ドラクエ9(仮) (UMAコメイジ)
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ウォルロ村編
1話


 

守護天使。

 

神に仕え、人々を守る存在。

 

その姿は人には見えず、誰もその姿を知らない。

 

故に人々は守護天使を模した石像を造り、崇める。

 

そんなありがたい石像を前に、ため息をつく人間が一人。

 

「ウォルロ村の守護天使……リン……かぁ……」

 

 不思議な少女だった。妙にヒラヒラとした飾りの多い服に黄色いタイツ、そして素朴ながらも作りの良さが伺えるブーツ。わずかにウェーブのかかった青髪に包まれた顔は鋭さを感じさせながらも見事なまでに整っており、質素な暮らしを営むウォルロ村の人々から奇異の目で見られていた。

 

「お、誰かと思ったらこの前の大地震のどさくさで村に転がり込んだリンじゃねぇか!」

 

 声をかけてきたのはいかにもガキ大将といった風貌の少年だった。それなりに裕福な者なのだろう、隣にいる取り巻きであろう少年よりいくらか高そうな服を身につけている。そこでリンはある一人の人物に思い当たった。

 

「……あなたがニード?」

 

「ほう……もう俺様の名前を覚えているのか、良い心がけじゃねぇか」

 

 ニードと呼ばれた少年は腕を組み、満足げに笑みを浮かべる。そんな様子のニードを眺め、リンは苦笑を漏らした。

 

「まあね、リッカがニードっていう生意気でひねくれた少年には気を付けてねって言ってたから」

 

「リ、リッカの奴……」

 

 ニードは肩を落とし、分かりやすく落ち込んだ。

リッカというのはリンが世話になっている宿屋の一人娘だ。滝壺に落ちて大ケガをしたリンを看病してくれて、その上しばらくの間彼女の宿で面倒を見てもらっているのだ。彼女との雑談のなかでニードという幼なじみの存在を何度か耳にした覚えがある。

 

「それで……何の用?」

 

「っと、そうだ。俺様はお前に忠告しに来たんだよ」

 

ニードはびしっとリンを指さした。

 

「お前、リッカに何かしたらただじゃおかねぇからな!」

 

「……え?」

 

「だーかーら、リッカにあまりちょっかいかけんなって言ってんだよ!どこから来たのかも言わないし、妙な格好してるし、どう考えても怪しいだろ?」

 

 ニードは生意気な口調でリンに言い放つ。そんなに怪しんでなぜ「村を出て行け」ではなく「リッカに構うな」なのか、それを聞くのは野暮という奴なのだろう。

 

 どうしたものか、とリンは思考を巡らせた。なにせ彼女は今の彼を納得させれる答えを持ち合わせていないのだ。どこから来たのか、それどころか自分がその妙な格好をなぜしているのか、それすら分からないのだ。

 

 実は彼女、ウォルロ村で目を覚ます前の記憶が無いのだ。

 

 彼女が分かるのは持っていたハンカチに刺繍された「リン」と言う名前のみ。もう一つ言うとすれば、彼女を助けた際にリッカが拾ったといって銅の剣を渡されたのだ。記憶が無くなる前は冒険者かなにかだったのだろう。実際彼女は村の人からはその格好も相まって浮浪の旅芸人という扱いを受けているのだ。

 

「おい!聞いているのか!?ニード様はなぁ、リッカがお前にばかり構っているのが面白くなくていらっしゃるのさ!」

 

「ばっ……バカ野郎!余計なことを言うんじゃねぇ!おい!リン!ぼーっとしてるんじゃねぇよ!」

 

 はっとリンは意識を戻す。とりあえず適当に流そうかと口の中で言葉を練っていると、

 

「コラッ!あなた達何しているの!」

 

 リンの耳に高く澄んだ声が聞こえてきた。声の出所はニード達の背後、丁度リンの視線の先に声の主が立っていた。リンとは違った少し紫がかった青髪をオレンジ色のバンダナでまとめた少女、リッカだ。

 

「ちょっとニード、うちのリンに何の用なの!?」

 

「よ……よう、リッカ。なーに、ちょっとこいつに村のルールを教えてやってただけさ……おい、いくぞ!」

 

 少しあわてたような、焦ったような口調でニードが答える。どうやらニードという少年はリッカに対して立場が弱いらしい。彼女の一声でニードとその取り巻きは逃げ出すようにその場を去っていった。

 

「ふぅ……大丈夫だった?」

 

「大丈夫だよ。ありがとね、リッカ」

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

 リンの礼にリッカは笑顔で応じた。宿屋の看板娘にふさわしい、こちらまで笑いたくなるような笑顔だ。だがその直後、その笑顔が憂いを帯びる。

 

「はぁ……どうしてニードってあんなに威張ってばかりいるのかな?昔はもっと素直だったのに……」

 

 さぁね、とリンは空返事を返す。取り巻きやニード本人の発言から察するにニードがリッカに対してなにかしらの情を抱いているのは初対面のリンでも何となく分かった。長年一緒にいるのだし……いや、長年一緒にいるからこそそういった感情を抱き辛いのだろうか。

 

「ところで、リン。出歩けるなんてもうケガは大丈夫なの?」

 

「うん、おかげさまでね」

 

「そっか、良かったぁ……本当に危ないところだったのよ。それこそ死んじゃう一歩手前よ」

 

 そう言われ、リンは改めて自身の調子を確認する。腕や頭に包帯が巻かれ、見た目は怪我人そのものであるが、痛みはほとんど残っておらず、体の動きにはなんら不調はなかった。明日にでも包帯を外せるハズだ。

 

「あと……どう?記憶は戻った?」

 

 おずおずといった様子でリッカが問いかけた。リンはどうにか記憶を掘り返そうと頭を働かせる。が、やはり思い出せない。頭の中が分厚い粘膜がへばりついたように不明瞭で、重い。

 

「だめ……思い出せない」

 

「……そっか」

 

 同じ「そっか」でもこちらは随分響きが暗い。他人思いやる心が強い子なのだろう、どうしようもないと思いつつも罪悪感がちくちくと肌を刺す。

 

「まあ、身体は無事なんだ。記憶もそのうち戻ってくるはずだよ」

 

 どうにか雰囲気を直そうと精一杯のセリフを口に出す。

その意図を受け取ってくれたのか、リッカは再びその顔に笑顔を浮かべた。

 

「そうだよね!さて……私はうちに戻ってご飯の準備をするよ。少し時間がかかるだろうから、リンは村の人達に挨拶して回ったら?」

 

「そうだね、そうするよ……それじゃ、いってくるよ」

 

「うん、あまり遅くならないようにね」

 

 リッカに見送られ、リンはその場を後にした。

 

 それからリンはリッカに言われた通りにウォルロ村の人達に挨拶して回る事にした。村の人々は皆優しく、服装のことも一瞬気にするものの、敬遠することなく自分の無事を祝ってくれた。中には自分の事を守護天使様と崇めてくる者までいた。

 

 どうやら自分を同じ名をもつこの村の守護天使様は慈悲深く、村人達にとって非常にありがたがられていたようだ。自分の事ではない無いとはいえ、どうも決まりが悪い感覚がリンの身体を包む。

 

 しかし、それと同時にどこか奇妙な感覚が身体を巡る。まるで自分がありがたがれているのが当然だと、そういった罰当たりな感覚だ。それともう一つ。それはデジャブ。自分がこの村に来たのは初めてのはず、そのはずなのに何故か分かるのだ。

 

「あそこが教会、その向こうが馬屋……やっぱり」

 

 ウォルロ村は決して大きな村とは呼べないが、初めてやってきた人間にその全貌が分かるほど小さくもない。だが彼女の頭にはこの村の地形、建築物の情報がかなり正確に刻まれていた。そう、まるで長年この村にいたかのように。

 

「となると……やっぱりあった」

 

 リンはとある家の前で足を止めた。その家は他の家と比べて随分と立派な、それなりに裕福な者が住んでいるであろう家。この村の村長の家であり、守護天使像前でリンに突っかかってきた少年ニードの家である。

正直またあの少年と出くわす事を考えるとあまり行きたい場所ではないのだが、流石に村長に声をかけぬという訳にはいくまい。覚悟をきめ、ドアを開く。

 

「ニード!!お前と言う奴は!!」

 

 と同時に怒声が響きわたる。そおっと部屋の様子を伺うと、ニードとその父親であろう男が口論を繰り広げていた。

 

「いい年して遊びほうけおって!少しはリッカを見習おうとは思わんのか!!」

 

「リ、リッカは関係ないだろ!?オレは今、本当にやりたい事を探しているんだよ!それが見つかればオレだって真面目に働くさ……たぶん」

 

 どうやら議題はニードの生活態度についてのようだ。自分に非があるのが分かっているのだろう。父親と比べ、ニードの言葉は勢いが無い。このまま放っておけば議論がいつ終わるか分かったものではない。意を決し、リンは部屋の扉を開けた。

 

「あの……」

 

「誰だ!?……君は確か」

 

「はい。リッカさんに助けていただいた、リンです。傷が治り、動けるようになったので挨拶にやってきました」

 

「そうか……君も怪我が治ったなら、いつまでもブラブラしてないでなにか仕事をすることだな」

 

 この息子のようにはならぬ事だな、とニードに視線を送る。ニードは父親の視線にピクリと反応した後、こちらをにらみつけてきた。なんで今来た!?とでもいったところだろう。

 

「……今日はもう遅い、晩はここで食べていくと良い」

 

「いや、すみませんが遠慮しておきます。リッカのご飯がもう出来ているでしょうし」

 

「そうか……ニード、今日はもう良い。晩飯の支度をしてこい」

 

「お……おう!分かってるよ!」

 

 それだけ言い終えると父親はイスから立ち、部屋を出ていった。そうして部屋の扉が閉まり、木のきしむ音が部屋に響く。やがてその音がなくなると、ニードは大きなため息をついた。

 

「はぁ……つまんねーとこ見られちまったみてーだな」

 

「ニード……ちゃんと働かないとだめだよ?」

 

「う、うるせぇ!んな事くらい分かってるよ!……んな事よりお前」

 

 キッとこちらをにらみつけるニード。だが、彼の言いたい事は大体予想がついていた。

 

「大丈夫だよ……リッカには言わないから」

 

「んなっ!?」

 

 やはり図星だったのだろう。ニードの顔がみるみる赤く染まっていく。それに続け彼女は言った。

 

「まあ、あんたにも出来ることはあるはずだよ。頑張りな。私に出来る事なら協力するからさ」

 

 そんな言葉がポンと出たのは彼女の元来の優しさ故だろう。その後リンはニードの反応を待たずして部屋から出ていった。

 

「出来る事なら協力するから……か」

 

 部屋に残されたニードは何か悪いイタズラを思い付いたようにニヤリと笑みを浮かべ、いそいそと夕飯の支度を始めた。

 



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2話

 

「うぁ・・あふっ・・」

 

 質素な作りの、だが極上の柔らかさを持ったベッドの上で目を覚ました。祖父を介護しつつ村唯一の宿屋をたった一人で切り盛りしている実力は確かなようで、お金を払わないのが申し訳なくなるほどの住み心地だ。昨日ニードの父が言っていたように、早くなにかしらリッカの助けになる事を見つけねばなるまい。

 

「おはよう、リン」

 

「ふわ・・おはよ、リッカ・・」

 

「ふふっ、寝ぼすけね」

 

 リッカは早朝にも関わらず紫がかった青髪をきっちりとオレンジ色のバンダナでまとめ、輝かしい笑顔をこちらに向けてくれている。寝起きでぼやけた視界も相まって彼女こそが村の守護天使ではないかと錯覚しそうになった。同じ名を持つ自分が何とも情けない気持ちになる。

 

「ほら、早く起きて!朝ご飯もう出来てるよ!」

 

 リッカに促されるままにもそもそと服を着替え、あくびを噛み殺しながら階段を下る。

階段ごしでも分かる朝食の香りは口に入れずとも美味いと確信させ、お腹がくぅと音を立てた。気づけば丁寧に皿を並べ、自分の席に姿勢正しく座っていた。

 

「それじゃ、いただきます」

 

 リッカの作った朝ご飯をいそいそと口に運ぶ。リッカは料理の腕も素晴らしいのだ。起きたてにも関わらず瞬く間に食材が口の中に吸い込まれていく。

 

「おーい!リッカー!」

 

「ん?この声って・・」

 

「ニード・・だよね、どうしたんだろう?」

 

 突然聞き慣れた、だが珍しい声が聞こえ、二人は首を傾げつつもその扉を開けた。

 

「・・よう」

 

「おはようニード・・どうしたの?こんな朝早くに」

 

「いや、まあ・・ちょっとリンに用があるんだよ」

 

 ニードの言葉は私を大いに驚かせた。昨日あんなに嫌っていたはずが・・どういった風の吹き回しだろうか。

 

「ちょっとニード!うちのリンになにしようっていうの!」

 

「別になにもしねぇよ!用があるって言っているだろ!」

 

「ダメよ!だったら私も付いて行くわ!」

 

「そ、それは・・」

 

 ニードが口をつぐむ。それを見たリッカは言えないんじゃない!と語調強くニードに声を放つ。

 

 どうやらニードの用件とやらはリッカには言えないことらしい。だが、昨日のようにリッカに強く言われながらも引き下がる気配を見せようとしない。少なくともただちょっかいをかけにきた訳ではないようだ。

 

「はぁ・・」

 

 ため息一つ。私は未だ口論を続けるリッカとニードの間にするりと入り込んだ。

 

「いいよリッカ・・で、何の用なのニード?」

 

「ちょ、リン!?」

 

 驚くリッカをそのままに私はニードを見据える。するとニードはパァっと顔を輝かせた。

 

「おお!ありがとな、リン!・・じゃあ準備できたら教会前に来てくれ!」

 

 それだけ言い残すとニードは元気にかけだしていった。

 

「いいの?リン?」

 

「大丈夫だって、ニードってそんな悪い奴じゃないんでしょ?」

 

 それに昨日の出来事をふまえてのこれだ。ニードがリッカが心配するような用件で私を呼んだとは思えない。

 

「分かった・・けど、何か言われたらちゃんと言い返すのよ!場合によってはチョップ3発までは私が許すわ!」

 

「・・了解。それじゃ、いってくるね」

 

 リッカの言葉に苦笑しながら私はニードの元へと向かった。

 

 

 

「お待たせ」

 

「お、来たな」

 

 教会前にたたずんでいたニードを見つけ、声をかける。その手にはなぜか新品同様の銅の剣が握られていた。

 

「さて、用ってのは他でもねぇ。土砂崩れで峠の道がふさがれているのは知っているだろ?」

 

「ええ、まあね」

 

 リッカからそんな事を聞いた覚えがある。大地震の影響とか、そんなところだったはずだ。

 

「あの道はこのウォルロ村と他の土地を結ぶ大切な架け橋なんだよ。おかげでリッカ・・いや、村のみんなが迷惑してんだ」

 

 成程、ウォルロ村は辺境の小村だ。他のところからの助けが無くなるというのはかなり重大な問題なのだろう。

 

 さて、とニードは一呼吸おいて話を続けた。

 

「そこでこのニード様は考えた!オレがその土砂崩れを何とかしてやろうってな!そうすりゃあ親父もオレの事を見直すだろうしリッカだって大喜びって訳だ!」

 

「成程ね・・で、私はなにをすればいいの?」

 

 私が了承したと判断したのだろう。ニードは調子良く言葉を続ける。

 

「大地震が起こってから外にやたらと魔物が出るようになっちまってな・・旅芸人ってことはそれなりに腕が立つんだろ?だから・・その・・」

 

「・・一緒に行ってほしいって事ね」

 

 私は少し思考を巡らせる。正直、その土砂崩れとやらが一人二人で何とかなるものとは到底思えない。私の行くだけ無駄な未来しか見えない。が・・

 

「・・・」

 

「ど・・どうしたんだよ?」

 

 嫌がっていると思われたのかニードの顔がどんどん曇っていく。その表情を見ると、私はどうも手助けをしたくなってしまう。どうやら私は困っている人を放って置けない性格のようだ。それに・・

 

(私が何者なのか分かるかもしれない・・)

 

 依然として記憶は戻っておらず、自分が本当にただの浮浪の旅芸人なのかすら分からない。だからこそ、自分がどれほどの者なのかを理解できればなにかの記憶を取り戻せるきっかけになるかも知れない。

 

 それにもし土砂崩れが取り除かれ、別の村や国を訪問出来るようになれば自分を知る人間に会えるかもしれない。これは良い機会と考えるべきだろう。

 

「・・わかったよ」

 

「ほ、本当か!?」

 

 断られると思っていたのだろう。暗かったニードの顔がみる間に輝いていく。

 

「ただ私も病み上がりだからね、そこまでアテにしないでよ?」

 

「心配ねぇよ!オレだってそこまで弱かねぇ!」

 

 ニードが握っていた銅の剣をこれ見よがしに掲げた。その刃は新品そのもので、腕に覚えがあるわけではないのがありありと伝わってくる。

 

「じゃあちょっと待ってて。私の剣取ってくるから」

 

 滝壺に落ちた時にリッカが拾ってくれていた私の剣はボロボロだったのだ。道具屋に修理を頼んだが、時間的に丁度出来た頃ではないだろうか。

 

「おう!じゃあ村の入り口で待ってるぜ!」

 

 元気に手を振るニードを尻目に道具屋に向かう。

 

ーー記憶を失った守護天使リン。彼女を描く冒険譚、その序章の幕が上がろうとしていた。

 



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3話

「よーし、いくぜ!リン!」

 

 意気揚々と銅の剣を掲げるニード。その様子はまさしく冒険ごっこを始める子供のそれで、私は思わず顔に笑みを浮かべた。

 

「元気なのは良いけど一人で突っ走んないようにね」

 

「大丈夫だって!」

 

 何がどう「大丈夫」なのか分からないが、ニードがこちらの話を聞きそうにないことははっきりと分かった。これは自分がしっかりと気を張らねばなるまい。

 

 私は腰元に下げた銅の剣に手をかけた。リッカが見つけてくれた時はボロボロだったらしいが、見る限りその刃に傷は見あたらない。村の道具屋に感謝しつつ、その剣を抜いた。目が覚めてから初めて剣を手に取ったハズだが、不思議と剣を持つ手に違和感を感じない。この様子ならニードの護衛をこなす事が出来そうだ。

 

「……い、おーい!リン!何してんだよ!」

 

 ハッと前を見るとニードはすでに大分前へと進んでおり、こちらを振り返って私を呼んでいた。

 

 いけない。どうやら私は物思いにふけると周りが見えなくなる嫌いがあるようだ。ニードに追いつこうと走ろうとしたその瞬間、ニードのすぐそばの茂みが揺れ、2つの影が飛び出した。

 

 水色の軟体生物と槍を持った細長い体の人型ーー魔物だ。

 

 ニードはまだ魔物の存在に気づいておらず、それが分かっているのか魔物の顔には歪んだ笑みが浮かんでいる。

 

 それを見た私の行動は早かった。

 

 右足に力を込めて跳躍。ニードに飛びかかろうとした水色の魔物を自分の全体重をもって叩き斬った。相方がやられ、うろたえたように一歩下がる緑の魔物。その一瞬の隙を突いて素早く体勢を立て直し、横薙ぎの一閃。魔物のキュウリのような身体が上下に割れ、そのまま崩れ落ちた。わずかに浮いた額の汗を拭う。息は切れていない。

 

「ふぅ……大丈夫だった?」

 

「お……おう……ワリィな」

 

 感謝の言葉をかけたニードは地面に尻餅をついていた。なんとも情けない状態だが、それを咎める人間は誰もいない。私はニードの手を取り、ぐいっと引き上げた。

 

「いや、私のほうこそごめん。ぼおっとしてて」

 

 元はと言えば私が考え事をして注意が散漫だったのが原因だ。気を張ろうなんて意気込んでいた自分が恥ずかしい。

 

「にしても……やっぱ旅芸人ってのは強いんだな」

 

「そう……ね」

 

 ニードにそう言われ、私は改めて身体の感覚を確認する。

 先程の戦い。私はほぼほぼ無意識に剣を振っていた。やはり記憶を失う前はそれなりに剣の鍛錬をこなしていたのだろうか。

 

「まあ、気をつけて行こう。……次は尻餅つかないでよ?」

 

「う、うるせぇな!今のは後ろから来られたからびっくりしただけだ!」

 

 頬をわずかに紅潮させながらニードがうなる。戦意は十分のようだ。ずんずんと進んでいくニードを私はほほえみながら追った。

 

 そこから先は特に語ることは無かった。確かに魔物は多く周りへの注意は必要であったが、魔物そのものは大した強さではなく、私はもちろんニードも苦戦する事なく蹴散らしていく。

 

 そうしてついに峠の道へとたどり着いた。

 

「この先が土砂崩れのあった場所?」

 

 私は周囲に魔物の気配が無いことを確認し、腰元に剣をしまう。その予想は正しかったようで、ニードはうれしそうに顔をほころばせる。

 

「おう!よーし、待ってろ土砂崩れ!このニード様が吹っ飛ばしてやる!」

 

「あ、ちょっと待って!」

 

 周囲に魔物がいないのを良いことに、ニードがその道をかけだした。あわててその後を追いかける私。

 

 だが、私はその足を早々に止める事となった。

 

「え……何……これ……?」

 

 それは汽車だった。自然の多く残る峠の道に突っ込むようにたたずむそれは異常な存在感を放っており、私はただただ圧倒されていた。が、

 

「なんだろう……?」

 

 突然奇妙な違和感を感じ、首を傾げる。なぜそんな事を思ったのか分からないが、私の頭にはある疑問が浮かんだ。

 

 

(あれ……?もっと光ってなかったっけ?)

 

 

 そう、考えた瞬間。

 

「……ッ!!?」

 

 突然頭が割れるような痛みを訴え始めた。私は思わず頭を押さえ、目を固くつむる。すると閉じた瞼の裏に断片的な映像が浮かびあがった。

 

ーー途方も無い大きさの樹に何かを捧げる自分。こちらへ向かってくる金色の汽車。そしてそれらを貫く紫の光。吹き飛んでいく自分。

 

「おい!どうした!?」

 

 気がつくとニードがこちらへかけよって肩を揺らしていた。そのおかげかだんだんと頭痛は治まっていき、目を開くとこちらを心配そうに見つめるニードが鮮明に映った。

 

「大丈夫だよ……ちょっと頭痛がね……」

 

「おいおい大丈夫か?頭でも打ったか?」

 

「いやほら……こんなところに汽車があったからびっくりしちゃって……」

 

 私は空笑いしながらそう告げた。頭に浮かんだ記憶は断片的で、誰かに説明できたものではない。「記憶がちょっと戻った」などと言って根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だったし、こんな異物を見れば驚くのは仕方の無い事ではなかろうか。

 

 そんなつもりで言ったはずなのだが、ニードの返答は私の予想の斜め上を行くものだった。

 

「は?汽車?どこにそんなものがあるんだ?(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「え……?」

 

ーーどこにそんなものがある?ーー

 

 ニードは何を言っているのだろう。あるだろう、目の前に、これ以上なく存在感を放って。

 

「え……ほら、目の前にあるじゃん!?あれ!あれだよ!!」

 

 私は汽車を指差してニードの視線が私につられソレを視界に捉えた。

 

 捉えた……ハズ……なのに……

 

「あれって……どれだよ?木と土ぐらいしかねえぞ?お前ってやっぱ変な奴だよなぁ……」

 

 いぶかしむように汽車を見つめ、だが何の反応も無いニード。嘘をついているとは思えないし、そもそもニードが嘘が上手な人間でない事は分かりきっている。つまり、

 

(私には見えてて……ニードには見えてない……?)

 

 疑問はつきない……というより疑問しかないが、そうとしか説明のしようがない。もう少し調べておきたいがこれ以上ニードに変な目で見られるのはごめんだし、そもそもここに来た目的はこの汽車ではない。調べるのは後にするべきだろう。

 

「いや、勘違いだったよ。ごめんね」

 

「勘違いって……何をどう勘違いしたんだよ?」

 

「なんでも良いでしょ……それより、この先が土砂崩れなんでしょ?早く行こ」

 

「あ、おい!……勝手なやつだなぁ」

 

 ずんずんと足を早め、強引に話を切り上げた。今はニードの依頼が先だ。

 

 だがこの依頼が終わったらここにもう一度来よう。これは私の記憶に間違いなく関係している。そう確信できる。

 

 前へと進む二つの足が不思議と軽く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なにあいつ?この天の箱船が見えたっていうの?」



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4話

最後の一文って難しいですね。

作家達はどうやって捻り出しているんでしょう?


 

 それはもはや城壁だった。

 

 それとも木、土、岩。あらゆる自然の恵みを障壁として積み上げたとでも言うべきか。

 

「土砂崩れってこれかよ……正直なめてたぜ」

 

「……まあ、そんな気はしてたけどね」

 

 身長の何倍かと考えるのがバカらしくなるほどうずたかい土砂はどう考えても人間二人でどうにかなるものではない。

 

「こんなんどうすりゃいーんだよ……くそ!うまくすりゃ親父の鼻を明かして村のヒーローになれたってのに!」

 

 ニードは苛立つままに土砂を蹴りつける。が、そんなものがこの土砂の山に効果があるはずもなく、それどころか振動で崩れたガレキを全身に浴びて情けない声をあげている。

 

 分かっていた事だ。そもそも二人で何とかなる程度の土砂で皆が迷惑なんてする訳がない。今回の任務はもう済みだ。私がどうにかニードをなだめようと言葉を練っていると、突然土砂の向こうから声が聞こえてきた。

 

「おーーい!そこに誰かいるのかー!?」

 

 思いも寄らぬ他者の存在に一瞬驚くも、すかさずニードが前に出て声を張り上げた。

 

「おーーい!!いるぞぉ!ウォルロ村のイケメン、ニード様はここだぞぉーー!!」

 

「……イケメン?」

 

 ある意味とてもニードらしいそのセリフに私は思わず笑ってしまいそうになったが、どうやら壁の向こうにいる者は違ったらしく、すぐに声が返ってきた。

 

「やはりウォルロ村の者か!我らはセントシュタイン城に仕える兵士だ!」

 

「……セントシュタインって?」

 

「お前……マジか………」

 

 ニードに質問したら信じられないものを見る目をされた。

 セントシュタインというのはこの土砂崩れの向こうにある王国の名前らしい。ニード曰く、「この世界でセントシュタイン知らない人はいない」そうだ。

 

「我々は王様から峠の道の土砂崩れを取り除くよう命じられてやってきたのだ!」

 

 兵士が声を張り上げている。どうやら数日の間にこの土砂の山は取り除かれるらしい。

 

「へっ、なーんだ。オレがわざわざ出るまでもなかったって事かぁ」

 

「まあ良かったじゃん。じゃ、帰ろうよ」

 

 兵士の話が本当だとしたら私達にやれることはもう無い。ふと見上げれば空は赤から黒に変わりつつある。真っ暗になる前にさっさと村に帰った方が良いだろう。

 

「そうだな…………それじゃあオレらは帰るぜ!!作業頑張れよーー!!」

 

「あ、おーい!ウォルロ村の者ーー!!少し待ってくれーー!!」

 

「ん?どうしたーー!?」

 

「地震の後、そちらの村にルイーダという女性が来ていないだろうか!?」

 

「……ルイーダって誰?」

 

「いや、オレも知らねぇ」

 

 二人で悩んでいると兵士が丁寧に説明してくれた。

 

 ルイーダというのはセントシュタインの酒場で働いている女性で、ある日ウォルロ村に行くと言って村を出たきり消息が知れないらしい。噂によると彼女はキサゴナ遺跡からウォルロ村に向かったらしいが、大地震の際に遺跡が崩れてしまい、調査にも迎えないそうだ。

 

 キサゴナ遺跡というのはウォルロの南東にある遺跡のことで、昔はウォルロ村につながる通路として利用されていたらしいが、時が経つにつれ老朽化していつしか魔物の巣へと変わっていったそうだ。

 

「そんな危険な場所に……」

 

「待て待て、そんな危険な場所に一人で行くか?なんかの間違いじゃねーの?」

 

「……とにかくこの事は他の者にも伝えておいてくれ」

 

 会話が終わると次に響いてきたのは土を削る音。土砂の除去作業を始めたようだ。

 

「……じゃ、帰ろっか」

 

「おう!いやー良い土産話ができた!これで親父の鼻を明かしてやれるぜ!」

 

 ニードが意気揚々と来た道を戻っていく。早く戻らねば。こんなにも遅くなるとは思っておらずリッカには何にも言っていない。今頃大層心配しているのではないだろうか。

 

「……そういえばさ」

 

 ふと思いついた。だがとてつもなく重要な質問。

 

「この事……親父さんには言ってるの?」

 

 するとニードはあっけらかんとした態度で言い放った。

 

「言ってる訳ねぇだろ?そっちの方がみんな驚くに決まってるしな」

 

ーーとても嫌な予感がした。

 

 

 

「こっっの大バカ息子がっ!!!」

 

 村に戻って来た私達を出迎えたのはニードの父の怒声だった。隣には安堵半分、怒り半分のリッカが控えている。

 

「いやぁ……と、とりあえず良い話があるんだよ!聞いてくれ!」

 

「ほう……私もお前と話がしたいと思っていたんだ。良いだろう、たっぷり聞いてやる」

 

 そう言ってニードの首根っこをつかんで引きずっていくニード父。それを見送る私。

 

「じゃ、家に帰ろうよ」

 

「リン」

 

 ガシッと私の肩をつかむリッカ。その顔は笑っていた。

 

「リンもニードのお父さんの話……聞きに行こ?」

 

……笑っているように、見えた。

 

 

 

「……と、言う訳です」

 

「……なるほどな。もう間もなくセントシュタインの兵士達が土砂を取り除いてくれるわけか」

 

 ニードと私が一連の行動を全て説明し終える様をニードの父は腕を組んで聞いていた。その様子は昨日の口喧嘩とは違い、あまり怒気は感じられない。今回の件に関しては怒りというより安堵の気持ちの方が勝っているのだろうか。

 

 どうやらこの説教は早く終わりそうだと私が考えていると隣にいたニードが余計な事を口にしてしまう。

 

「この事を村の連中が知ったらきっと安心するぜ。へへっ、我ながら良い事をしたなぁ」

 

「何を得意げになっておる!二人だけで峠の道に行くなんて危ないだろうが!このバカ者が!!」

 

 ニードの父が眉を吊り上げてニードを叱る。当然だ、子をもつ親の気持ちは私にはまだ分からぬがそれでもこの親父さんがどれだけニードを心配していたかは彼の表情がはっきりと物語っていた。

 

「まぁ……私もニードも特に大ケガをしている訳では無いですし……」

 

「それは結果論だ。加えて二人とも誰にも相談しなかったのだろう?何かあってからでは遅かった。それをバカだと言っているんだ」

 

 私の精一杯のフォローもあえなく撃沈。ニードがこの親父さんに危ない事を申し出す訳がないのは分かりきっていた。せめてリッカには一言入れるべきだっただろう。

 

「えと……あとセントシュタインの兵士達がルイーダと言う女性を探しているそうです。なんでも大地震の後にウォルロ村に向かってから消息が知れないとか……」

 

「ルイーダさん!?リン、それ本当なの!?」

 

「え、うん。そうだけど……」

 

 私の言葉に反応を示したのは今まで静観していたリッカだった。突然の行動に驚いたのは私だけではなかったようで、ニードと親父さんも目を丸くしてリッカを見ている。

 

「……そういえばリッカはセントシュタインの生まれだったな、知っている人なのかね?」

 

「うん。父さんのセントシュタインで宿屋をやっていた時の知り合いにそんな名前の人がいたはずなんです」

 

 なるほど。どうやらルイーダという女性はリッカの父の知り合い。要するにリッカの父に何か用事があってウォルロ村に向かったという事だろう。しかし、

 

「えっと……その、リッカのお父さんって……」

 

「うん……もう、死んじゃってるよ」

 

 そう、なのだ。リッカの父は数年前に流行り病でこの世界を旅立っている。それを私に話している時のリッカの顔は忘れようにも忘れられない。

 

「もしかしてルイーダさんは父さんが死んだ事を知らずに会いに行こうとしたのかも……?」

 

 あり得る話だ。なにせリッカの父が死んでしまってからそう年月は経っていない。隣国といえど伝わっていない可能性は十二分にある。

 

「……確かに心配だが、手がかりがない以上探すことはできんな」

 

「そういやキサゴナ遺跡から来ようとしていたんじゃないか言ってたっけ?」

 

 ニードの発言を聞くと親父さんの顔はみるみる険しくなっていく。

 

「それが本当ならなおさら探しには行けんな……あそこは危険すぎる」

 

 そう言うとニードの父は私とリッカに帰るように促した。目に見えて落ち込んでいるリッカを気遣ったのだろう。厚意に甘え、私とリッカは帰路についた。

 

 

「んもう!なんで一言も話さなかったのよ!」

 

「えと……うん、ごめん……」

 

「帰ってこないから村の人に聞いたらニードと一緒に村の外に出たって聞いて……本当に心配したんだから!」

 

 家に帰ったら説教は終わり。なんて事はなく、私はかれこれ小一時間はリッカのありがたい言葉を聞き続けている。

 

 私を叱るリッカの瞳はうっすらと赤い。どれだけ心配させてしまったのかは一目瞭然だ。今回の件は完全に私が悪かったのだと私はその言葉を甘んじて受け入れていた。

 

「……でも、ぜんぜん平気そうね。リンって私が思っているよりずっと強かったんだ」

 

「まあ……ね」

 

 改めて自分の体を確認するが、傷らしい傷は見あたらない。やはり記憶が無くなる前は剣士でもやっていたのだろうか。

 

「ねぇ……リン、お願いがあるんだけど……」

 

「……ルイーダさんのこと?」

 

「……うん」

 

 こくりとリッカがうなずいた。やはり父の知人となればどうしても気になるのだろう。それに心優しい彼女の事だ、自分の父を訪ね、その道中で行方不明になってしまったことに責任を感じているのかもしれない。

 

「……分かったよ」

 

「え……良いの!?」

 

 リッカの驚きの声に逆にこちらが驚かされてしまう。なぜだろう。断るとでも思ったのだろうか。

 

「だって……キサゴナ遺跡っていったら何年も前から魔物の巣になっている場所なのよ!?いくらリンが強くたって危険すぎるよ……」

 

「あー……たしかにニードがそんな事を言っていたね」

 

「村の外にいた魔物とは訳が違うの!それに……」

 

「でもさ」

 

 なおも私の心配をしてくれているリッカの言葉を食い取る。私の頭に浮かんでいるのはこのウォルロ村での生活。

 いくら死にかけていたとはいえ、こんな見ず知らずの私の命を救い、生活の世話までしてくれたリッカ。

 

 そんな恩人に私がしたことと言えば何だ。大して手伝いをしたわけでもない。どころか勝手に村の外に出かけて大いに心配させる始末。

 

 これ以上リッカに迷惑をかけるのは守護天使様とやらが許そうが私が許せないのだ。

 

「私がリッカにできる事なんてほとんど無いからさ、それくらいはやらせてよ」

 

「リン……でも……」

 

「約束するよ。私は絶対に帰ってくる。ルイーダさんを連れてね」

 

 リッカは逡巡したような表情を見せながらも、やがて諦めたように息を吐く。

 

「じゃあ……お願いするね」

 

「うん。任せて」

 

 言うや否や、私は立ち上がって外を目指した。話によればルイーダさんは一人でキサゴナ遺跡に向かったと言っていた。可能な限り早く探しに行くべきだろう。

 

 腰元の剣を揺らし、私は薄暗い草原をかけだした。

 

 



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5話

 キサゴナ遺跡はいつ、誰が、何の目的で建てられたのかまだ分かっていない謎の建造物だ。ウォルロ村とセントシュタインをつなぐ道として使われた事もあったらしいが、それも昔の話。

 

 外見なら城か何かに見えなくもないが、外壁にびっしりと生えたコケと周囲に点々と存在する毒沼、鬱蒼と生えた木々が空を覆い、まるで建物そのものが人間を拒絶しているように感じる。

 

「これ・・開くのかな」

 

リンはもはや封印とでも言うべき重々しい石扉に手を添え、力を込めた。

 

「う・・ぐぅ・・」

 

 始めはビクともしなかった石扉も、本当に封印されていた訳では無いらしく、大気を震わせながら少しずつ、その口を開けていく。

 

 そしてなんとか自分が通る事が出来そうな隙間を作る事に成功する。リンはその隙間に身体を滑り込ませ、遺跡の中へ侵入する。

 

 リンの予想に反し、遺跡の中は明るかった。

 老朽化し、天井に空いた穴から日の光が漏れているというのもそうだが、淡い光を放つ植物の様なものが道の端に沿って生えていたのだ。おそらく昔、ここがセントシュタインへ行くために使われていた時のものだろう。

なんにせよ、お陰で暗闇を手探りで探索する必要は無さそうだ。リンは腰に差した剣を抜き、周囲を警戒しながら遺跡の奥へと進んでいく。

 

「…………」

 

 コツコツと自身の靴が鳴らす音が遺跡内に響き渡る。壁も、道も、見事に整えられているものの、やはり時には敵わないのか所々にヒビが入り、歩く度に天井から石の粉が舞い落ちる。

 

「早く、見つけないと」

 

 何かの拍子にうっかり崩れでもしたら私もルイーダさんもおしまいだ。焦燥に駆られ、歩く足は無意識に早まっていく。

 

「え?」

 

 先に行くための道が巨大な石によって塞がれていたのだ。崩れた瓦礫によるものではない、人為的な形状をしたものだ。近付いて良く見るとそれは石碑のようで、面には文字が刻まれていた。

 

ーー悪しき魔物の犠牲者をこれ以上増やさぬため、この遺跡の道を封印するーー

 

「ちょっと……嘘でしょ?」

 

 ルイーダさんはセントシュタインからこの遺跡に入ったと言っていた。つまり、ルイーダさんの居場所は間違いなくこの道よりも奥の方だ。

どうにかしてこの封印とやらを抉じ開けねばルイーダさんの元へ行くことは不可能、なんならこの封印の向かい側にいて外に出れずにいる可能性すらある。

 

「こっっのお…………」

 

 どうにか動かそうと力をくわえるが、先程の入り口の扉とはわけが違うようで封印は微動だにしない。壊そうにも封印は普段使う木の扉の倍近い厚さを持っている。銅の剣一本では余りに心許ない。

 

 まずい事になった。一度引き返すか、いや、そんな時間の余裕はない。ならば別の道を、それも微妙だ。そんなものがあるならこの封印の意味がなくなってしまう。だが……

 

「壁の亀裂とかならなんとか……」

 

 幸いと言うべきか壁は劣化しきっており、すでにいくつもの亀裂が刻まれている。もしかしたらどこかに人間一人通れる程の隙間があるかもしれない。

 

 ひとまず来た道を戻ろうとリンは後ろを向く。

 

「…………!?」

 

 余りの驚きにリンの呼吸が止まった。

 

 彼女の真後ろにもう一人、中年の小太りした男が立っていたのだ。驚いたリンは衝動に突き動かされるがままに剣を振るい、目の前の男を切りつけた。

 

 が、

 

「わわっ!?」

 

 剣は男を通り抜けそのまま通過、勢い余ったリンはバランスを崩し、大きくよろめいてしまう。素早く立て直し、もう一度剣を振るも結果は同じ。男を切ること無く、ただ通り抜けるだけ。これ以上は体力の無駄と考え、警戒はしたまま、リンは少し男の様子を見ることにした。

 

「……」

 

「……」

 

 男は攻撃をやめたリンを一瞥すると、背を向けて歩き始めた。そしてそのまま立ち去るのかと思いきや、その姿が完全に闇に紛れる直前、再びこちらを向いて立ち止まった。

 

「付いて来いってこと?」

 

 どうやらそうらしく、戸惑いながらも男を追うと男は再びゆっくりと歩き始める。

 

 しばらくそのまま男を追って歩いていると、少し開けた小部屋のような場所に辿り着いた。

 

「……なにあれ?」

 

 小部屋にあったのは奇妙な人型の石像だ。リンよりもやや高く、不思議と見下ろされているように感じる。

 

 男はその石像に歩み寄り、その背後に立つと再びこちらをじっと見て立ち止まった。

 

「……」

 

「え?」

 

「……」

 

「あの……??」

 

「……」

 

「あ、背中を見ろって事?」

 

 ようやくその意図を理解したリンは石像に駆け寄りその背中を観察した。すると、石像の首に押し込むような小さな突起があるのを確認した。男は黙ったままその突起を見つめている。おそらく押せ、と言うことなのだろう。リンは意を決し、その突起をぐっと押し込んだ。

 

 その直後。何か鈍重なものを無理やり動かしたような地響きがリンを襲った。

 

「……まさか!?」

 

 言うや否やリンはその小部屋を飛び出し走った。このタイミングでこの振動、思い当たるものは一つしかない。

 

「やっぱり……」

 

 石の粉が舞い踊るその先、どれだけ押そうがびくともしなかったあの重厚な石碑が道を開け、その向こうに遺跡のさらに奥へと続いている通路が覗いていた。

 

 道が開けた喜びに、思わずその先へ駆け出そうとする足をどうにか押さえ、リンは踵を返して開けた道とは逆方向に歩き出す。向かうのは先程の小部屋、そこにいる男の所だ。

 

 ここまで来ればあの男がこちらの手助けをしてくれたのは明らかだ。実際あの男がリンの元に現れなかったら彼女は見つかる当てもない抜け道を探していたに違いない。

 

 その上、最初は彼を敵と決め付け斬りかかったのだ。その謝罪を、せめて一言礼を言わねば彼女の気が収まらない。まだあの小部屋か、出ていたとしてもそう遠くはないはずだ。

 

 だがそんなリンの予想に反し、小部屋にも通路にも男の姿は無かった。念のためと入り口まで探ったがやはり居ない。

 

 もう外に出てしまったのだろうか、確かに外は既に日が隠れた魔の時間だ。彼の目的は不明だが、こんな遺跡に長居してもただ危ないだけ。

 

「仕方ない……か」

 

 何とも心残りではあるが、居ないならばどうしようもない。リンは心の中で彼に礼を言い、先を急いだ。

 

ーーこの時、リンは気づくことは無かった。

 

 彼女が開けた扉の隙間に男が通れる程の大きさでは無いこと、長年開いていなかったこの遺跡の仕組みを何故か知っていたこと。

 

 彼女がこの時一刻を争う事態で無ければ、

いや、彼女が守護天使であった時ならば彼の正体を一目見ただけで理解できたかもしれない。

 

 黒の空に輝く満月が淡く遺跡を照らしている。

 

 




話の締め方が分からん……


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6話

 

「ギィィイアアア!!」

 

「はあっ!!」

 

 飛びかかってきたコウモリの魔物を銅の剣で真っ二つに叩き斬る。左右に二分された魔物は悲鳴を上げる間もなくその一生を終えた。

 

「ふう……」

 

 剣を腰元に戻し、リンは息を吐いた。その表情には疲労の色が濃く浮き出ており、額から流れた汗が顎を伝って地面へとこぼれ落ちる。

 

(これで……何体目だっけ……?)

 

 魔物達の巣になっていると言うニードの発言は正しかったようで、あの封印を通ってからというもの、いちいち数えるのも億劫になる程の魔物の襲撃に見舞われ、それらを全て倒してきたのだ。さすがの彼女も無傷と言う訳にもいかず、腕や頬には無数の傷痕が刻まれている。

 

 だが、その甲斐あって今彼女は遺跡のかなり奥まで探索の足を伸ばしていた。詳しい位置は分からないが、間違いなくセントシュタインの側にいるだろう。

 

「ルイーダさん……どこにいるの?」

 

 にも関わらず、リンは未だにルイーダと言う女性を見付けられずにいた。今のところ真新しい死体は見付かっていない。が、この遺跡は魔物が多すぎる。こうして遺跡を歩いているこの瞬間に彼女が魔物に襲われている可能性だってあるのだ。

 

 幸いだったのはこの遺跡が通路としても使われただけのことはあり、罠も無く、複雑な構造をしていなかった事だろう。お陰で道に迷う事なく、ここまで来るのにそこまでの時間は掛からなかった。

 

 もし彼女が本当にこの遺跡に居るのであれば、その場所はかなり近いだろう。リンの足が速度を上げて遺跡の通路を抜けていく。

 

 そして細道を抜け、開けた大部屋に辿り着いく。そこに彼女はいた。

 

 細かい埃にまみれてはいるものの、流れるような藍の髪は美しく、ウォルロ村では見たことも無い高価そうなドレスを身に纏っている。部屋の中心で瓦礫に足が挟まり倒れているその姿は何処か悲劇の姫君を思わせる。

 

「……っ、大丈夫!?」

 

 リンは急いで彼女の元へと駆け寄った。やや窶れてはいるものの、意識ははっきりとしており、リンの姿を捉えると彼女は目を見開き、笑みをこぼした。

 

「ああ!まさかこんな所で人に会えるなんて!」

 

「えっと……ルイーダさん……だよね?」

 

「あら?私、貴女と何処かで会ったかしら?」

 

「いえ。私は……えと、ウォルロ村から来たの」

 

「ウォルロ村……そうだわ!私は……痛っ!」

 

 起き上がろうと身体を捩らせたルイーダの顔が歪む。瓦礫は石ではなく岩とでも呼ぶべき質量を持ち、それが彼女の細足を潰している様は見ているだけでも痛々しい。

 

「待ってて!すぐ助けるから!」

 

 リンは彼女を足を挟む瓦礫を掴み、渾身の力を持って引き上げる。瓦礫は頑固にもその場に居座ろうとするが、彼女の意思は固い。しばらくの攻防の末、瓦礫はその身体を僅かに浮かせた。

 

「っ……!今なら……」

 

 ルイーダは自身の足と瓦礫の間に生じた隙間を活かし、見事瓦礫の隙間から這い出した。

 

「ありがとう!お陰で助かったわ!」

 

「いえ……そちらこそ……無事で良かったよ……」

 

 瓦礫から手を離したリンは疲れを隠せぬまま荒い息を繰り返す。幸運な事に、ルイーダの足は血こそ流れているものの完全に潰されてはおらず、フラフラとよろめきながらではあるもののしっかりと足の役割を果たし、立ち上がった。

 

「さあ、早く此処から出ましょう!またヤツが来る前に!」

 

「ヤツ?」

 

「それは後でいくらでも教えてあげるから!」

 

 足をもつらせながら必死に歩くルイーダを支え、リンは出口へと歩き始めた。ルイーダの歩きは忙しなく、この場から早く離れたいという気持ちがありありと伝わってくる。「ヤツ」という言葉に僅かな疑問が残るが、実際この遺跡に居座る利点など何一つとして存在しない。

 

 そうして先を急ごうと足を早めた瞬間、

 

ーードォン!……ドォオン!!

 

 響き渡る轟音。一つ一つが重く、だが一定のリズムで規則的に。まるで動物の歩みのようだ。

 

「き、来た!ヤツよ!」

 

 爆音が近づくにつれルイーダの顔から色が消え、怯えと焦りが浮かび上がる。

 

 現れたのは巨大な魔獣だ。四足歩行にも関わらず、見上げるほどに大きい。頭からは木の幹程はありそうな太い捻れ角が二つ、鎧と言うより岩塊とでも言うべき体躯は苔に覆われ、まるでこの遺跡を動物の形に圧縮したかのような出で立ちをしていた。

 

「ブオォォォァァアアア!!」

 

 魔獣は新たな侵入者を咆哮と鋭い眼光で出迎える。

 

(どうすれば……?)

 

 ルイーダの足で走らせるのは流石に無茶。だが目の前の魔獣の強さが今までのモンスター達と

比べ物にならないのは明らかだ。自分一人で挑むか、それともこの魔獣と無謀な鬼ごっこに興じるか。

 

「………ルイーダさん、先に行って」

 

 僅かに考え。リンは剣を抜いた。

 

「あ……貴女、まさかアイツと戦うって言うの!?無茶よ……!?」

 

 未だおぼつかない足を引き摺ってこちらに向かうルイーダをリンは手で制する。

 

「大丈夫。これでも腕には自信があるの」

 

 逃げてもいつかは追い付かれる。それにあの狭い通路でこの魔獣に暴れられたら本当にこの遺跡が崩壊しかねない。戦うとしたらこの大部屋しかないだろう。

 

「ルイーダさん、受け取って」

 

リンはルイーダに小さな小瓶を渡した。

 

「これは……」

 

「使い方は分かるでしょ」

 

 彼女に渡したのは聖水。身体に振り掛ければ魔物を寄せ付けなくなる道具だ。それを使えば魔物から逃げる必要は無くなる。

 

「……死なないでね」

 

「分かった」

 

 一歩、前に出る。こちらの敵意を察したか、魔獣の視線がこちらに集中する。そうだ、それでいい。もっとこっちを見ろ。

 

「ブオォォォォォオオン!!!!」

 

ーー魔獣の咆哮が遺跡を駆け巡った。

 

 

 



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7話

 

 薄暗い遺跡に甲高い金属音が響き渡る。

 

 先手を打ったのはリンだった。悠然と構える魔獣へ一直線。魔獣の顔面への渾身の一打。

 

 しかし、その一撃は魔獣の角に軽々と受け止められた。衝撃が跳ね返り、腕が痺れを訴える。魔獣は鬱陶しげに剣を払うと角を下げ、力強く踏み込んで角をかち上げた。

 

「う、わ」

 

 剣を盾にし、後ろに飛ぶことで防御に成功。だがその威力は凄まじく、リンは大きく後ろに吹き飛ばされた。素早く体勢を立て直して足を地面につけた。靴底に伝わる熱に耐え、踏ん張り勢いを殺す。

 

「……もう一度!!」

 

 リンは魔獣目掛け、再び駆けた。あの巨体に走り回られたら余りに厄介、距離を詰めねばまず闘いにすらならないだろう。

 

しかし魔獣もそれを易々と許す筈もない。此方を見据え、彼女を押し潰さんとその巨体が立ち上がる。

 

魔獣の影がリンの身体を覆い尽くし、魔獣の足が迫る。リンは両足に力を溜め、横っ飛びに身体を飛ばした。

 

 

ーーーーーッ!!!

 

 

衝撃波が辺りを駆ける。ほんのわずか前に彼女がいた空間が押しつぶされた。直撃どころか触れるだけでも致命傷になりかねない一撃。

 

それでも魔獣の攻撃は終わらない。

 

「……っ!?」

 

 天井から大小様々なガレキが降り注いだ。小さいものは無視、当たれば危険なもののみに注目し、弾き、避ける。

 

 魔獣は降りかかる瓦礫を意に返さずに突撃。リンは素早く横に回避、そして迫り来る魔獣の足に沿うように剣を振る。相手の勢いをそのまま剣の威力へ変換させる一撃。

 

「オオオオォォォオン!!!!」

 

「ーーっあ!!」

 

 しかし、魔獣の足は火花を散らしてリンの剣を弾き飛ばした。リンの腕にすさまじい衝撃が走り、剣の慣性に踊らされるまま身体を1回2回と回転させる。

 

 直後、衝撃が遺跡を震わせた。流石にあの突進を止める事は魔獣自身にも無理だったのだろう。派手に頭をぶつけ、魔獣はうめき声を漏らして動きを止めた。

 

「ーーっ、今なら!!」

 

 未だ痛みを訴える手足を黙らせ、リンは魔獣の元へと駆けた。ねらいは腹部。魔獣の岩石のごとき身体の中でまだ柔らかいであろうその場所に半ば飛びつくように、走った勢いをそのままに銅の剣を突き立てた。

 

手に伝わる柔らかい感触。剣を強く握り、勢い良く引き抜いた。

 

「ブォォオオアアアア!!!!!」

 

魔獣の叫び声が周囲に轟く。巨体がよろめき傷口からドス黒い血が滝のように流れ出した。

 

「よし!」

 

リンの口に笑みが浮かぶ。初めてまともなダメージを与えられた。強大な魔獣を相手取った高ぶり、倒せるかもしれないという期待。

 

 

ーーそれは、あまりにも致命的な油断だった。

 

 

「ーーえ?」

 

 

一瞬、リンにはなにが起こったのか理解が出来なかった。

 

 

 横からの衝撃、そして不快な浮遊感。それが魔獣の角に薙ぎ払われたのだと遠巻きに理解した。身体が水切り石の如く弾み、それでも威力を殺しきれず、そのまま壁に打ち付けられた。

 

「っつ……あ……がっ……」

 

 痛みが全身を支配していた。足は弾んだ拍子にひねったのか立ち上がるどころかわずかに動かすだけでも激痛が走る。口からは声ではなく血塊が吐き出され、胸の奥が鈍く痛む。角が直撃した右腕に至ってはもうほとんど感覚が無い。

 

 否応なしに迫る死。リンはそれを前に、何とも言えぬ不思議な感覚を覚えた。まるで恐怖というものが浮かばない。あるのは満足、いや諦観か。

 

時間は稼げた。気も逸らせた。少なくともここから離れるくらいの時間なら十分に稼げただろう。聖水も持たせた。おそらく大丈夫だろう。

 

 

ーーーっ

 

 

ここに来た目的はルイーダを見つけだし、救出する事だ。目的は果たした。なら、自分が死んでも問題はあるまい。リッカやニードが悲しむだろうが、問題は無いだろう。

 

 

ーーよ、ーー

 

 

なにせ私は部外者だ。部外者である以上、どこかで縁を切る必要があった。その日がたまたま今日だった。それだけだ。

 

 

ーきてよ、ーーで!

 

 

リンは嗤った。死ぬ間際というものは随分と人を無責任にしてしまうものらしい。

 

 

おきてよ、ーーいで!

 

 

自分が何者なのかもわからないまま死ぬ。それもまあ、悪くはない。そう嘆笑し、仰向けになって天井を見上げ、

 

 

「起きてよ!!!ねぇ!!!!」

 

 

目に涙をためてこちらを揺するルイーダ見た瞬間、頭が真っ白になった。消えかけた意識が一気に覚醒し、同時に忘れかけていた痛みが再び身体を襲う。

 

「なっ……で……ぃげ……てって……」

 

声はかすれ、うまく言葉にならない。

なぜ逃げなかった。早く逃げろと。

 

「何でって……命の恩人を見捨てれる訳無いでしょ!」

 

ルイーダは涙をこぼしながらこちらの身体を揺すったり、頬を叩いたり、薬草を口にねじ込んできたり。大した力は入っていないが、今の身体ではそれすらも猛烈な痛みが襲いかかる。

 

「カハッ!!グッ、ちょ、やめっ、」

 

「薬草じゃダメ……あなた、ホイミは使えないの!?」

 

「……ホイミ?」

 

「回復の魔法よ!MPがないならこれ飲んで!」

 

ルイーダは小瓶を取り出すと、中に入っていた液体をリンの口に流し込んだ。

 

リンはそれをなんとか飲み込むと、腹の奥に何とも言えない不思議な感覚が宿るのを感じた。

 

「……『ホイミ』」

 

その感覚につき動かされるままに呪文を唱え、身体に魔力を流し込む。すると身体がじんわりと熱を持ち、痛みが引いていく。完全に癒えたとはとても言えないが、立ち上がることはできそうだった。

 

「良かった……」

 

「ありがとう…………もう少し、待ってて」

 

 安堵の息を漏らすルイーダをそっと下がらせ、再び魔獣と相対する。

 

 魔獣は身体を屈め、唸り声を漏らしながらこちらを睨みつけていた。剣を突き刺した箇所からは未だに血が流れている。こちらの回復を寛大に待っていた訳では無いのだろう。しばらく睨み合うもさっきのように突っ込んで来る気配は無い。

 

「だったら……こっちから!!」

 

剣を握り、魔獣へと駆ける。魔獣も負けじとほえ、リンへと突撃。身体を沈ませ、勢いのままに角をかち上げた。角でえぐった石畳が木の葉のように巻き上がる。どんな重厚な鎧をも粉砕するであろう必殺の一撃。

 

しかし、それ故に外した際の隙も大きい。

 

「こっのおお!!!」

 

スキだらけの腹に剣を突き立てた。再びの激痛に魔獣は悲鳴を上げ、怒りのままにリンめがけて角を振り抜く。

 

 

 

直後、血しぶきが遺跡に舞った。

 

 

 

「ゴアアァァアア!?!?!!?!?!!?」

 

魔獣の喉から夥しい量の鮮血が溢れ出た。何をされたのか全く分からない。混乱が魔獣を支配する。

 

「……分かりやすいのよ、あんたは」

 

 

 彼女のしたことは簡単だ。身体を屈め、剣を添える。たったそれだけ。そこからはもう剣を振る必要もない。魔獣の分厚い首の皮を断ち切るだけの威力は魔獣が自ら提供してくれる。

 

 

「ゴブッ!!ガッ、ア、ア”ァ……」

 

 

 魔獣が重い音をたてて床に倒れ伏す。最後に喉元から血を吐き出し、血は止まった。

 

 

「勝った……」

 

 

もう動かない魔獣を見やり、リンはその場で腰を下ろした。安堵と共に疲労感が押し寄せる。

 

そのまま仰向けに寝転がった。しばらく面白味の無い石の天井をぼんやり眺めていると、視界の端にこちらに駆け寄ってくる人影が映った。

 

 

「……ね?大丈夫だったでしょ?」

 

 

 不安げな顔を浮かべるルイーダに笑いかけ、手を伸ばす。

 

「そうみたいね……ホント、すごい人」

 

 苦笑を一つ。ルイーダはその手を強く握った。

 

 



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8話

 

「…………?」

 

 リンは不思議な夢を見ていた。

 

 映るのは滝に森、川。自然に囲まれ、自然と共存する村。リンのよく知るウォルロ村だ。 

 

 が、視線がやけに高いのだ。

 

 高台の上とか屋根の上というレベルではなく、まるで鳥にでもなったような、そんな高さなのだ。村の全域を簡単に見渡すことができる。

 

 夢の中のリンは平和な村をひとしきり見渡すと、ふっと横を向く。

 

 

 そこには一人の男性がたたずんでいた。

 

 

 リンの服とよく似たイショウを身にまとい、鋭くも穏和そうな顔立ちときれいにそられた頭は僧侶という職の者に酷似している。

 

 背中にはえた翼と頭部の光輪をのぞけば、ではあるが。

 

 白鳥のように白く美しい翼は途切れることなく羽ばたき、光輪は強く、だが決して目の痛まない清らかな光を放っている。

 

 男はこちらを見るとその顔に穏やかな笑みをたたえ、口を開く。

 

「ーーーー」

 

 しかし、男がなにをいっているのか理解できなかった。

 

 何かをしゃべっているのは分かる。男は村を眺め、腕を組んで満足そうにうなずき、時折こちらを見つめてはうれしそうにほほえんでいる。しかし、男の口は動くばかりでこちらに一向に声を伝えてこない。

 

 不振に思ってこちらが話そうとするも、口どころか指の一本もこちらの言う事を聞かない。

 

 しばらくすると男は話を終え、空を見上げた。そして背中の翼をはためかせると、男は勢いよく飛び上がり、そのまま雲を突き抜けて姿を消した。

 

 リンの身体は驚き唖然とする心中とは裏腹に膝を曲げ、空を見上げ、飛び上がった。

 

 そのままぐんぐん高度を上げ、雲の中に突っ込む。視界が雲一色に覆われ、それでもなおリンの身体は上昇を続ける。

 

 やがて真っ白だった視界がだんだんと晴れ、雲のトンネルの出口が近づく。

 

 そして最後のもやをかききり、雲を抜ける

 

 

「……はぁ!!」

 

 

 瞬間、映像が切り替わった。

 

 そこは果てのない雲の中でも村のミニチュアでもない。質素な、だが手入れの行き届いた清潔な一部屋。リッカの営業している宿屋の一室、その天井だった。

 

「何……今の……?」

 

 リンはベッドから降りもせずに頭を抱えた。夢の情報量が大きすぎたせいか頭が重く、ぼんやりとした感覚がなかなか抜けない。

 

 そのくせ夢というものは意地の悪いもので、必死に思い返そうとするとあっと言う間に消えてしまう。

 

 そんな中、リンの記憶に深く刻まれたものがあった。

 

「……あの男、天使……だよね」

 

 夢の中でリンに話しかけていた男、あの翼と光輪は天使と言う他無い。が、別にそこは重要ではない。重要なのは彼が夢の中とはいえリンと親しげに会話を交わしていた事。つまり……

 

「私も……天使……って事になる……の………?」

 

 あまりに意味不明な結論だが、そうとしかいいようがない。流石にあれをただの夢とするのは無理がある。

 

 でも、だが、しかし、リンの脳が必死に反論を出そうとするも、まともな案は一向に浮かばない。

 

 

 それに、心あたりが無い訳ではないのだ。

 

 

 守護天使像の名前、奇妙な服装、そして峠の列車。気のせいと言うにはあまりに多すぎた。

 

 「……どうしよう」

 

 相談などできるはずがない。まず信じる者がいない。いや、仮に信じたとしてその者がやれる事などなにもないだろう。だが、このままなにもしないでいて良いはずもない。

 

 どうしたものかと頭を悩ませていると、ドアノブがひねられ、ゆっくりと扉が開いた。

 

「……リッカ?」

 

 扉から現れたのはリッカだった。彼女はこちらと目が合うと、はじめは驚き目を見張り、次にゆっくりとこちらに近づき、最後は瞳に涙を浮かべ、

 

「良かったぁ……目が覚めたのね!!」

 

 そのまま飛び込むようにリンに抱きついた。リン何とか踏ん張ってリッカを受け止める。が、直後鈍い痛みが身体をおそった。

 

「いっ!?」

 

「あ、ご、ごめんなさい!!つい……」

 

「いや、そこまでじゃないから……気にしないで」

 

「そんな訳ないでしょ!丸二日寝込んでたのよ!!」

 

「寝込んで……っ!!」

 

 リンは、そこでようやく遺跡での出来事を思い出した。

 

 遺跡で魔獣に勝利し、ルイーダを救出。そこまでは良かったのだ。問題だったのはその後だ。

 

 魔獣という抑制力が消えたせいか、これまで引っ込んでいた大量の魔物たちが押し掛け、ルイーダを守りつつ戦う事になったのだ。そこからどうやって村まで来たのか、無我夢中で戦ったせいか記憶が一切無い。 

 

「ルイーダさんは!?無事!?」

 

 あわてて立ち上がろうとすると再び鈍痛が走り、リッカに強引に寝かされる。

 

「ルイーダさんなら大丈夫よ。あなたと比べた

らよっぽどね。……いいから、今は休んでて」

 

「……うん」

 

 優しく、だが強い意志を持ったリッカに押され、リンは大人しく横になった。

 

 まだ癒えきらない激闘の疲れは休息を貪欲に求め、起きたばかりのはずのリンの身体はいとも容易く二度目の睡眠を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ………な……?」

 

「え!?……も……」

 

 誰かの話し声が聞こえ、意識がゆっくりと浮き上がっていく。声の主はリッカと……ルイーダだろうか。

 

「私……絶対に行きませんから!!」

 

 バタンッ!!

 

 普段のリッカなら絶対にさせないであろう荒々しいドアの開閉音が響き。リンの意識は完全に覚醒した。

 

「やれやれ……これは長期戦になるかな?」

 

「……なんの話をしてたの?」

 

 起きているとは思っていなかったのか、ルイーダは少し驚いたようにこちらを向き、次第に申し訳なさそうな表情に変わっていく。

 

「ごめんなさい……起こしちゃったかしら?」

 

「気にしなくて良いよ。それで……」

 

「なんの話をしてたか、よね」

 

 リンが頷くと、ルイーダは少し迷うような仕草を見せたが、すぐに向き直りこちらを真っ直ぐに見つめた。

 

「まず、私がウォルロ村に来た理由は、リベルトさん……リッカちゃんのお父さんに頼み事があったからなの」

 

「……でもリッカのお父さんって」

 

「ええ……二年前に、ね」

 

 リンは以前リッカの祖父が話してくれた事があり知っていたが、どうやら隣国であるセントシュタインには伝わっていなかったらしい。

 

「……あなた、伝説の宿王って知ってる?」

 

 リンは静かに首を振った。

 

「宿王……経営、設備の腕は勿論、どんな人も分け隔てなく受け入れ、その人柄で相手の心を開き、心身共に癒してくれる……そんな人の事よ」

 

「……それがリッカのお父さん?」

 

「そうよ」

 

 驚きがない訳ではない。しかしリッカの宿営業に対する情熱や、人を安心させる優しい雰囲気は、宿王であった父譲りだと言われればすんなりと納得出来た。

 

「実は今、うちの宿屋が少し行き詰まっててね……何とかしなきゃって焦っていたの」

 

「……それでキサゴナ遺跡を通ってウォルロ村に?」

 

「ええ、そしてあの魔獣に出会ったの……もしあなたが来てなかったら今頃私は死んでいたわ……本当にありがとう」

 

 深々と頭を下げるルイーダ。それを見たリンは何とも気恥ずかしい気持ちに襲われ、目を逸らした。

 

「まあ、そっちも無事で良かったよ。えっと……それで?」

 

「簡単に言うと人手不足なのよ、だからリベルトさんにこっちに来て立て直して貰いたかったんだけど……」

 

「リベルトさんは……もう……」

 

「そう、でもそれで諦める訳には行かなかったの。あれだけ自信満々に、反対を押しきってセントシュタインを飛び出して……死にかけた挙げ句何も得ずに帰りたくなんてなかったのよ」

    

 ふぅ、と一息つくとルイーダはぐるりと周りを見渡し、ホコリの気配もない綺麗に拭かれた机を撫でる。

 

「いい宿屋よここは……隅まで手入れされてて、お客さんにもすごく明るく接して……」

 

 そこで言葉を切ると、ルイーダはリンへと向き直った。そして真剣そのものの瞳でこちらを真っ直ぐに見つめる。

 

「お願い、リッカちゃんを説得して」

 

「私が?」

 

「そう、あなたの言葉なら……」

 

 確かに一度怒らせた相手だ、再び頼んでそれが通るとはとても思えない。ならリッカと仲の良い自分なら、と言うことだろう。

 

「……………」

 

 難しい話だ。リッカが嫌がるような事はしたくない。だがルイーダの目は本気だ、どこかこちらにすがっているようにすら感じる。

 

「……わかった」

 

「っ、本当!?」

 

 

 本音を言うなら嫌だ。

 

 

 リッカを悲しませたくはない。だから彼女が拒否したら綺麗さっぱりと諦めるつもりだ。それに部屋を出ていった彼女の様子を見るに、たとえ私が頼んでも頷くとは思えない。

 

 でも、

 

「…………」

 

 自分の宿屋のために命まで賭けて、やっと辿り着いたと思ったら頼りにしていた人はもういなくて。

 

 そんな彼女の真摯な願いを無下にするなんて事がリンにはどうしても出来なかったのだ。

 

「本当に……本当にありがとう」

 

 ルイーダの顔がパアッと華やいだ。それだけでも頼みを引き受けた甲斐があるものだとリンの心に嬉しさが込み上げていった。

 

 



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9話

 滝が落ち、川がせせらぐ。

 

 清流は月の光を歪ませ、夜の闇の中でぽうと淡い光を放つ。

 

 リンは一人、物思いに耽り、重い足取りでリッカの家へ足を運んでいた。

 

「…………」

 

 リッカにセントシュタインに行くべきと説得する。ルイーダの代わりに、自分が。

 

 正直難しいと言わざるを得ない。リッカは一度決めた事を簡単に覆すような人ではないのだ。それは世話になった短い間でもはっきりと分かる事だ。

 

 それでも諦めるつもりは毛頭ない。ルイーダは本気だった、その気持ちを踏みにじる訳にはいかない。

 

「…………はぁ」

 

 考えが全く纏まらない。これではリッカの悩みを聞く所かこちらがリッカに心配されてしまいそうだ。

 

 ふと顔を上げるともうすぐリッカの家に差し掛かる所だった。思考の海に沈み続けたせいか、自分が歩いていた事すら意識になかった。

 

 

「ーーッ!?」

 

 あわてて剣を構え、切っ先を幽霊へと向ける。すると幽霊は目を丸くして後ずさり、

 

「ちょちょ、ちょっと待ってください!!」

 

 しゃべった。しかも情けなくビビりながら。

 

 洞窟でこちらの攻撃に微動だにせずにリンを導いたあの姿とはどう考えても似つかわない。

 

「……え?」

 

「さ、さっきリッカの家に入ろうとしているのを見ました。あなたは……リッカの友達なんですよね?」

 

「?」

 

「病弱で引っ込み時案だったリッカに友達ができて……」

 

「待って待って待って」

 

 一人で加速し始める男をどうにか止める。そして大急ぎで状況の整理を始めた。今の発言を考えるとこの男はリッカの事をよく知っている。顔立ちは柔らかく、見るからに穏和そうだ。そして幽霊。

 

 まさか

 

「……リベルトさん?」

 

「え?……はい、そうです……どこかであった事ありましたか?」

 

 まさかだった。

 

 数年前に亡くなったというリッカの父。彼はその幽霊という事らしい。

 

「ところで……お名前をお聞きしても?」 

 

 考え込んでいると、ふいにリベルトの声が聞こえた。

 

「え、あ、私の名前は、リン……です」

 

 ルイーダの話を聞いた手前、思わず妙にかしこまった返事をしてしまう。

 

「リン……守護天使様と同じ名前ですか」

 

「ええ、そうみたい」

 

「幽霊である私の姿を見る事が出来ますし……もしかしてご本人だったりします?」

 

「いや、」

 

 違う、と言いかけてふと言葉に詰まる。

 

 峠で見た大きな列車、自分の生い立ちの謎、そしてさっき見た天使としてウォルロ村を見た夢……否定するには気になる要素が多すぎた。

 

 答えが出せず、押し黙ってしまう。リベルトはそんな事情など露知らず、急に黙ったリンを不思議そうな表情で見つめている。

 

 とにかく何か喋らねば、と口を開いたその瞬間

 

 

 

「ちょぉっっと待ったぁぁあああ!!!!」

 

「え?」

 

 

 

 声、そして衝撃。

 

 

 突然後頭部を思い切りはたかれたような痛みが襲った。思わず顔をしかめながら振り向くと、そこには奇妙な何かがいた。

 

 それを一言で表すなら「ピンクの球」だ、サイズは豆粒程。それが淡い光を放ち、リンの目線の高さでふよふよと漂っている。その球はこちらと目(?)が合うとその光を強め、姿形を変えていく。

 

 そして球はリンの半分程のサイズの少女になった。球の姿も珍妙だったが、人としての姿も随分と珍妙だ。

 

 当たり前だがまず人では無さそうだ。彼女の背中から羽化したての蝶のような透き通った羽が生えている。肌は小麦色に焼けており、オレンジのキャミソールとハイヒール、金色の髪に花を挿し、顔には濃い化粧とやたらに洒落た格好で、自然真っ只中のウォルロ村にはあまりに合わない出で立ちをしていた。

 

 そんな彼女は額を抑え、リンの姿を目に捉えると、やけにキラキラした目でこちらを睨んだ。

 

「ちょっと!どこに目ェつけてんのよ!?痛いじゃない!!」

 

「……少なくとも頭の後ろにはついてないわ」

 

「あっそ……いや、そんな事より!」

 

 少女はリンの抗議を無視し、風を切らんばかりの勢いでリベルトを指さした。

 

「そこのオッサン!!今の発言、聞き捨てならないんですけど!今こいつが天使だとか言ってたよね!?」

 

 リベルトが「えぇ……そうですけど」と答えるが、目の前の少女は聞く素振りも見せずに言葉を進める。

 

「あたしもそうだとは思ったんだけど………頭の輪っかも羽も無いなんて変くね?何者?」

 

「……変と言えば貴女も大概変でしょう、貴女こそ何者なの?」

 

 そう聞くと、目の前の少女は待っていましたとばかりに瞳を輝かせた。

 

「ふっふーん、そう聞かれちゃあ答えない訳にはいかないわね」

 

 少女は大仰に言葉を溜め、ビシッ!と決めポーズをとった。

 

「聞いて驚けっ!アタシは謎の乙女(ぎゃる)サンディ。天の方舟の運転手よ!!」

 

「はぁ……」

 

「………」

 

 何とも反応に困る二人。そんな様子を不満に感じたのか、サンディとやらは「なによ、ノリ悪いわね……」とつぶやいていた。

 

「んで、アンタは何者なの?どーみてもただの人間なのになんで天の箱船やユーレイが見えるの?」

 

「それは……分からない」

 

「分からない?人間でも天使でもなくワカラナイって……え?ドユコト?」

 

「えっと……」

 

 うまく説明ができる訳もなく、リンはつっかえつっかえ、しどろもどろになりながら現在の状況を伝えた。最初は胡散臭そうに聞いていたサンディも、次第に顔に真剣味が浮かんでいく。

 

「へぇ、記憶が……ねぇ。ま、天界から落っこちたんじゃムリも無いか。ハナシ聞く限りアンタが天使だって事は間違い無いっぽいし?」

 

 しばらく考え込んでたサンディは、ふと何かひらめいたように顔を跳ね上げた。

 

「よし!じゃ、アタシがアンタの記憶を取り戻すのを手伝ってあげる!」

 

 サンディは我天啓を得たりと顔を輝かせ、再度リベルトを指差した。

 

 

「そこのオッサン!こいつを成仏させなさい!!」

 

「え、えぇ!?私ですか!?」

 

 

 リベルトは突然の提案に驚いていたが、サンディはそれを気にする女ではない。

 

「そ!どーせなんかショボい未練抱えてるんでしょ?」

 

「まあ、確かにこのままで良いとは思って無いですけど……」

 

「でしょ?じゃー決まり!このオッサンの未練を解決してやって昇天させてやんのよ!!」

 

 そこまで言い終え、サンディはこちらに向き直った。

 

「そーすりゃあんたの記憶も戻るかもしれないし?ま、細かいことはノリでやっちゃって!」

 

 サンディはパッと光ったかと思えば、最初の時のようなピンク色の球へと姿を変えた。

 

「じゃ、しばらくあたしはあんたに付いていく事にするわ、これからヨロシクね!」

 

 サンディはくるりとリンの周囲を回り、そのままリンの持ち物袋の中へと入っていく。

 

 

 リンの旅路に、新たな仲間が加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇっ、あんた袋の中ぐちゃぐちゃじゃない!ちゃんと整理しなさいよ!!」

 

「あ、ごめん」

 

 



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10話

「で、結局何をするのよ?」

 

「だからノリよ!このオッサンの未練を何かイイ感じに解決してあげるの!!」

 

「適当だなぁ……」 

 

 だがリッカの父をずっと彷徨わせる訳にもいかないだろう。それに、ルイーダとの約束もある。リッカがあれだけ意地を張る理由が彼だとするならば、その事情くらいは知っておきたいという打算もあった。

 

「えっと、それじゃあリベルトさん、あなたの未練は何ですか?」

 

「……直球かよ」

 

「うるさい」

 

 サンディの茶々を流し、リベルトの目を見つめる。彼は少し考え込むように眉をひそめ、ううむとうなりを上げる。

 

「そうですねぇ……まあ、大したことでは無いのですが……」

 

 そういってリベルトが指したのは宿屋の向こう、滝の近くの高台だった。

 

「あそこの茂みに埋めたものがあるんです、付いてきてもらえませんか?」

 

 

 

 

 

「………」

 

「………ねぇ、ロベルトさん」

 

「なんですか?」

 

 リッカの自宅から宿屋までは村のほぼ対極同士、その道のりは黙って移動するには少々長すぎる。それに、聞いておきたいこともあった。

 

「私、ルイーダさんに頼まれたんです。リッカをセントシュタイン城下町に来るよう説得してって」

 

「ああ、ルイーダさんに……彼女、押しが強くて大変でしょう?」

 

「ええ、まあ。それで、ロベルトさんに聞きたいんですが」

 

「リッカを行かせるべきか、ですか?」

 

「……はい」

 

 リンはこの村にとっては部外者であり、リッカはそんな自分を助け、受け入れてくれた恩人なのだ。ルイーダに頼まれたとはいえ、彼女が本気で嫌がっているならそれを無理やり説得することは出来ない。

 

 だからこそ、聞いておきたかった。リンよりも遥かにリッカを知っているであろうリベルトなら、どうするのか、どうしてほしいのか。

 

「そうですね、ですがそれを話す前に……あ、ここです」

 

 リベルトが茂みを指さした。茂みは風に揺れ、彼の手をゆらゆらと通り抜ける。

 

「ここを掘ればいいの?」

 

「ええ、お願いします」

 

 その茂み付近の土を掘り返してみると、すぐに何か固いものが指に触れた。そのまま掘り出してみると、土にまみれたトロフィーが現れた。

 

「……これは?」

 

 近くの川で土汚れを落とすと、そのトロフィーは眠りから覚めたかのように強く、だが優しい黄金の光を放った。その台座には、仰々しい文体で文章が刻まれている。

 

『リベルト殿、汝を宿王と認め、これを授与するー――セントシュタイン王』

 

 

「伝説の、宿王」

 

 ルイーダはリッカの父を確かそう呼んでいた。リッカは否定していたが、このトロフィーを見る限り、それは真実だったという事になる。

 

「そうです、これですよこれ!!……いやはや、懐かしいなぁ」

 

「これ、あなたが?」

 

「ええ、ですがここに帰ってきた時に埋めたんです。あの国への思いを断ち切るため……リッカのために」

 

 そう言うリベルトの目には昔を懐かしむ老人のような、わが子を慈しむ父親のような、泉に宝物を落としてしまった少年のような、一言では語れない複雑な感情が渦巻いていた。実体のないはずの幽霊の瞳が潤む。

 

「……いけませんね、久しぶりにこのトロフィーを見たせいか、つい……」

 

「私はダメな父親でした。宿王などという称号に目がくらみ、病弱だった妻の身を顧みなかった。だから夢をここに捨てた。立派な父に、たった一人の家族を守らねばならなかった……でも、それでも……」

 

「リベルトさん……」

 

「リンさん」

 

 リベルトはこちらを真っ直ぐに見据える。

 

「私の頼みを、聞いてくださいませんか?」

 

 

 

 

「はあ……」

 

 夜の静まった空気に、小さなため息がイヤに響く。

 

「……お父さん」

 

 リッカの頭に浮かんだのは父の姿。優しく、温かい、大好きだったお父さん。

 

 リッカが宿屋の手伝いを始め、経営するまでに至ったのは間違い無く彼の影響だ。そして彼女は、それを誰よりも誇りに思っていた。

 

ーーーあなたのお父さんは宿王なのよ!

 

 そんなはずはない、という気持ちは不思議と無かった。それは父親という贔屓もあったかもしれないが、それを踏まえても宿を経営する父の背中は大きく、格好良かった。ルイーダの言葉を聞いた時、浮かんだ気持ちは驚きよりも、困惑だった。

 

 宿王。セントシュタイン王に認められた、宿の王。

 

 セントシュタインの名前はリッカだって知っている。とっても、とっても大きな街だ。ウォルロ村とは広さも、人の数も、比べ物にならない、大きな街。

 

 そんなすごい人が、どうしてこんな村に?

 

 そんなすごい人の代わりに、あたしが?

 

 ほんの少し前までただの村娘であったリッカにとってそれはあまりに重すぎる。そして新しい世界へ躊躇無く飛び込めるほど、彼女は楽天家では無い。

 

「……リンなら」

 

 彼女だったら、どうしたのだろう。あの物静かで、優しい彼女なら。いや、答えは分かりきっている。

 

 彼女は受けるだろう、助けを求められたら、彼女は絶対に断らない。自身に起こる危機など省みずに助けるだろう。あの時の、ルイーダさんのように。

 

「リン……」

 

 どうしてそんな事が出来るのだろう。怖く無いのだろうか、逃げたくならないのだろうか。

 

 話したい、でも話したくない。

 

 リンが目覚めた時、近くにルイーダさんがいた。

彼女は間違い無くリンに頼んだはずだ、「説得してくれ」と。

 

 ルイーダさんなら、初対面の人間であれば断れる。

 

 なら、リンなら?

 

 リンがそう願えば、私は受け入れてしまうのだろうか。「彼女に頼まれたから」と、セントシュタインで宿の切り盛りが出来るのだろうか、

 

 私はーーーー

 

 

 

 

 

「……着いた」

 

 リンは黄金に輝くトロフィーを抱え、リッカの家の戸口に立っていた。

 

 隣にはリベルトが控え、サンディは袋の中で大人しくしている。

 

 足が重い。トロフィーを抱える手には汗が滲み、滑る指に力がこもる。

 

「ナニ緊張してんのよ?」

 

 我慢できなくなったのか、サンディが声を上げた。流石に空気を察知したのかいつもよりテンションは抑えめだ。

 

「ハァ……アンタってホントお節介焼きよね」

 

「だって」

 

「変に気ィ回すなっての、アンタの仕事は単純よ」

 

「それは……まあ、そうだけど」

 

「ほら、サッサといけいけ!!」

 

 バシッ!とサンディの体当たりが背中に炸裂する。思わず前につんのめりそうになるが、不思議と痛みは無い。それはおそらく、これが彼女なりの激励だと分かっているからだろう。

 

 目線で感謝を伝えつつ、リベルトの方へ振り返る。リベルトはじっとこちらを見つめ、少し笑い、頷いた。「お願いします」といったところだろうか。

 

 深呼吸し、気持ちを整える。らしくもなくドアをノックしようと指を曲げ、少し考え、ノックは無しで扉を開けた。

 

 

「ただいま、リッカ」

 

「リン……」

 

 戸を開けて見えたリッカの姿は、随分と小さく見える。まるで、幼い子供に巻き戻ったかのようだ。

 

「……それは?」

 

 リッカの目を引いたのは当然このトロフィーだ。リンはそのトロフィーを、リッカの元へ差し出した。決して落とさぬよう、慎重に、慈しむように。

 

ーー汝を宿王と認め、これを授与する。

 

「セントシュタイン王……宿王の、トロフィー……」

 

「あなたのお父さん、リベルトさんのものよ」

 

「なんで……?なんでリンが、これを?」

 

「それ、は」

 

 当然の疑問だ、何せトロフィーを埋めたのはリベルト本人しか知らない秘密、リッカも、ましてつい最近ウォルロ村に来たリンが知っているはずはない。

 

 だから、言うしかない。信じてくれなくても、たとえ狂人と謂われようが。

 

「……リベルトさんが、教えてくれたの」

 

「お父さんが……?そんなの」

 

「分かってる」

 

「……ッ!!じゃあ……!!」

 

「教えてくれたのは幽霊よ。リベルトさんの、ね」

 

 リッカの目が大きく見開かれる。信じられないと、きっとそう思っているのだろう。

 

「……ねえ、リン」

 

「信じられないのは分かってる、でも」

 

「お父さんは、そばにいるの?」

 

「本当の……え?」

 

 言葉に詰まった。リッカの目は真っ直ぐにこちらを見つめている。こんな話を、信じて

 

「信じるよ」

 

 こちらの心を見透かすように言葉が重なる。

 

「リンはそんな嘘はつかない。それくらいは、私でも分かるよ」

 

「…………」

 

「教えて、お父さんはここにいるの?」

 

「……うん、いるよ」

 

 ふとリベルトへ目を向ける。顔を伏せ、その表情を窺い知る事は出来ない。

 

 リッカはリベルトに正面から向き合った。見えないはずの、幽霊の父に。

 

「お父さん……私、宿屋をしているお父さんの事が大好きだったの、優しくて、カッコよくて、本当に楽しそうで」

 

「宿王って聞いた時も、不思議と違うとは思わなかったの、ああそうだったんだって、納得したの、でも……」

 

「そんなすごいお父さんがどうしてこの村にいたの?どうして、こんなにすごいトロフィーを捨てちゃったの?」

 

 リベルトは答えない。いや、仮に答えたとしてもそれはリッカには聞こえない。

 

 リッカは何を求めているのだろう、リベルトの言葉はリンにしか聞こえず、かといってこちらが水を差していい話ではない。

 

 三者ともに沈黙。空気が重くなっていくのを感じる。

 

 

「……その事は、わしから話そう」

 

 

 その空気を破ったのは、リッカでも、リベルトでも、勿論リンでもない。

 

「おじいちゃん……?」

 

 そう、それはリッカの祖父だった。

 

 彼は近くの椅子に腰をかけ、ゆっくりと口を開く。

 

「……覚えておらんかも知れないが、昔のお前は身体が弱く、病気がちじゃった。お前の母と、同じようにな」

 

「妻を亡くし、体質の似たリッカをそのままにはしておけんかったのじゃろう。志半ばで、アイツはこの村に帰って来おった…………この村の水は、人を健康にすると言われておるからの」

 

「じゃあ……私が、お父さんの夢を……」

 

「お前のせいじゃない、とは言えん。じゃがあやつにとって、宿王の称号などより娘のお前の方が大事じゃった。それだけは、わかってやってくれ」

 

 話を終えたリッカの祖父は、一息つくと、じろりとリンの方へと目を向けた。

 

「本当は墓まで持っていくつもりだったんじゃがな……ルイーダに、お主に、ここまでされては隠しておけん」

 

「……その」

 

 すみません、と言おうとしたリンを、彼は手で制す。

 

「いや、構わん。むしろ伝えることが出来て胸のしこりが取れたわ」

 

 彼は満足そうに笑い、リッカの方へと目線を移す。そう、この話の主役はリッカだ。

 

「…………え、と」

 

 リッカは何かを言おうとして、だが何も言えずに口をパクパクと動かすのみ。情報が頭の中で処理しきれないのだろう、当然だ。

 

 ふと、リッカはリンへと振り返る。

 

 何か助言を求めているのだろうか。あるいは、委ねているのだろうか。

 

「…………………」

 

 ーーー何も言わないでください。

 

 それが、リベルトの頼みだった。

 

 リンが言ったから、ルイーダが言ったから。そんな理由で決めないで欲しい。

 

 セントシュタインで宿王を目指してもいい、ウォルロ村で小さな宿屋を続けてもいい。

 

 でもそれは、リッカ自身に決めてほしい。

 

「わ、私…………」

 

 

「私、ルイーダさんの話、受けるよ」

 

 

 一音一音絞り出すようなたどたどしい声、だがその瞳には確かな覚悟が宿っていた。

 

「私はお父さんみたいにすごい宿屋じゃない、セントシュタインなんてすごい街で、何が出来るのかも分からない、でも」

 

「やれるだけ、やってみたい。自分じゃ出来ないって、決めつけるのは、良くないから」

 

「リッカ……!」

 

「……ありがとう、リン。私頑張るよ、頑張って、いつかお父さんみたいにカッコ良くなるよ」

 

 リッカは泣き笑いを浮かべてトロフィーを抱きしめる。リンも、リッカの祖父も、それを暖かな目で眺めていた。

 

 

 やり取りを終えた後、リッカは家を出て、ルイーダのいる宿屋へと向かった。

 

 リッカの祖父も疲れたのか、リッカを見届けるとすぐに自分の寝室に戻っていった。

 

 そうしてリッカとリベルト、サンディの三人が部屋に残された。

 

 

「……いやはや、リッカも大きくなったなぁ」

 

「リベルトさん……」

 

 リベルトは今までのやり取りを一言も発せずに眺めていた。顔を伏せ、隠れていたその顔には、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。

 

 青白いリベルトの身体が淡く光り、輪郭がぼやけ

、消えていく。

 

「ワガママを受け止めてくれて、夢を継いでくれて…………これ以上、何を望めばいいのでしょう」

 

 身体が天へと昇っていく。未練を解かれ、解放された魂は、天の使いに迎えられる。

 

「ありがとう、ごさいます……どうか、これからもリッカを……お護り……くだ……さ……」

 

 リベルトの身体がひときわ強く輝き、リンの視界を覆う。

 

 再び目を開けた時、リベルトの姿はどこにもなかった。彼は彼のあるべき場所へ、遠い天の上へと還っていった。

 

 

 

 



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