにその傷は蠢いて元の形へと戻ると同時に響へと向けてレーザーのようなものが放たれる。

 

「ッ!?」

 

響は腕を交差して防ごうとするがあまりの数にガードを剥がされて吹き飛ばされる。

 

「だったら!」

 

「これならどうだ!」

 

翼と奏が共に飛び出し、翼が巨大な剣を出現させて蒼ノ一閃。奏は槍の穂先を高速で回転させて竜巻を起こし、その竜巻を相手へとぶつけるLAST∞METEORを放つ。合わさる蒼のエネルギーの刃と竜巻。混じり合った二つの攻撃は赤き竜を吹き飛ばした。

 

だが、それも響の一撃同様、傷付けるのだが、完全に破壊する事は出来ず、再生されると反撃を喰らい二人共吹き飛ばされる。

 

「どうすればいいってんだよ!あんなの!?」

 

クリスはボクの隣で叫ぶ。

 

「どうする事も出来ないなんて事はないよ、雪音クリス。聖遺物がダメならボクの力で…蒼き雷霆(アームドブルー)で切り開く」

 

「その力があってもどうにか出来るか分からないだろ!」

 

叫ぶクリスの頭に手を置いてボクは言った。

 

「そんなのやってみないと分からない。ボクの力が及ばなくても雪音クリスなら…奏や翼や響なら...皆なら何とか出来るって信じているさ。聖遺物を持つ君達なら、歌の無限の可能性を持つ君達なら絶対に何とか出来るよ」

 

「でも…」

 

「心配しないで、雪音クリス。ボクは死にに行く訳じゃない。君達なら必ずやり遂げてくれる、そう信じてるからボクは行くんだ。だから、ボクが戦っている間に、皆で出来る事を考えてくれないか?」

 

そう言ってボクは赤き竜へと駆け出した。

 

ボクにどうにか出来る相手じゃないかもしれない。でも諦めるなんて事は二度としない。

 

だから叫ぶ。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!黙示録すら打ち破り、全てを照らす雷光(ひかり)となれ!」

 

蒼き雷霆(アームドブルー)はその言葉と共に更なる力を生み、ボクは立ちはだかる赤き竜を打ち破る為に雷撃を放った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ぶつかり合う蒼き雷撃と赤き光線。

 

その激しい余波にクリスはただ見守る事しか出来なかった。

 

「クリスちゃん!私達はどうすればいい!?いくらガンヴォルトさんでもあんなのどうにか出来るか分からないよ!」

 

「立花の意見ももっともだ!だが、ガンヴォルトなら!」

 

「ガンヴォルトなら出来るかもしれないけどあいつだって病み上がりなんだ!私達も何かやらないと意味がない!ガンヴォルトから何か託されなかったか!?」

 

響、翼、奏がガンヴォルトの元で最後までいたクリスに詰め寄る。

 

「あいつは私達にどうにかしてくれって信じてくれている。でも、どうすればいいって言うんだよ!フィーネの言う通り、私等のシンフォギアじゃあの竜には敵わない!完全聖遺物でもない限り、私達に出来る事なんて!」

 

その瞬間に響が叫んだ。

 

「あるよ!ガンヴォルトさんは私達に託したのなら!」

 

「そうだ、雪音。ガンヴォルトが無謀に立ち向かう訳ない。私達を信じて戦ってくれているんだろ?ならば私達もガンヴォルトを信じて早くガンヴォルトの助けになるべく、答えを出さないと」

 

翼は喚くクリスを落ち着かせるように言った。

 

「ガンヴォルトが信じてくれたのならやらないといけないな。こんなとこで喚いても仕方ないだろ?」

 

奏がクリスの肩に手を置きニカっと笑いかける。

 

「お前等…私だってあいつの為になんとかしたいに決まってるだろ!でもこんな状況じゃ...!?」

 

クリスが言い終える前に、起きる巨大な爆発音と爆風。そちらに目を向けると巨大な剣を出現させたガンヴォルトが、竜の身体を突き破り、フィーネのデュランダルに雷の剣をぶつけ、鬩ぎ合っていた。

 

「ッ!?見つけた!」

 

全員の言葉が重なる。

 

限定解除した聖遺物でも赤き竜を、フィーネを倒す事は不可能かもしれない。

 

でも、同じ完全聖遺物なら。取り込まれていない、デュランダルならどうにか出来るかもしれない。

 

四人は互いの顔を見合わせて頷き、行動へ移した。



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73VOLT

最終決戦決着。


「やはり貴様が立ちはだかるか!ガンヴォルト!」

 

赤き竜の体内でぶつかり合うスパークカリバーとデュランダル。フィーネはボクを睨み付けながら叫ぶ。

 

「貴方が世界を混沌に変えようとするならボクは全力で貴方を止める!何度だって貴方の前に現れて止める!」

 

ボクもフィーネへと叫び、スパークカリバーを握る手に力を込める。

 

それと同時に溢れるように剣から放電される雷撃が周りを破壊していく。

 

「鬱陶しい!何故希望を捨てず、立ちはだかる!何故命を捨てようとしてまで事をなす!?」

 

「命を捨てようなんて考えてない!例えどんな状況だろうとボクは諦めない!それに、ボクがこうしている間にも皆が何とかしようと必死に抗っている!ボクだけじゃない!全員が貴方を止めようとしているんだ!」

 

「無駄な足掻きだ!完全聖遺物と融合した私とこの黙示録の赤き竜に勝てると思い、そんな矮小な希望だけで抗うというのか!」

 

「矮小な希望なんかじゃない!」

 

ボクはスパークカリバーを握る手にさらに力を込める。

 

「皆が繋いだこの時間は大きな希望だ!そしてこうしてる間にも必ず、皆が勝機を掴んでくれる!」

 

「黙れぇ!」

 

フィーネが叫ぶと周りから砲台のようなものが出現してボクへ向けて構えられると同時に光線が放たれる。

 

ボクはデュランダルを弾き、スパークカリバーを振るい、それを全て防ぎ切る。だが、防ぐと同時に上がる爆煙によって視界が遮られる。

 

「思い上がるな、ガンヴォルト!」

 

煙を切り裂き、ボクへとデュランダルを振るうフィーネ。ボクはスパークカリバーで何とかガードしたものの、そのまま赤き竜の体内から弾き出された。

 

赤き竜はボクという異物がいなくなった瞬間に響達の攻撃をくらった時と同様に再生を始め、切り開いたフィーネまでの道を閉ざしてしまう。

 

「クソッ!」

 

スパークカリバーが出力を出し切り消えて、ボクはそのまま空中で体勢を立て直し、地面へと着地する。それと同時に幾つも放たれる赤き光線。ボクはその攻撃よりも早く、降り注ぐ光線の雨の中を駆ける。

 

だが、流石に全ての光線を避ける事は厳しく、幾つかは直撃する事はなかったものの掠ってしまう。

 

「クッ!?」

 

だが走る事をやめない。諦めてはならない。絶対に皆が勝機を掴んでくれる。だから立ち止まる事などしない。

 

そして、その時は訪れる。

 

「やるぞ!翼!」

 

「奏、合わせて!」

 

二人の声がこの場に響く。光線の雨を潜り抜け、奏と翼へと視線を向ける。

 

空を飛ぶ二人は剣と槍を合わせ、光を集めている。そして交わる蒼と黄色の光。その光はやがて二人をの手に収束すると巨大な旋風を巻き起こす。

 

そして光を振り下ろす二人。巻き起こる黄色の旋風に交わり、幾つもの蒼いエネルギーの刃が赤き竜へとぶつかる。

 

旋風が赤き竜の鱗状の装甲を剥ぎ取り、蒼き刃が装甲の下に埋もれていた肉を削いでいく。そして再び現すフィーネの姿。

 

そこに向けてクリスが飛び込み、破壊された場所は埋まっていく。だが、埋まった瞬間に内部から膨らみ爆発した。

 

弾き出されてくるクリスの姿。だが、フィーネ自身もその爆発に飲まれ、傷を負っている。

 

そしてフィーネの手から離れ、宙を舞うデュランダル。

 

「立花!そいつが切り札だ!」

 

「絶対に掴み取れ!勝機を!希望を!」

 

「何が何でも取りやがれ!」

 

「させるかぁ!」

 

叫ぶ三人に混じり、フィーネは叫び、赤き竜を操り、デュランダルを奪取しようと動き出す。

 

クリスはフィーネに何としてもデュランダルを渡さない為に銃でデュランダルを弾き、響の元へ送り届けようとする。

 

「させるか!」

 

赤き竜は大きく口を開けて、弾かれるデュランダルへと追いつき、そのまま口の中へと取り込もうとする。だが、掴めそうな勝機を逃してはならない。

 

ボクはダートリーダーを構えて赤き竜の頭に避雷針(ダート)を全て撃ち込むと、腕から雷撃を放出させて赤き竜の頭部を破壊する。

 

「絶対に掴め!響!勝機を絶対に掴み取るんだ!」

 

ボクは叫ぶ。この争いを終わらせる為に、響にデュランダルを託す為に叫んだ。

 

そして、響の元へとデュランダルは届き、掴み取った。

 

だが、響はデュランダルを掴んだ瞬間に白く輝くシンフォギアが黒へと侵食されていく。

 

「ガァァ!」

 

侵食されゆくシンフォギア。響はそれに抗うが如く、両手でデュランダルを握り、溢れ出すエネルギーを侵食していく黒を抑え込もうとする。だが、侵食の方が早く、完全に黒へと染め上げられる。だが、それでも、響は以前のようには暴走をせずに、抗い続ける。

 

「デュランダルを使わせるか!」

 

だが、そんな響へと向けてフィーネは再生した赤き竜の口で響を噛み砕こうとする。

 

「させない!」

 

ボクは雷撃を放出して響への攻撃を止める。

 

「邪魔をするな!ガンヴォルト!」

 

叫びながらも攻撃を止めようとしないフィーネ。

 

「響!気をしっかり持つんだ!もうこんな事を終わらせるんだ!」

 

放つ雷撃はさらに出力が上がり、雷撃が赤き竜の動きを遅くする。

 

「立花!ガンヴォルトの言う通り、ここで終わらせるんだ!」

 

「ガンヴォルトの頑張りを無駄にさせない為にもここで終わらせろ!」

 

響の元へ辿り着いた奏と翼が響と共にデュランダルを握る。

 

「ツ…バササン…カナ…デサン」

 

「いい加減そんなものに打ち勝てよ!飲まれるな!お前の思いで全て抑えつけろ!飲まれるんじゃねえ!」

 

「ク…リス…チャン…」

 

響は抗っている。それでもデュランダルから溢れ出したエネルギーと感情を抑えつけるに至っていない。

 

「飲まれないで!響!」

 

「しっかりしろ!響君!」

 

そして現れた未来や弦十郎が響に向けて声を掛ける。そして先程避難したはずの生徒やオペレーター達も響へと叫ぶ。

 

「ミク…ミンナ…」

 

溢れ出したエネルギーは全員の声援に応えるようにデュランダルへと吸収されていく。

 

「行け!響!もうこんな現実を終わらせるんだ!」

 

ボクは赤き竜へと雷撃を放ち続けながら叫んだ。

 

「ガンヴォルトさん!」

 

そして完全に抑え込まれ、デュランダルへと戻り、デュランダルはエネルギーを放った巨大な剣へと変わる。

 

「ガンヴォルトさんが繋いでくれた…皆が繋げてくれた勝機で終わらせるんだ!」

 

そしてその巨大な剣を四人は掲げて雷撃により縛られる赤き竜へと振り下ろす。

 

「これで止まって下さい!了子さん!」

 

振り下ろされた巨大な剣は赤き竜の鱗を肉を全てを焼き尽くす。

 

「こんな所で…何も為せずこんな所でぇ!」

 

赤き竜が叫びを上げる中、轟くフィーネの断末魔。

 

振り下ろされた巨大な剣の熱量により赤き竜は完全に姿を消し、ボロボロになったネフシュタンの鎧を纏い倒れ伏せるフィーネだけが残された。

 

◇◇◇◇◇◇

 

フィーネが目を覚ますのを待ち、フィーネが目を覚ました頃には既に上がっていた太陽は沈みかけていた。

 

「私は…負けたのか…悲願を成就出来ず…」

 

「そうだ。貴方の思惑はボク達が止めた。だから罪を償うんだ。フィーネ」

 

ボクは目を覚ましたフィーネに言う。

 

ボロボロになったフィーネには既に何をする気力もないのか放心状態となっている。

 

「ガンヴォルトさんの言う通り、もうやめましょう。了子さん」

 

「まだその名で呼ぶか…立花響」

 

声からして怒っているようだが感情を出す事すらしないフィーネ。

 

「だってフィーネと名乗ったって私には貴方が了子さんにしか見えませんから」

 

響はフィーネに向かってそう言った。

 

「全く、何処までも貴方は馬鹿なのかしら…」

 

その言葉は先程までと違い何処か自分を未だ了子と呼び続ける響に哀れみとはまた違った何処か嬉しそうな感じが見える気がする。

 

「もう、ここまで悲願の為に練っていた計画を打ち砕かれては諦めるしかないか…」

 

倒れたフィーネは諦めているのに何処か満足そうな顔を浮かべる。

 

「世界は一つにならなかった。だけど、貴方達のその姿を見ていると、そんな事をしなくてもいずれ別の形で世界は一つになる気がしてきたわ」

 

「了子さん!」

 

「今まで散々酷い事したもの…ガンヴォルトの言う通り罪は償うわ」

 

「そう言ってくれて嬉しいけど、その前に天叢雲、八咫烏、黒豹を渡してくれ」

 

「何を言っているのか分からないわ。貴方がカ・ディンギルを止める際にそれを破壊したんじゃないの?」

 

「ッ!?カ・ディンギルの中にそんなものなかった!貴方が持っているんじゃないのか!?」

 

ボクは倒れるフィーネに向けて叫んだ。

 

「貴方を貫いた後は私はあの聖遺物の放つエネルギーをデュランダルの守りにしていたのよ?私はその後貴方に野望を砕かれた後は呼びかけに応じないから壊れたとばかり思っていたんだけど…」

 

「壊れたとは心外だな、フィーネ。ボクは機を待っていただけだよ」

 

突如響く少年の声。

 

あの時の声と同じだ。そしてボクはその声をする方へ視線を向ける。

 

「あの時の声はやっぱり幻聴じゃがなったのか…何故君が生きている!紫電!」

 

ボクは視線の先、カ・ディンギルの砲口に座りこちらを見下ろす紫電へと叫んだ。




始まろうとする真・最終決戦。


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74VOLT

真・最終決戦開幕
紫電の宝剣解放の姿を思い出せない方はシデトラマンで検索


「紫電ってガンヴォルトが倒したって話じゃなかったの!?」

 

翼が叫ぶ。

 

「倒したはずだ。でもなんで紫電があの時の姿で…」

 

ボクの疑問に答えるように紫電が言う。

 

「そう。僕はあの時倒された。アメノウキハシで。衛星軌道上のあの場所で僕は君と戦い、命を落としたはずだった」

 

何処か懐かしそうに言う紫電。

 

「僕も不思議でならないよ、ガンヴォルト。君に殺されたのにこうして生き返った事が。でも君になら分かるはずだ。僕同様にシアンの力を借りていた君ならね」

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)!何故君がその力を持っている!それに何故その力を使う事が出来た!?」

 

「力の使い方は分からないよ。でも君達が歌ったおかげでこうやって生き返る事が出来た。君達の歌によって、集まったフォニックゲインにより、僕の中に宿る電子の謡精(サイバーディーヴァ)が宝剣の中にあった僕の意識から肉体をも再生させた」

 

自身の体を見ながら言う紫電。

 

「生き返った事はとても喜ばしい事だけど、何故僕は別の世界であるここに来たのか?」

 

ボクを指差して紫電は言った。

 

「僕を殺した存在である君が何故この世界にいる?何故君までこの場にいる?(テロリスト)である君が何故国の為に、世界の為に戦っている?本当に訳が分からない。でも僕はこの世界に来た事は必然であり、やるべき事は直ぐに理解出来たよ」

 

紫電は指をボクから逸らし、奏、翼、クリス、響、そしてフィーネへと順番に刺した。

 

「聖遺物。第七波動(セブンス)とは別の危険な存在。そんな物があるからこそ、僕等のいた世界同様、いずれ混沌に包まれる。そこにいる装者の様に、フィーネの様に。世界すらも脅かし兼ねない危険な力。第七波動(セブンス)同様に管理しなきゃ行けないんだよ」

 

「何を言っているんだ!その為に二課という管理、保護する為の組織があるのに!」

 

「何も分かっていないのは君だよ、ガンヴォルト。聖遺物、それに適応する人材は危険だ。歌という誰もが口に出来る物で誰しもその危うい力を使う事が出来る可能性がある。そんな力が存在するんだ。もし、その力が君の様な(テロリスト)に渡り、危険な思想を抱き、世界を破壊する為に使われたら?君はフィーネを通して感じたはずだ」

 

「だから、それをさせない為にボク等が存在していると言っているだろ!」

 

「その中に混じり、計画を為そうとした危険人物を特定出来ない組織の何処を信用出来るっていうんだい?それも(テロリスト)である君を何処までも信じ続けるその組織の何処を信用すればいいんだ?」

 

「ガンヴォルトはそんな奴じゃねぇ!」

 

奏が紫電に向けて叫ぶ。

 

「ガンヴォルトは誰もが平和の為に戦い続けたんだ!それなのにいきなり現れてお前は何を言ってやがる!お前にガンヴォルトの何が分かる!?どれほど辛い思いをしてきたガンヴォルトの何が分かるっていうんだよ!」

 

「君の方が何も理解していないよ。そこにいるガンヴォルトこそが、僕のいた世界で国を、民を傷付け、皇神(スメラギ)の作り上げた平和から混沌へと変えようとした諸悪の根源であるというのに」

 

「ガンヴォルトはそんな人じゃない!貴方が何を言っているの!貴方のせいでどれほどの罪のない、ガンヴォルトと同じ力を持った人達が苦しめられたと思っているの!?ガンヴォルトまでも苦しめていたというのに!」

 

「そうです!ガンヴォルトさんはそんな人じゃない!ガンヴォルトさんから聞いた過去の話じゃ君の方がやっちゃいけない事ばかりしていたのは君の方じゃない!同じ人間なのに!ただ力を持つというだけで捕まえて酷い実験をしていた君の方が!ガンヴォルトさんはそれを止める為に!誰もが笑っていられる世界の為に戦っていたんだ!」

 

「君達もか。何処まで君が自分の行ってきた事を美化して話したのかは分からないね。それとも、君には人を洗脳する力でもあるのかい?その力があるのならばますます君の持つ蒼き雷霆(アームドブルー)は君の様な人物が持ってはならない力だ。その力は世界の為、人類の平和の為に使われなければならない」

 

「何が平和だ!テメェのやろうとしているのはただ世界を自分の思い通りにさせたい!それだけだろ!そんな事で本当に世界が平和になると思っているのか!私はそう思わない!それも全てこいつが…ガンヴォルトが教えてくれた!」

 

紫電はクリスの言葉に何処か面白くなさそうに言う。

 

「違う。僕がやろうとしている事こそが正しい。誰に恨まれたっていい。僕が作り上げた時は恨まれても構わない。でも、それ以降の事を考え、事を為せばいずれ誰もが理解出来る事になる。そして僕が正しかったと考えるようになる。でも、ガンヴォルトは真の平和というものを何も分かっちゃいない。危険なものを野放しにし続け、聖遺物という危険な力を何も考えず与えて守ろうするガンヴォルトに本当の平和を理解出来るはずがないんだよ。だから僕が管理して平和を作らなければならない。この世界でこの場で蘇った事が、あの時、あの場所で為せなかった役目なのだから」

 

「何が平和だ!管理して、聖遺物を持つ人達を…そんな人達をまたあの時の様に…皇神(スメラギ)の様にする気か!」

 

「聖遺物という危険な力も僕という管理する者がいれば正しく運用出来る。以前の第七波動(セブンス)のように。僕の力、念動力(サイコキネシス)電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力があれば可能なんだよ」

 

「そんな事間違っている!あの時の様に…シアンの様に苦しむ人をまた作り出そうというのか!?」

 

ボクは否定して紫電に向かって叫ぶ。

 

「何かをなす為には犠牲は必要なんだよ、ガンヴォルト。何の犠牲も無しに平和が作れるとでも思っているのなら君は何処までも愚かだ。何の犠牲も無しに作り上げる事など不可能な事なのに。出来たとしてもそんな儚い瞬間は砂で出来た城のように直ぐに亀裂が入り、跡形もなく崩れ去る。そんな事は分かりきっている事だろう?」

 

ボクに対して問い掛けるように言葉を掛ける紫電。だけどそんなもの間違っている。誰かの犠牲の元に作り上げられる平和なんて本当の平和だと言えるのか?

 

違う。誰かを犠牲にしてまでも作り上げる平和なんて悲しい運命を背負った人達が苦しむ世界でしかない。ボクはそんな人達すらも救いたいんだ。例え、その行いがかつて紫電に言われた通り、悪《テロリスト》と言われようと。

 

「そんな事はない!犠牲がある平和こそが幻想だ!誰も悲しまなくていい!苦しまなくていい事こそが本当の平和なんだ!能力者も能力を持たない人達も…この世界でも装者とそうでない人達が、皆が手を取り合い、協力してこそ真の平和が生まれるんだ!管理された世界が本当に真の平和というならボクは君をもう一度止めてやる!」

 

「全く。君は何も変っちゃいない。あの時と同じで君は何も分かっていない」

 

そして紫電はカ・ディンギルの砲口から立ち上がると空に手を翳す。

 

その瞬間に現れる天叢雲、八咫烏、黒豹。三つの宝剣。

 

「分かり合えない君と話しているだけ無駄だ。だったら僕達は戦うしかない。そうだろう、ガンヴォルト?」

 

そう言うと紫電の出現した宝剣が光りだし、紫電の身体を包んでいく。

 

そして現れる、七年前シアンを助ける為に戦ったモザイク体の鎧を纏う巨大な紫電の姿。その姿は以前と変わらず、両隣に浮かぶ二体の機械の様な姿をした八咫烏と黒豹の姿。

 

「なんだ…これは!?ガンヴォルト!あれが宝剣と言うものの力なのか!?」

 

弦十郎が叫んだ。

 

「今度こそ負けない…今度こそ勝って僕の理想を…真の平和を築くんだ!」

 

そう叫ぶと同時に紫電から溢れ出る第七波動(セブンス)の余波。装者ですら地に伏す程のその余波を受けながら、ボクは軋む身体を無理やりでも立ち上がらせて紫電に向けて叫んだ。

 

「やらせない!絶対にやらせない!」

 

「絶対にやり遂げる!今度こそ!僕が理想の世界を!皇神(スメラギ)を作り上げる!」

 

そう言って、紫電は巨大な手を翳すと、倒れるフィーネを紫色の光で包み込み、空へと持ち上げた。

 

「フィーネ!?」

 

「な、なんだこれは!?」

 

フィーネは突然の事に驚きの声を上げる。

 

「ありがとう、フィーネ。僕を拾ってくれて。でも貴方の持つ力も危険だ。だからその力は僕が管理するよ。だから安心して眠るといい」

 

紫電がそう言うとフィーネは苦しみ出した。

 

「ガァァ!?」

 

そしてフィーネが輝きだすと共にフィーネの身体から砕けそうな程崩れたネフシュタンの鎧と無傷のソロモンの杖が取り出され、フィーネは力を失った様に身体が崩れ始める。

 

「完全聖遺物。これは僕が責任を持って管理するよ」

 

そう呟く様に言うと紫電はフィーネを包む紫色の光を解いた。そのまま落ちてゆくフィーネ。ボクは駆け出して地面にフィーネが叩きつけられる前に受け止める。

 

「フィーネ!しっかりするんだ!」

 

だが、フィーネの身体は朽ちようとしており、ボロボロと崩れていく。

 

「ガンヴォルト…ごめんなさい…まさか、こんな事になるなんて…」

 

「喋らないで!貴方は罪を償おうと改心したのにこんな所で倒れていい人間じゃない!」

 

「もう…無理よ…自分がもう死ぬくらい…こんな状況だからこそ分かるわ…だからお願いガンヴォルト…私の生み出してしまった罪を…あれを止めなさい…そして…次に私が現れた時に見せて頂戴…貴方が作ろうとした世界を…全員が手を取れる様になった…平和な世界を…」

 

そう言い残し、フィーネの身体は完全に砕け散り、灰となって消えていった。

 

手に残るフィーネの残した灰。

 

折角改心して罪を償おうとしていたのにこんな最後になってしまうなんて。

 

「絶対に許さない!紫電!君だけは絶対に!」

 

ボクはフィーネの残した灰を握り締めて叫んだ。

 

「許さない?僕は世界を危険に晒した根源を絶っただけだよ。改心しても人間の本質は変わる事はない。誰しもそうさ。その場凌ぎの言葉を並べたところで、いずれ牙を剥く。ならばここで倒しておく事が最善の選択だろう?君が以前していた事と同様の事をして何が悪い?」

 

「違う!フィーネは本当に罪を償おうとしていた!君達と違って…皇神(スメラギ)にいた能力者達と違って!」

 

「違わないさ。もう君と話しているだけ無駄だね。始めようか、ガンヴォルト。僕の正義と君の浮かべる儚くも愚かな正義!どちらが正しいかを!」

 

紫電はそう叫び、ボクを念動力(サイコキネシス)で宙へと浮かべた。

 

「ッ!?」

 

「ガンヴォルト!?」

 

倒れる装者、オペレーター達、そして弦十郎がボクの名を叫ぶ。装者達は立ち上がり、ボクの方へと飛び出す。だがその瞬間に全員を覆い尽くす程のドーム状のフィールドを作り上げた。

 

電子の障壁(サイバーフィールド)!?」

 

「僕と君との決戦に誰も邪魔はさせないよ。舞台は既にフィーネが用意してくれた」

 

そう言ってボクは紫電と共に上空へと向かっていく。

 

「ガンヴォルトォ!」

 

装者達は立ち塞がる電子の障壁(サイバーフィールド)へと攻撃するがそれは全て無意味であり、攻撃から反転して放たれるクリスタルの様なものに撃ち落とされた。

 

「みんな!?」

 

「無駄な事を…まあいいさ。さて、行こうかガンヴォルト。僕と君にふさわしい戦場へ」

 

紫電の言葉と共にボクは空へと消えていく。

 

そして地上はもう見えなくなり、空は黒くなり、ボクは宇宙へと到達する。

 

そして地球が完全に見える所まで到達する。

 

「僕と君との決戦の場。懐かしいだろう?」

 

そう言って紫電は崩れて分裂した月の欠片を呼び寄せると、月の欠片を覆う程の電子の障壁(サイバーフィールド)を出現させるとボクを欠片の月面へと下ろした。

 

「あの時の様には行かない!今度こそ僕が勝って成就させる!真の平和を!皇神(スメラギ)の作り上げようとした理想を!」

 

「管理された世界が真の平和なんてない!そんな物の何処に理想があるって言うんだ!」

 

ボクは雷撃を迸らせて叫んだ。

 

「君が何を考えようと勝手だが、そんな物ボクの雷撃でもう一度打ち砕く!」

 

そして紫電へと向かってもう一度叫んだ。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!偽りの平和を掲げし者よ!ボクの雷撃でもう一度眠りに就け!」

 



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75VOLT

月面で衝突する巨大な鎧を纏う紫電と蒼き雷光。ボクは以前紫電を倒した時の様に飛び回る八咫烏と黒豹に向けて避雷針(ダート)を撃ち込んで、紫電の宝剣の核となる胸に浮かぶ弱点へと雷撃を放とうとする。

 

だが、

 

「以前の様には行かないぞ、ガンヴォルト!」

 

以前まで組んでいた腕を振るい、ボクの撃ち出した避雷針(ダート)を弾いていく。

 

「クッ!?」

 

そして弾くと共に背中にある四本の腕が飛び回り、ボクへと拳を振るう。

 

巨大な拳の連打。ボクはただひたすら月面を走り、全てを躱していく。そして拳が止むと同時にボクを挟む様に現れる八咫烏と黒豹。

 

その口は大きく開き、ボクに向けて黒い光線と白い光線を放つ。

 

何とか躱す事は出来たが、コートの端を擦り、放たれた熱量に溶かされている。

 

「今度こそ君を完膚なきまで叩き、二度と立ち上がれない様に倒す!そして皇神(スメラギ)を再建して僕の思い描いた理想を成就させる!」

 

「何度も言っているだろ!そんな事させない!そんな世界の何処に平和があるって言うんだ!辛い思いをする人達がいるのに何が平和だ!そんな理想はあってはいけない!」

 

「君に何が分かる!あの世界でも平和を齎した皇神(スメラギ)を潰そうとした君に!(テロリスト)である君に何が分かるって言うんだ!君も理解しているだろう!第七波動(セブンス)の危険性を!聖遺物の危険性を!だから管理しなければならない!君の様な人に聖遺物を渡してはならない!そんな事も分からないのか、ガンヴォルト!」

 

「それは君の様な危険な思想を持つ人達にだ!ボクは…二課は違う!確かに二課も聖遺物を使おうとした。でもそれはノイズという害悪な存在から皆を、世界を守ろうとする為だ!」

 

ボクを挟む八咫烏と黒豹へ避雷針(ダート)を撃ち込んで雷撃を放つ。放たれた雷撃は八咫烏と黒豹へと迸り、紫電の弱点へと避雷針(ダート)を撃ち込んで雷撃を放つ。

 

「僕と何が違うと言うんだ!自分なら上手く出来る、扱えるとでも思っているのか!?ならば僕の意識が覚醒した二年前に起きたあれは何だったんだ!ライブ会場で起こった悲劇!それも全て君達がしでかしてくれた事だろう!何の罪のない人間を犠牲にして、何を守ろうとしたんだ!ノイズの脅威からか!?それともフィーネからか!?成功すれば脅威を減らせた、いいや、あんなものは成功しない!上手くいくはずはない!そして犠牲を増やしたのは誰でもない、君等だろう!」

 

放たれた雷撃を受けながら叫び続ける紫電。確かに紫電の言う通りだ。あんな実験しなければ何万人もの人達を失わずに済んだ。奏を眠らせずに済んだ。響も装者にならなくて済んだ。ボクは紫電の言葉に何も言い返せない。

 

「そうだろう、ガンヴォルト!君達のせいでいずれ国は、世界は混沌へと変わる!だからこそ!僕が正しく導かなくてはならない!ノイズの脅威から!聖遺物の危険性から!全てを守る為に僕がしなきゃならないんだ!」

 

「確かに、ボク達は何度も国を人々を危険に晒してしまった…二課にも大きな罪はある。それでも!」

 

ボクは紫電へと雷撃を放ちながら叫ぶ。

 

「それでもボク達は守る為に平和の為に事を為そうとしているんだ!誰も苦しまなくていい様に!誰しも手を取り合って笑い合える日々を願って!」

 

「自分の過ちを認めても、重ねられた罪は軽くなる事はない!君達のせいでどれだけの犠牲が生まれた!?そしてこの先もどれだけの犠牲を増やそうというつもりだ!?それなのに真の平和を説く君の姿は本当に愚かで害悪な存在でしかない!だからこそ僕が君をここで倒して、世界を救う!そうすれば誰もが望む本当の平和が、理想郷が築かれるのだ!」

 

「そんな事はない!管理された世界の何処が理想郷だと言えるんだ!そんな物苦しむ人を生み出し続ける暗黒郷でしかない!」

 

「黙れ!君に何が分かる!(テロリスト)である君に!僕の理想の何を理解出来るって言うんだ!ガンヴォルト!」

 

そう叫び、八咫烏と黒豹を消して再び弱点に電子の障壁(サイバーフィールド)を展開させて雷撃を防ぐ。

 

そして背中の腕が飛び回り、僕へと掌を構え、月面を破壊する程の衝撃を発生させて、ボクを吹き飛ばす。

 

「真に国を守ろうとしている僕こそが正しいんだ!国を、世界を危険にさらそうとする君達こそが間違っている!」

 

紫電の攻撃が叫びと共に速く、激しくなって行く。だが、ボクだってただで喰らう訳もなく、雷撃鱗で拳を防ぎ、荒れ狂う念動力(サイコキネシス)の衝撃を避ける。

 

「正しい事なんて誰しも最初から分かりなんてしない!だからこそ手探りで正しい事を探しているんだ!それに間違っているなんて君には言われたくない!何が真の平和だ!君は国を守ろうと言いながら、総てを自身の思い通りにしたいだけだろう!」

 

「あの時の様に否定するか!ガンヴォルト!ならばあの時の言葉をそっくり返すよ!そんな事を否定する権限は誰にもない!」

 

「何処までも神経を逆撫でする言葉を言えばいいんだ!」

 

「その言葉もそっくりそのまま君に返すぞ、ガンヴォルト!君こそ僕をどれだけ逆撫でる言葉を並べる!?何処まで僕を否定すれば気が済む!?もう沢山だ!君との無駄な会話も!ここで終わらせる!神に近付いた…いや、神となった僕がこの世界の脅威から総てを護る!僕こそが皇神(スメラギ)であり、この世界の秩序を保つ象徴となるんだ!」

 

紫電は叫び、ボクへと拳を振り下ろした。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ガンヴォルト!」

 

奏は紫電により作られた電子の障壁(サイバーフィールド)を攻撃しながら叫ぶ。

 

だが、その攻撃で電子の障壁(サイバーフィールド)は壊れる事はなく、傷一つ入らない。

 

そして反撃の様に飛び回るクリスタルが奏の鎧に傷を付けていく。

 

「奏!もうやめて!それ以上続けたら奏が死んじゃう!」

 

奏を拘束して叫ぶ翼。しかし、それでも奏は止まる事はない。

 

「離せ、翼!ガンヴォルトが!ガンヴォルトが戦っているんだ!私も行かないと!」

 

「私だってガンヴォルトの助けになりたいよ!でも、いくら攻撃しても砕けないこれを考えなしに攻撃したってガンヴォルトの助けになれない!」

 

翼の言葉にようやく奏も攻撃を止める。奏も落ち着きはしたものの、まだ翼が離せば再びガンヴォルトの元へと向かう為攻撃を再開するだろう。そして地面へと降り立つ奏と翼。

 

「どうすればいいって言うんだよ!終わったと思ったのに!フィーネも殺されて!あいつは一人でまだ戦い続けているのに、私達はただ待つ事しか出来ないのかよ!?」

 

クリスが地面へと拳を何度も打ち付けている。響と未来はそんなクリスへと駆け寄り、行動を止めさせる。

 

「クリス、落ち着いて!ガンヴォルトさんなら何とかしてくれる!絶対に無事に帰ってきてくれるよ!」

 

「そうだよ!クリスちゃん!ガンヴォルトさんなら絶対に大丈夫だよ!」

 

そう言う二人だが、その顔に笑顔はない。あれほどの強大な力を見せ付けられ、この空間を作り出した紫電という少年。そして、宝剣という力。それを本当に一人で止められるのか?ガンヴォルト一人でどうなるものなのかと考えてしまう。

 

「ガンヴォルトならやってくれる。絶対にだ。あいつは一度あの少年を倒していると言っていた。ならば今度も勝ってくれるはずだ。そして無事に戻ってくる」

 

装者達へと向けて言う弦十郎。だが、その顔は未来や響と同様に曇っている。

 

本当に大丈夫なのであろうか?あれほどの強大な力を前にガンヴォルトならどうにか出来るのだろうか?

 

弦十郎はその不安を振り払う様に首を振るう。

 

「絶対に勝って帰ってこい、ガンヴォルト。フィーネの為に…了子君の願いの為に必ず勝ってくれ、ガンヴォルト…」

 

弦十郎は空高く浮かぶ欠けた月の欠片を覆う巨大な電子の障壁(サイバーフィールド)を見上げながらガンヴォルトの無事を願った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

そして欠けた月の月面ではボクは紫電を倒す為に走り続ける。

 

ボク目掛けて振り下ろされる拳、掌から放たれる衝撃を躱して紫電の元へと駆ける。

 

空中を飛び回る八咫烏と黒豹はボクを屠らんがためにレーザーを撃ち続け、月面を砕いていく。

 

ボクは砕けた月面に足を取られぬ様に躱して、避雷針(ダート)を八咫烏と黒豹へと撃ち込み、雷撃鱗を展開して二機の宝剣を停止までは行かないものの、動きを鈍らせる。

 

それと同時に紫電の弱点を守る堅牢な電子の障壁(サイバーフィールド)は消える。だが、紫電はそれでも止まらない。弱点が露出しようと関係なくボクへと向けて拳を振るう。

 

「いい加減に倒れろ!ガンヴォルト!」

 

だが、その拳をも躱し、躱した拳を駆け上がり、紫電の露出する弱点である球体へとボクは辿り着く。

 

ボクは避雷針(ダート)を撃ち込んで雷撃鱗を展開したまま、球体へとぶつかった。球体の中に紫電が見える。

 

「絶対に倒れない!ボクは絶対に!君が倒れろ!」

 

「喚くな!害悪である君が倒れなければ世界が混沌と化す!そんな事僕がさせない!僕こそがこの世界に秩序と安寧を齎せるんだ!君達の様な存在と違って確実に!」

 

「違う!君の様な思想を持つ者こそが危険なんだ!君の思い描いたそんな世界に何の救いがある!」

 

「あるからこそ、僕はやるんだ!やらなければならないんだ!作り上げなきゃならないんだ!だからこそここで消えてくれ!ガンヴォルト!」

 

そう言うと同時に紫電が球体の中からボクに手を翳して円状の紫の光線を放つ。

 

ボクは雷撃鱗を解いて、それを落下と共に躱して、月面へと降り立つ。

 

その瞬間に四本の飛来する拳が、ボクを殺さんと振り下ろされる。

 

再び雷撃鱗を張って拳をいなすとボクは紫電の巨大な鎧を駆け上がる。

 

「君が止まれ!紫電!」

 

ボクは駆け上がる。それを払う様に両腕を振るい、ボクをはたき落とそうとする。それも躱して、腕へ移るとボクは腕の上を走り、紫電の胸元に向けて飛んだ。

 

それと共に紫電を守る様に現れる八咫烏と黒豹。その口は大きく開き、ボクへと白と黒の光線を放った。

 

「死ね!ガンヴォルト!」

 

交わり、重なる白と黒。だが、諦めない。ボクは言葉を紡ぐ。

 

「煌くは雷纏いし聖剣、蒼雷の暴虐よ、敵を貫け!」

 

そして腕へと雷撃が集まり、迸る雷撃が剣の形へと収束していく。

 

「君が倒れろ!紫電!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

収束した雷撃が剣の形をなすと同時にぶつかり合う剣と光線。光線と剣が拮抗する。

 

「これで終わらせるんだ!」

 

ボクはスパークカリバーへと雷撃を更に送り込んで強化していく。そして拮抗していた剣が光線を切り裂き、八咫烏と黒豹をも貫いて紫電のいる球体を貫いた。

 

「ガァァ!?こんな…こんなはずじゃ…!まだまだ終われない!僕はまだ死ねないんだぁ!」

 

そして貫かれた紫電は球体ごと爆発する。ボクはその衝撃に吹き飛ばされて月面を滑る様に倒れる。

 

「やったのか?」

 

爆煙で見えなくなった紫電の姿。だが、それでも油断はしない。その瞬間にボクへと向けて八つの光線が放たれる。

 

「なんだっ!?」

 

紫電を貫いた感触はあったのにこれは?疑問が浮かぶがそんな事を今は考えている場合じゃない。その光線を全て避けきり、晴れていく爆煙を見上げる。

 

そこには依然変わらず浮かぶ紫電の姿。だが、今まで戦っていた紫電とは違う。紫電の背からは腕が無くなり、黒と白の八体の蛇の首が蠢き、ボクを睨み付けている。そして、その身体は紫電の体に合わせる様に形成された新たな鎧が纏われている。

 

「ネフシュタンの鎧!?」

 

「漲る…力が漲るよ!ガンヴォルト!完全聖遺物…これは素晴らしいものだ!宝剣の核になるだけの事はある!電子の謡精(サイバーディーヴァ)によってネフシュタンと僕の宝剣、天叢雲が死を拒み、融合した!本当に素晴らしい!無限の再生能力、つまり不死身の力があるネフシュタンと念動力(サイコキネシス)そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)も持つ僕は完全な神となった!この力があれば本当に事を為せる!僕は神になったんだ!」

 

土壇場で発動した電子の謡精(サイバーディーヴァ)により融合を果たしたネフシュタンの鎧と天叢雲。破壊された八咫烏と黒豹の代わりに得た新たな力を前にボクは挫けそうになる。

 

勝てるのか?ネフシュタンの鎧、念動力(サイコキネシス)電子の謡精(サイバーディーヴァ)。この三つを持つ紫電に。

 

だが、諦めたらそこで紫電の目的が達成される。そんな事はやらせない。させてはならない。

 

「生憎、不死の存在なんてものと戦うのは三度目だ!だけど、ボクの雷撃がその不死すら破壊する!」

 

「戯言を!君には二度も殺されかけた!でも、もう僕は負けない!新たなるこの力で!天叢雲を取り込み、ネフシュタンが作り上げた新たな鎧!オロチとでも言おうか?君に教えてあげよう!神に歯向かうとどうなるかを!?神罰を下してあげるよ、ガンヴォルト!」

 

紫電の叫びに呼応して八つの首が咆哮を上げる。

 

「何が神だ!君が神だとするのならばそれは悪神であり倒さなきゃならない存在だ!」

 

「ほざくな!」

 

そしてボクへと八つの首から咆哮と共に光線が放たれた。

 

光線を避けて、ボクは紫電と対峙し再び叫ぶ。

 

「今度こそ最後にして見せる!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!新たな鎧を纏いし悪神を打ち勝つ力を!ボクと紫電の因縁を終わらせる為に!」

 

ボクは紫電へとダートリーダーを構えた。

 




紫電の宝剣開放第二形態は誰しもわかるオリジナルです。
真・最終決戦もガンヴォルトシリーズを軸にしているのでラスボスは二形態用意してました。
天叢雲とネフシュタン。日本神話と旧約聖書と全く関係ないですが、蛇と剣であれば何とか繋がりを作り出して紫電の理想と生への執着で顕現したのがオロチ。そんな感じです。



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76VOLT

あと三話で一期を終わります。


ボクは新たな鎧、オロチを纏う紫電へと避雷針(ダート)を撃ち込んでいく。

 

避雷針(ダート)は紫電を守る様に動く、蛇の頭がそれを受ける。

 

蛇の頭に紋様が浮かび上がり、その蛇に雷撃を放つ。雷撃を浴びる蛇の頭はそのまま身体を伝い、紫電の本体へと向かっていく。

 

だが、それをさせないとばかりに他の六つの頭が、ボクの攻撃を止めようと襲い掛かる。

 

そして残る一つの頭は紫電へと伝う雷撃を断つ為に根元から首を噛みちぎり、捨て去った。

 

「自分の身体を!?」

 

逃げながら紫電の起こした行動に驚きを隠せない。だが、取れた首は砂の様に崩れ去り、また新たな首が出現する。

 

「再生した!?」

 

「再生能力を持つネフシュタンを得たボクに…神に君の雷撃はもう通用しない!それに見たかい、この再生速度!何の代償もなしに発揮する事が出来るこの力!本当に素晴らしい!」

 

紫電は笑い声を上げ、復活した頭も加勢させる。そして攻撃を避け続ける中、ボクへと向けていた八つの頭へとエネルギーを送る様に首を光らせるとその瞬間放たれる紫色の光線。

 

「クッ!?」

 

ボクは全力でその射線から逃げ出す。だが、今までと比べ物にならないエネルギーの余波にボクの身体は月面へと衝突した際に巻き起こる爆風により吹き飛ばされてしまう。

 

だが、それでも攻撃のチャンスを逃してはならない。空中で素早くダートを構え、全ての避雷針(ダート)を蛇の頭へと撃ち込んでいく。

 

「それなら全部一気に倒せば関係ない!」

 

ボクは雷撃鱗を展開して八つ全ての頭へと雷撃を誘導させる。そして咆哮を上げる八体の蛇。同時に先程同様に首を伝って紫電へと雷撃が流れていく。

 

「無駄だと言ったはずだよ!」

 

紫電は自身の腕で全ての首を切り落とした。再び現れる。

 

「君の雷撃はボク本体に届く事はない!オロチの前では皆等しく無力なんだ!例え、君の持つ無限の可能性のある第七波動(セブンス)だろうとね!」

 

「無駄なんて分からない!ボクはどんな苦境に立たされたって絶対に君を止める!」

 

「まだそんな事を口に出来る程の威勢があるなんてね。いや、君だからこそまだそう感じるのだろう、ガンヴォルト!だけどもう無駄なんだよ!君は僕に勝てると思い込んでいるみたいだけど現実は違う!君にもう勝てる要素なんて存在しない!勝てる見込みなんてもう無いんだ!」

 

そう叫ぶと紫電自身が動き、手を上空へと翳した。

 

「見せてあげるよ、ガンヴォルト!この力を得た僕がどれほどのものか!君を地を這いつくばらせる程の力を!」

 

そう言うと同時に、紫電はボクへと八つの蛇の頭が操られボクへと襲い掛かる。

 

「力を誇示する事に何の意味があるんだ!誇れる程の力じゃないその力を!」

 

「いいや、この力は誇示するべきなんだ!もう誰も争わせない為に!僕が崇拝される為に!その為に地上にいる全ての人間に見せつけなければならない!逆らっても無駄だという事実を植え付ける為に!僕という神の前に君の様な害悪な存在が生まれない為に!ここで力を誇示してこの先の安寧を作り上げる為に!」

 

叫ぶ紫電は翳していた手が何かを終えたのか、ボクに向けて指差す。

 

「その証を君という(テロリスト)を倒す為に使う!ここで証明するんだ!僕という神がいる限り、この世に蔓延る(テロリスト)をそして産まれようとする(テロリスト)を途絶えさせる!君という(テロリスト)を消してそれを証明させる!」

 

「そんな事!やったって無駄だ!君の様な存在がいる限り、それを止めようとする組織が生まれる!かつてのフェザーの様に!ボクの様に!」

 

「無駄だ!そんなものが生まれようと僕の前では無力なんだ!ガンヴォルト!」

 

そう言って一体の蛇がボクの身体を捉え、そのまま電子の障壁(サイバーフィールド)へと叩きつけた。

 

「ガハッ!?」

 

「これで終わりだ!ガンヴォルト!カ・ディンギル…いや、バベルの…神の一撃の前に散れ!」

 

紫電がそう叫ぶとボクは電子の障壁(サイバーフィールド)を突き抜けてきた巨大な熱線に包まれた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

地上ではガンヴォルトの戦いが勝利で終わる事を全員が祈っていた。

 

「ガンヴォルトさん…」

 

空に浮かぶ月の欠片を見上げながら響は呟いた。遠くからでは全く分からないがガンヴォルトはあの月面で一人、あの少年と戦っている。

 

皆の為に、全員が助かる為に。紫電が作り出そうとする管理された世界を止める為に。

 

「響…ガンヴォルトさんは無事だよね?絶対帰ってきてくれるよね?」

 

未来が心配そうに響に問う。いつもの響ならば絶対に大丈夫、とそう言うが、今回ばかりはどうしてもその言葉が出てこなかった。

 

フィーネと互角に戦い、勝機を手繰り寄せたガンヴォルトであったが、あの強大な力を前にどうにか出来るのか。

 

響は不安を振り払う為に首を振るう。

 

「絶対帰ってくる…ガンヴォルトさんは帰ってくるよ…」

 

力なく祈る様に言う響。

 

「ガンヴォルトは絶対に帰ってくる…帰ってくるんだ…そうじゃないと私はあんたにちゃんと謝れない…だから帰ってきてくれ」

 

奏もガンヴォルトのいる月の欠片を見上げて呟いた。

 

「私はあんたに救われたんだ…こんな私を何処までも信じてくれたあんただから私は信じてるんだ…絶対に帰ってこい…」

 

「絶対に帰ってきて、ガンヴォルト。貴方とまだ私はいたいの…私は貴方の隣で色々なものを見たいの…だから無事に帰ってきて…」

 

クリスも翼も月の欠片を見上げながら呟いた。それぞれの思いを、ガンヴォルトへの思いを吐露する。

 

だが、そんな中、突如停止していたカ・ディンギルが急に光を放ち、何か強大なエネルギーを収束させていく。

 

「馬鹿な!?カ・ディンギルは完全に停止しているはず!?核となるデュランダルもない今、何が起ころうとしているんだ!?」

 

弦十郎の言葉にカ・ディンギルがエネルギーの収束を瞬時に終わらせてそのまま月へ、いやガンヴォルトが戦う月の欠片へと向けて紫の光のエネルギーを解き放った。

 

そして放たれた一撃は月の欠片へとぶつかり、その一撃で月の欠片を半分以上損失させた。

 

「ガンヴォルトさん!」

 

あの場所ではガンヴォルトが戦っていた。損失していた部分にガンヴォルトがいればただでは、いや跡形もなく消え去るだろう。

 

「ガンヴォルトぉ!」

 

全員が叫んだ。だが、その声は絶対に月の欠片へとは届かない。だが、叫ばずにはいられなかった。

 

ここからではガンヴォルトがどうなったかさえも分からない。ガンヴォルトが生きているのかさえも。

 

「ガンヴォルトぉ!」

 

奏が叫び、装者全員は再び電子の障壁(サイバーフィールド)へと攻撃を再開する。

 

無駄だと分かっていても、無理だと分かっていてもそうしなければならないと全員が思ったのだ。

 

「壊れろ!壊れろよ!ガンヴォルトの元に行かなきゃ!あいつの所に行かなきゃ!」

 

「ガンヴォルト!早くこんなもの壊して行かないと!」

 

「何でだよ!何でカ・ディンギルが今頃動き出すんだよ!あいつが…あいつが止めたあれが何で!」

 

「ガンヴォルトさん!絶対に生きていて下さい!私達が行くまで絶対に!」

 

装者達は各々の思いを口にしながら電子の障壁(サイバーフィールド)を攻撃し続ける。だが、いくら攻撃しても傷さえ付かず、反撃により装者達の身体をどんどん傷付けていく。

 

下でもオペレーター達がガンヴォルトの為に、カ・ディンギルを止めようと落ちた廃材等で攻撃しているが何の意味をなさず、どんどん倒れて行っている。

 

「ここで終わってたまるか!あいつが絶対に何とかしてくれるはずだ!諦めるな!」

 

弦十郎も痛む腹を押さえながら、電子の障壁(サイバーフィールド)へと攻撃する。傷を負いながらもこの中で一番の強者である弦十郎でさえ、電子の障壁(サイバーフィールド)に傷を付ける事が出来ず、倒れ伏してしまう。

 

「どうすればいいんだよ!?」

 

「諦めるな!諦めたらガンヴォルトが危ないんだ!」

 

「奏の言う通りだ!雪音!絶対に諦めるな!」

 

クリス達も傷付きながらも攻撃していくが、何の意味をなさない。

 

「どうすればいいの…こんなの…これじゃあガンヴォルトさんが…」

 

そして響を残した装者達が立ち上がる事さえ出来なくなるまで傷付き、崩れ落ちる。オペレーターや下で頑張っていた生徒達も傷付き倒れてしまう。

 

もう残っているのは響のみ。

 

「響!諦めちゃダメ!絶対に諦めないで!諦めたら皆あの子に何をされるか分からない!ガンヴォルトさんがどうなるか分からない!」

 

傷付きながらも響へと叫ぶ未来の姿。だが、この状況をどうする事も出来ないと感じてしまう。

 

「どうすればいい…どうすれば…」

 

そんな中、響はある歌を思い出す。それは響がライブ会場で聞いたあの歌。そして暗闇の中を彷徨っている時に切り開いてくれた蝶を思わせる服を着たあの少女、シアンの歌を。

 

「解けない心…溶かして二度と離さない…貴方の手…」

 

響は思い出しながら言葉を紡ぐ。だが、何も起こらない。

 

「駄目だ…こんな歌じゃない…あの子が歌っていた歌はもっと綺麗だった…もっと逞しかった!」

 

「大丈夫…貴方なら歌える…」

 

突如響く、少女の声。それは周囲からではなく心に響く優しい声。それと共に胸から何か光り輝く残滓が溢れ出し、空へと向かって行った。響は何が起きたか分からなかったが、その少女の言葉に頷いた。そして再び響は歌を歌う。今度は詰まらず、思い出す様にではなく、まるで知っていたかの様に。

 

「解けない心、溶かして二度と、離さない貴方の手」

 

その瞬間に溢れ出す力。そしてその力は全員の元へ行き、光で包み込み傷を癒していく。

 

「何だこれは?」

 

「この歌はあの時の…」

 

「シアンの歌…あの時と同じ、奏を治してくれた時と同じだ…」

 

倒れ伏していた装者達も傷が癒え、立ち上がり、響の元へ向かう。

 

「立花!これは一体!?」

 

「私にも分かりません!でもこの歌が思い浮かんだんです!皆を救いたい、ガンヴォルトさんを助けたいって思ったら!」

 

「何が起こったのかは分からないけど、今はこの歌で溢れたこの力なら!?」

 

「何が起こったか分からないけど、これで…この力があれば!」

 

全員は頷く。そして、四人はアームドギアに力を込める。今までにない程の力が溢れ、溢れ出る光には僅かながら蒼い雷光が垣間見える。

 

「行きましょう!ガンヴォルトさんの元へ!あの場所へ!」

 

響の言葉に全員が頷いて、力一杯各々のアームドギアを電子の障壁(サイバーフィールド)へとぶつける。その一撃は今までビクともしなかった電子の障壁(サイバーフィールド)を揺るがし、反撃の隙を与えず、一部を消滅させた。

 

「行きましょう!ガンヴォルトさんの元へ!」

 

響の言葉に全員が頷き、穴の空いた電子の障壁(サイバーフィールド)を飛び出した。それと共に閉じゆく電子の障壁(サイバーフィールド)

 

「響…絶対にガンヴォルトさんと一緒に…皆と一緒に帰ってきて」

 

飛び立つ装者達にガンヴォルトを託し、未来は全員の無事を願った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「まさか、あの一撃を喰らってもなお身体が残っているなんて思わなかったよ、ガンヴォルト。君は本当に何なんだい?蒼き雷霆(アームドブルー)を持っていたとしてもそんな生命力はありえないと思うんだけど」

 

残った月面の端に倒れ伏したガンヴォルトを見下ろす紫電は意識があるか分からない倒れ伏す姿に向けてそう言った。

 

「でも、もう立ち上がる事も出来ないだろう?君はここで終わりだ。そして今度こそ僕の勝ちだ、ガンヴォルト!」

 

再び叫び、蛇の頭を全てガンヴォルトの元へ向けると大きく開けた口にエネルギーを収束させる。

 

「最後まで愚かだったよガンヴォルト!神に刃向かい戦う君の姿!まるで自分の事を英雄とでも思う様な態度!でも残念だけど君は英雄でも勇者でもない!君は(テロリスト)だ!本当の正義に叶うはずがないんだよ!今度こそ僕が君を倒して理想を実現させる!」

 

叫びと共に放たれる八つの光線。だが、その光線はガンヴォルトに当たることなく、月の欠片を覆う電子の障壁(サイバーフィールド)を貫いて現れた巨大な剣、砲撃、竜巻、そして爆風で弾き飛ばされた。

 

「絶対にガンヴォルトを殺させない!」

 

「こんな姿になるまでこいつは私達を守る為に戦っていたんだ!今度は私達がこいつを守って助ける!」

 

「貴方とガンヴォルトの因縁は私達には分からない…でも、貴方がガンヴォルトを殺そうとするなら私達が止める!」

 

「絶対にガンヴォルトさんを殺させない!死なせちゃいけないんだ!」

 

煙が飛び現れた装者達は各々が叫ぶ。

 

「まさか君達がこんな所まで来るなんてね…電子の障壁(サイバーフィールド)をどう破ったのか気になる所だけど、そんな事はどうでもいい。君達には何の恨みがある訳じゃない。でも、そんな力をガンヴォルトの為に使おうとするのならば話は別だよ。君達も危険な存在だ!僕の…神の前に立ちはだかり、戦おうというのならば、ガンヴォルトと同じくここで散れ!」

 

そして再び叫びを上げる紫電。それと共に八体の蛇が装者に向けて吼えた。



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77VOLT

あと二話


欠けた月面は崩れ、既に足場など殆ど無い状況の中、唯一無事であるガンヴォルトのいる場だけを守る様に装者達はオロチを纏う紫電と戦っていた。

 

八体の巨大な蛇、それを従える紫電の理想を止めようと装者達は戦い続ける。

 

「何故君達も僕の邪魔をする!真の平和へと導こうとする僕を止めようとする!君達も分からないのか!いいや、君達だからこそ分かるはずだ!その力の危険性を!それを扱う君達ならば!いつ暴走するかも分からない爆弾を抱えた君等は何故僕の前に立ち塞がるんだ!」

 

紫電は装者達と応戦しながら叫ぶ。

 

「君の方が何も分かっていない!シンフォギアは確かに危険なのかもしれない!私も何度もガングニールに飲まれて理解しているよ!でもそれでも、この力は希望なんだ!皆が笑って手を取り合える為の!」

 

「違う!聖遺物は危険だ!僕が認めない!そんな戯言は認めない!管理しなければならない!僕がそうしなければならない!」

 

響の答えに反論する様に叫ぶ紫電。

 

「お前の考えの方が間違ってる!あいつもその危険性を理解しているからこそ、これをちゃんと使える奴に管理を任せようとしていたんだろ!それにノイズの脅威!それに抗うには聖遺物が必要不可欠なんだ!」

 

「間違ってなんかいない!君達がノイズを倒せたとしても、その力に飲まれ、牙を剥くか分からない以上、君達が持っているのも相応しくない!」

 

クリスの言葉にも反論する紫電。

 

「だったら尚更私達があんたを止めなきゃいけない!あんたの方がどう見たって危険だろうが!完全聖遺物を纏ってこんな事を起こすお前の方が私達から見たら、いや全員が思ってるんだよ!」

 

「君達にはこの神々しさが分からないのか!神となった僕のこの姿を!危険!?ふざけた事を言うのもいい加減にしろ!」

 

奏の言葉に声を荒げ叫ぶ。

 

「神々しいなんて思えない!そんな姿の何処にそんなものがあるの!ガンヴォルトの力の方がよっぽど綺麗だったわ!」

 

「黙れ!誰も彼も話にならない!君達は何も分かっていない!それだからこの国は、世界は平和にならない!ガンヴォルトがいたおかげで!君達の様な存在が生まれたおかげで!だからこそ、僕が為さなければならないんだ!真の平和を!神となった僕が守らなければならないんだ!」

 

「そんなものの何処に平和がある!」

 

全員が叫ぶ。ガンヴォルト同様にそんな世界に本当の平和があると言うのか?違う。この目の前にいる人物が管理した世界など、真の平和などではなく、ただ自分が思い描く自分勝手な理想でしかない。

 

それが本当にいいのかなんて誰にも分からない。でもそんな世界の何処に希望があると言うのだ。

 

「ガンヴォルトさんがそんな危険な理想を持つからこそ君を止めようとしていたんだ!」

 

「ああ!私には分かる!あんたと同じ事を考えていたからな!だけどあいつから教えてもらったんだ!そんな事は間違っているってな!」

 

「私はあんたの事を知っている訳じゃないから正直なんとも言えないが、だけど、分かるんだよ!あんたみたいな奴に全部任せたらダメだって事ぐらいはな!」

 

「二人や奏の言う通り、貴方は間違っている!貴方が神なんて笑わせないで!そんな禍々しい姿をした神なんていない!存在しなくていい!そんな貴方が治める世界なんて必要ない!世界の平和は自分達の手で手に入れて見せる!」

 

装者達は紫電を否定し続ける。

 

「愚かだ…愚か過ぎる…ガンヴォルトと同じく君達は何も分かっちゃいない!やっぱり君達も危険だ!僕に…神に逆らう存在は!君達の様な存在がいるから平和が訪れない!世界に争いが消えないんだ!だからこそ、今度こそ僕が世界を救う!平和を齎すんだ!」

 

紫電は狂ったように叫び、手を自分の上へと翳した。

 

「ガンヴォルトと共に君達も消えろ、(テロリスト)共!君達を消して僕が統治する平和を作る!その為に君達は邪魔だ!」

 

そう叫ぶと同時に八体の蛇の攻撃の苛烈さが増す。装者達は互いをサポートしながらそれを抑え込む。だが、数が多い。一人で二体の別々に動く敵と戦う状態。しかも、破壊された瞬間に新たな蛇が生まれ、減る事がない。

 

だが装者達は諦めなかった。生憎、何度も復活する竜と先刻まで戦っていたのだ。あんな事を二度も経験するとは思わなかったが、だからこそ戦える。

 

だが、

 

「全員消えろ!」

 

そう紫電が叫ぶと共に、地球から眩い光が煌めくとこちらへ向けて何かが真っ直ぐに向かってくる。

 

装者達はなんなのかそれを瞬時に理解する。先程地上で見たカ・ディンギルからのエネルギーの塊が放たれたのだ。

 

それもガンヴォルトが倒れる月面へと向けて。

 

「させない!」

 

全員が叫ぶ。そして相手する蛇を各々のアームドギアで吹き飛ばすとガンヴォルトの元に集まる。

 

そして四人は手を握り、ガンヴォルトを守る様にバリアフィールドを展開させた。

 

その瞬間に月の欠片を覆う電子の障壁(サイバーフィールド)を突き抜けてくるカ・ディンギルの一撃。

 

その一撃は翼とクリスが散らしたカ・ディンギルの一撃よりも重く、物凄いエネルギーの塊。

 

「絶対にやらせない!」

 

四人は輪廻の歌を力強く歌う。誰も失わない為に、ガンヴォルトを助ける為に。だが、カ・ディンギルの一撃は重く、展開するバリアフィールドを徐々に削り、亀裂を入れていく。

 

「堪えろ!絶対に諦めるな!」

 

「諦めません!皆で絶対に生きて帰るんですから!」

 

「諦めたらここで全員お陀仏だろ!諦めるなんてするか!」

 

「そうだ!絶対に諦めない!」

 

「絶対に諦めないで!」

 

装者とは別の声が響く。倒れるガンヴォルトの身体が光り、その粒子が形をなすと少女が現れる。

 

「シアン!?」

 

シアンを唯一知る翼が、シアンの姿を見て驚く。

 

「ありがとう皆。貴方達の歌のお陰で私も完全ではないけど起きる事が出来た」

 

シアンが全員に向けてそう言う。

 

「でも貴方達じゃ今のあの人に勝つ事は出来ない」

 

「だったらどうすればいいの!?」

 

響がシアンに問い掛けた。

 

「GVを起こす。GVなら絶対にあの人に勝てる!」

 

「起こすってこんな身体になっているのにまだこいつに戦わせる気かよ!?ふざけるな!」

 

「こんな身体でGVをあの人と戦わせる訳ないでしょ!」

 

シアンがクリスに向けて叫ぶ。

 

「今の私一人の歌じゃGVを助けられない!だから貴方達の歌を!力を貸して!」

 

「ガンヴォルトを助ける為なら何だってしてやる!」

 

奏はそう叫び、全員も同じ気持ちらしく、頷いた。

 

「私に合わせて歌って!そうすれば絶対にGVは起きてくれる!」

 

そう叫ぶと同時に全員が歌を歌う。

 

輪廻の歌を。ただ一人の男の為に。唯一の希望であるガンヴォルトの為に。

 

「解けない心、溶かして二度と、離さない貴方の手」

 

絶対に起きて欲しい。立ち上がって欲しい。ガンヴォルトが起きる様に願いを込めて。

 

そしてその瞬間にバリアフィールドから眩い光が放たれた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

起きているか寝ているかも分からない。

 

ただ意識のみははっきりしており、身体を動かそうにも身体はいう事を聞かず、何もする事が出来ない。

 

紫電の放ったカ・ディンギルの一撃。それに飲み込まれてからは自分がどうなったのか分からない。

 

どれだけ時間が経ったのかも紫電との戦いがどうなったかも分からない。だがはっきり言えるのはボクは倒れたという事だけ。

 

だから何度も立ち上がろうと動かない身体を動かそうとする。

 

立ち上がれ…。

 

こんな所で倒れていたままじゃ世界が…皆が辛い世界になってしまう。紫電の管理した世界にボクの思い描く平和は訪れない。

 

立ち上がれ。

 

このままじゃ駄目だ。紫電を止めないと。でもいくら力を入れても身体は動かない。

 

立ち上がれ!

 

絶対に立ち上がって紫電を止めるんだ。まだ意識があるのなら動くはず。力を、気力を、全てを振り絞り身体を動かそうとする。だが、何度も身体へと脳が指令を出すが指一つさえぴくりとも動かない。

 

立ち上がれェ!

 

そんな事は関係ない。ボクはまだ死ねない。こんな所で死ぬ訳にはいかないんだ。シアンもまだ見つけられていない。アシモフも止められていない。紫電を止めていない。そんな中、死ぬ訳にはいかない。

 

そして身体は動かないというのに光を帯びる様に暖かいものに包まれる。そして聞こえる彼女の声。

 

「シ…アン…」

 

シアンが歌っている。

 

その中には奏の、翼の、クリスの、響の声も聞こえる。

 

「み…んな…」

 

何故シアンがここにいるか分からない。装者の皆がいるか分からない。でもこの場にこの歌が聞こえているという事は全員がこの場にいてボクの代わりに紫電と戦っているという事。

 

眠ったままでいいのか?このまま倒れたままでいいのか?そんな訳ない。皆が戦っている中、ボクだけが地べたで寝込んでいるなんて…そんな事があっていい訳がない。戦うんだ。皆と一緒に。

 

ボクは再び立ち上がろうとする。さっきの様に身体は全くいう事を聞かない。だがさっきとは違い、皆の歌が、輪廻の歌がボクに力を与えてくれる。輪廻の歌がボクの中の波動を強めてくれる。

 

今度こそ立ち上がって皆の元に向かうんだ。そして今度こそ…今度こそ紫電を倒すんだ。

 

身体の内から今までに感じた事のない程の波動のエネルギーを感じる。そのエネルギーがボクの身体を動かなかった身体を再起する様に力をくれる。

 

「立ち上がってGV(ガンヴォルト)!」

 

皆の声に応える様に身体に力が入る様になり、覚醒する。そして、ボクはゆっくりとだが、しっかりと月面を踏み締めて立ち上がる。そして髪を纏めるテールプラグをダートリーダーに接続させると、溢れ出さんとするエネルギーをダートリーダーへと収束させ、全員を襲う膨大なエネルギーの塊へと向けて撃ち込んだ。

 

ぶつかり合う蒼と紫のエネルギー。その膨大なエネルギーはボクの撃ち出したエネルギーが全てを飲み込み地球へと押し戻していった。

 

「ありがとう皆。それにシアン」

 

膨大なエネルギーに耐えられなかったのかダートリーダーが崩れ落ちる。だが今はそんな事はどうでもいい。見渡せば、立ち上がるボクを見て全員が涙を流す。

 

「良かった、GV」

 

シアンがボクを見て言った。

 

「シアン、会いたかったよ…ずっと会いたかった…聞きたい事が沢山あるけど、まずはやるべき事があるから、この後ゆっくり君の事を聞かせて」

 

そしてボクは全員の頭を一度ポンと叩くと、紫電へと視線を向ける。

 

「馬鹿な!?バベルの一撃が!?神の一撃が押し負けただと!?ありえない!そんな事あってはならない!」

 

「驕るな!君は神なんかじゃない!ただの自身の欲と野望に塗れた人間なんだ!」

 

「黙れガンヴォルト!何故、君は立ち上がる!死んでいればいいのに!何故ボクの前に立ち塞がるんだ!死んでいればもう苦しまなくていいのに!何も感じなくて済むのに!歌の力で何故何度も蘇る!?君をそこまでさせるものは何だ!?何を原動力として立ち上がるんだ!」

 

「そんなの決まっている!君の野望を止めたいからだ!君の好きにさせた世界に平和なんて訪れない!だからこそ、何度でもボクは立ち上がる!君を倒して本当の平和を掴む為に立ち上がるんだ!」

 

紫電へと叫ぶ。

 

「黙れ!君の理想は儚い幻想に過ぎない!そんな物、蜃気楼の様に掴もうとしても掴み取れはしない!」

 

「君の方が黙れ!もうこれ以上話すだけ無駄だ!決着を付けるぞ、紫電!」

 

そしてボクは溢れ出る波動のエネルギーを強める。それと同時にボクの身体からは虹色の淡いオーラが出現する。

 

「死に損ないが神に抗うというのか!ガンヴォルトォ!」

 

「君の様な神が存在するのならボクは抗い続ける!だから眠れ!紫電!」

 

叫ぶ紫電へとボクは地面を蹴り、紫電との決着を付ける為に空を駆けた。



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78VOLT

残りエピローグのみ。
長かった一期もようやく完結します。


宇宙で衝突する蒼き雷光と紫の閃光。

 

ボクの蒼き雷霆(アームドブルー)と紫電の念動力(サイコキネシス)が空間を揺らす。

 

「死ね!君はここで死ね!ガンヴォルトォ!君は死ななければならない!君がいるからこそ常に危険にさらされる!世界に君の様な人がいるから世界は争いが絶えないんだ!」

 

「黙れ!その原因を作り上げたのは皇神(スメラギ)だ!君の理想の為にどれだけの苦しむ人達が生まれたと思っている!」

 

「そんな事は僕だって分かっている!だけどその犠牲があったからこそ!あの国は平和が保たれていたんだ!能力者達を管理したからこそ!平和が作られていたんだ!」

 

「ふざけるな!そんな犠牲の上に出来た平和なんて本当の平和とは言えない!」

 

雷撃をボクへと向けて迫る蛇の頭へと攻撃しながら、紫電へと叫ぶ。紫電もボクを否定する様に叫び続ける。

 

「もういい!君も、君に付き添う装者達も!聖遺物も!ここで全て潰す!ここで終わらせる!僕の為すべき世界に君達の様な害悪な存在はいてはならない!」

 

紫電は叫び、身体中から紫色の光を放出させて、ボクと装者達は大気圏付近まで吹き飛ばされる。それと共に月の欠片を覆う電子の障壁(サイバーフィールド)も解けた。

 

「くっ!?」

 

ボクは息が出来なくなるが、直ぐにシアンがボクの周りに電子の障壁(サイバーフィールド)を展開して助けてくれる。

 

「シアン!」

 

「GV!私が絶対に貴方を助ける!だからお願い!絶対に勝って!」

 

「シアン」

 

そして装者達もボクへと向けて言う。

 

「ガンヴォルトさんなら絶対にあの子には負けない!私だってもうガンヴォルトさんを助けられるくらい強くなったんですから!」

 

響もガッツポーズを決めて言う。

 

「貴方なら絶対にやれる。私だって手伝う。これ以上貴方にばかりに任せていると私はいつだって追いかけたままになってしまうもの。私はもう貴方の背後に引っ付いて回る様な人じゃなく隣に立って貴方を支えたい」

 

「ガンヴォルト、私だってあんたならどんな状況でも絶対にやり遂げるって信じている。だから一緒に帰ろう」

 

「私だってあんたに助けられっぱなしだからな。こんな私でもあんたの助けになれるんなら手を貸してやる。それにあんたに教えられたのに、あんたが為さないなら私はあんたの描く、私のしたかった平和が見れないだろ?」

 

翼も奏もクリスもボクへと言った。

 

「みんな…」

 

ボクは全員の覚悟を聞いて頷く。

 

「全員で帰ろう。皆が待つあの場所に」

 

「何をほざいている!君達はここで消える!君達にはそんな未来はありはしない!」

 

ボク等へと向けて紫電は視線を移すと、手を翳して月の欠片を動かしており、言葉を紡いでいた。

 

「まさか月の欠片を!?」

 

かつての紫電なら星をも動かす力を持っていたとしても月を動かせなかったであろう。だが、今の紫電にはそれを可能とする力がある。

 

「天を統べる神の怒り!月の欠片が砕きし害悪!ここで消えるは神に背きし、理想を語る愚者達に神罰を!」

 

そして動かした月の欠片に電子の障壁(サイバーフィールド)を纏わせるとそのまま手を振り下ろし、紫電の腕に連なってボク等のいる地球へと月の欠片を放つ。

 

「鳴動の宇宙、裁きを下す神の一撃!」

 

言葉と共に速度を増し迫る、月の欠片。

 

「死ね!ガンヴォルト!ここで跡形もなく消えてしまえ!」

 

「言ってる事とやろうとしてる事が矛盾してるじゃねえか!」

 

「このままだと私達だけじゃなく、地上にいる人達まで!」

 

「やらせる訳ないだろ!絶対に!」

 

「やらません!諦めない!こんな事を起こす君を絶対に止めて見せる!」

 

「私はGVが思う事を手伝うよ」

 

皆が守る為に歌う。そしてシアンの問い掛けにボクも皆の様に答える。

 

「やらせない!絶対にやらせない!」

 

「だったら私も手伝うよ、GV。私が貴方の()になる。だから勝って!GV!」

 

そしてシアンも装者達に混じり歌を歌う。皆が紡ぐ輪廻の歌。歌の力がシアンへと集まり、シアンを通してボクの中に流れ込んでくる。

 

力が、波動が呼応してボクの蒼き雷霆(アームドブルー)が強化されていく。

 

「絶対に君をここで倒す!」

 

そしてボク等は月の欠片へと向けて飛ぶ。各々のアームドギアが強化されており、剣が、槍が、銃が、拳が月の欠片を穿たんと輝き始める。

 

「私が貴方達の()になる!だからGVを手伝って!」

 

「言われなくても元よりそのつもりだ!」

 

「当たり前だ!絶対にガンヴォルトと帰るんだからな!」

 

「言われなくても頑張っているこいつの為に手伝うに決まってるだろ!」

 

「絶対に帰りましょう!皆で!」

 

そして各々のアームドギアから出る光は纏まり、月の欠片に向けて光を放つ。

 

ぶつかり合う光と電子の障壁(サイバーフィールド)を纏う月の欠片。

 

「元は私の力をこんな事に使わせない!」

 

シアンが叫ぶと共に電子の障壁(サイバーフィールド)が消え、月の欠片が露出する。

 

「馬鹿な!?僕の力を!?」

 

その瞬間、電子の障壁(サイバーフィールド)に守られた月の欠片は光に飲まれ消えていった。そして光が消えると同時に見える狼狽える紫電の姿。ボクは紫電へと飛んでいく。

 

「シアンの力を自分の力だと思うな!紫電!」

 

「ガンヴォルトォ!」

 

紫電は叫び、向かいくるボクに向けて蛇の頭から光線を放とうとする。

 

だが、それを止めたのは装者の出現させた光。光は蛇の頭を飲み込み、消し去る。

 

再生を試みようとする紫電だが、既にボクは紫電へと近付いており、腕を構え言葉を紡ぐ。

 

「煌めくは雷纏いし聖剣!蒼雷の暴虐よ!敵を貫け!」

 

そして出現する眩い雷光を放つ巨大な剣。

 

スパークカリバーは以前のものと比較にならない程巨大で雷撃を放電させている。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバァァー!」

 

スパークカリバーをそのまま紫電へと突き立てようとする。だが、紫電はそれを拒み、念動力(サイコキネシス)による紫の盾、そして残った腕でスパークカリバーを両腕で押さえ付けて、攻撃を防ごうとする。

 

「神は負けない!神は絶対的な支配者なのだから!こんな攻撃で倒れない!」

 

「君が神だとしても絶対に倒す!シアンが…皆がくれた力で!」

 

そして拮抗する聖剣と念動力(サイコキネシス)。だが、その瞬間も長くは続かなかった。

 

「下らないわね。貴方が神なんてあの人への冒涜よ」

 

突如響くフィーネの声。

 

「フィーネ!ネフシュタンに残る僅かな残滓如きが今頃なぜ!」

 

紫電がフィーネの名を叫ぶ。

 

「ガンヴォルトに私は頼んだのよ。ガンヴォルトの作った世界を見せてと」

 

「フィーネ!無事なのか!?」

 

ボクもフィーネの名を呼ぶ。

 

「いいえ。この子の言う通り、私の魂は既に殆ど残っていない。でも、こんな所で彼の方を何処までも貶めるこの子を見ていると居ても立っても居られなくなったのよ。私は消える。でもただで消える訳じゃない。この子からネフシュタンを切り離すわ。だからガンヴォルト、今度こそ本当に貴方の思い描く世界を私に見せなさい」

 

その言葉と共にフィーネの声も聞こえなくなる。そして同時にネフシュタンの鎧が紫電から切り離され、モザイク体の鎧へと変化させた。

 

「フィーネ!君までも!残滓如きで何処まで邪魔をしてくれるんだ!」

 

「フィーネは託したんだ!ボクの願いを…フィーネ自身の願いをボクに託して!」

 

ボクは未だにスパークカリバーを受け止める紫電へと叫んだ。それと共にスパークカリバーへとさらに雷撃を流し込む。

 

「もう終わりだ!紫電!ボクの雷撃で再び眠れ!」

 

その叫びと同時に紫電の腕を弾き飛ばし、念動力(サイコキネシス)をも貫いて紫電のいる球体へと突き立てた。

 

「馬鹿な!?神であるボクが!?こんな所で…!こんな所でぇ!」

 

そして貫かれた紫電と宝剣は凄まじいエネルギーを放ち、ボクと装者達を光で包み込んだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

装者が飛び立った後、全員は空に浮かぶ月の欠片を見上げていた。

 

「響…ガンヴォルトさん、クリス、奏さん、翼さん…絶対に…絶対に帰ってきますよね?」

 

未来は見上げた月にいる全員の無事を祈っていた。

 

だがその祈りを拒む様に再び、カ・ディンギルから紫色の光が放たれる。

 

「そんな!?」

 

再び放たれる光に誰もが絶望に陥る。あの攻撃を耐えれるのか?月をも穿つあの攻撃に。

 

絶唱であるならもしかするが、それは装者一人が、誰かが倒れる事になる。だが、その絶望も蒼き雷光が照らし出す。

 

「ガンヴォルトさん!?」

 

紫の光を押し返し、蒼き雷光がカ・ディンギルを飲み込んだ。それと共に起きる衝撃に全員が立つ事が出来ず、膝を突く。だが、その揺れは絶望をも振り払う力であり、ガンヴォルトが生きている証明でもあった。

 

「ガンヴォルトさん!」

 

浮かぶ月にいるガンヴォルトがまだ生きて戦っている。その事を知ると未来は叫んだ。

 

「ガンヴォルトさん!絶対に響と!皆で無事に帰ってきて下さい!」

 

未来の叫びに乗る様に全員がガンヴォルトや装者達の名を呼び、叫び続けた。

 

絶対に帰ってきてと、あの少年を倒してくれと。

 

だが、その叫びが続く事はなかった。月の欠片が動き出し、こちらへと向けて落ちてこようとしていたのだ。

 

だが、誰一人絶望はしていない。

 

ガンヴォルトなら装者達ならやれる。やってくれると信じているから。

 

その瞬間、光によって月の欠片が破壊された。

 

それと共に各地に降り注ぐ様に散らばる月の破片。だが、その破片も大気圏で燃え尽きる如く淡い光を放ち消えていく。

 

そして、その淡い光よりも眩い光が、上空を照らし出す。その光が地上を照らすと共に電子の障壁(サイバーフィールド)が消える。

 

「勝ったのか?」

 

弦十郎が本当なのかと自身の言葉を問い掛ける様に呟いた。その言葉を起点にこの場は安堵と歓喜に満たされる。

 

でも未だ未来は喜ぶ事が出来なかった。響もガンヴォルトも皆がまだ帰ってきていない。

 

「響…ガンヴォルトさん…みんな…」

 

装者とガンヴォルトの無事を願う未来。

 

だが、装者とガンヴォルトは未来の元へと帰ってくる事はなかった。



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79VOLT

終わり


未来は雨が降り頻る中、傘も差さず墓地へと訪れていた。

 

だが、未来の前に建つ墓には名前など刻まれておらず、ただ一枚の写真立てが立て掛けられているのみ。

 

そして、その写真立ての中にある写真には親友、響との写真が納められている。

 

月の欠片が砕かれて、帰ってくると信じていた響、そしてガンヴォルト。クリスに翼に奏も、あの後未来の前に姿を現す事はなかった。

 

「なんで…なんでなの…なんで皆帰って来れなかったの…」

 

未来はお墓の前で泣き崩れる。だが泣き崩れた時にいつも慰めてくれる響の姿は何処にもない。

 

「私…どうすればいいの…」

 

助けてくれた恩人も、折角仲良くなれると思っていたクリスも、翼も、奏も誰もいない。

 

「折角…皆が作ってくれたのに…こんなのないよ…ガンヴォルトさんが頑張ってくれたのに…皆が頑張ってくれたのに…響…一人は寂しいよ…」

 

墓の前で泣き続ける未来。

 

装者とガンヴォルトが救った世界に英雄がいないなんて。親友も、救ってくれた恩人もいない。

 

未来は絶望に立たされる。

 

「きゃあぁぁ!?」

 

そんな時に響く女性の悲鳴。

 

未来は涙を拭い、立ち上がるとその元へと駆け出す。到着したその場には動かない車のエンジンを必死にかけようとしている女性と、ノイズの姿が。

 

折角親友が、恩人が救ってくれた世界なのになぜノイズが。

 

だが、未来はそんな事も関係なしに車を必死に動かそうとしている女性の元へ駆ける。

 

「車を捨てて逃げましょう!」

 

女性の元へ辿り着き、車の中で泣きながらも必死に動かそうとする女性を車から出すと、未来はノイズから逃げる為に駆け出す。

 

その後をじわじわと追って来るノイズ。

 

「いや…いやぁ!」

 

女性は悲鳴を上げながら、未来に手を引かれながら走る。

 

ノイズの恐怖を理解している未来はそんな女性に向けて叫ぶ。

 

「落ち着いて下さい!叫んだって無駄な体力を使うだけです!叫んでいるくらいなら生きる為に走りましょう!」

 

その言葉に幾分か冷静さを取り戻したのか、叫ぶのをやめて、必死になって未来に引かれながら走る。

 

だが、女性は砕けた路面に足を取られて転んでしまう。

 

「大丈夫ですか!?」

 

未来は倒れる女性へと近付く。転んだだけで、怪我は見当たらない。

 

「逃げましょう!」

 

「いや、いやぁぁ!」

 

その言葉と共に叫び出す女性。立ち上がらせようと未来は手を伸ばすも伸ばした手と共に伸びる影。振り向くと、そこには既に未来へと襲い掛かろうとするノイズの姿。

 

もうだめだ。そう思ってしまう。だが、響なら…ガンヴォルトならこんな所で諦めない。

 

未来は女性を引っ張って襲い掛かるノイズを躱す事に成功した。

 

「諦めないで!絶対に助かります!だから!」

 

女性を響の様に励ます。だが、女性はさらに絶望する様な表情を浮かべる。

 

未来は周囲を見渡すと既にこの場はノイズによって包囲されており、逃げる道など存在しなかった。

 

だけど未来は女性の前に盾になるよう立つ。

 

諦めちゃだめなんだ。響なら、ガンヴォルトさんならそうするはず。

 

だが力のない未来に何が出来るというのだろうか。

無情にもそんな姿の未来を嘲笑うかのようにノイズは殺さんとばかりに未来へと押し寄せる。

 

「ッ!?」

 

未来は本当に死んでしまうのか?そう考えてしまうが、その瞬間に目の前に押し寄せたノイズが全て吹き飛ばされた。

 

「えっ?」

 

「機密とか色々あって動けなかったんだ。でも、もう大丈夫だよ。心配掛けてごめんね」

 

懐かしくて優しい、聞きたかった太陽のような親友の声。

 

その方向を向くと、黄色の鎧を解き、リディアンの制服を着た響の姿があった。

 

「響?」

 

最初は幻覚かそれとも夢かと思ってしまった。だが、幻覚でも夢でもない。

 

未来は響の元へ駆け出し、そのまま響の胸へと飛び込んだ。

 

「響ぃ!」

 

「ごめんね一人ぼっちにさせちゃって」

 

響の感触、声に未来は涙が止まらなかった。

 

そして響の他にも弦十郎、慎次、翼、クリスの姿もある。だが、その中に奏と恩人であるガンヴォルトの姿がない。

 

「響!ガンヴォルトさんは!?」

 

「心配しないで、ガンヴォルトさんもちゃーんと無事だから」

 

その言葉に安堵するも姿を見せていないガンヴォルトの事を響に聞く。

 

響もガンヴォルトが無事な事を説明していくが、響の説明ではいまいち未来には伝わらなかった。

 

「安心しろ。小日向。ガンヴォルトは今他の対処を出来るように二課で待機しているだけだ。奏は無理したせいで未だ筋肉痛で苦しんでいるだけだから安心しろ」

 

翼が上手く伝えきれない響に変わって説明してくれた。奏だけは無事?とは言い難いらしいがしっかりと生存しているようだ。

 

「ガンヴォルトさんも未来の事心配してたから行こう!ガンヴォルトさんの所に!」

 

未来は響に手を引かれながら、車へと乗り込んだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ガンヴォルトは行かなくってよかったのかよ?あの子の事心配してただろ?」

 

「あっちには響に翼、それにクリスもいるから大丈夫だよ。ボクは他にノイズが現れた時に対処出来るよう残ってるんだから」

 

奏が仰向けに寝そべるベッドの横で本を読みながらそう答える。

 

「それならいいんだけどよぉ…私達だけこうゆっくりしているのもなんか気が引けて…」

 

本を閉じて奏に言った。

 

「奏はあの時無理してでも頑張ったんだから休んでもいいんだよ。もし何かあってもボクが奏を守るから」

 

そう言うと奏は顔を真っ赤にして痛いはずなのに身体を動かして布団を頭までかぶった。

 

大丈夫ではないのかプルプルと布団の中で震えている。

 

「…本当に?本当に守ってくれるのか?」

 

ひょっこりと顔を出した奏は何処か心配そうにボクへと聞く。

 

「うん、前みたいに君が倒れそうになってもボクが奏を支えて守るから安心して」

 

そう言って奏の頭に手を置いて撫でる。

 

奏は恥ずかしそうにだが、嬉しそうにする。

 

「ちょっと二人だけの世界に入らないで欲しいんだけど…大体GV!こっちにきてどれだけの女の子を落とせば気が済むのよ!私が覚醒出来てない状態の時に気付いたら沢山の女の子が周りにいるし!」

 

突然現れるシアンに奏は驚く。

 

「シアン。何を言っているのか分からないけど、落とすって人聞きの悪い言い方しないでよ」

 

「いいえ、GV!私には分かる!この女!奏は絶対に!」

 

「そ、それ以上言うなよ!シアン!」

 

奏は顔を真っ赤にしながら何処か焦るようにシアンに口を閉ざすように叫んだ。

 

ボクはぽかんとしながら、シアンと奏の言い合いに平和だなと感じながら再び本を読む事にふける事にした。

 

何かボクの事について言い争っているようだが、肝心な部分だけは声が小さくなりよく聞き取れない。

 

聞かれたくないのならばこんな所で言い争わず、ボクのいない所でやればいいのにと思う。

 

そして...

 

「ガンヴォルトさん!?」

 

室内に響く、未来の声。それと同時にボクの背中にぶつかる小さな衝撃。

 

「ガンヴォルトさん…よかった…生きててよかった…」

 

ボクはそんな未来を解いて立ち上がり、未来に視線を合わせて言った。

 

「心配掛けてごめんね、未来。それとただいま」

 

ボクは未来の頭に手を置き撫でながら、涙を流す未来をあやすように笑顔を浮かべてそう言った。




戦姫絶唱シンフォギアABを一期最後まで読んでくれた方々に後書きを通して感謝の言葉を送ります。
読んでくれた方々、ありがとうございました。
ようやく一期も終わり、続く二期までの繋ぎと本編では語っていない復活したシアンのことを書くと同時に、楽しみにしていた人がいるしないフォギアことこちらでは迸らないシンフォギアABとしてシリアス多めな本作をコメディー風に書いていこうと思います。主人公はいないと困る脇役となり、装者達とその他ががメインの話になると思います。
そして二期を最終章として戦姫絶唱シンフォギアABを終わらせる為に今まで散りばめられた伏線を回収していきます。
今後ともよろしくお願いします。


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迸らないシンフォギアAB
1mVOLT


ガンヴォルト風に章管理を追加しました。
そして迸らないシンフォギアABを開始します。
話数の題名はm(ミリ)を採用。短いので大体二、三話を纏めて一話として投稿します。それでも短いですが…
そしてコメディーを書くと言ったものの難しい…その為基本はほのぼの系になると思います。
本当コメディって難しいですね…
それとガンヴォルト新作プロジェクト始動しました。
次回作続報が楽しみで仕方ありません!


〜少女の話は蒼き雷霆の事ばかり〜

 

響は今凄くこの場から離れたいと感じている。無事、月の欠片を破壊して紫電と言われる少年を倒す事が出来、シアンが張った電子の障壁(サイバーフィールド)により助かったまではよかった。

 

無事地球へと辿り着き、戻ってきたまではよかった。だが地球へと辿り着いた瞬間にシアンが奏、翼、クリスと言い争っていた。

 

「ちょっとおっぱい魔人共!私があんた達も守る為に頑張って電子の障壁(サイバーフィールド)を張ってる中、どさくさに紛れてGVを抱えていたの!私が電子の障壁(サイバーフィールド)を張ってれば衝撃なんてないし、GVも無事だったんだからその必要もなかったでしょ!」

 

「そうだ!私だってガンヴォルトを支えたかったのに!雪音ェ!奏ならまだしも、ぽっとでの貴方が何故そのポジションを取ったんだ!」

 

「翼も何を言っているの!というかそのポジションは私だけのものなの!」

 

シアンと翼が怒り狂い、二人に叫ぶ。

 

「仕方ないだろ。ガンヴォルトは吹き飛ばされて気を失ってたし、ちょうどよく私の方に飛んできたんだから支えなきゃいけないだろ?」

 

「ぽっとで!?うざうざしいぞ!この頭でっかちが!あいつが頑張ったんだから支えるのなんて誰がやっても変わらないだろうが!たまたまあたしとこいつの所に飛んで来たんだから仕方ないだろ!」

 

「身長を考えろ!貴方と奏の身長差ではガンヴォルトを支えた時に収まりが悪いだろ!実際、ガンヴォルトの体勢はどうしても収まりが悪かっただろう!それなのに変わろうともせず、ガンヴォルトに寄り添って!」

 

「チビで悪かったな!馬鹿にするならその喧嘩買ってやるぞ!」

 

誰も予想出来なかった展開。いや、ガンヴォルトの事を思っている事に響はいずれこの時が来る事は何となく気付いていた。

 

だが今かと響は思う。

 

そしてその原因を作った、いや当事者であるガンヴォルトを見る。

 

ガンヴォルトは無事である事はシアンが言っていたので安心しているが、爆発をモロに受けていた為、現在もすやすやと寝息を立てて気を失っている。

 

何故こんな時に限って。いや、ガンヴォルトは皆の為に死の淵から何度も立ち上がり頑張ったんだから休んでもいいと思う。でも今だけは、今だけは疲れててもいいから目を覚ましてと願う響。

 

「早く目を覚まして下さいよ…ガンヴォルトさん…あの子と了子さんの戦いよりも今がやばい気がします…」

 

響は願う。もう疲れたのにさらに疲れるなんてもういい。というか、自分もガンヴォルト同様に今すぐ気を失いたい。そうすればもうこんな争い見なくて済むのに。

 

響は弦十郎達が来るまで倒れたガンヴォルトの事で言い争う少女達を見ながら溜息と疲れを一層感じるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

クリスは今度こそ二課によって保護されて、色々な取り調べを受けつつもそれなりに不自由なく過ごす事が出来た。

 

これも全部弦十郎やガンヴォルトがクリスの為に色々と根回しをしているらしく、そのおかげと聞いている。

 

現在はガンヴォルトも弦十郎も此処にはおらず、地上の復旧の為に一課と共に頑張っているらしい。

 

「クリスちゃーん!」

 

二課の本部内を歩き回っていると響の声が廊下に響くと共に抱きついてきた。

 

「何しやがるんだ!」

 

「だって未来に会えないし、翼さんも奏さんをつきっきりで看病とかで誰も相手に来てくれないんだもん!暇で暇で仕方ないよ!だからクリスちゃんお話ししようよ!」

 

「あたしだって暇じゃねぇんだよ!他を当たれ、他を!」

 

響を振り解き離れようとするクリス。だが、響は諦めなかった。こんな暇な状況を何とかする為に。だが、クリスを引き止めるにはどうすればいいのか。

 

響には秘策があった。翼や奏同様にガンヴォルトの事に気があるクリスを引き止める術は既に熟知している。

 

例えクリスだろうと立ち止まり話を聞くだろう。

 

「ガンヴォルトさんの事でも?」

 

その瞬間にクリスの動きが止まる。さっきまで何処かへ行こうと足早に動いた足もビタっとまるで紫電の放つ念動力(サイコキネシス)を受けたように。

 

「…私もちょうど暇だし、仕方なくだが付き合ってやるよ」

 

さっきと百八十度も違う返答だが、響はニヤリとしてクリスに聞こえないように呟く。

 

「計画通り…」

 

「何ぶつぶつ言ってんだよ。こんな所で話すよりゆっくり出来る場所で話そうぜ」

 

何処かソワソワするクリスを可愛いと思い抱きしめたいという気持ちを抑えて、響はゆっくりと話が出来そうな休憩室へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

奏と翼は医務室で話し合っていた。

 

もちろん内容はガンヴォルトの事ばかりであった。

 

「ってな訳でガンヴォルトは私を優しく抱きとめてくれてこう言ったんだ。いいんだ、ボクは君が元に戻ってくれればってね」

 

奏はあの時のガンヴォルトの台詞を真似しながら言う。

 

「なっ!?そんな事まで言われたの!?」

 

「翼はガンヴォルトにそんな事も言われた事ないのか?」

 

勝ち誇ったような笑みを浮かべる奏。

 

「私だってガンヴォルトに抱きとめられた事の一つや二つあるんだから!」

 

正直、傍から見たら何を競っているんだろうかとしか思えない状況である二人。

 

二人はヒートアップしていくのかどんどんガンヴォルトの良い所と題して色々とガンヴォルトの話をしていく。

 

そんな中、その話を病室の外で聞いていたガンヴォルトと慎次。

 

「…ガンヴォルト君、君って結構恥ずかしい台詞ばかり女性達に言ってるよね?もしかして狙ってる?」

 

「…狙ってはないけど、こうやって自分の事を話されているのを聞いていると何であんな恥ずかしい台詞を奏達に言っていたと後悔しているよ…」

 

「ガンヴォルト君って昔からそうでしたし仕方ありませんよ」

 

慰めよりも何処か面白そうに言う慎次。奏のお見舞いに来ただけなのにこんな辱めに遭うとは思わなかったガンヴォルトは苦い顔をしながら自分の言動が七年前からそこまで変わっていない事を後悔する。

 

「…出直しますか?」

 

慎次の言葉に頷いて答えると、ガンヴォルトと慎次は話し合いに熱中する二人に気付かれないようにゆっくりと病室を後にするのであった。

 

しかし、ガンヴォルトの言動は気持ちが昂るとどうしても出てしまう為、今後も修正される事はなかった事はまた別の話である。



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2mVOLT

〜それぞれの部屋割り〜

 

装者達はそれぞれの部屋割りを決められて各自与えられた部屋へと行く。しばらく待機命令を出されている為、特にやる事もない装者達は与えられた部屋へと向かって行く。

 

「あれ?翼が何でここに?」

 

翼が与えられた部屋には既にガンヴォルトがおり、ちょうどスーツのネクタイを緩めようと手でネクタイに触れている所であった。

 

「ガ、ガンヴォルト!?」

 

与えられた部屋が、ガンヴォルトと同じなのか?いや、嬉しいのだが何故?

 

「まさか…弦十郎…部屋が少ないからってこんな部屋割りにしたのか?」

 

「その通り!すまんな、ガンヴォルト!今は部屋がいっぱいで何処も空いてないからこの様な部屋割りになった!」

 

突如現れる叔父の弦十郎。

 

「叔父様!?」

 

「それなら仕方ないね」

 

「ガンヴォルト!?幾ら幼い頃から気兼ねないとは言え、年頃の男女が同じ部屋だと何か間違いが!?」

 

「そんな事GVがする訳ないでしょ!?寧ろ翼の方が何かしそうなんだけど!?」

 

「ッ!?」

 

今度はシアンが翼の背後に突如現れる。

 

「...?シアン君もそこにいるのか?俺には何も見えんのだが?機械を通さずにどういう理屈で見えているんだ?」

 

「多分聖遺物のお陰じゃないのかな?ボクにも理屈は分からないよ」

 

二人はシアンがどうして弦十郎には見えないのか議論し始める。

 

「全く!私が目を覚ましたからにはGVに女の人を近付かせないんだから!なのにあの大男!GVと翼を同じ部屋にするなんて!」

 

「そんな事よりも何故ガンヴォルトは私と同じ部屋なのになんの動揺もしないのが不思議なんだが…」

 

その言葉にシアンは翼に自慢する様に言った。

 

「何を隠そう、私とGVは一緒に住んでいた事があるんだから!今更翼と一夜を共にするくらい訳ないのよ!」

 

「…つまり、私もシアンも女として見てもらえていないという事なのか…」

 

翼の言葉にシアンも翼も互いにガンヴォルトという想い人から意識されていない事にどよんと重い空気が漂い始める。

 

「弦十郎…なんか翼とシアンの様子がいきなりテンションだだ下がりなんだけど、そんなにボクと同室が嫌だったのかな?」

 

「分からん。見えないシアン君は別として翼の様子を見れば何となく分かるが。女心は全くもって俺にとっても読めないものだよ、ガンヴォルト」

 

弦十郎の言葉にガンヴォルトは頷く事しか出来なかった。

 

そして、ガンヴォルトが寝静まった後、翼が奏へと自慢する為にガンヴォルトのベッドに潜り込もうとした際にシアンとの激しい攻防があった事などガンヴォルトは知る由もなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

クリスはとても戸惑っていた。

 

まさか部屋割りでガンヴォルトと一緒の部屋になるなどと思いもしなかったからだ。

 

だが、ガンヴォルトの様子はいつも通りで何処かムカつく。

 

女性である自分と一緒の部屋であるにも関わらず何の疑問を持たないガンヴォルトに対して少し苛立ちを覚える。

 

(私だって女なんだぞ!少しぐらい意識したっていいじゃねぇか!)

 

なのに何の疑問を持たずに、自身の武装であるダートリーダーとかいう銃を丁寧にメンテナンスしている。

 

「おい、お前は女と同室なのに狼狽えもしないのかよ?」

 

少し苛立ちながらもガンヴォルトに対してそう言うがガンヴォルトは何の疑問も思わずに答える。

 

「同じ部屋とかは無かったけど、シアンと一緒に暮らしてたんだから今更どうこう言えないさ」

 

その言葉にクリスは驚きつつも、この男が自身の事を女と見ていない事に激怒する。

 

「私はあの女と同等なのかよ!」

 

「同等って何を比べるのさ。シアンも雪音クリスも可愛い女の子だろ?男のボクと同室で申し訳ないと思っているさ」

 

ガンヴォルトは少し申し訳なさそうに言うが、クリスにとって初めて言われた言葉の方に意識が向いてしまい、顔を赤らめる事しか出来なかった。

 

「ば、馬鹿野郎!可愛いって私には似合わねぇよ!というかフルネームは辞めろよ!」

 

「分かったよ、クリス。これでいい?」

 

フルネーム等でなく、名前を呼んでくれたガンヴォルト。クリスにとって少しガンヴォルトとの距離が少し近付いた事が嬉しかった。

 

「おっぱい魔人二号!あんたもGVを誑かすつもりね!?そんな事私がさせないんだから!」

 

「いつの間に!?何でお前までここにいるんだよ!?というかおっぱい魔人言うのやめろ!」

 

「シアン、クリスをあんまり変に言わないでよ…というか他にもそんな変なあだ名をつけてるんじゃないよね?」

 

ダートリーダーの調整をしながら苦い顔をしてガンヴォルトは言う。

 

シアンはそれでも食い下がらずにガンヴォルトに対して自身の不安を言い続ける。

 

「でもGV!この女、絶対にGVを狙ってるわよ!」

 

「クリスは仲間だろ?それにクリスはもうそんな事しないし、ボクの命なんて狙ってないよ」

 

「そういう事じゃなーい!」

 

鈍感なガンヴォルトにクリスは少し残念に思いつつもいつか絶対に一人の女性として意識させて見せる事を誓うのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響は困惑している。

 

今までにクリスや翼とも同室になった。次は誰だろうと楽しみにしていたら何と男であるガンヴォルトと同室になっているのだから。

 

「ごめんね、響。部屋割りでどうしても誰かしら男女混同になってしまうらしいんだ」

 

「それじゃ仕方ないですよ。でも年頃の男女が二人っきりで同じ部屋だと…」

 

「GVと二人っきりなんてさせる訳ないじゃない」

 

突如、光が収束してそこから現れるシアン。

 

「シアンちゃん!?」

 

姿を現したシアンに響も驚きの声を上げる。

 

「次なる刺客は貴方って訳ね、響。でも私がいるからには翼やクリスの様にGVには...」

 

「シアンちゃーん!あれ以来ガンヴォルトさんはいるけどシアンちゃんが居なくなってたから心配してたんだよ!よかった!また会えた!」

 

響は飛んでいるシアンに抱きついて、胸に顔を埋めていた。

 

シアンも響の行動が予想外過ぎて戸惑い、ガンヴォルトの方にどうすればいいか困惑した顔を向ける。

 

「響、シアンの心配をしてくれてありがとう。この世界に来てまだ友達とかもいないからシアンの友達になってくれない?」

 

「もちろんです!私、シアンちゃんと沢山お話ししたかったんです!それにお礼も!シアンちゃんに何度も助けられたし、シアンちゃんの歌のおかげで何度も救われたの!だからありがとう、シアンちゃん!」

 

純粋なお礼の言葉にシアンは先程までの警戒を解いて、響に接する。

 

「私もありがとう、響。貴方にはGVを何度も助けになってもらったんだから。私も貴方と話したかったわ」

 

そして響とシアンは用意されたベッドに座ると、初めて話すはずなのに今まで友達であった様に話に花を咲かせていた。

 

その様子を見るガンヴォルトは微笑んでいた。

 

「えっ!?ガンヴォルトさんって元々ヘソだしスタイルだったんですか!?」

 

「そうなのよ!なのにGVの新しい服はチャームポイントが消えているの!製作者には一度なんでせっかくのチャームポイントを消したのか問い詰めたいのよ!」

 

その言葉でガンヴォルトの表情は苦いものへと変わる。

 

何故そんな話になっているのかと。

 

ガンヴォルトは自身の過去を響に話すシアンを見てどっと疲れるのであった。



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3mVOLT

長くなりましたが気にしない


〜少女達はようやく行動制限解除される〜

 

ガンヴォルトと慎次、そして朔也の三人は何故かエプロンを付けて二課の施設内にある調理室でそれぞれ料理を作っていた。

 

「なぁ、何で俺まで作る側に回っているんだ?ガンヴォルトと緒川さんならまだ分かるんだけど…」

 

朔也が材料を包丁で刻みながらそう言った。

 

「料理が出来るからじゃない?朔也も自分が美味しい料理が食べたくて作ってるって言ってたし」

 

ガンヴォルトがコンロの前でフライパンを握りながら照り焼きを作っている。

 

「まあいいじゃないですか。折角のクリスさんの歓迎会という事なんですし、美味しい物を作りましょう」

 

慎次もガンヴォルトの隣でフライパンにお酒を入れてフランベしながらそう言った。

 

「いや、俺はあんた等にほぼ拘束されて無理矢理作らされてるんですけど!?」

 

ガンヴォルトと慎次に向けて叫ぶ朔也。何故この三人が料理を作っているかというと、少し前まで遡らなければいけない。

 

◇◇◇◇◇◇

 

数時間前ーー

 

「という事で雪音クリス君を正式に二課のメンバーに加える事になった。兼ねて歓迎会を開催しようと思う」

 

「師匠!賛成です!いっぱい美味しい物を用意して盛大にクリスちゃんを歓迎しましょう!」

 

「うむ。折角新たな仲間として雪音にも頑張ってもらいたいものだから、景気付けは必要だろう」

 

「賛成!美味いもんが食いたい!入院食はもう飽きた!肉が食いたい!」

 

「奏は何で病室を抜け出してこんなとこまで来てるの?身体を休ませないといけないし、いきなり重たい物ばかり食べたら身体に悪いから奏だけは別の物だよ」

 

「ガンヴォルトのケチ!私だって頑張ったんだからそれぐらい良いだろ!というか食わせろ!」

 

響は食について考え、翼はクリスを仲間として迎え入れる景気付けとして賛成する。

 

奏は二年ぶりに美味しい物が食べれると期待していたのだが、ガンヴォルトに注意されて、ブーブーとガンヴォルトに文句を言っている。

 

「奏、今回はクリスが仲間になるその歓迎会であって奏の食べたい物を食べる事じゃないんだから」

 

「そうだぞ、奏。頑張ったのは俺達も分かっているが今回は我慢してくれ」

 

「旦那までー…」

 

「今回は我慢してもらうけど、奏が快復したら好きな物食べさせてあげるから、その時にまた快気祝いを開こう」

 

「本当か!?だったらガンヴォルトに美味いもん作ってもらうからな!絶対だぞ!?」

 

奏は痛む身体なのに何処にそんな力があるのかと車椅子をボクの方に近付けて目を輝かせる。

 

「ちょっと近いわよ、おっぱい魔人一号!GVも何でそんな簡単に口約束しちゃう訳!?絶対変な要求をされるに決まってるじゃない!?」

 

シアンが現れてガンヴォルトに対して言う。シアンの存在が認知出来ないあおい、弦十郎、朔也、慎次はガンヴォルトと響達が表情を変えるのを不思議そうに見ていた。

 

「シアン…奏にまで変な渾名をつけて…それに食べ物なのに変な要求される訳ないじゃないか…」

 

「いいえ!絶対にこの女ならやりかねないわ!私の勘がずっと危険な信号を出してるもの!どうせGVに変なお願いをするに決まってる!」

 

「馬鹿な事を言わないでくれ、奏がそんな事する訳ないだろ」

 

ガンヴォルトはそう言って奏の方を見ると奏は何やら考え込みながらぶつぶつと呟いている。

 

「なるほど…そういう事も出来たのか…だったら何を頼もう…」

 

「奏もシアンの言葉を本気にしなくていいから…」

 

ガンヴォルトは溜息を吐く。

 

「おい、それならお前は私のリクエストなら聞いてもらえるんだよな?」

 

ガンヴォルトのスーツの袖を引くクリスが言う。

 

「もちろん。クリスが食べたい物があれば遠慮なく言ってくれれば作れそうな物なら作るよ。あまり凝ってる物じゃなければ助かるんだけど」

 

「…ならあの時食い損ねたもん…お願いしてたもんを作ってくれ…」

 

クリスは少し恥ずかしそうにそう言った。ガンヴォルトもそれを聞いて嬉しそうにクリスの頭に手を置いた。

 

「もちろん、それくらいなら作るよ。となるとボクはクリスのリクエストと他に簡単な物を作るとして後はデリバリーか何か頼んだ方がいいかな?」

 

「すまんな、ガンヴォルト。だが、現在復興の影響でデリバリーなんてものは機能していないに等しい。という事で、二課のメンバーでクリス君の歓迎料理を作ろうと思うのだが、いかんせん量もそれなりに必要になるだろうから人手が必要だろう。慎次、ガンヴォルトの手伝いを頼む」

 

「任せて下さい。でもいくらなんでも二人で料理となると少しばかり時間がかかる気がするので人手が欲しい所なんですが…」

 

そう言って弦十郎は独断と偏見で料理が出来そうな女性、あおいに目を向ける。

 

「…司令…ごめんなさい。私、あまり料理をしないもので簡単な物しか作れません…というかその二人のスペックが高過ぎて私の料理が霞んで見えるので辞退したいです…」

 

何処か女として悔しそうな表情を浮かべながらあおいはその申し出を断った。

 

「でも、代案があるのでそちらでお願いします。という事で藤尭君、後は頼んだわよ」

 

朔也の肩に手を置いて清々しく他人任せにするあおい。

 

「俺かよ!?というか、何で俺!?」

 

「そう言えば、前話してた時に料理が出来るって言ってたね。よかったら手伝ってよ」

 

「それなら話が早いですね。なら行きましょうか」

 

慎次とガンヴォルトは朔也を拘束するとそのまま部屋から出て調理場へ向かおうとする。

 

「いや、俺一言も了承してないんですけど!?というか二人とも離して下さいよ!?オペレーターである俺が戦闘要員であるエージェント二人に敵う訳ないでしょ!?というか話くらい聞いて下さいよ!」

 

朔也の叫びが木霊するが誰一人として朔也の拘束を解こうとする者はいなかった。

 

「…本当にあいつ等に頼んで大丈夫だったのか?」

 

弦十郎は少し不安そうに呟く事しか出来なかった。

 

という事もあり、現在三人はクリスを祝う為に料理を作っていたのであった。

 

「というか、俺の予想だとガンヴォルトの料理にしか殆ど興味が向かない気がするのに作る意味があるのかと思うんだけど」

 

「そんな事ない気もするんだけど…」

 

ガンヴォルトはクリスのリクエストした物、どうやらサンドイッチの様でそれを丁寧に作っていた。

 

「お前…まさか気付いていないのか?」

 

朔也は戦闘であればピカイチの才能を見せるガンヴォルトがここまで鈍感なのかと驚くが、以前から好意を向けている翼の事を考えるとどうしてこんな奴がモテるんだと感じ、隣に立つガンヴォルトに蹴りを入れる。だが、見てもいないのにガンヴォルトはそれを躱して言う。

 

「何をするの、朔也」

 

「ウルセェよ」

 

この鈍感は装者の気持ちを知っているのだろうか。知っていてこんな態度を取っているのならとんだクソ野郎だなと思いつつも、ガンヴォルトはそんな奴ではない事を知っている為にそれ以上何も言わなかった。

 

「とりあえずこんな感じでいいですかね?それじゃあ持って行きますか」

 

慎次の言葉にガンヴォルトと朔也は最後に綺麗に盛り付けた皿をカートの上に乗せるとそれぞれカートを押して装者や弦十郎達の待つ部屋へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「やったー!豪華なご飯だー!」

 

「うむ、少し心配だったがまさかこれほどまでに作り上げるとは…情報収集以外にも出来る男だったんだな、藤尭」

 

「俺だってやろうと思えば出来ますよ。というか、俺にそれしか無いみたいに言わないで下さいよ」

 

「ははは、悪かった。ちょっと今度のペイを色付けて振り込んでやるから勘弁してくれ」

 

朔也は不服そうだったが臨時のボーナスが出る事を聞いてガッツポーズを取っていた。

 

「さて舞台も整った事だ。これより雪音クリス君の歓迎会を始めるぞ!という事でこれより我々の仲間となってくれる雪音クリス君だ」

 

「ど、どうも…」

 

急に始まった歓迎会にも対応していくクリスの姿を見て今この場にいる全員が拍手を送る。

 

「ついでに嬉しい知らせもあるぞ。本日を以て君達装者の行動制限も解除される!」

 

「本当ですか!?師匠!?」

 

響もその言葉に驚きつつも嬉しそうに声を上げた。

 

「やったー!ようやく未来に会える!ってあれ?そう言えば私達は行動を制限されてたのにガンヴォルトさんが制限されてないのっておかしくないですか?」

 

「ガンヴォルト自身は制限をかける訳には行かなかったんだ。何せ、復旧するに当たって色々と必要な電力を賄わなければいかなかったからな。あのカ・ディンギルを壊したガンヴォルトの一撃でそこらの電力は根こそぎ使えなくなってしまったからな。そこでガンヴォルトには電力源として役に立ってもらった」

 

「ガンヴォルトさんの能力は万能なんですね…という事はここの電力も?」

 

「一応ね。昔は難しかったけど電圧や電流、複雑な制御も出来るようになってね。そういう事で救助作業や瓦礫の撤去に協力していたんだ」

 

「万能過ぎて一課に一人はガンヴォルトが欲しいと言われたな」

 

「だからってボクの能力をこういう風に使うのはもう勘弁願いたいね」

 

ガンヴォルトは弦十郎の言葉に溜息を吐きつつそう言った。

 

「さてクリス君も仲間になるに当たって住む所を準備させてはもらった」

 

「えっ?いいのか!?」

 

「勿論だ、とは言っても俺達二課の管理する物件が軒並みお釈迦になっているからガンヴォルトの別宅に居候という形になるが」

 

「ほ、本当か!?」

 

クリスは本当なのかと嬉しそうに声を上げる。

 

「司令!ちょっと待って下さい!何故雪音をガンヴォルトと一緒に住まわせるのですか!?」

 

「仕方ないだろう。ずっと二課でプライベートのない生活をしてもらう訳には行かないし、ガンヴォルトと一緒に暮らして貰えば、ある程度安全面も保証されるし、それに健康面も保証される。装者の健康管理も我々の仕事だからな。それにガンヴォルトと装者達を一緒の部屋にしていたのはガンヴォルトの素行調査もある。全く以て問題なかったがな。寧ろ俺は女性と同じ部屋で一夜過ごすのになんの緊張もしないこいつを本当に男なのかと疑った所だが」

 

「あれにはそんな意味が…と言うよりもボクの知らない所で弦十郎もそんな事思ってたの?言っとくけどボクも男だから少しくらいは緊張するよ。だからこそ、ダートリーダーの調整とかして気を落ち着かせてたんだから。翼、この事についてはボクは了承してるよ。既にクリスに鍵も渡してるし、好きに使っていいって約束してるし」

 

「違うわ、ガンヴォルト!私が言っているのはそういう意味じゃない!何故だ!何故こんな事に!?というかシアン!貴方がいながら何故こんな事になっているの!?」

 

そう言うとシアンが現れて罰の悪そうな顔をする。

 

「私だって反対だったよ!でもGVがそう言うから仕方ないじゃない…。おっぱい魔人二号がGVと一緒に住むなんて絶対危ない…特にGVが…」

 

「シアン。君と住んでいたんだから変わらないって言っただろ。それに流石に同じ部屋で寝る訳じゃないんだからって納得してくれたじゃないか?って奏!話し中に食べようとしない!君はそっちは食べちゃダメだよ!」

 

そう言ってガンヴォルトは奏がカートに乗るサンドイッチを食べようとしていたのでそれを止めに行った。

 

「シアン…ガンヴォルトの貞操が雪音に奪われる危機を見過ごすとは…貴方には失望したわ…」

 

「だから私だって反対だったって言ってるでしょ!?それにそんな事絶対に私がさせる訳ないでしょ!」

 

シアンと翼は互いに想い人と同居が決まったクリスを見る。

 

クリスも二人の視線に気付き、ガンヴォルトの別宅の鍵を取り出して、これみよがしにドヤ顔を浮かべる。

 

「雪音ェ!貴方を仲間と思った私が馬鹿だったわ!貴方は依然私と敵対するというのか!?」

 

「こんのおっぱい魔人二号!絶対にあんたをGVに近付けないんだから!というか近付くな!」

 

「…シアン君もいるのはなんとなく話の流れで分かるが、何故翼はあそこまで激昂するんだ?」

 

「さあ?まあ、あの鈍感が気持ちに気付けばこんな環境も変わるんじゃないですかね?」

 

「藤尭君の言葉にごもっとも」

 

弦十郎の言葉に朔也もあおいも興味がなさそうにというより、あの争いに入りたくないとばかりに傍観する側に回っていた。

 

そんな中、響は待ち切れないとばかりにカートの上にある食べ物を慎次に取ってもらい、奏はガンヴォルトに車椅子を押されながら、奏専用に作られた質素な入院食の所まで連れて行かれる。

 

「奏はこっちだよ」

 

「目の前にある美味いもんが食えないなんてとんだお預けだ…」

 

「仕方ないよ。今の状態で味の濃い物とか重たい物とかだと奏の胃が受付けないんだから」

 

そう言いながら奏はガンヴォルトに入院食を食べさせてもらうと少し機嫌が良くなる。

 

「なあ、ガンヴォルト」

 

「なんだい?」

 

「私もあんたの家に住んでいい?」

 

「…なんでそんな事を?」

 

「いや、今まで旦那の家…というか翼の実家に住まわせてもらってたけどこの期に心機一転して新しい場所に住もうと思って」

 

「…心構えはいいと思うけど…いや、ボクと同居するとなるとシアンが居るにしても男のボクと過ごすクリスにとって精神的な不安があるかもしれないし…奏も住んでもらえばそれも無くなるのかな?」

 

ガンヴォルトは何やらぶつぶつと考え込んだ。

 

「分かったよ。でもそれならちゃんとお世話になった弦十郎やお手伝いさんにお礼を言うんだよ。それとしっかり許可も取ってね」

 

「サンキュー!」

 

その会話にシアンと翼、そしてクリスは気付いていなかった。そして、奏がガンヴォルトの家に居つく事を知ったシアンと翼とクリスは再び言い合いになる事となった。




自分のしないフォギアは響以外(主にシアンと翼)が全力ヒドインムーブを決めるのはお約束なんです。


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4mVOLT

〜少女達は思わぬ伏兵に焦りを感じる〜

 

「ガンヴォルトさん本当に良かった…」

 

未来がガンヴォルトに撫でられながら涙を流し続ける傍ら、それを見るガンヴォルトに想いを寄せる者達は複雑そうな表情をしていた。

 

「GV…今度は響の友達にまで手を出して…」

 

「シアン…小日向だってガンヴォルトを心配していたんだ…私達もこの状況に変に首を挟むのはよそう…」

 

「翼…」

 

シアンは少しだけ自分よりも冷静な翼を少し尊敬する。

 

だが、

 

「…翼…良い事言っている事は私にも分かるけど、表情と言葉が何一つ一致していないんだけど」

 

翼の表情は何処か羨ましそうに歯軋りをして未来を見続けていた。シアンも何処となく同じ気持ちであったが、翼のこの姿を見て自分もここまでならないと心に誓う。

 

「全く、あんた等こういう時ぐらいは何も言わずに黙って見てられないのかよ」

 

「黙りなさい!おっぱい魔人二号!大体あんたも余裕そうにしてるけど口角がピクピクと動いているくらい私にはお見通しなんだから!」

 

「うるさい!私はなんとも思ってねぇ!」

 

クリスは顔を赤くしてシアンに言う。だが売り言葉に買い言葉、シアンとクリスの言い合いは酷くなる一方であった。

 

そんな中、翼は目が死んで譫言の様にぶつぶつと呟いている。

 

「私が一番ガンヴォルトと一緒にいるはずなのに…最近現れたぽっとでの雪音に最近素直になった奏もぐいぐいとガンヴォルトにアタックをかましているのに…私は一体どうすればいいというのだ…」

 

そんな様子を側から見ている響はガンヴォルトと未来の再会に涙ぐみながらも、寂しかったのか未来へと抱きついた。

 

「良かったー!未来もガンヴォルトさんと再会出来て良かったよ!」

 

未来に勢いよく抱きつく響に押されてガンヴォルトに寄りかかる事となる。ガンヴォルトはそんな二人を倒れない様にしっかりと支える。

 

響の不意打ちによろめきながらガンヴォルトに受け止められた未来は顔を真っ赤にしてガンヴォルトを見上げた。

 

「大丈夫?響、嬉しいのは分かるけど、不意打ちみたいにそういうのはやめようね」

 

「だってガンヴォルトさん…私だってもっと未来と抱き合いたかったのにガンヴォルトさんばっかりなんですもん!」

 

「気持ちは分かるけど危ない事はダメだよ」

 

「わ、私はこういうのは慣れてますから大丈夫です!で、でもい、今の状況は少し緊張するというかドキドキするというか…」

 

未来はあわあわとガンヴォルトに抱かれながら言う。

 

「未来ー!ガンヴォルトさんばっかり構ってないで私にも構ってよー!」

 

響は拗ねながら未来を更に強く抱きしめ、押される形でガンヴォルトに更に密着する様な形となる。

 

未来は更に顔を赤くすると耐え切れなくなったのか頭から煙を上げる様に意識を失った。

 

「未来!?未来しっかりして!?」

 

「未来!?どうして急に意識がなくなるんだ!?」

 

ガンヴォルトも響も急に意識をなくした未来にオロオロと戸惑い始める。未来の表情は何処か満足している様に見えるのは気のせいなのだろうか。

 

それを見て血涙を流す勢いで歯軋りをするシアンと翼。何処となく羨ましそうに見るクリス。

 

「ガンヴォルト…シアンといい、翼といい、相当の女誑しなんだな」

 

奏はベッドの上で静かにそう呟いた。

 

「!?」

 

ガンヴォルトは初めの方は聞こえてない様で何か言ったかは理解していなかったが、奏に助けを求める様に奏とアイコンタクトをする。

 

「自分で考えろよ」

 

奏は何処か羨ましそうに、そして自分も身体がしっかりと動く様になればやろうと思い、その状況をニヤニヤとして見ていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

〜初任給と彼の懐事情〜

 

「二課ってこんなに貰えるのか!?」

 

「もちろんだ。命を懸けて人類を守る君達には正当な報酬だ。だからと言って無駄遣いするんじゃないぞ?」

 

クリスは自身の為に作られた通帳の中に入っている金額を見て何度も自身がこんなに貰っていいかという事を弦十郎に言う。

 

弦十郎もその事を何度もクリスに一からしっかりと説明をしてくれている。

 

そしてクリスは自身の通帳を眺めながら何を買うか迷いながら二課の廊下に設置されたベンチに腰掛け考えに耽る。

 

「とは言ってもこんなにあって何に使うって言われてもな…あいつ等は何に使ってるんだ?」

 

以前より二課で働いている装者達の事を考える。

 

響の場合だと見た事のない金額に目が¥マークに変わり、ご飯が何杯食べられるかを即座に計算している事は目に浮かぶ。そしてご飯だー、ご飯だーと言っているに違いない。

 

翼だと、二課の給料を貰うと趣味のバイクへと手を出しているそうで、それ以外であるとガンヴォルトへの弁当代で消えているらしい。その他のお金は弦十郎や慎次が管理していると聞いている。

 

奏はまだ目を覚ましたばかりでよく分からないが、少し話した限り、変装用の服や両親の墓参りで減る以外は貯金とお世話になっている人達への簡単にでもいいからプレゼントをしていたと聞いた。

 

クリスは意外に堅実な奏には驚いたが、二人と違ってしっかりと管理している部分には共感を持てた。

 

となると、残るはガンヴォルトだが、彼のお金の使い道はよく分からない。一緒に住む予定になっており、お金に関しては家賃ぐらい出すと言ったが、まだそんなにある訳じゃないし、みんなよりもかなり多く貰っているとの事。給料をクリス達以上に貰っているにも関わらず、あまり散財する様な姿を見た事がない。むしろ話を聞く限りかなりの倹約家であり、一スーパーに行こうものなら、なるべくお買い得品や割引品などに手を出していたりするらしいので彼がどんな事にお金をかけているかが全くの謎だ。

 

「あれ、クリス?」

 

考え事をしていると、不意に声を掛けられる。その人物はまさに今考えていたガンヴォルトであった。

 

ガンヴォルトはクリスの元へ近付いて通帳に気付いた様だ。

 

「クリスも給料を貰ったんだ。何を買うか悩んでたの?」

 

ガンヴォルトもクリスの隣に座ると言った。

 

「そうなんだけど…こんな沢山のお金を貰ってこのままにしてるのもなと」

 

クリスはガンヴォルトにそう言ってガンヴォルトが何にお金を使っているのか気になり聞いた。

 

「なあ、お前が私くらいの歳でこんなお金を貰った時に何に使ったんだ?」

 

「ボク?うーん、どうだったかな?基本的には貯金かな?翼みたいにバイクに乗る趣味もないし、奏みたいにお世話になっている人には定期的に何か渡しはしていたけど、そんな高価な物を渡しても断られるからね。それなりにもらって嬉しいものを渡していたくらいかな。それ以外に使う事は個人的な聖遺物探しとかの移動費や光熱費なんかの支払いぐらいしか使ってないよ。殆ど通帳の中に入ってる」

 

予想通りの答えにクリスは何処となく安心する。

 

「あっ、でも最近は物凄く減ったな」

 

その言葉にクリスは驚く。ここまでの話からかなりの倹約家が散財したのだ。気にならない方が不思議じゃない。気になったクリスはガンヴォルトへと聞く。

 

「あんたみたいな奴が何でそんなに散財したんだよ?」

 

その使い道が気になったクリスはガンヴォルトに問うとガンヴォルトは頬を掻きながら少し恥ずかしそうに言った。

 

「この前の戦いでダートリーダーを二丁も破損させちゃってね。あれはボク専用と言っても差し支えないものだけど、二課の備品でね。壊した分の請求がボクの所に来たんだ。元の世界でも結構貴重なものだったから高いとは思ってたけどあんなにするなんて思わなかったよ。それに技術班にも傑作を二丁も壊されたって嘆かれたよ。まあ助かったから今回は許してくれたけど」

 

ガンヴォルトは乾いた笑みを浮かべて話してくれた。だが、面白い使い道でも無かった事にクリスはがっかりする。

 

「壊すあんたが悪いんだろ?」

 

「まあそれで紫電を止められたなら安いものさ。あっ、でももう一つお金を使いそうな事があったよ」

 

今度こそクリスは面白い回答が来ると期待してガンヴォルトに聞く。

 

「クリスと一緒に住むんだから今度家具でも買いに行こう。ボクはあんまりそういうの詳しくないんだ。好きな家具が有れば言ってくれれば買ってあげるよ。初給料ぐらい、ボクもクリスには好きに使ってもらいたいからさ」

 

ガンヴォルトはクリスに微笑んでそう言った。

 

クリスはその言葉とガンヴォルトの笑みに頬を赤くしてこれ以上見ていると心臓が破裂してしまうと感じ、目を逸らした。

 

「そ、そんな事に使わなくていいだろ!?」

 

「意味はあるよ。ボクだってクリスには不自由なく生活してもらいたいし、その手伝いが出来るならそのくらい惜しくはないさ」

 

ガンヴォルトという男はこういう事を素で言うのだからクリスにとって心臓にとても悪かった。だが、ガンヴォルトがそこまで自身の事を考えていてくれると思うと何処か暖かいものを感じる。

 

「…あんがと」

 

「気にしないでいいよ。奏も住む事だし、皆で見に行こう」

 

奏の名前が出た瞬間にクリスは顔が無表情となり、ガンヴォルトへと恨めしそうな目を向ける。

 

「何であいつも住む事になってるんだよ!?」

 

「奏が住んだ方が、ボクと二人っきりっでいるよりもいいと思ってね」

 

「ちょっとGV!?おっぱい魔人二号はいいとしてもおっぱい魔人一号と住むなんて私も聞いてないんだけど!?それにそんな甘い言葉で誘惑するの禁止!」

 

その言葉に釣られる様にシアンも姿を現した。

 

「甘い言葉って…」

 

「それよりもあいつも住むのかよ!?」

 

「もう決まった事だよ。部屋も空いてるし」

 

「私が言いたいのはそういう事じゃない!」

 

「そうよ、GV!不本意だけどこの女の意見に賛同するわ!」

 

二人の異様な様子にガンヴォルトは混乱しているが、タイミングよく慎次が現れる。

 

「ガンヴォルト君。ちょうどいい所にいました。技術班が新武装の開発に当たって君に幾つか試してもらいたいものがあるそうなので、直ぐに来て欲しいというお達しがありました」

 

「新武装…あまり良い予感はしないけど…前みたいにゴテゴテのパワードスーツとかじゃないよね?まあ何にしてもちょうど良かった。ごめん、クリス。話はまた今度で!」

 

「あっ、おい!話はまだ終わってねぇぞ!」

 

「ちょっとGV!逃げるな!」

 

ガンヴォルトは足早に去っていく。クリスもシアンも呼び止めたが、既にガンヴォルトの姿はもう見えなくなっていた。

 

「シアンさんもいると思いますが…何というかごめんなさい」

 

憤る二人に対して慎次はとりあえず謝っておこうと頭を下げるのであった。

 

ついでにガンヴォルトが向かった先で技術班が用意していたのはガンヴォルト専用に作成されたダートリーダーと響同様近接格闘出来る様に作成された特殊な銃であったが、耐久に問題がある様で結局ガンヴォルトに破壊され、ガンヴォルトはまたしても技術班に怒られる事となった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

翼は風鳴邸にあるキッチンに立つガンヴォルトの姿を見て驚く。

 

何故ガンヴォルトが風鳴邸に来ているのか?そして何故ガンヴォルトが風鳴邸のキッチンに立っているのか分からなかった。

 

「ガ、ガンヴォルト!?な、なんで家にいるの!?」

 

「お帰り、翼。なんか今日料理担当のお手伝いさんが体調を崩したみたいでね。慎次も翼のライブや奏が復帰出来る様に各局との打ち合わせ関連で抜け出せないらしくてボクに頼んできたからさ」

 

ガンヴォルトはそう言いながら冷蔵庫の中を確認した。

 

「この家のキッチンに上がるのなんて久しぶりだけど配置が変わってなくて良かったよ。それに手入れも行き届いてあの頃と使いやすさも変わってないね」

 

ガンヴォルトは調理道具を見ながらそう言って調理に取り掛かる。

 

「ガンヴォルト…私も何か手伝おうか?」

 

「いや、大丈夫だよ。翼は座って見ておいて」

 

少しだけガンヴォルトの顔が苦い物に変わったが、翼はなんでそんな表情になったかは少し疑問であったが、ガンヴォルトがそう言うので素直に従う。

 

しかし、翼はこうやってガンヴォルトの背中を見ながら待っていると何処か新婚の様な感じだと考え、少しにやけてしまう。

 

「翼…その顔気持ち悪いわ」

 

「シアン!貴方もいたの!?」

 

突如声がしたと思うとシアンが現れる。

 

「いるも何も私とGVは一心同体なのよ。いるに決まってるじゃない。大体こんな危険な場所にGVを一人で行かせる訳ないでしょ!」

 

「危険なはずないでしょ!」

 

「いいえ危険ね!翼というGVに邪な感情を持った人と一緒なんて一体翼が何を起こすか考えれば直ぐ分かるわ!」

 

「シアンは何を言ってるの?ボクはこの家に前に何度も来ているしその時も何もないよ。それにここは防人というこの国を守る組織の邸宅だよ。危険なんてそうそうあるはずないじゃないか」

 

「GVは鈍感過ぎるのよ!本当にGVは自分の事を本当に分かってない!」

 

「いや、自分の事は自分が多分理解していると思うんだけど…それにボクは鈍感なの?」

 

調理中のガンヴォルトは手を止めて、シアンと翼を見る。

 

二人はそんなガンヴォルトに溜息しか出なかった。

 

シアンの言う通り、この手の事は何処までも鈍感なガンヴォルト。だが、その鈍感のおかげか奏やクリスの好意にも気付かないのが幸いである。そしてこの前ガンヴォルトと再会した未来も怪しくなってきた。

 

「全く、本当にガンヴォルトは…」

 

「不本意だけど翼の言葉と同じ意見よ…」

 

ガンヴォルトは二人に疑問符を浮かべながら、再び調理に戻るのであった。

 

しかし次に勃発したのはシアンと翼の食べ物の取り合いである。

 

シアンは食べれないのだからそこまでしなくてもいいと思うのだが、どうも見せつける様に食べる翼にムカついただそうで、本当に会わない内にシアンはどうしてここまで変わったんだろうとガンヴォルトは溜息を吐くのであった。



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5mVOLT

新年明けましておめでとうございます。
本編が終わったのでまずはこちらを再開。
取り敢えずこっちは合計約十話行くかいかないかで終わる予定です。


〜響と未来、そしてシアン〜

 

ガンヴォルトは復興の為に外に出ているが、シアンは復興中のガンヴォルト時はあまり話しかけるのも迷惑だと思い、二課内部をふわふわと漂っていた。

 

「…GVもいないし…やる事も無くて暇…」

 

だが、ガンヴォルトや装者でなければシアンの姿を目視する事は出来ない。それに、シアンはあまり二課の面子とも関わりがない為に、機械を通して話しかけようにも話す話題がない為に寂しい気持ちで漂っていた。

 

そんな時、

 

「あっ!シアンちゃーん!」

 

「響!」

 

寂しい気持ちを明るく照らすような声にシアンは先程の気持ちがパッと明るくなる。

 

翼や奏、クリスと違い、この世界に来て唯一、心置きなく話せ、そして何より心配をしなくていい存在である響が来たからだ。

 

だが、その声の方向へ振り向くと、シアンの表情は喜びともう一人の存在に表情を引き攣らせた。

 

響は友達であり、シアンにとってこの世界であった女の子の中で最も清涼剤になる人物。

 

だからシアンは心を許した。

 

だが、もう一人。響の親友にしてポッと現れた翼や奏、クリスに次ぐ新たなる恋敵(てき)かも知れない少女。

 

未来の存在。

 

「ど、どうしたのシアンちゃん?複雑な表情をして?」

 

響が近付いてシアンの表情に気付いてそう聞く。

 

「?私には見えないけど…そこにシアンちゃんがいるの?」

 

シアンの存在を感知出来ない未来は響が虚空に向けて話す為に何処か半信半疑の表情を浮かべる。

 

未来に失礼なと思うが見えないのだから仕方がないとシアンは心を落ち着かせて考える。

 

まだ未来は恋敵と完全に決まった訳じゃない。話せばもしかすれば恋敵でない事が分かり、仲良くなれるかも知れない。この世界に話し相手が少ないシアンにとってそれは重要な事。響の様な清涼剤が増えるだけでも助かるのだから。

 

翼や奏、クリス。いがみあいの多いと言う何とも言えない関係よりも、話してて落ち着ける友達が響以外にもいればと言う思いを持つシアン。

 

だが、話した事のない相手。どう話を切り出すべきか考えるシアン。翼は聖遺物を通し、何回かコンタクトを取っていたから大丈夫だった。奏もクリスもガンヴォルトの事で言い合ったからか会話は出来る。

 

本来であればあまり人付き合いが得意ではないシアン。彼方でも学友はいたが、それも自分から話したと言うより話しかけられて友達になった感じ。

 

故に正直、どう言う感じで未来に接すればいいのかわからない。そもそもそれは見える事が前提であり、見えない未来にどう切り出せばいいのか分からない。未来はどうなのだ?どう接すればいい?それに見えないのならどうやって?

 

そんな感じでシアンは未来とどうコンタクトを取るべきか考えるが、話題が見当たらない。

 

シアンが思考をする中、響が未来に見えない為にどうすればいいのか思いつき、スマートフォンを使い、カメラを起動させる。

 

機械を通せば見えると教わった響はそれを実行する。

 

だが、カメラ越しではシアンの姿は確認出来ない。それもそのはず。シアンは魂に電子を使い、形を作り出した存在。

 

その為電子を移せないカメラではシアンの姿を目視する事は出来ないのだ。

 

どうすればいいか全員が思考する。シアンは未来にどう接するべきか、響はどう未来にシアンを紹介するべきか、未来は見えないシアンにどう話せばいいのか。

 

それぞれが考えを重ねる。

 

だが、その思考は出口が見えない為、シアンが思い切って行動に移した。

 

響が握るスマートフォン。そちらに干渉し、画面から未来に姿を見れる様に、スマートフォンに移ったのだ。

 

「は、初めまして…」

 

シアンは見えている故に何回かは未来の顔を見ている。だが、シアンの姿を見た未来は気さくにシアンに話しかけてくれた。

 

「初めましてシアンちゃん。響やクリスから話は聞いているかも知れないけど、私は小日向未来。よろしくね」

 

その言葉から初めの邂逅はシアンの中では過去の友達と同じ様な感覚であり、懐かしく、嬉しい感情が湧いてきた。

 

「よ、よろしく!」

 

シアンはそう返すと未来はシアンに礼を言う。

 

そこからはとんとん拍子で上手くいく。シアンと未来は馬があった。それは二人に共通点があったから。

 

シアンはガンヴォルト、未来は響という形で互いに大切に思う人がいる。故にその心配事の話をすると自然と未来との会話が弾んだ。

 

故に、シアンは未来とはこれからも仲良く出来ると確信した。

 

だが、

 

その話は響の何気ない一言でその確信が変わってしまう。

 

「そう言えば、シアンちゃん。そろそろクリスちゃんがガンヴォルトさんの家に引っ越しするみたいだけどどうなってるの?」

 

その言葉にシアンは凍り付く。そして未来も。

 

シアンは自身もその言葉に凍り付きながらも未来の表情が変化するのを見逃さなかった。

 

「響…それはどう言う事?クリスが…ガンヴォルトさんと一緒に住むって?」

 

「クリスちゃんの家がないから物件を決めるはずだったんだけど、健康とか安全からの観点とか何たらでガンヴォルトさんと一緒に住むって話になってるんだよ」

 

そう未来に言った響は未来の表情の僅かな変化に気付いて察してしまった。

 

まさか、未来もなのかと。

 

いや、よくよく考えれば未来もそうなのかと思わせる事はあった。

 

ガンヴォルトと再開してから遊びに行くと決めたあの日。

 

普段とは違い、遊びに行くのに少し気合が入っていた。男の人と遊ぶと言う為と最初は思っていたが、それは違ったと今になって考えさせられる。

 

想っている人に綺麗に見られたい。普段とは違う綺麗な姿を見せたい。そんな理由だと。

 

そしてその言葉が地雷になったと漸く響は気付いた。

 

ガンヴォルトと住む事になったクリス。

 

そんな話を聞いて狼狽えないわけがない。それはその時の翼の反応から知っている。

 

だから話を別方向へとシフトさせようとする。

 

だが、響が声を発する前に、未来が言う。

 

「クリスはガンヴォルトさんと住むなら、引っ越しのお手伝いしなきゃね」

 

普通の言葉。その言葉に響は一瞬自分の耳を疑った。いや、シアンもだ。今までの他の人物とは違い、大なり小なりの衝撃と嫉妬を混じらせていた。

 

だが未来は違った。

 

嫉妬などを見せず、ただ淡々とそう言ったのだ。

 

シアンもこれを聞いて何処か安心した。響も別にそんな事はなかったのかな?と考える。

 

だから話を続けた。だが、その話の中でシアンは響には聞こえなかったが、スマートフォンのマイクから聞こえたごく小さな声を聞き逃さなかった。

 

「クリス…一緒に住むからってリードとは限らないんだよ」

 

「未来!やっぱり貴方も!」

 

安心したのも束の間。その言葉にせっかく友達と思ったが、シアンは未来をも恋敵に認定した。

 

「シアンちゃん…私だって一人の女の子。好きになったら振り向いて貰いたいって思うんだよ」

 

何処か蠱惑的に微笑む未来。

 

そして再びここでも落とされた火蓋。

 

その火蓋を落とされてヒートアップするシアン。だが、未来はそれを受け流す未来。

 

そしてそれを見た響はこう思う。

 

「ガンヴォルトさん…貴方は一体何処まで人を誑かせればばいいんですか…」

 

その様子を見て溜め息を吐く響。

 

勿論ガンヴォルトが悪いと思っていない。だが、いい加減にそろそろ好意に気付いて欲しい。

 

そうすれば少しでも争いの目が消えるのではないかと思うから。

 

だけど、響はシアンには悪いと思うが未来を応援しようと考えている。

 

大切な親友。その人が想い人と結ばれる事を望まないなど親友とは呼べない。

 

だが、そう思うと何処か寂しさと胸の苦しさを覚える。

 

それが響には寂しさと思わせるものか、それとも、別の何かである事はまだ響は知る由もなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

〜奏のリハビリ〜

 

ある程度のリハビリを重ねた奏。歩くまではいかないもののその回復力は驚異的な速さで、もう少しで車椅子ではなく松葉杖を使える様になるほどになっていた。

 

現在は特異災害機動の提携する病院のプールを借りてリハビリを行なっている。

 

そしてそこまで回復させたのは奏の努力の結果であり、リハビリが解禁されてから必死に取り込んだ事が身を結んでいた。

 

奏をそうまでさせる理由は勿論、新たな住居への引っ越し、そして今リハビリを手伝う人のお陰であった。

 

「奏、無理しなくていいからゆっくり行こう」

 

ガンヴォルトがこうしてリハビリを手伝ってくれる事が奏のリハビリへの意欲を上げていたから。奏の手を引いて歩きの補助をするガンヴォルト。奏は嬉しさと気恥ずかしさを隠さずに手助けしてくれている。

 

「おう。でもいいのかよ。私のリハビリばっかり付き合ってもらって。私は嬉しいけどシアンが拗ねちまってるぞ?いや、その他の奴もそうだけど…」

 

奏はそう言ってプールサイドを見る。

 

そこには険しくも羨ましそうな顔をするシアン。同じく翼。羨ましそうにクリス、未来がいた。

 

響はそれを知ってか知らずか分からないが関わると危ないと必死に奏の応援をしている。

 

「険しい表情をしているのは分かるけど、奏が溺れないか心配してるんじゃないかな?流石に手を引いているし、足もつくからそんなこともないだろうけど…」

 

ガンヴォルトは見当違いの反応をする為に、奏も溜め息を吐く。みんなの気持ちを理解してそう言っているのならただの鬼畜。だが、ガンヴォルトはそうではない。

 

恋愛という感情に限りなく鈍いのだ。故に、そう思う事しか出来ない。

 

だが、そこまで鈍い為に溜め息を吐くしかない。誰かが言えばいいのだが、ガンヴォルトには目的がある為に、誰も踏み込む事が出来ない。

 

だが、それでもやっぱり誰もが思う。ガンヴォルトに自身の気持ちを理解して欲しいと。

 

だから奏は踏み込む。

 

(少しくらいはいいよな?)

 

ガンヴォルトだけは取られたくないと。初めは憎かったが、今は愛しく思えるガンヴォルトに、少しくらいは振り向いて欲しいと。

 

そうして奏はわざとガンヴォルトの手を引いた。

 

勿論、今の奏の腕力でガンヴォルトを動かす事など不可能。しかし、ガンヴォルトが動かない故に、その力は奏をガンヴォルトの方に引き寄せ、奏の顔はガンヴォルトの胸へとぶつかる。

 

「っと、どうしたの急に」

 

「いや、ちょっとね」

 

そうして奏はガンヴォルトと抱き合う様な姿勢になる。

 

そして奏は悪戯っぽくプールサイドへと目をやった。

 

奏の視線の先、そこでは異常なまでの羨望と怒りを募らせたシアンと翼。そしてそこまでする必要あるのかと目で訴えてくるクリス。そして羨ましそうに見る未来の姿。

 

そしてまたですかと溜め息を吐く響。

 

それを見て奏は今だけは自分の時間なんだと少しばかりの優越感に浸る。

 

「ほら奏、足はつくし、今まで歩けてたんだから続けるよ?」

 

それに気付かないガンヴォルトは奏にそういうと奏もそれに従って再びリハビリを再開する。

 

奏はその辛くも暖かい今を、大切な人と行っているという幸福に満たされながらもリハビリに励むのであった。

 

だが、リハビリが終えると勿論、ガンヴォルトはまたシアンと翼、クリスに責められて、何が悪かったのかとガンヴォルトにとって答えの分からない問題について頭を抱えるのは言うまでもなかった。

 

「ガンヴォルトさん、少しはこれで勉強したほうがいいと思います」

 

「響、何で少女漫画を?」

 

そう言われて響から渡された漫画を渡されるガンヴォルト。しかし悲しきかな、ガンヴォルトはその漫画を読んだとしても、感動と切なさと言う感情以外分からなかったという感想のみしか響の耳には入らなかった。

 

しかし、その貸された漫画はシアンが気に入り、響とシアンの仲が深まった事以外、何もなかった。



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6mVOLT

お久しぶりです。


〜クリスの買い物〜

 

クリスはガンヴォルトとの買い物に胸を躍らせていた。

 

二人での買い物とは行かない。何故ならガンヴォルトと常にシアンがいる。だが、それでも、一緒に住む。そして家具を見に行く。

 

(結婚して夫婦になるカップルがやる自分達の家の家具を見る奴だろ…これ)

 

そしてそう考えると顔が赤くなってしまう。

 

今までに無い初めての事。そしてそれが想っている男と一緒となるとそうなってしまう。

 

(色々と順序が飛びすぎて頭がおかしくなってきやがる!)

 

頭の中はそう言う考えばかりが浮かび、黄色い歓声が心の中が五月蝿くなる。

 

だが、

 

(でも…あいつはそんな事一つも考えてねぇんだろうな)

 

しかし、そんな考えを阻んで来るのもまたガンヴォルト。朴念仁のトンチンカン。可愛いなど口にしても恋愛なんかに繋がらない小学生、いや、恋愛のれの字も理解出来ない男。

 

そう考えると今度はムカついてくる。

 

だが、ムカつきはするが怒りは抑える。恋愛を知らないのならば自分が意識させればいい、と画策する。

 

そうする事で差がつけられる。奏にしろ、翼にしろ、シアンにしろ、この時により優位になれば良い。

 

そう考えていた。

 

「ごめん、クリス。待たせたかな?」

 

そんな時、後ろから声をかけられる。勿論それはガンヴォルトであり、クリスの今後の同居人。そして想い人である。

 

その言葉にクリスは胸を躍らせて振り返るが、その瞬間に一気にそれは鳴りを顰めてしまう。

 

それもそのはず。

 

来ていたのはガンヴォルトだけではないから。

 

シアン。それは分かっている。ガンヴォルトと一心同体故にあまりに退屈でなければガンヴォルトと常に一緒にいるから。

 

だが、そこに居たのはシアンだけではなかった。

 

翼、響、未来の姿もあったのだから。

 

「どう言う事だよ!なんでこいつらも!」

 

「なんかみんなも買い物途中だったみたいでそれなら一緒に見回ろうって話になってね」

 

その言葉にガンヴォルトが答える。だが、クリスは理解している。そんな偶然があるわけ無いと。

 

「そう言う事だ、雪音。どうせならみんなで回ろう」

 

そして翼がクリスの近くに来てそう言った。

 

「みんなで回った方が楽しいよ?クリス」

 

「私と話せる人は多い方が良いからね」

 

そして未来とシアンも。

 

「これ以上抜け駆けさせるわけ無いだろう、雪音」

 

「クリスばっかりいい思いしてずるいからね」

 

「あんたばっかりにいい思いなんてさせないわよ」

 

普段なら歪み合うのにこんな時ばかり協力的な三人にクリスは表情を歪める。

 

そしてそんな嫉妬の感情が混ざり合う所から離れて見守るガンヴォルトと響。

 

「…本当に私達まで付いて来て大丈夫だったのかな?」

 

「みんなが楽しければボクはいいと思うけど?」

 

「あの雰囲気を楽しそうと表現するガンヴォルトさんは目が節穴じゃ無いんですか?」

 

「!?」

 

急に響に毒を吐かれたガンヴォルトは驚きを隠せない。

 

少女漫画を貸して読んだのに全くと言って理解出来ないガンヴォルトに頭を痛める響。

 

ガンヴォルトにはもう少し女の子の気持ちを理解出来る力が身について欲しいと思うが、こればかりは響はもう諦める。

 

言えばいいのだろうが、自分自身がそれに気付かないと意味が無い。

 

「ガンヴォルトさん、いい加減にみんなの感情を理解する努力をした方がいいと思いますよ」

 

「…善処するよ…でも…せめてヒントを…いや、自分で気付けない様じゃダメな気がするからなんとか頑張るよ」

 

ヒントと言うとむぅと響が頬を膨らませて何かを訴えて来たためそう答えた。

 

「善処じゃなくて、気付いてください。そうしないとこれからもっと大変になるかもしれないんで」

 

強めに、そして呆れながらもそう言う響。

 

だが、そうでもしないと響にまでとばっちりが来るかもしれない。だからこそ、善処でもなく、理解してと言う。

 

「頑張るよ…」

 

そう言ったガンヴォルトに響はこれだと当分気付かないだろうと溜め息を吐く。

 

そしてそんな間でもヒートアップする四人の場所を見てそろそろ彼方を止めなければ買い物どころじゃないと思い、響はガンヴォルトの手を引いて向かう。

 

「そうしてください。じゃあ、みんなの所に行って買い物しちゃいましょう!」

 

どうすればいいか考えるガンヴォルトも響に引かれたことで取り敢えずその事を胸に刻みながらも四人の元へ向かうのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

一旦その場を後にした五人は大型の家具店へと移動する。

 

勿論、クリスが使う家具を見るため。

 

その為、クリスが必要とするものをスマートフォンに書き起こしており、一つ一つを見ながらクリスの気に入ったものを購入していくと言う流れであった。

 

「本当にいいのかよ…結構良い値段するのに出して貰って…」

 

だが、クリスは自身が選んだ物を店員に伝えて購入予約をしていくボクに対して少し不安そうに聞いてくる。

 

「構わないよ。ボク自身が良いって言ったんだから。クリスは気にせず、必要物があるなら出してあげるから」

 

ガンヴォルトはそんなクリスに大丈夫と優しく言った。

 

その事にクリスはその行為に甘え、必要最低限の物を選んでいく。

 

「いいなぁークリスちゃん…」

 

そんな様子を見ていた響が羨ましそうに言う。

 

「本当に羨ましい…ガンヴォルトと一緒に住むなんて…ッ!なら私も!」

 

そして翼も響とは違う羨ましいと羨望して気付き、ガンヴォルトへとそう言った。

 

「ごめんね、翼。今後ボクが住む部屋はもう空きがないんだ…」

 

それを聞いた翼が絶望した。

 

「ガンヴォルトさんの借りていた住まいって二人で住む広さなんですか?」

 

未来も何処かクリスを羨ましそうにしていたが、自分は響と寮に住んでいる事、そして仕送りなどがある為に離れられない。

 

だが、遊びに行く事は可能になったりするのでそこを堪え、間取りなどが気になり、聞いた。

 

「いいや、3LDKのそれなりに広い部屋を借りてるよ」

 

それを聞いた翼はならば何故と言いたげな表情を浮かべ、クリスとシアンはその言葉苦虫を噛み潰したように表情を歪め、未来はそれならは何故と言う様に、そして響は何か嫌な予感と更なる混沌をこの場に呼び込もうとする気配を感じた。

 

「もう一部屋は奏が来る事になっているからもう空きがないんだよ」

 

その言葉に響は予感が的中し、翼と未来は凍り付き、クリスとシアンはガンヴォルトの変わらぬ答えに呆れと怒りを見せる。

 

「何故だガンヴォルト!何故奏が!」

 

そして初めに反応を見せたのは翼。辺りに人がいるのにも関わらず翼はガンヴォルトに詰め寄る。

 

「何故ってシアンがいるにしてもボクとクリスは異性だから。住みにくいと思っていたんだけど奏がそう提案してくれたからボクは了承しただけだよ」

 

翼に対してガンヴォルトが言った。

 

「いつなんだ!奏は私よりも先にそう言ったのか!?」

 

「どうしてそこが気になるかは知らないけどクリスが部屋に住む事が決定した時に奏から言われたからボクは了承したんだよ」

 

そう答えたガンヴォルト。だが、その言葉に翼は遅れた事に膝をつく事になる。

 

人前でそうなるとなると流石にガンヴォルトは翼を止める。

 

同様に未来も少しばかりダメージを受けたのかふらつくがそちらは響がフォローする。

 

「…とんでもない爆弾をいくつか変えてるんですか…ガンヴォルトさん…」

 

そしてその言葉と共に独り言の様にそう呟いた。

 

「それについてはあいつに言ってくれ…」

 

「GVが安請け合いしすぎなのよ…」

 

そしてその響の言葉を聞いていたクリスとシアンが響に対してそう返すのであった。

 

そんなこんなで色々とあったが家具を揃えることは出来た。

 

だが、クリスはこんなに貰ってばかりいる事に少し申し訳ない気持ちがあり続けた。だから少しサプライズとお礼をと考えていた。

 

「じゃあボクは支払いと配送の日程を決めて来るから少しだけ待ってて」

 

そう言ってガンヴォルトはレジの方へと向かっていった。

 

そしてガンヴォルトの姿が見えなくなった時、クリスは動き出す。

 

「クリスちゃんどうしたの?」

 

ガンヴォルトが見えなくなり動き始めたクリスを見て響が声を上げる。

 

「なんでもねぇよ!少しだけ待ってろ!」

 

そう言って響の言葉を聞かずにクリスはみんなから離れる。

 

「何があったのかな?」

 

「忘れ物だとしてもガンヴォルトさんと違う方に行くなんて…」

 

「お花を摘みに行ったのだろう。雪音はああ言う性格だ」

 

「そうかもだけど…何か胸騒ぎが…」

 

響も未来もクリスがガンヴォルトとは別に行くのを見て疑問を浮かべるが翼は多分慌て方としてトイレと捉える。だが、シアンは何処となく嫌な予感を持ってクリスの帰りを待つのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

あれからガンヴォルトが支払いを終える前に帰ってきたクリス。みんな深くは踏み込まず、話をしているとガンヴォルトが支払いを終えて帰ってきた。

 

「待たせてごめんね」

 

「そんなに待ってねぇから大丈夫だ」

 

クリスはぶっきらぼうに答える。

 

「素直じゃないなぁー、クリスちゃんは」

 

「もう少し素直になっても良いんじゃない?クリス」

 

そんなクリスに響と未来がそう言った。

 

「うるせぇ」

 

そう言われて小さく言うクリス。

 

「確かに雪音も素直になると良いと思うぞ?」

 

「そうそう。少しは素直にお礼くらい言えれば良いのに」

 

翼もシアンもそんな恥ずかしそうにするクリスへとそう言った。

 

「まぁまぁ」

 

そんなクリスに向けてやれやれとしているみんなを嗜めるようにガンヴォルトが間に入る。

 

そんな時、響のお腹が可愛らしい音を立てる。

 

その瞬間、響はお腹を恥ずかしそうに抑えて笑った。

 

「良い時間だし、帰る前に何か食べて帰ろうか」

 

「良いですね!美味しい物たくさん食べて帰りたいです!」

 

そのガンヴォルトの案に賛成する響。

 

「確かに良い時間だし、そうしよう」

 

翼が賛成して、みんなで外食する事になる。

 

近場のファミレスで食事をとる事になり、響が本当に食べれるのかと言えるほど注文したり、クリスの食べ方に絶句したりあったが、何事もなく食事も終わり、クリス以外を寮や自宅に届けた帰り道。

 

クリスとガンヴォルト、シアンが帰っている中。

 

「今日は…あんがと…色々と買ってくれて…」

 

「気にしなくて良いって言ったのに」

 

「GVは誰にでも優しずぎなのよ!」

 

クリスはガンヴォルトに礼を言う。ガンヴォルトはそんなクリスに対して気にしなくても良いと前と同じ事を言った。

 

そしてガンヴォルトのその無償の優しさにシアンは自分自身にも向けられている事に怒りを込めて言う。

 

だが、ガンヴォルトにそんな事を言っても無意味。

 

ガンヴォルトは自身の大切にしたい者にはそう言う人物だから。

 

そうしてクリスが一時的に間借りしている二課の宿舎へと送り届け終えようとした時、クリスはぶっきらぼうにガンヴォルトへと持っていたバックの中から何かを取り出して渡した。

 

「その…お前の好みとかわかんなかったし…これで全部お前に借りを返したと思わねぇけど…今回のお礼だ」

 

そう言われてガンヴォルトは受け取ったそれはアクセサリーなどを飾れる小さな置物。

 

「別にいらなかったら返してもらっても良い!」

 

そのお礼に戸惑うガンヴォルトにクリスがやっちまったと思いそう言う。

 

だが、

 

「いや、ありがとうクリス。大切に使わせてもらうよ」

 

ガンヴォルトは嬉しそうにそう言った。

 

「ッ!それならいい!じゃあまたな!」

 

そう言ってクリスはそのまま宿舎の方へと走っていった。しかし、その後ろ姿は恥ずかしそうに、そして何処か嬉しそうにするように見えた。

 

「お礼はいいって言ったけど…でも、やっぱりこうやって返されると嬉しいな」

 

ガンヴォルトはクリスから受け取った置物を見てほおを弛ませた。

 

だが、ガンヴォルトとは対比にシアンの顔は果てしなく怒りに満ち溢れていた。

 

「あのおっぱい魔人!姑息な手を!」

 

「なんでシアンは怒っているのさ?」

 

「全部GVが悪い!」

 

「えぇ…」

 

謂れのない怒りをぶつけられたガンヴォルトは本当に訳が分からないと思いながら、帰路に着く事にした。

 

しかし、帰る際にシアンからの謂れのない口撃が続いたのは言うまでもない。



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7mVOLT

〜二人の焦り〜

 

二課本部。

 

そこでは珍しい組み合わせの二人がいる。

 

「シアン…何故今の様な状況になっているのか説明して貰おう」

 

「私だっておっぱい魔人達が居候なんて反対よ!でもGVが決めた以上何も言えないから仕方ないじゃない!」

 

それは翼とシアンの会合。普段はいがみ合う二人だがこの時ばかりはそんな事をしている場合ではないと話し合っているのだ。

 

「それは分かっている…あそこはガンヴォルトが元々借りている物件…家主であるのがガンヴォルトな以上それに何か言う立場ではないという事くらい…」

 

翼は悔しそうに言う。

 

「しかし…それなら私もいいじゃないか!私だってガンヴォルトと一緒の家に住みたい!」

 

そして自身の願望を包み隠さずに暴露した。

 

「待ちなさい翼!それもそれでおかしいでしょ!」

 

「おかしくない!シアンはガンヴォルトと今は一緒だからいいかもしれないが私は違うんだぞ!一番付き合いが長いだけ!ガンヴォルトは家には来てくれるけど私はガンヴォルトの家には行った事はない!おかしいでしょ!ここまでの付き合いでこんな関係って!」

 

「いや、おかしくないでしょ!と言うか翼は自身がこっちのトップアーティストでしょ!そんなのスキャンダルもいいところでしょ!」

 

「それなら奏もでしょう!奏だってまだ復帰はしていなくとも私達同様トップアーティストの一人!それなのに何故私だけ除け者にされているのだ!」

 

と翼が欲望をカミングアウトしてシアンが冷静に突っ込んでそれからヒートアップしていく。

 

「除け者とかじゃないでしょう!とりあえず貴方は落ち着きなさい翼!」

 

「落ち着いていられるか!シアンだって焦りを感じるだろう!よく考えてみろ!ガンヴォルトだって男だ!相当鈍くてもあの二人が迫ったらどうなるかわからないだろう!」

 

「確かにあの二つのおっぱいは私や翼からすれば羨ましいと思える!だけど!あのおっぱい魔人共だろうとGVがたらし込まれるなんて事はないでしょ!難攻不落の朴念仁!少女漫画を読んでも女性の気持ちすら察せないのにそんな事あるわけないじゃない!」

 

ガンヴォルトがいない故に酷い言い草のシアン。

 

だが、それもまた事実故に翼も否定はしなかった。

 

「私は普通だ!あの二人の一部の成長か異常なだけだ!だけど、何か起きないわけではないでしょう!確かに奏も雪音も男性からすれば魅力的に映る物を持っている!ガンヴォルトでももしかしたら!何か間違いが起きないとは限らない!」

 

「そんな間違い私がいながら起こすわけないでしょう!」

 

更にヒートアップする翼とシアン。

 

ころっといくかもしれないという不安な翼。そうならないというシアン。だが、翼の言葉は今の状況からあり得なくないと思いそうになるシアン。

 

どうすればいい?どうすればこの議題の終着点を見せるのか?

 

依然として終わりのない怒りを吐き出す翼とシアン。

 

そんな一人で騒いでいる様にしか見えない翼を陰から除く二人。

 

「またガンヴォルトは何かやったっぽいな…」

 

「ガンヴォルトが何かやったなんて今更でしょ」

 

それは朔也とあおい。たまたま居合わせた二人はそんな二人を見てまたかと溜息を吐く。

 

「可哀想よね…翼さん達…」

 

「事情があるにしろ、あんなに綺麗な子達に思われながらもそれに気付かれない…いい加減にして欲しいよ…」

 

「ガンヴォルトだから仕方ないわよ…あの恋愛朴念仁は…」

 

あおいがそう言い、朔也も確かにそうだなと言う。

 

だが、それでも。

 

「朴念仁だとしてもいい加減にイライラしてくるわ…ガンヴォルトには一発喰らわせてやろうかしら?」

 

「やめといた方がいいよ。前みたいにガンヴォルトが甘んじて受けるとか以外だと当たらないよ」

 

「まさか?もうやった?」

 

朔也の言葉にあおいがそう聞いて朔也が頷いた。

 

「全く…本当に厄介ね」

 

「厄介極まりないよ。あの恋愛朴念仁のそういうところ」

 

二人は溜め息を吐いて、いい加減に止めるかと翼と見えないシアンの言い合いを止めに入るのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

〜奏のお見舞い〜

 

「奏さん!調子はどうですか!」

 

「ちょっと響、病室なんだから静かにしないと」

 

ノックをして許可を得た響が奏の病室の扉を開けて大きな声を出して開口一番にそう言った。そしてそれを嗜める未来。

 

「響は相変わらず元気だな。未来も個室だからそんな気にしなくていいぞ」

 

そんな二人を招き入れる奏。

 

「だってよ未来」

 

「奏さんもあんまり響を甘やかしちゃダメですよ」

 

奏の言葉に響は大丈夫だったと未来に言ったが、それは甘やかしすぎだと未来は奏に言う。

 

「そんなに甘いかな?」

 

「甘いと思いますよ」

 

奏がそうか?と言うと未来はきっぱりと甘いと言う。

 

「未来ー、そんなに言うなんて酷いよー」

 

響は親友にそう言われて少し悲しそうに未来に抱きついた。

 

「響は甘え過ぎなんだよ。もう高校生なんだから少しは成長したら」

 

「嫌だー、まだ未来にも甘えたい…」

 

「もう響ったら…」

 

そう言った未来だが、どこか嬉しそうに響の頭を撫でる。

 

「未来の方も大概響に甘くないか?」

 

その光景を見て奏は呆れながら未来へとそう言った。

 

そんな時に病室の扉が再びノックされる。

 

「?どうぞー」

 

奏は誰が来たかは分かっていたが、一応そう声を掛けた。

 

「入るよ、奏」

 

そう言って入ってきたのはスーツを着ているガンヴォルトであった。

 

「響に未来もいたのかい?」

 

「あっ、ガンヴォルトさん!ガンヴォルトさんも奏さんのお見舞いですか?それにシアンちゃんは?」

 

「そうだよ。シアンは本部に何故かいるみたい。それと奏が暇だと思ってまた色々と時間潰せるものを弦十郎や屋敷の人からまた貰ってきたから持ってきたんだ」

 

そう言ってガンヴォルトは手提げを持ち上げる。

 

それを受け取った奏は手提げの中を見ると新刊の雑誌が幾つかと変えの下着などが入っていた。

 

「中身見た?」

 

奏が悪戯っぽくそう聞くがガンヴォルトは首を横に振る。

 

「何度も同じことしているし、渡されたものだから勝手に見ないよ」

 

「つまんないなー」

 

奏は少し慌てるガンヴォルトを期待して聞いたが、その辺りは真面目な為にそんな事もなかった。

 

「でもほんと毎日来なくてもいいんだぞ?私は嬉しいけど今復興に忙しいんだろ?」

 

受け取った物を備え付けの机に置くとそう言った。

 

「忙しいけど大丈夫だよ。それに、奏が目を覚まして昔と違ってこうやって普通に話す機会が増えた事がボクは嬉しいからね。忙しいくらいどうって事ないよ」

 

「そりゃあ…私もあの時とは心境が違うし…そう思ってくれるのはすごい私も嬉しいけど…」

 

真正面からガンヴォルトからそう言われて奏は恥ずかしいのか吃りながらもそう言った。

 

それを見て未来は頬を膨らます。

 

未来も奏がガンヴォルトを思っている事は知っている。だが、それでもこうやって響と未来がいるのに自分達を無視して二人だけの世界に入り込むのはいただけない。

 

と言うか、その空間を無自覚に作り出すガンヴォルトもどうかと思う。

 

それに気付いた響が別の話題へと切り替えようと模索する。

 

そしてガンヴォルトが持つガンヴォルトが個人的に持ってきたお見舞いに気付き、その話を振る。

 

「あっ!ガンヴォルトさんまた果物持って来てたんですか!」

 

その言葉に気付いたガンヴォルトは思い出したようにそれを持ち上げ、みんなで食べようと言った。

 

それのお陰で話題が逸れたことに胸を撫で下ろす。

 

だが、響は忘れていた。かつて翼のお見舞いの時にガンヴォルトがどんなことをしていたかを。

 

全員分の果物を切り終えたガンヴォルト。皿に切った果物を響と未来に渡す。

 

そして奏の分はガンヴォルトが持ち、フォークに果物を刺すとそれを奏の口に持っていく。

 

「…天然め」

 

少し恥ずかしそうに、そしてジトーした視線をガンヴォルトに向けてそう言った。だが、それでも奏は嬉しそうに差し出された果物を食べた。

 

そしてそれを見て固まる未来と忘れてたと言うふうに固まる響。

 

「何が天然なの?」

 

そしてその言葉の意味を分かっていないガンヴォルトはそう言いながらも次に食べたい物を聞いてそれを同じようにフォークを指して奏に再度口元へ持っていく。

 

それを嬉しそうにまた食べる奏。

 

無自覚にそんな事をやるガンヴォルトに対してそのおすそ分けなのか言う。

 

「未来の果物もうなくなったみたいだし、私の分を分けてやってくれよ、ガンヴォルト」

 

その言葉に未来の方にガンヴォルトが視線を向けると未来の方の紙皿はもう何も残っていなかった。

 

「分かったよ」

 

ガンヴォルトはそう言って持っている紙皿から未来の皿に果物を移そうとする。

 

その瞬間に奏が響へと目を配らせると響も察して未来の紙皿に割り込ませるように自分の紙皿を入れる。

 

「私も欲しいです!」

 

そう言いながら響はわざと未来の紙皿にぶつけての紙皿と未来の紙皿を使えないようにくしゃっと潰してしまう。それと同時に落ちるフォーク。

 

「ごめん未来!わざとじゃないんだよ!」

 

何処か棒読みになりながらも響は未来に謝った。

 

「響も欲しいなら言ってくれればよかったのに…新しいのを取り出すよ」

 

そう言って勝手知ったかのように奏のベッドの近くににある紙皿を置いている場所を開けようとする。

 

「そう言えば出したこれらが最後だったか…」

 

だが、ガンヴォルトは取り出した時に無くなったことを確認していた為かそう呟いてどうしようと考えていた。

 

そうしてガンヴォルトは仕方ないと言うふうに奏にも使っていたフォークを果物に突き刺し、それを未来に渡そうとする。

 

だが、ガンヴォルトの意図を察してはいたが、ここまで奏と響にお膳立てされれば未来も気付かない訳がなかった。

 

未来は差し出された果物を手で受け取らず、そのまま齧り付いた。

 

その行動にガンヴォルトは驚きはしたものの、勘違いさせたかなと、未来に食べやすいように向きを直す。

 

そして恥ずかしがりながらも未来は嬉しそうに果物をいただく。

 

「ありがとうございます…」

 

食べ終わっても羞恥心は止まず、恥ずかしそうに礼を言う未来。それを気にしないでとガンヴォルトは返す。

 

「…なんやかんや一番甘いのってガンヴォルトさんですよね…翼さんの時もそうでしたし…」

 

「…そうだね…ガンヴォルトさんが一番甘やかしてくる…」

 

「そんなに甘やかしているつもりはないんだけど…」

 

「いいや、甘いね。凄く甘い」

 

そしてガンヴォルト以外がそれに同意とばかり頷き、ガンヴォルトはそれに対して苦笑いを浮かべる事しかできなかった。

 

そして丁度本部で言い合っているシアンが何かを勘付いて更に翼とシアンを焦らせるのであった。



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8mVOLT

〜クリスの引っ越し〜

 

「お邪魔しまーす!」

 

「いらっしゃい!響!」

 

開口一番に大きな声で入ってくる響。そしてそれに応えるようにシアンが響の方へと向かう。

 

「響、隣の人の迷惑になるからあんまり声出しちゃダメだよ」

 

「それが立花のいいところなのだが、少しは緊張したらどうだ?」

 

そんな響に未来は注意してクリスは呆れながらそう言い、翼は少し緊張した面持ちで言う。

 

「相変わらず元気だけは一丁前だな」

 

「まあまあ、いらっしゃい。悪いね。手を貸してもらって」

 

そしてガンヴォルトとクリスが奥の部屋からシアンの後に出てきた。普段のスーツではなく、動きやすい格好をしている。

 

なぜ響と未来がそして翼が来たかと言うと引っ越しの手伝いをしようと言うことになり、ガンヴォルトもそれを了承したからだ。

 

「気にしないでください!それよりもガンヴォルトさんってここの大きなマンションも借りてたんですね!」

 

「元は学生の頃の友人とかが来てもいいように借りていた物件だよ。殆ど任務とかで県外に行ってたりしたから使わなかったけど」

 

ガンヴォルトは苦笑いしながら答えた。

 

「まあこれからはシアンとクリス、それに奏とも住むことになるし、あの部屋もあの戦いで半壊して使い物にならなくなったから丁度良かったかも」

 

「まあ、あの部屋よりも広ければ奏さんもシアンちゃんにクリスちゃんもいるし遊びに来やすいですね!」

 

そう言った響。だがその何気ない言葉に不機嫌になる人達がいた。

 

翼と未来、そしてシアンだ。

 

「そう言えばガンヴォルト、前に一度他の家に立花を連れ込んだと聞いているのだが」

 

「響、ガンヴォルトさんの家に一度行ったってのは本当?」

 

「響…そんなの初耳なんだけど…事と次第によっては響でもただじゃおかないんだから」

 

ガンヴォルトは翼に詰め寄られ、響は未来とシアンに詰め寄られる。未来は見えていないはずなのにまるでそこにシアンがいると感じているように、被らない。

 

「翼、あの時は事情があって響を入れただけだから」

 

「そ、そうだよ。ガンヴォルトさんが心配してくれて入れてくれただけであって遊びにとかそう言うのじゃないよ…ご飯はご馳走してもらったけど…」

 

過去の事を詰められるガンヴォルトと響。

 

「その事情にもよるが、何故それで立花はご馳走にもなっているんだ?」

 

「翼さんの言う通り、なんでそんな状況になっていたの?響?」

 

「GVも事と次第ではただじゃおかないんだから!」

 

そして響はあの時の状況を説明してなんとか事なきを得たが、そんな様子にクリスは辟易する。

 

「手伝いにならそんな話はどうでもいいだろうが…ったく、お前は特にそう言うところ疎いんだからもう少し気を使えよ」

 

クリスはガンヴォルトにそう言って背中をバシン叩いた。

 

「…何に疎いかは分からないけど善処するよ…」

 

「そう言うとこだぞ。まぁ、とりあえず、私の部屋の方に来てくれ」

 

クリスがそう言って話を切り上げると、ガンヴォルト以外を自分の部屋へと連れていく。

 

「何かあったら言ってね。手伝い出来る範囲は手伝うから」

 

「おう。っても大物も無くなったから殆どないけどな」

 

「分かってるよ」

 

そう言ってクリスの部屋へと全員が移動する。

 

「おー、これがクリスちゃんの部屋かー」

 

開口一番、響が声を上げる。

 

「買い物の時の家具を見ても思っていたが、可愛い系のものが多いな」

 

「わ、悪いかよ!と言うかジロジロ見過ぎだ!」

 

翼の言葉にクリスが恥ずかしがってそう言う。

 

「別に悪いとは思っていない。私だって可愛いものを集めたりはするし」

 

「可愛い物が好きで悪いとかないんだから」

 

そんな翼の言葉に好きで悪いかと言うが、翼と未来がそんな事はないと言ってくれる。

 

「そうそう、可愛い物を集めたって誰も文句なんて言うわけはないじゃない」

 

シアンもそう言ってクリスはむず痒く感じる。

 

「ならいちいち言わなくていいだろう!」

 

そしてむず痒さを隠したいのか、クリスはぶっきらぼうに答えた。

 

「じゃあ、クリスちゃんの私達は何をしたらいい?」

 

そして響がクリスにそう問いかけた。

 

「ならここいらの物をとりあえず開けてタンスにしまってくれ」

 

そう言ってクリスが指示を飛ばす。と言っても、クリスの私物はそこまで多い訳でもないため、数少ない段ボールを開けて衣類を閉まってもらう。

 

そこまでは別に何もおかしいところはない。だが、翼が担当した段ボールの中の一部を取り出した際、僅かに空気が変わった。

 

「…ずっと思っていたが、やはり大きいのだな」

 

何処か悲壮感を持って呟く様に翼が言った。

 

その言葉に反応するかの様に全員が翼の担当していた段ボールが気になりそちらに目を移す。

 

翼が手に持って呟いた理由。それは女性物の下着であった。

 

それを見た女性陣は一度自分の物を確認してそこからクリスへと視線を向けた。そしてその視線が何なのか気付いたクリスは顔を赤らめて翼が持っている自身の下着を奪い取った。

 

「まじまじと見過ぎだ!この馬鹿ども!」

 

そう言って自身の下着を隠してそう叫ぶ。

 

「確かにクリスちゃんのは大きいよね」

 

「だよね…あの時も私の着替えだけじゃ丈が足りなかったし…」

 

クリスの胸を見て響は言って、未来はかつて自分の体操着を貸した時の事を思い出しながら羨ましそうにクリスの胸を見る。

 

「奏のも大きいが、雪音も同等くらい…それに対して…」

 

そう言って自分の胸に手を当てて自信を勝手に無くす翼。

 

「…何をどうすれば大きくなるのよ…」

 

シアンも自身の胸を見てそう呟く。

 

「別に胸は関係ないだろう!人それぞれなんだから!大体!大きくてもいい事ない!肩は凝るし、可愛い下着も少ないし!」

 

その言葉に対してクリスはそう言った。胸が大きい故の悩みを言うクリス。だが、それでも魅力的に映る胸のサイズに対して分からない悩みを言われても更に傷を抉るだけであった。

 

「一度でいいからクリスちゃんの胸触ってみてもいい?」

 

「触らせるか!この馬鹿!」

 

そして手をわきわきしながら言った響に対して制裁を下すクリス。

 

「少しくらいいいじゃん!クリスちゃんのケチ!」

 

「そう言うのは親密になった奴がやる奴だろうが!」

 

「じゃあもっと仲良くなったら触らせてくれるの!?」

 

「ぜってぇ触らせねぇよ!」

 

クリスの言葉に希望を見出してそう言った響。だが、それでもクリスは拒否をする。

 

だが、それを良しとしない者もいる。

 

「響、クリスが嫌がっているし、セクハラ紛いな事を誰彼構わずやるのは私は許さないよ?」

 

何処か黒いオーラを纏う未来が響に対してそう言った。それに恐れ慄き、響は絶対にやりませんと宣誓する。

 

そんなこんなで胸の話で盛り上がり、ふと翼が口にする。

 

「ガンヴォルトも…大きいのが好きなのか?」

 

その言葉にその場の空気が停止する。

 

「…いや、ガンヴォルトさんはどうかは知りませんよ?と言うか何でそんな事を?」

 

何か嫌な予感がして響は翼に対してそう問い返す。

 

「よく考えたら雪音と奏と一緒に住む事になっている…そして二人の共通点に胸が大きいと入っている…そして私が確認したら拒否された…まさか…ガンヴォルトは大きい胸が好きなのではないか?」

 

その言葉に対してシアンが否定する。

 

「そ、そんな事ないじゃない!じ、GVに限ってそんな事!」

 

だが、否定しようにも動揺が隠せないシアン。

 

「その話は無しに…」

 

響はその会話を断ち切る為に別の話題へと方向転換させようとする。しかし、それを拒むかの様に翼が言う。

 

「いや、そうかもしれないだろう!私だってそこそこ容姿は良い筈!それなのにガンヴォルトは私に対してそんな気を起こす事もなかった!ならばそうしか考えられないだろう!」

 

急にヒステリックを起こし始める翼。

 

「お、落ち着いて下さい!翼さん!まだそうと決まった訳じゃ!」

 

「そ、そうですよ!勝手にガンヴォルトさんが大きいのが好きと決めつけるのは早すぎる気がします!」

 

響と未来が翼を落ち着かせようとそう言った。

 

「いいや!その可能性を捨てきれないのであれば、あり得る話だろう!」

 

「お、落ち着くのよ!翼!そ、そんな事決まった訳じゃないんだから!」

 

翼と同じく動揺するシアン。そしてその可能性が本当であれば満更でもないと言う雰囲気のクリス。

 

そんなこんなで騒がしくなるクリスの部屋。

 

「胸が大きい方が男性の気を惹きやすいと雑誌にも書いてあったし、やはりそうなのか!?やっぱり男は胸が大きい方がいいのか!?」

 

「待って下さい!あくまでそれは雑誌の話ですよ!全ての人がそう言う訳じゃ…ないと思い…ますよ?」

 

「響!そこは強く言って貰わないと全然信じられないわ!」

 

翼は発狂しそうになり、響は否定しようとしたが、その考えに疑問付をつけて返した為にシアンもそれに対して全てを否定しきれてない為に響に向けて言う。

 

そして胸の大きさに対してヒートアップする翼とシアン。それを聞きながらそうなのかな?と自身の胸のサイズを見て不安を抱く未来。そうであれば納得だが、奏も入ってくるとどうなるかと考えるクリス。そしてもう終わってくれと願う響。

 

丁度胸の大きさについてヒートアップする中、丁度昼の時間なので昼食を持って扉の前に立つガンヴォルト。

 

「…入っていける会話の内容じゃないな…」

 

ガンヴォルトの胸の好みのタイミングではなかったが、男であるガンヴォルトはその話に入れないと少し苦笑いを浮かべながら少し時間を置いてから持っていこうと一旦中断していた奏の部屋となる場所の整理でもしようと一旦ガンヴォルトは退散するのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

〜シアンのとある一日〜

 

ガンヴォルトと融合しているシアンは常に側に居られる。嬉しいことではあるのだが、それでもガンヴォルトはエージェントとして仕事をしている故に話せない時もある。

 

そんな時はシアンは響や未来の所に行く事が殆どだ。

 

奏や翼、クリスとも話すがやはりシアンの中では気を許せるのは響くらいだ。未来には未だ警戒しているが、それでも暇で退屈でいるよりは良い。その為シアンは響と未来の元へと向かうのは当然であった。

 

「響、今大丈夫?」

 

「あっシアンちゃん!」

 

リディアンの新規校舎近くの寮に引っ越しを終えたばかりで、綺麗な室内に響と未来が談笑する中、携帯の中に入り、響へと声を掛ける。

 

響は見えるから良いのだが未来には見えない事、そしていきなり壁からぬるりと出るのはシアン的にも幽霊みたいで嫌だからと言う理由である。

 

「シアンちゃん、どうしたの?」

 

「GVが仕事で全然構ってくれないから暇なの。だから話し相手になって!」

 

「全然大丈夫だよ!未来もいいよね?」

 

「私も大丈夫だよ。だけどガンヴォルトさんって今そんなに忙しいの??」

 

「そう見たい。ある程度復旧は出来たとか言ってたけど、記録とか文書作成とか見たいなのでずっと大男とオペレーター達と一緒にパソコンに齧り付いてるの」

 

「私だったらそんなの眠くなりそう…」

 

その光景を思い浮かべた響は大変だと吐露する。

 

「でも、ガンヴォルトさんは仕方ないんじゃない?もう大人で社会人だし、仕事をしているんだから」

 

「でもでも!それでも少しくらい相手にしてくれてもいいじゃない!」

 

未来の言葉にシアンは我儘だと分かっているが、それでもそう言わずにいられなかった。

 

「仕方ないよ。今は色々と大変そうだし」

 

「そうだよねー…あっ!ならシアンちゃん!ガンヴォルトさんの昔の事とか私知りたいんだけど!前にヘソ出しスタイルとかの話聞いたけど他には何かないの!」

 

「何それ?私も詳しく聞きたいな」

 

響の言葉に未来はとても興味ありげにし、シアンの映る響の携帯へと近寄る。

 

「色々あるよ!じゃあ何から話そうかな?」

 

そして響、未来、シアンはガンヴォルトの過去の日常について話し始めた。

 

ガンヴォルトのかっこいいところ、好きな食べ物を聞いたのに何故か好きではなさそうなのだが、髪にいいと言われるワカメと答える所、ガンヴォルトに勉強を教えてもらったりと色々話す。

 

響も未来もその話はとても興味深い物もあり話が弾む。

 

そしてガンヴォルトの話をしていると時間があっという間に過ぎ去り、既に外の空は茜色に染まるまで火が沈みかけていた。

 

「あっ、そろそろGVが帰る時間だし、そろそろ帰らないと」

 

「本当だ、気付いたらもうこんな時間…もっと話を聞きたかったけどまた今度に聞かせてよ!」

 

「そうだね、色々聞けてすごく良かったしまた今度聞かせてね、シアンちゃん」

 

「勿論いいわよ!じゃあね!」

 

そう言って名残惜しいが、シアンは響の携帯から出て、ガンヴォルトの住む家へと先に帰る。

 

「ただいまー」

 

気配はあるがガンヴォルトが居ないことは理解しているが、居候はいるだろうと声を掛ける。

 

「おーおかえり」

 

聞こえた声は恋敵でありながらも今共に住むクリスの声が聞こえる。だが、聞こえた声の方向がガンヴォルトの部屋であった為に、シアンは何をやっているのかと怒りを覚えながらガンヴォルトの部屋へと向かう。

 

「ちょっと!GVがいない時にGVの部屋に入っているのよ!」

 

そう怒鳴りながら入るシアン。そんなシアンの様子に驚きはしたもののクリスは普段通りに返事を返す。

 

「なんでもいいだろうが。下手に弄らなきゃ勝手に入っていいって言われてるし」

 

そうクリスが言うと何か読んでいたのか視線をその本に再び戻した。

 

その態度に苛つくシアンだが、クリスの持つ本が気になり、クリスの背後から覗き込む。

 

「ッ!ビックリするだろ!」

 

それに驚くクリス。しかし、シアンはクリスが見ていた本、漫画本を見て釘付けになってしまう。

 

「これってGVを題材にした漫画じゃない!」

 

「お前、知らなかったのか?」

 

シアンの驚き様にクリスはシアンが知らなかった事に少し驚く。

 

「知らないわよ!こんな漫画!と言うか、なんでこんな漫画があるの!?」

 

「おっさんが聞いたんだが、あまりにもあいつが色々とやってて有名な都市伝説になったから少しでも現実から切り離そうとフィクションで取り上げて漫画化させたらしい。前にこの漫画の話を聞いたからどんなもんかと少し気になってたし、引越しの時にあいつの部屋にあったから読んでんだよ」

 

クリスがどう言った経緯で漫画になったか説明し、何故かガンヴォルトが持っていたらしく、クリスは気になったので読んでいたと言う事を説明。

 

「知らなかった…GVこう言う事嫌そうだと思ってた…前から目立つのは嫌ってたし」

 

「多分あれだろ?嫌でもこうして何かしないと一般的には不味いんじゃないのか?」

 

クリスの言葉にシアンもそうなのかなと少し納得はする。

 

そしてクリスが見る漫画をシアンもそれを見せてもらう形で見ていく。

 

雷人と言う特殊な雷撃能力を持っていたが、それで誰かを助けようと力を振るう所はガンヴォルトと同じである主人公。

 

そしてストーリーもしっかりしていてとても二人は夢中になってそれを読み耽る。

 

「二人ともここにいたの?ってその漫画…」

 

気付けばガンヴォルトは帰宅しており、二人が夢中で読んでいた漫画を見て苦笑いを浮かべる。

 

「おかえり、GV!それよりもGVって漫画にされてたの!?」

 

「情報操作しても認知されすぎてるからそうやってフィクションに落とし込む狙いでされたんだよ。思った以上に人気が出ているみたいで、ボクとしてはむず痒いばかりなんだけどね」

 

「でもこうやって集めてるのはそれなりにお前も気に入ってんだろ?」

 

苦笑いを浮かべるガンヴォルトにクリスはそう言う。

 

「忙しいからあんま読めていないけど、元になったのがボクだからって事で単行本が発売されたら必ずボクのところに届く様になっているんだよ」

 

「届くんなら見りゃいいのに」

 

「まだそんなに読めてないけど凄く面白いんだよ!」

 

クリスとシアンがそう言った。

 

「時間がある時に見るよ。じゃあ、ボクは夕飯の支度をするからゆっくり寛いでで」

 

そう言ってガンヴォルトは自身の部屋にスーツの上着とネクタイだけ外すと再びリビングへと戻っていった。

 

そして二人もそれを見送ると再び漫画を読む事に集中するのであった。

 

「ちょっと!私まだこのページ読み終わってないんだけど!」

 

「私は早く続きが観たいんだよ!」

 

一悶着はあるものの、なんやかんや時間が過ぎ、夕食を食べるガンヴォルトを眺め、またクリスと共に漫画を読み、夜が耽ると先にクリスは寝ると言って、そこからガンヴォルトと今日一日の出来事を話す。

 

「シアンもみんなと仲良く出来ているならそれで良いけど…ボクの話とかばかりじゃない?聞いてると少しだけ恥ずかしくなるんだけど」

 

「いいじゃない、響も未来も楽しく聞いてたんだから!」

 

その事に対してガンヴォルトはまた苦笑いを浮かべ、ガンヴォルトが寝るまでまたシアンは語る。

 

しかし、

 

「シアン…ボクは明日も仕事なんだけど…」

 

「もう少し!もう少しだけ!」

 

シアンはまだ話し足りないとガンヴォルトを寝かさずに話を続けるのであった。



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9mVOLT

あと一話で一期分は終了。


〜奏の引っ越し〜

 

ある程度リハビリを行い、松葉杖の補助があれば歩ける様になった奏は退院後、装者全員と未来、ガンヴォルト、シアンと共にある場所を訪れて居た。

 

「ここか」

 

「ここの一室がこれから奏が住む場所だよ」

 

「不本意だけどね!」

 

それは新しく住む事になったガンヴォルトの住む部屋のあるマンション。ガンヴォルトがそう言ったがシアンは不満そうに奏へと向けて言う。

 

「不本意とか言わない、シアン。これから一緒に住むんだから仲良くしてよ」

 

シアンが奏に威嚇しているのを嗜めながらそう言った。

 

「シアンちゃん…落ち着いて」

 

「やっぱりシアンちゃん荒ぶってる?」

 

響がシアンに向けてそう言い、未来は見えない為に響に聞くと頷いた。

 

「シアン、気持ちは分かる。だが、私からしたらシアンもそちらに入っているのだぞ?」

 

翼もシアンに向けて言う。

 

私は別でしょ!と怒りながら翼へと噛みつくシアン。それを嗜める響と未来。

 

「全くあいつらはこいつの事になると直ぐにいつもこれだ」

 

クリスがその様子を見てはそう呟いた。

 

「全部ガンヴォルトのせいだから仕方ない」

 

「ボクが全部悪いの?」

 

「全部お前の鈍さがな」

 

苦笑いするガンヴォルトに対して奏とクリスが同時に言った。

 

そんなたわいもない会話をいい加減に打ち切り、ガンヴォルトが先導して部屋へと向かう。

 

そんな中でも奏への気遣いを忘れないガンヴォルトに他のみんなはため息を吐き、今ばかりは仕方ないと後に続く。

 

そしてエレベーターに乗ってガンヴォルトの部屋まで来る間、奏は柄にもなく緊張をしていく。

 

共に住む事を許可してくれたガンヴォルト。これから居候するという事もあるが、恩人であり、恋慕を抱く想い人。そんな人物とこれから共に過ごす家。そこにこれから住むと考えると、彼方はそんな事気にして居なくても此方としてはとても緊張するもの。

 

そして到着したガンヴォルトの部屋。先導してガンヴォルトが案内し、奏の部屋へ。

 

既に家具などの荷物は到着してガンヴォルトと業者の人が配置しており、幾つかの段ボールが真ん中に鎮座している。

 

「奏個人の荷物の方は流石に手を出せないからそのままにしてあるよ」

 

「ありがとう、そいじゃちゃっちゃと整理するよ」

 

「ゆっくりでいいよ。まだ退院して間もないんだから、じゃあ、みんなも奏が無茶しない様にお願い」

 

「だからそんな無茶する事ないって」

 

ガンヴォルトがそう言ってリビングの方へと向かった。

 

「じゃあ、悪いけど手伝ってくれ」

 

「了解です!と言うか、基本的に私達がするのでゆっくりしていてください!」

 

「響の言う通り、私達がやりますから指示してくれれば大丈夫ですよ」

 

そうして奏の部屋にある段ボールから荷物を出して行き、みんなが奏の指示に従ってそれをしまっていく。

 

ここでもまたもや奏の下着を引き当て絶望したが、そこはかつてと同じやり取りが始まったが、奏がそれを上手く収めて、再び段ボールを片付けていく。

 

「みんなサンキュー。助かったよ」

 

ようやく段ボールを全て片付け終えた奏は全員に礼を述べる。

 

「奏も退院したばかりだから別に気にしなくていいんだから。ただ、こればかりは本当に羨ましい」

 

「それは本当にタイミングだって。翼なんて幾らでも機会があったはずなのに引っ込むから。それにもし一緒に住む事になったら翼は逆に呆れられるぞ?部屋をまともに片付けられないんだから。それをガンヴォルトが知ると苦笑しかしないんじゃないか?」

 

「…もうバレてる…」

 

奏の視線を逸らしながら翼がぼそっと呟いた。

 

「片付けられないのかよ…そんなんでよく言えたな…」

 

「片付けられないって程度にはよるけどそこまで酷いの?」

 

クリスがため息を吐いて翼に言い、シアンが翼の片付けが苦手な事が本当かを奏に聞く。

 

「苦手だな。まあでも、人には苦手なものもあるし、気にする事もないけどな」

 

奏は翼の苦手な物に対して人それぞれあると肯定的な意見を述べる。

 

「確かに、私なんて勉強が苦手ですし気にしなくていいと思います!」

 

「それは苦手とかじゃなくて勉強が嫌いなだけじゃないの、響?」

 

響も話に乗って勉強は苦手と言ったが未来はそれは違うのじゃないかと響へと言う。

 

「うっ…確かにそうだけど…それは別にいいじゃん!」

 

「響は勉強が苦手なのねー。でも知らない事を学べるってとっても楽しい事だと思うけど?」

 

そんな響に対して勉強は楽しいと言うシアン。

 

「えー!シアンちゃんは勉強好きなの!?おかしいよ!絶対!数学なんて訳わかんないし、文字ばかりの国語や古文なんて文字ばかりで眠くなっちゃうし!」

 

まさかのシアンの言葉に勉強嫌いな響はそう言った。

 

「人それぞれなんだから別に良いだろうが。と言うか、そんなんだと課題とか出た時とかお前は大変だな…どうせ見せてるんだろ?」

 

そんな響にクリスは呆れ、未来へそうだろうという確信を持って聞く。

 

「まぁ…いつもの事だから」

 

クリスの言葉に苦笑いしながら答える未来。

 

「こいつの事を考えているなら自分でやらせとけよ…やらない時点で自業自得なんだから」

 

「そうだな。そこはクリスに同意する」

 

「そんなー…奏さんまでー」

 

その事で奏にも言われて泣きそうになる響。

 

「まぁ、さっきも言ったように誰しも苦手なものくらいあるから別に良いだろう」

 

響の話が出て自分の話も区切りが付けられた為に、それ以上話を蒸し返せない様に翼が打ち切った。そのタイミングでノック音が部屋に響く。

 

「開けても良いかい?」

 

「良いぞー」

 

そうして奏の部屋に入室するガンヴォルト。飲み物を持ってきてくれたのか、全員分の飲み物を渡してくれる。

 

「それとみんな、ご飯食べてく?」

 

「えっ!良いんですか!?ガンヴォルトさんのご飯美味しいから良いのなら是非!」

 

「私も!」

 

「うむ。いただけるのなら私も」

 

響の言葉に未来と翼が後に続く。そしてそれを了承するガンヴォルトは奏へと聞く。

 

「奏食べたい物はある?約束だったし、リクエストがあれば言って」

 

「やった!なら肉系統の物がいいな、病院食はどうも食べた気にならなかったし、ガッツリ食べたい!」

 

「分かったよ。じゃあ、冷蔵庫の中にある物でガッツリ食べられるやつを作るよ。それじゃあ、しばらく待ってて」

 

そう言ってガンヴォルトは奏の部屋から退出していった。

 

「ガンヴォルトさんって料理上手ですから楽しみです!」

 

「確かに、ガンヴォルトには色々と作ってもらっているし、私の栄養管理もしてもらっているからかなりうまいな」

 

「うんうん、GVは料理すっごい上手なんだから!」

 

「そうなんですね…もしかして翼さんの弁当ってガンヴォルトさんの手作りだったんですか?」

 

何処か羨ましそうに翼へと未来は聞いた。

 

「ああ。と言うよりも小日向は何故それを知っている?」

 

その言葉にかつて未来と旧リディアンの食堂での話をした。

 

「むぅ…そこまで私は昼食の時違ったのか…」

 

「ガンヴォルトの事に関しては分かりやすいもんな」

 

そこまで他人からも分かるくらいになっていたのかと思う翼と分かりやすいと言う奏。

 

「と言うか、なんであいつはお前に弁当を作ったり栄養管理なんてしてんだよ?」

 

それに疑問を持ったクリスが翼に聞く。

 

「元々はガンヴォルト自身の弁当が美味しそうで、作って欲しいと頼んで何度も作ってもらっていたんだ。そしたらその弁当を緒川さんが見て栄養バランス、味なんかを気に入ってガンヴォルトに一任しても問題ないと言うことと、ガンヴォルトがそれでもいいなら構わないと言う事があってそうしてもらっていたのだ」

 

「ほえー…ガンヴォルトさんの弁当を翼さんが持っていたのってそんな理由があったんですね。食堂も美味しいけどガンヴォルトさんの料理も美味しいから羨ましい」

 

「安請け合いしすぎなだけじゃねえの?」

 

翼の答えに響はなるほどといつも食堂も美味しいがガンヴォルトの料理も美味しい為羨ましいと思い、クリスは安請け合いしすぎだと言う。

 

「その辺りは大丈夫だろ?ガンヴォルト元々料理好きっぽいし、気にしてないみたいだし」

 

「GVは確かに安請け合いしすぎだと思うけど、趣味が無いって言うGVが唯一凝ってる物だし仕方ないわ」

 

奏の言葉にシアンが付け加えて言う。

 

「それを趣味っていうんじゃないのかな?」

 

シアンに対して響はそう言った。

 

「だってGVって趣味はないよって言ってたもん。まぁ、響の言う通りそれが趣味って言うんだろうけどGVはそんなんじゃないよっていうから」

 

シアンは響にそう言って、ガンヴォルトさんってそう言うところも何処かずれているねとシアンに返した。

 

そんな話をしていて、しばらくするとガンヴォルトがリビングから呼ぶ声が聞こえる。どうやらご飯が出来た様で響はすぐに奏の部屋から出てリビングへ向かっていった。

 

「響、慌てないの。ご飯は逃げないんだから」

 

そう言ってその後を追う未来。

 

それに続いてシアンも響と未来を追った。

 

「ったく、そそっかしい奴らだな…退院したとは言え、まだ怪我人を置いていくなんて」

 

「まぁ、良いだろう。立花や小日向だって楽しみにしていたんだから」

 

クリスの言葉に翼がそう返す。

 

そして奏を翼とクリスが支えてリビングへと向かう。

 

そしてそこからは楽しい食事が始まり、奏は久々のガッツリした物が食べられる為に結構な勢いで食べ、響は負けないくらいに頬張っていく。

 

「まだお代わりあるからゆっくり食べて良いよ」

 

「やったー!ならおかわりお願いします!」

 

「私も!」

 

「二人って結構食い意地張ってる?」

 

ガンヴォルトの言葉にすぐさま反応する二人にシアンが何処か苦笑いしながらそう言った。

 

「まぁ、奏は久方ぶりのこう言った食事だから仕方ないとして、立花はいつもこうなのか?」

 

「いつもこうですよ。でも、それが響らしいところなので」

 

翼の言葉に未来がそう答える。

 

「答えになってねぇな」

 

「そう言うあなたは少しは食べ方を直したほうがいいんじゃないの?スプーンで食べているのになんでそんなに散らかるわけ?」

 

クリスがそう言った時、シアンがクリスに向けて言う。

 

クリスは少し、いや、大分食べこぼしを多く辺りに散らしながら食べている。

 

「別に良いだろ!自分で後片付けするんだから!」

 

シアンの言葉に顔を赤くしながらクリスが言う。

 

「シアン、食べ方に関してとやかく言うのはどうかと思うよ」

 

シアンを注意するガンヴォルト。

 

「でも、GV。こう言うのは注意しておかないと後々大変な目に遭うのは自分自身なんだから」

 

今回に関してはまともな事を言うシアン。そんなこんなで食事も終わり、楽しい?食事も終わり、翼、響、未来も時間が来たので三人は家に帰る。

 

そしてガンヴォルトは全員分の皿洗いをすると言ってキッチンに篭ろうとしたが、奏を部屋に送ろうかと声をかけるが、大丈夫と奏は断る。何故ならクリスが既に奏を支えて部屋に戻そうとしていたからだ。

 

「悪いな、クリスが何も言わずに支えてくれたよ」

 

「まだふらついたりもする奴ほっとけねえだろうが」

 

「言葉に棘はあるけどやっぱりクリスは優しいのな」

 

ぶっきらぼうに答え、顔を逸らすクリス。

 

「ありがとうクリス。じゃあちょっとボクは片付けてるから何かあったら呼んで」

 

そう言ってキッチンに戻るガンヴォルト。

 

そんなガンヴォルトと話したいのか、シアンもキッチンにいる。

 

奏はクリスに支えてもらいながら部屋に戻る。

 

「悪いな。支えてもらって」

 

「別に構わねぇよ。こう言う時は助け合いだろ」

 

「はは、そうだな」

 

そう言って笑う奏。そして部屋まで行くとベットまで連れて行こうとするが、奏は別の方に視線を向けて言う。

 

「ベッドの前に、少しだけあっちに良いか?」

 

「…気にはなってはいたがこれって」

 

そう言ってクリスが奏の視線の先に目を向けると部屋の中で異質な物が目に止まる。そこにあるのは小さめに仏壇であった。

 

「私の家族だよ。ノイズにやられてもういないけどな」

 

「悪い…嫌な事聞いて…」

 

その事にクリスは分かっていたとしても聞いては不味かったと謝る。

 

「もう心の整理は出来ているから気にするなよ」

 

そしてクリスに気にするなと声を掛ける。クリスに支えてもらいながら仏壇の前に連れてきてもらった奏は腰を下ろすと、おりんを鳴らして手を合わせた。

 

「ただいま…二年もほったらかしにしてごめん。ずっと眠ってて…でもこれからは毎日顔を出すから。こっちだけじゃないよ。勿論お墓にも久し振りに行く。ずっとガンヴォルトばっかり顔出してて心配してたと思う。でも今度は私も顔を出すから」

 

そう奏は声を掛けた。家族は何も答えないと分かっている。だが、それでもこうやって家族に向けて報告をしないといけないと思うのか言葉に出てしまう。

 

「…」

 

その気持ちを何処となく理解出来るクリスはその奏の行動に何も言わず、自身も奏の横に座り、同じ様に手を合わせた。

 

そしてそれを見た奏は笑みを浮かべ、また言葉にする。

 

「それに住む場所も変わったんだ。前は翼のところだったけど、今はガンヴォルトのとこにいるよ。それに新しい友達二人と一緒にね」

 

友達という言葉にクリスは驚きはしたが、ただ恥ずかしがりながら、仏壇に向けて言う。

 

「雪音…クリス…です…今後とも…宜しく…お願いします」

 

そう奏の家族を祀る仏壇に返す。勿論返答はない。だが、何処となく、これからも奏と仲良くと都合のいい様に思われるかもしれないがそう聞こえた気がした。

 

「宜しくだってさ。みんな言ってるよ」

 

そう奏も感じ取ったのかクリスに向けてそう言った。そして手を合わせ終えた二人は向き直る。

 

「まぁ、これからしばらくは迷惑をかけるかもしれないけど、今後とも宜しくな、クリス」

 

「しばらくは面倒はあいつと一緒に見てやるよ。そっちの家族にも挨拶しちまったしな」

 

ぶっきらぼうながらも奏へとそう言ったクリス。その言葉に相変わらず口下手だなと思う奏。そしてクリスは奏を再び支え、ベッドの方に向かわせた。

 

「…なぁ」

 

ベッドに腰掛けた奏にクリスが問いかける。

 

「こういうのってどんくらいの値段なんだ?」

 

クリスは仏壇に視線を向けて奏に聞く。クリスの事情を知る奏はその言葉の意味を理解しているから言った。

 

「高くないとは言えないけど、二課から給料貰っていればそれなりに良い奴は買えるよ」

 

「…そっか…こう言うの存在は知ってたけど…やっぱり、あるとないとじゃ違う感じがしたし…私もパパとママにこうやって毎日話したい…」

 

さっきの奏の行動を見てそう言ったクリス。

 

「それが良いと思う。やっぱり、顔は見れないとしても、こうやるだけで気持ち的には家族と会話出来ているって思えるからな。となると」

 

そう言って奏はクリスに端っこに追いやっていた雑誌の束の中の一つに視線を向けて取ってくれと言った。

 

クリスは疑問符を浮かべながら、その視線の先の雑誌の束を見る。

 

「その中に確か私が買った時のカタログがあるから、一緒に良い奴探そうぜ」

 

その言葉に合点が言ったクリス。

 

そしてその束の中から仏壇のカタログを見つけたクリスは奏の隣に腰を掛ける。

 

「私はそれなりに良い奴じゃないとダメ出しするからな」

 

「おっ、なら良い奴探すしかないな」

 

そうやって二人はクリスの父母の仏壇を決める為にカタログを二人で話しながら見ていくのであった。

 

そんな二人を開いた扉からキッチンで洗い物を終えたガンヴォルトがお風呂の準備の為に通った時、その様子をチラリと見た。

 

「仲良く出来ていて安心したよ」

 

「…二号ってもっとツンツンしてた気がしたけど…一号とだとそんな事ないのが不思議…」

 

「まだその呼び方してたの…いい加減やめてあげなよ、シアン。そもそも奏はクリスと同じ境遇だから…何かシンパシーでも感じているんだと思うよ。だからこそ歩みよりが他と違って分かっているんじゃないかな?…悲しい過去だし、こんな話はよそう。二人が仲良くできているのならボクはそれでいいんだから」

 

「仲良さそうなのは別に良いけど…どうしてあの二人はすぐ二人して仏壇のカタログ見ながら楽しそうに話しているのって少しは可笑しいって思わない?」

 

「シアン、変に言わないの」

 

シアンに注意しながらもガンヴォルトも少しそう思うが、それは二人の両親に失礼だと思い、心にしまう。

 

そして後日。カタログに良いやつは見当たらず、それならと仏壇の店にクリスに連れられ、買った大きな仏壇を弦十郎と共に何度も職質されながらも運ばされるとは思わなかったガンヴォルトであった。

 

「喜んでいるのならいいのだが…流石に何度も職質されるとくるものがあるな…」

 

「弦十郎の知り合いが来なかったら拗れてたかもしれないね…でも確かにクリスが喜ぶのならあんな事があっても報われたと思えるよ」

 

その当人達はクリスが喜ぶのならと甘んじて受け入れる。

 

「結局カタログにも載ってないでかい奴にしたんだな…」

 

「やっぱりでっかい方が見栄えもいいし、飾られるならこういう奴の方がパパとママも気分がいいだろ」

 

そして奏に自慢するかの様にクリスの部屋にも大きな仏壇が置かれる事になった。



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10mVOLT

とりあえず一期はこれにて終了。


〜ささやかなる贈り物〜

 

「なぁ、もうちょっと部屋を飾っても良いんじゃないか、ガンヴォルト?」

 

久し振りにガンヴォルトが休日でありまったりとして本を読んでいたガンヴォルトに奏がそう言った。

 

「急にどうしたの、奏?」

 

急な発言に戸惑うガンヴォルト。

 

「私も思った、部屋はスッキリしてるけどなんか寂しい感じがするんだよな」

 

ガンヴォルトの部屋から漫画を持って出てきたクリスもそう言った。その後に続く様にシアンも出てくる。

 

「確かに…前の時は結構置いてたのに今は全然。ほとんど任務に使うものばっかりや聖遺物を調べているのか神話関係の本にこれと翼達のCD、後アクセサリーを飾る置物くらいだし」

 

シアンはそう言って発売されたら送られてくる漫画と翼や奏がツヴァイウィングのCDの束を見てそう言った。そして置物に関してはクリスは毎回部屋に入るたび飾っているのを見ているのでシアンの言葉に何処かにやけそうに口角が動く。

 

「何気持ち悪い顔しているのよ?」

 

「…なんでもねぇよ」

 

シアンはそんなクリスにそう言ったが、クリスは口元を隠してシアンの視線からそっぽを向いた。そしてそんな状況に疑問符を浮かべながらガンヴォルトは言う。

 

「別に必要な物は揃っているし、必要ないんじゃないかな?多分、もう誰かに部屋を見せる訳じゃないし」

 

しかし、ガンヴォルトは特に必要性を感じていないと言った。確かにもうこの部屋に機密資料は無いものの見られたらまずい様な物が幾つかある。戦闘用の装備、それに奏とクリスが一緒に住んでいる為、もう友人を上げない故にそう言ったのだろう。

 

「そうか…!ならプレゼントとしてなら何か置いていいのか?」

 

何か思いついた様に奏がそう言った。

 

「?別に、あまり大きな物じゃなければ構わないよ。でも、何かの祝いでもあるわけでも無いし、貰うには申し訳ないんだけど?」

 

「いや、世話になっているしプレゼントを貰うに値するだろ?」

 

「…そんなに気にしなくてもいいのに」

 

ガンヴォルトは別にいいと言ったが、奏の気持ちを汲んでありがとう、ならお願いするよと言った。

 

「楽しみにしといてな」

 

そう言った奏は何を置くのか分かっていないクリスとシアンを呼んで何かコソコソと話し始める。

 

「そいつはいいな」

 

「私はいいと思うけど…私も大丈夫なの?」

 

「なんとかして見るよ。そこらへんなら二課に頼めばなんとかなるかもしれないし」

 

「?」

 

三人のこそこそ話にガンヴォルトは疑問符を浮かべる。置く物をに関して話し合っているのは分かるが、一体何を置くつもりなのか?だが、ガンヴォルトはそこまで大きくなければ大丈夫かと、そして贈り物であるものを考えているのに聞くのは忍びないと再び本に視線を落とした。

 

そして三人も一度奏の部屋へと戻る。

 

「じゃあ私は旦那に連絡して見るからシアンは響と未来、クリスは翼に連絡してくれ」

 

「分かったわ」

 

「了解」

 

奏の指示でシアンは一旦響と未来のところに向かったのか姿を消す。クリスも翼に連絡を取る。

 

「旦那、今大丈夫か?」

 

『どうしたんだ奏?何かあったのか?』

 

「ちょっと用意してもらいたいものがあるんだけど二課にあるかなって」

 

奏は弦十郎に思いついた事を話す。

 

『それはいいな。ある筈だから使用許可を取っておく。いつ使う?』

 

「今日はどうかな?ガンヴォルトも休みだし」

 

『分かった。なら準備をしておくから、ガンヴォルトと一緒に仮設本部に来てくれ』

 

そう言うと奏は了解と言って電話を切る。

 

「こっちは旦那が了承してくれたからOKだった。クリス、翼の方は?」

 

「話したら分かり次第すぐ連絡をくれって来た」

 

「なら準備出来そうだって翼に言って二課仮設本部に来てって連絡しておいてくれ」

 

そう言ってクリスは翼に連絡を入れる。後はシアンが確認しに行った響と未来次第。

 

ほんの少しだけ待っているとシアンも戻ってきた。

 

「二人ともOKだって」

 

「なら私が連絡入れとくよ。仮設本部に来てくれって」

 

「許可取れたんだ!ならすぐに行こうよ!」

 

「そうだな」

 

シアンもそれを聞いて嬉しそうにする。奏もそれを了承して全員でリビングに向かう。

 

「GV出掛けよう!」

 

「プレゼントでも決まったの?」

 

突然の声にガンヴォルトは少し驚きつつもシアンに言う。

 

「そんなところ。だから出掛けようぜ、ガンヴォルトもいないと意味ないから」

 

「断りなんかしねぇよな?」

 

奏とクリスの言葉に、ガンヴォルトは嫌そうな顔をせず了承する。

 

ガンヴォルトはじゃあ準備したら行こうかと言い、奏とクリスは準備を始める。

 

そして準備の終わった二人とシアンの後にガンヴォルトは付いて行く。

 

「何なんの気になる?GV?」

 

シアンが出掛けてからそんな事を聞いてくる。

 

「気になると言えばそうだけど、こう言うのは貰うまで知らない方がいいんでしょ?それに、みんなが選んでくれた物なら大切にするから」

 

「大切にして貰わないと困るからな。まぁ、なんなのかはすぐにわかるさ」

 

ガンヴォルトは気になりはするがみんなが選んだ物なら大切にすると言い、その言葉に奏も大切にしてくれと、そしてそれがなんなのかはすぐに分かると言った。

 

そしてガンヴォルトは見た事のある道を歩きながら、何を贈ってくれるのだろうかと考えるが、それについては何も聞かない。

 

そして仮設本部に到着すると三人の姿を確認する。

 

「あっ!みなさん!待ってました!」

 

奏達の姿を見て大きく手を振る響きの姿が目に入る。その隣には未来、そして翼の姿も。

 

「もしかしてみんなも?」

 

ガンヴォルトがそう聞くと響はキョトンとした顔をする。

 

「シアンちゃんから聞きましたけど、ガンヴォルトさんと…」

 

「響!まだ秘密!」

 

そんな響の言葉を遮る様に、シアンがダメダメとジェスチャーと間に入った。

 

「そうだったんだ…てっきり、ガンヴォルトさんも知っているものと思ってた」

 

「知ってはいるけど内容はまだ秘密なの!未来も翼もGVには言っちゃダメだからね!」

 

シアンが響に秘密と言い、翼と未来にも言わない様に言った。

 

「分かるまで秘密と言うことか」

 

「シアンちゃんは今はまだ内緒って言っているって事ですか?」

 

未来はシアンが見えない為に翼に確認を取ると翼が頷いた。

 

じゃあ秘密にしておきますと未来も頷く。

 

「秘密なのは分かったけど…どうして二課の仮設本部に?集合場所には分かりやすいけど」

 

そしてガンヴォルトは疑問になった事をみんなに聞く。

 

「すぐに分かるよ」

 

代表して奏が答えると暫くして大量の機材を持った弦十郎と慎次まで現れる。

 

「待たせたな、機材を借りるのと使い方を確認して遅れた」

 

「弦十郎に慎次まで…みんな何をしようとしているの?」

 

少しだけ戸惑いを見せるガンヴォルト。

 

「あんたの部屋に良い物を置こうとしてんだよ」

 

戸惑うガンヴォルトに向けてクリスが言った。

 

「そうですね!シアンちゃんから聞きましたけどガンヴォルトさんの部屋ってあんまり物ないみたいなんで少しだけ私達が飾りつけようと思って!」

 

「確かに、どこか寂しい気がしましたし、どうせなら少し暖かみのあるものをプレゼントしようと思って」

 

響と未来もガンヴォルトに向けて笑顔を向けて言う。

 

「そうだな。流石奏だ。こう言うものを考え付くとはな」

 

翼もうんうんと頷いて言う。

 

「そろそろボクもみんなが何をしたいのか教えてもらいたいんだけど…」

 

そんな中唯一何か分からないガンヴォルトがそう言うと弦十郎が言う。

 

「写真だよ。全員で記念撮影だ」

 

「写真…」

 

ガンヴォルトはその言葉に何処か戸惑いを見せる。

 

「分かっています。ガンヴォルト君は特殊な為に、あまり写真に写ろうとしない事くらい。でも、みんなガンヴォルト君と写真を一緒に撮りたいんですよ。そして部屋に大切に飾って欲しいと思ったんですよ。女の子達のささやかな思いと、それを贈りたい思い、無碍に出来ます?」

 

「…分かったよ。みんなのお願いだし、それにプレゼントとして貰うんだから、突き返したりしないよ」

 

慎次がそう言うと少し考え、みんなの思いを汲み取り、ガンヴォルトはそれに了承した。だが、一つハッとするガンヴォルト。

 

「でも写真ってシアンはどうなるの?」

 

ガンヴォルトの疑問。それはシアンの存在。装者達以外、機械を通さないと見えないシアン。そのシアンとどうやって写真に映るのか?

 

「その問題は大丈夫だ。特殊なカメラを使えばシアン君も映る事が出来るからな!」

 

そう言った先程の大量の機材をテキパキと組み立て始めた。

 

「シアン君の存在を確認する事ができる超高性能カメラ…だったか?詳しい内容は専門的で分からなかったが、これがあればシアン君も写真に写ることが出来る!これぞ二課科学班の努力の賜物だな!」

 

ガハハと笑う弦十郎。

 

「と言う事。私もGVと写真に写りたかったし、記念写真を飾ろう!」

 

シアンがガンヴォルトに対してそう言った。

 

「…そうだね。せっかくみんなが撮ってくれるんだったら飾ろうか」

 

シアンが嬉しそうにするのを見て釣られて頬を緩めるガンヴォルト。

 

「じゃあ写真を撮るからこのでかいレンズの前に全員集合してくれ!」

 

そう言った弦十郎。ガンヴォルトはその言葉通りに移動し始める。

 

そして写真撮影をすることになったのだが、いつも通りら誰がガンヴォルトの隣に立つかと響以外が椅子取りゲームの様に群がり、わちゃわちゃとなる。

 

「いくらでも撮ってやるから少しは落ち着いたらどうだ」

 

そう写真を撮ろうとする弦十郎に対して、一人の装者を除いた全員が弦十郎に向けてそれぞれが飾られるのは一枚の可能性があるから!と叫んで弦十郎を怯ませる。

 

「…ガンヴォルト」

 

凄まじい覇気に弦十郎も流石に何も言い返す事が出来ず、その中で揉まれながらも待機するガンヴォルトに助けを求める。

 

「みんな、いろんな写真を飾るから、落ち着いてよ」

 

弦十郎からのSOSを感じ、ガンヴォルトはそう言ってなんとか収まりが付く。

 

そして何回も行われた記念写真の撮影。

 

装者全員とシアンで撮った写真、弦十郎と慎次とガンヴォルト、そして仕事終わりに来た朔也とあおいその他大勢の人物達も写真を撮った。

 

そして一通り写真を撮り終えたみんなは二課のプリンターで写真を印刷してそれぞれが沢山貰う。

 

「じゃあこれ!大切にしますんで!私達はこれで!」

 

写真を大量に印刷した写真を響と未来が大量に持ち帰るのを皮切りに全員が解散する。

 

そしてガンヴォルト達も家へ帰り、二課仮設本部で撮った写真を全員で確認していた。

 

「沢山撮ったな」

 

「まぁ、いっぱいあっても困んないだろ」

 

「そうよ、こう言うのが良い思い出になるんだから」

 

三人が写真を見ながら雑談していた。プリントされた数々の写真。ガンヴォルトの隣を取り合う写真や、それぞれが一人でガンヴォルトと撮った写真。そして二課面々と映る写真。数々の写真を見て楽しそうに話をする。

 

「で、あんたはどれを飾る?」

 

クリスがそんな自分達を見るガンヴォルトに向けてそう言った。

 

「正直、何を飾ろうか迷うよ。でも、みんなから貰ったんだ。君達が決めて良いよ」

 

ガンヴォルトは贈り物だからと三人が選んでくれと言う。

 

その瞬間に、それぞれが隣に映る写真を選ぼうとする。だが、結局話し合いでは解決しないと分かっているが、結局暫く言い合いをしたのち、どうするかと悩む。

 

「まぁ、現状は無難にこいつを飾って貰おう」

 

埒が開かないと分かっている奏がそう言って一枚の写真を取る。

 

それは全員の集合写真。本当ならそれぞれの写真を飾って貰いたいが、あまり多くても困るだろうと無難な写真を選んだのだ。

 

「…及第点にしときましょう」

 

「他のよりは何にもなくて済むだろう」

 

シアンもクリスももめに揉めていた為に、疲れてはいたが、それならと奏の持つ写真を見てそれならまだ許せると言う。

 

「決まりだな」

 

そう言って奏はあらかじめ用意していた写真立てにその写真を入れるとガンヴォルトに渡す。

 

「いつもありがとな。プレゼントって言ってもただの写真だけど」

 

渡された写真を受け取ったガンヴォルトはその写真を眺める。

 

「気にしないで良いよ。でも、こちらこそありがとう。あんまり、こう言うの受けとることなかったから嬉しいよ」

 

そう言ってガンヴォルトは写真に目を落とす。

 

そこにいる全員が笑って映るその写真。何処か不器用に笑うガンヴォルトに自分自身でもおかしいと思うのかクスッとする。

 

「大切に飾らせて貰うよ。二人も、ありがとう」

 

ガンヴォルトはシアンとクリスにも礼を言う。

 

「これからも増やしてやるよ。そうすりゃ、あんたの部屋もかなり賑やかになるしな」

 

「GVと写真に写れるならいくらでも映るから!いっぱい飾ろう!」

 

「…そうだね。でも、今度はみんな少しは落ち着いて撮ろうね」

 

ガンヴォルトは苦笑いを浮かべ、その写真撮影の時のことを言った。

 

「別に良いだろう?賑やかで」

 

ガンヴォルトへと楽しいからそう言うのも良いだろうと言う奏。

 

「お前の相方が暴走しなければな」

 

奏へとクリスがそう言うと確かにと奏が笑う。そしてガンヴォルト共に写真を部屋に飾る。寂しいと言われた部屋に僅かながらの温かみが加わる。

 

「また撮ろうな」

 

「これだけじゃなく、今後はアルバムみたいなのも作るか」

 

「良いね!時間があったらそうしよう!」

 

三人が盛り上がり、ガンヴォルトもそんな三人の雑談を嬉しそうに眺める。

 

その温もりを感じて、今日一日を大切な思い出に刻むのであった。



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胎動: Advance preparation
80VOLT


繋ぎはそこまで長くは書きません。後二、三話でGへと入ります。


復旧がどんどん進んで、ようやく装者達は日常を取り戻す事が出来た中、ボクはシアンと二人だけで話し合う為に、殆ど人が来る事のない二課の倉庫に赴いていた。

 

「シアン、出てきてくれ」

 

ボクの言葉に応えるように光が目の前に収束して蝶の模様を模した服を着たモルフォ、いやシアンが現れる。

 

「聞きたい事があるんだ。七年前の事を、ボクはどうしてこの世界に来た事を…そして君は何故体を無くし、その姿になっているのかを」

 

ボクは今までの疑問をシアンへと問う。

 

「七年前、私はあの場所であの人に…アシモフさんに殺された」

 

その言葉にボクはあの時の感情が溢れる。守れなかった…守りたかった人を守れなかった悲しみ。そしてその元凶への激しい憎しみを。

 

「アシモフ!ボクだけじゃなく、やっぱりあの時にシアンも!」

 

怒りを吐き出す為に壁に拳を打ちつけた。壁はボクの拳によりヒビが入る。それと共にボクの身体からは怒りのあまり、雷撃がバチバチと周辺を迸る。

 

「GV…」

 

シアンも怒りを露わにするボクを抱きしめて怒りを鎮めようとしてくれる。幾分怒りは治ったが胸の中で煮えたぎるアシモフの憎悪は変わらない。

 

「そして私は殺されて、私の魂はモルフォに…この身体と融合する事になった。そして、私が先に死んだけど、GV…貴方はまだ生きていた。でも、そのままだと死にそうな…死に体だったGVを助けたい。その一心で私の第七波動()を使った。歌ったの。私もそこからよく覚えてない…その後、私は第七波動()を使い果たして深い眠りに就いたから…私もどうやってこの世界に流れたのかはよく分からないの…」

 

「シアンのせいじゃない…ボクが…ボクが至らないばっかりに君をそんな目に…ここでもそうだ…ボクは誰かを守る為に戦っているのに沢山の人を傷付けてばかりだ…」

 

ボクは全ての出来事に対して対処はする事は出来たと思っているがその結果、沢山の人を傷付けている事をも後悔する。

 

そして守ると誓って守れなかった口だけの自分がどうしても許す事が出来なかった。

 

「心配しないでGV、それでも私がいるよ。だから自分を責めないで」

 

「シアン…」

 

シアンの言葉に幾分かは慰められるが、それでもシアンを死なせてしまった事を、助けられなかった事を悔やむ。

 

だが、もう悔いても起こった事は、シアンが死んだ事は変わらない。

 

だからこそ、ボクはやるべき事を見据えてシアンに言った。

 

「シアン…アシモフを絶対に止めよう。アシモフのやろうとしている事は長い年月が経とうと変わらない。アシモフも紫電と…皇神(スメラギ)と同じ、ふざけた理想を掲げている。ボクはそれを絶対に止める」

 

「GVのしたい事…私は力を貸すよ。どんな事があっても。だから、帰る方法を見つけよう」

 

「そうだね…でもその前にこっちでもまだやらなきゃいけない事があるんだ」

 

ボクはボクの力を知るテロリストの頭目、アッシュボルトの事をシアンに話した。

 

第七波動(セブンス)のない世界なのに第七波動(セブンス)の事を知っている…それにGVに対して本物?」

 

「ボクの推測だけど、第七波動(セブンス)を知り、ボクにその事を問う時点でアッシュボルトはボク同様にこちらに流れ着いた第七波動(セブンス)能力者だと思う…それもボクの事を知っている…」

 

「まさか…そうなるとGVと戦った能力者だと…」

 

「こんな回りくどい事などをする能力者はメラクくらいしか思い浮かばないけど…でも、メラクじゃない気がする。倒した紫電が何故かこの世界にいた様に、あり得ない事じゃない。だからこそ、その能力者を倒さなければならない…この世界に第七波動(セブンス)はあってはならない…あんな事にならない為にも」

 

かつての皇神(スメラギ)が作り出していた能力者を管理した疑似的な平和を作らない為にも、この世界にもあんな暗黒郷を作らない為にも。いずれボクもアシモフを止める為にこの世界からいなくなる。だからこそ、第七波動(セブンス)という争いの因果を断ち切らないといけない。

 

それがボクの何故か来てしまったこの世界でやらなければならない事だから。

 

「GVがしたい事なら私は協力するよ。だから二人で止めよう?そして帰ってあの人を…アシモフさんも」

 

「絶対に止めるんだ…アッシュボルトもアシモフも…」

 

ボクは拳を握り、呟いた。

 

「もうこんな連鎖を止めるんだ…誰もが笑っていられる世界の為にも…ボクが止めるんだ」

 

その言葉と共にシアンはボクを抱きしめる。

 

「GVなら出来るよ…だって私が付いているし、私もGVの事を信じているから」

 

「シアン…」

 

やらなければならない。だからボクは誓うんだ。この仕組まれた様な因果を止める為に。

 

「絶対に終わらせよう…絶対に…」

 

絶対にあんな世界をこの世界でも作らない為に。

 

◇◇◇◇◇◇

 

同時刻ーー

 

場所はアメリカへと移り、とある研究施設の中二人の人物がモニターに映る映像を見ていた。

 

「興味深いね、宝剣というものは。完全聖遺物であるネフシュタンの鎧と融合するなんて」

 

「不可能ではないさ、Dr.ウェル。宝剣も元を辿れば聖遺物なのだからな」

 

画面を見ながら応えるアッシュボルト。

 

「だが可能としたのは何故かあの男と同様に紫電に宿っていた電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力によるものだろう」

 

「つまりこの力があれば僕達の英雄への道は更に確実に!」

 

画面を食い入るウェルは叫んだ。

 

「まあ出来る限り私もやってみよう。いずれにしろこれは必ず必要となる」

 

そう言ってアッシュボルトは研究室から出る為に出口へと歩き出す。

 

「何処に行くんだいアッシュ?まだ映像は終わってないよ?」

 

「どうせあの男に紫電は勝てないさ。それよりも行かねばならない所がある。君はいずれ接触(コンタクト)してくるはずのF.I.S.と話し合う準備でもしていてくれ。私はある場所に行く」

 

そう言うアッシュボルトにウェルは問い掛ける。

 

「行くって何処へだい?君が赴かないといけない程の事なのかい?」

 

「駒は全てフィーネに殺されたからな。私自ら出向くしかないんだ。それにこの任務(ミッション)は他の者では足がついてしまうからな」

 

そう言ってアッシュボルトはウェルに向けて行く場所を伝える。

 

「私は日本(ジャパン)へと赴く。Dr.ウェル、私が戻る間にF.I.S.の接触(コンタクト)の準備と共にDNA鑑定を出来る様にしておいてくれ」

 

「何でDNA鑑定を?」

 

「決まっている」

 

アッシュボルトは少し間を置いてウェルに向けて言った。

 

「奴が…ガンヴォルトを名乗るあの男が本物なのか確かめる為だ」

 

そう言うとアッシュボルトは研究室を立ち去った。

 

「あの男…ガンヴォルトの事なんてまだほっとけばいいのに…そんな事よりも僕等の英雄たる為の事柄を二人っきりで話し合った方が有意義だよ、アッシュ。と言うよりもDNA鑑定したって君が知るとしてもネットワークに照合しない男をどうやって判断するんだい?」

 

何処か寂しそうにウェルはアッシュボルトの出て行った扉を見つめるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「マム!何故平和の為に私達が為そうとする事の為にテロリストと手を組まないといけないの!?」

 

とある広間で女性が車椅子に座る老婆に叫んだ。

 

「仕方ないのです。世界を平和にさせるにはどんな手を使っても為さなければ。例えその道が悪になろうとも」

 

「それは分かっている!でも…でもあんな外道と手を組む理由にはならない!第一にアッシュボルトという男の何処を信用すればいいというの!?」

 

女性は叫ぶ。

 

「それでも手を組むしかないのよ…世界を平和にする為に…月の落下による崩壊を防ぐ為に…」

 

空に薄らと浮かぶ土星の様に輪を作る月を見上げながら言った。

 

日本のシンフォギア装者とガンヴォルトという男が止めたフィーネの起こした事件。終息はしたものの、月を欠けさせる程の一撃を受けた月は軌道がずれ、いずれ地球へと衝突させる事となった。

 

だからこそ、やらねばならぬのだ。

 

例え自分達が悪となろうとも。人類を救う為に。

 

「ごめんなさい…マリア…貴方にはとても重い罪を背負わせてしまう事になって」

 

「マム…」

 

女性、マリアはマムの言葉に首を振るう。

 

「いいえ、マム。それが世界を救う為なら私はどんな重い罪でも背負って歩く」

 

「ありがとう…マリア…行きましょう。ウェル博士と協力を結びに」

 

そう言うとマリアがマムと呼ぶ女性、ナスターシャに近付くと車椅子を押してその場を去る。



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81VOLT

ボクは弦十郎、慎次に連れられてある場所へ車で向かっていた。

 

場所は永田町にある国会議事堂。

 

「なんでボクまで呼び出されたんだろう?」

 

「ガンヴォルト、今回の功績はお前と装者で止めたと言っていい。それを国は隠さなきゃならないが、国を救った、いや世界をも脅かそうとした事件を解決へ導いた英雄であるお前に何の報酬を与えないのも国として世界への印象が悪くなるからな」

 

「殆ど装者の皆のおかげだと思うけどね。でも英雄は装者達であってボクじゃないよ。ボクは英雄って柄じゃないし、英雄を名乗れる資格なんてないさ」

 

ボクの手は既に血に塗れている。そんなボクには英雄と名乗る資格はない。いやあってはならない。

 

「そう自分を貶める事はありません。君は僕等からすればこの国を、世界をフィーネの野望から、紫電という少年の語った歪な世界を作り上げようとする野望からそれらを止めてくれた英雄なんですから」

 

運転する慎次がボクに気遣ってそう言ってくれる。

 

「そうだよGV。貴方は自分の為に…皆の為にやったんだから。GVがやった事は正しいよ。紫電がやろうとしていた事はあの世界みたいに私の様な苦しむ人を作らない為にやったんだから」

 

シアンもカーナビを通じてボクを慰めてくれる。

 

「そうだ、ガンヴォルト。シアン君や慎次の言う通り、お前は俺達にとって、そしてこの国の人達にとって充分な働きをした。そんな人間を英雄と言って何が悪いというんだ。過去がどうあれ、今のお前は紛れもなく英雄なんだからな」

 

弦十郎もそう言う。

 

「ありがとう。でも英雄なんて大それた称号はやっぱりボクには似合わないよ」

 

少しは気が晴れるがやっぱり自分が英雄である事は否定する。

 

「何処まで頑固なんだか…まあ、お前が否定しても他の者からしたらお前は英雄としか言いようがないんだがな」

 

弦十郎も困った顔で言う。

 

「到着しましたよ。行きましょう」

 

慎次が国会議事堂に到着を告げ、待機していた黒服の集団にボク等は囲まれながら国会議事堂の内部へと足を進める。

 

そして、とある扉の前に待機する様に言われると秘書らしき人物が出てきて色々とボディチェックを始める。

 

「すみません、念の為こちらの武器はこちらで一旦預けさせてもらいます」

 

秘書がボクの持つダートリーダーとテザーガン、そして慎次の持つ銃を丁重に扱い、預かる事を告げる。

 

ボク達はそれを了承し、扉の内部へと案内される。

 

「英雄がどんな奴かと思えば、弦十郎の様なむさ苦しい男かシンフォギア装者の様な別嬪な嬢ちゃんが来ると思えば、こんな色男が来るなんて驚きだ」

 

蕎麦を啜りながらそう言うのはこの国を代表する大臣を助け、事務を統括する存在。

 

斯波田事務次官であった。

 

「お久しぶりです、斯波田事務次官」

 

「おう、お前達下がっていいぞ」

 

斯波田事務次官はそう言って待機する補佐達を部屋から退出させる。

 

「さて、この度はご苦労だったな。国を守り、新たな脅威からも未然に防ぐ事をしたオメェさんに国を代表して礼を言うぞ。ありがとう」

 

ボクはその賛辞を受け入れる。

 

「勲章の一つや二つ渡したい所なんだが、なんせこの国にはそう言った武功での勲章がある訳じゃないんだ。すまんな」

 

「大丈夫です。ボクはボク自身のやるべき事を為しただけですから」

 

「かぁー!この男、自分がどれほどの事を為したのか分かってないのか!だが、その志!見事なもんだ!」

 

斯波田事務次官は高笑いを上げながら蕎麦を啜る。

 

「所で我々を呼び出したのは何用なのですか?」

 

高笑いを上げる斯波田事務次官に弦十郎が問う。

 

「あぁ、礼を述べるのならこの場を用意しなくてもビデオ通話なんかでよかったんだが、米国含めた諸外国に今回の件に付いて色々と責任問題を問われてな。ビデオ通話じゃ何処の誰かが回線に割り込んだりする危険性があるから態々こちらに出向いてもらった。それで、色々と厄介な事を要求されてるのさ。特にお前さんの存在がな」

 

蕎麦を啜っていた箸をボクの方に向けて斯波田事務次官が言う。

 

「諸外国の要求は日本のみが保有する、櫻井理論の情報開示。もちろん、ノイズという脅威が世界に有る以上、櫻井了子亡き今、その情報を世界に開示して人類の為に使うのは俺は賛成している。だが、そのついでとばかりにお前さんの事を寄越せと諸外国が言い出しやがってな。ノイズに対抗出来るシンフォギア装者以外の第七波動(セブンス)とかいう能力を持つお前さんをな」

 

「なっ!?」

 

弦十郎はその言葉に驚いた。

 

「そんな馬鹿げた要求を飲むと言うのですか!?」

 

「馬鹿言うな、弦十郎。仮にもこの国を守った英雄だぞ?そんな馬鹿げた要求飲むはずねぇだろ。どんな事をしてでもこいつだけは国として、いや、俺達が何としてでも守らにゃならん」

 

そう言って再び蕎麦を啜る斯波田事務次官。

 

「だが、情報開示をしても諸外国はお前さんの事を諦めんだろう。装者達は学生の身、そこら辺は彼方さんも何故か考慮してくれている様でな。未だ装者の要求はない。だからこそ諸外国はお前さんという存在を手に入れる為ならどんな事をこの国にしでかすか分からん」

 

「ならば一体我々はどうすればいいんですか?」

 

弦十郎がそう言うと斯波田事務次官は蕎麦を啜る手を止めた。

 

「米国政府を一旦でもいいから味方に付ける。影響力の強いあの国さえ味方に付けば諸外国は暫くは何も言えんさ」

 

「しかし、どうやって?」

 

弦十郎の問いにしばらくの沈黙が流れる。そして斯波田事務次官は先程まで閉じていた口を開く。

 

「…米国政府にソロモンの杖を引き渡す」

 

「なっ!?」

 

その言葉にボクを含めた慎次も弦十郎も驚きを隠せない。

 

「ソロモンの杖を!?」

 

「あぁ、苦渋の決断だが、それしかない。幸運な事に米国政府はこちらがそれを差し出す事を条件にしたら、お前さんの事を苦い顔をしながらだが、それならと了承してくれた」

 

「しかし、あれはノイズという存在を操れる危険な代物!それをどんな手段に使われる事に!?」

 

「それしか方法がない。運の良い事にソロモンの杖は報告にあった紫電とか言う坊主が倒されて、沖縄の近海に落下し回収されている。現在も日本が保有している事になっている。それに米国政府も馬鹿じゃねえ。そんな身勝手な事でソロモンの杖なんてふざけた代物なんか使えば世界中から大バッシングを受けるだろうよ」

 

どうやら紫電が奪っていたソロモンの杖は未だ日本が保有している事になっているらしい。そしてそれさえ米国政府に渡せば、ボクは日本から別の国へと渡らなくて済むらしい。

 

「そこでお前さんの答えを聞かせてもらうか、ガンヴォルト。お前さんの意思も確認したい」

 

「ボクはこのまま国に残る。止めなきゃいけない存在が今はこの国に潜伏している可能性がある以上、この国から離れる訳にはいかない」

 

何処にいるか分からないアッシュボルトと言うテロリストの存在。奴が未だ何処にいるか分からない以上、この国から離れてはならない。それにアッシュボルトは以前に装者であるクリスを狙っていた。だからこそ、装者が危険に晒される中離れる訳にはいかない。

 

「ここまで真っ直ぐか!何処までも俺好みの男だな、ガンヴォルト!俺の首が飛ぶかも知れんが何とかしてやるよ!」

 

高笑いを再び上げる斯波田事務次官。

 

「だが、そうする為にはしばらくお前さんにはきついかも知れんが、行動の制限としばらく俺の所でお前さんを匿わなきゃならん。それでもいいか?」

 

「もちろんだよ。留置所よりはマシな環境なんでしょ?」

 

「がはは!こいつは面白え事を言うガキンチョだ!国を救った英雄が留置所に入っていたとは!」

 

斯波田事務次官もさらに笑いながら止めていた手を再び動かして蕎麦を啜る。

 

「ガンヴォルト、斯波田事務次官の元なら安心だが、それでいいのか?」

 

「仕方ないよ。ボク自身もこの国にいないと守るものも守れないからね」

 

「GVが決めたのなら私もいいよ。それにしばらくはあの子達からのGVへのアプローチが減るだろうし…」

 

最後は聞こえなかったが、シアンも了承してくれたみたいだ。

 

「分かった。斯波田事務次官、しばらくの間ガンヴォルトの事をよろしくお願いします」

 

「安心しろ、英雄を何としてでも諸外国には渡さんさ」

 

「弦十郎、しばらくノイズの対処はボクは出来なくなるかも知れない。装者と共にノイズの恐怖から皆を守ってくれる?」

 

「もちろんだ。お前も動けるまで我慢するんだぞ」

 

「ありがとう、弦十郎」

 

「任せておけ」

 

ボクは弦十郎と拳を合わせて斯波田事務次官の補佐としてしばらく国の為に働く事となった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

深夜、復興させる人達の姿も消え、誰もいなくなったその場所に一つの影が現れた。

 

「カ・ディンギル…いやバベルの塔と言うべきか?こんなものをフィーネは建造していたとはな…」

 

壊れた塔を見上げながらそう呟く男、アッシュボルト。

 

「だが、こんな壊れた塔(スクラップ)になど用はない」

 

そう言ってカ・ディンギルから離れてシェルターの入り口へと入っていく。

 

シェルターはガンヴォルトの放ったカ・ディンギルを破壊した一撃により、入り口の方は殆ど崩壊していたが中は依然無事であり、復旧などをしているのを知らせるカラーコーンや補強用の鉄骨などが張り巡らされている。

 

その中を進んでいくアッシュボルト。

 

そして辿り着いたのは未だ手のつかない深い深い深淵へと闇を広げるアビス。

 

「カ・ディンギルの動力源がサクリストD、デュランダルだったのなら、この地下深くで奴はフィーネと対峙したはず…」

 

そう呟くと何の躊躇いもなくアビスの深淵へとアッシュボルトは飛び降りた。普通の人であればそんな深淵に飛び込めばただでは済まない事は分かるのであるがアッシュボルトは何も躊躇わずに飛び込んだ。そして深淵へと到着してアッシュボルトは着地する。普通の人であればひしゃげ、見られない様な亡骸になるはずがアッシュボルトは何の負傷もなく降り立つ。

 

「これか…」

 

暗闇で見つける瓦礫に付いたどす黒く、そしてベッタリと付着した血の手形。暗闇の中、アッシュボルトはその瓦礫を砕くと、手の跡が付いた瓦礫を拾う。

 

「お前の正体…確かめさせてもらうぞ」

 

そう呟くと瓦礫を袋に入れてポーチにしまうとアッシュボルトは壁を蹴りながら、アビスの深淵から姿を消して行った。



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82VOLT

繋ぎもこの話で終了。
最終章、G編を始動いたします。


燃え盛る炎の中、一人の白銀の鎧の様な物を纏う少女が白い巨大な生物と対峙していた。

 

生物の名前は、ネフィリム。

 

完全聖遺物。それが目の前の白い生物の正体。だがネフィリムは暴走している。

 

起動する為に必要なフォニックゲインが不足する中での強制的な起動により、不完全であり、歪な形で産声を上げたネフィリムは目につく全ての物を喰らい、破壊していく。

 

その結果が今の現状であり、それを為そうとした研究者達はそれを止めようとしたが制御などする事が出来ず、この様な惨事が起こった。

 

そしてそれを止める為に今目の前の絶望を食い止める為に対峙する、聖遺物、アガートラームを纏う少女。セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。

 

「急に起こされて怒るのは分かるよ…でも貴方もそんな事したって悲しいだけなの…だから止まって…」

 

シンフォギアを纏うセレナだが、彼女はこれまでに戦闘などの経験は全くない為に目の前のこの生物と戦うという選択はなかった。

 

だからこそ、セレナは歌った。自身の歌を信じ、この目の前のネフィリムを再び眠りに就かせる為に。もうネフィリムに何も傷付けさせない為に。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl」

 

絶唱。それは装者の奥義でもあり、自身をも傷付けてしまう諸刃の剣。

 

だが、セレナは躊躇なく歌った。

 

この場には大切な姉であるマリア・カデンツァヴナ・イヴ。それに自身を拾って育ててくれたナスターシャがいる。沢山の研究者達も。そんな人達を助けたい。だからこそ、セレナは絶唱を躊躇いなく歌った。

 

セレナを起点に周りから白色の光が現れ、それはどんどん包み込んでいくかのように大きくなっていく。

 

ネフィリムはセレナの放つ絶唱のエネルギーの光の中に包まれた。

 

「ガァァ!?」

 

苦しみにも聞こえるネフィリムの咆哮。

 

だが、セレナはそんなネフィリムへと近付いて優しく声を掛ける。

 

「苦しいかも知れない…辛いかも知れない…でもこれは貴方が落ち着く為の歌なの…だから…もう止まって…ネフィリム…」

 

「ガァァ!」

 

だが、セレナの言葉を、歌を拒み、抗うように暴れ始めるネフィリム。しかし、ネフィリムの振るう拳はセレナの歌う絶唱のエネルギーに弾かれる。

 

その瞬間にセレナのあちこちから血が吹き出す。絶唱が自身の身体を蝕み、傷付けているのだ。

 

それでもセレナは痛みに顔を歪める事なく、ネフィリムに対して優しく言い続ける。

 

「大丈夫…もう貴方を苦しませたりしないから…もう二度と貴方をこんな苦しい思いをさせないよ…お願い…ネフィリム…だから…落ち着いて…」

 

しかし、ネフィリムはまたしてもセレナの優しい問い掛けを拒み、この包み込む光の元であるセレナを狙い始める。

 

だが、ネフィリムの攻撃はセレナに触れる事すら出来ずに弾かれる。

 

「ガァァ!」

 

それでもセレナへの攻撃を止めないネフィリム。荒々しく、そしてとてつもない音量の咆哮を上げて眠りを拒むかの様に。

 

「お願いだよ…貴方に誰も傷付けて欲しくない…だから止まって…」

 

セレナは願い続ける。ネフィリムに誰も傷付けて欲しくない。誰も犠牲を出したくない。その一心でセレナは歌い続ける。

 

「ガァァ…」

 

そして、ようやく抗う力すら失ったのかネフィリムの大きな身体が、ゆっくりと崩れ落ち、瓦礫の上でその巨体を横たえた。

 

「良かった…」

 

そしてセレナはようやく止まったネフィリムを見ながら、自身も膝が崩れ落ちる。

 

「セレナ!」

 

「マリア…姉さん…」

 

傷付いた身体を支えてくれたのは姉であるマリアであった。危ない現場なのにも関わらず、自身の危険を顧みずここまで来てくれた様だ。

 

そして、セレナも歌を口にする事が出来なくなり、纏うシンフォギアであるアガートラームも消えてしまう。

 

「セレナ!しっかりしてセレナ!」

 

「マリア姉さん…私は大丈夫だから…早くここから逃げよう…」

 

マリアも燃え盛る炎が徐々に近付いてくる事を感じてセレナを抱えて、この場から立ち去ろうとする。

 

だが、マリアがセレナを立ち上がらせた瞬間、とんと押されて倒されてしまう。

 

「何をするの!セレ…」

 

マリアは最後までセレナの名を呼ぶ事が出来なかった。

 

何故なら、マリアの目に映ったのは眠ったはずのネフィリムが再び巨体を起こし、大きな口でセレナを飲み込もうとしている瞬間であったのだから。

 

「ごめんね…マリア姉さん…」

 

その言葉と共にセレナはネフィリムの開けた大きな口の中に付近の瓦礫と共に飲み込まれた。そしてセレナの首につけていた砕けたアガートラームのペンダントだけがマリアの元へ転がる。

 

「セレナァァ!」

 

手を伸ばした所でネフィリムは口を開ける事なく、そのまま光を纏い、起動する前の小さな物体となってしまった。

 

「セレナ!セレナァァ!」

 

マリアは落ちたアガートラームとネフィリムを拾い上げて叫び続ける。

 

「返して!返してなさいよ!セレナを返しなさいよ!ネフィリム!」

 

「マリア!危ないわ!早くこちらに来なさい!」

 

マリアを救う為に現れたナスターシャの声。

 

だがマリアはその声が聞こえていない様に手に持つネフィリムに対して叫び続けていた。

 

そんなマリアに向けて無情にも天井が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。

 

「マリア!」

 

ナスターシャはマリアの元へ駆け出して、マリアに瓦礫が当たらない様、自身の身体を盾にする。

 

「ぐっ!?」

 

マリアを抱え、なんとか落下する瓦礫からマリアを助ける事は出来たが、自身の足が巻き込まれてしまう。

 

「マム!?ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

マリアはネフィリムを拾い上げてポケットにしまうと助けてくれたナスターシャに謝りながら、必死に瓦礫を退けようとする。

 

「マリア!逃げなさい!私の事はいいから!」

 

「嫌だ!セレナもマムもいなくなるなんて嫌だ!そんな事言わないでよ、マム!」

 

マリアは必死にナスターシャを助け出そうと瓦礫を退けようとする。だが、巨大な瓦礫はマリアの力ではどうする事も出来ず、ただ、遠くの方で忙しなく何かをする研究員達に向けて叫んだ。

 

「誰か!誰か来て!マムが!マムが大変なの!早く!」

 

だが、マリアの声が聞こえていないかの如く、研究員達は誰一人として助けに来る事はなかった。

 

「なんで!?なんで誰も来てくれないのよ!」

 

「私を置いて行きなさい、マリア…こんな足じゃ貴方が逃げる妨げになってしまいます…」

 

「嫌だ!絶対にそんな事しない!」

 

マリアは動かない研究員達にもう叫ばずに自身でなんとかしようと瓦礫を退けようとする。

 

だが、そんなマリアに向けて再び瓦礫が降り注ぐ。

 

「マリア!」

 

マリアは間一髪の所で避ける事に成功したが、衝撃で舞う砂塵と小石で傷付いてしまう。

 

だがその瓦礫によりナスターシャの足を挟む瓦礫が浮かび上がり、どうにか動ける状態となった。

 

「マム!」

 

マリアはナスターシャを引いて救出するとナスターシャを抱え、その場から足早に立ち去る。

 

「ごめんなさい…マリア…セレナ…こんな事になってしまって…」

 

近くにいるマリアですら聞こえない声でナスターシャは呟いた。ネフィリムを起動しなければセレナを失う事はなかった。

 

だからナスターシャは謝る事しか出来ない。大切な家族を失わせてしまったマリアに。そしてネフィリムに食べられたセレナに。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「はっ!?」

 

マリアは上空を未だ飛び続ける飛行機の中で目を覚ます。

 

懐かしく、悲しい夢。かつてセレナを失った時の夢であった。

 

「マリア、大丈夫?」

 

「なんだかとても魘されていたデスが…」

 

側に座る大切な家族である月読調と暁切歌がマリアを心配そうに手を握っていた。

 

「大丈夫よ。ちょっと昔の夢を見てただけだから…」

 

二人の頭を撫でながら心配ない事を伝える。

 

「嘘…マリアがあんな魘されてたのに大丈夫なんて事ない」

 

「そうデス!私達に隠し事なんてあんまりデス!マリア!」

 

二人はマリアに対して言った。隠し事をされたと思い、二人ではマリアの支えになれないのかという風に。

 

マリアもそんな二人を見て自身が先程まで見た夢を語った。

 

かつてセレナをネフィリムに食べられた事。ナスターシャに歩けない怪我をさせてしまった事を。

 

以前からその事を知る二人も悲しげな表情を浮かべる。聞いてはいけなかった。その場にいなかった二人からすればその時、マリアがどれだけ辛い目に遭ったか、どれだけ悲しい目に遭ったか理解出来るから。

 

そして、自分達を妹の様に接してくれるマリアをそれ以上悲しい表情をさせない為に口を紡ぐ。

 

「心配してくれてありがとう、二人共」

 

「ごめんなさい」

 

「マリアぁ…辛い事を言わせてごめんなさいデス」

 

涙を浮かべながら二人はマリアに必死に謝る。マリアも気にしないでと二人の頭を撫で続ける。

 

「どうしたのですか?調に切歌も泣いて?」

 

車椅子を動かしながらナスターシャが現れる。

 

そして切歌と調はナスターシャへと抱きついた。そして切歌と調はマリアの過去を思い出そうとするのを拒む為、ただ必死に口を紡いで涙を堪える。

 

「…そう…あの時の夢を見たのですね」

 

ナスターシャは二人の様子とマリアの少し疲れた顔を見て察するとそれだけ言った。

 

そして、切歌と調の頭を撫でて言う。

 

「マリア…貴方にはまた酷い事をしてしまいます…今なら…今ならまだ貴方は重い罪など背負う事をせずに歩む事が出来ます」

 

「いいえ、マム。例え、それがどんな事だろうと私はやって見せる。セレナの様に…辛い思いをする人達を出さない為にも…もうあんな悲しみを生まない為にも…それに…いずれ私はフィーネとして覚醒してしまう…そうなってしまえばどんな事があろうと、重い罪を背負ってしまう…だからこそ、私が私でいられる内にしなくちゃならないの」

 

覚悟を決めたマリアの顔にマムはただ頷く事しか出来なかった。そして、切歌と調も見ると、泣きそうな顔であるがマムに対して覚悟を決めた表情で頷いている。

 

「分かりました…重い罪を私達は背負ってしまいますがやりましょう…世界を救う為に…例え、それが世界すら敵に回してしまう悪の道であったとしても…」

 

その言葉に三人は覚悟を決めて頷いた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

アメリカから日本へとマリア達が向かう中、ウェルも日本に先に向かわせ、アッシュボルトは研究所に一人残り、画面に映され解析されたガンヴォルトのDNAを見て高笑いを上げていた。

 

「ハハハ!そういう事か!それが貴様の正体だとはな!」

 

アッシュボルトは何度もそう言いながら画面に映るDNAの図を見続ける。

 

「貴様の正体は分かった…貴様が蒼き雷霆(アームドブルー)を何故扱えるのかもな…全く!とんだ驚き(サプライズ)だよ!」

 

そう笑うと同時に今度は一気にテンションが冷めたのか高笑いを止める。

 

「だが…何故貴様にも電子の謡精(サイバーディーヴァ)が宿っている?…そして貴様はどうやってこの世界へと流れ着いた…」

 

そう言うと研究室から出る為に扉へと向けて歩き出す。

 

「まあいい、手に入るはずのないピースがちょうどよく手に届く所に現れたのだからな…既に機は熟した…貴様がどうやってこの場所に現れた事などどうでも良い。だが、その力…電子の謡精(サイバーディーヴァ)を持っているのは都合がいい。貴様からその力を貰うとしよう。既にピースは揃っている」

 

そして研究室に手榴弾を出て行く瞬間に投げ入れると研究室を爆破させて証拠となるもの、機材やDNAの情報を全て消し去った。

 

「今度こそ失敗(エラー)を起こさぬ。必ず成功させて見せる。私の目的を」

 

そう呟くと共に仕掛けていた爆弾を爆発させながら崩れゆく研究室を優雅に去って行った。




勘のいい皆さんはアッシュボルトの正体に気付いていると思いますが本編で正体を表すまで絶対に言わないようお願いします。
そもそももっとわからない様にしろよと皆さんは思うかもしれませんが、あんな口調が特徴的な方の正体を隠す方が難しいです。


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激変: Frontier incident
1GVOLT


サブタイを新章というか最終章に合わせて変更。
G編と言うことでサブタイもGに合わせてK(キロ)M(メガ)も飛ばしてG(ギガ)を採用。
そしてあらすじも最終章開幕に当たってガンヴォルト風のものを追加します。
基本予約投稿なので追加するのはこの話の後になりますが…
あとこの話を最後に連投をやめます。
理由はもう一度じっくりとGを見るのと蒼き雷霆ガンヴォルトをやる為です。やっぱりもう一度見て、やって構想を更に固める必要があると思いました。固めるなら試聴、プレイをするのが一番だと思うからです。決して遊ぶためではないですよ(震え)
しないフォギアこと迸らないシンフォギアABは自分が視聴したしないフォギアが終わり次第、トークルームの話題や4コマの迸れ!ガンヴォルトを交えた話を書いていこうと思います。


奏、クリス、響の三人は沖縄にあるソロモンの杖を米国政府へと受け渡す為にその地にある米軍基地への護送任務を行う為に列車に乗り込んでいた。

 

「あーあ、私ももっと早く復帰出来れば翼と一緒にまた大勢の前に立てたのによ」

 

「仕方ありませんよ。奏さんもようやくシンフォギアを纏えるくらいに身体を自由に動かせる様になったのも最近ですし、これからまたステージに立って綺麗な歌を皆に届けて下さい!私、翼さんと奏さんがツヴァイウィングとしてまたステージに立つの楽しみなんです!」

 

「響は本当に素直で可愛い奴だな。翼もクリスも見習って欲しいもんだ」

 

奏は響に抱きつきながら頭を撫でる。響も嬉しそうに奏の抱擁になすがままにされている。

 

「全く、任務中だぞ。そういう事は家でやれ」

 

「なんだ?クリス、仲間に入れなくて寂しいのか?」

 

「ば、馬鹿!ちげぇよ!」

 

「クリスは本当照れ屋だな。やって欲しかったなら素直に言えばいいのに」

 

そう言って響を離した奏はクリスを優しく包み込む。

 

「あー!私も私も!」

 

響も奏に倣い、クリスへと抱きついた。

 

「お前等暑苦しい!」

 

「照れない照れない。ガンヴォルトから離れて寂しいのは私だって同じなんだから少しは素直になってもいいんじゃないか?」

 

奏の言葉にクリスも顔を赤くしながら奏と響の抱擁から逃れようと暴れるが、奏も響もクリスを離さない。

 

ガンヴォルト。現在クリスと奏と共に住む男性であり、英雄の一人。ガンヴォルト自身は装者と違い、諸外国からその希少な能力である第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)を狙われており、国はそれらの脅威から守る為にガンヴォルトを匿い、ノイズとの戦闘すら参加出来ず、解放される為に裏で色々と動いていると聞いている。

 

その事を二人は深く理解していると思う。

 

だからこそ響は言った。

 

「大丈夫だよ、クリスちゃん。ガンヴォルトさんも直ぐに解放されるよ。ガンヴォルトさんもそうする為に難しい事を解決しようと頑張ってるんだから」

 

「響の言う通りだ。大体家には帰ってくるんだからこれが終われば家で美味しい物でも作って待っててくれるって」

 

「えっ!?ガンヴォルトさんってずっと国の人達に匿われてる訳じゃないんですか!?」

 

「流石に私達の健康管理も任せられてる立場の奴がずっといない訳じゃないさ。たまに帰れない時はあるけど基本は帰れば家にいるぞ?」

 

「だって奏さんがさっき寂しいって言ったからてっきりガンヴォルトさんってずっと国の人達に匿われてると思うじゃないですか!?」

 

「馬鹿かよ。そうなるとあの先輩とかの昼とかどうなるんだよ。学校でいつも私かこいつが弁当渡してるだろ?あいつ以外があんな手の込んだ物用意すると思うのか?」

 

クリスと奏は少し呆れながらも響に言った。

 

「そんな事だったら早く言ってよ!?私も心配だったのにそんなの私が心配損しただけじゃん!」

 

クリスから離れる響は二人に言う。

 

「なんでこいつは知らないでお前の親友は知ってるんだか…」

 

「未来も知ってたの!?」

 

クリスは呆れ、奏は響に悪い悪いと謝った。

 

そんな中、急に列車が揺れ動いた。線路の連結部、切り替えなどの揺れなどではない、大きな揺れ。

 

三人は何かが起きた事を理解する。

 

その瞬間に同行者であるあおいが部屋へと急ぎ入ってきた。

 

「皆大変よ!ノイズが現れたわ!」

 

その言葉に三人は気を引き締める。

 

「とにかく、前の車両へ!ウェル博士とソロモンの杖の安全を確保しないといけないわ!急ぎましょう!」

 

そしてあおいに付いて、後方車両から前方の今回の護衛対象である聖遺物の研究員であるウェルとソロモンの杖を保護する為に四人は向かう。

 

前方車両へと移動の際の列車連結部へと出ると上空には沢山の飛行ノイズがおり、列車に向けて攻撃をしている。

 

「こんなに沢山…何処から…」

 

「全く、ガンヴォルトが折角危機を救ってくれたのにこいつ等は何処へでも湧いて出てやがるな」

 

「んな事言ってないで前に急ぐぞ。ソロモンの杖をなんとしてでも守らねぇと」

 

「雪音さんの言う通り、私達はまず護衛対象であるウェル博士とソロモンの杖の無事を確保する事が優先事項よ」

 

あおいの言葉に頷いて前方車両へと急ぎ向かう。

 

そして前方車両に用意された一室に着き、扉を開くとソロモンの杖の入る特殊な加工のされた箱を大事そうに抱えて隅で怯えるウェルの姿があった。

 

「無事ですか、ウェル博士!?」

 

「え、ええ。ノイズが現れたと聞きましたが、ここはまだ襲われてません」

 

ウェルは四人を見て安堵し、立ち上がるとこちらへと歩き出す。

 

「無事でよかったです。さぁ、ここはまだ危険です。前方の車両へと避難しましょう」

 

五人は部屋を出て前方へと移動し始める。

 

「司令!ノイズの出現と共に護送列車が襲われています!現在、ウェル博士とソロモンの杖の無事を確認しました!」

 

『了解した。こちらでもノイズの出現は感知している。しかし、何故このタイミングでノイズ達が一斉に現れ出したんだ?』

 

「分かりません。しかし、このタイミングで現れるなんて狙いは…」

 

『狙われているのはソロモンの杖…だが不可解だ。何故今になって?それにノイズがソロモンの杖を奪還など有り得ない。ノイズは人々を襲う脅威。なのにソロモンの杖の元に現れた』

 

「まるでノイズが意志を持っているかのように…」

 

『有り得ない。ノイズを操作する事の出来るソロモンの杖は今ウェル博士と共にある。それなのにノイズが狙うとは…再び誰かが操っているとしか考えられん』

 

「まさか!?」

 

あおいも弦十郎と同じ考えをしていたが、まさかノイズを操れる聖遺物が他にもあるという考えとそれを狙う何者かの存在に驚きを隠せない。

 

『いいか?絶対にソロモンの杖とウェル博士を死守するんだ。ガンヴォルトがいない以上、装者達に頑張ってもらう他ない。必ず目的の米軍基地までにノイズを倒し、ソロモンの杖とウェル博士を無事に送り届けるんだ!』

 

「分かりました!」

 

そうして弦十郎の通信が切れる。

 

「司令からの連絡通り、私達はソロモンの杖とウェル博士を無事に送り届けなきゃならないわ」

 

「お願いします、これがないとようやく広まった櫻井理論の解析が出来なくなります。奪われたりしようものならまたフィーネの様に…今度はこの国だけでなく、世界がノイズに狙われる事になる」

 

「そんな事させる訳ないだろ!」

 

ウェルの言葉にクリスが叫ぶ。

 

「そいつは絶対にそんな使い方をされちゃいけない物だ。私が…私が犯した罪でこれ以上誰かを犠牲にするのなんて許せない…」

 

それを起動して使ったからこそクリスは拳を握り、言う。もうあの時の様な悲劇を起こしてはならない。だからこそソロモンの杖を今この事態を裏から操る者に渡す訳にはいかない。

 

「心配するなって。そんな事させない為に私達がいるんだろう?」

 

「そうだよクリスちゃん!私達ならなんとか出来るよ!」

 

奏がクリスの頭に手を置き、響はクリスの握った拳を解すように手を握る。

 

「ッ!?」

 

クリスは二人の行動に顔を赤らめるが、それでも二人の言葉に助けられた為に礼を述べる。

 

「あんがと…」

 

「にひひ」

 

「やっぱクリスは素直じゃないなー。そんなんだからガンヴォルトも困るんじゃないか」

 

「あいつの事は今関係ないだろ!」

 

少しだけ空気が和んだ所で急に天井に穴が開き、飛行ノイズが現れる。

 

「ウェル博士!伏せて下さい!皆戦闘を許可します!速やかに護送列車を取り囲むノイズの掃討をお願い!」

 

そしてその言葉に三人は頷くとそれぞれのシンフォギアを起動する為の鍵となる聖詠を歌う。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

「Croitzal ronzell Gungnir torn」

 

「Killter ichaival torn」

 

三人は聖詠を歌い、それぞれのギアをその身に纏い、入り込もうとするノイズを倒すと列車の外へと出る。

 

「全く群れ雀がうじゃうじゃと湧きやがって」

 

「同感だな。まあ、私達がいればなんとかなるだろ」

 

「当たり前です!それに私達にはこれまで練習してきたコンビネーションがあります!」

 

「それはまだ未完成だろうが。あれをここでするのは不安過ぎる」

 

響の言葉にクリスがそう言った。

 

「そう言うなって。私達がやろうと思えばなんとかなるかもしれないだろ?」

 

「そうだよ!クリスちゃん!やろうと思えばなんとかなるはずだよ!師匠もそう言ってた!それと師匠から借りたDVDでも!」

 

「おっさんの言葉って…それにおっさんが見てるのはおもしろ映画だろ?そんなもんの何処を信用すればいいってんだ」

 

「ははは、まあ敵さんもいつまでも待ってくれないんだ。いくぞ!二人共!」

 

そう言って奏は自身のアームドギアであるガングニールの槍を展開させた。

 

クリスも倣い銃を手に握る。

 

響も拳を構える。

 

「先陣は任せろ!クリスは援護!響は遊撃を頼んだぞ!」

 

「了解!」

 

そして奏が先陣を切り、ノイズとの戦闘が開始される。

 

先陣を切る奏の槍が目の前のノイズを貫き、更にそこから穂先を回転させて竜巻を起こすと周囲にいるノイズを一気に掃討する。

 

それを躱したノイズには響が向かい、自身の拳を奮い、奏の攻撃から逃げるノイズを撃破していく。

 

「ちょせえ!」

 

クリスが響や奏を死角から攻撃しようとするノイズの群れに向けてガトリングを向けて弾丸を撃ち込んでいく。

 

「クリスちゃん!ありがとう!」

 

「馬鹿言ってねえで次を狙え!」

 

その瞬間に一体のノイズが高速で飛行し、クリス目掛けて突撃を開始し始める。

 

「っ!?」

 

クリスは応戦しようとガトリングを撃ち込んでいくが、妙に素早い動きにより、補足する事もままならない。

 

「クリスちゃん!」

 

「こんの!」

 

クリスはガトリングは無駄だと悟り、切り替えて腰のユニットから追尾機能のついた小型のミサイルを大量に発射させる。

 

「これでどうだ!」

 

放たれた小型のミサイルは高速で飛行するノイズを追尾していくが、逃れる様に大量に浮かぶノイズ達の間を縫う様にして飛んで、ミサイル全てを別のノイズにぶつけて回避する。

 

「くそっ!」

 

そしてミサイルが全弾無くなった瞬間にクリスへと目掛けて更に加速して向かう。

 

「やらせると思ってんのか!」

 

だが、高速で移動するノイズに向けて奏が既にルートを特定していたのか槍を突き立てた。

 

「サンキュー!助かった!」

 

「いいって事よ!」

 

そして響と奏はクリスの立つ列車の天井へと降り立つ。

 

「しかし、数が多いな」

 

「いくら倒しても切りがありません。ガンヴォルトさんがいればヴォルティックチェーンって叫んでこのノイズ達を一掃してくれるんですけど…」

 

「まあ、あいつなら出来るな」

 

奏、響、クリスはガンヴォルトの広範囲殲滅出来るスキルを羨みながら空に浮かぶノイズを見上げる。そして雲を裂き、現れた巨大なノイズ。

 

「あれがノイズを統率でもしてるのか?」

 

「だとすればあいつを墜とすしかないですね」

 

「だったら私が奴を墜とす!お前等はその間、カバーを頼んだぞ!」

 

奏はクリスの言葉に槍を肩に担ぎ、響は笑顔を浮かべる。

 

「任せたぜ、クリス!」

 

「任せて、クリスちゃん!クリスちゃんの邪魔は私達がさせないから!」

 

そう言って奏と響は宙を舞うノイズへと再び突撃していった。

 

荒れ狂う空。響の拳が起こす拳圧と奏の振るう嵐をも思わせる槍の一撃が空をも揺るがす。

 

その攻撃はノイズにとっては一撃必殺と言ってもいい。その嵐の様な猛攻に触れでもしたノイズは身体を炭の塊とされ、吹き荒れる旋風の様な攻撃に塊は直ぐに塵と化す。

 

だが、それでもノイズは攻撃する事をやめない。それは響も奏も同様であり、クリスの準備が整うまでの僅かな時間。

 

長くもあり、短くもあるその時間を活かし、奏と響は少しでもノイズを減らして、空に浮かぶノイズへと繋がる道を切り開いていく。

 

「待たせたな!こいつで終わりだ!」

 

そしてクリスが声を上げると共に、巨大なバリスタの二丁の銃に換えるとそれを空へ向けて撃ち放つ。

 

二つの鋭い矢の様なものがノイズ達を貫通して行き、巨大なノイズをも貫いた。

 

しかし、そこで終わらず巨大な矢が空中に対空すると同時に分裂し、空をも覆い尽くすクリスタルへと変化する。

 

そしてそのクリスタルは光ると同時に、そのまま落下の勢いでノイズ達へとぶつかり爆発を起こす。

 

「流石クリスちゃん!」

 

「よくやったなクリス」

 

降りてきた響はクリスへと抱きつき、奏はクリスの頭を撫でる。

 

「このくらい私なら当然だ。というより引っ付くな!撫でるな!」

 

しかし、束の間の休息は終了する。

 

再び上空の雲を裂き、今度はオレンジと青の様な装甲を纏ったノイズが空中に出現した。それと共に更なるノイズの軍団が雲を裂いて出てくる。

 

「まだ終わりじゃないみたいだな」

 

奏は再び槍を構えて上空を見据える。

 

「いくら増えた所で私等にかかればどうって事ないだろ!」

 

クリスも響を振り解き、上空のノイズを見据える。

 

「だね!私達にかかればどんな敵がどれだけこようと平気、へっちゃら!だよ!」

 

そして新たに現れたノイズを倒す為に三人は敵と対峙する。



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2GVOLT

上空に現れた新たなノイズへと攻撃を始める三人。奏と響はクリスの援護を受けながら、一番の障害となると感じる、オレンジと青の鎧の様なものを纏うノイズに向けて槍と拳を振るう。

 

だが、今まで出現していたノイズと違い、奏の槍も響の拳もノイズの鎧に弾かれる。

 

「硬った!?」

 

「嘘!?」

 

二人は弾かれた槍と拳を再びノイズに向けて振るうがその攻撃もノイズの纏う鎧の様なものに傷を付ける事なく弾かれてしまう。

 

「だったらこれでどうだ!」

 

列車の天井でクリスが叫ぶと巨大なライフルを出現させて鎧の様なものを纏うノイズへと放つ。

 

だが、その攻撃もノイズは素早く身体を動かして躱す。

 

「機動力もあるのかよ!」

 

「全くだな!厄介な奴が出てきたもんだ!」

 

奏は落ちながらも周囲のノイズを槍を振るいながら倒して、列車の上に着地する。

 

「でもあれをどうにかしないとソロモンの杖が!」

 

響も空中から列車の上にノイズを蹴り貫きながら降り立って言う。

 

「とにかく弱点でも見つけないと話にならなそうだな」

 

「だからってあいつにばっか気を取られてもダメだろ」

 

「でも、あれが一番厄介だし…」

 

三人はノイズを見据えつつも、どうすればあの特殊なノイズを倒せるか考える。

 

だがそんな時間を与えないかの様にノイズ達が身体を槍の様に尖らせて雨の様に降り注ぐ。

 

「しゃらくせぇ!」

 

クリスがそれを対処する為にガトリングで降り注ぐノイズ達へと向けと撃ち、ノイズの攻撃による列車に被害が出ない様相殺していく。

 

そして、遂に見据えたノイズが動き出し、他のノイズの様にその巨体を列車に向けて突撃を始める。

 

クリスも応戦する為に特殊なノイズに向けてガトリングを掃射するが全てを鎧な様なものに弾かれてしまう。

 

「こんの!」

 

クリスは集中的に一点を狙い鎧の様なものを破壊しようとするも歯が立たない。そして既に目の前まで迫る巨体。

 

「響!合わせろ!」

 

「分かりました!奏さん!」

 

迫る巨体に奏と響が飛び出す。奏は槍をバットの様に握り、響は拳を握り、同時にノイズへとありったけの力を込めて振るう。

 

「ぶっ飛べー!」

 

雄叫びを上げ、ノイズへと槍と拳をぶつける二人。だが、落下による威力も加わったノイズには敵わず、弾き返されてしまう。だが、ノイズにも装者二人の力を受け止める事は難しかった様で、列車へと向かい落ちる巨体は軌道を変え、脇の線路へと落下した。

 

「今のでも倒せないか…」

 

「どうすればいいんでしょう…このままじゃジリ貧ですよ」

 

弾かれながらも体勢を立て直し、列車の天井へと降り立つ。

 

「どうこう言ってる場合じゃねぇ、やらなきゃならないんだよ」

 

クリスがガトリングを収納して銃を取り出して言う。しかし、こちらの攻撃を物ともしない程の強固な鎧を纏うノイズにどう対処すればいいのか三人は頭を悩ます。

 

「二人ともやばいぞ!?」

 

奏が叫び、危険だと感じた二人は構える。だが未だ空に浮かぶノイズに脇へと落ちたノイズは再び浮上し始めて攻撃する様子はない。

 

何処かおかしいと思い奏を見て、視線の先を追う。

 

その先には既に目と鼻の先に山を通過する為に作られたトンネルがあり、大きな口を開けているが、天井すれすれに作られたトンネルは今立っている場所までゆうに飲み込む程のスペースなどなく、このままだと激突してしまう。

 

「うわぁぁ!」

 

「響!クリスを任せたぞ!」

 

叫びを上げる響と冷静な奏。奏は響にクリスの事を頼むと、槍で列車の天井部に裂け目を入れるとそれを踏み抜いて、一両全体の天井を破り、列車内に押し込んだ。

 

それと同時に間一髪三人は列車の中に落ちる事でトンネルへの激突を回避する事が出来た。

 

「危ねぇだろ!やるなら事前に言えよ!」

 

クリスは突然の事に響に抱えられながら奏に文句を言う。

 

「気付いたのがさっきなんだから仕方ないだろ?まあ三人ともトンネルにぶつからずに済んだんだし、結果オーライだろ」

 

「そうだよ!クリスちゃん!全員トンネルに叩きつけられるなんて事があったら大変だったよ。あんな速さでぶつかったらシンフォギアを纏っててもぺしゃんこになっちゃうよ」

 

「そうだけどよぉ…まあ、助かった…あんがと」

 

響から下されながら、奏の機転がなければ三人ともトンネルに激突している未来を想像して少し言い過ぎたと思い、奏に礼を述べる。

 

「でも、このままトンネルを抜けるまでノイズとの戦闘が出来ないと厄介だな…どうせあのデカブツが先頭で来てるはずだし、あいつに攻撃が効かない以上どうするかな?」

 

「確かに、こんな狭い場所じゃ向こうの方が有利だ。あいつ等物体をすり抜ける事が出来るし、どうすればいいのやら…」

 

奏もクリスも現状では上手く立ち回れない事を嘆きつつもどうやってノイズ達を倒すか方法を模索する。

 

「はいはい!私に良い方法があります!」

 

響が勢いよく手を挙げて奏とクリスに発言権を求める。

 

「何か良い方法でも思いついたのか?」

 

「ふふん!こういう時は列車の連結部を壊してノイズ達にぶつけるっていうのはどうでしょう?」

 

「おー!それはナイスアイデアだ!響!」

 

「馬鹿か!?さっきも言った様にノイズは物体をすり抜けるんだぞ!?そんな相手に列車をぶつけたってなんの意味もないだろ!?話聞いてたのか!?」

 

クリスは突拍子のない響の案に叫ばずにはいられなかった。

 

「私は良い案だと思うんだけど…」

 

奏も響の作戦に賛成の様でクリスはその事に私がおかしいのかと自身の考えを疑い始める。

 

「まあまあ、クリス。落ち着いて響の案を最後まで聞こう。響もそんな事は百も承知で案を出したんだ。それ以上の成果を出すに決まってるだろ?」

 

奏はクリスを落ち着かせながら響に聞く。

 

「もちろんです!師匠から借りた戦術マニュアルでもこういう時はそうやってましたから!それに勿論!ノイズがすり抜けるなんて百も承知です!その後が大事なんです!」

 

「結局おっさんのおもしろ映画じゃねぇか!」

 

クリスはそれについて激昂するが奏に宥められ落ち着き、響に問う。

 

「で、その後がどう大事なんだ?」

 

「それはね...」

 

クリスと奏に響は自分が出した考えを擬音も交えて説明する。だが、そのせいでクリスにとってはさっぱりと理解が出来なかった。

 

「お前…私にはその説明じゃどんな事をしようとしてるのか分かんねぇだろ…」

 

「えぇ!?そんな!?奏さんは分かりましたよね!?」

 

「あぁ、響がやろうとしている事はしっかりと分かったぞ」

 

「なんであんな説明で理解出来るんだよ…私がおかしいのか…」

 

クリス以外に伝わる響の説明に本当に自分だけがおかしいんではないかと本当に思い悩み始めてしまう。

 

「まあまあ、クリスも悩んでないでとりあえず響の案に乗ってみればいいじゃん。それがノイズを片付けるのに丁度いい戦法だし、一網打尽に出来る可能性があるんだから」

 

奏はクリスの頭にポンと手を当てて、槍を担いだ。

 

「任せて下さい!とにかく、急いで列車の連結部を壊しましょう!後は私と奏さんがそれに合わせてデカイのをお見舞いしてやりましょう!」

 

そして三人は一番後部の車両へと向かい、連結部を破壊する。

 

「本当に大丈夫なのかよ?」

 

クリスは二人に聞く。

 

「まあなる様になるさ」

 

「大丈夫だよ!師匠と私の見る映画の人も言ってたんだ!考えてばかりでは何一つ成し遂げられない!だったら思い立ったが即行動!そうすれば道は開かれる、ってね!」

 

「結局おっさんのおもしろ映画じゃねぇか…」

 

「なんか台詞が色々と混じって違う気がするけど、まあいいか。とりあえず自信があるなら良い事じゃないか。やらないで後悔するよりもやって後悔だろ?まあ私と響がなんとかしてやるからクリスは成功でも祈っててくれよ」

 

奏はそう言って、響と共に迫りくるノイズに向けて後部車両をノイズへと向けて蹴り飛ばす。

 

そしてレールに沿ってノイズへと向かう後部車両。

 

「はあ、まあいい。あんた等を信じるぞ」

 

そして護送列車は長いトンネルを抜ける。

 

それと共に響と奏が、列車から飛び降りるとトンネルの前で待機する。

 

「奏さん!」

 

「任せとけ!」

 

響が奏を呼ぶと共に奏は槍を前に構える。

 

すると槍の穂先が巨大化し、トンネルと同等の大きな槍へと変わる。そして奏が持つ柄の部分は地面に固定する様に前後に四本の支える為の脚が出現すると地面へと突き刺さる。更に石突きが巨大化して円盤の様な形へと変化する。

 

「響!タイミングは任せるぞ!」

 

「合点承知です!」

 

響も奏に合わせて自身のアームドギアに巨大な羽の様なものを生やし、そして杭打ちのような機構が現れた。

 

そして切り離した後部車両をすり抜けて現れるノイズの群れ。その先頭には先程の鎧の様なものを纏うノイズが見える。

 

「いっけぇ!」

 

その瞬間に奏と響が吼えた。

 

それと同時に響は奏の支える槍の石突きを力の限り、思いっきり殴りつける。

 

殴りつけると共に合わせる様に杭打ちも下され、更なる力を拳に伝えて、石突きへと叩きつける。

 

石突きは崩れ去るが、その威力は槍全体へと伝わり、威力をそのままに奏が出現させた槍がノイズへと向けて撃ち出される。

 

高速を超え亜音速の一撃は車両から飛び出したノイズを捉える。ぶつかり合う鎧と槍。だが、亜音速まで加速した槍は更に威力を上げる様に砕けた石突きを切り離し、ブースターを出現させると貫き倒さんとばかりに爆発を撒き散らした。

 

拮抗などせずに亜音速の槍は鎧を砕き、更に巻き起こす爆発が周囲にいた全てのノイズを巻き込んだ。

 

トンネル内で崩落する程の爆発。

 

その威力は絶大でトンネルを塞ぐ瓦礫の山のみが残され、ノイズ達はそこから現れる事はなかった。

 

「やりましたよ!奏さん!」

 

「よくやった、響!」

 

二人はハイタッチを交わす。

 

クリスはそんな様子を見て驚愕以外の言葉が見当たらない。

 

ついこの前までようやく動ける様になった奏。そして異常な成長力を見せる響。この二人の持つ聖遺物の力なのだろうか。

 

あまりの事態にクリスはただ二人を眺める事しか出来なかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ふむ、この国の装者はこれほどまでに成長していたか…」

 

山頂にて護送列車に乗った装者達を眺める様に双眼鏡で見るアッシュボルトはそう呟いた。

 

「だが、それでも目的に支障はない。あるとすれば貴様の存在なのだが…貴様は出てこなかったか…日本政府に未だ匿われているのか?」

 

アッシュボルトはガンヴォルトの姿が見えない事に少し残念そうにそう言うが、焦りの表情は全く見られない。

 

「まあいい、ソロモンの杖の効果はどれほどの物かは確認出来た。後はあれの起動をする事さえ出来ればどうでもいい。そして貴様の持つ電子の謡精(サイバーディーヴァ)さえ手に入ればな」

 

そう言ってアッシュボルトはその場から去る。

 

その手には日本政府が回収して現在目の前を通り過ぎた護送列車にあるはずの。一つしか存在するはずのないソロモンの杖を握りしめて。

 

「手始めにDr.ウェルを米軍基地より回収する。精巧な偽物(レプリカ)と言えど調べられてしまえばバレる心配もある。だが、バレた所でその前にDr.ウェルと共に回収、もしくは破壊出来れば問題ない。例え、あちらの装者が邪魔してきたとしても支障はないだろう…。お前達には私の目的の為に役に立ってもらうぞ、F.I.S.。それに特殊災害対策機動二課の諸君。そして最後のピースを持つ貴様にはな」

 

そう呟くとアッシュボルトは未だ深い闇が支配する森の中へと消えて行った。

 



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3GVOLT

連投はやめますと言いましたが、出来ちゃったので投稿。


「いやあ、ありがとうございました。皆さんのおかげで無事ここまで辿り着く事が出来ましたよ」

 

「こちらもウェル博士とソロモンの杖が無事で良かったです」

 

ウェルが米軍基地へと襲われはしたが無事到着した事に礼を述べ、あおいが代表してウェルの賛辞を受け取る。

 

「しかとこの目に焼き付かせてもらいましたよ。この国を救った英雄達の勇姿を。夢物語でもない、本物の強さというものを」

 

三人の装者にウェルがそう言うと響は照れ臭そうに頭に掻くと共に調子に乗り始める。

 

「いやいや!私達は当然の事をしたまでですよ!英雄なんてそんな褒められたら嬉しいですけど!もっと褒めてくれてもいいんですよ!なんたってっあた!?」

 

そんな響に奏とクリスが一回ずつゲンコツを入れた。

 

「ちょっと調子に乗り過ぎだ。大体私達が英雄なんて名乗る程じゃねえだろ。元より問題の解決に全力で当たったのはあいつじゃねぇか。私等よりもあいつがそう呼ばれるべきだ」

 

「そうだぞ、響。英雄なんて大層なものはガンヴォルトにこそあってるんだから。私等はそのサポートをしただけだぞ」

 

「でもー、私達だって頑張ったじゃないですかー…それにガンヴォルトさんなら私達に対してよく頑張ったって褒めてくれますよ」

 

響は二人に対して自分達もその一人だと説明するが二人は頑なに首を縦には振らなかった。

 

「ガンヴォルト…ですか…彼も大変な目に遭っているのかもしれませんが、是非ともこの機会に会ってみたかったものですが、そのガンヴォルトと呼ばれる方は今は何を?」

 

ウェルがガンヴォルトの所在を聞く。

 

「彼は現在長期療養中なんです」

 

あおいが三人の代わりにそう言う。勿論、療養などは嘘ではあるが、現在諸外国から第七波動(セブンス)という特殊な力、シンフォギア同様にノイズを倒す事の出来る力を狙われている可能性もあり、諸外国にはこのように伝える様になっている。いくらソロモンの杖の譲渡の代わりにガンヴォルトの受け渡しを流してもらえた米国政府だろうが、ガンヴォルトの情報を流す事は出来ない。

 

「それは残念です。第七波動(セブンス)という力。あれも調べる事が出来ればより早くノイズの対抗手段と世界の平和の役に立てると思ったんですが…」

 

「ガンヴォルトをあんた等の研究の為について行かせる訳ないだろ」

 

少しその事に気が触ったのか奏がウェルに言う。クリスもその言葉に賛成の様でウェルを睨んでいる。

 

ガンヴォルトと共に住むが故に彼の色々な話を聞いている二人はガンヴォルトは第七波動(セブンス)という力は元より別の世界のものの為、あまり世界に広げたくない。自分の様な人を作りたくないと言っていた。

 

奏とクリスもガンヴォルトの過去を知ってから同じような過ちを繰り返さないようにするガンヴォルトの気持ちがよく理解出来た。二人にとってもその事は自分の起こした過ちと重なり、二度と起こしたくないという思い故に口に出てしまう。

 

奏はかつて救ってくれた恩人を操られてたとは言え、傷付けてしまった事。クリスも自身がガンヴォルトを信じる前までにフィーネと共に沢山の人達を傷付けてしまった事。

 

ガンヴォルトとは違うものの過ちというものを深く理解しているからこそ、ガンヴォルトを研究対象のように見る目の前の男が、ウェルが気に入らなかった。

 

「ちょっと奏さんもクリスさんも睨まないで頂戴!」

 

あおいが、二人を止め、響もそれを手伝う。

 

「これは申し訳ありません。でも、ガンヴォルトという人物の持つ第七波動(セブンス)というものが有れば櫻井理論と並行してソロモンの杖を調べ上げると共にそれ以外でのノイズの対抗手段が見つかればより早く見つかる事も事実なんですよ。まあ、本人でなくてもそこまで拒否されれば私達もやりはしませんよ。しかし、ガンヴォルトという方はとても英雄たらしめる力を持っている他にも、こんな綺麗な方々に想われているなんてさぞその人も喜んでいるのではありませんか?英雄色を好むとはこういう事ですね」

 

突如そのような事を言われ、二人は顔を赤くする。あおいと響は二人が硬直している内にソロモンの杖の受領証に印鑑を押して立ち去る。

 

「どうもすみませんでした。とにかく二人とも行くわよ!響ちゃんはクリスさんをお願い!」

 

「了解です!行こう!クリスちゃん!」

 

そう言って四人は足早と立ち去った。

 

「ですが、ガンヴォルトという方には悪いですが本当の英雄は君ではないんですよ…」

 

ウェルは誰にも聞こえない声で呟くとソロモンの杖と共に米軍基地へと入って行った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「全く、貴方達二人はガンヴォルトの事になると本当に何をするか分からないんだから…」

 

「だって、あの野郎がガンヴォルト自身が嫌う事をやろうとしたんだから友里さんも分かってくれよ」

 

「全くだ。あいつ自身が嫌う事をしようとしたら私等だってそんな事させない為にも止めるのは自然の事だ」

 

奏とクリスはあおいにそう言うとあおいは頭を悩ませるように手を頭に当てる。

 

「…ガンヴォルト…あんたって人はなんて事をしてくれてるのよ…一番の問題児は響ちゃんと思っていたけど、あんたのせいでこの二人の方がよっぽど任務では問題児になってるじゃない」

 

「友里さん酷いです!なんで私が問題児扱いされているんですか!?改善を要求します!」

 

あおいの言葉に響は何故自分がこの中で問題児扱いされなければならないのかあおいにその考えを改めるように進言する。

 

「とにかく私達の任務も終了した事だし帰投するわよ」

 

「そうでした!早く帰れれば翼さんのライブに間に合う!急いで帰りましょう!」

 

響はあおいの言葉にさっきまで何度も改善を要求していたのだが、その事を思い出すと直ぐに忘れたかのように翼のライブへと行きたくてクリスの手を引きながら帰ろうとする。

 

「あ、おい!そんなに引っ張るな!」

 

「だって今日だよ!早く帰ればまだ間に合うんだから急がないと!それに今日のライブは特別で何と!アメリカの超人気歌手のマリア何たらかんたらイヴっていう人とデュエットするんだよ!?これを見逃しちゃうともう見れないかもしれないんだよ!急がないと!」

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴだっけ?私よりも先に翼とデュエットするなんてちょっと複雑だけど久々の翼のライブなんだ。隣に立てなくともその勇姿を観客席で見ておかないと翼が寂しがっちゃいそうだもんな」

 

そう言って奏も響と共に急ぎ向かおうとする。

 

「はあ…全く、まあいいわ。これ以上頭を抱えなくて済むなら…」

 

あおいもその意見に賛同して四人で司令の待つ移動型の新本部へと足を向ける。

 

その瞬間に先程までいた米軍基地の方から爆音と銃声、唸り声と悲鳴が響き渡る。

 

四人は直ぐにそちらに視線を向けると、芋虫のよう巨大なノイズが出現しており、今まさにノイズを生み出そうとしていた瞬間であった。

 

「三人共!」

 

「ったく、またうじゃうじゃと現れやがって!」

 

「出来る事があるのにこのまま帰る訳にはいかなくなったな」

 

「行きましょう!」

 

三人は再びシンフォギアを纏うと米軍基地へと向かった。

 

米軍基地内ではノイズを少しでも食い止めようと銃を乱射する米兵、それに逃げるように駐在していた米国の研究員達がいた。

 

響達は英語は全く話せなかったが、日本語の分かる米兵に助けに来た事を伝え、ノイズを倒し始める。

 

ノイズはあの護送列車とは違い、統制というものが取れていない印象であり、片っ端から人を狙い、炭へと変えようとしていた。

 

「おら!」

 

クリスが小型のミサイル弾で襲い掛かろうとするノイズ達を一気に吹き飛ばす。奏も響も付近にいるノイズを片っ端から倒していく。

 

とにかく、事態の収束とソロモンの杖とウェルの無事を確認する為に三人はノイズを倒していく。

 

そんな中、気を失ったウェルを担いでいる謎の人物が悠々とノイズのいる中を歩いている姿を目撃する。

 

爆炎でシルエットしか見えない。だが、その手に握られている物を見て三人は急ぎ、そのシルエットへと攻撃を開始する。

 

だが、何故かそのシルエットへの攻撃はすり抜けるように当たる事はなかった。

 

「全く、いきなり攻撃とは」

 

シルエットから聞こえるボイスチェンジャーで変質された声。そして爆炎も先程の攻撃により吹き飛ばされ、その正体を三人は見た。

 

顔全体を覆うバイザー、そして黒色のパワードスーツのような物を纏うガンヴォルト程の身の丈をした存在。

 

クリスはその声を知っていた。

 

二年前、テロリスト達に連行された際に聞いた、テロリストの頭目である奴の声。

 

「お前!アッシュボルト!」

 

「アッシュボルトってクリスちゃんを攫ったテロリスト!?」

 

「こいつが!?」

 

その存在に三人は更に警戒心を強める。

 

「こうして相見えるのは初めてだな、雪音クリス。如何にも私がアッシュボルトだ」

 

アッシュボルトはそう言うとソロモンの杖とウェルを地面に下ろす。

 

「お前達が来る事は分かっていたが、ここまで早いとは…少しタイミングを間違えたようだな」

 

そう言うとパワードスーツの腰から二丁の銃を取り出す。

 

「だがお前達程度どうという事はない。小手調べでもさせてもらうとしよう」

 

そう言うとアッシュボルトが動く。狙いはクリスのようでクリスに向けて二丁の銃を撃ち出す。だが、クリスに届く前に奏が槍でそれを振り落とす。

 

だが、その隙にアッシュボルトは奏へと接近しており、至近距離で引き金を引いた。

 

「くっ!?」

 

奏はなんとかそれを躱すもののアッシュボルトは避けた奏に対してそのまま蹴りをお見舞いする。

 

弦十郎の様な人間でなければシンフォギア装者には毛ほどのダメージも与えられない。だが、アッシュボルトは奏の鎧を砕く程の一撃を放ち、吹き飛ばした。

 

「がはっ!?」

 

あまりの威力に奏は地面を滑る様に転がる。だが、受け身を取り、素早く態勢を立て直すとアッシュボルトに槍を構え駆け出す。

 

「この野郎!」

 

振るわれる槍をいとも容易く躱していくアッシュボルト。

 

「響!やれ!」

 

だが、奏は一人ではない。響は奏に合わせて既にアッシュボルトへと接近しており、拳を背中へと振るう。

 

だが、見えていないはずのアッシュボルトはそれをいとも容易く避けるとすれ違いざまに響の足に弾を撃ち抜く。

 

シンフォギアを纏う間は身体にこの程度では傷を負う事はないが、鋭い痛みを響は覚える。

 

その隙に響を奏の元へ蹴り飛ばす。奏は飛ばされた響を受け止めるが、その瞬間にアッシュボルトは至近距離で奏と響に向けて銃を乱射し始める。

 

「私の事を忘れるんじゃねえ!」

 

そんなアッシュボルトへと向けてクリスはガトリングを向けて掃射する。

 

だが、既にアッシュボルトは距離を取っており、それを躱していく。

 

「悪い、クリス!助かった!」

 

「気にするな!だが、アイツ!おっさんやアイツみたいにシンフォギアに生身で戦うなんておかしいだろ!?」

 

クリスはシンフォギアを生身で相手に出来るなんておかしい存在が他にもいる事に驚きを隠せない。あのスーツのおかげなのか、それともアッシュボルト自身もまた人外なのか。

 

考えても仕方ない。三人は再びアッシュボルトと対峙する。アッシュボルトは先程撃ち尽くしたのか、二丁の銃をしまう。

 

「呆れたものだな、この国のシンフォギア装者というものは。先程のノイズでの戦闘の方がまだマシに思える。所詮この程度か…」

 

他人を苛つかせる様な物言い。

 

「ウルセェ!」

 

「クリス!乗るな!奴の思う壺だ!」

 

奏が吼えるクリスへと自制させる。

 

「クリスちゃん!奏さん!ここは私が行きます!」

 

そう言って響はアッシュボルトへと駆け出し拳を構える。だが、アッシュボルトはいとも容易く響の拳を流してしまう。

 

「はぁ!」

 

それでも響は手を止めない。アッシュボルトに隙を与えてはならない。

 

「ふむ、先程よりは良くなってはいるがこの程度か」

 

動じないアッシュボルトは響を拳、そして蹴りを避けつつそう言う。

 

「ソロモンの杖を渡す訳にはいかない!もうあんな事を起こさせない為にも!」

 

響はアッシュボルトの言葉を無視して止める事を優先させる。だが、それでもアッシュボルトには響の拳が届かない。しかもアッシュボルトは余裕も感じさせ、クリスや奏の動きを抑制する為に新たな銃を取り出して牽制も行っている。

 

「くっ!?」

 

拳を振るいつつも合間にアッシュボルトは響にも攻撃を仕掛けてくる。

 

だが、響はその攻撃に違和感を覚える。

 

知っている。動きも次にやる事も。会った事もないはず、戦った事のないはずのこの人物の次の行動が何故か響には理解出来た。

 

響はアッシュボルトの攻撃を躱して次の蹴りを受け止めて、隙の出来たアッシュボルトへと拳を振り抜いた。

 

だが、その拳はアッシュボルトを捉えたかと思ったのだが、初めて攻撃した時と同様に拳がアッシュボルトの身体をすり抜ける。

 

「えっ!?」

 

「驚いたよ。まさか動きを読まれるなんてな」

 

アッシュボルトは余裕ながらも僅かに焦りを見せて響を蹴り飛ばした。

 

「まさか、不意打ち以外にこいつを使わされるとはな…」

 

アッシュボルトはそう言うと一旦下がり、ソロモンの杖とウェルを回収する。

 

「この程度でいいだろう。私はそろそろ退散させてもらおう」

 

「逃すかよ!」

 

いつの間にか接近していた奏とアッシュボルトへと銃を構えるクリスが逃げようとするアッシュボルトへと追撃をする。

 

だが、奏は簡単に槍をあしらわれ、クリスの撃ち出す弾も躱されるとウェルとソロモンの杖も共々アッシュボルトの姿が消えた。

 

「焦らずとも私はまた貴様等の前に姿を現すさ」

 

声だけが響き、その場に三人は残される。

 

「野郎!何処に行きやがった!ソロモンの杖を返しやがれ!」

 

クリスはアッシュボルトのいた付近へとガトリングを出現させると撃ち始めるが、何の反応もない。

 

「落ち着け!クリス!とにかく、残ったノイズを倒さねぇとここが大変な目に遭う!」

 

「ここもだが、ソロモンの杖を持ち出したアイツを止めねぇとなんねぇんだよ!アイツはあれを何に使うか分からない!もうこれ以上あれで混乱を巻き起こしちゃならないんだ!」

 

「クリス!落ち着け!」

 

奏がクリスに近付いて肩を掴む。

 

「確かにあの野郎も止めないとならない!だが、もう見失って何処かに消えた以上、どうしようもないんだよ!深追いしたって奴が見つかる保証はない!私だってあれを止めないとって分かってる!でもこれ以上無闇にあの野郎を探してもここの被害が増えるだけなんだ!」

 

奏はクリスへと叫び説得を試みる。奏もクリスの気持ちが痛い程分かる。あれによって生み出されたノイズ達がどんな事をしでかすかも。だが、それでも優先順位を見誤ってはならない。だからこそクリスを説得する。

 

「ックソ!分かってんだよ!そんな事!」

 

クリスもそう言いながらも一旦アッシュボルトへと向けていた視線を未だ残るノイズへと移し、掃討する為に基地の奥へと飛んで行った。

 

「私等も行くぞ、響」

 

奏は未だ立ち尽くす響に声を掛ける。

 

「は、はい!」

 

何処か上の空であった響の様子が気になり、奏が響に聞く。

 

「どうしたんだよ?」

 

「その…アッシュボルトっていう人の事で…何故か分からないんですけど、攻撃が読めたんです…何処か似たような動きを知っているんですけど上手く思い出せなくて…」

 

「響が受けた事のある…何かの手掛かりになるかもしれないから後で旦那に報告だけはするか。とにかく、私等も行くぞ」

 

そう言って奏も響もクリスの向かった基地の方へと駆け出した。

 

響は未だアッシュボルトに何処か違和感を拭えないながらも、ノイズの掃討に意識を向けるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「全く、酷い目に遭ったよ。いくらノイズに襲われないからと言ってあんな中を変な風に担がれながら移動させられるなんて」

 

ウェルは米軍基地からアッシュボルトにより連れ出され、輸送機の中で嘆いていた。

 

「助かったんならいいじゃないデスか。というより!何故貴方は姿を現して、あまつさえ装者と戦ったデスか!?穏便に済ませば事が大事にならずに済んだかもしれないじゃないデスか!」

 

切歌がその傍らに立つアッシュボルトに向けて叫ぶ。

 

お嬢さん(レディ)、戦力の確認も重要な事なんだよ。君は何一つ情報のない相手と戦おうとしているのか?F.I.S.はどれほど情報の重要さを理解していないのやら」

 

フルフェイスのバイザーにより表情は読めないが、呆れている事は理解出来る。その事に苛立ちアッシュボルトへと掴み掛かろうとする切歌だが、それよりも早くアッシュボルトが銃を抜き、切歌の額へと銃口を当てていた。

 

「!?」

 

「君一人失ったってこちらは痛くも痒くもない。それに私は子供だろうと容赦なく引き金を引ける」

 

そう言って引き金に指をかけるアッシュボルト。切歌は本当に撃たれてしまうんではないかという恐怖に身体を強張らせる。

 

「やめて!」

 

現れた調が押し当てた銃口を切歌から離してアッシュボルトへ言う。

 

「何でそんな事しようとするの!私達は今協力関係にあるんでしょ!?」

 

調が動けない切歌の前に立ち、守るようにアッシュボルトの間に入る。

 

「協力はするさ。だが、こちらにも目的がある。それにそこのお嬢さん(フロイライン)は情報の重要さを理解していないからお灸を据えただけだ。元より、この銃にはマガジンは入っていない」

 

そう言ってアッシュボルトは銃をしまう。

 

「だが、お嬢さん(レディ)達。協力関係と言えど私と君等は対等ではないんだよ。その事をよく覚えているといい」

 

そう言ってアッシュボルトは運転席の方へと向かい姿を消す。

 

「という事だよ、二人共。アッシュを怒らせない方がいい。しかし、やっぱりアッシュの言葉には痺れるな!英雄になる僕もあんな台詞を簡単に口に出せるように練習しておかないと!」

 

何処かズレたウェルは先程のアッシュボルトが放った台詞をメモしたり、自分でも言ったりと自分の世界に入ってしまう。

 

「切ちゃん大丈夫?」

 

「調ぇー!」

 

ようやく恐怖から解放された切歌は調へと抱きついてぐすぐすと涙を流す。

 

「何であんな奴等と手を組まないといけないんデスか…世界を救う為とは言えあんな外道なんかと…」

 

「仕方ないよ、切ちゃん…私だってあの人は嫌い。素顔さえ見せなくて何を考えてるか分からないアイツが。それに切ちゃんに平気で銃を向ける奴なんか…」

 

だが、二人も理解している。世界を救う為にはアッシュボルトが必要不可欠である事を。既に資金などがないF.I.S.に資金や聖遺物の支給。それを全て行なっているのがアッシュボルトだという事を。

 

だからあのような外道とも手を組まなければ世界を救えない。二人は理解しつつもアッシュボルトの事をとても信用ならないと思いながら、世界を救う為には仕方ないと理解するしかなかった。




アッシュボルトには何故か攻撃は効かない。
貴方ならわかりますね?
だけど答えは言ってはなりませんよ。


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4GVOLT

そう言えばガンヴォルトの情報を載せてなかったので後書きに書いておきます。


「ソロモンの杖を奪われただと!?」

 

新設された二課の本部に弦十郎の声が響き渡る。

 

『はい、装者達によると以前ガンヴォルトの話していたアッシュボルトというテロリストが現れ、ウェル博士と共にソロモンの杖を奪い去ったそうです。もしかすると、護送列車での襲撃の件もアッシュボルトという人物が関わっていると思って間違いないと思われます』

 

「ソロモンの杖の強奪、それにウェル博士の誘拐…アッシュボルトは何が目的だ?」

 

『分かりません。ですが、ソロモンの杖の強奪、ウェル博士の誘拐。そして基地内に保管されていた情報の破壊。これらの事からアッシュボルトというテロリストは世界をまた混乱へと導こうとしているのかもしれません』

 

あおいの言葉には一理ある。だが、世界を混乱させて何を為そうとしているのか。弦十郎はアッシュボルトのさらにその先の事を思考する。だが、フィーネ同様に何を起こすか検討がつかない。

 

「了解した。こちらもソロモンの杖の行方とアッシュボルトの行方を捜索する」

 

『気を付けて下さい。装者達の情報でアッシュボルトは突然姿を消したと報告があります。我々の持ち得ない技術すらも所持している可能性だってあります』

 

「友里も気を付けろ。装者共々まだアッシュボルトが君等を狙う可能性がある」

 

『分かりました。それともう一つ響さん個人が気になる事があると報告があったのでそちらも』

 

「気になる事?」

 

響が気になった事。それが何であれアッシュボルトの目的に繋がる小さな可能性があるのであれば捨てきれない為、弦十郎は聞く。

 

『はい。アッシュボルトと対峙した響ちゃんは何故かアッシュボルトに対して何処か戦った事のある体術を使っていたと報告を受けました。それと、響ちゃん達の攻撃がアッシュボルトをすり抜けたとも』

 

その言葉に弦十郎も考える。響と戦った事のある人を考えると純粋な体術の戦闘を行なったのは自身とガンヴォルト、そしてネフシュタンを纏っていたクリスのみ。

 

そして弦十郎はこの場で指揮を、クリスは響と共にアッシュボルトと戦闘を行なった。ガンヴォルトはもちろんこの地にはおらず、永田町で諸外国を対応する斯波田事務次官の元に従事している。

 

その前とも考えられるが、響はシンフォギアを纏うようになり、格闘術をマスターした為にその事は考えられない。となると、誰かしらと同じ武術を使うとしか考えられない。

 

「だが、響君なら自身と同じ武術であれば直ぐに気付くはず。となると」

 

ガンヴォルトと同じ武術。

 

「だが、すり抜ける様な事が可能なのか?」

 

いや、いくらなんでもそれは不可能なはず。

 

アッシュボルト。本当に何者なのか考えさせられる。謎は深まるばかりである。

 

「了解した。とにかくこちらでも調べてみよう。友里は装者達を引き連れて戻ってくれ。こちらでヘリを手配しておく」

 

『了解しました』

 

そう言ってあおいとの通信を切った。

 

「次から次へと厄介な事をしてくれるな」

 

弦十郎は頭を抱える。

 

「まさか、こんな事態になってしまうなんて」

 

「全くだ。とりあえず、我々もアッシュボルトの行方を追うと共に奴の正体を探るぞ」

 

昨夜の事は同感だが、とにかく頭を悩ませているだけでは何も進まない為、弦十郎はオペレーター達に指示を飛ばす。

 

各々がモニターに沢山の情報を映し出し、アッシュボルトの痕跡、それにアッシュボルトの正体について探る。

 

だが、全くと言っていい程アッシュボルトの事は出てこない。何者かがその情報を揉み消している様に。

 

「何が目的なんだ…アッシュボルトという者は」

 

弦十郎はただアッシュボルトというテロリストが何者かという事を模索し続けた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

マリアはライブ会場の設営を観客席から眺めていた。

 

この場を借りて世界へと宣戦布告を行う場を、ただじっと待ち続ける。後はナスターシャ達がソロモンの杖とウェルを無事回収出来ているかどうかの連絡を待つだけであった。

 

そんな中耳につける通信機にナスターシャからの通信が入る。

 

『マリア、こちらもアッシュボルトの手を借りてウェル博士の回収が完了しました』

 

「準備は整ったのね。了解、マム。こちらも後は開始されるのを待つだけよ」

 

「分かりました。ですがくれぐれも気取られぬ様、気を付けて下さい。どうやら沖縄のソロモンの杖の護送にガンヴォルトという男がいなかったとアッシュボルトから報告を受けました」

 

「まさか…こちらの動きに既に?」

 

『それはないでしょう。どうやらアッシュボルトやウェル博士曰く、長期療養中という言い訳で未だ国に匿われている様で動けない様子だと』

 

アッシュボルトも警戒するガンヴォルトという存在。第七波動(セブンス)という特殊な力を持ち、この国をフィーネから守り抜き、更には同じ第七波動(セブンス)の力を以てフィーネ同様に世界を支配しようとした少年、紫電を倒した男。

 

そしてマリア達が最も警戒しなければならない最大の障害。

 

「動けないのなら好都合よ。障害となる存在が動けない今こそがチャンスなの」

 

『分かっています。ただ、注意しなさい。アッシュボルト程の男も警戒する人物。その人物が出てきて仕舞えば目的を達成出来なくなってしまう可能性が高くなってしまいます』

 

「分かったわ。こっちもガンヴォルトの事は注意しながら動く。こちらに到着次第、また連絡を頂戴」

 

『分かりました。それとマリアにお願いがあるのです』

 

通信を切りかけた際にナスターシャが言う。

 

「何かしら?」

 

『宣戦布告を済んだらで構いません。切歌と調を慰めてあげて欲しいのです。あの子達、アッシュボルトに銃を向けられて酷く傷付いていますから』

 

その瞬間にマリアは激昂する。

 

「何であの子達にアッシュボルトは銃を向けたの!?あいつは何を考えているのかしら!」

 

『切歌も調も協力関係にあるアッシュボルトを少し怒らせてしまった様で』

 

「だからって!協力者である私達に!何故銃をあの子達に向けなきゃいけないの!それにあの子達はまだ子供なのよ!」

 

マリアは大切な家族がアッシュボルトにより傷付けられた事に怒りを隠せない。

 

『協力関係にあるアッシュボルトに何故装者達へと自身の姿を晒した事で切歌が注意した様なのですが、アッシュボルトにも意図的にやった事の様でして。それについてもこちらの為に装者のデータを取る為と言ってはいたのですが、私としても我が子の様に思うあの子達に銃を向けた事は許せません。ただ、それ以上言ってアッシュボルトの怒りを買い、目的遂行の破綻がある為に何も言えませんでした。もちろん私も慰めてはいるのですが、やはりあの子達には貴方から声を掛けてあげた方がいいと思いまして』

 

「…分かったわ。あの子達にも私も直ぐに合流するとだけ伝えて」

 

『分かりました。無事やり遂げるのですよ』

 

「もちろんよ」

 

そう言ってナスターシャとの通信を切った。その瞬間にマリアは拳を強く握る。

 

「アッシュボルト…貴方は本当にクズよ」

 

外道と手を組まなければ事を為せない自分達の不甲斐なさ、そして二人をそんな目に遭わせた事を悔いる。

 

「私達は本当にあのクズと組んで良かったの…」

 

マリアは大切な家族である二人を傷付けられ、信念が揺らぐのを感じる。だが、アッシュボルトの協力がなければここまで準備する事は不可能であった。

 

だが、これでいいのか。家族を傷付けられたのにも関わらずにあの外道と手を組み続ける事が本当に正解であるのか。だが、そうしなければ誰一人として救えない。そうしなければ世界を救えない。

 

「私は本当に正しい事をやれるの…セレナ」

 

ポケットから取り出した何の反応を見せないギアペンダントを見てそう呟く。セレナの形見であり、壊れたペンダント。だが、ペンダントにそう呟いても何も返答はありはしない。

 

マリアは首を振り、揺らぐ己の信念を再び奮い立たせる。己の為せる正義を。例え、それが傍から見れば悪だとしても。世界を救う為にはそうしなければならないと自身に言い聞かせる。

 

「やらないと…もうあんな苦しみを出さない為にも…私がしっかりしないと…」

 

マリアは何度も呟いて信念を貫こうと決める。

 

もう迷ってはいけない。迷えばここまで共に来てくれた切歌、調、ナスターシャを裏切る事になる。だからこそ、しっかりとしなければ。事をなさなければならない。

 

「必ず…必ず私が救って見せる…」

 

マリアは何度も己の信念を貫かんと悩みを振り払い、再びステージの完成を待つのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

『という訳だ。そちらもライブ会場の設営、翼の準備などで忙しいと思うが注意してくれ』

 

「分かりました。しかし、今までに表に立たなかったアッシュボルトが現れるなんて…」

 

慎次は弦十郎から沖縄の件を通信端末越しで聞いていた。どうやらソロモンの杖をアッシュボルトに奪われ、更にはウェルの誘拐。

 

「何が目的でソロモンの杖を…」

 

『それが分かれば苦労はせんさ。何にしろ、翼はライブに集中してもらいたい。慎次、この事は翼にはくれぐれも内密にな』

 

そう言って弦十郎からの通信が切れる。

 

「それなら今僕に報告しなくてもいいじゃないですか…司令。まあ、過去のガンヴォルト君の事もありますし、報連相は大切ですけど…」

 

慎次は溜息を吐き、一度気を引き締め直す。眼鏡を外し、翼の元へ向かう。

 

「翼さん。準備は大丈夫そうですか?」

 

ポンチョの様なものを付けて舞台衣装を隠し、待機している翼へと慎次は声を掛ける。

 

「司令から何か言われました?」

 

「ライブ楽しんで来い、だそうです」

 

慎次は嘘ではあるがそう伝える。今はアッシュボルトの事を伝え、翼のライブコンディションに支障を来す訳にはいかない為に、気取られない様にそう言った。

 

しかし、その言葉は翼にとっては直ぐに嘘であるとバレてしまう。

 

「嘘を吐くなら自分の癖をしっかりと隠さなければ意味がないわよ、緒川さん」

 

慎次は嘘を吐いている事が直ぐにバレてしまった事に驚く。

 

翼は自身の胸を指して言う。

 

「昔からガンヴォルトも同じで何かあると眼鏡を外す癖がある。関わりのない者にとっては分からないかもしれないけど、私や司令だったら直ぐに気付きますよ」

 

自身の癖を読まれて翼には敵わないと思いながらもガンヴォルトも同じ様に何かあれば眼鏡を外していたなと思い返す。

 

「全く、二人とも隠すならもう少ししっかりしないと」

 

その言葉をそっくり返したいと思う慎次であった。ガンヴォルトの事になると翼も同じ様なものだろうとも思うが、ガンヴォルトもガンヴォルトであり、あれほど分かりやすい翼の好意を気付かない鈍感なのである。

 

「これまた前途多難ですね…ですが、それでいいのかもしれません…とは正直考えたくありませんね」

 

全員も知っているがガンヴォルトにも帰る場所がある事。今の現状は帰る手立てが無いだけでいずれガンヴォルトは元の場所へと帰らなければならない。だから、思いを伝えないというのもガンヴォルトにとって後腐れもなく帰るにはいいのかもしれない。

 

だが、ここぞとばかりに女性へと甘い言葉を言い続けて翼は疎か、奏やクリスもその気にさせている事自体、ガンヴォルトが去った後の事を考えているのかと言いたい。

 

だがガンヴォルトにより、翼も奏もクリスもそして響も救われている。だからこそ、慎次はこのままここに居続けて欲しいと感じてしまう。

 

「ボクの勝手な理想でガンヴォルト君に迷惑は掛けられませんね」

 

それは慎次の儚い願いだったとしても、いや、全員の思いだったとしてもそれはガンヴォルトにとって苦しい選択となるだろう。

 

「何か言いましたか?緒川さん?」

 

慎次の独り言に気付いた翼が、そう言うが、慎次は首を横に振るう。

 

「いえ、何でもありません」

 

いずれ来るであろう別れを今は振り払い、ライブに集中してもらう為に慎次は翼に伝える。

 

「翼さん、頑張って下さい」

 

慎次は翼にそう告げるのであった。

 




一期ガンヴォルト基本情報

NAME:ガンヴォルト

AGE:初期14歳→一期最終話21歳

HEIGHT:160cm→190cm

何かしらの原因によりこの世界に流れついた一人の少年。

性格は今までと変わらず、どこまでもまっすぐで曲がったことを嫌い、自身の思い描く平和のために戦う少年であったが七年の歳月で青年となる。

第七波動(セブンス)も健在であり、雷撃鱗はもちろん、腕から雷撃を放出させること、蒼き雷霆(アームドブルー)の応用でのハッキング、身体能力強化とその能力の使用方法は多岐に渡る。強力なスペシャルスキルもあり、依然として最強の能力を遺憾なく発揮させる。一課にも一台欲しい万能能力者。唯一、電磁結界(カゲロウ)のみはペンダントがないため発動することができない。

強化もしてない状態では弦十郎には身体能力は劣り、慎次とどっこいどっこい。だが強化した状態であれば壁を駆け上がり、高いところから着地しても無傷と弦十郎にも引けを取らない能力を有している。

ノイズとの戦闘も可能であり、その理由は彼に宿る電子の謡精(サイバーディーヴァ)によるフォニックゲインの上昇による、ノイズとの位相差障壁を無効化して戦闘を可能としている。電子の謡精(サイバーディーヴァ)無しでも戦闘は可能ではあるが、蒼き雷霆の出力を高く維持し続けなければならないと言うデメリットがある。簡単に言えばEPエネルギーが普段の消費量より多く減っていく状態で戦わなくてはならない。

目的は元の世界に戻り、この世界に流れ着いた原因となるアシモフを止める事。だが、ノイズという脅威にさらされるこの世界でその事を見過ごす事ができず、二課と協力して共に戦う。フィーネと紫電という脅威がなくなり、シアンも会う事の出来たがこの世界で異端の力である第七波動(セブンス)を知るアッシュボルトを止める為に現在も奮闘している。

こんな感じです。


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5GVOLT

原作一話終了


準備の整ったライブ会場にて未来や創世、詩織、弓美はサイリウムを持って特別に用意してもらったライブ会場内にある関係者用の特別席へと向かっていた。

 

「まさか、生ライブをこんな席で見られるなんて夢にも思わなかったよ!」

 

「ですね!それもこれも立花さんや小日向さんが風鳴翼さんと友達になってくれたおかげです!」

 

「だね!いやーこんな事アニメでしか起こらないと思ってたけど実際に起きると感動的だなー!」

 

三人もとても楽しみにしていたらしく、とてもテンションが高い。

 

「うん。これも響や翼さん達のおかげだよ」

 

そう言うとライブ以上にテンションを上げる三人に未来も楽しみでたまらない為に興奮を隠しきれない。

 

今回席を用意してくれた響達には感謝してもしきれない。

 

そして通された関係者席に座り、ライブの開始を待つ。

 

「しかし、アメリカの人気アーティストとのデュエットなんてやっぱり翼さんも世界に通用する人だったんだねー。やー、同じリディアン生徒として自慢出来る」

 

「安藤さんの言う通りですね。しかも、こんな席で見られるなんてクラスメイト達に自慢出来ます!」

 

「本当に立花さんと小日向さんが招待してくれて良かったー!感謝感激だよ!」

 

「私も楽しみで仕方ないよ。こんな席でライブなんて初めてだもん」

 

四人はガールズトークに花を咲かせる。そして創世が他に来るクリス、奏、響の席を見て用意されている椅子が一つだけ多い事に気付く。

 

「この席って誰のなの?私達合わせても一人分椅子が多く用意されているけど?」

 

「そう言えば一つ席が多いですね?設営ミスでしょうか?」

 

「まあいいじゃない!こんな部屋で席が一つ多くても別に問題ないんだしさ!」

 

詩織は少し疑問を持つが、ライブが待ち遠しい弓美はミスは誰にでもあるし、気にしないと言う。

 

「うーん、設営に慣れた人がこんなミスするとは思えないけど?」

 

未来も一つだけ多い席を見て考える。奏、クリス、響は少し遅れてこちらに来るとは聞いているが、そうなると同じ席に座るのは同行しているあおいであろうか?だが、あおいも二課で忙しい為にこちらには来ないであろう。となると未来の中に思い浮かぶのはガンヴォルトであった。

 

「もしかしたらガンヴォルトさんの席かも?」

 

未来のその言葉に三人はライブの待ち時間などもうどうでもいいとばかりに未来へと詰め寄った。

 

「えっ!?あの人も来るの!?」

 

「そう言えばあれ以来会っていませんが、小日向さんならあの人の事知ってますよね!?本当にこちらにいらっしゃるんですか!?」

 

「ヒナはあの人に会ってるみたいだけど、いい加減紹介してくれてもいいんじゃない!ていうかこの場所に来るなら是非!私とあの人を繋ぐ絶好のアシストをお願いします!」

 

未来に詰め寄る三人の目は何処か飢えた獣の様な目をしていた。確かにガンヴォルトを知る三人になら紹介しても構わないとは思うのだが、何処か獲物を狙う様な三人に紹介する事を何処かガンヴォルトの危機を感じてしまい躊躇ってしまう。

 

それに、未来にですら現在のガンヴォルトの様子はクリスや奏への連絡で無事という事しか分かっていない。ガンヴォルト自身が現在、諸外国からその特殊な力を狙われる様になって国に匿われている。だから本当にこの場に来れるかは分からない。

 

「まだ確定してる訳じゃないし、ガンヴォルトさんも色々と今忙しいみたいだから…もしこっちに来たら聞いて見たらいいんじゃない?」

 

「よっしゃー!絶対に連絡先を交換してやる!そしてあわよくばお付き合いを!」

 

「そんな簡単に行かないと思いますが…でも私もあの人と連絡先を交換させて頂いて出来るなら親密な仲になりたいですね…」

 

「詩織も意外にグイグイいくね…まあ、私としてもあんなイケメンとお近付きになってあわよくばとも思ってるけど」

 

弓美が熱烈に燃え上がり、詩織はお淑やかに言っているのだが、目は完全に獲物へと狙いを付ける獣と変わらない。創世も二人に呆れながらもガンヴォルトへと狙いを定めていると公言する。

 

未来は三人へと渇いた笑みを浮かべながら、ガンヴォルトの事を考える。

 

現在は様々な国から狙われていて行動をかなり制限されている様でこの場に来れるかすらも怪しい。そして、その行動制限がいつ解除されるか分からない。だから現在は二課の特定の人物や共に住む奏とクリス以外ガンヴォルトとの接触が禁止されている。

 

未来もここにガンヴォルトが来てくれる事を考えるが本当に来てくれるかどうか分からない。未来もガンヴォルトに会いたい気持ちもあるが、こちらから来てと連絡する事が未来には出来ない。連絡は定期的にガンヴォルトの方からしてくれているので不安はない。だが、それだけである事が何処となく物足りないと最近感じてしまう。今日は来てくれるのだろうか?ここにいればガンヴォルトに会えるのだろうかと。また面と向かって話し合う事が出来るのであろうかと。

 

「ここに来てくれますよね?ガンヴォルトさん…」

 

三人にも聞こえない声で未来は呟く。

 

それは自身の勝手な願いなのかもしれない。でもそう願わずにはいられなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「これでもダメな様ですね…」

 

ライブの様子を輸送機内で見ていたナスターシャは画面に映るフォニックゲインの上昇率が思ったよりもかなり足りない事を見て落胆しながら呟いた。

 

「以前フィーネが使用した手法、風鳴翼と天羽奏のライブでのフォニックゲインの上昇の再現によるネフィリムの完全起動を目論んだが、こちらは失敗だったか」

 

その傍に立つアッシュボルトも表情は読めないが落胆している。だが、それでも同室にいるウェルはそんな落胆する二人に告げる。

 

「こんな事だろうと思っていましたが、プランを変えれば良いだけですよ。二人の歌で足りなければそれを補う為に足せばいい。何せこちらにもあちら側にも装者は併せて七人もいます。それだけの人数がいればなんとでもなりますよ。しかもあちら側には完全聖遺物であるこのソロモンの杖、そして今は消失してしまいましたが、デュランダルをたった一人で起動させた人材が二人もいる事ですし」

 

ソロモンの杖を見せてウェルはそう言った。

 

「しかし、装者をこの場に呼び寄せるとなるとマリアの身に危険が」

 

「いや、それでいい。お嬢さん(レディ)の安全は私が保証しよう。装者以外にもここに誘き出さなければならない奴がいる訳だからな」

 

アッシュボルトはナスターシャにそう告げる。

 

「奴…ガンヴォルトをですか!?貴方があれほど計画の障害になると言っていたではないですか!何故この場に呼び寄せないとならないのですか!」

 

「Dr.ナスターシャ。奴が持つ力こそ、私が…いや我々がやらなければならない計画の重要なピースなのだよ」

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)…貴方が言うそれを私個人でも調べさせてもらいましたが、何も情報のないそれをどう調べたいえ、知っていたというのですか?第七波動(セブンス)という異質の力に何故貴方はそこまで詳しいのですか?それにガンヴォルトの持つ力…蒼き雷霆(アームドブルー)についても」

 

ナスターシャも事前に第七波動(セブンス)についてアッシュボルトから聞いているが、計画に本当に必要なのかと疑問を持っていた。聖遺物とは異なる異質の力、第七波動(セブンス)。そしてこの男は情報が規制されているのにも関わらず蒼き雷霆(アームドブルー)という強力な第七波動(セブンス)すらも誰よりも詳しかった。

 

「私にとって第七波動(セブンス)というのは身近な存在であっただけだ。それ故に私は詳しいだけであり、目的の遂行の為にその力に目を付けているだけさ。それに奴の事もほんの少しだけ知っているというだけだ」

 

「答えになってません!あんな力が身近にあったのならば何故聖遺物の研究者達の目に留まってないのですか!そんな力があれば...!?」

 

あの子達が傷付かない方法がと言いかけたナスターシャはそれ以上言う事が出来なかった。

 

アッシュボルトがいつの間にか銃を抜き、ナスターシャへと銃口を向けているからである。

 

「貴方にとって重要なのはお嬢さん(レディ)達の安全と計画の遂行なのだろう?それならば第七波動(セブンス)の事は知らずともいい」

 

「アッシュ、やめてあげなよ。ナスターシャ博士も研究者故に未知である第七波動(セブンス)を知りたかっただけなんだからさ」

 

ウェルがアッシュボルトの構える銃を下げながらそう言った。

 

「ナスターシャ博士も目的の遂行さえ出来ればいいんだから、そんな事を聞く必要もないでしょう?僕等は僕等でやるべき事をやればいいだけなんだから。アッシュはそれを手助けしてくれるんだから僕等は黙って事を為すだけでいい」

 

その言葉でアッシュボルトも銃をしまい、ナスターシャに言う。

 

「Dr.ウェルの言う通り、貴方は目的を遂行する為だけに動けばいい。奴や第七波動(セブンス)の事は私が対処する。いずれにせよ、奴の相手は未熟な装者達では出来ないからな」

 

そう言ってアッシュボルトは輸送機の内部にある武器を手に取り、調整を開始する。

 

「ライブが一段落着いたらお嬢さん(レディ)達に連絡をするんだ。計画を変えるとな」

 

そしてアッシュボルトは調整を終えたライフルを手に輸送機から出て行った。

 

「まぁ、アッシュに任せていれば全て上手くいくよ。ナスターシャ博士も自分のやるべき事をやってればいいさ」

 

そう言ってウェルも部屋から出て行く。

 

「…アッシュボルト…貴方は何故第七波動(セブンス)という力を何故そこまで知っているのですか…聖遺物と異なる力を…貴方は一体何者なのですか?」

 

ナスターシャの疑問は解決する事はなく、呟きは静寂が支配するその場で消えて行くのであった。

 

だが、首を横に振り目的の為にはアッシュボルトの言う通り、計画を変更した事をマリアや切歌、調に伝えなければならない。

 

「マリア、切歌、調。計画を変更します。ネフィリムの起動に十分なフォニックゲインが集まりませんでした。少々早いかもしれませんが、宣戦布告を行いなさい。そして装者とそこで戦闘を行います。切歌も調も準備なさい」

 

『了解デス!』

 

『任せて、マム』

 

現在ステージで歌うマリアからは連絡はないが、届いているであろう。そしてその事を聞いた二人が通信を返す。その言葉にナスターシャは二人にそしてマリアに気を付けてと伝えると通信を切る。

 

「成し遂げて必ず無事に帰ってきなさい」

 

◇◇◇◇◇◇

 

翼とマリアが炎舞うステージを歌とダンスで会場を湧かした。

 

そして、歌を終えた翼とマリアはお互いに観客達へと言葉を掛け合う。

 

そしてさらに会場を湧かせると翼とマリアは互いの健勝を讃え合う。

 

「この舞台で貴方というアーティストと歌えた事を光栄に思うわ」

 

「私も、貴方の様な世界を駆ける歌姫と歌う事が出来てとても楽しかった。こちらもとても感謝している」

 

二人は手を出し合い、硬く握手をする。

 

互いに認め合い、これからも自分達という歌姫が世界の魁になる様に。

 

だが、硬く結んだ手を緩めたその瞬間にマリアは観客の方へ歩み始める。

 

「そしてこの場で私は宣言しなければならない事がある」

 

マリアの言葉に観客は何を言うのかと期待とどよめきが会場を支配する。

 

そしてマリアは観客達の期待に応える様に手を振るう。

 

だが、その瞬間に期待は絶望に、どよめきは悲鳴へと変化する事となる。

 

マリアが振るう手に合わせる様に会場に大量のノイズが出現したのだ。

 

「ここで私という…いえ、私達という存在を宣言させてもらうわ。私達はフィーネ!終わりの名を持つ者だ!」

 

その瞬間にマリアは聖詠を歌う。

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

 

その瞬間にマリアは光に包まれる。

 

そして光が収まると先程まで纏っていた白のドレスではなく黒い鎧を纏って現れた。

 

「黒い…ガングニール!?それにフィーネ!?」

 

翼はステージの上で黒い鎧、シンフォギアを纏うマリアを見て驚く。

 

奏と響と同様のガングニールもかなりの驚きであったが、フィーネというかつてこの国で戦った存在の名を語るマリア。

 

あの時倒した存在を何故この場に。

 

「マリア!貴様は一体!?」

 

「さっきも言ったでしょう、風鳴翼。私達はフィーネと」

 

マリアは観客から翼へと視線を移してそう告げた。

 

「私達は今この場を借りて世界へと宣戦布告をするの。そして知らしめるのよ。世界に新たな敵である私達がいるという事を」




フロイラインを使ってましたが、よく調べると性差別などの意味もあり利用規約にも引っかかる可能性を考慮と不快に思う方もいると思いレディに変更しました。


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6GVOLT

もうあと四日で一周年か…何か企画した方がいいのか…
思いついたのはifでガンヴォルトが響達と同年代くらいで登場した場合かフィーネ組に現れた場合か…それとも白き鋼鉄のXのアキュラを持ってくるか…考えるのは簡単だけど構想が立てられないから難しい…


「黒いガングニールだと!?」

 

弦十郎はライブ会場に現れた装者を見て驚きの声を上げた。

 

奏の持つガングニール、そして奏のガングニールを胸に宿す響。それとは別に存在したもう一振りの撃槍。

 

「アウフヴァッフェン波形も奏さん、響さんの持つ物と九十九%一致!偽物でも別の物でもありません!あれは本物のガングニールです!」

 

既に情報を解析していた朔也が弦十郎に告げる。

 

「本物…」

 

ありえない訳ではない。二課の所持、いや奏の所持しているガングニールは欠片であり、未だ見つかっていない他の破片が出土してもおかしくはない。だがそれも可能性の一つであって必ずそうであるとは限らない。

 

そんな時にモニターの一部に防衛省と浮かび上がり、弦十郎が通信に出る。

 

『どうやらえらい事が起こったみてぇだな』

 

「斯波田事務次官。二度も不祥事を見過ごしてしまい申し訳ありません」

 

弦十郎はまず、沖縄の件、そして今回の件を未然に防げなかった事を斯波田事務次官へと謝罪する。

 

『仕方あるめぇ。起こった事はもうどう収めるの対応を考えるしかねぇさ。それと初めの報告にあった件、アッシュボルトっつう厄介なテロリストが絡んでいたんだろ?未確認の武装、そしてウェル博士の誘拐。どうも、前の件にも繋がっているようにしか見えねぇな』

 

「前とは?」

 

弦十郎は斯波田事務次官の言う以前の件を問う。

 

『ああ、少し前にだが米国の聖遺物研究機関にも襲撃があって今まで研究していたデータや聖遺物を奪われたようでな。研究員達が言うには何の前触れもなく、機材のデータが消去されていき、聖遺物が保管されていたケースが破壊されて持ち出されたそうだ。それも復元したカメラの映像を確認したところ、突然ケースが割れて、聖遺物が突如と消えたらしい。どうもそのアッシュボルトとかいう奴の武装がそうであったから俺とガンヴォルトはそう疑っている』

 

斯波田事務次官からその情報を聞き、状況を整理して行く。

 

『それで今回の件なんだが、あまりにも都合が良すぎるんだよ。まぁ、可能性であって蕎麦で例えるなら八割ってとこか』

 

「今回の件、フィーネと名乗るマリア・カデンツァヴナ・イヴはテロリスト、アッシュボルトと繋がっている?そう言いたいのですか?」

 

『可能性の話だ。だが、そう見て間違いねぇだろ。テロリストであるアッシュボルトが何故あれ以来姿を消したのに今現れたかと考えればそんな考えも浮かぶだろうよ。それにあの嬢ちゃんは私達と名乗った。単独ではなく複数であり、その中に奴が混じっていてもおかしくはねぇ』

 

斯波田事務次官は蕎麦を啜りながら弦十郎に言う。

 

『奪われたソロモンの杖があるから、動き出したんだと考えるべきだな。まだ確定ではないが今回の敵はアッシュボルトとかいうテロリストと繋がっていると俺は見ている。そうでないとノイズが現れて未だに観客を襲わない説明がつかねぇ』

 

確かにノイズの反応を確認してはいるが未だ動かないノイズ達。普通であれば人という存在がいれば我先にと炭の塊へと化そうのするのに未だ動きがない。以前のフィーネの様にソロモンの杖を使わなければ考えられない事だ。

 

「分かりました。我々もその線を考えて状況を収める為に対応していきます」

 

『ああ、頼んだぜ。それと』

 

斯波田事務次官は蕎麦を啜りながら続ける。

 

『こんな状況だ。何がなんでも状況を収めなきゃならん。使える奴を使わないなんて勿体ぶった事を俺はしたくはないんでね』

 

「まさか!ガンヴォルトを!?」

 

『ああ、諸外国には何を言われようと構わねぇ。民の安全と国の平和を守らにゃいかんのにガンヴォルトを出さねぇ訳にも行くまい。と言ってもあいつは何も言わなくても既に行っちまったがな』

 

弦十郎はその言葉を聞き、何処か安心感を覚える。

 

現在斯波田事務次官の場所にいるはずの姿の見えないガンヴォルトが既に現場へと向かっている。

 

ガンヴォルトであればどうにか事を収束出来る可能性がある。世界に放映されてる中、翼はシンフォギアを纏う事は難しい。そしてその他の装者はまだ輸送ヘリにてライブ会場まで行くのに時間がかかる。

 

だからこそガンヴォルトを弦十郎は信じる。

 

蒼き雷霆(アームドブルー)という、特殊な力を持ち、一度この国を装者と共に救ったガンヴォルトなら。

 

「ガンヴォルト、あいつには苦労をかけさせます」

 

『気にするな。あいつ自身もやらなきゃならない事らしいしな』

 

ガンヴォルト自身の目的である帰る方法、それは依然として見つかっていない。だが、ガンヴォルトはこの世界に第七波動(セブンス)を異端の力を残してはならないと常々言っている。

 

だが、何故ガンヴォルトは第七波動(セブンス)を知るだけのテロリストであるアッシュボルトを追っているのか疑問に思う。

 

「しかし、アッシュボルトを捕らえる事は賛成だと思いますが、何故ガンヴォルトがアッシュボルトを追うのですか?」

 

『どうやら、アッシュボルトもガンヴォルトが言うにゃ、同じくここに流れ着いた能力者と考えているらしい。俺にとっちゃスケールがデカ過ぎて正直よく分からんがな』

 

蕎麦を啜り、弦十郎に伝えた。

 

「なっ!?」

 

弦十郎は疎か、その発言を聞いたオペレーター達全員が驚きを隠せない。

 

第七波動(セブンス)が他にも、ガンヴォルトの持つ蒼き雷霆(アームドブルー)、そして紫電と呼ばれた少年が持っていた念動力(サイコキネシス)。それ以外にもこの世界に第七波動(セブンス)能力者がいる。

 

そしてガンヴォルト自身が追っているとなると危険な能力者の可能性もある。いや、アッシュボルト自身がテロリストであり、既に危険人物だという事は理解している。

 

だが、ガンヴォルトや紫電の様な能力を持っているとなると装者達だけでは対応が難しくなる可能性が高い。

 

『今回の件はガンヴォルトにアッシュボルトを任せるしかない。だから俺はあいつの行動制限をこの場を以て解除する事をお前に伝えておくぞ、弦十郎。ガンヴォルトと共に、再び起きうる最悪の事態を未然に防ぐんだ。頼んだぜ』

 

そう言って斯波田事務次官からの通信が切れる。

 

「まさか…アッシュボルトという人物も第七波動(セブンス)を持つ人物である可能性があるなんて…」

 

先程の件で朔也が驚きのあまり言葉を漏らす。

 

「ああ。だが、今はその事を考えても仕方ない。我々は急ぎ、現状を打破出来る方法の模索とこの事をライブ会場へ向かう三人へと伝える!それと共に奏、響君の持つガングニールの無事を確認するんだ!」

 

弦十郎の指示で一斉に動き始めるオペレーター達。

 

そして直ぐに朔也がライブ会場へと向かう装者三人とあおいの乗る輸送ヘリへと通信を繋げた。

 

『師匠!会場は無事ですか!?未来は!翼さんは!?』

 

『旦那!翼は無事なのか!?それにあいつの纏う黒いシンフォギアは本当にガングニールなのか!?』

 

「落ち着いてくれ、二人共。今はなんとか無事だと思う。どうやらあちら側はノイズで未だ人を襲おうとしていないみたいだ。それと二人共、ガングニールは無事か?」

 

『無事も何もさっきまでノイズと戦ってたんだからペンダントとして首にかけてるよ』

 

『私も。自分の胸のガングニールは特に問題ありません』

 

その言葉を聞き、ガングニールが奪われたという線は消える。だがそうなるとさらに厄介なもう一振りの撃槍が現れた事となる。

 

その事を四人に伝える。

 

『んな事あるのかよ!旦那!』

 

奏がその事を反対する様に叫ぶ。

 

「ありえない話じゃない。奏が持つガングニールは欠片であり、本体から欠けたごく一部でしかない。他の欠片が出土してもおかしくはない。それに響君の事例もある。あの時の破片を回収されて、それを利用されたという可能性も』

 

その事を奏と響へと伝える。そして弦十郎は最も重要な事を装者達に告げる。

 

「今回の件、沖縄で君達が戦ったアッシュボルトが絡んでる可能性が高い」

 

そう言うと一番に反応したのはクリスであった。

 

『野郎!ソロモンの杖を奪っただけじゃなく、こいつらと絡んでいるのか!』

 

「おそらくだ。だが可能性は高い。ノイズの出現。そして未だ人を襲わないノイズ。こんな事、ソロモンの杖なくしては不可能な芸当だ」

 

『クソ野郎!フィーネを名乗るあいつもアッシュボルトの野郎も何をするつもりなんだよ!あの時みたいにノイズを使ってまた誰かを不幸にするつもりか!?』

 

画面越しにクリスが輸送ヘリの壁を叩く。

 

ソロモンの杖を起動させてしまったという事からクリス自身がソロモンの杖をこんな事に再び使われた事が許せないのだろう。

 

「そんな事をさせない為にも我々がなんとかしなければならない。それに、ようやくガンヴォルトが動ける様になった」

 

弦十郎の言葉に三人は驚き画面に寄る。

 

『本当か!旦那!』

 

『師匠!ようやくガンヴォルトさんも復帰出来るんですか!?』

 

『本当なのかよ!おっさん!?』

 

「今も現場にガンヴォルトは向かっている。とにかく君達も急ぎ向かってくれ。それとアッシュボルトはガンヴォルトに任せるんだ。アッシュボルトはもしかしたら君達では対処出来ない可能性が大いにある」

 

弦十郎はアッシュボルトがガンヴォルトと同じ、なんらかの原因で流れ着いた人物である可能性とガンヴォルトや紫電の様な第七波動(セブンス)能力者である可能性が高い事を伝える。

 

『なっ!?本当なのかよ!おっさん!あいつと同じような能力をあの野郎も持っているのか!?』

 

『本当かよ…という事はあの時の響と私の攻撃を通り抜けたような感じはその第七波動(セブンス)が原因ってでもいうのか?』

 

「可能性があるだけでまだ我々にもまだ判断は出来ない。だが、以前からガンヴォルトを知り、詳細な情報を残したメモを現場に残していたと考えるとその可能性が高い。それにすり抜けた件ももしかしたら第七波動(セブンス)の可能性もあるが実際に調べてみないと分からない。とにかく、アッシュボルトの事はガンヴォルトに対処してもらう。君達は急ぎ向かい、翼のサポートを頼む」

 

『了解!』

 

装者達とあおいがそう言って通信が切れる。

 

「俺達もとにかくやれる事をやるぞ!」

 

装者にも現状を伝え終えた弦十郎はオペレーター達に指示を飛ばす。

 

「とにかく、現場はお前に任せるぞ。翼を…ライブ会場にいる皆を救ってくれ、ガンヴォルト」

 

弦十郎はガンヴォルトが早くライブ会場へと着くのを願い、己のやるべき事を始めるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ライブ会場ではノイズの出現により混乱が起こっていた。だが、依然としてノイズは人を襲おうとしない。

 

「さて、まずは全世界で見ていると思う国の重鎮達にもう一度挨拶しなきゃならないわね。初めまして私達はフィーネ。終わりの名を持ち、世界を変える組織である」

 

会場に設置されたカメラに向けて堂々と宣言するマリア。

 

「さて、手始めに我々に対して各国は私達に国土の割譲を求めましょうか?今から二十四時間以内に応じなければノイズを使い、応じない国の主要都市がノイズによる襲撃に遭う事になるわ」

 

「何を馬鹿な事を!?」

 

「世界を変える為にはこの程度の事は序章に過ぎないのよ」

 

ステージに立つ翼は馬鹿げた要求をするマリアに言うが、マリアもそれに対してこれは目的の一部でしかない事を語る。

 

「そんな事!させる訳ないだろう!」

 

そして翼は聖詠を歌おうとしたが、ペンダントに搭載された通信機から慎次に止められる。

 

「何故止めるのですか!?」

 

『翼さん!今シンフォギアを纏えば全世界に風鳴翼の存在が晒されてしまいます!そんな事をすればガンヴォルト君の様に国に匿われて生活をしなければなりません!翼さんはそんな事を強いられてはいけません!いずれ貴方は世界に羽ばたかなければならないのですから!こんな事でそれを途絶えさせてはいけません!』

 

「しかし、このままでは!?」

 

『こちらでなんとかします!だから、翼さんは堪えて下さい!僕が急いでなんとかします!』

 

そして慎次からの通信が切れる。シンフォギアを纏う事が出来ず、とにかく今は慎次がどうにかしてくれる事を信じ、マリアを睨む。

 

「どうしたのかしら、風鳴翼?シンフォギアを纏わないの?」

 

マイクを通さずに翼へと告げるマリア。だが、翼は何も答えず、マリアを睨む。

 

マリアはシンフォギアを纏わぬ翼を見て何処か面白くなさそうにする。そして未だ混乱で騒ぐ観客の方に視線を移してマイクを通して叫ぶ。

 

「狼狽えるな!安心するといい!貴方達は良いパフォーマンスを演じてくれた!情けとしてこの場から貴方達は解放してあげる!直ぐにこの場から去りなさい!」

 

『マリア!何故その様な事を!?せっかく得た有利な状況(アドバンテージ)を捨てるというのですか!?』

 

ナスターシャから通信が入り、マリアがとんでもない事をしてくれたとばかりに叱責する。

 

「マム、こんな人質を取るような真似、私達には相応しくない。私は必ず成し遂げるから好きにやらせて頂戴」

 

『…分かりました。貴方の好きなようにやりなさい。ですが失敗してはなりませんよ。それと切歌と調を向かわせます』

 

「ありがとう、マム」

 

『何を言っているんだ、お嬢さん(レディ)。こんな宣戦布告のやり方誰も従わんよ。分かっていないのか?』

 

途中ナスターシャとの通信に割り込み、アッシュボルトが発言する。

 

「アッシュボルト、私のやり方にケチをつける気?」

 

『ああ、勿論だ。人質を取り、開放するのが君のやり方か?全く以てなってない。君にはこの人質の意味がどういう意味か理解していないのか?』

 

「既に宣戦布告はしたわ。私の行動を貴方に口出しされる筋合いはないわ」

 

『いいや、あるさ。私はお嬢さん(レディ)達の協力者であり、君達の唯一の支援者(サポーター)であるのだから、失敗を作るような真似をすれば言うさ。こんなやり方ではいずれ何処かで綻びが生じる」

 

アッシュボルトが呆れた口調でそう言った。

 

『見せしめというものは必要なのだよ。国に対してそれを実現するという証明を今この場で示さなければならない。私達という存在が本当に国を襲い、脅威となるという証明をな』

 

「何をする気なの!アッシュボルト!」

 

マリアはアッシュボルトの言葉に小声で喋るのをやめ、叫んでしまう。

 

だが混乱する会場にそれに気付く者はいない。

 

同じステージに立つ翼以外。

 

「アッシュボルト!何故その名を!?それに何をする気だマリア!」

 

翼はマリアに向けて叫ぶが、マリアは通信に気を取られ気にも留めない。

 

『やれ、Dr.ウェル。見せ付けるんだ、我々の存在を。世界を脅かす新生するフィーネという存在を』

 

『ああ!アッシュ!勿論だよ!僕もこいつを試したくてうずうずしてたんだ!』

 

マリアの通信機にマリアを無視して火蓋が落とされた。

 

「やめなさい!アッシュボルト!」

 

だが、それに反応する声はない。そしてノイズがソロモンの杖に操作されて動き始める。

 

「全員逃げなさい!早く!」

 

マリアは叫ぶ。翼は何故解放したのに叫ぶかは分からないが動き始めたノイズを見てそれを理解する。

 

もう堪えていられず、聖詠を歌おうとするが会場を覆う程の大きな雷撃の膜が突然出現すると動き始めたノイズを次々と炭の塊へと変えていった。

 

「なっ!これは!?」

 

マリアは突然のノイズの消滅に安堵と驚きを隠せない。

 

それと同時に何が起きたか分からない観客達はノイズという脅威が消えたのを確認して我先に会場を去ろうと走り始めた。

 

それと共に会場の裏から虹色のオーラを纏い、一人の男がステージへと降り立った。

 

蒼いコート。長い金髪を三つ編みに結び、手には特殊な銃、ダートリーダーを携えた男。

 

「どうにか間に合ったみたいだね。ありがとう、シアン。力を貸してくれて」

 

「GVの頼みだもん。私はGVの頼みだったら断らないよ」

 

そして降り立ったと同時に現れた蝶の模様を模した女性。

 

ガンヴォルトとシアンの姿であった。



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7GVOLT

小説を投稿して一年になりました。
と言う事で何か企画しよう思いましたが決まらないのでアンケートを取りたいと思います。
 


「久しぶりだね、翼。無事?」

 

敵である目の前の黒いガングニールを纏う、マリアを見据えながら翼に言う。

 

「ガンヴォルト!?」

 

突如来訪したボクに驚きを隠せない翼。

 

「ライブにも行く予定だったんだけど仕事が長引いたのとこんな事態になるなんてね」

 

ボクは会場から消えたノイズと観客、そしてマリアを見据えてそう言った。

 

「ライブは仕方ないかもしれないけど…ガンヴォルト、大丈夫なの?テレビ中継されてる中、その力を使って」

 

「さっき展開したこの会場を覆った雷撃鱗で電源系統をあらかた破壊したから問題はないよ。これで翼もシンフォギアを纏う事は出来るよ」

 

ボクは翼にそう伝えると翼は聖詠を歌い、青いシンフォギアを纏い、剣を握り、ボクの隣に立つ。

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ。フィーネを語る何者かは知らないけどこれ以上被害を出させる訳にはいかない。ここで君を捕らえさせてもらう」

 

「ガンヴォルト…二課に所属する第七波動(セブンス)能力者…そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)…」

 

その言葉にボクは完全にアッシュボルトがフィーネという組織に手を貸している事を確信する。第七波動(セブンス)能力は未だ諸外国にすらノイズを倒す事の出来る力としか伝わっていない。そして第七波動(セブンス)を知るのは所属している二課と国の重鎮とアッシュボルトのみ。

 

「GV、やっぱりシンフォギア装者っていうのは何か知らないけど私の姿を視認出来るみたい。なんでなんだろう?」

 

「シアン、今はそんな事はどうでもいいわ。とにかく、この場にいるノイズも障害となる中継されたカメラも無くなったのだから目の前のシンフォギア装者を捕らえるのが先よ」

 

「翼ってばGVと私が助けた事忘れてない?」

 

「助けたのはガンヴォルトでしょう?」

 

「私も頑張ってGVの力を最大限に引き出したの!」

 

「二人とも、敵の前なんだからそういうのは後でやって」

 

ボクはマリアを見据えながらそう言って二人を諫める。

 

「まさか、貴方もこの場に来るなんて思いもしなかったわ。国を救いし英雄の貴方が」

 

「ボクは英雄なんかになったつもりはないよ。それに、この国もこんな非常事態なのになんの対応をしないはずもないだろ?」

 

ボクはダートリーダーを構え、マリアに降伏するように促す。

 

「投降してくれ」

 

「投降?笑わせないで!」

 

「GV、あの人多分言っても無駄かもしれないよ」

 

シアンもマリアが簡単には投降しない事を告げる。

 

「分かっているよ、シアン。こんな大掛かりな事を起こしておいて簡単に投降なんてしてくれるはずがない事なんて。でも、出来るだけ争いは避けたいんだ」

 

「GV…それって相手が女だからって事はないでしょうね」

 

「ガンヴォルト…久しぶりに会ったと思えばシアンの言う通りだというのなら私も貴方に言わなければならない事が幾つも出てくるのだけど」

 

「そういうのじゃないって…」

 

二人が本当に話を脱線させるのに辟易しながらも言う。

 

マリアもボクが視線を切らせた瞬間にボクへと向けてマントを器用に操り、攻撃をする。

 

「随分と余裕な事ね!敵を前にしてそんな下らないお喋りを続けるなんて!」

 

だが、マントによる攻撃をボクは雷撃鱗を展開して攻撃を防ぐ。

 

「君には悪いと思っているよ」

 

「なっ!?」

 

雷撃鱗を解くと同時にボクはマリアへと一気に距離を縮める。今までとは違う、シアンのバックアップを受けた身体強化。シンフォギアを纏うマリアでも反応出来ない様に弾かれたマントを死角にしてマリアへと接近して避雷針(ダート)をマリアへと向けて撃ち込んでいく。

 

「くっ!」

 

マリアも何とか反応をして紙一重で避雷針(ダート)を躱すが、躱した先へと先に回り込んでボクはそのままマリアへと雷撃を纏う拳を振るう。

 

「この!」

 

マリアも弾かれたマントをボクへと向けて巻き込む様に振るう。ボクは敢えてそれに包まれるが、その瞬間に言葉を紡ぐ。

 

「天体の如く揺蕩え雷、是に到る総てを打ち払わん!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ライトニングスフィア!」

 

マントが完全にボクを捕らえる前に紡いだ言葉に呼応して現れる三つの雷撃の球体。

 

ボクを包もうとしたマントは吹き飛ばされるように弾かれ、公転する雷撃の球体がマリアへと襲い掛かる。

 

「何!?」

 

マリアも捉えたと思った攻撃が弾かれ、更に現れた雷撃の球体に驚きを隠せていないが、ギリギリでその場から飛び退き、辛うじて直撃を回避する。

 

「私を忘れてもらっては困るぞ!」

 

既にその先には剣を構えた翼がおり、マリアへと向けて剣を振るおうとした。

 

だが、翼の攻撃を中断させる様に緑色の凶刃と桃色の丸鋸が翼へと襲い掛かる。

 

翼もそれを回避しようとするが、間に合わず、隙を晒す翼。だが、そうはさせないと飛び去るマリアよりも早く動き、翼の元へ辿り着いたと同時に雷撃鱗を展開してそれ等の攻撃を弾く。

 

「翼!大丈夫!?」

 

「ごめんなさいガンヴォルト…油断したわ」

 

「無事ならそれでいいよ」

 

「全く翼は世話が焼けるんだから」

 

「だから助けたのはガンヴォルトでしょう」

 

シアンが再び翼と言い合いを始めるが、もうその光景に口を出すのも諦め、新たに現れた二人がマリアの元に駆け寄るのを見届ける。

 

「切歌!調!」

 

「マリア、大丈夫?」

 

「マリア大丈夫デスか!?」

 

新たに現れた黒を基調とした緑と桃色のシンフォギアを纏う二人。

 

「マムに言われて来てみればアイツまでいやがるなんて本当にとんでもない事になってるじゃないデスか!しかも私達の一撃を簡単に弾くなんてとんでもない奴デス!これも聞いてたあの飛んでいる女の力と関係してるデスか!?」

 

「うん。第七波動(セブンス)だっけ?初めて見たけど凄い超能力。私も使ってみたい」

 

「貴方にはあんな力は不要よ、調。それと二人共ありがとう」

 

警戒しながらも二人の頭を撫でるマリア。その姿にボクは彼女達がテロリストに見えなく見えてしまう。

 

テロリストとして活動していた傍ら、ボクを仲間として大切にしてくれていた人達の様な温かな物。

 

「…今の様な君を見ているとテロリストなんて似合わないよ…」

 

何処かあの三人にフェザーにいた頃の自分を重ねてしまう。ボクもボク自身の正義を、能力者と無能力者の差別無き未来を目指していた。

 

そんなボクと同様に彼女達も何かしらの信念を貫いてこんな事を企てたのかもしれない。

 

だが、それでも彼女達はこの国どころか世界を敵に回そうとするこの国と世界の敵であり、口に出した言葉を振り払い、三人へと向けて言う。

 

「悪いけど君達も拘束させてもらうよ。宣戦布告もされてボク等も黙って君達の為そうとする事を見過ごす訳にはいかないんだ」

 

「何も知らない奴が何を言っているデスか!私達がやろうとしている事は!」

 

「切歌!この男に何も言わなくていいわ!」

 

何かを隠す様に切歌の言葉に被せる様にマリアが言う。

 

「何を為そうとしているかなど関係ない!世界を混乱に導こうとするならば私達が止める!」

 

「全く、GVの台詞をすかさず取っていくわね」

 

体勢を立て直す翼もボクの隣に立ち、剣を構えながら言った。シアンもそんな翼を見て溜息を吐きながらもいつでも戦闘が始まってもいい様、歌を歌い、ボクの蒼き雷霆(アームドブルー)を強化してくれる。

 

一触即発の雰囲気。睨み合う両者。どちらかが一瞬でも動き始めれば戦闘が始まる。

 

動きを見せたのは調という少女。ボク等へと向けて接近して丸鋸の様なものを再び振るう。

 

雷撃鱗を展開してその攻撃を防ぎ、雷撃鱗から飛び出した翼が調へ向けて剣を振るう。

 

それを防ぐ為に切歌が調の前に現れ、鎌のような物で剣を受け止める。

 

だが、切歌の練度が低いのか翼は剣を逸らして簡単に切歌の鎌を流してしまう。

 

切歌に向けて剣を振るおうとする翼だが、それを防ぐかの様にマリアがマントを伸ばして翼を絡め取ろうとする。

 

だが、そんな事をさせるはずもなく、ボクは雷撃鱗を解除して腕から雷撃を放出してマントを焼き払う。

 

だが、振るう剣は切歌に当たる事はなく調が再び操る丸鋸で防がれる。スケートの様に動く調は切歌を回収して距離を開けようと動くが、ボクは避雷針(ダート)を撃ち、追撃を行う。

 

「調!追撃が来るデス!」

 

切歌もそれを調へと伝えるがそんな事関係なしにボクは避雷針(ダート)を撃ち出していく。何発かは避けられるが一発が調の丸鋸へと着弾し、紋様が浮かぶ。ボクはすかさず雷撃鱗を展開して必中の雷撃を調へと向ける。

 

「調!切り離しなさい!」

 

マリアの言葉で調は丸鋸を切り離し、必中の雷撃をなんとか逃げ切る。切り離された丸鋸へと向かう雷撃は丸鋸を雷撃で破壊される。

 

「マリア、ありがと。あの男、凄い厄介。私達の攻撃は全部防がれるし、あの男に集中しようなら隙あらば攻撃してくるし」

 

「デスデス!あのとんでも能力は凄い厄介デス!」

 

「能力に加え、突出した戦闘センス。本当にシンフォギアを纏っていない人間とは思えないわね」

 

ボクを見据えた三人はそれぞれの評価をボクに向けて言った。だが、そんな言葉は聞き飽きている。

 

ボクはシアンにより強化された力で自身の生体電流を操作して身体から更に雷撃を迸らせる。

 

「なっ!?」

 

マリアの前に瞬間移動を思わさせる程の速さで移動したボクに目を見開く三人。ボクはこの三人を捕らえる為にはマリアという頭を拘束した方が早いと判断し、マリアを行動不能にするくらいに雷撃を当てようとする。

 

だが、その瞬間に気付いた何処か感じた事のある様な誰かに見られている感覚。ボクは嫌な予感を感じ、拳に纏う雷撃を止めて、マリアを拘束すると共に雷撃鱗を展開した。

 

それと共に一発の銃声が響く。

 

その瞬間に雷撃鱗へと一発の銃弾が衝突する。

 

雷撃鱗であれば普通の銃弾であれば雷撃により破壊される弾丸。だが、あろう事か雷撃鱗を徐々に貫いてくる弾丸。

 

「シアン!」

 

「任せて!」

 

シアンが歌の力で雷撃鱗を強化してくれるが依然弾丸の勢いは衰えない。

 

だが、強化された雷撃鱗は強力な磁界を生んで、弾丸を逸らして、ボクと共にマリアを貫こうとした弾丸はボクとマリアの横を通り過ぎて地面へと着弾する。

 

「ッ!?」

 

マリアも突然のボクの行動に驚いていたが、自身をも貫こうとした弾丸を見て拘束されながらも叫ぶ。

 

「アッシュボルト!仲間である私まで巻き添えにする気!」

 

「アッシュボルト…やっぱり君達の裏には」

 

雷撃鱗を解いてマリアへとそう言いかけた瞬間に、突如として響く足音。ボクは拘束していたマリアを突き飛ばし、足音のする方へ避雷針(ダート)を撃ち出す。

 

だが、避雷針(ダート)はそのまま何も当たらずに空を切る。それもそのはず、ボクが避雷針(ダート)を撃った場所には誰もいなかったのだから。

 

「GV!?誰かいる!」

 

「分かっている!」

 

ボクはシアンに力を強化してもらい、会場を覆う程の雷撃鱗を再び展開する。

 

「ガンヴォルト!?何をしているの!?」

 

ボクの行動が読めなかった翼が叫ぶ。翼は何も分かっていないが、ここに姿の見えない誰かがいる。そして雷撃鱗が覆う会場の中で僅かながら歪みが見える。それも翼の背後に。

 

「翼!離れて!」

 

ボクは避雷針(ダート)を翼の背後にいる何かへと撃ち出す。

 

翼はボクの言葉通り、素早くその場から飛び退く。そして一直線に向かう避雷針(ダート)はその歪みへと当たる瞬間に何かに弾かれる様に方向を変え、地面へと落とされた。

 

「何かあそこに!?」

 

翼もその存在に気付き、剣を構える。

 

そしてその歪みがゆっくりと姿を現していく。

 

そこに現れたのは見た事のない鎧の様な装備をして頭を全て覆い、顔も見えない装備を纏う大柄の人物。

 

「アッシュボルト!なんでマリアも狙うデスか!」

 

「ふざけないでよ!なんでマリアまで!」

 

現れたアッシュボルトへと離れた切歌と調も叫ぶ。マリアをも穿とうとした一撃に二人は怒りを露にしている。

 

「落ち着きたまえ、お嬢さん(レディ)達。この挨拶程度の威嚇で喚かないでくれ」

 

機械により変声された声で二人へと言うと、アッシュボルトはボクの方へと向く。

 

「貴様とこうして面と向かって会うのは二度目となるが、あの時も貴様には名乗っていなかったからな、あちらとは名は変えたが挨拶しておこう。私がアッシュボルト。貴様の追っていた第七波動(セブンス)を知る者…そして貴様の事を僅かに知る者だよ」

 

突如この場に姿を現したアッシュボルトはボクへと向けてそう告げた。




とりあえず一週間ほどアンケートを取ります


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8GVOLT

アンケートはアキュラが今のところ多いですね。
二番目はひびみく同年代、三番目にフィーネ組。四番目はその他です。
アキュラ、ロロinシンフォギアになりそうだからどう言ったものかの説明をしておきます。
アキュラがシンフォギア世界に現れるならとあるセプティマホルダーの戦闘で来たと言う感じになります。
ひびみく同年代バージョンは一期のライブ会場にガンヴォルトが現れる感じです。
フィーネ組はネフィリムが暴走状態の時に現れるという感じです。
短編になるので基本キリの悪いところで終わりますけどね!


「貴方がアッシュボルト…例え敵だとしても仲間をなんだと思っているんだ!」

 

先程の攻撃を威嚇と言い、ボクが防がなければマリアを殺そうとする一撃に激怒する。

 

仲間だと思っていた人に裏切られたボクにとってその行動が何よりも許せない。最後のフィーネよりも救いようのない邪悪。

 

「貴様には関係ない事だ」

 

ボクは会場を覆う雷撃鱗を解いてアッシュボルトへと向けて避雷針(ダート)を撃ち出す。

 

だが、アッシュボルトは避雷針(ダート)を躱し、背中に背負う大きなライフルを構えるとボクへと向けて亜音速の弾丸を撃ち出す。

 

ボクは構えた瞬間に雷撃鱗を展開しようとしていたが、あのライフルに装填された弾は先程撃った雷撃鱗を貫通する謎の弾丸の可能性があり、躱す事に専念する。

 

「流石に何度も食らう訳ないか」

 

「GV!これってあの時の!?」

 

「違う、これはアキュラの使っていた強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)でも白銀の弾丸(ベオウルフ)でもない」

 

「ほう、何故貴様があの小僧の事をを知っている?」

 

「っ!?やっぱり貴方は!?」

 

これで確信した。アキュラの存在を知り、強欲なる簒奪者までも知るとなると皇神(スメラギ)の能力者。そしてボクが戦ってきた相手だけ。

 

「アッシュボルト!貴方はやっぱり皇神(スメラギ)の能力者か!?」

 

皇神(スメラギ)をも知っているか…まあそれは別に知っていてもおかしくはないか…」

 

質問に答える事もなくただ自身が何か思う事を口にするアッシュボルト。

 

「答えるんだ!」

 

だがアッシュボルトはただ何も言わずにボクを見据えるが、未だにぶつぶつ何か言い続ける。

 

「いや、待て。何故皇神(スメラギ)を知っているんだ?貴様はあの時…」

 

痺れを切らしたボクはアッシュボルトへと接近して拳に雷撃を纏わせて殴りかかる。だがアッシュボルトはぶつぶつと何か言いながらも拳を避ける。

 

それでもボクは雷撃を纏う拳と足と避雷針(ダート)をアッシュボルトへと向けて殴り、蹴り、撃ち出す。

 

「この武術は…」

 

「何を言っているんだ貴方は!?」

 

意味不明な事を呟き続けるアッシュボルトへと攻撃を続けるが全て躱していくが何処か驚いた様に声を出す。

 

それでも攻撃する手を緩めない。だが、アッシュボルトはようやく口を閉したかと思うとライフルを振るい、殴りつけてくる。その攻撃を避けると共に更に銃を取り出すと至近距離からボクへと向けて撃ち出す。

 

それも避雷針(ダート)で銃の軌道を逸らして離れずに雷撃を纏う拳でアッシュボルトを殴りつけた。

 

「戦闘センスもまた奴と同じか…皇神(スメラギ)が残していた戦闘データでも学習させていたのか?」

 

「さっきから何を言っているんだ!」

 

「貴様には聞きたい事が山程あるが…とりあえずこれだけ聞いておこう。軌道エレベーターでの戦闘を覚えているか?」

 

「ッ!?」

 

その言葉にボクは驚きを隠せない。それを知っているのは復活した七宝剣の能力者達そして紫電、アキュラ以外知らないはず。

 

「いったい貴方は何者なんだ!その事はあの場にいたボクが倒した能力者しか知らないはずだ!貴方は七宝剣の誰だ!?」

 

ボクの言葉に対してアッシュボルトはそれを聞いて何処か確信めいた様に言う。

 

「なるほど…記憶はあの時の事までしか覚えていないか…だが記憶の説明が上手くつかないな…やはり、そこにいる電子の謡精(サイバーディーヴァ)がお前の記憶、能力の全てを握っているのか…」

 

「記憶…どういう事だ!」

 

「私にとってはその言葉をそっくり返したい所だよ。何故貴様がその記憶を…電子の謡精(サイバーディーヴァ)を宿しているのかね」

 

「私の事も知っている…それにGVの記憶が何だって言うのよ!?貴方が何者だろうと知らないけど、何か知っているなら話しなさいよ!」

 

「全く、うるさい小娘だ…」

 

そう言ってアッシュボルトはシアンへと向けて銃を向けると弾丸を撃ち出す。

 

雷撃鱗を展開して防ごうとしたがライフル同様に雷撃鱗を食い込む弾丸。だが失速する弾丸を見て何故貫通しようとしてくるかも理解した。

 

「蒼い雷撃!?」

 

そう、弾丸に僅かにだが蒼い雷撃が纏われていて雷撃鱗を侵食している事に気付く。

 

「これって蒼き雷霆(アームドブルー)!?」

 

シアンも気付き驚きの声を上げる。雷撃鱗を食い込む弾丸は磁界によりシアンから狙いが外れ、地面へとめり込む。

 

「まさか…貴方の能力は蒼き雷霆(アームドブルー)だというのか!?」

 

あり得ない。だが、似た様な第七波動(セブンス)が出現してもおかしくない世界であった為に完全には否定出来ない。だが、あの弾丸に迸る雷撃は見間違えようがない。

 

いや、もしかしたらアキュラの様にボクの能力を解析した結果生まれたものなのかもしれない。

 

それでもあり得ないとしかボクは考えられなかった。

 

「何を驚いている?同じ様な能力が存在してもおかしくはないであろう?例えそれが蒼き雷霆(アームドブルー)であったにせよな」

 

その言葉にボクは雷撃をアッシュボルトへ向けて放出する。

 

しかし、雷撃はアッシュボルトの身体が一瞬ぶれたかと思うと身体をすり抜けて観客席へと雷撃が当たる。

 

電磁結界(カゲロウ)まで!?」

 

見間違えようがない自分が持っていた攻撃を避ける事の出来る回避スキル。だが、あり得ない。あれはアシモフがくれたペンダントに付与された特殊な機構により蒼き雷霆(アームドブルー)を更に高めてくれる事により可能となるスキルのはず。

 

「全く、本当に不思議でならんよ。貴様が奴と同じ記憶を持ち、この世界に流れ着いている事が。電子の謡精(サイバーディーヴァ)を宿し、再び私の前に現れた貴様がな」

 

アッシュボルトはボクに銃口を向けてそう言った。

 

本当に訳の分からない事しか言わない相手にもう話しても意味はない。ならばやる事は決まっている。目の前のアッシュボルトを倒し、何者かを聞き出せばいい。そして、先程から意味の分からない事の真意を。

 

「シアン!必ずアッシュボルトを捕まえる!」

 

「分かった!」

 

シアンが歌を歌う。

 

「捕まえるか…全く、愚かな答えだ。お嬢さん(レディ)達、いつまで突っ立っているんだ。私がこの男を相手しておいてやる。その間に連携でもしてそこにいる装者でも足止めしているんだ」

 

アッシュボルトはマリア達にそう告げると再びボクへと向けてライフルを構える。

 

「さあ、時間まで付き合ってやる。来るがいい」

 

「いつまで余裕を!必ず貴方を捕まえて正体を明かす!迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)よ!世界を混沌へと導く、悪しきテロリストを止める雷霆(いかずち)となれ!」

 

「懐かしいその言葉をも使うか。まあいい、行くぞ!」

 

そしてアッシュボルトの発砲を合図にボクとシアンはアッシュボルトへと雷撃を纏い駆け出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

翼はガンヴォルトがアッシュボルトが戦闘を行う傍ら、三人の相手をしていた。

 

しかし、それは戦闘と呼ぶにはあまりにも横槍が入り過ぎる。三人の連携も見事なものであるのだが、ガンヴォルトとシアンは翼への被害を考えて立ち回っているのだが、アッシュボルトはまるで三人を仲間と思っていない様にライフルの流れ弾や銃弾が三人をも襲い掛かろうとする。

 

「あいつ!邪魔ばかりしやがるデス!」

 

「周りも見れてない」

 

「仕方ないのかもしれないわ。あの雷撃を紙一重で躱しながらあの男と対峙しているのだから」

 

荒れ狂う弾丸の雨を避けながらマリア、切歌、調が拙いながらも連携して攻撃をしてくる。

 

だが、そんな拙い連携では翼に叶うはずもなく、一人一人の相手を着実に相手取り、確実に三人を追い詰めていく。

 

だがそんな時に限って再び姿を現す大量のノイズ。

 

「また!?」

 

マリア達を守る様に配備されるノイズの群れ。

 

「この程度で私を止められると思うな!」

 

翼は配備されたノイズを叩き斬る。それを皮切りにノイズは翼へと向けて襲い掛かろうとする。

 

「はぁ!」

 

翼は襲い掛かるノイズを着実に斬り払う。だが、そのせいでノイズの群れの中に三人が姿を消して見失う。

 

「何処に!?」

 

ノイズを斬り払いながら、三人の行方を探す。

 

「こっちデス!」

 

突如背後のノイズの影から姿を現した切歌が翼へと向けて鎌を振るう。

 

「くっ!」

 

翼は付近のノイズを斬り、素早くその鎌を防ぐ。

 

「調!今デス!」

 

「何!?」

 

その瞬間に鎌と剣が鬩ぎ合いに向けて現れた調が二枚の丸鋸を翼へと向かい、振るわれる。

 

だが、その二枚の丸鋸は突如飛来する雷撃により弾かれ、翼と切歌の横を通り過ぎて客席を破壊する。

 

「翼!悪いけどこっちも手一杯なんだ!あまりサポート出来るか分からない!」

 

アッシュボルトと対峙しながらもシアンの指示で翼を守るガンヴォルト。だが、アッシュボルトがそんな隙を見逃すはずもなく、一気にガンヴォルトへと接近すると至近距離から雷撃を纏わせた弾丸を撃ち込もうとする。

 

ガンヴォルトはそれを何も持たない手で払い、銃口を自身から逸らすと雷撃を纏う拳でアッシュボルトへと殴りかかっていた。だが、アッシュボルトはその攻撃も躱して再びライフルをガンヴォルトへと向けて放つ。

 

「こっちは何とかするから貴方はその人物の相手に集中して!もう小細工には引っかからないから!」

 

「何が小細工というのかしら!」

 

更に調とは逆から接近していたマリアが翼へと向けてマントを操り、翼を絡め取ろうとする。

 

切歌は既にそれを察していた様で翼との鍔迫り合いをやめてバランスを崩し、マリアの攻撃のサポートに呈していた。

 

「三人いようが関係ない!私はガンヴォルトに任せられているんだから!」

 

翼はマントを足のスラスターを起動して地面を滑る様に移動して躱すとマリアへと向けて接近する。

 

「マリア!」

 

切歌と調がマリアが危険と察知し、叫び、マリアを守る為に駆け出した。だが、翼の動きの方が早く、マリアへと向けて剣を振るっていた。

 

「甘く見られたものね!」

 

マリアはマントに隠した腕から槍を取り出すとそのまま距離を詰める翼へと槍を突き出した。

 

「何!?」

 

突然出現した槍に対応が遅れるが何とか鎬で槍を受け止めるが、突き出したマリアの槍の一撃はとても重く、そのままノイズの群がる地帯まで弾き飛ばされる。

 

それに追い討ちをかける様に三人が吹き飛ぶ翼に向けて強襲をかける。

 

「こんな所で!」

 

翼も巨大な剣を出現させてノイズを吹き飛ばし、体勢を空中で整えて巨大な剣を足場に三人の攻撃に対応する為に剣を構える。

 

「はぁ!」

 

「やらせるかよ!」

 

その瞬間に空中から聞き覚えのある、そして頼りになる声が響く。

 

槍で襲い掛かろうとしていたマリアには同じ槍を持つ奏。鎌で襲い掛かろうとした切歌の前には拳を構えた響。そして丸鋸を打ち落とし、調の前に降り立つクリス。

 

「翼!無事か!?」

 

「翼さん!」

 

「何とか間に合ったみてぇだな」

 

三人はそれぞれの敵と対峙しながら翼の無事を確認して安堵した。

 

「みんな!来てくれたか!」

 

心強い助っ人の出現に翼は安堵する。

 

だが、依然状況は変わりはない。

 

そして、マリア達は危険と判断したのか一旦距離を取り、集まる。

 

それに合わせたかの様に翼の元へ三人が集まる。

 

「おい!あいつが戦っているのってアッシュボルトじゃねえか!?何で奴までここに!?」

 

「貴方達もアッシュボルトを知ったの!?」

 

「沖縄じゃ奴にいっぱい食わされちまったからな…それにあいつには私等の攻撃が通用しないみたいだ」

 

「そうなんです!ガンヴォルトさんでも流石に危ないかもしれないんです!」

 

その言葉に翼も先程知ったアッシュボルトの事について三人へと告げた。

 

「奴の相手はガンヴォルトしか出来ないわ…奴もガンヴォルトと同じ蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者みたいだから」

 

その言葉に三人は驚愕する。

 

だが、今は戦闘中であり、ガンヴォルトが未だアッシュボルトと激しい戦闘を行なっている。

 

だからこそ、今出来る事をしなければいけない。早く三人を行動不能にさせて、ノイズを掃討し、早くガンヴォルトを手助けしなければいけない。

 

四人は今一度マリアへと向き直り、各々のアームドギアを構え対峙する。

 

「あんた等も何が目的かは知らないけど、アッシュボルトと組んでいるなら私等の敵だ。ここで止めさせてもらう!」

 

「奏さんの言う通り、貴方達のやろうとしている事は皆を困らせようとしている!なら私達が貴方達を止めなきゃダメなんです!でも、出来る事ならこんな事やめて手を取り合って一度話し合いましょう!」

 

響の言葉に調が激昂する。

 

「ふざけないで!貴方達がしでかした事を理解していないのに話し合う!?手を取り合う!?いい加減な事を言うのをやめて!この偽善者!」

 

「調!落ち着きなさい!私達はこいつ等とは分かり合わなくていい!ただ、目的に沿って事を進めるだけよ!」

 

「でもマリア!」

 

「そうデス!あいつ等は何も分かってない!自分達が正しい事をしていると思っている偽善者デスよ!」

 

切歌と調がマリアに向けて言う。だが、マリアは落ち着かせる様に言った。

 

「何も知らないからこそ、あいつ等は気付けないのよ。あんな事を起こしたのに…だからこそ私達が為さなければいけないのよ」

 

「どういう事だ!」

 

「マリア…貴様は何を知っている!?」

 

クリスと翼がマリアへと向けて叫ぶが、マリアは何も答えない。

 

「貴方達に伝える事など何もないわ!私達の目的の邪魔をするのならここで倒させてもらう!」

 

そしてマリアの言葉を合図にマリア、切歌、調は四人へと向けて各々のアームドギアを構えた。

 



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9GVOLT

アキュラが多いですがまだ時間はあるので読みたいのがあればどんどんアンケート回答をお願いします。


ライブ会場では装者達の戦闘、そして絶え間なく迸る雷撃と銃声が響き続けていた。

 

「アッシュ!君もやっぱり僕同様に英雄に相応しい人物だよ!君こそが僕の側に立つ英雄だよ!」

 

その戦闘を攻撃の届かないライブ会場の個室で見るウェルはアッシュボルトを見て楽しそうに笑い声を上げる。そしてアッシュボルトとの出会いを思い出していた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

一研究者として燻り、誰からも自分の思想を馬鹿にされ続けた。ウェルの思想は間違っている。そんなものにお前の様な者がなれるはずもないと。

 

だが、七年前にアッシュボルトが自分以外の研究者達を殺して自身も殺されそうになった時、ウェルは死ぬ間際にアッシュボルトへと自身の夢を、英雄になる存在なんだと悲鳴の様に叫びを上げた。

 

「ほう、英雄になりたいか」

 

アッシュボルトはその時のウェルに何を思ったのかは分からない。

 

だが、アッシュボルトはその言葉に銃を下ろしウェルの思想を聞いた。ウェルは生きたいという執念と英雄になるべき人物だと自分の事をアッシュボルトへと告げた。

 

「そうか。ならばこんな所で聖遺物という物を研究しても意味はない。私と共に来ないか?そうすれば君の語る英雄譚(サーガ)は夢物語ではなく、現実のものとなるだろう。君の知能、そして私の力があれば君の理想は現実となるだろう」

 

銃をしまい、手を差し伸べるアッシュボルト。

 

それはまさに運命の出会いだと感じた。誰にも馬鹿にされ続けた自身の理想を。目の前の男は馬鹿にもせず、真摯に聞き、それを為せると豪語したのだ。

 

「本当に…本当に君と共に行けば、僕は本当に英雄になれるのかい?」

 

不安であったがアッシュボルトへと問うとアッシュボルトは頷く。

 

「君の思い描く英雄像は私には分からないが必ずなれるだろう。誰しもが思い描く理想の英雄に。だが、その為にはかなりの時間が要するがな」

 

「関係ない!僕が英雄になれるのなら十年だろうが百年だろうが関係ない!僕自身が生きて歴史に名を刻み、英雄として語り継がれるのなら!」

 

そしてウェルはアッシュボルトの手を取る。

 

「いいだろう。ならば私達が君を英雄になれる様に力を貸そう。私の目的の為にも君のその知識を活かしてくれるならば君は必ず英雄となれるだろう」

 

そう言って口約束ではあるがアッシュボルトは自身が英雄になれる事を約束してくれる。

 

「協力してくれるならば私の名を教えておこう。私はア…いや一度死んだ名を語るのは止めよう。私はアッシュボルト。タケフツ・アッシュボルト。君を英雄へと変える人物であり、いずれあの世界を変える守護者だ」

 

一度死んだ、あの世界とは意味が分からなかった。だがウェルはその言葉よりも英雄になれると聞いて舞い上がった。

 

もう誰にも馬鹿にされない。誰にも理解されない夢物語だと思っていた英雄がこの男なら叶えてくれると。

 

「よろしく頼むよ!アッシュ!僕はウェルだ!君と共に英雄となる存在だ!」

 

「私がなるのは英雄などではないのだが…いや、私の目的もいずれ同じとなるのか?」

 

何か考えるアッシュボルトだが、直ぐに答えが出たのかそう言うとウェルと共に自身が所属していた研究室から抜け出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それがアッシュボルトとの運命の出会いであり、アッシュボルトの言う通りしていれば大体が上手くいっていた。

 

この国を危機に陥れたフィーネに起動させ、予定とは違うがソロモンの杖も回収出来た。

 

「まさに世界が僕等という英雄が生まれるのが決定付けられた様に事が進む!こんな嬉しい事、笑いを堪えるのが不可能だよ!」

 

高笑いを上げるウェルはアッシュボルトを眺めながらそう叫ぶ。

 

「だからこそ、僕等の英雄譚(サーガ)に箔をつける礎になってくれよ、ガンヴォルト。それに特務災害対策機動の皆さん」

 

そしてライブ会場で戦う装者へと視線を移す。

 

「さてと、タイミングはアッシュがしてくれるからいいとして、僕もソロモンの杖をもう少し操作してみたい好奇心もあるし、ちょっと手伝ってあげるよ。F.I.S.の少女達」

 

そう言うと新たにノイズを召喚させるとウェルは二課所属の装者へと向けてノイズを仕掛ける。

 

装者達もマリア達と相対しながらもノイズを蹴散らしていくが、幾ら練度が此方よりも高いといっても無敵ではない。幾らでも隙を作る事が出来る。

 

そう考えていたウェルはほくそ笑むが、あろう事かノイズ達はアッシュボルトと対峙するガンヴォルトが刹那に雷撃を飛ばして全て炭化させてしまった。

 

「ははは!やはり君が僕の英雄譚(サーガ)に箔をつけてくれるか!」

 

だがウェルは狼狽えるどころか高笑いを再び上げる。

 

アッシュボルトも警戒する人物ガンヴォルト。やはり、彼こそが自身の英雄たる為に必要なピースであり、箔をつける最高の障害(スパイス)

 

自身の目的に何の障害もなければ意味がないのだから。

 

『此方ナスターシャです。そちらの様子が全く以て見えなくなったのですが、どうなりました?』

 

「ああ、ちょうどいいとこさ。現場にはガンヴォルト、そして風鳴翼に沖縄から帰還した装者が揃い踏みだよ」

 

『っ!?アッシュボルトは何をしているのですか!?目的である装者達もその場に全員揃ったのでしょう!?早く次の指示を寄越すように!?』

 

『心配ないさ。少し、諸事情で奴と話していただけだ。予定は何も狂っていない』

 

回線に割り込んできたのは現在ウェルの視線の先で戦闘するアッシュボルト。話とは分からないが、ガンヴォルトに対して何か話したのだろうか。戦闘しながらもこうやって通信する余裕。彼こそがウェルの求めていた人物だ。だからこそガンヴォルトの事など自分は分からなくてもどうでもいい。ウェルにとってアッシュボルトと共に英雄になる事が目的なのだから。

 

『今は奴の事が少しだけ分かった。フォニックゲインを高める為に一度お嬢さん(レディ)達と共にここは引く。Dr.ウェル。準備は出来ているか?』

 

「もちろん出来ているよ!試運転もさっきしたけどさっきの奴よりも良い物がソロモンの杖を通して僕に教えてくれたよ!ガンヴォルトにも対処出来るか分からないような奴がね!」

 

ならばいいと言い、マリア達へと回線を繋げた。

 

『準備は整った。ここで一旦引く。お嬢さん(レディ)達は装者との戦闘を中断して逃走しろ』

 

『何急に仕切っているの!こっちはこっちで手一杯なのよ!』

 

マリアが戦闘しながらも応えるが何処か辛そうにしている。多分LiNKERの効力が切れかかっているのだろう。それにプラスしてマリアは切歌や調と違い、最も厄介となる装者、天羽奏と風鳴翼を相手している。

 

効力が切れるのも時間の問題であろう。

 

『全く、この程度で根を上げるとはな』

 

アッシュボルトは溜息を吐いてそう言う。

 

『Dr.ウェル。ここで離脱する。ノイズを出せ。奴は私がこの場から引き離す』

 

「待っていました!」

 

そう言うとウェルはソロモンの杖を操り、新たなノイズをライブ会場へと出現させた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

装者達はマリア達との戦闘を行い、ガンヴォルトはアッシュボルトと激しい銃撃を繰り広げる中、突如出現する液体のような形が不安定なノイズ。

 

「また!?」

 

「翼!そいつを一旦任せるぞ!私がこいつを倒す!」

 

マリアと戦っていた奏が翼にマリアを少しだけ任せて現れたノイズに向けて槍を振るう。

 

簡単に真っ二つとなったノイズを見て直ぐに翼の元へと向かおうとする。

 

だが、

 

「危ねえぞ!」

 

奏に向けてクリスが叫ぶと同時にその場から飛んで何かを避ける奏。

 

奏のいた場所を襲う液体。そこには先程真っ二つにしたはずのノイズが未だ存在し、一体から二体に増えていた。

 

「なんなんだ!こいつは!?」

 

奏は襲い掛かったノイズを再び空中から槍を構えて刺し穿つ。

 

だが、その飛び散ったノイズの液体が一体一体のノイズとなり、増殖する。

 

「増えるノイズ!?」

 

「こんなのもいるなんて!?」

 

翼も響も新種のノイズに驚きを隠せない。

 

だが、そのノイズに一瞬気を取られた瞬間にマリア、切歌、調が集まり始める。

 

「全く、こんな物を用意しているのなら最初から出せってのデス」

 

「切ちゃんの言う通りだね。予定通り進めるなら事前に説明して欲しかった」

 

「その通りね。全く、こんな所で無駄な消耗もしたくなかったわ」

 

「逃げる気か!マリア!」

 

「そうお達しなのよ。残念ながら貴方達との決着はまた今度にさせてもらうわ」

 

翼はマリアへと叫ぶが、マリアは引き時を理解しているのか何も言わずに立ち去ろうとする。

 

「させる訳ねぇだろ!」

 

クリスがマリア達へと向けてミサイル弾を放ちながら叫ぶ。

 

「いいや、させて貰おうか」

 

ガンヴォルトと戦闘をしながら、アッシュボルトがクリスの撃ち出したミサイル弾をライフルで撃ち抜く。

 

「くそっ!」

 

マリア達へと向けたミサイル弾はマリア達に届くことなく、爆発して煙幕がライブ会場を漂う。

 

そして晴れた時には既にマリア達の姿は消えており、何処に行ったかも分からない。

 

「くそっ!それなら貴方だけでも捕らえる!」

 

ガンヴォルトがアッシュボルトに向けて雷撃を撃ち出しながらそう叫ぶと同時にアッシュボルトはガンヴォルトのように雷撃鱗を展開して雷撃を弾きながらガンヴォルトへと向けて突進する。

 

ガンヴォルトも雷撃鱗を展開してそれを受ける。

 

ぶつかり合う雷撃鱗と雷撃鱗。

 

「残念だが、貴様もここから私と共に退場願おうか」

 

そう言うと同時にアッシュボルトはガンヴォルトの雷撃鱗を押し込んで行き、空中へと押し出すとそのまま空へ向けて共に飛んでいく。

 

「ガンヴォルト!」

 

装者全員はガンヴォルトの名を叫ぶ。

 

「アッシュボルトはボクとシアンでなんとか捕まえる!皆はとにかくこれ以上被害が出ないようにノイズを!」

 

押されながらもガンヴォルトは装者達へと叫び、アッシュボルトと共にライブ会場から空へと飛ばされた。

 

「ガンヴォルト!」

 

「翼さん!ガンヴォルトさんならあの人を止めてくれます!だから私達はガンヴォルトさんが言う通り、この場のノイズをどうにかしましょう!」

 

翼がガンヴォルトを追おうとしたが、響がそれを止める。

 

「あいつならなんとかしてくれるだろ!私等はこの馬鹿の言う通り、被害が周りに出ないようこいつ等を片付けるぞ!」

 

翼へと向けてクリスも言った。

 

「だけど!?」

 

「ガンヴォルトの強さを翼も知ってるだろ?あいつがアッシュボルトの相手をしているんだから、私等も私等でやるべき事をやろう」

 

奏が翼へと向けてそう言うと翼は落ち着きを取り戻し、液体のようなノイズへと視線を向ける。

 

「皆の言う通り、アッシュボルトはガンヴォルトに任せるわ。だけど、アッシュボルトは危険な存在だとあの戦いを見て皆も感じていると思う。この場のノイズを素早く片付けて早くガンヴォルトの元に行く!」

 

「分かってるじゃねぇか」

 

そして装者達はノイズへと視線を向ける。

 

液体のようなノイズは身体をうねらせながら中央に纏まり、歪な形を維持しながらも巨大化している。

 

「しかし、どうするかね?斬っても払っても増殖するように増えるこいつ等を?」

 

奏が巨大化するノイズを見ながらそう呟く。

 

「だったらあれをしましょう!斬っても払ってもダメならそれ以上の攻撃でノイズを消し去るだけです!」

 

「でもあれはまだ未完成だろ?ぶっつけ本番で成功するか分からねぇのにここでやるのかよ?」

 

クリスが響に向けてそう言うが、翼が言う。

 

「未完成でもやる価値はある。ガンヴォルトの元へ一刻も早く向かうならばそれしかない」

 

「だな。アッシュボルトがまだどんな隠し球を持っているか分からない以上、ガンヴォルトを一人で戦わせているのもまずいし、やるしかないだろ」

 

響の案に奏も翼も賛成する。

 

「…分かったよ!あいつを助ける為だ!絶対に成功させるぞ!」

 

クリスはヤケクソ気味にそう叫ぶと四人は円を組むように手を繋ぐ。

 

「頼むぞ!響!」

 

「立花、貴方がこの技の鍵になる。負担が大きいかもしれないけどやれるか?」

 

「大丈夫です!絶対やり遂げて見せます!」

 

「頼んだからな!」

 

そして四人は歌を歌う。それと共に溢れ出すフォニックゲインと膨大なエネルギー。それは絶唱にも劣らない、いやそれ以上の四人のエネルギーがこの場を支配する。

 

「スピリトーゾソング!」

 

奏の歌う精神を込めた歌。

 

「スパーブソング!」

 

翼の歌う、素晴らしく、そして力強い歌。

 

「コンビネーションアーツ!」

 

クリスが二人に負けないように、合わせるように歌う。

 

「セット!ハーモニクス!」

 

そして響が三人を指揮するかのようにぶつかり合うそれぞれの歌を調律させていく。

 

そして四人の歌が完全に合わさり、作り上げる四重奏(カルテット)

 

そして完全に一つとなった歌が膨大なエネルギーを宿し、ライブ会場に出現した巨大な液体のようなノイズを飲み込んだ。

 

飲み込まれたノイズは再び分裂しようとしたが、飲み込んだ光がノイズの行動を制限するかのように離れた所からエネルギーの波に飲まれて消えていく。

 

そして完全に光が消えると共にノイズは完全にライブ会場から姿を消した。

 




アッシュボルトの正体をどんどん晒して行きながらも何も言うなと言うスタイルを決め込んでいきます。


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10GVOLT

今月二話終了まで投稿したのでアキュラかひびみくと同年代Ver.かフィーネ組のどれがきていいようにプロットを立てることに専念します。とりあえずこの投稿が終わりアンケートは明日で終わりですが今は圧倒的に白き鋼鉄のXアキュラです。



ぶつかり合う雷撃鱗が雷撃を辺りに散らしながら宙を舞う。

 

「アッシュボルト!」

 

「邪魔はさせんぞ、貴様にはな」

 

「GV!早く戻らないと皆が危ない!」

 

「分かっている!」

 

だが、アッシュボルトの雷撃鱗はシアンの補助を受けたボクと同等の出力を持っており、防ぎ切る事で精一杯となる。しかし、それはアッシュボルトも同様であり、宙へと浮かべたまでは良いが、それ以上何もする事が出来ず、ただ勢いのままに押し続けている。

 

「この辺で良いだろう」

 

急に雷撃鱗を解いたアッシュボルトはボクへと向けて更に近付き、雷撃鱗を電磁結界(カゲロウ)で無効化させるとボクへと向けてライフルを振りかぶり、そのまま地面へと叩きつけようとする。

 

ボクはその攻撃を受け止めるが、蒼き雷霆(アームドブルー)をシアンの力で強化した肉体であってもその攻撃を完全に受ける事は叶わず、そのままビルの屋上へと叩き落とされた。

 

なんとか空中で体勢を整えてビルに着地すると同時に雷撃鱗を解除する。

 

アッシュボルトも同様に向かいのビルの屋上へと降り立つ。

 

「ここなら貴様にもあの場に戻り手出しは出来ん」

 

「装者達を舐めない方がいい。あの子達もかなりの戦闘を積んだ優秀な子達だ」

 

「ああ、あの程度のノイズをどうにかしてもらわねば困るからな」

 

「どういう事だ!?」

 

出現させたノイズをどうにかしてもらう。なぜそのような事をしなければならないのか。そもそもなぜボクだけをライブ会場から引き離したのか。先程の言葉の意味が分からない。

 

「何、我々の目的にはここで彼女達にやってもらわねばならないのだよ。私の本当の目的の為にな」

 

「まさか!?他にも完全聖遺物を持っているとでもいうのか!?」

 

その言葉の真意は分からない。だが、奏が倒そうとしても分裂し増殖するノイズ。それにアッシュボルトが何者かへとぶつぶつと通信をしていたのか何かしらの指示を出していた。そしてその時に聞こえたフォニックゲインというワード。

 

以前、ボク等も行おうとしていたネフシュタンの鎧の起動の為にライブを利用したようにアッシュボルト達も装者の歌を使い、何かを起動させようとしているのなら。

 

「装者達の歌を利用してなんて事をしようとしているんだ!」

 

ボクはライブ会場の方へとアッシュボルトを無視して駆け出すが、ライフルを構えてボクへと向けて放ち、行く手を阻む。

 

「行かせる訳ないだろう」

 

「GV!もうどうにもならないかもしれない!それならこいつをここで止めてこいつ等の目的を聞き出して止めればいい!私も全身全霊で歌って蒼き雷霆(アームドブルー)に力を貸すからここで止めよう!」

 

「シアン!頼んだよ!」

 

そしてシアンがさらに力を与えるように歌を歌う。そのおかげでボクの雷撃が更に強まるのを感じる事が出来るのだが、アッシュボルトはそれと同等の雷撃を体に迸らせた。

 

だが、強化されたというよりも制御し切れていないのか溢れ出す雷撃がビルの床や空へと向けて散らしていく。

 

「素晴らしいな、電子の謡精(サイバーディーヴァ)というものは…流石皇神(スメラギ)が目を付けていただけの事はある。そしてそれを可能にする奴と同じように強める事の出来る貴様は逸材だよ」

 

「何を言っているのか分からないけど貴方を倒す!絶対にもうあんな事にならない為にも!ここで貴方のやろうとしている事を止めて見せる!」

 

ボクは例え聖遺物が起動したとしてもその元凶であるアッシュボルトを止めて目的を阻止させる事に切り替える。

 

アッシュボルトの蒼い雷撃とボクの蒼い雷撃が夜空を照らし出す。

 

相対する蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者同士。迸る雷撃が我先に互いを倒さんとばかりに向かい、雷撃を散らしている。

 

睨むボクとバイザーにより全く表情の読めないアッシュボルト。だが、こんな所で睨んでても仕方ない。早くアッシュボルトを捕まえる為にボクは蒼き雷霆(アームドブルー)、そしてシアンが歌う歌により強化された肉体でビルを飛び移り、アッシュボルトへと強襲する。

 

アッシュボルトはライフルだけを捨ててボク同様に銃を片手、もう片方の手に雷撃を迸らせながら、強襲するボクへと接近する。

 

打ち付け合う腕と腕、迸る雷撃が辺りへと被害をもたらす。

 

だが、それでもボクとアッシュボルトは気にせずに互いに向けてダートリーダーと銃を互いへと向けて撃ち合う。

 

ボクは銃口から身体を逸らし躱してアッシュボルトも同様に躱す。

 

だが、互いの攻撃を与える際にボクはまるで鏡を前にしているように同じ動きをするアッシュボルトに違和感を覚える。

 

「チャタンヤラクーシャンクーをなぜ貴方まで!?」

 

そう、ボクと同様の動き、つまりボクと同じ武術、チャタンヤラクーシャンクーのアレンジを使うアッシュボルト。

 

「貴様には関係ないだろう?」

 

ボクの拳を払うように手で軌道を逸らしながら

アッシュボルトが告げる。

 

「関係ない訳ない!」

 

そうただのチャタンヤラクーシャンクーなら別であるが、アシモフによりアレンジの入ったこの武術を使えるのなら関係ないとは言えない。

 

皇神(スメラギ)でもないのなら貴方は元々フェザーの人間なのか!?」

 

「懐かしい名前だな…だが、何度も言うが貴様には関係のない話だ」

 

「ふざけるな!フェザーの人間ならなぜこんな事をしている!?皇神(スメラギ)とは違ったやり方でなぜ混乱を招く必要がある!」

 

「フェザーも隠蓑の一つであり、かつての目的の為に結成されていたに過ぎない。最も貴様には全く関係がない」

 

「だから関係あると言っているんだ!ボクも元々フェザーの人間だ!同じ組織の人間が敵であるのならばその間違った思想を止める!」

 

アシモフのように同じような考えでないにしろこの世界を混沌へと導こうとするならば止めなければならない。ボクはアッシュボルトへ向けて無駄かもしれないが雷撃を纏う拳を振るう。

 

「無駄だ」

 

アッシュボルトが言うように拳はすり抜けて全く役に立たない。だが、ボクがしたいのはアッシュボルトを殴る事ではない。アッシュボルトから貫通する腕から雷撃を放ち、アッシュボルトの後ろにある貯水ポンプを破壊して大量の水を放出させる。

 

ボクは素早く、その場から飛び退き、難を逃れるが、アッシュボルトはその行動に気付くのが遅れ、そのまま水を全身に浴びてしまう。

 

「地形を利用して私の蒼き雷霆(アームドブルー)を封じたか…」

 

「これで蒼き雷霆(アームドブルー)は使えないわ!」

 

同じ蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者だからこそ知る弱点。これでアッシュボルトの能力はしばらくは使えない。

 

「だが、電磁結界(カゲロウ)が使えなくとも時間さえ稼げればそれでいい!」

 

そう言うとアッシュボルトはボクへと向けて駆け出す。銃を構え、ボクへと放ち、ボクも応戦するようにダートリーダーをアッシュボルトへ向けて放つ。

 

互いの弾丸が交差していくがどちらの弾も当たることはなく、壁へと突き刺さる。

 

そして距離がゼロとなったボクとアッシュボルトは完全な近接戦闘へと切り替えた。

 

雷撃を纏う拳とぶつかり合う拳。雷撃がアッシュボルトの身体を迸り、身体中を駆け巡る。

 

だが、それでもアッシュボルトは手を止めない。

 

「痛みを感じないのか!?」

 

「感じているさ!だが、この程度の痛み!あの時の痛み、そしてこれまで費やしてきた途方もない時間に比べればどうということはない!」

 

迸る雷撃をものともしないアッシュボルトはボクへ向けて拳を脚を使い、攻撃してくる。

 

ボクは雷撃を展開してその攻撃を防ぐが、アッシュボルトはボクの方へ手を翳して言葉を紡ぐ。

 

「瞬くは雷纏し聖剣、無慈悲なる蒼雷よ、敵を穿て!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

翳した手から出現するボクと同じスパークカリバー。ボクはコートの端をスパークカリバーに貫かれながらも躱すが、スパークカリバーから放電する雷撃にダメージを負う。

 

だが、それでも関係ない。ボクはシアンにより強化された能力を細胞へと働きかけ、急速に傷を治癒する。

 

そして、ボクは振るわれるスパークカリバーを躱しながら、アッシュボルトまで辿り着くとボクは最強のスキルを発動する為に言葉を紡ぐ。

 

「閃く閃光は反逆の導、轟く雷吼は血潮の証、貫く雷撃こそ万物の理!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ヴォルティックチェーン!」

 

纏う雷撃が鎖へと変わり、アッシュボルトに絡むように操り捕らえようとする。だが、アッシュボルトは操作する鎖へスパークカリバーを振るい、全て斬り伏せていく。だが、スパークカリバーの出力が大きく減っているのか雷撃が止んで遂には消滅する。

 

「捕らえた!」

 

ボクはアッシュボルトを絡め取る為に出力を上げて更に鎖を出現させると操作して捕らえようとする。

 

だがアッシュボルトの姿が突如として消えた。鎖も先程までいた場所に向けて操作したのだが、何も反応がない。

 

「GV!これって最初に出てきた時の!?」

 

時間切れ(タイムアップ)だ。どうやら向こうがもう既に完了したようなのでな。ここで引かせてもらおう」

 

何処からともなく響くアッシュボルトの声。それと共にライブ会場の方から光が立ち昇り、物凄い勢いで風が吹く。

 

「アッシュボルト!何処にいる!貴方だけは捕まえる!」

 

鎖が消えて再びこの場を覆うように巨大な雷撃鱗を展開するが、今度は何も反応がない。

 

「何、また私と貴様は戦う事になる。それまで決着は預けておこう。奴と同じだが異なる意味を持つGV」

 

「!?」

 

アッシュボルトがフェザーならそのコードネームを知っている事は分かるが異なるとはどういう意味なのか。

 

「どういう事だ!アッシュボルト!答えるんだ!」

 

だがボクの声が夜闇に木霊するだけでアッシュボルトからの返答はない。

 

「GV、どうやらアッシュボルトっていう奴、この場からいなくなったみたい…ご丁寧に捨てたライフルも消えてる」

 

「クソッ!」

 

ボクは拳を強く握り、テロリストの頭目を逃してしまった事を後悔する。だが、奴はまたボクの前に姿を現すと残していった。訳の分からない言葉と共に。

 

「一体何者なんだ…貴方は…」

 

「異なる意味を持つGV…一体アッシュボルトっていう人は何を知っているっていうの…」

 

ボクもシアンもアッシュボルトのいた場所を眺めながらそう呟く事しか出来なかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「これがこの国の装者の力…」

 

マリアはライブ会場から離れたビルの上から会場から登る光を見てそう呟いた。

 

あのノイズを滅ぼさんばかりの莫大なフォニックゲイン。これをたった四人で行うなんて規格外にも程がある。

 

「それにガンヴォルトの存在…」

 

第七波動(セブンス)という特殊な力を持つあの男がいる限り本当に目的を達成させる事が出来るのだろうかと不安に駆られる。

 

「マリア、大丈夫デスよ。私達三人なら出来るデス」

 

「うん。あんな偽善者達に邪魔されても絶対にやろう、マリア」

 

二人は不安そうなマリアの心情を察して手を握る。

 

「…ありがとう、切歌、調」

 

そうだ、こっちにも自分を含めた三人の装者がいる。そしてナスターシャが。大切な家族がいる。四人なら何とか出来ると信じ込む。だが、問題があるとすれば協力はしているものの、未だ信頼出来ていないテロリストのアッシュボルトと何処までもアッシュボルトを心酔するウェルの問題。

 

「ここにいたか、お嬢さん(レディ)達。さっさと戻るんだ。奴等も馬鹿じゃない。直ぐにこの場を包囲する」

 

突如この場に姿を現すアッシュボルト。表情は見えないが、先程までガンヴォルトと激しい戦闘を行なっていたのだろう。特殊な黒いスーツは所々に傷んだ形跡が見える。

 

「そのつもりよ。それよりも貴方もあの男に派手にやられたようね?」

 

「何、この程度想定内だ」

 

確かにアッシュボルトは装者に匹敵する程の力を持つガンヴォルトと相対していたのにも関わらず息ひとつ上げていない。

 

「それよりも早く戻れ。この場にいれば早い内に奴等に見つかる」

 

「分かっているわ」

 

マリアはこの男に言われ苛立ちながらそう返した。

 

「ならば行け。私は直ぐにDr.ウェルとソロモンの杖を回収する」

 

そう言ってアッシュボルトはスーツが透明になり、姿を消した。

 

「…行きましょう、二人とも。マムも心配してると思う」

 

アッシュボルトの言う事を聞くのは癪だが、アッシュボルトの言う通り、ここにいても危険なのは変わらない。

 

「分かったデス!」

 

「了解」

 

そしてマリア達もその場から離れて、ナスターシャが待つ輸送機へと向かい、ビルから姿を消した。

 




北谷屋良公相君(チャタンヤラクーシャンクー)
個人的に響や切歌は言えそうにない名前。


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11GVOLT

異聞録にて白き鋼鉄のXのアキュラとロロがシンフォギア世界にたどり着いたものを書いてます。
敵は変態の能力者です。名前の由来はムカデ人間の英訳を元に付けております。あの映画も変態的だし丁度いいと感じてます。


アッシュボルトはネフィリムの隔離された檻の前に立ちながら今にも襲い掛かろうと見てほくそ笑んでいた。

 

「これがネフィリムか…以前の研究施設で見たものよりも小さいな」

 

以前アッシュボルトは研究施設の襲撃を行なっていた際に見つけたネフィリムの動画。あれのようにもう少し巨大なものが覚醒すると思っていたが、些か小さい。

 

だが、その内包するパワーは絶大であり、アッシュボルトは檻越しに襲い掛かろうとするネフィリムから感じ取る事が出来た。

 

「素晴らしいな、これ程のエネルギーを内包しているというのにまだ貪欲に喰らい、力を上げようとしているのか」

 

その力をひしひしと感じ、アッシュボルトはさらに喜ぶように手をバイザーに当てた。

 

「ようやくだ!ようやく目的の第一段階が完了した!」

 

高笑いを上げるアッシュボルト。ネフィリムはそれが煩わしいのか檻を食い破る勢いで暴れ始める。

 

「はは!いいぞ!ネフィリム!その貪欲さ!それに私を餌だと思っているのか!」

 

アッシュボルトはそれでも尚焦る様子は見せない。

 

そして暴れたネフィリムは檻を破り、アッシュボルトを喰らおうと大きく口を開けて突撃する。

 

だが、アッシュボルトはそれを避けようともせずにただ面白そうに立ったままであった。

 

ネフィリムはアッシュボルトの喉元へと噛みつこうと飛び込んだが、アッシュボルトの身体がぶれると共にネフィリムはアッシュボルトをすり抜けて壁へと激突する。

 

「!?」

 

ネフィリムは驚いた風に口をパクパクとさせているが、何故か全く分かっていないようで再びアッシュボルトへと向かう。

 

「おいたが過ぎるな、ネフィリム」

 

今度はアッシュボルトがネフィリムの攻撃を躱すとネフィリムの脇腹へと向けて拳を叩きつける。ネフィリムはそれをまともに受けて再び壁へと身体を激突させる。

 

「全く、調教しなければならなそうで困ったな。まあ完全聖遺物、簡単には壊れんだろう」

 

そう言うと手から雷撃を放ち、アッシュボルトはネフィリムへと浴びせる。

 

「ギャァ!」

 

獣のように苦しそうに悲鳴を上げるネフィリム。だが、それでもアッシュボルトへと向けて雷撃のダメージを負いながらも襲い掛かろうとする。

 

「伏せ」

 

アッシュボルトはそんなネフィリムにも動じず、ネフィリムの大きく開けた口を避けて、頭を掴むとそのまま地面へと叩きつけた。そしてさらに掴んだ腕に雷撃を纏わせてネフィリムをさらに雷撃で痛めつける。

 

「暴れるな、ネフィリム。これで主人が誰であるか理解したろ?」

 

雷撃を浴びながら暴れるネフィリムへとそう告げるがネフィリムは理解していないのか何とか逃れようとする。

 

「伏せと言っただろう?」

 

アッシュボルトは更に力を込めるとネフィリムを地面へとめり込ませ、上下関係を教え込むように言った。

 

「いいか、ネフィリム。お前は私の物だ。物が主人(マスター)へと逆らうのならば相応の罰を与えなければならないんだ。こんな風にな」

 

「ガァァ!?」

 

アッシュボルトは更に雷撃を強めてネフィリムに痛みを与える。ネフィリムもなんとか逃れようと更に暴れるが、全く歯が立たず、押さえつけられたままである。

 

ネフィリムがようやく暴れるのをやめた為アッシュボルトは雷撃を止めてネフィリムから手を離す。

 

ネフィリムは地に伏せたまま、アッシュボルトへと顔を向ける。

 

「理解したか?私とお前、どちらが強いのかを?誰が主人(マスター)であるという事を?」

 

ネフィリムは何も答えないが、アッシュボルトが雷撃を再び手に纏うと痛みは嫌なのか、首を縦に振り、再び地面に頭を伏せて降伏するような態勢を取った。

 

「理解したようだな。ならば褒美をやろう」

 

そう言ってアッシュボルトが取り出したのは幾つかの欠片らしき物。それはかつてアッシュボルトが各国の聖遺物研究機関を襲撃して強奪した聖遺物の欠片達。

 

「さあ喰らうがいい、ネフィリム。そして力を蓄えろ」

 

そう言うとネフィリムはアッシュボルトの転がした聖遺物の欠片を喰らい始めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その様子を監視カメラを通してナスターシャはネフィリムとアッシュボルトの様子を見ていた。

 

「まさか、貴方が第七波動(セブンス)能力者という者であったなんて…ガンヴォルトの持つ第七波動(セブンス)に詳しいのは何故かなんとなく理解出来ましたが…」

 

アッシュボルトの言っていたガンヴォルトと同じ第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)を持っているという事は同じ第七波動(セブンス)である為にその力の詳細を知っているのならば合点がいく。だがそれでも電子の謡精(サイバーディーヴァ)に詳しい理由にはならない。

 

本当にアッシュボルトは何者なのであろうか。それに完全聖遺物を圧倒出来る程の力。それ程の力を持っていながら何故我々に力を貸すのか全く理解出来なかった。

 

「やっぱりアッシュは凄いな。完全聖遺物であるネフィリムを一人で圧倒して調教しちゃうなんて」

 

モニタールームへと入ってきたウェルがモニターを見て楽しげにそう言う。

 

「ウェル博士、アッシュボルトとは何者なのですか?これ程の力を持ちながら、何故今まで名が一切上がらなかったのですか?」

 

テロリストであったはずのアッシュボルト。だが、その素性は一切分からない。それにこれ程の資材、資金がありながら何故世界へと宣戦布告などをしなかったのか。

 

「彼は時が来るまで裏方に回りたかっただけさ。今の今までも活動はしていたみたいだけど、自分で痕跡を上手く隠していたみたいだしね。僕もアッシュに会って七年も経つけど、彼の本当の目的は分からないさ。だけどアッシュの目的は僕は知らなくてもいい。その目的の過程で僕を英雄にしてくれると約束してくれた。それだけで僕は協力するに値するんだから」

 

高らかに言うウェルに、この男に聞いた自分が馬鹿であったと思うナスターシャは視線を戻し、画面に映るネフィリムとアッシュボルトを見る。

 

「一体貴方はネフィリムを使い何をやろうとしているのですか…」

 

独り言のように呟くナスターシャ。だがその問いに答えを持つ者はおらず、消えていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ガンヴォルト、お前と同じアッシュボルトが第七波動(セブンス)能力者。そして元々お前の所属していた武装組織の人間である可能性が高いというのは本当か?」

 

「間違いない。アッシュボルトの出した蒼い雷撃。それにボクと同じ武術チャタンヤラクーシャンクーをベースとした体術。フェザーじゃないとあり得ない。それにボクのかつてのコードネームまで知っていた」

 

「そうなるとお前同様に何かしらの原因で流れ着いた能力者となる訳か…」

 

ボクは新設された二課の司令室まで足を運び、全員にアッシュボルトの説明をしていた。

 

「私がその人と戦った時に感じた違和感はガンヴォルトさんと同じ武術を扱っていたからなんですね。でも、それじゃああのすり抜けるようなやつは一体なんなんですか?」

 

響が説明で体術について納得していたが、もう一つ気になる部分があり、ボクに聞いた。

 

「響の言っているのは多分電磁結界(カゲロウ)というスキルだよ。なんであろうと攻撃を無効化する蒼き雷霆(アームドブルー)の持つ能力の一つ」

 

「それじゃあその人を倒す方法はないって事じゃないですか!?」

 

あまりの能力の無敵ぶりに響は叫んでしまう。

 

「落ち着くんだ、立花。それでガンヴォルト、貴方は何故アッシュボルトと戦う事が出来たの?」

 

翼がボクに疑問を投げかけた。

 

「同じ蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者だからこそ、その弱点も知っているからだよ。電磁結界(カゲロウ)は完全に無敵のスキルなんかじゃない。EPエネルギーの底を突かせればしばらくの間は電磁結界(カゲロウ)は使えなく出来るし、強制的にEPエネルギーをオーバーヒートさせる事が出来れば攻撃を通す事が出来る」

 

「ガンヴォルト、ならあんたは会場から飛ばされた先で強制オーバーヒートさせたから、アッシュボルトと戦えたのか?」

 

奏がボクへと聞いてきた。

 

「そう、蒼き雷霆(アームドブルー)も最強のスキルと言われていたけど弱点がない訳じゃない。雷撃を纏った状態で許容量を超えた水を被ったりすれば強制的にオーバーヒートさせる事は可能なんだ」

 

「なるほどね。ん?だったら同じ蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者のガンヴォルトはなんで電磁結界(カゲロウ)が使えないんだ?」

 

奏が疑問して更に問い掛ける。

 

電磁結界(カゲロウ)の方法自体ボクも知らないんだ。昔は使えてたんだけど、それはある人から貰った特殊な霊石を使用したペンダントによるものだったからね」

 

そう、アシモフに貰ったペンダントがあってこそ、電磁結界(カゲロウ)が使えていた。だからこそアッシュボルトが元はフェザーの能力者と断定している理由だ。

 

「でも油断しちゃダメだ。雷撃を纏えなくなったとしてもスキル、それに身体能力強化自体は使える。ボク同様にアッシュボルトもスパークカリバーを使えていた。多分、同じスキルを持っているのであればボク同様のスキルも持っている」

 

「ライトニングスフィアにはたまた広範囲のヴォルティックチェーンもかよ…っくそ、厄介過ぎるだろそんなの!」

 

クリスが情報を聞いて悪態を吐く。

 

「だけどそれならば他にお前の知る弱点というものはないのか?もしお前以外が相手しなければならない状態になった時にどうすればいい?」

 

弦十郎がボクに対してそう言った。

 

「方法がない訳じゃないけどあまりにも非効率だ」

 

「ない訳じゃないんだな?」

 

蒼き雷霆(アームドブルー)能力者には雷撃が効かない。だけど蒼き雷霆(アームドブルー)の力を超える雷撃でならダメージを通す事は可能になる。現存した兵器だとカ・ディンギルみたいな荷電粒子砲だけだ」

 

ボクがそう言うと誰しも口を閉ざしてしまう。それだけ、ボクの持つ蒼き雷霆(アームドブルー)という第七波動(セブンス)が最強と言われる所以だから。

 

だが、それに対抗する手段が他にない訳ではない。

 

シアンを殺し、ボクがこの世界に流れ着いた原因となった男、アシモフが持っていたアキュラの銃に装填された弾丸。

 

強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)

 

全ての第七波動(セブンス)を無効化する弾丸。あれであれば対策は可能だ。だが、あれは存在しない。

 

「そうか…ならばアッシュボルトに関してはお前に任せるしかないか…」

 

「悪いけどそうなる。唯一対抗出来るとすれば装者達じゃなくて同じ第七波動(セブンス)能力者のボクだけだから」

 

「分かった。アッシュボルトはお前に任せる。だから奴を必ず止めろ」

 

ボクは弦十郎の言葉に頷き、次にフィーネに所属する装者達の話となった。だが、その三人の素性はまるで分からず、唯一分かっている翼と共に歌を歌ったマリア・カデンツァヴナ・イヴの情報だけであった。

 

「引き続き我々で情報をかき集める。装者達はその時が来るまでゆっくりと休んでくれ。もちろんガンヴォルト、お前もだ」

 

そう言われて解散となり、それぞれが帰宅しようとする中、ボクは少し荷物を整理すると言って奏とクリスを先に帰らせる。

 

「GV、皆に伝えなくて良かったの?アッシュボルトの言ってた異なる意味のGVの事」

 

シアンが現れてボクに問い掛ける。

 

「その事はまだ報告するべきじゃない。ボクもその言葉が引っかかっているんだ。ガンヴォルト(GV)とは違うGV。アッシュボルトは何を知っているっていうんだ…」

 

アッシュボルトは何かを知っている。そしてこの世界に流れ着いた原因をも。何故かは知らない。だからこそアッシュボルトはボクの手で捕まえなくてはならない。

 

「絶対に貴方を捕まえて口を割らせて話してもらう。帰る方法を、そして何故流れ着いたかを…」

 

同じ流れ着いた第七波動(セブンス)能力者として。そしてこの世界を混沌に導こうとするアッシュボルトを止める為に。

 

「絶対に止めよう、GV」

 

シアンもボクの意見に賛同するようにそう言った。



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12GVOLT

数日が経ち、フィーネを名乗るテロリストの集団の動きが全くない為に二課はフィーネの動向を探るべく、奮闘していた。

 

だが依然としてフィーネというテロリストの集団の行方は知れず、ボクは焦っていた。

 

「ガンヴォルト君、焦る事はありません。他国にも交渉がない以上、何かしら準備に手間取っている可能性があります」

 

「…そうだといいんだけど…どうしてアッシュボルトが動かないのかどうしても気になっているんだ。奴の狙いがなんなのか…何故今になって動き出したのか…それに何故彼女達がフィーネを名乗るのかも。仮にフィーネが本当にあの少女達の中にいるのなら…」

 

かつて相対した敵であったのだが、世界を一つにするという野望を打ち砕き、心を入れ替えたはずのフィーネが本当にこんな事をするのだろうか?あの時の言葉は本当は嘘であったのだろうか?

 

フィーネが言っていた人間の本質は変わらないというようにフィーネはあの時は本心でそんな事を言っていなかったのか。

 

ならば何故、紫電との最後にボクに力を貸してくれたのか?

 

「やっぱり分からない…」

 

「GV!」

 

シアンが通信機越しにボクの名を呼ぶ。

 

「GV、さっきから考えてばっかりでぼーとして、目的の場所に着いたみたいだよ」

 

そう言われてボクは思考をやめて、目の前に立ち塞がるビルを見上げる。

 

ここはとあるヤクザの事務所である。

 

だが、僅かながら感じる血の匂いにボクと慎次は警戒をする。

 

「慎次…何かやばい気がするよ。弦十郎に連絡を!ボクは中を確認する!」

 

「分かりました!気を付けて下さい!」

 

そう言ってダートリーダーを取り出してビルの中へと入り込む。ビル内には人影はあるものの、既に事切れた男達ばかりで、頭には撃ち抜かれたように弾痕があったり、ナイフのような鋭利な刃物で切り裂かれたようにパックリと喉が割れていた。

 

駆け寄って、息のある者がいないか探すが、誰も生きている者はいない。

 

「抗争があったにしても手際が良過ぎる…それに誰もが武器を持っているのに取り出す前に全員殺して…」

 

「GV、これってアッシュボルトみたいに姿を消さないと出来ない事なんじゃ…」

 

シアンもビルの内部の惨劇にボクが予想していた犯人の名前を言う。

 

「シアンの言う通り。間違いない…アッシュボルトの仕業だ。まだ死体も新しい…奴がまだここに!」

 

ボクはここにアッシュボルトがいると断定して本部へと連絡を入れる。

 

「弦十郎!慎次!通信に割り込みでごめん!ここにアッシュボルトがいる可能性がある!ボクは奴を探す!」

 

『なんだと!?』

 

『それは本当ですか!?ガンヴォルト君!?』

 

「まだ確定じゃない!だけど、内部の人間を誰にも気付かれずにこんな風に出来るのは姿を見せない武装をした者しかいない!それを可能とするのは!」

 

『我々の持ち得ない技術を持つ者のみ!つまりはそこが当たりという事か!』

 

弦十郎も察して通信機越しに叫ぶ。

 

「こっちの対処はボクがする!慎次!もしここでボクとアッシュボルトが戦闘になれば周囲にも影響が出る!避難誘導を頼んだよ!」

 

ボクはそう言ってそのままビルの階段まで移動してを駆け上がっていく。

 

「GV!何か嫌な感じがするよ!」

 

シアンも階段を駆け上がる際に何かを感じ取ったのかボクに伝えてくる。

 

「やっぱりここにアッシュボルトが!」

 

急ぎ階段を駆け上がり、目的の階へと到着して廊下へと出る。

 

そのフロアは一言で表せば地獄絵図としか言いようがない程の悲惨な光景が広がっていた。

 

何か侵入者を感づいたのだろう。向かって行ったと思われるヤクザ達の死体が足の踏み場がない程倒れており、血が床を、壁を、天井を元の色が分からない程に赤く染め上げている。

 

「酷い…」

 

シアンもあまりの光景に口に両手を当てて、目を背けた。誰の息遣いも聞こえない。静寂が満ちた廊下を急ぎ進み目的地であった事務所らしき所を蹴り破る。反撃を警戒して一旦隠れ、ダートリーダーの銃身を鏡のように利用して内部に危険がないかを確認して突入する。

 

ダートリーダーを構え、アッシュボルトからの反撃に備えるものの彼方からの反撃はない。雷撃鱗を部屋全体に展開してもなんの反応もない。

 

警戒しながらも内部の様子を見る。先程の廊下同様に中では戦闘があったようで壁には弾痕と血痕が残されてかなりの数の死体が見受けられる。

 

「クソ!アッシュボルトは何処に!?」

 

「GV!一人だけ息のある人がいる!」

 

シアンの言葉にボクは一度アッシュボルトの捜索をやめて唯一の生き残りである人物を探す。

 

シアンの言う通り、窓側に備え付けられた高級そうな椅子の上に誰かが苦しそうにしている男がいた。

 

「しっかりしてくれ!何があったんだ!?」

 

ボクはその男の傷の具合を確認しながら何故このような事になっているのか問いただす。

 

「ゼェゼェ…」

 

だが男は何も喋らない。

 

「何があったのか教えてくれ!ここにバイザーをつけた大男が来なかったか!?」

 

詳しい情報を得ようと手当てを行いながらアッシュボルトの情報を聞き出そうとする。だが男は何も喋ろうとはしない。

 

しかし、苦しみながらも近くの金庫のような場所を指差して事切れてしまう。

 

「クソ!間に合わなかった!」

 

ボクは唯一の生き残りさえ救えなかった事と何もアッシュボルトに関する情報を聞き出せなかった事に歯痒い思いに駆られる。

 

「GV…」

 

ボクは先程まで生きていた人物の目を閉じさせて指で差した金庫へと向かい、開けてその中にある幾つかの資料に手を伸ばす。

 

それは数々の商品を誰かに売り渡す際に記帳する帳簿であり、その中をめくっていくと中にタケフツ・アッシュボルトという文字を見つける。

 

「タケフツ・アッシュボルト…これが奴の本名…それに医療品以外にも食料、それに武装までこんなに…」

 

「戦争でも起こす気なの、アッシュボルトって人は…」

 

シアンも帳簿を覗き、数々の購入履歴を見てそう呟く。

 

「いや、購入している武装は四ヶ月前になっている。これは多分フィーネと戦闘の際に使われたテロリスト達の武装だよ。最近のだと、輸送機に医療品関係が多い」

 

最近になって購入された物は多分、フィーネというテロ組織と合流した後の物だと考えるが、ボクだけじゃ何も分からない。だが、これだけの大きな調達を行うには何処かに情報があるはず。二課でさらに追えば何か分かるかもしれない。

 

ボクはその帳簿を懐にしまい、二課に調査してもらう事にする。とにかくここには後はアッシュボルトを捜索しなければならない為にダートリーダーを握り、再び警戒しようとした。

 

その時、先程事切れた男の後ろにある大きな窓の向こう、このビルから少し離れたビルの屋上に追い求めていた男の姿を確認する。

 

「アッシュボルト!」

 

「あんな所に!」

 

シアンもボクもアッシュボルトを見つけてその場所へと向かおうとした瞬間に、アッシュボルトはボク等に向けて銃のように手を構えて撃つような真似をすると同時に室内が爆炎によって赤く染まった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ガンヴォルト君!」

 

突如爆発が起きたビルに向けて慎次は中にいるはずのガンヴォルトの名を叫ぶ。

 

ビルは目的の事務所らしき場所、そして主要の柱を破壊でもされたのか、ビルは倒壊し始めている。

 

「ガンヴォルト君!」

 

流石のガンヴォルトでもこんな事が急に起きては対応出来るかは分からない。直ぐに救出しに向かおうと思うが、崩れゆくビルの中に飛び込めば自分の命すら危うくなる。

 

だが、そんな心配をかき消すように一筋の蒼い雷がビルの内側から放たれる。そこからガンヴォルトが飛び出して慎次の前に降り立つ。

 

「慎次!アッシュボルトを見つけた!ボクとシアンは奴を追う!慎次は二課に連絡を!」

 

「待って下さい!罠かもしれないのに行くなんて無謀です!それにこの爆発の後にアッシュボルトの姿を見たんですか!?戦闘服も着てない状態でアッシュボルトの相手を出来ると思っているんですか!?相手にはまだ僕達の知らない武装がある可能性もあるのに!」

 

「ここで奴を逃せば、更に被害が拡大する!このまま逃す訳にはいかないんだ!」

 

「分かっています!でも、アッシュボルトの狙いが分からない以上、無闇に追おうとするのはやめて下さい!ガンヴォルト君とシアンさんだけになるのを狙っている可能性があります!だとすれば単独行動は敵の思う壺です!ここは敵の出方を見るべきです!」

 

慎次はなんとかガンヴォルトを説得しようとする。

 

「このまま逃す方が危険だ!それにここでアッシュボルトを捕らえる事が出来れば、残ったフィーネを捕まえる事も出来るかもしれないんだ!」

 

ガンヴォルトは冷静さを失ったように喰いかかる。確かに野放しにする事も危険な事を慎次も承知している。だが、アッシュボルトが何故このタイミングで姿を現したのか分からない上に、ここでガンヴォルトとシアンを単独で行動させてしまう事がアッシュボルトの狙いで有るのならば二人の身に何かあると考えると行動を制したいと考える。

 

『慎次の言う通りだ!ガンヴォルト!追いたい気持ちは分かるが、ここは堪えろ!』

 

弦十郎も通信で二人の会話を聞いていたようでガンヴォルトを制する為に言った。

 

「弦十郎まで!ここで奴を逃すのが最適解だとでもいうのか!?」

 

『今の冷静さを失ったお前がアッシュボルトと戦闘になった所でお前が危険になるから俺等は言っているんだ!』

 

弦十郎の言葉にガンヴォルトは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「GV、ここは落ち着こう。二人の言う通り、今のGVは冷静じゃないよ。こんな状態じゃアッシュボルトに勝てるか分からないよ」

 

シアンが慎次達にも聞こえるように通信機に割り込んで声を響かせる。その言葉にガンヴォルトは落ち着くように息を吐いて感情を抑えるように雷撃を押さえ込む。

 

「…ごめん、みんな。今のままじゃ、皆の言う通り、アッシュボルトを捕まえる事すら出来ないかもしれない」

 

ガンヴォルトは冷静さを取り戻し、謝罪する。

 

『落ち着いたか?』

 

弦十郎が通信機越しにガンヴォルトへとそう告げる。

 

「悪かったよ、弦十郎、それに慎次も」

 

ガンヴォルトは落ち着きを取り戻し、そしてアッシュボルトがいたと思われる場所へと視線を移す。だが、アッシュボルトはここまで時間をとっているのに何もしてこない。

 

「落ち着いてくれて何よりです。アッシュボルトからの追撃もありませんし、一旦ここから離れましょう。ここには既に一課を向かわせています。アッシュボルトの行方も捜索しますのでガンヴォルト君もその報告を待ちましょう」

 

「分かったよ。それとこれだけはなんとか持ち帰る事が出来た」

 

そう言ってガンヴォルトが懐から一つの封筒を出した。中身を確認するとそこに書かれていたのはこれまでのアッシュボルトが購入していた物の帳簿であった。

 

「これは…これさえ調査すればアッシュボルトはもちろん、フィーネの居所、目的が何か分かるかもしれません。一度本部へと戻りましょう」

 

そう言って慎次とガンヴォルトはアッシュボルトの追撃を警戒しながら帳簿を持ち帰るのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「…追ってこなかったか…仲間にでも諭されたか?」

 

ビルの屋上で待つアッシュボルトはガンヴォルトが追う事を予想していたが、予想外にも追ってこなかったが為に溜め息を吐く。

 

「追ってくればここで電子の謡精(サイバーディーヴァ)を入手出来ると思ったが、ここではお預けか」

 

何処か残念そうに言うアッシュボルト。だが、それでもアッシュボルトは焦る事もせずに言う。

 

「まあいい、私の撒いた餌に奴は掛かった。まだ機会は幾らでも有る。必ず貴様の持つ電子の謡精(サイバーディーヴァ)を頂くぞ」

 

そう言ってアッシュボルトはビルの屋上からまるで消えるかのように透明になっていき、やがて完全に姿を消した。



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13GVOLT

戦闘パートも少しお休みして日常パートです。


あのライブ会場の一件からガンヴォルトは復帰した事は喜ばしいのだが、響はアッシュボルトの事、フィーネと呼ばれる組織に所属する少女達の事を考えていた。

 

(ガンヴォルトさんがアッシュボルトの事を教えてくれたけど、なんであんな酷い人にあの人達は協力しているんだろう…)

 

アッシュボルト。ガンヴォルトと同じ第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)を持つ能力者であり、仲間であるはずのマリア達に向けて何の躊躇いもなく攻撃していたという事をガンヴォルトと翼から聞いた。

 

(なんでそんな酷い人に協力しなきゃいけないんだろう…それに…)

 

そして調と呼ばれた少女に自分達がしでかした事、そして偽善者。

 

(私達が何をしたっていうんだろう…それに自分達が偽善者…私達は為すべき事をやっていたのになんでそんな事を言われなきゃいけないんだろう…それとも、私達は本当は何か間違った事をやっていて、向こうの人達がやろうとしている事の方が正しいのかな…)

 

だが、響には分からなかった。誰かを救うためにこの拳を握っているのにそれが本当は間違いなのか。そうなると二課が何かまだ隠しているのか。それとも、アッシュボルトと同じ、能力者であるガンヴォルトが何か重要な事を握っているのか。

 

「何が何だか分からないよ…」

 

「立花さん、何か分からない事があるならば先生である私にちゃんと質問してくれればお答えしますよ?」

 

「へ?」

 

響の独り言に反応したのは授業を進行していた担任の先生であった。

 

「立花さんがそんなに思い詰めて考え込むなんてよっぽどの事だと思いますが、何かあれば相談に乗りますよ?」

 

「い、いえ、私の考えていた事は授業に関係ない事で、気にしないで下さい!」

 

響は担任に向けてそう言った。

 

「そうですか。確かに秋にもなって新校舎に移転して環境が変わって悩み事が増える事もあるでしょう」

 

担任はそう言って分かってもらえたと思ったのだが、それは間違いだった。

 

「だからといって授業中に別の事を考えて蔑ろにするのは言語道断です!ただでさえ、授業が遅れ気味で進行を早めているのに疎かにしていると授業についていけなくなりますよ!それにもうすぐ秋桜祭が近づいている中、立花さんは!」

 

急に説教へとシフトされ、響はなんとか説教を回避しようと担任へと言い訳を並べようとするが、全く聞く耳を持たれない。

 

「でも先生!こんな私でも助けてくれる親友や先輩!それに男性の方々もいるわけで!」

 

響は失言と思い口を閉じる。ガンヴォルトや弦十郎などの事を言ったのだが、響の知る男性陣は殆ど国の防衛の為に日々働いている人ばかりであり、公には言ってはならない存在だという事を。だが、それはもうこの学院にいる全員はほぼ周知の事実なので殆どはスルーはされているがそれでも非公開人物だという事を。だが、それでもガンヴォルトの事を紹介してくれと言う生徒達は数知れず、先生にはその男性がガンヴォルトと勝手に変換されたらしく、私怨の混じる説教へとシフトされる。

 

「自分にはあんなかっこいい知り合いがいるからって自慢ですか!?私だって学生時代にあんな人がいれば出来れば甘いひと時を過ごしたかったです!そんな人と知り合いだから自分は勝ち組だと思ってるんですか!?」

 

「先生!話の趣旨が変わっている気がします!」

 

響は担任にそう叫ぶが担任は聞く耳を持たずに続けた。

 

「黙らっしゃい!大体、あんな人と知り合ったのならばまず先生に報告しなさい!彼が実際の所どんな人物か私が見極めますのでどうか連絡先か彼との場のセッティングをお願いします!」

 

「本当に何言ってるんですか!?」

 

頭を下げる担任に響はそう叫んだ。そしてその言葉に反応して他の生徒まで反応する。

 

「先生!それはずるいと思います!」

 

「黙りなさい!こちとら女子校の先生になって男性との出会いもめっきりなくなったせいで焦っているのよ!そんな中に現れたあんなイケメンを逃すわけにはいかないでしょう!貴方達学生はまだチャンスがあるかもしれませんがこっちは迫り来る結婚適齢期の終わりを怯えながら過ごす不安があるんです!」

 

「そんな事は知りません!確かにかなりのイケメンですしあわよくば付き合いたいと言うのは分かりますけど、そうやって個人的に連絡先を聞こうとするのはずるいと思います!私達だってあの人の事紹介してもらいたいのに!職権濫用です!」

 

「出会いを作るのならばなんでも使うのが大人なんです!立花さんが無理なら小日向さんでも構いません!」

 

「えっ!?」

 

急に話を振られて驚く未来。

 

「小日向さんも立花さんが無理なら教えて欲しいです!あんな好みの男性に会えるのなんてもうこの機会を逃せば無いかもしれないの!ですからお願いします!あの人の紹介をして下さい!」

 

「先生!抜け駆けはいけないと思います!小日向さんも立花さんも先生に教えないでいいよ!出来れば後で私に教えて!」

 

気が付けば既に授業の雰囲気などではなくなり、生徒も先生もガンヴォルトの事ばかりになってしまう。

 

「未来…どうしよう…ガンヴォルトさんの事を正直に話した方が良いのかな?」

 

「…いくら知られているからってガンヴォルトさんの連絡先を伝えるのはどうかと思うけど…」

 

「だよね…シアンちゃんがこの事を知ると更に嫌な予感しかしないよ…」

 

友達であり、ガンヴォルトと常に居るシアンの事を考えるとこの状況が更に悪化しそうだと考えて響は溜息を吐く。

 

更に最近はシアンの他に奏やクリスなどもいて、最初から好意を寄せていた翼の事を考えるとこの状況でガンヴォルトの事を紹介してしまうと大問題になりかねないと考えるだけで胃がキューと痛み始める。

 

「響、大丈夫?」

 

未来もそんな響に声をかける。

 

「大丈夫だよ。でも、流石にこれが毎日続くと考えると後々の事で胃に穴が開きそうだよ…」

 

未来もそんな響を見て自身もその事を考えて苦笑いしか浮かべられない。

 

「ガンヴォルトさんも大変だね…」

 

「うん…知らぬが仏だけど、いっその事誰かともうお付き合いしてる事に…」

 

「だ、ダメだよ!そんなの!」

 

響の言葉に未来が言う。物凄い剣幕で詰め寄る未来に驚きつつも未来の言い分に耳を傾ける。

 

「ガンヴォルトさんにだって理由がある訳だし、勝手に誰かと付き合っているなんて噂を立てるのは良くないよ」

 

どこか必死な訴えに何処か疑問を持ちながらも、ガンヴォルト自身も現在のテロリストの件、それに元の世界への手がかりとなるアッシュボルトの存在で手一杯だからどうしようもないのが現状と思い、その考えを改める。

 

「そうだよね…ガンヴォルトさんも今は大変な時期だし」

 

未来はその言葉に何処か安心したように息を漏らした。

 

しかし、そんな響や未来の周りでは担任とクラスメイトがガンヴォルトの事について口論しているのを見て苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

 

その口論は次の授業まで続き、別の教科の先生が来るまで終わる事がなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「むぅ!」

 

シアンが急に何かを感じたのか、頬を膨らます。

 

「どうしたの?シアン?」

 

家でゆっくりとしながら、先日のビルの倒壊のレポートを纏めていると謎のシアンの行動について聞いた。

 

「また良からぬ事が起きた気がするの…主にGVの事で!」

 

「アッシュボルトの事!?」

 

ボクは素早く立ち上がり、武装を取りに行こうとする。

 

「違うよ!GV!アッシュボルトじゃないよ!」

 

そう言われて一旦落ち着くとシアンに問う。

 

「何を感じたのシアン?」

 

「何か嫌な感じがしたの。アッシュボルトとかが持つドス黒いとかそんな反応じゃなくてこうなんかもやもやとするような感じで、GVに対する何か嫌な予感が!」

 

「…」

 

少しその言葉に呆れつつも確かに狙われている自覚はある。諸外国の可能性もあるし、もしかしたらアッシュボルトの所属するフィーネの可能性も。だが、シアンの感覚だけでは動くには証拠が乏しく、取り敢えず弦十郎達に報告だけしておこうと思う。

 

だが、シアンは何かその感じた感覚が気になるのかずっと悩んでいる。

 

「この感覚はリディアンの方向から感じる…となるとおっぱい魔人供の可能性が…いえ、翼の可能性も…いや、もしかしたら未来とかいう響の友達の可能性も…いや、もしかしたら私の知らない女がGVの事を狙って…」

 

シアンは相変わらずぶつぶつとよく分からない事を言っていたが、アッシュボルトやフィーネでないのなら今は置いておこうと思い、念のためにメールにて弦十郎達に連絡を入れておいた。

 

弦十郎も頭に入れて注意しておくとすぐに連絡が返ってきたため、再びレポートの作成に勤しもうと思った矢先に今度は通信端末に連絡が入った。

 

「どうしたの、奏?まだ学校の時間じゃなかった?」

 

『学校は休憩時間だよ。そんな心配すんなって。学校も復学して授業も別に苦じゃないし、年下のクラスメイト達ともうまくやれてるからさ』

 

「そこは心配してないよ。奏ならうまくやれてる事ぐらい、いつも話してくれてるから分かるさ」

 

奏は二年もの間昏睡状態にあった為に、学校を卒業していなかったので二課の計らいと奏の希望により、リディアンの二回生として編入してもらっている。

 

「クリスはどうだい?クリスはあまり自分の事話したがらないし、うまくやれてる?」

 

『クリスはなー、私とは結構話してくれるけど、他のクラスメイト達からの誘いとか無視はしないものの、尽く断っているから正直私も心配してるよ。クラスメイト達には恥ずかしがり屋って言っているけどこればっかりはな。クリスも今までの事もあるし、どう接して良いか分からないって感じ』

 

どうやらクリスの方は心配していたようにあまり学校には慣れていないようであった。奏の言うように今までの生い立ち故の慣れない学校生活、それに友人などの接し方。こればかりは仕方ないと思うが、流石に心配になって来る。

 

「クリスの事は秋桜祭もあるからそれまでには仲良くなってほしいんだけど…」

 

『まあそこは任せてくれよ。こっちでなんとかするからさ。学校だったら、翼も響も未来もいるからなんとか出来るし』

 

「頼んだよ、奏。一生に一度しかない高校の学生生活なんだからクリスにも戦闘じゃない時くらい楽しくして欲しいからね」

 

『おっ、さすが社会人。言葉の重みが違いますね』

 

通信機越しでも奏が茶化しながら笑うのが思い浮かぶ。

 

「茶化さないでくれ。ボクだって心配してるんだから。それに楽しい学園祭なんだし、みんなと楽しんでもらわないと損でしょ?」

 

『だな。クリスにも楽しんでもらえるよう、こっちでなんとかしてみるさ。あっ、それと連絡した目的伝えるの忘れてた』

 

奏が思い出したように告げる。

 

『その秋桜祭で色々手一杯になっててさ、帰りが遅くなりそうだから、何か摘めるものか何か持ってきてくれると助かるなって』

 

「分かったよ。簡単なものを作っておくよ。そうなるとクラスメイトとかにも分ける分とかも必要?」

 

『うーん、流石に量がありすぎると思うし』

 

「いや、それくらいならなんとかするよ。それで話題作りぐらいになるならね」

 

『助かるんだけど…ガンヴォルトが来るとあんたの話題で持ち切りになると思うんだけど…』

 

「いや、確かに部外者が入るとその話題に持ちきりになるかもしれないけど、少し変装して目立たなければ良いでしょ?」

 

『…ガンヴォルト、お前自分の事分かってないだろ?』

 

前にもこんなやりとりをした覚えがあるのだが、なぜ奏までそのような事を言うのだろうか?

 

「奏!またGVを誑かしてるの!?」

 

ようやく考え事を放棄したのか電話中の回線にまで割り込んで来た。

 

『シアンもいたのか?それより聞いてくれよ、ガンヴォルトの奴、未だに自分のこと分かっていなくてさぁ』

 

シアンなら反対してくれるだろうと思い、黙って二人の会話を聞く。何やら二人がボクの事について鈍すぎるやらなんやら言われたい放題なのは気がかりであった。

 

「はぁ…いつもの事だけど、GVは本当に分かってないわね」

 

『だろ?全くこんなんだから困ったもんだよな?』

 

なぜ喧嘩腰であったシアンまで奏に同調して、溜息を吐いているかは分からない。

 

「なんでこんな時だけ二人は息が合うのかボクの方が疑問なんだけど…」

 

その言葉に二人は更に溜息を吐く。

 

『この鈍感は…』

 

「全くね。それよりも奏、学校でなんか嫌な予感がしてたんだけど、GVの事でなんかあった?」

 

『あー確か響と未来のクラスでなんやらガンヴォルトの話が出たみたいだと。紹介して欲しい生徒が山ほど出て大変だったらしい。他の学年でもすぐに広がってたよ』

 

「そう言う事ね…あの嫌な感じは響と未来のクラスメイト達の…」

 

シアンは何か納得しているようだが、何処か怒ったように頬を膨らませていた。

 

「シアン、何に納得しているかは知らないけど、もう大丈夫でしょ。じゃあ、奏。放課後あたりに持っていくから、何か他に必要なものがあったら連絡を入れて」

 

そろそろ休憩時間も終わるんじゃないかと思い、奏へとそう告げた。

 

『悪いな。じゃあ適当に頼んだぜ』

 

そう言って奏からの通話を終える。

 

「さてと、確か一クラス結構な人数がいたはずだから、買い出しに行かないとな…」

 

「GV…まさか本気であの場所に行くんじゃないでしょうね?」

 

少し怒り気味でシアンがそう言う。

 

「そうだけど、奏にも頼まれたし…」

 

シアンはそれを聞いて更にGVが危ない、特に女子校であるあそこに行ったら、と呟いていたが、何故そこまで不安になるのかがよく分からない。

 

「GV!とにかく奏に渡したらさっさと帰る!これは決定事項よ!」

 

シアンがそう言ってボクに何度も言い聞かせる。

 

「…何でそんなに怒ったように…」

 

「い・い・か・ら!これは決定事項なの!」

 

シアンは焦りながらもそう言ってボクは同意すると数十人分の食料の買い出しにシアンと出かけるのであった。



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14GVOLT

ついに百話に到達しました。
裏では色々アッシュボルト達が動く中、ガンヴォルト達には暫しの休息を楽しんでもらっていきましょう。


海岸近くの廃病院。

 

「全く、なんなんデスか!アッシュボルトの奴!自身が能力者っていう事を隠していた事はどうでも良いデスがマリアを撃つなんて考えられないデス!あのガンヴォルトとか言う男がマリアを突き飛ばさずに盾にされていたらどんな事になるかも分からないんデスか!それに今度は息を潜めろなんて本当に何様のつもりデス!?」

 

シャワー室で切歌が叫ぶ。あれから一週間ほどの時間が経つのだがアッシュボルトは定期的に病院の施設から抜け出しては何をしているか分からない状況に切歌は怒りを募らせていた。

 

埃かぶっているこんな場所にずっと居続けているせいでストレスが溜まり、切歌は叫ばずにはいられなかった。

 

だが、切歌と共にシャワーを浴びる調は切歌の言葉には反応は見せずに何かずっと考えているようであった。

 

(あいつら…自分が正しいなんて思っているのがむかつく…何も知らないくせに自分達の事を正義の味方とでも思っているなんて!あんな偽善者達は何も分かっていないくせに!)

 

そしてその事を思い出して調は壁に殴ろうとするが、切歌が調の自傷しようとするのを止める。

 

「止めるデスよ!?調!そんなことしたら手を痛めちゃうデスよ!」

 

調の行動を止めた切歌が何故そのような行動をしたのか調へと問いただす。そして切歌は調が二課に対する不満を伝える。

 

「…大丈夫デスよ、調。あいつらが邪魔しようと私達は私達の為す事をするだけデス。あいつ等は何も分かっていないからこそ私達がやらないといけないんデス。例え世界に認められなくても…」

 

切歌は調を落ち着かせる為に抱き寄せる。調も落ち着いたのか切歌の抱擁に自身も切歌を抱き寄せる。

 

そんな中、シャワー室にマリアが入って来る。

 

「二人共、シャワー室で抱き合ってないで体をしっかりと洗いなさい。ただでさえここの環境は埃っぽいんだから」

 

マリアは二人にそう言うが理由を知らないマリアにはだが一向に離れようとしない二人に話を聞いて、言った。

 

「調、切歌の言う通りよ。奴等は自分達で何をしでかしたのか何も理解していない。今世界が陥っている危機にも気付けないの。私達が間違っていると自分達に言い聞かせて自ら破滅へと向かっている事にも気付けないあいつ等に私達の本当の目的を理解される必要もないわ」

 

そう言ってマリアは自身もシャワーを浴びる。

 

「でもマリア…私達は本当に出来るのかな?」

 

調はマリアに言った。

 

「大丈夫よ。私達なら必ず成し遂げられる」

 

「そうデスよ、調!マリアの言う通り、あんな奴等に私達の邪魔なんてさせないデス!」

 

「でも…装者とは別の戦力になっているガンヴォルトとかいうあの男…あいつの力の底が分からない…あの男…私達と戦っている時、本気じゃなかった…」

 

その言葉にマリアも切歌も黙り込んでしまう。アッシュボルトとの戦闘の際に見せていた自身達の戦闘には使っていない強力な雷撃。そしてアッシュボルトとの戦闘を行いながらも、敵である装者達へのサポート。

 

あの様な力を持ちつつも自分達には手を抜いていた事に憤りを覚えるが、それ以上に自分達に向けてあの様な雷撃を使っていたらと考えると震えてしまう。

 

アッシュボルトという存在がなければ自分達は本当にあの場から逃げ切れていたのだろうか?

 

「…大丈夫デスよ、調!あんな奴がいようと関係ないデス!むしろ私達に本気を出せないならそこに隙があるはずデス!ね、マリア!」

 

「そうね。ガンヴォルトとかいう男が私達を捕まえようとする以上、殺すなんて事は出来ない。私達はその隙をつけばいけるはずよ」

 

「…そうだね…私達がやろうとしている事はあんな奴等に止められるはずないよね…」

 

調もようやく先程まで考え込んだ表情が和らいでいく。だが、マリアには一つ気掛かりな事があった。

 

何故あの時、本気で捕まえようとしていたのに本気を出さなかったのか、殺す気でないのなら好都合なのだが、アッシュボルトとの戦闘で使っていた程の威力を使わなかったのか。

 

それにマリア達に向けて言ったテロリストには似合わない。マリアはどうもその言葉がどうしても気掛かりであった。まるでテロリストというものの本質をどういうものなのか知っているかの様に。確かに、ガンヴォルトはかつてマリアの中に宿っているフィーネと戦闘を行った。だが、フィーネと協力していたのはあちら側にいる雪音クリスという少女のみであり、それだけではどうも納得がいかない部分もある。

 

まるでかつて自身がそうであったような口ぶりの様にも感じる。

 

「本当に貴方は一体何者なの…」

 

その事はアッシュボルトにしか分からない。だがアッシュボルトもこちらにはガンヴォルトに対しての最小限の情報しか渡してこない。

 

あの時の会話からなんらかの因縁があるという事は理解出来るのだが、その事を全くと言っていいほど言わないアッシュボルト。

 

ガンヴォルトとは一体何者なのか。そしてアッシュボルトはガンヴォルトの何を知っているのか。

 

そう考えながら、切歌と調を洗い終え、自身も身体を洗い終えると同時に病院全体が揺れ、警報が鳴り響く。

 

それに反応して三人はすぐさま異常だと感じてシャワー室を出て簡単に身体を拭くとナスターシャのいる元へ向かう。

 

「マム、何があったの!?」

 

モニタールームに目をやるナスターシャへと声を掛ける。

 

「安心しなさい、ネフィリムがお腹を空かせた様で暴れ出しただけです。今アッシュボルトが餌を与えに行っています」

 

そこにはアッシュボルトがネフィリムを最初のように仕置きをして大人しくさせて懐から取り出した聖遺物を渡すところであった。

 

「いやー、ネフィリムには困ったもんですね。アッシュ以外にはまだ少し反抗的な態度を見せますし、ボクの研究も少し手こずりそうですよ」

 

今度はモニタールームへとウェルがボロボロになりながら入って来る。どうやらネフィリムが暴れたところに巻き込まれたらしい。

 

「ウェル博士。ネフィリムの制御はなんとかなりそうですか?」

 

「勿論。今は反抗的ですがアッシュが調教しているおかげで少しはまともになりつつありますよ。それでもまだこんな風に僕では手に負えないところもありますがね」

 

「そうですか…やはり、生きた完全聖遺物の制御はこれほどまでに大変なものだったのですね

…」

 

かつて失敗したように完全聖遺物を完璧に目覚めさせたのにも関わらず、これ程までに制御しづらい事に溜息を吐くナスターシャ。かつてのように暴走して覚醒させた時のように言うことを聞かないネフィリムへモニター越しに見る。

 

だが、それでもアッシュボルトという男のお陰でそれもうまく行っている。

 

「完全聖遺物をいともたやすく…全く出鱈目な男です」

 

「それがアッシュの良いところだよ、ナスターシャ博士。アッシュがいなければここまでうまく事は運べていなかったさ」

 

モニターをうっとりとアッシュボルトの姿を見てからナスターシャの方に視線を移して言った。

 

「ナスターシャ博士もやる事があるのでしょう?ここは僕達に任せて貴方達のやるべき事をしていればいいよ。勿論、それまでにネフィリムに言う事を聞くようにさせておくからさ」

 

「…分かりました。ならば誰かここに置いていきましょう」

 

「いや、その必要はないよ。ここがもし気取られたとしてもアッシュがなんとかしてくれるからさ。それに貴方の周りの警護にはこの子達が必要でしょう?」

 

確かに、アッシュボルトという存在はマリア、切歌、調。三人に比べても遜色ない、いやそれ以上の力を持っている事は理解している。だが、ここが気取られた場合、四人の装者、それにガンヴォルトとの戦闘の際にどれほど有効になるかはこちらでは見当も付かない。

 

「安心して下さいよ。こちらには今モニターに映るネフィリム、そしてソロモンの杖があります。そう簡単には行かせませんよ」

 

それを聞いたナスターシャは考える。そしてアッシュボルトの機嫌を少しでも損ねて仕舞えば、この中の誰かが犠牲になる可能性も考慮して誰も残さないように告げた。

 

「分かりました。私達は少し、ここを開けます。その間、ここの守りは頼みます」

 

「任せてくださいよ」

 

その言葉を聞いたナスターシャは三人へと少しここを離れる事を告げてウェルを除く全員がモニタールームから出た。

 

「さてと、これでアッシュの思い通りになるね…」

 

ウェルはモニターに映るアッシュボルトの部屋へとマイクを繋げると言った。

 

「アッシュ。全員がモニタールームから出たよ。見られたくない物を食べさせるのなら今だよ」

 

『分かった、Dr.ウェル』

 

モニター越しで何かアッシュボルトが五つの黒い塊を取り出した。それはなんらかの聖遺物らしき物なのだが、ウェルもなんなのかは理解出来ない。だが、それでもウェルは何も言わない。気になっているものの、その全てが自身を英雄たらしめる過程なのだから。

 

『さあネフィリム。待ち望んでいた餌だ。それもとびっきりの物だ』

 

ネフィリムはアッシュボルトの言う通りにその黒い塊を喰らい尽くす。

 

『後、私以外の敵…いや奴を餌として認知させる意味でこれも必要だろう』

 

そう呟くとアッシュボルトはグローブを外し、自身の手をナイフで切る。手からこぼれ落ちる血をネフィリムの大きな口へと向けた。

 

ネフィリムは初めはアッシュボルトの血を訝しげにするが、逆の手に雷撃を纏わすのを見て恐る恐る口にした。

 

その瞬間にネフィリムはアッシュボルトの血を舐めとる様に手へと大きな口を運ぶ。

 

『私の腕まで喰らうなよ、ネフィリム。喰らいたければ私同様の能力を持つ奴がいる。そいつを喰らうんだ』

 

ネフィリムはアッシュボルトの手から流れ落ちる血を全て舐め終えるとアッシュボルトは手に雷撃を流し、傷を完全に塞ぐ。

 

「アッシュ、それになんの意味があるんだい?」

 

モニタールームからウェルがアッシュボルトに対して問う。

 

『私同様に同じ能力を持つ奴にネフィリムをぶつける。装者という聖遺物を纏う者がいると奴に対してなんの興味を持たない可能性があるためだよ。どうやらネフィリムも蒼き雷霆(アームドブルー)にはご満悦の様だ』

 

全てはガンヴォルトに対してネフィリムをぶつける為。そう語った。

 

その事をウェルも理解したのか、なるほどと言う。そしてアッシュボルトは装者対策も頼むと言ってウェルに以前フィーネに試した物よりも効力の抑えたAnti_LiNKERを仕掛ける様に頼んだ。完全聖遺物のネフィリムまで作用しては困るためだ。そうしてモニタールームからウェルが姿を消す。

 

そしてモニタールームに映るアッシュボルトはネフィリムを再び檻に戻すと呟く様に言った。

 

『さて、後は貴様がかかるのを待つだけだ。電子の謡精(サイバーディーヴァ)さえ手に入れば私の目的はほぼ達成される…後はネフィリム、いやお前の中のピース次第だ。私を失望させてくれるなよ』

 

モニターに映るアッシュボルトの表情は全く読めないが声からして不敵な笑みを浮かべるようにそう呟いた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「はぁー、今日も色々と大変だった…」

 

「そうだね…と言っても、響があそこでガンヴォルトさんを交えた男性って言うからそうなるんでしょ?」

 

「いやー、ガンヴォルトさんも入っているけど、師匠や緒川さんとかも入ってたんだけどね。まさか先生がピンポイントでそこをつくなんて思いも寄らなかったし…」

 

「響も男性の方々って言ったって他の人達からすればガンヴォルトさんが異様に目立つというよりも響が知らない時にとっても印象が強かったからね。仕方ないとは思うんだけど…」

 

響と未来は放課後、教室から出て溜息を吐く。

 

あの授業での会話の後、休み時間や昼休憩の際に沢山のクラスメイト達、それから他クラスの人が押し寄せて今まで少し収まっていた筈のガンヴォルトの事について質問責めを受けた。なんとかのらりくらり躱せたもののかなりの紹介してなどの事を何度も言われて大変であった。

 

念の為に人気が少ない場所を通り学校から出ようとするが不意に声を掛けられた。

 

「おー、響に未来。どうしたんだ?こんな所を通って?」

 

声を掛けてきたのは奏であり、その後ろにはスーツ姿のガンヴォルトがいた。

 

「奏さん!それにガンヴォルトさんも!というよりなんで学校にガンヴォルトさんが!?」

 

「え、えっ!?なんでガンヴォルトさんがここに!?」

 

響も未来も噂の元となる人物が普通に学校内にいる事に驚きを隠せないでいた。

 

「まあ、成り行きでね。奏にバスケットを渡してすぐに帰るつもりだったんだけど、シアンが秋桜祭の出し物の準備を見てどうしても見学したいっていうからね」

 

そう言うとガンヴォルトの隣に光が集まってシアンが現れた。

 

「だってこんなお祭りみたいなの初めてなんだもん。どんなものか気になったんだから少しぐらい見て行ってもいいじゃない」

 

「最初は帰るように言ってたのは誰だっけ?」

 

「むー!GVの意地悪!」

 

シアンと楽しそうに会話するガンヴォルトだが、未来はシアンの姿も見えず声も聞こえない為に楽しそうに話すガンヴォルトに対して疑問符を浮かべる。

 

「そう言えば、響も未来もどうしてこんな人通りの少ない通りを通ってんだ?正面には最短で行くならここじゃなくて別の道があるんじゃないか?」

 

奏が響と未来にそう言うと休憩時間での出来事を話した。それを聞いた奏はなんとなく納得して、ガンヴォルトの方を見た。

 

「ガンヴォルト、お前ってどんだけタラシなんだよ…」

 

「何の話か分からないけど、何でボクがそう言われるのか納得がいかないんだけど…」

 

途中から話に参加したガンヴォルトは何故そのように言われなきゃいけないのかと少し不満そうにそう言った。

 

「GV…」

 

「ガンヴォルトさん…」

 

奏を筆頭にシアンも響も未来もガンヴォルトに向けて呆れた目を向ける。

 

「本当に訳が分からないんだけど…」

 

ガンヴォルトはそんな四人からの視線を受けて溜息を吐いて答える事しか出来なかった。

 

「それでなんでガンヴォルトさんがここにいるんですか?」

 

未来がようやく本題に移った。

 

「奏に頼まれて、夕飯の代わりにこれを届けにね」

 

そう言ってガンヴォルトが持ったいた大きなバスケットを見せる。その中には沢山のサンドイッチが丁寧にラップで包まれている。どうやら差し入れのようであった。

 

「奏もアーティストで食事制限とかはないんだけど、九時以降の食事はなるべく避けるようにされているからさ。どれくらい遅くならか分からないから一応ね」

 

「そうなんですか。でも、ガンヴォルトさん学校に来たら大変じゃなかったんですか?その…主に生徒に狙われたりで」

 

未来が心配そうにそう聞くが特に何もなかったけどとガンヴォルトは何故そんな事をと言う風に疑問符を浮かべる。

 

「安心しろよ、未来。その為に裏口の方からガンヴォルトをこそっりと入れたんだから」

 

「それなら良いんですけど…」

 

「大丈夫だよ、未来!ここは人通りが少ないし、生徒も殆ど通らないみたいだし!それよりガンヴォルトさん!その美味しそうな物いっぱいあるみたいですし、少し下さい!」

 

「もう響!」

 

「未来、大丈夫だよ。クラスにどのくらいの人数がいるか分からないから沢山作ってきたから。良かったら未来もいる?」

 

ガンヴォルトはバスケットからサンドイッチを取り出すと二人に渡す。

 

「ありがとうございます!」

 

「あ、ありがとうございます、ガンヴォルトさん」

 

「気にしないでいいよ。それじゃあ、ボクと奏はもう少し歩いてから時間を見て帰るから、二人とも気をつけてね」

 

「じゃあね、響、未来。ってこれじゃあ私の姿は未来に見えないし、声も聞こえないわね」

 

そう言ってガンヴォルトの通信機越しに二人に別れを告げる。

 

「あんたが先頭で歩くと目立つだろうが。まあ、そういう事だ。二人共気をつけて帰れよ」

 

そう言ってガンヴォルトとシアン、奏はその場を後にしようとする。だが久々にガンヴォルトに会った未来はまだ話し足りない、そう考えていた。ガンヴォルトとせっかく会えたのにまたしばらく任務で会えなくなるのは寂しい。そう考えた未来は妙案を思いついたように呼びかけた。

 

「あ、あの!」

 

不意に未来が声をかけ三人は足を止める。

 

「ガンヴォルトさん!秋桜祭に来ますよね!?よかったら一緒に周りませんか!?」

 

「なっ!?」

 

未来のその言葉に奏とシアンが驚く。未来も顔を少し赤らめながら恥ずかしそうに言った。だが、これ以上のない話す機会を逃すわけにはいかない。

 

「いいよ、未来。当日はどこで待ち合わせかは連絡してくれれば向かうから」

 

ガンヴォルトは未来の案を承諾し、その言葉に未来は華やかな笑みを浮かべた。

 

「分かりました!楽しみにしています!行こ、響!」

 

未来はそう言って嬉しそうにその場を去っていった。

 

だが、嬉しそうに去っていく未来やどこかこの後の事を考えながら少し不安そうな表情をする響。そして響の予想は的中した様にガンヴォルトは奏とシアンからかなり小言を言われ続けたのであった。

 



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15GVOLT

お久しぶりです。


ボクは響と未来と別れた後、シアンと奏に未来との件をなぜ重要に責められなければならないのかと少し不満を覚えたが、ここで反論してはさらに二人から責められると感じてただ黙ってその二人の話を聞き続ける。

 

「だからGVは甘過ぎるのよ!特に女の子に対して!勿論、それはGVの良いところだからそのままでいて欲しいけどそうポンポンと口説いて良いってわけじゃないんだから!」

 

「シアンの言う通りだ!ガンヴォルトの優しいところは良いところだと思うけどそう目の前で見せられるこっちの身にもなってほしいもんだ!私だってそう言われたい!」

 

「優しいところを褒めてくれるのは良いんだけど、口説くって…未来はここ最近会えてなかったし、話したい事もあったから誘ってくれたんだし、断るのも悪いでしょ?と言うか奏は何を言っているんだい…」

 

二人にそう言うがその言葉に何が正解だったのかよく分からなくなり頭を悩ませながら、奏に先導されながら人気のない校舎を歩いていく。

 

「それよりもどうするの、シアン?もうある程度学祭の準備を見終わったし、ボク達がいても奏が準備に戻れないだろうし」

 

「でもでも!私だってこんな大掛かりなお祭りに参加した事ないし、知らない物だってあるかもしれないじゃない!奏!他にどんなものがあるの!?」

 

そう言って先程の態度が一変して奏に他にどんなものがあるか興味深そうに聞いていた。

 

「秋桜祭で目玉といえば勝ち抜きステージとかもあるぞ。学生や一般の参加者が歌で競い合うもんがあるな。当日じゃないと見れないけど…現場は準備でもそこそこ大掛かりで見てる分もどんなものになるか楽しめるけど、ガンヴォルトがそこに行くと絶対に準備どころじゃなくなるから行かないけど」

 

「…気になるけどそんな魔境に連れていくわけにはいかないわね」

 

奏の言葉にシアンは少し名残惜しそうにしていたが、何処か納得していた。と言うかなぜ魔境とか言い換えたのか謎であるが、深くは考えないでおく。そして今奏がこうして案内してくれるのは助かるが、クラスに戻らなくて良いのか、それと奏とクリスのクラスの出し物はなんなのか聞いてみる。

 

「案内してくれるのは助かるんだけど、奏のクラスの出し物とか手伝わなくても大丈夫?」

 

「うーん、確かにみんなに任せてきたけど後少しくらいなら大丈夫だと思う。クラスの出し物も展示会みたいなものと屋台の料理の盛り付けのデザインとか話し合いとかだし、後は私とクリスが売り子としての衣装作りで採寸も終わってるからな。あとは各自最後の見直しとかだけだしな。まあそれが結構忙しくて残らなきゃいけないんだけどね」

 

「だったら尚更早く戻った方が良いと思うんだけど…」

 

「まあ良いじゃない、GV。間に合うんなら。それよりも奏とクリスが売り子をするの?」

 

「おう!まだ復帰はしてないけど有名アーティストと可愛いクリスが売り子として出れば儲かる事間違いなしっていう事で決まったんだ」

 

二人が売り子をすれば確かにかなりの売り上げになるとクラスの人達は予想して組んだのだろう。確かに奏は有名アーティスト、クリスも可愛い女の子だ。男の人達も来るとなると二人がいるだけでかなりの客足が出ると思う。シアンも売り子に興味があるのか奏に聞いている。

 

機会があればどうにかしてシアンにもそういった催しにも参加させてあげたいのだが今のシアンでは無理であるため、弦十郎などに良い方法がないか今度相談してみるとする。

 

話しながら廊下を進んで行き、途中の教室で見知った二人が入っていくのが見えたために、ボク等もその教室の方へと向かう。

 

その教室の中にいたのはクリスと翼であり、入ったばかりなためか机を繋げて秋桜祭の装飾品か何かを作る準備をしていた。

 

「翼もクリスも学年が違うのに一緒に準備なんて何かあったのか?」

 

奏が教室に入りながらそう言って二人がこちらの存在に気付いた。

 

「奏こそ、雪音同様にクラスの子達から追われてでもいたの…ってガンヴォルト!?なんで貴方がリディアンに!?」

 

「お前が来たら騒ぎになるだろうが!というかシアンはともかくこいつと一緒にいるんだよ!?もしかして用事で少し抜けるってそういうわけだったのかよ!」

 

奏の言葉にこちらを向いて言葉を返すが翼はボクの姿を見て慌て、クリスは何故か奏に対して敵意ある視線を向けていた。

 

なんで普段は仲が良いのにたまにこんな事になるのであろうか。

 

「ひどい言い草だな、クリス。折角私が善意でガンヴォルトにお願いしたのによ。というかなんでクリスが翼と一緒にいるんだ?それにクリスがクラスの子達から追われるって何をやったんだよ…」

 

「まあ色々あるみたいだ。それよりも奏、なんでガンヴォルトがリディアンに?ガンヴォルトが生徒達に見つかれば大事じゃ済まないわよ?」

 

「安心しろよ、翼。ガンヴォルトには生徒が遭遇しない様に注意しながら来たからな。まあ、ガンヴォルトがいるのはちょっと夜食を届けてもらったのと、シアンが秋桜祭の準備を見て目を輝かせてたから案内してたところだ」

 

そう言ってシアンの方に目を向けるとシアンは浮遊しながら翼とクリスが出していた小道具に関して興味を示していた。

 

「黙っていたけど、なんでボクは他の生徒に見つかると大事になるの?確かに部外者の男がいれば騒ぎにはなるかもしれないけど、ちゃんと学院の見学許可証もあるし、何も言われないでしょ?」

 

そうボクが言うのだが、その言葉に先程小道具に興味を持っていたシアン、そしてクリス、奏、翼はまるで事前に打ち合わせていた様に溜息を吐いた。

 

そして近くにいたはずの奏まで翼とクリスの方に行き、シアンもその輪に入って何かコソコソと話し始めた。

 

「あいつ…自分の事を本当に分かってないのか?」

 

「全く持って雪音と同意見だ。なんでこんなにも自分に対しての評価が低いというか理解していないというか…」

 

「ガンヴォルトだから仕方ないだろ…こういう事に関しては本当に鈍感というか…あれはもうわざとだろ…」

 

「本当にGVは…これだから困るのよ…自分の事を理解してると思っているとか言っときながら全く分かってないのが悩みどころよ…というか、そんなのだからさっきの未来のお誘いの言葉の意味すら理解せずにすぐに答えを出すんだから…GVのあの鈍感さは本当に呆れるよ…」

 

「なっ!?あいつ!というかあの馬鹿の親友の言葉をすぐに答えたって言うのかよ!?」

 

「なんで二人もいながら阻止出来なかったの!というかそこは私とガンヴォルトが行くべきでしょう!」

 

「翼は何を言ってるの!?なんで翼はすぐに自分に置き換えようとするのよ!?その役割は常日頃から一緒にいる私の領分でしょ!?」

 

「何言ってやがる!シアンは常日頃から一緒にいるのならここは譲るべきだろ!ここは私が行くべきだろ!」

 

「お前も何言ってやがる!あんたも私に何も言わずに人の少ない校内を散策していたのなら私が行くべきだろ!大体、当日はお前は売り子だろうが!」

 

「そう言うクリスこそ売り子だろ!それなら私同様に結局は行けないって事じゃないか!私は何かと言って抜け出すから良いんだよ!クリスがいれば売上も何とかなるだろ!」

 

「私だけに任せようとか考えてるんじゃねえ!それなら私だってあんたに任せて抜け駆けしてやる!」

 

「二人とも折角の秋桜祭を何だと思っているの!二人はしっかりとクラスのみんなと力を合わせて売り子をしっかりとしなさい!小日向にも話して私がガンヴォルトを秋桜祭を案内するから!」

 

「ちょっと翼!隙あらば自分をねじ込もうとしないでくれる!?大体皆私がGVと常に行動している事を忘れないでくれる!?絶対にGVと二人きりなんて危ない状態なんて作らせないんだから!」

 

何やらコソコソ仲良く話していたのに急に大きな声で互いの意見をぶつけ始める。何がそんなに皆を駆り立てるのだろうと遠い目をしながら様子を窺っていようと思っていたが、流石に秋桜祭の準備をする手を止めるのもダメだと思い、全員に注意する事にする。

 

「本当になんでそんな言い合うか分からないけど、秋桜祭の準備をするんでしょ?いい加減言い合いはやめてやった方が良いんじゃないの?」

 

その言葉に全員はこちらへと鋭い目線を送りボクは少し警戒するが、何故が先程まで言い合っていたはずなのに先程までのピリッとした雰囲気が一気に霧散して、同時に息の合った溜息をついた。

 

「本当になんでこいつは…」

 

「全くだ…」

 

「この鈍感…」

 

「GVだから仕方ないとしか言えない…」

 

「さっきまでギスギスした感じだったのに…何が君達の蟠りを一瞬でなくなる方がボクには全く分からないんだけど…」

 

どこか腑に落ちない事も感じない事もないが諫める事には成功したのでそれ以上追求しない事にした。そしてクリスと翼は机を繋げるとどうせならと奏とボクに手伝う様に促したので少しだけ手伝いをする事にする。

 

「へぇー、紙で飾りってこうやって作るものなんだ」

 

シアンが飾りを作るボク達へとそう言いながら興味津々に見ていた。

 

「シアンはこう言った事やるのはあまりなかったの?」

 

翼がシアンにそう聞く。

 

「私は中学生だったからこういうのじゃなくて劇とかならやった事あるんだけど、役の練習とかが精一杯だったからあまりした事なかったのよ」

 

「シアンが劇か…どんな役やってたんだ?」

 

「猫さんの役をね。でも結局は練習したのに見せる機会はなくなっちゃったんだけどね…」

 

シアンの言葉に奏は失言してしまったと黙ってしまう。その言葉にクリスも翼もシアンへとどう声を掛けていいか分からずに作業を辞めて黙り込んでしまう。

 

ボク自身もその事を知っている為にシアンに対して何と声を掛けていいか分からなくなってしまう。皇神(スメラギ)をもっと早くに打撃を与えていれば、紫電を早く倒していれば。そしてアシモフの真意にいち早く気付いてシアンと共に誰にも知られる事のない土地へと逃げていれば。

 

後悔の念に駆られてしまう。

 

その事にシアンはすぐにボクが考えている事を察したのか明るく振る舞おうとする。

 

「でも、今私は大丈夫だよ!こうして皆んなとこうやって会う事が出来たし、それにまたGVに会えたんだから!それに普通では見えないはずなのに私の事をしっかりと見てくれる貴方達がいるから!まだGVと私にはやる事があるにしても貴方達との生活はとっても楽しいよ!」

 

「シアン…」

 

ボクは少しだけだが、シアンの気持ちに感謝する。こうやってシアンが思ってくれるだけでも救われた気持ちになる。だが、それでもなお、アシモフによって殺された肉体の事を考えるとどうしてもやるせない気持ちになってしまう。

 

「シアン…そう思ってくれて助かる」

 

奏はシアンの言葉に少しだけ表情が和らいだのだが、何か別の事を考えているのか、今度は何処か悲しそうな表情を浮かべた。クリスも翼も同じく何か同じ様に何処か暗いままであった。

 

何を考えているか分からないが深く聞くのも躊躇われ、シアンが秋桜祭の事で話題を切り替えてくれたおかげで三人の表情も徐々に明るさを取り戻していった。

 

そして少し時間を取り過ぎた為にこれ以上ボクはリディアンに居続けるのもまずいと思い、三人に別れを告げて家路へとシアンと共に足を進めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

残ったクリス、奏、翼はガンヴォルトとシアンを送った後、どうしても先程のシアンの言葉を思い出してしまう。

 

シアンは明るく振る舞っていたが、それでもシアンの肉体が殺されてあの様になった事。そしてガンヴォルト自身の目的の事も。

 

「やっぱり、ガンヴォルトはアシモフって野郎を止める為に元の場所へ帰っちまうのかな…」

 

奏がそう呟く。

 

「あいつだってやらなきゃならない事なんだから仕方ないだろ…」

 

クリスが奏にそう言うが自身の表情も何処か辛そうで悲しそうな表情を浮かべている。

 

「…元々の目的であるし、私達にはガンヴォルトを止める権利なんてないもの…ガンヴォルトには今まで助けてもらっていたし、私達の一存でガンヴォルトを縛るわけにはいかない」

 

翼もそう言うが、その表情はクリスや奏と同様に辛く悲しそうであった。

 

三人は正直ガンヴォルトには元の場所などには行って欲しくない。あちらでガンヴォルト、そしてシアンがどれほど辛い経験をしたのか話を聞いている為にこれ以上に二人には傷ついて欲しくないというのが本音だ。この話を聞いたら響や未来も賛同するだろう。

 

だが、それでもガンヴォルト自身の後悔、そしてアシモフという男が為そうとする事を止めなければならないという事から必ず戻ってしまうのだろう。

 

「…」

 

ただ三人は秋桜祭よりも静かに近づいてきているであろう別れを感じる事となった。



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16GVOLT

その日の夜、弦十郎の連絡でフィーネと名乗るテロリストのアジトを特定したと入り、ボクは含めた装者全員で港近くにある廃病院へと赴いていた。

 

帰ってきた奏とクリスの様子が何処となくよそよそしい態度が少し気になったが、現地へと入るとその態度はなくなり、今は普通に接している。

 

「こっちは特定した廃病院に到着したよ。周囲に幾つか新しくつけられたカメラもあったけど死角を通って目的地付近までたどり着いた。これから潜入しようと思う」

 

『了解した。だが気を付けろ。カメラに気付かれず通過したからといっても彼方にも装者、そしてアッシュボルトという強力な戦力がいる。戦う事は免れない』

 

「分かってるよ、旦那。でも、ここであいつ等をとっ捕まえれば問題ないんだろ?」

 

「奏さんの言う通り!ここで終わらせれば元通りになるんですから!」

 

弦十郎の言葉に奏はそう言って響はそれに同意する。

 

「これ以上奴等を野放しにしていられるかよ。ソロモンの杖をこれ以上好き勝手させられるか」

 

「雪音、気負いすぎるな。必ずここで全てを終わらせよう」

 

「翼の言う通りよ。GVがいれば無事に終わらせる事が出来るわ」

 

クリスがソロモンの杖でこれ以上好き勝手にやられるのを良く思わず、今にも一人で吶喊しそうな勢いであるが、翼とシアンが嗜める。

 

『翼の言う様に気負いすぎるなよ、クリス君。必ず今夜で奴等を一網打尽にする。と言いたいところだが、そこは奴等の根城であり、カメラの他にもかなりの数の罠が張り巡らされている可能性が高い。ガンヴォルトと慎次が手に入れた帳簿にもかなりの数の武装を購入している記録がある。かなり危険な任務となるが、全員無事に帰ってこい』

 

「言われなくてもそのつもりだぜ、旦那」

 

「はい!これ以上被害を出すわけにもいきませんもんね!」

 

「ああ。もうこの事件もここで終わらせて見せる」

 

「当たり前だ」

 

それぞれが返事をして我先に潜入しようとするのだが、ボクは危険を察知して四人を引き止める。

 

「逸る気持ちは分かるけど勝手に動かないで。まだ完全に侵入出来たわけじゃない。それに弦十郎が言った様にまだ罠がある可能性もある。アッシュボルトの事だからまた爆弾とかの危険な仕掛けている可能性もあるんだから。ここは慎重になって」

 

そう言って四人を注意する。アッシュボルトは以前より強力な爆弾を使用して周りの被害など考えずに行う者であり、シンフォギアを纏っていない四人が巻き込まれればひとたまりもない。

 

「GV、どうするの?」

 

シアンの言葉を機に一斉にこちらへと視線が向けられる。現場に赴いているボクに判断を委ねてくる。

 

「ボクが先行して道を探す。みんなはボクの後をついて来て」

 

その言葉に全員が頷く。ボクはそれを見て弦十郎へと潜入する事を伝える。

 

『了解した。必ず全員無事に帰って来い。今夜でこれまでの脅威を完全に断ち切るぞ!』

 

弦十郎の言葉にボク等は頷いて廃病院までの道へと潜入を開始する。予想通り、ここに来るまでのカメラとは全く異なる殺傷能力の高いクレイモアや自動機銃など数々の罠が仕掛けていられており、確実に侵入者を殺そうとする物ばかりである。それ以外にも幾つかのカメラと同様に侵入者を検知する罠も張り巡らされていた。だが、罠にはいち早く気付くことが出来、素早く解除していくが、敵にいつ見つかるか冷や冷やとしている。

 

そして特にバレた様子もなく廃病院の前にたどり着く事が出来たが、今までの外とは違い、彼方のホームであり、いくら構造を知っていたとしても建設当時とは違い、内部を改装して更なる罠を張り巡らせている可能性もある。

 

「…寒気がするほど静かだな。あんたが罠をしっかりと解除していたからあっちはこっちの存在に全く気付いていないのか?」

 

「そうであって欲しいけど、既に気付いていて泳がされている可能性もある…」

 

クリスの言葉にボクが答える。クリスの言う通り、解除していたおかげで気付かれていない可能性もあるが、既に何処かでアッシュボルトはこちらの潜入に気がついている可能性もある。

 

「何にせよ、もう敵陣の中だ。ここからは何が待ち受けていようと戦闘は避けられないだろう」

 

「…だな。こっからが正念場だ」

 

「引き締めて行きましょう」

 

翼、奏、響は気を締め直して、ボクの後へと続き、廃病院内へと突入した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「どうしたんだい、アッシュ?」

 

モニターを見ながら優雅にコーヒーを飲んでいたウェルが同じくモニターを見ていたアッシュボルトが立ち上がった。

 

「どうやら、奴等が餌にかかったみたいでな」

 

「まさかもう来たのかい?ボクも監視はしていたけどそれらしきものは全く映らなかったけどなんでアッシュは分かったんだい?」

 

ウェルが聞くように付近に設置されたカメラ、作動した罠が鳴らすはずの警報すら鳴らなかった。

 

「装者達は別だが奴がいればこの程度の罠、気付かれずに解除するのなど容易だ。そのためのネフィリムさ。奴にはその為の仕掛けを施しておいたのさ」

 

アッシュボルトがそう言うとウェルはネフィリムの映るモニターを見る。モニターには先程まで大人しくしていたはずのネフィリムが何かを察知したのか鼻を鳴らして、解き放たれるのを待ち望むように舌をだらしなく垂らして何か嬉しそうに鼻を鳴らしていた。

 

「まさか、その為のアッシュの持っていた欠片のことかい?確かにアッシュの持っていた()()も聖遺物だけどそれだけで?」

 

「ああ、あれもそうだが、それだけじゃソナーにすらならない可能性もある。より確実なものとする為に同じ第七波動(セブンス)を持つ私の血を食らわせた。私には逆らわないであろうネフィリムも、気に入った味と匂いの餌が付近に来たのなら今にでも喰らいたいと思うだろう?」

 

アッシュボルトはそう言って、自身の武装をチェックしながら、出口へと向かい、歩み出した。

 

「あの男は私とネフィリムが相手しよう」

 

「分かったよ、アッシュ。だったら残りの装者はボクが引きつけるとするよ。通常の装者であればソロモンの杖だけじゃ相手不足かもしれないけど、閉鎖空間、そしてアレがある場所であれば、ボクだけでもなんとか出来るかもしれないからね」

 

そう言ってウェルもコーヒーの入ったカップを置くと、傍に立て掛けていたソロモンの杖を手にとってアッシュボルトと共に出口へと向かう。

 

「さて、奴等は今日で終わらせる気でいようが、こちらは初めからそのつもりはない。ここで奴等の聖遺物を奪えれば計画の次のステージはなんの障害もなく進める」

 

「そしてアッシュがあの男を倒して、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を奪う事が出来ればもう阻む物は何もない」

 

ウェルは嬉しそうにそう言うと、アッシュボルトは頷いて武装をしまう。

 

「出来なくてもチャンスなどいくらでもある。それに、奴が私に勝つ事などないのだからな」

 

そう言うと同時にモニターの集中する室内をアッシュボルトとウェルは後にする。

 

そしてモニターに映る檻の格子が勢いよく放たれると同時にネフィリムがよだれを垂らしながら、獣の如く疾走して行った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「…夜の病院なんて気味が悪いわね…しかもこう仄暗い明かりしかないっていうのが妙に雰囲気が出て…」

 

シアンがボクの後に続きながら病院の廊下の雰囲気に怖気付いてそう呟く。

 

「真っ暗じゃないぶんまだマシだよ。それにゾンビが出るわけでも、暗視モードのスコープが搭載されたマシンがあるわけじゃないから幾分楽に進む事は出来る。ただ、この闇に紛れてある罠がなければだけど」

 

そう言って僅かに廊下を照らす明かりを頼りに罠を見つけては解除しながらそうシアンに伝える。

 

「よく分かりますね、ガンヴォルトさん。こんな殆ど見えないのに罠を見つけ出すなんて」

 

「他の人と比べて僅かな明かりさえあれば暗闇でも動けるようにしごかれていたからね。このくらいはなんとかなるよ」

 

「ていうかゾンビってあんたの場合、おっさんとかのおもしろ映画とかじゃなくて実体験なんだから笑えねえよ」

 

クリスの言葉に奏も翼も警戒しながら頷いた。

 

「大丈夫だよ。その第七波動(セブンス)はこっちには存在しないし、聖遺物も確認されていないから」

 

そう言って警戒しながらも歩みを進めていると何かガスのようなものが噴出された廊下の前で足を止めて全員に身を隠すように指示を出す。

 

「なんだあの赤いガスは?」

 

奏が僅かに視認できるガスを見てそう呟く。

 

「害のあるものかもしれないな。迂回して通るしかなさそうだ」

 

ボクはガスの正体が何でアレ、危険な道を進もうとはせずに迂回を提案する。

 

だがその瞬間に壁を破壊する大音量が鳴り響き、警戒した瞬間にボク等の背後の壁が壊されて獣の様な何かが、ボク等へと、いや、ボク目掛けて襲い掛かろうとする。

 

「みんな逃げろ!」

 

ボクは素早く雷撃鱗を展開して攻撃を防いだが獣の勢いに押されてそのまま壁を破壊しながらガスの漏れる部屋へと押し込まれてしまう。

 

「ガンヴォルト!」

 

全員がボクの名を叫ぶが、ボクは獣の様な何かに押し込まれてそのままそのまま廊下を押し続けられる。

 

一瞬で雷撃鱗を解除して、雷撃を身体に流し、身体能力を上げるとそのまま飛びかかる獣の様な何かを避けて投げ飛ばして勢いのまま壁にめり込むのを確認する。素早く口と鼻を覆う。入った瞬間に目に何もない為に、刺激物ではないの把握したが、それでも何があるかわからない。

 

「アレは一体!?」

 

投げ飛ばした獣の様な何かを見ながら翼がそう叫ぶ。

 

そしてボクの心配した全員が廊下へと突入しようとしたのを確認したシアンがそれを制する。

 

「入ってこないで!これが毒か分からない以上!貴方達も入れば何も術がなくなる!すぐに別の場所から目的地に向かいなさい!ここは私とガンヴォルトがなんとかする!」

 

シアンの言葉に全員が名残惜しそうにするが全てはここで終わらせると言う目的を優先してここでは別の道を進み、この場を後にする。

 

そして対峙する獣の様な何かは投げ飛ばされた後壁にめり込んだ頭を抜くと再び、ボク目掛けて突撃をしてくる。

 

ボクは避雷針(ダート)を撃ち込んで紋様を刻むと息を留めて覆う腕を獣の様な何か向けて雷撃を放つ。

 

だがあろうことか、口を大きく開くとその雷撃を飲み込んでいく。

 

(雷撃を喰らっているのか!?)

 

「これって…」

 

そのあり得ない光景に愕然とする。シアンも何か感じたのかそう呟く。そして雷撃が止んだ瞬間にボクを喰らおうとする様にその大きな口を開けたまま、ボクへと駆け出す。

 

雷撃鱗を展開して防ぐが、今度は雷撃鱗を喰らい、雷撃を受けながら侵食しながらボクの喉元へと噛みつかん勢いで突き進んでくる。

 

「GV!」

 

ボクはその瞬間に雷撃鱗を解いて、食いつこうとする口を躱して蹴りを入れるが、腕でそれを受けて大きな口でこちらを喰らおうとする。

 

ボクはポーチから先程の罠から回収していた手榴弾を素早く取り出すと近づく口へとピンを抜いて放り込む。

 

手榴弾が口に入ると同時に口を閉じる獣の様な何か。そしてボクは素早く後退すると同時に爆風に備えて、腕を交差して顔をガードして、後ろへと更に飛び退く。

 

その瞬間に獣の口から爆発が起こり、獣の口が衝撃で開くと同時に爆風がボクの身体を後退させる。

 

それと同時に雷撃鱗を展開して飛来する金属片などを防ぐ。

 

そして爆風が収まると同時に大きく息を吐き、爆風により飛び去った得体の知れないガスが無くなった事を感じ大きく息を吸う。

 

「GV!大丈夫!?」

 

「問題ないよ。でも、あれはなんなんだ?」

 

シアンに無事を伝え、雷撃鱗を解いて爆煙を口から上げる獣の様な何かを見据える。

 

「ダメージはほとんど受けていないのか?」

 

口にする様に口から煙を上げているのにも関わらず、何が起きたのか分かっていない様に、口を拭う仕草をする。

 

「動物か何かならこんな事に使うなんて許せる事じゃない…」

 

そう言うがシアンは違うと言った。

 

「シアン、あれが何か分かったのかい?」

 

「詳しくは分からない…でも、GV。あれは生物なんかじゃない…」

 

「じゃあ機械か何か?でもこの時代でも完全なアンドロイドなんて存在しなかった。それに雷撃を喰らうなんて機械だろうと出来はしない」

 

獣の様な何かの行動を見ながらボクはシアンへと問う。

 

「機械じゃないのは分かってる。でもあれが何なのかは見ても分からないよ。だけど、あれが生物でも機械でもないとなると…」

 

「…聖遺物…アッシュボルトが言っていた…つい最近覚醒させた完全聖遺物か!?」

 

そう呟くと同時にボクは雷撃鱗を張った。理由は獣の様な何かが飛びかかろうとしたのに急に動きを止めたからだ。そしてあれはボクの背後を見て何か怯えていた。

 

瞬間に雷撃鱗にぶつかる何か。だがそれはすぐに離れ、何かは雷撃が迸り、姿を現した。

 

「よく私の気配に気が付いたな。完璧に殺気も消して忍び寄ったつもりなのだが」

 

「言うつもりなんてない。それにようやく見つけたぞ、アッシュボルト!」

 

完全に姿を現したアッシュボルトへとダートリーダーを構えてそう叫んだ。



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17GVOLT

シアンが歌う謡精の歌がボクの第七波動(セブンス)を高めてアッシュボルト、そして獣の様な何かと挟まった形で対峙する。

 

「アッシュボルト!貴方を此処で捕まえる!」

 

「捕まえるか…全くそんな甘い判断しか出来ない貴様に私がどう出来るかなんて思えんな」

 

「これ以上、貴方の思惑通りにさせるわけにはいかないんだ!それに貴方には聞かなければならない事がある!貴方の第七波動(セブンス)、それに貴方が何者なのか!」

 

「貴様には関係ない事だ」

 

アッシュボルトはそういうと同時にナイフと銃を取り出して接近する。

 

ボクも避雷針(ダート)を撃ち出してアッシュボルトへと衝突する。

 

ぶつかり合う腕と腕。その腕から放たれる雷撃が周囲へと拡散して蒼く照らし出す。照らされる雷撃により互いにもう一方に持つダートリーダーと銃を至近距離で発砲する。

 

腕を突き放して紙一重で銃弾を躱す。アッシュボルトも同様に避雷針(ダート)を躱して距離を取るとともに態勢を立て直すとナイフを持つ手で何か指示をしている。

 

「GV!あれが襲って来る!」

 

シアンの言葉に背後の獣に視線だけを向ける。獣は大きな口を開けてボクを喰らおうと襲いかかって来るが、ボクはシアンの歌により強化された肉体で獣を蹴り飛ばし、雷撃鱗を展開する。

 

同時に貫通しそうな銃弾を辛うじて防ぐ。

 

「やっぱり雷撃鱗を貫通する弾…」

 

「同じ雷撃能力者がいると分かっているのならば戦える様に考えるのは当たり前の事だろう?最も電子の謡精(サイバーディーヴァ)による強化には流石に貫通力が足りぬ様だがな」

 

そう言ってアッシュボルトは今度はこちらへと何発も銃弾を放って来るが、雷撃鱗でその銃撃を何とか耐える。

 

だが、その瞬間今度は雷撃麟を背後から獣が襲いかかり雷撃鱗を喰らいながらボクへと迫り来る。

 

避雷針(ダート)を撃ちこんで怯ませようとするが避雷針(ダート)の威力ではあまり効果がなく、紋様が刻まれて雷撃鱗から放たれる雷撃をも効いていないのかまるで意味を為さない。

 

しかもアッシュボルトが銃を捨てて新たにサブマシンガンを取り出すとボクに向けて連射する。しかも弾も同じ様に雷撃鱗を貫こうとして来るが完全にこちらに到達する前に軌道がズレて壁や床へと埋め込まれて行く。しかし、それでも連写する幾つかの弾丸はボクのコートなどに掠る。

 

「GV!流石にこの攻撃は耐えられそうにないよ!」

 

「分かってる!」

 

このままではジリ貧になる。だったら片方だけでも何処かに押さえつけていなければならない。そして先に行った装者達にも手の届かない場所に縛り付ける。

 

だが、そんな場所は此処には見当たらない。頭を回転させて何か方法を考える。

 

「何をしようとしているか知らぬが貴様に好き勝手させるはずないだろう」

 

サブマシンガンを連射しながらいつの間にかボクの雷撃鱗の近くへと移動していたアッシュボルトはそのまま雷撃鱗の届かぬギリギリの所でどこから取り出したのかライフルを構えている。

 

「GV!?」

 

今までは威力の低いサブマシンガンやハンドガンであったのだが、ライフルとなると別であり、高い威力と貫通力がある。以前のライブ会場であれば距離による威力の減衰で何とか防ぐ事が出来たが、この至近距離となるとその威力を雷撃鱗で完全に防ぎ切る方は不可能に近い。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)を使っていてもライフルの威力。それに貫通するこの弾をこの距離で防ぐのは厳しいだろう?」

 

そういうと同時に引き金が引かれる。

 

ボクは素早く銃口から身体を逸らし、そして雷撃鱗を解除する。それと同時に放たれた銃弾はボクのコートを貫いた。コートを穿つその一撃は直撃すれば確実に何処かの部位が欠損、悪ければ死んでいたであろう。コートを伝う衝撃がそれを知らせてくれる。

 

だが、何とか躱すことができた。それに雷撃鱗を解除することで雷撃鱗を喰らい、ボクへと接近していた獣がそのままボクの方へと迫り、コートを貫通したライフルの弾をその巨体にめり込んだ。

 

「ガァ!?」

 

そしてライフルの弾に直撃した獣はそのまま吹き飛んでいく。だが、あの一撃を喰らっても身体が貫かれる事なく、吹き飛ぶあたり、生物などでなく、聖遺物であると思わせる。

 

そしてボクは素早く身体をアッシュボルトへと向けて避雷針(ダート)を放ちながら、言葉を紡いでいく。

 

「煌くは雷纏いし聖剣、蒼雷の暴虐よ、敵を貫け!」

 

アッシュボルトも躱されたと放たれたライフルの第二射を放とうとしたが、避雷針(ダート)により銃口が逸らされたために同様に言葉を紡ぐ。

 

「瞬くは雷纏いし聖剣、無慈悲なる蒼雷よ、敵を穿て!」

 

そして互いの腕に集まる雷が巨大な剣の形を為して行く。

 

「「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!!スパークカリバー!」」

 

瞬間、出現した巨大な剣がぶつかり合う。

 

狭い廊下を再び蒼き雷撃が周囲を照らし、ぶつかり合った剣が互いの雷撃を侵食し合い、床を壁を天井を破壊してその衝撃の威力を物語る。そして弾かれる様にボクのスパークカリバーとアッシュボルトのスパークカリバーは混じり合って膨大なエネルギーの雷撃となり、弾ける様に吹き飛んだ。

 

ボクとアッシュボルトはその威力で互いに吹き飛ばされる。ボクは先程飛ばされた獣の巨体がクッションになるが、アッシュボルトはそのまま壁へと激突する。

 

だが、アッシュボルトは壁にぶつかる瞬間に身体がぶれた。

 

電磁結界(カゲロウ)を使用したのだろう。全くダメージがない様にボクへと向けてライフルを構えている。

 

「GV!大丈夫!?」

 

「大丈夫だ!」

 

素早くライフルの銃口から逃れる様に素早く痛む身体を動かして移動しようとしたが、それを止める様に何かに身体を掴まれた。

 

「まさか!?」

 

掴む存在など一つしかおらず、先程ライフルの弾を受けて吹き飛ばされ、更に先ほどのスパークカリバーの

雷撃の爆発で更に吹き飛ばされてボクのクッションとなった獣。

 

「よくやったぞ、ネフィリム」

 

「GV!」

 

それと同時に凶弾がボクへと向けて発砲された。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「シアンに言われて進んでいるけど…本当に大丈夫かよ、あいつ…」

 

「ガンヴォルトなら何とかしてくれる筈だ。私達はとにかく敵の装者達の方に急がないと」

 

クリスが心配そうにそう言う。あの獣の様な何かの正体も分からず、対峙しているガンヴォルト。翼も心配だろうが、それでも目的を達成するためそう言った。

 

「シアンも居るし、ガンヴォルトがあんな奴にやられるわけないだろ。ガンヴォルトなんて紫電とかいう巨大な敵とかにも勝てたんだから今回もなんとかしてくれる」

 

「奏さんのいう通りだよ!ガンヴォルトさんなら絶対あんなの倒してすぐに追いついてくれるよ!」

 

奏も響もガンヴォルトを信じて先へと進んでいく。そしてあの獣の様な何かによりガンヴォルトが抜けた事、そしてあの獣の様な何かが出て来て襲って来たという事は既に敵に潜入がバレた事を意味している。

 

今まではガンヴォルトが罠を解除して進んでいたが、解除出来る者も居なくなり、敵に潜入がバレた以上、シンフォギアを纏わず進むのは危険が伴うため、全員の意見が一致してシンフォギアを纏った。

 

罠がどこにあるか分からないために、シンフォギアの防御に身を任せた正面突破で突き進んでいく。

 

「!?」

 

そして進んでいくごとに現れ始めたノイズ。正面、そして背後に挟む形で現れて、逃げ口を塞ぐ。

 

「やっぱり操られた様に大量に現れやがった!此処にソロモンの杖が!」

 

先行していた奏を抜き去り、クリスが前に出てノイズ達を倒して行く。

 

「クリス!前に出過ぎだ!少しは落ち着け!」

 

ノイズと対峙しながら槍で対処する奏がクリスを嗜めるが、クリスは静止を聞かずに先へと進んでいく。

 

「雪音!逸る気は分かるが、冷静になれ!敵の罠かもしれないんだぞ!」

 

翼も嗜めるのだが、それでもクリスは聞かずに更に奥へと進んでいく。

 

「クリスちゃん!奏さんと翼さんの言う通り落ち着いてよ!?クリスちゃんの気持ちは分かるけど、ガンヴォルトさんがいない今私達が落ち着いて対処しないとあの人達の思う壺だよ!?」

 

響が何とか追いついてクリスを抱きとめて止めた。

 

「分かってるよ!でもこれ以上ノイズを操って誰かを傷つけていくのを黙っていられるか!」

 

「それでもだよ!その為に私達が止めるんだから!此処で焦って失敗したら元も子もないよ!」

 

響は突き進もうとするクリスを言いくるめて何とか一人で突っ走ろうとするのを阻止する。

 

「全く、世話が焼ける」

 

「ああ、その気持ちは十分分かってるけど、しっかりしてもらわねぇと」

 

ノイズを斬り伏せながら奏も翼も胸を撫で下ろす。そして四人は再び、ノイズを倒して行くのだが、進んでいくうちにノイズが強くなっているのか今まで斬り伏せられていたノイズが炭になる事がなくなり、倒せなくなって行く。

 

「はぁ、はぁ…何で急にノイズ達が…」

 

「強くなっているのか?」

 

「違う!シンフォギアの出力が下がっているんだ!」

 

クリスは何故こうなっているのか分からず、翼もノイズの急激に強化されたのか疑問を持つが、唯一この中でLiNKERを使い、シンフォギアの出力低下を体感している奏がそう叫んだ。

 

「はぁ、はぁ…何で急にそんな事が…」

 

響も何とかノイズを倒してそう言うが何故こんな事になっているのか分からない。

 

「でもこの感じ…あの時感じた事のある急な怠さなんて…まさか!?」

 

響だけがかつて一度だけ感じた事のある感覚。数ヶ月前に未来の捜索の時に感じたあの時の感覚。その感覚と全くそっくりであった。

 

「一旦引きましょう!何か嫌な予感がします!」

 

響はそう叫んでノイズを退けつつも全員に一旦引く事を伝える。

 

「何か知っているのか、立花!?」

 

「何かまでは分かりませんけど、この感じ!前に一回だけ感じた事があります!これ以上戦い続けるとシンフォギアが解ける可能性が!」

 

「何の話からねぇけど、馬鹿にしたら良い情報だ!だったら一気にノイズを片付ける!」

 

クリスはそう叫んでこの一帯を吹き飛ばそうと強力な武装を出そうとする。

 

「やめろ!クリス!今の出力の状態でそんな大掛かりな事をすれば自分の身体を壊す事になるぞ!?」

 

奏がそう叫ぶが、それでもクリスは全員が倒れたら元も子もないと叫んで自身の今出せる高威力の武装を出現させて、一帯を吹き飛ばした。

 

三人は何とか無事であったが、周囲のノイズは全て吹き飛んでおり、クリスの元へ駆け寄る。

 

「馬鹿!あんたが無事じゃなきゃガンヴォルトが心配するだろうが!」

 

奏が膝をつき肩で息をしていたクリスへと駆け寄ると叱りながらも立たせる。

 

「全くだ!この馬鹿者!」

 

「へっ…このぐらいだったら余裕だっての」

 

翼も肩を貸して立たせるがクリスは大丈夫だと言う様に、そう言うが纏うシンフォギアは所々ボロボロになっており、軽口を叩けるほどではないだろう。

 

「クリスちゃん!それでもだよ!何とかなったかもしれないけど、こんなになっちゃって!」

 

響もクリスを叱る。その言葉に心配をかけすぎたとクリスもごめんと謝った。だが、クリスのおかげで周囲にノイズの存在がなくなり、壁を砕いて、新たな道を切り開いていた。

 

だが、砕かれた壁の奥から足音と拍手が響く。

 

「まさか、あの状態で此処までやるなんて驚きましたよ。これが装者の底力というものですか?いやはや、其方の装者はやはり舐めない方が良いと言うものですね」

 

暗闇の中からこちらへと響く声。そしてようやく姿が見えると四人は驚きのあまり何も言えなくなった。

 

「おや?まさか僕がこちらに現れた事にそれほど驚きますか?二課の皆さん?」

 

「な、何で貴方が…」

 

「その口ぶり…まさかテメェ、最初からそっち側だったっていうのかよ!」

 

響はその姿に驚き、クリスは現れた存在が持つソロモンの杖を見て、今までのノイズがその手で自分達に仕掛けていたのか目の前の存在であると確信してそう叫んだ。

 

「まさかテメェは初めからそのつもりだっていう事かよ!ウェル博士!」

 

そして現れた存在、ウェルに向けて奏が叫んだ。

 

「まさか!?この男が!?」

 

資料でしか見た事のない翼はその事実に驚き、ウェルへと敵意の視線を向ける。

 

「もともとボクはアッシュの味方だよ」

 

「つまり、テメェはあの時からノイズを従えて列車や基地を襲ったって言うのか!?ソロモンの杖を手に入れる為に!」

 

「そういう事だよ。でもソロモンの杖を手に入れたのはあの時じゃないよ。君達が輸送任務に入る前にアッシュが先に手に入れていたよ。あの任務はただアッシュがソロモンの杖の試運転に仕組んだただの演出さ。全く、アッシュも人が悪いよ。あの時僕は無事な事は分かっていたけど冷や冷やしたよ」

 

その口ぶりから初めからウェルがアッシュボルトと繋がっていた事を理解する。

 

「テメェ!」

 

クリスがそんなウェルを睨みつけるが、ウェルはどこ吹く風という風に楽しげな笑みを浮かべている。

 

「自身の敵である自分を知らないとはいえ、守ろうとする姿を見ててとても面白いものでした」

 

ククッと笑うウェルに翼はクリスを奏に任せて剣を構え、響も拳を構える。

 

「この外道が!私達を初めから裏切っていてどこまでも私達を愚弄して!」

 

「此処で止めさせて貰います!これ以上誰も傷つけない為にも!ソロモンの杖と貴方を止めさせて貰います!」

 

そう叫ぶと同時にウェルがソロモンの杖を使用して再びノイズを出現させた。

 

「止める!?この僕をかい!?今の君達に本当にそんな事が出来ると思っているのかい!」

 

一触即発の空気。クリスも自分の足に鞭を打って奏から離れて武装を出現させる。奏もクリスは休んでいる様に言うが足でまといになるつもりはないと言って奏に武器を構える様に言った。

 

「さぁ!此処で君達にもリタイアしてもらおうかぁぁぁ!?」

 

叫ぶと同時に地面が大きく揺れて装者が膝をつく。ウェルは見事な尻餅をついて目を白黒させる。

 

「何なんだよ一体!?」

 

クリスが急な揺れに対して悪態をつく。

 

それと同時に響く破壊音。それと同時にライフルの様な銃声が響き、それがどんどんと大きくなってくる。そして、ノイズがいる場所の壁が破壊されるとともに、何か巨体が入り込んできた。

 

その巨体はノイズの上へ乗りかかる様に押しつぶして現れる。

 

「な、何でネフィリムが壁を突き抜けて!?」

 

ネフィリム。この巨体はその様に言うらしい。だが、その巨体の上に横たわる存在を見て装者は叫び声を上げた。

 

「ガンヴォルトさん!?」

 

そう、その巨体の上に寝転がるのはこの巨体を相手にしていたガンヴォルトの姿であったからだ。そして、そのネフィリムが開けた穴からゆっくりと誰かが現れる。

 

「すまないな、Dr.ウェル。この男を始末する上にこの様な事態になってしまったよ。だが、お陰でこの男を始末する事が出来た」

 

そこに現れたのはライフルを構えから肩に担ぎ上げる、最も警戒すべき敵であるアッシュボルトの姿であった。



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18GVOLT

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「アッシュ!ガンヴォルトを始末出来たんだね!流石アッシュだよ!僕同様に英雄になれる器だ!」

 

ウェルはネフィリムと共に倒れるガンヴォルトを見て嬉々した声を上げる。

 

「英雄になるつもりはないと言っているだろう。まあいい、これで電子の謡精(サイバーディーヴァ)を手に入れる事が出来る。計画がこれで最終段階に移行出来るぞ」

 

アッシュボルトはウェルに向けてそう言った。

 

「ガンヴォルト!」

 

翼が倒れるガンヴォルトへと駆け寄ろうとするが、ウェルがソロモンの杖を使い、ノイズを再び出現させると、倒れるネフィリムとガンヴォトに近づけない様にした。

 

「邪魔をするな!」

 

奏も翼と共にガンヴォルトを救出すべくノイズを倒して接近しようとするが、先ほど同様にノイズを完全に倒す事が出来ず、進む事が出来ない。

 

「そいつをお前なんかに好きにさせるかよ!」

 

クリスは軋む身体に鞭を打ちありったけの小型のミサイル弾を出現させるとノイズに向けて解き放つ。瞬間に身体がシンフォギアを現状で無茶な出力で使用したせいで、その身が焼かれる様な激痛が襲う。

 

「ガァ!?」

 

「クリスちゃん、やめて!そんな事したらクリスちゃんが!?」

 

「関係ねぇ!あいつを救うにはこれしかねぇんだよ!」

 

響の静止を振り切ってクリスは放ち続ける。

 

「全く、無駄な事をしていくものだね。ノイズを倒そうがこっちは幾らでもノイズを出せるというのに」

 

「全くだ。だが、そうはいってもいつまでもこう無駄に時間が過ぎていかれるのは困るからな。奴から電子の謡精(サイバーディーヴァ)を早く回収するとしよう」

 

クリスが張る絨毯爆撃をノイズにより防ぎながらウェルとアッシュボルトはガンヴォルトへと近づいて行く。

 

「止めろ!」

 

奏と翼、響がアッシュボルトを止める為にノイズとクリスの爆撃を避けてアッシュボルトへと迫る。

 

だが奏の振るう槍を、翼の振るう剣を、響の振るう拳も全てアッシュボルトに触れる事なく、全てが空を切る。

 

そしてノイズを出現させたウェルにより突き放す様に元の位置へと押し戻されようとする。

 

「ガンヴォルト!起きろ!」

 

「ガンヴォルト!早く起きて!」

 

「ガンヴォルトさん!」

 

三人は声を荒げ、ガンヴォルトの名前を叫ぶが、依然としてガンヴォルトは立ち上がらない。

 

「さて、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を頂くとしよう」

 

アッシュボルトは何か取り出すと、それをガンヴォルトへと向けて突き出して触ろうとする。

 

だが、アッシュボルトは腕を掴まれて止められた。

 

「貴様、目を覚ましていたのか?」

 

「ゲホッ…あんな威力を喰らって四肢が無事なんてありはしないだろ…お陰で身体中ボロボロだ…だけどようやく貴方を掴む事が出来たぞ…アッシュボルト」

 

吐血しながら、先程まで倒れていたはずのガンヴォルトが雷撃鱗を発動して腕を掴み、アッシュボルトへと至近距離から避雷針(ダート)を撃ち込んだ。

 

「ガンヴォルト!」

 

四人はガンヴォルトの無事に安堵し、名前を呼ぶ。

 

アッシュボルトは避雷針(ダート)電磁結界(カゲロウ)を発動して回避する。だが、掴んだ腕だけはすり抜けずに捕まったままであった。

 

電磁結界(カゲロウ)はより強力な雷撃であれば打ち消す事が出来る。ボクの最大の雷撃であればその無敵の防御も突破出来る!」

 

それと共にガンヴォルトの周りに虹色のオーラが現れると同時に今まで姿を消していたシアンが現れて歌い始める。

 

「GV!心配させないでよ!幾らアッシュボルトを欺くためとはいえあんな危険な事して!無事じゃなかったら本当に危なかったんだから!」

 

シアンはガンヴォルトに対してそう叫ぶが、ガンヴォルトはゴメンという風にシアンへと視線を送るのみで、アッシュボルトを討つ為に言葉を紡ぎ始めた。

 

「天体の如く揺蕩え雷、是に到る総てを打ち払わん!」

 

アッシュボルトを逃すまいと強く握った腕の雷撃が更に強まり、蒼き雷光が辺りを照らし出す。

 

電磁結界(カゲロウ)を突破したと感じてもらうのは構わんが、貴様如きに負けるわけないであろう」

 

アッシュボルトもガンヴォルトの言葉を無視しながらナイフでガンヴォルトの言葉を阻もうと振るいながら、同様に言葉を紡いでいく。

 

「天体の如く蹌踉めく雷、阻む総てを打ち払え!」

 

同時に紡いだ二つの言葉が互いの雷撃の力を呼び起こし、二人を覆う巨大な天体が出現した。

 

「「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!!ライトニングスフィア!」」

 

出現した二つの天体は混じり合う様に重なり、そしてアッシュボルトとガンヴォルトを飲み込む。そしてその周りを公転する球がぶつかり合う。

 

その衝撃はあまりにも大きく、周囲にいたノイズ、そしてウェルに装者達へと襲い掛かる。

 

「キャァ!?」

 

あまりの威力に装者は何度か踏み止まるが、生身であるウェルはその威力に吹き飛ばされていく。

 

そしてその衝撃の当事者である二人は互いの雷撃の熱量で自身の身を焦がしながらも放ち続けている。

 

そして弾ける様に雷球が巨大なエネルギーとなり、二人を吹き飛ばす。

 

ガンヴォルトはシアンと共に、装者の側へ。アッシュボルトは破壊された廃病院の壁へとぶつかり、そのまま外へと押し出された。

 

「ガンヴォルト!無事か!?」

 

装者達は駆け寄り、奏が吹き飛んだガンヴォルトを起こそうとするが、すぐにガンヴォルトは立ち上がる。

 

だが、見に纏う蒼いコートはかなりボロボロとなり、片腕のコートの部分は完全に損失しており、そこから見える腕は酷い火傷となっている。

 

「ぐっ…大丈夫…このくらいならまだ動かせる」

 

「お前は無茶しすぎなんだよ!」

 

「そうよ、GV!無茶しないでよ!」

 

クリスとシアンがそう叫ぶ。シアンはガンヴォルトを少しでも回復するのを手伝う様に歌を歌い、サポートに専念する。

 

「無茶でもしないとあの男だけは止められないよ」

 

ガンヴォルトも一番傷の深い腕へと雷撃を流すと、シアンのサポートも加味してボロボロの腕が少しずつだが修復し始める。

 

「してやられたな。武装のほとんどが焼けて使い物にならん。まあ、こいつが壊れていない事が幸いか」

 

ガンヴォルトはダートリーダーを声のする方へと素早く構える。どうやらダートリーダーはあの雷撃を受けても使える様であった。

 

装者達も己が武器を構えて、声の主へと視線を向けるが、その姿に絶句する。

 

ガンヴォルト同様に装備はボロボロに見えるが、それでもダメージといったものを感じさせないほど毅然に立っている。だが、ガンヴォルトが握っていた腕は完全に鎧の様なものが砕けており、素肌が露出している。しかし、その腕はガンヴォルト同様に大きなダメージを負っている。

 

「リヴァイブヴォルト」

 

アッシュボルトはそう口にした瞬間、傷だらけの腕に雷撃が迸り、雷撃が止んだ瞬間には腕は元通りになっていた。

 

「馬鹿な!あの傷を一瞬で!?」

 

「どうなってんだよ」

 

翼も奏もその事に驚きを隠せない。

 

「リヴァイヴヴォルト…部位欠損がなければ完全に身体を修復可能な(スキル)…」

 

「だったらガンヴォルトさんも使えば!」

 

響もそう言うが僕が答えるよりも早くアッシュボルトが口を開く。

 

「使えないんだろう?貴様には。私との攻防の際に使用したスパークカリバー、そしてライトニングスフィア。(スキル)にも限りがある。今の貴様の限界はそこまでの様だな。傷を治すのにヒーリングヴォルトを使えないほど消耗している様に見える」

 

アッシュボルトが完全にボクの(スキル)の使用限界には気付かれている。どう知ったのはこの際どうでもいい。今の状況でどうアッシュボルトを止めるかを考える。

 

「ガァ…」

 

そんな中、今まで動かなかった獣、ネフィリムがボロボロの状態で立ち上がる。だが先程の攻撃を直に受け続けていたお陰で戦える様な状態でないのは一目瞭然だ。そしてネフィリムの腕には弾痕がいくつも残っている。

 

「そういう事か。貴様、あの時無事でいられたのはネフィリムの腕を盾にしていたのか」

 

弾痕を見て、ガンヴォルトが無事だった理由を理解したアッシュボルトは呟く様に言うと、どこからか通信が入ったのかそうかとだけ呟く。そしてネフィリムにウェルを回収して逃走する様に指示する。

 

ネフィリムはアッシュボルトの言葉を聞くと一目散に駆け出すと壁にぶつかり気絶したウェルを回収してソロモンの杖のみをアッシュボルトへと向けて投げる。

 

「どうやら貴様等の本隊がこちらまで来た様だな。ここで引かせてもらおうか。有象無象が揃ったところで何も出来ると思わんが、貴様が完全回復される時間を与えればまたこの様に傷を負いかねん。それに装者同士ぶつかった際にネフィリムを奪われるのは敵わんからな」

 

そう言うとアッシュボルトはソロモンの杖を使用してノイズを大量に召喚すると撤退する為に壁へと雷撃を放ち外への穴を開ける。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)が手に入らないのは残念だが、私は計画を必ず成し遂げなければならない」

 

そう言ってアッシュボルトは開けた穴から外へと駆け出した。

 

「逃しません!」

 

全員が追おうとしたのだが、その前に大量のノイズが立ちはだかり、妨害しようとする。

 

装者達は斬り伏せ、打ち倒し、殴り飛ばそうとしたが、ギアの出力が足りず、ノイズに苦戦を強いられそうになる。

 

「みんな下がって!」

 

シアンが叫び、その言葉に全員がガンヴォルトのいる場所まで戻る。

 

「まだ間に合う!ボクが道を切り開く!」

 

そう言ってガンヴォルトはテールプラグにダートリーダーを接続させると雷撃をダートリーダーへと収束させる。そしてその標的をノイズ。そしてその奥にいるアッシュボルトへと向けて放つ。

 

「貫け!」

 

その瞬間にダートリーダーから放たれた雷撃のレーザーにより、立ちはだかるノイズを全て屠り、アッシュボルトへと向けて向かっていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

撃ち出したレーザーにより更に巨大な穴を開けた壁。いやもう完全に崩壊して廃病院の面影もない。だが、そんな事は今はどうだっていい。

 

目の前のアッシュボルトを捕らえる為に動く。だが、シアンにより強化された蒼き雷霆(アームドブルー)でさえアッシュボルトに有効打を打てていない。だが、それだけで諦めるなんて事はしない。同じ第七波動(セブンス)を持ち混乱を招こうとする目の前のあの人物を止めなければ。

 

「待て!」

 

身体能力を極限まで強化した状態でアッシュボルトへと向けて駆け出す。

 

「ガンヴォルト!」

 

全員を置き去りにしてアッシュボルトへと接近する。

 

「それほどの力を残していたか。それに高められた蒼き雷霆(アームドブルー)の力をダートリーダーで使用した雷撃を放つとこれほどの威力になるとはな。少しでも判断が遅れればただでは済まなかっただろう」

 

アッシュボルトは射線から外れた場所で躱しており、ダートリーダーの一撃を見てそう呟いた。そして此方へと視線を移すと同時に構えをとると同時にボクとアッシュボルトは雷撃鱗を展開してぶつかり合う。

 

「逃さないぞ!アッシュボルト!」

 

「残念だが、逃してもらおうか。なに、心配する事はない。貴様とは何れにせよぶつかり合うことになるさ」

 

そう言うと同時にソロモンの杖を掲げ、新たなノイズを呼び出そうとする。

 

「させるかよ!」

 

その瞬間に雷撃鱗を通過してレーザーがソロモンの杖を捕らえ、弾き出された。

 

ボクの背後からクリスが奏に肩を借りながら、ソロモンの杖を弾いた様であった。

 

「雷撃鱗が無効化できるのは質量を持った物だけって事は把握してるんだよ!それ以上それを使われてたまるか!」

 

そしてようやく装者達も此方へと追いつき、完全に追い詰める。

 

「全く手癖が悪いな。まあ、予定通りだ」

 

アッシュボルトはソロモンの杖を飛ばされてもなお、余裕を崩さない。そして弾かれたソロモンの杖の飛んだ先にはライブ会場の一件から姿を消していた、マリアの姿があった。

 

「酷くやられた様ね、アッシュボルト。勝手な事をしたばかりか、ここまで追い詰められているなんて」

 

マリアはすでに黒いシンフォギア、ガングニールを纏い、ソロモンの杖を拾い上げてアッシュボルトへと向け、そう言った。



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19GVOLT

ぎゃるがん新作が出ますね。
併せて新作ガンヴォルト続報をお待ちしていますよ、インティクリエイツさん。


「酷くやられたとは飛んだ言い草だな、お嬢さん(レディ)。この程度やられたうちに入らんさ」

 

アッシュボルトはマリアへと向けてそう言うと共に雷撃鱗を強めてボクの雷撃鱗を弾き飛ばす。

 

一瞬の拮抗が崩れた事によりボクはそのまま弾かれるが、体制を立て直して装者達の前に勢いを殺して着地する。

 

「クッ!」

 

「大丈夫ですか!ガンヴォルトさん!」

 

「大丈夫だ!でもマリア・カデンツァヴナ・イヴが外にいるという事は最初からここには彼女達は!」

 

初めからこちらにはいない事に今頃気づいて歯噛みする。最初からアッシュボルトの手の上で踊らされていたという事にだったというわけであった為だ。

 

だが、仲間のはずのマリアとアッシュボルトは何故意思疎通をしていないのか。そこだけがいまだに謎である。アッシュボルトは彼女達に何か隠しているのであろうか。

 

「しかし、どうするガンヴォルト!数はこちらが有利だとしても、ギアが何故か出力が落ちてうまく機能しない!下手すれば解除してしまう可能性もある!」

 

翼は叫びながら迎撃のために剣を構える。それに倣う様に響も拳を構え、クリスも自分の力で立ち、武器を構え、奏も槍を構える。謎のギアの出力低下、(スキル)がしばらく使えないボク。そして無傷のマリア、それに未だ姿を見せていない二人の少女。それに傷が回復して未だ力を隠している可能性のあるアッシュボルト。それに他にも戦力がいるとするならばこのまま戦うとなると不利になるのは明白である。

 

その時、弦十郎からの連絡が入る。

 

『ガンヴォルト!こちらも現場付近へと到着した!そして一課の部隊も付近への到着!装者達の様子はどうだ!?こちらからはバイタルチェックで異常が確認は出来たが、ようやく通信が回復したばかりで状況が掴めん!』

 

「弦十郎、最悪の事態だ。アッシュボルトに遭遇。ソロモンの杖に加えて、未確認の生物型の完全聖遺物まで所持している。それに加えて装者達のギアの出力が原因不明の低下。敵装者、マリアの他にも少女二人も無傷の状態で参戦してきた。ボク自身もアッシュボルトとの交戦で負傷した。シアンのお陰で何とか回復はさせているけどはっきり言って状況は最悪だ」

 

『クソッ!奴等はそんな物まで!早急に部隊をそちらに向かわせている!それまで何とか耐えてくれ!』

 

そう言って弦十郎は司令室で指示を飛ばしている。

 

「アッシュボルト。ソロモンの杖を所持していてもノイズを倒す事の出来る者達がいれば、援軍が来られたら撤退もままならないわ」

 

「分かっているさ。ここまでされてはお嬢さん(レディ)達の言う通り撤退する他あるまい。計画に遅れが生じてしまうが台無しになるわけにはいかんからな。それよりもDr.ウェルとネフィリムの回収は済んだのか?」

 

「全くこの状況を作り出した本人が何を言うのかしら…。勿論、あの子達が既に済ませているわ」

 

アッシュボルトはマリアへと尋ねてそう返す。それを聞くとともにアッシュボルトは指を弾くと同時に背後の病院で大きな爆発が起きる。

 

ボク達は背後の爆風に煽られながらもアッシュボルトとマリアからは視線を逸らさない装者達。だが、ボクは爆風を受けてその推進力を利用してアッシュボルトへと接近する。

 

アッシュボルトは、それを既に予測していた様にボクへと向けてナイフを取り出して応戦しようとする。

 

だが、ボクの行動を予測していたかの様に奏と翼が前に出て、奏がアッシュボルトのナイフを受け止めて、翼が斬りかかる。ボクも合わせて避雷針(ダート)をアッシュボルトへと撃ち込んで行く。

 

響とクリスもその二人を通過してマリアへと接近する。

 

だが、アッシュボルトは電磁結界(カゲロウ)を発動させて剣と避雷針(ダート)を透過させると、翼を蹴り飛ばす。

 

「翼!」

 

飛ばされた翼へと声をかける奏もアッシュボルトに殴られてそのまま弾き飛ばされる。

 

「自分から電子の謡精(サイバーディーヴァ)を差し出しに来るとはな!」

 

そう叫び、アッシュボルトはナイフを持った逆の手、何か握り締めた手でボクを掴もうとする。

 

「GV!避けて!」

 

シアンが何か嫌な感じ取り叫ぶ。ボクはそれに反応してスレスレの状態で身体を逸らし避ける。そしてその手の中にある物を視認した。

 

「ギアペンダント!?」

 

そう、アッシュボルトが握っていたのは装者達が首に掛けているギアペンダントの結晶そのものであった。

 

「ちっ…電子の謡精(サイバーディーヴァ)の声で受けもせず躱したか…全く、思い通りにならんものだな」

 

アッシュボルトはそう呟く様に言うが、既にボクとアッシュボルトの距離は零に等しい。なんの聖遺物だか分からないが、それでもアッシュボルトを捕まえれば何か分かる。

 

ボクはシアンにより強化された雷撃を拳に纏いそのままアッシュボルトの顔面へと叩き込む。

 

だがアッシュボルトもそれに反応して拳を躱す。だが完全に躱し切る事が出来ず、バイザーが僅かに砕け、バイザーの片方の目の部分が露わになる。

 

「ちっ!」

 

アッシュボルトはすぐに後退してギアペンダントを握る手で片目を覆い隠す。

 

だがその一瞬だけ見えたその目にボクは見覚えがあり、そして何処か懐かしいものを感じる。

 

「そこまでの力を残していたか…電子の謡精(サイバーディーヴァ)…やはり素晴らしいものだが、貴様と共にあるそれだけが忌々しい…貴様ではないんだよ…我々の未来を託したピースを模した貴様では…やはり貴様を殺すにはあれが必要か…」

 

「どういう事とだ!?アッシュボルト!?」

 

アッシュボルトは憎しみを孕んだ声でボクへと向けて言い放つ。ボクはアッシュボルトの意味不明な言動を訝しむ。

 

だがその前にマリアへと向けてアッシュボルトは叫んだ。

 

「ソロモンの杖でノイズを出せ!すぐに撤退するぞ!」

 

「貴方という人は!自分勝手にも程があるわね!」

 

クリスと響を相手取るなんてマリアはマントを巧みに操り、近くの響に距離を取らせ、クリスの銃弾を弾き、ソロモンの杖を使い、大量のノイズをこの場に呼び出した。

 

「逃す訳ないだろう!」

 

ボクは付近のノイズを雷撃鱗で消し飛ばしながらも、アッシュボルトへと向けて再び接近する。

 

飛ばされた奏と翼もノイズと相対しながらアッシュボルトとマリアを逃さぬ様にノイズを蹴散らしていく。

 

響もクリスも付近のノイズを倒しつつ、マリアへと接近されており、苦戦を強いられていた。

 

アッシュボルトも後退しながら逃げようとする。そしてノイズを躱しながら、接近したクリスを蹴り飛ばし、ナイフで響をマリアから離すとマリアへ向けて言った。

 

「全く、この程度もろくに片付けられんのか」

 

「元はと言えば貴方がこんな勝手な事をしでかすから今の状況になっているのよ!?しかも、敵の本隊の接近も許して!」

 

「ああ、それは私が悪かったな。だが弱った装者すらも真面に片付けられん君もどうかと思うがね。全く、君が本当にフィーネの代わりなのか本当に疑問しかないな」

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴがフィーネだって!?」

 

まさかのアッシュボルトの発言にボクはあり得ないと感じさせられる。だが、その言葉と同時にアッシュボルトは何かを複数取り出すと、ボクへと向けて投げつける。

 

雷撃鱗でそれを破壊すると同時に、赤いガスがボクの周辺へと充満する。先程の病院内で見た物よりも更に濃い赤いガス。

 

「毒ガスか!?」

 

ボクは素早く息を止めてガスを吸い込まない様に手で口と鼻を覆う。

 

だがそのガスが発生させた煙にアッシュボルトとマリアの姿が見えなくなる。

 

「ここで私達は戦線離脱(エスケープ)させてもらうよ。追おうとするなよ。そうすれば貴様は大切な者を散らせる事になるぞ」

 

そう意味深発言と共にアッシュボルトとマリアは何処かへ消えていくのを感じる。ボクも追おうとするがシアンがそれを止めた。

 

「GV!行っちゃダメ!」

 

シアンに止められるがそれでもボクはアッシュボルトを追いかけようとするが、その瞬間に装者達の悲鳴が響く。

 

「ッ!?」

 

まさかと思い、足を止めて素早く煙の中を走り、装者達の方へと走る。そこにはシンフォギアを解除された装者達がノイズに囲まれているところであったからだ。

 

「GV!一気に行こう!じゃないとみんなが!」

 

シアンの言う通り、ノイズはすぐそばまで装者達へと迫っている。シンフォギアがない状態でノイズに対抗出来るはずもない。

 

ボクはシアンの力を借りて、巨大な雷撃鱗を展開して一気に周囲のノイズを炭へと変える。

 

そして装者達の安全を確保してからガスの充満するこの場から素早く全員を避難させた。

 

「はぁはぁ…ありがとうございます。…ガンヴォルトさん」

 

「無事で良かった…でもなんで急にシンフォギアが解除されて…」

 

「あの赤いガスのせいだと思う…病院内でも吸ったかも知んないけど、シンフォギアの出力を落とすもんかもしれねぇ」

 

奏が今でも漂う赤いガスを見てそう言った。

 

「相手はシンフォギアを無効化する物があるとは…」

 

「厄介にも程があるだろ…しかもウェルの野郎!最初からあたし達を騙してアッシュボルトと組んでいやがるなんて…クソっ!」

 

翼もクリスも予期せぬ武装に悔しそうにしている。クリスの場合は守っていたはずの者が元々テロリスト側の者であり、まんまと利用されてソロモンの杖を奪われていた事。目の前にあったソロモンの杖を取り返せないのも加味して拳を強く握っている。

 

「とにかく、みんなに怪我がなくて良かった。でも、シンフォギアを無効化されるとなるとこれ以上アッシュボルトを深追いするのは危険だ」

 

『ああ。まさか装者達のシンフォギアを無効化する物があるとは…しかもシンフォギアとソロモンの杖以外にも完全聖遺物まで所持しているとは…此方の情報不足だった』

 

ボクの通信機を通して弦十郎が言う。

 

「帳簿にも入っていない物だ。こればっかりはどうしようもないよ。それに今回アッシュボルトと共に現れた完全聖遺物、ネフィリムと言っていたけど、あれもなんなのか調査する必要がある」

 

『そうだな。此方の方でも調査する。それとアッシュボルト達の行方もだ』

 

「まだ遠くに行ったわけじゃない。ボクが追跡する…と言いたいけど、みんなを危険な状態のままこの場を離れる訳にもいかない」

 

『正しい判断だ。それにお前も怪我を負っているならば尚更無理はさせられん。とにかく敵は逃したがいくつか新たな情報を手に入れた。これを基に再び作戦を考えよう。みんな、よくやった』

 

そう言って弦十郎の通信が切れる。

 

ボクは辺りを警戒しながらも装者達を守る様に努めた。装者達も警戒するが、疲弊した状態でシンフォギアを纏って傷つく事を考え、シアンに装者達の安全を確保してもらうために電子の障壁(サイバーフィールド)を展開してもらい、その中で休ませている。

 

だが、ボクは電子の障壁(サイバーフィールド)の外で警戒しながらもアッシュボルトの事を考えていた。

 

先程のアッシュボルトの顔面を殴り、破壊したバイザーから覗いたあの目…その目にどうしても既視感が拭えない。

 

あの目…あれは…。

 

「GV…もしかしてアッシュボルトって…」

 

シアンもその事が気掛かりなのか装者達に聞こえない様にボクへと囁く。

 

「有り得ないよ…絶対に…」

 

ボクも頭では理解しているのだが、あの目を見てしまってはどうしてもその可能性が拭えない。

 

「でも…紫電の事もあるし…」

 

「でもあの人は…あの人だけは絶対にない…絶対に…」

 

シアンはそれでも、もしかしたらと言うがボクはその考えを否定する。だが、考えると何処か共通する部分があり、アッシュボルトの言動、行動がどうしてもその可能性を導き出してしまう。

 

絶対にない。そんな事はないはずだ。そう考えてもあの目を見てしまったボクとシアンはどうしても否定したくても出来なくなってしまっている。

 

「でも…電子の謡精()を狙っていて、何か企てようとしているのなんて皇神(スメラギ)じゃなくてフェザーの人なら…あの人しか考えられないよ…」

 

「分かっているよ…でもどうしてここに居るんだ…あの人はボク達を…シアンを殺して…こんな事になる原因を作った人が何でここに居るんだ…」

 

ボクは登りゆく朝日を見つめながらその可能性を否定するように消えていくように呟いた。

 

「アッシュボルトがアシモフであるなんて…そんな事ある訳がない…アシモフである訳がないんだ…」

 

シアンを殺して、ボクをこの場所へと流れ着かせた元凶が…この世界にいるはずがない。

 

だが口では否定しても頭にこびりついてしまったその考えは消える事はなく、ボクはただアッシュボルトがアシモフである可能性を拭えないでいた。




アッシュボルトは本当にあの人なのか…


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20GVOLT

「信じられないデス!あんた等!私達が少しアジトを離れた隙に、自分達であいつ等をおびき寄せておいて挙げ句の果てにこんな事起こして!計画が狂ってしまったらどう責任を取るつもりだったデスか!」

 

切歌は機内の一室でアッシュボルトとウェルに向けてそう叫ぶ。

 

計画は順調に進んでいる。それなのにアッシュボルトとウェルは計画に支障が出る程の事をしたと憤りを隠せない。

 

「そうだよ。貴方達のせいでこっちにだって被害が出たかもしれないのに」

 

切歌の隣にいる調も今回ばかりは切歌に賛同してアッシュボルトとヴェルを責め立てる。

 

「いいじゃないですか。元よりこっちにも都合というものがあったんですよ。あの場で電子の謡精(サイバーディーヴァ)を手に入れる。計画にも必要な物を手に入れる為に単独で行動して何が悪いと言うのですか。大体、今回ばかりは装者を弱らせる必要もあり、あの立地は最適だったのです」

 

「だから!それがなんだって言うんデス!あんた等が好き勝手したせいでこっちだって待機していながらもいつ発見されるかヒヤヒヤさせられていたんデスよ!」

 

切歌は言い訳がましく言うウェルに怒りをぶつける様に叫ぶ。

 

この男共は自分達が特別だからって。いやアッシュボルトは確かに特別だろう。第七波動(セブンス)という知らない力を使い、完全聖遺物やガンヴォルトという強大な敵にほとんど傷も負わず生還している。だからといって好き勝手しすぎだと感じる。そして結局は計画に必要な物すら手に入れられず、ネフィリムの存在や他にも大切な情報を与えてしまったかもしれない。

 

「私達がどんな思いでこんな事をしようとしているのか分かっているデスか!あんた等の様に好き勝手やられてこの計画が破綻すればどうなるか分かっているのデスか!?」

 

切歌は叫び続ける。マリアが悩み続けて悪になろうとも世界を救おうとしているというのに。

 

だが、ウェルはそれでも言い訳を続ける。それに頭にきた切歌はウェルに掴み掛かろうとする。

 

だが、それを阻む様にアッシュボルトが銃を取り出すと切歌の足元に向けて発砲する。

 

突然の事に切歌は一瞬で思考が停止して、その場から動けなくなり、そのまま力が抜ける様に尻餅をついた。

 

「切ちゃん!」

 

調も動けなくなった切歌へと近付き、傷がないかを確かめる。そしてアッシュボルトへと睨みつける。

 

「黙れ、小娘。今は虫の居所が悪いんだ」

 

壊れたバイザーから除く、その目に二人は恐怖に支配される。

 

そしてその銃声を聞きつけたマリアとナスターシャが室内に雪崩れ込む様に入り込み、切歌と調、アッシュボルトの間に割り込んだ。

 

「何をしたのですか!アッシュボルト!」

 

「貴方達!勝手な事をしてこの子達に八つ当たり!?どこまで貴方達は腐っているの!」

 

「黙れ」

 

この場にいる全員がアッシュボルトから放たれる威圧に耐えきれず、ただ足を震わせる。

 

「虫の居所が悪いんだ。あの男にここまでされてな。ああ、本当に忌々しい!」

 

アッシュボルトはそう淡々と、だが今までに見た事のないほどの怒りを見せている。

 

「貴様如きにここまでされる事も腹ただしい…紛い物如きが…紛い物の分際で邪魔をするか!」

 

アッシュボルトは怒りに任せて叫ぶ。その怒気、威圧に耐え、全員がこの男の怒りが収まるのを待つ。

 

「…クソッ、怒りに身を委ね過ぎた…過ぎた事は仕方ない。プランの修正(リビルド)をしなければ…だが、次こそは貴様の息の根を止めてやる」

 

そして威圧が収まり、辺りに静寂が訪れた。

 

「出て行け、私はこの部屋で次のプランを練る」

 

その言葉にマリアはすぐに切歌と調を起こしてすぐ様部屋の外へと向かった。これ以上、アッシュボルトの近くに二人を居させる事を拒んだからだ。

 

「分かりました。貴方が何を思い、この様な事を行ったかは、全て計画の内という事なのですね?」

 

「ああ、全てはDr.ナスターシャ達の計画にも必要な物を手に入れる為だ。だが、これも失敗した以上、次のプランを変える必要がある。Dr.ナスターシャもそれまでにあの小娘共に教育を施す事を進める。これ以上此方の神経を逆撫させる事ばかり叫べば殺してしまうかもしれんからな」

 

その片側から覗く目にナスターシャは今まで感じた事のない恐怖を抱く。

 

「…分かりました。ですが、本当に電子の謡精(サイバーディーヴァ)は必要なのですか?ネフィリム、そしてこちらの装者がいれば計画は進められるはずです」

 

「はっ。何を今更?救うのだろう?世界を?人類を?その為には必要なのだよ、電子の謡精(サイバーディーヴァ)が。あれさえあれば擬似的に私の装備にも施されたあれを完全に使いこなす事が可能になる。そして今は海底の何処かに沈む物すらも起動させる事が出来るんだ」

 

アッシュボルトがそう語った。

 

「ですが、それは本当に可能なのですか?」

 

「可能だ。あの力はその奇跡すらも起こす。それに分かるだろう?今までの戦闘をモニターで見ていたのなら。電子の謡精(サイバーディーヴァ)の歌には正規適合者すらをも超える膨大なフォニックゲインを産む力がある事を」

 

ナスターシャはアッシュボルトの言葉通り、その事は分かっている。初めて現れた時の事を。ガンヴォルトという男の近くで産み出されていたフォニックゲインを。そしてその力は全てあの男に注がれているという事を。

 

「…」

 

「なに。何度失敗(エラー)したからといって私が死なず、生き残ってなおかつ、相手に先手を取らせなければ必ず成功させてみせる。それまで私の言う事を聞いていれば良い。分かったらさっさと退出願おう」

 

それを聞いてナスターシャはアッシュボルトが言う通り、退出する。

 

そして外では泣きながらマリアに抱きついて悔しそうにしている切歌と調が目に入る。

 

本当に良かったのだろうか。だが何もない自分達には世界を救うための計画にはあの男が必要だ。だからといって家族をここまで悲しませてまで為すべきなのだろうか?

 

ナスターシャは自身の感情が揺らぐのを感じる。

 

「…マム」

 

マリアもナスターシャへと声を掛けるが、その目には二人を悲しむまでさせて信念を貫き通さないとならないのかと揺らいでいると感じる。

 

だが、自分達以外気付いていない状況。掲げた信念を今曲げるとなれば、何もする事は出来ない。だからこそ、やらなければならない。決めたのだから。例え誰からも認められない、悪の道であろうとその先の正義のためにこのまま突き進まなければならない事を。

 

「切歌、調。辛いかもしれません。アッシュボルトが怖いかもしれません。ですが、私達はやらなければならないのです。世界を救うために…あの男達と共に」

 

塞は既に投げてしまった。もう後戻りは出来ないのだから。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「アッシュボルトに加えてウェル博士、それにソロモンの杖の他の完全聖遺物まで…厄介な物だな」

 

装者達を休ませている中ボクは新たな司令室にて弦十郎と慎次、朔夜とあおいでミーティングを行なっていた。

 

「ええ、それに加えて敵の方にも三名の装者。装者の数がこちらが多いからと言っても敵の全容は掴めていませんし、他にも何か隠しているのかもしれません」

 

「それに加えて、装者達を完全に無効にさせるあのガスが厄介ですね。ガンヴォルトには聞かないのが救いですけど」

 

あおいと朔夜がそう言ってなんとか戦況は保てるかもと口を揃えて言った。

 

「いいや、難しいかもしれない。今回のアッシュボルトの戦闘で相手にはボクの(スキル)の使用限界に気付かれた。なにかしら対策を取られると思うし、アッシュボルトの底がまだ見えない。それにあのガスが効かないとはいっても、もし他の毒ガスを使用されでもしたらボク自身も危険目に遭いかねない」

 

「今回はアッシュボルトが本物の毒ガスを持っていなかったのが幸いした。次はどうなるか分からん。ガンヴォルトの(スキル)についても敵にも痛いところを突かれてしまった」

 

ボクの言葉に弦十郎が続き、周囲に重い空気が立ち込める。

 

「だが、それでもやるしかない。テロリスト、フィーネの目的が何にしろ、ソロモンの杖、そしてネフィリムという謎の完全聖遺物を持ちここまで被害を出しているのなら止めるしかない。それにマリア・カデンツァヴナ・イヴが本当に了子君…フィーネであるとしたら…」

 

「フィーネは亡くなる前、それに紫電を倒す時にももう争おうとは考えていなかった…。もうこんな事をするはずがない」

 

「…ですがそれも嘘という事も考えられます」

 

弦十郎の言葉にボクは否定するが今まで騙されてきていた事から慎次も僅かながら不信感を吐露した。もしマリアがフィーネであり、再び、ボク等へと敵対するというのなら今度は敵が何をしようとしているか分からなくても、止めなければ必ず良からぬ事になりそうであるからだ。

 

「もしそうだとしたら、今度は何をするつもりなんでしょうか。フィーネの目的は月の破壊、つまり全人類の統一を妨げるバラルの呪詛を無くす事。もうカ・ディンギルが機能しなくなったのに…」

 

「可能性はあるけど、それだったら少し前にあったフィーネの屋敷を襲撃した件もある。アッシュボルトはあの時もうフィーネを切り捨てて完全聖遺物を奪おうとしていた可能性もある」

 

「今現在の情報だけではまだ分からないか…出来る限り、こちらで情報を集める。フィーネと名乗る組織が持っている完全聖遺物、ネフィリム。それに回収したアッシュボルトが使ったガスの解析。それにアッシュボルト、奴についてだ。こちらも何度も奴の行動に後手に回されている。だが、幾ら自身の痕跡を消し去ろうとしていても見落とされているものがあるかもしれない。洗いざらい調べるぞ」

 

あおいと朔夜の言葉に一旦区切りをつけるように弦十郎が言った。

 

そして、休憩や仮眠という事で、ミーティングを終えたボク達は動き出した。

 

だが、弦十郎はボクだけを呼び止めて少しだけ付き合えと言われたので弦十郎と共に少し離れた休憩室へと向かう。

 

弦十郎は気を利かせて自販機から缶コーヒーを渡すと椅子にもたれかかり言う。

 

「ガンヴォルト…何度かマリア君と対峙して…本当に…本当に彼女が了子君…フィーネなのか。お前の率直な意見を聞きたい」

 

了子と共にかなり長い時を過ごした弦十郎にとって本当にマリアがフィーネなのか気になっていたようであり、どことなくそうあってほしい、そんな複雑な表情をしている。

 

「…ボクからは現状は分からないとしか言えない。マリア・カデンツァヴナ・イヴとはそこまで会話をしているわけではないし、彼女が本当にフィーネなのかは判断しようがない」

 

弦十郎はそれだけ聞くとそうかと少し悲しそうな表情を浮かべる。

 

「でも、もし彼女が本当にフィーネであるのならばこんな事は二度としない。ボクはそう思っているよ」

 

最後を看取り、そして紫電を倒す時に助けてもらえたからこそ言える。あの時ボクに対して未来を託した。自分のやり方ではなく、他のやり方で一つになった世界を見せてと。だからこそ、ボクもフィーネが本当にこんな事をするはずがないと何処か信じていた。

 

「だが…あの時の言葉が嘘で…本当は未だに何か企てようとしているのなら…」

 

「ないよ、そんな事」

 

ボクは少し不安そうに言う弦十郎に対してきっぱりと自身の思いを告げた。

 

「フィーネは…いや了子はさっきも言ったようにもうこんな争いをしようと考えていなかった。さっきも言ったけど、それならなぜ紫電を倒そうとした時、手を貸してまで紫電を共に倒そうとしてくれたのか。最後に言ったんだよ、了子は。ボクが思い描く世界を見せてと。絶対に了子はこんな事をしようとしない」

 

あの時の言葉、それはとても嘘をついているような感じでもなく、ただ純粋にそう思い、その未来を託したのだ。だからこそ、ボクはしないと宣言する。

 

「ガンヴォルト…」

 

「弦十郎もそう思っているんでしょ?だったらそれを信じ続けないと」

 

ボクの言葉にどことなく落ち着いていき、先程の不安な表情はどこに行ったかと思えるように落ち着きを取り戻していく。

 

「そうだな。了子君はもうこんな事をするはずがない。すまないな、ガンヴォルト。大人の俺が不安になっていては、他の者にも伝播してしまう」

 

「大人だからって自分を殺してまで、そうあり続けなくてもいいんじゃない?悩むのだって子供だけの特権ってわけじゃないんだから」

 

「確かにな。ありがとうガンヴォルト。楽になったよ」

 

「いつも相談に乗ってもらっていたし、これくらいどうってことないよ。同じ大人じゃないか」

 

「少し言うようになったな、ガンヴォルト」

 

そう言って一気にコーヒーを飲み干して、ボクの背中を叩く。

 

「さて、悩みも打ち明けてスッキリしたところだし、もうひと頑張りするか」

 

「休んでも良いと思うんだけど。司令として頑張ってるんだから誰も文句は言わないだろうし」

 

「なにこのぐらいなんて事はないさ。それに、その言葉そのままそっくりお返しするぞ、ガンヴォルト。どうせお前の事だから、このままずっと調べるつもりだろう?お前の方が休んでいろ。デスクワークよりも危険で過酷な現場で神経をすり減らしながら戦うお前の方が疲れているんだからな。それにまだ腕の方は完治していないんだろ?」

 

弦十郎はアッシュボルトと戦った際に負った腕を見る。シャツへと着替えて、見えにくくなっているかもしれないが、僅かに覗く包帯を見てそう言った。

 

「大丈夫だよ。ヒーリングボルト」

 

ボクはそう言葉を発すると同時に腕に僅かな雷撃が迸ると完全に傷は完治して包帯をとり、無事な事を見せる。

 

「全く、出鱈目だな。お前って奴は…だが無事完治したからといってお前を働かせるわけないだろうが」

 

ため息を吐いてやれやれという風に弦十郎は言うがボクはそれでも引き下がらなかったが、後に休憩室に入ってきたあおいと朔夜、慎次により止められて半ば強制的に有給まで使わされて休まされる事となった。



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21GVOLT

『弦十郎、どうやら奴さん達に逃げられた見てぇだな』

 

「申し訳ありません、斯波田事務次官」

 

弦十郎は斯波田事務次官へと作戦の失敗を報告していた。

 

『未知の武装、装者達のシンフォギアを無効化するガス。あんな物が敵の手にあったのならば逃げられてしまっては仕方あるめぇ。全員無事で生きているだけでも儲けもんよ』

 

斯波田事務次官は蕎麦を啜りながらそう言った。

 

『今回の件でさらに厄介な事が判明しているじゃねぇか。新たな完全聖遺物、それにウェル博士の裏切り行為。全く、奴さん達の戦力も分からないのに他のもんがどんどんと出てきやがる』

 

「おっしゃる通りです」

 

弦十郎は申し訳ないと斯波田事務次官に頭を下げる。

 

『別に謝れってわけじゃねぇ。不測の事態であるこの件も今回で止められなかったからって誰もお前達を責めはせんよ。それよりも、アッシュボルトとその所属するテロ組織、フィーネを今後どう対応するかだ』

 

「分かっています。今こちらで動いて動向を探っています。それに新たな完全聖遺物、ガンヴォルトが入手したネフィリムという名から色々と調べてもらっております。それに敵の兵器についても調べも尽きました」

 

『それで、あのガスの正体は?』

 

「LiNKERとは全く逆の作用をし、装者の適合率を下げる働きをする事が判明しました。それに、このガスの成分からは装者、天羽奏の適合実験のデータと似ていると判明しました」

 

弦十郎の言葉に斯波田事務次官は蕎麦を啜り、唸る。

 

『櫻井了子がかつてアッシュボルトと協力していた際に送られて、後に改良された物がそのガスってわけか…。全く、厄介な事をしてくれたぜ』

 

「…」

 

弦十郎はその言葉に何も言い返せない。了子がかつてアッシュボルトに渡していたデータが、脅威となり、その事に気付けていなかった事を後悔しているからだ。

 

『別にあいつを責めるつもりはねぇさ。だが、もう敵さんに渡っている物をどうこう出来るはずもねぇ。弦十郎、とにかくそいつの無力化の方法、もしくは弱体化させる方法を模索するしかあるめぇよ。幸い、ガンヴォルトには効かないのが救いってところか』

 

「ええ、ガンヴォルトの力、第七波動(セブンス)は聖遺物とは違う力のためにガスの効果はないと言ってもいいです。ですが、それは敵の能力者であるアッシュボルトも同様の事」

 

『ああ、それだけが一番の問題だ。ガンヴォルト同様の力を持つアッシュボルト。しかもその力も未だ限界すら分からず、シアンの嬢ちゃんによって強化されたガンヴォルトと互角、いや優位に立ち回る奴がいる以上、簡単にいくわけがない』

 

「その通りです。しかし、ガンヴォルト自身もその事を分かってはいる様で、対策を練ってもらう予定です」

 

『嬢ちゃん達にとっては危険が伴うからな。電磁結界(カゲロウ)とかいう反則じみた無敵に近い防御を突破するのは装者の嬢ちゃん達じゃ報告を聞く限り不可能に近いだろう。だからこそ、ガンヴォルトには奴を全力で止めてもらわにゃならん。で、弦十郎。ガンヴォルトの奴は見えないがどこにいやがる?』

 

蕎麦を啜りながらカメラの奥を見ようと少し視線をずらしながら斯波田事務次官は言う。

 

「ガンヴォルトは対アッシュボルトの重要な戦力ですので大事をとって休ませています。それに、今回の戦闘であいつの力で治りはしましたが怪我を負ってしまったので療養を兼ねています。それにそれ同様にシアン君の力も必要であり、今回でかなり消耗している事もあり、ガンヴォルトの第七波動(セブンス)にも影響が出かねないと思いそう判断しました」

 

『そうか。あいつの事だから休まずに何かやっていると思ったが、休んでもらっているなら問題ねぇ。ったく、あいつときたら疲れてても何か調べたりしようとしているからもし何かしてるっていうんなら俺が説教して緊急時以外しばらく休みを取らせているところだ』

 

「あいつも事件解決に尽力を尽くしてくれるのはありがたいですが、言われなくてもしっかりと休みをとってもらいたいというのが本音ですがね」

 

弦十郎も斯波田事務次官も互いに苦労しているとばかりに苦笑いを浮かべる。

 

『まあ、ガンヴォルトが休んでいるのならそれでいい。それとこっちも色々調べてある事件とウェル博士について分かった事を伝えておく。7年前、ウェル博士はとある組織に所属していた事が分かった。F.I.S.という組織にかつて所属していて、聖遺物専門の研究者をしていたらしい』

 

「F.I.S.…米国の聖遺物を研究する機関ですか」

 

『ああ。そして7年前にF.I.S.内を何者かが襲撃した際の研究員が皆殺しにされたという事件の唯一の生き残り。だが、その事件の詳細を見る限り、何故ウェル博士だけが生き残ったというところに疑問が浮かぶ。研究員達がみんな殺されているはずなのに何故ウェル博士だけが生き残ったのか。その時の記録を見る限り、ウェル博士も研究所にいたのにも関わらず、別の場所で軟禁された状態で発見されたという事だ。研究員を皆殺しにしたのにも関わらず、何故ウェル博士のみ軟禁された状態で発見されたのか?』

 

「何かしらウェル博士が情報を持っていた、という事ですか?」

 

斯波田事務次官は蕎麦を啜り、首を振るう。

 

『当時の事件詳細とウェル博士の聖遺物の知識に関しては他の研究員達とそう変わらなかった。なのに何故生き残ったのか?それでどうしても俺は負に落ちねぇから調べていたら、事件の資料で全ての電子機器を外部からハッキングされて機能しなくなったという事と、ハッキングされた電子機器の写真を見て、確信を得たぜ』

 

そう言って蕎麦を啜る箸を止めて、斯波田事務次官はパソコンを動かすとモニターに写真とその時の資料を映し出した。

 

そこに映されたのは英文で書かれた報告書。そして破壊されているが、僅かに電子機器に残る、まるで触れた部分だけが焦げたような跡を残している。

 

『ガンヴォルト自身にもハッキング能力がある。そしてそれも直で見せてもらった。だからこそ、俺はこの破壊された状態でもなんとなくだが、ある可能性が浮かんだ。ガンヴォルト自身の力でハッキングは可能だが、痕跡はなくハッキング出来る。だが、アッシュボルトはガンヴォルトより強力な雷撃故に電子機器に過剰な雷撃を流してしまい、このような事になった』

 

「まさか、その事件の首謀者もアッシュボルトという事ですか!?そして、7年も前からアッシュボルトとも繋がっていた!?」

 

『それ以外考えられねぇ。何故あの時、ウェル博士博士が殺されなかったか。それに電子機器を見る限り、その当時に何かしら意見が一致してウェル博士とアッシュボルトが協力関係になったとも考えられなくもねぇがな。どちらにせよ、7年前からアッシュボルトとウェル博士は協力関係にあり、軟禁から解放された後もなお、F.I.S.の研究機関で聖遺物の研究をしていた。だが、何かしら起こったせいでウェル博士はF.I.S.を脱退している。多分、アッシュボルトに流す情報がなくなったからじゃねえかと俺は考えている。後、それ以外にも調べていたら米国、欧州なんかで、同様に同じように研究者達が皆殺しにされていた事件がいくつか報告されている。アッシュボルトの犯行だろうな』

 

「貴重な情報ありがとうございます。しかし、アッシュボルトは何故聖遺物研究機関を狙っていたのか…」

 

『時系列を見る限り、最後の事件がウェル博士が生き残った者だ。もしかしたら、アッシュボルトは何かしらの情報を持った研究者を欲していたか、聖遺物を欲していたかだな。まあ、こればっかりは何を欲していたかなんて事は俺も調べてみたが分からなかった』

 

「それだけして頂いているだけでも十分です。ありがとうございます」

 

『気にするな、俺だって国の危機なのに何もせず蕎麦ばっかりすすってるわけじゃねぇ。とにかく、アッシュボルト、そしてフィーネと名乗る組織、多分、ウェル博士が所属していたF.I.S.にいた時の協力者の可能性もある。それに他の所属している者だけでも洗い出せば少しでもガンヴォルトとシアンの嬢ちゃんに装者の嬢ちゃん達にも希望を見出せる。戦場に立つ事が出来ない俺達は他の面でサポートしてなんとか事件を解決させるぞ。こっちも他にも何かないか調べていくが、そっちも頼んだぜ』

 

「分かりました」

 

そう言ってモニターから斯波田事務次官が消える。

 

「…アッシュボルト…それにF.I.S.か…」

 

先程斯波田事務次官より聞いた新たな情報で更に目的がよく分からなくなってしまう。

 

アッシュボルトは何故ウェル博士を殺さなかったのか。それに聖遺物を何にしようとしているのか。

 

「お疲れ様です、司令」

 

「ああ、慎次。新たな情報が色々と出てきた。とりあえず、纏めて報告書を作るから後で全員にも確認出来るようにしておく」

 

「斯波田事務次官も色々と調べて頂いてるみたいですね。こちらでも手に入れる事の難しい情報を持ってきて下さるので助かります」

 

「ああ、あの人には俺も頭が上がらない」

 

弦十郎は慎次と話しながら、先程の件をパソコンで纏める作業に努めているとガンヴォルトから連絡が入る。

 

『弦十郎、ちょっと話があるんだけど』

 

「なんだ?仕事の件以外なら出来る限り対応するが?」

 

『ボクが連絡したからって仕事に何で直ぐに結びつくのさ?』

 

「自分の行動を見直す事だな」

 

弦十郎は少し戯けてそう言うとガンヴォルトは少し納得いかない、と少し困ったふうに声を上げるが、冗談だと言って話を戻す。

 

「それで、何かあったのか?」

 

『ダートリーダーの件なんだけど、メンテナンスしていたらあの時の戦闘の影響で消耗したパーツが結構あって治したら家にも無くなったからそれの補充をお願いしたくて連絡したんだ』

 

「休みって言葉を本当にお前は理解しているのか?」

 

弦十郎は呆れながらガンヴォルトへと言うが、休みだからってメンテナンスを疎かにするわけにはいかないとガンヴォルトが真面目に返答するので呆れながらもパーツの保充を技術班に頼んでおく事を伝えておくと言う。

 

「本当にお前って奴は…」

 

『緊急時使えないなんて事笑えないでしょ?』

 

「分かっている。だが、メンテナンスしたらしっかりと休めよ。それと休日らしい事でもしたらどうなんだ?」

 

『…何か含みのある言い方だけど…まあ、聞かなかった事にするよ。一応、未来に誘われて秋桜祭に行くつもりだよ。奏は大丈夫そうだけど、クリスの様子を見に行こうと思ってね。奏から話を聞く限り、クリスがクラスに馴染めているか心配だし』

 

どうやら予定はあったようで少し安心する。しかし、発言を聞く限り、前者はまぁガンヴォルトにデートにでも誘われたのだと思うが、翼や奏、クリスの気持ちを気付かない鈍感だから仕方ないと考えるがもう少しその関係の勘も働かせて欲しいと思う。そして後者の話を聞いて何処となく父親っぽいと思い、年相応じゃないと考える。

 

「ガンヴォルト…お前って本当に二十代か?何処となく兄を通り越して父親を思わせるような感じだが…」

 

『…ボクってそんな風に見えるのか…』

 

ガンヴォルトは何処かショックを受けた様に声のトーンが落ちる。どうやらそう思われるのが相当なショックであった様だ。

 

『…ボクも言った時、あの人もこのぐらいショックだったんだろうな…』

 

通信越しでも遠い目をして哀愁を漂わせている感じがするために、弦十郎もすぐさまフォローを入れる。

 

「俺が父親っぽいって思っただけで、実際だったらあの子達の歳も考えて兄とかそんな感じだと思うぞ!決してお前が老けて見えるなんて誰も思わん!」

 

『そ、そうだよね?ボクは父って感じよりも兄に近いよね?』

 

ガンヴォルトも何処か安心した様に繰り返し、弦十郎はガンヴォルトが安心する様に肯定する。そして、パーツの補充を頼んでガンヴォルトは通信を切った。

 

「ガンヴォルト君があんなにショックを受けるなんて…意外な一面もありましたね」

 

盗み聞きしていたのか、それとも諜報にも長けている慎次だからこそ聞こえていたのか、弦十郎に向けてそう言う。

 

「ああ。まさかあそこまでショックを受けるとは俺も思わなかったよ」

 

弦十郎と慎次は新たなガンヴォルトの意外な一面を知り、苦笑いを浮かべ、取り掛かっている報告書を急いで作成すべく、作業を再開するのであった。



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22GVOLT

ボクは秋桜祭へとシアンと共にリディアンに向かっていたのだが、未来から連絡が入り、少し校門から離れた場所で集合となった。

 

「ガンヴォルトさん!こっちです!」

 

場所に到着して未来がこちらへと声をかけてくれたのでそちらへと向かう。

 

「待たせちゃった?」

 

「いえ、私も今来たばかりですし、大丈夫です!」

 

「良かった。でも急に待ち合わせ場所を学校外に指定なんてどうしたの?校門とかの前とかでも良かったのに?」

 

「えっと…」

 

「本当に鈍感だから未来もGVのこういうところは無視した方が良いわよ」

 

シアンがボクの通信端末を通して未来へと言う。

 

「シアン、それってどういう」

 

「そうだよね…シアンちゃんの言う通り、ガンヴォルトさんのこういうところは自分で気付いてもらわないといけないし…」

 

「未来まで言うのかい…なんのことか分からないけど、正体についてはバレない様に髪も三つ編みじゃなくて纏めているだけだし、眼鏡もかけて軽く変装してるから凝視されたりしない限り、そんなバレないと思うんだけど…」

 

「そういうことじゃないんですよ、ガンヴォルトさん…」

 

「GVは変装とかそういう以前にもっと別の方向の大変な事を気にして欲しいんだけど…」

 

いつの間にかシアンは未来の端末へと移動しており、ボクに聞かれない様になのか二人で話し合っている。

 

「GVって本当に何で自分の魅力が分かってないのかしら。勿論、GVはそれさえなければ完璧な人だと思うけど…」

 

「でもシアンちゃん。ガンヴォルトさんがそれに気付いたらもっと大変だと思うよ?」

 

「確かに…。ただでさえ最近なんかリディアンでの一件もあったっていうのに…」

 

「それにガンヴォルトさんは気を利かせて軽く変装とかしてもらっているけど…正直、私から見たら変装してないというか、なんか普段と違ってこう…ドキドキするというか…」

 

「分かる…それは良く分かるわ。いつもは三つ編みであるのに対してこうなんともいえない、GVの新たな魅力が開花させて…あーもう、本当に困る!」

 

最後の困るは聞こえたが、それ以外何を話しているのかはさっぱり分からない。まあ、それでもシアンがこうやって近い年代の女の子達と平和な会話をしているだけでボクはとても嬉しく感じる。あの時はどうしてもシアンの様子などは隠れ家で雰囲気でしか分からなかったけど、こうやってみんなと話している姿が見れてとても心地が良くなる。

 

「何に困るかは分からないけど、秋桜祭も始まっているんだから、早く行かなくても良いの?シアンも秋桜祭楽しみにしていたんだから」

 

「そうですね…ここで今の話を続けても絶対に気付かないでしょうし…」

 

「そうね…もうこの話は一旦置いておきましょう…」

 

シアンも実体化して未来同様にボクへとジトーっとした視線を向けて言う。一体なんの話をしていたんだという事と、何故ボクにそんな目線を向けられるか理解出来ない。

 

「じゃあ行きましょうか、ガンヴォルトさん、シアンちゃん。秋桜祭を案内しますね」

 

未来はそう言ってボクへとパンフレットを渡して手を引いてボクを連れて行く。

 

シアンはその様子を見て未来に何やら言っているが、通信端末を通していないせいで未来には届いていない様だ。

 

何処となく、未来も楽しそうにボクをリディアンへと招き入れると、校門から学院へと続く通路は屋台で埋め尽くされており、リディアンの生徒達がお客さんを呼び込むために声をあげたり、一生懸命に働いていた。

 

「やっぱり流石生徒数の多い学校のお祭りだね。去年もすごかったけど今年は立地が変わったし、新校舎になっているのか気合が入っているね」

 

「すごいよ、GV!こんなの私初めてだよ!」

 

シアンも先程の態度は何処へ行ったのやら、秋桜祭の雰囲気に興奮して忙しなく視線を屋台へと向けていた。

 

「ガンヴォルトさんは去年も来てたんですか?」

 

「まあ、どんなものか実際に見るくらいだったし、翼の方が去年のこの時期は色々とアーティスト活動を専念していた事もあって、外からどんな様子か見物してたぐらいだから、こうして実際に参加するのは初めてだけど」

 

「だったら折角のお祭りですし楽しみましょう」

 

「GV!未来!あっちにチョコバナナとかたこ焼き置いてあるよ!それに手作りの縫いぐるみとかも!他にもクレープとか綿アメ、色々あるよ!あっ、あの看板可愛い!どうやって作ったんだろう!」

 

ボクと未来の会話を遮り、シアンが通信端末越し話しかける。シアンも早く中で見回りたいらしく、早口でボク達を急かしてくる。

 

「まだ時間はあるんだから、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」

 

「でも!こんなの初めてだし、実際に開催している時の様子なんて今日しか来ないんだったら今日じゃないと見れないじゃない!」

 

「大丈夫だよ、シアンちゃん。秋桜祭はまだ始まったばかりだから、慌てなくても今からでもちゃんと回れるよ」

 

まるでシアンを姉の様に嗜める未来。そして、ボク達は人混みをゆっくりと進んでいく。

 

だが、あまりの人の多さに未来が少し遅れそうになっている為にボクは未来の手を握る。

 

「ガ、ガンヴォルトさん!?」

 

「いくら連絡がつくといっても離れ離れになると楽しむ時間が減っちゃうからね」

 

「そ、そうですね!でも…こういうのはちょっと嬉しい様な恥ずかしい様な…」

 

未来は顔を赤くしてもじもじとしながら、辺りを少し気にしながら見ている。だが、それよりもボクはシアンが今向けている視線に関して違和感を覚え、シアンの方を見るとシアンが頬を膨らましながら未来とボクの手を羨ましそうに、そしてその行動を見て怒りを見せる。

 

「ちょっとGV!何ちゃっかりと未来と手を繋いでいるのよ!それに未来も何嬉しそうにしてるのよ!」

 

怒りのあまり、通信端末を介さずにシアンが怒り始める。ボクは周囲の人に怪しまれない様に未来の手を引きながら、人気のない場所へと急いで向かい、何故シアンが怒ってしまったのか分からないが弁明をする。

 

「シアン、あんなに人がいるんだから、案内してもらう未来と逸れたら大変だろ?なんでそこまで怒る必要があるの?」

 

「えっと、シアンちゃん怒っているんですか?」

 

「ええ!怒りますとも!GVも私がいながら!ホイホイとそうやって女の子に対して優しくして!」

 

「いや、優しくするのが何処がいけないのさ?」

 

「それはそれでGVの良いところだけどその使い所と人が違うの!」

 

「シアンは何が言いたいのかボクは時々分からなくなるよ…」

 

シアンの怒る理由が時と場合、それと人を選べとは…。優しくするのに時と場合、人を選ぶなどとよく分からない。未来に対しても何か言っている様だが、当の本人は通信端末を介さないとシアンの声を聞く事が出来ない為にオロオロとしている。

 

「なんか見知った奴が急いで行ったかと思えば、こんな所で何してるんだ?」

 

「って!お前!あとで一緒に回ろうって言った時、断ったのはこういう事だったのかよ!というか何で手を繋いでるんだよ!?」

 

そんな時、奏とクリスが秋桜祭で出し物である何処かの民族の衣装に身を包んでおり、手には自分達のクラスの宣伝用の看板を持っていた。

 

「クリス!奏!ちょうど良いところに来てくれたわ!未来が私がいる前でGVと手なんて繋いでるのよ!」

 

「ああ!それについては私も言いたい事が出来た!」

 

シアンとクリスは怒っている様子だが、ボクは何故普段は口喧嘩の絶えないこの二人が団結するかよく分からなかった。

 

「まあ、良いんじゃねぇか?手を繋ぐぐらい?そんなんで怒っていたらガンヴォルトに関してはキリがないぞ?」

 

「奏さん」

 

未来は奏の大人っぽい態度に尊敬の眼差しを浮かべ、シアンとクリスはぐぬぬと何処か納得しながらも悔しそうにしている。

 

「いや、ボクはこれひとつといって納得は出来ていないんだけど…」

 

「これ以上ガンヴォルトは何も言わなくて良いんだよ。話がこじれるだけなんだから」

 

奏がボクへとため息を吐きながらそう言う。納得で出来わけではないがこれ以上、話がこじれるのならボクは奏の言う事に黙って従う。

 

「それで良いんだよ」

 

奏はため息を吐きながらもこの場の衝突が収まった事を確認する。ボクとしても奏がこの場を収めてくれたおかげで助かったのだが、未だ納得しきれない部分もあるが、これ以上時間を割くわけにもいかないと思い、何も言わない。

 

「で、ガンヴォルト。収まったんだったら私とクリスに何か言う事ないのか?」

 

「…ああ。奏、クリス。とってもその姿似合っているよ。それにリディアンらしく音楽に関係している民族衣装だね。クリスも奏の着ているディアンドル。音楽の都である欧州の服装だし、歌を響かせる君達にぴったりでとても似合ってるよ」

 

それを聞くと奏は嬉しそうに笑い、クリスは悔しそうな表情から一転して顔を赤くしながらそっぽを向いてしまうが、どことなく嬉しそうであった。

 

「むむむ!GV!私だって歌以外の力をもっとコントロール出来ればあんな服装やいろいろな服装にだって出来るんだから!私もあんな服装着た時は絶対に褒めてよね!?」

 

「確かに綺麗だし、ガンヴォルトが言う事は分かるけど…私だって…」

 

シアンはボクの近くで浮遊して何やら服装のリクエストを聞いたりして褒めてとせがんで来る。未来も未来で何やら独り言を呟いていた。

 

「分かったよ、シアン。君も服を変化できる様になったら感想言ってあげるから。それで、奏とクリスは看板を持っているって事は出し物の案内係か集客係でしょ?こんなとこにいて良いの?」

 

「まあ、それは一瞬で疲れたというか何というかな」

 

奏は頭を掻きながら笑う。

 

ボクも何となくそれを察する。奏はまだ復帰していなくても人気であったツヴァイウィングの片翼であり、今でもファンの多いアーティストである。翼もいるし、一目見ようと押しかけるファンも多いだろうし、こうやって集客のために歩いていれば注目の的であろう。それにクリスも容姿の整った女の子であり、奏と歩いていると色々と目立つだろう。

 

「心中お察しするよ。二人とも大変だったね」

 

「大変なんてもんじゃねぇよ。こいつと一緒にいると先輩同様のアーティストだからって凄い勢いで詰め寄られるんだからな。写真は撮られる事はないからまだ良いけど、あんなに人が集まられると酔いそうだ…」

 

「大丈夫、クリス。でも衣装もクリスも可愛いからクリス目当てもいたんじゃない?」

 

「別に知らない奴に迫られた所で疲れるだけだからな…」

 

「まあ、そうだな。最初は対応できるけど、流石に人が多くなるにつれて回らなくなるし。私としては一人一人ちゃんと案内してやりたかったんだけどな」

 

「あー、なんか私も少し分かるかも」

 

シアンも元は皇神(スメラギ)によってアーティスト活動をしていたからこそ、奏の先程の事がなんとなく分かるらしい。流石にボクはその辺りはよく分からないためにクリス、未来、ボクは置いてかれている様な感じだ。

 

「あいつもそうだが、シアンもアーティストだったってのもあるからそこら辺共感出来るのは分かるが、私はあんなのが私生活まで気を使わないといけないとなると流石にやってられないぜ」

 

「確かに。そう考えると奏さんや翼さん、シアンちゃんは大変そうだね」

 

シアンはアーティストと私生活は完全に姿は違ったため、少し状況は違うが、それでも色々あったのか奏と話が盛り上がっている。だが、時間も限られているだろうし、奏とクリスにはまだやるべき事があるだろうと思い、ボクは話を切り上げさせる。

 

「二人とも、そろそろストップ。奏もクリスもまだ集客係の最中なんだろ?クラスの人達が探し回っているかもしれないから、休むんだったら、一言言ってこないと。シアンも話ばかりしてると回る時間がなくなっちゃうよ」

 

「そうだった!奏とこんな話をしてる場合じゃなかった!まだ全然秋桜祭回れてない!GV!未来!とにかく片っ端から見て回るわよ!」

 

そう言うとシアンは我先にとメインストリートへと飛んで行こうとする。

 

「分かったよ。それじゃあ、また後でな。ガンヴォルト」

 

「…ほんとに来るんだろうな?」

 

クリスは最後に不安そうにそう言って来るのでボクはクリスの頭に手を置いて言った。

 

「大丈夫。電話で言ったでしょ?必ず向かうから」

 

そう言うと不安そうな表情が一変して恥ずかしいやら嬉しいのやら顔を赤くしながら、シアン同様にメインストリートへと走っていく。

 

「必ず来いよ!じゃないとあんたに鉛玉ぶち込んでやるからな!」

 

「あ!おい待てよ!クリス!悪りぃな、ガンヴォルト、未来!じゃあまた後で!」

 

ボクは二人に頑張っておいでとエールを送り、姿を見送った。

 

「あのガンヴォルトさん、二人は何であんな事を?」

 

「まあ、時間が来れば分かるよ。それよりも、ボク等も行こうか。秋桜祭を楽しみに」

 

「はい!」

 

そう言うと未来はボクの手を引きながら、奏、クリス、シアンが向かったメインストリートへと戻っていくのであった。



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23GVOLT

メインストリートの屋台をシアンが気になる物があるとすぐに飛んでいってしまうので、ボクは見失わない様に人混みを避けながらついて行く。

 

「わぁ!GV見て見て!リディアンの生徒のフェルトがいっぱいある!可愛い!」

 

「可愛いね。それにリディアンの制服をしっかりと作り込まれているし、作った人はとても器用な人だね」

 

「ガンヴォルトさん…シアンちゃんに言っているつもりですけど、私を含めた見えない人からしたら目の前の人を褒めている事になってますよ。別に良いんですけど、それはそれで目の前の人に勘違いさせてしまってます」

 

未来がボクだけに聞こえる様に小さな声でそう言うので、店番をしている生徒の方を見ると何故か顔を赤くしてとても恥ずかしそうにしていた。

 

一応、見えないシアンの事を考えて独り言でも大丈夫な様に言っているつもりだったのだが、勘違いさせる様な事を言った記憶がない。

 

「別にそんなつもりじゃないよ。それに勘違いさせる様な事を言ってるつもりもないし、良いところは良いところでボクもそう思った事を口に出しているだけなんだけど…」

 

シアンも店番の生徒の姿を確認するとハッとして未来と一緒にジトーとした視線を向けてくる。

 

「ガンヴォルトさん…」

 

「GV…」

 

「…何でボクはそんな視線を向けられないといけないんだい?」

 

ボクは全く意味が分からないと溜息を吐く。それに反応してシアンも未来もボクに対して鈍感と言ってそっぽを向いてしまう。シアンは見えない事を良い事に顔を赤くした生徒へと目の前まで行って何やら睨んでいる。

 

シアンに止める様にする為にフェルトを取ってシアンをその子から離す様に手を動かして財布を出す。

 

「このフェルト包んでくれる?」

 

「は、はい!」

 

その子はボクの取ったフェルトを受け取ると丁寧に包装していくとラッピングをした。そしてボクが受け取ると代金を支払う。そしてお釣りを貰う時に何故か両手でしっかりとお釣りが落ちない様に手をしっかりと握られる。

 

その瞬間にシアンがまた何か言い始めるのだが、何故そこまで怒る必要があるのだろうかと考えながら、ボクは受け取ってその場を後にする。

 

「ガンヴォルトさん…シアンちゃんが怒っていると思うんですけど、ガンヴォルトさんのせいですからね」

 

「未来まで…シアンも何で買っただけなのにそんなに怒るの?」

 

「GV!私が怒っているのはあの女の行動のせいよ!」

 

「何でただ買って商品受け取っただけじゃないか?それにシアン、リディアンの生徒をあの女って…」

 

シアンはボクの言葉に呆れたのか未来の方へ向かい、未来のスマホと繋がり、話し始めた。

 

「ちょっと未来!GVはあの行動に何も思わないわけ!?おかしいでしょ!?お釣り渡すだけなのにあんなに手を握られて!?」

 

「それは分かるけど、ガンヴォルトさんってテレビで出てる芸能人みたいに容姿が整っているし、私達みたいに女子校に通っている女子高生からしたらお近付きになりたいんだよ。変装で眼鏡をかけて髪を三つ編みにはしていないっといってもガンヴォルトさんの魅力は私的には変わらないし、もう仕方ないよ」

 

「分かるわ!でもGVは私的にコンタクトの方が絶対良いと思う!」

 

「私もシアンちゃんの意見に同意だけど、もうあの鈍感さは諦める他ないと思うよ…」

 

シアンも未来も何故そう言うのだろう。というかボクは何故フェルトを買っただけでそこまで言われなければならないのだろうか。シアンは未来に言っているのは聞こえるが未来の声は正直聞き取れなかった。

 

「言われたい放題だな…ボクが全面的に悪いのか?何かしたって訳じゃないんだけど…奏もクリスもそうだったけど一体なんでそこまで言われないといけないんだ…」

 

とにかく、このまま二人で話し合っていても秋桜祭も楽しめない事と、他の予定もあるために、未来とシアンに学園内の方へと行こうと話し切り上げさせると、屋台で食べ歩きできそうな物を買ったり、シアンが欲しそうにしたり、未来も悩んでいた物を買ったりとしながら楽しむ。

 

「ほら、未来の分」

 

「ありがとうございます、ガンヴォルトさん。すみません、態々お金を出させてしまって…」

 

「気にしないでいいよ。案内してもらってるお礼だから。ボクもシアンも楽しませてもらっているからこれぐらいはさせて欲しいんだ」

 

「GV…未来にいい格好したいわけ?」

 

シアンはボクの行動を見てそう言うが、シアンに案内してもらっているし、これくらい大人として当たり前の対応だと言って納得させる。

 

そんなこんなで未来とシアンと共に秋桜祭の出し物を見ながら回っていく。

 

「GV!コスプレ衣装の撮影会してるクラスがある!執事服とか新選組とか色々!」

 

「タキシードとかもありますよ!他にもガンヴォルトさんがモデルになってる都市伝説の雷人も!」

 

そして回っているとシアンと未来がとある教室の前で動きを止めるとそう騒ぎ始める。

 

どうやら、衣装の貸し出しをやっているクラスがある様でいろいろな服を置いているクラスがある様だ。しかし何故女子校なのに男性用があるんだと考えているが、男性客もいるので用意しているのかと思う。

 

「…着ないとダメかい?」

 

「着て欲しいです!」

 

「私も!と言うかGVのスーツ姿と戦闘服姿と私服姿もカッコイイけど他の衣装を着た色々なGVを見てみたい!」

 

素直なのは良い事だけど、そこまで強く押すところだろうか?そんな形でボクは押される形でシアンと未来に連れて行かれる様にそのクラスへと入る。

 

そしていうまでもなく、シアンと未来が言われた服装へと着替えさせられた。

 

「以前もあったな…こんな事…」

 

ボクは溜息を吐きながら、未来とシアンの言われた服装へと何着も着回す事になった。

 

しかし、この時何故か今までいなかった生徒がどんどんと入ってくるのはどうしてなのかと考えるが、もうやめて秋桜祭を楽しもうしている二人にも聞くに聞けず、悶々としていると別のピリッとした視線を感じてその方向を急いで向く。

 

だが、先程の様に何か感じる様な視線はない。

 

「…?一体なんだ?」

 

「どうしました?ガンヴォルトさん?」

 

「どうしたのよ、GV?」

 

未来とシアンは何かボクに違和感を感じて次の衣装を選ぶのをやめてそう言う。

 

「…何か変な気がしたんだけど」

 

「これだけの人の前で色々としてたらそう思うのは仕方ないかも知れませんけど…」

 

未来はボクに対しての多数の好奇の目を見てそう言うが、そうではないと言いたかったが、一瞬だけのため、判断が出来ず、その事を留めて未来とシアン、気付けば他の生徒からのリクエストを受けて色々な服へと着替えさせられる着せ替え人形とかしてしまった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「…なんて奴デス!あんな一瞬の視線でこっちを向いてきたデス!というか、奴までここにいるのは想定していたデスがこんな早くにも接触しそうになるなんて想定外デスよ!せっかく楽しく美味しい物を…じゃなくて偵察していたのにバレるとこだったデス!」

 

「危なかったね。でもあっちは気付いていなかったよ、切ちゃん」

 

切歌と調は先程人がたくさん集まっていた教室を覗いてみるとこちらの要注意人物であるガンヴォルトの姿が目に入った。しかもこちらが見つけた瞬間に彼方はすぐにこちらへと視線を向けようとしていたので急いでその場を後にしている。沢山の人がいたおかげでスムーズに視線を切り、多分見つからずになんとかやり過ごせたと思う。

 

「危なかったデス…でも、アイツが居ても何としてでもマリアやマムの為にも何とかして相手の情報を持って帰るデスよ!」

 

切歌と調はマリアとマムの為に何としてでも敵の情報。もしくは弱点になるものを調べる為にたまたま開催されていた秋桜祭へと紛れ込んだのだが、すぐに敵の重要人物であるガンヴォルトを見つけるとは思いもしなかった。

 

「ガンヴォルトがダメなら他の装者達を見つけるデス!」

 

切歌は張り切って捜索に繰り出そうとするが、調は何やら動きを止めて考え込んでいる。

 

「?どうしましたか、調?」

 

「切ちゃん…どうしよう…大変だよ」

 

「ッ!?もしかして本当はガンヴォルトにバレていたですか!?アイツ!敵である私達を見過ごしていたって事ですか!?」

 

切歌は逃げ切れたと思っていたが調の言葉に狼狽えながらも周囲にガンヴォルトの姿がないかを確認する。しかし、ガンヴォルトの姿もこれから探そうと言う装者の姿は見当たらない。もしや、こちらの様子を伺っているのかと考えて警戒してしまう。

 

「違うよ、切ちゃん…」

 

だが調は切歌の予想した事態とは違うと否定した。

 

「じゃあどうしたんですか、調?」

 

何が大変かよく分からなかった切歌は調へと問いかける。そして調は閉ざした口を動かした。

 

「あの男も…ガンヴォルトも私達同様に潜入美人捜査官眼鏡を着用していたの…いや、あっちは男性バージョンだから潜入美男捜査官眼鏡?私達が敵情視察の為にマリアとマムが渡してくれたこの眼鏡を敵も持っているなんて思いもしなかったよ…まさか潜入美人捜査官眼鏡に似た物を敵も持っているなんて…」

 

調は悔しそうにそう言った。

 

「何デスと!?確かに眼鏡らしき物を掛けていましたが、ガンヴォルトも潜入美人捜査官眼鏡を所持しているなんて予想外デス!というか男性も表現的には同じ美人でも良いはずデス!」

 

確かにガンヴォルトも眼鏡を掛けていた事を思い出した切歌は声を上げる。

 

まさか敵もマリアとマムが渡してくれた敵に素性を隠し、誰にも見咎められる事なく潜入出来る潜入美人捜査官眼鏡を所持しているのなんて思いもしなかった。

 

「デスが、調!安心するデス!」

 

だが、切歌は調を安心させる様に言う。

 

「彼方が持っている物は絶対に偽物デス!何故なら、私達が使用しているこの潜入美人捜査官眼鏡は本当に周りの人達に怪しまれる事なくここまで辿り着けているデス!ガンヴォルトも掛けていましたが、思い出すデス!あれが本物であればあの部屋にあんなに人が集まらないデス!所詮は偽物!同様に戦闘服っぽい物を着てあんな偽物を掛けていたとしても効果が無い事は既に把握出来たデス!」

 

切歌が言う様にガンヴォルトは戦闘服であるあの蒼いコートに身に包んで眼鏡を掛けていた。しかし、効果などなく、大人数に押し寄せられていたのがその証拠である。

 

「そうだね…マリアとマムが用意してくれたこっちが本物であっちは偽物に踊らされている道化だって事だね」

 

調はどこか安心した様にそう言って彼方が偽物であると思い、言い方は何故かトゲがあるが敵にそんな情など必要ないと思い、その認識でも問題ないと納得する。

 

「そうデス!彼方は偽物デス!そんな簡単にマリアとマムが手に入れてくれた潜入美人捜査官眼鏡が存在するはずもないデス!」

 

切歌と調はガンヴォルトがつけている眼鏡を偽物だと納得して潜入を続ける。

 

だが二人はガンヴォルトが付けているのは通常時に掛けている普通の度付きの眼鏡であり、決して切歌と調が付けている潜入美人捜査官眼鏡ではない事は知る由もなかった。

 

「あっ!調!あっちに怪しそうな屋台があるデス!調査するデスよ!」

 

「…切ちゃん、本当の目的は分かってる?」

 

「勿論デス!あそこももしかしたら何かあいつらに関係しているかも知れないデスから一緒に調査するデスよ!」

 

そして二人はガンヴォルトの事を一旦忘れて調査基秋桜祭の敵情視察を続けるのであった。

 

「お姉さん!綿飴二つお願いするデス!」

 

「やっぱり切ちゃん、目的よりも食べ物に目が眩んでない?」

 

結局その事を問いただす調に対して切歌は調査と称して買い物を楽しむのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「マム…切歌と調、しっかりと出来ているかしら?」

 

「いえ、別にしっかりしてもらわなくても大丈夫ですよ。あの二人はアッシュボルトのせいで色々とストレスを溜まっていると思いますから、息抜きの為に送ったのに過ぎません。なんの成果を得られなかったとしても二人には少しでも元気になってくれればそれで構いません。マリアもあの子達同様に行かせてあげたかったのですが、顔を世界に知られている以上、行かせるわけにはいかなかったのです。本当にごめんなさい」

 

マリアはナスターシャの思惑を知り、二人が元気になってくれるならばいいから気にしないでと言う。

 

「でも、あの子達、大丈夫かしら?変装用として眼鏡を渡したけど、なんか特別な物と勘違いしている節があったから…」

 

「大丈夫でしょう…あの子達も目的は分かっているはずです。無茶なんてするはずもないですから」

 

「…そうね。あの子達も無茶はしないでしょうし、欲を言えば少しでも気分転換して欲しいものね」

 

マリアとナスターシャは少し二人の事が心配になるがそれでも少しでもアッシュボルトの事など考えずに短いが少しでも楽しんでくれる事を祈った。



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24GVOLT

なんとか着せ替え人形になっていたが、秋桜祭の目玉であるコンテストが始まるという事で人が減っていくのを確認してボク達は一旦教室を出て休憩を挟んでいる。

 

「ごめん、GV…まさかあんなにも人がごった返すなんて思いもしなかった…」

 

「私もすみません…気付いていたんですが、前みたいにたくさんの衣装をガンヴォルトさんに着させたくて…」

 

「別に怒ったりはしてないよ。まあ、写真だけは撮られるのは少しだけやめて欲しかったけど…」

 

ボクはため息を吐きながら先ほど買った飲み物に口をつける。まさかあんなにも何故か人が集まり、未来とシアン以外にもあんなにもリクエストをされるとは思いもしなかった。一応断りはしたのだが、結局は未来とシアンに押される形で着る事になったりと写真を撮られる事となったりで大変であった。

 

「でも!GVがあんな格好するのなんてこの先あるか分からないじゃない!しかも前は翼と響と未来もこうやっていたみたいだし、私だってGVに色々と着せたかったんだもん!」

 

「いや、楽しんでくれるのはいいんだけど限度を考えてよ…」

 

ボクはシアンの言葉にため息を吐く。言う通り、あれから一時間ほど経っており、予定が大分圧迫しているのであった。

 

「まあ、コンテストにはまだ間に合うからいいけど…」

 

「コンテストで何かあるんですか?」

 

未来はコンテストでボクが何を楽しみにしているのか気になり、聞いてくる。

 

「伝わっていないなら、その時のお楽しみだよ」

 

ボクも言うと楽しみがなくなると思い、未来にその事を内緒にしておく。

 

「あ!未来、シアンちゃん、ガンヴォルトさん!」

 

休憩している際に響の声が聞こえるのでそちらの方を向くと手には抱えて入れるのが不思議なほどの屋台の食べ物を持つ響が来た。

 

「響、すごい買い込んでるね…」

 

「だってお祭りですよ!屋台ですよ!食べ物も美味しい物ばかりあるから買わないと損しちゃうじゃないですか!」

 

そう言って響はたこ焼きを食べる。他にも綿アメや焼きそば、焼きとうもろこしとリディアンのメインストリートのところに置いてあった食品系の屋台の食べ物を交互に食べる。

 

「響…行儀悪い」

 

「もう、少しは恥じらいを…」

 

シアンも未来も響の姿を見て呆れているのかため息を吐く。

 

「まあ、いいじゃないか。お祭りなんだし、少しくらいは」

 

「そうだよ!こんなのしばらくないんだし少しくらいは!それよりも何か校内の方が騒がしかったって言ってたけど何かあったの?イベントとかだったら私も急いで参加したいと思ってたんだけど?」

 

どうやら先ほどの件が色々なところまで広がっていたようでその様な形で響の耳に届いていたらしい。

 

「多分ガンヴォルトさんに少しコスプレさせていた時だと思う。あの時皆んな騒いでたから」

 

「何それ!?」

 

響は未来にその時の事を聞いて詳しくシアンと未来に事情を聞く。未来がその時のスマホの写真を見せて事情を話している。

 

「えぇ!ガンヴォルトさんの着せ替えまたやったの!?酷いよ未来、シアンちゃん!私もガンヴォルトさんに着てもらいたい物あったのに!」

 

「ごめんね、響。つい楽しくてシアンちゃんと色々着て貰ってたら楽しくて」

 

「そうそう。響は一回経験してるんだからいいじゃない。私だって初めてであんな服やこんな服をGVに着せたりしたわ」

 

「私もその場所にいたかったよー!あの時は私服だったからガンヴォルトさんに非現実的な服装なら着てもらいたかったのあるのに!」

 

「ごめんね、響。それよりも響はどんな服をガンヴォルトさんに着てもらいたかったの?」

 

「あっ!私も気になる!」

 

未来とシアンは響がボクにどんな服装を着せようとしていたのか聞く。

 

「ガンヴォルトさんっていつも三つ編みじゃん!だったら絶対に中華服のチャンパオって奴が絶対に似合うと思ってたから着せたかったんだよ!」

 

「!!」

 

シアンと未来はボクの方を見て確かにと呟く。

 

「ごめんけど、響。今日は変装も兼ねて三つ編みじゃないよ」

 

「えっ!?本当だガンヴォルトさんが三つ編みじゃない!?どうしてですか!?なんで今日に限って!」

 

「だから変装って言ったでしょ?」

 

「確かに印象は変わりますけど…なんで変えちゃうんですかー」

 

響は残念がって言うが何故皆んなボクの事を着せ替え人形の如く色々な服を着せたがるのであろうか…。

 

「着させたいのはなんでか知らないけど、もうそろそろコンテストの方が始まるから席を取りに行こうか」

 

「えっ?もうそんな時間ですか?私もクラスメイトが出るのでもう少ししたら行こうと考えていたんですけど」

 

「開始したらすぐに面白いものを見せてくれるって言う事を教えてもらってね。全員楽しめるものになっているから。特に響にはね」

 

ボクは響にとってはとても楽しめるものだよと含みのある言い方をして響も気になったのか何があるか聞いてくるが、行ってからのお楽しみと言って響達にコンテストである事を黙っておく。

 

「結局なんなんだろう?未来は分かる?」

 

「…私もさっきからガンヴォルトさんにはぐらかされてるから分からないよ。シアンちゃんは?」

 

「わたしは知ってるけど、GVとその人達から口止めされてるから私の口からは言えないわよ」

 

「みんなの知ってる人だよ」

 

ボクは飲み物を飲み終えるとゴミ箱に紙コップを捨てると響に持っている物を早めに食べる様に伝えてコンテストの会場となっている講堂へと向かう。

 

辿り着いて席を探そうとする響と未来に探さなくていいよと伝えて、予め聞いていた講堂のバルコニー席へと向かう。

 

「なんでガンヴォルトさんこんな席に入れるんですか!?先生とかしか入れないですよここ!?」

 

「そうですよ!?ここって普段は入れない席なのになんでですか!?」

 

「ちょっと招待してくれた人達が口添えしてくれたみたいで、特等席で見てほしいという事らしいよ。ボクも普通の席でいいって言ったんだけど、特別だからって」

 

ボクに引き連れられた三人は用意されていた椅子に座るとコンサートがちょうどよく開始される。

 

そして司会の女の子が挨拶や進行などの説明をしていると何故か教員が現れて司会の子に耳打ちをする。

 

「えっ!?ほ、本当なんですか!?」

 

司会の子は進行も忘れてそう叫ぶ。その瞬間に会場はどよめき、何か起こったのかと騒がしくなる。

 

「す、すみません!まさかの事態にあんな声を上げてしまいました!でも、安心して下さい!私達は今!物凄い場に立ち会う事になるんですから!」

 

司会の子はどこか興奮が抑えきれない様にマイクに向けて大きく叫ぶ。その事から何が起こるのか分からないがとんでもない事が始まると期待する観客達。

 

「今日限りですが!まさか!まさかの事態に私も驚きを隠せません!」

 

そして司会の子は興奮気味にマイクなどを忘れ、会場に届く声で叫ぶ。

 

「なんと!今日この日!誰もが待ちに待ったあの人達が登場します!私も今この場で司会を出来ている事を幸運に思います!」

 

「一体なんであんなに興奮してるんだろう?」

 

シアンが何故あんな司会の子が興奮するのかよく分からない様で少し困惑している。

 

「それでは登場して頂きましょう!」

 

その言葉と共に舞台袖から二人の人物が姿を現した。

 

「えっ!」

 

「本当!?」

 

その人物が姿を現し、講堂は興奮が隠せない程どよめき、それはすぐに歓声へと変わる。

 

「今後復活の予定のこのお二方!ツヴァイウィングの天羽奏さんと風鳴翼さんです!まさか、こんな奇跡をいち早くこの場で拝めるなんて!」

 

そう、事前にボクとシアンは聞かされていたので驚く事はなかったが、奏と翼がマイクを持って観客に向けて叫ぶ。

 

「隠していて悪かったと思ってるけど、それでもどうしてもこの場を使って歌いたかったんだ!」

 

「奏と同じく、隠していた事はごめんなさい!でも私もこの話はみんなにサプライズとして楽しんでもらいたかったの!」

 

奏と翼がステージから観客達へと向けてそう言った。

 

「みんなには私が入院して色々と迷惑を掛けた事は本当にごめんなさい!でも、私はここからまたアーティスト、ツヴァイウィングの天羽奏としてステージに立つ!まだ復帰の目処は立っていないけどな!」

 

奏の言葉に観客達は歓声を上げる。それもそのはず、奏の事は退院して以降全くと言っていい程、流れておらず、誰もが待ち望んでいた復帰宣言であるからだ。ボクも流石にそこまで聞いてはおらず、少し驚く。

 

「まず、この場を借りて発表させてもらったのはどうしてもこの事を知ってほしい人がいるからだ!翼も勿論だが、私があんな状況になって、どれほど心配掛けてしまったかは分かってる!それでもその人はどこまでも私を信じて帰ってくるのを待ってくれて、私の事を大切にしてくれた人だから!だから!その感謝を込めてその人に歌を聴かせたくてこの場を借りたんだ!」

 

会場はその事に更に声が上がるが、それはこの場でまたツヴァイウィングの歌が生で聞けるという喜びである。そしてその人が誰なのかという意見も上がるが、それも多数の声援でかき消される。

 

「…GV」

 

シアンは何かを察したのかボクの方を見てくる。

 

「発表に関しては初耳だったけど、これはね。以前からの奏との約束だからね」

 

奏と交わした約束。彼女の歌をしっかりと聴かせて欲しい。それを奏はこういった場で果たそうとしてくれたのだ。

 

「約束は良いとしても、奏のあの言葉の意味を理解してないの!?隣にいる翼も驚いてるのに!GVはこの意味を理解してないの!?」

 

少し焦るシアンだが、ボクは大切って家族みたいに思われているんだろ?と言うとやっぱりGVはGVね…気付かないで安心したけど…やっぱり奏には一言言っておかないと…とぶつぶつと何か独り言を呟いている。

 

ボクは疑問符を頭に浮かべる。そしてシアン同様に少し不満そうな顔をしていた未来も、どこか安心した様にフゥと息を吐いていた。

 

何故ボクの方を見るのだろうか?と思いながらステージの方に目を向けると、奏と翼がこちらを向いており、奏はウィンクして、翼は手を控えめに振る。ボクも振り返すと、二人ともニカっと笑う。

 

そしてツヴァイウィングの代表曲である『逆光のフリューゲル』。

 

響の方は大好きなアーティストがこの場で復活する事を知ってからずっと涙を流して拍手していた。

 

そしてボクが、何故この二人が復活する事を知っているのかは秋桜祭の前に家にいる時に既に聞いていたからであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

アッシュボルトに逃げられた後、休みをとっていたボクは家で奏と翼、クリスがいる時にこの話を打ち明けられた。

 

「なぁ、ガンヴォルト」

 

「なんだい?」

 

「秋桜祭のコンテストは来るのか?」

 

「勿論見に行くつもりだよ。初めて見るし、シアンもどんな感じか楽しみにしてるからね」

 

「もしかして奏も出るの?でもコンテストは奏とかが出るとダメなんでしょう?アーティストが出たら絶対に公平じゃなくなるから」

 

シアンの言葉の通り、アーティストである奏と翼はコンテストには参加出来ないと聞いている。

 

「確かにシアンの言う通りだけど、あんたは平気なのかよ?まだ装者としても復帰して間もないし、おっさんの隣にいるあの男もまだ復帰のタイミング見計ってるんだろ?」

 

クリスがシアンの言葉に答えて、奏の事を心配していう。

 

「クリス、心配してありがとな。普段もそういう感じていてくれれば良いのに」

 

「なっ!ウルセェ!ただ思った事を言っただけだろ!」

 

顔を赤くしてクリスはそっぽを向いてしまう。

 

「まあクリスの言葉にも一理あるけど、レッスンも最近出来る様になったし、緒川さんにも話して復帰の目処を立ててもらってるところ。それで話を戻すけど、私もコンテストのゲストとして歌おうと思ってな」

 

「それは良いと思うけど、どうして急にそう決めたんだい?」

 

「…ガンヴォルトとの約束だからな」

 

奏は少しの沈黙の後、小さな声で呟く様に言った。それで、ボクは二年前に奏に言った言葉を思い出す。

 

「それでか。確かに約束したね。それだったら是非奏の歌を聴かせてもらいたいな」

 

そう言うと奏はボクがしっかりと覚えていた事を嬉しそうにして頷く。

 

「とは言っても、あたし一人じゃまだ心細いとこもあるし、翼と一緒にな。翼も卒業したら、海外に行くし、そうなるとツヴァイウィングでの活動が制限されて一緒に歌う機会がなくなるから翼と一緒に沢山の歌をまた歌いたいからな」

 

「奏…」

 

その言葉に翼は奏の方へとキラキラとした目を向けて涙ぐんでいる。

 

確かに、翼も卒業後は海外へと歌を届けに行ってしまう。そうなるとツヴァイウィングとしての活動があまり出来なくなるのも確かである。

 

「でも、コンテストのゲストとして出るのは良いと思うけど、慎次は許可してくれた?そうじゃないと色々と大変じゃないのかい?」

 

「その辺りはもう緒川さんに許可もらってるから大丈夫だよ!だから絶対ガンヴォルトは聞きに来てくれよな!特別な席を用意してもらったから!勿論、私と翼の歌だけじゃなく、クリスのもさ。あんたが説得させたんだから、絶対に来てくれよ!」

 

「分かってるよ。ボクも奏と翼の歌にクリスの歌を戦場じゃなくてちゃんとした場所で聞きたかったからね」

 

そう言うと三人とも嬉しそうにする。

 

「…GV…」

 

そんな中シアンだけは何処か寂しそうに、そして三人にずるいと言う風に視線を向けている。だが、すぐにハッとしてこれならと呟いていた。

 

「どうしたの、シアン?」

 

「なんでもなーい。私もコンテスト楽しみにしてるし、GVも楽しみにしていてね」

 

何か思い付いたとばかりの顔をしてそそくさとボクの部屋へと向かったシアンに疑問符を浮かべた。



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25GVOLT

奏と翼の歌うかつてボクが行く事の出来なかったライブでの歌。『逆光のフリューゲル』は会場を熱気で包んでいく。サプライズの登場での事であったがみんなそんな事は忘れたかの様にツヴァイウィングの歌に魅了されていく。

 

「わはー!やっぱり奏さんと翼さんは凄い!凄いよ!未来!シアンちゃん!ガンヴォルトさん!」

 

「うん。やっぱり二人とも凄いね。でも、なんか奏さんの方はあんな事言ったのにその言われた当の本人は…」

 

そう言って未来はボクの方をジトーと見てくる。

 

「未来、あれだけの事言われても気付かないのはもう今に始まった事じゃないし、気付かない方が全然良いじゃない」

 

「そうだけど…気付かないは気付かないでなんか不服って思うし」

 

「その辺りは一番私が分かっているから…」

 

シアンもその事を分かってボクの方を向くと未来と共に溜息を吐く。一体何について二人は話しているんだろうか。

 

そんな事を気にするよりも奏と翼の歌へと集中する。ボク自身も忙しい事もあり、二人のこういったステージで歌うのをしっかりと聞くのはあまりなかった為、こうして二人がまた並んで歌を披露するところを見て少しだけしんみりとした気持ちになる。

 

「…本当に良かったよ、奏、翼。また君達がこうやってツヴァイウィングとしてまたステージに立つ事が出来て」

 

ボクは二人の楽しそうに歌う姿を見てそう思うのであった。

 

だが、そんな感動の時間は長くは続かず、歌が終わる。

 

「突然のサプライズだけど歌わせてもらってありがとう!それに翼も悪いな、私の提案に乗ってくれて」

 

「全然いいわ。またこうして貴方と歌う事が出来たんだから。それに私もこうして奏とまた歌う事を可能にしてくれた大切な人。同じ大切な人にお礼を言いたい。本当にありがとう!」

 

そう言ってボクへと視線を向ける奏と翼だが、ボクもこうして真正面、しかも向けられている視線の先がバレていないといえ、衆目の面前でお礼を言われるとどこかむず痒い気持ちになるが、二人がこうして面と向かってお礼を言っているので手を挙げて返しておく。

 

しかし、会場はその人物を探すのに躍起になっている様で暗い中、視線があちらこちらへと向いている。確かに、奏と翼が特別に席を用意していなければ見つかったかもしれないなと考える。

 

「いいなーガンヴォルトさん。奏さんと翼さんにこんな面前でお礼を言われるなんて。でも一番奏さんと翼さんに近かったガンヴォルトさんですから仕方ないですけど」

 

二人のファンである響は名指しでないにしろ、その人物がボクであると分かっているため、拗ねた様に言う。

 

「とってもありがたい事だけど、名指しじゃないにしろ目立つ様な事はしたくないんだけど」

 

「それはそれで無理な気がしますけど…」

 

「GVは目立つのが嫌でも目立つ人だからね」

 

未来もシアンもボクにそう言うが、それでも目立つのは任務にも差し支える様な気がするのであまりしたくないと答える。

 

「流石ツヴァイウィングのお二方!講堂を一瞬にしてライブ会場へと変貌させる良さを復帰前にこの場で起こしてくれるなんて!本当に感謝の言葉以外見当たりません!しかし、私としましてはそのお二方が大切な人と言う方が気になるところ!もし差し支えなければその方の事を聞きたいところです!」

 

司会の子の言葉に同調する様に会場が沸き立つ。

 

「そんなに気になる?」

 

奏がマイクでそう呼び掛けると会場も司会の子も気になるとコールが返ってくる。ボクはまさか奏が本当に言うんではないかと冷や冷やするが、流石に奏自身もボクという存在を言う事はないと思いたいのだが、歌って気持ちが昂った状態であるためにもしかしてと焦る。

 

「ちょっと奏!流石に言うのは!?」

 

奏が言うのかと思い、焦りながらも翼が止めに入る。

 

「まあ翼の言う通り、個人的な事とその人自身があんまり目立つのが好きじゃないから言わないけどな」

 

そう言うと会場はえー、と声を合わせて残念そうに言う。

 

「そういう事なので私達の出番は以上です!奏、行くよ!」

 

そう言って奏と翼がステージから舞台袖へと姿を消していく。観客達は以前として奏の落とした疑問に対してその人物を探しているのか辺りを見渡している。

 

「ちょっと奏には言っとかないとな…」

 

ボクはバルコニー席で頭を抱える。しかし、そんなボクに向けてシアンも響も未来もジトーっと何か言いたげな視線を向けてくる。

 

「あれだけ言わせといて奏さんになんか言うなんて男としてどうかと思いますよ…ガンヴォルトさん」

 

「意味が伝わらないのは私達にとって良い事かもしれないけど、もう少し女心を知ったらどうなんですか?ガンヴォルトさん」

 

「奏があんな爆弾発言して正直奏に対して怒っているけど、GVもGVだよ」

 

何故ボクだけがそこまで?と思うが聞くとさらに事がややこしくなりそうなのでそれ以上の追求はしない。ボク自身も悪いところがあるのならば、それを解決した方が今まで言われていた悪い点というのも改善出来ると考える。

 

そして気を取り直したボクだが、未だ三人のジトーとした視線は消えない。同時にコンテストも進行されていき、旧学園で会った三人の子達が奇抜な衣装を身に纏いステージへと現れる。

 

「GV!あれ見て!電光刑事バンだよ!」

 

「…よく分からないな。シアンは知ってるの?」

 

「GVあの名作を知らないの!?」

 

そう言うと電光刑事バンの良いところと言ってシアンが語り始める。何故かすごい勢いで解説し始めるシアンの事がよく分からなくなる。何故そこまで熱く語れるのか?そんなに面白いものかと。

 

「私も暇な時に見てたんだけどあれは傑作だったよ!絶対GVも見た方がいいよ!」

 

熱烈にアピールするシアンの勢いにボクは時間があったらと答える。何故シアンがここまで押すのだろうか?いや、前にも確かジーノが置いていったちょっと頭の…恥ずかしい内容のゲームにもハマっていた事もあるし…感性は人それぞれだし否定するのはどうかと思うので一度はボクも見るくらいはしてもいいかもしれない。だが、あの恥ずかしい内容のゲームだけはもうシアンにはやらせない。絶対にシアンの教育には悪い気がする。

 

そう考えながら、三人の子達の歌を聞く。シアンもその子達同様に鼻歌を奏でる。正直、歌の方はしっかりと抑揚もあり良かったと思うのだが、司会の子や審査の結果は散々であり、三人は落ち込んだ様子で舞台袖に姿を消していく。

 

「GV絶対おかしいよ!さっきの子達原作に忠実に歌っていたのにあんな点数なんて!私だったら満点をあげたい!」

 

「私もなんの歌かは知らないけど友達があんな元気よく歌って乗ってたから私からも満点をあげるよシアンちゃん!」

 

「響!分かってくれるのね!?だったら今度私と一緒に電光刑事バンを語り合いましょう!」

 

「えぇ!?」

 

「シアンちゃんもほどほどにね」

 

シアンが響に詰め寄って電光刑事バンの事を語り出そうとするが、ボクがそれを今はやめてねと注意する。未来も響が聞く事を前提にシアンから飛び火した火種を回避する。

 

「なんか楽しそうに話してるな」

 

「何を話しているの?」

 

「シアンの少し興味のある事だったからその事をね。二人ともお疲れ様。二人の歌をこういった形でもしっかり聞けてとても良かったよ。態々こんな形で舞台を作ってもらってありがとう。二人とも綺麗だったよ」

 

バルコニー席へと入ってきた二人へ労いと感謝を述べる。それと同時に二人は顔を赤くする。

 

それと同時にシアンと未来からの視線が痛くなるのを感じる。

 

「お、おう!約束だったからな!」

 

「そ、そうね!でも今回はちゃんと約束守ってくれて本当に良かった!」

 

「ごめんね、二人とも。何度も破ってばっかりで」

 

「気にすんなって!ガンヴォルトが忙しい事もあったし、今回は守ってくれたんだから!」

 

「そうよ!ちゃんと約束守ってくれたんだから!」

 

二人にも今までの謝罪を含めて謝るが、二人は気にしないでと言ってくれる。

 

「ありがとう。二人とも」

 

そう言うと奏も翼も笑ってくれる。それを見たボクも安心する。響も何故か感動しているようで目にハンカチを当てていた。

 

「…シアンちゃん…やっぱり二人ってずるいよ…」

 

「…そうね…ずるいわ。私だって元々あの二人と同じアーティストなのに…でも、あんな事を言われるのは今日までよ…今度は私達がGVに言われる番なんだから」

 

「えっ?あれって本当に私も参加するの?」

 

「当たり前でしょ。私一人じゃ無理なんだから協力してよ」

 

何やらシアンが未来のスマホを通して話し合っている。一体何を話しているのか気になるが、ボクの端末の方がバイブレーションで震えているのに気付いて席を一旦外す。

 

「どうしたんだい、クリス?」

 

相手はクリスであり、確かもう直ぐ出番であったので何かあったのかと心配する。

 

『いや…あんたが本当に来てるか心配になって…』

 

「大丈夫。ちゃんと来てるよ。奏と翼の歌も聞いたし、クリスの歌も楽しみにしてるよ」

 

『そ、そうか』

 

端末の先のクリスの声がどことなく嬉しそうに聞こえる。奏と翼の歌を聞いて帰ったと思ったのだろうか、とても心配していたのだろう。

 

「ちゃんと聞くって言ったんだから。クリスの歌をしっかり聞くよ。君の歌う歌は君が思う以上に誰かの心を動かす歌なんだからね」

 

『なっ!?よくそんな小っ恥ずかしい事平気で言えるな!?』

 

「クリスの歌はそうなんだから恥ずかしがる必要なんてないだろ?それに心配ならバルコニー席で見てるから不安だったら確認してくれてもいいよ。クリスの歌をしっかりと聞いてるから」

 

『本当だな!?』

 

「勿論。だからクリスの歌をボクだけじゃなくて、みんなに聞かせてあげて」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ッ!?私は一番はあんたに聞いてもらいたいんだからな!」

 

『大丈夫だよ、クリスの歌はちゃんとバルコニー席で聞いてるからさ』

 

聞いて欲しいがそういう事じゃないと思うが、その言葉を飲み込んで絶対に聞いておけよと言って電話を切る。

 

クリスは通話が切ると少し不安であったのだが、今直ぐにでもステージへと向かう勇気をもらえた。

 

「雪音さん、彼氏?」

 

「まさか、奏さんが言ってた通り、その人が来るから意気込んでたの?」

 

「雪音さんをそこまでにさせる男性…気になるな」

 

振り返るとそこにはクリスをステージに上げようとした三人がニヤニヤしながら見ていた。

 

「い、いたのかよ!?っていうか、悪いかよ!私だってこんな事したくないけどあいつが聞きに来るって言うし、聞きたいって言うからどうしてもだな!」

 

顔を赤くして言うがそれは三人にとっては逆効果で、ニヤニヤした表情は消えない。

 

「ほう…雪音さんをこんなに可愛くさせる程の男性がいるなんてね」

 

「でもその男性が雪音さんの歌を聞きたがる気持ちも分かるよ」

 

「うん!雪音さんとっても楽しそうに歌うんだもん!」

 

「そ、そんな奴じゃ!?大体、あいつは私の気持ちなんて答えられるほど鋭いわけじゃねぇし…」

 

クリスはクラスメイトの三人に言われて恥ずかしそうに俯く。何故ガンヴォルトと同様にクラスメイトまでもそう言うのだろうか。というかその三人は今何故か小動物を抱きしめたいような衝動を我慢するような感じなのであろうか?

 

私の歌はそんなものではない。そう否定する。だが、それでも先程の小動物を抱きしめたい感情を抑えたクラスメイトの三人は大丈夫だよと言う風にクリスの手を握る。

 

「大丈夫だよ。不安かもしれないけど、雪音さんの歌はとても綺麗だから」

 

「そうだよ。雪音さんの歌にはそんな魅力があるんだから心配しなくてもみんな感動してくれる」

 

「だから私達だけじゃなくみんなにも聞かせてあげてよ」

 

「…」

 

どこかクリスの戸惑わせる言葉。だが、それは少し前の自分では感じた事のない気持ち。だが、どこか懐かしく、暖かな気持ちにしてくれる。

 

「…本当にそうなんだな?」

 

「勿論!」

 

三人はそう笑顔で肯定する。そして司会の子からクリスの番を告げる声が響く。

 

「さあ!次の挑戦者はこの人だ!」

 

「出番みたいだね。いってらっしゃい、雪音さん」

 

「あんたの歌、みんなにも聞かせてあげてよ」

 

「絶対みんな感動してくれるから」

 

「…分かったよ!だったらあんたらもしっかりと私の歌を聞いてくれよ!」

 

クラスメイト達はクリスへと向けてそう言う。その言葉は緊張を解し、ステージへと向かう勇気をくれた。

 

「ガンヴォルト…あんたもしっかり聞いとけよ…私の歌を」

 

そう呟いてクリスはマイクを強く握ってステージへと歩み始めた。



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26GVOLT

クリスはステージへと上がり、直ぐにガンヴォルトが居るはずのバルコニー席へと視線を向ける。

 

バルコニー席にはシアン、奏、翼、響、未来そして自身が絶対に歌を聞いて欲しい相手であるガンヴォルトの姿があった。

 

それを見て、来てくれた事と先程の電話の事が嘘ではない事を知り、安堵する。そしてガンヴォルトが今ステージの上に立つクリスを今見ている事に少し緊張もするがそれよりも遥かに今自分だけを見ていると思うと幸福感にも満たされる。

 

(先輩や奏も…先にこんな気持ちを味わってたのかよ…でも、今はあいつは私だけを見てるんだ)

 

大切であり、自身の事を救ってくれた恩人。そしてそれ以上の感情を持つからこそ、どんな形であれ、独占してその視線を受けている。だからこそ、緊張など全くなく、むしろ心地よい幸福で満たされている。

 

そしてクリスは流れる曲に合わせて歌い始める。

 

その歌はクリス自身に居場所を作ってくれた人達への感謝の気持ちを歌にしたものであり、その感謝を伝えるための歌。

 

まだしっかりとした道標がいない状態の迷走していた自分、父と母が生きていた頃にしか体験した事のない優しさに触れて戸惑う自分。本当の自分が分からなかった時、大切な人に差し伸べられた手を差し伸ばしてくれた事で救われた事で本当の道を歩み出す事が出来た事を自身の言葉で書き綴った感謝の歌。

 

クリスはありったけの今の気持ちをぶつける様に強く、そして大切な人が差し伸べた手をゆっくりと握り、その優しさを噛みしめるように優しく歌う。

 

(私はフィーネといた頃は間違った思想で迷惑を掛けていたけど…でも、ガンヴォルト…あんたはそんな私を

救ってくれた…だからあんたには本当に感謝してる…)

 

そしてクリスは歌いながら視線の先にはガンヴォルトの姿を見る。

 

(ガンヴォルト…あんたに私は救われたんだ…私はあんたのおかげで変われたんだ。だからあんたには変わった私の姿を見て欲しい。あんたが言った歌の力をもっと近くで…もっとそばでずっと聞いて欲しい。あんたが作ってくれた場所で…あんたの側で)

 

クリスは願いを込めるように歌う。ずっと見て欲しい。一人だった自分に暖かく、居心地の良い帰る場所を作ってくれた恩人に…大切な人に。

 

そして歌が終わり、クリスは今の感謝の気持ち、そしてガンヴォルトへとありったけの気持ちをぶつけて歌ったために息を切らす。

 

そして客席からはとても盛大な拍手喝采が響き渡る。

 

「ブラボー!何て良い歌だったのでしょうか!ここまで心暖かく、美しい歌でした!会場の方々も感動して拍手喝采が起こっています!本当に素晴らしい!」

 

司会の子がステージへと上がり、クラスに向けて歩み寄る。

 

「とても素晴らしい歌で会場を沸かせて頂いた挑戦者に一言。どういった気持ちを込めて歌ったのでしょうか?」

 

そう言われて急の事でクリスは慌てるが、すぐに持ち直すと自身のマイクを口元へ持っていく。

 

「この歌は感謝を込めて歌った。一人だった私を受けいてくれた友達に、馴染めない私に歩み寄ってくれたクラスメイトの友達に…それにこんな私に居場所を作ってくれたとっても大切な…大切な人のために」

 

その言葉に会場はまた拍手の音に包まれる。

 

「おっーと、ツヴァイウィングに引き続き、挑戦者も友達や大切な人の為に!何と素晴らしい事でしょう!挑戦者にここまで思われる大切な人は本当に幸せ者ですね!その方は会場に居られますか?」

 

「ああ。この会場にいるからこそ、その人には聞いて欲しかった。だから小っ恥ずかしいけどこうやって歌を聞かせたいからみんなの前で歌ったんだ」

 

そしてクリスは一息つくとマイクに向けて叫ぶ。

 

「あんたのおかげで今がすっごく幸せなんだ!だからありがとう!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクはその言葉とクリスの表情を見て穏やかな気持ちで呟いた。

 

「君がそう思えるようになってくれて本当に良かったよ、クリス」

 

心配していた事も特になく、クラスメイト達ともうまく行っており、学園にも慣れてこのような形でもクリスの家でも見れない一面を見る事が出来て安心する。

 

「クリスちゃんの歌!本当に良かったですね!」

 

「ああ、とっても良い歌だった。雪音もこうやって歌う姿を見る事が出来て良かった」

 

「ああ!クリスの歌は凄いな!やっぱり、出てもらって正解だったな!」

 

「クリスとっても綺麗だったよ!」

 

全員がバルコニー席で拍手して各々の感想を述べる。

 

「良い歌だった!だけど私だって負けられないんだから!」

 

シアンも何故かそう言っているのだが、アーティストと一般の人であれば差はあるだろうが、張り合う意味が分からなかったがまあ、シアンもクリスの歌を褒めているし、気にしないでおこう。

 

そしてステージの方を向くとクリスが退場していたので奏達と同じようにこちらへと来ると思い、後で感想でも言ってあげようと考える。

 

「ちょっと私達も用があるので少し席を外しますね」

 

クリスが退場するのを確認した未来がそう言った。

 

「?何か大切なものか?」

 

翼が未来にそう聞くと未来ではなく響が答えようとする。

 

「ちょっとシアンちゃんが…」

 

だが、響の答えを防ぐように響の口に手を当てて遮った。

 

「ちょっと響!何でもないわ、翼!ちょっとした事だから!」

 

翼はシアンの慌てように疑問符を浮かべる。

 

「何でシアンが慌ててるんだ?」

 

奏もそれを聞いてシアンに問い掛けるが、何でもないから!とシアンは言って響と未来と共にバルコニー席から出て行った。

 

「シアン達、何か用事でもあったのか?」

 

奏も三人の様子を見て疑問符を浮かべる。ボクも何か分からないが、シアンは別として二人が言いにくいと言う事は多分トイレか何かだろうと思い、変に言うと奏と翼から言われると思い何も言わないでおく。

 

三人が抜けて少しすると勢いよくクリスがバルコニー席へと入り込んできた。

 

「おい!私の歌をしっかり聞いてただろうな!?」

 

息を切らせて入り込んでくるクリスに落ち着くように言ってちゃんと聞いていた事と、クリスの歌の感想を述べる。

 

「慌てなくてもちゃんと聞いてたよ。君の言ってた通り、感謝の気持ちと今までのクリスとは違うって気持ちはちゃんと伝わってきたよ。それに一生懸命に歌う姿はとっても綺麗だったよ」

 

「っ!?だ、だろ!」

 

「…ガンヴォルトって何でこんな小っ恥ずかしい言葉をつらつらと並べられるんだろうな?いや、言われたら私だって嬉しいけどさ」

 

「奏、気持ちは分かるわ。でもガンヴォルトの事だから思った事を口にしてるだけって言うに決まってるわ。言われたらもちろん私も嬉しいのだけれど」

 

奏と翼はジトーとこちらを見ながら、そう言う。確かに恥ずかしいかもしれないけど気持ちを正直に伝えるのは良い事ではないのだろうか?

 

「じゃあ私も出番は終わったし、他のやつの歌でもあんた等と一緒に…ってあれ?バカとシアン、それに馬鹿の親友はどこに行ったんだよ?」

 

落ち着いたクリスも椅子に座ると響と未来とシアンがいなくなった事に疑問符を浮かべながら聞く。

 

「少し用があって席を外しているみたいだけど?シアンまで居なくなったのは私も分かんねぇ」

 

「私も分からないけど、混んでなければすぐに戻ってくるんじゃないかしら?」

 

ボクがいるという事でなんとなくそうだろうと思った翼と奏は濁してクリスへと伝える。ボクではなく二人が言ってなんとなく察したのか、あーと納得してそれ以上の言及はしなかった。

 

「さて!先程の挑戦者がとても会場を沸かし、ホットな場になったところで新たな挑戦者達に入ってもらいましょう!さぁ!次なる挑戦者達は舞台袖から出てきて下さい!」

 

司会の子がクリスの後に色々と話して時間を置いて準備が整ったのか次なる挑戦者をステージへと入るように言う。

 

だが、そこに現れた人物達を見てボク達は驚きを隠せなかった。

 

「な!?何であいつらが!?」

 

「まさか!用っていうのはこういう事だったの!?」

 

「用ってそういう事かよ!」

 

「まさか、シアン…あの時内緒にしてって言ったのはこれの事だったのかい?」

 

そう。司会の子の言葉の後に出てきたのは先程席を外した響と未来、それにシアンであった。

 

「あんた達ばっかり目立たせてたまるかってんですか!」

 

シアンは装者達以外見えない事を良い事に奏、翼、クリスに対してそう言った。その言葉をマイクを持つ響と未来は何処か諦めの感じの笑いを浮かべていた。

 

司会の子もどうしたんだろうと疑問符を浮かべているが、特に気にする事もなく進行をしていく。

 

「何と先程電光刑事バンを歌ってくれた子達と同じクラスメイトが現れました!この子達はどんな歌を歌ってくれるのでしょうか!?」

 

そして未来がマイクを口元へと近付けると言う。

 

「今から歌う歌は私の友達がどうしても聞かせたいという事と、私もこの歌と共にその子と同様に私達の歌を聞いてもらいたいから親友と共にステージへと立つ事を決めました!」

 

「色々とありますが、私も日頃からお世話になっていますので御礼も兼ねて歌いたいと思い、一緒にこの場に立ちました!」

 

響も未来に続けてそう言うと共に曲が流れ始める。

 

「これは…」

 

冒頭の部分からかつてボクを助ける為に何度もシアンが歌ってくれていた曲である事に気付く。そして未来と共に響、そしてシアンが歌い始める。

 

「蒼の彼方…」

 

それはボクが任務に行っている際にシアンがモルフォとなってボクを見守る時にいつも歌っていた曲の一つであった。

 

二人はシアンに合わせるように歌い、シアンに負けないように響も未来も力強い声で歌う。その歌声はボク達以外には二人の歌だけであるが、装者達にとっては三人の歌であり、シアンの歌声も混じると動かされるのか、手を強く握っている。

 

「シアンもアーティストなんだな…」

 

「ええ…小日向も立花もいても二人に合わせてここまで自分を出してくるなんて…それにこの歌は聴いているだけでまるで昂るような感じがする…自分達がステージに立って歌う時のような高揚感…」

 

「あんた等の気持ちは私は理解出来ないけど…シアンの野郎があいつ等と歌うだけでなんか胸が高鳴ってきやがった…」

 

三人も歌を聴いて楽しそうに、そして何か高鳴るような感じに目を輝かせる。ボクも戦闘以外でこうやって聞く事が出来た事、そして三人で共に歌う姿を見て誰かに歌わされている訳でもなく、自分の好きなように自由に歌を歌う姿を見てとても嬉しく思う。

 

「シアン…本当に良かった…また君の歌を戦場でないこの場所で…皇神(スメラギ)のためなんかじゃなく、自分のために自由な姿で歌えて…」

 

ボクはその姿を見てほんの少しだけ報われた気がした。彼女の自由のために戦ってシアンの好きなように歌えるその姿を見て本当にそう思えた。

 

しかし、だからこそアシモフの事を許せなくなる。何故シアンをあんな目に合わせたのか。何故あんな事をしたのか。だからこそ、アシモフを止めて本心を聞かなければならない。あの時言った事を止めなければならない。そう思った。

 

だが、今は…今だけはシアンの歌を。三人の歌をしっかりと聞こうと思う。このように聞けるのは次いつになるかは分からない。シアンの歌を平穏な場所で聞ける機会はないかもしれない。

 

だからこそ、耳に残るように。心に刻み込むように。三人の歌声をボクは耳を傾けて聞く。

 

そして、歌が終わると同時にクリスの時も同様に会場が拍手喝采が湧き起こる。

 

「やっぱりすげぇな…っておい、ガンヴォルト!何かあったのかよ!?」

 

奏がボクを見てそう慌てる。

 

翼もクリスもボクへと視線を移すと同様に心配の声を上げる。

 

「なんの事?」

 

「なんの事って…自分が泣いてるのに気付いてないのかよ!」

 

クリスがそう叫ぶのでボクは自身の頰を触れる。そしてそこには濡れた感触があり、手に取ると水があり、それは目からこぼれ落ちた涙だと察した。

 

「ガンヴォルト!?大丈夫なの!?何があったの!?」

 

翼も心配してそう叫ぶ。

 

「…心配掛けてごめん。でも大丈夫だよ。またシアンの歌をこうやって聞けて嬉しかったんだ…争いもなく、ただシアンが楽しそうに歌っている姿を見て…」

 

その言葉に三人は何にも言えなくなり、黙ってしまう。

 

「大丈夫だよ。悲しくて、辛くて流したんじゃないんだから。でも、ありがとう」

 

ボクは心配してくれた三人にそう言うと席を立ち上がる。

 

「こんな姿、シアン達には見せられないな…少しだけ席を外すけどすぐ戻るから。もし三人がボクより先に戻ってきたならとても良い歌をくれてありがとうって伝えておいて」

 

そう言ってボクはバルコニー席から離れるのであった。



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27GVOLT

切歌と調は色々な屋台を巡りながら周囲に溶け込むように楽しそうにしながら本来の目的である装者の捜索及び弱みを見つける事、もしくは聖遺物の奪取をするために辺りを見渡す。

 

だが、ガンヴォルトという男とその時付近に浮遊していた電子の謡精(サイバーディーヴァ)の姿を見た以降は全くと言っていいほど遭遇しない。これだけ人がいれば仕方ないのだが、それでも四人もいれば誰かしらに遭遇していると思う。

 

「切ちゃん…あいつら全然見つかんないね」

 

「デス?…あ、ああ!そうデスね!全然見つからないデス!あのガンヴォルトとかいう男と一緒にいた電子の謡精(サイバーディーヴァ)は流石に手に負えないですが、非武装の装者達の事デスよね!?確かに全然見つからないデス!」

 

まるで目的を忘れていましたとばかりに、切歌がそう答える。

 

「切ちゃん」

 

調は忘れていたかのように慌てる切歌に頬を膨らませて問いただす。

 

「本当は楽しくて忘れてたなんて事ないよね?」

 

「そ、そんな事ないデスよ」

 

完全に目が泳ぎ、忘れてたような仕草。

 

「切ちゃん」

 

「忘れてなんかいないデス!これも敵情に紛れ込む為の作戦デスよ!」

 

慌てる切歌であったが、本当に目的を忘れていないのか先程までと打って変わって真面目に言う。

 

「私達に課せられた使命はやり遂げなければならないデス。例えそれが私達以外に理解されなくとも。マリアと調とマムと誓ったあの事だけは絶対に忘れる事なんて絶対に」

 

「うん。それならいいの」

 

切歌の真っ直ぐに答えた事で調も安心する。やらなければならない。みんなで誓った事を。切歌の言うように誰からも理解されなくとも自分達がやっている事は正しかったと思われるよう。例えその行いにアッシュボルトという外道と手を取り合ってでも。

 

だが、それが終われば次はアッシュボルトは何をするのであろうか?電子の謡精(サイバーディーヴァ)と言う作戦の要となる少女を手に入れてアッシュボルトは何をしようとしているのか。

 

調と切歌は分からない。もしかしたらマリアとナスターシャですらも。だからこそ本当にアッシュボルトとウェルとの協力は本当にしなければならないのであろうか?

 

調はアッシュボルトは好きになれない。大好きなマリアに、切歌に銃を向け怖い思いをさせてきたアッシュボルトを。

 

「調?何か難しそうに考え込んでどうしたデスか?いや、さっき言ったのは本当に思っている事デス!忘れちゃいないデス!」

 

切歌は勘違いだが、忘れていない事をもうプッシュする。考えている事は違うが、切歌の慌てる姿を見て少し先ほどの事を深く考えすぎて酷く心配させていた事を知り、表情を緩めて大丈夫と伝える。

 

だが、調はまたアッシュボルトが家族に手を上げたりしたらどんな手を使ってもアッシュボルトを止めると決める。完全適合した装者とも渡り合い、最も警戒している敵戦力であるガンヴォルトとも互角に渡り合うアッシュボルトには敵わない、手が出ないだろう。でも…それでもアッシュボルトを止めなければ大切な家族が傷付くのであれば、どんな事をしてでもアッシュボルトを倒そうと誓う。何れ牙を剥き出したその時には。

 

「調なんか物騒な事考えているんじゃないデスよね?まさか、忘れてた事そんなに怒っているデスか?」

 

「…違うよ、切ちゃん。というか、忘れてたって事さっきと言ってた事と違うんだけど?」

 

先程の考えを胸に仕舞い、今度は自爆した切歌へと頬を膨らませて近付いていく。

 

「しまったデス!というか調ずるいデス!そうやって誘導尋問するなんて!?」

 

「切ちゃんの方が悪いんでしょ?というか、さっきのは誘導尋問じゃなくて自爆って言うんだよ?」

 

切歌は慌てて調に抗議するが、そんな事は気にせずに切歌になんで忘れてたの?と詰め寄る。

 

切歌は言い訳を並べるが、急に行き交う人が騒ぎ始め、一斉に一方へと向かい始めた。

 

「何かあったのかな?」

 

「そ、そうデス!この慌てっぷりはなんか面白そうな…いや、怪しい感じがするデス!」

 

そう言って切歌は走って行ってしまう。

 

「切ちゃん!話は終わってないよ!」

 

調も文句を言いながらもそちらが気になり、調も切歌の後を追って行く。

 

そして切歌と共に辿り着いたのはリディアンの講堂であり、中に入るとそこには探していた人物である奏と翼、二人の装者を見つける。

 

「見つけたデス!あいつらこんな所にいたんデスね!通りで見つからないわけデス!」

 

「でも切ちゃん…どうする?こんなに人がいる中で動くとなるとまずいと思う」

 

「むむむ…ならこうなれば隙を見せるのまで様子見するデス!」

 

そして切歌と調は席に着くと隙を窺い始める。

 

それと同時に始まった敵の装者である奏と翼の歌が始まる。まるでマリアが歌っている時の様な綺麗な二人の姿。そしてその姿に気持ちが昂った様な周りの観客達も応える様に声援を上げる。

 

その感情は切歌と調も分かっている。マリアが自分達をステージに招待してくれた時にも感じた事のある心が騒めき立つ気持ち。

 

「…敵なのに…分かり合う事のない奴なのに…なんデスか…この気持ちは…」

 

「敵なのに…なんでこんなにも…」

 

マリア同様に歌う姿が、この場にいる全員を沸かせる心地のいい歌が。二人の気持ちを昂らせる。

 

「…綺麗だね、切ちゃん…」

 

「そうデスね、調。マリアには敵わないデスけど…こればかりは幾ら敵と言えどこの歌を否定する事は出来ないデス」

 

周りの観客達の気持ち同様に今目の前にあるステージで歌う二人の姿に、嘘はつけない。そんな事をすれば目の前の二人同様に歌うマリアの姿も否定してしまうと思ってしまったから。マリアと同じアーティスト。敵であるが今だけは、この瞬間だけは切歌も調も敵だという事を考えずにただ二人の紡ぐ歌を聞く。

 

そしてその時間はあっという間に過ぎてしまい、二人はまだ聞きたいと感じながらも名残惜し無用に二人へと拍手を送る。

 

そしてステージに立つ奏と翼は確実にガンヴォルトと思う人物の事を聞かれて曖昧な答えでステージを去っていく。

 

そしてその心地よい歌声を耳に残した二人はその後に出てきた挑戦者達の歌に耳を傾けていく。変な歌もあったが、それはそれで楽しく、面白くもあり、二人は束の間のひと時を楽しむ。

 

そして再び、今度は赤いシンフォギアを纏うクリスが歌う姿を見る。

 

その表情、そして力強い歌声。最初の二人の装者に負けも劣らぬ感謝という感情を曝け出した歌は切歌と調の心に響く歌でもあり、その綺麗な歌声に耳を傾ける。そして先程の奏と翼同様にガンヴォルトに対しての感謝の言葉を述べる。

 

どこまでも真っ直ぐな歌。その歌も切歌と調の感情を揺さぶり、昂らせる。

 

そして次に登場したのも装者である響。そして狙っている電子の謡精(サイバーディーヴァ)の姿。それに友達らしき少女。そしてその三人は完全にガンヴォルトへと気持ちを伝えるかの如く、歌を歌う。

 

「この歌って、ガンヴォルトに向けての歌デスね…」

 

「うん…私達がマリアを慕う様に、あの人達もガンヴォルトっていうあの男を凄く思っているんだね」

 

だがそれ以上の感情を抱いているのは装者の姿を見ていて一目瞭然であった。そして、少し羨ましくも思う。ガンヴォルトという男がどんな人物か二人はアッシュボルトやナスターシャとマリアから聞いている事しか知らない。

 

第七波動(セブンス)という出鱈目な力を宿し、装者にも匹敵、いやそれ以上の力をも持っている。それだけだ。

 

戦ったからこそ、二人もその事を理解している。マリア、切歌、調。他の装者、翼のバックアップもあったとしても三人を相手取りながらもアッシュボルトの時に出していた本気の力を見せていなかった事を。だが、二人にとってそんな事はどうでもよかった。ただ、マリアの様に暖かな場所の中心にいるその男が羨ましかった。

 

こちらにはマリアという陽だまりがあるが、その陽だまりに翳りを見せさせる男、アッシュボルトの存在があるからだ。あの男と協力関係になった事により、マリアとナスターシャからは少しずつ、そしてどこか悲しそうな表情をする事が多くなった。

 

二人の暖かな場所を奪い蝕む害悪なる存在。何故自分達にはあの様な男と協力しなければならないのか。目的のためとはいえ、あの外道と。

 

だからこそ、敵の装者が羨ましく感じ、そして憎くもなる。自分達が何をしでかしたかも分からずに楽しそうに笑っている事が。

 

だが、ここで何かしでかしたところでこの場にガンヴォルトがおり、装者が揃い踏みになっている場で下手に動けば捕まりかねない。

 

そのためにもどかしい感情を二人はただ拳を握り、耐える。

 

「羨ましい…でもそれ以上に許せない」

 

「自分達がしでかした事を理解せずにのうのうと笑っているあいつらが…」

 

二人は羨望以上に怒りの感情が沸沸と湧き上がる。

 

何故自分達が正しい行いをしているのに評価されていないのか。分かっている。自分達が行う事が悪の道である事を。だが、その先にある正義を誰も理解してくれない。表面上はあちらが正しいと思われるだろう。だが、その先の事を考えておらず、来るべき終末を迎える事を知らない事に腹が立つ。

 

もう後戻り出来ない。この身に課せられた呪縛の様に二人はただ進むしかないと言い聞かせる。

 

そして二人は決める。この場であろうとなかろうと、敵である装者。そしてガンヴォルトと決着をつけなくてはならないと。正しいのが自分達であると。正義の為に悪を貫こうとしているマリアとナスターシャの為にも。

 

歌が終わると同時に二人は立ち上がる。

 

ここまで来て何もせずに帰るのも癪であり、あの様な歌を聞かされて負かされたような気分で帰る事を。だからこそ今はシンフォギアで語るのではなく、今の怒りをぶつけるように歌で対抗しようと。

 

そして司会が、この場の挑戦者を募った瞬間に二人はその場から共にステージへと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

未来とシアンは歌が終わると同時にバルコニー席へと急いで戻った。司会の子に何か言われたが受け答えは流れるように答え、素早くステージから舞台袖に戻り、ガンヴォルトの元へ急いでいた。

 

未来もシアンもガンヴォルトに歌の感想を聞きたくて、そして褒めてもらいたくて。

 

「GV!どうだった!?」

 

「ガンヴォルトさん!驚きましたか!?」

 

バルコニー席に入り、すぐにそう声を掛けるが、返答はなく、バルコニー席にはガンヴォルトの姿が見当たらない。

 

「未来もシアンちゃんも急ぎ過ぎだよ。ガンヴォルトさんなら待っててくれるのに…ってあれ?ガンヴォルトさんがいない?」

 

後から入ってきた響もそう言って戻ってきたが、その場にはガンヴォルトがいない事に疑問符を浮かべていた。

 

「ガンヴォルトは少し席を外してるわ。貴方達の歌に感動してね」

 

何処か複雑な表情を浮かべ、翼がそう言った。

 

シアンも未来も感動してくれたのは良いのだが、いない事が残念で肩を落とす。だが、それ以上に何故奏、翼、クリスは複雑な表情を浮かべているのだろうか。シアンと未来、響の歌で感動。それなら穏やかにしていてもおかしくないはずなのに。

 

未来は自分がシアンの歌を酷くしたのかと不安になる。

 

「大丈夫だよ、未来。ガンヴォルトは本当に感動していたからさ。ただ…な」

 

奏が、そう言って経緯を教えてくれた。

 

「そうなんですね…」

 

感動してくれた。そこは嬉しかったのだが、それは自分と響の歌でなく、シアンが再び歌う事が出来た事に対してで自身の歌声を評価したものではなかった事。

 

未来はガンヴォルトの為に歌ったはずなのに自分を見てくれていないのかと少し悲しくなった。

 

「あいつもお前の歌、というよりこの馬鹿も合わして聞いた歌で感動したって言ってたんだからそこまで気を病むなよ」

 

そんな未来にクリスがフォローを入れる。

 

「クリス…ありがとう」

 

「もう、その当の本人からその言葉を聞かないと意味ないよ、クリスちゃん!」

 

「この馬鹿!私が慰めてるのに追い討ちを掛けるような真似するな!気にすんなって!すぐにあいつも戻ってきて感想言ってくれるからよ!それに…あんたの歌声、シアンにも負けず綺麗だったぞ」

 

クリスがそう言って未来は少しだけ気分が晴れる。だが、その言葉は本当に言ってもらいたい人から貰わないとどうしても気が晴れなかった。

 

「本当にありがとう、クリス」

 

「ば、馬鹿!そんな顔してたらほっとけないだろ!?」

 

クリスは素直な未来の礼を顔を赤くしながら受け取る。

 

「全くGVも感動してくれたのは嬉しいけど!早く戻って感想が欲しいわ!奏と翼!それにクリスばっかりずるいじゃない!私と響も未来も頑張ってGVの為に歌ったんだから早く戻って言ってもらわないと!」

 

シアンもこの場にいないガンヴォルトに対して苦言を漏らす。

 

だが、その時。シアンはステージを見て驚きの声を上げた。

 

「ちょっと!ステージに上がってるあの子達って!」

 

その瞬間に全員がステージへと視線を向ける。

 

そして、そこには現在敵対していて行方を追っていたはずの敵対組織であるフィーネに所属している装者の姿があった。



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28GVOLT

モルフォのニューアルバム発売決定したので即予約しました。
楽しみです。



「おっーと!可愛い挑戦者達が現れましたね!このステージにどうして上がったのかな?」

 

司会が切歌と調にそう聞くので切歌がマイクを貰い、宣戦布告するように言う。

 

「ステージに上がったのは他でもないデス!さっき歌ってたあいつらよりも私達の歌の方が凄い事を知らしめてやる事デス!」

 

「そして宣戦布告をする!」

 

「これは!?何の事だか分かりませんが、この子達と先程の生徒と何か因縁でもあるのでしょうか!?」

 

司会の子も二人の言う事は分かっていないが、場が盛り上がる事になっている為に二人の言葉を注意する事なく、流れるままに二人へとマイクを渡して曲を聞くと二人はツヴァイウィングの過去の曲を選び歌い始める。

 

その歌は二人の感情を表すように怒りのままに。だがその歌の中にある奏や翼の様に、クリスの様に、シアンと未来と響の様に。感謝とは別のベクトルではあるが、二人の歌声が伝播して会場を沸かせる。

 

そんな二人の歌を聞いていた装者と未来、シアンはステージに上がり、先程の少女が言った宣戦布告の言葉とその歌で完全なる敵意を察知する。

 

「何であいつらがここに!?」

 

「雪音!今はそんな事はどうでもいい!とにかくあの子達が何をしようとしているか分からないが、民間人の避難を!」

 

「翼も落ち着け!そんな事したらパニックになってさらに状況が悪化する!ノイズも出ていない以上、私達でなんとかするしかない!」

 

「待って下さい!奏さん!今あの子達には聞かない事が山ほどあります!それにノイズも出てないし、マリアさんもアッシュボルトとかいう人もいないなら話せば何か分かるかもしれません!」

 

「響!そんな悠長な事言ってられないわ!あの子達もアッシュボルトの仲間なのよ!これ以上何もさせない様にあの子達だけでも捕まえないと!」

 

「でもシアンちゃん!あの子達も何か事情があるかも知れないんだよ!それなのにいきなり捕まえるのもどうかと思う!それに話し合いもせずにアッシュボルトとか言う人と協力しているかもしれないけど、何か事情があるかも知れないよ!だから落ち着いてあの子達に話を聞こう!」

 

慌ててクリスと翼が周囲へと危険を伝えに行こうとしたが、奏が止める。だが、奏も完全に敵意を剥き出しにする二人に対してここで捕まえる構えでバルコニー席から飛び出そうとしていた。

 

響はとにかく三人のやりたい事を理解しているが、アッシュボルトと言う人物に何故協力しているのか聞かなければならなかった。以前よりステージに立つあの二人はマリアに対して銃撃しているアッシュボルトに怒りを募らせていた事をガンヴォルトから聞いている。

 

もしかしたらあの二人は脅されている可能性もあると感じてその様な事を口にする。

 

「だけど、それでもあの子達もフィーネと関わりのある子達だ!これ以上何かされる前にこちらから打って出なければいつまで経ってもフィーネの目的も、アッシュボルトの事も分からずじまいだ!」

 

翼が響へとそう言う。だが、それでも響は一歩も引かず、翼に向けて懇願する。

 

「それでも!それでもあの子達と話し合わず、戦うなんて間違ってます!確かにあの子達は私達というよりテロリストの人達です!それでももしかしたらアッシュボルトとかいう人に何か大切なものを取られて無理やり協力している可能性もあるじゃないですか!」

 

響は四人に向けてそう言う。そして翼も以前のクリスの事もある為に何も言い返せない。もしかするとあの二人もアッシュボルトに何か吹き込まれ、フィーネがクリスを協力させていた様に誤った事を伝え、敵として戦った。

 

フィーネを名乗っている以上その可能性もある為に四人は考える。

 

「…ここで私達だけで話し合っても拉致があかない。シアン、ガンヴォルトをすぐに連れ戻してきてくれ。それまであの子達は私達が何とか引き止める」

 

「分かった。GVには私から事情を伝えて早く戻ってくる様に伝える。貴方達はあの子達が歌い終わった後、なるべく引き止めて時間を稼いで」

 

そう言ってシアンは姿を消してガンヴォルトの元へと向かった事を知らせる。

 

「未来。あの子達とは一度話さないといけないの。だけど危険かもしれないからここにいて」

 

「分かった。あの子達の事は私は知らないけど、みんなの慌て具合からあのライブ会場と関係している人なんでしょ?だったら、私が出ても何も出来ないから…でも、響。危険な事だけはしないでね?」

 

「うん。分かってるよ」

 

そう言って未来をバルコニー席へと残し、四人の装者はステージに上がる二人を逃さない為にステージへと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

鏡の前で腫れぼったくなった目が治るのを確認すると、ボクは頬を伝っていた涙の跡を消す為にハンカチで拭っている。

 

ようやく目立たなくなったのを確認して眼鏡をかけ直す。三人も戻っている事だし、席に戻ろうと鏡を見返した瞬間、ボクは鏡に見える入り口付近に映る顔を見てすぐさま振り向く。

 

「おっと、まさかこんな所で会うなんて思いませんでしたよ。ですが、探していたので丁度良い」

 

「貴方は…ウェル博士」

 

ボクは何故この男がここにいるか理解出来なかったが、すぐ様バッグの中へと手を滑り込ませてテザーガンを握る。

 

「ちょっと待って下さい。ここで貴方と争う気などありませんよ。それに、こんな所でそんな物出しても良いんですか?」

 

ウェルがそう言うと同時に数名の男性がトイレへと入ってくる。そしてウェルとボクに怪訝そうな視線を向ける。

 

「何で貴方がここにいる?」

 

「まあ、その話はここでするのも場所が悪いでしょう。移動しましょうか」

 

「貴方とは今話し合う事なんてない」

 

ボクはウェルへと近寄る。

 

「まあまあ、そんな慌てなくても逃げませんよ。それに、貴方がここで話し合いに応じないとなると、僕もそれなりの対応をしなければなりません」

 

そう言ってウェルはポケットから何かを取り出す。それは小さなリモコンの様な物でボクは一瞬何かは分からなかったが、ウェルの背後にいるアッシュボルトの事を考えて、爆弾の起爆装置だと察してすぐに手を離す。

 

「貴方達はどこまで卑劣な事をするつもりなんだ」

 

ボクは不審がられない様にだが、それでも表情は怒りが出る。

 

「落ち着いて下さいよ。ほら、入ってきた人達も不審がっていますよ?」

 

ウェルの言葉にボクは一旦表情を押さえてウェルの言う通りにする。

 

「それで良いんですよ。ご迷惑をおかけしました。それじゃあ行きますか」

 

そう言ってボクはどこかに仕掛けられた爆弾を恐れ、誰かが犠牲にならない様、ウェルの後について行く。それと同時に背後について行きながら、弦十郎へと通信を繋げて会話だけでも届く様にした。

 

そしてたどり着いたのはリディアンの中庭であり、今は講堂でメインイベントがあるためか人がいない。

 

「ここなら邪魔が入らないでしょう。じゃあ話を始めましょうか、第七波動(セブンス)能力者、ガンヴォルト」

 

まるで自分が物語の主人公というばかりに大袈裟な素振りを見せてそう言った。

 

「巫山戯るな!貴方達と話す事なんてない!」

 

「そんな事を言って良いんですか?人質がこちらに入るんですよ?この場にいる何千人という人達が今、ボクの手によって握られているのですから」

 

そう言ってウェルは手に持つリモコンの様なものボクへと向けて見せる。

 

「この外道が!人の命を何だと思っているんだ!」

 

ボクはウェルに向けて叫ぶ。

 

「どうせ近々滅びゆく、選ばれない命に何の価値があるんですか?むしろここで楽しいひと時を過ごせて逝けるだけでも幸せと思うのですがね?」

 

「どう言う事だ!」

 

近々滅ぶ。何を意味しているか分からないが、その言葉の意味こそがフィーネ、そしてアッシュボルトの狙っている事と察してボクは少しでも状況を聞き出そうとする。

 

「おっとそれはここでは話すべきではないですから黙秘させて頂きますよ。ただ、ボクはここに来た理由はガンヴォルト、アッシュから貴方へと言伝を預かっているだけなんでね」

 

「言伝…あの時逃げておいて今になって何を伝えるつもりだ?」

 

「こちらも何かとやらなければならない事が多過ぎる事もありますし、アッシュ自体が暫く離れているからこそ、僕がこうやって出てきたわけですよ。まあやる事はやって離れてくれたからこそ、僕がこうやって貴方の前に現れる事が出来たんですがね」

 

既にここへと仕掛けられた爆弾はアッシュボルトが仕掛けていったという事らしい。警戒はしていたがそこまでされていたとは気付かなかった。

 

アッシュボルトの纏うあの謎の装備の関係上、警戒していても全く意味を為さなかった事に歯痒く感じる。

 

「まあ、本題に入りましょうか。アッシュからの言伝ですよ」

 

そう言ってリモコンを持つ手と逆の手でポケットからスマホを取り出すと音声データを再生させた。

 

『これが再生されているのなら聞いているだろう。貴様と私、同じ蒼き雷霆(アームドブルー)能力者、そして消して交わらない私達の目的、ならばやる事は決まっているだろう』

 

スマホから流れるアッシュボルトの声。

 

『貴様の息の根を止めて、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を頂く。私はそれさえ出来れば貴様などに用はない。貴様は私を止める。だったらやる事は分かるであろう?』

 

そう言って一度再生をやめるウェル。

 

「…戦えと言う事か?」

 

「そうでしょうね。まぁ、その答えが聞ければボクとしてもここにきた目的は達成したけど、アッシュからの君へのメッセージはまだ残っているよ」

 

そう言って再び音声データを再生させる。

 

『答えは聞かずとも分かっていたよ。場所は既に決まっている。貴様の正体を知ったあの深淵(アビス)で待つ。そこで貴様と相見えよう。電子の謡精(サイバーディーヴァ)と共に二人で来るんだ。出なければ何の関わりのない者が多く死ぬと思え』

 

そこで音声データが終了したのかウェルはスマホの電源を切ってポケットへとしまう。しかし、アッシュボルトはボクの何を知っている。異なる意味のGV、そしてボクの正体。一体何の事だか全く分からない。

 

「そういう事だよ。アッシュはガンヴォルト、君との一騎討ちを望んでいるみたいなんだ。さっきの通り、電子の謡精(サイバーディーヴァ)と二人で行かないとここに仕掛けられているのとは別の爆弾を爆破して多くの人が命を落とす事になるよ」

 

「外道が…」

 

「そうでもしないと君はアッシュやボク達を捕まえる為に、色々と策を練ろうとするだろう?だったら少しでもこちらが有利に事を進めないといけないですしね。あ、後これでボクは失礼させてもらいますが、追わない方が良いですよ。通信を二課と繋げているんでしょう?もしボクを追うならばここ以外の場所に仕掛けられた爆弾を爆発させてもいいとアッシュから言われているんだ」

 

そう言ってウェルは中庭から出て行こうとする。こちらの動きを既に悟っており、それに気付いて去って行く。

 

『クソッ!気付かれていたか!ガンヴォルト!こちらで奴の言う爆弾の場所を探す!お前も装者と合流しろ!それとこちらでなんとかして秋桜祭を中止させる!』

 

「ダメだ!彼方がこちらが何かしているのがバレればどこに被害が出るか分からない!」

 

『だがそれでもやらねばならん!見殺しなんて出来るか!』

 

「分かっている!だけど動きがバレればあっちが何をするか分からないだ!クソッ!」

 

弦十郎と通信して対策を考える。

 

「GV!ここにいた!」

 

そんな時、シアンがこちらへと慌てて飛んでくる。

 

「大変よ、GV!ここにあの子達が!敵の装者二人が現れた!」

 

『なんだって!?次から次へと厄介事が舞い込んでくるか!?』

 

「ウェル博士とあの子達といい!一体なんでこんな事を!」

 

ボクは強く噛んで急いで講堂へと急ぐ。

 

『とにかく、ガンヴォルトは二人の元へ急げ!俺達は爆弾をどうにかする!』

 

「…分かった。爆弾解除のスペシャリストを呼んで。それもアナログでのスペシャリストだ。蒼き雷霆(アームドブルー)の関係でアッシュボルトはどこかから監視しているかもしれない。電子機器なんて持っていればすぐバレる可能性がある」

 

『分かった。そちらも何とかして二人を保護、出来なくても何かしら情報を手に入れてくれ』

 

そう言って弦十郎からの通信が切れる。

 

「GV、何があったの?」

 

心配そうにシアンがボクに聞く。

 

「ウェル博士がいた。それもアッシュボルトからの伝言を持って。どうやらシアンを狙って一騎打ちをしたいみたいだ」

 

「まさかあの男まで!?というかアッシュボルトまで何で今になって!?」

 

「分からない。でも彼方の要求を飲まないと被害が出る。それにここでも」

 

「そんな!?」

 

シアンもそれを聞いて驚き、慌て出す。

 

「どっちにしろ、今は爆弾は弦十郎に任せてボク達は二人を何とかしよう」

 

そう言ってシアンと共に講堂へと駆けて行った。



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29GVOLT

 

歌が歌い終わると同時に二人の前には奏、翼、クリス、響の四人の装者が目の前で待機していた。電子の謡精(サイバーディーヴァ)は見えないところを見るにガンヴォルトを呼びに行っているのであろう。

 

切歌も調も現れた四人へと向けて言う。

 

「お前達には絶対に負けないデス!」

 

「歌でも私達の貴方達の戦いでは!」

 

切歌と調は再び四人へと向けて宣戦布告する。

 

「負ける負けないとかの話じゃねぇ!お前達が何でこの場にいやがる!」

 

「クリス、落ち着け。お前達が何しに来たか知らないが、色々と話し合わなきゃいけないんだ」

 

クリスが叫び、それを奏が落ち着く様に言って二人に向けて言う。

 

「私達はお前達と話し合う事なんてないデス!」

 

「そんな事ないよ!話し合わないと解決しない事だってあるんだから!」

 

「立花の言う通り、互いに目的を知らないまま歪み合ったところで何も変わらない。今一度貴方達が何故この様な事をしているか話し合わなければ通じない事があるだろう」

 

響は否定する切歌に向けて話し合う事を持ち出し、翼もそれに賛同して言葉を繋げる。

 

突如起こった事に司会の子も何が起きているのか分からずオロオロとする。観客の方も何が起きたのか分からず不安が会場に蔓延する。

 

「話し合うだけ無駄。絶対に私達と貴方達が交わるなんて事ない」

 

調が四人に向けてそう言う。

 

「そんな事ない!話し合えば分かり合えるはずだよ!だから!」

 

そう言うと調がその言葉に激情して叫んだ。

 

「分かり合える筈ない!貴方達が自分のしでかした事の重要性すら分かってないくせに!剰え私達の邪魔をする貴方とは絶対に分かり合える事なんてない!私達がしようとしている事が正しい筈なのに!それを邪魔する貴方達偽善者となんて分かり合えない!」

 

「何で…」

 

調が激情して叫ぶ言葉に響は絶望したように唖然とし、切歌は調が何か不都合な事を言うかもしれないと調を止める。

 

「調!あんまり怒っちゃダメデス!言ってる事は本当の事ですが、何か口を滑らせたら目的に支障をきたしちゃうデス!」

 

「ッ!?…ごめん、切ちゃん。でもこいつらが」

 

「分かってるデス!それでも私達の目的を今こいつらに言ったところで何にもならないデス!」

 

「さっきから訳の分からねぇ事を!だから話し合うって言ってんだろうが!」

 

「だから話し合う事はッ!」

 

切歌がそう叫ぶと共に何かあったのか耳に手を当てる。多分何らかの通信が入り、そちらに気を逸らしたのだろう。

 

『切歌!調!今すぐそこから離れなさい!』

 

「急にどうしたんデス!」

 

『今説明している暇はありません!すぐに離れなさい!』

 

四人には何があったか分からないが、ナスターシャの剣幕に押され、切歌は調の手を取り、動き出した。

 

「あー!ちょっと何があったか知りませんけど、まだ終わってませんよ!」

 

司会が急に走り出す二人にそう声を掛けるが、二人は四人に塞がれる事のない舞台袖から出て行った。

 

「おい待ちやがれ!」

 

「邪魔してすみません!でもあの子達には聞かなきゃならない事があるので!」

 

「邪魔したのは謝るけど緊急事態だ!」

 

「本当に申し訳ない!」

 

四人も二人を追うためにステージを上がり、舞台袖へと駆け出していく。

 

「…一体何だったのでしょうか?」

 

司会の子の呟きがマイクを通って会場全体へと響くが、その答えを知るのはバルコニー席でただ一人だけみんなの帰りを待つ未来のみであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

講堂へとすぐさま戻ったボクは勢いよく扉を開けて中を確認する。何人かその勢いで開かれたドアを見て怪訝そうな表情を浮かべていたが、それよりも何か起こっていたようですぐに視線を逸らした。

 

「えっと…何が起こったか分かりませんが…取り敢えず、進行を続けさせてもらいましょうか…」

 

司会の子が歯切れの悪い言い方で進行をし始めた事により、二人と入れ違いになった事に気付く。それに姿の見えない四人ともだ。

 

「入れ違いか…クソッ!」

 

そう悪態をついてすぐさま行動を出て、四人の姿を探す。

 

「弦十郎!講堂には全員いなかった!」

 

『少し前に奏から連絡が入って二人の少女の後を追っているようだ!それと、すまない!そう易々と爆弾処理のスペシャリストが集まらん!なんとか警察に協力を頼んでいるが、時間がかかる!』

 

「GV!どうしよう!このままじゃ!?」

 

「分かっている!クソッ!急いで二人を問い詰めるしかない!」

 

ボクは急ぎ、四人の位置が分からなくてもとにかく二人、もしくは四人を見つけるために足を早めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

二人は何とか四人を人混みを使い、何とか巻こうと必死に走っていた。

 

「マム!何で急いで出るように言ったデスか!?」

 

切歌は耳に手を当てながら、調の手を引いてナスターシャへと問いかける。

 

『ウェル博士の通信を傍受している際に、そちらに爆弾が仕掛けられていると聞きました』

 

「何デスって!?」

 

切歌はあまりの事に驚きの声を上げ、調も手を引かれながら、その事に驚く。

 

「何て事してくれてるデスか!あの外道共!」

 

「でも!それじゃあ、ここにいる関係ない人達まで!?」

 

『分かっています…以前のライブ会場の一見もありますが、貴方達がいるのにこんな事までしているなんて…』

 

「何とかしないと!」

 

調がそう言うが、ナスターシャが調の行動をやめさせる。

 

『いけません!そんな事をすればアッシュボルトかウェル博士の気紛れで貴方達が巻き込まれてしまいます!そんな事は私もマリアも望みません!もうこれ以上家族を失うのなんて味わいたくないのです!』

 

ナスターシャの懇願に切歌と調は悩む。元よりマリアも多少の犠牲は仕方ないと考えてはいたのだが、ここまで打撃を与える事は望んでいなかった。悪を貫くために思っていた事であったのだが、ここまで大規模な虐殺にナスターシャも戸惑いを隠せなくなっている。

 

「でも!それでもそれが本当に正しいの!?」

 

「そうデスよ!確かに私達は決めましたが、こんな虐殺を行うなんて間違っているデス!」

 

『分かっています…分かっていますが…私達の目的にはアッシュボルトが必要なのです…だから、堪えて下さい』

 

ナスターシャも虐殺に対して、良い思いをしておらず、こんな事を望んでいないと言う風に悔しそう言っていた。

 

「…」

 

二人は逃げながら、どうすれば良いのか考える。切歌と調は悪を貫くとマリアとナスターシャと誓った。だが、それでも殺しだけはどうしても踏み出してはいけないラインと理解している。何れ起こりうる選別の時は覚悟しないとしても、今ここでそんな事は望まない。

 

「追いついたぞ!」

 

逃げながら考え込んでいた二人の前に二人の装者、奏と翼が現れる。道を塞がれたので、別方向に逃げようとする。だが、その方向には響、そしてまた別の方向にはクリスがおり、完全に逃げ道を塞がれた。

 

「今お前達に構ってられないデス!それにこんな事をしている場合じゃないんデス!」

 

「何言ってやがる!ステージに上がって宣戦布告したと思えば次はこんな事だと!?お前達が逃げずに話し合いをすればこんな事せずにすんだんだよ!」

 

「そうだよ!話し合えば分かり合えるかもしれないのに!何の解決もしないんだよ!」

 

クリスと響がそう言うが切歌と調は何も分かっていない四人には呆れもするが、今の状態を理解していない事が腹立たしい。

 

「だから今話し合いをしてる場合じゃない!」

 

調はギアペンダントを握り、叫んだ。

 

「ここでやるつもりか!?」

 

「大勢の犠牲を出すつもりか!?」

 

奏と翼は調の行動に警戒していつでも聖詠を歌う準備をする。ここでシンフォギアを纏って仕舞えば二課に迷惑が掛かる。だが、それ以上に二人にここで暴れさせられるわけにもいかないからだ。

 

「早まるな!」

 

そんな中、切歌と調の後方で男の声が響く。

 

それは最も警戒していた男である、ガンヴォルトの姿があった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクは何とか四人に追いつき、二人の少女と遭遇する。

 

そこは一触即発の空気であり、何かあればすぐにでもシンフォギアを纏い戦闘が起ころうとしていた。

 

「待ってくれ!今は戦闘している場合じゃない!」

 

ボクは叫んで全員を何とか止めようとする。

 

「お前、何が起こっているか知ってるデスか!」

 

切歌と呼ばれている少女がボクに向けて叫ぶ。

 

「何が起こっているかなんて君達が一番知っている事だろう!」

 

「そうよ!関係ない人の命を奪おうとするなんて!ふざけた事しようとして!」

 

「私達はそんな事しようとしていない!そんな事私達は望んでいない!」

 

ボクとシアンの言葉に調と呼ばれている少女が叫ぶ。

 

その言葉にボクとシアンは何故アッシュボルトと協力している二人がその様な事を言うのか理解出来なかった。他の装者の四人はボク達の言う事が全く分からないという風に戸惑っている。

 

「どういう事だ?君達はアッシュボルトと共に大勢の命を手にかけ」

 

「だから!私達はそんな事しようとしていないデス!私達だってあの男がとんでもない事をしようとしている事なんてさっき知ったばっかりなんデス!私達はただ別の目的で来ただけで、そんな事なんて知らなかったんデス!」

 

本当に知らなかったと叫ぶ切歌の言葉に、ボクは嘘をついているようには見えない。

 

「本当に今起きている事に心当たりはないのか?」

 

「だからさっきから私達は言っている!」

 

調がボクに向けて叫ぶ。何故、アッシュボルトの協力者であるこの二人が爆弾の事を知らないのか。アッシュボルトは協力者すらも巻き添えにしようとしていた事を考えるとどこまでも卑劣で外道な行動に悪態をつきたくなる。

 

「クソッ!これじゃあどうしようもない!」

 

「あの、ガンヴォルトさんもシアンちゃんも…二人も何でそんな慌ててるの?」

 

響が何でそこまで慌ているのか分からないので代表して聞いてくる。

 

「ッ!?何を呑気な奴!」

 

「この場所に爆弾が仕掛けられているんデス!」

 

調と切歌が響に向けてそう叫ぶ。そして四人はボクの慌てよう、そして切歌と調が何故そんなに慌てていたのか理解する。

 

「なっ!?」

 

「リディアンに!?」

 

「本気かよ…」

 

「何でリディアンに!?それじゃあここにいる人達が!?」

 

四人もようやく自体の深刻さを知って驚く。そしてその仕掛けた人物と協力関係にある二人へと詰め寄る。

 

「今この子達に言い寄っている場合じゃない!」

 

ボクは叫んで四人を制止させる。

 

「でも、こいつらと一緒にいるアッシュボルトの仕業なんだろ!?だったら二人に爆弾の解除方法を聞くしかないだろ!」

 

「二人は知らないって言っている!」

 

ボクは奏へとそう叫んで何とかしようと考える。その瞬間に切歌と調が、耳に手を当てて、何か慌てると、仕方ないという風にこちらへ番号を伝える。

 

一瞬意味が分からなかったが、それが周波数だと悟り、すぐさま通信端末をその周波数に合わせる。

 

『名乗っている暇はありません。アッシュボルトの爆弾の仕掛けられた位置をこちらで特定しました。貴方達はすぐに指示する場所に向かいなさい』

 

「…信じていいのか?」

 

『アッシュボルトと協力はしていますが、そこにいる二人を含め、私もそんな虐殺を認めてはいません。お願いです、今はただ私の指示に従って下さい』

 

誰かは分からないが、そのどこかすがるような声にボクは信じ掛けてしまうが、だが、それでもどうしてもアッシュボルトに協力している人故に尋ねた。

 

(ブラフ)じゃないのか?」

 

『そう思うのは勿論分かります。ですが、アッシュボルトが起こそうとしている事を止めたいのです。それだけは本当の事です。お願いです。敵である前に、虐殺を止める為に今は指示に従って下さい』

 

声の震え、そして心からの懇願にボクは今だけはこの声の主の言葉を信じる。だが。

 

「分かった。今は貴方を信じる』

 

「ちょっとGV!もしかしたら罠かもしれないよ!そんな事しなくてもこの子達が隠している可能性があるよ!」

 

シアンはそう叫んでボクを止めようとするが、どうしてもこの通信から放たれた声が、嘘ではないと、懇願しているような声は本当の事と感じる。

 

「だけど、それが(ブラフ)だった場合は、貴方をボクは許さない」

 

『構いません。貴方に許されようとこのように言ったわけではありませんので。ただ、私は大切な二人を巻き添えにしたくないんです…』

 

その言葉にかつてのマリアの様に本当に(テロリスト)であるのかと疑問に思えるほどの言葉であった。

 

「だったらアッシュボルトなんかに協力しなくて手を取り合えば良いはずだ」

 

ボクもマリア同様にこの人物も何故こんな事をしているのかと問うように聞くが、その答えは帰ってこなかった。

 

『とにかく、場所を伝えます。今すぐ、貴方達は解除をして下さい』

 

そう言うと場所を口頭だけで伝える。

 

「GV…信じていいの、その人の言葉…」

 

「信じるしかない。とにかく、弦十郎に伝えて、ボク達は用意が出来次第、一斉に解除するしかない」

 

「ガンヴォルト!本当にそいつの事信じていいのかよ!罠かもしれねぇだろ!?」

 

「罠じゃないデス!本当に爆弾を仕掛けてられるんです!そうやって人を疑って大勢の命を無駄にするつもりデスか!?アッシュボルトの野郎がどれだけクズなのか知らないからそう言えるんデス!」

 

奏の言葉に切歌が反論する。

 

「お前達の言葉なんて信用出来るか!」

 

「でもクリスちゃん!もしそれが本当だったら!?」

 

「立花の言う通り、本当の事なら大変な事になるんだぞ、雪音!」

 

言い合いをする中、それを止めて言った。

 

「言い合いしている暇はない。とにかくボクは声の主の言う場所へ向かう。君達は二人を」

 

『二人はそこで見逃して下さい』

 

声の主がそう言うがボクはそれを拒む。

 

「それは出来ない。あなた方の目的、そしてアッシュボルトは止めなきゃならないんだ。二人をここで拘束させてもらう」

 

『いずれ貴方達と決着を付けます。だから二人を』

 

「ふざけるのも大概にしてくれ。これ以上貴方達の好きにさせるわけないだろう」

 

ボクは声の主の提案を拒み、二人を保護する事を伝えると、仕方ありませんと言う。

 

『二人を逃さないのであれば、こちらからアッシュボルトへと連絡を取ります』

 

「ふざけるな!さっきと言っている事が矛盾している!本当にこの場にいる人達を助けてほしいと言ったのはやっぱり嘘なのか!」

 

『私達にとって大勢の命と二人ならば家族であり大切な人を取ります。だから、この要求を飲んで下さい』

 

「身勝手な事を!」

 

ボクは声の主に悪態をつく。そして数千人、いや、下手したらもっと被害が出る事を懸念して仕方なく、その条件を飲む事を伝える。

 

「ここで貴方達は見逃す。だけど、いつか絶対に貴方達にはこんな事を起こした罪を償ってもらう」

 

『…罪を償えですか…もう、私達にはそれすらも叶わないのですよ…』

 

どこかそれを望んでいるような、そしてもうそんな事は出来ないという口ぶりの言い方。

 

「貴方達は何故そこまでして…」

 

『それは私の口からは言えません。ですが、それが貴方にもしそんな事が出来たならば私達は黙って罪を償う様にしましょう』

 

それだけ言うと声の主からの通信が切れる。通信を再び繋げようとしてももうその周波数を使用していないのか繋がる事はなかった。

 

「おい!何を話していたんだ!?」

 

「ガンヴォルト!どうなったんだ!?」

 

クリスと奏がボクにそう言った。

 

「この子達を見逃す」

 

「なっ!?本気なの!?ガンヴォルト!」

 

「何を話していたんですか!ガンヴォルトさん!?」

 

翼も響もボクの言葉に驚き、問いただす。

 

「この子達を逃す事を条件に爆弾を解除する事を了承した。でないと爆弾をアッシュボルトに爆発させられる」

 

そう言うと響以外の三人は切歌と調を睨む。

 

「私達だってこんな形で逃げるのなんて不本意デスがこの男の言う通り、大勢の命が掛かっているんデス!」

 

「何私達も貴方達とは決着をつける!こちらで場所は指定するから、それまで黙って待ってる!」

 

そう言うとボクの横を通り、二人は逃げていく。

 

だが、二人は通り過ぎる際にボクに向けてどうにかしてみんなを救ってと懇願した声で呟いて行った。

 

「…何で君達はあんな男達と…」

 

ボクは二人が、そして声の主、そしてマリアがなぜ本当にテロを起こしたのか分からなくなってしまう。

 

「GV!とにかく、爆弾の場所を伝えて解除しないと!」

 

シアンの言葉で迷いを振り払い、ボクは弦十郎に爆弾の場所、そして解除するタイミングを伝え、残った装者達に伝えた。

 

「ごめん、みんな。ボクの勝手な判断で二人を逃して」

 

「アッシュボルトにこの場と他の場所に人質を取られてるんだから仕方ないだろ!」

 

「ああ。貴方がこなければ、私達は二人を捕まえようとしてそれ以上の被害を出していたかもしれない」

 

「だけど、これから私達はどうすればいい、ガンヴォルト?」

 

「私達に出来る事は?」

 

四人はボクの判断を間違っていないと言ってくれて、爆弾の解除を手伝おうとしてくれる。

 

「君達はとにかく、騒ぎを起こさない様に何とかしてくれると助かる。爆弾の方はボクとシアン、それに弦十郎に任せてくれ」

 

そう言って四人が頷くのを確認するとボクは先程聞いた爆弾の場所に急ぐ。

 

「GV…本当にあの子達を逃して良かったの?勿論、ここにいるみんなの命も大切だけど…その後の事を考えたら…」

 

シアンが不安そうにボクに聞いて来る。

 

「分かっている。アッシュボルトの事だ…この後も何かをしてくる…でも、それでも目の前の命を無情に消させるわけにもいかないんだ…」

 

ボクはシアンにそう悔しがりながらも呟く様に言った。



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30GVOLT

弦十郎達が警察と協力をして爆弾の全てを解除し終えた事を聞いた四人はガンヴォルトとシアンの無事、そして被害がない事にホッとする。そして、その事で召集がかかり、四人は本部へと足を運んでいた。

 

「良かった…」

 

「ああ。しかし、あいつら何を考えてやがるんだ?アッシュボルトに協力しているにも関わらず、爆弾の場所を教えて助けようとするなんて…」

 

「それはガンヴォルトに聞くしかあるまい。あの時、あの子達以外のアッシュボルトの協力者に連絡をとっていたのはガンヴォルトだけなんだから」

 

「本当に切歌ちゃんも調ちゃんもマリアさんもなんでアッシュボルトって人に協力しなきゃならないんでしょうか?何かあるにしろ、二人の思っている事とは違う様に動かれているのに…」

 

「あいつらの組織、F.I.S.とアッシュボルトの目的は同じでもその仮定が違うとしか言いようがない。というか、あいつらは何がしたいんだ?」

 

四人は自分なりにその事を考えながら、本部の廊下を歩き、司令室へと入る。

 

「来てくれたか。さっき報告した様に、ガンヴォルトとシアン君に言われた爆弾は全て解除した。これで当面の危機は去った」

 

四人が入って来た事を確認した弦十郎が迎え入れながらそう話す。

 

「旦那、それでガンヴォルトは何処に?」

 

「今のところはシアン君と共に解除した爆弾を処理する為に警察と共に行動している。なんとか解除したのはいいが、念のためだ」

 

「そうですか…それで司令、私達をここに召集した理由は?」

 

「まず、依然として謎であった敵装者、マリア・カデンツァヴナ・イヴのガングニールの事について。そしてウェル博士との会話の際にあったガンヴォルトの事についてだ」

 

弦十郎が以前から調べていたガングニールの事が分かった為、その話を。だが、四人はガンヴォルトがウェル博士に会った事は知っているが、何故その事を話に出すか理解出来なかった。

 

そして弦十郎は初めにガングニールの件について話す。あおいと朔夜に解析させた結果、奏と響のガングニールと解析結果が一致しており、敵の所有するガングニールが本物であると告げる。

 

「以前組織とは別のフィーネ本人と協力していたアッシュボルトがF.I.S.と協力して櫻井理論を解析してシンフォギアを形成したと考えて間違いない」

 

「ガングニールももしかしたら、二年前のライブ会場の件で回収しきれていなかった奏さんのガングニールの欠片を使用している可能性もあるから、ありえない事じゃないわね」

 

朔夜とあおいがそう言って敵のガングニールも本物であり、櫻井理論の異端技術を使用されたガングニールであると告げられる。

 

奏は二年前のあの事故が影響している事を悔み、響も自身と同じガングニールが事件を引き起こしている事に胸を痛める。

 

「奏のせいじゃない。奏はあの時よくやってくれた。響君も気を病まないでくれ」

 

弦十郎は二人の心情を察してそう言った。そして話を続ける。

 

「以前からアッシュボルトが了子君…フィーネと協力関係があるため、この様な事が起こったが起きたものは仕方ない。何とか対策を立てる。それともう一つ。米国政府にも動きが見られた事を斯波田事務次官より報告を受けた」

 

斯波田事務次官曰く、米国政府も何故が米国所属のF.I.S.を追っている事。

 

「同所属のはずのF.I.S.を追う理由はどうやらF.I.S.の持つ異端技術の制御に関する事だと思われます。どうやらF.I.S.は米国所属であるものの、聖遺物という物を本国の米国に情報開示をしないまま、独占していたからだと思われます。そしてテロリスト、アッシュボルトにより動かされている事が分かり、自国の組織が陰でこのようなテロリスト、アッシュボルトと協力してこんな事態になっているんだから、それも分かる」

 

「だけど、それを陰でこそこそと動くのが納得がいかないわ。こういう時には協力してでも止めるのが一番なのに…」

 

「結局、自国の組織の存在が公になる事、それにアッシュボルトに操られているにしろ、自国の不始末を最後まで隠し通し、F.I.S.の持つ異端技術をどうにかして手に入れたいという考えだろう」

 

朔夜とあおいの言葉に弦十郎がそう言った。

 

「それともう一つの本題、ガンヴォルトとウェル博士の会話についてだ。藤尭、友里、ガンヴォルトがこちらに通信を繋げてからの録音データの再生をしてくれ」

 

弦十郎の言葉に二人が音声データを再生させた。

 

『これが再生されているのなら聞いているだろう。貴様と私、同じ蒼き雷霆(アームドブルー)能力者、そして消して交わらない私達の目的、ならばやる事は決まっているだろう』

 

流れ始める音声データ。それは四人も聞いた事のある変声機により変化させられた声。そして喋り方からアッシュボルトという事が理解出来る。

 

 

『貴様の息の根を止めて、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を頂く。私はそれさえできれば貴様などに用はない。貴様は私を止める。だったらやる事は分かるであろう?』

 

ガンヴォルトを殺すという意志を隠さず、そしてシアンを奪う事を告げるアッシュボルト。何故アッシュボルトはシアンを狙い、ガンヴォルトをここまで殺そうとするのか。かつてのガンヴォルトと同じ組織に所属したと思われるアッシュボルトとガンヴォルトにどんな関係があったのか。シアンを何故そんなにも欲しがるのであろうか。その場にいる誰も理解出来なかった。そして、まだ音声データは残っているために続く。

 

『答えは聞かずとも分かっていたよ。場所は既に決まっている。貴様の正体を知ったあの深淵(アビス)で待つ。そこで貴様と相見えよう。電子の謡精(サイバーディーヴァ)と共に二人で来るんだ。出なければ何の関わりのない者が多く死ぬと思え』

 

そして音声データが終了した。その事でウェルがあの場に現れた理由。アッシュボルトからの言伝をガンヴォルトへと伝えるため、戦うため、そしてその条件を飲まなければ爆弾で大勢の命を奪う事を知る。

 

「師匠、ガンヴォルトさんがウェル博士に会ってアッシュボルトって人からの言伝でどんな事を聞いたか分かったけど、何でガンヴォルトさんの事についてなんですか?」

 

響が先程聞いたアッシュボルトの録音データについてどこがおかしかったのか聞いた。

 

「それは俺達よりもアッシュボルトと何度か対峙している響君達の方が理解しているはずだ。アッシュボルトが何故ガンヴォルトを敵視しているのか、何故敵はガンヴォルトを知るはずなのに名前を呼ばないのか」 

 

「アッシュボルトが私達の前に初めて姿を現した時に言っていた事、そしてさっきも言っていた事。ガンヴォルトが本当に何者かという事ですか?」

 

翼はガンヴォルトの事を知っているかのような蒼き雷霆(アームドブルー)は本物かと言うメッセージ、そして初めてアッシュボルトが姿を現した時放った言葉を知っており、それに加えて先程の言葉からそう言った。

 

「ガンヴォルト自身も、シアン君自身も何なのか分かってはいないみたいようだが、アッシュボルトはガンヴォルト、そしてシアン君の何かを知っている」

 

「確かにアッシュボルトはガンヴォルトの事を知っているのに名前を呼ばないけどそれが何だっていうんだよ?」

 

「まさか!あいつが私達を裏切っているなんて言うつもりなのか!?」

 

奏の言葉にクリスがそう叫ぶ。

 

「俺達もそんな事思っていないよ。だけど、その謎さえ解ければガンヴォルトと情報を共有してアッシュボルトの目的を知る糸口になるかもしれないと思っているんだ。それにあいつの過去を知っているからこそ、嘘はつこうとガンヴォルトがそんな事するなんて俺達は誰も思っていない」

 

「そうよ。クリスちゃんの気持ちは分かるけど、ガンヴォルトが裏切りという行為を嫌っているのはクリスちゃんも知っているでしょう?」

 

ガンヴォルトが裏切る事を嫌っている事はこの場の全員が知っている。過去に恩師に裏切られて、大切な人を殺された。だからこそ、それはあり得ないと朔夜もあおいもクリスに向けて言う。

 

クリスも二人の言葉の意味を理解して悪いと謝る。

 

「クリス君の思う事は分かるが、あいつが裏切るなんて何があろうとないだろう。話を戻すが、アッシュボルトがガンヴォルトと過去に同じ組織に所属していた事だけは分かっているが、それ以外はかつてフィーネと協力していた事、過去に他国の聖遺物研究機関を狙っていた事、そして現在はシアン君を、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を狙っている事しか分からない。だからこそ、アッシュボルトの目的を知ればF.I.S.のやろうとしている事を少しでも知る事が出来る可能性があるんだ」

 

弦十郎は四人に向けて、そしてこの場にいる全員に向けて告げた。

 

「何としてでも、奴等の目的を知り、一早く起こそうとする事を止める!いつまでも奴らの後手に我々が回るわけにはいかない!」

 

弦十郎がそう宣言すると、この場にいる全員が、アッシュボルトの事を、そしてF.I.S.の関係者を調べ始めた。

 

「それに、ガンヴォルトはいずれにせよ、アッシュボルトと対峙をする。少しでも何か分かればあいつの助けになるからな」

 

弦十郎の言葉に四人だけではなく、この場にいる全員の表情に翳りを見せる。

 

ウェルの持っていた音声データが本当であれば、四人と共に敵装者である切歌と調とも決着をつけると約束がある。だからこそ知らなければならない。敵の目的を。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「貴方達もあの場にいたのですね」

 

かつてフィーネと装者、そしてガンヴォルトが戦った場所、そして紫電により使われて、ガンヴォルトが破壊したカ・ディンギルの跡地にウェルと切歌、調が邂逅する。

 

ウェルとアッシュボルトはこちらの意図しない動きをしてまるでやっている事は分からないが、切歌と調は先程の事でウェルへと問い詰めている。

 

「ふざけた事抜かすんじゃないデス!何であの場に爆弾なんて仕掛けていたんデスか!」

 

「私達の目的は人類の救済の筈!それなのに何故あんな事を!」

 

切歌と調はウェルへと向けて叫ぶ。

 

「確かに、我々の目的はいずれ滅びゆく人類をノアの方舟であるフロンティアを使い、可能な限り命を救う事。ですが、それでも救えない命がある事は貴方達も理解しているでしょう?」

 

「だからってあの場であんな事をする必要なんてない!」

 

「私達の目的は一緒でも、お前達はそんな惨い事を何で平然とやれるデス!」

 

ガンヴォルトが何とかしている可能性もあるが、それでどうにもならない場合、数多くの命が失われると考えた二人がそう言った。

 

「救えない命に何の価値があるんですか?それならば楽しいひと時で一生を終えた方が幸せでしょう?いずれ来る終末をただ黙って迎えるより、知らずに幸福な内に死ねる。それがどれ程幸福なのか貴方達子供には分かりませんか?」

 

「この外道!」

 

「お前達は本当に同じ人間なんデスか!?」

 

調も切歌もその事が理解出来ないとばかりに、ウェルに向けて噛みつく。

 

「Dr.ウェルの言う通り、救えない命を今救ったところで何の意味があると言うんだ?お嬢さん(レディ)達はそれが最前だとでも言うのか?それは飛んだ偽善だ。知らないうちに命を失った(ロスト)した方が幸福な事もあるだろう?」

 

突然虚空に響く、変声された声。そちらに視線を向けるとバチバチと静電気のように弾ける電気が見えるとともに迷彩で姿を消していたアッシュボルトが現れた。

 

「アッシュボルト!」

 

調はアッシュボルトへと憎しみを込めた声で名を呼んだ。

 

「いずれ、お嬢さん(レディ)達が背負う罪を私が代わりに背負おうと言うのにな…。まあ、それも君達のせいで台無しになった事なんて分かり切っている事だかな」

 

既に爆弾を解除しようと動いていた事にも気付かれており、切歌も調も冷や汗が溢れ出す。

 

「何、その事は責めんさ。どうせ、今ある爆弾では何千の命を損失(ロスト)させるほどの火力が足りない」

 

「アッシュ!君もいたのかい!それよりも目的の物は!?」

 

「ああ、今までなるべく使わないようにしていたが、奴があれほど力を持っているのならば話は別だ。弾に限りがある上に手に入れる事の出来ない物で使いたくはなかったが奴を殺す為に使わざるを得ない」

 

そう言ってアッシュボルトは銃を翳す。

 

第七波動(セブンス)能力者である奴には驚き(サプライズ)を用意した」

 

リボルバーのような銃。それには切歌と調には禍々しく映る。

 

何なのか二人は理解出来ない。だが、その銃から出る禍々しい何かが二人にとってもあの男、ガンヴォルトにとって危険である事は察する。

 

それとともに何かが近くに着陸するように砂埃が舞うと同時に移動用、そして住処として使っている、機体が姿を現し、そしてすぐさまマリアが降りてくる。

 

「二人とも無事で良かった!ごめんなさい…こんな事になっているなんて…」

 

二人を危険な場所へ知らずと送っていたマリアが、二人を抱きとめて、そう言った。

 

そしてその後に降りてきたナスターシャはアッシュボルトとウェルの元へ向かった。

 

「何故あんな事をしたのですか!アッシュボルト、ウェル博士!!あの場で二人を危険な目に合わせた挙句、あのような事を!」

 

「Dr.ナスターシャ。貴方も理解している筈だ。大勢なら命を救うとしていても救えない命がある事くらい。それにあのお嬢さん(レディ)達とは違い、貴方はどれ程こちらの有利(アドバンデージ)を消したか分かっているのか?」

 

先程と打って変わって少し苛立ちを見せるアッシュボルトがナスターシャへと言った。

 

「分かっています!ですが、それでも虐殺を私が認めるとでもお思いですか!無垢な命をあんな形で!」

 

「甘いのだよ、君達は。以前、私がいないうちにDr.ウェルの前で表明したのだろう?例え、今が悪魔(デーモン)の所業だろうと、可能な命だけを救い、それ以外を切り捨てると。それなのに貴様等はどうだ?救えない命なのに、あの男と連絡を取り、あまつさえ、以前私が仕掛けた爆弾を解除させる。本当に救う気があるのか?」

 

アッシュボルトの言葉にナスターシャは何も返せない。自ら進んだ道にしろ、アッシュボルトの言葉は正しい。だが、それでも、虐殺は間違っているとナスターシャは言った。

 

「それでも、あんな形で!命を弄ぶように殺す事など間違っています!いずれは私達が選別しなければならないですが、あんな事!」

 

「本当に甘い…貴様らは本当に(テロリスト)に徹する気があるのか?」

 

ナスターシャの言葉にアッシュボルトはため息を吐いてそう言うと、呆れるとともに機内へと向けて歩き出した。

 

「貴様達には本当に(テロリスト)と言うとさものがどう言うものか理解出来ていないようだな」

 

そして機内へと入るアッシュボルトの後を追うようにウェルが歩き出す。

 

「あまり、アッシュを幻滅させないで下さいね。私達と組んでいれば必ず、うまく行きますから。救いたいんでしょう?可能な限り人々を」

 

ウェルもそう言って機内へと入っていった。

 

「…外道共…」

 

ナスターシャは自身の座る車椅子の肘掛けを強く握り、ただあの二人に対して上がる憎しみを堪えるしかなかった。



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31GVOLT

爆弾の処理を終えたボクとシアンは報告をしに機動一課の保有する軍事基地に係留している潜水艇へと入る。

 

そして司令室へ入るとそこには慌ただしく作業する二課のオペレーター達の姿が。

 

「ガンヴォルトさん!シアンちゃん!」

 

ボクの姿に気付いた響が声を出すのでボクは話し合っていた場所に向かう。

 

そこには装者達、そして弦十郎、オペレーターのあおいと朔也の姿もあった。

 

「ガンヴォルト、ご苦労だったな」

 

「そっちもなんとかしてくれて助かったよ。ただ、処理をしている中で違和感があったからそれを報告しておくよ。今回処理した爆弾の量に関してなんだけど、それなりの数が仕掛けられていたのは分かっていると思っているけど、仕掛けられていた爆弾の一つ一つに付けられた爆薬の量が正直、今まで比べ物にならないくらい少なかった。場所が場所だけにそれなりの被害が出る事になるだろうから解除出来たのは良いけど、前みたいにビル一棟丸ごと破壊したりする程の威力がある物じゃなかった」

 

ボクは今回仕掛けられていた爆弾の事を伝える。

 

そしてこちらへと情報を流したフィーネに所属する、マリア以外の女性の事を。

 

「そちらは四人からも聞いている。敵装者である二人もその爆弾に対して何も聞かされていなかったところを見てアッシュボルト、ウェル博士の独断で行われたものであろう。だが、敵であるはずの人物が何故、お前に情報を流したのか?」

 

「多分、アッシュボルトとフィーネの人物達との目的までの過程の差異だと思う。何が目的かは分からないけど、アッシュボルトは仲間をも騙して何をしようとしているのか」

 

そして脳裏にはかつての師であり、ボクをこんな状況にした元凶の姿がチラつく。だが、あり得ない。あの人がいるはずないと否定する。

 

「…こちらでも何度か調べている最中だが、何か分かり次第報告する。それと、ガンヴォルト、シアン君は近くにいるんだな?」

 

弦十郎がそう言うとボクの通信機を通してシアンがいる事を伝える。

 

「情報を整理するにあたって、俺達はアッシュボルトがお前に対して思うところがあって少し話し合っていた」

 

その言葉に忙しなく動いていたオペレーター達もが、ボクの方に視線を向ける。

 

「ガンヴォルト、アッシュボルトの正体についてだが…ガンヴォルトの予想だと、アッシュボルトはお前と同様の場所の人間であり、お前が元々所属していた組織、フェザーの人間である可能性が高い、間違いないな?」

 

「…そうだよ。アッシュボルトの使う武術、チャタンヤラクーシャンクーをベースとしたオリジナルの武術。あれはフェザーの人間じゃないとあそこまで熟練した動作を行えるはずがないんだ。それに、フェザーが隠蓑ともアッシュボルトは言っていた。ボク自身もその言葉が何を意味しているのかは理解出来ない…」

 

そう言ったものの、アッシュボルトのあの言葉の意味が、最後にあの人が…アシモフの言った言葉の真意だとするのならば…

 

「だけど理解出来なくても、確証がなくても、アッシュボルトが何者なのか…ボクは否定したいけど、そう思わざるをえなくなった」

 

その言葉に弦十郎やオペレーター、そして装者達は驚く。

 

「ガンヴォルト、アッシュボルトが何者なのか分かった…いや、知っているのか?」

 

「ボクと同じチャタンヤラクーシャンクーをベースにした武術、フェザーの人間、そして廃病院で見たアッシュボルトの目…あり得ないと…そんな筈がないと思いたいけど、どうしてもあの目を見てからアッシュボルトの正体があの人なのかも知れないと思ってしまったんだ…」

 

「一体誰なんだ!?アッシュボルトはガンヴォルトの知っている奴なのか!?」

 

奏がボクが勿体ぶるような言葉に焦らされていると思い、そう叫ぶ。

 

「奏!お願い、私だって信じたくないけど、GVの心の整理がつくまで待ってほしい!」

 

シアンがボクの心情を察し、奏に落ち着くように言った。奏もシアンの言葉を理解して、悪いと言うとボクが言いあぐねている事を話すのを待つ。どうやらそこまで酷い顔をしていたみたいだ。

 

そして、ボクは言おうか迷っていたが、みんなにも知ってもらっていた方がいいとようやく踏ん切りがつき、この場の全員に向けてアッシュボルトの正体と思われる人物の名を口にする。

 

「多分…アッシュボルトの正体は…アシモフ。前にも話した通り、ボクがこの場に行き着く事となった元凶になった人で、シアンを殺し、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の姿に変えたその人の可能性がある…」

 

その言葉に誰もが絶句する。

 

「なっ!?何でそんな奴が居るんだよ!そいつはお前のいた場所にいるはずなんだろ!?」

 

「そうだ!ガンヴォルトが何等かの要因でこちらにきた事は知っているが、何故シアンをそんな姿にした元凶がこちらにいる!?しかも、敵のテロリストとして!」

 

クリスがボクにいるはずがない人がここにいる事を問いかけ、翼はボクが元の世界で追っていた人間がこちらにいる事に疑問を持ちながらも、敵として現れた事に驚き叫ぶ。

 

「ボクだってそんな事あり得ないと思っている。でも、どうしても、アッシュボルトの行動、それに廃病院で見たあの目を見てそう思わざるを得なかった…」

 

「でも、何でその人がこんな事を!?」

 

響がボクに対して問いかける。

 

「アシモフがボクを殺そうとした原因、それが皇神(スメラギ)に所属する能力者、そして無能力者の殲滅だったんだ」

 

その場にいる全員がアシモフの本当の目的を知った。

 

「ガンヴォルト、それは本当の事なのか?」

 

「そうだよ。アシモフの目的はボクが最後にあの人に会った際に聞いた」

 

「だったら何でお前はそのアシモフって野郎を信じているんだ!何でお前は追っている人間と話し合おうとしているんだよ!何でそんな外道と!」

 

奏がそれを聞いて怒りを込めて叫ぶ。ボクが以前からアシモフと話し合いと言っていた。アシモフに殺されかけ、何故そうまでして話し合おうとするのか理解出来ないと言う奏が叫んだ。

 

「シアンをそんな事にした相手だし、あんたを殺そうとしていたんだぞ!?何でお前はそこまでしてそんな奴と話し合おうとするんだよ!」

 

「こんな事になったからこそ、ボクは本当にアシモフが何故あんな事をしたのか、その言葉がその行動が真意なのかを聞き出さないといけないんだ」

 

「GV…」

 

その事実を唯一知るシアンはどこか悲しそうな表情をする。シアンをこんな姿にした事は許せない。だが、それでも殺した相手であり、何をしでかそうとしているかは察しているが、ボクがまだアシモフの事を心の何処かで何か訳があったんじゃないかと信じていたかった。

 

「だからって!」

 

「奏!もうそれ以上は何も聞くな!」

 

まだ何か言おうとする奏に弦十郎が一喝する。奏も急に言われて反論しようとするが、改めてボクの方を見ると少し罰が悪そうにして悪いと謝る。

 

「いや、奏の言うとおり、止めなきゃいけない事は決定しているよ。でも、どうしてもボクを皇神(スメラギ)から救い出してくれたから…ボクをここまで育ててきてくれたから…今一度会って本当の事を聞かなきゃならないんだ…」

 

「…お前の気持ちは分かった。だが、それはアッシュボルトの正体が本当にアシモフという人物であった時の話だ」

 

「分かっているよ。アッシュボルトがアシモフであるにしろないにしろ、ボク達は止めなきゃならない」

 

ボクは今一度頭の中にある脳裏に浮かぶ幻影を振り払う。

 

「まずはこの事件を収束させる。話はその後だ。とにかく、止めなきゃならないアッシュボルトとの決着からだ」

 

『その通りだ』

 

突如、司令室内に聞き覚えのある機械で変声された声が響く。

 

「ッ!アッシュボルト!」

 

ボクはそう叫ぶ。

 

「ここの回線をジャックされた!?国から支給された最新鋭の機種で厳重な物だぞ!」

 

朔也がそう叫び、コンソールを操作しようとすると、雷撃が迸り、それを浴びた朔也が痙攣して倒れる。

 

「機材から早く離れて下さい!藤尭君、大丈夫!?」

 

あおいが他のオペレーター達に指示を飛ばすと、雷撃を浴びた朔也に駆け寄る。

 

『待たせてしまったが、こちらの準備は整った。電子の謡精(サイバーディーヴァ)と共に私の元へ来い。貴様と再び相見えよう』

 

「…分かった。今度こそ貴方と決着をつける」

 

ボクはモニタールームに響くアッシュボルトの声に答える。そして、ボクは確信していないが、アッシュボルトへと向けて言う。

 

「貴方にこれだけは聞いておきたい。目的は何かは知らないけど止めてみせる。だけど、これだけは聞かなきゃならない」

 

確証など無い。信じたくも無い事。だけど、はっきりとさせておきたい事。

 

「アッシュボルト…貴方はアシモフなのか?」

 

『…』

 

その問いにアッシュボルトは何も答えない。それが本当なのか、違うのか分からない。

 

沈黙が続く司令室。やがてスピーカーからアッシュボルトの声が響く。

 

答え(アンサー)を知りたいならば、私の元へと来ればいい。最も貴様と電子の謡精(サイバーディーヴァ)の二人で来た時だけだがな。そうすれば私が誰なのか教えてやろう』

 

そう言うとアッシュボルトは時間と場所を指定する。

 

『決戦は今夜。その場所ならばヘリで一時間もかかるまい。場所は以前にも指定した貴様がかつてフィーネと戦った深淵(アビス)だ。そして、装者達にも伝言だ。かつての戦場、東京番外地にて会おう』

 

四人に向けてそう伝えられる。それは切歌と調が装者達との決戦場を意味しているのは誰もが理解している。

 

『被害を出したく無いだろう?待っているぞ。同じ記憶を持つ紛い者。勿論、来なければ貴様等の解除した爆弾とは別の物を爆破して大勢の命が散るだろう』

 

それだけ言い残し、アッシュボルトは通信を切った。

 

「東京番外地…カ・ディンギル址地…それにアビス…」

 

フィーネの戦闘を再現でもしようというのかと思う場所。

 

「行きましょう、ガンヴォルトさん、シアンちゃん」

 

「アッシュボルトが何なのか知らねぇが、止めなきゃならない」

 

響が、ボクに向けて。クリスが来たるべき時が来たと、険しい表情で言う。

 

「正体なんて行けば分かる。それにまだ残された爆弾があるならば、これ以上の被害を出さないためにも戦わなくちゃならない。防人として。装者として」

 

「ああ。やるしかない。もう賽は投げられたんだ。奴等を止めるためにここで終わりにしよう」

 

翼も奏もクリスの後に続けて言った。

 

「…やるしかないだろ…この場所にハッキングまでしてあんな啖呵を切って来たんだ…ガンヴォルト。アッシュボルトを止めるしかない」

 

朔也があおいの肩を借りながら立ち上がりつつそう言った。

 

「もう、これ以上の負の連鎖を続けさせないためにも…罪の無い一般の人達を巻き添えにするフィーネを…テロリスト達を止めるしかない」

 

あおいもボクに向けてそう言った。

 

「GV。行きましょう。そしてアッシュボルトが何者か…相手の目的が何なのかを知って…止めよう」

 

シアンもボクに向けてそう言った。

 

「ああ…やるしか無いんだ。これ以上の連鎖を止めるために。アッシュボルトも…フィーネの目的を止めるためにも」

 

そしてアッシュボルトの正体が本当にアシモフなのかを。

 

「覚悟が出来ているなら、今すぐにも準備するぞ。あの人の命を何とも思わない男の目的を止めるためにも。この国を、人々を守る為にも」

 

弦十郎の言葉にボクとシアン、そして装者の四人も頷く。

 

「ならば急ぐぞ!奴が約束を違えないという保証もない!すぐにでも、カ・ディンギル址地、そしてアビスへと向かわせる!」

 

そう言って弦十郎は再び操作可能となったコンソールを動かし、モニターを一課へと繋げるとすぐさまヘリを用意するように伝える。

 

弦十郎の言葉にすぐに返事をしてすぐさま準備する事を告げられる。そして弦十郎はボクの装備をすぐに用意するように技術班へと連絡をする。

 

「すぐに準備してくれ、お前の用意が出来次第、すぐにヘリを飛ばし装者達共に東京番外地、カ・ディンギル址地へと向かわせる」

 

弦十郎の言葉に頷く。

 

今度は廃病院のように逃すわけにはいかない。

 

次で決着をつけるんだ。そして知らなきゃいけない。アッシュボルトが本当にアシモフなのかを。

 

本当ならば幾つか聞かなければならない。何故あの時ボクを裏切り、シアンを殺したのかを。本当にそれが自身の意思なのかを。そして何故アシモフはボクに対して紛い者と…異なる意味を持つGVと言うのか?その意味を知る為に。

 

ボクとシアンはすぐに司令室から出ると装備を整える為に技術班の待つ部屋へと駆け出した。



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32GVOLT

準備を終えたボクと装者達はヘリへと乗り込み、東京番外地、カ・ディンギル址地へと向かっていた。

 

ボクはダートリーダーの状態を確認しながら言った。

 

「みんな、さっきのアッシュボルトの言う通り、ボクとシアンだけでアビスへと向かう」

 

「分かってます…ガンヴォルトさんとシアンちゃんだけで向かわないとアッシュボルトって人…また爆弾を使うつもりなんですから…もうこれ以上犠牲を出さない為にも…その人が本当にアシモフっていう人なのか確かめなきゃいけないんですよね」

 

「アッシュボルトがアシモフとかいう野郎だろうがやる事は変わらないんだろ?あんたとシアンがアッシュボルトを止めるなら私等はあいつ等とやり合わなきゃならないんだ」

 

「そうだな…敵の有利な状況にガンヴォルトは自ら飛び込んでいくのなら、あの子達は私達が何とかしないといけない。それにあの子達と共に居るマリアも、そしてガンヴォルトに連絡してきた人物も」

 

「だな…ここで終わらせるんだ。もう誰も悲しませない為にも、奴らが何を企んでるかなんて捕まえてから考えよう。分かんない事よりも今やるべき事を私達はやるだけだもんな」

 

四人もそれぞれ、やるべき事を口にしてもうすぐ始まる戦闘に気持ちを切り替えていく。

 

「そうだね…あの子達はみんなに任せるから、私達はアッシュボルトとの戦闘に集中しよう」

 

シアンもボクにそう声を掛けて、その言葉に頷く。

 

だが、それでもアッシュボルトの正体の事をどうしても考え込んでしまう。アッシュボルトは本当にアシモフなのか。それならば何故この場所にいるのか。聞きたい事が山程ある。

 

そんな事を窓の外を見て考え込んでいると街並みがなくなり、荒野となったカ・ディンギル址地へと入った。だが、その瞬間に窓の外、地上で何が高速で移動しているのが見える。暗い荒野でも仄暗く光る、線のようなもの。それは地上からこちらを捕捉するようにカ・ディンギルの方から移動してくる。そしてその何かはこちらへと向けて跳躍する様に飛び上がる。ボクはそれを見た瞬間に叫ぶ。

 

「退避を優先して、装者全員聖詠を歌ってシンフォギアを纏ってくれ!」

 

叫びながら、ヘリの扉をスライドさせるとボクはそのまま飛び出し、高速で近づいてくる何かに向かっていく。

 

「なっ!?」

 

突然の行動に装者全員が、驚くが、すぐに聖詠を唱え、ボクの後に続くようにヘリから飛び出した。

 

「シアン!頼む!」

 

「任せて!」

 

シアンが歌を歌い、ボクの第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)を強化してくれる。その瞬間、ボクは体勢を整えて迫りくる何かに向けて足を振り落ろし、ブーツで何かを捉えると、そのまま地面へと向けて叩き落とす。

 

そして自由落下に従い、ボクは地面へと降り立つと先に落ちて土煙が上がる場所に向けてダートリーダーを構える。

 

「ガンヴォルト!何を叩き落とした!?」

 

一番先に降りた奏がボクへと近づいて聞く。そしてそれに続いて降り立つ三人もボクの側へと近づいてそれぞれの武器を構える。

 

「ネフィリムだ。まさか、またこんな物を持ち出してくるなんて」

 

そういうと同時に土煙から飛び出してくるネフィリムが装者にも目もくれず、ボクに向けて飛び掛かる。

 

「この!」

 

「ぶっ飛ばす!」

 

ボクより先に動いた翼と奏が、剣と槍でネフィリムを斬り飛ばす。

 

「まさか、あいつ等こいつまで連れてきやがったのか!?」

 

「という事はまさか!?」

 

クリスはネフィリムを見て二人、もしくは三人は更なる脅威であるネフィリムまでいる事に悪態を吐き、そして響はネフィリムがいる事を見てその他の存在の姿を探す。

 

「早かったですね、二課の装者のみなさん。それにガンヴォルト」

 

手を叩きながら、土煙が止んだ場所から現れたウェルの姿を確認する。

 

「野郎!」

 

クリスはウェルの手に持つソロモンの杖を見て忌々しそうにウェルを睨む。だが、ウェルはそんなクリスの睨みを無視して再び襲い掛かろうとするネフィリムに言った。

 

「ネフィリム。好物が目の前に現れて興奮するのは分かりますが、堪えてください。あれはアッシュの獲物ですよ。またアッシュの雷撃を喰らいたくはないでしょう?」

 

ウェルがネフィリムへとそう言うと先程までこちらへと飛び掛かろうとしていたネフィリムが大人しくなる。

 

「ウェル博士、ネフィリム…あの子達との果し合いの約束ではなかったのか!」

 

「切歌ちゃんと調ちゃんはどこにいるんですか!?」

 

翼と響が現れたウェルに聞く。

 

「あの子達なら今は簡易基地の方でお留守番をしているところですよ」

 

「テメェもアッシュボルトも約束を違えるつもりか!」

 

ウェルの言葉に奏が叫ぶが、その言葉をウェルは鼻で笑って答えた。

 

「違える?何の事でしょう?」

 

「ふざけないで下さい!アッシュボルトって言った人も切歌ちゃんと調ちゃんの言伝でこの場で決着の話だったのに騙し討ちみたいな事を!」

 

「騙し討ち?何を言い出すかと思えば、そういう事ですか。それは君達が勝手に勘違いしているだけでしょう?あの時アッシュは伝言とだけ言ってましたよね?あれは僕からですよ。貴方達のその聖遺物をネフィリムの餌にする為、こちらへと来て下さいっていうね。アッシュはあの二人の伝言なんて言っていましたか?勘違いをして来たのは貴方達の方でしょう?」

 

「ふざけた事をぬかしやがって!もうこの際、どうでもいい!お前の持つソロモンの杖!そいつをお前達から取り返す!」

 

クリスがそう言ってウェルに銃を構えた瞬間と同時にウェルがソロモンの杖を起動させて、大量のノイズを出現させる。

 

「出来るものなら見せてもらいましょうか!」

 

そう言ってノイズを操り、装者達はノイズを倒す為に迫り来るノイズに各々の武器を振るう。ボクもそれに加勢しようとするが、ノイズはボクへと攻撃も近寄りもせず、ただ道を開けるように装者達へと散っていく。

 

「どういうつもりだ!?」

 

「さっきも言いましたよ、ガンヴォルト。貴方はアッシュの獲物だと。倒すのはボクではなく、アッシュなんだ。僕の英雄譚(サーガ)には君を必要としているが、君を倒すのは僕じゃなくてアッシュだ。それにアッシュに言われているんだよ。君はアビスへと向かわせるってね」

 

罠かと思うが、ウェルは次々と召喚していくノイズ達は全くボクとシアンを襲わずに装者達へと向かっていく。

 

「ガンヴォルトさん、シアンちゃん!此処は私達が止めます!」

 

「だからあんたとシアンは奴の…アッシュボルトの元へ迎え!」

 

響が拳でノイズを炭へと変えて砕き、クリスがそんな響の背後を襲おうとするノイズをサポートして銃で貫いて行く。

 

「立花の言う通り、ここは私達が何とかする!だから行って!ガンヴォルト!」

 

「ガンヴォルト!お前はやるべき事をやるんだ!アッシュボルトを止める!そしてアッシュボルトが何なのか突き止める事を!」

 

翼と奏がノイズを斬り伏せながら叫ぶ。

 

「GV…此処はみんなに任せて私達は行こう…アビスに…アッシュボルトの元に。そして知らなきゃならないよ、正体を」

 

シアンが、ボクに向けてそう言ってボクは悩んだ末に駆け出す。

 

「みんな、絶対に無事でいてくれ!ボクはアッシュボルトを止めに行く!」

 

それで良いと言う風に全員から視線を受け取って、ボクは聳え立つカ・ディンギルへと駆け出す。

 

「さて、ガンヴォルトもアッシュの元へ向かって行きましたし、始めましょうか。ネフィリム、廃病院で出せなかった貴方の力をこの少女達に見せてあげましょうか」

 

通り過ぎるのを見送ったウェルは不穏な言葉を呟きながら、ネフィリムに指示を飛ばし、ノイズと戦闘する四人へと向けて攻撃を仕掛けるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクは聳え立つカ・ディンギルの亀裂から内部へと侵入して、旧二課本部へと潜入する。そしてかつて通った道を辿り、アビスへと向かう。

 

「GV…アッシュボルトが本当にアシモフさんだったら…」

 

走るボクの後に追従するシアンが不安そうにそう言う。

 

「…」

 

ボクはその問いには答える事はなかった。いや答えるとアッシュボルトが本当にアシモフだと認めてしまうのが怖かったのかもしれない。シアンを殺し、こんな姿にまでした人がボクを殺しかけた人がこの場にいる事はやっぱり信じたくはない。

 

だが、それでもアッシュボルトの口調、そしてあの時に見せた目はどうしてもアシモフだと思わざるを得ない。

 

「GV…」

 

「大丈夫、絶対にアッシュボルトはボクが止める。もうこんな悲劇を続けさせない為にも」

 

そう言ってボクはただかつて辿った道を走り抜ける。そして、ようやくたどり着いたアビスへと繋がる扉。そこは既に壊れて開かれているが、這ってでも出て来た時とは違い、とても肌寒く、そしてその深淵が見える場所からは何とも言えない恐ろしい雰囲気を醸し出していた。

 

「此処がアビス…」

 

底の見えない闇の広がる大きな穴。それを初めて見たシアンは震えながらそう言った。

 

「この底にアッシュボルトがいる…」

 

深淵を見下ろしてボクは呟くように言った。

 

「…行こう、シアン。アッシュボルトをここで止めるんだ」

 

「…うん、もうここまで来たらやるしかない」

 

そう言ってシアンは再び歌を歌い、ボクの蒼き雷霆(アームドブルー)を強化する。

 

そしてそのままボクは底の見えない深淵へと飛び降りた。

 

長い暗闇を落下して行く。平衡感覚が狂いそうな暗闇を雷撃で照らして深淵へと向かう。そしてかつてここをよじ登った感覚から底である事を察して雷撃鱗を展開して落下スピードを落として底へと辿り着いた。

 

かつてフィーネと戦闘を行ったこの場は全くと言って良いほど手がついておらず、奏を助けた際の空間。そしてそこ等中に広がる瓦礫が依然として残っていた。

 

だが、かつて違うものが一つだけ。後ろ姿を見ただけで分かる。アッシュボルトの姿。

 

「ようやくお出ましか」

 

「アッシュボルト!」

 

振り向くアッシュボルトへとそう叫ぶ。

 

「貴様と電子の謡精(サイバーディーヴァ)だけだな。Dr.ウェルはうまく、やったようで何よりだ」

 

深淵でアッシュボルトの言葉が響く。

 

「さて、この場で決着をつけようか。だが、その前にここまで約束通り来た報酬(リワード)だ」

 

そう言うと同時にかつて戦った時に破壊したはずの明かりが、一斉に灯り、深淵を照らし出す。

 

それと同時に見えるようになったバイザーを付けたアッシュボルトの姿。

 

見える様になった事により、アッシュボルトはバイザーへと両手を動かし、ヘルメットを脱ぐかのようにバイザーを外した。

 

そしてようやく現れたアッシュボルトの素顔。

 

見るまでは信じたくなかった。そうであって欲しくなかった。だが、ボクのその願いを打ち砕くかのようにアッシュボルトの素顔が顕になった。

 

「…信じたくなかった…違って欲しかった…」

 

「そんな…なんで貴方まで」

 

ボクはただ重くなる口を何とか動かして声を出し、シアンはそうだと感じてはいたようだが、ボク同様に驚きが隠せていない。

 

「違った、信じたくなかった?そうだろうな。だが、貴様にだけは言われたくないな。私も貴様の正体を知ってから本当にあの場で何故止めを刺さなかったのかと後悔しているところだよ。よもや、この世界で再び貴様に出会う事になるとはな」

 

「…何を言っているかさっぱりだ…それに何で貴方がこの場にいるんだ、アシモフ!」

 

ボクはかつての師、そして恩人である人の名前を叫んだ。

 

「貴様にその名で呼ばれる筋合いはない。紛い物風情が。真似事をする貴様にだけはな」

 

アシモフはバイザーを投げ捨てそう怒りを孕ませた視線でボクへと向けて言った。

 

「本当に吐き気がする。その姿、その言動、そして私が育て上げたものを完全に模倣する貴様がな」

 

「だから何の事だと言っているんだ、アシモフ!」

 

「貴様への報酬(リワード)はもう払った。もう言い合うのもこれ以上は私の怒りが抑えきれん」

 

そう言ってアッシュボルトは、いやアシモフは銃とナイフを取り出し、蒼き雷撃を身体に迸らせ、武器を構える。

 

ボクもそれと同時に生体電流をシアンの歌により強化された雷撃を流し、身体に雷撃を迸らせ、ダートリーダーをアシモフへと向けて構えた。

 

「さあ、始めようか。あの時に私が怠慢を起こして始末出来なかった事で起きた事を。七年前の不始末を」

 

その言葉と共に、アシモフの銃弾とボクの避雷針(ダート)が各々へと向けて放たれる。そしてその銃声が開戦の合図の如く、アビスの深淵が白の光から蒼き雷撃で照らし出された。




お待たせしました!
やっぱりお前じゃねえか…
ようやく正体が判明しましたのでこれからは名前を出す事を解禁します!


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33GVOLT

迫り来る銃弾を避けるボク、電磁結界で避雷針(ダート)をすり抜けて躱すアシモフ。

 

そして同時に雷撃を迸らせた腕を構え、一気に距離を詰めると拳と拳がぶつかる。

 

「アシモフ!何故貴方がここに居るんだ!」

 

「貴様は質問(クエスチョン)以外出来ないのか!だが、答える義理など貴様にはない!」

 

ぶつかった拳を振り払い、至近距離で銃を構え、ボクの脳天へと向けて撃つ。

 

ボクはその攻撃を首を動かして銃口から逃れ、そのままアシモフへと向けて避雷針(ダート)を放つ。だが、先ほど同様に避雷針(ダート)が纏う雷撃では電磁結界《カゲロウ》を突破する事が出来ず、すり抜けてしまう。

 

「ふざけるな!貴方のせいでシアンがこんな事になっているんだぞ!?それに、ボク自身をココへと来させた原因を作った貴方が何故それを答えない!」

 

「何度も言っているだろう!貴様に答える義理などないと!紛い物如きが何をほざく!」

 

ボクへと向けてナイフを振るうアシモフ。ナイフをダートで受け止めて、ボクはシアンの歌の力により高められた蒼き雷霆(アームドブルー)の雷撃を纏った拳をアシモフに向けて振るう。

 

「ふざけないで!貴方のせいでGVがこんな事になっているのに何でそんな事を!それに紛い物ってのは何なのよ!GVはGVじゃない!」

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)は黙っていろ!これは私と奴の問題だ!貴様の割り込む話ではない!」

 

そう言ってアシモフはボクにナイフを振るいながらシアンへと銃弾を放つ。ボクはシアンへと向かう弾丸を避雷針(ダート)で弾き、シアンへの攻撃を防ぐ。

 

それと共にアシモフが今度は下がりながらナイフをボクへと向けて投げる。回転するナイフを雷撃鱗で防ぎ、そのままアシモフへと再び接近する。

 

「話せ、アシモフ!本当に能力者だけの世界を作るつもりなのか!そのふざけた野望の為にボクを利用したのか!?」

 

「皇神《スメラギ》に与する能力者!それに存在するだけで価値のなく、能力者を迫害しようとする無能力者など生きている価値すらない!だからこそ滅ぼさなければならない!何度も言わせるな!貴様など利用した事など一度もない!」

 

アシモフも雷撃鱗を展開してボクの雷撃鱗とアシモフの雷撃鱗がぶつかり、辺りへと雷撃を撒き散らす。

 

「ふざけた事を!貴方のせいで!貴方のせいでシアンがこんな事になっているんだぞ!」

 

「貴様の言っている事など、私に心当たりなどありはしない!紛い者如きが!貴様のような奴がその言葉と記憶を語るな!」

 

話が噛み合わない。アシモフは何故ボクをかつてのように呼ばない。コードネームを呼ぼうとしない。まるで訳の分からない事をただ忌々しそうにボクへと叫ぶ。

 

「記憶、紛い者…一体何だって言うんだ…貴方は何故自身がボクに付けたコードネームを呼ぼうとしないんだ…」

 

完全に分かり合えないと悟り、もうアシモフとはこの場で語り合う事は不可能だ。アシモフはボクを殺そうとしている。何故今まで見せた事のないような怒り、憎しみを込めてボクを呼ぶのか分からない。

 

話すだけ無駄であり、もう分かり合える事はない。シアンもあれほどのアシモフの怒りを見て何が起こっているか分からないようだが、話し合いなど不可能と思っている。だからシアンはボクに対して言う。

 

「GV!アシモフさんとはもう話し合おうとするだけ無駄だよ!もう…この人とは分かり合えない!無能力者だろうと自身とは意を違える能力者の事を考えない人とはもう!」

 

「ああ…もうあの頃のように戻れない…シープスの時のようには…」

 

かつての仲間との思い出が蘇るが、それはもう戻る事の出来ない記憶。そして皇神(スメラギ)を倒して、自身の望んだ明日はアシモフがいる限り来る事がない。

 

だから、

 

「ここで貴方を止める!そしてアシモフ!貴方から全てを聞き出す!何故ボクをここに連れてきたのかを!貴方がこの世界でどんな残酷な事をフィーネと共に起こそうとしているのかを!」

 

「だから、私は初めから貴様などの事を奴と思った事などないと言っているだろう!」

 

ぶつかり合う雷撃鱗越しで互いに睨み合う。そしてぶつかり合う雷撃鱗の威力強まっていき、辺りへと散らばる雷撃が壁を、地面を破壊していく。

 

だが、アシモフはそんな中銃を捨て去り、新たな銃を取り出す。その銃はかつてボクを死の淵へと追い込み、シアンを殺したアキュラの使っていた銃。

 

強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)!?」

 

消滅(バニッシュ)だ!」

 

そして放たれる雷撃鱗を貫く第七波動(セブンス)を無効化する凶弾。

 

ボクは素早く雷撃鱗を解いて迫り来る強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を紙一重で回避する。だが、その瞬間に迫っていたアシモフの纏う雷撃鱗がボクへとぶつかり、そのまま雷撃を浴びながら吹き飛ばされる。

 

「今度は確実にだ!確実に貴様を殺す!いい加減に貴様のその狂言には虫酸が走る!殺さねばならん!今度こそ確実に私の目の前で貴様の亡骸を私の雷撃で消し炭にせねばならんのだ!」

 

吹き飛ばされたボクへとそう叫び、アシモフは追撃とばかりに、ボクへと銃口を向けて強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を放つ。

 

「ぐっ…シアン!」

 

「分かってる!」

 

ボクはシアンへと叫び、その意図を理解したシアンは電子の障壁(サイバーフィールド)をボクの飛ばされる先へと展開してボクは態勢を立て直すと共にそれを足場にして迫り来る強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を回避する。

 

そしてシアンが再び電子の障壁(サイバーフィールド)をボクの足元へと作り上げるとボクは乗って避雷針(ダート)を連写する。

 

「無駄だ!避雷針(ダート)など私に触れる事すら不可能だ!」

 

アシモフの言う通り、電磁結界(カゲロウ)が発動し、避雷針(ダート)はアシモフをすり抜けていく。

 

「GV!やっぱり至近距離で雷撃を当てないと電磁結界(カゲロウ)はどうにも出来ないよ!」

 

シアンの言う事はもっともであるのだが、強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)があると不用意に近づけば、アシモフの持つ銃、その中に強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)の餌食になる可能性が増える。

 

能力者を封じるアキュラの持っていた不死身の能力者すら屠る事の出来る最凶の弾丸。あの恐ろしさを知っているからこそ、この身で体験したからこそあの恐ろしさを痛感する。

 

どうすればいい。

 

だが、考える暇を与えないとばかりにアシモフは今度はもう片方の手で何かを取り出すとそれをボクへと向けて投げる。

 

ボクは素早く雷撃鱗を展開させるとそれが雷撃鱗へとぶつかった瞬間に乾いた破裂音と共に閃光が煌めく。

 

「スタングレネード!?」

 

「GV!?」

 

すぐに腕で目を隠すがそこから放たれる光が僅かにボクの目に入り、視界を奪われる。

 

「クソ!」

 

「終わらせよう!紛い者!」

 

アシモフが好機とばかりに叫ぶ。だが、アシモフの姿はボクの目では見えない。だが、これだけは分かる。アシモフは目の見えないボクを殺そうと何処かから強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を放とうとする事が。

 

「GV!」

 

そしてシアンの叫びだけがボクの耳に聞こえてきた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

地上ではノイズをなぎ倒していく、装者達、そしてソロモンの杖を持ち高みの見物をするように立つウェル、そしてその傍にそのノイズが完全にいなくなるのを待つネフィリム。

 

「これで最後だ!返してもらうぞ!ソロモンの杖を!」

 

「ああ、ここで終わらせてやる!お前たちがやろうとしている事!」

 

クリスと奏が槍と銃を構え、ウェルへと告げる。

 

「止める?終わらせる?はははっ!何を馬鹿な事を!僕達がしようとしている事は救済なんですよ!終末を回避する為の行動を行っているのに邪魔をしているのは貴方たちの方でしょう?」

 

ウェルは二人の言葉に対して高笑いを上げる。

 

「馬鹿な事言わないで下さい!こんな事を起こして!それに秋桜祭や他の場所に爆弾を仕掛けて何が救済なんですか!それに私達と調ちゃんと切歌ちゃんの約束すら守らせない貴方達が何を言っているんですか!」

 

「おかしな事を言いますね!約束はあの子達と君達が勝手にした事であって僕が守る義理も理由もないでしょう?それに救済ですよ!楽しい生を謳歌して何も知らずに来る終末を知らずに死ねる!それがどれだけ楽な事でしょうか!」

 

「外道が!人の命を徒に無くすその行為のどこが救済だというのだ!そんなのただの虐殺でしかないだろう!それに終末!?それはどういう事だ!」

 

響の答えに笑いながら答えるウェルに翼が怒りがこみ上げ、救済ではないと否定する。そしてウェルの言った終末の意味を問う。

 

「貴方達が自分でしでかした事にまだ気付いていないんですか?貴方達が紫電とかいう第七波動(セブンス)能力者を助けるのが遅れたせいで、フィーネを倒すのが遅れたせいでどうなったかも知らないんですか?」

 

芝居がかった仕草をしながらウェルはため息を吐いて月を見上げる。

 

「ここで貴方達とフィーネがした戦い。フィーネが櫻井了子と気付かずに野放しにしたせいでこのカ・ディンギルを起動させてしまった。そして月を破壊するエネルギーを逸らしたその一撃が月の軌道を変えてしまった。そのせいでこの星の寿命は後数年も残っていないんですよ。貴方達のせいで、地球という星は終わりを迎えようとしています」

 

残念そうに、そして落ち込むような仕草を取るウェル。だが次の瞬間にソロモンの杖を掲げる。

 

「だからこそ!その事実を知る我々!アッシュボルトと私!そしてフィーネは人類救済の為に立ち上がったのです!貴方達のせいで始まった終末へとカウントダウン!それを止める為に我々は動いている!」

 

「そんな!?」

 

語られる事実。それはいずれ月の衝突により地球が滅ぶという事。そしてフィーネとアッシュボルト達はそれを止めようと動いている事を知る。だが、それでも四人にとって許せない事がある。

 

「だからってそれで人を殺して良いっていうのか!」

 

「虐殺を行うあんた達が正しいっていうのかよ!ふざけるな!」

 

クリスと奏がウェルへと叫ぶ。

 

「正しいんですよ!終わりを迎える前に我々は人類の選別を行わなければならないんです!次の世代の為に!人類の存続の為に!」

 

「ふざけるな!選別だと!救済を語るなら全員を守るという選択肢を取れない貴方達の何処に正論があるっていうの!」

 

「そうです!何でそんな行動しか取れないんですか!何で人を殺そうとして正義を語ろうとしているんですか!そんなの間違っています!」

 

「間違ってなんかいませんよ!いずれ来る終末に我々は楽園を準備しています!その楽園にも搭乗数にも限りがあります!そうなれば誰しも生きたい!死にたくない!自分勝手な人間ほど生に執着して他人を蹴落としてでも生き残ろうとするんですよ?だからこそ、救える命のみを救う為に争いが起きないよう、人類の数を減らして誰も争わずに生き残る事が出来るよう手筈を整える!それの何処が間違っているというのですか!」

 

ウェルは四人へと向けて叫ぶ。

 

「間違ってなんかいません!何故かって?それは僕が英雄になる存在だからです!英雄は正しい事を行う!だからこそ!この行動は正しい!そしてこの行動を考えたアッシュも!だからこそ、やるんですよ!選別を!僕とアッシュを英雄と崇める者だけが生き残る僕の理想を現実にさせる為にも!」

 

まるで狂ったように叫ぶウェルに四人は否定する。

 

「だからそれの何処が救済って言ってるんだ!あんた等がやろうとしているのは欺瞞でしかねぇ!自分の私利私欲の事しか考えていない、ただの虐殺じゃねぇか!」

 

「あんたの言う事は全く理解出来ない!そんな事のためにお前等は何も知らない人達を殺そうとするあんた達の事なんてな!」

 

「奏と雪音の言う通り!貴方達がやろうとしているのは間違っている!」

 

「そんな事を知りながら!何で誰にも言わず、ただ自分のためだけにこんな事をするなんて信じられません!」

 

その言葉にウェルは分かっていたように言う。

 

「貴方達に理解してもらわなくて結構ですよ。我々はただ目的へと進むだけですからね。さて、目的も喋った事ですし、ここらで始めましょうか。分かり合えないのなら戦って勝ち、分からせるしかないとね」

 

ウェルの言葉に四人は武器を構える。

 

「さあ、ネフィリム!見せてやりなさい!貴方の力を!聖遺物を喰らい、自らの力としていく貴方の実力を!」

 

その言葉と同時にネフィリムが獣のような雄叫びを上げる。

 

そしてそれと同時にネフィリムが口を開ける。

 

その瞬間に口から爆炎が現れて、四人へと向けて放つ。

 

「前までこんなの使ってこなかったのに!?」

 

「ネフィリムの野郎!あんなのを隠し持っていやがったのかよ!」

 

「完全聖遺物ネフィリム!まだ分からない事ばかりだと思っていたが、こんなものまで!」

 

「火を吹けるぐらいなんだって言うんだ!」

 

四人は避けて散らばる。だが、次の瞬間にネフィリムは孔のようなものを口から出すとその中へと消えていく。

 

「なんだよあれ!?」

 

クリスは突如姿を消したネフィリムに驚きの声を上げる。

 

「奏!後ろ!」

 

その瞬間に翼が奏へと叫び、奏は後ろを振り向くと、先ほど同様に孔が開いており、その孔からネフィリムが奏へと飛び掛かっていた。

 

「てやぁー!」

 

そんな奏を守るように響が一気にネフィリムへと距離を詰め、ネフィリムの顔面を殴り飛ばす。

 

「助かった、響!でもなんで後ろから奴が!?」

 

「分かりません!でもさっき出したもののせいだと思います!」

 

先程ネフィリムが孔を出したと同時に現れた孔。それがなんなのか分からないが、ネフィリムに瞬間移動のような芸当を可能としている。

 

そして殴り飛ばされたネフィリムは今度は体を発光させると、一瞬の内に響と距離を詰めて襲いかかる。

 

突然の事に響は対処出来ず、そのままネフィリムの突進に吹き飛ばされた。

 

「立花!この!」

 

翼が響が吹き飛ばされたのを見てネフィリムへと剣を振りかざし、斬ろうとするが、ネフィリムの口から目のような紋様が現れる。そしてその紋様から何か光線の様な物が放たれる。

 

何とも言えない危険を感じた翼は、すぐさま剣を引いてその光線を避けるが、剣だけがそれに当たってしまう。

 

「なっ!?」

 

避けた翼は再び、斬り掛かろうと剣を構えるが、違和感を感じて剣を見ると先ほどの光線を浴びた剣はまるで石になったかの様に刀身から輝きを失い、鈍となっていた。

 

「翼!」

 

そんな翼へと響同様に突撃しようとするネフィリムを奏が、斬り掛かり止める。

 

「こいつでも食らえ!」

 

それと同時に奏が隙を見て離れるとクリスが放ったミサイル弾がネフィリムを襲う。

 

だが、ネフィリムは孔を出現させるとウェルの隣へと戻っていく。四人も集まってあの孔の様なもので素早く移動、もしくは発光すると一瞬で距離を詰める攻撃に警戒する。

 

「翼さん…これって」

 

「悪い考えしか浮かばないわね…」

 

「一体どうなってやがる!廃病院で聞いたあいつの話とまるで違うじゃねえか!」

 

「当然ですよ。あの時はまだ、適応出来ていなかったのですからね」

 

「適応!?どういう事だ!」

 

奏が叫ぶ。だが、響と翼は今まで見たネフィリムの力、それはかつてガンヴォルトから聞いた過去の話に出て来ていた第七波動(セブンス)能力者に酷似しているのに気付いていた。だが、そんな筈がないと思っていたが、ウェルが告げた。

 

「アッシュが持つ聖遺物がもたらした奇跡!第七波動(セブンス)を内包した物を喰らい、ようやく適合し、使える様になったんですよ!」

 

その言葉はアッシュボルトに仕組まれた事であり、四人にとって蒼き雷霆(アームドブルー)以外の未知の力である第七波動(セブンス)との戦いを告げる言葉であった。



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34GVOLT

ネフィリムには第七波動(セブンス)を使える事が出来ると告げられ焦る四人。

 

第七波動(セブンス)の能力はガンヴォルトから以前から聞いていた。奏とクリスはそこだけは詳しくは聞いていなかった為に困惑している。

 

嘘かもしれないが、あの力を見せられては本当であると認識するしかない。

 

「どうすればいいんだよ!」

 

「クソッ!蒼き雷霆(アームドブルー)以外の第七波動(セブンス)なんて又聞きで詳しく知らないぞ!」

 

「クリスちゃん!奏さん!それでもやるしかありません!私と翼さんがネフィリムの持つ第七波動(セブンス)がなんなのか少しだけは分かります!」

 

「奴の持つ第七波動(セブンス)!それはガンヴォルトの倒していた第七波動(セブンス)能力者と一致している!孔を開けて瞬間移動の様な芸当をする亜空孔(ワームホール)、発光して高速移動を可能としていた残光(ライトスピード)、そして爆炎を放った爆炎(エクスプロージョン)!他の奴も持っているとすれば翅蟲(ザ・フライ)と呼ばれる物と磁力拳(マグネティックアーツ)!そして最も厄介な生命輪廻(アンリミテッドアムニス)!奴がそれを使いこなしているとなれば奴はもっと厄介なものに!不死身の怪物になっている!」

 

その言葉を聞いたクリスと奏は驚く。

 

「おやおや、ボクもそこまでは知りませんでしたが、貴方達、いや話を聞く限り、そちらのお二方のみネフィリムの持つ第七波動(セブンス)を理解している様ですね」

 

ウェルがそう言ってネフィリムへと指示を出す。

 

「ですが、理解しているからと言って第七波動(セブンス)の力に適合したネフィリムを倒す事が出来ますか!ガンヴォルトだからこそ倒す事の出来た能力者の力を持つこのネフィリムを!貴方達シンフォギア装者達に!それに能力者の力を理解したところでその力を対処出来るとでも!」

 

その言葉と共にネフィリムがまた孔を開けてそこへ爆炎を撃ち込む。

 

「来るぞ!」

 

その瞬間に上空に孔が出現して爆炎が四人へと放たれる。すぐさま跳び避けるのだが、更にネフィリムは口を大きく開いて何か黄色の粒子の様なものを吐き出した。

 

爆炎を避けるために散り散りになる四人。そして更に爆炎を通った孔から黄色の粒子は散り散りになった装者へとバラけて向かい始める。

 

「この!ぶっ飛びやがれ!」

 

クリスがその粒子へと向けて腰のユニットからミサイル弾を構えるとそのまま孔と黄色の粒子に向けて放った。

 

放ったミサイル弾は黄色の粒子へと接近する。だが、その黄色の粒子へとミサイルが着弾して爆発するかと思うとそのミサイルに粒子が群がって一瞬の内にミサイル弾を跡形もなく消してしまった。

 

「なっ!?」

 

「なんだと!?」

 

爆発もせずに消えたミサイル弾を見て四人は驚く。

 

「素晴らしいですよ、ネフィリム!これが翅蟲(ザ・フライ)!物質を喰らう能力ですか!アッシュから情報を聞いていましたが、これ程とは!」

 

翅蟲(ザ・フライ)…物質を喰らう能力だと!?」

 

「物質がダメなら!」

 

そう言って奏が穂先を回転させると竜巻を起こして迫り来る粒子をそのままの勢いで吹き飛ばした。

 

「流石にそれは無力化出来ないみたいですね」

 

ウェルが興味深そうに観察していると既に響がネフィリムの元へ接近しており、口を開けて孔へとまだ粒子を送り込むネフィリムへと殴りかかる。

 

「ネフィリム!来ていますよ!」

 

ウェルが後方に大きく下がりながら、ネフィリムへとそう言うとネフィリムは粒子を吐く事をやめて、孔を閉じると響の方へ顔をずらし、口を開けて爆炎を口から吐き出そうとする。

 

「させるか!」

 

翼が奏が粒子を吹き飛ばした事により、道が開けた事で響よりも早く、ネフィリムへ近づいており、頭へと剣を振り下ろし、地面へと叩きつけ、口を閉じさせると同時にネフィリムの口が爆発する。

 

爆風に巻き込まれない様離れた翼。そして爆発の中を突き進み、響はネフィリムへと拳を振るおうとする。

 

だが、ネフィリムはそれよりも早く、爆発など気にした様子もなく、身体を発光させると、クリスの元へと移動してクリスへと攻撃しようとする。

 

「なっ!消えた!?」

 

「ちっ!」

 

響は突然消えたネフィリムの姿を探す。そしてクリスは目の前に現れて大きな口と共に粒子を吐き出そうとするネフィリムへと向けて手に持つ銃を口へと向けて乱射する。

 

「エネルギー体だったらどうだ!」

 

クリスの予想通り、粒子は消し去る事が出来たが、その奥から覗いてくる紫の紋様。

 

「なっ!?」

 

「クリス!」

 

発光してクリスの元へ移動した瞬間に動いていた奏が側面からネフィリムへと槍を叩きつけ吹き飛ばそうとする。

 

槍がぶつかると同時に放たれる光線。クリスもその紋様から放たれる光線を吹き飛ばされる事で直撃する事は回避出来たが、それでも片腕だけはその光線に当たり、腕を覆うインナーが石化する。

 

「ぐぁぁぁ!」

 

「クリス!無事か!?」

 

すぐに奏はクリスの元へと駆け寄る。だが、クリスの腕が石の様に固まっているのを見て、奏はネフィリムへと叫ぶ。

 

「テメェ!」

 

吹き飛ばされているネフィリムは体勢を整えると体を発光させて再び、奏とクリスへと接近してくる。

 

「クリスちゃん!奏さん!」

 

「突進しか出来ねぇなら分かってるんだよ!」

 

奏は一瞬で消えたネフィリムの移動先を理解して素早く、槍を真っ直ぐと構える。だが、その瞬間に穴が開くと共に奏の側面から大きな衝撃が襲う。

 

「がはっ!」

 

そのまま奏は突如横から空いた孔から一瞬で現れたネフィリムの突進をまともに食らって吹き飛ばされる。

 

「奏!」

 

「奏さん!」

 

吹き飛ばされる奏を響が受け止め、クリスを守るために翼が現れたネフィリムへと斬撃を飛ばす。

 

だがネフィリムはその斬撃を躱して、クリスを、イチイバルを喰らうためにクリスへと大きく口を開けて、飛び掛かる。

 

「クリスちゃん!」

 

「雪音!」

 

響と翼が狙われたクリスの名を叫ぶ。 

 

「…簡単にテメェみたいな化け物に喰われるわけねぇだろ!」

 

クリスは動かない手とは逆の手でライフルの様な物を出現させるとそのまま大きく開いた口へと銃口をねじ込んだ。そして喰われる前にクリスは引き金を引く。

 

「ぶっ飛びやがれ!」

 

それと共に響く轟音。それと共に放たれた銃撃がネフィリムの口の中で爆発してそのままネフィリムは吹き飛ばされる。

 

「雪音!」

 

ネフィリムが吹き飛ばされるのを確認して直ぐ様翼がクリスへと駆け寄る。

 

「いてぇ…至近距離であんなの撃つのなんてこりごりだぜ…」

 

「馬鹿者!だが、雪音が無事で良かった…」

 

そう言ってクリスに肩を貸して立たせると、響と奏の元へ直ぐ様移動する。

 

物凄い勢いでぶつかられ、シンフォギアが少し破壊された奏も、響の肩を借りて立ち上がっており、ネフィリムの使う第七波動(セブンス)の恐ろしさに痛感する。

 

こちらの攻撃は通じる。だが、僅か数分の間で、二名の装者へとかなりの打撃を浴びせたネフィリムを見ると、まるでダメージが通っていないとばかりに直ぐ様立ち上がった。

 

「ガァァ!」

 

「化け物かよ…あんだけ高威力の一撃を打ち込んだのにピンピンしてやがる…」

 

「まだ磁力拳(マグネティックアーツ)生命輪廻(アンリミテッドアムニス)…厄介なものが二つも残っているなんて…」

 

「いや…アッシュボルトがいる時点で奴自身にも蒼き雷霆(アームドブルー)があるかもしれない…」

 

「本気かよ…ガンヴォルトとあいつの能力まで備わってる可能性があるって事かよ…」

 

そう考えると状況は更に悪化の道を辿る事となる。第七波動(セブンス)を複数操るネフィリム。そしてそれもまだ三つも隠している事となると痛手を負う奏、そして片腕を使えなくなったクリスがいる中で戦わざるを得ない。

 

それにアッシュボルトと戦闘をしていると思われるガンヴォルトとシアン。

 

何とか出来ないかと模索する中、それをさせないとばかりに再び、ネフィリムは大きく口を開けて四人へと向けて次なる攻撃を準備していた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

目を潰されて周りの見えなくなったボクはシアンの指示によりアシモフの攻撃を回避していた。

 

「GV!前方からあの弾が!」

 

ボクはシアンの指示て不格好ながらも必死に迫り来る強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を避ける。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)!お前も私の邪魔立てをするか!」

 

「うるさい!GVをもう二度とあんな目に遭わせない!貴方をここで止めるために私だっているんだから!絶対に!もうGVをあんな目に遭わせはしない!」

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)!貴様なら知っていると踏んだが、何も知らないとはな!そいつを助ける事になんの意味がある!紛い者に手を貸す意味に何があると言うのだ!貴様の知る奴ではないこの男に!生まれて来た事自体が罪のこの男に!」

 

「意味の分からない事を並べて!貴方はGVの何を知っているって言うのよ!さっきから紛い物だの!裏切った貴方が何言っているの!」

 

シアンが支持を飛ばしながらアシモフへと叫ぶ。だが、アシモフはシアンの言葉にも、もちろん答えるつもりがないのか確信めいた言葉は何一つ言わない。

 

「アシモフ!もうそんな言葉はうんざりだ!」

 

「うんざりなのはこちらの方だ!貴様如きがその記憶を持って私の前に現れた貴様が!託した者でもない!紛い者如きが知った様な口を聞くな!」

 

そう言ってアシモフが何かを再び投げた様でシアンが、叫ぶ。

 

「雷撃鱗を!」

 

そして雷撃鱗を展開して何かが雷撃鱗に触れると同時にボクの雷撃鱗から爆発して爆風を感じる。手榴弾か何かであり、シアンがその答えを叫ぶ。

 

「GV!スモークよ!これじゃ私も指示が出来ない!」

 

辺りがスモークで見えない事を知らせてくれる。シアンが何とかしようと視界を動かして何とかアシモフの次の手を読もうとしているが、見えない以上シアンには何も出来ない。

 

そして背後の煙からアシモフが出てくると、雷撃鱗を展開してボクの雷撃鱗と衝突する。

 

「貴様を殺し、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を頂く!」

 

「シアンを貴方に渡さない!絶対に!」

 

アシモフの雷撃鱗に負けじとボクは雷撃鱗に更に力を流してアシモフの雷撃鱗を受け止める。

 

「いいや!渡してもらう!必ずその力を手に入れて私は為さねばならんのだ!こんな世界に着いてようやく見つけた私の希望なのだから!」

 

「何が希望だ!貴方の下らない妄言のためにシアンを利用なんてさせない!」

 

「紛い者如きが私の事を知った口を聞くな!吐き気がする!」

 

見えないボクは何とかアシモフの雷撃鱗を抑え込む。だが、シアンの言葉と共に銃を構える音が聞こえる。

 

「GV!あの弾が!」

 

終わり(デッドエンド)だ!ここで死ね!」

 

それと同時に引かれた引き金により放たれる弾丸、強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)が迫り来るのを感じる。

 

「GV!」

 

ボクはすぐに腰のポーチから何かを取り出すと、それに雷撃鱗とは別で雷撃を流す。それと同時に前に翳すと強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)は速度はそのままであったが、ボクへと近づくにつれて軌道が逸れて、ボクから完全に軌道が外れ、背後へと着弾するのを音で聞く。

 

「何!?」

 

「弾が自分から逸れた!?」

 

「貴方にいずれ闘う事になると分かっていた…まさかこっちで貴方と出会って使うとは思っていなかったけど…あの時、貴方の可能性があるから用意していて正解だった…貴方がいる以上、強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)の対策をしないわけないだろう!」

 

アシモフはそれを見て強力な磁力が発生した事を察し、更に憎そうな声を絞り出した。

 

磁力拳(マグネティックアーツ)の力をも退ける程の磁力…それに貴様の雷撃に反応するところを見るに、電磁石(エレクトロマグネット)…」

 

だが、ボクの雷撃には耐えきれず、一撃で中身のコイルが焼き切れてもう使い物にならなくなる欠点があるが、アシモフにその事を伝えるなんて事はしない。

 

そしてようやく、少しずつだが、視界が復活してきた目を開けて、アシモフの目をぼやけながら見る。

 

「絶対にここで終わらせる!貴方をここで止める…アシモフ!」

 

「貴様に言われずとも!ここで終わらせる!もう貴様の妄言にも狂言にも付き合ってられない!これ以上私を!奴を侮辱する貴様を必ずここで殺す!」

 

ダートリーダーとアシモフの構えるアキュラの銃。

 

そして交差する視線にボクとアシモフの雷撃が強くなり、そのまま雷撃鱗が対消滅して吹き飛ばされる。

 

アシモフもボクも吹き飛ばされる、雷撃鱗が、蒼き雷霆(アームドブルー)が使えないオーバーヒート状態になる。

 

「くっ!」

 

「ただでは転ばんぞ!」

 

それと同時にボクへと四方八方からアシモフが流す雷撃がボクへと襲い掛かろうとしていた。



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35GVOLT

装者達に襲い掛かるネフィリム。第七波動(セブンス)を使用して襲い掛かるその姿をウェルは不敵な笑みを浮かべて眺めている。

 

「素晴らしいですね、完全聖遺物ネフィリム…まさか、アッシュの言う通りにこんな力があるなんてね。第七波動(セブンス)を内包する宝剣の欠片…何処で手に入れたかはアッシュは教えてくれませんでしたが、ガンヴォルトと紫電同様、別世界から流れ着いた漂流物か何かでしょうね。アッシュは昔から色々な聖遺物研究機関を襲撃して幾つかの聖遺物を手に入れてましたし」

 

高速で移動して襲い掛かるネフィリム。そして紫の光線を出し、更に孔を開けて黄色の粒子を流し込んで装者達を追い詰めていく。

 

「自身の身体を光と変えて高速で移動する残光(ライトスピード)生命輪廻(アンリミテッドアムニス)に関しましては正規能力者ではないせいか、死者を蘇らせる事は出来ませんが、生命を操る事の派生なのか、人を石化させる事の出来る力。そして複数の孔を開き、繋ぐ事で転移を使用する事の出来る亜空孔(ワームホール)。そして、物質を喰らい無効させる翅蟲(ザ・フライ)。アッシュが一番欲しがっていた磁力拳(マグネティックアーツ)だけはどうしても手に入れられなかったみたいですが、ガンヴォルトはアッシュが抑える以上、これだけで十分でしょう」

 

ほくそ笑みながらウェルはネフィリムと装者達の戦いを眺める。

 

四人もネフィリムの出す第七波動(セブンス)能力の前にネフィリムに決定打を見出だせないでいる。

 

それもそのはず、翼はクリスを抱えながらネフィリムの攻撃を受け流したり、弾いたりしてクリスを守りつつ動き、響も奏は立っているが、先程のネフィリムの攻撃で相当なダメージを負ったらしく、ふらふらで響がサポートしなければネフィリムの一撃を再び喰らいそうな勢いであった。

 

「ははは!良いですよネフィリム!もっとボクに見せて下さい!その力を!蒼き雷霆(アームドブルー)以外の第七波動(セブンス)を!」

 

ここで敵装者を倒しきれば邪魔者は消える。ガンヴォルトもアッシュボルトが倒してくれる。そうすればもう誰も邪魔する者は現れない。政府であろうと国であろうと、もう誰も止められない。

 

そしてウェルが選び、アッシュボルトとフィーネが選別した人間だけが次の世代を残し、新たな歴史を。創世記を作り上げ、ウェルという人間が英雄と崇められる世界を作り上げる。

 

ウェルはそれを考えて高笑いをあげながら、傷付いていく装者達を遠くから眺めるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「雪音!奏!無理をしないで!二人ともそんな身体で無理をすれば更に悪化してしまう!」

 

「そうですよ!」

 

翼に肩を貸されながらも、石化した腕を無理にでも動かして、攻撃に参加するクリス。ボロボロになっても槍を構えて、孔から現れる黄色の粒子を槍を回転させて竜巻を起こし、みんなへと近づけない様に振るう奏。

 

だが、二人の制止を振り切ってでもクリスも奏も止まらない。ガンヴォルトがアッシュボルトと戦っている。それに翼と響だけではあのネフィリムを止められないかもしれないと感じているからだ。

 

「止まるわけにはいかないんだよ!こんな奴の為に!あいつの持つソロモンの杖を取り返して奴らの目的を止めるまでは!」

 

「クリスの言う通り、ガンヴォルトがまだ戦っているんだ!それなのに私とクリスが休む事なんて出来ない!それに翼と響だけでこれを止めるで精一杯じゃねえか!」

 

クリスと奏は叫ぶ。己の目的のために。未だ地下でアッシュボルトと戦闘しているガンヴォルトのために。

 

ここで休んでいる暇はないと気持ちを奮い立たせネフィリムとの戦闘に望んでいる。

 

その言葉に翼も響もその覚悟に二人に無茶だけはしないでと言ってもう何も言わずにネフィリムと戦闘を続ける。

 

ネフィリムも四人が再びばらけ出して攻撃し始めた事に激怒して今までよりも更に攻撃の幅を広げていく。

 

今まで使っていた亜空孔(ワームホール)の孔を増やし、爆炎(エクスプロージョン)をその中に打ち込んだと思えば無数に浮かび上がる孔の中を縦横無尽に駆け巡り、何処から攻撃してくるのかを予想させない様にし、更に自身の身体を再び発光させると自身もその穴へと飛び込んで駆け回る。

 

そして高速移動しながらも更に先程の粒子を吐き出し続けて装者の周りへと群がらせようとしている。

 

「なっ!?こんな力をまだ隠していたのか!」

 

「速すぎる!目で追いつかない!」

 

翼も奏も何とか孔の方向に立たない様に移動するが、周りを飛ぶ黄色い粒子に当たらない様に回避したり、吹き飛ばすだけで精一杯になる。

 

「クソ!狙いが定まらねぇ!」

 

「こんなのどうすれば良いの!?」

 

クリスも響もなんとか迫り来る爆炎をそして黄色い粒子を退けながらも孔の開く場所を避けて何とか回避する。

 

だが、飛び回る黄色い粒子。そして爆炎を、光速で移動するネフィリムを捉える事が困難になっていき、纏うギアが、どんどんと削られていく。

 

「クッ!?このままでは!?」

 

翼は爆炎を避け、剣でエネルギーの斬撃で黄色の粒子を消していくのだが、依然として吐き続け、高速で移動するネフィリムを捉える事が出来ない為にジリ貧を強いられる。

 

「このままじゃ私達の方が先にダウンしちまう!」

 

奏も痛む身体を無理に動かし、なんとか回避しているが、それでも翼同様にボロボロとなり、いつ攻撃を喰らうかは分からない。

 

「クソ!だったら!」

 

クリスがボロボロになりながら、ネフィリムを補足するのをやめて、遠くで高みの見物をするウェルへと向けてライフルを出現させると狙いを定める。

 

「あいつを先にやってソロモンの杖を!それに主人を倒す!」

 

そう言ってクリスは引き金を引いてウェルに向けて弾丸を放つ。奏と翼、そして響が粒子を吹き飛ばして僅かに出来たウェルまでと届く道。その針を穴に通す様な感覚だが、クリスは最大限に高めた集中力でその穴を通して、ウェルへと銃弾を放った。

 

だが、粒子が開けた穴はまるで罠であった様に、通した先で急に孔が開き、その中に吸い込まれたと思うと、クリスの背後に現れ、それを通過した弾丸がクリスへと直撃する。

 

「雪音!」

 

「クリス!」

 

翼と奏が倒れゆくクリスの名を叫ぶ。

 

「クリスちゃん!」

 

響もそんなクリスを心配して地面を拳を叩きつけ、その衝撃波で辺りの粒子を一掃してクリスの元へ駆け出す。

 

「立花!そこを通るな!」

 

翼が響に向けてそう叫ぶ。

 

「えっ?」

 

だが、その言葉よりも早く、響の腕、そして足が何か一瞬通過してそのまま響は倒れ込んでしまう。響は何が起きたのか、分からなかったが再び立ち上がろうとして腕を、足を動かそうとしたが、まるで喪失したかの様に動かしているのに腕と足の感覚がない。

 

「何が?」

 

そして響は自身の腕、左腕と右足を確認する。そこにはあるはずの腕が、足がなく、何かに食い千切られたように喪失していた。

 

「あ…あぁぁぁ!」

 

同時に響の脳がようやくその事を痛みとして理解して響は喪失した腕と足から激痛が走る。

 

「ああああ!」

 

「立花!」

 

「響!」

 

翼も奏もそんな響の姿を見て叫ぶ。

 

そしてその奥にはようやく発光をやめて、立ち止まり、響の腕と足を口から覗かせるネフィリムがおり、口に含んだ足と腕を綺麗に咀嚼すると口の周りにこびり付いた血を舐めとってニヤリと不気味で、恐怖を覚えさせる様な笑みを浮かべた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

四方八方から襲い掛かる雷撃。

 

「チャージングアップ!」

 

すぐさま(スキル)を唱えて先程の衝撃で使えなくなったEPエネルギーを即座に回復させると飛んで迫りくる雷撃を回避する。

 

そして未だEPエネルギーを回復させていないアシモフに向けて避雷針(ダート)を放つ。

 

「ちっ!」

 

アシモフはボク同様にチャージングアップを何故か唱えずに避雷針(ダート)を回避する。

 

「GV!今なら!」

 

「ああ!なんで(スキル)を使わないかは分からないけど、アシモフが電磁結界(カゲロウ)が使えない今しかない!」

 

シアンが電子の障壁(サイバーフィールド)をボクの足元へと展開すると同時にボクはそれを蹴り出してアシモフの元へと飛び出す。

 

そしてアシモフは強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を装填しているはずの銃ではなく新たに取り出した銃でボクへと応戦をする。

 

ボクは雷撃鱗を展開しようとしたが、僅かにアシモフの手から迸る雷撃に気付き、シアンが作り出す電子の障壁(サイバーフィールド)を足場にそれを回避してアシモフの懐へと着地してダートリーダーをアシモフへと突き出してそのままアシモフに避雷針(ダート)を連射する。

 

「ぐっ!?」

 

電磁結界(カゲロウ)の使えないアシモフはダートをまともに食らって紋様が刻まれながら後退する。

 

「逃すか!」

 

ボクは雷撃鱗を展開して迸る雷撃が避雷針(ダート)に反応してアシモフに不可避の雷撃を浴びせる。

 

「ぐぉ!?」

 

雷撃をまともに浴びて隙を見せるアシモフ。ボクはアシモフへと向けて素早く近くと、言葉を紡いだ。

 

「煌くは雷纏いし聖剣、蒼雷の暴虐よ、敵を貫け!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

腕をアシモフへと向けてそのまま当てると同時現れた巨大な剣。腕から飛び出す様に出現したスパークカリバーはアシモフの腹を貫けはしなかったが、押し出す形でアシモフを吹き飛ばして、壁へと激突させた。

 

「やった!いくらあの人でもスパークカリバーをまともに受けて無事じゃない筈!」

 

「シアン!アシモフはまだボクの知らない力を隠している可能性もある!油断は出来ない!」

 

アシモフはボク以上の蒼き雷霆(アームドブルー)を使いこなしている。スキルの使い所を間違った事は少しおかしいと感じるが、アシモフが何か策を張り巡らせている可能性もある為にシアンにそう言って吹き飛んだアシモフの場所から巻き上がる砂煙が収まるのを待つ。

 

そして砂煙が治るとともに現れる壁にめり込んだアシモフ。スパークカリバーによって腹部の装甲が剥がれて見た事のある灰色のフェザーの戦闘服が露となっている。

 

「忌々しい…本当に忌々しい!」

 

アシモフは血を口から吐き出しながらボクへと憎しげの言葉を吐きながら壁に埋まる身体を無理やり出して地面へと降り立つ。

 

「リヴァイヴヴォルト!」

 

アシモフがそう叫ぶと先程受けた傷が一瞬にも満たない間に回復する。

 

「やっぱり…この為に(スキル)を残していたのか…」

 

「私の仕出かした不始末如きが…ここまで…紛い者が…許せん…許せん!」

 

先程から言うアシモフの意味の分からないその言動に辟易しながらも叫ぶ。

 

「もう何も喋るな、アシモフ!もう訳の分からない言葉は聞き飽きた!」

 

「黙れ!私は為さねばならんのだ!貴様を殺し!電子の謡精(サイバーディーヴァ)を手に入れ為さねばならん!」

 

「だからもう喋るなと言ったんだ!貴方の訳の分からない言葉を聞くのはもううんざりだ…」

 

ボクはそう言ってアシモフへと向けてダートリーダーを構える。

 

アシモフもリヴァイヴヴォルトで全快し、再び雷撃を迸らせると叫んだ!

 

「うんざりなのはこちらの方だ!」

 

そう叫ぶとアシモフは言葉を紡いだ。

 

「滾る雷火は信念の導、轟く雷音は因果の証、裂く雷電こそは万象の理!」

 

その言葉とともにアシモフの周りに迸る雷撃が鎖へと変化する。ボクの紡ぐ言葉と違うが、ライトニングスフィア、スパークカリバー同様、ボクと同種の(スキル)であり、蒼き雷霆(アームドブルー)能力者の最強の(スキル)

 

だからこそボクはそれよりも先に動こうとする。だが、言葉を紡ぎ終えたアシモフはそんなボクへと向けて腕を翳して言った。

 

終点(デッドエンド)だ!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ヴォルティックチェーン!」

 

その瞬間、ボクへと向けてアシモフの周りに出現した鎖が絡め取るために貫こうとするために、ボクへと向けて襲い掛かった。

 

「GV!」

 

シアンも叫ぶ。

 

だが発現した鎖はボク自身もどうする事も出来ない。だが、それでもやるしかない。ボクはダートリーダーを強く握り、迫り来る鎖をシアンの作り出した電子の障壁(サイバーフィールド)を足場にして掻い潜り、アシモフへと向けて接近し続ける。

 

鎖がボクの身体を擦り、コートを貫き、血で染める。だが立ち止まらない。ここで終わらせるために。ボクとアシモフの因縁に決着をつけるために。荒れ狂う鎖を回避して、ボクはアシモフへと突き進む。

 

そしてアシモフの周りの鎖が全てボクに当たる事なく、全て出し切ると同時に鎖に雷撃が迸る。放電する鎖から放たれる雷撃がボクの身体を蝕んでいく。

 

だが、止まるわけにはいかない。歩みを止めてはならない。痛みが増そうが、体が無事であるのなら構いはしない。終わらせるんだ。

 

そして鎖から放電が止んで消滅すると同時にボクはアシモフの目の前まで接近していた。アシモフはその事に驚きつつも何かを握り、拳を振り下ろす。

 

「もうここで止まれ!アシモフ!」

 

アシモフの拳を避けて、ボクはアシモフへと向けて最大限の雷撃を纏わせた拳でアシモフの身体へと突き出し、ガラ空きとなった腹へと拳を叩き込んだ。

 



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36GVOLT

ニヤリと不気味に笑うネフィリム。その不気味な笑いに奏と翼はたじろく。クリスの攻撃を簡単に返して、気絶させる第七波動(セブンス)の使い方。そして響の腕と足を喰らって見せた笑み。

 

怒りよりも奏と翼は恐怖に蝕まれる。

 

フィーネや紫電との戦闘ではこんな事を感じた事はなかった。ガンヴォルトがいるいないとは関係ない。今この場でネフィリムが見せるこの場を支配する恐怖。

 

自身が殺されるかもしれない恐怖。目の前のネフィリムを本当に倒せるのかという疑問。何とか気持ちを持ち直そうと奏も翼も武器を強く握り、気持ちを保とうとするのだが、握る手は震え、武器にまで伝播してかちゃかちゃと音を鳴らす。

 

それを見たネフィリムはさらに不気味な笑みを漏らして、その口から溢れ出る涎を垂らす。

 

「ああ…」

 

二人はその動作で完全に戦意が一気に削がれるのを感じる。

 

倒れるクリス。腕と足を喪失して呻く響。そして五体満足であり、更に未だ立つ奏と翼を狙おうとするネフィリム。

 

既に決着がついている様な状態。

 

そしてネフィリムは再び身体を発光させると共に奏と翼へと一瞬で移動していく。気付かない内に剣を折られて突進を喰らう翼。

 

翼はそのまま吹き飛ばされてしまう。

 

「がぁぁ!?」

 

「翼!」

 

奏はそう叫ぶのだが、ネフィリムが翼を吹き飛ばすと同時に不気味な笑みを浮かべて、今度は奏へと狙いを定めて、身体を発光させる。

 

奏は射線から抜け出そうと動こうとする。だが、軋む身体。そして恐怖によりうまく身動きが取れず、その場で尻餅をついてしまう。

 

「あぁ…」

 

恐怖で動けない奏へと嘲笑うかの如く、ネフィリムはそのまま一瞬で姿を消す。

 

奏は目を瞑る。ドガッという何かが衝突した音が響く。だが、痛みも何も感じない。どうして?

 

奏はゆっくりと目を開けると、そこには見慣れた赤いシャツを来た弦十郎がネフィリムを受け止めており、ネフィリムの頭を握り、抑え込んでいた。

 

「よくも…」

 

「だ、旦那!?」

 

奏は弦十郎の姿を見て安堵する。ガンヴォルトとは違うが何処か安心するその背中。

 

そして弦十郎の怒りの篭めた言葉を吐き出す。

 

「よくもやってくれな!」

 

そしてそのままネフィリムを足で蹴り上げると共に殴り飛ばして吹き飛ばした。

 

「奏…翼…クリス君…響君…」

 

倒れる装者達の名前を呼び、弦十郎は四人の今の姿を見て怒りを込め叫ぶ。

 

「ウェル博士!俺はお前を許しはしない!大切な子供達を!未来ある子供達にこんな事をして、人があるべき道を違えたお前だけは!」

 

そう叫ぶ弦十郎は拳を構えて立ち上がろうとするネフィリムへと拳を叩き込んだ。

 

「ガァ!?」

 

ネフィリムは何が起こったのか分からずに再び吹き飛ばされてウェルの元へと転がり込んだ。

 

「馬鹿な!?シンフォギアを纏わない人間に!第七波動(セブンス)すら持たないただの人間にネフィリムが吹き飛ばされた!?そもそもこちらの要望と違えるのなら爆弾を爆発させますよ!」

 

ウェルもあり得ないとばかりに弦十郎へと向けて叫ぶ。だが、弦十郎はただ静かに、そして怒りを込めてウェルへと告げる。

 

「いいや、約束は違えていない。アッシュボルトが言ったのはガンヴォルトとシアン君の事であり、この戦いにおいての約束ではない。違えてなどいないさ。もうお前達は…いや、違う。お前はもうその完全聖遺物ネフィリムと同じ獣だ。お前達がこの子達を…いや、未来ある子供達を…それを見守るべき大人達を虐殺しようとするお前達などもう人間ではない!」

 

そして弦十郎は拳を再び構えて言う。

 

「お前達は必ずこの場で倒す!この子達を助けるためにお前達を俺がこの手で!」

 

「ちっ!戯言を!ただの人間がふざけた事を抜かさないで下さいよ!それに忘れていないですか!こちらにはソロモンの杖がある事を!」

 

そう言ってウェルはソロモンの杖を起動してノイズを大量に呼び寄せると弦十郎に向けて襲い掛からせる。

 

弦十郎も迫り来るノイズを震脚で地面を揺るがせて地面をめくり上げると共に浮かび上がった岩をそのまま拳で撃ち抜いてノイズではなくウェルへと向けて放つ。

 

「馬鹿な!?」

 

ウェルは突然の事に動揺するがすぐにノイズを自身の前に出現させるとノイズを壁にして岩を防ぐ。

 

「貴方は本当に人間なんですか!?」

 

「人間だ!だが、貴様達の様な外道とは違う!真っ当な道を歩み続けた俺達が人間だ!貴様達の様な人の命を!未来がある子供達にこの様な事をした貴様達の様な外道とは違う、本当の大人なんだよ!」

 

そして迫り来るノイズを発勁で吹き飛ばす。だが、ノイズは吹き飛ばされるだけで炭に変わる事はない。

 

だが、弦十郎の後方から竜巻が、斬撃の様な何かが、通り過ぎると弦十郎の前に現れたノイズが炭となり消えていく。

 

「旦那!すまねぇ!」

 

「司令!」

 

背後から弦十郎の隣に奏と翼が並び立つ。

 

「奏、翼!」

 

「ネフィリムにびびっちまった…だけど!もう怖がらない!足手纏いになるわけにはいかない!もう足を止めない!そんな事したら響とクリスを助けられなくなっちまう!」

 

「ええ!もう怖がらない!怯まない!防人として!傷付いた仲間を救うために!」

 

弦十郎は響やクリスを救おうとする翼と奏の姿を見て言う。

 

「ノイズを二人で頼む。気を失ったクリス君と怪我をした響君を守りながら。俺はネフィリムを…ウェル博士と同時に相手する!そしてここを終わらせてガンヴォルトとシアン君のいるアッシュボルトの元に殴り込みに行く!」

 

その言葉とともに奏と翼が竜巻と斬撃でノイズを薙ぎ倒し、出来た道を弦十郎はネフィリム、そしてウェルの元へと駆け出した。

 

「はぁ!」

 

ネフィリムへと向けて拳を叩き込もうとする弦十郎。

 

「ネフィリム!第七波動(セブンス)を使いなさい!所詮はただの人間!第七波動(セブンス)を使えば簡単にあしらえます!」

 

ウェルの指示でネフィリムが口を大きく開けて爆炎を吐き出す。

 

「ふん!」

 

だが弦十郎は直ぐ様拳をネフィリムから地面へと方向を変えて叩きつけると爆炎を叩きつけた衝撃で受け流す。

 

「はぁ!」

 

それと同時に浮かび上がった瓦礫をネフィリムへと蹴り出すと共に跳躍する。ネフィリムはそれにも気付かず、孔を開けて瓦礫をどこか別の場所へと飛ばす。

 

「ぜぇあ!」

 

そしてその隙に弦十郎に気付いていないネフィリムは上からの弦十郎の拳を叩きつけられる。

 

「グァァ!」

 

「はぁぁ!」

 

そして弦十郎は叩きつけたネフィリムをそこから自身の拳をネフィリムの身体へと叩き込んでいく。

 

フィーネが纏っていた完全聖遺物ネフシュタンの鎧をも拳圧だけでヒビを入れるほどの一撃をまともに喰らうネフィリムの身体は弦十郎の連続されて叩き込まれ、ひび割れる様に砕けていき、血を吹き出す。

 

「ガァァ!」

 

ネフィリムはその瞬間に自身の身体を発光させて、弦十郎から直ぐ様離れた。

 

ボロボロとなったネフィリム。その姿を見てウェルは目の前に立つ鬼神の様な姿の弦十郎の姿を見て恐れ慄く。

 

「なんなんですか…なんなんですか貴方は!ネフィリムを!完全聖遺物をただの人間がここまで追い詰めるなんて!本当に人間なんですか!?」

 

「何度も言ってやる!俺は人間だ!」

 

そう言ってボロボロとなったネフィリムへと弦十郎は接近する。ウェルもネフィリムを何とか守ろうとノイズを召喚して弦十郎を狙うが、そうはさせないと翼と奏が、出てきた側からノイズを除去してネフィリムへの道を作り出す。

 

「だったら!」

 

そう言って護送列車で出現させた巨大なノイズを召喚させると弦十郎へと向けて突撃させる。

 

「旦那!」

 

「司令!」

 

翼も奏も応戦するが斬撃は弾かれ、竜巻を物ともせずに弦十郎へと襲い掛かる。

 

「おっさん!止まるな!」

 

その声と共に赤い光が一直線にノイズへとぶつかるとノイズの装甲を貫いて炭へと変わる。

 

その正体はいつの間にか目を覚まして今まで出現させていたライフルとは別にさらに巨大で、強大な一撃を放ったライフルを構えるクリスの姿が。

 

その心強さに弦十郎はさらに加速する。

 

そして崩れていく炭の塊を吹き飛ばしてネフィリムの姿を捉え、弦十郎は拳を構えて突撃する。

 

「終わりだぁ!」

 

だがネフィリムはにやりと笑うと同時に孔を出現させるとその中に弦十郎を入れてしまう。

 

「旦那!」

 

「叔父様!」

 

「おっさん!」

 

三人はその姿を目撃してネフィリムが空中へと顔を向けるのを見て上空を見上げる。

 

そこにはいくら弦十郎と言えど、その高さから落ちれば命が危うい程の高さに孔から出現し落下してゆく弦十郎の姿が。

 

そしてダメ押しとばかりにネフィリムは紫の紋様を浮かび上がらせ、口から翼の剣を、クリスの腕を石化させた光線を放つ。

 

奏、翼、クリスはその光線を何とかしようとネフィリムへと向けて攻撃をするが、竜巻は、斬撃は、銃撃はネフィリムが出現させた孔により全て防がれる。

 

三人は弦十郎の名をそれぞれの呼び名で叫ぶ。光線が弦十郎まであと僅かというところで弦十郎はネクタイを取り、自身のシャツを自身の落下地点に覆い、その光線を回避する。

 

そして石化したシャツを盾にしてそのままネフィリムへと向けて石化したシャツが壊れない様に加速していく。

 

「この程度で俺が止まると思うんじゃないぞ!」

 

そして弦十郎はそのまま石化したシャツと共にネフィリムへと蹴りを大きな口に向けて叩き込んだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

雷撃をアシモフへと叩き込んだ瞬間にボクの雷撃が電磁結界(カゲロウ)を突破してアシモフへと流れ込むのを感じる。

 

「これで終わりだ!アシモフ!」

 

そう叫ぶと同時にアシモフへと雷撃を更に流し込む。

 

だがその瞬間にアシモフの身体が蒼く発光すると共に身体がバチッと雷撃を放ち、砕け散った。

 

「なっ!」

 

「偽物!?」

 

急に消えたアシモフの姿を探す。だが、今まで見ていたアシモフはいったい何だったんだと感じるが、そんな事はどうでもいい、一刻も早くアシモフを見つけなくては。

 

だがその瞬間に、辺りから突如爆発音が連続して響く。

 

「GV!壁が爆発してる!」

 

シアンの言葉通り、ボクのいるアビスの底よりもかなり上で爆発が起きており、そこから爆発と共に落石が底へと向けて降り注ごうとしている。

 

「アシモフ!貴方は初めからボクと戦う気なんてあったのか!」

 

ボクは叫んで巨大な雷撃鱗を展開させると迫り来る落石を全て雷撃で砕いていく。

 

そして止むと同時にボクは雷撃鱗を解いて辺りを警戒しようとした瞬間に何か殺気を感じて素早くその場から退避した。

 

だが、その瞬間に足に何か大きな衝撃が走ると共に何が貫いた。

 

「ぐっ!?」

 

それと共に襲いくる第七波動(セブンス)を、ボクの中の蒼き雷霆(アームドブルー)が急激に力をなくし、シアンの強化も解かれて膝を着いた。

 

「GV…力が…」

 

シアンも辛そうにして地面へと降り立ち、身体にノイズの様なものが走り、辛そうにだが何とか姿を維持している。

 

強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)…」

 

電影招雷(シャドウストライク)。奴にも教えなかった私の秘策だ。そしてようやくまともに喰らったな」

 

その言葉と共にボクの目の前からバチバチと雷撃を迸らせながら、迷彩が消える様に現れるアシモフの姿。

 

「アシモフ…」

 

ボクは撃たれた足から血を流しながら、痛みを堪えて立ち上がる。

 

「まだ立ち上がる力が残っているか…だが、もう終わりだ。貴様に蒼き雷霆(アームドブルー)の力が戻る前に決着をつけよう」

 

アシモフはそう言って強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)の装填されたアキュラの銃を構えた。

 

「まだだ…まだ終わらせはしない…」

 

「いいや、終わりだよ。アスタラビスタ(サヨナラだ)

 

その言葉と共にボクの胸へと向けて強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)が放たれ、ボクの身体を吹き飛ばした。

 

「ガァ!?」

 

「GV!」

 

シアンは吹き飛ばされたボクの元へと這いながらも近付こうとしていたが、ボクの意識が霞んでいくと共に消えていく。

 

「…シ…アン…」

 

「ははは!これで邪魔者はいなくなった!さあ、ここからだ!ここからようやく私の目的が始まる!」

 

最後に届くアシモフの狂った様な笑い声。

 

そして最後にボクの視界に入ったのは、ボクの身体へとギアペンダントを近付けていく姿であった。

 

「さぁ、これで私の計画(プラン)に必要な物は全て揃った!あとはネフィリム…いや、セレナ・カデンツァヴナ・イヴ!貴様が電子の謡精(サイバーディーヴァ)に適合さえすれば全てが整う!ああ、待ち遠しいぞ!GV!また貴様と会い見えるのがな!今度こそ、私に尽くしてもらおう!託した願いを成就していれば構わん!だが、違えているのならば、貴様の意思など消し去り、私の計画(プラン)のままに傀儡となってもらおうか!」



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37GVOLT

ネフィリムを蹴り飛ばした弦十郎はそのまま着地して構えを取る。ネフィリムも吹き飛ばされながら体勢を整えて地面を滑りながら戦闘態勢を崩さない。

 

「あれだけおっさんの規格外の攻撃を受けたのに立ってられるのかよ!」

 

「クリス!ネフィリムは完全聖遺物だ!旦那の一撃がいくら規格外だろうとそんな通用しない!」

 

「だが、司令の攻撃を受けて確実にダメージを受けている!これならネフィリムを倒す事は可能だ!」

 

三人が弦十郎の側に並び立ち、勝機を見出し、響を助けられる事、ガンヴォルトの元へもう直ぐ行ける事を感じて武器を構える。

 

「馬鹿な!何故だ!?何故なんですか!?完全聖遺物であるネフィリムが!第七波動(セブンス)を幾つも操る事が出来るようになったネフィリムが!シンフォギアを纏わない人如きにここまで追い詰められるなんて!」

 

ウェルも傷付いたネフィリムをあり得ないとばかりに喚くが、ネフィリムが追い詰められている事は覆る事のない事実。

 

「これが人間であり、大人の真の姿だ。お前達のような外道の到達する事が出来ない人間の姿だ!」

 

「ふざけるな!そんな事の出来る人間がいるわけがない!第七波動(セブンス)能力者でも、シンフォギアや聖遺物すら持たない人間にネフィリムが追い詰められるなんてあり得ない!」

 

ウェルは現実を受け止めようとせず、ただ喚き散らす。その姿は誰から見ても哀れとしか映らなかった。

 

「御託はいい加減飽きた。これで終わりにしよう」

 

そう言って弦十郎は拳を構えた状態で地面を蹴り出すと一気にネフィリムへと駆け出す。

 

ネフィリムは弦十郎を迎撃するために口を開けて爆炎を放つ。そしてウェルもネフィリムを守るようにノイズを召喚していく。

 

だが、ノイズは銃撃でクリスが、斬撃で翼が、奏が投げた槍で炭へと変わる。

 

「はぁ!」

 

弦十郎は拳圧でネフィリムが吐いた爆炎を吹き飛ばして、そのままネフィリムへと拳を叩き込もうとした。

 

だが、弦十郎の拳は何者かによって受け止められる。

 

目の前にいるネフィリムは、既に次の攻撃をしようとしていたのだが、受け止めるほど余裕はない。そして受け止められた男を見て、弦十郎はその男の名を叫んだ。

 

「貴様は…アッシュボルト…いや、アシモフ!?」

 

今までバイザーで顔が見えなかった相手だが、今は素顔を晒している男。初めて見る顔だが、その身につける装備、そして身に纏う雷撃には見覚えがある。

 

そして、それに答えるようにアシモフは口を開く。

 

その通り(exactly)。まさか、地上に出てきてみれば、この世界には奴とは違い、聖遺物を持たず、対第七波動(セブンス)装備などすら持ち得ないのに、肉体のみでここまで出来る無能力者が存在しているなど思いもしなかった」

 

「アシモフ!貴様!ガンヴォルトは!シアン君はどうした!?」

 

弦十郎が拳を引いてさらに連打しながらアシモフへと問う。

 

「奴は私がこの手で殺した。そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)も奪わせてもらったよ。今頃死体はアビスの奥底で横たわっているだろう」

 

アシモフは弦十郎の拳を受け流しながら答える。

 

「そんな…」

 

「嘘だ…嘘に決まっている…あいつが…」

 

「ガンヴォルトが…シアンが…」

 

三人がその言葉を聞いて絶望した表情を浮かべる。信じたくない。だが、アシモフがこうして地上に出てきているという事はその通りとしか言えなくなる。

 

「貴様ぁ!よくもガンヴォルトを!シアン君を!」

 

弦十郎も怒り、拳をアシモフに向けて振るう。そして弦十郎は目の前の男だけは、アシモフだけは今この場で倒さなければならないと決める。

 

だが、アシモフは弦十郎の拳を全て受け流しながら、流しきれないものは電磁結界(カゲロウ)を使い、全くと言っていいほど決定打を与えられない。

 

「無駄だ、無能力者。対第七波動(セブンス)装備を持たぬ貴様に、私を倒す事など不可能だ」

 

「いいや!俺がこの場で貴様を倒す!絶対にだ!」

 

そう叫んだ弦十郎はアシモフへと向けてさらに拳を振るう。だが、アシモフには全く当たらず、怯みすらしない。

 

「不可能なのだよ!無能力者如きが!私を倒そうなど!装者も同様だ!もう貴様達に勝機などはありはしない!第七波動(セブンス)を持たず、電磁結界(カゲロウ)を突破する事の出来ない貴様達にはな!」

 

アシモフもようやく雷撃を腕に纏い、弦十郎に向けて拳を振るう。弦十郎もその拳を至近距離から躱しては拳を振るう。だが、アシモフには決して届かない。

 

「だからって諦めるわけにはいかないんだよ!俺達は!貴様達の好きになんかさせないためにも!全員を救うためにも!」

 

「ははは!私に攻撃すら掠りもしない貴様に何が出来る!肉体しか武器のない貴様に!」

 

そう言ってアシモフは雷撃鱗を展開して弦十郎を引かせると共に銃を取り出すと弦十郎へと向けて発砲する。

 

弦十郎は銃の射線から身体を逸らして躱しながら、地面を足で踏み鳴らし、石を浮かせるとそれをアシモフの銃に向けて殴り飛ばしていく。

 

だが、その全てはアシモフの展開する雷撃鱗に阻まれて、消し炭になる。だがそれでも弦十郎は銃弾を避けながらも攻撃をやめない。

 

「だから!無駄だと言っている!」

 

そう叫ぶアシモフはさらに弾倉を新しい物へ変えると更に弦十郎へと向けて放とうとする。

 

だが、それを阻むように何かが、アシモフの雷撃鱗へと突っ込んで突破するとアシモフに攻撃を当てた。

 

吹き飛ばされるアシモフ。そしてその吹き飛ばした相手を見る。

 

「何が…?」

 

だが、そんな事をする前にアシモフへと何かが、更に拳を叩き込もうとする。

 

「くっ!?」

 

アシモフは電磁結界(カゲロウ)を展開するが、それを物ともしない拳を叩き込まれ、聳え立つカ・ディンギルの壁に叩きつけられた。

 

「ガァァ!」

 

その何かは怒りを吐き出すかのように咆哮を上げる。

 

「何故…何故こんな事が」

 

ウェルが雄叫びをあげる何かを見て狼狽えるように呟く。

 

「なんで貴方は立ち上がっているのですか!立花響!」

 

何か、それは以前にもあった黒く染まり、全身から禍々しいオーラを放つ、腕と足が元に戻った響の姿であった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響は自身の無くなった腕を押さえながら呻く。足もどうにかしたいのだが、抑える腕はもう無く、ただ痛みを堪えて呻く事しか出来ない。

 

腕と足がなくなる事による喪失が響を蝕んでいく。未来と約束したはずなのに。無事で帰ると約束したはずなのに。もう失った片腕では大好きな親友を抱きしめる事は出来ない。大好きな親友の元へ自分の足で立って歩み寄る事も出来ない。

 

そんな絶望が響を蝕んでいく。

 

そして弦十郎が、自身の師が助けに来てくれたのに自分はその隣に立つ事すら、他の三人と共に戦う事すら出来ない事が響の心を更なる絶望へと落とし込んでいく。

 

そして更に絶望を与えるようにアシモフが現れる。そしてアシモフは弦十郎と戦いながら叫ぶ。

 

「奴は私がこの手で殺した。そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)も奪わせてもらったよ。今頃死体はアビスの奥底で横たわっているだろう」

 

その言葉に響は心が壊れる程の更なる絶望に叩き落とされた。

 

ガンヴォルトが死んだ。自身の恩人が。守ってくれた大切な人が。そして親友の思っていた人が。

 

そして、シアンが奪われた。まだ出会ってそこまで経っていないが、響にとっては何度も起きた窮地を救ってくれた綺麗な歌声を持つ大切な友達が。

 

響が大切にしていた人が、友達が、あの男により全てを奪われた。

 

そして響は絶望の中、ドス黒い感情に蝕まれていく。

 

陽だまりをさらに明るくしてくれた大切な人を。一緒にいて楽しかった思い出を共有した大切な友人を奪ったアシモフへと憎悪の感情が、胸に宿るガングニールがそれに呼応するように響を覆っていく。

 

許せない。大切な場所を壊そうとするあの男が。そこに必要である人の命を奪い、大切な友人を奪っていったアシモフが。

 

そしてガングニールから溢れ出るドス黒い憎悪の感情が溢れ出し、響を完全に覆い尽くした。

 

「よくも…ヨクモ…」

 

そして響は飲まれていく。

 

「オマエダケハ…オマエダケハァ!」

 

それとともに響は意識が飛んでいく。だが、意識が飛んでも身体は、このドス黒い憎悪だけは止まらない。

 

響を覆うそのドス黒い憎悪の感情が溢れ出し、無くなった腕を足を形作る。それと同時に獣が如く跳躍でアシモフの元へ飛び掛かる。

 

だが、アシモフはこちらを見ていない。というよりも気付いていない。だからこそ、拳を握り、ガンヴォルト同様の雷撃鱗へと飛び掛かる。膜に当たった瞬間に弾かれそうになる。だが、そんな事も関係なく、響は握った拳が雷撃鱗を貫いて、その中心にいるアシモフを殴りつけた。

 

そして吹き飛んだアシモフに更に追撃する様に響はアシモフへと拳を握り、そのまま拳を叩き込んで聳え立つカ・ディンギルへと殴り飛ばすと雄叫びを上げた。

 

「ガァァ!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

電磁結界(カゲロウ)を貫いただと…」

 

アシモフはあまりの出来事に動揺を隠せないでいた。

 

そしてカ・ディンギルから身体を出して自身を殴った何か、響の存在を睨み付ける。だが、雄叫びを上げる響の拳を見て理解する。

 

「ちっ!電子の謡精(サイバーディーヴァ)!余計な事をしてくれたな!」

 

そう、響の拳にはガンヴォルトがシアンと協力していた時のように、電子の障壁(サイバーフィールド)が展開されていた。

 

アシモフは知らないが、それはかつて翼とガンヴォルトが予想していた事。響が電子の謡精(サイバーディーヴァ)を宿している可能性が、本当であった事。

 

響へと何度も干渉する事によってガングニールに残ったシアンの電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力が顕現した事によるものであった。

 

電磁結界(カゲロウ)は身体を電子に変換して、攻撃を無効化する…だが、自身が持つ因子から発せられる雷撃の限度を超えた攻撃は通す、そして同じ雷撃の第七波動(セブンス)に属する電子の謡精(サイバーディーヴァ)電子の障壁(サイバーフィールド)電磁結界(カゲロウ)には意味がないという事か…」

 

アシモフは直ぐに分析をして響を完全に今抹殺しなければ後に脅威となると判断してここで殺すと判断する。

 

「貴様はここで殺さねばならん。奴と同じように、私に対抗出来る貴様という存在を今ここで!」

 

雷撃を纏い、飛び出して響の前に降り立つアシモフは直ぐにウェルへと指示を出す。

 

「Dr.ウェル!こいつは私とネフィリムがこの場で確実に殺す!貴様は邪魔をさせぬようにソロモンの杖を使って他の装者とその男の足止めをしろ!」

 

その言葉とともにネフィリムがアシモフの側へと並び立ち、ウェルはアシモフ、響へと近付けさせないよう、大量のノイズを装者達、そして弦十郎の元へと召喚していく。

 

「ガァァ!」

 

「グォァァ!」

 

響が雄叫びを上げると同時にネフィリムも雄叫びを上げる。

 

「獣に堕ちたか、だが関係などない。邪魔をする者は今ここで排除する!」

 

そしてアシモフはネフィリムへと指示を飛ばして孔を出させる。

 

孔にアシモフは入っていくと響の背後に一瞬で姿を現し、銃弾を叩き込む。

 

だが、アシモフが放った弾丸は響は振り向く事などせず、響の背後に出現した電子の障壁(サイバーフィールド)によって弾かれる。だが、アシモフはそれを予想していたかのように直ぐ様、雷撃を込めた拳を響に向けて振るう。

 

だが、最初の一撃で既にアシモフの存在に気付いていた響は直ぐ様アシモフへと向けて電子の障壁(サイバーフィールド)を纏った拳をアシモフに振るう。

 

そしてぶつかり合う雷撃の拳と電子の障壁(サイバーフィールド)の拳。その衝撃が辺りへと広がり、地面を抉っていく。

 

「ガァァ!」

 

「喚くんじゃない!獣風情が!」

 

アシモフが雷撃を更に強くして拮抗する拳を押し切ろうとする。だが、蒼き雷霆(アームドブルー)で強化した拳の膂力すらシンフォギアを纏う、そして暴走する響の膂力には勝つ事が出来ず、逆に押されそうになる。

 

だがアシモフは拳をそのまま押されるように受け流し、そのまま響の腕に足を絡ませると同時に腕をへし折ろうとする。

 

「腕はもらった!」

 

アシモフはそう叫ぶと同時に響の腕をそのままへし折っていく。

 

「ガァァ!?」

 

痛みに耐えきれなかったのか響が叫びを上げる。そしてそれと同時にアシモフは離れる。

 

響は腕を押さえて蹌踉めくがその瞬間に響が吹き飛ばされる。

 

それは発光して一瞬で距離を詰めたネフィリムの一撃。防御もする暇もなく、与えた一撃がネフィリムが引き摺りながら、響を吹き飛ばして土煙を上げる。

 

そして吹き飛ばされた響へと向けてアシモフは言葉を紡ぐ。

 

「瞬くは雷纏し聖剣、無慈悲なる蒼雷よ、敵を穿て!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

雷撃が巨大な剣を象ると共に柄を握ったアシモフは響へと向けて素早く向かい、巨大な剣を振るう。

 

だが、土煙越しに振われるスパークカリバーは何かに衝突して放電していく。

 

「グォァァ!」

 

上がる獣の如き咆哮。だがその瞬間にアシモフは叫んだ。

 

「貴様!ネフィリムを盾に使うか!」

 

土煙が晴れていくと共にネフィリムをいつの間にか戻る折れていた腕でネフィリムの胸を貫いて、そのままネフィリムを盾にスパークカリバーを受けている響の姿。

 

「ガァァ!」

 

そしてスパークカリバーを貫いたネフィリムを使い弾いて響は貫いたネフィリムを蹴飛ばして腕を引き抜くと共にアシモフへと向けてネフィリムを襲わせる。

 

「ちぃ!」

 

アシモフはスパークカリバーでネフィリムを弾き飛ばす。だが、弾き飛ばした影から既に響が接近しており、アシモフへと向けて拳を叩き込もうと電子の障壁(サイバーフィールド)を纏わせていた。

 

「ガァァ!」

 

そしてアシモフへと叩き込まれる拳。腹へとねじ込み、深く突き刺さる拳はアシモフをの身体を貫いた。

 

だが、その瞬間にアシモフの身体は青く発光して雷撃へと変わると、姿を消す。

 

「アァ!?」

 

響は叩き込んだはずの人物が、突如として消えた事に戸惑いを隠せないでいた。

 

「天体が如く蹌踉めけ雷、阻む全てを打ち払え!」

 

突如、響の背後から響くアシモフの言葉。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ライトニングスフィア!」

 

そして現れる三つの雷球が響を襲う。

 

「ガァァ!?」

 

まともに喰らう響は叫び声をあげて雷撃に全身に浴び、雷球により吹き飛ばされた。

 

「はぁ…はぁ…クソッ!」

 

だが、攻撃を受けた響よりもアシモフの方がかなり消耗している。だが、その身に纏う雷撃はどんどんと強くなっていく。

 

「流石に(スキル)を使用しすぎた…このままでは私の蒼き雷霆(アームドブルー)が暴走して危険だ…だが、奴をここでとどめを刺さなければ…」

 

そう呟くと共にアシモフはアキュラの銃、強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)が装填された物を取り出す。

 

そして吹き飛んで行った響へと照準を定め、トリガーに指を掛ける。

 

しかし、その瞬間にアシモフの身体は凄まじいエネルギーを持つ雷撃が迸り、辺りへと放電していく。

 

「クソ、クソォ!今来るか!(タイミング)が悪い!」

 

アシモフは苦痛に顔を歪めながら叫ぶ。

 

「ネフィリム!Dr.ウェル!撤退だ!奴を殺せなかったが、目的の物を手に入れた!」

 

そう叫ぶと共にネフィリムがアシモフとウェルの元へと孔を開け、退路を作る。

 

「逃すか!」

 

弦十郎は奏が構えた槍に飛び乗ると奏は弦十郎の意図を理解してウェルの元へと弦十郎を投げ飛ばす。だが、完全聖遺物を圧倒する弦十郎の存在が高速で飛び出した事により、ウェルは腰を抜かしながらもネフィリムの開けた孔に素早く潜り込んでいくとそのまま孔と共に消えていく。

 

「運が良かったな…貴様等…」

 

そう呟くように言うアシモフは何処からかバイザーではなく、サングラスのような物を取り出すとそれを掛けてそのまま孔の中へと向かう。

 

「だが、機動二課…貴様等は許しはしない…必ず、貴様等は惨たらしい最後にしてみせる」

 

そう言って孔へとアシモフも消えようとする。だが、いつの間にか吹き飛ばされた響がアシモフに拳を構えて振るおうとしていた。

 

だが孔の中へと消えゆくアシモフは当たらないと感じており、不敵に笑っていたのだが、突如として現れたネフィリムに驚きの声を上げた。

 

「ネフィリム!何をやっている!」

 

焦りを見せるアシモフ。だが、その言葉を最後に孔が閉じてアシモフの姿が完全に消えてしまった。

 

そしてその後に響の拳がネフィリムの身体を貫いた。

 

「ガァァ!」

 

そして貫くと共に、響が怒りのままにネフィリムをそのまま殴りつける。ボロボロになるネフィリム。だが、ネフィリムはボロボロになりながらも響の頭へと手を伸ばす。

 

「もう止めて…そんな事したら貴方が死んでしまう」

 

ネフィリムの獣の様な声などではなく、脳へと響く、優しい女性の声。その言葉で響の動きが止まると共に、ネフィリムの身体が膨張していき、響を巻き込みながらも爆発していった。

 

「響君!」

 

弦十郎が響の名を叫ぶ。三人も響の名を叫ぶが、爆炎で無事なのかすら分からない。

 

そして、爆炎が収まると共に何か、白いものに覆われて、元の制服姿の響が倒れていた。

 

四人は倒れる響の元へと駆け寄った。

 

倒れる響は何故か喪失したはずの腕と足が復元されており、五体満足であるのは喜ばしいのだが、それよりも、響の制服が膨れ上がり、所々からは何か金属のような物が突き出している。

 

「クリス君!翼!響君を今すぐ本部へと向かわせろ!直ぐに手当てをしなければならない!」

 

「分かっている!」

 

「奏と司令は!」

 

「俺達はアビスへと直ぐに向かい、ガンヴォルトを回収する!アシモフの言葉を信じてたまるか!あいつは必ず生きている!こんなところで死なせてたまるか!」

 

そう言って奏と弦十郎はガンヴォルトの元へ向かうべく、カ・ディンギルの内部へと潜入してアビスへと向かおうと駆け出した。



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38GVOLT

「クソッ!ネフィリムが!重要な欠片(ピース)が!」

 

アシモフはネフィリムによる亜空孔(ワームホール)で帰還すると共に異常なまでの怒りを込めて叫ぶ。

 

そして切歌、調は突如として現れたアシモフとウェルに驚きつつも、その怒りの矛先が以前の様に自分達に向かない様にそそくさと部屋の中から退散していく。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)!貴様も余計な事を本当にしてくれた!あの紛い者同様に力だけを持った本物ではないのに!」

 

握るギアペンダントの力が増す。

 

「ああ、本当に憎たらしいぞ…機動二課、そしてそれに協力する装者共…二人だけは生かして置いてやると思っていたが…ここまで計画を狂わせた報いだ…全員この手で殺してやろう…惨たらしく…絶望へと叩き落としてな…」

 

アシモフは怨みを、怒りを露わにして今までに見せた事のない様な声で言った。

 

「ア、アッシュ!まだだ!まだネフィリムは無くなったわけじゃない!」

 

そんなアシモフにウェルが叫んだ。

 

その言葉にアシモフはウェルへと怒りの矛先を向けようとするが、何かまだ可能性があると思い、ウェルの言葉を待つ。

 

「ネフィリムの肉体はあの立花響に破壊された可能性があるかもしれない!僕も最後まで見てないから分からないけど、それでもネフィリムの肉体は無くなってもまだネフィリムは残されている!」

 

「ほう…それは本当なんだろうな?その言葉が嘘であるのならば例え友だとしても私はDr.ウェルを殺める可能性もあるんだぞ?」

 

ウェルもアシモフのこれまでにない怒りの矛先を向けられて、怯んでしまうが、ウェルはそれでもアシモフに向けて言った。

 

「ね、ネフィリムの本体はあの身体を失ってもまだ残っている可能性はある。ネフィリムの本体は元より心臓。あれは肉体よりもさらに強固なんだ。アッシュが喰らわせた聖遺物、あれがネフィリムを成長させるていたんだ。そして取り込んだ聖遺物に比例して上がる力、それに伴ってそれに耐えうるために心臓はかなりな強度を誇っているはずなんだ。例え、あの立花響だろうと、本体である心臓を壊す事は不可能なんだ。だから例え身体が無くなろうともまだネフィリムの心臓が残っているはずだよ。僕達の目的はまだ完全に終わったわけじゃない」

 

アシモフよりも聖遺物に詳しいウェルの言葉には信用している。だが、それでもその言葉が嘘があるのならば…

 

アシモフはその考えをウェルには隠して怒りを収めてウェルに向けて言った。

 

「そうか…まだネフィリムは完全に滅んでいないという事だな、Dr.ウェル」

 

「そうさ!まだ僕達の計画は終わっていない!ガンヴォルトは死んで、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を手に入れたんだ!こんな所で僕達の英雄への道は決して終わりはしないんだ!」

 

アシモフの怒りが収まるのを感じたウェルは怯えて逃げた事などすっかり忘れた様に高々く、宣言する。

 

「そうか…まだ終わっていないか…」

 

それだけ呟く様に言うと、アシモフはその場から出て行く。ウェルを残した部屋から出るアシモフはただ自身の目的に必要なものが失っていない事を安堵しながらも、何故最後にネフィリムがあの様な行動を取ったのかを考え始める。

 

「ネフィリムは私が完全に調教したはずだ…なのに何故最後にあの様な真似を…私の行動をしたのは何故だ…」

 

アシモフは輸送機に用意されている自身の装備などを格納する短い道を歩きながら考える。

 

「何故だ…何故ネフィリムが…」

 

あまりの突拍子のないネフィリムの行動に頭を悩ませる。だが、ネフィリムが自身で行動したのでは無く、もし、あの少女を取り込んでおり、自身の目的の重要な欠片(ピース)の存在を思い出す。

 

何故、あの状態で自身の第七波動(セブンス)を使い、逃げなかったのか。第七波動(セブンス)を使わずに響を止める様に前へ出てきたのか。

 

「…セレナ・カデンツァヴナ・イヴ…まさか、ネフィリムが追い込まれた事により、貴様は目を覚ましたのか…六年前にネフィリムに取り込まれた貴様が…まあいい…いずれは目を覚まさせなければない必要な欠片(ピース)…予定外ではあるが、計画はまだ終わってなどいない…」

 

アシモフはネフィリムの中に存在するもう一つの存在の名前を出す。

 

六年前にネフィリムに食われ、死亡したはずの存在。セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。非公式であり、F.I.S.でしか分からない事。だが、アシモフはセレナが何故生きていると言うのか。

 

それはその言葉を吐くアシモフだけが知る事実。だが、アシモフはそれ以上何も言わなかった。

 

その言葉を最後に落ち着きを取り戻し、アシモフは辿り着いた自身の部屋へと入り込んだ。その呟きを誰かに聞かれているかも知らずに。

 

◇◇◇◇◇◇

 

切歌と調がアッシュボルトとウェルが帰った事を慌てて知らせてきたのでマリアは切歌と調に危害を加えない様にアッシュボルト、もしくはウェルへと告げに操縦室から向かっていた。

 

だが、ぶつぶつと何か言う何者かを見つけ、すぐに身を隠した。何者かは分からなかったが切歌と調が言っていた部屋から出てきた事、そして聞いた事のある口調であったためアッシュボルトだと気付き、何か言おうとした。だが、それよりも先にアッシュボルトから出てきた驚くべき名前にマリアは身を出す事すら出来ず、身を隠したまま、口を塞ぐ。

 

そしてアシモフは自室へと入り、扉が閉まると共にそのまま機内の壁をずり落ちながら床へと腰を落とした。

 

「なんで…なんで貴方があの子の名前を知っているのよ…」

 

アッシュボルトが語ったセレナの名。アッシュボルトが何故故人の名を呼んだのか。だが、そんな事よりも、アッシュボルトが語った大切な妹の名前。

 

目の前でネフィリムに食われて死んでしまったと思っていたはずのセレナ。だが、アッシュボルトは目が覚めたと言っていた。それは実はまだセレナが死んでいないという事を仄めかす、微かな希望であった。

 

問いただしたい、だが、アッシュボルトのあの言葉が本当であると言う事実は、確信はまだ得ていない。死んだと思っていた大切な妹が、セレナが生きているかもしれない。しかし、それと同時にアッシュボルトがもしあの言葉をこちらが聞いていると知っていて漏らして、実際は嘘である可能性もある。

 

だが、それでも。死んだと思っていたセレナが生きている可能性があると知り、マリアは涙を流す。

 

「セレナ…」

 

大切な妹。マリアはただ、自身の大切な存在がまだ生きている可能性があるという事実を知り、涙を流した。

 

◇◇◇◇◇

 

アビスの底。奏と弦十郎が辿り着き目にしたのは中央で身体のあちこちから血を流し、血溜まりを作り、倒れるガンヴォルトの姿。

 

倒れた亡骸の様な状態のガンヴォルトを見て奏は絶望してガンヴォルトの元へ駆け寄った。

 

「ガンヴォルト!しっかりしろ!ガンヴォルト!」

 

奏は倒れたガンヴォルトへと近づいて名前を連呼する。奏はこの状態でもガンヴォルトは死んでいない。死ぬはずがないと信じて叫んだ。

 

弦十郎も倒れているガンヴォルトの元へ急ぐ。

 

「しっかりしろ!死ぬな!ガンヴォルト!死ぬんじゃない!」

 

だが、奏の言葉にも弦十郎の言葉にも一切反応を見せないガンヴォルト。

 

気を失っている。そう思いたかったが、ガンヴォルトの胸に開いた穴。そこから溢れ出した血。そして垂れて出来上がった血溜まり、そしてどんどん冷えていくガンヴォルトの身体と鼓動がない心臓ががそうじゃないと訴えてくる。

 

「死ぬな!死ぬなよ!ガンヴォルト!生きるのを諦めないでくれ!」

 

奏がこんな現実を受け入れないとばかりにガンヴォルトへと叫ぶ。

 

「シアン!いるんだろ!?助けてくれ!ガンヴォルトがこのままじゃ死ぬ!だから!」

 

奏は縋る様にシアンの名を叫ぶ。だが、いつもガンヴォルトと共にいたシアンの気配は、現れる気配は一切しない。

 

「なんで出てきてくれないんだよ!シアン!シアンがいないとこのままじゃガンヴォルトが!」

 

「やめろ…奏…」

 

「シアン!出てきてくれよ!」

 

「やめるんだ!奏!」

 

弦十郎は狼狽える奏に向かって叫ぶ。その言葉に弦十郎へと怒りの矛先を向けようとする奏。しかし、奏は弦十郎の表情を見て何も言えなくなる。

 

弦十郎もガンヴォルトの姿を見て、そして失われゆく体温と鼓動がしない心臓を知り、もうガンヴォルトが生きていないと知って涙を流していた。

 

「馬鹿野郎…なんで…なんでこんな事になってるんだ…」

 

弦十郎が悔しそうに呟く。

 

シアンが奪われた事により、もう歌の奇跡を使えなくなった。そして、アシモフがトドメを刺してから時間が経ち過ぎている。生存は絶望、いやもう心臓が動いていない時点で、事切れた姿を見て生存などしていない。

 

深い眠りについたガンヴォルトを見てただ涙を流す。

 

共に戦った仲間。そして信頼して、この場を任せたはずのガンヴォルトをこの様な姿に変えた事を弦十郎は悔しがる。

 

「すまない…ガンヴォルト…」

 

その言葉に奏は涙を流し、泣き叫んだ。

 

救ってくれた恩人。信頼、それ以上に向けていた好意。何も伝える事が出来ず、そしてもう起き上がる事のない大切な仲間を。好きな人がもう二度と優しい声を掛けてくれる事がなくなった事に絶望と悲しみによりただ、信じたくないとばかりに倒れたガンヴォルトに縋り、泣き叫ぶ。

 

弦十郎もその喪失感に涙を流す。

 

悲しみに明け暮れる二人。

 

「嫌だ…嫌だよ…ガンヴォルト…ガンヴォルトがいなくなったら嫌なんだ…私だけじゃない…翼だって…クリスだって…響に未来も…あんたとシアンが無事に帰って来てくれるのを信じてたのに…こんなの嫌だよ…」

 

泣きじゃくる奏はガンヴォルトの冷たくなった手を握る。動かなくなった手はもう奏の手を握り返す事もない。

 

「起きてくれよ…ガンヴォルト」

 

奏は消えそうな声でガンヴォルトの名を呼ぶが、いつものように、優しい声は帰ってこない。

 

そして伝う涙が、奏の頬を伝い、ギアペンダントへと落ちた。

 

その瞬間、奏のギアペンダントから僅かな蒼い雷撃が迸る。

 

それと共にギアペンダントから現れる、綺麗な蒼の羽を持つ蝶。

 

奏も弦十郎も突然現れたその存在に驚く。

 

そして蝶は奏のギアペンダントから飛び立つと、ガンヴォルトの穴の空いた胸へと降り立つと同時に小さくだが、何処か暖かな雷光(ひかり)を放つ。

 

「これは!?」

 

弦十郎はその目の当たりにする現象に再び驚き、声を上げる。

 

「ッ!?もしかしてシアンなのか!?」

 

奏が蝶に向けて問うが何も答えない。そして暖かな光が失われると同時に現れた蝶はガンヴォルトの中に溶ける様に消えていくと、ガンヴォルトの動いていなかった心臓が、再び鼓動を打ち始め、冷たくなった体温が僅かだが上がるのを感じる。それと共に呼吸を浅くだが始めたのか上下に僅かに動き出す。

 

「ッ!?旦那!」

 

「分かっている!」

 

弦十郎はガンヴォルトを抱えて立ち上がる。

 

心臓は動き出し、再び息を始めた。シアンがいないのに何故?何が起こったか分からない。だが、ガンヴォルトはまだ生きている。いや生き返った。それでも胸の傷は塞がっているわけでもなく、今も血がとめどなく流れ続けており、危険な状態にある事は変わりない。

 

奏と弦十郎は直ぐ様アビスから抜け出そうとする。ガンヴォルトを助けるために。

 

「絶対助けてやる!絶対だ!」

 

「絶対死なせはしない!だからもう少しだけ我慢してくれ!」

 

そして二人は息を吹き返したガンヴォルトと共にアビスから脱出を果たした。



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39GVOLT

とある一室に集まる四人の姿があった。

 

装者である奏、翼、クリス。そして未来の姿が。カ・ディンギルより回収したガンヴォルト、そしてネフィリムの戦闘の際に暴走して止まったと共に胸から謎の物質が生えた響の手術があるために全員は心配で一室に集められていた。

 

未来もこの場にいるのは響がこんな状態になった事、そしてガンヴォルトがこんな状態になった事をクリスが伝えた為、いても経ってもいられずにこの場に来たのであった。

 

「響…ガンヴォルトさん…」

 

未来はただ二人の名前を口にして祈り続ける。

 

「…大丈夫だ…あの二人は絶対に大丈夫だ、小日向…」

 

翼が祈る未来にそう言う。だが、翼のその言葉は自身にも言うように、二人は無事であると、必ず目を覚ますと言い聞かせる様にも見える。

 

「…クソッ!アッシュボルト!いや、アシモフの野郎!あいつを!それにあの馬鹿まであんなにまでしやがって!」

 

クリスはガンヴォルトをそして響をこんな目に合わせた元凶の名を口にする。

 

アッシュボルト、いやアシモフ。ガンヴォルトとシアンがこの世界に来た元凶。何故アシモフがこの場所にいるか三人は分からないが、それを代弁するかの様に奏が言った。

 

「響にあんな事をしたネフィリムを操っていたウェルもそうだが、それ以上にアシモフ!私はあいつが許せない…ガンヴォルトを…ガンヴォルトをあんな状態にしやがったあいつを!」

 

奏は拳を強く握り、怒りを堪えながら叫んだ。ガンヴォルトが死に絶えそうな瞬間、いや死んだ姿を見たからこそ、奏はこの中の誰よりもアシモフが許せないと感じている。そして唯一未来は二人の存在を知りはしないが、大切な友人を、大切な恩人をここまでしたその二人を許せないと感じる。

 

そしてまた静寂の時間が続く。そして、その静寂を破るかの様に小さな音を立てて扉が開く。

 

四人は扉へと視線を向けると弦十郎が入ってくる。

 

「旦那!響は!?ガンヴォルトは!?」

 

奏が入ってきた弦十郎へと二人の安否を確認するために叫ぶ。

 

そして心配する四人へと向けて弦十郎は口を開いた。

 

「まず、響君の状態だ。胸から飛び出た何かを除去し終えて容体は安定している。今は手術の疲れと麻酔で深い眠りについている」

 

その言葉で響が無事である事に安堵するが、それでもまだ四人は不安が拭い去る事が出来ない。まだガンヴォルトがどうなったか聞いていない。四人はただ弦十郎の次の言葉を待つ。

 

「ガンヴォルトの事だが…」

 

弦十郎が躊躇いながらも重い口を開く。

 

「まだあいつの手術は続いている。胸に空いた傷を塞ぐ事が難しい事もあるが、他にも身体は人間の生きていられる様な傷ではなかった。穴が空いた胸から見えた心臓は何ともないらしいが、その周りの臓器は砕けた骨が至る所に刺さっていて、骨の除去が難航し、今もまだあいつは生死を彷徨っている」

 

その言葉を聞いた四人は口を手で覆う。

 

「嘘だ…嘘だろ!おっさん!あいつが!あいつが死ぬなんて事ないよな!?」

 

クリスが弦十郎を掴み掛かり、どこか懇願する様に叫ぶ。だが、弦十郎はクリスを、みんなを安心させる様には決してしなかった。

 

「分からない…あいつは以前にも死に掛けているがそれでも、意識があり、自身の力を使い何とかしていた…だが今回はガンヴォルトの意識はない…」

 

辛いのは四人だけではない。その言葉を手術をしている医師から直に聞いた弦十郎も辛く、ガンヴォルトが、仲間が死ぬかもしれない事を見てきた弦十郎も辛いのだ。

 

「…嘘ですよね?ガンヴォルトさんが…ガンヴォルトさんが死ぬかもしれないなんて…」

 

未来も手で口を覆い隠すのをやめてあり得ない、そんな事は信じたくないとばかりに弦十郎へと言う。

 

「嘘じゃない…未来君…」

 

包み隠さずに未来へと弦十郎は伝えた。それを聞いた未来は目に涙を浮かべ崩れ落ちる。

 

「叔父様…シアンなら…シアンならガンヴォルトを…」

 

「いいや…いつもガンヴォルトと一緒にいるシアン君だが、ガンヴォルトがこんなになっても出でこない事を見るにアシモフの言葉は正しく、シアン君は既に敵の手に奪われてしまったと考えていいだろう…」

 

奪われた仲間、そして、失うかもしれない大切な人。あまりの事に誰もが最悪の事を考えてしまう。

 

「そんな…そんな…ガンヴォルト」

 

その言葉に弦十郎以外が完全に崩れ落ちてゆく。

 

助かるか分からない。それが四人にとって絶望なのは弦十郎は理解している。この中の全員が一度はガンヴォルトに助けられており、ガンヴォルトに好意を寄せている事を知っているから。

 

弦十郎はその四人の姿を見てどうしても耐えられなくなり、一度部屋から出ると扉が閉まった瞬間に自身の拳を壁に打ち付ける。

 

弦十郎も四人と同様に同じ気持ちなのだ。ガンヴォルトに何度も窮地を救ってもらった。翼や奏を笑顔にしてくれた。そして敵であったクリスを救ってくれた。

 

ガンヴォルトが齎した事が今の二課を作り上げたからだ。なのにそれなのにこんな事になってしまった事を悔やむ。悔しいと、何故すぐに自身も出なかったと。ガンヴォルトを助けてやれなかったと。

 

「クソッ!アシモフ!お前だけは!お前だけは!」

 

歳が離れていたが、弦十郎にとってガンヴォルトは部下であり、共に国を、世界を守ると同じ志を持ち戦ってくれた大切な仲間であるからこそ、怒り、悔しさ、悲しみが弦十郎の心を揺さぶる。

 

だからこそ、ガンヴォルトをここまで追い込み、一度殺したアシモフが許せない。

 

何故ここに居るかなどは関係ない。一度ならず二度もガンヴォルトをここまでしたアシモフという存在がどれほども憎かった。

 

だが、その感情に飲まれてはならない。私情を持ち込むわけにはいかない。自分はこんな状況でも冷静でなくてはならない立場なのだから。それに今傷付いているのは自分だけではないのだから。

 

「司令…」

 

不意にその声に弦十郎は視線を向けると同じくらい沈んで、表情に影がさす慎次の姿が見える。

 

「…どうした?」

 

「友里さんと藤尭君の方で回収したネフィリムの残骸を調べて頂いてある事が分かりました」

 

あおいも朔也もガンヴォルトの事を聞き酷く落ち込んでいたはず。それでもガンヴォルトがいない今を必死になって色々と動いてくれていたと思うと頭が上がらなくなる。

 

「…」

 

だが、慎次は少し躊躇う様に黙っていたが、意を消して、そして更なる絶望へと全員を誘う言葉を告げた。

 

「ネフィリムは亡くなってなどいませんでした…ネフィリムが響さんを守る様に作った物に聖遺物が出すアウフヴァッヘン波は検出されませんでした。無くなったからだと考える事も出来ますが、あれほどの強大な完全聖遺物、そして第七波動(セブンス)を使っていた物が何の痕跡も残さずに消えるのなんてあり得ません」

 

その言葉に弦十郎は拳を強く握る。こちらは戦力を大きく削られた。そしてまだ敵にはアシモフ、それにソロモンの杖、そして装者三人と未だ健在。

 

「クソッ!」

 

弦十郎は吐き捨てる様に言う。そしてまだ絶望は終わらない。

 

「そして、響さんの事ですが…胸から突き出たあの結晶の様な物…あれは響さんの体内、心臓部に残っていた聖遺物、ガングニールが肥大化した物という結果が出ました。そして響さんの胸に残るガングニールは響さんの内で広がり始めていて、これ以上使い続けると…」

 

慎次の言葉に弦十郎は言葉を失う。響が無事な事は嬉しい事であった。だが、それ以上に響がこれ以上ガングニールを使い続けると。その言葉だけを聞いて先など言わなくても理解している。聖遺物適合者という枠組みであるがその中で響は異質な適合者であり、ガングニールという聖遺物を宿した結果、融合という形で装者になった特殊な事例。だからこそ、今響の置かれた状況は弦十郎からすれば直ぐに察する事が出来た。

 

「融合…いや、響君の身体がガングニールへと侵食されていく…そういう事だな…」

 

弦十郎は怒りを堪え、慎次に向けて言った。慎次も躊躇いもなく頷く。

 

響がガングニールをこれ以上使う事となると響は人間ではなくなってしまうかもしれない。

 

突きつけられた現実。そしてまだ終わらぬフィーネとの戦い。そしてそれはこちらが不利になる事ばかり起こっている。

 

「…」

 

だからこそ、弦十郎は願う。ガンヴォルトの無事を。

 

目を覚ましてくれる事を。

 

ただそれがガンヴォルトにとって大切な人を奪われた事。響がもうガングニールを纏えないという事を知り、絶望してしまうかも知れない。ガンヴォルトにとって守ってきた者が奪われている現実に壊れてしまうかも知れない。

 

だが、それでも。それでもガンヴォルトには目を覚ましてほしいと願うばかりであった。どんな絶望の中でもガンヴォルトだけは抜け出す術を知っているから。ガンヴォルトだけが装者達や未来を安定させてくれる存在なのだから。

 

弦十郎はただ、何も出来ない自分を悔いながらも、ガンヴォルトが無事また立ち上がる事をただ願うばかりであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

暗い。ただ何もない真っ暗闇の空間にボクはポツンと佇んでいた。だが、何故ここにいるのかははっきりと理解出来た。

 

ボクはアビスの底でアシモフによって、あのアキュラの銃に装填された弾、強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を心臓に受けて生き絶えた。

 

それだけははっきりと覚えている。その事実がボクがあの時と変わらず、何も出来なかった。強くなっていたと思い込んでいた。それなのにボクはまた何も出来なかったと憤りを覚える。だが、その憤りも何の意味などあらず、死んでこんな事を思っていても何も変わらない。

 

「何で…何でボクは…躊躇ったんだ…何でアシモフを最初から全力で戦わなかったんだ…」

 

そして思い返す、自分の行動を。心の何処かでアシモフを信じていた。信じていたからこそ、生まれた隙。最初から殺すつもりで行けば変えられたかも知れない運命。だが、それももう何の意味を持たない。

 

「ボクのせいで…ボクのせいで…シアンが…みんなが…」

 

死んでなお、感じたシアンがボクの身体から居なくなる瞬間。その感触が未だにボクを苦しめる。だが、それももう遅い。この苦しみを永遠に味わいながらボクはこのまま過ごすのであろう。

 

悔しい。辛い。悲しい。負の感情がボクの中をグルグルと駆け巡る。

 

あの頃のようにはいかない。そう意気込んだはずなのに結局はあの頃と同じ、何も変わっていなかった。

 

シアンを殺された。そして今度はシアンを奪われた。もうどうでもいい。ボクはこの空間で永遠にその苦しみを味わうのだろう。

 

だが、それも全て自分が招いた結果だ。だが、それでも…それでもアシモフだけは許せない。

 

ボクが死んだせいでアシモフの思い通りになる。アシモフがこの世界で何をするかは分からない。だが、それは悪い事であると分かる。だから、やるせない気持ちにもなる。

 

「ボクのせいでみんなが…みんなが…」

 

ボクがアシモフを倒す事が出来なかったせいで。

 

アシモフを許せない。それ以上に止める事が出来なかった自分を。何も変えられなかった自分を。

 

だが今思った所で何も変わる事はない。死んだボクはもう何も出来ない。感じる事も出来ない。見る事も出来ない。

 

「クソッ…」

 

何も出来ない、何も出来なかった。帰られる事が出来なかった事を後悔する。

 

遅過ぎる後悔。遅過ぎた判断。だが、それももう無意味。

 

死んだ人間などに何も出来やしない。もうどんな結末かも知る事は出来ない。例え悲惨な結末だろうと。みんながアシモフを倒し、救われた結末だろうとボクは永遠に知る事は出来ないだろう。

 

悲しみに打ち拉がれながらただ永遠を繰り返すのだろうと思っていた。

 

そんな時、何処からか歌が聞こえる。悲しみ、そして何処か祈るような声で歌われる歌。

 

「シアン!」

 

だが、そこにシアンの姿はない。だが、歌の聞こえる方から一匹の蝶がこちらへと飛んできており、ボクの胸へと近付く。

 

そしてボクの胸へと飛んで来た蝶はボクの胸へと着くと共に光となってボクの身体へと溶け込んで行く。

 

「GV…貴方を死なせない…」

 

微かに聞こえるシアンの声。だがそれ以上はもう何も聞こえない。

 

だが、その声が聞こえてからボクの胸を渦巻く感情は無くなった。それと共に身体が熱を帯びていく。ボクの中の蒼き雷霆(アームドブルー)が再び雷撃を迸らせていく。

 

「シアン…」

 

大切な人の名前を口にする。奪われてしまった。それでも最後の力を振り絞るようにボクを助けようとしてくれた。

 

「待っていてくれ…絶対に…絶対にボクが君を取り戻して見せる」

 

その言葉と共に暗闇が蒼い雷撃で照らし出され、世界が崩壊していくと共にボクの意識は戻るように身体を透かしていき、世界から完全に姿を消した。



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40GVOLT

とあるユーザーよりとても励みになるメッセージを頂きました。
返信したかったのですが、お気に入りユーザー以外で返信できなかったのでこの場を借りてお礼を伝えます。
ありがとうございます。


マリアはセレナの名を口にしたアッシュボルトが何故その名を知っているのか。

 

セレナに何をしようとしているのか理解出来なかった。何故いなくなってしまったセレナを、そしてネフィリムに何をさせようとしているのか。

 

分からない。アッシュボルトもウェルも自分達と協力をしながら人類の救済を行うために行動している。だが、アッシュボルトはその行動を起こした先に更に何か起こそうとしていると考えた。

 

だが、アッシュボルトが何をしようとしているかは分からない。

 

それと共にアッシュボルトへと不信感を募らせて行く。人の道を外した行動。命を弄ぶように殺し、それをなんとも思わないアッシュボルトとウェルの異常性。本当にあの男達と協力していれば計画は成功するのであろうか。

 

ましてや前に自身をもガンヴォルトと共にライフルで撃ち、剰え、大切な家族の切歌と調にも手を上げたあの男を。

 

それに何か隠し、セレナを何かに利用しようとしているかもしれないという事も。

 

「…本当に私達は正しい事が出来ているの…本当にこれが最善の道だっていうの…セレナ…私は…私達は本当に正しい事をしているの…」

 

マリアは悩む。だが誰もその言葉に答えてくれる者はいない。

 

それにナスターシャもアッシュボルトとウェルの行動は目に余るものばかりで警戒はしている。だが、それでも、資金、そして技術などの事となると何もないこちらはただ向こうの言いなりになるしかないと頭を悩ませる。

 

マリア達にも資金が、そして聖遺物に対し、そして第七波動(セブンス)に対する知識があったとすれば…あの外道共と協力などせずにやれたかもしれない。

 

だが持たない力を願ってもなんの意味もなく、アッシュボルトとウェルに結局は協力してしまい、今に至っている。

 

「…本当にこれが正しい行いなの…」

 

マリアは膝を抱えて悩む。

 

そんな中、切歌と調から連絡が入る。

 

「マリア!大変デス!マムが!」

 

「マリア!早く来て!」

 

その言葉に一旦悩みを決してマリアは操縦席へと戻る。

 

急いで駆けつけた操縦室の真ん中ではぐったりとして車椅子に座り込むナスターシャ、寄り添う切歌と調。そしてナスターシャの口元を見て表情を歪ませる。

 

口元から僅かに見える血。

 

ナスターシャの患う病が悪化してきた事を意味していた。

 

「切歌、調!Dr.を呼んできて!まだあの部屋にいるわ!」

 

「でもマリア!もうあいつになんか!あんな外道には任せられないデス!」

 

「そうだよ!マリア!あんな外道にマムをもう任せられないよ!マリアなら処置できるでしょ!?」

 

「私が出来るのは応急処置までよ!お願い切歌!調!マムの命に関わる事なの!例え外道でもあの人以外にマムを助ける為なの!」

 

切歌と調はマリアの必死な言葉に少しだけ間を開けるが、すぐに頷いてウェルの元へと走っていく。

 

マリアもウェルが来るまでの応急処置を施そうとする。次から次へと目まぐるしく起きる事柄に、マリアは悩む暇など与えないというように起きていくのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ん…」

 

響はピッ、ピッ、と聞いた事のある電子音を聞きながら目を覚ました。

 

身体を起こし、辺りを見渡すと病室であり、よく分からない機材などから伸びるコードが響の体の至る所に繋がっている。

 

「なんで私は眠って…」

 

寝起きの頭で上手く考える事が出来なかったので頭を掻こうとした瞬間、全てを思い出し、腕を見る。

 

ネフィリムと戦っていた。自身の腕を喰われ、そのまま戦闘不能になった。そしてそこからアッシュボルト、いや、アシモフと言うガンヴォルトの因縁の相手が現れて告げられたガンヴォルトを殺したと言う言葉。そこからが記憶がない。

 

だが、喰われたはずの腕はなんともなく傷一つない。

 

「なんで…」

 

まだ夢の中にいるのか。現実なのか分からなくなってしまう。勿論、夢ならば良かったのだが、病室に寝かされている事がそうじゃない事を分からせてくれる。

 

一体あの後何があったのか分からない。とにかく誰かにどうなったかを確認する為に備え付けられたナースコールを押す。

 

しばらくするとクリス、奏、翼、未来、そして弦十郎と慎次、あおいに朔也が直ぐに駆けつけてくれた。

 

「響!」

 

未来が真っ先に響の元へ向かって響の無事を喜んでくれた。

 

「ごめん、未来…心配かけて」

 

響は未来を抱きしめて謝る。未来も無事で良かったと言ってくれるが、その表情はまだ翳りが見える。他のメンバーも同様に安堵を浮かべているのだが、やはり、どこかまだ心配事があるように翳りを見せている。

 

「響君、()は無事で良かった」

 

弦十郎が代表して響に言う。だが、響は()はと言う言葉に引っかかる。自分は無事。だが、その他にも響同様に危険な状態な人物がいるという事である。

 

そしてその人物は響も気になっている人物であり、響はすぐに弦十郎へと言う。

 

「師匠!ご迷惑をお掛けしてすみません!だけどその前にガンヴォルトさんは!?シアンちゃんは!?私が気を失う前に何があったんですか!?」

 

「…」

 

その言葉を聞いて弦十郎は口を閉ざしてしまう。

 

それは響の予想した、いや、アシモフが言った事が本当なのかもしれないという不安を駆り立てる。

 

「まさか…!?」

 

「…シアン君はアシモフによって奪われてしまった…そしてガンヴォルトはまだ集中治療室で生死の境を彷徨っている」

 

弦十郎から伝えられた事。それは響にとって辛いものであった。

 

「そんな…」

 

響も大切な友人が奪われ、そして恩人でもあるガンヴォルトが今大変な状況になっていると聞いて絶句する。

 

「嘘ですよね…ガンヴォルトさんが負けたなんて…シアンちゃんが奪われたなんて…」

 

響の言葉に誰もが口を閉ざしてしまう。負けるところなんて考える事の出来なかったはずのガンヴォルトが、今現在も集中治療室で生死の境を彷徨っている事が信じられなかった。そして大切な友人もアシモフにより奪われた事を認めたくなかった。

 

だが、それが本当であるかのように全員が何も言わない。

 

「…本当なんだ…響君…ガンヴォルトが今の状況になっているのに現れないシアン君。それはアシモフが言った事が本当であり、シアン君を奪われた事になる…」

 

弦十郎が意を決して響へと現状を伝える。

 

そしてその他の事も響へと伝える。あちらには被害はなく、こちらはガンヴォルトを再起不能へと追い込まれ、シアンを奪われた。そして未だに敵にはソロモンの杖、そして第七波動(セブンス)を操るネフィリムがまだ無くなっておらず、どうなったかすらも分からないが、あちらが未だ所持している可能性がある。戦力としては圧倒的に敵が有利である事を。

 

「そんな…」

 

「本当の事だ…」

 

弦十郎は静かにそして重く言った。

 

ここにいないガンヴォルト、そしてシアン。

 

それがその証拠である。

 

「ガンヴォルトさんが…シアンちゃんが…」

 

響は眠っていた間の事を聞いて絶望していく。綺麗な歌声の友人を奪われた悲しみ、恩人が未だに生死の境を彷徨っており、目を覚さない可能性があるという事が響の心を蝕んでいく。

 

響以外もそうであり、クリスも奏も翼も未来も、そして他の全員もそれぞれが悲しみに涙したい。だが、それでもまだ終わらぬ絶望に立ち止まれない。

 

場に重苦しい空気が漂う室内。だが、それを打ち破るように警報がけたたましく鳴り響く。

 

再び敵がまた現れたのかと身構えそうになる全員。

 

だが、その警報は敵が現れたなどではなく、システムに不備がある時に鳴る警報である事にオペレーターのあおい、朔也、そして弦十郎と慎次が気付く。

 

「機材にトラブルがあったみたいだ…とにかく、しばらくは全員休んでくれ。昨日から一睡もしていないだろう」

 

弦十郎がそう言って部屋から出ようとした瞬間に鉢合うように何名かの医療班が弦十郎を見て叫んだ。

 

「司令!大変です!ガンヴォルトさんのいる集中治療室が!?」

 

医療班の言葉にこの場の全員が一気に駆け出した。響も履物など履かずに全員に付いて行くように少しだるい身体を動かして後を追う。

 

辿り着いた病室の扉。そこは響がいた病室とは違い、もっと厳重に、そして重苦しい扉により閉ざされた場所。ガンヴォルトが眠っている病室であった。

 

その扉の前には何人もの医療班、そして技術班が扉の前で何かをしていた。

 

「ここで何があった!?ガンヴォルトはどうなっているんだ!?」

 

弦十郎が作業をする技術班に声を掛ける。

 

「何があったかも私達も分かりません!先程、ガンヴォルトさんの病室の電源系統が全て落ちた事を医療班から言われて、すぐにでも復旧を進めているところです!」

 

「何故この場所だけ電源が落ちたんだ!?」

 

「分かりません!突然、起こったので私達もどうなっているか分からないんです!ですが、早く復旧させないとガンヴォルトさんの生命を維持させている機材が!早く復旧させないとガンヴォルトさんの命が!?」

 

それを聞いた瞬間に翼と奏、そしてクリスが聖詠を歌うと共に己が武器を構えて扉を破壊しようとした。

 

「何をしている!そんな事したらガンヴォルトを殺してしまうかもしれないんだぞ!?」

 

弦十郎は響を除いた装者達の行動に叫ぶ。

 

「ですが!早くガンヴォルトの病室に入らなければガンヴォルトが!?」

 

「ぶち破らないとガンヴォルトが!?」

 

「あいつをこのまま見殺しにしろって言うのかよ!?」

 

「そんな事分かっている!だが、お前達がぶち破って機材が壊れたりしたら元もこうもないだろ!」

 

弦十郎は慌てながらも装者達を嗜める。だが、気持ちは分からないでもない。そうでもしないとガンヴォルトの命が消えてしまうかもしれないのだから。だが、そうして助けても今この中にしかない機材を壊されてはどうしようもない。

 

技術班も復旧させようとしているが未だにどうする事も出来ない状況。どうするか頭をフル回転させる。

 

どうする…どうすればいい…

 

この場にいる全員が、何とか助けようと頭を回転させているが、破壊する以外に方法はない。だが、破壊しようものなら破壊した衝撃で中にある機材がどれか一つでも壊れて仕舞えばガンヴォルトの命に関わる。

 

だからこそ、迂闊に壊す事が出来ない。

 

焼き切って開ける方法もあるが、それでは時間が掛かり過ぎてしまう。そうなればガンヴォルトが。

 

どうにかしようにもどうにも出来ないもどかしい状況。

 

だが、何も出来ない状況のまま時間が刻一刻と過ぎていく。いつまでガンヴォルトが持つか分からない現状。焦りがこの場を蔓延していく。

 

しかし、そんな状況の中、開かないはずの扉が、蒼き雷撃を纏い始める。

 

扉の前にいた技術班は突然の事にその場を離れる。

 

だが、その雷撃を見て誰もが息を呑んだ。

 

それと共にゆっくりと開かれる扉。

 

開かれた扉から少し冷たい空気が辺りを支配していく。

 

だが、その扉の奥から今まで眠っていたはずの人物が再び立ち上がり、ゆっくりと扉から出てくる姿を見て、誰もが息を飲み、そして涙する。

 

勿論その人物はガンヴォルトであり、先程まで包帯で巻かれた全てが解かれており、再起不能の傷を縫合した後も無くなり、傷がなかったように塞がっている。

 

「ガンヴォルトさん!」

 

装者達、そして未来がガンヴォルトへと飛び込んでいく。ガンヴォルトはそれを受け止めようとしたが、あまりの勢いにそのまま押し倒される。

 

「みんな…心配かけてごめん…」

 

無事で良かった、また起きてくれて良かったと五人が涙を流す。

 

それを落ち着かせるように何とか五人へと声を掛けてから落ち着くのを確認するとガンヴォルトは少し思い詰めた表情をしてさらに謝罪をする。

 

「ごめん…結局…ボクはアッシュボルトを…アシモフを止める事は出来なかった…それに…シアンも」

 

今度は悔しそうな表情をする。そしてシアンが奪われた事。そして何も出来なかった事を悔いている。

 

「分かっている。とにかく今はお前が無事で本当に良かった…心臓も停止していたのによく戻ってきてくれた」

 

弦十郎はそう言ってガンヴォルトの無事を喜ぶ。だが、それでもガンヴォルトは理解しているのだろう。今置かれた現状は、シアンをアシモフに奪われた事とこちらは更に窮地に立たされているという事を。

 

弦十郎は今日はガンヴォルトに、そして昨日から一睡もしていない装者達に休むように伝える。

 

まだ終わっていない。そして更なる窮地に立たされているからこそ、休める時に休まなければならない。

 

いつ襲いくるアシモフという、フィーネという組織に備えなければならないから。

 

未だ蔓延る脅威へと立ち向かう為に。

 



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41GVOLT

後日、弦十郎により召集をかけられたボク、翼、奏はとある部屋へと通された。そこは大きなモニターの設置された部屋で、モニターには現在の月の様子が映し出されていた。

 

「よく来てくれた」

 

「前置きはいいよ。それよりもボクが眠っていた間の事、何か分かった事を教えてくれないか?」

 

ボクは開口一番に弦十郎へと問いただす。アシモフはどうなったのか、シアンはどうなったのか、何故この三人だけなのか。

 

「…まず、俺もお前に聞きたい事がある。アッシュボルト…いや、アシモフについてだ。あの男は間違いなく、お前の元の世界の仲間であった男で、シアン君をあんな姿にした張本人である事は間違いないか?」

 

「…間違いないよ。あれはアシモフだ」

 

そしてその事実を再確認すると共に再びシアンを奪われた事を悔いて拳を強く握る。

 

「何故、ガンヴォルト同様にアシモフがこの世界にいるかは謎だ。そしてアシモフの目的。あちらの世界の事は俺達は何も分からない。だが、奴がこの世界でやろうとしている事は多分…」

 

「ガンヴォルトの元いた世界の延長に過ぎない…つまりはこの世界を壊そうとしていると考えてもいいだろう」

 

弦十郎はそう語る。その言葉通りだとボクも推測して頷く。だがそれ以上に元の世界がもうボクの知る世界ではないかもしれない。アシモフに野望によって作り替えられた事を思うとやるせ無い気持ちになる。それもかつての仲間であったモニカを、そしてそれ以外のフェザーに属していた無能力者すらも殺したとなるからであり、ボクの目指した能力者と無能力者の共存が無くなってしまったからだ。

 

「…旦那…つまりはウェル博士が言っていた月の落下による破滅からの人類の救済…あれも嘘だっていう事なのか?」

 

「そうであれば、F.I.S.も、ウェル博士もアシモフに利用されているという事なのですか?」

 

「…それは俺も分からない」

 

奏と翼も弦十郎へと聞くが、未だ推測の域でしかない事である為にはっきりと答えが出せない。

 

「アシモフの事だ…結局はウェル博士も他の協力者も利用して自身の目的が果たされれば、どうなるかなんてもう分かりきっている」

 

だがボクはアシモフの目的を知っているからこそそう言った。アシモフは変わっていない。ボクがここに来る前からの目的は何ら変わっていない。だが、分からない事が幾つもある。今までにこちらで再会してからボクに対して紛い物だと。それに何故あそこまでボクへと今までに向けた事の無い憎むような視線、言葉。何故あそこまで変わったのか分からなかった。

 

「だけどアシモフは何でボクを紛い物だと言っているのか…アシモフはあの後に何をしたのか…」

 

「紛い物…偽物だっていう事か…ガンヴォルトお前が何故そう言われる?アシモフは一体何を持ってお前をそう言うんだ?」

 

「分からない…何の事かさっぱりだよ」

 

一体何を知っているのか。何故そのように言うのかボク自身も全く理解出来ない。

 

「でも、止めなきゃならない。取り戻さないといけない。シアンを。アシモフが…フィーネ達が何を為そうとしているのかを」

 

「そうだ。何を知っているか分からない。ガンヴォルトの事を何故そこまで言うのか分からない。だがそれでも奴等がやろうとしている事は止めなきゃならない」

 

そしてボクが眠っている間にアシモフが、フィーネがやろうとしている事を話し始めた。

 

それはかつて了子が、本物のフィーネが月に向けて放ったカ・ディンギルによって軌道がズレた事による地球への衝突。そしてそれを生き残る為に行う全人類の選別。

 

明かされた事実。そしてかつて起こったあの出来事を、それを止められなかった事にボクはやるせない気持ちになる。

 

だが、それを後悔しても遅い事なんて分かっている。もう既に始まっているのならばそれを止める為に動くしかない。幸いにもこちらには装者がいる。ボクも何とか出来るかもしれない。そしてシアンを取り戻す。まだ何とか出来るかもしれない。

 

だが、弦十郎からボクにとってシアンを奪われた時と同様の絶望をまたボクは味わう事になる。

 

「…響君の事だが…響君はもう戦う事は出来ない…いや、これ以上響君にシンフォギアを纏わせるわけにはいかない」

 

「何でだよ、旦那!響も仲間だろ!それにもうあんなに元気になってるじゃねぇか!」

 

「そうです!こんな大変な時に立花を戦わせないなんて!」

 

奏も翼も弦十郎に向けて訴える。ボクはその理由を弦十郎に聞く。

 

「…響君は先の戦闘でネフィリムにより片腕、片足を損傷、いや欠損させられた」

 

「ッ!?そんな!?でも響は今五体満足だ!嘘じゃないのか!?」

 

ボクはその事実を知り声を上げる。だが、奏も翼もその事が本当とばかりに俯いている。

 

「…なら何で響は無事なんだ?欠損させられた腕と足をなんとか繋げたとしてもたった二日であそこまで回復するはずもない。それにあの時の響にその様子も無かった。一体何で…」

 

「俺達も詳しい事は分からん…だが、俺の予想であれば響君の体内に残るガングニールが作用していると思う」

 

そう言って弦十郎はシャーレに入れられた何かの欠片を見せてくる。ボクはそれを受け取るが何の事か全く分からない。だが、それと同時にモニターを切り替えて、ある画像をボクに見せる。

 

「ッ!?これが響!?」

 

そこに映し出されたのは運び込まれているであろう響の画像。だが、そこに映し出されている響はとても見てられない姿であった。

 

胸から突き破るように出ている謎の鉱石のような物。そして先程受け取った物がその一部だと把握し、そしてそれが何なのかも理解する。

 

「ガングニール…これがガングニールだって言うのか?」

 

「そうだ。響君の胸に宿るガングニールだ」

 

「何でこんな事になったんだ!どうして!」

 

あまりの酷い有様にボクは弦十郎へと叫ぶ。

 

「原因は恐らくアシモフとネフィリム。響君の腕と足の欠損、そして奪われたシアン君…そしてガンヴォルトの状態を知ってからであろう。かつての暴走時の事を考えるに響君が一定の負の感情、絶望が引き金となってガングニールがその絶望に呼応して響君の身体を侵食し、欠損した部位を復元させた」

 

その事を聞いて、更にボクは悔いてしまう。

 

シアンを奪うだけでなく、響にも行われた仕打ちに対して。そしてその引き金となったアシモフに。そして力及ばず、あそこで死にかけてしまった事に対して。

 

「…その影響で響君の身体は既にガングニールによって侵食されている。そしてその侵食が進めば進む程響君の身体はガングニールへと蝕まれていく。それがこの画像がそれを理解させてくれるだろう。そしてこれ以上シンフォギアを纏う事になるとガングニールは響君の身体を…」

 

弦十郎がそこで言葉を詰まらせる。既にこの場の誰もが理解している。それは響自身がガングニールとなってしまう。侵食しても響は無事なのかも知れない。だが、その保証はどこにも無い。だから弦十郎はこれ以上響に戦わせる事を拒んでいる事を知る。これ以上響の身体をガングニールへと侵食をさせない為に、人間として生きてもらう為に。

 

「そして響君の侵食を早め、暴走状態の響君により再起不能にさせられたネフィリムについてだが…あれはまだ完全に無くなっていない」

 

「ッ!?」

 

その言葉にボク以外、奏と翼が驚き、そして身体を震わせ、ボクのスーツの袖を握る。

 

突然の事で何故ここまで怯えるかが理解出来なかったので弦十郎へと問う。

 

「ネフィリムには完全聖遺物という点以外にも更に厄介な能力が判明している。それはお前が最も理解していて、予想し得ない能力だ」

 

そして映し出される五種類のネフィリム。そしてそこに映し出されたネフィリムの姿にボクは驚く。

 

そこに映し出されたネフィリムにはかつて戦い、倒したはずの能力者達の第七波動(セブンス)を操るネフィリムの姿が映し出されていたからだ。

 

亜空孔(ワームホール)残光(ライトスピード)爆炎(エクスプロージョン)生命輪廻(アンリミテッドアムニス)翅蟲(ザ・フライ)。かつて死闘を繰り広げた能力者達の第七波動(セブンス)を操るネフィリムの姿。

 

「…第七波動(セブンス)…ネフィリムは第七波動(セブンス)を操るというのか!?でも…」

 

だが、敵にアシモフがいる以上、あり得ない話でも無いと察する。だが、第七波動(セブンス)は特殊な力。それを複数操り、戦闘出来る事は可能であるのか?いや、可能だ。かつて戦ったアキュラのように。科学でそれを成した少年もいる。

 

「…ネフィリムは聖遺物を喰らう特性がある事はウェル博士によって語られた」

 

「何処で手に入れたかは知らないけど、アシモフは七宝剣の因子を持つ宝剣を喰らわせていた。そしてそれが今のネフィリム…」

 

語られた事はあまりにもこちらへと不利に追い込む事実。

 

「だが、ネフィリムは既に響が倒した」

 

「響が?」

 

だが、その不利な状況を響が何とかしてくれたようだ。そして映し出される白くなり、形状を変えたネフィリムの姿。それは二課内部の画像であり、既に回収された事を意味している。

 

安堵するとともにその影響で響にとてつもない負担を、彼女をつけてしまった事に悔いる。

 

「だが、ネフィリムはまだ生きている。これは響君が倒した後爆発して響君を守るように白くなったネフィリムの残骸だが、こちらには全くと言っていいほど聖遺物特有のアウフヴァッヘン波形が検出されなかった」

 

だが、絶望は終わらない。ネフィリムが無くなっておらず、未だ生きている。それがどれだけ厄介であるかは戦った事はないが、同様に力を使う少年と対峙したからこそ理解している。

 

「まだ不利な状況は変わらない。そして今以上にお前達に負担を強いる事になる」

 

響という戦力がない状態でフィーネ、そしてアシモフ。それと戦わなければならない状況。だが、それでもやらなければならない。

 

「分かっているよ。それにボクは元より何があろうと戦い続ける。アシモフを倒す為に、シアンを取り戻す為に。そして更なる悲劇を生まない為に」

 

ボクは自身の覚悟を口にする。元より帰る為の鍵はアシモフが持っている。そしてシアンを。どんな世界に変わってしまったとしても、ボクはあの場所に戻らなければならない。その過程の順序が変わってしまっただけだ。

 

そしてもう迷わない。今まで抱いた迷いを捨て去らねばならない。もう話など出来るような男ではない。アシモフはもう止まらないだろう。だからこそ、前の戦いで抱いた少しでも説得出来ると考えていた事を捨て去る。

 

「未だネフィリム、そしてソロモンの杖。装者。未だ敵戦力は健在だ。こちらが不利だからという事など構わずに襲いくるだろう」

 

負けられない。負けて仕舞えばもう次は無い。もう誰も犠牲を出させない為に。もうアシモフの野望を成就させない為にも。

 

背水の陣を敷かされた以上、もうどうする事も出来ない。

 

だが、シアンを失った今、本当にボクはアシモフに敵うのであろうか?今の蒼き雷霆(アームドブルー)で本当に戦えるのであろうか?

 

不安は残る。今まではアシモフの電磁結界(カゲロウ)はシアンによる強化で突破出来た。だがシアンを奪われた以上、出来るが分からない。

 

考え事をしている間にも、弦十郎は次々と奏と翼へと指示をして、次に備えていく。

 

「報告は以上だ。奏と翼はここまででいい。後はガンヴォルトに話す事がある。二人は席を外してくれ」

 

そう言われて反論しようとする二人だが、弦十郎の表情を見てそれは変わらないと悟ると、部屋を出て行った。

 

「どうして二人だけ?」

 

「二人に聞かせられる内容では無いからな。この話は二人には聞かせたく無い」

 

そう言うと弦十郎はボクへと向けて言った。

 

「ガンヴォルト…もう分かっていると思うが、事態は既に深刻だ。もうこれ以上被害を出さない為には勝つ以外方法はない」

 

その事は既に理解している。だからこそ、確認する為に弦十郎は言っている。

 

「ガンヴォルト…お前にはもうあれ以来…紫電以降、させたく無かったが…事態がここまで酷くなってしまった、ここまで来た以上構ってられないんだ…国も…そして諸外国からもお達しが来た」

 

どこか重い雰囲気を纏う弦十郎。どうして二人を出したのか、この雰囲気でボクは察した。

 

「…分かっているよ」

 

「帰る手段が無くなるかもしれない…それでもアシモフを止めるにはそれしか無いんだ…」

 

「分かっているよ…でも、そうするしか方法はないんだ…ボクはそれでも構わない…もうこれ以上この世界を脅かされるくらいなら…帰る手段はまた別に考える」

 

そしてボクは弦十郎が二人を外した理由などを言わなくても理解しているからこそ、口にした。

 

「アシモフは必ずボクが殺す。もう話し合いや捕らえるなんて言ってこれ以上被害を出さない為にも」

 

出来るか分からない。帰る方法がまた遠ざかるかもしれない。だが、それ以上に響の様に装者達を、未来を、二課のみんなを、そしてこの世界の人達を。アシモフのせいで失うのが辛い。

 

だが、それ以外の方法はあまりにも難易度が上がる。シンプルに考えるならそれしか無い。

 

「…すまない…お前には重いものを背負わせてしまう…」

 

「…いいや、奏や翼、クリスに響にはそんな事させられないよ。それにボクの手はもう汚れている…それに元からボクはそんな役回りには慣れてるよ」

 

そう言ってボクは自身の手を見る。手は汚れていない。だが、ボクの視界に映る手には血により濡れて赤く染まって見える。

 

「シアンを取り戻せるならもう構わない…それにもうアシモフを許せないから…」

 

その血により赤く濡れた手を握り、ボクは弦十郎に誓った。

 

「…本当にすまない…」

 

そして弦十郎はボクへと向けて申し訳なさそうに、そして悔しそうに言った。



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42GVOLT

あれから後日、秋桜祭の終わった校内の庭園で装者である四人が集まっていた。

 

「ご迷惑おかけしてすみませんでした!何ともないという事で私もこれから復帰します!」

 

集まった四人は響が無事学校への復帰、そして装者としてまた復帰すると宣言を聞いていた。

 

「全く、心配掛けやがって。まあでも無事で良かった」

 

クリスは響が無事復帰した事を快く迎え入れる。だが、奏と翼は複雑な表情をしている。

 

響の状態を知っているからだ。既にこれ以上ガングニールを纏う事が出来ない。纏う事になるとガングニールに響が侵食されていく事実を知っているからこそ、学業に復帰した事は嬉しいのだが、戦う事から遠ざけるのにどの様な言葉を掛ければいいのか分からなくなってしまう。

 

「二人とも…どうかしましたか?」

 

「なんだよ、二人揃って。この馬鹿が復帰したのになんでそんな顔してるんだよ?」

 

事情を知らない響、そしてクリスは二人に対してそう言った。

 

なんて言葉を掛ければいいのか。どう響を戦いから遠ざければ良いのか。悩み苦しむ。二人にも知って置かなければならない。事態が深刻である以上、響にもう戦わせなくてもいいように、シンフォギアを纏わない様に伝えなければならない。だが、それが響にとってどれだけ悲しい事であり、辛い事なのか分かるからこそ、言葉が出ない。

 

「…」

 

「その事なんだけどな…」

 

年長者である奏が勇気を振り絞って響の身体が今どうなっているかを話し始めた。

 

今の響の身体の事を。響が今どんな状態であるかを。そして、これ以上ガングニールを纏えば響がどうなるか分からないという事を。

 

「嘘だろ!?」

 

「…」

 

驚くクリスに対して、知っていたかのように暗い表情をする響。

 

「…なんとなくですけど…分かっていました…あの時腕と足が食べられたのに、まるで何事もなかったようになっていましたし、私が起きてから二課のみなさんがその事を相談していたのを聞いてしまいましたから…でも、それでもやらないとダメなんです…これ以上悲しい思いをする人がいなくなるように…私もあの子達を…マリアさんを…シアンちゃんを助けたいんです!」

 

響は知っていた。自分がどんな状況になっているのかを。そしてそれでも尚、戦う意思が折れていないという意思をはっきりとさせて。

 

「ッ!?」

 

翼も奏もその事を知っているのに未だ戦おうとする意思に驚き、そして怒りが込み上げてくる。

 

「だったら、なんで復帰しようとするんだよ!響はもうシンフォギアを纏っちゃダメなんだぞ!これ以上纏えば響がどうなるか分かったもんじゃないのに!」

 

「ッ!分かっているのか立花!これ以上シンフォギアを纏えない!纏えばどうなるか分からないのだぞ!」

 

奏も翼もそれでも戦おうとする響を叱責する。だが、それでも響は意思を曲げない。

 

「私は…私はそれでも何とかしたいんです!」

 

「だから!響は戦っちゃダメなんだよ!」

 

奏も響へと叫ぶ。響のために。これ以上響がガングニールに蝕まれないように。

 

だが、それでも響は首を横には振らない。

 

「シンフォギアを纏えないのにどうやって戦うと言うの!」

 

「シンフォギアはまだ纏えます!私の歌でまだ何かを助ける事が出来ます!だから!」

 

響が一歩も引かず、翼へと反論する。自身を犠牲にしてでも何かを救おうとする姿勢は尊敬は出来る。だが、それ以上に自身を顧みずに戦おうとするその事が許せなかった。かつての翼のように。自身の命を賭そうとするその意思が翼の逆鱗に触れた。

 

「えっ?」

 

「おい翼!?」

 

「いきなり何してんだよ!」

 

響は突然の事に目を白黒させ、そして翼の行動に奏とクリスは驚く。

 

翼は響の頬をぶったのだ。

 

「貴方はかつての私のような過ちを犯して欲しくない!それなのに…それなのに!何故分かってくれないの!」

 

クリスと奏は再び響へと手をあげようとする翼の間に入り、それを止めた。

 

「おい、落ち着けよ!手をあげるなんて何考えてやがる!」

 

「翼!いくら何でもそれはダメだろ!」

 

奏とクリスは何とか翼から響を離す。だが、それでも響へと怒りが収まらないのか響に向けて怒鳴る。

 

「貴方はどうしてそうやって後の事を考えないの!私だってあの時のせいでどれだけ後悔したか知っているのか!私はあの時、ガンヴォルトを!みんなを悲しませてしまったように、貴方は小日向を悲しませようとしているのだぞ!そんな事、私は絶対に許せない!同じように小日向を悲しませようとするな!」

 

響はそう言われて自分のしようとしている事がかつての翼が絶唱を使いクリスを止めようとした時の事を思い出す。

 

あの時も翼が絶唱を使い、ボロボロになって死ぬかもしれない状況になった事で、ガンヴォルトがとても辛そうにしていた事を。そして同じような悲しみを自身の親友の未来にも背負わせてしまうかもしれない事を考えてしまった。

 

「貴方だって分かっているなら!纏えないと分かっているのなら、何故悲しい結果の方へと向かおうとするの!貴方の行動は尊敬する!でも、その行動の結果どれだけ悲しむ人がいるかくらい理解しなさい!この場にいる私も奏も雪音も!ガンヴォルトも二課のみんなも!貴方に無事でいて欲しいからそう言っているのよ!それなのに貴方は!」

 

翼にそう言われて何も言えなくなる。自身の行動は本当に間違っていない。だが、その結果は本当に正しいかを。もし事が収まり、フィーネを、アシモフを倒し、シアンを取り戻す事が出来たとしても、そこに自分がいなかった時の事を。

 

翼もまだ何か言おうとしているが、それ以上言わせないと奏とクリスが響から遠ざけていく。

 

「響、悪いけど一旦話はここまでだ!だけど、翼のやった事は間違っているが、響を心配しての事なんだ!だからしっかりと考えてくれ!」

 

「あーもう暴れんじゃねぇよ!とにかく落ち着けよ!」

 

そう言ってクリスと奏は未だ響へと何かを言いながらその場を去って行った。

 

残された響はただ、翼にぶたれた頬に残る痛みと心にグサリと刺さった言葉にただ自分はどうすればいいのか考える事しか出来なかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

カ・ディンギルの址地。そこでは一課、そして二課の技術班が忙しなく何か残っている物、アシモフ含めたフィーネに繋がる痕跡を探していた。

 

だが、その中。目に見えない何かが動いているのに誰も気付かない。

 

(全く、こんな事になろうとはな…)

 

忙しなく動く作業員を躱して目的の物を探していく。

 

災難(アクシデント)は起こるものだが、計画(プラン)に影響がある事だけは本当に困ったものだ…)

 

そしてネフィリムが倒された場所に着いたのだが、あまりに多い作業員達にその場が全く見えない。

 

(殺すか?いや、この場に装者を呼ばれてネフィリムを回収出来ないのが困る。これを見るにネフィリムの心臓を回収はされていないだろう、回収していたとしても、既にここにある本部も盗聴してある)

 

予想外であった響の聖遺物に宿る電子の謡精(サイバーディーヴァ)。本物ではなく、恐らくこちらが奪った電子の謡精(サイバーディーヴァ)の残された残滓の力であろう。奪おうにも聖遺物の中に残る物はどう取り除けるか分からない為に、危険を冒してやる必要もないと考える。それに、持っているのが響だけとは限らない。奏、翼、そしてクリスも持っているとなると流石に厄介だ。そしてガンヴォルトとは別に厄介な存在と認識した弦十郎。あの男も来ると考えると少しばかり、苦戦を強いられるだろう。

 

(ようやく揃った所であるが、また回収とは…つくづく私には運がない様だ…だが、奴という私の最大の障害であり、私自身の作ったいなくなった事で動きやすくはなったな)

 

ようやく、ネフィリムのいなくなった場所まで潜入出来たアシモフは誰からも気付かれる事なく、その場を観察する。その場は爆心地となっていたのか、クレーターが出来ており、その中心は何か守る様に一部だけ残った場所がある。

 

(やはり、何らかの拍子でセレナ・カデンツァヴナ・イヴが目を覚ましたのか…そうなるとネフィリムの身体を一瞬だけだが指導権を奪い、動かして立花響を守ったとでもいうのか?)

 

すぐにその場にネフィリムの心臓がないと悟るとその場を後にして考える。

 

セレナの覚醒。必要な事であったが、予想外の時に起きた事に少しばかり誤算だと考えるが、心臓のみとなったネフィリムではセレナでももうどうこう出来る事もないだろうと考える。

 

そして目的のネフィリムの心臓が何処にあるかを考える。アシモフは爆心地からある程度計算をして推測を立てる。ネフィリムは最後に響の前に現れた。多分、あの拳でネフィリムは身体を貫かれた可能性がある。そうなるとその拳は多分ネフィリムの心臓付近を貫いたであろう。

 

そうなるとそこから爆発したとなると響にいた場所へ向かうとは考えにくい。

 

そうなると爆発して向かう先はカ・ディンギル。聳え立つただ立っているだけの塔。アシモフはある程度飛んだ場所を予想してカ・ディンギルへと向かう。

 

カ・ディンギルの周りにも人集りが出来ているが、居るのは殆ど亀裂の近く。それはアビスへと続く道の入り口であり、ガンヴォルトの死体があった場所へと行く場所だけであった。

 

(全く、笑えるものだな。紛い物の死を知りながら必死に私達の痕跡を探す貴様達がな)

 

見えない事を尻目にほくそ笑むアシモフ。そしてアシモフはカ・ディンギルの周辺を捜索する。

 

だが、辺りは何一つ落ちてはおらず、ネフィリムの心臓は見当たらない。

 

(別の場所まで飛んで行ったのか?いや、それはあり得ない。爆心地を見るにそこまで遠くへと飛ぶ事はないはず…)

 

見つからないネフィリムの心臓に少し苛立ちを覚える。だが、何の運命なのか、アシモフの目の前に何かが落ちてくる。

 

それは探し求めていたネフィリムの心臓である。

 

(そうか…ネフィリムの心臓はカ・ディンギルの外壁に突き刺さっていたか…だが、探す手間が省けた。こうも事がうまく進むとはな)

 

周囲に気付かれる事なくアシモフはそれを拾うと拾った心臓はアシモフと同様に迷彩がかった様に消えていく。

 

(これで全て揃った。あとは他の捜索をしているDr.ウェルを回収すれば終わる。セレナ・カデンツァヴナ・イヴの覚醒、そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)、ネフィリムの心臓。残るはフロンティアのみ…待ち遠しいな…ようやく全てが整った…この世界に来て七年もの月日が経った…長かったよ、本当に…そして私の本来の目的が叶うまであと一歩だ…だがまだ不安要素は尽きない…)

 

アシモフはその手に握るネフィリムの心臓を見ながら思う。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)に適合し、最も扱い易いからこそ、私はセレナ・カデンツァヴナ・イヴを選んだが、本当に適合するかどうか…まあいい、出来なければ変わりはまだ二人いる…)

 

そう思うと同時にアシモフはカ・ディンギル址地から去っていく。不穏を抱きながら。

 

◇◇◇◇◇◇

 

マリアは治療されたナスターシャを一人で看病していた。アッシュボルトとウェルはネフィリムの回収、そして切歌と調はウェルの警護で外に出ていた。

 

「…マリア…心配を掛けてしまいましたね」

 

ようやく目を覚ましたナスターシャはマリアへとそう告げる。

 

「マム!良かった…本当に良かった…」

 

マリアは起き上がるナスターシャの無事を喜んで涙を浮かべる。

 

「…マリア…切歌と調は?」

 

「アッシュボルトとウェルに連れられてネフィリムの捜索をしているわ」

 

「そうですか…」

 

マムは何処となく不安そうな表情をする。マリアもナスターシャの気持ちを理解しているからこそ、マリアも表情を暗くする。救いなのが付いているのがアッシュボルトではなくウェルという所。ウェルならば何かあれば二人なら何とか出来るからであるが、それでも外道と一緒にいるのは心配の種であった。

 

「マリア…アッシュボルト…いえ、アシモフの事についてですが…」

 

「アシモフ?」

 

ナスターシャから聴き慣れない名前を聞き疑問符を浮かべる。

 

「アシモフ…それがアッシュボルトの本名です…そして少しだけですがアシモフの目的が分かりました…」

 

そう言ってナスターシャは何か取り出す。それはレコーダーであり、そのまま音声を再生させた。

 

それはアシモフとガンヴォルトとの会話。

 

「マム!これを何処で!?」

 

「あの外道を完全に信用はしていません。だからこそ、神獣鏡(シェンショウジン)の技術をドローンに組み込んでアビスへと送り込んでいました」

 

アシモフに気付かれる可能性もあったが、それでもナスターシャは決行した。アシモフの本当の目的を知る為に。何故あの様な人の道を外れた行動をするのか知る為に。

 

そして数多くの銃声と雷撃の音。そしてそれが終わると共にガンヴォルトの声が入らなくなり、アシモフの高らかな声が入る。

 

『ははは!これで邪魔者はいなくなった!さあ、ここからだ!ここからようやく私の目的が始まる!』

 

それはガンヴォルトが殺されたという言葉であった。マリアはガンヴォルトは計画の障害と認識していたのだが、アシモフにより殺されたという事を知り、居た堪れなくなる。殺しだけはしたくなかった。それにマリアはガンヴォルトに少しだけ恩がある。ガンヴォルトにアッシュボルトの狙撃から守られた。そして切歌と調から聞いた虐殺を止めた事で少なからずだが、感謝していたから。

 

だが、それでも敵であるからその情を持ってはいけないと分かっている。だからごめんなさいと思うだけでそれ以上は考えない様にした。

 

そしてまだ音声は続き、先日同様の言葉をアシモフはまた発した。

 

『さぁ、これで私の計画に必要なものは全て揃った!あとはネフィリム…いや、セレナ・カデンツァヴナ・イヴ!貴様が電子の謡精(サイバーディーヴァ)に適合すれば整う!ああ、待ち遠しいぞ!GV!また貴様と会い見えるのがな!今度こそ、私に尽くしてもらおう!託した願いを成就していれば構わん!だが、違えているのならば、貴様の意思など消し去り、私の願いのままに傀儡となってもらおう!』

 

最後の言葉などよりも先日に言っていた大切な妹の名前。そしてそれを何かに利用しようとした事を知り、アシモフに怒りが込み上げる。

 

「ッ!?あの外道!」

 

マリアは怒りで拳を強く握る。

 

「…何故セレナの名前をあの男が…アシモフが知るのか分かりません…でも、この言葉から、ネフィリムの中でセレナがまだ生きているという可能性が出ました」

 

「…知っている…私もその事は先日、アッシュボルト…いいえ、アシモフが独り言を呟いていたのを聞いたわ…でも確証が得られなかった…確信が持てなかった…でもこれを聞いてはっきりした…あの外道は私の大切な家族すらも利用しようとしていた事を」

 

マリアは怒りを露わにしてナスターシャへと言った。

 

「私はあの外道とはこれ以上関わらない!大切なセレナを!家族を何かに利用しようとするあの外道には!」

 

ナスターシャへと向けてそう告げた。だが、不安がマリアの中には残る。

 

「でも…いずれ私はフィーネになってしまう…そうなればセレナの事を…忘れてしまう…もうこの手でセレナを抱きしめたりする事が出来なくなってしまう…」

 

それは自身に宿るフィーネの魂。それがいつ目覚めるのか分からない。それにかつてフィーネはあの外道と協力していた。いつフィーネになってしまい、セレナを利用してしまうんではないかという事がマリアにとっては不安なのだ。

 

「マリア…もうあの男達とはこれ以上協力をしません…別の方法を考えて移りましょう…それに…マリア、貴方は…」

 

ナスターシャがマリアへと何か言おうとした瞬間にアラームが鳴り響く。

 

「今度は何!?」

 

それはウェル、そして切歌と調に何か起こった時になる警報。ネフィリムの心臓を回収しに行った三人が戦闘を開始した事を知らせるものであった。



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43GVOLT

秋桜祭が終わり、いつも通りの日常へと戻った学園の帰り道。

 

「秋桜祭が終わってまだ一週間も経ってないのに、あんなスピードで授業するのかな…付いていけないよ」

 

弓美がそう呟いた。

 

「仕方ありませんよ。ただでさえ、新校舎への移転に復興での休校で通常よりも進みが遅いんですから」

 

「そうだよねー、付いていくのがやっとだよ」

 

詩織が弓美へと言ってそれに乗る様に創世も言う。

 

だが、一緒に帰る響はさっきからずっと考え事をしているのか何の反応もない。

 

「…」

 

三人も、そして一緒にいる未来も響が休み時間から帰ってずっとこんな状態である為に心配になっているのだが、何を聞いても大丈夫や平気と言って何も話してはくれなかった。

 

「響、本当に大丈夫?」

 

未来も何度も言った言葉を再度響に問いかける。

 

「…うん。大丈夫だよ…」

 

いつもなら明るく、隠していても空元気で答えるのだが今回の響は余りにも違う事に四人は戸惑う。そして心配になってしまう。

 

「あーもう!ビッキー暗い!ビッキーがそんなんじゃヒナも私達も暗くなるでしょ!」

 

そんな響に対して我慢の限界に達した創世が頭を掻きながら叫んだ。

 

「そうやって一人で背負い込むのはビッキーの悪い所なんだって!ビッキーの今悩んでいる事がどんな事なんて私達には分からないけど、私達だって少しくらい力になれるかもしれないじゃん!」

 

創世が響に向けて叫んだ。

 

「そうですね…今回ばかりは言う通りですよ。私達だって立花さんがそんなんじゃ悲しくなってしまいます」

 

「そうだよ!立花さんがそんなんじゃ調子狂うじゃない!話せないのは仕方ないかもしれないけどさ!相談くらい私達でも受ける事だって出来るんだよ!」

 

詩織、弓美も浮かない表情をする響へと向けてそう言った。

 

「…そうだよ、響。私達には響や皆みたいに特別な何かがある訳じゃないけど、相談くらいなら乗れるんだから」

 

みんな響を心配して、そして親身になって聞こうとしてくれた。

 

響は嬉しくもあるが、自身の事を告げる事はそれはそれで皆を悲しませてしまうのではないかと不安になる。そしてそれ以上に自分が自分じゃなくなってしまった時、最も悲しませてしまうんではないかと。だが、それでもここまでしてくれる友人が、親友がいる事にそこまで黙ったままでいる自分もダメだと感じる。

 

話そう。今置かれている。自分の身体がどうなってしまっているのかを。

 

決心した響は話し始めようとする瞬間、何処からか拍手が響いた。

 

「素晴らしいですね、友情とは。この中の誰とも親しくない僕ですら震えてしまうほど心に響きましたよ」

 

「ッ!?」

 

響はその声に反応してすぐにそちらを向いて警戒する。

 

そこにはソロモンの杖を携えたウェル。そしてその後ろには切歌と調の姿があった。

 

「ウェル博士!」

 

「まさか、こんな所で会うなんて思いもしませんでしたよ、立花響さん」

 

「どうして貴方達がここに!?」

 

「いやはや、アッシュからもう目的の物を見つけた帰りでしたが、あんな遠くからでも聞こえる美しい友情を聴いていても経ってもいられなくなりましてね」

 

何処か楽しそうに笑うウェル。その不敵な笑みに不気味さを感じる五人。初めて邂逅する四人は何の事か分かってはいないだろうが、目の前のウェルの不気味さに後退りする。

 

「おっとすみません。知らない人に話しかけられてこんな事を言われたらそうなることもわかりますが何の心配も要りませんよ」

 

そしてそんなウェルに対してゲスを見る様な目をする切歌と調。

 

「なんせ貴方はここで死ぬんですからね!アッシュに必ず立花響を殺せと言われてましてね!こんなチャンスが目の前にあるのならばやらないとダメですからね!」

 

そう言うと同時にウェルはソロモンの杖を翳してノイズを大量に召喚した。

 

「ッ!未来!皆を逃げて!」

 

響はそう叫んだ。何で皆がいる時に現れるのか。タイミングが悪すぎる。もう纏ってはならない。そう言われていたが、自分よりも皆を助けたいと考える響は聖詠を歌おうとする。

 

だが、その前に大きな竜巻が目の前のノイズを蹴散らして行く。

 

「心配して付いて来ておいて良かったよ…それにあんたがここにいるなら尚更な!」

 

竜巻が収まり、そしてその先を見るとガングニールを見に纏い、槍をウェルに向けて構える奏の姿があった。

 

「響!お前はその子達と一緒に逃げろ!ここは私が何とかする!」

 

そう言って奏は槍を構えるとウェルの元へと駆け出した。

 

「全く、邪魔が入りますね。まあいいでしょう、装者には装者をぶつける。貴方達の出番ですよ」

 

そうウェルが言うと何処か不服そうに聖詠を歌い、シンフォギアを纏うと奏と衝突する。

 

奏とぶつかり合う切歌と調。鎌と槍、そして刃鋸が火花を散らす。余波が空気を震わせる。

 

「奏さん!」

 

「ダメだ!響!お前は逃げろ!」

 

二人を相手取る奏が叫ぶ。

 

「逃がす訳ないでしょう!立花響!貴方にはここで死んでもらうんですから!」

 

そう言ってウェルがノイズを響達の前に出現させる。

 

だが、それに気付いた奏は二人を吹き飛ばして響達の前に出現したノイズを薙ぎ払った。

 

「逃げろ!響!今のお前は戦ったら駄目だ!」

 

奏は響達の前に立ち、近くノイズを薙ぎ払う。

 

「全く、情けないですね。数はこちらが有利だと言うのに一人の足止めも出来ないんですか」

 

「うるさいデス!だったらあんたかやってみたらいいデス!」

 

「あっちの装者で一番の強敵なのに!何を言ってるの!」

 

ウェルが切歌と調にそう言い、ムカついた二人がウェルに叫ぶ。彼方はどうやら連携が取れていない。だからこそ、響達へと逃げる様奏は言う。

 

「響!奏さんの言う通り、ここは逃げよう!」

 

未来はその隙とばかりに響へと言った。未来の言う通り、ここは逃げるのが正解かもしれない。だが、それでもウェルとノイズ。そして切歌と調がいる。

 

奏一人で何とかなるのか?確かに奏は強い。響よりも、クリスよりも、翼よりも。だが、それはノイズに対してであり、もしウェルがまたあの赤いガスを使ってしまったら…

 

しかし響は戦えない、いや戦えるが、それ以上に自身の身が危険になる為に戦うという選択肢を取れない。

 

「行け!響!」

 

奏の叫びに響は未来に手を引かれながら走り出した。

 

奏を一人戦わせる事に申し訳なさを感じながら。そして自分が戦える力を持ちながらもう戦えないと言う自分の不甲斐なさを感じながら。

 

それを見た奏は己が武器を構え、ウェルへそして切歌と調へと駆け出す。だがその瞬間にウェルは不敵に笑みを浮かべる。

 

「だから!逃がさないと言ったでしょう!」

 

ウェルはそう叫ぶ。その声と同時に響達五人が逃げ出そうとした道に亀裂が入ると地面から突き出る様にノイズが大量に現れる。

 

五人はその夥しい量のノイズが目の前に現れた事に恐怖する。響と未来の前を先に走っていた三人は自身の身に晒された恐怖に足が竦み、その場で尻餅を突いてしまう。

 

「テメエェ!」

 

「ッ!?何をしてるデスか!」

 

「関係ない人まで巻き込もうとするなんてどういうつもり!?」

 

「関係ない!?そんな人、今この場には存在しませんよ!大体、僕が立花響だけを殺すと言いましたか!?言ってないですよね!それに貴方達もいい加減理解しなさい!いずれやらなければならない選別!それがただ早まっているだけなんですから!」

 

そうウェルが言うと切歌と調は苦い顔をする。だがそんな事を今は奏にとって関係ない。響を救わなければならない。未来もそれに他の人達も。

 

だから奏は二人を背に響達の元へと駆け出す。

 

二人は慌てるが動こうとしない。だが、それをウェルが許しはしない。

 

「全く!守る為に着いてもらってきたのに何の役にも立ちませんね貴方達は!」

 

少しイラついたウェルがそう叫ぶと奏へと向けて何かを投げ付ける。

 

奏はそれを斬りつけるがそれが悪手であった。

 

奏が斬りつけた何かは破裂すると共に赤いガスが噴き出て奏を覆う。それと同時に奏の纏うシンフォギアの出力が落ちて動く事すら出来なくなる。

 

「クソッ!響!未来!」

 

奏は襲われそうになる響達へと叫ぶ。だが、ノイズ達は容赦なく襲い掛かろうとする。

 

絶体絶命。

 

しかし、その中で響だけは意を決した様に襲われそうになる三人の前へと駆け出して歌を歌う。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

そしてその瞬間に響はノイズ達の前に立ち塞がると同時に光に包まれ、その光が辺りのノイズを消し去る。

 

「纏っちゃいけない…戦っちゃいけない…分かっているけど…目の前で誰かが…友達が居なくなる様な状況で何もしないなんて出来ない!私は逃げちゃいけないんだ!もう迷っちゃ駄目なんだ!」

 

目の前に居るノイズを蹴散らしながら響は叫んだ。

 

己の身体が変わっていこうとしていても、誰かを助ける為に響はガングニールを纏い戦う。

 

「馬鹿野郎…」

 

奏は再びあれ程注意していたのにも関わらず纏う響へと。そしてそんな響にガングニールを纏わせてしまった自分へと向けて重くなった身体をなんとか起こし呟くと同時にもう起こってしまった事を直ぐ様終わらせる為に駆け出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「…」

 

切歌と調はそんな二人を眺めながらどうすればいいか考えていた。

 

倒すべき敵。しかし、倒して仕舞えば背後にいるウェルは何の躊躇いもなく、逃げようとする民間人を殺そうとするだろう。

 

いずれそうしなければならないと考えている切歌と調だが、この手で人を殺してしまうと考えるとどうしても動けなくなってしまう。覚悟したはずなのに。いずれ自分達は恨まれる事を覚悟していたはずなのに踏み出せないでいた。

 

正しい事をしている。外道とも手を組んでてもしなければならない事。だが、それが。自分達が行おうとしている敵を倒す事が本当に正しいのか分からなくなってしまう。

 

ノイズを使い、人々を選別として殺そうとする事が本当に正しいのか。外道と共に世界を救おうとする事が間違っているのか。

 

「何を突っ立っているんですか、二人共。敵は死にたいと何か爆弾を抱えてシンフォギアを纏おうとしなかった立花響。倒すべき対象を目の前にして何を躊躇っているんですか?先程も言った様に本当に世界を救うつもりがあるんですか?」

 

気付けばイラついたウェルが切歌と調に近付いており、そう言った。

 

「…殺す事以外で解決は出来ないんデスか…」

 

「別に殺さなくても戦闘出来ない様にすればいいんじゃないの?」

 

「はぁ…本当に貴方達は世界を救いたいんですかね…そんな覚悟もないままやろうとしているなんて貴方達はふざけているのですか?」

 

二人へとウェルは冷たい視線を向ける。

 

アッシュボルト同様の冷たい視線に切歌と調は身体を震わせる。

 

「まあ、まだ貴方達には少しは利用価値があります。よかったですね、一緒なのがアッシュじゃなくて僕で。アッシュなら君達二人なんてガンヴォルト同様に殺していたかもしれませんよ」

 

その瞬間に切歌も調も息を飲む。

 

ガンヴォルトが死んだ。敵であるがマリアをアッシュボルトの凶弾から守り、数日前の虐殺を止めた男の名前。

 

世界を救う為に最も警戒しなければならない男であるが、ガンヴォルトの死に対して切歌と調は悲しいと感じる。

 

なぜそう感じるのか分からない。

 

だが、ガンヴォルトが死んだという事はほぼ計画が上手くいく事を意味している。それなのに切歌と調はどうしても嬉しいなどという感情は浮かばなかった。

 

これは正しい行いのはず、いずれ滅んでしまう世界を救う為のはずなのに。

 

「…呑気にしている間に、ノイズが一掃されてしまいましたか…それに民間人にも逃げられましたか…貴方達が呑気にしてるからこうなっているんですよ?まあ、あの二人だけは始末出来る可能性があるのは幸運ですが」

 

切歌と調が考え事をしている間にも、ウェルが召喚したノイズ達は完全に倒されており、辺りに散らばるノイズであった炭の塊の奥に響と槍を支えに立っている奏が見える。

 

「もう止めて!切歌ちゃんも調ちゃんも!その人達の言う事を聞いていたって誰も救われないよ!マリアさんだってそうだよ!」

 

「あんた達がどれだけ苦しむ人を増やしているのか分かっているのか!」

 

響と奏が切歌と調にそう叫ぶ。確かに苦しめる人を増やしている事は自覚している。だが、それは終末を回避する為であり、仕方ない事。そう思ってもどうしても迷いが生じてしまい、武器を握る手から力が抜ける。

 

「敵の事に耳を貸すなどあってはなりませんよ。世界を救う為なんです。正しいのがどちらなのか自分達の中でとっくに決まっているでしょう」

 

ウェルが背後でそう言う。

 

正しい。この行動はテロ行為だと言われてもいずれは正しいと思われるはず。そう自分達に言い聞かせるが、それでも浮かんでしまった迷いが判断を鈍らせ、武器を握る手に力を入らなくさせる。

 

「全く、本当に使えない。それなら」

 

ウェルがそう言うと切歌と調の首筋に何かプスリと鋭い痛みを与える。

 

「ッ!?何をするデス!?」

 

「粗悪品のLiNKERですよ。貴方達が余りにも使えないもので打ち込みました。安心してください、普通のLiNKERと効力は変わりません。しかし」

 

ウェルの言葉共に身体が千切られそうな程の痛みを生じさせる。

 

「通常のLiNKERよりも出力を大幅に強化するものですが、それと引き換えにその出力を使い切らなければ身体に酷い痛みを伴い、下手したら死ぬかもしれないですがね」

 

「外道!」

 

調は痛む身体を抱えてウェルを睨みつける。だが、それ以上に湧き上がる力に身体が耐えきれずに痛みが全身を駆け巡る。

 

「それを抑える為には絶唱しかありませんよ。それに、その出力をぶつけるのにうってつけの人達がいるじゃありませんか?」

 

そう言ってボロボロの奏と響に目を向ける。

 

身体中が軋みを上げて耐えきれない。もう言う通りにするしかないと考える二人は諸刃の剣である絶唱を歌う。

 

「ッ!?止めろ!その歌は!」

 

奏がその歌を聞いて叫ぶ。奏はその力の代償を知っている。だからこそ叫ぶ。

 

「そんな事したら二人共大変な事になっちゃうよ!?」

 

響もその威力、そしてその後の事を知っているからこそ止めようとする。

 

だが、切歌と調は歌う事をやめない。こんな事をしてはただじゃ済まない事は理解している。だがそれ以上にこれ以上の苦痛を味わわなくていいように、抜け出せるように歌う。

 

ボロボロの奏は止めようとすると上手く身体が動いてくれず、崩れ落ちる。だが、響は動き、それを止めようと切歌と調に接近する。

 

「させませんよ!」

 

ノイズが響の前へと出現して近付くのを阻止する。

 

そして苦しみながら歌い切った絶唱は二人の周りへとフォニックゲインを収束させて莫大なエネルギーの塊を生み出す。

 

「さあ、終わらせましょう!立花響を!天羽奏を!僕達の目的が完全に遂行出来るよう今この場で!」

 

そう叫ぶウェルの言葉に不服ながらも切歌と調は接近しながらノイズと戦う響と倒れる奏へとエネルギーの塊を向ける。

 

「駄目ぇ!」

 

だが、その向けたエネルギーの塊をノイズを振り切った響が触れた。

 

その瞬間にその莫大なエネルギーが響へと流れ込むように吸収されていく。

 

「馬鹿ですね!そんな事をしたって貴方の身にその莫大なフォニックゲインが耐えられるなんて不可能ですよ!」

 

ウェルは勝ち誇ったように笑い声を上げる。

 

それでも響はエネルギーから手を離さず、その身に全て吸収していく。しかし、ウェルの言葉とは反対に響は莫大なエネルギーを全てその身に取り込んだ。

 

「ぐっ!?」

 

切歌と調が与えた苦痛がなくなると共に、今度は響がその身に全てを宿してしまい、その痛みに身体を踞らせてしまう。

 

「こ、こんなもの…」

 

だが響は痛む身体を無視して立ち上がると同時に自身の拳に全てを集めるように拳を握る。それに呼応するかのように響の身体が光り始めるとそれが全て拳へと集約される。

 

「こんなものぉ!」

 

そう叫んで響は拳を上空に突き上げると共にその莫大なエネルギーの塊が上空へと放たれる。その余波に切歌と調、そしてウェルは余りの風圧に吹き飛ばされそうになるが、なんとか堪える。

 

そして余波がなくなったと同時に響の方を見るとボロボロの状態でありながら、その場に立つ響の姿があった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「響!」

 

そんな状態の響に奏が声を掛けるが、その力もないのか振り向く事もしない。

 

「まさか、こんな事が…」

 

ウェルもあれほどのエネルギーを身体に宿し、ましてや解き放ってまで立ち上がる響に恐怖で顔を歪める。

 

だが、それでも状況が変わっておらず、寧ろ好機とばかりに叫んだ。

 

「こんな事になってしまいましたが、それでもチャンスに変わりはありません!さあ!今のうちに二人にトドメを刺しなさい!」

 

切歌と調へと命令するウェル。

 

「もうここまでやれば良いじゃないデスか!」

 

「これ以上したって私達の価値に変わりはない!」

 

だが、二人がその命令を拒否する。と同時にウェルへと向けて一発の何かが放たれる。

 

ウェルは運良くその何かをソロモンの杖で受けて倒れながらも無事であったが、突然の攻撃に慌てふためく。

 

「な、なんですか!」

 

そしてウェルが何かが放たれた方向を見るとそこにはウェルにとって決して出逢いたくない男が立っていた。

 

「…ああ…最悪だ…何で…何でよりにもよって貴方が目の前に現れるんですか…」

 

「こっちもだ…奏をこんなにまでさせて…響君にもシンフォギアを纏わせてしまった…」

 

「司令。怒るのは分かりますが抑えてください。今はこの場にいる奏さんと響さんの安全の確保、そしてウェル博士及び敵装者の捕縛を」

 

現れたのは弦十郎と慎次であり、ウェルにとってネフィリムを追い込む弦十郎とは二度と会いたくのない人物であった。



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44GVOLT

電翅の旅路届きました。忙しくてiPhoneに入れられてないけどYouTube上に視聴版で良曲揃いのアルバムと確信してますので楽しみにしてます。
終着駅は多分リピートは確実ですね。その他の曲も早く聴かないと…
ついでに今まで在庫切れで購入出来なかったら蒼乃燐光もようやく入荷したので購入しました。
オコワ同梱のremix版しか持ってなかったので非常に助かってます。


窮地に現れた弦十郎と慎次は素早く奏と響を守るように前に出る。

 

「すまない…二人共…」

 

倒れる奏、そして苦しそうに息をする響に向けてそう言った。

 

「後は僕達に任せて下さい」

 

「師匠…緒川さん…」

 

慎次も銃をウェルへと向けてそう言った。

 

「何でこうタイミングの悪い時に増援が来るんですか!?しかも僕としては会いたくもない人物が目の前に!?」

 

「お前の様な外道そしてアシモフがいる中で此方だってただ単に何が起きるまで待機している筈もないだろう!」

 

「これ以上貴方達の好きにはさせる訳ないでしょう!」

 

弦十郎は拳を構え、慎次もウェルへと向けて叫ぶ。

 

「折角のチャンスが!立花響と天羽奏と言う殲滅対象が目の前に居るのに!何でこんな時に限って現れるんだ!?」

 

だがそんな二人の言葉を全く聞く様子のないウェルは頭を掻きむしりながら叫ぶ。調と切歌は先程の絶唱の影響で、そして投与されたLiNKERにより二人も戦闘が厳しい状況。

 

ソロモンの杖を使えば何とかなる。ノイズさえいればシンフォギアを纏わない人など何の障害にもならない。だが、目の前にいる男は違う。ノイズには勝てないにしろ、そのノイズ達から逃れる術を知っている。時間を稼がれれば他の装者である翼、そしてクリスが到着すれば此方の身が危うい。

 

此処で装者である立花響を倒そうとした事が裏目に出てしまい、ウェルは激しく後悔する。

 

だが、そんな状態のウェルを二人が放っておくはずもなく、弦十郎と慎次が駆け出していく。

 

「く、来るな!」

 

ウェルは慌てながらソロモンの杖を使いノイズを召喚していく。だが、二人の行動が早過ぎるせいであまりノイズは出せていない。そのノイズ達を吹き飛ばす様に弦十郎が地面を強く踏みつけ地面をひっくり返すと現れたノイズは何体かは透過せずに吹き飛んでいく。

 

だが、その吹き飛ばされたノイズ達がいた場所は道が出来ており、そこから慎次がウェルへと向けて弾丸を放つ。

 

「くっ!?」

 

ウェルへと放たれた銃弾は同じ様にソロモンの杖へと吸い込まれていき、ソロモンの杖が弾かれる。

 

「ソロモンの杖が!?」

 

「それは貴方の様な外道が持っていてはならない物です!」

 

慎次が素早く駆けて行き、ウェルへと接近していく。

 

だが、その瞬間に不敵に笑みを浮かべるウェル。その瞬間に弾かれて宙を舞うソロモンの杖が吸い込まれる様に再びウェルの手元へと戻っていく。

 

「なっ!?」

 

「ソロモンの杖を狙われるなんて初めから分かっていますよ!ただでさえアッシュの様な力がある訳でもないのに!装者の様に聖遺物を纏い戦う事が出来ないのに!生身の僕が何の対策もしないで現れる訳がないでしょう!」

 

ウェルはそう叫ぶ。

 

対策というのも簡易的なものであった。ソロモンの杖に予めワイヤーを付けており、弾かれれば自身の手元に戻る様にしているだけ。

 

だが、それはソロモンの杖を狙う弦十郎と慎次にとってはとても厄介であり、完全に近付いて奪う以外方法がないという事。

 

そして手元にソロモンの杖を引き戻したウェルは慎次へとソロモンの杖を向ける。

 

「貴方もそこに居る男の様にアッシュの邪魔を!僕達の邪魔をするというのなら消させて貰いますよ!それに!貴方にはそこの男と同様に僕の感覚が邪魔になると警告してくる!今此処で死んで下さい!」

 

そう叫ぶウェルはノイズを慎次の周りへと大量に召喚する。逃げ場のない量で抵抗できない様に殺す。邪魔になる人物は何人たりとも生かして置けない。アシモフの様に完璧に。

 

そしてウェルの召喚したノイズは慎次を囲むと同時に押し潰していった。

 

「まずは一人!」

 

「いえ、誰も倒れてはいませんよ?」

 

突如として背後から聞こえた声にウェルは驚き振り返ると共に顔面へと向けて拳を叩き込まれた。

 

「ガフッ!?」

 

吹き飛ばされるウェル。それと同時に離してしまったソロモンの杖が何者かに奪われる。

 

「な…何でノイズにやられたはずなのに!?」

 

不意に見たその姿にウェルは動揺する。そしてソロモンの杖を奪い、ウェルへと拳を叩き込んだ慎次が言った。

 

「貴方の様な者に教える事などありません。それに、これでノイズはもう出せない」

 

慎次は奪ったソロモンの杖を使い、ノイズを全て消し去ると同時にウェルから離れ、弦十郎の元へと戻る。

 

「よくやった慎次!」

 

弦十郎は隣に立つ慎次へとそう言った。

 

「もうこれで終わりだ。君達もマリア君もウェル博士も、そしてアシモフも!これ以上もうお前達の好きにはさせてなるものか!」

 

形勢が一気にひっくり変わった事にウェルの焦りはさらに加速する。切歌と調も辛いながらもこれ以上ウェルが誰も殺せなくなった事に安堵もしたが、マリアとナスターシャを残して捕まってしまうんではないかという事に焦りを見せる。

 

弦十郎と言う装者にも単身、そして第七波動(セブンス)を操るネフィリムをも圧倒する力を持つ人間に今の状況をひっくり返すほど今の三人には力がない。

 

拳を構える弦十郎は慎次へと告げる。

 

「此処からは俺が対処する。慎次は奏と響君、それにソロモンの杖を本部へと移送してくれ」

 

「分かりました、司令。此処はお任せします」

 

そう言って慎次は背後の響、そして奏の元へと向かう。

 

その姿を見るウェルも切歌も調も動く事が出来ない。

 

ウェルは完全に失敗したと戦意喪失している。ソロモンの杖を奪われ、そして切歌と調の状態を見るに自身の逃げる時間すら稼げないである事を理解しているから。

 

だがそれもあの男の登場に全てを覆された。

 

「なっ!?」

 

「全く、少し遅いと様子を見に来てみればこんな事になっているとはな」

 

突如として響と奏を回収しようとしていた慎次の目の前に黒い穴が空いたかと思うと、そこから今最も会いたくない、そしてこの件の黒幕であるアシモフが現れる。

 

直ぐに銃をアシモフへと向けて放つが、アシモフには電磁結界(カゲロウ)があり弾丸はその身体を透過する。

 

「ッ!?」

 

「残念ながらもう貴様達が私に触れる事すら叶わない」

 

そう言うと同時にガンヴォルトの様に身体に雷撃を迸らせると一瞬で慎次との間合いを詰め、蹴りを喰らわせる。

 

慎次も素早く反応したのだが、ガードが間に合わず、蹴り、そして雷撃が纏わり付いて吹き飛ばされる。

 

その衝撃でソロモンの杖を離してしまい、再びアシモフに奪われる。

 

「慎次!」

 

「ぐっ…」

 

倒れ込む慎次は未だに雷撃が身体に纏わり付いており、雷撃の激痛に堪える。そんな慎次に目も暮れずアシモフは弦十郎を見る。

 

「まさか、奴が死んで貴様が出てくるとはな」

 

最悪の状態に逆戻りした事に弦十郎は歯噛みする。そして、此方も探していた物が既にアシモフの手に渡ってしまっている事に。

 

「ネフィリムの力…既に貴様がネフィリムを持っていたのか?」

 

「ああ、そこに居る立花響には壊されたが力の元であるこれは貴様達に回収される前に此方が手に入れた。残念だったな、私よりも先にネフィリムの心臓を見つける事が出来なくて」

 

そう言って苦しそうにする響を一度見る。そしてアシモフは手に持っていた物、ネフィリムの心臓を弦十郎に見せる。そこには鈍く、脈打つ様に光る物。まるで以前戦ったネフィリムの一部の様に見える。そしてそれに埋め込まれる様に付けられた装者達が身に付けている物と同じ物。

 

「ギアペンダント…」

 

完全聖遺物ネフィリム、そしてそれに埋め込まれたギアペンダントに入る謎の聖遺物。

 

神獣鏡(シェンショウジン)。それがこの聖遺物の名前であり、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を奴から奪う為に使った聖遺物」

 

「シアン君を奪った聖遺物だと!?」

 

弦十郎はシアンがいなくなった原因となった物が目の前にある事、そしてそれが聖遺物である事に驚きを隠せない。

 

「鏡とは古来から術式や呪いを退け(パージ)させる力があると伝えられている。そしてその力が奴から電子の謡精(サイバーディーヴァ)を引き剥がすのに一役買ったと言うところだ」

 

アシモフは淡々説明する。何故そんな情報を今になってこうもあっさりと漏らしたのか。弦十郎は少しだけ考えるが、そうも言っていられない。アシモフの背後にはほぼ戦闘不可能な状態の奏と響。そして近くには雷撃で行動を不能にさせられた慎次。ソロモンの杖を有し、ネフィリムの心臓と言う強力な物まで手にしたアシモフが目の前にいる。ソロモンの杖をアシモフが起動して仕舞えば、ノイズに対抗できない此方が完全に不利、下手をしたら全滅まで考えられる様な状況になってしまった。

 

「まあ、貴様達にはもう此方を止める術はなくなった。話しても問題ないという事だ」

 

アシモフは勝ちを、そしてもう止められないと宣言して弦十郎に向けて言った。

 

「そしてこの場には始末しなければならない者達が既に揃っている。立花響、天羽奏、そして人の身でネフィリムを追い詰める程の力を秘めた貴様だ」

 

そう言うと共にアシモフはネフィリムの心臓を起動させると、切歌と調、そしてウェルの足元に穴を作ると落ちていく様に三人が姿を消す。

 

そしてアシモフ自身の近くにも穴を開けるとソロモンの杖をその中に投げ入れる。

 

「邪魔になる者達も居なくなった。さぁ始めようか。私の計画に邪魔になる者の抹殺を」

 

「そんな事させると思っているのか!」

 

弦十郎は足で地面を踏み砕き、宙に舞う石を拳で弾く。アシモフに向けて放たれた石弾は顔面へと向かっていくが、電磁結界(カゲロウ)によって透過して何の意味をなさなかった。

 

だが、その瞬間に弦十郎も視界を一瞬だけ奪われたアシモフへと向けて近付いており、そのまま拳を叩き込もうとする。

 

「無駄だ」

 

だが、弦十郎の拳も同様にアシモフの身体を透過して当たる事はない。弦十郎も分かっている。ガンヴォルトから聞いた電磁結界(カゲロウ)の能力。物理攻撃は何の意味をなさない事を。

 

それでもアシモフの背後にいる奏、そして響を易々と殺される訳にもいかないから。大人として助けなければならない子供が居るのに何もしない事なんて考えられないからだ。

 

「無駄かもしれない、無意味なのかもしれない。だがそれでも!貴様の様な外道に未来ある子供達を殺される訳には行かないんだよ!大人として!俺が貴様を止める!」

 

透過しようが弦十郎はアシモフへと振るう拳を、蹴りを止めない。

 

「全く、無駄な事を。いずれ貴様も死に、後を追う様にそこの二人も死ぬ。そして、もう一人も。それまでの時間が増えるだけで覆り様のない事を繰り返す。それが貴様の言う大人というものはただ苦しみの先伸ばしにすぎない。そう言うのが大人というものなのか?」

 

弦十郎の攻撃を躱す事もなく、ただ電磁結界(カゲロウ)を使い、微動だにしないアシモフはそう言った。

 

「先延ばしなんかじゃない!俺では貴様を倒せないかもしれない!その防御を突破できないかもしれない!それでも!目の前の大切な命をこのまま貴様の様な外道にただ黙って殺される事なんて耐えられないんだ!」

 

「本当に憐れでしかないな」

 

そう呟く様に言うと共に雷撃鱗を展開する。直ぐに弦十郎は離れるがそれを好機と踏まえてアシモフは背後へと空いた手に銃を握り、響へと向ける。

 

「止めろ!アシモフ!」

 

「残念だが、その提案は受け入れられないな」

 

そう言うと共にアシモフは響へと向けて引き金を引く。

 

「響!」

 

奏も叫び、響を助けようと動こうとするのだが、Anti_LiNKERを吸った身体は言う事を聞いてくれず、助ける事が出来ない。

 

「くっ…」

 

響も辛いだろうが、死ぬ訳にはいかないと躱そうとするが、蝕んでいる自身の身体を動かす事が出来ない。

 

直面する死をただ受け入れる事しか出来ないのか。そんな事認めたくないが、放たれた凶弾は響へと迫る。

 

だが、その前に誰かが響の前に降り立ち、アシモフの様に雷撃の膜、雷撃鱗が展開され、銃弾が雷撃鱗を貫通していくが、響、そして目の前に現れた人物から少しずつ軌道が変わり、地面へと着弾する。

 

その人物が現れると共に奏、弦十郎、響の表情は安堵に変わり、打って変わってアシモフの表情は怒り、そして憎しみに満ちた表情へ変わっていく。

 

「…貴様は確実に殺したはず…なのに何故貴様は生きている!」

 

「勝手に殺したと思い込んでいるのは貴方だけだ、アシモフ。でも、そんな事はもうどうでもいい。貴方が起こしたせいで傷付いた人達をもう増やさない為にも…シアンを取り戻す為にも貴方を止める!アシモフ!」

 

今までにないほど怒りを露わにする現れたガンヴォルトがアシモフに向けてそう叫んだ。



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45GVOLT

二課の本部から急いで来たのだが、ボクが到着した時には既にもう酷い状況にあった。

 

倒れた奏と慎次の姿。離れたアシモフが響へと銃弾を放ち、なんとかそれを阻止する事が出来たが、響自身がシンフォギアを纏うまで追い込まれたという事。そして、アシモフの背後にいる弦十郎。

 

「何故貴様が生きている?あの時確実にトドメを刺した筈だ。強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)で胸に穴を開け、心臓の鼓動は、呼吸は完全に停止させた。電子の謡精(サイバーディーヴァ)も奪い、歌の奇跡など起きようのないのに?どんな魔法(マジック)を使った?」

 

「だからそんな事はどうでも良いって言っているだろ、アシモフ!」

 

憎悪の表情を向けるアシモフに向けてボクは叫んだ。

 

「シアンを返してもらう!そして此処で貴方を止める!」

 

「黙れ!ああ、本当に忌々しい!貴様が…貴様という存在が!紛い者の癖に!」

 

アシモフが叫び、手に持つ何かを起動させた。

 

「ガンヴォルト!アシモフの持つそれがネフィリムの心臓!そしてその心臓に埋め込まれたギアペンダントにシアン君が!」

 

弦十郎の一言にボクは直ぐに動き始めた。目の前にシアンがいる。そしてそれを取り戻す事が今なら。

 

だが、ボクが素早く接近しようとすると同時にアシモフの持つネフィリムの心臓が赤く輝き、そこから爆炎が放たれる。

 

「ッ!?」

 

ネフィリムが第七波動(セブンス)を使うのは既に知っている。だが、それはネフィリムがあの姿での事であり、そして今はまるでネフィリムの心臓がアシモフの思うままに操る事が出来るなんてあり得ない。

 

だが、考えている暇なんてない。目の前に迫る爆炎へボクは雷撃を放ち、爆発させる。

 

「ガンヴォルト!」

 

弦十郎が見えなくなったボクに向けて名前を叫ぶ。爆風を受けながら、ボクは更にアシモフへと憎悪を募らせる。何故なら、ボクへと向けて放った爆炎はボクの背後で倒れる奏、そして苦しむ響をも巻き込む様に放たれているからだ。

 

爆炎(エクスプロージョン)の能力はまだ本調子までないか…」

 

「アシモフ!」

 

ボクは爆炎から飛び出してアシモフへと接近し、拳に雷撃を纏わせて振るう。

 

だが、懸念していた事、ボクの雷撃はアシモフの電磁結界(カゲロウ)を突破する事が出来ず、アシモフの身体をすり抜ける。

 

「無駄だ。今の貴様の雷撃では私の電磁結界(カゲロウ)を突破する事は不可能」

 

だが、それでもボクは自身の出せる最大限の雷撃を纏い、アシモフへと攻撃を続ける。

 

アシモフもただ何もせず攻撃を受ける筈もなく、ボクを突き放す様に、そして確実に殺す様に拳を、そしてネフィリムの心臓から放たれる今迄戦ってきた能力者達の第七波動(セブンス)で攻撃をする。

 

放たれる貫通する光線、爆炎、そして石化の光線、飛び出す黒い粒子。躱し、雷撃鱗で蹴散らし、アシモフがボクを殺そうとする様に、ボクもアシモフを殺す為に攻撃が激化していく。

 

もちろん、それだけではない。今背後にいる響、そして奏、弦十郎の近くにいる倒れた慎次の容態を考えて早期決着をしなければならない。

 

明らかに不利である状況。攻撃が通らない、負傷を抱える人物がいる中、焦りを見せる。だが、アシモフもボクに対し持つ謎の憎悪でそんな事にも気付いていない。

 

「今度こそ殺す!貴様という存在を!心臓を抉り、その首を落とし、例え歌の奇跡が起ころうと復活が出来ない様に惨たらしく殺してやる!」

 

「もう死にかける訳にはいかない!もう二度と!それにシアンを貴方の巫山戯事の為利用させない為にも今此処で止める!」

 

「ほざくな!紛い者!」

 

そう叫ぶアシモフとボクの攻防は更に激化していく。爆炎が付近を吹き飛ばし、光線が地面に穴を穿ち、そして石化の光線が付近に残る草木を石化させ、黒い粒子が辺りを削り取る。そしてボクとアシモフの雷撃が、その辺りの瓦礫を、石化した草木を破壊していく。

 

だが、互いの攻撃は致命傷を与えられない。

 

アシモフには電磁結界(カゲロウ)。そしてボクはかつての同様の手段で第七波動(セブンス)能力を操る少年との戦闘経験から攻撃パターンから、アシモフの行動を予想して躱し、受け流していく。

 

それでも油断は出来ない。アシモフには二度もボクを殺しかけた強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を持っている可能性がある。

 

第七波動(セブンス)能力者であるボクを確実に殺す為の最悪の弾丸。シアンがいない。アシモフの言う通り、もうシアンの歌の奇跡はあの時の様に起こらない。それはボク自身も分かっている。

 

本当に今度こそ死ぬかもしれない。だがそれでも、助けるべき人達がいるのに、倒すべき敵、アシモフが目の前にいるのに止まる事なんて出来ない。

 

だが、息を持つかせぬ攻防にボクは一瞬だけ隙が生まれてしまった。アシモフがボクの拳を防ぐ様に拳の前にネフィリムの心臓を、シアンを閉じ込めていると思われるギアペンダントを翳したからだ。

 

「ッ!?」

 

その瞬間、ボクの腹部へと強烈な雷撃を纏わせた蹴りが叩き込まれる。

 

「ガフッ!?」

 

その一撃にボクは吹き飛ばされる。地面を滑る様に転がる。

 

「今度こそ終焉(デッドエンド)だ!」

 

直ぐ様立ち上がるが、既にアシモフの手には最悪の銃弾の入る銃。そして既に引き金を引かれ、打ち出された凶弾。まだ躱せる。

 

だが、不意に視界に入る響の姿。射線にはボクを含めて響も入っており、ボクが躱せば強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)は苦しそうにする響を襲うだろう。そんな事させてはならない。

 

だが、そうする事によってボクは第七波動(セブンス)をしばらく使えなくなる。そうなればアシモフを止める事は出来なくなってしまう。

 

本当にどうしようもならない状況。迫り来る凶弾。絶体絶命。

 

しかし、その凶弾はボクにも響にも当たる事はなく、ある人物によって弾き飛ばされた。

 

「ふんっ!」

 

迫り来る強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)とボクの間に素早く割り込んだ弦十郎が自分の拳を叩きつけ弾く。

 

だが、ボクの胸に穴を開けた程の威力の銃弾を拳で弾いた結果、拳が砕け、血が噴き出す。

 

「ッ!?弦十郎!」

 

「もう二度と、ガンヴォルトをあんな目に合わせてたまるかよ!あの子達がお前のせいでどれだけ苦しんだか、悲しんだか!」

 

弦十郎は砕けた拳を無理矢理握ってアシモフに向けて叫ぶ。

 

「あぁ、本当に目障りだ。耳障りだ。無能力者如きが何をほざく…本当に不愉快だ!無能力者という存在も!紛い物の存在も!」

 

アシモフは更に怒りを見せ、それと同時にボクの最大をも超える雷撃を迸らせる。

 

ボクは素早く弦十郎と並び立つ。

 

「ごめん、弦十郎。ボクが隙を見せたせいで」

 

「今はそんなこと気にしている場合じゃない。それよりもガンヴォルト、お前の雷撃でアシモフの電磁結界(カゲロウ)を突破する事は出来るか?」

 

「シアンのサポートが無いとボク自身の雷撃だけじゃ出力が足りない…」

 

弦十郎もボクもアシモフの一挙一動に警戒しながら悟られない様に話す。

 

「ガンヴォルトの雷撃が奴に届かないのならどうすれば…」

 

「方法ならあるよ」

 

ボクは弦十郎へと伝えようとする。だがその前に目の前に穴が開くと共にアシモフの姿が現れて、雷撃を放つ。

 

ボクと弦十郎は素早く躱す。だがアシモフが更にネフィリムの心臓を起動させ、爆炎を弦十郎へ、光線をボクへと放つ。

 

「くっ!」

 

ボクは光線を紙一重に躱し、弦十郎も地面を踏み抜いてアスファルトをひっくり返して防ぐ。

 

だがその踏み抜いたアスファルトにより視界を防がった弦十郎の背後に再び穴が開き、背後からアシモフが現れる。

 

弦十郎は直ぐにそれに気付き、後ろ回し蹴りを繰り出すが、アシモフの電磁結界(カゲロウ)が発動して当たらない。

 

そこから始まる弦十郎とアシモフの近接戦闘。だが、明らかに負傷し、攻撃の当たらない弦十郎の不利な状況は目に見えている。体制を立て直し、直ぐに弦十郎の助けとなる為に接近する。

 

だが加勢した所でアシモフの電磁結界(カゲロウ)がある以上、対して戦況に変わりはない。

 

ボクと弦十郎の拳はアシモフの身体をすり抜け全く攻撃は当たらない。逆にアシモフはボクと弦十郎への攻撃は隙を突いて出してくる。ボクはアシモフの攻撃を受け止め、弦十郎は躱す。

 

雷撃に耐性のあるボクはアシモフの攻撃を受ける事が出来るが、弦十郎はアシモフの攻撃を一撃でも喰らえばそれが命取りになる。

 

「貴様達は確実に殺す!」

 

「黙れ!もう誰も殺させない!」

 

「殺されてたまるかよ!俺達が今ここで貴様を止める!」

 

攻防が激しくなるにつれ、アシモフの雷撃が強くなっていく。荒々しく、そして一撃で何者をも屠る雷撃。

 

ボクは自身の雷撃で弦十郎を守る為に放つ。だが、ボクの雷撃の威力が低いせいもあってジリ貧にされる。

 

「死ね!紛い者!そして紛い者を守ろうとする無能力者である貴様も!」

 

ボクの雷撃が打ち負け、弦十郎、そしてボクに向けて放たれる。ボクは耐えられるかもしれない。だが弦十郎はこの雷撃を喰らえば死ぬかもしれない。弦十郎ならもしかしたら耐えられるかもしれないが、それでもかなりの負傷を負い、動けない所をアシモフに殺される。

 

そうなってはならない。弦十郎を殺されてはならない。だからボクは自身へと向けて避雷針(ダート)を撃ち抜く。

 

「くっ!」

 

僅かに鋭い痛みが走ると共にボクの身体に蒼い紋様が刻まれる。その瞬間に弦十郎とボクへと向けて放たれた雷撃が、方向を変えてボクへと全てが向かい、それを全て受ける。

 

「ガァァ!」

 

「ガンヴォルト!」

 

アシモフの放つ雷撃がボクの身体を覆う。許容量を超える雷撃が全身を駆け巡り、身体の内から焼かれる様な激痛に襲われる。

 

「まさか、自分から死に急ぐとはな!ならば貴様からだ!」

 

そう言うアシモフはネフィリムの心臓を起動させると弦十郎を何処かに飛ばそうとする。弦十郎も一瞬でその事を理解して穴から一気に離れるが、そのせいでボクとも離れ、完全に孤立した所にアシモフは強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)の装填された銃をボクに向けて構える。

 

「ッ!ガンヴォルト!」

 

弦十郎がボクの名を叫ぶ。だが、離れた事により、弦十郎はアシモフの行動を阻害する事も、ボクを助ける事も叶わない。

 

だがアシモフが引き金を引く前に銃声が響く。

 

アシモフはただの銃声にも気にも留めなかったが、アシモフは自身の異常に気付き、叫んだ。

 

「無能力者風情が何をした!」

 

「司令だけじゃない…僕だって貴方にこれ以上ガンヴォルト君を苦しめる様な事を止めるんだ!」

 

アシモフの背後には未だ雷撃に侵されながら立ち上がり、銃を構えた慎次が立っていた。

 

慎次の撃った弾丸はアシモフには当たっていない。だが、アシモフの影に着弾しており、慎次が使う忍術の影縫いがアシモフを身体の自由を奪っていた。

 

アシモフは慎次が忍者だとは知らない。だからこそ、自身に何が起こったかすらも理解出来ていない。

 

だが、慎次が作ってくれた好機。無駄にする訳にはいかない。痛みを堪え、無理矢理にでも身体を動かすと共に、アシモフへと向けてダートリーダーを構える。

 

ボクの雷撃では足りないだろう。だが、今はアシモフ自身が放つ雷撃を受け自身の身体を蝕む程の雷撃がある。テールプラグをダートリーダーへと接続して今身体に迸る雷撃を全て込める。

 

「ッ!貴様等ぁ!」

 

アシモフは身動きの取れないままボクへと向けて怒りをそして憎しみを込めた表情で叫ぶ。

 

「もうここで終わりだ!アシモフ!」

 

そう叫んだボクはダートリーダーの引き金を引く。それと共にアシモフはダートリーダーから放たれる蒼き雷撃に包まれ、吹き飛ばされた。

 

ボク自身だけでは届かない。だけどアシモフが放つ雷撃をも込めた雷撃。ボクの雷撃とアシモフがボクに向けて放った雷撃を全て込めた雷撃。その出力はシアンによって強化されたものまではいかないかもしれないが、その一撃は電磁結界(カゲロウ)を突破出来ると確信した。

 

「はぁ…はぁ…リヴァイヴヴォルト!」

 

「ガンヴォルト!」

 

「ガンヴォルト君!」

 

弦十郎と慎次が叫ぶ声が聞こえる。だが、そんな事を無視してボクは自身の負傷を治すと直ぐにアシモフが吹き飛ばされた方向へ駆け出す。

 

アシモフの電磁結界(カゲロウ)は超えた筈。それは吹き飛ばされた事が証明している。だが、ダメージを負ったのか?その確証はない。

 

確実にこの場でアシモフを殺す為に駆ける。

 

飛ばされたアシモフは横たわっているが、その身体には雷撃が消え、そしてかなり負傷している事が分かる。

 

「アシモフ!」

 

以前の様にアシモフには電影招雷(シャドウストライク)と言うまだ謎の(スキル)がある。だが、あの姿を見るに雷撃はしばらく使えそうに無い。ならばやるべき事は一つ。ここでアシモフにトドメを刺す。

 

ボクは力を振り絞り、残った力を全て言葉に込める。

 

だが、アシモフもボクが接近している事に気付いて憎しげな表情、そして恨みの篭った視線を向けて叫ぶ。

 

「紛い者が!偽物如きが!」

 

傷付いた身体を無理矢理でも起こしてアシモフはボク同様に言葉を紡ぐ。

 

「天体の如く揺蕩え雷、是に至る総てを打ち払わん!」

 

「瞬くは雷纏し聖剣、無慈悲なる蒼雷よ、敵を穿て!」

 

ボクの周りには公転する三つの雷球が出現し、アシモフの腕から迸る雷撃が、剣の形を象っていく。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!」

 

その言葉と共に雷球が、強力な雷撃を放ち、剣が実像を持ち、雷球と剣がぶつかり合う。

 

出力はアシモフの方が上、それを公転する三つの雷球で何とか抑える。

 

「殺す!貴様を必ず!」

 

「死ぬのは貴方だ!アシモフ!」

 

雷球に紛れてアシモフへと向けて避雷針(ダート)を撃ち、スパークカリバーの放電で落とされ、穴が在らぬ方向に飛ばす。それでもなお、ボクは辞めない。ここでアシモフを殺さねばならない。

 

さらに突き抜ける光線がボクの身体を穿つが、それを気にせずにアシモフの振るうスパークカリバーを突破しようと続ける。

 

しかし、それも時間が掛かり、アシモフの身体から再び雷撃が迸る。

 

「ッ!」

 

「残念だったな!もう貴様は私に触れる事すら出来ない!」

 

その瞬間に一気に均衡が崩れ、ボクのライトニングスフィアが斬り伏せられる。

 

「今度こそ貴様の終わり(デッドエンド)だ!」

 

そしてアシモフの言葉と共にボクに向けてスパークカリバーが振り下ろされた。



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46GVOLT

長くなったので次回に持ち越しにします。


振り下ろされる巨大な剣。だが、その剣は突如地面から伸びた何かにより防がれる。

 

「ッ!これは!?」

 

「ちっ!」

 

ボクは突如目の前に現れた何かに驚き、そしてアシモフは剣を防がれた事に舌打ちをする。

 

そしてアシモフに向けて放たれた無数の銃弾を電磁結界(カゲロウ)で回避するが、直ぐ様距離を取る。

 

そして距離を取り、何かの全貌を視認したアシモフは苛つきながら言う。

 

「巨大な剣、そして先程の銃弾…風鳴翼に雪音クリスか」

 

その言葉と共に現れた二つの赤と青のシンフォギアを纏った二人。

 

「何とか間に合ったみてぇだな」

 

「ああ。間に合った…貴方をもうあんな風にしなくて済んだ」

 

「クリス!翼!」

 

ボクの前に降り立つ頼もしい背中。そして本当に安堵している優しい表情。だが、直ぐにその表情は消え、視線の奥に映るアシモフへと怒りの感情を露わにする。

 

「アシモフ!この場にいる全員によくも!」

 

「もうこれ以上テメェには何もさせねぇ!あんたを止める!」

 

翼は剣を、クリスは銃をアシモフに向けて構える。

 

「貴様達如きが私を止める?たった二人で?私に触れる事すら敵わない貴様達がか?」

 

アシモフはそれだけ呟くと深い溜め息を吐く。

 

そして、

 

「戯言はそこまでにしろ、無能力者風情が」

 

アシモフから放たれる殺気。怒りなどが混じった先程の殺気とは別の心の底から湧き上がるアシモフの狂気を体現させた様な殺気。二人は今までに感じた事のない恐怖が身体を支配した様に震え出す。

 

「たった二人増えただけで状況が変わったのか?勝算が出来たとでも言うのか?本当に無能力者は私を苛つかせてくれる」

 

その言葉と共にアシモフの周りから先程までの雷撃よりも強力なが溢れ出す。

 

まるで怒りに反応するかの如く、アシモフの精神に呼応する様に雷撃は強くなる。

 

強力な雷撃。シアンの力によってあの出力まで何とか到達できるかもしれない。だが、同じ蒼き雷霆(アームドブルー)で、しかも何のサポートも無しであそこまでの雷撃を出せるアシモフ。ここまでに差がある事に焦りが増す。

 

本当にアシモフを倒せるのだろうかと。シアンをアシモフから取り返せるのかと。そんな事を考えてしまうが、ボクはその弱さを振り払う。

 

アシモフの雷撃が強くても、ネフィリムの心臓による今まで戦った七宝剣達の第七波動(セブンス)があろうとも、何かしら弱点はあるはず。

 

それに今アシモフの殺気に恐怖に怯える二人を放っては置けない。

 

ボクは傷付いた身体を無理矢理でも立ち上がらせて二人の前に出る。

 

「ガンヴォルト…」

 

翼がボクの名を呼ぶ。

 

「助けてくれてありがとう、翼、クリス。でもここからはボク一人でやる」

 

「ッ!?何でだよ!私達じゃ力不足だって言うのかよ!?」

 

「そうだ!それに貴方一人で今のアシモフに敵うと思っているの!?」

 

二人が目の前にいるアシモフを見てそう叫ぶ。

 

「違う、君達が力不足なんて思っていない」

 

「じゃあ何で!」

 

「何で一人でやろうとするの!」

 

クリスと翼がそう叫ぶ為に、ボクは二人に背負わせたくない為に告げた。

 

「君達に人殺しと言う罪を背負って欲しくないから」

 

「ッ!?」

 

その言葉にクリスと翼が驚く。

 

弦十郎との約束であり、政府の決定であるアシモフの殺害。それをボクは二人にさせたくなかった。

 

「二人だけじゃないよ。奏にも響にもボクはそんな罪を背負って欲しくない。例えその相手が目の前にいる世界を破滅させようとしているアシモフだろうと。君達の様な歌で誰かを助けようとする手を汚させる事をしたくないから」

 

アスタラビスタ(さよなら)ならしなくてもいいだろう?どうせ直ぐにお前の後を追うのだからな!」

 

アシモフがネフィリムの心臓で穴を開けて、ボクの目の前に穴を開けて手を出すと雷撃を放ってくる。ボクはそれをあえて避けずに喰らう。

 

「ぐぅ!?」

 

「ガンヴォルト!」

 

「おい!」

 

容量を超える雷撃がボクの身体を迸り、身体を蝕んでいく。避ける事は出来た。それをしなかったのはまだアシモフの殺気で動けないかもしれない二人に当たると考えたから。それともう一つ。自身が不甲斐ないばかりにシアンを奪われてアシモフへの決定的な一撃を与えられないからこそ、外部から電気を補わなければならない為である。

 

「そこまでして私を殺したいか!」

 

「殺す以外もう貴方を止める方法はない!」

 

「吠えるなよ!紛い者!」

 

アシモフはそう叫ぶと雷撃による攻撃をやめ、ネフィリムの心臓を最大限に活用した七宝剣の第七波動(セブンス)を主軸にした戦いに切り替える。

 

周囲に飛来する黒き粒子。絶え間なく放たれる貫く光線と石化する光線。そして爆炎。かつての無能力者の、少年同様に今まで戦った第七波動(セブンス)能力者と鏡映しで戦っている様な現状。そしてそれをさらに厄介とさせるアシモフ自身の電磁結界(カゲロウ)

 

本当にアシモフを殺せるのかと考えてしまう。無能力者の少年は電磁結界(カゲロウ)を使えないからこそ倒す事が出来た。だが、あの時とは違い、蒼き雷霆(アームドブルー)まで追加されて電磁結界(カゲロウ)まで入っている。

 

しかし、そんな事を考えても何も変わらない。ボクはただアシモフを殺す為に、状況を変える為に。絶え間なく放たれるアシモフの攻撃を避けながら、反撃の糸口を探す。

 

◇◇◇◇◇◇

 

慎次は未だ身体に雷撃を浴び、本調子には戻らない事を知った弦十郎は響と奏を救出して撤退をさせた。翼とクリスも到着し、何とかなると思いはしたが、アシモフから放たれた今までに感じた事のない殺気に戦えるかどうか不安も残る。

 

だが、ガンヴォルトがなんとか二人からアシモフを引き離し、なんとか凌いでいる状態。どうにかしなければならない。弦十郎は砕けた拳をシャツを破いて止血しながらもどうすればいいか考える。

 

「旦那…LiNKERを」

 

そんな中慎次と共に撤退したはずの奏が槍を杖にして隣にまで来ていた。

 

「奏!?慎次と共に撤退したはずじゃなかったのか!?」

 

「今の状況で撤退なんて出来ない…ガンヴォルトが戦ってるんだから」

 

奏はそう言う。

 

「馬鹿野郎!今のお前が行ったってガンヴォルトの足を引っ張るだけだ!」

 

そんな奏を弦十郎は叱責する。

 

「それじゃあガンヴォルトが一人で戦う事になるだろ!」

 

だが弦十郎の叱責を奏は叫んで否定する。

 

「それに、ガンヴォルトはさっき殺すってアシモフに向けて言ってたけど…あれはどういう意味なんだよ旦那。アシモフを捕まえるんじゃなかったのかよ」

 

奏がガンヴォルトが先程アシモフに向けて叫んだ言葉を言われて、もう隠す事が出来ないと思い、奏にも諸外国、そして国からのアシモフの処遇を話した。

 

「まさか…ガンヴォルト一人にそれを押し付けるのかよ!」

 

「ガンヴォルトも了承した事だ。俺としてもガンヴォルトにはそんな事をして欲しくない。だが、それ以上にアシモフという存在を野放しにした結果、今以上の被害を出す事をしたくない。そして、ガンヴォルトはお前達にそんな罪を背負わせたくないからだ」

 

「だからってガンヴォルト一人に背負わせるのかよ!たった一人にあんな外道を殺す事を!」

 

奏は弦十郎に向けて叫ぶ。ガンヴォルトが大切であるから、一人で苦しみを背負って欲しくないから。

 

「ガンヴォルトの意思を尊重しての事なんだ!お前達にそんな事させたくない!アシモフという男を殺す事で手を汚して欲しくない!だから俺達も苦渋の決断であいつに頼んだんだ!」

 

「旦那も弦十郎も馬鹿だ!そんなの誰も望んじゃいないだろ!」

 

奏は叫んだ。そんなの間違っていると。

 

「ガンヴォルトだけに罪を被せるのは違うだろ!あいつ一人にずっと背負わせ続けるのは違う!」

 

「…奏」

 

奏の言う事は分かっている。ガンヴォルトだけがずっと背負い続けるのは違うと。だが、弦十郎も組織の人間として、上からの圧力にどうにもならない時がある。

 

「ガンヴォルトだけにそんな事背負わせはしない…あいつ一人ばっかり辛い思いなんてさせたくない」

 

奏の懇願が弦十郎の心を揺さぶる。ガンヴォルトは絶対にさせたくないだろう。だが、多分、奏はそれ以上に譲らない。付き合いが長い弦十郎だからそれを理解している。奏もそう言うように弦十郎もガンヴォルト一人にそれを押し付けるのはしたくない。

 

「…分かった…。だが、奏、お前がするのは協力までだ。俺かガンヴォルトがケリをつける。大人としてガンヴォルトと同様にお前達に手を汚させたくない。そして死ぬな!絶対にだ!」

 

そう言うと弦十郎は奏にLiNKERを渡す。

 

「あんがと、旦那」

 

そう言うと奏は槍を杖代わりにしてアシモフとガンヴォルトが戦う場所に向けて歩き出す。

 

弦十郎も死地に奏を送り込んでいる事を理解しているからこそ、判断を誤っている事は理解している。だが、それ以上にアシモフという存在が危険だという事。

 

シアンを奪わられ、電磁結界(カゲロウ)を突破出来ない事を考えるに勝率が低い事も理解している。

 

だが、それ以上にアシモフをここで止める為と良心を痛めながら、送り込む。

 

司令官としては最低な判断だと理解している。でもやらねばならない。そしてアシモフの電磁結界(カゲロウ)を突破を模索しようとする。

 

「ガンヴォルトが策はあると言っていた…それさえ何か理解出来れば」

 

弦十郎は奏を送り出した後、その事を考える。

 

何を言おうとしていたのか。何を根拠に突破出来ると言ったのか。

 

思考をフル回転させて、ガンヴォルトがやろうとしていた事を考える。

 

そんな時、弦十郎の通信機に本部からの連絡が入る。

 

『司令!無事ですか!?』

 

通信機越しに響く慌てたあおいの声。

 

「少し負傷したが、なんとか無事だ。それよりもアシモフの電磁結界(カゲロウ)対策が何かあるか?ガンヴォルトが苦戦しながらもまだ戦っている」

 

弦十郎は簡潔に本部へと現状を伝えて対策を練ろうとする。

 

『…ガンヴォルトが何か言っていましたか?』

 

キーボードを操作しながら、弦十郎に聞く。

 

「ガンヴォルトが対策はある、そう言っていたが、その前にアシモフとの戦闘が始まって聞きそびれた」

 

弦十郎がそう伝えると、あおいも直ぐに何か対策を考えると言う。

 

だが、通信に朔也も入り、打破する答えが朔也から言われる。

 

『司令!付近に貯水槽か何かありますか!?』

 

「ッ!?」

 

朔也の言葉にようやくガンヴォルトが何を話そうとしたのかを理解した。かつてガンヴォルトが言っていた電磁結界(カゲロウ)対策。電磁結界(カゲロウ)を超える雷撃。もしくは大量の水。それがアシモフの電磁結界(カゲロウ)を突破する鍵だという事を。

 

素早く身を隠した弦十郎は辺りに貯水槽があるか確認する。だが、そのどれもが、アシモフとガンヴォルトの戦闘の際に破壊された物ばかりであり、電磁結界(カゲロウ)を突破出来る水量の残っている物が見当たらない。

 

「ダメだ…殆ど全滅している」

 

『そんな…』

 

朔也により思い出した妙案も潰えてしまう。

 

『諦めないで下さい!まだ入っている物があるはずです!屋内の建物にまだ受水槽が残っているかもしれません!外にある物がダメでもまだ中にある物に使える物がある筈です!』

 

そう叫んだあおいが受水槽のある付近の建物を全て通信端末に送る。

 

「よくやった!」

 

弦十郎はそれを確認して叫ぶ。だが、それと共にもう一つの不安が浮かび上がる。

 

「ッ…だが、今のアシモフにはネフィリムの心臓…第七波動(セブンス)を操る聖遺物がある限り、上手く行くかどうか…」

 

ネフィリムの心臓を介した第七波動(セブンス)。特に亜空孔(ワームホール)。アシモフがこちらの意図を気付き、その水をガンヴォルトに向けられたと考えると、目も当てられない事になる。

 

最悪の状況は目に浮かぶ。

 

『他に手はあります…ですが、タイミングもアシモフの位置も重要になります』

 

妙案が浮かんだようであおいがそう呟いた。

 

「どんな方法だ!?」

 

弦十郎が通信機越しに叫ぶ。

 

あおいがその案を弦十郎に伝える。

 

『一か八かですが、それが現状出せる最適解だと思います』

 

『確かに、それなら…』

 

「後はどうアシモフに気付かれず行けるか…か。だがそれしかない」

 

そう言って弦十郎はあおいの案を受けて直ぐ様行動に移した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガンヴォルトがアシモフの狙いから離すようにクリスと翼の元を離れて戦っていくのを二人はただ黙って見ている事しか出来なかった。

 

今まで感じた事のない、悍ましい程の殺意を目の前にして二人はガンヴォルトを助けた後動けなくなってしまった。

 

それに付け加える様に国から下された決断はアシモフの殺害。

 

それが翼とクリスの戦う意思を削いでいく。

 

人殺し。それは二人にとって未知の領域。

 

翼はガンヴォルトの言う様にその罪の重さを承知しながらも、どれ程の意味を持つかは分からない。だが、これだけは理解している。それがどれ程重い罪なのか。どれ程のこれからの人生で重しになる事を。

 

クリス自身は少し理解出来ている。自身がかつて本物のフィーネと共に行動していたからこそ。命の重みが。だが、それを超えてはならないと、関係のない人を傷付けるのを拒んでいたからノイズを使っても人を傷付けるような事を極力避けて来た。それに加担すれば自身もかつてのテロリストと同じになってしまうから。

 

だからこそ、二人はその覚悟が見出せない。

 

今目の前で激しく戦闘をするアシモフとガンヴォルト。それはどちらもが目的を達するための殺し合い。

 

それはフィーネとの戦闘でも見せた事のないガンヴォルトの覚悟の現れ。

 

二人はただそれを見ている事しか出来なかった。

 

不甲斐ない。覚悟を決めて戦場に立つ二人だが、その戦闘で迷いが生まれて結局は何も出来ない事に二人はただその戦闘を眺めるだけに苛立ちを隠せない。

 

「何をぼさっとしてやがる!」

 

そんな時、二人の背後から怒号が響く。

 

「ッ!奏!?」

 

二人の背後には槍を杖代わりにしてこちらへと歩み寄る奏の姿。

 

「おい!お前!大丈夫なのかよ!?」

 

クリスは奏へと近寄るがそれを奏は制止させる。

 

「大丈夫だ…それより何で二人はガンヴォルトを置いて戦わない!」

 

奏が二人へと叱責する。その言葉に二人はただ黙る事しか出来なかった。

 

「分かってるよ。ガンヴォルトが、あの野郎を殺そうとしているのは」

 

奏は二人が迷っている事を察してそう言った。

 

「さっき旦那から聞いたんだ。国が、世界がもうそれしかないって…アシモフを殺す以外方法はないって」

 

奏はそう語る。そしてその背後には響を救助して立ち去る慎次の姿。腕の負傷を治療して何処かに移動していく弦十郎の姿を。

 

「ガンヴォルトが…私達にその罪を背負わせたくない事は知っている…だけど!あいつにだけそんな苦しみを一人で背負わせて良いのかよ!私だって分かっているよ!人を殺した事によってどれだけの重しが自身に降り注ぐなんて事!それがどれ程の物かなんて私にだって分かんねぇよ!」

 

奏は聞かされた真実を知ってもなお、今その罪を全て自分だけで背負おうとするガンヴォルトの事を思うと居ても立っても居られない事をぶち撒ける。

 

「だからってこのまま本当にガンヴォルトだけにそんな罪を押し付けて良いのかよ!私達の為だって言うかもしれない!あいつは私達に手を汚すなって言ったかもしれない!でもそんなの良い訳がない!紫電の時だって結局、あいつがトドメを刺した!私達は結局ガンヴォルトにだけずっと罪を押し付けたままで良いのかよ!」

 

翼とクリスに向けて奏が叱責する。

 

本当にこのままで良いのか?ガンヴォルトにだけ罪を押し付けてしまって良いのかと。

 

「私は思わない!」

 

そう叫ぶと奏は自身の首元にLiNKERを打ち込んだ。

 

「いつまでも守られてばかりは嫌なんだよ!ガンヴォルトばかりにそんな辛い事を押し付ける事なんて!」

 

奏はそう言うとアシモフとガンヴォルトの元へと向けて走り出す。

 

「私はあいつだけに罪を背負わせない!あいつ一人に背負わせたりしない!」

 

そう言い残して激しい戦闘が繰り広げられる元へと駆け出して行った。

 

その後ろ姿を二人はただじっと見つめるのではなく、己が武器を握り、自身を奮い立たせようとする。恐怖を振り払い、ガンヴォルトの元へと駆け出す為に。

 

「…私だって…私だってガンヴォルトばかりにそんな事背負わせたくないって思っているわよ!それに私は誓ったの…ガンヴォルトが苦しみ、悲しむ事があるのなら、防人として振り払うって!」

 

「…あんただけじゃねえんだよ…私だってあいつに助けられたからこそ、今の私がいるんだ…私はあんたを支えてぇんだよ…」

 

二人は己の武器を更に強く握る。そうする事で自身の身体を縛る恐怖を振り払い、奏のように駆け出した。

 

「もう迷わない!」

 

そう叫ぶと翼もクリスも激しい戦闘をするガンヴォルトとアシモフ、そして参戦した奏に続いて二人も立ち向かうのであった。



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47GVOLT

今年最後の投稿です。


辺りに散る黒い粒子を雷撃鱗で消し、アシモフから放たれる貫通する光線、石化の光線、爆炎を回避しながら、アシモフへと向けて駆け出す。

 

だが、アシモフはそれを嘲笑うかのように穴をいくつも作り、自身をボクから一定の距離を取り続ける。そしてボクの雷撃が止むと同時に至近距離での銃撃、そしていつの間にか手にしている、強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)

 

躱して一撃をお見舞いしようにも嘲笑うかの様にアシモフへの攻撃は電磁結界(カゲロウ)が無効化する。

 

一方的な戦い(ワンサイドゲーム)。これはそう言うしか他ならない。だが、勝ち目がないのなんて分からない。電磁結界(カゲロウ)を多用するからこそその隙がある筈。

 

だが、それを無効化できるほどの雷撃をボクはもう放てない。かつてのボク同様にEPエネルギーを限界まで使わせるてもあるが、あれほどの雷撃を操るを考えるに許容量も相当であり、限界が分からない。しかもそうなると絶え間なく攻撃を続けなければならず、現状ではほぼ不可能。

 

弦十郎へと伝えそびれた水責めも今となっては殆どの貯水槽が破壊され、使えそうな物が無い。

 

無い物を強請っても仕方がない。

 

アシモフの隙を見出す為に攻撃を躱し、掻い潜っては接近を試みる。だが、その全ては今の所は全てが無駄となっている。

 

だが、それでもやるしか無い。アシモフを殺す為に。

 

しかし、その行動が焦りに繋がり、僅かな隙を生んでしまう。

 

背後に穴を開け、爆炎が放たれる。それを破壊してすぐ様攻撃へと転嫁する。それが仇となった。

 

避雷針(ダート)を撃ち込み雷撃で破壊したその裏に隠れた強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を見落としてしまった。

 

「ッ!?」

 

既に強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)は目と鼻の先。直ぐに回避する事は不可能。直撃は避けれたとしても、掠っただけでも第七波動(セブンス)を封じられて、呆気なく殺される。

 

そうなって仕舞えばシアンを取り戻す事も、元の世界に戻る事も出来なくなる。そして何よりもこの世界で守りたいと思った物全てがアシモフに壊される。

 

そんな事はあってはならない。だが非常にもボクに向けて放たれた強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)はボクへと襲い掛かろうとする。

 

その瞬間、ボクと強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)の間に竜巻が吹き荒れる。余りの勢いに強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)はボクから軌道が逸れて飛んで行く。それと共にボクの隣に降り立つ、槍を構える奏。

 

「お前にガンヴォルトを殺させない!もうあんな姿になんてさせない!」

 

「奏!?」

 

突然の奏の登場にボクは驚きの声を上げる。

 

「ガンヴォルト、あんたが私達に殺しはさせたく無い。手を汚させたく無い事は分かってる…でも、私はお前ばかりにそんな事を背負わせ続ける事は嫌だ!」

 

「助けてくれたのは感謝している!でも何を言っているんだ!奏は歌で色んな人達を救うと見出したんだろ!?それなのに何で自ら手を汚そうとするんだ!ボクはいいんだ!もうボクの手は赤黒くなって、もう真っ当な人生を歩む事なんて出来ない!だからこそ、ボクがやらなきゃいけないんだ!」

 

「馬鹿野郎!そんなのお前の自己満足なんだよ!」

 

奏はアシモフへ向けて槍を構えながら叫ぶ。

 

「あんたばっかりがそんなの重しになるのを背負い続けるのなんてダメだ!」

 

「自己満足かも知れないけど、それが最もいい方法なんだ!奏に何の柵もなく歌う為なんだ!奏だけじゃ無い!翼やクリス!響にだって真っ直ぐ歩いて欲しいからだ!」

 

「何がいい方法なんだよ!そんなの私は許せないんだよ!ガンヴォルトばかりが辛い目に遭うのが嫌なんだよ!あんたばかりがそんな物背負わせるのが正しいなんて私は思わない!」

 

「殺し合いの最中に私を忘れて怒鳴り合うなど見るに堪えんな。まあいい、貴様を絶望するのに丁度よく来たのなら殺してやろう」

 

気を付けていた筈なのに既にアシモフはボクと奏の目の前に移動しており、ボクに向けて強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を放ち、奏には雷撃を放とうとしていた。

 

「ッ!?」

 

ボクと奏はすぐ様回避行動を起こそうとするのだが、それよりも早くアシモフの指が引き金を、雷撃が奏へと放たれようとした。

 

だが、それよりも早く、青い斬撃と赤みがかったエネルギー弾が、アシモフの目の前に着弾して僅かな隙を生み、そのお陰で奏とボクへの攻撃は遅れ、何とか回避することが出来た。そしてアシモフは舌打ちをしながらその場から離れる。

 

「奏だけじゃない!」

 

「こいつばかり、そんな事をさせたいのは私達だって同じ気持ちなんだよ!」

 

そう叫びながら、翼とクリスも現れる。

 

「何で…」

 

ボクは思った様にことが進まない事。そして進んで装者達が現れた事により少し狼狽える。アシモフだろうと人を殺して欲しくない。それなのに…

 

「ガンヴォルト、貴方が私達に人を殺めて欲しくない事はさっきの言葉から伝わってる。でも、それが私達は正しいとは思えない!何で自分一人で背負い込もうとするの!何で頼ろうとしないの!確かに私達は貴方の言う人を殺めた時、どんな重しになるかなんて分からない!それでも!貴方一人で背負い込もうとするのが嫌なの!」

 

「私達の心配をしてくれるのは本当に感謝してる!でもな!あんたばかりが一人背負いこむのが私も嫌なんだよ!あんたが、心配しているかも知れないけど!私達もそれ以上にお前が報われない事を心配してるんだよ!」

 

奏の様に、翼もクリスも自分の感情をぶつける様にボクに向けて叫んだ。本当に分かっていなかったのはボクなのかも知れない。彼女達はボクだけが殺しと言う罪を背負わせたくないという意思はとても大きくあった。

 

本当によく出来た子達だ。ボクは少し三人を見誤っていたのかも知れない。もう彼女達は覚悟を決めている。

 

ボクは息を小さく吐くと共に言う。

 

「ごめん、ありがとう。ボクのことまで気に掛けてくれて」

 

そう呟く様に礼を言うとボクは奏と共に翼とクリスと並び立つ。

 

「協力して欲しい、アシモフを殺すのに。ボク一人じゃ…今のボクだけじゃアシモフを殺せない」

 

折れたボクがそう言うと共に三人は頷く。

 

三人には殺しと言う罪を背負わせてしまう。それでも彼女達が居なければアシモフに敵わないであろう。

 

「でもアシモフはボクがこの手で殺す。君達はアシモフを少しでも追い詰める為に協力だけだ。それだけでも罪にはなるかも知れないけど、一緒に戦ってくれ」

 

「当たり前だ。旦那にも言われてるよ」

 

「元からそのつもりよ。一緒に戦いましょう」

 

「ああ、分かった」

 

そう言ってボク達はアシモフに各々が武器を構える。

 

「たかだが三人増えた程度で殺せると勘違いしているのか?」

 

そんなボク達を見るアシモフは溜息を吐いている。

 

「貴様等が何人集まろうと所詮は烏合の衆。装者と言えど電磁結界(カゲロウ)の超えられない者が何人集まろうと私を殺す事は出来る筈もないだろう。何を勝った気でいる?例え集まろうがその槍が、剣が、銃が、雷撃が私の電磁結界(カゲロウ)を越す事など不可能だ。先程逃した立花響、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を何故か有している奴がいない限り、攻撃など通用しない。それで勝った気でいるのなら呆れるばかりだ。まあいい、計画(プラン)通り、貴様等全員ここで始末する。先ずは装者を貴様の前で惨たらしく殺そう。貴様に絶望を喪失を与えて殺す!」

 

叫ぶと共に雷撃が辺りへと迸り、蒼く照らし出す。

 

「殺させない!もうこれ以上誰も!そしてシアンを返して貰う!」

 

ボクはそう叫ぶと共に、装者と共にアシモフへと駆ける。

 

アシモフがネフィリムの心臓を起動して第七波動(セブンス)を操り、ボク達へと攻撃を開始する。

 

翼に向けて石化の光線、奏へと高速の貫く光線、クリスへと爆炎が、そしてボクを無視して全方位に放たれる全てを喰らう黒い粒子。

 

装者達へとそれぞれ指示をして躱し、粒子を食らわせない為に誰よりも前線へと出て、今出せる最大限の雷撃鱗を展開して消し飛ばす。

 

アシモフは更に追い討ちとばかりにまだまだ第七波動(セブンス)の攻撃を絶え間無くし続ける。

 

雷撃はボク自身が喰らい、ダメージを受けて相打ち覚悟の攻撃を受けて、警戒してして来ない。

 

だが、それでもボク達はアシモフの攻撃を回避しながらエネルギーの斬撃、竜巻、エネルギー弾の連射、避雷針(ダート)を放つ。

 

電磁結界(カゲロウ)亜空孔(ワームホール)がボク達の攻撃を無効化して行くために有効打を見出せない。それでもアシモフの電磁結界(カゲロウ)を突破する為に、ダメージを負いながらも反撃を続ける。

 

「無駄だと言っているだろう!貴様等の攻撃は幾ら放とうと私の電磁結界(カゲロウ)、そしてネフィリムの心臓を介した第七波動(セブンス)亜空孔(ワームホール)を超える事など不可能だ!」

 

「無駄なんかじゃない!」

 

ボクはその言葉を否定する為に叫ぶ。だが、アシモフの言う通り、攻撃は全てが通らない。だが、それでも電磁結界(カゲロウ)亜空孔(ワームホール)を慢心しているアシモフが慢心しているのであれば付け入る隙がある。

 

「ガンヴォルト!何か策はないの!?」

 

「こんなんじゃいずれ私達が!」

 

翼とクリスが、疲弊を見せている中、そう叫ぶ。

 

無策である故にどうする事も出来ない。だが、それでも隙があると信じて戦う他ない。

 

「翼!クリス!それでもやるしか無いんだよ!」

 

奏がそう叫ぶと共に攻撃を躱しながら、高く跳躍すると、槍をアシモフに向けて投げる。

 

それと共に槍が投げると共に増殖していき、空をも埋め尽くし、そのままアシモフへと向けて降り注ごうとする。

 

「だから無駄だと言った筈だ!」

 

アシモフがそう叫ぶと同時に黒い粒子が出現して空を覆い尽くすほどの槍を喰らい尽くす。

 

奏は再び槍を出現させると再び槍を投擲しようとするが、それより前にアシモフが亜空孔(ワームホール)で奏へと一瞬で接近した瞬間奏へと雷撃を纏った蹴りを放つ。

 

「ッ!?」

 

ガードしたものの雷撃を纏わせた事による身体強化、そして元々のアシモフの力により、そのまま奏は地面へと亜空孔(ワームホール)で先に出るとそのまま奏へと追撃を繰り出そうとする。

 

「先ず一人」

 

「奏!」

 

「させるかよ!」

 

翼とクリスはそれを阻止しようとアシモフへと斬撃、銃撃を放つ。

 

だが、アシモフへの攻撃は全てが電磁結界(カゲロウ)で阻止される。

 

だが、それよりも先にボクは落ちゆく奏を抱え、アシモフの先手を打った。

 

「奏!無事!?」

 

「すまねぇ、ガンヴォルト…」

 

どうやら無事である様だが、奏は先程の一撃、そしてアシモフの攻撃を喰らい、恐ろしく疲弊していた。

 

もしかしたら、ボクが来る以前に倒れていたことも影響しているのか、肩で大きく息をしている。

 

「それで救ったつもりか?」

 

だが、既にアシモフはボクと奏の元へと、亜空孔(ワームホール)を繋げており、強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を装填している銃をボクに向けている。

 

「ッ!?」

 

だが、それよりも先にボクの背後へといつの間にか移動していた翼が現れて、アシモフを斬りつけようとする。

 

「だから無駄だと言っているだろう!」

 

それを嘲笑うかの様に剣が振るわれるより先にアシモフから凶弾がボクへと奏へと向けて放たれる。

 

咄嗟に奏が槍を構えた事により、事なきを得たが、その威力にボクと奏は地面へと向けて叩きつけられる。

 

奏を守る為に自分が下敷きになるが、叩きつけられた事により、身体に物凄い衝撃が襲い吐血する。

 

「ガハッ!」

 

「よくも!」

 

ボクが叩きつけられると同時にアシモフへと向けて翼の剣がアシモフに振るわれる。

 

「無駄だと言っただろう、貴様の攻撃は私へと通用しない」

 

そう言って翼の攻撃を電磁結界(カゲロウ)を使用して避ける。

 

筈だった。

 

翼の胸のギアペンダントとそしてアシモフの持つネフィリムの心臓、いや正確に言えばネフィリムの心臓に付けられたシアンが閉じ込められていたギアペンダントが突如光を放つ。

 

「ッ!?」

 

アシモフは何か、嫌な予感がしたのか、回避行動を間に合わないが取った。

 

そして僅かにアシモフへと振り下ろされた剣はアシモフの銃を握る腕を斬りつけた。

 

「ッ!?」

 

翼本人もその事に驚き、アシモフは一瞬で亜空孔(ワームホール)を開くとその場から退避する。

 

だが、回避した先はクリスが既に先回りしており、クリスもアシモフの至近距離から銃の引き金を引いた。

 

そして今度はクリスのギアペンダントもネフィリムの心臓に付けられたギアペンダントに共鳴するかの様に光るとアシモフの脇腹を銃弾が掠めた。

 

更に穴を開けてアシモフはボク達から大きく距離を取る。

 

そして自身に雷撃を纏わせるとアシモフに出来た僅かな傷が癒えていく。

 

翼もクリスもボクの元へと駆け寄り、すぐに奏とボクを起こす。

 

ボクは雷撃を纏わせ、少しずつでも身体を癒やし、奏を支え立つ。

 

「アシモフの電磁結界(カゲロウ)が発動せずに、私の攻撃が通じた」

 

「私のもだ…どう言う事なんだ?」

 

二人も何故アシモフの電磁結界(カゲロウ)を超え、自身の攻撃が通った事に驚き、動揺している。

 

ボクはあの時の翼とクリスの攻撃が何故通じたのか、何となく理解出来ていた。あの時、僅かに感じたシアンの力。電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を。

 

「…二人の攻撃は通った理由は詳しくは分からない…でも、あの時、シアンの力を感じた…」

 

その言葉に集まった三人も驚く。

 

「シアンが!?」

 

「まだあいつの意識が!?」

 

「シアンも抗っているって事か…」

 

そう呟いてボク達はアシモフへ、いやアシモフの持つネフィリムの心臓に付けられたギアペンダントを見る。

 

取り返す。そしてアシモフを殺す。シアンが抗っている事で、電磁結界(カゲロウ)を突破出来る二人がいる事で、闘志が更に沸き立つ。

 

だが、アシモフはそんなボク達、いや正確には翼とクリスを見て不敵に笑みを浮かべ始める。

 

「やはり、私の憶測は正しかった…電子の謡精(サイバーディーヴァ)を操るにはやはり正規適合者が|鍵となる。それが確定させる実証出来た。計画《プラン》の修正(リビルド)をしよう。風鳴翼、そして雪音クリス。貴様等は保険だ。私の元に来るのであれば生かしてやろう」

 

不敵な笑みを二人へと向けるアシモフ。

 

「テメェなんかの提案に乗るわけねぇだろ!」

 

「さっきから何を訳の分からない事ばかり!貴様にその様な判断を下されてもなんの否定以外の感情は湧かない!」

 

翼もクリスも抗う様に己が武器をアシモフへと向ける。奏もボクから離れてもう立つのもきつい筈であるのに槍を構える。ボクも何故二人だけを生かすと口にしたのか。アシモフの謎の計画の修正をしたのか分からないが、これ以上好きにさせない為に、そしてシアンを取り戻す為に雷撃を迸らせる。

 

「二人を何故生かそうなんて変えたのか知らねぇが、お前をここで倒す!」

 

アシモフがそう言って再びボク達へ攻めようとした瞬間、弦十郎の声が響く。その瞬間にボク等の背後からアシモフに向けて飛来する何か。

 

「まだ貴様もいたのか?」

 

アシモフはそれを爆炎を放つ。爆炎により何かが破壊される。そしてあたりが白い霧により覆われる。

 

「ッ!?水だと!?まだ残っていたか!?」

 

どうやらアシモフへ向けて飛ばされた何か、それは建物の内部に設置されていた受水槽であり、それが爆炎により破壊され、その爆炎により気化した水が水蒸気となったのだ。

 

「弦十郎!?」

 

そしてボク達の隣に降り立つ弦十郎の姿。

 

「ガンヴォルト!ここでトドメを刺す!装者全員!俺とガンヴォルトの援護を頼む!」

 

その瞬間にボクと弦十郎、そして装者達は一気に駆け出した。

 

だが、アシモフもすぐに霧から飛び出し、こちらへと駆けている。

 

「無能力者が!私にいっぱい食わせたつもりか!」

 

アシモフの表情は怒りに満ちており、弦十郎を確実に殺す為に、あらゆる第七波動(セブンス)を弦十郎へ向けて放つ。

 

「ガンヴォルト!合わせろ!」

 

弦十郎がそう叫ぶと同時に地面を思い切り踏み抜くと同時に地面が盛り上がり、アシモフより手前が盛り上がり足跡のコンクリートの盾を生み出す。だが、それだけでは意味が無いと思うが、ボクは弦十郎を信じてアシモフへと駆ける。

 

「無駄だと言っているだろう!」

 

黒い粒子が、貫く光線が、爆炎が一撃でコンクリートの壁を破壊する。だが、その瞬間にアシモフの足元からかなりの勢いで水が噴き上がり水柱となる。

 

「ッ!何故水が!?」

 

水柱から素早く飛び出すが、全身に水を浴びたアシモフは雷撃が消失する。

 

「無能力者と舐めるからだ!」

 

そしてその水柱をから飛び出した、弦十郎がアシモフに向けて拳をアシモフの顔面へと叩き込んだ。

 

「グッ!?」

 

大量の水により、雷撃が、電磁結界(カゲロウ)が発動しない事により、弦十郎の強力な一撃がアシモフを吹き飛ばす。

 

「ガンヴォルト!」

 

弦十郎の叫びと共にボクの元へと吹き飛ばしたアシモフへと雷撃を纏い、避雷針(ダート)を撃ち込んで雷撃を拳と共に叩き込んだ。

 

「ガァ!」

 

そしてそのままアシモフを蹴り、宙へと飛ばす。

 

「弦十郎合わせて!」

 

「それはこちらの台詞だ!」

 

そしてボクと弦十郎は宙に舞うアシモフへと向けて跳ぶと共にアシモフへと向けて強力な一撃を叩き込んだ。

 

「貴様等ァ!」

 

アシモフはその一撃で叩き落とされながらもボクと弦十郎へと向けて叫ぶ。

 

そして弦十郎がボクを掴むとそのままアシモフへと向けて投げ飛ばす。

 

「煌くは雷纏いし聖剣、蒼雷の暴虐よ、敵を貫け!」

 

ボクはその勢いのまま言葉を紡ぎ、アシモフを殺す為に巨大な剣を作り上げる。

 

「これで最後だ!アシモフ!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

雷撃が象った巨大な剣をアシモフに向けて、高速で振り下ろそうとした。

 

だが、それよりもアシモフは叩き落とされながらもネフィリムの心臓を起動させて自身の落下地点へと穴を開けた。

 

「ここは私の負けだ!だが次は必ず貴様と無能力者!そして天羽奏と立花響を殺す!そして風鳴翼と雪音クリスを手に入れる!」

 

「逃がす訳ないだろ!」

 

ボクは落ちながらも加速してアシモフへとスパークカリバーを振るった。

 

だが、僅かに間に合わず、アシモフに切先だけが掠り、そのままアシモフは穴へと入り込んで姿を消して行った。

 

「アシモフ!」

 

地面へ降り立つと共にボクはアシモフにここでトドメをさせなかった事を嘆き、怨敵の名を叫ぶ事しか出来なかった。



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48GVOLT

あけましておめでとうございます。
完結に向けて今年も頑張ります。


亜空孔(ワームホール)を開けて機内へと帰還したアシモフは壁に寄りかかる。

 

「予想は的中したが、してやられた…無能力者も奴も本当に忌々しい」

 

アシモフは自身の身体に付けられた拳の跡とスパークカリバーの切り傷を見ながらそう呟く。

 

「だが、これで私のこの世界の計画(プラン)は完全に達成される。だが、ここまでコケにされた分の返礼が必要だ」

 

自身を追い込もうと盲信し、自身を本物と疑わない奴に。

 

「アッシュ!無事なのかい!?」

 

自身の雷撃が再び纏える様になると同時に傷を癒していく中、ウェルが室内に入り込んで来た。

 

「一応、無事と言っておこう。この程度の傷は何の支障にもならん。直ぐに癒える」

 

「それは良かった…それよりもアッシュ、彼方への打撃は?」

 

「残念だが、邪魔が入った所為で一人も始末出来なかった」

 

そうアシモフが言うと、ウェルは表情を歪めた。

 

「やっぱりあの男のせいなのかい?でもアッシュには電磁結界(カゲロウ)があるし、あの男だけじゃどんなに攻撃しようとしても無傷でいられる筈じゃないのかい?」

 

「あの無能力者の所為でもあるが、奴が再び私の目の前に現れた」

 

その言葉にウェルはアシモフがそう呼ぶ人物が一人しか思い浮かばず、表情を更に歪める驚きの声を上げる。

 

「まさかガンヴォルトが!?奴はアッシュが殺した筈じゃ!?」

 

「ああ、殺したさ。これが残した残滓か何かで生き返ったのだろう」

 

そう言ってアシモフはネフィリムの心臓から電子の謡精(サイバーディーヴァ)を捕らえるギアペンダントを掲げる。

 

「全く、何処までも私に反抗してくれるものだ。貴様も力のみ有する偽物の癖にな」

 

呆れながら、そして僅かに怒りを込めながらギアペンダントを眺める。

 

「だが、力は本物と遜色の無いものだ。ネフィリムが時間が経った様にこちらもそれなりに掛かるのだろう。まあ、それよりも良いものを見せて貰った」

 

「怒りながら笑うなんて器用にするね…ってそれよりもガンヴォルトはどうするんだい!?アッシュの電磁結界(カゲロウ)を突破する奴!今後の計画に支障が!?」

 

「その心配はあまり無い。奴だけでは私の電磁結界(カゲロウ)を攻略するのは不可能であるからな。奴の力、蒼き雷霆(アームドブルー)は私のものに劣り、電子の謡精(サイバーディーヴァ)による底上げ(パワーアップ)によるものだ。奴の雷撃は私には効かん」

 

アシモフはウェルへとそう説明する。

 

「なら問題ないけど、それよりも良いものってなんだい?」

 

計画(プラン)がより確実なものとなり、保険(バックアップ)が運が良ければ二つ手に入る」

 

「正規適合者の雪音クリスと風鳴翼の事かい?」

 

「ああ。奴らも電子の謡精(サイバーディーヴァ)の残滓を宿し、これに共鳴して能力では無いが電磁結界(カゲロウ)を超えた」

 

「それの何処が良い事なんだよ、アッシュ!寧ろ、電磁結界(カゲロウ)を超える為の切り札になっているじゃないか!?」

 

ウェルは不安要素であるその事を慌てる。

 

「二人が電磁結界(カゲロウ)を越えようとも私には敵わん」

 

「だけどアッシュ。それならば立花響でも良いんじゃなかったのかい?立花響も同様に電子の謡精(サイバーディーヴァ)を宿している事は先の戦闘で分かったじゃないか?」

 

「奴を使うなどナンセンスだ。立花響も電子の謡精(サイバーディーヴァ)を有していようと、あんな暴走と言う危険なものを孕んだ奴、保険(バックアップ)にしようとも思わない。それよりも警戒すべきは奴の上官、そしてもう一人いたあの男だ」

 

アシモフはそう言うと共に忌々しそうに拳を握る。

 

「私をどうやって拘束したか分からない力。第七波動(セブンス)でも聖遺物でもない違う力だがあれは厄介だ。そして以前から戦闘しているあの男だ。第七波動(セブンス)も持たず、聖遺物も持たぬのにネフィリムを圧倒する高い膂力(パワー)に私の蒼き雷霆(アームドブルー)による身体強化に迫る程の速度(スピード)。あの者達がいる状態で奴と戦えば苦戦を強いられるだろう。奴を殺す事を最前に持って行った事、それに奴が弱体化して確実に殺せると慢心した、それが今回の結果だ。全く、無能力者で厄介な奴は何処にでもいるのか。だが、次はそうはいかん」

 

アシモフは苦々しく呟く様に言った。

 

「ああ、本当に厄介だよ。ガンヴォルト以外にもあんなのがいるなんて本当に悪夢でしかない」

 

ウェルも弦十郎と慎次の規格外と思える戦闘力を目の当たりにしている為にそう答える事しか出来ない。

 

「いずれにせよ。私達が計画を実行していれば奴等とも見えるであろう。次は必ず殺してやるさ」

 

そう言うとアシモフは立ち上がり、ネフィリムの心臓をウェルへと渡す。

 

「必要な物は全て手中にある。直ぐに計画(プラン)を進める。フロンティアを起動する為にこちらも準備を進めよう」

 

そう言って室内にウェルを置いて出て行くと、アシモフはナスターシャのいる部屋へと向かい、ノックをして入る。ベットに横たわるナスターシャ。そしてその傍らにはマリア、そして切歌と調。

 

「アッシュボルト…」

 

「全員いる様で手間が省けた。Dr.ナスターシャ。ネフィリムの心臓は回収した。フロンティアを見つけ出し、このまま進めるぞ」

 

有無を言わさず計画を進める事を伝えるアシモフ。

 

「…」

 

だがナスターシャはアシモフの言葉に答えを出さない。

 

「どうした?世界を救う為の計画(プラン)が進むのに何を悩む必要がある?」

 

「世界を救う…それは本当の事なのですか?アッシュボルト…いえ、アシモフ」

 

「本当の事だよ、Dr.ナスターシャ。それよりも私の本当の名を何処で知った?いや、既に彼方も奴が私の名を広めている所為でこちらにも耳に入ってもおかしくはないか」

 

そう納得した様な呟くアシモフ。だが、ナスターシャが言う前にマリアがアシモフに向けて言い放つ。

 

「そんな事はどうでもいい!貴方は!貴方は私の妹を口にして何をしようとしているのよ!あの子をどうして貴方が知っているの!」

 

「…セレナ・カデンツァヴナ・イヴの事か…何処でそれを知ったか知らんが…ああ、あの時口走った時に聞かれたか…全く私も何処まで口が軽くなってしまったのだか…」

 

マリアの言葉に自身が失態を犯した事を呆れて言う。その行動にマリアはアシモフに怒りを募らせて怒鳴った。

 

「答えなさい!アシモフ!」

 

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴをどうするか?世界を救う為に必要とだけ言っておこうか」

 

その瞬間にマリアは怒りを露わにし、ガングニールを見に纏う。切歌も調もイガリマ、シュルシャガナを身に纏う。

 

「答えになってない!」

 

装者三人がアシモフに向けて武器を構える。マリア達が突撃しなかったのもナスターシャに被害があると考えていたから。それを理解しているからこそ、アシモフは動く事はしなかった。

 

「敵対するか?この私に?」

 

そしてアシモフから発せられる殺気。その殺気の圧に押し潰されそうになる四人。

 

「…返答次第よ、答えなさい!アシモフ!」

 

強がるマリア。アシモフは少し間を開けて言い放った。

 

「…まあ良い、いずれは知る事になるのだからな。目的に必要になるのだよ。だから甦らせる」

 

「ッ!?」

 

その言葉に全員が有り得ないとばかりの表情を浮かべる。

 

「有り得ない、そう思うだろうが可能なのだよ。電子の謡精(サイバーディーヴァ)があればな。私が何の為に電子の謡精(サイバーディーヴァ)に執着していたと思っている。あれにはその力がある。それに考えても見ろ。世界を救ったとして、フロンティアにより生き残ったとしても、まだノイズという脅威がある。それを救う人材を増やそうというだけだ。貴様等三人ではいくらフロンティアの規模だろうが厳しい可能性もあるだろう?」

 

「セレナを…セレナを本当に生き返らせる事が出来るの?」

 

マリアはアシモフの言葉に動揺しながらもそう言った。

 

「可能だ。電子の謡精(サイバーディーヴァ)にはそれを可能にする力がある。奴がまた息を吹き返した様に人を再誕させる力がな」

 

アシモフの言葉に四人は絶句する。そしてガンヴォルトが未だ生存している事を伝える。

 

「どうするのだ?私とここで敵対し、このまま殺されるか?それとも、協力して目的を達成させるか?」

 

アシモフの問いを四人は暫く放心したままであった。

 

「私も気が長い方ではない。早く答えを聞こうか?」

 

「…分かりました…貴方の言う通りにしましょう」

 

そしてナスターシャが代表してそう答える。その答えに満足した様に殺気を収める。

 

「懸命な判断だ。体調が悪かろうがしっかりとこなしてもらうぞ」

 

そう言ってアシモフはナスターシャ達を残して、部屋を出て行く。

 

そして自らの装備を収納している部屋へと戻る。

 

「…そろそろ始末すべきか…」

 

戻ると共にそう呟く。電子の謡精(サイバーディーヴァ)に人を復活させる事は可能。だが、それは蒼き雷霆(アームドブルー)を持ち、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の寵愛を受けし者だけとアシモフは考えていた。あの場でアシモフが言った事は嘘で有り、そんな事は有り得ない事であった。

 

そしてセレナの件もだ。セレナは死んではいない。

 

六年前、アシモフは見ていないが、セレナはネフィリムに喰われて死亡した。そうなっているが、実は違う。

 

現在、セレナはネフィリムに取り込まれてまだ生きているという事。

 

何故アシモフがそれを知っているのかは過去にアシモフが研究所へと潜入した事が起因している。

 

その当時のウェルと共に潜入してネフィリムを回収ではなく解析を行なった。実験が失敗して凍結された事も有り、封印処理はされようが、蒼き雷霆(アームドブルー)の前では何の意味を成さない。

 

だからこそ、解析してネフィリムに、いやネフィリムの中にある何かに気付いたのだ。

 

ネフィリムの中に存在する感じた、セレナという存在を。そしてセレナには可能性が秘められているという事を。

 

正規適合者、ネフィリム、宝剣の欠片。

 

全部が自身の目的を遂行する為の鍵になる。

 

そこからはただひたすら目的の為に長い時間を掛けて準備した。七年の歳月をかけて。

 

「…いや、まだだ。まだ何か使い道がある可能性もある…限りある駒をここで消して失敗しては目も当てられん。それに…餌をぶら下げた。その餌で邪魔する者を呼び寄せるのに存分に尽くせ」

 

そう言うと共に、自身の目的が着々と完遂に近付いていく事に笑みを浮かべた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ナスターシャ、マリア、そして切歌と調。

 

アシモフが部屋から出て行った後、ナスターシャ以外はアシモフの言った言葉により放心状態にあった。

 

死んだ人間を甦らせる。そんな事が可能なのだろうか。いや、アシモフは奴が、ガンヴォルトが生き返ったと匂わせる様な事を言っていた。

 

「本当に…本当にセレナが…」

 

マリアが有り得ないとばかりにそう呟く。

 

「本当に…本当にセレナが生き返るんデスか?」

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)…あれにはそんな力が…」

 

切歌も調も本当か疑問に思っているが、マリアの言葉と同じ様に本当なのかと口にする。

 

「…ガンヴォルトが生き返っている…それが真実であれば、可能になる事になるでしょう…」

 

「じゃあ本当に!?」

 

ナスターシャの言葉でマリアはセレナが生き返ると希望を持つ。

 

だが、

 

「ですが、それが本当であればです」

 

だが、ナスターシャがそれを否定する。

 

「でもマム!アッシュボルトが!アシモフがガンヴォルトを殺したのは聞いたでしょう!?マムもそれを聞いていたはず!それにあの男がそんなヘマなんて起こす様な男とでも!」

 

マリアもセレナが生き返るかも知れないと知り、ガンヴォルトが本当に生き返っており、電子の謡精(サイバーディーヴァ)があればセレナを、大切な妹が生き返ると信じて何処か否定的なナスターシャにそう言う。

 

「ええ、あの男がその様なヘマを起こすとは思わないわ。ですが、ガンヴォルトを本当に殺した所を見ましたか?死んだ事を確認しましたか?」

 

「確認していない…でも、あの男はそんなヘマしないって分かってるでしょ!」

 

「そうデスよ!マム!」

 

「あいつ等もだからこそ!仇を取る為に向かって来ていた!」

 

だが、協力を一番初めに答えたナスターシャはそれでも首を振るう。

 

「ならばどうしてそこまで!セレナが生き返る!またセレナに会えるのにどうして!」

 

「本当にセレナが生き返る保証があるのですか?」

 

「ッ!?」

 

「セレナが生き返る、私ももしそんな事が出来るのなら叶えて欲しいです。そして謝りたい。あの時、あの子をあんな目にした事を。ですが、あの外道が本当にそんな事をしてくれるとも思っているのですか?今まで協力した中でこの様な提案を掲示したのは初めてですが、あの外道がその事を守るとでも?守ったとしても、あの子をあの外道が手駒にして更に無理難題を吹っかけてくる可能性だって有ります。実際のあの男の本当の目的は少ししかはっきりしていません。口では世界を救うと言っていますが、私はもうあの男を信用はしていない」

 

その言葉にマリアはアシモフにより甦ったセレナが酷い目に遭う事を想像してしまう。アシモフは外道で有り、それを守るとは思えないからだ。そして、アシモフの目的が何なのか。未だ不透明なものが多い。

 

「それにそんな形で甦ったとしても私はセレナに顔向け出来ません。もう私達は戻れない所まで来ています。それにこのままあの子が蘇ったとしても、奪われ、あの外道にセレナを利用される事が許せないのです。私は微かな希望で有りますが、それを受け入れるべきなのか答えが出ません。人智の外れた事でセレナを生き返らせるべきなのか」

 

それはナスターシャの本音。セレナを生き返らせるのが正しいのか。セレナをアシモフに利用されていいのか。

 

誰もがその問いに答える事が出来ない。

 

「だからこそ、こちらも動きます。私としても、世界を救うのに、もうこれ以上あの外道達と行動する事は出来ません。裏切りましょう」

 

その言葉に三人が驚く。

 

「裏切るデスか?」

 

「ええ、もう決めました。あの男がセレナを口にした瞬間、私の中でもうあの様な者達とは協力出来ないと」

 

「でも、どうするの?私達だけであの外道をどうにか出来るなんて…」

 

調の言う通り、アシモフと言う男に刃向かってもこちらが不利。そして最悪の場合殺される。

 

「あいつ等に協力を仰ぐの?」

 

マリアも不安そうに聞く。

 

「いいえ、もっと都合の良い者達が居ます。私達の目的を達する為に、餌をちらつかせれば食いつく様な貪欲な者が」

 

ナスターシャは覚悟を決めてそう言った。



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49GVOLT

戦闘の後、ボクは先に装者と弦十郎を本部に戻る様にお願いしてアシモフとの戦闘があった現場に残っていた。

 

初めは誰もが何故ボクだけが残る事に疑問する声を上げていたが、アシモフがまだ近くにいる可能性があるという事を告げ、もしもの時の保険で残ると言って現状残っている。

 

現在は既に二課所属エージェント、そして調査員、一課の災害派遣チームがこの場に溢れており、この場での戦闘の余波による負傷者の有無、アシモフや敵装者、切歌と調と呼ばれる少女、ウェルが何か残していないかの確認をしている。

 

だが、そんな中、ボクはもしもの時には直ぐに対応出来る距離、そして、誰もいないビルの内部で拳を強く握り、先程の戦闘を振り返り、苦い顔を浮かべていた。

 

(シアンを取り戻す…そう誓ったはずなのに…結局一人じゃ手も足も出ず、アシモフにトドメをさせなかった…

ボクが弱い所為で装者達にも殺しを覚悟させてしまった…そんな事させたく無かったのに…)

 

生まれるのは後悔。

 

自身の力がアシモフに及ばないばかりに、シアンを取り戻す事もアシモフを殺す事も出来なかった。たった一人ではアシモフの電磁結界(カゲロウ)を越す事も出来ず、手も足も出なかった。

 

クリスや奏や翼、そして弦十郎に慎次が作ってくれたチャンスを物にする事も出来ず、深傷を負わす事すら叶わなかった。

 

倒すと誓ったのに、殺すと誓ったのに、装者達に重しを背負わせないと決めたのに。

 

結局何一つ為す事が出来なかった。

 

それに状況は今よりも更に悪くなるばかり。

 

響がどうなるか分からない。何故かシアンの力、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を僅かながら使用出来た事により狙われている翼にクリス。そしてアシモフが持つ、第七波動(セブンス)を操る事の出来る聖遺物、ネフィリムの心臓。アシモフが率いるフィーネが起こそうとしている選別と称した虐殺が本格化しようとしている現状。

 

全てがアシモフの思うように進んでいる。こちら側にとって戦闘していく度疲弊するだけに対して打撃を与えられない。まさに負のスパイラル。

 

(もっとボクがしっかりとしていれば…響に付いて警戒していれば!何も出来なきゃ意味がないじゃないか!)

 

込み上げた怒りのまま、ボクはビルの壁に拳を打ち付けた。

 

自分に全てが足りないせいで、何も出来ていない。まるでシアンを失った時の様に。

 

警戒心が足りない。アシモフを殺す為の力も皆を守る為の力も。これ以上先手を取られない為の想像力も。

 

何もかもがボクには足りていない。

 

殺意も。怒りも。憎しみも。

 

「駄目だ…そう考えるな…そんなのアシモフや紫電やアキュラと変わらない…もう何もアシモフから奪われない為にも…そんな事を思っちゃ駄目だ…」

 

振り払う様に繰り返して呟く。だが、アシモフにやられ続けている事によりその不安が消える事は無かった。

 

消し去る為にはアシモフをこの手で倒すしかない。殺すしかない。その自身に課した使命の様なものがボクの頭を支配していく。

 

そんな事に囚われては駄目だ。気付かぬ内に足元を掬われる。アシモフはその隙を突いてくる。ボク自身が自分の意思で。自分の覚悟で成し遂げなければならない。

 

そうなれば守ろうとした者がどうなるか分かっているからこそ、こびりついた思想を上塗りしていく様に対策を考える。

 

アシモフに勝つイメージを。アシモフの目的を止め、F.I.S.のやろうとしている事を止める為にも。そしてその子に起こりうる消滅を回避する為にも。

 

だが、最初の考えがボクの心を砕く様に、先へ進ませない様に阻む。

 

アシモフの存在が全てを堰き止める。

 

アシモフの持つ蒼き雷霆(アームドブルー)。そして付随する最強の防御結界、電磁結界(カゲロウ)。更に第七波動(セブンス)を操るネフィリムの心臓。それに対しては既に戦った事のある戦闘方法だからこそ対処は出来る。だが電磁結界(カゲロウ)、あれを突破しなくては話にならない。今のままではどうにもならない。装者達に罪を押し付けない為にもどうにかしてでも電磁結界(カゲロウ)を突破しなくてはならない。そして更に電磁結界(カゲロウ)の先にあるアシモフがボクにも隠し続けていた(スキル)電影招雷(シャドウストライク)。あれが何なのか分からない以上、アシモフとの戦闘はボクの不利な状況に追いやられる。

 

もう負けられない。負けてはならない。現在はアシモフのせいでないにしろ、響が危ない状況に遭っている。追い討ちを掛けるように翼もクリスも狙われている現状。そして奏も、弦十郎も慎次もアシモフからボク同様に殺害を宣告されている。

 

だからこそ、勝たなくてはならない。殺さなければならない。もう誰も失わない為に。シアンを取り戻す為に。

 

自分がアシモフに勝つイメージを手繰り寄せる為に考える。いや、考え続けなければならない。このままでは全てを失う。アシモフの思い通りになってしまう。それは確実にこの世界が終わる事を告げている。

 

この世界の仲間が、守るべき者が全てアシモフの手によって殺される。

 

今のボクがアシモフに勝つイメージを。

 

それは矮小でボクの思うよりもとても小さな可能性なのかもしれない。だが、諦めてはならない。

 

負けなど考えてはならないから。だからこそ、ボクはどんなに極小の可能性を掴み取る為に考える。アシモフを殺して全てを守る為に。

 

こびりついた不安を勝つ為のイメージを浮かべ塗りつぶそうとするが、所詮は上塗りで見えなくなるだけ。その不安は決して消えはしない。

 

だからと言って表にそれを出す訳にはいかない。今度は失敗を起こさない。負けない為にも。守り抜いて取り戻す。

 

それがボクのするべき最善の事だから。

 

そんな苦しみながら、もがきながら考えている最中、弦十郎から通信が入った為に、それを気取られぬようその意思を隠して通信を開始する。

 

『ガンヴォルト、俺達が本部に到着した頃には響君の手術は無事終了していた。奇跡的に響君の胸に宿るガングニールの方も落ち着いていた』

 

「ありがとう、弦十郎。だけど、響が無事だろうと、もう響は戦う事は出来ない。そうでしょ?」

 

『ああ。今回も無事だったが、次にシンフォギアを纏えば何が起きるか、無事であるかの保証なんてない。戦力は下がるだろうが、響君が響君のままでいてもらう為にも、その親友の未来君に心配を掛けさせない為にもこれ以上響君には戦闘をさせられない』

 

分かっていた事。戦力がダウンする。だが、そんな事はどうでもいい。戦力がダウンしようと、響一人の命の方がボクにとっては大事だから。響が響のままでいてもらう為にも。

 

「響が無事で良かった…だからこそ、もう響に戦わなくていい様にしなきゃならない。もうこれ以上誰もこんな目に遭わさない様にしなきゃならない」

 

『ああ。もうこれ以上、アシモフの…F.I.S.の思い通りにさせる訳には行かない。初めから何も変わっちゃいない。全てを止める。原因をいち早く取り除く事』

 

何度も確認しあった事。だが、それの全てが失敗に終わっている。だからこそ、その言葉に以前にも増した力が宿るのを感じる。

 

ボク同様にまるで強迫観念に囚われた様に。

 

だけど、それが何だろうと関係はない。強迫めいたものだろうと何だろうと、初めから達成しなければ全てが終わる選択肢なんて無いものだから。

 

そしてボク自身がやらなければならない。終わらせなきゃならないものだから。

 

◇◇◇◇◇◇

 

弦十郎はガンヴォルトにその事を伝えると通信を終えた。

 

だが、その通信を終えてもまだやらなければならない事が幾つもある。

 

響の状態は今回は運が良かった。だが、本当に危ない状況になっている為に、未来にも響の状態を話さねばならない。

 

響にシンフォギアを纏わせない為にも、親友である未来の助力が必要と判断する。民間協力者である為、響の親友である為に、もうこれ以上響の事を隠し続ける事は不可能と判断して、それに自分達だけでは響をこの様な非日常から遠ざける事は不可能としか考えられなくなった為である。

 

そして、ガンヴォルトのアシモフの殺害に対する装者達の不満の事。

 

ガンヴォルトを思う故に、ガンヴォルトだけに国から、世界から課せられたアシモフの殺害をどう装者達に納得させるかも考えねばならない。

 

殺人と言うものがどんなものか弦十郎にも分からない。人の死というものはノイズによる被害によって近くにあるのは理解しているが、それを己が手で行う事の重さが、心労が理解出来ないから。

 

こればかりは弦十郎の性分では無い。人の道を説く。大人としてそれは伝える事が出来る。だが、その人の道を外れた行動だからこそ、殺人がどれほどの、これからの人生に伸し掛かる重さが伝えられない。

 

「…お前ばかりに本当に苦労ばかり掛ける」

 

呟く様に先程話したガンヴォルトの名を呟く。

 

その重さを理解している。そしてそれを背負いながらも生きたからこそガンヴォルトに説いてもらうしかない。

 

それしか出来ない自分を悔いる事しか出来ない。本来ならば自身が説くべきだと。

 

そんな考えをしながら他の対処も考えている中、通信が入る。

 

『弦十郎、大丈夫か?』

 

「斯波田事務次官」

 

通信の相手は斯波田事務次官であり、心配をした声音でそう言った。

 

『アシモフを倒せなかった事は別に責めはしねぇ、響の嬢ちゃんに大変な目に遭わせちまった』

 

「斯波田事務次官の所為ではありません…我々が全てを怠った結果です」

 

自身が警備を響に付けなかったせいで、もっとしっかりとカ・ディンギル址地で調査をしてネフィリムの心臓を先に見つけていれば。アシモフの存在を直ぐに察知できれば、F.I.S.の行動を予測していれば防げたかもしれないと斯波田事務次官に伝える。

 

『そんな自分を責めたって意味ねぇだろ。俺だってそうなっちまった一旦を担ってんだから、悔しいし、アシモフの野郎をぶちのめしてぇ。だが、そう思うならこそ、行動を起こさなきゃならねぇ。アシモフの野郎を、F.I.S.に煮湯を飲まされた分、次こそは先手を打たなきゃならねぇ』

 

既に次を見据えている斯波田事務次官はどうするかを考えて行動しているようで背後に怒声を飛ばしながら慌ただしくしている。

 

「勿論、次こそ被害を出さない為にも我々も動くつもりです」

 

そう伝える弦十郎。斯波田事務次官もそれで良い。今度こそ先手を打って止めると言った。だが、少し考えた後、斯波田事務次官は何か危惧しているかの様に弦十郎に尋ねる。

 

『ところで弦十郎、ガンヴォルトは無事か?』

 

「ガンヴォルトですか?ガンヴォルトは現在、アシモフが戦闘跡地にまた現れる可能性があると言ってあの場に残ってます。あいつ自身は無事です」

 

『ちげぇよ、弦十郎。身体とかの話じゃねぇ。精神の話だ』

 

斯波田事務次官はそう言った。

 

『あいつは気丈に振る舞って無事で装っているかもしれねぇが、アシモフの野郎と言うあいつにとってシアンの嬢ちゃんの敵であり、現在もシアンの嬢ちゃんを奪った男だ。何度も戦い、勝てちゃいない。そして俺達にとって何か大事な者を奪われたり、失くしかけている。それがどれだけガンヴォルトにとってのストレスになっているか分からねぇ。現に今あいつが一人になっているって事は相当きてるって事だろう』

 

斯波田事務次官にそう言われて弦十郎は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。斯波田事務次官に言われるまで気付かなかった。

 

ガンヴォルトに何かあったのは理解していた。だが、響の状態の心配が先行して精神状態まで気にしていられなかったからだ。

 

「…すみません…斯波田事務次官の前に自分が第一に気付かなければならないのに…」

 

『弦十郎のせいじゃねぇよ。あいつの悪いとこだ…』

 

斯波田事務次官は溜め息を吐いてそう呟いた。

 

『気に掛けてやってくれ。あいつは以前からこんな経験ばっかりしてるから本当に何時に壊れるか分からない。特に今回は更に酷い状況だ。守るべき者を奪われ、更に響の嬢ちゃんがこんな状態、目を覚ますから奏の嬢ちゃんよりもまだマシだと思うが、翼の嬢ちゃんもクリスの嬢ちゃんが狙われている。奏の嬢ちゃんもテメェもだ。誰か一人でも欠ければガンヴォルトは正直、戦えはするが、奪われ続けた結果壊れちまう。それに最も危惧するのはアシモフの野郎だ。あいつは以前からガンヴォルトに対しての何かを握っている。それが何なのか知らんが、それがガンヴォルトの心を折るものなら目も当てられない』

 

斯波田事務次官の不安。ガンヴォルトが壊れる。肉体的で無く、精神的に。そしてそれは世界が終わる可能性を持った最悪の事態。

 

そしてそれは全て敵の手に握られているという事態。

 

「ご忠告ありがとうございます。自分や他の職員で何とかケアしてみます」

 

『ああ、俺達も出来る事は何でもしてやる。だから、ガンヴォルトを支えてやってくれ。頼る事しか出来ない。不甲斐ないと思うかもしれねぇが頼んだぞ。ガンヴォルトが潰れて仕舞えば、下手すりゃあ嬢ちゃん達の精神も危うくなる』

 

「斯波田事務次官も出来る限りして頂いているのでそんなこと誰もが思ってます。それに分かってます。大人として、ガンヴォルトの上司として何とか対応とケアをします」

 

『頼んだぞ』

 

そう言って斯波田事務次官から通信が切れるのを確認すると、弦十郎は大きな溜め息を吐いた。

 

「問題だらけだ…だが折れる訳にも、立ち止まる訳にもいかん…止めなきゃならないんだ…アシモフを…F.I.S.を」

 

弦十郎はそう呟くと先程の斯波田事務次官の言葉を思い出す。

 

ガンヴォルトの精神が危うい。

 

以前にも増して危険な状態だという事。ガンヴォルトに取っての全ての元凶にシアンを奪われ、更に取り戻す事の出来ない状況で、どんどん失いそうな者が増えていく一方。

 

ガンヴォルトの精神は強靭だと理解している。だが、人である限り、限度がある。だからこそ、斯波田事務次官の言う通り、それがいつ決壊するか分からない。

 

「本当にとんでもない事ばかり起こしてくれるな…アシモフ…」

 

弦十郎は世界すらを敵にしている仇敵の名を口にする。

 

全ての元凶にしてガンヴォルトの因縁の相手。倒さなければならない。殺さねばならない。世界の為にも。ガンヴォルトの為にも。

 

だが、ガンヴォルトと同じ能力。そしてそれ以上の力を持ち、第七波動(セブンス)を操るネフィリムの心臓。そしてノイズを操るソロモンの杖を操作するウェル。更に三人の装者。

 

考えるだけでも頭が痛くなる。

 

だが、何度も言うようにそれでも何とかしなければならない。取り戻さなければならない。シアンを。平和を。

 

弦十郎は拳を強く握り締め、更なる激闘を想定しながら、今対応出来る事をするべく動き始めた。



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50GVOLT

弦十郎により集められた装者である奏、翼、クリス。響はまだ意識を取り戻していない為に、そして未来はこの事を協力者だからと言って聞かせる訳にはいかない為に、響の病室で待機してもらっている。

 

ガンヴォルトはまだアシモフやF.I.S.の襲来の可能性があると考え、現場の警戒で離れられない為に装者のみ集められている。装者達の顔には怒り、苛立ちが感じられる。集められている理由を何となく察しているからであろう。

 

そして、弦十郎はこの場の全員に告げた。

 

「この場に集まって貰ったのはもう既に知ってしまったからこそ、あの場にいた君達にも周知するべきと俺が判断したからだ。俺達が、いや俺がガンヴォルトに告げた任務。アシモフの殺害の事を。あの場で奏には伝えたが、アシモフの殺害はこの国、そして諸外国からの総意だ。アシモフを捕らえる事は今まで繰り返された戦闘から不可能。そしてこれから起こりうる最悪の事態を想定した事による被害を限りなく減らす、いや、無くす為にも、それがベストだと判断された。だからこそ国や諸外国が下した決断でそれを俺もガンヴォルトも同意した」

 

「アシモフを捕らえる事は不可能…そしてこの国と諸外国から下された判断は理解出来ます…ですが!それを私達に黙っていたのですか!そんな事納得出来る訳ありません!私達には何も告げず何故ガンヴォルトだけにそんな事を頼んだのですか!?」

 

翼が弦十郎へと向けて言った。

 

奏もクリスも同様に弦十郎へと怒りの視線を向けている。

 

「それは先の戦闘でも伝えたはずだ。奏や翼、クリス君。勿論、響君にもだが、君達の手は救いを差し伸ばす手だ。そしてノイズという脅威から人々を守る為のものだからだ。だからこそ、救いの手を汚してはならない。その手を血に染めてはならないんだ」

 

「だったらガンヴォルトもその中の一人だろうが!そんなのは旦那達の押し付けだろうが!なんで私達に何も伝えずガンヴォルトだけにそれをやらせようとしてんだよ!何でガンヴォルトだけに!?」

 

「こいつの言う通りだ!なんで私達にそれを黙ってあいつにだけそれを抱え込もうとさせるんだよ!そんなの可笑しいだろ!」

 

奏もクリスもふざけるなと言わんばかりに弦十郎へと言う。

 

「さっきも話した様に国と諸外国の決定だ。俺達の様な組織は上の意向に逆らう事は難しい。それに殺人を強要する事を俺は君達の様な若者の未来を変えてしまう可能性があるからこそ、苦渋の決断をしてガンヴォルトに頼んだんだ」

 

「だから!そんなので納得出来る訳ないだろ!」

 

奏が弦十郎にまだ何か言おうとするがそれよりも先に弦十郎が言う。

 

「納得出来る出来ないの問題じゃない。例えどうであれ、君達には殺しという事をして欲しくないんだ。それがアシモフの様な悪人だろうと」

 

「こいつの言う通り、納得出来る訳ないだろ!そんなのおっさん達の単なる押し付けだろうが!私達はそんなの絶対に認める訳ない!」

 

「奏と雪音の言う通り、そんな押し付けの様な事を絶対に認めない!それに!ならば何故あの場でガンヴォルトは私達に頼んだのですか!?」

 

クリスも翼も奏に同調する様にそう言った。ガンヴォルトを思っての事であるが、弦十郎としても、ここにいないガンヴォルトもそんな事を認めたくない。装者達にその重りをつけて欲しくない。だが、あの場でガンヴォルトはその事をあくまで幇助という形で容認してしまった。装者達に覚悟をさせてしまった。だからこそ、どう答えても装者達は納得しないだろう。

 

「あの場はガンヴォルトもああ言うしかなかったんだろう。あの場での戦闘でガンヴォルトは戦闘において最適な判断を下したに過ぎない。だが、もうその戦闘は既に終わった。だからもう君達がこれ以上アシモフを殺す事に加担する必要はない。後の事はガンヴォルトや俺達で何とかする」

 

それでも弦十郎はそう告げ続ける。

 

「ふざけんなよ!あいつもおっさんもどうやってあの野郎と戦うっていうんだよ!殺し合うっていうんだよ!あいつの第七波動()はシアンの助力なしじゃ今のあの野郎には通用しないだろ!あの野郎の弱点を知っているとしても、ネフィリムの心臓を介した別の強力な第七波動()もある!他にも何か持っている可能性だってある!そんな状態なのにあの野郎と戦うっていってもどうする事も出来ないだろうが!」

 

「クリスの言う通りだろ!今のガンヴォルトに電磁結界(カゲロウ)の防御を越える程の出力が出ない以上、まともに対抗出来る手段を選ばねぇでどうするんだよ!」

 

「そうです!事実!私と雪音の攻撃は!それにもしかしたら奏もアシモフの電磁結界(カゲロウ)を越える事が出来ました!対抗出来るかも知れない!それなのに何故私達をそこまでしてアシモフから遠ざけようとするのですか!?」

 

何処までも引き下がらない装者達。もうどう言っても無駄な事は理解している。だが、それでも弦十郎はここにいないガンヴォルトに変わって装者達へと殺人をさせない為に言うしかなかった。

 

「なら君達に聞くが、もし君達がアシモフと対峙した際、本当に君達はその手でアシモフを殺せるか?ノイズとは違い、生きた人間を己が武器で討つ事が出来るか?」

 

その言葉はとてつもなく重く、そして何処までも冷たい。その言葉に装者達は言い淀む。

 

「言葉にする事は簡単だ。だが、俺の言った言葉を聞いて何の迷いもなく直ぐに答えが出せない以上、君達がアシモフを殺す事は偶然が重ならない限り出来ない。そして殺すという行動に移せない。アシモフとの互いの命が潰えるまで続く殺し合いに対して足手纏いになり兼ねない。さっきの一瞬ですらアシモフとの戦闘では命取りになる。現に翼とクリス君は一時的にアシモフの殺気に怯え、身体が動かなくなっていた。もしガンヴォルトがいなければどうなっていたか分からない。それに何度も対峙してアシモフという男がどういう人間か分かっているだろう。だからこそ、大人である我々が、既に言葉でも、行動でも、本当に殺す事の出来る覚悟があるガンヴォルトと共にやらねばならない。君達は君達で、アシモフを除く奴らを。ウェル博士とF.I.S.を止める戦いに専念してくれればいい」

 

装者達にとって厳しい言葉かも知れない。だが、弦十郎の言う様に、一瞬の間でも死が伴う以上、殺す事の出来ない者、何の迷いもなく殺す覚悟のない者をアシモフの前にもう立たせる訳にはいかない。今ここで表した言葉の覚悟はこれから起こりうる事を想定した戦いでは何の意味を持たない。その罪を背負える程の度量、そして躊躇いを持たない事が求められる。

 

だからこそ、その何方も持つガンヴォルトにお願いをしたのだ。皮肉な事にガンヴォルトのいた世界の環境がガンヴォルトにその何方も持たせてしまったから。

 

「ふざけんなよ!何でそれだけで私達を除け者にするんだよ!旦那も!ガンヴォルトも!」

 

「除け者じゃない。戦闘に置いての適材適所、そう我々が判断した結果だ。君達の担当は捕らえるべきF.I.S.を…ウェル博士を。そして我々が、ガンヴォルトが国と諸外国から排除すべきと決めたアシモフを」

 

「話になりません!適材適所ならば私達もアシモフの元に行く方が賢明な考えです!」

 

「どう考えたっておかしいだろ!私達がいた方が多くの犠牲を出さずに何とかに出来るかも知れないだろ!なのに何でだよ!おっさん!」

 

「いい加減にしろ!」

 

文句を並べる装者達に弦十郎は一喝する。

 

「これはもう決定事項だ。いくら君達がここで駄々をこねたって変わらない…覆る事なんてないんだ。いい加減聞き分けてくれ…」

 

弦十郎が辛そうに言っているのは理解している。装者達も自身達に手を汚して欲しくないのも理解している。

 

「ッ!クソッ!話にならねぇ!」

 

「もういい!」

 

クリスと奏はそう言って部屋を出て行く。残った翼は弦十郎に向けて言った。

 

「…司令。私だってもういつまでも守られているばかりの…ガンヴォルトに頼ったり、守ってもらってばかりいる子供じゃないんです。それに実際の戦場に出れば誰もが殺す殺さないなど言っていられない状況になれば間を置かずに判断くらい出来ます。それに…幼かった私は司令の前でも、あの時所属していた二課の前でも言いました。ガンヴォルトが苦しみ、悲しむ様であれば私の携える防人の剣で払うと。だからこそ、私は何を言われようとやります。勿論、F.I.S.とウェル博士を捕まえる、そしてガンヴォルトの為にアシモフと対峙すれば必ず私は己が聖遺物で…剣で必ずアシモフを討ちます。勿論、今言っている事が命令違反なのは重々承知しています。ですが、私はそれでもガンヴォルトばかりに、ガンヴォルトだけに背負わせたくないんです。それがガンヴォルトの前で誓った事ですから。奏も雪音も同じです。何があろうとガンヴォルトと共にこの戦いを終わらせて見せます」

 

そう言って翼も奏とクリスの後を追い、退出して行った。

 

弦十郎は翼の言葉に何も反論せずにただ黙ってその背を見続ける。

 

「…ああ、本当に上手くいかないし、後を追い、辞めるように促すのが司令としての立場なのに…こんなんじゃ司令官として失格だ…」

 

扉が閉まり、大きな溜め息と共に、自身の立場としてやるべき事が出来ない事を嘆く。

 

「司令、彼女達は…どうやら聞き入れてくれそうにないですね」

 

そう言って入って来たのは、悲しそうな表情をしている慎次。弦十郎の様子、そして先程出て行った装者達の事を見て事態を把握したのであろう。

 

「ああ、共に戦ってくれる事は本当に感謝している。ガンヴォルトだけに罪を背負わせようとせず、共に歩んでくれる事は俺としても本当にありがたいと思っている…だが、駄目なんだ。あの子達に殺しをさせてはいけない」

 

慎次へと向けて弦十郎が辛そうに言った。

 

「…分かっています。装者達にそれをさせてはならない。それは司令の望みでもあり、ガンヴォルト君の望みでもありますから」

 

「ああ、本当はガンヴォルトにも殺さないでもいいと言ってやりたかった…」

 

弦十郎は悲しそうに今この場にいないガンヴォルトの事を思いながら呟く様に言った。

 

本当はガンヴォルトにもやらせたくはなかった。紫電の時と同様に。だが、あの時も今も、現状がそれを許さない。

 

支配に消滅。紫電もアシモフも変わらないと思われる思想。だからこそ、先にあるそんな地獄を止めなければならない。戦わなければならない。やらなければならない。ガンヴォルトも理解してそれに同意している。ならば此方もその思いに応える様に最大限のサポートをして事態を終息させる為に動くしかない。

 

しかし、その中にある一つの不安。

 

今のガンヴォルトは危うい可能性が高いという事。

 

斯波田事務次官も危惧しているガンヴォルトの精神状態である。

 

シアンを奪われ、電磁結界(カゲロウ)とネフィリムの心臓という力の前に辛酸を幾度となく味わっている。そのせいで壊れかけているのかも知れない。表面にあまり出さない為に分からない。今のガンヴォルトは本当に大丈夫なのか?いや、長い時を共に過ごしているからこそ分かる。確実にガンヴォルトの精神はもう決壊寸前だろう。

 

だから一人になり、警備と言いながらも悔いているのが容易に想像出来る。

 

潰してはならない。心を折らせてはならない。

 

ガンヴォルトがこの戦いにおいて重要な鍵であり、失くしてはならない存在だから。

 

「…とにかく、装者達の件は何とか説得していこう。それよりもガンヴォルトのカウンセリングを優先する」

 

「…ガンヴォルト君にアシモフを殺す事がですか?」

 

「それもあるが、ガンヴォルトの今の精神的に確実に潰れかかっている。何かの拍子にそれが決壊すれば、ガンヴォルトは確実に折れる。そしてガンヴォルトが折れれば、シアン君以外も奪い、失い、我々は多大な影響を与えるのは目に見えている。そして…」

 

慎次は弦十郎がその後の言葉を聞かずとも何と言おうとしていたのか分かっている。

 

何もかもが終わってしまうかも知れない。世界も。この先にあるべきはずの未来も。

 

「分かっています。僕はガンヴォルト君のあの場の警備が終わり次第、カウンセリングに取り掛かります」

 

「あいつの事だ。必ず気丈に振る舞うだろう。大丈夫だと言う事だろう。だが、それでも根気強くいくしかない。いつになる分からないアシモフの戦闘でも、その前でも、ガンヴォルトが折れてしまわぬ様に…壊れない様に…死ぬ事がない様に…」

 

弦十郎は慎次へと何度も言い、慎次もその言葉の重さを理解してただそうある為に強く頷いた。



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51GVOLT

数日かかった現場の検証も襲撃も無く終わった事は喜ばしい事だが、結果的に特に得られる物は何も無かった。

 

不安ばかりが募る警備でも、何かしらの成果さえあればと期待をしていたのだが、アシモフどころかF.I.S.の痕跡すら何も見当たらない。

 

状況が悪い事ばかりだろうがやるべき事は変わらない。変わらないのだが、何の成果も情報を得られない事が、アシモフの殺害を、シアンの救出のハードルを上げ、重しとなってのしかかる。

 

焦りと不安ばかりがボクを苦しめる。

 

焦っては駄目だ。不安になっては駄目だ。何度も何度も言い聞かせているのに、成果がない事がそれを強く押し出している。

 

だが、それを無理矢理でも押し込めて隠すしかない。自分の感情のまま行動で全員に迷惑を掛けられない。

 

そうしても溢れ出しそうになる。だが、皆に心配を掛けたくない。不安にさせてはならない。

 

そして何とか抑え込んでとにかく本部へと帰還すると報告の為に弦十郎の元へ向かう。

 

司令室へと入ると弦十郎と慎次が待っていた。

 

「ご苦労だった、ガンヴォルト。とにかくあの場であの後に何事も無くて本当に安心した」

 

「あの場は特に何も無くて良かったかもしれない。アシモフもF.I.S.の襲撃も無くて良かったけど、状況は芳しくないよ。アシモフとF.I.S.の状況も動向も分からなかったんだ。アシモフ達の有利な状況は変わらない」

 

「…分かっている…ネフィリムの心臓を手にしたアシモフを止める事はかなり難しい…」

 

「ネフィリムの心臓はボクの方でなら何とかなる。とは言ってもアシモフはまだ本調子ではないと言っていた…まだ何か隠しているかもしれない。だから早く止めないといけない。それにボクは以前にも似た様な戦い方をしている人物と何度も戦闘しているから、戦い方は熟知している。問題はその先だよ。アシモフの電磁結界(カゲロウ)。あれをどうにかしなきゃ話にならない」

 

「アシモフは今回の戦闘でもう同じ手を喰らう事はないと思います。ガンヴォルト君、それをどうやって破るつもりですか?」

 

「考えはある。難しいけど今出来る対抗策。二つ目はあまり現実的ではないけど、確実にアシモフを殺す事の出来る策」

 

慎次の言葉にボクはそう答える。そして現場での策を二人に話す。

 

「一つは水辺での戦闘だ。いくら対策してこようが、対策しようがない程の水のある場所でなら何とかなる可能性もある」

 

例えば海。正直この案は、現実的じゃない。まず、アシモフが己の弱点である水辺、その場に現れたり、自ら赴こうとしないからだ。そして、もし現れたとしても、ボクも同様に雷撃を封じられる。

 

「確かに海などであれば、奴の雷撃は封じられる可能性もある。しかし、同様にガンヴォルトの雷撃まで封じられる事になる…」

 

「一長一短の策と言う訳ですね。しかし、ガンヴォルト君の言う通り、アシモフが自らそこへ行くのも考えづらいですし、戦闘でもそうなれば撤退した時にも使用された第七波動(セブンス)で逃げられる」

 

「難しいからどうとも言えないけど。そして二つ目はアシモフとの戦闘中、どうにかしてアシモフの持つ対第七波動(セブンス)能力者用の銃を奪う事だ。あれに装填された強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)。あの弾であれば電磁結界(カゲロウ)を超えて、アシモフを殺す事が出来る」

 

もう一つ、それがアシモフの持つ強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)。その銃弾を身体に撃ち込まれ、その威力、第七波動(セブンス)の無効化能力をその身で何度も体験している。それに電磁結界(カゲロウ)をも打ち消す事も。

 

「ガンヴォルトを死に追いやったあの弾丸。確かにあの銃を奪う事が出来れば何とかなるかもしれません。しかし、電磁結界(カゲロウ)を破る事が可能なんですか?」

 

電磁結界(カゲロウ)蒼き雷霆(アームドブルー)由来の力だ。だから強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)なら電磁結界(カゲロウ)を無効化して当てられる。それも何度も経験しているから分かるんだ。例え強力な第七波動(セブンス)だろうとその力を完全に打ち消す事の出来る弾だからこそ、勝機は見出せる」

 

「ですが、どうやってアシモフから奪うのですか?電磁結界(カゲロウ)は自身の身だけでなく、身に纏う物にも効果があるんじゃないですか?そうなればアシモフからその銃を奪うのも至難の技である筈です」

 

「だからあまり現実的ではない案なんだよ。ボクの雷撃がアシモフの電磁結界(カゲロウ)を超えられない以上、それすら難しい。方法は有る事にはあるけど、装者である翼とクリスを起用する事になる。だけどそれは絶対に駄目だ。アシモフが翼とクリスもシアンの様に狙っている。奏も駄目だ。翼とクリスとは違い、ボクや弦十郎、慎次と同じ殺害対象にされている。そして響もだ。シンフォギアを纏えない響にはこれ以上の戦闘をさせられない。だからボクが何とかするしかならない」

 

弦十郎も慎次も翼とクリスの名を聞いた時、険しい表情を浮かべたが、ボクの答えを聞いて安堵した表情を浮かべる。

 

「翼もクリス君もアシモフの戦闘に参加させないのは決定事項だ。それに奏も響君も」

 

「でも、あの場でボクが下した決断で翼もクリスも奏も、アシモフをどうにかするかもしれない」

 

そう答えると弦十郎も慎次もボクの予想が的中した様に表情に影が差す。分かっている。ボクがあの場で最善の答えが、そうさせてしまった事を。だからこそ、早く決着を着けなければならない。

 

「だけどその方法はどうするんですか?」

 

慎次の言葉は当たり前だ。現時点で電磁結界(カゲロウ)を越える事が出来るのは翼とクリスの攻撃。アシモフが言うには電子の謡精(サイバーディーヴァ)の何らかが作用してアシモフの電磁結界(カゲロウ)を越す事が出来る。だが、方法が無い訳じゃない。

 

今のボクの雷撃が越えれないなら外部から補えばいい。それは既に前の戦闘で実証されている。

 

「外部から電気を補える場所で戦う、もしくはアシモフの雷撃だけを何とかして身体に蓄える。それなら電磁結界(カゲロウ)を越えられる」

 

「…確かに、あの場の戦闘でその事は実証されている。だが、それではお前が…」

 

「ボクだけが傷付くのならいいよ。それに傷付いても死ななければいい。生きていれば…シアンを取り返せる。皆を悲しませずに済む…」

 

アシモフを無傷で殺せる訳も無い。傷付いても、何処か失っても生きていればいい。その言葉にその覚悟を乗せる。

 

「…」

 

弦十郎も慎次もその言葉に何も言えないとばかりに口を紡ぐ。

 

「とにかく、装者達にはこの事は話さないでくれると助かるよ。心配ばかり掛けるけど、装者達が無事でいる為、この世界を守る為、それに、アシモフを殺す為なんだ」

 

そう言って司令室から出ようとした時、弦十郎がボクを止める。

 

「待て、ガンヴォルト」

 

「何?作戦に不満が?」

 

「違う。お前が来るまで慎次と話していた事についてだ」

 

その事に対しては何も分からない為に、足を止めて弦十郎と慎次の方に向き直る。

 

「斯波田事務次官も気にしている。お前の精神状態だ。シアン君を奪われ、更にアシモフによって何度も苦い経験ばかりで相当疲弊していると思う。警備の時、一人で行った。以前の翼の時の様に、必要な事であるが、それは誰にも辛い所を見られたく無い時の行動だ。今回は時間があって隠し切れていると思っているかもしれないが、どれだけ長い付き合いだと思っている。お前の顔を見れば分かる」

 

「…大丈夫だよ。弦十郎や慎次が懸念している程疲弊はしてないよ。確かに、アシモフの所為でかなり苛立っているし、焦ってもいる。だけど、そう言う事なら皆同じだよ。誰もがアシモフに、F.I.S.の所為で苛立ってる、焦ってる。でも皆同じくその疲弊を隠して、オペレーター達は何かしら情報を、装者達も次いつになるか分からない戦闘に緊張しながらも不安を隠しているんだから」

 

そう言うと弦十郎はそうだがそういう事ではないと言う。

 

「ガンヴォルトの言う様に俺達も今の状況不安にさせない為にも焦らない為にも、平静を表面上保っている。だが、お前は違うだろう?」

 

「違わないよ」

 

「いいや、お前の焦りは、不安は俺達が背負っているよりも更に大きく、重い。そして下手をすればいつその感情が溢れ出してしまうか分からない状態だ」

 

「七年近くの歳月とここ数日で起こった出来事で君が言うよりも、自身が隠しているよりも少し鋭い周りは気付くものなんですよ」

 

弦十郎と慎次が、まるで見透かしているかの様にそう言った。

 

「…いいや、大丈夫だよ。確かに、一人になった事は皆に不安と焦りを悟られない様にする為なのは認めるよ。でも、もう大丈夫。問題ない」

 

「嘘だな」

 

「嘘ですね」

 

「何で二人はそう言うんだ?」

 

ボクは少し苛つきながらそう言った。

 

「俺達はお前と長く苦楽を共にしている。手一杯じゃ直ぐには気付けないかもしれないが、少し落ち着けば分かる。それに今回出したお前の策は俺達を入れずに考えている。前と同じく、一人でやるべき事をやろうとしている。その証拠にさっきの策にお前はボクとだけ言った。俺達を戦力として数えていない」

 

「ッ!?」

 

指摘されて自分でも気付かずそう言っていた事に驚いてしまった。

 

「以前の…翼が傷付いたから時のお前ならそう言っていただろう。しかし、最近は、シアン君がいた時はそんな事も無かった。だが、今のお前はどうだ?自分が傷付いても構わない。指摘されるまで単独で無謀にも挑もうとする。それの何処が大丈夫なんだ?」

 

「確かに辛い状況で、正常な判断が出せないのにも気付けない程疲弊しているんです。だからこそ、焦っては駄目です。それはガンヴォルト君自身が分かっているはずです。焦ってはアシモフに足元を掬われる。理解しているからこそ、今ガンヴォルト君に必要なのは休息です。現場での緊張感、そしていつアシモフが攻めてくるか分からない不安と焦り。今の状態ではアシモフに勝てない。それは自分でもよく分かっているでしょう?」

 

弦十郎や慎次の言う通りかもしれない。シアンを取り戻す為には不安を、焦りを僅かでも取り除かなければならない。今の状態ではアシモフに勝てないと分かっている。

 

休息が大事なのは理解出来る。休める時に身体を精神を安定させるのに休む事は重要だ。しかし、今のボクには休息が出来ない。難しいのだ。

 

「…確かに重要かもしれない。休まないといけないのは理解している」

 

その言葉に何処か引っ掛かりを気にする弦十郎と慎次。

 

「なら何故やろうとしない?」

 

弦十郎がそう言う。

 

「出来る事ならしたいさ。でも、弦十郎も慎次もさっき言った様に、今の状況がそうさせてくれない」

 

「いや、少しでもいいんです。横になって目を瞑れば」

 

「それが出来ないんだ、慎次。今の状態じゃ、ボクは余計に疲れてしまうんだ…」

 

二人にだけは話しておいた方が良いと思い、ボクが何故そう言ったのかを話す。

 

「弦十郎や慎次のさっき言った通り、今の状況がそうさせてくれない。シアンを奪われた事で、皆が狙われている状況で、眠ろうとすれば、見たくもない夢を見るんだ。アシモフにシアンを殺されてあんな姿にしてしまった時の事を。何も出来ず、深淵(アビス)で死にかけて、シアンを奪われた時の事を。そして見たくもない、絶対になっちゃ行けない未来()の事も」

 

ぽつりぽつりと話す。

 

「皆がアシモフによって殺される。そんなあってはならない夢を寝れば必ず見させられる。眠っている間永遠に。絶対にさせない。だから見たくない。想像したくない。振り払おうにもこんな状況になった事で最悪の状況を想像してしまうんだ」

 

「…」

 

弦十郎も慎次もその言葉を聞いて絶句していた。

 

そしてそこまで追い詰められていた事にまでは気付けなかった事を不甲斐なく思う様に、顔を曇らせ、翳りを見せる。

 

心配してくれるのは嬉しい。だが、現状はボクの疲弊を回復はさせてくれない。アシモフを殺し、シアンを取り戻さないとこの不安も、疲弊も抜ける筈がない。

 

「何故そこまで追い詰められているのに隠していた…何でそこまで…」

 

「悪いと思っているよ。でも、話す機会が無かったんだ。シアンを奪われて、装者達が狙われて、こんな状況で。いかにアシモフを殺すか、F.I.S.を止めるかの状況でボク一人だけが弱みを見せる事なんて出来なかったからだよ」

 

弦十郎は小さくそう言うのでボクは答えた。

 

弱みを結局を見破られている為に、もう隠す必要もない。だが、その結果、弦十郎も慎次も、ボクに対する、いや、ボクがアシモフに勝つ事が出来ないかもしれないと思うだろう。

 

「でも死ぬ気なんてない。もうあんな経験は二度とごめんだから。ボクは必ずアシモフを殺すよ」

 

「…ッ」

 

弦十郎も慎次も何か言いたそうだが、言葉が出ず、何も言えていない。ボクはそんな二人を見て、隠していてごめん、だけど大丈夫だからとだけ言って部屋から退室した。



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52GVOLT

ウェルがナスターシャの治療をする傍ら、マリア、切歌、調がそれを見守る。

 

「アシモフは何処ですか?」

 

「アッシュは休息を取って寝ているよ。幾度となくガンヴォルト、そして二課との戦闘をして、更に色々と今後の計画の手順を考えて疲れているからね。少しくらい休んでもらわないといけないよ」

 

そう言ってナスターシャはウェルの側にあるケースの中に鼓動する物体を目にしてウェルに尋ねる。

 

「それがネフィリムですか?」

 

「ええ。正式にはネフィリムの心臓です。アッシュが以前より集めていた聖遺物を喰らわれていた事により、聖遺物に内包された莫大なエネルギーを蓄えたネフィリムの動力炉とでも言えばいいですかね」

 

ナスターシャの疑問を答える様にウェル言った。

 

「ですが、これはただの動力炉ではありません。以前のカ・ディンギル趾地でガンヴォルトから奪った電子の謡精(サイバーディーヴァ)を封じ込めている神獣鏡(シェンショウジン)から溢れる力で、ネフィリムの心臓を持ちさえすれば思いのまま五つの第七波動(セブンス)を使用出来る代物です。そして我々の計画に必要なフロンティアの動力源になり得る」

 

以前からネフィリムが第七波動(セブンス)を使えるのはアシモフが以前に手に入れた聖遺物が関係しているのは察している。そして、これがフロンティアに必要な事も。しかし、アシモフはセレナを使って何かしようとしている事。

 

「まあ、貴方がフィーネであった時に手に入れてくれたおかげですね。その時ボクもアッシュも他の研究や聖遺物を集めるのに忙しかった事もあり助かりましたよ」

 

「…ええ、そんな事もあったわね」

 

「おかしいですね?ここ数年前の出来事ですし、貴方がアッシュに頼まれた事ですが、覚えていないんですか?」

 

「ウェル博士。まだマリアは完全にフィーネの覚醒をしている訳ではありません。記憶はまだあやふやで思い出している事と思い出せない事もあるでしょう」

 

「…まぁ、そういう事にしておきましょう。それよりもこれでようやく計画に必要な物が全て揃いました。後はフロンティア起動の為の準備をしながらアッシュの回復が済み次第、計画を進めていきます」

 

「待つデス!計画を進めるって言ったってまだ邪魔をするあいつらがいるデス!」

 

「ああ、機動二課の事ですか?それはもう心配しなくても良いですよ」

 

「何が心配しなくて良いの!あっちにはまだシンフォギア装者が四人もいる!ガンヴォルトがいなくなったからってまだ心配事がなくなった訳じゃない!」

 

切歌も調もまだネフィリムの心臓にセレナが囚われている事を知らない為に、不本意ながらも戦闘に参加するに当たっての懸念を叫ぶ。

 

「君達の言う通り、敵はまだ戦力を残しています。特に、君達の絶唱を受け止め、それを空へと打ち上げた立花響、そして、貴方達とは比べ物にならない戦闘経験を積んでいる三人の装者。更にこっちには不都合な事にガンヴォルトは未だ生きているという事実」

 

「ッ!?」

 

その言葉にウェルを除いた全員が絶句する。ガンヴォルトはアシモフが殺したと伝えられていたからだ。そしてアシモフの様な外道が殺し損ねたという事があまりにも信じられないからだ。

 

「ガンヴォルトはアシモフが殺したと言っていませんでしたか?」

 

「ええ、アッシュも確実に心臓を穿ったと言っていました。呼吸も心臓の鼓動も停止した事を確認して電子の謡精(サイバーディーヴァ)を奪ったと。しかし、アッシュも予想外の事が起きたみたいです。アッシュ曰く、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の残した力でガンヴォルトが生きながらえたと」

 

その言葉にナスターシャ、マリア、切歌、調は違う表情をする。ナスターシャはかつての二人の虐殺を止めた恩があるが、自身の目的にも支障をきたす存在がまだいる事。マリアも同様にナスターシャと同じ気持ちであった。切歌と調は何処となく安心した様な面持ちである。二人にとって敵でもあるかもしれないが、一度手を汚さないでくれた人である為に、良かったと思う一方、また戦うかもしれないと複雑な心境であった。

 

「まあ、ガンヴォルトに関してはアッシュがなんとかしてくれるでしょう。アッシュ曰く、もうガンヴォルトは脅威ではない。アッシュの持つ力の前には一人ではどうしようもないと言っていましたから、ガンヴォルトが邪魔になると感じる事もないでしょう」

 

「…そうですか。分かりました。計画を進める事は私も賛成です。しかし、この様な状況で進めるのは支障をきたす可能性があります。アシモフ同様、私達も少し休ませてもらえますか?」

 

「…まぁ、いいでしょう。アッシュもどれくらい休めばいいか分からない状況ですし、ですが、くれぐれも変な真似をしないでくださいね。貴方達には以前、僕とアッシュの計画していた選別の邪魔をされた経緯があります。もし、また変な気を起こそうとしたら、次はないと思ってください」

 

ウェルの言葉にナスターシャが頷くのを確認した後、ウェルは治療していた部屋からネフィリムの心臓を持って出て行った。

 

残された四人。そしてナスターシャはウェルが離れていくのを確認した後、これからの事を三人へと話し始める。

 

「これから私達は命を懸けてアシモフ、ウェル博士を裏切ります」

 

「ッ!?」

 

何も知らなかった切歌と調はナスターシャの言葉に息を飲み絶句する。無理もない、先程のウェルの脅しの様な言葉の後にナスターシャが裏切ると発したのだから。だが、二人は反対などはしなかった。元よりあの二人に対して外道以外の感情を持ち合わせていなかったからである。

 

しかし、そうなると問題がある為に切歌が言う。

 

「あんな外道共から離れるのは賛成デス!でも、そうなると私達が為そうとする目的が…」

 

「切ちゃんの言う通り、私達だけじゃどうにもならないよ、マム。資金も機材も無いのにどうやって」

 

「全てアシモフにより用意された物。ここの全てを失う事にはなりますが、問題ありません、新たな協力者は既に見当をつけています。アシモフより巨大で、私達の持つ技術さえあれば取引に応じる可能性のある協力者が」

 

既に見当のついた協力者になる可能性のある所には目を付けている。だが、協力を仰ぐには些か超えなければならない壁は大きい。だが、それでもアシモフを出し抜いて自身達の目的の為に。そしてセレナをこんな事に使わせない為に。

 

計画は遠回りになる。だが、それでも、セレナを。大切な家族をアシモフの様な外道に利用されない為に。

 

ナスターシャはセレナを、ネフィリムの心臓をどうにかしてアシモフ、もしくはウェルの手より奪い、気付かれずに新たな協力者候補との連絡手段を考え始めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

アシモフが休息を取る部屋にウェルが入ってくる。

 

「アッシュとりあえず、ナスターシャ博士の治療を終えたよ。しかし、良かったのかい?あの連中、僕達に対して物凄い不満を抱えているし、そろそろ裏切る可能性もあると思うんだけど、治療なんてして」

 

「気にする事はない。奴等は我々の持つネフィリムの心臓さえあれば裏切るに裏切れないからな」

 

「フロンティアの起動による人類の救済の為だね。それ以外に方法が有れば裏切る可能性もあるけど、ネフィリムの心臓に変わる動力炉はありはしないさ」

 

「その事もあるが、もっと根本的な事だ」

 

アシモフの言葉にウェルは分からないといった風に疑問符を浮かべる。

 

「まぁ、分からなくてもいい事だ。裏切らなければ計画には何の支障もない」

 

アシモフは分からないと疑問符を浮かべるウェルにそう言う。

 

「次に奴等には餌になってもらう。何のアクションもないが、目障りな連中を消去(デリート)しなければならない」

 

「ガンヴォルトの事かい?確かに、一番の計画に支障をきたす奴だけど、敵の為に動くかい?」

 

「あれはそういう人間だ。だが、今回消去(デリート)するのは奴じゃない。さっきも言っただろ。何のアクションも起こさないが目障りな連中と」

 

「ああ、そういう事か!」

 

ウェルはアシモフが言いたい事を理解してそう言った。

 

「だけど、今やるべきかい?あの程度の連中ならそんな直ぐに始末する程?」

 

確かにそうかもしれない。だが、アシモフにとっては違う。どんな小さな綻びになるかもしれない存在があれば消さなければならない。かつての自分が起こした過ちで今の様に当初の計画より時間が掛かっているのだから。

 

だからこそ、摘まねばならない。自身の目的の障害になるものを。邪魔になる存在を。どんなに小さかろうと消さなければならない。

 

「どんなに矮小な存在だろうと、私に抗うのなら消去(デリート)する。そんな矮小が残っていると後々に痛い目に遭う。私はそれを身に染みて実感している」

 

かつての奴のように。あの時、トドメを刺さなかった自分が犯した過ちを繰り返さない為にも。

 

「…確かにどんな矮小だろうと消すに越した事はない。分かったよ、アッシュ。その辺りは僕じゃなくアッシュに任せるよ」

 

「元より、その役割は私が行うものだ。Dr.ウェルはフロンティア起動や他の有用な情報でも集めていてくれ」

 

「そうさせてもらうよ。それと一点、少し気になる事があるんだけど…」

 

「何だ?」

 

ウェルはアシモフに疑問に思った事を口にする。それは先程のマリアとの会話。

 

「彼女、マリア・カデンツァヴナ・イヴは本当にフィーネの転生体なのかな?記憶がまだはっきりしていないと言っていたけど、どうも引っかかるんだよね」

 

「ああ、その事か」

 

アシモフはウェルの言葉を聞いて直ぐに答えた。

 

「あれはフィーネの転生体などではない。Dr.ナスターシャの真っ赤な嘘だよ」

 

「やっぱりか、さすがアッシュ。既にその事を知っていたんだね」

 

「私が何の為に本物のフィーネに敵意(ヘイト)を稼いでいたと思っている。本物のフィーネで有れば私の行った所業を許しはせんさ。それなのに憎悪は持っているにしても余りにも矮小。欺くにしては杜撰。本物のフィーネで有ればもっと狡猾に私へと復讐するだろう」

 

本物を知っているからこそ、マリアが本物ではない事は初めから把握している。

 

「まぁ偽物でも本物でもどうでもいいさ。本物であろうと、フィーネが私を殺す事など不可能だからな。それに奴のネームバリューは役に立った。特に奴や機動二課に対しては」

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)を手に入れる為の餌として、そして次は標的を消去する為に。

 

「使い潰すさ。使えるものは最後まで有用に」

 

ニヒルな笑みを浮かべたアシモフに同調するようにウェルも釣られて笑うのであった。



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53GVOLT

学校の授業を受けていた未来は隣の空席を見ながらずっと考えていた。響は無事に回復した事を確認して、ホッとしたのも束の間、弦十郎から告げられた響の状態。

 

そして依然として事態は深刻な状態である事。二年前の事故で心臓付近に埋まった聖遺物、ガングニールが大切な親友を蝕んでいる事を聞かされた。

 

正直ホッとしている。これ以上響を戦いと言う非日常から遠ざける事が出来るから。だがそれ以上に不安に駆られる。状況は未来が想像出来ない程深刻であり、響一人が抜けた事による、戦力の低下。そして仄かに霞ませながらも聞かされたテロリスト、アシモフと言う存在。

 

響だけじゃなく、装者全てを狙い、更にガンヴォルトも狙っていると言う。そしてシアンを奪われてしまった事を。

 

だが、装者とガンヴォルト、狙われる理由は敵からしたら倒すべき者達。だが、それだけではないはず。そこまでは話してはくれなかった。しかし、何となく弦十郎の話を聞く限り、何となく予想してしまう。

 

ガンヴォルトとアシモフ。その二人には何か因縁のような物があると。

 

だが、それ以上の事は未来には分からない。

 

未来だけ疎外感があると感じてしまう。無理もない。自分はただ一般の協力者であり、装者達やガンヴォルト、そして二課はその対策を行う実行者。

 

戦えない未来を危険に晒せない。その配慮かもしれない。だが、その事が一層の疎外感を生ませる。

 

でも、どうしようも無い。聞いた所で未来には戦う力が無い。二課のオペレーターのように情報収集に秀でている訳では無い。翼や奏、クリスの様にシンフォギアを纏える訳じゃ無い。そしてガンヴォルトの様に特殊な力を持っている訳じゃ無い。そして、シアンの様にサポート出来る歌の力を持っている訳じゃ無い。

 

分かっている。だからこそ、弦十郎は戦えないから戦えないなりにやる事を頼まれたのだから。

 

響を戦闘という非日常から遠ざける。未来同様に戦えない、いや戦う事が出来なくなったからこそ、非日常から遠ざけなければならないのだから。

 

「小日向さん!小日向さん!」

 

ハッとして自分の名を先生に呼ばれているのに気付き、席を立ち上がる。

 

「小日向さん、いくら立花さんが休みで心配だからといって授業を受けなくていいって訳じゃありませんよ」

 

注意されて先生へと謝りながら席に着く。恥ずかしさもあるが、それ以上に、不安と寂しさが、未来の心に募っていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

一時的な休息を得たF.I.S.。だが、その休息で休まる事は無かった。

 

アシモフを裏切る。選択として正しいとは思っている。だが、その選択はかなりの危険が孕んでいるという事を理解しているからこそ、休息でも常に警戒をしなければならない。

 

そんな中、ナスターシャの計らいで切歌と調は気晴らしを兼ねて買い出しと言う形で外に出してもらっていた。

 

だが、その気遣いも申し訳なく、気が晴れる事は無かった。

 

「せっかくマムが気を利かせてくれても、あんなこと言われた後じゃ、こうやって買い物しても休めないデスよ…」

 

普段なら楽しくスーパーにて食料やら生活必需品を調達している筈だが、アシモフを裏切る事を聞かされたら、楽しく出来るはずもなかった。

 

「でも、マムもアッシュボルト…アシモフを裏切る選択をしてくれたのは良かった。あんな外道達とは直ぐにでも手を切りたい」

 

「ようやくマムも覚悟を決めてくれたのは嬉しいデスが、いきなり過ぎデス。せめて、マムの体調も良くなって、私達もLiNKERで体調が良くなってからでも良かった気がするデス」

 

「仕方ないよ。アシモフがもう必要な物を全て揃えたみたいだし、私達が完全に回復する頃にはもうアシモフとウェル博士が私達とは別の計画を完成させる可能性があるんだから」

 

切歌と調は周りの人に聞こえない程度に会話をしながら自身達の住処としている輸送機へと向けて歩いていく。

 

「…そうデスね…例え疲れていても、あんな外道達と堕ちるくらいなら早く逃げ出したいデスからね」

 

「…そうだね…皆無事に逃れればいいね…」

 

暗くなる話ばかりで歩くスピードも遅くなる二人。堕ちていく覚悟はあった。だが、アシモフやウェルのように自らの手を進んで汚してまでとは考えていなかったからこそ、そう考えてしまう。

 

しかし、暗い空気のままに耐えられなくなった切歌は少しでも元気を出そうとするが、明るくなるような話題もない為に、口数が減る。

 

「…」

 

「…」

 

無言のまま、住処へと向かおうとするが、切歌はこんな状態で帰ればナスターシャやマリアを心配させてしまうと考えて、少し休んで行こうと調に提案する。

 

調もその提案を受け入れ、寂れた工場のような場所へと入り込み、入り口だった場所に座り込んだ。

 

しかし、休むと言っても、話題もなく、ただ沈黙した時間が流れる。切歌も話題を探すにも、何も見当たらず、何か思いついては話そうとするが、調に何も言えず、口を閉じてしまう。

 

しかし、そんな空気に耐え切れなかった為にあまり口に出したくなかったが、切歌は唯一ホッとした出来事を口にした。

 

自身達を外道まで堕とさずに済ましている人であり、敵であるが、少しだけ信頼を寄せていた男の名を。

 

「…ガンヴォルト、生きてて良かったデスね」

 

「…そうだね。敵なのに、私達の計画の最大の障害であるのに、私達の倒さなきゃならない敵なのに…死んだと聞いて一度は絶望して、生きていると聞いてホッとして…可笑しいよね。敵であるのにこんな事を思うなんて」

 

二人は同様の気持ちを持っていた事に可笑しさを感じながらもどうしても以前の事でそう思ってしまう。

 

「可笑しいデスけど、私達がまだ外道に堕ちていないのもあいつのお陰デス…皮肉な事かもしれないデスが…」

 

世界を敵に回す事までは覚悟していたのに。それでも尚、外道には堕ちたくないと言う我儘。矛盾しているだろう。

 

「…あんな外道になんか堕ちたくない…そんな事…あんな奴みたいに…でも…」

 

調はアシモフやウェルの様な外道には堕ちたくなかった。それはマリアもナスターシャも切歌も同じである。いずれ外道になるかも知れないが、人類の救うという大義の為であるが故に自らの手で殺しを行う様な事をしたくなかったから。

 

だが、しかし、その願いも叶うかは分からない。未だ完全に覚醒していない、マリアの中に宿るフィーネ。

 

フィーネとアシモフ。かつて協力者であった故にマリアがもしフィーネになって仕舞えば再びアシモフと協力関係になるか分からない。

 

手を組むのかは不明であるが、状況が状況故にどうなるか調にも切歌にも分からない。

 

「マリアが、フィーネに覚醒しちゃったらどうなるか分からない…」

 

調の言葉に切歌も沈黙するしかなかった。本当にそうなるのか。そうなれば本当に外道に堕ちてしまう。

 

切歌も調もマリアがそうなってしまう可能性を考えてしまい、不安と恐怖がのしかかる。

 

「…マリアばかりにそんな事ばかり押し付けてしまった私達に何か出来るのかな…裏切ったとしても、本当に私達は自分達がしようとしている事、出来るのかな…」

 

調が吐露した不安に切歌は答える事が出来ない。

 

「…だったらいっそ、刺し違えてでもアシモフを私達の手で」

 

「調!」

 

調の言葉に切歌が止める様に入る。

 

「アシモフは私達が敵うような相手じゃない事くらい分かっているデスか!?アシモフの持つ第七波動(セブンス)、あいつと同じ、ガンヴォルトと同じ、蒼き雷霆(アームドブルー)はどれだけ危険かを!私達が束になっても勝てるか分からないガンヴォルトと同じ、そしてガンヴォルトを越える力を持つあの外道に私達がどうやっても勝てる訳ないデス!だからこそ、マムもマリアも裏切ると決めたんです!アシモフに勝てないかも知れない、だからこそ、フィーネにマリアが覚醒しても気にせず、計画を遂行する為に裏切るんデス!」

 

調がとんでもない事を口走った為に、切歌は調へと言う。

 

「第一、そんな事してもマムもマリアも喜ぶなんて事ないデス!」

 

確かに切歌の言う通りかもしれない。だが、あの男が裏切りを知ったら見過ごす事なんてない。そして裏切るならばそれ相応の仕打ちを決行する。それは此方にとって余りにも惨く残酷な仕打ちを。

 

「分かってるよ!アシモフを裏切るのなんて簡単じゃないんだよ!分かるでしょ、切ちゃん!あの男がどんな男か!マムもマリアも分かっている筈だよ!でもそうせざるを得ない!でも、それは誰も犠牲にならないとは限らない!アシモフを裏切るのはそういう事なんだよ!誰かを犠牲にしないと行けないかもしれない!」

 

「そんなのまだ決まった訳じゃないデス!だからマムも今どうすればいいか考えているんデス!私も調もマリアもマムも!誰かを犠牲にしないといけないなんてそんな事を起こさない為にも!マム達が何とかしてくれるはずデス!私達もそれさえ分かれば何とかなるはずデス!希望を捨てちゃダメデス!」

 

「希望を持てないの!」

 

調は切歌の言葉に反応して立ち上がる。

 

「アシモフやウェル博士があんな外道だから、今までの事があるからどうしても希望が見当たらない!どんな事をしてもあいつらを裏切るのなら誰かが犠牲にならなきゃ駄目なんだよ!そんな事大好きな切ちゃんやマリア、マムにそんな事させられない!大好きな誰かを犠牲にするくらいなら私が!」

 

「それは駄目だって言ってるデス!調は考えが極端過ぎデス!それに犠牲ってなんデスか!?まだそうと決まった訳じゃないのに何でそう考えちゃうデスか!」

 

調の突拍子のない言葉に切歌は声を荒げる。

 

そして誰か犠牲にならないと裏切れないと言う考えの調と、そんな事は無いと言う切歌は言い合いになる。

 

激しい口論が巻き起こる中それを止める様に、そして悪戯の様に強風が吹き荒れる。

 

あまりの突然の事に二人は口論が止まるが、急な事で何の対策も出来ておらず、立ち位置の悪かった調が、風に煽られて、階段を踏み外し、頭から落ちてしまう。

 

「調!」

 

切歌は落ちた調の無事を確認する為、調の元へと向かう。調の様子を確認する。頭を打って気を失っているが、外傷はない。だが、打ち所が悪ければ大変な事になるかもしれない。切歌は調を抱き起そうとする。

 

だが、その瞬間、先程の強風により、建て付けの悪かった足場が崩壊して、その上に乗せられていたパイプなどが切歌と調へと降り注ごうとしたり。

 

「ッ!?」

 

切歌だけなら何とかなるかもしれない。だが、そんな事、大切な人が危険にさらされているのに選択なんて出来るはずがない。

 

切歌は調だけでも守る為に自身の身体で調を覆い、襲いくるパイプから盾になった。

 

無事である筈がない。それでも切歌は調を傷付けたくない一心でただ襲いくるパイプの嵐の衝撃を耐えようとする。

 

そして近くにパイプが落ちる音が響く。砂塵が舞い、コンクリートの砕ける音が耳に入る。切歌は衝撃に耐える為にギュッと目を閉じて衝撃を待つ。

 

だがしかし、辺りに響く音と裏腹に自身には何も衝撃が来ない。何が起きたか分からない。運良く、二人のいる場所だけにパイプが落ちなかったのかも知れない。切歌はゆっくりと目を開けて、辺りの様子を伺おうとする。

 

しかし、辺りを見渡す前に衝撃の光景が広がっていた。

 

切歌の周りを囲う様に出現してる六角形に多重展開されている桃色の何か。そしてそれが落ちてきたパイプを切歌と調を守っていた。

 

「なんなんデスか…これ」

 

切歌は分からない状況にただ呆然としてそれを見る事しか出来なかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

輸送機を止めた湖の辺り、そこにナスターシャとマリアが佇んでいた。

 

「マム、体調は良いの?」

 

「ええ、ウェル博士に治療を施してもらい、幾分か良くなりました」

 

車椅子を押さえるマリアは少し顔色の良くなったナスターシャの様子を見て胸を撫で下ろす。

 

しかし、ナスターシャの体調が良くなっても此方としては依然と危険な事は変わりない。アシモフとウェル。この二人の外道がある限り、状況が変わる事がない。更に、いつになるか分からないフィーネへの完全覚醒。そうなって仕舞えば、ナスターシャや切歌、調を忘れ、三人を危険な目に遭わせてしまう可能性がある。

 

何とかしようにも、どうすればいいのかマリアには想像がつかない。ナスターシャとマリアはただ、辺りの景色を見ながらただ、ナスターシャの計画を遂行する為、アシモフとウェルの目を盗み、ネフィリムの心臓を、セレナを取り返し、次なる協力者がここよりも安全である事を願うばかり。

 

「マム、あの計画はどうなったの?私が…私が完全にフィーネに覚醒する前に何とかなるの?」

 

「マリア、ここではアシモフとウェルが聞いている可能性があります。あまり声に出して言う事ではありません」

 

「でもマム…私が…私がフィーネに覚醒してしまったら、その計画も…」

 

「…大丈夫ですよ、既に気付かれずにアポを取れました。それに…貴方がフィーネに覚醒する事はありません」

 

「ッ…どういう事なの?」

 

突然の告白にマリアはナスターシャに問い返す。

 

「フィーネの魂はマリア、貴方には宿っていません。そして、切歌と調にも。貴方達の誰にもフィーネの魂は宿りませんでした」

 

「…そんな…」

 

その言葉にマリアは絶句する事しか出来なかった。

 

しかし、その言葉を聞いていたのナスターシャとマリアだけではなかった。湖の近くの輸送機を影にアシモフとウェルがその言葉を聞いていた。

 

「アッシュの言う通りだったね。フィーネの魂はF.I.S.の誰にも宿る事はなかった事、それに、既に協力者とは接触(コンタクト)する準備も整っているみたいだ」

 

「ああ、思うように動いてくれて助かるよ。さて、我々も動くか準備をしよう。次なる標的(ターゲット)消去(デリート)する為に」

 

不敵な笑みを浮かべて、二人は輸送機へと入り込んでいった。



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54GVOLT

辺りでナスターシャから聞かされた事実。フィーネの魂は誰にも宿らなかった。

 

それを聞かされてマリアはホッとすると共に、その事がバレればアシモフとウェルがマリア達が裏切る前に始末する可能性があるのではと考えていた。

 

だが、アシモフもウェルもその事を知った気配を見せない。依然として計画を遂行させる為に、行動をしていた。

 

(バレてはいない…でも、アシモフ、もしくはウェルがこの事を知って仕舞えばどうなるか分からない。私達は隠し通せるの…あの外道共から)

 

マリアは不安で仕方がなかった。常に気を張り続けなければいけない状況。しかし、疲れてでもやり通さなければならない。アシモフが、ウェルがセレナを何かに利用させられる。そんな事させない。唯一の救いはアシモフは何故か機内ではなく、やるべき事があるとウェルに告げ、何処かに行ってしまった事である。だが、やる事。それは敵対する機動二課、もしくは選別と称した虐殺。それはマリア達にもその事が重しとなっていく。

 

しかし、マリアは何とか持ち堪えている。ネフィリムの心臓。あれさえ奪う事が出来ればセレナは使われない。そして、ネフィリムの心臓をどうにかすればまたセレナに逢える可能性がある。そして今の現状を打破する事が出来る。

 

その事が今のマリアの支えとなっている。

 

「…」

 

機内で一人になってどうすれば奪えるかだけを考え続ける。

 

そんな時、自身の無線に何者からかの連絡が入る。この無線の周波数はF.I.S.、そしてアシモフとウェルだけしか知らない。アシモフとウェル、そしてナスターシャは既に機内に居る。近くであれば態々無線などする必要が無い。今この機内にいないアシモフもしくは切歌か調のどちらかが無線したとしか考えられない。

 

マリアは耳元の無線に手を当てて、答える。

 

「どうしたの?」

 

『マリア!大変デス!調が!調が!』

 

切歌の慌て様に非常事態が発生したと感じ、状況を切歌に確認する。

 

「落ち着いて!切歌!敵なの!?あいつらなの!?それとも!?」

 

機動二課、ウェルが別の方法で何かした可能性を考える。そしてタイミング良くいないアシモフ。何があったか切歌に問う。

 

『違うデス!でも、緊急事態デス!調が!調が頭を打ってしまったデス!どうすれば良いデスか!?マリア!?』

 

敵でも、アシモフ達でも無い事にホッとするも、調が頭を打った事を聞いて調が危険な事を知るとマリアは一目散に機内の操縦室へ向かう。

 

操縦室に入り、直ぐに操縦桿を握り、神獣鏡(シェンショウジン)を起動して迷彩を輸送機に施すと出発する。

 

輸送機が動く事に気付いたウェルとナスターシャが、操縦室へと入り込んで来る。

 

「一体どうしたのですか、マリア」

 

「勝手に輸送機なんて動かしてどういうつもりですか?」

 

状況を把握していない二人がそうマリアに言う。

 

「調が今危険な状態なのかもしれないの!あの子、何があったか知らないけど、頭を打ったの!」

 

それを聞いてナスターシャは驚き、直ぐにマリアに急ぐ様に伝える。ウェルはその事に対して慌てはしてないが、苦い顔をする。

 

「全く、何してるんですか…計画に支障が出たらどうするんですか?」

 

「今そんな事はどうでも良い!とにかくあの子達の所に直ぐに向かうわ!ウェル博士!貴方は調の治療が出来る様にお願い!」

 

「はいはい。分かりましたよ。あの子達に施した僕の作り出したLiNKERの効果の経過観察もありますし、回収は反対はしませんよ。でも勝手な事をしてるんだからアッシュにもその事を伝えさせてもらうよ」

 

「勝手にしなさい!」

 

マリアはウェルを一瞥してそう叫ぶと急ぎで、切歌と調の元へ向かった。

 

近場であった為、直ぐ様着く事が出来たが、輸送機から降りて切歌と調の周りの惨状を見て、直ぐに二人の元へと駆け寄る。それに気付いた切歌は涙を流しながら、叫んだ。

 

「マリア!」

 

「切歌!調は無事!?」

 

「分かんないデス!でも調の意識が!?」

 

切歌も、こんな事になっていて慌てており、上手く状況を伝えきれていない。周りにはパイプが散らばっており、それが落ちている二人は巻き込まれた可能性がある。ともかく、切歌をナスターシャの元へ向かう様に伝え、調を抱き上げ、輸送機へと入り込む。

 

今は人が居ないのだが、この惨状、いつ周りに人が集まるか分からない。直ぐに調をウェルの元へ連れて行くと、マリアは直ぐ様輸送機を出発させた。

 

ウェルに調を任せて、安全圏である先程の湖の辺りまで戻ると、何があったか切歌に確認する。

 

切歌はナスターシャの膝元で涙を流し、ごめんなさいとばかり言っていた。ナスターシャはそんな切歌を慰める様に頭を撫でていた。

 

「何があったのですか、切歌?買い出し中に」

 

ナスターシャが頭を撫でながら切歌に問い掛ける。

 

「ぐすっ…調と一緒に少しだけ休んでた時に、言い合いになっちゃったデス…あの事で…」

 

切歌はそんな状態でありながらも、アシモフかウェルが聞いているかもしれないと濁しながら話してくれた。

 

「…」

 

アシモフという外道を裏切るには相応の犠牲が必要という調の考え。最悪の考えであったが、調の懸念はごもっともと考える。だが、何故調が犠牲にならなければならないという考えに至ったのか。マリアとナスターシャはその原因が自分達が不甲斐ないばかりであると考えてしまう。ナスターシャは世界を救うという事ばかり考え、自身だけじゃなく、アシモフとウェルという外道と手を組んでしまった事。マリアは自身がもっと力を持っていれば、二人にこんな事を想像させてしまった事を。

 

そして全員が一致した裏切り。

 

それが今の二人を不安に思わせてしまい、この様な事態になってしまった事を。

 

怒る事は出来ない。自分達の所為で二人に不安にさせていた事であるが故に、ナスターシャもマリアも切歌を、そして調を責める事など出来はしなかった。

 

「…それに…」

 

そして切歌はまだ何かあるかの様にか細い声でそう言った。

 

「…」

 

だが、切歌はそれ以上言葉にする事はしなかった。ナスターシャはそんな切歌の頭を撫でながら問う。

 

「他に何かありましたか、切歌?」

 

「…買った物…全部台無しにしちゃいました…」

 

切歌の言葉に少しだけ呆気に取られたが、そのくらいの事で二人は責めはしなかった。

 

ともかく、今は切歌が無事である事。そして調が何とも無い事が二人にとって最も重要だったから。

 

だからこそ、切歌の言葉に何か隠れている事に気付けなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後、調は意識を取り戻し、軽い打撲だけで特に異常がなかった事をウェルから告げられる。

 

「頭の方は軽い打撲だけで、特に脳に異常はありませんでした。良かったですね。それと本命のデータを取らせて頂きましたので、また次回、貴方も取らせてもらいますよ。データは多い方がいいですからね。あと、今回の件はアッシュに報告させて頂きますから」

 

そう言って、ウェルは治療室から出て行った。

 

「ごめんなさい。皆に迷惑掛けて」

 

「…確かに、調の所為で危ない状況に陥りました」

 

ウェルが聞いていない事を確認してナスターシャはそう言った。仕方ない。

 

「マム!調の所為じゃ無いデス!私が!私があんな所に!」

 

ナスターシャの言葉に反応して切歌が調を庇う。

 

「切ちゃん…」

 

「切歌、調。私は別に怒っている訳じゃありません。危険な目に遭ったかも知れませんが、貴方達が無事であればいい」

 

「とにかく、調に何ともなくて安心したわ。だけど暫くは安静にしてなさい」

 

調に対してマリアも休む様に伝える。その言葉に調は頷いて、マリアは優しく微笑んだ。

 

「マリア…マム…」

 

切歌も調も泣きそうになりながら二人の心遣いに感謝する。だが、それ以上に自分達の所為で皆を危険な目に晒した事に深い罪悪感を覚える。

 

「大丈夫…絶対に何とかしてみせるから…マム、時間がないわ。協力者との接触を急ぎましょう」

 

「ええ、ウェルがアシモフに報告する以上、計画を早めるしかありません」

 

そう言ってマリアとナスターシャは裏切る準備を早める為に部屋を出て行った。

 

残された切歌と調。二人は顔を見合わせる。そして調が先に話を始めた。

 

「ごめん、切ちゃん。私がこんな事になった所為で…」

 

「調が無事なら良いデスよ…でも、調。あの時の事はもう考えないで欲しいデス。私達は誰もいなくなっちゃならない。それに誰かが犠牲になるなんて考えちゃダメデス」

 

「うん。もう考えない。誰もいなくなっちゃダメ。大切なマリアや、切ちゃん、マム。それに私も。誰かがいなくなったら絶対に嫌だから…誰も欠けちゃ嫌だから…もうあんな考え絶対にしない」

 

調の言葉に切歌も安心して良かったと言う。でも、切歌はその言葉とは裏腹に胸を痛めた。

 

あの場で、起きた出来事。降り注ぐパイプを防いだ謎の光の壁。あれが切歌には何となくだが分かってしまった。シンフォギアとも第七波動(セブンス)とも違う力。歌を介しておらず、切歌にそんな特殊な力を持っていない。となれば自ずと答えが出た。

 

あれがフィーネの力。そしてマリアではなく、フィーネは自分に宿っているという事。フィーネが器である切歌を守る為に無意識下のうちに使われた力であると察したからだ。

 

だからこそ、切歌は誰も失いたくない。そして調にもそう思わせてしまったという事が、嘘になってしまった。だからこそ、その事を調にもマリアにもナスターシャにも話す事が出来なかったから、辛かった。苦しかった。

 

切歌は切歌で無くなってしまう。自身がフィーネになってしまうという事実が、今の切歌を苦しめる呪縛となってしまった。

 

そしてそれを喋る事をしなかった自分に。そして大切な皆に嘘を吐いてしまったという事が、今の切歌の胸を苦しめる事となってしまった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「と言う事で、アッシュ。あいつらの不手際で少し状況が悪くなってしまった可能性があるんだけど、どうする?」

 

アシモフへと先程の件をアシモフへと報告していた。

 

それを聞いてアシモフは溜め息を吐いた。

 

『全く、役に立たない駒だ。ただの買い物すら出来ないのか』

 

アシモフは何か作業をしているのかガチャガチャという音を鳴らしながらそう言った。

 

『まぁいい。それなら奴等は計画を早めるだろう。Dr.ウェルも準備を進めろ。この国に入り込み、私達の計画を邪魔しようとしている者達の消去(デリート)を予定より早く開始する。既に奴等の接触(コンタクト)する場所に今仕掛け(サプライズ)を用意している』

 

「了解したよ。しかし、馬鹿な事を考えるものだよね。向こうの計画なんて既に此方に筒抜けなのに。バレてないと思って、準備なんて進めちゃって。滑稽としか言いようがないよ」

 

『ああ。だが、警戒は怠るなよ。常に私の考えている通りの計画通りに物事は動く事はない』

 

アシモフはそう言った。計画は着実に進んでいる。だが、アシモフの言う通り、計画の過程で不祥事にはならない物の、予想外の事が多々起きている。消した筈の、殺した筈の人間が再び目の前に現れる。そして、脅威となる者達が増えている。

 

だからこその言葉。ウェルもそれを理解している故に言った。

 

「分かっているよ。誰も僕達の計画の邪魔をさせない。僕が英雄になる為に、アッシュの計画を成功させる為に。どんな小さな綻びだろうと必ず摘んで見せるよ」

 

『分かっているなら良い。失敗も奴等にも気取られるなよ』

 

「勿論だよ」

 

その言葉を最後にアシモフとウェルの通信が終わる。

 

「さてと、僕もアッシュの為に働きますか」

 

そしてナスターシャとは別に、アシモフの計画通りにウェルは動き始めた。



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55GVOLT

二課本部。再び集められた装者達。

 

そして弦十郎の背後に浮かぶ大きなモニターには現在の響の胸に埋まるガングニールによって侵食されていく響の身体が映し出されていた。

 

「響君の胸に埋まるガングニールの現状だ。響君の体内を侵食して新たな臓器を作り出した。以前の侵食よりもかなりの早いペースで響君の体内を蝕んでいる。彼女達F.I.S.の装者の絶唱を束ね、それを放った影響だ。そしてこれが響君の力を増大させ、響君を人ならざるものに誘う悪魔だ」

 

映し出された体内に新たに、心臓の横に生み出された臓器。それはまるで心臓と同じ鼓動をする様に脈打っている。そして心臓を飲み込まんとばかりに蠢いている。

 

「つまり、私はこれ以上シンフォギアを纏う事が出来ないかも知れないという事ですか…」

 

「響君の症例は初めてであり、俺達も手探り状態であるが故に、分からない事だらけだが、端的に言えばそういう事だ。進行していくのをただ黙って見ている訳にはいかない」

 

「…」

 

奏、翼、クリスも響の状態が予想以上に進行している事に言葉が見つからず、ただ辺りは沈黙が支配する。

 

「…分かっています。これ以上シンフォギアを纏うと、私が私でいられなくなるんですよね…」

 

翳りを見せる表情で響はそう言った。

 

「そうだ。俺達はこれ以上君を戦わせる事は出来ない」

 

弦十郎も非情かもしれないが響にそう伝えた。戦力のダウン。だが、それでも響を犠牲にしない為にもそう答えるしかなかった。

 

その言葉に響は拳を強く握り、ただ俯く。

 

「…」

 

響が辛い気持ちは誰もが理解している。だが、それ以上にこの中の誰もが同じ気持ちだった。響には人で、響のままでいて欲しい。

 

そして響もその事を理解している。翼に以前にも言われているからこそ、戦わないといけない。まだやらなければならない事があるとは言えなかった。

 

切歌や調、そしてマリア。アシモフに協力する装者達と話し合わないといけない。だが、状態を知った今、そしてこの場にいる全員が、戦って欲しくないという為に、何も言う事が出来なかった。

 

「…響君がこの戦いでF.I.S.と話し合ってなんとかしたい事は分かっている。だが、そうなれば戦闘は避けられない。シンフォギアを纏わなければどうにもならない」

 

「…はい…」

 

響は俯きながらそう答える。分かっている。シンフォギアを纏えない以上、響に戦う力はない。それでもどうにかしたいと思うが、こんな状態であれば全員に迷惑を掛ける事、それに親友である未来を更に不安をさせてしまう。

 

辛いのは分かっている。だからこそ、響は黙って従うしかなかった。

 

弦十郎はそんな響を見て心苦しそうにする。だが、犠牲にしない為にそうするしかない。

 

「だが響君が戦えなくなったからと言って君自身の脅威が遠かった訳じゃない。ガングニールの侵食がシンフォギアを纏わなければそれ以上の進行はないとは言い切れない。そして最も警戒しなければならないのはアシモフ。響君がシンフォギアを纏えない事はまだ相手が知らないかも知れないにしろ、先の戦闘で何か気付いている可能性もある。そして更に、響君、いや、この場の全員、そしてガンヴォルトも全員の殺害もしようとしている。例え、戦場から離れたとしても、響君の危険は何ら変わりがない」

 

弦十郎は今現在分かっている事。アシモフの危険性がシンフォギアを纏えない事により、更に増えるという事。いや、纏えたとしても、今この場にいないガンヴォルトでも敵わない可能性のある男に挑もうとすれば奇跡が起こらない限り、結果は目に見えている。

 

「退院しても響君には警備をつける。迷惑かも知れない、だが響君の為なんだ」

 

「…分かりました」

 

響は弦十郎の言葉に黙って従う。

 

「響…戦えない事が辛いのは分かる。だけど弦十郎の旦那の言う通り、私達だって響を失いたくないんだ」

 

奏が響に対してそう言った。誰もが響は響のままあって欲しい。だからこそ、もう纏わないで欲しいそう思っているから。

 

「…奏さん…」

 

「私も雪音も同じだ。大切な友人を失いたくない。立花は立花のままであって欲しいんだ」

 

「お前の親友だってそう思ってるんだ。だからもう危険な目に飛び込まなくて良い」

 

翼もクリスも響を心配してそう言った。弦十郎も後は近い年齢の三人に任そうと、部屋を出て行った。

 

そして部屋を出た弦十郎は直ぐ様に通信機を入れて連絡をする。

 

「…ガンヴォルト、いいか?」

 

『弦十郎…どうしたの?』

 

疲れを感じさせる声音のガンヴォルト。休むように言ったのだが、ガンヴォルトを苦しめる悪夢により、以前にも増して疲弊している事が、声だけで分かってしまう。

 

「…」

 

今のガンヴォルトに頼むのは心苦しい。だが、アシモフと対峙した際、対処出来る可能性があるのもガンヴォルトしかいない。

 

「頼みがある。響君の警護をお願いしたい」

 

『…分かった。装者の中で今一番危険なのが響だから、それにアシモフに狙われているならそうせざるを得ない」

 

ガンヴォルトは直ぐに了承する。助かるのだが、それ以上にもし、アシモフが響の前に現れ、今のガンヴォルトがアシモフと対峙した時の事を想像してしまう。

 

疲弊したガンヴォルト、そして今まで以上に力を得たアシモフ。悪い意味で結果は見えている。

 

「だが、お前の任務は響君を守る事だ。アシモフに遭遇しようが、響君の安全を、そしてお前自身の安全を優先しろ」

 

『響をアシモフに殺させはしない。だけど、最後は保証出来ない』

 

「ガンヴォルト!」

 

『弦十郎の言いたい事は分かる。だけど、今のアシモフに確実に勝てる、逃げ切れる確証が無い以上、約束は出来ない』

 

ガンヴォルトの言う通りだ。分かっている。アシモフという男がどれだけ脅威であるかを。

 

だからガンヴォルトもそう言っている。そのどちらも両立出来るかなんて保証出来ない。

 

「…」

 

『心配してくれてありがとう。保証は出来ないけど何とかやってみる。ボクももう死にかけるのは懲り懲りだし、アシモフをこれ以上好き勝手させられないから』

 

ガンヴォルトはそう言った。

 

「…本当に悪い…俺にもアシモフに打倒できうる力があれば…」

 

『無いものを強請ってもどうにもならないよ。とにかく、響の警護は気付かれない様に何とかやる。今の状態で響の近くにいても、心配させるだけだから。それと、奏や翼、クリスにも。今の状態じゃ響同様心配を掛ける。連絡は返しているけど、会って更に心配を掛けたくない』

 

他の装者とも連絡はしているが、会う事をしていない様だ。それがもっと装者達に心配を掛けていると思うが、今のガンヴォルトと会えば、アシモフを殺す事を助長させてしまう可能性がある為に、最適なのかも知れないと考える。

 

「分かった。今の選択は正しいのかも知れない。だが、あの子達の事をもう少し考えてくれ。おまえに会えない事で不安になっているはずだ」

 

どちらにせよ、助長させているには変わりない為、ガンヴォルトにそう告げる。

 

『…善処するよ』

 

少し困った様に言うガンヴォルト。彼女達にとってガンヴォルト自身が装者達の安定剤になっているかを理解していない様だ。だが、今の状態は流石に会わせられないと思い、それ以上の追求はしなかった。

 

「悪いが、響君の警護を任せたぞ。響君が退院したらまた連絡する」

 

『分かった。こちらも何かあれば直ぐに連絡をするよ』

 

そう言って弦十郎はガンヴォルトとの通信を切った。

 

単独行動をさせているガンヴォルトに響の警護を任せ、弦十郎もアシモフやF.I.S.の動きに対応する為に司令室へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

弦十郎が部屋から出て、しばらく経って翼が響へと伝える。

 

「立花、今の辛い状況なのは分かっている。だが、これからの戦いに立花を巻き込まなくていいと少し安心している」

 

「どういう事ですか…」

 

巻き込む。既に巻き込まれているのに何故翼はそう言うのか分からない響。

 

「私達はアシモフを殺す為に今後動く」

 

「ッ!?」

 

翼に告げられた言葉に驚きを隠せない。

 

「なんで…なんで翼さんも奏さんも、クリスちゃんもアシモフって人をそんな事しなきゃならないんですか!?」

 

響は聞かされた事に驚き、問い返す。

 

「ガンヴォルトだけに殺人と言う罪を押し付けたくないからだ」

 

翼の言葉に響は驚きを隠せないでいる。アシモフを殺す。それをガンヴォルトが行おうとしていたからだ。

 

「国や諸外国から既にアシモフの殺人命令が下されている。そしてガンヴォルトは私達が知らない間にそれを了承して、一人で実行しようとしていた。私達にそんな事させられないと。殺人と言う罪を被せない為にも」

 

「そんな…」

 

響が知らぬ間にあった事。既に下されたアシモフの殺害の命。

 

「話し…」

 

話し合えば、そう言おうとしたが響は口をつぐんだ。アシモフと面と向かって対峙した事は沖縄でしかない。

 

だが、それを言うのを躊躇ってしまう。アシモフは話し合えば、どうにかなる様な人物じゃない事を理解しているからだ。

 

大切な友人、シアンを奪い、恩人であるガンヴォルトを何度も死の淵に追いやっている。そして、以前にも何の罪もない人達を躊躇いなく殺そうとした。更には響を含めた装者は全員アシモフに命を狙われている。

 

この国も諸外国も下した決断に響は真っ向から否定するだけの言葉を持てなかった。

 

殺人は悪い事。それはこの国の誰しもが道徳を学んで知っている。

 

「話し合いで解決出来る様な相手じゃない。それは響も分かっているだろう。もう止めるにはこれ以外の方法がないんだ」

 

奏が響に向けてそう言った。

 

「でも…」

 

「お前が言いたい事は分かる。だけど、私達はあいつにばかりそんな重しをずっと背負わせ続けるのは我慢出来ない。あいつも私達がやろうとしているのは反対している。だけど、私達はあいつがもう一人で背負わせるのを黙って見ているのは耐えられないんだ」

 

クリスも響に向けて三人の覚悟を、そしてガンヴォルトにばかりそんな事を背負わせないと言う。

 

ガンヴォルトばかりに罪を背負わせるのは間違っている。それは響にも共感出来る。だが、それでも。それでも三人までそんな事をしようとしているのは正しいのかと疑問を持ってしまう。

 

「立花にとってなんでそんな事をしなきゃならない。間違っている。そう感じているだろうが、世界を救う為、シアンを助け出す為、F.I.S.を止める為、ガンヴォルトを助ける為。その全てを同時にやらなければならない。そしてその全てにおいて邪魔をするアシモフ。捕まえる事は不可能。だからこそ、ガンヴォルトは、私達はそれを実行するしかない。だからこそ言ったんだ。立花をもうこれ以上巻き込まなくていいと」

 

「響がこれを聞いたら間違っているかもしれない。だけど救う為にはそうするしかないかも知れない。迷いはこれからの戦いには死に直結する」

 

「…」

 

響にはその言葉を、覚悟を持った言葉に対して何も言えない。殺人は間違っている。だが、それ以外の世界を救う方法が見当たらない。どうすればいいのか。ガンヴォルトも奏も翼もクリスも。それ以外の答えを見出せない。

 

「心配してくれてありがとよ。だけどもう私達は決めたんだ。間違っているかも知れない。これが最善な答えじゃないだろうと、私達もこの件に関わる以上、黙っている事なんて出来ない」

 

クリスは何を言おうと辞めない事も告げる。奏も翼もクリスの言葉に賛同する様に頷いている。

 

もう響が何を言っても止まらない。どうやっても三人を止める事も出来ないと感じる。それほど先程の言葉に覚悟があった。

 

「立花、だから貴方はもうゆっくり休んで欲しい。司令の言った通り、まだ危険は去った訳じゃない。だけど、私達が、ガンヴォルトがアシモフを、F.I.S.をなんとかする」

 

それだけ伝えると、三人は病室から出て行ってしまった。

 

「…」

 

響はただどうすればいいのか分からなかった。

 

三人にも、そしてガンヴォルトにもそんな事をして欲しくない。

 

響の我儘だっていう事は分かっている。だけど、他の答えが響には何も思い浮かばない為に、悩む。

 

「…どうして…どうしてこんな事に…」

 

もう、シンフォギアを纏えなくなり、戦う力を失った。ガンヴォルトも奏も翼もクリスも、アシモフを殺そうとしている。

 

響には止められない。自分が何をすればいいのか分からない。

 

「どうすればいいの…未来…シアンちゃん…私…皆をどうやって止めればいいの…」

 

力を失った自分を。そして何も出来ない自分の不甲斐なさを感じながら、どうしようもならない事態にただ苦悩を強いられるのだった。



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56GVOLT

何処かに出掛けていたアシモフは帰ってくると、輸送機の中の一番広い部屋へと全員を集めた。

 

ナスターシャ、マリア、切歌、調はまだ自分達の裏切りには気付かれてない事を信じ、その招集に応じていた。

 

「さて、私がいない間に面倒な事をしてくれた様だな」

 

集められて直ぐにアシモフは切歌と調に向けて、鋭い視線を送る。

 

切歌と調はアシモフのその視線を受けて身体を縮こませ、恐怖する。

 

神獣鏡(シェンショウジン)があるとは言え、輸送機まで出張らせ、痕跡を残した事で計画に支障があればどう責任を取るつもりだ?奴が生きている以上、奴らに先手を取られる事がどれほど危険な事か分かっているのか?」

 

アシモフは冷静に言うが、言葉には怒りが見える。

 

「…申し訳ないと思っています。ですが、事故はいつ起きるか分からないものです。それに、あの場に切歌と調、二人が動けない状況である事は私達にとって不利益な事ばかりでしょう。あの場に両名が留まったとしてもしガンヴォルト、もしくは機動二課の誰か、そして装者と遭遇し、二人が連れて行かれれば私達の計画に支障が出るでしょう?」

 

ナスターシャの言葉は正論である。

 

「そうかも知れない。事故はいつ起こるかなどな。だが、今回はそこのお嬢さん(レディ)の勝手な行動をした事によるものだ。直ぐに目的を達したのなら戻ればよかったのだ。それを遂行すれば何も起こる事はなかっただろう」

 

ナスターシャの正論に正論をぶつけるアシモフ。確かにアシモフの言う通りかも知れない。だが、何故切歌と調がその様な行動を起こしたのかすら見当のついていないアシモフに対してナスターシャは怒りすら覚える。

 

全てアシモフ、そしてウェルに対するストレス。外道たらしめる行動。それが今回の要因を招いた事に気付いてないアシモフを睨む。

 

「誰の所為でこの様になったと思っているのですか…」

 

「そこのお嬢さん(レディ)だろう?私にその様な感情を向けるのはお門違いだ、Dr.ナスターシャ」

 

だが、アシモフは何処吹く風という風にナスターシャの睨みを全く気に留めず言う。

 

「私は計画の為に常に動き続けている。ネフィリムの覚醒、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の奪取、計画に邪魔となる奴、機動二課、そして機動二課に属する装者の除去。全ては世界を救う計画を遂行する為に私は動いている。その行動を全て狂わせようとしているのは貴様達だろう?以前の爆弾の件、そして今回だ。全て貴様達が自ら招いた不祥事だ。私をどれだけイラつかせればいいのだ?」

 

アシモフから溢れ出る怒り。そしてそれが昇華して殺気へと変わる。室内の温度が一気に寒くなる様な感覚。

 

切歌と調はその殺気に完全に怯えてマリアにしがみついて涙を浮かべ、恐怖する。マリアもそんな二人を守ろうと必死になるが、今までに感じた事のない恐怖に怯えている。

 

ナスターシャも心臓が握られている感覚に襲われ、息が上手く出来ない。ウェルもとばっちりを受けた様で尻餅をついて怯える。

 

「計画を幾度となく邪魔をして、貴様達に利用価値が無ければ私は直ぐにでも殺している所だ。何の成果も上げられない貴様達が生きていられるのは、私と貴様達の協力という最低限の義理を通しているだけだ。だが、次に…次にまた何か失態を…どんなに小さな綻びを生むような出来事を起こせば義理など関係なく、排除すべき対象として貴様達を殺す。それだけは覚えておくといい」

 

室内を支配する殺気を抑え込んだアシモフはゴミを見る様な目でナスターシャ達を見て、部屋から出て行った。

 

「まっ、待ってくれよアッシュ!」

 

腰を抜かしていたウェルも殺気が収まった事によって、なんとか立ち上がるとアシモフの後を追って部屋を後にした。

 

握られた様に不規則な鼓動をしていた心臓が解放される。

 

「はぁ…はぁ…」

 

ナスターシャの身体が酸素を身体が欲する様に何度も呼吸する。

 

そして殺気がなくなり、マリア、切歌、調は腰を抜かしてその場にへたり込む。感じた事のない程の殺意。そしてそれに伴う恐怖。恐ろしい。それ以外言葉が思い当たらない。マリアはあまりの恐ろしさに涙を浮かべ、切歌と調に至っては完全に涙を流し、泣いてしまっている。

 

無事である事が全く喜べない。だが、年長者として、三人の親として、こんな状態のままにして置いて良いはずがない。恐怖を無理矢理にでも打ち勝ったナスターシャはへたり込んだ三人の元へ向かう。

 

「申し訳ありません、マリア、切歌、調…私が…私があんな外道達と手を組んだばかりに…申し訳ありません…」

 

世界を救う為にこんな事になってしまった。全て自分が間違った選択をした事で三人を傷付け続けた事をひたすら謝る。

 

だからこそ、もうこんな地獄に三人を置いている事は出来ない。この三人とそしてネフィリムの心臓。その中にいると思わしきセレナを必ずこんな地獄から救い出そうと誓う。

 

「絶対に…絶対にこんな場所から抜け出しましょう。必ず、四人で…」

 

例え自分の命が尽きようとも家族だけはこんな地獄から抜け出させるとナスターシャは誓った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

部屋から出たアシモフは自身の武装がある部屋へ向かっていた。

 

あれだけの事を言ったのだ。直ぐにF.I.S.は動き出す。だからこそ、こちらもそれに合わせて準備する必要がある。

 

「アッシュ!いきなり脅かさないでくれよ!僕も怖かったじゃないか!」

 

ウェルも殺気に当てられてカッコ悪い場面を見せた事をアシモフに対して文句を言う。

 

「あの者達が早く動く様後押しをしただけだ。爆弾を設置しているとは言え、バレれば直ぐに計画が破綻するからな。それに、あの程度の殺気などでDr.ウェルも怯えるな」

 

歩きながらアシモフはウェルにそう言って部屋に入る。自身の持つ拳銃。そしてライフルを手早く分解をして手入れを開始する。

 

「しかし、アッシュ、あれだけでよかったのかい?見せしめで誰か殺せばよかったんじゃないの?」

 

「その手も考えていたが、有用に処理したいんだよ。私は」

 

アシモフの言葉にどんなやり方か分からないと言う風に疑問符を浮かべるが、アシモフはそれ以上何も言わなかった。

 

「ああ、それと」

 

アシモフはウェルに対して言ってなかったとばかりに付け加える様に言った。

 

「あの者達にも言った言葉はDr.ウェルも入っているからな。Dr.ウェルも私が計画している事に綻びを生んだ場合、例え君であろうと私は躊躇いなく殺す」

 

「ッ!?」

 

自分は関係ないと思っていたと考えていたウェルはそれを聞いて驚き、冷や汗を流す。

 

「じょ、冗談キツイよ、アッシュ…」

 

「私が冗談を言うと思うか?」

 

ウェルの言葉にそう返すアシモフ。その目には曇りなど無く、本気だという事が何も言わなくても理解出来た。

 

「英雄になりたいのだろう?英雄譚(サーガ)を作りたいのだろう?ならば計画通りに動けばいい。何の邪魔も綻びも生まないのであらば貴様が英雄になるまで私は手を貸すさ」

 

「本当だろうね?」

 

「ああ。あの時の約束はDr.ウェルが計画通り動いてくれれば必ず成し遂げよう」

 

ウェルは冷や汗を未だに流しながらも頷いて計画を遵守する様、アシモフの言う通り動き始めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「はぁ…はぁ…」

 

崩壊した街の中、その中でボクはボロボロの身体で目の前にいる男、アシモフを睨み続ける。

 

「哀れだな、紛い物。一人で闇雲に戦ってくる姿は滑稽以外に見えないぞ」

 

「黙れ!アシモフ!」

 

ボロボロの身体でアシモフに向かい避雷針(ダート)を打ち込んで行く。だが、アシモフには避雷針(ダート)が当たる事はなく、電磁結界(カゲロウ)によってすり抜けて後ろの瓦礫へと向かい弾かれる。

 

だがボクはそれでもアシモフに向けて避雷針(ダート)を撃ち続ける。アシモフは電磁結界(カゲロウ)を使い、避雷針(ダート)を避けることなくすり抜けながらボクへと近付く。

 

そしてボクの目の前で拳を振るい、鳩尾へと叩き込んだ。

 

「ガァ!」

 

叩き込まれた拳を防ぐ事も避ける事も出来なかったボクはそのまま殴り飛ばされる。

 

直ぐ様立ち上がり、アシモフの元へ向かおうとするが、銃声が響く。

 

その瞬間、ボクの掌が熱を持ち、そして直ぐに物凄い痛みが手を駆け巡る。

 

「グッ!」

 

ダートリーダーを持つ逆の手を撃たれた。痛みを堪えながらも直ぐ様立ち上がろうとするも、再び銃声が響く。今度は腕、そして足を撃ち抜かれ、激痛が走る。

 

腕にも足にも力が入らずに、そのまま崩れ落ちる。そして、ボクが倒れて直ぐにボクの頭へとアシモフが足を踏み下ろす。

 

「ガァ!」

 

「ようやくだな。やっと貴様を殺せる。あの時、私がこの手で殺めなかったせいで邪魔し続ける存在になった貴様を」

 

頭を踏み付けながらアシモフはまた意味の分からない事を言う。

 

「本当に目障りだった、奴の真似事をする貴様は」

 

「訳分からない事ばかり言ってるんじゃない…」

 

ボクは頭を踏み付ける足を血に濡れた手で掴もうとする。だが、掴む前に弾丸がボクの腕に撃ち込まれ、どうする事も出来ない。

 

「訳が分からなくても気にするな、貴様を殺すのだから知る必要もないだろう」

 

アシモフがそう言うと通常の銃を仕舞い、強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を装填された銃をボクに向けて構える。

 

「今度こそ、アスタラビスタ(さよなら)だ。私があの時残してしまった紛い物よ」

 

そして引き金が引かれ、ボクの身体を強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)が再び撃ち込まれた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ッ!?」

 

強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を撃ち込まれた瞬間に目を覚ます。身体中に嫌な汗を掻き、掻いた汗がシャツを湿らせている。

 

「…またこの夢を…」

 

疲労を少しでも取る為に近くにあった一課の施設を使って休息を取っていたのだが、疲れの為に寝てしまい、また夢を見てしまった。

 

ほんの少しの時間の睡眠だが、休息どころかどっと疲れてしまった。

 

アシモフとの戦闘で何度も味わっている敗北が、シアンを奪われた事が、そして更にアシモフがボクが大切になっている人達の命を狙う事が焦りを生んで、そして最悪の事態を想像してしまう。勝てる確証がない為に、不安が募り、悪夢をボクに見せてくる。

 

させない。何度も誓った。夢の様な最悪の事態にさせない。もうアシモフにこれ以上世界を混沌にさせない。

 

だが、本当に出来るのか。

 

そう考えがボクの中で駆け巡る。

 

「…いや、出来るか出来ないかじゃない…やるんだ…そうしないと大切な物を全て失う。守りたい物を全て奪われる…」

 

何度も駆け巡る不安を振り払う。そしてシャツが汗に濡れた為にシャワーを借りに行く。

 

シャワーを浴びる前にふと視線の先に映る鏡を見て自分の顔の酷さを見て、顔を顰める。

 

「…酷い顔だ」

 

そんな言葉しか浮かばない。それでも休息を取れない。疲労が取れない為に酷さは一向に治らない。

 

「もう少しで響の退院で警護もしないといけないのにな…」

 

会わないにしろこんなの状態ではもし見られたりすれば心配される。だが、休息出来ない以上どうしようもない。

 

とにかく、響や奏、翼にクリス。装者の面々には悪いと思っている。だが、それ以上に会わない事による心配以上の心配を掛ける訳にはいかない。

 

鏡から目を離して、気持ち悪い汗を流す為にシャワーを浴びる事にした。



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57GVOLT

最近感想を返せずすみません。
励みになってます。ちょっと小説に集中したくてそうさせていただいています。


響は未来と共にスカイタワーへと遊びに来ていた。

 

だが、響は遊びに来たのに目の前の巨大な水槽を優雅に泳ぐ魚を上の空で見ながら、ずっと心あらずであった。

 

ガンヴォルト、そして自身を除いた装者達がF.I.S.、そしてアシモフとウェルを止める為に動く準備をしているのに自分はただ待っている事しか出来ない事。自分達を追い詰めようとする諸悪、アシモフを殺す為に動こうとしている全員を止める事が出来ない不甲斐無い自分にどうすれば全員に殺すという事を止める事が出来るのか。

 

だが、アシモフという存在はそうしなければならない程危険であり、止めるにはそれ以外の方法が思い浮かばない為に国も、諸外国もそう答えを出した。

 

シアンを奪い、何度もガンヴォルトを窮地に追いやり、あまつさえ、一度ならず二度もガンヴォルトを死の淵に追いやった。許されない事をしている。それを容認するのは仕方ないかも知れない。

 

だが、それは正しいのか。

 

答えなど出ない。戦う力(ガングニール)を持って何か出来るかもしれないとずっと思っていたのに、その力はもう自身の存在を脅かす悪夢となっている。

 

もうシンフォギアを纏えない自分に何か意思を通す程の力などない。もう止める事など出来ない。知っているのに何も出来ないのだからこそ、今この状況でどうする事も出来ない自分の不甲斐無さと力を使う事の出来ない自分に悔いる事しか出来なかった。

 

そんな考えばかりして浮かない顔をした響の頬に冷たい何かが当てられ、変な声を出してしまう。

 

「ヒャァ!?」

 

その正体はジュースの缶であり、それを持った未来が響にジュースを渡す。

 

「せっかく遊びに来たのに深刻な事考えていたでしょ?」

 

「うっ!」

 

響は未来に直ぐに考えていた事がばれて、狼狽える。

 

「…考えたい気持ちは分かるよ、響。私も同じ気持ちを味わっているから」

 

過去の事を出されて響はぐうの音も出ず、未来に謝る。

 

「ごめんなさい…」

 

「ちょっとここだと目立つから、端っこで話そう」

 

そう言われて未来と響は端っこに設置されたベンチに座る。

 

「…前と同じで…今も大変な事になっているんだよね…」

 

「…うん」

 

未来も協力者である為に、ある程度の情報が共有されている。ライブ会場での敵勢力の事。響の現在の状況の事。そしてこの事件の根幹にいる、シアンを奪い、ガンヴォルトを死の淵に追い詰めようとするアシモフという存在を。

 

未来がどのくらい知っているかは分からない為に、何処まで話せばいいか分からない。だが、今アシモフという男に何処まで追い詰められているかを話す。

 

しかし、未来も何となく現状を察していたのか、その事に対しては暗い顔をして話を聞く。

 

「やっぱり、今大変な事になっているんだ…」

 

「うん…アシモフっていう人にかなり追い詰められてる…特にガンヴォルトさんが一番辛い目に…大切だったシアンちゃんが奪われて…何度も殺されかけて…」

 

アシモフとガンヴォルト。同じ世界の人間であり、ガンヴォルトに取ってシアンの肉体を殺し、この世界に来た原因を作った因縁の敵。

 

ガンヴォルトがこの世界に来るまでどんな経験をしていたのか。かつて二課でガンヴォルト本人から聞いた過去の話。それは辛い事ばかりの連続。

 

能力を持っている故の非人道的な実験対象、戦い、信じていた者からの裏切り、そして喪失。

 

ガンヴォルトが正気を保っていられるのが不思議なくらいの辛く、そして悲しい出来事。

 

未来もガンヴォルトの過去に対して何も言えなかった。

 

響も自身も聞かされた時と同じ様にただ未来の心が落ち着くのを待つ。

 

「私…ガンヴォルトさんの事…何も知らなかった…」

 

「ガンヴォルトさんもこんな過去を自分の口から語るのが辛いって言ってたんだよ…」

 

未来も響の言葉に同意する。こんな過去があったら話す事も辛い事ばかり思い出す為に語るのはしたくないだろう。

 

だが、それ以上にガンヴォルトの心の危険を垣間見る。

 

初めはアシモフの裏切りを何か意図があるんじゃないかと信じていたのに、結局アシモフの裏切りは自分の意思であり、ガンヴォルトの僅かな希望を打ち砕いてしまった。

 

そして再びシアンを奪った事。それが引き金となり、ガンヴォルトの心はいつ壊れてしまうのではないかと心配する。

 

だが、未来には戦う力が無い。響ももうそんなガンヴォルトの隣に立つ事が出来ない事に歯痒い気持ちに苛まれる。

 

以前、慎次との約束が頭に過ぎる。かつて慎次と約束をした事。大切な者を奪われてガンヴォルトが壊れてしまわない様に頼まれた。

 

戦いに没頭してしまう。今のガンヴォルトがその状況だ。大切な人(シアン)を奪われてしまった。その為に連絡は付くがこうやっている間にもガンヴォルトはアシモフという巨悪からシアンを取り戻そうと躍起になっている。

 

その行動は正しいとは思う。だが、ガンヴォルトのそれは響とは本質が違う。助ける為に、取り戻す為に怨敵を殺す。生死を賭けた殺し合いなのだ。

 

話し合いや友好などではなく、残虐で悔恨を残す血塗られた闘争。

 

響と未来はただ、力のない自分達が何も出来ない状況にただただ恨めしくなる。

 

約束を守れない事に。こんな中でも何も出来ない自分に。

 

どうしようもない状況に追い込まれているのに何も出来ないという事が、二人を苦しめるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「マム、本当に此処で大丈夫なの?」

 

「ええ、此処で間違いありません」

 

マリアは不安を零しながらナスターシャに問い、ナスターシャはマリアに対してそう言った。

 

マリアがナスターシャの後ろから車椅子を押し、その後ろを切歌と調が後を追う。

 

四人が来ている場所は東京スカイタワーの中層にあるテナント企業が入るフロアの一角。

 

そこでアシモフを裏切り、新たな協力者との会合で指定された場所。

 

人目が多く、会合場所にしては合わない雰囲気にマリアと切歌、調は警戒しながらも指定された部屋へと向かう。

 

「ナスターシャ博士ですか?」

 

不意に声を掛けられ、四人は声のする方に視線を向けると大柄のサングラスを掛けた数名がおり、切歌と調は威圧感でマリアの後ろに隠れる。

 

「ええ、そうです」

 

ナスターシャは臆さずにその声を掛けた男性へと返事をする。

 

「例の物をアッシュボルトから持ち出す事は成功致しましたか?」

 

「勿論です。ですが、此処であなた方に見せるのは少し軽率な判断だと思います。こちらもタイミングよくアシモフとウェル博士から居なくなって持ち出せた物なのですから」

 

「それもそうですね。こちらへ」

 

ナスターシャの言葉に従う男達はマリア達を囲みながら、テナントが入る区画を抜けて会議室へと通される。

 

「待っていました、ナスターシャ博士。まさか、私達を裏切った貴方から連絡が来るとは思いませんでしたよ」

 

会議室の中にも同様にボディーガードが何人もおり、その中心に座る男が話し始める。

 

その男は米国政府の重鎮であり、かつてのF.I.S.にも所属していたナスターシャのかつての上司であった。

 

「アッシュボルト…いえ、アシモフとこれ以上は危険だと判断した結果です」

 

「アシモフ…それがタケフツ・アッシュボルトの本名かな?まあ、そんな事はどうでも良い。例の物をアッシュボルトから奪えたんでしょうね?」

 

米国政府の男はナスターシャに対して、本題は其方とばかりに話し始めた。

 

そう言われたナスターシャは切歌と調に対して例の物を出す様に伝え、それを机の上に置く様指示した。

 

切歌と調はそれぞれが袋に覆われたそれを机の上に置くと、開封して中身を露わにさせた。

 

切歌の開けた袋の中身はネフィリムの心臓であり、F.I.S.達の計画の核になる完全聖遺物。

 

そして調が開けた袋にはギアペンダントが。

 

「これがネフィリムの心臓ですか?」

 

そう言って米国政府の男は聖遺物を確認する機材を持たせたボディーガードにそれを調査させると本物だという事が証明されて笑みを浮かべる。

 

「そしてもう一つはギアペンダントですか?」

 

もう一つは何なのか気になる米国政府の男が置かれたギアペンダントを興味深く観察する。

 

「アシモフが狙い、そしてあの男、ガンヴォルトから奪った電子の謡精(サイバーディーヴァ)と呼ばれる第七波動(セブンス)を内包させた物です」

 

それを聞いた米国政府の男の顔が好奇に満ちた表情に変化する。

 

第七波動(セブンス)!?この国の英雄である男、ガンヴォルトと同じ力を奪った物だと!?」

 

「ガンヴォルトとアシモフとは正確には違う第七波動(セブンス)ではありますが、あって損はない物と思い、盗み出しました」

 

淡々とナスターシャは説明をしていく。奪ったネフィリムの心臓、そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)を宿す、ギアペンダント、神獣鏡(シェンショウジン)。そしてこの男達が欲していたウェルが行っていたLiNKERの研究データ。

 

全てのデータと聖遺物。米国政府と再び手を組む為に必要な材料を全て渡した。

 

「これだけあれば十分ですね。分かりました。データ提供をしてくれたのでこちらも約束を守りましょう、ナスターシャ博士」

 

ナスターシャはその言葉を聞き、安堵の息を吐くが、その瞬間にナスターシャへと向けてボディーガードの男達が一斉にナスターシャへと向けて銃を構える。

 

突然の事に、ナスターシャもマリアも、切歌も調も身構える。

 

「どういうつもりですか!」

 

「一度裏切った貴女ともう一度手を組む?どれだけ頭の中がお花畑なのですか?そんなの我々が許すはずがないでしょう?我が国を裏切り、あまつさえアッシュボルトとかいうテロリストと手を組んだ貴女を生かす程我が国はそんな優しくはないんですよ」

 

「この外道共!」

 

マリアは切歌と調に合図を出すと共にLiNKERを取り出し、打ち込もうとする。

 

「辞めた方が身の為ですよ。あなた方がLiNKERを打ち、聖詠を歌うよりも早く、我々は引き金を引く」

 

「くっ!」

 

その言葉にマリア達は苦虫を潰した様に表情を歪める。

 

「安心してください。処理するのはナスターシャ博士のみ。フィーネ、そして、そこの二人は生かさせてあげますよ。LiNKERを使うとは言え、腐っても適合者。聖遺物に適合する人間は貴重ですからね」

 

「ふざけるじゃねぇデス!」

 

「この外道共!」

 

切歌も調も米国政府の男に噛み付く様に叫ぶ。

 

「外道で結構。我が国も世界の頂点に君臨し続ける為に必要ならば何処までも非情になりましょう」

 

二人の言葉にただ笑みを浮かべて答える米国政府の男。ナスターシャは自身の決断が全て間違っていた事を悔いる。アシモフに協力して、結局は使い捨ての駒のように使われて、米国政府に協力を要請してみれば結局初めから応じる事もなく、搾取されるだけであった。

 

家族を守りたい、世界を救いたい。ただそれだけであったナスターシャは完全に意気消失してしまう。

 

だが、その瞬間、銃声が幾つも響く。それと共にボディガードの脳天に何処からともなく弾丸が撃ち込まれ、米国政府の男、そしてF.I.S.以外全てが一瞬の内に倒れ、死んでいき、会議室が一気に凄惨な現場と化した。

 

「な!?何が起きている!?ナスターシャ博士!貴方が何かしたというんですか!?」

 

狼狽える米国政府の男、そして何が起こったか分からないF.I.S.達。

 

そして静かになるとバチバチと音が響くと共にゆっくりと何かが姿を現す。

 

「私の予定通りに裏切ってくれて良かったよ、Dr.ナスターシャ。こうして隠れてこそこそしている邪魔者を引っ張り出してくれたのだからな」

 

「き、貴様はアッシュボルト!?」

 

現れたのはアシモフであり、机に置かれたネフィリムの心臓、そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)を宿すギアペンダントを取り上げると共に米国政府の男に銃口を向けて撃ち抜いた。



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58GVOLT

(弦十郎は未来に頼んだのか…確かに響を説得するなら未来が一番の親友だし…)

 

ボクは響の警護の為に、二人を陰ながら見守るのにスーツや戦闘服など目立つ格好などは出来ない為に、変装して響と未来の警護を行う。とは言っても、二人には悪いと思っているが、今は会うのは心配をさらにかけてしまう為に、二人の行動を見れ、そして自分の存在が気付かれないような距離を保ち続けている。

 

自分でも分かっている。これは駄目だという事ぐらい。装者も、そして響、未来も会わない事でかなりの心配をかけていると思う。

 

だが、緊急事態にならないのであれば会う事は出来ない。更に心配をかけるのは目に見えている。

 

だからこそ、陰ながらこうして警備で留めている。

 

だが、こうやって警備をする中で何かおかしい事に気付く。

 

何の変哲もないはずの日常の中に潜む異物。この東京スカイタワーで響と未来を警護をする中、違和感を覚えていた。

 

(…さっきから何人か…動きは無いけど、一般人じゃない人が何人かいる…)

 

今このフロアに何人か普通の人であればしない様な視線の動かし方、まるで何か警戒している様な素振り。そして、動きがまるで一般人ではあまりしない様な常に懐へと直ぐに手を入れられる様な姿。

 

(…何か嫌な予感がする…)

 

あまりにも不自然。電話をかける様に装い、響と未来の姿を視認出来、怪しまれない様に電話をする振りをしながら無線で連絡を入れる。

 

「もしもし、今大丈夫かい?」

 

『ガンヴォルトか?』

 

「まだ来ないのかい?結構待ってるんだけど…遅れそう?」

 

『何を言っているんだ?』

 

脈絡のない話に弦十郎は疑問符を浮かべる。無理もない。不審に思われない様に移動したものの怪しまれたのか、近くにもボクを監視する様に来た男がいる為に表立って応援を呼ぶ訳にはいかないからだ。

 

「東京スカイタワーだよ。ボクもあまり待ってられないんだけど。他の人も早く来てくれる様言ってくれないか?」

 

『…誰か怪しい人物が居るんだな?分かった。応援をそちらに向かわせる。装者はどうする?奏か翼、クリス君の誰かを送るか?』

 

弦十郎は直ぐに意図に気付いた様で応援を送る様に手配する。

 

「そうしてくれ。でも女の子は大丈夫だよ。今日は男だけで遊ぼう」

 

『分かった、装者は待機させておく。ノイズじゃないにしろ、F.I.S.、アシモフじゃないにしろ、何かあれば直ぐに装者を出動させる。何かあれば直ぐに連絡してくれ』

 

「分かった、早く来てよ」

 

そう言って無線を閉じ、電話を切る振りをする。

 

その瞬間に先程ボクを監視していたと思われる男が声を掛けてきた。

 

「すみません、トイレに連れて行ってもらいたいんですが」

 

「トイレならこの奥のエレベーター前にあるから真っ直ぐ行けば着きますよ」

 

一般人の振りをしてそう答えるが、男は連れて行ってくれと何故かしつこく頼んで来る。

 

そしてボクがずっと拒み続けると痺れを切らしたのか、他に見えない様に銃を懐から取り出して突き付けてくる。

 

「いいからついてこい」

 

この男の他の周りにいた仲間らしき男達も数名集まってきて囲んでくる。

 

集まっても警戒を怠らない所、銃を持つ所一般人じゃない事は明らか。この国に隠れて銃を所持し、一課や二課、斯波田事務次官の所属する組織の人間ではない。そしてこの男が持つ銃はこの国が支給する銃のカタログに載っていないもの。そうなると考えは一つ。

 

アシモフやF.I.S.の協力者。もしくはこの気に乗じて動く別組織の敵。

 

だが、人の目がある以上、下手に動く事は出来ない。下手に動けば、このフロアにいる人々が被害に遭う。

 

しかも、この男達のせいで警護対象である響と未来の姿も隠れて見えなくなってしまった。

 

「分かった」

 

被害を最小限に抑える為に、ボクはその男達に連れられ、その場を後にする。

 

(響や未来を見失う前にどうにかするしかない…)

 

そう心に誓い、男達と共にトイレへと連れ込まれた。幸い誰もいない事を確認するとボクはそのまま壁の方に突き飛ばされる。

 

「貴様は何者だ?アッシュボルトの仲間、もしくはF.I.S.の協力者か?」

 

銃を構えながら、ボクに向けてそう告げる。その事から彼等はアシモフとの繋がりがない事を知るが、ならば何処の組織なのか。この国も敵は多い。以前のデュランダルの実験の件。ボクを狙う諸外国等を挙げればきりがない。ある程度は斯波田事務次官の手腕により収まっているがそれでも、消えないのが現状だ。

 

だが、そんな事を今模索している場合ではない。直ぐ様、雷撃を流そうとした瞬間、東京スカイタワーが激しい揺れに襲われる。

 

「な、何だ!?」

 

予期せぬ事にボクも男達も動揺するが、直ぐにボクは雷撃を腕に纏い、男達と外で待っていたが揺れで呼び戻そうとした男達を一気に麻痺させる。昏睡した事を確認すると素早く弦十郎へと連絡しようとする。だが、無線も電話もうまく繋がらない。

 

何か妨害するものが出ているのだろう。

 

「とにかく応援が来る前に響と未来、それにタワー内の市民の安全を確保しなきゃ」

 

ダートリーダーをバックから取り出すと、ボクは現状の把握の為に、トイレから急いで出る。

 

外は先程の揺れで人々が逃げ回っていた。直ぐ様、その中に響と未来の姿を探すが、見当たらない。

 

この短時間に何処か行ってしまった。とにかくここの安全を確保する為に付近の係員に機動一課である事を伝えて、避難誘導の指示と先程の揺れは何だったのか確認する。

 

「先程東京スカイタワー中層で爆発が起きたみたいなんです!」

 

テロ、いや、こんな状況でこんな事を起こすのなんてアシモフ以外考えられない。

 

「分かった、ボクが上の人達の避難誘導をしてくる。それと男を数名集めてトイレで倒れている人達を回収してくれ。その人達は警察の方に身柄を預ける様お願い」

 

そう言ってボクはエレベーターへと向かい、その扉を蒼き雷霆(アームドブルー)の力で開けると、側面に備え付けられた梯子を使い、上階へと急ぎ登り始めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

爆発が起きる数分前-

 

アシモフは米国政府の男が死んだ事を確認するとそのまま手に持ったネフィリムの心臓、そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)を宿す神獣鏡(シェンショウジン)のギアペンダントを腕へと縛る。

 

「アシモフ!貴方が何故此処に!?」

 

マリアはナスターシャ、そして切歌と調の前に立ち、アシモフへと叫ぶ。

 

「初めから貴様達の裏切りなど予想していたさ。そして貴様達は私の予想通り動いた。だから私はそれを利用して裏でこそこそ動く邪魔者を消す餌となってもらっただけだ」

 

「ッ!?」

 

ナスターシャとマリアは既に裏切りを悟られており、それを知った上で泳がされていた事に、絶望する。

 

切歌と調も同様だ。

 

「初めから…初めから貴方の掌の上だったという事ですか…」

 

「ああ、貴様達が私とDr.ウェルに協力を仰いで来た時から既にこうなると想定していたさ。貴様達の(テロリスト)に必要な残虐性も、悪に染まる信念の薄さ、そして私に対する隠しも出来てもいない不審感。こんな事態がいずれ来るとな」

 

あくまで私は支援者で有り、有益である限り協力したまでだと。

 

アシモフはそう告げた。

 

「フィーネを旗頭にする遊びに付き合うのもこれまでだ。誰にも宿っていない事など既に知っている。それでも、世界に知らしめる為の活動には役に立ったがな」

 

「ッ!?何故貴方がその事を!?」

 

マリアが、アシモフに対して言う。

 

「私とフィーネはかつて協力関係なのは承知のはずだろう?そして私はフィーネは使えないと判断して奴を追い詰める為にかつての駒を使って追い詰めている。フィーネがかつての私の裏切りを赦すとでも?赦さないだろう。フィーネならば協力しても裏切りなどではなく、私の隙を見て命を狙う。だが、フィーネと呼ばれる貴様は何の行動(アクション)を起こさなかった。そしてあの時の会話だ」

 

アシモフはフィーネがこの中にいない事など初めから知っていた事、そして湖の辺りの会話を聞かれていた事に苦虫を噛み潰す。

 

初めから裏切りなど刷り込まれていた。初めから出し抜く事など出来なかった事に歯痒い思いが込み上げる。

 

「貴様達の裏切りなど初めから想定され破綻していた。それだけの事だ」

 

その言葉と共に今度は外から隠れていたと思われる米国政府の残党がなだれ込む様に銃を構えて突入してくる。

 

「ッ!?F.I.S.!初めからこのつもりだったのか!」

 

突入してきた隊長らしき男が叫ぶ。

 

惨状からアシモフとF.I.S.が裏切っておらず、此方を貶められたと感じたのだろう。

 

マリアも切歌と調も数の暴力の前に恐怖の色が見える。三人がLiNKERを打ち込み、聖詠を歌うよりも早く引き金を引かれるからだ。ナスターシャは全て自身の決断が崩れたが、なんとか三人だけでも生きれる様に策を巡らせていたが、この様な状況で策が思いつかない。

 

一触即発の空気の中、アシモフはこんな状況にも関わらず、笑みを浮かべている。電磁結界(カゲロウ)という無敵とも呼べる(スキル)がある限り、何の支障もない表れであろう。

 

「まだまだ邪魔者はここに残っている」

 

そう言ったアシモフは何かリモコンの様な物を取り出す。

 

「米国政府、貴様らは此処で皆殺しだ」

 

その言葉と共にアシモフはリモコンを押すと同時に周囲が大きく揺れ、外には黒煙が宙へと登る。

 

「開戦の狼煙変わりだ」

 

その言葉と共に米国政府、アシモフの戦いの火蓋が落とされた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

東京スカイタワーが見えるビルの中のカフェテリア。

 

そこにウェルは優雅にコーヒーを飲んでいた。その傍らには大きめのトランクケース。そしてその中にはソロモンの杖。

 

アシモフが決めた合図が来るまでただ待っているだけであった。

 

そしてコーヒーを飲み終えると自分で新しいコーヒーを取りに行く。そして新しいコーヒーを取り元の席に戻ると同時に、東京スカイタワーの方から大きな爆発が起き、黒煙を上げるのが見える。それを見てウェルのいるカフェテリアでもその異変でパニックが起こる。

 

「始まった様だね。それじゃあ、アッシュの言う通り、僕も僕で動かさせてもらいましょうか」

 

そう呟く様に言って、ウェルはソロモンの杖を取り出すとカフェテリアに大量のノイズを召喚する。それにより更にパニックが起こるが、直ぐにノイズにより鎮静させられた。

 

そして新たに飛行型ノイズを大量に呼び寄せると直ぐに東京スカイタワーへと向けて解き放った。

 

「これで僕の仕事は終わりましたが、さっきコーヒーを取ってきたのでこれが飲み終わるまで此処でどうなるか見させてもらいましょうか」

 

そう言うとウェルは椅子を東京スカイタワーの方へ向き直して座り、黒煙を上げる東京スカイタワーを見ながらコーヒーを飲むのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

さっきの事で帰ろうと思った響と未来であったが、そんな気分にもなれず、ただ無言のまま展望台へと来ていた。

 

少しは気を晴らそうと思ったのだが、綺麗な景色を見ても決してモヤが取れることはなく、ただただ虚のまま見る事しか出来ない。

 

「…」

 

「…」

 

無言のままただ二人で景色を見ていた。だが、こうしていても何も変わらないと二人は感じて帰路に着こうとする。

 

その瞬間、轟音と共に東京スカイタワー全体が揺れる。響は揺れを感じた瞬間に、未来にも伏せる様促して床に転倒する事は何とか防いだ。

 

「何が…」

 

響は現状を把握すると展望台のガラスの割れた枠の奥から上空へと登りゆく黒い煙、そして、更に遠くから飛んでくる飛行型ノイズの群れ。

 

「ッ!?」

 

未来もそれを見て声を上げずに驚いた。

 

「Balwisyall…」

 

「駄目!響!」

 

聖詠を歌おうとしたが、未来の声を聞いて止まる。

 

「響!駄目!これ以上歌ったら響がどうなるか分からないんだよ!」

 

未来は響の事を思ってそう言った。

 

「…ごめん」

 

響も未来の気持ちを理解して歌う事を止める。それを見てホッと一息ついた未来だが、響も未来も今の状況が危ない事。そして自分達にも出来る事をしなければと考えて動き始める。

 

二課へと連絡、そしてここからの避難。そして避難誘導をする。

 

響は未来の手を取り立ち上がると弦十郎へと連絡を行おうとする。しかし、電波が何故か入らず連絡する事は叶わない。

 

「…師匠に連絡がつかない…」

 

「…こんな状況になったら弦十郎さんも直ぐに皆を送ってくれるはずだよ…」

 

未来も自身のスマホでクリスや翼に連絡を取ろうとしていたが、繋がらない事を確認してそう言った。

 

ならば行動、それまでに助けられる人達を助けるべく動く事が重要と判断して響と未来は避難を手伝う為に動く。

 

係員の指示に従いつつ、避難出来ていない人が居ないかを確認しながら、動く。

 

そんな中、女性が子供を探している事に気付き、その女性の助けになるべく、共に子供を探す手伝いをする。

 

だが、そんな中ノイズが東京スカイタワーへの攻撃を開始が始まり、女性と逸れてしまう。

 

「あの人無事に逃げられていればいいんだけど…」

 

「私達も早くあの人の子供を見つけて逃げないと…」

 

響と未来も女性の無事を願いながら、まだ残っていると思われる子供を探す。

 

そしてトイレの近くになると子供の泣き声が聞こえて来て、そちらへ向かうと先程の女性から聞いた特徴と一致する少年を発見する。

 

「良かった!未来!居たよ!」

 

「お姉ちゃん達…誰?」

 

「私とこのお姉ちゃんはお母さんに頼まれて君を探していたの。此処は危ないから早く脱出しよ」

 

未来は少年の手を取り、此処から脱出する為に移動を始める。

 

既に外はノイズが周りを飛んでおり、生きている人間を飛びながら探している。響と未来、そして少年は瓦礫などの遮蔽物を使いながら非常口へと向かう。

 

もうすぐで非常口に辿り着くという所で不運な事に子供が小さな瓦礫に足を取られ、転んでしまう。

 

「ッ!?」

 

その瞬間、ノイズに存在を察知され、ノイズは少年目掛けて襲い掛かろうとした。

 

響と未来は少年を何とか立ち上がらせて全速力で非常口へと駆ける。

 

だが、ノイズのスピードの方が何倍にも速く、追い付かれそうになる。

 

万事休す。響は未来と子供を助ける為に、ノイズを食い止めようと、禁止されたシンフォギアを纏おうと聖詠を歌おうとした。

 

「響!駄目!」

 

未来が静止をかける。だが、それでも響は未来と子供を助ける為に聖詠を歌おうとしたその瞬間、近くのエレベーターの扉が勢いよく開いて、そこから何発か針の様なものがノイズに向けて撃ち込まれる。

 

そしてノイズに青い紋様が浮かぶと同時に、雷撃がエレベーターの扉から放たれ、ノイズを炭へと変えた。

 

「これって!?」

 

「大丈夫か!?響!未来!」

 

エレベーターの扉から雷撃が止むと同時に今とても頼もしい存在、ガンヴォルトが現れた。



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59GVOLT

アシモフが起動させた爆弾により、東京スカイタワー全体が大きな揺れに包まれ、米国政府の兵達の銃口がアシモフの身体から逸れる。

 

その瞬間、この中で唯一爆発を予期しており、マシンガンを取り出すと、米国政府の兵へと向けて乱射する。

 

先頭にいる兵達はアシモフが放った鉛玉を喰らい、倒れていく。だが、腐っても米国政府の兵。先頭の兵がやられていくのを確認すると素早く部屋から出ると共に部屋の外へと身を隠す。

 

だが、アシモフは再びリモコンを操作すると共に隠れている壁ごと爆発して瓦礫や血、そして吹き飛んだ兵達の身体であった一部が辺りへと散らばる。

 

F.I.S.の面々も突然の揺れ、そして突然の爆発で耳と平衡感覚を奪われてしまう。

 

「アシモフ!なんて事を!」

 

マリアは目を開けた惨状を目にしてアシモフに向けて叫ぶ。

 

「聞こえはしないが、言っただろう。開戦の狼煙と。始めるんだよ。計画の為に。フィーネの計画などではなく、本来の私の目的を」

 

アシモフはそう言うが、F.I.S.の面々にはアシモフが何を言っているか理解出来ていない。

 

切歌と調もようやく体勢を立て直し、マリアと共にアシモフの前に、ナスターシャを守る為に立ち塞がる。

 

三人は何も言わなくてもやるべき事は理解している。アシモフは此方を始末するつもりだろう。だから抗う。今回の裏切り、そして裏切りの前に言っていた始末するという言葉。

 

もう、此処でアシモフと戦う以外方法がない事を。

 

マリアも切歌も調もLiNKERを打ち込み、聖詠を歌い、それぞれ、ガングニール、イガリマ、シュルシャガナのシンフォギアを纏い、アシモフと対峙する。

 

シンフォギアを纏う事により、身体強化をされた事で、先程まで苛まれた三半規管の支障。そして鼓膜の支障が解消されて各々が武器を構える。

 

勝てる見込みなんてない。そんな事は今までのアシモフとガンヴォルトの戦闘を知っているからこそ分かっている。マリア達三人とアシモフは場数が圧倒的に違う。それも本当の殺し合いという場数が。三人とF.I.S.は次元が違うのだ。

 

圧倒的な威圧感。数は此方が有利だとしても覆りようの無い大きな壁。

 

だが、それでも抗うしか無い。もう後戻りなど出来ない。四人に残されたのは目の前の男と戦うか死ぬかのどちらかである。

 

「…」

 

三人は冷や汗をかきながら、アシモフの動きを一瞬でも見逃さないと瞬きすら忘れて観察する。

 

だが、そんな緊張感が張る三人とは違い、アシモフはただ余裕とばかりに構える事なくただ立っている。

 

「自死を覚悟して私に特攻でも仕掛けようというのか…ああ、全くもってナンセンスだ。あの時のガンヴォルトと同じだ。だが、そのナンセンスな行動が私を追い詰めたんだったな…」

 

言葉の真意などは分からない。だが三人はそんな言葉を気にも留めず、隙を窺う。

 

「感傷に浸って変な言葉を溢してしまった」

 

そしてアシモフは自分が失言をしたとばかりに溜息を吐いた。

 

その瞬間、マリアが動き、その後に続く様に切歌と調も動いた。

 

アシモフを殺すならば今しかない。マリアはシンフォギアによる身体強化された脚力でアシモフまで距離を一気に詰めて、ガングニールをアシモフの喉元に突き立てようとする。

 

「無駄だ」

 

だが、アシモフの(スキル)電磁結界(カゲロウ)により喉元に突き立てようとした槍は喉元を透過してダメージを与える事が出来ない。

 

「クッ!」

 

だが、それでもアシモフへの攻撃の手を止めない。

 

透過したガングニールを横薙ぎにしてアシモフへと振るう。勿論、それもアシモフの身体を透過して何の意味をなさない。

 

「切歌!調!」

 

攻撃の手を止めてはならない。それがマリア達に残された勝機を掴み取る方法なのだから。

 

電磁結界(カゲロウ)の弱点はマリア達が知る限り、同じ雷撃能力者であるガンヴォルトのみ。だが、そんな事は関係ない。とにかく、少しでも勝機を掴み取る為にどんな事をしてでも弱点を見つけ出さなければならない。

 

そしてマリアは薙ぎ払いの後、後退をして控えていた切歌と調が、鎌と丸鋸を振るい、アシモフへと仕掛ける。だが、それも電磁結界(カゲロウ)により透過して何の意味をなさない。

 

「無駄だ。電子の謡精(サイバーディーヴァ)を持たない貴様達装者に電磁結界(カゲロウ)を越えられない」

 

そう言って切歌と調の攻撃を意を返さず突き進み、切歌の首を掴み上げる。

 

「グッ!?」

 

「切歌!」

 

「切ちゃん!」

 

マリアと調は切歌を助け出そうとアシモフへと仕掛けるがアシモフは切歌を盾にして動きを止める。

 

「私に勝ち目がなのに挑むのが間違いなのだよ」

 

「アシモフ!」

 

調とマリアはアシモフを憎しみを込め睨みつけるが、アシモフは全く意を返していない。

 

「いいのか?貴様の大切な家族は私の手のうちにあるのだぞ?」

 

そう言って切歌を掴む手に力を込める。切歌は苦しそうにしながらもどうにか抜け出そうと鎌でアシモフの腕や身体を斬りつけているのだがアシモフの身体を透過して全く意味をなしていない。

 

「いい加減鬱陶しいな。一人くらい殺してしまうか?」

 

殺意を込めた言葉に切歌は怯えて動きを止めてしまう。

 

「辞めてください!」

 

マリアと調ではなく、ナスターシャがアシモフに向けて叫ぶ。

 

「お願いです…この子達は…この子達だけは助けてください…」

 

「マム!今のこの男に命乞いなんて!」

 

「そうだよ!マム!この男はそんな事!」

 

「黙ってなさい、マリア!調!」

 

狼狽えるマリアと調にそう言うナスターシャ。

 

「フィーネの偽物の言う通り、今更命乞いか?私に刃を向け、抵抗したのに?」

 

「分かっています。貴方にとって私達はとんでもない行動をした事も…ですが…ですが…この子達を…この子達だけは…それに…セレナを…セレナを…」

 

ナスターシャは懇願する。切歌と調は何故今この場で亡くなったはずのセレナの名前を告げているのか理解出来ない。アシモフがこんな事で許すなど有り得ないと感じる。だが、アシモフはその言葉に僅かに眉を動かした。

 

ウェルにも話していない、アシモフしか知らなかったはずの情報。何故ナスターシャが知っているのか。自身の本当の計画に必要な物。誰にも伝えてないはずだが、かつて口走った時聞かれていた事を、自分が犯した失態を悔やみながらも、特にバレても支障がないと切り捨てる。

 

「勝てないと察して、あれだけの事をしておいて、敵に懇願など愚の骨頂だ。ましてや今迄の行動を赦される程の何かを持ち合わせない貴様達を赦す譲歩を与えると思うか?」

 

アシモフの言う通り、ナスターシャにはアシモフに有益になる物など持ち合わせていない。それでも、ナスターシャは大切な家族だからこそ、自身の身を挺しても助けたい。残りの命の短い自分よりも生きて欲しい。だから懇願する。

 

「…無様で不愉快だ。赦しを乞えば生かされるとでも思っているのか?自分を犠牲にすれば誰かが生き長らえると思っているのか?」

 

アシモフはまるでゴミを見る様な目でナスターシャを見る。静かに怒るアシモフにナスターシャはどう答えればいいか考えようとするが、そんな時間はありはしない。直ぐにでも答えなければ、切歌が殺される。

 

ただ闇雲に何か言おうとした瞬間、いつの間にか外に飛んでいたノイズが見覚えのある紋様を浮かべ現れたと思うと、蒼い雷撃により炭となり堕ちていく。

 

「…どうやら奴も来ている様だな…」

 

F.I.S.に興味を失ったアシモフは直ぐ様切歌をマリアと調の方に投げ捨てた。

 

「切歌!」

 

「切ちゃん!」

 

マリアと調は投げ捨てられた切歌を抱え上げ、無事を確認する。首元に跡が残っており、苦しそうにしているが、無事な様だ。

 

その様子からマリアはアシモフへと飛びかかろうとする。だが、それよりも早く、アシモフはネフィリムの心臓を起動させると、ナスターシャの足元に穴を穿ち、姿を消してしまう。

 

「アシモフ!何をした!マムを何処にやった!」

 

「貴様達が生き残るチャンスをやろう。此処に残る米国政府の犬共を殺せ。そうすればDr.ナスターシャの場所を教え、貴様達の命も助けてやろう」

 

「ふざけないで!マムを何処にやったの!」

 

マリアと調はそんなアシモフに食って掛かろうとするが、アシモフがそんな二人を睨む。

 

「貴様達にチャンスをやったのに不意にするつもりか?私はそれでも構わんぞ。奴を殺した後、貴様達も奴と同じ場所へと送るだけだからな」

 

選択肢のない問い。マリアと調は何も返す事が出来ず、その選択に従うしかなかった。

 

「…従えばいいんでしょ…やるわ」

 

マリアがアシモフの言葉に従い、首を縦に振る。

 

「それでいい。ならば早く行け」

 

アシモフがそう言うと切歌を抱え、マリアも調も忌々しそうにアシモフを睨みながら壊れて大きくなった部屋の出口から出て行った。

 

「教えてやるさ。貴様達の大事な家族が死んだ場所をな」

 

マリア達へと向けて言った言葉。

 

ナスターシャは亜空孔(ワームホール)で飛ばした場所は海の中であり、初めからマリア達を騙すつもりで送ったのだ。そしてアシモフとしても裏切りの首謀者は生かしておけない。だからこそ、生きていると錯覚させて駒にする手法を取った。ナスターシャはもう価値がないが、装者にはまだ有効活用できる場がある。その為に生かしているのだ。

 

そしてアシモフはマリア達が戦闘を開始したのか銃声が響く。アシモフはそれを確認すると外の様子を見る。未だに雷撃が放たれ、数々のノイズが炭となって落下していく。

 

「此処で確実に殺してやろう。私の恥ずべき選択で生きながらえた紛い者を。何度も立ち上がり、私の神経を逆撫でする貴様という存在を」

 

そう言い残してアシモフはバチバチと身体が徐々に消えていき、完全に姿を消した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響と未来とそして救出された子供の三人をノイズから守りながら非常口を目指したのだが、非常口はノイズにより完全に破壊され、通る事は出来なかった為に、他の脱出口を探す。

 

「ガンヴォルトさん…大丈夫ですか?」

 

響がノイズを倒して一時的な安全を確保し終えたボクに向けてそう言った。

 

「大丈夫だよ」

 

肩で息をしながらボクは言った。心配させたくないからの虚勢である。だが蓄積された疲労。そしてノイズを倒す際に以前とは違い、かなりの第七波動(セブンス)の力を高めて戦っている為に目に見えて疲弊していた。

 

以前なら半分の力で倒せた筈なのだが、それでは足りない事を実感している。

 

シアンをアシモフに奪われた影響だろう。今になってこんな事を知り、自分の不甲斐なさを実感するが、そんな事を気にする余裕はない。

 

響と未来、そして子供を助けなきゃならないからだ。疲れていようが関係ない。

 

「ボクが何とかするから、心配しないで」

 

疲れていても何とか安心出来るよう言葉を掛ける。だが、非常口は全て破壊されており、逃げられないようにされている。

 

脱出経路が無い。響も未来も子供もそれを知って恐怖を助長させてしまう。

 

「ガンヴォルトさん…どうしましょう…」

 

未来が不安そうにそう聞く。

 

「正直、あんまり使いたくなかったんだけど…ボクが使っていたエレベーターの梯子を使おう。此処からだとかなり降りる事になるけど助かるにはそれしか無い…」

 

あまり使いたくはなかったエレベーターの梯子を使う事を伝える。何故使おうとしなかったのかは中層から降りる恐怖と戦わなければならないからだ。

 

恐怖心を克服するのは難しい。高所故の落ちたら死んでしまうかもしれないという恐怖。そして終わりの見えない梯子を下り続けるという恐怖がある為だ。

 

ボクが雷撃鱗を使って降りればいいかもしれないが、高さ故の雷撃鱗のタイミングでは四人とも死ぬ可能性があるからだ。

 

だが、脱出経路が全て塞がれている以上、やるしか無い為に、ボクは安全を確保しながらエレベーターへと向かう。

 

だが、そんな時、タイミングよく何か大きな音がボクの耳に響く。その瞬間ボクは割れたガラスの方を見るとノイズを躱しながら接近するヘリの姿を捉える。

 

ボクはその瞬間に素早く、そのヘリに気付き、襲おうとしたノイズ達に避雷針(ダート)を撃ち込んで雷撃を放ち、炭へと変える。

 

「ガンヴォルト!助かりました!」

 

そして接近したヘリの扉が開き、見慣れた一課の隊員が姿を現す。

 

「よく来てくれた!響!未来!子供から乗せて君達も乗ってくれ!」

 

まさかの救助に安堵の息を漏らす。子供を持ち上げて素早く乗せようとしたその瞬間。

 

嫌な予感がすると共に何か小さな音が聞こえる。

 

ボクはヘリに直ぐに飛び立つよう伝え、響と未来を守るように雷撃鱗を張った。

 

その瞬間、雷撃鱗に何か触れた瞬間、爆発が起きた。

 

ヘリも爆風に煽られながらも、何とか離脱した。

 

「勘のいい奴だ…」

 

その声を聞いて今最も会いたく無い人物と遭遇した事に悪態を吐きたくなる。

 

「やっぱりこの件も貴方の仕業か!アシモフ!」

 

ボクがそう言うと共にゆっくりと透明だったアシモフがゆらりと姿を現した。



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60GVOLT

もう少しで原作八話も終わる…
あと五話頑張ります


マリアが落ちていた銃を天井向けて放ち、弾倉が空になったのを確認して捨てる。

 

周辺には誰一人生きている人など居らず、悲惨な現場となっていた。だが、戦って殺したと言う事を分からせる為に米国政府と遭遇したと言う嘘をつく為に銃を天井へと向けて放ったのだ。

 

「切歌、調…貴方達は絶対に手を出しちゃ駄目よ」

 

「何を言ってるデスか!?何でマリアだけがそんな事するんデスか!?」

 

「そうだよ!マリア!何でマリアだけそんな事背負わなきゃならないの!」

 

マリアの言葉に切歌と調が反抗する。

 

「絶対に貴方達にそんな事をしたらいけない。貴方達まで外道に落ちるのなんて私が許せないの」

 

だがマリアも譲らない。二人だけは何があっても守りたい。その思いからマリアはそう言った。

 

だが、それは切歌も調も同じであり、マリア一人に人殺しをさせるわけにはいかないと。マリアが大切だからこそ、マリア同様に二人も譲れなかった。

 

だが、すぐに言い合いをしている間にアシモフが隠れて監視しているかもしれないと言う不安に襲われる。

 

ナスターシャを何処かへ飛ばしたアシモフを許せない。だが、それ以上に大切なナスターシャの命はアシモフにより握られている。

 

だから、こんな所で仲違いしている場合じゃ無いと、三人は米国政府の兵を探す為に会話も無く、ただ闇雲にアシモフの命令を遂行すべく動き始めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「アシモフ…」

 

ボクはアシモフと対峙しながらも響と未来を守る為に前に出る。

 

「此処の爆発も貴方の仕業か」

 

「そうだとも。貴様では無い邪魔者を消す為に用意した物だが、まさか貴様まで現れるとはな。それに立花響。私がこの手で殺さなければならない二人が集まっている。私は(ラック)に恵まれている」

 

不敵な笑みを浮かべるアシモフ。

 

「この人がアシモフ…」

 

未来は初めて対峙するテロリスト、そしてこの事件の黒幕であるアシモフを見て震えている。無理もない。不敵な笑みを浮かべるアシモフがその笑みと裏腹に隠しきれていない殺気がこの場を支配しているからだ。

 

「ガンヴォルトさん…」

 

響もアシモフと対峙して震えている事が分かる。圧倒的な力。そして射殺さんばかりの殺意。それをボクは受けながらも二人を守らんと前に出る。

 

変装で来た為に装備はダートリーダーと身体補助のインナーのみ。

 

勝てる要素があまりにも少ない。だが、それでも。ボクはこの二人だけはアシモフに殺されてはならないと、守らなければならないと構える。

 

「響、未来。アシモフはボクが何とかする…二人はその間にどうにか逃げてくれ」

 

背後にいる二人に向けてそう言う。敵わないかもしれない。勝てないかも知れない。だが、それでも、二人を殺されるような事などあってはならないとならない。死ぬ気もさらさらない。例え、敗北しようが何としてでも生きて帰らなければならないから。

 

「ガンヴォルトさん!でも!」

 

響はボクが何度もアシモフに敗北している為に心配して叫ぶ。

 

「いいから行くんだ!ボクはアシモフを止める!だから行ってくれ!」

 

ボクも二人に向けて叫ぶ。

 

「響、ガンヴォルトさんの言う通り逃げよう!私達が邪魔になっちゃうよ!」

 

未来は響とは違い、ボクの意図を汲み取って逃げようと言った。未来の言葉に響も今の自分じゃ足手纏いにしかならないと思い、直ぐに未来と共に逃げる。

 

「絶対に!絶対に死なないで下さい、ガンヴォルトさん!」

 

そう言って響は未来に連れられて逃げる為に走り始めた。

 

だが、

 

「逃がすとでも思っているのか?立花響」

 

その瞬間、目の前のアシモフが穴を穿つと共に響と未来の前に現れた。

 

だが、亜空孔(ワームホール)の動きを理解しているボクはすぐに未来と響の前に出て雷撃鱗を展開する。アシモフも雷撃鱗を展開するが勢いでそのままアシモフを押し返す。

 

「やらせるわけないだろ!アシモフ!行け!未来!響!」

 

その言葉と共に未来と響は今度は反対方向に走り、逃げて行った。

 

「チッ…まあいい、私が最も殺さなければならないのは貴様だ。いくら逃げようと貴様さえ始末すれば全て私の思い通りに行く」

 

「もう死ぬわけにはいかないって言っただろう!アシモフ!絶対に貴方はボクが殺す!」

 

「何をほざくかと思えば…出来もしない事を喚くな!紛い者!」

 

アシモフが笑みを崩して、今までと同じ様、ボクへと向けた怒りを露わにして展開した雷撃鱗越しにボクへと向けて弾丸を撃ち込んでくる。

 

「グッ!」

 

雷撃鱗を越えるアシモフの弾丸がボクへ向かうが僅かに逸れる。だが、それでもボクの身体を抉り、血が服を濡らす。

 

だが、ボクも避雷針(ダート)を撃ち込み、アシモフを止めようとする。

 

アシモフは素早く雷撃鱗を解くと共に亜空孔(ワームホール)を使い、素早くボクの死角へと回り込む。

 

だが、本物の亜空孔(ワームホール)の能力者を知っており、そしてアシモフを理解しているからこそ、その攻撃を躱す。

 

ボクは素早く攻撃に転じ、脚に雷撃を纏い、アシモフへと回し蹴りを仕掛けるが、アシモフの電磁結界(カゲロウ)を越える事は出来ず、そのまま透過していく。

 

アシモフはネフィリムの心臓を起動して、今度は生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の副産物である石化の光線を放つが、その光線を紙一重で躱し、更にアシモフの目に向けて避雷針(ダート)を放つ。

 

アシモフに電磁結界(カゲロウ)がある限り効かない事は理解している。

 

アシモフも電磁結界(カゲロウ)を使い、そのまま避雷針(ダート)を透過していく。

 

だが、それでいい。

 

当たらない事は初めから分かっている。だが、それでも一瞬だけでもアシモフの視界を奪う事が出来た。

 

視線が切れた瞬間、ボクは石化の光線を避けつつ、アシモフの腕に巻かれたシアンを封じたギアペンダントを奪おうと手を伸ばす。

 

しかし、

 

電磁結界(カゲロウ)の力を慢心している事を利用したんだろうが、無駄だ」

 

だがアシモフはまるで予想していたとばかりに銃でボクの腕を叩き落とす。

 

「グッ!」

 

読まれていた。だが、それでも関係ない。ボクはアシモフの更にアシモフの腕に巻かれたシアンを封じたギアペンダントへと再び手を伸ばす。

 

「浅はかだな」

 

再びアシモフへと伸ばした腕は電磁結界(カゲロウ)により擦り抜け、空を切る。

 

そしてアシモフはそのままネフィリムの心臓を巻き付けた腕を振るい、ボクの鳩尾へと拳を叩き込んだ。

 

「ガァ!?」

 

鳩尾へと叩き込まれた拳から内臓がぐるぐるとかき混ぜられる感覚と痛みが襲う。

 

それと共に喉から込み上げた胃液が喉を焼く。それを堪え、反撃を試みようとする。

 

だが、それよりも早くアシモフが口にした。

 

「イグニッション」

 

その言葉と共にボクの鳩尾にものすごい衝撃が走る。それと共にものすごい熱量がボクの腹を焼き、そのまま殴り飛ばされた。

 

「グッ!?」

 

至近距離からの爆炎(エクスプロージョン)。その威力は計り知れないものであり、ボクはそのまま壁へと叩きつけられる。

 

「グッ…」

 

しかし、アシモフはボクが壁に叩きつけられようが止まらない。ボクに向けて蹴りを叩き込む。

 

「ガァ!?」

 

「どうした?紛い者?私を殺すんだろう?電子の謡精(サイバーディーヴァ)を取り戻すんだろう?」

 

そう言いながらアシモフはボクの焼かれた腹に再び蹴りを叩き込もうとしたが、ボクは両腕でそれを防ぐ。骨がビキビキと嫌な音を立てる。一撃でこの様なら二度目はない。

 

だからボクは次の蹴りが来る前に叫ぶ。

 

「リヴァイヴヴォルト!」

 

その言葉と共に焼かれた腹が治癒され、腕の痛みが一瞬で無くなる。

 

そしてボクはそのまま蹴りを避ける様に地面を転がる。

 

「当たり前だ…アシモフ…貴方を殺して…シアンを取り戻す…」

 

ボクはアシモフの挙動を見逃さない様に神経を尖らせて立ち上がる。

 

「何度出来ない事を口にする?私を殺す?圧倒的な力の差に闇雲にただ立ち向かい、勝利を掴み取ろうとしているのか?笑わせる。紛い者が何をしようとどうも出来ない。これが現実(リアル)だ。それも理解出来ないのか?いや、理解出来ないのではなく、儚き幻想を抱き、理解をしようとしていないだけだな」

 

アシモフがつまらなそうに言う。

 

アシモフに勝てない。アシモフとボクの圧倒的な実力の差が物語っている。だが、そんな事認めない。認めてはならない。

 

自身を鼓舞し、浮かんだ弱さを振り払い、心を奮い立たせる。

 

「理解出来ないんじゃない…理解しようとしてないんじゃない…アシモフ…ボクは絶対に貴方を殺す。シアンを殺した貴方を絶対に赦さない!絶対にシアンを取り戻す!」

 

「…ほざくなよ、紛い者。何処までも私を苛つかせてくれる!貴様は奴ではないのだ!赦す赦さないも貴様が語るな!ああ、本当に忌々しい!貴様と言う存在が!奴と同じ言葉を使う貴様が!」

 

アシモフが怒りをぶち撒けるように叫び、その怒りに呼応するようにアシモフが雷撃を迸らせる。

 

何を言っているのかボクには分からない。奴という分からない存在をボクと重ねる意味も。それが何を指しているかなど。

 

だがそんな事どうでも良い。

 

アシモフを殺す。あの時、シアンを奪われ、殺されかけた時から変わらない答え。

 

「アシモフ…貴方を殺す」

 

「何度もほざくなよ!紛い者!」

 

その瞬間、ボクとアシモフは互いに雷撃を纏いながら、相手を殺さんが為に雷撃を放つ。

 

ぶつかり合う雷撃。辺りへと飛散しながらも互いの殺意に呼応する様に威力が増していく。

 

しかし、威力を増そうが覆り用がない実力の差。アシモフの雷撃がボクの雷撃を飲み込み、押されていく。

 

力比べなどもってのほか。すぐ様雷撃を放つのをやめてアシモフが放つ雷撃を躱し、少しでも距離を詰めようと駆け出す。

 

だが、アシモフはボクに向けて追従する様に手を翳し、雷撃で攻撃しようとする。

 

ボクは素早く避雷針(ダート)近くの壊れた電光パネルへと撃ち込んで放たれた雷撃の方向を変える。

 

アシモフ自身もすぐに雷撃を放つのを辞め、接近し始めるボクへとネフィリムの心臓を起動させ、残光(ライトスピード)の付随した光線を放つ。

 

光速のレーザー。だが、発射口を予測して紙一重で回避してアシモフへと接近する。

 

避雷針(ダート)が無意味だろうが、それでも撃ち込みながらアシモフの懐へと潜り込む。

 

アシモフは電磁結界(カゲロウ)避雷針(ダート)を意を返さず、接近してきたボクに向けて銃を撃ち込んでくる。

 

素早く雷撃鱗を展開して放たれた弾丸を完全に逸らす事はできず、肉を抉り、血が吹き出す。

 

それでもアシモフに近づくことが出来た。

 

「血迷ったか!」

 

アシモフは雷撃鱗の内部に入りながらも接近してきたボクに向けてネフィリムの心臓を起動して爆炎(エクスプロージョン)を放つ。

 

近距離での爆炎(エクスプロージョン)が全身を焼く。アシモフは電磁結界(カゲロウ)で雷撃鱗も爆炎(エクスプロージョン)も全く意を返さず、無力化する。

 

ボク自身は爆炎(エクスプロージョン)をまともに浴びて吹き飛ばされそうになるが、身体が焼かれようと踏み止まる。

 

ボロボロになりながらもボクは言葉を紡ぐ。

 

「天体の如く揺蕩え雷、是に至る総てを打ち払わん!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ライトニングスフィア!」

 

至近距離でのありったけの雷撃を乗せて、ボクはライトニングスフィアを放った。

 

だが、それでもアシモフの電磁結界(カゲロウ)を越えるに至らなかった。

 

「無駄だと何度言えば分かる!紛い者如きが私には敵わないんだよ!」

 

アシモフは叫び、爆炎(エクスプロージョン)を放つ。

 

何度もボクの身体へと叩き込まれ、血反吐を吐き出す。意識が飛びそうになる。だが、叩き込まれる痛みでなんとか意識を止める。

 

だが、あまりの威力にライトニングスフィアは威力を失い、完全に消え去る。

 

ライトニングスフィアが消えた瞬間、アシモフはボクに向けて拳ではなく、莫大な雷撃を纏わせた手刀をボクに向けて振るう。

 

その瞬間、ボクはなんとか繋ぎ止めた意識でアシモフに向け、ライトニングスフィアと同様にありったけの雷撃を込めた拳をカウンターで振るった。

 

アシモフも咄嗟の事で驚いてはいるが、それでも手刀をボクへと突き出した。だが、アシモフの手刀よりも早く、ボクの拳が鳩尾へと叩き込んだ。

 

ボクの拳が、アシモフの身体を捉えた。だが、その身体は蒼く発光するとともにバチッと雷撃を放ち、砕けた。

 

「ッ!?」

 

それはアシモフの(スキル)。以前のアビスでの戦いでも使った未だ謎多き、電影招雷(シャドウストライク)

 

「全く、何かを隠しているかと思えば、ただのカウンターか…電影招雷(シャドウストライク)を使う事もなかったか。カウンターならば電磁結界(カゲロウ)を越えられるとでも思っていたのか?」

 

アシモフの言葉がボクの背後から聞こえる。まるで種の分からない(スキル)。だが、それでもボロボロの身体が軋もうが、ボクはなんとか背後へ向けて蹴りを繰り出す。

 

だが、背後に現れたアシモフには蹴りが入る事はなく、電磁結界(カゲロウ)で身体を透過する。

 

そしてそれに合わせる様にアシモフは蹴りを放ち、ボクを蹴り飛ばした。雷撃で強化された蹴り、そしてボロボロの身体では受け流す事も受け止める事も出来ない。

 

そして吹き飛ばされた先の壁はボクとアシモフの戦いにより簡単に破壊され、そのままエレベーターシャフトへと突き抜けた。

 

そして突き抜けた先は底の見えぬ穴。ボクはそのままエレベーターシャフトへそのまま落下する。

 

身体が上手く動かない。ボロボロになりすぎてまともに動くことすら叶わない。このまま落ちて仕舞えば身体がバラバラになるほどの衝撃を受けて死ぬ。駄目だ。絶対に死ぬわけにはいかない。

 

シアンを取り戻していない。アシモフを殺していない。

 

殆ど無意識だろう。死ねないと言う思いが、動かない身体を無理矢理動かしてシャフトを蹴った。

 

蹴った先に運良く停止して動かなくなったエレベーターがあり、その上に叩きつけられる。

 

「ガハァ!」

 

衝撃で血を吐き出す。内臓が破裂したと思うような痛みで意識が本当に飛びそうだ。だが、生きている。すぐさま、リヴァイヴヴォルトを使おうとしたが、(スキル)を再使用するほど回復していない為に使えない。

 

再使用まで耐え様にもこの出血であれば確実に死ぬ。死ぬわけにはいかない為に、ヒーリングヴォルトを使う。

 

「どれだけしぶといんだ、貴様は」

 

ヒーリングヴォルトを使って少しだけ回復した瞬間、アシモフが亜空孔(ワームホール)から出て来ると共に、ボクの鳩尾を踏みつけた。

 

「ガァァ!」

 

痛みのあまり、叫ぶ。

 

「しぶといな。|何が貴様をしぶとく生かしているのか?電子の謡精(サイバーディーヴァ)は完全に貴様の中から消えた…ならば蒼き雷霆(アームドブルー)が貴様を生かしているのか?それとも貴様と共にいる装者か?それとも電子の謡精(サイバーディーヴァ)が最後の力を振り絞り、貴様に何かを施したお陰か?」

 

そう言いながらアシモフはボクを何度も踏みつける。

 

声にならない叫びをあげる。

 

「全く、どれだけ手間をかけさせる…」

 

そう言うアシモフはボクの鳩尾を踏みつけた足を退ける。

 

だが、アシモフが退かそうがボクの意識はギリギリのところで保っている事、そして今まで受けたダメージが、ボクの身体を蝕んで全く動かすことが出来ない。

 

「どれが原因か理解出来ん…」

 

アシモフはボロボロのボクを見下ろしながらそう言った。

 

「ならば…その全てを切り捨てるほかあるまい」

 

そう言うとアシモフはボクへと向けて言う。

 

「精神に苦痛を与え、第七波動(セブンス)を弱体化させ、貴様を殺し、そして装者の手に落ちぬ場所へと送ればいいだけだ」

 

そしてアシモフは続ける。

 

「だから、貴様にとって絶望を教えよう。自身が本物のガンヴォルトと信じ、疑わない紛い者の…貴様の真実を」

 

アシモフは見下しながらボクに向けてそう言った。

 



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61GVOLT

響と未来はこの場から逃げる為に走り続ける。

 

背後ではアシモフとガンヴォルトの戦闘がなされ、激しい音が鳴り響いている。

 

響も未来もただガンヴォルトの心配をしていた。

 

響はガンヴォルトがアシモフを本当に殺してしまう事。そしてガンヴォルトが幾度となくアシモフに辛酸を舐めさせられているのを知っている為に、ガンヴォルトが死んでしまうんじゃないかと言う事。

 

未来も同様にアシモフとガンヴォルトの戦闘でガンヴォルトが負けてしまうんじゃないのか。死んでしまうんじゃないのかと心配している。

 

だが、響も未来も何も出来ない。戦えない自分達がいた所で何も出来ない。

 

「響…ガンヴォルトさんは大丈夫だよね?」

 

未来が響に向けて問いかける。

 

「大丈夫だよ…絶対に…」

 

響は詰まりながらもそう答える。確証がない。無事で帰ってきてくれる保証など響は言い切るほどの自信が無い。

 

アビスの底でアシモフに完全なる敗北を喫し、死にかけた。そして響の身を犠牲にして救う為にシンフォギアを纏った際も装者、そして弦十郎と慎次共に協力した戦いでも、アシモフに数で圧倒しながらも、倒す所か深傷を負わせる事も叶わなかった。

 

それほどアシモフという存在は規格外であり、圧倒的なのだ。

 

そしてガンヴォルトは今、アシモフにシアンを奪われ、バックアップを受けられない状態。そして、助けに来た時のガンヴォルトは既にかなり疲弊していた。ノイズの戦闘、アシモフによる大切な人を二度も奪われた事が起因して精神的にガンヴォルトを追い詰めている。

 

助けたい。響も未来もそう思っている。

 

だが、力なき者があの場にいても邪魔になるだけ。シンフォギアを持とうが纏えなければ戦えない。その事が響の心を傷付ける。

 

それでも、ガンヴォルトを信じるしか無い。今はとにかくガンヴォルトを信じて自分達は逃げに呈する。響と未来はガンヴォルトに言われた通り、ガンヴォルトが上がって来たエレベーターの扉へと辿り着く。

 

扉は大きく開いており、その中を覗き込む。その中はそこが見えない大きな穴。東京スカイタワーという超高層の建物であれば当たり前である。故にこの高さから落ちれば命は無い。

 

ガンヴォルトが使おうとしなかった理由がよくわかる。ゴールの見えないシャフトの中を下り続ける事がどれだけ恐怖になる事か。

 

「…」

 

二人はただその大きな穴を見て息を飲む。だが、それでも進まなければならない。ガンヴォルトがアシモフを足止めしている。二人はそれを無駄にしないためにも生き残らなければならない。

 

ガンヴォルトが作っている時間を無駄にしない為に、二人は勇気を出してそこの見えないシャフトの中にある梯子を掴み、中層から離れるために先の見えないシャフトを降りる。

 

怖い。恐怖で足がすくむ。だが、それでも一歩一歩着実に二人はシャフトを降って行く。二人がシャフトに入った扉からは今も尚、ガンヴォルトとアシモフの戦闘が続いている様で雷撃がたまに目に入る。

 

二人はガンヴォルトの心配をしながらも恐怖を抱きながらも階下へと降りようと必死に梯子を降って行く。

 

それから何分経ったかなど考えず、ただガンヴォルトの稼いでいる時間を無駄にしない為に二人は恐怖に苛まれながらも梯子をしっかりと下る。

 

しかし、そんな二人にさらなる恐怖が襲い掛かった。

 

二人より上部のシャフトの壁が急に吹き飛ばされ、そこからノイズが一匹侵入して来たのだ。

 

「ノイズ!?」

 

今の二人にとって恐怖の来訪者。二人を見つけるなり、二人に襲い掛かろうとする。

 

二人は必死に降りてノイズから逃げようとする。だが、昇降を高速で降りるような特訓などしていない二人の速度ではすぐに追いつかれてしまう。

 

ノイズの攻撃はなんとか回避するも、梯子の上部が壊されてしまう。その影響で梯子が大きく揺れる。

 

二人は必死に梯子を掴んで落ちないようにする。だが、その一撃によって外にまだ残ったノイズが気付いたのか外壁を破壊して大量のノイズが入り込んで来た。

 

そしてその影響により二人の掴む梯子の少し下の柱が折れて梯子がそのまま外へと折れて行く。

 

「キャァ!」

 

二人は必死に梯子を掴んで振り落とされないようにする。

 

しかし、外へと折れた梯子は二人のいる部分は外へと出される。運良く引っかかって梯子が完全に落ちることはなかったが、その衝撃で響は手を離してしまう。

 

「ッ!?」

 

響は必死に手を伸ばす。だが、重力に逆らうことなどできず、響の手は梯子に届く事はなく、空を切る。

 

だが、空を切り伸ばした手は未来がなんとかして掴んでくれた。

 

「未来!」

 

だが、状況は最悪。未来は片手で二人の体重を支えなければならない状態。そして東京スカイタワーの中に二人の姿を探すノイズ。

 

未来は必死に響と自分の体重を片手で支えている。だが、非力な未来に二人分の体重を支えられる力など無く、その手はどんどんと力を無くしていき、離れそうになっている。

 

「響!絶対助けるから!」

 

それでも未来は響を助けようと叫び、なんとか響を引き上げようとする。

 

だが、未来の手は離れるのは時間の問題であり、響が力を入れて仕舞えば、二人纏めて落ちてしまう。

 

だからこそ、響は覚悟を決める。

 

「未来、もう大丈夫だよ…その手を離して」

 

「嫌!絶対この手は離さない!」

 

未来は響の覚悟など知らず、どうにかして響を引き上げようとする。

 

「…絶対…絶対助けるから…」

 

未来は涙を流しながら呟く様に言った。

 

その涙が、未来の頬を伝い、響の頬に落ちる。

 

「未来…」

 

響も未来が助けようとしてくれるのはとても嬉しい。だが、今のままでは二人とも死んでしまう。

 

「…ごめんね、未来。でも、絶対に…絶対に助けに来るから…」

 

響はそう言うとともに未来の手を離す。未来は響が落ちようとする響を止めようと力を込めて響の手を握るが、響が力を込めていないことで滑って離れてしまった。

 

「響!」

 

「心配しないで…絶対にすぐ戻るから…絶対に助けに来るから!」

 

そう言い残し、響は重力のまま地上へと落下して行く。そして内部にいない事に気づいたノイズが外壁を貫いて現れる。

 

ノイズは未来には気付かず、目に入った響だけ狙いを定め、そのまま突撃してくる。

 

(良かった…未来には気付いてない)

 

響は心の中でそう思う。そして落ちゆく中、ノイズの間から未来が涙を流す姿が目に焼き付く。

 

絶対に。絶対に助けるから。

 

だから待ってて。

 

そう心に何度も言い聞かせ、響は自分の胸に手を当てる。

 

弦十郎にも、未来にも、奏、翼、クリス達にも使うなと念押しされた(ガングニール)

 

今、上で戦っているガンヴォルトも使うなと言うだろう。

 

だが、それでも。

 

響は使うと決めた。大切な親友を助けれるのなら構わない。それに必ず自分が自分ではなくなると言う確証もないのだ。だったら、ほんの少しだけでいい。

 

未来を救う為に、力を貸してと胸の中にあるガングニールに願った。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

そして響は使う事を禁じられていたシンフォギアを纏う為に、聖詠を歌う。

 

一瞬でシンフォギアを纏い、そのまま地面へと降り立つ。

 

シンフォギアを纏い、身体に異変がまだ出ていない事を察した響は拳を構え、響に襲い掛かろうとしているノイズに向けて自身の拳を振るった。

 

自身のアームドギアが、ノイズを滅さんと響の気持ちと呼応し、うねりを上げ、空を殴りつけた拳圧で襲いかかったノイズを全て葬る。

 

そして次は未来を助ける為に足に力を入れて、飛び上がろうとした瞬間、上空から何かが響に向けて落ちてくる。

 

響はすぐに回避して飛びあがろうとしたが、その落下して来た何かを見て動けなくなってしまう。

 

それは、先程まで響と未来が使っていた梯子であったから。あの破壊された他の残骸が落ちて来た。そう信じたかったが、その梯子の一部に付いた血の跡がそうじゃないとばかりに主張していた。

 

「違う…これは絶対に違う!」

 

響は違うと叫び、未来を助けようと無理矢理身体を動かして飛びあがろうとする。

 

だが、現実は非情で残酷であった。まるで響にその現実を受け入れさせるが如く、未来と別れたあの場所で爆発が起きた。

 

「嘘だ…嘘だ…」

 

響はその光景を眺めることしかできず、歌を歌うことすら忘れてしまい、シンフォギアが解かれ、その場に膝から崩れ落ちた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

未来は涙を流しながら、ノイズを引き連れて落ちて行く響を見ることしか出来ない事、そして落ちゆく響がシンフォギアを纏う瞬間を見て後悔に苛まれた。

 

自分がしっかりしてないせいで、こうなってしまった。

 

決してその様なことは無い。だが、響がこうなってしまって自分のせいだと未来は自身を追い詰めてしまった。

 

だが、後悔は今するべきじゃ無いと、未来は涙を流しながらも行動する。

 

シンフォギアを纏ってしまった響はまだなんとかなるかもしれない。すぐに響が響じゃ無くなるわけじゃ無い。

 

そう信じて、未来は涙を拭い、梯子を掴んでシャフトへと戻ろうと動く。

 

だが、シャフトに戻ろうとしたが、シャフトの内部に残っていたノイズがおり、未来の存在に気付いて襲い掛かろうと姿を変えている瞬間が目に入った。

 

「ッ!?」

 

未来は絶望する。

 

ここで終わる。何も出来なかった。決めたのに行動を起こす前に全てが終わろうとしている。

 

嫌だ。そんな事絶対に嫌だ。

 

そう思おうが、力のない未来にこの状況を打破する事など不可能。

 

そして未来に向けてノイズが襲いかかった。

 

未来はただ目を瞑ることしか出来なかった。

 

死というワードが頭の中に浮かぶ。だが、そんな一瞬の出来事が、全く訪れない。

 

可笑しい。そう思い、目を開けるとノイズが炭化しており、崩れて行くノイズの残骸の奥、シャフトの縁に三人の人影が見えた。

 

「…いいんデスか、マリア。こんなことして…」

 

「アシモフの言いつけは米国政府の兵を殺せ…あの子は関係ない…」

 

「そうだね…結局、米国政府の兵もいなかったし、外道に落ちなくて済んだのに…見殺しにしたらあいつと同じになる…」

 

そう言って三人の内の一人、ピンク色のシンフォギアを纏う少女、調が未来の元に丸鋸を伸ばす。

 

「来て、助けるから」

 

未来は訳が分からなかった。その中の一人はマリア。世界を混沌にしようとするテロリストの一人であったから。

 

「…疑うのは分かる。でも、さっきも言った様に貴方を見殺しにしたくないの。だからこっちに」

 

意味が分からなかった。何故テロリストが助けようとしているのか。

 

「急ぐデス!」

 

緑のシンフォギアを纏う切歌が叫び。未来に選択肢は無かった為、伸ばされた丸鋸の上に乗り、梯子から手を離す。

 

そしてシャフトの内部に戻ると共に、梯子が落下して行く。

 

「…ここも危ないわ。とにかく逃してあげるから捕まりなさい」

 

マリアがそう言うと共に、マリアに捕まって、三人と共にシャフトの内部を降りて行く。

 

だが、少しした瞬間、今場所で爆発が起きた。

 

「アシモフ…あんな所にも爆弾を仕掛けていたなんて!」

 

そう叫んだマリアはシャフトを槍で破壊して、東京スカイタワー内部へと穴を開ける。ちょうどよくフロアであった。何処のフロアか分からないが、そのままマリア達と共にそのフロアへと入り、爆発からなんとか逃れた。

 

フロアに降り立つ。マリア達が逃してくれる事を約束されている事、だが、その約束は守られるとは限らない。しかし、脱出する為に、生きて響と会う為に、未来は三人と共に行動するのであった。



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62GVOLT

アシモフがボクに向けて告げた言葉。

 

ボクを何故アシモフがGV(ガンヴォルト)と呼ばないのか。何故紛い者と言うのか。全てが分かる。だが、心の中は激しい警鐘を鳴らしている。

 

絶望を教えよう。アシモフが何か言おうとしているが聞いてはならない。そう感じる。

 

だが、今のボクはアシモフによりボロボロにされ、抵抗すら出来ない。

 

「貴様は奴ではない…本物ではないんだよ、紛い者」

 

アシモフがボクへと向けて告げた。

 

意味が分からない。ボクが本物ではない?ならばこの力はなんだ?この記憶はなんだ?頭の中に浮かんだ事を口に出そうとするが、ボロボロの身体では声が出ない。

 

「何が言いたいとでも言いたそうだな。だが、私からしたら貴様が何を言っているとずっと感じていたよ。何を根拠に貴様は本物のガンヴォルトを語る?姿か?記憶か?それとも蒼き雷霆(アームドブルー)か?電子の謡精(サイバーディーヴァ)か?」

 

何が言いたいとばかりに睨む。

 

「例え、その全てが揃おうが貴様が本物になり得ない。絶対になり得ないんだよ」

 

何を言っている。全く訳の分からない言葉を並べるアシモフ。

 

「何故私がそこまでそう言い切るか?確かに、私も貴様を初めて見た時は驚い(サプライズ)てしかたなかった。何故奴がここに居るとな?訳が分からなかったよ。不思議(ファンタジー)でならなかった。だから、貴様を調べさせてもらったよ。かつてフィーネにより操られた天羽奏と貴様が戦闘(バトル)を行ったアビスを。そしてその中に残された貴様の血痕(ステイン)から貴様の正体を知った。貴様があの時、完全(コンプリート)に殺す事をしなかった事により生き延びていたあの時の死に損ないだと言う事を」

 

いつまでも勿体ぶるアシモフ。

 

そしてようやくアシモフはボクの正体を口にした。

 

「貴様は皇神(スメラギ)が続けていたプロジェクト・ガンヴォルトの被験体であり、ガンヴォルトのDNAを使い、生まれたデザイナーチャイルドだという事を。そして貴様はその特異性(バリアント)により生かされていた実験体(モルモット)だと言う事を」

 

「ッ!?」

 

ボクがデザイナーチャイルド。アシモフはそう告げた。

 

「自分は本物…デザイナーチャイルドだと信じられないだろう。クローニング技術が皇神(スメラギ)が保有しているのは奴の記憶を持つお前なら分かるだろう。そして、その技術を応用し、人も同様に作ることが出来る。そしてその技術を使い作られ、そしてその中でその特異性(バリアント)を持った為に生かされていた。それが貴様だ」

 

確かに、アシモフ自身が告げた皇神(スメラギ)の技術力があれば可能だという事は知っている。実際にボクも皇神(スメラギ)を衰退させる為にその様な施設へと任務(ミッション)に赴いていた事もあるから。

 

だが、それだけで何故ボクがデザイナーチャイルドと言い切れるのか?それに特異(バリアント)性とは何なのか?

 

「貴様の持つ特異性。それは何体も貴様同様に皇神(スメラギ)により作られたデザイナーチャイルドがいた。だが、蒼き雷霆(アームドブルー)に適合したガンヴォルトの遺伝子を使用したデザイナーチャイルドだろうが、蒼き雷霆(アームドブルー)という特別な第七波動(セブンス)に…適合出来ると言う可能性は限りなく低い。そんな中、唯一限りなく低い可能性から貴様が生まれた。それが貴様であり、デザイナーチャイルドでありながら蒼き雷霆(アームドブルー)の能力因子を宿した中で死なず生き残った貴様だけが」

 

違う。ボクはデザイナーチャイルドではない。

 

「違うとでも言いたげだな?だが、それが真実だ。貴様はデザイナーチャイルドであり、姿を模し、蒼き雷霆(アームドブルー)の因子を宿した紛い者だ。何故言い切れるか?それは奴のDNAを私が記憶し、貴様のDNAを確認したからだ。言っただろう。貴様の血痕(ステイン)から調べたと」

 

そう言った。だが、それを証明する証拠がない。それに何兆ものあるDNAを記憶できるなど信じられない。

 

「嘘だ…」

 

ボクは擦れながらも声に出す。

 

「嘘などではない。何度も言うがそれが真実(リアル)だ。貴様は奴のDNAから作られたデザイナーチャイルド。そして誕生以前に蒼き雷霆(アームドブルー)の能力因子を投与され、予想外の結果によって生まれた。そして、それが違う意味のGVを持つと言った理由だ」

 

初めて対峙した際にアシモフが残した違う意味のGV。その意味もアシモフが告げた。

 

「続けられたプロジェクト・ガンヴォルトのその中の実験体(モルモット)唯一の生存個体であり、DNAが変異した事により生き長らえた遺伝子変異体(ジーン・バリアント)。それが貴様のGVだ。ガンヴォルトと自分を信じたいだろうが、ガンヴォルトとは私が本物の奴に付けたコードネームだ。貴様の様な紛い者が語る名などではない」

 

アシモフが告げたボクの正体。それはボクがデザイナーチャイルド、つまりクローンであり、そしてその実験の唯一の生き残りである遺伝子変異体(ジーンバリアント)

 

あまりにも突拍子のない事。事実なのかも分からない事にボクはアシモフを睨み、言った。

 

「デマカセを…言うな…」

 

「デマカセではない。とは言っても今の貴様は何も知らずいつまでも否定し続けるだろう。それで話を戻そう。私は貴様を殺し損ねた。あれは貴様の持つ記憶とは別の意味だ。奴が…本物のガンヴォルトが紫電を倒し、電子の謡精(サイバーディーヴァ)と共に葬った事とはな」

 

ボクとシアンを葬った時以外。それ以外など存在しない筈。ボクはあの時アシモフの強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)によって死にかけた記憶以外は。

 

「プロジェクト・ガンヴォルトの実験場を爆破させて破壊した。その爆破で貴様は死ぬ。それ故に私が貴様に手を下さなかった。ポッドの中で生命維持により生かされた貴様をな。本当に後悔していたよ。あの時の貴様が生きていて、再び私の前に現れた時は。私の|怠慢《が起こした事でこうして何度も奴を模倣する貴様と対峙させられたのだからな」

 

その様な事を言おうがボクにはそんな記憶など存在しない。そしてボクはクローンなどではなく、本物のガンヴォルトだ。真似なんかじゃない。紛い者なんかではないと、アシモフを睨み訴える。それに、シアンはどうなる?アシモフの言葉が本当だとしてもシアンの説明が付かない。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)は私にも分からん。何故貴様に本物の記憶を宿した電子の謡精(サイバーディーヴァ)がいるのかはな。だが、貴様同様に最後の記憶があの時である以上、紛い者。力は本物のだろうが、本物ではないのだよ」

 

それの何処が証拠になる。何を根拠にそう言える。ボクはアシモフを睨みつける。

 

「根拠がないとでも言いたそうだな?ならば、貴様はこの世界に来た時、何を身に纏っていた?私が作り上げたフェザーで拵えた今と同じ様な戦闘服か?それにダートリーダーは?私が第七波動(セブンス)の研究をして拵えた特殊な霊石を使い、作られた装備は?全部貴様は持ち合わせていなかっただろう?貴様が纏っていた者は何の変哲も無い医療服」

 

「ッ!?」

 

ボクがこの世界に来た時の服装をピタリと言い当てるアシモフ。何故それを。アシモフもあの場に居たのか?だが、その言葉により、アシモフの妄言が現実味を帯びてくる。ボクが紛い者…本物ではない。本物のガンヴォルトの遺伝子により作られたデザイナーチャイルド。そしてボクと共にいたシアンも同様

 

「その場にいなくてもわかるんだよ、紛い者。何度も言っているだろう。貴様は私が殺し損ねたと。だからこそ、言っているんだ。貴様が紛い者であると。それに本物である筈ない最たる理由が、本物は生きて、この私と戦ったからだ」

 

「ッ!?」

 

「アメノウキハシへと続く、軌道エレベーターの中、本物の奴…本物のGVと本物の電子の謡精(サイバーディーヴァ)は死にかける事で融合を果たし、奴は再び私の前に現れた。無能力者と言う能力者を無碍に扱う者達、そして私に刃向かう存在の抹殺(デリート)。能力者と無能力者は何れ分かり合えるとありもしない未来を思い描くGV。私と奴は相容れぬ思想、故に戦った。私はその時、奴を追い詰めたものの、本物のGVと本物の電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力に敗れた。だが、能力者と無能力者は絶対に合間見えない。私は何れ訪れる逃れられない戦いに奴が巻き込まれる事を告げ、奴へと能力者の未来を託した」

 

それはかつて、アシモフがボクに告げたその意味。その言葉の真意を知る。全てが信じがたい。だが、アシモフの言葉に現実味が帯びる。ボクの中で何かが少しずつ崩れていくのを感じる。

 

しかし、疑問も浮かぶ。アシモフの言葉が全て本当ならば何故アシモフがここに居る?

 

「貴様はそれならば私が何故生きている?そう思っているだろう?私も信じられなかったさ。私は本物のGVにより、殺された筈。なのに私は生きていて、この世界にいるのかを?私でも理解出来なかった。他国の何処か分からない場所に何故私はいるのだと。何故生きているんだと…生きていた事は喜ばしい事だが、私にとってはこの世界は地獄(ヘル)そのものだった。無能力者と言う能力者にとっての害になる存在しかいないこの世界。虫唾が走る。絶望したよ。生きているのに、何故こんな地獄を味わわなければならないのかと」

 

アシモフが憎たらしそうに語った。

 

「だが、装備も、GVが倒した七宝剣の第七波動(セブンス)能力者達の宝剣の残骸を有していた。だからこそこんな地獄(ヘル)だろうと希望を持てた。実現させるための技術も、実現させるピースが存在する事が唯一の救いだった」

 

何が原因でアシモフがこの世界に着いたのか分かりはしなかった。だが、アシモフの目的が何なのか分かった。

 

アシモフもボク同様に何故かこの世界に流れ着いた。

 

そうなれば行き着く答えは一つしかない。

 

「この世界の無能力者全てを抹殺(デリート)し、元の世界に帰る。私の目的はそれだけだ」

 

そう。アシモフもボク同様に世界へ帰ると言う目的。だが、アシモフの目的にはこの世界の破滅させる事も含まれていた。

 

第七波動(セブンス)を宿したネフィリム、そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)。それに必要な適合者。既に算段は付いている。だが、このまま帰るわけには行かない。やらなければならない事がまだある。保険(バックアップ)も用意しなければならない。そして貴様を確実に殺す(デリート)。そしてこの世界の無能力者の消滅(ヴァニッシュ)。それを行おうとまだ必要なものがある。新たな拠点となる地を手に入れる。元の世界の作り上げたフェザーは本物のGVの所為でどうなっているか分からないからな」

 

この世界を壊そうとするアシモフ。そして既に帰る算段を既に整えたアシモフ。そうはさせない。だが、ボロボロの身体。そしてアシモフの言葉に現実味が帯びた事で、迷いが、疑心がボクの行動を、蒼き雷霆(アームドブルー)の能力を阻害する。

 

本当にボクはガンヴォルトなのか。アシモフの言っている事が正しいのか。

 

「貴様の蒼き雷霆(アームドブルー)の力が弱まっているのを感じる。生まれた迷いが。疑心が。貴様の第七波動(セブンス)弱体化(デバフ)させているのが、貴様の表情を見て伝わってくるぞ」

 

アシモフはボクを見下ろしながらそう言った。

 

「だが、それで良い。今の貴様が何を隠そうとしていようが、ボロボロの身体、そして弱体化(デバフ)した蒼き雷霆(アームドブルー)では何も出来ないだろう」

 

そう言ったアシモフは手に持った銃を戻し、そして何度もボクを追い詰めてきた銃弾、強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)が装填された銃を取り出した。

 

「ようやく私の残した汚点を消せる。本当に不快だった。だが、もう終わりだ。サヨナラだ(アスタラビスタ)

 

そう言ってボクに向けてアシモフが再び凶弾を胸へと放たれた。弱まっていた蒼き雷霆(アームドブルー)が完全に消えていく感じがする。それと共に打ち込まれた弾丸の衝撃がボクの身体を襲いかかる。

 

「ダメ押しだ」

 

アシモフはそう言ってボクへと向けてネフィリムの心臓を巻いた腕を翳すと亜空孔(ワームホール)が開き、その穴へと落下する。

 

「海の藻屑となれ、紛い者」

 

そして水に落ちる感覚。そしてすぐに自分の身体が完全に水に浸かる感覚。

 

そしてアシモフは亜空孔(ワームホール)を閉じた。

 

アシモフだけが残るエレベーターシャフト。

 

「私の残した汚点も漸く無くなった。始めよう。最後に必要な(ピース)。フロンティアを起動させよう」

 

そう言ってアシモフは銃をしまい、何かスイッチを取り出すと再び爆発を起こした。

 

「待っていろよ、GV」

 

アシモフはそう言い残してエレベーターシャフトの壁に亜空孔(ワームホール)で穴を開けるとその中へと消えていった。



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63GVOLT

描きたかった事を書こうとしても文に出来ない…
やっぱり小説は難しい…
とりあえず、原作八話終了。残り五話も頑張って書いていきます。


エレベーターシャフトを脱出した四人。

 

マリア、切歌、調は米国政府の兵を探しつつも未来を脱出させる為に道を切り開こうとする。だが、脱出経路になる非常階段は全て爆発、ノイズの影響により破壊され、脱出経路は全て無くなっている。

 

「…アシモフの奴!」

 

マリアはその状況に苛つき、この場にいないアシモフに向けて苦言を漏らす。

 

未来もアシモフとの協力者と察しているが、今の三人を見るにどうして協力しているのか分からない。

 

何故アシモフという人物に手を貸すのか?分からない。

 

「…何で貴方達は…あの人と協力しているんですか?響を…親友を殺そうとするのに…ガンヴォルトさんを殺そうとしているのに…なんで…あんな酷い事をする人に協力しているのに何で…」

 

「貴方はあの男達の知り合いだったのね」

 

マリアはそう言うが、敵対している組織の参考人だろうと敵意を剥き出すことはなかった。

 

「…仕方ないんデス…私達ももうこんな事したくない…もう酷いことなんてしたくないデス…」

 

切歌がぽつりと未来に対してそう言った。アシモフに初めて会ったが、相対しただけでも分かる程のドス黒い悪意を感じていた。

 

何かアシモフという人物がマリア達の大切な何かを奪い、無理矢理こうさせているのではないかと感じる。

 

「でも…でも、それなら…それなら機動二課なら…弦十郎さんやガンヴォルトさんならどうにかできるかも知れません!やむ得ない理由があるなら機動二課なら協力してくれます!」

 

未来はそう話す。機動二課ならどんな状況でもこの三人を助けてくれると考えたからだった。

 

だが、未来の言葉に全員が首を振るう。

 

「無理だよ…私達はもう…機動二課とは何度も敵対している…絶対に協力なんてしてもらえるはずがない…」

 

「そうデス…私達はもう誰にも信じて貰えない…協力なんてして貰えないデス…」

 

調と切歌がそう言った。未来は知らないが、アシモフを裏切り、米国政府へと協力を持ちかけた際、裏切られた。自分達にはもう居場所がない。その為に信じると言う事が出来なくなってしまっている。

 

「そんな事ない!機動二課の人達は見捨てたりしない!どんな事情があろうとちゃんと話せば協力してくれるはずです!」

 

未来は機動二課がどんな事があろうと機動二課なら三人を保護してくれる。かつて敵であったクリスがそうだった様に。機動二課は、弦十郎やガンヴォルトなら絶対に見捨てない。絶対に親身に対応してくれる。どんな状況でも打破してくれる。

 

三人にそう説く。

 

「心配してくれてありがとう…でも…無理なのよ…」

 

マリアが未来に向けてそう言った。

 

「貴方も知っているでしょう…アシモフに唯一対抗出来ると目されるガンヴォルトが何度も追い詰められている事を…」

 

マリアが語った事。それはかつてガンヴォルトが大怪我を負い、生死を彷徨った事だと思い出す。

 

「ガンヴォルトだろうと、アシモフを…誰もあの男を止める事が出来ない…装者だろうと、国だろうと…それほどなのよ…あの男は…単体で世界を脅かす程の脅威なの…ガンヴォルトだろうと、機動二課だろうと…」

 

否定したい。ガンヴォルトなら必ず何とかしてくれる。未来はそう言おうとしたが、かつてのガンヴォルトの姿を想像してしまい、言葉が出ない。

 

「それに…私達は大切な家族を人質に取られているの…アシモフを再び裏切る様な真似をすれば、大切な家族を殺されてしまう…」

 

マリアはそう語った。

 

「こんなところにいたのか?米国政府の犬共を殺し終えたのか?」

 

突然、穴が開くと共に、三人にとって会いたくない存在、そして未来にとっては出会った事により、ガンヴォルトの敗北した事を知らせる最悪な存在であるアシモフの姿が現れた。

 

未来はガンヴォルトの敗北を信じられないと絶望した表情をする。三人もアシモフを前に、身を強張らせる。

 

「…兵は貴方が殆ど殺していたのか見当たらなかった…」

 

マリアが三人の前に出て身体を震わせながらそう言った。

 

「米国政府もあれだけしか数を寄越さなかったのか…私が気付くはずもないとたかを括っていたのか?それとも、貴様達如き、その程度で充分だったと言う事か?しかし、あの程度で処理が出来たのならばいい。邪魔者は消去(デリート)した。未だいようが準備にそれなりに時間が掛かるだろう。その前に私の目的も終わる」

 

アシモフはどこか納得した様にそう言った。

 

「アシモフ!やれる事は私達はやった!マムを解放して!」

 

「解放?何を言っている?私は貴様達に命じたはずだ?米国政府の犬共を殺せと?一人も殺してないのであれば貴様達に依頼に答える必要性などありはしないりそれに、貴様達はまた私を騙そうとしたのだからな。私が命令を下してすぐ、銃声で戦闘を誤魔化した事を」

 

「ッ!?」

 

マリアはしまったと自身の失態に表情を歪めた。言わなくていい情報をアシモフに自ら話してしまい、自分達の状況を、そしてナスターシャの安否を消してしまう様に苦しめてしまった。

 

切歌と調もアシモフの言葉を聞いてマリア同様に表情を歪める。そしてアシモフが、言った命も行えなかった事にナスターシャが殺されると絶望の表情を浮かべる。

 

「だが、貴様達が丁度いい餌を用意してくれた様だからな。今回の事はこれで水に流そう」

 

そう言ってマリアの後ろ、切歌と調と共にいる未来を見て言うとともに二つ穴を開く。それは切歌と調の首に向けて開かれており、アシモフの腕が、切歌と調の首を掴んだ。

 

「ッ!?」

 

「ッ!?アシモフ!何をする!」

 

マリアは怒りの余り、ガングニールでアシモフに向けて吶喊しようとしたが、アシモフの手により切歌と調の命が握られている事で動く事が出来ない。

 

(ペナルティー)だ。貴様達が私の事をどこまでもおちょくるのが気に食わんのでな。枷を付けさせてもらった」

 

そう言ってアシモフは切歌と調の首から手を外し、穴から手を戻す。

 

そして切歌と調は苦しそうに首を押さえた。だがその首に巻かれた物に気付き、アシモフを見た。

 

「首輪型の爆弾だ。破壊力は段違いにしている。例えシンフォギアを纏っていようが、正規適合者で無い貴様達のシンフォギアなどいとも容易く破壊出来るほどの威力はある」

 

「アシモフ!なんて事を!」

 

マリアはそれを首につけられた二人が絶望の表情を浮かべた瞬間、アシモフに向けて叫ぶ。

 

「貴様達が何の役にも立たないのが悪いのだろう?裏切りを企て、私の邪魔をしようとした貴様達が。だからその(ペナルティー)だ。これ以上私の命を背かぬようにな。殺す事は容易いが、戦力が多いに越した事はない。確実に計画を完遂させる為にはまだ、戦わなくてはならない敵がいるのでな」

 

アシモフはそう言ってマリアや切歌、調を無視して、その後ろにいる未来へと歩み寄る。

 

未来はアシモフから感じるドス黒い悪意。それに目の前の男が、無事を信じていたガンヴォルトを倒し、敗北したと言う事実を告げる存在が今目の前にいる事で動けない。

 

「上のフロアぶりだな」

 

アシモフは動けない未来へとそう告げる。未来は恐怖で呼吸もままならない。

 

そしてアシモフは動けない未来の首を掴み、持ち上げる。

 

「邪魔となる存在、立花響、天羽奏を、機動二課を殺す為の。そして風鳴翼、雪音クリス、保険(バックアップ)を手に入れる為の餌として貴様を使ってやる」

 

未来は苦しめる腕を振り払おうと、アシモフの手を掴み、何とか離させようとするが圧倒的な力の前ではなんの意味も為さない。

 

そしてアシモフは再び亜空孔(ワームホール)を開くとその中に未来を投げ入れた。

 

「さて、ここは既に用済みだ」

 

そう言ったアシモフはリモコンのような物を取り出すと、スイッチを押して更なる爆発を起こさせる。

 

「さて、貴様達もついて来い」

 

未来を投げ入れた亜空孔(ワームホール)へ指差し、アシモフはマリア達へ着いてくるよう促す。

 

マリア達はもう嫌だ。アシモフとなどに付いていきたくない。そう思いながらも、ナスターシャを人質として取られて、あまつさえ、切歌と調に爆弾を仕掛けられた手前、言う事を聞く事以外選択肢などありはしない。

 

「Dr.ナスターシャを殺されたいか?大切な家族を守るのではないのか?」

 

「ッ!」

 

ほざくな。マリアは怒りとナスターシャだけでなく切歌と調もが命を手に握られている事に腹正しい思いをしながら従ざるを得ない。

 

苦しんで涙を流す切歌と調を抱えたマリアは悔しい思いをしながらも亜空孔(ワームホール)の中へと消えていく。

 

「それでいい。黙って私の言う事を聞いていればな」

 

亜空孔(ワームホール)に通る前にそう言い放ったアシモフに怒りを抑えながらもマリアは二人を連れてその中へと消えていった。

 

だが、それを見送ったアシモフも崩れゆく東京スカイタワーを後にして亜空孔(ワームホール)の中に入った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「…」

 

水に浸されているような感覚。そして目を開ける事すら億劫になっていた。

 

今の状況が分からない。

 

ここは何処だ?ボクは何をしているんだ?

 

そんな考えが浮かんでは消える。

 

まるで夢を見ているように身体を動かそうとしても思うように動かない。いや、全く動かない。

 

何なんだ?

 

消えかかる意識の中、何とか意識を保とうと思考を常に張り巡らせる。

 

しかし、その瞬間、ものすごい衝撃がボクを襲う。それと共に水のようなものから身体が解放される。

 

「ガハァッ!ゲホッ!ゲホッ!」

 

突然のことに何が起きたか分からない。水の様な何かに浸されていたボクは、ようやく目を開けることが可能になり、ゆっくりと目を開ける。

 

そこは業火に包まれた何処か分からない場所。何か爆発があったのか辺りには瓦礫、そして人の入りそうのほど巨大なガラスケースが壊れながらも鎮座している。

 

何処だ、ここは。声を出そうにも、発生することすら出来ず、ただただ咳を繰り返す。

 

分からない。ここは何処かも、そして何でこんなことになっているかも。

 

だが、逃げなければ。生きなければ。分からないなりにでも、そう感じた。

 

だが、身体は思う様に動かない。それでも、逃げる為に必死に腕を前に身体を引き摺りながらも腕の力だけで地面を進む。

 

燃え盛る業火に身を焼かれまいと、崩れゆく何処か分からない所から抜け出す為に、必死にもがく。

 

だが、それを嘲笑うかの様に、ボクに向けて瓦礫が降り注ぐ。

 

逃げなければ。だが、倒れて身体を引き摺るボクは瓦礫を避けることなどできるはずもなく、降り注ぐ瓦礫に押し潰される。

 

腕を。足を。瓦礫がのしかかり、動きを封じる。痛みの余り声をあげようにも、声が出ない。

 

そしてボクの身体を更に巨大な瓦礫が襲いかかり、完全に押し潰してしまう。

 

死。

 

その言葉が頭によぎる。だが、その言葉も、意識も消えかける。

 

何が起きたも分からない状況。そんな中ボクは意識を手放しそうになる。

 

そして完全に事切れる前に、ボクの身体が、何か暖かい光に包まれる。

 

何が起きたのか分からない。この光が何なのかすら。だが、一つだけ理解している事はある。

 

ボクはもう死ぬ。変えようのない事実。

 

「お願いです…皆んなを…マムを…マリア姉さんを助けてください…」

 

聞いた事のない少女の声。その声を聞いた瞬間、ボクは意識を手放す。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ガハァッ!ゲホッ!ゲホッ!」

 

夢の様な出来事で事切れると共に目を覚ます。

 

潮風が鼻を刺す。水ではなく塩気を含む海水であり、アシモフが飛ばした海であろう。何故か分からないが海岸に打ち上げられている。

 

そして時間が経つ事で意識が完全に覚醒し、どうなったのか全てを思い出す。

 

アシモフと対峙して再び敗北を喫した事。だが、なぜ生きているのか分からない。あの時、アシモフに胸を強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)で撃たれた筈だ。腕を自分の胸に手を当てる。

 

痛みがある。だが、耐えられないほどではない。

 

見るとそこには僅かに撃たれた痕跡として強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)に穿たれた上着。しかし、弾は掠っただけのようにボクの身体を突き抜けてはおらず、少しだけ穿たれた傷が出来ていた。

 

アシモフが何かしたのか?いや、以前同様、殺す気で放ったのにそれはあり得ない。だったら何故?

 

そう考えても答えは出ない。だが、ボクの頭はアシモフに敗れた事よりも先程の夢の方で頭がいっぱいだった。

 

あの夢は一体何なのか?

 

アシモフに言われてしまい、想像してしまった過去とでも言うのか?だが、あまりにもリアルであり、聞かされただけであの様な事を想像してしまったのか?

 

いや違う。あれは夢じゃないと本能が告げる。直感がそう告げる。

 

ボクの頭の中の記憶になかろうと、ボクの細胞一つ一つが覚えているとばかりに震えているのが分かる。あれは本当にあった出来事であり、その潰された者がボク自身だと。そう告げている。

 

「…アシモフの言っていた事は本当で…ボクはデザイナーチャイルド…」

 

信じたくない事実が、嘘だと信じ続けたボクの頭を支配する。

 

本当にボクはデザイナーチャイルド、クローンであり、本物では無い。そしてシアンも本物でもない。なら何の為に、ボクは今まで帰ろうと必死になっていたのか?アシモフを殺し、シアンの記憶を持つ何かを取り戻そうとしたのか?

 

本物がアシモフを倒した。それならば本物がいる。本物のシアンもいる筈。クローンであるボクにはあの世界に居場所などない。本物でもないボクが、あの世界にこうまでして帰ろうとしていたのか?

 

今までの行動が馬鹿みたいだと呟く。

 

それが本当にしろ嘘にしろ、一度信じてしまった事を振り払う事は容易であるはずもなく、ただボクは漂う。

 

もうどうでもいい。

 

ボクの中の信念が、行動理由が崩れ去るのを感じる。

 

もうこのまま朽ち果てて仕舞えば楽になれる。そこまで考えるようになった。

 

だが、その夢の最後に聞こえた少女の声。あれは何なのか?シアンでもない、誰かわからない少女の声。

 

皆んな、マム、それは誰を指しているかわからない。だが、マリア。それだけは分かっている。テロリストでありながら、その手は悪に染まっておらず、人を殺す事を躊躇い、家族の様に二人の少女を大切にする温かな雰囲気を持つ人。

 

だが、今のボクにとってはどうでも良かった。

 

夢を事実と認めてしまった事で、戦う気力もない。蒼き雷霆(アームドブルー)が力を失った様に使う事ができない。そんなボクに何が出来る。もう何もする気力が湧かない。

 

ただ呆然と打ち上げられた海岸で倒れ込む。

 

そんな時、小さな咳が、ボクの耳に届く。

 

どうでも良いと思いながらも身体はその咳が上がった方に目を向けた。

 

そこにはボク同様に打ち上げられた誰か分からない。老婆が意識を失い、倒れていた。

 

何故こんなところに人が?何か事故でもあったのだろうか?

 

だが、ボクには関係ない。

 

もう何もする気も起きない。何も行動する理由が無い。全てを投げ出してしまった。その影響で身体を動かそうとしない。

 

だが、身体はその反対に無意識に立ち上がろうとしていた。

 

「…」

 

残っていた僅かな良心なのか?それとも、別の何なのか?それすらも理解することすら放棄している自分にはどうして行動を起こしたのか理解出来なかった。

 

理解出来ないのに何故かボクはその老婆を抱えると、何処かも分からぬ砂浜を歩き、そのまま何処かへと消え去った。

 



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64GVOLT

書いてて思ったけど投稿する間違えたな…
そのうち修正します


大切な親友が爆発に巻き込まれた。

 

それが引き金となり響は絶叫する。未来が。陽だまりが。

 

響は大切な者を失った事が引き金となり、再びドス黒い感情が胸の奥から沸き立つ。そしてそれに呼応する様にガングニールが共鳴し、響の身体を蝕んで行く。

 

離しちゃいけなかった。あの時の選択は間違いであった。

 

だが、その原因は?未来を失う原因を作ったのは何だ?

 

ノイズ。確かにノイズもそうだ。ノイズが現れず、外壁を壊されず、未来と分断されることもなかった。

 

爆発もそうだ。何も起こらなければ未来と共にこの場から簡単に逃げられた。

 

だが、違う。

 

爆発もノイズも。その全ては仕組まれていたものだ。なら憎むべきは何か?

 

そんな事、もう既に知っている。

 

アシモフ。

 

ノイズ。そして爆発も全てがアシモフにより起こされた。全ての原因、そして未来を奪った全ての原因。

 

「ア…シ…モ…フ…」

 

この出来事の全ての発端であり、響達がここまで苦しめさせられているテロリスト。そして大切な親友、未来を奪う原因を作ったテロリストの首謀者。

 

「アシモフ!」

 

ドス黒い感情が溢れ出し、響の黄色のシンフォギアを、身体を黒く染め上げる。

 

あらゆる原因を作り出したアシモフが憎い。未来を奪ったアシモフが憎い。

 

響の心を憎悪が侵食し、それに呼応する様にアシモフの名前を叫ぶ。

 

シンフォギアを纏うなと言われたが関係ない。大切な陽だまり(居場所)を奪われた。

 

「ガァァ!」

 

ドス黒い憎悪の感情に支配された響は絶叫をあげる。

 

悲しみ。怒り。そして憎悪。その全てが響の心を侵食し、更にそれに呼応したガングニールが響の身体をより侵食させる。

 

アシモフを許さない。

 

シアンを奪い、ガンヴォルトを幾度となく追い詰め、そして未来を奪ったアシモフをもう許す事など出来ない。

 

「ユルサナイ!」

 

憎悪が響を突き動かした。

 

だが、

 

「止めろ!立花!」

 

「響!止まれ!」

 

「この馬鹿!何でまた黒くなってやがんだよ!」

 

響が身体を動かそうとする前に救援として到着した翼、奏、クリスがシンフォギアを纏い、更に暴走している響を取り抑える。

 

「ガァァ!」

 

取り押さえられ、暴れる響。

 

「ドケ!ハナセ!」

 

「響!落ち着け!」

 

そんな響へ奏が叫ぶ。

 

だが響は奏の声が全く聞こえてないのか暴れるのを一向に辞めない。

 

何があったのか?響にはガンヴォルトを警護としてつけていた筈。何故響がこんな状態になっているのにガンヴォルトがいないのか?

 

三人の頭に不安が過ぎる。

 

だがすぐにその不安は現実のものとなる。

 

「ハナセ!アシモフ!ヒダマリヲカエセェ!」

 

取り抑えられ、暴れる響がその名前を口にする。ガンヴォルトが響の近くにいない理由。そしてこの件も絡んでいる黒幕が此処に居ると言う最悪の事態。更に響の親友である未来もその戦いに巻き込まれたと言う事。

 

最悪だ。

 

ガンヴォルトは響と未来を逃す為に戦っている。そして響がここで暴走していると言う事は未来がその戦闘に巻き込まれたのか、それとも東京スカイタワーのこの有様からノイズ、もしく爆発に巻き込まれたと察する。

 

やるせない気持ちに苛まれるが、そのことを考えるよりも三人は今の響をどうにかしなければならないと、響を抑え込む。

 

「止めろ響!それ以上は駄目だ!」

 

奏が響に叫ぶ。

 

「もうこれ以上纏うな!立花!」

 

翼も奏同様に響に向けて叫ぶ。

 

「黒はお前に似合ねぇんだよ!それ以上其方にいくんじゃねぇ!」

 

クリスももう止めろと響を止めようとする。だが三人の制止はなんの意味を為さず、響の力がどんどん膨れ上がり、抑え込むのもやっとだ。

 

「ッ!すまない!立花!」

 

翼が剣を取り出すと取り押さえた響へと峰打ちを繰り出した。

 

翼も悪いとは思っている。だが、今は事態が事態の為に響の暴走だけに時間を割いてられない。

 

「ガァ!?」

 

頭に大きな衝撃。それは響の意識を失わせるのには十分な威力を発揮し、暴れていた響は意識を失い、黒くなったシンフォギアが破壊され、元の響に戻った。

 

安堵の息を吐く三人。だが、まだやるべき事は残っている。人命救助、そして未来の生存確認。響の先程の状況から無事とは言い難いかもしれない。それでも、どうなったか決める理由にならない。

 

そして、ガンヴォルト。このタワーのどこかでアシモフと戦闘をしていると思われるガンヴォルトの援護をしなければならない。

 

アシモフはガンヴォルト一人ではどうにかできる相手ではないと言う事は嫌と言うほど理解している。

 

だからこそ、救援に向かわなければならない。

 

だが、そうなると響をどうする。アシモフとガンヴォルトの戦闘は刻一刻と劣勢に強いられる。だが、この場に響を置いて行くことなど出来ない。

 

「翼、クリス!二人が行け!」

 

そんな中、奏が、響を抱えてそう言った。

 

「今アシモフに対抗できる証明をしているのは二人だ!翼!クリス!」

 

奏は自分自身もガンヴォルトの元へと向かいたい。そう考えている。だが、奏は翼とクリスの様に、アシモフへと傷つけた証明がない。もしかすれば、奏もアシモフへと攻撃を通す事が出来る。その可能性もあるかもしれない。しかし、可能性の話。攻撃がもしアシモフに通じれば劣勢を覆すことができるかもしれない。

 

だが、現状は分からない。もし攻撃がアシモフに通用しないとなったら…そうなればガンヴォルトの、そして翼とクリスの邪魔にしかならない。足手纏いにしかならない。

 

だからこそ、自分がするべき行動は響を助ける。そう判断した。自分も行きたい。ガンヴォルトを助けたい。そう思うが、その気持ちを押し殺す。

 

「分かった…奏。立花を頼む」

 

「分かったよ。お前はそこの馬鹿を頼んだぞ」

 

翼とクリスは奏の言葉に頷く。

 

そして、

 

「私達とガンヴォルトが一緒になってもアシモフに敵うかどうか分からない。必ず奏の力は必要になる」

 

「その馬鹿の安全が確保出来たら戻って来い」

 

翼とクリスは奏の気持ちを汲んでそう言った。それを聞いて奏は頷くと直ぐに響を連れて離脱して行く。

 

翼とクリスは奏が離脱すると同時に東京スカイタワーの内部へと入り込む。

 

最下層は特にまだ被害が少ないお陰か、人も既に逃げており、静寂が支配している。

 

この場にはアシモフはいない。となるとこのフロアより上のフロアにガンヴォルト、そしてアシモフがいる事になる。

 

二人はすぐさまエレベーターの扉を吹き飛ばし、シャフトの中に入ると壁を蹴りながら上のフロアへと向けて駆け上がる。

 

駆け上がるシャフトの内部にはノイズが何体かおり、翼とクリスの存在に気付くと襲いかかって来る。

 

「そこを退け!」

 

「テメェらにかまっている暇はねぇ!」

 

だが翼とクリスはアームドギアである剣と銃を素早く取り出して、一瞬でノイズを片付ける。

 

こんな所で時間をかけている暇などない。今も尚、戦闘をしていると思われるガンヴォルトの元に向かわなければならない。そして未来を探し、安否を知らなければならない。

 

ノイズを炭にして更に加速して駆け上がる。

 

だが、次のフロアに到達した瞬間にシャフト内で大きな爆発が起きる。

 

「ッ!?」

 

翼とクリスは爆発に巻き込まれてしまうが、壁をぶち破り、なんとかフロアに入り込む。だが、その爆発は何度も起きており、翼とクリスの乗り込んだフロアでも爆発が幾つも起きている。

 

「あの野郎!」

 

「アシモフの奴!どこまで破壊すれば気が済むの!」

 

クリスは悪態を吐き、翼もそれに続く。だが、そんな事を言っている場合じゃないとガンヴォルトと未来を探すためにフロアを駆ける。だが姿が見当たらない。このフロアではない。二人はすぐに上のフロアに向かうために、先程爆発のあったシャフトとは別のシャフトへと向かう。

 

崩れゆく東京スカイタワーの内部を走りながら、別のシャフトへと駆け出している際、その近くでどこか見覚えのある物が二人の目に入った。

 

「おい!」

 

「分かってる!」

 

翼とクリスはすぐにそれを回収するために、その場に向かう。

 

それは未来のスマートフォンであった。だが、肝心な未来の姿はどこにも無い。

 

その瞬間、クリスが膝から崩れ落ちる。

 

「嘘だろ…おい…なんで…これがこんなところに…それにあいつは…あいつはどこに居るんだよ…」

 

クリスにとっても未来は大切であった。初めての友人であり、暖かさを思い出させてくれた人であったから。だが、このスマートフォンだけを残し、どこにも居ない。落としたとも考えられるが、響の先程の様子からこの爆発が起きる前のノイズか何かにやられたと考えてしまった。

 

「…小日向…」

 

翼も未来がやられてしまったと考えてしまい、クリス同様に表情が歪む。

 

仲間がやられる悲しみは知っている。誰かいなくなる悲しみは知っている。だが、今の二人の中で燻っているのは怒り。

 

何故こんな事になってしまったのか。関係ないはずの未来まで何故こんな目に遭わなければならなかったのか。

 

全ての原因たるアシモフに向けた怒り。

 

クリスは未来のスマートフォンをシンフォギアの内部に収納すると立ち上がる。

 

「アシモフ!お前だけは本当に許せねぇ!」

 

涙を流しながら叫ぶ。

 

「当たり前だ!アシモフ、貴様だけは絶対に!」

 

翼もアシモフを許さないとそう言って、クリスと目を合わせると別のシャフトへと駆け出した。

 

全ての元凶。何度も日常を破壊してきたアシモフへの怒りが二人を突き動かす。

 

そして今も尚、戦っていると思われるガンヴォルトを探すためにシャフトへと入り込み、再び壁を蹴り、駆け上がる。

 

とにかく一刻も早くガンヴォルトとアシモフを見つけなければならない。だが、居場所が分からない二人は崩壊していく東京スカイタワーをしらみ潰しに探していくしかない。それに時間もない。

 

とにかく見つけなければと急ぐ。

 

だが、シャフトを駆け上がる途中、爆発によってワイヤーが切れたのか、二人の頭上からエレベーターが落下してくる。

 

二人はそれをアームドギアを破壊して先を急ごうとするが、破壊したエレベーターの先に見覚えのある物が落ちてくる。

 

翼がそれをなんとか掴む事に成功して、剣を壁に突き立て、それを見た。

 

その瞬間、翼は時が止まった様に動かなくなってしまう。

 

「おい!どうしたんだよ!何を掴んッ!?」

 

動きの止まった翼にそう叫ぶクリスも翼の掴んだ物を見て固まってしまった。

 

翼が掴んだ物。それはガンヴォルトの愛銃、ダートリーダーであった。そしてダートリーダーのグリップに着いた血。

 

どんな事があっても離す事がなかった筈のガンヴォルトの銃。

 

「嘘だ…嘘だ…」

 

それが今、翼の手にあると言う事が、二人にとって絶望を意味する情報を突きつける。

 

ガンヴォルトが死んだ。嘘だと信じたかった。

 

ガンヴォルトが死ぬ筈ない。そう思っている。

 

だが、嘘ではないと言うふうにダートリーダーが静かに物語っていた。

 

「嘘だぁ!」

 

シャフトの中で二人の信じたくない叫びが崩壊と爆発を続ける東京スカイタワーの中で響き渡る。

 

だが、その叫びに返してくれる存在などありはせず、ただ二人はガンヴォルトが敗れたと言う事実に絶望するしかなかった。



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65GVOLT

ピッ…ピッ…

 

規則正しく鳴り響く電子音が耳に届く。

 

意識を取り戻した響は、ゆっくりと目を開ける。

 

見覚えのある天井。過去にも大きな怪我を負った際にも乗せられた医療用のベットで目を覚ます。

 

「ここは…」

 

何故自分がこうなっているのか分からなかった。寝起きの頭は上手く働かず、ぼうっとしている。

 

身体中に電極が貼られ、腕には点滴。何故自分はまた病室にいるのか?僅かに後頭部に鈍い痛みがある。何処かぶつけて気を失ってしまったのだろうか?

 

訳が分からない為に、近くにあったコールボタンを押して誰かを呼ぶ。

 

数分経つと急いで来たのだろう、弦十郎と慎次が息を切らして病室に入って来た。

 

だが、病室に入って来た二人は響が起きた事に本当に安堵した様子で見るが、そこから直ぐに暗い表情を浮かべる。

 

何故そんな表情をするのか?何か大切な事を忘れている様な気がする。だが、何故こうなっているのか分からない響にはそれが何なのか察する程の鋭さは今は無い。

 

「…良かった…響君…君は無事で…」

 

何処か引っかかる言い方をする弦十郎。響が無事で。それは他の誰かがまるで無事でない様な言い方。

 

「…師匠…緒川さん、私は何で病室にいるんでしょうか?」

 

「…覚えていないのか?あの時の事を…東京スカイタワーでの事を…」

 

弦十郎のその一言で響のぼうっとしていた頭が覚醒し、頭の中で靄の中に隠れていた部分がすぐに情景が浮かび上がった。何があったかなんて何故すぐに思い出せなかったのか。東京スカイタワー、アシモフの襲来によるテロ。そして響はそのテロに巻き込まれた。

 

大切な親友、未来と共に。

 

そして響は助かったものの、未来はあの時の爆発に巻き込まれた。

 

全てを思い出し、頭を抱え、過呼吸になる。

 

「カハァ…ハァ…ハァ!」

 

「ッ!?慎次!医療班をすぐに呼んでくれ!」

 

「もう呼んでます!響さん!しっかりしてください!」

 

過呼吸になった響の元で対応する弦十郎と慎次。そしてすぐ医療班達が駆けつけて治療を行ってくれた為に、息苦しさは無くなったものの、未来が居なくなった苦しみ、悲しみ、そして寂しさが響を支配する。

 

「何で…何であの時…未来の手を離しちゃったんだ…助けるって誓ったのに助けられなかった…もう一度未来の手をこの手で掴むと決めたのに…駄目だったんだ…あの時離しちゃ駄目だったんだ…別の方法を考えつけば…あの時、未来と一緒に助かろうとなんで考えなかったんだ…」

 

過呼吸は治ったものの、未来が居なくなった喪失感を思い出した響は判断を誤ったと、自分を責め始める。

 

何であの時手を離してしまったのかと。助けると誓ったのに。もっと別の方法であれば二人助かる事が出来たかもしれないのに。

 

「響君…」

 

「響さん…」

 

弦十郎も慎次も今の響を見て何も言えなくなる。

 

伝えるべき事は幾つかある。だが、それは今伝えるべきなのかと迷ってしまう。

 

今の響に現状を伝えれば、響の心を壊しかねない。それ程、今見舞われている状況は最悪なのだ。救いの無い現実。

 

弦十郎も慎次も、響に掛ける言葉が見つからない。装者の誰かならば今の響に寄り添う事ができるかもしれない。奏、翼、クリスなら。

 

だが、今はそれも不可能に近い。

 

「…」

 

現在の装者三名も響同様に絶望している。いや、三人だけじゃない。二課全体が現在の状況に絶望に包まれている。

 

どうすればいいのか分からず、ただ響の自身を責める言葉のみが病室に小さく響く。

 

「…失礼します、司令」

 

そんな中、病室に入って来たあおい。

 

「…何があったのか?」

 

「いえ。しかし、司令が長く離れるのは良くないと思います。響ちゃんは私が側に居ますので司令は他の職員に指示をお願いいたします」

 

あおいの心遣いに感謝しながら、弦十郎と慎次はあおいに響の事を任せて、響の病室から出るが、あんな状態の響に何も声をかけられなかった事に悔やんでいた。

 

本来であれば自分達がしなければならない事。だが、出来なかった。普段ならば言えたかもしれない。響に対して慰める言葉が見つかったかもしれない。

 

だが、アシモフにより齎した現状が普段の弦十郎や慎次をそれすら出来ない程の心に傷を負わせた。

 

「クソッ…俺がするべき事だった…友里に任せなければ何も出来ないなんて…」

 

「…司令の所為ではありません…全部…全部アシモフの所為です…未来さんの事も…ガンヴォルト君の事も…全部…」

 

今二課を苦しめる元凶アシモフ。

 

東京スカイタワーにて未来を爆発に巻き込み、ガンヴォルトを倒した事。アシモフがガンヴォルトを確実にとどめを刺したのは未だ分からないが、行方がわからない。アシモフがガンヴォルトに対して持つ殺意から、生存は絶望的。その影響を直に受けた装者である奏、翼、クリス。そして未来の喪失、その影響によりガングニールが更に響の身体を侵食を早めてしまった。

 

全てが最悪の方向に向かい続けている。それに対応をしようにも、齎された絶望が全ての意欲を失せさせる。抵抗する意思も、解決しようとする意思も。

 

「…クソッ!アシモフめ!何処まで俺達を苦しめる!ガンヴォルトだけじゃなく、響君や未来君まで!」

 

アシモフに向けて弦十郎が怒りを込めてそう叫ぶ。犠牲になったもの達の事を思い、拳に力が入る。

 

慎次も言葉には出していないが、同様に怒りを隠しきれない様子であった。

 

だが、アシモフという強大な悪。そして超えることの叶わない電磁結界(カゲロウ)と言う大きな壁の前に二人は自分の無力さを恨む。

 

行方不明であるが生存は絶望。もう殉職した可能性が高い。だが、それでも弦十郎も慎次も信じている。ガンヴォルトは生きていると。ガンヴォルトが死ぬ訳ないと。何度も死の淵に立たされようと生き残って戦い抜いていたから。どんな事があっても立ち上がり、再び自分達の前に戻ってくるから。

 

「…信じるだけでは何も変わらない。慎次、お前はガンヴォルトの捜索に当たってくれ。俺は東京スカイタワーのテロの後処理の指揮を取る」

 

「分かりました。ガンヴォルト君の事は任せてください。必ず見つけ出します」

 

そう言って二人は動き出した。

 

ガンヴォルトは死んでいない。だから早く探すと。

 

勝手に死んだと思い込むな。ガンヴォルトは生きている。

 

だが、戦闘で傷は深い可能性がある。だから早く見つけよう。

 

二人は直ぐ様互いに行うべき事を遂行しようと動き始めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ベッドの上で自分を責め続ける響の傍に腰を下ろすあおいはどう声をかければいいか分からなかった。

 

辛い気持ちは分かる。未来という大切な親友が居なくなった、響にとっての陽だまりが消えた事で心に深い傷を負ったのは理解している。

 

だが、その気持ちに寄り添える言葉が見つからない。

 

弦十郎に言ったものの、今の響にとって何が最善であり、何が安らげるのか大切な人を失った傷を癒す手立てをあおいは持っていなかった。

 

だが、それでも、自分より歳の下の女の子が深く傷つき、辛い目にあっているのに無視するなどあおいには出来なかった。

 

共に戦う装者であれば、何か響を立ち直らせるきっかけを与えてくれるかもしれない。しかし、その肝心な装者達も、ガンヴォルトが消えた事で意気消沈しており、それどころではない。

 

誰もが悲しんでいる。あおいもそうだ。

 

未来の喪失は悲しい。少ない時間だが、一緒に仕事をして来た子が居なくなったのだ。何も思わないほど、薄情な人間ではない。

 

それにガンヴォルト。未来よりも長く苦楽を共にし、互いに信頼していた仲間であったからこそ、その喪失が装者達同様に大きい。

 

だが、それでも、装者達が、自分より歳の下の女の子達を見てそんな状態であるのに自分が何もしないわけにはいかないと思い、装者達のケアを率先してやっている。

 

効果があったとは言えない。だが、少しでも装者達の心を壊れない様に行動しなければと考え、実行している。

 

だが、それでも寄り添うことしか出来ない自分を歯痒く思う。

 

あおいはただ、ベットで自身を責める響に寄り添い、優しく抱きしめることしか出来ない。

 

響もなされるがままだが、涙が決壊し、あおいの胸で泣く。

 

あおいはそんな響の苦痛を和らげる為に背中をさすることしか出来なかった。

 

「あの時…私が手を離さなきゃ未来は…エレベーターシャフトで爆発に巻き込まれる事はなかったんです…私が…私が…」

 

響が呟く言葉にあおいは違和感を覚える。

 

エレベーターシャフトで巻き込まれた。そうなればスマートフォンは翼とクリスが見つけられたのだろうか?

 

二人が見つけた位置とシャフトの場所が離れている。

 

いや爆発で飛んで行ったのかも知れない。だが、それでもスマートフォンに爆発を受けた様な壊れ方をしていなかった。

 

いや、二人がそのフロアに行っていたのかも知れない。その時にスマートフォンを落としたのかも知れない。

 

しかし、その確証が無い。響に聞くにも今の響に聞けない。

 

だが、あおいの中に浮かんだのは響にとって少しだけ希望になる物。だが、響にぬか喜びをさせて更に絶望に叩き落とすわけにはいかない。

 

だが、その違和感が僅かな希望になる。響を少しでも絶望から抜け出させる糸口になる。

 

未来が無事であれば響は立ち直れる。

 

「…」

 

だが、それだけではダメだ。未来が無事で響が立ち直れたとしても、響は戦えない。今回の戦闘で今までよりもガングニールが響を再び侵食を開始した。

 

響が戦うと決めても響は響出なくなってしまう為に戦わせる事は出来ない。これ以上響を戦わせる事は出来ないからだ。

 

それに今戦える装者達もガンヴォルトが消えた悲しみで意気消沈している。状況は悪い事ばかりだ。

 

だが、少しでも明るい話題があれば何か変わるかも知れない。いや、変わらなくてはならない。

 

ガンヴォルトが消え、悲劇に見舞われているとしても。未だ危機は去っていない。

 

アシモフは以前健在であり、地球滅亡から脱する為に選別という名の虐殺を続けるだろう。いや、着々と続けられているだろう。

 

こちらも絶望を乗り越えて対抗しなければならない。

 

だから、どんな小さな希望でも、戦う意思を再び灯す希望になればいい。ガンヴォルトが消えた今、装者達、そして二課でこの状況を打破するしかないからだ。

 

あおいはとにかく響が落ち着くのを待ち、今抱いた違和感を調査する事を弦十郎達に伝える事を考えた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガンヴォルトが消えて意気消沈した奏、翼、クリスはガンヴォルトの部屋に集まっていた。

 

ガンヴォルトが居なくなった事により、心にぽっかりと穴が空いた。少しでもその穴を埋める為に三人ガンヴォルトがいた部屋にいた。

 

「ガンヴォルト…」

 

翼がそう呟く。だが、その呼んだ名前の人物はもういない。

 

「ガンヴォルト…」

 

奏も呟く。その目には涙が浮かび、頬を伝い、ポロポロと溢れている。

 

「…なんで…いなくなっちまうんだよ…」

 

クリスも涙を流して呟く。

 

間に合わなかった。そのせいでガンヴォルトが居なくなった。

 

三人の所為では決してない。ガンヴォルトも疲弊した状況で心配を掛けたくないと合わなかった事もある。だが、その事を知らない。知らない三人は何故居なくなったかを考えていた。

 

ガンヴォルトが消えてしまったのか。何故ダートリーダーだけを残して居なくなってしまったのか。

 

三人は考えなくても知っている。何度も対峙し、一度ガンヴォルトを死の淵に追いやり、今も尚、何処かで生きている憎き敵。

 

アシモフ。

 

全員を絶望の淵に追いやり、ダートリーダーだけを残して、ガンヴォルトを消した張本人。

 

許せない。憎い。

 

響が未来を失った時の様に、三人の心は憎悪が渦巻いている。

 

アシモフを許さない。世界を混沌に変えようとする元凶を。ガンヴォルトを消した事を。

 

絶対に許さない。アシモフという存在を。認めない。アシモフの生を。ガンヴォルトを消した存在を生かしてなるものか。

 

アシモフへの殺意がより確実に、より強く三人の心に色濃く浮かび上がらせる。

 

アシモフを殺す。ガンヴォルトの仇。

 

「ガンヴォルトを消したアシモフ…絶対に許さない…」

 

「当たり前だ…救ってくれた恩人を…大切な人を殺されて…許すなんて事出来る訳ないだろ…」

 

「もう二度と失いたくなかった…一人だった私に居場所をくれたのに…その二人はいない…」

 

翼、奏、クリスはそれぞれの言葉を口にする。その目には光はなく、憎悪に支配されている。

 

アシモフを殺す。その言葉が三人の心を支配する。ガンヴォルトを殺した報いを。必ず。

 

三人は殺意を滾らせて必ずアシモフを殺すと誓った。

 

そしてただ怒りと憎悪、そして殺意を滾らせる三人には会話など無く、ただ沈黙が支配する部屋。数十分、数時間経ったかは分からないが、そんな時、ガンヴォルトの部屋の扉が開いた。

 

「インターホンを押したのに誰も出なかったので、ガンヴォルト君のスペアで上がらせていただきましたが…皆さん…やはりここでしたか…」

 

そう言いながら入ってきたのは慎次。

 

「緒川さん…」

 

「行きますよ。いつまでここでそうやっているつもりですか?」

 

慎次が淡々とそう言った。だが、その言葉に三人は怒りを覚えて慎次に掴みかかった。

 

「なんであいつがいなくなったのにあんたはそう言えるんだよ!」

 

「クリスの言う通りだ!緒川さんもあいつがいなくなったのに悲しくねぇのかよ!」

 

「緒川さん!貴方を人として見損ないました!」

 

だが三人が掴みかかったが、慎次は最も容易くそれを躱す。だが、慎次はそんな三人に向けて言った。

 

「確かにガンヴォルト君は居なくなりました。ですが、それでこうやってただ怒りや殺意を滾らせるよりやるべき行動があるからそう言ったんです」

 

「ふざけんなよ!あいつが居なくなったのに感傷に浸ることすらするなって言うのかよ!」

 

「緒川さん、あんた最低だな!ガンヴォルトは大切な仲間だろ!」

 

「ふざけないでください!」

 

クリス、奏、翼が慎次に向けて罵倒を浴びせる。

 

だが慎次は言った。

 

「ですが、その大切な仲間を勝手に死んだと解釈する君たちに言われたくないですよ」

 

その言葉に三人は激昂しそうになる。だが、慎次の言葉にどこか希望を見出した為に動きが止まる。

 

「いいですか?ガンヴォルト君は死んだとまだ決まっていないんです。行方不明なだけです。それなのに勝手になんで死んだと決めつけてるんですか?その方が僕は許せない。ガンヴォルト君が死んだ証拠すらない状態でそう決める方が僕にとっては許せないんですよ」

 

三人を叱る様に。そしてただ今やるべき事はそんな事なのかと説得するように慎次がそう言った。

 

「アシモフと一人で戦って生存している可能性限りなくゼロに近いでしょう。ですが、完全なゼロじゃない。それなのに、何故行動しようとしないんですか?貴方達はガンヴォルト君に生きていて欲しくないんですか?」

 

「…」

 

慎次の言葉に何も言えなくなる三人。確かに、死んだとは決まっていない。それなのに自分達は諦めてしまった。ガンヴォルトが生存しているかもしれないと言う可能性を。

 

「僕は生きていると信じています。だからこそ動くんです。その可能性を信じて」

 

慎次の言葉に希望を見出す三人。そしてただガンヴォルトの生存を諦めていた自分達の考えを恥じる。

 

「…ごめんなさい、緒川さん」

 

「悪かったよ、緒川さん…」

 

「悪かったよ、そんな事も信じられなくって…」

 

そうして慎次に向けて謝る三人。

 

「謝っている暇があるなら行きましょう。時間は無いんです」

 

そう言って三人はアシモフに抱く憎悪や殺意よりも、ガンヴォルトの生存を優先して行動に移った。

 

憎悪や怒りなど今で無くてもいい。今はただガンヴォルトの無事が知られさえすれば。

 

三人はそう思い、慎次と共にガンヴォルトの捜索に移るのであった。



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66GVOLT

アシモフにナスターシャを人質に取られ、やむなくアシモフに付き従い、輸送機へと戻された三人。そしてアシモフにより無理矢理連れて来られた未来は輸送機の一室に閉じ込められていた。

 

「…ごめんなさい…何の罪もない貴方を…こんな目に遭わせてしまって…」

 

マリアは共に囚われの身となった未来に対して謝罪を述べた。マリアと同様に切歌と調も未来に対して謝罪をする。

 

巻き込みたくはなかった。話を聞いた限り、機動二課の仲間であるが、シンフォギアを持たない女の子。そんな一般人である未来を巻き込みたくはなかった。

 

本音だ。

 

だが、アシモフに逃し切る前に見つかったせいで巻き込んで人質として囚われてしまった。

 

「…マリアさんや切歌ちゃん、調ちゃんの所為じゃありません…」

 

未来はマリア達にそう言うが、悔しそうに、そして悲しそうに言った。

 

アシモフにより囚われた未来。囚われた事により、自分のせいで二課の装者達を、奏や翼、そしてクリスを釣るための餌として危険に晒してしまっている事。

 

そして何より、アシモフから逃げる為に時間を稼いでいたはずのガンヴォルトがアシモフの手により、殺されたと言う事実が未来の心に深い傷を負わせた。

 

未来にとって恩人であり、命の危機を幾度となく救ってくれた大切な人。響と同じくらい大切な人であった。だが、その人は居なくなった。自分を今この様な状況に追いやり、更に未だ二課を、装者を、マリア達を、そして世界を危険な目に遭わせようとしているアシモフと言う男により。

 

その事実が未来の心を絶望させる。大切な人が居なくなり、更に響を、奏や翼、クリスを今も自分のせいで危険な目に遭わせてしまうと言う事もその要因だ。

 

そんな未来をマリアは抱きしめる。

 

大切な人が居なくなる悲しみはマリアはこの中で一番理解している。

 

たった一人の血を分けた妹、セレナを目の前でネフィリムにより亡き者にされた。

 

大切な人が居なくなった悲しみは計り知れないものであり、未だあの夢を見ては魘される。だからこそ、未来の気持ちは理解出来る。

 

それに未来がアシモフによって利用されようとしている事も許せない。それはマリアだけでなく、切歌と調も憤りを感じていた。三人はナスターシャを人質に取られ、目的の為の駒として利用している。未来も同様だ。アシモフ自身の障害を排除する為に使えるものは使い潰すつもりである事はもう分かっている。

 

それにセレナ。亡くなったはずのセレナをアシモフが知っており、何かに利用しようとしている。何なのか分からないが、大切な妹を利用することなんて許せない。セレナに対する冒涜を許さない。

 

だが、アシモフには敵わない。怒りを感じようが、憎しみを持とうが、その動力源だけでは敵わない。それほどアシモフとの間には圧倒的な差がある。それに爆弾をつけられた切歌と調。ナスターシャだけでなくセレナ同様に大切な家族を更に人質を取られた。

 

もうどうする事も出来ない。このままアシモフによって自分達は死ぬまで駒として使われるだろう。

 

「裏切り者が人質に寄り添う。そんな甘い考えだから何もかもが破綻していくんですよ」

 

突然、開かない扉が開くと共にウェルが入室して来た。

 

ウェルはそんなマリアを見て軽蔑する様な目で見る。マリアはそんなウェルを睨み返す。切歌と調も元々気に入らない人物であり、アシモフの協力者である故にマリア同様睨む。

 

「貴方達裏切り者如きに睨まれたってなんとも思いませんよ」

 

アシモフの腰巾着の様な男が何を言っているとウェルに苛つきを隠せない。切歌も調もウェルに飛びかかりそうになるのを抑えている。

 

「僕だけなら倒せるとでも思っているんですか?」

 

そう言ってウェルは何かリモコンの様な物を取り出す。

 

「アッシュだけでなく、僕も貴方達二人の命を握っているんですよ」

 

そう言って見せられたリモコンの様な物を見て自身の首に巻かれた爆弾を触り、冷や汗を流す。そしてそれを見たウェルは薄ら笑いを浮かべた。

 

「優位に立つのは心地いいですね」

 

そう言ってウェルは薄ら笑いを浮かべた表情が一変し、先程同様に軽蔑した目を三人に向ける。

 

「まぁ、今はそんな事どうでもいいでしょう。それよりも貴方達の行動は裏切るのは分かっていましたが、我々の計画に必要な物を盗み出すなんてよくそんなことしてくれましたね。フィーネを語る偽物さん」

 

「ッ!?」

 

マリアはナスターシャとしか話していない事を告げられ驚く。そしてその事を何も知らなかった切歌と調は驚き、マリアを見る。

 

「何故それを?とでも思っているのでしょうが、既にアッシュは知っていたんですよ。僕は知りませんでしたが、元から貴方がフィーネでない事くらい、アッシュは既に把握していた。あの湖の辺りでナスターシャ博士が言う前からね」

 

「どういう事!マリア!マリアがフィーネじゃないって!?」

 

知らされた事実に調は自身の危険よりもマリアの語っていた事が嘘であることの方に気を取られた。

 

「マリアがフィーネじゃない…じゃあ…」

 

調がマリアに詰め寄る中、切歌だけは別のことを考えていた。

 

調を助けた際に突如出現した力。あれがフィーネの力。マリアが違うとなれば、本当は切歌の中にフィーネが宿っていると考えていた。

 

「煩いですよ。いつ僕が発言許可を出しましたか?」

 

ウェルはそんな三人に苛ついたのかリモコンの様な物のスイッチに指をかける。それを見た三人はすぐに黙る。それを見てため息を吐いた。

 

「聞き分けだけは良いですね。まぁ、話が早くて助かります。で、貴方達、フィーネを語る偽物達に命令があるのでそれを伝えに来ました。次の戦いで敵装者、天羽奏と生きているのなら立花響の殺害、そして風鳴翼、雪音クリスの捕獲しろ。だそうです。もうガンヴォルトはいない。この程度出来なければナスターシャ博士の命がないと思え。だそうです」

 

アシモフの言葉を芝居の様に真似て言うウェル。芝居がかった仕草に更に苛つくが、切歌と調、そしてナスターシャの命がない。マリア達に残された選択肢はなかった。

 

だが、

 

「巫山戯ないでください!」

 

胸の中で絶望していたはずの未来が叫ぶ。そしてマリアの包む腕をゆっくりと離させてウェルへと近づく。

 

「巫山戯ないでください?人質如きが何をほざくんですか?」

 

そう言うウェルは顔を未来の方に近づける。

 

「そんな事許さない!響を!クリスを!奏さんも翼さんも!貴方やあのアシモフって人に!手を出させない!」

 

未来が泣きながらウェルに叫ぶ。そんな姿を見てウェルは高笑いを上げる。

 

「泣きながら何を言うかと思えば!君は馬鹿なんですか!お腹が痛いですよ!手を出させない?そんなの無理無理!力のない貴方に何が出来るんですか!?例え貴方に特別な力、シンフォギアがあっても、第七波動(セブンス)があってもアッシュに敵うわけないんですよ!」

 

未来の言葉を嘲笑うウェル。

 

未来はそれでも大切な親友を殺そうとする目の前の男とアシモフを許さないとばかり睨みつけた。

 

「そんな顔して睨んでも全く怖くないですよ!ああ、笑わせてもらいました!でも!」

 

その瞬間、ウェルは未来を押し飛ばした。

 

「その反抗的な態度、自分の立場が分かっていない様な奴はすごいムカつくんですよ!」

 

押し飛ばされた未来をマリアが支える。

 

「ッ!ウェル博士!」

 

未来を支えるマリアはウェルを睨む。

 

「その子をしっかり見張っていてください!僕の命令もしっかり守らないとアッシュに言ってナスターシャ博士かそこの二人を痛めつけてもらいますからね!」

 

そう言い残してウェルは出て行った。

 

「大丈夫?」

 

マリアは未来を心配して未来に尋ねる。

 

未来は泣きながらも大切な親友に手を出させない。もう大切な人が居なくなって欲しくないと繰り返していた。

 

絶望の中で生まれた怒りが未来を動かしたのだろう。

 

マリアはそんな未来を見て、自分の力の無さ。そして誰も助けることが出来ず、こんな立場に立たされている事に自分への怒りと未来、そして切歌や調に対して謝る事しか出来なかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響は親友を失った悲しみがまだ癒えないながらも、幾分か落ち着いた。これも献身的に支えてくれたあおいのお陰だ。その甲斐もあり、体力も回復してようやく退院する。

 

だが、装者である奏、翼、クリスは一度として見舞いに来なかった。寂しくはあったが、あの様な現状で忙しいのだろう。だが、響にとってそれよりも優先して聞かなければならない事が出来た。

 

ガンヴォルトの事だ。響と未来の為にアシモフと東京スカイタワーで再び戦った。無事なのか分からない。あおいも気を利かせて言わなかったのだろうが、嫌な予感しかしない。

 

退院して急いで弦十郎の元に向かう。

 

「師匠!」

 

「ッ!?…響君、身体は大丈夫なのか!?」

 

疲れた弦十郎が司令室に入った響を見て驚いて身体の心配をする。響は今のところ何の変化もない事を伝えると弦十郎は胸を撫で下ろす。心配ばかりかけて申し訳ないと感じるが、今はそれどころではない。

 

そんな響の心情を察した弦十郎は司令室でオペレーター達や現場の指揮をしている中で時間を作ってくれ、響に話を聞いている。

 

司令室に映されているのは崩壊した東京スカイタワー。爆発の惨劇とノイズによる被害で見る影も無く破壊された光景。

 

あの場所で未来は。悲しみが再び響の心に翳りを生み出すが、それを何とか振り払う。

 

「…師匠…」

 

ガンヴォルトの事を口に出そうとするが上手く言葉が出ない。アシモフとの戦闘。それはどちらかが生きるか死ぬかの殺し合い。ノイズとの戦闘など比にならない血に濡れた戦い。

 

だからこそ言葉に出来ない。信じたくない結果が思い浮かぶから。それは今のこの場の雰囲気によって理解している。

 

アシモフに追い詰められているが今までなら陰鬱な雰囲気は無かった。だが今は違う。まるで誰か大切な人がいなくなった様に、希望がなくなった様に誰もが絶望してその絶望から逃げるかの様に黙々と作業をしている。

 

「ガンヴォルトはアシモフに敗北を喫し…現在行方不明だ」

 

弦十郎から告げられた言葉は響にとって未来と同様の絶望を与える。

 

ガンヴォルトが負けた。と言う事はガンヴォルトは死んだと言うのか?信じたくない。そんな事あるはずがないと言葉に出そうとする。

 

しかし、今までの戦闘。シアンと言う響にとっての大切な友人を失い、そしてガンヴォルトにとっての大切なパートナーを奪われ、常に劣勢を強いられていた。

 

故に言葉に出せない。響にとってもガンヴォルトは大切な恩人であった。何度も響を助けてくれた。大切な親友、未来を助けてくれた。そして二課で色々な人達と仲間になる事が出来た。

 

「…嘘ですよね?…ガンヴォルトさんが…ガンヴォルトさんが…」

 

その事実を知った響はガンヴォルトが居なくなった事に涙を流す。大切な親友を失い。更には恩人まで居なくなった。

 

絶望がより深く、色濃くなって響を包み込む。

 

だが、そんな響に向けて弦十郎が喝を入れた。

 

「何を絶望している!何故諦める!勝手に決めつけるな!」

 

弦十郎は涙を流す響に向けて続けて言う。

 

「あいつは確かに負けた!だが、まだ死んだなんて決まってない!行方不明だ!あいつはまだ生きている!絶対に!」

 

弦十郎はそう叫ぶ。

 

「アシモフとの対決は俺も経験しているから分かる…あれは互いの命が尽きるまで決着の付かない殺し合いだ…だからアシモフにガンヴォルトを殺されたと思うかもしれない…だが!だがガンヴォルトは必ず生きている!その証拠にガンヴォルトの姿は未だ見つかってない!アシモフならばあの時の様に確実にトドメを刺し、その場に残すはず!それかアシモフの事だ、ガンヴォルトの身体を使い、俺達の心を折る為に利用する!だが、それもないとなれば必ずだ!必ずガンヴォルトは生きている!」

 

弦十郎の言う様、アシモフという外道ならばやりかねない。だが、それもないならば生きている可能性がある。しかし、それは限りなく低い可能性。だが、信じないでどうする。

 

「旦那の言う通り、ガンヴォルトは生きてる」

 

そんな時、奏がそう言って入ってくる。その後に翼とクリスも続く。

 

「アシモフとの戦闘であればそう悲観するのは分かる。だが、私達がそう思うのは違う。勝手にガンヴォルトを殺すのは間違っている」

 

「そうだ。あいつはどんな時もどんな事があっても立ち上がって来たんだ。こんな所で絶対に終わってない。死ぬはずがないんだよ」

 

どこか疲れた様に入って来た三人はそう言った。

 

「奏さん、翼さん、クリスちゃん…」

 

「とにかく、響は無事でよかった」

 

そう言って響に近づいた奏は響の頭を撫でる。

 

「だけど、ガンヴォルトを勝手に居なくなったからって死んだなんて決めつけるな。ガンヴォルトは生きてる。絶対に」

 

奏の言葉に響は自分が思っていた事をさらに信じさせる力を持っていた。

 

だが、それでもそれは絶望から目を逸らす為の言い訳に過ぎないのかも知れない。しかし、その僅かな希望も信じないで絶望に浸る事なんて出来ない。

 

「…はい!絶対にガンヴォルトさんを見つけましょう!」

 

生きていなければ絶望。生きていれば希望。両極端の願いであるが、この場の誰もがその両極端の希望に縋る。

 

そうでなければ意味がない。絶望はもう嫌だ。こんな状況はもう懲り懲りだ。だからこそ、希望に縋る。

 

希望を持たなければ何も変わらない。

 

絶望を振り払い、希望を持ち始めた響。それを見て弦十郎は胸を撫で下ろす。だが、それでも二課は変わらない。今までの戦闘が課員の絶望を振り払う事が出来ない。

 

希望を持っているのは装者、そして二課の中でガンヴォルトと一緒にいた時間の長い、慎次や朔也、あおいのみ。

 

厳しい状況に弦十郎はどうすればいいかずっと考えていたが、答えは出ない。

 

そんな中、朔也とあおいが息を切らしながら司令室へと駆け込んで来た。

 

「司令!解析が終わりました!この事を響ちゃんに!って響ちゃん!?」

 

「響さんもいるのなら話は早い…」

 

朗報とばかりに息を整えながらあおいが全員に伝える。

 

「響さん、落ち着いて聞いて。未来ちゃんは生きてるわ」

 

あおいは響に向けてそう告げた。響はその事を聞いて耳を疑っていた。

 

「友里さん…それは本当ですか?」

 

未来が生きていると聞いて嬉しさと驚愕で口を手で覆う。そして声を何とか出してあおいに聞く。

 

それを聞いてあおいは強く頷いた。

 

「友里さん、未来さんは生きているかも知れないけど状況は最悪な事に変わりないよ。とにかくこれを聞いてください」

 

そう言って朔也は持っていた自分の通信端末からとある音声を再生した。

 

それは未来が生きていると言う事を知ることの出来る音声。だが、それ以上に未来が危険な事を知ることの出来る音声であった。

 

その音声で語られたのは未来があの爆発の時、F.I.S.の三人、マリア、切歌、調に救われていたと言う事。

 

そしてその三人も行動している理由が大切な人をアシモフに人質として囚われており、無理矢理協力を強いられていると言う事。そしてその中の切歌、調を更に人質としてマリアを縛る様に爆弾をつけられたと言う事、ら

 

更には、アシモフが未来を二課を、装者達を釣る為に餌として使われるために囚われたと言う事。

 

未来が生きていると言う事は響にとって喜ばしい事。だが、その未来を装者を釣る為の餌にすると言う事を告げたアシモフを、そして大切な人を人質にとり、更には切歌と調の命を手中に納める事でマリアを無理矢理協力させている事を許せないと拳を強く握る。

 

「翼さんとクリスさんが回収した未来さんのスマートフォン内のボイスメモに残されていたものです。未来さんがあんな大変な目に遭いながらも、こうやって記録に残る物を残していてくれて助かりました。それでこうやって分かった事がある。F.I.S.は寧ろ被害者であり、本当に戦うべき存在がアシモフとウェルと言う悪であるという事。そしてF.I.S.の装者である三人は救わなければならない事。ウェル博士については何も分からないですが、カ・ディンギルの趾地でアシモフと協力的な事からアシモフと同様だあると既に判断しています」

 

朔也は未来の残したボイスメモから把握した事柄を纏めてそう話す。

 

嬉しいニュース、だが、それ以上に怒りを思い起こさせる現実。アシモフという存在が許せない。

 

未来だけでなく、マリア達を無理矢理戦わせているという事を知らされた事に全員が怒りの感情が胸をざわめかす。

 

「藤堯、友里、よくやってくれた」

 

弦十郎は拳を力強く握りながらそう言った。弦十郎の怒りを感じ取った朔也もそれ以上は必要ないと頷いた。

 

「未来君の無事が分かった事は嬉しい事だが、未来君は未だ危険に晒されている。ならば俺達がやる事は分かっているな?」

 

弦十郎は響に、そして装者達に向けて言った。

 

それを感じ取った四人は力強く頷く。未来を救う。そしてF.I.S.。アシモフにより無理矢理協力させられているマリア達を助け出す。そしてアシモフが捕らえている三人を無理矢理従わせている人質の救出。

 

やる事はそれだけだ。

 

「分かってます!未来を絶対に助け出す!そしてマリアさん達も!」

 

弦十郎に向けて響は言った。

 

「分かっています。もうこれ以上アシモフの好きにはさせるわけにはいかない!」

 

「ああ、それにあの野郎と一緒にいる奴も!ソロモンの杖でこれ以上好きにさせねぇ!」

 

「当たり前だ!」

 

装者達もやるべき事を把握してそう叫ぶ。

 

弦十郎は頷いた。

 

未来の無事で響は希望を更に持った。装者達も同じくだ。後はガンヴォルト。

 

ガンヴォルトの無事が分かればなお良し。

 

(ガンヴォルト…未来君は無事だ…お前も無事でいてくれ…)

 

弦十郎は希望を持った装者達を見ながら、ガンヴォルトの無事を案じるのであった。

 



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67GVOLT

ウェルに裏切り者であるF.I.S.の対応を任せたアシモフは一人、海辺へと来ていた。

 

それはフロンティアを起動させる為に現場の下見を行いに来た。

 

フロンティア。F.I.S.がその存在を知り、仮称として名付けた方舟。伝承によるとカストディアンと呼ばれる異星人が乗って来た舟と伝えられている物らしいが、アシモフにとってそんな事はどうでもよかった。

 

異星人などはなからどうでもいい。アシモフにとって必要なものはフロンティアそのもの。伝承などに興味など無い。新たな拠点として、そして元の世界の自身の望む世界に作り替える為の新天地として欲している。

 

既に場所は自身で特定して後は封印を解くだけだ。

 

だが、アシモフにとって不都合なことが今、目の前で起こっている。

 

「米国政府の犬共が…どこでフロンティアの存在を嗅ぎつけた」

 

憎たらしく海を見つめるアシモフの視線の先に浮かぶ米国政府の旗を掲げる軍艦の数々。多さに辟易するが、アシモフにとって障害になりはしない。

 

この世界は元の場所よりも少し科学の発展が進んでいないが、それでも電気を多用している以上、アシモフの持つ蒼き雷霆(アームドブルー)にとってなんの意味を持たない。

 

だが、それは分かりきっている為、どうでもいい。気に入らないのは長い年月を費やして、漕ぎ着けた物を横から掻っ攫う気でいる米国政府に怒りすら覚える。

 

それを見ながら自身の怒りのみで行動を起こさぬ様、落ち着かせる。軍艦だろうと蒼き雷霆(アームドブルー)で鎮圧出来る。機械仕掛けの船であればどうとでもなる。しかし、問題もある。軍艦程度侵入すれば無力化は可能だ。だが、海上。アシモフが懸念するのは海上での戦闘。多量の海水は蒼き雷霆(アームドブルー)の力を阻害する。

 

そうなって仕舞えば長い年月をかけて成し遂げた全てが終わる。だからこそ、慎重に動かなければならない。

 

それに焦る必要もない。あの軍艦を超えるフロンティアを持ち上げることは不可能。そしてフロンティアを起動させることも。それに封印を解く鍵はこちらが既に握っている。

 

聖遺物、神獣鏡(シェンショウジン)。それに電子の謡精(サイバーディーヴァ)。又はそれに近しい能力を持つ聖遺物か何か。それが無い限り、フロンティアを持ち出すことなど不可能。

 

そう考えて猛る気持ちを落ち着かせたアシモフ。焦りは判断を鈍らせ、計画を破綻させる。長い時を費やしてようやく辿り着いた。今更たった数日、米国政府に無駄なことをさせても問題ないだろう。

 

落ち着きを取り戻すアシモフ。

 

だが、未だに懸念するものはある。機動二課の装者。紛い者が消え、戦力は落ちた。だが、依然として紛い者とは別で電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を僅かながら見せ、使うことの出来る装者達。天羽奏のみ未だ力を使っていないが、予想では使える可能性がある。

 

電磁結界(カゲロウ)を越える攻撃。油断も慢心もないが、予想外の行動で負傷する可能性もある。だが、それさえ予想出来れば敗北は無い。

 

それに、何度も報告やこの目にしている立花響の容体。

 

シンフォギアを纏い、他の追従を許さない程の出力を扱えるようだが、それが身体を蝕んでいるのか戦闘不能の状態になっている。

 

始末するのは容易いが、もし黒いシンフォギアを纏った状態で戦うとなればどうなるかわからない。紛い者が消えても厄介者はまだ残っている。

 

だからこそ、消えても構わない駒を残した。それに人質も。

 

あらゆる状況を想定して既に対策は済ませている。

 

不安など無い。

 

「…問題ない。もう邪魔を出来る者が残っていようが、全て始末出来る。最悪、Dr.ウェルの案を採用しよう。先程の連絡で何とかなるかもしれんからな」

 

そう呟くとアシモフは海辺からゆっくりと離れて行く。その口元は既に勝ちを確信した様に口角を上げて。

 

◇◇◇◇◇◇

 

奏、翼、クリスはガンヴォルトの捜索、そしていつ起きるか分からない戦闘の為、アシモフを殺す為の特訓を終え、夜が深くなり始めて来た頃、三人はまたガンヴォルトの部屋に集まっていた。

 

「ったく…あいつは何処にいやがんだよ…こんなに捜索しているのになんで見つからないんだよ…」

 

「同感だ…何故ここまで捜索しているのにガンヴォルトの痕跡すら見当たらないんだ…」

 

「…アシモフにやられて負傷して動けないのかもしれない…けど、それなら早く…少しでも早く見つけなきゃならない」

 

ガンヴォルトが生きていると信じている三人は今の現状に痺れを切らして来ている。まだガンヴォルトの捜索が始まって二日。だが、全くの手がかりも掴めていない状態。

 

そんな状態でも三人はガンヴォルトは生きていると必死に探している。勿論、弦十郎も慎次も、オペレーターである朔也やあおいも必死になって捜索している。

 

しかし、それでもガンヴォルトの影すら捕らえられていない。

 

死亡。

 

最悪の文字が頭に浮かんでいるが、それを信じたくないとばかりに三人は首を振るってその考えを振り払う。

 

ガンヴォルトは必ず生きている。そう信じる。

 

だが、その希望が今の三人を苦しめる。

 

こんな状態で本当にガンヴォルトは生きているのか。アシモフと対峙して生きているのか。未来のスマートフォンのボイスメモに残されたアシモフの声が、それを否定する。

 

だが、三人は信じない。ガンヴォルトが死んだなどと信じない。三人にとってそれが苦しめるよりもさらに辛い現実を突きつけるからだ。だからこそ、辛いが生存しているという希望を抱き続ける。

 

ガンヴォルトが見つかるまでは。

 

そんなどん底の状態に陥る中、ガンヴォルトの部屋の扉がゆっくりと開かれた。

 

「…ごめんなさい…何度もチャイム押しても反応がなかったので、緒川さんから借りた鍵で上がらせてもらいました…」

 

入って来たのは響であった。

 

響は現状、シンフォギアを纏えば危険な状態に陥る。その為待機を命じられていたのだが、未来をアシモフに連れ去られている。そして、ガンヴォルトが行方不明な状況で自分一人だけ何もしないなど出来ないと弦十郎にお願いし、慎次と他のエージェントと共にガンヴォルトの捜索を手伝っている。

 

「緒川さんがこれを持っていってくれって頼まれまして…ガンヴォルトさんがまだ見つかってないし、みんなちゃんとご飯を食べてないって言ってましたから…」

 

そう言って響が手に持っていた紙袋を持ち上げる。

 

それを受け取り中身を見ると中には簡単に食べられるサンドイッチやおにぎり、飲み物が人数分用意されていた。

 

「ガンヴォルトさんがいなくなって寂しいし、悲しいのは分かっています…私だってガンヴォルトさんいなくなって…未来も連れ去られて辛いです…でも、まだ未来もまだ無事…ガンヴォルトさんは分からないかもしれないですが必ず生きてます。でも、みんなが倒れたら二課のみんなも心配になりますし…何よりあの人の思い通りになって世界が滅茶苦茶になります」

 

響が三人の体調を心配してそう言った。

 

今現状アシモフと戦う事の出来るのは奏、翼、クリスのみ。弦十郎や慎次も戦えない事も無いのだが、アシモフにある無敵に近い防御手段である電磁結界(カゲロウ)、そして電磁結界(カゲロウ)意外にもネフィリムの心臓、更にはソロモンの杖を有するウェル。そして敵装者であるマリア、切歌、調。

 

敵装者の三人、ウェルだけなら何とかなるかもしれないが、ソロモンの杖によりノイズを出されたら生身である弦十郎や慎次はひとたまりも無い。

 

ガンヴォルトが見つかっていない今の希望は奏、翼、クリスなのだ。その三人、いや、もう誰一人もかけてはならないのだ。

 

「…悪かったよ、響。ずっと暗い顔して」

 

奏がそう言って少しでも暗くなった雰囲気を振り払う。

 

確かにガンヴォルトが見つかってなくても、アシモフは着実に計画を進めている。今止められるのは自分達しかいない。その自分達がこんな状況であればあるほど、その絶望が伝播し、全員に更なる不安を煽る事になる。ガンヴォルトがいない状況でそんな事になって仕舞えば全てが無駄になる可能性が高くなる。

 

「そうだな…悪かった、立花。苦しいのは私たちだけじゃ無い…叔父様も…緒川さんも…二課のみんなも辛いのに…戦える私達が暗ければ光明も何も見つからなくなってしまう」

 

翼も響に対して謝る。

 

「…そうだな…あたしらがいつまでもこんな状況だったら、アシモフに好きな様にされちまう…」

 

クリスも最悪だろうと絶望していればアシモフの計画を完成させてしまう。それは駄目だと、そう言った。

 

「戦えない私が言うのもなんですけど…絶対に負けちゃいけないんです…シアンちゃんと未来を助ける為にも…マリアさんや切歌ちゃん、調ちゃんのためにも…」

 

助ける為に、世界を救う為に自分達がなんとかしなきゃならない。全てを終わらさなければならない。

 

ガンヴォルトがいない状況で終わらせれるか分からない。だが、その状況を少しでも良くする為には絶望し続けてなどいられない。

 

奏、翼、クリス、そして響は今は少しでも持ち直さなければと意気込み、慎次が用意し、響が持ち込んだ夜食を取り、次の戦闘までに気力を少しでも回復させようと取り組むのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響に三人の様子を見る様に言った後、夜が明けるまで慎次はガンヴォルトの捜索を行った。しかし、ガンヴォルトが見つかる事は無く、手掛かりも得る事が出来なかった。そして今回の成果を伝えに本部へと訪れていた。

 

その事を伝えるだけでも気が重い。

 

司令室へと入るとオペレーター達が忙しなく働いており、アシモフの居場所の特定、ガンヴォルトの捜索、そして月の衝突を回避する方法など、分かれたモニターには沢山の対策案が映し出されていた。

 

「慎次か…ガンヴォルトの捜索はどうだ?」

 

「いいえ、ここの画面に映し出されている通り、未だガンヴォルト君を見つける事が出来ませんでした」

 

「…」

 

弦十郎も慎次も、ガンヴォルトを殆ど寝ずに捜索に協力しているのだが、全くと言っていいほど足取りが掴めていない。

 

死亡の線が濃厚になる状況に弦十郎も慎次も首を振ってその考えを振り払う。

 

考えるな。勝手に決めつけるな。ガンヴォルトは生きてる。

 

絶対に。

 

しかし、何も情報がない以上焦りが常に付き纏う。今はアシモフに動きがない為、こうして動ける。だが、もしアシモフの計画が進むとなればガンヴォルト抜きで対策しなければならない。

 

それは装者に殺人を強要する事となる。誰もそれを望まない。だが、そうせざるを得ない。

 

既に奏、翼、クリスはそれを実行する覚悟を決めている。もうこのまま命令を下していいものなのか。一個人で無く、指揮官として下さねばならないのかと葛藤する。

 

だが、その時、ガンヴォルト捜索を率先して行なっていた朔也が叫ぶ。

 

「司令!ガンヴォルトに似た人物がいると通報がありました!」

 

「ッ!?藤堯!それは本当か!?」

 

朔也の言葉に驚きを隠せず、弦十郎が叫ぶ。

 

「カメラで写っているわけではありませんが、特徴が一致しています!ガンヴォルトの可能性が高いです!」

 

やはり生きていた。ガンヴォルトは死んでなかったと歓喜する。

 

だが、何故生きているのなら連絡がなかったのか?何故帰ってこれなかったのかと疑問が浮かぶ。だが、今はどうでもいい。ガンヴォルトの無事が今の弦十郎達にとって嬉しいニュースであったからだ。

 

「すぐに一課にヘリを用意させる!装者達にもその事を伝え、すぐにでも出発するぞ!」

 

「はい!」

 

光明はまだ潰えていない。二課の全員がガンヴォルトの無事に歓喜し、希望が満ち溢れる。

 

だが、その光は既に消えかけている事は今はまだ二課も装者も誰も知らなかった。



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68GVOLT

もうすぐ2周年だけどとりあえず今書いているのが終わって、一周年企画の奴を終わらせてから完結記念として何か書こうと思います。


装者達へと連絡を取り、二課のメンバー、弦十郎、慎次、朔也、あおい。そして装者である奏、翼、クリス、そして響は一課のヘリに乗り、本部の停泊させている港から離れた別の県の周りを山に囲まれた漁村へと来ていた。

 

通報によるとこの漁村の診療所に意識を失った老婆と胸に傷を負ったガンヴォルトらしき男が訪ねてきたらしい。診療所に在中していた医師は治療の為に用意をして戻ると老婆のみを置いて男は消えていたようだ。

 

「ここに…ガンヴォルトが…」

 

「何で東京から遠く離れた場所にガンヴォルトさんが…」

 

奏が漁村を見てそう呟く。響も同様に離れた場所にガンヴォルトがいるのか不思議に思っている。

 

「そんなのどうでもいいだろ。ここにあいつがいるのなら連れて帰るだけだ」

 

「雪音の言う通りだ。それに、怪我を負っているとなればすぐにでも連れ変えなければならない」

 

クリスの言葉に翼が続ける。

 

「しかし、響さんの言う通り妙ですね…ガンヴォルトなら診療所に入り次第、すぐにこちらへと連絡を取ると思うのですが…」

 

「…」

 

あおいの言葉に弦十郎も妙だと感じる。以前と違い、密に連絡を取り合っていた。通信端末などが壊れたのならあおいの言った様に診療所で借りればよかったはず。

 

だが、そうはしなかった。何故なのか…。

 

唯一、弦十郎だけが胸騒ぎをしていた。

 

以前、斯波田事務次官より言われていたガンヴォルトの精神状態の事。そして、アシモフがガンヴォルトの何かを握っている事。その何かがガンヴォルトのギリギリ保っていた精神を壊すものであったのならば…。

 

ともかく今はガンヴォルトの安否を確認だ。

 

「藤堯さん、通報があった診療所へ行きましょう。ガンヴォルト君が行方を探すならまずそこでしょう。それに、もし本当にガンヴォルト君であれば、連れてきた人、もしくは駐在者がガンヴォルト君の行方を知っているかも知れません」

 

「分かりました。こっちです」

 

朔也の案内で漁村の診療所へと向かう。着いた先の小さな建物に入り、事前に朔也が連絡していた為に、すぐに医師が出てくるがあまりの大人数にたじろいていた。

 

「大人数で押しかけてすみません」

 

朔也は医師にそう話し始めていたが、医師は二課の主要メンバーは理解している様だが、装者達、学生服を着た少女達に対しては疑問符が頭に浮かんでいる様だ。

 

だが、今はそんな事などどうでいい。とにかくその人物の親しい人達と言って何とか納得してもらう。

 

「混乱しているかも知れませんが、単刀直入に聞きます。ここに訪れた男性についてです」

 

「え、ええ。今日の夜明けに通報した男性が気を失った女性を抱えて訪ねて来たんです。最初は幽霊か何かと思いましたよ。胸に何か傷を負っていたのか血を流していて…それに着ている服が何か事件に巻き込まれた様にボロボロでしたし…それでこの人を助けてやってあげてくれと言う言葉で我に帰り、女性の治療、それに男性の治療をしようと思い、準備しようとしたらいつの間にか女性を近くのベッドに寝かせられていて男性が消えていました」

 

医師がその時の状況を説明する。そして初めに話したボロボロになった服装を事細かに聞き、この中で唯一、アシモフと戦闘前にガンヴォルトと会っている響に確認して、間違い無くガンヴォルトだと確信する。

 

やはりここにガンヴォルトがいた。

 

だが、何故ガンヴォルトはいなくなったのか?

 

どうしてその様な行動を取ったのかは未だ不明であるが、ガンヴォルトが連れてきた女性の存在も気になる。

 

医師に連れられ、その女性がいる病室へと向かう。

 

そして病室には点滴を付けられて眠る女性の姿があった。

 

「この方も知り合いでしょうか?」

 

初めて見る女性の姿をこの中の誰も知らなかった。

 

困惑する全員に医師も何と言えば良いのか分からないと同様に困惑した。

 

だが、ガンヴォルトの情報を握っている可能性の高い。

 

しかし、意識を失っている以上、無理矢理起こして聞き出すわけにもいかない。

 

「他に…他に何かあいつの…その男性の分かる事はないですか!?お願いします!」

 

朔也が懇願する様に医師へとお願いする。朔也だけでない。この場にいる全員がどんな事でも構わないと医師へとお願いしていた。

 

医師も困り果てているが、それ程この場に現れた男性が何かとても重要な人物なのではないかと察して医師が最も印象に残っていた事を答えた。

 

「暗くて分かりにくかったですが…その男性の表情はとても印象に残っています…絶望…まるで何かとてつも無い絶望に落とされた様な…そんな表情をしていました…」

 

朔也達はその話を聞いて、アシモフの幾度となく喫した敗北に精神が勝てないと認めたのかと思ったが、弦十郎だけは違った。

 

胸騒ぎが当たっていた。アシモフが精神的に危ういガンヴォルトを更に追い詰める何かをガンヴォルトに向けたのだと確信する。

 

ガンヴォルトに対する何かは分からない。だが、それでもガンヴォルトの弱った心を折る程の何かをアシモフがガンヴォルトに与えた事により、今までギリギリ保っていた精神を完全に破壊した。

 

弦十郎は直ぐ様に指示を下す。

 

「情報提供ありがとうございます。友里君と藤堯君は女性の側にいてくれ。もし起きる事があれば事情聴取、それに捜査協力を仰いでくれ」

 

弦十郎は指示出すと医師に礼を述べて直ぐに装者と慎次を連れて外へ出る。

 

「どうしたんだよ、旦那?そんな慌てて指示を出して?」

 

「司令、一体何を慌てているんですか?」

 

奏と翼が弦十郎に不安そうに聞いた。

 

「…ガンヴォルトを早く探さねばならない…あいつは…あいつの心は限界を越えてしまった…壊れた人間はどうなるか分からない…だから…早く探さなければ…」

 

「どう言う事だよ!?おっさん!?」

 

「師匠!何の話ですか!?」

 

弦十郎の溢した謎の言葉に装者達は弦十郎に問い質す。慎次も何も知らないようで弦十郎に言う。

 

「司令…それはどう言う事なんですか?」

 

「…ガンヴォルトの状態は皆も何となく察しているだろう…アシモフとの幾度となく行った戦闘。その全て、勝利を掴む事が出来ず、幾度となく敗北を喫している…そして、シアン君…ガンヴォルトが大切にしていた彼女を奪われた事からガンヴォルトの精神は徐々に蝕まれていった…その結果、過去のシアン君…俺達が話で聞いたシアン君の肉体を失った時を夢で何度も見る事になった…」

 

ガンヴォルトの過去。アシモフに殺され、肉体を失ったシアン。更に今度はシアンという存在すらガンヴォルトから奪われた。

 

その辛さは想像を絶する物だろう。

 

「そんな中でも、アシモフを倒せばまた戻る…シアン君を助けられる…装者達も我々も助けられる…それが絶望してもガンヴォルトを繋ぎ止めていた唯一の希望であったと思う…だが、それ以外に斯波田事務次官より言われていた事がある…アシモフがガンヴォルトの何かを握っている…それが何なの事なのか分からないが、ガンヴォルトを壊す可能性があると危惧していた…それがものの見事に当たってしまった…」

 

「おっさん!何でそう言えるんだよ!?そんな事あいつに会いもしねえで分からねぇだろ!?」

 

クリスが弦十郎へとそう言うが、弦十郎は首を振るう。

 

「さっき医師が言っていただろう…診療所に訪れた時のガンヴォルトの表情を…絶望に落とされた様な顔をしていた…探すのは当たり前だが、一刻の猶予も無くなったんだ…」

 

「…司令、ガンヴォルトを早く探すのは当たり前です。アシモフがいつ動くか分からない以上早くガンヴォルトを見つけなければならないのは当たり前。ですが、それで一刻の猶予も無くなったのはどういう事ですか?」

 

翼は未だ弦十郎の意図が読めないとそう聞いた。

 

「壊れた人間がどの様な行動を取るか分からない…今のガンヴォルトがそうである様に、ガンヴォルトはどうなるか分からない…人を殺すなどの過ちは犯さないにしろ…そうなると向ける矛先は自分の可能性がある…だからこそ一刻も早く見つけねばならない…ガンヴォルトが無事である内に」

 

「そんな…」

 

響はその言葉を聞いて絶句する。だが、響だけは何となく悟ってしまった。深い絶望の中、ドス黒い感情に支配され、何をやったのか分かりもせず、大変な事を幾度も行ってきたからこそ、弦十郎の危惧する意味を理解した。

 

「ッ!何でそんな事黙っていたんだよ!旦那!それを知っていたなら対策しようがあっただろう!私達にも話してくれれば何とかなったかもしれないだろう!」

 

何故そんな重要な事を黙っていたと奏は弦十郎に噛み付く。

 

「今のお前達に言えるわけないだろう!我々の心中も察せず、ガンヴォルトもやって欲しくないアシモフの殺害をしようとするお前達に!先程の事を前もって言えばお前達がどうするかなんて分かりきっているからだ!」

 

弦十郎はそう叫ぶ。弦十郎が響を除いた装者達に向けてそう告げた。それを聞けば装者達が何をするかなんて分かりきっている。アシモフの殺害をより執着する事になるだろう。大切な人を悲しませたくない。大切な人を守りたいと。一人で背負わせたくないと。だからこそ伝えられなかった。

 

「だから隠してたって言うのかよ!大体、私達はもうとうに覚悟は決めている!」

 

「雪音の言う通り!私達はもう既にアシモフを殺す覚悟をしています!ガンヴォルトだけにそれを背負わせないと決めたんです!それなのに!私達の覚悟を否定するのですか!」

 

「お前達の覚悟は分かっている!だが、お前達に人殺しと言う事をさせたくないんだと言っているだろ!」

 

「なら何でガンヴォルトにだけ一人で背負わせようとするんだよ!おかしいだろ!何であいつばっかりに辛い事をさせようとするんだ!」

 

「皆さん落ち着いてください!今は我々が言い争っている場合じゃないでしょう!」

 

慎次が一触即発の装者達と弦十郎を諌めるために割って入る。

 

「ガンヴォルトが今危ない状況と言うのが分かっているのならこんなところで言い合いをしている暇がないことくらい理解して下さい!」

 

「そうです!今ガンヴォルトさんが危険なのに何で仲間同士争わないといけないんですか!」

 

慎次に続き、響も今は争っている場合ではないと伝える。

 

その言葉で我に帰る四人。

 

「すまない…慎次、響君…今は争っている場合ではない…ガンヴォルトを早く探さなければ…」

 

慎次と響の言葉にガンヴォルトの身が危ない事を思い出し、冷静になる。

 

そして弦十郎は指示を出して弦十郎と慎次、奏と翼、クリスと響のペアでガンヴォルトの捜索を行う事にする。

 

「通信機を常に入れて置いてくれ。そしてガンヴォルトを誰でもいいから見つけ次第、報告するんだ」

 

そう言う弦十郎は慎次に言って各ペアに耳につける通信機を渡す。

 

「さっきの事はまた後で話そう。一刻も早くガンヴォルトを見つけ出すぞ」

 

そう言って弦十郎の言葉に頷いた全員はペアごとに散らばってガンヴォルトの捜索を開始した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「あいつ…何であんなにメールで無事って言ってたくせに…危なかったんじゃねえか…」

 

クリスはガンヴォルトに悪態を吐きながら漁村へと来てガンヴォルトの姿を探していた。

 

「クリスちゃん…」

 

響もガンヴォルトを探しながらクリスの後を追う。

 

クリスと響は懸命に探す。どちらにとってもガンヴォルトは掛け替えの無い人だから。何度も救ってもらった人だから。

 

絶望に立たされているのなら救わなきゃいけない。今までの恩返しをしなきゃならない。

 

クリスは家族失った自分に新しい居場所を作ってくれた事。こんな自分を受け入れてくれた事。それに自分にとって家族とは違った掛け替えの無い人だから。

 

響にとっても同様だ。過去に間接的に命を救われた。幾度と無く危機を救ってくれた。それに最も大切な親友を。未来を助けようとしてくれたのだから。

 

二人は懸命に探す。もう失いたく無い。そんな絶望の中に取り残してはならない。救い出さなければならないと。

 

◇◇◇◇◇◇

 

奏と翼はクリスと響とは離れ、漁村の外れにてガンヴォルトを捜索する。

 

クリスと響同様にガンヴォルトに何度も救われているから。それだけじゃ無い。それにクリスと同じく奏と翼にとってガンヴォルトとは掛け替えの無い存在であるからだ。

 

何度も命を救ってくれただけじゃ無い。ガンヴォルトによって心も救われた。

 

だからこそ救わなければいけない。今まで助けられてばかりだからこそ、今度は自分達が救わなければならない。絶望の淵から。

 

「絶対…絶対見つけ出すから…無事で居てくれ」

 

「変な事を起こさないで…間違っても…自分を傷つける様な選択を…私達が見つけるまで…絶対に…」

 

奏と翼は漁村の外れを探し続ける。

 

◇◇◇◇◇◇

 

クリスと響の漁村、外れを奏と翼、弦十郎と慎次は山の中を探していた。

 

「ガンヴォルト…無事で居てくれ」

 

山の木々にガンヴォルトの痕跡を探しながら急いで山を駆け上がる。

 

まだこの場にいると言う保証などない。だが、それでも諦めきれない気持ちが、弦十郎や慎次を、そして装者達が動く理由になっていた。

 

「…この辺りに何もありません…もしかしたら漁村から別の道でこの場から去った可能性も…」

 

かなりの時間、険しい山道を探して全くの痕跡すら見つからない為に慎次がそう口にした。

 

「…」

 

弦十郎もそう思い始めていた。かなりの長い時間をかけてもガンヴォルトが歩んだと思われる痕跡が見つからない。慎次のいう通り、もう既にこの場所にいない可能性が浮上する。

 

「…かもしれない。漁村の方を捜索しているクリス君と響君…外れを捜索する奏と翼からも発見したと連絡が無い…」

 

浮かぶのは絶望。そしてガンヴォルトが既にどうかなってしまったという不安。そんな考えが弦十郎と慎次の頭によぎってしまう。

 

まだそうと決まったわけでは無いと否定しようにもそれを振り払うだけの可能性を弦十郎と慎次は持たない。

 

これ以上のここの捜索は無意味だった。そう思った時、二人の目の前に一匹の蝶らしきものが横切る。

 

ただの蝶であれば何の木にする必要もない。だが、その蝶は何処か見覚えのある意匠をしていた為に弦十郎も慎次もその蝶を目で追っていた。

 

「あれは…シアン君と同じ…」

 

そう。その蝶はシアンと同じ翅の生えた蝶であった。

 

「そんな…シアンさんはアシモフに奪われた筈なのに…」

 

その蝶を見て弦十郎も慎次も開いた口が塞がらない。そもそもシアンは弦十郎と慎次には機械を通さなければ見えない存在。それなのに目に見える。それに慎次が言った様にアシモフに奪われた筈。

 

だが、弦十郎はその光景を一度だけ見た覚えがある。かつてガンヴォルトが死にかけた時、奏のギアペンダントから蝶が現れだとかの事を。

 

そして蝶はまるで二人を誘うかの様に追ってくるのを待っているかの様にその場を漂っていた。

 

「シアン君なのか?」

 

蝶に向けて弦十郎が聞いたが、答えは帰ってこない。シアンなのかは分からない。だが、ガンヴォルトを見つける手がかりである。

 

漂う蝶を追い始めるとまるで案内するかの様に蝶が飛んでいく。

 

険しい山道を二人は蝶が案内をする通りに進んでいく。暫くの時間、ただ黙々と蝶を追う二人。

 

だが、蝶が突然粒子になって消える。

 

「ッ!?」

 

その瞬間を目撃した二人は急いで蝶の元へ向かうが、既に粒子となって消え去った後。そして粒子が一方へ進んでいく道を見るとそこにはボロボロになり、木を背に座る、ガンヴォルトの姿があった。



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69GVOLT

「ッ!?ガンヴォルト!」

 

弦十郎と慎次は座り込んだガンヴォルトへと駆け寄った。

 

その声に気付いたガンヴォルトはゆっくりと顔を上げる。二人はその顔を見て歩みを止めてしまう。

 

それは絶望した死人。見た事はないが、そう形容するしか見えない様に目は虚ろで、表情も完全に死んでいると言える。

 

今までにガンヴォルトがここまで追い込まれていた事は無かった為に、そして近付いて気付いた周りにも漂うその絶望に二人はそれ以上ガンヴォルトに近付けなかった。

 

「…弦十郎…慎次…」

 

か細い声でガンヴォルトがこちらを認識したのか言った。

 

「…ガンヴォルト…」

 

無事だった事を喜んでなど居られなかった。今のガンヴォルトの姿を見て喜ぶ事など出来なかった。

 

動かない口を動かして何とか声を絞り出そうとする。

だが、何を話せばいい。何を聞けばいい。何が最良の選択なのか弦十郎は分からなかった。

 

「…違う…ボクは…ボクはガンヴォルトじゃない…本物のガンヴォルトじゃないんだ…」

 

意味の分からない事を言い始めたガンヴォルト。

 

ガンヴォルトじゃない?それがどういう意味なのか二人は分からなかった。

 

「…どういう事だ?ガンヴォルト?」

 

その言葉を聞いたガンヴォルトはヤケクソに叫ぶ。

 

「ボクはガンヴォルトじゃない!」

 

何故今までガンヴォルトと名乗っていたのにそれを拒絶するのか。だが二人はその意味にすぐ気付く。

 

アシモフが常にガンヴォルトを名で呼ばず、呼んでいた紛い者。その事だろう。そしてそれが斯波田事務次官、そして弦十郎が危惧していたガンヴォルトのギリギリ繋いでいた精神の糸を切る秘密。

 

「ボクは…ボクは本物(ガンヴォルト)の遺伝子から作られたデザイナーチャイルド…クローンだった…本物なんかじゃない…アシモフの言う通り…ボクはただ本物のガンヴォルトを語る偽物(紛い者)だったんだ…」

 

弦十郎も慎次もその言葉の意味を知る。

 

アシモフが常に目の前にいるガンヴォルトを紛い者と呼んでいた理由。

 

アシモフの知るガンヴォルト。それは今目の前にいるガンヴォルトが言った通り、二人の知るガンヴォルトはクローンであり、本物では無い偽物。

 

とんでもない発言に二人は言葉を失う。

 

本物では無くクローン。クローンという存在がこの世界では倫理的に創り出すことを許さない。それが今目の前にいるガンヴォルトだという事。

 

だが、それはまだアシモフがただ言葉に発しただけのまやかしなのかもしれない。そもそも、そうなれば記憶はどうなる?目の前にいるガンヴォルトはクローンだと仮定しても記憶があれ程鮮明なのはおかしな話である。

 

「…お前がクローンなのかは分からない。アシモフの虚言でお前を騙す為に言った偽りの可能性だってある…大体そうなれば記憶はどうなる?何故お前がアシモフに殺された時までの鮮明な記憶がある?それなのに何故お前はアシモフの戯言を信じているんだ?」

 

「アシモフにあの場で倒されて…ボクはアシモフからボクの真実を聞かされた…ボクが…ボクとシアンが偽物であると…」

 

ガンヴォルトだけじゃ無くシアンまで偽物と言う事に驚かされる。だが、話を切らない様に黙ってガンヴォルトの話を聞く。

 

「始めはボクもアシモフの戯言を信じられなかった…弦十郎の言う通り、ここに流れ着くまでの記憶がある。戦闘経験がある。第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)を宿している。それに姿は本物…そしてボクに宿るシアンの思いが…それがボクがガンヴォルトだと思う理由だった…でもそれはただのボクの思い込みに過ぎなかった…まやかしに過ぎなかった…アシモフはボクのこの世界に流れ着いた際に着ていた服を言い当てた…それだけじゃボク自身もそれを虚言だと思えた…だけど違ったんだ…アシモフに敗れて…海へと送られて…気を失った…その時に夢で見たんだ…ボクが本当は何者なのかを…」

 

目の前にいるガンヴォルトが何者なのか語り始めた。

 

皇神(スメラギ)のアメノウキハシの地上にある巨大人工島(オゴノロフロート)の地下…そこにあった実験施設の中で影ながら続けられていたプロジェクトガンヴォルト…何体ものガンヴォルトを模倣し、大勢のガンヴォルトを模したクローンの死体の山を築き上げ、その中で唯一、模したにも関わらず、ガンヴォルトではないガンヴォルトに似た何かが生まれた…遺伝子変異体(ジーンバリアント)…それががボクだった…培養液に浸された巨大なポッドの中…その中に入っていたのが…ボクだったんだ…」

 

語られた事実。今目の前にいるガンヴォルトは本物のガンヴォルトの遺伝子データから作られたクローン人間。そしてプロジェクトガンヴォルトと言う、ガンヴォルトの名を冠する実験。どんな実験かは分からない。だが、ガンヴォルトが語った死体の山を築く。それだけ聞けば、まともで無い実験でない事はすぐに分かる。そしてその中で唯一、ガンヴォルトの姿をしながら遺伝子が変異した事で何故か生きながらえたのが目の前にいるガンヴォルトという事。

 

だがそれは夢の話であり、現実では無い。それなのに何故そこまで信じられるのか?

 

「ガンヴォルト…それは夢の話だ。アシモフがお前の心を折る為に嘘をついた可能性だってある。それなのに何故お前がそれを信じるんだ」

 

「そうです。それこそがまやかし。アシモフはガンヴォルト君の心を…繋ぎ止めていた精神を切る為の妄言に過ぎません」

 

弦十郎も慎次もそれは違うと目の前にいるガンヴォルトはアシモフの妄言に囚われていると否定する。だが、目の前にいるガンヴォルトは二人の言葉に首を振る。

 

「いや、本当だよ…ボクにその記憶が無かった…だから嘘だと思いたかった…でも違うんだ…記憶に残っていなかったとしても…全く覚えが無かったとしても…身体が覚えているんだ…それは夢じゃない…現実だ…本当にあった事だって…身体が…細胞が…全てが本当だと語るんだ…」

 

記憶には無いが肉体が覚えている。

 

信じられない事である。だが、確かに少し昔の文献に心臓移植した人物が見た事のない事を知っていたり、性格が変化したと言う事例もある。

 

目の前のガンヴォルトが同じような事例が身に起こっているとすれば嘘では無い可能性も僅かながら上昇する。

 

だが、そうするとおかしな点がある。アメノウキハシという場所。過去の話を聞いている二人にとってその場所は目の前にいるガンヴォルトがこの世界に来る前、アシモフに殺されかけた場所、そしてシアンが肉体を失った場所。

 

時系列を整理すれば、アシモフが目の前にいるガンヴォルトを殺し、その後に先程言った場所を破壊した可能性がある。ガンヴォルトをこの世界に流れ着いた理由は不明のままだが、そうすれば辻褄が合う。アシモフが目の前にいるガンヴォルトを心を折る為の虚言であると言える。

 

「もしそうだとしても、それはシアン君が身体を失ってしまった後の、ガンヴォルトがこの世界に流れ着いた後の可能性もある。その記憶はもしかすれば精神的に危うい状態にあり、ましてや敗北して心の折れた状態により脳が見せた幻想だ」

 

弦十郎はガンヴォルトが偽物でないと言うが、ガンヴォルトはその言葉にも首を振るう。

 

「何を言われようがあの夢は本当なんだ…夢じゃ無くて現実なんだ」

 

「違います!ガンヴォルト君が折れかけ、アシモフの言葉で混乱したことによって見えた幻想です!」

 

慎次も違うと言うがガンヴォルトは本当だと語る。

 

「本当なんだよ…アシモフから聞いたんだ…ボクが持つ記憶の後の事を…シアンは身体を失った後、まだ生きながらえた本物は…本物のシアンと融合することによって復活した…そしてアシモフと対峙していたんだ…」

 

「ッ!?」

 

ガンヴォルトから語られたかつて語られた過去のその先。アシモフがこの世界に流れるつくまでの流れであった。

 

「アシモフと本物はアメノウキハシの軌道エレベーター内で本物のガンヴォルトとアシモフは戦ったんだ…本物によって既に倒されていた…」

 

更なる事実に弦十郎と慎次は驚きを隠せない。既に本物のガンヴォルトなる存在にアシモフは倒されていた。つまり殺されていたと言う事を。

 

そうなると今追っているアシモフという存在は何なのか?目の前にいるガンヴォルト同様にクローンであるのか?そう考える二人だが、真っ向から否定される。

 

「アシモフはボクと違い…本物だよ。あり得ないと思うかもしれない…でも本当なんだ…記憶がある…装備もある…そして結末を知っている…ボクと違ってアシモフは本物たらしめる全てを所持しているんだ…」

 

目の前にいるガンヴォルトはアシモフが本物である事を語る。弦十郎と慎次からすればそれを語る理由は謎だ。だが、目の前にいるガンヴォルトはそれらの事柄からアシモフは本物だと言った。

 

それを信じる根拠は二人は持ち合わせていない。だが、目の前にいるガンヴォルトがそう言っている事、そして更には結末を知り得ているからこそ、本物であると信じざるを得ない。

 

「一体…一体ボクは何の為に戦っていたんだ…何の為に帰ろうとしていたんだ…帰る場所なんて初めから存在しなかったのに…ただ、何故かクローン(ボク)自身に身に覚えのない刻まれた記憶のままに行動して…本物を語る偽物(紛い者)のボクが…一体何を為そうとしていたんだ…」

 

完全に戦う意思が崩れ去り、目の前にいるガンヴォルトはただ自身が偽物(紛い者)と自覚して生きる為の原動すら失いかけている。

 

本物であると信じていた自分が偽物であった。そして本物は生きて、目の前にいるガンヴォルトが為すべき事を既に為していた。

 

そんな事実を告げられた時、どれ程の絶望なのかなど本物や偽物と言う概念がのみを知っており、それを体験などする事の無い唯一無二の人にとっては分からない。

 

「ボクは一体何の為に…」

 

唯一分かる事は目の前にいるガンヴォルトをここまで追い詰める程の意味を持つと言う事。

 

だが、そうだとしてもガンヴォルトには残酷かもしれないが、立ち上がって貰わねばならない。絶望から這い上がってもらわなければならない。

 

ガンヴォルトを絶望に叩き落とした元凶、アシモフは生きている。本物であるにしろないにしろ、世界を破滅へと導く存在が未だ健在しているのだ。だからこそ、弦十郎はガンヴォルトの陰鬱な雰囲気を吹き飛ばす様に檄を、喝を入れる。

 

「何の為に…そんなの俺が言わなくても決まっているだろう!世界を守る為!人々を守る為だろう!どの世界でも関係ない!」

 

そう。ガンヴォルトを立ち直らせる為に必要なのは偽物か本物かを肯定させることなどではない。必要なのは立ち上がらせる意思、そして崩れ去った行動原理を穴埋めする程の新たな原動。それを再び蘇らせればガンヴォルトは立ち上がれるかもしれない。だからこそ、言った。自身の根幹を成しているのは何だったのか?自分が何故戦っていたのかを?それを呼び起こさせる様に。

 

本物だろうと偽物だろうと関係なく、今まで行ってきた数々の功績を。誇る為でも、誰かに認めてもらう為でも無かったはず。ただ自分が守りたいと思うものを守る。その為に戦ってきた事を。弦十郎はガンヴォルトと七年と言う年月共に過ごしているからこそ、そう言った。

 

「…そうかも知れない…でも、それは元の世界に帰る為の約束だったから…でもそれももう無意味なんだ…もうボクにその約束を果たす力なんてないんだ…」

 

だが、今のガンヴォルトの心に響かない。そのあまりにも身勝手な言い分に弦十郎は怒りのあまり、ガンヴォルトへと近づいて胸ぐらを掴んで無理矢理立たせる。

 

「巫山戯るな!お前程の者が何故そう諦める!今までの様に何故立ちあがろうとしない!」

 

巫山戯るなと言いたいのはガンヴォルトだろう。絶望の淵に立たされているのに喝を入れられ、無理矢理でも戦わせようとするなんて。そう思うだろう。だが、それ程こちらも必死なのだ。世界が危機に瀕している。

 

「無理だよ…今のボクに何が出来る…アシモフに為す術なく敗れ…何も出来なかったボクに…」

 

「まだ生きているだろう!?まだ何も失ってない!奪われただけだ!それなら取り戻せばいい!取り戻してないのに何故そう言える!」

 

「ボクにはもう無理なんだ!」

 

胸倉を掴まれながら抵抗もせず、ただ絶望のまま叫ぶガンヴォルト。

 

「今のボクには何も出来やしない!戦う意志も!生きる意思すら見失ったボクに!何が出来るんだ!もう蒼き雷霆(アームドブルー)すら扱えないボクに何が出来るっていうんだ!」

 

「なん…だと…」

 

ガンヴォルトの発した言葉に虚を突かれる弦十郎。第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)が使えない。

 

よく見ればガンヴォルトの身体は依然傷だらけ。そして胸倉を掴んでいたガンヴォルトの胸の傷はちゃんと治療されていない為に膿んでいる。

 

普段のガンヴォルトであれば意識を失うほどの傷を負わなければ蒼き雷霆(アームドブルー)の能力でほぼ数日で傷は完治させているはず。

 

それなのに治療すらしていない。

 

「…第七波動(セブンス)は自身の体内に宿す能力因子の力。それを原動力にした意志の力…意志とは精神の力…今のボクに能力因子を使う程の意志なんてない…もうボクは…アシモフとは戦えない…もうボクは役に立たないんだ…」

 

そう告げられた弦十郎はガンヴォルトの胸倉を離す。恐れていた事は弦十郎が思っていた以上に深刻であった。

 

ガンヴォルトが生きていた事は吉報であったのだが、それ以上に失った物はあまりにも大きかった。

 

もうどうにも出来ないのか?弦十郎には今のガンヴォルトを再び立ち上がらせる様な言葉が出てこなくなってしまう。

 

どうすればいい。どう言葉をかけてガンヴォルトを再起させる?いや、ガンヴォルトにばかり希望を持ち過ぎた自分達にそのツケが回って来たのか。

 

装者だけでアシモフと…ウェルと戦わなければならないのか。勝てるのか…アシモフに。

 

いや、勝たねばならない。

 

今のガンヴォルトにこれ以上背負わせてはならない。ましてや戦えない程の者をこれ以上無理に戦わせるわけにはいかない。

 

とにかく連れて帰る。

 

まずはそこからだ。

 

弦十郎はガンヴォルトに悪かったと謝り、みんなが心配している事を告げ、帰る様に促す。

 

だが、ガンヴォルトはそれを拒む。

 

「もうボクに帰る場所なんてない…こんなボクにいる場所はないんだ…放って置いてくれ…」

 

「…そんな状態のお前を放って置けるわけないだろう。何を言おうが俺はお前を連れて帰る」

 

「戦えないボクに帰る場所はないんだ…頼む…弦十郎…ボクを…ボクをこのままにしていてくれ…」

 

あまりの絶望で心が死んだガンヴォルトにはもうどんな言葉も響かなかった。

 

本当にどうすればいいんだと、慎次にも助言を乞おうとするがいつの間にか、慎次の姿は消えていた。どこに行ったのか?

 

だが、その理由はすぐに分かった。山道を切り開き、慎次が汗を垂らしながら戻ってきた。

 

その後ろに、装者達を連れて。

 

そして弦十郎は慎次の意図を察してその可能性に賭けた。

 

弦十郎と共にいた時間も長いだろう。だが、それ以上にガンヴォルトを慕う装者達が共に戦場で背中を合わせ共に戦ってきた装者達の言葉が今のガンヴォルトを変える、再起させるかも知れないと。

 

その可能性を信じた。



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70GVOLT

「ガンヴォルト!」

 

装者達が慎次の後を追ってガンヴォルトと弦十郎の場所まで来た。

 

だが、その表情はガンヴォルトを見つけた嬉しさはどこかへ消えてしまった。

 

それもそのはず。装者達の目の前にいるのは常に希望であり続けた光などではなく、その身から絶望を絶え間なく溢れ出させる闇そのものであったからだ。

 

「…」

 

その姿に装者達は何も言えない。今のガンヴォルトでなければ、どこに行っていたんだ。生きているのなら何故連絡してくれなかったのだ。何で戻って来なかった。

 

そう言えただろう。

 

だが、そんな言葉すらかけれないほど当たりを満たす程のガンヴォルトから溢れる絶望に何も言葉をかけれなかった。

 

「奏…翼…クリス…響…」

 

虚な目をしたガンヴォルトが呟く様に名前を呼んだ。

 

「何で…何でそんな状態なのに…連絡もせず…帰って来なかったんだよ…」

 

奏がガンヴォルトに向けて絞り出す様に言った。

 

「…ボクの帰る場所じゃないからだよ…今のボクに居場所なんてどこにもない…」

 

装者達にとって意味の分からない言葉。

 

「何を言っているんだ…二課は…ガンヴォルトの帰る場所だろう…そこが貴方の場所でしょ…」

 

その答えの意味がわからない翼も声を絞り出して言った。だが、その言葉にガンヴォルトは首を振るう。

 

「違う…ボクに初めから居場所なんてない…偽物(紛い者)のボクには帰る場所も…居て良い場所なんて存在しないんだ…」

 

そう答えるガンヴォルト。意味がわからないと思う装者達。

 

「何で…何でそんな事言うんだよ!あそこはお前の居場所だろうが!私達の居場所だろうが!何でそんな場所をくれたお前がそんな事言うんだよ!」

 

クリスが意味の分からない言葉を告げるガンヴォルトに怒りを露わにしてそう叫ぶ。

 

「そうですよ!帰る場所があるのに!何でガンヴォルトさんはそれを否定するんですか!?」

 

響もガンヴォルトの訳のわからない言葉にこっちがそうだと言わんばかりにそう言った。

 

「…違う…あそこはボクが居て良い場所じゃない…ボクの様な偽物(紛い者)が居て良い場所じゃない…」

 

「訳がわかんねぇよ!大体何で自分を紛い者って言うんだよ!何が紛い者なんだよ!アシモフが言っている訳のわからない事をガンヴォルトまでなんで言ってんだよ!」

 

ガンヴォルトの否定に痺れを切らせた奏がガンヴォルトに言った。

 

「ボク自身がだよ…ボクに居場所を得る権利なんてない…偽物(紛い者)のボクに…ガンヴォルトの本物と信じ、道化を演じていたボクに…クローンであるボクに…」

 

ガンヴォルトの口から語られたクローンと言う言葉。装者達もその意味は知っている。本物の遺伝子を使い、同じ存在を生み出す技術。

 

「ボクは…皇神(スメラギ)によって本物の遺伝子を使い、作られたクローン…大量のクローンの製作過程で遺伝子が変異した特異な存在として生かされていた偽物(紛い者)なんだ…」

 

「ッ!?」

 

ガンヴォルトから語られた目の前にいるガンヴォルトの正体。

 

クローン人間。それがガンヴォルトだと言う事を知る。

 

「嘘だろ…アシモフの言った嘘に…何でお前なんかが信じてるんだよ…そんなの覚えがないんだろ…お前は関係ないだろうが…」

 

クリスが絞り出した声でガンヴォルトに言うが、首を振った。

 

「関係なくなかったんだ…アシモフが常にボクの名を呼ばず、紛い者と言い続けた理由…本物はアシモフを一度倒して…殺していて…本物は既にやるべき事を為していた…シアンの仇を…アシモフの野望を打ち砕いていたんだ…」

 

本物は既に今目の前にいるガンヴォルトが行おうとしていた事を終えていた。だが、それなら今禍根のアシモフは一体何者であるのか?

 

その事もガンヴォルトが語った。

 

アシモフは本物が倒した筈の存在である事。アシモフは目の前にいるガンヴォルトと違い、本物足らしめるすべで持ち合わせていると。

 

そしてアシモフの野望も。帰る手段を探り当て、元の世界に戻り、第七波動(セブンス)能力者だけの世界を創り上げる事。そしてこの世界の人類の抹殺。

 

規模の大きな野望。そして、そのアシモフが持つ野望は絶望を意味している。

 

「そんな…そんなのって…」

 

響はアシモフの野望を知り、自分達だけでなく、初めから世界が混乱どころか抹殺される危機に晒されている事に絶望する。

 

それならば尚更アシモフを止めねばならないと全員が思う中、ガンヴォルトだけは違った。

 

「ボクはもう何も出来ない…偽物(紛い者)のボクは何も為せない…為すべき理由もない…帰る場所も…居場所もないボクに…本物じゃないボクはもう…何を為すべきなのか分からない」

 

そんな既に意気消沈した様に呟いた。

 

ガンヴォルトにとって全てが帰る為であったのであろう。その全てが何故か刻まれた記憶による行動だった。本物でない自分は何をやっても意味がない。生きている事すらクローンである自身は罪であると戒めている。

 

だが、装者達はそんなガンヴォルトを見て、同情や沈痛などの感情ではなく、怒りに満ちていた。

 

何でそうまで自分を否定する。何故そこまで存在しなかった方が良かったと言うのだと。

 

アシモフに世界が破壊されようとしている中であっても、そんなこと忘れて装者達は怒りのまま叫んだ。

 

ふざけるなと。

 

「何が自分はいちゃいけない存在だ!偽物だからってだけで何でそう思うんだよ!本物じゃなきゃいけないのかよ!本物でないと戦わなきゃならない理由なんてないだろ!」

 

奏が叫ぶ。

 

「私達にとって貴方が本物であろうがなかろうが関係ない!本物のガンヴォルトが存在するとしても、本物がこの世界で何をした!?この世界で何を為した!?フィーネとの戦いで何かしたのか!?紫電との戦いでも何か力を貸してくれたのか!?」

 

翼が叫ぶ。

 

「こいつらの言う通り、本物が私達に何かしてくれたか!?手を貸してくれたか!?この世界を守ろうとしたのかよ!?それを実行してたのは誰だよ!?」

 

クリスが叫ぶ。

 

「みんなの言う通り!本物か偽物なんて関係ない!私達を救ってくれたのは誰なのか!七年前に見ず知らずの未来を助けたのも!七年前、シアンちゃんと一緒に私と奏さんを救ってくれたのも!翼さんと一緒にノイズと陰ながら戦っていたのも!クリスちゃんを救ってくれたのも!全部!私達の目の前にいるガンヴォルトさんじゃないですか!」

 

響も叫ぶ。

 

装者達にとって本物のガンヴォルトかなど関係はない。自分達と共に世界を救おうと戦ってくれたのも。装者達の心に刻まれているのも。大切な人であるのも。

 

全て今目の前にいるガンヴォルトなのだから。

 

「居場所がない!?存在しちゃならない!?そんな事はないんだよ!本物か偽物かなんて関係ないんだよ!私にとってのガンヴォルトはあんたなんだよ!」

 

そうだ。奏にとってのガンヴォルトは今目の前にいる人だ。自分を救い出してくれたのも。自分が好きになったのも。

 

「奏の言う通りだ!私達にとってガンヴォルトは貴方なんだ!共に背を預け戦い、共にこの世界を守ろうとしたのは誰でもない!ガンヴォルトでしょ!!否定なんてさせない!違うとは言わせない!前に貴方が言った様に否定すればその思いを無碍に扱うことになると!」

 

翼にとってもそうだ。共に戦い、共に人生を歩んだのは他の誰でもない。目の前にいるガンヴォルトなのだから。本物だろうと偽物だろうと関係ない。否定もしない。かつて響を否定した時の事を今度はガンヴォルトへと告げる。それに翼も好きになったのは、今目の前にいるガンヴォルトなのだから。

 

「大体居場所がない!?帰る場所がない!?ふざけるな!もし本当にお前が偽物なのかも知れない!お前がいた世界に居場所がないかも知れない!?そうだとしても、この世界にあるだろうが!お前の帰る場所が!お前の居るべき場所が!お前自身が作った場所が!温かい場所が!私達の帰る場所が!」

 

クリスにとってもそうだ。クリス自身も帰る場所を無かった。居場所なかった。だが、それを作ったのは本物でなくとも今目の前にいるガンヴォルトだ。それを否定させない。帰る場所を作ってくれた。居場所を作ってくれた。そしてクリスが誰かを好きになる気持ちを教えてくれた。だからこそ、本物だろうと偽物だろうと関係ない。クリスにとって大事な存在は今目の前にいるガンヴォルトだと言い聞かせる。

 

「ガンヴォルトさん!そんな悲しいこと言わないでください!自分は本物じゃない、偽物だ…私達にとって本物偽物なんて関係ないんです!何を言われようと、何を否定されようと私達の知っているガンヴォルトさんは貴方だけなんです!私達を助けてくれたのも!私達をずっと支えてくれたのも!だから、帰りましょう…戻りましょう!みんな心配しています!みんなガンヴォルトさんの帰りを待っているんです!」

 

響が言った。偽物でも本物でも関係ない。救ってくれたのも、助けてくれたのも、支えてくれたのも。全て今目の前にいるガンヴォルトなのだから。みんなはガンヴォルトの帰りを待っている。だからこそ、帰ってきてほしいと懇願する。

 

弦十郎も慎次も装者達の言葉がガンヴォルトの心に響く事を願う。

 

「…こんなボクになんの価値がある…もう以前の様に戦えないボクに…第七波動(セブンス)を…蒼き雷霆(アームドブルー)を使えないボクに…」

 

少し心が揺らいだのか、ガンヴォルトは言い淀む。だがまだ足りないのか。

 

だが、すぐに装者達がそんなガンヴォルトへと詰め寄って言った。

 

「もうそんなの沢山だ!何度でも言ってやる!私にはどんな事があろうとガンヴォルトが居てくれれば良いんだよ!戦える戦えないじゃない!私はあんたがいれば良いんだよ!本物や偽物だなんて関係なしに!あんたがいれば良いんだよ!私を救ってくれた!私を赦してくれたあんたが!私には…家族のいなくなった私にはあんたが必要なんだよ!」

 

奏が告白まがいの事を告げる。だが状況が状況故に誰もその事を言及はしない。

 

「ッ…」

 

再びガンヴォルトの心が揺らいだ。

 

「私も奏と同じ気持ちだ!私も貴方が必要だ!ガンヴォルト!ガンヴォルトに助けてもらったあの日から!貴方が導いてくれたから今の私があるの!だから自分自身を否定するな!」

 

翼も続けて言った。本物偽物など関係ない。翼にも目の前にいるガンヴォルトが必要だと。

 

「お前の価値をお前が決めるな!私にもあんたが必要なんだよ!居場所をくれたお前が!帰る場所をくれたお前が!私には必要なんだよ!自分を否定するな!」

 

クリスも奏と翼の後に続けて言う。自分の価値を決めるのは自分ではない。否定などして欲しくない。本物偽物ではなく、今のクリスには目の前にいるガンヴォルトが必要なんだと。

 

「ガンヴォルトさんだから!私達が知る貴方だからみんなそう言っているんです!自分を追い込まないで下さい!否定しないで下さい!戦える戦えないなんかじゃ無い!私達にはガンヴォルトさんが必要だから!」

 

響は言う。自分自身も戦えない。だけど必要としてくれる他の仲間がいるから。だからこそ、同じ境遇に陥ったって響はガンヴォルトに戻ってきて欲しいと懇願する。

 

「ボクは…ボクは…」

 

ガンヴォルトが必要だと言われ、迷いが生じている。

 

こんな自分が本当に必要なのかと。第七波動(セブンス)が使えない自分に何か出来るのかと。

 

ガンヴォルトの崩れかけていた精神の奥底に何かが芽生えようとしている。

 

「ボクは…」

 

そう言うと共にガンヴォルトは倒れた。

 

「ガンヴォルト!?」

 

装者達、そして弦十郎と慎次が倒れたガンヴォルトへと急いで近付く。

 

「気絶している様です」

 

慎次がガンヴォルトの状況を確認してそう言った。

 

絶望した精神に追いやられ、ガンヴォルトが必要だと言う装者達の想いがガンヴォルトの精神を揺さぶり、その結果、繋ぎ止めていた精神の糸が切れ、意識を失ったのだろう。

 

装者達はそう言われて安堵した。だが、気絶だからと言って余談は許さない状況だ。ガンヴォルトはアシモフの戦闘の後に手当てをしていない。身体はボロボロで特に酷い胸の傷は化膿している。

 

「とにかくガンヴォルトを病院に連れて行く。それと、診療所にいた女性もだ」

 

そして慎次がガンヴォルトを担ぐと弦十郎と装者達と共に、あおいと朔也の待つ診療所へと向けて足早に戻るのであった。



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71GVOLT

小説を書き始めて2年が経ちました。
Gが終わるまで後どのくらいかかることやら…


診療所に戻り、ガンヴォルトと女性を回収した二課の全員は一課により用意された輸送ヘリの中に居た。女性の傍にはあおいと朔也が。ガンヴォルトの傍には装者達が心配そうにガンヴォルトの様子を見守っている。

 

「そんな…」

 

「ガンヴォルトが偽物で…本物がいる…それに本物のガンヴォルトがアシモフを既に倒してるって…いったいどう言う事なんですか…」

 

そんな中弦十郎は先ほど得た情報を、あおいと朔也にガンヴォルトの正体について話し、二人は混乱している。

 

未だ本当なのか分からないが、ガンヴォルトのあの様子であるのなら事実の可能性が高いと告げる。

 

しかも、その影響により、ガンヴォルトは第七波動(セブンス)能力、蒼き雷霆(アームドブルー)を失った。

 

第七波動(セブンス)は精神の力。意志の力。ガンヴォルトの精神が不安定、そして戦う意志を奪われてしまった。

 

ガンヴォルトがもう戦える状況にない可能性がある。それだけで此方の戦力は大幅ダウンになる。

 

装者のみで戦わなくなってしまった状態。最悪の敵、アシモフ。それに加えて第七波動(セブンス)を操る事の出来るネフィリムの心臓。更にソロモンの杖を使い、ノイズを操るウェル。そして敵装者の三人。この三人は人質を取られ、無理矢理戦わせられている為、なんとかすれば引き込めるかも知れないが、その人質がいったい誰なのか分からない。それさえ分かれば救出作戦を敢行し、敵の戦力を減らす事ができるかも知れないが、アシモフの事である。そんな簡単にやらせてはくれないだろう。

 

それに、ガンヴォルトが戦えない可能性がある以上、弦十郎はある重要な決断を迫られていた。

 

(ガンヴォルトに下した任務…それを装者には引き継がせねばならない…)

 

そう。決断しなければならないのは国から、諸外国からも満場一致で下された、アシモフの殺害命令。

 

先程のガンヴォルトにはもうこの任務を続けさせることが出来ない。もう蒼き雷霆(アームドブルー)を使えなくなってしまったガンヴォルトにこの任務を遂行する事は不可能である。

 

だからこそ、その任務を装者へと引き継がせねばならない。大人としてその判断を下すのは間違っていると感じる一方、アシモフはもう装者にしか止められない。司令官という立場から、アシモフの目的を知った以上、止める為にもそれを装者に下さねばならないという、最悪の判断をせざるを得ない。

 

大人として下したくない。しかし、司令官の立場からして下さねばならない。

 

弦十郎はある種のジレンマを抱えてしまっている。

 

装者達に殺害を強要して良いのか?ガンヴォルトがそれを否定していた様に、弦十郎も大人としてそれはしたくない。

 

だが、司令官として、国を守る防人の要として、装者達にそれをさせねばならない。

 

どうすれば良いのか?

 

弦十郎は躊躇っていた。

 

だが、そんな弦十郎の心中を察した様に奏が言った。

 

「旦那…もうここまでなっているのに、私達にやるなとは言わないよな?ガンヴォルトはこんな状態だ。戦えるか分からない状態だ。アシモフを止められるのはもう私達しかいない…覚悟は当に決めているんだ。だからもう、否定しないでくれ」

 

眠るガンヴォルトを見守る奏。だが、その言葉からかなりの怒りが感じられる。

 

続く様に翼が言った。

 

「司令。私はガンヴォルトがこんな状態である以上、私達がそうするしかないと判断しています。防人として、もう迷っている場合じゃない。ガンヴォルトにもうこれ以上、背負わせるわけにはいかないのは分かっているはずです」

 

翼もガンヴォルトを見ながらそう言った。奏同様に言葉から怒りが見て取れる。

 

「もういい加減そっちも覚悟を決めろ。こいつばかりに背負わせるのは…これ以上今のこいつに強要するわけにはいかねぇだろ…私達は当に腹を括ってんだ…覚悟はとっくに出来ているんだ…これ以上何を迷う必要があるんだよ」

 

クリスもガンヴォルトを見ながらそう言った。

 

ガンヴォルトがこの様な状況になってしまった以上、誰かがその命を継がねばならないのは理解している。

 

「…」

 

だが、唯一殺人に反対していた響は間違いだと言いたかった。何故殺さなければならないのか?何故そうしなければならないのか?

 

しかし、現状で反対すれば、他のみんなを危険に晒してしまうと考え、口を紡いだ。

 

それに、アシモフを止めるにはそうするしかないと少しだが、響もその意見へと傾いていた。親友の未来を奪われ、恩人であり、友人であるシアンを奪われた。そして更に、響にとってシアン達と同じくらい大切な恩人をここまで追い詰めてしまった。

 

挙げ句の果てはこの世界の人類抹殺、そして別の世界の第七波動(セブンス)能力者だけの世界を作り上げる。過去の話と変わらないアシモフの野望。

 

ここまでして話し合いで解決出来るとも考えられなかった。

 

だから世界を守る為、人類を守る為、その甘さを捨てなければと考えていた。

 

弦十郎が全員の後ろ姿。もう覚悟をしているのに、自分が覚悟が足りないと自覚する。

 

もう守る為にはそうするしかない。

 

「…分かった…ガンヴォルトに下していた、アシモフ殺害の命令をお前達に下す…」

 

弦十郎は苦渋の決断をした。

 

装者達にも同様に、アシモフ殺害の命令を下す。

 

「だが、それはガンヴォルトが目を覚まし、戦えない事が確定するまでの間だ」

 

だが、それは一時的なものと付け加える。

 

弦十郎の考えた最大限の譲歩。こればかりは譲れなかった。装者達はまだ人を殺した事がない。当たり前だ。そんな事はあってはならないのだから。

 

ガンヴォルトにして欲しくないのだが、この中で唯一、その罪を背負い切れる程の精神を持っている。それも微かな希望でしかない。だが、それでも装者達にはその罪を背負って欲しくないという弦十郎の希望なのだ。

 

「…結局ガンヴォルトに頼るのかよ…」

 

奏が不満を漏らしながら言う。そして奏はガンヴォルトの手を握り、眠るガンヴォルトへと向けて誓うように言った。

 

「安心しろ…ガンヴォルト…あんたが私を助けた様に…今度はあんたが安心出来る場所を守ってやるから…あんたが目を覚ます頃には…終わらせてやるから…」

 

そして奏が手を離すと今度は翼がガンヴォルトの手を握る。

 

「あの時約束した様に…今度は私が…私が貴方の悲しみを…絶望を拭って見せる…だから…だから安心して目を覚まして…貴方が帰る場所を…貴方が戻ってくる場所を…今度は私達が取り戻すから…」

 

そう言ってガンヴォルトの手を離した翼。その後に続くよう、クリスがガンヴォルトの手を握る。

 

「あんたがあの時、居場所がない…帰る場所がないなんて聞いてムカついた…イライラした…あんたの場所はこっちにあるだろってな…だけどその反面あんたが元の世界に帰らなくてもいいって事にホッとしてる…私の我儘かもしれないけど…あんたがあっちに居場所がないのなら…こっちにいろ…帰る場所はあるって事をな」

 

そう言って三人は弦十郎の方へ向いた。

 

「私達が終わらせてやる…あの野郎を…アシモフを」

 

「ああ、ガンヴォルトの為にも…世界を守る防人として」

 

「さっさと終わらせるぞ」

 

弦十郎へ向けてそう言った三人。

 

弦十郎も三人を見て頷いた。

 

「とにかく、アシモフを今止められるのは我々だけだ。なんとしてでも止めるぞ!」

 

弦十郎の発破に三人は頷くのであった。

 

そんな中、響は未だ眠るガンヴォルトの手を握り、必ず目を覚ましてと願うのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

アシモフは偵察から帰り、操縦室で現状をウェルへと告げていた。

 

「まさか…米国政府が既にフロンティアの場所を掴んでいたなんてね」

 

「ああ、流石大国と言ったところだ」

 

「アッシュ、どうする?」

 

「やる事に変わりはない。邪魔をしているのだ。抹殺(ヴァニッシュ)以外無いだろう。だが、戦うにも少し不利だろう。海上での戦闘は、私の第七波動(セブンス)は能力の特性上、不利な戦闘になる可能性もある。そこで、駒と貴様の案を採用する。戦闘が起きれば機動二課も動くだろう。邪魔する者達には絶望を持って相対する」

 

「流石アッシュ。その判断の速さに敬服するよ。でも一つ問題があってね。その案を採用するにあたってどうやって戦わせるかが問題なんだよ。既に準備はしてある。適合率は超高濃度のLiNKERを使い、無理矢理適合率を引き上げるつもりだ。フィーネがかつて作ったLiNKERをボクが改良して問題ない。それにあの子が壊れてもこっちは痛くも痒くもないしね。だけど、あの子に戦わせる為の意思をどう持たせるかだ。生憎、僕はメンタリストでも催眠術士でもないからその辺りはどうも出来ないんだよ」

 

アシモフはウェルの言葉を聞いてその程度は問題ないと言った。

 

「その程度の事で有れば何の心配もしなくていい。奴は第七波動(セブンス)能力者でもない。ただの人形に帰る事など雑作もない」

 

「どう言う事だい?」

 

アシモフの言葉の意味を理解出来ず、ウェルは疑問符を浮かべる。

 

蒼き雷霆(アームドブルー)には別の使い方もあると言うだけだ。貴様は準備を進めていればいい。後はこっちで何とかしよう」

 

そう言うとアシモフは準備を進める様、ウェルに指示を出す。

 

「Dr.ウェルはそのまま準備に移れ。私が連れてくる」

 

そう言ってアシモフはそう言って操縦室から出るとマリア達を閉じ込めた部屋へと赴く。

 

鍵をかけた扉を開けると、マリア、切歌、調、そして未来が互いに寄り添い合っていた。

 

そしてアシモフが入ってくるのを見るなり、マリアが三人を守る様に前に立ち塞がる。

 

「アシモフ!」

 

マリアはアシモフを睨み付ける。

 

「反抗する意思を前面に出すとは…貴様達の大切な者を殺してもいいのか?」

 

そう言われてマリアは苦虫を噛み潰した様に表情を歪ませる。そしてアシモフが恨めしそうにしながらも、マリアはアシモフから目を逸らした。

 

人質を取られている以上反抗出来ないのであろう。まあどっちにしろ、人質であるナスターシャはこの世にいないのだから、その事実を知らないマリア達を見て滑稽としか思っていない。

 

「それでいい。無駄な抵抗をすれば、貴様達の大切な者を一つずつ確実に奪ってやろう」

 

そう言われ、未来以外の三人はアシモフに従うしか生きる方法がない、ナスターシャを助ける方法がないと悟り、反抗を止める。

 

「これより、我々はフロンティアの起動に移る。だが、厄介な事があってな。米国政府の犬共が既にフロンティアの存在を嗅ぎつけ、抜け駆けしようとしている。そこで貴様達にチャンスをやろう。米国政府の犬共の抹殺。そしてその場に現れる機動二課の装者達。これを始末する事が出来れば、Dr.ナスターシャに会わせてやろう」

 

「ッ!?」

 

アシモフからの提案にマリア達は身体を震わせる。

 

「…それは本当なの?」

 

マリアが疑いながらアシモフに問う。

 

「ああ。貴様達が失敗しなければ会わせてやる。約束しようじゃないか」

 

その言葉に嘘ではないかとマリア達は警戒しながらも、考える。

 

だがマリア達に拒否権など無い。拒否でもすれば、ナスターシャは愚か、切歌か調が危険な目に遭うのは目に見えているから。

 

だからマリアは頷く事しか出来なかった。

 

「分かってくれて何よりだ」

 

そう言ったアシモフはマリア達の方に歩み寄ると、マリアの後ろにいた未来の胸倉を掴み上げた。

 

「ウッ!?」

 

「貴様も奴等の絶望に役に立って貰おうか」

 

「アシモフ!その子は関係ないでしょう!?」

 

何の関係もない未来を掴み上げたアシモフにマリアが叫ぶ。

 

「人質として生かしている者をどうしようが私の勝手だろう」

 

「アシモフ!」

 

三人がそんなアシモフを見て怒りを露わにして睨みつける。だがアシモフはどこ吹く風の様にそんなマリア達に何の興味を示さない。

 

「…ふざけないでください…絶対に…絶対に貴方の様な人の好きにはさせない!」

 

そんな中、未来もアシモフに掴まれながらも睨みながらそう答えた。

 

「威勢だけはいい様だな。だが、そんな強がりなど私の前では何の意味も持たないのだがな」

 

そう言うとアシモフは未来を掴む逆の腕に雷撃を纏わせると、雷撃を纏わせた腕で未来の頭を掴んだ。

 

「キャァァ!」

 

「アシモフ!何をしているの!?離しなさい!」

 

マリアが未来を助け出そうとする。

 

「黙っていろ、Dr.ナスターシャを殺してもいいんだぞ」

 

そう言われてマリア達は動くことが出来ない。そして未来はアシモフの雷撃を暗いぐったりとした状態になると、アシモフは雷撃をやめ、未来の頭から手を離す。

 

「貴様達は奴等を始末する準備でもしていろ」

 

そう言い残して、アシモフは未来を連れて、そのまま部屋を出て行く。

 

「さあ、絶望を味合わせよう。紛い者が死に、助け出そうとする者と戦わざるを得ない絶望をな」

 

アシモフは不敵な笑みを浮かべ、気を失った未来を連れてウェルの元へ向かうのであった。



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72GVOLT

ガンヴォルトと診療所にいた女性に連れて行ったが、有事の際に療養施設を開けていなければならない為、かつて翼が入院していた病院に預けた後は、ガンヴォルトの病室に集まり、医師からガンヴォルトの容態を確認していた。

 

「ガンヴォルトは無事なんですか?」

 

弦十郎が医師へと静かに眠るガンヴォルトの状況を確認する。

 

「ええ、怪我の方に関しましても、酷い打撲や胸の傷も化膿していましたが、適切な処置をして問題ありません。内臓などもダメージがありますが、いずれ回復するでしょう。もう一人搬送された女性の方も、この方が早く見つけてくれたお陰で大事には至りませんでしたが、病に侵されているようで、適切な処置を必要とするでしょう」

 

ガンヴォルトの身体が無事な事そしてもう一人の女性の方の容態を医師から説明を受け、それを聞いて安堵する。だが、医師は続ける。

 

「しかし、身体は無事かもしれませんが、精神が危うい。貴方達から聞いた話であれば、この方は相当な精神的苦痛を受け、深い眠りに着いた状態です。普通の人であればもう目覚めてもいい頃合いですが、この方の場合、それが未だ見られない。精神的な面は未だ解明されていない事が多い為、原因が分かりません。いつ覚醒するかは私達でも見当がつきません。こればかりはこの人の精神の強さを信じるしか無いでしょう」

 

そう。身体が無事だからと言っても油断が出来ないのが現状だ。ガンヴォルトはここに来るまでに聞いたアシモフの言葉により、相当な精神的なダメージを受けている。その影響でいつ目が覚めるかは分からないかもしれない状況と説明された。

 

しかし、今はそれだけでも良かった。装者達にとっても二課にとっても大事な人物。生きているだけでも、喜ばしい事だ。

 

医師は定期的にガンヴォルトの治療を行う事を説明して、その場を後にして残された二課のメンバー達。

 

「…ガンヴォルト」

 

装者達が深い眠りについたりガンヴォルトの側に寄って、心配そうにする。

 

「…みんな…」

 

「…」

 

装者達の様子を見て朔也が何か気の利いた言葉を探り出そうとしたが、今の状況で何か言えるはずもなく、ただ沈黙するしか出来なかった。

 

あおいも同様だ。ガンヴォルトならば目を覚ます。そう言いたかったが、弦十郎から聞かされたガンヴォルトの正体。

 

偽物。クローン。

 

その言葉の重みはガンヴォルト本人にしか分からない。だが、今のガンヴォルトを見るにそれがどれほど辛く、どれほど苦しい物だと理解している。

 

だからこそ、ただ大丈夫。必ず目を覚ますと口にする事が出来ない。

 

「…」

 

弦十郎も慎次もだ。軽々しく言える問題ではないために病室は沈黙に包まれる。

 

長い沈黙が支配するガンヴォルトの病室。どのくらい時間が経過したのか分からない。

 

そんな中、装者達が動きを見せる。

 

「…行こう。この間にもアシモフは動きを続けている」

 

奏がそう言った。

 

「ああ。ガンヴォルトに誓ったんだ。目を覚ます頃には終わらせると…」

 

翼も奏に続いてそう言った。

 

「ああ。ここでこいつが目を覚ます前に終わらせる」

 

クリスもそう言った。

 

そうだ。アシモフはまだ目的の為に動き続けている。世界の崩壊をさせる為にも。

 

それを理解しているからこそ、装者達もそう言った。

 

「力になれるか分からないけど…私だって同じ気持ちです」

 

響もそう言った。

 

止めなければならない存在を野放しに出来ない。救わなければならないのなら、その元を絶たねばならない。

 

既に覚悟は決めているのだから。今まで助けられて来た分、今度は自分達がやるんだと。

 

そんな装者達を見て弦十郎頷く。

 

「分かった。とにかく、俺達は今出来る最善を尽くすだけだ」

 

そう言って全員が病室を抜ける。諸悪の根源を断つために。ガンヴォルトが目を覚ました時、もう心配いらないと言うために。

 

◇◇◇◇◇◇

 

海上を飛行する輸送機。アシモフはマリアに輸送機を運転させながら、マリアや共にいる切歌と調を監視していた。

 

マリアは協力は反対したかったが、ナスターシャ、切歌、調の命がアシモフの手に握られている以上、従う他なかった。

 

それに、未来の存在である。未来を連れてきてしまったからこそ、後悔していた。助けたつもりが、アシモフに雷撃を浴びせられ、更に今どうなったかもしれない状況になっている。

 

だが、アシモフの事だ。人として最低な行いをしているに違いない。だからこそ、マリアは未来の事を心配する。

 

だが、口に出そうものならアシモフに人質に取られた誰かに何をされるか分からない為、マリアは唇を噛み締めて口を閉じる。

 

「…マリア…」

 

そんなマリアを見て不安を駆り立てられる切歌と調。どうにかしたいと思っているのだが、二人の首に付けられた爆弾により行動に移せない。どうにかしたい。だが、アシモフに何かを気取られれば、その瞬間、切歌か調、どちらかの首に付いた爆弾を爆破、もしくはどこにいるかも分からないナスターシャが殺されるかもしれない。

 

そうなれば更にマリアを辛い目に遭わせてしまう、またマリアにとって大切な者が居なくなってしまう、悲しませてしまう。そう考えてしまい、二人も何も出来ない状況にいた。

 

だが、切歌だけは少しだけ違った。アシモフに告げられたフィーネには誰にも宿っていない事。それはアシモフの見立てであり、切歌は調と共に買い出しの時に確信していた。フィーネは自分に宿っていると。

 

何故、自分なのか。何故マリアでもなく、調でもなく、自分なのか?

 

考えても分からなかったが、今はそんな事どうでも良い。いずれ覚醒したフィーネは自身を塗り潰し、完全なフィーネになるだろう。そうなれば、切歌はマリアや調、それにナスターシャの事を忘れる。

 

切歌にとって死に近い事が近々起ころうとしている。ならば自分はどうしなければならないのか?

 

このままアシモフに命を握られたまま、アシモフの駒となり、マリア達と共にやりたくも無かった殺しをするのか。このままマリア達をそんな状況に陥らせながら、自分はフィーネになって居なくなってしまうのか?

 

あってはならない。自分が消えてしまう悲しみと共に、アシモフの言いなりになったまま殺したくもない人を殺し続け、悲しむマリアと調を見たくなんかない。

 

だからこそ、切歌は一人誓う。そんな悲しみを味合わせるのならば、自分がフィーネになってしまう前に、マリアと調、それにナスターシャをどうにかしようと。

 

例え、自分がいなくなって悲しむとしても、より深い絶望に落とされるよりはいいと考える。

 

だからこそ、自分が自分であるうちに、アシモフと言う邪悪に一人立ち向かおうと決める。勝ち目がないかもしれない。だが、隙をつけば、三人を助ける手だけだけは手に入れられるかもしれない。

 

残された時間がどれだけあるか分からないが、切歌は自分が自分で無くなる前に、それだけはやると覚悟を一人誓う。

 

そんな考えをよそに、操縦室に何処に居たのか不明だったウェルが入り込んで来る。

 

「アッシュ、調整は終わったよ。これで準備は整った」

 

マリア達など目もくれず、ウェルはアシモフにそう言った。

 

「そうか」

 

アシモフはその言葉にそれだけ返すとマリアに向けて言う。

 

神獣鏡(シェンショウジン)の迷彩を解除しろ。もうこそこそ動く必要もない」

 

マリアはただ命令通り、輸送機に施していた神獣鏡(シェンショウジン)の副次的効果の迷彩を解き、その姿を露わにさせる。

 

「隠れる必要もないって言うけど、このまま発見されて迎撃されたりしないのかい?」

 

ウェルが迷彩が解かれ露わになった輸送機の心配をしてアシモフにそう言った。

 

「安心しろ。米国政府の犬共が対空兵器を使おうと私がいる限り無力だ。それに、これからはもうフロンティアを起動させるのだ。もう隠れる必要もない。それに、奴等に見つけてもらうのが早い方がこちらとしても好都合だからな」

 

ウェルにそう向けて言う。ウェルはアッシュがそう言うならと特に気にしていない模様。

 

だが、マリア達三人はこれから始まろうとする米国政府、そして機動二課との戦争に近い戦闘を想像して、苦虫を噛み潰した様に表情を歪める事しか出来ない。

 

「私はもう逃げも隠れもないさ。本当にこれが最後になるのだからな」

 

もう目的は達したとばかりにそう言うアシモフに対して、ウェルもようやく僕は英雄になれると恍惚な表情を浮かべる。だが、マリアと調は暗い表情を浮かべる事しか出来ない。

 

そんな表情の最中、切歌だけが、ただ自身がこの男達を止めると誰にも気付かれない様、ただその機を伺うのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

二課の対策本部の潜水艦へと戻り、それぞれがアシモフの出現に備える中、アシモフとの戦闘。その手を血に染める事、そして自身が起動させてしまったソロモンの杖を止める事、その同時を出来るのか不安になっていたクリスはガンヴォルトの為に用意された部屋へと一人赴いていた。

 

ガンヴォルトは一課員であるが、ノイズとの戦闘、そして数々の任務から特例で部屋を与えられていた。

 

だが、その部屋もガンヴォルトはあまりいた事はなく、ただあるだけの存在であったのだが、それでもガンヴォルトの部屋である事が重要なクリスはそんな事はどうでも良かった。

 

ガンヴォルトの部屋に入る。潜水艦である以上、必要最低限のものしか置けない場所。その中にあるクリスはガンヴォルトの装備の仕舞われたクローゼットを開け、クリスが欲しているものを捜索する。

 

「何してんだよ…クリス」

 

不意に声を掛けられてビクッと反応するクリス。

 

声の方を向くと奏が呆れた顔で立っていた。

 

「なんだ…あんたかよ…関係ないだろ」

 

「いや、勝手に人の部屋を勝手に漁って置いてそれはないだろ…」

 

奏はそんなクリスを見て溜息を吐いてから近づく。

 

狭い部屋では逃げ場もないクリスは奏にガンヴォルトの部屋を物色して何を持ち出そうとしていたのかを見る。

 

その手に握られていたのはガンヴォルトが戦闘で使用する、特殊な弾、避雷針(ダート)の弾倉であった。

 

「何でこいつが必要なんだよ?シンフォギア装者の私達に必要ないだろ?こいつ自体そこまで威力ないみたいだし、蒼き雷霆(アームドブルー)がないと機能しないだろ?」

 

「そんなのわかんねぇだろ…あいつが目を覚ました時とか…戦線復帰したとか…いきなり来て弾倉忘れたりとかしたら危ないだろ…」

 

何処か言い訳を並べるクリス。奏はそんなクリスを見て言った。

 

「まあ、あるかもしれないな。でも、実際は少しでも寂しさを紛らわす為にあいつとの温もりが欲しかったとかじゃないのか?」

 

見透かされたように言われ、クリスは顔を赤くする。

 

「私も同じさ。ガンヴォルトが本当にいない戦闘。これまではガンヴォルトが目を覚ましていたけど…今回はあいつがいないって思うとどうしても不安になっちまうからな」

 

そう言って奏はクリス狭い部屋に用意されたベッドに腰を下ろした。

 

「それに、今回はあいつがやろうとしていた任務まで引き継いだ。不安でしょうがない…」

 

奏の真剣な話にクリスも顔の赤みを残しながらも真剣に聞く。

 

「アシモフの野郎を私達は本当に殺すことが出来るのか?本当にどうにか相手に出来るのか?今もそんな気持ちでいっぱいだ」

 

そう言う奏の手は震えているのが見てわかる。

 

「だから、その不安を拭う為に私も少しでもあいつが隣にいてくれると思うようにクリスと同じように力を貸して貰おうとこの部屋のガンヴォルトの装備の一つでも拝借しに来たんだ」

 

奏も不安なのだ。自身の手を血に染める事が。クリスと同様に。

 

「安い女かもしれないけど、ガンヴォルトの身につけていた物を持っていれば少しだけ不安が和らぐと思ったんだ」

 

そう言った奏は乾いた笑みを浮かべた。だが、そんな話をクリスは笑う事なく、ただ真剣に話を聞いた。

 

「結局、私はガンヴォルト頼みなんだ…笑えるだろ?」

 

そしてひとしきり話を終えた奏はクリスにそう言った。

 

「笑える訳ないだろ…私だってあいつが居ないと不安だ…だからこうして少しでもあいつが居てくれるようにその小さな幻想を求めて来た奴なんだからな」

 

そう言ってクリスは奏に笑みを向ける。そしての自身の持つ弾倉から一発の避雷針(ダート)を取り出してそれを奏に渡す。

 

「これくらいのもんで不安が少しでも和らぐならないよりマシだろ?」

 

そう言ってクリスから避雷針(ダート)を貰う奏。

 

「…だな…ないよりいい」

 

そう言って避雷針(ダート)を握る奏。装者として、そして同じ部屋に住む者同士、そして同じ男を好きになった者同士。もう二人の間に言葉入らなかった。

 

「…でも、避雷針(ダート)一発って…どうせなら私にも弾倉を…」

 

「これ一つしか無かったんだよ!それに万が一の時、私のアームドギアなら使えるし、私が持っていた方が良いだろ!」

 

少し二人は些細な事で言い合いになりそうだが、二人にとって少しだけ不安を和らげる効果があった。

 

「ッ!?奏!?雪音!?何故ここに!?」

 

そんな中、同じように翼も来て狭い部屋が更に狭くなり、ここでもまた一悶着あったが、そのお陰で三人の不安は少しだけ、拭え、戦いの前のほんのひと時の安らぎを得たのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

三人と別行動であった響は簡易ベッドで軽い仮眠を取ろうとしていたが、アシモフによって奪われた大切な友人と親友の心配をしていた。

 

「未来…シアンちゃん…絶対に助けるから…」

 

力を失った響ではどうする事も出来ないだろうが少しでも、その助けになろうと誓う。

 

そう誓うと共に、胸に宿るガングニールが鼓動を打つ。

 

まるで自身を使えと訴えかけるように。

 

だが、それを響は胸を押さえて否定する。

 

駄目だ。そうすれば自分が自分で無くなると言われている。そうなれば、未来もみんなも悲しむ。

 

だけど…

 

「もし…もし…本当に危なくなったら…力を貸して…ガングニール…」

 

最悪な状況なら別。

 

アシモフと言う男からみんなを救う為にも、自分を犠牲にしてでも、みんなを助けられるならと響はガングニールへと呟いた。

 

悪魔の契約に近い者だろう。だが、全てを失うくらいなら響はそれを受け入れる。装者達は覚悟したのだ。

 

だから自分も覚悟を決めよう。

 

その言葉に呼応する様にもう一度ガングニールは脈打った。



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73GVOLT

潜水艦の本部、装者達をそれぞれ待機させた弦十郎達はアシモフの居場所の捜索を行なっていた。

 

だが、七年もの間隠れ続けて殆どの情報のなかった相手の捜索は難航を極めていた。

 

だがそれでも懸命に捜索を行う。

 

これ以上アシモフの好きにさせない為だ。もうアシモフに何も奪わせない。全てを取り戻す為に。救い出す為に。

 

シアン、未来、それにアシモフにより無理矢理戦いに身を当じらせられるF.I.S.の三人とその人質の為に。

 

「…アシモフ…何処に消えた…お前だけは」

 

弦十郎もオペレーターに混じり、どんな些細な手掛かりだろうと懸命に捜索を続ける。

 

そんな中、朔也とあおいが、衛星を経由して上空から捜索をする中、一つの不審な点を発見した。

 

「…これは…さっきまで何も映ってなかったよな?」

 

「ええ…突然現れた様に見えた。それにこの高度…通常の飛行機であれば、こんな低空で飛ばないはず…」

 

それは一隻の飛行物体。現代ならば飛行機であればもっと上空を飛んでいるのに対して、余りにも高度が低い。更には突然現れた所。

 

全てが怪しい。そして更に画像を鮮明させる事により、その飛行物体、いや、輸送機を見て、見つけたと叫んだ。

 

「司令!アシモフの搭乗していると思われる輸送機を発見しました!」

 

「なんだと!?」

 

直ぐ様あおいが司令室のメインモニターに接続し、輸送機を映し出した。

 

その輸送機に初めて見る。だが、初めて見る事になろうとも、その輸送機は既に知っていた。

 

かつてガンヴォルトが入手した帳簿。その中に書かれていた購入された輸送機の(タイプ)と一致していたのだ。

 

だが、それだけの理由では弱い。しかし、此方は日本を常に影から守り続けていた組織、機動二課。情報収集は既に済ませてある。

 

アシモフが、アッシュボルトと名乗っていた際に購入した以外の作成された機体の位置は全て把握している。

 

だからこそ、今現れた機体がアシモフが使っている機体だと確信した。

 

「アシモフの奴は何処に向かっている!?」

 

弦十郎は直ぐにアシモフの行き先を探る為に朔也とあおいに問いかける。

 

直ぐ様座標とアシモフが乗っていると思われる輸送機の進路からアシモフが何処に向かうのか割り出す二人。

 

そしてアシモフを乗っていると思われる輸送機は真っ直ぐに米国政府が軍事演習を行なっている海域に向かっている事を突き止めた。

 

「アシモフの目的は昨日から米国政府が日本海域で行なっている軍事演習場に向かっています!」

 

「先日のスカイタワーで米国政府が絡んでいた事は情報で掴んでいるが、何のつもりだ?」

 

かつてのスカイタワーの件、ガンヴォルトがアシモフと戦闘の前に捕らえた男達が我が国の政府に隠れ、何かをしようとしていた米国政府の人間と既に掴んでいる。

 

だが、既に政府同士のやり取りである為に機動二課は手出しが出来ず、国防省の斯波田事務次官に任せている。

 

アシモフの事線にでも触れたのか、米国政府自体をアシモフが狙うなど何かあるのか?いや、そもそも何故今になって姿を現した?罠か?そもそもあれにアシモフが乗っているのか?

 

考えた所で何も思いつかない弦十郎はとにかく、アシモフへの手掛かりが見つかった。ならば、やる事など変わらない。

 

「アシモフ…何をしようとしているか知らんが、今度こそお前の全てを終わらせてやる」

 

そう呟くと共に艦内に召集の警報が鳴らす。

 

それと共に装者達が司令室へと集まった。

 

「旦那!アシモフが見つかったのか!?」

 

急な召集の意味を理解している装者達。代表して奏が弦十郎へと言った。

 

「ああ、どうやらアシモフの方から尻尾を出した様だ」

 

そう言って弦十郎が装者達にメインモニターを見る様に促す。

 

そこに映し出された輸送機。それにアシモフが乗っている可能性があると説明する。

 

「あそこに野郎共が!」

 

クリスはモニターに映る輸送機を見てそこにソロモンの杖を扱うウェルが乗っている、そしてガンヴォルトを苦しませ続けたアシモフが乗っているのかと睨み付けた。

 

「まだ可能性の段階だ。あの機体には完全なオートパイロットなどの機能は付いていない。その為F.I.S.、そしてウェル博士、アシモフ。誰かしら乗っているだろう」

 

「アシモフが乗っていなくとも、あれさえ奪えば、アシモフの手掛かりになる」

 

「そうすれば、未来やシアンちゃんの足取りも掴めるって事ですね?」

 

翼と響の言葉に弦十郎が頷く。

 

「だが、戦闘は避けられないだろう。F.I.S.の三人は誰かを人質に捉えられ、アシモフに戦闘を強要されている可能性が大いにある。それにウェル博士。あの男は完全にアシモフ側だ。装者同士の戦闘でソロモンの杖でノイズを呼び出し、戦闘に参加するだろう。それに、シンフォギアの出力を落とす未だ解析の終わっていないガスもある。だが、最も注意しなければならないのはアシモフの存在だ。そこにアシモフが戦闘に参加となれば劣勢を強いられる」

 

全ての戦闘に念頭を置かなければならないアシモフの存在。居ても厄介。居なくてもその存在がチラつくだけでも厄介。

 

それでいて戦闘に参加すれば、電磁結界(カゲロウ)、そしてネフィリムの心臓を介した第七波動(セブンス)。厄介極まりない。

 

「それに、奏は命を。翼とクリス君はその身をアシモフに狙われといる事を忘れるな」

 

そう。アシモフは更には狙っているものが多すぎる。それも厄介事の一つである事を装者達へと通達する。

 

「分かっているさ、旦那。だから、私達全員無事に帰るよ。ガンヴォルトと約束してるからな」

 

「私達はどんな状況でも、任務を遂行して必ず帰ります」

 

「ああ。無事に帰らなきゃ意味がない。誰か一人でも欠ければあいつに会わせる顔がない」

 

既に三人は覚悟を決めている。そこにそれ以上の口出しは野暮だろう。だからこそ、弦十郎は三人に向けて命令を下す。

 

「全員無事に任務を終わらせて無事に帰ってくる事。確実にここで終わらせるぞ!」

 

その言葉に三人は頷いた。そして三人は出撃の為に司令室から急いで出て行く。

 

唯一装者でありながら、戦えない響はそんな三人の背中を見送る事しか出来ない。

 

分かっている。自分はもう戦える状況でもないのだから。

 

「みんな…」

 

だが、もし。もしも危うい状況になるのならば、誰かをアシモフにより何かを奪われるからないなら、弦十郎の命令を無視してでも出撃すること誓いながら。

 

◇◇◇◇◇◇

 

海上を飛行中の輸送機。操縦室では米国政府からの勧告がなされていた。

 

だが、何処の国かも分からぬ輸送機。米国政府はたった一度の退避の勧告を聞かぬなら撃ち落とすと命令してくる。

 

だが、アシモフはマリアに無視する様に言って更にスピードを上げさせて海域へと侵入する。

 

そして勧告を無視したとして米国政府は輸送機へと向けて対空砲を放つ。

 

威嚇射撃などではなく、確実に撃墜する為の攻撃。

 

だが、アシモフはネフィリムの心臓を起動させて、輸送機に向けて放たれた砲撃を全て亜空孔(ワームホール)を使い、逆に対空砲を破壊する。

 

米国政府達も返された事により無線から阿鼻叫喚の声が機内に響き渡る。

 

マリアはその叫びを聞き、唇を噛み締め、切歌と調はそれを聞きたくない為に耳を塞ぐ。

 

そして無線越しからアシモフの存在を察した米国政府は救援要請を日本政府と付近の米軍基地へと出していた。

 

「さて、これで機動二課をこの地に呼び寄せる事が出来る。二課が来るまでの時間。可能な限り虐殺(ジェノサイド)を開始する。私に刃向かった者はその後の障害にしかなりえん」

 

「でも良いのかい?アッシュも話してたけど、海上であれば、アッシュの能力は扱い辛いし」

 

ウェルはアシモフの計画に賛成の様だが、アシモフの事を心配してそう言った。

 

「安心しろ。私自ら戦場へと足を運ぶのは機が来た時だ。それまではこの二人とノイズで掃討すればいい」

 

そう言ってアシモフは切歌と調へと視線を向けた。

 

「アシモフ!私が行く!だからこの子達は!」

 

「代案か?それでも良いが、そうすればこの二人は用済みで殺した後に貴様を出すだけだ」

 

非情な発言にマリアは唇から血が滲む程噛み締める。二人にそうさせない様に発言したが、それが逆に自身の首を絞める事になる事になり、それ以上何も言えなくなる。

 

「…分かった…」

 

「…了解デス…」

 

マリアの気持ちを察した切歌と調はアシモフの言う通りにするしかないとそう答えた。

 

「ッ!?」

 

「心配しないで、マリア」

 

「何れこうなったんです…もうとっくに覚悟は決めているデスよ…」

 

暗い表情の二人はマリアに向けてそう言った。マリアはさせたくなかった。二人には己が手で人を殺めてほしくなかったはずなのに。

 

マリアはそんな二人にかける言葉が見つからなかった。

 

「答えが出ている様ならば急げ。死にたくなければ殺せ。それが貴様達の生きる道なのだからな」

 

アシモフは非情な言葉を投げかける。二人は不服そうにしながらも従うしか生きる道が無く、聖詠を歌い、シンフォギアを纏った。

 

それを見たアシモフはネフィリムの心臓を起動させると二人の立つ床と海上に浮かぶ、軍艦の甲板へと亜空孔(ワームホール)を繋げると二人を送り込んだ。

 

「じゃあ僕も早速やるとしますかね」

 

ウェルもアシモフが二人を送り込んだ事を確認すると共に、ソロモンの杖を起動させるとノイズ達を甲板の上に大量に召喚させた。

 

そしてそれ確認すると共にアシモフは無線で二人へと命令を下した。

 

「貴様達に下す命令は先程と同様だ。虐殺(ジェノサイド)。米国政府の犬共を誰一人として生かしておくな。それだけだ」

 

その言葉と共にウェルがノイズを使い、攻撃を開始しようとした。

 

だが、その瞬間。命令を下したと共に米国政府の軍艦の甲板に向けて海中から何かが飛び出す。

 

飛び出した何か。

 

それは甲板に衝突する前に三つに割れて、中から何か飛び出した。

 

「想定以上に早い到着だな。機動二課」

 

アシモフはそう呟くと共に、甲板に三つの影、赤、青、黄の影が召喚されたノイズを倒しながら甲板に降り立つのを見てそう呟いた。

 

そう。アシモフの言う通り、その影の正体は機動二課に所属する装者。

 

天羽奏、風鳴翼、雪音クリスの三人であった。

 

「立花響はいない様だけど何故だろう?戦力を投下するなら今ここで出すべきだろうに?」

 

響がいない事をウェルが訝しんでいる。

 

「立花響はほぼ戦闘不能に近い状態なのだろう。かつて暴走していた事から、戦力として外している。それにあの状態になれば制御が効かん。そうなれば自滅するのが目に見えているのだろうな」

 

アシモフは自分が分析した事をウェルに伝える。それでウェルもかつての戦闘で絶唱を受け止めた際の響の状態を思い出し、納得していた。

 

「居ないならば居ないでいい。さて、私は機が来ればすぐに出る。Dr.ウェルもタイミングを見計らい、奴等に絶望を見せてやれ」

 

アシモフはそう言って、ウェルはそれに了解と返す。

 

そしてアシモフは戦況を見ながら自分がいつ出れば確実なのか樹を待つのであった。



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74GVOLT

真っ暗な空間。その中でボクは絶望という名の鎖に縛られていた。

 

ボクは本物なんかじゃ無い。本物のを模倣する記憶を持った紛い者(偽物)であった鎖。

 

帰る場所もなく、居る場所もなく、存在そのものが罪であるとばかりにボクの身体を縛りあげる鎖。

 

だけど、装者達が。奏が。翼が。クリスが。響が。ボクを必要と言ってくれた。帰る場所は無いなんて事はないと言ってくれた。それに続く様に弦十郎も慎次も。

 

その言葉がボクを縛る鎖を揺さぶった。

 

だが、絶望して心に根付いた喪失感がその鎖を強固な物に変えており、解く事などは出来なかった。

 

例え言葉での肯定。それが本心であると思っていても、深い闇に落ちたボクの奥底まで届かなかった。

 

自暴自棄になり、生きる意味を見失ったボク自身がその言葉を拒んだのかも知れない。

 

紛い者(偽物)である自分にはそんな場所は無い。居場所を作ったのは本物と信じ道化を演じていたボクであり、本物でないと知ったボクに居場所など存在しないと思い込んでしまった。

 

だから、心を揺さぶられたのに、立ち上がる事も、その場所に縋り付くことすらも拒んだ。

 

だからこそ、このまま眠りにつくのがいい。死んだ様に。

 

その虚無感がボクの身体を縛る鎖を更に苦しく巻きついてくる。痛みなど感じない。不快感もない。ただ身を任せて意識を手放す様に目を閉じる。

 

そしてボクはそのまま暗闇へと誘われる様に意識が遠のいて行くのにただ身を任せた。

 

だが、その瞬間。目を閉じた筈のボクの瞼にはシアンが思い浮かぶ。

 

(シアン…)

 

だが、シアンも偽物。ボク同様のクローンでないにしろ、記憶を刻まれたまた別の存在。ガンヴォルトを慕っていたが、それは本物であり、ボクではない。求められているのはボクじゃない。

 

だから、ボクはその蝶の存在を無視しようとする。だが、その蝶はボクの瞼から消える事はなく、ただボクの前に佇んでいた。

 

(もう消えてくれ…助けを求めるのは偽物(ボク)じゃない。本物は居るんだ…)

 

だが、ボクの思いとは裏腹に、その蝶はボクの瞼の裏に変わらず佇んでいた。

 

(消えてくれ!ボクは…ボクは本物じゃない!君の求める本物()じゃないんだ!)

 

振り払う様にボクはそう念じた。

 

いくら念じようが、いくら否定しようがその蝶は消えてはくれなかった。

 

(ボクに何を求めるんだ…紛い者(偽物)のボクに…)

 

例え求められようが今のボクでは…紛い者(偽物)のボクには何も出来る事はないと何度も自分に言い聞かす。

 

だが、そうしている中、蝶が粒子となってボクの瞼の裏に再びあの光景を見させる。

 

ボクが本物でない事を告げる。紛い者(偽物)の確証を得たあの時の夢を。アシモフが言う通り、本物でない事を告げるあの現実を。

 

(一体…君は何を見せているんだ…)

 

見たくもなかった現実を見せられた事により、更に絶望という闇に呑まれようとする。だが、その光景はいつの間にか変わっており、それはアメノウキハシの出来事に切り替わっていた。

 

ボクに刻まれた謎の記憶。本物でないのに関わらず、本物の死の間際の光景が展開させられていた。

 

そこに映し出されたのはシアンと本物のガンヴォルト。既にアシモフにより強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を撃ち込まれ、瀕死の状態の本物のガンヴォルトと事切れたシアンの姿。

 

(本物の記憶…何故かボクに刻まれた本物の記憶…)

 

謎の記憶を何故今ボクに見せる。そう疑問に思いながらも、ただボクは眺めていた。

 

「G…V…」

 

そんな中、突如ボクの耳にもう聞く筈のないシアンの声が聞こえた。シアンの身体から粒子が溢れる様に出るとその粒子が集まっていき、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の、モルフォの姿を作り出す。

 

「…そっか…私は…謡精(モルフォ)になったんだ…」

 

それはかつてシアンから聞いた本物の再誕までの光景。そしてボクに宿った電子の謡精(シアン)の記憶の再現。

 

何故今頃、ボクには関係ない記憶を見せる。何故ボクにこれを見せる?

 

そう思っていると隣から声がした。

 

「GV…貴方がこれを見ているという事は…貴方が自分自身が何者かを知ったと言う事ね…」

 

そちらに視線を移すと目の前にいたシアンの亡骸から現れた謡精(モルフォ)とは別にもう一人現れていた。

 

「…シアン…君なのか?紛い者《偽物》であるボクにこの記憶を刻んだのは…」

 

「少し違う…それに私もあの子が残した残滓。私は貴方がこの事実を知った時にそれを伝える為だけに私が残したメッセージなの…」

 

そう言ったシアンの表情はとても暗い。

 

「何で…何でなんだ!紛い者《偽物》のボクにこんな記憶を持っているんだ!何でボクが!道化を演じさせる為なのか!?紛い者(偽物)のボクに偽りの目的を持たす為なのか!?」

 

現れたシアンにボクはこの事を糾弾する。何故こんな事を施したのか?

 

「ごめんなさい…貴方にとってこの事実がどんなに辛い事なのか理解している…でも…違うの…貴方は偽物なんかじゃない」

 

「ッ!?どういう事なんだ?」

 

シアンの答えに困惑する。だったら、あの記憶は何だ?ポッドに生かされたクローンの記憶。細胞一つ一つが覚えているボクが偽物である証明の記憶。あれは何なのだと?

 

戸惑うボクにシアンは指を指す。それは倒れた本物とシアンの居る方向。

 

その方向を見ると、ボクとシアンが融合する直前の光景だった。以前シアンから聞いた、本物の再誕の光景。あれに何があるというのか?

 

ボクはただそれを見続ける。そこに映し出されたのは信じられない光景であった。

 

本物のガンヴォルトからも何か粒子のような物が少しずつ抜け出している。だが、それは形を保つ事なく、淡く、弱い光。それが少しずつだが、本物のガンヴォルトから抜け出して、消えて行く。

 

そしてシアンと本物のガンヴォルトが重なり合う事により、発された光、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力だ。そしてその光が伝播してその抜け出た粒子にも当たる。

 

そしてそこに現れたのがモルフォ同様に電子が象った本物と瓜二つ、そしてボクや本物同様のガンヴォルトの姿。

 

「ッ!?何なんだ…これは…」

 

何故突然この様な存在が現れたのか理解が追いつかないボクに対して、シアンが言った。

 

「あれが貴方…GVが死にかけた事により、その命が終わりを迎えようとして抜け出たGVの魂の一部。それが私の電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力により蘇った存在…それが貴方なの」

 

更にカミングアウトされた事に頭が追いつかなかった。

 

「あれが…ボク…」

 

「そう…貴方が何故この光景を知っているのか。何故貴方がGV同様の記憶を有しているのか。これがその答え」

 

シアンはボクに向けてそう言った。だが、結局は本物の魂から切り分けられた存在。

 

それがボクだと。そして記憶を有している理由はその切り分けられた魂が由来するのだと。

 

そして本物のガンヴォルトと融合したシアンは、そんな切り分けられ、生まれてしまった存在を見て驚きを隠せないでいた。

 

「…何で…GVの魂は身体にある…」

 

そして隣にいるシアンがボクに言う。

 

「…私にもどうしてこんな事が起こったのか分からない…電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力にこんな事まで扱えるのなんて知らなかったから…」

 

シアンはその事について謝罪した。しかし、仕方ない事である。第七波動(セブンス)は未だ未知の部分が多く残されている。だからシアンが分からなくても当然であった。

 

だが、それでも。切り分けた魂から生まれたのならば結局はクローンと変わらない。遺伝子を使い生まれたのがクローン。ならば魂を切り分けて復活した存在もまたクローン。例え、切り分けられ生み出されたのなら、本物がいるのであれば結局はただの偽物。だからボクは叫ぶ。

 

そして光景にいるシアンはそんな(ボク)を見て、放心していると漂う(ボク)は少しずつ形を保つ事ができなくなった様に再び粒子となって消え去ろうとする。

 

「ッ!?」

 

それを見た光景のシアンは焦っていた。肉体のない魂だけの存在留まることなど出来ず、消える運命にある。それは一度消えかけたシアンだから、ガンヴォルトと融合する事で(想い)を留まらせる事が出来たシアンだからこそ理解出来たのだ。

 

シアンはどうすればいいの分からなかった。自分の所為で生み出してしまったGV。その存在をどうするべきなのか。

 

だが、シアンの想いはすぐに出た。彼もまたGVなのだから救わなければならないと。自分の所為で生まれてしまったとからではない。彼もまたGVだからこそ救いたいと願ったのだ。

 

しかし、身体には既に復活したGVの魂がある。想いだけの存在の自分は別として、これ以上の魂を入れる事は叶わない。

 

必死にシアンは助ける方法を探っていた。そしてシアンのソナーが捕らえたのが、今瀕死となっている別の身体。

 

そう。それがアメノウキハシの下。皇神(スメラギ)が秘密裏に続けていたプロジェクトガンヴォルトの実験場。アシモフによって破壊された実験場にて唯一生かされていたクローンの存在。だが、ボロボロで肉体はあるが魂は無くなったその存在を。

 

どうするかなんてシアンはもう決めていた。

 

「ごめんなさい…こんな事になってしまって…でも…私の所為でこうなった以上…生み出してしまった貴方を死なせたくない!この光景の私が言ったように貴方もGVなんだから!」

 

そしてボクの魂はシアンの力によってクローンの肉体へと送られた。そうして誕生したのがクローンの肉体に、切り分けられた魂が宿り、再誕したボクと言う存在。

 

その事で再誕したボクにシアンの意識が瓦礫の中のボクを見る。

 

「…これで貴方も生きられる…でも…目の前に同じGVが現れれば…貴方は絶望に陥ってしまう…」

 

辛い現実はまだある事を自覚する光景のシアンは自分の翅から一匹の蝶を生み出した。

 

「私に出来るのは貴方に私の力と…貴方がもしこの事を知ってしまった事まで…」

 

そう言って蝶を倒れたボクへと向かわせるとボクの中へと入り、消えてしまった。

 

これがボクの中にいたシアンの正体。この光景のシアンが残した力の一部。

 

「こうするしかないの…GV同士の争いなんて見たくない…私の我儘で自己中な考えだって事も…分かってる…でも…私は二人に生きて欲しい…貴方もGVだから…」

 

そう言ってボクの前で歌い出す。その歌により、ボクの身体が電子へと変換される様に消えかける。そして大きな光を放つと共に、ボクは消えていった。

 

これがボクがこの世界に来るまでの流れ。そしてこの世界に流れ着いた真実。だけど、ボクにとってはそんな事はどうでもいい。

 

結局は自分の存在が何なのか知ったところで事実は変わらなかったからだ。

 

「…なら結局ボクは紛い者(偽物)じゃないか!本物の魂の欠片から復活しようと、本物がいる!ガンヴォルトがいるのであれば、ボクは紛い者(偽物)だ!本物なんかじゃない!」

 

そう、結果は変わらない。本物がいる。本物から切り分たられた魂の一部だろうと本物がいるのであれば、後から生まれたボクは結局は偽物だ。

 

「違う!違うよ!貴方は偽物なんかじゃない!貴方もGVなの!」

 

だがそれを否定するボクをシアンが否定する。

 

「私のせいで貴方と言う存在を生んでしまったのは申し訳ないと思ってる…でも…でも貴方も今倒れているGVも…私の所為で生まれてしまった貴方もGVなの!」

 

シアンはボクも本物だと何度も言った。

 

「違う…違う…」

 

ボクは紛い者(偽物)だ。こびり付いた思いは例え誰であろうと拭い去る事など出来ない。

 

「違わない!」

 

シアンは違うと否定するボクを否定した。

 

「貴方はどれだけ否定しても、私がそれを否定する!貴方も本物なの!偽物なんかじゃない!倒れているGVも貴方もGVなんだよ!」

 

シアンがボクを本物と言う。

 

その事が、ボクの中に木霊する。

 

違う。結局切り分けられて生まれた存在はクローン。

本物がいるのがその証拠だ。ボクはガンヴォルトじゃない。

 

「なら何で自分が何者か知ったのに誰かを助けるの!?見捨てればよかったのに何で助けたの!?」

 

それはただの気紛れだ。ボクが自暴自棄になった自分の起こした気の迷いだ。

 

「違う!気紛れでもない!それが貴方もGVの証拠なんだよ!」

 

シアンはボクの心を読んでそう叫ぶ。だがボクはそれが何の証拠になるとシアンを見る。

 

「GVだからこそ、そう行動したの!GVがGVたらしめるのは何なの!?蒼き雷霆(アームドブルー)!?姿!?違う!そんなの関係がない!GVがGVたらしめるのは(想い)なんだよ!根幹にある人を救おうとするその想い!第七波動(セブンス)能力を持つ者持たない者!平等な世界を願うその想いこそGVがGVである証明なの!」

 

シアンがそう叫んだ。

 

違うと否定しようとしても、上手く言葉が出ない。それはガンヴォルトを信じていたボク自身が本物と信じ、その記憶に引っ張られて行っていた行動に過ぎないと考えたからだ。

 

「何度でも言う。貴方もGVなの。例え貴方が偽物だと言っても…貴方はGV…私だけじゃない…貴方が流れ着いた先…貴方と親しくなった他の人も貴方が否定しようと貴方がGVと信じている…」

 

そう言ってシアンはボクに近付いて抱き寄せた。

 

「GVはGV…誰かに決められたからじゃない…誰かにその事実を聞かされようと…誰かに貴方が否定されようと、貴方が否定しようと…貴方もGVなの…」

 

ボクもGVだと肯定するシアン。ボクはその肯定に悩まされる。

 

魂から切り分けられた自分は何なのか。

 

シアンの言う通り、本物の魂の一部であるのならば本物なのか。アシモフの言う通り、本物たらしめる何かを欠如していれば偽物なのか。

 

どちらの言い分が正しいのか理解出来なかった。

 

どっちなんだ…自分は本物なのか…偽物なのか…自分の中でその事だけがぐるぐると駆け巡っていた。



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75GVOLT

「ボクは…ボクは…」

 

「偽物なんて思わないで…貴方もGV…身体が例えクローンであろうと…その(想い)は本物。切り分けられた(想い)だろうと…貴方もGVなの」

 

悩まされるボクにシアンがボクがガンヴォルトだと、ボクもガンヴォルトであると肯定する。

 

それがボクを一層悩ませる。

 

本物とは何なのか?偽物とは何なのか?

 

本物の魂を持っていれば本物と呼べるのか?肉体が例え違うとしても、その魂を持っていれば本物と言えるのか?

 

本物の魂を持っていようが、その魂は切り分けられた一部。その一部が再誕し、別の肉体に宿った場合、それを本物と呼べるのか?

 

誰かがそれを否定すればそれは偽物。誰かが肯定すればそれもまた本物。もしくは肯定派、否定派が同時に登場するとなれば、それはどちらになるのだろうか?

 

それを決めるのはいったい何なのか?

 

シアンはボクを肯定するのであればボクもまた本物本物なのであろうか?アシモフが否定しているためボクは偽物。本物が存在するからこそ、それとは別の存在は偽物なのであろうか?

 

シアンの言い分が正しいと仮定すれば、魂が本物であれば、肉体など関係なく本物。その想いに同じ根幹があるのならば本物。

 

アシモフの言い分が正しいというのならば、魂により引き継がれた魂を持っていようとガンヴォルトという存在をある意味生み出したアシモフからすれば、生み出した以外のものは全て偽物。

 

どちらの言い分が正しいのか?どちらが誤りなのか?

 

そもそも本物という基準は何を指標に決められるのか?

 

分からない。

 

どちらの言い分が正しいのか分からない。

 

本物が未だあの世界に生存している。そうなればあの世界にいる本物がガンヴォルト。

 

切り分けられたボクは本物と…ガンヴォルトと呼べるのであろうか?本物がいるのであれば、偽物と呼べる。だが、その根幹と同一の魂を持っているのならば、ボクもまた本物であるのか?

 

例え肉体がクローンだとしても同じであればクローンの肉体であろうと本物と呼べるのか?

 

分からない。

 

頭の中がこんがらがるほどの情報量にボクは答えを見出せない。

 

本物とは何なのか?偽物とは何なのか?

 

「…GV…貴方は迷うかも知れない…自分が何なのか?本物とは何なのか?偽物は何なのか?」

 

シアンはボクの心を見透かした様にそう言った。

 

「本物だよ。その胸の中に宿る思いが貴方がGVである証拠なんだから。誰に否定されてもその胸に宿る(想い)が。肉体が例え違う者だとしても、その(想い)が本物だから。貴方もGVなの」

 

シアンはそう言った。ボクもガンヴォルトであると。

 

「でも…ボクは…」

 

ボクは未だに悩み続ける。そんなボクに静かに寄り添うシアン。

 

「大丈夫だよ、GV。さっきも言った様に、例え誰かがGVを否定しようと私がその否定を覆してあげる。貴方も本物だって。貴方もGVだって。だから顔を上げて」

 

そう言ってボクの頬に手を当てて、ボクの顔を上げさせる。

 

「…ボクは…ボクは…」

 

「悩む必要なんてない…貴方もGVだよ。私が言うんだから間違いない。他にも貴方と同じ存在がいても、その存在もGV。そして貴方もGV何だから」

 

未だ答えが出ないボクにシアンは言った。あの世界にいるのもガンヴォルト。そしてこのボクもガンヴォルトであると。

 

「でも…あの世界にはGVがいる…それに帰る手段も分からない…それがGVにどれだけ苦しみを味合わせているのか分かってる…もうあの世界に帰ることが出来ない辛さがあるのは理解している…」

 

そう言ってシアンはまた悲しそうな表情を浮かべる。

そう。ボクには居場所が無い。例え本物であろうとと居場所が無いのであればボク一体何者なのか?

 

「私の勝手でそうなってしまったから…こういうのは失礼かも知れない…でもGVには絶対居場所はあるよ。あの世界じゃなくて今いる世界で…貴方が本来居た世界に帰れなくなっても、貴方の居場所は絶対に。どんなことがあっても、貴方になら今度こそ裏切られる事のない、信じられる大切な仲間が出来る筈だから。貴方が本物だからこそ、それが為せるのだから」

 

そう言われてボクの頭にはボクのことを認めてくれた装者、奏、翼、クリス、響。それに二課の弦十郎に慎次、あおい、朔也。それに共に過ごしたエージェントやオペレーターの人達。そして一課の面々。

 

「それに…GVが本物と知らなくても、貴方がどう言う人なのか知り、貴方の事を大切に思ってくれる人達が絶対に出来る…メッセージの私には分からないかも知れないけど、GVが偽物だと言っても、私が本物と言ってあげる。それに、GVが本物であるとは関係なしに、今のGVだけを知って認めてくれる人達が必ず出来る筈だよ」

 

本物だろうと偽物だろうと関係ないと言ってくれた大切な人達がいる。居場所がないと言ったにも関わらず、ボクに居場所があると言ってくれた人達がいた。それを思い出すと心が揺らぐ。あそこまで言ってくれる仲間がいたのに。本物偽物か悩んでいる必要があるのか?アシモフの言葉だけで揺らいでしまって良かったのか?ボクにはあの世界に居場所が無いと言っても、ボクにこの世界に居場所がある。

 

「貴方には私以外にも待ってくれる人達がいる…少しだけ不満だけど…今の貴方には私同様に貴方の事を大切に思ってくれる人達がいる筈よ」

 

シアンがそう言った。

 

そう言われてボクを縛る鎖が僅かながら弛んだ気がした。だが、そんなみんなをボクは裏切った。偽物と信じ、ボクにはもう何も出来ないと。期待されていたのに、その期待を裏切った。

 

アシモフを殺す事を誓い、何も為せず、幾度とない敗北を味わい、そして絶望して、挙げ句の果てに態々ボクを捜索してくれたみんなの言葉を否定した。

 

そんなボクにはもう戻る場所などない。

 

「みんなを裏切ったかも知れないと思うのは分かる。でも、大丈夫だよ。貴方がみんなをガッカリさせたかも知れないと思っていても、貴方の事をいつまでも信じて待っていてくれる筈だから」

 

シアンは言った。

 

そう言われてボクは気を失う前に聞いた数々の言葉を思い出す。

 

奏にとってのガンヴォルトは自分であると。本物か偽物かなんて関係がないと。

 

翼もだ。翼にとってもガンヴォルトは自分だと言ってくれた。自分がガンヴォルトであり、その事を否定させないとも。

 

クリスもだ。クリスは奏や翼の言う事と同様にボクがガンヴォルトであると言ってくれた。そして居場所もあると。戻ってもいい場所は存在すると。

 

響もだ。響も同様に本物か偽物かなんて関係なく、自分を必要と言ってくれた。否定するなと。ボクがガンヴォルトとして必要だと。

 

言い方が違えど、みんな同じ考えであった。

 

「全員女の子な所が少し気に食わないけど…でも、そうだよ。貴方にとっての居場所はある。帰る場所もある。存在してもいい場所がある。辛い事ばかりのあの世界じゃなく、この世界で。貴方がいなくて悲しむ人も。貴方にはあの世界じゃなく、この世界で帰る場所も居てもいい場所もあるんだよ」

 

居てもいい場所。帰るべき場所。あの世界でなくこの世界に。本当にいいのか?ボクは居ていいのか?

 

「居ていいんだよ。あの世界には貴方と同じGVがいる。あの世界で辛い目にあってばかりかも知れない…それでも、私が居る。それにどんなに辛い目にあっても貴方と同じGVならこの世界の様にいつか必ず私以外にもGVを裏切らない私以外の大切な人と巡り会う筈だよ。それに私が居る。例えどんなに辛い目に会って一人になろうとしても、私が付いてる。だから心配しないで」

 

シアンがそう言ってくれた。もう帰る世界がなくとも居てもいい場所がある。それが元の世界でなくこの世界に。

 

「そうだよ。居ていいんだよ。だからGVに聞くよ?あの世界のGVじゃなくてこの世界のGVに。貴方は何がしたい?」

 

何がしたい?何を為せばいい?

 

そう言われてボクを追い詰め、絶望に追いやったアシモフが思い浮かぶ。ボクを紛い物(偽物)と否定し続けるアシモフの姿が。

 

そう。あの世界だけじゃなく、この世界にアシモフはいる。一度あの世界のボクに殺された筈のアシモフが。何故いるのか分からない。何故この世界に流れ着いたかも分からない。

 

だが、アシモフは再び元の世界に戻り、またあの世界で皇神(スメラギ)の様に混沌へと変えようとしている。

 

そして、その為にこの世界で為そうとしているのか?ボクが守りたいと思っていた物を全て破壊し、ボクが守りたかった者を全て奪おうとしている。

 

そうだ。あの世界にはボクの帰る場所がなくとも、此処にボクの帰るべき場所がある。居てもいい場所がある。守るべき場所も、掛け替えの無い救いたい、助けたいと思った人達がいる。

 

だったらボクは何をすればいいかなど問いかけられなくとも答えは出ていた。

 

「守りたい…ボクの帰る場所を…救いたい…掛け替えの無い本当に信じられる人達を…助けたい…アシモフから」

 

ボクがガンヴォルトと信じてくれる人達を救いたい。助けたい。だがボクに力はない。アシモフを殺せる力は。蒼き雷霆(アームドブルー)が使えないボクに。

 

「それだけ分かれば大丈夫。貴方にはその力があるんだから。貴方にはそれを貫き通す意思があるんだから。例え絶望してもそれを乗り越えて立ち上がれば、貴方になら出来る」

 

シアンの言葉に呼応する様に、ボクの胸が熱くなる。まるで蒼き雷霆(アームドブルー)がボクの意思に同調する様に。脈打つ様に。力が戻るのを感じる。

 

「守りたい…皆んなを…救いたいんだ!」

 

その言葉が力を帯び、ボクの身体を縛る鎖が雷撃を纏い、溢れ出た雷撃の熱量により破壊された。

 

「それでいいんだよ。GV。貴方なら出来る。本物でもある貴方なら」

 

「ありがとう、シアン…でも少し違う。ボクはまだ本物と言う確証を持てない」

 

シアンに向けてそう言った。その言葉を聞いたシアンは少し悲しそうな表情をする。

 

だけど心配しないで。これはそう言う意味じゃない。

 

「ボクがボクを証明しなきゃならない。そしてそれを信じるために…始めなきゃならないんだ。本物にまだなれないボクが本物になる為に。ガンヴォルトになる為に」

 

その言葉と共に、シアンはボクの言葉の意味を理解して微笑んだ。

 

「ありがとうシアン。こんなボクを助けてくれて…こんなボクを救ってくれて…」

 

「気にしないで、GV」

 

そう言うと、シアンの身体が徐々に透けていく。シアンのメッセージがボクの心に届いた事により、その役目を終えた為に力がなくなったのだろう。

 

「じゃあね、GV。貴方ならもう大丈夫。貴方なら絶対に出来る」

 

「うん。絶対にやり切るよ。君が残してくれたボクに宿したシアンを絶対に助けるから。それに…いつか必ず、あの世界のボクが平穏でないのなら…君の助けにもなる…そのくらいはさせて」

 

そう言うとシアンは別れを惜しむ様に悲しそうにしたが、ボクがもう絶望に囚われていない事を安心して消えていった。

 

その残滓を見送ってボクは目を開ける。

 

そこにはもう暗闇など存在しない。蒼い雷撃により照らされ、明るくなった空間だけがあった。

 

「アシモフ…もう惑わされない…シアンが生かしてくれたこの(想い)…皆んながボクを信じてくれるから…本物になろう。…この世界のボクも本物であると証明する為に。だから…アシモフ…今度こそ…貴方を殺す」

 

覚悟を新たにボクは歩き出す。

 

みんなを救う為に。そしてボクが絶望に陥った際に助けてくれたあの声の人物の為に。仲間を救う。そしてアシモフにより無理矢理戦わせられている敵として立ち塞がるマリア、切歌、調を助ける為に。

 

そしてボクは眩い蒼い光に包まれると共にゆっくりと覚醒していった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

再び目を開けると病院と思われる場所に眠っていた。

 

どうやら、ボクは意識を失った後、弦十郎達にここまで運ばれた様だ。だが、周辺に誰の姿も見当たらない。

 

ボクはベッドから起き上がり、自分の身体を雷撃で包む。そうすると身体に出来た傷を一瞬で完治させた。

 

そしてその隣にあったボクの装備に身を包む。

 

助けるんだ。救うんだ。ボクがボクである証明をする為に。本物であると立証する為に。

 

そして近くにある通信端末を手に取るとその中の履歴を確認する。

 

それを見て既に再びアシモフ達との戦闘が目前の連絡があり、ボクは急ぎ、ある人へと連絡をする。

 

忙しい弦十郎や慎次でなく、今この時、最も素早く行動出来る人物へ。

 

『誰だ全く!こんな忙しい時に!』

 

斯波田事務次官。この国の防衛を仕切る幹部の一人。

 

「斯波田事務次官。ボクだ』

 

『この声はガンヴォルトか!?本当にテメェなのか!?』

 

斯波田事務次官がボクが本物なのかと尋ねる。

 

「ガンヴォルトだよ。ごめん、迷惑かけて」

 

『ったりめぇだ!俺もどんだけ心配したと思ってやがる!それに自分が偽物だとかふざけた事抜かして力が使えない!?何も出来ないとか言ってんじゃねぇよ!』

 

「本当にごめん…でも大丈夫。もうそんな事で惑わされない。もう絶望したりなんかしない」

 

『…どうやら、踏ん切りがついた様だな』

 

ボクの言葉で斯波田事務次官も知っているボクに戻って居ると感じ、そう言った。

 

「うん。だからお願いがある。もう既にアシモフとの戦いが始まっている。ボクもそこに行かないと行けない」

 

『分かってるんならいい。安心しろ。一課に言ってすぐにヘリを向かわせる。それよりも、本当に大丈夫か?』

 

僅かながら不安があるのだろうか?無理もない。斯波田事務次官もボクの絶望の状態を知っているからこそ、そう言っているのだろう。

 

「もう大丈夫だよ。本物か偽物かの問題も…力が使えない問題も。今度こそ終わらせるから」

 

そう言うと斯波田事務次官はボクの言葉にかつての絶望が本当にない事を理解して言った。

 

『それだけ聞けりゃ十分だ。だが、それを言った手前だ。絶対に終わらせろよ』

 

そう言って一課へと連絡してすぐにヘリを向かわせてくれる事を伝えられる。

 

『俺が出来るのはここまでだ。後はテメェと装者の嬢ちゃんに掛かってる。絶対に誰も不幸になんてさせんじゃねぇぞ!』

 

「ありがとう」

 

そう言ってボクは通信を切る。

 

「今度こそ決着をつけよう…アシモフ」

 

そう言ってボクは病室から急ぎ、退出するのであった。

 

意識不明だったボクが、出てくるのを見て慌ただしくなる院内。だが、ボクはそれに構わず屋上へと向かう。

 

もうアシモフにこれ以上好きにはさせない為に。何も奪わせない為に。

 

急ぎ屋上へ向かう最中、ボクの前に一人の女性が看護師達が一人の暴れる女性をなんとか抑えようと必死に動いている場所に出くわす。

 

申し訳ないが、急いでいる為にその場を後にしようとするが、その女性の言葉でボクは足を止めた。

 

「離して下さい!私は…私はあの子達に知らせなきゃならないのです!もう戦わない様に!あの男から離れる様に!アシモフから!」

 

アシモフ。その名を知る者は沢山いる。一課に二課。そして国防省の人間。そして諸外国の政府。だが、一般人などが多い病院にその名を知る者など限られる。

 

ボクはその暴れる女性が何者なのか知る為に看護師達が抑える場所に向かった。

 

そこにいたのはボクが絶望していた時に助けた女性。

 

「貴方は!?」

 

その女性はボクを見るなり、車椅子から転げ落ちながら縋る様に助けを求めた。

 

「ガンヴォルト!お願いです!あの子達を…あの子達をあの外道達から!アシモフとウェル博士から助けて下さい!」

 

懇願する女性。だがこの声に聞き覚えがある。かつて切歌と調が秋桜祭の時に爆弾の場所を教えてくれた人。そしてマリア達と同じ、F.I.S.の人。

 

敵であるが、ボクはその女性から助けを求められている。そしてボクを救ってくれたあの声の人物が救ってくれと願った一人だと確信して女性の手を握り、了承した。

 

「大丈夫…元からそのつもりだよ」

 

その言葉を聞いた女性はそれを聞いて安堵したのか、涙を流し、ボクへと向けて礼を言った。

 

「ありがとうございます」

 

「絶対に助けるから」

 

ボクは涙を流す女性に向けて力強くそう答えた。



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76GVOLT

斯波田事務次官が用意したヘリへと乗り込んだボクは急ぎ、アシモフと二課の戦闘する海上へと向かっていた。

 

その中に先程の女性、ナスターシャを乗せて。

 

何故ナスターシャも乗り込んだのか?初めはボクも反対であった。ナスターシャは海を漂い、疲弊していた事は回復した事を確認したが、それ以外にも病に身体が侵されており、進行を抑え完治する為にも入院が必須であった。

 

しかし、ナスターシャ切っての希望、いやお願いだ。そして、自身が無事である事をマリア、切歌、調の三人が確実に知らなければ、アシモフとウェルにより、したくもない戦闘を続けてしまうと言う事を伝えられた為であった。

 

だからボクは仕方なく同行を許可した。戦闘能力を持たないナスターシャが今から行こうとする場所に向かうのは自殺行為である。

 

「同行は許可するけど、危険な場所だ。アシモフにウェル博士、そしてノイズ。ボクは貴方を守り切って本部に連れていくのはどれほど危険なのかは理解している?」

 

「分かっています…しかし、私は行かなければなりません。あの子達はアシモフに無理矢理従わせられている。我が子の様なあの子達があの外道に道を踏み外した事をさせる前に…そんな事させてはならない為に、私が生きている事を証明して、アシモフの手から逃さねばならないのです」

 

「…分かった…でも、それでも貴方が今まで引き起こした事、アシモフと共にやってきた事の罪は償わなきゃならない」

 

「分かっています…あの子達を助けることさえ出来れば、どんな罰だろうと受け入れます」

 

ナスターシャの真っ直ぐボクを見て言った。行ってきた事がどれだけのことか理解しているからこそ、既にもう罪を償う事に向き合っている様だ。そんな人に対してボクは何も言わない。

 

「それよりも、何故貴方がその三人とは別にあの場所にいた?ボク同様にアシモフに殺されかけたの?」

 

「はい。私はアシモフによって海底に落とされた様でした…しかし、海上へと繋がり、なんとか生き長らえました…」

 

アシモフが初歩的なミスをするはずがない。だが、他者の介入によるのらば別だ。ボクもそうであったから知っている。だが一体誰なのかはボクは分からない。聖遺物に干渉するとなればシアンの様な電子の謡精(サイバーディーヴァ)の様なものなのか?それとも遠隔で妨害出来る聖遺物なのか?

 

「私はあの子に助けられました…もう聞くはずのない…会う事は決して叶わない筈のあの子に…」

 

そう言ったナスターシャの顔は懐かしそうにそしてどこか寂しそうにそう言った。

 

あの子とは誰か分からない。だが、ボクをも助け、そして助けを求めていた人物である事は察せる。

 

「あの声の人の事か…」

 

「ッ!?貴方もあの子に!?セレナの声を聞いたのですか!?」

 

ナスターシャがボクの言葉に驚きながら言った。

 

声の主はセレナと言うらしい。

 

ナスターシャの話からするにもう聞くはずがない。会う事が叶わない。その事から故人だと思われる、しかし、それは不可解な事としか言いようがなかった。死した人間の(想い)は残ることは出来るのか?この世界は分からないが、ボクの世界では、ボクがそうであった様に、肉体が無ければ消えてしまう。

 

「うん…だけど、その子は一体何者なんだ?話を聞く限り、亡くなった…そう取れる。その子が何故あんな事が…ボクと貴方を助ける事が出来たのか?」

 

「なんとなくですが…心当たりはあります…六年前、私達F.I.S.が犯した過ち、歌によるフォニックゲインを使わない完全聖遺物ネフィリムの起動実験を行っていました」

 

六年前に行われた実験。しかし、その結果は言わなくても分かった。

 

「歌によるフォニックゲインを介さない起動ではネフィリムを安定状態を維持出来ず、暴走を起こしてしまいました…初めから結果は目に見えていました…ですが、どの国よりもより優れていなければならないと言う観念に囚われていた為に、それをやらざるを得なかった」

 

聖遺物と言う力はどの国も欲し、更には他国よりも優れ、優位に立たななければならない。それがその実験を行った経緯。あまりにも身勝手な行為。

 

だが、ボク自身もそれについて何も言えない。ボク自身も自身の望む平和の為に、テロ行為に加担していたと言う事があるからだ。

 

「その結果、あの子を…セレナを死なせてしまった…ネフィリムの暴走を止める為、私達を助ける為に…絶唱を使い、ネフィリムを抑える事で救ってくれました。…ですが、抑えはしたものの、ネフィリムは完全に機能停止、基底状態にはなっていなかった為に、ネフィリムの最後の足掻きによって捕食され、セレナは亡くなってしまいました…」

 

それがセレナが亡くなった経緯。あまりにも身勝手な理由での死であり、怒りが込み上げる。だが、ボク自身がそれを怒るのは筋違いだ。ただ怒りを振り撒いたところで何も変わらないのだから。

 

それに当の本人がその事を酷く悔いている。それに追い討ちをかける様な真似をしたくはない。

 

しかし、それで亡くなったとなれば、話が少しだけ理解出来た。助けられたのはセレナの意思がネフィリムと言う器の中に未だに生き長らえていて、覚醒した事により、僅かながらにネフィリムに干渉してこの様な事を起こしたのだろう。

 

大切な家族を救いたくて。僅かに残る意思が、現状を理解して。どうにか助けたいと言う強い想いが、この事を為したのだろう。

 

だから助けよう。彼女の想いも受け継いで。彼女の大切人達を。

 

だが、ナスターシャはそんなボクの思いとは裏腹に話を続ける。

 

「…ですが、そのセレナも…亡くなったのにアシモフは利用しようとしている…」

 

「ッ!?どう言う事!?」

 

アシモフが何故亡くなったセレナを狙うのかボクはナスターシャへと聞く。

 

「…私にも分かりません…ですがアシモフはセレナの存在をどこかで知り、そして何かに使う為に生き返させると言いました…」

 

だからシアンを…電子の謡精(サイバーディーヴァ)を狙っていた。そしてネフィリムに固執していた。そしてある一つの確信を経てボクはナスターシャへと問いただす。

 

「ナスターシャ博士、セレナと言う子は適合者なのか?」

 

「はい…あの子は三人とは違い、聖遺物に適合した正規適合者です」

 

その答えでボクはある仮説が立つ。アシモフが帰る算段を持ち合わせていると答えた理由。そしてネフィリムを狙っていた理由。

 

正規適合者によるフォニックゲインの上昇による聖遺物の強化。更に電子の謡精(サイバーディーヴァ)による第七波動(セブンス)の強化。それによりネフィリムに宿した第七波動(セブンス)の力を限りなく増幅させる。そして予想ではあるが、それ以外考えられない。亜空孔(ワームホール)。自身の望んだ場所に穴を作り、移動をする事が出来る第七波動(セブンス)。そしてネフィリムによる亜空孔(ワームホール)の使用。そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)による第七波動(セブンス)の強化により隔絶された世界もを越える亜空孔(ワームホール)を作り出し、元の世界への帰還。可能かは分からないが、アシモフはこれで元の世界へと帰還するつもりだと思う。もしセレナと言う子の魂が機能せずとも、他の正規適合者を使う。アシモフが、翼とクリスを狙う理由だ。電子の謡精(サイバーディーヴァ)と聖遺物を纏う正規適合者の親和性を既に以前の戦闘で見出している。だからこそ、アシモフはセレナが失敗したとしてもバックアップとして翼とクリスを狙っていた。

 

何処までも最低な考えにボクはアシモフへの怒りが込み上げる。だからこそ、決着をつけなければならない。

 

「貴方に聞きます、ガンヴォルト…本当にそんな事がアシモフに可能なのでしょうか…電子の謡精(サイバーディーヴァ)にはセレナを生き返らせる事が可能なのでしょうか?」

 

そんな考えの中、ナスターシャがボクに対して何処か期待と不安に満ちた声で問う。

 

「…ボクはその問いに関してはっきりと答えられない」

 

ボクは一旦先程の考えを置いておき、ナスターシャの問いに答える。そう。電子の謡精(サイバーディーヴァ)になら可能なのかも知れない。実際、ボクがそうであったのだから。だが、しかし、その過程にはシアンの想いや第七波動(セブンス)の未解明な部分が含まれている。

 

そしてもう一点、生命輪廻(アンリミテッドアムニス)。死んだとしても生き返らせる事が出来る蒼き雷霆(アームドブルー)とは別の意味で規格外の第七波動(セブンス)。しかし、その力は不安定であり、生き返らせたとしても不完全な復活、ゾンビとして生き返らせるという物。かつて戦った本来の能力者であればそれは可能なのかも知れない。だが、その能力者もここにはいない。だが、電子の謡精(サイバーディーヴァ)であれば可能かも知れないが確証がない為にはっきりとは答えれなかった。

 

生命輪廻(アンリミテッドアムニス)出なくとも、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の能力でボクもどう言う原理で甦っているのか分からない。シアンの想いとそしてボクに宿る蒼き雷霆(アームドブルー)の能力因子が共鳴しての現象なのか未だ分からないのだ。

 

だから、アシモフがセレナと言う子を復活させると言うのは本当に出来るかどうかはボク自身も分からないのである。確証がないのである。

 

その為、こう答えることしか出来なかった。

 

「そうですか…」

 

ナスターシャは何処か落胆した声音でそう言った。だが、その声音の中に、何処か安堵が含まれている。

 

「…死んだ人を甦らせるなどと空想だと言う事ですね…」

 

「空想の域ではあるけど…ボク自身が何度も体感しているからどうとも言えない」

 

「いいんです…無理な事を聞いたのは私の方ですから…」

 

そして一息ついたナスターシャは再度ボクに向けて頭を下げて言った。

 

「お願いします。セレナを…居なくなったセレナを…あの子も救って下さい…アシモフはあの子を何かに利用しようとしています…死んだ者を…大切な家族を…踏み躙られたくない…あの男にセレナを弄ばれたくない…だからお願いです…あの子も…セレナも救って下さい…あの子に安らかに眠れる様…あの外道の手から解放してあげて下さい…」

 

涙を流しながら、ナスターシャはボクに訴えた。

 

ボクはナスターシャに顔をあげる様に言う。

 

「ボクは元からそのつもりだ」

 

そう。かつてのボクの様に。アシモフにいい様に利用されているのだから。アシモフは変わらない。いい様に利用して最後は始末するだろう。そんな悲しい事をさせてはならない。ボクやシアンの様にあの様な体験をさせてはならない。

 

だからこそ助けるんだと。だからこそ救うんだと。あの世界のボクがやった様に。ボクもやらなければならない。もう元には戻らないとしても、その経験を他の者にさせるわけには行かないから。

 

ボクがそう言うとナスターシャはまた涙を流し、ボクに頭を下げて礼を言った。

 

この世界にあの様な事を起こさせない。アシモフにこの世界も、元の世界も壊させてはならない。

 

「もう貴方の好きにさせない…もう何もやらせはしない…今度こそ終わらせよう…アシモフ」

 

ボクはそう呟いて次こそ決着を着ける事を決意した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

甲板の上。

 

ノイズと二課装者。そしてF.I.S.装者である切歌と調は武器を構え睨み合っていた。

 

「貴方達と戦う気はない」

 

「そっちがなくとも、こっちにはあるデス」

 

睨み合いながら翼の言葉に切歌が短く返す。

 

「お前達がアシモフにいい様に使われているのは知っているよ。だけど、アシモフはお前達が戦おうと決して約束など守らない。あの外道は何処までも道を外れているのはお前達がよく知っているだろう?」

 

「あの外道が約束を守らない可能性が高い事なんて知ってる。でも、それでも、僅かな希望に私達は縋るしかない。大切な人を失いたくない!マリアを悲しませたくないの!」

 

奏の言葉に調がそう返した。大切な人。それは人質に取られている誰かだと三人は理解している。だが、それでもアシモフが人質を無事解放させるとは絶対にないと知っている。

 

「その外道に協力する事が!一番お前達の大切な誰かを傷つける事になるんだぞ!アシモフを!あの外道を倒す以外方法がねぇんだよ!」

 

「それが貴方達が正しいと思っても!私達が貴方達と協力すれば、大切な人は帰ってくる事はない!あの外道が私達の大切な人を無事に返してくれる保証はない!だったらまだ望みがある方に私達は賭けるしかないの!」

 

クリスの言葉に調がそう答える。

 

「何故そこまで…アシモフは外道だ…それは貴方達が一番理解しているだろう…それなのに何故差し伸べた手を振り払う!何故共にアシモフから離れ、協力しようとしない!アシモフさえいなければ助けられるだろう!アシモフを殺せばどうにかなるかも知れないだろう!」

 

「それが出来れば誰も苦労しないデス!私達だってそうしたい!でも、もうそれすらも叶わないんデス!私達はお前達と戦わなきゃならない!そうしなきゃ、死んでしまう!大切な人を悲しませてしまう!そうしない為にも!私達が死んで悲しませない為にも!お前達と戦わなきゃならないんデス!」

 

翼が頑なにそうしない二人へと再度協力を要請するがそれを振り払う切歌。何故そこまで拒否するのが分からない。しかも死なない為にも。大切な人を悲しませない為にも。その意味が分からない。

 

「何でお前達はそこまでして拒絶するんだよ!何でそこまでしてアシモフに協力する!こっちは知ってるんだよ!お前達が本当はあいつの手から逃げ出したい事くらい!なのに何でだよ!」

 

クリスが二人に向けてそう言った。

 

「私達はアシモフに命を握られている…私達はもう従うしか他ないの」

 

そう言って調が自身の首元にあるチョーカーに手をやる。奏も翼も初めは何故としか分からなかった。だがこの中で唯一、アッシュボルト時代のアシモフの所業を知るクリスはその意味を知った。

 

「ッ!あの外道!こいつらに爆弾を付けやがったのか!」

 

「クリス!?本当なのか!?」

 

奏がそう聞くとクリスは肯定する。

 

「アシモフ!貴様は本当に人間か!?何故この様な真似が出来る!」

 

翼が切歌と調の置かれている状況を理解してそう吐き捨てた。

 

二人もその首に嵌められた枷がある限り、戦う他ないのだ。

 

「私達は貴方達と戦い、勝つ以外生きる方法はない」

 

そう言って調が構えた丸鋸を回転させる。切歌もそれと同時に三人へと向けて鎌を構え走り出した。それと同時にノイズ達も三人へと向けて襲い掛かる。

 

「ッ!やらねばならぬのか!?」

 

「やるしか方法はないだろう!そしてこいつらをなんとかしてアシモフを引き摺り出す!」

 

「ああ、悪いがこっちも引けないんだよ!だけど!お前達も必ずどうにかしてやる!」

 

そう三人は言うと、翼が切歌の鎌を受け止め、迫り来るノイズをクリスが打ち倒し、奏がそれに乗じて接近していた調の丸鋸を受け止める。

 

ぶつかり合う武器の音が開戦の合図とばかりに甲板の上に響き渡った。



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77GVOLT

ノイズの炭化した炭が舞い散る甲板の上では切歌と翼が剣と鎌を激しくぶつけ合い、火花を散らし、同様に調と奏の丸鋸と槍が衝突し、舞い散る炭の粉を吹き飛ばす。

 

一方クリスは絶え間なく沸き続けるノイズを処理しながらも奏と翼の援護をしながら戦い続ける。

 

「マリアを守る為!マムを守る為!お前達を捕らえ、この船の中の救えない命を私達の手でやらなきゃならないんデス!」

 

「そんな事されてたまるものか!貴方達の好きになど!アシモフの好きになど!」

 

ぶつかり合う剣と鎌の剣撃に負けじと切歌と翼は叫ぶ。

 

「五月蝿い!私達が生きる為!大切な人を守る為!私達はもうそれしか方法がないんデス!」

 

切歌にとっての戦う理由。それは大切な人達を守る為。真っ当な理由であるが、その為に関係のない人々を襲い、命を奪う理由になるのか?

 

いや、間違っている。

 

だから翼も負けじと剣を振るう。

 

「大切な者を守る為…それは真っ当な理由だ…だが!それならばアシモフに何故手を貸す!あの外道は本当に約束を守ると思っているのか!」

 

翼は切歌へと剣を振るい、切歌はその剣を受け止める。

 

「所詮は口約束であろう!それにあの外道がその約束を守ると思うのか!」

 

「約束は守らない可能性はあるかも知れない…あの外道は約束は守る確証はない…それでも!私達はあの外道の思い通りに動くしかないんデス!動かなければならないんデス!そうしなきゃ、大切な者を守れない!大切な者を取り戻す事すら出来ないんデス!」

 

切歌は翼の猛攻に耐えながらも叫ぶ。

 

助かる方法はこれしか無いと。助け出す方法はこうするしか無いと。

 

「だから!あの外道はそんな物は守らない!貴方達は良い様に使われて!裏切られて!その大切な者すら奪われるのだぞ!」

 

「そうだとしても!まだそうとなるわけじゃ無い!そうなるか分からない!でももしそうだとしても!私は!私なりに考えて行動しているんデス!」

 

切歌は翼の言葉に耳を傾けなかった。

 

「何故そこまでして!」

 

翼は苦虫を噛み潰したように表情を歪める。だが、切歌を、調を倒し、助け出さなきゃならない。そしてウェルを止め、ソロモンの杖を奪還し、アシモフを倒さなければならない。殺さなければならない。それが世界を救う為なのだから。ガンヴォルトの帰る場所を守る為なのだから。

 

「ならば此処で貴方を倒し、貴方達を救う。そして貴方の大切な者達を救う。少し荒っぽくなるが、押し通してもらうぞ!」

 

「やれるものならやってみるデス!」

 

切歌は翼の剣を弾き、鎌を三つに分かれさせるとエネルギーの刃を作り上げ、それを放った。

 

翼はそれを躱し、剣と鎌をぶつけ合った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「分かってんだろ!こんな事しても意味はない!誰かを殺せばあの野郎が約束を守らない事くらい!」

 

奏は調の丸鋸を槍で弾きながら叫ぶ。

 

「そうかも知れない!でも違うかも知れない!どうする事も出来ない!言うことを聞くことしか出来ない!私達が生きる為にはあの外道の傀儡になるしか方法が無い!人質に取られている!自分達が人質にされている!私達が言うことを聞かなければ私の大切な人が悲しい目に遭う!だったら助かる可能性がある方法を取るしか無い!例え、私達以外が悲しむとしても!私にとって大切なのは私を大切にしてくれたマリアだ!マムだ!身寄りのない私達にとって最も大切なんだ!」

 

「巫山戯るな!その可能性は絶対にない!アシモフに従っている限り無いんだよ!何度だって言う!あの外道が約束を守ると思うか!?絶対に無い!あの外道に約束を守るなんて思考は持ち合わせていない!」

 

調の丸鋸を槍で弾き飛ばし、アシモフがそんな口約束など守らないことを叫ぶ。

 

ああそうだ。アシモフは約束は守らない。決して守ることが無い。

 

「あの外道は用済みになればお前達を殺す!傀儡として生かしても決してお前達を生かすつもりなんてないんだよ!分かるだろ!あの外道が今までしてきたことを!今まで行った行動を!」

 

奏は調に向けてそう言った。

 

アシモフが起こした数々のテロ行為。秋桜祭の時にあらゆる場所に爆弾を仕掛け、数々の人の命を奪おうとした事。東京スカイタワー内での爆発とノイズによるかなりの被害の事を。

 

「分かっている!でも、さっきも言った様にそうするしか私達が生きる方法が無い!大切な人達を悲しませない様にするにはそうするしか無い!」

 

だが、調はそれを踏まえてそう叫んだ。クリスによって解明された切歌と調の首に着けられた爆弾。生きる為には、大切な人を悲しませない為には戦うしか無いと。

 

奏もその気持ちは痛い程分かる。奏も、いやこの場にいる全員が、大切な人を守りたい。大切な人を救いたいと行動している。

 

だけど奏は否定する。それは大切な人を守ろうとする意思などでは無い。そうやって生きる為に関係の無い人を殺そうとする事に対して。

 

「だったら私達が何とかしてやる!アシモフを殺してやる!だから、もうこれ以上!アシモフの言う事を聞くな!私達が必ず助け出してやる!お前の大切な人達もだ!」

 

奏は調に向けて叫ぶ。必ず助けると。アシモフを殺す事を!

 

その言葉に調は否定する。

 

「出来もしない事を口にしないで!あの男には勝てない!あの男を殺す事など貴方達に出来ない!その力がない貴方達に!出来もしない事を口にしないで!」

 

調は奏の言葉を否定して丸鋸を回転させ、氷上を滑る様に奏へと接近して丸鋸を振るう。

 

奏はそれを槍で受け止める。

 

「ああ!出来るか分からないさ!アシモフの野郎は強い!だけど!それがどうした!やってもいないのに勝てる勝てないなんて決めつけるな!やってみなきゃ分からない!やらなきゃならない!どんなに小さな可能性であろうと私達はやって見せる!やらなきゃならないんだよ!これだけはやり切らなきゃならないんだよ!」

 

そう言って受け止めた丸鋸を力任せに吹き飛ばした。

 

「くっ!?」

 

調はそのまま後退して奏を睨みつける。

 

「私達だって譲れない…大切な人を守る為!悲しませない為にも!」

 

「だったら力尽くで分からせてやるよ!そしてアシモフを引き摺り出す!ちょっと痛いが、我慢しろよ!」

 

そして奏は槍を構えて調へと向けて走り出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「切歌…調…」

 

無線越しに聞いていたマリアはやるせない気持ちになる。

 

自分の為に、そしてナスターシャを助ける為に二人がここまでしてくれている。

 

そんな中、自分は何も出来ない。二人を助けることが出来ない事をひどく悔やんでいた。

 

「全く酷い言い方だな…英雄になる筈の僕やアッシュを外道外道って…君もそう思わないかい?」

 

「別に好きに言わせれば良い」

 

無線越しに聞いていたウェルは敵装者の言葉、そして切歌と調の外道外道と言う言葉に辟易していた。

 

アシモフはそんなウェルと違い、そんな言葉を気にしていない様に言った。それもそのはず。

 

アシモフは機内から見える切歌と調が戦う現場を見ながら、考え込んでいるからだ。

 

何を考えているのか分からない。だが、マリアにとってそれがとても不気味に思える。

 

外道のやる事だ。次にどんな酷い事をするか分かったものじゃ無い。

 

「この局面、アッシュはどう見てる?正直、僕はあの二人とノイズだけじゃ役不足にしか見えないんだけど?今だって押され気味だし…正直、対人戦ならばアッシュが行けば済む話じゃなかったのかい?」

 

ウェルがアシモフへとそう言った。その言葉にマリアは苛立ちを隠せない。アシモフ達が切歌と調を無理矢理出したくせに何故その様な言葉が言えると。

 

操縦桿を握る手に力が籠る。

 

「そうだな。私が行けば簡単だろう。だが、不確定要素が残っている。奴等の使う電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力の断片。そして海上での戦い。ほんの些細なミスで痛手を負うかもしれん。だからこそ、見極めて私が行くのだ。もうどんな小さな可能性であろうと潰して確実を見出さなければならないからな」

 

「そうかい?海上だろうとあれくらいの大きさであれば大丈夫だと思うんだけど?」

 

「驕るな、Dr.ウェル。その慢心が計画を破綻させる。潰えさせてしまう」

 

アシモフはウェルへとそう言う。

 

「戦況は常に動いている。その中の勝ちを確実にする為に慎重にならなければ貴様の英雄という夢は潰える事になるのだ?」

 

そんなウェルに対してアシモフはそう言った。英雄という夢が潰えると言う言葉にウェルはアシモフの言葉にただ黙って頷いた。

 

そして暫くの間、アシモフが戦況を読みながらも機内では切歌と調の戦う海上に浮かぶ戦艦の甲板での戦いの音以外聞こえなかった。

 

しかし、戦況を見れば、マリアにでも分かった。切歌と調は圧倒的な窮地に立たされていると。

 

相手はかなりの手練れであり、対人戦にもかなり精通している。切歌と調は訓練でノイズとの戦闘しか行っていない。あまりにも経験不足であった。

 

経験の差は簡単に埋まるものではない。長い時間戦いが続けば此方が不利になる一方だ。

 

だからマリアはアシモフに言う。

 

「あの子達にはあいつらは荷が重いわ。一度撤退させるのが」

 

そう言うマリアにアシモフは撤退などさせないと言う。

 

「別に構わん。奴等が敵わん事くらい初めから織り込み済みだ」

 

その言葉に怒りが込み上げる。初めから死地に送り込むつもりです二人を出した事に。

 

「アシモフ!貴方と言う人は!」

 

マリアはそう叫ぶ。そしてそれと同時に地上でも切歌と調が丁度窮地に立たされた。

 

「頃合いだ。Dr.ウェル。貴様はノイズの操作を行ったまま、この場で待機しろ」

 

「分かった。でも何で窮地に立った瞬間に?あの子達を助ける為?」

 

ウェルの言葉にマリアも何処か期待した。まだ仲間意識があると。二人を助けようとするのかと。

 

しかし、マリアの思いはすぐに崩れ去った。

 

「いや、助けるなどと考えていないさ。ただ、戦況が傾いた。だからこそ、今出向く。Dr.ウェル。奴の準備は出来ているのだろうな?」

 

「ああ。調整も済んでいるよ。それに戦闘データもインプット済みだよ」

 

アシモフの言葉にウェルはそう言った。マリアは何のことだか分からなかったが、とても嫌な予感しかしなかった。

 

その言葉にアシモフはそうかと答えるとネフィリムの心臓を起動させて亜空孔(ワームホール)を開く。

 

「さあ、奴等に絶望を与えようか」

 

アシモフはそう言うと亜空孔(ワームホール)の中へと消えて行った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「グッ!」

 

「切ちゃん…大丈夫?」

 

切歌と調は背中合わせにしながら奏の二人に追い詰められていた。肩で息をして、不利な状況になっていた。

 

余りにも対人の戦闘経験が足りない。二人にとって翼と奏は強すぎた。

 

ノイズの様に人に襲いかかるというプログラムの様に動く訳じゃない。対人戦闘の局面によって戦法を最適な物を導き出す答えの引き出しが少ない二人にとって厄介極まりない物であった。

 

「これで終わりだ。もうこれ以上の戦いは無意味だ」

 

「もうこれで終わりにしよう」

 

翼も奏も未だ二人へと降伏する事を促す。

 

だが、二人も譲れない物がある以上、降伏するわけにはいかなかった。

 

二人が未だ構えを解かないのに対して、奏も翼は拉致があかないと大技を決めようと構える。

 

その瞬間、突如としてノイズと戦闘しているクリスの背後に穴が開く。

 

「悪いが、お遊びは此処までにしてもらおうか」

 

そしてその言葉と共に、切歌と調にとっても、奏、翼、そしてクリスにとっても最悪の敵。諸悪の根源たる存在が姿を現した。

 

「アシモフ!」

 

今までノイズの処理をして奏とクリスがアシモフが現れた瞬間に、ミサイルを取り出すと、現れたアシモフに向けて放った。

 

「クリス!」

 

「雪音!」

 

突如現れたアシモフと距離を取り、クリスの元に急いで戻った二人はクリスと共に己がアームドギアを構える。

 

「派手にやってくれるな、雪音クリス」

 

煙が舞う場所からアシモフの声が響く。

 

そして煙が徐々に晴れていくのを確認すると無傷のまま、立つアシモフの姿があった。

 

電磁結界(カゲロウ)で攻撃を無効化したのであろう。

 

あの程度で仕留められると思っていない。だからこそ、誰もがアームドギアを構え、警戒を怠らない。

 

「まあ良い。頃合いだ。そろそろ私と共にこれが相手になろう」

 

アシモフがそう言うと再び亜空孔(ワームホール)を開く。

 

そしてそこから現れた人物の姿を見て全員が驚愕に包まれる。

 

そう、亜空孔(ワームホール)から現れたのは、この場の全員が見知った人物であったからだ。

 

「小日向!」

 

「未来!」

 

三人と切歌、調は現れた未来の姿に驚愕を隠せない。何故この場に?人質としてか?三人の思考はアシモフが何をしようとしているか分からなかった。切歌も調もなぜ非戦闘員である未来をこの場に呼び寄せたのか分からなかった。だが、それでも嫌な予感しかしなかった。

 

そしてその予感は的中する。

 

未来が聖詠を歌ったからだ。

 

「Rei shen shou jing rei zizzl」

 

それと共に、シンフォギアを纏った未来の姿が。

 

「さあ、次なる絶望だ。機動二課。二回戦(セカンドゲーム)を始めよう」

 

そして局面は再び絶望へと傾き始めた。



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78GVOLT

XDやってましたが、あと少しでプレイヤーレベル200いけそうです。



二課の本部でもアシモフと現れた未来の姿を見て驚愕し、更には適合者でも無い未来がシンフォギアを纏う姿に。

 

響は未来が無事な事に一安心なのだが、それ以上の出来事に口を手で覆っていた。

 

「何で…何で未来が…」

 

救いたかった筈の未来が何故あの場所に?戦えない筈なのに何故そこに?

 

響の頭の中では常にその疑問が浮かんでは繰り返された。

 

「どう言う事だ!?未来君は適合者では無い筈!?なのに何故シンフォギアを!?」

 

響同様にシンフォギアを纏った未来を見て弦十郎がオペレーター達に問う。

 

「小日向さんの聖遺物への適合率は二課協力時に既に結果は出ています!」

 

「聖遺物への適合率は低い事は既に裏付けは取れています!なのに何で未来ちゃんが!?」

 

朔也とあおいが未来の聖遺物への適合率はないと告げ、今怒っている事があり得ないと言う。

 

「…LiNKER…アシモフにはウェル博士がいます…適合率を引き上げる事の出来るLiNKERの製造。そして我々よりも優れたLiNKERを作り出す可能性があるかも知れません」

 

そんな中、慎次が弦十郎へと言った。

 

LiNKER。

 

適合者でなければ聖遺物を、シンフォギアを起動させる事は出来ない。

 

その例外を除いて。

 

奏の様に適合率が低くとも底上げをする事でシンフォギアを纏う事を可能にする薬物。

 

だがそれはかなりのリスクを伴う。

 

奏も適合に至らなかった時の様に、身体がLiNKERを拒絶して血反吐を吐く。適合しなかった場合、良くて廃人、悪くて死亡する結果を齎す薬物。

 

「LiNKERを未来君に投与させただと!」

 

慎次が言う可能性に弦十郎は怒りを隠しきれない。下手をすれば命を可能性だってあった。

 

「アシモフ!貴様は何処まで人を弄ぶ!貴様は何処まで下劣な真似を重ねれば気が済むんだ!」

 

弦十郎は怒りのまま叫んだ。

 

「酷い…何で…何で未来がこんな事に…」

 

余りの悲惨な現状に響は嘆く事しか出来なかった。

 

モニターに映るアシモフと未来。アシモフが未来に指示を出すと未来は三人へと向けて攻撃を開始しようとした。

 

「未来!みんなは敵じゃない!仲間だよ!奏さんも!翼さんも!クリスちゃんも!」

 

だが、響の願いは届かず、未来は三人へと向けて宙を駆け、攻撃を開始した。

 

「何で…何でこんな事に…」

 

その光景を眺める事しか出来ない響は涙を流し、大切な親友と大切な仲間達との戦いが始まった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「小日向!何故私達を攻撃する!?何故貴方がアシモフの言う事を聞く!」

 

迫り来る未来が背後の鏡の様なビットからレーザーを放ち、それを三人へと向けて攻撃を開始した。

 

「おい!私達は敵じゃねえだろ!仲間だろ!こんな事は止めろ!」

 

クリスはレーザーを躱しながら未来へと叫ぶ。

 

だが未来にその声は届く事はなかった。

 

「無駄だ。その者にもう貴様達の声が届く事は無い。その者はもう意思を持たぬ傀儡だ。私の意のままに動く駒だ」

 

「アシモフ!テメェ!未来に何をしやがった!」

 

奏がアシモフの言葉を聞き、怒りのあまり叫ぶ。

 

「死にゆく貴様に答えなど必要ないだろう?」

 

そう口にするアシモフが動き出す。未来の攻撃の合間を縫う様に駆けて、翼、クリスを無視して奏へと接近する。

 

「アシモフ!テメェは絶対に許さない!」

 

奏は未来の攻撃を回避しながら接近するアシモフに向けて槍を振るう。

 

だが、アシモフは槍に意を返さずに紙一重で回避するといつの間にか握られた銃を奏の脳天へと向けて至近距離から発砲する。

 

奏はそれを間一髪で躱すものの接近したアシモフが空いた手で奏の鳩尾に向けて拳を叩き込む。

 

「ガァ!?」

 

シンフォギアを纏っていても身体が浮きそうになる強力な一撃。鳩尾から肺の中の空気を一気に押し出し、意識を刈り取ろうとする。

 

だが、それでも奏は何とか堪え、アシモフに向けて槍を振るう。だが、今度は電磁結界(カゲロウ)が発動してアシモフに攻撃が届く事は無い。

 

「貴様には電子の謡精(サイバーディーヴァ)は使えない様だな。だが、それで良い。貴様の様な半端者に初めから用はない」

 

そう言ってアシモフは奏に向けて蹴りを繰り出す。

 

奏は何とかそれに反応して、槍を盾にするが受け止める事が出来ず吹き飛ばされる。

 

そしてそのちゃんを見逃さないとばかりに未来が奏へと向けてレーザーを放つ。

 

「ッ!?」

 

奏は何とか避けようと考えるが、吹き飛ばされた事により体勢が立て直せない。

 

そんな奏へと無情にもレーザーが当たろうとする。

 

だが、その前にクリスが射線へと現れ、幾つもの六角形の結晶を生み出すと、奏へと放たれたレーザーを受け止めた。

 

「クリス!」

 

だが、受け止めたところまで良かったのだが、そのレーザーはまるでクリスの生み出した結晶をどんどんと分解していく。

 

「ッ!?何だよこれ!」

 

受け止めたクリスもその事態に戸惑いを隠せない。だがその時間で奏は体勢を立て直すことは出来た。

 

すぐ様体勢を立て直した奏はレーザーを受け止めるクリスを引っ張り、レーザーの射線からクリスを退かせる。

 

「悪い、助かった!」

 

「こっちも助かった!」

 

だが、そう言っているうちに今度はいつの間にやら大量に現れたノイズが奏とクリスへと襲い掛かる。

 

だが、取り囲むノイズも降り注ぐ無数の剣によって炭化させられた。

 

「気を抜くな!二人共!」

 

そう言って二人の近くに着地する翼。

 

「分かってる!」

 

奏もクリス己が武器を構え、アシモフ、未来へと駆け出す。

 

奏と翼がアシモフに。クリスが未来に。

 

「アシモフ!決着を貴方だけは必ず殺す!」

 

「お前だけは生かして置けない!帰る場所を守る為にも!ガンヴォルトが帰ってくる場所を無くさない為にも!」

 

「死した紛い者をまだ思うか。奴に居場所など有りはしない。クローンである奴に…作られた紛い者に居場所など初めから存在しない!」

 

アシモフが身体に雷撃を纏い、奏の攻撃を電磁結界(カゲロウ)躱し、翼の攻撃を躱す。

 

その傍、クリスも銃を構え、未来へと接近する。

 

「目を覚ませよ!おい!私達が戦う必要はないだろう!お前がアシモフの言う事に従うのは違うだろ!」

 

クリスは未来の背後に浮遊する鏡の様な物から発射されるレーザーを躱しながら、未来へ向けて叫ぶ。

 

こんなの間違っている。何故未来と戦わなければならないのか?何故アシモフの言う事を聞くのか?

 

「…」

 

しかし、未来はクリスの言葉に何の反応を見せない。まるでクリスの声が届いてない様に。

 

「こんな事をしたらあいつが悲しむだろうが!あいつが!私が!みんなが悲しいんだよ!何でこんな事をしなきゃならないんだよ!」

 

レーザーを振り切り、接近した未来にクリスは叫ぶ。だが何度叫ぼうが未来に声が届く事は無かった。

 

接近したクリスは銃撃を未来に向けて放とうとするが、クリスにとっての初めての友達。掛け替えの無い者の一人の為に、引き金があまりにも重い。

 

取り戻す為。だが、この一撃で未来を深く傷つけてしまうかも知れないという思いが引き金を重くしている。

 

だが、未来は違った。何の迷いもなく接近したクリスに自身の持つ扇の様な物を振るい、クリスを吹き飛ばした。

 

「ガァ!」

 

吹き飛ばされたクリスはそのまま何とか体勢を立て直すが、クリスに向けて未来がレーザーを放つ。

 

「ちっ!」

 

クリスは結晶の様なビットを出現させようとしたが、先程奏を助ける際にビットが分解されたのを見た為に染める側面に転がりながらもレーザーを躱す。

 

どうすれば良い?未来に攻撃をしようとすれば自身の感情が、思いが邪魔をする。クリスの言葉も届かない。クリスにはどうすれば良いのか分からない。救いたい。そうしたいが傷付ければならない。

 

切歌や調とは、マリア達とは違う。分からせる為に傷付け合うのでは無いからだ。

 

迷いが生まれたクリスはレーザーを躱しながらもどうすれば良いのか迷い続ける。

 

◇◇◇◇◇◇

 

未来の出現により、切歌と調は動けないでいた。

 

どうして助けたはずの未来が利用されている?何故味方同士であったはずなのに戦っているのか分からなかった。

 

「何で…何でこんな事に…」

 

 

調はその光景を見てそう呟く事しか出来なかった。

 

「どうして…どうしてこんな事を平然とやれるんデスか…」

 

切歌も絶望していた。こんな事の為に助けたわけじゃなかったのに。

 

アシモフとウェルは敵を追い込む事に何処までも非情な行動を取る。だからと言ってここまでするのか?何故ここまでやれるのか?

 

マリアを何処まで苦しめれば済むのかと絶望を越えて怒りが沸き立つ。

 

だが、自分達は怒りをアシモフに吐き出そうとすれば自分達が殺される。そうしてマリアをもっと悲しませる事になる。

 

だからこそ動けないでいた。

 

どうすればいい?アシモフと協力してこのまま動けばいいのか?アシモフの言う通りに動けばいいのか?

 

どうすればいい?

 

「何をしている。死にたく無いのだろう?誰も悲しませたく無いのだろう?Dr.ナスターシャを殺されたく無いのだろう?」

 

動けないでいる二人に向けて奏と翼。一人でも相手に出来なかった二人の攻撃を躱し、反撃しながらもアシモフがそう言った。

 

「貴様達に下した命令は何だ?ただそこにずっと立っている事か?ただ傍観している事か?違う。私が下したのは、虐殺(ジェノサイド)。そして風鳴翼、雪音クリスの確保だ。それすらも出来ないのか?私が出撃して、命令が終了したと思っているのか?」

 

「ッ!?」

 

二人はそう言われて動かなければならない。動かなければ殺される。そう察して武器を構えた。

 

「二人共!言う事を聞くな!アシモフの言う事を聞いても絶対に望み通りにならない!アシモフの目的はこの世界の破滅だ!この世界の人達を殺戮する事だ!言う事を聞いても意味が無い!誰も幸せにならない!」

 

「そうだ!アシモフを殺さなければ結局は二人だけじゃ無い!お前達の慕うマリアすら殺そうとする!」

 

アシモフの言葉に奏と翼が、反撃しながらもそう答えた。

 

「ッ!?」

 

二人の言葉に切歌と調は動けなくなる。結局生かされて、利用されるだけ利用され、アシモフに殺される。自分達だけじゃ無い。マリアも。ナスターシャも。

 

「世迷言だな。私はこの世界の終末から限りある命を救おうとしているだけだ」

 

「何が世迷言だ!テメェは初めからこの世界の誰一人生かそうとしていないくせによくそんな出まかせが言える!」

 

「巫山戯るな!思ってもいない事を口にするな!」

 

アシモフの言葉に、奏と翼が反論した。

 

「好きに吠えろ。それでも、奴等には残されているのはたった二つだけだ。生きるか死ぬか(デッドオアアライブ)。奴等は選択するしかないのだよ。私に縋り、生きるか。私に背き、死ぬか。そして私の手に握られた者の命を死して待つ。それしかないのだよ」

 

そう。切歌と調には生に縋らなければならない理由がある。ナスターシャを救う為。マリアを悲しませない為。そしてセレナ。アシモフが握るマリアの大切な妹を守る為。

 

どうするべきなのか?信じるべきなのか?アシモフの言葉を?奏と翼、敵の二人の言葉を?

 

だが、二人は答えを見出せない。

 

「何を迷う必要がある。救いたいのだろう?生きたいのだろう?ならばやる気を出させてやる。貴様達が動かないのであれば、三秒後どちらかの命、もしくはDr.ナスターシャの命を奪う。救いたいのだろう?守りたいのだろう?ならば動け。そうするしか貴様達が助かり、大切な者を救う方法などありはしないのだからな」

 

そう。アシモフに命を握られている以上、従う他なかった。

 

だが、それを良しとしなかったのが、奏と翼であった。

 

「そんなつもりもないくせによく出まかせが言える!自分の為にどれだけの人を傷つければ済むんだ!」

 

「貴様の様な外道がよくも抜け抜けと!」

 

奏と翼がそう叫ぶ。

 

「テメェの様な奴がいるから!その二人みたいに苦しむ!悲しむ!」

 

「貴様の様な外道がいるから!従うしかないと怒りがを!憎しみを抑えるしかなくなる!」

 

そしてアシモフの腕に巻かれたネフィリムの心臓、いや、正しくはネフィリムの心臓に巻かれたシアンを封印するギアペンダントが光り始める。

 

その光に呼応する様に、奏、翼、そして未来と戦うクリスのギアと呼応する。

 

まるで二人の言葉に呼応するかの様に。

 

「お前だけは殺さなきゃならない!」

 

その言葉に呼応する様に奏、翼、クリスのシンフォギアに、蒼い雷撃が迸った。

 

その姿を見たアシモフは舌打ちした。

 

「貴様は何処までも私の邪魔をするつもりなのだな…電子の謡精(サイバーディーヴァ)…構わん…例え貴様が封印されて尚、奴等に電磁結界《カゲロウ》を越えさせる力を与えようと、私がそれを正面から叩き潰そう」

 

切歌と調の事などもうどうでもいいとばかりに、二人を無視して武器を構えたアシモフは電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を纏う奏と翼へと強襲するのであった。



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79GVOLT

アシモフに衝突する奏と翼。

 

その傍ら、未来とクリスの戦闘も激化する。

 

アシモフとは違い、電磁結界(カゲロウ)は持たないが、クリスの防御術を破る謎の力のあるレーザーの攻撃。

 

もう考えてられない。こんな状況でもし未来が戻った時に深く心に傷を付けてしまうのなら、ちょっとばかり痛い目に遭ってでも取り戻す。

 

しかも再びの使える様になったシアンの力、電子の謡精(サイバーディーヴァ)。力の一部だろうが、もしかすればこの力が未来を助ける力になるかも知れない。

 

だからこそ、迷いは捨てる。助けたい仲間だから。クリスにとっての初めての友達だから。

 

いなければならない人だから。

 

「絶対にお前を元に戻してやる…絶対だ!少しばかり痛いかもしれないけど、許せよ!」

 

そう叫び、クリスは未来の背後に浮遊する鏡を撃ち落とす為にガトリングを取り出すと、一斉に弾丸を放った。

 

放たれた弾丸が未来に襲い掛かる。未来はそれを空中を滑る様に移動して回避するが、クリスも逃げる未来を追撃する様に砲口を移動させる。

 

だが、未来もいつまでも避け続ける訳も無く、手に持つ扇子の様な物を広げると弾丸を扇子の様な物で防ぎながら、後方の鏡の様なビットからレーザーを放ちながら、反撃に出る。

 

クリスはガトリングを掃射しながらもレーザーを躱し、接近する未来から距離をとりながら攻撃を続ける。

 

しかし、未来は扇子の様な物を防ぎながらクリスの動きに合わせ、最短距離で移動してくる為に徐々に距離を詰められる。

 

距離を詰められ、レーザーを全て躱しきれなくなった為に、何発かクリスへと掠る。

 

削られた様にシンフォギアが消える。その瞬間、まるで病院で味わった様なシンフォギアの出力の低下を感じさせられる。

 

だが、その低下は一瞬で無くなる。掠ったシンフォギアは瞬く間に元に戻る。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力により、微かな出力の低下であれば、瞬く間に修復した。

 

だが、油断は禁物だ。シアンの力がどのくらい持つのか分からない。いつ電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力が失われるか分からない。

 

だからこそ、短期決戦で済ませる必要がある。未来を助け、アシモフを殺す為にも。奏と翼の援護に回る為にも。

 

そして今動きの無い、切歌と調。この二人が動いていない今がチャンスなのだ。

 

そして完全の未来はクリスを自身の射程圏内に入った瞬間、自身が傷付くのを躊躇わず、弾丸を物ともせず、クリスへと扇子の様な物を振るう。

 

クリスはガトリングを収納し、ハンドガンサイズの銃へと切り替え、その攻撃を後方に飛んで躱し、未来の背後に浮遊する鏡へと向けて銃を乱射する。

 

数枚の鏡が直撃し、爆発した。だが、そんな事などお構いなしに未来は後方に下がるクリスへと距離を詰める。

 

だが、そんな事クリスも想定済み。

 

クリスは腰のギアから小型のミサイルを未来に向けて放ち、未来の追撃を阻止し、爆煙に包まれた。

 

直撃はしていなかった。当たる直前に背後の残りの鏡を盾にしたのが見えた。

 

直撃じゃ無くて良い。未来は煙により視界が奪われている。

 

クリスは即座に背後から巨大なミサイルを出現させて、未来を包む爆煙へと向けてミサイルを撃ち放った。

 

「痛いだろうが我慢しろよ!」

 

その言葉と共にミサイルは未来のいる爆煙に向かい、爆煙を吹き飛ばす威力の爆発。

 

至近距離であったクリスにも衝撃波が身体を襲うが、それを堪える。

 

そして爆煙が晴れた場所では、背後の鏡を失い、倒れる未来の姿。

 

気を失ったのだろうか、ピクリとも動かない。

 

そんな未来に向けて急いでクリスは近付いた。

 

あれだけの攻撃をしたんだ。いくらシンフォギアを纏っていようと、相当なダメージを負った。

 

その為に倒す為にもやり過ぎたと感じたクリスは未来の無事をすぐに確認する為に近付いた。

 

だが、それは間違いであった。

 

倒れた未来の側に近づいた瞬間、未来の身体がまるで鏡の様に割れ、辺りに破片を残すのみで姿を消したのだ。

 

「ッ!?」

 

急な出来事にクリスは硬直してしまう。ほんの少し晒した無防備な状況。

 

その瞬間にクリスの横腹にとてつもない衝撃が襲い掛かる。

 

鈍器に殴られたような鈍い痛みが、横腹に駆け巡ると共に、その衝撃を受け流す事が出来ず、そのまま吹き飛ばされた。

 

「ガァ!?」

 

そして甲板を転がる様に吹き飛ばされたクリス。

 

そして先程までクリスが立っていた場所にバチバチと雷の様な物が出現すると共に、まるでかつてのアシモフが姿を消していたものと同様に、未来の姿が現れた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「なぜあの子にあんな事が!?」

 

未来の出撃にマリアも怒りを隠せなかったが、それよりもマリアは戦闘を行った事のない筈の未来の姿に動揺を隠せなかった。

 

「別に有り得ない事ではありませんよ。神獣鏡(シェンショウジン)は鏡の聖遺物。鏡に虚像を写し、それを形取る事も出来るのですから。」

 

ウェルが動揺するマリアにそう言った。

 

「そんな事じゃない!何で…何であの子がこんな力を持っているの!?あの子は普通の子の筈よ!なのに何で!?」

 

的外れの回答をしたウェルに違うとマリアは言う。

 

マリアが言うのは未来の戦闘の事。シンフォギアを纏う事もそうだ。そして何故これ程の力を未来が持っているのかとウェルに言った。

 

「ああ。そっちでしたか。勿論、あの子自身の力じゃありません。あの子は戦闘はからっきしでしょうし、だからあの子にアッシュの戦闘方法を聖遺物を通し、インプットさせました。だからアッシュの様にあのような芸当が出来て当然なんです」

 

未来が戦闘を可能にしているのはアシモフの戦闘データ。この中で最強と言える力を持つ男の戦闘データとあらば、納得がいく。だが、聖遺物。神獣鏡(シェンショウジン)は違う。聖遺物は適合率の低い者に何の反応を示さない。それなのに何故シンフォギアを纏う事が出来ているのか?

 

「あの子には聖遺物を扱える程の適合率はありません。しかし、貴方なら分かるでしょう?適合率が低かろうとそれを底上げ出来る物がある事くらい」

 

「まさか!あの子にLiNKERを!?」

 

「そうです。それもとびっきりの物をね。所詮は使い捨てのコマに過ぎませんから、壊しても何の問題もありません。だから、あの子達に一度打ち込んだ粗悪品のLiNKERを投与してあげました。適合率が低くとも、一度だけ聖遺物に適合し得る事を可能にする物にね」

 

なんて物を作り上げてくれたんだとマリアはウェルを睨む。だが、マリアにはウェルに襲い掛かる事は出来ない。アシモフだけで無く、ウェルにも切歌と調の命が掛かっているからだ。

 

「まあ、一度だけですよ。こんな事が可能になるのは」

 

ウェルがそう言った。どう言う事だ?とマリアは思ったが、口に出さず、ウェルが次の言葉を発するまでただ待つしか出来なかった。

 

「言ったでしょう?使い捨てだと。あんな物投与すれば一時は聖遺物を適合したとしても、その絶大な力と引き換えに、投与したものは死亡する可能性がある。それ程強力なのですよ。よくて廃人ですかね。LiNKERにより内部を、そして精神を」

 

「この外道が!」

 

ウェルの言葉にマリアは激昂する。

 

そんな物を未来に使ったのか。そんな物を戦いには程遠かった人に投与したのか。人間のやる事ではない。悪魔の所業。アシモフもウェルも悪魔と言う言葉でしか言い表せなかった。

 

「外道だろうが、英雄になれば何の関係もないんですよ。この国にはこんな諺があります。勝てば官軍、負ければ賊軍。勝てば何をしても良い。英雄になれるのであればその過程の犠牲は仕方のない事なんですよ」

 

同じ人間と思えないウェルの発言に対してマリアは睨み返す事しか出来ない。

 

しかし、それを招いたのはマリア自身である事に変わりない。間違った事はしていない。助けたいから助けた。

 

だが、その結果。アシモフに利用された。

 

やる事為す事が全て悪手となっている。

 

誰か助けて欲しい。この悪魔達の手から。ナスターシャを救い出し、切歌を、調を、そしてセレナを。自分は良い。自分以外をこの悪魔達の手から救い出して欲しいと願う他なかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「クリス!」

 

「雪音!」

 

奏と翼はアシモフとの戦闘中、クリスが吹き飛ばされたのを見て動きを止めた。

 

だが、その瞬間、奏は雷撃を纏う拳に殴り飛ばされた。

 

「ッ!?奏!」

 

「余裕も無いのに余所見とは呆れたものだ」

 

アシモフの言葉が耳に届くと同時に、翼に向けて銃弾が放たれた。剣で何とか防ぐものの、その隙に接近していたアシモフに奏と同じ場所まで蹴り飛ばされた。

 

なんとか体勢を立て直し、再び武器を構えるが、劣勢のまま。クリスも同様に立ち上がって未来と対峙しているが、肩で大きく息をしている。

 

奏も翼も、アシモフの電磁結界(カゲロウ)を無効化出来る様になったからとは言え、アシモフにまともな一撃を与えられていない。

 

戦況は依然としてアシモフ達の有利な状況。そして更には彼方にはまだ動いていないが、切歌と調がいる。

 

もしアシモフの言葉に耳を貸し、アシモフに耳を貸そうものなら勝機が更に掴めなくなる。

 

だが、それでも。奏も。翼も。クリスも武器を構える。勝機が蜘蛛の糸の様な細い物なのかも知れない。どんなに細かろうと掴まねばならない。掴み取らなければならない。守るべき人達がいる。救わなければならない世界がある。そして、守り続けなければならない場所がある。ガンヴォルトの為にも。ガンヴォルトが入れる場所を残す為にも。

 

戦わなければならない。勝たなければならない。

 

だからこそ、諦めるわけにはいかないのだ。

 

「絶望の中、勝ち目のない戦いをまだ続けようとするのか?」

 

アシモフが何処までも折れない奏、翼、クリスを見てそう言った。

 

「勝ち目がないなんて誰が決めた…誰がお前に敵わないと決めた!」

 

奏が叫ぶ。

 

「敵わないなんて貴様に決める権利なんて無い!貴様がどれだけ私達よりも強かろうと!どれだけ卑劣な手を使おうと必ず殺す!私達の手で!」

 

翼も叫んだ。

 

劣勢など関係ない。それを越えなければならない。隔絶した実力があろうとそれを壊さねばならない。

 

どんなに劣勢だろうと。敵わないと決めつけられようと関係ない。

 

「己の底に気付かず吠えるなどナンセンスだ。敵わないと知りながらも戦う。敵わない癖に口だけは一丁前に出来ない事を口にする。本当に呆れる。貴様達が敵わないのは必然だ。決めつけるのでは無く当然のことなのだよ。貴様達とは場数が違う。越えた死線が違う。何もかも違うのだ」

 

アシモフは奏と翼を冷たい視線で見ながらもそう言った。

 

場数が違う。越えた死線が違う。そんな事関係ない。戦いに自身の自慢を持ち込んで何が言いたい。そんな事で絶望すると思うのか?戦意が喪失すると思っているのか?

 

「お前が決めつけるなって言ってんだよ!」

 

「貴様に何を言われようと関係ない!」

 

そう叫び、アシモフに再び駆け出す。

 

「何度でも言ってやるさ。貴様達が勝てる見込みなどありはしない。決めつけなどで無く必然だと。突き付けてやろう。貴様達が私に敵わないと言う摂理を。貴様達如きが私に敵うと錯覚するその意思を。実力を持って知らしめよう」

 

その言葉と共にアシモフは更に自身の雷撃を強化して身に纏う。

 

「風鳴翼、雪音クリス。貴様達は必要だから生かす。だが、天羽奏。貴様には凄惨な死をくれてやろう」

 

その言葉とともにアシモフの身体が一瞬で奏の前に移動していた。

 

「ッ!?」

 

「安心しろ。既に紛い者がいる。それに貴様だけで無く、その他大勢も貴様の後を追う事となる」

 

そう言ってアシモフの拳が奏へと振われる。

 

「奏!」

 

翼は奏へと駆け寄ろうとしたが、間に合わず、奏も何とかしてアシモフの拳を躱そうとしたが動けず、奏への鳩尾に拳が叩き込まれた。

 

「ガァ!」

 

更にアシモフは奏へ拳を叩き込むと同時に拳から雷撃を放ち、奏を吹き飛ばした。

 

甲板を一直線に吹き飛ばされ、壁に激突した。だが、アシモフは止まらない。ネフィリムの心臓を起動させる、穴を奏と自身の近くに開け、その穴から奏を引き寄せた。

 

「生きているのであれば、確実に殺す」

 

アシモフは奏にトドメを刺そうと動けずに持ち上げられた奏の脳天に銃口を突きつけた。

 

翼は阻止しようとアシモフに向けて小剣を取り出し、投擲する。

 

しかし、アシモフはそれを奏を盾にして受けた。

 

「ガァ!」

 

小剣が奏の腕へと突き刺さり、奏は痛みで声を上げる。

 

「奏!」

 

「考えも無しに助けようとするからこうなる。助ける為の行動が裏目に出る」

 

アシモフは翼を見ながらそう言った。翼自身も自分の行動で奏を傷つけてしまった事に動きを止めてしまう。

 

更に、

 

「どうやら彼方も終わった様だな」

 

アシモフは満足そうにそう言う。アシモフの視線の先、そこには地面に倒れ、シンフォギアを纏っているがほとんどがボロボロにされたクリスの姿が。

 

そしてその奥には未だ健在する未来の姿が。



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80GVOLT

司令本部でメインモニターには米国の甲板の上にアシモフにより戦闘不能近くに追い詰められた奏、未来により追い詰められ倒れるクリスの姿。そして唯一残った翼も奏を盾にするアシモフによって攻撃を封じられている。

 

非常に不味い状況。アシモフは奏を殺そうとしている。だからこそアシモフの手中にいる奏はとても危険な状態だ。

 

弦十郎は頭をフル回転させて救出方法を模索する。急がなければ奏が死ぬ。

 

そうさせてはならない。

 

だが助ける為の人員はあの場には翼しか残されていない。奏はアシモフにより戦闘不能近くまで追いやられ、クリスも何故か敵対する未来により奏と同じく戦闘不能に近い。

 

敵はアシモフ、それに未来、未だ動かない切歌と調。更には取り囲むノイズ。翼一人では荷が重い。

 

どうすれば良い?

 

翼一人に打開させるべきなのか?だが、その可能性も限りなく低い。奏、翼、電磁結界(カゲロウ)を越える事を可能になった二人を無傷で抑えるアシモフ。更に、クリスをも戦闘不能近くに追いやる未来の存在。今は動いていないが、切歌と調がアシモフと共に攻め始めればどうにもならない。

 

打開出来る道筋が見当たらない。

 

自分が出ることも考えたが、ノイズと言う聖遺物、シンフォギア、第七波動(セブンス)を持たぬ者にとっての最大の脅威がある以上、下手に動けない。

 

どうすれば良いのか。

 

弦十郎は奏を殺されまいと必死に頭を回転させるが妙案は一向に思いつかない。

 

早くしなければ。何かないか?何か打開出来る案はないか?

 

弦十郎は焦りながらも考える。

 

どうすれば良い?どうすれば全員救える?

 

考えるが何も思い浮かばない。

 

そんな必死に考える中、ただ一人、覚悟を決めた様に動く者が一人だけいた。

 

響だ。

 

響はもう限界とばかりに扉へと走っていた。

 

「どこへ行く!響君!」

 

走り去ろうとした響に弦十郎は言う。

 

「もう限界です…もうこれ以上見ていられません…奏さんが傷付いているのに…クリスちゃんが傷付いているのに…翼さんが傷つくかもしれないのに…未来があんな姿にされて…未来がこんな事をさせられているのも…これ以上誰かを傷つけるのを…もうこれ以上黙って見ることなんて出来ません!」

 

響は叫んだ。

 

「戦える力があるのに!守る為の拳があるのに!これ以上誰かが傷付いていくのを黙ってなんて見過ごせません!」

 

「分かっている!我々だって同じ気持ちだ!だが、響君は戦えない!戦える力はあるが、それは絶唱以上の諸刃の剣!もしまたガングニールを!シンフォギアを響君が纏えば響君は響君じゃなくなるかもしれないんだぞ!」

 

響には戦える力がある。弦十郎は分かっている。だが、それ以上にその力を再び使えばもう人ではない何かになってしまうかも知れない。人に戻れなくなるかも知れないと考えている。

 

だからこそ、響にそう言った。

 

「そうかも知れないです!でも、このまま黙って見ていろって言うんですか!?最悪の結果になるかも知れない現状をただ黙って見続けるんですか!?私はそんなの嫌です!もう誰も居なくなって欲しくない!もうこれ以上誰かを悲しい目に合わせたくない!もうこれ以上、悲しい結末になんてさせたくない!」

 

響は叫んだ。

 

響の気持ちは痛い程分かる。この場の誰もが誰一人かけてはならないと思っているからだ。だが、響を出して良いのか?

 

響が出れば現状は変わるかも知れない。結果が変わるかも知れない。その考えは希望であり、打開ではない。

 

響に宿るガングニールがいつ響の侵食を終えるか分からない。いつ響が人ならざる者になるか分からない。もしかすれば今回の戦いではなんとかなり、みんなを助け出せるかも知れない。だが、本当にそうなるかは疑わしい。

 

アシモフという最悪の敵がいる以上、そうなる可能性が限りなく低くさせる。

 

弦十郎は何とか響を待つ様説得するが、響も一歩も引かない。

 

だが、こんな事をしている場合でもない。いつアシモフが動くか分からない。いつ未来が動くか分からない。切歌と調が動くか分からない。

 

最悪の選択をしなければならないのかも知れない。

 

だが、それで良いのか?司令としては誰かを犠牲にしてでも救わなければならない。だが、大人としてそんな事をしてはならないと必死にそれを押さえ込もうとする。

 

本当にどうすればいいのか?どんな選択が正しいのか?どんな選択をすれば全員が無事に帰って来る事が出来るのか?

 

そんな選択は存在するのか?もう最悪の選択をするしかないのか?

 

響を説得する語気がどんどんと勢いを失くしていく。

 

「だが、響君は本当にそれでいいのか?響君が出てアシモフと対峙して、みんなを救えたとしても…響君はもう人で無くなっているかも知れないんだぞ?」

 

「そうかも知れません…でもそうじゃないかも知れません!まだ決まった訳じゃない!私がガングニールを使い続ければ人じゃ無くなるかも知れません!でもそんなのやってみないとわかりません!やってみないと何も変わらない!何も救えない!未来も…奏さんも…翼さんも…クリスちゃんも…ガンヴォルトさんも!」

 

響は涙を流しながら自身の想いを弦十郎へとぶつける。それだけ響の意思は固い。響の大切な親友、友人、そしてガンヴォルトの為。

 

「…」

 

みんなを救いたい。助けたいのは弦十郎も同じだ。だが、許可を出す事はその助けたいと思う響を失うかも知れない可能性が付き纏う。

 

どうすればいい。もう時間がない。

 

「…友里、藤堯…響君がシンフォギアを纏った場合…侵食が進んでももう時間は分かるか?」

 

弦十郎は覚悟を決めた。最悪の選択と分かっている。だが、これ以上悩み続ければ全てを失う。だからこそ決めた。

 

「…通常の出力のシンフォギアであれば、今までの戦闘の結果から十分程は大丈夫の可能性があります……しかし、可能性であって確実じゃありません…」

 

「相手にアシモフ、そして敵装者二名…それに小日向さんがいる…戦いが激化すれば自ずと適合率が上昇し、侵食を早めます…」

 

辛そうに二人がそう答えた。響を犠牲にしたくない。だが、そうしなければ何も救えない。誰も助からない。

 

苦渋の決断と分かって居ても、納得出来なくとも、方法がない以上、誰も弦十郎の下そうとする判断に何も言えなかった。

 

「響君…最低だと言ってくれて構わない…俺は君を死地に送り込もうとしている…だが、そうする他無い…不甲斐ない俺のせいで君に残酷な未来を歩かせようとしている…」

 

「違います!最低なんかじゃない!残酷なんて事はないです!あそこは死地でも何でもないです!まだそうと決まった訳じゃありません!確定した訳じゃありません!もうそれが決まった事にするなんて師匠らしくない!」

 

響は最低な選択ではないと叫んだ。

 

「私がガングニールを!シンフォギアを纏って、人じゃなくなる可能性はあるかも知れません…でも!それはもう確定した事にするなんて間違っています!」

 

「響君…」

 

「結果はそうなるかも知れない!でも!それがいつ確定すると決めたんですか!?誰がもうそうなると決めたんですか!?何もしていないのにそうなると決めつけるなんて間違っています!」

 

響はまだ決まった訳じゃないと叫んだ。

 

「時間はないかも知れない!私が私じゃなくなる可能性があるかも知れない!でも!確定なんてして居ない!必ずそうなると決まった訳じゃない!どんなに小さな可能性だろうと!どんなに低い確率だろうと!そんなもの乗り越えて見せます!」

 

響が叫んだ。確定して居ないと。決まった訳じゃないと。まだ可能性があると。

 

どんなに極小な可能性だろうとやり遂げると言った。

 

覚悟は出来ている。みんなも助けると言い放つ響。そして危険なかけだろうと掴み取って必ず無事に帰ってくると。弦十郎はもうそれ以上否定はしなかった。

 

「勝算は?」

 

「どんなに小さかろうとこの手で掴んで見せます!」

 

響は拳を握ってそう言った。

 

「…なら、約束してくれ…絶対に帰ってくると…絶対に響君のままでここに戻ってくると…」

 

弦十郎はそう言うと響は力強く頷いた。

 

「…ならば頼む…響君…みんなを救ってくれ…」

 

頭を下げる弦十郎に対して響は力強く言葉を返した。

 

「絶対に戻ってきます!未来も!奏さんも!翼さんも!クリスちゃんも助けて!」

 

そして響は助ける為に急いで司令室から出て行った。

 

「絶対に…帰ってくるんだぞ…」

 

弦十郎はそう呟くしか出来なかった。

 

最悪の選択かも知れない。だが、方法がない以上響に賭けるしかなかった。

 

ここでアシモフを止めなければ何もかも失うのだから。

 

◇◇◇◇◇◇

 

調はただ黙って戦いを見ることしかできなかった。

 

だが、このままこの状態を続けていれば、アシモフの反感を買い、何をされるか分からない。最悪殺される。

 

今二人がそうなっていないのはアシモフが奏と翼と戦闘しているから。だが、それも既に終わっていた。

 

いや、戦いにすらなっていない。アシモフはたった一人で二人を完全に抑え、圧倒した。

 

アシモフが持つ電子の謡精(サイバーディーヴァ)を封じたギアペンダント。それがアシモフを無敵にしていた電磁結界(カゲロウ)を封じる様に力を貸し与えた様に見受けられたが、地力が違いすぎた。

 

電磁結界(カゲロウ)がなくともアシモフは難なく二人の攻撃を受けず、無傷で奏を無力化し、更には奏を盾に翼も無力化した。

 

そして未来。アシモフとウェルにより何かを施され、アシモフのいいなりになった未来はもう一人の装者、クリスをたった一人で無力化した。まるでアシモフの動きを思い起こさせる様な動きを見せて。

 

何故その様な事を未来が出来るか二人にとっては分からない。何故、未来にあんな事が出来たのだと。

 

考えても答えなど出ない。

 

だが、それにより、アシモフの思い通りに事が進んでいる。アシモフにより計画が完遂しようとしている。

 

それは世界を救う事を意味する。

 

だが、本当にこんな事で世界が救われて良いのか?

 

誰かを犠牲にするしか無い救済と調も理解していた。

 

だが、こんな事で世界を救えて良いのか?

 

アシモフにより傀儡にされ生かされたままで。助けたかった筈の未来を虐殺の為に操り、無理矢理こんな事させているのに。

 

「…間違っている…」

 

アシモフのやっている事は間違っている。世界を救う為、関係のない者を救済出来ないからと言って殺す事も。そして関係の無い未来を巻き込んで、自分の思い通りにさせる事も。

 

アシモフに切歌と共に命を握られ、ナスターシャを助ける為に従っていた。

 

それが間違いだと。

 

助けたいのは変わらない。

 

だが、こんな事で助けるのは違う。

 

助かるにはこうしかなかったと自信が考えを放棄していた事を後悔しながら、自分が間違っていたと考えを改める。

 

だからこそ、どうすればいいのかなど身体が勝手に動き始める。

 

死は恐ろしい。だが、その死よりも恐ろしい生が待っているのであれば抗おう。

 

許されないなど分かっている。だが、それでもアシモフによってもし生かされたとしても、生かされた場合、死よりも残酷な未来があるのならば、抗おう。

 

他社にどんなに凶弾されるかなんて分からない。だが、アシモフにより死よりも辛い生があるのであれば、切歌やマリア、ナスターシャが苦しむ様な世界であれば、変えなければならない。

 

例え、自身が命を落としてでも。

 

「ごめん、きりちゃん」 

 

「調?」

 

調は切歌にそう言ってアシモフへと接近した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

アシモフと対峙する翼はどうすればいいのか分からず、動けないでいた。

 

未来と対峙したクリスは倒れ、奏もアシモフに掴まれた状態。

 

はっきり言ってどうやってこの状況を打開すればいいのか思い付かなかった。

 

ガンヴォルトに誓った筈なのに。必ずアシモフを殺すと誓ったのに。

 

電磁結界(カゲロウ)を越える為にシアンが囚われながらも力を貸してくれたのに。結果はこの様。奏はアシモフに殺されかけ、未来にクリスを倒された。

 

目も当てられない状況にまでなっている。

 

全て終わらせるとガンヴォルトに誓ったのに。

 

「こちらも急ぐとしよう。あれもいつまで持つかわからぬからな」

 

そう言って傷付いた奏にアシモフは今度こそ奏に止めを刺すべく銃を脳天へと突き付けた。

 

「奴と共に地獄(デッドエンド)で待つがいい」

 

そう言ってアシモフの指に力が入る。

 

だがそれよりも前に、アシモフに向けて、丸鋸が襲いかかった。

 

「どう言うつもりだ?」

 

電磁結界(カゲロウ)が発動して一度動きを止めたアシモフが丸鋸の放たれた方向を見てそう言った。

 

そこにはアシモフに向けて接近する調の姿。

 

翼もその攻撃に驚く。何故、敵対していた筈の調が、攻撃したか分からなかったからだ。

 

「こんな事間違っている!誰かを無理矢理従えて救う事も!マリアとマムを助ける為に自分の考えを放棄して貴方に従っていた事も!間違っていた!」

 

調がそう叫んだ。

 

「何が間違っているだ。貴様はただ己の死を早めただけだ。死にたいのであれば死ね」

 

アシモフはそう言って奏にとどめを刺そうとした。そして奏を殺し、調をも殺す為に動こうとした。

 

だが、それよりも早く、近くの海上、アシモフの立つ甲板の背後の海面が大きく盛り上がり、何かが飛び出してきた。

 

そしてその何かは大きな火を吹いて一気にアシモフの元へと接近した。

 

「やらせません!」

 

響だ。

 

止められて居たはずのシンフォギアを纏った響の登場に翼は驚く。

 

だが、アシモフは止まらなかった。響が接近するのであれば一瞬でも早く奏を始末しようと引き金を引こうとする。

 

だが、響の登場により一瞬だがアシモフの引き金を引くタイミングを遅らせた。

 

その瞬間を翼は見逃さず、同じく小剣を取り出すと投擲した。

 

アシモフにでなく、アシモフの影に向けて。

 

アシモフは自身に向けて攻撃ではないと直ぐに判断すると、迫り来る響を迎え撃つ為に、そして再び裏切った調を殺す為に、奏をすぐに殺そうと引き金を引く。

 

だが、アシモフの指は引き金を引く事はなかった。

 

「ッ!?貴様もか!」

 

かつて慎次によって体験した影縫い。それがアシモフはどう言う原理かは未だ分かっていないが、それが大きな隙となった。

 

その隙に響が接近し、アシモフに向けて拳を放つ。

 

電磁結界(カゲロウ)が発動しようとしたが、奏、翼、クリス同様にアシモフの腕にあるシアンの力、電子の謡精(サイバーディーヴァ)電磁結界(カゲロウ)を無効化し、アシモフの身体を捉えた。

 

そして奏を残し、アシモフは響の拳をまともに受けて、殴り飛ばされて甲板を転がった。

 

「もう誰も傷つけさせやしない!もう誰も悲しませたくなんか無い!今度こそ終わらせます!」

 

力なく倒れようとする奏を抱え、登場した響はそう叫んだ。



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81GVOLT

切歌は調の行動を見て動揺する。

 

何故今になってアシモフを裏切るのか?何故死にゆく真似をしようとするのか?だが、調の行動は自身が隙を見てやろうとしていた行動。

 

アシモフの隙を伺い、どうにかして自分が犠牲になろうとも調とマリア、ナスターシャ。セレナを救う為に起こそうとしていた行動。

 

だが、今じゃ無い。今はタイミングが違う。

 

調の予期せぬ行動に切歌はどうして今なのだと奥歯を噛み締める。

 

何故調がその役を担う必要がある?その役は自分だ。自分は何れフィーネにより存在が消える。だからこそ自分が自分で居られる間に、アシモフからどうにかしてみんなを助けたかった。

 

だが、それも調の行動によって水の泡だ。このままじゃ自分だけじゃ無く、調も、マリアも、そしてナスターシャも殺される。

 

だが、そんなことはどうでもいい。水の泡だろうが、自分の思いが破綻しようが関係ない。調が動いてもやるべき事は変わらない。

 

いかにして調もマリアもナスターシャも殺されず、助ける事が重要だ。

 

だが、自分ではアシモフをどうにも出来ない。アシモフの電磁結界(カゲロウ)を越える事は出来ない。電子の謡精(サイバーディーヴァ)と呼ばれた少女の力を持たない切歌にはアシモフをどうする事も出来ない。

 

だからどう言う行動を取るべきか?調の様に切歌も賭けに出た。

 

信じて貰えない事など承知だ。だが、調だけでも救うべく、切歌も行動に出るのであった。

 

調の行動でアシモフが気を取られ、更には響の登場で戦況が僅かに傾く。

 

そして切歌はアシモフが其方に気を取られている隙に、未来へと接近し、クリスを捕獲しようとする未来を止めた。

 

「ッ…テメェは!?」

 

戦闘不能に追いやられ、打つ手なしの状況に突然として現れた切歌にクリスは戸惑った。

 

「…私の事はどうでもいいデス…助けなくてもいいデス…でも…調とマリア…それにマムを助けて下さい…」

 

倒れるクリスは突然の切歌の懇願に戸惑いを隠せなかった。

 

何故急にそんな事を言い始めたのか?何故急にアシモフを裏切ったのか?訳が分からない。

 

だが、それでもクリスにとってはそんな事は些細な事であった。かつてのガンヴォルトが自身に手を差し伸ばしてくれた様に。自分も救いを求められれば救わなければならないと思ったからだ。

 

クリスは軋む身体を無理矢理でも立たせる。そしてクリスの思いに呼応する様にシアンの力が、電子の謡精(サイバーディーヴァ)がクリスの身体を少しずつだが癒し、活力を与えてくれる。

 

「お前も遅いんだよ…間違っていると分かっている事に気付くのが…」

 

かつての自分がそうであった様に。

 

「ああ、助け出してやるよ…全員!」

 

思いを奮い立たせ、クリスは立ち上がり、今最も危険な人物であるアシモフに向けて銃を構えた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「立花!?助かりはしたが、どうしてシンフォギアを纏った!?」

 

響へと駆け寄る翼は現れた響にそう叫ぶ。翼の言う様に、響はシンフォギアを纏えばガングニールを侵食され、人ではいられなくなる。

 

「翼さん!今そんな事を言っていられる場合じゃありません!」

 

奏を翼に託した響がそう言った。確かに、響の言う通りだ。響が登場しなければ奏はあのままどうなったか分からない。いや、最悪殺されていた。

 

そしてもう一人の功労者であり、先程まで戦っていた筈の調の方を向く。

 

「何故今になってこちらを助けた?」

 

翼は調に対して言った。

 

「…私が間違っていた…許されないと分かっている…糾弾されても構わない。だけど、その精算のためなんかじゃなくて、自分がやっていた過ちを…その間違いを正したい…大切な者を取り戻す為に…こんな外道と手を組んだのが間違いだったと…こんな事が自分の掲げた正義じゃ無い事を…」

 

「…それを信じろと?」

 

翼は先程までに調と切歌達と戦ってきた故に、何処か疑う様にそう言った。

 

「翼さん!」

 

だが、そんな翼に響が言う。

 

「調ちゃんは奏さんを助けてくれたんですよ!?それに危険を顧みず、こんな事をしてくれたんですよ!」

 

響にそう言われ、翼は調に謝罪する。

 

「すまない…だが本当に信じていいのか?」

 

翼の言葉に調は頷いた。

 

「もうあの男…アシモフの思い通りには動かない…」

 

そう言う調に翼は調にもう敵対の意思がない事を察した。

 

だが、大きな問題があり、すぐさまアシモフに目を向ける。

 

調が裏切った事により、アシモフは調、更には切歌を殺そうとする。二人の首にはクリスより知らされた爆弾が未だ健在している。

 

そして見た先のアシモフは雷撃を纏い、怒りをあらわにしながら、立ち上がる姿。

 

「こんな奴等を生かしておくのが間違いであった…既に見切りをつけておくべきだった…ああ、何故私は何度も選択を間違える…こんな事なら初めから生かしておくべきでなかった…駒などと考える事ではなかった…」

 

雷撃がアシモフの感情を表す様にどんどんと強くなっていく。

 

ぶつぶつと呟くアシモフはアシモフはリモコンの様な物を取り出す。翼も響もその瞬間、動き始めていた。

 

あれが何なのかは既に予想出来る。それは調と切歌の首に付けられた爆弾の起爆装置。だからこそ走った。

 

調を、切歌を殺されまいと。

 

翼と響は何とか駆け出すが、アシモフとの距離が遠すぎる。間に合わない。

 

その瞬間、駆け出す翼と響の間を二人よりも早く何かが通り過ぎ、アシモフの持つスイッチを弾き飛ばし、破壊した。

 

「ッ!?」

 

一瞬、何が起こったかは分からなかった。だが、通り過ぎた何かに翼と響はある人物の無事を知る事になった。

 

クリスだ。

 

クリスが遠距離からアシモフを追撃したのだ。

 

だが、未来により戦闘不能に追い込まれ、危険の筈だ。どうやって?

 

アシモフを警戒しつつ、クリスの方もを向くと、未来を抑えつつ、切歌がクリスの代わりに未来と戦っていた。

 

「切歌ちゃん!?」

 

「切ちゃん!?」

 

響は切歌の行動に嬉しさを感じ、調も切歌が調同様に動くのを見て驚いていた。

 

風向きが変わるのを感じた。戦況を変えるかもしれない風が。

 

かと思われた。

 

「調子に乗るなよ!無能力者風情が!」

 

アシモフが怒りを露わにし、先程までよりも更にドス黒く、身体を震え上がらせる様な殺気を放った。

 

「本当に邪魔ばかりしてくれる!無能力者は生かす価値などありはしない!」

 

ヒリヒリと肌で感じる殺気に先程までの勢いが殺されていく。

 

そして先程まで切歌が抑えていた筈の未来がアシモフの殺気に反応し、切歌を押し離すと、アシモフが亜空孔(ワームホール)を開いて未来を近くまで呼び寄せた。

 

「未来!」

 

そして並び立つアシモフと未来。響は未来に向けて叫んだ。

 

何でそちら側にいるのだと。アシモフに協力するのかと。

 

だが未来は何も答えない。言葉を発しない。

 

「未来!私達は敵じゃない!仲間だよ!その人は仲間じゃ無い!世界を破滅へと導く悪者だよ!」

 

響は再度未来に呼びかけるがやはり何も答えなかっ

た。

 

「未来!」

 

「お前の声もあいつに届かないのかよ…」

 

「どうすれば未来を元に戻せる…」

 

響が未来に声を掛け続ける中、クリスが奏を支えながら、響と翼に並び立つ。

 

「お前らは何か知らないのかよ…元に戻す方法を」

 

そしてクリスは少し離れたところにいる切歌と調に問いかける。これ以上アシモフと宣言した二人にもそれを聞く。

 

「こっちだってそれを知ってたら直ぐにでもあの人を戦闘から遠ざけたいデス」

 

「助けられるなら助けたい…」

 

だが、二人にも対処の方法が分からない様である。

 

「無駄だ。これにはもう貴様の声すら届きはしない。何度言葉を投げかけようと見向きもしない」

 

呼びかける未来に変わってアシモフがそう答えた。

 

「いくら声を掛けたところで貴様達の声は届かない。届きはしない。そう言う暗示だ。そう言う様に施した」

 

「未来になんて事を!」

 

響は未来に施された事を怒り、アシモフに叫ぶ。

 

だが、奏だけ、暗示と聞き、僅かながらに未来を取り戻せるかも知れないと考えた。それはかつての奏自身の事もあるからだ。

 

かつてフィーネにより操られた奏。それを脱する方法をかつて体験したからこそ、奏は未来を取り戻せる可能性があると感じた。

 

シアンがここにいる。そしてシアンが力を貸してくれている。もしかしたら未来を助ける事が出来るのかも知れない。

 

あくまで可能性という形であり、確証は経ていない。だが方法が他にあるわけでもない。

 

「響…なんとかなる方法はある…シアンがここに居る…響がいる…それならなんとかなるかも知れない…」

 

「本当ですか!?奏さん!?」

 

「確証はない…でも…シアンがいて…響の思いが…本当に助けたいという思いが、シアンが未来を助ける力を与えてくれるかも知れない…」

 

奏はそう言った。

 

「アシモフは私達がどうにかする…」

 

「奏!身体は大丈夫なのか!?」

 

翼がその言葉を聞き、奏へと聞いた。奏は先程の交戦でアシモフにボロボロにされている。だからこそ、再びアシモフとの戦闘が出来るとは思わなかったからだ。

 

「大丈夫だよ、翼。今はシアンがくれた力である程度回復した…それよりも時間がないんだろ…私達はともかく、響がシンフォギアを纏っているなら早いところ未来を救い出して、アシモフをどうにかしなきゃならない」

 

クリスから離れ、槍を構える奏。

 

「…分かった。立花。小日向を頼むぞ。雪音も行けるか?」

 

「私はもう大丈夫だ。それよりもこいつ同様に、アシモフをどうにかしなきゃ行けない奴らも残ってる。さっさとやるぞ」

 

そう言ってクリスは少し離れたところにいる切歌と調を見た。

 

アシモフと決別した二人。だが、その首には未だ爆弾が付いている。アシモフをどうにかしなければこの二人も救えない。

 

「二人は行けるか?」

 

翼の言葉に切歌と調は頷く。

 

「お前達も立花をサポートしながら小日向を頼む。電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力がない以上、そちらに行ってもらうしかない」

 

「私達がなんとかアシモフを足止めして見る。だから、二人共、響を頼む」

 

奏の言葉に全員がそれぞれの武器を構えた。

 

「何をしようと無駄だ。貴様達は死から逃れられん」

 

そう言ってアシモフはネフィリムの心臓を今まで以上の出力を放出させ、亜空孔(ワームホール)を今まで以上に出現させた。

 

「Dr.ウェル。貴様がF.I.S.を始末しろ。私は立花響、そして天羽奏をこの手で殺す!」

 

アシモフがそう叫ぶと共に、アシモフは大量に出現させた穴へと、未来もそれに続く様に別の穴へと入り込むと、響達に襲いかかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

切歌と調がアシモフを裏切る行動を見ていたマリアは何故こんな事になっているのかと狼狽えていた。

 

切歌と調は何故今裏切ったのか?未だ危険が付いている。首の爆弾。アシモフにより取り付けられた枷。

 

「死に急ぎたい様ですね。あの子達は」

 

ウェルは二人を見てそう言った。

 

確かにウェルの言う通りだ。だが、切歌と調も考えも無しにこの様な行動を起こしたとは考えられない。

 

二人の行動はマリアにも読めなかった。

 

アシモフの手から逃れたいと言う思いはマリアも理解出来ている。しかし、それはこのタイミングなのか?と思う。

 

もうこれ以上、アシモフは二人を生かしては置かないだろう。

 

マリアの想像通り、アシモフと敵対する二人も殺害対象に入れられ、殺されかけるが、クリスの銃撃でなんとか起爆装置を破壊することに成功する。

 

それに加え、響の出撃。戦況が変わるかも知れない。助かるかも知れないと希望を抱き始める。

 

だが、それを見事に跳ね除ける程の殺気が離れているマリアにも感じられた。

 

やられる。切歌と調が。大切な家族が。

 

そしてアシモフが殺害対象を絞り、ウェルに二人を殺す様命令を下した。

 

「任せてよアッシュ!必ず二人を殺すから!アッシュは思う存分暴れてくれよ!」

 

嬉々として喜ぶウェルがアシモフと同様に起爆装置を取り出した。

 

その瞬間、マリアはそうはさせないと操縦をオートパイロットにするとウェルへと飛びかかった。

 

「させない!」

 

「ッ!?」

 

起爆装置の取り合いでマリアとウェルは機内で争う。奪わせない。もうこれ以上、誰も傷つけさせない。

 

マリアは機内でウェルに二人を殺されない様にウェルから起爆装置を奪う為、生身でウェルと戦うのであった。



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82GVOLT

甲板が無数に開けられた穴から放たれるレーザーにより削れていく中、無数のレーザーを掻い潜りながらも他の穴から奇襲を仕掛けるアシモフを追う奏、翼。

 

だが、アシモフは巧みに駆使して無数に開けられた穴を使い、確実にこちらを仕留めに来ているが、クリスが加勢した事により、先程とは変わり、なんとか持ち堪えられている。

 

穴から穴へと入り、自身の位置を常に優位にある状況を作り続けるアシモフ。それをサポートする様に未来がレーザーを放ち続ける。

 

だが、それを阻む様に未来の攻撃を予見した響、切歌、調が、未来を追いかける。だが、未来は穴へと入り込んだり、クリスとの戦いで見せた様に姿を消す。

 

だが、姿を消した所でアシモフとは違い、未来の放つレーザーに僅かながら溜めが入る為、位置の特定は可能であった。クリスの時の様に、近距離での戦闘でない為に対応が出来ている。

 

しかし、それでも厄介である事には変わりない。

 

未来もアシモフがネフィリムの心臓を使い作り上げた穴を介して三人を翻弄し続ける。

 

切歌と調は未来の攻撃を躱しながらも接近するが、穴へと逃げ込まれ、距離を離される。だがアシモフが下した殺害命令。いつ死ぬかも分からない状況だが、何もせずに殺されるくらいなら一矢報いる為に、協力をしてアシモフを倒す。

 

今死なないのは、マリアがどうにかしているおかげだろう。マリアには悪い事をしてしまった。怒られるかも知れない。だが、死んで仕舞えば元も子もない。だからこそこアシモフという呪縛から抗う為に戦う。

 

だが未来を捉える事が出来ない。それもそのはず。この中でその理由を知るのはアシモフのみ。アシモフの戦闘に行動をインプットさせたからこそ、未来はアシモフと同じ様な行動、更にはそれに遜色のない動きが取れている。

 

だが、アシモフ以外それを知る余地もない。

 

アシモフと未来に翻弄されながらも必死に抗う。

 

だが戦況は依然として有利なのはアシモフと未来。第七波動(セブンス)がその優勢を左右している。

 

蒼き雷霆(アームドブルー)亜空孔(ワームホール)を軸にした戦い。その他にも残光(ライトスピード)翅蟲(ザ・フライ)爆炎(エクスプロージョン)生命輪廻(アンリミテッドアムニス)。まだアシモフにはそれが残されている。その第七波動(セブンス)を警戒しながらもどうにかアシモフを、未来を捕捉しようと動き続ける。

 

だが捉えきれない。無数にある穴は法則性があるわけではなかった。一度使えば穴を消し、新たな物を生み出し続ける。

 

「ちょこまか逃げやがって!」

 

奏が、アシモフに槍を振り下ろすが新たに生み出した穴に入り込んで、別の場所へ移動している。未来の放つレーザーを躱し辿り着いたとしても、直ぐに距離を取られる。

 

まるで嘲笑うかの様に。

 

今の状況で何とかなっているのはクリスのお陰だ。クリスが遠方からのサポートがあるお陰で何とか戦況が保たれている。

 

勿論、アシモフもクリスが鍵であると分かっている為、クリスを狙っているが、クリスはアシモフの奇襲を何とか躱し、翼がそのサポートをしながら何とか保たれている様な物。

 

だが、こちらとしては時間がない。

 

こうしている間にも響の纏うシンフォギアの大元である聖遺物、ガングニールが侵食を進めている。いつ人で無くなるか分からない状況。それに未だアシモフの命令を下したウェルが切歌と調を殺すか分からない状況。

 

その均衡が崩れた瞬間、敗北する。ガンヴォルトが守りたかった物を守れなければ勝った所で意味はない。

 

「どうした?殺すのではなかったのか?助けるのではなかったのか?」

 

そんな焦りを見透かす様にアシモフがニヤリと笑う。

 

「貴様達は誰も救えんさ。私に勝つことが不可能だからだ。何故分からん。貴様達が電磁結界(カゲロウ)を突破しようと私との力の差が変わった訳ではない。貴様達は死ぬのだ。奴の様に!ガンヴォルトを語る紛い者同様に!」

 

ガンヴォルトの死を告げたアシモフ。何も救えないと言う様に。装者達が絶望する様に放つガンヴォルトを模した紛い者の死。

 

絶望を与える為に放った一言。知らぬだろう。どことも分からない海底で死んでいるガンヴォルトという存在を。

 

装者達が最も信頼し、頼っている存在の死を語り、終わりにしようとアシモフは装者達に告げた。

 

切歌と調は知っていた為に、もうその助けを期待出来ないと。

 

だが、奏は、翼は、クリスは、響はそのアシモフの言葉を物ともしない。

 

「既に見切りをつけていたのか…」

 

アシモフはその死を受け入れたからこそ、少し詰まらなそうにそう言った。

 

しかし、奏がそれを否定した。

 

「見切りなんてつけてないんだよ!勝手にガンヴォルトを殺した事にするんじゃねぇ!ガンヴォルトは死んでない!」

 

奏がそう叫んだ。

 

「いいや、死んださ。私がこの手で殺したさ。第七波動(セブンス)を使えぬ様、強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を打ち、そして例え何があろうともう復活も出来ないよう海底へと送り込んだ。今頃奴は水圧で身体を潰され原型すら分からない海の藻屑と化している。期待した所で変わらない。死んだ事実は変わりはしない」

 

アシモフはそう言って心を折ろうとした。だが、全く変わらない。何処までもガンヴォルトが生きていると言う妄想に縋り付く姿に笑いすら起きない。呆れてしまう。

 

「何処までその妄想を信じるのだか…奴は死んだ…もうこの世に残骸と奴が残した戦いの痕跡、そして貴様達に刻んだ記憶以外残っていない!」

 

そう言ってアシモフが穴を介してクリスの前へと移動する。

 

「黙れ!あいつは生きている!」

 

現れたアシモフに向けて銃を乱射するクリス。だが、アシモフはそれを爆炎で全てを掻き消す。

 

「哀れとしか言いようがないな!」

 

そしてアシモフは雷撃を纏った拳でクリスへと拳を振るった。

 

「哀れだろうと、妄想だろうと勝手に言っていろ!」

 

だが、アシモフの拳はクリスの前に出た翼が剣で拳を受け止めた。雷撃が剣を通して身体に痛みが走る。

 

だが、それでも翼は場を食いしばり、雷撃を耐える。

 

「ガンヴォルトは生きている!貴様が殺したと言おうが、ガンヴォルトは生きているんだ!」

 

「いいや!奴は死んだ!殺した!貴様達が妄想を幾ら語ろうが変わらない事実だ!」

 

「だから死んじゃいねえんだよ!」

 

翼が耐える中、翼の背後からクリスが銃でアシモフを攻撃する。アシモフは再び穴を出現させて、クリスの銃撃を奏へと向けさせる。だが、奏もそれを躱してアシモフの背後へと接近して槍を突き出す。

 

アシモフは翅蟲(ザ・フライ)を使用して奏を黒い粒子を放つ。

 

だが、奏は穂先を回転させて黒い粒子を吹き飛ばし、アシモフに槍を突き立てようとした。アシモフはそれよりも先に翼の前に爆炎(エクスプロージョン)を放ち、その衝撃で自身の飛んだ方向に穴を開けてそれを回避する。

 

「死んだと言うのにそこまで固執するからこそ哀れとしか言いようがないのだよ。だが、安心しろ。天羽奏。貴様と立花響、風鳴翼も雪音クリスを除いた全員は奴に会えるだろう。奴が先に待つ、地獄(デッドエンド)でな」

 

アシモフが告げる死刑宣告。だが、装者達には絶望はない。

 

「固執などしていない…事実だからだ…ガンヴォルトは生きている。また私達の前に帰って来た。貴様が何度私達を絶望に追いやる為に殺した…死んだ…何度貴様がそう言おうと変わらない事実がある。ガンヴォルトは生きている!だからこそ、抗うんだ!守る為に!ガンヴォルトの帰る場所を!ガンヴォルトがいるべき場所を!お前の様な外道によって壊されない為に!」

 

翼が叫んだ言葉。ガンヴォルトが帰って来た。

 

何を言っている?奴は殺した。誰の助けも入れぬ海底へと沈めた。だから生きているはずがないのだ。

 

「何をいうと思えば奴が生きているだと?あり得ない!奴は死んだ!紛い者の正体を告げ!絶望を叩きつけ!奴は第七波動(セブンス)すら使えなくして確実に殺した!助けの及ばぬ海底へと沈めた!そんな奴が生きているはずがないだろう!生きられるはずがないだろう!」

 

「生きているんだよ!ガンヴォルトは!死の淵に立っていたかもしれない!絶望に追いやられてが帰って来たんだよ!」

 

「まやかしだ!幻影だ!貴様達が奴を思うばかりに見せた一種の自己催眠だ!死した者が現れる事はない!事実を受け入れるんだな!」

 

「何が殺しただ!現実を受け入れろだ!お前の方が受け入れろよ!ガンヴォルトは生きている!死んじゃいないんだよ!」

 

翼、奏、クリスがアシモフにガンヴォルトは死んでいないと語る。だが、アシモフはそれを認めない。何故ならこの手で殺したから。目の前で何者の手の及ばない場所まで追いやり殺したから。

 

だからこそガンヴォルトの生きている事を拒み続ける。

 

だが仮に、本当に生きているとすればとアシモフは考える。何故海底に沈めた筈の奴が生きている?心臓を穿った筈なのに生きている?

 

そこで思いつくのは自身の能力ではないが操る第七波動(セブンス)。そしてその第七波動(セブンス)を制御するネフィリムの心臓。その中にいる、計画に必要な人物であり、何度か計画を邪魔立てした一人の少女の存在とその制御を担い、今もまさに目の前の装者達に力を分け与える、邪魔をする電子の謡精(サイバーディーヴァ)の存在。

 

ネフィリムに喰われ、ネフィリムの一部となったセレナ・カデンツァヴナ・イヴ。電子の謡精(サイバーディーヴァ)の能力者であり、同じく魂だけの存在となったシアン。

 

自分の思惑通りに動かず、常に邪魔をする存在達。

 

この二人ならば可能だ。今の様に。こちらの意思とは別に動くこの者達なら。本当に生かしているのならば目の前の装者達が死を否定する事を、そして装者達の目の前に現れたと言う事が本当である可能性が浮上する。

 

だからこそ、怒りが込み上げる。

 

思い通りにならない事に。殺した筈なのに。も手も足も出ないのにここまで邪魔立てする二人の存在により、本当に生かしていると言う可能性があると言う事に。計画に必要であるからこそ、自分達がいなければ計画が全て台無しになるから壊されない。そのふざけた行動がまだ、アシモフの怒りを膨れさせ上げる。

 

「…貴様達が生かしたのか…奴を…紛い者を!」

 

そしてアシモフは自身の腕に巻きつけたネフィリムの心臓、そしてギアペンダントに叫ぶ。

 

「ならば分からせてやろう!貴様達がどれだけ抵抗しようが、変わらぬ結末があると言う事を!例え奴が貴様達によって生がされていようが!本物でないデザイナーチャイルドである奴が私に勝てない事を!どんなに足掻こうがクローン如きが私を殺す事など出来ない事を!貴様達が手助けしようが、私に遠く及ばない事を聖遺物の中で記憶に焼き付けるがいい!」

 

だが、そんな叫ぶアシモフに向けて翼と奏が駆け出し、クリスも狙いを定め、弾丸を撃ち込んでいく。

 

「シアンにそう言うのなら勝手に言っていろ!その記憶がシアンに焼き付かれる事はない!そんな現実などありはしない!」

 

「私達がお前を殺す!アシモフ!お前だけは!ガンヴォルトを何度も苦しめたお前だけは!」

 

「テメェだけは生かしちゃおけねぇんだよ!」

 

「強がるなよ!無能力者風情が!」

 

そしてアシモフは更に身体から雷撃を迸らせる。

 

「現実を突きつけてやろう!貴様達が束になったところで勝てぬ事を!貴様達がどれだけ抗おうと決して変わらない絶望を!」

 

そしてアシモフは奏を殺す為、翼とクリスを手に入れる為、怒りのまま叫ぶのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

そのすぐ近くでは響、切歌、調が未来を救うべく戦っていた。

 

だが接近しても意味を為さない。

 

アシモフがそこら中に開けている穴により、未来は接近しようものならすぐに穴へと消え、こちらとの距離を一定に保ったままで、追撃を仕掛けてくる。

 

接近しても穴を介して遠くに逃げてしまう未来に切歌も調も対所に困っていた。

 

だが、響だけはそんな事を関係なく、何度も声をかけながら未来に接近する。

 

「未来!目を覚まして!」

 

しかし、先ほどと変わらず、未来には響の言葉は届かない。

 

そんな響に向けて以前として未来は攻撃を続ける。

 

避け続けるが、全部を避ける事は難しく、いくつか当たり、鈍痛が響の身体を駆け巡る。

 

痛い。辛い。

 

そんな事が頭に浮かぶが、こんな痛みで止まっているわけにも行かない。今一番辛いのは誰か?

 

未来だ。嫌な戦いを強制され、自我のないまま操り人形の様に戦闘をさせられている未来なんだ。

 

未来を助ける。今響はその思いを原動力にして何度も接近する。

 

だが、時間が掛かるたびに響の身体が思う様に動かなくなっていくのを感じる。胸が熱くなる。その度に息をしているのが辛くなるのを感じる。

 

ガングニールが徐々に響の身体を蝕み続けているのだろう。

 

だが、それがどうした。例え辛かろうと未来を助けなければ自分がここまで来た意味があるのか?使用してはならない筈のガングニールを自ら纏ったのにこんな所で止まって良いのか?

 

良くない。止まって良いはずがない。未来が操られ、こんな非道な事をされている。切歌と調が爆弾という枷をはめられたにも関わらず、敵だったのにも関わらず、協力してくれているのだ。全ての元凶を止める為にも、未来を助け出さなければ。誰一人失わなずに。

 

欠けてはならない物を守る為に、響は動き続け、声をかけ続けた。



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83GVOLT

響が動き続ける中、切歌と調もどうにかして未来へと襲いかかるが、放たれるレーザーで逆に距離を取らされる。

 

避けても背後の穴にレーザーが吸い込まれ、再びこちらへと向かい放たれる。縦横無尽に駆け巡るレーザーが更に邪魔をして距離を一向に詰められない。

 

この穴さえ無ければ少しは戦いやすいのだが、アシモフを倒す、もしくはアシモフが持つネフィリムの心臓を奪わない限り、そんな事は不可能。

 

アシモフを止めようと三人の電子の謡精(サイバーディーヴァ)の支援を受けた装者達がアシモフと戦っているが、未だにアシモフに有効打を与えられていない。

 

「こんなのどうすればいいデス!」

 

「近付けない!」

 

切歌と調もレーザーを避けながら叫ぶ。

 

止めないと行けない。止めなければならない。こんな戦いを。誰かが傷付き続けるこんな戦いを。

 

そんな中、切歌と調が攻めあぐねる中、響だけは自分が傷付く事を厭わず、未来を助ける為に戦い続けていた。

 

「未来!もう辞めようよ!こんな事!もう辞めてよ!誰かを傷付ける様な事を!」

 

だが響の言葉を全く聞かない未来。聞かないのではなく、聞こえてない。アシモフに操られている未来は先程アシモフが語った暗示。それを解かない限り、どうする事も出来ない。

 

そして傷付く事を厭わず攻め続けた響は、ミクの元まで辿り着く事には成功したが、未来の攻撃により吹き飛ばされ、未来も穴を介して再び三人と距離を取る。

 

そして切歌と調の元まで吹き飛ばされた響。だが、立ち上がるよりも早く、穴を介して響に向けてレーザーが放たれる。

 

「ッ!?」

 

響はその攻撃を避けようとするが、先程まで喰らい続けたダメージで上手く行動出来ない。

 

だが、そんな響を攻撃から守る様に切歌と調が立ち上がろうとする響を引っ張り、レーザーを間一発で避けさせた。

 

「無茶し過ぎデス!」

 

「助けたいなら無謀な事をし続けないで!」

 

「ごめん…でも、ありがとう」

 

切歌と調が助けた響にそう叫ぶ。響も謝りながらも立ち上がる。だが、響は立ち上がろうとするも再びその場で膝をついてしまう。

 

ダメージを負い過ぎたのだろうと、切歌と調はそんな響を支え、再度放たれたレーザーを躱す。

 

だが、支えて二人は違和感に気付く。響の身体が異様に熱い。レーザーという異常なエネルギーを浴びてなのかも知れないが、だが身体全体から発せられている。

 

「まさか…あの人が言ってたシンフォギアを纏っちゃダメって言われてたのって…この事なの?」

 

響が翼に言われていた事。シンフォギアを纏うなと言っていた。それはこれの事なのか?だが、それは何故?

 

「…うん…私の身体は今ガングニールに侵食されている…私の身体はシンフォギアを纏い続ける限り、ガングニールで人ならざるものにどんどんと変わっていっている…」

 

「ッ!?」

 

響から告げられた衝撃の事実に切歌も調も驚いた。何故そこまで自身の存在が危ういのにも関わらず、こんな戦いに参加したのか?何故そこまでして戦うのか?

 

「なんでそんなになってまで…」

 

「誰も失いたくないからだよ…あの人に二人も大事な人を奪われた…あの人のせいで私を救ってくれた人も絶望に追い詰められた…あの人のせいで私の大切な人達が奪われていく…戦う力があるのに…戦う力を持っているのに…みんな傷付いてまで助け出そうとしているのに…何もしないなんて出来ないよ…」

 

「…その結果、自分はどうなっても構わないと言う考えデスか…」

 

切歌も調もそうだ。結局は自分が犠牲になってでも大切な人達を助けたい。だからこそ、助ける為に動いている。響と変わらないからこそ、何も言えなかった。

 

だが、切歌と調、響には決定的な違いがある。

 

「自分がどうなっても構わないなんて考えてないよ…だって、私が私で無くなってしまったら、悲しむ人が目の前にいる…私が私のまま無事に帰るのを待っている人達がいる…待っている人達がいるのに…悲しむ人がいるのに…そんなの嫌だから…」

 

響は二人に向けてそう言った。切歌と調、響の決定的な違い。それは自分を勘定に入れているかいないか。

 

例え、どんな危機だろうと犠牲と言うものを作らない意思。どんな危機だろうと全員が無事で終結させると言う。

 

そんなの理想に過ぎない。そんなの叶うはずの無い。

何故そんな理想を抱ける。何故そんな叶わないものを願い続ける。

 

「そんなの無理デス!不可能デス!今の現状を見て何でそこまで考えられるデスか!あの外道がいる限りそんなの不可能なんデス!」

 

「誰かが犠牲にならなきゃ何も為せない!どうする事も出来ない!貴方だってそうでしょ!もう身体が侵食されている!助かるか分からないのに何でそんなこと言えるの!」

 

切歌も調もそんな事は不可能だと。誰かが犠牲にならなければならない。だから二人は言った。

 

「そんな事ない!叶わないなんて初めから想定している方が駄目なんだよ!」

 

だが、響は二人の言葉を否定する。

 

「まだそんな事決まってない!誰がそんな事を決めるの!アシモフなの!?違う!そんなの間違っている!誰かが犠牲になるなんて決まってない!未来なんて誰も決められない!決まってる訳じゃない!分かるわけなんてないんだよ!だからこそ、自分で切り開くしか無い!どんな事があろうともみんなが無事でいられる未来を!誰もが望んだ明日を掴む為に!」

 

響は力強く叫んだ。何故そんな叶わない願いを口に出来る?現状を見て何故言える。

 

アシモフと言う巨悪がいる。奴に勝てるビジョンなど見えるはずが無いのに何故そう言える?

 

「だから私は抗うんだ!限りなく可能性が低くたって!どんなに小さくたって!抗わないと掴めないんだ!未来も!切歌ちゃんも!調ちゃんも!マリアさんも!奏さんも!翼さんも!クリスちゃんも!シアンちゃんも!そしてこの戦いで一番傷付いたガンヴォルトさんも!それに協力してくれた人達の為にも!みんなが無事でいられる為に戦わなくちゃならないんだ!勝たなきゃならないんだ!」

 

二人の支えを振り払い、響は自分の願望を、みんなの願いを叶える為に構える。

 

「…」

 

切歌も調もどうしてそこまで信じられるのか?何故アシモフと言う男がいるのにそこまで言えるのか?自分の理想が叶うと。

 

分からない。だが、響の言葉に調は何故か心を動かされる。そんな未来があるのか?誰も犠牲にならず、幸せになる未来が。

 

だが自分はそれを望む事は出来ない。自分は多くの人を傷付けた。多くの人を貶めた。そんな自分達が幸せを望む事を拒む。

 

「…無理だよ…私達は…私達の所為で傷付いた人達が大勢いる…私達があんな男と一緒にいた所為で悲しんだ人達が大勢いる…そんな私達がそれを望む資格なんてない…」

 

「そんな事ない!切歌ちゃんも調ちゃんもマリアさんも!三人は誰も傷付けてない!ライブの時だって!秋桜祭の時だって!三人は誰も傷付けなかった!悪いのは全部アシモフとウェル博士だ!」

 

響は調の言葉に否定する。

 

「望んだっていいんだよ!切歌ちゃんも調ちゃんも!マリアさんも!諦めなくていいんだよ!自分達も幸せに生きる未来を!」

 

調はその言葉に本当に諦めなくていいのか?マリアも切歌もナスターシャも無事でいられる未来を。そんな小さな願いを捨てなくてもいいのかと考えさせられる。

 

「…こんな私達でも願ってもいいの?こんな私達でも望んでもいいの?」

 

「当たり前だよ!だから、力を合わせよう!未来を助ける為に!アシモフを倒す為に!」

 

響の言葉に調も自身が犠牲にならないと言う選択が生まれる。自身を切り捨てない希望を持つ。

 

「ありがとう…」

 

だが、切歌はその望んだ未来を掴む事すら出来ない事に悲しくなる。自分はいずれフィーネになる。だからこそ、願おうが望もうが決してそれを成就する事は叶わない。

 

「…」

 

自分もそこにいたいと思えば思うほど、自分が立たされている状況が歯痒くなる。何故自分なのか?何故フィーネは自分に宿ってしまったのか?何故自分はこんなに不幸なのか?

 

「切ちゃん?」

 

悲しそうな表情をする切歌に調が心配そうに聞く。

 

悲しいだろうが、希望を持った調を悲しませたくない。だからこそ、無理にでも笑う。別れが悲しくなるだろうがそうするしか出来なかった。

 

「切ちゃん…切ちゃんも何が隠しているの?」

 

だが、ずっと一緒にいた調には切歌の無理な笑いは意味を為さなかった。

 

「…何でもないデス!調!やりましょう!」

 

それを隠す為に、切歌は未来へと駆け出す。

 

幸せな未来に自分はいない。だが、それでも調とマリア、そしてナスターシャが無事ならそれでいい。そこに自分がいなくとも他の家族の様に大切な人達が幸せなら。

 

切歌は知らずに涙を流しながら、未来へと向けて鎌を振り下ろすのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

アシモフの怒りが増し、攻防に激しさが増す。

 

第七波動(セブンス)を駆使した攻撃、亜空孔(ワームホール)に合わせた爆炎(エクスプロージョン)翅蟲(ザ・フライ)生命輪廻(アンリミテッドアムニス)残光(ライトスピード)

 

今まで苦しめ続けられた第七波動(セブンス)の猛攻が三人を襲っていた。

 

光速のレーザー、爆弾と同様の炎球、全てを喰らう黒い粒子、人を石化させる光線。どれか一つでも喰らえばひとたまりも無い攻撃。

 

三人は互いの長所を活かしながらなんとかそれを掻い潜る。

 

だが、それでも劣勢を強いられる。アシモフの存在だ。

 

掻い潜る中、その隙を見てアシモフが奏を殺そうと。翼とクリスを捕縛しようと縦横無尽に動き回る。

 

だが、それもなんとか堪える。翼が襲われれば奏がカバーし、奏が襲われればクリスが援護し、クリスが襲われれば翼と奏がカバーし合う。

 

だが、それでも劣勢のままだ。アシモフが強すぎる。ガンヴォルトを超える強さを持つアシモフ。そして第七波動(セブンス)。こんなのに本当に勝てるのか

殺せるのか?と考えてしまう。

 

だが、そんな考えなど振り払う。三人はガンヴォルトに誓ったんだ。今度は自分達がガンヴォルトを守ると。ガンヴォルトが居ていい場所を守ると。戻ってきたときにガンヴォルトが居ていい場所があると伝える為に。その為にはアシモフと言う存在を必ず倒さねばならない。殺さねばならない。そうしなければ誓った意味がない。覚悟した意味がない。

 

だからこそ、追い詰められようと確実に勝つ。どんなに小さな可能性だろうが、どんなに矮小な糸だろうが掴んで見せる。アシモフを殺す。

 

その覚悟を原動力に劣勢を跳ね除けようとする。

 

だが、

 

「だから何度も言っているだろう!貴様達がどれだけ抗おうが変わらぬ現実があると!」

 

劣勢を跳ね除けようが、更なる力でアシモフが捩じ伏せる。

 

互いにカバーし合う現状を一気にひっくり返す様に、アシモフがそれをたった一瞬で変えてしまった。

 

「ガッ!?」

 

「奏!」

 

「このクソ野郎!」

 

最もダメージを負っていた奏がアシモフの強力な一撃をまともに喰らい、殴り飛ばされる。

 

そこからは互いの長所を活かしながらの戦いが崩れる。奏が殴り飛ばされた事で、翼が狙われる。それを防ぐ為に、クリスがカバーしようとしたが、それより先に放たれた炎球にクリスが攻撃に転ずる前に爆発で吹き飛ばされる。

 

「グァ!」

 

「雪音!」

 

クリスが吹き飛ばされるがなんとか戦況を保とうと翼もアシモフに剣を振り下す。

 

だが、アシモフはそれを足で軌道を変えるとそのまま

地面へと空ぶらせる。

 

しかし、翼はそれでも気を抜かない。避けられたらならば連撃で。空振り、地面へと振り下ろした剣を無理矢理方向を変え、そのまま切り上げようとした。

 

だが、その剣は振り上がらなかった。いや、振り上げられなかった。

 

強く踏み込んだ足に力が入らない。振り上げようとした腕が上がらない。

 

何故?

 

そう思った瞬間に、痛覚が襲って来る。両足に、両腕に。

 

「ガァァ!」

 

血が流れている。太腿から。腕から。

 

穿たれていた。両腕と両足を。シンフォギアと言う鎧すら意味を為さない光速のレーザーで。アシモフはだった一瞬で翼を完全に行動不能にさせてしまう。

 

そして翼の首を掴み、持ち上げるとアシモフは高らかに宣言した。

 

「貴様達がどれだけ覚悟して私を殺そうとしようが不可能なのだよ!貴様達が電子の謡精(サイバーディーヴァ)に力を借りようが関係ない!電磁結界(カゲロウ)を越えようが関係ない!全て意味などありはしない!どれだけ足掻こうが変えられない!貴様達と私では潜った修羅場が違う!憎悪が違う!全てにおいて劣る貴様達が私に勝てる可能性は初めからありはしない!これが現実だ!」

 

倒れ伏す三人に、そしてこれを聞いていると思われる二課の全員にそう告げた。



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84GVOLT

白き鋼鉄のX2発売決定!楽しみだ!
PV見たけど、カットイン動かし、アキュラの新武装もかっこいい!新ヒロインも可愛いし!楽しみで仕方ない!
今度は別世界な感じなのかな?元の世界に戻るって言ってたし?
副題も消えて、何か怪しい…
とりあえず速攻で初回限定版を予約しました!
来年はギプスも出るし、確かシンフォギアも十周年だった筈だしいい年になりそうです!


未来に向けて接近する調と切歌は連携をして未来を何とかしようと攻撃を行う。

 

振るう鎌。回転する丸鋸。だが、未来にその攻撃は届かない。

 

未来はアシモフの作り上げる穴を介して離れ、反撃を繰り返す。反撃されようが、離れられようが、切歌と調は止まらない。

 

調は希望が見えたからこそ止まれない。自分達も望んでいい。響同様に、自分達が思い描いた未来を掴み取る為に足を止めない。

 

切歌は止まらない。悲しみがこの先に待っていようと調とマリア、ナスターシャとの別れが来るとしても。自分だけがその場所にいないとしても。自分以外が助かるのなら。他のみんなが幸せであるのなら自分がこうして戦うことに意味があると。

 

そして響も。二人が未来を追い込もうと奮闘する二人に負けじと未来へと接近する。だが、同様に、未来は響の接近も許さない。近くの穴から離れた穴へ。

 

でも諦めなどしない。何としてでも未来を取り戻す。みんなを助ける。その思いを原動力に響は歌を力強く歌う。

 

そんな事してはガングニールの侵食を早めると分かっている。響が歌を歌う程侵食が早まるが、それ以上に自身の身体から力が沸き立つ。身体が熱くなる。

 

侵食で響の身体は人ではなくなりかけていると実感する。それでも、響は人間を辞めるつもりなどない。響は響で為に歌を歌い続ける。

 

切歌も調も先程響の状態を聞いている為に、何とかしようと試みる。だが、未来はそんな切歌と調などものともしない。

 

嘲笑うかの様に接近しては距離を取られ、反撃でさらに距離を遠ざけられる。

 

時間がないのにこれでは誰も救えなくなる。

 

そんな事させない。

 

そんな事あってはならない。だから足を止めない。

 

その思いが響を、切歌を、調を突き動かす。

 

離れるならば何度でも突き進む。突き放すのならその反撃を前に出て躱す。

 

一進一退のじゃない。退いては駄目だ。突き進め。常に前へ。距離を詰めろ。

 

三人は互いを補いながら、下がる事はせず、常に前進し続ける。

 

未来の纏うシンフォギア、神獣鏡(シェンショウジン)にはシンフォギアを分解する力が宿っている。だが、そんな事など知らないだろうが、シンフォギアを分解されて行こうが常に前に進み続ける。

 

響、調、切歌。それぞれのシンフォギアが、前に突き進む毎に何処かが消えていく。

 

だが、シンフォギアと言う鎧が消えようが、身体は消えない。傷を増やそうが深い傷ではない。動けない程のダメージを負っていない。

 

だからこそ、突き進んだ。

 

そのお陰で距離が縮まっている。未来との距離が狭まっている。もう一押しだ。

 

だが、そんな希望を持ち始めた頃に、今のタイミングで来て欲しくないものが牙を剥く。

 

「グッ!?」

 

それはガングニールの侵食。響が力強く歌うことにより侵食が早まり、そして響を人ならざるものへと変える悪魔が響の身体から突き出した。

 

黄色い結晶の様な物。それは響の細胞を侵食し続けたガングニールが響の細胞そのものをガングニールへと変化させた物。

 

折角の希望の兆しを絶望の影と変える悪魔。

 

響は突然の出来事に足が止まり、膝をつく。

 

「ッ!?」

 

勢い付いた切歌と調も最悪の状況に足を止めた。

 

しかし、その行動が更なる絶望を呼び起こす。

 

その瞬間、未来が好機とばかりに扇子の様な物からいくつもの鏡の様なビットを顕現させる。

 

そして顕現したビットと扇子の様な物を円状に広げると今までの攻撃がお遊びに見えるほどの力の塊を具現化させる。

 

避けようがない程の力の塊。誰も逃げる事を許さない絶望の塊に。切歌も調も己の抱いた希望が崩れていくのを感じる。

 

「こんなの…どうすればいいって言うんデスか…」

 

「もうどうにも出来ない…こんなのどうする事も出来ない…」

 

絶望を前に戦意が根こそぎ奪われる。だが、響だけは違った。

 

身体から己の変質化した細胞がガングニールに変わろうと諦めない。何があろうと未来を助ける。みんなを救う。胸に刻んだ思いを簡単に捨てない。思い描いた未来を掴む為に絶望などしない。

 

だから身体がこんな事になろうと諦めない。響は響であり続ける為に変質化し、突き出た結晶を握りつぶし、立ち上がる。

 

「諦めない…絶対に!」

 

そして立ち上がる響だが、そこに無情にも未来が絶望の塊を完全に溜め終えたのかそのまま放とうとする。

 

だが、放とうとする前にその絶望の塊は徐々に霧散していく。

 

何が起きた?もしかして未来に声が届いたのか?微かな希望が身を結んだのか?

 

そう思ったが、現実は希望は常に此方には微笑まない。絶望だけが常に背後で微笑み続ける。

 

それは未来の身体の変化。ギアインナーの白い部分を赤く濡らし、目隠しの様な鎧の下から血がが流れていた。

 

「未来!」

 

LiNKERの代償。無理矢理適合率を上げた代償を払う様にその身を焦がしていた。

 

「やはり急造品。この辺りで限界か。だが、十分な時間を稼いだ。十分な絶望を齎した」

 

そして響達にも聞こえるアシモフの声。奏、翼、クリスが戦っていたはずなのに何故?

 

視線をアシモフの声の方に向けるとそこは絶望が広がっていた。

 

アシモフにより翼が行動不能の状態で持ち上げられ、その近くに燃え盛る炎の中心に倒れるクリス。そしてその少し離れたところに倒れる奏の姿。

 

「だが、まだ貴様にはやってもらわなければならない事がある。身体が動かなかろうと無理にでもやって貰うぞ。だがその前に目の前の敵を殲滅が先だ」

 

アシモフの言葉に未来は血を流しながらも先程同様に巨大な力の塊を作り上げる為に再び構えるのであった。

 

「もうやめて!未来!もうこれ以上は未来が死んじゃう!お願いだよ!未来!」

 

だが未来に響の声は届かなかった。

 

そして更に叩き落とす様に、アシモフから告げられた。

 

「Dr.ウェルか?ああ、そちらも片付いたか。ならば貴様達が死ぬ前に最後の絶望をプレゼントしようか」

 

響にではなく、切歌と調に向けてそう言った。

 

「貴様達が私を裏切り、そうやって希望に縋り戦っていたが、貴様達が望む希望は初めからありはしない。私に勝てないのは当たり前だが、例え助かったとしても、貴様達が助け出そうとしているDr.ナスターシャは既にこの世にいない」

 

二人に向けて絶望を告げた。

 

「…嘘…そんなのって…そんなのって」

 

「…嘘デス…だったら私達は…何の為に…」

 

その言葉に切歌と調の心が折れる。持ち始めた希望が完全に崩れ去る。助けたいと思った人は既に死んでいる。絶望が切歌と調の戦意を完全に奪った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「全くアッシュは本当にえげつないね」

 

会話を聞いていたウェルがそう言った。その足元には倒れたマリア。

 

「それよりも君は僕になら勝てると踏んで僕に襲いかかってきたのかもしれないけど、飛んだ勘違いだよ。確かに僕は弱いかもしれない。アッシュに比べれば。シンフォギアを纏った装者に比べれば。機動二課にいるあの怪物達に比べれば」

 

マリアを踏みつけながらマリアに向けてウェルはそう言った。

 

「だけどシンフォギアを纏わない貴方に負ける程やわじゃないんだよ。だって僕は英雄になるんだよ?弱くても英雄になれるけど、やっぱり英雄になるならそれなりの人よりも強くなくちゃ格好がつかない。だからアッシュに鍛えてもらってたんだよ」

 

ウェルは今までそんな役回りゆえに、少しばかり優越感に浸りながらマリアに言った。

 

だがマリアはそれどころではなかった。アシモフの言葉に絶望していた。

 

大切な人はもうこの世にいない。助け出そうとしても無駄だという事実を突きつけられた。

 

「この程度を絶望なんて思わない方がいいよ。これから貴方は更なる絶望を目にするんだから」

 

そう言ってマリアの腹を蹴り、転げながらモニターが視界に入る様にする。

 

「まさか…」

 

「そのまさかさ。君は運が悪いね。大切な人達が目の前で死んでいく光景を見るんだから」

 

ウェルは画面を付け、絶望する切歌と調を映し出した。

 

「辞めて!それだけは!」

 

痛む身体を無理矢理動かしてウェルに懇願する。だがウェルはそんなマリアを踏みつけながら言う。

 

「聞くわけないでしょう!貴方達裏切り者達の懇願など!貴方はそこで見ていてください!派手に散る大切だった者達が瞬間を!」

 

「辞めてぇ!」

 

だが無情にもウェルは楽しそうにアシモフより渡された切歌と調の命を握り続けた爆弾のスイッチに手をかけた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

二課の潜水艇もあまりの現状に誰もが絶望に陥った。

 

奏も、翼も、クリスもやられた。響ももう限界に達した。折角アシモフを裏切りこちら側についてくれた切歌と調も絶望の淵に立っている。

 

どうする事も出来ない現状。敗北のカウントダウンは目の前まで迫っていた。

 

「浮上しろ!今すぐに!」

 

そんな中、弦十郎は諦めていない。まだ誰も死んでいない。まだ誰も失っちゃいない。だからまだ間に合う。

 

だが、そう思おうが、もう間に合わないだろう。この潜水艇が浮上する頃にはもうあの甲板の上には絶望しかありはしない。アシモフという男が作り上げた絶望しか。

 

だが、そんなの認めるわけにはいかない。

 

だから弦十郎はそう叫ぶ。

 

浮上しろと。

 

絶望するオペレーター達。誰も動こうとしない。いや、動けないのだ。目の前に広がる絶望に。もう終わり。そう思える光景に。

 

「諦めるのか!認めるのか!こんなふざけた事を!」

 

弦十郎も分かっている。もうこんな状況で誰もが動けない事など。だが、それでも司令官としてどんな状況でも絶望するわけにはいかない。可能性があるのならば足掻き続けなければならない。

 

叫び続ける。

 

だが、誰も行動を起こせない。

 

もう自分でどうにかしようと、潜水艦のオペレーションを自ら動かそうとコンソールを動かす。

 

だが、動かそうとしたその時、コンソールに映し出していた付近のレーダーに謎の高速で近づく反応が写り込んだ。正体不明(アンノウン)と表示される何か。

 

「ッ!?」

 

高速で近づく何か。それは何か分からない。だが、その高速で移動する正体不明(アンノウン)の後に現れた機動一課の所有するヘリの機体番号。

 

もしかしたら希望なのかも知れない。しかし、本当なのか?あり得るのか?そんな事が本当に?

 

その正体不明(アンノウン)が本当にそうなのか?

 

だが、それがそうである事を願い、弦十郎も動く。もしかしたらそうじゃないかも知れない。だが、弦十郎は何処かその正体不明(アンノウン)の存在がそうであると確信していた。

 

何故確信出来たのかなど分からない。だが、その正体不明(アンノウン)はそうであると思えたのだ。

 

だから弦十郎もまだ何とかなると信じ、潜水艦を浮上させるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

絶望する甲板の上。そこにいるアシモフという絶望が更に絶望へと叩きつけ、その魁として切歌と調を終わらせようとしていた。

 

さよならだ(アスタラビスタ)。裏切り者共」

 

その言葉と共に切歌と調の元に大きな爆発が起きた。

 

その光景に響は絶望する。助けたかったのに。一緒に助かろうとしていたのに。どうして。どうしてこんな事に…

 

絶望の果てに散った二人の居た黒煙が包む場所をただ眺めることしか出来なかった。

 

どうしてこんな事に。ようやく自分の意思でアシモフを裏切り、一緒に助かろうとした二人が。何でこんな目に遭わなければならない。何でこんな結末にならなければならない。

 

何で…何で…なんで…ナンデ!

 

響が絶望に呑まれようとする。ドス黒い感情がガングニールに呼応し、更に響の身体を侵食しようと蠢き始める。

 

だが、それを止めたのはアシモフの声。

 

「最悪だ…本当に最悪だ…こんな時に現れるとはな…」

 

何処か怒りと憎しみを含んだドスの利いた声。

 

何故そう発したのか理解出来なかった。だが、その意味を一瞬で知る事となる。

 

爆心地に漂う黒煙。その中から、黒煙を振り払う様に雷撃が迸る。

 

「貴様達が生かしたせいで、一気に最悪の気分だ…全くもって度し難い…」

 

アシモフが恨めしそうに腕に巻かれたネフィリムの心臓に向けてそう言った。そして、顔を上げると、雷撃が迸る黒煙に向けて叫んだ。

 

「貴様などにはもう二度と会いたくなかったのだがな…紛い者!」

 

アシモフの叫びと共に、黒煙を蒼い雷撃が吹き飛ばし、その中からゆっくりと歩く存在に、響の絶望も吹き飛ばされた。

 

歩く人物の背後に何が起きたのか分からない様に、呆然とする無事な姿を見せる切歌と調。その首には先程までついた爆弾が無くなっている。

 

そしてその前に居る人物を見て、響は涙を流した。

 

「…本当に…本当に…そうなんですか…?」

 

あまりの嬉しさに言葉が出ない。現れた人物。そして切歌と調が生きている事に涙を流す。

 

「ガンヴォルトさん!」

 

黒煙を晴らし、二人を救ったのは、見間違えるはずが無い。居場所を守ると誓ったガンヴォルトの姿であった。

 

「…」

 

ガンヴォルトは周りの状況を見て静かであったが、ガンヴォルトの心情を表す様にガンヴォルトの纏う雷撃が強く、そして荒々しく迸るのであった。



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85GVOLT

間に合わなかった。誰一人として無事な人がいない。奏は少し離れた所で倒れている。クリスが炎の中で倒れている。翼がアシモフに捕まれ、腕、足から血を流している。響もだ。あれだけシンフォギアを纏ってはならないにも関わらず、シンフォギアを纏い戦っていた。

 

それに先程の切歌と調。首には巻かれていた爆弾。なんとか間に合いはしたが、それまでに戦っていたせいでボロボロになっている。そして呆然としているが、それでもまだ何かされたのか放心している。

 

更には未来。戦場とは無縁の筈の彼女が今ボクの目の前にいる。シンフォギアを纏い、血を流しながら。

 

全て自分の所為だ。絶望し、考える事を放棄してしまったボクのせいだ。ボクがもっと早く立ち直れれば…いや、ボクがあんな事で絶望しなければ誰もこんな事にはならなかった。

 

ボク自身の弱さに腹が立つ。だがそれ以上に、この様な現状にしたアシモフに激しい怒りが込み上げる。

 

「貴様と言う存在は本当に忌々しい。紛い者の分際で再び私の前に現れた貴様が。絶望させたのにも関わらず、幾度も私の前に現れる貴様と言う存在が」

 

アシモフがボクに向けて恨みを込めた言葉でそう言った。

 

「もう喋るな」

 

ボクはただ短くそう答える。

 

何が忌々しいだ。今のこの状況を誰がした?誰がみんなを傷付けた?

 

それはこちらの台詞だ。アシモフ。シアンを奪った。奏を、翼を、クリスを、響を傷付けた。そして切歌と調を殺そうとした。そして未来に何をした?まるでかつての奏のように血を流しながらも戦場に駆り出されている。未来に何をさせている。

 

「それはこちらの台詞だ。敗北者が私に命令するな。紛い者如きが私に命令をするな。苛立つんだよ。その声に。本物である奴と同様の声を持つ貴様が発する声で。貴様が本物同様に語る事で」

 

「貴方が紛い者と言おうが、どうでもいい。貴方がボクの存在を否定しようとどうでも良い。ボクも本物だ。ボクもガンヴォルトなんだ」

 

静かに怒るボクはアシモフに向けて言った。

 

「貴様が本物だと?巫山戯るな!貴様は紛い者だ!偽りの身体!偽りの記憶!貴様が本物である訳がないんだよ!本物は私を一度殺し、あの世界に留まる奴だけだ!だからこそ、貴様は紛い者だ!本物を語る偽物だ!忌々しい!奴を冒涜するな!貴様と言う存在は本当に私を苛立たせてくれる!私の育て上げた傑作を汚してくれる!」

 

アシモフもボクが紛い者と、偽物と叫び続ける。

 

「貴方が何を言おうとボクもガンヴォルトだ。ボクも本物だ。肉体が例え偽物だろうと、魂が…意思が…そして、ボクをガンヴォルトと認めてくれる人がいるのならばボクも本物だ。ガンヴォルトなんだ」

 

否定するアシモフの言葉を否定する様にボクはそう言った。

 

「その口を閉じろ!ああ、本当に忌々しい!何度殺そうと再び立ち上がり、私の前に現れる貴様が!自らを本物と語るその烏滸がましい言葉と意思が!本物を冒涜するな!本物を汚すな!貴様如きが奴を語るなよ!」

 

否定に更に怒りを昂らせるアシモフ。分かっている。アシモフとこんな会話をした所でこのやり取りはいつまでも平行線だろう。何を言おうとアシモフはボクを認めないだろう。ボク自身ももう二度と自身を紛い者だと卑下しない。自身を偽物だともう思わない。

 

「絶望し、死なないのであれば更なる絶望を与えて殺してやる!死を拒むのであれば、貴様と言う存在そのものを(デリート)してやる!貴様と言う存在を私は許さない!貴様と言う存在を認めない!貴様と言う本物を冒涜する存在を生かしてなど置けない!」

 

アシモフはボクに向けて言った。何度も言い放つボクの存在を否定する言葉。

 

「ボクも同じだよ、アシモフ。ボクも貴方と言う存在を認めない。貴方と言うこの世界の、そしてあの世界の害悪を許さない。この世界の為にも、あの世界の為にも。貴方と言う存在を生かしておけない。殺さなきゃならない」

 

「驕るなよ!紛い者!」

 

アシモフは叫んだ。

 

アシモフがボクを認めない様に、ボクもアシモフを認めない。

 

互いに互いを否定し続ける。もうこんな会話に意味を持たないだろう。認めないのならばやることは一つ。否定するのならば殺し合うしかない。

 

「それは貴方の方だ」

 

これ以上会話は必要ない。何度も言う様にこれ以上会話をしていても無意味だ。

 

「死ね!紛い者!」

 

アシモフの言葉を合図に、アシモフではなく、今までの会話により完全に力を蓄えた未来が避けようがない程のレーザーをボクに、いや、響、切歌、調に向けて放たれた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「なんでガンヴォルトが生きているんだ!?アッシュが殺したはずなのに!?」

 

輸送機の中でウェルがそう叫んだ。

 

だが、ウェルとは違い、マリアはガンヴォルトの登場に驚愕したものの、二人が無事である事。救い出してくれた事に感謝した。ナスターシャを失ってさらに二人を失ったらマリアはより絶望に堕とされただろう。だからガンヴォルトに届かないだろうが感謝した。二人を救ってくれた事に。

 

「本当に何なんだよあの男は!一体何なんだ!不死身なのか!?」

 

ウェルはそんな希望を見たマリアの事など気にせず叫ぶ。

 

マリアも希望を見て立ち上がろうとする。ウェルが踏み付ける足を退ける為に力を入れる。

 

それに気付いたウェルはマリアの行動に驚きつつもそれ以上の力で踏みつける。

 

「調子に乗らないでください!ああ!本当にアッシュの憎しみがよく分かるよ!何で僕の英雄への向く夢を邪魔をする!」

 

そんなマリアを抑えながら苛つくウェル。だが、ウェルはそんな状況でも戦況を見て笑う。

 

「だけど君は死ぬんだ!急造品の力で!今度こそ死んでくれ!ガンヴォルト!」

 

そう言ったウェルにマリアもモニターを見る。そこにはガンヴォルトに響、そして切歌と調に向けて極太のレーザーが放たれる瞬間だったからだ。

 

だが、マリアはそれを見ても絶望しない。何度も立ち上がり、アシモフの前に立ちはだかる光があるから。その光が助けてくれると信じているから。

 

だからマリアはガンヴォルトを信じて、自分自身もこの外道から、この状況から抜け出す為に力を振り絞った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

響も、切歌も調も死を覚悟した。死にたくはないが身体が動かない。響は自身を蝕むガングニールによって。切歌と調は絶望によって。どうしようもない状況に目を瞑りたくなる。

 

だが、そんな動かない身体が、何者かによって持ち上げられるとそのレーザーの射線からほんの一瞬で外れた。

 

ガンヴォルトだ。たった一瞬で三人を抱えて射線から救い出してくれた。そして甲板に降りるとそのまま海上へ飛んだ。

 

何故?そちらに足場などない。なのになんで?

 

響はそう考えると何故ガンヴォルトはそちらに飛んだか理解した。海上が膨れ上がり、潜水艦が浮上した。そして潜水艦の上に降り立つ。

 

『本当にガンヴォルトなのか!?』

 

無線から弦十郎の声が響く。

 

「ごめん、心配かけた」

 

『言いたい事は山ほどあるが、全員を救ってくれ!頼む!』

 

弦十郎はガンヴォルトにそうお願いした。

 

「当たり前だよ。その為に来たんだ。その為に絶望を乗り越えたんだ」

 

そう言ったガンヴォルト。その姿は以前にも増して頼もしく感じる。

 

「響、言いたい事はいろいろあるけど侵食はどうなっている?」

 

そしてそう誓ったガンヴォルトは響の侵食の具合を聞いた。

 

「…正直に言いますと、身体のあちこちが痛みますし、さっき身体の一部が…」

 

先程のガングニールの侵食によって現れた黄色い結晶のことを話した。

 

「ッ…」

 

ガンヴォルトはそれを聞くと辛そうな表情をした。自分の所為と思っているのだろう。

 

違う。ガンヴォルトの所為ではない。これは自分の意思だ。戦場に出たのも。こんな状況になったのも。だけどガンヴォルトに言った。

 

こうなっても自分は自分のままでいる事。決してガングニールに飲まれない事を。

 

「…本当に大丈夫なのかい?」

 

「…説得力はないかもしれませんが大丈夫です…でも時間がないんです…未来を助けないと…翼さん達を助けないと!」

 

響はそう言った。自分が助かっても状況は変わらない。未来を取り戻していない。翼達はまだアシモフの手の届く場所にいる。

 

助け出さないと。

 

「分かっているよ…翼達も絶対助ける」

 

そう言って今度は切歌と調の方に向く。

 

「君達も無事か?」

 

絶望の淵にいる二人は何も答えない。代わりに響がどうして二人がこの様になったのか伝えた。大切な人を殺された。アシモフの手によって。救いたかったはずなのに助け出そうとしたのに既に殺されていた事を。

 

「…ナスターシャ博士の事か…」

 

ガンヴォルトがそう口にした。響も先程アシモフが言った人の名と一致する。何故ガンヴォルトがその名を知っているのか?

 

「二人とも、ナスターシャ博士は無事だ」

 

ガンヴォルトはそう言った。二人にとってその言葉は希望そのものであった。

 

「ッ!?…本当なんデスか?」

 

「本当に…本当にマムは生きてるの?」

 

ガンヴォルトの言葉に絶望の中に希望を見た二人。ガンヴォルト自身の耳につけた通信端末の音量を上げて二人に渡す。

 

そして通信機を弄ると響の知らない人の声が。だが、切歌と調にとって最も重要な人物の声が聞こえた。

 

『切歌!調!無事ですか!?』

 

「マム!?本当にマムなんデスか!?」

 

「マム!」

 

『ええ、私です…心配かけてすみません。…よかった…本当に貴方達も無事で…』

 

ナスターシャの声から二人の無事を本当に安堵している事がわかる。切歌も調も涙を流しながらナスターシャの無事を知った。

 

その事に響も安堵する。どうやら本当に二人の大切な人も無事である事に。

 

「ガンヴォルトさんありがとうございます…二人の大切な人を救ってくれて」

 

「ボクのお陰じゃない…ボクじゃなくてネフィリムの心臓に宿るセレナのお陰なんだ」

 

「ッ!?」

 

響には誰か分からないが、切歌と調にとっては違う。二人の大切なマリアの妹。死したはずの家族。

 

「セレナの意思がナスターシャ博士を救った。ボクも救われた。だから助け出さないといけない。アシモフの手からシアンと共に取り戻さないといけない」

 

『ガンヴォルトの言う通り、あの子をあの外道の手から助け出さないといけません…切歌、調…貴方達はもうあの外道の言う事など聞かなくていいのです…』

 

切歌と調はもう裏切った。大切な者を救う為に。自分の望んだ未来の為に。だから涙を拭いナスターシャに言った。

 

「大丈夫だよ、マム。もうアシモフの言う事なんて聞かない…もうあの外道に手を貸さない…」

 

「もう枷は無くなったデス…もうあの外道に縛られない…」

 

『…ありがとうございます…自分でその答えを出してくれて…』

 

ナスターシャが自分の意思で二人が裏切った事を感謝した。

 

『マリアはどちらに居ますか?』

 

「マリアは…まだ輸送機の中に…」

 

その言葉を聞いて、ナスターシャもまた辛そうに声を漏らす。だからナスターシャはガンヴォルトに懇願する。

 

『…貴方にしか頼めません…ガンヴォルト…マリアも…マリアも救ってください…』

 

「初めからそのつもりだよ…セレナに頼まれているんだ…君達を助ける事を。マリアもその中に含まれている。だから助け出す」

 

『ありがとうございます…本当に…ありがとうございます』

 

ナスターシャが涙を流してそう言った。

 

「その言葉は全て終わってからでいい。ボクは戻って翼達を救う。響、君はもう休んでくれ。あとはボクが何とかする。切歌、調、響をお願い」

 

「ガンヴォルトさん!でも!」

 

「でもじゃない…君はもうそれ以上は無理だ。これ以上は君が君じゃなくなってしまう」

 

ガンヴォルトも響の状態を察してそう言った。だが、それでも響は言う。

 

「私も戦います!未来を助けなきゃいけない!未来を救わなきゃならないんです!」

 

「駄目だ!ボクが何とかする!未来も、翼も奏もクリスもボクが救う!」

 

「ガンヴォルトさんなら…今のガンヴォルトさんなら三人を救う事は出来るかもしれません!でも…でも未来だけは!未来だけは難しいんです!」

 

「…どう言う事?」

 

「未来はアシモフの暗示の所為で操られています!」

 

暗示。ガンヴォルトもかつてフィーネによって操られた奏と対峙している。ならばなんとかなると言おうとする。

 

だが響はそれは違うと言う。必要な物があると。今の蒼き雷霆(アームドブルー)では無理だと。

 

「ガンヴォルトさん!未来を救うには想いだけじゃ足りないんです!シアンちゃんの声が!シアンちゃんの力が必要なんです!」

 

ガンヴォルトは違うと言いたけそうだったが、かつての響の状態を思い返して言い淀む。あの時はシアンの力がガンヴォルトにあった。

 

「…そうかもしれない…でも…響はこれ以上戦えば響じゃなくなってしまう可能性がある…ボクはそれを許容出来ない…響も大切だから失いたくない…」

 

しかし、ガンヴォルトはそれでも響に行かないで欲しいと言った。

 

「私が私じゃなくなるかもしれない…でもそれは可能性です!まだ私が私じゃなくならずに戦えます!だがら!」

 

響はそれでもガンヴォルトに言う。未来を取り戻したいから。元に戻って欲しいから。これ以上傷付いて欲しくないから。

 

「私達が何とかする…この人がこの人であれるように」

 

そんな中、調が言った。

 

「一人じゃ可能性が低くても、二人追加されればなんとかなるかも知れないデス。それにアシモフと戦いながら、みんなを救う事なんて一人で出来るとは思えないデス」

 

切歌も言った。

 

「切歌ちゃん!調ちゃん!」

 

急な援軍。ガンヴォルトはどうすればいいのか考えた。確かに切歌の言う通りだ。アシモフと戦いながら、三人を救う。未来を抑えながらそんな事厳しいだろう。ガンヴォルトは悩むが、時間がない為に言った。

 

「…分かった…だけど無茶はしないでくれ…響。絶対響のままで居てくれ。切歌、調。君達もだ。絶対に死なないでくれ」

 

そう言うとガンヴォルトは直ぐに甲板へと戻るのであった。

 

響と調は頷いたが、ガンヴォルトの言葉に切歌だけは悲しく、頷く事はしなかった。



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86GVOLT

融解した甲板を見つめるアシモフ。この程度の攻撃でガンヴォルトを殺したなどと思ってなどいない。例え強力な一撃だろうと殺せはしない。

 

幾度となる戦いでアシモフはそう考える。

 

まだガンヴォルトは生きている。他の者は殺せたかもしれないがガンヴォルトだけは生きている。あれはそう言う人間だ。どれだけ躱しようがなかろうがガンヴォルトは無事だろう。

 

鼓動を。生気を。見えなかろうが感じる。忌々しい存在の影を。

 

憎たらしい。忌々しい。絶望を与えたはずなのに立ち上がるその意思が。本物と自分を語るその言葉が。紛い者である存在が。そしてまだ生き続け存在し続ける事が。

 

だから殺す。本物と同じ形をした偽物を。殺す。本物と語るその口が開かなくなるまで。殺す。その存在が消え失せるまで。助けがいるのであればその助けを無駄にする様な力で。蒼き雷霆(アームドブルー)が復活したのであれば、目の前で再び絶望させ、第七波動(セブンス)を無力化させ、さらに追い討ちとばかりに強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を心臓に、脳天に撃ち込んで殺す。それで死なぬなら臓物を引き摺り出す。それでも死なぬのなら血液を全て抜いて雷撃で焼き払う。

 

殺す、殺す、殺す。

 

足りないのならば滾らせる。憎悪を。殺意を。今まで以上にだ。だから今度こそ確実に息の根を止めて見せる。今度こそ存在そのものを消してくれる。

 

死を否定されるのなら肯定されるまで殺す。ただ純粋な殺意で。

 

アシモフの雷撃が殺意と憎悪で今まで以上に迸る。その余波を喰らう翼も苦しむ。その近くにいる奏とクリスも。

 

それと同時に現れる蒼いオーラの様なものを纏うガンヴォルト。やはり死んでいなかった。この程度で殺せると思ってなど居ないからこそ、この場に再び現れると。だが、想定外の者達まで生きていた。響、切歌、調の三人。ガンヴォルトが生かした事に腹ただしく思う。

 

「やはり死んでなかったか…だが、死んでなかった事を後悔させてやろう!今度こそ確実に!息の根を止めてやろう!紛い者!そして貴様達もだ!まだ死んでいないのであれば同様に殺す!Dr.ナスターシャの様に!」

 

「そんな嘘にもう騙されない!マムは貴方に殺されてない!」

 

「もうこれ以上お前の言葉になんか惑わされない!」

 

調が、切歌が叫ぶ。紛い者のガンヴォルトだけでなくナスターシャも生かしていた。だが、生きていた事でどうなる?死の瞬間が僅かに伸びただけだ。だが、それでもセレナとシアンを忌々しく思う。

 

邪魔してくれる。本当に忌々しい。だが、今はナスターシャの存在などどうでもいい。今目下するべきなのは響や切歌や調の始末などでは無い。

 

目の前にいる紛い者であるガンヴォルトを殺す事だ。今度こそ消してやる。今度こそ確実に。

 

アシモフが殺意と憎悪を込めて睨んだ。眼光が凍りつく様な寒気となってガンヴォルト達を襲う。響、切歌、調は恐怖で体が竦みかける。だが、それを留まらせるのがガンヴォルトの存在だ。

 

どれだけの殺意と憎悪をぶつけようと怯みはしなかった。その姿にアシモフを更に苛つかせる。

 

怒りが増す。その存在に対する怒りが、アシモフの精神的なバイアスをかけ、アシモフの蒼き雷霆(アームドブルー)を強化していく。強大になりゆく力を見てもガンヴォルトは怯みなどしなかった。

 

「本当に苛つかせてくれる!紛い者!」

 

アシモフは叫んだ。

 

「これで最後にしよう!貴様と言う存在を!貴様と言う紛い者を!今度こそ地獄(デッドエンド)へ向かわせてやる!」

 

アシモフの叫びに呼応して雷撃を撒き散らす。辺りを雷撃が焼き焦がす。だが、蒼いオーラを纏うガンヴォルトはその雷撃が直撃する瞬間、自身の雷撃でそれを相殺した。

 

「もうその言葉は聞き飽きた…こっちの台詞だ、アシモフ。もう何も奪わせない、貴方に殺されかけない…全部を貴方から返してもらう」

 

「黙れ、紛い者!貴様に何が出来る!敗北し続けた貴様が何を根拠に語る!本当に忌々しい!今度こそ確実に絶望を与え、殺してやる!貴様と言う紛い者を!」

 

勝てると思っているのか?何を根拠にそう語る。敗北し続けた者が何を語る。ならば今一度知らしめよう。ガンヴォルトを語る紛い者が勝つ事など出来ない事を。紛い者が何を語ろう今までの様に変わらない敗北という現実があると言う事を。紛い者は何も出来ない事を。

 

翼を輸送機に送り込む為に穴を開き、投げ入れてアシモフはそう叫んだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「翼さん!」

 

響が投げられ穴へと向かい、何処かへ消えそうになる翼を見て叫んだ。翼が奪われる。そんな事はあってはならない。

 

響が駆け出したが間に合わない。

 

だが響の目の前で、翼の姿が消えた。穴に入ったのではない。忽然と姿を消したのだ。

 

何が起きたのか分からない。目の前の翼はどうして消えたのか?

 

そんな疑問を解消する様に目の前で蒼い雷撃がぶつかり合うのが目に入った。僅かながらに捉えたガンヴォルトの姿。そして守るように抱えられた翼の姿。だが、すぐに雷撃の軌跡を残し、姿が見えなくなる。

 

何が起こっているのか分からなかった。僅かにしか目で追えなかった。だが、ガンヴォルトの姿、そして翼の姿を見て理解する。ガンヴォルトしか見えなかったが、ガンヴォルトが翼を救出し、アシモフと戦っている。その証拠にいつの間にかガンヴォルトと同様に消えたアシモフ。

 

もう既に戦いは始まっている。

 

辺り一体を眩い雷撃がぶつかり続けている。ガンヴォルトとアシモフは戦っている。どんな戦いかわからない。だが、ガンヴォルトなら。今のガンヴォルトならどうにかして翼を救ってくれる。アシモフを倒してくれる。だったらやる事はもう決まっている。

 

「切歌ちゃん!調ちゃん!」

 

自分自身にも時間がどれほど残されているか分からない。

 

残された時間が短かろうと生き残る。自分が自分であれるように。未来を元に戻し、取り戻す。

 

「分かってるデス。あの人を元に戻すデス」

 

「うん。助けるんだ。あの人も」

 

響の言葉に切歌と調が響の横に並び立つ。そして切歌も調もアームドギアを構え、血を流しながらも未だ敵として居続ける未来と対峙する。

 

◇◇◇◇◇◇

 

高速でぶつかり合う雷撃。

 

ボクとアシモフの雷撃があちらこちらで火花を散らすように雷撃を散らしていた。

 

「貴様がその姿には驚かされた!だが、絶望を乗り越え、その精神が貴様の第七波動(セブンス)を高め、今までよりも少しだけ強力な蒼き雷霆(アームドブルー)になろうと関係ない!貴様は電磁結界(カゲロウ)を越えられない!貴様が私に勝つことなど不可能だ!それを返してすぐに死ね!死骸を私の前に晒せ!」

 

翼を何とか救出してそのまま高速での戦闘に入った。

 

「ッ!…ガンヴォルト…」

 

高速の戦闘。そして抱える翼がボクの名を呼ぶ。だが、翼は顔を歪ませ続ける。アシモフにより穿たれた手足。そこからは未だに血が流れ続けている。

 

「喋らなくていい、翼。きついかもしれないけど、絶対に君を奪わせない。君をアシモフの手にもう落とさない」

 

辛そうにする翼に向けてそう言った。

 

そしてボクは翼に微弱な雷撃を流す。他者の生体電流を操る事はボクには出来ない。やろうとも思えば可能かもしれないが、他者の生体電流を感じる事は難しい。だが、今の翼にシアンの力を感じる。あの時同様に、シアンがアシモフに捕らわれながらも翼達に力を貸してくれているのだ。だからシアンの力を助ける様に雷撃を流す。翼の傷を治してくれと。

 

だが、アシモフはボクが何をしようとしているのか分からないだろう。だが、それでも何かするつもりであるのならば徹底的に潰す。それがアシモフだ。何かしようのならその前に叩き潰すその為に攻める手を止めない。むしろ先程よりも確実に速度が、殺意が高まっている。だが、それでも翼にこれ以上の攻撃を、ダメージを与えない。ボク自身も喰らわない。アシモフが繰り出す拳、蹴り、放たれる弾丸を躱す。躱しながらも避雷針(ダート)をアシモフに向けて放ち、アシモフから距離を取ろうとする。

 

だが、アシモフが先程言った様に、アシモフは電磁結界(カゲロウ)を使い、避雷針(ダート)を物ともしない。

 

避ける必要がないからこそ、執拗に攻め続ける。

 

「何をしようと無駄だ!やらせはせん!どんな事をしようと考えようが潰す!貴様には選択肢すら与えん!」

 

そう言ってアシモフは電磁結界(カゲロウ)を駆使して避雷針(ダート)を物ともせずに距離を詰める。

 

距離は翼を助け出してから変わらない。互いに手を伸ばせば掴める距離。

 

攻めるアシモフと翼を守りながら戦うボク。他者から見れば圧倒的に有利なのはアシモフに見えるだろう。

 

だがそれでもアシモフの拳を、蹴りを、弾丸を躱し続ける。

 

アシモフも躱し続けるボクにヘイトを溜めている。だが、それでもアシモフはその程度で冷静さなどを失わない。あれ程憎悪や怒りを燃やしながらも、繋ぐ攻めの連鎖には一挙一動乱れなどありはしない。

 

だが、それでもボクはアシモフの絶やさない攻めの手をただひたすらに翼を庇いながらも躱し続ける。

 

だが、アシモフは躱し続けられることに流石に怒りがピークに達し、至近距離で強力な雷撃鱗を展開した。

 

圧倒的な破壊を齎す強力な雷撃鱗。それに対抗する様にボクも雷撃鱗を展開する。

 

だが、アシモフの圧倒的な雷撃鱗にボクの雷撃鱗は押され、そのまま弾き飛ばされる。

 

「ッ!?ガンヴォルト!私を庇わないで!」

 

抱えられる翼はボクの心配をして叫んだ。自身が枷になっていることに気付いている。だからそう叫んだのだ。

 

だけど心配しないで。雷撃鱗で弾かれただけだから。ダメージはない。翼は身体が十分になるまで耐えてくれ。

 

ボクは翼に言葉をかけないが、目でそう訴えた。

 

翼はその訴えを理解したがそれでも不安を拭い切れない。押され続けているから当たり前だ。

 

だけど、それでもボクはただ翼にそう訴え続ける。

 

翼は不安そうにするが、ボクの目を信頼してただ自身の傷を治癒されていくのに専念する。

 

弾き飛ばされ、地面に着地すると同時にアシモフもボクへと距離を詰めて拳を振り下ろしていた。

 

翼をも巻き込もうとする拳。ボクはそれをダートリーダーを持つ腕でいなしたが、そこからはアシモフの攻撃は確実にボクの身体を少しずつ、着実に捕らえだした。

 

いなされた反動を利用し、そのままの勢いで後ろ蹴りを繰り出す。その蹴りを躱すが、アシモフはそれを見越してボクに向けた銃を放つ。

 

雷撃を纏う弾丸がボクのコートを掠める。そして更にネフィリムの心臓を起動させ、石化する光線をボクに浴びせようとする。

 

だが、放射状に広がる光を逆にアシモフの近くに行くことで躱す。そしてアシモフも近づいたボクに対して残光(ライトスピード)の力を行使し、脳天目掛けて放つ。

 

それを紙一重で躱す。僅かに当たった髪が切断された様に宙を舞い、残光(ライトスピード)のレーザーの熱量で一気に蒸発する。その攻撃の連携を躱す事は出来たが体制を崩した。

 

そして体制が崩れた瞬間にアシモフは炎球を体制を崩したボクの前に出現させた。今までの炎球と同じだが、アシモフの憎悪と殺意に応える様に出現した炎球。

 

大きさは今までと変わらない。だが熱量が今までと段違いに違う。過去に立ちはだかった本来の能力者と遜色の無い力。

 

その炎球を撃ち抜く様にボクと向けて拳を放った。

 

翼を守る為にボクは崩れた体制で身を捩り、翼から爆炎も拳を当たらぬ様、背を向けた。放たれた拳は炎球を突き抜けてボクの身体を捕えた。それと同時に大きな爆発が起こり、ボクはあまりの威力にそのまま身体を吹き飛ばされた。

 

「ガンヴォルト!」

 

翼が叫んだ。だが、それでもボクは翼を離さない。身体が軋む。意識が飛びそうになる。だが、それでも翼に少しもダメージを与えぬ様に吹き飛ばされた。

 

アシモフはボクを確実に殺す為に手を休めない。至近距離の爆発を電磁結界(カゲロウ)で無効化していたアシモフは黒煙から飛び出し、吹き飛ばされたボクをそのまま蹴り落とす。

 

体制を入れ替え、ボクが甲板へと叩きつけられた。ボロボロになりながらも身体を起こし、その場から何とか翼と共に離れる。そして叩きつけられた場所に何発も甲板を破る弾丸が撃ち込まれた。

 

「もういい!ガンヴォルト!貴方が私を庇っているのは分かっている!だけどもう心配ない!もう大丈夫だから!これ以上貴方が傷付き続けるのを見ていられない!」

 

翼が叫んだ。翼はボクから離れ、もう立ち上がれる事を証明する。そしてボクを守る様にアシモフと対峙する。

 

立てる事を証明しても依然として身体は震えている。完全に回復した訳じゃない。翼に心配かけたのは申し訳ないが、翼が回復された事を見て安堵する。

 

「無様だな!紛い者!あれだけ啖呵を切っておいてやはりこの程度!本当に呆れる!」

 

そして降り立つアシモフがボクに向けてそう言い放つ。そんな翼もアシモフに襲い掛かろうと剣を構えた。

 

「リヴァイヴヴォルト!」

 

直ぐ様ボクは(スキル)で回復して立ち上がり、翼へ向けて言った。

 

「大丈夫だ、翼。君がそこまで回復してくれれば良い」

 

そして翼の前に立つ。

 

「でも!アシモフは今の貴方でもどうにもならない!」

 

違うよ。翼。さっきまでは確かにそうかも知れない。でも今は違う。翼が動ける様になったからこそ、もう心配しなくていい。

 

「今のままじゃだ。だけどもう違う」

 

そう言うとボクは自身の身体から更に大きな蒼きオーラを解放させる。能力因子が生み出す強力な雷撃。その力を余す事なく放出した結果、オーラとなって身体から溢れ出す。

 

一度は自分を偽物と信じきり、絶望した。だが、あの世界のシアン残したメッセージでボク自身も本物であると断言した。そしてボクが本物偽物関係なく、ガンヴォルトであると信じてくれるみんながいるからこそ、絶望を乗り越えることが出来た。

 

そしてボク自身が本物であると証明をする為に、アシモフを今度こそ殺し、みんなを救おうとする想いに能力因子が応え、今までよりも強力な雷撃を生み出した。

 

第七波動(セブンス)と精神は密接な関係にある。本当の自分が何なのかを知り、本当の自分がどうしたいか。何の為に立ち上がったのかを確認する事で、その想いが精神的なバイアスを作り、本来の力を放出させた。

 

それがこの力だ。これがボクの蒼き雷霆(アームドブルー)本来の力だ。

 

「翼…奏とクリスを頼む。もう心配ない。慢心なんかじゃない。心配をかけたくないからじゃない。もうアシモフに負けないから言うんだ。あの頃とは違う」

 

「でも…」

 

翼はそれでも引き下がろうとしなかった。だが、今の姿。力を見て今までと違うかも知れない。そう感じたのか言った。

 

「…分かった…だけど、これだけは聞かせて…必ずアシモフを殺せるか…」

 

「ああ、今度こそアシモフを殺すよ…必ず、そしてボクは君達のいる場所に戻ってくる」

 

それを聞いた翼は剣を下し、奏とクリスの元へ向かった。

 

そして対峙するボクとアシモフ。

 

アシモフは相変わらず強い憎悪と殺意、そして怒りをボクに向けていた。先程の言葉の所為だろうと思っていたが違った。

 

「巫山戯るな…紛い者如きが…何だそのパターンは…本物では無いくせに…紛い者の癖に…奴が電子の謡精(サイバーディーヴァ)と融合して至った境地に似通ったパターン…あり得ない…貴様が至っただとでも言うのか…認めんぞ…紛い者如きがその境地に至った事など…認めん!」

 

「貴方が認めなくても、これが事実だ。ボクも本物であると言う証だ」

 

「貴様は紛い者だ!やはり貴様はどこまでも私の傑作を汚してくれる!殺す!奴の名誉の為に!奴と言う存在を汚す貴様を!」

 

「何度でも言う。ボクも本物だ。本物と貴方が否定するのなら、貴方を殺し、それを証明して見せる」

 

「ほざくな!」

 

そして再び強力な雷撃がぶつかり合った。



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87GVOLT

翼はガンヴォルトを信じ、奏とクリスを回収に走る。

 

背後ではガンヴォルトとアシモフが、そして目と鼻の先には響と切歌、調、そして未来が。

 

大切な者を取り戻す為に。

 

翼も初めはガンヴォルトを手助けするつもりであった。しかし、アシモフとガンヴォルトの戦闘は今までとの戦闘と一線を画していた。

 

今の翼がいれば足手纏いになると目に見える程の圧倒的な力。

 

憎悪と殺意、そして憤怒を力に変えたアシモフの雷撃。絶望を乗り越え、同等の力に達したガンヴォルト。

 

今の二人の戦いに入る隙などありはしなかった。

 

響達の戦いも同様だ。シアンの力をガンヴォルトが手助けくれたおかげで何とか動けるまでに回復はしたが、今のままではあの戦いでも足手纏いになる。

 

その状況が翼に僅かながらの胸に痛みを引き起こす。だが気にしていられない。今の自分に出来る事を全うする。

 

とにかく奏とクリスをこの場から退避させる事。回復はしているが未だ動くのがやっとの身体を動かして奏の元へ、クリスの元へ向かう。

 

「奏!大丈夫!?」

 

初めに奏の無事を確認する。

 

「ッゲホ…何とか…」

 

奏は倒れながらも翼の言葉に反応してそう言った。ギアはボロボロだが外傷は軽度と見える。

 

シアンの支援によってガンヴォルトが稼いだ時間である程度回復させたのだろう。だが、翼と違い、ガンヴォルトにシアンの力を更に引き出されていない事で立つ事は出来ないようだ。

 

奏に肩を貸して立ち上がる。

 

「すまねぇ、翼…でも…来てくれたんだな…ガンヴォルト…立ち直ってくれたんだな…」

 

「ああ、前よりも強くなって…」

 

「全く…立ち直るのが遅いんだよ…」

 

奏はガンヴォルトの到来に少し嬉しく、だが少し不満を漏らす。

 

「確かにそうね」

 

翼も奏の言葉に賛同する。しかし、奏は翼同様に胸を痛めた。同じ理由。同じ思いだったからこそ胸を痛めた。

 

だが、今はそんな事を思っている場合ではない。すぐさまクリスの元へ向かう。

 

爆炎(エクスプロージョン)の影響で依然として燃え盛る炎の中にクリスがいる。だが、その燃え盛る炎からクリスを守る様に六角形が連なったドーム状の結界が展開されていた。

 

シアンの力である電子の謡精(サイバーディーヴァ)電子の障壁(サイバーフィールド)。どうやらクリスの命の危機を察知して自動的に展開したのだろう。

 

だが、シアンの支援による物。本来、能力者では無いクリスが扱える訳では無い為、所々ヒビが入り、今にも崩れそうになっている。

 

翼は炎の中に入り、電子の障壁(サイバーフィールド)を通り抜け、クリスを炎の中から助け出した。

 

電子の障壁(サイバーフィールド)が展開されていた事により、奏や翼とは違い、傷があまり癒えていない。

 

「ッ…どうなった…アシモフは…あいつは…未来は…」

 

翼によって救われたクリスが目を覚まして現状を聞いた。

 

「…今はまだ現状は変わってない…アシモフも健在…小日向も…」

 

「ッ!だったら倒れてる場合じゃねえ…早く…早く…」

 

翼を振り解き、再び戦闘に参戦しようとするが、傷が癒えていない状態、一人で立つこともままならず、膝をついてしまう。

 

「…クソッ!立たなきゃなんねぇのに!」

 

「雪音、無理をするな」

 

翼が再び肩を貸してクリスを立たせた。

 

「だけど!この間にも…」

 

そしてクリスは翼と奏を見て言葉を止めた。クリスは今の状況を見て誰がアシモフを止めているのか理解出来なかったからだ。気を失ってから何があった?どうして二人が?響が止めているのか?だったら早く行かなければならない。切歌と調だとしても電磁結界(カゲロウ)を越える事の出来ない二人には荷が重すぎる。

 

しかし、そうであるなら何故二人が何とか立てる状態でも行かないのか?何でこうする時間があるのか意味が分からなかった。

 

「クリス…ガンヴォルトが来た…来てくれたんだ」

 

その言葉にクリスはガンヴォルトの姿を探す。しかし、現在ガンヴォルトは目で追う事が難しいアシモフとの高速戦闘中。その姿を見る事は出来ない。

 

だが、それでもぶつかり合う雷撃を見てガンヴォルトの存在を認知した。クリスも嬉しいのだろうかホッとするが、何処か辛そうにしていた。

 

三人が胸を痛めた理由、それはガンヴォルトに対して誓ったはずの約束を果たせなかった事。アシモフを殺すと誓った筈なのに。シアンが力を貸してくれ、アシモフの無敵の防御、電磁結界(カゲロウ)を越える力を持ってして尚、アシモフに対して傷一つつける事が出来なかった。

 

そして結局、アシモフをガンヴォルトに任せる事しか出来なくなった現状が三人の心に傷を負わせる。

 

「私達は何も出来なかった…私達はアシモフをどうする事も出来なかった…あいつの居場所を守るって誓ったのに…結局何も出来ず…あいつに任せる事になるなんて」

 

覚悟した事は無駄であった。シアンの力を借りても手も足も出ず、何も出来なかった。自分達の覚悟に何の意味があったのか?自分達がアシモフと戦った意味があったのか?

 

「全部無意味だったのか…私達の覚悟も…誓いも…」

 

クリスはそう言った。今の状況ではそう思えてしまう。

 

「無意味だったと思いたくない…でも…」

 

奏もそう呟く。自分達の姿を見てそう捉える事しか出来なくなる。

 

「私達は…何も出来なかった…アシモフを殺す事も…ガンヴォルトの居場所を私達の手で守る事も…」

 

翼もそう漏らした。

 

悔しくてしょうがない。辛くて胸が痛い。

 

『いいや違う。君達の覚悟は…誓いは決して無駄じゃない…無意味なんかじゃない』

 

「司令…」

 

『君達がアシモフを殺す事を覚悟して戦ったからこそ、ガンヴォルトが立ち直る時間を…ガンヴォルトが到着するまでの時間が出来た。君達がガンヴォルトの居場所を誓い、アシモフという強大な存在に立ち向かったからこそガンヴォルトは立ち直ったんだ』

 

弦十郎はそう言った。ガンヴォルトがそう言ったわけじゃない。だが、ガンヴォルトならばそう言うと知っているからこそ弦十郎はそう答えた。

 

「そうかもしれねぇ…だけど…私達がやらなきゃならなかった…あいつの為に…」

 

「そうです…雪音の言う通り、誓ったからこそ…覚悟したからこそ、ガンヴォルトの為に私達がやらなきゃいけなかった」

 

「二人の言う通りだ…それなのに…立ち直ってくれた事は嬉しいよ…でも…私達は私たちの力の無さを許せない…」

 

三人は辛そうに言った。

 

辛いのは弦十郎も理解出来る。ノイズへの対抗手段がシンフォギア、そして第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)

 

そのどちらも持たぬゆえに、弦十郎も戦う力を持つ者のノイズを倒せない為にガンヴォルトを除いた、まだ子供の装者達を戦わせなければならないと言う選択を取る事をしている。

 

自分に力があればと、シンフォギアでなくとも、ノイズを倒せる力さえあればそんな選択をしなくてもいい。

 

だからこそ、今の三人の気持ちを理解出来る。

 

『そうかも知れない…だが、終わっていない。まだ戦いは終わっていない。救うべき者もまだ救えていない。倒さなければならない男も未だ健在している』

 

弦十郎はそんな三人に向けて言った。

 

『何も出来なかったなんて勝手に決めつけるな。まだ何が起こるか分からないんだ。響君の事もある。今の未来君がどうなるかも分からない。個人としてはこれ以上殺す覚悟を持ってアシモフに挑んで欲しくない。ガンヴォルトが来た以上、それはもうしなくてもいい。だが、ガンヴォルトが来たからと言って流れが変わったとしても、状況を簡単にひっくり返る事はない。アシモフという男がどんな汚い手で今のガンヴォルトを追い込んでくるか分からない。常に最悪な状況を考えなければならない。まだ覚悟が無駄になった訳じゃない。誓いを守れなかった訳じゃない。それなのに悲観するのが君達がやる事が?』

 

ガンヴォルトが来て流れが変わっただろう。だがアシモフという男がどんな手を残しているか分からない。今のガンヴォルトならば勝てると思うが勝利が確定している訳じゃない。ガンヴォルト自身も自分の居場所を守ろうとするが、それを悉く邪魔をして、追い込んできたのがアシモフだ。

 

何が起こるか分からない。ガンヴォルトが来た以上、これ以上殺しに固執して欲しくない。だが、それでも最悪な状況はいつ訪れるか分からない。だからこそ、まだ誓いは遂行しなければならない。弦十郎はそう言った。

 

厳しい言葉。だが、悲観している場合ではない。まだ戦いは終わった訳じゃない。何も出来なかったなんて終わってないのに言う場合じゃない。

 

しかし、その厳しい言葉に装者達のダメージは少しだが緩和される。

 

まだ完全に自分達が何も出来なかった訳じゃない。まだ誓いも覚悟も無駄じゃないと思えたから。

 

ガンヴォルトの今の力はアシモフを倒す可能性がある程の力を感じさせる。だが、それでも可能性。今のガンヴォルトならばアシモフを倒せるかも知れない。ガンヴォルト自身も今度こそ倒すと翼の前に誓っている。

 

だがしかし。アシモフにはガンヴォルトにとって脅威となる強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)、そして第七波動(セブンス)を操るネフィリムの心臓がある。第七波動(セブンス)に対してその戦いを熟知していようが、何かまだ隠している可能性がある。

 

だからこんな所で燻っている暇などない。万が一。億が一。ガンヴォルトには敗れて欲しくないと思うが何が起こるか分からない。

 

「…そうだな、旦那。ガンヴォルトには負けて欲しくはない。だけど可能性がある以上少しでもこの戦いを勝てる様に念を入れなきゃならないな」

 

「そうだな。今のあいつなら大丈夫。だが確実じゃない以上、私達も私達でそのカバーをしなきゃならない」

 

「すみません、司令。少し頭が冷えました」

 

弦十郎の言葉が装者達を立ち上がらせる。

 

まだ終わっていない。勝たなきゃならない戦いのどんな小さな敗北という可能性を絶やさねばならない。

 

だからこそ、装者達は折れかけた心を奮い立たせた。

 

『それでいい。とにかく今は任せるんだ。アシモフはガンヴォルトに。未来君を響君達に。だが、回復次第、まずは響君を助ける様に動いてくれ。響君に残された時間はもう少ししかない。全員で無事にこの戦いを終わらせるんだ』

 

弦十郎の言葉に三人は了解と発するととにかく危険この場から去り、浮上した本部である潜水艦へと向かった。



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88GVOLT

甲板の上を駆ける響は未来へと接近する。その後を追う様に切歌と調が続く。

 

未来は血を流しながらも未だ三人を拒む様に接近を許せない。背後を浮遊する鏡のビットが装者達を纏うシンフォギアを分解する力を持ったレーザーが三人に向けて幾重にも放たれる。

 

危険だと承知している。だが、それでも三人の中には後退と言う選択肢などは無かった。

 

響には時間がない。それを理解しているからこそ、ただ前へ進み続ける。切歌と調も響の時間がない事を理解しているからこそ、進み続ける。

 

響だけじゃない。未来も時間がない可能性が高い。シンフォギアのインナーを血で濡らし、見えぬ目から血を流している事がそれを理解させる。

 

アシモフにより施された暗示、そしてウェルに施されたLiNKER。LiNKERにより無理矢理適合者へと引き上げられた結果、LiNKERの副作用により死へと近付いている。LiNKERの副作用の事は知らない三人。

 

だがそんなこと知らぬとも、危険だと分かる為に急いで救う為に接近し続ける。だが、接近しようとしても未来は穴を介して遠くへと距離を縮まらせない様に動き回っている。

 

「…ッ!」

 

ボロボロになり、身体がガングニールにどんどんと侵蝕されゆく痛みに表情を歪める。だが、何度も言うがこの程度の痛みなどで足を止めない。

 

みんなに誓ったんだ。未来を救うと。自分が自分であると。ガンヴォルトにも誓った。だから止まってはならない。自分を見失ってはならない。

 

助ける為に常に攻めの姿勢を崩さらない。だが、一向に未来との距離が縮まらない。

 

厄介な第七波動(セブンス)亜空孔(ワームホール)。アシモフがガンヴォルトが到着する前に大量に仕掛けた未来をサポートする幾つもの穴。

 

その仕掛けが距離を常に一定に取らされ続けられ、時間を潰してくる。

 

「相変わらずあの穴が厄介デス!」

 

「時間がないのにこのままじゃ!」

 

「だったら私達も使うしかないよ!どこに繋がっているか分からないとしても!それが未来を助ける糸口となるのなら!」

 

だからこそ、逆に利用する。どこに出るか分からない。だが、未来が距離を取り続ける以上、変な場所に繋がっている事はない。

 

だからこそ、響は何の躊躇いもなく亜空孔(ワームホール)へと入り込んだ。切歌も調も、響同様にそれぞれ別の穴へと飛び込んだ。

 

しかし、それは悪手であった。距離を詰める為に賭けた可能性は悉く潰えた。

 

三人が入った穴はまるで未来から遠ざける様に距離を離された所に出現した。

 

「ッ!?だったらこっち!」

 

響は離された事に悔しそうにしながらも再び別の穴に再度突入する。

 

しかし、入った穴は同様に離れた場所。切歌と調も同様だ。しかも今度は出た穴が三人がぶつかる様に開いていた為に三人は激突した。

 

「ッ!?想定外…アシモフの奴…既にこうなる事を想定していたの…」

 

「あの外道ならやりかねないデス…」

 

「どうすれば…速くしないと…速く未来に近付かないと」

 

ぶつかった三人はすぐに体勢を立て直し未来に向き直る。しかし三人に向けて依然としてレーザーが放たれる。

 

三人は躱して再度接近を試みる。アシモフの持つネフィリムの心臓が作り上げた亜空孔(ワームホール)は使えない。逆に利用されると考えて何か仕掛けていた為に、利用するとこちらが不利となる。

 

振り出しに戻された。更に出来た距離を詰める事はかなり難しくなる。

 

どうすればいいのか?どうすればこの状況をひっくり返せる。三人は考えるが何も答えを見出せない。考え様にも時が経つにつれ焦りが最適な思考をさせてはくれない。

 

時間がないのにどうすればいい?このままでは何も出来ずに未来を失う。自分が自分でなる可能性が高くなる。そんな事あってはならない。

 

絶対にそんな事を起こしてはならない。

 

しかし、そんな最低な事態を起こそうと未来は三人にレーザーを放ち続ける。血を流しながら。自分の命を削りながら。

 

「もうやめて!未来!」

 

「それ以上はもう駄目!それ以上はもう身体が!」

 

「止めるデス!これ以上自分を傷付けないで!」

 

更に血を流す未来の姿に三人は叫ぶも未来は止まらない。そんな未来を止める為に三人も接近を繰り返すが依然として距離が縮まらない。

 

このままでは未来が危険。そして響も。響の焦りに呼応する様にガングニールが響の身体を突き破り、結晶が出現する。

 

「ッ!?」

 

「ッ!もう時間が!」

 

「これ以上は危険デス!」

 

響は足は止めないものの、機動力が落ちる。表情は焦りと苦悶がより一層強くなる。切歌も調もそんな響の姿に焦りが増す。

 

焦ってはならない事は分かっていても状況が冷静さを保たせない。どうすればいいのかは分かっているからこそ、焦りを浮かべて未来に向けて鎌からエネルギーの刃を、丸鋸を放つ。

 

だが、攻撃は未来に届く事はない。

 

近くにある穴を通して、躱し、距離を取る。見えるのに届かない。追いかけても常にその距離は縮まる事などはない。

 

果てしなく遠く感じる。この状況が続けばどちらも破滅する。響はガングニールによって。未来はLiNKERの副作用によって。

 

そんな事させてはならないと分かっていても解決策など見当たらない。

 

今の自分達に何が出来る?どうすれば状況を少しでも良く出来る?

 

だが考えても思い浮かばない。だからこそ、切歌と調は動き続けた。思い浮かばないのなら行動して見出すしかない。

 

響にレーザーを向かわせまいと未来へと何度も接近と攻撃の誘導を繰り返そうとする。

 

しかし、未来にそんな誘導が効くわけもなかった。アシモフの戦闘データを加えられた未来はそんな切歌と調に見向きもせず、響へと向けて攻撃を開始する。

 

ガンヴォルトと言う存在がいる事であまり見られなかった行動。しかし、本来であれば綻びを見つければそこから攻める。ドミノ倒しと同じだ。一部が少しでも傾けばそこから瓦解する。戦闘でも同じ。少しでも自身に有利になるならばそこから崩す。

 

正々堂々では無いだろう。むしろ正々堂々を持ち込む方が可笑しいのだ。

 

「ッ!」

 

未来が響を倒す行動をした為に、機動力が落ちてしまった響を助けようとする。

 

距離が離れているお陰でレーザーが響へと到達する前に、助ける事は出来た。

 

しかし、二人が響を肩を貸して戦う事は不可能。更に機動力が落ち、切歌と調は逃げる事しか出来ない。

 

「しっかりするデス!」

 

「しっかりして!」

 

切歌と調はレーザーを躱しながら響に声を掛ける。

 

響の身体は少しずつ結晶の様なものが体表へと突き出てくる。

 

「ッ…ごめん…切歌ちゃん…調ちゃん…」

 

「謝る暇なんてないデス!助けるんでしょ!?だったら飲まれちゃいけない!」

 

「時間がないから謝らないで!」

 

二人は肩を貸す響にそう言った。

 

「うん…」

 

響も痛みと侵蝕による肉体の感覚がどんどんと可笑しくなるのを堪えて二人から離れ、自分の足で立つ。

 

何度も行われる仕切り直し。再び距離は変わらず、果てしない。だがそれでも接近するしかない。

 

響は切歌と調にレーザーの攻撃をサポートされながらも躱し、未来へと駆け出した。

 

だが、今度の接近は流れが変わった。

 

距離を詰め続ける三人との距離を取ろうと穴に未来が入ろうとした瞬間、穴が突如として消滅した。

 

何が起きたのか未来は理解していなかったが、暗示により焦りも驚きも感じられない。

 

「ッ!?何が起きたの!?」

 

「急に穴が消えたデス!?」

 

切歌と調も突然の事に驚く。分からないがチャンスだ。その為に足を止めない。しかし、響だけは驚きもなく、ただ切歌と調にサポートされながら距離を詰める為に走り続ける。

 

何故穴が突如として消えたのか?そんな事響は考えなくても分かっている。

 

ガンヴォルトだ。ガンヴォルトアシモフとの対峙でこの状況をひっくり返してくれたのだ。

 

ガンヴォルトが作り出したチャンス。意図した事でないかもしれない。だが、それでも訪れたチャンス。このチャンスが最後かも知れない。

 

身体からどんどんとガングニールが侵蝕したことによる結晶が突き出てくる。

 

このチャンスを無駄になんてしない。依然として穴が消えようと接近してくる響をレーザーで近付けさせない様に放ち続ける。

 

痛みで躱す事は難しい。だがそれを庇う様に切歌と調が防いでくれる。しかし、それでも完全に防ぎ切れるはずもなく、響にもレーザーが当たる。

 

シンフォギアが消えていく感覚、その後に今度は焼ける様な痛みが襲い掛かる。

 

「グッ!」

 

だが何度でも言う様にこの程度の痛みなどで響は足を止めない。

 

きつい。痛い。苦しい。だがそれ以上の事を未来が味わっている以上、足を止める訳には行かない。

 

切歌と調もボロボロだが、響を少しでも未来へと接近させる為にレーザーを何とかしてくれる。

 

だが、二人のアームドギアは限界を迎え、一時的に破損してしまう。

 

そして響へとレーザーが直撃する。身体を纏うシンフォギアが分解されていくのを感じる。

 

それでも響は足を止めない。そんな響を身体を張って守ろうとする切歌と調。

 

駄目だ。このままでは二人とも。

 

二人も一緒に助けるんだ。未来と一緒に。マリアさんも一緒に。

 

助けるんだ!絶対に!この場所で誰も失いたくない!終わらせない!

 

その気持ちに呼応する様に、シアンが与えた電子の謡精(サイバーディーヴァ)が力を貸してくれる。

 

響の周りに電子の障壁《サイバーフィールド》を展開させて身体を守り、それが広がり、切歌と調を守る。そしてボロボロのアームドギアを復元させ、傷を徐々に回復させ、痛みを消す。

 

ぶつかり合うレーザーをシアンの力が三人を守る。

 

(シアンちゃん…)

 

大切な親友を助ける為に恩人が力を貸してくれる。だから響は歩みを止めない。

 

そしてボロボロになりながらもレーザーを受け切りようやく辿り着いた大切な親友の、未来の目の前。一度切りのチャンスかも知れない。

 

だからこそ、響は拳に己の想いを込める。そしてその想いに呼応する様に、シアンの力、電子の謡精(サイバーディーヴァ)が拳に込められる。

 

「絶対…絶対…助けるから…」

 

だが、未来も扇子の様な物を振り上げて響に振り下ろしていた。

 

避けられない。だが、自分は一人じゃない。振り下ろされた扇な様なものを切歌が受け止める。だが、今度はレーザーを放とうと後方に浮かぶ鏡が響達に向けて放たれようとする。しかし、それを調がそれよりも早く破壊する。

 

そして己の想いとシアンの力を握りしめた。

 

「ごめん未来…でも、こうでもして止めないと未来がもっと傷付くから…」

 

響は謝った。今から未来に手を上げるから。だが、これ以外方法が分からない。声が届かない。想いが届かない。

 

届かないのなら無理矢理にでも届かせる。聞こえないのなら胸に言葉を想いを届ける。己の想いを拳に乗せて。

 

「痛いけど…絶対に目を覚まさせる!お願い!目を覚まして!未来!」

 

そして未来へと響は拳を振るった。

 

届けと願い。帰ってきてと願い。響の拳が未来の胸元へ拳を叩き込んだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

暗い空間に未来は檻の中、そして鎖によって雁字搦めで囚われていた。

 

何故こんな事になっているのかは未来は朧げながら覚えている。

 

アシモフによる雷撃。そこから未来はアシモフに何かを施され、この様な状態になっている。

 

意識はあるものの何も出来ない。何も見えない。今はどうなっているかを知る事も出来ない。

 

(何が起こっているの…動けない…意識があるのに身体がどうなっているのか…自分が何をしているのか分からない…)

 

囚われた未来はずっとどうなったかを考えていた。

 

(どうなったの…マリアさんや切歌ちゃん、調ちゃんは…)

 

心配するのは自分を助けてくれた三人の事。アシモフにより大切な人を人質に取られ、やむなくアシモフと言う外道に協力する人達の安否を。

 

(響は…響はどうなったの?)

 

無事を願うのは自分を救う為にもう纏えないと言われながらもシンフォギアを纏った親友の事。あの後どうなったのか?響は無事であるのか?

 

そして、

 

(ガンヴォルトさん…)

 

アシモフによって殺されたと知らされた響と同じくらい大切な恩人。嘘だと思いたい。ガンヴォルトは死んでなんかいない。そう思いたいがアシモフと言う存在がそれを否定する。

 

死んでないと信じたい。アシモフとの戦闘で何とか生き延びていて欲しい。

 

だが、心配も、無事も願う人達の安否を未来は知ることが出来ない。

 

(誰か…誰か…助けて…こんな場所居たくない…怖い…何が起こっているのか分からないのも…こんな嫌な場所に居続けるのも…)

 

未来は救いを求める。だが、その思いは依然として届かない。

 

(誰か…寂しいよ…怖いよ…助けて…響…ガンヴォルトさん…)

 

涙が流れる。閉鎖された暗闇がその辛さを助長する。

 

そんな時、歌が聞こえた。

 

その歌はかつて、シアンと響と共に秋桜祭で歌った蒼の彼方。そしてその声はシアンと響の声であった。そしてそれと共に見える小さな蒼い光。

 

(シアンちゃん!響!)

 

響く歌声と光に未来は救いを求めた。

 

(響!シアンちゃん!私はここだよ!)

 

声が出ない。しかし声が届かなくてもそう思い続けた。そしてその思いが通じた様に、未来の囚われた檻へと光が近付く。

 

眩い蒼い光が檻の前に到達する。

 

そして届く響の声。

 

(目を覚まして!未来!)

 

大切な親友の呼びかけ。未来はその呼びかけに涙を流す。

 

(響は無事だった…良かった…)

 

親友の無事が分かったからだ。しかし、それが分かったところで未来は囚われたまま。

 

未来も何とかしようにも鎖がそれを阻害する。

 

(お願い…もうこんな場所に居たくない!響の元に帰りたい!)

 

その思いが未来を突き動かす。だが、鎖はびくともしない。目の前に光があるのに何も出来ない。

 

だが、光が更に眩く輝くと、分裂して小さな光が未来の元へと来る。

 

その光が鎖に触れると鎖が緩んでいくのを感じた。

 

(シアンちゃん!)

 

光が形を象ってなかったとしても、その光が何なのか分かった。その温もりはシアンの物。

 

囚われているはずのシアンも、どうやっているのかは分からないが助け出そうとしてくれている。

 

だが、シアンの力を持ってしても鎖は完全に外れない。だが、僅かな緩みが未来の縛られた腕を抜け出させる事を可能にした。

 

(響!シアンちゃん!)

 

そして未来は手を伸ばした。檻の外の眩い光に救いを求め。

 

そして未来の手はなんとかその光に触れる事に成功すると未来の身体を縛る鎖が完全に解き放たれた。



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89GVOLT

目にも留まらぬ高速でぶつかり合う雷撃。

 

ボクの雷撃とアシモフの雷撃が辺りへと散り、甲板の上を駆け巡る。

 

だがそんな事お構いなしにボクとアシモフは互いを殺す為に更なる雷撃を解き放つ。

 

再びぶつかり合う雷撃が爆発の様に蒼白く目も眩む光を放つ。だが、互いの姿を常に認識し、確実に殺す為に、ボクとアシモフは常に攻撃を続ける。

 

ボクが避雷針(ダート)を放てば、アシモフも銃をお返しとばかり放つ。それを躱せば雷撃を放ち応戦する。未だ距離を保ちつつ確実に殺す為の気を伺い続ける。

 

今までと違い言葉など一切発せられない。その代わりに殺意で互いの意思をぶつけ合う。

 

貴様と言う存在をここで終わらせる。

 

ここで貴方を殺す。

 

言葉などまじわさなくとも今までで十分高いを理解している。言葉など要らない。

 

もう互いに殺し合うしか頭にない。

 

己の目的を果たす為に。己の手で大切な者達を、大切な者達がいる自分の居場所を守る為。そしてあの世界に災厄を齎さぬ為に。

 

互いの願いを成就する為に殺し合う。

 

依然としてボクとアシモフはあれ以降互いにダメージを与えられていない。

 

ボクはその前にかなりの痛手を負ったがリヴァイヴヴォルトで完治させている為に、動きに鈍さなど無い。

 

アシモフも同様。装者達と戦闘したのにも関わらず、動きは全く衰えていない。疲れなど微塵にも感じさせない。

 

牽制続ける中、最初に行動を起こしたのはアシモフ。

 

アシモフには無敵の防御結界、電磁結界(カゲロウ)がある故の行動。そしてネフィリムの心臓。かつて戦った能力者達の第七波動(セブンス)を操る事の出来る聖遺物。

 

それがある故の行動。

 

始めに翅蟲(ザ・フライ)の能力。捉えきれぬ程の大量の黒い粒子を出現させ、ボクへと向けて解き放つ。際限なく放たれる黒い粒子を雷撃鱗を展開して近付く全てを焼き落とす。

 

だが、アシモフはその程度理解しているからこそ、次の行動に出る。

 

捉えきれぬ黒い粒子を貫いてボクの心臓、脳天、膵臓へと向けて放たれた光線。残光(ライトスピード)の作り出した一撃。

 

殺す為の一撃。故に読みやすい。幾度となく教えられた殺人術。アシモフのやる事を理解しているからこそ、ボクはそれを難なく躱す。だが、アシモフも同様に理解しているからこそ、いつの間にか背後に回り込んでボクへと向けてネフィリムの心臓を巻く腕をボクに突き出していた。

 

亜空孔(ワームホール)による移動。

 

そして腕からは生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の本来の能力に付随する石化の光線。

 

だが、それも難なく躱す。

 

今までの同様の攻撃。読めないと思われている事が癪に触る。だが、それでもアシモフの事だ。何か企んでいると匂わせる。

 

反撃をしようかと思うが、すぐにその場から飛び去る。

 

そして元いたボクの場所が爆発が起きる。

 

いつの間にか爆炎(エクスプロージョン)の能力を使っていたのだ。翅蟲(ザ・フライ)の視界を埋め尽くす黒い粒子、そして残光(ライトスピード)による光線。そして亜空孔(ワームホール)による背後への移動。光線のその後に放った炎球を気付かせない為に視線を誘導させる。そしてそれを確実にさせる為の生命輪廻(アンリミテッドアムニス)による石化。

 

確実に殺す為の念には念を入れた行動。だが、こんなの一度体験もしていない初見で成立する行動。何度も同じ手を喰らうはずがない。

 

ボクは着地すると共にアシモフに一気に距離を詰める。

 

だが、アシモフは穴をすぐさま開けて、逃げていく。丁寧に炎球をボクに向けて放ち。

 

ボクはそれを避雷針(ダート)で爆発させると今度は背後に感じる殺気にすぐ様反転して蹴りを繰り出す。

 

だが、その蹴りを躱し、銃弾を再び撃ち込む。ボクはそれを間一髪躱すとアシモフは更に銃弾を至近距離からの撃ち込んでくる。

 

ボクはそれを雷撃鱗を展開して弾き落とす。強化された雷撃により、今まで雷撃鱗を貫通していた弾丸はボクの雷撃鱗を越える事が敵わない。

 

だが、分かったところでアシモフも雷撃鱗を展開してボクの雷撃鱗とぶつけ合った。

 

今までと違い拮抗する雷撃。

 

「本当に苛立たせてくれる!紛い者!」

 

「何度も言っているだろ!ボクも本物だ!ボクもガンヴォルトだ!」

 

「黙れ!貴様は紛い者だ!偽物だ!この世界の誰が認めようが貴様が本物と宣おうが関係ない!私が与えた奴の名を貴様が名乗るな!偽物如きがその名を口にするな!貴様の様な紛い者の冠していい名などではない!」

 

「身体は偽物だとしても!ボクの中にある想いが!魂が!本物なんだ!貴方が名付けたとしても関係ない!貴方が認めないと言おうが関係ない!」

 

アシモフは何度でも否定する。だがその否定をボクは否定し続ける。それだけは一歩も譲らない。

 

本物と認めないのなら証明してみせる。アシモフを殺し、ボクも本物だと証明する。

 

雷撃鱗を更に強化してアシモフを押し返そうとする。だがアシモフも怒りが雷撃鱗を強化して依然として拮抗したまま。

 

だが、それを崩す様にアシモフは穴を作り、その中に手を入れると現れる最も危険な銃弾が込められた銃が握られている。

 

強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)

 

幾度と無くボクを追い詰め続けた最凶の弾丸。

 

そして殴りつける様に雷撃鱗へと向けて構えるとそのままの勢いで発砲する。至近距離から放たれる音速の一撃。

 

だが、ボクは直ぐ様対強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)用の玉を取り出して自身の雷撃を流す事により磁界を発生させる。

 

強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)はボクへと向かうことはなく、軌道が逸れてあらぬ方向に向かって飛んでいく。

 

「チッ!あの時の物か!」

 

二課の研究者達に頼んで作成された対強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)用の磁界発生装置。かつて一度だけアビスにて使用した物。

 

何故今まで同様に使用しなかったのか?

 

作成期間と調整に長時間要する為だ。そして以前の戦闘で一個はもう無くなった。そして今回の戦闘に間に合い、斯波田事務次官から一課の操縦者へ託された物。二個しか未だ作れなかった。

 

ここぞと言うときに使うべき物。それが今だ。

 

アシモフが雷撃鱗を解き、雷撃鱗の直ぐ目の前にアシモフがいる。ボクも雷撃鱗を解き、その出力も全て拳に込める。

 

強力な雷撃を纏う拳。アシモフに向けて全力で振るう。

 

電磁結界(カゲロウ)がある限り、ダメージを負わないアシモフ。

 

だが、そんな過去を越えろ。今の力は過去と違う。シアンに支援した時と変わらない雷撃を。電磁結界(カゲロウ)を越える雷撃を込めろ。

 

アシモフもただ黙って食うわけがない。直ぐ様ボクに向けて再び銃を構える。

 

だがそれよりも早く、ボクの拳がアシモフの顔面を捉えた。強力な雷撃の拳がアシモフの電磁結界(カゲロウ)と言う無敵に近い防御を突き破った。

 

強力な雷撃を纏う拳がアシモフの顔面を捉えるとボクは力の限り振り切った。

 

そして吹き飛ばされたアシモフに向けて更に追撃をと避雷針(ダート)を撃ち込みながら更にアシモフに向けてダメージを叩き込もうと接近する。

 

だが、アシモフはネフィリムの心臓を起動させ、穴を開くと飛ばされながらも体勢を立て直しその穴に入り、直ぐ様離れた所へ出現する。

 

電磁結界(カゲロウ)を越えられた事に驚きは見られない。予想外の出来事に狼狽えも見られない。

 

ただ口から流れる血を拭い、ボクへと憎悪と殺意をぶつけ続ける。

 

「ああ本当に憎たらしい。この力。このパターン。本物であれば喜んだであろう。だが、紛い者如きがこの雷撃を扱う事自体が腹正しい!」

 

そう叫ぶとアシモフが今まで展開させていた未来達の近くの穴を消した。

 

「貴様と言う存在はやはり害悪だ!貴様と言う存在が奴を霞ませる!私の育て上げた者を侮辱する!今すぐに死ね!」

 

そして今までと分散させていた力をネフィリムの心臓一点に集め始める。そしてアシモフの背後に夥しい数の巨大な炎球。蓄えられた幾つもの光の球。そして溢れ出る黒い粒子。

 

ネフィリムの心臓の最大出力というのだろうか。全てが必殺。

 

アシモフの怒りを体現させた強力な一撃。

 

更に、アシモフは言葉を紡ぐ。確実に殺す為に。

 

「滾る雷火は信念の導」

 

ヴァルティックチェーン。蒼き雷霆(アームドブルー)の最高威力を誇る必殺の(スキル)

 

完全なる死を与える為の総力を全て注ぎ込んできた。

 

だからこそ、ボクはそれをさせぬ為にアシモフへと駆け出した。だが、アシモフは言葉を紡ぎながら必殺の一撃の為に、背後に顕現させた最大出力の第七波動(セブンス)を解き放つ。爆炎(エクスプロージョン)残光(ライトスピード)翅蟲(ザ・フライ)

 

船をも破壊出来る程の一撃をボクに向けて放った。

 

ボクは前へと、アシモフに接近する為に突き進む。

 

避雷針(ダート)を迫り来る炎球に撃ち込んで爆発させる。爆発による爆風と熱波が、ボクに襲いかかる。

 

ボクは熱波と爆風に身を晒されながらも雷撃鱗を展開する。展開した雷撃鱗に夥しい量の黒い粒子がぶつかる。そしてそんな黒い粒子をすり抜けて高速のレーザーが雨の様に迫り来る。だが、それでもなんとか躱してアシモフへと接近する。

 

「轟く雷音は因果の証」

 

アシモフは言葉を紡ぎ続ける。そしてボクには爆風と熱波が襲いかかり、レーザーが雷撃鱗を貫いて襲いかかる。だが、そんな事構わない。アシモフを止めろ。アシモフを殺せ。必ず遂行しろ。自分がやるべき事を。そしてアシモフのした事を思い出せ。

 

奏を、翼を、クリスを、響を、そして未来。仲間にアシモフが何をしたか思い出せ。翼のアシモフにより傷つけられ浮かべていた苦悶の表情。ボロボロになり、倒れた奏の姿。炎の中に倒れたクリスの姿。アシモフによってシンフォギアを纏わざるを得ないと判断した結果、ガングニールにより侵食された響の姿。そしてまるであの時のシアンの様に操られ、無理に力を使わされている未来の姿。

 

進みながらも熱風がボクの皮膚を焼き、レーザーがボクの身体を何度も貫く。致命傷は避けているが、ものすごい痛みが身体中に走る。だが、この程度の痛みと衝撃が何だ。みんなこれ以上の苦しみを味わっていた。それでも尚、アシモフと立ち向かっていた。ボクがこんな所止まって仕舞えばどうなるなんて想像など容易い。だからこそ、ボクは歩みを止めない。

 

前に出ろ。アシモフに近付け。傷付こうとボクならば生体電流を操作してある程度回復する事は出来る。引くな。踏み出せ。

 

雷撃鱗を展開し続けながらボクは駆ける。アシモフはそしてボクの歩みを止める為、爆炎(エクスプロージョン)残光(ライトスピード)翅蟲(ザ・フライ)の力を出し惜しみなく発動させ、ボクを殺そうと放ち続ける。

 

足を止めるな。進み続けろ。押し返せ。致命傷になる物だけを躱し、前に進み続ける。

 

泥臭くてもいい。格好なんて気にするな。殺すのにそんなの気にしていられない。身体に幾つもの傷を作るが、生体電流を常に活性化させて傷を癒し、ボクは引かずに一歩一歩踏み出す。

 

そしてボクも言葉を紡ぐ。

 

「煌くは雷纏いし聖剣」

 

熱風がボクの喉を焼く。だが焼いた側から内部の火傷を生体電流を活性化させて治療していく。だが治したところで拭き続ける熱風は喉を再び焼き続ける。

 

「蒼雷の暴虐よ」

 

それが何だ?喉が焼けようが声は紡げる。痛かろうが、今だけだ。堪えろ。言葉を紡ぎ続けろ。

 

「敵を貫け!」

 

雷撃を腕に込めろ。作り出す聖剣の為に。今までよりも強力な聖剣を作り出す為に。

 

そして生み出された巨大な雷の聖剣。

 

それと同時にアシモフも言葉を紡ぎ終えた。

 

「裂く雷電こそは万象の理!」

 

そしてたどり着いた互いの必殺の攻撃範囲内へと。

 

「スパークカリバー!」

 

「ヴォルティックチェーン!」

 

生み出された聖剣と絡みとる雷撃の鎖。

 

互いの必殺の一撃が二人の前でぶつかり合った。



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90GVOLT

幾つもアシモフの周りに出現した鎖がボクを殺す為に貫き、絡め取ろうと襲い掛かる。

 

ボクはそれをスパークカリバーで弾く。

 

だが弾いたとしても大量の鎖、そして今だ出現し、襲い掛かる炎球やレーザーや黒い粒子。避雷針(ダート)を撃ち込み、至近距離で爆発させない様に撃ち落とし、レーザーを躱し、黒い粒子を雷撃鱗で焼き落とす。

 

邪魔する物を全部力で捩じ伏せてアシモフへとスパークカリバーで切り掛かる。

 

だが、アシモフに接近し過ぎた結果、攻撃を弾かなければならないスパンが増える。ダートリーダーの弾倉が直ぐに空になる。避雷針(ダート)を装填する為にポーチから取り出す時間などない。それに手両手も塞がっている。

 

ならば避雷針(ダート)ではなく、雷撃をそのまま撃ち出すしかない。ダートリーダーのプラグを解放させると首を振って器用にダートリーダーのプラグにテールプラグを装着させた。ダートリーダのプラグを閉じて腕に流れる雷撃を放出するよりも早く、そして放つ雷撃が一点に集中する事により強く、雷撃を銃口から撃ち出す。

 

撃ち込む雷撃で炎球を黒い粒子をごと焼き払う。

 

互いの必殺の一撃を叩き込む為に。

 

鎖と剣の衝突。爆風に火花散る雷撃。そして黒い粒子に光速に飛び交うレーザー。

 

一つのミスも許されない。一つでも撃ち落とし忘れ、回避を失敗、動きを止めれば全てが終わる。

 

極限下で高まる集中力。そして殺す為に一挙一動に対して最適な選択を選び抜き、アシモフの攻撃を受け流し、弾いていく。

 

そしてヴォルティックチェーンを弾き、ネフィリムの心臓が生み出す第七波動(セブンス)を雷撃で撃ち落とし、最低限の動きで躱し続け、そしてようやくアシモフの武装に切先が届いた。僅かにアシモフの構えた腕に小さな傷を作った。

 

「ッ!?」

 

アシモフもこれだけの攻撃、そしてヴォルティックチェーンを弾き続けたボクに対して驚きを隠せない。

 

分かっているだろう、アシモフ。ボクは本来の能力者の力を知っている。この力は本来の能力者の力を凌駕している。だが、本来の能力者の様にそれを活かす工夫がない。アシモフが今までと違い、怒りのままに使う故に動きがわかり易くなっている。極限下による集中がそれを可能にした。

 

これであれば、かつて戦った同様に第七波動(セブンス)を扱う無能力者の少年の方がもっと上手く殺す為に扱えただろう。

 

そしてヴォルティックチェーン。ボク自身も使える(スキル)。故に、どう言う動きをすれば殺せるのか?どうやれば絡め取れるのか?先読みをしようと動く方向、絡め取ろうとする死角を警戒して弾けばなんとかなる。

 

全てアシモフの教えた事だ。

 

肉体は違えど記憶が、魂が知っている。故に分かる。アシモフはその事を否定し続ける為に言っても無駄だろう。

 

殺し方。(スキル)の使い方。全て教わった故に、アシモフの行動が理解出来る。アシモフは冷製を装うが、ボクを殺そうとする焦りが、憎悪が、殺意がそれを読ませ易くしている。教えが自身の行動を苦しめていると知らず。

 

そして切先がアシモフに届いた事により、攻撃の苛烈さが増す。だが、その行動が単純になる故に先程よりもボクが簡単に弾き、撃ち落とす。

 

そして二度目のスパークカリバーがアシモフを再び捉えた。今度は先程よりも深く、アシモフの構えた腕に大きな傷を作る。

 

「巫山戯るなよ紛い者!」

 

アシモフが怒りのままに力を爆発させる。

 

目の前を完全に埋め尽くす黒い粒子。そして更に出現させる鎖。

 

確実なる死を齎す為に。

 

だが、それを拒む様にボクの能力因子が力を与える。

 

もう死にかけてたまるか。今度こそアシモフを殺す。本物と証明する為に。その思いに応える様に雷撃鱗を強化して大きくなり、黒い粒子を焼き落とす。更に雷撃を放出し、スパークカリバーに更なる力を与える為に雷撃が流れ、スパークカリバーが更に蒼く煌めく。

鎖を弾き、視界を埋め尽くす黒い粒子を撃ち落としながら、レーザーを躱し、炎球を撃ち落としながら、見えなくなったアシモフがいた場所へと向かう。

 

「ッ!?」

 

だが、炎球を撃ち落とした際に、僅かながらに壁となった黒い粒子を貫いた雷撃。小さな穴を開け、アシモフの姿を捉えた。だが、それ以上にありえない物を見させられた。

 

雷撃を纏うアシモフが二人。どうなっている?

 

何故アシモフが二人に?幻覚?それとも生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の力?あれはこの様な事を可能にするのか?しかし、直ぐに穴が塞がり、姿を見えなくさせる。

 

だが、塞がる前に二人のアシモフの内、一人が、バチバチと蒼き雷霆(アームドブルー)とは別の雷撃が迸ると姿を消して行った。アシモフもボクが開けた小さな穴からそれが見えた事に気付いていない。

 

アシモフは何をしたのか?何が起こったのか分からない。だが、二人に見えて片方が消えた。幾度となく使用していた聖遺物の力。つまり片方が消えたなら未来や響の元に向かった可能性もある。

 

だが、そうじゃなく何か他の目的が?ボクを殺す為の行動か?このままあの光景を考えず、進むべきなのか?あの光景がなんなのか見極めるべきなのか?

 

しかし、見極める為に時間を掛ければ現在戦っている未来と響達の戦いはどうなる?未来は力を使う度に血を流す。使い続ければ身体が持たない。そして響。未来同様に力を使えば使うほど身体がガングニールの侵蝕により人間ではなくなる。確証がない。もしかすれば響がその前にシアンの力と共に未来を救えるかもしれない。

 

「…響…切歌、調…君達が救うと言ってくれた…だから信じるよ…」

 

かつての様に、響の言葉を信じ、切歌と調の思いを信じ、ボクはアシモフのあの行動を見極める為に動く。

 

まずは一人のアシモフ。消えたアシモフではなく、目の前にいるヴォルティックチェーンを未だ使い続けるアシモフがなんなのか見極める。

 

今やるべきのはこの猛攻を止めて考える。

 

鎖を切り裂いて、炎球を撃ち落とし、レーザーを躱して黒い粒子を雷撃鱗で完全に焼き尽くす。

 

そして見えたヴォルティックチェーンを出現させ続けるアシモフの姿。アシモフはただ憎悪をボクに向けてこれ以上のダメージを喰らわない様に攻め続ける。

 

だが、それを全てを乗り越えて辿り着いたアシモフの目の前。

 

ボクはスパークカリバーを振るい、鎖を切り裂いてアシモフへと切先などではなく、刃が届いた。スパークカリバーを通して感じるアシモフの存在。ボクは先程のアシモフがなんなのかも考えつつ、スパークカリバーを振るい、アシモフを切り裂いた。

 

それと同時にネフィリムの心臓によって生み出された第七波動(セブンス)が消滅する。

 

だが、胴体と下半身が分かれて吹き飛ぶと同時に、雷撃がアシモフに迸る。

 

「…そういうことか…」

 

ボクはそう呟くと同時に切り裂かれたアシモフの姿は蒼く光ると同時に弾ける様に消えた。

 

その瞬間、あの時の光景がなんなのか理解する。何故アシモフが二人いたのか?生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の力だったのか?

 

アシモフが二人いたわけじゃない。生命輪廻(アンリミテッドアムニス)で二人になったわけじゃない。

 

だが、分かった。これがあの力の正体。

 

そしてスパークカリバーが消えると同時に、ボクは今までスパークカリバーに回していた雷撃の力を全て雷撃鱗に回して、巨大な雷撃鱗を展開した。

 

そして雷撃鱗の中にある違和感へと向けてダートリーダーを向けて撃ち抜いた。

 

「ッ!?貴様!」

 

「これが正体だったのか…貴方が、言った(スキル)電影招雷(シャドウストライク)…名前の通りだった…」

 

そして撃ち抜かれた場所からアシモフの姿が現れる。腕をダートリーダーから撃ち放たれた雷撃により、撃ち抜かれた腕を押さえながら。

 

「雷撃で分身を作り上げる(スキル)。そして視界が切れた瞬間に使う事により、相手に倒したと錯覚させ、その隙に確実に殺す一撃を叩き込む。それが正体。あの世界では視界を切ろうと姿を消せない為に、少し使い勝手が悪かっただろうけど、この世界で今貴方が持つ聖遺物による迷彩でより確実なものにした。それが電影招雷(シャドウストライク)の正体」

 

ボクを今までアシモフが使い続けた(スキル)の正体。電影招雷(シャドウストライク)のどの様なものか看破した。

 

「…ッ」

 

アシモフが悔しそうに睨みつける。

 

「厄介なスキルだけど、仕組みが分かったのならもうこれ以上ボクはやられない」

 

(スキル)を見破ったことで調子に乗るなよ!本当に苛つかせてくれる!」

 

そう言ってアシモフは雷撃を流し、腕の傷を完治させるとなりふり構わず、強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)の装填された銃を構える。

 

それと同時にアシモフはネフィリムの心臓を巻きつけた腕で何か取り出すとそれを宙に投げると、破壊する様に強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を撃ち放った。

 

だが、あれが何なのか理解している。投げれた結晶の様な物。かつて自分も似た様な物を使っていたからこそ分かる。だからボクは逆にそれよりも早く、強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)が衝突する前にそれをダートリーダーから放った雷撃で撃ち落とす。

 

「ッ!」

 

八岐蛇(オロチ)…厄介だから先に潰させてもらった」

 

そう呟く様に言うとボクはアシモフに向けて駆け出した。

 

今度こそ殺す。

 

「貴様ァ!」

 

アシモフは正確にボクに向けて強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を放つ。

 

だが、高速で動き続けるボクを捕らえることは叶わない。そして二発ほど躱した瞬間、アシモフの持つ銃から撃鉄の音しか聞こえなくなる。

 

弾切れ。使い続けた強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)の残弾がもう無くなったことを知らせる撃鉄の音。

 

アシモフは舌打ちしながら、新たな銃を取り出してボクに向けようとするがもう遅い。

 

既にアシモフの元へ到達したボクは蹴りでアシモフの銃を持つ腕を蹴り上げる。

 

そしてアシモフへと拳を叩き込む。

 

だが、アシモフはそれを躱してアシモフと接近戦を繰り広げる。

 

互いへや殺意を持って。動けなくなる程の強力な雷撃を込めて。一撃でも喰らえばそこから連撃で追い詰めようとする。

 

だが、互いにその一撃を喰らわない様に、腕で、足で全身を使い、自身への攻撃を躱し、受け流す。

 

アシモフの拳を躱し、蹴りを受け流し、ボクはダートリーダーから放つ雷撃を、そして電磁結界(カゲロウ)を越える雷撃をアシモフに繰り出す。

 

だが、アシモフも全てを捌き、反撃をする。

 

銃から雷撃を纏う弾丸を、拳を、蹴りを。互いの手の内は知り尽くしているとばかりに全くと言っていいほど当たらない。

 

「何度苛つかせれば気が済む!貴様がその動きをする度に虫唾が走る!紛い者!」

 

「何度も言っているだろう!アシモフ!ボクも本物だと!」

 

紛い者と叫ぶアシモフと本物だと叫ぶボク。何度このやりとりをしたか。もう互いに沢山だろう。だから終わらせよう。

 

アシモフの体術を知り尽くしている。アシモフも認めないがボクの体術を知り尽くしている。

 

互いの腕も幾度と戦闘をして把握している。故に読み合いで先手を取るしかない。

 

アシモフはそう思っているだろう。

 

しかし、それは違う。

 

ボクが七年間何もしなかったと思っているのか?確かに今までの戦闘では使っていない。過去に囚われていたせいでアシモフを殺すことしか頭になかったせいで使わかなかった物。

 

アシモフ。貴方だけじゃない。ボクの体術の師匠はもう貴方だけじゃないんだ。

 

アシモフが振るう拳を避けてさらに距離を詰める。拳が触れない距離まで蹴りを繰り出そうとするアシモフの足をダートリーダーを持つ腕で押さえる。

 

だが、アシモフはそれを知るとボクの顔面に向けて頭突きを繰り出そうとする。

 

格好など気にしない。どんな事をしてでも勝利する執念。

 

だが、その頭突きはボクに当たる事はなかった。

 

「ガッ!?」

 

アシモフが振りかぶる頭が急に止まる。

 

接近して拳が打ち込めない。だが、それでも打ち込める拳をボクは持ち合わせている。

 

ワンインチパンチ。弦十郎と響と見た映画から使えそうだと思い、弦十郎より指導してもらい使える様になった拳。

 

そしてそのままアシモフの動きが止まると同時に、身体を反転させその威力をそのままアシモフにぶつける。

 

鉄山靠。

 

これもそうだ。中国武術。弦十郎に指導してもらい習得した武術。

 

そして吹き飛ばされたアシモフへとボクはダートリーダーから雷撃を放ち、アシモフの腕に付けられたネフィリムの心臓を撃ち抜いた。

 

宙を舞うネフィリムの心臓。そしてボクはそれをキャッチするとそのままアシモフにもう三発アシモフの腕足を撃ち抜いた。

 

「グッ!」

 

そして回復させる隙を与えぬ様、ボクはすぐにアシモフへと接近し、腹へと力を込めて踏み込んだ。

 

「ゴハァ!?」

 

そしてようやく掴んだ勝利の余韻に浸る事なくボクはアシモフに向けてダートリーダーを構えて言った。

 

「シアンは返してもらった。もう終わりだ、アシモフ」

 

そしてボクはアシモフを殺す為に雷撃を込めたダートリーダーの引き金に力を込めた。



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91GVOLT

「ッ…」

 

急に襲いかかる痛みに未来は呻き声を上げる。先程まで感じていなかった痛み。

 

「未来!」

 

そんな中、先程とは違い鮮明に耳に聞こえた親友の声。

 

その声を聞き、あの暗い空間から抜け出せた事、そして親友である響があの時の約束を果たしてくれた事に安堵する。

 

痛みのあまり、重くなった瞼をゆっくりと開ける。

 

そこに映るのは響の顔。だが、安堵よりもより一層濃い絶望が襲い掛かった。

 

「ひ…響…」

 

響の姿を見て未来は痛みなど忘れてしまう程の状態を見てしまう。

 

響は笑顔を浮かべているが、その顔の一部には皮膚を突き破り、黄色い結晶が浮き出ている。顔だけじゃない。身体の至る所に顔と同じ黄色い結晶が皮膚を突き破り顔を出している。

 

弦十郎が危惧していた事態。それがこれだという事を未来はすぐに理解した。

 

「良かった…良かったよ…未来…元に戻ってくれて」

 

だが、響が本当に良かったと安堵する中、未来は何故響がシンフォギアを纏い、この様な姿になってしまったのか?

 

「二人共無事デスか!?」

 

「大丈夫!?」

 

そんな中、未来の心配していた切歌と調の姿。響の様な姿ではないが、切歌も調もボロボロである。

 

「切歌ちゃん…調ちゃん…」

 

「戻ったみたいで良かったデス」

 

「アシモフにもう操られてないみたいで良かった」

 

操られていた?どういう事なのか?未来には訳が分からなかった。だが、自身を蝕む痛みの理由を知り、悟った。

 

自身の痛みの理由。響や切歌、調と同様に色違いのギアを纏い、インナーから血が滲んでいた。記憶に無い装備。そして操られていたと言う事から響がこの様な原因、そして切歌と調がボロボロの理由が自分であると言う事を知ってしまった。

 

「あっ…あっ…」

 

その事を理解した未来の心は響を傷付けたと言う事に、助けてくれた切歌と調を傷付けた事に、そしてこの場にいない翼、奏、クリスを傷付けたと言う可能性、そしてもしかしたら誰かを殺してしまったと言う可能性が未来の心を崩そうとする。

 

理解出来ないが自身がしてしまったかも知れない事態を重く受け止めてしまい、未来の心を蝕み、キャパオーバーしてしまう。

 

呼吸がままならない。自身が記憶に無い間に起こった事を知るのが怖い。

 

「未来!しっかりして!未来!」

 

「大丈夫デスか!?」

 

「ッ!?まだアシモフの暗示の影響が!?」

 

未来の状態に三人が声を上げる。三人は未来に何が起こったのか分からない。だが、今の未来の状態は危険だと分かる。どうすればいいと考える中、誰かが此方へと駆け寄ってくるのに気付いた。

 

「響!」

 

奏の声が聞こえた。

 

その後を追う様に翼とクリスが奏も来た。

 

「みんな!未来が!?」

 

響は辛いながらも未来の状態を簡潔に伝えようとするが、響は言葉足らずにより伝わらない。いや、今の響の状況に加えて、大切な親友の状態がこの様な状態であれば仕方が無い。

 

だが奏は嘗ての同様な状況があった為に、響に言った。

 

「響!未来を落ち着かせるんだ!今未来は今までの出来事を思い出している可能性がある!違っても記憶がないのなら今起こった事を知らないからこそ、響達の姿を見て自分が何かを起こした不安で心が押し潰されそうになっているんだ!」

 

奏も同様の状態になり、後悔の波に押し潰されそうになった。だからこそ、それを塗り潰す必要がある。奏の場合は赦し。ガンヴォルトにやってしまった行動の後悔をガンヴォルトが赦しを得て、持ち直した。そして大切な人だからこそ、持ち直す事が出来た。

 

未来も持ち直すには押し潰されそうになる心の支えになる物。そして大切な人による心に届く言葉。だからこそ、奏は響に言ったのだ。

 

響は奏の言葉にどの様な行動が最も最適なのか分からなかった。

 

押し潰す後悔の波。目に見えない傷を癒すのにはどうすればいいのか?思いを叫ぶのか?大丈夫と心配しないでと言い続けるのか?答えは出ない。

 

考えるのは得意ではない。だったら、どうすればいいのか?響は無我夢中で未来を抱き締める。

 

「大丈夫!未来!みんな無事なんだよ!誰も居なくなっていない!」

 

未来は過呼吸になり視界が定まらない未来に対してそう言った。

 

「奏さんも!翼さんも!クリスちゃんも!みんな無事だよ!ボロボロになったのも未来の所為じゃない!全部アシモフが悪いんだ!未来の所為じゃないんだよ!そんな姿になっても未来は何もしていない!未来が悪い訳じゃないんだよ!」

 

伝える。みんなの無事を。そして未来は何もしていないと。本当は違う。だが、全ては未来の意思ではない。だから響は落ち着かせる為にそう叫んだ。未来は何もしていないと。悪いのは全てアシモフだと。

 

全てはアシモフが引き起こした暗示の所為。未来の意思ではなく、アシモフの所為でしたくもない戦いに参加させられたと言う事を。

 

「私は未来を助けたくて纏ったんだよ!未来の所為じゃない!未来は何も悪くないよ!」

 

ただ未来は悪くないと抱き締めながら言い続けた。

 

未来が重く受け止めそうな事を幾つでも挙げてそれは未来の所為ではないと言い続けた。

 

その結果、未来の崩れかけた心に響の想いが届き、少しだけ落ち着きを見せる。

 

「でも…私は…私が…みんなを…」

 

「違う!貴方の所為じゃない!全部この人の言う通りアシモフの所為!貴方は何も悪くない!貴方は自分を責める事なんて自分の意思でしていない!」

 

未来の言葉に調がそう言った。調だけじゃない。それに続く様に切歌が、奏が、翼が、クリスが。ボロボロになったのは未来の所為ではないと己の想いを未来にぶつけた。

 

「違うデス!貴方は何も悪くない!貴方は自分の意思であんな事を起こした訳じゃない!だから何も悪くない!全部アシモフの!あの男とウェル博士!全ての元凶はあの二人デス!」

 

「未来!響やこの二人の言う通りだ!お前は何も悪くない!そんなに自分を責めるな!」

 

「小日向!貴方は何も悪くないんだ!貴方はこの傷は貴方の所為じゃない!」

 

「お前は何も悪くないんだよ!お前はただ操られていただけだ!悪いのは全部お前じゃなくアシモフだ!」

 

全員が未来の所為ではないと言った。

 

その言葉が未来の崩れかけた心を完全とはいかないが、支えとなる。

 

「みんなの言う通り、未来の所為じゃない。未来がそんな悪い事を自分からみんなしないってわかっているからこう言うんだよ。違うんだよ。未来が悪い訳じゃない。未来は何も悪くない。悪いのは未来にこんな事をさせたアシモフなんだよ」

 

響が未来に対してそう言った。

 

「響…みなさん…」

 

全員の言葉のお陰でなんとか呼吸が安定して、ようやく落ち着きを取り戻す。

 

「ごめんなさい…それと私を助けてくれてありがとう…」

 

そしてそう言った。落ち着いた未来を見て全員が安堵する。

 

だが、その落ち着きがあの空間であったシアンの光を思い出す。

 

「そうだ!シアンちゃんは!シアンちゃんは何処に!?」

 

シアンはアシモフに囚われたままだったはず。だが、こうして戻ってこれたのはシアンと響のお陰だ。響は無事とは言い難いが目の前にいる。だが、シアンは何処に?

 

「シアンちゃんは…まだアシモフの手の内にいる…でも大丈夫!絶対シアンちゃんはガンヴォルトさんが取り戻してくれる!」

 

響が未来に対してそう言った。

 

「ガンヴォルトさんが…生きてる…?…本当なの…死んでないの?」

 

未来に衝撃が走った。アシモフにより殺された。そう聞かされていたガンヴォルトの存在。もう会う事が叶わないと思っていた未来にとっての大切な恩人。

 

「嘘じゃないよ…ガンヴォルトさんは生きてる…アシモフになんてガンヴォルトさんは殺されてない…ガンヴォルトさんは生きて、今も戦ってる」

 

そう言って響は未来にガンヴォルトのいる方向を示唆する。

 

姿は見えない。炎が常に吹き荒れ、黒い粒子が覆い尽くし、光るレーザーが一点に向かい放たれ、レーザーと同様に雷撃を纏う鎖が複雑に動き、何かを絡め取る様に蠢いている。

 

「あの中にガンヴォルトさんとアシモフがいる…シアンちゃんを取り戻す為…みんなを救う為…あの中でガンヴォルトさんは戦っているの」

 

生きている事にホッとし、そして未だあの巨悪に戦っている事に不安になる。

 

「大丈夫だよ、未来。今のガンヴォルトさんならアシモフを倒してくれる…アシモフからシアンちゃんを取り戻して無事に帰ってくる」

 

響は未来にそう伝える。今のガンヴォルトの姿を、頼もしさを知らない未来だが、響の言葉、そして他の全員が響の言葉通り、ガンヴォルトなら勝つと頷いた。

 

だから未来もその言葉を信じる。

 

今度こそアシモフに勝ち、この戦いを終わらせてくれると。

 

「だが、その前に立花と小日向。今の貴方達の状態は危険だ。それに、少し離れているだけの此処も、ガンヴォルトとアシモフの戦闘に巻き込まれるか分からない。兎に角此処から一旦離れよう」

 

翼がそう言った。

 

確かに今この場がガンヴォルトとアシモフの戦闘に巻き込まれるか分からない。そして響のガングニールの侵蝕、そして翼達は分からないが、未来の身体もLiNKERによって身体はボロボロ。

 

だからこそ、響と未来を助ける為にそう言った。

 

「そうだな。響は早くシンフォギアを一旦解除して本部に戻ろう。二課の医療班に早く二人の状態を見せないと。それと二人も。二人の救いたかった人も到着してる。治療もしてくれるだろうし、一緒に行こう」

 

奏も切歌と調にそう言った。

 

二人もその言葉に頷いた。

 

その瞬間、今まで感じていた強大な力が消えるのを感じる。そちらを見るとアシモフとガンヴォルトが戦っていた場所から炎球が、レーザーが、黒い粒子が、鎖が消え、アシモフがガンヴォルトがもう剣、スパークカリバーによって切り裂かれたアシモフの姿。

 

ガンヴォルトが勝った。そう思ったが、ガンヴォルトは巨大な雷撃鱗を張って別の方向に雷撃をダートリーダーから放った。

 

そしてそこに現れた先程切り裂かれたアシモフの姿。何が起こったか分からないが、まだ勝ちではなかった。だが、それでも、アシモフと接近戦を繰り広げ、今度こそアシモフを倒し、シアンを助け出したガンヴォルトの姿。

 

これで戦いは終わった。全員がそう感じた。

 

しかし、それは間違いであり、此処からまた絶望が始まろうとしていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクはアシモフに向けてダートリーダーの引き金を引こうとした。しかし、それと同時にアシモフの身体からまるで暴走したかの様に雷撃が迸り、先程と同様の威力の雷撃がボクに放たれた。

 

それでもボクはアシモフに向けて雷撃を放った。だが放った雷撃はアシモフの身体を迸る、いや、迸ると言うよりも許容量を超える雷撃をそのまま放出させた様な雷撃に弾かれ、アシモフに当たる事はなかった。

 

ボクはなんとか躱し、アシモフから距離を取る。

 

時間切れ(タイムアップ)…普段なら苛つくが、良い時に来てくれた…」

 

辛そうにボクが離れた事により、苦しそうにだが、立ち上がるアシモフ。

 

だが、ボクはアシモフを殺そうと再び雷撃をダートリーダーから何発も撃とうとする。

 

だが、そうする前に銃声が響くと同時に、ボクの握ったネフィリムの心臓が弾かれた。

 

「ッ!?」

 

何が起きたかのか。弾かれた方向を辿り何が起きたのか視界の端で捉える。そこにあったのは輸送機。そしてそこから狙撃銃を構えるウェルの姿。

 

「よくやった!Dr.ウェル!」

 

苦しそうに叫ぶアシモフだが、ネフィリムの心臓が弾かれた方向におり、再びアシモフの元にネフィリムの心臓を手に入れた。

 

「ッ!シアンを返せ!アシモフ!」

 

再びアシモフによりシアンを奪われ、取り戻す為に接近する。だが、アシモフはそれよりも早く、ネフィリムの心臓を起動させる。

 

だが、小さな穴。逃走する気ではないのか?

 

「此処は負けを認めよう。紛い物如きに負けを認めることは屈辱だが、仕方ない。今の状態で貴様を殺す事は難しい」

 

苦しそうにアシモフはそう言った。負けを認めはしているが、それでもまだ何か策があるとばかりの表情を浮かべていた。

 

「だから引かせてもらうぞ。紛い者。次こそ、貴様を殺す」

 

「そんな事をさせると思っているのか!アシモフ!」

 

「ああ、簡単に引かせてはくれないだろう。だが、逃さざるを得ない状況を作った」

 

そう言うと、背後から悲鳴が聞こえた。

 

それは未来の悲鳴。

 

「アシモフ!未来に何をした!」

 

「計画通りとはいかなかったが、計画の最終段階に移らせてもらう。奴の神獣鏡(シェンショウジン)のシンフォギアの力を使い、フロンティアを起動させる。人柱として、奴の死を利用するだけだ」

 

「アシモフ!貴方はなんて事を!」

 

「どうとでも言えば良い」

 

そう言って背後から第七波動(セブンス)とは別の強力な力の奔流を感じる。

 

ボクはアシモフを殺す事と未来の命を天秤にかけ、その結果、誰一人もアシモフに殺させないと言う思いが、勝ち、アシモフから離れ、未来の元へ走り出した。

 

そう言うと共に、アシモフは甲板に手を突いて呟いた。

 

「ダメ押しだ。これで死ねば良いが、死なぬのなら今度こそ、貴様を殺してやる。そして…」

 

アシモフは甲板から雷撃を流し、看板の端にあるミサイルを未来の元へと放った。

 

「手に入れさせてもらう。風鳴翼。雪音クリス。貴様の大切な者を奪わせてもらうぞ」

 

そう言ってアシモフは穴を開くと、苦しそうにだが、その穴へと入って行った。

 



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92GVOLT

ガンヴォルトの勝利。幾度とない戦いで敗北し続けたガンヴォルトだったが、敗北しても諦めず、絶望しても立ち上がり、アシモフに戦いを挑み続けた結果、手にした勝利。

 

アシモフが倒れ、ガンヴォルトの手には大切な友達、シアンが囚われたギアペンダント。そしてネフィリムの心臓。長い戦いの終わりが見えた。

 

だが、そんな希望を塗り替える様にアシモフの身体から雷撃が迸った。ガンヴォルトとアシモフが常に纏う自己強化などを行う雷撃とは違う、攻撃に使う様な強力な雷撃。それを身体中から。

 

「まだアシモフの奴は力を隠していたデスか!?」

 

敗北したアシモフが、悪足掻きの様に雷撃を身体中から放つ姿を見た切歌がそう言った。

 

「違う!あれはあの時と同じだ!」

 

切歌と調、そして未来も響も知らないがそれ以外の全員はその力がなんなのかを知っている。

 

かつて響が暴走しながらアシモフと対峙した際に見せた雷撃。第七波動(セブンス)の暴走。ガンヴォルトには起きた事が無いためにどの様な事が起こるか分からない。

 

アシモフから迸る雷撃がガンヴォルトへと襲い掛かる。だが、ガンヴォルトはそれでもアシモフを殺そうと雷撃をダートリーダーから放ち、反撃していた。

 

だが、ガンヴォルトの強力な雷撃を同様の力を持つ雷撃が弾き、アシモフにトドメを刺すに至らなかった。

 

ガンヴォルトは決して油断していたわけじゃ無い。だが、アシモフを殺せなかった。そしてそれを援護する様に響いた銃声。銃型のアームドギアを持つクリスではない。そして同じく銃を扱うガンヴォルトでも無い。その銃声の元に視線を向けると輸送機から狙撃銃を構えたウェルの姿。

 

そしてその弾丸はガンヴォルトが持っていたネフィリムの心臓を弾いた。思わぬ伏兵。今まで最前線へと姿を現していたが、ソロモンの杖を使用してこれといった戦果を挙げていないウェルにこの様な事が出来るなど思いもよらなかった。

 

そして弾かれたネフィリムの心臓が再びアシモフの手に奪われる。

 

その瞬間、奏と翼、クリスが駆け出した。

 

「二人は立花と小日向を逃してくれ!」

 

翼が切歌と調へ今はもう戦えそうに無い二人を逃す様に頼む。

 

アシモフが再びネフィリムの心臓を取り戻した以上、侮れない。ガンヴォルトはそれを打ち破り、一度は勝利を掴んだものの、暴走した蒼き雷霆(アームドブルー)。アシモフも限界が近いのかもしれないが、何をしでかすか分からない。だからこそ早期に決着をつける為に、アシモフにトドメを刺す為に駆ける。

 

だが、

 

「キャァ!」

 

突如未来が悲鳴を上げる。振り返ると未来の頭を掴む、謎の手。

 

その手には見覚えがある。

 

アシモフの手。小さな穴を開き、未来の頭を掴み、再び雷撃を浴びせていた。

 

「未来!」

 

最も近くにいた響が限界だろうが構わず、未来を掴むアシモフの手を離れさせようと拳を振るう。

 

だが、響の拳が当たる前にアシモフの手が穴の中へと消えていった。

 

「未来!しっかりして!未来!」

 

「ぁぁああ!」

 

雷撃を浴びた未来へと叫ぶ響。その瞬間、未来の身体からアシモフの様に力が暴走したかの様に、纏うシンフォギアから強大なフォニックゲインが漏れ出した。

 

アシモフによる聖遺物、いや、シンフォギアへの干渉。未来のシンフォギアへとアシモフが雷撃により力のリミッターを外し、それに耐えきる事が出来ない未来を暴走させた。

 

第七波動(セブンス)と聖遺物。異なる力であるものの干渉が出来るのか?

 

既にそれは実証されている。シアンの電子の謡精(サイバーディーヴァ)。それが最たる例だ。

 

聖遺物、いや、シンフォギアと電子の謡精(サイバーディーヴァ)。共に歌に力による身体に纏うシンフォギアを第七波動(セブンス)の能力のブーストをする。

 

だが、蒼き雷霆(アームドブルー)は違う。歌を介さず使用する力。その力が聖遺物への干渉は不可能に近い。

 

ならば何故、この様な事が可能なのかはアシモフが使い続けた聖遺物。神獣鏡(シェンショウジン)が関係している。

 

聖遺物への干渉は蒼き雷霆(アームドブルー)には出来ない。それはアシモフは承知だ。だが、それを可能とする方法についてはアシモフは知っている。

 

かつて皇神(スメラギ)がとっていた手法。聖遺物への因子封印。皇神(スメラギ)は過度の摘出で能力の暴走を抑えていたが、アシモフは科学者であるウェルに協力させ、七年という長い時間をかけて、自分の能力因子が宿る血を聖遺物へと干渉させた。それを行った結果、自身の能力因子をそのままに聖遺物へと自身の力の一部を聖遺物へと埋め込んだ。

 

そして自身の力による封印した能力因子の解放。そうする事で可能にした技術。それが暴走の正体。

 

能力者でない者が能力を使おうとする事で蒼き雷霆(アームドブルー)特有の成功個体以外の使用による拒絶反応を利用して起こる暴走。そしてそれを引き金に聖遺物も同様に暴走する。フォニックゲインではなく、能力因子による無理矢理の能力の引き上げ。それが聖遺物の暴走を引き起こす。

 

そしてその暴走状態によって未来から全員が理解しているアームドギアを分解してしまう強力な力が放出された。

 

近くにいた響はその力を受け、吹き飛ばされる。切歌と調は巻き込まれなかったものの、暴走する力の圧力に奏、翼、クリスや元に飛ばされた。

 

「ッ!あの外道が!未来にまた何かしやがった!」

 

奏が力の圧力に負けない様に踏ん張りながらもそう叫んだ。

 

「とにかく!立花の救出と小日向を止めるぞ!」

 

「分かってるよ!だけど!」

 

吹き荒れる力を踏ん張り、三人はそう叫んだ。

 

だが近付く事が出来ない。未来から放出された力が、シンフォギアを分解する力が、全員の身体を思う様に動かせない様にしている。

 

シンフォギアを分解する力。その力が暴走して強大な力の圧力によって放たれる為に、アームドギアが、シンフォギアが遠くに居ても分解されていく。未だ完全に回復していない三人、そしてボロボロになった切歌と調はそれに打ち勝てる程の力を今持ち合わせていないからだ。

 

「どうすればいいデス!」

 

「何処までも卑劣な事を!」

 

切歌も調も何とかしようと踏ん張っているが、先程までの戦闘によるダメージ、そしてLiNKERの時間が迫り、行動が出来ない。

 

どうすればいい?どうすれば未来を救える?考えても答えなどではしない。

 

だが、そんな中でも、動く影は存在した。

 

響だ。

 

吹き飛ばされ、ボロボロになりながらも力の奔流など気にも留めず立ち上がり、未来の元へ駆け出していた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「未来!」

 

力の奔流により、身に纏うシンフォギアは、身体から突き出た結晶が分解されながらも接近する。

 

響の想いはただ一つ。未来との約束を守る。そしてあの時離してしまった手を、もう二度と離さないために。そして未来を助けると誓ったのだ。

 

だからこそ、響はボロボロになりながらも突き進む。約束を守る為に。東京スカイタワーで誓った約束を守る為に。

 

「未来!」

 

響はシンフォギアが分解されながら、そして荒れ狂う力の奔流、圧力に負けじと未来へと駆ける。

 

力の奔流が常に響を襲う。身体が軋む。押し返されそうになる。身体はとうに限界を迎えている。侵蝕されゆく身体、蓄積されたダメージ。だがそれでも響は救いたいという、助け出したいと言う強い意思を原動力に無理矢理身体を動かして進み続けた。

 

失ってなるものか。取り戻したのにまた離れてなるものか。

 

響は未来の元にボロボロになりながらも手を伸ばし、進み続けた。

 

「ひ…ひび…き」

 

未来もその姿を見て痛みに堪え、手を伸ばす。未来も同様なのだ。あの時離してしまった手を再び掴んでくれたのに、また離れてしまう。折角握り返してくれた手を離してなるものか。もう離さない。どんな障害があろうと突き進んで、命を賭けて救おうとしてくれる響の手を伸ばしているのに、自分がその手を握ろうとしないのは間違っている。力の暴走を気力で抑えようとする。響へと手を握る為に。

 

だが、それでも暴走は止まらない。未来の意思を無視して力は吹き出し続ける。血がギアインナーを濡らし、目から血涙が、口からは身体をボロボロにした結果、血が流れ出る。

 

響も近付くにつれて、完全にギアが形状を保てなくなりつつある。結晶が剥がれ、血が流れる。

 

しかし、それでも二人は手を伸ばす。互いがもう二度と離さないと決めた手を再び握る為に。

 

そして暴走する力の奔流を進み続けた響が、未来の伸ばした手が届く。

 

だが、その瞬間、暴走した力が臨界に到達して、紫色の光が輝き出し、光が二人を飲み込んだ。

 

未来が暴走した起点から生み出された空を貫く巨大な光柱。力の塊が甲板を貫き、船体に大きな穴を開け海中までそれが出現した。

 

船体に穴が空き、船が大きく傾き、沈没していく。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「響!未来!」

 

船が沈みゆく中、何とかアームドギアを突き立て、奏達は飲み込まれた二人の名前を叫ぶ。だが、返事は帰ってくることはない。

 

それと同時に起こる海上をも揺らす大きな揺れ。

 

船の沈没からなる揺れなどではない。何か海底から目覚めた様に、海底から何が引き剥がれようとする様に海上を揺らしていた。

 

「何が起こっているデス!」

 

「とにかく二人を早く助けないと!」

 

切歌と調がそう叫ぶ。だが、暴走した力の奔流が収まらない為に誰も行動がままならない。

 

しかし、それでも動ける人物は響以外にも存在した。

 

全員の傍を高速で通り過ぎていく影。

 

ガンヴォルトだ。アシモフとの戦闘から未来を救う為に動いたガンヴォルトがその光柱へと駆けていた。

 

「ガンヴォルト!」

 

全員がガンヴォルトの名を叫ぶ。ガンヴォルトはただ全員に落ちない様に指令を出す。

 

「全員退避してくれ!ここはもう持たない!可能な限り、今いる船の人を逃して退避してくれ!」

 

ガンヴォルトはそう言うと光柱へと接近して躊躇いなく入って行った。

 

ガンヴォルトまで巻き込まれ、ただ行く末を見守るしかない。だが、そんな中、再び悪魔(デーモン)が姿を見せる。

 

「必要な者だけは手に入れさせてもらうぞ」

 

声のみが届き、そして翼とクリスの背後に現れる穴。そこから伸びる二つの手。

 

アシモフだ。アシモフがこの機に乗じ、翼とクリスを連れ去ろうとした。暴走状態でも尚、負けと認めて尚、己が目的を完遂させる執念が、暴走を凌駕して突き動かしていた。

 

「ッ!?」

 

急な事にそれぞれが対応が遅れる。アシモフの出した手がクリスを掴む。それと共に暴走状態のアシモフの雷撃が襲いかかる。

 

「ガァァ!」

 

そしてアシモフの雷撃が、クリスを蝕み、気を失わせた。そして気を失ったクリスを穴へと連れ込み、姿を消す。

 

「クリス!」

 

クリスが連れ去られた事により奏が叫ぶ。だが、もう連れ去られてしまった為もう遅い。そして翼も同様に連れ去られようとした。しかし、翼がアシモフに囚われるより早く、翼を突き飛ばし、切歌が入り込んだ。

 

「ッ!」

 

切歌が誰よりも早く動けたのかは切歌のシンフォギアに搭載されていたブーストによって無理矢理動き、翼を突き飛ばしたのだ。

 

そして翼の代わりにアシモフの手が切歌を掴み、雷撃を流し、気を失わせるとそのまま穴の中へ連れ去っていく。穴が切歌を飲み込むとクリスの時同様に消え去っていった。

 

「切ちゃん!」

 

調が連れ去られた切歌の名を叫ぶが決して声が届く事はなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

暴走する力の奔流へと飲み込まれた響と未来を救う為にボクは光柱の中へ飛び込んだ。

 

入り込んだ暴走する力の奔流。その全てがボクの身体を傷付けていく。

 

「ッ!」

 

エネルギーの塊に無謀にも飛び込んだボクはボロボロになりながらも突き進んだ。

 

無謀だろうと誰もが思うだろう。ボク自身もそう思う。だが、失いたくない。響も。未来も。ボクを必要としてくれる二人。そしてボクの居場所にいるべき二人を失いたくない。そんな思いがボクを行動させた。

 

光の奔流。力の塊が全方向から襲いかかる。

 

それでも身体により雷撃を流し、生体電流を活性化させて、無理矢理でも活動可能にして突き進んだ。

 

そして辿り着いた響と未来の元。甲板を貫き、沈没していく船の甲板があった場所に浮遊していた。

 

未来の暴走する力を響がそれを飲み込もうとしている。

 

響のアームドギアの特性。他者と繋がる為に武装を持たない。だが、それこそが未来を救う手立て。無手だからこそ、他者のギアの持つエネルギーを吸収する事が出来る。

 

だが、それを邪魔する様に響と未来の周りに迸る雷撃。

 

アシモフが未来にまだ何か施していたのか。

 

響未来を救う為の行動。だが、それを邪魔するアシモフが残した雷撃。どうすればいいのかなんてわかっている。

 

ボクは浮遊する未来と響の元へと飛び出し、響と未来の握る手の上から掴んだ。

 

「ガ…ガンヴォルトさん…」

 

響と未来がボクの存在に気付き、ボクの名を呼んだ。

 

「何も言わなくてもいい!響!未来を救えるか!?響自身も救えるか!?」

 

ボクは響へとそう問いかけた。響は辛そうにだが、頷く。だが、それをさせない様に雷撃が邪魔をする。

 

「ガンヴォルト…さん…」

 

未来も救いを求める様にボクの名を呼んだ。

 

「助ける!絶対に!」

 

ボクは避雷針(ダート)を取り出すとダートリーダーへと装填して自身へとへと打ち込む。そうする事により響の邪魔をする雷撃がボク自身へと流れ込んでいく。

 

響が聖遺物の力を受け止めるのならボクがそれを邪魔する雷撃を受け止める。未来を救うには方法が他にあるのかもしれない。だが、時間がない故に強硬手段を取らざるを得なかった。

 

ボク自身の力と同等の雷撃。キャパオーバーした雷撃はボク自身を蝕んでいく。

 

更に力の奔流中故に更に身体への負荷が想像を絶する。

 

だが、それでも意識を手放さない。響が未来を救う為に頑張っている。未来がそれを信じている。そんな中、ボクが協力しないでどうする。

 

ボクは更にボロボロになりながらも雷撃を受け止め続ける。

 

だが、その雷撃。そして響の想いに応える様に、響に残るシアンの力がボクの蒼き雷霆(アームドブルー)に呼応して最後の力とばかりに電子の障壁(サイバーフィールド)を展開した。

 

シアンの意思ももう何処にもない。だが、それでも力を貸してくれている。

 

ここまでされて救えないなんて事を起こしてはならない。力の奔流が無くなった分、ボクは雷撃を更に受け止めて響の吸収をサポートする。

 

そして暴走する力を響が。雷撃がボクが全てを受け止めきる。

 

その結果、未来と響、そしてボクを更に強力な光ガ飲み込んでいくのであった。



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93GVOLT

「クリス君!」

 

モニターに映った連れ去られたクリスと翼の身代わりとなった切歌。長きに渡るアシモフとの戦いに決着がついたかと思えば、気付けばアシモフはまだ暴走を起こす様に雷撃を放った後、ウェルの援護によって再びシアンを、そしてネフィリムの心臓を奪われ、更には未来の聖遺物へと干渉し、暴走させた。

 

ガンヴォルトが手にした勝利を根こそぎ無に変える一手を打ったアシモフ。自身の暴走。それを引き金に戦況を再びひっくり返された。

 

「まだお前は俺達の前に立ちはだかるか!アシモフ!」

 

弦十郎は血が滲む程拳を握りしめ、姿無きアシモフの名を叫んだ。

 

奪われたクリス。そして切歌。更には暴走し、光柱の中に残された響と未来。そしてそれを救う為にその中に入ったガンヴォルト。状況が分からない。

 

「司令!海底から巨大なエネルギー反応が!」

 

「次から次へと!アシモフは何をした!?」

 

「海底に封印されていたフロンティアが起動させられたのです」

 

弦十郎の背後から聞こえる声にそちらへと視線を向ける。

 

それはガンヴォルトが到着した後に現れた敵対するF.I.S.の研究者であり、アシモフによって囚われ、いや、殺されかけ、切歌と調が戦わざるを得ない状況になったナスターシャであった。ガンヴォルトが到着してしばらくして一課のヘリでここまでやって来た。そして敵ではなく味方として、自身もアシモフの手から救いたい人物がいるからこそ、協力を申し出たからだ。

 

「フロンティアとは?」

 

「私達が使おうとしていた聖遺物。滅びゆくこの星から可能な限りの命を救う為に人類が存続する為に使用予定であった聖遺物」

 

弦十郎の言葉にナスターシャが答えた。

 

フロンティア。それはノアの方舟の様な物。封印されていたが、神獣鏡(シェンショウジン)の暴走によるエネルギー、膨大な聖遺物を分解させる力による強固な封印が解かれた事を弦十郎に伝えた。

 

「アシモフは一体何が目的でそんなものを?」

 

「ガンヴォルトからアシモフの目的を聞かされました。アシモフの目的は私達の知らないガンヴォルト、そしてアシモフのいた元の世界へと戻ること。それに必要なのが、第七波動(セブンス)を宿すネフィリムの心臓。正規適合者。そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)。ネフィリムの心臓に宿る第七波動(セブンス)の中で最もアシモフが多用する亜空孔(ワームホール)という第七波動(セブンス)。それを電子の謡精(サイバーディーヴァ)による強化。そして正規適合者の歌を使い、フォニックゲインを高め、ネフィリムの心臓の力を限りなく引き出し、次元すら超える力を使用する事。予想ではありますが、その為の拠点としてフロンティアをアシモフは起動させたのかと」

 

ガンヴォルトからアシモフの目的は聞いていた。そしてそれを可能とするのがネフィリムの心臓。第七波動(セブンス)。そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)。なんとなくその様な事を理解していた。だが、弦十郎にとってはアシモフの目的などどうでもいい。装者を、クリスや翼をその為に奪おうとしていた事に憤慨する。

 

「その為に翼やクリス君を!」

 

ナスターシャの言葉に弦十郎は理解するとそう叫び、ナスターシャは静かに頷いた。

 

「奪われたあの子達は一体何をされるんだ!ナスターシャ博士!」

 

弦十郎は二人の今後をナスターシャへと問う。ガンヴォルトがいないこの場でアシモフの計画の全貌を知るのはナスターシャ以外いない。

 

「貴方達の仲間の正規適合者…それはアシモフの計画に支障が出た場合の、もしもの際のバックアップとして使われる…ここに来る前にガンヴォルトに聞かされました」

 

「バックアップ?」

 

どういう事だ?アシモフの目的には翼とクリスが必要。それなのにバックアップとは?

 

「アシモフが利用としているのはあの子とは別の正規適合者。ネフィリムの心臓の中に宿る魂だけの存在となった私の大切な家族。セレナを利用しようとしている。あの子はそれが失敗した場合のバックアップ。しかしアシモフがあの子を使い、計画を成功に至った場合、用済みとなり、どうなるか分かりません」

 

ナスターシャはそう述べた。

 

「ッ!?」

 

どうなるか分からない。しかし、用済みとなった場合はどの様な扱いがされるかなど弦十郎はナスターシャが何も言わなくても分かっている。使わぬのなら排除する。それはクリスの死を意味する。弦十郎は更に拳を強く握りしめる。

 

救ったはずの命が失われてしまうかもしれない事に。やっとの思いで仲間になり、救った命が失われてしまう事に。

 

そして更に奪われた切歌。切歌は正規適合者などではない。それ故にアシモフの抹殺対象。故に連れ去られた場合はどうなるかなど想像が容易かった。

 

切歌は死ぬ。アシモフの手によって。

 

「身代わりとなった切歌は…あの子は確実に殺されてしまう。あの子は調やマリアと同様にアシモフを裏切っている。何度も裏切り続けた私達をアシモフは許さない。このままではアシモフに切歌とマリアは…」

 

弦十郎が言うよりも早くナスターシャが口にした。そして大切な家族の危険を身に染みて感じる失うかもしれない恐怖がナスターシャを震えさせていた。

 

家族を失うかもしれない恐怖は誰もが理解出来る。この戦いに敗北すれば、この中の誰もが自身やその大切な家族、大切な人を失うかもしれないという恐怖に脅かされているからだ。

 

ナスターシャの大切としている切歌はアシモフに奪われた。マリアもまだ輸送機の中におり、アシモフの魔の手がすぐそこまで迫っているかも知れない。

 

こんな状況である為に、絶望がより一層濃くなる。アシモフの手に落ちた者を救う方法は可能性は限りなく小さい。

 

迫る絶望。更にアシモフの引き起こした絶望は連鎖している。

 

未来に響。クリス。そして身代わりとなった切歌。そして囚われたマリアに再度奪われたシアン。そして先程聞かされた利用されようとしている魂だけのセレナ。

 

限りなく小さい可能性は存在する。だが、その限りなく小さな可能性を掴む為の存在も生存が危うくなっている。

 

ガンヴォルト。アシモフを一度だけ、戦闘不能近くに追いやった男。ガンヴォルトに油断などはなかった。だが、アシモフが予想外のタイミングでの暴走により、トドメを刺す事が出来なかった。しかし、それでもアシモフを追い詰める事を実現した為に、最もこの状況を変えれる力を持っている。だが、そのガンヴォルトも暴走する力で命の危機に瀕する未来。そしてそんな未来を救う為に、自身の身体がガングニールにより侵蝕され行く響。二人を救う為、自身の身を挺し、荒れ狂う力の奔流へ飛び込んだ希望となる存在。

 

身を挺する。それはガンヴォルトも危険を伴う事になる。もしここでガンヴォルトが再起不能になれば全てが終わる可能性がある。

 

奏と翼、そして調がいるのだが、アシモフとの戦闘が可能であるのは前者の二名のみで調はアシモフの電磁結界(カゲロウ)の対抗策がない為、実質二人。調が役に立たないと言う訳ではない。蒼き雷霆(アームドブルー)、もしくは電子の謡精(サイバーディーヴァ)の恩恵がない為にアシモフと戦闘する術を持たない故の判断だ。電磁結界(カゲロウ)を持つアシモフが規格外な存在故にそうなってしまう。

 

だからこそ、ガンヴォルト。アシモフを一度下し、追い込んだガンヴォルトが必要なのだ。未来と響を助け出してくれる事、そしてガンヴォルトも無事に帰還する事、そしてクリスと切歌、マリアを救い出す事を願う。

 

他力本願としか思われないだろうが、第七波動(セブンス)と聖遺物。どちらも強力な力。それをも凌駕するのはこちらにはガンヴォルトだけ。その為にガンヴォルトに頼らざるを得ない。だが、ガンヴォルトだけにそれを委ねる訳ではない。出来る限りのサポートを行う。

 

「奏!翼!クリス君を他にアシモフに囚われた二人を頼む!必ず全員を救い出さなければならない!誰かを犠牲になってしまった勝利に何の意味もない!ガンヴォルトが頼んだ救助は此方がする!ノイズはあの力の前に全て消し飛んだ!お前達は輸送機へと踏み込め!」

 

『ッ!了解!』

 

『必ず救います!』

 

そう言って二人は傾いた船体の先にある輸送機へと向かう。

 

「調、貴方も行きなさい。アシモフと言う巨悪がいる以上、人手が多いことに越した事はありません。切歌やマリアがもしかしたらアシモフ、もしくはウェル博士によって行動不能にされている可能性があるのなら、アシモフに対抗出来るあの二人のサポートをして少しでも可能性を高めねばなりません」

 

『切ちゃんもマリアも必ず助けて、マムの元に戻るから』

 

調はそう言って奏と翼の後を負い、輸送機へと向かった。

 

「必ず…みんな無事に帰ってきてください…」

 

そう言うナスターシャ。それを見た弦十郎も同じ思いだ。

 

アシモフに奪われたクリスと切歌の奪還に向かう奏、翼、調。そしてモニターに映る巨大な光柱。その中にいるはずの響、未来、そしてガンヴォルト。

 

誰一人として欠けてはならない。

 

「…とにかく、今はみんなを信じよう…我々は少しでも多くの命を救う為に行動を。あの光柱の奔流の影響のない場所をすぐに割り出し、乗組員を救出する」

 

信じる以外出来ない。だが、装者やガンヴォルトの戦いやすい状況を整える事くらいは可能だ。弦十郎は今出来る最大限のサポートを二課に属する者達と共に全うするのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

暴走した雷撃を気力で抑えようとしているアシモフ。その近くには雷撃により気を失ったクリスと切歌が倒れていた。

 

「風鳴翼を手に入れようとしたのに貴様が身代わりになるとはな…」

 

苦しそうに切歌を睨みながら言うアシモフは、銃を取り出して切歌へと向けた。

 

紛い者であるガンヴォルトに屈辱を味わわされた事、更には本当に必要な物が手に入らなかった事に苛立ちを隠せない。

 

「紛い者も…貴様達も…私の計画の邪魔を…本当に忌々しい」

 

そう言ってアシモフは切歌の脳天へと向けて引き金を引いた。邪魔者をまず一人。その後はマリア、そして二課へと寝返った調にナスターシャ。F.I.S.を殲滅する。もう必要など無い。邪魔になるだけの存在を生かしている意味などありはしない。だから全員殺す。F.I.S.も二課も、そして紛い者も。

 

今は暴走を抑える事に専念し、フロンティアを手に入れ、奴ら殺す。フロンティアの起動にネフィリムの心臓を使用するが、代替え案は既に用意してある。問題は強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)。全て撃ち尽くしたせいで殺すのに手間取るかも知れない。だが、突拍子の無い行動をしようが弦十郎や響と同じであれば、対応可能だ。それに今はあの力の奔流に飲み込まれている。そこに向けてミサイルを放った。あれで死ねばいいが、死なないのであればこの手で今度こそ紛い者を殺す。そして全てを殲滅して本来の計画を遂行させる。

 

そして切歌の脳天へと銃弾が当たる瞬間、邪魔が入った。

 

切歌の脳天へと向けて放った弾丸は突如開いた亜空孔(ワームホール)により、自分へと向けて向かってきた。

 

「また貴様達か!セレナ・カデンツァヴナ・イヴ!電子の謡精(サイバーディーヴァ)!」

 

向かってくる弾丸は暴走している雷撃の抑えを一瞬解き、雷撃で弾き落としてアシモフは叫んだ。

 

切歌を殺そうとしてセレナもしくはシアンの邪魔が入った。思い通りに行かない事に苛つきを高めさせられる。

 

「アッシュ!帰ってきていたのかい!?大変だ!フロンティアが浮上するまでまだ時間がかかるのに奴らが攻め込んで来た!」

 

アシモフのライフルを担いだウェルが叫びながら入って来た。

 

奴等とはあの場に残された奏、翼、調の事だろう。未だモニターから外の様子が分かる為、まだガンヴォルトはあの力の奔流の中。

 

ならば対応可能だ。だが、暴走してる故に、あまり時間を掛けられない。

 

「Dr.ウェル。貴様はフロンティアが浮上するまでの間、輸送機の高度を更に上げろ。私が奴等を叩き落とす。フロンティアで奴等と蹴りを付ける。今は少しでも奴の対処の為に暴走を抑えたい」

 

「分かったよ。とにかく僕は輸送機の高度を上げるから奴等を食い止めてくれ!必ず英雄になる為に!」

 

そう言ってウェルは部屋から出て行くと、操縦席へと向かった。

 

アシモフは切歌とクリスのギアペンダントを奪うと、レーザー式の檻へと二人を入れて迫りくる脅威の排除に専念する。

 

そしてアシモフは輸送機のハッチへと向かい、外からこちらへと向かう三人の姿を視認した。

 

「やはりただでは返してくれないようだな」

 

「当たり前だ!クリスを返せ!」

 

「雪音を返してもらうぞ!」

 

「切ちゃんとマリアも返して!」

 

迫り来る三人。だが、ウェルが操縦桿を握ったのか傾いた甲板からどんどんと遠ざかっている。

 

だが、奏と翼。そして調が逃さないとばかりに更に速度を増す。

 

だが、

 

「殺してやりたい、風鳴翼を奪いたい。だが、私もこの状態ではそれは難しい。だから、次で決着をつけてやる。貴様達を今度こそ必ず殺す」

 

「巫山戯るな!次はねぇ!ここで終わらせてやる!」

 

「もう貴様に誰も奪わせない!取り戻す!シアンも!雪音も!F.I.S.も!」

 

「返してもらう!切ちゃんとマリアを!私達の自由を!」

 

アシモフの言葉に奏、翼、調は次はない事を。ここで終わらせる事を告げる。

 

次が無いのはアシモフにとって都合が良い。だが、暴走状態故に普段とは違う。暴走状態の為に自身の蒼き雷霆(アームドブルー)の制御がままならない。殺すことは可能であろう。だが、暴走状態が長く続けば自身がどうなるか分からない。計画が頓挫する事は最もあってはならない事。

 

だからこそ、此処は引くのだ。例え相手が引く事を許さなくとも、此方があちらを引かせればいいだけ。

 

だが、既に輸送機と三人の距離は互いの射程圏内。あちらは直ぐに輸送機へと乗り込んでくるだろう。だからこそ、暴走状態でもなんとか蒼き雷霆(アームドブルー)の力を引き出し、膨大な量の雷撃を三人に向けて放った。

 

「ッ!?」

 

三人は驚きながらも強力な雷撃をなんとか躱そうとするが、アシモフの狙いはそうではない。

 

足場を完全に破壊する事。傾いた船体を雷撃で破壊して足場を無くす。

 

そうする事により、三人がこちらへと向かわせないようにする。

 

だが、それでも三人は諦めない。足場がないのであれば、翼が巨大な剣を輸送機に向けて出現させて足場を作り上げる。

 

それを足場にアシモフの目の前まで接近を試みる。

 

だが、遅かった。足場を一撃で破壊されたタイミング。そして剣を出すタイミングが間に合わず、完全な制御を得た輸送機は一気に高度を上昇させたのだ。

 

「ッ!」

 

行かせてはならないと、三人は可能な限りの速度で駆け出す。だが、それでも輸送機の上昇に間に合わない。一人であれば連携すれば輸送機に届く事は可能かもしれない。だが、あの状態のアシモフに対抗できるかわからない故に、立ち止まることしか出来なかった。

 

「次だ。確実に終わらせてやる」

 

「ちくしょう!シアンを!クリスを返しやがれ!」

 

「雪音を!シアンを!F.I.S.を解放しろ!」

 

「切ちゃん!マリア!」

 

手の届かないところまで輸送機が上昇して行く所を見ている事しか出来ない三人はただ叫ぶ事しか出来なかった。



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94GVOLT

光柱が更に大きく瞬いた。

 

瞬いた光は弾ける様に光の粒子となって辺りへと降り注ぐ。

 

そして光柱のあった中心に制服姿で倒れる響。私服姿で倒れる未来。そして蓄積されていた暴走の力によりボロボロになり、アシモフの蝕む雷撃により膝を突いたボク。

 

耐え切ったのか?暴走は抑えられたのか?

 

倒れる二人の呼吸と脈拍を確認する。

 

呼吸は気を失っているが正常。それに響の身体からは先程まで突き出ていた結晶の様な物は消え去っていた。

 

何が作用したか分からないが、ガングニールの侵食後が見当たらない。響がどうなったのか分からないが急いで検査をしなければならないだろう。

 

未来も響も呼吸と脈拍は安定しているが、出血をしている為に急ぎの治療が必要だ。

 

二人を二課の本部へと運ぶ為に抱えようとするが、耳に入る嫌な音にボクは上空を見上げた。

 

「ッ!」

 

上空にはこちらへと向けて放たれたミサイル。

 

何故あんな物がこちらへと向けられているかなど考えなくても分かる。

 

アシモフだ。ボクが未来と響を救う為に離れるや否や、光柱へと向けて軍艦に搭載されていたミサイルを放っていたのだ。

 

普段であれば対処は簡単であろう。

 

雷撃鱗に避雷針(ダート)。だが、未来を救う為にアシモフの施された雷撃を身に受け過ぎた事。そして力の奔流の中で活動出来るように常に生体電流を極限まで高めた事。それにより先程までの強化状態が維持する事すら出来ない。更にEPエネルギーまで使い果たし、オーバーヒートしてしまった為に蒼き雷霆(アームドブルー)はしばらく使い物にならない状態だ。

 

あれ程のミサイルは避雷針(ダート)で破壊は不能。雷撃も放てない今、ボクにミサイルを対処する事は不可能。

 

どうすればいい?本部へと連絡を取っても時間が足りない。短く伝えようと対処するまでのタイムラグで間に合わないだろう。

 

だが、そんな事を考えている間に、ミサイルはどんどんとボク達へと向けて距離を縮める。

 

だがそんなミサイルへと向けて、何かが飛来していた。

 

それは奏と翼のアームドギアである槍と剣。異常事態に気付いた奏と翼が対処しようと放ってくれたようだ。

 

まだ離れてる為に撃墜出来れば二人を守る事は可能だ。離れるべく、二人を抱え上げる。

 

だが、再び予想だにしなかった事が上空で起きた。

 

ミサイルを撃墜する為に放ったと思われる奏と翼のアームドギア。だが、ミサイルが透過した光の粒子に触れた瞬間、まるでノイズが炭化する時同様に、光の粒子が二人の放った槍と剣は分解して完全に消し去った。

 

「ッ!?」

 

その光景を見て驚愕する。

 

何故アームドギアが?まさか、この力にもAnti_LiNKERと似たような作用があるのか?だが考えている時間などはありはしなかった。

 

もう既にミサイルは後数秒でボク達のいる地点へと到達してしまう。ミサイルの威力は分かっている。シンフォギアを纏っていない響や未来。そしてボクが巻き込まれてはひとたまりも無い。

 

諦めるのなどもってのほかだ。必ず助ける。ボク自身も。響も未来も。

 

だからこそ、ボクは響と未来を抱え、海へと駆け出した。

 

地上で爆発が起きればひとたまりもない。だが海中へと逃げればその爆発の威力を最小限に抑えられ、助かる可能性が高い。今取れる最善の対応。シンフォギアを纏わない二人、そして蒼き雷霆(アームドブルー)が使えない今の自分にとって助かる方法が最も高い物。

 

だが危険はある。未来と響が気を失っている為に海中へと飛び込むのは危険だ。だが、二人を死なすわけにはいかない。危険だとしても二人を助けるにはその方法しかない為に、そう取らざるを得ない。だが、助かれば二課の医療施設がすぐ近くにある為に助かる可能性が高い。

 

だからボクは急ぎ、海中へと飛び込んだ。

 

だが、

 

「ッ!?何で地面が!?」

 

飛び込んだと思った海。しかし、飛び込んだ瞬間に、急激に水が引き、地面が出現したのだ。

 

地殻変動?陸地へとこの場を飛ばされた?いや、亜空孔(ワームホール)の力など見なかった。ならば何故?

 

他の聖遺物?まだアシモフが力を隠していた?

 

ほんの僅かな時間で疑問が浮かぶ。しかし、その疑問を一つ一つ解消する時間などはありはしない。

 

既にミサイルがボク達の頭の目と鼻の先に迫っている。

 

海中へ逃げる事も不可能。蒼き雷霆(アームドブルー)で撃墜する事も不可能。装者や二課の救援も間に合わない。

 

絶体絶命。

 

その言葉以外形容出来ない状況。

 

だが、どんな絶望的な状況でも諦めない。諦めきれない。

 

アシモフによって全て奪われていいのか?シアンも。アシモフの手の中にいるボクを救ったセレナを。

 

アシモフによって壊されていいのか?ボクが居てもいい場所を。みんながボクを受け入れてくれてくれたあの場所を。

 

また繰り返してもいいのか?あんな絶望を。アシモフによって再びボクと同じガンヴォルトが再び苦しむ様な事を。あの世界で。

 

そんな事あってはならない。奪われてはならない。壊されてはならない。繰り返してはならない。

 

響を未来を失いたくない。奏や翼、クリスの元に今度こそ無事で帰らなければならない。ボクを受け入れてくれた二課に戻らなければならない。シアンを、セレナを取り戻さなければならない。そうしなければ悲劇は繰り返される。その渦中にいるF.I.S.の面々。救わなければならない。

 

アシモフの手によってその全てを奪われてなるものか。

 

こんな所で死んでたまるか。アシモフにもう二度と殺されてなるものか。

 

絶対生きて帰る。

 

誓ったのだ。ボク自身も本物である事を証明すると。アシモフを今度こそ殺すと。

 

ボクは絶望に抗う。

 

そしてミサイルがボクのいる場所へと着弾して、大きな爆発が起きるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ガンヴォルト!響!未来!」

 

「ガンヴォルト!立花!小日向!」

 

奏と翼がミサイルが着弾した場所へと叫ぶ。黒煙が舞い、着弾して辺りが火の海に包まれ、あの場で何が起きているか分からない状況になった。

 

無情にも落とされたミサイルの場所を結果的に何も出来なかった事に二人は絶望した。

 

「そんな…」

 

調もあまりの事にただ短くそう言うことしか出来なかった。

 

ガンヴォルトと響、未来がいる場所にミサイルが放たれており、それを撃墜しようとする所までは良かった。だがしかし、あの光の粒子が二人の攻撃を阻んだ。

 

未来の纏う神獣鏡(シェンショウジン)の力の残滓。暴走してそれが極限まで高まった事による粒子は二人の放った槍と剣を一瞬の内に分解して消し去ってしまった。

 

その結果、三人はミサイルが着弾した事による爆発に巻き込まれた。

 

あれ程の力を持ったガンヴォルトであればミサイル程度、全く問題にならなかった。だが、あの時のガンヴォルトは先程の力である蒼いオーラも雷撃も纏っていなかった。

 

力の奔流に巻き込まれ、未来と響を助けた結果オーバーヒートしていた。あまりガンヴォルトのなる事のない状態。だが、その状態故に蒼き雷霆(アームドブルー)が使えないと知っている。だからこそ助けようとしたのに、それは残された光の粒子によって阻まれた。

 

ガンヴォルトも生存する為に海中へと飛び込もうとしたのだが、地面が盛り上がり、戦艦ごと何かが浮上した。

 

翼や奏、調の立つ軍艦をも持ち上げだ巨大な島のようなもの。それがガンヴォルトの邪魔をした。そしてそれは今も尚空中へと浮かび上がっている。

 

「奏!翼!」

 

そして軍艦の底の地面にこちらへと向けて叫ぶ弦十郎の姿。その近くには二課の面々が浮かび上がった地面の上で戦艦の乗組員を続々と救助している。

 

「ミサイルの存在を視認するのを遅れた!アシモフの蒼き雷霆(アームドブルー)の妨害でレーダーが機能しなかった!ガンヴォルトへ向かっていたミサイルは撃墜できたか!?」

 

弦十郎の言葉に奏も翼も答えられない。撃墜は失敗。ガンヴォルト、それに響と未来がどうなったか分からない故に答えられなかった。

 

希望を担う存在の再びの生死不明。そして二人にとって大切な人であるガンヴォルトのその状態の為に弦十郎の言葉に何の反応を示さなかった。

 

それを察した弦十郎が異常に気付き、二課の面々に向けて叫んだ。

 

「手の空いているものはこっちだ!」

 

その言葉に慎次や二課のメインメンバーが弦十郎の元に集う。そしてすぐさま弦十郎達は黒煙が舞うミサイルの着弾箇所に向かった。

 

だが、蔓延する火の手。それに阻まれて、思うように状況を知る事も、ガンヴォルト、響と未来の安否も分からない状況。

 

「ガンヴォルト!響君!未来君!」

 

「ガンヴォルト君!響さん!未来さん!」

 

だが、それでもガンヴォルトの生存を信じ、火の中へと飛び込もうとする弦十郎と慎次。

 

だが、そんな二人を安心させるように、黒煙と火の海からゆっくりと歩く存在が確認出来た。

 

あの場で行動出来たのはガンヴォルトのみ。そのゆっくりと歩く存在がガンヴォルトだと分かると全員が安堵する。奏も翼も、そして調もその姿を確認するとその場から急いで離れて二課のメインメンバーが集う場所へと駆け出した。

 

そして黒煙を抜け出してくるように、ゆっくりと現れたガンヴォルト。無事であった事に誰もが安堵した。

 

火の手が回っていることを気にぜず、奏と翼が、ガンヴォルトの元へと駆け寄った。

 

「ガンヴォルト!」

 

安堵の表情を浮かべ、近寄る奏と翼。その腕の中には煤けてしまったが、無事な響と未来の姿。

 

全員の無事に本当に良かったと安堵するが、それはほんのひと時であった。

 

奏と翼は焼けた肉の匂い。そしてガンヴォルトへと近付いていくごとに強くなる血の匂い。そして二人の声に反応をせず、ただゆっくりと歩くガンヴォルトの姿に不安がよぎった。

 

その不安は見事に的中した。

 

ガンヴォルトの目は焦点があっていない。だがそれでも二人を助ける為に火の海から抜け出そうとしていた。そして奏と翼の姿を視認すると、響と未来を二人へと託すと、そのまま倒れ込んだ。

 

なんとか二人で支えるが、支えた二人の手にはべっとりと血が付着した。

 

その血はガンヴォルトが流していたもの。正面はなんともなく見えていたがその背中には大量の鉄片がこれでもかと言うばかりにガンヴォルトの背中へと突き刺さっていた。

 

「…ごめん…二人はなんとか…なったけど…ボク自身はどうにも出来なかった…」

 

か細い声で二人へと向けてガンヴォルトはそう言った。

 

「ガンヴォルト!喋るな!」

 

「何も言わなくていい!」

 

二人はそう言うガンヴォルトへとそう叫ぶ。支えるガンヴォルトの身体はとても冷たく、かなりの血を流していることが分かったから。

 

「しっかりしてくれ!ガンヴォルト!」

 

「ガンヴォルト!目を瞑るな!気をしっかり持って!」

 

無茶だと知っていても二人はそう叫ぶことしか出来ない。死んで欲しくない。こんな所で失いたくない。そう思うからこそ、叫んだ。

 

だが、ガンヴォルトもそれを理解している。ガンヴォルトもこんな所で死ぬわけにはいかないと思っている。

 

「ごめん…奏…翼…少しだけ休む…アシモフを倒すから…この手でアシモフを…殺すから…少しだけ…少しだけ休ませてくれ…」

 

そう言い残してガンヴォルトは気を失った。アシモフを倒すことを、アシモフを殺すことをこんな状態になってまで言い切った。

 

だからこそ、二人はすぐさまガンヴォルトを火の手が回るこの場からガンヴォルトと響、未来を連れて急いで離脱した。

 

そしてガンヴォルト、響、未来を弦十郎へと引き渡した。

 

弦十郎もガンヴォルトの間近で見た姿に何も言うことが出来ない。そしてそれと共に引き渡された未来と響。未来も響もあの爆発で煤けてしまったが、ガンヴォルトよりも軽症に見える。だが見えるだけ。まだ弦十郎達は知らないが未来の身体はLiNKERにより侵されている。そして響もまたガングニールによって侵食されている。今は体表に現れていないが、どうなったか分からない状況。

 

「旦那!全員治療出来るよう手配してくれ!」

 

「司令!三人を早く!」

 

二人は叫んだ。弦十郎もそんな事分かっている。倒れは三人は一刻の猶予すらもないかもしれない状況。三人をそれぞれのストレッチャーに乗せて、急いで本部の医務室へと連れて行くように叫んだ。

 

「緊急治療が必要な者達がいる!今すぐオペの準備をしてくれ!三人分だ!全員必ず助けるんだ!」

 

そう叫び、ガンヴォルト、そして響と未来を乗せたストレッチャーの後をついて行く。その後に奏も翼も。そして調もその後へ着いていくのであった。

 

「必ず…必ず全員助ける…絶対に死ぬんじゃないぞ…」

 

弦十郎は自身を安心させるかのように、そしてガンヴォルトを絶対に助けると誓いながら走っていった。



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95GVOLT

未来と響は病院のような施設の部屋で目を覚ます。

 

初めは天井が視界に入り、あの時の後に何があったのか状況を確認の為に、辺りを見回した時、二人が同じ行動をとっており、離れたベットで身体を起こした状態で目があった。

 

「未来!」

 

「響!」

 

ベットから転がり落ちながらも二人はもたつきながらも抱き合った。

 

「良かった…未来…本当に無事で良かった…」

 

「響も…響が無事で良かった…」

 

抱き合って互いの無事を確認し合う二人。だが、無事なのは分かったが、響は身体をガングニールに侵食されていた事を未来は思い出し、響も未来が適合率が低いのにシンフォギアを纏い、目から、身体の至る所で血を流していた事を思い出し、一旦離れると互いの身体を隅々まで確認する。

 

響の身体、結晶が突き出した場所は全くと言っていいほど傷もなく、あれが現実でないのでは無いかと嘘のように傷も痕もなかった。

 

同様に適合率が低い未来の身体はシンフォギアを纏い、更に暴走した事により、かなりの傷を負っていたのだが、全くと言っていいほど、傷も痕も見当たらなかった。

 

その事に二人は安堵する。助けられた。助ける事が出来た。響は陽だまりを、未来は太陽を失わずに済んだ事に。互いが無事である事に本当に良かったと抱き合って温もりを感じていた。

 

そんな二人が互いの無事を感じている中、病室の扉が開いた。そしてベッドの上でなく、床で互いに抱き合っている姿を見た入って来た人物は驚いていた。

 

「響さん!未来さん!良かった!二人は無事目が覚めたんですね!」

 

入ってきたのは慎次、そしてその声を聞いて後にあおいが入ってきた。

 

「緒川さん!本当ですか!?ッ!?」

 

そしてあおいも二人の無事を確認して安堵したのだが、床で抱き合う二人の姿を見て驚き、急いで慎次を響と未来のいる病室から押し出し扉を閉めてしまった。

 

そんな状況に響も未来もぽかんとしてしまう。

 

「友里さん!?何を!?」

 

「二人の無事を確認するのは良いですが、今の二人を見て直ぐに出ないのは流石に通報案件ですよ!」

 

そう言ったあおいが扉越しに叫ぶ。そして響も未来も自分達の姿を思い出す。目覚めた時は治療を受けたのか患者衣。しかし、互いの身体の心配をして服は乱れており、大事な所は見えてないがあおいが気を利かせねば、慎次にその姿をずっと見られていた事になる。勿論、慎次は二人の無事を確認しに来ただけなので被害者でもあるが、それでも少しは気遣って欲しい。

 

「二人共、無事で良かったけど、とりあえず服を正してちょうだい」

 

そう言われて顔を赤くしながらも、二人は患者衣を元に戻した。

 

そして二人共立ち上がるとあおいも二人の身体を一通り見てから安堵する。

 

「良かったわ。二人は無事目が覚めて」

 

安堵の息を吐いたあおい。二人もそれを見て心配かけてしまい申し訳ないと謝った。

 

「気にしなくて良いわ…それよりも二人共、体調は良い?」

 

「ッ!?そうだった!友里さん!未来の容体は!?」

 

「響の身体は!?」

 

互いの危険だった筈なのにどうして特に異常が無いかをあおいに聞く。

 

「響ちゃんの身体のガングニールは無くなったわ。未来ちゃんの纏っていたシンフォギア。残っていた光の粒子を解析した結果、シンフォギアを分解する事が分かったの。それが結果的に響ちゃんが未来ちゃんを助ける為に暴走するフォニックゲインを取り込んだ結果、胸に残るガングニールを除去したらしいわ」

 

響の無事が分かり、未来はホッとする。そして未来の状態もあおいは伝える。

 

「シンフォギアを纏える様LiNKERを打たれていたわ…でも、LiNKERを除去してもう無事よ」

 

それを聞いて響もホッとした。

 

しかし、あれ程の傷が治っている事が不可解であった。

 

「シアンちゃんのお陰よ…響ちゃんの中にあったシアンちゃんの力が力を与えていた…そして最後の力を振り絞って貴方達二人の傷を回復させてくれたらしいの」

 

だが、そう言ったあおいの表情は暗い。

 

「そうだ!シアンちゃんは!?あれからどうなったんですか!?」

 

響はシアンが助けてくれた事にお礼を言いたかったが、それよりもアシモフがどうなったか。この戦いは終わったのかをあおいに聞いた。

 

調は?切歌は?マリアは?そして何よりも、響が未来を助けるのに協力してくれたガンヴォルトの存在。

 

「友里さん!私達が気を失っていた間、何があったか教えてください!切歌ちゃんは!?調ちゃんは!?マリアさんは!?」

 

「ガンヴォルトさんは!?ガンヴォルトさんは今どこに!?」

 

二人が現状を知る為に、あおいに詰め寄った。

 

だがあおいは答えなかった。いや、答えるかどうか迷っていた。あおいの仕草にまだ終わってない事を察した。

 

「まだ…終わってないんですね…」

 

「…ええ。まだアシモフは生きている。まだ終わってない。取り戻せていない。アシモフに依然として奪われ続けています…」

 

「ッ!?」

 

アシモフに依然として奪われ続けている。その言葉に二人は最悪の状況が頭を過ぎる。一体誰が?

 

誰が居なくなってしまったのか不安になった二はが患者衣のまま飛び出していき、あおいは二人を呼び止めようとしたが、静止を効かず、外にいた慎次を素通りして司令室へと向かった。状況を知るのはそこが一番だからだ。

 

響と未来は走り、司令室へと向かい、扉が開くとともに勢い良く入った。

 

「響君!?未来君!?無事だったか!」

 

二人を見て声を上げた弦十郎。二人が無事で良かったとあおいと同様に安堵しているが、それでもどこか表情が暗い。朔也もだ。そしてその中にガンヴォルトの捜索の際にいた女性まで。そしてその隣には調の姿、だが、調はその女性の膝でずっと泣き続けている。

 

調が無事な事は分かったが、一緒にいた切歌がいない。

 

「師匠!今どうなっていますか!?切歌ちゃんは!?マリアさんは!?誰かアシモフの手で!?」

 

「ガンヴォルトさんは今どうなっているんですか!?」

 

未来も響も矢継ぎ早に弦十郎へと質問した。

 

「…まだ勝っていない…F.I.S.で助かったことが分かっているのはこの子だけだ…他の二人は現在生死不明だ…」

 

弦十郎は暗い表情でそう言った。

 

「そしてクリス君と暁切歌君がアシモフの手によって奪われた…元は翼が狙われていたのだが、身代わりになり、奪われてしまった」

 

その言葉に響も未来も絶句する。そして調が泣き続ける理由も知る事となる。調の大切な二人が奪われた。その二人が死ぬかもしれないからこそ、泣き続けている。

 

「そんな…クリス…それに切歌ちゃんまで…」

 

未来は口を覆う。あまりの酷い現状にそれ以外の言葉が見つからなかったからだ。

 

「翼さんと奏さんは!?それにガンヴォルトさんは!?」

 

「…翼と奏は無事だ…シアン君の力の影響下にあった為か傷もほぼ完治して全快の状態だ…」

 

翼と奏は無事。だが、弦十郎はガンヴォルトの事を話す事はしなかった。いや、弦十郎は何か迷うように言い淀んでいた。

 

「師匠!?ガンヴォルトさんは!?ガンヴォルトさんはどうなっているんですか!?無事なんですよね!?」

 

「ガンヴォルトさんは大丈夫なんですか!?」

 

響と未来はまだ無事の分からないガンヴォルトの事を問い詰める。

 

そして暫く二人の叫びが木霊し続ける中、ようやく弦十郎が口を開いた。

 

「…ガンヴォルトは深い傷を負い、なんとか一命を取り留めたが今も目を覚ましていない…」

 

その言葉に響と未来は今まで以上に絶句した。ガンヴォルトが何故そうなっているのか?自分達が無事である筈なのに何故?

 

「…なんで…なんでガンヴォルトさんがそんな事に…」

 

「…そんな…嘘ですよね…」

 

絶望した二人が縋るように嘘であってほしいと弦十郎に言う。だが、弦十郎はただ沈黙で答えるのみ。クリスや切歌、そしてマリアだけでなく、ガンヴォルトまで。なんでこんな事に。気を失っている間に何故こんな事になっているのか?

 

だが、絶望の末にたどり着いた結論。響と未来と共にいたガンヴォルトだけが何故そんな状態になっているのか?自分達が無事。そして気を失ってしまった事。それが全ての原因であるのではないかと二人は思った。

 

二人があの場で気を失ってしまった事がガンヴォルトをそのような状況に追い込んでしまったのではないかと考えてしまった。

 

「私達の所為…ですか…ガンヴォルトさんがそうなってしまったのも…」

 

「私達の所為でガンヴォルトさんが…」

 

二人がその結論に至り、涙を流しながら助かった事に対する歓喜が無くなる。全ては自分達が引き金になったのではないのか?自分達があんな状況であったから。

 

クリスが、切歌が、アシモフに連れ去られたのではないか。あんな状態になってしまったからガンヴォルトはマリアを救えず、アシモフを倒すことも出来なかったのではないか。

 

「違う、響君と未来君の所為ではない。全てアシモフの所為だ。ガンヴォルトが取り戻した筈の再びシアン君を再び奪い、ガンヴォルトに向けてミサイルを放っていた…俺達がもっと早く気付いていれば…こんな事にはならなかった…ガンヴォルトが今の状況に陥る事はなかった…そしてクリス君も…あの子も…」

 

弦十郎も悔しそうに、そしてその元凶たるアシモフに全員が怒りを募らせ続けた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

輸送機にてフロンティアの中心へと辿り着いた。

 

だが、アシモフは暴走を抑える為に部屋に籠り、ウェルはただアシモフが動けるまで待機している状態。

 

「アッシュが動けるまで待機なんて…フロンティアの起動ももう目の前、僕とアッシュが英雄になるまでもう少しなのに…裏切り者のF.I.S.…そして機動二課…本当に良くここまでやってくれたよね」

 

そう言ってウェルが向いたのはクリス、切歌、マリアが入る檻の中。クリスと切歌は雷撃の影響で未だ目を覚さず、そしてマリアはウェルへと抵抗した影響でボロボロになっているが、二人を守る様に前に塞がりながらウェルを睨んでいた。

 

「睨んだって怖くありませんと何度言えば分かるのですか?」

 

睨まれても怯む事の無いウェルはマリアを見ながらそう言った。

 

三人のギアペンダントを奪い、シンフォギアと言う脅威とならないからこそ、ウェルは余裕にそう言った。それに相手は檻の中、例えクリスと切歌が起きたとしてもアシモフの雷撃で直ぐには動けない。マリア一人など自分でどうにかできてしまう為に恐怖を微塵も抱いていない。ただ厄介者として認識している。

 

「ッ!」

 

マリアもウェルに対しては敗北している為に何も言い返せない。だが、切歌を。敵として戦いはしたが、無防備なクリスを放って置けないマリアはただ二人の前に出て手を出させない様にする。

 

「全く…どんなに強がって見せたって状況は変わらないのに」

 

ウェルはそんなマリアを蔑んだ目で見続けた。

 

そんな時、ウェルの居る部屋にアシモフの声が響く。

 

『Dr.ウェル。もう暫くで落ち着く。貴様はフロンティアの完全な起動に必要な物とアレを用意して待て』

 

畿内の放送で流れたアシモフの言葉は次の段階へと進む事を示した。

 

「了解だよ、アッシュ。でもその前に、必要な物以外は消しておいた方がいいよね?」

 

その言葉にマリアが、ゾッとする。それはマリアにとっての死刑宣告。マリアと切歌の死を告げる最悪の一言であった。

 

『ああ。これまで悉く邪魔をしてきたのだ。殺して構わん。だが、雪音クリス。奴は殺すな。奴は保険であるんだ。もし何かあれば貴様の英雄の夢は敵わない。私なら計画を邪魔をしたそこの者達と同じ道を辿らせてやる』

 

「そんな怖いこと言わないでよアッシュ。勿論アッシュが必要というのなら何もしないさ」

 

『ならばいい。準備と始末をしておけ』

 

その言葉と共に放送が切れるとウェルは銃を取り出した。

 

「ということだ。僕達の計画の為、もう死んでくれるかな?フィーネを語った偽物さん?」

 

そう言ってマリアへと向けて銃を構えるとそのまま脳天へと向けて何度も引き金引いた。

 

連続した乾いた発砲音と火薬の匂いが部屋の中を満たすのであった。



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96GVOLT

治療室。

 

そこには治療を施され、静かに眠るガンヴォルトと

奏と翼の姿があった。

 

「…」

 

ただ二人はガンヴォルトの手を握り、目を覚ますのを願っていた。

 

分かっている。自分達はシアンと違い、その様な能力などない。歌でガンヴォルトを癒す事も、死の淵から立ち上がらせる力などない事を。だが、少しでも不安を和らげる様に、自身の気力を分け与える様にただ握ることしか出来ない。

 

だが、ガンヴォルトは握り返してくれない。当たり前だ。治療を施されたとは言え、ガンヴォルトは重症。意識があれば、ガンヴォルトは蒼き雷霆(アームドブルー)で自身を回復させ立ち上がる。

 

しかし、無意識ではそれをすることは叶わない。

 

響と未来の為、身体を張って助けた結果だ。だが、自分を犠牲にして欲しくなかった。勿論、響と未来を助けてガンヴォルト自身も助かろうとした。

 

しかし、それを阻むのはアシモフだ。

 

アシモフと戦う度、ガンヴォルトは死の淵に追いやられる。今回はようやく掴んだ勝利も無に帰された。

 

そして更なる絶望をアシモフは与える。クリスと切歌を奪った。翼の代わりに切歌は連れ去られ、クリスはアシモフの目的の為、保険として連れ去られた。

 

そしてフロンティアの起動。これを何に使うのかは不明だったが、ガンヴォルトと共に本部に来たナスターシャにより知らされた。

 

元の世界へと帰還。ガンヴォルトが戻ろうとしていた様に、アシモフもそれを実行しようとしていた。そしてその準備が完了しようとしている。

 

止めなければならない。

 

だが、止められるのか?自分達に?アシモフという男を。殺せるのか?手も足も出なかったアシモフに。

 

殺すと誓った物の、依然として変わらない実力差。敵わないと思える強大な敵。本当にアシモフを自分達にどうにか出来るのか?殺せるビジョンなど浮かばない。

 

だが、どうにかしなければならない。アシモフを殺さなければこの戦いは終わらない。全てを取り戻さなければならない。シアンも、クリスも、そして協力してくれた調の為に切歌とマリアを。そしてここまで支えてくれた二課や一課のみんなの為に。そしてここまで傷付きながらも何度でも立ち上がりながらも尽力をし続けたガンヴォルトの為に。

 

だが、クリスと切歌を奪われ、調と三人で助けられるのか?

 

いや、やらなければならない。

 

しかし、自分達がアシモフを殺すに至らない。

 

「…アシモフを殺す事は…私達が束になったところで敵わない…悔しいがそれが現実だ…」

 

「ええ…何度も辛酸を舐めさせられた…刃を交えて何度も窮地に立たされ、それは実感している…私達がどうやっても敵わない事くらい」

 

敵わない現実に目を向けて現状を分析する。クリスもいて決して敵わなかったアシモフ。調と共に急造のチームワークで勝てるか?答えは否。アシモフには蒼き雷霆(アームドブルー)を除いた第七波動(セブンス)がある。それを三人で突破できるかと言えば、不可能。それに電磁結界(カゲロウ)。あの場にシアンがいたからこそ成り立った突破口。もしアシモフが次にシアンを持ち出さなかったから勝機などない。

 

絶望的状況。

 

だが、絶望なんてしてられない。

 

しかし、絶望の中に希望はある。二人が手を握るガンヴォルト。

 

気を失ったガンヴォルトに何が出来る?そう思われるかもしれないが、二人はガンヴォルトが気を失う前に言っていた一言を思い出している。

 

少しだけ休む。ガンヴォルトは気を失う前にそう言った。だから二人はガンヴォルトがすぐ目を覚ます事を信じる。

 

ならば二人が何をすればいいのか自ずと見えて来る。ガンヴォルトとの誓いは守れないとしても、誰もが望む未来が掴めるのなら。誓いはもう破棄しよう。ガンヴォルトがやるべき事ならば、ガンヴォルトに任せよう。

 

他人任せと言われるかもしれないが、適材適所。ガンヴォルトがアシモフとの戦いに専念出来る様に翼と奏は調と共に、その他を解決しよう。

 

クリス、マリア、切歌の救出。そしてフロンティアをどうにかする事。そしてウェルからソロモンの杖を奪還し、ウェルを拘束する。

 

それが奏と翼がやるべき事。そしてアシモフと対峙した場合は、アシモフの足止め、敵わないとしても時間を稼ぐ。そうすれば必ずガンヴォルトが目を覚ましてどうにかしてくれる。

 

だからこそ、奏と翼はガンヴォルトの強く握り、言った。

 

「あの誓いは果たせない。でも、ガンヴォルト。お前が目を覚ましてくれると信じてるから、私達がアシモフ以外をどうにかする。だから、今度こそ…今度こそアシモフを殺してくれ…お前が居ていい場所を守る為に、世界の人達を守る為に」

 

「雪音達は私達が救う。ウェルとソロモンの杖は私達が何とかする。だから、アシモフは任せるわ、ガンヴォルト。先の戦いでアシモフを追い詰めた様に、今度こそアシモフを殺して貴方のいるべき場所に戻ってきて欲しい。シアンを取り戻して…私達がいるこの場所に」

 

二人はガンヴォルトへとそう告げた。気を失ったガンヴォルトには届かないかもしれない。だが、それに応える様にガンヴォルトの握る手に僅かながら力が入った気がした。

 

答えては居ないが、だが、任せたという様に。

 

奏と翼はそれに応える様にこちらも手を離す。

 

「任せたぞ、ガンヴォルト」

 

「任せたわ、ガンヴォルト」

 

二人はそう言うと、クリス達の救出の為に、弦十郎へと出撃の旨を伝えにガンヴォルトの治療室を出た。

 

そしてすぐに司令室へと向かう。

 

司令室には暗い雰囲気が漂い続けていた。響と未来も目を覚ましたのだが、今の現状を聞き、無事である事が喜ばしくないこの状況の為であろう。

 

ガンヴォルトの重体。クリスのアシモフに奪われた事。アシモフから寝返り、こちらと共にアシモフの脅威から戦った切歌が拐われ、依然として囚われたマリアの事。そして今も尚続く、アシモフという脅威が依然として健在している事。

 

その全てが、この司令室を暗雲立ち込める原因となっている。

 

「奏、翼…ガンヴォルトはまだ目覚めないか?」

 

二人の姿を見た弦十郎がガンヴォルトの容体を気にして聞いた。

 

奏も翼も首を横に振り、未だ目覚めない事を弦十郎へと知らせる。

 

弦十郎は更に暗い表情をし、響も未来もそれを聞いて涙を流した。

 

「泣くなよ、響、未来。ガンヴォルトはそんな二人を泣かせる為に助けたんじゃない。それにガンヴォルトが傷付いたのは二人の所為なんかじゃない。全てはアシモフだ。未来があんな状況に追いやられたのも。アシモフが未来を攫ったからだ。操ったからだ。響も未来を危険を顧みず助けたかっただけだ。あんな状況になっても命懸けで助けようとした。二人は一切悪くないだから泣くな。それがガンヴォルトの望む事か?」

 

きついかもしれないがガンヴォルトが重体になってでも助けたんだ。悲しむ姿をガンヴォルトに見せて欲しくない。助かったのだから、ガンヴォルトが良かったと思える様にいて欲しい。

 

「そうだ。立花、小日向。貴方達の所為じゃない。奏の言う通り、そんな悲しそうにしていたらガンヴォルトが辛いだろう。ガンヴォルトは直ぐに目を覚ます。だから悲しそうな顔をするな。ガンヴォルトを出迎える為に、泣かないで欲しい」

 

奏と翼は響と未来へとそう言った。

 

「でも…ガンヴォルトさんがあんな目にあったのは私達が…」

 

「私達が、あの状況で気を失わなければ…ガンヴォルトさんは…」

 

依然として自分の所為だと言い続けようとする響と未来。

 

だが奏も翼もそれを否定する。

 

「絶対に違う。二人のせいなんかじゃない」

 

「そうだ。貴方達二人のせいなんかではない。全てはアシモフだ。誰かが傷付き、悲しい目に遭う元凶。その全ての根本的な原因はアシモフだ。アシモフが居なければガンヴォルトはあんな状態に何度もならなかった。アシモフが居なければ、こんな状況にもならなかった」

 

二人はそう言い切った。全ての要因はアシモフにある。ガンヴォルトが傷付くのも。この場の全員が何かしら悲しむのも。根本にいるのはアシモフ。

 

「だから悲しむな。調もだ。私達がクリスを。切歌を。マリアを救う」

 

「奏の言う通りだ。今悲しんでいる暇などない。まだ誰も失ったとは限らない。ならば私達がやるべき事はアシモフ以外を止めてアシモフの計画を破綻させる事だ。そして全員を救う事。それだけだ」

 

奏も翼もそう言い切った。

 

「それは分かっている…だが、アシモフがいる…アシモフをどうにかしなければそれは成り立たないんだぞ」

 

「分かっているよ、旦那。アシモフをどうにかしなきゃならない事くらい。だけど私達じゃアシモフに敵わない」

 

「だったらどうするつもりだ?ガンヴォルトはいつ目が冷めるか分からないんだぞ?お前達が犠牲になってでもとでも言うのか?」

 

少しだけ、怒りを交えた言葉で弦十郎が言った。

 

「犠牲になるつもりなどありません。私達はアシモフ以外をどうにかするつもりです。雪音、暁、マリアの救出。そしてウェル博士の拘束。ソロモンの杖の奪還。それさえ出来ればアシモフの計画を少しでも遅らせる事が出来ます」

 

「私達はアシモフに敵わない。だからこそ、時間を稼ぐ。ガンヴォルトが起きるまで。ガンヴォルトがアシモフに勝つまで。アシモフの計画を少しでも遅延させる。今ここで悲しんでいても全てが無に帰る。だったら私達はどうするべきなんか分かりきっている。今出来る限りの事をする。少しでもガンヴォルトが起きて負担を減らす為に私達はやるべき事をやる」

 

そう言った。

 

分かっているがガンヴォルトが直ぐに起きる保証がない。それなのに何故二人はそう言い切れるのか弦十郎は二人に聞く。

 

「ガンヴォルトがお前達が止めているうちに起きる保証があるのか?」

 

「ガンヴォルトは言っていた。少しだけ休むってな。だから直ぐ目を覚ます。私はそれを信じてる」

 

「奏の言う通り、ガンヴォルトは私達にそう言った。だから私も信じている。ガンヴォルトは直ぐに目を覚ましてくれる」

 

奏も翼もそう言い切った。

 

「…そうだな…あいつはいつでもそうだった…カ・ディンギルの時も…」

 

弦十郎も奏と翼の言葉に賛同する。あの時もそうだった。あんな重傷を負いながらも、死の淵から立ち上がってくれた。そしてあの時とは違い、今度は自分から少しだけ休むと告げたのだ。

 

ガンヴォルトを信じないでどうする。いつもその蒼い雷撃で照らし続けた光を。

 

「二人の言う通りだ。ガンヴォルトは直ぐに目を覚ます。ならば俺達がやる事はあいつがアシモフとの戦闘に専念できる様舞台を整える事だ。ガンヴォルトならばアシモフを必ず倒してくれる。世界を救ってくれる」

 

弦十郎も暗雲立ち込める司令室を振り払う様に声を張り上げて言う。

 

「俺達が信じないでどうする!ガンヴォルトは目を覚ますのなら俺達はガンヴォルトが最大限力を発揮出来るように尽力する事だ!確かにこちらが依然として不利な状況に変わりはない!だが、ガンヴォルトなら必ずやり遂げてくれる!」

 

それでも振り払われる事はない暗雲。だが、響も未来も、奏と翼の言葉を信じる。そしてガンヴォルトが直ぐに目を覚ます事を。

 

「私も…私もガンヴォルトさんを信じます!ガンヴォルトさんがそう言ったのなら!」

 

「ガンヴォルトさんは嘘は言わない!奏さんも翼さんもガンヴォルトさんがそう言ったのを聞いたなら私達もそれを信じます!」

 

確証などない。だが、それでもガンヴォルトは常にそんな状況でも光となってくれた。だからこそ、信じるのだ。

 

そして響と未来。自分達よりも年齢の低い二人にそうまで言われて信じない様な者は誰もいなかった。そして希望が伝播して包み込んだ絶望を振り払う。

 

各々がガンヴォルトの目覚めを信じ、為すべき事を遂行すべく動き出す。

 

「今度こそ、アシモフの野望を打ち砕き!全てを終わらせるぞ!」

 

弦十郎の発破と共に、全員が希望を持って動き始めるのであった。



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97GVOLT

暴走を抑えはしたが、疲れの見えるアシモフとウェルがフロンティアの中枢へと向けて歩みを進めていた。

 

「休んだほうがいいんじゃないかい?アッシュ。計画の遂行までもう目前だ。機動二課にダメージは十分与えた。動くまで時間はまだあるはずだよ」

 

疲れが見える故にウェルはアシモフにそう助言する。

 

だが、アシモフはその助言など必要ないの一点張り。ただ苦しみながらも目的の場所へとただひたすらに進んでいった。

 

そんなアシモフの姿を見てため息を吐くウェル。

 

「まぁ、あんな事が起きればイラつくのは分かるけどさ。全く…ネフィリムの中にいる君の大切な妹が抵抗するからこんな事になっているんですよ?計画の遂行の為にただ黙って待っていればよかったのに」

 

そう言って背後へと声を上げるウェル。

 

その背後にはクリスと切歌に引きずられながら気を失うボロボロのマリアの姿。

 

「全く、殺そうとしたのに、アッシュから話は聞いていましたが、ネフィリムに残る貴方の妹の残滓が常に邪魔をするからアッシュを苛ついているじゃないか。計画に必要な為にまぁ、僕もですけどね」

 

そう言ってマリアを一瞥するウェル。そしてウェルは気を失い反応しないマリアになんの興味も示さず、ただアシモフの後を追った。そしてマリアを担いだクリスと切歌はただ黙ってウェルの後を追うのであった。

 

何故敵対するクリスと切歌がマリアを担ぎ、アシモフとウェルに付き従っているのか?

 

それは少し前に遡る。

 

◇◇◇◇◇◇

 

マリアへと向けて発砲された銃弾。

 

それはマリアの脳天に直撃するはずであった。

 

だが、マリアへと放たれた銃弾は直撃する事はなく、マリアとウェルの間に出現した穴へと吸い込まれていった。

 

「ッ!?亜空孔(ワームホール)!?」

 

マリアは何故か出現した穴に困惑するが助かった事に安堵する。だが、何故このタイミングで現れたのか?ウェルの言う通り、アシモフが出したのか?いや、あり得ない。あの外道は調や切歌を殺そうとしていた。マリアも同様だろう。その為にこのような事をするなど考えられない。

 

「なぜだ!?アッシュがネフィリムの心臓を持っているのに何故その力が!?」

 

ウェルは状況が飲み込めず、狼狽える。だが、それでもマリアを殺そうと亜空孔(ワームホール)を掻い潜らせようと何度も銃弾を撃ち込む。だが、銃弾はマリアを捉える事はなく、更に出現した亜空孔(ワームホール)が飲み込み、そしてその中の一発が跳ね返され、ウェルの頬を掠めた。

 

「ッ!?」

 

状況が飲み込めず、更には思いもしない反撃をくらい、ウェルは尻餅をつく。

 

『煩わしいぞ、Dr.ウェル。殺してやろうか』

 

別部屋の通信でアシモフの声が響く。苦しそうの中、銃声を何度も響かせたウェルに怒りを覚えているのだろう。かなりの殺意が篭っている。だが、ウェルはそんな事すら気付いておらず、アシモフに向けて言った。

 

「アッシュ!ネフィリムの心臓の様子は!?第七波動(セブンス)が勝手に!」

 

『…また貴様か!』

 

アシモフが通信機越しに叫んだ。また貴様。どう言う事か一瞬分からなかった。だが、ウェルの言ったネフィリム。そして、人に対して使う貴様と言う言葉。

 

そんな行動を取る人物をマリアは知っている。だが本当なのか?そんな事あり得るのか?いや、それを実行しようとしているのがアシモフだ。そして利用しようとしているのも。

 

「まさか…セレナ…セレナなの?」

 

マリアが大切な妹の名を呟いた。だが、その呟きに返答などない。だが、返答がなかろうとさっきの行動が、自身を守ろうとする現象がそうとしか考えられなかった。

 

セレナの意思が自身を守ってくれた。そうとしか考えられなかった。そのマリアの考えも正しく、アシモフがセレナに対してそして敵対していた二課の電子の謡精(サイバーディーヴァ)と呼ばれる少女に対して怒りを募らせていた。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)も!セレナ・カデンツァヴナ・イヴも!まだ邪魔をするか!何度も何度も計画の邪魔をしてくれる!』

 

アシモフがそう叫び、通信機越しに慌ただしく動き始めた。

 

『Dr.ウェル!今すぐ輸送機から移動する準備をしろ!』

 

「わ、分かった!アッシュは!?」

 

『私に気にせず貴様はさっさと動け!』

 

怒りを堪えきれていないアシモフの言葉にウェルはただこれ以上アシモフを怒らせるとまずいと判断したのか、部屋から足早に出て行く。

 

残されたマリア、気を失ったクリスと切歌。そして未だ出現し続ける亜空孔(ワームホール)

 

だが、その部屋に再び何者かが入ってくる。この場に入ってくる者などあの男以外考えられない。

 

「本当に忌々しいな。電子の謡精(サイバーディーヴァ)も。貴様の妹も」

 

そう言いながら雷撃を迸らせ、疲労により苦しそうに、だが、それ以上に怒りと憎悪を滾らせるアシモフがマリアの前に現れる。

 

「アシモフ!」

 

マリアがアシモフの名を叫ぶ。だが、そんなマリアに向けてアシモフは何の躊躇いもなく銃を取り出すと銃弾を撃ち込む。

 

だが、マリアにその銃弾は当たる事はなかった。アシモフの腕に巻かれるネフィリムの心臓が反応して、アシモフの意思とは別にマリアを守るように穴を出現させた。

 

「ネフィリムの中に残る魂如きが…守りたいと言う意思か?助けたいと言う意思か?私の操る事の出来るネフィリムの意思を掻い潜り電子の謡精(サイバーディーヴァ)と協力して力を使っているのか?」

 

苛つきながらもマリアに銃弾が当たらない事をネフィリムの心臓に対してそう言った。

 

「本当に忌々しい。殺すべきものが殺せない。足手纏いを殺す事すらさせない貴様達が。いい加減うんざりだ」

 

そう言うとアシモフの姿が一瞬で消えた。目に負えない程の動き。そしてその一瞬で背後からクリスの叫び声が木霊する。

 

「ッ!?」

 

マリアは直ぐ様背後へと視線を向けると片手でクリスの頭を掴むアシモフ。そしてもう片方の手は切歌の頭へと伸ばされていた。だが、アシモフの腕は切歌を掴む事なく、出現した穴へと吸い込まれていた。

 

「殺意に反応して出していたのか…つまり殺そうとすれば貴様達が邪魔をするのだな…セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。電子の謡精(サイバーディーヴァ)

 

「アシモフ!その子達に何をしている!」

 

力がなくとも、アシモフの行動が許せないマリアはアシモフに襲い掛かる。

 

だが、アシモフはそんなマリアを振り向かずとも腹へと的確に蹴りを入れた。今度はマリアへの攻撃は穴は出現せず、直撃した。

 

「グゥ!?」

 

そのまま壁へと蹴り飛ばされ叩き付けられた。

 

「ガァ!?」

 

だが、飛ばしたマリアなど気に求めないアシモフはクリスに雷撃による暗示を施すと今度は切歌を掴み上げて雷撃を浴びせた。本来ならば殺したい。だが、邪魔をされるのであれば、殺意を感知して動くのであれば、別の方法を使うだけ。

 

「殺されないように行動したのならばそうするがいい…貴様達がそう望んだのだ…ならば私は貴様達が苦しむよう行動してやろう」

 

そう言って切歌にも同じように暗示を施すとクリスと切歌から手を離す。そして今度はマリアへと暗示をかけようとする。

 

「ガァ!?」

 

気を失ったマリアを掴み、雷撃による暗示をかける。だが、そのタイミングで再びアシモフの想いもよらない出来事が起きた。

 

「ッ!?どこまでも邪魔をする!」

 

雷撃を浴びせた瞬間、暗示がかかり終える前に、アシモフの腕が発火し、光によってズタズタに切り裂かれた。

 

爆炎が、残光が、マリアへの雷撃を邪魔をしたのだ。殺意にではなく、マリアを守ろうとする行動。そして殺意にのみ反応した悔やみなのかそれ以上を許さないとばかりの行動。

 

殺す事も、操る事も不可能な状態にするセレナに対し、そしてそれを助けるかのように力を使わせたシアンに対して、アシモフは苦しみながらも怒りを吐き出した。

 

「貴様達はどこまで私を苛つかせれば気が済む!」

 

行き場のない怒りはアシモフの雷撃へと変わり、自身を傷付けながら迸る。幾度と無く邪魔をする二人の存在に。憎悪と怒りがアシモフの迸る雷撃が物語る。

 

「本当に腹正しい!憎たらしい!」

 

雷撃が四方八方へと飛散するがマリアには当たらない。本当に憎たらしい。

 

そしてそんなタイミングでウェルが戻ってくる。

 

「アッシュ、急いで準備をして来たよ…大丈夫かい?」

 

「貴様の目は節穴か?これ以上私を苛立たせるな。すぐに行くぞ。貴様達はそれを運べ。ここで殺せぬのなら別の方法で殺す」

 

アシモフはウェルを突き飛ばしながらそう言って輸送機から出て行った。そしてその言葉に反応して倒れていたクリスと切歌が立ち上がり、マリアへと向かうとアシモフの言う通りに動き始めた。

 

「…本当に計画が進むごとにアッシュは怖くなる一方だよ…でも、それももう終わりさ」

 

ウェルは今のアシモフに恐怖しながらも、その恐怖はすぐに終わる。このまま計画が完遂すればあの時のアシモフに、初めて会った時のアシモフに戻ると信じ、二人を誘導するようにアシモフの後をついて行くのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それが少し前の出来事。

 

そしてアシモフとウェル、そして操られたクリスと切歌、気を失ったマリアはフロンティアの動力炉へと辿り着いた。

 

「ここがフロンティアの心臓部…」

 

ウェルは神秘的な光景に、そしてようやく英雄になれる事を目の前にして歓喜している。

 

だが、アシモフはそんなウェルとは別で、直ぐ様動力炉へと向かうとそこにネフィリムの心臓を叩きつけるように投げ込んだ。

 

「Dr.ウェル。貴様がしばらくフロンティアを操作しろ」

 

「分かったよ」

 

アシモフの言葉に反応したウェルは直ぐ様自身の腕にL注射器を打ち込んだ。

 

その途端にウェルの腕が変色し、かつて動いていた時のネフィリムのような腕へと変化した。

 

ウェル自身が打ち込んだのはネフィリムの細胞。拒絶反応を限りなくゼロにすることに成功させたウェルの科学の結晶。そして変質化した腕の動きを確認して問題ない事を認識したウェルは変質化していない腕の方でアシモフにあるものを手渡した。

 

「アッシュなら大丈夫だと思うけど、僕が動力源となるネフィリムの心臓の操作を可能したものに比べて相当…」

 

「説明など不要だ。さっさと寄越せ」

 

だが、アシモフはウェルの説明など聞かずにそれを奪い取るように取り上げた。

 

「苦しかろうが、辛かろうがどうでもいい…そんな物は先の戦闘での奴に敗北した屈辱に比べれば軽いものだ」

 

そう言うアシモフ。そしてアシモフはウェルに更にフロンティアを浮上させるように言った。ウェルもこれ以上アシモフに何も言わず、動力炉付近のコンソールのようなものに変化した腕を押し当ててフロンティアを操作した。

 

そしてフロンティアが大きく揺れ動く。ウェルの操作によってフロンティアが持ち上げられたのだ。ここからでは分からないが、フロンティア自身から腕のようなものが出現し、月へと伸び、宇宙に浮かぶ月を支えにしてフロンティアを更に上空へと引き上げた。

 

そしてウェルが操作に集中する中、アシモフは再びマリアへと向けて銃を構えると容赦なく発砲した。

 

だが、あの時同様にマリアに向けて発砲した銃弾はマリアに当たる事もなく、開かれた穴に防がれた。

 

「これでも尚邪魔をするか、セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。電子の謡精(サイバーディーヴァ)

 

アシモフはただ動力炉へなったネフィリムの心臓へそして自身が持つギアペンダントへと向けてそう言い放った。

 

「ならば貴様達が苦しむよう何処までもこの者を追い詰めてやろう。死にゆく助けたかった者達が死にゆく様を、この者と共に見届けるが良い」

 

アシモフはそう言うと、自身が操るクリスと切歌へと命令をしてマリアを拘束させた。

 

「此処で確実に決めてやろう。貴様達を苦しめて殺してやろう。機動二課…そして紛い者。今度こそ確実に決めてやろう…必ず貴様は私がこの手で最後(デッドエンド)を迎えさせる」

 

そしてアシモフはウェルへとフロンティアの操作を任せ、クリスと切歌へと指示をすると、勝利を確実なものとする為に、回復を急ぐのであった。



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98GVOLT

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
そしてお久しぶりです。ようやく仕事にワクチン接種にひと段落がつきましたので投稿いたします。
音信不通で申し訳ありませんでした。
私は元気でやってます。


浮遊するフロンティアが更に上空へと持ち上げられた。その影響により、船内が大きく揺れる。

 

モニターに映る巨大な手。それが遥か彼方に伸びていき、何かを掴んだかと思うと、フロンティアを持ち上げたのだ。

 

そしてそれと同時に鳴り響くアラート。

 

船内の異常を知らせる物ではない。以前、ウェルが目的を話した際に月の落下タイミングを計算して出した予測が大幅に狂い、かなりの時間が減らされている事を知らせるアラート。

 

「何故月の落下が急激に!?」

 

アラートの正体を知り、何故このような事が起きたのか分からずに叫ぶ弦十郎。

 

「フロンティアです…アシモフとウェルは、フロンティアの浮上の為に月を掴み、フロンティアを持ち上げた。その影響により、月の落下軌道が変化し、リミットを強制的に早めた…あの男達ならやりかねません」

 

ナスターシャが弦十郎へとそう告げた。ナスターシャもフロンティアの知識があり、そしてアシモフとウェルという男達と行動していたからこそ、そう言った行動を起こすと考えていたからだ。

 

「クソッタレ!」

 

弦十郎はそう叫んだ。この星の滅亡が近付いてもまだ時間がある。まだ止める算段をつけられるかもしれない。しかしフロンティアが完全に起動してしまった事により、アシモフの目的がどんどんと進み、終末が近付く。星の滅亡よりも先に人類が滅亡してしまう。

 

悪態をついている暇など無い。フロンティアを止めねば。ウェルを止めねば。アシモフを止めねば。

 

すぐさま弦十郎は奏、翼へと命令を下す。

 

「二人は直ぐ様に出撃準備を!これ以上アシモフの!ウェルの好きにさせてなるものか!これ以上誰も犠牲にならないようにするためにも!取り戻す!そしてあいつらの野望を打ち砕く!」

 

「言われなくても!これ以上あの外道共の思い通りにはさせるかよ!」

 

「分かっています!これ以上は悪い方向などに進ませやしません!」

 

弦十郎の言葉にそう返すと二人はそう返し、司令室を出て行った。

 

そして弦十郎はナスターシャと調へと視線を向ける。

 

「分かっています…全て私達があの外道達に協力してしまい、この様な事態になってしまいました…今更私達が貴方達と協力してアシモフを倒すと言った所で自分達の罪が消えるなどと思っていません…ですが罪を償う為にはあの外道共を倒さねばなりません…世界を救わなければなりません…そして…切歌を…マリアを…そしてセレナ助けなければなりません…救った後はどんな事だろうと受け入れます。こちらからお願いします…私達も協力させてください」

 

ナスターシャは弦十郎へと頭を下げる。

 

ナスターシャ達のやった事は確かに許されない。テロリストの幇助。それも世界の存亡を左右する程の。アシモフという男と協力していたという事は消えない。

 

だが、それでも自分達の罪を受け入れて、アシモフと敵対するという意志を、世界を守ろうとする意志を弦十郎は振り払う筈も無かった。

 

「ご協力感謝いたします」

 

その言葉を聞いてナスターシャは頭を上げ、調へと向けて言う。

 

「調…頼みます…この方達と共に…切歌を…マリアを…セレナ…」

 

「分かってるよ、マム。絶対…絶対助ける…切ちゃんも…マリアも…セレナも…みんな助け出す」

 

ナスターシャへと向けて調がそう言う。

 

「お願いします、調」

 

そして調が協力することを言うと奏と翼の後を追う様に調も出て行った。

 

「調…貴方もどうか無事で…」

 

「…大丈夫です…必ず全員無事に帰って来てくれます」

 

弦十郎は願う様に手を握るナスターシャへと声をかけた。

 

そして司令室の全員へ声を掛ける。

 

「総員!此処が正念場だ!必ず世界を救うぞ!」

 

その言葉に全員が頷き、それぞれが最大限のサポートを行おうと動き始める。

 

弦十郎はそう言った。この場の全員には役割がある。装者達はアシモフを除いたウェルの捕縛、クリス、切歌、マリアの救助、そしてソロモンの杖の奪還。オペレーター達には少しでも有益な情報を得る為に情報収集。医療班は傷付いた仲間達、そして救出した米国軍の治療。慎次達エージェント達もオペレーターのサポートを行い、最悪の事態に備える。弦十郎もこの場の指揮官としてそんな最悪の状況にならない様、全ての指揮を取る。ナスターシャもだ。唯一のアシモフやウェルの情報をもつ彼女もこの場に居なくてはならない。

 

そんな中、響と未来だけが自分達がどうすればいいのか分からず、オロオロしている。自分達は何をすればいいのか?何をするべきなのか?

 

「君達はガンヴォルトの元へ向かってくれ」

 

そんな二人を見かねて弦十郎がそう言った。

 

「祈るだけじゃ無い。願うだけじゃ無い。ガンヴォルトが少しでも目を覚ましてくれる様、声を掛け続けてくれ。それは君達にしか出来ない事だ」

 

ガンヴォルトが我が身を顧みず助けたかった二人。その二人の声がガンヴォルトの覚醒を促してくれると信じている。

 

そんな事が起きるのか?そう思われるだろう。

 

だが弦十郎はそれを信じている。二人の声がガンヴォルトを目覚めさせてくれると。立ち上がらせてくれるきっかけを作ってくれると。

 

その言葉に響も未来も自分達のやるべき事を理解して頷いた。

 

「師匠!分かりました、ガンヴォルトさんのお陰で助かった事を伝えます!」

 

「自分達は助かった事をガンヴォルトさんにいち早く知ってもらえる様声を掛け続けます!」

 

二人もそう言って司令室を出て行った。

 

「頼んだぞ、二人共…ガンヴォルト…二人がお前が目覚めるのを待っている…奏が…翼がお前がアシモフを殺す事を信じている…だから頼む…早く目を覚ましてくれ…みんなお前が立ち上がるのを待っている…何度も挫けようが立ち上がり、奇跡を見せて来たお前を待ってるんだ…ガンヴォルト」

 

弦十郎はそう呟きながら、モニターに映る情報を整理して対策を練るのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

奏と翼の後を追う様に出た調。

 

急いで二人に追いつく為に走り出したが、少し離れた場所に奏と翼が待っていた。

 

「!?どうして?」

 

待っている二人を見て調がそう言った。

 

「どうしても何も、一緒に行く為だろう?救いたい人達がいる。私達にも、あんたにも。やるべき事が同じだろ?」

 

「敵対していたが、今は思いは同じ。ガンヴォルトが目覚めるまでアシモフの足止め、全員生きて世界を救う事。ならば手を取り合い、共に行く方が可能性が高くなる。

 

奏と翼がそう言った。

 

かつては敵対していようが関係はない。今なすべき事を理解しているのならそれだけで構わない。

 

ただ世界を救う。友を救う。大切な人を救う。

 

「そうだね…必ず救おう…みんなを…世界を!」

 

調の言葉に奏も翼も頷き、すぐに潜水艦の出撃口へと向かう。

 

出撃口へ着いた三人はギアを纏い、勢いよく飛び出した。向かうはアシモフ達が輸送機で向かったフロンティアの中心部。

 

そこにアシモフとウェル。そして救出しなければならない三人がいる筈だから。

 

三人は救う為に。そしてガンヴォルトが目覚めるまでの時間を稼ぐ為に走る。

 

フロンティアを駆け一直線で中心部へと向かう三人。

 

だが、それを阻む様に、ノイズが大量に現れる。

 

しかし今の三人には障害にもならない。

 

突きつける槍がノイズを貫き、その突きの衝撃波が辺りのノイズを蹴散らす。

 

振るう剣がノイズを斬り裂き、斬撃で周囲のノイズごともろとも炭へと変える。

 

回転する丸鋸がノイズを切り刻み、そのまま丸鋸を飛ばして辺りのノイズを細切れにする。

 

周囲の損害など考えないで済むこの場ではノイズなど相手にもならず、ただ無惨に散っていく。

 

ここで立ち往生する気など無い。こんな所で足止めを食らうわけにはいかない。

 

ただ三人はひたすらに攻めてくるノイズを片っ端から消しとばしながら中心へと向けて駆け続けるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「やっぱりノイズだけじゃ足止めにすらなりはしないね」

 

フロンティアの中心部、動力炉部分でモニターの様になった光の板を見ながらウェルはそう呟いた。

 

ソロモンの杖によって呼び出されたノイズ。そのノイズ達がただひたすらに蹂躙される様子を見ながらも、焦りは全くなく見ていた。

 

普段のウェルならばこの映像を見ただけで絶叫し、慌てふためくであろう。だが、そんな心配もする必要もない。

 

なぜならウェルの側にはアシモフがいる。アシモフは無敵であり、最強だ。あのガンヴォルトに一度敗北しているが、そんな事は関係はない。何度もガンヴォルトを追い詰め、敵を絶望へと貶めて来たアシモフは同じ過ちを起こさないと信じているから。

 

だからこそ焦る必要も慌てる必要もない。

 

そして三人だけという事はガンヴォルトは死んだか行動不能になっていると分かる。

 

ガンヴォルトのいない装者であれば勝ち筋はいくらでも見える。

 

それが先の戦闘で実証されているから。

 

だからウェルは余裕を持ち続ける。

 

「さて、また絶望を与えるとしましょう。卑怯と言われようが外道と言われようが勝てばいい。勝者は何をしても許させる!さあ!何度でも貴方達に絶望を与えましょう!」

 

モニターを見ながらウェルは高笑いを浮かべる。

 

そのモニターに映し出されたフロンティアのマップに移された地点を見ながら。

 

それはノイズと戦う三人の少し先にある赤い点。そしてその更に先にある赤い点に三人へ向けた絶望の刺客を思い浮かべながら。

 

◇◇◇◇◇◇

 

心電図の鼓動を移すモニターから流れる機械音だけが響く病室。

 

その中心に横向きに寝かされているガンヴォルトの脇に響と未来はガンヴォルトの手を握り、目覚めを待っていた。

 

「ガンヴォルトさん…助けてくれてありがとうございます…私達は無事です…」

 

「守ってくれて…助けてくれてありがとうございます…私達の為に庇ってくれて…」

 

響と未来は静かに眠るガンヴォルトに向けてそう言った。

 

しかし、反応はない。目覚める兆しを見せない。響と未来を守るために負った大きな傷。そのダメージがある為にガンヴォルトは目を覚さない。

 

だが、それでもガンヴォルトに声をかけ続ける。弦十郎に言われた様に、ガンヴォルトの目覚めを促す為に。

 

無駄だと見られるが、響も未来もそんな事を気にせず、声をかけ続ける。

 

「みんなガンヴォルトさんが目を覚ますのを待ってます…」

 

ガンヴォルトの手を握る響の手に力が入る。目覚めて欲しい。また無事な姿を見せて欲しいから。

 

「信じています…ガンヴォルトさんが目覚めるのを…こんな悲劇を終わらせてくれるのを…」

 

ガンヴォルトの手を握る未来の手にも力が入る。また一緒にいる日々を送りたいから。みんなと共に笑い合いたい。

 

自分だけじゃない。みんなガンヴォルトを待っていると。

 

響と未来は声を掛け、祈り、願い続ける。

 

「奏さんや翼さん…調ちゃんが頑張っています…」

 

「ガンヴォルトさんが目覚めるのを信じて戦っています…」

 

「だから目を開けてください…ガンヴォルトさん」

 

二人の言葉が重なってそう紡いだ。

 

その言葉の返事を返す様に、ガンヴォルトの握る手に力が入るのを感じた。

 

「!?」

 

聞こえていたのか分からない。だがしっかりとガンヴォルトが二人の言葉に答えてくれた気がした。

 

その反応に二人は更に力を込める。目覚めてくれと。

 

今度は反応を示さなかった。だが、二人にとって先程の事でガンヴォルトが目覚める兆しを感じ、先ほどまでと同様に声を届け続けた。

 

だが、ガンヴォルトの手に力が入らなくとも、二人の言葉が届いている様に、ガンヴォルトに繋がれている心電図には二人の言葉に応える様に大きく波打っていた。



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99GVOLT

ノイズを倒し進み突き進む三人。

 

「このまま突き進むぞ!二人共!」

 

「言われなくとも!」

 

「分かってる!ここで終わらせるんだ!」

 

アシモフの計画を阻止する為に。ガンヴォルトの覚醒までの時間を稼ぐ為に。そして囚われたクリス、マリア、切歌を救う為に。

 

アシモフの邪魔をする為に突き進む。少しでもこちらの有利な状況を作り、ガンヴォルトとアシモフとの戦闘を有利に進める為に。

 

ノイズは群れをなして三人へと襲いかかる。これ以上の進撃を邪魔する様に。これ以上の歩を阻むかの様に。これ以上進む事を遮る様に。

 

だが、三人はそんなノイズの群れをものともしない。邪魔するのならば突き穿つ。阻むのなら斬り伏せる。遮るのならば切り刻む。

 

三人の進撃は止まる事はない。ノイズだろうが、障害物であろうが、ただ真っ直ぐに目的地であるフロンティアの中心部を目指して。

 

ノイズ達を物ともしない三人は進み続ける。

 

だが、その進行を止める様にノイズを切り裂きながら飛んでくる緑のエネルギーの斬撃が三人に襲い掛かる。

 

「!?」

 

三人は想定外のノイズを切り裂いて来た攻撃であったが、躱した。ダメージは受けていない。だが、三人の進撃がその一撃で止まる。

 

だが、その歩みを止めたのは想定外の攻撃に対してではない。

 

現れた存在に対して、攻撃して来た存在に対して、驚きのあまり歩みを止めてしまった。

 

「そんな…何で…」

 

現れた存在に、初めに声を上げたのは調であった。だが、驚く調に対して現れた人物は何の躊躇いもなく再度斬撃を放った。

 

呆然とする調を奏が抱えて斬撃を躱す。

 

「アシモフの野郎!何処までもこっちの神経逆撫ですれば気が済むんだ!」

 

調の無事を安堵する奏。だが、それ以上に現れた人物に対して思う事があり、アシモフの名を叫ぶ。

 

「あの男は本当に何処までも下衆な事を!」

 

翼も剣を構えてそう叫ぶ。

 

既に経験しているからこそ、現れた人物が味方ではなく敵として現れた事に憤りを隠せない。

 

「そんな…こんなのって嘘だよね…嘘だと言ってよ!切ちゃん!」

 

そう。三人の目の前に現れたのは翼の代わりにアシモフによって連れ去られた切歌の姿であったからだ。

 

その首にはかつてガンヴォルトの手によって外された筈の首輪の様な物。そして目元には未来同様にギア形状が変化してバイザーの様なものが出現している。

 

そしてこちらへの攻撃、調の声が聞こえている筈なのに何の反応を見せない切歌。その事から切歌は先の戦いで未来にも行われた洗脳を施されていると考えられる。

 

何度も戦闘を重ねたが先の戦いでアシモフを裏切り手を貸してくれた者。救わなければならないと思っていた筈の人物。その筈だった。

 

だが今は敵として目の前に立ち塞がっている。

 

かつての未来の様に。

 

「切ちゃん!目を覚まして!私だよ!調だよ!ねぇ!切ちゃん!」

 

そんな切歌へと声をかけ続ける調。しかし、先ほどと同様に調の声は切歌には届いていない。響が未来へと声をかけ続けても反応がなかった様に。

 

今の切歌に調の声が届いていない。

 

それでも調は嘘だと、いつもの切歌だと信じ続けて叫び続ける。

 

だが、切歌は声をかけ続ける調に反応を見せず、調に向けて鎌を構えて距離を詰めてくる。

 

ただ機械的に、自分の意思とは関係のない様に。ただ殺す為に振るう一撃。容赦のない一撃が調に振り下ろされる。

 

だが、その一撃は調の前に出た奏が槍で受け止めた。

 

「しっかりしろ!」

 

槍で鎌を受け止め、それを弾き、切歌を吹き飛ばす。

 

切歌は地面に鎌を突き立て、吹き飛ばされる距離を短くすると突き立てた鎌を引き抜いて再度奏に、いや、その背後にいる呆然とする調へと攻撃を仕掛ける。

 

だが、そんな事をさせるはずもなく、奏が切歌を止め、互いの鎌と槍で押し合う。

 

そんな奏をサポートするべく翼が切歌へと切り掛かるが、奏との鍔迫り合い利用して押し出されながら回避する。

 

そして距離取りこちらの様子を伺う切歌。

 

だが、翼が様子を伺う切歌へと接近して剣を振るう。切歌は振るう剣を躱し、弾き、逸らして対応する。

 

「どうして…何でこんな事に…何で切ちゃんと戦わなきゃいけないの…助けたいだけなのに…救い出したかった筈なのに…何で…何で…」

 

呆然と立ち尽くす調。

 

救いたかった筈の一人が、大切な人の一人と何故戦わなければならない状況になってしまったのか?どうして?どうして?

 

ただ呆然と立ち尽くし、何故、どうして思い続ける。

 

どうして戦わなきゃならないのか?何故傷付け合わなければならないのか?調の脳内はそればかりが巡っている。

 

だが、そんな呆然と立ち尽くす調へと奏が叫んだ。

 

「しっかりしろって言っただろ!」

 

翼が切歌の注意を引いている状況で奏が調へと向けて言う。

 

「お前は何のために覚悟を決めたんだよ!?何の為に一緒に出て来たんだよ!?助けるんだろ!?救うんだろう!?」

 

奏が狼狽える調へと喝を入れる。

 

「他に方法があるかもしれないけど今は時間がないんだよ!救うには今は戦うしかないんだよ!戦ってお前の声を!歌を届けるしか方法がないんだよ!さっきの戦いで分かってるだろ!大切な人の声!そして歌をあいつにぶつける!それしか方法がないって!」

 

アシモフによって操られた未来を救うにはそれしかなかった。時間をかければ他の手立てはあったかもしれない。しかし、あの時はアシモフが居た為に不可能であった。今もアシモフによる終末のカウントダウンが迫っている。だからこそ今分かっている方法で救う。戦って声を届ける。響が未来へと歌を、声を届けた様に。

 

戦って思いをぶつけ、歌を、声を届けるしかない。切歌を救うには今はそれしか方法がない。

 

「そんな事…私には出来ない…切ちゃんを…切ちゃんを傷付けるなんて…」

 

しかし、調には親友を傷付ける事が出来ないと言った。

かつての日々が、切歌との思い出がそれを邪魔をする。覚悟を決めたが揺らいでしまうほどの大切な思い出。親友の切歌との共に歩んだ人生が、調の覚悟を鈍らせる。

 

「お前の気持ちはよく分かるよ…でもな…あいつを止めないと…私達が止めないとあいつがもしも戻れた時に、お前以上に辛いを思いをするんだよ…」

 

奏もかつて操られた事があるから言った。あの時、かつてのカ・ディンギルでの戦いで、ガンヴォルトがシアンが止めてくれなければ?シアンの言葉を受け入れず、ガンヴォルトを殺していたのならば?

 

それは一度は考えた事。あの時はガンヴォルトが、シアンが助けてくれたからその思いを味わう事がなかった。

 

助けられず、翼にクリス、響と戦い、殺し、本物のフィーネが思い描いた先の世界で自我を取り戻した時の事を。

 

自身の手で殺した大切な人を。親友を。その重責に耐えられるはずがない。手に残った大切な人を手に掛けた感触を。大切な親友を手に掛けた感触を。その自責の念で自らを傷付け、追い込み続ける。

 

そう言う考えがあるからこそ、傷付けてでも止めなければならないと、ぶつかってでも叩き起こすしか無いと奏は思っている。

 

翼も奏の想いを理解しているからこそ、切歌を止めようとしている。

 

「私達が止めなきゃあいつはもっと残酷で、取り返しのないものを背負う事になる。だから私達は傷付けても止めるんだよ。もしあいつを私たちが止められなきゃあいつは私達が大切に思っている人を殺す。それを守ろうとする人を殺す。アシモフの事だ。あの外道ならそうする。お前はそれをあいつにさせるのか?あいつにお前の大切な人達を殺させるのか?」

 

「ッ!?」

 

奏はそう言った。冷たいと思うだろうが、そうでも言わないと分からないと思ったから。

 

調もそう言われて自分を妹の様に愛情を持って接してくれたマリアが、親の様に接したナスターシャの姿が思い浮かぶ。

 

切歌も大切に思っている二人。その二人が切歌の手で。自我のないままそうさせていいのかと考えさせられる。

 

「あいつにあんたの大切な人も殺されるんだよ!それでもいいのかよ!あいつは自我のないまま大切な人を殺させるのを黙って放っておくのか!あいつを止めなきゃあいつ自身が罪に苛まれる!そんな事をさせない為に戦うしかないんだよ!そんな事をさせない為にもお前の声を!お前の歌をあいつにぶつけるしかないんだよ!」

 

奏は調へと叫んだ。切歌にそんな事をさせていいのかと。そんな追い込む様な事をさせていいのかと。

 

「助ける為には自分の想いをぶつけるしかないんだよ!救う為に戦って目を覚まさせるしかないんだよ!」

 

だからこそ、奏は調へと再度喝を入れた。やるしか無いと、救う為に今やるべき事は戦う事なのだと。そして救うには最も切歌との繋がりの深い調がやらなければならないという事を。

 

「私はそんな事させない。させたく無い。あいつにそんな想いをさせたく無い。だからこそやるんだよ。あいつとはそんな付き合いあるわけじゃない。だけど同じ境遇を味わったからこそ、止めなきゃならないんだよ。そんな辛い目に遭わせるわけにはいかないんだよ。その為にはお前が必要なんだよ。私達じゃなくてお前が。助けたいのならお前がやらなきゃならないんだ」

 

切歌に誰かを殺させない様に。そんな想いをさせない為に。それには調が戦うしかないと言った。

 

「方法が…まだ他に方法が…」

 

「あるかもしれないけど今は時間がないんだよ!それしかないんだよ!取り戻すんだろ!あいつを!救うんだろう!みんなを!だから!」

 

奏が調へと戦え。そう言おうとした。だが、それを阻むかの様に、翼の叫びが二人に届く。

 

「奏!」

 

奏の呼ぶ声。その声に遮られると共に、いつの間にか翼との交戦を潜り抜け、鎌を振りかぶる切歌の姿が。

 

奏はすぐさま槍を鎌へとぶつけて攻撃を受け止める。

 

だが切歌は戦意を失った切歌を殺そうと奏を吹き飛ばそうとする。

 

奏はそうはさせまいと力を込めて切歌を止め、硬直状態を作る。

 

「覚悟を決めろ!お前しかこいつを止められねぇんだ!」

 

そして奏は調へと再度叫んだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

調は未だどうすればいいのか迷い、動けずにいた。目の前では奏が切歌と対峙している。だが一歩、小さな一歩が踏み出せないでいた。

 

奏の言う通りにするしかないと分かっていても、切歌を傷付けたくないと言う思いで葛藤していた。

 

だが、そうしなければ、大切な人であるナスターシャが、マリアを救えないとも言われた。

 

大切な人を失いたくない。それと同じくらい切歌を傷付け、失いたくない。

 

どうすればいいのか迷い続ける。響が未来を救った様に本当に自分が救えるのか?あの時はガンヴォルトがいた。切歌もいた。響もいた。みんながいたからこそ出来た。そしてそれ以外にも電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力が他のみんなにあった。

 

自分にはそれがない。電子の謡精(サイバーディーヴァ)のない自分にはそんな事が出来るのか?切歌を本当に取り戻す事が出来るのか?

 

迷いと葛藤が調を動きを阻害する。

 

やらなきゃならない。やらねばならない。奏が言った様に自分がやらなきゃいけない。大切な人を守る為。大切な親友と対峙しなければ。

 

だが、どうしても一歩が踏み出せない。

 

もし出来ない場合は自分が救おうとする親友を傷付け、最悪の場合、手に掛ける可能性があるからだ。そんな事したくない。

 

そんな可能性があるからこそ調は動けない。

 

どうすればいい?どうすれば自分の思い描く最良の選択が選べる?

 

奏の言う様に戦うしかないのか?だが、それが可能でない場合は?

 

最良を考えても最悪の考えが思い浮かんでしまう。

 

覚悟は決めたはずなのに。

 

たった一つの絶望がその覚悟を踏み躙る。

 

目の前では奏が切歌と戦い、そのサポートをする為に翼も戦闘に加わる。だが、奏も翼も切歌を救おうとする為に、有効打を与える事が出来ず、逆に操られ、自我の無い切歌は二人をダメージを受けながらもそんなの関係ない様に殺す気で二人へと襲い掛かっている。

 

救おうとする者と殺そうとする者。実力差があれど、戦闘が長引き、疲弊が重なれば状況が覆るかもしれない状況。

 

そうなれば二人の身も切歌の身も、そして止める事を託した二課が、そしてナスターシャが殺される。

 

アシモフの計画が完遂すれば全てが終わる。

 

やるしか無い。だが、覚悟を決めてもどうしても切歌の笑顔が脳裏に浮かぶ。止める為に傷付け合い、その末に切歌を取り戻す事が出来るかと言う思い。それが出来ず、世界を救う為に、親友を手にかけてしまうと言う思い。

 

天秤にかけてもどちらも並行したままだ。調にとって切歌とはそれほど大事な存在。

 

そんな迷いが調を動かせようとしない。

 

救いたい。みんなを。切歌を。マリアを。ナスターシャを。そしてセレナも。

 

一歩が踏み出せない。

 

覚悟が持てない自分に嫌気がさす。

 

『貴方はどうしたいの?』

 

そんな迷う中、調の頭に声が響く。

 

誰か分からない声。だが、調はその声を知らずとも、正体を何故か知っていた。

 

(ッ!?フィーネ!?)

 

『私の事を知っているとかはどうでもいいの。いつまでも答えを出さず、そこで黙ってあの外道の思う様にさせたいの?それともあの子を救いたいの?』

 

フィーネの声が調へ問う。

 

だが、調は答えなくともフィーネは既に知っている様に言った。

 

『助けられる確証がない。傷付け殺してしまうかもしれない』

 

調の考えを読んで悩んでいる原因を言う。

 

『やりもしないでそんな考えを持つ事自体間違っている。確かに貴方には電子の謡精(サイバーディーヴァ)はない。だから潜在意識を呼び起こすための力が無い』

 

(ッ!?だったら私に切ちゃんを殺せって言うの!)

 

その答えに調はフィーネへと怒りをぶつけた。つまりはもう切歌を助ける術がないと殺すしか方法が無いと言っているからだ。

 

世界を救う為に切歌を殺す。もう切歌を殺す以外方法が無い事を知った。

 

(殺したく無い!切ちゃんに誰も殺させたく無い!世界も!全部守りたいのに!)

 

調は絶望する。親友を殺すしか無い現状に。殺すしか選択肢がないこの理不尽な世界に。絶望が調に覆いかぶさる。

 

だが、そんな絶望を振り払う様に、温かい何かが包み込む。そして調へとフィーネは言った。

 

『答えが出てるならそれでいい。私自身もあの外道にあの子に託した未来を絶やす事はしたくない』

 

そう言うと調の胸の辺りに体温と違った温もりを感じる。

 

『力を使いなさい。シンフォギアの力じゃない。電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力じゃない。私の力を。魂に刻まれた、貴方()の力を』

 

そして更に胸が熱くなるのを感じた。

 

その背後にはフィーネがおり、まるで何かを託すかの様に、動けないでいる調の背中を押していた。

 



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100GVOLT

気付けばもう二章百話分も書いたのか…
でもまだ終わる気がしない…初めは百話くらいで終わる筈だったんだけど…
明日イクス2発売されるので楽しみ…
鎖環発売前に終わるかな…


切歌を抑える奏と翼。だが、あくまで捕縛が二人の目的。故に最小限の攻撃で止めなければならない故に攻めあぐねる。

 

だが、切歌は操られてる上に、未来と同様にダメージを受けたとしても止まる事のない。

 

まさに命令された事を遂行すると言うマシン。

 

「止まりやがれ!」

 

奏は翼と共に切歌を捕らえようと鎌を捌きながら切歌を追い詰めようとする。だが、切歌は止まらない。今までの切歌とは比べ物にならないほどの力で二人を翻弄する。

 

「くっ!?」

 

「奏!」

 

「問題ない!それよりも集中!」

 

切歌の攻撃が辺り、ダメージを負いながらも一旦下がる奏。その瞬間を見た翼が慌てたが、奏は大丈夫と翼に警戒を緩めない様に言う。

 

「クソッ!こんな所で時間を潰している訳にはいかねぇのに!」

 

「あの子は何をしているの!?」

 

奏はこの場から少し離れた場所にいる調の事を言った。

 

「あいつはまだ迷ってる!」

 

「…ッ…覚悟は決めている筈だけどやっぱり…大切な者を目の前にすると…」

 

翼も調の心情を理解してそう言った。

 

止めたいなければならない。殺してはならない。なぜなら切歌は救うべき対象。調が取り戻したい人の一人であるから。

 

だからこそ、傷付ける事を躊躇っている。分かっている。だがやらねばならない。アシモフの計画を完遂させない為にもここで立ち止まるわけにはいかない事なんて。

 

みんなを救うと決めた。だから見捨てられない。見捨ててはならない。しかし、奏と翼には切歌を救えるか分からない。今は眠っている様に現れないシアンの力、電子の謡精(サイバーディーヴァ)。あの力が再び二人の身に発現すれば可能かも知れない。

 

それが発現しても助けられる可能性が上がるが必ずでは無い。奏自身が体験しているからこそ、翼も聞いているからこそ分かっている。必要なのはシアンの力、精神へと干渉する電子の謡精(サイバーディーヴァ)の歌の力。そして大切な人の思い、歌、戦って、声を掛け続ける事。かつてガンヴォルトが奏にした様に、未来を助ける為に響が声を掛け続けた様に。

 

今はぶつかり合って届けるしかない。それ以外の方法が無い以上、それしか無い。

 

だからこそ、調が奮起を起こし、救おうとする思いを切歌にぶつけるしか無い。

 

奏と翼は切歌と交戦しながら調を待つ。

 

だが、時間がないのだ。

 

どうする?どうすればいい?ただ時間が潰されていく。アシモフの計画の完成が刻一刻と近づいていく。最悪の手段を取るかとらざるかを選択せねばいけないのか?

 

奏と翼は切歌との戦闘を続けながらその様な考えが過ぎる。駄目だ。それはしてはならない。誰かを失って取り戻したとして本当の決着と呼べるのか?

 

それは自分達が望む物なのか?

 

違う。それは自分達が望んだものなんかではない。最悪の結果だ。誰かを失う事で取り戻したものなど誰一人あの場にもこの場にもいない。

 

だが、どうすれば?

 

切歌と戦闘を行いながらそう思う。

 

考えながら、葛藤しながら、どうすればいいか迷いながら切歌へと立ち向かう。

 

しかし、その考えが、葛藤が、迷いが二人の隙を生む。考えが、振るう槍と剣に鋭さを無くす。葛藤が動きを自分達が思う様に動いていない。迷いが自分達の動きが悪い事に気付かせない。

 

そんな状態が続けば綻びが出る。その隙を見逃さなかった操られた切歌。奏と翼の攻撃の中、生まれた隙を潜り抜け、最もこの場の脅威と認識されてない調へと駆け出した。

 

「ッ!?」

 

二人はそれを阻止しようと駆け出そうとするが既に切歌は鎌を振りかぶり、調へと向けて斬撃を繰り出していた。

 

「避けろ!」

 

「逃げろ!」

 

奏と翼は未だ動きを見せない調へと叫ぶ。だが、その叫びも虚しく、調は切歌の斬撃を避けることも無く、いや、全く避ける素振りを見せず、斬撃をまともに受けてしまった。そしてその斬撃が物語る様にぶつかり、その衝撃に伴う巻き上がる砂煙。

 

切歌の殺意ある一撃。例えシンフォギアであろうと当たりどころが悪ければ、大きなダメージは免れない。

 

「ッ!」

 

奏と翼は調の無事をすぐに確認する為に砂煙の舞う場所へと駆け出す。

 

みんな無事に帰ると誓ったのに。

 

だが、駆け寄ろうとする二人の前に、操られた切歌が立ち塞がった。

 

調はもう終わった。だから次は二人の番というように。操られてるとはいえ、躊躇いもなく友を、親友を傷付けてまだ戦い続けようとする切歌。

 

だが、そんな二人の目には驚くべき事が映し出される。

 

切歌の背後に立ち上る土煙。そこから丸鋸が飛び出し、切歌へと襲いかかった。

 

「ッ!?」

 

切歌はその襲い掛かる丸鋸に驚きつつも躱す。だが、奏と翼は安堵よりも先に、その砂煙の奥にいる調のいると思われる場所から異様な雰囲気を感じ取った。

 

調が見えているわけじゃない。しかし、どうしてかそう感じてしまった。

 

何なのか?何が起こったのか?それを理解させるように調がいる土煙が晴れていく。

 

そこにいた調は同じ姿。そしてその周りに出現していた電子の障壁(サイバーフィールド)のように連なる六角形の薄紫の結晶の連なる結界。調にもシアンの力である電子の謡精(サイバーディーヴァ)が発現したと思ったが、違う。

 

調からはシアンの力とは別の何かを感じる。そしてその正体もすぐに気付いた。

 

遠くから離れても分かった。調の纏う雰囲気。それは奏と翼に取ってはかつての戦いでガンヴォルトと共に戦い、そして追い詰め、そして改心し、紫電によって同化した完全聖遺物、ネフシュタンの鎧を抜かれ、亡くなったフィーネと同じ重圧(プレッシャー)

 

何故、調にフィーネと同じ重圧(プレッシャー)、状況が読み込めず、その事に驚きを隠せない奏と翼。元よりフィーネはマリアだと認識していた。

 

しかし、それはマリアが語ったからこそ、そう思い込んでいた事であり、実際は違う。だが、それを知るのはF.I.S.、そしてアシモフとウェルのみ。アシモフもナスターシャもフィーネは誰にも宿っていないと考えていた。ナスターシャは計画がアシモフにより破綻して、もうこれ以上未だその事をナスターシャが語っていない為、その事を奏と翼が知る由もなかった。

 

知らない二人にとってはそんな事はどうでもいい。二人にとって調の持つ重圧(プレッシャー)はフィーネそのもの。フィーネの顕現は新たな脅威のそして無事を安堵した筈の調がかつての了子の様に、フィーネが調を塗り潰し、顕現したのではないかという不安がよぎる。

 

そんな不安な二人、そして無傷の調に対して警戒する切歌。

 

異様な雰囲気が戦場を包み込む。

 

だが、その異様な雰囲気に飲まれない調が動き始める。

 

ゆっくりと。

 

その歩みに奏と翼は調に己が握るアームドギアを構えてしまう。

 

フィーネなのか?それとも調なのか?

 

敵なのか?味方なのか?

 

調が歩み寄る度に、不安が掻き立てられる。

 

だが、その沈黙を破ったのは操られた切歌であった。

 

奏と翼が調に注意が向いた瞬間、ほんの一瞬の無防備になった二人へと向けて鎌を振り下ろす。

 

それに気付くのに遅れた二人。ガードが間に合わず、その攻撃をまともに食らう、筈だった。

 

しかし、その攻撃が二人に当たることはなく、切歌、奏と翼の間に先程の調の周りに出現した六角形の結晶が切歌の攻撃を阻んでいた。

 

「ごめんなさい…あんなに悩んで…迷って…助けられないって思って…助けるにはそれしかないのに…」

 

気付かぬ間に奏と翼の近くに既に調の姿があった。その言葉は奏と翼へと向けた言葉。そしてその次は切歌を見据え言った。

 

「でも…もう迷わない…切ちゃんを助けられる力がある…私にしか出来ない方法を見つけた…」

 

そう言うと切歌の攻撃を阻む結界が強く光り、切歌を弾き飛ばす。

 

「切ちゃん…痛くして…傷付けて…でもそうでもしないと…切ちゃんを助けられない…痛くするけど…絶対に…絶対に助け出して見せる」

 

弾かれ、体勢を立て直す切歌。すぐ様鎌を構えるが、どう対応すればいいのか分かっていない様に攻めてこず、警戒している。

 

「おい…お前は…お前がフィーネなのか?」

 

「その力は…フィーネのもの…貴方の身に何があった」

 

隣に立つ奏と翼も助けられはしたが、かつての敵であったフィーネの力の一端を見た為に調の虹彩が先程までと違い、フィーネと同じであると気付いた為に調をも警戒していた。

 

先程の言葉は調そのもの。だが力はフィーネ。どちらなのか?調なのか?フィーネなのか?敵であるのか?味方なのか?

 

紫電との決戦でガンヴォルトに未来を託したあのフィーネなのか?それとも、言葉のみで実は未だにかつてと同様に世界を一つにするのを狙っているのか?

 

奏と翼は冷や汗をかき、調がどうなったか警戒を解かず、ただ沈黙する。ほんの僅かの時間の筈が、かなりの長さに感じる。

 

「フィーネは私の()にいた…でも、力を貸してくれただけ…私はフィーネに塗り潰されてない」

 

感覚からフィーネだと感じたのはあっていた。だが、フィーネは何故今になって現れたのか?上手く言葉に出せない。

 

だが、そんな二人を他所に、調が言った。

 

「フィーネは切ちゃんを助ける為に力をくれた」

 

調はそう言った。本当にそうなのか?フィーネがかつて了子を語った様に、今は調を語り、気を窺っているのではないかと考えてしまう奏と翼。

 

そう考えているのを感じたのか、調が言った。

 

「フィーネが言ってた。あの子に託した未来を絶やすわけにはいかないって。多分、ガンヴォルトの事だと思う…フィーネはあの人にどんな約束をしていたかは私は知らない…でも、その約束はアシモフに壊される訳にはいかない事ぐらい理解出来る…だから、私に力を貸してくれた…」

 

その言葉だけで、奏も翼もフィーネが調に本当に力を貸し、手助けしようとしている事を理解する。

 

奏はかつて自分を操った人物。翼はかつて相対した敵だったとしても、最後にガンヴォルトに託した約束を果たそうとしている事は調の言葉から理解出来た。

 

「本当に…信じていいのか?お前が、あの子を助けるのを信じて」

 

「本当に、その言葉に偽りはないのか?」

 

奏と翼は調に、そして調に共鳴するフィーネへと問いただす。その言葉に調はこう答えた。

 

「ええ、あの子との約束を…託した未来を反故する気なんてないわ。だから貴方達は行きなさい。アッシュボルトの…いいえ、アシモフの破滅を止める為に。ガンヴォルトが私の約束を果たしてくれる様に」

 

調がそう言った。しかし、その言葉はまさしくフィーネのものであり、それを約束すると首を縦に振った。

 

「必ずあの子は私の力で戻して見せる」

 

その言葉に奏も翼もフィーネを、調が切歌を助けてくれる事を信じた。

 

「…分かった、頼んだぞ」

 

奏も翼もそう言って駆け出した。だが、今まで警戒していた切歌はそんな二人を阻む様に攻撃を繰り出す。

 

「邪魔はさせない!」

 

だが、それをフィーネが、調が許さず、六角形の障壁を展開して切歌を阻んだ。

 

そして調は駆け出した二人が遠くに行くのを見届けて、切歌は標的を調へと移した。

 

「気を付けなさい…この子が絶望した様に、貴方達にも、絶望が降りかかる…でも、貴方達ならどうにか出来る…電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力の一端を使う事の出来る貴方達なら…」

 

フィーネは二人に届かないと知っていながらも、そう呟かざるを得なかった。

 

切歌がこの様な状態、そして奪われたのは切歌だけではなくクリスもいる。アシモフは絶望を常に突きつけてくるからこそ、クリスも同様に二人の前に立ち塞がるだろう。だが、それでも、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を紫電との戦いで知っているからこそ、フィーネはそう呟いた。

 

そして切歌と対峙する調。

 

「さあ、私達もあの子に託した未来を守る為にまずはこの子を取り戻しましょう」

 

そしてフィーネは調へと語りかけるようにそう言うと、主導権がフィーネから調へと移る。

 

「絶対に取り戻して見せる…私達で」

 

そして調とフィーネは切歌を取り戻す為に、切歌に立ち向かった。



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101GVOLT

白き鋼鉄のX2をようやくプレイすることができる様になった昨日。
とりあえず普通にクリアし終えてハードモードに突入しました。
さて、真エンドは今回はあるっぽいので確認する為に頑張ります。


「まさか、フィーネが本当にいるのは想定外だ…」

 

動力炉のある部屋で調がフィーネの力を発現した事を見て苦虫を噛み潰したように表情を歪めるウェル。

 

想定外の事でどう処理するかを考えるウェル。

 

奏と翼がこちらへと向かって来たとしてもまだこちらに来るまでは時間がかかる。まだ二人を足止めする為の人員はいる。

 

だが、フィーネが切歌をどうにかしてアシモフの施した洗脳を解いた場合、二人を足止めする人員は同様に戻り、不利な状況に陥るのは目に見えている。

 

どうすれば?

 

アシモフが少しでも回復に専念している今、自分がどう判断を下せばいいか頭をフル回転させるウェル。

 

その近くには誰にも宿らなかったと思われていたフィーネが調にある事を知り、そしてフィーネが調へと顕現した事により、調がフィーネとなり、調という存在がフィーネにより塗り潰された事により悲しみに暮れていた。

 

身寄りのないマリアにとって大切だった家族がまた一人目の前で失われた。セレナ。ナスターシャ。そして調まで。奪われていく大切な家族。

 

そしてアシモフによってフィーネとなった調とアシモフによって操られ、戦わせられる切歌。そして死してなお、利用され続けるセレナ。そして今もなお、セレナに助けられなければ死んでいるマリア。

 

相手に常に絶望を叩きつけると共に、マリアにも何度も絶望を叩きつける。ギアペンダントを奪われ、ボロボロにされ、力無くその光景を見ている事しか出来ない。

 

自分の無力さに静かに涙を流す。

 

そしてマリアに更なる絶望を見せるかのように今まで息を潜め、回復に専念していたアシモフがゆっくりと立ち上がる姿が視界の端に映った。

 

「フィーネ…貴様が本当にあの中に混じっていたとはな…」

 

アシモフはモニターの様な物に映る調を見てそう呟いた。だがその表情には怒りが相変わらずこびり付いており、その表情に呼応する様に周りに迸る雷撃がバチバチと激しく音を立てる。

 

「アッシュ!?もう立ち上がって大丈夫なのかい!?」

 

だが、そんな怒りを気付かぬウェルがアシモフに心配そうに詰め寄った。

 

「貴様も私の心配せず自分がやるべき事をしろ。英雄になるのだろう。私はもう問題はない。暴走も治り、万全だ」

 

アシモフはそんなウェルを突き放し、怒りながらも冷静にウェルに指示を飛ばす。ウェルは無事なアシモフに安心しながら、迫り来る奏と翼に向けて刺客としてクリスに切歌同様阻む様無線で指示を出した。

 

もう少しで衝突するであろうクリス、奏と翼。

 

「正規適合者。操られていても、あの者よりは時間を稼ぐだろう」

 

ウェルの指示を聞き、奏と翼へと接近するクリスを見てそう呟くアシモフ。

 

元よりクリスに奏と翼を倒せるとは思っていない。切歌も同様だ。元より、自身が回復する為の時間稼ぎ。そしてかつての仲間であった者との殺し合いが目的。時間とかつての仲間との殺し合いによる精神を削り、着実な勝利を、計画の遂行を目的としたもの。

 

それで殺せればなおよし、奏を殺せなくとも、翼を奪えなくとも、自身が回復すれば戦況はひっくり返る。まだこちらに分があるのだ。

 

例えフィーネが現れようと、切歌が敗れようと、クリスが元に戻り、再び立ち塞がろうと関係ない。

 

自身さえいれば何の問題もない。

 

たった一つの障害を除いて。

 

自身がトドメを刺さなかった過ちが、何度も相対し、何度も殺したと思っていた男。ガンヴォルトの名を語る記憶を持つだけの紛い者。

 

紛い者だけが唯一、そして最大の障害。

 

そして自身の計画を為せたとしても紛い者の存在をこの手で殺さねば本当の意味で計画が完遂したと言えない。

 

自身の怠慢が生み出した障害を、存在を、この手で潰す。

 

「Dr.ウェル、私も出撃する。全てを終わらせに、計画を完全な者とする為に、風鳴翼を奪い、それ以外を全て消し去る。そして奴をこの手で今度こそ屠る為に」

 

そしてアシモフはウェルに向けてそう言った。あの時残した言葉通り、ここで全てを終わらせる。こちらの勝利で、ガンヴォルトを語る紛い者を殺して。

 

強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)は無くなったが、電磁結界(カゲロウ)を突破してこようが、こちらが勝つ。計画を遂行させ、本来の野望を成就する為に。

 

「今度こそ確実に殺してやる…終焉(デッドエンド)を迎えさせてやろう」

 

そしてアシモフは再びウェルへと指示を出す。

 

「更なる絶望を叩きつけてやる」

 

「絶望ってもう僕達に残っている手札はあの二人だけ…他に何があるって言うんだい?」

 

ウェルは既に切った手札しか残っていないと思いそう言った。

 

「貴様も巫山戯るのは大概にしろ。その手にあるだろう。絶望を与える最高の物が」

 

アシモフはウェルに苛つきながらもウェルの変態した手とは逆の方を見てそう言った。

 

「装者は全員出払っている。紛い者も出て来ていないを見るに意識を失う程のダメージを負っている。だからこそ、本部を叩く。定石だろう。そのくらい直ぐに答えを引き出せ」

 

その言葉に、ウェルはすぐに悪い笑みを浮かべた。

 

「アッシュの言う通りだ。帰る場所も、大切な者達が居なくなる事は最大の絶望…僕もすぐに考えつくべきだったよ」

 

アシモフの言葉通り、ウェルはノイズを二課の本部へと向けて解き放つようにソロモンの杖に念じた。

 

その光景を見たアシモフは誰にも聞こえないように舌打ちをして、動力炉から走り去る。

 

「やはり、無能力者は使えない。貴様も全てを終えれば貴様も用済みだ。あと僅かの時間、道化として踊っていろ」

 

アシモフはそう言って計画を遂行すべく、戦場へと赴くのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

一方、アシモフの計画を足止めすべく、フロンティア中央へと向かう奏と翼。

 

かなり時間を割いた為に、全力で駆け抜けている。

 

ノイズも現れない為に、かなり順調に中央へ進んでいた。

 

だが、奏と翼には不安が残っている。

 

切歌があのような事があった為に、そう思わざるを得ない事。

 

クリス、そしてマリアの事だ。

 

アシモフは絶望として切歌を送り込んだように、クリスも同様の事を施している可能性が高い。そしてマリアもだ。

 

救わなければならない者達と戦わざるを得ない状況が不安なのだ。

 

救わなければならない。だが、本当に救えるのかと少し弱気になってしまう。

 

しかし、ガンヴォルトが奏を救った様に、響が未来を救った様に、救えた事例があるのにそれを信じないでどうする。

 

信じ切れば変わる現状がある。例え小さな可能性でも手繰り寄せる軌跡がある。だからこそ信じるのだ。自分達の歌がシアンの思いを呼び起こし、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力の一端を覚醒させ、救える事を。

 

弱気になるな。信じ続けろ。

 

そう自信を鼓舞させる二人。

 

だが、その鼓舞を遮るかの様に、脳によぎった可能性が目の前に現れ、二人の足を止めさせた。

 

「…やっぱり、こうなるのかよ…」

 

先に口を開いたのは奏。

 

そう。二人が足を止めた数十メートル先に見える共にアシモフと戦い、世界を守ろうと共に歩んだ仲間であった赤いシンフォギアを纏うクリスの姿。

 

切歌同様に操られた影響でギアの形が僅かながらに変化しており、纏う鎧の顔の部分がバイザーによって表情が見えなくなっている。そして同様に首には切歌が付けていたものと同様の物。爆弾だ。

 

「…奏、やれるか?」

 

翼は既に戦闘体制に入り、奏へとそう言った。

 

「やるさ、救わなきゃならないんだから…だけど、翼。ここは私一人でやる」

 

奏も戦闘体制に入りながらそう言った。

 

「アシモフが出張ってない今がチャンスなんだ。少しでも多くの邪魔をする為に、翼は先に行って計画を引っ掻き回せ。そうすれば、ガンヴォルトが目覚める時間を稼げる」

 

翼に一人で先に進ませようとする奏。

 

「でも…」

 

「この戦いは私がやらなきゃならねぇんだ。クリスと共に苦楽を共にした私がやらなきゃいけない。ガンヴォルトがいない以上、クリスは私が助けなきゃいけない」

 

奏は翼にそう言った。

 

奏とクリス。出会ってまだ半年も経っていないだろう。だが、それでも、クリスの事は一番奏が分かっているから。共に同じ人を好きになり、一緒に暮らし、同じ痛みを…家族を失った痛みを知る者だから。

 

奏がクリスと戦って戻すしかない。可能性があるのはガンヴォルト以外だと自分だと思うからこそそう言ったのだ。

 

「…分かった…奏、雪音のことをお願い…確実に雪音を元に戻して追いついて来て」

 

「分かってる、みんなで戻るって決めただろ?」

 

奏はそう言うと翼と共に駆け出した。

 

そんな二人を足止めすべく、クリスが二丁のガトリングを出現させ、一斉射撃を開始する。

 

弾幕の雨が放たれるが奏は翼の前に出て槍の穂先を回転させると弾を弾きながら前に進む。

 

奏を先頭に翼がその後に続く。

 

ガトリングから放たれる弾幕は穂先で全て排除出来る事はなく、幾つかは回転する穂先を通り過ぎ、奏の身体に被弾する。

 

だが、それでも奏も翼も止まる事はない。

 

奏はクリスを助ける為に、翼もこれ以上アシモフの計画を進ませるわけにはいかない為に、傷付きながらも真っ直ぐに進み続ける。

 

そしてクリスとの距離を詰める十メートルを切った所で奏の背後から翼が飛び上がり、クリスの上を飛び越えようとする。

 

だが、それをクリスは逃さない。片方のガトリングを奏へと照準を合わせたまま、もう片方のガトリングで翼を落とそうとする。

 

だが、それを奏が許さない。片方のガトリングとなった事で弾幕が勢いを落とすと共に、十メートル程の距離を被弾しながらも一気に詰め、槍をクリスに振るう。

 

「クリス、余所見するな。私が相手してやる!」

 

クリスは奏の攻撃を両手に持つガトリングを受け止めた。だが、その結果、翼はクリスの頭上を飛び越え、フロンティア中央へと単身で駆け出した。

 

クリスは翼を逃さない様に追撃を試みるが、受け止めていた槍で奏がそれを阻止した。

 

「翼!頼んだぞ!」

 

「奏!雪音の事を頼む!」

 

そして翼が一気に加速して、既に二人からはかなりの距離を取り、追撃は不可能なものとする。

 

「クリス…お前は私が助ける…少し痛いが我慢しろよ!」

 

そして奏は単身で操られたクリスへと向けて槍を振るうのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

奏とクリスの戦闘が始まる音が、遠くの方で響いている。

 

奏ならやってくれる。必ずクリスを取り戻してくれる。そう信じながら翼は中央へと駆け出す。

 

既に中央は目と鼻の先。

 

翼は出来るだけ多くの妨害の為に、全速で中央へと駆け出す。

 

そして辿り着いた先に、入り口が見える。

 

あの中に入り、出来るだけの妨害をすれば、ガンヴォルトの目を覚ます時間を稼げば、必ずガンヴォルトがアシモフを止めてくれる。

 

そう信じて翼はフロンティア内部へと突入しようとした。

 

だが、それは叶わなかった。

 

大きく開けたフロンティア内部への入り口。そこから放たれる悍ましい殺気にさっきまでの勢いがかき消された。

 

「ッ!?まさか…ここでお前と鉢合わせるなんて…」

 

冷や汗を垂らした翼は剣を構えてそう言った。

 

「天羽奏ではないのか…奴ならば殺していた所だが、まさか貴様からこちらへと来るとは手間が省けたぞ…風鳴翼」

 

その言葉と共に奥から姿を表した全ての元凶であり、ガンヴォルトを何度も追い詰め、こちらに何度も絶望へと叩きつけて来た首謀者、アシモフの姿があった。

 

「まさか…貴様がここで出てくるとは…」

 

圧倒的な絶望たる存在が、今、万全な状態で翼の前に立ち塞がった。



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102GVOLT

投稿時間ずれたけどいいやと言うことで投稿


調が切歌を、奏がクリスを救おうとする中、翼が最も相対してはならない最悪と対峙している事をシンフォギアに繋がったマイクからその情報を得た。二課本部はそれぞれが全員が苦悶、もしくは絶望を浮かべていた。

 

弦十郎や慎次は未来が操られた様に、同様の手口で切歌を、そしてクリスを操り、装者達へと戦わせる行為に、卑劣な手口と顔を歪め、そして翼の相対する姿を現したアシモフ。

 

ガンヴォルトとの対決で一度敗北し、身体を休めていたと思われるアシモフ。

 

「現れるとは予想していたが…ここで出会すとは…」

 

奏やクリス、翼の三人係でも倒せなかった男。翼がたった一人で立ち向かい、勝つ事など不可能に近い。

 

ガンヴォルトがまだ目覚めていない。しかも、アシモフは翼を奪う対象にしている。ここで翼まで奪われて仕舞えば、操られ、こちらの敗北が確実なものとなってしまう。

 

「…ッ!」

 

逃げろ。戦うな。

 

弦十郎はそう言いたかった。だが、アシモフから逃げ切る事など不可能。それは叶わないだろう。既に邂逅してしまった為に退路も、選択肢も残されていない。

 

『司令、邂逅した以上は退く事も、進むことも出来ません』

 

アシモフと睨み合う翼からの通信が入る。

 

『ですが、アシモフの手に落ちる気も、操られる気も毛頭ありません』

 

だが、対峙する翼は弦十郎達の不安を拭う様にそう言った。

 

怖がっている事は分かる。強がりで言っている事は分かっている。だが対峙した以上、戦う道がない事は翼自身がよく分かっている。

 

勝ち筋の見えない戦いだとしても、翼自身は覚悟を決めていた。勝て無いのであれば、時間を稼ぐと。

 

『司令…ガンヴォルトが目を覚ましたらお伝えください…ガンヴォルトが目覚めるまで必ずアシモフを足止めすると』

 

「…」

 

言葉だけで伝わる翼の覚悟。決死の特攻とも思える言葉。だが、現状はそうせざるを得ない。本当にこれが正しいのか?これが正解なのか?

 

アシモフと対峙したからこそ弦十郎も分かっている。勝ち目など無い。時間をどれくらい稼げるか分からない。そんな事を翼に任せてもいいのかと?

 

しかし、翼に任せるしかない。アシモフから逃げる事など出来ない。ガンヴォルトがいない今、アシモフが現れたのなら、誰かが止めなければならないのだから。

 

「…必ずガンヴォルトに伝える…だが、翼…さっき言った言葉通り、アシモフの手に落ちる事は許さない…絶対だ…必ず帰ってきてくれ…」

 

不安だが、それしか方法がない為に、途切れ途切れに弦十郎は翼へと伝えた。正直、どのくらい翼が時間を稼げるのか不透明。そして翼は手に落ちないと言ったが、アシモフは装者を上回る力を持ち、唯一対抗出来るのは同様の力を持つ現在意識不明のガンヴォルトのみ。

 

だが、意識がまだ戻っていないガンヴォルトにアシモフを頼む事など不可能。

 

その為に翼に賭けるしかなかった。ガンヴォルトが目を覚ましていない今、奏が、調が他の人を救う為に尽力している今、その場にいる翼しか出来ないと。

 

そして、アシモフとの戦闘が始まったのが剣を振る音と、アシモフの雷撃が放たれたバチバチと弾ける様な音が通信機越しに響いた。

 

翼に話しかければ隙が生まれる。その為に、弦十郎はこれ以上翼には何も言わなかった。

 

最悪の事態。アシモフとの遭遇。弦十郎は翼を信じるしかない。

 

それに奏とクリス、切歌と調、各々の戦いも最高の結末が起こる事を信じるしかない。だが、ある要素が加わった。

 

フィーネの顕現。

 

かつて敵対した者であり、ガンヴォルトと装者達と戦い、敗北し、改心したがその後に現れたガンヴォルトやアシモフ同様に第七波動(セブンス)能力を有した紫電という少年にトドメを刺された先史文明の巫女。

 

本物かどうか信じがたい話しだが、調の使った力、そして調が話した口調。それはかつてのフィーネそのもの。

 

故に信じざるを得なかった。

 

再び暗雲立ち込めた戦場。奏も翼もその為に疑うしかなかった。

 

だが、調の言ったあの子に託した未来。その言葉に弦十郎はフィーネが敵としてでなく、此方の味方をしてくれていると感じとった。

 

フィーネの言ったあの子に託した未来。それはフィーネが成せなかった人類の統一。だが、フィーネの目指したバラルの呪詛を破壊して統一させる事ではなく、ガンヴォルトが目指していた誰もが手を取り合った世界にする事。

 

ガンヴォルトと装者に敗れ、その様な未来に何かを見出した事で託した世界。だからこそ、その未来が潰える事を是としない為に調に力を貸したと思われる。

 

この土壇場に来ての援軍。か細く存続してきた希望が太くなっていく事を感じていく。

 

だが、その感情とは別の感情を抱く者がいる。

 

それはナスターシャだ。

 

大切な家族に本当にフィーネが顕現した事。そしてその家族が乗っ取る気はないという言葉を信じられない様子であった。例え調がそう言ったとしても、それが調べの皮を被ったフィーネの言葉だと言う可能性がナスターシャの中にあるからだ。その為に、調かフィーネか分からなくなった大切な者が何者かを見て涙を流さずにはいられない。

 

「そんな…こんな事が…フィーネは誰にも宿っていなかった筈…どうしてあの子が…どうして調が…」

 

フィーネに塗りつぶされてしまったかもしれない可能性を嘆き、それ以上見たくないとばかりに目を伏せてしまう。

 

だが、そんなナスターシャに向けて弦十郎は言った。

 

「どうしてあの子の言葉を信じてあげないのですか。確かにあの子の中に、フィーネがいる…だが、フィーネはあの子が言った様に、フィーネは塗り潰していない」

 

だが、その言葉はナスターシャにとっては弦十郎の言葉は到底信じられるものでは無い。かつてのフィーネの行いが、あんな言葉は贋であると思っているからだ。

 

「フィーネの言葉を信じろと言うのですか!?あの子はもうどうなったか分からないと言うのに!貴方なら知っているでしょう!?フィーネが常にそばにいたことのある貴方方なら!」

 

弦十郎に向けてナスターシャが叫んだ。

 

かつての了子がそうだった事を言っているのだろう。顕現したフィーネが了子と言う人物を演じていた様に、調も演じられている可能性があると。

 

それも否定出来ない。だが、ガンヴォルトに託した未来の話。そしてフィーネの最後を知っているから、改心し、本心でガンヴォルトの願いを託したからこそ弦十郎はフィーネを信じられる。あの時の言葉が嘘偽りではなかったと言う事を。

 

他者から見たら理解されないだろう。だからナスターシャは悲痛な声をあげる。

 

「もうあの子は私の知る調じゃないのかもしれない!調を語るフィーネなのかも知れない!それなのに何を信じろと言うんですか!?」

 

希望もなく、絶望と言う闇がナスターシャを包み込んで行く。

 

「何を信じろと言うんですか…」

 

悲痛な声をあげるナスターシャに弦十郎は声を荒げて言う。

 

「貴方があの子を信じないでどうするんですか!あの子はフィーネに塗り潰されていないと言ったのにそれを貴方が信じないで!貴方はフィーネの言葉を信じられなくとも、あの子の言葉を信じないでどうして否定し続けるんですか!」

 

弦十郎はナスターシャがに向けてそう言った。

 

「あの子の言葉を!覚悟を!何故否定する!確かに貴方にとってフィーネはその者の意志を塗り潰す力がある!だが!それでもあの子はあの子のままであると何故信じない!」

 

「信じたいですよ!あの子が調のままである事を!ですが…ですがその結果!私の知る調じゃなく、フィーネだった時!その信じた思いが崩れ去る!更なる絶望へと叩き伏せられる!その結果!私だけでなく!マリアが!切歌が!傷付く事が目に見えている!だからこそ信じるのが怖いのです!私達が救われても…あの子が居なければ…」

 

ボロボロと涙を零すナスターシャ。信じる気持ち。それは希望でもあり、それが反転すれば深い絶望へと叩きつけられるものと変わる。

 

だから信じる事が出来ないナスターシャ。信じ続け、それが実現され続けたからこそ、その逆がどれほど恐ろしいのかをナスターシャは語った。

 

だが、微かな希望も信じず、絶望に明け暮れていいのか?

 

違う。違悲観し続けるのは間違っている。そうあるかもしれないと言う考えを持つ事はあってもそうではないと思い、否定するのだ。

 

確かにその可能性も否定出来ない。だが、そうでない可能性もある。だから、信じるのだ。どんな小さな小さな可能性かもしれないが、信じない事には希望は巡ってこない。その可能性を掴み取れない。

 

だからこそ信じる事をナスターシャに説く。

 

だが、説いたところで話は平行線のまま。

 

どうすれば信じる?どうすれば希望を持ってくれる?絶望を抱くナスターシャにどうやって希望を持たせればいい?

 

弦十郎は考え、そして近くにいる朔也へとある事を伝え、モニターに写されていたある画面を大きくし、そしてそれをナスターシャに見せる。

 

そこに写されていたのはフィーネの力を使い、操られた切歌と戦う調の姿。逆効果に捉えられると考えたが、ナスターシャにこれを見せなければと思ったからだ。

 

そのモニターが大きく映し出され、ナスターシャは顔を逸らしてしまう。

 

「逸らさずに見てください。今の貴方にあの子がどちらに見えますか?」

 

弦十郎は顔を逸らしたナスターシャへとそう言った。

 

「あの子はあの子のままです。目の前の少女を自分の意思で、フィーネの力を使い、あの子を救おうと私には見えます。あの子にとって大事な友を救おうとする姿が、フィーネに見えますか?」

 

何度でも伝える。調は調であると。フィーネは確かに調の中にいる。だが、フィーネは力を貸しているだけと。フィーネは調を塗り潰さずにいると。

 

証拠にはならないだろう。フィーネは魂を塗り潰し、その人物を演じきれる。

 

だが、

 

『絶対助けるから!絶対みんな助けるから!絶対みんなで帰る!マリアと切ちゃんと一緒に!マムのところへ!』

 

その言葉は調自身の言葉にしか感じられない。みんなと一緒。共に過ごした大切な家族達とずっと共に居たいという思い。

 

そしてそれをする為に大切な者を傷付けなければならないという辛い感情。涙を流しながら戦う調の姿。

 

フィーネが塗り潰していれば、あんなに辛く、悲しみながらも戦うだろうか?

 

フィーネの魂を塗り潰す事が、何処までかはフィーネしか分からないだろう。

 

だが、分からなくとも、その姿は間違いなく調。魂も。思いも。覚悟も。涙も。全てが調のものであると。

 

「貴方はあんなにも辛く、悲しそうに…しかし、必ず助けたいと言う思いを吐露するあの子を…フィーネなのかも知れないと仰るつもりですか?」

 

弦十郎はナスターシャにそう説いた。

 

「…違います…」

 

ナスターシャは小さくそう言った。

 

「…あの子は…あの子はフィーネなどではありません…私の大切な…大切な家族の調です…」

 

だが、声は小さくとも、調の姿に、涙に。あれは自分の調だと。大切な家族である調であるとようやく理解した。

 

絶望が振り払われ、ナスターシャは小さな希望だろうと必ずそれを掴み取る光を見た。そして自分が間違っていた事も理解した。

 

何故少しでも調を疑ってしまったのか?調を信じてあげなかったのかと深く後悔する。

 

「私が間違っていました…調はもうフィーネで私の知るもので無いと考えていた事を…あの子は…あの子のままです…少し天然で…でも家族の事を一番思う気持ちはあの子そのものです」

 

だからナスターシャも涙を拭う。

 

「調…お願いします…切歌を…マリアを…必ず取り戻してください」

 

ナスターシャはモニターを見ながらそう言った。

 

絶望ではなく、希望を抱き、またみんなが無事である未来を歩む為に。

 

その姿を見てようやく安堵する弦十郎。

 

そして弦十郎もまた調と切歌の無事を。そして奏とクリスの無事を。そしてアシモフ相対する翼の無事を祈る。

 

そして、

 

(ガンヴォルト…みんな頑張っている…だから、早くこの状況をどうにかしなければならない…そうしないとみんな助からない…そんな結末を迎えてはならない…だから…だから…早くみんなを安心させる為…この状況を変える為…目を覚ましてくれ…ガンヴォルト)

 

未だ響や未来からの連絡が無く、眠りについているガンヴォルトが早く目を覚ます事を願い続けるのであった。

 

だが、その願いを阻むかのように、少しずつ、着実に歩み寄る絶望が這い寄り続けている事を気付けずに。



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103GVOLT

報告忘れてましたが、前回の投稿の時には既に白き鋼鉄のX2は全エンド見終えました。今回は真エンドもバッドエンドもあったし、真エンドは今までからしたらハッピーエンドで良かった。
しかしバッドエンドは相変わらずインティらしいエンドだった。


鳴り響く鉄がぶつかり合う甲高い音。火花が散り、その激しさを物語る。

 

その渦中にいるのはアシモフによって操られ、自らの意思を持たぬまま鎌を振るい、目の前にいる大切な親友を殺そうとする切歌。そして対象に殺されまいと、切歌を救おうとする調の姿。

 

(焦りは禁物よ。ペースは殺そうとするあの子の方に分があるわ。あの子を取り戻す為には少しでも此方のペースに誘い込み、私達の力をあの子の心に響かせる。そうすればアシモフの洗脳を上書きして、貴方の声を届けて元に戻すことが出来る)

 

(分かってる…でも、切ちゃんを早くアシモフか助けて…あの人達と共にマリアを救いたい…セレナを解放させてあげたいの)

 

語りかけるフィーネにそう返す調。アシモフの魔の手から切歌を一刻も早く解放させてあげたい。そして切歌と同様かも知れないマリアを解放したい。そしてアシモフによってネフィリムを介し、苦しんでいるセレナをあの地獄から解放させる為に。

 

時間をかけていられないとフィーネへと返した。

 

(貴方の実力からして。それ実現出来るかは私の目から見れば正直難しいとしか言えないわね)

 

調の言葉にフィーネは難しいと、厳しい現実をぶつける。調と切歌にはそこまで実力差がない。フィーネの力を使えたとしても、あくまで戦うのもフィーネの力を引き出すのは調。

 

使い方を教えても最大限に力を引き出せるかどうかは担い手次第。勿論フィーネもサポートを行うが、魂を塗り潰さない以上、フィーネの力を従前に使いこなす事は時間があれば出来るが短期間であると難しくもなる。

 

(難しいとか厳しいとかそんなの関係ない。不可能じゃないならやらなきゃいけない事なの。掴まなきゃいけない未来なの。絶対に実現させなきゃならない事なの。それが出来なきゃ意味がない。約束したんだ、マムに。絶対みんな助け出すって)

 

だが、フィーネの言葉に調はそう言い切った。その結末以外望んでいない。誓った約束を違えるつもりなどありはしない。

 

(全く…無茶苦茶な事を言うんだから…)

 

その言葉にフィーネは呆れながらも何処か嬉しそうな答えを出す。

 

(でも、その無茶苦茶な事を達成した先に…あの子の望んだ未来でもある。あの子に託した未来がそこにある…私の願いでもあるもの…出来る限りそれを実現出来る様サポートするわ)

 

調へとフィーネはそう言った。勿論、今も戦闘中。調へ向けた鎌の攻撃を調は弾き、そしてフィーネも調の捌ききれない攻撃を自身の力を使い、攻撃を防ぐ。

 

(ありがとう、フィーネ)

 

調はフィーネのサポートに対して礼を言う。

 

(そんな事後でいいわ。それよりも、目の前のことに集中しなさい)

 

フィーネは調と対峙する切歌の事を言った。

 

そうだ。フィーネの言う通り、目の前にいる切歌を一刻も早く救う事が先決だ。

 

(さっきからも分かっている様に、あの子はアッシュボルト…いえ、アシモフに操られている故に容赦がない。容易に近付けば救う側の貴方が不利になる)

 

(じゃあどうすれば?)

 

切歌と対峙しながら調はフィーネへと対策を聞く。

 

(貴方と実力は拮抗しているから戦闘を続け、データを集めて隙を探るしかないわ。あの子のことをよく知っている貴方ならクセとかを理解しているかもしれないけど、もしかすれば操られていることで消えるかもしれないし、それを罠として利用するかもしれない。でもそれをしている時間はない。だから今分かっている状況で、あの子に現状で優っているもので短期でケリをつけましょう)

 

(優っているもの…私にあるフィーネの力…)

 

(それもあるけど、元々ある力よ)

 

フィーネは自身の力でもなく、他の力と言った。現状で切歌に優っているもの。実力は互角。ならば何があるのか?

 

(歌の力よ。歌があの子を救う鍵になる)

 

フィーネは調へと伝えた。

 

(あの子は操られている故にシンフォギアを最大限に活かせるほど歌を歌えていない。歌で上回り、あの子を押さえて私の力で元に戻す)

 

(歌の力で…)

 

歌の力とフィーネは言った。

 

(歌の力はどんな逆境をも乗り越える力を持っている。歌には無限の可能性が秘められている。歌の奇跡を信じなさい。貴方の歌に込めた願いを、歌に込めるあなたがあの子を助けたいと言う想いを)

 

(歌に…本当にそんな力が…でも…どうしてそこまで歌の力を?)

 

フィーネの言葉を信じている。だからこそ力を貸してくれているのだから。だが、何故そこまでフィーネが歌の力を、奇跡を信じさせようと言うのかどうしても疑問が生まれる。

 

(私自身も一度敗れる前までそう思っていた…でも、歌の本当の力を知らない故に私は敗れた…歌の力は無限の可能性を秘めている。奇跡をその手に手繰り寄せる力を持っている。込められた想いを、願いを実現させる力がある。あの子がそれを教えてくれた)

 

フィーネが言うあの子。切歌とは別の人を指すあの子。ガンヴォルトの事だろう。調へと語りかけるフィーネを一度倒し、そしてフィーネにここまで歌の力を信じさせる程の戦いを繰り広げ、無数にある可能性から最高の可能性を手繰り寄せ、奇跡を起こしてきたのだろう。

 

だからこそ、フィーネの言葉を信じる。歌の力を信じる。最高の可能性を手繰り寄せる為に、助けたいという想いを、願いを、歌に込め、必ず実現させる。

 

(待ってて、切ちゃん!絶対助けるから!)

 

そして調は歌を歌う。切歌を助けたいという想いを、みんな無事な未来を願い込めて。

 

そして調のシンフォギアに力が宿る。絶唱を使った出力には及ばない。だが、それでも、切歌の纏うシンフォギアを超える出力を調は叩き出す。

 

身体が軽い、力が湧いてくる。想いが、願いが調の歌に呼応してシンフォギアを強化する。

 

(歌い続けなさい。取り戻す為に。最高で最良の可能性を掴む為に)

 

そして出力を増したギアを構え、切歌へと駆け出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガトリングから連発して聞こえる銃声とその弾丸を弾く穂先を回転させた槍。

 

「目を覚ましやがれ!クリス!」

 

荒れ狂う弾丸の雨を躱しながらクリスへと接近した奏が槍をクリスに向けて振るう。

 

だが、銃撃をやめたガトリングを交差させて槍を受け止める。

 

だが、奏は受け止められたガトリングを払い、クリスへと蹴りを入れる。

 

だが、クリスはガトリングを一瞬でハンドガンへと変形させて、蹴りを躱し、奏へと銃弾を放ち、距離を取る。

 

だが、奏もクリスの弾丸を躱し、距離取らせない様に接近する。

 

銃と槍。中〜遠距離と近距離。互いの有利な状況を作り上げる為に距離を開こうとするクリスとそれを接近して潰し、自分の状況を良くしようとする奏。

 

だが、それでも互いの有利な状況を作り出せず、膠着状態。互いに有効打を与えられていない。

 

だが、それでも二人の動きは止まらない。止まる事を知らない。クリスはアシモフの洗脳で奏を殺す為に。奏はクリスを助け出す為に。

 

「クリス!いつまでアシモフの言う通りになってやがる!アシモフの奴にいい様にされていいのか!このままずっと操られ続けるのかよ!違うだろ!」

 

奏はクリスへと語りかけ続ける。目を覚まさせる為に。アシモフの洗脳から解放する為に。

 

「ソロモンの杖を取り戻すんだろ!アシモフを倒すんだろ!そのままでいいのかよ!このまま操られていたらまた繰り返すことになるんだぞ!私達の様な人を増やすことになるんだぞ!家族を失って悲しむ事を増やす事になるんだぞ!そんな事間違っているだろ!クリスなら分かるだろ!私と同じ!家族を失ったお前なら!クリス!」

 

奏は言った。それはかつて奏がフィーネによって操られていた時、ガンヴォルトが奏へと告げた言葉と似通ったもの。勿論、あの時の事をしっかりと覚えている訳ではない。だが、あの時のガンヴォルト同様に、奏もクリスを助けたいと言う思いがその言葉をクリスへと向けて告げた。

 

だが、クリスにはその言葉は、思いは届かない。クリスの意識には届かない。それほどアシモフの洗脳は強力なもの。

 

「聞こえてんだろ!クリス!」

 

それでも奏はクリスへと声をかけ続ける。クリスに言葉が届くと信じて。

 

「…」

 

しかし、それでも奏の言葉など耳を貸していない様にクリスは躊躇いもなく、攻撃をしてくる。止まる事なく攻撃をしてくる。

 

「ッ!」

 

奏はクリスの猛攻を防ぎながらも一定の距離を保ちながら、クリスにペースを掴ませない。

 

「やっぱり…声は届かない…ガンヴォルトもあん時…こんな気持ちだったのか…」

 

かつて操られていた自身もガンヴォルトにこの様な辛い気持ちを味わわせていたと身に染みて分かる。

 

だが、あの時ガンヴォルトは諦めなかった。取り戻す事を。目を覚まさせる事を。

 

奏も諦めない。クリスという友を救い出す事を。

 

だが、声が届かない。シアンの力が、電子の謡精(サイバーディーヴァ)力が発現すれば。だが、シアンの力は未だ発現な兆しを見せない。シアンがいないとダメなのか?アシモフが持つシアンを封じたギアペンダント付近に居なければどうにもならないのか?

 

このままクリスをこの状態のまま、手をこまねいてていいのか。

 

違う。いい訳がない。クリスを助けると言った翼に申し訳が立たない。ガンヴォルトに約束したんだ。クリスを救うと。アシモフ以外を何とかすると。

 

だったら燻っている訳には行かない。この戦いを長引かせる訳には行かない。

 

だがどうすればいい?シアンの力なしにクリスを取り戻せるのか?どうすればクリスを取り戻せる?

 

ぶつかり続けるしかないのか?何の考えもなしにクリスと戦い続けるしかないのか?

 

(どうすれば…取り戻せる…どうすれば…)

 

奏は戦いながら思考し続ける。クリスを元に戻す方法を。助け出す方法を。

 

だが浮かばない。だだ闇雲に削り、削られる泥沼の様にはまっていく。

 

(シアン…お前の歌の力は…どうすれば引き出せる?どうすれば…)

 

考えながらクリスと相対する奏。

 

(…歌?そうか!)

 

そしてクリスと相対する中、一つの光明が指す。

 

それは歌。自身がシンフォギアを纏う為の歌ではなく、

シアンが力を貸してくれた時に浮かんだ、輪廻の歌。

 

だから奏は口に出して歌う。

 

輪廻の歌を。シアンの歌を。

 

だが、その歌を歌っても力を出すことが出来かった。そしてその僅かの隙をクリスは見逃さなかった。奏の振るう槍を掻い潜り、奏の腹へと銃口を突きつけて何発も銃弾を浴びせる。

 

物凄い衝撃が奏の腹を襲う。歌が途切れ、シンフォギアの出力が低下するのが分かる。

 

「ガァ!?」

 

その衝撃で奏は吹き飛ばされ、クリスと距離を開かされた。

 

そしてその間合いはクリスの最も得意とする中〜遠距離の間合い。奏の攻撃の選択が最も少ない間合い。

 

そんな状況に追い込まれた。

 

そしてクリスは吹き飛ばされた奏へと追撃とばかりに銃をガトリングへと変形させて奏へと銃弾の雨を放つ。

 

奏は痛む身体に鞭打って何とか躱し、近くにあった岩陰に身を隠す。

 

(歌も違う…シアン…やっぱりお前が居ないとどうにもなんねぇのか…)

 

奏は肩で息をしながら呼吸を整える。

 

違った。歌ではなかった。やはり、シアンがいてこその電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力なのか。

 

(クソッ…どうすれば…)

 

岩陰がどんどんと削られて小さくなる。時間がない。このまま何の策もなく対峙しなければならないのか?

 

奏はどうすれば良いか考え続ける。だが、案が出ない。

 

そんな中、奏の身体からポロリと何か落ちた。

 

コロリと転がる小さな何か。

 

それはガンヴォルトの持つ銃、ダートリーダーに装填する一発の避雷針(ダート)

 

それは海上の戦いが始まる前に、ガンヴォルトの部屋でお守りとして持ったもの。

 

(ガンヴォルト…)

 

奏は避雷針(ダート)を拾い上げる。

 

(あんたなら…あんたならどうする?)

 

奏は避雷針(ダート)を握りしめてガンヴォルトならばどうすると考える。

 

諦めない。ガンヴォルトならどんな事があろうと諦めない。自身の持つ力で、第七波動(セブンス)で乗り越えて来た。救って来た。

 

だからこそ、奏は自身の持つ力を…シアンが残してくれた力を信じる。歌っても力が出ないなら歌い続ければいい。何度でも呼び掛ければいいと。

 

(ガンヴォルト…シアン…私に力を…クリスを救う力を貸してくれ)

 

奏は避雷針(ダート)を強く握り締めると共に、ギアペンダントが輝きを発する。シアンとガンヴォルトに求めた救援が、その思いが届く様に、胸の中に一つの歌が浮かぶ。

 

奏の歌う撃槍の歌でなく、シアンの力を最大限に発揮する輪廻の歌でなく、別の歌。

 

灼熱を思わせる熱さ。そしてその熱は身体に浸透して力を湧き出させてくれる。

 

(シアン…答えてくれたか…)

 

奏は、その歌を歌う。

 

果てしない荒野を旅し、壮絶な歩みを連想させる歌を。

 

それと同時に奏の隠れていた岩が眼前に破壊され、奏のいた場所は弾丸の雨に襲われる。

 

そして奏を完全にチリと化すまで放たれる弾丸。

 

完全なるオーバーキル。

 

奏のいる場所は完全に土煙覆い尽くす。それでも、クリスは攻撃を辞めず、堪えず弾丸の雨を浴びせ続ける。

 

だが、その弾丸の雨を物ともせず、土煙を吹き飛ばしながら奏が現れた。

 

槍を構え、奏の身体の前に、六角形の水晶の様な物、シアンの使う電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を携えて。

 

再び距離がつまり、奏は槍を振るい、クリスはガトリングでそれを受け止めた。

 

最初と全く同じ構図。

 

しかし、今度は違う。歌が。力が。希望が。

 

救える力をシアンから授かった奏はクリスへと向けて言う。

 

「クリス!痛いと思うがお前を救う為だ!我慢しろよ!」

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を覚醒させた奏。クリスを取り戻す為に第二ラウンドが始まる。




奏が歌う歌は灼熱の旅です。


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104GVOLT

銃撃と雷撃が荒れ狂う戦場ではアシモフと翼が戦闘を繰り広げる。

 

しかし、戦闘と言ってもアシモフの独壇場と言っても過言ではない。

 

翼の全てを上回るアシモフ。接近しても電磁結界(カゲロウ)で翼の攻撃を全て遮断し、銃撃で、体術で、戦術で、確実に翼の体力を削り、翼を捕縛する為にアシモフは翼を追い詰めていく。

 

「クッ!」

 

「本当に貴様が此方へ来て助かった。保険(バックアップ)が多いに越したことはないからな。風鳴翼、雪音クリス。貴様達を手に入れれば全ての(ピース)が揃う」

 

一方的な展開。アシモフと相対したフロンティアの入口からどんどん離される。その方向は奏や調が戦う場所とは全く違う方向。勿論、翼も切歌を救おうとする調、クリスを救おうとする奏の戦闘を邪魔するわけにはいかないと別の方向へと後退していた。

 

翼を削り、隙を見ては翼へと雷撃をお見舞いするアシモフ。翼はそれを紙一重で躱し続け、何とか凌ぎ続ける。

 

銃弾を弾き、アシモフの体術を全力で捌く。だがそれでも、完全に受け流し、ダメージを抑えることは出来ない。

 

アシモフの体術に、銃撃に纏う雷撃、蒼き雷霆(アームドブルー)が翼にダメージを蓄積させていく。

 

痺れゆく身体。それでも翼はアシモフに捕まらぬ様に必死に応戦する。

 

だが、翼の攻撃は届かない。

 

電磁結界(カゲロウ)。ガンヴォルトも言った無敵の防御(スキル)。シアンの力を引き出せない今、その(スキル)の突破口が見出せない。

 

追い込まれては距離を取り、距離を取れば、アシモフは雷撃を、銃弾を翼へと放ち、それを翼は躱し、剣で弾く。

 

止まらない猛攻。反撃の隙すら無い。

 

「貴様に勝ち目などありはしない。電子の謡精(サイバーディーヴァ)を使えぬ貴様に、私を越える事など出来はしない」

 

「シアンの力が出なくとも…何とかして見せる…」

 

「何をどうする?初めから貴様が私を殺す事など不可能だ。例え可能でひっくり返そうと躍起になろうが、その可能性を悉く潰す。それは変わらない。自ら首を絞めに行くのは別に私は構わない。どうせ貴様は此処で私の手に落ちる」

 

「そんな事は絶対にない…私は約束したんだ…ガンヴォルトが目覚めるまで、アシモフ…貴様の邪魔をすると…貴様の計画を完成させない様にすると」

 

そう言って翼は駆け出す。アシモフへと接近する為に。剣を構え、アシモフの雷撃を、銃撃を躱しながら前へ。

 

「やはり、まだ奴は生きているか…しつこい奴だ…だが、それはそれで好都合だ。今度こそ殺してやろう…今度こそ私の手で」

 

そう言いながらアシモフも翼に依然攻撃をし続けながら、翼との距離を縮める。

 

そして振るわれる剣を電磁結界(カゲロウ)で無効化し、翼を捕まえる為に銃撃を、拳を繰りだす。

 

「ッ!」

 

銃撃を躱し、拳を何とか凌ごうとするがその全てに纏う雷撃が、翼の身体の動きを鈍くする。

 

そして防戦一方であった翼がまともにアシモフの一撃を食らってしまう。

 

「ガァ!」

 

雷撃が身体を迸り、アシモフの一撃により吹き飛ばされる。

 

身体に流れる雷撃が翼の身体を蝕む。だが、それでも剣を杖代わりに立ち上がる。痺れる。痛い。苦しい。辛い。だが、それが何だ。何だと言うのだ。

 

例え、身体がボロボロになろうとアシモフの計画を邪魔をする。ガンヴォルトが目を覚ますまでの時間を稼ぐ。

 

その思いが翼に立ち上がる気力を齎す。

 

だが、立ち上がる気力だけ。アシモフを足止めさせる力も算段もない。

 

吹き飛ばさてなお立ち上がろうとする翼を見ながらアシモフは言う。

 

「その程度の力で私の計画を完成させない?邪魔をする?何度も言っているだろう?どんなに貴様が足掻こうが私の邪魔など貴様に出来るわけがない。実力も、戦術も、経験も何もかも足り無い貴様に私を止める事など不可能だ。もし仮に電子の謡精(サイバーディーヴァ)を使えたとしても、それは不可能だと言う事を嫌と言うほど理解しているだろう」

 

アシモフと先の海上での戦闘。電子の謡精(サイバーディーヴァ)であるシアンの力を、そして奏、クリスと三人係でも傷つける事も叶わなかった。だが、それでも、倒せなくともそれでいい。アシモフを倒すのは自分では無い。

 

「そうだとも…貴様の言う通り、私はガンヴォルトと違って貴様との戦闘で一度も勝ち筋を見出す事は出来ない…だが、それでも!貴様と幾度となく対峙し、貴様を倒す事の出来るガンヴォルトが目覚めるまでの時間を稼ぐ!私が倒せなくとも!ガンヴォルトが必ず貴方を殺して計画を破綻させる!」

 

翼は振り絞った力でそう叫び、ボロボロになった身体を鞭打って剣を構える。

 

「口だけは達者だな、風鳴翼。たった一度の敗北をその様に捉えるとはな。確かに敗北はした…腹正しい事にな」

 

苛つきながら話し始めたアシモフ。

 

「だが、もう見極めた。次はない。それに、もし奴が起きたとしても、正気を保てるかな?」

 

「何?」

 

だが直ぐに表情が変わった。まるで何か既に仕掛けをしており、その仕掛けは既に作動しているとばかりに。

 

「地の理、武装、此方の手の上だと言うのに使用可能の戦力を全て私の邪魔をする為に、奴等を取り戻す為に送り込むとはな。まあ、此方としてはそれはそれで好都合」

 

「貴様は何を…何を言っている…」

 

翼は脈絡のないアシモフの言葉の意味をすぐに理解出来ない。

 

「ああ、此処まで行っても理解する事をしない、いや、しようとするのが怖いのだろう。だが、理解しなくても直ぐにそれは現実となる」

 

アシモフが一拍置いて絶望の一言を発した。

 

「手薄となった本丸。脆い所から攻めるのは定石だろう。貴様達の本部に向けてノイズを仕向ける様Dr.ウェルに命令した。既に本部にノイズが出現している頃合いだ。貴様達が思い描く希望は幻想に過ぎない。あるのは私が齎す絶望と言う名の現実だけだ」

 

「ッ!?貴様ァ!」

 

翼はその意味を理解するとともに吠えた。

 

そして指令本部へと連絡をしようとするが、通信が故障しているのか全く機能しておらず、本部の状況が分からない。

 

「通信をした所で無駄だ。貴様達の仲間は奴以外全て炭化し、骸の山と化している」

 

アシモフは翼に向けてそう言った。

 

「だが、安心しろ。奴だけは生かしている。だが、あの紛い者が目覚め、それを見て正気を保てるかな?仲間の亡骸を前にして。守ろうとしていた者達の残酷な死を目の当たりにして。まぁ、目覚めぬのならその前に奴を殺してやるがな」

 

楽しげに話すアシモフ。その姿に翼は怒りが、憎しみが滲み出る。

 

「だからもう終わらせよう。風鳴翼。私の計画の為に、貴様を捕らえ、この世界を終わらせよう」

 

アシモフは翼へと向けてそう宣言した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

翼へとアシモフがそう宣言する前、本部内では阿鼻叫喚に包まれていた。

 

それはモニターに映し出された大きなアラートという文字。そのアラートはノイズの出現を感知する警報の物。

 

それと同時に全員がノイズの出現箇所を確認しようとしたが、そんな物を見なくても分かる様に、本部内の壁から、床から、天井から、至る所からその姿を現していたからだ。

 

弦十郎はすぐさまオペレーター達を近くに集合させる様指示して、被害を抑えようとする。

 

だが、既に囲まれている状況。たった数秒、死という概念を遠ざけるに過ぎない物であった。

 

ノイズに対抗出来る装者達は既にこの場に居ない。悪手であった。アシモフの邪魔をする為に、アシモフに奪われた者を取り戻す為に此方の今可能な戦力を全て投入した事が。

 

悲鳴と絶叫が司令室を木霊する。それに反応する様に、ノイズは人を炭化しようと一人一人に狙いを定め、その命を刈り取ろうと動き始めていた。

 

そして刹那も経たぬ瞬間、一体のノイズの動き出しと共に、中央に集まった弦十郎達に向けて襲い掛かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それと同時刻。

 

響と未来は未だ目を覚まさぬガンヴォルトの病室で何度も声をかけ続けていた。

 

だが、その声をかき消すほどの警報。聞き馴染んだ、ノイズ出現の警報。

 

またウェルがノイズを装者である奏、翼、調へと向けて差し向けたのだろうと考える。あの三人ならノイズに負ける事は無い。

 

必ず、奪われたクリスを、切歌を救ってくれる。必ずアシモフの計画を足止めしてくれる。

 

そう信じる。だから響と未来は未だ目を覚まさないガンヴォルトへと声をかけ続ける。

 

だが、声をかけ続ける中、不安がよぎり始める。

 

いつまでも鳴り響くアラート。

 

翼、奏、調の三人が対応しているのならもうアラートは聞こえなくなる状況。なのになぜ今も鳴り続けている?

 

まさか三人がやられてしまったのか?

 

そんな筈はない。奏と翼の実力を知っている。そして調も、ノイズにやられるとは考えられない。

 

だからこそ不安が付き纏い続ける。

 

それを体現させるかの様に、絶望が姿を表す。

 

至る所からノイズが現れた。ノイズの出現を知らせるアラート。それが鳴り止まぬ理由。三人が対峙しているのではなく、三人の手の届かない場所にいるから消滅せず、残っていたからこそアラートが止まらない。

 

「ノイズ!?」

 

「そんな!?」

 

現れたノイズを前に恐怖が襲い掛かる。響にはもうガングニールがない。その為にノイズに対抗する術がない。もちろん未来にも。

 

ノイズが至る所から出て来た為に逃げ場などは存在しない。まさに絶体絶命。

 

ノイズ達は響と未来へと既に狙いを定めている。そして、二人の後ろで未だ目を覚まさないガンヴォルトにも狙いを定めているだろう。

 

危機的状況。

 

どうすれば良いのか考えを巡らせている時間もなく、ノイズは襲い掛かって来る。

 

「お願いです!目を覚ましてください!ガンヴォルトさん!」

 

だからこそ、響も未来も、希望を信じて叫ぶ。

 

装者以外にノイズを退ける力を持ち、アシモフという絶望を齎す存在を倒せる存在が目を覚ましてくれる様に。

 

二人の願いが通じたのか、蒼い雷撃が、病室どころか潜水艦を覆い尽くすほどの雷撃鱗が出現し、ノイズを掃討していった。

 

ノイズの残骸が舞い散る病室。

 

恐怖がなくなり、力なく崩れ落ちそうになる二人の背中に、頼もしく、そして力強い手の温もりが二人を支えた。

 

「ありがとう…響…未来。ずっと声を掛け続けてくれて…起きるのが遅くなってごめん。危険な目に遭いながらも信じてくれてありがとう」

 

聞きたかった声。目を覚ましてくれた事に二人は振り向いて涙しながら抱き着いた。

 

「遅いですよ…ガンヴォルトさん」

 

「本当ですよ…でも…本当に良かったです…ガンヴォルトさん」

 

「ごめん…二人共…でも、もう終わらせるから…もうこんな戦い終わらせるから」

 

二人の頭を優しく撫でた。



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105GVOLT

本部内に雷撃が現れ、司令室に出現したノイズの大群は炭の塊となって辺りに散らばった。

 

「あいつ…ようやく二人の声が届いたか…本当に…本当にどれだけ待たせるんだ!」

 

弦十郎がその光景を、馴染みのある雷撃を見て嬉しさのあまりに吠えた。

 

他のオペレーター達もノイズからの恐怖からへの解放と、希望の目覚めに歓喜する。

 

「あの方が…やったと言うのですか?たった一人であの数のノイズを…一瞬で…」

 

ナスターシャはあまりにもノイズのあっけない消失、そしてその雷撃の威力に驚きを隠せなかった。何度も映像として見ていた。だが、それを実際に目の前で見るのでは迫力が違いすぎた。第七波動(セブンス)と言う物の規格外の力。それを操るガンヴォルトと言う男に。

 

「ガンヴォルト以外、この場の全員を救える男は居ません。規格外な力、第七波動(セブンス)を誰かを救う為に使い続けるあいつしか」

 

弦十郎はナスターシャへと向けてそう言った。そして本部の安全を確認する為に各所へと通信にて連絡を入れる。

 

救出された米国政府所属の軍人、医療班、技術班、そしてその他の場所で待機していたエージェント達は誰一人欠けてはいなかった。

 

その事に誰もが安堵する。誰一人あの絶望的な状況で被害に遭わなかった奇跡を、そして待ち望んだ希望が目を覚ました事に喜ばずにはいられなかった。

 

そしてその待ち望んだ希望たるガンヴォルトから通信が入る。

 

『弦十郎…遅くなってごめん』

 

「ガンヴォルト…目を覚ますのが遅いぞ…だが、助かった…お前のお陰で絶望的な窮地を一つ脱却出来た」

 

『…まだアシモフの所為で依然として窮地なのは変わりないんだね…』

 

ガンヴォルトは弦十郎の言った言葉に奥歯を噛み締めた気がした。

 

『ボクも直ぐに響と未来を連れてそっちに行く。装備を整えてそっちに行ったら今陥っている状況を教えて』

 

「分かった。だが、急げ。状況は逼迫している。時間は無い」

 

そう言って通信が切れる。

 

「ガンヴォルトが目を覚ました!あいつは直ぐにここに来る!ノイズの残骸は無視して情報を纏めてくれ!」

 

すぐに指示を出す弦十郎。その指示通りに動こうとしたが、一つ誤算があった。

 

「司令!幾つかのモニター機能と装者達の通信がダメになってます!現在の装者達の状況が分かりません!多分、先程のガンヴォルトの雷撃鱗による影響が!」

 

「技術班に連絡して復旧を急がせてくれ!」

 

ガンヴォルトが雷撃の能力。それを本部で行われても対応出来るように施工していたのだが、それすら対応出来ないほど強力な物。だが、ノイズと言うどうしようもない窮地に比べれば安い物。

 

とにかく出来る事を行う。

 

そして数分が経過して、装備を整え、万全の状態のガンヴォルトが司令室へと入って来た。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「弦十郎、今の状況はどうなってる!」

 

開口一番にそう言ったボクに弦十郎は現在の状況を簡潔に、分かりやすく説明してくれる。

 

アシモフがフロンティアの起動をして、宙に浮かぶフロンティアにいてこの国から孤立している事。アシモフによりクリスと切歌が奪われ、更には操られ、それを救う為に、奏、切歌が担当している事。

 

そして一番最悪なのはアシモフが復活して、翼がアシモフと対峙していると言う事。

 

「そんな…」

 

「翼さんがあの人と…」

 

響と未来もその事を知り、酷く胸を痛めた。

 

アシモフによって操られ、助ける為に戦った響。そのお陰で助かった未来にとって少し前の出来事。

 

「みんな…無事に帰って来ますよね?」

 

響も未来も心配そうに弦十郎へと聞く。

 

「帰って来る…みんな無事で」

 

弦十郎は二人へとそう言った。

 

「調君には味方がついてる。奏も翼もそうやわな奴じゃない」

 

「味方?」

 

弦十郎の言葉にボクは聞き返す。

 

「調君の中に、フィーネが宿っていた」

 

「ッ!?フィーネが!?」

 

ボクは弦十郎の言葉に驚きを隠せなかった。ボクだけでなく響も未来もだ。

 

フィーネ。かつての敵で、ボクにとある未来を託し、紫電の戦闘で助けてくれた恩人。

 

何故フィーネが現れた?と言う事はかつての了子の様に、フィーネは調という個人を塗り潰してしまったのか?

 

その不安を拭う様に弦十郎ではなくナスターシャが言う。

 

「本当にフィーネが宿っていた事は私達の中でも想定外の出来事でした。ですが、フィーネはあの子を…調の魂を塗り潰さず、フィーネ自身はその力を調へと与え、切歌を助ける力をくれました」

 

フィーネの想定外の登場。そして調という人物の魂を塗り潰さず、調のまま、フィーネの力を貸し与えた。何故フィーネがその様な行動を取ったのか?

 

そんな事が頭に過るが、既にボクの中では答えが出ている。フィーネがボク自身に託した未来。それを実現した世界を見たいと言った。あの時の未来を見る為にその行動を取ったのだろう。

 

「貴方がフィーネの心を動かした。かつてフィーネと戦い、その戦闘で勝利を収めた事で、フィーネが変わった。良い方向に」

 

ナスターシャがボクに向けてそう言った。

 

「了子さん…」

 

その反応をしたのは響。かつての了子だった時の様に、優しく手を差し伸べ、力を貸してくれた事に感慨深い感情を抱いていた。

 

ボク自身もフィーネがあの時の言葉通り、託した未来を見る為に、その未来が失われない為に調の魂を塗り潰さずに他の方法を取って戦っている。

 

アシモフによって齎されようとする終末を阻止する為に。望んだ未来を掴む為に。

 

「フィーネ…貴方が託した未来は必ず実現させる…それが貴方の望んだ未来だから…ボクが…みんなが望む未来だから…絶やさせる事はしない」

 

ボクは小さく呟いた。望む未来を絶やさない。あの世界でも失ってなお、それを目指したボクがアシモフを殺した様に、この場所でボクもアシモフを殺さなければならない。アシモフから全てを取り返さなければならない。一人じゃなく、みんなで。この世界のガンヴォルトとして、ボクの望む未来を掴み取る為に。

 

奪われたシアンを、クリスを、切歌を。マリアを。死してなお、アシモフに利用されようとするセレナを。

 

ダートリーダーを強く握り締め、自分のやるべき事を再認識する。

 

再認識したからこそ浮かび上がるアシモフという敵の手強さ。

 

自身の蒼き雷霆(アームドブルー)とアシモフの蒼き雷霆(アームドブルー)の力量。初めは差があったが幾重にも重ねた戦闘が五分五分となった。電磁結界(カゲロウ)の有無。これも五分となった為、なんとか対応出来る。だがアシモフが電影招雷(シャドウストライク)以外にも隠し玉を用意しているとしたらどうする?

 

今度の敗北は本当の終末を意味しているのだ。ここで終われば、全てが水の泡。今までの頑張りが、装者達の努力が無駄になる。

 

そんな事はさせない。させてはならない。何度も敗北しようが最後の最後、たった一度の本当の勝利を手にすれば変えられる。今までの敗北を帳消し出来る。

 

出来る出来ないじゃない。やるんだ。

 

アシモフがボクを殺す為に策を弄するならそれをボクが打ち砕こう。策を弄せず力で対抗するのならば今度こそ打ち破る。隠し玉を用意しようが、それを乗り越えて終わらせる。

 

そして返答がないのを心配する響と未来がボクのコートを不安そうに握る。

 

だから、ボクは二人の方を向いて言う。

 

「何度も言って、未だ実行出来てはいないけど、今度こそ終わらせる。みんなの為に…この世界を終わらせない為に。信じて欲しい。今度こそアシモフの計画を終わらせる。みんなの望む最良の形で。だから心配しないで。みんなと一緒に帰ってくるから…信じてくれる」

 

ボクは二人へそう言った。何度も言って信じてもらった。だが、何度も失敗している。そんなボクを二人は信じてくれるのか?例え信じて貰えなくてもボクは絶対にやり遂げる。

 

「何度も敗北したって、私は絶対ガンヴォルトさんを信じます。あの人を倒せるのもガンヴォルトさんしかいない…みんなを救えるのはガンヴォルトさんしかいない。それに…最後は絶対ガンヴォルトさんならやり遂げれるから。根拠なんてないですけど、そんな事関係ありません。ガンヴォルトさんならやり遂げられると信じています」

 

響は言った。

 

「私も信じています。絶対に勝ってこの世界を救ってくれるって。何度も救ってくれた様に、今回も救ってくれるって。小さい頃、私を救ってくれた頃から、ガンヴォルトさんと再会して、何度も私の危機を救ってくれたガンヴォルトさんなら出来るって信じられるから」

 

未来もそう言った。

 

ボクはそう言った二人へありがとうと答え、弦十郎へと向き直る。

 

「ガンヴォルト…例え敗北しようとも、私も貴方を信じるしかありません。装者達の持つシンフォギアとは異なる力、第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)を持つ貴方を。希望は既に見させて貰いました。誰もなし得なかったアシモフを追い詰めた。貴方ならマリア達を救ってくれると信じられる。だからお願いです…私達も…私達も救ってください」

 

弦十郎の隣にいるナスターシャも頭を下げる。

 

「必ずみんな取り戻す。だからあの子達やマリアの無事を、セレナに救いを願って待っていて」

 

ボクはナスターシャに言う。

 

「俺達も、みんなお前を信じている。今度こそ、この戦いを終わらせてくれると。だから聞かせてくれ。勝算は?」

 

ボクに向けて弦十郎は言った。

 

「確定させなきゃいけないのにそんな事を聞くのは違うでしょ。だけど、勝算なんて可能性を数字では語れない」

 

その言葉を聞いた弦十郎はその言葉を聞きたかったとご満悦だ。

 

「司令!技術部によって通信だけは回復しました!」

 

そして弦十郎はボクに向けで新たな通信機を渡す。

 

「翼はお前が目覚める時間を稼ぐ為にアシモフを足止めしている。だから、声を聞かせてやってくれ。少しでも翼の気力を持たせる為にも、絶望に落とされていようと、希望を持ち、力を与える為にも」

 

そう言われて、ボクは通信機を耳に付けた。

 

「翼、心配かけてごめん。みんな無事だ。返答はいらない。すぐに翼の元に向かう。だからそれまで耐えてくれ。アシモフから身を守ってくれ。そして歌い続けてくれ。ボクが君の元へ辿り着ける様に」

 

ボクはそう言うと弦十郎達に戦場へと向かう事を伝えてコートを翻して出口へと向かう。

 

「行って来い、ガンヴォルト。全てを終わらせる為に」

 

弦十郎の言葉と共に、ボク自身もアシモフを殺し、全てを取り戻す為に戦場へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「アシモフ!貴様ぁ!」

 

怒りのままボロボロの身体でアシモフを斬りつけようとする翼。だが、アシモフに翼の一撃は当たらない。

 

精神の揺さぶり、ボロボロの身体。その二つが翼の剣を遅く、鈍らせていた。

 

「もう奴以外生きていない。奴も目を覚まし、その現実を目の当たりにして絶望しているだろう」

 

「ふざけるな!アシモフ!貴様は何なんだ!何故そんなにも外道な行動を!」

 

ガンヴォルト以外生きていないと言う現実。信じたくもない現実。

 

信じたくない。信じられない。だが、通信機からの応答がない為にそれが現実なのではないかと思わせてしまう。

 

それを考えない様に剣を振るう。そんな現実から目を背ける様に。

 

「好きなだけ吠えろ。私はただ勝つ為にそうしている。計画の完遂の為にそうしているだけだ」

 

アシモフはそう言う。

 

再びアシモフが反撃に移り、翼を蹴り飛ばす。ボロボロの身体、不安定な精神で避ける事が叶わず、直撃し、更に大きなダメージを受けた。

 

そして地面を転がり、再び地面へと倒れ伏す。

 

ガンヴォルト以外が死んだ。まだ決まった訳じゃない。だが、装者のいない本部にノイズが襲われればどうなるかなど想像が付く。

 

その最悪の考えが翼の身体を蝕んでいく。

 

嘘だと思いたい。そんな事は起こってないと信じたい。だが本部の通信がない為に絶望する。

 

だがそれでも立ちあがろうとする翼。身体はボロボロ。精神も折れかけ。

 

何が翼を突き動かすと言うのか?

 

防人としての意志か?約束か?

 

どちらもだ。

 

防人として国を守ると言う使命があるから、アシモフと言う男止めなければならない。

 

ガンヴォルトに約束したから自分をアシモフに奪われるわけにはいかない。

 

ガンヴォルトが生きている故に、翼はまだ自分の使命を、約束を全うしようと立ち上がる。仲間は居なくなったとしても、世界の危機は変わらない。

 

だからこそ、翼は最後の希望の為に立ち上がる。

 

そんな翼の通信機にその希望たる男の声が耳に届く。

 

『翼、心配かけてごめん。みんな無事だ。返答はいらない。すぐに翼の元に向かう。だからそれまで耐えてくれ。アシモフから身を守ってくれ。そして歌い続けてくれ。ボクが君の元へ辿り着ける様に』

 

聞きたかったガンヴォルトの声。すぐに切れたが、その声と吉報だけでも翼にはかなり救われた。

 

みんなの死という絶望が振り払われた。ガンヴォルトの目覚めという希望がさらに強い光を持った。

 

その短い言葉で、翼にとんでもない活力を与え、表情からも絶望が無くなる。

 

それを怪訝に思うアシモフ。

 

「何がおかしい…まさか、奴か?紛い者か?」

 

「ああ、ガンヴォルトだ。ガンヴォルトが目を覚まし、本部の全員を救った。残念だったわね、アシモフ…貴様の策が無駄になって」

 

「紛い者が…何処までも想定外の事をしてくれる!」

 

翼と違い、怒りを露わにするアシモフ。立場が逆転した。

 

そして気力の戻った翼は剣を杖に立ち上がり、再び剣を構える。

 

だが、構えだけのハリボテ。振るう力が僅かに残るのみでふらふらだ。

 

(ガンヴォルトが目覚めた…あとは時間を稼ぐだけ…そして)

 

ガンヴォルトに居場所がわかる様に歌を歌う。

 

(シアン…そこにいるなら力を貸してくれ…ガンヴォルトに届く様に…ガンヴォルトが辿り着くまで時間を稼げる様に…私に力を…)

 

そして翼は歌を歌う。翼の歌ではなく、シアンの歌を。

 

その歌はかつてシアンが響と未来と共にリディアンで披露した蒼を連想する歌。

 

その歌と呼応する様に、アシモフの胸にあるポケットから光が漏れる。

 

翼の歌に呼応する様に。歌う様に。

 

その歌と共に、翼から蒼いオーラが溢れ出す。

 

それはガンヴォルトがシアンの歌で強化された時の様に。傷が癒されていく。気力が湧いてくる。絶唱によって生み出されたエクスドライブに近い力が湧いてくる。

 

「ッ!貴様も相変わらず邪魔をする様だな、電子の謡精(サイバーディーヴァ)!」

 

胸ポケットを一瞥してアシモフはそう叫んだ。

 

「当たり前だ。この場で貴様の計画に賛同する者などいない。シアンも、私も」

 

そして翼は傷が癒え、力が入る様になった身体で剣を構えた。

 

「もう少し時間を稼がせてもらうぞ。アシモフ」

 

「貴様一人!すぐに終わらせてその口を閉ざさせてやろう!」

 

「一人じゃない!シアンがいる!私達を侮るな!アシモフ!」

 

そしてシアンの力を顕現させた翼は再びアシモフを止める為に奮闘するのであった。



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106GVOLT

ガンヴォルト環鎖発売日決定!PV見ましたが発売日が待ち遠しい!


「巫山戯るな…巫山戯るなよ…」

 

ウェルはノイズを出現させた二課本部であるフロンティアの陸地に上がった潜水艇を見て絶句していた。

 

その理由は潜水艇を囲う蒼い雷撃の膜。

 

雷撃鱗。

 

それは第七波動(セブンス)能力、蒼き雷霆(アームドブルー)の力。

 

そしてその雷撃鱗の出現と共にノイズ達が一瞬にして消滅した事をソロモンの杖から感じ取った。

 

蒼い雷撃、その力の元にいるのは間違いなくガンヴォルトだろう。

 

アシモフはガンヴォルトの事を言及していた。

 

ガンヴォルトが今戦場にいない理由。それはかなりのダメージを負い、意識を失っている為に出撃出来ない事。だからこそ、本部を壊滅させ、絶望を与える為に行動した。

 

だが、その行動はガンヴォルトの目覚めにより阻止された。

 

「何故いつも肝心な時にいつもいつも…君は何処まで僕が英雄になる為の邪魔をすれば気が済むんだ!」

 

そしてその光景を見て頭をかきむしりながら叫んだ。

 

タイミングがいい時にいつも邪魔しにくる。

 

「アッシュの足元にも及ばない男が!いつまでもしぶとく立ち上がって!いい加減に死んでくださいよ!貴方は!死ぬべき男なんだ!貴方は僕の望んだ世界にはいらない!英雄は僕だけで十分なんだよ!」

 

ウェルは巫山戯るなと、そして憎悪の視線を向けてモニターを睨み付ける。

 

そして時間が経ってモニターに映る潜水艦を覆う雷撃鱗が消えた。

 

追撃するべきか?いや、ガンヴォルトが目を覚ましたのであれば、ノイズを大量に召喚しようとも雷撃鱗を張られ、何度も炭化させられていくだろう。

 

どうする?

 

アシモフは現状戦闘中。他の操られた装者はそれぞれ戦闘中。指示など飛ばしても対応出来るはずがない。

 

どうする?

 

ウェルは絶望をどうやって与えられるかどうかを頭をフル回転させて、考える。

 

潜水艦をフロンティアから落とす。だが、ガンヴォルトの事だ。落ちる分かればフロンティアに飛び移り、こちらへと駆けてくるだろう。

 

アレ(・・)を使うか?

 

フロンティアの動力炉となったネフィリムを見ながら考える。だが、それにはリスクがある。まだ使うわけにはいかない。それは最終手段だ。

 

どのように対応するかを思考を張り巡らせる。

 

ガンヴォルトの復活で取るべき行動は?アシモフならどう考える?どうすれば絶望を与えられる?こちらの勝利の為に完全に相手の戦意を喪失させ、英雄となる方法は?

 

ウェルは考え続ける。

 

頭から搾り出そうともウェルにはフロンティアの簡単な操作、ソロモンの杖を使ったノイズの召喚以外出来る事はない。

 

かきむしり続けた頭からは血が流れ、頭を、顔を血で濡らす。

 

答えは出ないままただ時が過ぎて行く。

 

そして答えが出ないままいつの間にか雷撃鱗の消えた二課本部である潜水艦から憎き相手の姿が現れた。

 

ガンヴォルトだ。

 

装備を整えたガンヴォルトがまるで雷の様に駆けるガンヴォルトの姿。

 

「ガンヴォルト…君はどれだけ僕の!アッシュの邪魔をすれば気が済むんですか!」

 

数々の絶望を乗り越え、立ちはだかる怨敵の姿を視認して更に叫ぶ。

 

だが叫んだところでガンヴォルトは止まらない。足を止めない。着実にこちらへと駆けてくる。

 

だが、その姿を見てウェルは先程まで憎悪に苛まれていたが表情が一変し、嬌声をあげて喜ぶ。

 

「はは…あっははは!ガンヴォルトォ!貴方は自ら絶望をまた味わいたいみたいですね!君が自らこの場に向かおうとするなんてねぇ!」

 

ウェルはそう叫びながら再びソロモンの杖を再び振り翳す。

 

「ガンヴォルト!もう誰も居なくなった本部に貴方以外もう誰もノイズを止められる者なんて残っていない!絶望しろ!ガンヴォルトォ!」

 

ウェルは叫んで再びノイズを出現させた。

 

今度こそ終わらせる。ガンヴォルト以外を。

 

だが、再び潜水艦へと出現させた瞬間、駆け出したガンヴォルトが背後に向けて腕を翳す。

 

その先にあるのは勿論二課本部である潜水艦。その潜水艦に向けて放たれた雷撃。その雷撃は潜水艇へとぶつかると供に再び潜水艦を雷撃鱗が展開された。

 

再びのノイズ達の消失。

 

「ふ…巫山戯るなぁ!そんなのありなんですか!」

 

再度出現させたノイズを悉く消滅させたガンヴォルトに対してウェルは叫んだ。

 

そしてガンヴォルトはそんなウェルが見えているかの様に上空を見上げた。

 

『ウェル博士。もうあの中の誰にも手を出させない。もう誰も失わない。あの子を…切歌を取り戻し、調を安心させる。クリスを救って、奏を助けて、マリアを救い、翼を助ける』

 

ウェルに向けて言われた言葉。彼方にとっては独り言だろうが、こちらにとってはその言葉はあまりにも苛つかせてくれる言葉。

 

「巫山戯るな…巫山戯るなよぉ!ガンヴォルトォ!貴方はどれだけ巫山戯た事を抜かす!そんな事させるわけないだろう!貴方の理想など叶わない!そんな理想叶えさせてやるもんか!」

 

聞こえないだろうがウェルはガンヴォルトに向けてそう叫んだ。

 

『絶対に貴方達の計画を潰して見せる。だけど、その前に…貴方の前にアシモフを止める。例えボクがアシモフを止める間に何かしようと、貴方を止められなくても、みんなが止める。絶対だ。貴方達の計画は叶わない。ボク達みんながそれを止めるからだ』

 

そう言ったガンヴォルトは潜水艦に雷撃鱗を張ったままウェルのいる場所、そして切歌と調、奏とクリス、のいる方へ雷の様に駆け出した。

 

「巫山戯るなぁ!」

 

ウェルは潜水艦に張られた雷撃鱗によって打つ手が無くなりながらそう叫ぶしか出来なかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

戦場に二つの歌声が響く。

 

一方は朗読するかの様に感情のないままただつらつらと歌う歌。そしてもう一方は魂を揺さぶる様に感情が、思いが、願いが篭った祈歌。

 

切歌と調の歌であり、その歌声が響く戦場は苛烈を極めていた。

 

振るう丸鋸が地面を抉り、振るう鎌が空を裂く。躱して、受け、弾き、それを躱し、再度攻撃のレパートリーはあれど、そのサイクルは変わらない。だが休む事なく攻撃を繰り出し、躱し、弾き続ける。

 

武器は違えどアームドギアの練度は互いに同じ。装者としての実力はさして変わりがない。だが、切歌には調には無い当たれば致命傷を与える一撃を持つ。だが、そんな切歌には持たないものを今の調は持っている。フィーネの力。それ以外でも、今の切歌にはなく、今の調が唯一切歌に勝るもの、想いを、願いをのせた祈歌、そこから溢れ出すフォニックゲインがシンフォギアの出力を上げ、拮抗していた戦況がどんどんと傾きつつある。

 

切歌と調。本来優劣の無い二人。だが、操られている故に持たぬ想いと、希望を持ち、それを実現出来ると信じる想いが、その均衡を破ろうとしていた。

 

勿論、優勢に傾いているのは調。

 

目の前にいる切歌を救いたいと、元に戻って欲しいと、みんなで大切な家族がまだいる場所へ戻ろうと、その想いを、願いを込めて歌い続ける事によるフォニックゲインの上昇。その想いが、歌が調のギアの出力を上げ、切歌を少しずつ押していく。

 

調は幾重にも刃を交え、その歌に込めた想いが届くと信じ、切歌へ攻撃を続ける。

 

切歌は未だその思いに応える事は無い。だが、それでも歌で思いをぶつけ続ける。

 

何度も。何度でも。

 

切歌が解放されるまで。元に戻るまで。

 

(貴方の歌に呼応してフォニックゲインが高まっている。ギアの出力が上がって均衡を崩しつつある。均衡が崩れ、大きな隙が生まれたら私の力をあの子に流し、アシモフの洗脳を解く)

 

(でも油断はしない…そうでしょ?)

 

(そう。分かっているのなら良い。それにアシモフはそれを見越した事をあの子に施してある可能性もあるあの男はとんでもない外道。常に絶望を与える一手を持っている。現状もあの子の首に付いた爆弾と思わしき首輪。あれが以前貴方達にも仕掛けられた爆弾と同じ物だとしたら、あれを取り除くことも考えなければならない)

 

フィーネの言葉に、念押しに調も分かっていると返す。

 

切歌の洗脳はフィーネがどうにかしてくれる。だが、アシモフの事だけは何度でも言った。あの外道は何をしてくるか分からない。そして現状も救ったとしても切歌の危険も変わらないと。

 

あの首輪はアシモフの作ったシンフォギアを纏っていても首を飛ばす程の爆発力を持つ。それを既に見ているから嘘ではないと分かっている。

 

最悪の兵器。

 

あの時、ガンヴォルトがギリギリで救ってくれた為に生きている。だが今ガンヴォルトはいない。

 

響と未来を救う為に尽力し、ボロボロになって眠っている。

 

だから自分でどうにかするしかない。自分で切歌をアシモフの手から解放するしかない。

 

するしかないのだ。

 

(やって見せる…切ちゃんを助ける為に)

 

調は切歌の攻撃を防ぎながら踏み込み続けた。

 

想いが一歩踏み出す力を与え、願いが更なる一歩を踏み出させる力を与える。歌が切歌に届く一歩を歩ませる。

 

そして調の歌に込められた想いが少しづつ届く様に、切歌が変化が現れる。

 

歌が途切れ途切れになる。調の歌に切歌の意思が反応し、アシモフの洗脳から切歌自身が抗っているかのように見える。

 

切歌の一撃が拮抗していたはずが、いつの間にか、攻撃の重みが無くなり、鈍っている。苦しそうに、そして調を傷つけたくないという風に。

 

目元は見えなくとも、調には分かる。長く共に過ごした大好きな親友の苦しんでいる、その呪縛から抗っていると。

 

だからこそ、早く切歌を解放したい。早く、切歌を元に戻したい。その想いが調に熱を持たせる。

 

そしてその一歩一歩、一撃一撃がが切歌と調の戦いの拮抗を破った。

 

互いにぶつけ、弾き続けた攻撃。調の一撃が切歌の一撃を打ち破り、大きく弾き飛ばした。

 

調が唯一、今の切歌を上回る歌の力が、想いが、願いが、調の力となり、拮抗した力を打ち破ったのだ。

 

その瞬間に調は手を伸ばした。今この瞬間が切歌を助けるチャンスとばかりに。

 

(辞めなさい!今はまだチャンスじゃない!)

 

だが、フィーネが調の中で叫ぶ。だが、すでに行動に起こしていた調は止まれない。

 

そして弾かれた切歌は背中にあるブーストに点火させると共に、命を刈り取る鎌を構え、交差した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

未来が操られた時同様、暗い空間の中にある檻の中に鎖によって身体の自由を奪われた切歌。

 

アシモフにクリスと共に浴びせられた雷撃。あれからずっとこの空間に閉じ込められている。

 

何をさせられているかわからない。抗いたいがどうする事も出来ない。

 

未来もあの時こんな気持ちであったのだろう。足掻こうにも足掻けず、ただ助かるのを、この状態を救われることを待つしかない。だが救われてどうなる?自分の中にはフィーネがいる。

 

そのフィーネが現れれば、自分と言う存在は消えて無くなってしまう。だが、それでも、大切な人にはさよならだけは言いたい。残した手紙があろうとも、みんなの前で笑って消えたい。だが、それは現状は不可能。

 

助けてほしい。この場所から解放して欲しい。

 

一人は嫌だ。たった一人で消えて行くのは。調も、マリアも、ナスターシャもいないこんな場所で誰にも知られず、自分が消えてしまうのは嫌だ。

 

「助けて…」

 

涙を流し、助けを求める。

 

みんなに自分と言う存在を知らずに消えてしまう事がない様に。みんなにさよならを言う為に。

 

そんな時、小さいが、何度も聞いた歌声が響く。

 

共に歌い、共に戦い、共に過ごした大切な親友の歌。

 

「調…」

 

聞き間違いか?自分が消えゆく前に自身の心が調の歌を思い出しているのか?

 

いや、違う。暗闇を照らす様に、その歌がやがて大きくなり、切歌の耳に届いた。

 

「調ぇ!」

 

切歌は調の歌を聴いて叫んだ。

 

調が来てくれた。調が自身を助けに来てくれた事に微かな希望を与えた。さよならも言わずに消えたくない。助けを求める様に切歌は調の名を叫んだ。

 

「助けて!調!一人で消えたくないデス!誰にも知られずに消えたくない!だから!だから!お願いデス!調ぇ!」

 

力の限り叫んだ。そして足掻いた。

 

調の歌が切歌に力を与えた。囚われた鎖を振り解く事が出来た。そして外からは檻を破壊する光が見えた。

 

それと共に意識が薄れていく感じがした。

 

助かった。そう思うと共に、光が切歌を包んでいく。

 

だが、

 

「二度も同じ事が起きると思うなよ?」

 

背後から聞こえた悪魔の声。

 

それと共に光に包まれゆく切歌を一つの雷撃を纏う鎖が切歌を縛った。

 

「アシモフ!?」

 

そして再び現れた鎖が切歌を再び暗闇へと引き戻そうとする。

 

「貴方にそうさせると思う?」

 

そう言うと共にその鎖を引きちぎる力の奔流。そして鎖から解放された切歌を誰かが再び光の中に引き込んだ。

 

「フィーネ!貴様!」

 

「フィーネ!?」

 

アシモフの声と共に切歌の腕を引き光に戻した存在を見て切歌も驚きの声を上げた。

 

自身の心を、存在を消しに来たのか?だから助けたのか?そう思った。

 

「アシモフ、貴方をこの手で殺せないのは惜しいけど、その願いはあの子が叶えてくれる。だからこの子の中から消えなさい」

 

そう言うと力の奔流でアシモフの鎖を完全な光の中から消し去った。

 

「…馬鹿な事を。紛い者が私に勝てると思うな。この者に残した力が消えようと、既に目的は達した。絶望を一つ与えられた。それさえ出来れば此方の勝ちだ」

 

そう言い残したと共にアシモフの声が聞こえなくなった。

 

そして光の中に残されたフィーネと切歌。

 

「…フィーネ…私の中から復活しに来たのデスか?」

 

切歌がフィーネにそう聞いた。

 

「何を言っているのかわからないけど、私は貴方の中にはいない。私がいたのは貴方の大切な親友の中よ」

 

自分ではなく調の中にフィーネが宿っていた事をフィーネが明かした。

 

自分ではない事に安堵した。自分は消えなくて済む。だが、それ以上に自身を救おうとした調がフィーネに飲み込まれたのではないかと絶望した。

 

だが、そんな切歌の表情を見てフィーネが言う。

 

「もう誰かの魂を塗り潰し、顕現しようとは考えていない。これは本心よ。塗り潰さず、あの子が望んだ未来を見ようと決めたから」

 

「…本当デスか?」

 

切歌はその言葉が本当なのかフィーネに問う。

 

「ええ。あの子に…ガンヴォルトに誓って」

 

フィーネはそう言った。その表情はとても穏やかで嘘をついている様に思えない。

 

だが、そう言った後、フィーネの身体がゆっくりと消えようとしていく。

 

「もう時間はない…貴方はまだアシモフの呪縛から解放されていない。それに、絶望はまだ終わっていない」

 

そう言うと共にフィーネが姿を消し、切歌の意識は再び操られた身体へと戻っていくのを感じた。

 

最後の言葉の意味を理解出来ずに。



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107GVOLT

目を覚ました切歌は泣き叫んでいた。

 

その腕に抱えられたのは目を閉じて、血を流している調。

 

切歌はそんな状態の調を抱え泣き叫ぶことしか出来ない。

 

血が止まらない。身体が冷たくなっていく。

 

止めようとしても流した血は止まらない。

 

「調!調ぇ!」

 

何故この状態になっているか少し前まで遡る。

 

◇◇◇◇◇◇

 

切歌が意識を取り戻す前、それは切歌へと向けて調が手を伸ばした後の出来事。

 

フィーネが調へと時ではない事を叫んだが、間に合わなかった。

 

調が切歌へと手を伸ばしたと同時に、切歌の背に備えられたブーストが火を吹き、体勢を無理矢理元に戻し、凶刃を再び振りかぶった。

 

「ッ!?」

 

まさかの反撃に調は反応出来なかった。手を引き戻して防御する事は敵わない。だが、調の中にいるフィーネは紫色の結晶を発現させ、調を守ろうとした。

 

だがフィーネのサポートよりも早く、切歌の凶刃は調の肩へと突き刺さる。

 

振り下ろされ、深々と突き刺さろうとした鎌はなんとかフィーネが出した結晶が阻む。

 

だが、それでも突き刺さった切っ先は心臓には達していないもののその傷はあまりにも深く重症。心臓にに達してなかろうと治療も出来ないこの場においてその傷は死を意味する。

 

だが、そんな事をさせまいとフィーネが力を使い、肉体の修復は出来ないにしろ止血をしようとする。

 

しかし、それはなんの意味をなさなかった。いや、意味をなさないのではない。何も出来なかったのだ。

 

イガリマによって深手を負った傷。その傷に力を使おうとしても何も起きなかった。それどころか、思いだけの、魂だけの存在であるフィーネにも感じる事のない凄まじい痛みを感じさせた。

 

(ッ!?)

 

痛みに対して耐性のあるフィーネですら抗い難い痛みに悶え苦しむ。

 

(これは…そうか…イガリマの…)

 

フィーネが痛みに堪えながら自身の記憶の中にあるイガリマにある能力を思い出した。

 

イガリマ。シュメール時代に語られた戦女神ザババの振るったとされる二振りの刃の一振りから作られた鎌。

 

そしてその一振りたるイガリマに宿る力は魂を切り刻む力。

 

振るった刃で切られ、その一撃を深く突きつけられた傷は肉体だけでなく、魂へと干渉し、魂を損傷させる。

 

肉体とは違い、魂の損傷は再生させる事は不可能。そもそも魂という概念に再生は存在しない。

 

その為にイガリマの一撃を受けた調とフィーネは肉体が辛うじて生きていようが魂を損傷している為に、死よりも恐ろしい、消滅という最後を迎えようとしていた。

 

フィーネはその状況に苦虫を噛み潰す。損傷した魂が、少しずつ消えていくのを感じる。

 

このままでは自身も、そして調も消滅する。消滅しない方法はあるにはある。だが、それは取らないと決めている。

 

どうする?時間はもうない。何が正解なのか?どんな行動が最善なのか?フィーネは頭をフル回転させる。

 

取らないと決めた手以外で何を成せばいい?

 

そんな時、

 

(…フィーネ…お願い…)

 

消滅していく中、フィーネに調の思いが語りかけてくる。

 

(私の焦りのせいで…もうマリアにも…マムにも会えない…でも最後に…最後に切ちゃんを…)

 

消えゆく中に調の思いがフィーネに流れ込んでくる。そして視界に映る刺されながらも切歌の身体に触れる手。

 

調も自身の死を、消滅を感じながらも、せめて切歌を救いたいと、調はフィーネに願った。

 

フィーネからすればたった数十年しか生きていない少女がもう諦めて、誰かを救う事を選んでいる。

 

その調の思いが、願いが、フィーネの考えを変えさせた。

 

そして、それと同時に後方に見えた、希望であり、自身が望み、託した未来を現実に体現させる光を見せる蒼い雷撃が見えた。

 

その雷撃を見てフィーネは笑みを零す。

 

自身を打ち破り、自身の力添えをしたが、紫電という強大な敵を討ち滅ぼした蒼い雷撃。

 

(そうね…私が貴方に託した望み…私自身が見なくとも…貴方なら必ず成し遂げる…なら、私のやる事は一つ…)

 

そしてフィーネは蒼い雷撃を見て、力を使う。

 

(最後なんて悲しい事を言わないで…貴方は消えない…私がそうさせない)

 

それはフィーネが持つ良心が、調の願いを、思いを聞き、導き出した答え。

 

消えそうな調の魂の損傷を自身が全て受け入れる。

 

それはフィーネが取ろうとしなかった手。

 

肉体に存在する調の魂とフィーネの魂。肉体に普通であり得ない二つの魂があるからこそ出来る芸当。そしてフィーネであるからこそ、魂だけとなり、何度も肉体にあるもう一つの魂を塗りつぶした事があるからこそ、出来る芸当。

 

魂という概念を知り尽くしているからこそ、それを可能とした。

 

消える運命を背負うのは調でなくていい。そしてフィーネは自身の力で、切歌の洗脳を、調の魂の損傷を受け入れた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それが切歌が目を覚まして起きた惨劇の顛末。

 

フィーネの最後の力で元に戻った切歌はその事を知らない。だが、フィーネが消える前に言った絶望がこの状況だと理解した。

 

自身が調を殺めた絶望が切歌を深く傷付けた。

 

深い絶望が切歌を覆い尽くす。大切な親友をこの手で手にかけた絶望。自分自身が洗脳に抗えず、操られ続けた不甲斐無さ。

 

切歌は泣き叫び続ける。

 

切歌の腕の中に眠る調の名前を叫びながら。

 

やっとの思い出解放されたと思ったのに。フィーネが自分では無いため、自分自身を失わずに済むことを知ったのに。そのフィーネが調を乗っ取らずに調のままにいさせてくれると言ったのに。

 

もう親友はいない。常にそばに居てくれた者は何処にも。

 

己の手で殺めてしまった。

 

それを知ったマリアやナスターシャは、切歌を許さないだろう。もう家族とも呼んでくれないだろう。

 

もう誰も切歌を許さないだろう。マリアも、ナスターシャも。大切な人を手にかけてしまった自分は。本当の意味で一人になってしまうだろう。

 

そして切歌の耳元に耳障りな音が鳴り響く。

 

その音の元凶は切歌の首に付けられた首輪。アシモフによって付けられた爆弾付きの首輪。

 

本来であれば、こんな物早く外したくどうにかしようとする。だが、切歌は何もしなかった。

 

大切な人を殺した自身に居場所など無い。人を…それも家族を…大切な人を殺した切歌を誰も受け入れない。マリアも、ナスターシャも。もう切歌にとって帰る場所など何処にもありはしない。

 

そんな自分を、人殺しとなり、大切な人を殺してしまった自分に居場所などもうどこにもありはしない。何の価値などありはしないと思う切歌は自身の死を望んだ。

 

だが、そんな絶望に包まれた切歌へと誰かの手が頬を撫でた。

 

それは切歌の腕の中にいる調。

 

「あの子でなくて悪いけど…大丈夫…あの子は貴方に殺されてない…死んでいない…だから…貴方が悲しむ必要はない…貴方の…思う絶望はこの子の死なんかじゃ…ない…今この状況こそが…私の言った…絶望…お願い…信じて…この子のために…私の望む…あの子に託した未来の為に…」

 

途絶えながらも調の口から紡がれる言葉。それは調のものでなく、精神の中で現れたフィーネの言葉。

 

だが、調を通して紡いだフィーネの言葉と共に耳障りな音は加速していく。

 

まるで時間が残されていないかのように。

 

「もう…私自身も…時間がない…このままじゃ…貴方も…この子も…終わってしまう…」

 

途絶えながらも調を通してフィーネが切歌へと訴えかける。

 

「この場所を…貴方の声で知らせて…あの子を呼んで…あの子なら必ず…貴方達を…救ってくれる…お願い…この子の代わりに消える私の最後の願い…」

 

調の口から紡がれるフィーネの言葉。それが嘘かどうかも分からない。

 

自暴自棄となった切歌だが、調の口から紡がれた貴方達と言う言葉に僅かながらに心を動かされた。希望を持たせた。

 

まだ唯一の方法が有ると思えるその言葉。まだ自分には希望が残されていると思わせる言葉。嘘かもしれない。そんな物は存在しないのかもしれない。

 

「…本当に…本当に調は生きていて…私もこの絶望から救われるデスか?」

 

時間がないが、それでも切歌はフィーネへと問う。

 

「ええ…でも…それは救われたら…だから急いで…あの子を…

 

だが、あの地獄から救い出したフィーネの言葉をもう一度信じた。

 

絶望が希望に変わる事を。自身にまだ居場所があると思える為に。

 

フィーネの言うあの子など言われなくとも誰か分かる。

 

この首輪を外せる存在は起爆装置を持つアシモフとウェル。だが、その二人など端から救われたいと望んでいない。

 

もう切歌にとって信じられるのはあんな男達などでなく、フィーネが未来を託した男だけ。

 

だから切歌は自身の出せる最大限の声で。喉が潰れるくらいの声で。その名を叫んだ。

 

「ガンヴォルトォ!」

 

そう叫んだと共に、切歌の首に付けられた首輪が爆発した。

 

だが、その爆発が起きる前に、蒼い雷撃が二人の元に向かい迸っていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

海の様な空間の中。

 

調はその中にいた。

 

イガリマ自身の能力により損傷した魂が消滅へと向かっているのだろう。

 

フィーネは自分の願いを聞き届けてくれたか?切歌は無事なのか?不安に苛まれながらも調はただゆっくりと消えゆくまでの時間を過ごしていた。

 

(ごめんね…切ちゃん…こんな事になって…マリア…マム…ごめんなさい…セレナ…マリア達を悲しませて…)

 

そして調は謝罪していた。

 

残していった者達へ。亡き者に対して。居なければならない場所に居れない事に対して。

 

悔いが無いと言えば嘘になる。自分もその場所に居て、みんなと共に生きたかった。

 

だが、それももう出来ない。

 

だからこそ謝罪の言葉を並べていた。届く事はないとしても。

 

(…そんな謝らなくていいのよ。貴方は大丈夫だから)

 

そんな調に向けて発せられた言葉。

 

その言葉の発する方に目を向けると調べと同様に漂うフィーネの姿があった。だが、その身体はボロボロと崩れていき、今にも崩れ去ろうとしていた。

 

(貴方の受けた魂の傷…それは私が引き受けた…だから貴方は消える事はない…)

 

フィーネはそう言った。

 

(ッ!?)

 

その言葉に調は唇を噛んだ。消えることがない事は喜ばしい事。だが、自身を救ってくれたフィーネが、敵ではなく、味方として助けてくれたフィーネがそうならなければならない事に自身の未熟さがとても歯痒いのであった。

 

(…いいのよ…私はどうせ…あの子が望んだ未来を見せてくれるまで眠るだけだったから…)

 

(でも…見たかったんでしょ…あの人が…ガンヴォルトが望んだ未来を…)

 

調はフィーネに向けてそう言った。

 

(…そうね…可能であれば…自分の目で…見たかった…でも…いいのよ…)

 

悲しそうだが、だが、それでもフィーネは満足そうに笑った。

 

(未来が見えなくても…その道筋となる希望は見えた…それを必ず実現させてくれる光を見せてくれた。アシモフと違って…どこか暖かい希望の蒼き雷霆()を。だから私は消えても後悔はない…あの子なら必ずやり遂げると分かっているから…だから最後に二つだけ…私の願いを聞いてくれる?)

 

フィーネは後悔がないといい、そして調へ願いを託す。

 

(私の代わりに…あの子が望んだ未来が手に入れた時…貴方はその未来をその目でしっかりと見て置いて…私の代わりに…私が見れなかったとしても…それを現実にして貴方が見れば私は満足よ…今後…どんな状況があろうとあの子なら必ず掴んでくれるから…そして…もう一つは叶わないかもしれないけど…もし…もし貴方が…)

 

フィーネが崩れながらか細くとも小さくなりながらも調へと伝えた。

 

調はその言葉を聞いて分かった、必ず伝えると言って頷いた。

 

それを聞いたフィーネは笑みを浮かべ、海中のような空間で崩れながら水に溶けていくように消えていった。

 

(フィーネ…ありがとう…必ず…貴方の願いを…貴方が私に託した願いを叶えます…)

 

自分の代わりに消えていった恩人へと向けて必ずその願いを叶える事を誓い、意識が浮上していく感覚に身を任せた。



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108GVOLT

目を覚ました調の初めて見た光景は爆炎が上る大地。

 

爆心地の真ん中から少し離れてはいるが爆風と熱気が調へと襲いかかって来る。

 

だがその爆風も熱気も何者かが調を守るように抱き抱えられ、そしてそれと同時に現れた雷撃の膜が飛来する砂利などを破壊していく。

 

こんな芸当が出来る人など二人しか居ない。だが、一人は敵対しており、切歌を操り、悲劇を起こした元凶。だから、このように助けようとする人は一人しか浮かばない。

 

この戦いに雷撃()を齎す希望であり、フィーネが望んだ未来を実現させようとする人物。

 

そして爆風と熱気が収まり、雷撃の膜がが消えるとともに抱き抱えられていた調から離れ、その姿を見て安堵する。

 

「また…助けられた…ありがとう…ガンヴォルト」

 

調の前に現れたのはガンヴォルト。ガンヴォルトは調を見て、隣に視線を向けて言う。

 

「ごめん…ボクがあの時にアシモフを殺せていたら…君達にこんな悲しい事をさせなくて済んだのに…でも…ありがとう…二人とも生きていてくれて…ありがとう…君の声でボクは君達を失わずに済んだ…ナスターシャ博士…セレナとの約束を守らせてくれて…」

 

その言葉に調も隣を向く。それと同時に自身に強く抱きつく温かな存在を認識する。

 

「調…本当に…本当によかったデス…生きていてくれて…」

 

「き…切ちゃん…」

 

フィーネの力が、調の歌の力が操られた切歌を取り戻し、また大好きな切歌に戻ってくれた事を認識した調は切歌と同様に涙を流し、互いの無事を安堵した。

 

「二人が助かった事は喜ばしい事だけどまだ泣いている場合じゃない。まだマリアが、奏が、翼が、クリスがいる。全ての元凶、アシモフが残っている。やるべき事は残っている」

 

だがそんな状況に水を差すようにガンヴォルトが言った。

 

水を差すタイミングじゃないだろうと誰もが思うだろうが、この場には三人しかいない。そしてガンヴォルトの言う通り、まだ終わっていない。切歌は無事だとしてもまだマリアが救えていない。

 

だから切歌と調は再会の涙を拭い、ガンヴォルトの方に向く。

 

「ありがとうデス…ガンヴォルト…調とフィーネに救ってもらって…貴方に救ってもらっても…まだマリアが捕まっている…アシモフがまだ残っている…」

 

「うん…助け出さなきゃいけない人達は残っている…マリアも…あの人達も…だから私達もその為に何をすればいい?」

 

二人はガンヴォルトに問う。自分達は何をやるべきなのかを。自分達がどう行動するべきなのかを。

 

「君達には一度本部に戻ってもらう…ウェル博士の持つソロモンの杖…あれを取り戻さなければ、本部にまた被害が出てしまう。今はボクが雷撃鱗を本部に展開しているから問題はない。でもボクから離れた本部の雷撃鱗はボクがフロンティア中央に行く度に弱まっている。それにアシモフと戦う時、本部に回している雷撃鱗の力も必要だ。だから、ソロモンの杖を奪還まで、君達は一度本部に戻ってほしい…君達の手でマリアの奪還をしたいだろうけど、誰ももう死なせたくはないんだ」

 

ガンヴォルトはそう言った。マリアを自分達の手で救いたいのを承知しているが、本部にはマリアと同じくらいに大切なナスターシャが残っている。

 

「でも…」

 

マリアも救いたい。ナスターシャも。セレナをあの男の手から。自分達の手で。だが、自分達ではあの男に手も足も出ない。だからこそ迷う。

 

だが、それでも切歌も、調もガンヴォルトに言った。

 

「分かった…マリアを…セレナを…救って…」

 

絞り出すように。本当は自分達の手で救いたい。だがその過程で自分達が、どちらか片方でも欠けてはならない。だからこそマリアを、セレナを救い出す事をガンヴォルトに託す。

 

自分達が救えないとしても目の前のガンヴォルトならばその可能性を実現出来ると信じられるから。数々の敗走を乗り越え、アシモフに一度敗北を突き付けたからこそ、願いを託した。

 

「勿論だ。必ず助けてみせる。あの地獄から。アシモフとウェルの手から。必ずだ。君達の家族を必ず取り戻す」

 

ガンヴォルトはそう言った。

 

「絶対デスよ!必ず!」

 

切歌はそう言ってナスターシャを、二課本部を救うべく、ガンヴォルトが見せた雷撃の軌跡を辿り本部へと駆け出す。

 

調もそれに倣うように、駆け出そうとする。

 

だがその前にガンヴォルトへと伝えなければならないことがある。ガンヴォルトへと駆け出す前に伝えようと声を出そうとした時、ガンヴォルトも同時に調へと声を掛けた。

 

「調…フィーネは…」

 

それはフィーネの事。本部にいる者からその情報を得ていたのだろう。ガンヴォルトは調の中にいるフィーネが現れない事に何処か一抹の不安を抱えながらそう言った。

 

「…フィーネは…フィーネは…消滅した…私を守って…切ちゃんを救って…」

 

その言葉にガンヴォルトは表情を歪めた。その理由は調も理解している。ガンヴォルトに託した未来。それを見せると誓った約束。

 

それはフィーネが消滅と共に守れなくなった事を意味する。

 

拳を硬く握り悔しそうにするガンヴォルト。

 

だが、そんなガンヴォルトに調は言った。

 

「だけど…フィーネが貴方に託した意志は残ってる…私が…消えていくフィーネの願いを私が受け継いだ…貴方が…ガンヴォルトが望む理想を私の目で見届けるのが…フィーネとの約束…例え、フィーネが居なくなってしまっても意志を、願いを受け取った。だから…フィーネの代わりに私が見届ける。それがフィーネに…恩人に託された意志だから…約束だから…だから…掴み取って。この戦いの勝利を。そしてガンヴォルトが望んだ理想を私が見届けさせて。フィーネの願いを叶えて」

 

調はガンヴォルトに向けて言った。フィーネに託された意思を受け継いだ事を。そしてそれがフィーネの願いだから。

 

その言葉を受けたガンヴォルトは硬く握った拳が緩んだ。

 

「…分かった…それがフィーネの願いなら叶えなきゃならない。託された未来を掴み取らなきゃならない。フィーネの代わりに…その未来を君に見届けて欲しい…その目で見た物がフィーネに届く様に…」

 

ガンヴォルトは調へとそう言った。

 

それはフィーネ本人から受け継いだ者しか分からないだろう。

 

フィーネに救われた二人。ガンヴォルトは紫電との戦闘での手助けを、そして調はフィーネにより救われた。だからこそそれをやり遂げなければならないと。

 

「…頼んだよ…みんなを」

 

「ガンヴォルトも。マリアを必ず、セレナを必ず助け出して。そしてあの人達を。あの人達の手から必ず。私だけじゃなくみんなが望んでいると思っているから」

 

そう言って調は切歌に追いつく為に走り出した。

 

「みんなそれを望んでいるさ…ありがとう二人とも」

 

そう言ったガンヴォルトは二人を見送って空を見上げる。

 

「フィーネ…自分が託したのに…望んだのに…それを自身の目で見届けられない事は辛いと思う…だけど、貴方はボクに未来を託した…ボクが望み未来を…そして貴方は自身を犠牲にあの子にそれを託した…だからボクはそれをあの子を通して貴方に見せるよ…ボクが望み、貴方が賛同した未来を…」

 

そう言ってガンヴォルトは視線をフロンティア中央へと向き直る。

 

「ありがとう…フィーネ…貴方の託した、ボク自身も望む未来を必ず掴み取るよ…そして調の目を通して見届けられる事を信じるよ…それがあの子達を救ってくれた貴方へボクが出来る事だから…」

 

ガンヴォルトはそう言って更に加速してフロンティア中央へと駆け出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

そしてガンヴォルトが切歌と調を爆発の窮地から救った同じ時、更に中央の近くでは地形が変形する程の激戦が繰り広げられていた。

 

新たなる力を、シアンの歌の力によるシンフォギアの強化を受けた奏、そしてそれに対抗するクリス。

 

「クリス!正気に戻りやがれ!」

 

振るう槍がクリスの打ち出す弾丸を弾き、距離を詰めていく。

 

だがクリスはそれをさせまいと更に弾丸を打ち出して距離を一定に保っていた。

 

何度目か分からない攻防。膠着状態が続いている。だが、それでも奏はクリスを助け出す為に何度でも声を掛け続けてクリスへと接近する。

 

「いつまであの外道にいいように使われてやがる!いい加減目を覚ませ!クリス!」

 

何度目か分からない問い掛け。だが依然として帰ってくるのは弾丸と沈黙。

 

しかし、それでも奏はクリスへと声を掛け続ける。何度でも声が届かない訳がない。歌が心に響かない訳がない。だからこそ声を掛け続ける。

 

かつて届いたガンヴォルトの声が、シアンが届けてくれた声が信じる力となっている。

 

それに呼応するように奏の纏うシンフォギアがどんどんと熱を帯びていく。シアンの歌がシンフォギアを更なる強化を齎す。

 

振るう槍に力が篭る。踏み込む足が力強くなる。クリスの放つ弾丸が奏の目からはどんどんと遅く感じるようになる。

 

シアンの歌が齎した奇跡。奏がクリスを救いたいと思う気持ちに呼応する様に、シンフォギアがそれに応えてくれる。

 

だが、それでも奏は更に歌に熱を込める。

 

今届かないのなら届く様に声を張れ。まだ足りないのなら振り絞れ。クリスを取り戻す為に奏は自身の全てを歌で曝け出す様に力強く歌う。

 

そうした事により、今まで停滞していた戦況が一気に傾き始める。

 

距離を詰められない様に多種多様な銃を出現させていたクリス。だが、奏はそれに構わずただ真っ直ぐにクリスとの距離を詰めて行く。

 

今までと同じ様に。だが、そんな行動をクリスは許すはずも無く、弾幕に優れたガトリングに切り替えて、更には腰から大量のミサイルを出現させる。

 

ケリを付けなければならないと判断したのか。殺せると確信したのかは分からない。

 

だが、奏が歌を歌い続け、アシモフの洗脳による行動がそうせざるを得ないと判断したのだろう。

 

クリスは間髪入れずにそのままガトリングを、ミサイルを奏へと向けて一斉掃射する。

 

奏へと向けて降り注ぐ弾丸の雨。そして一斉掃射され一発一発が確実に奏の命を刈り取ろうとするミサイルの雨。

 

その全てで必殺。奏を殺す為の連撃が降り注ぐ。

 

奏はそれを回避しようとはせず、ただひたすら向かって行く様に駆け出した。

 

死ぬ気とも思える行動。だが、それでも奏の眼は死んでおらず、ただ一つの思いを持って突き進む。

 

クリスを救いたい。

 

その一心が、奏の思いが届いた様にシンフォギアが、アームドギアが応えた。

 

槍から吹き荒れる旋風。それと共に力が解放された様に奏の持つ槍が更なる変化を遂げた。

 

奏の槍が雷撃を帯び、力が解放された様に各部分が開き、そこから旋風が生み出される。

 

それは撃槍ガングニールの新たなる変化。

 

シアンの歌の力、そしてクリスを救いたいと言う思いが齎した結果、新たな力をガングニールが発現させたのだ。

 

槍から吐き出された旋風が地面を抉り、その抉られた地面から巻き上げられた砂塵が砂嵐を発生させ、奏へと向かうミサイルを次々と撃ち落として行く。

 

そして振るう槍が奏へと向けられた弾丸を一撃で全てを吹き飛ばす。

 

「ッ!?」

 

初めて見せた操られたクリスの焦りの表情。その一瞬で更にクリスとの距離を詰める。

 

だが、それでもクリスは反撃をする。その手にはガトリングでは無く、一丁の大きなライフルを奏へと向けられていた。

 

そして奏へと向けて放たれた一撃。その一撃は既にエネルギーを充填させていた様に強力な物。

 

その強力な一撃は地面を抉り、そして奏へ向けて一直線で奏を貫いて大きな爆発を起こした。

 

先程の奏の巻き上げた砂塵と混じり、辺りが見えぬ程の砂埃が舞い散る。

 

全てが終わったかの様に思われたほんの少しの沈黙。

 

だが、先程の一撃を受けた奏がクリスの目の前へ砂埃を吹き飛ばし現れた。

 

その身体は先程の一撃を受けた為にシンフォギアはボロボロとなり、所々が砕けている。

 

だが奏の目は、身体はそんな状態でもダメージを感じさせない様な動きを見せた。

 

それはシンフォギアに感応して起こしたシアンの歌の力。シアンの歌の力が、奏のダメージを動かせるまでに回復させたのだ。

 

「いい加減目を覚ませよ!クリス!帰るぞ!あの場所に!ガンヴォルトと私があの家に!」

 

そう叫び、歌が、思いが込められた拳が、クリスの顔を覆うバイザーに向けて振り抜かれた。

 

そして振り抜かれた拳はクリスのバイザーを完全に破壊して、そのままクリスを吹き飛ばした。

 

勢いよく殴ったためか、そのままクリスは数メートル先の地面へと落ち、滑る様に地面を転がって行く。

 

「悪いな…手加減出来なくて…でもこれで…いい加減…目が覚めたかよ…クリス…」

 

奏はもう一方に持つ地面へと突き刺し、槍を杖代わりにして吹き飛ばしたクリスの方を見て、そう呟くのであった。



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109GVOLT

未来や切歌と同様に暗い空間の中に鎖に繋がれ、身動きの取れなくなったクリス。

 

だが、クリスはその中に居ながら身動きを取らずただずっと動かずにいた。

 

傍観に呈しているのか?はたまた、救われない事を悟り、諦めているのか?

 

違う。動かずにいるクリスは、クリスの目にはそんな色は浮かんでいない。

 

救いがあると知っているから機を待っている。助けに来る仲間が必ず居ると知っているから希望を失ってない。目はまだ光を失っていない。

 

ずっと一人ぼっちであったあの時に、こんな事があればその時は何もかも諦めていただろう。

 

だが、今は違う。もう一人じゃ無い。

 

自分の初めての友達であり、こんな自分にも寄り添ってくれた大事な友達、未来。

 

騒がしくあり、すぐに調子に乗るが、自分の決めた正義を貫き、敵であった自分にも手を差し伸べてくれた響。

 

堅物な所はあり、気難しい事もあるが、それでも仲間と認識してくれ、何かと世話を焼き、助けてくれた翼。

 

同居人であり、自身と同じ痛みを知っており、だからこそ寂しさを理解して、気を遣ってくれる、年上の同級生である奏。

 

響同様騒がしく、顔を合わせては歪みあっては居るが、自身を救い、他のメンバー共にある一人の鈍さに辟易しながらも楽しい日常をくれていた、装者にしか見えないシアン。

 

それにこんな自分を受け入れてくれた機動二課のみんな。

 

そして、ガンヴォルト。

 

自身を救い、暖かい場所を、帰る場所をかけがえの無い大切な時間をくれた恩人であり、想い人。何度も危機を救ってくれた、どんな状況に陥っても立ち上がって絶望を切り開いてくれた。つい最近は絶望に苛まれていたが、自分達の声で立ち上がり、また世界の為に、アシモフによって訪れようとする終焉を止める為に再び舞い戻ってきた。

 

だからクリスは諦めていない。

 

もう一人では無い。クリスには沢山の信頼出来る仲間が居る。救い出そうとする仲間が居る。だから絶望なんてしない。

 

「アシモフ…あんたが私を操ろうが、絶対にいい様にはならないんだよ…私はもう一人じゃない…フィーネにいい様に使われていた時の私じゃないんだよ…こんな鎖じゃ私は繋ぎとめれない。こんな強制を促す様なもので私の繋がりは解けないんだよ。こんな檻に閉じ込めたって無駄なんだよ。私にはこんなチンケな檻を壊して出してくれる頼もしい奴等が居るからな」

 

アシモフには聞こえないであろう。だが、それでもクリスは笑みを零してそう呟いた。

 

だが、それに反応する様にクリスを縛る鎖に力が宿り、クリスを更にキツく縛り上げる。

 

呻き声を上げ、苦しそうにする。

 

だがそれでもクリスは笑みを崩さない。

 

「絶対にあんたの思い通りの展開にはなりはしないんだよ!」

 

そう叫ぶと同時に聞こえる、誰かの歌。聞いたことのないフレーズ。知らない歌。だが、その歌の声の主は知っている。歌の内容は知らないが、その歌に込められた力強さが誰が歌っていた曲かを知らせてくれる。

 

奏の歌声だ。そして歌う歌はシアンの歌。聞く人の心に響く装者達の歌と同じ、聞く人に力を与える暖かい電子の謡精(サイバーディーヴァ)()

 

クリスを縛り苦しめる鎖の力を弱め、クリスの精神へと力を与える歌。閉じ込める檻を外側より壊そうとする力。

 

暗い空間に雷撃が迸り、蒼く照らし出す。

 

だが、それを拒む様に蒼黒い雷撃が光り、再びクリスを縛る鎖が再び力が込められる。

 

「やはり邪魔をするか…電子の謡精(サイバーディーヴァ)

 

そして聞こえてくるアシモフの声。本物では無い。洗脳によるクリスに施したアシモフの蒼き雷霆(アームドブルー)の残滓。

 

鎖に迸る雷撃がその歌は掻き消そうと更に鎖を出現させ、クリスを縛り上げていく。

 

「だが、雪音クリスを渡す訳にはいかない。風鳴翼同様に必要な保険(バックアップ)。正規適合者だけは渡す訳にはいかないのだよ」

 

その声と共に蒼黒い雷撃が蒼き光をか細くしていき、檻を更に強化する様に完全に光を遮断していく。

 

救出を無意味にしていくドス黒い悪。全てを無に変える雷撃。

 

しかし、クリスそんな中でも力の限りアシモフの声に向けて叫んだ。

 

「何が渡さないだ…何が保険(バックアップ)だ…舐めんな!私は物じゃねぇ!先輩だってそうだ!それにあんたのそのドス黒い感情が全てを凌駕していると思うな!私達装者の!シアンの歌を舐めるなよ!アシモフ!」

 

歌の奇跡を知っているから、信じているから、アシモフのこのドス黒い感情などと比べものにならない思いがある事を叫んだ。

 

「そうだな…歌に奇跡があるのは私も知っているさ。だが、紛い者と力だけを持った電子の謡精(サイバーディーヴァ)では無い。私が知る奇跡は本物(オリジナル)達のみが持つ奇跡だ。紛い者と力のみを持つ者に起こせる奇跡などありはしない」

 

アシモフの声はクリスの言葉を嘲笑うかの様にそう言った。

 

「そう思っているからこそ、あんたは足元を掬われる…言っただろ、舐めんなって…シアンの…私達の信じる歌の奇跡をそう言うお前にはな」

 

クリスはまるでこの後何が起こるか分かっているとばかりにアシモフに向けて言った。

 

「ッ!?」

 

その言葉と共にアシモフの声は驚愕を帯びたのだ。

 

それは先程完全に押さえ込んだ蒼き光が暗雲を貫いて再び差し込んだからだ。そしてそれと共に檻を砕くほどの強力な衝撃。

 

その衝撃はクリスを縛る鎖を全て吹き飛ばす。

 

「何が!?」

 

あまりの衝撃にアシモフの鎖に込めた力が弱まる。

 

それを振り払う様にクリスはその鎖を振り解いた。

 

「ッ!?貴様!」

 

アシモフの怒声が響く。だがクリスはそれに恐怖など微塵も抱かない。

 

「言ったろ。歌の力を舐めるなって」

 

クリスは勝ち誇った笑みを浮かべそう言った。クリスを縛る鎖はもう無い。もう自由だと言うばかりに。

 

「させん!」

 

だが、アシモフの声が響く共に、再びクリスを捕らえようと鎖が出現する。

 

だが、今度は空間ごと揺らす大きな衝撃。

 

その衝撃で鎖は完全に消え去っていく。そしてそれと共に檻が壊れ、クリスを縛る全てが崩される。

 

「言っただろ、あんたの思い通りには行かないって」

 

その言葉と共にアシモフによって施され、存在していたアシモフの残滓が消えていく。

 

「全く…その通りだ」

 

消えゆく残滓は憎しみを込めた言葉でそう言った。

 

「だが、ここでの話だ。結末は変わらない。何があろうと、何が起きようと。私を止める事は出来ない」

 

アシモフの声はそう言い残すとクリスの精神世界から完全に消え去っていった。

 

「ああ、結末は変わらない。だが、アシモフ。テメェが思い描く結末じゃ無い。私達が望む未来がだ」

 

虚空へと向けてクリスはそう言った。

 

そしてクリスは背後から溢れる光へと向けて歩き出す。

 

「まだ終わっちゃいないからな…私のやるべき事も。それにいい加減に目を覚まさねぇと私を叩き起こしたあいつがもう一発入れてくるからな」

 

そして光の中へ入ると共に囚われていた意識が本来の肉体へと戻るなんとも言えない感覚がクリスを包み込んでいくのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

そして浮上した意識がクリスの身体に宿る。

 

だが同時に襲うは鈍い痛みが顔に走る。

 

シンフォギアを纏っている為にアザなどにはなっていない。だが、それでも痛みだけは未だ残り続けている。

 

それと共に聞こえる声。

 

「悪いな…手加減出来なくて…でもこれで…いい加減…目が覚めたかよ…クリス…」

 

奏の声だ。

 

囚われた時から聞こえていたからクリスは知っている。奏の歌が、シアンの曲が操られていたクリスを救い出してくれたのだ。

 

救ってくれた事に感謝を、そして目を覚させるためとはいえ、派手な一撃を食らわせてくれた事に悪態の一つを吐こうとクリスは立ちあがろうとする。

 

だが、クリスは自身の首元から走る通信にそれを制止させた。

 

『いつまで君は手こずっているんだ!雪音クリス!』

 

首元、そこにあるのは見た事のある切歌と調に付けられていた爆弾の取り付けられていた首輪。そしてそこから流れるはアシモフ同様、この世界を終焉へと導こうとするウェルの声。

 

その声にイラつきながらもウェルが言った。

 

『ガンヴォルトも復活して出来損ない達も居なくなった!もうこっちが切れる手札はもう君くらいしか居ない!だから急いで目の前の奴を殺せ!ガンヴォルトの前に奴の屍を晒せ!そして奴はアッシュが殺すと言ったけどもう我慢ならない!ガンヴォルトは僕が殺す!ソロモンの杖で!ノイズを使って!君の命を盾に使えばそれが可能かもしれない!僕がそっちに向かう!』

 

そう通信が入った。

 

その一つにはクリスにとって、いや、少し離れている奏や翼にとっての吉報。

 

ガンヴォルトの復活。クリスは何故かは知らないがガンヴォルトがこちらへと向かってきている事に対して安堵と嬉しさが込み上げる。だが、それを塗りつぶす様な後に続く言葉。

 

奏を殺す?ガンヴォルトを殺す?ふざけた事を抜かすウェルにクリスは怒りを覚える。

 

クリスにとって我慢にならない言葉。怒りのあまり首につけられた首輪に向けて怒声を上げそうになる。

 

だが、それを堪え、千載一遇のチャンスと捉える。

 

ウェルがこちらへと向かってきている。ソロモンの杖を持って。

 

クリスにとって止めなければならない、自身が復活させてしまった忌まわしき完全聖遺物を取り戻すチャンスが訪れようとしているからだ。

 

それにガンヴォルト。こちらへと向かって来ている大きな希望。この戦いに於いて戦況を傾ける大きなチャンス。

 

いつ此方へと来るか分からないウェルとガンヴォルト。

 

ウェルに洗脳が解けた事を悟られず、ウェルとガンヴォルトが来るまでの時間を稼ぐ事をクリスは決める。

 

奏には申し訳ないと思う。だが、このチャンスを物にしなければアシモフの計画を、世界の終焉を防ぐ事が難しくなるかもしれない。

 

だからクリスはただ操られている振りをしながら戦況を膠着状態に持ち込もうとする。

 

そうして操られた振りをする事を決め、立ち上がり、再び助けてくれた奏の方を向く。

 

だが、その覚悟もすぐに揺らいでしまう。

 

離れたところに立つ奏はボロボロであり、槍を杖代わりにしてやっとの状況であったからだ。

 

「ッ!」

 

操られていたとはいえ、自身にとって大切な人を追い込みさらに傷つく様な状況を続けてしまうのが正しいのかと迷いが生まれる。

 

このまま操られていない事を伝えればいいのだろうが、そうなれば先ほどの考えは水の泡。

 

だが、クリスにとって奏は大切な友人。だからこそ、戸惑ってしまう。

 

ウェルが今の状況を見ているかもしれない。このまま膠着状態が続けばそれも怪しまれる。洗脳が解けた事を悟られる可能性がある。

 

どうすればいいのか。

 

考えても答えが出ない。

 

「クリス!戻ったのか!?おい!答えろよ!」

 

そんなクリスへと向けて奏が声を掛ける。

 

戻った。助かった。そう伝えたい。だが、そうすればウェルに悟られる。

 

どうすればいいか分からない。ただ少しの間、風の音のみがこの場を支配する。

 

このままではいけない。だからクリスは口だけを動かした。銃を再び構えながら。

 

奏にその意図が伝わる様に。

 

奏…信じてくれと…。

 

声に出さずただ何も言わずに伝わると信じて。

 

「…どうやらまだ少し足りないみたいだな…だったら…もう一発食らわせて目を覚まさせてやるよ!」

 

奏はクリスが銃を構えるのを見てそう叫んだ。

 

そしてその後に奏の口が動いた。

 

信じるさ…クリス。

 

奏とクリス。ガンヴォルトと翼の様に長い時間を過ごしていない。翼と奏の様に長い時間を過ごしていない。

 

だが、奏もクリスも同じ境遇。同じ痛みを知る者同士。そして同じ家で濃い時間を過ごしていたからこそ、伝わる事がある。

 

そして再度、奏とクリスはぶつかり合った。

 

クリスが何をしようとしているか知らない奏だが、何かそれに意図があり、それが希望の光を更に強める事を信じて。



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110GVOLT

ガンヴォルトがフロンティアの中央に居ると思われるアシモフを殺す為に。そして今もなおアシモフと対峙して時間を稼いでくれている翼を救う為に駆け出しているを時を同じくして、雷撃鱗の展開されている二課本部へと辿り着いた切歌と調。

 

ノイズの強襲もあったが、今の二人にとってノイズなど障害にもならなかった。

 

そして再開するナスターシャと切歌。

 

アシモフの手によって奪われ、大切な親友をその手で殺めなければならなかった状況。そして挙句の果てには今は無くなったが、一度目にしている首につけられた爆弾によって死へと向かっていた状況。

 

その全てを覆し、切歌は生きて帰った。

 

だからこそ、切歌を見たナスターシャは涙し、切歌も再び会え、そして抱き止めてくれたナスターシャにごめんなさいと泣きながらも生きて再び会えた事を喜びあっていた。

 

それを側から見る調もそんな状況に涙を流す。そしてナスターシャは近くにいる調も抱きしめて言う。

 

「ありがとう…ありがとうございます…調」

 

「うん…フィーネと…ガンヴォルトのお陰…私一人じゃ無いよ…みんなで…みんなで助けたの」

 

そう言った調。一人では救うことが出来なかった。自分の歌だけでは無理だった。だが、それでもフィーネが手を貸してくれ、そのアシモフの洗脳から、アシモフの仕掛けた爆弾から。

 

フィーネがいなければ洗脳から切歌を解放することが出来なかった。自分も助かることはできなかった。ガンヴォルトがいなければ切歌に付けられた爆弾を処理できなかった。爆発の衝撃で大きなダメージを負っていた。

 

だからこそ、一人ではなくみんなでと言った。

 

その言葉にナスターシャも頷き、よく頑張りました。よく二人とも生きて戻って来てくれましたと涙を流しながら言った。

 

そして少しの間だが、再会を噛み締める。だが、三人とも分かっている。まだ終わっていない。まだ助けたい人達が残っている。

 

未だこの場にいないマリア。そしてネフィリムを通してアシモフとウェルに良い様に扱われているセレナ。

 

だからこそ、三人は涙を拭う。

 

そしてそのタイミングを見て弦十郎が切歌に向けて言う。

 

「まだ終わっていない。だが、ガンヴォルトがいる。奏がクリス君を助ける為に、翼がガンヴォルトの到着までアシモフを食い止める為に動いている。アシモフの計画を止める為に。だから、切歌君も協力してくれるか?」

 

「当たり前デス。マリアも…セレナも…あんな外道共から助け出したい。それに、二度もガンヴォルトに助けられたデス…受けた恩を返したい…だからどんな事にでも協力するデス」

 

弦十郎にそう言った。その言葉に弦十郎は頼んだと言うと、未だ生きている唯一の通信を繋げる。

 

「ガンヴォルト、切歌君と調君が本部に到着した。此方に回している雷撃を解いても大丈夫だ。今後は二人に本部の警護をしてもらう」

 

『分かった。なら、雷撃鱗は解除する。それとフロンティア中央までもう少しかかる。どうやらウェル博士が、フロンティアの中央に向かわせたく無いのかノイズをボクの周辺に大量に出現させて来た。だけど、絶対にそっちには向かわせない。そして一秒でも早く翼の元に辿り着く。だから、切歌、調、ボクじゃないとしてもマリアを…セレナを救う。だからみんなを頼んだ』

 

最後は弦十郎にではなく、切歌と調へと向けた言葉。再度の確認だろう。だが、確認されなくとも二人の言葉は決まっている。

 

「当たり前デス!」

 

「絶対やり遂げるから!ガンヴォルト!マリアを!セレナを!お願い!」

 

通信越しに二人はガンヴォルトへと向けて言った。

 

その言葉を聞いたガンヴォルトはありがとうと言うと雷撃鱗を解いたのだろう。本部を覆っていた雷撃鱗が消えると共にガンヴォルトが回していた此方への出力を戦闘へと還元させたのか、無線機越しからでも聞こえる雷撃の音が更に大きくなり、通信機にノイズが走り始めた。

 

そしてみんなをお願いと最後に言ってそこからが沈黙が続いた。

 

フロンティア中央まで駆けているのだろう。ガンヴォルトがやるべき事をなす為に。フィーネから託された想いを、自分の理想を実現させる為に。

 

そしてガンヴォルトから通信がなくなった事でそれぞれが再び情報収集、被害の状況、そして本部の完全復旧の為に動き始める。

 

そして切歌と調もギアペンダントを握り、ガンヴォルトから頼まれた二課本部の護衛を行う為に外へと駆け出す。

 

だが、それを呼び止めるものがいた。

 

弦十郎だ。

 

「…了子君…いや…フィーネはどうなった?」

 

その言葉に二人は足を止める。切歌もフィーネに助けられたが故に、そして時間がない事を告げられた故にどうなったかはなんとなく理解している。

 

そして調。フィーネが本当に宿り、その身にフィーネを顕現させ、切歌を救う為に力を借り、その者の最後を見届けた者。

 

「…フィーネは消えてしまった…私の為に、自らの魂を犠牲にして…」

 

「そうか…」

 

弦十郎は何処か悲しそうな表情を浮かべてそう言った。

 

かつて共に過ごした仲間にして、この事件の前にあったルナアタックと呼ばれる事件の首謀者。一度過ちがあったが、心を入れ替え、再び歩み寄る事が出来たかもしれない未来が潰えてしまった事を酷く悔やんでしまう。

 

「フィーネの魂は消えてしまった…でも、意志は…想いは消えてない。ガンヴォルトだけじゃない…私も託された。ガンヴォルトの…フィーネが望む未来。それをこの目で見る様に…」

 

調は弦十郎に向けてそう言った。

 

「…ならば良かった…」

 

どこか寂しそうにそう言った弦十郎。調は何か間違えた返答をしてしまったかとは思ったが、アラートが鳴り響き、再びノイズが出現した事を知ると切歌と調は駆け出してノイズを殲滅する為に外へと出て行った。

 

二人を見送る弦十郎。

 

そして、

 

「…俺にも何か託しと欲しかったよ…了子君」

 

彼女がいないとはわかっている。だが、弦十郎は少し心残りとばかりに誰にも聞こえぬ声音で呟くのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

切歌と調がノイズの掃討に励む中、フロンティア中央の近く。

 

そこでは依然として奏とクリスが戦いに興じていた。

 

「目を覚ませよ!クリス!」

 

未だ声をかけ続ける奏。

 

依然として答えないクリス。

 

だが、奏は先程の口の動きでクリスは洗脳が解け、既に意識があると既に分かっている。

 

だが、クリスはそれでも洗脳が継続しているフリを続けている。何か意図があるのだろう。

 

アシモフがそうさせたのかも知れないが、それなら初めからそうしている。本当は奏を信用させて本当に殺そうとする演技であり、高度な騙しの可能性もあるかも知れない。

 

だが、奏はクリスを信じている。

 

(口パクとは言え、あのクリスが"奏"って名前を呼んだんだ)

 

それだけでその可能性を全て拭い去る事が出来た。

 

普段から誰かの名前を呼ばないクリスがそう言った。たったそれだけの事かも知れない。だが奏にとってはそれだけで十分であった。

 

だからこそ奏はクリスを信じている。この流されている様な戦いの先に、何か重要な事柄に繋がる事を。

 

奏はクリスの全力の攻撃を避け、弾き、防ぎながらも全力で此方も応える様に槍を振るう。

 

幾度となく繰り返される銃撃、幾度となく振るう槍。何度も続けて来た攻撃はようやく終わりを迎える事になる。

 

弾丸を放ちながら奏へと距離を詰めるクリス。

 

そしてそれを弾き、躱し、クリスと同様に距離を詰める。

 

そしてぶつかりあう銃と槍のアームドギア。ぶつけた事によって火花が散り、力が五分の為拮抗して膠着状態に陥る。

 

「そろそろもう一発いっとくか?クリス」

 

奏はクリスに向けてそう言った。もちろん返答が無いことは分かっている。だが、壊れたバイザーから見える目には光、意志が宿っている。

 

そして口がゆっくりと動く。

 

声は出てないが、奏はその動きを読み取り、此方も分かったと口を動かした。

 

そしてクリスが頷くのを確認する。

 

その瞬間奏の腹に強烈な一撃が食らわせられた。

 

「かはっ…」

 

それは拮抗していたアームドギアを受け流したクリスの蹴り。その蹴りを受けた奏は後方へと僅かにのけぞらせる事になった。

 

その瞬間にクリスも後方へと飛び去って腰からミサイルを出現させると奏へと向けて一斉掃射する。

 

奏は立て直せないままそのミサイルの一斉掃射に避ける事が出来ず、そのまま爆炎に巻き込まれた。

 

爆炎と共に大きな地響きと共に地面が崩れ去っていく。

 

奏へと向けて放たれたミサイルが地面を穿ち、その地面の底にあった空間へと繋げたからだ。

 

そしてクリスは躊躇いもなくその空間へと飛び込んで行った。

 

そして数秒の浮遊感を終え、地下空間に降り立ったクリスは新たに銃を取り出すとマガジンをその銃に装填する。

 

そして落ちた場所から立ちあがろうとする奏の脳天へと向けてその銃弾を撃ち込むのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「はぁ…はぁ…はぁ…よくやりましたね。でも時間がかかり過ぎですよ」

 

ウェルが走って来たのか息を切らしながら地下空間へと脚を踏み入れるとクリスに向けて言った。

 

ウェルの目の前には銃を構え、奏へと止めの一撃を与えた直後の所だった。そして倒れた奏を見て不気味な笑みを浮かべた。

 

「しかし、時間が掛かってもやり遂げたならば構わない。これで始末出来る…ここが僕の英雄譚(サーガ)の重要な場面になる…アッシュは自身で殺そうと考えている様だけど、アッシュ同様に僕ももう限界だ…僕自身もイライラさせられっぱなしだ…あいつがいる所為で…あの男がいる所為で…だけどもうここで終わりだ…お前達に快進撃など存在しない…快進撃が存在するのは僕達の方だ…今この時が!僕達の快進撃が始まる!ガンヴォルトを殺し!君の名前を僕の英雄譚《サーガ》に出る大罪人として刻んであげるよ!」

 

高らかに笑うウェル。だが、ウェルは高らかに笑う中あり得ない状況を見て笑いを、動きを止めてしまった。

 

「そういう事かよ…クリス…この外道を誘き寄せる為に芝居をしたのか?」

 

そう言いながらクリスによってトドメを刺され息絶えた筈の奏がゆっくりと立ち上がった。

 

「そういう事だ…アシモフとこいつ…アシモフは私達じゃどうにもならねぇ…だけどこいつがならな。態々出向くって言ったから芝居を打っていたんだよ」

 

その言葉を返す様にクリスは壊れたバイザーを取っ払い投げ捨てて言った。

 

「どういう事だ…アッシュの洗脳は…それにさっき脳天に銃弾を…」

 

「残念だが、アシモフの洗脳はこいつの歌とぶっ飛んだ一撃でとっくに解けてるよ。ったく、どんだけ痛かったと思っていやがる」

 

クリスはウェルに向けてそう言った。

 

「さっき蹴りとミサイル掃射でおあいこ…ではないな…ミサイルは当ててはないにしても衝撃がすげぇ来て相当痛かったぞ。後一発は今度返してやるからな」

 

「そんな事はどうでもいい…チッ…電子の謡精(サイバーディーヴァ)…やはりアッシュの手の中にあっても装者達の中に残した残滓で邪魔してくる…だが、それでも!君は死んだ筈だろう!君の頭に銃弾を撃ち込まれたのを遠目からでも見ている!それなのに何故!?君は生きている!?」

 

「だから、その時はクリスの洗脳はとっくに解けてんだよ。それと、確かに私は頭を撃ち抜かれた。だけど、撃たれた物が特殊な弾丸でね」

 

そう言って奏はしまっていた弾丸を取り出した。

 

奏が持って居るものは避雷針(ダート)。ガンヴォルトが使用する特殊な弾丸。人体に避雷針(ダート)を埋め込んで雷撃を誘導させる物であり、生身ならまだしもシンフォギアを纏った装者にとって実害はほぼないと言っていい弾丸。

 

ガンヴォルトがダートリーダーを使用して撃ったならば別だが、クリスの様に雷撃を持たぬ物が撃ち出したところでベースがひしゃげて出るだけの柔らかい弾丸にすぎない。

 

「御守り代わりに持ってたこいつがあって助かったぜ…そのお陰でどうにかなった」

 

そう言ってクリスは完全に演技はここまでとばかりに大きく息を吐いた。

 

「だな。さてと…ようやく掴んだ計画を阻むチャンスだ…だけどお前は許せねぇ事を口にした…」

 

奏は避雷針(ダート)をしまい、ウェルの方を向くと睨みつける。

 

「ああ、出来もしねぇだろうがな。あいつを殺す?それに私とこいつを盾にしてでもなんてふざけた事を通信機で言ってたな」

 

そしてクリスも避雷針(ダート)を装填していた銃を仕舞うと再びお馴染みのアームドギアをウェルに向けて構えた。

 

「ガンヴォルトを殺す?そんな事、出来るわけもねぇだろ!させるわけねぇだろ!私達の大切な居場所…それを壊そうとしたテメェだけは許さねぇ!」

 

そして奏とクリス。ウェルの言葉は不可能だとしても二人にとって断じて許容出来ない事であった。

 

「許す許さないなんて関係ないんですよ!ああ本当に装者も目障りだ!ガンヴォルトの前に貴方達二人を殺してやる!アッシュに何を言われようが計画を完遂させればどうにかなる!」

 

そして奏とクリスとの戦いは完全に終わり、共闘して次はウェルとの戦いの火蓋が切って開けられた。



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111GVOLT

気付けば100万文字超えてた…



ウェルへと襲い掛かる奏とクリス。

 

だが、ウェルはそれを阻む為にソロモンの杖でノイズを大量に呼び出した。

 

「必ず殺してあげますよ!天生奏!雪音クリス!僕達の英雄譚(サーガ)を新生した世界で語り継ぐ為に!僕達が英雄となる世界の為に!」

 

「そんな事させる訳ねぇってんだろ!何が新生した世界だ!勝手に私達の大切な場所を終わらせるんじゃねぇ!」

 

「何が英雄だ!テメェ達を誰も英雄なんて呼ぶ事はねぇ!テメェ達は世界を破滅へと導くテロリストだ!」

 

「テロリストですか!確かに僕達は今は(テロリスト)!ですが、そう罵られようと耐え!計画が完遂出来れば生き永らえた誰もが僕達を英雄と呼ぶでしょう!僕達がやってきた事が正当化され、今までの事が世界を破滅などではなく、人類の救済と変わり、僕達が起こした事こそが正しい!僕達が行った事が正に英雄が取るべき行動だった!そうなるでしょう!そして後世にこの事が僕達の英雄譚(サーガ)として語り継がれる!だからこそ僕達は英雄なんだ!」

 

ウェルは襲い掛かる奏とクリスをノイズ達で押し返そうと襲わせながら叫んだ。

 

自分達は今は(テロリスト)だと。だが、後にはこの行いが英雄譚(サーガ)となると。

 

しかし、そんな事にはならない。何故ならアシモフにその気がないからだ。奏もクリスも知っている。アシモフの本来の目的を。アシモフの本当の計画を。ガンヴォルトから聞いたからこそ、未来永劫、ウェルの思い描いた理想など来ない事を。

 

「テメェ一人がそう思っても絶対にそうはならねぇんだよ!テメェはアシモフにいい様に使われているだけだ!アシモフの本当の目的は英雄なんかとは真逆なんだよ!お前の英雄譚なんてものはアシモフと協力したその時から初めからありはしない!」

 

「出まかせで僕が動揺するとでも!そんな話が本当で信じるとでも!?アッシュが僕を裏切るとでも!?それは絶対にない!アッシュは僕を英雄にすると約束してくれた!初めて僕の夢を受け入れ!僕にそれを実現させようとしてくれる人だ!脅しはするがそれは僕に英雄となる為に喝を入れているだけだ!」

 

盲信的なウェル。アシモフは奏達の言う通り、ウェルの計画の完遂など興味など無い。アシモフがしたい事はこの世界の破滅。そしてアシモフとガンヴォルトの居た世界を自身の理想へと変える事。だからウェルの理想など叶いはしない。

 

しかし、ウェルはそんな事など微塵も思っておらず、アシモフが自信を英雄へと至らせると思い込んでいる。

 

「言っても無駄だ!それにこいつに何を言ったって変わりはしない!それに変わらなかろうがこいつはここで終わらせる!私達がこいつを!ソロモンの杖を取り返せばあいつがアシモフとの戦いに勝ってくれる!だから気にする必要なんてねぇんだよ!」

 

ウェルが返した言葉に、クリスは言うだけ無駄だと言う。

 

「そうだな、クリス。この男に何を言っても無駄。ならやる事は決まってたな…テメェはぶっ飛ばす!ガンヴォルトを殺すと言ったお前を!」

 

「今までやってきた事の付けを今ここで払ってやる!」

 

許せない事を言った。許せない事を幾つもやった。

 

ネフィリムの登場で響を危険へと追い込んだ。ソロモンの杖を使い、関係ない人達まで巻き込んだ。切歌と調にもLiNKERを無理矢理打ち、自滅へと追い込む絶唱をさせようとした。未来を辛い目にあわせ、最低な事をしでかした。そしてガンヴォルトがアシモフの勝利をもぎ取った後に邪魔をして再びボロボロにした。

 

アシモフと同様にウェルもこの戦いで数々の悪行を積み重ねている。だからこそ、ぶっ飛ばす。殺しはしない。だが、今までの事を全てこの場で清算させる。

 

奏とクリスは襲いくるノイズを蹴散らしてウェルのいる場所に突っ込んで行く。

 

どれだけノイズが居ようと関係が無かった。

 

ボロボロになった奏。だが、口遊む歌が力を与えてくれる。シアンの歌の奇跡が奏に活力を与え、振るう槍が新たな嵐を呼ぶ。

 

そしてクリス。洗脳から解け、自身の歌を取り戻し、歌う事により、奏と戦った時よりも威力が段違いに変わっている。

 

地下空間が揺れる。

 

吹き荒れる嵐が、荒れ狂う弾丸が、二人の歌声が地下空間を揺らしているのだ。

 

そしてその揺れと同時にウェルの元へ向かう道を阻むノイズが次々と炭化していく。

 

今の奏とクリスにとって先程にも言う様に障害になり得ない。

 

シアンの歌。そして奏とクリスの思い。怒りだが、その根幹にあるものはガンヴォルトとの掛け替えの無い日々。そしてそれを奪おうとしたウェルが目の前にいるからこそ、二人の持つアームドギアがその想いに応え、力が溢れ出ている。

 

ウェルに迫り来る二人。ノイズが障害になり得ない為に、もう目の前まで追い詰められそうになるウェル。

 

「クソっ!クソっ!」

 

諦めが悪い様にウェルは迫り来る二人を押し戻そうとソロモンの杖を使い、次々とノイズを召喚している。だが、それでも間に合わない。

 

幾らノイズを召喚しようとも、今の二人を止められるほどの力を持ったノイズなど存在しないのだから。

 

そしてウェルへとの距離を残りわずかとばかりになった時、ウェルの焦りと絶望の表情を浮かべる。

 

「僕は英雄になるはずなのに!僕はアッシュ共に英雄になるはずなのに!」

 

「だから、テメェが英雄になる事はねぇって言ってんだろ!」

 

「お前はここで終わりだ!いい加減に寝てろ!」

 

そして二人とウェルの距離があと数歩となる。あくまでウェルは捕縛。だからこそ、二人は拳を握りしめた。

 

ガンヴォルトを殺すと言ったその口を閉ざす為。ウェルをここでダウンさせ、ガンヴォルトがアシモフを倒す勝ち筋をより明確にする為。

 

「ちくしょーう!…なんて言うと思っていましたか?」

 

先程まで焦りと絶望を浮かべていたウェルが一変し、ニヤリと不気味で苛つく様な表情へと一変する。

 

そしてそれと同時に足元へと転がる何か。手榴弾の様な何か。だが、奏がそれをすぐ様蹴飛ばしてウェルへと返した。

 

だが、ウェルはそれを読んでいたかの如く、目と耳を塞いでいた。

 

その瞬間、奏とクリスはしまったと、すぐ様ウェル同様に行動を起こそうとした。

 

だが、間に合わず、閃光が二人の視界を、そして大きな音が二人の耳を潰す。

 

閃光手榴弾。

 

迂闊だった。だが、目が潰れようとも、耳が潰れようとも二人は歌を止めない。止まること止めない。

 

判断が遅かろうと既にウェルとの距離はあと数歩。シンフォギアを纏った二人ならば一瞬で詰められる。ウェルに逃れる術は無い。だからこそ、見えなかろうと聞こえなかろうと二人は拳をさらに強く握りしめた。

 

しかし、振りかぶろうとした瞬間に訪れる虚無と脱力感。その瞬間に、シンフォギアの出力が一気に低下して二人のギアが一瞬で解除されてしまった。

 

「ッ!?」

 

驚く二人。だが、そんな二人へと容赦の無いない一撃がクリスの腹を。奏の足を捉えた。

 

容赦なく振るわれたネフィリムと一撃がクリスを吹き飛ばし、奏はその一撃に体勢を崩され、その場に倒れると追撃とばかりに何かが奏を襲い、クリスと同じ方向へと蹴り飛ばされた。

 

「がはっ!?」

 

訳がわからない状況。だが、目に見えないだけで、何も聞こえないだけで、ウェルがいやらしい笑みを浮かべている事など想像に容易かった。

 

奏とクリスの思う通り、その一撃を加えたのはウェルであり、そしていやらしい笑みを浮かべ、吹き飛ばされ倒れると二人を見て言った。

 

「聞こえないでしょうが、幾ら僕でも装者と戦闘になる可能性を考えず、この場に来るなんお思いですか?何の対策も無しに僕が装者の前に現れると思っていたのですか!そんな馬鹿なことする訳ないでしょう!常に二手三手、手を打つのが常識でしょう!天羽奏が殺されてるのならばよし!ですがそうでないのならより確実な死を与える為に手を用意していたんですよ!ただ雪音クリス、貴方がアッシュの洗脳から解放されていたのは予想外でしたが、所詮は装者!Anti_LiNKER!それも完全聖遺物をも抑える事の出来る物だ!これさえ有れば僕にでもどうにか出来るんですよ!」

 

そう叫ぶウェルの足元から立ち上り、辺りを漂う赤く濃い煙。

 

Anti_LiNKER。LiNKERとは真逆の性質を宿しているフィーネの研究データからウェルが作り出した対装者において圧倒的な効力を及ぼす物。

 

だが、ウェルの付近に漂うAnti_LiNKERは更に強化された物。かつてアシモフがフィーネからウェルの持つソロモンの杖の奪取のために使用した完全聖遺物ですらその効力を失わせる程の強力なAnti_LiNKER。

 

ソロモンの杖を一時的に使えなくなるほど強力だが、そんな事は今のウェルにとって些細な事。

 

「どうですか!希望が絶望に変わる瞬間は!目も見えず!耳も聞こえず!何も出来ない状況に追い込まれた状況は!さぞ悔しいでしょう!?でも安心してください!そんな恐怖ももう終わる!君達は今ここで終わるんだから!」

 

そう言ってウェルは見えも聞こえもしない二人へと歩み寄る。

 

そしてうまく立ち上がれない二人を痛めつける様に踏み付け、地面へと何度も何度も二人を踏み付ける。

 

「でも!僕はそれでも簡単に終わらせない!僕がどれだけ君達のせいでイラつかせられたか!どれだけ僕がむかついたか!君達はそれをその身に刻んでから殺してあげましょう!」

 

楽しげに笑いながら二人を交互に踏みつける。

 

閃光手榴弾によって視界も、聴覚も奪われた二人はただ致命傷を受けない様身体を丸める事しか出来ない。

 

蓄積されゆく痛みが身体の自由を奪おうとする。鈍痛が二人を縛っていく。

 

だがそれ以上に二人は悔しさで涙する。

 

せっかくクリスを救ったのに。せっかくウェルを追い詰めて、ガンヴォルトにアシモフとの戦闘を有利に進めさせる事が出来たのに。

 

何も出来なかった。そして今はただウェルに手も足も出せない状況に陥らされ、ただ致命傷を避ける様に体を丸めるしか無い。

 

どうしょうもない状況にただ悔しさを募らせていた。

 

だが、それでも二人は諦めない。まだ負けていない。死んでいない。

 

そして死ぬ気など毛頭無い。

 

二人の心は今の状況などで折れはしなかった。

 

そして、身体を丸め、痛みに耐えながらどれだけの時間が経っただろう。

 

ようやくウェルが二人から足を離し、攻撃を辞めた。

 

「もっと痛め付けたい、傷付けたい、君達如きが僕達の邪魔をした報いには程遠いですが、生憎時間がな苦なってきていましてね。ガンヴォルトがもうすぐそこまで来ている。だからもうここで死んで下さい」

 

そう言ってウェルはまずは奏へとソロモンの杖を突き立てる為に振り上げた。

 

そしてその瞬間、奏が歌う。クリスが歌う。聖詠を。

 

「無駄ですよ!Anti_LiNKERが充満したこの空間で聖詠を歌った所でシンフォギアは纏えない!纏う事すら出来ない!」

 

最後の足掻きとばかりに歌う二人を嘲笑いながらウェルは叫んだ。

 

だが、それでも二人は聖詠を歌う。

 

Anti_LiNKERによって二人の歌によるフォニックゲインはウェルの言う通りAnti_LiNKERに阻害され、シンフォギアを起動させるに至らない。

 

しかし、それが何だ。

 

シンフォギアとは何だ?

 

ノイズを倒すための力。人々を守るための力。過去の遺物がフォニックゲインにより自身の心象を読み取り、それを鎧に変えた物。

 

だが、その根本的な力の源は?

 

歌だ。歌に込めた思いだ。

 

その歌を何のために歌っているのか?その歌で何をしたいのか?それがシンフォギアを起動させる力。

 

Anti_LiNKER如きでその思いを消し去る事が出来るものか!

 

思いを、気持ちを込めて歌う奏とクリス。確かに歌の力、フォニックゲインは高まる気がしない。

 

だが、その歌に呼応する様にギアペンダントがキラリと輝く。

 

そしてギアペンダントが蝶の羽を思わせる光が溢れる。

 

ギアペンダントが、いや、そのギアペンダントの中に混じったシアンの電子の謡精(サイバーディーヴァ)が、歌の思いに応える様に力を貸してくれた。

 

高まらないのが何だ。足りないのが何だ。そう言わんばかりに胸から溢れる思いが、ギアペンダントに残る電子の謡精(サイバーディーヴァ)が足りないのなら補う様に、二人の歌に合わせる様に光り輝く。

 

「ッ!?まさか!でもさせる訳ないでしょう!」

 

まさかの出来事にウェルは焦りを見せる。Anti_LiNKERによってシンフォギアを纏うためのフォニックゲインは生まれないはず。だが、第七波動(セブンス)である電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力。それはAnti_LiNKERの効力の及ばない異界の力。だから何が起こるか分からない。

 

だからこそ、すぐに殺すためにソロモンの杖を奏へと振り下ろした。

 

しかし、

 

ガキン!という金属がぶつかり合うような音が空間に響き渡る。

 

「ッ!ふざけるな…ふざけるなよ!電子の謡精(サイバーディーヴァ)!」

 

その金属がぶつかる音が響くとともにウェルが叫んだ。

 

それは振り下ろしたソロモンの杖が何かによって阻まれたからだ。

 

奏はシンフォギアを纏っていない。勿論、クリスも。

 

だが、目の前には見覚えのあるものがあるからだ。

 

ウェルの振り下ろしたソロモンの杖。それを阻んだ物。

 

それは奏のアームドギアである撃槍、一振りのガングニールであった。

 

奏の歌が、クリスの歌が、そしてそれに電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力が起こした奇跡。

 

シンフォギアを纏うことは叶わなかった。だが、それでも、奏とクリスの歌に呼応したギアペンダントがシンフォギアを生み出すことは叶わなかったが、アームドキアを呼び出したのだ。

 

だが、それでもウェルは止まらない。

 

突き立てられた様に阻んだ奏の槍を避けて奏へとソロモンの杖を再び振り下ろした。

 

だが、

 

ウェルの頬を何かが掠めた。

 

頬に伝わるドロッと垂れる何か。杖を振り下ろすのを辞めて、変形した腕でその何かを拭う。

 

それは赤い液体。だがその頬から感じる鈍い痛みでそれが血であると理解する。

 

そしてその掠めた物の正体は勿論倒れた奏の横にいる人物であった。

 

ボロボロになりながらも、握られた銃をウェルに向けて構えているクリスの姿。

 

奏同様にシンフォギアを纏わずともアームドギアを出現させていた。

 

そしてその手に持った銃。それは奏へと向けて一度撃ち放った避雷針(ダート)の込められた銃。

 

そしてそれが再度ウェルへと向けて撃ち込まれた。

 

勿論、今のクリスはボロボロであり、先程の閃光手榴弾によって視界がまだ完全に戻っていない為に、ウェルには当たらなかった。

 

だが、当たりはしなかったが、その後に振るわれた一撃でウェルが吹き飛んだ。

 

「ガァ!?」

 

それはソロモンの杖を防いだガングニール。それを奏が持ち上げ、ウェルへと槍の腹で押し飛ばしたのだ。

 

そして地面を転がるウェル。だが、転がりながらも体勢を立て直して立ち上がる。

 

二人同様にボロボロとなるウェル。

 

そして槍を杖代わりにして立ち上がる奏、そしてその肩を借りながら立つクリス。

 

「ッ…ようやく視界と耳が少しだけまともになった…」

 

「…ああ…さっきのアレで終わってればよかったんだがな…」

 

そう言いながらシンフォギアを纏えず出現したアームドギアを握り、ボロボロの身体を鞭打って構えた。

 

「…だったら今度こそ終わらすぞ!クリス!」

 

「たりまえだ!受けた痛みを倍に返してやる!やるぞ、奏!」

 

そう言って二人はウェルと対峙する。

 

「何度も何度もふざけるなよ!」

 

そしてその言葉に応える様にウェルが叫んだ。

 

「本当にうんざりだ!絶望に叩きつけても立ち上がるその姿が!僕の英雄の道を阻む君達が!いい加減に死んでくれ!」

 

そう言って取り出された何か。だが、その何が取り出された瞬間に寒気を感じ取る。

 

首筋に冷たいなにか押し当てられている様な背筋の凍る感覚。

 

何かは分からない。だが、取り出した物の大きさは小さく視界が安定しない二人には判別出来ない。

 

「死ね!雪音クリス!」

 

そう叫ぶとともにウェルはその何かを押した。

 

その瞬間、奏とクリスは爆発に巻き込まれた。

 

その正体とは、クリスの首につけられた爆弾の起爆装置であり、命を刈り取る死神の鎌。

 

その鎌は唐突に二人の首を狩る様に振るわれた。

 

だが、この時ウェルは気付かなかった。

 

爆発の前にこの空間の上部では蒼い雷撃が迸っていた事に。



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112GVOLT

スイッチが押された。それは後に判明する起爆スイッチ。

 

そしてその言葉と共に死を覚悟した。起爆が掛かった瞬間、もうクリスに逃げ場などありはしない。そしてその近くにいる奏にももう逃れる術などありはしない。ラグと呼べる僅かな時間。何も為せないことに悔いる事も、悲しみに浸る事も出来ない。

 

何も為せぬまま、一瞬で終わる命。

 

だが、それよりも早く、一筋の蒼き雷が迸ると共に、クリスの首につけられた爆弾が一瞬にも満たぬ時間で外される。そしてその刹那の後には爆発が起きた。

 

だが、爆発が起きたがクリスと奏には痛みよりも暖かい何かに抱き止められた。

 

そして爆風から二人を守る様に現れた誰かは雷撃の膜を展開して二人を抱きながら言う。爆風で聞こえづらい筈なのに。二人にとってとても暖かくて、優しい声がはっきりと聞こえた。

 

「よく頑張った…奏。よくクリスを戻してくれた…。クリスもだ…よくアシモフの呪縛から戻って来てくれた…ありがとう…君達も生きていてくれて…本当に良かった」

 

爆風にさらされながらも二人にとってとても大切な人の声が聞こえる。耳に響く。心に響く。

 

どんな時にも必ず駆けつけて救ってくれる二人の英雄の姿。

 

そしてその言葉に二人は強く抱き返す。

 

「良かった…起きてくれて…ガンヴォルトが起きている事はあいつが言ってたから知ってたけど…こんなタイミングに来るなんて…」

 

奏が目に涙を浮かべながら奏は助けに来てくれたガンヴォルトに更に強く抱き付く。絶望から解放される様に、舞い降りた雷光()をより感じる為に。

 

「ッ…なんでお前はいつも良いタイミングで来すぎだろ…こんな事ばっか起こすから…お前から離れたく無くないって思っちまうだろうが……」

 

クリスは前と同様に爆発から助けられた事もあり、奏同様にガンヴォルトに強く抱き付いた。

 

ガンヴォルトは二人をただ優しく抱きしめ、爆風にさらされながらも二人の無事を喜んでいた。

 

だが、優しく抱き締める腕とは違い、二人のボロボロの姿を見て怒りを露わにする。

 

「よく頑張った…後は任せてくれ…君達をこんな目に合わせた人を…ウェル博士を止めるから…」

 

だが、その言葉に二人はダメだと言う。

 

「ダメだ!これは私達がやらなきゃいけないんだ!」

 

「ああ。ここは…こいつと…奏と私がやる。ソロモンの杖…あれは私の罪だ…それにあいつは私達がやらなきゃいけないんだ。あいつは…あいつは私達にとって言っちゃいけねぇ事を言った…私達の居場所を…アシモフ同様に私達に向けて奪うと宣言しやがった!」

 

クリスも奏もウェルは自分達がやると言った。

 

「…何を言ったか分からないけど…二人にとってそれは自分がやらなきゃならないと思えるほどの事かい?」

 

ガンヴォルトは少し考えて二人に向けてそう言った。

 

その言葉に無言で頷く二人。自身がやれば確実、そう考えていたが、二人の思いはウェルを確実に倒せると感じさせる目をしていた。

 

「分かった…二人に任せる…ボクはそれを見届ける…だけど…すぐに終わらせられるかい?」

 

ガンヴォルトはそう言った。奏とクリスも分かっている。ガンヴォルトはまだやるべき事がある。そして未だ戦っているアシモフと翼の元へと向かわなければならないから。

 

だからすぐに終わらせられるかを問うたのだ。

 

その事を知らなくても、翼の事、アシモフの事だろうと分かっている二人はその言葉に頷く。

 

「…分かった。二人に任せる…だから君達の手で終わらせてくれ。奏とクリス…君達の手であの人を」

 

ガンヴォルトは二人に向けてそう言った。そしてガンヴォルトの言葉と共に爆風も収まり、黒煙が舞い、その奥から聞こえる声に応える様に立ち上がった。

 

そして奏とクリスはガンヴォルトが任せた事を遂行する為にチャンスを伺うのであった。すぐに来るチャンスを。ガンヴォルトにウェルとソロモンの杖の行方を見届けてもらうべく。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「これで終わりですよ!僕に歯向かうからこんな目に遭うんですよ!英雄になるこの僕に!」

 

ウェルは爆風に煽られながらもそう叫んだ。二人の装者を殺したことを確信して。

 

もう邪魔者はこの場には存在しない。だが、向かってきているガンヴォルトに絶望を与える準備は出来た。死体が焼けたとして原型をとどめていないとしても、この場にある死体は装者以外あり得ない為に、必ず信じるだろう。

 

殺す準備は整っている。ガンヴォルトを殺し、ウェルが英雄になる未来(ビジョン)はもう見えている。その未来(ビジョン)を想像するだけでもゾクゾクした。

 

かつて誰もが否定した夢が現実になろうとしている。ウェルの望んでいた夢がもうすぐそこまで来ている。

 

「さぁ!早く来なさい!ガンヴォルト!僕の英雄の礎になる為に!僕の英雄譚(サーガ)に大罪人として名を残す為に!」

 

止まらないにやけた表情で叫ぶ。

 

そしてその声に応える様に今のウェルにとって最高に会いたかった人物の声が爆発した先から聞こえた。

 

「もう来ているよ。ウェル博士」

 

その声にウェルは本当に堪らなく嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「来ましたか!ガンヴォルトォ!僕達の計画を邪魔する大罪人!僕達の英雄となる道を邪魔する極悪人!」

 

そして未だ黒い煙が舞う爆心地へと向けて叫んだ。

 

会いたかった。殺したかった。

 

それがようやくこの場で報われる。この場でようやく完全なる詰みとなる王手をかけられる。その思いがやまないウェルは黒煙の先に存在するガンヴォルトへと再度叫ぶ。

 

「アッシュがいない今!僕が貴方を殺してあげましょう!」

 

「ボクを殺す?それは不可能だ。貴方にそれは叶わない。それにボクは急いでいるんだ。翼の元に、アシモフの元に向かわなきゃ行けない」

 

煙の向こうにいると思われるガンヴォルトがそう言った。

 

「アッシュの元に向かう!?無理ですね!貴方はまだ見えぬ状況だからそんなことを言えるんですよ!この黒煙が何なのか分からないのですか!?この場に何故僕が居るのか分からないのですか!?何か気付かないんですか!?」

 

ウェルはガンヴォルトの声のする方向へと叫んだ。

 

「何が言いたい?」

 

「殺したんですよ!装者を!天羽奏を!雪音クリスを!この場で!嘘だと思うでしょうが本当なんですよ!アッシュが雪音クリスに付けていた爆弾!Anti_LiNKERを使い!シンフォギアを纏う事さえ出来なくなった二人を!不慮の出来事(アクシデント)はありましたが殺してあげましたよ!二人まとめてね!僕がこの手で!」

 

ウェルはガンヴォルトに向けて叫んだ。だが、ガンヴォルトは二人の死を知ったのに対して焦りも声の震えも感じられなかった。

 

「二人を殺した?そんな事あり得ない」

 

「嘘じゃありませんよ!僕がアッシュから預かった起爆装置で!二人まとめて殺してあげました!信じられないのなら黒煙を吹き飛ばせば良い!そうすれば嫌でも直視する事になるでしょう!アッシュが今まで君に与えていた様に!今度は僕が貴方に絶望を与えましょう!二人の装者の死を持って!二人の装者の死体を見せて!」

 

ウェルはそう叫んだ。

 

焦りは無いとしても見えてないから信じられないのだろう。ならば黒煙の中を見せて絶望しろ。

 

その中を見て焦りを絶望に変えよう。

 

そして黒煙が上から僅かづつ収まっていく。そして視認する事が出来るようになったガンヴォルト。だが、その表情は今まで同様に決意とまだ希望を持っている様な目がウェルの目に映った。

 

その表情にイラつかされる。だがもう少しの辛抱だ。この黒煙が晴れれば全てがウェルの思い通りになる。希望を持った目を絶望に染められる。

 

だからこそ、イラつきながらもその歓喜の瞬間までにやけ面が収まらなかった。

 

だが、ガンヴォルトはそんなウェルに向けて言う。

 

「黒煙が晴れても何も無いよ。そんな事は絶対に有り得ない」

 

「そうでしょうか!?ですが絶対という貴方に絶望をあげましょう!あるのは人であった物!貴方が大切にしている装者の二人だった物!信じたいのでしょうが残念!そこにある物が事実!晴れたそこにある物が現実!幾ら否定しようが変わらない現実が今この場にはあるんですよ!」

 

「そう言う事じゃ無いよ。ウェル博士。だったらボクも貴方同様に言うよ。何故ボクがここに居ると思う?それにボクが立つ場所が何故分からない」

 

ガンヴォルトはそう言った。そしてウェルもガンヴォルトが立つ場所が、黒煙の奥ではなく、爆心地であると言う事に気付いた。

 

「まさか…まさか…まさか!そんな都合がいいことあってたまるか!そんな事あってたまるか!外そうとすれば爆発するんだぞ!そうアッシュにプログラムされているんだ!そんな貴方如きが爆発が起きる前にそんな奇跡が怒ったなんてあってたまるか!」

 

ガンヴォルトの言葉にウェルは嘘であって欲しいとそう願った。だがウェルの言葉を無常にガンヴォルトが切り捨てる。

 

「アシモフがクリスに付けた爆弾。外そうとすれば爆発するのは知っている。でも覚えてないのかい?今までの事を。海上の戦闘での事を。その時同じ様にアシモフによって切歌と調につけられた爆弾を。あれを外したのを」

 

その言葉にウェルは苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。

 

「確かに外そうとすれば爆発される様にプログラムされていた。だけど、電子機器のプログラムならばボクの蒼き雷霆()で外せるんだよ」

 

一度見ているからこそガンヴォルトの言葉に真実味が帯びている。

 

「ッ!ふざけるなぁ!ガンヴォルト!必ず僕がこの場で殺してやる!僕がこの手で貴方を殺してやる!」

 

「それは無理だ。貴方の方がここで終わる」

 

「終わらせないさ!君になんかに!英雄になる僕がこんな所で終わるわけないだろう!」

 

終わるわけない。英雄になる筈なのにこんな所で終わるわけないんだ。

 

「そうだね。ボクは貴方を止めない。ボク自身、貴方がやってきた事、そしてここで起きた事にボク自身貴方をアシモフ同様、殺したい程憎いと思っている。だけど、それじゃああの子達の意思に反する。貴方を倒すのはボクじゃない。貴方をここで終わらせるのはボクじゃない」

 

急に意味の分からないことをガンヴォルトが言った。目の前に居るのに止めない。何がしたいのか?どんな意味を持っているのか分からない。

 

だが、それならば好都合。止めないのならばただ殺す。その傲慢に傍観する態度を絶望に変えてみせる。

 

そうしてウェルはソロモンの杖を構えた。さっきの爆風でAnti_LiNKERは吹き飛ばされ霧散している。だからこそ、今が好機。ガンヴォルトをこの手で殺す絶好の機会だ。

 

雷撃鱗を展開する暇など与えない。目の前に召喚して殺す。正確な位置にノイズを召喚して一瞬で殺す。

 

そうしてウェルはガンヴォルトの元にノイズを召喚しようとした。

 

だが、

 

ボク(・・)は止めないと言った。だけど、ボクが止めないとしても貴方を止める人達はいる。ボクは言った筈だ。あの子達の意思に反すると。あの子達が自分達で解決しようとしているのなら、ボクはそれを見届ける。あの子達が貴方を倒すのはここで見届ける。そしてウェル博士、貴方の次はアシモフだ。今度こそ、こんな誰にも救いの無い戦いを終わらせる」

 

その瞬間、

 

未だ晴れていない黒煙の先から一発の銃弾がソロモンの杖を正確に捉え、ウェルの腕からソロモンの杖を弾き飛ばした。

 

「ッ!?」

 

ガンヴォルトは何もしていない。だが、止められる人物がいると否定したかったウェルにとっては最悪の出来事が起きていた事を認識させた。

 

ガンヴォルトの言ったあの子達とは殺した筈の奏とクリス。確かに爆弾にて二人を殺した。だが、ガンヴォルトが現れ、それを否定した。その否定こそが正しかったと言う事。

 

そしてウェルのそうであって欲しくなかった事が現実となる。

 

黒煙から飛び出してきたのは奏とクリス。シンフォギアを纏わない二人がウェルへと向けて駆け出していた。

 

ガンヴォルトの言う様に、この場の戦いを終わらせる為に二度目の対峙をする。

 

だがその対峙は一瞬だった。ソロモンの杖が使えると同様に二人の歌が、聖遺物を歌で呼び起こし、シンフォギアを再び纏った。

 

そして奏とクリスが踏み込むと同時にウェルとの距離を一気に詰めた。

 

「ッ!?」

 

だが吹き飛ばされたソロモンの杖を慎次が吹き飛ばした時の様にワイヤーを使い、ソロモンの杖を再び手中に収めようとした。

 

だが、

 

「何度も同じ様にそいつを使わせてたまるかよ!」

 

そう叫んだ奏が自身の槍を、ガングニールを投擲した。

 

その槍は寸分違わず、ソロモンの杖へと向かい、ウェルと繋がるワイヤーを切り裂き、ソロモンの杖を弾き飛ばした。

 

「ヒィ!?」

 

飛んでくる槍の圧にウェルは情けない悲鳴を上げた。

 

だがその一瞬にも満たない時間に鳴る銃声。

 

この中で銃を扱うのは二人。だが、一人はただ傍観を決め込み、手を出さずにいるガンヴォルト。

 

そしてもう一人、ウェルに向けて駆け出し、銃を構え撃ち抜いたクリス。その弾丸はウェルの太ももを捉えて、ウェルを動けなくした。だが撃たれた足は血は出て居ない。

 

ウェルに打ち込まれたのは先ほど同様にガンヴォルトがよく使う避雷針(ダート)

 

防具らしき物をつけて居ないウェルにとっては致命傷にもならないが、打ち出された弾が当たった太ももには激痛が走る。

 

溜まらずウェルは膝を付いて痛みの余り悲鳴を上げた。

 

「痛い!痛い!なんで!なんで僕が!英雄になる僕が!こんな目に遭っているんだよ!おかしいだろ!英雄になるはずの僕が!もう英雄に片足を突っ込んだ僕が!」

 

「お前は英雄じゃねぇんだよ。何が英雄だ。何が英雄になるだ。お前は英雄になれる訳ねぇだろ、この外道が」

 

「英雄に片足を突っ込んだ?違うね。両脚ともどっぷりと外道に初めから突っ込んでんだよ。お前は初めから外道だ。英雄なんて大それた存在じゃない。それに、お前がいくら望もうと英雄には絶対になれない」

 

悲鳴を上げるウェルの言葉に続く様にクリスと奏の声が聞こえた。痛みを堪え、その方を向いたウェル。

 

そこにあったのはウェルの顔面へと既に拳を振りかぶった奏とクリスの姿。

 

「ヒィ、ブァッ!」

 

臆病なウェルは更なる悲鳴を上げようとするがそれを阻止する様に、二人の拳がウェルの顔面を捉えた。

 

そしてそのまま振り抜いてシンフォギアを纏う二人は力の限りウェルを壁へと殴り飛ばした。

 

壁に激突し、衝撃で肺の中の空気が一気に吐き出されるウェル。そしてそのまま壁からずり落ちる様にその場にへたり込んだ。そして動かなくなったはウェル。

 

自身の手で終わらせた。自分達の手でウェルを止めた。

 

一つの勝利を手にした奏とクリス。

 

「…良くやった…二人とも…ウェルとソロモンの杖を頼んだよ」

 

そしてそれを見届けたガンヴォルトは二人へとそう言うと颯爽と駆け出していった。

 

もう一つの戦いを終わらせる為に。翼を助ける為に。アシモフとの決着をつける為に。

 

「任せろ、お前も、翼を頼んだぞ」

 

「今度こそ、勝って帰ってこいよ。絶対だ」

 

そう言ってガンヴォルトを見送る二人。

 

そしてクリスはソロモンの杖を回収、奏はウェルの回収に動こうとした。

 

だが、

 

「痛い…痛い…痛い痛い!ふざけるなよ!ふざけるな!」

 

壁に叩きつけられたウェルがそう叫んだ。

 

「ッ!?こいつ!」

 

それに気付いた奏が再度ウェルを殴り飛ばそうとした。

 

だが、それよりも早く、ウェルは背後の叩きつけた壁を変異した腕を当てるとその背後に穴が開く。その背後に空いた穴は亜空孔(ワームホール)などではないが、通路のような物に繋がっていた。

 

倒れる様に入ったウェル。その瞬間にその穴が一瞬で閉じてしまった。

 

だが流すわけにはいかないとばかりに槍を振りかぶり壁を破壊してウェルを捕まえようとした。

 

だが奏の振るった槍は壁を破壊したが、その奥に消えたウェルが見つかることはなかった。

 

「ッ…クソッ!」

 

奏はまんまと流れられたウェルに怒りを覚えながら短くそう叫んだ。



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113GVOLT

フロンティア中央へと向かう為地下空間を駆けて移動する中、ボクは本部へと通信を入れる。

 

「弦十郎、クリスは奏が救った。後に遭遇したウェルとソロモンの杖を無力化に成功した」

 

『それは本当か!?』

 

「うん。この目で見届けた。本部のノイズを片付ければ出現しない筈だ」

 

『となれば残るは敵はアシモフただ一人』

 

「うん…アシモフはボクが必ず倒す。必ず翼を…シアンを…マリアを…セレナを取り戻す。みんなの為に…この世界を終わらせない為に」

 

ボクは自身へと必ず実行するんだと思い、そう口にした。

 

『そうだ…俺達はそうしなければならない…そうしなければ俺達に未来は無い。全ての元凶…アシモフを倒さぬ限りは…俺達はここまでだ」

 

「そうだね…だけどそんなことはさせないよ。ボクがそうさせない…今度こそアシモフを殺してこんな絶望を終わらせて見せる」

 

『…お前には苦労ばかりかける…』

 

「そんなことないよ。これはボクがやらなきゃいけないことだから」

 

弦十郎にボクはそう言った。

 

これはボクがケリをつけなきゃならない事。元の世界のポッドの中に生かされたこの肉体。アシモフの怠惰によって生かされ、あの世界のシアンによってボク自身の切り離された魂を入れられてこの世界に辿り着いた。

 

生かされたからこそ、ボクはこの生を全うしたい。そして切り分けられた魂にもあの世界のボク同様に同じ思いがある。

 

誰もが平和な日常を謳歌出来る世界になる様にと。

 

だからその理想を壊そうとする者を打ち倒さなければない。

 

この世界に生を受けたボクの意志。そしてこの世界にボクを飛ばしたあの世界のシアンの意志。そしてそれを望んだフィーネとの約束。

 

ほかにもかけがえの無い人達との出会いがあったからこそ、それを実行しなければならないと強く思う。

 

弦十郎に慎次、朔也にあおい、奏、翼、クリス、響、未来、そして二課のみんな。

 

みんながいる世界を守りたい。この世界をアシモフの手によって滅ぼされてなるものか。

 

今度こそ完全にアシモフを殺し、世界を救う。

 

『今度こそ勝てるか?』

 

弦十郎が通信機越しにそう言った。

 

その言葉にボクは弦十郎が言いそうな言葉で返事を返した。

 

「勝てるか勝てないか今更言う必要がある?ボクは勝つよ。勝率なんて可能性を数字で語れない。例え低い可能性だったとしてもみんなが起こした奇跡で繋いだんだ。運じゃなくてこの手で手繰り寄せ、掴み取るよ」

 

ボクは弦十郎にそう言った。

 

その言葉に弦十郎は満足そうに言った。

 

『必ず勝てよ』

 

「必ず勝つさ。全てを取り戻す為に。アシモフとの因縁を終わらせる為に」

 

ボクはそう言い切った。

 

そして弦十郎に伝える。

 

「弦十郎、ボクはこのまま翼の救援とアシモフとの戦闘で通信が出来なくなるかもしれない。だからその前に聞いてほしい。アシモフと遭遇したのならば、弦十郎達にもやって欲しい事がある。奏とクリスの回収。二人とも戦闘でボロボロだから、二人を回収してくれ。そしてソロモンの杖と二人が捕まえたウェル博士を本部に捕まえておいて。ボクが会わなければ二人を助ける事が出来るのは本部にいる人達しかいない。頼めるかい?」

 

『任せとけ、ガンヴォルト。必ず二人を救出してソロモンの杖を回収してウェル博士を捕まえておく」

 

「頼んだよ」

 

そう言ってボクは通信機を一旦切るとそのままフロンティア中央へとさらに加速して駆け出した。

 

翼の歌が聞こえる所まで。アシモフのいる所まで。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ガンヴォルトからの通信で奏、クリス君がソロモンの杖を奪還、そしてウェル博士の捕縛に成功したそうだ」

 

本部にて再度現場を報告する様に弦十郎が言った。

 

「奏さん…クリスちゃんを助けられたんですね…良かった…」

 

「クリス…良かった…ありがとうございます…奏さん」

 

響と未来は奏により、クリスが元に戻った知らせを受け、とても安堵する。

 

「ウェル博士の戦闘不能、ソロモンの杖を奪還に成功したのならば残りはアシモフただ一人」

 

そしてナスターシャも状況を簡潔に述べた。

 

「その通りです。ですが、まだ救わなければならない人がいる。貴方達の大切な二人。マリア•カデンツァヴナ•イヴ。そして死してなお、アシモフとウェル博士によって使われ、ネフィリムの心臓に囚われているセレナ•カデンツァヴナ•イヴ。そしてアシモフと戦いを続けている翼。そしてそのアシモフに未だ囚われているシアン君。この四名をアシモフの手から取り戻さないといけません」

 

弦十郎はナスターシャに最重要項目を言う。

 

「必ず助けなければなりません。マリアも…セレナも…あの外道から」

 

「ガンヴォルトならやってくれます。アシモフを倒す。それが、全員が救われる方法なのですから。それにガンヴォルトは言いました。必ず勝つと。だから我々もガンヴォルトを信じ、ガンヴォルトから頼まれた事を遂行すべく動きましょう」

 

その言葉にナスターシャは頷く。

 

ガンヴォルトが本部に託した事。

 

奏とクリスがウェルを倒し、ボロボロになりながらも奪還に成功したソロモンの杖。二人とソロモンの杖の回収。ウェルの捕縛を行わなければならない。

 

「ノイズが発生しない今、それらを行う。ガンヴォルトがアシモフを終わらせる為に最大限のサポートとなるのがガンヴォルトが言ったソロモンの杖とウェル博士の回収。奏とクリス君の回収。それが成功すればガンヴォルトはやってくれる。ガンヴォルトなら今度こそ終わらせてくれる」

 

弦十郎は総員に向けてそう告げた。

 

「それなら私達を連れてって下さい!」

 

その声に一番先に反応したのは先程まで外でノイズの掃討を担当していた調であった。そしてその後に続く様に切歌も言う。

 

「ガンヴォルトからの通信は聞こえてました!でもソロモンの杖を奪還してもまだ召喚されていたノイズがまだ何処かに潜んでいる可能性だってあるデス!」

 

ガンヴォルトとの通信が調と切歌の二人にも聞こえていた様でそう言った。

 

「切歌…調」

 

「マム…ガンヴォルトならマリア達を救ってくれる…必ず。でも、ガンヴォルトはアシモフの元へ向かわなきゃならない。だったらその後も考えなきゃならない。ガンヴォルトがマリア達を救ったとしても、その後。ガンヴォルトはアシモフを止めなきゃならない。あの二人の事。マリアに何か非道な事をしている可能性がない訳じゃない。だから、確実に救う為にも私達がいかなきゃいけいない。本当の意味で勝つ為にも。マリア達を本当に救う為にも。この場にマリアを無事に連れて帰って本当の意味で助かる為にはこの方法しかない」

 

調はナスターシャに対して言った。

 

「調…」

 

「ガンヴォルトはマリア達を必ず救ってくれる。でも、ガンヴォルトにはその後がある。だから私達が本当の意味でアシモフに勝つ為に、ガンヴォルトのサポートの為に、私たちが行かなきゃならないデス。少しでもアシモフに勝つ為のサポートを」

 

切歌がそう言った。

 

ガンヴォルトならマリア達を救ってくれる。だが、その後に起こるかも知れない悲劇をどうにかしないといけないと切歌は言ったのだ。

 

ただでは転ばないアシモフ。響と未来の様に。まだアシモフは隠しているかも知れない現状。

 

だからこそ、最善の選択をするべきだと切歌も進言する。

 

「…そうですね…二人の言う通り、マリア達はガンヴォルトが救ってくれる…ですが、完全に救う為にも、私達も何かするべき…お願いです。二人を…切歌と調を連れて行ってください…二人を救う為にも…この戦いを最良の終結に向かう為にも…二人を行かせてあげてください」

 

切歌と調の言葉に賛同して、ナスターシャも弦十郎に頭を下げる。

 

「…勿論です。最良の終結に向かう為にも、二人にも協力を仰ぎたかった所です。終わらせましょう。こんな絶望しかない戦いを。誰もが望んでいた最良の結末の為に」

 

弦十郎はそう言った。元より望んでいるのは誰も犠牲にならない未来。だからこそ三人の申し出を快く快諾する。

 

そして救援メンバーを弦十郎、慎次、切歌、調に絞り、残りは復旧や、支援に回ろうとしていた中、響が声を上げる。

 

「師匠!私も連れて行ってください!」

 

「響君。これは君の思う様な人助けではない。命を懸けた互いの意志を懸け、生存を懸けた戦いなんだ。今の君がなんの役に立つ?」

 

響の申し出に弦十郎はすぐにそう返した。

 

確かに響も救う為に戦ってきた一人。だが、もうその身には戦場で役に立つ装備、シンフォギアを纏えない。言い方は酷いかもしれないが足手纏いにしかならない。

 

「響!なんで自分から危険な目に飛び込もうとするの!?」

 

未来もその言葉に響に対してそう言う。誰もがそう思っただろう。何故自ら危険に足を突っ込むのだろうと。

 

だが、響は言う。

 

「確かに危険だよ…でも、ガンヴォルトさんが頑張っているのに…師匠や緒川さんが危険を承知で行く様に…切歌ちゃんと調ちゃんが助けたいと思う様に…私もマリアさん達を助けたい!ガンヴォルトさんの力になりたい!何も出来ないままただ待っている事なんて嫌なんだ!」

 

響は未来にそう言った。

 

響の心の奥底にある誰かのために力になりたい。その想いがあるからこそじっとしていられない。危険なのは承知だ。だが、それでも。

 

ガンヴォルトが、翼が、奏が、クリスが、切歌が、調が、そして今から救援に向かう弦十郎と慎次だけ頑張ろうと言うのに、何もしないなんて嫌だ。

 

助けになりたい。今の自分にもまだ何か出来るとすれば救援なのだ。

 

響にはパソコンからサポート出来るほどの知識もない。本部を復旧させる為の技術もない。なら出来る事はこの救援に参加する事。

 

「今の自分にはシンフォギアを纏う事も出来ない…でも、今の私でも出来る事はある…誰かの力になれる…それがこの救援なんだよ。未来の心配も分かる。でもやらなきゃいけないんだ。みんなが帰って来る為に。ガンヴォルトさんの頑張りに応える為にも」

 

響は未来にそう言った。

 

「私だって力になりたいよ…頑張っているみんなの為にも…この戦いを終わらせる為に動いているガンヴォルトさんの為にも…でも、私達にはこの戦いを終わらせる為の力が無いだよ…それに…せっかくまた会えたのにまた何処かに響が入ってしまうのはやだよ」

 

泣きそうになりながら未来は懇願する。行って欲しく無い。もう離れ離れにはなりたく無いと。

 

響も未来にそんな表情をさせて申し訳ないと思う。だが、それでも自分は行かなきゃならない。ガンヴォルトの為に、マリア達を救わなきゃならないと。

 

「…俺も反対だ。今の響君にこの救援に力になれる事はない」

 

弦十郎も反対とそう言った。

 

だが、それを肯定したのは意外にも切歌と調であった。

 

「お願いです。この人も一緒に連れて行ってください。私達でマリアを救う事は勿論です。でも、その道のりにまだ障害がある可能性がある」

 

「危険は誰もが同じデス。ここに居たってアシモフの魔の手が来ないとは言い切れない。それに救うための人手は多い方がいいデス。もし私達二人が、二人が足止めされた時、最悪の事態も考えられるデス」

 

調と切歌がそう言った。

 

最悪の事態。ガンヴォルトが救ったとしてもマリアが助けを待っていた場合、誰も助けに行けず、不幸な目に遭えば目も当てられない。それにマリアは二人にとってとても大切な家族。だからこそ、力がなくても、マリアの元に辿り着いて救える人が多いに越した事はないと言った。

 

「多いに越した事はない…それはこちらも承知している。だが、これは遊びじゃないんだ。アシモフの願望の成就とこの世界の命運がかかったやり取りなんだ」

 

「だからこそ、人員を確保すべきなんです。全員とは言えなくても、救おうとする人が多ければ可能性が上がる。それが出来るのは今この場にこの人しかいない」

 

「例え私達が足止めされてマリアの元に向かえなくても、セレナの元に向かえなくても、たった一人でも向かえれば救われる命があるデス」

 

弦十郎に切歌と調がそう言った。

 

どうしようと考える弦十郎。

 

確かに多いに越した事はない。だが、その人員が二課のエージェントなどでは無く響でいいのだろうか?確かにエージェントも総出で復旧に臨んでいる。引き抜いて良い人材などいない。

 

行かせないと拒もうとする。だが、調は次に弦十郎にではなく未来に向けて行った。

 

「大丈夫です…この人も一緒に帰ってきます…必ずみんなで帰ってきます。だから行かせてあげてください。もう誰も居なくならないようにする為にこの人の力も必要なんです」

 

「奇跡を何度も起こして来たこの人だから必要なんデス。お願いデス…この人を連れて行く事を、帰って来る事を信じて欲しいデス」

 

未来に向かって二人はそう言った。

 

確かに響が起こして来た奇跡。だが、ガングニールがあってこその奇跡。切歌と調の絶唱を受け止めて、二人を助けた奇跡。蝕まれた肉体で未来を救い出した奇跡。ガンヴォルトがいたからこそ、シアンがいたからこその奇跡。それが今の響に出来るのだろうか?

 

だが、それを信じずして何が親友だ。否定ばかりして信じないで何が親友だ。響はいつもそうだ。帰ると約束すれば必ず帰って来る。他の約束は破られた時もある。だが、帰ると言う約束は必ず守り続けて来た。

 

「二人は…響が帰って来れる確信がある?」

 

未来は涙を拭いながら二人にそう聞いた。

 

「みんな無事に帰って来る…ガンヴォルトがそう約束したように、私達も全員無事で」

 

「調の言う通り、誰一人欠けずに戻って来るデス。ガンヴォルトが頑張ってそうする様に、私達もそれを手伝うなら確実デス」

 

二人は確実に全員で戻ると口にした。響だけじゃなく、調と切歌もそう言った。今戦力となる二人の言葉。マリア同様に自身を助けてくれた二人の言葉。

 

だから未来も覚悟を決める。響ならやってくれると。必ず帰って来てくれると。切歌と調がいる。弦十郎に慎次もいる。

 

だから未来は弦十郎に頭を下げる。

 

「否定した手前、私が言うのもおかしいと思いますが、お願いします。響も連れて行ってください」

 

「未来君まで…」

 

未来の言葉になんとも言えないと弦十郎は頭を悩ませる。

 

救援の最も頼みの綱である切歌と調。この二人と未来までも響の同行を求めている。危険な事を承知にだ。

 

大人としてそれを見過ごすわけには行かない。

 

だが、それでもその行動を、勇気を阻むのも大人として正しいのか迷う。

 

人の命が掛かっている所に向かう。だが、それは未来を担う子供ではなく大人が行かなくてはならない。

 

だが、一方今までシンフォギアを纏い、戦って来た事、そしてその勇気と救う気持ちを弦十郎は無碍には出来ない。

 

迷いに迷った結果。

 

「分かった…同行を許可しよう…危険な場所に突っ込むんだ。君達にも責任がある。それを全う出来るか?俺達も守るが自分の命を捨てる様な真似をしないか?」

 

「誰かを悲しませない為に、自分の命を犠牲にするつもりはありません!みんなが笑ってこの戦いを終える様に頑張ります!それにガンヴォルトさんも行っていました!言葉は違うかもしれませんが、そんな可能性は数字で語れません!私もみんなも無事で帰れる様頑張ります!」

 

響もそう言った。

 

「ならば急ぐぞ!奏とクリス君の救援!ウェル博士の捕縛!ソロモンの杖の回収!ガンヴォルトがマリア君を救うと信じて俺達も現場に行くぞ!」

 

「はい!」

 

その言葉に弦十郎、慎次、切歌、調、そして響は動き出す。

 

「響!」

 

動き出した響に未来が言葉をかけ、足を止めた。

 

「必ず帰って来て!みんなを連れて!ガンヴォルトさんの頑張りに応える為に!」

 

その言葉に響は頷いた。

 

「絶対帰って来るよ!」

 

その言葉を残して四人の後を追い、響も司令室から出て行った。

 

「お願い…みんな無事で帰ってきて…」

 

未来はそう願って五人を見送った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「クソッ…クソッ…」

 

地下空間を一人ボロボロになって歩くウェルが悪態を吐きながらフロンティアの中央に戻ろうとしていた。

 

ソロモンの杖を奪われ、奏とクリスの殺害も失敗し、ガンヴォルトを殺す事も出来なかった。

 

「ふざけるなよ…僕は英雄になるはずなのに…こんなことあってはならないのに…」

 

顔面が腫れて言葉を出すだけでも痛い筈なのにウェルはつぶやく様に言い続ける。

 

「殺してやる…僕の邪魔をしてきたあいつら全員ぶっ殺してやる…アッシュと僕の為に…僕達が英雄になる事を阻むあいつらを!」

 

ソロモンの杖を無くしてもう手がないと思っているだろうが、そんな事はない。この戦況をひっくり返す事など出来る手段はまだ残っている

 

今度こそ思い知らせてやろう。誰がこの戦いで勝つのかを。

 

「僕達が勝つんだ…僕達が英雄になるんだ…」

 

黒い笑みを浮かべながら、ウェルはただ英雄となる為に、目的を達成する為に、戦況をひっくり返す為にフロンティアの中央へと歩み続けた。



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114GVOLT

二〇〇話行った…


クリスと奏はソロモンの杖を取り戻したがウェルに逃げられ、ガンヴォルトは翼を救うべく歌が聞こえるところを探しながらフロンティア中央を目指し、弦十郎達は本部からクリス達の救援へと向かう中、更にその奥。弦十郎達とは真逆の端まで追いやられながらも、翼はアシモフと戦っていた。

 

力の差は歴然。シアンの歌の力、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を持ってしてもアシモフに有効打を決められない。だが、それでもアシモフの魔の手に掛からぬよう、翼は懸命にアシモフと交戦を続けていた。

 

「いい加減にしたらどうだ、風鳴翼!幾ら貴様が電子の謡精(サイバーディーヴァ)をその身に宿し、シンフォギアを更に強化(パワーアップ)しても、貴様如きが私に勝てる筈も無いと何度も言わせるな!」

 

アシモフの攻防に必死に喰らい付きながらもアシモフの攻撃を捌いて行く。勿論完全に捌き切れる事はなく、弾丸が露出する肌を掠め、剣で受けた一撃は骨を軋ませる。雷撃が身体を麻痺させる。

 

「ならば私も何度でも言おう!貴様に私は勝てない!だが、こうやって時間を稼ぐ事で戦況が変わる!勝てなくとも時間を稼げば変わる未来がある!貴様を倒す存在が!ガンヴォルトが来てくれる!」

 

翼も叫んだ。

 

何度だって言ってやる。こうしている時間がアシモフ自身の敗北へのカウントダウンだと言う事を。ガンヴォルトというアシモフを殺せる存在が翼の歌を聞きつけてきてくれると。

 

「ほざくな!紛い者如きが私を殺せると!?たった一度の私に舞い込んだ不運(アンラッキー)で追い詰めただけの分際が私を殺せると!?馬鹿げた妄想(ナンセンス)だ!そんな幸運(ラック)はもう二度と起こらない!奴が再び私の前に立ち塞がろうと私を紛い者如きが殺せはしない!あるのは奴の(デッドエンド)だけだ!」

 

翼の言葉に激昂して叫ぶアシモフ。その言葉と共にアシモフの攻撃に更なる力が宿る。雷撃が更に迸り、一つ一つが意識を刈り取る程の威力を秘めている。だが、翼もそれを捌いている。完全に捌き切れるとは言えない。迸る雷撃が翼にどんどんと苦痛を与えている。

 

「貴様の妄言だろう…その言葉は…ガンヴォルトは貴方に殺されはしない…敗北し続けようとも…貴方に殺されなかった様に…貴方のせいで絶望に叩きつけられたとしても…ガンヴォルトは絶対にアシモフ!貴様などに完全に負けはしない!何度だって立ち上がる!何度だって貴様の前に立ち塞がる!貴様を倒すまで!貴様という存在を殺すまで!」

 

そう言って翼はアシモフの攻撃を振り払い、剣を振るう。

 

勿論、アシモフには当たらない。アシモフの持つ銃で軌道を逸らされる。だが、それでもようやく攻守が交代した。

 

今まで言いようにされていた鬱憤を晴らす様にアシモフへと連撃を繰り出す。

 

だが、

 

「貴様如きの剣が当たるわけがないだろう!」

 

アシモフは翼の連撃を意図も容易く躱す。

 

躱しきれぬ攻撃は銃で軌道を逸らし、翼の連撃を悉く無意味に変えていく。

 

実力差は分かっている。だが、それでも翼は攻撃の手を休めない。

 

当たらない。だからどうした。

 

当たらないのであれば、攻撃の速度を上げればいい。今でも全力であろうとまだ出しきれていない力がある筈。

 

百パーセントで届かぬなら百二十パーセントの力で。

 

届かないのがどうした。

 

届かぬのなら届くまで踏み込めばいい。最も速く、更に深く、抉る様に。

 

踏み込みを更に深く、そしてアシモフとの距離を更に縮めながら踏み込んで剣を振るう。

 

だがアシモフはそれら全てを凌駕する。

 

当たらない為に出した百二十パーセントの力をアシモフは平然と受け流し、攻撃をいなしていく。

 

届かぬ為に更に踏み込んで振るう剣を何なく躱していく。

 

実力差がありすぎる結果。

 

翼の十二分の力を出し切ろうがアシモフは意図も容易く翼の攻撃を捌いていく。

 

「貴様達とは実力もそうだが、思いも違うのだよ!胸に宿した思いがな!」

 

そう言ったアシモフは翼へと横薙ぎの蹴りを入れて蹴り飛ばす。

 

なんとかガードしたものの攻撃の手を止めてしまい、更にアシモフとの距離が再び離れてしまった。

 

「貴様達が私に勝てる要素など一つとしてありはしない!電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を得た所で、百二十パーセントの力を出した所で足りないのだよ!幾ら貴様が電子の謡精(サイバーディーヴァ)によって強化(パワーアップ)した所で変わらない!私と貴様には初めから隔絶した実力差があり、それは何をしようと覆る事はない!」

 

アシモフはそう言い切った。

 

隔絶した実力差があるのは初めから知っている。幾度となく対峙してアシモフに一度しか傷をつけられなかったからそれはよく分かっている。

 

だけど、

 

「それがなんだと言うんだ…貴様と私にどれだけ実力の差があるとしても、諦めて貴様の元に降るなど私の中には存在しない!」

 

翼はボロボロになっても剣を構えそう叫んだ。

 

実力差があろうとも翼に諦めの選択肢など絶望を希望に変えたガンヴォルトがいる為に存在しない。それにガンヴォルトが来ると約束したのだ。自身の歌声を頼りに、この場に来ると言ってくれたのだ。

 

ならば翼の答えは初めから決まっている。

 

全力で時間を稼ぐ。ただそれだけだ。

 

勝てなかろうが負けなければいい。負けなければ時間を稼ぐことが出来る。そうすればアシモフを止める事の出来るガンヴォルトが必ず現れる。

 

だからこそ、翼は剣を構える。それに合わせて翼の思いに応える様にシアンの歌が翼を昂らせる。

 

「まだまだ終わらない!貴様との戦闘を引き伸ばす!ガンヴォルトの為に!貴様を殺せるガンヴォルトの為に!」

 

「ほざくな!」

 

そして二人は再び激突する。

 

翼自身は気持ちを昂らせようが満身創痍。アシモフは依然として力を増し続けている。

 

だが、それでも翼は負けるつもりなどない。この身をアシモフに操られぬ為に、ガンヴォルトが来るまで時間を稼ぐ為に。

 

翼は剣を振るう。この歌がガンヴォルトに届く様にと。

 

◇◇◇◇◇◇

 

アシモフと翼が何度目かの激突を繰り返す中、フロンティア中央に到達した一つの影があった。

 

そしてその影の到着を見てボロボロになって拘束されたマリアは悔しそうな表情を浮かべる。

 

マリアの目の前に入ってきたのはウェルの姿であったからだ。

 

そんなマリアの表情を見てウェルは激昂する。

 

「貴方も僕を笑うのですか!ただの道化に過ぎなかった貴方が!何も出来ない貴方が!」

 

そう言ってウェルは怒りのままマリアに近付くと蹴りを入れようとするが亜空孔(ワームホール)がそれを拒み、マリアに蹴りは当たらない。アシモフの様な速さ、そして激昂して溢れ出る殺意がネフィリムに残ったマリアを守りたいというセレナの意志がウェルの攻撃を遮断する。

 

「チッ!忌々しい!たかが想いだけの存在のくせに!僕達の計画の邪魔をして!いい加減にして下さいよ!」

 

マリアに何をしても無駄な事がウェルの怒りを更に助長させ、ウェルは動力炉にあるネフィリムの心臓へと叫んだ。

 

マリアはそんなウェルの後ろ姿を見ながらもただ何も出来ない自分に情けなさに涙する。

 

自身は切歌も調も守れず、ナスターシャすら守れなかった。何も出来ず、こんな事になり、剰え死してなお、ネフィリムの中に意志を残すセレナに守られてばかりいる自分。

 

そんな自分が情けなくなる。

 

何も出来ず、ただ傍観に徹することしか出来ない自分が本当に情けない。

 

守らなければならない大切な二人の状況も分からない。ナスターシャすら安否も分からない。それが更にマリアを苦しめる。

 

そんなマリアの心情など知らないウェルは動力炉にあるネフィリムの心臓近くのコンソールを操作する。

 

「ソロモンの杖を失った…装者にすら敗北した…だからって何も出来ないと思うなよ!機動二課!ソロモンの杖が無くても!アッシュが居なくても!僕にはまだフロンティアがある!僕自身に打ち込んだネフィリムの細胞がある!貴様達をどうにか出来なくてもアッシュが貴様達をどうにかする!ならば僕はただ計画を進めるだけ!こんな顔で!こんな姿で立ちたくはなかったが仕方がない!」

 

操作したコンソールから何か出るのを確認するとウェルは懐からある物を取り出す。

 

それをなんの躊躇いもなくそれに刺すとその中にある何かを注入する。

 

そしてコンソールを更に操作してあらゆる国の放送をジャックさせる。そして映し出された自分の姿を見ると叫ぶ様に映し出されたモニターの様なものに叫んだ。

 

「私はウェル博士!この世界の英雄たる存在になる人だ!急に何を言っているか分からない!そう思うでしょうが!そんな事はどうでもいい!今から告げるのは真実であり、希望だ!」

 

そして何をしたいのか分からない様な宣言を行い始めた。

 

「今この地球は崩壊が差し迫っている!ふざけていると思うだろう!?だが真実だ!いくつかの国はそれを既に知っており!どんな対策を立てようが無駄だという事も!その真実がこれだ!」

 

そう言ってウェルが映し出したのは月の落下機動予測。その機動落下予測はウェルがフロンティアを浮上させる為に、更にタイムが短くなっているものであった。

 

「この結果は嘘ではない!真実だ!この世界は既に終焉へと向かっている!人類はやがて月の落下によって絶滅する!」

 

ウェルはこれが真実とばかりに演説の様に語る。もちろんウェルの言う事は正しい。だが、それでもいきなりの事には誰も信じないだろう。

 

しかし、ウェルにとってどうでもいい。信じずにのうのうと過ごそうが月の落下によってこの星の人類は死ぬだけ。

 

「ですが安心してください!僕と言う英雄がいる限り、死なずに生き残る人々は存在する!僕とある人物を英雄と慕い!崇拝するものだけが生き残れる!」

 

そう言った。だがただの放送によって映るウェルの姿はあまりにも英雄と呼ぶにはふさわしくない。顔が腫れ上がり、ボロボロの姿。誰もその言葉に耳を傾けないだろう。

 

だからどうした?ならば死ねばいい。だが、自身が英雄になる為にはそれを語り継がねばならぬ人達は一定数必要。

 

だからこそ、選別を行うのだ。

 

「まあ、こんな姿の僕を誰一人として信じないでしょう。だから、武力で信じさせようと思いましてね!」

 

そう言ってネフィリムの細胞を打ち込んだ事により変形した腕をコンソールへと叩きつける様に置く。

 

その瞬間、ウェルの背後の幾つも地面が盛り上がり何かを形取っていく。そしてネフィリムとも違う異形の怪物を生み出してこう言った。

 

「今から全世界へと向けてこの怪物達で攻撃を開始します!勿論、抵抗するものは全て殺します!と言っても貴方達は何も驚かないでしょう!だからデモンストレーションを行なってあげます!まずは私がいるこの国!その首都を壊滅させる!不可能!そう思うでしょうがこの怪物達には可能なんですよ!」

 

そう言うと共にウェルの背後に出現した怪物達が炎を、光を、紫色の閃光を、そして全てを喰らい尽くす黒き粒子を放出する。

 

それはネフィリムの細胞から作り出した生物兵器。ネフィリムという完全聖遺物を核により動くフロンティア。そしてそのフロンティアに行き届かせた結果、ネフィリムの細胞が生命を産み、その細胞が幾つも増殖しが生み出された兵器。そしてその兵器一つ一つにはネフィリムが取り込んでいた第七波動(セブンス)能力を携えていた。

 

「この怪物の力は一国がどれだけ力を保有していてもそれを全て上回る力を持っている!生き残りたければ私に乞いなさい!私を!そしてアッシュを!この世界の英雄なる者に!」

 

そう叫んだ。

 

「ふざけるな!貴方!何をしようとしているかわかっているの!?」

 

だが、それを制する者がいた。絶望していたマリアだ。いくら絶望していようが、あまりにもふざけていたウェルに言葉にマリアは黙っていることが出来なかったのだ。

 

「何をしようかですか!そんなの選別に決まっていますよ!僕とアッシュを英雄というものだけが生き残るための選別!それを今ここでやろうとしているんですよ!そしてデモンストレーションとしてまずはこの国!その首都を叩き潰す!この国は僕達をとことん邪魔してきていたからね!そんな人間達!初めから生かすなんて考えていないんですよ!」

 

身勝手な言葉にマリアも自らの不甲斐なさによる絶望など今この男が起こそうとする悲劇を前にしては小さな事。だからマリアは叫んだ。

 

「そんなふざけた事を!」

 

「巫山戯てなどいませんよ!何も出来ないと貴方が!何もなす事も守る事も出来なかった貴方が今更何を言い出すんですか!道化の分際で!役立たずの分際で!」

 

ウェルはマリアに向けてそう叫んだ。

 

「デモンストレーションの前のデモンストレーションだ!貴方から殺してあげましょう!幾ら貴方が守られているからとは言ってもこの物量全てが襲えばどうなる!?貴方を守ろうとする意志があれど!同じ力を持つこの怪物達を全てどうにか出来ますか!?」

 

マリアはその殺意に満ちた目に、そして全ての怪物達がマリアへと向けてオーバーキルにも近い一撃を放とうとしている事に目を瞑る。

 

セレナの意志に守られている自分にはなす術がない。これだけの攻撃をセレナが全て守り切れるかも分からない。

 

更に押し寄せる絶望の時にただマリアは目をつぶって死を待つしかなかった。

 

「死ね!マリア・カデンツァヴナ・イヴ!」

 

その言葉と共に殺意がマリアへと全て向けられた。

 

ここで死ぬ。何も守れず、何も出来なかった自分は。悪にも、正義を貫く事も出来なかった自分は。それが自分の限界なのだろう。悔しさと後悔の中、ただ、訪れる死を待つことしか出来ない。

 

だが、向けられていた殺意がバチッという何かが弾ける音と共に急に無くなる。

 

そしてそれと同時に、訪れる沈黙。

 

だが、その沈黙はある男の声によって破られた。

 

「巫山戯るな…本当に巫山戯るなよ!なんでいつもタイミングがいい時に現れる!?何故僕の英雄となる瞬間を邪魔する様に現れる!英雄でない君が!死ぬべき大罪人が!」

 

ウェルが急に叫び出したのだ。その言葉に恐る恐るマリアは目を開けた。

 

目を開けて打った光景は、先程生み出された怪物達が、ノイズの様に炭化して炭のカスとなって宙に舞い上がっている状況。そしてその手前、そこにいたのは蒼いコートをたなびかせ、雷撃を迸らせながら、マリアの前に立つ一人の男性。

 

「よく一人で耐えてくれた…よく一人で生き残ってくれた…四人の約束を守らせてくれてありがとう…」

 

そう言いながら、安堵の表情を浮かべ立ち尽くすガンヴォルトの姿であった。

 

嘘だと思いたかった。何故敵である自分にそんなことを言うのか理解できなかった。だが、それでも、目の前にいる男が、ガンヴォルトが自身の命を守ってくれた事に涙が溢れてしまう。

 

「あっ…あ」

 

言葉に出そうとも急に起こった事に、極度に与える目の前の男の安心感から言葉が出なかった。

 

「大丈夫…何も言わなくてもいいよ」

 

そう言うとガンヴォルトはウェルの方に向き直った。

 

「奏とクリスの努力をよくも無駄にしてくれた…この世界の人達を危険な目に合わせようとした…四人とも約束をしていた人をよくも殺そうとしてくれた…」

 

そう言ってガンヴォルトから迸る雷撃が更に強くなる。

 

それはまるで神の怒りを体現していると言える様な感じであった。

 

目の前にいるガンヴォルトにビクビクと怯えながらもだが、まだ何かやろうとするウェル。再びウェルはコンソールへと手を置こうとした瞬間、ガンヴォルトが手を翳し、雷撃を放つと、ウェルの手が触れそうになるコンソールを破壊した。

 

「もうやらせはしない…もうこの世界を傷付けさせない…」

 

そう言ってガンヴォルトはウェルに向けて構えをとるのだった。

 

「巫山戯るなよ!巫山戯るなよ!」

 

それと同時にウェルの怒気を孕んだ叫びが木霊した。

 

何度目かとも言える絶望()。それを幾度となく払い続けた希望()。それが今再び、どちらかを塗り潰そうと再び互いの存在をより色濃くさせていく。



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115GVOLT

フロンティア中央へと向けて動き始めた弦十郎達。

 

ガンヴォルトがアシモフに勝つ為に少しでもそのサポートとして奏、クリスの救援へ、そしてソロモンの杖、ウェルの回収をする為に。

 

だが、本部から少し進んでから本部から通信が入った。

 

『大変です司令!ウェル博士はまだ捕まってません!今先程、世界に向けてウェル博士の姿が確認されました!』

 

「なんだと!?」

 

朔也から入ったその報告に弦十郎はすぐ様車に備え付けられたナビを操作してワンセグへと切り替えるとそこに映し出されたボロボロのウェルの姿を確認した。

 

「奏とクリス君が逃した…クソっ!」

 

「そんな!?奏さんとクリスちゃんが頑張って倒した筈なのになんで!」

 

響も映し出されたウェルを見て狼狽が隠せない。

 

「でもソロモンの杖を持っていない…何も無いはずなのに何故今になって?」

 

「アシモフと協力している外道デス…まだ何か隠しているに決まっているデス…でも…一体何をしようと言うのデスか」

 

調も切歌も急にウェルが行った世界への放送ジャックになんの意図があるか読めず、その動向を見続ける。

 

そしてウェルは世界へと向けてこの星が終焉に向かっている事を告げた。そしてそのリミットがあまり残っていないと。

 

「ッ!まだこの男は混乱を招く様な事を!」

 

運転する慎次もウェルが言った言葉に、そして隠さなければならない終焉をバラした事に怒りを隠せない。

 

そして更にはウェルとアシモフを英雄と崇拝する者だけが生き残ると言ったのだ。

 

今度は何をしでかす?そう思ってウェルの放送を見ているとウェルは何かに変化した腕を叩き下ろす様に振るうと背後の地面が盛り上がり、怪物の様な何かを大量に出現させた。

 

「ッ!?まだこんな物を隠していたんですか!」

 

その出現した何かを見て慎次が声を上げる。ウェルが出現させた怪物達。それを使ってウェルのことを崇拝しない人類への殺害宣言。そして更にはデモンストレーションと称してこの国の首都を壊滅させると宣った。

 

「そんな巫山戯たことが出来る訳ありません!」

 

響はウェルの映る画面を見てそう叫んだ。誰しもそう思っていた。だが、それはそんな怪物が動き始めた事により何も言えなくなってしまう。

 

怪物達が動き始めたと思うと怪物達が見せつける様に出現させた力に誰もが絶望した。

 

それもその筈。その力とは幾度となく絶望へと叩きつけてきた時に、必ずと言って良いほど見ていた力。

 

蒼き雷霆(アームドブルー)と同様の第七波動(セブンス)能力。亜空孔(ワームホール)残光(ライトスピード)爆炎(エクスプロージョン)翅蟲(ザ・フライ)生命輪廻(アンリミテッドアムニス)

 

その全てを保有する怪物の群れを見てこの場の全員が絶望に叩きつけられた。

 

だが、それでもその絶望を少しでも取り除く為に弦十郎がすぐ様通信を入れる。

 

「斯波田事務次官!放送をご覧になっていますか!?」

 

『あたりめぇだ!馬鹿野郎!とんでもない爆弾を落としたかと思った瞬間に矢継ぎ早で更に爆弾をあの野郎が落としやがった!』

 

通信を繋げたのは斯波田事務次官であり、少しでも避難誘導を行なってもらう様に連絡したのだ。

 

これ以上の被害を齎すわけにはいかない。だから地上で動け、被害を抑える為に何か策が無いかを弦十郎は斯波田事務次官に聞く。

 

『この国から堕とすなんて馬鹿なことを言いやがる!だが!それを可能とするものを見せられたら別だ!俺の方もなんとかしてみるが正直、この国の一般人はこんな放送聞いたところで何かの撮影やらなんかと思って動きはしねえだろう!しかも放送がジャックされている以上!勧告を出すことも出来ねぇ!俺達はなんとか避難誘導やらを足を使ってでもなんとかしてみる!テメェ達もなんとか足止め!もしくはあの怪物を動けない様に出来ねぇか!』

 

斯波田事務次官も慌ててそう言った。そして通信を切ると多分慌ただしく動いているのだろうとこれ以上繋がることはなかった。

 

「クソッ!ウェル!貴様は何度こちらを嘲笑い続けるんだ!」

 

「師匠!これからどうすれば!?」

 

響も映し出された光景を見て狼狽えながら弦十郎に言った。

 

こちらがどれほど急ごうと間に合わない。だが、それを可能とする人物はいる。

 

ガンヴォルト。今まさに中央へと向かっており、この中で一番それを可能とする最も大きな戦力。

 

すぐに弦十郎、ガンヴォルトに連絡をすると返してガンヴォルトの通信機へと発信しようとした。

 

だが、それは映る画面に入った声で中断してしまう。

 

それはマリアの声であり、その声にいち早く反応したのは切歌と調。

 

「マリア!?」

 

そしてウェルの視線と同様にカメラワークが移り変わり、マリアの姿を見る事になった。

 

拘束され、ボロボロになったマリアの姿。

 

その姿に弦十郎、慎次、響は辛そうな表情をする。だが逆にその姿を見た切歌と調は画面に向けてただ怒りを撒き散らす。

 

「よくもマリアを!この外道!」

 

「マリアになんて事をし続けていたデスか!」

 

マリアが傷付けられていた事に、そして拘束されている姿を見て激昂する。

 

画面に映るマリアをどうにかしなきゃと思うがどうしようもない状況。

 

そんなマリアは拘束されてでもウェルがやる事を許せなかったのだろう。ウェルに止める様言葉を掛け続けていた。

 

マリアが何を言ったところで何も変わらない。だが、それに苛ついたのかウェルがとんでもない事を口にした。

 

マリアを殺す。ウェルはそう言ったのだ。

 

「止めて!マリアを殺さないで!」

 

「止めるデス!マリア!逃げてデス!」

 

無情なる宣告に切歌と調は画面に向けて叫んだ。勿論画面の向こうに二人の声は届きはしない。

 

何をしても二人の声はウェルの元にもマリアの元にも届きはしない。

 

そしてウェルの号令と共にマリアへと死と言う概念が降り注ごうとした。

 

「止めてぇ!」

 

言葉が届かなくても、二人は無理だと分かっていても叫ばずにはいられなかった。

 

降り注ごうとする絶望。

 

だが、その絶望を振り払う希望の雷光()が瞬いた。

 

一瞬で何かが、画面の向こうで降り注ぐ。その瞬間に絶望を降り注ごうとした怪物達に紋様が浮かび上がった。そしてその紋様が浮かび上がったと思った刹那の瞬間、強力な雷撃が画面いっぱいを照らし出し、その光が収まると同時に炭化して崩れていく怪物の残骸が映し出されていた。

 

そしてその光景を作り上げだ人物を映しながら。

 

「ガンヴォルトさん!」

 

その光景を見て初めに声を上げたのは響。

 

安心感を与える希望の雷光()。それを纏うこの戦いを終わらせる眩い光の存在を見て、全てをひっくり返してくれた事に響だけでなく、誰もが安堵した。

 

勿論、弦十郎も慎次も新たに発生した絶望を振り払ってくれた事とガンヴォルトの姿を見て安堵する。

 

だが、それ以上にその姿を見て嬉しさを滲ませて涙を流す切歌と調。

 

「ガンヴォルト…ありがとう…マリアを守ってくれて…」

 

「ありがとうデス…ガンヴォルト…」

 

マリアの前に立つガンヴォルトを見てマリアが助かった事に二人はとめどなく涙を流した。

 

「…ガンヴォルト…良くやってくれた…そっちはなんとかしてくれ…ならば俺達も急ごう…まだウェルが何かを隠し持っている可能性もある。まだ戦いが終わったわけじゃない。急いで奏とクリス君の元に向かい、先に進もう。こんな悲劇を終わらせる為に…」

 

弦十郎は二人を見て必ずこの戦いを終わらせる為に慎次に更に車を飛ばす様に指示を出す。

 

まだ終わらぬ戦い。それに完全なる勝利を掴む為。

 

◇◇◇◇◇◇

 

アシモフと戦闘をする最中、翼と対峙していたアシモフの動きが急に鈍るのを感じた。

 

誘っているのかと翼も隙を窺う。

 

だが、アシモフは鈍って少し離れると共に舌打ちをした。

 

「Dr.ウェルめ…勝手な事をしてくれたな…それがちゃんと出来れば何も言わなかったが、全く…やはり無能力者は役に立たん。フロンティアを起動してアレを受け取った時点で殺しておくべきであったな」

 

呟く様にそう言ったアシモフ。翼は何があったかは分からない。だが、ウェルがまた何かを始め、それが何者かによって阻止されたのだと察した。

 

調か?奏か?ガンヴォルトか?

 

分からぬとも状況が好転している事に翼は安堵する。翼がこうして時間を稼ぐ事により何かが変わっている。

 

だからこそ力が湧く。

 

シアンの歌。翼自身の覚悟。全てが噛み合って事が上手くいっている。

 

「何があったかは知らないが…全てひっくり返り始めている様だな…」

 

「ひっくり返る?何を馬鹿な事を?どんなに貴様達側の状況が好転していても結末は変わらない。私がいる限り、私の計画が狂っても成功することは変わりない」

 

「その驕りが貴様を狂わせている事に気付けないとはな…分かっているのだろう…お前がどんなに強かろうとここで終わる…私ではなくともガンヴォルトがそれを終わらせる」

 

翼は剣を構えながらそう言った。

 

「だから!紛い者が私を殺せるなど不可能だと何度言えば分かる!いい加減に貴様を手に入れてその希望を絶望に変えてやる!」

 

何度目かも分からぬアシモフの宣言。

 

だが翼にはその言葉に恐怖など微塵も感じない。

 

「ならばこちらも何度でも言おう!絶望はもうない!ガンヴォルトが起きた今!貴様の計画などはもう崩壊していると!」

 

「ほざくなよ!」

 

「何度でも言ってやる!私達は負けないと!貴様の計画など何が起ころうと破綻していると!」

 

そして再び二人の戦闘が始まる。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「何度も…何度も何度も何度も!僕が英雄になるのにそれを良くも邪魔してくれるね!ガンヴォルト!」

 

「もう何も喋るな、ウェル博士…ボクは貴方を許せないんだ…貴方の言葉がアシモフと同じくらいにボクを苛立たせる…」

 

ウェルと対峙するボクは駆け出した。

 

今までの怒りをウェルへとぶつける為に、ウェルをこの場でノックアウトさせる為に。

 

「ッ!?」

 

一瞬でウェルへと距離を詰め、ウェルに雷撃を纏った拳を叩き込んだ。

 

アシモフの様な第七波動(セブンス)能力を持たず、装者達の様にシンフォギア装者でもなく、弦十郎や慎次の様に、修練を積み、装者と同等の力を身につけた者とは違うウェルには今のボクの動きを目で追うことすら出来ず、ただ拳を受ける事しか出来なかった。

 

「ぶへぇ!?」

 

そして吹き飛ばされるウェル。宙に浮かぶモニターの様なものをすり抜けて転がっていく。

 

だが、ボクも止まらない。奏とクリスから逃れたようにウェルはまだやられていない可能性があるからだ。

 

今度こそここで終わらせる必要がある。マリアを完全な意味で救う為にも。

 

ボクは転がっているウェルに追撃を加える。

 

立ちあがろうとするウェルに向けて雷撃を纏った拳を更に放ち、再び顔面を地面へと叩きつける様に振るった。

 

「がふっ!?」

 

痺れて動けないウェルに更なる追撃。

 

そしてその一撃を与えた事により、ウェルは気を失い、事切れた様に動かなくなった。

 

「殺しはしない…だけどもうこれ以上何も出来ない様に」

 

ボクはそう呟くとウェルの腕を容赦なく踏み付けて折った。

 

非情だと言われるかもしれない。だが、そんなの誰かを救う為ならば厭わない。ボクは腕を、足を踏んで骨を折って完全に動けない様にした。変化した腕も折ろうとしたが、完全聖遺物によって異形と成り果てた腕は何をしても折る事はできなかった。

 

だが、それでも両足と片腕を折ったのだ。これで逃げることも出来ない。

 

そしてウェルが戦闘不能になった事を確認する。それと同時にウェルの近くにある物が落ちていた。

 

それはギアペンダントで有り、シアンの気配がなかった事、そしてその他の知りうるギアペンダントは奪われていない事からこれがマリアの持っていたガングニールのペンダントだと察した。

 

それを拾い上げるとボクはマリアの元に向かう。

 

ボロボロになったマリア。ボクはその姿に悲痛な表情を浮かべながらも、拘束を解いた。

 

「もう大丈夫だ」

 

そう言った瞬間にマリアはボクに抱きついた。

 

「ありがとう…ありがとう…敵なのに…あんなにも貴方を苦しめていたのに…そんな私を助けてくれて」

 

「…違うよ…君達はボクに何もしていない…ボクを苦しめていたのはアシモフだ。それに君達は初めは敵だったかもしれない…だけど今は違う…アシモフを止めようと抗った人達だ…だからボクは君達を救おうとする事は当然だよ…それに約束したんだ…絶対君を助け出すって」

 

ボクはマリアへとそう告げた。

 

「切歌も調も…ナスターシャ博士も待っている…みんな生きて君の帰りを待っている」

 

ボクはマリアを待つ人達がいることを告げた。

 

「切歌も操られていたけど、調がどうにかしてくれた。もう二人を縛る鎖はありはしない。ナスターシャ博士もだ。本部で今君の無事を願っているよ」

 

その言葉にマリアは更に涙を流しながら言った。

 

「ありがとう…切歌も…調も助けてくれて…マムの無事を知らせてくれて」

 

「…気にしないでいいよ…だけどまだ戦いは終わっていない。まだやる事がある」

 

ボクはそう言ってマリアの抱きつきを離すように言うと立ち上がってある方向を向き直る。それはフロンティアの動力炉であるネフィリムの心臓。

 

「マリア…この場からすぐに離れて…ボクはセレナを救わなきゃならない…アシモフを殺さなきゃならない。こんな悲劇を終わらせなきゃならないんだ。今この場に二課の誰かが向かっている。その人達の元に向かってくれ」

 

「ッ!セレナをどうする気!?」

 

マリアはその言葉にボクにどうするのか尋ねた。

 

「セレナの魂をこの呪縛から解放させる。もう彼女の意志を反したアシモフ達からいい様に使われない様に…もう彼女が苦しまなくていい様に。ネフィリムの心臓を破壊してセレナを助け出す」

 

それはセレナを救い出す事。いい様に使われ続けたセレナをネフィリムの心臓という名の檻から解放してあげる事。

 

「…分かった…妹を…セレナをあんな外道共から救って…」

 

「勿論だ」

 

そう言ってボクはマリアから離れ、ネフィリムの心臓へとダートリーダーを構えた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガンヴォルトによって気絶させられたウェル。

 

闇へと意識がどんどんと落ちて完全に動けない状態の黒い空間の中でウェルはもがいていた。

 

「巫山戯るな…巫山戯るな…僕がこんなところで終わるなんてあり得ない!僕は英雄になる存在なのにこんなところで終わるなんてあるわけが無い!」

 

暗闇の中でもがきながらそう叫んだ。

 

ガンヴォルトにやられてもまだ終わっていない。こんなところで終わるなんてあり得ない。何度もそう叫んでいた。

 

だが、いくら叫ぼうが精神である為に、何も起きるはずが無い。

 

肉体はガンヴォルトによって変化した腕以外は折られ、もう動くことも出来ないのだから。

 

だが、そんな事を知らないウェルはただ闇雲にもがき続ける。

 

「終わらない…終わってたまるか…僕は英雄になる男なんだ…アッシュと共に英雄になる男なんだ…そんな僕が終わるわけない!終わるわけないんだよ!」

 

だが、そんなもがきがウェルの精神を肉体へと戻そうとする。

 

そんな事はあり得ないと言える。だが、確実にとは言えない。

 

それはウェルの持つ英雄というものになりたいという願い。その願いと自身が望む結果でないからこそ、それをまだ望むその執念がそれを可能とした。

 

「終わらない…終わらないんだよ!僕の夢は!僕の理想は!こんなところで終わるなんて有り得ないんだよ!」

 

そう叫ぶとウェルは暗闇から解放されて肉体へと意識が戻っていくのを感じた。

 

そうして目を開けたウェル。

 

身体はまるで言う事を聞かない。ガンヴォルトによって浴びせられた雷撃で体が麻痺しているからだ。それに加えてウェルの腕と足は変化した腕以外全て折られている。

 

だが、運がいい事に、雷撃により麻痺したのは痛覚も同様であった為になんとか目を覚ました事に気付かれていない。

 

だが、ウェルの目に映るのはマリアを救い、そしてネフィリムの心臓を破壊する為にダートリーダーを構えるガンヴォルトの姿であった。

 

巫山戯るな、そんな事させないに決まっている。ウェルが英雄になる為に必要な存在。それを壊されてなるものか。

 

ウェルの狂気じみた執念が麻痺した身体を、折れていない変化した腕を突き動かす。

 

触れた床に現れるコンソールの様なもの。それを再び叩きつけるように手を翳し、ウェルは叫んだ。

 

「こんなところで終わる訳がない!僕は英雄になるんだ!貴方なんかにその理想を壊されてたまるものですか!」

 

その叫びと共に動力炉であるこの部屋が大きく揺れるのであった。



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116GVOLT

もうそろそろそれぞれの最終決戦が始まります。


「ッ!?ウェル博士!?」

 

気絶した筈のウェル博士の声に、ボクはそちらへと顔を向けていた。

 

確かに気絶させた。だが、ウェルは直ぐに意識を取り戻し、何かを起動させていた。

 

その直後の大きな揺れ。動力炉自体が大きく蠢いていた。

 

「クソッ!だけどセレナだけは!フロンティアだけは止めてみせる!」

 

ボクはそんな揺れにも耐えながら避雷針(ダート)をネフィリムの心臓へと向けて撃ち出した。

 

ネフィリムの心臓は避雷針(ダート)が直撃し、紋様が浮かび上がる。

 

後は雷撃を流し込んで破壊するだけだ。

 

そうしてボクは雷撃を腕から放とうとした。

 

しかし、

 

「きゃあ!」

 

マリアの悲鳴にボクは動きを止めざるを得なかった。

 

そちらを向くとマリアは揺れる動力炉の揺れに立っていられず、地面へと伏せていた。それだけならばよかった。

 

だが、その揺れと共に起きている事が問題であった。

 

地面が盛り上がり、亀裂を作り上げ、蠢く様に動力炉内部が動いていたのだ。蠢いた地面はまるで生き物の様に動き、まるでウェル以外を排除する様に、亀裂へと追い出そうとする。

 

「ッ!」

 

先ほど回収したギアペンダント。それをマリアへと返していればこんな事にはならなかった。自分の落ち度に悔む。

 

マリアの命かセレナの解放。どちらもやらなければならない。だが、今目の前の危険な目に遭っているマリアを見過ごせる程腐ってはいない。

 

ボクは雷撃を放つ事を止め、マリアの方へと駆け出した。

 

だが、それと同時にマリアは大きくなる亀裂にマリアのいる場所まで達してしまい、そのまま奈落とは行かないまでも暗くなった穴へと落とされてしまう。

 

「マリア!」

 

ボク自身も穴へと飛び込んでマリアへと手を伸ばす。

 

「ガンヴォルト!」

 

マリアも落ちていきながらもボクへと手を伸ばす。

 

絶対に見捨てはしない。絶対に救ってみせる。

 

切歌と調とナスターシャに約束したんだ。助けてくれたセレナに約束しているんだ。

 

それにまた目の前で救える命を見捨てたく無い。シアンの様にあんな悲惨な結末をもう見たくはない。

 

ボクは落ちていくマリアへと必死に手を伸ばした。

 

そして、落ちながらもマリアが伸ばした手をボクは掴む事が出来た。ボクはそのままマリアを自分の方に抱き寄せる。

 

直ぐ様雷撃鱗を展開してボクは落下速度を緩めながらも壁の方へとゆっくりと近づいて行く。

 

「ごめんなさい…私のせいで…」

 

「気にしないでいい…ボクが君にギアペンダントを先に渡しておけばこんな事にはならなかった…それよりも」

 

マリアへとそう言ってボクはようやく辿り着いた壁面を蹴り出すとそのままマリアを抱えて駆け上がる。

 

「ここから抜け出そう。君の安全の方が大事だ」

 

そう言って壁面を落下してくる瓦礫を雷撃鱗で砕きながら駆け上がった。

 

マリアを救う為にそれなりに落下している。だが、それでもその程度の落下幾度となく経験している。何度もこんな壁など駆け上がってきた。

 

だが、そんなボク達を嘲笑うかの様に気付けば壁面がどんどんと狭まっていっている。

 

「ッ!?壁が!」

 

「動力炉から排除出来れば修復か!」

 

幾ら瓦礫などは破壊出来ようともこれだけの質量が迫れば雷撃鱗でも打ち消せるかどうか怪しい。

 

「このままじゃ!」

 

「分かっている!しっかり捕まっていてくれ!」

 

そう言ってボクは全速力で迫り来る壁から逃れる為にも駆け上がる。

 

駆け上がるのに数秒も満たない。だが、その時にウェルの声が響き渡る。

 

「貴方ならこの程度、どうにか出来るんですよね!だからこそ、ダメ押しです!見えなくても!感じる君の元に!僕があなたを殺すために贈る最高のプレゼントですよ!」

 

そのウェルの声と共に、さらに大きな揺れが起こる。だが、大きな揺れであろうとボクは足はもつれたりもせず駆け上がって行く。

 

だが、その駆け上がるボクへは無情なものが落ちてきていた。

 

「ッ!?」

 

「そんな!?」

 

それを見てボクとマリアは驚愕に染められる。

 

その落ちてくるものとは巨大な支柱。いや、支柱ではない。綺麗に切り取られる様に削られ、そのまま押し出されてきた天井の一部が埋まろうとしている亀裂へと向けて落ちてきているのであった。

 

「腕を折ろうが足を折られようが!僕を殺さなかった事が貴方の敗因だ!ガンヴォルト!裏切り者と共に潰れて死んでください!」

 

僕とマリアが駆けあがろうとしている亀裂を埋めようとする天井。

 

亀裂ももう後少しで完全に閉じてしまう。絶体絶命。諦めて死ぬしかないのか?

 

だが、そんな選択肢はありはしない。絶対に生き延びなければならない。マリアを救わなければならない。セレナを解放させなければならない。アシモフを殺さねばならない。

 

やらなければ世界が終わる。この世界だけじゃない。元いた世界もだ。

 

そんな事は絶対にあってはならない。切歌を取り戻す為に調が頑張った。調に手を貸して亡くなったフィーネの意志を無駄になんか出来ない。

 

奏の頑張りが実り、クリスを取り戻したのに。ソロモンの杖を取り戻したのにボクが何も出来ずに終わるなんて出来ない。

 

翼が今もアシモフを足止めしているのに。危機的状況にも関わらず、覚悟を決めて頑張っているのにこんなところで終わってたまるか。

 

ボクの肉体に更に雷撃が迸る。迸る雷撃がボクの細胞を活性化させる。全速力を更に超えた速力を与えてくれる。

 

そうしてボクは本当に雷速の速さで壁を駆け上がり、危機を脱出した。そして駆け上がった場所に天井が落ち、完全にその場を塞いでしまった。これで大丈夫。

 

その筈だった。

 

「でもやっぱりこれだけじゃ貴方を殺すまで足りませんよね!」

 

駆け上がり、亀裂から脱出したボクとマリアへと向けて放たれたウェルの一言。

 

その一言と同時に、ボクとマリアへと向けて何かが放たれた。

 

「ッ!?」

 

ボクは空中で身を逸らし、その放たれた何かをなんとかマリアにも当てずに躱す事に成功する。

 

「どれだけあがこうが結果は変わらない!どんなに貴方が強くなろうが!貴方の腕に抱かれた裏切り者は守り切れますかね!」

 

その言葉と同時に更に大量の何がボクを襲ってきた。

 

それは見覚えのある火球。爆炎(エクスプロージョン)の能力。それがボクの目の前を覆い尽くさんばかりに襲い掛かってきた。

 

そしてそれを可能としているのは先程、全て消滅させた筈の異形の怪物達。

 

ウェルがボク達を亀裂に落とした瞬間、新しく生み出したコンソールを使い、ウェルはそれを更に呼び出していたのだ。

 

そしてボクはマリアを守る様に雷撃鱗を展開しながらもその爆炎に巻き込まれる。直撃しなくともボクへと向かいながら爆発した事で爆風が身を焦がす。

 

「くっ!」

 

「ガンヴォルト!」

 

マリアも心配そうに叫んだ。

 

「更にダメ押しですよ!」

 

そう言ってウェルが何かし出すと再びボクとマリアが爆風で身動きが取れない中で天井が落下してくる。

 

どうすれば助かるのか?そんな考える暇など与えない様に、落下してきた天井がボクとマリアを押し潰した。

 

「やったぞ…遂に…遂に僕はやり遂げたんだ!僕がこの手でガンヴォルトを殺してやったぞ!」

 

ただ無慈悲な現状。たが、ウェルに取っては待ちに待った現実が起こり、動力炉では歓喜の叫びが木霊していた。

 

その勝利を深く噛み締めながら、英雄になったと確信したウェルはボロボロになりながらも声高らかに笑うのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「奏!クリス君!」

 

「旦那…」

 

「おっさん…」

 

五人はようやく奏とクリスの元へと辿り着いたが、そこにいた二人はボロボロの姿ではある物の何処か痛みよりも悔しさを滲ませていた。

 

「すまねぇ…ウェル博士だけ捕まえ損ねた…せっかく倒した所なのに…せっかくガンヴォルトの為にアシモフの計画を潰せるところまで来ていたのに…」

 

奏が悔しそうに弦十郎に報告した。

 

「…こいつだけは取り戻せたのに…クソッ!」

 

クリスも自身が握るソロモンの杖を見てそう言った。

 

「それだけでも十分だ…よく頑張った、奏、クリス君。よく耐えてくれた」

 

そんな二人に労いをかける弦十郎。

 

「それよりも旦那…今状況はどうなってんだ?旦那にそれにこの二人…よかったな…大切な人を取り戻す事ができて…」

 

車に乗る切歌と調を見て安堵した。ガンヴォルトが来たからなんとなく察してはいたが、二人の無事な姿を見て本当に良かったと安堵する。

 

だが響を見て驚く。

 

「だけど響はなんでいる!?今お前にはガングニールはないんだろ!?」

 

奏の言葉に響はどう説明すればいいかアワアワと慌てるがそこは弦十郎がカバーに入る。

 

「何か力になれると行ったから連れて来た。俺の判断だ。状況が状況だ。少しでも救援に向かえる人員が欲しいんだ」

 

「分かった…でも、危険な真似をするなよ」

 

「全く…こいつの言う通りだ。誰かを救いたいと思うのはいい事だろうけど、自分も勘定にしっかり入れとけよ…あいつが悲しむだろうが」

 

「ごめんなさい」

 

弦十郎の判断という事とそれでも危険な真似をするなと釘を刺された響はシュンとする。

 

「そんなに責めるな。今はそんな事をしている場合じゃない。今の状況はこちらが優勢か劣勢か判断しづらい所だ。それにウェル博士が世界に向けて宣戦布告をした」

 

「ッ!?」

 

その言葉に奏とクリスが一番驚き、悔しそうな表情をした。自分達が倒し損ねたせいでそこまで事態が発展してしまった事に悔しさが滲み出る。

 

だが悔やんでる場合でもないと二人は弦十郎へと急いでなんとかしないと弦十郎に指示を仰ぐ。

 

「大丈夫。ウェル博士はガンヴォルトがやってくれる」

 

「マリアも救ってくれたガンヴォルトならどうにかやってくれるデス」

 

切歌と調が二人に向けて言った。

 

そう言って指を刺したのは車に備え付けられたナビ。それがワンセグに切り替わっており、そこにはガンヴォルトがウェルを殴り飛ばしている瞬間が映し出されていた。そして画面外へと飛ばされていくウェル。そしてそれと共にウェルの飛ばされて言った方へと歩むガンヴォルト。そして聞こえる地面へと叩きつけられる音と何がが折れる音。多分、ウェルを行動不能にする為に骨を折ったのだろう。だが、それでも装者達はウェルに行われた行動には何も口を出さなかった。今までの悪行からすれば当然の報いである。響もそこまでする様な事なのかと思ったが、そこまでしなければウェルは止まらない為に仕方ないと思うしかなかった。

 

「やっぱり…あいつは美味しいところを持って行きやがる…」

 

「私達がやりたかったが、世界の危機なのにそんな事を言ってられねぇか」

 

悔しそうだが、どこか晴れやかな顔でガンヴォルトがやってくれた事に胸を撫で下ろした。

 

「本当か!ならば急がねば!」

 

弦十郎もそれを確認するとすぐに奏とクリスに乗る様に言った。狭くなった車内だがそれでも二人の回収が済めば後はマリアをどうにかしなければならない為にそちらに向かう事に専念する。

 

だが、

 

「あいつ!」

 

「ガンヴォルトに何してやがる!」

 

目を向けていた奏とクリスの声が重なる。

 

「どうした!?」

 

ウェルがまた何か起こしたのかと不安になりながら、弦十郎も何が起こったのか確認する為にワンセグへと目を向けた。

 

救出されたマリアが、ガンヴォルトに抱きついている姿であった。

 

切歌と調べに関しては何も言っていない。だが、助けられた事、そして不安から解消された事から仕方がないのではないのかと言った風な表情であった。

 

響はそんな奏とクリスをあんな状況じゃ仕方ないと二人を宥めていた。だが、なんか本部でも一悶着あるのではと少し不安そうな表情で合った。

 

「二人共!今世界の危機にさらされているんだぞ!?嫉妬なんか後でいいだろ!」

 

弦十郎は頭を抱えながら、画面から目を離し、フロンティアの中央へと向き直る。

 

だが、

 

「そんな!?」

 

再び今度は装者達の声が重なった。

 

「今度はなんだ!?ガンヴォルトとマリア君が何をやらかした!?」

 

呆れながらも再びワンセグに目を移す。そこに映し出されていたのは揺れる光景。それと共に画面に再び映っていたガンヴォルトとマリア。だが、マリアが亀裂へと飲まれそうになる危機的状況であった。

 

「何が起こったんだ!?」

 

「わかんねぇ!だがはっきり聞こえた!あいつだ!ガンヴォルトがミスするとは考えられねぇ!あの野郎!まだ意識があって何かしやがった!」

 

クリスがそう言った。

 

「マリア!」

 

せっかく救われたのに再びの危機。そのマリアの危機に切歌と調も声を出す。

 

だが、無情にも亀裂が大きくなり、マリアを亀裂へと飲み込んでしまう。

 

「ガンヴォルト!マリアを!」

 

二人の声が再び重なった。今あの場にマリアを救えるのはガンヴォルトしかいないと。その思いが届く様に、画面に映っていたガンヴォルトもマリアの落ちた亀裂へと飛び込んでいった。

 

「お願いです…マリアさんを助けてください…ガンヴォルトさん」

 

響も画面に向けて祈る。

 

だが、それ以上にその願いを打ち消さんばかりの悲劇が映し出された。

 

それは落とされ、ガンヴォルトが飛び込んだ亀裂が徐々に元に戻ろうとしている事。そして更には天井が切り落とされた様にその亀裂を更に埋めようと動き始めた事。更には先程ガンヴォルトが倒したはずの怪物達が再び大量に姿を現した事。

 

目の前に現れた絶望。ガンヴォルトとマリアを必ず殺すという殺意の表れ。二重三重にも張り巡らした絶望。

 

ガンヴォルトなら大丈夫だと信じたい。だが、あまりにも絶望的な展開に誰もが何も言葉に出せなかった。

 

そして雷撃を迸らせながら二重の絶望を退けたガンヴォルト。だが、その絶望を退けたとしても三重目がそれを許さなかった。

 

初めに牽制とばかりに放たれた光。それをガンヴォルトはマリアを庇いながらも躱す。だが、それと同時に幾重にも出現した火球が画面を埋め尽くし、それが躱したガンヴォルトへと一斉に放たれる。

 

「やめろぉ!」

 

「ガンヴォルト!マリア!」

 

「ガンヴォルトさん!マリアさん!」

 

全員がその悲劇を否定して欲しいとばかりに叫ぶ。ガンヴォルトはマリアを守る様に自身の身体を盾に、そして雷撃鱗を展開させる。

 

だが、ワンゼクから鳴り響く爆発音。そして更には何が落とされた様な重厚ある音。

 

そして絶望が再び目の前に。

 

爆発が晴れた時には何も残っていない。あるのは瓦礫。そしてガンヴォルトがいた筈の空中には天井が再び落とされたのか、四角く切り抜かれた支柱が聳え立っていた。

 

ガンヴォルトの姿もマリアの姿も見当たらない。そこに有るのは希望の光が消えた絶望という光景のみ。

 

「ガンヴォルト!マリア!」

 

「ガンヴォルトさん!」

 

それぞれが誰も写らなくなったワンセグに叫んだが、その声には誰も反応を示さない。

 

そして、誰もいなくなったワンセグからはウェルの狂った様な叫びと未だに揺れる光景だけが残された。



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117GVOLT

9000字も書くなんて初めて…疲れた。


「ッ!?嘘デス!こんなの嘘デス!」

 

その光景を見て一番初めに叫んだのは切歌であった。救われたはずのマリアが、ガンヴォルトに助けられたはずのマリアが消えて死んだと思わせる光景を見て戦慄して叫んだ。

 

対照的に調はただ口を抑え、あり得ないとばかりに戸惑い、だが、その光景を目の前にして涙を流していた。

 

装者達もまた信じたく無いという風に言葉を失っている。

 

誰もがそうだろう。この現場を見て最前線で戦おうとする者、サポートする者からすれば絶望そのもの。

 

だが、完全に死が確定している訳ではない。そうと決まった訳ではない。あの時とは違うのだ。アシモフに敗北し、死に体となったガンヴォルトを見た時とは。アシモフに再び敗北し、通信がガンヴォルトと取れなくなったあの時とは。

 

弦十郎は耳元に付けた通信機をガンヴォルトの持つ通信端末へと繋げ、安否を確認する為に叫んだ。

 

「ガンヴォルト!生きているならば応答しろ!ガンヴォルト!無事ならば応答してくれ!」

 

ノイズが混じる通信。応答がない。だが、それでも叫び続けた。

 

「ガンヴォルト!声を聞かせろ!ガンヴォルト!」

 

何度目かの叫び。その声に応える様、急にノイズが消え、何かが地面へと接触する様な音が響くとともに、聴き慣れたガンヴォルトの声が届く。

 

『ッ…いきなり耳元で大きな声を出さないでくれ…』

 

「ッ!ガンヴォルト無事なのか!?」

 

弦十郎が叫ぶと反応するかの様に装者達も弦十郎の通信機へと向けて一斉に詰め寄ってガンヴォルトの安否、そしてマリアの安否を確認をし始める。弦十郎も流石に座席から立ち上がり、舗装されていない道路である為にもし大きな揺れが起きたら大変だと思い、すぐさま通信機の周波数と車に搭載されている通信機の周波数を合わせ、装者達に戻る様伝える。

 

『大丈夫だよ…少しヘマはしたけどね…でも…何で急に通信何か…』

 

ガンヴォルトは悔しそうにそう言った後、何故急に通信が入ったのかを理解しておらず、そう聞き返した。

 

「お前があの場で急に消えるからだろうが!こっちがどれだけ心配になった戻ってやがる!」

 

「それで!大丈夫なのか!?何度もないのか!?」

 

「ガンヴォルトさん!本当に何ともないんですか!?」

 

クリスが初めにそう言って奏がガンヴォルトが本当に無事なのか確認する。響も奏同様に、ガンヴォルトの無事を確認する。

 

答えは大丈夫だよと短くだが、声のトーンから本当に無事だと言う事が伝わる。そしてそれを聞いた奏、クリス、響が安堵する中、切歌と調がガンヴォルトに対して勢いよく聞く。

 

「ガンヴォルト!マリアは!マリアは!?」

 

「マリアは無事なの!?ガンヴォルト!」

 

『無事だよ。ボクがいうよりも君達二人にはマリアの声の方が信頼出来るから少し待ってて』

 

そう言うと通信機からくぐもった音が響くと、切歌と調にとって最も無事でいて欲しい人の声が聞こえた。

 

『切歌、調、私は無事よ。何ともないから安心して』

 

その声を聞いて二人は先ほどとは違った涙を流した。歓喜の涙。マリアが本当に助かっていた事に対する安堵の涙。

 

「よかった…本当に良かった…」

 

「マリアも無事で本当に良かった…」

 

二人は涙を流す。マリアも心配をかけて申し訳なさそうに通信機越しで二人に対してあやす様に声を掛ける。

 

「二人が無事で良かった。マリア君。ガンヴォルトにもう一度変わってくれるか?」

 

二人の無事を確認して弦十郎はマリアに対してそう言った。マリアもその言葉に倣い、再びくぐもった音が聞こえるとともにガンヴォルトへと通信が切り替わる。

 

「無事で何よりだ。あんな場面を見せられて本当に心配したんだぞ」

 

『あんな場面…あの映像が出回っているの?』

 

「ああ、ウェル博士があの光景を世界へと発信している。その映像を見させられたから、俺達はガンヴォルトの安否が心配だったんだ」

 

『放映されていたのか…あの場面を…』

 

ガンヴォルトはどこか申し訳なさそうにしている。

 

『あんな大見え切ったのに何も出来なかった…セレナを救う事も…ウェル博士を倒す事も…』

 

そして深く後悔しているのか通信機越しから暗くなったガンヴォルトの声が聞こえる。

 

「そんな事はない!元々は私達がちゃんとウェル博士を気を失わせておけばこんな事にはならなかったんだ!ガンヴォルトのせいじゃない!」

 

「そうだ!お前は悪くねぇ!」

 

ウェルの事を任されていた奏とクリスがそう言った。元はと言えばあの場で二人がウェルを取り逃がした事によって起きた事だ。だからこそ、二人の方がガンヴォルトよりも自分達が悪いと言う。

 

「今は誰が悪いと決めている場合じゃない」

 

「そうです。今は二人の無事をまずは喜びましょう。でも本当に無事で良かったです。それでガンヴォルト君。君はマリアさんと共にあの場で爆発に巻き込まれたはずです。無事な事は本当に良かったと思っています。ですがどうやってあの場面で助かったのですかる何故あの場からガンヴォルト君とマリアさんは消えたのですか?」

 

弦十郎が三人が責任を自分が悪いと決めようとするので弦十郎話の流れを切り、慎次がガンヴォルトに向けて無事で良かった事、そして何故あの場でガンヴォルトが助かっており、あの場から消えたかの説明を求めた。

 

『セレナのお陰だ…ネフィリムの中に未だ存在するセレナの魂が、今までマリアを守り続けていたんだ。それで今回の危機にマリアを守ろうとしたセレナが、ネフィリムの心臓に宿る第七波動(セブンス)亜空孔(ワームホール)を使ってボクとマリアをあの場から逃してくれた』

 

ガンヴォルトはそう言った。

 

「そうか…ナスターシャ博士の言っていたセレナ君…彼女は未だ抗っている…ならばやる事は決まっている」

 

弦十郎は静かにそう言った。未だネフィリムの中に存在するセレナの魂。アシモフの計画により使われようとする適合者である少女の名前。

 

『あの子も…セレナも救わなきゃならない…もう彼女が苦しまない様に解放してあげなきゃならない…』

 

「そうだな…一人で抗い続ける少女を…そしてそんな苦しみから解放させてやらなければならない。本当の意味で戦いに勝つ為にもだ」

 

救わなければならない対象。解放という救いを与えなければならない人。だが救う為にはやらなければならない事が幾つもある。そしてセレナ以外にも救わなければならない人がまだいる。

 

ならばやる事は決まっている。役割が決まっている。だからこそ弦十郎は言った。

 

「ガンヴォルト…お前は翼とシアン君の元へ向かえ。お前はウェル博士という男に構っている場合じゃない。ウェル博士という外道よりも、より強大で、悪意その物を具現させた存在、アシモフを倒さなくてはならない…今もなお足止めしながらも危険な目に遭う翼そしてアシモフの手の内で救いを求めているシアン君を救わなければならない」

 

『分かっているよ…シアンと翼はボクが救う。シアンを必ず取り戻す…アシモフに翼を奪わせない』

 

ガンヴォルトはそう言った。

 

『ボク自身もあの場でウェルをどうにか出来なかったから負い目を感じるけど…でも、マリアは救えた…だけどセレナを救えなかった…だから頼む…みんな…セレナを救ってくれ…ウェルを倒してくれ』

 

ガンヴォルト自身もその手でやりたかったであろう。だが、今の状況であればそれは難しい。

 

「任せて下さい!ガンヴォルトさん!もうシンフォギアは纏えないですけど、私だって力になって見せます!セレナちゃんを救って見せます!ウェル博士を倒して見せます!」

 

誰よりも早く響がガンヴォルトへと言う。

 

『ありがとう、響…でもシンフォギアを纏えないのなら危険な真似はしないでくれ…誰もかけちゃいけないんだ…この戦いで…』

 

過去の戦いで大切な人が肉体を失った。だからこそ、その言葉にはかなりの重さを秘めいている。

 

「安心しろ、ガンヴォルト。響は何があっても守るから。だからお前は翼を頼む。私達が束になった所でアシモフには敵わない。お前だけなんだ。翼を…シアンを救えるのは」

 

「この馬鹿のストッパーは任せとけ。私達が何とかしてやる。ウェルもだ。あの野郎は私達がこの手で今度こそ止めてやる。だから先輩と…あいつを…シアンを頼んだぞ」

 

奏とクリスがそう言った。

 

「私達だっているデス。もうこれ以上セレナをいい様に使わせないデス」

 

「そんなのマリアも…マムも悲しむ。だからガンヴォルト、貴方は自分の役目を全うして」

 

切歌と調もそう言った。

 

『ありがとうみんな…ウェル博士を…セレナを頼む』

 

ガンヴォルトはそう言い残すと通信機を切った。

 

「頼まれたのなら必ずやり遂げるぞ。アシモフの計画を。ウェル博士の暴走を俺達の手で」

 

弦十郎は装者達へとそう告げた。

 

その言葉には装者達は頷く。

 

そしてその言葉を聞いた慎次も、アクセルペダルを踏み切ってフロンティア中央へと全速力で車を走らせるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

通信を終えたボクはマリアを下ろし、先程ウェルから回収したギアペンダントをマリアへと返す。

 

「ごめん…あの時にマリアにこれを返していればマリアも危険な目に遭わず、セレナを解放できていたかも知れなかったのに…」

 

「もう過ぎた事よ。それに…あの場はあれで良かったのかも知れない…」

 

マリアはギアペンダントを受け取るとそう言った。

 

「セレナを苦しませたのは私自身よ…私が何も理解せず…この危機を誤った形で救おうとした…(テロリスト)になってでも、少しでも人類を救おうとした結果…それがセレナを苦しませる事になった…」

 

マリアはボクに向けて語り始める。

 

「外道達と手を組んででも成し遂げなければならない…どんなに犠牲を出してでも人類を存続させなければならない…そんな使命を感じて手を組んだ結果がセレナを苦しめた…ネフィリムの中にまだセレナが残っていると知らずに…」

 

そう言ってマリアはボクの渡したガングニールの入るものとは違う、もう一つのギアペンダントを取り出した。ガングニールが入るギアペンダントとは違い、ボロボロとなり、ギアペンダントとしての機能を失ったもの。

 

「セレナを苦しめ続けたのは私のせいだ!私が不甲斐ないばっかりに…それなのにセレナは私を守り続けてくれた…だから…だから…セレナは私が解放してあげなきゃいけない!あの子の姉として!血の繋がった家族として!」

 

マリアはボクに向けてそう告げる。ボク自身もマリアが語った気持ちは痛いほど分かる。

 

マリアはかつてのボク自身と重なる部分は多くあるからだろう。

 

互いに大切な人を失い、その人物に守られ続けていた事。自分の我を通すために、(テロリスト)となった事。その我を通し続けた先に、望んだ幸せがあると信じていた事。

 

望んだ幸せは同じ人物によって砕かれている。

 

アシモフと言う男に。

 

ボクはその目標を糧に戦いに身を投じ、裏切られ、マリアも外道であると知りながらも、人類を可能な限り救おうと(テロリスト)と言う道を選び、その道はアシモフの計画の一つに過ぎず、用済みとなり裏切られた。

 

だからこそボクもマリアがそう言った意味を汲み取る事が出来た。

 

「もうセレナをこれ以上苦しませない。セレナは私自身が救わなきゃならない。こんなになるまで何も出来なかった私だけど…それでも…私はどうしてもセレナを私の手で解放させたい!だからお願い!ガンヴォルト…私に…私にも…手伝わせて…」

 

マリアはすがる様にボクへと言った。

 

「…手伝うも何も…こっちも手が足りなかったところだよ…それに、ボクも大切な人を失っていたからマリアの気持ちがわかる…だから任せたい…セレナを…ウェル博士を…みんなと共に止めてくれ…一緒にこの世界をアシモフとウェル博士から守ってくれ」

 

ボクはマリアへとそう言った。

 

マリアもその言葉を受けて涙を拭いありがとうと言う。

 

だがしかし、ボクもマリアもそう言ったもののある問題に直面している。

 

それはボク達がどこへ飛ばされたかわからないという事。マリアを自動的に守ろうとして出現した亜空孔(ワームホール)。辺りを見て未だフロンティア、しかも空が見えない場所である為、地下空間にいるのは理解出来たが、どこにいるかまでは分からなかった。

 

どうしたものかと考える余裕などない。ボクはアシモフの元にいる翼、そして奪われたシアンを一刻も早く救わなければならないからだ。

 

だが、自分達がどこにいるかも分からない状況であるために答えは出ない。

 

しかし、

 

『ありがとう…マリア姉さん…それに…雷撃を纏うお兄さん…私を救おうとしてくれて…』

 

「ッ!?」

 

二人に聞き覚えがある声が響く。

 

「セレナ…セレナなの!?」

 

その声に初めに反応したのはマリアであった。

 

姿なき妹の声。何年も聞くことのなかった声にマリアはセレナの姿を探す。

 

だがセレナの姿は見当たらない。

 

『そうだよ…マリア姉さん…ごめんなさい…こんな時にしか声を聞かせられなくて…』

 

マリアへと申し訳なさそうに言うセレナ。

 

『でも…二人の気持ちは嬉しかった…だから…マリア姉さん…雷撃を纏うお兄さん…私の最後のお願いを聞いて…私自身ももう覚悟は決めてる…だから…私を…ネフィリムを壊して…動力炉となっているネフィリムの心臓を…もうあの人達は止まらない…このままじゃみんなが望んでいない結末になるのは目に見えてる…だから…全部壊して』

 

セレナがそう言った。

 

「分かっている…でも…でも」

 

マリアの中でセレナの声を聞いてしまい、覚悟が揺らいでしまった。

 

まだセレナの意識があるのならば助けられるんじゃないかと。セレナはマリアの気持ちへと気付いているが、それでも残酷な真実を告げることしか出来なかった。

 

『マリア姉さんの気持ちは嬉しいよ…勿論…私もそんな結末があれば良かったと思ってる…でも…それは叶わないの…私はもうネフィリムに食べられた時から長い時間眠っていて肉体があるかもわからない…意識しか無い状態…多分どうやったって助からない…』

 

マリアへと向けてそう言った。

 

残酷な真実。もうセレナを壊す以外助ける方法がない事を告げた。

 

「…ごめんなさい…でも分かっていても…セレナの声を聞いたら…そんな可能性が有ればと思ったの…」

 

『マリア姉さん…ごめんなさい…もうこれしか方法がないの…』

 

そう言ったセレナは続ける。

 

『時間がないの…ネフィリムの細胞でフロンティアに出現した怪物…あれは今の私にはどうも出来ない…もう私自身の力でなくとも…こんな悲劇…もう見たくない…だから…お願い…マリア姉さん…ネフィリム心臓を…私を壊して…』

 

セレナの懇願。マリアはもうその想いに応えるしか出来なかった。

 

涙を流しながらマリアは言う。

 

「ごめんなさい…こんな形でしか貴方を救い出せない姉で…」

 

『ううん…謝らないで、マリア姉さん。もうこの方法しかないんから…それにありがとう…今でも私をこんなにも想っていてくれて…だから…マリア姉さん…私を壊して(救って)

 

そう言うとマリアとボクの前に一つの亜空孔(ワームホール)による穴が出現する。

 

その穴は先程の空間へと繋がっており、大量の怪物がウェルを担ぎ、安全圏へと移動させようとしている。

 

「マリア…行ってくれ…もうセレナを苦しませない為にも…セレナの最後の願いを叶える為にも…」

 

ボクはマリアへとそう言った。辛い気持ちは理解出来る。だが、ボクだろうとマリアだろうとセレナを救うには壊す以外ない。生存が叶わない以上解放する事でしかセレナを救えない。

 

マリアも悲しみながらも揺らいだ覚悟を持ち直してセレナに言った。

 

「セレナ…もう貴方に辛い事はさせない…」

 

『ありがとう…マリア姉さん…だから最後に私がマリア姉さんに出来る事…あの子と僅かながらに繋がって届ける事のできる少しの贈り物…』

 

その言葉と共にどこからともなく現れた淡いピンクと蒼い色彩の蝶。

 

それがマリアの握る壊れたギアペンダントへと近づいて、光を与えた。

 

その意味はまだボクには分からない。でもマリアは分かっているのか、穴へと駆け出した。

 

「ガンヴォルト…貴方はアシモフを…私はセレナを必ず救う…だから…貴方もこの世界を救って…あの子が守ろうとしている世界を」

 

そう言って穴へとマリアが入ると穴が閉じていった。

 

『そして貴方も…』

 

そう言ってセレナはもウェルの一度亜空孔(ワームホール)を開いた。

 

それは空に繋がっている様で青空が見える。だが、それ以外にも僅かながらに聞こえる歌に、そこが何処なのかが理解出来る。この下に翼がいる。シアンがいる。アシモフがいる。ここで救わなければならない大切な人と奪われた大切な人がいる。

 

一人では辿り着くことが遅れていたかもしれない。だからこそ、セレナに感謝を伝える。

 

「ありがとう…それとボクもごめん…あの時…君を救えなくて…」

 

『いいんです…マリア姉さんなら…やってくれますから…でも…貴方みたいな人に一度でもいいから声だけじゃなくて面と向かって会ってみたかったです…マリア姉さん…マム…暁さん…月読さんを救ってくれた貴方に…』

 

悲しそうに言うセレナ。

 

「ボクもだよ…君みたいな優しい子に…一度でもいいから面と向かってお礼を言いたかった…」

 

ボクはそう言った。

 

何度も助けてくれたセレナ。叶う事なら面と向かってお礼を言いたかった。だが、それは叶わない。だからボクはもう一度虚空へと向けて言う。

 

「ありがとうセレナ…助けてくれて…そしてボクを翼の元へ…シアンの元へ連れて行ってくれて…だから…もう少し我慢してくれ…この戦いを終わらせてみせるから…君を苦しませるアシモフを…ウェル博士をここで止めるから」

 

そう言ってボクはその穴へと飛び込んだ。

 

『…ずるいですよ…そんなの…私は助からないのに…叶わないのに…貴方と共に歩みたいと思うじゃないですか…』

 

ボクには聞こえなかったが、最後に何かセレナが言い残したと同時に穴が消えていく。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「いい位置に僕を運んでくださいよ。壊れたこの国の首都が見える位置まで」

 

そう言いながら動けない身体を怪物たちに運ばせてモニターが一番見えやすい場所へと移動するウェル。

 

腕が折れ、足が折れてもそんな痛みを気にする事のない歓喜に満ち溢れていた。

 

この手でガンヴォルトを始末出来た。もうこれで本当の意味で英雄になれた事にウェルはにやけ顔が止まらなかった。

 

「もうこれで僕は英雄だ。アッシュと共に歩める程の功績を僕の英雄譚(サーガ)に刻む事が出来たんだ」

 

嬉々した声でそう笑うウェル。そしてモニターが一番見えやすい場所にまでくると怪物が変化して椅子の様なものに変わる。

 

その上に座るウェルは更に英雄譚(サーガ)に新たな歴史を刻もうと首都を攻撃しようとした。

 

だが、視界の端に捉えた何かがその行動を阻害させる。

 

「ッ!?何故貴方が生きているんです!この裏切り者が!」

 

そこにいたのは先程殺したと思っていたマリアがいたからだ。

 

ガンヴォルト共に殺したはずなのに生きているマリアを見て歓喜が激怒へと変貌する。

 

「黙れ!貴方が英雄になる事はない!もうこんな悲劇しか生まない戦いを終わらせる!セレナを救ってみせる!」

 

「何も出来ないお前如きがほざくなよ!」

 

そう叫ぶウェルは全ての怪物達に命令を下した。攻撃を首都ではなくマリアへと向けたのだ。

 

裏切り者のマリアに対して過剰な攻撃。それほどウェルは激怒していたのだ。全部じゃなくても良かったのだが、殺しても実は生きていたと言う事実が、ウェルの思考を短慮に変えていた。

 

だが、ウェルが攻撃の宣言をしたと共に、マリアが歌を歌う。

 

装者がシンフォギアを起動の為に紡ぐ聖詠を。

 

「Seilen coffin airget-lamh tron」

 

それは今まで使っていたガングニールの聖詠ではない別の聖詠。

 

そしてその歌と共にマリアの握るギアペンダントが光り、マリアを包み込んだ。

 

その光が晴れた先には今までとは真逆のカラーリング、漆黒のガングニールのシンフォギアとは異なる純白のシンフォギアを纏うマリアの姿であった。

 

アガートラーム。壊れたギアペンダントの中にあった元はセレナの所有していた聖遺物。

 

壊れて聖詠でも起動しない筈のシンフォギア。

 

だが、それは今までの事。今はセレナの最後の願いを叶える為、セレナの想いとそれに応える様に僅かながらにセレナにも反応したシアンの電子の謡精(サイバーディーヴァ)が奇跡が起こし、限定的に起動させる事に成功したシンフォギアであった。

 

「もうこんな悲劇は終わらせる!」

 

そしてセレナの想いとシアンの力が僅かながらにあるアガートラームを纏うマリアは怪物達に向けて開戦の狼煙が如く叫ぶのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

ボロボロになり膝をつく翼の前にはダメージがないアシモフが立っていた。

 

「もう終わりだ。風鳴翼」

 

そう言いながら翼との距離を詰めてきているアシモフ。

 

翼は迎撃しようとするもつるき剣を杖にしても立ち上がる事すらままならない。

 

「まだだ…」

 

だがそれでも己に化した使命を、誓った約束を反故せぬ様に立ちあがろうとする。

 

「無駄だ」

 

だが、それよりも前に雷撃を纏う拳が翼の腹に撃ち込まれた。

 

「ガァ!?」

 

そのまま殴り飛ばされた翼。そしてそのまま倒れ、今度こそ立ち上がることすらままならない。

 

だがそれでも歌うことだけは辞めなかった。

 

この歌が道標であるからだ。歌わなければガンヴォルトに居場所が伝わらないからと途切れ途切れでも常に歌い続ける。

 

「無駄だと言っているだろう」

 

そう言いながら再びアシモフは倒れる翼の元へと歩み寄る。

 

「これで終わりだ。貴様はもう私のものとなる」

 

そう言って近付いたアシモフは雷撃を腕に迸らせると倒れる翼の前にしゃがみ掴もうとした。

 

ここまでなのか…結局自身はガンヴォルトが来るまでの時間すら稼げないのかと翼は歌いながらも自分の不甲斐ないと感じるばかりだ。

 

そしてその不甲斐なさが自分を終わらせようとする。シアンの力を借りても時間を稼げなかった事。アシモフに自身を奪われない様に奮闘しても結局は結末が最悪な方向に行った事。

 

(ガンヴォルト…ごめんなさい…私は何も出来なかった…貴方が…来るまでの時間稼ぎすら…)

 

涙を流し、心で不甲斐ない自分を責める。

 

だが、そんなアシモフが急に飛び退いた。それと同時に、何かが翼の前へと舞い降りる。

 

「貴様…本当にタイミングが悪い時ばかりに!」

 

「ボクとしてと最悪のタイミングだよ」

 

怒りが孕む言葉と共に翼の目の前に降り立った存在をようやく見ることが出来た翼は涙を浮かべながら頼もしい背中へと向けて言う。

 

「ガンヴォルト…よく…来てくれた」

 

「翼、よく頑張った…よく歌い続けてくれた…よく自分を守り抜いてくれた…後はボクがやる…アシモフはボクが終わらせる」

 

ガンヴォルトは翼をちらりと見ると翼を安心させる様にそう言った。




ついに二つの場所で決戦が開幕すします。
残りはもう少し先で。


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118GVOLT

ついに終わりが見えて来た…あと二十話くらいで本編は終了する予定であります。
多分仕事が忙しく無ければ九月か十月で終わるとは思います。
取り敢えず本編終了後は異聞録の白き鋼鉄のXの更新を再開と迸らないを書いて少し本編の補完とかを更新するくらいですかね。
三周年も二周年同様特に考えていません。
本編を終わらせるのに忙しいので。


「マリア!」

 

ガンヴォルトとの通信からしばらくしてから画面にはマリアが再び現れた事に切歌と調が声を上げる。

 

そしてマリアは今までと違う聖詠を歌うと共にシンフォギアを纏い怪物達へと戦いを始めた。

 

「ガンヴォルト…マリア君がそこにいると言う事はお前は翼の元に…シアン君の元に…アシモフを止めに向かったと言う事か」

 

弦十郎はマリアが現れ戦う姿を見ながら、その場に先程通信した後現れないガンヴォルトが自分の使命を全うしていると願う。

 

「マリアさんが頑張っている!師匠!私達も早く!」

 

「分かっている!」

 

響の言葉に弦十郎はそう返す。急がなければとは思っていても既に車は最高スピードを出し続けている為に加速する事は不可能。

 

だが、その加速のおかげでもう目の前にはフロンティアの入り口が見えている。

 

「このまま突っ込みます!全員捕まっていてください!」

 

そう言うと傾斜にそのままのスピードで乗るとそのままの勢いを緩めずに走らせ、フロンティア内部へと繋がる入り口に傾斜から車が中を浮きながらも走り抜けてフロンティア内部へと突入する。

 

「ッ!正念場だ!装者全員!シンフォギアを纏え!」

 

そして突入したと同時に弦十郎が叫ぶ。そして各々が聖詠を歌い、響以外がシンフォギアを纏った。

 

「敵はいないが何が起こるか分からない!いつでも戦闘になる可能性を頭に入れておけ!」

 

そう叫ぶ弦十郎に装者達は頷く。

 

「司令、ここまで辿り着きはしましたがマリアさんがいる場所までのルートは?」

 

『既に把握してますよ!緒川さん!』

 

慎次の言葉に反応したのは本部のオペレーターである朔也であった。

 

『ガンヴォルトが簡易的にルートを通信機から自動で送信していてくれていたので今車の備え付けられたナビに送りました!」

 

そしてあおいが通信機越しにそう言うとマリアが映されている画面を切り替え、戦闘しているマリアとウェルの元に向かうルートが映し出された。

 

「よくやった!」

 

だがそのルートは複雑であり、ガンヴォルトも迷いながらも辿り着いたのであろう。かなりの道のりがあり、到着まで時間がかかりそうであった。だが、その他に矢印で一直線のルートが作られている。

 

ルートを見て慎次が弦十郎へと聞く。

 

「…幾らなんでもこのルートまで考えますかね?」

 

「急がねばならないんだ。藤堯も友里も考えて、そして装者もいるから一応作ったのだろう。それにこのルートならば時間をさらに短縮出来る」

 

慎次は苦笑いを浮かべながらもそうですね。時間がないですからねと言う。そして弦十郎はすぐさま装者達に向けて言った。

 

「悪いが最短距離で行くぞ!だが、そのルートは君達の力が必要だ!やってくれるな!?」

 

「分かってるよ!でも、まさかここでシンフォギアを纏って一発目が戦闘じゃなくてこれだとはね」

 

「別にいいだろ。そんな事。あの野郎を早くブッ倒せるのなら願ったり叶ったりだ」

 

「マリアの元に少しでも早く辿り着けるのなら問題ないデス!」

 

「うん。早くマリアの力になりたい」

 

装者達はそのルートに呆れもせず、その案に直ぐに乗っかる。

 

「お願いします!みんなでマリアさんの元にすぐ向かいましょう!」

 

響がシンフォギアを纏う装者達に向けてそう言うと全員が任せろ各々の口でそう言った。

 

「頼んだぞ!」

 

弦十郎がそう言うと共に慎次は今まで同様にアクセルをベタ踏みでそのルートに向かって突き進む。

 

そのルートとは存在する壁をぶち抜いて進むと言う至ってシンプルな方法。装者という第七波動(セブンス)以外の人智を超えた力を持つ元がいるから出来る芸当。

 

だからこそ、装者達は立ち上がると奏が車のフロントへ飛び移り、そして切歌と調が側面に、クリスが後部座席から更に後方へと乗り出す。

 

「前が見えないかもしれないけど我慢してくれよ!緒川さん!」

 

「前が見えなくてもそのくらい大丈夫です!奏さん!道を切り開いてください!」

 

「任せろ!三人共!吹き飛んだ瓦礫は頼んだぞ!」

 

そう言って奏が槍を構えると同時に穂先が回転する。

 

回転する穂先をそのまま振るうと巨大な竜巻を形成し、それを壁に向けてぶつける。

 

ぶつかり合った竜巻と壁。アームドギアが生み出した強力な力は壁などものともせずにぶち抜いていく。

 

そして飛び散った瓦礫が車へと襲い掛かろうとするが、側面は切歌と調が、上空から落ちてくる物はクリスがそれぞれ破壊していく。

 

大きく揺れる車内。だが、慎次はブレーキなど踏まずアクセルを踏み続けて速度を落とさない。

 

道なき道を切り開いて進む一行。極力時間をかけずマリアの元へと辿り着こうと壁をぶち破って突き進む。

 

そして、車内の位置が目的地である動力炉の前に来て、最後の壁をぶち破った瞬間、大きな空間に出ると共に車は大きく浮遊する。

 

「司令!響さん!しっかり捕まってください!」

 

そしてその瞬間に装者達は勢いよく飛び出す。そして浮遊する車が地面へと上手く着地すると同時に大きな揺れで響は飛び出しそうになるが、弦十郎がそれを抑える。

 

そして着地して止まった車。

 

それと同時に何度も聞いた悪き声が全員の耳に響いた。

 

「次から次へと!本当に面倒臭い人達ですね!機動二課!」

 

それは腕を折られ、足も折られながらも未だ健在するこの事件の首謀者である片棒のウェルであった。

 

「切歌!調!」

 

それに気付いたマリアも二人の大切な物達の乱入に声を出す。

 

「マリア!」

 

二人はその声に応えると共にマリアの周辺にいる怪物を各々のアームドギアで斬り伏せるとマリアに抱きつく。

 

「よかったデス…マリア…本当に無事で良かったデス」

 

「無事でよかった…マリアが本当に無事でよかった…」

 

そんな二人同様に、マリアも二人を抱き止める。

 

「切歌…調…ごめんなさい…心配をかけて…迷惑をかけて」

 

マリアも二人との再会に涙を流しながらも二人の存在を強く感じるように強く抱きしめる。

 

「感動の再会に水を差すのは悪いと思っているけど、後にしてもらっていいか?」

 

奏がそんな三人へと向けて爆炎(エクスプロージョン)の火球を放とうとする怪物を斬り伏せてそう言った。

 

「ああ。そういう事はこの戦いが終わった後にしてくれ。まだあの外道がそんなお前達を殺す勢いで睨んでるんだからな」

 

クリスは周辺にいる怪物達をガトリングで一掃しながらそう言った。

 

「分かっているわ…貴方達にも悪いとは思っている…私達のせいでこんな事になって…こんな後始末を任せる事になって」

 

切歌と調を離し、マリアは己がアームドギアである短剣を強く握りながらそう言った。

 

「もう過ぎた事だ。そんな事を気にしていても終わるわけじゃない」

 

奏はマリアに向けてそう言いながら、迫り来る火球や光線、穂先を回転させて迫り来る黒い粒子を吹き飛ばしながらそう言った。

 

「こいつのいう通りだ。過ぎた事を気にしても仕方ねぇ。私もその気持ちは分かるからな…」

 

かつても自身の過ちによって過去の凄惨な現場を作った事があるクリスはマリアの気持ちをよく理解出来る。

 

「過ちと認めるならもう止める事に集中するしかねぇだろ。謝るも償うのもそこからだ。終わらせないと何も始まらねぇ。何も出来ねぇ」

 

そう言ってクリスも光線と火球、そして黒い粒子を放とうとする怪物達を蹴散らしながらそう言った。

 

「デスね…マリア…償う為も…終わらせるデス」

 

「何も失わない為にも、終わらせようマリア。一人じゃなくてみんなで一緒に」

 

「…そうね…終わらせましょう!」

 

そして三人は己がアームドギアをそれぞれが構え、怪物達を蹴散らそうと駆け出した。

 

その一方で怪物達から離れた場所に降り立った車。あたりにいる怪物達がクリス達が倒してくれた事で一時的な安全を確認すると弦十郎と慎次が車から飛び降り、ウェルの方へと向かう。

 

「辿り着いたぞ、ウェル博士。ガンヴォルトの代わりにお前の野望を止めに来た」

 

「あの時のようには行きません。もう貴方を逃しません。ここで終わらせましょう」

 

弦十郎は拳を握りながら、慎次は懐から銃を取り出してウェルへと向けて言った。

 

「ッ!?」

 

弦十郎と慎次の言葉に狼狽えるウェル。

 

ウェルにとって目の前の二人は恐怖を掻き立てる存在である。ガンヴォルトや装者とは違い、生身で、しかもガンヴォルトの様に第七波動(セブンス)などの特殊な力を持たないが完全聖遺物、ネフィリムを倒せるだけの力を持った規格外の存在。そして同様に過去の戦闘でノイズを使い、殺したはずなのに生きていたなど、弦十郎とは何をしたのかわからないからこそ、異質な恐怖を掻き立てる慎次。

 

今のウェルにとって装者達よりも、ガンヴォルトよりも、その異質さが恐ろしさとして認識されている。

 

ソロモンの杖を奪われ、手足は変異した腕のみを残し全て折られている状態。ウェルはそんな状態であるからこそ、喚き散らしたくもなる。

 

だが、それでも自身はもう英雄となったと言う思いがそれを踏み止まらせる。

 

「何が僕を止めるだ…何がガンヴォルトの代わりだ!貴方達は今の僕に何も出来ない!この怪物はまだ沢山出せる!この怪物が!ネフィリムの細胞によって作られた第七波動(セブンス)を持つ兵器に敵うわけないだろう!」

 

そう叫ぶとウェルは唯一動かせる変異した腕を動かして更に怪物達を作り上げる。

 

だが、

 

「フンッ!」

 

出現する前に弦十郎が力強く地面を踏み抜くとそこから亀裂が走り、折角作り上げた怪物達は完全に顕現する前に粉微塵となって消えていく。

 

だが、それでも倒しきれなかった怪物達もいたが、動き始める前に幾つかの銃声が響くと共にその怪物達は動けなくなり、離れた所で戦う装者達の攻撃の余波によって砕け散った。

 

「ッ!?」

 

あまりの突然の出来事。そしてその二人が無傷で出現した怪物達を一瞬で蹴散らす様を見てウェルは更に狼狽えてしまう。

 

「巫山戯るな…巫山戯るなよ!何なんですか貴方達は!何者なんですか貴方達は!聖遺物を起動して纏うシンフォギアを持たないのに!ガンヴォルトやアッシュの様に特別な第七波動(セブンス)と言う力を持たない貴方達は!一体何なんですか!」

 

あまりにもこの二人の異質さに恐怖が更に助長してウェルが叫んだ。

 

「大人だよ。この国を守りたいと言う思いと、お前達の様な輩にこの世界を終わらせないと言う信念を持って立ち、子供達だけに全てを押し付けない為に、そして仲間に頼まれてお前を止める為にここまで来た大人だ」

 

「貴方達とは違い、終焉や破滅などではなく、この世界を守ろうとする立派な大人ですよ」

 

「ッ!何が大人だ!答えになってないんですよ!何なんですか!?本当に意味が分からない!分かりたくもない!いい加減死んでくださいよ!僕の目の前で!英雄である僕の目の前で!」

 

そう叫ぶウェル。

 

だが、

 

「死ぬわけにはいかないんだよ!誰ももう殺させるわけにはいかないんだよ!決めているんだからな!この中の誰一人欠けずに終わらせると!ガンヴォルトと約束しているんだよ!」

 

「ガンヴォルト君がアシモフを倒し、シアンさんも翼さんも無事に連れて帰る!だから僕達全員がここで貴方を止める!」

 

そう叫んだ弦十郎と慎次がウェルへと駆け出す。

 

「来るな!来るんじゃない!こいつらをやれ!僕の目の前で殺してくれ!」

 

そう喚くウェルは装者達を襲わせている怪物達の一部を弦十郎と慎次を殺す様に命令をする。

 

その命令に反応した一部は亜空孔(ワームホール)を開いて立ちはだかる様に二人の前に現れる。

 

しかし、

 

「やらせるわけねぇだろ!」

 

その現れた怪物達は遠方からの狙撃で倒されてしまう。

 

「ッ!?」

 

ウェルはすぐさま狙撃された場所を見ると怪物達がウヨウヨいる中、奏やマリア、そして切歌と調の四人に自身へと迫る怪物達を任せながら二人の前に居る怪物を処理したクリスの姿。

 

「私達がもう一度ぶちのめしたいのは山々だが、そうは言ってられねぇ!だから代わりにぶちのめしてこい!」

 

二人へと向けてクリスがそう言った。

 

「任せておけ!」

 

「任せてください!」

 

弦十郎と慎次は崩れゆく怪物を避けながらウェルへと向けて更に加速して駆け出した。

 

「来るな!来るな!」

 

ウェルは怪物達を生み出して二人を止めようとするが、装者達、そして異質な二人によって全てが無意味と化す。

 

「ッ!来るんじゃない!」

 

そう叫んだウェルが唯一動く変異した腕でもう一つのコンソールに触れた。

 

それと共に動き出す動力炉。

 

「ッ!?」

 

突然の事に弦十郎も慎次も僅かに駆ける速度が失速する。

 

それは車内で見たことのある光景。動力炉が形を変えて、怪物達以外の存在を、装者と弦十郎と慎次と言う遺物を排除しようと蠢き始めた。

 

地面は弦十郎が踏み砕いた亀裂よりも大きな亀裂を生み出し、更にウェルのいる場所が盛り上がると共に、天井が割れて、その中にウェルを逃す様に勢いよく登り始めた。

 

「逃すか!」

 

「逃しません!」

 

弦十郎と慎次はウェルを逃すまいと失速する前よりも早く、駆ける。

 

装者達も怪物を倒しながら、亀裂に落ちたりしない様にウェルへと向かい駆け出す。

 

だが、

 

「きゃぁ!」

 

装者達は勿論、弦十郎達もその声に足を止めてしまう。

 

車に未だ残っていた響が車にまで到達した亀裂により、車が落下しそうになっているのを目撃してしまった。

 

「何をしているの!?ギアを纏いなさい!」

 

たった一人だけ響がギアを纏っていない理由を知らないマリアがそう叫んだ。

 

「ッ!無理だよ!マリア!あの人はもうギアを纏えない!聖遺物を持っていないの!」

 

マリアに向けて調がそう言った。怪物の相手をしながら響の元に駆け寄ろうとしているが調どころか他の全員、怪物の相手をして響を救う余裕すらない。

 

「何でそんな子を連れて来たの!?」

 

マリアの叫びは真っ当だ。だが、そう決めたのは響で弦十郎もそれを了承した。だからその叫びに何も言い返せない。

 

そしてウェルよりも響を救う事を優先しなければと弦十郎と慎次は足を止めようとしてしまう。だが、二人だろうとこの距離が間に合うのだろうか。

 

間に合わない。

 

装者達は?

 

先ほども言った様に怪物がそれを阻む様に立ち塞がり、響へと装者達を向かわせない。

 

誰一人欠けてはならない。それなのに響を失わせない様にするにはどうすればいい?

 

一瞬にも満たない時間で弦十郎や慎次はその答えを探す。だが、そんな時間すら、猶予すら与えない様に、車が完全に亀裂に飲まれた。

 

だが、響は間一髪の所で車から脱出して何とか危機を脱した。

 

だが、危機を脱しても危機は終わらない。

 

次は響を落とそうと更に亀裂が広がり、響を囲んで身動きを取らせなくさせる。

 

そして最後の足場から落とそうと足場を亀裂が飲み込み込もうとしている。

 

「ッ!貴方達はウェルの元へ!あの子を連れて来たのは間違っている!でもさっきも言われた様に過ぎた事を今になってとやかく言ってられない!」

 

そう叫んだのはマリアであった。

 

何か策があるのか?そう考えるが、今は考える暇すら惜しい。弦十郎と慎次は上がっていく地面を飛びながらウェルのいる場所へと駆け上がる。そんな中、マリアも動き出する。何かを取り出すと響へと向けて叫んだ。

 

「歌いなさい!貴方の信じる胸の歌を!貴方に力を与える歌を!立花響!」

 

そしてマリアは何かを響に向かって投げる。

 

響はマリアが何の為に歌えと言うのか分からなかったが、その投げられたものを見て亀裂により無くなる足場から勢いよく飛んだ。

 

そして投げられた物を掴むとマリアが言う様に今までシンフォギアを纏う際に歌う馴染みの聖詠を歌う。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

そして響は光に包まれる。そして光が収まると共に亀裂を脱した響は見慣れた黄色いシンフォギアであるガングニールを纏っていた。

 

マリアが投げたものはガングニールの聖遺物が収められたギアペンダント。ガンヴォルトがウェルより奪い返し、マリアに返されたガングニール。それをマリアは響へと投げ渡したのだ。

 

そして本当に生身という危機を脱した響。

 

そして近くにいる怪物達を己がアームドギアである拳で怪物達を粉砕する。

 

「ありがとうございます!マリアさん!もう足手纏いにはならない!私も守るんだ!この世界を!みんながいるこの世界を!」

 

響は再び得たシンフォギアを纏い、そう宣言した。

 

ウェルのいる場所に駆ける弦十郎と慎次もそれを聞いて安心し、そして世界の危機を二人も救うべく、ウェルの逃げる空間にギリギリで突入する事に成功した弦十郎と慎次。その空間は先程の動力炉とは蓋周りも小さい空間であり、こじんまりとしていた。

 

装者と離された。だが、今の装者達ならば大丈夫。今のあの六人なら大丈夫と信じ、二人は怯えるウェルと対峙する。

 

「ケリをつけるぞ、ウェル博士」

 

「ここで終わらせましょう」

 

そう言ってウェルを追い詰めていく二人。

 

ウェルもまさかここまで来れるとは思っておらず、二人が近付く度に折れた腕と足を、変異した腕を使い、弦十郎達から離れようとする。

 

だが、そんな事では二人の歩くスピードと這うスピードにかなりの差がありすぎる為に、ウェルとの距離は縮まっていく。

 

「巫山戯るな!こんな所で終わってたまるか!僕はもう英雄なんだ!僕はこの世界の英雄なんだ!僕は終わらない!僕達の理想はこんな所で終わりなんかするはずがない!」

 

錯乱したウェルがそう叫んだ。

 

「いいや終わりだ。お前はここで終わる。アシモフもガンヴォルトが終わらせる。お前達の理想は絶対に叶わない」

 

弦十郎はウェルに向けてそう言った。

 

「終わらない!こんな所で終わるわけがない!」

 

まるで駄々をこねる子供の様にそう叫び続ける。

 

そんな状況のウェルを終わらせようと二人は駆け出した。

 

だが、

 

「僕とアッシュの理想は終わらないんだ!」

 

ウェルはそう叫ぶと唯一正常に動く変異した腕を懐へと突っ込んだ。

 

もう何もさせない。二人はウェルにもう何もさせないとばかりに一気に距離を詰めると互いの拳をウェルへと全力で叩き込んだ。

 

「ブゥ!?」

 

何とも情けない悲鳴をあげるウェル。だが、情けないの悲鳴も仕方ない。

 

片や素手でコンクリートや完全聖遺物を圧倒するほどの腕力を持つ人間の拳、もう片方の人物もそこまでとは言わないが、ガンヴォルトの雷撃を纏った状態に匹敵する程の運動能力を持つ程の人間の拳。

 

その二つをまともに、そして今まで積み重ねの様に装者である奏とクリスにも、そしてガンヴォルトにも打ち込まれ続けた顔面はもう限界を超えていた。

 

それをまともに受けたウェルは壁まで吹き飛ばされ、肉体も壁へとめり込む。

 

「これで終わりだ。ウェル博士。貴様の野望もここまでだ」

 

弦十郎は壁にめり込んで動けないウェルへとそう言った。

 

だが、

 

「アアァァ!」

 

突如としてウェルが叫び始めた。

 

「ッ!?あれだけ受けてもまだ叫ぶ元気があるみたいですね…」

 

二人の全力を受けてもまだ意識のあるウェルに二人は少しだけ狼狽えた。

 

だが、ウェルの叫びはいつしか獣の様に変化していくと共に、ウェルの身体が、徐々に変化していく様を見て戦慄する。

 

「ッ!?」

 

「フザケルナァ…フザケルナァ…ボクハ…ボクハコンナトコロデオワラナイ!」

 

先程から聞き飽きるほど聞いたその台詞。だが、その台詞を叫ぶウェルはもう人と呼べるそれでは無かった。

 

人に近い身体は保っている。だが、その身体は変異した腕が丸でウェルを乗っ取った様に身体を埋め尽くし、そして先程生み出していた怪物に近い形を作り出した。

 

その姿は丸で人の形をしたネフィリムそのものであった。そして先程懐に入れた腕が露わになり、その腕がウェルの胸に向けて注射器の様な物を指している所を露わになった。

 

「一体何が起こった…」

 

その何かに底抜けぬ不安が二人を襲う。

 

「ボクハエイユウダ!ボクタチハエイユウダ!オマエタチニオワラセラレテタマルカ!オマエタチノヨウナ

ナニモモタヌモノにオワラセラレテタママルカァ!」

 

だが、そんな不安など感じる魔を与えぬ様に怪物と化したウェルがそう叫ぶと共に壁にめり込んでいた筈なのに一瞬で二人の前に移動する。

 

「ッ!?」

 

二人はすぐさま距離を取ろうとした。

 

だが、まるでそうはさせないとばかりに怪物となったウェルはネフィリム同様に口を大きく開くとそこから爆炎(エクスプロージョン)と思しき火球を出現させるとすぐさま爆発させた。

 

「ッ!」

 

弦十郎は地面を踏み抜いて盾に、それに飛び込む様に慎次も入り事なきを得る。

 

だが、先程折られた腕がまるで回復したかの様に、その盾をぶち破ったウェルは弦十郎に拳を振り抜き、そして同じく折られていた足で慎次を蹴り飛ばした。

 

「ッ!?」

 

二人はガードするものの骨まで軋む一撃を受けて後方へと下げられた。

 

「全く…いつまでも巫山戯た事をしてくれる」

 

「何をしたのかわかりませんが本当ですね…何度も何度も…」

 

弦十郎と慎次は体制を立て直しながら獣の様に吠えるウェルへと向けてそう呟く。だが、装者達があの怪物達を倒している様に、ガンヴォルトがアシモフから翼とシアンを救う様に、弦十郎と慎次は怪物と化したウェルに立ち向かう以外選択肢が以外ない。

 

「どんな姿になろうが貴様は必ずここで倒す!」

 

「何が起ころうとその事は変わりません!」

 

そう叫んで怪物となったウェルに弦十郎と慎次は戦いを挑むのであった。




それぞれの最終決戦、最後はウェルVS弦十郎&慎次でした。


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119GVOLT

「ガンヴォルト…私…頑張ったよ…貴方が来ると信じて…歌を歌って」

 

「ああ、翼の歌声…シアンの歌は聞こえたよ…ありがとう…あの時言った事を守り続けてくれて。ボク一人だけの力じゃないけど…そのお陰で辿り着けた…だけど…ごめん…あの時言ったのに…翼をアシモフに傷付けさせないと言ったのに…翼をそこまで傷が付くまで戦わせて…」

 

ボクは再度謝りつつ、翼へと手を当てると雷撃を流す。海上でのアシモフとの戦闘で見せた痛みを与える雷撃ではなく、傷付いた細胞を活性化させ、翼を癒していく雷撃。

 

ボクは翼を回復させる為に、雷撃を流し込んだ。

 

「させるわけないだろう!紛い者!」

 

だが、そんなボクと翼へアシモフは雷撃を纏う銃弾の雨を浴びせる。

 

ボクは雷撃鱗を展開してそれを全て打ち払う。雷撃鱗に銃弾は雷撃鱗を貫く事もめり込んで軌道を変える事なく、雷撃鱗と接触した瞬間に銃弾に纏う雷撃を凌駕する威力で弾丸を破壊する。

 

「ッ!?」

 

その光景を見てアシモフは表情を顰めた。しかし、その瞬間にはアシモフはボクと翼へと駆け出して雷撃鱗を展開してボクの展開する雷撃鱗と衝突させる。

 

「たかが銃弾を消したぐらいで調子に乗るなよ!紛い者!」

 

ボク自身もその衝撃を耐える為に翼に手を置いて回復させる事を止めず、ダートリーダーを握る手を地面へと置き、そして足に力を込めてそれを踏ん張って堪える。

 

「ガンヴォルト!」

 

翼は雷撃により回復されながらもボクの名を心配そうに叫んだ。

 

「大丈夫だ、翼にはもう指一本触れさせない。アシモフにもう翼を傷付けさせない」

 

ボクは翼を回復させながらそう言った。そしてアシモフへと向き直り言う。

 

「紛い者じゃないと言った筈だよ、アシモフ…ボクも本物だ。ボクもガンヴォルトだと。貴方が認めないのなら、貴方があの世界で殺されかけた様に、今度こそ貴方を殺して証明すると」

 

「そんな妄言は死んでから好きなだけ吠えていろ!」

 

ボクは最後にボク自身も本物だと、そしてアシモフを殺すと告げると共にさらに雷撃の出力を増してアシモフの雷撃鱗を押し返した。

 

まさか押し返されるとは思わなかったアシモフ。だが、その表情は驚きなどではなく飽くなき怒りをを滾らせた憎悪を彷彿させる表情。

 

「紛い者が…何度も言った筈だ。貴様が奴を語るな…私が育て上げた傑作を侮辱するなと!何を言おうが貴様は紛い者!魂が本物!?そんな物で貴様が本物であると証明になるものか!貴様が幾ら言おうが本物など断じてありえん!貴様は紛い者だ!何度も言ってやろう!私が育て上げた奴こそが本物だ!私を死に追いやり!電子の謡精(サイバーディーヴァ)と融合した姿を見せた奴こそが本物だ!この世界ではなく!あの憎たらしくも私の理想が実現するあの世界にいる奴こそが本物だ!貴様などでは断じてない!」

 

憎悪を込めた言葉がボクへと浴びせられる。だが、そんな言葉は何度も聞いた。何度も浴びせられた。

 

しかし、何と言われようとボクの答えは変わらない。

 

「貴方が幾ら否定しようともボクも…ボク自身も本物だ。ボクも何度でも言う。貴方が認めないのなら認めようとしないのなら証明すると。貴方を今度こそ殺してボク自身もガンヴォルトであると証明すると」

 

ボクはアシモフに向けてそう言った。

 

「耳障りだ…聞くに耐えん…紛い者…貴様はやはり今すぐにでも殺さねばならん!奴を侮辱し続ける貴様を!奴の存在を侵食していく貴様と言う害悪を!今ここで!」

 

アシモフがそう叫ぶと同時に、サングラスを投げ捨てると雷撃を解放するかの様に身体中から強力な雷撃を迸らせた。

 

アシモフがボクと言う存在を憎み、消し去らねばならないと言う思いが、そしてアシモフの怒りが高まり続けて結果、精神へとバイアスをかける事で今まで以上の雷撃を解放させたのだ。

 

迸る雷撃がボクと後ろで倒れる翼へとその威力を伝えるかの様にすぐそばを通り過ぎて、後方にある岩肌を破壊していく。

 

「翼、どのくらい回復出来た?もう動けるかい?」

 

「う、うん…なんとか…」

 

翼へと動けるか確認を取り、翼はなんとか動けるくらいまでは回復した事をボクに告げる。

 

「翼…回復してすぐに悪いけど、翼はみんなの元へ行ってくれ…今みんなはウェル博士を止める為にフロンティアの中央にいる。装者達全員に、弦十郎と慎次もいる。過剰な戦力かも知れないけど、ウェル博士の事だ。まだ何か隠しているかも知れない。だから、翼。みんなの元へ行ってくれ。みんなの力になる為に行ってくれ」

 

「…分かった。今のガンヴォルトとアシモフの戦闘に確実に私は着いていけない…だから、ガンヴォルトの言う通りにする。だけど約束して、ガンヴォルト…今度は無事に戻ってきて…私だけじゃ無い、奏も、雪音も、立花も、小日向も…みんな貴方の無事を信じて願っている。だから次こそは無事に戻ってきて…シアンと共に」

 

「守れてないからボクが言っても説得力がない…だけど、今度こそボクはみんなのその約束を守りたい…信じて欲しい」

 

「私は貴方を信じ続ける。何があっても、何が起ころうとも、私はガンヴォルトを信じ続けるわ」

 

翼はボクに向けてそう言った。

 

「ありがとう。信じてくれて。信じてくれる翼の為にも絶対に勝つよ」

 

翼へと向けてそう言うと、翼はボクにアシモフの事を頼み、立ち上がると全速力でこの場から離れる様に駆け出した。

 

だが、それをさせない様にアシモフが一瞬で翼へと駆け出して翼へと雷撃を纏う腕で翼を捕らえようとするが、それを見過ごすわけもなく、ボク自身もアシモフ同様に雷撃を解放させるが如く迸らせてアシモフの腕を掴み、アシモフが翼へと掴みかかろうとする腕を止める。

 

「貴方の相手はボクだ。アシモフ」

 

「紛い者風情が調子に乗るなよ!」

 

ボクが掴んでいる腕を振り払わず、雷撃鱗を展開する。ボクも同時に雷撃鱗を展開し、ボクの雷撃鱗とアシモフの雷撃鱗が衝突して掴んだ腕を無理やり引き剥がした。

 

だが、それでも引き剥がされたとしてもアシモフとの距離を一定に保ち続け、意識を翼ではなくボクに釘付けにさせる。

 

僅かながらの雷撃鱗の衝突による膠着状態。だが、互いの雷撃鱗の展開時間が切れかかった為にボクとアシモフはその衝突の衝撃を利用して距離を取る。

 

「ああ、そうだな。今は風鳴翼よりも貴様を殺す方を優先させよう。貴様と言う存在が目に止まるだけで不愉快だ。虫唾が走る。今度こそ殺してやる、今度こそ私の手で貴様を葬り、その巫山戯た事を宣う口をもう二度と動かなくしてやろう」

 

「それはこっちの台詞だ。今度こそアシモフ、貴方を殺す。この世界を破滅へと導こうとする貴方を…翼を、クリスを、セレナを、身勝手な理由で操り、あの世界を混沌と変えようとする貴方を。響を、未来を、マリアを、切歌を、調を、恐怖に陥れた報いを死という形で貴方に送る。そして取り戻す。シアンを。貴方に奪われたボクの大切な人を」

 

装者達を、シアンを苦しめ続けたアシモフを殺すとボクは宣言した。

 

今度こそアシモフを下し、ボクがこの手で殺す。この世界の未来と元の世界の未来を守る為にボクは雷撃を迸らせる。

 

「何度もほざくな、紛い者!貴様の妄言など聞くに耐えん!」

 

「こっちの台詞だよ、アシモフ!ここで終わらせよう!貴方の野望をここで断つ!」

 

そう言ってボクとアシモフは先程と同様に同じタイミングで雷撃を迸らせた。

 

そして互いに銃を握る手を前に、もう片方の腕をフリーにしながらも、隙のない構えを取る。

 

両者同じ構えで対峙する。

 

アシモフはボクを殺す為、目的であるこの世界の破滅、そして元の世界をアシモフの理想である世界に変える為に。

 

ボクはこの世界を守り、守るべき人達の未来を終わらせない為に。そしてあの世界でアシモフによって殺されかけた肉体と、そして同じく殺されかけた魂、あの世界で果たせなかったボクの因縁を断ち切る為に。

 

ボクも本物である事を証明する為に。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!自身の過ちを断つ為に!我が敵に終焉(デッドエンド)を齎す雷霆(いかずち)となれ!」

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!己を縛る因縁の鎖を断ち切り、二つの世界に安寧を齎す雷光()となれ!」

 

同時に叫ぶ蒼き雷霆(アームドブルー)能力者の精神を昂らせる常套句(キーワード)

 

その瞬間ボクとアシモフの雷撃が更なる力を解放させた。

 

迸る雷撃が地面を焼き焦がし、互いの雷撃がぶつかり合って火花の様に雷撃を散らせる。幾重にも戦いを重ね、今までの戦いの中で最高の威力をもう二つの雷撃が周囲にも影響を及ぼし続けた。

 

そして一瞬にも満たない間に、ボクとアシモフの雷撃を纏う腕がぶつかり合い、交差する。

 

「殺してやる!今度こそ貴様という存在を消去(デリート)してやる!」

 

「いいや、ボクが貴方を殺す!貴方という存在をこの世界とあの世界を守る為に!貴方の野望はボクの雷撃が打ち砕く!」

 

そしてボクとアシモフ。互いの理想を手に入れる為にボクとアシモフはフロンティアにて何度目かなど数えていない戦闘の火蓋が落とされた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

装者達がいるのは亀裂などが再び復元され、怪物が群がるフロンティアの動力炉。ウェルが消え、怪物達のみが闊歩する場所に残った装者達。

 

ガンヴォルトがアシモフと対峙する。ウェルは弦十郎と慎次が対峙する。

 

主犯二人はそれぞれに任せた装者達は、残りのやらなければならない事を、そのやらなければならない事を邪魔をする怪物達と戦う。

 

それは目の前でまるで人間の心臓が鼓動する様に瞬き、光を放つフロンティアの動力となるネフィリムの心臓。

 

奏、クリス、響にとってガンヴォルトから頼まれているネフィリムの心臓の中にいるセレナを救う事。魂となりながらも抗うセレナをネフィリムの心臓を壊して救う事。

 

本当にこんな事が救いになるのだろうか?と思いもある。だが、それ以外の方法がない以上、そうする事でしか救うことは出来ない。

 

そしてマリアと切歌と調。そうする事でしか救えないと分かっているからこそ、セレナという大切な存在をいち早く苦しみから解放させたいとアームドギアを振るい怪物を蹴散らしていく。

 

最も思いが強いのは姉であり、セレナにお願いされたマリア。

 

唯一の肉親をこの手で破壊しなければならない辛さもある。しかし、それ以上にセレナにこれ以上苦しみを味わう事をさせたくない、これ以上セレナをアシモフやウェルのせいで嫌な目に遭って欲しくない、優しいセレナの意思を無視した使い方をするウェルとアシモフによってそんなセレナが傷付く行動をさせない為に、怪物達を破竹の勢いで倒し続ける。

 

だが怪物は一向に減っては居なかった。装者達とネフィリムの心臓がある場所までの距離はまるで縮んで居なかった。むしろ遠ざかっている。

 

確実に怪物は屠られている。

 

装者達のアームドギアが怪物達の猛攻を耐えながら確実に怪物を屠っている。だがそれ以上に、次から次へと怪物が増え続けるのだ。

 

七人の装者達が怪物を以上な速度で屠る。だが、それを上回る速度で地面が盛り上がり、怪物達が誕生している。そして誕生したそばから亜空孔(ワームホール)によって作られた穴からどんどんと装者達の前に立ちはだかる。

 

側から見れば絶望。倒しても倒しても増え続ける怪物。終わりのない戦い。

 

それでも誰も諦めもしなかった。弱音を吐かなかった。

 

何故なら初めに説明した様にガンヴォルトがアシモフと決着をつける為、殺す為に戦っている。絶望を常に叩きつけてきた敵と戦っている。絶望を乗り越えて己が因縁にケリをつけ、世界を守る為にガンヴォルトは戦っている。

 

そして弦十郎に慎次。この怪物が消えないという事は弦十郎と慎次もウェルのあの狂気に近い執念を持ち、装者達の前にアシモフ同様に常に絶望を叩きつけたウェルに苦戦を強いられていると考えられる。だが、それでも二人はそんな中でも諦めずに戦っている。ガンヴォルトの様に、もう何も奪われない為に、世界を守る為に、これ以上被害を出させない為にも。

 

それなのに弱音や泣き言を言えるものか。何も出来ていないのに。

 

だからそれぞれが己のアームドギアを奮い続ける。

 

「邪魔をするな!」

 

そんな中でマリアが吠える。

 

屠り続ける怪物達に邪魔されようともネフィリムの心臓を破壊する為に。セレナを救う為にマリアは怪物達を屠り続ける。

 

だが、それを怪物達が増え続け、その距離を埋まらせない。

 

爆炎(エクスプロージョン)の火球がシンフォギアを纏っていなければ消し炭になってもおかしくない熱量を持って。

 

光速で飛び回り、肉体を貫けば必殺の威力を持つ光線である残光(ライトスピード)の力を持って。

 

辺りへと撒き散らされる紫色の光線が、生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の付随する能力である石化の光線を持って。

 

飛び交う黒色の粒子が、翅蟲(ザ・フライ)の物質を食らい尽くす能力を持って。

 

そしてそれをサポートする様に作り上げられている穴、亜空孔(ワームホール)の力を持って。

 

ネフィリムの食らった宝剣の能力をフルに活用して装者達を追い込もうと、倒そうと襲い掛かる。

 

だが、

 

「こんなところで止まるわけにはいかない!師匠が!緒川さんが!ガンヴォルトさんが!翼さんが!頑張っているのに止まるわけにはいかないんだ!」

 

「たりめぇだ!ここも終わらせなきゃ全てが終わる!何もかも終わっちまう!だから止まるわけねぇだろ!」

 

「終わらせねぇ!守りたいものがある以上!止まるわけにはいかねぇに決まってる!」

 

響、クリス、奏が怪物達の勢いが増しながらもそれでも止まらないと口にする。

 

止まれば全てが終わる。響のいる日常が消え去る。未来に危険が及ぶ。それ以外にも学校の友達や、救いたいと思う人達にも。だからこそ止まらないと叫ぶ。

 

クリスと奏も同様だ。響同様に守りたい人々がいる。そしてガンヴォルトと過ごした居場所が無くなってしまう。だからこそ、止まらないと叫ばずにはいられなかった。

 

「終わらせるわけにはいかないデス!マリアがセレナを助けたい様に!もう苦しむセレナを見たくない!だから止まるわけにはいかないんデス!」

 

「セレナが一人で今も頑張っている!苦しんでいる!それなのに、止まるなんて考えられない!どんなに絶望的になっても!絶対に止まらない!」

 

「セレナに託された以上!立ち止まるわけには行かない!あの子の願いを聞き入れる為にも止まるわけには行かない!」

 

切歌も調も、未だに苦しんでいるセレナを前にして、ネフィリムの心臓を前にして止まる事など考えていない。

 

たった一人で苦しみ続けていたセレナを解放するべく止まるわけには行かないと叫ぶ。

 

そしてマリアも。

 

セレナに託された思いを、願いを。それが悲しい今生の別れだとしても耐えなければならない。成し遂げなければならない。それが姉としての役目であると感じて。

 

だからこそ、装者達は己がアームドギアを振るい奮闘する。

 

先が見えぬ戦いの先にある勝利を信じて。悲しき結末があるとしても、一人の少女の願いを叶える為に。



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120GVOLT

「コロス!コロシテヤル!」

 

怪物と化したウェルはそう叫びながら拳を振るい続ける。

 

「殺されてたまるかよ!お前なんかにこの世界を壊させない!」

 

「もう貴方の様な人達にこの世界を荒らされてたまるものですか!」

 

それを二人は受け流しながらも反撃をする。弦十郎は拳で、慎次は銃弾を放ちながら。

 

だが二人が受け流す様にウェルも弦十郎の拳を受け流し、弾丸は亜空孔(ワームホール)を開いて銃弾をあらぬ方向へ飛ばしていく。

 

一進一退の攻防。

 

装者達がセレナを救おうとする様に、ガンヴォルトがアシモフを殺そうとする様に、弦十郎と慎次もウェルを倒すべく奮闘している。

 

「シネッ!」

 

そう叫ぶウェルが再び異形とかした口を開け、今度は黒い粒子を大量に吐き出す。

 

「慎次!」

 

「任せてください!」

 

そう言うとすぐさま手榴弾を取り出すと地面に向けて転がした。

 

「バカデスカ!コノチカラニソンナモノヒトツデドウニカナフトオモッテイルンデスカ!」

 

ウェルが慎次の行動が余りにも無意味であると嘲笑うかの様に叫んだ。

 

「一つじゃないですよ!」

 

慎次がそう叫ぶと同時に何か印のようなものを慎次が手で組むとたちまち転がる手榴弾が分裂する様に増え、辺りへと散らばる。

 

「ナニガオキテイル!?」

 

そのあり得ない光景にウェルもそう叫ばずにはいられなかった。

 

「前の戦闘でも貴方へと言いましたが、言いませんよ。敵に手の内を明かす程僕達はそこまでお人好しじゃないので」

 

そう言うと慎次は銃を構えると素早く転がる手榴弾へと向けて銃弾を放った。

 

いくつかは既に黒い粒子、翅蟲(ザ・フライ)の能力により手榴弾が喰われている。だが、それでも残る手榴弾。その一つが銃弾により起爆した為にその爆発範囲にある手榴弾が連鎖的に爆発を開始する。

 

物理的な攻撃を全て喰らい尽くす翅蟲(ザ・フライ)の能力である黒い粒子。手榴弾が爆発する事で炸裂する破片は喰らい尽くされるが爆発による気圧の上昇により起こる爆風。物理ではなく現象までは喰らうことが出来ず、黒い粒子は吹き飛ばされ消滅されていく。

 

かなりの数の手榴弾が爆発した事により狭いこの場が爆発による爆煙と爆発の衝撃が空間を満たす。

 

「ッ!?」

 

吹き飛ばされた黒い粒子が消えていく光景が目の前に広がる。それと同時にウェルにも襲いくる衝撃。

 

だが、今のウェルにとってその衝撃など痛くも痒くもない。

 

爆発の衝撃など今のウェルにとってはそよ風に等しいものであった。

 

だが、そんな衝撃よりもウェルは視界が限定的に遮られている事に苛々を募らせていた。

 

「タカガコノテイドデチョウシニノルナヨ!ボクニハマダチカラガアル!ネフィリムドウヨウニ!セブンスヲアヤツルチカラガ!」

 

そんな状態でウェルは叫ぶ。

 

「ああ、分かっているさ」

 

その叫びに応える様に爆煙を吹き飛ばしながら巨大な大岩がウェルに向けて飛ばされて来た。

 

「コンナモノ!」

 

ウェルはその大岩を爆炎(エクスプロージョン)の力である火球を生み出してその大岩を爆発で吹き飛ばす。

 

「だが忘れたのか?ネフィリムと同様に第七波動(セブンス)を使えるようになろうとも、カ・ディンギル趾地でお前は何を見たかを?」

 

その言葉と共に弦十郎が破壊された大岩の後ろからウェルへと接近していた。

 

拳を振り上げ、ウェルへと飛び込んでくる弦十郎。

 

その言葉と拳にウェルは恐怖を思い出す。

 

カ・ディンギル趾地で人間でありながらもネフィリムを素手で圧倒した人間。弦十郎が自身へと向けて拳を振り上げている事にウェルは恐怖で身体が震え出す。

 

ウェルと変異した元であるネフィリムの細胞がその恐怖を思い出した様に身体が恐怖を支配する。

 

だが、それでもウェルはその恐怖を無理やりにでも抑え込んだ。

 

確かに目の前の男はネフィリムを素手で圧倒する人智を超えた力を持つ人間。だが、それがどうした?今のウェルは何者だと自分に問い質す。

 

自身は英雄であると。今の自分もその人知を超えた第七波動(セブンス)、そしてネフィリムに近くなった事で莫大な力を得た英雄であると。そんな自分があの男に恐怖するのはおかしいと。自身は英雄であり、この世界をアシモフと共に変える変革者だと。

 

そんな男が何を恐れる。英雄である筈の自分が恐れる訳がないと。

 

狂気にも似た執念。そして自身が英雄であるという強い思い込みでウェルは恐怖に打ち勝つ。

 

「ボクハエイユウダ!ボクハコノセカイノヘンカクシャダ!アノコウケイヲオモイダソウトモノリコエル!エイユウガソノテイドデオビエルカ!エイユウガソノテイドデヒルンデタマルモノカ!」

 

その思いがウェルを震えさせる恐怖に打ち勝ち、ウェルも弦十郎へと向けて拳を構え、弦十郎と拳を拳を振るった。

 

ぶつかり合う拳。その衝撃が辺りに充満している爆煙を吹き飛ばす。

 

強力な一撃のぶつかり合い。

 

「ッ!?負けるか!」

 

「ボクガカツ!キサマタチゴトキガボクニカナウトオモイアガルナヨ!」

 

互いに打ち付けた拳が拮抗する。だが弦十郎とウェルも止まらない。拮抗するのであれば勝つまで攻撃を重ねるだけ。

 

弦十郎はウェルに打ち勝とうと、ウェルは弦十郎に打ち勝とうと拳の応酬を繰り広げる。

 

かつてのウェルと弦十郎であればものの数発で終わっていた応酬。しかし、今のウェルは弦十郎と何発も拳をぶつけ合いながらも応戦している。

 

「ナメルナヨ!コノボクヲ!ナメルナヨ!エイユウトナッタボクヲ!」

 

「何が英雄だ!貴様は英雄などではない!自身の我欲の為にこんな事をしでかした貴様が英雄であるものか!」

 

応酬を繰り広げながらウェルと弦十郎は言葉を交える。

 

「イイヤ!ボクハエイユウダ!アッシュトトモニ!ホロビユクセカイカラジンルイヲスクオウトスルボクハエイユウ!ソレヲジャマスルアナタタチガマチガッテイルンデスヨ!ジブンタチガシデカシタコトノシリヌグイスラデキズセカイノキキヲノウノウトスゴシテイタアナタタチニイワレルドウリナドアリハシナイ!」

 

「確かに俺達はそんな事を知らずに過ごしていた…だが、それを知った今!それをどうするか考える為に動く!世界の危機を救う為に!この星を守る為に動こうとする!それを偏った考えで!選別という形で限られた命だけを救おうとする貴様が!アシモフと言う外道に本当の計画すら知らず協力している貴様が英雄である訳がないだろう!」

 

互いの拳の応酬を止め、互いの手を掴み額を互いに打ち付けた。

 

「チガウネ!アッシュハソンナヒトジャナイ!ソンナモウゲンニボクハダマサレナイ!ボクハアッシュトトモニセカイヲスクウ!」

 

何度も問うが交わらぬ意志。決して相容れぬ故に平行線のまま。だからこそ倒す以外の方法はない。

 

「何を救えますか!そんな考えで!アシモフに従う以上、そんな事は決して起こらない!」

 

そして掴みかかっている弦十郎とウェル。弦十郎によって動きを抑えられたウェルに向けて慎次は容赦なく銃弾を放つ。

 

銃弾がウェルの頭、胸。人間の急所に向けて放たれ、その放たれた銃弾がウェルへと襲う。

 

だが、ウェルは躱す事も狼狽える事もない。今のウェルはネフィリムの細胞により人のそれではない。

 

だからこそ弾丸程度に構う必要などなかった。

 

ウェルの頭と胸に当たっても弾丸はひしゃげるのみでウェルにダメージを与える事は叶わなかった。

 

「メザワリナンデスヨ!」

 

そう叫ぶウェルは亜空孔(ワームホール)開き、弦十郎を無理やり引き剥がすと銃弾を放つ慎次へ残光(ライトスピード)第七波動(セブンス)を使い、光速で慎次の元へと移動する。

 

「ッ!?」

 

光速を捉えることが出来ない為に、慎次は反応に遅れる。

 

「シネ!」

 

そして今度は爆炎(エクスプロージョン)第七波動(セブンス)を腕に纏わせて慎次へと燃え上がる拳を慎次へと叩き込む。

 

それを食らい燃え上がる慎次。

 

「慎次!」

 

「ツギハアナタデスヨ!」

 

そう告げたウェルは亜空孔(ワームホール)の穴を出現させ、自身で離した弦十郎の元へと一瞬で距離を詰めると同様に燃え盛る拳を振るい、弦十郎へと襲い掛かる。

 

弦十郎でも流石にその拳を受ける事は出来ず、ぎりぎりで躱す。だが、それでも纏う拳の炎は、その炎が生み出す熱量は防ぎようがなく、躱した弦十郎の肌に焼け付く様な熱を与える。

 

「ッ!」

 

痛みに顔を顰める弦十郎。

 

「マダマダ!」

 

ウェルは受けようのない拳のラッシュを弦十郎へと向けて繰り出し続ける。

 

その全てを弦十郎は躱し切るが熱気が弦十郎を苦しめる。

 

だが、それでも弦十郎は耐える。何故なら、

 

「この程度で…こんな攻撃で俺達がやれると思うなよ!これ以上の痛みをガンヴォルトは味わっている!装者達もこれ以上の辛さを味わっている!それなのに大人がこれしきで弱音など吐いて溜まるものかよ!」

 

そう叫んだ弦十郎は地面を大きく踏み抜いた。

 

地震を思わせる揺れにウェルの攻撃は中断させられる。

 

そしてそんな隙を見逃さず、弦十郎はウェルへと向けて拳を叩き込んだ。

 

しかし、

 

「ナニガヨワネヲハカナイデスカ!ソンナコトバナンテドウデモイインデスヨ!タダアナタハシネバイイ!ボクノテデコロサレバイイ!サッキノアノオトコノヨウニ!」

 

弦十郎の拳がウェルに届くことは無かった。

 

弦十郎の拳はウェルの身体へと到達する前に、出現した穴により、自身の拳が自身の頬を捉えていたからだ。

 

「ッ!?」

 

自分の本気で振るった拳。それを不意打ちの様にもろに受けた弦十郎は倒れはしなかったものの、よろめいてしまう。

 

弦十郎以外であればその一撃で終わっていただろう。しかし、自身の拳と共に鍛え上げた肉体が功を奏し、その程度で済ませている。

 

「ジブンノコブシノアジハドウデスカ?マアコタエナンテキキマセンケドネ!」

 

だが、そんな無防備となった弦十郎にウェルは勝ちを確信した様にそう言うと炎を纏わせた拳を弦十郎に叩き込もうとする。

 

「ッ!?」

 

背後にてサクッと何かが地面に突き立てられた様な音がした。

 

ウェルはそんな事はどうでもいいとばかりに踏み込もうとした。だが身体は意識とは反して少しも動かすことが出来なかった。

 

「勝手に殺さないで貰えますか?僕はまだ生きています。貴方にここで敗北喫したなんて勘違いするのは止めてもらえないでしょうか?」

 

「キサマァ!マダイキテイタカ!」

 

視線だけで先ほど燃やした筈の慎次の方に目を向けると、スーツのジャケットを脱ぎ、シャツも煤けながらも立っている慎次の姿を目にする。

 

「ナゼ!キサマハモヤシタハズ!ナゼイキテイル!」

 

「だから何回も言わせないでください。貴方に教える必要など無いって」

 

その瞬間にウェルは奥歯を噛み締めて叫ぶ。

 

だが何故死んでいない?手応えはあった。なのにあの業火に焼かれてなお何故その程度の被害で済んでいる?

 

その疑問を解消する為に視線のみを慎次を焼き殺そうとした場所に視線を移す。そこには黒焦げとなった黒い塊。何かは分からないがそれを盾に使ったのか?それでもあの熱量を浴びてあの程度で済むわけがない。

 

ウェルは慎次が何故無事なのか理解不能であった。

 

慎次が使ったのに緒川家に伝わる忍術、変わり身。詳細は伏せている為に弦十郎達にも再現不能な二課で慎次のみが(スキル)

 

だが慎次が言う様にウェルにはその詳細を話す意味など存在しない。敵に教える道理はない。

 

ウェルは分からないのなら再度殺すまでも考え、動かないのであれば無理やりにでも肉体を動かす。死んでいないのならば目の前の弦十郎を殺して次に慎次を殺せばいい。ぎちぎちと肉体が嫌な音を立てる。

 

今のウェルにそんな事は関係ない。無理やりにでも動かしてまずは弦十郎を殺す。

 

だが、その前にウェルの顔面を何かが捉えた。

 

「ブォバ!?」

 

それとともに再び壁へと叩きつけられるウェル。

 

顔面を捉えたのは弦十郎の拳であり、自身の拳を喰らってなお立て直し、再びウェルへと振り抜いたのだ。

 

「司令、大丈夫ですか?」

 

「そっちこそ無事か?」

 

「スーツのジャケットがなくなったのと少し火傷を負いましたが、問題ありません。司令は?」

 

「…俺も奴の攻撃で少し火傷をした。それと自分の拳はやっぱり効いたな。だが、問題ない」

 

近づく二人は互いの無事を確認すると弦十郎は焼けてボロボロになる赤いシャツを脱ぎ捨て、自分の拳により口から流れている血を拭う。

 

「さて、奴をどう攻略するか?」

 

「司令が以前戦ったネフィリムとは違い、獣に近い動きではなく、荒いながらも考え行動する故に手強い…オマケにあの第七波動(セブンス)を纏う攻撃はひとたまりもありませんね」

 

率直な感想を述べる慎次。

 

「ならばどうする?」

 

弦十郎は答えなど決まっている。だが、それでも慎次はどう考えているのか問う。

 

「勝てない訳ではありません。国の為、世界の為、そして戦っている装者達とガンヴォルト君の為、負ける気なんてさらさらありませんよ」

 

「そうだな。勝つぞ。慎次」

 

「勿論です」

 

そう言って弦十郎も慎次も己を鼓舞した。

 

「ナニガカツダ!ボクハハイボクナンテシナイ!ボクハエイユウダカラコソマケナイ!エイユウデアルボクガサイゴハカツンダ!」

 

壁に飛ばされたウェルは瓦礫を吹き飛ばし、そう叫んだ。

 

そして慎次へと近づいたと同様に残光(ライトスピード)の能力を使い、光速で弦十郎と慎次へと距離を詰める。

 

だが、その行動を予測していた弦十郎と慎次は逆に迎え撃つ。そして一気に距離を詰めたウェルが再び爆炎(エクスプロージョン)を纏う拳を二人へと向けて振るう。

 

そしてそのオマケとばかりに口を開いて生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の付随する能力である石化の光線を携えて。

 

光線を紙一重で躱し、拳は弦十郎が地面を踏み砕いて盛り上がる地面を使い、勝ち上げる。

 

「クッ!?」

 

ウェルもその攻撃を防がれた事に少し苛つきながらも弦十郎達が接近している為に防御へと切り替える。

 

弦十郎が拳を、慎次が銃弾をウェルに向けて放とうとする。だが、ウェルはそれを亜空孔(ワームホール)の穴を開いて互いの一撃でダメージを負わそうとする。

 

「同じ手を何度も喰らうかよ!」

 

そう叫ぶ弦十郎は拳を引き、フェイントを掛けてウェルへと拳を叩き込もうとする。慎次は一度ウェルに向けた銃口を僅かに逸らし、穴を回避しながら、ウェルの影へと銃弾を放つ。

 

「ッ!マタ!?」

 

再びの動けないウェル。何がどうして動けないか分からないウェル。

 

慎次の使う忍術、影縫いがウェルからしばらくの間自由を奪い、行動を阻害させる。

 

そして再びウェルへと弦十郎は拳を叩き込んだ。

 

だが叩き込まれるだけじゃ終わらない。弦十郎が殴り飛ばす瞬間に再び慎次が銃弾を放ち、ウェルを固定すると更に弦十郎は拳を叩き込んだ。

 

慎次もそれと同時に自身も拳を、そして蹴り合間に挟みながら、動けなくなったウェルに向けて攻撃を開始する。

 

影縫いが切れる程の強力な一撃を放つ弦十郎。そして影縫いが切れても再び影縫いを発動させてウェルを固定しながら攻撃をし続ける慎次。

 

(セブンスヲシヨウスルスキモコウゲキスルスキモナイ!)

 

ウェル為す術なくただ弦十郎と慎次の攻撃を受け続けた。

 

その瞬間にウェルの頭に過ぎるのは敗北の二文字。

 

(アリエナイ!エイユウデアルボクガ!エイユウトナッタボクガマケルナンテアリエナイ!)

 

ボロボロになりながらも自身の敗北はあり得ないと疑わないが今の状況はあまりにもそれを現実に迎えようとする。

 

(アリエナイ!アリエナイ!アリエナイィ!)

 

自分が負けるなどあり得ない。自分は英雄であるが故に負ける事などない。

 

何が足りない?二人とウェルに何の差がある?

 

力だ。

 

今のウェルにはまだ力が足りない。まだ足りないのならどうする?

 

(モット…モットチカラヲ!ボクニメノマエニイルコイツラニカツチカラガホシイ!)

 

力が足りない。だからこそ勝てないとウェルは判断する。だが、急激なパワーアップなど可能なのか?いや、ある。足りない力を手に入れる方法が。

 

そしてウェルは弦十郎と慎次に殴られながら意識を保ち、生まれた隙を見逃しはしなかった。

 

慎次の弾倉の再装填。その際に僅かながらに攻撃が止んだ瞬間、ウェルは足元に亜空孔(ワームホール)を開いた。

 

足元に現れた穴は重力に沿ってウェルを飲み込んだ。

 

ある場所に力を求めに。

 

「逃すか!」

 

「逃がしません!」

 

だが後を追う様に弦十郎も慎次も締まっていく穴へと飛び込む。すぐに浮遊感は終わり、フロンティアの内部から転送されたのはどこか分からない機械が辺りに鎮座する場所。

 

そしてそこにいるのはボロボロになったウェル。そのウェルはその近くにある注射器の様なものを幾つも手に取り、自身の身体へと打ち込んでいた。

 

何かする気なのだろうが、そうはさせない、と弦十郎も慎次も距離を詰める。

 

「モットチカラヲ!ボクガフタリヲコロスタメニモットチカラヲヨコセ!」

 

だが、二人が接近するよりも早くそう叫ぶウェルの身体に異変が起こる。人型を保っていた肉体が膨れ始め、再び変異し始めたのだ。

 

もうこれ以上、何かさせるわけにはいかない。二人は変異が始まるウェルを倒そうと拳を銃弾を放つ。

 

だが、まるでそれを防ぐかの破裂した。

 

「ッ!?」

 

二人はその破裂を受けながらも吹き飛ばされる。あまりの威力故に背後にあった機械を突き抜ける、その威力のままその施設なような場所から外へと投げ出された。

 

「ッ!無事か!」

 

「何とか!」

 

弦十郎も慎次も地面を滑りながら着地して互いの無事を確認する。

 

そして投げ飛ばされた場所はフロンティアの中央から僅かに離れた外。

 

そして投げ出されたのはウェル達が使用していた輸送機であった。

 

「あの男が叫んだ様にもっと力を…そしてさっきウェル博士が刺していたもの、あれは変異する前のウェル博士が胸に差し込んでいたものと同様の物…今度は何をする気だ?」

 

弦十郎と慎次はウェルが何故この場にウェルが来たのを予想して再びの変化が齎した何かを警戒する。

 

その変化をもたらしたものはウェルの腕を変化させたネフィリムの細胞。だが、ウェルの腕を変化させたネフィリムの細胞ではない。第七波動(セブンス)の因子を除去しなかった更に危険なネフィリムの細胞。先程からネフィリム同様に第七波動(セブンス)を使える理由がそれだ。

 

だが、第七波動(セブンス)とは能力因子が適合しなければ使う事が出来ない代物。適合しない者がその身に宿しても暴走と言う形でその身を滅ぼす危険な物。

 

だが、それを可能とする前例がある。それがネフィリム。第七波動(セブンス)を喰らい、使える様に自ら取り込んだ因子を調律(チューニング)し、我が物に変えた完全聖遺物。

 

しかし、弦十郎と慎次はそれを知る由もない。これはウェルとアシモフのみが知る事であるから。

 

そして自分達が投げ出された輸送機からゆっくりと現れる大きな腕。

 

その腕が輸送機の外壁を破壊しながらその正体がゆっくりと姿を現した。

 

現れたのは異形となった怪物。先程応戦していたウェルよりもより異形となった姿の怪物。ネフィリムの面影があるが?更にその肉体にはまるで数々の動物を彷彿させる鎧のような物を纏った姿をした怪物。

 

頭を覆う鎧は蛇の様な物、両肩に浮遊する半球の球体が蠅の羽のような形をした物、背中には孔雀が羽を広げる様に半月状に広がる鋭い刃達、腕は先程までとは違い、熊のように強靭な腕が、そして足は更にもう二足増え、まるで空想上の怪物であるケンタウロスのようになっている。その鎧はかつてガンヴォルトが倒した本来の宝剣所持者である七宝剣の変身(アームドフェノメノン)した際に纏う鎧。だが、それはガンヴォルトのみが見た事のあるものであり弦十郎と慎次はそれを知る由もない。

 

そしてあそこから出てきたのならその存在は一人しか存在しない。

 

「…そこまで堕ちたか、ウェル博士」

 

「ガァァ!」

 

そして先程とは違い、本物の獣の様な叫びを上げた。

 

それと同時に異様な威圧感(プレッシャー)が二人へと襲い掛かる。

 

「…どうやらここが俺達の正念場の様だな…」

 

「ええ、先程のウェル博士よりも危険だと肌で感じます…」

 

だがそれでも、危険だとしても二人はやらねばならない。負ければ世界が終わる。だからこそ、何か解らぬとしても戦わなければならない。

 

「いかに変わろうとも必ず貴様を倒す!」

 

そう叫ぶと共に更に異形となったウェルへと弦十郎と慎次は駆け出すのであった。



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121GVOLT

激化する三つの戦場。フロンティア内部とフロンティアの地表。どの戦闘も苛烈を極めている。

 

そしてどれも激しいが規模が一番大きな戦闘はフロンティア内部の戦闘であった。

 

全力で怪物の掃討に当たり、フロンティアの動力炉であるネフィリムの心臓。そしてその中に囚われたセレナを解放すべく戦う六人の装者。

 

アシモフとウェルが起こした世界を破滅へと導く計画を阻止する為。囚われているセレナの魂を救い出す為、戦い続けていた。

 

だが、苛烈を極める戦闘は膠着と言っていい様な状況であった。

 

引き続き戦闘で六人の装者は怪物を着実に減らしている。だが、依然として数が減りはしていない。

 

無尽蔵とも捉えられる戦いに装者達は体力ばかり消耗させられていく。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

その中で最も体力の消耗が激しいのはマリア。大切な妹をすぐにでも救いたい。助け出したいという思いからネフィリムの心臓へ向かい続けた。

 

そして無尽蔵とも捉えられる怪物達を誰よりも多く倒していたからだ。

 

「マリア!」

 

近くにいた調が怪物を倒しながらマリアの名を叫ぶ。

 

「問題ない…このくらい問題ないわ…セレナがあそこで苦しんでいるのに…私が立ち止まるわけには行かない…目の前にいるのに止まる事なんて出来るものか!」

 

「だからって無茶をしてでもは違うデス!」

 

再び駆け出そうとしたマリアを切歌が止める。

 

「切歌!私はやらなきゃいけないの!セレナから託された願いを!ネフィリムの心臓を破壊して救わなきゃならない!セレナをこんな苦しみから解放しなきゃならないの!セレナがそれしか方法がないって…悲しみの声を震わせてそう言った…だから私が!私がこの手でセレナの最後の願いを叶えなきゃならないの!」

 

涙を浮かべ止める切歌へとそう叫ぶ。

 

「だからって無茶するのは違うだろ!想いを叶えなきゃならないってのならもう少し考えろ!叶えられたとしてもお前が無事でなきゃ悲しむ人がいるだろ!助けたいのなら少しでも最善の手を考えろ!闇雲にじゃなく、確実に助けられる方法を!全員が望む方法を!」

 

奏が辺りに飛来する黒い粒子を吹き飛ばしながら、ただ目の前にあるネフィリムの心臓へと闇雲に向かうマリアへと叫ぶ。

 

「分かっている!でも!それでも一刻でも早く!一秒でも早く!あの子をこんな争いから私は解放させてあげたい!優しいあの子をこんな苦しい状況から救い出したい!」

 

「だったらこいつの言う通り!闇雲に突っ込んでんじゃねぇ!そんな事する馬鹿は一人で間に合ってるんだよ!」

 

「クリスちゃん!今私を引き合いに出すのは違うんじゃない!?」

 

「今そんな事言っている場合じゃねえだろうが!だったらこの状況を打開する案でも考えろ!」

 

クリスは奏同様に怪物をガトリングで一掃しながら叫んだ。そしてその言葉に響が反応するが今そんな言葉に反応してる場合ではないと、クリスは響へと叫ぶ。

 

「ならどうしろって言うのよ!」

 

「マリア!そんなの決まっている!」

 

調がそう叫んで怪物達を倒しながらマリアの元へと向かう。そしてその言葉に何かしらの案が調が思い付いたと感じて装者全員が集結する。

 

「で?案はあるのか?」

 

奏が調へと言う。

 

「マリアをネフィリムの心臓の元へ、セレナの元へ向かわせるのならやる事は簡単。でもそれには全員の力が必要」

 

「全員が力を合わせればいける案か…で、詳細は?」

 

クリスは調へと聞く。

 

「複雑な策を考える頭なんてないから策と言えるものは浮かばなかった。それに、連携が必要になる案は私達と貴方達じゃ上手く行かない。連携が取れない可能性がある」

 

調は案を話し始める。

 

確かに調の言う通り、連携はかえって支障をきたす可能性が有るからだ。マリア、切歌、調の三人は幾度となく訓練などで連携を取れる様にしている。それ同様に奏、クリス、響の三人もだ。だが、先述の三人ずつなら話は簡単だが、それにかつて敵対しており、現状は互いの目的が一致して共にこの事件を終息に向かう為に組んだ急拵えの六人。それをいきなり連携を取れるかと言うとそうではない。思いは同じであれど思考は違う。それぞれアームドギアの特性を理解した上の連携が必要になれば更に話し合わなければならない。

 

だから調はそんな難しい事を考えずにやれる案が妥当と判断したのだ。

 

「でも、調。それならどうやるデスか?」

 

「切ちゃん、難しく考えなくていいの。やる事はあの怪物達を倒しながらマリアをネフィリムの心臓へ、セレナの元へと辿り着かせる」

 

「つまりは一点突破!マリアさんをネフィリムの心臓へ辿り着かせるには分散せずにあの怪物達を平面で戦わず全員が一点に集中してマリアさんが辿り着く為の道を作る!そう言う事だね!」

 

響が納得したと言わんばかりにそう言った。調はその通りと首を縦に振る。

 

「馬鹿でも分かりやすい策で助かる。あんまり複雑だとこの馬鹿が頭を抱えるからな」

 

クリスは響が難しいと混乱すると思い、その案が妥当だろうと頷き、響はまたクリスの言葉に若干の心にダメージを負う。

 

「だけど問題もある…それを乗り越えなきゃマリアをネフィリムの心臓に…セレナの元に辿り着かせる事は出来ない」

 

だが、調は唯一の問題を話した。

 

「あの何処か別の場所に繋げる穴…あれをどうにか出来ないと辿り着く事は出来ない。怪物達はまだそういった使い方をしていないけど、それを使って来ない保証なんてない。だからそれを乗り越えないといけない」

 

その問題こそが亜空孔(ワームホール)。攻撃的な第七波動(セブンス)でなく、威力がない第七波動(セブンス)であるが、その能力の厄介さは誰もが身に染みている。

 

光速の光線、残光(ライトスピード)よりも、石化する光線、生命輪廻(アンリミテッドアムニス)よりも、物質を喰らう粒子を作り出す翅蟲(ザ・フライ)よりも、灼熱の業火を出現させ、焼き尽くす爆炎(エクスプロージョン)よりも、穴を出現させ、数々の攻撃を装者達に、数々にしてきた装者達の攻撃をその穴に通してあらぬ方向へと向けて無力化させ、こちらとの距離を残光(ライトスピード)同様に一瞬でゼロにしたり、果てにはこちらが接近しようものなら穴を出現させ、距離を無理矢理にでも取らせられた最も恐るべき能力。

 

亜空孔(ワームホール)をどうにかしなければ辿り着けない。

 

亜空孔(ワームホール)か…確かにあれは厄介だ。それは何度もアシモフとの戦闘で骨身に染みている。だけど破れないわけじゃない。前にガンヴォルトは本来の能力者を倒しているんだ。それにその第七波動(セブンス)を使う他の奴も。今回同様のその他の第七波動(セブンス)を扱う敵にもガンヴォルトは切り抜けて来ている」

 

「切り抜けられない訳じゃない…そんな言葉じゃねえだろ。今言う言葉は。あいつが…ガンヴォルトは私達に託したんだよ。あの外道とその子を。だったらやるしかねぇ。やり遂げるしかねぇだろ」

 

奏の言葉にクリスがそう言った。

 

その言葉に奏はニカっと笑みを浮かべて、そうだな。やり遂げるしかねぇな。と言った。

 

「やり遂げよう。マリアさんが救いたい人を…正直…こんな助け方しか無いなんて嫌だ…私もあの子に救われた…胸にガングニールに宿していた時…私がガンヴォルトさんが死んだと言う嘘を聞かされて…黒い衝動に飲まれた時…出来る事ならその子にお礼を言いたかった…でも、その子はもうそれ以外方法がない…そんな結末を知って…最後の願いをマリアさんに託して…その子の想いを…願いを叶える為にも…絶対にやり遂げてみせる」

 

「貴方達…」

 

調の案を聞いて既に覚悟を決めた奏、クリス、響の三人。切歌も調も既に覚悟を決めている。勿論マリアもだ。だからマリアは涙を拭う。

 

「マリア…セレナを助け出そう…私もセレナを助けたい…でもそれをやるべきなのは私でも切ちゃんでもない…セレナがマリアに託したのならマリアがやるべき」

 

そして調はマリアへとそう言う。自身もセレナを助けたい。だが、セレナはマリアにセレナ自身を救ってくれる事を望んだ。ならばセレナの意志を。マリアの想いに応えたいと言うのが調の思い。

 

「調…」

 

「私も調と同じデス。確かに私もセレナを助けたいデス。でも何処で言われたかは分からないデスが、セレナはマリアに想いを託した…セレナはマリアに願いを託した…なら託されたマリアがそれをやるべきデス」

 

切歌もマリアへとそう言った。いつ託されたのかは切歌は知らない。だが、何となくだが、ここに来る前にマリアがセレナの意識に接触する何かがあったのだろう。そしてマリアへと自身の想い、願いをマリアに託した。ならば託されたマリアがやるべき事とそれをやらなければならないのもマリアであるとそう思った。

 

「切歌…」

 

「そうと決まれば、私達で道を切り開く。託されたのなら、やり遂げろよ」

 

「私達がお前をその子の元に…ネフィリムの心臓まで必ず向かわせてやる」

 

奏とクリスは既にいつでも行けるようにマリアの前に立ち己がアームドギアを構えている。

 

「マリアさん…必ずやり遂げましょう。世界も救う事は勿論、その子をマリアさんの手で解放させる為にも」

 

そして奏とクリス同様にマリアへとそう言ってマリアの前に立つ。

 

「やり遂げる…世界の為にも…セレナの願いを叶える為にも…必ずやり遂げてみせる!」

 

その言葉に全員が一斉に駆け出した。

 

目標は中央に聳えるネフィリムの心臓。その中にいるセレナの元へ。

 

だが、それを邪魔する様に一斉に怪物達が襲い掛かる。先程まで各個撃破していた怪物達。だが、分散していたおかげで捌けていたが装者達が纏まった事により怪物達が力を集約させて襲い掛かる。

 

光速で迫り来る光線、当たれば石化をさせられる光線、物質を喰らう黒い粒子、全てを焼き尽くす爆炎の火球が六人へと一斉に襲い掛かる。

 

「そんな攻撃でもう止まるかぁ!」

 

それぞれが最小限の動きで幾重にも連なる光速の光線を躱す。その光線は既に何度も見ている。直線にしか進まない光線であるが故に、発射された位置を見抜き、それを躱し続ける。

 

だが、それは単独であれば。

 

大量の怪物が一斉に光線を掃射している。最小限の動きで全てを躱し切れる訳ではない。全員がその光線を僅かながらに掠り、その光はギアを徐々に削っていく。

 

だが、そんな物想定内。辿り着かせるのだ。マリアを。

 

「しゃらくせぇ!」

 

そんな中、クリスが吠える。

 

その身に纏うシンフォギアをボロボロにしながらも先陣を切り、構えたガトリングを掃射して光線を相殺しつつ怪物達の群れをその光線を上回る掃射で少しずつ前に進む道を作る。

 

そして光線と共に次に襲い来るのは次もまた光線を。残光(ライトスピード)の光線とは違い、鈍い光線ではあるが、その光線には生物を石化させる力を持つ。

 

「クリスちゃん!」

 

その光線が先陣を切るクリスへと襲い掛かろうとするが響が前に出ると体勢を低く駆け出しながら、地面を掴み、勢いのまま持ち上げる。

 

そして持ち上げた地面は装者達をその光線から身を守るほどの盾となる。

 

光線はその地面の盾により装者達になんの被害も与えない。

 

そして先陣を切っていたクリスが下がると今度は響が先頭となり、その盾を持ちながらそのまま突き進む。壁となった盾に身を預けながら、怪物の群れへと突っ込み、盾でその怪物達を蹴散らして行く。

 

だが、僅かに進んでいくと響はその盾がどんどんと質量をなくして行くことを察知して叫ぶ。

 

「奏さん!」

 

その言葉に側面の敵を排除していた奏が響の言葉の意味を理解して槍の穂先を回転させる。

 

回転させたことで生まれる暴風。その穂先中心とした荒れ狂う竜巻。

 

「任せろ!」

 

その奏の叫びと共に、響がその場から飛び退くと同時に盾が一気に消えてその盾を崩した黒い粒子が六人を飲み込もうと襲い掛かる。

 

だが、その瞬間に奏がその暴風を纏う槍を黒い粒子へと振るう。

 

荒れ狂う暴風がその黒い粒子とぶつかり、黒い粒子を怪物事吹き飛ばして行く。吹き飛ばされながらあたりの火球にもあたり、数を減らして行く。

 

しかし、それでも消し切れぬ爆炎が襲いくる。

 

「セレナへの道を…マリアがその想いを応える為の道を…邪魔するなぁ!」

 

襲いくる火球は切歌と調が。互いの振るうアームドギアである鎌と丸鋸が、エネルギーの刃を放ち、その火球へとぶつけると大きな爆発を起こす。それと同時にその爆炎と爆風に怪物達も飲まれて行く。

 

晴れた先に怪物達が生まれようとする光景。そしてもう後少しの距離まで近づいたネフィリムの心臓、セレナの元。

 

「行け!想いに応える為に!」

 

奏がその爆風と暴風に飲まれながらも未だ健在する怪物達を相手にしながらそう叫ぶ。

 

「行ってこい!この戦いを終わらせに!」

 

クリスはそんな奏を援護しながらマリアへと向かう怪物達を倒しながら叫ぶ。

 

「行って!マリア!」

 

切歌と調も、クリスが処理し切れない怪物達をアームドギアを振るい切り裂きながらそう叫んだ。

 

「ッ!」

 

マリアは五人のその言葉と共にセレナを救い出そうと飛び出した。

 

四人が抑え切れない怪物達がマリアへと襲いかかる。マリアは自身の、アガートラームのアームドギアである短剣を振るい、それを斬り落とす。そして消える前の怪物を足場に更にマリアはネフィリムの心臓へと、セレナの元へと近付く。

 

だが、そうさせないとばかりに怪物達は調が懸念していた亜空孔(ワームホール)を開き、マリアを別の場所に移動させようとした。

 

「マリアさん!」

 

だが、それを予期していたマリアについて行く形で怪物を拳を振るいながら地上を動いていた響が叫んだ。

 

そしてマリアが穴に飲み込まれるよりも早く地面を強く蹴り上げて跳躍する響はマリアに向けて手を伸ばす。

 

その行動にマリアも響に手を伸ばした。そして響の手を握るマリア。その瞬間、響はマリアの手を引いて自分の近くに手繰り寄せると自身のアームドギアである拳を巨大化させる。そしてその巨大化したアームドギアに足を掛けるマリア。

 

「マリアさん!必ず!やり遂げてください!」

 

そして響は穴から僅かにそれながらもネフィリムの心臓へと向けて拳を振るった。

 

「やり遂げる!あの子の為にも!世界の為にも!」

 

振るう拳の一撃と共にマリアも拳を蹴り、穴を僅かに躱して加速しながらネフィリムの心臓へと距離を詰めた。

 

そしてマリアとネフィリムの心臓、セレナの元まで目の前の距離まで来ると短剣を構える。

 

「これで解放させる…セレナ…こんなダメな姉を…助けてくれてありがとう…そしてさようなら…」

 

そして迫りゆくネフィリムの心臓へと短剣を突き刺そうとしたその時、

 

壁の一部に大きな穴が開くと共にそこから巨大な腕が伸びて来るとネフィリムの心臓へと短剣を突き立てようとしたマリアへと襲いかかった。

 

「ッ!?」

 

突然の出来事にマリアは対応出来ず、その巨大な振るわれる腕に抵抗する事も出来ず、まともに受け、四人が怪物達を蹴散らしている場所にまで叩き戻された。

 

「マリア!」

 

突然にマリアが飛ばされ戻ってきた事に動揺の隠せない切歌と調がそう叫ぶ。

 

「おい!気を抜くな!」

 

そんな二人へと向けてそう叫ぶ奏。

 

だが、その叫びはなんの意味を持たなかった。

 

「キャアァ!」

 

マリアが心配で隙を晒した切歌と調へと向けて火球が襲い掛かり、二人を焼き尽くそうとする。

 

「ッ!」

 

奏がそれを穂先を回転させて竜巻を作ると二人を焼き尽くそうとする炎を吹き飛ばす為に振るう。

 

だがその行動は悪手であった。

 

二人を救おうと僅かながらに向けた意識の隙を見逃さなかった怪物達が奏へと残光(ライトスピード)の光線を乱射したのだ。

 

二人は炎から助け出す事に成功するがその攻撃を奏はその身に受けてしまう。

 

「ガァ!」

 

「奏!」

 

その姿を視線の端で捉えたクリスへと今度は攻撃が集中してクリスも捌き切れず、火球や光線の的になり、攻撃に晒されてしまった。

 

「グァ!」

 

「みんな!」

 

そんな中、怪物達の空中に未だ浮遊していた響は叫ぶことしか出来なかった。

 

一気に戦況が傾いた現場。何が起こったのかまるで何もわからない響。

 

だが、そんな考える暇すら与えない様に今度は響へと向けて怪物達が一斉に第七波動(セブンス)の能力を使い襲い掛かる。

 

「ッ!?」

 

空中にいて身動きの取れない響はその攻撃をまともに受けてシンフォギアをボロボロにしながらなんとか堪えるも更なる追撃とばかりに襲い掛かる巨大な腕が響を地面へと叩きつけた。

 

「ガァ!」

 

地面へと勢いよく叩きつけられた響。肺から一気に酸素を持っていかれ、意識が飛びそうになる。

 

だが意識をなんとか保ち、その腕の正体がなんなのかを見る。

 

しかし、その腕の正体を見て後悔をする。

 

響の目に映ったのはフロンティアの動力炉の壁を壊し、大きな口をニタリと浮かべる、怪物。いや、ただの怪物であればなんとかなった。

 

響の目に映ったのは先程まで戦っていた怪物よりも遥かに巨大な怪物が、青空をバックに目のない顔をこちらへと向けていたからだ。



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122GVOLT

ボクとアシモフは互いに打ち付けた腕を振り払い、同じ様に互いの持つ銃を撃ち出した。

 

ボクはアシモフの銃弾を雷撃鱗で無力化し、アシモフは避雷針(ダート)を僅かに身を逸らして躱す。

 

だがその一撃で互いに距離を離れない。離れる意味がない。この手で殺すのであれば距離を詰めていなければならないという意思の表れ。

 

そのまま銃と己の身体を武器に距離を詰め続ける。

 

互いに拳をぶつけ合い、時には躱して蹴りを繰り出す。銃を放ち、雷撃を放ち、互いの存在を消し去ろうとする為に殺しに掛かる。

 

それでも互いの殺意が攻撃に転化しても未だダメージと言う傷を与えられていない。ボクは先の戦闘でアシモフは一度だけ破った体術を駆使するが、一度使った手をアシモフは容易に対処して見せている。

 

そう簡単にはいかないとは分かっている。ボク自身が相手にしているのが誰かわかっているからこそ、こんな事で動揺などしない。

 

自身が相手にしているのはアシモフだ。ボクを育て上げた師であり、シアンを殺してあんな姿にした怨敵。そしてボクの魂を切り分けた人物であり、この肉体を殺そうとした張本人。

 

そして二つの世界を破滅と混沌へと誘おうとするボクの敵。そんな男だからこそ、このくらい出来て当然だろう。そんな男だからこそボクは何度も敗北を喫し、絶望させられた。

 

だからこそ、今ここで殺さねばならない。そんな事をさせない為にもボクは今度こそ勝たねばならない。

 

この身を縛る因縁という鎖を断つためにも、ボク自身をガンヴォルトと信じてくれているみんなの為にも、そんなみんなのいる世界を守るためにも。

 

今ここでボクがアシモフを殺さねばならないんだ。

 

アシモフに対処されようがボクは拳を、脚を、避雷針(ダート)を放つ。

 

しかし、アシモフもボクの攻撃、いなし、受け止め、躱し、反撃をしてくる。

 

同様にボクもアシモフの攻撃を防ぎながらも接近戦でアシモフと攻防を繰り返す。

 

互いの存在を消すまで終わらないこの戦い。

 

雷撃で蒼く照らされる戦場に互いの理想をぶつけ合ってケリをつけるために戦闘を続ける。

 

銃声と拳や蹴りがぶつかり合う音、そして雷撃が弾ける音だけが戦場に響き渡る。

 

そして互いの弾倉の弾が空になる瞬間が訪れる。

 

打ち出した避雷針(ダート)と銃弾。その瞬間に弾数を頭に入れていたボクとアシモフは再び撃ち合うために再装填しなければならなくなる。

 

だが目の前の相手はそれを許さない事ぐらい理解出来る。だが、それでもボクの雷撃をより強力に、確実に当てる為にも避雷針(ダート)の装填が必要なボク、ボクを確実に殺す為にも銃弾が必要なアシモフ。

 

どちらが先に再装填出来るかで戦況が変わるかも知れない局面。

 

その瞬間にアシモフが先に動き出した。銃を持つ腕をボクに向けて振るい、その勢いを利用して銃から弾倉を抜き放ち、ボクに向けて飛ばして来たのだ。

 

「ッ!」

 

ボクはその空の断層を避けずに掴み取る。だがアシモフはボクの行動を読んでいたかのように、ボクに向けて前蹴りを叩き込もうとする。ボクは弾倉を持った腕で跳ね除けて既に新しい弾倉を取り出し、再装填をするアシモフに向けて握った弾倉を再装填しようとする銃と弾倉の間に先程の弾倉を入り込ませ、装填されるはずだった弾の入った弾倉が入り込ませた弾倉を叩き、空の弾倉をアシモフの銃に装填させる。

 

アシモフもそんな事で動揺などしない。すぐさまボクの腕を折るように前蹴りを放った足を素早く引き戻すとボクの腕をガッチリと抑え込んで膝を叩き込もうとする。それを見越してボクはなんとか抑え込まれた腕をひねり、折られない様に位置をずらして肘を曲げてその蹴りを受けながらもなんとか腕を折られずに済む。

 

だが、ここで初めてアシモフの攻撃からダメージを受けた。

 

先にダメージを受けた事。勝敗を握る事には至らないが、膠着した戦況をアシモフが開けた小さな風穴。それを広くし、優位を取るべくボクへと更に苛烈に攻撃を叩き込もうとする。

 

しかし、こんなダメージでアシモフに優位を取らせてなるものか。ボクはすぐに出力最大の雷撃を捕まれた腕からアシモフに向けて流し込む。

 

「クッ!」

 

今までとは違う出力の違う雷撃。アシモフの銃を無効化してしまうほどの雷撃にアシモフの顔が歪む。だが、知っている。アシモフは止まらない。この程度での痛みなど気に留めないと。

 

ボクの予想通り、アシモフは雷撃をその身に浴びながらもボクへと向けて拳を叩き込む。

 

その拳をダートリーダーの銃床で受け、逸らすとボクは逸らした勢いでダートリーダーの弾倉を抜く。

 

それと同時にアシモフもボクへと雷撃を流し込み始めた。

 

動きを阻害させるほどの痛みを与える雷撃。だが、アシモフ同様にボクも雷撃をその身に浴びながらも止まらない。

 

アシモフがかつてシアンの補助を受けたボクの雷撃を受けても痛みを堪えても動き続けた様、今も同様にその身に宿す執念とボクに対しての憎しみでその痛みを堪える様に、ボクもアシモフを殺す為に、世界を救う為に、みんな受けて来た数々のアシモフの雷撃に比べれば、アシモフに今まで受けた絶望と痛みと比べればこの程度の痛みで動けないなどと思う訳がない。

 

ガッチリ掴まれた腕を無理矢理にでも振り解く。だがアシモフもボクへと蹴りを放つ。蹴りを解いた腕を使い蹴りを受け止め、片足だけでバランスを取るアシモフを押して倒す。

 

だが、アシモフはそれを見越して自ら後方へと倒れ、倒れた勢いを利用し、バク宙と共にバランスをとっていた足でボクの顎へと蹴りを放った。

 

その蹴りを頭を逸らして避けるが、アシモフはすぐさま体制を立て直す。

 

しかし、ボクも躱してアシモフの元へ既に接近していた。距離を取る事はもうしない。

 

距離を取ればアシモフに再び銃弾という手を与えてしまう。こちらも再装填出来ないがそれでもアシモフを殺す為に攻め続ける手を止めない。

 

そうして再びボクとアシモフの腕が交差する。

 

そこから再び始まる拳と銃すらも武器として使い、蹴りを放ち続ける応酬の連打。

 

互いのぶつかり合う拳が、蹴りが纏う雷撃が弾け、辺りへと迸り、地面に焼き焦げた跡を残す。

 

だが、そんな事を気にする余裕もなく、応酬を続ける。

 

しかし、どの攻撃も躱し躱され、防ぎ防がれる。長い応酬、長い膠着状態。だが、ボクもアシモフもその膠着状態の中、少しでも隙を見せれば強烈な一撃を喰らわせようとする。応酬の中でも、膠着の中でも一進一退の攻防を続ける。

 

そんな中、アシモフがボクの拳を受け流すと共に、その殴られた勢いで背を向けて一瞬でボクの側頭部へと向けて裏拳を放つ。

 

ボクはそれを腕で受け、アシモフに向かって蹴りを放った。

 

勿論アシモフもそれを飛んで勢いを殺し、そしてそのまま足を掴む。そしてバランスを取る足をアシモフは踏みつけると先程同様にボクの足を掴んで押し倒してくる。

 

飛ぶことすら出来ないボクはアシモフの様に反撃する事も出来ず地面へと転ばされる。

 

だが、アシモフがボクの足を踏んだ瞬間、ボク自身も反撃出来ないと判断して既に次の手を打っていた。

 

地面へと転ばされ、ボクへと更に追い打ちを掛けようと、アシモフの肘がボクの顔面へと向けて高速で振るわれる。

 

ボクはそれを両腕で受け止めてから首を振るい、鞭の様に叱らせた髪を、その髪を束ねるプラグをアシモフに向けて放つ。

 

アシモフもそれを理解してから銃を握る腕で髪の部分を跳ね除け、更に肘を引いて再び肘を落としてくる。

 

何度も喰らう程ボク自身も甘く無い。振り下ろされる肘を片手で受け止め、衝撃を緩和させるとボクはダートリーダーを構える。

 

弾の入っていないダートリーダーで何をするつもりかとアシモフは嘲笑を浮かべようとするが、アシモフの勘が何かを訴えたのか、条件反射の様に、銃口から身体を逸らす。

 

その瞬間ボクのダートリーダーから放たれた避雷針(ダート)。それを躱されるがボクを覆いかぶさるアシモフの体重が移動した事によってボクはその窮地を脱する。

 

脱した後はすぐに体制を立て直し、アシモフへと蹴りを振るう。

 

アシモフはそれを腕でガードして転がる様に後退する。

 

ボクはすぐさま避雷針(ダート)で追撃する様に転がるアシモフに放ち続けた。そしてすぐさま体制を立て直すアシモフに向けて拳を振るう。

 

腕で受けるアシモフとボクの拳から雷撃が迸る。

 

「貴様の避雷針(ダート)は既に切れていたはず!弾数に間違いはない!なのに何故撃てている!」

 

戦いを始めて初めて口にしたのがその言葉。

 

その理由はアシモフに倒された時、躱せ無い事を既に知ったボクはポーチから弾倉を一つアシモフに見えない様に地面へと落とし、倒れるタイミングでダートリーダーを地面に接触する際に、弾倉を無理矢理装填させたのだ。勿論、そんな乱雑に使えば銃は上手く使えないであろう。だが、メンテナンスと何度も壊されたダートリーダー。二課の技術開発がそれを対策し、強度を高めたからこそ成せるものであった。

 

だが、ボクは答える気などさらさらない。

 

「そんなこと気にする程余裕なのか!アシモフ!」

 

そしてアシモフのガードを弦十郎から模倣した発勁で吹き飛ばすと更に避雷針(ダート)を放ち、アシモフへと撃ち込もうとする。

 

アシモフは銃口から自身の身体を斜線から外しながら身を躱すが、更に距離を詰めて避雷針(ダート)を至近距離から撃ち込もうとする。しかし、アシモフはボクの腕を浮かんでダートリーダーの銃口を自身から外すと共に肘をボクの顔面へと向けて振るう。それを躱してボクも更にアシモフへと膝蹴りを叩き込もうとするが、アシモフはそれを片手で受け止める。

 

「貴様とて自身が優位に立っているつもりか!紛い者!」

 

ボクの言葉に怒りを込めた言葉に反応するアシモフ。

 

そしてボクとアシモフが互いに強力な雷撃を相手に流し込もうと膝から、そして掴むと腕と掴まれた腕から放出する。

 

そしてボクとアシモフがここで初めて距離を取る。

 

弾かれた雷撃が生んだ磁界により、ボクとアシモフが無理矢理にでも距離を取らされたのだ。

 

そして互いに距離を取らされながら言葉を紡ぐ。

 

「瞬くは雷纏し聖剣、無慈悲なる蒼雷よ、敵を穿て!」

 

「煌めくは雷纏いし聖剣、蒼雷の暴虐よ、敵を貫け!」

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

同時に紡がれた言葉と共に出現した巨大な聖剣同士の激突。

 

その威力は今までと桁違いだ。聖剣が纏う雷撃が辺り一面を吹き飛ばす程の衝撃波と辺りをその雷撃の熱量で焦土と化す。

 

そしてその威力がぶつかり合い、まるで爆発するかの様に反発したボクとアシモフ。

 

距離を取り、アシモフも弾倉を素早く再装填すると憎悪の籠った視線をボクに向ける。

 

それはボクとアシモフが今までにない接戦を繰り広げている事の怒り。そしてボクが以前にも増して更に強力な雷撃を扱える様になった事に対する憎悪。

 

「貴様がその域に達するな…それは奴だけが辿り着いた極地!本来の蒼き雷霆(アームドブルー)を持つ奴が到達すべき極地だ!貴様が!貴様如きが!紛い者如きがその域に立つなど許されないのだ!」

 

アシモフはそう叫んだ。

 

「だからボクも本物だ。ボク自身も本物であるからこそ、そしてアシモフを倒すと、殺すと誓い、幾度とない敗北と絶望を乗り切ったから蒼き雷霆(アームドブルー)が…ボクにも宿る能力因子が…あの世界のシアンが残したメッセージがボクをここまで至らせたんだ」

 

だからボクもそう言った。本物であると。幾度とない敗北と絶望を乗り越え、そしてあの世界のシアンが残したメッセージがボクに力を与えたと。

 

「巫山戯るな!貴様の言葉は矛盾がすぎる!あの世界の電子の謡精(サイバーディーヴァ)!そう言うのであるならば貴様は決して本物ではないだろう!」

 

「切り分けられた魂であれば本物だ!同じ意志を!同じ魂を持っていれば例え肉体が別物であろうと本物なんだ!」

 

「何が魂だ!何同じ意志だ!そんな物は関係ない!」

 

アシモフはボクに向けてそう叫ぶ。

 

何度目かもわからぬ問答。幾ら話したところで無意味。だからこそ、証明するのは相手を殺す以外ない。

 

もうそんな問答は飽きるだろう。ならば答え合わせをしよう。

 

「死んだから認めればいいさ。ボク自身も本物であると言う事を」

 

「何度もほざくな!紛い者!」

 

再び雷撃を迸らせながらぶつかり合う。互いの言い分は存在を殺し、生き残る事で証明する事は出来ないのだから。



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123GVOLT

お気に入り400ありがとうございます。
もう終わりに近づきましたが、お気に入りしてくれる人がいると励みになります。
それと三周年何もやらないと書きましたが、設定をこのまま腐らせるのも勿体無いのでGXで描く予定だったあらすじでも後書きに書いておきます。


異形の怪物と化したウェルへと駆け出した弦十郎と慎次。

 

どんな異形へと変化しようが弦十郎と慎次の目的は変わらない。ここでウェルを倒す。アシモフをガンヴォルトが必ず倒す様に、装者達がネフィリムの心臓を止める様に、弦十郎と慎次も今ここでウェルを倒す目的は変わらない。

 

異形となったウェルへと詰め寄った弦十郎と慎次。

 

異形となったウェルにどんな更なる変化を齎しているかは謎だ。時間をかけて対抗策を見つけることが正解かも知れない。だが、その逆であればどうなる?時間をかける毎に更なる変化が齎され手に負えない状況に陥ればどうなる?今この時に早くケリをつけていれば、あの時に倒していればと後悔するだろう。ならばやる事は今すぐにでもウェルを叩きのめす。シンプルで分かりやすい答えだ。

 

すぐさま拳を、拳銃を構え、ウェルへと向けて振るい、放つ。

 

弦十郎の拳。かつてネフシュタインの鎧やネフィリム自体にも有効打を決められるほどの強力な一撃。

 

そして慎次もそれを理解しているからこそ、その強力な一撃をウェルに確実にぶつける為にも、再びウェルの影へと銃弾を当て、影縫いによって行動を阻害させる。

 

そして弦十郎の拳がウェルへと向けてぶつかる。

 

筈だった。

 

その瞬間に、ウェルの変化した異形の口がまるで裂けたかの様に口角を吊り上げる。

 

そして影縫いによる阻害を無視するかの様に腕を動かすと巨大な拳を振り上げて弦十郎の拳と激突させた。

 

影縫いをも無効化する程の膂力を見せつけるウェル。そしてその膂力を更に見せつけるかの様に弦十郎と拳を打ち合わせる。

 

弦十郎の拳とウェルの変異した腕の激突。先の戦闘では受け流していた拳を正面から初めてぶつけ合う。

 

完全聖遺物をその身に宿した人ならざる者の拳と弦十郎が鍛錬を行なって到達した完全聖遺物すら凌駕する膂力を手に入れた拳。

 

異形とかした拳と人の身でその領域にまで達した拳。そのぶつかり合った事で空気をも揺らす程の衝撃を生む。

 

人類が到達した最高の拳がウェルの拳を撃ち破る。

 

弦十郎の拳がウェルの拳を吹き飛ばした。

 

「終わりだ!ウェル博士!」

 

そう叫んで渾身のストレートをウェルに向けて放つ弦十郎。

 

だが、異形となったウェルは逆の腕を光らせると共に、弦十郎は吹き飛ばされた。

 

「ッ!?司令!」

 

何が起こったか分からなかった慎次は急に吹き飛ばされた弦十郎に驚きを隠せない。

 

何が起こったのか?いや、吹き飛ばされた弦十郎。そしてまるで殴った後の様にもう片方の拳を振り抜いた様に構えるウェルの姿を見れば何が起こったのか分かる。

 

先程の光らせた腕。それは残光(ライトスピード)の力の一旦。その力を拳に使い、光速の拳を弦十郎に放ったのだ。先程まで全身にしか使えなかった残光(ライトスピード)。それを特定部位にのみ作用させた一撃。人類が捉える事が不可能な力を拳に宿らせて弦十郎を殴り飛ばしたのだ。

 

そして弦十郎に続き、先程同様に、今度は身体を発光させると共に慎次も何かが肉体に、腹に深々と突き刺さる様な痛み。

 

そしてその痛みと共に慎次も弦十郎同様に吹き飛ばされた。

 

「ッ!?」

 

慎次が吹き飛ばされながら見たのは拳を自身の腹へと放ったウェルの姿。

 

そして吹き飛ばされて地面を転がる慎次。

 

それを誰かが、受け止める。

 

「ッ…司令…」

 

慎次を受け止めた弦十郎であった。だがその顔には先程ウェルに光速で殴られた拳の跡がくっきりと残り、口の中が切れたのか血を口から垂らしている。

 

「…大丈夫か?」

 

「ゲホッ…あんな一撃を食らって…無事ではすみませんよ。司令こそ無事なんですか?」

 

「確かに一撃は重いが俺の拳に比べればどうってことないさ」

 

弦十郎はそう言った。確かに弦十郎は顔に拳の跡がくっきりは残っているがそこまでダメージを感じさせない。だが、慎次は別である。

 

そこには先程の拳がシャツを破り、慎次の腹を露出させていた。そして異形となったウェルの拳が僅かに抉ったのであろう、慎次の腹からは血が流れている。

 

殴られた衝撃はかなりのものであった。だが、それでも拳が当たった瞬間に超人的な反応で僅かながらに身体を浮かしてダメージを軽減させた。しかし、それでも無事とは言い難い。だが、その身に一撃を受けようともその軽減させたおかげで骨は折れていようとも内臓は無事。

 

無事ではないと言いつつも、慎次は立ち上がる。

 

たった一撃でここまでのダメージを負おうが生きている。まだ動ける。まだ死ぬほどのダメージでは無い。ならば立ち上がるのは必然。ウェルを倒していないのに、休む事など出来ない。

 

だから立ち上がる。弦十郎も慎次も。倒れるわけには行かない。諦めるわけには行かない。自分達の手にもこの世界の命運が掛かっているのだから。

 

装者達がフロンティアをどうにかしようと頑張っている。セレナを救う為に頑張っている。

 

ガンヴォルトが翼を救い、シアンを取り戻し、この世界の終焉を齎す存在、アシモフを殺す為に死闘を繰り広げているだろう。

 

だから弦十郎と慎次もこんなところで倒れるわけには行かなかった。

 

ウェルという男を倒さず、自分達は任された事を全う出来ず倒れる事など論外だ。

 

そんな事あって良いわけがない。大人として、何も出来ず、倒れていいはずなどなかった。

 

だから立ち上がり、再びウェルへと駆け出した。

 

異形となったウェルを倒す為に。

 

そして駆け出した二人は再びウェルへと拳を、銃弾を放つ。

 

ウェルはそれをその巨大からは考えられぬ程のスピードで躱し、弦十郎へと、慎次へと先程同様に、炎を纏わせた拳を弦十郎と慎次に振るう。

 

回避しなければならない殺意の一撃。

 

弦十郎も慎次もその拳の合間を縫って応酬を繰り広げる。

 

だが先程と同じく、その拳に宿る熱量が弦十郎と慎次の肌を焼く。

 

だが、それも先程同様にその熱量に旗を焼かれようが弦十郎と慎次はウェルへと責め続ける。

 

負けられない戦いだから。引けぬ戦いだから。終わらせなければならない戦いだから。

 

弦十郎と慎次、ウェルの三人の応酬も激しさをさらに増していく。

 

だが、それを拒むようにウェルの肩の装甲が開く。

 

そして吹き出したように現れる黒い粒子。

 

「慎次!」

 

「分かってます!」

 

食らってはならぬ翅蟲(ザ・フライ)の黒い粒子。それを慎次が今度は焼夷手榴弾をどこからともなく二つ取り出すと肩の装甲へと投げ、黒い粒子が焼夷手榴弾を食い尽くす前に銃弾で起爆させた。

 

爆発と共に更なる熱量が弦十郎と慎次を襲う。だが、それは爆発を見に受けたウェルも同じ。黒い粒子を焼きながらウェルの身体を炎が覆い尽くす。

 

だが、その炎に焼かれようがウェルは止まらない。

 

今のウェルには爆炎(エクスプロージョン)の能力因子を身に付けた事により炎への耐性が付いている。

 

焼夷手榴弾如きの炎など今のウェルには水に等しい温度であったからだ。

 

炎に包まれながら弦十郎と慎次へと襲い掛かる。だが、慎次も弦十郎もそんなウェルへと向けてさらに温度の高い拳の炎を避けつつも、自身の拳をウェルへと叩きつけた。

 

「ッ!」

 

拳の皮膚を炎が焼く。

 

だが、それがどうしたと言わんばかりに弦十郎も慎次も拳を振り抜いた。

 

そしてウェルを吹き飛ばした弦十郎と慎次。拳に焼けるような痛みが襲うが、それでもなお拳を握る。

 

そして追撃しようと炎に塗れたウェルへと弦十郎と慎次は駆け出す。

 

だが、一瞬で炎を纏うウェルから炎とは別の光を身から発するとその巨大が消えた。

 

「ッ!?」

 

弦十郎と慎次は残光(ライトスピード)の能力を使われた事に辺りを警戒する。

 

だが、弦十郎と慎次の前には既にウェルが粒子を肩から撒き散らし、ニヤリとしながら立っていた。

 

「ッ!?」

 

いつ移動したか分からなかった弦十郎と慎次。だが、慎次は再びすぐさまどこから取り出したかは分からないが焼夷手榴弾を取り出すとすぐさまウェルに投げ、銃弾を当てると爆発させた。

 

何度目かも分からない衝撃と熱気が弦十郎と慎次を襲うが、あの黒い粒子だけは、物質を喰らい尽くす粒子を喰らう訳には行かない二人はその衝撃と熱気を受ける。

 

だが、黒い粒子が焼けていく中、その炎を突き破り、紫色の光線が二人へと襲い掛かる。

 

それを横に素早く飛んで間一髪で躱し切るが分断された弦十郎と慎次。それを待っていたかの様に、いつの間にか慎次の真横に移動していたウェルが身体全体を焼き尽くす業火を纏いながら慎次を拘束した。

 

「あああ!」

 

「慎次ぃ!」

 

だがそんな弦十郎の叫びは虚しく、慎次はウェルが纏う焼き尽くす炎に晒されて叫び声すらも打ち消していく。

 

炎を纏う慎次を投げ捨てると再び目にも追えぬ速度で弦十郎の前に移動する。

 

弦十郎も自身の拳を振るい、ウェルへと放つが、それを予期していたウェルは亜空孔(ワームホール)を使い、その拳を弦十郎へと返す。

 

だが、弦十郎自身も同じ手に何度も引っかかるわけではない。素早く手を引いて拳を収めるが、弦十郎の腹へととてつもない衝撃が襲う。

 

「ガハッ!」

 

何が起こったかと思うとウェルは側面に穴を出現させており、その穴へと手を差し込んでいた。その穴は弦十郎の腹の部分に出現しており、それによってダメージを受けたのだ。

 

そして膝をついた弦十郎の頭を掴むとそのままその穴を弦十郎が通れる程の大きさに変えてそのまま弦十郎をウェルは引っこ抜いてぶら下げる。

 

そしてそのまま弦十郎を持ち上げたまま空いた腕で拳を握り、光らせると弦十郎へと向けて乱打を叩き込む。

 

光速で放たれる拳、避ける事の出来ない攻撃。弦十郎はその攻撃を喰らい続ける。

 

ただ淡々と殴り続けるウェル。先程と違い、咆哮も怨嗟を紡ぐ言葉すら発しない。

 

何故ならウェルの意識は今はほぼない。大量のネフィリムの細胞。それが影響し、ウェルの意志は殆どなくなった。だがネフィリムに侵食され、その身が異形と成り果てようとウェルを突き動かすものがあった。それは自身が英雄であると疑わない執念にも似た狂気、そして弦十郎と慎次、ガンヴォルトや装者達への今まで邪魔されてきた恨み。特に目の前にいる弦十郎。そして先程焼いた慎次。その二人へと勝つと言う執念が、意識のないウェルを突き動かしていた。

 

そして何より、ウェル以外にも今、拳を叩き込み続ける弦十郎に恨みを持つ物がいる。その身に受けた痛み、そしてウェルが取り込んだネフィリムの細胞は弦十郎より受けた痛みを覚えていた。単体で有ればそんな事象は起きなかった。だが、大量にネフィリムの細胞を摂取した事により、その細胞達集まり意思が生まれた。かつてのネフィリムの意思がウェルの身に宿ったのだ。そしてそれが今のウェルだ。今のネフィリムだ。

 

だからこそ、その恨みを晴らそうとするネフィリムの意志も合わさる事により、異形となったウェルは、ネフィリムは、弦十郎と言う苦しめ続けた存在に今までの借りを返すが如く殴り続ける。

 

簡単に殺さず、弦十郎だけは本能赴くまま、かつて受けた痛みを何倍にも返すように。

 

弦十郎を殴り続けた。光速の一撃がガードすらさせぬその一撃が弦十郎を何度も何度も打ち付けられる。

 

肩を、胸を、腕を、腹を、足を、何度も何度も。

 

そしてしばらくしてその乱打を止めた。

 

それは未だ意識があるかどうかの確認するかの様に。

 

だが、弦十郎は意識を失っていなかった。身体をいくら殴られても一切の声も上げず、ただその攻撃を肉体に力をありったけ込めて耐えきっていた。

 

「…効かんな…お前の…拳など…」

 

弦十郎は途切れ途切れにそう言った。

 

もちろん効かないなど嘘である。身体は青痣だらけ。骨は折れていないものの身体はボロボロ。

 

ウェルの拳には、ネフィリムの拳には必殺を秘めている。それでもなお、気を失わなかった。死ななかった。いや、気を失う事も死ぬ事も弦十郎自身が拒んだ。

 

自身の決めた事。装者達に託された事を全うせずに、何も為せずただ倒される事を弦十郎は拒んだのだ。

 

弦十郎が持つ大人としての信念が、倒れる事も殺される事も拒んだ根性が、それを為した。

 

ふざけているとも、あり得ないとも言われそうな現象。だが、それを超人的な肉体と、弦十郎の持つ大人とはこうであるべきという信念と、そして自身に課した使命を全うしようとする精神がそれを為した。

 

「そんな攻撃で…俺を…俺達を倒せると思うなよ!」

 

そして弦十郎は吠えた。

 

その叫びに呼応してウェルは弦十郎へと再び光速の拳を打ち込もうと構える。

 

そして拳が弦十郎に放たれる。

 

筈だった。

 

「はぁ…はぁ…何度も言いますが…勝手に殺さないでもらえますか!ウェル博士!」

 

放とうとした拳には先程焼いた筈の慎次がその拳を触れぬよう肘へと組み付いていたからだ。

 

先程同様に焼かれた慎次。だが、その身を業火にに焼かれながらもシャツを犠牲にして変わり身を使い、舞い戻ったのだ。

 

ウェルは、その慎次を地面へと叩きつけようとする。

 

だが、その瞬間に隙が生まれる、弦十郎が自身の頭を掴む手の小指を掴むとそのまま折った。

 

「ッ!?」

 

突然の事でウェルも地面へと叩きつける腕が止まり、弦十郎を離してしまう。

 

そして地面に降り立った瞬間に、弦十郎はウェルへとその身に先程叩き込まれた拳のお返しとばかりに体当たりをぶつけた。

 

その瞬間にウェルから離れる慎次。再度吹き飛ばされたウェル。

 

そして再び並び立つ弦十郎と慎次。互いに満身創痍。だが、それでも口から流れる血を拭い、駆け出した。

 

「決着を付けるぞ!ウェル博士!」

 

「ここで終わらせましょう!」

 

そして体当たりのダメージを感じないウェルはただ咆哮を上げて、弦十郎と慎次を再び殺す為に迎え撃つのであった。




殺す事でしか止まらないのか?
殺す事でしか救えないのか?
恩人を、想い人を、英雄を。

-頼むみんな…ボクを殺してくれ…ボクに大切な君達を…殺させないでくれ-

奇跡を殺す殺戮者と戦い、その裏で暗躍する者から奪われた大切な人を殺す(救う)物語。

戦姫絶唱シンフォギアABR

とまあこんな感じの予定だった三章。書く予定は一切ありませんが、三周年という節目なので出しておきます。


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124GVOLT

倒れる装者達。それをニヤリ裂けた口を吊り上げる怪物。そして穴が空いた動力炉を見下ろす巨大な怪物。

 

何故こんな怪物がいる。何故こんな怪物が今出現したのだ。響は倒れながらも考える。

 

だが、響には何も分からない。巨大な怪物が何故現れたのかなど、この中の装者は誰一人理解出来ない。

 

巨大な怪物。

 

それは弦十郎と慎次が戦うウェルの存在、いや、その体内に存在するある物が起因している。ネフィリムの細胞を多量に摂取した事により、ネフィリムの意識が再び芽生えた。その意識が生まれた事により、自身の細胞を埋め込まれたフロンティアへと干渉し、自身の本体である心臓を守る為に生まれたのだ。

 

それが巨大な怪物の正体。ネフィリムの意思が顕現した事による副産物がその怪物であった。

 

だが装者達はその事を知る由もない。

 

ただ目の前に現れた脅威にどうすればいいのか考える事しか出来ない。いや、それすらも装者達を囲む怪物が装者達を殺そうとする為にそれすらも考える暇がない。

 

「…セレナを救わなきゃ…約束したんだ…救うって…解放するって…」

 

だが、そんな中でも、倒れていたマリアがいち早く立ちあがろうとする。巨大な怪物の振るった腕をまともに食らい、ギアがボロボロになっていても、マリアは立ちあがろうとする。

 

理由はセレナの為。自分に課した使命、そしてセレナと交わした約束を守る為に、マリアは立ちあがろうとしている。

 

だが、それを嘲笑うかのように火球がマリアへと向けて放たれ、それをまともに受けるかと思われた。

 

だが、マリアを襲う火球は亜空孔(ワームホール)が開き、その穴へと吸い込まれると打ち出した怪物に火球が帰り、怪物を焼き焦がす。

 

それはセレナがマリアを守ろうとする意思が起こした物。

 

巨大な怪物の一撃はセレナが解放されると思い、その意思が弱まったせいにより、何も出来なかったが、今度はマリアを守る為に、セレナの意志が再びマリアを守った。

 

「…ッ!ごめんなさい…セレナ…こんな私を守ってくれて…今度こそ貴方を救うから…今度こそ貴方を解放してあげるから!」

 

再びマリアは叫ぶ。

 

マリアを未だ守ってくれているセレナの為に。約束を果たす為に、こんな所で燻って居られない。こんな所で倒れている訳にはいかないと。

 

そして近くにいるマリアを屠らんとする怪物へと短剣を振るい、薙ぎ倒し、離れている怪物をその短剣が蛇腹剣の様に分割されると鞭の様にしならせて怪物を屠る。

 

「ッ…マリアさん…」

 

その姿を見る響。

 

マリアはセレナを救おうとしているのに、立ち上がり、再び怪物と戦っている。

 

倒れていていいのか?このままマリアを一人で戦わせていいのか?

 

否。

 

倒れていていいわけがない。マリアを一人で戦わせていいわけがない。

 

自分は何の為にここに来た?何を成す為にここに来た?

 

マリアを救う為。ガンヴォルトがこの世界を守ろうとする為にアシモフと戦っている。その手助けの為に来たのだ。

 

なのに今の自分はどうだ?大きなダメージを受け、未だ倒れている。

 

助けようとしたマリアはどうだ?響同様に大きなダメージを受けた筈なのに立ち上がり、ボロボロの身体でも自身の使命を、大切な妹を救おうと奮闘している。

 

そんな姿を見ながら自分はこのままでいいのか?救いたい人を救えず、アシモフと言う巨悪に立ち向かうガンヴォルトの助けになる事を出来ずにいていいのか?

 

いいわけがない。そんな事あっていいわけがない。そんな為に自分はここにいるんじゃない。その為にここに来たんではない。

 

「ッ!いつまで寝そべっているつもりだ…いつまで立ち上がらないつもりだ…救いたい人を救いに来たのに!ガンヴォルトさんの力になる為に来たのに!いつまでここで倒れているんだ!私!」

 

そう叫び、ボロボロの身体に鞭打って立ち上がる。

 

「師匠も!緒川さんも!ガンヴォルトさんも!戦っている!自分が倒れて言い訳がない!救いに来たのに!終わらせに来たのに!何も出来ないまま!何も為せないままいていい訳がない!」

 

そしてボロボロの身体を言葉で、気持ちで奮い立たせる。

 

響の叫びに呼応する様にボロボロになった装者達も立ち上がる。

 

「ッ!当たり…前だ!託されたのに!未来を繋げに来たのに!アシモフの計画を終わらせに来たのに!逆に終わらせられてたまるかよ!」

 

奏が叫ぶ。槍を杖代わりに地面へと突き立てて。響同様に何も為せないまま、終わっていい訳がないと。終わらせに来たのに自身が終わらせられてたまるかと。

 

「託され…だんだ!それを実行する為にここに居るんだ!私達が倒れてどうする!一人に任せて自分達倒れてただ終わるのを待っていていい訳がねぇ!ガンヴォルトも戦っている!おっさん達も戦っている!自分の使命を全うしようとしている奴も戦っている!それなのに倒れてていい訳がねぇ!みんなでここを終わらせるんだ!あの外道だけが望まない未来を!こんな破滅しかない未来を!」

 

クリスもボロボロの身体に鞭打って立ち上がりながら叫ぶ。響の言う通り、ガンヴォルトもそれを止めに戦っている。弦十郎も慎次も戦っている。マリアも自身の使命を、そしてセレナとの約束を果たそうと戦っている。だからこそ、自分も戦わなければならないと。ガンヴォルトより託されたこの場の戦いを終わらせる為にと。この場にいなくともその三人とマリアだけではなくみんなで終わらせると。

 

「マリアが戦っているのに…ボロボロになっても使命を全うしようと戦っているのに!倒れてていい訳がない!マリアを一人で戦わせていい訳がない!セレナを一刻でも早くこんな辛い状況から解放しなきゃならないのに!何もしないなんて有り得ない!あっちゃだめなんだ!」

 

調も叫び、自身の身体へと喝を入れて立ち上がる。マリアがセレナを解放しようと戦っているのに倒れている訳にはいかないと。マリア一人に全てをやらせる訳にはいかないと。そんな事あってはならないと。

 

「倒れてていい訳ないデス!やるべき事も!やらなきゃいけない事も!何も出来ないまま!誰も救えてないのに倒れている訳にはいかないんデス!何の為に自分はここにいるデス!何の為にここに来たデス!この戦いを終わらせる為に私はここにいるデス!セレナを救いにここに来ているデス!それなのにマリア一人が奮闘しているのに!セレナを救おうとしているのに!それをただ黙って見ているなんて有り得ないデス!」

 

切歌も立ち上がる。自分のやるべき事を。やらなければならない事を何も為せていないのに倒れている訳にはいかないと。自分が何の為にここにいるのかを自分自身に問いただし、その答えを叫びながら立ち上がった。

 

この場にいる誰もが一人しか望まない結末を変える為に来ている。それなのにマリアはセレナをたった一人でも解放しようと奮闘しているのを見て、何もせず見ている事なんて出来ない。ガンヴォルトが頼んだこの場の戦いを逆に終わらされていていい訳がない。

 

だからこそ、ボロボロになっても装者達は立ち上がり、自分達がやるべき事を。託された事を全うする為にアームドギアを強く握りしめる。

 

そして奮い立たせた気持ちを胸に装者達はボロボロの身体で再び怪物達へとアームドギアを振るう。

 

だが、それを嘲笑うかの様に、巨大な怪物が動力炉のあるこの広い空間を破壊しながら巨大な腕を振るう。他の怪物など気にも止めず。ただ圧倒的な巨大な身体を活かし、この場では回避する事が難しい一撃を装者達へと振るう。

 

ただ動力であるネフィリムの心臓を守る様に。自身の本体である心臓へと迫る脅威を排除する様に。

 

「ッ!負けるかぁ!託されたんだ!ガンヴォルトさんにこの場を!この場の戦いを終わらせて欲しいって!それに約束しているんだ!未来に!必ずみんなで無事に帰るって!」

 

怪物を拳で殴り飛ばし、迫り来る巨大な怪物の腕と対峙する響。そして自身のアームドギアを全力で振るわれる腕へと殴りつける。

 

圧倒的な質量と力を持つ巨大な腕。

 

たった一人の響の拳など物ともせず響の拳を押し返す程の一撃。拮抗すらせず、響の拳は押されていく。

 

だが、

 

「当たり前だ!ガンヴォルトに託されたならやり遂げなきゃならねぇ!」

 

「あいつが戦って勝つのに私達がここで負けていい訳がねぇだろうが!」

 

響を援護する様に振るわれた腕へ怪物を倒した奏が槍を、クリスが銃をしまい、六角形の結晶を出現させると壁を作り上げ、響と奏に加勢する形で振るわれる腕に押し付ける。だが、その三人でも振るわれる腕を受け止める事が出来ず、押される。

 

「セレナを助ける為にここを凌がなければならない!この馬鹿でかい怪物を倒さなければならない!」

 

振るわれた腕によってセレナへと繋がる道を閉ざされ、それに加勢する形でセレナへと、ネフィリムの心臓へと立ち塞がった腕へとマリアも短剣にフォニックゲインを込めて、エネルギーの刃を作り上げるとその腕へとぶつける。 

 

「切り刻むデス!セレナを助ける道をつくる為に!」

 

「切り開く!!マリアをセレナの元へ向かわせる為に!」

 

切歌と調も加勢し、振るわれる腕へと全てを切り刻む鎌をぶつけ、調も丸鋸をぶつける。

 

六人の装者の負けない思いと切り開く為に振るわれたアームドギア。

 

一人では押され、三人でも止められなくとも、六人の力がぶつかれば押し切れない事はない。

 

思いと願いが合わさり、更なるアームドギアが呼応する様に振るわれる腕を拮抗すらさせず、合わさった力で振るわれた腕を押し返した。

 

行ける。やれる。装者達が一斉に駆け出そうとしたその瞬間。

 

視界を何が遮ると共に、六人へと物凄い衝撃が走り、フロンティア中央の入り口まで壁を破壊しながら吹き飛ばされてしまった。

 

ボロボロの身体に鞭打って無理やり立ち上がった六人にキャパオーバーのダメージを与えた何か。

 

辛うじて見えたそれは吹き飛ばした筈の腕と同じ怪物の腕。

 

それは響達は知らない弦十郎と慎次がウェルとの戦いで、ウェルが、いや、ネフィリムが使った腕にのみ残光(ライトスピード)を付与した光速の拳。

 

他の怪物とは違い、ネフィリムの意識が生まれた事により作られた怪物も同様の能力を使用する事が出来たのだ。

 

だが、それすらも分からない装者たちは吹き飛ばされた場所から立ち上がろうとする。

 

先程にも述べた通り、現在の装者が立ち上がる為に奮った覚悟すらも打ち砕き、肉体にキャパオーバーな一撃に、装者達は立つ事すらままならない。

 

そんな中、巨大な怪物は聳え立つ建造物から顔を覗かせ、不気味な笑みを浮かべて、装者達を亡き者にしようとゆっくりと装者達へと向けて歩み始めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その戦いのみが中継されており、本部でも確認していた者達はあまりの光景に口を手で覆う事しか出来ない。

 

「マリア!切歌!調!」

 

だが、その中でも叫ぶ者がいた。三人の母親の様な存在のナスターシャだ。三人のボロボロの姿、それに何度も傷付く姿、そして倒れる三人の姿に三人の名前を叫ばずには居られなかった。

 

「響!奏さん!クリス!」

 

そしてもちろん未来もだ。傷付き、託された使命を、自身との約束を守ろうとした響、そして奏とクリス。その三人もまた倒れて、巨大な怪物により、危険な状況にある為に叫ばずには居られなかった。

 

何も出来ない自分に腹が立つ。今この場でどうする事も出来ない自分に腹が立つ。

 

ただ圧倒的な存在に、大切な人達を目の前でどうにかされていくのを見届けるしかないナスターシャと未来は歯痒い思いと苦しさに苛まされる。

 

『ッ!何がどうなってやがる!嬢ちゃん達は大丈夫なのかオイ!弦十郎やガンヴォルトは何をしてやがる!』

 

突如として響く男の声。

 

それは斯波田事務次官であり、今の状況が最悪であるとわかっている為に怒鳴り込んできたのだ。

 

「斯波田事務次官…司令は緒川さん共に首謀者の一人、ウェル博士と交戦中…ガンヴォルトは首謀者であり、このふざけた戦いの元凶…アシモフと戦っていると思われます…」

 

斯波田事務次官の質問に朔也が答える。正確に、だが、朔也も辛いのであろう、途切れ途切れになりながら斯波田事務次官へと報告する。

 

『あの野郎共か…』

 

斯波田事務次官は怒りを堪え、そう言った。アシモフと言う存在は嫌と言うほど理解している。ウェル博士の外道さも。だからアシモフと戦っていると思われるガンヴォルトに対して装者達を救えと言うのは憚られる。そして弦十郎と慎次にも。アシモフと同じ枠には入らないが、その知力としぶとさで今まで苦しめてきた者。だからこそ、ウェルと戦う弦十郎と慎次にもすべきことを全うしようとしている者達に何を言えない。

 

『こっちは…ラジオやその他メッセージである程度避難をさせている…だが、今の状況を見ている国民は終わるかもしれない人がいる中、それが終われば次が自分達の可能性があると言う絶望に駆られている。…テメェらばっかりにこんな事を押し付けて役に立たねぇ、役人で悪いとは思っている…だけど前線で戦うお前達なら何か!何か変えられる手立てを思いつがねぇか!?お前達ばかり背負わせてこんな事しか出来ない俺達に悪態ならいくらでも付いていい!だから俺達に何が出来る!他に何がやれる!どうすれば装者達の嬢ちゃんを!この国の人々を!世界中の人間を守れる!どうすればこの絶望が終わる!無能な俺に何が出来るか!国民を非難させる事しか出来ねぇ俺にも!何か出来る事はねぇか!』

 

声だけでも焦りが見て取れる。そして頭を机へと叩きつけたのだろう、鈍い音が聞こえる。国民を避難させることしか自分には出来ないから。それ以外に何が出来るのかオペレーター達に問う。

 

その問いに誰も答える事は出来ない。今の装者達を救う方法が思い浮かばない。巨大な怪物という絶望。ボロボロになって立ち上がる事の出来ない装者六名。

 

どうしようもできない状況。ガンヴォルトがいればとも考えるが、あの絶望と同様の絶望を携えるアシモフと言う存在と対峙している。弦十郎と慎次。人類の限界を突破していると思われる二人もウェルと対峙しており、倒して二人には悪いが、その怪物をどうにか出来るかと言われれば無理だと思われる。

 

どうする事も出来ない。だが何かある筈と。絶望など何度も味わい、その絶望は拭われてきた。装者達によって。ガンヴォルトによって。だから誰も諦めていない。

 

何かあると考え続ける。

 

そんな中、未来が、ナスターシャがポツリと呟く様にいう。

 

「歌を…歌を届けてあげれば…響なら…みなさんなら…」

 

「フォニックゲインを…六人ではなく…この危機を乗り越えると信じる者達の歌によるフォニックゲインがあれば…」

 

かつての戦いでフィーネとの戦闘で起こした奇跡。それを未来は思い出し、ナスターシャはシンフォギアの可能性を導き出してそう呟いた。

 

その言葉を聞いたあおいが叫ぶ。

 

「斯波田事務次官!歌を!あの子達ならやってくれると信じる者達の歌を!一人でも多くの歌を!あの子達へと届く様に!あの子達に力を与える歌を!」

 

『歌!?今そんな事をしてる場合じゃ』

 

「必要なんです!歌が!歌が起こす奇跡が!あの時と同じ様に!かつての戦いで奇跡を起こした様に!今回も必要なんです!」

 

斯波田事務次官が何を言っていると言おうとしたが、それを未来が遮った。

 

かつてのフィーネとの戦いで起こした奇跡。あの時に起きた奇跡を再び起こせばなんとかなるかもしれないと。響を、装者を信じる未来が斯波田事務次官へと言う。

 

「…誰だか分からねぇがそれでなんとかなるのか?それで装者の嬢ちゃん達を救えるのか?俺達の歌で何か奇跡でも起きるのか?」

 

どこか疑いの声を響かせる斯波田事務次官。斯波田事務次官も歌の奇跡は知っている。だが、それを今ここで起こせるのかといえば疑ってしまう。

 

だが、未来は言う。

 

「一人でも多くの歌が奇跡を起こせます!ガンヴォルトさんが前に言っていました!歌には無限の可能性を秘めた力があると!だからお願いです!私の言葉じゃなく、ガンヴォルトさんの言葉を信じて下さい!一人でも多くの歌が!その歌に込められた想いが奇跡を起こします!だから聞いている人に!歌を歌う様に頼んだ下さい!」

 

かつてガンヴォルトがフィーネとの戦いで言った言葉。歌の無限の可能性を持つ力であると。そしてその思いに応える様に、響は装者達は絶望を払った。だからこそ、今度も信じるのだ。歌が起こす奇跡を。

 

「歌を力に変えた力、シンフォギア…それがあるのであれば奇跡は起こせます。奇跡を手繰り寄せられます。あの子達を救うのはもうそれしかない。何も出来ない私達がこの状況を変えるにはそれ以外ありません」

 

ナスターシャも斯波田事務次官へと言った。歌の奇跡をナスターシャは知らない。それを見ていないのだから。だが、それでも、シンフォギアと言う物は歌を力に変えている。だからこそ、歌の奇跡を知らぬとしても、歌に込められた無限の可能性を知っている。だからこそ進言する。

 

「シンフォギアを知る者としてそれが一番の最善な手です。その歌を多くの人が歌えば高まるフォニックゲインがある。そのフォニックゲインがシンフォギアに力を与えます。だから…今の私が言うのはお門違いかもしれません…ですが、それがこの状況を変える手なのです」

 

ナスターシャも斯波田事務次官へとそう言った。F.I.S.の研究者。完全聖遺物を知り、シンフォギアのシステムをこの中で誰よりも理解しているからそう言った。

 

未来の言葉もナスターシャの言葉も説得力はある。かつて歌で奇跡を起こした一人。そして聖遺物を理解する研究者の一人であるから。

 

だから斯波田事務次官はその言葉を信じる。

 

『…それで変わるなら幾らでも歌ってやる!俺達が!その絶望を振り払うと信じる国民が!今の状況にどうにかしようとしている諸外国の政府に!世界中の人達に!歌を歌わせてやる!信じるぞ!その言葉を!」

 

そう叫んだ斯波田事務次官は通信を切る。

 

そして誰もが願う。歌を歌ってと。装者達に歌を届けてくれと。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

通信を切った斯波田事務次官はそこから忙しなく動いていた。

 

今ジャックされて映っている状況は本当である事を。月の件は曖昧にさせながらただ、この前映る光景で装者達がやられれば次はこの国である事を。

 

だからそれを防ぐ為には歌を歌って欲しいと。

 

この国だけではない。諸外国にもだ。

 

通訳を通して諸外国に呼びかける。この状況を打破するのは歌を歌う事だと。

 

だが、そんな事で変わる状況ではない。何を言っていると一蹴する国もあり、上手くは進まない。

 

「国を守る者として!ふざけて言っているつもりなどない!それが最善!それが世界を救う為に必要な事!この世界をアッシュボルト!いや、アシモフと言う男に終焉をもたらされていいのですか!いいわけがない!そんな事あっていいわけがない!だからこそ、この場にいる諸外国に!国民に頼んで下さい!歌を歌って欲しいと!世界を救って欲しいと願いを込めて!この絶望を終わらせて欲しいと言う思いを込めて!」

 

だが、それでも時間のない斯波田事務次官は何度も頭を下げ、諸外国に呼びかけた。

 

誰もがこの状況で歌がなんになると疑い、答えを出さない。

 

一つの国を除いて。

 

「力になれるのならば歌います。この国人達全員で。私にもその責任はあるのだから。日本だけに背負わせるわけにはいかないのでね」

 

そう答えたのは米国。

 

「元を辿れば我が国も非がある。テロリストであるアッシュボルトに…アシモフと言う男に研究器官を襲われながらも何も出来なかった。ここまでの大事になりながらも何も出来なかった。そして裏切り者まで出してしまった。そんな我が国の尻拭いをしようとしているのに協力をしないわけにはいかない。盟友の国、そしてその国を守る者の言葉を信じないわけにいかない」

 

最も世界への影響力を持つ国の言葉。

 

その言葉に諸外国もたじろいてしまう。

 

「だから我が国は協力を惜しまない。盟友が言うのならばそれを信じましょう。実行しましょう。だから頼みます。この国だけじゃなく、世界を救いましょう」

 

その言葉に、他の国もノーとはいえない状況を作られる。

 

そして諸外国も国民に対して歌を歌う様に動き始めた。

 

「ありがとうございます」

 

「それを言うのはまだ早い。終わらせましょう。この世界の滅亡をかけた戦いを。絶望を」

 

米国の役人である男はそう言った。

 

「歌があれば、終わらせます。必ず、あの場にいる世界の滅亡を止める者達が」

 

斯波田事務次官は米国の役人に感謝しながら、自身も救いを求め、絶望を装者達が振り払うと信じて、歌うのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

諸外国も政府から告げられた事により、映像が空想ではなく現実であると突きつけられた世界中の人々。それは絶望の言葉であり、終わりを突きつけられた。その言葉を信じ、終わりを待つ者。未だ嘘だとばかりに過ごす者。それぞれだろう。だが、世界中の国がそうである事を告げてこれが現実だと突きつける。勝たねば終わりだと言う事を。今画面に映る少女達に託すしかない事を。

 

だが、諸外国はその絶望を振り払う一言を国民に告げる。まだ生きたいものは歌えと。あの少女達が救ってくれると信じて歌えと。

 

どんな歌でも構わない。ただ救いを信じ、この絶望を終わらせてくれる事を願い歌えと。

 

その言葉でいち早く歌を歌い始めたのは日本。ノイズという脅威が最も多く襲いかかっていたから。そして何より、雷鳴と歌が響く場所に居合わせた人達が救われていたから。ノイズによる脅威にさらされながらも歌とそして雷鳴が響き、救われた事がある者は歌い出す。

 

雷鳴を鳴らし奇跡を起こして者と共にいた者達が倒れている。歌が力になる。それならばかつて救われた者達からすればそれを為そうとする事は当たり前であった。

 

そしてその歌が伝播する様に、何も知らぬ者の心を動かす。

 

それは拡散される様にまずは日本という国が歌で満たされる。

 

そして国がそれを諸外国へと発信し、最も絶望に近い国は誰もが疑わず歌を歌っている事を知らせる。

 

そしてそれを使い、最も影響力のある米国が歌が世界を救う鍵となる事を告げ、全員に歌を歌うことを促す。

 

そして日本から米国。米国から諸外国へと伝播して歌が世界を満たしていく。

 

それと共に見えはしないが強大な力となりつつあった。

 

一人一人が生み出したフォニックゲイン。たった一人では矮小な力しか生み出せない。だが、世界の人々というとてつもない人達が思い、願い、歌った事により生み出されたフォニックゲインは結束するかの様に集まって巨大な力へと変わりゆく。

 

そしてその歌が生み出したフォニックゲインはある一人の少女へと向けて流れていく。

 

希望を信じ、自分の正義を信じる一人の少女の元へ。




変異した遺伝子(ジーン•ヴァリアント)
何故この肉体にのみ起こったのか?
何故この世界に流れついたのか?

-もっと見せてくれ。君という存在が…この世界の命運を守れるかを。だから…神さびれ-

それはボクがシアンによってこの世界へと流れ着いた理由とある運命を背負い、極点の境地に至り、新たな神話を刻む物語。

戦姫絶唱シンフォギアABGV

四期のあらすじ的なやつです。

ここで紫電がこの世界にいた理由、そして何故クローンの中で唯一変異が起こったのか、何故アシモフがこの世界にいたのか語る予定だった話。


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125GVOLT

迸る雷撃の何度目かの衝突。その雷撃はボクとアシモフのものであり、再び接近戦となった事で迸る雷撃通しが常にぶつかり合っていた。

 

拳と拳。蹴りと蹴り。そして避雷針(ダート)と銃弾。

 

銃撃を相手へと確実に打ち込む為に接近による肉弾戦。

 

だが、互いに一歩も引かない為に膠着状態。

 

先程の様に避雷針(ダート)が、銃弾が再装填という隙を出さない為に、確実に打ち込めるタイミングを互いに見極めようとしている。

 

だが、その隙をボクもアシモフも見せない。銃口が向けば直ぐ様、躱し、腕を使って押し退けてあらぬ方向に向けていく。

 

(スキル)を使う手も残されているが先程のスパークカリバーで最大級の(スキル)であるヴォルティックチェーンは放てない。ライトニングスフィアは打てるが、アシモフには依然として電影招来(シャドウストライク)という(スキル)もある。無駄打ちは出来ない。

 

それにいざという時のためにヒーリングヴォルトを使えるようにしなければならないために、ボクは(スキル)をここぞという時、確実にアシモフへと当てられる確信がある時でない限り、使わない様にしていた。

 

アシモフはボク同様に(スキル)を使っていない。何かを待っているのか?それとも、他にもまだ見ぬ(スキル)を隠しているのか?

 

だが悩んでいる暇はない。使わないのであれば、こちらが有利を取れる様に立ち回るだけ。注意すべき(スキル)は分かっている。だからこそ、それを使われる前に叩く。

 

そしてボクはアシモフを殺すためにギアを更に上げる。雷撃で肉体を強化する。その強化と共にボクの身体から蒼いオーラが噴き出し、身体を覆う。

 

蒼き雷霆(アームドブルー)による強化が齎した状態へと変化させた。

 

そしてギアを上げて更に力が、速さが増したボクにアシモフは苛立ちと憎しみを込めて叫ぶ。

 

「巫山戯るな!何度も言わせるな!それは奴が辿り着くべき純然たる蒼き雷霆(アームドブルー)能力者の辿り着くべき領域だ!貴様の様な紛い者がその領域に踏み込むな!」

 

「だからボクも本物だと言っているだろう!貴方が認めないとしても!貴方一人が認めなくとも!認めてくれる人がいる!シアンが!装者が!二課が!その人達が認めている!そしてボク自身も自分を本物だと!だからこそ辿り着いた!この領域に!」

 

そしてボクの雷撃を纏う拳とアシモフの雷撃を纏う拳がぶつかり合った。

 

アシモフよりも強力な雷撃。ボクの拳がアシモフの拳に強力な雷撃を流し込もうとする。

 

だが、アシモフの拳にも強力な雷撃が流れ、ボクの雷撃と拮抗した。

 

蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者が達する事の出来た新たな領域。その領域にアシモフは踏み込んではいない。

 

ならば何故、ボクとアシモフの拳に纏う雷撃が拮抗しているのか?

 

それはアシモフの精神に宿る底知れぬ執念。そしてボクと言う紛い者を本物であるはずがないと言う思いがアシモフの持つ蒼き雷霆(アームドブルー)の能力因子に更に強力なバイアスをかけたのだ。

 

「本物を知らぬ奴の言葉に耳を傾けて自身が本物であると?巫山戯るな!戯言をほざき続けるな!何を言おうが貴様は紛い者!誰が貴様を本物と言おうと信じようと私が否定する!私が使命を与え!私が育て上げた奴がガンヴォルトだ!断じて貴様なのではない!貴様の様な紛い者ではないのだ!」

 

何度も語るアシモフのガンヴォルトという本物の存在。

 

知っている。ボクもその本物の存在だから。

 

アシモフが否定しようが、肉体が違おうが、この魂が、精神が本物だからこそ。だからボクは名乗っている。

 

ガンヴォルトであると。

 

何度も言い合い、互いに交わらない意見。

 

「言い合いはもう不要だろう、アシモフ!互いに交わらないのなら意見を貫き通すのならする事は最初から変わらない!」

 

「貴様に言われなくともそんな事理解している!」

 

言葉の掛け合いと共に、互いに力を込めて打ち込んだ拳が弾け、距離を置いたボクとアシモフ。

 

殺す事でしか証明出来ない。殺す事でしか否定出来ない。アシモフと言う存在を知ってからし続けている殺し合いで勝利を収める事でしか証明出来ない。

 

「殺して終わらせよう!貴様と言う紛い者の巫山戯た妄言を!」

 

「殺して終わりにしよう!ボクも本物であると言う事を証明する為に!」

 

そう言って弾かれた距離を一気に距離を詰めて再び殴り合いを開始する。

 

信じる者によって本物である事を自覚し、そしてボクも本物であると認めさせるボクの拳、そしてボクを紛い者であると否定し、憎悪という感情を宿るアシモフの拳が、互いの顔面へと打ちつけられようとする。

 

ボクとアシモフは首を僅かに動かして頬を掠めながらそれを躱す。

 

そして素早く、アシモフがボクの頭へと銃口を向け、ボクはダートリーダーを握る腕でそれを払い、銃口からボクへと向かう射線を退ける。

 

そして再び始まる互いを殺す為の肉弾戦。

 

だが、それで決着はつかない事は理解している。互いの手を知っており、同じ攻防では拉致が開かないことくらい。

 

だからアシモフが先手を取る。

 

「視界を無くそう!」

 

そう言ってアシモフが拳を振るうと同時に腕にいつの間にか握られていた何かを起爆させた。

 

その瞬間にアシモフの手から大量の煙が噴き出し、アシモフの言う通り、視界が真っ白になり、何も見えなくなった。

 

煙幕。

 

アシモフがスモークを焚いた事により、視界が奪われた。

 

だが、ボクはその瞬間にある思考が駆け巡り、ある事を行った。出来るかは分からない。だが、見せられ、その恐ろしさをその身に刻んでいる。そしてその正体をなんとなくだが理解している。ならばボクにも出来る筈。やり方はこれであっているか分からない。だが、それでもやる価値はある。それが勝たなければならない戦いに勝利を見出せるのだから。

 

アシモフ。今度こそ決着をつけよう。

 

そう心の中で思いながら、ボクは身体から蒼い雷撃を迸らせてある事を行った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

スモークを焚いて素早く身を後退させるとアシモフは雷撃を一度に多量に放出させるととあるものを生み出した。そしてそのまま雷撃を潜ませる。

 

生み出した物、それはアシモフと瓜二つの姿をした存在。

 

アシモフが使う(スキル)電影招雷(シャドウストライク)。その正体がこれだ。

 

強力な雷撃を使い、雷から自身の分身を生み出す(スキル)

 

実態を持ち、身体から離れた瞬間に生み出した際に組み込んだ命令通り動く生写しの分身を作り出す。それが電影招雷(シャドウストライク)という(スキル)

 

とある思考実験から着想を経て、アシモフ自身が生み出した(スキル)

 

自身が育てたガンヴォルトにすら教えていないアシモフの奥の手。視界を無くしてから使わなければバレるという事、少し強力な攻撃を喰らえば雷撃が分散されて消えてしまうというのが難点ではあるが、それでも、その(スキル)の有用性は紛い者との二度の戦闘が証明している。

 

そしてアシモフは作り出した際に命令した通り、分身が動き始めた。

 

雷撃を迸らせながら、先程のガンヴォルトがいる地点へと向かい始めた。

 

一撃で倒されるが、視界を無くした今、この場で先に倒されれば都合がいい。こちらは無傷にてあちらの位置を特定できる為である。

 

だからアシモフは煙の中でただ気配を消し、殺すべき紛い者である存在が分身を倒す瞬間を付け狙う。

 

殺す。その意志すらも今は気配を気取られる要因である為にアシモフはそれを一度納め、ただ分身が倒される瞬間を待つ。

 

そして聞こえ始めた、何かがぶつかり合う音。

 

その音を聞いたアシモフは足音を殺し、その方へと駆け出した。

 

そこにいる。殺すべき奴が。だからこそ、アシモフは慎重に、確実に殺す為に、動き始める。

 

そしてその瞬間が訪れた。

 

雷撃が激しく放たれたと共に、自身が生み出した分身が消える瞬間が。

 

その雷撃に照らされて映る、紛い者の影。

 

だからこそ、素早く言葉を紡ぎ、聖剣を出現させる。

 

「瞬くは雷纏し聖剣、無慈悲なる蒼雷よ、敵を穿て!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

そして生み出した聖剣を影へと逃げる隙を与えず、アシモフは突き出した。

 

その雷により作られた聖剣に伝わる何かを貫いた感触。

 

その瞬間アシモフは勝ちを確信する。何度も殺す事が出来なかった奴を倒した感触。だが、アシモフは何度もそれを失敗している。だからこそ、貫いてスパークカリバーを素早く戻し、貫いた影に確実なる死を与える為に首をスパークカリバーで薙いだ。

 

そして影のみであるが、不愉快であり、アシモフの知る本物と同様の三つ編みをした頭が首が飛んだのを確認する。

 

流石に首を落とせば復活も出来ない。今度こそ、奴をこの手で殺した。紛い者を殺した。

 

そうアシモフが確信した瞬間。

 

背中に何かが触れた様な感触が現れる。

 

何だ?そう考え出そうとした瞬間。アシモフが無事で居られる雷撃の出力を超える雷撃がアシモフの身体中を駆け巡る。

 

「グッ!?」

 

何が起こった?何が起きている?

 

雷撃によって身体が思うように動かない。

 

普段のアシモフであれば動けただろう。だが、勝ちを確信し、油断したアシモフにそれを逃れる事が出来なかった。

 

そしてその瞬間に更に背中へと衝撃が走り、更に駆け巡る雷撃が強力な物になっていく。

 

何が起こったか分からないアシモフ。

 

だが、アシモフに現れた蒼の紋様。それが何なのかをすぐに理解した。

 

否定したい。あり得ない。そう感じるが、身体を駆け巡る雷撃が、身体に浮かび上がった紋様がその正体を確定させてしまっている。

 

「貴様ぁ!何故生きている!紛い者ぉ!」

 

だが、それ以外有り得ない。だからこそ、アシモフはそう叫んだ。

 

「ハァ…ハァ…電影招雷(シャドウストライク)…思ったよりも相当な雷撃の消費だったよ…でも、二度も見させてもらった…二度それを体感させられた…それだけの情報と倒した時の分散の仕方…それが何なのかを推測して何とかなったよ…それに…今のボクにならそれでも貴方を殺し切る雷撃を流し込むことが出来る!」

 

アシモフの言葉に返したのは殺したと思っていた筈の紛い者がそう返すのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ぶっつけ本番で、アシモフが二度使用した電影招雷(シャドウストライク)。それを自分自身の推測を元に実行してそれを実現させた。

 

そのお陰で自身の雷撃を流し込む事に成功した。

 

出来るかどうか不安ではあった。だが、それでもアシモフに出来て、同じ蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者であるボクに出来ないはずがない。その思いがそれを成した。アシモフの生み出した電影招雷(シャドウストライク)の分身。それをボクの分身と戦わせ、後方より、ボクの分身が倒される前に、自身の雷撃で倒した事により、アシモフはそれを勘違いしてボクの分身へとスパークカリバーを放った。そのお陰でボクはアシモフの居場所を割り出し、アシモフの背後を取る事が出来た。

 

そして避雷針(ダート)を更に打ち込んでより強力な雷撃をアシモフに流し込む。

 

そしてボクはアシモフに雷撃流し込みながら言葉を紡ぐ。

 

ヴォルティックチェーンは出せない。だが、それでも先の戦闘で経過した時間のお陰でスパークカリバーを出せるまで回復した。

 

単体の敵にはあまり力が出ないヴォルティックチェーンよりも至近距離から放てばアシモフを屠れるほどの威力を持つスパークカリバーを。

 

「煌くは雷纏いし聖剣、蒼雷の暴虐よ、敵を貫け!」

 

そして押し付けた手にアシモフに流し込む雷撃とは別に強力な雷撃がボクの手に集まる。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

その言葉と共に、アシモフの身体を押しながら貫くスパークカリバーが顕現した。

 

「ガァ!」

 

アシモフの身体を貫いたスパークカリバー。ボクはそのスパークカリバーに更に雷撃を流し込んで強化する。

 

そしてそのままスパークカリバーを押し出してアシモフを吹き飛ばした。

 

「ハァ…ハァ…」

 

立て続けに強力な雷撃を放ち、ボクが纏う蒼いオーラが解除される。

 

だが今度こそやった。手応えはあった。スパークカリバーがアシモフを貫いた感触。そして貫いた際に吹き出した血がボクの頬を伝っている。

 

だが、アシモフという男はそれでも油断ならない。これだけやられていようが生きている可能性もある。確実に止めを決めた訳ではない。

 

吹き飛ばされ煙が舞う先にいるであろうアシモフの死体を確認するまでは油断出来ない。

 

だからボクは疲れていても煙が舞う場所へと向かう。

 

アシモフの死を見届ける為。アシモフの死を決定づける為に。

 

だが、

 

「よくも…よくも…やって…くれたな!紛い者ぉ!」

 

歩みを進める中、煙の中でからアシモフの叫びが聞こえる。

 

「まだ生きているか、アシモフ」

 

ボクは先程で止めをさせていなかった事に悔しがりながらも、今のアシモフは相当な重傷であり、ヒーリングヴォルト、またはリヴァイヴヴォルトを使われる前にケリを付けようと駆け出した。

 

だが、ボクが駆け出したと同時に、煙の中からアシモフが現れる。

 

口から血を吐きながら、身体には穴が開き、ほぼ死に体の身体で。

 

だが、そんな死に体でもボクは容赦をせずに避雷針(ダート)を放ち、雷撃を放った。

 

しかし、アシモフはその死に体の身体で避雷針(ダート)と雷撃を躱す。いや、躱したというよりもう立つ事が出来ず、倒れそうになったところを避雷針(ダート)と雷撃が通過したと言ったところ。

 

虫の息のアシモフ。だけどそんな状態だろうと関係ない。ボクの手でアシモフを殺す。

 

だからボクは更に加速して駆け出した。アシモフを殺す為に。

 

ボクの接近に気付いているアシモフは何かを取り出して自身へとそれを打ち込んだ。

 

「う…グッ!…グァァァ!」

 

そして何かを打ち込んだ瞬間に悲鳴を上げた。何をしたのか?しかし、そんな事関係ない。ボクはすぐにアシモフまで辿り着くとアシモフへと向けて雷撃を流し込もうとした。

 

だが、その身体の傷が修復している事、そしてアシモフが徐々に見覚えのある何かに変異している様を見てボクは危険を察知した。それでもボクは雷撃を流し込もうとする。

 

しかし、その瞬間、アシモフの足元に現れた穴が、アシモフを飲み込んだ。

 

「ッ!」

 

その穴も見覚えがある。前の世界の七宝剣である男の能力、そしてこの世界でも最もボクを苦しめてきた能力。

 

亜空孔(ワームホール)

 

何故アシモフがこの力を?今のアシモフにはネフィリムの心臓はない。それに力があるのならばボクを殺す為に既に使っているはず。

 

だが、そんなことを考えている暇などない。ボクはアシモフがどこに行ったのか周囲を探る。

 

そしてボクから少し離れたところで苦しんでいるアシモフを発見した。

 

そしてアシモフは苦しみながらも何かを呟いている。

 

「物如きが…聖遺物如きが私の身体をどうにか出来ると思うなよ…お前は私が上手く使ってやる…大人しくしていろ…」」

 

そう呟くアシモフ。たが、その呟きと共に、アシモフの傷が完全に治り、そして変異していたはずの姿がどんどん治っていく。

 

何が起こったか分からずボクは呆然としていた。だが、しばらくするとアシモフはようやくその苦しみから抜け出したのか、ゆっくりと立ち上がる。

 

「よくもやってくれたな…紛い者…まさか、ここで使わされるとは思わなかった…貴様如きに今使わされてしまった…本当に苛つかせてくれるな!紛い者ぉ!」

 

そう叫ぶアシモフはスーツを脱ぎ去ってフェザーの戦闘服を現わにした。

 

そしてまるでここからが本番だというばかりに腕にギアペンダントを巻き付ける。

 

そのギアペンダントはボクにとって大切な人、シアンを中心が封じられたギアペンダントであると理解出来た。

 

その瞬間、ボクへと腕を構えるとアシモフが雷撃を、そして蒼き雷霆(アームドブルー)の能力だけしか持たないアシモフはその雷撃に炎を追加させて放った。

 

「ッ!?」

 

ボクはそれを素早く躱し、アシモフが何を打ち込んだのかを理解した。

 

ネフィリムの心臓に近い何か。おそらくネフィリムの何かを抽出した物だろう。そうでなければこの事象はおかしい。蒼き雷霆(アームドブルー)以外持たぬアシモフにこんな芸当出来るわけがない。そしてシアンを封じたペンダントを巻く理由が見当たらない。

 

「ネフィリムを取り込んだのか!人間をであることすら辞めたのか!」

 

「貴様を殺せるのであれば人という存在に固執する必要などないからな!だが、少し違う!私が取り込んだネフィリムの細胞!これは私をより完璧な能力者へと進化させるための物だ!奴と違い、私には暴走という枷が存在する!それを克服する為のネフィリムだ!能力因子を持つ聖遺物を取り込み己の力へと変えたネフィリム!それを取り込む事が、私を更なる高みへと!頂点(ゼニス)へと到達させる!そして蒼き雷霆(アームドブルー)の暴走を克服し、真なる雷霆へと至った!そして他の能力をも手中に収める事が出来た私は、能力者達の頂点(ゼニス)に立ち、無能力者達という災いから守ることの出来る守護者となった!これがどういう意味かわかるか!紛い者ぉ!」

 

「分かりたくもない!独善的な野望で人間である事をやめた貴方に、何一つ共感出来ない!」

 

「分からなくて結構だ!貴様は私がここで殺すのだからな!真なる雷霆へと至り、その他の能力を併せ持つ第七波動(セブンス)能力者にとっての守護者が!」

 

「何が起きようが、ボクは殺されない!もう貴方に死の淵に立たされない!そして!ボクが貴方を殺す!貴方だけはボクの手で!ふざけた野望を持ち!二つの世界を壊そうとする貴方をボクが殺す!」

 

「ほざくなよ!紛い者ぉ!」

 

そしてボクとネフィリムを取り込み、完全に回復し、その他の第七波動(セブンス)という脅威を身につけたアシモフと対峙するのであった。




終わったはずだった。終わらせたはずだった。
だが、終わらせたと思っていただけで、続いていた。
想像を絶する存在となって。

-まさかこんな形で貴方にまた会うなんて-

それは本当の意味で決着を付け、第七波動(セブンス)というものが空白であるこの世界に蒼き雷霆の新たな神話を刻む。

初期段階名はこのような最終章で行く予定でした。ですがここまで書こうとすると長くなるのと確実にエタると思うのでやめました。


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126GVOLT

ウェルを倒す為に弦十郎と慎次は地面を駆ける。

 

それを対応するかのように背中の半月のような刃を飛ばし、操作して弦十郎と慎次へと向けて大量な光線を放ち、肩の装甲から黒い粒子を放つ。

 

弦十郎と慎次は光線をかけながら躱し、黒い粒子は駆けながら弦十郎が地面を一部抉り出して、岩盤を手にする。その表面に慎次が再び取り出した焼夷手榴弾で火炎を纏わせ、突っ込む。

 

残光(ライトスピード)の光線。光速にもなる攻撃を躱す事は難しい。だが、ウェルが使う訳ではなく、浮遊するあの刃から放たれている。

 

今の二人にはそのような攻撃は無意味。攻撃の出所さえわかれば光速の攻撃だろうとその射線に居なければ回避出来る。岩盤を持つ弦十郎は少し離れた位置に位置にて弦十郎へと指示を出し、それを可能としていた。

 

そして黒い粒子。物質を喰らうが物質ではなく現象である炎でどうにかすればいい。

 

だから炎の盾となる岩盤を前にすれば物質を喰らう黒い粒子は現象である炎に焼かれ、無力化される。

 

しかし、そうと分かれば手を変える。意識ではなく本能で。亜空孔(ワームホール)を開き、黒い粒子を岩盤を持つ弦十郎へと繋げ、弦十郎をまず叩く。

 

そうして作り上げだ穴を通して岩盤に隠れて姿の見えない弦十郎へと穴を繋ぎ、弦十郎を喰らいつくそうとした。

 

だが、その瞬間に慎次も動いた。穴が出現したタイミングに慎次も岩盤の後ろへと姿を隠す。その瞬間に急に岩盤後方で爆発の様な何かが起こったかと思うと速度が増した。

 

何の為にかはわからない。一点突破か?いや、意識のないウェルにそんな事を考える事すら出来ない。ただ本能のまま目の前の敵を殺す事に執念で動くウェルに、獣の知性しか持たぬネフィリムにとってその意味を理解する事は出来なかった。理解するよりも本能がその行動を突き動かした。

 

亜空孔(ワームホール)の穴へと黒い粒子を流し込む。その穴を燃え盛る岩盤を盾に進む弦十郎と慎次の元へと向かわせる為に。黒い粒子を送り込み、その肉体を喰らい尽くし殺す為に。

 

だが、送り込んだ筈なのに弦十郎と慎次の声は聞こえない。初めに喉を喰われ、叫ぶ事すら出来ず死んだか?意識のないウェルは、そしてネフィリムはそう考える。

 

しかし、そんな簡単に弦十郎と慎次は死ぬのか?ウェルの狂気と呼べる執念とネフィリムの意志は本能で既に結論を出していた。

 

この程度であの男達が死ぬ筈がない。脅威であり、恐怖を抱く存在がこうも簡単に死ぬ筈がない。殺したいと思いやまない二人。これで殺せているのであればどれだけ嬉しいだろう。だが、本能が、恐怖が依然としてこの身体から消えていない。だからこそウェルは、ネフィリムは、爆炎を放ち、炎を纏いし岩盤を破壊する。破壊に使われた炎が辺りへと散り、燃える岩が辺りへと四散する。

 

その背後には血溜まりも、人を喰らい尽くした痕すら残っていない。ただ自身が送り込んだ黒い粒子が自身の放った爆炎によって焼けている光景と謎の爆発の様な現象が起きたせいか、砂塵が舞う光景のみ。

 

「ッ!?」

 

何がどうなっているか分からない。だが、そんな疑問よりもウェルとネフィリムがそれを見て思うまたのは怒り。殺すべき者が自身の視界から殺してもないのに消えた。この手で殺すと決めた者が消えている事に怒りを覚えた。

 

「アァァァ!」

 

獣の様に叫び声を上げる。

 

しかしその瞬間に、叫びは嗚咽へと変わる。

 

「ガラ空きだぞ!」

 

弦十郎の声と共に、ウェルの、ネフィリムの腹に強烈な一撃が与えられた。

 

「ガァ!?」

 

その正体は勿論弦十郎であり、地面を砕きながらウェルの足元へと至り、アッパー気味な拳を腹へと叩き込んだのだ。

 

何故弦十郎が地面から出て来たのかは慎次の危機察知によるものだ。亜空孔(ワームホール)間に、弦十郎の近くに出現した穴。それを見た慎次はすぐ様弦十郎の元へ向かい、危機を知らせ、そして慎次はある事を告げ、その瞬間に弦十郎は地面を深く踏み込む共に力を爆発させたのか、地面が割れて穴を作り上げた。

 

その穴は地下空間に繋がった。フロンティアの巨大な地下空間に一部。慎次が駆けながらも駆けた大地からの振動から僅かな違和感を捉え、それを弦十郎へと伝える。そして力強く踏み抜いた事で数メートル地下にある空間へと穴を打ち抜いたのだ。弦十郎はその瞬間に岩盤を投げ飛ばし、慎次共にその穴へと躊躇いもなく飛び込み、その地下空間を駆け出し、そのまま地面を蹴り上がり、ウェルの叫び声と共に全力で飛んで阻む岩を打ち砕き、ウェルの足元へと浮上するとそのままウェルの腹へと強力な一撃を見舞ったのだ。

 

その不意に入れた一撃はウェルの、ネフィリムの肉体を僅かに綻びを生じさせる。

 

常人では不可能な一撃が、その肉体に小さなヒビを入れたのだ。

 

そしてその小さなヒビへと向けて放たれた銃弾。地面を突き破った弦十郎の後から現れた慎次が更なる一撃を与えようと放ったのだ。

 

だが、それを防ぐ様に熊のような腕を盾にして、更に亜空孔(ワームホール)を開き、その穴へと弦十郎と慎次を吹き飛ばすと空中へと飛ばした。そして肩の装甲から黒い粒子を、浮遊する刃から光線を、口を開き爆炎を、紋様を浮かべ、石化する光線を放つ。

 

全てが脅威、全てが二人にとって必殺。

 

「だからなんだ!」

 

「脅威だろうと必殺だろうと知った事とではありません!」

 

何度も見せられた、何度もその脅威を思い知らされた。だが、それで諦める筈もない。何度も使われた。何度もその身に受けた。だが、それでも死んでいない。倒れていない。脅威だろうと防いできた。必殺だろうと耐えて来た。

 

今更この程度で怯むわけが無い。焦るわけが無い。

 

慎次は素早くまたもやどこから取り出したのか分からないが焼夷手榴弾取り出すと弦十郎にも投げ渡し、自身を手榴弾を持つと互いの足を合わせ、蹴り合って二つの光線を躱し、爆炎を躱す。それを追従するように黒い粒子が二人へと向かう。だが、互いに持った焼夷手榴弾のピンを引き抜くと、起爆タイミングに近い時に黒い粒子と投げつける。

 

二人の全力の投擲。高速に接近する焼夷手榴弾は黒い粒子とぶつかる前に破裂して、黒い粒子を燃やし、肩の装甲から未だ湧き出る粒子までその炎が燃え広がる。

 

黒い粒子が燃えて視界が閉ざされる。

 

「ッ!」

 

見えなくなった事でウェルとネフィリムは次の行動に移る。光線が駄目、爆炎が駄目、黒い粒子が駄目。幾度となく躱された。幾度となく防がれた。

 

だからこそ、ウェルの本能が、ネフィリムの意志は二人を倒すにはやはり肉弾戦しかないと考えた。

 

光速で放たれる拳。それは今の二人にダメージを与えた事実のある攻撃。そして更にその拳に炎をを纏わせて。不可避の一撃に加え、身を灼け焦がす業火を纏わせた。

 

この拳で殺す。自らの手で殺す。

 

ウェルが、ネフィリムが込めた殺意の塊。

 

炎を突き抜けて来た弦十郎と慎次。

 

拳を構え、二人へと光速という速度で接近して二人へと襲い掛かる。

 

目にも止まらぬ速さ。回避不能であり、腕に纏われた炎の熱量が接触した箇所から焼き尽くして殺し、接触しなくてもその熱量が肌を焼き、痛みで動きを鈍らせる。時間が経てば経つほどその真価を発揮する。

 

そしてその一撃が弦十郎と慎次へ同時に放たれる。

 

その一撃は刹那も立たない時間に振るわれ、二人を吹き飛ばした。

 

と思った。

 

振るった拳が同時に二人にぶつけた瞬間に、姿が消えたのだ。二人の存在が霞に消えるように、ぶつけた感触など無く、ただ二人の存在が初めからなかったように消えた。

 

「ッ!?」

 

何が起こった?そう考える頭もないのだがそんな暇もなく、再び弦十郎と慎次が炎を突き抜けて現れた。

 

そして地上に足が着く前に、弦十郎と慎次がウェルへと向けて拳を叩き込む。光速の動きをするよりも、その身に炎を纏う前に。

 

突然の事に反応出来なかったウェルは、ネフィリムは二人の拳を肩に、顔面に叩き込まれ、肩に、顔面に腹同様に小さなヒビを入れられる。

 

何故二人が消えて再び現れたのかは知る由もない。それを理解しようにも理解出来る程の材料が足りない。

 

何が起きたか一生語られぬから分からないであろう。

 

勿論、ウェルとネフィリムは理解出来なくとも弦十郎と慎二だけはそれを理解している。何故ならそれを使い、実行したのが慎次であるから。

 

緒川家に伝わる忍術の複合させた奥義の一つ。

 

慎次の使える忍術は影縫い、変わり身、物体を口寄せするだけではない。

 

分身、変化、他にもあるがここでは割愛する。

 

使える手の中で最良の選択を導き、慎次がそれを実行したのだ。

 

分身を立て、変化で弦十郎になりすまし、ウェルの、ネフィリムの前に先に立たせた。

 

その結果、ウェルの、ネフィリムの殺意が二人の存在を殺す為に反応して攻撃を始めたのだ。目の前にいるのは偽物であると知らずに。

 

そして叩きつけた二人は地面に降り立つと共に弦十郎と慎次が更に拳を、蹴りを叩き込もうとする。

 

だが、一度目の攻撃には間に合わなかったがその攻撃をウェルは自身の身体を発光させて光速で移動して躱す。

 

だが、その行動がウェルに、ネフィリムに苛立ちを増長させる。何故自分が後退しなければならないのか。更なる力を手に入れたのに。人間程度に何故後退しなければならないのか。胸の中に燻る堪えることの出来ぬ怒りを曝け出すように咆哮を上げる。

 

自身は英雄だ。英雄であるから負けるわけが無いと言う様に。

 

自身がたかが何も持たぬ人間に負けるわけが無いと言う様に。

 

その苛立ち、怒り、そして自身が必ず勝つ疑わない感情が、ウェルの肉体に、ネフィリムの肉体に、いや、正確にはネフィリムの取り込んだ能力因子がその感情に反応してより強力な力を帯びる。

 

第七波動(セブンス)の力を左右する精神。昂った二つの感情が精神へと特殊なバイアスをかけ、その身に宿る能力因子が力を増幅させたのだ。

 

ガンヴォルトが絶望という状況から立ち上がり、アシモフを殺すという目的を達成する為に力を増幅させた様に。

 

アシモフが何度も立ちはだかる紛い者と呼ぶ存在が殺しても殺しても自身の目の前に立ち、憎悪により力が増していく様に。

 

ウェルも、ネフィリムも、自身が英雄であるからこそ負ける筈がないという自己暗示が、聖遺物も持たぬただの人間に自身が負けるはずがないという思いに体内に存在する能力因子がその思いに呼応するように熱を帯びる。

 

変異した肉体に帯びる熱。その熱を解放する術を理解している。

 

そしてその熱を解放するように、言葉を紡ぐ。だが、その言葉はまるで獣の鳴き声。

 

弦十郎と慎次には理解出来ないだろう。

 

それでも言葉をウェルもネフィリムも理解している。

 

英雄たる我が身の糧となった五つの因子、その力を奮い立たせ、阻みし愚者この力の前に鏖殺を。

 

初めに解き放たれるは爆炎(エクスプロージョン)。増幅した力が周囲に影響を及ぼし、地面から炎柱を自身ごと弦十郎と慎次を囲む様に生み出された。焼け尽くす業火が周囲を灼熱へと変える。

 

そして周囲に飛び散っていた背中にあった刃が、一点に集まり、巨大な剣へと変化し、残光(ライトスピード)の力を集約するかの様にウェル自身へと光が集まり始める。

 

そして肩の装甲が外れ、周囲に飛び回ると灼熱でも焼ける事ない翅蟲(ザ・フライ)の黒い粒子を作り続けながら飛び回る。

 

そしてそれと同時に空中に生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の力の副産物である石化する光線を放つ際にあった紋様が炎柱の前に大量に

 

そしてその合間を縫う様に穴が、亜空孔(ワームホール)が作られる。

 

力を増幅させた第七波動(セブンス)。その全てを解き放ち作り出した檻であり、弦十郎と慎次を殺す為の処刑場。ウェルが、ネフィリムがこの場で自身の存在の証明をする為の舞台。

 

ガンヴォルトの様に、アシモフの様に、力を極限まで高めて出す(スキル)の一つと同様の到達点。第七波動(セブンス)能力者が自身の力を極限まで高める事によって生まれたスペシャルスキル。

 

コリオラヌス•エグゼキューション。

 

自身が英雄であると証明を。自身が完璧な存在である証明をする為に死を執行するスキルの名前。

 

殺す。この場で。この手で。自身の英雄であると今一度証明する為に。自身が完全なる存在であると二人に刻み込む為に。執行しよう。

 

そして解き放たれる様に、炎の柱から火球が、飛び回ると装甲からは黒い粒子が、現れた紋様から石化する光線が一斉に弦十郎と慎次へと襲い掛かる。

 

それと同時に、発光して光速で移動すると二人に斬りかかる。動きが直線的であるがそれでも回避しようのない刺突。だが、何度も見続けている弦十郎と慎次はその刺突を掠りながらも回避する。

 

だが、そんな回避も無意味であった。

 

その向かった先にあるのは亜空孔(ワームホール)亜空孔(ワームホール)の行き先は弦十郎と慎次の立つ場所。躱されようが関係ない。光からは逃れられない。

 

そうして初めに弦十郎の腕に巨大な剣が突き立てられる。

 

「ッ!?」

 

だがそれで終わらない。再び光速となって消える瞬間に、火球が、黒い粒子が、石化の光線が弦十郎に向かい、火球が爆発し、そして爆発から飛ばされていなくとも石化する光線が、爆炎に向けて放たれ、そして黒い粒子が爆発など物ともせず、弦十郎を喰らう為に群がり、喰い殺さんばかりに襲い掛かった。

 

そしてそれと同時に今度は慎次へと巨大な剣が突き立てられた。

 

「ガッ!?」

 

そしてその威力に慎次は吹き飛ばされた。迫り来る火球の、光線の、黒い粒子のある方に。

 

そして迫り来る火球が、光線が、黒い粒子が一瞬で慎次を飲み込んでいった。だが、これで終わらない。

 

再び光速となって、その火球を、光線を、黒い粒子も関係なしに、弦十郎と慎次が飲み込まれた場所に何度も斬撃と刺突を繰り返す。

 

自身の攻撃は肉体に何ら影響を及ぼさない。だからこそ、二人が死ぬまで、死ぬ事が確認出来るまで何度も何度も繰り返す。

 

これで幕を引かせる様に。自身の肉体の限界を超えた力を常にウェルはネフィリムは二人を殺すという合わさった意志によって動き続けた。

 

光となって振るわれる斬撃、焼き尽くす火球、石化する光線、喰らい尽くす黒い粒子。集約させた一撃が確実な死を二人へと送る。

 

そして幕引きをするがの如く、離れた位置で動きを止めると巨大な剣へと光を集約させる。

 

「アアァァ!」

 

そして獣の如き雄叫びと共に光を集約させた剣を振り下ろす。

 

それと共に剣から集約された光が放たれる。残光(ライトスピード)の力を集約させた一撃。それが弦十郎と慎次のいる場所で爆発を起こした。

 

その爆発が幕引きとばかりに辺りに出現していた炎柱が、穴が、紋様が無くなり、剣となった刃が再び背中へと戻り、黒い粒子を吐き出していた装甲も肩へと戻る。

 

終わった。この手で終わらせた。

 

遂に自らの手で憎き者達を屠る事に成功した事に再び雄叫びを上げる。

 

勝利をようやく確信して凱歌を歌うが如く。ただ獣の如き雄叫びを上げ続ける。

 

だが、

 

「何を勝手に…勝ちを…確信しているんだ…」

 

「まだ…勝負は…着いていません…まだ終わっていません…」

 

「ッ!?」

 

先程の爆発によって立ち上る煙の奥。そこからその様な声が聞こえた。

 

ウェルとネフィリムにとっては悪夢の様に。聞きたくもなく、聞くはずもないと思っていた二人の声。

 

あり得ない。自身の全力を尽くしてもまだ生きているのか?

 

あり得ない。剣には肉を斬る感覚があった。だが、それでも深手を追わせられなくとも、翅蟲(ザ・フライ)の黒い粒子が、爆炎(エクスプロージョン)の火球が、生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の石化する光線が四方八方から浴びせていた。

 

例え斬撃でトドメをさせなくとも、この全てを躱しきることなど出来るはずがない。

 

幻聴。そう信じたかったが、煙が晴れた先にウェルにとって、ネフィリムにとっての悪夢が未だ立っていた。

 

身体全身に無数の切り傷、さらに火傷、そして傷の幾つかは黒い粒子に喰われたのだろう。齧られた様な傷がついていた。更に石化の光線の影響もあり、二人の至る所に石化した跡が残っている。

 

だが、それでもなお、五体満足で生存している。幻覚だ。幻聴を聞いたせいで脳が悪夢を見せているに決まっている。

 

そう願いたかった。

 

「あれが貴様の全力か…人生で一番…死にかけたぞ…」

 

「ええ…この先にも…こんな事が起きても…切り抜けられるかどうかは怪しい…ですね」

 

ボロボロになりながらも弦十郎と慎次はスペシャルスキルを食らってなお生存していた。

 

どうやって?そう誰もが思うだろう。

 

弦十郎と慎次もあの膨大な量の攻撃に一度は死を覚悟する程であった。沸き続ける黒い粒子に逃げ場なく現れた石化の光線を放つ紋様。四方八方から襲い来る火球。そして光速で移動しながら斬りつけるウェルとネフィリムの融合した怪物。

 

そんな状況に陥ろうが、どんな絶望が襲いかかって来ようが、大人としての矜持が諦めるなどという選択肢を取らせなかった。

 

生きて全員帰ると言う任務。それを二人が全う出来ないなんてあって良いわけがない。装者達が全員帰ってくると信じているから、ガンヴォルトもシアンを取り戻し、帰ってくると信じているから、自分達もそれを実行する為に迫り来る絶望を振り払う事に全身全霊を持って相対した。

 

迫り来る黒い粒子。二人にとって最も厄介な力。そして熱の耐性得て焼夷手榴弾など無意味となった厄災。

 

その厄災に弦十郎と慎次は肉体で対抗した。無茶、無謀な事。誰もがそう思うだろう。

 

だが、二人を知る者からすればそれが最適と応える。二人は人でありながら、人の到達出来る限界を超えた力を有している。

 

そしてこの状況が二人の力を更に向上させた。

 

火事場の馬鹿力。極限状態によって自身では外す事が出来ないリミッターを外したのだ。

 

そんな状態で振るわれる拳は大気を殴り飛ばし、その力で飛ばされた圧が黒い粒子を跡形もなく消し去った。

 

だが依然にも黒い粒子は沸き続けている。そんな中、二人は襲い来る黒い粒子を同様の手で屠り続けた。

 

そんな中、火球が、光線、そして斬撃が襲い掛かる。

 

だが、それも限界を超えた弦十郎と慎次は対応する。火球も黒い粒子同様に圧によって破壊する。光線は最小限の動きでなんとか躱す。斬撃は光速の為に避けきれない。だが、リミッターの外れた二人はそれをあり得ない方法で受け切っていた。

 

切られた瞬間、肌に斬撃が届いた瞬間に、光速の速度には及ばない。だが、その光速に近い速度で斬られる方向に動かして無効化させたのだ。

 

絶対にあり得ない。だが、リミッターが外れた二人にはそれすら実現させてしまった。

 

終わるまで捌き続ける。だが、リミッターが外れて人外に近い動きを出来るようになったとしても、その全てを完全に捌ききる事は出来なかった。石化する光線に触れて、身体に激痛が走る。だが、それでも動き続ける。火球によって火傷が出来ようが、斬撃によって肉が裂かれようが、捌ききれずに黒い粒子に肉を喰われようが止まらなかった。

 

そして斬撃が来なくなり、攻撃が終わりを見せようとした瞬間、黒い粒子の隙間から強力な光が見え、それがどんどんと近づいてくるが如く、眩くなっていく。

 

その瞬間に弦十郎と慎次は地面を強く踏みつけた。それと共に地面が陥没し、再び地下空間へと繋がった。

 

そしてそのまま重力に身を任せながら落下していくと同時に、ぎりぎりのタイミングで光が頭上を通り越した。

 

それと同時に起きる爆発。火球が爆発を起こし、地下空間にも爆風が流れ込んできた。

 

勿論、落ちていく弦十郎と慎次はまともに爆風を喰らう。だがそれでも共に未だ生きている黒い粒子を倒しながら、落下していく。

 

そして地面へと叩きつけられる。

 

受け身すら取れずに肺の中の空気が一気に抜けて呼吸がままならない。だが、それでも二人は生きていた。身体中にかなりの傷を受けてなお、あの攻撃を受け切り、生存していた。

 

「ッ…まだだ…まだ終わってない…」

 

「ッ…ええ…終わっていません…だからこそ今度で終わりにしましょう…」

 

ボロボロの身体を鞭打って立ち上がり、呼吸も整えず、弦十郎と慎次は地面を蹴り、高く跳躍すると再びあの場に舞い戻った。

 

それが弦十郎と慎次が生きている理由。その超人的な肉体があの場から二人を生存させたのだ。

 

そして幾度となく対峙を繰り返した三人。

 

その最後の瞬間が訪れた。

 

生きている事に怒りに身を任せ、光速となって目の前に現れるウェルもといネフィリム。

 

ボロボロになった二人へと光速の拳の乱打が放とうとする。

 

だが、それよりも早く、二人は目の前に現れる事を予測しており、拳を構えて全身全霊、ここで負けてたまるかと言う思い、そして幾度となく絶望を装者達に、ガンヴォルトに、自分達に、与えてきた事への怒りを込めた拳を乱打が来る前にぶつけた。

 

リミッターが外れた人知を超えた力。聖遺物であろうが、なんだろうが打ち砕く程の威力を携えた拳がウェルをネフィリムを捉えた。

 

「終わりだ!」

 

そして捉えた瞬間に弦十郎と慎次は叫ぶと同時に地面を強く踏み込んだ。

 

その瞬間に拳へと伝わる爆発的な力。その力が、ウェルの、ネフィリムの傷が入った肉体の亀裂をより大きくし、その肉体を破壊した。

 

変異した怪物の肉体が二人の拳により吹き飛ばされ、そしてその肉体の内側から変異する前のウェルが現れてばたりと倒れた。

 

「ハァ…ハァ…終わりだ…ウェル博士」

 

「ハァ…僕達の…勝ちです…」

 

動かないウェル。ボロボロになってでも諦めず、力を出し切って勝ちをもぎ取った二人はそう言った。



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127GVOLT

ギブス発売おめでとうございます!
ですが私は仕事で出来ていません…おのれ出張め…
帰ったら速攻クリアしてやる!
という事で投稿



絶望が迫り来る戦場。

 

倒れた装者へと死という名の絶望を振り撒く存在がゆっくりと歩みを進めていく。

 

巨大な怪物。今の六人の装者が相手をしても敵わない強力な存在。

 

その怪物にやられ、既にギアはボロボロ。立つ事すら儘ならない程のダメージを食らわされた。

 

立ち上がらなくては。

 

だが先程同様に立ちあがろうにも喝を入れても身体は言うことを聞いてくれない。

 

負けられない戦いなのに。勝たなければならないのに。蓄積された今までのダメージが装者達の意思に反して身体を縛る。

 

立ち上がらなければ。

 

託された思いに応える為に。

 

立ち上がらなければ。

 

こんな終わりがあっていいわけがないと抗う為に。

 

だが、どれだけ思いを込めた所でそれを身体が拒絶する。

 

そして巨大な怪物の影が六人を覆い尽くす。

 

怪物が絶望を六人に、いや世界中に与える為にその巨体を六人の元へと到達させたのだ。

 

倒れた六人には巨大な怪物がどんな表情を浮かべているかなど分からない。だが、見下ろすその顔には先程と同様に薄気味悪く、まるで価値を確信した様な邪悪な笑みを浮かべているのだろう。

 

ここで終わるのか?

 

「嫌だ…そんなの嫌だ…」

 

今の状況を響が否定する。

 

だが、否定しても何も変わらない。今の状況を否定する為の力が足りない。気力が足りない。

 

動けなければ何も変わらない。何も変えられない。

 

変えたい。こんな状況を。こんな絶望を。こんな望まない結末を。

 

だが、その思いを踏み躙る様に怪物の足がゆっくりと上がる。

 

倒れた六人の装者を殺す為に。そんなチンケな望みなど叶うなどと思わせない様に。

 

巨大な怪物は六人の装者へと向けて死という絶望を齎す為にその巨大な足が振り下ろされた。

 

誰もが諦めてないとは言え、動けなければそのまま殺されてしまう。だが、身体は何度も言う様に言う事を聞かない。

 

振り下ろされた殺意に殺されてしまう。

 

何とかならないのか?どうにもならないのか?

 

そう思った時、振り下ろされた足が急に角度を変え、装者達よりも前の地面に下ろされた。

 

助かった?何が起きた?

 

突然の出来事に誰もが安堵し、困惑する。

 

そしてそれと共に六人の前に、見覚えのある人が降り立った。

 

「すまない…遅れてしまった…」

 

その後ろ姿は翼。巨大な剣で怪物の支える足を斬り裂いて転倒させた翼が六人の前に立っていた。

 

「ッ…ガンヴォルトの言う通り、こちらに来て正解ではあったが…最悪だ…奏が…雪音が…立花が…それに…マリア…月読…暁…手を貸してくれた者までここまでされた…」

 

翼は遅かった事を後悔し、ここまで傷つけられた事に怒りを露わにする。

 

「この代償は高く付くぞ!」

 

翼はそう叫んだ。

 

それと共に未だ翼のギアペンダントに残る電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力に呼応する。

 

シアンが翼の歌に応えてくれた様に、再び翼の歌うシアンの歌が翼に力を与える。

 

翼の纏うシンフォギアに再び蒼いオーラの様なものが湧き上がる。

 

そして斬り裂かれた足を回復させ立ち上がる怪物が翼に向けて獣の如き咆哮をあげる。

 

だが翼はその咆哮程度では怯みすらしなかった。

 

「自身の怖さを証明する為か?自身の強さを語る為か?」

 

そんな怪物に向けて翼は剣を構えて言う。

 

「貴様の様な怪物…今の私にとって対峙したアシモフと比べれば恐怖も、自身の強さを証明する姿も滑稽!その程度で私が!防人である風鳴翼が怯むなどと思うな!」

 

そうして翼が再び立ち上がった怪物へと駆け出した。

 

怪物もそんな翼に標的を定め、自身の巨大な腕を振るう。

 

先程殺そうとした装者達よりも、今蒼いオーラを纏う翼により危険なものを感じた為に、そうせざるを得なかった。

 

その予想は正しく、今の翼はその振るう一撃を自身の剣で受け流し、その巨大な腕へと飛び乗ると腕から肩の方へと駆け上がり始める。

 

たった一人で装者六人でもやっと押し返すことが出来た巨大な腕を捌き、そして更に攻撃をする為に動いている。

 

シンフォギアと電子の謡精(サイバーディーヴァ)。歌により力を増幅させる似通った性質を持つ為に何度も起こし続けた奇跡の力。

 

だが、巨大な怪物にとってはそんな事はどうでも良かった。腕を駆け上がる翼の存在が煩わしい。心臓を守護する為に生まれた巨大な怪物にとって、今この少女こそが自身がいち早く倒さねばならない存在だと認識したからだ。

 

巨大な腕を駆け上がる翼をもう片方の腕を使い、駆け上がる翼にその巨大な腕を振り下ろす。

 

しかし、翼はそれよりも早く、振り下ろされる腕よりも早く駆け上がる、肩まで到達すると素早く跳び上がり、剣を巨大化させて怪物の顔面を斬りつけた。

 

痛みなどはない。だが、怪物にとって矮小な存在に二度も斬られ、傷付けられた事が守護する為に生まれた筈の存在意義に亀裂を生み、感情のないはずの怪物に怒りという感情を芽生えさせた。

 

「ガァァ!」

 

その怒りに呼応する様に、翼は知らないがその他の装者達を苦しませた怪物達よりも更にエネルギーの高められた第七波動(セブンス)が出現し始めた。

 

火球はあの時の倍以上の大きさ、多さ。光速で飛び交うレーザーも。黒い粒子も。石化する光線も。

 

亜空孔(ワームホール)以外の全ての第七波動(セブンス)がより高いエネルギーを持って空を覆い尽くさんばかりに現れ、一斉に翼へと襲い掛かった。

 

だが、翼は小剣を手に取り、その空を埋め尽くさんばかりの火球へと投げる。

 

その投げた小剣は無数に広がり、火球を全て破壊する。

 

そして更に巨大な剣を出現させると光速の光線、石化の光線を防いだ。

 

だが、その剣を喰らうように黒い粒子が、巨大な剣へと群がろうとするが、刀身が開くと共に、無数のエネルギーの刃を射出して黒い粒子を消し炭へと変えた。

 

「ガァァ!」

 

その光景に更に咆哮を上げる怪物。そして再び身に宿る第七波動(セブンス)を展開する。

 

「幾ら量を増やそうがその全てを斬り伏せる!」

 

翼はそう叫ぶと共に、怪物を倒す為に出現した第七波動(セブンス)能力を防ぎながら駆け出していった。

 

その光景を見た誰もがやはり、立ち上がらなければならないと思わされた。翼が一人で怪物と戦っている。たった一人で怪物を倒そうと奮闘している。

 

なのに倒れたままでいいのか?全てを翼に任せて終わらせてもいいのかと。

 

「…ッ!言い訳がない…全てをあの剣だけに任せるわけにはいかない…セレナと約束しているんだ…助けるって…そしてあの子が望みもしない悲劇を終わらせるって…なのに倒れたまま終わるなんて…絶対にそんな事あっていい訳ない!」

 

「そう…デス…私達は何の為に戦っていたデスか…一人で終わらせるのを見届ける為じゃない…全員でこんな戦いを終わらせる為デス!」

 

「マリアや…切ちゃんの言う通り…何も出来ない…何もなせないまま傍観しているのなんて出来ない!私達は当事者なんだ!だからこの戦いを自分達の手で終わらせなきゃならない!自分達の手で救わなければならない!何もなせないままなんて嫌だ!」

 

マリア、切歌、調は声を張り上げる。まるで自分に喝を入れるかの様に。

 

マリアは約束している。セレナという大切な妹に救うと。そしてこんな悲劇を終わらせると。なのに今の状況は違う。敗北は塗り替えられたにしろ、たった一人で怪物と戦う翼がいる。全てを翼に任せていいのか?いいや、そんな事言い訳ない。あっていいわけがない。

 

切歌もマリアと同じ思いだ。そして切歌や調が来た意味。この戦いを終わらせる。だからこそ、傍観していで言い訳がない。それに一人で終わらせるのではない。みんなで終わらせるのだ。

 

だからこそマリア同様に切歌も立ちあがろうとする。

 

そして調も。マリアと切歌と思いは同じ。

 

当事者である自分達に責任があるのにそれを放棄して傍観してていいのかと?いいわけがない。当事者であるならその責任を全うする。過ちを正さねばならない。

 

だからこそボロボロになっても立ち上がる力がなくても心を奮い立たせ、気力を絞り出す。

 

「私達も…背負っているものがある…託されたものがある…負けていい理由がなんてないんだ…倒れていていい理由なんてないんだよ…翼一人に全てを背負わせて傍観していいわけないんだよ!」

 

「当たり…前だ…私達には倒れていい理由なんてない…負けていい理由なんてない…たった一人に任せていい理由になんねぇんだよ…あいつに…託してるんだよ…あいつに…あいつは必ず成し遂げる筈なのに…私達が成し遂げられずにいていいわけないんだよ!」

 

「みんなの言う通り…倒れていい理由なんてない…ここで何も為せないまま翼さんに全てを任せて傍観するなんて嫌だ…そんな事あっていいわけがないんだ!だから!」

 

それぞれの思いを口に出して喝を入れ、立ち上がる。ボロボロの身体でも。おぼつかない足取りでも。傍観し続けるのは嫌だとばかりに。

 

「シアンにばかり頼って悪いとは思ってる!でも…今はシアン!お前のの歌が!シアンの歌が必要なんだ!」

 

「ガンヴォルトがお前を必ず助け出す!だから…今はお前の歌で力を貸してくれ!かっ

 

ボロボロの身体。そんな状態でも力を引き出し、更に傷すらも回復させる歌を。シアンが歌う輪廻を象徴する歌を。

 

自身にも宿る電子の謡精(サイバーディーヴァ)の残滓を呼び起こす為に。

 

「…何デス…その歌は?」

 

「暖かい歌…」

 

「シアンちゃんの歌だよ…この歌は…私を…私達を何度も救ってくれた…何度も立ち上がらせてくれた希望の歌なんだ…」

 

響は切歌と調へとそう言った。

 

ライブ会場の時も、紫電に閉じ込められてボロボロになった時も、紫電によりボロボロになったガンヴォルトを立ち上がらせた時も。この歌が力をくれた。

 

だからこの歌なのだ。

 

ボロボロになっても立ち上がらせる気力を、力を与えてくれた優しく、暖かいこの歌なのだ。

 

「だから歌いましょう…シアンちゃんの歌を…この歌を」

 

そう言って響は手をマリアへと手を伸ばす。

 

「みんなで終わらせましょう。この戦いを…救いましょう…マリアさんの大切な妹を」

 

そう言うとマリアは響の手を取った。

 

「やり遂げなければならない…でも…今の私達ではそれをなす事が出来ない…でもその歌を歌えばそんな奇跡が起こるのなら…幾らでも歌いましょう!」

 

そう言って響の手を取るマリア。そしてマリアも切歌の手を、切歌も調の手を握る。

 

そして響も、奏と手を握り、奏はクリスの手をしっかりと握る。

 

「翼さん!」

 

そして響も叫んだ。翼にも。シアンの力をその身に引き出している翼を呼んだ。翼一人で終わらせられるかもしれない。だが一人で背負わせない。みんなで終わらせるのだ。みんなでやり遂げるのだ。誰一人欠けずに。

 

その言葉に翼は訳を察して素早く怪物の対峙をやめ、攻撃を躱しながら六人の元へ降り立つ。

 

そしてクリスの手を掴む。

 

そして生まれるのはバリアフィールドと電子の障壁(サイバーフィールド)合わさった強固な障壁。

 

奏に残る残滓が、クリスに残る残滓が、マリアの託されたアガートラームに与えられた残滓が、翼に呼応した残滓が、そしてその残滓が生み出すフォニックゲインが響に流れ込む事で、そして七人の装者が歌う輪廻の歌で作り上げられた障壁。

 

だが、その障壁を崩そうと怪物が雄叫びを上げて迫る。巨大な腕を、自身が生み出す第七波動(セブンス)で破壊を試みる。

 

強固な障壁に多大なる負荷がかかる。その負荷がその身にも押し寄せてくるが装者達は歌い続ける。輪廻の歌を。シアンの歌を。

 

火球が、光線が、粒子が幾重にも連なり、合間には巨腕が何度も障壁にぶつかり、その強烈な一撃が何度もぶつかり、強固な障壁であっても亀裂を生み出す。

 

足りないのか?歌の力が。フォニックゲインが。

 

七人では足りないのか?

 

それでもなお、七人は輪廻の歌を歌い続ける。

 

足りないのなら更に力強く、この場に、世界に響き渡る様に歌うしかない。可能性は数字で語れない。叶わないなどと思わない。奇跡は歌が呼び寄せる。そう信じて歌い続けた。

 

しかし猛攻は止まらない。幾ら強固な電子の謡精(サイバーディーヴァ)電子の障壁(サイバーフィールド)と合わさったシンフォギアシステムに積まれているバリアシステムもその猛攻に揺らぎ始める。

 

「ッ…諦めない…シアンちゃんの歌は…奇跡を起こせる歌だ…この奇跡は簡単に崩されない…崩されてたまるものがぁ!」

 

響がそう叫んだ。シアンの歌の奇跡を信じ。力を貸してくれると信じ。

 

そしてその思いに応える様に、力が湧いてくる。内からではなく外から。

 

「ッ!歌が聞こえる…みんなが歌う声が!世界中の人達の歌声が!」

 

それは斯波田事務次官が諸外国に呼びかけ、そして米国政府が応じて、諸外国も応じ、世界各国から集められた歌声のフォニックゲイン。

 

そのフォニックゲインが響から全員に流れ込んでシンフォギアに更なる力を与えてくれる。

 

「そうだ…みんながいる!この歌だけじゃない!世界中のみんなが希望を信じて歌ってくれている!」

 

その力を響は更に力強くする様に叫ぶ。

 

「この歌は七人と一人の想いの歌じゃない!」

 

そして更に叫ぶ。ありったけの思いを込めて。世界に響き渡り、集まったフォニックゲインを響のアームドギアの特性を活かして束ね、力へと変え、手を握る装者達にも流し込む。

 

その瞬間にそれぞれのギアが分解され始める。響が束ねたフォニックゲインが強力でその負荷に耐えられず消失したのか?

 

違う。

 

強力な負荷に耐えうる様に一度分解され、七人のシンフォギアを再構築させているのだ。

 

「この歌は!」

 

そして強力な負荷に耐えられるギアが形成されていく。

 

かつて本物のフィーネと戦った時の様に、それぞれのシンフォギアが、より神々しい白いシンフォギアへと変換して、全員の身体に新たなるギアを再構築し始める。

 

「みんなの歌を!フォニックゲインを!シアンちゃんの歌で束ねた!この力は!」

 

そして再構築が終了すると同時にバリアフィールドが内側から砕け散り、襲いかかっていた第七波動(セブンス)を吹き飛ばし、怪物を仰け反らせた。

 

「70億の絶唱だぁ!」

 

響達がその叫びと共にバリアフィールドから姿を表すと、先ほどとは違い、白を基調とした空を駆ける翼を携えた白きシンフォギアを纏い現れた。

 

シンフォギアの決戦兵装。内と外。その高まったフォニックゲインを使用して作り上げた決戦兵装。

 

エクスドライブ。

 

通常のシンフォギアと異なり、足りない出力を放出させる事の出来る限定解除されたシンフォギアの姿。

 

「ガァ!」

 

その姿に怪物も何度も上げていた雄叫びをより一層高めて叫ぶ。

 

今の七人の装者は今までと違い、自身にとって危険だと警鐘を鳴らしている。だからこそ、そんな七人が行動を起こす前に、殺そうと今出せる最大限の力を持って相対する。

 

大量の火球ではなく、それを一点に集中させた何もかも焼き尽くす火球を、最大限に溜め、逃寝ることすら不可能の極太の光速のレーザーを、当たれば全てを石化する光線を。そして世界を覆い尽くさんばかりの大量の黒い粒子を。

 

七人へと向けて放った。

 

「舐めるな!」

 

そして新たなギアを纏うマリアと翼が叫ぶ。

 

振るう小刀が収束して強大なエネルギーを放つ。翼の持つ剣が一振りで強大なエネルギをを放ち、二人の攻撃が合わさり、巨大な火球を破壊する。

 

「もう負けないデス!」

 

「押し負けない!」

 

そう叫んだ切歌と調も己がアームドギアを振るう。マリアと翼同様に、強大なエネルギーの刃を生み出し、溜まり続けていた光速のレーザーを破壊する。

 

「そんな物さもう効かねぇんだよ!」

 

「いい加減学びやがれ!」

 

そう叫ぶ奏とクリスも自身のアームドギアの力を使い、石化する光線を、槍と結晶で受け止めた。

 

「もう負けない!やり遂げるんだ!そして掴み取るんだ!こんな望まない未来を終わらせる為に!」

 

そう叫ぶ響が拳を振るった。

 

その拳から放たれた強大なエネルギーが黒い粒子を吹き飛ばし、怪物までの道を作り出す。

 

そして七人は作られた道へと飛び出した。

 

「掴むんだ!終わりじゃなくて希望のある未来を!歌うみんなが望んだ未来を!」

 

そう叫ぶ響。その瞬間に七人が集まり、光の束へと変化する。

 

膨大なフォニックゲインをシンフォギアに変えた力を纏い、怪物へと突撃する。

 

だが怪物もそんな状況を黙って見ていない。第七波動(セブンス)を破られたのならば、その強靭な肉体で押し返すのみ。

 

振るった巨腕と光の束が衝突する。

 

激突する巨大な質量と強大なフォニックゲインを纏う装者。

 

互いに負けじと押し返そうとぶつかり合った。

 

「ガァァ!」

 

押し負けないとばかりに叫ぶ巨大な怪物。

 

だが装者達も負けじとぶつかり合う。

 

「ッ!負けるかぁ!シアンちゃんの歌が!世界中の人達が歌い、束ねたフォニックゲインが!お前なんかに負けるかぁ!」

 

そして響が叫んだ。シアンの歌うこの歌が。世界中の人達が歌い、自身が束ねた歌が負ける訳ないと。

 

シアンの歌が、負けないという思いが、全員の纏うシンフォギアに更なる力を齎す。

 

装者を纏う光が更に眩くなり、進む力を強くする。

 

「いっけぇぇ!」

 

全員の叫んだ。

 

そして拮抗していた力が均衡を破り、怪物の巨大な腕を破壊する。

 

そのまま怪物へとぶつかった。

 

纏う光、その光は全てがフォニックゲイン。70億もの歌の力を携えた力は強固な怪物の肉体を易々と貫いた。

 

そして貫かれた怪物は崩れ落ちていく。

 

だが、響達は知らなかった。巨大な怪物を倒す事には成功した。

 

だが、その怪物を生み出した意志が、ウェルによって再誕したネフィリムの意志はまだなくなっていないことを。

 

未だ健在するネフィリムが潜伏していることをまだ装者達は知らなかった。




という事でまた少しやらない三期のネタ投稿

ガンヴォルト???状態(スキル)

ブルージェットデストロイ

天を裂く一筋の閃光
纏し雷撃が阻む全てを掃滅する

エルブスエクスターミネーション

浮かび上がる雷撃の円環
蒼雷による無慈悲な一撃で根絶せよ

スプライトアナイアレイト

顕現せし稲光は禍の起源
響めく轟雷は破壊の権化
穿孔の雷撃こそが殲滅の条理

スキル名称はガンヴォルト本編同様に電気用語に何かを付け加えるを採用しております。

電気用語は超高層電放電、そしてつなげているの破壊的用語に統一しておりました。


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128GVOLT

暴走ってやっぱいいよね…
まだ鎖環プレイをしてないしにわかにもなってないけど初回限定の資料を見てそう思いました。


ネフィリムの細胞を取り込み、自らを第七波動(セブンス)能力者の頂きと言える程の強大な力を手にしたアシモフ。

 

事実、ネフィリムの細胞はアシモフにとって有益な力を与えている。

 

一つ目は暴走という枷からの解放。アシモフの持つ蒼き雷霆(アームドブルー)の能力因子。先程も言った様に蒼き雷霆(アームドブルー)能力因子は完全にアシモフには適応しておらず、暴走という形でアシモフの絶大な力を時間という縛りを与えていた。

 

だが、取り込んだネフィリムの細胞。その細胞のお陰でアシモフの枷は外された。

 

取り込んだネフィリムの細胞。いや完全聖遺物であるネフィリムの力の一端。取り込んだ聖遺物、第七波動を自身の力へと変換する力。

 

その能力は細胞にも適応され、それを取り込んだ事により、アシモフの枷は無くなった。

 

そして二つ目。それはネフィリムの取り込んでいた七宝剣の第七波動(セブンス)の力。その力もアシモフは手に入れた。

 

第七波動(セブンス)能力にも自身に合うか合わないかの相性と言うものがある。アシモフが蒼き雷霆(アームドブルー)が完全に適合出来なかった様に、本来のガンヴォルトは完全に蒼き雷霆(アームドブルー)を適合している様に。そして目の前の奴も受け入れ難いが同様に蒼き雷霆(アームドブルー)の能力因子に適合している。

 

だが、先程言った様に、それを可能とするものがネフィリム。

 

アシモフは取り込んだネフィリムの細胞に無理矢理適応し、ネフィリムの力をも自身の力へと変えたのだ。

 

自身以外誰も到達出来ない、第七波動(セブンス)の能力因子をその身に幾つも所持させる事。それを実現させた故に、自身は更なる高みへと達したとより実感している。

 

暴走を乗り越え、自身の蒼き雷霆(アームドブルー)がより強力になった事を理解出来る。そして取り込んだ蒼き雷霆(アームドブルー)の能力因子以外の能力因子。そのどれもが今自身の手に持つ神獣鏡(シェンショウジン)のギアペンダントに封印された電子の謡精(サイバーディーヴァ)生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の能力以外を極限の域にまで至らせ、本来の能力者と遜色のない力を与えている。

 

だからこそ、自身は能力者の頂点(ゼニス)に至ったと信じている。そして自身の持つ蒼き雷霆(アームドブルー)は本来の力を扱う事が出来る故に自身を真なる雷霆と言った。

 

その力を十全に使う自身はそうであると疑わなかった。

 

だが、そんなアシモフの目の前ではあり得ない事が起こっていた。

 

頂点(ゼニス)へと至り、極限の域にまで達した本来の能力者と同等の力を持った第七波動(セブンス)達の一撃。そして真なる雷霆へと至った今、殺そうとする目の前の紛い者へと放つ過去一強力な雷撃。

 

躱される事があるぐらい理解している。だが、その周りを埋め尽くさん勢いで出現し、放たれる火球、二つの光線、そして喰らい尽くす黒い粒子。そして逃げ場をなくす様に広げられた穴。七宝剣の第七波動(セブンス)能力の奔流を奴は全て回避し続けている。

 

あり得ない。

 

今の奴にそれ程の力は無い筈。蒼き雷霆(アームドブルー)の極地の力を使っていない筈なのに何故躱せる。

 

何故だ?何故だ!?

 

アシモフは叫びはしないもののその光景に苛立ちを募らせ続ける。だが、それでもアシモフは力を扱い続けた。殺す為に。存在を消す為に。

 

自身の力を、守護者の力を、頂点(ゼニス)へと至った力を放ち続ける。

 

だが、アシモフは気付いていない。その力に見落としがある事を。使い続けた結果、欠点をもたらしてしまった事を。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボクへ放たれたかつて対峙した能力者達の第七波動(セブンス)能力。しかし、その攻撃は何一つボクに当たる事はなかった。

 

放たれた火球を雷撃で破壊して、貫く光線も石化する光線もその射線から直ぐに飛び退いて躱す。躱しても亜空孔(ワームホール)によって再び向かって来るがそれすらも躱す。躱して躱してその出力が切れるまで躱し続ける。

 

そんな中でも襲い掛かる黒い粒子も自身が展開する雷撃鱗で全て破壊する。

 

そして空気を裂き、放たれるアシモフの雷撃。強力な雷撃。当たればタダでは済まない一撃。だが、そうであろうと当たらなければ何とも無い。向かって来る雷撃は避雷針(ダート)を介さない直線的なもの。今のボクは至近距離の放電でなければ躱すことも出来る。

 

破壊して躱して、アシモフの強力な第七波動(セブンス)達を掻い潜り駆け続ける。

 

当たる事もせず掠る事もせず。

 

ボクが攻撃を当たらずに躱し続けられる理由。

 

それはかつての経験とアシモフの言う蒼き雷霆(アームドブルー)の極地へと達した事に疲労した肉体でも今までの万全な状態よりも力を発揮出来る為である。

 

肉体は知らねど魂が覚えている。かつての能力者達の本気の第七波動(セブンス)。それを真正面から対峙し、打ち倒してきた。そしてかつてその力を何らかの理由で手に入れ、アシモフが先の戦闘まで使用していた第七波動(セブンス)能力者に対して強力な力を持つ強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を使う第七波動(セブンス)能力者に復讐を誓う少年と戦い、二度も打ち破った事。

 

そしてこの世界で肉体と魂、その両方が体感し続け、苦しめ続けられた経験がアシモフの使う第七波動(セブンス)能力達を掻い潜る予測を導き出している。それがアシモフが気付かぬ内に作り出していた欠点。アシモフがボクを殺す為に使い続けた。第七波動(セブンス)能力を見せすぎてしまった。その結果、ボクを殺す為に何処へ第七波動(セブンス)を出すか予測出来る様になりそれを実現させている。

 

そしてそれ以外にもそれを成す物がある。ボクがアシモフとこの世界で出会い、持ち続け、今のボクを支え、戦わせる思い。

 

シアンをアシモフから取り戻し、この世界と元の世界を救おうとする思い、そしてその元凶たるアシモフと言う存在を殺して救う。そんな思いがボクをこんな極限な状態でも無事に居られる状況を作り上げていた。

 

「ッ!」

 

アシモフは攻撃が当たらない事に表情が怒りにより歪んでいく。その怒りがトリガーとなり、更に攻撃に苛烈さが増していく。

 

だが、苛烈さが増そうが、威力が上がろうがボクは第七波動(セブンス)の力の奔流を掻い潜り、アシモフの元へと駆け出し続ける。

 

「ッ!いい気になるなよ!紛い者ぉ!」

 

叫ぶアシモフ。そして第七波動(セブンス)達の遠距離の攻撃を止め、接近戦へとアシモフも切り替える。

 

その身に雷撃を纏い、更に片腕には雷撃に加え、灼熱の業火と光速へと至る光を纏わせる。

 

「アシモフ…知っているだろう…幾ら力を合わせようがボクはかつてその本来の能力者を二度も倒した事を」

 

呟く様にボクはアシモフへと向けてそう言った。その瞬間に振るわれる光速の速度を持ち、焼け尽くす業火を纏い、迸る雷撃を纏う拳。

 

だが、ボクはその光速の炎と雷撃を纏う拳を躱した。

 

光速に動こうが、振るわれる場所が分かり、その起こりが分かれば躱すことは出来る。本来の能力者ですら持て余した第七波動(セブンス)

 

「確かに残光(ライトスピード)は速い。だけど見切れないほどじゃ無いんだよ」

 

かつて本来の能力者に向けて言った言葉をボクはアシモフへと言った。

 

「得意げにほざくな!」

 

そう言って至近距離でアシモフは解放する様に周辺に第七波動(セブンス)達を撒き散らす。

 

だが、その全てをボクは後退しながらも破壊し、躱して避け切る。

 

そしてボクは後退した分の距離を埋める様に破壊して、躱してアシモフへと近づく。

 

これの何処が頂点だ。

 

この程度の、かつて倒した能力者と同様の力をシアンのお陰なのに自分が扱えているだけで何が頂点だ。

 

これの何処が真なる雷霆と言うのだ。

 

暴走という枷が無くなり、ボクが至った領域に近い出力を出せる様になっただけで真なる雷霆だ。

 

何が第七波動(セブンス)能力者達の守護者だ。

 

自身の理想を体現する為に世界を壊そうとする者が何を語っている。自身の理想の為だけにこの世界をも犠牲にしようとしている者が何を言う。

 

笑わせるな。

 

ボク自身は頂点、真なる雷霆、第七波動(セブンス)能力者達の守護者。そのどれにも興味は無い。ただボクはボク自身の持つ蒼き雷霆(アームドブルー)で自分の理想を掴めるだけでいい。フィーネに誓ったボクの望む世界を。だがそれを望まないものもいることを知っている。だからこれはボクの自己満足だ。だが、自己満足であろうとボクはそうあって欲しいと願っている。だからこそ叶えたい。そしてその願いを阻むアシモフを殺せればそれでいい。

 

だからこそ、ボクはアシモフとの距離が詰まると共に拳を握り、疲弊した身体から搾り出す様に力を解放する。

 

纏う雷撃が蒼きオーラへと変わり、力が増していく。

 

再び踏み入れるアシモフの語る蒼き雷霆(アームドブルー)の極地。

 

シアンの支援なしにボクが到達した蒼き雷霆(アームドブルー)の到達点。

 

アシモフを殺す為に力を解放しろ。シアンを救う為に能力因子に熱を持たせろ。この世界を、元の世界を守る為に拳を握り、強力な雷撃を拳に乗せろ。

 

そして握った拳をアシモフへと振るう。

 

ボク同様にアシモフもボクを殺す為に第七波動(セブンス)を解き放ちながらボクへと拳を振るった。

 

雷撃のみを纏う拳と光、炎、そして雷撃を纏う拳がぶつかる。

 

ぶつかり合った拳は同威力である様に拮抗する。

 

しかし、纏うものが違う為にボクの拳は焼け付く痛みが拳を襲う。だが、焼け付く痛みが拳を襲おうがボクは更に雷撃を流して自身の細胞を活性化させて焼けた側から回復させる。

 

そして拮抗するアシモフ。

 

だが、ボクの雷撃が僅かにアシモフの雷撃を上回っているのか顔を歪めている。だが、それを食らいながらも力を緩めたりなどはしなかった。

 

そしてそのままボクはダートリーダーをアシモフは腕を構えて避雷針(ダート)を、アシモフは電子の謡精(サイバーディーヴァ)を無理やり使い、火球を、光線を撃ち放つ。そしてその銃撃をアシモフは躱し、ボクも火球を、光線を躱す。

 

そしてその打ち付けた拳が離れ、再び互いへダメージを与えようと振るわれる。だが、先程同様に互いの拳がぶつかり合った。

 

側から見ればアシモフが優勢。ボクは回復をしているものの業火に焼かれている。そしてアシモフの限界を僅かながらに超える雷撃で少しのダメージのみ与えているだけ。

 

だがそれでもボクはアシモフを殺す為に止まる事はしない。

 

その身にダメージを覆うが同じ行動を何度も繰り返す。

 

そしてボク同様にアシモフも。一歩も引かず、同じことを繰り返す。

 

普段のアシモフは乗らない。こんな無意味にも思える行動を繰り返さずに殺す為に別の行動に移る。だが、アシモフはボク同様に何度も同じ行動を繰り返す。

 

理由は単純であった。今のアシモフは自らを能力者の頂点(ゼニス)と信じている。故に同じ状況で勝てない事が、勝てていない事がアシモフの闘争心を刺激したのだ。

 

完璧な能力者となった事、頂点(ゼニス)という自身が思い描いていた極地に達した事。その事がアシモフをボクと同じ行動を取らせた。

 

真正面で受けて破る。それこそが完璧な勝利だと言わんばかりに。真なる雷霆と言わんばかりに。

 

ぶつかり合う拳と雷撃、そして炎と眩い光。

 

ぶつかった拳から溢れ出す激しき雷撃が周囲へと迸り、地面を抉り、焼き焦がす。それと共に燃え盛る炎も散り、周囲を雷撃の力と炎で焦土とかしている。

 

拮抗し、互いが持つ強力な第七波動(セブンス)と拳をぶつけ合い、単一と複数のぶつけ合い。

 

何度も繰り返す互いの存在を殺す為の戦い。

 

そしてその決着が突然に着いた。

 

ボクの振るう拳とアシモフの振るう拳。その拳が何度目かも数えていないが、相当な回数を重ねていた時、ボクとアシモフの戦う戦場に歌が響き渡る。

 

シアンの唄う輪廻の歌。だが、その歌声の中にシアンはいない。シアンは今アシモフの手の中に封じられているからだ。

 

それ以外にも輪廻の歌に合わせて奏でられるありとあらゆる言語の歌。どの歌も歌う人の知っている歌であり、種類はバラバラ。だが、その歌はまるで交響曲の様に交わり、混じり合い、輪廻の歌の伴奏となっている。

 

そしてその伴奏をより一層引き立てる聞き覚えのある声。

 

奏の、翼の、クリスの、響の、マリアの、切歌の、調の声だ。

 

装者達が歌う輪廻の歌。その歌に呼応する様に、アシモフの持つギアペンダントが淡く光る。

 

「ッ!?電子の謡精(サイバーディーヴァ)の制御が!?まだ抵抗する意志を残すか!」

 

それと共にアシモフの纏う炎が、光が、第七波動(セブンス)が弱まるのを感じる。

 

シアンの僅かながらの抵抗。装者達の歌が、封印され、アシモフの思い通りにしか力を使えない中で、響き渡る歌がシアンに抗う力を与えてその結果を齎した。

 

そしてアシモフとは真逆に響き渡る歌声がボクの蒼き雷霆(アームドブルー)に力を齎す。

 

装者達の唄うシアンの歌。そしてそれに呼応するシアンの力が、電子の謡精(サイバーディーヴァ)がボクの蒼き雷霆(アームドブルー)を更なる力を装者達の歌声が、シアンの思いが力を与える。

 

そしてその力を解放する為の言葉が胸の奥より浮かび上がる。

 

かつてシアンの力により蒼き雷霆(アームドブルー)を強化した状態。その状態よりも更に強化された領域に今ボクは達している。

 

その領域に更にシアン、そして装者達の歌により強化されればボクだけでなくアシモフも、そしてあの世界のボクも知らない領域へと踏み入れる事になる。

 

蒼き雷霆(アームドブルー)の極地。最果てと思われた更に先にあり、装者達の歌とシアンの思いが見出し、見つけた未踏の領域。

 

その力が齎すものは何なのかは分からない。だが、歌の力を装者達とシアンが齎すものに絶望を切り拓き、希望を齎す光となる事を信じるボクは言葉を紡ぐ。

 

「響き渡るは歌姫達の歌声!この身に齎すは希望の雷光(ひかり)!未踏へ踏み込み、我が敵を貫く力と変われ!」

 

そして紡いだ胸に浮かんだ言葉。その言葉と共に、蒼きオーラがその他の色を帯び始め、虹色へと変わる。

 

シアンの思いとそして装者達の歌によって辿り着く最果てと思われた領域の更に先。無いと思われた最果ての領域に新たな道を切り拓き、その一歩を踏み出して到達した存在すらしなかった未踏の領域。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!アンイクスプロードヴォルト!」

 

未踏を冠す、新たな(スキル)。誰も到達したこともない故に未知数。誰も知らぬ故にその(スキル)に秘められた威力を知る者などいない。

 

だからこそ知らしめよう。未踏へと踏み込んだこの力を。

 

ボクの因縁の敵を、アシモフを倒し、存在すらしなかったその力をこの世界で。

 

「ッ!?貴様ぁ!」

 

アシモフはその力を見て激情する。蒼き雷霆(アームドブルー)の極地。極地故にその先がないと思われた領域よりも更に踏み込んだ事であの世界のボクの知らぬ蒼き雷霆(アームドブルー)の極地へと辿り着いたボクとは異質の存在へと辿り着いたボクへと対して。

 

だが、それ以上言葉は不要。

 

アシモフが次に何かを言う前にボクはその(スキル)が齎した力を雷撃へと変えてアシモフへと流す。

 

弱まったアシモフの第七波動(セブンス)。だが、それでも完璧な能力者となった蒼き雷霆(アームドブルー)でボクを迎撃しようとする。

 

だが、その完璧な蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者となったアシモフの放つ強力な雷撃よりも次元の違う雷撃を放ち、アシモフへと雷撃を流し込んだ。

 

「グゥッ!?」

 

その強力な雷撃にアシモフは耐えきれず、ボクの雷撃にその身を焦がす。

 

だがそれでもアシモフはその身に強力な雷撃を浴びようと止まらなかった。身を焦がす雷撃を喰らいながらも目的を達する事に執念を燃やし、打ち合わせた拳から逃れ、迸る雷撃から脱出する。

 

「貴様がぁ!貴様如きが!奴を超えるなどそんな事があっていいわけがない!そんな事あってなるものか!」

 

誰も知らない未踏の領域へとみんなの力で踏み入れたボクに対して依然として認めないと叫ぶアシモフ。

 

「否定したいのなら一人で言っていればいい!認めないのなら認めなければいい!だけど!ボクはガンヴォルトだ!それは紛れもない事実だ!アシモフ!何度も言う様に!貴方が認めなかろうと貴方を殺してボクは証明する!ボクも本物である事を!」

 

そして互いにこの戦いに決着をつける為に言葉を紡いだ。

 

「閃く雷光は反逆の導!轟く雷吼は血潮の証!貫く雷撃こそは万物の理!」

 

「滾る雷火は信念の導!轟く雷音は因果の証!裂く雷撃こそは万象の理!」

 

互いに最強である(スキル)。ヴォルティックチェーンの発動の為に。

 

そして互いの迸る雷撃が鎖へと変わりゆく。

 

虹色のオーラが作り上げる我が敵を貫き破壊する鎖。

 

ネフィリムの細胞と共に作られる全てを裂いて破壊する鎖。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!」

 

「迸れ!真なる雷霆よ(アームドブルー)!」

 

「ヴォルティックチェーン!」

 

そして最後に(スキル)名を叫ぶと共にボクの作り出した雷撃の鎖とアシモフの雷撃の鎖が互いを殺さんと荒れ狂う様にぶつかり合った。

 

だが、その勝敗はほんの数秒で着いてしまう。

 

アシモフの作り上げた雷撃の鎖がボクの作り上げた雷撃の鎖へとぶつかると共に一瞬で砕け散ったのだ。

 

真なる雷霆と宣うアシモフの蒼き雷霆(アームドブルー)、その威力は未踏という誰も踏み入れたことの無い領域に辿り着いたボクの蒼き雷霆(アームドブルー)よりも低い為に一撃で破壊される。

 

真なる雷霆を自称するアシモフにすら辿り着く事の出来ない領域、次元の違う雷撃を前に、あしらわれるかの様に。

 

「ッ!巫山戯るな…巫山戯るなぁ!」

 

そう叫ぶアシモフへと向けてボクの雷撃の鎖が幾つも貫いていく。そして貫いた雷撃の鎖が強力な雷撃を迸らせてこの場を蒼く染め上げる。

 

そしてその蒼き雷撃が染めた空間が収まると共に倒れるアシモフ。

 

フェザーの戦闘服がボロボロになり立ち上がる事すら不可能なダメージを負い、倒れるアシモフ。

 

己を縛り続けていた因縁の鎖。アシモフとの幾度とない戦いを繰り広げ、未だ断ち切る事が出来なかった鎖を今、装者達とアシモフに封印されながらも抵抗して力を貸してくれたシアンによって、ボクは遂にその鎖を断ち切った。




スキル詠唱はガンヴォルト爪に登場したアンリミテッドヴォルトを踏襲して作りました。
用は自分の二次創作ガンヴォルトのアンリミテッドヴォルトです。


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129GVOLT

鎖環クリアしました。
いやはや、今回も楽しかった…
感想はまだ割愛させていただきます。
楽しくプレイしている人がいると思うので…


「司令!緒川さん!」

 

本部にいた朔也とあおいが本部の周辺のモニターから弦十郎と慎次の姿を見ていち早く二人の元へと向かい、外に出てそう声を掛けた。

 

だが、朔也とあおいは本部へと帰還した弦十郎と慎次の姿を見て絶句する。

 

その姿はあまりにもボロボロ。顔には大量の傷が無数にあり、上半身は上着がなくなり、沢山の火傷や傷を大量に作っていた。

 

どんな戦闘があったかは二人には分からない。だが、シンフォギアを纏う装者とも渡り合える二人がこれ程までボロボロの姿になっている。

 

それ程凄惨な戦闘であり、それ程の強敵であった事は明らかであった。

 

「藤堯…友里…まずは一つ…ガンヴォルトとあの子達の為に勝ったぞ」

 

弦十郎はボロボロになりながらも二人へと向けてそう言った。

 

「報告は後でいいです!医療チームを呼びます!」

 

だが、そんな報告は後でいいと弦十郎と慎次を休ませようとする。

 

「ならエージェントを何人か呼んでください…拘束しなきゃいけない人物もいますので」

 

そんな中、慎次がそう言った。慎次が指すその先にはこの事件の首謀者の一人、ウェルが弦十郎に担がれていたからだ。

 

「ウェル博士!?分かりました!すぐに呼びます!」

 

そしてウェルを確認した二人はすぐさまそう言って通信でエージェントと医療チームを呼び寄せるとウェルをかなり厳重に拘束して二人を担架に乗せて本部へと連れ込んだ。

 

「司令、緒川さん…無事に帰還出来て本当に良かったです…」

 

本部の治療室で治療をされる弦十郎と慎次を見て朔也もあおいもそう言った。

 

「ああ。今回は俺も慎次も正直、駄目かと思う程の強敵だった…」

 

そして朔也とあおいに何故二人がボロボロになっているのかの事の顛末を語った。

 

「ッ!?ウェル博士がネフィリム同様の怪物に変異!?」

 

そして聞かされた顛末。装者達の戦闘の前半しか無かったモニター外の出来事に朔也もあおいも余りの出来事に空いた口が塞がらなかった。

 

ウェルの異形へと変異。変異したウェルとの戦闘。第七波動(セブンス)を扱うウェルに苦戦を強いられるものの一度は追い詰めたものの、再びの変異にて追い込まれた。だが、それでも二人はそんなウェルを倒し、ボロボロになりながらも帰還した事を。

 

「…無事帰還してくれたのは嬉しいですが、よくそんな相手を倒せましたね」

 

朔也が弦十郎と慎次へと向けてそう言った。

 

「世界が終わるかもしれない状況だ。何が何でも勝たなきゃならないんだからそれくらいやってのけるさ。それに…ガンヴォルトや装者達が頑張っているのに俺達が負けられるか」

 

「ええ。僕達よりも強大な敵に立ち向かっているみなさんがいるのに負けられるわけありませんよ」

 

弦十郎と慎次はそう言った。

 

朔也もあおいも、医療チームやエージェント達は確かにと思うが、だからと言ってそんな怪物相手に勝てるなんてと二人の異常な強さに少し引いてしまった。

 

「それよりも、あの子達とガンヴォルトはどうなったか分かるか?」

 

「…装者達の方はフロンティア内部で絶望的な状況に追い込まれました…」

 

そして二人の知らない、そして本部でも確認出来た装者達の事を朔也とあおいが報告する。

 

弦十郎と慎次が映像から消えた後。大量にいる怪物達に押されながらも装者達が力を合わせ、ネフィリムの心臓を破壊の直前まで行ったこと。しかし、それを阻む様に現れた巨大な怪物。そしてその怪物にやられ掛けた事。

 

「ッ!?装者達は!あの子達は無事なのか!?」

 

その事を聞かされた弦十郎はそう叫ぶ。

 

「無事です…ボロボロになり、倒れたあの子達…ですが、貴方達の仲間の装者、風鳴翼の援軍、そして世界中から集まったフォニックゲイン。そして装者達が唄った電子の謡精(サイバーディーヴァ)の輪廻の歌。それを束ね、力と変えたあの子達はシンフォギアの決戦兵装、エクスドライブへと至り、巨大な怪物を打ち倒しました」

 

それを説明しながらナスターシャが治療室へと入ってくる。

 

「そうですか…そうであれば良かった…」

 

その事に安心する弦十郎と慎次。だが、何故ナスターシャがここに来たと思い、弦十郎が問おうとする。だが、それよりも早くナスターシャが言った。

 

「そ」して先程物凄いエネルギーが確認され、そのエネルギーの元で一つの反応が弱くなった事を確認したので報告に来ました」

 

「ッ!そのエネルギー…ガンヴォルトのものなんですか!?」

 

弦十郎はナスターシャへと聞く。

 

「アシモフとガンヴォルト…どちらも同じ蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者。エネルギーパターンも同じ、故に判断が付きません」

 

何処となく不安そうなナスターシャがそう言った。

 

「…ですが、私はその強大なエネルギーパターンはガンヴォルトのものと推測しています。根拠は有りませんしかし、そのエネルギーが強力になった時に全人類が希望信じて唄っていた。救いを信じ唄っていた。その力に装者呼応した様に、私はガンヴォルトにもその力が流れ込んだと信じています。アシモフは全人類の敵…そんな男に希望の歌がアシモフの力を増大させるなどと考えられない…電子の謡精(サイバーディーヴァ)が、アシモフの手の中にいて力を使われようとしても、力を貸すとは思えない。だからこのエネルギーはガンヴォルトであると私はそう考えています」

 

「…シアン君はガンヴォルトや装者以外に力を貸すとは私達も考えられないと思っています…それに、ガンヴォルトは今度こそアシモフを止めてくれる…だから、それはガンヴォルトの物であると信じたい…いや、そう思っています」

 

ナスターシャの推測に弦十郎もそう言った。

 

勿論、ナスターシャと弦十郎の推測はあっている。だが、それをまだ知らぬ故にそう答えることしか出来なかった。

 

そして静寂に包まれながら装者達とガンヴォルトの帰還を待つ中、突然本部である潜水艇が大きな揺へ動く。医療チームやエージェント、弦十郎や慎次、朔也とあおいが倒れそうになる中、アラートが本部中に鳴り響く。

 

「何事だ!?」

 

弦十郎がそう叫んだ。

 

「すぐに調査をします!」

 

そう言って朔也とあおいが司令室へと向かおうとする。だが、先程同様に揺れがまた起きて朔也とあおいが倒れそうになってしまった。だが、それをボロボロになった弦十郎と慎次が支えて、なんとか阻止する。何が起きたか未だ理解出来ない四人。弦十郎と慎次は朔也とあおいに支えてもらいながらも、司令室へと向かう。

 

しかし、その道中、壁に身を任せてなんとか堪えながら治療室へと向かおうとしていた未来と出会した。

 

「未来ちゃん!?」

 

「大変です!ここが!私たちのいるこの場所が!」

 

慌てふためく未来がそう説明する。だが、慌てている為に理解が出来ない。

 

「未来ちゃん!落ち着いて!今何が起きているか知っているのならゆっくりでいいから説明して!」

 

あおいも落ち着かせる様にアラートに負けない声音で未来へと何が起こったのか問う。

 

「ここが!浮いているこの場所が崩れ始めています!」

 

フロンティアの動力炉たるネフィリムの心臓を装者達が壊したのか?そう考えるが未来が続けて言った。

 

「それと響達が居た場所!あの動力炉の部屋でまた何かが始まろうとしています!」

 

その言葉に全員がその正体を知ろうと急ぎ司令室へと向かう。

 

だが、何が起きているかなど見ても分からない。ただ蠢き、何かが始まろうとしている事以外は。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ウェルがやられ、怪物もやられ、アシモフも倒れた中、その中で未だ残る敵が存在した。

 

ウェルと共に居たネフィリムの意志。その意志はまだ残っていた。ウェルが倒れたと共に消滅した訳ではない。ウェルが倒れはしたが、その前にネフィリムの意志はその肉体から離脱してフロンティアへと移っていた。

 

そんな事が可能なのか?

 

フロンティアの動力炉たるネフィリムの心臓。それを動かすのが心臓からの動力である為、そしてネフィリムの細胞をウェルがフロンティア自体に打ち込んだ事によってそれを可能としていた。

 

そしてネフィリムよ意志は敗北をした為に次なる戦いをする為に行動する。

 

負けたままで言い訳がないと。全から一になる事で完璧な存在になったネフィリムは二度の敗北を受け入れられなかった。

 

故に次の戦いをする為に行動していた。

 

器がまだある。

 

その器へと移動していた。

 

ネフィリムの意志が入り込む事の出来る器。フロンティアには三つ存在する。

 

一つはウェル。ネフィリムの細胞を取り込み、先程まで同化していた器。だがネフィリムは其方にはもう勝ち目がないと見て向かわなかった。

 

敗北した肉体。蓄積されたダメージ。そんな肉体ではもう勝つ事は出来ない。だからこそ無視される。

 

そしてウェル同様、ネフィリムの細胞を取り込み新たなる器となったアシモフ。ガンヴォルトに敗れ、ボロボロになっているが故に、初めはネフィリムの意志はアシモフへと向かおうとしていた。

 

ネフィリムにとってアシモフとは主人。完全な存在たるネフィリムにとって聖遺物を喰らわせ育て上げた者。だが、それだけではネフィリムの意志はそんな事は思う事はない。

 

ネフィリムが目を覚ましてから行われた調教により、ネフィリムの意志にすら主従関係が刻まれていた。

 

だからこそ、主人のピンチへと駆けつけようとする。しかしそれをしなかったのには理由がある。

 

それはガンヴォルトの存在。アシモフと言う主人の中にある細胞(アンテナ)からその存在は危険だと発せられたからだ。

 

今のガンヴォルト。アンイクスプロードヴォルトという新たな領域へと踏み入れ、次元の違う強さを手に入れたガンヴォルト。その力にネフィリムの意志は恐怖して向かう事が出来なかった。

 

自身がアシモフへと乗り込み、協力しても勝てるか分からない存在。だからこそ、向かえなかった。

 

だが、それでもネフィリムの意志はアシモフの中に宿る細胞がまだ何かあると知らせてくれた。自身の主人は簡単に負ける様な人間ではない。ましてや自身の細胞を取り込み、融合症例となった主人が負けようともまだ何かあると感じされる。

 

だからこそ、ネフィリムの意志は別の器へと向かう。

 

本来の器たる心臓の元へ。

 

そして辿り着き、ネフィリムの意志は心臓へと宿る。そしてそれと共に鼓動が大きくなる。

 

二度の敗北はした。だが、まだ負けていない。そして全から一になった完全聖遺物が本当の意味で負ける事などないと。

 

今度こそ本当の勝利を手に入れる為に心臓がより強い鼓動を発する。

 

そしてそれと共に動こうとするフロンティア。だが、それを止めようとする者がいた。

 

ネフィリムの心臓と共にあるセレナ。

 

セレナがネフィリムの邪魔をしようとしたのだ。

 

だが、ネフィリムの心臓に宿ったネフィリムの意志がそれを飲み込む。邪魔をしようとするセレナ。だが、今のセレナには邪魔を出来る程の力は残されていなかった。

 

マリアを守る為に、抗いながらもネフィリムの心臓に取り込んでいた力を使用した。ガンヴォルトやマリアを戦場へと向かわせる為に力を使った。この事がセレナの力を弱めてしまった。

 

故に簡単にあしらわれ、そしてネフィリムの意志に飲み込まれる。

 

飲み込んでも未だ消えないセレナの意志。だが、それでも意識の奥底へと封じる事は再び目覚めたネフィリムの意志には出来た。

 

そしてセレナを奥底へと封じたネフィリムは今度こそ勝利を手にしようと蠢き始めた。

 

今度こそ勝利しよう。まずは自身を破壊しようとする者達から。

 

ネフィリムはそう考えると共に、屠らんとする為に新たな肉体を作り上げようとする。

 

フロンティアという巨大な聖遺物を喰らって。

 

さあ、今度こそ勝利しよう。完全なる存在たる自身が何も持たぬものに、そして完全ではない半端な者達に劣らない事を証明する為に。

 

その思いと共に動力炉になっている心臓は蠢くフロンティアに飲まれる様に沈んでいった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

怪物を倒した七人の装者。

 

シンフォギアの限界突破状態、エクスドライブ。

 

その限界突破状態が切れる前に本来の目的であるセレナの解放をする為にネフィリムの心臓のあるフロンティア内部に向かう。

 

巨大な怪物を倒し、本来の目的であるセレナの解放を行う為に、ネフィリムの心臓を破壊して終わらせる為に。

 

そしてエクスドライブの状態の装者七人は飛行する事も可能になった為、倒した巨大な怪物が開けた穴まですぐに到達してフロンティア内部へと降り立つ。

 

だが、ネフィリムの心臓を破壊しに来たが装者達は思いもよらぬ光景を目撃する事になった。

 

そこにあったはずのネフィリムの心臓。破壊すべき対象があったはずの場所から喪失しているのだから。

 

「ッ!何故ネフィリムの心臓が!セレナが消えているの!?」

 

声を上げるのはもちろんマリア。

 

ネフィリムの心臓を最も破壊し、セレナを救いたい思いの強いマリアはそう叫ばずにはいられなかった。

 

「ッ!誰かが持ち去ったのか!?」

 

唯一ネフィリムの心臓のありかを知らない翼が全員へと問う。

 

「それは無理よ!あれはフロンティアの動力源!それを持ち出すとなればこのフロンティアが落ちるはずよ!」

 

その問いに答えるマリア。フロンティアの事をアシモフやウェル、ナスーターシャより聞いているマリアがそれは不可能だと答える。

 

「なら何処に!」

 

翼がそう言うと共に、地面が、いや、フロンティアが何かまた起きるかの様に揺れ始め、フロンティアが崩壊を始めた。

 

「ッ!?何が起こったかはわからないけど!一旦ここから離れるぞ!」

 

その状況を見て奏が叫んだ。

 

マリアはネフィリムの心臓を探して破壊しようとするが崩壊始めた故に、それすらも出来ない事を判断すると奏の言う通りにこの場から一時撤退を始める。

 

空を駆けてフロンティアの上空へと対比した装者達。

 

だが、装者達の目に映る者は異様な光景であった。

 

「何が起こっていやがる!」

 

初めにそう口にしたのはクリス。

 

装者達の目に映る光景。

 

それは端の部分はまるで力を失ったかの様に崩壊していくフロンティア。

 

「ッ!?未来!みんな!」

 

その光景に響が本部へと向かおうとする。

 

しかし、

 

「危ない!」

 

そんな響を調が止めた。

 

その瞬間に、響が向かおうとした場所に大きな巨大な黒い手のような物が突き上がった。

 

「ッ!?何…これ…」

 

調べに止められなければどうなっていたかも分からない。そんな恐怖と共に、フロンティアが形を変えて何かへと変貌していく。

 

「今度は何が起こっているデスか!?」

 

切歌もたまらずそう叫ぶ。だが、切歌の叫びと共にその存在が誕生したかの様にフロンティアの地面を突き破って姿を表す。

 

そこに現れたのは先程の巨大な怪物とは違う怪物。

 

黒い体をした巨大な怪物が装者達の目の前に姿を表した。

 

ネフィリムの意志が心臓に戻り、その心臓がフロンティアの中核を喰らい、そしてフロンティアに増殖した自身の細胞を全て取り込み作り上げた新たなる肉体。

 

その怪物は横たわる様に空中に浮かびながら、装者達を見上げ、産声を上げる様に叫び声を上げた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

アシモフを倒したボク。

 

だが油断出来ない。アシモフと言う男の執念をボクは知っている。アシモフと言う男の手強さを知っている。

 

だからこそ、ボクは倒れたアシモフへと避雷針(ダート)を撃ち込み更に雷撃を流し込もうとした。

 

だが、ボクの放った避雷針(ダート)はアシモフに当たらなかった。

 

「ッ!?」

 

その理由は急に揺れ出した事で照準をずらされたからだ。

 

「何が起きている!?」

 

そう言うと同時にボクの周辺の地面が一斉に崩れ始める。そしてボクの周辺の足場は完全に落下を始め、動きを制限されてしまう。

 

本当に何が起こっているか分からない。だが、その状況が早くアシモフからシアンを取り戻さなくてはとボクを駆り立てた。

 

しかし、それを阻害する存在がボクの目の前に映った。

 

「ッ!?なんだあれは…」

 

目に映ったのは巨大な黒い何か。

 

何なのかは分からない。だが、その何かは心臓が鼓動をするかの様に鈍い光を上げている。そしてその上空に浮かぶ七つの白いシルエット。見覚えのあるシルエット。そのシルエットがフィーネと市電を倒した際の装者達のシンフォギアだとボクは察した。

 

「となればこれはあの場にいた怪物の強化されたものか!?」

 

正体不明なものが何なのかを理解する。だが、その理解するまで落下しながらもボクは動きを止めてしまった。

 

その隙が不味かった。

 

その瞬間にボクの頬を掠める見慣れた光線。

 

「ッ!生きていたか!アシモフ!」

 

「ああ…生きているさ…貴様如きに殺されてなるものか…貴様如きにやられてなるものか!忌々しき紛い者に頂点(ゼニス)へと至った私が死んでなるものか!」

 

そこにはボロボロになりながらも傷を修復して立つアシモフの姿が。

 

「実際死にかけた…だが後一押し(ワンプッシュ)足りなかったな…私に投与したネフィリムが…私を生かし…まだ立ち上がらせる力を与えた…だがそんな物今はどうでもいい…こんな事実があっていいわけない…頂点(ゼニス)である私が殺されていいはずがない…貴様の意味不明なその力に私が殺された言い訳などないのだからな!」

 

「何が頂点(ゼニス)だ…なら今度こそ殺す!貴方を今度こそボクの手で!」

 

トドメを刺すのが遅かった事にボクは後悔に一瞬だけ後悔に苛まれた。

 

だが、それでもまだボクのスキルは続いている。倒せなかったのならまた倒せと心が叫ぶ。

 

「なら、貴方が立ち上がれない様に何度でも倒す!立ち上がる前に今度こそ殺す!いい加減終わりにしよう!アシモフ!」

 

「何が終わらせるだ!それは貴様の話だ!貴様と言う存在を今度こそ消去(デリート)してやる!」

 

正体不明な存在を後回しにしてボクはそうして壊れゆく足場が落下する中でボクとアシモフは再び拳を交える。

 

巨大な怪物を装者達に一度任せ、ボクはボク自身の因縁と取り戻すべき大切な人をアシモフから取り返す為に、再びアシモフとぶつかり合うのであった。



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130GVOLT

真真エンドまで鎖環までやり終えた…
今回もやりごたえ抜群だった…
そして次回作の考察が止まらない…
だが真真エンド…あれはオマージュしすぎじゃない?
なんか別会社から怒られそうな気が…
でもオマージュするならシンフォギアもしてほしかったぜい…


フロンティアの崩壊と共に現れた次なる巨大な怪物。その巨大な存在と装者達は対峙する。

 

「今度もまた馬鹿でかい奴かよ…」

 

「ああ、しかもさっきのやつよりもでかい…それに肌からビンビン伝わってくる…こいつはさっきの奴よりももっとやばい…」

 

クリスの言葉に奏がそう言った。

 

怪物はこちらを見上げている状況から未だ動きを見せない。だが、その巨大な怪物が纏う空気、その存在感が装者全員にその怪物の危険性を肌で感じさせている。

 

「ッ!あれは!?」

 

そんな中、何かに気づいた翼が声を上げる。

 

装者全員が翼の視線の先を追い、翼が何を見たかを確認する。

 

そして視線の先にあったのは装者達全員が目的とするもの。

 

怪物の中へとゆっくりと取り込まれゆくネフィリムの心臓。

 

セレナを閉じ込める檻であり、崩れて消えたフロンティアの動力源。そして装者達が破壊せねばならない目的の物。

 

「セレナ!」

 

「おい!考えも無しに行くな!」

 

いち早く動いたのはマリア。そんその後を続く様に切歌と調が続く。そんな三人へと奏がそう叫んだ。だが、三人が到達するよりも早く、ネフィリムの心臓が取り込まれ、浮かぶ怪物が動き始める。

 

その巨体からは想像出来ぬほどの速さで振るわれる一撃。

 

「ッ!?」

 

だが、今のマリア達はエクスドライブ。シンフォギアが持つ力をフォニックゲインにより何十倍にも高めた決戦兵装がその攻撃を躱すに至らせた。

 

だが振るわれる腕から発せられた風圧。大気をも揺るがす一撃に三人は吹き飛ばされる。

 

なんとか空中にて体制を立て直す三人に奏、翼、クリスが近付く。

 

「助けたいのは分かるが焦るな!今の一撃から分かっただろ!さっきの奴よりもこの怪物は何倍も強い!」

 

「だったら!どうしろって言うの!強いなんて分かってる!でもセレナを助けなきゃ!」

 

「そうデス!セレナを!セレナを早くあれから解放しないと!」

 

「強くても関係ない!セレナを助けなきゃいけないの!例えこの身がボロボロになっても!」

 

「分かっているのなら焦るな!」

 

奏がそう言うとマリア、切歌、調が慌ててそう言った。だが、それを制する様に翼が言う。

 

「奴は強い!三人では可能性が低い!」

 

「ならどうしろって言うの!」

 

「いい加減にしろ!分かってんだろ!三人なら無理!無謀!玉砕覚悟でなら勝てる可能性はある!だけどそんなのふざけんな!そんな事して喜ぶと思ってんのか!そんなことして助けられても喜ぶと思ってんのかよ!違うだろ!無事で助ける方法が!いるだろうが!お前達同様にこの戦いを終わらせる為に力を貸す奴がいることを!」

 

クリスがそう言った。

 

「さっきと同じだろうが!全員で終わらせる!鳥頭にでもなったのか!忘れんな!終わらせたい奴がここにもいるってことを!お前達以外にもいるってことを!」

 

「…ごめんなさい…セレナが目の前にいる事で先走ってしまった…でも…貴方達の喝で分かった…もう焦らない…三人で終わらせようと考えない…終わらせる…助け出す…全員で!」

 

クリスの言葉にマリアもそう覚悟を決めた。それを知り奏、翼、クリスは敵である怪物に視線を見定める。

 

だが、その中に混じらない者もいる。

 

響だ。

 

崩壊したフロンティア。その影響によって本部である潜水艦もフロンティアが無くなり瓦礫と共に落ちて行っているはず。

 

助けに行きたいのだが、怪物という規格外の存在に全員で倒すと言う意識がそれを邪魔をする。

 

未来は大丈夫なのか?それに弦十郎と慎次は?ウェル博士はどうなった?ガンヴォルトは?アシモフはどうなった?勝ったのか?弦十郎達は?ガンヴォルトは?

 

その事で頭がいっぱいになり動けない響。

 

どうすればいいのか?助けに行きたいのは山々。だが、それを阻止した怪物。この怪物を振り切り、未来達を救えるのか?

 

だが、それを杞憂にする様に通信が入る。

 

『装者全員無事か!?』

 

通信にて響く心配していた一人たる弦十郎の声。

 

「師匠!」

 

『まずは一つ!俺達は一つ勝利を手にした!終わらせるべき一つの戦いを終わらせた!』

 

弦十郎はそう言った。

 

「でも!」

 

勝利しても弦十郎達が、未来が無事でなければ意味がない。響はそう言いかけようとした。

 

『俺達のことは気にするな!この本部が出来た時説明した様に!この潜水艦には高高度から降下の対策はしてある!この程度の高さで落ちようとも俺達は大丈夫だ!それにガンヴォルトはこの程度の高度から落ちてもあいつならなんとかなる!あいつの蒼き雷霆(アームドブルー)の力を信じろ!』

 

弦十郎はそう言った。そして、

 

『響!みんな!私達は大丈夫だから!絶対!絶対みんな無事に帰ってきてください!』

 

『マリア、切歌、調、それに他の方も…必ず…必ず無事に戻ってきてください…そして…セレナを頼みます』

 

通信から流れた未来、そしてナスターシャの声。

 

そして、その言葉と共に怪物の背後、落下する瓦礫の中から強烈な一つの雷光とそれに差し迫らんとする雷光。

 

どちらも同じ蒼き雷霆(アームドブルー)と言う雷撃の第七波動(セブンス)。だけど響には、いや、この雷撃を見た装者全員が強烈な雷光がガンヴォルトのものであると理解出来た。

 

ガンヴォルトとアシモフ。同じ雷撃の第七波動(セブンス)能力者。迸る雷撃も、纏う雷撃も同じ。

 

だが、装者達には理解出来る。

 

翼は誰よりも長くガンヴォルトと共に戦場を歩んでいる。ガンヴォルトの持つ雷撃を。共に歩んだ長い時間が、肩を並べ戦場で共に戦い続けた記憶が、そして引かれ続け、想い続けた蒼き雷光を、ガンヴォルトの雷撃とアシモフの雷撃を翼は見違えるはずは無かった。

 

奏もだ。ガンヴォルトとは戦場ではあまり長くない。だが、その身にその雷撃を受けて居るから分かる。ガンヴォルトの持つ雷撃の暖かさを。そしてその雷撃が放つ光にある希望たらん秘めた思いを。

 

クリスも同様に。見に受けてはいない。長く戦場を共にしていない。だが、それでも奏同様にクリスも知って居る。ガンヴォルトの持つ雷撃には、雷撃が放つ雷光に希望を持つと事を。ガンヴォルトと共に過ごした日々が、肩を並べ戦場を戦った記憶がアシモフとガンヴォルトの雷撃をクリスが見間違えるわけがなかった。

 

そして響も。

 

ガンヴォルトの雷撃を奏同様に見に受けて居る。そしてその雷光が齎し続けた希望を知って居る。その暖かい雷光を知って居る。アシモフの持つドス黒い我欲と憎悪、そして執念に塗れた雷光と希望を齎し、それを成し遂げた雷光を見間違えることは無い。

 

マリアも、切歌も、調も、今まで戦ってきたからこそ、わかっている。ガンヴォルトと言う男の雷撃を。アシモフと言う男の雷撃を。

 

だからこそ、響は分切りがつく。

 

ガンヴォルトはアシモフを倒す為に、殺す為にその身を自分達がエクスドライブへと至った様に絶望を乗り越えて、蒼き雷霆(アームドブルー)をかつての紫電との戦闘で更に高め、更なる力を得たことを。

 

「未来…私達は絶対に帰るよ…この戦いを終わらせて。世界を救って!ガンヴォルトさんも絶対に勝って帰るから!だから待ってて!」

 

『分かってる!待ってるから!みんな待ってるから!みんなが無事に帰ってくる事を待っているから!』

 

その言葉を最後に通信が切る。

 

俄然負ける気など無くなった響。

 

そして六人が居る場所へと向かう響。

 

「ようやく本腰入れられる様になったか?」

 

奏がそう聞く。

 

「全く、あれだけ説明されて居る事をさっぱり忘れやがって…でもおっさん達は終わらせたんだ…勝ったんだ…なら私達もあいつ同様にやらなきゃなんねえだろ」

 

クリスがそう言った。

 

「ガンヴォルトはまだ勝っていない。私達も同様に。だが、ガンヴォルトの放つ雷撃。アシモフより鮮麗で、荒々しくも気高く、希望を齎す様に強く光る稲光。あんな雷撃を放つガンヴォルトが負けるはずがない。ガンヴォルトなら必ずアシモフに勝つ。ならば私達も勝つのが道理。そもそも敗北してはならない。ここが私達の、今の世界の危機を終わらせるべき正念場」

 

翼も負けてはならないと念押しを込めて言う。

 

「勿論です…師匠達は一つの勝利を掴み取りました…ガンヴォルトさんも絶対に勝利を掴み取ります…なら私達も掴みましょう。もう一人しか望まない未来を齎す戦いを。マリアさん達が救いたい大切な人を助けて」

 

響はマリア達へと向けてそう言った。

 

「…そうね…終わらせましょう。セレナを救ってこんな戦いを」

 

「マムも待ってるデス。私達の帰りを」

 

「無事に帰ってくる事を…だからみんなで終わらせよう」

 

マリア、切歌、調もそう口にする。

 

救いを待つものがいる。無事に帰りを待つ人がいる。だからこそこんな戦いを終わらせよう。

 

全員が覚悟を決めて怪物と対峙する。

 

だが、会話をしていた装者達が動いていない時間、怪物は何もしていなかったわけではなかった。

 

怪物は未だその場から動いていない。だが動いてはいないが、その巨大な両手を装者へと向けて翳し、巨大な火球を作り出していた。

 

先程の怪物よりも巨大ある故にその火球の大きさも比例してより巨大に。そして巨大故にその火球が内包するエネルギーは莫大。その火球が持つ大気に浮遊する水分を一気に蒸発させて居るのか灼熱の空間に入って居るが如く一気にこの場の温度を変えて行く。

 

そしてその膨大なエネルギーを、この場を灼熱の世界へ変えた火球をそ装者達へと向けて怪物は放つ。

 

桁違いの威力に加え、その火球が持つ熱量が大気を焦がす。

 

装者達はエクスドライブへと移行していたシンフォギアを活かし、それを躱すが、その威力から、その熱量からこの場での戦闘を継続すればこの星の一部が地形を変えてしまうと考えてしまう。

 

それにまだ火球のみ、いや爆炎(エクスプロージョン)第七波動(セブンス)しか使われていない。

 

もし仮に爆炎(エクスプロージョン)だけでなく、残光(ライトスピード)生命輪廻(アンリミテッドアムニス)翅蟲(ザ・フライ)亜空孔(ワームホール)。そのいずれかによりこの星は最悪の結末を迎えてしまうかもしれない。

 

そう考えさせられる。

 

「どうすれば…」

 

「こんな奴、ここで相手にしていたらいつ地上に怪物の攻撃がいくか分かったものじゃ無い…そんな事あってたまるか…」

 

響は奏はこの状況に倒す目的は見失っていないが、戦闘による被害を考えどうすればいいか思考し始める。

 

今のシンフォギアの形態であれば宇宙での戦闘すらも可能になる。だが、それでも星に向けてその攻撃が放たれればどうなる?宇宙に行っても結局はこの星を守れるか分からない。

 

「ッ!なら怪物にあの力や他の力を使わせる前に倒すしか!」

 

マリアがそう言うが、翼がそれは無理な可能性があると示唆する。

 

「それが出来れば一番だが、倒した怪物よりも巨大…それにまだ怪物には未知の部分が多過ぎる…本当に行けるかのか…」

 

「行けるいけないかじゃ無いデス!」

 

「やらなきゃ何も救えない!」

 

切歌も調もそう言った。

 

だが本当に出来るのか?先程よりも巨大、そして先程の第七波動(セブンス)爆炎(エクスプロージョン)の威力からその怪物の力は翼が言う様に未知数。それ故に本当に一撃で倒せるのかと考え込まされてしまう。

 

心臓を確実に潰せば終わるだろう。セレナを解放出来るだろう。

 

だが一撃で倒せなければ、此方が上を取り続けなければ、その思惑も無へと変える。

 

星が終わるかも知れない。だからおいそれとそれを実行出来ない。

 

「方法はある!危険だが!何の心配もない!気兼ねなく大暴れ出来る場所が!」

 

そんな中クリスが言った。そしてその手に握られて居るのはソロモンの杖。

 

クリスの歌により覚醒した完全聖遺物。初めはクリスが、そしてフィーネに渡り、一度は回収したものの沖縄でアシモフに奪われ、ウェルによって此方を苦しめ続けて、漸くの思いで取り返す事に成功した物。

 

クリスにとって忌むべき完全聖遺物。自身が起動してしまったせいで数多くの命が奪った物。

 

だが、クリスはその忌むべき完全聖遺物を使う。人の命を奪う為ではなく、多くの命を救う為に。

 

「クリス!そんな事がそいつに可能なのかよ!?」

 

奏がクリスに向けて聞く。ソロモンの杖の力。それはノイズを呼び出すための鍵である事しか理解出来ていない装者達。

 

だが、クリスは違う。

 

完全聖遺物であるソロモンの杖の起動者。そしてその扱いをフィーネにより教授され、アシモフやウェル、マリア達よりもその扱いを現在最も理解しているからこそ出来ると言った。

 

「出来る!こいつには!ソロモンの杖はノイズを呼び寄せる力を持って居る!だが、それとは逆にノイズを戻す為の機能も備わって居る!そいつを利用する!バビロニアの宝物庫!ノイズがうじゃうじゃ居る危険地帯(レッドゾーン)!だが、さっきも言った様にこの場で戦うよりも気兼ねなく大暴れ出来る!」

 

危険だが、それが一番であるとクリスは告げた。

 

そして、

 

「今の私達なら無茶でも無謀でもねぇ!それがマスト!それがベスト!もう考えてる暇もねぇんだ!一か八かの賭けじゃねえ!今の私達ならやれるからそう言ってんだ!」

 

クリスの言葉に誰も反論などしない。クリスがここまで言って退けたのだ。だったら装者達はそれを信じる。そしてその言葉を実現出来る力をシンフォギアが齎している。

 

故に怪物が動き出す前にクリスが言った事を実現させる。

 

「クリスちゃんが言い切ったんなら私達はそれを実行するだけ!」

 

「クリスが出来ると言ったならやるだけだ!」

 

「雪音が見出した最善策!雪音がこれほど自信を持って言ったのだ!出来ると言い切ったのだ!ならばやり遂げるしかあるまい!」

 

クリスの言葉に響、奏、翼がそう言った。

 

「そこまで言い切られたのなら必ずやり切ってみせるわ!」

 

「そして必ずあの怪物を倒すデス!」

 

「そして終わらせる!今度こそセレナを解放する為に!」

 

触発されたマリア、切歌、セレナもそう言い切った。

 

そしてクリスがソロモンの杖を起動させて怪物をも飲み込む程の巨大な穴を作り出す。亜空孔(ワームホール)と違い、片側の穴からもう一つ作り出した穴へと転移(ワープ)するものではない。ソロモンの杖を基点としてこの世界とは別に存在する魑魅魍魎のノイズが蔓延る空間、バビロニアの宝物庫に繋がる一本道。

 

それをクリスが出現させた瞬間に装者達は一斉に動き始める。

 

クリスが導き出した策を実行する為に。この星に被害を出さない唯一の方法を。そしてこの怪物があの莫大なエネルギーをその他の第七波動(セブンス)にも使われない様に。

 

だがそんな簡単に行かせてくれないもの。怪物はその意図がなんなのかわかっていない。だが、それでも迫り来る装者達を滅ぼさんと自身の力を、自身が取り込み制御するに至った第七波動(セブンス)で迎え打とうとする。

 

先程とは違い、溜めのない爆炎(エクスプロージョン)で、幾重にも作られた残光(ライトスピード)の光線で、生み出した強化された翅蟲(ザ・フライ)の黒い粒子で、幾つも空間に作り上げた紋様から生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の石化の光線を。同様に作り上げた穴、亜空孔(ワームホール)から装者達に逃げ場を与えぬ様に出現した。

 

フロンティアにいた巨大な怪物同様の高密度、高火力の一撃を一斉に解き放つ。

 

だが、それをも破ったのが装者達の纏うシンフォギア。シアンの歌、そして七十億人と言う人類の歌を束ねたフォニックゲインにて強化されたシンフォギアの決戦兵装、エクスドライブ。飛行能力を有し、格段に機動力の上がったギアで、その莫大なエネルギーを持つ攻撃を躱し、逃げ場などなくなろうがそれを打ち破って突き進み、全てを喰らう翅蟲(ザ・フライ)の黒い粒子を破壊しながら突き進む。

 

この黒い粒子だけは破壊せねばならない。黒い粒子は物質を喰らい尽くす能力を持つために、少しでも残せば世界に何かを影響を与える可能性がある為だ。

 

故に装者達はそのエクスドライブへと至ったエネルギーを使用して黒い粒子を消して怪物へと向かっていく。

 

そして初めに怪物へと到達した響。怪物へと向けて振るう拳を当てる。その拳にも強力な力が秘められて居る。

 

だが、その一撃に怪物の表面は何もダメージを齎さない。それに響一人の力では怪物を動かす事すら出来ない。

 

そんな響へと向けて怪物が巨大な腕を振るい、自信へと向けて拳を振るった。

 

しかし、響は一人ではない。装者は一人ではないのだ。

 

振るわれた拳に打つかる三つの大きなエネルギーを持つ一撃。

 

それは奏と翼、クリスが特攻した物。その一撃が怪物の振るった拳を止めれはしないが、逸らすことに成功し、怪物自身がその一撃を響には当てず、自身へと振るわれ、その巨体を僅かに動かす。

 

それに追撃するが如く、拳を逸らした三人が響同様に怪物へと膨大なエネルギーを纏いぶつかる。

 

そして更に巨体を動かしてバビロニアの宝物庫に押し込んだ。だが、それでもまだ足りない。だが足りないのなら補えばいい。今の装者は四人ではない。

 

「ハァ!」

 

それに加えられたマリア、切歌、調のエネルギーを纏った特攻の一撃。

 

その一撃が巨大な怪物を完全にバビロニアの宝物庫に押し込んだ。

 

そして宝物庫に押し込まれた怪物。そして黒い粒子が外へ出ていない事を確認したクリスが再びソロモンの杖を起動してバビロニア宝物庫へと繋がる穴を閉じた。

 

その瞬間に空いた片方の手で再び怪物の巨大な拳が振るわれる。それを七人は素早く回避してだだっ広い、だがノイズが跋扈するバビロニアの宝物庫にて距離を取った。

 

怪物という相手に加え、ノイズという災害まで増えた敵。だが、今の装者達は関係ない。敵が増えようとこの場でなら被害もない。全身全霊を持って怪物と共に倒す。ただそれだけだから。

 

そしてバビロニアの宝物庫にて再び一つの最終決戦の幕が上がった。



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131GVOLT

取り敢えず後一話で最終決戦が終了します。
後は何があるか一期の流れから何となく察してください。


装者達が怪物と対峙する中、落下しながらもボクとアシモフは互いを殺す為に幾度となく雷撃をぶつけ合い、放ち続ける。

 

しかし、頂点と、自身を真なる雷霆へと至ったと宣うアシモフの雷撃、装者達の歌とシアンの想いにより到達した蒼き雷霆(アームドブルー)の極地のその先、未踏の領域へと踏み入れたボクの雷撃。

 

先程の崩壊する前のフロンティアのボルティックチェーンのぶつけ合い、そのぶつけ合いを拮抗すら持ち込まれず打ち破られたアシモフの雷撃はボクの雷撃に劣っており、アシモフを常に窮地に立たせ、ボクを常に優位に立たせる。

 

だが、優位に立てど、ボクはアシモフを未だ殺すに至らない。理由はアシモフが見せている蒼き雷霆(アームドブルー)に付随する細胞の活性による回復を超えた異常なまでの回復力。

 

アシモフをスパークカリバーによって穿った穴をも数秒で治癒する異常なまでの回復力、ネフィリムの細胞をアシモフが取り込んだ事により齎されている。

 

そしてそれに付随するネフィリムの細胞が取り込み、未だ抵抗を見せるシアンを無理矢理使い、制御する第七波動(セブンス)達。先程と違い、弱体化していようともその厄介な能力は健在。弱体化した事でアシモフはそれを要所要所、自身が受けるダメージを最小限に抑える様に使用して来る。

 

だからこそアシモフを殺すに至らない。

 

だが、アシモフは消耗している。(ブラフ)の可能性もあるだろう。しかし、今のアシモフはその消耗が(ブラフ)でないとボクは分かっている。

 

未踏へと到達したこの力、蒼き雷霆(アームドブルー)の雷撃を強化したお陰でその雷撃による細胞の活性化。それが齎したのは驚異的な身体能力と洞察力。細胞の活性が感覚に、五感、それを超えた六感にも影響を与えていた。

 

故にアシモフの呼吸が、流す汗が、(ブラフ)でない事を知らせている。シアンによって引き出すネフィリムの細胞からの七宝剣の第七波動(セブンス)達。そしてネフィリムの細胞による驚異的な回復力。

 

本来の第七波動(セブンス)能力でない能力をシアンの抵抗を抑えながら使う事が、受けたダメージを驚異的な回復力で治っていく事が、アシモフの体力を、精神を削っているのだろう。目に見えて疲労が溜まっている。

 

アシモフはそれを悟らせない様な様子だが、今のボクにそんなものは通用しない。

 

だからこそ攻め続ける。アシモフを殺す為に。シアンを取り戻す為に。

 

そんな中、空中に浮かぶ怪物が火球を生み出し、周囲の瓦礫から炎を出させるほどの熱量を持ったものを作り出した。

 

あんな物がもし地上に撃たれれば危険だ。アシモフよりも怪物を先にどうにかするべきなのかと刹那に考えさせられる。だが、ボクは装者達がどうにかすると信じたんだ。ならば、ボクはアシモフを殺す事に専念する。

 

そして火球は空へと放たれ、宇宙空間まで達して爆発したのか、辺りを閃光が満たす。だが、ボクはアシモフを身失わず、攻防を続ける。

 

そしてアシモフと応戦を続ける中で、怪物の下に亜空孔(ワームホール)とは別の空間が歪み、別の場所へと繋がった穴が出現した。

 

下からでは分からない。だが、それでもアシモフにそんな力が残されていない事から装者達が何か策を見出し、それを為したのだろう。

 

そして怪物は七つの光に押されながら、その穴へと押し込まれ、消えていく。

 

「ッ…何処に行ったか分からないけど…必ず帰って来てくれ…みんな」

 

何処へ行ったかなど分からない。だが、この星を、世界を守る為に装者達がそれを為したのなら、ボクはそれを信じ、帰りを待つことだけだ。そして装者達の帰りを待つ間、ボクもボクでやらねばならない事を為そう。

 

アシモフを殺す事。そしてアシモフに奪われたシアンを取り戻す事。それをやらなければならない。だからこそ、応戦を続けそれをやり遂げる。それだけだ。

 

第七波動(セブンス)を多用するアシモフの攻撃を落ちゆく瓦礫を足場にして飛び移り、時には盾にして、ボクはアシモフへと雷撃を放ちながら接近する。

 

アシモフも雷撃には雷撃で応対する。だが、今のアシモフの雷撃はボクの雷撃に劣る。故に応戦したところでその雷撃は散ってアシモフに直撃する。

 

「グゥッ!」

 

そしてその隙にボクは一気にアシモフへと距離を詰めると強力な雷撃を手刀に込めて腹部へ突き出す。

 

だが、アシモフは亜空孔(ワームホール)を発生させ、その雷撃の手刀を無効化した。

 

だが、そんな無効化なんて今のボクには無意味だ。手刀が無効化されたのならもう片手の避雷針(ダート)を撃ち込む。

 

アシモフは雷撃を喰らいながらもそれを躱す。それと同時に残光(ライトスピード)の光線をボクへと放ち、距離を取らせようとする。

 

しかし、今となってはその残光(ライトスピード)にも翳りが見始めており、発射タイミングが、射線が丸わかりの為にボクは射線から外れながらも穴から抜いた手刀を再びアシモフの首へと向けて振るった。

 

雷速のスピード、アシモフも到達しているスピードではあるが、ボクの雷速はアシモフのスピードを凌駕している。

 

「グッ!?」

 

アシモフもその雷速をギリギリで躱したが、その手刀がアシモフの首の皮一枚を切り裂いた。だが、躱してもボクの手刀が纏う強力な雷撃は人体へと流れる。擦ればその纏う強力な雷撃がその身へと流れ行く。

 

強力な雷撃、何度も流し続けたアシモフの許容を超える雷撃。だが、幾らアシモフが傷付こうが、自身の許容を超える雷撃を受けようが止まらない。

 

僅かな隙を見せたとしてもほんの一瞬のみ。アシモフと言う男の持つ執念とボクに対する憎悪が、それ以上の隙を生み出さない。

 

そして薙いだ腕を掴み、自身のダメージすら恐れぬ火球を生み出して近距離でそれを爆発させた。

 

ボクは自身へと更に強力な雷撃を流し、その火球を身に受ける。強力なガードと強化された肉体に僅かなダメージを受けたがそれをすぐさま回復させる。

 

未だ黒煙にて見えない視界。だが、アシモフの掴む手でアシモフの位置をなんとなく察したボクはその腕を逆に掴んでアシモフをそのまま落ちゆくままに投げ飛ばした。

 

そして黒煙を抜けてアシモフが瓦礫へと飛ばされる。それをボクも追ってアシモフが叩きつけられたと同時にボクはそのままアシモフの腹部へと蹴りを叩き込んだ。

 

「ッ!?」

 

だが、その叩き込んだアシモフは雷撃となって消えて行った。

 

電影招雷(シャドウストライク)

 

アシモフが生み出した雷の分身を作り出す(スキル)。先程の爆発にて視界が失われた一瞬で発動させていた様で、あの一瞬で分身と入れ替わっていた。

 

そしてすぐさま背後に瞬く蒼き閃光。ボクは強化された肉体を素早く反転させて其方へと振り返る。

 

そこにあったのはアシモフの腕。亜空孔(ワームホール)から伸ばされた雷撃を纏う腕であった。

 

だがその奥から見えるアシモフはニヤリと笑い、穴から見えるもう一つの腕には既に言葉を紡ぎ終え、出現していたスパークカリバーが存在していた。

 

そして、

 

「天体が如く蹌踉めく雷、阻む全てを打ち払え!迸れ!真なる雷霆(アームドブルー)!ライトニングスフィア!」

 

同時に発動された二つの(スキル)

 

亜空孔(ワームホール)から突き出た片腕から溢れ出す雷撃が公転する雷球を三つ生み出し、そこを起点に雷撃鱗とは違う、強力な雷撃の膜が生み出される。

 

それと同時に足元の地面を突き破り、巨大な雷剣が出現する。

 

そこにいるのは勿論、出現させたスパークカリバーをボクへ突き立てようとするアシモフ。

 

電影招雷(シャドウストライク)を使い、離脱していたアシモフはボクの行動を予測して、先回りをし、ボクが雷撃の分身を叩きつけると同時に、落ちゆく瓦礫の影を利用してボクのいる場所へと回り込んでいたのだ。

 

しかし、ボクも素早く言葉を紡いだ。

 

今のボクならばアシモフの(スキル)に打ち勝てる。単体最強威力のスパークカリバーだろうとライトニングスフィアだろうと蒼き雷霆(アームドブルー)の極地の先、未踏へと踏み込みしこの(スキル)に合わさった(スキル)であれば何だろうと行ける。

 

傲慢だと言われる様な回答。だが、ボクにはそれを為す力を持っている。一人ではなく、装者みんなの歌とシアンの思いによって辿り着いたこのスキルならば。アシモフの二つの(スキル)を打ち破る事が出来る。

 

だからこそ言葉を紡ぐ。

 

アシモフが最後に紡いだ言葉によって生み出されたライトニングスフィアと同じく、ライトニングスフィアを生み出すボクの言葉。

 

「天体が如く揺蕩え雷、是に至る全てを打ち払わん!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ライトニングスフィア!」

 

紡いだ言葉が力を齎し、そしてボクの纏う虹色のオーラと、アンイクスプロードヴォルトの力と呼応して三つの巨大な雷球を呼び起こし、煌めく閃光と共に、アシモフのライトニングスフィアを超える雷撃の膜を展開させた。

 

そして出現したボクの強化されたライトニングスフィア。アシモフの作り上げた公転する雷球を飲み込み、消滅させて突き出したアシモフの腕を強力なライトニングスフィアが持つ熱量でその腕を焼いていく。

 

そして未だ消えない雷球がスパークカリバーとぶつかる。

 

巨大になる事により内包するエネルギーが増している為に、その威力は絶大。だが一つ目の雷球は単体火力最高のスパークカリバーに押しやられ消えてしまう。

 

だが、アシモフのスパークカリバーもその巨大な雷球の熱量によって殆どのエネルギーを消費してしまった様に、雷剣から迸る雷撃が一気に巨大な雷球きよって削がれていった。

 

そして二つ目の巨大な雷球、次なる強力なエネルギーを持つ雷撃にアシモフのスパークカリバーは耐えきれず、砕け、霧散していった。

 

「何故だ!何故頂点(ゼニス)に!真なる雷霆へと至った私が!」

 

そしてスパークカリバーが消え、無防備となったアシモフは叫ぶ。

 

ボクを殺せるタイミング。ボクを殺せた筈の力が破れ、そう叫ばずにはいられなかったのだろう。

 

だからボクはアシモフに向けて言った。

 

「たった一人で破れる訳ないだろう!みんなの齎した歌の力が!シアンの想いが!貴方一人の執念と憎悪に負ける訳がない!それに頂点(ゼニス)と言ったその傲慢!貴方が幾らネフィリムを取り込もうがそこに至る事は決してない!天から堕ちてきた者(ネフィリム)を取り込んだ時点で頂点(ゼニス)じゃなく至ったのは底辺(ネイディア)!ネフィリムとは本来そう言う伝承の存在!堕とされた存在!だから貴方は決して頂点(ゼニス)へ至る事はない!それに底まで堕ちた貴方に!この力が!みんなの歌が!想いが破れる筈がない!」

 

そしてライトニングスフィアがアシモフにぶつかった。

 

片腕から流れ込んでいた雷撃の本丸。公転する二つの雷球がアシモフを飲み込み、強力な雷撃を流し込み、何度もその巨大な雷球がアシモフへとぶつかった。

 

「グァァ!」

 

ボクの雷撃を、そしてアンイクスプロードヴォルトによって強化されたライトニングスフィアが、アシモフに襲い掛かり、たまらず悲鳴を上げる。

 

「ハァァ!」

 

そしてその攻撃に更に雷撃を流し込み、今度こそアシモフを確実に殺す為に力を高める。

 

もう誰もアシモフによって苦しまない様に。今まで苦しめ続けられたボクや装者達、二課の分まで、そして取り戻さなければならないシアンの為に、ボクの肉体と魂に刻まれた因縁の鎖を今度こそ本当に断ち切る為に。

 

アシモフのネフィリムの細胞によって強化された肉体を壊す勢いでボクは雷撃を流し込み続けた。

 

再びの強力な雷撃。ヴォルティックチェーンには劣るものの、それをライトニングスフィアも直撃で受ければ、そして今の強化されたライトニングスフィアの熱量に、幾らネフィリムの細胞を取り込もうがその再生速度を上回る攻撃には付いていけず、その雷撃にアシモフは身体の隅々に火傷の跡を付け始める。

 

そしてその状態のまま落下し続けるボクとアシモフ。だが、その時間も長くは続かない。落下には終わりが来る。フロンティアが海上からかなりの高さに上がっていても、ボクとアシモフはそんな不安定な場所で長く戦い続けた。

 

その結果、そのままアシモフとボクは海上へと辿り着いてしまったのだ。

 

海上にそのまま落ち、海水により、ボクの雷撃が一気に霧散する。ボクは今の到達した事によって空中を浮遊して海水に落下は免れるも、アシモフへの攻撃を止めてしまった。

 

まだとどめを刺していない。その為にボクはアシモフが落下したその場を警戒しながら待機する。

 

だが、その警戒を杞憂に終わらせる様に、アシモフが浮いて来た。

 

動かないアシモフ。フェザーの戦闘服が丈夫なせいもあってその肉体がどうなっているのか分からない。

 

だが、確信出来ることが確認出来た。アンイクスプロードヴォルトにより強化された五感が、六感がボクに知らせてくれる。

 

アシモフの心臓が動いていない事を。

 

だからこそ、ボクは勝利を確信した。それと共にボクは空中を浮遊しながら、アシモフへと近付き、死体となったアシモフの腕に巻き付けられたシアンが封印された神獣鏡(シェンショウジン)のギアペンダントを回収する。

 

勝った。取り戻した。遂に因縁の鎖を今度こそ断ち切った。

 

ボクは静かにようやく手にした勝利に喜びを、だが、アシモフを殺した事で自身にまた一つの業を背負ってしまった事を何処か悲観する。

 

だが、これで世界が救われる。これ以上アシモフによって苦しむ人が居なくなる。その為にやったんだと自分自身を納得させる。

 

だが、安心しきっていたボクの予想を裏切る様に再びボクの六感が警鐘を鳴らした。

 

その瞬間にアシモフが海中に居ながらでも僅かながらに雷撃が迸る。

 

そしてあり得ない事が起きた、その僅かながらの雷撃。海中では霧散してオーバーヒートさせてしまう雷撃。だが、その雷撃は霧散せず、アシモフの体内に留まって居た。

 

そしてボクの顔面へと振るわれる拳。

 

ボクはそれを何とか空中へと飛び上がって回避する。

 

そしてボクを驚愕させる事が目の前で起きた。

 

「グゥ…ハァ…ハァ…貴様如きに…貴様如きに…殺されるか…紛い者如きに私が殺されてなるものか!」

 

目にしたのは心臓が止まった筈のアシモフ。六感が鳴らした警鐘。それは再びアシモフの蘇生を意味していた。

 

あり得ない。殺したのに。確実に心臓を止めた筈だった。だが、その考えが甘かった。

 

心臓が止まれど、アシモフの肉体にはネフィリムの細胞がある。その細胞は心臓が止まったとしてもまだ生きている。故に、アシモフの身体に無理矢理干渉して、アシモフの持つ蒼き雷霆(アームドブルー)を使い心臓を動かし蘇生させたのだ。海中にいようが肉体の中で雷撃を使えば霧散はしない。故にそれが成功し、アシモフが蘇生した。

 

アシモフがネフィリムの細胞を取り込んだ故に起こった予想外の出来事(イレギュラー)

 

まだボクはそれをやり遂げてはいなかったのだ。

 

ならボクの答えは決まっている。さっきもアシモフに向けてそう言ったのだから。

 

「何度も生きを吹き返すのならそれすら出来ない様に殺す!ただそれだけだ!」

 

そう叫び、ボクはアシモフを殺す為に雷撃を放つ。

 

今のアシモフはもうネフィリムの細胞を持つだけで力が使えない筈。シアンを取り戻したボクはそう考えた。

 

だが、ボクの予想はすぐに裏切られる事になった。

 

ボクの放つ雷撃を、アシモフは亜空孔(ワームホール)を出現させて躱したのだ。

 

「ッ!?何故!?」

 

そして躱したアシモフはそのまま亜空孔(ワームホール)をどんどんと繋げ、逃げていく様に離れて行く。

 

「ハァ…ハァ…残念だったな…電影招雷(シャドウストライク)を使用していた時、既にすり替えておいたんだよ…電子の謡精(サイバーディーヴァ)を封印しているギアペンダントと…私が使い続けた迷彩用のギアペンダントとな…」

 

そう呟きながら遠ざかるアシモフ。だが、ボクは逃しはしない。

 

「だったらまた取り返す!今度こそシアンを!貴方の手から!」

 

雷撃の速度でボクはアシモフの後を追い続けた。

 

「死に際に細胞が教えてくれた…それさえ達成出来れば…それさえ出来れば貴様を殺す事が出来る…貴様に背を向けて逃走など…許し難い事だが…貴様を殺す事が出来るのなら我慢してやる…」

 

そしてアシモフはボクに聞こえぬ声でそう呟くと蒼き雷霆(アームドブルー)が使えるまで回復したのか、更に速度を上げてボクから遠ざかる為に、亜空孔(ワームホール)の穴へ入り、陸を目指して逃走を続けた。



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132GVOLT

最終決戦終了…


幕が上がるバビロニアの宝物庫での最終決戦。

 

対峙する巨大な怪物。装者達は知らないがネフィリ無の意思が宿り、フロンティアとそのフロンティアに存在し、増え続けたネフィリムの細胞を取り込み、より強力に第七波動(セブンス)を扱える様になったネフィリムの更なる進化形態。

 

ネフィリム•ノヴァ。

 

ネフィリムの意志が装者という存在を倒す為に新生した新たなる姿。

 

そしてその周辺にはまるでネフィリムについたかの様に辺りに存在するノイズ。ネフィリムという完全聖遺物になど目もくれず、自身が滅ぼそうとする人間の存在を認識して今か今かと襲い掛かろうとする。

 

そしてそれらと相対するは装者。

 

ネフィリムの心臓を壊す為、今のネフィリムの内包する第七波動(セブンス)のエネルギーにより地球への被害をなくす為にバビロニアの宝物庫へと押し込んだ装者達。

 

だが、ネフィリムが新生し強力な力を手に入れた様に、七十億と言う歌が齎したフォニックゲインをシアンの歌を使い、絶唱にて束ね、シンフォギアの決戦兵装まで引き出したエクスドライブ。

 

装者達のシンフォギアの内包するエネルギーも全員で合わせればネフィリムに劣らない程の力を持っている。

 

だが劣らないからと言って優っているわけではない。

 

全員で合わせてネフィリムと同等。だからこちらは一人でも欠ければパワーバランスは崩れ、ネフィリムが圧倒する事になる。

 

だが、装者達は誰一人として欠ける事など考えない。欠けていい装者など居ないのだから。全員でネフィリムを倒し、セレナを解放して、この場所から離脱する。

 

装者達の意志は何も変わらない。やるべき事は変わらない。それが自身に課した使命。そしてこの戦いで傷付きながらも一つの戦いを終わらせた弦十郎と慎次との為にも勝つ。そして必ずシアンを救い、この世界を破滅へと齎そうとするアシモフを倒すと約束したガンヴォルトの為にも勝たなければならない。

 

「ソロモンの杖で扉は閉じた!後はこいつを倒してまた私が扉を開く!あの怪物を倒す為に暴れるぞ!自分達の力を全部出し切ってでもぶっ倒す!」

 

その言葉と共に装者達は一斉にネフィリムへと空を掛けて接近して行く。

 

それを皮切りにネフィリムも動き、ノイズ達も動き始めた。

 

初めに襲い掛かってきたのはノイズ達。自身が滅ぼすべき存在を前に、まるで待たされ続けた感情を爆発させる様に襲い掛かってきた。勿論、ノイズにそんな感情はありはしない。そもそもそんな考えを、感情を持っているかすらも今の技術では知る事は無いのだから。

 

だがそんな物、装者達に関係ない。装者達にとってノイズとは人類を脅かし、今目の前に存在する巨大化したネフィリムを倒そうとする事を阻む敵だ。

 

やる事など変わらない。

 

ただ倒す。それだけだ。

 

装者達は自身の纏うシンフォギアの決戦兵装、エクスドライブの力をフル活用してノイズ達を殲滅していく。

 

七十億と言う人類の結集した歌、そしてシアンの歌う輪廻の歌に込められた力は絶大なエネルギーを維持してノイズを殲滅していく。

 

人類を常に苦しめ続けてきた多種多様のノイズ。バビロニアの宝物庫と言うノイズの内包された世界にはその多種多様のノイズが際限なく存在している。

 

ノーマルに飛行型、芋虫型に増殖タイプの葡萄の果実な様なタイプ、そしてその中にいるかつてライブ会場で倒した液体の様なノイズ。

 

だが、今の装者達の敵では無い。かつては手強いと感じていたノイズにも振るう槍が、剣が、拳が、短剣が、鎌が、丸鋸が、そして放つ弾丸。内包する力が絶大故に悉くノイズを蹴散らせる。

 

しかし、ノイズをいくら蹴散らしても終わらない。自分達が倒すべき存在は今はノイズでは無い。今倒すべきはネフィリム。

 

装者達が倒すべき本来の敵。そしてマリア達F.I.S.組にとっては倒すべき敵以外にもセレナを解放させる為に倒さなければならない存在。

 

ノイズを殲滅しながらネフィリムへとどんどんと近づいて行く。

 

だが、そんな時にネフィリムもただ何もせずに待っている訳もない。

 

装者達を敵として道を阻むノイズ。そのノイズ達が何もせずとも装者達へと襲い掛かってネフィリムまで到達するまでの時間を稼ぐ。

 

故にネフィリムはその時間を生かし、自身の取り込んでいる第七波動(セブンス)の能力因子、そしてウェルがフロンティアに打ち込んで増え、フロンティアごと取り込んだ数多くの能力因子。その全ての力を自身の力へと変換し、大量ではなく、一つへと集約させる。

 

爆炎(エクスプロージョン)を、残光(ライトスピード)を、翅蟲(ザ・フライ)を、生命輪廻(アンリミテッドアムニス)を。

 

そしてそれらを亜空孔(ワームホール)によって装者に必ず当てる様に仕向ける。避けられても当たる様に数多くの穴を開き、それを装者達へと密集して出現させる。

 

逃げ場など作らせない。こちらへの道を全て潰す為に幾つも作り出した。

 

幾度と使われたガンヴォルトとアシモフ以外が知らない本物の七宝剣の第七波動(セブンス)。だが、今のネフィリムが使う第七波動(セブンス)はかつての七宝剣の第七波動(セブンス)の威力を凌駕している。

 

ネフィリムの体内に存在する能力因子による能力の使用。人間の身体であれば、体内に存在する能力因子でもかなりの出力を出せる力。だが、人でない故に、完全聖遺物と言う元より人類が持ち得ない力を持つ故に、絶大。莫大なエネルギーを内包するその巨大故に極大。

 

莫大なエネルギーを持つネフィリムの持つ能力因子を最大限に利用し、集約した力は正に世界を滅ぼす程の力を持ち合わせていた。

 

そんな一撃を持つ力を爆炎(エクスプロージョン)に、残光(ライトスピード)、そして翅蟲(ザ・フライ)に込め、そして強化された生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の石化する光線。今まで同様に見た物を石化する能力。

 

だが、今まで使われていたが、それを超える力を見せる。それはノイズという生命と形容するか怪しい存在を復活させる力。装者に倒され、炭化して崩れたノイズを復活させる力を齎した。

 

あり得ない。そう思われるだろう。

 

だが、生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の能力とは石化させたり、本来の能力者が使った他者をゾンビにしたり、死んだ人間を復活させるだけのものではない。

 

生命をも作り上げる力。生命輪廻(アンリミテッドアムニス)にはその様な能力もあるのだ。

 

元より第七波動(セブンス)とは多種多様に渡る人知を超えた超能力であり、計り知れない能力を宿している。故になんでもあり。そんな埒外な力が第七波動(セブンス)なのだ。

 

だから想像し得ない事すらもなし得る事がある。そしてそれを成し得たのが莫大なエネルギーと数多くの能力因子を持つネフィリム。

 

ネフィリムという存在とそのネフィリムの思いが具現化した様にその様な奇跡を今この場で起こしたのだ。

 

倒しても塵の一片でも残っていれば復活するノイズ達。倒しても炭化したノイズは増えていく。

 

倒しても倒しても終わらない。まさにエンドレス。まるでここが終点であると告げる様に次々と復活して襲いかかってくる。

 

倒しても復活され、地獄の様な現状に晒される装者達。

 

だが、その表情にはこの様な地獄の惨状に絶望の色など微塵も存在しなかった。

 

絶望の辛さも怖さも知っている。今までどれほど絶望を見に染みて体験していると思っている。

 

たった一人で立ち向かうならばこの様な惨状に足がすくみ動けなくなるだろう。目の前の力がどれ程のものか理解しているが為に絶望するだろう。

 

だがたった一人ではない。装者達と言うように単独ではなく複数。一人ではなくみんなで。そしてその思いは絶望にすら怯まない。絶望はとうに知っている。

 

二課装者達にとっての絶望、それはこの戦いにおいて常に発生し、何度も押し寄せてきた。大切な親友を奪われ、戦う力を持たないはずなのに、その力を無理やり与えられ、操られて戦わせられた事。恩人であり、友人でもある人を奪われた事。同じく恩人であり、二課装者達にとっては何にも変え難い大切な存在であったガンヴォルトを失いかけた事。それによってアシモフに何度も絶望に叩きつけられた。

 

そんなにも絶望があった。だが、そんなことがあっても、立ち上がり、絶望に落とされようと持ち直し、希望を齎し続けてくれたのもまたガンヴォルトであった。

 

死の淵から何度も立ち上がり、絶望して、戦意喪失まで追い込まれるもまた再び二課装者達の思いに応えてくれた様に再び立ち上がり、また絶望を振り払う希望の光である雷撃を見せてくれたガンヴォルト。

 

幾度とない絶望を精神と肉体。その身に受けながらも持ち直し、立ち上がった。

 

だから二課装者は絶望などしなかった。絶望よりもその希望に追いつく為に、ガンヴォルトの思いに応える為に、絶望を振り払う為にアームドギアを振るう。

 

F.I.S.の装者もそうだ。

 

常に絶望たる存在が側にいた。初めの目的は折られ、大切な人まで使われ、一度は目の前で大切な家族を生死不明へと追いやられ、抵抗する事すら出来ず、絶望して、ただ僅かな希望に縋り、傀儡となるしかない状態にまで追いやられた。

 

だが、その中でも希望を齎し、活力を、生きる希望を齎したのは二課装者達であり、この場にいないガンヴォルトであった。

 

罪人となった自分達を敵と認識せず、ただ己が助けたい、そう言う思いを持ち、それを実行した。

 

切歌と調の命の危機を救い、またしても訪れた危機をマリアを絶望から救い出した。

 

ガンヴォルトという存在が戦い続ける限り、装者達は折れる事はない。ガンヴォルトという雷光()がある限り、絶望だろうが何だろうが装者達は乗り越える。

 

だから今起きる事象は絶望だと思わない。絶望だと認識しない。どんな障害だろうが乗り越えていけると確信していた。

 

「こんなものが絶望なんて思わない!どんなに押し寄せようが乗り越えて見せる!」

 

響が叫ぶ。

 

これが絶望だと思わないと。これ以上の絶望を何度も言う様に知っている。そして乗り越えてきた人を知っている。だからこそ、その人に倣い、自分も乗り越える為に。

 

「この程度を絶望だと!笑わせるな!私達はこれ以上の絶望を知っている!乗り越えてきた人を知っている!故にこの程度の事を乗り越えられないなどあり得ない!乗り越えられないなど思わない!」

 

翼も叫ぶ。響同様に今起きている現状が絶望だと思うネフィリムに対して。死をも連想させる力に怖気付く事すらなくそう叫んだ。

 

「ああ!響や翼だけじゃない!全員がこんなものを絶望だと思ってない!威力が強大!力が膨大!そんなもの今の私達にとって絶望じゃねえ!超えるべき壁だ!」

 

奏が叫ぶ。絶望でないが故にそれは阻む壁であると。

 

「当たりめぇだろうが!だけどちょっとちげぇよ!奏!超えるべき壁じゃなくて超えていく壁だ!乗り越えられねぇわけがねぇんだよ!」

 

クリスは叫ぶ。そして奏の言葉に訂正を入れた。この状況であっても超えられる。超えるべき壁ではなく越えれる壁であると。

 

「だから証明して見せるデス!私達の力で!一人じゃなくみんなの力で!」

 

その言葉に応える様に切歌も叫ぶ。思いは同じ。故に出した答えも同じ。だからこそ全員の思いを証明する為にそう叫んだ。

 

「ここにいるみんなじゃなく!安寧を願い、歌う七十億の人達の力で!」

 

調が叫ぶ。その思いはこの場にいる装者だけではないと。響が束ねた歌の大元、一人一人がこの戦いの勝利を信じ、歌う世界中の人の思いもある事を。

 

「その全員が願う思い!その思いが負けるわけが無い!その思いがこの程度の事を乗り越えれないわけが無い!みんなが願う思いが!こんな絶望を乗り越える力をくれている!だから私達が負けるわけない!この歌にはそれほどの力がある!」

 

そしてマリアも叫んだ。願いと思いが込められた歌がこの様な状況に打ち勝てない訳が無いと。

 

そして装者に向けて放たれた第七波動(セブンス)。暴虐を尽くす強力な数多の力。

 

それを装者達はその叫びと共に展開したバリアフィールドによってネフィリムの呼び出した強力な第七波動(セブンス)とぶつかり合った。

 

たった一体の完全聖遺物であるネフィリムが数多くの聖遺物、そして数多くの能力因子を取り込み得た力の解放の力。

 

そして輪廻の歌、そしてその伴奏になっている七十億もの歌の力が齎す力でネフィリムの解放し、装者へと向けた複数の力と衝突。

 

たった一体で七十億の絶唱の力と拮抗するネフィリムの放つ第七波動(セブンス)の力達。

 

焼き尽くす熱が、貫く光線が、バリアフィールドを石化しようとする光線が、バリアフィールドを喰らおうとする黒き粒子がバリアフィールドを破ろうとする。

 

だが、エネルギーであるバリアフィールドは焼き尽くす熱量を防ぎ、そして熱をも通させない。貫く光線はバリアフィールドが弾き、そして弾かれても亜空孔(ワームホール)がその光線を別角度から襲い掛かる。だが、その光線をも装者のバリアフィールドは防いで見せる。石化する光線により表面が石化しようとも装者達から溢れるエネルギーが新たな層を生み出して、無効化し、黒き粒子がバリアフィールドを喰らい、突破する事が出来ても、そのバリアフィールドの内部から新たに発生したバリアに阻まれ、エネルギーがその黒い粒子を崩していく。

 

だが防ぎ、弾き、無効化し、崩しているがネフィリムまでの距離は変わらない。

 

距離が変わらなければ装者達の放つこの力をネフィリムへと叩き込めない。叩き込まなければネフィリムを倒せない。セレナを救う事は叶わない。

 

倒すんだ。救うんだ。必ずこの場の戦いに勝利を収めて帰るんだ。

 

その思いに響とマリアのアームドギアが応える。

 

響のアームドギアが拳から離れ、変形をして巨大な黄金の腕へと形を変えた。

 

マリアのアームドギアである短剣が、手から離れ、響のアームドギア同様に、巨大な銀色の腕へと形を変えた。

 

「ッ!奏さん!翼さん!クリスちゃん!」

 

「切歌!調!」

 

その瞬間に思いに応えたアームドギアが齎した変化の意味を理解した響とマリアが叫び、手を伸ばす。

 

二人の装者以外もその伸ばした手の意味を理解すると奏が響の手を握り、奏の手を翼が、翼の手をクリスが握る。

 

そして同様にマリアの伸ばした手を切歌が、切歌の手を調が握った。

 

「マリアさん!」

 

そう言ってマリアへと手を伸ばす響。勿論マリアは響の手を握り返す。

 

「やるぞ!立花響!貴方と私の思いに応えたアームドギアで!」

 

そうすることによって響のアームドギアであった巨大な腕が、マリアのアームドギアであった巨大な腕が、響とマリアの繋いだ手と同じ様に繋ぎ、装者達を覆う。

 

「セレナ…これで終わらせるから!もう貴方をこれ以上苦しませないから!」

 

マリアがそう叫び、巨大な腕に覆われた装者達はバリアフィールドと巨大な腕に覆われた状態で荒れ狂う第七波動(セブンス)達の奔流の中を突き進んだ。

 

先程とは違う新たな力を見せるアームドギア。全ての第七波動(セブンス)を押し退け、ノイズ達を吹き飛ばし、その地獄の様な現状を突破させるに至った。

 

そしてようやく辿り着いたネフィリムの元。

 

装者達は巨大な腕に回転を加え、そのままネフィリムに向けてぶつかった。

 

ネフィリムもそれらを第七波動(セブンス)で推し避けようとするも今の装者達の展開するバリアフィールドがそれらを寄せ付けない。

 

あり得ない。何故自分が追い詰められる。何故自身がここまでいい様にされている。

 

ネフィリムはそう考えた。だが、今の装者達の強さを認める事など出来ない。

 

だから抵抗する。第七波動(セブンス)が無理なら自身の肉体で。フロンティアを喰らい、第七波動(セブンス)能力を放つのではなく、自身へと纏う事で。

 

燃え盛る炎、纏う光、触れれば喰らう黒い粒子の能力を身体に付与した事で。

 

だが、そのネフィリムのその考えは未遂に終わった。

 

莫大なエネルギーを持つネフィリム。だが、それよりも強大となったシンフォギアの力で。均衡を破る奇跡が起こした事象によって。

 

「終わりだぁ!」

 

それよりも先に装者の叫びが木霊した。

 

その叫びと共にネフィリムの強固な肉体を握った拳がネフィリムを貫いたのだ。取り込んだネフィリムの心臓と共に。

 

負けた?自身がこんな完全聖遺物でもない者に?

 

あり得ない。そうネフィリムは考えた。

 

だが考えたところで結末はもう決まっている。自身の身体は貫かれ、その膨大なエネルギーを制御する事が出来なくなり、荒れ狂うエネルギーが自身の肉体を破滅へと向かわせているのだから。

 

「ッ!直ぐに離脱するぞ!」

 

そう叫んだクリスが直ぐにソロモンの杖を起動させ、再びバビロニアの宝物庫と世界を繋ぐ穴を作り出した。

 

そしてその穴へと装者達は入り、バビロニアの宝物庫から消えて行った。

 

負けるわけが無い。そう思っていたネフィリム。だが、それを認めようとしない。自身の肉体はもう長くは持たない。だからこそ、自身の肉体を破滅へと向かわせるエネルギーを装者へと世界へとぶつけようとした。

 

穴を閉じようとするクリス。だが、それをさせまいとネフィリムは穴へ自身の破滅しゆく手を入れて、閉じれない様にした。

 

だがその瞬間に、ネフィリムに希望を齎す存在を認識した。

 

その瞬間にネフィリムは切り替える。破滅ではなく、希望を信じ。

 

だから破滅しゆく自身の身体を少しでも保ち、希望を齎す存在が自身の細胞を通して理解している事を実現させる為に、なんとか時間を稼ぐのであった。



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133GVOLT

バビロニアの宝物庫から脱出した装者達。

 

ネフィリムの肉体を貫いた腕はバビロニアの宝物庫から脱出するとともに砕け、装者達の纏うシンフォギアの決戦兵装、エクスドライブはその力を失ったのか、大きな衝撃と共に崩れ去る。

 

勿論エクスドライブだけでなく、シンフォギアも力を出し尽くしたのか、纏う鎧の部分が殆ど失い、地面に落下した際に完全に崩れ去った。

 

「グッ!?」

 

元の場所へと戻ったはいいが、ボロボロになった装者達。

 

だが、もう終わった。ネフィリムは心臓を穿ち、倒した。

 

「セレナ…終わらせたわ…今度こそ…貴方を解放した…さようなら…私の大切な妹…セレナ」

 

ようやくの思いで達成した事にマリアは涙しながらそう呟いた。

 

本当の意味でセレナとの別れ。だがもうセレナが苦しまなくて済むと。割り切ることも出来ない複雑な感情を抱いていた。

 

だが、これしかなかった。それ以外なかった。セレナの望んだ事。自分には何も言う事すら許されない。知らず苦しめた自分に望む事すら許されないだろう。

 

だからセレナ。安心して眠って。もうこんな間違いを犯さない様、道は違えないから。

 

罪を償い、貴方の誇れる姉であり続ける為に。

 

マリアはそう心に誓う。

 

しかし、ついに終わりを迎えたと思った戦いを嘲笑う様に起きる出来事。

 

未だ開いたバビロニアの宝物庫の巨大な穴。

 

その穴の中、バビロニアの宝物庫から出ようとするネフィリムの姿。

 

心臓が破壊されようとも未だ健在のネフィリム。心臓を破壊され、その肉体は崩壊の一途を辿っているのは明らか。

 

そしてその身が崩壊すると共にその身に宿るエネルギーが昂り続けている。昂ったエネルギーは辺りへと放出されようとしていたが、ネフィリムは何をしようとしているのか分からないが、その身にそれを留め続けている。

 

だが、見るからにそれは危険なものだと知っている。フロンティアを起動させた莫大なエネルギー。そしてフロンティアを喰らい、動力炉として動かしていたフロンティアを吸収し、その中に混在していた第七波動(セブンス)の力と莫大なエネルギーを手にしたネフィリム。しかしその心臓が破壊された今、それを留め続ける事は不可能。

 

そのエネルギーを留め続けだとしてもいずれ限界を迎え、そのエネルギーは爆発に変わる。そしてその莫大なエネルギーはどんなものかも予想がつかない。

 

「クリス!あれを閉めろ!」

 

「ッ!早く閉めろ!雪音!」

 

ボロボロの身体に鞭を打ち、奏と翼が叫んだ。

 

「言われなくても…ッ!?」

 

クリスは二人に言われるまでもなく、直ぐに行動を起こそうとしていた。

 

だが、その行動はある事に気付き、止まってしまった。

 

奏と共に取り返し、機転を作り、自分達がやらねばならぬネフィリムの心臓を破壊する道筋を作ったソロモンの杖がクリスの手元になかったからだ。

 

なんとかそれを探すが、クリスから離れた位置に落下しており、落下した砂浜に突き刺さるソロモンの杖。

 

先程の落下の衝撃によってクリスの手元から離れ、離れた位置に落ちてしまったのだ。

 

「クソッ!」

 

それに気付いたクリスはそれを取りに行こうと立ちあがろうとする。

 

しかし、決戦兵装であるエクスドライブ。そして今までの戦いにて蓄積された疲労がクリスの足を動かそうとしない。

 

「ようやく終わらせられるんだ…動け!動けよ!」

 

クリスは叫びつつもなんとか動こうと必死に足掻く。だがそうしても疲労した身体は言う事を聞いてくれない。

 

「ようやく…ようやく終わったと思ったのに…」

 

「こんなの…こんなのって…」

 

切歌と調もようやく終えたと思ったはずの戦いが未だ継続しており、そして勝利の喜びも束の間にこんな事になっているのに何も出来ない自分達を歯痒く思い唇を噛む。

 

響も、そう思った。

 

だが、響はそんな時地面から伝わる僅かな振動を感知した。

 

その方向に目を向け、響の中の絶望は振り払われた。

 

「大丈夫…みんな…大丈夫だよ…」

 

独り言に思える言葉。だが、その言葉は全員の耳に届いていた。

 

そして装者全員が浜辺に刺さるソロモンの杖に向けて全力で駆ける少女の姿を目に映す。

 

「…そうだな…私達にはまだ…シンフォギアを纏わなくとも頼れる仲間がいる…」

 

「…ああ…そうだったな…」

 

翼がその姿を見てそう言い、奏も安心した様にそう言った。

 

「…今はそうは言ってられない…だから美味しいところを持ってけ…」

 

「全く本当にどんな奇跡よ…」

 

クリスもその姿に安堵し、マリアは自身のせいで辛い目にあったはずの人が無事な姿と、そしてこの戦いを終結に導こうとする人を見て安堵する。

 

「…お願いデス…この戦いを…」

 

「こんな戦いを終わらせて」

 

そして切歌も調もその人に託す。この戦いを終わらせてくれと。

 

「未来!」

 

そして響は叫んだ。力が出なくても腹の底から出した大きな声で。自身の陽だまりであり大切な親友の名を。

 

◇◇◇◇◇◇

 

潜水艦の一部を切り離し、潜水艦を軽量化して、なんとか下降用のパラシュートによってなんとか海岸の浜辺へと着地した。

 

だが、それと同時にこの付近に現れた穴。

 

それから飛び出した何かを見て未来は弦十郎達の静止を聞かず、潜水艦から飛び出した。

 

飛び出した先にはやはり未来の予想通り、七人の装者達。だがその姿はボロボロ。しかし、未来はそれよりも空の穴。その中で蠢く何かに気付き、絶句する。

 

そこに居たのは腹に大きな穴を開けているのにも関わらず蠢く怪物。潜水艦が下降して行く際に少しの間存在した強力な力を持つ怪物。

 

その怪物はその穴に向かい、動いていた。

 

そしてその怪物が持つ計り知れないエネルギー。

 

絶望。まさにそうとしか言い表せない。

 

だが、装者達があそこまで頑張った。あんなにボロボロになるまで。倒れる装者達はもうほとんど動けていない状況。それなのに装者の頑張りを無碍に出来るのか?

 

自分に何が出来る?力のない自分には何か出来ることはないのか?

 

未来は考えさせられた。しかし、その考えの答えを出す様に、未来の僅かに離れた所に突き刺さる何か。

 

見覚えのある何か。それはソロモンの杖。かつてフィーネが使い、弦十郎達が捕らえたウェルが使っていた。ノイズを呼び寄せる杖。

 

それを見て未来は駆け出す。

 

(みんなが頑張った…みんながようやく終わらせてくれた頑張りを無碍にさせない!)

 

その思いが未来をソロモンの杖へと駆け出させる。

 

(私だって何か出来る!私だって戦える!)

 

そしてその時自分の名を呼ぶ親友の声。

 

その声が未来の足に更に力を与える。

 

そしてソロモンの杖に辿り着いた未来は引き抜くと共に駆け出した助走を力に変えてソロモンの杖を空の穴に。

 

穴から出ようとする怪物が出る前に投擲しようとした。

 

「お願い閉じてぇ!」

 

そして投げられる瞬間、

 

「貴様達に私の計画(プラン)を終わらせられてなるものか!」

 

これで終わる。誰もがそう思った瞬間、未だ健在する諸悪の根源が姿を現す。

 

その声と共に亜空孔(ワームホール)の穴が出現し、中からある人物がそこから出てくると同時に未来に降り掛かろうとする魔の手。

 

アシモフだ。

 

ガンヴォルトと対峙していたはずのアシモフ。激しい戦闘を行なっていたのであろう。その姿はかつての無傷で、現れていたアシモフとは異なり、ボロボロの姿。だが、そのボロボロの姿が、ガンヴォルトの敗走という最悪の結末を助長させる。だが、今装者達、その他の者達が浮かぶ心配は目の前で危機に瀕する未来。

 

「未来!」

 

その姿を目視して叫んだのは響。

 

大切な親友がまた奪われるかもしれない恐怖が響へと、仲間が奪われるかもしれない恐怖が二課装者へと、終わったと思われた存在が現れた事の絶望がF.I.S.装者へと降り掛かろうとする。

 

未来も背後出現したアシモフに気を取られてしまう。

 

だが、

 

「未来!君はそのままソロモンの杖を!」

 

その瞬間に響く声。

 

その声が響くと共に、未来はアシモフの事を気にせず、ソロモンの杖を投擲した。

 

そして、それと同時に振るわれるアシモフの迸る雷撃の拳。

 

だがその声を聞いた未来は必ず自身を救ってくれると信じている。

 

そして振るわれる刹那にも満たない時間で何者かがアシモフと未来の間に降り立つと共に、振るわれた拳を受け止め、そのままアシモフへと向けて拳を握り、強力な雷撃を纏い、顔面へと振り抜かれた。

 

そして穴が消失して吹き飛ばされたアシモフ。吹き飛ばされた方向へと向けて再び雷撃が迸るとそのまま地面へと踵を振り下ろし、アシモフを地面へと叩きつけた。

 

その正体は誰もが知っている。ガンヴォルトだ。

 

アシモフが現れたせいで最悪の考えがよぎったが、そんな事をなかったと敗走していたのはアシモフの方であり、ガンヴォルトは依然として強力なオーラを纏い健在していた。

 

そして踵を振り下ろされた瞬間誰もが終わりと思っていた。

 

しかし、

 

「ああ…本当に憎たらしい…だが、これで終わりなどではない…」

 

ガンヴォルトがいる場所から離れて聞こえる声。

 

誰もがその方向へと視線を向けるとソロモンの杖が投擲された空に浮かぶバビロニアの宝物庫の中。

 

巨大な怪物であるネフィリムの腕にボロボロの姿で倒れたアシモフがいた。

 

「ッ!?アシモフ!」

 

仕留め損なったとガンヴォルトはアシモフの元へと一瞬で距離を詰めようとした。

 

だが、

 

「すぐに貴様達を地獄(デッドエンド)へと送ってやる…待っていろ…今度こそ貴様達は消去(デリート)だ…」

 

敗北しているにも関わらず、未だそう宣うアシモフ。

 

だがその瞬間にアシモフとネフィリムのいるバビロニアの宝物庫へとソロモンの杖がガンヴォルトよりも早く到達し、到達と同時にソロモンの杖が起動するとバビロニアの宝物庫の扉が一瞬にして閉まってしまった。

 

だが、閉まる直前に見えた光景。それはバビロニアの宝物庫の内部でネフィリムが限界を超えたのか臨界点を突破した事による光と共に齎したエネルギーの放出と共に。

 

そうしてガンヴォルトは何もない空中に浮かび、ただ宿敵の名を叫んだ。

 

「アシモフゥ!」

 

不穏な言葉を残し消えたアシモフ。

 

アシモフのこの世界からの逃亡。ある意味では勝ちと捉えられ、ある意味では負けと捉えられる結末。

 

アシモフと言う存在がこの世界からの姿を消した。ネフィリムが消えた。ウェルも倒れ、この戦いは終結した。こちらの勝利として。

 

だが、ガンヴォルトにとってそんな物は勝利でもなかった。

 

大切な人を取り戻す事が出来なかった。大切な人を奪った宿敵を殺す事が出来なかった。

 

ガンヴォルトは何一つ達する事が出来なかった。

 

勝利と言える結果と敗北と言える結果。

 

だが、その結果がもう出された以上、この戦いは終結してしまった。




短いですが不穏を残して最終決戦は終了致します。


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134GVOLT

一期同様に真最終決戦を始めます。
後は今回が真最終決戦導入1、次回真最終決戦導入2、そして真最終決戦戦闘序盤、真最終決戦戦闘中盤、真最終決戦戦闘決着の五話で終わり、エピローグで本編終了予定です。
多分九月中に完結しますのでそれまでお付き合いいただければと思います。


戦闘が終わり、再びナスターシャと再開したマリアは車椅子に乗るナスターシャと近寄り、抱きつく。

 

その後に続く様に切歌と調もマリアと同じ様にナスターシャへと抱きつく。

 

「良かった…マム…本当に良かった…」

 

「ええ…」

 

ナスターシャも嬉しそうに、だが何処となく悲しそうにそう言った。その二つの感情の中に潜む不安。

 

その理由はマリアにも切歌にも調にも理解出来ている。ネフィリムの心臓の破壊。それと共に行われたセレナの解放。その二つを成し遂げた。

 

三人の無事の帰還。ネフィリムに取り込まれ、アシモフに使われようとしていたセレナを解放することに成功した。

 

つまりセレナとの今生の別れとなったのだから。もう二度と会えない。マリアとは違い、ナスターシャはセレナの声すら聞くことなく終わったのだから仕方がなかった。だから解放されて嬉しいのだが、最後にこんな事になって悲しそうにしていた。

 

そして不安。この戦いにおいて敗走したアシモフの事だ。最後に不穏な言葉を残し崩壊していくネフィリムと共に消えたアシモフ。

 

それが理由だ。

 

あの状態でも執念によって生還したアシモフ。そしてバビロニアの宝物庫へと消えたアシモフ。未だ危機がある可能性がある事にナスターシャだけでなく他の人達も不安を覚えている。

 

この戦いが終わろうとも首謀者は未だ生きている可能がある。

 

ここでの戦いが終わろうとまた近くに想像を絶する戦いが始まるのではないかと、そしてその首謀者が生きている事、そしてこの戦いにおいて取り戻すべきであった電子の謡精(サイバーディーヴァ)、それを失った事がどれだけの不安要素を引き起こすか。

 

ナスターシャはそんな感情が混じり、何とも言えない不安を抱えながらも、僅かにガンヴォルトへと視線を移すのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

魂と肉体の因縁の宿敵、アシモフとのフロンティアでの戦い。

 

その戦いは勝利と言える程の戦績を収めていた。

 

だが、勝利と言える戦績を収めようが、ボクは己に課した目的は何も達成されていなかった。

 

アシモフをこの手で殺す事。アシモフに奪われたシアンを取り戻す事。

 

アシモフと言う男の本心を理解し、殺す事でしか止められないからこそ求めた結果。何度も敗北して生き残り、心を折られ、あの世界のシアンと、装者達の言葉でものにしたチャンスをボクは全て掴み取る事は出来なかった。

 

(スキル)によって漸くアシモフを殺す程の致命傷を負わせ続けた。だが、その全てアシモフの執念と備えによりそれを防がれた。

 

アシモフの使う電影招雷(シャドウストライク)を今までの戦闘から自身の推測から完全に使いこなす事に成功した。そしてアシモフへと必殺のスパークカリバーを使い、アシモフの身体を貫いた。しかし、ネフィリムの細胞を取り込んで脅威的な傷の治癒力を得て防がれた。

 

そして装者達の歌の力、そしてシアンの思いが齎した蒼き雷霆(アームドブルー)の極地の先、未踏の領域へと踏み込んだ(スキル)、アンイクスプロードヴォルトでのヴォルティックチェーンの一撃。

 

だがそれも脅威的な治癒力とアシモフがガンヴォルトと無能力者を殲滅し、この世界ではなく、あの世界を自身の理想へと変える執念によって防ぎ切った。

 

そして今度こそ最後のフロンティアからの落下しながらの戦闘。そこでもアシモフを追い詰め、ライトニングスフィアで心肺停止まで追い込んだのにも関わらず、アシモフを殺し切る事が出来なかった。

 

漸く殺せたと思い込み、シアンを取り戻したと思ったらそれすらも偽装(ブラフ)で、シアンを取り戻す事は叶わなかった。

 

だからこそ、ボクは涙を流し、海岸でただ己の行動に悔いていた。

 

スパークカリバーで貫くのではなく、斬り刻めばアシモフを殺し、こんな事にはならなかったのかもしれない。

 

ヴォルティックチェーンでアシモフを絡め取り、アンイクスプロードヴォルトの齎した熱量を持って治癒すら追いつかぬ雷撃で殺せればこんな事にはならなかったかもしれない。

 

ライトニングスフィアで完全にアシモフの心配を停止させた時も、更に雷撃を、(スキル)を駆使してアシモフへと追い討ちをかけ続けれいればこんなことにはならなかったのかもしれない。

 

だが、それはもう思っても何の意味もない。どうすれば望む形で終われたのか考えた所でもう遅い。

 

たらればがどれだけ思い浮かべようがどうしようもない。

 

結果は既に出ている。

 

アシモフをこの手で殺し切る事が出来なかった。アシモフを逃した。バビロニアの宝物庫でネフィリムの崩壊と共に死んだとしても、シアンを奪われたまま。そしてシアンを自分が殺した事になる。シアンを封印された神獣鏡(シェンショウジン)のギアペンダントが奇跡的に無事だったとしてもシアンをあの場所に止まらせ続けることになる。

 

自身がアシモフを逃した事で。自身がアシモフを殺し切る事が出来なかったせいで。

 

この戦いは終結しようが、その事実がボクへと突きつけ続ける。

 

まるで呪いの様に。

 

だが、アシモフの存在。アシモフの言葉がボクにとっての希望となっている。

 

正直、そんな物にボクは縋りたくはない。あんな男の事をもう一度信じようとする事に嫌気が差す。だが、アシモフと言う男と幾度となく戦い、その執念をこの身が理解している。

 

まだ何かを隠している。そしてそれを実行する為に逃げた。

 

ならば必ず、アシモフはボクの前にまた現れる。敗北したまま逃げる様なアシモフではない。

 

だからボクは涙を拭う。

 

まだシアンは取り戻せる可能性があると。まだアシモフを殺せる機会が必ず来ると。

 

だから待つ。

 

「貴方はボクを殺す為にまた戻ってくる…ただ逃げる為にバビロニアの宝物庫へと向かったわけじゃないんだろう…貴方が戻ってくるかは分からない…だけど…ボクは貴方を今度こそ殺す…シアンを取り返す…アシモフ今度こそ貴方を…」

 

ボクはそう呟いた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

海岸で涙を流し、その場から動かずにただ佇むガンヴォルト。

 

装者達、それに二課の主要メンバー達、そしてナスターシャ博士はガンヴォルトへと声を掛けようとするが未だ声を掛けれない。いや声を掛けれない。

 

どれだけの時間が経っても、今のガンヴォルトへと掛ける言葉見つからなかった。

 

ガンヴォルトにとってシアンという存在がどんなものか理解しているから声を掛けられなかった。

 

そしてそれ同様に、奏、翼、クリス、響、未来も同様に涙を流し、大切な仲間の喪失を受け入れる事が出来ていなかった。

 

装者達にとってのシアンとは、友達、同居人、恩人、そして大切な仲間。

 

助けたかったシアンはもうこの場にいない。助けられる可能性が限りなくゼロに近い場所にシアンは送られたからだ。

 

バビロニアの宝物庫。ソロモンの杖によって繋がるこの世界とは別のノイズが棲まう魔境。

 

だが、ソロモンの杖はそのバビロニアの宝物庫へと投げられた。だからこちらから開くことも向かう事も出来ない。

 

そこに逃走したアシモフと共に。

 

不穏な言葉を残し、シアンと共に消えたアシモフ。

 

だがあの場に消えたとしても崩壊しようとするネフィリムがいる。その莫大なエネルギーは留まる事が出来ず、その莫大なエネルギーは同質量の爆発を伴うだろう。

 

となればアシモフは死ぬ。だが、それはシアンも同様だ。魂だけの存在のシアン。魂だけならば無事であると思われる。だが、それは何かと一緒にあってこその可能性がある。神獣鏡(シェンショウジン)によって封印されていた為、ガンヴォルトと共にあった為。

 

そうでなくなった状態であればどうなるかなど誰にも分からない。

 

だから二課の装者、そして未来、ガンヴォルトはシアンとのこんな別れに涙する事しか出来ない。

 

だが、そんな時にガンヴォルトは腕を上げ、涙を拭う。

 

そして振り返ったガンヴォルト。ひとしきり泣いた為か少しだけだが、すっきりとした表情をしている。

 

そして、その目には未だ光を失っていない。こんな状況でもガンヴォルトは未だ何か希望があると思わせる目をしていた。

 

「…ガンヴォルト」

 

未だ二課装者達は悲しみに暮れている為に代わりに弦十郎がガンヴォルトの名を呼ぶ。

 

「もう大丈夫だよ…少しだけ楽になった…」

 

そう言ってガンヴォルトは弦十郎へと何かを手渡す。それはアシモフから奪ったギアペンダント。アシモフがガンヴォルトからシアンを奪われない様にシアンの入ったギアペンダントと偽装した神獣鏡(シェンショウジン)であった。

 

それがシアンの封印されているギアペンダントであれば良かった。だが、弦十郎は分かっている。そうじゃない事を。そうでなければガンヴォルトがここまでなるはずがないからだ。

 

「アシモフから奪ったギアペンダントだよ…」

 

「でもこれに…シアン君は…」

 

弦十郎はシアンの事を言う。だが、ガンヴォルトは首を振り、言う。

 

「…分かっている…これは押収品ってだけだよ…シアンはこの中にいない…でも…まだ僅かながらに希望がある…」

 

ガンヴォルトは弦十郎へと向けて言った。

 

「敗走してバビロニアの宝物庫へと消えたアシモフ…アシモフはまだ生きている」

 

「ッ!?…ネフィリムと共に消えたアシモフ…奴はまだ生きていると?だが、ネフィリムの宿していた莫大なエネルギー…あれが放出されれば幾らアシモフだろうと生きていられない…と思いたい…」

 

「アシモフが態々崩壊しゆくネフィリムの元に向かうなんて何かあるに違いない。何の考えもなしに向かう事をアシモフはしない。それにあんな言葉を残しておいて何も無いなんてあり得ない」

 

ガンヴォルトはそう言った。

 

弦十郎も聞いていたアシモフの消える前に残しているあの言葉。

 

『すぐに貴様達を地獄(デッドエンド)へと送ってやる…待っていろ…今度こそ貴様達は消去(デリート)だ…』

 

滅びゆくネフィリム共にいるのに普通はそんな言葉を残すだろうか?何の考えもなく、崩壊してゆくネフィリムの元へ向かうだろうか?

 

アシモフと言う男と戦いを経験している弦十郎もそれには引っ掛かっていた。

 

アシモフは無駄な事をしない。それなのに態々崩壊しゆくネフィリムの元へ向かって逃げた。そしてそれが何を意味するのか分からない。だが、あの不穏な言葉を言うとなれば何かあると思われる。

 

「アシモフは再びお前を殺す為に現れる…そうなるのか?」

 

「そうなるよ…ごめん…ボクがアシモフを確実に殺せればそんな事もなかった…」

 

ガンヴォルトは申し訳なさそうにする。再び起こると思われる戦いを予見するガンヴォルト。

 

フロンティアは無くなり、一つの危機が去った。だが、アシモフと言う存在が死なない限り、危機は終わらない。

 

月の落下も世界へと共有して対策せねばならない今、アシモフと言ういつ戻るか分からない脅威にも対応しなければならない現状に頭を悩ませる。

 

「…でも…次アシモフが現れれば確実にボクが殺す…今度こそシアンを取り戻す…ボクが今救えなかったせいでもうみんなを悲しませたくないから」

 

申し訳なさそうに弦十郎の背後で泣く装者達を見てガンヴォルトは更に申し訳なさそうにそう言った。

 

だが、その瞬間、ガンヴォルトの表情が変わり駆け出した。

 

驚き、焦り、そして僅かながらに混じる歓喜。

 

何が起こった?そう思った弦十郎はガンヴォルトの駆け出した方へ向き直る。

 

そこには信じられない光景が目に映る。

 

それは何度も見た事がある亜空孔(ワームホール)の穴。それが二つ開いていた。

 

一つは二課装者達の背後、そしてもう一つはナスターシャ含むF.I.S.装者達の元に。

 

そして開いた穴からは青黒い巨大な手が伸ばされており、装者達を掴もうと大きく手を広げていた。

 

「煌くは雷纏いし聖剣、蒼雷の暴虐よ、敵を貫け!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

素早く言葉を紡いだガンヴォルト。出現した巨大な雷剣を出現させるとその現れた雷剣で二つの青黒い手を一刀両断した。

 

そして消えゆく腕。

 

何が起きたか分からない装者達は唖然としていたが、斬り落とされた腕を見てすぐさま聖詠を歌い、シンフォギアを纏おうとした。

 

だが、その聖詠を歌う前に今度は鎖の様な物が穴から現れ、装者達を絡もうとした。

 

「ッ!逃げろ!」

 

ガンヴォルトはそう叫んで二課の装者達を押し退け、その鎖を斬り伏せ続けたが、その数が多く、ガンヴォルトはその鎖の多さに対応出来ず、そのまま穴へと引き摺り込まれる。

 

「ガンヴォルト!」

 

「ガンヴォルトさん!」

 

そしてもう一つの穴から伸びる鎖にガンヴォルトが対応出来なくなった中、マリアがナスターシャを、切歌と調を押し退けてその絡み付く鎖から自身を犠牲に逃した。

 

「マリア!」

 

そしてガンヴォルト同様に穴へと消えていったマリア。

 

何処かへと消えたと二人の名が海岸に木霊する。

 

終わった筈の戦い。だが、残された不穏の言葉が突拍子もなく現実へと襲い掛かってきた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

鎖によって亜空孔(ワームホール)の穴へと吸い込まれたボクはその亜空孔(ワームホール)に繋がる場所を見てやはりと言う思いを抱く。

 

だが、それでも抱いただけで、ボク自身はこのタイミングで来られた事に焦りに満たされていた。

 

それはボク同様に鎖に絡まれたマリア。ボクが全てを斬り払えなかったせいでこの場に連れてこられてしまった。

 

ボクは未だ出現しているスパークカリバーを振り、自身の身体を絡めとる鎖を断ち斬り、近くにいるマリアの鎖を断ち斬って鎖から解放すると共にボクはマリアを抱えて落下する。

 

「ガンヴォルト!これは一体!?」

 

鎖から解放されたマリアはボクに向けてそう言った。

 

「ごめん…ボクが残してしまったせいで起きた物だ…アシモフ…逃走して生き残ったアシモフが引き起こした」

 

「ッ!?」

 

マリアはその言葉に驚き、そして辺りの景色が目に入り、ここが何処であるかも理解する。

 

バビロニアの宝物庫。

 

今ボクとマリアがいるのはその場所であった。

 

だがそれはマリアが戦っていた時、そしてボクが最後、ネフィリムとアシモフを逃した時と大きく景観が変わっている。

 

とんでもない爆発が起きた様に、辺りには何も存在していない。そしている筈のノイズも。唯一ある落下した先にある唯一無事である大きな島の様な場所。そこだけがまるで何事もなかった様に存在している。

 

そこに降り立つボクとマリア。

 

だが、その先にいる人物を見てボクはやはりと声を漏らす。

 

「生きていたか…アシモフ!」

 

「ッ…この男は…どこまでしぶといの…」

 

「しぶといか。ああしぶといとも…私には目的がある…それを為せずにやられてなるものが…それに…貴様なぞに殺されてなるものか!紛い者ぉ!」

 

そこに居たのはやはりアシモフ。先程同様のボロボロの姿だが、異様な気配を纏うアシモフがそう叫んだ。



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135GVOLT

後もう少しで終わり…
長かった話も終わりに差し掛かりました。
残り短いですが最後までお付き合いしていただければ幸いです。


バビロニアの宝物庫。

 

その中でアシモフとボク、そしてマリアは対峙する。

 

「貴様如きにここまでいい様にされてとても不愉快だ!貴様のせいでかなり計画(プラン)修正(リビルド)しなければなくなった!フロンティア!風鳴翼!雪音クリス!保険(バックアップ)を手に入れる事すら貴様に全て邪魔され続けた!だがそれも今となっては不必要となった!だから全て今ここで今度こそ終わらせよう!私は貴様に負けぬ力を得た!」

 

この場に連れ込もうとしていたのは翼とクリス。だが、それが叶わなかった事をボクに対して怒りを向けてくる。そしてまるで自分が勝った様な言い草。

 

あの時から敗北し続けてきたのに何を言っていると思う。だが、翼とクリスが必要ない、アシモフの纏う異様な雰囲気。それがアシモフの言う力の意味だと理解している。

 

未だアシモフがボクから奪ったシアン。そしてシアンの電子の謡精(サイバーディーヴァ)。それを持っている故の言葉か?ネフィリムを宿し、第七波動(セブンス)を使える故の言葉か?

 

だが、それだけでここまでアシモフは言い切るだろうか?先程から敗北し続けているのにアシモフの言葉の意図が読めない。

 

「今度こそ貴様を殺してやろう」

 

聞き飽きるほど聞いた殺害予告。出来もしなかった事を何度も聞かせてくる。

 

「だが、一つ貴様には訂正しておかなければならない」

 

急に声のトーンを落としたアシモフがそう言った。

 

「私はあの状態を真なる雷霆と、頂点(ゼニス)だと錯覚していた。だがそれは違った。あの状態如きが真なる雷霆と、頂点(ゼニス)と自身を語った事が間違いであった」

 

拳を握り、演説をする様に言うアシモフ。

 

「間違いじゃないだろう。あれが貴方の言う真なる雷霆、頂点(ゼニス)だ。それ以上など存在しない」

 

ボクはアシモフに向けて言った。あれがアシモフの限界であり、アシモフの思う真なる雷霆であり頂点(ゼニス)。それ以上に至る事がないとボクは言う。

 

「ああ、私もあれこそが真なる雷霆、頂点(ゼニス)。あれが私の到達出来うる奴と異なる到達点だった。貴様を超え、奴を超えた力だと思っていた」

 

アシモフはほくそ笑みながらそう言った。

 

「だが違った。あれが到達点…あれが限界…それは間違いだった。初めはネフィリムの細胞を取り込み、完全な蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者となり、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を使い、その他の第七波動(セブンス)を完全に扱い切れればそうであると思っていた。だが、それは私の思い込みであった。勘違いだった。あれが到達点、あれが私の極地、そう思い込んだ為に、私はそれ以上の領域へと到達する事が叶わなかった。だが、私が取り込んだ細胞が教えてくれた」

 

何が言いたい?とばかりにボクとマリアはアシモフを睨む。だが、アシモフの勿体ぶった言葉。そしてこの空間に来る前に斬り伏せたあの腕。そしてアシモフと共にバビロニアに宝物庫へと消えたネフィリムの存在。

 

ある推測がボクの頭をよぎる。だがそんな事が可能なのか?いや、可能だからこそ、アシモフはこの場へと逃走を図った。可能だと知ったからこそ、あの言葉を残したのだ。そして生き延びた。だからこそ今アシモフはボクとマリアの前に存在している。

 

「細胞の言う通りに行動を起こした。その行動が恥るべき事だとしても。戦略撤退などでなく完全な敗走。それがどれだけ私にとって屈辱だった事か…それに、私の中のその細胞の知らせた事を出来るかは不安であった。細胞が知らせようが、私が到達した時には、その元が既に壊され、決壊寸前だったのだからな」

 

そのアシモフの言葉にマリアもボクの推測と同じ結論に至ったのだろう。

 

あり得ないとばかりにアシモフを見る。

 

「装者が倒したネフィリム。心臓を破壊され、崩壊の一途を辿る筈だったネフィリム。どうする事も出来ぬと思われた。だが、その崩壊と共に溢れ出たエネルギーを、細胞の知らせた通り、ネフィリムごと私は取り込んだ」

 

「そんな事出来る訳がない!」

 

アシモフの言葉にマリアは叫んだ。

 

ネフィリムのエネルギー。それはあまりにも莫大であり、人が扱える物ではない。

 

だがボクはもうアシモフが人の姿を保っていながらも人とは別の存在となった事を知っている。そしてアシモフ自身もマリアへと語った。

 

その通り(exactly)。人はそんな力を有していない。勿論私の第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)にも。雷撃であれば可能であるが、ネフィリムの持つエネルギーは雷撃でも何でもない、莫大な熱量を持ったフォニックゲイン。電子の謡精(サイバーディーヴァ)を持とうが、シンフォギアを纏えない者に、貴様や奴の様に電子の謡精(サイバーディーヴァ)と融合し、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の意思に懇意され、力を得た奴、フォニックゲインを電子の謡精(サイバーディーヴァ)を介してその身に取り込む貴様。だが私には、それすら無い私には受け入れる術はない。だが今の私にはそれ以外にその莫大なエネルギーを取り込む術を持っている」

 

勿体ぶるアシモフ。だが、ボクもマリアもその言いたい事が何なのかを理解した。

 

「貴様達もさっきの言葉から理解したか?そう、ネフィリムを取り込んだ事により、私はその莫大なエネルギーを取り込む事を可能にした」

 

そう答えるアシモフ。

 

「まあ、あまりの莫大なエネルギー故に全て取り込む事は出来なかったがな。その影響でこの場所もこのざまだ」

 

アシモフは周辺へと視線を動かす。ボクがアシモフが消える前、そしてマリアもネフィリムを倒す際にいた空間とは違う理由がそれだと言った。

 

「エネルギーを取り込んだ…だとしても!完全に取り込めなければ貴方もネフィリムの崩壊で出たあのエネルギーに耐えられるはずがない!」

 

「ああ、耐えられないだろうな。取り込んでもそのエネルギーの量は莫大。ここに居たノイズ、ネフィリムの取り込んでいた生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の力をも付与したノイズすらも蒸発する程のエネルギーだった。だが、それでも私にはその莫大なエネルギーの奔流を逃れる術を元々持ち合わせている」

 

「ッ!?…電磁結界(カゲロウ)か」

 

ボクはそれよりも危険な言葉を聞いて息を呑むが、それが本当であるか嘘か真が分からない為に、アシモフの言いたいその術を言う。

 

攻撃を回避する無敵の防御(スキル)。ボクとの戦闘にて完全に電磁結界(カゲロウ)を無効化していたが、それ以外では健在であり、電磁結界(カゲロウ)でその莫大なエネルギーの奔流をも逃れたのだろう。

 

「そう。電磁結界(カゲロウ)を使い、私はそれから逃れ、力を手に入れた。そして私の第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)は貴様の力を超え、本当の意味で真なる雷霆へと達した」

 

そう言ったアシモフから迸り、溢れ出た莫大な雷。その雷はボクが装者達とシアンによって達した蒼き雷霆(アームドブルー)の極地を超えた未踏の名を冠すアンイクスプロードヴォルトの力にも匹敵する雷撃であった。

 

「ッ!?」

 

初めてその力を見るマリアは気圧される。莫大なエネルギーを得て蒼き雷霆(アームドブルー)をより強化したその力。その圧倒的な雷撃の威力が今までと桁違い故にそう感じている。

 

「これが真なる雷霆であり、そして能力者達の頂点(ゼニス)に至った私のもう一つの力」

 

そう言ってアシモフが拳を掲げると共に雷撃とは別に後方へと莫大なエネルギーが出現して何かを形成していく。

 

「ッ!?そんな…」

 

その形成した何かを見てマリアが絶句する。

 

アシモフの後方に現れた莫大なエネルギーが象ったのはアシモフと共に消え去ったネフィリムそのものだったからだ。

 

違いといえば黒からアシモフを介したからか、蒼白く発光したネフィリムが作り上げられたのだ。

 

「ネフィリムまで復元させられるのか!?」

 

ボクも声を上げる。

 

「ああ、以前の私ならばそれは不可能だった。だが今は違う。莫大なエネルギーを取り込み、制御する術を手に入れた故にそれを可能とした。計画(プラン)とは大きく異なったが、貴様達がネフィリムに更なる成長を促した事でそれを実現させた。そこだけは感謝しよう」

 

そう言ったアシモフがこの場にいる唯一の装者であるマリアへと言った。

 

ネフィリムの成長。それが何を意味するのかボクは気付いていた。

 

いや、既にアシモフが答えを出している。

 

生命輪廻(アンリミテッドアムニス)

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)の歌声によって呼応した蒼き雷霆(アームドブルー)がボクを復活させる事とは異なる能力。

 

魂そのものへと干渉し、その肉体が破滅しても復活させる事の出来るボクとアシモフの持つ蒼き雷霆(アームドブルー)とは異なるが最恐の第七波動(セブンス)

 

今の今まではそれに付随する石化と言う効果しか使えていなかったがアシモフの言葉から本来の能力者であり、獣の様な人格の能力者と同様の能力を得たと言う事になる。

 

そしてそれが意味するものはボクにとっても、マリアにとっても想像していないものであった。

 

「まさか…そんな…」

 

「ッ!まさか…」

 

生み出された蒼いネフィリム。その胸の中心にある模様の中にまるで囚われた様に埋まる少女とその少女と共に目を瞑り、浮遊する少女の姿。マリアはその姿を見てどうとも言えぬ表情を浮かべ、ボクもその少女達を見て言葉を失う。

 

「ああ、これが私の制御する術。私が当初から計画(プラン)に組み込んでいたもの。そして風鳴翼と雪音クリスを保険(バックアップ)として手中に収めようとしていた理由。最も…その二人も初めにも伝えた通り、必要なくなったがな。計画(プラン)とは違えど、成功した。シンフォギア、いや、聖遺物との適合率が高い少女を使い、新たな電子の謡精(サイバーディーヴァ)の能力者を作り上げる事。それを見事にセレナ•カデンツァヴナ•イヴは成し遂げたよ」

 

そう、ネフィリムの胸元に囚われ埋まる少女達とはマリアの大切な妹であり、ネフィリムの心臓と共に解放という名の消失により消え去った筈のセレナと、目を瞑り、浮遊する電子の謡精(サイバーディーヴァ)であるシアンの姿。

 

「セレナに貴様はなんて事を…セレナを…セレナを返せ!」

 

マリアはセレナの姿を見て叫ぶ。大切な妹にまた一目見れて嬉しいなどの感情はなく、ただアシモフによって作り上げられたネフィリムに囚われたセレナを解放すべく叫ぶ。

 

「返せ?解放という名の消滅をさせた貴様にその様な事を言う道理などありはしない。だが、安心しろ。セレナ•カデンツァヴナ•イヴは私が使ってやる。電子の謡精(サイバーディーヴァ)として、私があの世界を統べ、能力者達の守護者とあり続ける為に」

 

マリアへとアシモフは言う。

 

「巫山戯るな!セレナを!セレナを貴様の様な外道に言いように使われてなるものか!」

 

マリアが叫ぶ。ボクもマリアと同じ思いだ。

 

アシモフに知らされた作られた能力者であるボク。それと同様に今この場でシアンを使われ、その様にさせられてしまったセレナ。

 

だが、それは全て自分の責任である。アシモフをあの場で殺せなかったからこうなった。アシモフにトドメを刺せず逃してしまったからこうなった。

 

たらればの後悔がボクを苛ませる。

 

全てが上手くいかず、こんな事になってしまった。だが、その中でも未だアシモフがやられていない事で起きた事がある種の転機であると考える。本来救われなかったセレナ。そのセレナが目の前にいる。悲劇の救いではなく、喜劇に変えれるかも知れない事象が目の前で起きたのだ。ならば後悔をせずに前を向こう。より良い未来を掴む為に行動しよう。

 

アシモフ以外が望む答えを見つけ出した故にボクのやるべき事は決まっている。

 

マリアの大切な妹、セレナを救う。そしてボクの大切な人、シアンを救う。

 

そして何より、多くの人を救う為にボクはアシモフを殺す。

 

死んだ者であるが、生き返った。ならばセレナはマリア達にとってかけがえのない大切な人。ボクにとって救わない道理はありはしない。

 

そしてシアン。ボクを救ってくれ、家族を知らぬ、ボクに家族の温もりを教えてくれた大切な人。彼女もボク同様に本来あの世界にいるシアンの分かれた存在。でも彼女もシアンである。だからセレナ同様救わない道理はない。

 

故にボクはマリアに言う。

 

「マリア…ボクがアシモフを殺せないばかりに君をこんな事に巻き込んでしまってごめん…だけど…訪れた転機…失った筈のセレナとまた君達が歩む事の出来る未来を掴めるチャンスだ…だから力を貸して…セレナを…シアンを助ける為に…」

 

ボクの言葉にマリアもハッとなる。ボクの言葉の意味を理解出来たのか、マリアは頷く。

 

「本当の意味でセレナを救う事が出来るチャンス…もう二度と一目会うことすら叶わなかった事が叶うかもしれないチャンス…そんなチャンス…簡単に話してなるものか!」

 

マリアもそう言った。ボクはマリアを下し、マリアも聖詠を歌い、シンフォギアを纏おうとした。

 

だが、

 

「ッ!?」

 

マリアのセレナから託されたシンフォギア、アガートラームは起動しなかった。

 

それもそのはず、セレナが僅かながらにネフィリムと共にあった電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力をを使用して齎した奇跡。だが、その奇跡はもう力を残していなかった。

 

フロンティアの戦闘、エクスドライブ。その全てで力を使い果たしていたのだ。

 

「どうやら貴様はもう使い物にならない様だな。しかし、貴様がいようとも何も変わらない。完全な蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者となり、真なる雷霆になった私を止める事は不可能、そして頂点(ゼニス)へとなった私をどうこう出来る存在などいはしないのだからな!」

 

そうしてボクとマリアと駆け出すアシモフ。ボクはマリアを守る様に前に出て、雷撃鱗を展開する。そんなアシモフもボク同様に雷撃鱗を展開し、互いの雷撃鱗をぶつけ合った。

 

「今度こそ貴方を殺し、シアンを!セレナを!救い出す!」

 

「残念ながらそれは不可能だ!もう貴様に勝つ術などありはしない!貴様の命はここで尽きる!貴様が足掻こうがもうそれは決められた運命(ディスティニー)!どう足掻こうが貴様に初めから勝てる道理は存在しない事を思い知らせてやろう!真なる雷霆となった私が!頂点(ゼニス)となった私が!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガンヴォルトとマリアが消えた海岸。その付近に着陸した潜水艦の内部にて集まったウェルを除くF.I.S.の面々、そして二課のメンバーと装者達。

 

消えたマリアとガンヴォルト。その行方を探す為に全力で捜索をしている。

 

だが、見つからない。見つける事が出来ない。ガンヴォルトが持つ発信機もこの世界の何処にもそれらを示していないからだ。

 

その理由は誰もが理解している。

 

ガンヴォルトとマリアが消えていった穴。その穴は何度も苦労させられた亜空孔(ワームホール)その物であったからだ。

 

そしてそれを出来るのは倒されたネフィリム、囚われたウェル。そしてバビロニアの宝物庫に消えたアシモフ。

 

ネフィリムは崩壊している姿を見ている故に、それは無く、ウェルも捕らえられて未だ意識が戻っていない為にそれはない。となれば取り逃したアシモフ以外考えられなかった。

 

「野郎…こんな早くに現れやがった!」

 

拳を強く握りながら悔しさを滲み出す奏がそう言った。

 

「アシモフ…あの言葉通り戻ってきたと言うのか…」

 

翼も奏同様に悔しそうにそう言った。

 

「あの野郎…巫山戯た真似をしやがって!」

 

クリスも悔しそうに、そしてアシモフが二人を何処かへと連れていく所をただ見ているだけしか出来なかった為に、悔しそうに、そしてそれを引き起こしたと思われるアシモフに悪態をつく。

 

「ガンヴォルトさん…」

 

そして消えたガンヴォルトを心配する響と未来。

 

掛け替えの無い人が消えた故に、装者達はかなり動揺をしている状況。だが、それよりもかなり深刻な状況に陥っている者達がいる。

 

F.I.S.のナスターシャ、切歌、調だ。ナスターシャにとって我が子の様に大切なマリアの消失、姉の様に慕っていたマリアが自分達の代わりに連れて行かれた事と、消失した事で相当な精神的なダメージを負ってしまった切歌と調。

 

三人はただ涙を流し、悲しむことしか出来ていない。

 

装者達やその他にも精神的な主柱であった二人の喪失はかなり大きな弊害を齎していた。

 

だが、そんな中でも動く者もいる。大人として、そしてガンヴォルトから事前に予測を聞いていた弦十郎だ。

 

弦十郎は装者達が取り乱す中、なんとかしようと動き続けていた。

 

だが、なんとか動こうにもどうしようもない。ガンヴォルトとマリアはアシモフが何処にいるかなんとなく理解している。

 

この世界とは違う場所にあるとされるバビロニアの宝物庫。ソロモンの杖でしか繋げる事の出来ない異界。

 

そこへ至る術は消失した故にどうする事も出来ない。

 

だとしても諦めてはならない。だからこそ、弦十郎は何がなんでも方法を探す為に慎次やオペレーター達に指示を飛ばす。

 

現存する聖遺物の情報からどうにか出来ないかと。だが、故人の了子、もといフィーネの残した文献を探したところで何も手がかりは見つかりはしない。

 

聖遺物は数あれど、バビロニアの宝物庫へと繋がるのはソロモンの杖のみだから。

 

しかし、それでもガンヴォルト、マリアをどうにかしてでも連れ戻す方法、もしくは連絡を取る方法を模索するべく、誰もが奮闘するしかなかった。



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136GVOLT

発売して一ヶ月以上経ったし、クリアして一ヶ月以上ガンヴォルトギブスの現状報告。
クリアし終えて真エンドを見終わり、やる事といえば真ラスボスをノーダメージ+スキルイマージュパルス無しでしばく事。
真ラスボスのスペシャルスキルの避け方を理解して結構避けられる様になったけど他の攻撃をたまにミスる…
他の攻撃をうまく避けてもスペシャルスキルの避け方に失敗してきりんをティウンティウンしちゃう…
もっと上手くなりたい…
やっぱりまずはノーマルきりんよりもXXトリガーのきりん使うか?
あれチート過ぎてきりんのスペシャルスキル使えばそもそも真ラスボスのスキル使われなくて済むし…
でもやっぱり普通のきりんでしばきたい…
とにかく練習してます。


ぶつかり合うボクとアシモフの雷撃鱗。

 

だが、アンイクスプロードヴォルトに匹敵する力の雷撃鱗に何の強化を行っていないボクの雷撃鱗を押し返し、ボクを吹き飛ばした。

 

「グッ!?」

 

ボクはすぐ様体勢を立て直して、再びアシモフへと視線を向ける。

 

だが、

 

「何処を向いている?」

 

「ッ!?」

 

視線を向けた先にアシモフの姿はなく、マリアがボクの後方へと指を刺していると同時に聞こえるアシモフの声が後方より聞こえてきた。

 

ボクはすぐ様背後に腕を交差して振り向くと腕に物凄い衝撃が走り吹き飛ばされてしまう。

 

だが、なんとか踏ん張って地面を滑りながらボクは殴り飛ばされた先を見る。

 

そこには先程の声の主たるアシモフの姿。

 

「この速度にも反応するか、紛い者」

 

拳を振り抜いて、そう言ったアシモフ。

 

反応が遅れた。アシモフが言葉を発しなければ、マリアの警告が無ければ反応出来なかった。

 

先程までと違う。それ程アシモフのスピードが段違いに上がっている。

 

油断していた訳ではない。だが、今のボクの反応速度を上回り、振り切れる速度をアシモフは手にしていた。これがアシモフの言う真なる雷霆と言う存在。

 

「これが真なる雷霆とでも考えてでもいるのか?」

 

まるでボクの心を読んだ様にそう言ったアシモフ。いや読んだのではない。心でそう思ってもボクの表情から、動揺を読み取り、そう考えるにアシモフは至っていたのだろう。

 

「確かにこれも真なる雷霆が齎している力だ。だが、これが真なる雷霆と思って貰っては困る。まだこの力をほんの僅かしか出していないのだからな。初めから全力を出して貴様を殺したいのだが、今の私が全力を出してもどのくらいの強大な力なのかも理解出来んのだ。だから少しずつ試している。蒼き雷霆(アームドブルー)を超えた真なる雷霆(この力)を。暴走はしないがどの程度の力かも把握しておく必要もあるからな。さて、この意味を理解出来ない貴様では無いだろう?先程の力。あれもほんのごく一部に過ぎん。人間が呼吸を当たり前にする様に、あの力も今の私にとってそれと同意義の力なのだから」

 

その言葉に、ボクとマリアは戦慄する。あれ程の力が呼吸を行う様に当たり前に使える。アシモフはそう言ったのだ。ボクが装者とシアンの思いによって到達した未踏の領域。その領域をもアシモフは造作もない様にそれを超えた事を力を簡単に出せると答えたのだ。

 

「ッ!?」

 

叩きつけられる絶望。

 

本当にボクはアシモフに勝てるのか?殺せるのか?アンイクスプロードヴォルトを超える雷撃を簡単に超えると豪語するアシモフを。

 

いいや、勝たなきゃならない。殺さなきゃならない。今のアシモフにボクが負ければみんながいるあの世界が最悪の結末を迎える。そしてボクがもう居られないあの世界をもアシモフによって変えられてしまう。

 

そんな事あっていいわけがない。

 

アシモフの好きにさせていいわけがない。

 

あの世界のボクがアシモフを倒し、それを阻止した様に、ボクもそれを実行しなければ全てが無意味になってしまう。

 

だから弱音を吐くわけには行かない。

 

ボクが負ければ惨たらしい結末がある可能性があるのであればそれを断つためにボクは戦う。

 

それに、この場にマリアがいる。ボクが負ければ、死ねば、マリアはボク同様に惨たらしい結末を迎えてしまう。だからこそ、だからこそ、勝たなければ、殺さなければならない。

 

ボクが成し遂げる事が出来なかったせいで更なる悲劇を生んでしまった。だからこそ、それを止める責任がボクにはある。それを止めなければならない責務がある。

 

だから、どんな逆境に立たされても、どんな絶望に立たされても抗ってみせる。

 

「ならボクは貴方の言う真なる雷霆を超える!ボクの持つ蒼き雷霆(アームドブルー)で!ボクの力でそれを超えるだけだ!貴方を殺す為に!真なる雷霆をボクの雷撃で打ち砕く!」

 

真なる雷霆だろうと頂点(ゼニス)だろうとそれをボクが止める。どんなに強くなろうとどんな手を使ってでもその力を超えて殺す。ただそれだけだ。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!今度こそ!最悪の結果を齎さんとするアシモフを!二つの世界を滅ぼさんとするアシモフを殺す雷霆となれ!」

 

「真なる雷霆をか?全ての能力者達の中で超越した私をか?貴様如きがどうにかなる訳ないだろう!今の私は能力者として蒼き雷霆(アームドブルー)を超えた真なる雷霆!蒼き雷霆(アームドブルー)の力をより引き出した貴様や奴よりも!今の私は更にその先に居る!そんな私を殺せるなど戯言をほざくなよ!」

 

そう叫ぶアシモフの姿は雷光の軌跡を残して姿を消した。それと同時にボクは虹色のオーラを身体から噴き出させると身体能力が底上げされ、アシモフの姿を捉える。

 

既にアシモフはボクの目の前に達しており、ボクの顔面へと向けて蹴りを放っている。

 

ボクはそれを体を捻り躱す。そして無理な体勢から避雷針(ダート)を撃ち込む。だが、アシモフはそれを躱す事もせず、その身に受けた。

 

「真なる雷霆なんて宣い、電磁結界(カゲロウ)も躱す事すらも忘れたか!」

 

ボクは何もせず受けたアシモフへとそう叫び、ボクは雷撃を放ち、アシモフへと向けて不可避の一撃を与える。

 

避雷針(ダート)に誘導される雷撃はアシモフの全身を駆け巡る。アンイクスプロードヴォルトまでとは言えなくても、以前のアシモフにダメージを与える力の雷撃。

 

アシモフはその雷撃をその身に受け動きを止めている。だからこそ、ボクはアシモフへと更なる雷撃を叩き込む為に雷撃を放つ手を握り、アシモフの顔面へと向けて拳を振り抜く。

 

その一撃はアシモフの顔面を意図も容易く捉え、更なる雷撃をアシモフへと流し込んだ。

 

だが、殴ったアシモフは微動だにしなかった。踏み込んだ拳は今のボクの全力。だが、殴った筈のアシモフの感覚は今までにないものであった。

 

まるで拳を振り抜いても動かない山の様であった。その身は人間。だが殴った感触はまるで先程の戦闘時に比べれば異質。

 

「今の貴様はこの程度か…それに私を殺すと宣うもののこの程度の雷撃…ダメージを食らっていた筈の貴様の雷撃などもはや静電気にも満たないな…だがいいぞ、紛い者!貴様の全力が私を能力者の頂点(ゼニス)へと至らせてくれた事を更に実感させてくれる!」

 

そしてまるで狂気を孕んだ邪悪な笑みを浮かべたアシモフはボクが叩き込んだ拳を掴み、先程までと比べ物にならない膂力でボクを投げ飛ばす。

 

「ッ!?」

 

投げ飛ばされたボクは空中で素早く体制を立て直し、アシモフの追撃に備える。

 

だが、アシモフは投げ飛ばした場所から一歩も動いて居なかった。

 

余裕なのか、慢心なのか、ボクの神経を逆撫でする。だが、その驕りが自身の首を絞める事を思い出させてみせるとボクは地面へ降りたった後の行動を、そしてアシモフの次の動きを予測してあらゆる対策を立てる。

 

だが、ボクへと向けてまるで考えを見透かす様に言った。

 

「追撃して来ない事が余裕とも慢心とも思っている様だな。だが、違う。余裕を見せている訳でも慢心でもない。それに追撃の手段があるから()はしていないだけだ」

 

そう言ったアシモフ。何が追撃の手段だ。今のボクならアシモフの速度にも追いつける。だが、アシモフの言葉にほんの僅かながらの違和感と含みのある言い方にボクはすぐにその意図に気付けなかった。

 

その意図を見抜けなかった。存在しているのにアシモフと言う強大な力を持った存在に気を取られて完全に頭から抜けてしまっていた。

 

だからこそ、ボクは背後からの強力な一撃を避ける事が出来ずにそのまま地面へと叩きつけられ、地面を削り、そのままマリアの元へと転がった。

 

「ガァ!?」

 

「ガンヴォルト!」

 

叩きつけられた事に肺の中の空気が一気に放出され、意識が朦朧とする。その姿を見てマリアも叫ぶ。

 

何が起こった?何がボクに一撃を入れた?

 

そんな疑問が浮かぶ。だが先程言った様にあれ程の存在を頭から消したボクの落ち度。

 

アシモフの力によって生み出されたネフィリム。それがボクに一撃を与えたのだ。

 

「グッ…大丈夫…」

 

ボクは軋む身体を何とか立たせる。今の攻撃のダメージは大きい。だが、生体電流を活性化させてダメージを少しずつ回復させて行く。

 

リヴァイヴヴォルトで一気に回復すればいいだろうと考えたが、この先どんな戦いになるかも分からない故に(スキル)の乱発は出来ない。

 

アンイクスプロードヴォルト。あの力に到達したものの今はその未踏の道が閉ざされ、到達出来ない。あの力を再び到達出来ればなんとか出来る可能性もある。

 

シアンの思い、そして装者達が齎したあの力を。

 

だが、ボクの思いとは裏腹にそれに至る事は叶わない。あの力はシアンの思いと装者達の歌う輪廻の歌が齎した力。ボク一人では到達する事はもう不可能であった。

 

だが無いものをねだっても仕方がない。至れないのであればその力を抜きにして戦術を練り、戦い、勝たなければならない。

 

アシモフとネフィリム。二人の怪物から。

 

「ガンヴォルト…ごめんなさい…私が…私がシンフォギアを纏えないから…」

 

ボロボロになって立ち上がるボクに向けて涙を流しながらそう言う。

 

「何度も言うよ…これは君のせいじゃない。これはボクが成し遂げる事が出来なかったから起こった。君がシンフォギアを纏えないせいじゃない…だから…ここは任せてくれ…ここも危険だ…逃げ場もない…だけど…マリア…ボクは君を絶対に守る…アシモフを…ネフィリムを倒して…セレナと…シアンを救って…みんなの元に帰すから…絶対に…」

 

ボクは涙を流すマリアにそう言った。

 

敵対するアシモフとネフィリムは強大。力の上限を見せていない。既知の人物で限界をも知っていたが、今となってはそんな情報など何も役に立たない。

 

だけど今まで通りだ。情報のない戦いに何とか勝利を掴んできた。だが、今回ばかりはそれがかなり厳しい。可能性があまりにも低いと今のボクの感覚がそう知らせる。

 

だが、それが何だ。可能性が無いわけじゃない。ゼロでなければ掴める可能性がある。諦める気など毛頭無い。

 

何度倒されようが今までの様に自分が認めたくない結末を否定する為に立ち上がってみせる。

 

シアンを救えず、セレナを救えず、マリアを救えず、あの世界のボクを信じてくれるみんなのいる世界を壊されない為に。

 

そしてボクは今出せる最大限の雷撃を纏う。

 

そしてどれ程の効力を持つか分からないが、マリアの安全の為に、ボクは通信機をマリアの元に向けて滑らせるとそれを起点としてマリアを守る雷撃鱗を展開させた。

 

そしてそのままより近くで構えをとっているアシモフに向けて駆け出す。

 

そして再び雷撃鱗を展開してアシモフとぶつかろうとする。

 

アシモフも駆け出したボクに応戦する様に雷撃鱗を展開して迎え撃つ。

 

「芸が無いな。馬鹿の一つ覚えの様に雷撃鱗の突進。今の貴様如きの力で私がどうにかなるとでも思っているのか?」

 

そう言ったアシモフの雷撃鱗が出力を上げる。今のボクの最高出力を超える雷撃鱗。

 

拮抗とも呼べず、ボクが押される。

 

出力では敵わない。それでも押し負けんとふんばろうとする。

 

だが、そんな努力は虚しくアシモフがさらに出力を上げた雷撃鱗にボクは押し負け、距離を離され、雷撃鱗が解除される。

 

そしてそのまま離された距離を一気に詰め寄ったアシモフがボクを展開した雷撃鱗に取り込んだ。

 

「グッ!?」

 

自身の出力を超える雷撃。許容量を超える雷撃にボクの身体はダメージを蓄積させていく。

 

更に雷撃鱗へ取り込んだアシモフは追撃とばかりに拳を蹴りを叩き込んでくる。

 

雷撃が身体を蝕み、動きが鈍くなり、躱す事を出来ず、ガードをしても鈍い動きでは間に合わず、アシモフは掻い潜り、雷撃鱗よりも強力な雷撃を纏う拳と蹴りの連撃を叩き込んで来る。

 

自身の強化のお陰で骨は折れなくとも身体が軋む。だが、それでもこの連撃にいつまでも耐えられるわけがない為に、何とか反撃を試みるもその全てアシモフに防がれる。

 

躱され、流され、防がれ、反撃をされる。

 

手も足も出ない。

 

サンドバックのような状況。

 

そしてアシモフはボクのコートの胸ぐらを掴むと雷撃鱗からボクを投げ飛ばした。

 

その投げ飛ばした方向にはネフィリム。

 

ネフィリムは何もしていなかったわけではなく、物凄い力を秘めた光線を溜めていたのだ。

 

そして放たれる極太のレーザー。残光(ライトスピード)の力。今までに見せた残光(ライトスピード)の力など比較にならない力。本来の能力者のスペシャルスキルがお遊びに見える程の圧倒的な能力。

 

その一撃がボクへと向けて放たれたのだ。

 

あんな力の奔流に当たればどうなるか分からない。幾ら強化された肉体だろうとあれ程の力を耐えられる訳がない。

 

ボクは雷撃鱗を展開して投げ飛ばされるスピードを抑えようあ。そして雷撃鱗による磁場を利用してそのレーザーから逃れる為に空中を移動して何とかそれを回避する事が出来た。

 

だが、

 

頂点(ゼニス)の力だ。その威力は見ただけでも理解できるだろうが、体感してみるのもいいだろう?」

 

いつの間にかボクの雷撃鱗の中に出現していたアシモフ。先程と同様にボクの雷撃を物ともせずに存在するアシモフはボクのコートの胸倉を掴むと同時に、更に強力な雷撃をボクに流し込んだ。

 

「ガァ!?」

 

今までとは比べ物にならない雷撃。それに耐えきれず、ボクは苦痛の悲鳴を上げる。

 

それと同時に今回の雷撃はあまりの強さに、他の作用も齎した。

 

ボクのEPエネルギーのオーバーヒート。許容量を大きく超えた雷撃がエネルギーにまで作用したのだ。

 

雷撃鱗が無理矢理解除され、ボクは無防備な状態にさせられる。

 

そして、アシモフはボクを掴んだまま、アシモフ自身も未だに放たれている極太のレーザーへと飛び込んだ。

 

「アアァァ!」

 

極太のレーザーへと飛び込んだ事により、光や持つ熱量がボクに襲い掛かる。

 

想像を絶する熱と痛みがボクの全身を駆け巡る。

 

意識が飛びそうになる。身体が引きちぎられそうだ。

 

だが、逃れようとしても逃れられない。レーザーが、アシモフがそれを許さない。

 

レーザーを直撃してその熱量に晒されながらもアシモフは何のダメージを受けていない。

 

その理由は分かりきっている。

 

電磁結界(カゲロウ)

 

電磁結界(カゲロウ)によってこの熱量を無効化している為に無傷でいられる。

 

故に腕を離さず、ボクをそのレーザーに晒し続ける。

 

そのままボクはその膨大な熱量を逃れる事ができず、身体がバラバラになる様な痛みにさらされながらそのレーザーが消えゆくまで晒され続けた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ガンヴォルトォ!」

 

アシモフに手も足も出ず、極太のレーザーに飲まれたガンヴォルトの名をマリアが叫ぶ。

 

アシモフと言う存在の強大さと復活したネフィリムの使う第七波動(セブンス)の力。

 

規格外。

 

そう表すしか表現しようのない力。

 

それにガンヴォルトは飲まれたのだ。

 

ガンヴォルトが作ったマリアを守る為の雷撃鱗の中からでもその力の破壊力を理解出来る。

 

あの力は人間が耐えられる攻撃ではない。あれは人がどうにか出来るものでは無い。

 

ガンヴォルトはあれをまともに受けて無事なのか?生きていられるのか?

 

不安がマリアを支配する。

 

だが、マリアに出来る事は祈るだけしか無い。

 

今のマリアは何の力も持たない。シンフォギアを纏う事すら出来ない。ただガンヴォルトがマリアを守る為に作り出した雷撃鱗の中で黙って見る事しか出来ない。

 

だが、例えアガートラームを纏えたとしても。戦えたとしても。この戦闘では自分の持つ力のは足手纏いにしかならない。

 

ガンヴォルトですら手も足も出ないままあんな事になった。そんな敵にマリアが叶う訳もない。

 

そして極太のレーザーが消え、無傷のアシモフと浮遊するネフィリムの全体像がマリアの目に映り込む。

 

そしてアシモフが手に捕まる蒼いコートがボロボロとなり、身体の至る所から血を流すガンヴォルトが見えた。

 

「ガンヴォルトォ!」

 

希望たる光のボロボロの姿。マリアはガンヴォルトの名を再び叫ぶ事しか出来ない。

 

ガンヴォルトと言う希望が潰える瞬間を見せられるマリアは絶望する。

 

だが、アシモフに掴まれたガンヴォルトはコートが破れ、そのまま落下していく。

 

本当の絶望がマリアを支配しようとしたその時、

 

「…リ…リヴァイヴ…ヴォルト…」

 

掠れる様な声、聞き取れるか微妙な声がマリアの耳に届くと、ガンヴォルトから再び雷撃が迸り、空中で体制を立て直すと、虹色のオーラを再び纏って、地面に着地する。

 

「ガンヴォルト!大丈夫なの!?」

 

マリアはガンヴォルトの名を心配そうに叫ぶ。

 

「無事…とは言い難い!何とかして見せる!だからマリア!君はとにかくその中にいるんだ!」

 

ガンヴォルトはそう叫んで、再び空中へと向かい、アシモフと戦闘を再開する。

 

だが、アシモフとネフィリム。二つの強大な敵を前にガンヴォルトは常に劣勢を強いられながらも対峙していた。

 

巨大なレーザー。巨大な火球。そして飛来し続ける黒い粒子。そして石化の光線。

 

今までの第七波動(セブンス)の比にならない攻撃を耐え忍ぶガンヴォルト。

 

それを見る事しか出来ないマリア。戦えない事が辛い。力になれない事が悔しい。何も出来ない自分が腹正しい。

 

そんな思いがマリアに募らせる。

 

力になりたい。でも一人ではどうする事も出来ない。力のない自分には何も出来ない。

 

悔しさに涙を浮かべる。

 

そして飛び火した残光(ライトスピード)爆炎(エクスプロージョン)の力がマリアの近くにも飛来する。

 

だが、何とか当たることは無かったが、自分の周りの地面が削れ、その破壊力の高さを知らせている。

 

ガンヴォルトには勝ってほしい。だが、あの強大な力に本当に勝てるのか?いや、勝たなければ全てが終わる。

 

どうしようもない絶望に抗うガンヴォルトをただ見る事しか出来ない。

 

「お願い…セレナ…ガンヴォルトに…ガンヴォルトに力を…」

 

そして願うのはネフィリムの中に囚われているセレナ。

 

意識がないのか、動きはない。だが、それでも神よりも、今までマリアを守っていたセレナにマリアは祈るしか無かった。

 

しかし、

 

「マリア!?」

 

「ッ!?」

 

その祈りを消す様に、アシモフとネフィリムと対峙するガンヴォルトがマリアの名を叫んだ。理由は未定だから分かる。マリアの近くに爆炎(エクスプロージョン)の火球が一つだけ向かってきたからだ。

 

どうしようもない。死にたくないが死を覚悟してしまう様な一撃。

 

だが、その爆炎は今までと威力が違い、マリアの近くで爆発したものの、そこまでの被害を起こさなかった。

 

「どうやら、ネフィリムは力を誤った様だな…だが、もうそんな事を起こさせん!何も出来ない奴は無視だ!まずは紛い者を力を試し、殺す!」

 

アシモフは力を誤ったのかそう言うが、マリアなど眼中にない様にそう叫び、再びガンヴォルトを痛ぶり始める。

 

「ッ…どうしたら…」

 

助かったが、依然として変わらない劣勢。

 

『マリ…ア…姉…さん』

 

そんな時、大切な妹、セレナの声が聞こえた。

 

マリアはすぐにネフィリムに取り込まれたセレナを見る。だが、セレナはぐったりしており、意識は戻っていない。

 

もしくは自身が思う余り、あるはずが無い幻聴を作り出したのか?

 

そんな考えが浮かんだ。

 

だが、

 

『マリア…姉…さん…それで…あの人を…助ける力に…』

 

再び聞こえたセレナの声。

 

幻聴ではない。間違いなくマリアの耳にセレナの声が聞こえた。

 

何を意味しているか分からない。だが、セレナは何かを知らせてくれた。

 

「ッ!?」

 

そしてマリアは気付く。先程マリアの近くに放たれた爆炎(エクスプロージョン)の火球が着弾した地点。

 

そこにあるもう失われたと思われた物が僅かに見え隠れしていた。

 

ボロボロになっているが原型は留めている。

 

セレナの声が齎した希望。そしてこの戦いをどうにか出来るかもしれない希望。

 

それを手にする為に、マリアは雷撃鱗の起点となる通信機を手に、それに向かい、駆け出した。




あと三話


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137GVOLT

残りあと二話。
多分今回よりも文字数は増えると思います。
一文字万越えまで書くつもりなかったけど、あと二話で終わらせる為なので仕方ないんです…


アシモフとネフィリムに必死に食らい付き、現状を変えようとするボク。

 

だが、その奮闘など虚しいもので一切アシモフに、ネフィリムにダメージを与えられない。

 

逆にボクはアシモフとネフィリムの攻撃を耐え忍ぶばかり。あまりの強力な一撃、そして乱打される今までよりもかなり強力な七宝剣の第七波動(セブンス)達。

 

劣勢とも呼べない一方的な展開が続いている。

 

何とか致命傷を避けてはいるものの、生体電流の活性化では到底追いつく事が出来ない程の傷が夥しい量ボクの身体に刻まれている。

 

だが、それでもボクは一方的な展開の中で、ほんの僅かに生まれるかもしれない勝機を信じ、立ち回り続ける。

 

だが、依然として猛攻は止む気配が無い。寧ろ更に進化する様に威力、速度が増していく。

 

アシモフの言っていた真なる雷霆の力の出力確認。長ければ長い程より強力なものへと変化し続ける。

 

そしてネフィリムも。アシモフの言う能力者達の頂点(ゼニス)としての象徴となるシアンとセレナを取り込んだネフィリム。取り込んだ事により、更に強力な力を扱い、アシモフ同様にその頂点とも言える様な能力者を扱い出す。

 

亜空孔(ワームホール)も、残光(ライトスピード)も、爆炎(エクスプロージョン)も、翅蟲(ザ・フライ)も。

 

戦闘してる際にはまだ使われていないものの亜空孔(ワームホール)は初めにボクやマリアを連れ込んだ様に、次元すら超える事の出来る力まで昇華している。

 

そしてそれが意味するものは既に理解出来ている。

 

アシモフのあの世界へと帰る手段。それが強化された亜空孔(ワームホール)の力を利用したものだ。

 

残光(ライトスピード)

 

ビットなどを使わずに光を作り、集めて凝縮させた熱線へと昇華させた力。その威力を間近に受け、本来の能力者のスペシャルスキルなど比較にならない力を有していた。強化されていなければその熱量に跡形もなく消されるほどの威力であった。

 

爆炎(エクスプロージョン)

 

こちらも本来の能力者をも超える火球を生み出す事が出来、装者達があの世界で対峙した際にも見た火球よりもより大きさは同じだとしても内包している熱量は更に強力なものとなっている。

 

翅蟲(ザ・フライ)

 

ボクが今日せずとも展開する雷撃鱗ですぐに炭化する筈の黒い粒子は雷撃鱗を耐え、今出せるボクの最大限の雷撃鱗ではほぼ目の前まで車で消えない程の耐久性を備えている。

 

そして生命輪廻(アンリミテッドアムニス)

 

付随する石化の光線もその効果範囲はまし、そして本来の能力者同様の力を今のアシモフは持っている。セレナの蘇生、今はそれだけしか見せていないが、ノイズに生命を与え、復活させる力。

 

その全てをアシモフは本来の能力者よりもネフィリムを通して使いこなしている。

 

限界すら未だ見せずに。

 

力の差は余りにも大きい。たった一つの第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)しか持たず、アンイクスプロードヴォルトにも至れないボクが勝てる要素など限りなくゼロに近いだろう。

 

例え、アンイクスプロードヴォルトに至れたとしても、アシモフの蒼き雷霆(アームドブルー)の到達点である真なる雷霆に、ボクの到達した力も何処まで通用するかも分からない。

 

だが、限りなくゼロに近い、通用するかも分からない。つまりは勝機は低くても掴める可能性があるという事。

 

だから、その限りなく低い可能性を手繰り寄せるためにボクは抗う。

 

アシモフを殺す為に、シアンを、セレナを救う為に。

 

「抗い続けても結果は変わらない!貴様の様な紛い者にもう勝機などありはしないのだからな!」

 

「黙れ!抗い、生きているならまだ可能性は残っている!アシモフをボクが殺せる機会はある!勝機がないなんて貴方が決める事じゃない!」

 

「違うな!今の貴様が生きているのは本来の真なる雷霆の力を調整(アジャスト)している為に過ぎないのだよ!そこまで言うのであれば、今すぐに本来の真なる雷霆の力を存分に使い!ネフィリムの持つ能力者としての頂点(ゼニス)の力を使い、貴様を終焉(デッドエンド)へ誘ってやろう!」

 

その言葉と共に、アシモフの雷撃が、ネフィリムの扱う第七波動(セブンス)達が桁違いのエネルギーを持ち始める。

 

ここからがアシモフとネフィリムの全力。今持てる力を最大限に使用してボクを殺しに来る。

 

だが、何度も言う様にボクは諦めない。

 

抗って抗って、僅かな勝機を掴み取り、アシモフを殺す。

 

だからこそ、ボクは限界を越える為にオーラを更に溢れ出させる。アンイクスプロードヴォルトに届かないが、今出せる最大限の力を振り絞って。

 

だが、そんな時、アシモフは動きを止めた。

 

「何故あれが未だ現存している?」

 

ボクに視線を向けず、そう言った。

 

何が現存している?

 

ボクはアシモフの視線の先へと目を向けると、それは雷撃鱗に守られるマリアが、地面から何かを掴み、引き抜いていた。

 

マリアが引き抜いたもの。それはソロモンの杖。

 

何故あれがまだ残っているんだ?ボクもそれは疑問に思ったが、アシモフの気が一瞬でもそれた今が反撃のチャンスとばかりに、空中を駆けてアシモフに殴りかかった。

 

だが、アシモフは先程同様にボクの拳を避ける事もせず、それをまともに喰らう。しかし、殴ってもアシモフはなんともない様に、マリアから視線を逸らしてボクを見る。

 

「あれが何故まだ現存しているかは知らないが、ノイズすらもういないこの世界とあの世界を繋ぐだけの完全聖遺物。ならば、私の障害となり得ない。だが、その気の緩みが今までだ。貴様をあの世界で見過ごしたせいでこんな事になった。この世界でも貴様を完全に殺し切れなかったせいでこんな事になってしまった。だからこそ、もう見過ごしはしない。何か起こりうる可能性がある物ならばここで壊す。ここで殺す」

 

そう言うとアシモフはボクの腕を掴み、拳を殴られた箇所から離すとボクの腹に蹴りを叩き込む。

 

ボクはダートリーダーを持つ腕でその蹴りをガードするが、ガードしてもあまりの膂力にボクは吹き飛ばされた。

 

そしてアシモフはネフィリムに命令を下し、マリアを殺す為に、ソロモンの杖を破壊する為に、火球を作り上げ、かなりの速度でマリアへと放つ。

 

ボクはそれを防ぐ為に、空中で吹き飛ばされながらも体勢を整え、火球をどうにかしようと、マリアへと向かう火球へと空中を駆け出す。

 

「ッ!?」

 

「行かせるとでも?」

 

だが、火球の射線へと向かうボクの前には既にアシモフが立ち塞がっていた。だが、時間などない為に、ボクはアシモフを無視してマリアの元へと向かう。

 

しかし、それをアシモフが許す訳もなく、ボクの前に一瞬で移動すると立ち塞がって道を阻む。

 

「邪魔をするな!」

 

「邪魔をするとも。どんな些細な可能性をもう起こしなどしない。ソロモンの杖もろとも、マリア(レディ)には消えてもらう」

 

そう言ってアシモフはボクへと攻撃を開始して、マリアの元へと向かわせない。

 

「マリア!逃げろ!」

 

あれ程の火球、速度、そして遮蔽物のない陸地である場所。そんな事を叫んでも無駄な事を理解している。だが、ボクはそう叫ばずにはいられない。

 

逃げ場のない陸地にいるマリア。その火球がどんどんとマリアへと向けて近づいていく。

 

「ガンヴォルト!絶対!絶対生き残りなさい!貴方が死ねば全てが終わる!そんな事あってはならない!だから耐えなさい!私の事は気にしないで!」

 

マリアがボクに向けてそう叫んだ。

 

逃げる事が出来ないからそう叫んだのか?死を受け入れたからそう叫んだのか?そうしてはならない。そんな事になって仕舞えば待つべきものは悲しみのみ。それに、マリアの帰りを待つ人達がいる。

 

「駄目だ!君が居なくなればナスターシャ博士は何て思うか知っているのか!?切歌も!調も!セレナも!君が居なくなればみんな悲しむだろう!生きるのを諦めるな!」

 

だからマリアへとボクはアシモフと対峙しながら叫ぶ。

 

「安心するといい。どうせ貴様達全員私が殺す。悲しむ者など存在などいない様ら等しい死をくれてやる。故にそんな感情など持つ必要はない」

 

そんな中ボクとマリアのやり取りにアシモフが口を挟む。

 

そして火球がマリアの眼前まで迫り、マリアの姿が見えなくなる。

 

「マリアァ!」

 

そしてボクの叫びも虚しく、火球が陸地と衝突して大きな爆発を起こした。巻き上がる瓦礫と黒煙。

 

そこから導き出される答えは最悪なもの。

 

そして未だ止まらないアシモフの攻撃を喰らいながらも耐えるボクにその答えを合わせるかの様に黒煙が晴れ、景観が露わになる。

 

そこにあった光景はは導き出した答えそのもの。

 

破壊された陸地。殆どが消失しており、火球の威力の凄さを物語っている。

 

そしてその場にいたと思われる守ると誓ったマリアの存在までもその火球の熱量により消え去っていた。

 

「あ…あぁ…」

 

その光景を見たボクは戦いの最中にもかかわらず放心してしまう。

 

そしてその隙をアシモフが見落とすはずもなく、今までの鬱憤を晴らすかの様に確実に息を止める力でボクへと連撃を叩き込んだ。

 

「さっきも言っただろう。悲しみなどせずとも貴様もすぐに殺してやるのだからな」

 

そしてアシモフは残った陸地へとボクを殴り飛ばした。

 

「ガァ!」

 

そして地面へと叩きつけられたボク。

 

マリアを救えなかった。マリアを殺されてしまった。守ると誓ったのに。マリアを必ずあの世界に帰すと誓ったのに。

 

どうして…どうしてボクは救えない。

 

シアンを本当の意味で救えなかった…マリアを救えなかった。深い業と悲しみばかりを募らせ続ける。

 

全て、ボクが為し得なかったからこんな悲惨な結末を迎える結果となった。

 

本当にボクは何の為に戦っていたんだ…。

 

守る為だろう…救う為だろう…こんな悲惨な結末を変える為だろう。だが、それを達成する事はもう無かった。

 

全て自分が悪いのだ。

 

元凶であるアシモフをあの時殺せなかった事が。あの時に終わらせられなかった事が。そのお陰で好転したかもしれない状況。でもそれはもう何の意味もないりもう存在しない。マリアの死でそれがなくなってしまった。

 

もうどうにでもなれと自暴自棄へと陥りそうになる。

 

だが、それすらもボクは出来なかった。自分自身の根底にある信念が、マリアの言葉が、それをさせなかった。

 

誰かを救いたいと言う思いが、そしてマリアが残した言葉が、ボクを依然として戦わせようとする。

 

マリアが居なくなり、一つの絶望に見舞われた。だが、それが依然として続くのだ。次はあの世界へ。

 

そしてマリアの言葉が、ボクを突き動かそうとする。

 

生き残れと残したマリア。故に死ぬ事は許されないと。あの世界を何としてでも救えと。

 

ボクは涙を流しながら、立ち上がった。

 

マリアを殺したアシモフを殺す為に。いいや、殺したのはアシモフだとしてもマリアを殺したのはボクの様なものだ。ボクがアシモフを殺せなかったから、マリアを失った。責任転嫁でもしなければ気が狂いそうな程の狂気が襲いくる中で、ボクはただ戦いに身を置くしか無かった。

 

怒りに身を任せるのはボクの心情は駄目だと理解している。

 

だがそれでも、そうでもしなければ戦えないと。無理矢理自身の闘志を奮い立たせ、滞空するとアシモフへとボクは駆け出した。

 

「アシモフ!ボクは貴方を絶対に許さない!マリアを!あの子を待つ人達を悲しませた貴方をボクは絶対に殺す!」

 

そして再び腕を交差して互いの雷撃がぶつかり合う。

 

「ナンセンスな言葉だな!怒りのままに無意味に駆け出すとは貴様如きに許されないと言われようがどうでもいい!そしてもうここで終わりにしようか!紛い者!頂点(ゼニス)の力と真なる雷霆の真の力で貴様を!私が貴様に見せる最後の餞別(サプライズ)だ!」

 

そう叫んだアシモフが、更なる雷撃を放出する。ボクはその雷撃に押されて再びアシモフと距離を離される。そしてネフィリムもそれに呼応する様に、光初め、取り込まれているセレナが、その近くに浮遊するシアンが苦しそうにし始める。

 

そして聞こえてくるシアン、そしてセレナが歌う歌。かつてボクがシアンを皇神(スメラギ)から一度救い出した際に聞いた自由を奪われた悲しさを思われる歌。

 

そしてそれと同時にネフィリムの周りから七つの光が立ち上る。そしてその光が収まると共にそこに七つの人影。

 

「ッ!?」

 

それが何なのかは姿を見て分かる。そしてどうして現れたかも。

 

生命輪廻(アンリミテッドアムニス)で取り込んだ七宝剣達を蘇らせたのか…」

 

そう。そこに現れた七つの人影。それは変身(アームドフェノメノン)をした七宝剣。

 

怠惰なる亜空孔(スロースホーラー)メラク。

 

傲慢なる残光(シルエットプライド)イオタ。

 

怒れる爆炎(バーントラース)デイトナ。

 

貪り尽くす翅蟲(グラトニーフライ)ストラトス。

 

妬ましき生命輪廻(アンリミテッドエンヴィー)エリーゼ1、エリーゼ2、エリーゼ3。

 

かつてあの世界でボクと能力者の殲滅を願う無能力者の少年、アキュラに屠られた筈の者達であった。

 

「ああ、復活させた七宝剣。最も、貴様を確実に殺せる力を持つ磁界拳(マグネティックアーツ)の能力者、そして統括し、この世界にも何故現れたかは知らないが、蒼き雷霆(アームドブルー)とは異なるが強力な第七波動(セブンス)念動力(サイコキネシス)を持つ能力者、紫電。そして能力は不明ではあるが、蒼き雷霆(アームドブルー)念動力(サイコキネシス)同様に強力な力を持つ第七波動(セブンス)夢幻鏡(ミラー)をも作り出す事が出来れば良かったのだが、どうやら生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の効力は元となるものがなければこの様に蘇生は出来ないらしい。こんな事ならば、あの弾丸も一つは残しておくべきであった。だが無いものに強請っても仕方ない。だが、それがなくとも貴様など殺すなど容易い。不死の兵隊(イモータルソルジャー)。幾ら最強の蒼き雷霆(アームドブルー)を持とうとも、更なる力を手にしようとも貴様がいくら抵抗しても屠れぬ最強の傀儡。意識は電子の謡精(サイバーディーヴァ)、そして蒼き雷霆(アームドブルー)によって意のままとなったこの者達と、私とネフィリムで!貴様に本当の終焉(デッドエンド)を齎そう!」

 

そしてその号令と共に動き始めた七つの影。

 

「絶対にそんな事になってなるものか!貴方が何度も蘇生をさせるのならばボクもまた七宝剣達を何度でも元いた場所へと戻し!ネフィリムを倒し!アシモフ!貴方を殺してシアンとセレナを取り戻す!」

 

「貴様の妄言は聞くに耐えんな!出来ない事を宣うなよ!紛い者!」

 

そして襲い来る七宝剣達。

 

だが、その力はかつての比にならない。ネフィリムが扱っていた力を完全にモノにした意志なき傀儡。

 

ボクはその全てを叩き伏せる為に七宝剣達の使う第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)をぶつけ合った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガンヴォルトとマリア。二人の救出をする為に案を探し続けるが何も出てこない。

 

隔絶された異界へと向かう方法など今の科学の力ではどうにもならないからだ。

 

ガンヴォルトとマリアがどうなっているかなども分からない。助け出す方法も、救いに行く方法も。

 

だが、それでも諦めるなどあり得ない。

 

ガンヴォルトの予想であれば今もまだガンヴォルトは戦っている。バビロニアの宝物庫という場所で、今も生きているアシモフと。

 

ガンヴォルトならば勝つ。そう信じてはいるが、異界となると何が起こるかなど分からない。だからこそ、何としてでもガンヴォルトとマリア。二人をどうにかする方法を模索し続ける。

 

そんな時間が長く続いた気がする。実際はそんな時間は経ってはいないが、それ程の心労が今の二課の内部に満ちている為に長く感じるのだ。

 

その時、

 

「ッ!?」

 

鳴り響いたアラート。

 

それはノイズが発生する際に響くアラート。しかもこの近くの林の中。そして地面をも揺らぐ爆発。

 

「こんな忙しい時に!」

 

弦十郎は出現したノイズと思われる反応に苛立ちを募らせる。

 

「ッ!?おかしいです!ノイズの反応パターンが検知されません!」

 

あおいがそう叫んだ。そして続くように朔也が叫ぶ。

 

「ッ!?このパターンは!?ネフィリムから発せられた第七波動(セブンス)爆炎(エクスプロージョン)です!」

 

「ッ!?」

 

最悪のパターンが想定されるその言葉。

 

その瞬間に本部が凍り付くのが分かる。

 

それが知らせる一つの可能性。

 

ガンヴォルトが敗北し、マリアも敗北、そして再びアシモフがこの世界へと踏み入れたと。

 

訪れる絶望。

 

ガンヴォルトの死、そしてマリアの死に誰もが絶望する。だが、それでも今悲しむ暇などありはしない。

 

アシモフと言う災厄を倒さねば世界が終わる。ガンヴォルトが守ろうとする世界が終焉を意味する。

 

だがら悲しむ事よりも目の前の災厄を倒さねばならない。そうなれば悲しむ事すら出来ないのだから。

 

「アシモフ!奴をこの場で我々で屠る!」

 

弦十郎はそう叫ぶ。

 

だがそんな中、一つ気掛かりがあるのか朔也が叫んだ。

 

「待ってください、司令!これをアシモフと断定するのは早急過ぎます!」

 

「どういう事だ!?」

 

朔也が気掛かりである事を話し始めた。

 

「アシモフには亜空孔(ワームホール)、その力があります。次元すら超え、ガンヴォルトとマリアさんを連れて行った亜空孔(ワームホール)。なのに観測されたのはノイズの出現させる為に発生する形成パターンのみ。そして爆炎(エクスプロージョン)の反応。何故亜空孔(ワームホール)があるのに態々ノイズが出現する方法で出て来たのか?何故出て来た瞬間に現れたのは爆炎(エクスプロージョン)なのか?放つのであれば正直想像したくはないですが、アシモフならば、この世界を破壊しようとするアシモフなら犠牲が多い場所にすると思われます。なのに近くの林の中。これはアシモフの意図とは別のものではないと考えられます。そしてあれ以降の反応はない」

 

朔也の気掛かり、それは何故亜空孔(ワームホール)ではなく、ノイズが出現する方法、つまり、ソロモンの杖で出て来たのか?そしてそれから出て来たのが何故爆炎(エクスプロージョン)なのか?

 

朔也が気掛かりに思ったのがそれであった。

 

アシモフの事だ。何か意図があるに違いないと思うが、とも考える。だが、それならば最も反応があってもいい筈。

 

だが、それ以降何の反応もない。

 

ならば何なのか?

 

そしてその答えが通信機越しに出された。ガンヴォルトの通信機。

 

『…聞こ…る!誰…!誰か…答…て!』

 

その声はガンヴォルトと共に消えたマリアであった。だが、通信機に不調があるのだろう。マリアの声は途切れ途切れであった。

 

「マリア!」

 

切歌と調が先程まで泣いていたのにその声を聞いて悲しさから安堵の涙へと変わる。

 

そしてその声にいち早くナスターシャが答えた。

 

「マリア!?本当にマリアなのですか!?」

 

『マ…!?み…ないる…!?お願い!ガ…ヴォル…を!…ン…ルトを助ける為に協力して!』

 

「何があったか詳しく教えてくれ!」

 

「マリア!ガンヴォルトは無事なのか!?」

 

「あいつは!あいつは大丈夫なのかよ!?」

 

「マリアさん!ガンヴォルトさんを助ける為にってどういう事ですか!?」

 

「ガンヴォルトさんはどうなっているんですか!?」

 

奏、翼、クリス、響、未来も矢継ぎ早にマリアへとそう聞く。だが、通信が不安定なせいでうまく聞き取れない。

 

だが、戦闘している訳でもなく、ガンヴォルトの通信機が動いていない。つまりはマリア一人という事だろう。

 

ならば、現状把握をする為にも弦十郎は慎次へとマリアを連れてくる様に指示をする。

 

慎次は頷き、すぐ様にマリアの救出へと向かう。

 

そして暫くして慎次が、少し煤けてしまってはいるが、無事なマリアとボロボロになったソロモンの杖を携え、連れて帰って来た。

 

「マリア!」

 

その姿を見て一番に反応したのが、切歌と調であった。

 

マリアが無事な事に安堵の涙を流し、マリアへと抱きついた。

 

「切歌、調」

 

マリアも二人に無事であった事を伝えて、頭を撫でる。だが、状況が状況故にマリアはすぐさまナスターシャ、そして弦十郎の方に振り返り言った。

 

「今は時間がない!ガンヴォルトを!あの人を助ける為に協力して!」

 

「それをこっちも聞きたかったところだ。ガンヴォルトはどうなっている?アシモフは?」

 

「…アシモフは生きている…最悪の力と最低な事をしでかして」

 

そしてマリアが語った現状。

 

アシモフの生存。そしてより強力な存在、蒼き雷霆(アームドブルー)を超えた力、真なる雷霆、アシモフが生み出した能力者としての頂点(ゼニス)という力、再び顕現したネフィリム。そしてそれに取り込まれる形で融合したセレナとシアン。

 

圧倒的な力の前にガンヴォルトは苦戦を強いられている事。

 

「私は助けたかった…協力したかった…でも…それすらも私には出来なかった…今もこうしてセレナに…セレナの声に導かれて、これで…ソロモンの杖でなんとかこの世界に戻ってきた…だけど…ガンヴォルトは今も戦っている…ボロボロになってまで…この世界を…セレナを…電子の謡精(サイバーディーヴァ)を救う為に…でも…今のアシモフは強すぎる!今までよりも強力な力を!第七波動(セブンス)をアシモフは使える様になっている!あんな化け物を一人でどうにか出来るものじゃない…出来たとしても…ガンヴォルトは無事じゃ済まない…そんなの嫌だ…ガンヴォルトは…こんな私を…マムを…切歌を…調を救ってくれた…そんな人がもうこれ以上ボロボロになる姿を見たくない!そんな事させたくない!」

 

マリアは一呼吸置いて言った。

 

「だから彼を!ガンヴォルトを助けて!セレナを救って!」

 

マリアはそう言った。涙を流しはっきりと。

 

勿論それを聞いた者達の答えなど決まっていたり

 

「…そんな事言われなくてもやってやるよ…私達はあいつに救われている…誰だって同じ気持ちだ…あいつの助けになれるなら…シアンを救えるのならそれにあんたの大切な人をあんな悲劇な救いじゃなくて本当の意味で救えるのなら協力するに決まってるだろ!」

 

奏がそう言った。

 

「当たり前だ!ガンヴォルトを助けられるのなら!幾度となく救って貰った!助けられた!ならば今度は私達がガンヴォルトの力になる!」

 

翼がそう言った。

 

「あいつには借りがある。恩がある。だからそんな状況になっているのを知らされて何もしないなんて事はあるかよ!」

 

クリスもそう言った。

 

「協力を申し出されなくても、ガンヴォルトさんに、マリアさんの大切なセレナちゃん、シアンちゃん…奏さんのいう通り、本当の意味で救えるのなら断る訳ありません!」

 

響もそう言った。

 

「マリアにそう言われたら私達の答えは決まってるデス!私達だってセレナを救いたい…それにガンヴォルトに助けられているデス!なら今度は私達がそれに協力するのは当然デス!」

 

切歌が涙を拭いながら言った。

 

「うん!マリア!今度こそ、本当の意味でセレナを救おう!ガンヴォルトを今度は私達が助けよう!」

 

調も涙を拭いそう言った。

 

装者達は既にガンヴォルトを救う覚悟を持っていた。

 

そうして全員がガンヴォルトを、そしてセレナを、シアンを救う為に宣誓する。

 

その言葉にありがとうというとマリアがソロモンの杖で再びバビロニアの宝物庫を開こうとする。

 

だが、その行動にナスターシャが待ったをかけた。

 

「早く行きたいのは分かりますがまだ待ちなさい!ガンヴォルトを救うのなら早い方が助かる可能性は高くなります。でもネフィリムと融合したセレナを、電子の謡精(サイバーディーヴァ)をどうやって切り離すか手段はあるのですか?完全聖遺物と融合。それがどんなものか私達には事例が少なく分からない。切り離されたとして、セレナに何かある可能性がある。もしかしたら無いのかもしれない。でもあるという可能性が捨てきれなければ、それが何を引き起こすかも分からない」

 

ナスターシャがそう言った。

 

聖遺物との融合。

 

融合症例として前の響の状態と同様。だが、マリアの話からするとセレナはそれ以上の危険を孕んだ状態になっているとなる。

 

欠片で人では無い何かに侵食する程の力を持った聖遺物。それが完全聖遺物であれば何を引き起こすかも分からない。

 

「でも!それじゃあどうすればいいの!それも大切だけど、その方法を探す間にもガンヴォルトはれセレナはどうなるか分からない!」

 

ナスターシャにマリアはそう叫んだ。

 

一刻も争っているのだ。だからこそ早く行かねばならない。だが、仮にナスターシャの言う様に装者達がガンヴォルトの救援に行き、セレナを無事に救い出したとしても、セレナに残った完全聖遺物、ネフィリムが何かを引き起こす可能性がある。それはどんなものかわからないが、セレナを危険に晒してしまうのは想像出来る。

 

どうすればいいか分からない現状。

 

だが、迷っていても時間は進み続ける。ガンヴォルトとアシモフはバビロニアの宝物庫で互いを殺す為に戦い続ける。そしてその時間が長くなればなるほど危険な状態な事に変わりはない。

 

どうすればいいか考える中、弦十郎はある言葉を思い出す。

 

敵であり、目下殺さねば世界を壊しかねない災厄、アシモフ。

 

それはアシモフと弦十郎が二度目の戦闘の際に聞いた言葉。

 

『鏡とは古来から術式や呪いを退け(パージ)させる

力があると伝えられている。そしてその力が奴から電子の謡精(サイバーディーヴァ)を引き剥がすのに一役買ったと言うところだ』

 

弦十郎が持っているものはガンヴォルトが消える前に渡された神獣鏡(シェンショウジン)のギアペンダント。

 

その力は未来が響を救う事に貢献している。

 

だが、適合者のいない神獣鏡(シェンショウジン)をどう使う。いや、適合者はいる。LiNKERという薬物を投与すれば、その力を使うことを可能な者が。

 

未来。力がないながらも奮闘した少女。

 

だが、弦十郎は躊躇った。未来に危険な目に合わせてしまっていいのかと。

 

だが、それがセレナとシアン。二人を確実に救える方法。しかし、そうなれば未来はどうなるか分からない。

 

同じくLiNKERを投与を前提した装者、奏、マリア、切歌、調。それに耐えうる訓練をしてようやく物にした者達。

 

それを未だ一度しか投与しておらず、多大な負荷を経験している未来にとってどれだけ危険か理解している。

 

それを推すのはいかがなものか?

 

弦十郎は答えを出せずにいた。

 

だが、ほんの少しだけ弦十郎の視線に気付き、何か弦十郎が策を思いついたがそれを言い出せない事に未来が気付き、弦十郎に言う。

 

「何か方法が見つかったんですか?」

 

弦十郎は未来にそう聞かれ、全員の視線が弦十郎に向けられる。

 

「…賭けになる…セレナ君とシアン君…二人を無事に救えるかもしれない…だが、かなりの危険を伴う…未来君」

 

弦十郎は見つけ出した答えを全員に、そしてそれを決行するとなれば未来が鍵を握ると未来を見てそう言った。

 

「ガンヴォルトがアシモフからシアン君を封じていない奪った神獣鏡(シェンショウジン)。それを使う」

 

「ッ!?神獣鏡(シェンショウジン)…確かにその力を使えば…」

 

「ええ、使えばセレナ君、そしてシアン君を解放させる事が出来、私達が理想とする勝利に近い物を作れます…ですが…」

 

弦十郎は一度言葉を切ると危険な部分を話す。

 

「ですが…それは未来君に途轍もない重役を、そして危険を背負わせてしまう事になる…神獣鏡(シェンショウジン)を本来の力を使い、セレナ君とシアン君をネフィリムから引き離す。だが、その力は未来君がシンフォギアを纏わなければならず、下手をすれば最悪の結果が付き纏う」

 

弦十郎はそう言った。

 

それは未来のこの先。LiNKERは劇物。耐えられる可能性も秘めているが、もし耐えられなければ廃人という結果をもたらす魔剤。だから弦十郎は最悪の事態を想定してあまり推せないと言った。

 

だが、それでも話してしまった故に、覚悟を持って弦十郎は未来に問うた。

 

「これはとても危険で君の身がどうなるかもわからない。だが、それが現時点で出せる救う方法。君には拒否権はある。無理じいはさせない」

 

弦十郎は未来に向けてそう言ったが、未来は既に覚悟を持っていたのか弦十郎に言う。

 

「やります!やらせてください!」

 

「…本当に良いのか?君にどんな危険が付き纏うかもしれない力と薬だ」

 

弦十郎は本当にそれで良いかと未来に問う。

 

しかし、そう言われても未来の答えは変わらない。

 

「どうなるか分からないという可能性があるなら、無事でいられる可能性もある。なら私は…ガンヴォルトさんの様に…響の様に…みんなの様に…その僅かな可能性を掴み取ります!だから!私にガンヴォルトの助けになる力を!シアンちゃんを!セレナちゃんを取り戻す力を下さい!」

 

未来は弦十郎にそう言って頭を下げた。

 

「師匠!私からもお願いします!未来にも!未来にもこの戦いを終わらせる為に力を貸してください!」

 

響も頭を下げ、それに奏、翼、クリス、マリア、切歌、調が頭を下げた。

 

そこまでされて弦十郎もそれ以上追求するなど野暮な事はしない。

 

「そこまでいうなら必ず、君も無事に戻ってくるんだ。これは約束などではない、命令だ。この国を守るものとして、世界の命運を握ってしまったものとして、こればかりは必ず遂行すると胸に持つんだ」

 

そう言って、弦十郎は未来に神獣鏡(シェンショウジン)のギアペンダントを渡した。

 

それがこの戦いにおいて最高の結末を迎えると信じて。



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138GVOLT

嘘ついてすみません。後二話で終わるなんて無理でした。
長すぎたので一旦区切って取り敢えず真最終決戦最終を二話ぐらいで終わらせます。


方針を固めた本部では忙しなく動いていた。

 

ガンヴォルトの早期救出もそうだが、鍵を握るのは未来。

 

未来の纏うべき聖遺物、神獣鏡(シェンショウジン)を迅速に解析した。そして未来を無事な状態で帰還してもらう為に最大限のサポートをする為だ。

 

そして打ち出された結果は一回だけ。一時間にも満たない時間が未来が神獣鏡(シェンショウジン)を纏える制限だった。

 

LiNKERの投与。そして未来が耐えられる戦闘時間。そしてそれが今この場にある神獣鏡(シェンショウジン)のシンフォギアを形成出来る時間。

 

アシモフが使っていた神獣鏡(シェンショウジン)。それはかなりのガンヴォルトとの戦闘により欠片が原型を止めているのがやっとという状態であり、次使用した場合崩れ去り、破損する状態の一歩手前であった。

 

しかし、それでもシンフォギアを纏い、ガンヴォルトの救援が出来る事を未来はほっとしていた。

 

そしてマリアの持っていたアガートラーム。こちらは完全にシンフォギアを形成出来る事すら不可能であると解析された。

 

こうなればマリアは戦えない。その事にマリアは歯痒い気持ちに苛まれる。

 

自身の手でセレナを救いたい。そして自分もガンヴォルトの救援を手助けしたい。そう思うが、シンフォギアを纏えなければ何の役にも立たない。ただ無防備に死地へ赴くだけとなってしまう。

 

その事がマリアは悔しくてたまらなかった。

 

だが、弦十郎は解析した結果、纏う事は出来ないにしても、なんとかなるかも知れない事を告げた。

 

それはフロンティアでセレナがマリアに託した思いとシアンの力、電子の謡精(サイバーディーヴァ)

 

アガートラームにはまだ電子の謡精(サイバーディーヴァ)が残っていた。戦闘で全て使い果たされた力は今は眠っている状態にあり、莫大なフォニックゲインを使えば起動するかも知れないという事。

 

「だが、その莫大なエネルギーと言うあやふやな表現をして悪い。だが、シアン君の持つ力、これを覚醒させる為にどれだけの力が必要になるのかは俺達が解析しても分からなかった」

 

弦十郎はマリアにそう言った。

 

「…でもまだ…私もセレナを…ガンヴォルトを助けられる機会があるかも知れないと言う事…奇跡は何度も起こされた…歌の力で…思いの力で…だから…今度も起こしてみせる…」

 

マリアはアガートラームを握り、そう言った。

 

「奇跡は必ず起きます…いや、私達の歌で起こして見せます!シアンちゃんの歌が今までそんな奇跡を起こしてきたんです!だから今度もきっと奇跡を起こしてくれます!」

 

マリアに向けて響がそう言った。

 

「立花響…」

 

「そうデス!何度も起きた奇跡!こんなにも多くの奇跡が紡いできたのなら絶対にまた奇跡は起こるはずデス!」

 

「信じよう、マリア。奇跡を、電子の謡精(サイバーディーヴァ)がみんなの歌で覚醒する事を」

 

「切歌…調…」

 

そして切歌と調もマリアへとそう言った。

 

何度も起こした奇跡。手繰った奇跡。まるで何度も起きた奇跡をまた起こせると信じている様に言った。

 

そんな奇跡の安売りなどありはしない。だが、そんな事誰も思っていない。奇跡が起きないのなら起こしてみせる。それがこの中の誰もが思っていた事であった。

 

「そんな奇跡が起こらないなんて思っている奴なんていねぇよ。そんな奇跡を起こそう願っているのに起きねぇわけがねぇ」

 

奏はマリアに向けてそう言った。

 

「無論だ。今までの様に、奇跡を起こす。奇跡が起こらないとしても歌でその奇跡を手繰り寄せる」

 

「そんな奇跡のバーゲンセールなんてありはしない…だが、バーゲンセールがたまには重なる時もあるだろう…それが今だ。起こらないと誰も思っていないなら奇跡は起こる、起こしてみせる」

 

翼とクリスもそう言った。

 

「奇跡は必ず起きます。だからみんなで救いましょう。ガンヴォルトさんを、シアンちゃんを、セレナちゃんを!」

 

そして未来がギアペンダントを首に下げてそう言った。

 

「…ええ!必ず奇跡を手繰り寄せて見せましょう!」

 

そしてマリアもそう言ったと同時にソロモンの杖を握った。

 

そして装者達は本部の外、今は誰もいない海岸へと出た。

 

その後に弦十郎や慎次、朔也にあおい、そしてナスターシャが出る。

 

「頼んだぞ、みんな…ガンヴォルトを…シアン君を」

 

「お願いします…セレナを…争いが嫌いなあの子を必ず助けてあげてください…」

 

装者達へとそう言った弦十郎とナスターシャ。

 

だが装者達はそれを理解しているから頷く。

 

この戦いを最高の結末を迎える為に。

 

「それとこれを。多分あそこの戦闘はマリア君の話を聞く限り壮絶なものだ。装備が限られた状況、そして敵はアシモフ…身体はボロボロだとしても装備だけでも万全にさせてやってくれ」

 

そう言って弦十郎がマリアへと何かを投げた。梱包された何かはそれなりに重かったが、マリアはそれをしっかり受け止めた。それはガンヴォルトのコート、そしてポーチ。その中に詰められたガンヴォルトが使用する弾、避雷針(ダート)が入った弾倉。

 

インナーやガントレット、ブーツは無いもののガンヴォルトの戦闘装備であった。

 

それを受け取ったマリアは必ずガンヴォルトに渡すと言う。

 

そして装者達は歌を紡ぐ。

 

まずはそれぞれの聖遺物を起動させる為の聖詠。

 

「Croitzal ronzell gungnir torn」

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

「Killter Ichaival tron」

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

「Zeios igalima raizen tron」

 

「Various shul shagana tron」

 

それぞれが歌う聖詠、そして聖詠を歌い終わると同時に六人の装者はシンフォギアを纏った。

 

そしてその後に、覚悟を決めている未来も自身にLiNKERを打ち込んで聖詠を歌った。

 

先の戦闘で意志のない自身を、そして親友を苦しめた力。だが、その親友を助けた力。それを今度はガンヴォルトを救う為に、自分も力になる為にその歌を歌った。

 

「Rei shen shou jing rei zizzl」

 

そして未来も同じように聖詠が歌い終わるとシンフォギアを纏っていた。

 

顔を覆う面が開き、視界が阻まれぬようになりはしているが、身体に少しの違和感がある。

 

多分、これが反動なのだろう。だが、その違和感も未来の思いに比べれば些細な事。

 

そしてマリア以外がシンフォギアを纏い終えると再び歌を歌う。

 

それは輪廻。ガンヴォルトを死の淵から復活させるシアンの歌であり、数々の奇跡を齎し、希望を繋いだこの歌を紡ぐ。

 

奇跡をもう一度呼び起こす為に。希望をまだ繋げる為に。

 

最高の結末を迎える為に装者達は自分達の聖遺物の中に宿るシアンの力を再び呼び起こす為に歌う。

 

「解けない心、溶かして二度と、離さない貴方の手」

 

だが、その何度も歌われた歌は力を齎すがそれは今まで同様の奇跡を起こさない。

 

今まで起こした奇跡。その歌によって手繰り寄せた奇跡はそれ以上の奇跡はその歌では起こせないと、更なる奇跡を望む装者達に無理であると言うように。

 

だが、装者達は歌う事をやめない。奇跡が起きないのなら何度だって奇跡を起こす為に歌を紡ぐ。それが今まで装者達がやり続けた事だから。

 

だが、それでも今の輪廻の歌ではその望む結末を齎す力を手繰り寄せられなかった。

 

今までレールに轢かれたようにシアンの歌を歌い、シンフォギアとシアンの歌で齎した力ではそれに至る事が出来ない。

 

ならばどうするか?

 

そんな事は決まっている。一〇〇%で駄目ならば一二〇%でそれでも足りぬのなら更に力を出す為に、希望を手繰り寄せる為に装者達は歌うだけだ。

 

その思いにシアンの歌が、シンフォギアが答えるように装者達の胸に新たな歌詞が輪廻の歌に刻まれる。

 

「誓った思い、叶える為に、紡ぐよこの祈歌(うた)を」

 

輪廻祈歌(リインカーネーション・コネクト)

 

シアンと装者、電子の謡精(サイバーディーヴァ)とシンフォギア。その力が混ざり合い、更なる希望を齎す新たな()

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力、それがシンフォギアと完全に交わり、新たなシンフォギアの形態を作り上げる。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)とシンフォギア。第七波動(セブンス)と聖遺物。力の元は違えど、歌に起因する力と言う点は同じ。だが、第七波動(セブンス)の制御に必要なものあの世界ではこの世界とは違うが同じ聖遺物。故にそれを成したのだ。

 

そして生み出された蒼と白の混ざったシンフォギア。

 

そしてそれぞれの基調の色を残し、エクスドライブとは異なる決戦兵装が装者達は身に纏う。

 

シアンの力を具現化した電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を宿す形態。エクスドライブが翼に対し、今纏うシンフォギアは蒼き蝶の翅が。

 

ソングオブディーヴァ•クロスドライブ。

 

それが電子の謡精(サイバーディーヴァ)とシンフォギアが融合して生み出されたシンフォギアの新たな決戦兵装。

 

そしてそれと共に、その歌声に呼び起こされたのか、マリアのギアペンダントが再び輝きを取り戻す。

 

「Seilen coffin airget-lamh tron」

 

そしてマリアも聖詠を歌う。

 

そして同様にマリアも蒼と白の新たなシンフォギアを纏い現れた。

 

「行きましょう!今度こそ終わらせに!ガンヴォルトを!セレナを!電子の謡精(サイバーディーヴァ)を救う為に!」

 

そう叫んだマリアはソロモンの杖を起動させてバビロニアの宝物庫に繋がる扉を開いたのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

爆発によって大きく大地を損失した足場にボクは息を切らしながら未だ立っていた。

 

「ハァ…ハァ…」

 

「チッ…本当にしつこいな…紛い者…」

 

対峙するアシモフは苛立ちながらボクへとそう言った。

 

ここまでアシモフやネフィリム、そして傀儡となった七宝剣。アシモフとネフィリム以外は何度も、何度も殺した。だが、何度殺しても生き返り、ボクに迫って来た。

 

不死身の兵士(イモータルソルジャー)

 

生命輪廻(アンリミテッドアムニス)によって死すらも超越した七宝剣の意志なき傀儡。

 

そのせいでボクの身体はボロボロで血塗れ。回復をしているもののそれ以上の苛烈な攻撃を受けている為に、治癒など意味をなしていなかった。

 

ダートリーダーを握る腕は無事だが、もう片方の腕は折れ、足も折れてはいないが、骨にヒビが入ったのであろうか、痛みが常に付き纏っている。

 

だが、それでもアシモフを殺すと言う執念、セレナとシアンを救い出すと言う執念でボクは戦い、生き永らえている。

 

だが、そんな状態のボクは既に限界が目に見えている。

 

今まで全力で常に雷撃を使い続けていた為に、精神の疲労、肉体の疲労はピークを迎えており、殆ど力を出せない状態にあった。

 

「だが、もう限界であろう…さっさと終焉(デッドエンド)を迎えたらどうだ?貴様は私に勝つ事など出来ない。私は貴様のような諦めの悪いのは嫌いだ。自分自身が英雄(ヒーロー)であるとでも思っているのか?」

 

「ハァ…ハァ…英雄なんて…そんな大層な存在にボクはなれない…なるつもりなんてない…ボクは元々(テロリスト)だ…多くの人を自分の手で殺めてきた…そんなボクが英雄なんて大層な存在になれるわけないだろう…ボクはただ…自分が守りたいと思うものを守りたい…救いたいと…そんな理想を現実にしてみたいと思う利己主義者(エゴイスト)だ…」

 

ボクは吐血しながらアシモフへと言った。

 

「何度も言うがナンセンスだ。貴様と言う存在も、貴様が語る理想(イデア)など妄想が過ぎる。そんな理想は実現しない」

 

だが、アシモフはボクの言葉をバッサリと切り捨てた。

 

「貴様の理想など所詮は叶わぬ妄想に過ぎん。悪辣な現実から目を背け、現実を見ようとしない愚者のやる事。あぁ、貴様は紛い者…そんな理想でも妄想でも抱かなければ精神すら保てないのか」

 

アシモフはボクそう言った。

 

「…だから何度も言っているだろう…ボクも…本物だと…ボクもガンヴォルトだと…」

 

何度も受け答えし続けた質問に同じ様にアシモフへと返す。

 

「貴様が奴を語るな、紛い者」

 

その言葉と共に、アシモフ、ネフィリム、そして七宝剣が一斉に攻撃を開始する。

 

近距離からなどではなく遠距離からの逃げ場のない弾幕の様な攻撃。ボロボロとなり、逃げる事も出来ないと知っていても確実に殺すために放った必殺の一撃。

 

逃げられない。だが、それでもボクは死ぬわけにはいかない。だからこそ、力を振り絞りその弾幕のような攻撃に対峙する。そして今出せる最大出力の雷撃鱗を展開する。

 

だが、今のボクの雷撃鱗では一瞬の拮抗すら出来ない。今のボクはこの攻撃を抑えきれず敗北して死ぬ未来以外残されていない。

 

だからなんだ?そんな事を諦める理由にしていいのか?良くない。それでは今まで何の為に戦いを続けてきたのか?救う為だろう。シアンを、セレナを、二つの世界を。

 

なら抗い続けろ。

 

今のボクに無理ならば、命を燃やしてでも力を出せ。

 

「あああ!!」

 

だからボクは叫ぶ。身体が軋もうが、吐血しようが、地べたに押し潰されようが関係ない。

 

力を振り絞り、これを防ぐんだ。

 

だが、そんなボクの思いなど叶うはずもなく、ただ圧倒的な力の前にボクの雷撃鱗は突破され、目の前に絶望が広がった。

 

そしてボクはその絶望に飲見込まれていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

大きな爆発を起こし、黒煙が上がる大地を見てアシモフはほくそ笑む。

 

流石に今の一撃に奴は耐えられないだろう。そう思った。

 

だが、それでもアシモフは慢心などしなかった。

 

慢心した結果が今までであるからだ。

 

心臓を穿ってもまた目の前に現れた。水底へと送っても前に現れた。ミサイルを当てたとしても生き残っていた。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)であるシアンの手助けがあって阻止された。そしてセレナによる手助けによって阻止された。今回はその様子が無いにしてもアシモフは警戒を解かなかった。

 

異様な程に死なない奴の死体をこの目で確認し、確実にその首を落とすまでアシモフは警戒を解かない。

 

そして黒煙が晴れ、死に絶えた、もしくは虫の息をする奴が現れる、そう思っていた。

 

「ッ!?ああ…本当に煩わしい…こんな驚き(サプライズ)などが起きるなんてな!」

 

そしてアシモフは叫んだ。

 

アシモフの視線、黒煙が晴れた先には何か透けるほど薄い白のバリアの様な物が展開されており、その中にはボロボロの奴、そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を模した翅を携えた八人の装者がアシモフの前に現れたのだから。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ッ!?みんな…」

 

ボロボロになったボクは膝をつきながら突然背後から現れ、バリアフィールドを展開して攻撃を防いだ装者達を見て驚く。その姿は電子の謡精(サイバーディーヴァ)を模した翅を携えたシンフォギアであったからだ。

 

「よかった…本当にお前が無事で良かった…」

 

奏がボクの姿を見て苦しそうにするが、それでも生きていた事に安堵する。

 

「ガンヴォルト…貴方が…貴方が生きていてくれて良かった」

 

翼もボクの姿を見て涙を見せる。

 

「本当にお前が無事で良かった…あんたが無事じゃなきゃここに来る目的の一つを失うところだった…」

 

クリスもボクへとそう言った。

 

「もう…大丈夫です…ガンヴォルトさん…もうガンヴォルトさん一人で戦う事なんてありません…みんなで終わらせましょう…みんなで…こんな戦いを!」

 

そして響がボクの前に立ってそう言った。だが、それに加えて驚くべき人物がこの場にいた。

 

「未来!?…何で君まで!?…それに…そのシンフォギアは!?」

 

「ガンヴォルトさん…本当に良かった…そして安心してください…私も…今度は私も力になります。もうガンヴォルトさんをこれ以上苦しめない為に、私も戦いますから。それに、心配しないでください、ガンヴォルトさん。この力は今回限り、それに二課の方々がサポートしてくれるお陰で制限時間はあるものの私も戦えます」

 

「だけど!その力は!LiNKERは劇物だ!戦いが終わっても!」

 

ボクは心配をしてそう言うが、ある二人に遮られた。

 

「心配ないデス!それに!今回はこの人が居ないと本当の意味で救う事は出来ないかもしれないんデス!」

 

「そう…今回の鍵を握るのはこの人…電子の謡精(サイバーディーヴァ)を、セレナを救う為にはこの人の力が必要」

 

切歌と調であった。その言葉の意味はボクには理解出来なかった。

 

ボクがどうしてかわからないと言った風だった為に未来が答える。

 

神獣鏡(シェンショウジン)…この力がどうしても必要なんです。ネフィリムと融合したセレナちゃんとシアンちゃん。そのまま切り離したら、もしかしたらシアンちゃんとセレナちゃんは危険な状態になる可能性があります。だから神獣鏡(シェンショウジン)を使わなきゃならないんです。神獣鏡(シェンショウジン)の力、響の身体からガングニールを除去出来たように、この力なら二人をそんな危険を負わさずどうにか出来るんです」

 

それを聞いて納得する。だが、それでもどうしてもボクは未来に危険を晒してしまう事に躊躇してしまう。

 

「その子の意志よ。だから貴方はそれを無駄にするような言葉はかけないで」

 

不意にそう言葉をかけられた。だが、その言葉にボクは驚きと困惑が隠せない。

 

「ッ!」

 

その方向を向き直ると、そこに居たのはアシモフによって殺されたと思っていたマリアがいたからだ。

 

「マリア!何故君が!?」

 

死んだと思っていた。アシモフに殺されたと思っていた。そう思っていたマリアの生存にボクは驚き、そして涙を隠せなかった。

 

「死んだなんて思わないで。あの時あんな言葉を残したのは助かる方法をセレナが導いてくれたから。だからこうしてまた貴方を助ける為に力を取り戻してこの場に戻ってきた」

 

ソロモンの杖を見せながらそう言った。ボクはマリアが何故あの場であんな言葉を言ったか理解する。

 

そしてボクはマリアを勝手に死んでしまったと思っていた事を謝罪し、涙を拭う。

 

「セレナを、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を救うにはあの子の纏う神獣鏡(シェンショウジン)が必要。だから否定しないで。そしてこれからはもう貴方一人じゃない。私達も戦う。だから必ず勝ちましょう。アシモフに。そして取り戻しましょう。私の大切な妹を。貴方の大切な電子の謡精(サイバーディーヴァ)を」

 

そう言ってマリアがボクのコートと弾切れを起こしていた為に殆ど使えなかったダートリーダーの弾丸、避雷針(ダート)の入ったポーチを渡してくる。

 

「…分かった…未来が戦う事を決めたならボクが何か言う権利はない。それに未来が纏う神獣鏡(シェンショウジン)がシアンとセレナを救う鍵になるのなら…もうボクは口を挟まない。それが最善であるとボクも信じる」

 

そしてボクはマリアからコートと避雷針(ダート)を入れたポーチ受け取り、装備を整える。それと共に黒煙が晴れ、アシモフを視認する。

 

「ッ!?ああ…本当に煩わしい…こんな驚き(サプライズ)などが起きるなんてな!」

 

そしてボク達の姿を視認したアシモフがそう叫んだ。

 

「本当に、貴方と同じようにこんな奇跡が起きた事にボクも驚いたよ…」

 

「いいえ、この奇跡は必然。貴方が無事で戻れるように、そしてアシモフと言う悪を打ち倒すと願うみんなの歌がこの奇跡を起こした」

 

ボクの言葉の後に続けてマリアがそう言った。

 

「ほざくな!ならばその矮小な奇跡!私の真なる雷霆と頂点(ゼニス)の力で絶望に変えてやろう!」

 

「いいや!どんな矮小な奇跡だと貴方が言おうと、この奇跡が貴方を打ち破る!」

 

そしてボクは叫んだ!

 

「リヴァイヴヴォルト!」

 

そう叫ぶとボロボロの身体は完治する。そして今なら、装者達が歌う、輪廻の歌。いや、輪廻の歌が装者達の力に応えたように変化した歌が、流れるこの場なら、ボクはまたあの領域に踏み込める。

 

「響き渡るは歌姫達の歌声!この身に齎すは希望の雷光(ひかり)!未踏へ踏み込み、我が敵を貫く力と変われ!」

 

そしてその言葉に応えるように歌の力が、フォニックゲインがボクへと流れ込む。シアンの思いは未だボクの胸の中にある。そしてシアンの力は今この場にいる装者が持っている。故にボクは再び未踏へと踏み込む。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!アンイクスプロードヴォルト!」

 

そしてボクを起点に吹き荒れる様に暴風を錯覚させる風を起こす。それと共に噴き出た虹色のオーラ。

 

「今度こそここで終わらせる!ボクとみんなで!シアンとセレナを返してもらう!」

 

その言葉を開戦の合図とばかりに、再び戦いが始まった。

 

アシモフは強力な雷撃を放ち、そして七宝剣に命令を下したのか、それぞれの第七波動(セブンス)を使わせて、そしてネフィリムにも同じように使わせてボク達へ向けて放った。

 

だが、今までと違う。アンイクスプロードヴォルト。未踏へと再び踏み込んだボクの雷撃が初めてアシモフの強力な雷撃を弾くに至った。

 

「ッ!?」

 

アシモフはそれに驚く。アシモフの雷撃はボクのアンイクスプロードヴォルトを超えていた筈だから。

 

だが、あの時のアンイクスプロードヴォルトとは違う。新たな(ちから)を得た装者達の歌。その力が、ボクを更なる未踏の奥地へと踏み込ませた。

 

故に今のアシモフとボクの雷撃は同等。真なる雷霆とボクの蒼き雷霆(アームドブルー)は拮抗するまでになっている。

 

だが、それ以外がボク達に襲い掛かる。七宝剣。ネフィリムが取り込んでいた生命輪廻(アンリミテッドアムニス)によって再び蘇り、アシモフの真なる雷霆により操られた傀儡。

 

ボクが何度も倒しても復活して何度も苦しめてきた不死者の兵隊(イモータルソルジャー)

 

ボク達はなんとか躱して、再び距離を取らされる。

 

だが、

 

「ガンヴォルト!お前はアシモフをやれ!未来と一緒に!ネフィリムからシアン達を解放させてやれ!」

 

奏が叫んだ。そして奏は傀儡となったストラトスへと向かい槍を振るう。ストラトスは肩の装甲で奏の槍をガードするが、その反対から響が襲い掛かり、肩の装甲ごとストラトスを殴り飛ばした。

 

「私達がこの人達をやります!だから行ってください!ガンヴォルトさん!」

 

そう言って離されたストラトスは奏に更に押し込まれて距離を取らされた。そしてストラトスは奏に任せた響は別の七宝剣へと向かう。響だけじゃない。装者達が、アシモフへの道を開く為に、それぞれが七宝剣へと向かう。

 

メラクを響が、デイトナをクリスが、イオタを翼が、そしてエリーゼ達をマリア、切歌、調が。

 

そして残された未来は七宝剣ではなく、ボクと共にアシモフとネフィリムと対峙する。

 

「未来、君はボクがアシモフを抑えてなんとしてでもネフィリムの元へ連れて行く。必ず君はボクが守り通す。だから、必ずシアンを…セレナを救う!」

 

「はい!私の力で必ず二人を救います!」

 

そして残ったボクと未来はアシモフの元へと空を駆ける。

 

神獣鏡(シェンショウジン)…貴様に奪われたステルス用の物がこんな所で邪魔になるとは…だが、いい気になるなよ!貴様達は必ずこの手で殺す!私の理想を貴様達の手で潰えさせてなるものか!」

 

そしてそれぞれの戦いが再び幕を上げた。




メラクとテセオが追加されて捌きましたが、メラクはテセオと組まされてすごく嫌そうだったな…
まあ皇神(スメラギ)で煮湯飲まされてたし当然だし、あのネットスラングばっかの人メラクだったらめんどくさい上この上ないしなぁ。


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139GVOLT

9月で終わらせたかった…そして最終戦はやっぱり思ってたよりも話数が重なって終われない…
あと二話とかは無謀すぎた…
とりあえず、まだまだ続きそうです。
そして仕事がやばいほど忙しくなり執筆がままならない…
来月ほぼ出張とかどうかしてる…早出作業多すぎ…本当に死ねる…


装者達が対峙する七宝剣。以前ガンヴォルトから聴いていた特徴と似た人物。

 

ただその人物達の目には生気は見られるが意志がない。言葉すら発さず、ただアシモフの命令に従い、邪魔する敵を滅ぼさんとする傀儡。

 

そしてその中で青い鎧を纏い、巨大な椅子のような物に座る少年、メラク。シンフォギアとは異なるが聖遺物に能力因子を入れて制御した筈の力を解放した姿。能力だけは知っていたが、初めて相対時する少年の異様な圧力。そんなメラクと対峙する響。

 

「この子が…ガンヴォルトさんが前に戦った…」

 

亜空孔(ワームホール)の能力者であり、味方を駒にしか思っておらず、味方共々ガンヴォルトを殺しにかかった少年。

 

「もうこんなことはやめてよ!貴方もアシモフとは敵だったんでしょ!なのにこんなことして何になるって言うの!」

 

無駄だとは分かっている。だが、響はそう叫ばずにはいられなかった。話せば分かるかも知れないと言う微かな希望を持ってそう叫ぶのだが、響の言葉にメラクは何も応えない。操られた傀儡となったメラクに意志はない。

 

生きているが、アシモフの真なる雷霆、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力は意志すらも塗り潰してただの殺戮マシーンへと変貌させているからだ。

 

そしてそんな響に向けてメラクが亜空孔(ワームホール)を開くと共に自身の座る椅子の様な物の巨大な拳を穴へと向けて放つ。

 

そして少し遅れて響の近くに巨大な穴が開くと同時に放った拳とは桁違いの大きさの拳が響へと放たれた。

 

「ッ!?」

 

響はそれを受け止めるが、その拳はその桁違いの大きさ同様に強力な威力を秘めており、響はその一撃を受け止める事が出来ず、押されてしまう。

 

だが、それでも今の響にはそれを押し返す力がある。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力が合わさったシンフォギア。その決戦兵装。ソングオブディーヴァ・クロスドライブ。

 

エクスドライブ同様に強力な力を秘めた形態。故に不意打ちで押されようが、響の歌と思いに応え、メラクの巨大な拳を自身の拳を使って殴り飛ばした。

 

破壊は出来なかったものの、巨大な拳は穴へと押し戻され、メラクの座る椅子の様な物の拳が響の殴り飛ばした威力を引き継いだ様に、穴から飛び出る。

 

響もその瞬間に一瞬で自身もその穴へと飛び込み、メラクの前に出ると拳を振りかぶり、メラクの座る椅子を殴ろうとする。

 

だが、

 

「ッ!?」

 

響はメラクの元へと飛び出した瞬間に嫌な予感がし、そのまま横に大きく飛んだ。

 

その瞬間に既にメラクの座る椅子が響の方へと口の様なものを大きく開けて、レーザーを放っていた。

 

ギリギリの所で躱した響。だが、それでも響は何か危険を察知して遠くへ飛び退く。

 

その瞬間に響がいた場所には後方からレーザーが飛んきており、響のいた場所を通過する。

 

だが、そこから響も動く事を辞めなかった。理由は分かっている。動く事を辞めて仕舞えば、先程のレーザーの餌食になると分かっていたから。

 

そして動き続ける響へと向けてレーザーが再び飛んでくる。

 

亜空孔(ワームホール)を利用したレーザーの連続攻撃。動かなければその熱量をその身に受ける継続的な攻撃。

 

レイジーレイザー。

 

放ち続けるレーザーを延々と対象へと向けて放つ亜空孔(ワームホール)のスペシャルスキル。

 

響は天性の勘と亜空孔(ワームホール)の恐ろしさを聞き、体験していたからこそ、それを躱す事が可能であった。

 

だが、それを躱し続けたとしても何も変わらない。だから響は動きながら、レーザーの合間を縫ってメラクへと接近する。

 

レーザーが響を襲うが、それを上回る速度で響はメラクへと接近していく。

 

そして、

 

「ごめん!でも!こんな所で止まってられないんだ!」

 

そしてレーザーの合間を縫ってメラクへと到達するとメラクを掴み、響はアームドギアである拳を全力でメラクの座る椅子へと打ち付けた。

 

響の全力。その一撃を受けた椅子は大きくひしゃげ、メラク共々吹き飛ばし、響から少し離れて大きな爆発を起こす。

 

そして、

 

「ガンヴォルトさんと未来を手伝わなきゃ行けないんだ!だからここで眠って!」

 

そう言って響は拳をメラクの腹へと打ち付けた。

 

「ッ!」

 

強力な一撃を受けたメラク。くの字に曲がり、意識を飛ばすほどの一撃にメラクは声にならない悲鳴をあげる。

 

そして動かなくなったメラクを担ぎ、響は突入した際に残った足場にメラクを連れて降りようとした時、背後から嫌な感じがして飛び退いた。

 

「ッ!?なんで!?」

 

その爆発から再びレーザーが放たれた。

 

急いで響はそれを躱し、更に動き続ける。だが、その瞬間にかついでいたメラクが目を覚ますと同時に、響を亜空孔(ワームホール)を使い、レーザーの元へと転移させた。

 

「ッ!?」

 

響はメラクを上空へと投げ、自身はレーザーを躱す事が出来ず、その熱量を受けてしまう。

 

強化されたシンフォギアに襲う、強力な一撃。

 

なんとか飛翔してそのレーザーから抜けると、響は驚くものを目にした。

 

その爆発が晴れた先には先程のひしゃげて爆発した奇怪な椅子とそしてそれに座るメラク。

 

確かに壊した筈。なのに復活している事に驚く響。

 

メラクの座る椅子。それはメラクの第七波動(セブンス)を取り入れた機械。第七波動(セブンス)の能力因子、つまりは生きた細胞。故に、その生きた細胞ごと、生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の力がそれを作り上げたのだ。

 

殺した能力者を宝剣ごと復活させた様に。

 

第七波動(セブンス)能力者が元いた力を出せる様に、能力者が完全に力を出せる状態で生命輪廻(アンリミテッドアムニス)がそれをなす。

 

「ッ…だったら!何度でもその変な椅子を壊すだけ!ガンヴォルトさんと未来の手助けをする為に!何回でも壊しすだけだ!」

 

そして響は再びメラクと対峙する。

 

壊れないのならば繰り返すだけ。終わりがない事なんてないと信じて響は拳を握り、メラクへと駆け出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

デイトナと対峙するクリス。かなりの熱量を常に纏うデイトナに不用意には幾ら決戦兵装のシンフォギアですら危険だと感じる熱量を常に纏っていた。

 

「こいつには私以外じゃ荷が重いな…あんな熱量を至近距離で受けたらたまったもんじゃねえ…」

 

相対するクリスはその熱量に顔を顰める。クリスの言う様に至近距離での戦闘は余りにも適していない。幾ら決戦兵装のシンフォギアでも長く接近戦を強いられればやばいと思える相手。

 

だからクリスがデイトナを相手にする。ガンヴォルトを除き、中距離から遠距離にかけての戦闘に特化したギアを持つのはクリスのみ。未来も行けるかも知れないが、未来には重要な役割がある為に、クリスがデイトナと戦闘するのが一番だと理解したから相対している。

 

「あんたはここで私が潰す。あいつの…ガンヴォルトの手助けをする為だ。その為に速攻で潰れろ!」

 

クリスがそう叫ぶと共にガトリングを出現させると一斉にエネルギー弾をデイトナへと向けて乱射する。

 

デイトナは意を返さず、丸で跳ね回る様に高速の動きで回避する。

 

それを追従する様にガトリングの砲身をクリスはデイトナに向けて放ち続ける。

 

亜音速の弾丸を全弾躱し続けるデイトナはガトリングの砲身から逃げながら、少しずつだがクリスへと近付いていく。

 

その事を初めから分かっているクリスは後退しながらもデイトナに一発でも多く当てようとガトリングを乱射し続けた。

 

だがデイトナにはクリスの銃弾は当たらない。だがクリスの銃弾もデイトナには一発も当たっていない。

 

付かず離れず、距離の変わらぬ攻防が暫く続く。だが、その均衡を破ったのはデイトナ。

 

未だ力を見せていないデイトナが初めて己の第七波動(セブンス)爆炎(エクスプロージョン)を解放させた。

 

デイトナの駆けた後に生まれる火球。その火球は小さいものの熱量を圧縮させ、膨大な力を持つ火球をクリスに向けて放つ。

 

だが、クリスもそれをみすみす食らう事は無く、片方のガトリングでその火球を遠距離から撃ち落としていく。

 

それを機に弾幕が薄くなる。故に隙を見逃さないとばかりに、デイトナはクリスへと一気に加速して近付いてきた。

 

「そんな事お見通しなんだよ!」

 

だが、クリスはそんな事理解している。片方では足り無いのなら更なる弾幕を呼び出すだけ。すぐさまクリスの頭部のユニットからレンズが出現し、デイトナへと視線を向けると幾つものターゲットマーカーがデイトナを捕捉する。

 

そして腰のユニットから幾つもの小型の幾つもミサイルを出現させ、デイトナに向けて放った。

 

ガトリングには及ばない弾幕。だが、ミサイルにはそれ以外のメリットがある。

 

それは先程の捕捉したデイトナには視覚で捉えた事により与えられたマーカー。そのマーカーにより、ミサイルはデイトナへと着弾するまで追尾する機能が備わっている。

 

故に捉えるまで消えない。そしてガトリングによって動きを制限すれば、そのミサイルをより確実に当てる事が出来る。

 

そして、遂にミサイルの一発がデイトナを捕らえた。

 

その一撃が起爆剤となり、連鎖する様にデイトナへと確実に着弾して小さな爆発が大きな爆発へと変化していく。

 

強化されたミサイルの威力は通常とは比較にならない。この一撃で普通ならば終わる。

 

だがその爆発の黒煙から一本の大きな炎柱が立ち上る。

 

「ッ…こんなもんで終わるわけねぇよな…あいつが居るのにこんなんで倒されてちゃ、あんなに傷つくわけねぇんだよ!」

 

クリスはそう叫び、ガトリングを、そしてミサイルをその炎柱に一斉掃射する。

 

だが、その炎柱はどんどんと増えていく。クリスの弾幕に意を返さず、増えていった炎柱は離れていたはずのクリスを囲う様に、逃げ場のない様に囲んで行った。

 

そしてその囲まれた炎柱から飛び出すデイトナと姿。

 

炎柱にいたせいか、そして自身の第七波動(セブンス)爆炎(エクスプロージョン)の力か、その纏う熱気が更に強化され、更なる温度の炎の膜を張ってクリスへともうスピードで突っ込んでくる。

 

デイトナへと向けてガトリングとミサイルの照準を変えたクリスはデイトナを倒すべく弾幕を張る。

 

だが、今のデイトナにその攻撃はなんの意味をなさなかった。圧倒的な熱量。それにより弾丸も、ミサイルも、ミサイルの爆発も意に返さずクリスへと突っ込んだ。

 

だが、クリスはそれを距離を大きく取りながら躱す。普段のシンフォギアでは出来ない機動力、それがクリスを危険から遠ざけている。

 

だが躱したからと言ってデイトナは止まらない。

 

囲む炎柱へ飛び込むと再びクリスへと向けて突進を続ける。

 

だが、それもクリスは躱す。食らって仕舞えばデイトナの身に纏う熱量がソングオブディーヴァクロスドライブだろうと大きなダメージを負う。そして紙一重で躱してもその熱量で大きなダメージを負う。故にクリスは今は全力で回避に専念する。

 

だが、そんな熱量を纏うデイトナにも常に変化が現れていた。

 

炎柱へと飛び込み、再びクリスへと突進を繰り返すデイトナ。だが、その行動で炎柱の熱と合わさり、出てくる度に纏う熱量を更に上げていたのだ。

 

そしてその目に見える程の凄まじい熱量。それを炎柱が囲むこの場で一斉にその熱量を解放する。

 

圧倒的な熱量を持った巨大な火球。

 

デイトナを基点に凄まじい勢いと数が放たれた。

 

サンシャインノヴァ。

 

デイトナの身に纏う圧倒的な熱量の火球を辺り一面へと撒き散らす(スキル)。ガンヴォルトがかつて対峙していた時にはまだ躱せる余地のある攻撃であったが傀儡となり、爆炎(エクスプロージョン)を強化されたデイトナのサンシャインノヴァにはその選択肢すらも消し去った。

 

「…やっぱりこいつの相手をしたのが私で正解だったな」

 

だが、そんな状況でもそう呟いた。

 

そしてクリスはその火球に向けて自ら駆け出す。

 

自殺行為、そう思われる様な行動であるが、それが活路を開く道。

 

そしてクリスは一旦武装のガトリングをしまうと同時に、自身の持つ防御用の結晶を自身の前に展開する。

 

それがクリスがデイトナを相手して正解と言った理由。

 

クリスのイチイバルに備えられたリフレクター。現象の攻撃を弾き返し、自身への攻撃を無効化する結晶。

 

超出力のカ・ディンギル、未来の神獣鏡(シェンショウジン)ではあまり役に立つことは無かった。だが、カ•ディンギルの時はエクスドライブではなく、通常のシンフォギアであり、今のシンフォギアよりも出力の低い為にそれを弾く事しか出来なかった。

 

神獣鏡(シェンショウジン)もその特性上、シンフォギア、聖遺物をも分解させる力の為に役に立つ事は無かった。

 

だが、今は違う。ソングオブディーヴァ・クロスドライブ。シンフォギアの力を極限まで高めたエクスドライブ、そしてその力を電子の謡精(サイバーディーヴァ)により更に強化された決戦兵装。

 

そのリフレクターの強度は堅く、強化されたデイトナの爆炎(エクスプロージョン)だろうと防いで見せる。

 

そしてクリスは火球と衝突する。とんでもない爆発と熱気がクリスに襲い掛かるもその全てをリフレクターが弾き、クリスにダメージを負わせない。

 

そして火球を物ともせずに貫いてデイトナの元へ辿り着いたクリス。

 

その姿を捉えたデイトナはクリスへと蹴りを放とうとする。

 

「おせぇ!」

 

だがそれよりも早くライフルを作り出したクリスはデイトナへと目掛けて弾丸を放った。

 

「ッ!?」

 

デイトナはその弾丸を腹に受け吹き飛ばされる。

 

それと同時にデイトナの纏う熱気が霧散し、炎柱も消え失せた。

 

その一撃によりデイトナの纏う鎧もヒビが入り、そのヒビが身体中を伝播して全身に駆け巡る。

 

そして、デイトナと内包する力のせいだろうか?それとも爆炎(エクスプロージョン)の能力の制御が効かなくなった為なのか、デイトナを基点に大きな爆発を起こした。

 

それが決着と判断したクリス。

 

すぐにガンヴォルトと未来の元へと飛び出そうとする。

 

だが、そんな中、一つの違和感により、クリスはそれを制した。

 

これで本当に終わりなのか?これで終わりであるのならばガンヴォルトは既にデイトナを倒している筈。なのに生きていた。

 

つまり、

 

「…生命輪廻(アンリミテッドアムニス)…死した者を甦らせる第七波動(セブンス)

 

それが答え。かつてのガンヴォルトと相対した七宝剣を甦らせたように、今もこの場に七宝剣がいる様に、マリアの妹、セレナを甦らせた様に、その力がある限り、終わらない。

 

その答えを教えてくれる様に、爆発して黒煙が漂う空間を猛スピードで飛び出したデイトナの姿を見てクリスは再び戦闘体勢を取る。

 

「だったら!私がここで終わらせてやる!」

 

そう叫んだクリスは再びデイトナとぶつかり合った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

剣を構えてイオタと対峙する翼。

 

かつてガンヴォルトから聞いていた残光(ライトスピード)の本来の能力者。そしてガンヴォルトが二度も倒した能力者。

 

ただならぬ威圧感を放つ能力者。傀儡となり操られたとしてもその存在自体が重圧となって翼へと放たれていた。

 

だが、翼はその重圧などものともしていない。確かにイオタの放つ威圧感、それは普通の人であれば気圧される程のものであろう。

 

だが、今の翼にその程度の威圧はなんの意味を持たなかった。

 

それはアシモフと言う圧倒的な力を持つ者との対峙。その圧倒的な邪悪で、圧倒的な力を持つ者との対峙が、翼の心を強くしていた。

 

アシモフと比べればイオタの放つ威圧感はそよ風に等しい。そして、操られたと傀儡であるイオタに慄くほど翼の心は芯は細くなどない。

 

「私はガンヴォルトの助けに行かなければならない…貴方をここで斬り伏せさせてもらう!」

 

そして翼はイオタへと斬りかかる。

 

今までとは比べ物にならない力。ソングオブディーヴァ・クロスドライブが齎した力。その踏み込みは一瞬でイオタとの間合いをゼロに変える。

 

イオタへと振り下ろされる剣。だが、その一閃はイオタに当たることはなく空を斬る。

 

残光(ライトスピード)の能力たる光速の動き。

 

光という圧倒的な速度でイオタは翼の一閃を何事も無く躱し、姿を消す。

 

アシモフやネフィリムも使っていた光速移動。

 

光となって目にも止まらぬ速さで移動していた。

 

だが、今の翼にはその動きは捉えられなくとも、消える前のイオタの目線、そして躱した方向を見て翼はイオタが何処に行ったかを理解していた。

 

素早く翼は背後へと振り返り、そして振り向き様に剣を振るった。

 

「ッ!?」

 

そこには先程光となって消えた筈のイオタがおり、いつのまにか出現した小剣程の剣を持っており、それで翼の剣をなんとか受け止めた。傀儡となっても何故光となった動きを捉えられたか分からず、少しだけだが、イオタが動揺しているように見える。

 

だが、それでも翼はそのまま小剣を作り出すとイオタに向けて突き立てようとする。

 

だが、それよりも早く、イオタの背後にある剣のようなビットが素早く移動して翼の一撃を受け止めた。

 

そしてレーザーによる砲撃でイオタは翼を引き離した。そしてそこからイオタは再び光となって光速で動き、翼を死角からの攻撃を続ける為に幾度となく襲い掛ろうとする。

 

だが、その全ての死角への攻撃を翼は全て躱し、弾き、逸らしてしまう。

 

振り下ろす小剣の一撃を、放つレーザーを。死角からの攻撃に関わらず、光速の攻撃に関わらず、翼は全てを防ぎ続ける。

 

そんなイオタへと向けて翼が言う。

 

「確かに貴方の攻撃は光。私の、いや、人の目には捉える事の出来ない速度の動きと攻撃。初めて貴方と戦うのならば、私は貴方に負けていただろう」

 

初めてイオタと対峙する。だから初戦では負けてしまうような展開が起きていただろう。

 

だが、

 

「されど、貴方の力、残光(ライトスピード)は私は何度も経験している。恐ろしさを嫌と言うほど理解している」

 

嫌と言うほどその力を経験が翼の力になっていた。

 

本来の能力者とは違うが、その力を十全に扱ったアシモフ。その能力と併合して使われた能力と幾度となく対応してきた翼、そして今翼の纏うシンフォギアの新形態。それが齎す力によってそれを捉えられなくとも予測で対応する事を可能にしていた。

 

「だから対応出来る。貴方の力を経験させられた事で私は貴方の速度に喰らい付く事が出来る!」

 

そして躱しながらもイオタへと向けて翼は剣を振るう。当たらなくともイオタが光速で移動する先々で翼はイオタへと何度も斬撃を繰り出した。

 

光の速度にすら対応する翼。

 

「どれだけ速かろうと今の貴方の動きについて行けない訳がない!ピカピカ光るだけの派手な移動方法を捉えられないわけがない!」

 

そう叫んだ翼の一撃が遂に、イオタの鎧の一部に与えられた。

 

斬り裂いたのは鎧のみ。だが、それでも翼の攻撃はいくら光の速さで移動しようとも攻撃を与えられる程、鋭さを増していた。

 

そしてイオタの表情が初めて変わった。傀儡となり、感情は殆ど無い。だが、イオタは翼の言葉に意識がなくとも反応した。

 

それはかつてガンヴォルトに言われた言葉と重なったから。

 

感情が、意識がなくても、その言葉はイオタの魂に苛立ちを覚えさせた。感情が、意識がなくとも、深層心理にも響くその言葉。

 

その言葉を聞いた、イオタの感情が爆発したかのように、残光(ライトスピード)の力が上がった。

 

そしてその感情を爆発させるかのように、剣となっていたビットが空を駆け巡る。

 

翼へと狙いをつけて連続で連鎖のような怒涛の攻撃を始めた。

 

だが、その一撃は翼を捉える事は出来ない。

 

空中での機動力を手にした翼はそれを意図も容易く躱しているからだ。飛行能力、そしてソングオブディーヴァ・クロスドライブの齎した力。その力が、イオタの攻撃を全て躱せる程までに速度を高めていたからだ。

 

だが、それと同時にイオタも消えた。

 

ビットが常に翼を狙い、回避ばかりをさせる様に動きを取らせる。

 

そして暫く経ってから、ビットが攻撃を変えた。それはいくつものビットが一つになって空間すらも斬り裂くレーザへと変わり、翼の逃げ道をどんどんと削っていったからだ。

 

そして左右にその空間すら断絶した光が逃げ場を無くしていく。

 

そしてその瞬間に現れたイオタ。

 

その手にはその空間すら断絶した光を放ったビットが握られており、それを二度も捉えられない程の速度で振るう。

 

その攻撃を回避する翼。だが、その攻撃が完全に翼を空間を断絶したレーザーで翼を閉じ込めた。

 

そしてイオタが、その断絶された空間の唯一の出口にその巨大な剣を構えて立ち塞がる。

 

終焉ノ光刃(ゼロブレイド)

 

空間すら破断する一撃を振るうイオタのスペシャルスキル。

 

喰らえばひとたまりのない一撃を放つ為に、イオタは構えた。

 

その構えを見て逃げ場などなくなった翼も剣を構える。

 

「それが貴方のスペシャルスキル…ガンヴォルトとは違う、貴方の必殺の一撃…」

 

避けなければならない一撃。だが、逃げ場がない翼にはそれを真正面で受けて立つ事しか出来ない。だからこそ、その一撃を迎撃するべく剣を構えたのだ。

 

「だとしても!それに敗れる私ではない!この身に誓った思い!この歌に秘めた思いが!貴方の必殺の一撃を防ぎ!破る力に変える!防人の剣が簡単に折れぬとその身に刻ませる!」

 

そして迎撃するべく構えた翼はそう叫んだ。

 

そしてその瞬間にイオタが消える。だがその前に翼が、剣を振るった。

 

そして、翼の背後に剣を突き刺した様に構えて現れるイオタと、剣を振り抜いた翼。

 

その状態のまま僅かな時間が流れ、空間すら破断したレーザーが消え失せる。

 

そして、バキッと鎧が砕ける音が響く。

 

「ッ!?」

 

鎧が砕けたのはイオタの方であった。

 

光速の速度での一撃。その一撃に翼は完璧にタイミングを合わせて剣を振るう事に成功した。

 

そしてイオタの一撃を喰らわずにイオタに一太刀浴びせた翼。

 

そしてデイトナ同様にその一撃がイオタの鎧全体にヒビが伝播して内包した力が制御出来なくなったように爆発を起こした。

 

イオタを撃破した翼。だが、クリス同様にイオタを倒した翼はその場からガンヴォルトの元へ向かわなかった。

 

翼も何となく理解していた。この程度であればガンヴォルトが倒していたと。なのに何故イオタは生きていたのかと。

 

かつてガンヴォルトから聞いていた生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の能力がそれを成しているのではないかと。

 

そしてその翼の予想は案の定当たっており、爆発から再びイオタが現れ、翼と剣をぶつけ合った。

 

「この程度では倒せないか…ならば、何度でも貴方を倒し!ガンヴォルトの元へと馳せ参じるのみ!」

 

そしてイオタの剣を弾いた翼は叫ぶ。何度だって倒し、二度と立ち上がらぬ様に。ガンヴォルトと未来の元へと辿り着く為に。

 

そして再びイオタと翼は剣をぶつけ合った。



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140GVOLT

黒い粒子を周辺へと撒き散らしながら獲物を狙う様に、そして飢えた獣のような目をしながら奏を見続けるストラトス。

 

他の能力者達のように生気はない。だが、奏を獲物と認識しているのか、その目には傀儡にされてもなお残り続けている本能が目に宿っている。

 

翅蟲(ザ・フライ)の能力者、ストラトス。

 

皇神(スメラギ)により薬物投与され、敵味方など認識せず自分の欲求を満たす為にガンヴォルトが戦った狂人。

 

そんなストラトスを奏は悲しそうに見る。

 

ストラトスという男に打たれた薬がなんなのかは分からない。だが、薬物投与の辛さを理解しているから。そしてその姿が、奏のあり得たかもしれない姿であったから。

 

奏自身もかつては力を求め、両親の仇であるノイズを屠る為になんの躊躇いもなくLiNKERと言う劇物を投与していた。廃人になるリスクを厭わず奏は使い続けていた。

 

故に、もしかすれば、ただノイズと言う敵を屠る為だけに生きる狂人であり廃人になっていたかもしれない。

 

翼がいたからこそ、奏は狂人に落ちる事はなかった。ガンヴォルトがいたから、奏は狂人まで至る事はなかった。

 

ストラトスは自分の意思ではなく誰かによって。奏は自分の意思で。違いはかなりあるとしても、薬物の恐ろしさをその身に体感している二人の対峙。

 

先に動いたのは奏であった。

 

「辛かったな…だから私が終わらせてやる!その苦しみから!死んでもなお、そんな形でしか生きれないお前を!私が解放してやる!」

 

槍を構え、ストラトスへと突き刺そうとする奏。

 

だが、ストラトスは攻撃を自身を黒い粒子となって躱し、そして奏を喰らわんと襲い掛かった。

 

だが、それを穂先を回転させて黒い粒子を吹き飛ばす奏。

 

吹き飛ばされて奏から離れた黒い粒子は再び集まり始めて、人の形を成し、ストラトスとなった。

 

「これが本来の翅蟲(ザ・フライ)の能力か」

 

ストラトスの第七波動(セブンス)翅蟲(ザ・フライ)

 

黒い粒子を生み出し、物質を喰らい尽くす能力だけではない。

 

翅蟲(ザ・フライ)の能力とは肉体を黒い粒子、羽虫の様なエネルギー体へと変換させる事。そしてそれに触れた物質を分解し、吸収する事そしてその吸収したエネルギーをあらゆる形状へと変化させる事こそが本来の能力。

 

本来の能力者であるストラトスはそれを有用に活用が出来るが、元の崩壊された人格がある為に複雑な形状の物に変化させる事は出来ない。だが、そんな事は関係ない。今のストラトスには電子の謡精(サイバーディーヴァ)によって強化された翅蟲(ザ・フライ)を持っている。

 

複雑な形状を作る事は出来なくとも、目の前の獲物を喰らうためにより凶悪で、凶暴なイメージが浮かんだストラトスはそれを具現化させる。

 

再び黒い粒子へと変わるストラトス。だが、その黒い粒子は先程から漂う瓦礫を喰らい、更に数を増やしていく。そしてその黒い粒子が形を変えていく。

 

今の今まで、真なる雷霆、そして能力者達の頂点(ゼニス)へと至ったアシモフにより、生き返らされ、空腹の中でガンヴォルトによって何度も自身の本能を満たされる事なく、殺され生き返り、本能がより刺激され生み出されていく捕食する為に最適化させた形態変化。

 

ストラトスの鎧が完全に変わり、黒き装甲は獲物を逃がさない様、返のついた棘を生やし、そして自身に纏う装甲はより攻撃的に鋭さを増した構造へと変わる。

 

そして何より、それを纏うストラトスはより活発にそのエネルギーを揺らめかせ、その周りには常に黒い粒子を生み出し続けている。

 

そして傀儡となりながらも本能が表に出てきたのか、言葉を発する。

 

「クワ…セロ…ハラガ…ヘッタ…ナンデモイイ…オレニ…オレニオマエヲクワセテクレェ!コノクウフクヲミタシテクレ!」

 

あまりの空腹に傀儡でありながらもそう叫ぶストラトス。

 

その姿はアシモフとは違う悲しき狂人の姿。自我を、本能を無理矢理変えられた悲しき獣。

 

そしてストラトスと共に黒い粒子が一斉に奏を喰らおうと襲い掛かる。

 

奏と言う獲物を喰らう為に。己の空腹を満たさんとする為に。

 

「ならこいつを喰らってろ!」

 

奏はそんなストラトスに向けて槍を振り下ろす。

 

だが、振り下ろした瞬間に、奏の周辺に幾つもの槍が出現し、その全てが回転させて竜巻を起こす。

 

一つ一つが台風とも思わせる突風を纏う槍。その槍を奏はストラトスへと向けて放つ。

 

物質を喰らう第七波動(セブンス)である翅蟲(ザ・フライ)にとっての天敵である現象。

 

その突風が黒い粒子を引き裂き、ストラトスを襲う。

 

だが、黒い粒子が切り裂かれようが傷付こうがストラトスは止まらない。

 

「クワセロ!クワセロ!クワセロ!」

 

肉体が傷付こうがその本能をより一層刺激されていき、より凶暴さがます。肉体が傷付き、その損傷を補う為の捕食をする為に。

 

突風を突き抜けて奏の元へ到達するストラトスは自身の鎧を更に大きくして口の様に開き、奏を飲み込もうと襲い掛かる。

 

だが、奏はそんなストラトスに向けて更に槍を振るった。穂先を回転させて発生させた竜巻を纏う槍。

 

エネルギー体のストラトスはそれを喰らいそうになるが、本能から黒い粒子と変換してそれを躱す。

 

だが、奏の振るった槍が巻き起こす風に完璧に躱す事など叶わず、一部分は奏の槍が起こした突風に切り刻まれて消える。

 

そんな状態などストラトスは意に返さない。先程と同様に、その傷がストラトスの本能をより呼び起こし、更に凶暴となって黒い粒子のまま奏へと襲い掛かる。

 

奏はソングオブディーヴァ・クロスドライブによって強化された機動力を駆使して迫り来る黒い粒子を逃げながら、槍に纏う風で黒い粒子を切り刻みながら躱していく。

 

だが、強化された翅蟲(ザ・フライ)。切り刻んで消滅させてもその黒い粒子の奔流は依然として変わらない。

 

だがそれでも力には限りがある。蒼き雷霆(アームドブルー)にもEPエネルギーと言うエネルギーがあり、それが尽きる様に、一時的にだが限界が来る。

 

その瞬間はすぐに訪れる。

 

黒い粒子となり襲い掛かるストラトス。だが、奏により、相当数をやられた結果、分裂した黒い粒子の形態を維持できなくなったのか一箇所に集まり、ストラトスが姿を現した。

 

その瞬間に奏が空を駆けてストラトスへと槍を振るう。

 

疾風纏う暴風の槍。

 

ストラトスはその槍をなんとか自身の装甲に辺りにいる黒い粒子を集め、盾を創り出すとそれを受け止める。

 

だが、奏の一撃に疲弊したストラトスは耐える事など出来ず、その一撃に創り出した盾は砕け、ストラトスに向けて暴風の槍が直撃する。

 

「ガァ!」

 

直撃したストラトスに槍の一撃、そして暴風が襲う。

 

鎧を破壊する一撃。

 

しかし、その一撃を吹き飛ばされながらもストラトスは耐え切った。

 

「アァァァ!ゴチソウガアバレルナァ!オレニオマエヲクワセロォ!」

 

そして本能のまま再び叫ぶストラトス。その本能に刺激された能力因子が力を解放する。

 

自身の肉体ガ耐えられない程の全力。だが、それでも目の前にご馳走を喰らえば何とでもなる。

 

ストラトスの本能がそれを理解している。ソングオブディーヴァ・クロスドライブを纏う奏。その内包する途轍もないエネルギーを喰らえばそんな物関係がないと。

 

そして自身の身体から装甲をパージさせると自身の側に浮遊させる。

 

その装甲から生み出される夥しい量の黒い粒子。奏を喰らわんとする黒い粒子を自身の命を削りながらもストラトスは放った。

 

そして浮遊する装甲に向けてストラトスから伸びた黄色いエネルギーが装甲に力を与えていき、どんどんと巨大化していく。

 

普段であればそんな事はないだろうが、奏によって命を削る程の力を持ったストラトスのスペシャルスキル。

 

ディスティニーファング。

 

だが、そんな事、奏が黙って見ているわけがない。

 

奏はストラトスとの間合いを詰める。

 

だが、

 

「ッ!?」

 

ストラトスの肉体から放たれてくるエネルギーの弾丸。

 

それはクリスの武器であるガトリングと同等の速さであり、一撃が途轍もない力を秘めていた。

 

堪らず攻撃を中断して躱す奏。

 

だが、奏を追従する様にストラトスの肉体から放たれるエネルギー弾は奏へと襲い掛かる。

 

近付く隙すら作らない攻撃に奏はストラトスへと接近する事は叶わず、一定の距離を取らされ続けた。

 

その結果、完成された浮遊する装甲。

 

その大きさは途轍もなく大きく、幾らソングオブディーヴァ・クロスドライブの機動力を持ってしても逃げられない程巨大となっていた。

 

その装甲が、動き始め、奏とストラトスを囲う様に宙に浮かぶ。

 

そしてそのまま挟む様に奏とストラトスを飲み込んだ。

 

完全に装甲に囚われた奏。

 

装甲の内側、それは触れた物を瞬時に喰らい尽くす翅蟲(ザ・フライ)の塊。

 

故に囚われれば何であろうと跡形もなく喰らい尽くす。無慈悲で、必殺の一撃。

 

だった。

 

囚われた奏。だが、その装甲は急に軋み始め、何か内側に強力な力が解放された様に外へと何かが噴き出し始める。

 

そしてその瞬間に、装甲が爆発したかの様に内側より破壊された。

 

理由は簡単だ。

 

奏がその無慈悲であり、必殺の一撃をそれ以上の力で打ち破ったのだ。

 

ソングオブディーヴァ・クロスドライブ。その力を最大限に活用した事によるアームドギアの一振り。

 

たったそれだけの事。だが、その力には莫大なエネルギーの放出が伴う故に、その様な結末を齎したのだ。

 

「お前に喰われるわけにはいかないんだよ。私はあいつを助けなきゃならない。この戦いをガンヴォルト共に終わらせなきゃならない」

 

そしてその装甲を吹き飛ばした奏はストラトスに向けてそう言った。

 

だが、それを言われたストラトスは何も答えない。命を削る一撃。その一撃のせいでストラトスの肉体は既に崩壊を始めており、内側から爆発する様に黒煙と共に弾け飛んだ。

 

目の当たりにする悲しき結末。

 

奏はストラトスに向けて悲しそうな表情をする。

 

「安らかに眠ってくれ…そんな狂気も空腹もない場所で」

 

そして奏はガンヴォルトと未来の助けに行こうと空を駆けようとする。

 

だが、

 

「アァ…ナニカクワナイト…ハラガヘッテクルシイ…」

 

その言葉に奏は駆け出すのをやめた。

 

「チッ…あの外道が…こんな事までするかよ!」

 

憎たらしそうに奏が叫ぶ。

 

死んだはず。だが、生命輪廻(アンリミテッドアムニス)により死んでも生き返る。

 

呪いの様なループの中に囚われたストラトスが再び黒煙の中から現れた。

 

より飢えて、その飢えで更に凶暴となって。

 

「クワセロォ!」

 

そして再び襲い掛かるストラトス。

 

「だったら腹一杯喰らわせてやる!お前が安らかに眠れるよう!私の槍の一撃をたらふくな!」

 

そう叫んだ奏は再びストラトスと相見えるのだった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

三人のエリーゼと対峙するマリア、切歌、調。

 

その戦いは互いに三位一体。

 

抜群なコンビネーションを持つ三人の壮絶な戦いであった。

 

一人の人間に植え付けられた人格によって形成された能力者達。だが、それでも元は一人。故にどんな動きが最適か、邪魔にならないか、より動きやすいか理解して動く。故に三位一体。

 

だが、マリア、切歌、調もそれに劣らない。幼き頃より、共に育ち、家族の様に息の合ったコンビネーションを見せる三人。

 

互いの長所を生かし、短所を消していくその動き。こちらの三位一体もエリーゼに負けてなどいない。

 

石化の光線を放たれればマリアが、切歌が、調が、それを避ける様に声を上げ、死角からの攻撃も三人それぞれがカバーし合う。

 

「切歌!調を!」

 

「任せるデス!」

 

「ありがとう!切ちゃん!ッ!マリア!」

 

エリーゼ達のクナイ、そして光線を知らせて巧みに避け切る。

 

能力者と装者達の戦闘。この中で多く撃破しているのも三人の中でマリアと調であった。切歌はタイミングが合わず、倒してはいない。だが長く続くのは理由がある。能力者の中の一人。傀儡となりながらも奇妙な笑い声を上げる少女によって依然として戦いを続けさせられていた。

 

それはエリーゼの中で最も凶暴で残虐な性格のエリーゼ、エリーゼ2。

 

そのエリーゼには他のエリーゼ達と違い、生命輪廻(アンリミテッドアムニス)を完全に使いこなす力を持っていた。

 

故に、他のエリーゼが倒されようとエリーゼ2が二人を生き返らせる。例え、エリーゼ2を倒そうがエリーゼが一人でも残っているならば他が生き返らせる。そして三人同時にまだ倒していないが、三人同時に倒しても生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の力を持つネフィリムによってエリーゼ三人は再び蘇る。

 

そんなループに陥っている。

 

エリーゼ達を斬り伏せたマリア。だが、再び現れたエリーゼがマリアに向けてクナイを投げる。

 

それを調が防いで、丸鋸でエリーゼを吹き飛ばす。

 

「ありがとう、調!」

 

「マリア…どうしよう…不死身の敵…こんなの幾ら倒しても意味がない…」

 

「調!諦めちゃ駄目です!何か方法がある筈です!」

 

そんな戦闘を永遠と思えるほど続ける三人。あまりの長い戦闘に疲弊している調がそう弱音を吐く。

 

だが、それを切歌が諦めちゃいけないと叱責する。

 

しかし、調の気持ちもよくわかる。その他の装者達も同様にあの後何度も何度もそれぞれが能力者達を倒している。

 

それでも戦いは依然として続いている。終わりのない戦い。生命輪廻(アンリミテッドアムニス)と言う力の前に、苦戦を強いられ続ける。

 

この戦いを終わらせるのであれば、かつてアシモフが使っていた弾。強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)が必要となる。能力者を滅する第七波動(セブンス)能力者にとっての天敵である弾丸。

 

だが、もしそれがあったとしてもこの戦いを終わらせるにはかなりの確率で失敗する可能性が高い。

 

それはかつて元の世界でガンヴォルトが戦っていた状態である場合。能力者達はエリーゼによって蘇って再び現れていた。

 

しかし、今は違う。エリーゼが居なくともネフィリムもまた生命輪廻(アンリミテッドアムニス)を宿している。

 

故に強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)を持っていたとしても、ネフィリムを完全に強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)で倒し、そしてエリーゼを倒して、全てを終わらせなければならないからだ。

 

分かっている通り、ネフィリムはアシモフと共にいる。つまり、アシモフを倒さねばそれを為せない。そしてそれを為したとしてもエリーゼを限られた時間でたおさなけれ倒さなければ終わらない。

 

それが現実なのだ。

 

「ッ…諦めるな!終わらせる方法は必ずある!今の私達なら!それを為し遂げる事が出来る!」

 

鼓舞する様に叫ぶマリア。方法が分からないのなら探すまで。諦めなければそれを為し遂げる事が出来ると。

 

だが、その方法は依然として見当たらない。

 

どうすれば良い?どうすればこの戦いを終わらせられる?どうすればガンヴォルトと未来の助けに向かう事が出来る?

 

そんな思考のループを戦いながら繰り返す。

 

終わらない戦い。その戦いを永遠と続けるのかと思った時、

 

調がある事を思い出す。

 

それは切歌によって自身に振るわれたイガリマの凶刃。

 

その一撃を見に受けた調は魂の消滅を迎えようとした。

 

だが、その攻撃をフィーネが身代わりとなり、調は生き残る事が出来た。

 

生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の力とは何だ?力を詳しくは分からない。それもそのはず。第七波動(セブンス)の事は蒼き雷霆(アームドブルー)と言う雷撃を操る力しか詳しく知らない。

 

だが、生命を操る力。その起源にあるものは?

 

肉体と共にある曖昧だが確実に存在する物。自身にも宿っていたフィーネという存在を知覚できたからこそなんとなく分かった。

 

魂。

 

それが基点となっているのではないかと。

 

生命輪廻(アンリミテッドアムニス)という第七波動(セブンス)とは魂を基点として復活させているのではないかと?

 

突拍子もない事だと思われるだろう。

 

だが、今だに切歌はエリーゼを倒していない。タイミングが合わず、マリアと調が何度も倒していたのだ。

 

この仮説が正しければ、この中で切歌の持つイガリマ、そのイガリマの持つ特有の力が切り札となる。

 

だから調は叫ぶ。

 

「マリア!切ちゃんをサポートして!この戦いを終わらせられるのは切ちゃんのシンフォギアだけ!」

 

「ッ!どういう事!調!?」

 

「わ、私の力がデスか!?」

 

その言葉にマリアと切歌が戸惑う。

 

「切ちゃんの持つイガリマ!それがこの永遠を終わらせるかもしれない戦いを終わらせる鍵になるかもしれない!」

 

調が二人に向けてそう言った。

 

調の突拍子もない言葉。だが、マリアも切歌も調の言葉を疑わなかった。

 

大切な家族の言葉。それを信じないという選択肢は二人にはなかったからだ。

 

「詳しくは後で聞くわ!切歌!貴方の力がそれを為し遂げる力があるならその可能性を切り拓きましょう!」

 

「よく分からないデスが!信じるデスよ!調!」

 

そして三人はエリーゼを倒す可能性を信じて空を駆ける。

 

そしてこの調の言葉がこの戦いの戦局を変える事になる。

 

◇◇◇◇◇◇

 

アシモフとネフィリムと対峙するボクと未来。

 

ボクがアシモフとネフィリムの攻撃を雷撃で防ぎ、弾き、未来はその合間にネフィリムへと向けて出現した鏡から放たれるレーザーを当てようと乱発する。

 

だが、

 

「既に結果が見えているのに当てるわけないだろう!」

 

アシモフとネフィリムはそれを躱し、ボクを無視して未来から倒そうと攻撃をしてくる。

 

「ああ!貴方ならそう考えると分かっている!だけど!未来に貴方とネフィリムの攻撃は絶対に通さない!」

 

勿論その逆も然り。アシモフとネフィリムは未来を倒そうと狙うがボクがその攻撃を防ぎ切る。

 

アシモフはネフィリムを守り、ボクは未来を守る。そしてネフィリムも未来を狙い、未来もシアンとセレナを救う為にネフィリムを狙う。

 

互いに守り、守られ、攻め、攻められの攻防。

 

こちらの攻防も長く続く。

 

アシモフの真なる雷霆、そしてネフィリムの極限まで七宝剣の力を高めた第七波動(セブンス)の攻撃。

 

その力を同等の力を持った蒼き雷霆(アームドブルー)で、未来の纏うシンフォギアの決戦兵装。ソングオブディーヴァ・クロスドライブの持つ力で相殺し続ける。

 

互いの目的を遂行する為の戦い。

 

訪れるのは破滅と繁栄。

 

相いれぬ互いの理想を掴み取る為の戦闘。

 

その長く続く硬直も、この場で行われる戦闘とは別の場所から変わり始めた。



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141GVOLT

うーんやっぱり心理描写は難しい…
取り敢えず、今度こそ後少しで終わりそう。


戦局が変えれるかもしれない調の言葉。

 

そしてその可能性を持つ切歌。

 

調の言葉の真意は分からぬとも、こんな時に調が変な事をいうはずもない事を理解しているマリアと切歌。

 

だからこそ、切歌の一撃を食らわせる為にマリアと調が動く。

 

三人のエリーゼの放つクナイを、石化の光線を躱し、反撃のタイミング、そして切歌がの鎌をエリーゼ達に与える隙を作り上げようとする。

 

だが、それを何度も復活を続けたエリーゼ達はマリアと調の行動を予測しそれを阻害する。

 

倒しても記憶は引き継がれている。故に戦えば戦うほどその人物の戦いを理解しており、戦いが厳しいものになっている。

 

マリアと調はそれでもなお隙を生み出そうと奮闘する。

 

切歌もマリアと調の後に続き、その隙を見逃すまいと戦いを続ける。

 

調の言う可能性が何なのかを可能性ではなく絶対的なものへとしたいが為に。

 

そして三人の奮闘が身を結び、この中で唯一傀儡となりながらも奇声を上げる不気味なエリーゼに僅かな隙が生まれた。

 

傀儡となっても本能のまま人を殺そうとするエリーゼ2。その本能が傀儡となった他のエリーゼ達とのコンビネーションの足枷となった。

 

アシモフの命令を忠実に全うする二人。だが、ストラトス同様に、その狂気が、本能がそれを阻害して隙を見せた。

 

その隙を風穴を開けるように、大きくしようとするマリアと調。

 

「今よ!切歌!」

 

「切ちゃん!」

 

そう叫び、調がエリーゼ1へとマリアがエリーゼ3へと向かい、突き放す。

 

そして開かれたエリーゼ2への道。だが、それでもエリーゼ2は他と離されても意に返すことなく、目の前から遠ざかる二人ではなく、切歌へと石化の光線を放ち、それと共にクナイを投げる。

 

光線を躱し、クナイを鎌で弾く切歌。そして大きく振りかぶった釜が、エリーゼ2の肉体を切り裂いた。

 

それと共に何度も見た能力者が爆発する光景。切歌はその瞬間に遠ざかり、調の言う可能性が、切歌のシンフォギアがこの限りなき戦いの切り札となる事が証明される。

 

そして訪れた転換期。

 

黒煙が晴れた先にはエリーゼ2の姿はなく、再びその姿を現すことはなかった。

 

切歌の持つ聖遺物。

 

イガリマ。

 

シュルシャガナ同様に、メソポタミア神話における戦いの神の振るったとされる二刃。

 

そして二刃に秘められた力。

 

シュルシャガナには肉体を切り刻む力を携え、イガリマには魂を切り刻む力を携えられていた。

 

魂を切り刻む力。それは生命輪廻(アンリミテッドアムニス)にとっても天敵となる力であった。

 

エリーゼの持つ第七波動(セブンス)生命輪廻(アンリミテッドアムニス)

 

その力は魂を操り、無限の生命を紡ぐ第七波動(セブンス)

 

つまりこの第七波動(セブンス)は魂と言うものが存在して、初めて効力を発揮する。魂の記憶(情報)から肉体を蘇生させて復活させる。

 

それが生命輪廻(アンリミテッドアムニス)第七波動(セブンス)で七宝剣を復活させる工程(プロセス)

 

そしてイガリマの持つ能力、魂を切り刻み消滅させる力。その力を持つ鎌に斬られたことにより魂は消滅する。

 

故に生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の復活させる工程(プロセス)に必要な魂が消滅した事、魂と言う情報が無くなり、復活する事が出来なくなった。

 

「調の言う通りデス」

 

切歌は倒した能力者が復活しない事を確認してそう呟いた。

 

そしてそのまま今度は調が抑えるエリーゼ、エリーゼ1へと向かう。

 

そして調が抑えるエリーゼ1をエリーゼ2同様にその鎌で斬りつける。一撃で倒れなくとも、二対一。その切歌の一撃が起点となり、二人の猛攻にエリーゼ1耐え切れず、最後の切歌の一撃により倒される。

 

エリーゼ2同様に復活しないエリーゼ1。そして切歌と調は次にマリアが抑えるエリーゼ3へと向かう。

 

マリアと戦うエリーゼ3。そこに切歌と調の参戦。幾ら死に、復活しながら三人の戦い方を記憶していこうが、それはエリーゼが三人揃ってこそ対応出来るもの。

 

たった一人となったエリーゼ3はその三人の猛攻に耐えられる事は出来ず、マリア、切歌、調の攻撃で削られ、最後には切歌の一撃にエリーゼ3も遂には消滅してしまった。

 

「切歌のシンフォギア…第七波動(セブンス)能力者を滅する力あるなんて…」

 

「ううん…第七波動(セブンス)じゃなくて生命輪廻(アンリミテッドアムニス)にだけ有効な力を切ちゃんの持つシンフォギア…イガリマに備わってる」

 

「私のイガリマに…私も知らなかったのに調はなんでそんな事を…ッ!?」

 

そして切歌は何か気が付いたのか少しバツの悪そうな表情を浮かべた。

 

「切ちゃんのせいじゃないよ…悪いのはアシモフ…」

 

その言葉にマリアもなんとなく察しが付き、そしてその力を調が知る理由も何となく理解した。

 

かつての切歌と調の戦闘。アシモフに操られた切歌に、調は斬られ、調は死の淵にたった。

 

イガリマの力で調が消えそうになった。それを救ったのがフィーネ。故にその力を調が理解している事を悟った。

 

「…」

 

理由を察して沈黙が流れる。だが、その沈黙などしている時間はないと三人は理解している。

 

だが、それでも、意図せずな事にしろ、調を救い、この状況を変えるキッカケを与えたフィーネに感謝する。

 

その想いが強い調はマリアと切歌に言った。

 

「早く終わらせよう。こんな戦いをみんなで…そしてフィーネから託された願いを見届ける為に」

 

フィーネの望みを見届けると誓った調。だからこんな所でその願いを潰える事を良しとしない。だからこそ、そう言った。

 

その言葉にマリアも切歌も頷く。

 

そしてその他の能力者達のいる場所へと向けて三人は空を駆ける。

 

まずは近くにいる奏。ストラトスを何度も屠っているが、エリーゼ達に手こずっていたと同様に、倒しても倒しても復活するストラトスと奏は戦い続けていた。

 

「隙を作れ!切歌のシンフォギアならこの戦いを終わらせられる!」

 

横からストラトスへと攻撃を加えたマリアが奏に叫ぶ。

 

「相手していた能力者をどうにか出来たのか!?」

 

奏は急な援軍に驚きそう言った。

 

だが、マリアの他に、切歌調も辿り着いた為、それを理解した奏はストラトスから無限に生み出される黒い粒子を吹き飛ばす大きな一撃を放つ。

 

まさに嵐と形容出来そうな一撃。

 

その一撃で黒い粒子はその一撃による風の刃に切り刻まれ、そしてその一撃はストラトスをも巻き込もうとする。

 

だが、ストラトスも何度も喰らうわけもなく、飛んでその一撃から逃れようとする。

 

だが、その飛び退いた方向は悪手。

 

既にそれを予測していた調が、ストラトスの鎧へと丸鋸で襲い掛かる。

 

不意打ち気味の攻撃にストラトスの鎧の一部が砕ける。

 

だが、それでもストラトスは新たな獲物を目にしてそんな事気にする様子もなく調を喰らおうと黒い粒子を生み出そうとした。

 

だが、

 

「そんな事させるわけないデス!」

 

切歌がストラトスの横から鎌を振り下ろし、それをさせなかった。

 

魂を切り刻むイガリマの一撃。蓄積されたダメージが限界を迎え、ストラトスの内側から命を散らすように爆発した。

 

その前に切歌と共に離れた切歌と調。

 

そして爆発し黒煙を撒き散らしたストラトス。もちろん、まだ完全には警戒を解かない。

 

そして黒煙が晴れてストラトスが復活していない事を確認した二人は奏とマリアの元へ向かう。

 

「何がどうなっている?復活の限界が来たのか?」

 

奏が何度も復活していたストラトスが消えた事で三人へとそう聞いた。

 

「いいえ、あの力に限界は無いと思う。だけど限界が来なくとも、その工程(プロセス)に必要不可欠な物を消して、それを使えなくさせた」

 

「その工程(プロセス)に必要な物ってのは?」

 

「魂デス。生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の力に必要な物は魂だと調が察したデス」

 

マリアが奏に伝え、その何かを聞いた奏の質問に切歌が答えた。

 

「魂を操る第七波動(セブンス)…だったらどうやって?第七波動(セブンス)を抑えるあの弾とかじゃ無いとどうにか出来ないんじゃ無いのか?」

 

「違う。アシモフが持っていたあの弾…あれはガンヴォルトの蒼き雷霆(アームドブルー)ですら能力を封じ込められる力を持っている。でもあれはもう存在しない。だけど、対生命輪廻(アンリミテッドアムニス)については切ちゃんの持つシンフォギアの特性であれば対抗出来る。イガリマの持つ魂を切り刻み、消滅させる力があれば」

 

調が奏へとそう言った。

 

なんでそんな力があるのか?何故それを切歌ではなく調が知っているのか?

 

奏は深く聞かなかった。

 

理由はもちろん、今その説明に時間を費やしているわけにはいかないから。

 

「その理由は後で聞く。その力をこの目で見た。だったら、ガンヴォルトを助ける為に、その力で翼、クリス、響を助けて総力戦でアシモフを叩く!」

 

奏の言葉に全員が頷き、各個撃破ではなく、総力で他の第七波動(セブンス)能力者を狩り始める。

 

まずは翼。

 

イオタという、光の速さをいち早く倒すと考えた奏が、マリア達と共に向かう。

 

ピンチでは無いが、攻めあぐねる翼。光の速さとの戦闘でかなり精神を疲弊している。

 

だが、それでも喰らい付き何度も倒していた翼。

 

イオタとの鍔迫り合いをする中、背後からイオタへと奏が斬りかかる。

 

「ッ!?」

 

イオタはそんな奏の存在に気付いたのか、直様翼との鍔迫り合いをやめ、光となって姿を消した。

 

「大丈夫か!翼!」

 

「奏!?奏の相手していた能力者は!?」

 

翼は突然の援軍である奏に驚き、そう聞くが、今はそんな事している場合では無いと光となって消えたイオタの場所を把握する。

 

驚きはあるが、ここで来た援軍。奏と共にイオタを倒そうとする。

 

「翼、あいつを今度こそ倒すぞ」

 

「まさか…出来るの?」

 

「切歌のシンフォギアならね」

 

「切ちゃんのイガリマならこの終わりが見えない戦いに終止符を打てる」

 

「調が…フィーネが教えてくれたこの力…イガリマの力でセレナ達をみんなで助けに行くデス!」

 

そして後から現れたマリア、切歌、調。奏の他にも来たと言う事は四人が対峙した能力者は復活していないと言う事。それを理解した翼は頷き、光速で動くイオタとの戦闘に慣れた翼が、先導し、離れた所に姿を現したイオタへと駆け出す。

 

五対一。

 

戦力差が大きく開いた。

 

他の能力者達と比べて、多対一でもビットを使い、善戦したイオタ。

 

だが、やはり数の暴力、そして強化された装者達の猛攻に手数が足らず、ビットを破壊されて無防備にさせられた。

 

そして切歌の一撃にイオタも、エリーゼやストラトスのように倒された。

 

爆発して黒煙を撒き散らす。だが、その場には復活する事はなく姿を現す事はない。

 

「まさか…本当に…」

 

奏の時同様に、復活しない事に驚きを隠せない。だが、戦況は変わる。

 

「行こう。響とクリスを助けて今度こそガンヴォルトと一緒にアシモフを終わらせに。シアン達を救いに」

 

その言葉に全員が頷く。

 

そしてクリスの元へ全員で向かう。

 

クリスも奏や翼と同様の反応。だが、他の二人同様に、理由を聞かなくても、何があったかは理解出来ている。

 

他の装者がここにいる理由なんて他ならない。復活する能力者をどうにかした。

 

だからクリスは直様に動く。それと同時に、奏と翼、マリアに切歌に調。六人が一斉にデイトナへと向かう。

 

だが、全員で攻撃を仕掛けるが、エリーゼ達やストラトス、イオタとは違った。

 

本能のみで戦うストラトスやエリーゼ2、そして数で押せたイオタやエリーゼ1、エリーゼ3。だが、デイトナは違う。

 

身体に纏う炎、そのあまりにも凄まじい熱気に近づけないでいた。

 

光を操るイオタ、物質を喰らう黒い粒子を生み出すストラトス、石化とクナイを使うエリーゼ。

 

その三人とは違い、その身を凄まじい熱気と言う不可侵の領域を自分の周りに作り出している。強化されたシンフォギアですら防げない熱気。

 

遠距離も行けない事はないのだが、刃のエネルギーだけでは簡単に攻め落とせない牙城。

 

だが、それを攻め落とし続けていたクリス。他の装者とは違い、遠距離と言う武装を持つ故にそれを為していた。

 

だからこそ、クリスが主軸となってデイトナと対峙する。

 

遠距離からの攻撃。それをより強力にする為にクリス以外が付かず離れずで攻撃に専念する。

 

近づけなくとも、手段はある。

 

エネルギーの刃をそれぞれが振るう。

 

だが、その一撃はデイトナの纏う熱気に衝突し、威力を下げられる、もしくは速度を失い、避けられる。

 

有効打にはならない。

 

このままではデイトナに切歌の一撃を叩き込めない。

 

しかし、それでも隙を作る為にデイトナを倒しにかかる。

 

だが、デイトナも簡単に通すわけもない。その身に纏う強力な熱気を更に吹き出し、装者達を倒す為に奮闘する。

 

身に纏う熱気に耐えながら、ただデイトナを倒す為に。

 

苦戦しながらも、なんとかクリス以外の装者達で隙を作る。

 

そしてようやく生まれた隙。苛烈なる攻撃が生んだ、ほんの些細な綻び。

 

「その隙は見逃さなねぇぞ!今度こそ果てろ!」

 

そんなチャンスを見逃すはずも無く、クリスが構えたライフルを放つ。常に補足していたデイトナ。

 

イオタの残光(ライトスピード)の速度には劣る。

 

しかし、放ったエネルギー弾の威力は劣らない。

 

デイトナの生み出した不可侵の領域を乗り越える弾。乗り越えた先のデイトナの腹に見事命中し、鎧を砕く。

 

それと共に、能力者達が消え去る際に見せる黒煙を伴う爆発。

 

その瞬間に、装者達は一斉に黒煙へと向かう。

 

狙いはもちろん復活したデイトナ。

 

デイトナが一度消えた事による熱気の消失。再びそれを纏う前に、装者達はデイトナを今度こそ終わらせる為に駆けた。

 

そして黒煙の中へと飛び込み、奏が風圧で黒煙を吹き飛ばす。

 

そこにいた未だ復活してすぐのデイトナ。

 

そんな状態のデイトナに向けて装者達は熱気を纏う前に強襲を仕掛けた。

 

デイトナも復活してすぐそばの攻撃。その苛烈な攻撃に耐える事は出来ない。

 

そして切歌のイガリマによる一撃。

 

その一撃で再びの爆発。

 

それにより黒煙が上がる。だが、そこにはデイトナの姿はもう無かった。

 

残る能力者はメラク。

 

それを倒して終わり、ガンヴォルトと未来の元へ救援に向かう。

 

装者達は空を駆ける。

 

残るメラクと対峙する響。

 

その場へと辿り着いた装者達。

 

メラクと対峙する響はメラクを一度も倒しておらず、椅子だけを執拗に狙い、倒し続けていた。

 

特殊な椅子がなければ攻撃手段を持たないメラク。何度復活してもすぐに椅子は御釈迦になるために、響と一方的な展開となっていた。

 

故に、倒すのも容易かった。亜空孔(ワームホール)の力を使われる前に、イガリマにて切歌が不意打ちでメラクを倒した。

 

「みんな!?」

 

突然の救援に、驚く響。

 

だが、復活しないメラク、椅子に何が何だか分かっていないが、復活しないところを見るに倒されたという事はなんと無く理解出来た。そしてそれと共にどこか悲しそうな表情を浮かべでいた。

 

「…本当に…これで良かったの…」

 

それはメラクに対して、そして復活した能力者に対して響きが思った事。

 

復活しない。そして消えた事。それはつまり、その能力者達を手に掛けた事。それが響にしこりを残していた。

 

その言葉の意味になんと無く察した誰もが、言葉を言い淀む。

 

確かに、響の言う通り、倒したと言う事はその能力者を殺した事になる。つまりはこの手で自分達が人を殺めたと言う事なのだから。

 

だが、マリアはそんな響に向けて言った。

 

「これでいい…何名かは本能という意識はあったにしろまともなものでは無かった…戻る可能性もあるかもしれなかった…でも、それで戻る可能性に賭けて戦って…永遠にも近い時間をかければどうなる?世界が滅ぶかもしれない…起こした奇跡が奇跡ではなくなるかもしれない」

 

「…でも…」

 

「立花、貴方の気持ちは分かる。だが、そうでもしなければならない理由がこちらにもあるんだ」

 

翼が響に向けてそう言った。

 

確かにそうでしなければマリアの言う様に洗脳が解けるまで永遠と戦わなければならなかっただろう。だが、此方にもリミットがある。

 

未来というシアンとセレナを救える響の大切な親友。未来にはリミットがある。だからこそ、翼の言う通りだと理解している。

 

大切な親友の命。そしてシアンというかけがえのない友達。そしてマリアの妹であるセレナ。

 

救わなければならない人達。

 

「すみません…みなさん…分かっていたんですけど…どうしてもそんな可能性が捨てきれませんでした…でも…そうでもしないと未来が危ない…シアンちゃんが…セレナちゃんが助からないかもしれない…自分の甘さを捨てきれませんでした…」

 

響はそう言った。

 

「それが響の良いところだ。だからそんな顔するな。でも、こうでもしなきゃならなかった…ガンヴォルトをかつて苦しめた奴らだ。どっちにしろ、救えたとしても争いは避けられない」

 

奏がそう言った。

 

奏の言う通り、かつてガンヴォルトと敵対していた能力者達。故にもし洗脳が解けたとしても、ガンヴォルトというかつて戦い、敗北している者を許さない能力者もいるだろう。

 

だからこうするしか無かったと奏は言う。

 

「はい…」

 

響も少しだけしこりを残しながらも仕方なかったと納得するしか無かった。救える命と救えない命。平等に助けようとしてもこぼれ落ちるものがある。

 

非情になるしかないのだ。

 

「だから、行こう。ガンヴォルトを、未来を助けに」

 

奏がそう言った。

 

「そうですね…この戦いが終わらなければ悩むことすら出来ない…納得する答えも得られない…」

 

響はそう言った。

 

この戦いを勝利しなければ、何も出せないのだから。この気持ちの整理もつかせることも出来ないのだから。

だから響はその気持ちを抑えて言う。

 

「終わらせましょう。みんなで。帰りましょう。みんなが待つ場所に」

 

そして装者達はある方向へと空を駆けて向かう。

 

激しい雷撃がぶつかり合い、死んだ能力者達の第七波動(セブンス)の力が未だ放たれるその場所へ。

 

最後の戦場へと向けて装者達は飛翔するのであった。



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142GVOLT

激しく迸る雷撃がぶつかり合う。

 

「ガンヴォルトさん!」

 

「大丈夫だ!未来はシアンとセレナを助けるのに集中して!」

 

ボクはそう叫んだ。

 

アシモフと何度も雷撃をぶつけ合い、七宝剣の第七波動(セブンス)を駆使するネフィリムからの攻撃を未来へと退かせない為に戦い続ける。

 

物理攻撃を防ぎ、向かいくる現象を未来を抱き抱え、躱す。

 

「貴様達が私に勝つ事は出来ない!電子の謡精(サイバーディーヴァ)と融合したセレナ・カデンツァヴナ・イヴ!私にこの者がいる限り、果てることの無い兵士(ソルジャー)が幾らでも湧いて出る!今装者達が抑えていようがいずれ限界は来る!生命輪廻(アンリミテッドアムニス)によってな!そして真なる雷霆に至った私が!貴様如きの蒼き雷霆(アームドブルー)に破られるわけがないのだよ!」

 

アシモフは苛烈な攻撃を続けながらそう叫んだ。

 

生命輪廻(アンリミテッドアムニス)による無限に蘇る七宝剣達。アシモフの真なる雷霆がボクの蒼き雷霆(アームドブルー)に負ける筈がないと。

 

確かに、生命輪廻(アンリミテッドアムニス)による蘇生。それがある限り、装者達は苦戦を強いられる。何より、ボクが装者達に任せた為に、装者達に殺人という罪を背負わせてしまう事になった。

 

アシモフと言う男を倒せなかったせいで。

 

だが、この戦いでボクの願いなど無謀なものでしかない。

 

それを為せなかった事が後悔でしかない。けれど今悔やんでも仕方がない。

 

今目の前の事に集中しなければならないのだから。

 

今度こそアシモフを殺す。そしてシアンとセレナを救う。ボク一人ではなくみんなの力で。

 

だからこそ何度も雷撃を纏い、アシモフとネフィリムへと立ち向かう。

 

ネフィリムの攻撃を躱し、アシモフの雷撃を弾き、避雷針(ダート)を撃ち、雷撃を流し込む為に。

 

何度でも繰り返す。

 

二つの世界を救う為に。もう一人の自分のいる世界を。装者達や二課、そして繋がりを持った人々を救う為に。

 

だが、アシモフと共にいるネフィリム。ボクの攻撃も未来の攻撃も全て躱し、阻み続ける。

 

ボクがネフィリムへと近づいたとしてもアシモフがそれを阻止し、離れれば更に離すようにネフィリムが追撃をし、その隙に未来が攻撃をすればその巨大に見合わない速度で攻撃を躱す。

 

避雷針(ダート)を撃ち込もうにも七宝剣の第七波動(セブンス)で弾いてしまう。

 

ボクのアンイクスプロードヴォルトとアシモフの真なる雷霆の出力は同等。だが、手数と手段に差があり、それを超えられない。

 

だとしても諦めるわけにはいかない。

 

目の前にシアン、そしてセレナ。殺すべき男であるアシモフがいるのだから。

 

だが、それでも超えられない。超えなければならないのだが、越えることが出来ない。

 

そしてボクは未来へと向かった攻撃を捌いてる最中、アシモフの接近を許してしまった。

 

「死ね、紛い者」

 

「ッ!?」

 

振るわれる雷撃の一撃。ボクは未来の盾となりながら、それを喰らってしまった。

 

「ガンヴォルトさん!」

 

未来は自身の代わりにダメージを負った事に叫ばずには居られなかった。

 

「自分の心配もしたらどうだ?」

 

そんな叫ぶ未来の背後には既にアシモフが移動して雷撃を纏う拳を未来に振るう。

 

だが、未来に振るわれた拳は同等の雷撃を纏うボクが腕を入れて防ぐ。

 

激しく迸る雷撃。

 

「させるわけないだろう、アシモフ」

 

ボクはダメージを受けながらもなんとか防ぎアシモフへとそう言った。

 

しかし、

 

「グッ!?」

 

背後から襲いくる強烈な熱気と殴打された衝撃。

 

それによって吹き飛ばされた。

 

そして空中で未来とと共に吹き飛ばされながらも体勢を立て直した。

 

元の場所にあるのはもちろんネフィリムの巨大な拳。その拳に纏う爆炎(エクスプロージョン)の炎で攻撃したのだ。

 

「未来…無事かい…」

 

痛みを堪え、受けたダメージを回復させながら未来へとそう問う。

 

「私が…私が足手纏いだから…」

 

しかし、未来は自身の無事よりもボクが全て受けてしまった事にショックを受けている。

 

「君は足手纏いじゃない!しっかりするんだ!シアンを救うんだろう!セレナを救うんだろう!みんなで世界を救うんだろう!」

 

ボクはそんな未来の目を見てそう叱責する。

 

この戦いにおいて傷付いてしまうのは仕方がない事。それ程までにアシモフとネフィリムは危険なのだ。

 

「だからボクの心配はしなくていい!ボクはこのくらい死なない!死にはしない!絶対に!ボクはここで死なない!だからボクの傷なんて構わなくていい!このくらいの傷はすぐに消える!未来は未来にしか出来ない事を全うするんだ!」

 

だから厳しいだろうがボクは未来に言う。これ程傷付いても自分の役目を果たせと。

 

その叱責に正気に戻ったのか、未来は頷く。

 

だが、

 

「死にはしない?いいや、貴様は死ぬ。私が殺すからな」

 

だが、その叱責の時間にアシモフはボクと未来の元へと既に辿り着いており、再び雷撃を纏う足を掲げ、ボクに振り下ろす。

 

ボクは腕を交錯させて防ぎ、自分の足元に強力な力場を作り、押し返す。

 

だが、アシモフはその反動を利用してボクから離れるとその離れた瞬間、巨大な光線がボクと未来に向けて放たれていた。

 

未来を引いてそれを躱し、その光線を放たれた方向に未来へ行くように伝えた。

 

そしてボクは再びアシモフの元へと向かう。

 

体勢を立て直していたアシモフはそれを見てボクへと接近する。

 

何度目かも分からない雷撃を纏う腕のぶつかり合い。

 

「絶対にボクは貴方に殺されない!ボクが貴方を殺す!殺してみせる!」

 

「喚くな!何度も何度も出来ない事を!貴様如き紛い者に!私が殺されるか!」

 

同様のボクとアシモフの互いへと行う殺害宣言。

 

そして再びボクとアシモフの激しい攻防が始まる。

 

強力な雷撃を纏う拳、脚、放出される雷撃に、放たれる弾丸と避雷針(ダート)

 

拳を捌き、ぶつけ、蹴りを受け、躱し、放たれる雷撃を雷撃で撃ち落とし、弾丸を掠めながらも躱し、避雷針(ダート)を掠めながらも躱す。

 

一進一退の攻防。

 

傷付こうが、そんな事気にするまもなく塞がっていく。

 

互いの力を最大限に使い、殺す為に交差し続ける。

 

装者達の歌うシアンの歌。それによりアンイクスプロードヴォルトが更なる未踏へと踏み込み、強化された蒼き雷霆(アームドブルー)。ネフィリムを取り込み、ネフィリムを抑え込み、適合した事により高められ、進化した蒼き雷霆(アームドブルー)の更に上とアシモフが言う真なる雷霆。

 

無限の可能性を持ち、最強と呼ばれた第七波動(セブンス)である蒼き雷霆(アームドブルー)。同じ第七波動(セブンス)でありながら、異なる高みへと至った。

 

その頂上決戦というべき戦い。

 

かつての紫電との戦いにも引けを取らない戦闘は続く。

 

しかし、その長らく続くと思われる戦闘はある出来事によって覆される。

 

「ッ!?」

 

突如何かを感じ取ったのか、アシモフの表情が変わる。

 

その表情はあり得ない。そんなことあるはずがないと言った表情。だが、そんな僅か隙にボクは避雷針(ダート)をアシモフに向けて放つ。

 

だが、アシモフはこの程度の事は隙ではなかったようで、避雷針(ダート)を躱す。

 

そこからボクは追撃とばかりにアシモフへと接近して再び近接戦へと持ち込む。

 

勿論、アシモフはボクの攻撃を躱し、弾き、受け流し流していく。互いの一撃では殺せないであろうが、連続して喰らえばタダですまない攻撃を捌き続ける。

 

だが、アシモフの表情は驚きから何が起きているのか分からないと言った風の表情から変わらない。

 

何が起きているかはボクも分からない。だが、アシモフのこれまで見たことの無い表情。

 

戦況が傾く気がした。勿論、ボク達が勝つ方に。

 

だから攻める手が更に速度を上げる。

 

防がれても、捌かれても、逸らされても速度を落とさない。それ以上の速度が出せなくても、更に速度を上げる様に攻撃の手を早めていく。

 

その攻撃はまさに電光石火。絶え間無い攻撃にやがてアシモフはどんどん追い詰めていく。

 

驚きと苛立ちの合わさった表情。

 

だが、そんな苛烈な攻撃をアシモフは雷撃鱗を展開して無理矢理ボクを突き放した。

 

「チッ!何が起きている…何故生命輪廻(アンリミテッドアムニス)の力が作用していない!」

 

そんな時、アシモフがそう叫んだ。

 

あの苛立ち、表情、(ブラフ)では無いだろう。

 

装者達が対峙した七宝剣の能力者達。それを何とかしたのだ。

 

生命輪廻(アンリミドアムニス)の力によって何度死んでも生き返り、立ち塞がった能力者達。

 

それをどうにかする方法はあるにはある。何度も言ったが、能力者達にとって天敵になり、実際にそれにより不死の能力者を殺す事に成功している強欲なる簒奪者(グリードスナッチャー)

 

だが、それはアシモフが使っていない為、隠し持っていないとも限らないが、重要な局面にも使わなかった為、もうこの世界には現存しない。

 

故にそれ以外の方法でどうにかしたのだろう。

 

その方法は詳しくは分からない。しかし、それを聞いてボクは戦況が傾きがどちらへ傾いたか感じ取った。

 

こちらの勝利へと。

 

だが、まだ傾いただけだ。

 

その傾きはまだ不安定。その片方にいるアシモフとネフィリム。この二つが完全に消滅しない限り、完全に勝利を確定出来ない。まだ何か隠しているのならば、傾きは再び水平へと戻ってしまう。

 

しかし、そんな事はさせない。

 

それと同じ様に、七つの光が未来が戦うネフィリムへと向けて飛んでいくのが見えた。それを見たアシモフはより驚きは消え、憎悪の表情を露わにする。

 

「巫山戯るな…私は能力者達の頂点(ゼニス)…真なる雷霆だ…こんな事があるわけが無い!無能力者如きにこの様な事態起こるはずがない!」

 

それは信じられないという否定。だが、アシモフが叫ぼうがその事実は変わらない。否定しようが、ネフィリムから力を借り受けて使っているのだろうか分からないが、変化は見られない。

 

だからそんなアシモフへとボクは避雷針(ダート)を放ちながら接近する。

 

「どれだけ叫んでも何も起こらない!それはあの子達はやり遂げたからだ!貴方の蘇らせた七宝剣を蘇生出来ない様に倒した!もう貴方の兵は存在しない!いい加減に終わりにしよう!アシモフ!」

 

アシモフは避雷針(ダート)を躱しながらもそう叫んだボクへと視線を向けてその怒りの矛先を向けた。

 

「たったそれだけの事で勝ちだと思い込むなよ!紛い者の分際で!何度も敗北した者の分際で!私の前で勝ち誇るな!勝ちを気取るな!」

 

「いいや!ボクが!ボク達が勝って終わる!貴方の思い通りになんかにはさせない!」

 

そして再びアシモフがボクがぶつかった。

 

しかし、

 

「ッ!?」

 

ぶつけた直後、脳に響く様な危険信号。ボクは素早く腕を離し、後方へと大きく距離を取ると、その瞬間に目の前が業火に染められた。

 

それと同時に業火を貫き、現れた光線。

 

見覚えのある現象の攻撃。それは第七波動(セブンス)の力であり、デイトナ、イオタの力。

 

「ッ!ここまで使えないと隠していたのか!」

 

突然使われた第七波動(セブンス)。先程までに使わなかった為に不意を突かれる形となる。

 

そして背後に感じる殺意。

 

ボクは振り向き様に裏拳を放ち、それを防ごうとする。

 

だが、

 

それと共に、放たれた石化の光線。

 

それに気付いたものの振るわれた裏拳を軌道を逸らす事しか出来ず、その光線に触れてしまう。

 

直後、物凄い脱力感がボクに襲い掛かる。

 

石化の光線によって起こされた蒼き雷霆(アームドブルー)の強制的な能力の弱体化。

 

そしてその石化の光線の先、亜空孔(ワームホール)を開き、そこから拳を弾丸を放つアシモフの姿。

 

「チャージングアップ!」

 

脳天へと向けて放たれた弾丸。それよりも早く言葉を紡いで使った(スキル)

 

ボクの皮一枚を弾丸が穿ちながらも、チャージングアップによって弱体化を解除した瞬間に展開した雷撃鱗により、弾丸が消失する。

 

「貴方に殺される訳には行かないんだ!こんなの何度でも乗り切る!」

 

ボクは開いた亜空孔(ワームホール)から姿を現したものアシモフに向けてそう言った。

 

だが、それと同時に、何とも言えない違和感に襲われた。

 

殺すなら一撃ではなく複数の攻撃を入れて来るはず。なのに、たった一撃、そして雷撃鱗を突破する筈の銃弾が一瞬で蒸発。

 

今の力であればそれは可能であるが、どうにも違和感が拭えない。

 

そしてそれを確信させる物。それは現れたアシモフの行動。怒りを撒き散らしながら攻撃をしていたアシモフ。それを今になってただボクの殺害を全うするかの様に、命令された動きを遂行しようとする動作。

 

「まさか!?」

 

そしてボクはある予想が浮かび、アシモフへと接近する。勿論アシモフも抵抗するが、その雷撃は先程と比べ遥かに弱い。

 

それがボクの予想を確信させる。

 

そんな弱い雷撃を放つアシモフをボクは一瞬でその雷撃を掻い潜り、自身の雷撃を込めた拳を振り抜く。

 

だが、ボクはそんなアシモフに目をくれず、空を駆ける。向かうのは装者達が対峙するネフィリムの元。

 

そこにアシモフが居ると確信しているから。

 

先程のアシモフ。あれはアシモフが生み出した電影招雷(シャドウストライク)の分身体。

 

本物では無い。

 

ならば消えたアシモフが何をするかなど決まっている。

 

だからこそ、ボクは空を駆け、ネフィリムと対峙する装者達の元へと全力で駆けるのだった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ネフィリムと対峙する未来。

 

先程と違い、アシモフという守りがなくなったネフィリム。だが、アシモフが居なくともネフィリムには力がある。未来という障害を排除出来るほどの力が。

 

一方未来もガンヴォルトという守ってくれる人はアシモフの足止めの為にこの場には居ない。

 

だが、それで未来とネフィリムには戦力というにはあまりにも差が開いていた。

 

未来にない経験と力をネフィリムは有している。負け続けていたが、かなり濃密な戦闘の経験、そして七宝剣の第七波動(セブンス)

 

そしてアシモフによって取り込まれ新生した新たなる肉体。そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)と融合したセレナを取り込み、アシモフを除き、自身が最強と呼べる力を手に入れている。

 

そんな力の差があるが、未来はネフィリムと対峙する。

 

あまりにも無謀。先程までガンヴォルトに守られていたから無事でいられた。そんな力の差が歴然だというのに死ぬ気かと思われる様な行動。

 

だが、未来は死ぬ気など毛頭ない。そしてそんな力の差があろうと未来には諦めるという選択肢はなかった。

 

もう怖がらない。みんなと共にこの戦いを終わらせたい。

 

そしてガンヴォルトに託されたこの戦いで自分自身の役割を必ず果たす。それを守る為に恐怖を乗り越えて未来はこの場にいる。

 

何より、自分にしか出来ない事があると分かっている。ネフィリムに飲み込まれているシアンとセレナ。この二人を本当の意味で無事に救える可能性があるのは自分だけなのだ。

 

だからもう引かない。逃げない。

 

神獣鏡(シェンショウジン)のシンフォギアで二人を救い出す。

 

そうしてネフィリムと未来。互いの能力を発揮させてぶつかり合う。

 

火球を撃ち出し、未来はそれを躱す。そして残光(ライトスピード)のレーザーに対して未来は自身の周囲にビット型の鏡を出現させてそれを反射させる。

 

光を操る第七波動(セブンス)であるが故に取れる戦法。だが、未来の場合は反射に加え、その光にも分解の力を含ませる。

 

本来のLiNKERのみの神獣鏡(シェンショウジン)のシンフォギアではここまで出来ない。だが、シアンの歌により、神獣鏡(シェンショウジン)もエクスドライブとは異なる決戦兵装、ソングオブディーヴァ・クロスドライブを纏っている。

 

故にその力は強大であり、それを自動的に付与させる程の力を持っている。

 

そしてその攻撃を脅威と察したネフィリムはその巨体に見合わぬ速度で自身へと帰ってきた光線を躱す。

 

だが、その光線を躱しても、更に未来はネフィリムに向けて神獣鏡(シェンショウジン)の本来の力の光線を放つ。

 

まさにレーザーの雨。

 

その一つ一つが、ネフィリムにとって致命傷となる一撃のレーザーを未来は放ち続けた。

 

だが、その攻撃はネフィリムには当たらない。

 

雨と形容出来るほどの弾幕であろうと、ネフィリムは躱し、そして亜空孔(ワームホール)を使い、逆にその弾幕を相殺していく。

 

そして更に光を使う攻撃が不可能と判断したネフィリムはそれ以外の第七波動(セブンス)を使う。

 

爆炎(エクスプロージョン)翅蟲(ザ・フライ)。ネフィリムには光線を放てなかろうが攻撃手段はまだ残っている。

 

故に、光線を放つ未来に見えぬ様、自身の巨大なの背後から翅蟲(ザ・フライ)の能力である黒い粒子を生み出し、亜空孔(ワームホール)を開くとその中へと

流し込んでいく。

 

勿論行く先は未来の背後。気付かれぬ様に小さく。

 

そして未来へと黒い粒子が放たれた瞬間。

 

「ハァ!」

 

未来はそれを見向きもせずに、逆に利用して光線をその小さな穴へと向けて放った。

 

その行動にネフィリムは驚きつつも、自身の背後に開けた穴から飛び出してきた光線を躱した。

 

何故気付かれた?何故見てもいないのにバレた?

 

ネフィリムはそう考えた。そしてネフィリムは気付いた。

 

未来の周囲に浮かぶ鏡型のビット。

 

光線をこちらに放ち続けるビット以外の鏡が展開された配置。

 

それは未来の位置から死角を消す様に鏡が配置されていた。つまり、背後の攻撃。未来は鏡によってそれを察していたのだ。

 

力の差がありながらも未来は考えていた。負けてならない故に、どんな攻撃も事前に察知出来るように。

 

それがネフィリムの思惑を打ち破ったのだ。

 

だが、それが何だと言うのだとばかりにネフィリムは咆哮のような叫びを上げる。

 

そんな物で勝ったつもりか?とばかりに。

 

第七波動(セブンス)の不意打ちが効かないのであれば、真正面で。

 

その巨体を使い、未来を破壊しようと接近し始めた。

 

勿論、未来も攻撃をして近づけない様にする。

 

だが、未来の光線を悉く亜空孔(ワームホール)によってあらぬ方向へと逸らされ、未来とネフィリムの距離はすぐにネフィリムの攻撃範囲に入ってしまう。

 

そこから未来へと向けて振るわれる巨大な拳。膨大な熱量とその巨体に見合う威力を持つ拳。

 

死という概念が目に見える。未来もその一撃に恐怖する。

 

だが、

 

「ハァ!」

 

その振るわれた拳は何者かによって阻まれる。

 

「未来には指一本触れさせない!」

 

そう。それは七宝剣の能力者を破り、この場へと誰よりも先に辿り着いた響であった。

 

「響!」

 

その救援に未来が響の名を叫ぶ。

 

「響だけじゃない、私達もいる!」

 

その声を聞き振り返ると響だけではなく、奏、翼、クリス、マリア、切歌、調の姿もあった。

 

「みんな!」

 

「後はネフィリム!アシモフだけだ!小日向!シアンを救う為に手を貸す!」

 

翼がそう叫んだ。

 

「あいつらはもういない!だからここも終わらせて残りをアシモフだけにするぞ!」

 

クリスも未来へと向けてそう言った。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)だけじゃない!セレナも一緒に救う!」

 

「もうそろそろ終わらせるデス!」

 

「うん!みんなで一緒に帰るんだ!」

 

そして近くに来たマリア、切歌、調もそう言った。

 

集まった装者。一人では難しい救出の可能性が高まった。

 

「はい!シアンちゃんとセレナちゃん!二人を必ず救い出してみんなで帰りましょう!」

 

その救援に更に鼓舞された心のままの言葉を叫ぶ未来。

 

そしてネフィリムへと装者全員で戦いに入る。未来を守る為、未来の一撃を確実に入れる為にネフィリムへと向かう、装者達。

 

これで終わらせられる。

 

そう思った。

 

だが、

 

「やらせるわけにはいかない!私の計画の邪魔をする者!そして最も障害となる貴様を初めに消去(デリート)だ!」

 

その言葉と共に未来の背後に亜空孔(ワームホール)が現れ、ガンヴォルトと戦っている筈のアシモフが現れた。

 

完全なる意識の外からの攻撃。

 

誰もがネフィリムへと向かい、未来の救援が間に合わない。

 

「未来!?」

 

その瞬間に響は止まり、叫ぶがアシモフの攻撃をどうにかする事など出来ない。

 

未来に振るわれる一撃。

 

その一撃で全てがひっくり返る。

 

アシモフの思い通りになってしまう。そう思わざるを得ない瞬間。

 

「何度も言わせるな!アシモフ!この子達を殺させはしない!」

 

雷の様な速さでアシモフと未来の間に割り込み、アシモフの攻撃を防ぐ装者達にとっての希望であるガンヴォルト。

 

「貴様ァ!」

 

現れたガンヴォルトはアシモフの攻撃を防ぎ、アシモフはそれにより、怒りを露わにして叫んだ。

 

そして弾かれるように亜空孔(ワームホール)へと再び消えるアシモフ。

 

ガンヴォルトは未来を守る様に近くに浮遊する。そして装者達がネフィリムへと接近するのをやめ、一度全員が未来とガンヴォルトの周囲に集まる。

 

そしてそのすぐ後に、アシモフもネフィリムの前に姿を現した。

 

「いい加減にしろ!貴様達の所為でどこまで私が怒りを覚えていると思っている!もうこれで終わらせる!真なる雷霆の!能力者の頂点(ゼニス)となった私の手で!」

 

「終わらせない!絶対に!貴方の思い通りになんてさせるものか!」

 

その言葉にガンヴォルトがアシモフへとそう叫んだ。

 

そしてその瞬間、ガンヴォルトと装者、そしてアシモフとネフィリム。

 

これが最後であるとばかりに、この場の全員から凄まじい力の奔流が吹き溢れるのであった。



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143GVOLT

対峙するボクを含めた装者達、アシモフとネフィリム。

 

睨み合う中、ボク達とアシモフとネフィリムとの間には互いから溢れ出る力が激しくぶつかり合っている。

 

そして初めに動き始めた、いや言葉を紡いだのはアシモフ。

 

「真なる雷霆と頂点(ゼニス)が示す破滅の波動!集いし波動が導く崩壊!今ここに黙示録を体現した波動をさししめさん!」

 

それは(スキル)を放つ為の詠唱。その言葉に紡がれると同時にアシモフとネフィリムから溢れ出る波動の奔流。

 

荒々しく、そしてボク達に対する憎悪が現れる様な波動。

 

殺意の塊の波動が鎖となり、それがアシモフとネフィリムの周りに絡まり始め、二つの存在を絡めて隠してしまう。そして七宝剣の第七波動(セブンス)達が現れ、それが鎖へと吸収されていく。

 

雷が、光が、火が、黒い粒子が、無理やり生み出されようとする存在しない生命の悲鳴が、無限に連なる穴が合わさって鎖へと吸収され、そして鎖が砕かれると共に再びアシモフとネフィリムが姿を表す。

 

アシモフとネフィリムには姿に変化はない。

 

だが、その後方。巨大な幾何学な模様が虚空に正七角形頂点に配置される様に描かれていた。

 

それが何を意味をしているかは分からない。だが、その幾何学な模様の中に見た事のあるものが二つ存在した。

 

それは蒼き雷霆(アームドブルー)を解析した結果に見た蒼き雷霆(アームドブルー)のアウフヴァッヘン波形。そして蒼き雷霆(アームドブルー)に合わさっていた様に存在していたシアンの電子の謡精(サイバーディーヴァ)のアウフヴァッヘン波形。

 

その意匠がネフィリムの背後に浮かび上がっていた。

 

となればそれ以外の幾何学な模様の正体も第七波動(セブンス)が持つアウフヴァッヘン波形。亜空孔(ワームホール)爆炎(エクスプロージョン)残光(ライトスピード)翅蟲(ザ・フライ)生命輪廻(アンリミテッドアムニス)、その第七波動(セブンス)が出しているアウフヴァッヘン波形だろう。

 

蒼き雷霆(アームドブルー)電子の謡精(サイバーディーヴァ)以外の幾何学な模様がそれを示していると思われる。

 

何故ネフィリムの背後にアウフヴァッヘン波形が現れたのか?これがアシモフの生み出したスペシャルスキルなのか?

 

「迸り、その威光を示せ!頂点と真なる雷霆よ(ゼニスアンドアームドブルー)!セプタクル・デッドエンド!」

 

そして放つスペシャルスキルの名前。七つの終焉の意味を持つスキル名。第七波動(セブンス)、そしてアシモフとネフィリム。それぞれが持ち、取り込んでいる能力。その力を、威光として、終焉を迎える為につけられた名前だろう。

 

そして波形が、爆炎(エクスプロージョン)残光(ライトスピード)と思われる波形が光と共にその力がボク達に終わりを告げる様な光景が目の前に顕現する。

 

それは地獄を体現するかの様な業火と、光線の雨。元の世界で放たれたのならばかなりの被害を及ぼしてかねない程の力。

 

爆炎(エクスプロージョン)残光(ライトスピード)、そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)の模様が強く光を放つと出現した。

 

それを前にするボク達。だが、その顔に絶望も恐怖もありはしない。

 

「何が破滅だ…何が崩壊だ…絶対に終わらせない…終わらせるもんか!」

 

そんな中響が叫ぶ。

 

「絶対に負けない!絶対に終わらせない!」

 

それに続いて未来も。

 

「当たり前だ!あの外道にこれ以上好き勝手されてたまるか!」

 

奏も。

 

「そうだとも!それにこれ以上アシモフによってシアンを苦しい目に合わせてなるものか!」

 

翼も。

 

「んな事わかってる!だからぶち破るぞ!」

 

クリスも。

 

「それにセレナをこれ以上苦しませる訳には行かない!絶対にセレナを取り戻す!」

 

マリアも。

 

「マリアや他のみんながこう言っているのに弱音なんて言えないデス!今の私達なら出来るデス!」

 

切歌も。

 

「絶対に破る!私達なら必ず破れる!だからそのまま救おう!電子の謡精(サイバーディーヴァ)を!セレナを!」

 

調も。

 

誰もがそんな光景を生み出すスペシャルスキルを見てもそう叫んだ。

 

勿論、ボクも同じ気持ちだ。

 

終わってたまるか。負けてなるものか。シアンを、セレナを助ける為に来て敗北などしてたまるものか。

 

だからボクも叫ぶ。

 

「アシモフ!何度も言う様に貴方の願う未来は訪れない!」

 

そして、

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!終焉の訪れを告げようとも、歌姫(装者)達の歌声と|蒼き雷霆アームドブルー》の轟雷で打ち払え!」

 

そしてボク達はその攻撃を真正面から破る為に空を駆ける。

 

無茶で無謀な行動。

 

だが、誰も無茶とも無謀だとも思っていない。

 

装者達が揃い、歌うシンフォギアと電子の謡精(サイバーディーヴァ)を繋げた輪廻祈歌(リインカーネーション・コネクト)。たった一人ではなく、七人で歌うその歌を力強く、絶対に救う、守ると思いを込めた結果更なる力を宿した。

 

地獄の光景を生み出す攻撃を防ぐ為のバリアフィールド。電子の障壁(サイバーフィールド)と合わさり、更に強力な障壁を作り出し、装者達とボクを覆い、その業火と光線の雨を防ぎ切る。

 

だが、アシモフのスペシャルスキルは終わらない。

 

今度は亜空孔(ワームホール)の悍ましい光が再び世界を照らすと共に今度は穴がバリアフィールドの中へと出現して巨大な山と思える炎の塊がボク達へと向けて放たれた。

 

バリアフィールドの内部に放たれた炎の塊。防ぎようのない攻撃が放たれた瞬間に、マリア、切歌、調が穴へと向けて動く。

 

「巨大だろうが関係ない!セレナを苦しめる奴の攻撃なんて払い落す!切歌!調!」

 

「勿論やってやるデス!こんなピンチでもなんでもないデス!」

 

「こんなものに負けてたまるか!」

 

そしてそれぞれが力を最大限に使用した一撃。短剣を、鎌を、丸鋸に集めたエネルギーを己がアームドギアを振るうと共に放つ強力な一撃。

 

そのエネルギーは目の前の巨大な山の様な炎の塊よりも小さい。

 

だが、大きさが劣っていようがエネルギーはそれを上回っていた。

 

そしてぶつかり合った炎の塊と三人の放ったエネルギーの刃。

 

その一撃は炎に飲み込まれたかと思った瞬間に、内部から弾けるように炎の塊を打ち消した。

 

だが、

 

「まだだ!」

 

そのアシモフの叫びと共に今度は翅蟲(ザ・フライ)生命輪廻(アンリミテッドアムニス)、そして再び電子の謡精(サイバーディーヴァ)が光を発する。

 

そうして出現したは黒い粒子、いや、もう粒子とも呼べない。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)によって強化された蟲は巨大化しており、それが数え切る事など出来ない程の多く出現していた。

 

だがそれを放たず、蟲達は更に巨大化でもするのか集まり始めていた。

 

そしてその巨大な蟲は集い、更に巨大な塊へと変貌する。

 

そして巨大な塊となった蟲。それに向けて放たれた石化の光線。塊となっていた蟲が巨石へと変貌する。

 

そしてその巨石が亜空孔(ワームホール)を通り、こちらへと向けて放たれる。

 

再び襲い来る攻撃。

 

だが、

 

「ただの巨大な塊を岩に変えただけで止められるかよ!」

 

「そんな物!私達が斬り伏せるまで!」

 

そう叫んだ奏と翼が前に出た。

 

そしてマリア達三人が力を込めたと同様に、自身のアームドギアに集まるフォニックゲイン。

 

それが巨大な刃となり、二人はその刃を巨大な塊となった蟲達へと振るう。

 

莫大なエネルギーの刃。

 

振るわれた刃は最も容易く、その巨石を真っ二つに切り裂いた。その裂け目をボク達は突き進む。

 

だが、

 

悪手(バッドムーブ)だ!」

 

アシモフがそう叫んだ。

 

切り裂かれた巨石。その内面。

 

そこも巨石と思っていたのだが、違った。

 

石化していたのは表面だけ。中にいた巨大な蟲達は石化もせず、ただ塊となっていただけであった。

 

故に、切り裂いた巨石を通ろうとしたボク達へと向けて巨大な蟲達が襲い掛かる。

 

その蟲達はどんな物なのか先の戦闘で理解している。強度が増し、強固になった蟲達。そして巨大化した事により、更に強固になっている可能性がある。今の雷撃鱗でも倒す事は可能だろうが、雷撃鱗で倒すのにどのくらいかかるかは分からない。

 

雷撃鱗よりも強力な雷撃、避雷針(ダート)を撃ち込んだ事による強力な雷撃を流し込んで一気にカタを付けるべきだろう。

 

だが、避雷針(ダート)を撃ち出すダートリーダーの連射力、そして弾数が足りない。

 

どうするべきか、一瞬にも満たない時間で考える。

 

そんな時、

 

「足りないとか考えてんだろう!そんなの私が補う!前に進むことだけ考えろ!」

 

クリスがボクに向けて叫んだ。

 

そしてクリスの手に握られていたのはテールプラグを連結出来るの様に作られた繋がれたガトリング。

 

「あんたの雷撃を撃ち込めるように私が補助する!避雷針(ダート)はなくとも今のシンフォギアなら!私のイチイバルなら出来る!」

 

そこまで言われて無茶、出来るか?などボクとクリスの間にそんな言葉は必要ない。クリスがなんとか出来ると補助が出来ると言い切ったのならボクはそれを実行するだけだ。クリスの言葉にボクはすぐさまテールプラグを連結させる。

 

それを済ませたボクはクリスに告げるとクリスはガトリングを蟲達へと向けて一斉に掃射する。それに合わせて後退する装者達。

 

放たれた弾丸を蟲達も躱していくが、雨の様な弾丸の雨に全ては躱し切る事は出来ない。

 

そしてその弾丸はダメージの他にも更にクリスが出来ると言った事を実現させていた。

 

避雷針(ダート)を食らった時に雷撃を誘導する紋様。蟲達はそれを身体に浮かべていた。しかも、避雷針(ダート)を多く受けた時に浮かぶ赤ではなく、かつてカ・ディンギルのエネルギー供給をする台座を破壊する時にまで至った黄金の紋様。

 

赤よりも強力な雷撃を流し込める状態になっている。そして全ての蟲達へとほんの少しの時間で紋様を付け終えたクリスが叫ぶ。

 

「後はあんたの力で害蟲共をやっちまえ!」

 

「ありがとうクリス!」

 

そこからボクはすぐにバリアフィールドと同等の大きさの雷撃鱗を展開させる。

 

バリアフィールド内にいる蟲達。雷撃鱗の中に入れた瞬間に紋様の浮かんだ事で更なる雷撃が蟲達へと流れ込む。赤を超えた黄金の紋様。その紋様の浮かんだ蟲達は一気に消滅して消える。

 

そうして道が開けた事でボク達は更に突き進む。

 

「まだだ!まだ終わらん!頂点(ゼニス)の力!真なる雷霆の力はまだ終わらんぞ!紛い者!」

 

そう叫んだアシモフ。そして蒼き雷霆(アームドブルー)、そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)が光を発した。

 

そこから放たれたのは幾つものライトニングスフィア、スパークカリバー、そしてヴォルティックチェーンの鎖達。

 

依然として開く亜空孔(ワームホール)の穴から、そしてバリアフィールド外からもそれを放った。

 

「今度こそ終焉(デッドエンド)だ!」

 

そう叫ぶアシモフ。終焉を齎す最後の一撃。

 

だが、ボク達は引かず突き進む事を選択した。

 

初めから引くなど頭にない。あるのは目の前の力を正面からぶつかって打ち破るだけ。

 

そんな時、ボクは響と未来からある提案を受けた。

 

それは破った後の話。ボクはそれを受けて本当に大丈夫なのか問いかけようとしたが、ボクはそれを了承する。

 

「響、未来。二人を信じるよ」

 

「任せてください!絶対にやって見せます!」

 

「必ず二人を助け出しましょう!」

 

そうしてボクはアシモフの繰り出したスキルを対処するかのように言葉を紡いだ。

 

数が多い事、そしてボクはアンイクスプロードを使っていようとアシモフの様に攻撃(スキル)を重複させて出す事は未だ出来ない。

 

故に最高の威力を持つ言葉を紡ぐ。

 

「閃く閃光は反逆の導、轟く雷吼は血潮の証、貫く雷撃こそ万物の理!迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!ヴォルティックチェーン!」

 

例え(スキル)を重複しようとも、アンイクスプラード。未踏に踏み込み放ったこの(スキル)がそれを破ると信じ、ボクはヴォルティックチェーンを繰り出した。

 

そしてぶつかり合った強力な雷撃の(スキル)

 

天体を、剣を、鎖を、自身の(スキル)が打ち破ると。いや、打ち破れると確信を持って。

 

そしてぶつかり合った(スキル)がバリアフィールド内で、そしてバリアフィールドの外で(スキル)が互いに打ち負かそうと力を解放する。

 

「グッ!」

 

身体が軋む。たった一つの(スキル)でライトニングスフィア、スパークカリバー、ヴォルティックチェーンを押さえ込んでいるのだから仕方がない。

 

ボクも負けじと力を込めて拮抗させる。

 

身体の内側が焼ける様に熱くなる。

 

能力因子が限界以上の力を出し切っている為にその身をも焦がしているのだろう。

 

「だからなんだ!」

 

それが引く理由になるのか?力を込めない理由になるのか?

 

ここで終わらせると決めている。アシモフをここで終わらせてシアンとセレナを救うと決めている。

 

それなのに弱気になるなんてもってのほかだ。

 

この身がどれだけ傷付こうが関係ない。生きてアシモフを倒し、生きてシアンとセレナを救う。

 

もう二度とあんな悲劇をアシモフの手で起こされない為にも。ボクがまた倒せない事によって次なる悲劇を呼ばない為にも。

 

死ぬ程辛い経験などと比べれば些細なものだ。

 

限界を超えた雷撃を使い続ける事によって、至る所から血が流れ出る。だが、それでも込める力を緩めない。

 

「貴様如きに!頂点(ゼニス)であり!真なる雷霆である私に勝てるものかぁ!」

 

ボクが力を込めると同様にアシモフも自身の中にある蒼き雷霆(アームドブルー)、いや、真なる雷霆の能力因子に力を込める。

 

ボク同様にアシモフも血を流す。そしてその力と共にあるネフィリムも禍々しい蒼に輝く。

 

そして拮抗していた力が傾き始める。

 

禍々しい雷撃、そしてそれに呼応したアシモフの(スキル)達が、更なる力を持ち、ボクのヴォルティックチェーンを少しずつ砕き始める。

 

砕かれながらも更に雷撃を流し込み、鎖を強化させる。だが、それでもアシモフの(スキル)に押し負けそうであった。

 

ふざけるな…こんな事あって良いわけがないだろう…何も救えず、また何も出来ず、終わってしまって良いわけがない。

 

「終わって良いわけがない…ここで終わるなんて事…絶対にあって良いわけがないんだ!もうあんな悲劇を繰り返して良いわけがない!」

 

だから叫んだ。あの世界で起きた悲劇を繰り返さない為に。アシモフによって引き起こされた悲劇をもう起こさせない様に。

 

その瞬間、アシモフの背後にある電子の謡精(サイバーディーヴァ)のアウフヴァッヘン波形が光を弱める。

 

『…この…雷撃はG…Vの…お願い…負け…ないで…』

 

『もう嫌…です…貴方が思う様な世界を…私は…絶対に望まない…』

 

「ッ!貴様達!まだ意識を!」

 

アシモフがそう叫んだ。

 

シアンとセレナ。アシモフの思い通りになりそうな事態によって抵抗し始めたのだ。

 

それと同時に電子の謡精(サイバーディーヴァ)が弱まったと共に(スキル)の威力も激減する。

 

その瞬間にボクは更に血肉が沸騰しても構わない様な雷撃をヴォルティックチェーンに流し込んだ。

 

シアンとセレナが意識を取り戻し、作った隙を絶対に見逃さない。

 

そしてぶつかり合った(スキル)達は均衡が崩れ、大きな爆発を起こした。

 

互いの視界が消えた。

 

そして黒煙が上がり、見えなくなった戦場。黒煙の中、一つの蒼き光が瞬いた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

(スキル)を終えたアシモフは依然として健在していた。黒煙により見えなくなった紛い者、そして装者の姿を確認出来ないが、あれだけの爆発をモロに受け、(スキル)の余波を食らった為に相応のダメージを負っただろう。

 

だが、アシモフはそんな事よりも苛立ち、そして怒りを募らせていた。

 

それは手中に収めている電子の謡精(サイバーディーヴァ)、そしてセレナ・カデンツァヴナ・イヴ。

 

完全にこちらの支配下に置いていたはずが、何かの拍子で再び抵抗を見せたからだ。

 

「ふざけるなよ…貴様達…本当はここで終焉(デッドエンド)だったのだ…それを貴様達が邪魔をしたせいで繰り返し(アゲイン)だ!」

 

ネフィリムの胸元に存在する者達へと向けてそう叫ぶ。

 

だが、その言葉に二人はなんの反応を見せない。

 

それがアシモフの苛立ちをより一層引き立てる。

 

再び何かを言おうとしたが、それよりも早く、何かが黒煙を貫き、飛び出してきた。

 

「やはり、貴様達のせいでこうなったか!」

 

そう叫んだアシモフは飛び出した者へと目を向けながら叫んだ。

 

それは紛い者。

 

本物を騙る偽物であった。

 

だが、その姿はボロボロ。先程の攻撃を耐え切れた事は本当に苛立たせてくるが、虫の息にも見えた。

 

そしてそれが最後の抵抗とばかりの無策の突撃。

 

故にアシモフは今の苛立ちを少しでも収める為に紛い者を殺す為に言葉を紡いだ。

 

「瞬くは雷纏いし聖剣!無慈悲なる蒼雷よ!敵を穿て!迸れ!真なる雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバァー!」

 

そして言葉を紡ぐと共に一瞬で雷撃を聖剣へと変え、それを紛い者に向けて振るう。

 

振るった聖剣は一瞬で紛い者を亡き者にした。

 

「ッ!?」

 

そう思った。

 

しかし、亡き者にした紛い者は雷撃となって消えてしまう。

 

アシモフが先程見せた様に、ここで紛い者は電影招雷(シャドウストライク)を使ったのだ。

 

普段であればそんな事直様気付けた。だが、怒り、苛立ち、そして紛い者との因縁を断ち切れると焦った故に、それに気付けなかったのだ。

 

そして剣を振るった無防備な僅かな瞬間、再び黒煙から物凄い速度で何かが飛び出した。

 

「ッ!?貴様!」

 

「貴方にされた事は絶対に許せない!一発くらい殴らないと私の気が済まないんだ!」

 

それは響であり、飛び出した勢いそのまま、僅かな無防備を完全に捉えた響はアシモフの顔面を思いっきり殴り飛ばした。

 

「ガッ!」

 

そして吹き飛ばされるアシモフ。

 

「そしてもう終わりです!」

 

そう叫んだ響。それと共に吹き飛ばされたアシモフは黒煙ではなく、その更に上空に既に巨大な鏡を展開して、ネフィリムへと向けて何かを放とうとしている未来。そしてその後方に立つ紛い者の姿を捉えた。

 

「ッ!ふざけるなぁ!」

 

そう叫ぼうとなんの意味もなく、アシモフは吹き飛ばされながらも未来の展開した巨大な鏡から光が放たれるのを見ることしか出来なかった。

 

そしてその光がネフィリムへと直撃する。

 

その瞬間に訪れる強大な力が抜けていく感覚。

 

アシモフはネフィリムが受けた一撃により、頂点(ゼニス)の力を失った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ネフィリムに放たれた光。それを直撃したネフィリムは肉体を崩壊させていった。

 

その瞬間にボクは空を駆け、ネフィリムの胸元に行く。

 

それはシアンとセレナの救出の為。

 

あれ程の力を受けたネフィリムにもう力は残っていない。それ故に取り戻そうと空を駆けたのだ。

 

そうしてネフィリムの胸元へと辿り着いたボク。セレナとシアンを救う為に手を伸ばす。

 

だが、

 

「ッ!?」

 

崩れかけたネフィリムが動き出し、ボクへと巨腕を振るい、跳ね除けようとしたのだ。

 

崩壊してもなお、アシモフの思い通りに動こうとするネフィリムに向けてボクは叫ぶ。

 

「もう終わりだ!ネフィリム!シアンとセレナは返してもらう!」

 

だが、崩壊しゆくネフィリムにボクは雷撃鱗を展開してそれを防ぐ。幾ら強力であったネフィリムも崩壊、そして未来の神獣鏡(シェンショウジン)により力が安定しないネフィリムはその雷撃鱗で巨腕は完全に崩壊する。

 

そしてボクはそんな中でネフィリムの胸元にいたセレナを掴み、ネフィリムから引き剥がすと抱き抱え、離脱した。

 

シアンの姿はない。その理由は分かっている。

 

セレナだ。シアンと無理矢理融合した事により、セレナとシアンは一つとなっている。それ故に、ネフィリムの機能が低下した事によってシアンは融合したセレナの中に戻ったのだと。

 

セレナをこんな形で能力者にしてしまった事に申し訳ないという気持ちがあるが、それ以上に今は救えなかった命をこうして救えた事。シアンを救う事が出来た事に安堵する。

 

「…あ…なたは…」

 

「セレナ…ありがとう。生きていてくれて。力を貸してくれて。君のお陰で取り戻せた…君を…シアンを」

 

かつて正面で伝えられなかった感謝をボクはセレナへと向けて言った。

 

「私も…ありがとう…ございます…救ってくれて…」

 

セレナはネフィリムによって力を使われていた為が途切れ途切れだが、優しく笑いながらそう言った。



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144GVOLT

アシモフを殴り飛ばし、セレナをガンヴォルトが救うところを確認した響はホッとする。

 

響と未来が提案した事。

 

それは視界が切れた時、ガンヴォルトではなく自分がアシモフと対峙する。そして対峙している間に、未来がネフィリムに囚われたにシアンとセレナを救うため、強大な一撃を放ち、ガンヴォルトがその隙に救ってもらう事でであった。

 

流石にガンヴォルトは否定するだろうと思ったが、それをガンヴォルトは了承してくれた。両方しなければならないが、確実に一つでも取り戻せると判断しての事だろう。アシモフによって生み出された新たなネフィリム。そこに取り込まれた大切なシアン、そして助け出すべきセレナを救う。そしてアシモフを倒す。

 

多分、ガンヴォルトはその順序がより確実と判断したからだろう。

 

しかし、何故アシモフに響が向かったのか?

 

理由は単純である。

 

アシモフに一発入れる。今までの非道により、溜まったフラストレーションをぶつける。ただ、それだけだ。

 

そんな理由と思われるかもしれない。だが、響にとってアシモフにはかなり煮湯を飲まされている。

 

友達であるシアンを奪った。マリア達、F.I.S.達苦しめ、傷付けてきた。そして未来を奪い、操り、無理矢理戦わせた。そして装者達が戦った能力者達。意志もなく、何度も蘇らせ、死してなお、戦わされ続けた能力者達。敵と言えど、その行為に響はアシモフをやはり許せなかった。

 

だからかつて意識のない状態で入れた一発ではなく、自分の意思で、自分の思いを、怒りを乗せてアシモフを一発だけでも殴らないと気が済まなかったのだ。

 

本当なら自分でアシモフを倒したい。だが、アシモフを自分が倒せるか分からない。それに、それをガンヴォルトが許しはしないだろう。

 

アシモフと因縁が最もあり、響よりも煮湯を飲まされ続けているガンヴォルト。そしてガンヴォルトは装者達のいる世界を、そして元いた世界を救う為に。アシモフを殺す。

 

話し合いで解決出来るならばそれが良い。そう考える響だが、アシモフと言う男だけは違う。

 

生きていても響が望む更生はしない。憎む世界を変えるまで世界をアシモフの思う理想に変えるまで止まらない。そう感じている。

 

だから殺さねばならない。二つの世界を守る為にも。アシモフが起こした世界を破滅へと追いやろうとしたこの戦いを。

 

ガンヴォルトが。

 

そして響はアシモフを視界に収めながら後退しようとした。

 

その時、

 

「よくもやってくれたな!紛い者共ぉ!頂点(ゼニス)の力を!私の理想に必要な欠片(ピース)を!」

 

体勢を立て直していたアシモフがそう叫んだ。

 

だが、その姿にもう以前の様な力を感じない。電子の謡精(サイバーディーヴァ)を奪われ、ネフィリムが破壊された今、アシモフはもうただの能力者、そう思っていた。

 

だが、

 

「グッ!?」

 

その瞬間に、アシモフが悶え苦しむ。その瞬間に力の奔流の余波が離れた響にも襲い掛かる。

 

何が起こったのか響には分からなかった。

 

「響!」

 

そんな中でガンヴォルトが響の名を叫ぶ。

 

「アシモフからもっと離れるんだ!」

 

そう叫んだ。

 

そして響はアシモフから更に距離を取り、ガンヴォルトの元に向かう。

 

そしてガンヴォルトはセレナを抱えたまま、みんなの元へと戻りながら響へと言った。

 

「今のアシモフはその身に見合わない力を持っている。だから、その身に合わない力が暴走を引き起こし、アシモフを苦しめている」

 

ガンヴォルトはそう言った。しかしガンヴォルトは続ける。

 

「だけどネフィリムは消えたけど細胞は依然として残っている。シアンの力がなくても制御する事が可能なネフィリムの細胞。あれがある限り、必ずアシモフは克服する」

 

「なら、早く倒さないと!」

 

そう叫ぶ響だが、今のアシモフの周りにある第七波動(セブンス)の暴走による波動の奔流。今この場ですら押されそうな余波。故に今はどうする事も出来ないだろう。

 

だからガンヴォルトもそれをしたいだろうが近づけない為に離れるしかないと察していたのだろう。

 

そしてみんなの元へと戻ったガンヴォルトと響、そしてセレナ。

 

「セレナ!」

 

マリアがガンヴォルトの腕に抱かれるセレナを見てすぐに近付く。

 

ガンヴォルトは直ぐにセレナをマリアへと渡す。そして受け取ったマリアはもう離さないとばかりに強く。だが、セレナに負担がかからない様に優しく抱きしめた。

 

「ありがとう…ガンヴォルト…ありがとう」

 

ガンヴォルトに涙を流しながらそう言ったマリア。そしてその近くにいた切歌と調もセレナの無事に涙ぐんでいた。

 

「ボクだけじゃ無理だった。みんなのお陰だよ」

 

ガンヴォルトはそう言った。

 

そしてガンヴォルトはクリスに言う。

 

「クリス、ソロモンの杖でマリア達を元の場所へ。流石にセレナをこの戦いの決着の余波に巻き込むわけにはいかない。それに未来も」

 

「ガンヴォルトさん!私はまだ!」

 

そう言いかけた未来のシンフォギアに少し亀裂が走った。

 

「さっきの力。その力を解放した事で未来の神獣鏡(シェンショウジン)も限界だ。未来は自分の使命を、シアンとセレナを救う力になった。そしてそれを果たした。だから後は任せて」

 

そう言ったガンヴォルト。未来ももう少しで迎える神獣鏡(シェンショウジン)の限界に諦め、それ以上は迷惑になると思い、何も口にしなかった。

 

「何度も約束を破ってるけど…今度こそ、終わらせてくるよ。だから待っていてほしい」

 

ガンヴォルトは未来へとそう言った。

 

その言葉に、未来は頷き言った。

 

「今度こそ…今度こそ、約束を守ってください…私も…みんなも待ってますから」

 

「耳が痛いな…でも…それだけ破っていたから仕方ないよね…だけど…今度こそしっかりと守るよ」

 

ガンヴォルトは苦笑いを浮かべ、そう言った。

 

そしてその言葉を言い終わったタイミングでクリスがソロモンの杖で元の世界、クリス達が入ってきたと思われる海岸へと扉を開く。

 

「ありがとう…ガンヴォルト…貴方達も…必ずアシモフを終わらせて無事に帰ってきて…」

 

「ガンヴォルト…それにみんなも絶対に終わらせて帰ってくるデス!」

 

「奏さん、翼さん、クリス、響、ガンヴォルトさん。みんなが無事に帰ってくる事を信じていますから」

 

「お願い…です…無事に…絶対無事に帰ってきて…下さい…私の中にいるこの人の為にも…」

 

マリア、切歌、未来、そしてセレナがそう言ってバビロニアの宝物庫から出ていく。

 

そして、

 

「お願い…必ず無事に帰ってきて…貴方と共に歩むあの約束の為に」

 

「うん、絶対だ。ボクと調、二人で実現しないと意味がないからね」

 

ガンヴォルトと調が意味深な事を言った。その言葉に調とガンヴォルト、そして響以外がギョッとした。それと同時に全員出たことによってソロモンの杖がバビロニアの宝物庫の扉を閉めた。

 

何の話なのだろうか?と響は思ったが、何故かそれ以外の残った装者達がガンヴォルトへと少し不機嫌そうにいう。

 

「おい、ガンヴォルト…後でしっかりと話してもらうからな」

 

「ガンヴォルト…じっくりと聞かせてもらうから…」

 

「ああ、どんな約束をしたのかをな…」

 

突如として黒いオーラの様なものを見せる奏、翼、クリス。それにようやく事態を理解した響。今が戦いの最中である為に、抑えられているのだろう。嫉妬が垣間見れる。クリスがまともであれば、そう言うことは家でやれとでも言うのだろうが、クリスもあっち側なので止める者はいない。

 

ガンヴォルトがそう言う事が鈍いのが悪い為に、何故今のタイミングで聞いてくるとガンヴォルトは三人を宥める。確かに今何故と思うが何度も言うがガンヴォルトが悪いと思い、響は巻き込まれまいと少し離れようとした。

 

だが、余波が弱まるのを感じた全員が会話をやめて、その余波の元に目を向ける。

 

「ハァ…ハァ…終わってない…私はまだ…終わってない!」

 

そして目を向けた先には暴走により、肉体に多大な傷を負いながらも宙に立つアシモフの姿。しかし、アシモフの目にはそんな傷を負おうが、闘志は全く衰えていなかった。

 

むしろ、頂点(ゼニス)の力を失い、より一層憎悪が強くなっている。

 

「…そうだね…アシモフ。まだ終わっていない」

 

アシモフの叫びに、ガンヴォルトがそう返した。

 

誰もがその言葉の意味を理解している。だからこそ、二人だけの言葉だけが響く。

 

「ボクの雷撃で貴方を殺すまで…この戦いは終わらない」

 

「…貴様が終焉(デッドエンド)を…そして貴様に奪われた欠片(ピース)を…再び手中に納め、あの世界を…あの暗黒郷(ディストピア)を潰さねば終わらない…私の理想の世界が始まらない!」

 

ガンヴォルトがアシモフを殺すまで、本当の意味で終わらないと告げ、アシモフはガンヴォルトを、そして取り戻したシアンとセレナを再び奪い、そしてみんながいる世界を潰さねば終わらないと言い、そして最後に言った理想。それはアシモフが理想とする世界。ガンヴォルトや響達にとってはあってはならない世界。

 

だからこそ、ここで止める。

 

ガンヴォルトと共に。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ボロボロになったアシモフと対峙するボク、奏、翼、クリス、響。

 

そして今度はアシモフに先手を取らせまいとボクが動く。

 

それに続くように四人も動き出す。

 

力が衰えて、頂点(ゼニス)の力を失った。だが、アシモフにはネフィリムを取り込んだ真なる雷霆がある。

 

だが、それを真っ向から打ち破る。今のボク、そして装者達にならやれると感じている。

 

だからこその正面突破。

 

そんな正面からの強襲をアシモフは腕を構え撃ち落とそうとする。

 

ネフィリムの細胞を介しての七宝剣の第七波動(セブンス)の使用。雷撃を、亜空孔(ワームホール)を、爆炎(エクスプロージョン)を、残光(ライトスピード)を、生命輪廻(アンリミテッドアムニス)を、翅蟲(ザ・フライ)を。

 

今出せる最大限の力を使い、四方八方に出現させた穴を使ってボク達へと襲い掛かった。

 

しかし、その力に先程の頂点(ゼニス)とは比べ物にならない程脆弱。

 

撃ち落とし、躱し、滅し、ありとあらゆる手段でボク達は迎撃する。

 

アンイクスプロードヴォルトを依然維持したボク、そしてソングオブディーヴァ・クロスドライブを纏う装者達にもうその力は通じない。

 

だが、侮りなどしない。

 

確実に全てを回避し、撃ち落とす。

 

「アシモフ!ここで終わりにしよう!」

 

アシモフに向けてボクは叫ぶ。

 

アシモフは顔を歪めながらも、激った憎悪を吐き出すかのように叫ぶ。

 

「紛い者ぉ!」

 

叫びと共に、大量の穴がボク達の眼前に広がり、そこから夥しい第七波動(セブンス)を使い攻撃をしてくる。

 

だが、

 

「ガンヴォルト!お前の手で終わらせて来い!」

 

奏が。

 

「貴方の因縁をここで断て!ガンヴォルト!」

 

翼が。

 

「終わらせて来い!こんなふざけた戦いを!」

 

クリスが。

 

「ここで終わらせてください!ガンヴォルトさん!」

 

響が。

 

押し寄せてくる第七波動(セブンス)達を防ぎながらそう叫んだ。

 

装者達がボクをアシモフとの決着の為に抑え込んでくれる。だからみんなの言う様にここで終わらせる。装者達の言葉を背にボクはアシモフを更に接近する。

 

そしてボクとアシモフは同時に言葉を紡いだ。

 

「閃く閃光は反逆の導!轟く雷吼は血潮の証!貫く雷撃こそ万物の理!」

 

「滾る雷火は信念の導き!轟く雷音は因果の証!裂く雷撃こそ万象の理!」

 

互いの最強の(スキル)たるヴォルティックチェーン。二度目となる雷撃の鎖がぶつかり合う為に雷撃が鎖となって出現していく。

 

そして互いの雷撃が全て鎖へと変化すると共に紡いだ言葉を締めくくる言葉を叫ぶ。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ《アームドブルー》!」

 

「迸れ!真なる雷霆よ《アームドブルー》!」

 

「「ヴォルティックチェーン!」」

 

そしてその叫びと共に出現した鎖は殺す為に絡まろうとぶつかり合う。

 

強力な雷撃がぶつかり合う。

 

しかし、アシモフのヴォルティックチェーンを意図も容易くボクのヴォルティックチェーンが砕く。

 

だが、砕く所までは同じだが、アシモフが何度も同じ様な事を繰り返す筈もない。

 

その予想通りにボクの後方に穴が開く。それを察知したボクは素早くその穴へと身体を向ける。

 

「何度も同じで終わると思うな!」

 

そう叫びながら飛び出すアシモフ。

 

すぐ後方に開かれた為に、ボクが身体を向けたと同時にアシモフがボクに石化の光線を放つ。

 

「分かっているさ!貴方に同じ結果がない事くらい!」

 

ボクはそう叫びながらアシモフが放った光線を躱す。

 

しかし、

 

「ッ!?」

 

避け先にアシモフが穴を開く。ボクは躱した勢いのままその穴へとそのまま入り込んでしまう。

 

出た先は同じバビロニアの宝物庫。だが、それは装者達と離された場所に繋がれていた。

 

装者達と離して何をするかなど解っている。力を存分に発揮してボクを殺すつもりなのだろう。

 

「ガンヴォルト!」

 

「ガンヴォルトさん!」

 

奏、翼、クリス。そして響が遠ざかるボクを見て叫ぶ。

 

ボクも戻ろうとすぐに再び穴へと入ろうとするが、アシモフが放った光線により出口は塞がれている。

 

そして、そのまま穴が閉じ、ボクは孤立させられる。

 

だが、再び穴が開き、その穴からアシモフが出てくる。

 

「紛い者…今度こそ決着をつけよう…あの時私の怠慢が引き起こした貴様という存在を…あの時の汚点を!」

 

アシモフは手を構え叫んだ。果てしなき憎悪を込めて。そして自分が引き起こした汚点を拭い去ろうとする為に。

 

「ああ、決着をつけよう。貴方という存在を今度こそ終わらせる為に。ボクが何度も貴方を殺せなかった事によって引き起こした悲劇を終わらせる為に!」

 

そう言ってボクもアシモフへと向けて叫ぶ。今までアシモフによって引き起こされた悲劇を思い出し。幾度となく続いたアシモフとの戦いに終止符を打つ為に。

 

そうしてアシモフが構えた手から雷撃を放つ。

 

ボクはアシモフの雷撃を迎撃する為に同様に雷撃を放つ。

 

それが開戦の合図となり、ボクとアシモフの戦いがまた開かれる。

 

(スキル)が使えない故の、(スキル)以外の第七波動(セブンス)のぶつけ合い。

 

ボクの蒼き雷霆(アームドブルー)、そしてアシモフの真なる雷霆、そして七宝剣の第七波動(セブンス)達。

 

だが、その攻撃はボクは全て躱し、迎撃する。

 

今のアシモフの雷撃にボクの雷撃は劣らない。七宝剣の第七波動(セブンス)を使おうとも、今のボクにそれは通じない。

 

故にそこからは原始的な殴り合い。

 

アシモフも七宝剣の力はボクに通じないと解っている故に、接近戦に応じる。

 

だが、先程とも同様で今のアシモフでは相手にならなかった。負ったダメージが動きを鈍らせ、ボクへの攻撃が通らない。逆にボクの攻撃はアシモフに何度もヒットする。

 

だが、それでもアシモフは何があろうと止まらない。

 

そして、アシモフがボクの蹴りを喰らいながらもその蹴りを掴むとニヤリと笑う。

 

「捕まえた…これで終わりだ!紛い者ぉ!」

 

そう叫ぶと共にアシモフが内部にある全ての第七波動(セブンス)を解放した。

 

自爆に近い攻撃。だが、アシモフはその一撃で自身は死なないと知っている。だからこそ、それを使ったのだろう。

 

だけど、違う。

 

「ああ、終わりだ、アシモフ!」

 

ボクと同様に叫んだ。アシモフが終わりだという様に、ボクも掴まれたまま手を伸ばす。

 

「ッ!?」

 

そしてボクはアシモフの胸元、いや、正しくはアシモフの隠れた胸元にあるペンダントに触れて。

 

それは電磁結界(カゲロウ)を使用する為に必要な霊石が使われたペンダント。

 

つまり、それを触れているということはボク自身も再び電磁結界(カゲロウ)を使えるということ。

 

アシモフの攻撃は雷撃以外、全て無力化させる事が出来る。

 

故にアシモフの雷撃以外の攻撃はボクに通らない。

 

「貴様ぁ!」

 

そしてアシモフが叫び、腕を離してボクの手を突き放そうとする。

 

だが、そんな事をボクはさせるわけが無く、離そうと掴もうとした腕に避雷針(ダート)を撃ち込んでそれを防ぐ。

 

そして、ボクはペンダントを掴んでいる腕を引き、そして力を込めた前蹴りを叩き込んだ。

 

「ガハッ!」

 

そしてアシモフは吹き飛ばされ、そしてその勢いのままアシモフの服を千切る。だが、吹き飛ばされてもボクは一瞬で距離を詰め、アシモフの胸元へと避雷針(ダート)を何度も撃ち込んだ。

 

そして先程の言葉を現実のものにする為に、ボクはありったけの雷撃をアシモフに向けて放つ。

 

避雷針(ダート)を撃ち込んだ事により回避不能、そして更に強力な雷撃をアシモフへと喰らわせる。

 

「ガァ!」

 

そして雷撃を受けた事による硬直。避雷針(ダート)を喰らい、更に強力な雷撃故にアシモフの動きが一瞬だけ硬直する。

 

そして、

 

ボクはアシモフの胸元へと手を突きつけた。

 

時間はもう十分たった。

 

先程の言葉を現実にする為にボクは言葉を紡ぐ。

 

「煌くは雷纏いし聖剣、蒼雷の暴虐よ、敵を貫け!」

 

そしてそのまま手に集まる雷撃がアシモフと密着した手の間で形を為す。

 

そして、

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!スパークカリバー!」

 

そしてその聖剣が出現した。アシモフの肉体は密着した状態から出現した事により、切っ先に貫かれながらそのまま押される形でボクから離れる。

 

そしてアシモフはスパークカリバーによって貫かれ、スパークカリバーによる雷撃でその身を焦がした。

 

悲鳴も雄叫びも上げられない一撃。

 

そしてスパークカリバーから伝わっていた鼓動が確実に停止した事をボクは感じる。

 

そして焼け焦げたアシモフはスパークカリバーが消滅すると共に、力なくバビロニアの宝物庫を落ちて行く。

 

長かった。辛かった。

 

だが、それもこれで終わり。ボクは動かないアシモフを見ながらそう思ったのだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

離されたガンヴォルトを追う装者達。場所はどこかわからなかったが、ガンヴォルトの雷撃によってその場所はすぐ特定された。

 

かなり離されていたが、今の機動力のお陰ですぐにガンヴォルトの元へと到達した。

 

そこに居るのはガンヴォルトのみ。アシモフの姿は見当たらない。

 

「ガンヴォルト!やったのか!?」

 

「アシモフはもう!?」

 

奏と翼がガンヴォルトへと問う。

 

「ああ、終わったよ…終わらせた…漸く終わったんだ」

 

ガンヴォルトもようやく自身の因縁を断ち切った事に、そして漸く戦いが終わった事に安堵していた。

 

「本当に終わったんだな…お前の因縁も」

 

「うん。本当に終わった…あの世界からの因縁も。この戦いも」

 

クリスの言葉にガンヴォルトはそう返す。

 

「なら帰りましょう!未来の元に!みんなに終わった事を伝えに!」

 

響はついに終結した戦いに喜び、そしてその終わりを全員に伝えるべく、早く帰ろうと言った。

 

「そうだね。早くみんなに知らせよう。アシモフはもういない事を。悲劇しか生まれなかった戦いが終わった事を。クリスお願い」

 

ガンヴォルトがクリスにそう言ってクリスはソロモンの杖を取り出すと元の世界へと繋いだ。

 

そしてクリスが開いた元の世界への扉を奏、翼、クリスが通る。

 

そしてボクと響が通り、もうバビロニアの宝物庫を開くことがない様に、ソロモンの杖をバビロニアの宝物庫へと放り投げ、クリスが銃で撃ち抜き破壊した。

 

これで終わりなんだ。

 

誰もがそう思い、バビロニアの宝物庫が閉じ行く瞬間を見送る事なく帰ろうとした瞬間。

 

「ッ!?響!」

 

突然ガンヴォルトが叫び、響を押した。

 

突然の事で響はそのまま地面に転ばさせられる。流石に響はガンヴォルトに文句を言おうとしたのだが、その光景を見て目を疑った。

 

それは閉じゆくバビロニアの宝物庫。その僅かながらの穴から出現した鎖に腕を貫かれ、連れ去られていくガンヴォルトの姿。

 

「えっ…ガン…ヴォルト…さん?」

 

響の困惑の声が響く中、バビロニアの宝物庫の扉は閉じて、呆然とする装者達だけがその場に残されたのであった。



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145GVOLT

あと二話でようやく終わります。
あと一話とエピローグだけだ…


バビロニアの宝物庫の扉が閉じる前、鎖によって腕を貫かれ、引き摺り込まれた。

 

そのせいで完全に切り離された世界に閉じ込められた。

 

「クソッ!」

 

悪態をついても仕方ない。

 

これも全て自分の驕りによって生まれた事だ。

 

ボクは鎖を腕から引き抜いて空中に身を踊らす。

 

装者もいなくなり、完全にアンイクスプロードヴォルトの恩恵もない。

 

故にボクはそのまま流される様に宙を漂う。

 

だが、運のいい事に依然として存在していた巨石の足場を見つけ、それに足をつける。

 

アンイクスプロードヴォルトもない為に空中制御がままならない。

 

だが、足場のおかげでなんとかなった。

 

しかし、そんな事よりもボクはこの鎖が出現した事に己の未熟さを悔いる。

 

あの時と同様だ。確実に手応えのある死を感じた。しかし、それでも死ななかった。そんな事を忘れたばかりに、こんな事が起きた。

 

断ち切ったと思っても、今度こそと思っても、憎悪と執念でそれを破ってきたのだ。

 

だからボクは消えゆく鎖の大元に向けて叫ぶ。

 

「まだ生きているか!アシモフ!」

 

そう。確実にこの手で葬ったと思ったアシモフの名を叫んだ。

 

「勝手…に…殺した…だと思わない事だな…紛い者…」

 

やはりその元にいるのはアシモフ。ボクと同じ様に浮遊する足場に立つアシモフ。ボロボロの姿だが、貫いた筈の胸の穴は完全に塞がっている。いや、何かが溢れ出た様にアシモフの胸を覆っていた。

 

「ネフィリムの細胞…それが貴方を生かしたのか」

 

「…ああ…今度ばかりは死んだと思った…だが、まだ私にはツキがあった…ネフィリムの細胞…それが私を生かした…だが…」

 

絶え絶えになりながらもアシモフは叫ぶ。

 

「貴様の…貴様のせいで…私の理想も…目的も…終わり(エンド)だ…あの一撃…私の中にあり…ネフィリムが使役していた…能力因子が…全て焼け死んだ…亜空孔(ワームホール)爆炎(エクスプロージョン)残光(ライトスピード)生命輪廻(アンリミテッドアムニス)翅蟲(ザ・フライ)…そして残っていたネフィリムの意志さえも…真なる雷霆も…貴様のせいで…失った…果たさねばならぬ目的も…作り上げなければならない…世界も…私の手でもう叶える事すら出来ない…!」

 

憎悪をボクに向けて並べて言うアシモフ。

 

「ならそのまま果たせないまま終わってればいいだろう!もう何も出来ないのに!」

 

ボクはそうアシモフに向けて言った。もうアシモフに力が残っていないのならもうどうしようも出来ないのならなぜ足掻くと。

 

だが、ボクはアシモフのそこまで突き動かす動機を知っている。ボク自身も持っていたから分かっている。

 

だが、それでも問わなければならないと感じた故に叫んだ。

 

「分かっているだろう…全て頓挫しているとは言ってない…私が…こうまでなっても…理想を失く(エンド)してなお…突き動かす物…それは…貴様と言う存在だ…!計画(プラン)を狂わせた存在…!そして私の怠慢で…生まれた貴様…!私が果たそうとした目的を無くしてもなお!…このまま死ぬことすら…執念が!…憎悪が許さない!何も出来ぬまま…死ぬ事を否定する!」

 

そう。アシモフが死なない理由。それはボクも持っていた執念。ボクがアシモフを殺す為に執念を燃やしてなんとか生きながらえた様に、計画が頓挫してなお、アシモフもボクを殺さんが為にその執念を燃やし、死に体でも生き続けている。

 

「…あの世界には…まだ可能性はある…だから…私の手で叶えられないだろうと…託した存在が居る…だが…このまま私は死ぬとしても…貴様だけは…貴様と言う存在だけは…私の手で終焉(デッドエンド)に落とさねばならない!」

 

死ぬと分かっていても、当初の目的を果たせぬとしても、それだけはやらねばと言う執念がアシモフを死に体でも突き動かしていた。

 

その原動力を理解している故に、ボクも腕を回復させながらもアシモフに向けて叫ぶ。

 

「その可能性は絶対にない!あの世界にいるボクも!貴方の目的を賛同せず殺した様に!確実に貴方の望みは叶う事はない!そしてボクが貴方の思い通りに死ぬ事は絶対にない!」

 

アシモフの望む可能性は絶対にないと。ボクを終焉に落とすと言うアシモフ言葉を否定する。

 

終わるのはボクではないと。アシモフの方であると。

 

「いいや…そうなる…あの世界は腐っている…無能力者と分かりあうことなどありはしない…必ず…私が行おうとした事が正しいと…理解するだろう…だから…私が自身で行おうとした…計画(プラン)が崩されようと…あの世界は…いずれ私の思う方向へ進むと信じる…だから…私は…今の私に残された目的を…果たすまで!この命尽きる迄に!必ず貴様を殺す!」

 

だが、アシモフはどこからその自信が来るのかそう言い切った。

 

「ならその自分勝手な理想を!叶わない願いを望みながら死ね!アシモフ!」

 

そう叫んだボクは浮遊する足場を蹴ってアシモフのいる場所へと向けて駆け出した。

 

アシモフはボロボロの身体に鞭打って手を翳すと雷撃を放電した。

 

威力は弱い。だが、(スキル)を使っていた状態で受け切れたが、ボクもダメージを追うわけにはいかない。長引く戦いの勝敗を分ける可能性がある。しかし、再び電磁結界(カゲロウ)を手にしている。だが、電磁結界(カゲロウ)もあるといえど、危険な橋を渡るのは身を滅ぼす。

 

だからボクはアシモフの雷撃を自身も同様に雷撃を放電して打ち消す。

 

だが、どちらの雷撃と先程の戦闘に比べて脆弱そのもの。

 

しかし、そんなの関係ない。殺せるだけの力が残っているのであればいい。

 

そしてボク同様に足場を蹴り出して接近してくるアシモフ。

 

「紛い者ぉ!」

 

「アシモフ!」

 

そして互いが雷撃鱗を展開してぶつかり合う。

 

互いが今出せる最大限の雷撃鱗。その雷撃鱗のぶつかり合いは拮抗。

 

だが、その雷撃鱗のぶつかり合いはすぐに終わりを告げた。

 

互いの雷撃鱗が拮抗を続けた為に起きたEPエネルギーの枯渇。それ故のオーバーヒート。

 

それにより雷撃が使えなくなる。

 

そしてその状況に追いやられてから先手を取ったのはアシモフ。

 

「ガァ!」

 

オーバーヒートしてからボクの隙を見出し、腕を払って渾身の頭突きをアシモフがボクの鼻へと叩き込んだ。

 

鼻骨が折れて鼻血が噴き出る。

 

そして仰け反ったボクに対して追い討ちとばかりにアシモフが拳を叩き込む。

 

「既に経験しているんだよ…私は!」

 

何を言っていると思うが、アシモフの連撃をボクはなんとか芯をずらしてダメージを軽減する。

 

「だからなんだ!」

 

そして叩き込んでくる拳をなんとか受け止めてボクは叫ぶ。

 

「経験しても敗北したんだろう!なら結果は同じになる!あの世界と同様に!ボクが貴方を殺して終わりにする!」

 

そしてボクはアシモフの拳を受け止めた手と逆の手でアシモフへと避雷針(ダート)を撃ち出した。

 

しかし、それを銃口を蹴りでカチ上げて逸らす。

 

避雷針(ダート)があらぬ方向へと撃ち出された。

 

そしてアシモフはダートリーダーをカチ上げた蹴りをそのまま振り下ろしてボクの頭へと叩き込もうとする。

 

ボクはそれをアシモフと更に接近してダメージの大きな踵を躱す。

 

そして逆にダートリーダーをボクも振り下ろしてアシモフの脳天へと叩き込もうとする。

 

アシモフは脳天は躱すが肩へとダメージを負う。

 

だが最小限に抑えて反撃に移る。

 

蹴りが無効化された為の拳による反撃。ダメージをより多く与える為に掴まれた腕ではない方の拳を乱打する。

 

ボクは何発か受け切れずに拳を打ち込まれていくが、ダメージを最小限に抑えていく。

 

だが、ただ受けているだけなんて事もない。

 

アシモフの拳をダートリーダーを握る腕で防ぎ、蹴りを叩き込む。

 

「グゥ!」

 

普段のアシモフなら躱せただろう。だが、今のアシモフは死に体を無理に動かしているだけ。故に、その蹴りは決まり、大きなダメージを受ける。

 

しかし、アシモフはボクの握る腕を振り解いて反撃に出る。

 

死に体故の火事場の力。死を直観している故の生命が尽きるまで自分の身体の事など考えない攻撃。

 

ボクはそれを全て捌く事は出来ず、幾つか喰らってしまう。だが、喰らいながらもボクも反撃に出る。

 

そしてアシモフとボクは至近距離の肉弾戦を繰り広げる。

 

互いの拳を、蹴りを躱し、逸らし、喰らい。互いに雷撃が使えない状況で可能な限りのダメージを与える為に攻防を繰り返す。

 

アシモフのチャタンヤラクーシャンクーをベースとした武術。そしてアシモフから伝授されたボクのチャタンヤラクーシャンクー武術。

 

磨き上げてきた武術をぶつけ合う。

 

だが、そのぶつけ合いもすぐに傾く。

 

ボクはアシモフを押し始めた。

 

理由は簡単。ボロボロのアシモフにその全てを躱し切る術がない為だ。そしてボクの使うチャタンヤラクーシャンクーはアシモフから教わった物に加え、一度は披露しているが、それでも全てを引き出していたわけではない、弦十郎より学び、習得した中国武術も混じっている。

 

弦十郎と戦闘して中国武術を理解していても、混じった武術をいきなりは対応出来ず、拳を、蹴りを喰らう。

 

だが、それでもアシモフは倒れない。

 

そして何度目かも分からぬ、アシモフとの自信の存在へと投げかける言葉。

 

「紛い者ぉ!」

 

「アシモフぅ!」

 

アシモフの拳、そしてボクの拳が交差する。

 

だが、アシモフの方が早く拳を振るった為、ボクの顔面へと拳を叩き込もうとする。

 

ボクはその拳を掠りながらも躱す。

 

そして躱して伸び切った腕を首を支点に抑え、伸び切った腕の背後から拳を振り抜いた。

 

骨の折れる音が響く。それと同時にボクの拳がアシモフへと叩き込まれた。

 

腕を極め、内肘でアシモフの腕を無理矢理へし折って拳を叩き込んだのだ。

 

「ッ!だからどうしたぁ!」

 

そう叫ぶアシモフが、今度は逆の腕で殴りかかる。だが、その瞬間にボクのEPエネルギーは回復した。アシモフよりも僅かながらに早い回復。

 

雷撃を纏い、アシモフが再び雷撃を纏う前に、ボクはその拳をダートリーダーを持つ腕の肘を叩きつけ、拳を破壊した。

 

「グッ!」

 

そしてアシモフはその瞬間に逆転の一手とばかりに(スキル)名を叫ぼうとする。

 

「天体が如く蹌踉めく雷!」

 

漸く(スキル)を打てる様になり、ボクを殺さんが為に(スキル)詠唱を開始する。

 

だが、そんな事はさせない。

 

ボクはすぐ様拳でアシモフの顎へとアッパーを叩き込む。

 

本来であれば避ける事は出来ただろう一撃。

 

だが、もうアシモフも限界であった。

 

元よりかなりのダメージを負い、死に体で無理矢理行動していた。

 

故に、先程の戦闘でもうアシモフはそんな力を残していなかったのだ。

 

そして最後とばかりに避雷針(ダート)をアシモフへと撃ち込む。

 

死に体故にもうそれを躱す事は出来ず、アシモフの身体に赤い紋様が浮かび上がった。

 

「これで終わりだ!アシモフ!」

 

そしてボクはアシモフの胸に手を当てて今出せる全力の雷撃をアシモフへと流し込んだ。

 

「ガァァァァ!」

 

雷撃を流し込まれたアシモフが絶叫を上げる。そして肉体が限界を迎え、その雷撃に耐えられずアシモフの体の至る所から血が吹き出した。

 

そして再度のEPエネルギーの枯渇。ボクは強制的に雷撃を止められ、再び雷撃の使用が不可能になった。

 

だが、それでもなんら問題もない。

 

ボクの手を当てられたアシモフは空中でぐったりとし、もう動いてはいなかったからだ。

 

「…ここまで…なのか…私は…」

 

しかし、アシモフはそれでも生きていた。だが、もう動く力はなく、言葉を発することしか出来ない。

 

「そうだ、アシモフ。貴方はここまでだ」

 

そんなアシモフから手を離し、ボクはそういった。

 

「…そうか…だが…貴様も…だ…理解…してい…るだろう…この手で…貴様を終焉(デッドエンド)を…迎え…させ…たかった…」

 

最後の言葉とばかりにアシモフはボクへと向けてそう言う。

 

「…本当に…忌々しい…私…はもう時期…死ぬ…だが…それでも…貴様と言う…紛い者を…この手で…殺せなかった…と…しても…貴様は…私と同じく…死ぬ…この場所で…バビロニアの宝物庫で…出口のない…この場で…貴様は死ぬ…んだ」

 

「ボクは死なない。もう一人のボクの世界に居場所は無くとも…こんなボクにも居場所をくれたあの世界に…大切な人達が待つ世界がある。だからボクは何がなんでもあの場所へと帰る。もういなくなった人との約束を守り、それを実現したい世界があるから」

 

「ナン…センスだ…紛い者である…貴様…に居場所…はない…初めから…ありはしない…それに…第七波動(セブンス)なき…世界に…貴様の様な者が…居ていい訳…ないだろう…」

 

それは、ボクが初めは思っていた事。第七波動(セブンス)と言う力。それが存在しない世界に第七波動(セブンス)はあってはならないと考えていた。

 

だが、この世界に送り込んでくれたシアンの真意。そしてこんなボクを居てほしいと思ってくれる人が居る。だから、もうその考えは捨てた。

 

だからこそ、アシモフに向けて言う。

 

「ボクも初めはそう思っていたさ…でも、今は違う。こんなボクにあの世界に居ていい場所があると言ってくれた子達がいる。そしてボクも…居ていいと思える…だから、帰るんだ」

 

もう力のないアシモフに向けてそう言った。だが、アシモフはそれを否定する。

 

「無理…だな…帰る事の出来ない…貴様…に…それを叶える…事は出来ない…それに…あの滅びゆく世界…にそんな…希望は…ありはしない…」

 

アシモフが死んだとしても残った問題の事をアシモフは言っているのだろう。

 

月の落下。ウェル博士によって更に近くなったカウントダウン。

 

「そんな事はさせない。ボクは必ず帰って…月の落下を…そんな滅びゆく問題を解決してみせる」

 

「…夢…物語…ばかり…だな…虫唾が…走る…だが…そう…ではない…私によって…滅ぼされて…いた方が…いいと…思える…だろう…あの世界は…」

 

だが、そうではないと意味深な言葉を吐くアシモフ。

 

「…貴様はここで…死に…あの世界も…すぐに消える…あの世界に…いる…ある者や…組織に…よってな…」

 

「言っただろう…ボクはあの世界に必ず帰るって。それに、もしあなたの言う人物、組織。どんな相手が来ようと、ボクの蒼き雷霆(アームドブルー)で、そして装者達と打ち払う。ボク達がやるのはそれだけだ。だからいい加減に終わらせよう」

 

そんなアシモフに向けてボクはそう言った。あの世界は終わらせない。どんな敵が来ようとボクの蒼き雷霆(アームドブルー)、そして装者達がそれを防ぐと。ボクは言い終えるとアシモフへと近付く。

 

「ああ…終わるだろう…だが…貴様も…だ…!」

 

それは最後の抵抗。アシモフは最後の力を振り絞り近寄ってきたボクの喉元へ噛みつこうとする。

 

執念でよくここまでやり切れたと思う。だが、そんな抵抗は無意味であった。ボクはそれを片腕で抑え、そしてアシモフの背後に回ると、掴んだ片腕と、そしてダートリーダーを持つ腕でアシモフの首をへし折った。

 

ボキッと耳障りな音が響く。

 

そして今度こそ完全に事切れたアシモフ。胸の傷を覆うネフィリムの細胞も脈動が消え、崩れ去り、今度こそアシモフは完全に死んだ。

 

本当の意味で漸く終わった長い戦い。アシモフを殺して最良の結果を手に入れた。

 

だが、まだ問題は残っている。

 

出口のないこのバビロニアの宝物庫。そこからの脱出であった。

 

「…絶対に帰るから…ボクに居場所をくれたみんなの為に…ボクは絶対に帰るよ…」

 

そう呟くとボクはアシモフの死体が漂う場所から離れるのであった。



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146GVOLT

残り一話…
どれだけ終わるのを引き延ばしさせたか分からないですが、終わります。


あれから数日が経った。

 

世界の危機は一時的に去ったものの未だアシモフと言う存在がいる可能性がある為、世界各国は対処に追われていた。

 

その対処に最も苦労しているのは戦地となり、戦いが繰り広げられたこの国であった。

 

「弦十郎、忙しい中呼び出して悪いな」

 

「気にしないでください…ですが…斯波田事務次官…大丈夫ですか?顔色が優れない様ですが…」

 

「テメェ達に言われたくねえよ…俺よりもひでぇ面しやがって」

 

斯波田事務次官の心配をする弦十郎と慎二。だが、斯波田事務次官は同じ様に二人へ返す。

 

三人の顔は何日も寝てない為に目の下にクマが出来ており、こ綺麗な服装ではあるが、よく見るとスーツの襟などに汚れが見えている。

 

「世界の危機が本当に去った訳ではないのに休んでられるかってんだ」

 

そう言った斯波田事務次官は溜め息を吐く。

 

「あんなもの世界に流されて、世界中がパニックだ。情報操作出来ればいいがあんなやり方でバラしやがって…そのせいで各国は対応に追われ、各国国民に現状対応可能な事を理解してもらえる様説明やら会議に対策でてんやわんやだ。それ以外にもあのテロの処理もあるってのに…あー、なんて事してくれやがったんだ…あの科学者め」

 

斯波田事務次官は頭を掻きむしりながらそう言った。

 

斯波田事務次官が対応しているのはウェルによって世界的に知られてしまった月の落下による人類滅亡の件。

 

それをなんとかしようとするが、あんな形で世界に公表された以上、情報操作しようにも逆に隠蔽などと言われ、更なるパニックが起きうる為、苦心している様だ。

 

その為に各国が協力して機動を元に戻す方法をはあり、問題ないとの報道はしているものの、実際には未だ方法はなく模索している最中。

 

「それよりも…お前達の方はどうなんだ?」

 

一呼吸おいて斯波田事務次官は弦十郎と慎次へと聞く。

 

「進展は全くと言ってありません…今や二度と開かれることのないバビロニアの宝物庫への扉…扉を開く事の出来るソロモンの杖も…バビロニアの宝物庫内で破壊した為に…唯一の可能性である聖遺物の欠片すら…」

 

弦十郎は斯波田事務次官にそう伝えた。

 

「…そうか…」

 

その言葉に斯波田事務次官は苦虫を噛み潰したように顔を顰めながらそう言った。

 

弦十郎と慎次が呼び出された理由。

 

それはガンヴォルトの生存確認、そして救出の為の情報収集であった。

 

「櫻井女史…いえ、フィーネがかつて提出していた資料を再び探しておりましたが、何一つそれらに関する記述は見当たりません…そしてガンヴォルトが消えた辺り…その場に何か手掛かりがある可能性があると探しているのですが…何も掴めていません」

 

ソロモンの杖によって開かれるノイズの棲家であるバビロニアの宝物庫。それを再び開く為に弦十郎と慎次、そしてここには呼ばれていないが一課や二課は奔走していた。

 

だが弦十郎が言った様に何一つ手掛かりはなく、そして何も見つける事も出来ていない。だがそれでもどんなに矮小な可能性があると信じ探し続けている。

 

「…あいつの事だ…絶対にアシモフを殺している…」

 

斯波田事務次官の言葉に弦十郎も慎次も頷く。

 

ガンヴォルトならばアシモフを確実に殺している。誰もがそう思っている。だが、アシモフの死亡確認どころか、ガンヴォルトの生存確認すら出来ない状況。

 

故に信じることしか出来ない事を歯痒く思っている。

 

「それに…あいつが帰って来なかったら…装者の嬢ちゃん達が…シアンの嬢ちゃんが…あいつに救われて来た奴らがあまりにも可哀想じゃねえか…」

 

斯波田事務次官は辛そうにそう言った。

 

ガンヴォルトと共に戦った少女達。その全員が悲しみに明け暮れている。最もガンヴォルトと共に過ごした翼、共に住む奏とクリス。ガンヴォルトを慕う響と未来。そして今はセレナと融合しているシアン。

 

その中で最も傷が深いのは響。目の前でそれを見ていた響。そしてその原因を作ってしまった響はかなり精神を病んでしまっている。

 

それに、元は敵対していたF.I.S.の面々。今は拘留されているのだが、F.I.S.にとって大切な人を救い出してくれた人がいなくなった事。それが心を曇らせていた。

 

そして救われた少女、アシモフによってシアンと融合してしまったセレナ。現状は病院にて検査入院という形で様子を見ている。そしてセレナと共にあるシアンがとても心を痛めている。

 

誰もが心を痛める形となった。

 

「絶対に帰って来やがれ…ガンヴォルト」

 

呟く様に斯波田事務次官がそう言った。

 

誰もがそう思っている思い。

 

アシモフと言う、世界の脅威を倒したと思われる英雄。まだ確定してないにしろ、世界を救った英雄たる人物。

 

ガンヴォルトは否定するだろうが、ガンヴォルトはそれほどのことをしているのだ。

 

アシモフと言う、二つの世界を脅かそうとしたテロリスト。そんな人物と戦い、敗北を何度も喫したが、最終的に野望を打ち砕き、現状の危機の一つを一先ず凌いだのだ。

 

まだ確定してはいないが、ガンヴォルトが帰ってくればその一つが確定する。勝利と、一つの安寧が。

 

だから帰ってきて欲しい。生きて無事に戻ってほしい。ガンヴォルトを知る者は誰もが思っている。

 

だが、現実は残酷。生きているかも死んでいるかも分からない状況。英雄の死を知りも出来ない状況。

 

その生も死も分からない状況がその他の英雄に翳りを刺し続ける。

 

「…我々は必ず…ガンヴォルトが帰れる方法を見つけ出します…何としても」

 

「頼んだぞ…なんとしてでもあいつを連れ戻してくれ」

 

斯波田事務次官は二人にそう頼むと斯波田事務次官の執務室から出る。

 

そして二人はただそこから会話もなく永田町からガンヴォルトが消えた海岸へと向けて車を走らせる。

 

ガンヴォルトを助け出せる手掛かりを見つけ出す為に。

 

そんな時、弦十郎の通信端末からアラーム音が鳴り響く。

 

「どうした!?」

 

『大変です!F.I.S.の一時収容施設にノイズが現れる際に出る反応が検知されました!』

 

「なんだと!?」

 

ノイズがまた現れるというのかと弦十郎はこんな大変な時にと間の悪い厄災に悪態を吐きたくなる。

 

ソロモンの杖という鍵がなくなり、もう現れないと思われていたノイズの出現。

 

「装者達を向かわせろ!今あの子達は聖遺物を持っていない!大切な参考人であり!殺されてはならない子達だ!」

 

弦十郎はそう叫び、装者達を向かわせる様指示を出した。そして弦十郎も慎次へとその施設へと向かう様に指示を出す。

 

了承した慎次も急いで車を向かわせる。

 

だが、ふと弦十郎はある事を思い出した。

 

それはバビロニアの宝物庫内の情報を少しでも引き出す為に装者達から聞いた話。

 

アシモフが蒼き雷霆(アームドブルー)を超えた力、真なる雷霆。そしてネフィリムを取り込み、能力者の頂点(ゼニス)と言う力を得たと言っていた。

 

だが、ふと思い出したのはそんな事ではない。

 

以前の取り調べにてマリアが話したアシモフがそれに至った経緯。

 

崩壊したネフィリムの消滅の際に放たれたエネルギー。電磁結界(カゲロウ)を持つアシモフである為にアシモフは生きていられたと。

 

そしてもう一つ。

 

そのエネルギーの奔流でノイズは消滅したと。

 

バビロニアの宝物庫がどのくらいの広さかは見当がつかない。

 

だが、もし。そのエネルギーがバビロニアの宝物庫内のノイズを全て消滅していると仮定すれば、ノイズが現れる訳がない。

 

なら何故バビロニアの宝物庫が開かれたのか?

 

「…まさか!」

 

弦十郎は慎次へとその事を伝え、急ぐ様に指示する。

 

希望が現れるか。絶望が現れるか。

 

弦十郎と慎次は希望であって欲しいと願い、車を走らせるのだった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

あれから祈る様にガンヴォルトの無事の知らせを待つマリア達。

 

だが、その願いは未だ叶ってはいない。取り調べなどの際に聞くが、表情や重い空気からそうだと理解してしまう。

 

だが、それでも必ずガンヴォルトは帰ってくると三人は信じていた。

 

「…いい加減帰ってくるデス…あの外道を終わらせたと…今度こそ終わったと教えて欲しいデス…」

 

切歌がマリアに寄り添って泣きそうになりながらそう言った。

 

敵対していたとはいえ、救ってくれたガンヴォルト。切歌の恐怖の対象であるアシモフを倒して戻って来た事を教えて欲しいと呟いた。

 

「…うん…早く帰って来て欲しい…無事を…終わった事を知らせて欲しい…」

 

調も切歌に続く様に呟く。調にとっても大切な人を傷つけ続けていたアシモフを倒したと知りたい。そしてガンヴォルトが無事にそれを終わったと聞かせて欲しいと。

 

「そうね…どれだけ待たせるのよ…ガンヴォルト」

 

マリアは二人を撫でながらそう言った。

 

マリアも二人同様に帰って来て欲しいと願っている。それはアシモフと言う男が本当に死んだがを確認したい為。そしてガンヴォルトに改めて礼を伝える為。

 

助けてくれてありがとうと。自分を救い出してくれてありがとうと。セレナを救ってくれてありがとうと。

 

感謝を伝えたい。

 

だからこそ、帰って来て欲しい。

 

一刻も早く。一秒でも早く。無事を知らせて欲しい。

 

そう思っている。

 

だが、そんな願いを持ったとしても、もう開く事は出来ないとされるバビロニアの宝物庫から帰って来られるのか?

 

そんな不安が付き纏い続ける。

 

だが、それでも。

 

死の淵に立たされても、どんな絶望を味わっても、立ち上がり、目的を達成したガンヴォルトを信じる。

 

ガンヴォルトはそう言う男であると知らされたから。

 

だからこそ、囚われの身であろうとガンヴォルトの帰りを待つ。

 

必ず無事で帰ってくると信じて。

 

そんな希望と不安が入り混じった感情を持ちながら、ただ自分達がどうなるかを委ねられ、ただ三人で寄り添っている中、けたたましい警報が鳴り響いた。

 

「なんなの!?」

 

その警報にマリアが、立ち上がる。

 

そして館内に流れる放送。

 

『ノイズの出現パターンが検出されました。各員、速やかに指定のシェルターへと避難下さい。繰り返します。ノイズの出現パターンが検出されました。各員、速やかに指定のシェルターへと避難下さい』

 

機械音声でそう告げられた瞬間に、マリア達が入る部屋の鍵が自動で開かれ、外へと避難出来るようになる。

 

そしてそれと同時に、マリア達のいる部屋に、謎の穴が開かれた。

 

バビロニアの宝物庫。その扉だと思われるもの。

 

切歌と調が立ち上がり、すぐにマリアに避難するよう呼びかける。今の三人は聖遺物を、そしてLiNKERを持っていない。

 

今のままでは、何も出来ないが故に、切歌と調はそう判断した。

 

だが、マリアだけは違った。

 

切歌と調が出口へと向かう様にマリアを呼びかける中、マリアは開かれた穴の正面へと駆け出していた。

 

「マリア!?」

 

その行動の意図が読めない二人がそう叫んだ。

 

それもそのはず。これを知るのは今この場にいるのはマリアだけ。そのほかに知るものはマリアが取り調べにて話した弦十郎、そしてそれに目を通していた僅かばかりの職員、そしてガンヴォルトとアシモフだけだ。

 

マリアは知っている。バビロニアの宝物庫。その中にノイズがいない事を。

 

フロンティアを吸収し、莫大なエネルギーを持ったネフィリム。その状態のネフィリムは心臓を砕かれ、バビロニアの宝物庫内でその莫大なエネルギーを保つ事が出来ず、有り余るエネルギーを放出しながら崩れ去った。

 

そしてそのエネルギーがバビロニアの宝物庫、その中のノイズを倒していた。

 

だからこそ、アシモフとの最終決戦でノイズの邪魔が入らなかった。

 

だから、今頃開いたこの扉が何なのかを理解した。

 

そしてマリアが、その穴の正面へと立つと同時に、一人の男が倒れながら穴から出て来た。

 

その人をマリアは抱き止める。

 

その瞬間に、マリアの中に溜まっていた不安と絶望を安堵と希望へと抱き止めた男の温もりが塗り潰し、涙を溢れさせる。

 

「…お帰りなさい…本当に…本当に良く無事で帰って来てくれて…」

 

「…マ…リア…そう…か…成功…したの…か…良かっ…た…今度こそ…ちゃんと…約束を…守れて…」

 

そう、それはボロボロになり、トレードマークである三つ編みは完全に崩れており、あの後たった一人でアシモフとの決着をつけた為にコートは焼け焦げ、破れている箇所がいくつもある。

 

だが、それでも五体満足、満身創痍でも生きて無事に帰って来た。

 

そしてガンヴォルトが出て来たバビロニアの宝物庫が閉じる。それと同時に、切歌と調もガンヴォルトに抱き付いた。

 

「ガンヴォルト!良かった!良かったデス!」

 

「お帰りなさい!ガンヴォルト!」

 

切歌も調も泣きながらそう叫ぶ。

 

ガンヴォルトはその二人を見てただいまと途切れ途切れに言う。

 

「心配…かけたね…もう…終わったよ…アシモフは…死んだ…この手で…終わらせたよ…まだ大変な事は…残っているけど…一つ…終わらせた…よ」

 

ガンヴォルトは三人にそう伝えた。

 

それと同時にもう限界が来たのか、ガンヴォルトは気を失った。

 

無理もない。アシモフとの戦闘、そしてここに帰ってくるまでに寝ずに何かを試して漸く成功して帰って来たそうなのだから。

 

「…本当に…ありがとう…ガンヴォルト…」

 

そうしてマリア達に抱かれながら、ガンヴォルトは静かに寝息を立てるのであった。

 

そうしてガンヴォルトを抱きしめて泣く三人。そんな中、その奏、翼、クリス、響が到着して、ガンヴォルトの帰還に喜び泣いた。

 

そしてその後勢いよく入って来た弦十郎と慎次。

 

ボロボロになりながらも帰還したガンヴォルトを見て涙するも、直ぐに病院の手配などを行う。

 

そして二課の医療班が直ぐに到着するとマリア達に抱きつかれたガンヴォルトを運び、移送されていくのであった。

 

「…ガンヴォルトが…ガンヴォルトが目を覚ましたら…また来るように言って貰える…」

 

運ばれていくガンヴォルトへと付き添っていく装者や弦十郎に対してマリアはそう言った。

 

自分もみんなと共に行きたい。だが、それでも自分達は行けない。まだ拘留されている状態だからマリアはそう言ったのだ。

 

そして切歌と調も付いて行こうとしていたが、マリアの言葉にハッとして悲しそうにする。

 

「必ず、目を覚ましたらここに来るよう伝える。それに…ガンヴォルトがいれば、君達を自由にする時間が早くなら可能性がある。だから、それまで待っていてくれ」

 

その言葉をマリア達に伝えると弦十郎はガンヴォルト達の後を追った。

 

残されたマリア達。寂しさが押し寄せてくるが、それでも、ガンヴォルトが帰ってくるか分からない不安な状況よりも、今の方が何処か明るい気持ちを持てる分気が楽であった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

目を開けると仄かに明るくなった見慣れた病室の天井が見えた。どうやら日が登り始めた時間に目を覚ましたようだ。

 

ここ最近色々な病室で目が覚めているために覚えてしまった。

 

だが、それでも。この光景が漸く終わり、ボクが帰りたいと望んだ世界に戻って来たと感じさせる。

 

長かった。もうアシモフと言う脅威が無くなった。今度こそ殺せた。もう二度とアシモフの手であの世界も、この世界も脅かされる事はないだろう。

 

「だけど…あの言葉が気になる…」

 

ボクは身体を起こして怪我の状況を確認し、完全に回復する為に雷撃で細胞を活性化させ、完治させながらそう呟いた。

 

それはアシモフが最後の抵抗をする前に言ったまだこの世界にいるある者とある組織。その人物と組織がどう言ったものかは分からない。

 

だけど、ボクをいていいと言ってくれた装者や二課、そしてフィーネに託された未来の為に、ボクはそれを防いで見せる。

 

そう誓う。

 

その誓いを立てたと同時に、病室の扉が開くと共に電気がついた。

 

「…馬鹿野郎…目を覚ましたら直ぐに連絡を寄越せ!」

 

「ガンヴォルト君!良かった!」

 

そこにいたのは、弦十郎と慎次。二人は涙を浮かべながら近付く。

 

「ごめん、弦十郎、慎次。それよりボクは帰ってどのくらい経った?どのくらい寝てた?」

 

「ああ、だがその前に」

 

涙を拭い、ガンヴォルトの質問に答えようとするが、それよりもまずガンヴォルトの口から聞かなければならない事がある。

 

マリアには伝え、それは全員に周知されているが、あの時は意識ははっきりとしていない。だから改めてガンヴォルトに問わなければならなかった。

 

「アシモフはどうなった?」

 

「殺したよ…今度こそ。頂点(ゼニス)、真なる雷霆。その力を失ったアシモフとボクは戦って、打ち破った。そして最後の抵抗をされたけど、抑えて首を折って今度こそアシモフを終わらせたよ」

 

ボクは弦十郎と慎次へとそう話した。

 

それを聞いて、そして漸く終わりが分かったと安堵する。

 

「ありがとう…これで世界は一つの脅威から救われた」

 

弦十郎はそう言った。

 

分かっている。アシモフと言う脅威が終わってもまだこの世界の破滅が完全に防げたわけではないのだから。

 

「それでお前の質問の答えなんだが、三日。お前がバビロニアの宝物庫にいた時間。そして半日。栄養失調やら脱水症状やらで危険な状態だったからこうなっている訳だ」

 

「みんなには迷惑をかけたよ…ごめん」

 

「誰も気にしていないさ。一つの大仕事をしたんだ。お前を責める者は…いや…いるな」

 

「いますね…それもそれなりの人数が…」

 

弦十郎と慎次が渇いた笑みを浮かべた。

 

「ならまずその人達に謝らないと…所でその人達は?」

 

「お前がよく知っている人達だよ…後で来る…」

 

何処かご愁傷様と言いたげな表情でそう言った弦十郎と慎次。訳が分からず疑問符を頭に浮かべる。

 

「まあ…その事は後々自分で処理してくれ…で、あの外界と完全に隔絶されたあの世界…どうやって帰って来た?」

 

弦十郎が一旦その話を置いて聞いてくる。

 

「それはソロモンの杖だよ。破壊されたと言っても、まだ欠片は残っている。だからボクは砕かれてなお、未だ力が残っている可能性に賭けて、それを探したんだ」

 

そう、ボクが帰る為に三日間探続けていたのはソロモンの杖の欠片。装者達が歌でシンフォギアを起動出来る様に、聖遺物の欠片には未だに強い力が眠っている。だからボクはその可能性を賭けたのだ。

 

「そして幾つかの欠片を見つけ出したボクはそれに蒼き雷霆(アームドブルー)の雷撃を流し込んだ」

 

そして雷撃を流し込んだ事を伝える。

 

「成程。確かに第七波動(セブンス)にもフォニックゲインが何故か発生させる力を持っていましたね。ですが、そんな事をして雷撃によって破壊されなかったんですか?」

 

慎次がそう言う。

 

「だから賭けなんだ。それで壊れればボクは別の方法を模索するしかない。そしてその結果ボクの雷撃と共に流し込まれたフォニックゲインが奇跡を手繰り寄せた。なんとか人が通れる程の大きさの穴を作ることに成功してボクは脱出出来た」

 

弦十郎達にボクはそう伝えた。

 

「何はともあれ、お前が無事に帰って来てホッとした。しばらくはゆっくり休め。蒼き雷霆(アームドブルー)で傷の治癒は出来ても、栄養までは作れないだろう」

 

そうして弦十郎はボクに休む様に伝えた。

 

「分かった。ありがとう。でも、まだ完全に終わった訳じゃない。まだ軌道がそれて今もこの星に向けて落下している月があるんだ」

 

「まだ猶予はある。それに対策がない今、焦っても仕方ない。だからお前は今はゆっくり休んでいろ」

 

そう言って弦十郎は時計を見る。

 

「さて、俺達はそろそろお暇して少し仮眠を取らせてもらうか。お前はもう少しばかり起きていろ。お前に対してお怒りの人が押し寄せてくるからな」

 

少し含みのある言い方の弦十郎はそう言って慎次と共に出て行った。

 

ボクもお偉いさんあたりだと思い、斯波田事務次官かな?と考えていたが、その予想は大きく外れた。

 

暫くぼーっと待つ中、再び扉が開いた。そして何かが複数落ちる音が病室に響いた。

 

そちらの方を向くと制服姿の奏、翼、クリス、響、そして未来の姿があった。

 

「ガンヴォルト!」

 

「ガンヴォルトさん!」

 

全員が叫び声に近い声をあげてベットの方に駆け出す。

 

狭い病室内の為、直ぐに駆け出しは終わるが、みんな勢い余ってボクのベットの方に倒れ込んでくる。

 

その勢いに押されて、今のボクは耐える事が出来ず、ベットへと無理矢理寝かされてしまった。

 

「心配したんだぞ!帰ってくるなら早く帰ってこいよ!」

 

「全くだ!どれだけ…どれだけ私達が心配したと思っている!」

 

「この馬鹿!帰ってくるなりまた眠りこけやがって!すごく心配してたんだからな!」

 

「本当ですよ!帰って来たら気を失うのを耐えて少しは私達が到着するのを待ってください!」

 

「本当に!本当に心配したんですよ!」

 

全員が涙を浮かべながらそう言った。ボクはとにかく何とかして身体を起こし、心配をかけてごめんと謝ることしか出来なかった。

 

それもそうだ。一番の心配をかけたのはみんななのだから。必ず帰ると公言したのに、結局そのまま延長戦で消えてしまい、待たせてしまったのだから。

 

ボクはそんな全員を何とか落ち着かせる為に、話をするが全く聞く耳を持たない。

 

だけど。

 

こうして心配してくれて、ここまで思われて、ボクの心の中に暖かいものを感じる。

 

居ていい場所。

 

無くなったと思い、一人になったと思い込み、ボクには存在しないと思っていた居場所。

 

だけど、それを認めてくれた皆。

 

だからボクは立ち上がれた。そして帰っていいといい場所を作ってくれたみんなにとても感謝している。

 

だから、この苦しくも暖かい思いにボクは甘んじて受け入れる。

 

そして、

 

「ハァ…ハァ…」

 

再び病室の扉の前に誰かの息遣いが聞こえ、その方向を見る。

 

そこに居たのは、みんなのお陰で助かり、そして不本意な方法でシアンと融合したセレナの姿だった。

 

「…」

 

そして他の人達同様に、セレナがボクの寝転ぶベットへと駆け出して抱き付く。

 

だが、その抱き着きには二度の衝撃。

 

それは何も言わなくても、何も見なくても分かっている。

 

「遅れてごめん…帰って来たよ…ただいま…シアン…セレナ」

 

ボクはその二人の頭を撫でてそう言った。

 

「心配したんだから!でも信じてた…絶対…絶対…GVは帰ってくるって…」

 

「私も…信じてました。そして改めて…私を…みんなを救ってくれてありがとうございます…もう一度…マリア姉さんやマム…月詠さんや暁さんに合わせてくれて…本当にありがとうございます…」

 

涙ぐむ二人にボクは優しく頭を撫で、二人が泣き止むまでボクはただ、今この場に起きている平和を噛み締めるのであった。



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147GVOLT

これにて本編完結。


アシモフの死亡が各国政府へと通達されて月日が経つ。

 

テロリストであるアシモフの死亡。そしてテロの共謀者、ウェルの捕縛。そしてそれに加担したF.I.S.の今後の対応などもやらなければならないが、まだ世界に知れ渡る脅威が残っている。

 

月の落下による世界の滅亡。それは既に政府などだけでなく全国民にまで知れ渡っており、今後どうなるかの対応に追われている。

 

だが、それも今日まで。

 

その対応策をナスターシャ博士が導き出し、それを今日決行する。

 

『結局…お前達に頼りっぱなしになるとはな…だけどこればかりは仕方がない。月の欠片の破壊。それを成し遂げている例がある以上、お前達にしか出来ない。やってもらわなければならない。でなきゃ世界は破滅する』

 

『かなりの大仕事…ですが貴方達にしかこの作戦は出来ません…お願いいたします』

 

とある場所に集められた装者達とボクに向けて通信機越しに弦十郎とナスターシャがそう言った。

 

「師匠…縁起でもないこと言わないでくださいよ…私…今ものすごいプレッシャーがのしかかっています…」

 

弦十郎の言葉に緊張した面持ちで響がそう言った。

 

「心配するなよ、響。必ずやれるさ」

 

そんな響を奏が軽く背中を叩いて励ましている。

 

「奏の言う通りだ、立花。以前、私達はそれを成している。必ず成し遂げられる」

 

そして奏に続いて響へとそう翼が言った。

 

「全く…ここまで来て弱音を吐くなよな…」

 

そんな響きの様子を見てクリスはため息を吐いた。

 

「マム!大丈夫デス!絶対やりきってやるデス!」

 

そんな響のとは裏腹に、ナスターシャの言葉にやる気を満ち溢れた切歌がそう言った。

 

「うん。絶対に出来るよ、マム」

 

そして切歌の言葉に賛同する様に調がそう言った。

 

「そうね。私達なら必ず成し遂げられる」

 

そしてマリアも。

 

「そうです!私とシアンさん!皆さんの力、そしてそれを束ねて渡した力があればGVが必ず成功させてくれます!」

 

そしてマリアの隣にいるセレナ。セレナも今回の作戦は必ず成功すると断言した。

 

「当たり前よ!GVに不可能なんてないわ!」

 

セレナの言葉に、シアンがうんうんと頷きながら答えた。

 

「異常なまでにボクに対するハードルを上げてきてないかい?」

 

ボクはその異常なまでの期待の言葉に苦笑いを浮かべる。

 

それもそのはず。この作戦において一番重要な役目を果たさなければならないのはボクなのだから。

 

作戦の立案をしたのはナスターシャ博士。

 

内容は地球上から蒼き雷霆(アームドブルー)の雷撃をぶつけると言う作戦。

 

そんなことすれば月は破壊されるのではないかとボクは懸念したが、ナスターシャはそれをただ月へぶつけるのではないと話した。

 

照射されるのは月面に存在すると言われる遺跡。その遺跡が何故あるのか?誰が造ったのかなどは不明の物。

 

そしてフィーネが月に固執していた根源であると聞いた。

 

バラルの呪詛を振り撒いていると言われるそれに蒼き雷霆(アームドブルー)を介してフォニックゲインを注入させると言う物。

 

そうする事により、遺跡へと介入して月の軌道修正を修正するという飛んでない作戦。

 

そんな事可能なのか?そんな事が実現出来るのか?そう思うが、ボクが各国の対応をする最中、ナスターシャがフロンティアの残骸より回収されたフロンティアに存在したコンピュータの様なプログラムを解析して可能である事、プログラムである事、そしてその動力源もまた電気ではないにしろフォニックゲイン。つまり、電気でもあり、フォニックゲインを内包する第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)であれば干渉が可能と言う答えを導き出した故の作戦であった。

 

それを聞いてどこか納得するのだが、まだ問題はある。

 

ボクだけの力で雷撃を地球外に、成層圏に届く前に雷撃は消失してしまうだろう。

 

今のボクにはそこまで到達させる力はない。

 

だから装者、そして電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を借りる。

 

そうする事により、ボクは蒼き雷霆(アームドブルー)強化する(スキル)、アンイクスプロードヴォルトを纏う事が可能となり、それを月まで干渉させるに至らせる。

 

だが、それまで行って本当に月まで干渉が可能なのかと言う疑問もあったが、かつて地球外で戦った紫電。宝剣と第七波動(セブンス)、そして完全聖遺物をも掌握し、地球まで干渉させた念動力(サイコキネシス)

 

そして、ボク自身もかつてダートリーダーを介して破壊したカ・ディンギル。

 

それ程の力を出せるのならば可能であると判断されたのだ。

 

そしてボクもそこまで言われて出来ない事はないと考え、今に至っている。

 

そして何の因果か、その作戦を決行するのもまたカ・ディンギル。

 

何故、ここで行われるのかにもいくつか理由がある。

 

ボクの雷撃を照射するに当たって各国はそれぞれの国民へとレールガンにて月の軌道を修正させると言う報道を行なっていたから。

 

そして報道などによるボクや装者達の正体を隠す為。

 

こんな地の底で人が放ったなどと分からない様な状況だ。

 

これほど都合のいい建造物も他にないと言う事でここになった。

 

そしてボク達その時が近付いてきた為にそれぞれの配置に付くよう装者達へと促した。

 

「ボクだけじゃ足りない。だから力を貸してくれ」

 

「あんたが望めば私はどんな事があろうと力を貸すんだから」

 

そう頼んだボクに奏がそう言った。

 

「奏の言う通りだ。私もガンヴォルトが言うのなら力を貸す。それにこんな時に力を貸さない…そんなことをする人がここに居るとでも?」

 

翼が苦笑いしてそう言った。

 

「全くだ。あんたの頼みだし、世界の命運を握ってるんだ。誰も断らねえよ」

 

翼に続いてクリスもそう言った。

 

「そうですよ!みんなガンヴォルトさんが力を貸して欲しいって言うんなら拒否なんてしません!だから絶対に成し遂げましょう!」

 

さっきまで緊張してたのが嘘の様に、響も真っ直ぐにそう言った。

 

「貴方には返しきれない恩がある。それを返す為には今の状況を何とかしなきゃならない。だから、貴方が望むなら私達はそれを実行するだけ」

 

マリアがそう言った。

 

「そうデス!ガンヴォルトさんが言うなら私達は力を貸すデス!みんなの為に!これからの人生の為に!」

 

そして切歌もマリアに続く様にそう言った。

 

「うん。それがあの人との…フィーネの約束に繋がる。だから私達は何があってもガンヴォルトに力を貸す。だから、ガンヴォルトさん…成し遂げよう」

 

調もそう言った。

 

「GVのそう言うなら、私は絶対反対しない。私はGVの力になれるなら喜んで貸してあげる!」

 

シアンも。翼が言う様に反対する事なく、そう言ってくれた。

 

「シアンさんの言う通りです。GVが力を貸して欲しいのなら、私も力をお貸しします」

 

そしてセレナがそう言った。

 

だが、セレナが力を貸すと言ったが、どうやって?と思うかもしれないだろうが、今のセレナにはシアンが宿っている。

 

この世界で新しく生まれた電子の謡精(サイバーディーヴァ)第七波動(セブンス)能力者。

 

そしてシアンとセレナ。ボクと違い、聖遺物の完全適合者であり、第七波動(セブンス)能力の適合者であったセレナには、かつてシアンと融合していたボクよりも、シアンの力を引き出せるポテンシャルがかなり違った。

 

シアンの歌。そしてシアンと共に歌うセレナ。その二人の歌声と装者達と共に歌を歌う事によってかつての戦闘で使用したアンイクスプロードヴォルトよりも強力な雷撃を引き出せる事が分かっているからだ。

 

故にセレナもこの作戦に参加していた。

 

そして全員の意志を確認を終えたボクはみんなにありがとうと伝える。

 

そして月がカ・ディンギルの真上にもう直ぐ到達しようとする時間、装者とそしてシアンとセレナが歌を歌う。

 

歌う歌はかの戦いを勝利に導いたシアンの歌う輪廻を進化させた輪廻祈歌(リインカーネーション・コネクト)

 

そうして装者達がシンフォギアを見に纏う。

 

だが、装者達の決戦兵装、エクスドライブには至らない。それもそのはず。

  

装者達が生み出す莫大なフォニックゲインは装者達の力になる訳ではなく、シアンとセレナが一点へと集め、それを流し込んでいたからだ。

 

勿論、流し込む先にいるのはボク。

 

莫大なフォニックゲインをボクの力へと付与する為にシアンとセレナがボクへと流し込み、その力がボクの中にある能力因子に力を滾らせ、未踏へ踏み込む道を作り出す。

 

だからボクは言葉を紡ぐ。

 

滅亡の危機を終わらせる為に。フィーネと約束した誓いを果たす為に。そして、みんながボクを居ていいと言ってくれた世界を守る為に。

 

「響き渡るは歌姫達の歌声!この身に齎すは希望の雷光(ひかり)!未踏へ踏み込み、我が未来を照らす道を作れ!」

 

それはもう怨敵がいない故に変わった言葉。そしてその言葉と共に、ボクの中に宿る能力因子が熱を持ち、溢れんばかりの雷撃が迸る。

 

未踏へと踏み込み、解放するその力。

 

「迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!アンイクスプロードヴォルト!」

 

そして、溢れんばかりの雷撃と虹色のオーラがボクの周りに出現する。

 

「必ず終わらせる!」

 

そうしてボクは手を真上に翳す。

 

カ・ディンギルの砲口から望める月。

 

それに目掛けて雷撃を放出する為に、その雷撃を腕へと集約させる。

 

そして、

 

『今です!』

 

ナスターシャの号令と共にボクは集約させた雷撃を一気に月へと向けて放つ。

 

莫大なエネルギーを持つ雷撃。放たれた雷撃はカ・ディンギルの砲口を目指し、そして勢いよく飛び出すと、威力を減衰させる事なく、次へと向けて飛んでいく。

 

地球上から月への距離は約三十八万キロ。だが、放たれた雷撃の速度はその距離を僅か一分に満たない時間で到達する。

 

今の雷撃の速度はそれ程の速度を持っている。

 

故に、しばらくしてその雷撃が何かにぶつかったのか、抵抗を感じさせた。

 

そう、月に到達したのだ。そしてその雷撃が何かに吸収されていく様な感覚が、ボクの雷撃を放出させた腕から伝うのを感じる。

 

ここからが本番。

 

ボクはその莫大なフォニックゲインの雷撃をぶつけた雷撃をぶつかった月の遺跡。その雷撃を通して干渉する。

 

電子を操る第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)。そしてその中にあるフォニックゲインを、放出して吸収されていくものへと干渉する。

 

そしてボクの脳内に浮かび上がる、0と1に似た数字の様なものの空間。

 

これが月の遺跡の中にあるプログラム。

 

ボクはそのプログラムをナスターシャより教えられた方法で解析し、今ある言語へと置き換えていく。

 

そうして数秒にも満たない時間でボクはある解析を終えると、漸く、今回の作戦に必要な工程(プロセス)を行うプログラムを見つけ出した。

 

ボクはそれに干渉して素早く月の軌道を元に戻す。

 

その瞬間に手から放出する雷撃から何かが流れ込んでくる。

 

「ッ!?」

 

頭が割れそうしなる感覚。そして何か思い出したかのように細胞が震える。

 

時が止まった様に、目に見える景色は色褪せ、そしてボクの脳内にある光景が入ってきた。

 

「何だ…これは…」

 

そこにあったのは天地が割れた様な悍ましい景色の光景。

 

その中にいる三つの存在。

 

一つは伝承に記された蒼と金の模様を持つ龍のような怪物。そしてそれと対峙するようにいる二つの存在。だが、その存在は黒く塗りつぶされた人型と怪鳥と思える大きな何か。

 

「一体…何が…」

 

その光景を見させられて何なのかと思い声が出る。

 

そして、

 

『いずれ分かる…その時が来れば…』

 

男の声が脳内に響く。

 

「ッ!?誰だ!?一体何なんだこれは!?」

 

ボクは脳内に響く言葉へとそう投げかける。だが、その問いには何も返ってこない。

 

そしてその光景がなくなると共に、止まった時が動き出すかのように、色を帯び始める。

 

そして月が軌道が変わった為に雷撃の放出をやめ、気が抜けたのかボクは膝をついた。

 

「ハァ…ハァ…」

 

それと共に今まで発動させていたアンイクスプロードヴォルトが切れたのか身体に纏う雷撃が、オーラが消えていくのを感じる。

 

「ガンヴォルト!」

 

「ガンヴォルトさん!」

 

「GV!」

 

そんなボクを心配して、装者達、そしてシアンとセレナが駆け寄ってくる。

 

「大丈夫…ちょっと久々にあんな力を使ったから疲れただけだよ」

 

心配するみんなを安心させる為にボクはそう言った。

 

それを見て安心する全員。そんな全員の通信機に弦十郎から通信が入る。

 

『ガンヴォルト!どうなった!?』

 

「成功した…と思う…月の軌道は?』

 

『…成功です!うまくいきました!』

 

ナスターシャがそう叫んだのを機に、通信機越しに大きな歓声が、そしてそれを聞いた装者、シアンとセレナも喜び出す。

 

ボクとしても喜びたい状況。

 

だが、先程脳内に流れた光景。そして、先ほど聞こえた声に、喜びたい気持ちよりも、不安が過っていた。

 

「…いずれ分かる…か…誰だかは知らない…必ずあの光景を見せた意味を教えてもらうよ…」

 

ボクはみんなが喜ぶ中、そう呟いた。

 

何を目的にあんな光景を見せたのか?あの光景が何を啓示しているのかは分からない。

 

だけど、何を啓示しようとボクはただ、ボクの望む世界を、ボクが居ていい世界を守るだけ。

 

この先、どんな戦いが待っていようと、ボクはただフィーネから託された願いを実現させるだけだ。

 

だから、ボクはただ不安を押し留め、束の間の平和を噛み締めるようにボクは立ち上がり、みんなと共にカ・ディンギルの底から戻るように歩き始めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「…アッシュボルト…いや、本当の名はアシモフか…奴は死んだ…」

 

豪華な装飾の中央にある玉座のようなものに座る少女がそう呟いた。

 

「貴様のせいでオレの計画を狂わされた。オレがこの手で貴様を殺したかった」

 

何処か憎しみを込められた言葉を吐き捨てる少女。

 

「だが、奴は殺された。しかも貴様も同じ目的を持っていたとはな…本当に憎たらしい。だが、貴様とオレは違う。貴様に為せなかったとしても…オレは必ず、この世界を壊してやる!」

 

そして少女はそう叫んだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「君なら必ずやり遂げると知っていたよ、僕は」

 

モニターに映された映像を見ながらそう言う男。そこに写っていたのは何を介して映したのかわからないカ・ディンギルの地下の様子。

 

「何を見てるの?」

 

そんな男に少女の様な様相の何かが男にそう聞いた。

 

「ああ、懐かしい物をちょっとね」

 

その光景は最近のものであるが、その男は懐かしいと言った。

 

「?最近のものみたいに見えるけど?」

 

何かはそう言ってモニターを覗き込んだ。だが、直ぐに男はモニターを消した。

 

「ちょっとアタシも見たかったのに!」

 

その何かはそう言って男の方に抱きついた。

 

男は気にしなくていいよと言ってその何かを抱き抱えると歩き始める。

 

(やっぱり、君はあの方の生まれ変わりだ…アッシュボルト…ムカつくほどふざけた男だ…本気を出していないにしても、僕に手傷を負わせたあの男…あんな男にあの方の生まれ変わりがやられるわけがないんだよ…さて、どうにかして接触したいけど…まだ時じゃないからね…時が来たら必ず会い行くよ…)

 

そう思いながら、先程の映像に映る男のことを思いながら、その何かを抱きながら部屋を出るのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

遠くに登る光の柱。それを人気のない山で見ながら男は呟く。

 

「いずれ分かる…君がこの世界に来た理由。流れ着いた理由を…」

 

「ここにいたのですか…」

 

そう言われて男が振り向くと、男性とも女性とも取れる人物、そしてその後ろに控える少女と女性がいた。

 

「全く、貴方はいつも忽然と消える。それで…あれを見に来たのですか?」

 

そう言った男性とも女性とも取れる人物が光の柱を見てそう言った。

 

「ああ、一つやることがあったからね」

 

「また私達にはその目的を教えないワケダ」

 

「本当よねー。少しは言葉にしないとわからないものよ?」

 

「いいや、私達が知らずともこの方は変な方向には状況を傾けないわ」

 

少女と女性がそう言うが、男性とも女性とも取れる人物がそう言った。

 

「悪いとは思っているよ。でも、これは私の問題なんだ。私の過去、果たせなかった友との約束の為」

 

男はそんな三人にそう言った。

 

「さてと、悪いけど君達は先に戻っていてくれ。あと少しあれを見終えたら帰るから」

 

男はそう言うと男性とも女性とも取れる人物が二人を先導して暗い夜闇に消えていく。

 

それを見送る男。そして男は別の方向へと視線を向ける。

 

「調査の方はどうだい?何かわかったかい?」

 

「…奴の脈動が着実に強くなっています…七年前、いやもう八年も前から」

 

そしてその闇夜から一人の怪物が現れた。

 

「あれからもうそれだけ経っている…アシモフと言う歪みがもう既に出ていたからわかっていた。もう時間は残されてないと言う事」

 

その怪物に向けてそう言った。

 

「そろそろあれもあの方に近い姿になりました。そろそろあれを託してもいい頃かと」

 

「あれと言わないでくれ…流石の私でも怒るよ」

 

怪物の言葉に対して怒りの感情を持つ男。

 

「申し訳ありません」

 

「気を付けてくれ。だけど、そうだね。どんな手を使っても…あの子にはなってもらう。こんな運命を背負わせてしまってすまないと思っている…だけど…あの方が守ろうとした世界。それを奴に壊されない為にそうするしかない」

 

男はそう言った。

 

「それに気になることも…」

 

怪物が男に向けてそう告げる。

 

「何だい?」

 

「奴の力…今までこの世界に感じなかった力を感じます…もしかすれば奴の封印が弱まって、アシモフと言う男を呼び出しただけじゃなく…奴だけがそこから解放され、動き出したのかも…」

 

何処か不安な事を呟く怪物。

 

「…やはり時間はない…か…もう少し成長した形でしたかったけど…早めるしかないか…」

 

そう言うと怪物に命令を下す。

 

「感じる奴の力。奴ではないにしろ、確実に私達と同様の事をしたのだろう…となればあれを探し出してくれ。私はあの方の託された物を回収しに行く」

 

「分かりました。それを取りに行き終えたら知らせてください。直ぐに回収を行います」

 

「頼んだよ」

 

そう男が言うと怪物はまた闇夜に消えていく。

 

「我が友よ…この世界…奴の手で終わらせないから…」

 

そう言うと男は光の柱が消えると共に闇夜へと消えていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それからまた月日が経ち、ボクは束の間の平穏を満喫していた。

 

月を元の軌道を戻し、世界のパニックは収まり、元の情勢に戻りつつある。

 

そしてボクはみんなと共に拘留されているマリア達の元へとみんなで向かい、その様子をマリアと共に離れて見ていた。

 

楽しそうに談笑するみんな。ボクは少しマリアが大事な話があるとの事で少し離れている。

 

「貴方のお陰でまたセレナと無事に過ごせる様になった。改めて言わせて…ありがとう」

 

「前にも言ったけどボクだけの力じゃない。みんなが頑張ったからこの結果になったんだ」

 

ボクはマリアへとそう伝える。

 

この結果を齎したのは自分だけの力ではないと。みんながいたからこそ、この結果を生み出せたと。

 

「それでも言いたかったの。貴方に救われて…貴方に助けられて…貴方のお陰で間違えずに済んだ…」

 

「そう言ってもらえてよかったよ」

 

ボクはマリアへとそう言った。

 

「でも、まだ完全じゃない。君達がみんな、自由になったら本当の意味でボクは君達が救われたと思っているよ」

 

「…やっぱり貴方は優しいのね」

 

「そんな事ないよ…君だからそう思うんだ」

 

「えっ!?」

 

そう言われてマリアが顔を赤らめる。

 

「ボクと一緒だから。同じくあの人に騙され、あの人に人生を滅茶苦茶されそうになったから自由になってほしいと思うんだ」

 

ボクはマリアへとそう伝える。それを聞いたマリアは顔を赤くしたまま、何処かジトーとした目でボクを見る。

 

「貴方…よくあの子達を勘違いさせる言葉を今みたいに吐いてる?」

 

「勘違いさせる?ボクはなるべく言葉を選んでるつもりなんだけど…勘違いさせる要因があった?」

 

何故かそんな事を聞かれ、ボクは疑問符を浮かべながらそう答える。

 

そう答えるとマリアは、これはある意味重症だわ…と呟いた。

 

「でも…それならまだチャンスはあるのかしら?」

 

「チャンス?」

 

「こっちの話だから気にしないで」

 

顔を赤くしたままマリアはそう言った。

 

そんな時、

 

「マリアさーん、ガンヴォルトさーん!話が終わったらこっちにそろそろ来てくださーい!」

 

響がそうボクとマリアを呼んだ。

 

何かな?と思い、そちらを向くと、何故か焦りながらも早く戻るようにジェスチャーする響。その背後に、何処か怒りのオーラを纏う奏、翼、クリス、シアン。そして可愛らしく頬を膨らませる未来とセレナ。そして何でこんな雰囲気になっているか分からず、疑問符を浮かべる切歌と、何となくその雰囲気に乗って頬を膨らませている調。

 

何があるんだ?と思いつつもマリアにそろそろ戻っても大丈夫か聞く。

 

「ええ、もう大丈夫よ。さぁ、行きましょうか」

 

そう言ってマリアがボクの手を引いてみんなの元へ向かう。

 そしてみんなの元に向かうと奏、翼、クリス、シアンが物凄い剣幕で詰め寄り、その後にセレナと未来も詰め寄ってくる。

 

ボクは何故そんなに言われなきゃ言われないのかと思うが、それを言うとまた変に状況を悪化させると思い、とにかく謝ることに徹する。

 

そして何とか場を納める事に成功して会話が始まる。

 

戦いとは乖離した日常的な話。

 

そんなたわいもない話がボクの心を暖かくさせる。

 

こんな日常が続けばいい。そして必ず実現させる様にボクはより強くフィーネとの誓いを果たそうと一層思えた。

 

長く旅の様に果てしなく続いた道。だが旅の目的地は虚像であり、存在しなかった。

 

だが、それでも。

 

その旅の中であった出来事が、ボクに新たな目的を作り出していた。だからゴールが虚像であり、存在しなかったが、意味がなかったわけじゃない。

 

だからボクはその旅の果てしなく長かった旅を終わらせて、新たな目的となった道を歩み始めよう。

 

今度こそ虚像でなく、存在などしないまやかしではない本当の旅を。

 

「フィーネ。少しずつだけど…ボクが望み、貴方が見たかった世界…着実に進んでいるから…だから調を通して見守っていてくれ…」

 

ボクはその日常を噛み締めながらそう呟いた。




長らくお付き合い頂きありがとうございました。


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迸らないシンフォギアABG
11mVOLT


〜お見舞い〜

 

ガンヴォルトが帰還し、まだ安静の為に入院を継続している中、ガンヴォルトの病室は静けさなど微塵も感じない程騒がしかった。

 

「ちょっと!貴方!GVに抱きつきすぎなのよ!この前は私も流石に許したけど流石に我慢の限界よ!」

 

「シアンさん、私は長い間ネフィリムの中に居たせいでとても人肌恋しいのです。大好きなマリア姉さんには会えないですし、マムも病で集中治療室に入ってしばらくは安静で面会出来ない。そんな寂しい今の状況は仕方ないじゃないのでしょうか?」

 

シアンにそう言いながらベッドの上で身体を起こすガンヴォルトのお腹に抱き付くセレナ。そんな状況であるが為に、シアンの怒りのバロメーターは常に振り切りっぱなしであった。

 

「そうだとしても!GVに抱きつく事ないでしょう!」

 

「シアンも落ち着いて。あんな状態だったし、誰かの温もりを感じたいと思うのは仕方ないんじゃないかな?」

 

セレナに抱きつかれながら苦笑いを浮かべるガンヴォルトはシアンにそう言った。

 

「仕方なくない!GVに温もりを求めるのは違うでしょ!」

 

シアンはガンヴォルトの言葉にぎゃあぎゃあと喚く。なんでそこまで怒る必要があるのか分からないと苦笑いするガンヴォルト。

 

そんな中、セレナが抱きつきながら視線を上げてガンヴォルトに問う。

 

「それで…お兄さんは…GVって呼ばれていますが、それがお名前なんですか?」

 

「名前はない。だからみんなにはコードネームで呼ばれているよ。聞いたとは思うけど、ガンヴォルト。それがボクの名前」

 

「じゃあ、シアンさんがいうGVってGUN VOLTの頭文字をとっていたものなんですね」

 

名前を聞いて納得したようにセレナが言う。

 

「なんて呼べば良いのか分からなかったので…じゃあ私もシアンさんと同じくGVって呼んでも良いですか?」

 

「別に構わないよ。ガンヴォルトでもGVでもどっちでも呼んで良いから。どっちもボクにとって大事なコードネームだし」

 

「わかりました!GV!これから宜しくお願いします!」

 

そう笑顔で言うセレナ。

 

「宜しく。もう遅いかもしれないけど、ボクもセレナって呼ばせてもらってるけど大丈夫かい?」

 

「全然構わないです!むしろ、これから沢山呼んで下さい!」

 

そう言って更に抱きつく力を強めるセレナ。

 

「何が沢山呼んで下さいよ!下心見え見えなのよ!と言うか!いつから!貴方はいつからそんなにGVに懐くような要因があったの!?」

 

「懐くなんてとんでもないです。懐くなんてそんなものじゃありません。私にとってGVは絶望の淵に立たされていたのに、救ってくれた人なんですよ?それに、あんなにボロボロになってでも助け出そうとする姿を見てしまったら、そう思わないのもおかしくないんじゃないんですか?」

 

「グッ!?」

 

セレナの言葉に対してシアンもその様な状況であった為に何も言い返せない。

 

「何を言いたいのかさっぱりだけど、そろそろ離れて欲しいんだけど…そろそろボクも検診が…」

 

「嫌です!まだこの温もりから離れたくありません!」

 

「だから!いい加減にしなさーい!」

 

シアンの叫びが木霊する。と言ってもガンヴォルトやセレナにしか聞こえない為に、誰も注意する事もない。

 

ガンヴォルトもガンヴォルトで拒みもしない為に、更に厄介な事である。

 

だが、それもしばらくしてガンヴォルトの検診が始まった為に、泣く泣くセレナもガンヴォルトから離れるのであった。

 

「貴方はGVに接近禁止!分かった!」

 

「それはシアンさんが決めるのではなくてGVが決める事だと思います。それに、私にはセレナと言う名前があります。私はシアンさんともこれから一緒ですし、仲良くしたいです。だから、これからは名前で呼んでくれると嬉しいんですが」

 

「だったら!貴方も少しは自重しなさいよ!」

 

検診中でも木霊するシアンの叫び。だが、検診中の医師には聞こえない為、ただガンヴォルトは苦笑いを浮かべるばかり。

 

何をそんなに自重しなければならないんだろうか?と相変わらずの鈍感さを発揮するのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

〜再会〜

 

二課の施設の中で依然として拘留されるマリア、切歌、調の三人。

 

だが、以前と比べ、明るい雰囲気であった。

 

何故なら、自分達を縛っていたアシモフの存在が完全にいなくなった事。そしてアシモフを終わらせたと知らせてくれ、出口無き異界、バビロニアの宝物庫から帰還したガンヴォルトの存在が三人を暗雲から抜け出させてくれたのだ。

 

そしてそんな雰囲気の三人に来客が訪れる。

 

その姿を見て真っ先に走り出したのはマリア。

 

そして来訪者に抱きつくと本当に無事な事を喜ぶ様に強く抱きしめた。

 

「良かった…本当に良かった」

 

「帰って早々に寝込んでごめんね。ちゃんと約束通り、終わらせたし、弦十郎の言伝を聞いたから無事を知らせに来たよ」

 

「無事で良かったデス!」

 

「本当に良かった!」

 

そんなマリアに続いて切歌と調もガンヴォルトに近付いて本当に無事な事を自分の事の様に喜んで抱きついた。

 

そしてガンヴォルトの無事を確認した三人。だが、時間が経っても中々離れない三人にガンヴォルトは苦笑いを浮かべる。

 

最近はみんなどうしてこうなんだろうかと思うガンヴォルト。

 

そんな時間が結構経ってからも離れない三人にガンヴォルトは言った。

 

「そろそろ離れてもらっても大丈夫かな?カメラでこんな状態をずっと見られているのも恥ずかしいし」

 

ガンヴォルトが言葉を発するとマリアがハッとなり、今の自分の状態を思い起こし、顔を赤らめてさっと離れた。

 

「ごめんなさい…嬉しくてつい…」

 

「大丈夫だよ。でもそれだけ心配をかけたみたいで本当にごめんね」

 

そして未だ抱きついた状態の切歌と調の頭を撫でて二人にも離れる様に促す。

 

二人もガンヴォルトから名残惜しそうに離れる。

 

「一応、無事の報告は済んだと思うから今後の事を話させて貰うけど、現状は君達三人はまだこのままの状態がしばらく続く。だけど悲観しないで欲しい。君達の完全な自由とは行かないけど、ある程度自由を保障する為に尽力するから」

 

ガンヴォルトは三人の状況がこのまままだしばらく事を伝え、それでもある程度の自由を手に入れるに尽力してくれる事を伝える。

 

「ありがとう、ガンヴォルト。こんな私達の為に動いてくれて」

 

「こんな、なんて言わない。ボクの仕事でもあるし…それに、こればかりはボクが今度こそやらなきゃならない事だから」

 

何処か含みのある言い方をしたガンヴォルト。何を含んでいるかは三人には分からない。だが、それでも三人にとっては嬉しい限りであった。

 

「ありがとうデース!ガンヴォルトさん!」

 

「ありがとう、ガンヴォルトさん」

 

そう言われて大した事じゃないと返す。だが、それよりも。

 

「さん付けしなくても別に良いのに」

 

今までガンヴォルトと呼び捨てだったのに急にさん付けされてガンヴォルトも戸惑ってそう返した。

 

「いやいや!敵として対峙してた時はそうデスが、私達を救ってくれて、こんなに…こんなに?」

 

「尽力じゃ無いかな?切ちゃん」

 

「そうでした!尽力している人を流石に呼び捨てするのは気が引けるデス!」

 

切歌がそう言って言葉が出て来ず言い淀むと調がフォローしてそう言った。

 

ガンヴォルトは別に気にもしないが、響や未来がそう呼んでいるのでそれで良しとする。

 

「二人がそうで良いのなら構わないよ。まあ、今日は仕事の話はここまでにしようか」

 

そう言ってガンヴォルトは話を切り上げると一度部屋から出て何かを持ってくる。

 

「この匂いは!」

 

「食べ物!」

 

切歌と調がガンヴォルトの持ってきた何か、バスケットからほんの少しだけ漂う匂いに気付いて嬉しそうに寄ってくる。

 

「ボクが心配をかけてたからあんまり食事が喉を通らなかったって聞いていたからね、そのお詫び。日本食の方が胃に優しいものがあったけど、三人の口に会うか分からなかったから胃に優しい物を挟んだサンドイッチだけどね」

 

そう言ってガンヴォルトはバスケットからラップに包まれたサンドイッチを取り出す。

 

「い、良いんデスか!?」

 

「本当に貰って大丈夫?」

 

「君達の為に作ったんだから構わないよ」

 

ガンヴォルトがそう言うと切歌と調はパァと嬉しそうな表情を浮かべてサンドイッチを受け取った。

 

「ご馳走です!」

 

「最近心配でまともに喉を通らなかったからお腹いっぱい食べれる」

 

「ここの食事も栄養とかしっかり考えられているし、美味しい筈だと思うけど…それに、あくまで小腹を満たすだけの量だからガッツリはないよ」

 

「それだけ貴方が心配だったのよ。助けてもらったのに、それなのに消えちゃったんだから」

 

「その節は本当に申し訳ない」

 

マリアの言葉に再度謝るガンヴォルト。そしてマリアにもサンドイッチを渡してサンドイッチを美味しそうに頬張る三人を見ながらガンヴォルトは魔法瓶からスープを紙コップに移してそれを三人に渡す。

 

「こんな美味しいもの久し振りデス!」

 

「携帯食料やインスタントよりも美味しい」

 

「本当にそうね。こら!切歌、小さいからって頬張りすぎよ!」

 

美味しそうに食べる三人。そんな切歌が美味しいと言いながら一気に飲み込んだ為に喉に詰まらせる。

 

「だから言ったのに」

 

「まだあるからゆっくり食べなよ」

 

そう言って切歌に水を差し出して背中をさするガンヴォルト。

 

「でも、本当にこんなに美味しい物久々だったものデスから」

 

「それは良かった…ん?久々?それに携帯食料にインスタント…」

 

久々という言葉に何か引っ掛かりを覚えたガンヴォルトはまさかと思い、新しいサンドイッチを切歌と調に渡して、嫌な予感がした為にマリアにも渡すついでに聞いた。

 

「まさかとは思うけど…敵対してた頃ってまともな食事も買ってなかったの?というかあの人の事だからほぼそうだった?」

 

「ええ、貴方達と敵対していた頃はまともに買い出ししても買うものも指定されていたから…アシモフは食事は携帯食とサプリメント、Dr.ウェルに至ってはお菓子ばっかり、私達に回せるお金で買えたのはインスタントくらいよ」

 

そう言うとガンヴォルトは何処か全くと呆れた表情を浮かべた。

 

内容はインスタントに携帯食料、足りない栄養はサプリメント。まだ成長期の子達がいる中でそんなものばかり。

 

かつての世界の事が蘇る。

 

アシモフが差し出す食事、栄養が取れるが美味しくない携帯食料。あの味に慣れればどうって事ないが、それでも成長期の子達がいるのにそれは無いだろうと溜息を吐いた。

 

何かを察したマリアも、乾いた笑みを浮かべる。

 

「貴方も苦労してたのね」

 

「…君達もね」

 

互いに乾いた笑みを浮かべる。

 

「これからはいっぱい美味しいものを食べさせてあげたいよ」

 

その苦労を知る一人としてガンヴォルトはそう呟いた。

 

「本当デスか!?」

 

「他にも食べられるの!?」

 

その言葉に反応する切歌と調。

 

「ああ、自由になったら美味しいものを沢山作ってあげたり、食べさせに行ってあげるよ。というかそうさせてくれると助かる」

 

苦労を理解している為にそう言った。

 

「やったデス!ガンヴォルトさん!約束デスよ!?」

 

「約束」

 

「うん、約束だ」

 

期待の眼差しを向ける二人へとそう言ったガンヴォルト。そしてマリアにも。

 

「ありがとう、ガンヴォルト」

 

そう言って微笑むマリア。

 

「苦労したんだからこれくらいさせてもらうよ」

 

そう言ったガンヴォルトは食べながら嬉しそうにする切歌と調を見てそう言った。

 

「それに、今後はマリアとも話さなきゃならない事が沢山あるからね」

 

「そうね、ある程度自由を取る為にも協力させてもらうわ」

 

「ありがとう、それ以外にも色々話さなきゃならない事もあるし」

 

「?他に何かあるの?」

 

「一緒に住むことになるし、説明をした方がいいからさ」

 

「なっ!?」

 

その言葉にマリアが素っ頓狂な声を上げる、顔を赤らめた。

 

ガンヴォルトはなんで言ったのだ?一緒に住む?どういう事?というか自由を手に入れるとガンヴォルトと一緒に住む事になるのか?それはどういう事なのか理解出来ないマリア。

 

というか、なんでそんな話になるのだ。いや、確かにマリアからしたらガンヴォルトという男は気になる人物であったりする。

 

絶望から何度も救ってくれた恩人であるし、それに、今まで出会った男性の中で最も信頼出来るし、それに正直、気にはなっている。そんな男性にそう言われて狼狽えない訳がない。

 

「まっ、待って!そう言うのは気が早いというか何というか…もうちょっとお互いを知ってからというか…」

 

そう言い淀むマリア。

 

「?確かに少し不安があるのは分かるけど、それでも説明しなきゃならないんだよ」

 

「だからってそんないきなりは…」

 

「いきなりで悪いとは思っているよ。でもセレナとシアンが一緒になって、今までと違ってセレナからシアンがあんまり離れられない以上仕方ないんだ」

 

「…はっ?」

 

その言葉に再び素っ頓狂な声を上げるマリア。

 

自分の早とちり、その事に恥ずかしくなる一方、目の前のガンヴォルトに対して少しだけ怒りをぶつけたくなった。

 

「そういう事はちゃんと主語をつけて話してよ!勘違いしたじゃない!」

 

「何を勘違いさせたかは知らないけど、主語をつけなくてごめん」

 

急に怒鳴られてたじろくガンヴォルト。そして自分にも非がある事をすぐに謝る。

 

「ガンヴォルトさんってなんか抜けている所あるデスね」

 

「確かに、一瞬なんかガンヴォルトさんと同居する流れに思った」

 

「そういう事か…それでもボクはいいけど、流石に部屋はもう満杯だからそれは出来ないかな?奏とクリスと住んでいるし」

 

「待って!さらっと爆弾発言してない!?あの子達高校生でしょ!?というかそれってあの子達からしたら同棲と変わらないじゃない!?」

 

「同棲って彼女や婚姻関係の人と住む場合でしょ?あくまで同居であってそんなんじゃないよ」

 

「それでもあの子達にしたらそんな感じじゃないでしょう!」

 

マリアはガンヴォルトの現状に驚き、声を荒げた。と言うかそんな状況で普通に過ごすガンヴォルトの鈍さにどこまでと感じる。

 

「ガンヴォルトさんって結構な鈍ちん?」

 

「何が鈍いんデスか?調?」

 

「いずれ分かるよ、切ちゃん」

 

マリアがガンヴォルトに何やら色々と言う中、それを見る調はその状況を把握してただ、そう吐露のであった。切歌は切歌で何でマリアは怒っているのだろうと疑問符を浮かべる。

 

そして一方、検査入院が未だ続くセレナ達。

 

「また何か嫌な予感がする」

 

「シアンさん、私も何か感じます」

 

何かを察した二人がそう呟いた。

 

「主にGVの件で!」

 

そして同時にそう声を上げるのであった。



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12mVOLT

〜お見舞い〜

 

「ただの栄養失調だからそんなに心配してお見舞い来なくても大丈夫なのに…」

 

ガンヴォルトがお見舞いに来た装者達にそう言った。

 

「だったら私達に心配かけ過ぎない事だな。今回どれだけ心配させていたか再認識しろよ」

 

「全くだ。ここ数日にお前何回入退院繰り返しているかしっかり考えろ」

 

「奏や雪音の言う通りだ。今回の敵がアシモフと言う強大だった故に仕方ないのかも知れない。だが、それを加味してもガンヴォルトは心配をかけ過ぎている」

 

「そうですよ!今回の件に関してはみんなどれだけ心配したと思っているんですか!何度も危なくなったり居なくなったりして!挙げ句の果てに決着をつけたと思ったのに消えちゃって!目の前で消えたていくのをただじっと見させられた私なんてずっと泣いてたんですからね!」

 

「みんなの言う通りです!心配されたく無かったら入院なんてしてません!」

 

装者全員に言葉の袋叩き似合うガンヴォルト。しかし、装者達の言葉は真っ当なものであるために、ガンヴォルトはただ申し訳ないと謝るばかり。

 

確かにガンヴォルトは今回の件に関してはここ数日で入退院を繰り返し過ぎている。その結果がこうなのだろう。

 

点滴を受けて快復に向かっていても今までの事態が装者達を不安にさせていたのだ。装者達が言う様に心配をかけ続けていたのだ。故にガンヴォルトはただその心配を受け入れなければならない。

 

「本当に悪かったよ…みんなに心配をかけすぎて…何度も死にかけたり、消えたりして…」

 

ガンヴォルトの本当に悪かったと謝る姿勢を見て許してしまいそうになる装者達。だが、本当にそれでいいのか?こう言う時にこそ、何か約束を取り付けるべきではないかと邪な願いを抱いてしまう装者達。

 

許そうか、許さないかガンヴォルトを思う装者達は悩む。

 

だが、その中でそんな邪な願いを持たない真っ直ぐな装者、響が言う。

 

「だったら今まで通り、私達が尊敬出来るガンヴォルトさんのままで居て下さい。どんな絶望にも諦めず、何があってもガンヴォルトさん自身が望む正義の為に雷撃を纏い、打ち破る姿を」

 

響はそう言った。

 

そんな真っ直ぐな言葉にガンヴォルトも約束すると言う。

 

そんな響とガンヴォルトのやり取りに何とも恥ずかしい気持ちにさせられる装者達。邪な願いを考えていた事を恥ずかしく思う。

 

「それと、私達、聞いてませんから。帰ってきたら言って欲しい言葉。あの時はシアンちゃんとセレナちゃんには言ってましたが、私達に向けて言われてないです」

 

響はそう言った。

 

「確かに…私達には言ってないな」

 

「帰ってきたら言うのが当たり前なのに、私達に対してそれ言ってないな」

 

「そうだな。あれだけ心配かけたのに一言もないなんて悲しい」

 

「確かに…あれだけ心配させたのに、流されるのは…」

 

奏、クリス、翼、未来が響の言葉にハッとなり、何かを言って欲しそうにガンヴォルトを見る。

 

ガンヴォルトもみんなに心配もかけてそんな大切な事にも気付かなかった事に申し訳無さそうにする。

 

「響の言う通りだね…帰ってきたのに…そんな単純な事だけど、大切な言葉を忘れてしまっていたよ…」

 

そしてガンヴォルトは改まってみんなの方へと向いて言った。

 

「遅くなってごめん…ただいま…心配かけたし、またこんな状態だけど…ちゃんも帰ってきたよ」

 

ガンヴォルトはそう言った。その言葉を聞いた全員がそれに対して笑顔を浮かべる。

 

「お帰りなさい、ガンヴォルト」

 

「お帰りなさい、ガンヴォルトさん」

 

その笑顔に釣られてガンヴォルトも笑みをこぼす。

 

「でも、心配をかけたんですから何か一つくらいは言う事聞いてもらいますからね」

 

そして響は後からそう言った。

 

まさかの言葉に響を見る装者全員。そして装者達にサムズアップする。どうやら響は他の装者達の気持ちを汲み取っていたのだろう。と言うか、なんかそんな感じの考えをしているんだろうなと思っていた為に、そう付け加えたのだろう。もしくは、先ほどの間にあっ、どうせこんな考えだろうなと察していたのか。

 

とりあえず、アシストした響にみんなは感謝しつつ、ガンヴォルトの答えを待つ。

 

「構わないよ。今回の件ではみんなにすごく迷惑もかけたし、ボクからそうさせて欲しかったところだよ。ボクに出来る範囲の事だけど、可能な限りなお願いは聞くつもりだから」

 

ガンヴォルトは響の言葉にそう答える。

 

「みんなにはすごく励まされたし、それのおかげで何度も救われたからね。ありがとう」

 

その言葉に照れくさそうにする装者達。

 

そして各自ガンヴォルトと約束を取り付けた事で心配が解消されるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

〜検査中の出会い〜

 

未来も今回の件で、LiNKERでシンフォギアを纏った事により、しばらくは検診を受けなくならなくなった為に、病院に訪れていた。

 

「未来やっぱりどこか悪いの?」

 

心配で付き添いで来てくれた響。響が何処か不安そうに聞く。

 

「大丈夫だよ。あの後に特に後遺症はないって説明あったでしょ?それに奏さんとかも受けてる検診だから問題ないし、私は何ともないんだから」

 

心配そうな響に未来が大丈夫と安心させる様に言う。勿論、現状ではあるのだが、今はもう何ともない。

 

「あっ!響!未来!」

 

病院の検診待ちで待機所で待っていると見知った声が聞こえた。その声の方を振り向くとシアンが嬉しそうに近づいてきているのだった。

 

「シアンちゃん」

 

そして響も声を出してシアンの名前を呼ぶ。

 

「あっ、未来は見えてないから響、携帯出して」

 

「そうだった」

 

そう言って響は自身の携帯を出そうとする。

 

「大丈夫だよ、シアンちゃんを私も見える様になっているから」

 

「えっ!?未来も私が見えるの!?」

 

「未来!シアンちゃんが見えるの!?」

 

「何で響まで驚いているの!?」

 

未来の言葉にシアンと響が驚き、何故響まで驚き、知らなかったのかシアンがツッコミを入れる。

 

神獣鏡(シェンショウジン)を纏ってからなんだけど、シアンちゃんの存在を認識出来る様になったんだよ」

 

「そうだったの!?と言うかそう言うことは早く言ってよ!」

 

「だって私もシアンちゃんが見えるの気付いたのはガンヴォルトさんのお見舞いにシアンちゃんが入ってきた時だもん。あの状況で言うのも気が引けたから」

 

シアンが早く言って欲しかったと未来に詰め寄るが、未来が初めてシアンを肉眼で見たタイミングが言いづらいタイミングだったために、今カミングアウトしたと言う。

 

「でも、それならこれからは未来も普通に接する事が出来るのね」

 

そう言って自分が見える存在が増えた事に嬉しそうにするシアン。

 

「ところでシアンちゃんがいるのにあの子は?」

 

響がそう言った。

 

それはセレナの事。シアンと融合した少女。ガンヴォルトの時とは違い、あまりセレナと距離が離れられないと聞いている故に響はそう言った。

 

「セレナも検査で一緒だったんだけど…」

 

そう言ってシアンは自分が来た方を見ると話に入るタイミングを伺いながら離れた所に待つセレナがいた。

 

シアンはそう言えば会った事はあっても、挨拶も交わしていない人達。響と未来に自己紹介すらしていないと思い出して、セレナを呼んだ。

 

「セレナ、貴方もこっちに来なさいよ」

 

シアンがセレナを呼ぶと話の輪に入れると思い少し急ぎ目にやってくる。

 

「初めまして…ではないですが、マリア姉さんの妹のセレナです」

 

「確かにそうだ!じゃあ改めて、セレナちゃん!私は立花響!」

 

「私は小日向未来です」

 

互いに自己紹介をする三人。

 

「立花さんに小日向さんですね。よろしくお願いします」

 

そう言って丁寧に頭を下げるセレナ。

 

「みなさんのお陰で私はこうしてまた生活が出来るようになりました。本当にありがとうございます」

 

「そんな畏まらなくていいよ!それにお礼を言うのは私の方なんだ!」

 

響はセレナに助けられた事があるためにかつてシアンに言ったようにお礼を言う。

 

「私が怒りに飲まれて自分じゃなくなった時に、セレナちゃんの言葉で助かった事があるんだよ。だから私の方こそありがとう。私を助けてくれて」

 

「私からも、ありがとう。響を救ってくれて」

 

そう言われて照れるセレナ。そんな事があったんだとセレナにやるじゃないと褒めるシアン。

 

「そんな事ないですよ。あの時は私も突然意識が戻って…何が起きているのかよくわからなかったですし…でもあの時はなんとかできないかって無我夢中で…」

 

「それでもだよ。セレナちゃんのお陰で私はなんとかなったんだもん。だからありがとう」

 

二度目の響のお礼。その言葉にセレナもはにかんだ。

 

「そこまで言われると恥ずかしいです。でも、私も皆さんに助けられたのでおあいこです」

 

そしてそこからは未来の検査が始まるまで四人で話し合った。マリアや切歌、調の事。今度は奏や翼、クリスの事を紹介するなどありきたりな話。

 

だが、そんなありきたりな話でもセレナにとってはとても新鮮なものであった。

 

マリアや切歌、調、そしてナスターシャ。姉と家族の様な関係であった人以外でこんなにも話をした事がなかったのだ。

 

新たな友人となった響と未来。そして融合してから話し相手となり、ガンヴォルトの事以外ではかなり親交の深くなったシアン。

 

再び生を得て、シアンと言う友人以外にもまた出来た。その事がたまらなく嬉しくなるセレナ。

 

そしてこれからもこういった事が続くと考えるだけでワクワクする。

 

手に入らないと思っていたもの。願っても叶わないと思っていたもの。それが今セレナは掴むことが出来たのだから。

 

だからこそ、大切にしたい。

 

「これからもよろしくお願いしますね、立花さん、小日向さん、シアンさん」

 

「何改ってるのよ?」

 

「そうだよ、セレナちゃん?」

 

「それでも言いたかったんだよ、ね?」

 

シアン、響がセレナの言葉に疑問符を浮かべるが未来はその気持ちを察してそう言った。

 

セレナも嬉しそうに頷く。

 

「そう言う事ね。どうせ一緒なんだから改まる事ないとは思うけど、よろしく」

 

「そうだね!こちらこそよろしく!セレナちゃん!」

 

「よろしくね、セレナちゃん」

 

三人もそう返して再び話に花を咲かせる。

 

他愛のない話でも、セレナにとってはとても有意義な時間になったことは言うまでもなかった。



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13mVOLT

〜再会〜

 

マリア達が二課に拘留されてから数日。その部屋に数人の来客が訪れた。

 

「マリア姉さん!」

 

「セレナ!?」

 

突然の訪問者に驚きつつ、そのまま入ってくるなりマリアに抱きつこうとするセレナを受け止めた。

 

「マリア姉さん!」

 

セレナは久しく会えなかったマリアの温もりを感じようと更にギュッと抱き付く。そんなセレナの感情に自身も感化され、マリアも涙を流してセレナとの再会に涙を流す。

 

そんな二人に切歌と調も涙ぐみながらも二人へと抱きついた。

 

「良かったデス!無事で良かったデス!」

 

「本当に…本当に良かった…」

 

セレナが蘇ってから、そしてマリア達が拘留されてからの久しくの再会。そんな四人はただ歓喜をただただ感じ続けた。

 

そしてひとしきりその再会の喜びを噛み締めた後、セレナが入って来た扉が依然として開いたままな事に気付く。

 

そしてその開いた扉からゆっくりと入ってくるある人物を見てまた涙を流した。

 

「久し振りですね…マリア、切歌、調」

 

そこに居たのはあの戦い以来、入院して会う事のなかったナスターシャの姿だった。

 

「…マム…もう大丈夫なの?」

 

セレナ同様、会えた嬉しさはあった。だが、ナスターシャは病に冒されていた為に未だ病院で検査をしているとの話を聞いていたマリア。

 

「ええ、まだ本調子とはいきませんが、あの時よりも大分回復する事が出来ました」

 

大丈夫である事を告げるナスターシャ。その事にマリア、切歌、調が更に泣きじゃくる。

 

それもそうだろう。少しでも手遅れに立っていればナスターシャは未だにICUで治療を専念していなければならなかったのだから。

 

そしてナスターシャはゆっくりと四人の元へ向かう。そして優しく四人をゆっくりと撫でた。

 

「もう全員が揃うことはない…そう考えていました…ですが、こんな奇跡が起こったのですから、私も頑張るしか無かったのです…」

 

その言葉に全員が今度はナスターシャに優しく抱きついた。

 

全員の再会に、今までの時間を埋める様に。

 

そんな五人を影から見守る二人の姿。

 

「うー…セレナの感情が私にも伝わって来て涙が出てくるよ…GV」

 

「そうだね…シアン…それだけみんな嬉しいんだよ…かけがえのない存在がこうしてみんないるから…喜びを分かち合う事ができるんだから」

 

シアンはセレナと融合している事でセレナの感情に同調して、その泣きたくなるほどの歓喜をシアンも感じ取っていた。

 

そしてガンヴォルトも。その微笑ましい涙ぐましい再会に対して本当に良かったと笑みを浮かべ、そう思っていた。

 

五人の喜びを分かち合う姿を、ただ微笑ましく、五人が気が済むまでガンヴォルトとシアンは見守るのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

そしてようやく今までの時間を取り戻すかの様に喜びを分かち合っていた五人も少しは落ち着いた為、ガンヴォルトとシアンも部屋へと入る。

 

「ガンヴォルト、ありがとうございます。こうして連れて来てもらって」

 

入って来たガンヴォルトに礼を言うナスターシャ。そしてガンヴォルトの訪問にマリア達三人も驚きはしたものの、セレナとナスターシャがこうして二人で来る事は出来ないと思い、何処か納得した表情を浮かべた。

 

そして、

 

「ガンヴォルトさん!二人を連れて来てくれてありがとうデス!」

 

「ガンヴォルトさん!ありがとう!」

 

切歌と調が嬉しそうにガンヴォルトの方へと駆け寄る。

 

その後に続く様にセレナもガンヴォルトの元へと駆け出して抱きつく。

 

ついでにナスターシャには見えないが、セレナが抱きつくのを見たシアンは何度目かも分からない抗議をセレナにしている。

 

そしてそんな様子を不思議そうにする切歌と調。そしてあまり関わりは無かったが、シアンに興味を持ったのか色々と切歌と調はシアンへと話かけていた。

 

そしてその様子を離れたところで見るナスターシャ。

 

セレナはもう見ている為に分かっているとして、切歌と調の姿を見て少し驚くナスターシャ。かつて敵ではあったが、ガンヴォルトの人柄をこの数日間で知ったナスターシャはどこか納得はしていたが、ここまで二人が懐いている姿を見て不思議そうにする。

 

「ガンヴォルト…不思議な人ですね…あの二人がもうあれ程懐いているなんて」

 

「ガンヴォルトの人柄もあるでしょうけど、助けてもらったってのも大きいと思う」

 

ナスターシャの言葉にマリアがそう言った。

 

「そうですね。ガンヴォルトには多くの助力をしていた出しましたし…」

 

ナスターシャはガンヴォルトと見えてはいないがシアンと会ってはしゃいでいるセレナと切歌と調を見ながら微笑みながらそう呟いた。

 

切歌と調。アシモフに命を握られた所を救ったのがガンヴォルトなのだ。二度も救ってもらい、今でも自分とマリアも含めて罪を償う事を条件にある程度の自由を務めているガンヴォルト。

 

それに、助けられた事もあるが、今までにナスターシャ以外の信頼出来る様な大人と出会ってこなかった二人。

 

そんな中で家族の様な人を除いて初めて信頼出来ると二人が思ったのだろう。だからこそ、二人はガンヴォルトを信頼し、そしてそんな二人を受け入れてくれるからこそ、二人もガンヴォルトに懐いているのだろうとナスターシャは考えた。

 

そんなガンヴォルトに懐いている三人の微笑ましい光景に癒されるナスターシャ。だが、セレナだけ。ガンヴォルトに抱きついて幸せそうにするセレナを見てナスターシャは含みのある笑みを浮かべている。

 

「どうしたのマム?確かに微笑ましい光景だけど、それ以外の何か含みのある様な嬉しそうに笑みを浮かべて?」

 

そんな中、唯一隣にいたマリアがナスターシャに向けてそう聞いた。

 

「いえ、私は生きている間、可能な限り罪を償い続けなければならない。だからこそ、少しでも長く生きなければならないと思っていました」

 

ナスターシャはマリアに向けてそう言った。

 

「そんな悲しい事言わないでよ!マムにはまだ返せてない恩が沢山ある!」

 

「そんな悲しい事を考えていたつもりはありませんよ」

 

マリアの慌て様にナスターシャは悲しい事を考えていたわけじゃないと伝えた。

 

「なら…なんでそんな事を…」

 

「我が子の春が来るかも知れないのに…そんな嬉しい事を見ないで逝くなんて嫌ではないですから」

 

「はっ?」

 

ナスターシャの言葉にマリアが素っ頓狂な声をあげた。

 

そうしてマリアはガンヴォルト達の方を向く。

 

ガンヴォルト達も既に先程からマリアの慌てようから何が起こったのか離れたところで全員が頭に疑問符を浮かべていた。

 

マリアはなんでもないと慌てながらも大丈夫だと知らせる。

 

そして疑問を持ちながらも再度ガンヴォルトと話を続け始めた。

 

「ちょっとマム!?幾ら何でもあの子達には早すぎない!?と言うか、なんであの子達の誰かとガンヴォルトが!?」

 

「ありそうな事ではありませんか?セレナなんて特に。助けられた事もあってガンヴォルトにセレナは熱を上げているみたいですし、ガンヴォルトも拒まない所を見ると脈がない事は無さそうですよ?」

 

「だからってダメよ!いくらなんでも今のセレナには早すぎるわ!あの子は歳は近いかも知れないけど見た目はまだ子供なのよ!ガンヴォルトと不釣り合いじゃない!」

 

小声でナスターシャへとそう言うマリア。

 

「ですが、私からしたら気がつけば子供は成長するものです。いつの間にかお似合いな二人になるかも知れないじゃないでしょうか?」

 

そう楽しそうに言うナスターシャ。

 

「でもダメよ!いずれそうなるにしてもガンヴォルトだけは絶対に!いくら恩人だからと言ってもそれはダメよ!確かに彼の様な人なら安心出来るけども!大それでもまだそんなのセレナには早いわ!」

 

その言葉を聞いて何か気付くナスターシャ。

 

「なぜそこまで…もしかして…貴方もですか?」

 

「な、なんでそうなるの!?」

 

狼狽えながら言うマリアに笑いながら言う。

 

「何年一緒にいると思っているんですか?慌て方やそこまで頑なに認めない所を見るに貴方もなのでしょう?マリア?」

 

何処か悪戯っぽく笑うナスターシャ。

 

「貴方も助けられた身。貴方を絶望から救い出してくれた、貴方を命を、大切な家族を救ってくれた。そんなガンヴォルトに恋心を抱いてもおかしくはないでしょう?」

 

「…」

 

その言葉に顔を赤らめてそっぽを向くマリア。

 

確かにガンヴォルトに助けられて、そして大切な家族を救ってもらった恩は感じている。だからと言ってすぐにそう決めつけられたのにマリアは拗ねてしまう。

 

だが、そうであってもマリアの本心は確かにガンヴォルトに惹かれているのもナスターシャの言葉通りであった。

 

マリアからしたら男性は、研究対象としてしか見てこない人。歌手としてデビューして言い寄ってくる男いたにはいたが何処か下心を持っていそうな人が多かった。まともな人もいたかも知れないが、そう言った男性に出会わなかった。

 

故に、一切の下心もなく、ただ真っ直ぐに言葉を伝え、敵であっても救ってくれ、現在も尚、自分達の為に動いてくれているガンヴォルトにマリアは言葉では否定しても、惹かれている自分の思いだけは否定出来なかった。

 

「頑張りなさい。セレナもそうですが、あの方は多分ライバルが多いことでしょう。ですが、可能性は無きにしも非ずです」

 

マリアへとそう言ったナスターシャ。

 

「なんならマリア、既成事実でもいいですよ?春に加えておめでたい事も起こるなら私としてもとても喜ばしい事ですから」

 

「なっ!?何を言ってるのよマム!」

 

突然の言葉にマリアは二度目の素っ頓狂な声を上げた。

 

そして小声から大きな声に変わってナスターシャにマリアは色々と言い続けていた。

 

「マリアが何かマムに言っているけど本当に大丈夫なのかな?」

 

「でもマリアは大丈夫って言ってたデスよ?」

 

「流石に止めた方がいいのかな?」

 

そんなマリアの様子を見て切歌、調、ガンヴォルトが少し不安そうにしている。

 

その三人とは別に何かを感じていた二人。

 

「むむむ…なんかあっちはGVが居ないのに嫌な感じしかしないんだけど…」

 

シアンが不機嫌になりながらそう言った。

 

「マムとマリア姉さんの話は聞き取れませんが…嫌な予感しかしないです」

 

何処か不安と不満を持ちながら言うセレナ。

 

こう言う時に限っては何故か二人はかなり鋭くなるのであった。



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14mVOLT

〜調との約束〜

 

再度の拘留されたマリア、調、切歌達との取り調べに訪れていたガンヴォルト。

 

それと同じく取り調べではなく面会に訪れていた装者達。

 

しかし行われているのは面会や話し合いなどでは無い。

 

そ何故か響と未来、マリア、切歌、調以外の装者達に囲まれる様にガンヴォルトは正座していた。

 

「忘れてはいないが、もうある程度時間も経った事だし、あの時の言葉の意味を教えてもらおうか、ガンヴォルト?」

 

怒気を孕む声を出す翼。

 

「そうだな。貴方と共に歩む未来…だったか?」

 

翼ほどではないが静かに怒りを見せる奏。

 

「事と次第によっちゃ、お前をおっさん達に引き渡さねぇといけねぇからな」

 

そして二人同様に怒りを見せるクリス。

 

「いや、なんで君達はそんなに怒っているの?ボクにとって調との約束は特に重要なわけだけど…それの何処に君達を怒らせる要因が…そしてそこで何で弦十郎の名前が出てくるのさ?」

 

「ガンヴォルトが悪い以外何があると言うの?それで、その約束はなんなのかと聞いているのだけど?」

 

翼がガンヴォルトに向けて物凄い圧を押し付ける様に言った。

 

「ガンヴォルトに聞くのもいいが、どうせガンヴォルトが言葉にすると確実に拗れるだろう。だったら約束を結んだ当事者に聞く方が早い」

 

そう言ったのは奏。そして奏は少し離れた方にいる調の方をみる。調は頭に疑問付を浮かべている。だからマリアへと視線を向ける。

 

「調、貴方…ガンヴォルトと何を約束したの?」

 

奏の視線を受け取ったマリアが、調に対してそう聞いた。

 

「ガンヴォルトと将来の約束をしたよ」

 

なんの捻りもなく調がそう言った。

 

まるでプロポーズの様な言葉を言われた様に話した調。

 

その言葉に狼狽えるマリア。そしてそれを聞いた三人はガンヴォルトに詰め寄った。

 

「どういう事だ!ガンヴォルト!」

 

「お前!あの子が好みなのか!?」

 

「お前!私達くらいならまだしも流石に通報案件だからな!」

 

焦りと怒りを見せる三人。そしてなんとなく語弊があるんだろうと思う響、そしてガンヴォルトに詰め寄りはしないものの固まった未来。

 

そして調の言葉に驚きを隠せない切歌。

 

「ど、どういう事デスか!調ぇ!一体いつからガンヴォルトさんとそういう関係だったデスか!?」

 

「そうよ!調!貴方!ガンヴォルトと何を約束したの!?」

 

ガンヴォルトは三人に詰め寄られて何故通報と弦十郎達に引き渡されなければならないのか分からないと思いながら三人を宥めるが、逆効果であり、何の意味もない。

 

そして調の言葉にマリアと切歌に詰め寄られる調は毅然として答える。

 

「ガンヴォルトさんと私、二人にとってすごく大切な約束をしたの。ガンヴォルトさんと二人でそう誓ったから」

 

大切な約束。それはフィーネとの約束。調にとっては助けてくれた大切な恩人であり、フィーネが見れない為にこの目でガンヴォルトが望んだ世界を見ると約束を誓った人物。

 

そしてその約束は確かに大切な事。しかし、大切な約束であるが、調も調で大切な部分を言っていない為に、話を更に拗らせてしまった。

 

そして何故かマリア、切歌も調をガンヴォルトと共に正座させられる」

 

「何でみんな怒るのか分からない…」

 

「話したのになんで…」

 

「ガンヴォルトさんに調ちゃんも、言葉足らず過ぎるからじゃないかな?」

 

理不尽だと思う二人がそう呟くが、響がそれに対してため息を吐きながら二人に向けて言った。

 

「それで、二人は何を約束したんですか?」

 

固まっていた未来もようやく言葉を発せるまで戻った為、不安に思いながらも事と経緯を詳細に求める。

 

そう言われたガンヴォルトと調が顔を見合わせた。

 

それに対して更に不安と怒りが募る一部の装者達。それを察した調が怖がりながら堪える。

 

「…フィ、フィーネとの約束…」

 

「マリアと切歌は知らないとしても、みんなは知っているだろう?ボクとフィーネの約束」

 

そしてガンヴォルトがみんなに向けて説明する。

 

「そうだったのか…」

 

それを聞いた全員は納得した表情をする。亡きフィーネの約束。それをガンヴォルトは依然として果たそうとしている。そして調はガンヴォルトが将来に望んだ未来を見る事を約束した。

 

だからこそ、二人にとって大切であり、叶えなければならない願いという事。

 

それを聞いた一部装者達は胸を撫で下ろす。

 

フィーネの願い。それはかつては世界を一つにすると言うもの。だが今は、ガンヴォルトが望む、平和な世界。それを見届ける事を調がフィーネから受け継いだのだから。

 

それを理解した全員は調は許されて解放する。だが、ガンヴォルトも解放されると思い立ちあがろうとするが、ガンヴォルトだけは駄目だと言われて何でと言おうとしたが、意を唱える事すら出来ない圧をかけられ、黙って正座を続けた。

 

あいも変わらず言葉足らずのガンヴォルトに向けて静かに怒りながら翼が言う。

 

「ガンヴォルト…貴方はどれだけ話の内容に言葉足らずか理解しているの?」

 

「いや、ボクは説明は出来ていると」

 

「いいえ、貴方は出来てないわ。貴方と会話していて、主語が出てくるのは結構後よ。それが引き起こしていると貴方は理解出来てる?」

 

出来ていると言うガンヴォルトに対して、それを否定するのはマリア。マリアもガンヴォルトのその説明不足な部分につい最近困らされた為に、翼に同調する。

 

「そう言う事だ。報告書とかしっかりしているのにそう言う会話での説明は下手なんだからもっとしっかりしてくれよ」

 

奏は先程と違い、安堵しつつ呆れながらもそう言った。

 

「全くだ。本当にそう言うところだぞ」

 

「そうですよ。ガンヴォルトさん」

 

クリス、未来も続けて言う。

 

「…気をつけるよ」

 

そう言ったガンヴォルトだが納得していない。しかし、今までの経験からここでも変に言葉を濁すとまた終わらない謎の説教が続くと思った為に、そう言った。

 

そう言うところは理解出来るガンヴォルトだが、恋愛感情に対してはどうしようもなく気付けないその鈍感さにほとほと呆れるしかない。

 

「気をつけてね、ガンヴォルトさん」

 

「調もそっち側だったんデスから、調はガンヴォルトさんには言えないデスよ?」

 

調がガンヴォルトに注意するのだが、今回調もそっち側だったので切歌が調に対してそう言った。

 

「そんな〜…」

 

「そうね、今回は調もガンヴォルト同様悪いわ。だから、ちゃんと説明出来るようにね」

 

項垂れる調を慰めるマリア。

 

「気をつけるデスよ、調」

 

マリアと同様に、調を慰める切歌。

 

そうして装者達はガンヴォルトと調との約束が安堵しながら、一人を除いて全員が溜め息を吐きながらも親交を深めるのであった。

 

「…で、ボクはいつまで正座を?」

 

「ガンヴォルトさんがある鈍感さに気付くまでじゃないですか?」

 

「…前から思うけど、よくわからないタイミングで響はボクに対して塩対応になってない?」

 

「ガンヴォルトさんが悪いとしか言いようがないのでと言いたいところですが、今回というか何と言うか…ただ、いい加減にみんなの想いに気付いて下さい。善処するって言いながら何も進歩してないじゃないですか…まあ、その想いがあるのに打ち明けられないみんなも悪いとは思いますけど…」

 

呆れながらも、最近はガンヴォルトが悪いと思いながらも、みんなも悪いのではないかと思い始めている響。

 

伝えれば良いのに伝えきれない想い。

 

それが互いにそれを恥ずかしがって伝えていない。

 

故に今の現状なんだろう。

 

そう考えるとガンヴォルトもあからさまな想いに気付がない事も悪いが、みんなも悪い。だから響は溜め息を吐いた。

 

だが、そんな態度を示しても分からないと言う顔のガンヴォルト。

 

「もう私は諦めていますが、自分が蒔いてきた種なんですからね?上手く摘んで納めて下さいね」

 

「…?」

 

ガンヴォルトは分からないと言うふうに疑問符を浮かべる。

 

「上手く摘むって…どう言う事なんだい?」

 

「ガンヴォルトさんが気付いて答えを出さなきゃいけない事です。だから、日常でも戦闘の勘と同様にしっかり活かして下さい」

 

「…戦闘と日常じゃ緊張感も違うから難しいけど…頑張るよ」

 

そう言ってガンヴォルトは努力して貰う事を確約する。そしてその言葉を気に立ちあがろうとする。

 

「だからと言ってもういいってわけじゃないんでまだ正座したままですよ」

 

「…はい」

 

ガンヴォルトはただ響にそう言われても項垂れながらも正座を続けるのであった。

 

「ガンヴォルトさんっていつまで正座させられっぱなしなんデスか?」

 

「切ちゃん…あの話題でも何となく察せない?」

 

「デス?それとこれとは話が違うんじゃないんデスか?」

 

そして切歌のみ、この現状を未だに理解出来ていなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「本当にガンヴォルトって恋愛初心者どころの話じゃないわよね」

 

監視という名目の勾留所のカメラで様子を見ていたあおいが溜息を吐きながらそう呟く。

 

「いや、今更じゃないですか、それ。こんな状況でも響さんがあれだけヒントを出しているのに分からないとか、もう呆れるしかないし、こっちもこっちで正直言うとガンヴォルトの為にならないし…とか言ってもガンヴォルトが気付くなんて天地がひっくり返らない限りあり得ないと思いますよ…本当にあんなのが存在するのは漫画か小説の中だけと思っていましたけど…実際に目の前にいますからね…」

 

その言葉に賛同しながらも朔也も呆れながら同様に溜息をつく。

 

「今に始まった事じゃないだろう。ガンヴォルトの朴念仁は」

 

「そうですね。前の話を掘り返しても、まだ小さいし、翼さんも否定してたんだからとか言ってましたし、今は違いますと言いたかったですね」

 

「なんですか?その話って?」

 

弦十郎も溜め息を吐き、慎次も翼が助けられた時に言った言葉を思い出しながら苦笑いを浮かべていた。そしてその話を知らない朔也が慎次に聞く。

 

「ガンヴォルト君がまだ中学生の時にあった話です。お二方がまだ配属前なので七年前ですかね?ガンヴォルト君に救われた翼さんがガンヴォルト君に対してプロポーズにもとれる言葉を言った事があったんですよ」

 

「あの翼さんが大胆な行動を…」

 

朔也とあおいの配属前の話。二人は興味がそそられて慎次に詳しい内容を聞く。

 

「本当にそんな事が…と言うかその時に司令が取り乱すなんて…」

 

「まだガンヴォルトとは少し距離があった時だからな。今ならばそう言わずに俺は喜んでガンヴォルトに任せるだろうな。まぁ、俺は良いとしても翼を大事にしている俺の上の兄弟はどう出るか分からんがな」

 

苦笑いを浮かべる弦十郎はそう言った。

 

「そんな事があったんですね…と言うか、そんなに長く思われているのにあの男は…」

 

あおいがそれを聞いて青筋を浮かべながら画面に正座をした状態で映るガンヴォルトを見る。

 

「まぁまぁ。どっちもどっちなんじゃないですか?ガンヴォルトもここまで鈍い事も問題だし、そんな事があったのに翼さんも翼さんで拗らせたの事も原因の一つだと思うし」

 

「…藤堯君のその俯瞰した見方も正直ムカつくわ」

 

「なんでそうなるの!?」

 

あおいが朔也に対してそう言った。

 

「まぁまぁ。取り敢えず、人生の先輩として優しい目でここはとにかく見守りましょう」

 

「そうだな…ただ、あの鈍感さだけはどうにかせねばならんからそこだけは大人としてさり気無くちょっかい出して少しでも気付くように仕向けるとしよう」

 

弦十郎の言葉にその場の全員が頷いた。

 

ガンヴォルトを画面越しに見ながら四人は頷くのであった。

 

「…何か変な感じがするんだけど…気のせいか?」

 

そんな中、何故か画面越しのガンヴォルトはその思惑を知らぬとしても第六感が何かを感じ取った。

 

そして、

 

「…何か私の知らぬ所で私の話が出たような気がする…」

 

「…翼…電波系にでもなるつもりか?」

 

翼も何か感じ取ったのかそう呟いたが、その呟きを聞いた奏が少し心配そうに翼へとそう言うのであった。



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15mVOLT

お久しぶりです。


〜患者達の一幕〜

 

ICUから出てからナスターシャの病室にはセレナが度々お見舞いに来ていた。

 

「マム、身体の方は良くなっているの?」

 

不安そうにセレナがナスターシャの心配をする。ICUから出て、マリア達にも会いに行けるほど回復したのだが、それでもセレナは心配していた。

 

そんな不安そうなセレナに対してナスターシャは大丈夫と言う。

 

「確かに身体は未だ万全ではありませんが、快復に向かっています。以前に比べて充実した医療設備のおかげでなんとかなっております。それより、セレナの方こそ大丈夫ですか?後天的に第七波動(セブンス)能力者になって、何か異変など感じていませんか」

 

「大丈夫です!シアンさんと一緒になって異変なんて全然なくて問題ないですし、シアンさんと仲良くやってます!ねっ、シアンさん!」

 

セレナがナスターシャの問いに答え、虚空へと呼びかけた。ナスターシャには見えないが、セレナの向いた方向に電子の謡精(サイバーディーヴァ)の少女がいるのだろう。

 

現状セレナにしか見えないシアンの姿。どんな姿なのか分からないナスターシャはセレナに問いかける。

 

「セレナ、電子の謡精(サイバーディーヴァ)はどんな姿をしているのですか?」

 

第七波動(セブンス)名は電子の謡精(サイバーディーヴァ)ですけど…シアンさんをそうは呼んでほしくないです。それにシアンさんも不機嫌そうです」

 

セレナが不満そうにナスターシャに告げる。その言葉にナスターシャもセレナに対して謝罪する。その言葉にセレナがシアンに対して何か言ってどうやら許してもらえたらしい。

 

その事にホッとするナスターシャ。

 

だが、研究者として疑問になったことを、セレナにぶつけた。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)…シアンが見える原理とはどう言ったものなのでしょうか?ガンヴォルトや装者達には見えるのに対して、他の人は見えない。聖遺物がやはり作用しているのでしょうか?」

 

ナスターシャの言葉にセレナも確かにとその事に対して疑問を持つ。そしてセレナはシアンに対してどうしてか分かるか問う。

 

しかし、セレナの表情を見るに、シアンもそれについては分からないと読み取れる。

 

「マム、シアンさんも分からないんだって。でもGVから聞きましたが電子機器にシアンさんがそれに移ってくれれば誰でも見る事はできますよ!」

 

セレナがそう言った。

 

「そうですか…なら、この中に入る事は可能か聞いてみてもらえますか?」

 

ナスターシャが備え付けのテレビをつけるとセレナにそう言った。

 

セレナはシアンに対していいかどうか確認すると大丈夫だと言った。

 

そしてテレビの中に、シアンが映る。

 

蝶を模した服装、そして可愛らしい容姿の少女。ナスターシャがシアンを見てそう感じた。

 

「初めまして、になりますね。私はナスターシャと言います」

 

『…ど、どうも』

 

普段から歳の近い人とは喋り慣れているが、年上の人との対面になり、テレビに移ったのはいいが、何を話していいか分からないような雰囲気を醸し出しているシアン。

 

「初めまして、シアン」

 

ナスターシャはそんなシアンへと声をかけた。

 

「先程は申し訳ありません。貴方の力であり、ちゃんとした名前があるのに名前を呼ばないなど貴方にとってとても失礼な事をしてしまいました」

 

まず先程の事を頭を下げて謝罪からするナスターシャ。

 

「も、もう気にしていないから!あ、頭を上げて!」

 

シアンはそんな様子のナスターシャに対して申し訳ないと思いそう言う。

 

「ありがとうございます。ですが、こればかりは謝罪せねばなりません。大切な名前がある以上、その名で呼ばないのはとてもいいものではないので」

 

ナスターシャがそう言った。聖遺物を研究していて、フィーネという新たな宿主を見つけ出す為の実験に携わっていたからこそ、人の名という大切なものを理解しているからそう言った。

 

「…大丈夫だよ…もう怒ってない」

 

ナスターシャの心情を表情から、かつての自分に優しくしてくれた研究者と同じような表情をしていたナスターシャにシアンは本当に怒っていないとそう告げる。

 

「ありがとうございます」

 

その言葉にナスターシャもようやく顔を上げてくれる。

 

「そして、これからもセレナと仲良くしていただけますか?」

 

子を思う母親の様な表情のナスターシャがシアンにそう問いかける。その暖かな雰囲気にシアンも絆され、もちろんと承諾する。

 

「ありがとうございます、シアン」

 

そして優しい笑みをこぼすナスターシャ。

 

「お礼言ってばっかり。そんなの当たり前よ。セレナとはほとんど一緒なんだから」

 

ナスターシャ同様に優しく、だが、何処となく困った様な表情を浮かべる。

 

「良かったです。貴方の様な優しい方がセレナといてくれて。これからもよろしくお願いします」

 

ナスターシャは再度シアンに向けてそう言った。シアンも照れくさそうにしているが、

 

「任せなさい。セレナの事はしっかりと見ているから」

 

シアンもナスターシャに向けて、そう言った。

 

だが、その言葉に不服そうに頬を膨らませるセレナ。

 

「まるで私が悪い子みたいな言い方は酷いです」

 

膨れっ面のセレナを見て二人は微笑ましく笑い、ナスターシャもシアンもそれについてセレナに謝罪する。

 

親子のような関係の二人。

 

親が居ないシアンにとってその光景は羨ましく見える。

 

「いいな…親子の絆みたいなのって」

 

思った事を思わず小さく口にしたシアン。その言葉を二人に聞かれて、思わず口を隠して少し恥ずかしそうにする。

 

そんなシアンの言葉を聞いたセレナはシアンの映るテレビに顔を近づける。

 

「確かに、私とマムには血の繋がりはありません。ですが、血の繋がり関係なく、親の愛を教えてくれたマムを慕わないなんてありません!私だけじゃありません!マリア姉さんも!暁さんも月読さんも!」

 

ドヤッという擬音が付きそうな顔でいうセレナ。

 

「セレナの言う通り、関わりとは血以外にも繋がりを愛を持ち、接していれば」

 

ナスターシャもそう言った。

 

「…そうだね。本当の家族じゃなくても、そうやって繋がる事が出来るのは私も二人を見てとてもそう思える」

 

「シアンさんとだって繋がれますよ」

 

シアンへと向けてセレナがそう言った。

 

「だって今は私と一緒なんですから。知らなくても、私を通してその温もりを一緒に感じることも出来ます。シアンさんも一緒に分かち合える。だから、シアンさんも私達と家族になれます」

 

セレナの言葉に何処かむず痒くなるシアン。

 

「…そうね。一緒に分かち合えるなら…それもいいかも知れない…」

 

自身に存在しない家族。親の愛情を知らないシアンにとって全く分からないもの。それをセレナは、ナスターシャは分かち合えると言ってくれた。

 

求めていたわけではない。だがしかし、決して望んでいなかったわけではない。

 

知りたい。どんな暖かさなのかも自分も知ってみたい。例え、血が繋がってなくても、家族とはどんなものなのか知ってみたいと思ったシアンはだからこそ言う。

 

「なら、こっちからもお願いするわ…これからよろしく」

 

少し恥ずかしそうに言うシアン。それを暖かく迎えるセレナとナスターシャ。

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

「これからもよろしくお願いします、シアンさん」

 

その答えにシアンは何処か心が満たされた様な気がする。

 

そしてそこからセレナがナスターシャの事をマムという様にシアンにも提案するのだが、流石にまだ難しいと一悶着あるのだが、それでも、病室の中はとても暖かな温もりに包まれるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

〜とある手紙と手記〜

 

未だ事件の処理に追われる機動二課本部。

 

そんな本部にまるで二徹でもしたかの様な表情の慎次が訪れる。

 

「司令、事後処理をしている際にこんなものを見つけました…」

 

そう言って慎次が出したのは散り散りとなった紙をつなぎ合わせた手紙と海水に浸かったせいか、ヨレヨレになった手記。

 

「…これは…その…まぁ、あの子のだろうな」

 

「はい…ちょっと読むのは流石にと思ったのですが…」

 

弦十郎はまずつなぎ合わせた紙の方から目を通して、なんとも言えぬ様な表情をして慎次を見る。

 

それは切歌が残したと思われるマリア達に向けたものかと思われる手紙。

 

悲壮漂う内容ではなく、別れを少しでも寂しくなさそうにしようとする為か明るく綴られている文字。

 

だがしかし、

 

無理にテンションを上げていたのか、誤字脱字も多く、何が伝えたいかよく分からないものとなっている。

 

「結局…フィーネはあの子じゃなかった事ですし…誰も犠牲にならなかったので良かったんですけど…これを必死に書いていたと考えると…」

 

「ああ…資料として見てしまったのはとても申し訳ないな…」

 

二人の間になんとも言えぬ雰囲気が漂う。決死の覚悟を持ったが、結局事なきを得て終わった事は喜ばしい事であろう。

 

だが、切歌にとってはそんな覚悟を持って書いて手紙はこうして残ってしまい、こうやって見られることを考えるとなんとも言えない気持ちになってしまう。

 

「これを見た者は?」

 

「僕が見つけたものですので、現状は司令と僕だけになります」

 

「…ならこれ以上傷口に塩を塗ってしまうのも忍びないな…これは保管ということはせず、あの子にひっそりと返しておこう」

 

「そうします」

 

苦笑いで切歌の残したと遺書を他の誰にもバレない様に返そうと決めた二人。

 

だが、結局この手紙は調に見られる事になり切歌はとても恥ずかしい思いをするのはまた別の話。

 

「となるとこちらはなんだ?」

 

「見れば分かります」

 

切歌の残した手紙を慎次に渡すともう片方の手記に手を伸ばす。

 

そしてそれを見たと思われる慎次はとても疲れた様な表情をしてそれをわかってもらいたいのか、弦十郎に読む事を薦める。

 

そしてその手記を見る弦十郎の目が、見開かれると同時に、すぐに眉間をマッサージするかに指で押し始める。

 

「…一つ聞く…これは…その…ウェル博士の日記なのか?」

 

「…そうでしょうね…まさか、アシモフに心酔していることは知っていましたが…」

 

「…心酔というよりは…」

 

そう言って頭を抱えた弦十郎は息を吐いて落ち着いてからもう一度日記に目を通す。

 

そこに書かれていたのはまるで乙女の日記とでもいうのだろう。アシモフとの日常を美化した様な事柄が記されていた。

 

アシモフとの訓練でアシモフと接近した時、ドキドキしたやら、アシモフと共に訓練後のシャワーを浴びたやら、アシモフに頼られて高揚したやら、ウェル博士がアシモフに対して心酔以外にもどの様な感情を抱いていたのか何となく察せる様な内容が書かれていた。

 

「…例え犯罪者てあろうとそこら辺の自由だろう。ウェル博士がそっちのけがあるとしても俺達には関係はないが…」

 

「はい、それに関しては自分達がどうこう言う立場でも無いです。しかし、これを見てしまうと…」

 

「まぁ、俺達としては知りたくはなかったし、ウェル博士としても知られたくはなかったろうな…」

 

そう言って全て目を通す事なく一旦、手記を閉じた弦十郎。

 

「あっ、司令。重要書類になるので全て目を通しておいてくださいね」

 

「…俺も全て確認しなければならない事なのか?」

 

「勿論です。今回の事件首謀者の手記ですから。全てに目を通して下さい。というか、それを僕も一通り目を通したので司令も確認してください」

 

何処か巻き添えを喰らえとばかりの慎次の圧に弦十郎もげんなりしてしまう。

 

そしてそれを全て目を通したと言う事が慎次の二徹ばりの表情になった理由だろうと理解する。

 

「…分かった。少し時間がかかるかもしれんが全てに目を通しておこう」

 

弦十郎は溜息を吐いてそう言った。

 

「…ガンヴォルトには言っておいた方がいいか?」

 

「…この件については一応伝えておいた方がいいでしょうね。ガンヴォルト君としては知らなくてもいいとは思いますが、一応今回の件については頭に入れておかなければならないかもしれませんし…」

 

弦十郎の問いに対して慎次がそう答えた。なんとも言えない雰囲気を醸し出した二人。

 

そして後にガンヴォルトにも知らされるのだが、ガンヴォルトはそれを見てもそう言った事には全くと言っていい程気付かず、腐ってもフェザーの頭目であった事だし、カリスマがあるのだな、と見当外れな感想を抱くので、それを聞いた二人も更に頭を抱えるのであった。



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