Fate/WizarDragonknight (カラス レヴィナ)
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第1章
"Life is show time"


始めまして。カラスと申します。
二次創作、始めました。
どうか皆様、よろしくお願いいたします。
意見その他、遠慮なくお申し付けください。


「この辺でいいかな」

 

 バイクから降りた少年は、ヘルメットを置きながら呟いた。

 見るからに多い、人人人。駅前の噴水広場は、この美しい水の演技を独占できていた。

 

「ふーん。見滝原……ねえ」

 

 少年は、駅に書かれている地名を呟いた。

 

「知らない町か。ま、しばらくはここで暮らそうか」

 

 少年はバイクの背中に付けてあるリュックを開く。手慣れた手つきで金属製の筒を足元に置き、側に青のレジャーシートを広げる。造花、トランプ、赤いハンカチ。

 何人かは足を止め、少年の不可解な行動に興味を示していた。少年はそれを見てほくそ笑む。

 

「コホン」

 

 少年は咳払いをして、昼夜の駅前に堂々と告げた。

 

「さあさあお立会人。ご用とお急ぎでない方は是非ご覧あれ」

 

 少年の主観では、一割弱の人がこちらを向いた。まだ足りない。

 

「私、流れの大道芸人、松菜(まつな)ハルトが、皆さまにステキな暇潰しをお届けします!」

 

 宣言とともに、指をパッチンと鳴らす。果たしてそこには、タネも仕掛けもございません。黒と赤のシルクハットが出現した。

 ハルトと名乗った少年は、クルリとシルクハットを回転させ、頭に乗せる。

 

「レディースアンドジェントルメン!」

 

 被ったハットを即上空へ投影。無数の白い鳩と化し、上空へ待っていくその光景には、流石に少なくない人数が足を止めた。

 

「さあさあお立会人。ご覧あれ!」

 

 ハルトは、シートの上の造花を指す。どこにでもある、プラスチックでできた造花。白い花を備えたそれは、いつまでたっても変化は起きない。人工物だから。

 だがそれは、ハルトが指した瞬間に起こった。

 自立、伊吹。命なきものが命を得て、ぐんぐん育っていく。

 

「す、すごい……」

「あんな手品、初めて見た……」

 

 自然に生まれる、拍手。歓声。

 ハルトは嬉しそうに、

 

「どんどん行きましょう! お次は……」

 

 

 

「キャアアア!」

 

 大道芸人の突然の始まりは、また突然の悲鳴により、急遽フィナーレを迎えた。

 何だ、とハルトも観客も悲鳴の方角を向く。そこには、

 

「オラオラ! 絶望しろ! 人間ども」

「我々、ファントムを生み出すのです」

「ねえねえ、君、死んでみない?」

「いい悲鳴……絶望させたくなっちゃう…」

 

 四体の異形がいた。

 見たもの全てを恐怖に陥れるそれら。

 それぞれ火、水、風、地を人形に無理矢理収めたようなその怪物たちに、人々は恐怖し、我先へと逃げ惑う。

 

 ただ一人を除いて。

 

「あーあ、折角稼げそうだったのにな……」

 

 暴れまわる四体の怪物の目前ながら、悠々とショーの器具を片付けているハルト。見物客のいなくなったショーの場に、ポンと花を虚空より出現させた。逃げる意思を一ミリも見せないその姿に、怪物たちの方が驚く。

 

「貴様! 何故逃げない!?」

 

 炎の怪物の問いに、ハルトはさも当然のように答えた。

 

「お前たちファントムがいるから」

「何?」

 

 全ての小道具を片付けて、ハルトは告げた。

 

「だって、アンタたち。ファントムでしょ?」

「貴様、オレたちのことを知っているのか?」

「まあね」

 

 ハルトは小道具を粗方収納し終える。ファントムと呼ぶ怪物たちに向き直り、

 

「大道芸は副業。本業はこっち」

 

 右手中指を左手で覆う。そのままショーのように、「スリー、トゥー、ワン」のカウントをして、外す。

 そこには、先程まではなかった、指輪が付けられていた。

 掌の模様をした指輪。それを、同じく掌を象ったベルトのバックルに掲げる。

 

『ドライバーオン』

 

 すると、起動音とともに、ベルトの上に新たなベルトが出現した。中心には、またしても掌を模したオブジェがかたどられている。ハルトが銀でできたそれを操作すると、掌が右を向く。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 するとどうだろうか。ベルトからは、いとも軽快な音楽が流れ始めたではないか。ハルトはそれに構うことはなく、左手に、ポケットから取り出したルビーをあしらった指輪を取り付ける。

 

「何をしている?」

「何って……仕事」

 

 次に見るからに高価そうなそれに取り付けられたカバーを下ろす。すると、丁度そのカバーが、ルビーをまるで顔のように仕立て上げた。

 

「変身」

 

 そう告げるとともに、ハルトは指輪をベルトに掲げる。

 

『フレイム プリーズ』

 

 その音声とともに、左手を真っ直ぐ伸ばす。すると、伸ばした先に、丸い円陣が生まれた。炎を纏うそれは、やがてハルトの体へ迫っていく。

 

『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 炎が通過したとき、そこにいたハルトはハルトではなかった。

 

「な、なんだ貴様は⁉」

 

 これはどの怪物が言った言葉なのだろうか。それすらも分からないまま、ハルトは……いや、かつてはハルトだった彼は答えた。

 

「俺はウィザード。来世のために、覚えておいたほうがいいかもよ?」

 

 そこにいたのは、黒いローブ、赤い装飾。掌を模した銀のベルトと、その腰元には複数の指輪が付いたホルスター。

 そして、ルビーの仮面をした魔法使い、ウィザードだった。

 

「ふ、ふざけるな! やれ! グールども!」

 

 怪物たちが、どこからか取り出した石を投げた。地面に落ちたそれらは、黒い煙とともに人型の低級ファントム、グールと化す。灰色の化け物たちは、それぞれ手にした槍を振り回していた。

 四体の司令官と、無数の兵士。そんな状況にも関わらず、ウィザードはルビーの指輪を翳しながら言った。

 

「さあ。ショータイムだ。いや、まさにこれは……Life is show time!」

 

 

 

 ウィザードは、新しく左手に指輪を付け替え、ベルトに読み込ませる。

 

『コネクト プリーズ』

 

 出現した、小さな魔法陣。それに右手を突っ込む。その内側から引っ張り出したのは、銀でできた銃だった。

 それを乱射しながら、ウィザードは走る。ジャンプし、グールの槍を避ける。軽快な動きで、前後、左右のグールを撃ち取る。

 そのまま銃を操作。すると、銃は銃口の裏に収納された刃が牙をむく。

 これこそが、銀の銃剣、ウィザーソードガンの特徴の一つだった。

 キリキリと回転させながら、ウィザードは次々とグールたちを切り倒していく。

 

「お待ちなさい」

 

 グールを粗方倒し終えたとき、ウィザードの体が押し倒された。

 大量の水により押し流され、地面を転がるウィザード。見上げれば、水のような形のファントムがいた。

 

「ウィザード。思い出しました。何でも、各地でファントムを狩っているものがいると」

「へえ。俺結構有名なんだ」

「その首。私が討ち取らせていただきましょう!」

 

 水のファントムの攻撃を避け、ウィザードは左手のルビーを入れ替える。

 青々とした美しいサファイアに。

 

「俺ってさ、相性で攻めるより、同じタイプで攻める方が好きなんだよね」

 

 ウィザードはそう言って、サファイアをベルトに掲げる。

 

『ウォーター プリーズ』

 

 次に、青い魔法陣が現れた。それは、ウィザードの頭上。

 

『スイ~スイ~スイ~』

 

 蒼い魔法陣がゆっくりとウィザードの体を通過していく。サファイアの力が秘められたそれが通過した後には、ウィザードのルビーは、全てサファイアに差し替えられていた。

 

「いくよ」

 

 サファイアの姿になったウィザードは、数回銀の剣を回転させ、水のファントムを袈裟切り。

 すさかず、ウィザードはソードガンの一部を操作する。手の形をしたそれは、親指に当たる部位を開くことにより、サファイアの手と握手をする形になる。

 すると。

 

『ウォーター スラッシュストライク』

 

 

 すると、ソードガンの刃に、青い水の渦を纏う。

 

『スイ~スイ~スイ~』

 

「そんなもの、ただのこけおどしです!」

 

 しかし、水のファントムは恐れることもなく、こちらに迫ってくる。

 だが、ウィザードは焦ることなく、カウンター。

 青いファントムは、それよりもさらに青い水の刃により引き裂かれ、爆発。消滅した。

 

「まずは一人。うわっ!」

 

 勝利の余韻に浸る余裕もなく、ウィザードの背中に痛みが走る。振り向くと、風のファントムが上空から、両手より風の弾丸を飛ばしている。

 

「風か……だったら」

 

 肩に当たり、逸れて地面に当たり。

 土煙の中、ウィザードは新しい指輪を装填した。

 

『ハリケーン プリーズ』

 

 きっと、向こうからすれば、土煙の中に、緑の光が漏れたと見えたのだろう。

 

『フゥー フゥー フゥーフゥーフゥフゥー』

 

 土煙が出まき散らされるとともに現れた、緑のウィザード。エメラルドのウィザードは、その身に風を纏わせながらぐんぐん上昇。風のファントムと接触する直前で、再びソードガンのパーツと握手。

 

『ハリケーン スラッシュストライク』

 

 刹那。交差とともに、風のファントムを両断。爆発。

 

「次!」

 

 それは、地上からこちらを見上げる地のファントム。エメラルドの指輪をトパーズの指輪と入れ替え、即使用。

 

『ランド プリーズ』

 

 自由落下しながら、ウィザードの足元に黄色の魔法陣。

 

『ドッドッ ド ド ド ドンッドンッ ドッドッドン』

 

魔法陣を突き抜け、トパーズとなったウィザードは、思い切りの力で地面を叩く。

 すると、ウィザードのバカ力が、地のファントムの動きを鈍らせる。

 

「今だ!」

 

 ソードガンを銃に戻したウィザードは、すぐさまトパーズの指輪を読み込ませる。

 

『ランド シューティングストライク』

 

 地のファントムが動きを始める前に、黄色の弾丸を発射。

 地のファントムは、有無を言わさずに爆散した。

 

「何だ……何なんだ⁉ お前⁉」

 

 立て続けに三体も倒されたからだろう。火のファントムは焦りながら慄く。

 

「なぜ、俺たちの邪魔をする⁉」

 

『フレイム プリーズ』

 

 火のファントムに対し、ルビーに戻ったウィザードは答えた。

 

「そんなの当たり前じゃん」

 

 右手の指輪を、腰のホルスターに付いている指輪と入れ替える。それを、操作したベルトに読み込ませる。

 

「人を守るためだよ。」

「ふ、ふざけるな! おい、見逃せ!」

「ダメだよ。悪いけど、ショーはもう待ってくれない。幕が上がれば演り切る終わりまで。さあ、」

 

 一瞬だけ溜め、告げた。

 

「3 2 1 showtime」

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー!』

 

 その指輪の効力は、ウィザードの足元。その足場を中心に、円形が発生。燃え上がる炎をその円周に纏わせるそれの上で、ウィザードは腰を低くし、火のファントムを睨む。

 

「はあぁ……」

 

 円陣の炎が、徐々に右足に集約されていく。

 ウィザードはそのまま、回転しながら飛び上がる。

 右足を天に向け、そのままぐんぐん上昇。

 体勢を変え、右足を火のファントムへ向ける。

 

「だぁああああああああああああ!」

 

 炎の蹴撃。ストライクウィザードたる、ウィザードの最大火力の一撃。

 それは、断末魔を断ち切り、人を襲う怪物の体に、魔法陣という風穴を開けた。

 そして、火のファントムに巻き起こされる、爆発。

 それは、ファントムの最期だった。

 そのままウィザードは、ローブをたたみ、告げる。

 

「ふぃー」

 

 ウィザードの体を、魔法陣が貫通する。

 ウィザードは消滅し、その場にハルトが戻った。

 

「全く。稼げるかなって思ったのに、仕切り直しだよ。今日の寝床も探さないとだし……ん?」

 

 ぶつぶつ文句を垂れるハルトは、自分の体の異変に気付いた。

 正確には、右手の甲。

 

「あれ? どこかぶつけた?」

 

 そこには、血が滲んだような、不気味な紋様が浮かんでいた。

 




いかがだったでしょうか。
凡才なので、意見その他、お待ちしております。


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鹿目まどか

ここの前書きって、結構書くこと考えると本編より先にネタ切れになりそうですね


『フレイム スラッシュストライク』

 

 ウィザーソードガンの刃先に、赤い炎が迸る。

 

「だああああ!」

 

 紅一閃。その斬撃が、人々を絶望させる悪魔、ファントムを斬り払った。

 残った燃え滓を眺めながら、ウィザードはハルトの姿に戻る。

 

「ふぃー。疲れた」

 

 ハルトは肩をコキコキと回す。

 

「この町に来てからはや数日。大道芸にも場所が何と無く分かってきたけど、ファントム多すぎない?」

 

 ファントム。ゲートと呼ばれる、魔力を持つ人間が絶望し、生き絶えることでその内より生まれる怪物。絶望を振りまき、同類を増やしていく性質のため、どの町にも少なからず存在している。

 

 実際、これまでハルトが旅してきた中にも、ファントムが複数いる町はあった。だが、それでも週一で見つかれば多いという部類だった。

 

「一日一体は多いって。初日は四体も出てくるし」

 

 そうため息をついたハルトへ、ピーピーと呼ぶ声がする。振り向けば、赤い雀大の鳥がいた。

 プラスチックで出来たような体の鳥。それは、ハルトのことを全く恐れず、その周囲を旋回する。

 

「どうしたガルーダ? まだ魔力切れじゃないよね?」

 

 だがガルーダと呼ばれた鳥の動きは止まらない。必死に鳴き声をかけるカルタの様子を見てハルトは少し顔を青くした。

 

「もしかして、またファントム?」

 

 ガルーダがコクッと頷く。ハルトは頭を抱えて、

 

「またぁ? 少し多すぎない?」

 

 口を尖らせる。だが、ガルーダにはそんなこと関係ない。早く行こうと言わんばかりに、ハルトの袖を引っ張る。

 

「わかったわかった、ちょっと待って」

 

 ハルトは指輪をコネクトのリングに入れ替える。読み込ませた瞬間ハルトの隣に巨大な魔法陣が出現する。ハルトの背丈と同じ位の大きさのそれに手を突っ込むと内部からバイクが出現した。

 

「行くしかないよね」

 

 ハルトはバイクに飛び乗り、ヘルメットを被る。

 

「じゃぁガルーダ、道案内お願い」

 

 ハルトの声にガルーダ待ってましたと言わんばかりに駆け出した。

 

 

 

「さあ、死への恐怖で絶望してファントムを……」

「挨拶代わりのキックストライク!」

「ぎゃあああ!」

 

 ファントムの姿を見る前にその姿が爆炎に包まれる。

 今日だけでも何件目だろうか。変身を解除したハルトはアスファルトの上で大の字になる。

 

「もういや! もう無理! 今日だけでこれまでの討伐数更新しているんじゃないの?」

 

 そんなことない、とガルーダが頭上で左右に揺れた。

 ハルトはむくりと起き上がり、戦いには一切関与していないガルーダを睨む。

 

「いいよなぁ使い魔は。俺みたいな肉体労働じゃないんだから」

 

 するとガルーダは、そんな事はないよと言わんばかりに、ハルトの頭をポンポンと叩く。ガルーダの嘴が頭に刺さって妙に痛い。

 

「痛! 痛いって!」

 

 そんな端から見たらペットとじゃれあう主人のような行動を繰り返しながら、ハルトの耳に新たな鳴き声が聞こえてきた。

 

 ヒヒーンと、馬らしき鳴き声。ハルトの手元には、ガルーダと同じように、プラスチック材質でできた馬がいた。

 

「お、ユニコーン」

 

 青い材質でできた、角の生えた手乗り馬。伝説上の生き物、ユニコーンの姿と名前を持つそれは、その角でハルトの手をツンツンと叩く。

 

「痛っ。何? 魔力切れ? もうそんな時間か」

 

 しかし、ユニコーンは首を振る。その時点で、ハルトの第六感が嫌な予感を伝えた。

 

「……魔力切れでしょ? すぐに補充するから」

 

 そういって、ユニコーンの胸元へ手を伸ばす。ユニコーンやガルーダの動力源である指輪だが、それに触れさせないように、ユニコーンはその身を避けた。

 もうハルトは、観念して呟いた。

 

「……ファントム?」

 

 正解。そういうユニコーンのジェスチャーは、縦のジャンプだった。

 

 

 

「こーなったらもうこの町のファントム狩り尽くしてやる! 変身!」

 

『ハリケーン プリーズ』

 

 怒りのエメラルドの指輪を装填。バイクに乗るのももどかしく、手にユニコーンを乗せたエメラルドのウィザードは、風とともに空へ飛んで行った。

 

 

 

 

 少女の名前は、鹿目(かなめ)まどか。この町の中学校、見滝原中学の生徒である。小柄な背丈、非力な肉体。どこにでもいるような、ただの女子中学生だった。

 命の危機など、一生無縁であるはずだった。それなのに今。絶体絶命の危機に瀕している。

 

「ぐへへ……さあ、絶望してファントムを生み出せ!」

 

 見たこともない、牛の顔をした化け物。青いの人型のそれが、両手を広げながらこちらへ迫る。これが人間ならば不審者で済むが、この怪物、が纏う雰囲気は、本気の危険だった。

 

「こ、来ないで……!」

 

 目に涙を浮かべながら訴えるが、そんな情が通じる相手ではなかった。

 怪物は、どんどんにじり寄ってくる。いままさに、まどかの命を奪おうと手を伸ばし、

 

 その手が、どこからか飛んできた銃弾によって弾かれた。

 

「……え?」

 

 唖然としたまどか。そして、

 その目前に現れた、土の壁。

 

「な、何⁉」

 

 連続する奇怪な現象に目を白黒するまどか。そして、

 現れた壁が粉々に崩壊。中より、黒いローブの人物が出現、怪物へ回転蹴りを放った。

 

「……」

「大丈夫?」

 

 黄色の仮面をしたローブは、こちらへ手を伸ばした。

 驚きながらも、まどかはその手を握り返す。

 助け起こされ、まどかは恐る恐る頭を下げた。

 

「あ、あの、ありがとうございます……」

「ん。いいよ。気にしないで」

「き、貴様!」

 

 牛の化け物が、怒声を上げる。

 

「貴様! もしや、噂のウィザードか⁉」

「へえ、知っているんだ。名前が売れて光栄だけど」

「ウィザード……さん?」

 

 恩人の名前を、まどかは復唱する。ウィザードと呼ばれたマスクは手を振り、

 

「別にさん付けしなくてもいいよ。このファントムで憂さ晴らしするから」

「ふざけるな!」

 

 怒りにかられて突進してくる牛の化け物。しかし、ウィザードは一切焦らず、腰のホルスターから指輪を外し、右手中指に取り付ける。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 ウィザードの手前に出現した円陣。魔法陣ともいうべきそれから出現したのは、分厚い土の壁。

 それは、牛の化け物の突撃を止めたばかりか、その身を壁の中に捕えた。

 

「なにっ⁉ 何だ、これは⁉」

「ふふん」

 

 ウィザードは鼻で笑いながら、蹴り飛ばす。

 崩れる土壁とともに地面を転がる牛の化け物。

 

「ばかな……この俺が……!」

「頼むから今日はこれっきりにしてくれよ。俺だって今日の寝床探しで忙しいんだから」

 

 そう言いながら、ウィザードは手にした銃の、手のオブジェ部分を開く。

 

『キャモナシューティング シェイクハンズ! キャモナシューティング シェイクハンズ!』

 

 この場に似合わない、リズミカルな音声。それに構うことなくウィザードは、手を模したパーツに左手の指輪を読み込ませる。

 

『ランド シューティングストライク』

 

 その音声とともに、その銃からは黄色の弾丸が発射された。

 黄色の誘導弾は、そのまま牛の怪物に命中。

 その恐ろしい肉体は、瞬時に爆発とともに消滅した。

 

 

 

「……助かった……の?」

 

 ようやく安堵の息が漏れたとき、まどかの口からはその言葉しか出てこなかった。

 

「えっと……貴方は……?」

「俺?」

 

 こちらを向いたウィザードの体が、黄色の魔法陣に包まれる。通過した途端、彼の姿は黒いローブの魔法使いではなく、

 どこにでもいる平凡な少年に変わった。

 まどかよりも頭一つ背が高い程度の背丈。長らく使っていそうな、傷だらけの革ジャン。

 

「ま、流れの大道芸人、松菜ハルトです。どうぞお見知りおきを」

 

 ハルトと名乗った少年は、まさに舞台役者のように礼をする。それにつれて、まどかも思わずお辞儀を返した。

 

「あ、私、鹿目まどかって言います。助けていただいて、ありがとうございました」

「はい。まあ、無事でよかった」

 

 ハルトがにっこりとほほ笑んだ。

 この人は、悪い人じゃないのかな。そう考えたまどかは、恐る恐る尋ねた。

 

「あの、さっきの怪物は……?」

「ん? あれはファントム」

「ふぁんとむ?」

 

 目を白黒させるまどか。テレビでしか聞いたことのないような単語だったが、ハルトはさも当然のように語った。

 

「人間を襲う怪物。ま、ゲートっていう魔力を持った人を絶望させて、仲間を増やそうとする奴ら。増えたら、大変なことになるから、俺はこうして退治しているわけ」

「はあ……それじゃ、もしかして私がその……ゲートってことですか?」

「うーん、それはないんじゃないかな? だって、あのファントム結構手あたり次第って感じだし。たまたま逃げ遅れたんじゃないかな」

「そうですか……あの、助けていただいて、本当にありがとうございました!」

「いやあ……あ、そうだ」

 

 するとハルトは、ポンと手を叩く。

 

「ねえ、その……助けた後でお礼お願いするのも変な話だけど、頼みってしてもいい?」

「あ、私にできることならなんでも」

 

 ハルトは深呼吸し、

 

「この町……案内お願いできない?」

 

 

 

「ここって結構、進んでいる町なんだね」

 

 それが、見滝原を大体見て回ったハルトの感想だった。

 

「高層ビルがこんなに多いのも早々ないよ? 公園も綺麗なところ多いし」

「ハルトさん、いろんなところを旅してきたんですよね」

 

 まどかの言葉に、ハルトは頷く。

 

「うん。色々行ったよ。海外もいくつか」

「すごいですね。大道芸と魔法使いなんて」

「そんなことないよ」

 

 ハルトは右手に常備している指輪を見落とす。ベルトを出現させる効果をもつその指輪だが、まどかも同じように見上げていた。

 

「見滝原の主な場所はこんなところですね。市役所、駅、商店街、公園、動物園に水族館」

「いやあ、すごいなあ。空中にタッチパネルなんて、映画でしか見たことないよ」

「そうですか? 私、あまり見滝原から出たことがないので当たり前になっちゃったんですけど。他ではあまりないですか?」

「うーん。俺は見たことないかなあ。今って、こういう技術ってあっという間に広まりそうなんだけど」

 

 そんな笑いながらの会話の最中だった。

 突然感じた、殺気のようなもの。まどかを抱きかかえ、脇へ退避する。

 

 

 

 その時。

 

 轟、という音が大地を揺らす。

 

 振り返れば、さっきまでいた場に大きな穴が。

 そして空には、それを行ったらしき、黒い翼を生やした女性がいた。

 

「な、何だ……?」

 

 ハルトもまどかも唖然として空を見上げる。

 美しく長い銀髪、黒い衣装と黒い翼。光を塗り潰す闇が、昼の世界の色を変えている。

 そして彼女の、美しくも悲しい赤い瞳が、まっすぐとハルトを見つめていた。

 

「……見つけた」

 

 彼女の冷たい声。それだけで、彼女がファントム以上の脅威だと理解できた。

 




一週間ごとに更新したいなあ、と書きながら願っています。


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キャスター

今アニメで、妙にサバイバルものが多いですよね。ソウナンですかといい、アストラといい、Drstoneといい。
流行ってるのでしょうか


「サーヴァント キャスター」

 

 黒羽の天使は、静かに名乗った。

腰まで伸びた長い銀髪。血のように赤い瞳。

まるで拘束具としてデザインされたような、縛り上げられた服。

頬の部分に刻まれた赤い紋様は、まるで彼女が赤い涙を流しているようにも見えた。

 サーヴァント。キャスター。どちらが姓でどちらが名前なのか皆目見当がつかないながら、ハルトは彼女の全身から発せられる本気の殺意に、無意識にベルトを起動させる。

 

『ドライバー オン』

 

 いつもの音声とともにルビーの指輪を付けながら、ハルトは尋ねる。

 

「いきなり何のつもり? いきなり攻撃される謂れとおもうけど?」

「貴方がマスターであることは、その手の令呪が物語っている。戦う理由は充分でしょう?」

「また知らない単語……何? マスター? 令呪? 何のこと?」

 

 そう言いながら、ハルトはルビーを嵌めた手を見て理解する。

 先日前触れなく現れた、奇怪な紋章。これが、令呪というものなのだと。

 

「知らぬのなら、知らぬままに消えなさい……!」

 

 キャスターとやらは、掲げた手を振り下ろす。すると、彼女の傍らに、茶色の表紙の本が現れた。辞典のような厚さのそれが、自動でパラパラとめくられていく。キャスターはその赤い眼差しをページに目を走らせ、告げた。

 

「ディアボリック エミッション」

 

 それは彼女の声か、はたまた別の電子音か。

漆黒の光弾が重力に乗り、ハルトへ迫る。広範囲にぐんぐん広がっていくそれに対し、ハルトはハンドオーサーを操作する。

 

「ハルトさん!」

「変身!」

 

 まどかの悲鳴と重なる、ハルトの掛け声。爆炎は揺らめき、姿を変え、赤きウィザードの力と化す。

 

「俺に何の恨みがあるのか知らないけど、やめてくれない?」

「それはこの聖杯戦争さのものへの否定ですよ」

「……せめて知ってる単語を言ってほしいんだけど。これ以上やるなら、こっちも正当防衛するけど、いいよね?」

「どうぞ」

 

 キャスターの言葉に、ウィザードは背後のまどかへ告げる。

 

「ここは危ないから、逃げて」

「えっ……は、はい!」

 

 聞き分けのいい子で助かったと、見送るまどかの背中を見送るウィザードは、右手の指輪を入れ替える。

 同時に、キャスターもまた黒い光弾を発射した。今度は、小さな複数の光を直線的に発射した。そのプロセスは、パラパラとめくられる本を目で追っていただけ。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 目の前の魔法陣に手を通す。すると、魔法の効果で数倍の質量になった腕が、そのまま彼女の攻撃を握りつぶした。

 

「ほう……」

 

 キャスターの感想はそれだけ。

 

「こっちは腕火傷した感じなのに……」

 

 腕を振って間髪いれず、ウィザードは次の手に出る。

 

『ハリケーン プリーズ』

『エクステンド プリーズ』

 

 エメラルドのウィザードは、風に乗って急上昇。伸縮自在となった腕を回転させ、キャスターへ切りつける。

 

「っ!」

 

 あまりにも無軌道な動きに、キャスターも思わず数回、ソードガンの斬撃を受けた。

 だが、その一連の流れは、キャスターの右手を顔の防御に回させただけ。緑の斬撃跡は、何もなかった。

 

「嘘でしょ……だったら!」

 

『ランド プリーズ』

 

 更に上昇、キャスターの頭上に作り上げた黄色の魔法陣を通過。トパーズのウィザードは、そのままキャスターに摑みかかる。

 

「無駄です」

 

 そう告げられたキャスターの言葉とともに、腹に痛みが走る。至近距離の光弾だった。

 だが、ウィザードは手を離さない。

 

『チョーイイネ グラビティ サイコー』

 

 ウィザード自身とキャスターの頭上に発生した魔法陣。それが織り成す重量により、二人の体は地表へ落下。

 

「っ、この中なら、もう飛べない!」

 

 数度の光弾により地面を転がりながらも、ウィザードはソードガンの手を開く。

 

『キャモナシューティング シェイクハンズ キャモナシューティング シェイクハンズ』

 

 トパーズの指輪で、握手をするように掲げた。

 

『ランド シューティングストライク』

 

 黄色の光が、銃口に集う。

 

 生身の人間などという遠慮はもうない。引き金を引いて、黄色の光弾が発射された。

 しかし、キャスターには通じない。腕で払う。そんな動作で、土の銃弾は上空へ弾かれ、グラビティの魔法陣と衝突。互いに消滅しあった。

 

「嘘⁉」

 

 さらに、キャスターの動きは止まらない。重力から解放された堕天使は、また上空へ飛び上がろうとする。そうはさせまいと、ウィザードはトパーズからサファイアの指輪へ交換する。

 

『ウォーター プリーズ スイ~スイ~スイ~』

 

 水のウィザードの強みは、他の形態とは比較にならない魔力量。それを行使するために、ウィザードは拘束の魔法を使う。

 

『バインド プリーズ』

 

 出現した魔法陣からは、青い水でできた鎖が飛び出す。それはキャスターの体に幾重にも巻き付いた。

 

「……?」

 

 キャスターは、力で振りほどこうとしているが、切れない。水でできた鎖は、物理的には破壊できないものなのだ。

 

「力ではなく、魔力で勝負だ!」

 

 さらにウィザードは、別の指輪をはめる。

 

『ライト プリーズ』

 

 発生した光が、キャスターの目を潰す。

 彼女が自身の姿を捉えられない隙に、ソードガンの手を開く。

 

『ウォーター スラッシュストライク』

 

 水の魔力を宿した刃で、キャスターに切りつけようと走り出す。

 だが。

 

「これ程度の魔力で」

 

 吐き捨てたキャスターは、全身から黒い光を放っていた。それは瞬時に水の鎖を溶解する。

 

「これもダメかっ!」

 

 しかしもう止まれない。スラッシュストライクを振るったウィザード。

 だが。

 

「……私には及ばない」

 

 これまで数多くのファントムを斬り裂いてきたスラッシュストライク。それがキャスターには、右手で簡単に受け止められた。

 

「そんな⁉」

「次はこちらから」

 

 キャスターは、左手に拳を固める。それは、闇の光を宿す拳。本がめくられる音が、ウィザードを戦慄させる。

 

「不味い!」

 

 逃げようとするウィザードだが、いつの間にかキャスターのソードガンを掴んでいた手は、そのまま左手を塞いでいた。

 逃げられない。そう判断したウィザードは、右手だけで指輪を持ち替え、ベルトを起動。

 

『リキッド プリーズ』

 

 文字通り体が液体に溶ける。おおよその物理攻撃に対しては無敵になる魔法で拳を受け、

 

 拳から爆発した魔力により問題なくダメージを受けた。

 

「ガハッ!」

 

 まどかの近くまで転がされるウィザード。まどかは「大丈夫ですか」と声をかけた。

 

「え……なんで君、まだ逃げていないの⁉ 危ないよ!」

「でも……ハルトさんが!」

「咎人たちに、滅びの時を」

 

 そう冷たく告げられたのは、キャスターの声。すでに宙に浮く彼女は、右手を掲げ、呪文を唱えている。

 

「星よ集え 全てを撃ち抜く光となれ」

 

 その口上の通り、夕方の空に、無数の星が出現。それら全てが、瞬時にキャスターの元へ集まっていく。

 その色は、それまでの彼女とは正反対に、桃色の光。

 その魔力の量。それを見たウィザードは確信した。魔力に秀でるサファイアだからこそ確信した。

 

「あれはまずい! 本当にまずい!」

 

 後ろにまどかもいる。魔力量に秀でるウォーターのディフェンドだけではとても足りない。

 

『フレイム プリーズ ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 慌ててルビーのウィザードにスタイルチェンジ。そしてすさかず、最大火力の指輪を使う。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー!』

 

 足元に生成された魔法陣より、右足に炎の魔力が集まっていく。

 しかし、キャスターがまだ完成途中の光の星と比べると、とても足りない。

 

「まどかちゃん! 離れて! 急いで!」

 

 鬼気迫る怒声に、ようやくまどかは背を向けて走り出す。

 さらにウィザードは、右足に火力が高まっていく途中であろうともおかないなしに、次の指輪を使う。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 これを通せば、キックストライクも大きくなり、攻撃力も上がる。

 だが、まだ足りない。

 

『ビッグ プリーズ』

『ビッグ プリーズ』

『ビッグ プリーズ』

 

 何度も何度もビッグの指輪を読み込ませる。キャスターとの間に、その数だけの魔法陣が出現した。だが、まだまだあの一撃には程遠いというのが、自身の見立てだった。

 だが、時はそこまで。

 

「スターライトブレイカー」

 

 キャスターから告げられた、冷たい技名。それこそが、もう時間がないというお告げだった。

 

 キャスターの光が、光線となってウィザードに向かってくる。それに対し、キックストライクを蹴り上げた。

 無数の魔法陣を貫通するたびに、その大きさ、威力は倍々ゲームとなっていく。そして、炎の蹴りは、桃色の光線と激突。

 巨大な爆発が引き起こされた。

 

 

 

ウィザードはハルトの姿となって地面に投げ出される。

 

「うぐっ……」

 

 もくもくと立ち込める煙が晴れていく。綺麗だった公園は滅茶滅茶に破壊され、整った芝生は茶色の地表がむき出しになっていた。

 

「キャスターは……?」

 

 この原因を作り出した堕天使、キャスターの姿を求めて首を振る。

 あの堕天使の姿は、地上にはおらず、

 

 ほとんど無傷で滞空していた。

 

「え……」

 

 何も変わらない。美しい銀髪を靡かせ、漆黒の衣装のどこにも傷はなく。

 再び上げた手が、彼女の追撃を示した。

 

「!」

 

 ハルトは、ディフェンドの指輪を取り出そうとする。が、全身にフィードバックされたダメージで、もう動けない。

 

「ディアボリック エミッション」

 

 集う、黒い光。それがさっきまでのものと同じ威力なら、生身のハルトが受けきれるものではない。

 まずい、とハルトが目をつぶると、

 

「止めて‼」

 

 そんな少女の声が聞こえた。

 ハルトの前に立ち塞がる、小さな背中。桃色のツインテール。

 鹿目まどかが、恐怖に震えながらも、キャスターからの盾となっている。

 

「それじゃ、ハルトさん、死んじゃう! そんなことしないで!」

 

 今日初めて会った人のために涙を流す彼女。

 だが、それでさえも、キャスターの情を動かすものでもなかった。

 だが。

 

「止めなさい! キャスター‼」

 

 新たな声が飛んできた。

 慌ててまどかの前に立つ、黒髪の少女。

 まどかと同じくらいの背丈。制服が似合いそうなものだが、紫と白の、世間離れした衣装は、まどかの制服以上に彼女に似合っていた。

 

「キャスター! その攻撃を止めなさい!」

「……マスター……」

 

 その少女を見下ろし、キャスターの表情に陰りが宿る。

 

「どいてください。もう、ディアボリックエミッションは止められない」

「止めなさい!」

「……不可能」

 

 少女と問答している間に、漆黒の球体の重量に、キャスターの腕がもたなくなっていく。むしろ、取り落としてしまいそうになる。

 あの破壊力を考えれば、自分もまどかも、目の前の少女も犠牲になることは想像に難くない。

 どうすればいい。ハルトが必死に考えていた時。

 

 

 

令呪(れいじゅ)をもって命ずる! 攻撃を止めなさい! キャスター!」

 

 

 

 その時。

 少女より、途轍もない量の魔力が溢れた。

 紫の光を放つ魔力。その輝きが増せば増すほど、それは無理矢理キャスターの体の自由を奪っていく。

 そして、行方を失ったディアボリックエミッションは、

 キャスターの左肩に向かった。

 

「……」

 

 唖然とするしかなかった。

 こちらへ向けられていた矛先が、突如として自身の左肩へ切り替え、その結果、彼女の左肩から先が木端微塵になっていた。

 

「どうして……?」

 

 そう疑問に思ったハルトに、次の試練。

 

 庇ってくれた少女が、振り向きざまにこちらへ銃口を向けたのだ。

 どこにでもある、およそ女子中学生には似合わない凶器。

 

 ディフェンドが間に合ったのは、間違いなく運がよかったとしか言えなかった。

 

「次から次に……まどかちゃん!」

 

 ハルトはまどかの手を掴む。彼女が何かを言う前に、コネクトの指輪を起動。

 

「逃げるよ!」

 

 出てきたバイクにまどかを乗せ、アクセルを入れる。

 

「待ちなさい!」

 

 それはキャスターの声か、少女の声か。去り行くハルトには分からなかった。




最初のサーヴァントの登場でした。
ハルトのサーヴァントまで遠いなあ


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聖杯戦争

やっと説明フェイズに入れる……


「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ」

 

 命からがら、バイクを走らせたハルトは、キャスターと名乗った女性がいた方を恨めしそうに睨む。

すでに彼女の姿は町の彼方であり、銃を向けた物騒少女もいなくなっていた。

 

「何なの、一体? 通り魔にしても危険過ぎでしょ、ファントム何体分の脅威?」

 

 ハルトはそう言いながら、後部席を振り返る。

 

「その……ごめんね。なんか、あの場にいたらマズイって思って」

 

 ハルトの声の先には、ヘルメットを脱ぐまどかがいた。慌てて被せたヘルメットで、彼女のリボンは潰れ、ツインテールもくしゃくしゃになっていた。

 

「いいえ、助かりました」

「なら良かった。ところでまどかちゃん、あの黒髪の子、知り合い?」

 

 ハルトの脳裏に、キャスターの動きを止めた少女の姿が想起される。自分に対しては明らかな敵意が見て取れたが、反面まどかを見た途端、血相を変えてキャスターに命令した。

 

 まどかは首を傾げ、

 

暁美(あけみ)ほむらちゃん。今日転校してきた、クラスメイトです」

「今日⁉」

「はい」

「うわぁ。謎の転校生ってフレーズはよく聞くけど、まさか初日にですか。びっくりだね」

「でもほむらちゃん、何で私が出たら、あんなに必死で止めたんだろう? あのキャスターさん、お友達ですよね?」

「キャスター……さん、ね」

 

 あんな恐ろしい女をさん付けするまどかに舌を巻きながら、ハルトはほむらの連絡先を尋ねる。

 しかしまどかは「知らない」と首を振る。

 

「そっか。折角見滝原に来たけど、あの子が俺を狙っているのなら、離れた方が無難かな」

「え? その……せっかく知り合いになれたのに、もう行っちゃうんですか?」

「うーん、ファントムがよく出るのは少し気になるし、ガルーダは残しておくべきかな。なんかあったら飛んでくるよ」

 

『それは困るね』

 

 その時。ハルトに返事をしたのは、まどかではなかった。

 

「あれ? 今の、まどかちゃんじゃないよね?」

「私じゃないですけど」

 

 まどかもキョロキョロと今の声の主を探す。しかし、閑静な街中が広がるだけで、

 

『ここだよここ』

 

 これは声なのだろうか。探しながらハルトはそう疑問に思った。空気を震わせる声ではなく、直接脳に語りかけるようだった。

 

『下だよ下』

「「下?」」

 

 その声に、同時に下を向く。

 そして、

 

「「何かでたあああ!?」」

 

『見つけようとして見つけたのに、どうしてそんなに驚くんだい? 全くわけがわからないよ』

 

 小さな白い、変な小動物がいた。

 

 

 

 白い小動物は、自らをキュウべえと名乗った。

 小さく、猫のような動きの可愛らしさと、全く表情を動かさない不気味さが介在するそれは、「着いておいで」とハルトとまどかを先導した。当たり前のようにハルトの肩に乗り、「彼女の謎が知りたいなら、僕が指定する場所にむかうがいいさ」とのことだった。

 

「あの……キュウべえ……さん」

『きゅぷい』

 

 変な返事、というのがハルトの感想。

 

「その、私も一緒でいいの?」

『構わないさ。いやむしろ、君も来てくれた方が効率がいいのさ』

 

 背後のまどかへ、キュウべえが語る。ヘルメットで見えないが、その無表情な目は、どんな風に彼女を映しているのだろう。

 

『ここだ』

 

 キュウべえに導かれたのは、既に使われなくて久しい教会だった。どれだけ昔に打ち捨てられたのか、ボロボロの扉と壁からは風穴が空いており、色落ちのせいで、ほとんど茶色一色の外壁になっていた。

 

 立ち入り禁止のロープを潜り、ボロボロの木製の扉を押し開ける。木の腐った香りが鼻腔をくすぐる。

 

「ここは……?」

 

 まどかが不安そうに尋ねた。ハルトも、教会全体からそこ知れぬ不気味さを感じていた。

 

 顔の部分がかけた聖母マリアのステンドガラス、無造作に荒らされ席が席を破壊している座席、そして祭壇にあるイエスの十字架は、イエス本人と右半分が大きく欠けていた。

 

 そして、祭壇に腰掛ける、暁美ほむら。

 

「!」

『コネクト プリーズ』

 

 ギロリとしたほむらの睨みと銃口がハルトに向けられると同時に、ハルトもコネクトを使用、ウィザーソードガンを返す。

 

「……まどか……」

 

 ハルトには確かな敵意を向けながら、ほむらのまどかへ向けられる視線は、明らかにそれと異なっていた。

 ハルトがそれをどんなものなのか、自分なりに考えようとして、こう結論付けた。

 

 愛情

 

『武器を収めてくれ二人とも』

 

 脳裏に響くキュウべえの声で、ハルトは銀の銃の矛先を背けた。ほむらは数秒動かなかったが、しぶしぶそれにならう。

 

『やれやれ。どうして君たち人間は、大きく平和を謳いながら、率先して争おうとするんだい?』

 

 それに答えるものはいない。

 ただ、まどかがオロオロするだけだった

 

 キュウべえはしばらくハルトとほむらを見比べ、

 

『まあいいさ。君たちが争いを続けたいなら止めはしないよ。でも、取り敢えずルールは説明させてほしい。それが、監視役としての僕の役割だからね』

「監視役?」

 

 ほむらの眉が釣り上がる。

 

「キャスターから粗方のルールは聞いたつもりよ。監査役というのは、魔術協会から派遣されるんでしょ? なぜインキュベーターが?」

『なぜ君がそれを知っているのか、問いただすのは次回にしよう。全く、契約した記憶のない魔法少女がいるなんて。では、改めて』

 

 キュウべえは祭壇へ飛び乗る。夕陽をバックに、ハルトとほむらを見つめた。

 

『松菜ハルト。そして暁美ほむら。ようこそ。聖杯戦争(せいはいせんそう)へ』

 

 

 

「聖杯戦争?」

 

 その言葉に、ハルトの背筋が震えた。戦争という単語から、愉快な話を想像できない。

 一方ほむらは、既に知っているといった顔で、倒れた椅子の背もたれに腰掛ける。

 

「なにそれ?」

『この見滝原で行われる、魔術師たちの狂宴さ』

 

 そう告げたキュウべえは、語り始めた。

 

『松菜ハルト。君の右手のそれ。まさか傷だとか思ってないだろうね』

「思ってた」

『……』

 

 この無表情生物が困惑なんて感情を浮かべるとは思わなかった。

 数秒がこの小動物に落ち着きを与えたのか、キュウべえは続ける。

 

『それは令呪(れいじゅ)。君が聖杯をめぐる者、マスターである証さ』

「令呪?」

『そう。君と、これから召喚されるであろうサーヴァントとの繋がり。そして、サーヴァントを三回まで操る切り札』

「サーヴァント?」

『これから君が使役する、使い魔のことさ。聖杯戦争のルールは、この使い魔とともに生き残ること。他の参加者を全滅させればいい』

「そんなことを、どうして俺が?」

『聖杯戦争の舞台となる範囲内に、魔力を持った人間。この条件が揃うなら、誰だってマスターになる可能性があるのさ』

 

 魔力を持った人間。そのフレーズで、真っ先にハルトが懸念したのは、ゲートの存在だった。

 その考えを読んだように、キュウべえは付け加えた。

 

『安心したまえ。普段君が守っているゲートとやら。彼ら程度の魔力なら、マスターになることはないよ。もっとも』

 

 キュウべえの視線が、ハルトより逸らされる。背後でずっと口を閉ざしている、まどかへ向けられた。

 

『見込がありそうな人間も、少なからずいるけどね』

 

 バン、と乾いた音。

 

 驚いたハルトは、それがほむらによる発砲、それもハルトではなくキュウべえを狙ったものであることに二度驚く。

 

「その視界にまどかを入れないで」

 

 ハルトへ向けられたもの以上に、その声は冷たかった。ハルトの背筋を凍らせる以上に、その眼差しは、憎しみの炎で溢れていた。

 

 かろうじてそれを避けたキュウべえは、呆れたようにほむらを見返す。

 

『やれやれ。代わりはいくらでもいるとはいえ、損害を与えようとするのはやめてくれないかい? 勿体ないじゃないか』

「黙りなさい」

 

 ピシャリと黙らせるほむら。彼女はそのまましばらくキュウべえを睨んでいた後、銃口を下ろした。

 

『やれやれ。暁美ほむらは聞くまでもないけど。君はどうするんだい?』

 

キュウべえの一切変わらない目線がハルトを凝視している。

ハルトはぎゅっと手を握り、

 

「悪いけど、俺は、聖杯戦争なんてものに参加する気は無い。他をあたってくれ。まどかちゃん、もう行こう」

 

吐き捨てて背を向ける。だが、それは想定内だったのか、キュウべえはそれが予想内だったのか、告げた。

 

『それは君の自由意志だ。でも、注意したほうがいい』

 

 キュウべえの視線が、ハルトからほむらへと映る。見上げれば、さっきまでキュウべえへ向けられていた銃口が、ハルトに照準を合わせていた。

まどかと同じ、見滝原中学の制服。そんなありふれた外見の手先に、非合法の拳銃があるのは、アンバランスに思えた。

 キュウべえがいないなら、狙いはこちら。そう、彼女の目が語っていた。

 

『彼女が君を襲わないのは、ここでの戦闘を禁止しているからさ。君がマスターでなくなった瞬間、ボクが君を守る理由もなくなる』

「……」

 

 最悪ソードガンで腕を切り落としてでも、という考えは、後から考えると余りにも無謀だった。

 キュウべえは続ける。

 

『もう一度言うよ。聖杯戦争のルールは簡単さ。マスターとサーヴァントが協力して、他のマスター、サーヴァントを全滅させる。そうすれば、聖杯により、どんな願いでも叶えられる。シンプルだろう?』

「願い?」

『そう。暁美ほむらも、そのために戦っているんだろう?』

 

 キュウべえはほむらへ問いかける。ほむらは無言を貫き、それが肯定であるとハルトは受け取った。

 

『サーヴァントとは、英霊。それが君に力を貸すのさ。強化したければ、命を捧げればいい』

「は? 命?」

『君のものでも。他者のものでも』

 

 キュウべえの目が妖しく光る。ハルトはため息をついて、

 

「そういうこと。願いを叶えるために犠牲を強いろと」

『願いとは、代償の上に成り立つ。その犠牲を糾弾するのは、理不尽では無いかい?』

「……」

『もっとも』

 

キュウべえの目が、再びまどかへ向けられる。

 

『どうしても聖杯戦争を止めたいなら、方法そのものはあるよ』

「黙りなさい」

 

再びほむらがキュウべえを睨む。だが、キュウべえは続けた。

 

『そのために君を連れてきたんだ。鹿目まどか』

「え? わ、私?」

 

これまで蚊帳の外だったまどかが、驚いて自分を指差す。キュウべえは頷き、

 

『そう。僕は本来、聖杯戦争の監視役ではなく、魔法少女を選ぶ妖精なんだ。魔法少女になったら、魔女とよばれる邪悪と戦う使命を課せられる。その代わり、僕は君の願いを何でも一つかなえることができる。当然』

「黙りなさい!」

 

 ほむらの発砲。しかし、それをひょいと避けたキュウべえは、祭壇の上で語る。

 

『この聖杯戦争そのものを止めることもできる』

 

「えっ?」

「その必要はないわ」

 

そう告げるほむらは、そのまま銃口をまどかへ向けた。息を呑むまどかへ、ほむらは冷たく言った。

 

「貴方に魔法少女は似合わない。そんな奴の言葉に耳を貸す必要なんてない」

「でも……」

 

まだ何かを言おうとするまどかを、ハルトは制する。そのまま、じっとキュウべえを睨む。そして、ほむらを。

 

「今の話の通りなら、君は俺の敵。そういうことだよね」

「ええ」

「君は、自分の願いのためなら」

「私は手段を選ばないわ。どんな犠牲を払っても、願いを叶える」

「なら……俺の答えは一つ。俺の魔法が示す道は、ただ一つ!」

 

 そう告げた瞬間、ハルトは指輪をベルトに翳す。「ドライバーオン」という音声とともに、銀のベルト、ウィザードライバーが出現する。

 

 同時にほむらも席より飛び降りる。ポケットから紫の宝石を取り出し、翳す。

 

『シャバドゥビタッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』 

 

 待機音声の中、ハルトはルビーの指輪を付ける。

冷たい空気が流れる中、明るい待機音声が、熱さを宿していた。

 

「変身」

 

「フレイム」の音声とともに、熱い魔法陣が左側に出現する。

 同時に、ほむらの宝石より紫の光が溢れる。光は影となり、瞬時にほむらの体を纏う。

 

 二つの魔法は、それぞれの波動をぶつけ合いながら、その姿を変える。

 

 ハルトを、ルビーの仮面をした魔法使いに。

 ほむらを、白と紫の衣装の魔法少女に。

 

「俺はこの戦いを止める。願いなんてない。いつものファントム退治と同じだ。俺は人を守るために、魔法使いになったんだから」

「貴方が何のために戦おうが勝手よ。でも、私は私の願いのために戦う。この、キャスターとともに」

 

 二人は、じっと睨み合っていた。それをキュウべえは満足そうに頷く。

 

『宜しい。願いではなく、止めるために戦うなら、そうすればいい。他のマスターは既に五人。その全員と、君は敵対することになるよ。それでもいいのかい?』

「……俺は人々の希望になるために、魔法使いになったんだ。希望や命を奪うなら、それがファントムでも人間でも、俺は食い止める!」

『好きにすればいい。それもまた、一つの願いだ』

 

 祭壇へ駆け戻るキュウべえは、ウィザードとほむらを見下ろす。

 

『今この瞬間から、君たちを聖杯戦争のマスターとして認めよう。それぞれの願いのため、存分に戦って欲しい』

 

夕日が沈み、夜が訪れる。

ステンドグラスを貫く月光が、ウィザードを、ほむらを、まどかを、キュウべえを照らしていた。

 




みんな大好きキュウべえの登場回でした


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ギターケースの少女

そろそろ書き溜めの底が見えてきた


『ハリケーン シューティングストライク』

「ぎゃあああ!」

 

 今日も今日とてファントム退治。

 聖杯戦争だろうが何だろうが、ハルトのすることは変わらない。

 エメラルドの変身を解除して、ハルトはため息を吐いた。

 

「ふぃー。疲れた」

 

 逃げ出したファントムを追ってバイクで追走。見滝原の大分端の方まで来た。

 最先端の街も、端に来れば、景色も様変わりしている。

 白くて綺麗なコンクリートジャングルは鳴りをひそめ、老舗や神社など、昔ながらの街並みになっていた。

 

「なんか、凄いところまで来たな。ここって、遠いの?」

「遠いと言っても、電車で三駅です。ここ、少し神社が多くて、私はあまり来ないんです」

 

 ハルトの疑問に答えるのは、まどかだった。

 先日ファントムから助けたこの少女は、それからハルトの手伝いをしたいと言い出し、バイクに乗り、ファントムとの戦場に付いてきている。

 聖杯戦争。先日、キュウべえから言い渡されたその狂った戦争に参加することになったハルトだが、あれからほむらの襲撃もキャスターの遭遇もない。

 結局、これまで通り、大道芸をしながら、ファントムを退治するだけの日常になってしまった。

 

「ふうん……」

 

 ハルトは、ぐるりと見渡す。閑古鳥が鳴いているほどに静かな街並みは、さっきまでいた見滝原中心部とは大違いだった。

 

 グウ

 

「あれ?」

 

 まどかの声。腹を抱え、ハルトは彼女に背を向ける。

 だがもう、隠しきれない。腹の虫の音が、まどかに笑顔を与えている。

 

「……ごめん、まどかちゃん。お腹空いた」

「あはは……」

 

 ここ数日、何も食べていない。

 そんなハルトの体は、女子中学生の前でへたり込むという情けない姿になってしまった。

 大道芸人の収入など、微々たるもの。ファントムを退治しながら旅をしているハルトにとっては、空腹とは旅のお供だ。

 現代人にはなかなか体験し得ないサバイバルな食べ物を都会の中から探り出し、ドーナツのような好物など月に数回しか味わえない。

 

「えっと……今日の予算は……」

 

 ボロボロの子供向け財布が告げたのは、ほんの数十円。それが、ハルトの予算だった。

 

「マジかー。今日も河原で何か見つけるしか……」

「河原?」

 

 まどかが目を白黒している。ハルトはうんと頷き、

 

「俺っていろんなところ旅しているからさ。安定した職とかとは縁ないんだよ」

「それって……ハルトさん、ずっと思ってましたけど、所謂浮浪者ってことですか?」

「そうなるかな。ある程度のお金は銭湯に入るために残しておかなくちゃいけないし、色々管理大変なんだけど、今お金ないから、汚くても大丈夫な仕事探さなきゃ……」

「そうなんですか……。あの……ハルトさん」

 

 頭を抱えるハルトに、まどかが声をかけた。

 

「その、この近くに有名なアイス屋があるんです。私が出しますので、よかったら、そこに行きませんか?」

「え? ……それって、大人が女子中学生に奢ってもらうことに……」

「……そ、それは気にしない方が……」

 

 まどかが頬をかく。

 だが、空腹が我慢できなくなったハルトは、首を縦に振るほかなかった。

 

 

 

 老舗街の一角。そこに、まどかの目的地があった。

 

 彼女曰く、何度もテレビで紹介されている店らしい。来る途中にすれ違った、まどかの同級生らしき少女たちが談笑しながらアイスを頬張っているのを見て、ハルトも頷く。

 

「なんか、甘いものって、ドーナツ以外だと久しぶり」

「期待していてください。後悔はさせません」

 

 まどかが案内してくれたのは、それほど華があるわけではない、アイス屋だった。

 

「ここのチョコミントアイスが、もう美味しいって評判なんですよ。私の友達から聞いた話ですけど」

「へえ。すごいなあ……チョコミント?」

 

 ハルトは、話の流れに疑問符を浮かべた。

 ハルトの記憶の中から、緑色の氷菓子にチョコをまぶした物が思い出された。

 

「あれって、ちょっと歯磨き粉みたいじゃない? なんか、爽やかすぎて変な味じゃない?」

「そんなことないですよ? さやかちゃん……私の友達も結構おいしいって言ってましたし」

「へえ……チョコミントねえ……今時の若者は変わってるんだね」

「ハルトさんだって私とそんなに歳変わらないじゃないですか。……あ」

 

 お店のショーウィンドウで、まどかは足を止めた。

冷凍保存されているカップアイス。棚に無数に並んでいたものなのだろう。すでに放課後の時間。数多くの学生たちによって食い散らかされてしまったのか、一個しか残っていなかった。

 

「うーん……これは半分こですね」

「いや、俺は……」

「いいですから。ハルトさんの誤解も解かないと。ちょっと待っててください」

 

 にっこりと笑むまどかは、そそくさと急ぎ足でカウンターへ行く。

 

「「これください‼」」

 

 まどかの声が、誰かと重なる。

 同じものへ向かう指が二本。

 まどかの反対側に、ちょうど同じものを指す少女がいた。

 ショートカットの髪をまとめる黒いリボン。黒い上着の下から断片的に見えるピンクのセーラー服はこの辺りでは見かけないもので、その明るい顔には、困惑の表情を浮かべていた。その肩には黒いギターケースが背負われており、軽音楽部の帰りの学生のようだった。

 

「あ、あれ?」

 

 少女は少し困ったように、こちらを見る。

 

「あ、ああ……ごめんなさい。ど、どうぞ」

「あ、いえ、こちらこそ。どうぞ」

 

 最後の一個を前に、互いに譲り合うまどかと少女。彼女たちはその問答をしばらく続けたのち、少女のほうが先に折れた。

 

「えっと……じゃあ、お言葉に甘えて……」

「これくだしゃい!」

 

 横入りしてきた、年少くらいの女の子。

 彼女が、その小さな手に握った五百円玉を店員へ掲げている。

 まだ若い店員は、苦笑いをしながらまどかと少女の顔を伺っている。鉄面皮で頷く二人を見て、女の子へアイスを渡した。無論、それが最後の一個だということは変わらない。

 

「……あ」

「あ……」

 

 まどかと少女が、同じような顔で立ち去る少女を見送る。

 二人とも、ポカンと顔を上げていた。

 それを横から見ていたハルトは、思わず腹がよじれそうになった。

 

 

 

 少女は、疲れたようにベンチに腰を落とす。

 

「ああ……残念」

 

 少女は、背中を逸らせながら、公園を見渡していた。

 見滝原の郊外と都心部をつなぐこの緑の公園は、大きな噴水がシンボルとなっていた。子供たちやその親が走り回り、ベンチにはカップルや家族連れが平日からくつろいでいる。

 そんな中、少女の前に、まどかが言った。

 

「あの……ごめんなさい」

 

 まどかが礼儀正しくペコリと謝罪した。だが少女は手を振りながら、

 

「ああ、いいよいいよ。限定って言っても、そんな永遠に次がないわけじゃないし。私、今ちょうどこの町にいようとしているから、問題ないよ」

「そ、そう? その……ごめんなさい」

「だから、謝らなくてもいいよ」

 

 少女はにっこりと笑った。

 だが、しばらく顎に手を当てて、

 

「うーん……でも、どうしてもっていうなら、ちょっとだけ頼みを聞いてくれない?」

「何ですか?」

「私、人を探しているんだけど。手がかりもなくてアテもなくて。……結局またおなか空いた……」

 

 少女はそのまま横になる。目を一文字にして、

 

「ねえ、お願い……何か、食べさせて……」

 

 チョコミント争奪戦どころではない空腹の様子の少女は、ベンチで横になった。

 まどかが戸惑っているところ、ハルトが話に割り込む。

 

「あ、それならいいこと教えてあげるよ。お金がなくても、食べ物なんて色々なところから手に入るよ?」

「え?」

 

 少女が強く食いついた。

 

「どこでですか? 食べ物って、タダで手に入るの⁉」

 

 少女は立ち上がる。顔をぐいっとハルトに近づけるせいで、彼女の吐息が顔に当たって少しむずがゆい。

 ハルトは顔を背け、

 

「手に入るよ。例えば」

 

 近くの茂みに近づく。

 即座に目当てのものを発見。ハルトはにやりと口元を歪める。

 

「こんなやつとか!」

 

 さっと手を伸ばして捕まえたそれは、

 

「トカゲええええええええええ⁉」

 

 まどかがそんな悲鳴を上げた。

 ハルトは首をかして、

 

「どうしたのまどかちゃん。トカゲって焼いたら美味しいよ」

「美味しいって……貴女も」

 

 まどかは、同意見を求めて少女を見る。

 少女も少し口角が吊り上がっているものの、「う、うん……それは確かにタダの食料だよね」と同意していた。

 

「よかった、まともな人はトカゲなんて食べないよね」

「トカゲって、わりとカリカリしてるだけで肉少ないけど」

「何言ってるの⁉」

 

 まどかが少女の顔を見て唖然とする。

 だが、少女はまどかの反応とはさらに反対の言葉を口にする。

 

「でも、正直虫とかよりはまだいいかな。私、旅を始めてから半年くらいなんだけど、意外と食べ物事情って、ゲテモノに慣れれば何とかなるんだよね」

「何とかなっちゃダメだよ! 人間として!」

「そうそう。あ、山とか越えたことある? キノコとか動物とか、結構色々あるよね」

「キノコ⁉ 原生しているキノコ⁉ ハルトさん、そんなの食べてるの⁉」

「私、岐阜の方から来たから、結構山の幸は理解しているつもり。多分見滝原の中では、結構知ってる方じゃないかな」

「うがああああああああ‼」

 

 突如として、まどかが発狂したように叫んだ。

 

「二人とも! 家に! 来てください!」

 

 

 

 茶碗一杯に盛られたご飯。和風ならではの味噌汁。

 ハルトにとって、そんな豪華な食事はいつ以来か分からなかった。

 

「「おかわり!」」

 

 少女と同時に、茶碗を突き出す。彼女も茶碗の中は空っぽだった。

 

「うん。了解」

 そうにこやかな返事をしたのは、まどかの母親、鹿目詢子。キャリアウーマンの彼女は、たまたま今日有給を取っていたらしく、夕方過ぎの夕食と言っていい時間帯に、ハルトと公園の少女は遅すぎる朝食を摂っていた。

 

「それにしても二人ともよく食べるね。旅をしているんだって?」

 

 そういって、鍋ごと机の上に置いたのは、眼鏡の男性。にこやかに笑いながら、空いた皿にお替りを持っていく。

 まどかの父であるこの男性は、鹿目知久と名乗った。

 専業主夫らしい彼は、慣れた手つきでよそおった。

 

「すごいなあ。僕も一度旅とかしてみたいけど。えっと、名前何だっけ?」

「あ、自分は松菜ハルトっていいます。大道芸人で、旅をしてます」

「ああ。君が。まどかからよく聞いているよ、ハルト君。何でも、人助けもよくやっているそうだね」

「ええ……まあ。なんかごめんなさい。娘さんをあちこち引きずりまわして」

「いえいえ。まどかも楽しそうだから」

「大道芸人?」

 

 少女が目を吊り上げる。ハルトはそれを無視しながら頷く。

 次に、知久は少女に声をかける。少女は改めて、

 

「私、衛藤(えとう)可奈美(かなみ)です。その……ある人を探しています」

 

 聞く機会をなかなか得られなかった少女の名前が、ようやく聞こえた。

 衛藤可奈美か、と意識しながら、ハルトは味噌汁を一気に飲み干す。

 知久の隣に座ったまどかは、手を組み、尋ねた。

 

「ねえ、可奈美ちゃん。可奈美ちゃんって、私と同じくらいの年だよね? 学校とかは?」

「うーん……色々事情があって、今は休学してるんです」

「休学?」

 

 詢子が首を傾げる。

 

「中学生なのに、休学ってどういうこと?」

「うーん。行方不明の大切な人を探していて、その手がかりが多分見滝原にあるんです」

「見滝原に?」

 

 鹿目一家が目を丸くした。

 可奈美は少し気まずそうに、

 

「はい。あの、あまり詳しくは言えないんですけど」

「そうなんだ……ギターを持っているってことは、その人は音楽仲間ってことかい?」

 

 知久は可奈美の足元のギターケースを見下ろした。

 鹿目宅に来てから、肌身離さずギターケースを手元に置く可奈美だ。ハルトもずっとそれが気になっていた。

 可奈美はギターケースを胸に寄せ、頷いた。

 

「うん。これがきっと、その人と再会させてくれるから……」

 

 抱き寄せる彼女は、ただの物への執着には見えなかった。

 

「二人とも」

 

 今度は、知久が口を開く。

 

「旅をしているって、どこで寝ているの?」

「「え?」」

 

 その言葉に、ハルトと、少女可奈美は目を合わせる。可奈美が手で「どうぞ」と差し出したので、ハルトは「コホン」と咳払いをする。

 

「まあ、基本は野宿です。公園で寝るのが理想ですね」

「私も、いつもはホームレス中学生です」

 

 すると、家族三人の目が点になった。

 口々に「十代でそんなに……」「最近の若い人の苦労はエキセントリックだね」「ごめんなさい。もっと私が早く気付いていれば」と口にしていた。

 ハルトは慌てて、

 

「ああ、でも慣れていますし。場合によってはバイトとかして日銭を稼いだりしてますよ。今の所持金は十円しかないけど。えっと……可奈美ちゃんは?」

「私はまだ旅始めてから半年くらいですけど。どうしてもっていうときは、年齢詐称でバイトしてます。家出少女扱いですけど」

「……まどかちゃん。一番エキセントリックなのは可奈美ちゃんだと思うよ」

「どっちもどっちですよ!」

 

 まどかが白目で机を叩いた。

 

「うーん……ハルトさんへのお礼って、改めて考えるとお手伝いよりも住む場所探しの方が重要なんじゃ」

「そんなことない。旅も慣れれば楽しいよ。ね、可奈美ちゃん」

「うーん……私はどっちでもないかな?」

 

 可奈美は手を顎に当てながら答えた。

 

「前はその人と一緒に回っていたから結構楽しかったけど、今は一人だからちょっと寂しいかな……」

「前?」

「その……」

 

 可奈美は少し考えるように頬をかき、

 

「その人と喧嘩別れしちゃって、見滝原にいるっていう話を聞いたから……」

「なるほど。仲直りのために来ているんだね」

 

 知久がその後を継いだ。可奈美はゆっくりと頷き、

 

「そうなんですけど……学校とかにもいるわけでもないですし……」

「そうか……ねえ、詢子さん。確か、」

「ええ。二人ともちょっと待ってて。町の喫茶店が、確か住み込みで働いている人を探しているはずだから。ちょっと行ってみて。まどか、案内お願い」

「はーい」

 

 それから十分後、ハルトと可奈美は鹿目一家に別れを告げ、移動することになった。

 




可奈美が出てくるアニメは結構お気に入りで、一年たった今でも人気続くのは嬉しい……嬉しい……


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”save me save you"

ルビ一部修正しました


「手あたり次第に絶望しろおおおおおおおおおお‼」

 

 突如として、街全体に響く大きな声。閑静な住宅地に、そぐわない悪魔がいた。

 まどかに、住み込みを探している店へ案内してもらっている途中。まどか曰くまだ半分くらいの道のりの途中で、果たしてこの町に来て何度目だろうか。ハルトにとっての敵がいた。

 

「ファントム……! また……!」

「え⁉ 何あれ……⁉」

 

 当然、可奈美は初めて見るであろう怪物の姿に驚愕している。ハルトは彼女を庇う様に手を伸ばし、

 

「まどかちゃん、可奈美ちゃんをお願い」

「は、はい!」

「いい返事」

 

 目を白黒させる可奈美と、彼女をこの場から離そうとする可奈美を尻目に、ハルトは走りだした。指輪をベルトにかざし、起動させる。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 発生した魔法陣をくぐりながら、ハルトの姿が変わる。

 火のウィザードは、ソードガンを振るい、出会い頭にファントムを切りつけた。

 

「ぎゃあ! 何だ、貴様は⁉」

「通りすがりの魔法使いさ」

 

 クルクルとソードガンを回しながら、ウィザードは答えた。

 ファントムは立ち上がり、こちらへ向かってくる。

 ウィザードは体を回転させながら、蹴りでその肉弾攻撃を弾く。返しに切りつけ、的確にダメージを与えていく。

 

「悪いね。今忙しくてさ。初めまして、さようなら」

 

 ソードガンのハンドオーサーを起動。ルビーを読み込ませ、炎の刃が形成された。

 

『フレイム スラッシュストライク』

 

 構え、『ヒーヒーヒー』という音声とともに、一歩踏み出す。そのまま炎の刃がファントムを裂き、粉塵に帰すいつもの流れだ。

 

 だが。

 

「ちょっと待ちな!」

 

 そんな声が、ウィザードのトドメを食い止めた。

 振り向けば、まどかと可奈美が、もう一体のファントムに捕まっていた。巨体により、左右の腕でそれぞれ締め付けられていた。

 

「まどかちゃん!」

「よそ見かよ!」

 

 背後の痛み。人質に気を取られ、さようならを宣言したファントムの攻撃に、地面を舐める。

 

「悪いな。俺たちは双子のファントムだ」

「分かるよな? こいつらを傷つけたくないなら、動くなってやつだ」

「お前ら……!」

 

 ルビーの仮面の下からギロリと二体のファントムを睨む。

 並び立てば、二体のファントムはコントラストな色合いだが、全ての部位が同じだった。

 

「クソッ!」

「おっと、動くな」

 

 指輪を取り換えようとした瞬間、最初のファントムが右手をまどかへ向ける。

 

「別にお前が怪しげな魔法を使おうと勝手だが、その前に女が死ぬぞ? お前の魔法が届くよりも先に、俺が殺っちまうからな」

「卑怯者……」

 

 ウィザードは、指輪へ伸ばした手を下げる。

 その瞬間、ファントムの手から光弾が発射。全身から火花が散り、膝をついた。

 

「ぐっ……」

「あひゃひゃひゃ!」

 

 ファントムの笑い声。それがウィザードの怒りを買う。

 

「この……!」

「お前の言った通りだな! 初めまして、さようなら! あひゃひゃひゃ!」

 

 より、大きな光弾がファントムの手に膨らんでいく。

 ファントムが告げた、ウィザードの言葉。

 

「初めまして。さようなら」

 

「ぎゃああああああああ!」

 

 その時。突如として、ファントム___まどかたちを捕まえている方の___が悲鳴を上げた。

 何事かとウィザードもファントムもそちらへ注目する。

 

 すると、ファントムの両腕がなかった。

 綺麗な断面を見せ、後ずさりしながら腕を振っている。

 そしてその前には、人質___まどかが、茫然としていた。

 そんな彼女を、所謂お姫様抱っこで抱える人物___あの少女、可奈美が、強い眼でファントムを睨んでいた。

 

「こんな卑怯者、初めて見たよ」

 

 可奈美は、まどかを下ろす。まどかは「ありがとう……」と呟きながら、後ずさっていく。

 両腕を失ったファントムは、可奈美を恐れ半分で見下ろす。

 

「貴様、一体何を……」

 

 それに対する答え。可奈美は、言葉ではなく、刃で示した。

 そう。刃。

 まさに、日本刀としか呼べない代物が、彼女の手に握られていた。

 それと、彼女の足元に転がる、開いたギターケース。それから、その中にあったのはギターではなかったことが判明した。

 銀の光を放つ、刀。

 桃色の装飾の突いた鞘を左手に、可奈美がもっていたのは、日本刀。

 その名も、千鳥(ちどり)

 

 

「な、なんだ……⁉ それは⁉」

 ファントムの問いに対し、答えた。

 

 

「全てを薙ぎ払えるような、全てを守り抜けるような、私の御刀‼ 千鳥!」

 

 少女は、千鳥という刀を回し、告げた。

 

美濃関(みのせき)学院(がくいん) 衛藤(えとう)可奈美(かなみ)! 行きます!」

 

 

 

 可奈美はまず、切っ先を両手のないファントムに向ける。

 ファントムは、その口より炎を発射。瞬く間に炎の壁となり、可奈美へ迫る。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 しかし可奈美は、大声のみでその炎へ立ち向かう。

 

(ウツ)シ!」

 

 刹那、その体が白い光に包まれる。すると、可奈美の動きが変わる。

 人間ではできない、俊足移動。一瞬で炎を突き抜け、ファントム本体まで移動した。

 そしてそのまま、ファントムの体を越える。

 

「次!」

 

 すでに可奈美は、腕なしファントムを背に、その場を去る。

 

「何⁉ まだ俺は倒れて___

 

 ない。そう言おうとしたのだろう。だが、彼は気付いていなかった。

 

 自身の体が、真二つになっているのを。

 ファントムの視界が、きっと大きく左右に開いたのだろう。

 ウィザードがそう思った瞬間、あのファントムの姿は爆炎と化した。

 

「弟よ⁉」

 

 最初のファントムは右手を伸ばして叫んだ。

 だが、可奈美は意にも介さず、残り一体のファントムへ躍り出る。

 

「このっ!」

 

 どこから取り出したのか、ファントムもまた剣で応戦する。可奈美の千鳥と火花を散らすそれは、可奈美の綺麗な日本刀とは異なり、黒く禍々しいデザインだった。

 

「……何がおかしい?」

 

 それが、ファントムの口から出てきた言葉だった。

 そして、それに対する可奈美の言葉に、ウィザードは耳を疑った。

 

「おかしいんじゃないよ。楽しいんだよ!」

「楽しい……?」

「だってそうでしょ⁉ 見たことのない剣術、どの流派にも当てはまらない戦い方なんて、私も初めてだもん!」

 

 それがどんな流派の、何という技なのかは分からない。だが、彼女の動きには一切の無駄がなく、まるで芸術品のような美しさがあった。

 

 その中で、少女はずっと笑っていた。

 

「すごい、タイシャ流みたいに体術を交えての剣術だけど、私が知ってるタイシャ流とは全然違う……! あっ! 今のって、すごい力! その振り、神道無念流だよね! なら、これは……すごい! 今の返し、鞍馬流だよね! 私、その攻撃受けたことあるよ! うわ! すごい! 今の、間宮一刀流? すごい……」

「一々うるせえ!」

 

 激昂したファントムが、攻撃の手を強める。しかし、可奈美の剣技は美しく、それを全て受け流していく。それどころか、可奈美の新陰流なる剣術が、少しずつ反撃の立ちを浴びせていく。

 徐々に、ファントムが押され始めていく。それは、ファントムが恐れ、可奈美が楽しんでいるという証だった。

 

「だが、それでも貴様は所詮人間に過ぎない!」

 

 ファントムの語気が増す。それを証明するように、だんだん可奈美も押されていく。

 

「人間ごときが、ファントムに勝てるはずがない! 弟を倒したのも、所詮はただのまぐれだ! 諦めて絶望してファントムを生み出せ!」

「諦めない! それに、それに、たとえ勝てなくても、悔しくても絶望なんてしない! それはきっと忘れちゃいけないことなんだよ! それは、これからの糧になるから!」

 

 やがて、ファントムの一閃を受け止めた千鳥が、邪悪な刃を絡めとる。そのまま上空へと放り投げると、ファントムの剣は遥か上空へ飛んで行った。

 

「何⁉」

「行くよ!」

 

 武器を失ったファントムの懐で、可奈美は身構える。

 

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

 

 千鳥から発生した、紅蓮の光。それは、千鳥の刃を帯びる光となり、大きくその刃先を増す。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 可奈美の掛け声とともに、赤い剣凪がファントムを斬り裂く。

 それはファントムの断末魔を引き起こし、その身を爆散させた。

 

 ファントムの墓標のように地面に突き刺さる、禍々しい剣。それを見やりながら、可奈美は呟いた。

 

「私は全てを守り抜くよ。ここから、ずっと」

 

__________見ていてね。姫和(ひより)ちゃん____________

 

 彼女のその声は、ウィザードには全く聞こえなかった。

 




可奈美ちゃん……戦闘中はなるべく喋らないで……と思っていた


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VS 可奈美

エンターキー連打していたら、見直す前に投稿してしまったZE


「可奈美ちゃん……君は……?」

 

 ハルトの姿に戻り、ゆっくり近づく。

 

「あの力は……一体……?」

 

 彼女の姿をじっと見つめるハルト。一方可奈美は、静かにこちらを睨んでいた。

 千鳥を納刀し、可奈美はゆっくりと歩いてくる。

 

「ハルトさん。貴方が、噂の魔法使いだったんだね……」

「……うん。そうなるね」

 

 彼女の眼付きから、ミーハーな感情で自分を探していたわけではないことは察しが付く。ハルトは、ソードガンを握ったまま、可奈美を見返していた。

 

「私、噂の魔法使いに確認したいことがあるんだけど」

「確認……したいこと?」

 

可奈美は頷いて、ゆっくりと左手の甲を見せる。

 長袖をめくり、彼女の手首が露になった。

 それを見たハルトは、目を大きく見開く。

 

「それは……!」

「やっぱり、貴方も知っているんだ……」

 

 可奈美の眉が吊り上がる。

 

「キュウべえから、大体のルールは聞きました。……魔力を持った人が見滝原で行われる、聖杯戦争」

「……それで、君は聖杯戦争を……サーヴァントは……?」

「まだ来ていないよ。けど……」

 

 可奈美は自らの令呪をさすった。左右に沿って伸びる線は、対照的で美しくも見えた。

 

「現れても、聖杯戦争には降りてもらおうと考えています。私一人で全部背負うから」

「それって、君の願いのため?」

「……貴方に頼みがあって、探していました」

 

 さっきまで明るい声だった可奈美は、冷たい眼でハルトを睨む。

 

「この聖杯戦争……降りてください」

 

 可奈美の鞘が、ハルトの左手を示す。

 令呪が宿す、その左手を。

 

「教会に駆けこむなり、斬り落とすなり。降りて下さい」

「……嫌だと言ったら?」

「……」

 

 オロオロしているまどかを脇に、ハルトと可奈美はにらみ合う。

 しばらくそのぶつかり合いが続き、可奈美は続ける。

 

「聖杯戦争を進めば進むほど、人間の道を踏み外すルールになっていく。分かっている?」

「一応。君と同じくらいには分かっているつもりだよ」

「そう。……」

 

 可奈美は、改めて抜刀した。千鳥と呼んだその刀は、夕日を反射して、ハルトは目を細める。

 可奈美は首を振り、

 

「この数時間だけ、一緒に過ごして、私もハルトさんがいい人だってのは分かってるよ。でも、聖杯戦争って、どんな願いでも叶うらしいから。聖人君主でも、そうならないって限らないから」

「……それは、君も当てはまるよね? 君も殺人犯にならないとは言い切れない」

「そうだよ。でも、ないから。だって私、強いし」

「それは俺も同じだよ」

「だったらさ」

 

 可奈美は、千鳥を構えた。

 

「立ち合い、しよう」

 

 それは、可奈美がいつも言っているようなまでに当たり前の口調だった。

 可奈美の言葉が理解できないハルトは、眉をひそめる。

 

「立ち合い?」

「うん。……そう、立ち合い!」

 

 身を乗り出す彼女は、勢いよく告げた。

 

「剣を交えば、その人が本当に悪いかどうか分かるんだよ! だから、早くやろう!」

「ごめん。言っている意味が分からない。まどかちゃん分かる?」

「私にも何が何やら」

 

 まどかも首を振った。

 可奈美はじれったそうに、

 

「とにかく、勝負してみれば分かる! それで、ハルトさんが本当に悪い人じゃないってわかれば、私も手を出さないから。ね?」

 

 これから戦おう。つまり、命がけのチャンバラをしようということだ。

 それなのに可奈美の顔は、まるでこれから遊ぼうというような笑顔だった。

 

「ねえ、可奈美ちゃん。今日見た中で一番いい顔な気がするんだけど」

「大丈夫だよ! それより、早く始めよう! 普段さっきみたいな怪物と戦っているんでしょ⁉ 刀使(とじ)とかとはまた違う打ち合いができるんでしょ⁉」

「何を言っているのかさっぱり分かんない。……とにかく、戦えばいいんでしょ?」

「そう! やろう!」

「……本気でやるよ」

「当然!」

 

 可奈美は勢いよく返事をした。

 そして、ハルトは可奈美へ駆け出し、斬りかかる。

 それに対し、千鳥が一閃、ウィザーソードガンを切り結んだ。

 ハルトと可奈美は、そのまま斬り合いに突入する。

 これまで、無数のファントムを牽制してきた、ハルトの斬撃。それら全ては、可奈美の刀に阻まれ、逸らされ、避けられる。

 斬り合いながら、互いに移動。その間、彼女の刀捌きに舌を巻いていた。

 

「一体、どれだけやってきたんだ……? この刀の使い方、普通の女の子のレベルじゃない……」

「それなりの修羅場は潜ってきたつもりだからね!」

 

 彼女の刃先がハルトに迫るたびに、冷や汗が流れる。

 受けて流す。そんな新陰流の刀使いからは一転、攻めに転じた彼女の動きは、防ぐだけで精一杯だった。

 

「っ!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 日本刀が、魔法陣の防御を斬り破る。

 一瞬でも遅かったら、魔法陣ではなくハルトが真二つになっていた。

 

「ヤバい……明らかにそっちの方が技量上だよ……」

「ありがとう! でも、そっちもまだ見てないでしょ? もっと本気の立ち合いをしよう‼」

 

 つばぜり合いになり、可奈美との力比べになる。その時、ハルトは右手でベルトをかざす。

 

『ドライバーオン』

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

「……分かった。こっちも本気でやらせてもらうよ」

「いいよ。もともと、そのつもりだったし!」

「……変身!」

「写シ!」

『フレイム プリーズ』

 

 互いに斬りかかりながら、炎の魔法陣を潜る。

 微熱を感じながら、ハルトはウィザードへ、可奈美は写しの霊体へ変化していく。

 

『ルパッチマジックタッチゴー ルパッチマジックタッチゴー』

 

 右手でハンドオーサーを動かし、ベルトを起動。速攻で指輪を読み込ませる。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 魔法陣から伸ばした手が巨大化し、可奈美を圧し飛ばす。

 地面を転がった可奈美は、それでも問題なさそうに再起した。

 

「へえ……一応生身では大怪我するレベルでやったんだけど」

「これぐらいなら、写シでも問題ないから。魔法を活かした剣術、もっと見せて!」

「へえ。じゃあ、お望み通り」

『バインド プリーズ』

 

 魔法陣に手を突っ込む。魔法陣から発生した鎖が、蛇のように可奈美を襲う。

 だが、それらの鎖を一閃で斬り伏せた可奈美は、そのままウィザードと切り結ぶ。

 

「だったら……これだ!」

『エクステンド プリーズ』

 

 距離を取り、次の指輪を選択。

 延長を意味する魔法。それはウィザードの腕へ、伸縮自在な動きを可能とした。可奈美の上下左右、多面的な方角からの攻撃。

 対人を主戦場としてきたであろう彼女には未経験であろう空間からの攻撃だったが、可奈美はその全てを千鳥で防いでいた。

 

「……もう、驚き通り越して呆れてきたよ」

「ありがとう! じゃあ、次は?」

「卑怯とか言わないでね」

 

 可奈美の横凪を回避したウィザードは、ソードガンを銃にして発砲。

 魔力が込められた銀の銃弾。それぞれが別々の軌道を見せ、それが前後左右、あらゆる角度から可奈美を襲う。

しかし、それらを全て見切った可奈美は、その全てを斬り捨てた。彼女の足元に、銀の残骸が勢いなく零れる。

 

「……嘘でしょ」

「ホントだよ!」

 

 可奈美は再び身構える。

 

 そして、彼女の姿が消えた。

 

「え?」

 

 その瞬間、ウィザードの体より火花が散る。

 

「うわっ!」

 

 驚きながら、地面を転がるウィザード。

 目の前に現れた可奈美を見上げて、思わずつぶやいた。

 

「今の……高速移動?」

「普通の高速移動とはちょっと違うかな。これ、迅位(じんい)っていうんだけど」

「迅位?」

 

 可奈美は、自らの刀をかざす。

 

御刀(おかたな)からの力だよ。これがあると、私たちが本来いる現世(うつしよ)とは別の世界からの高速移動能力が得られるんだよ」

 

 再び可奈美の姿が迅位により加速する。

 

「こんなふうに!」

 

 再びの斬りかかり。ウィザードはソードガンで防ごうとするが、彼女の素早い斬撃はそれをすり抜けてくる。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 しかし、ある時。ウィザードを守る魔法陣により、可奈美の動きが止まった。

 

「今だ!」

 

 ウィザードは、一瞬のスキに一気に切り込む。上薙ぎ、下払い、蹴り、スライディング。いずれも可奈美は、無駄ない動きで回避する。

 そしてソードガンの斬撃を千鳥で受け、そのまま何度も何度も切り結ぶ。

 

「こうなったら……」

 

 一か八か。そう判断したウィザードは、ソードガンの手の形をしたオブジェを開放。すると、ソードガンから音声が流れ始めた。

 

『キャモナスラッシュ シェイクハンズ キャモナスラッシュ シェイクハンズ』

 

 可奈美より飛び退き、ルビーを、オブジェと握手をするように握る。

 

『フレイム スラッシュストライク』

「すごい……!」

 

 ソードガンの刃に走る炎の流れ。それを可奈美は、キラキラと輝かせた目で見つめていた。

 

「これが魔法を交えた剣術……! 本当に、私たち刀使とは全く違う!」

「剣で語ってほしいんでしょ? だったら、俺の剣の本気を撃つ。可奈美ちゃんも、そうしたら?」

「……! うん!」

 

 これは戦いの最中の会話。

 そんなことを忘れそうになるくらい、可奈美は笑顔を見せていた。

 

「……ハルトさん」

 

 可奈美の雰囲気が変わった。

 

「やっぱり、立ち合いは楽しい!」

「……え?」

「これまで、色んな流派の剣と戦ってきたけど、ハルトさんみたいなのは初めて見た! 足を使った、剣捌きに、魔法を交えた補助戦術!」

 

 可奈美は、腰を落とし、身構える。

 彼女の白い写シが、深紅へ染まる。

 

「分かったよ。ハルトさん」

「? 何が?」

「剣を交えれば、その人のことが分かるって言ったでしょ? ハルトさんは、聖杯戦争の……自分の願いのために、誰かを犠牲にできる人じゃない」

「どうしてそれが分かるの?」

「ハルトさんの剣は、真っすぐで、強くて。皆を守ったり、楽しませたり。そんなことがしたい。そんな魂がこもっているから。……でも、何かを隠してる?」

「……!」

「とにかく、悪いことをする人じゃない。それは、絶対に間違いないよ!」

「……ふうん……なんか、よくわからないな」

「とにかくそうなんだよ! だから、私も全力で、ハルトさんとぶつかりたい!」

 

 彼女の刀より、赤い光が流れ出す。

 

「行くよ!」

「ああ」

 

「だあああああああああ!」

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

 

 その時。

 まどかの前で、巨大な爆発が起こった。

 野次馬が集まってきて、警察も出動。当事者たちが、疲れた体を動かして慌てて逃げていったのだった。




可奈美的には銃剣ってありなんだろうか


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ご注文は衣食住ですか?

ああ~夏休みで心がぴょんぴょんするんじゃ~


 松菜ハルト 十八歳。

 職業 大道芸人。

 年収 一万円以下。ただし、バイトなどで不定期な収入あり。

 特技 変身。ウィザードとして、人々を守っている。

 

 借金負債 中学生の女の子に日に日に増えていく。

 

「はあ……」

「どうしたんですか? ハルトさん」

「いや。その……俺って、まどかちゃんに情けない姿しか見せていない気がしてなあ」

「え?」

 

 可奈美と河原で戦って、互いに満足してからひと段落した後。

 ハルトと可奈美は、互いに満身創痍となり、まどかの母の勧めの場所に行く前に、体を整えなければならなくなった。

 洗濯、銭湯。ハルトも可奈美も持ち合わせなどなく、結果中学二年生のまどかに借りを作ることとなった。

 

「俺、君に作った借金が膨大になってきたなあって……なんか、自分が情けなくなってきた」

「ハルトさんは、その代わりファントムから皆を守っているじゃないですか。誇っていいと思いますよ」

「ありがとう……でも、いつか返すよ」

「大丈夫ですよ。これから行くところ、住み込みでもいいから従業員を探しているところですから」

「ありがとう……」

「ねえ、まどかちゃん」

 

 まどかの隣の可奈美が話しかけた。

 

「これから行くところって、どんなところなの?」

 

 そう言ったところで、彼女の足が道路の境目に入った。

 アスファルト舗装されていたところから、石畳の道路へ。

 コンクリートの街から、木造の町へ。

 

「この木組みの町の地区だよ。ここ、私のクラスメイトがいるところがあって、そこで人を募集しているの」

「へえ……あれ? クラスメイトの人、バイトしてんの? 中学生なのに?」

「お店の店主の子ですから、お手伝いです。もうそろそろ……あ、着いた」

 

 まどかが指差したのは、石畳と木組みの店だった。先ほどから、周辺にも多くの喫茶店やら飲食店が並んでいる場所こそが、まどかの目的地だった。

 

「えっと……」

 

 ハルトは、目を細めて玄関上にある看板を見上げる。

 

「なにあれ……? ラ……?」

「ラビットハウスって書いてあるね」

 

 一足早く速読した可奈美。全く目を細めていない彼女は、まどかに「ラビットハウスってどういう意味だっけ?」と尋ねている。

 まどかは、少し考えて、「確か……ウサギ小屋だね」と答えた。

 

「「ウサギ小屋?」」

「うん。まあ、入れば分かるよ」

 

 そう言って、まどかはお店の扉を引いた。チリン、と耳に優しい音が鼓膜を揺らす。

 

「こんにちは」

 

 まどかの挨拶に、まどかとハルトも続く。

 甘いカフェオレの香り。落ち着いた木製の机とカウンター。

喫茶店などと言う贅沢な場所訪れたのは、いつぶりだろうか。

 

「いらっしゃいませー」

 

 店側からの返事は、そんな明るい声だった。明るい顔をしたショートヘアの少女が、そそくさと駆け寄ってきた。

高校生のバイトだろうか。栗色の髪と、ピンクのエプロン。笑顔が何よりも似合いそうな少女は、接客業らしく、全く物怖じせずに、ハルトたちに近づいた。

 そのまま座席へご案内……はせずに、一直線にまどかへ抱きつく。

 

「まどかちゃーん!」

「うわわっ」

「えへへ……もふもふ」

 

 とろけた顔で頬ずりまで始める少女。まどかは驚きながら腕を振って抵抗する。

だが、少女がまどかを手放す様子はなく、可奈美が「あ、あの……」と声をかけても応じない。

 

ココア(ここあ)さん!」

 

 と、か細い声が、彼女を引き剥がす。

 声の主は、最初の少女よりも幼い少女……女の子だった。可奈美の胸元くらいの背丈で、起伏の少ない表情で困惑を示している。青いロングヘアーの上には、白い毛球が乗り、一連の流れよりもそちらが気になる。

 

「お客様にいきなり抱きつかないでください。ほら、まどかさん困ってるじゃないですか」

「あ、ううん。私は別にいいから」

 

 まどかが手を振る。それをしめたと、ココアと呼ばれた少女はさらに頬ずりのペースを上げる。

 

「まどかちゃ~ん」

「ひゃっ! くすぐったい……」

「ココアさん! お客様をご案内出来ません!」

 

 まどかに抱き着く少女と、それを止めようとする女の子。その光景を眺めながら、ハルトは呟いた。

 

「俺たち、もしかしていらない人?」

「あははは……」

 

 可奈美の苦笑だけが、ハルトを無視することない返事だった。

 

 

 

「すみません、お見苦しいところをお店しました」

 

 毛玉を乗せた少女からコーヒーを受け取りながら、ハルトと可奈美は謝罪を受けた。

 

「いや、別にいいけど……まどかちゃん、本当にいいの?」

「はい。二人には、この前ファントムから守っていただきましたし。今回案内したのは私ですから」

「そう? ……もう、遠慮とか考えない方がいい気がしてきた」

「あはは……」

 

 苦笑する向かい席のまどか。

 一方、同じくコーヒーを受け取った隣の可奈美は、コーヒーを届けてくれた青い髪の少女の頭上をじっと見上げている。正確には、その頭上の毛玉を凝視していた。

 少女もそれに気付き、盆を胸元に当てて、顔を隠す。

 

「あの……何ですか?」

「ああっ、ごめん……」

 

 可奈美は気にしないように、前を向く。だが、どうしても気になり、再び毛玉へ視線を移す。

 

「ねえ、その頭の上の……何?」

「ウサギです」

「「ウサギ⁉」」

 

 思わず可奈美と同時に立ち上がる。

 ウサギ。哺乳類、ウサギ目ウサギ科ノウサギ属ニホンノウサギ。それが一般的な兎だが、今少女の頭上のウサギはそれではなかった。アンゴラウサギというトルコ発祥の種類のウサギだということを、ハルトも可奈美も知る由はなかった。

 可奈美は取りつかれたように、両腕を伸ばしては下げ、ウサギに触ってみたい欲望と戦っていた。

 

「ねえ、それ!」

「非売品です」

「私何も言ってないよ⁉」

「非売品です」

「別に買わないから、モフモフさせて!」

「コーヒー一杯につき一回です」

 

 一気飲みした。

 

「はい! お願い!」

「……」

 

 少女は少し抵抗したそうな顔をしながらも、契約通り、ウサギを渡す。

 

「うわぁ! すごい! モフモフだ!」

 

 ごしごしと全身をさすり、やがては頬ずりまで始めてしまう可奈美。明らかに一回という約束を反故にしている気もするが、ハルトが口出すことでもない。

 

「ねえ、このウサギなんて言うの?」

「ティッピーです」

「へえ……ティッピーっていうんだ。うん、モフモフ!」

 

 名前判明以外は一切変わらないながら、可奈美はモフモフを続ける。

 

「ほほう。お客さん。見る目がありますな」

 

 すると、ハルトの隣に、あのココアという店員が腰を下ろした。彼女は組んだ手に顎を乗せ、可奈美へゆっくりと語りだした。

 

「どうですかい? ウチの名物、ウサギのティッピーは? 凄まじいモフモフ天国でしょう?」

「ココアさん。変な喋り方してないで仕事してください」

 

 青髪の少女が、ココアをたしなめる。するとココアは、少女へ抱きついて、

 

「だってぇ! モフモフを語り合えそうな人がいるんだもん! 少しだけ!」

「ココアさんいつもそんなこと言って大して仕事していないじゃないですか。ほら、まどかさんも困ってますし」

「でもー」

「ああ、あの! ごめんなさい! ありがとうございました! ウサギ、返します!」

 

 回数を超えていることに気付いたのかどうか。可奈美は慌てて、ウサギを少女に差し出した。頭の上という定位置に戻ったことに安心したのか、少女も少ない表情筋で笑みを見せる。

 

「ねえ、ココアちゃん。チノちゃん」

 

 ひと段落着いたところで、まどかが切り出す。

 

「ここ、部屋空いているって前言っていたよね? この人たち、居させてあげられないかな?」

「え?」

「この人たち、事情があって見滝原から離れられないんだけど、家がないんだって。ここに住まわせてあげられないかな?」

 

 事実を述べている。確かに事実を述べてはいるが、客観的に聞くと、ハルトはすさまじい怪しさを感じた。

 

「いいよ」

「どうしてココアさんが許可をしているんですか」

 

 ジト目の少女がココアを制し、まどかと向き合う。

 

「すみません。そういうことは、店主である父に聞かないと分からないです。……でも」

 

 少女___まどかはチノと呼んでいた___がまじまじと可奈美を見つめる。

 

「えっと……お姉さん、私と同じくらいの年ですよね? どうして……」

「チノちゃんがお姉ちゃんって呼んだ! 私というものがありながら!」

「ココアさん、黙ってください。それで、どうして住むところがないんですか? 中学生くらいですよね」

「うん。ちょっと、大切な人に会いたくて、手がかりを探して旅をしているんだ」

 

 可奈美の顔に陰が落ちる。

 

「?」

「まあ、その手がかり……が、見滝原にあるから、それを探しているんだけど」

「手がかりですか」

 

 チノは頷き、次にハルトを見つめる。

 ハルトは肩をすぼめ、

 

「俺は大道芸の旅の途中、ちょっと訳あって見滝原にいなくちゃいけなくなっただけ。別に野宿でもいいけど……」

「ダメですよ」

 

 まどかが、目を吊り上げる。

 

「そんなに汚れていちゃ、お客さんも来ませんよ。ねえ、チノちゃん。どうかな?」

「どうでしょう? さすがにタダは無理でしょうから……リゼさんの抜けた穴に入れられるでしょうか。聞いてみます」

 

 チノはココアに「少しの間お願いします」と言い残し、奥のドアから出ていった。

 ハルトはそれを見送りながら、

 

「なんか……ごめんね。話を大きくして」

「ううん。全然平気だよ。それに、モフリ仲間ができるし!」

「だってさ。可奈美ちゃん」

「モフリ仲間って、私?」

 

 苦笑いの可奈美に、ココアはうなずく。可奈美は「あはは……」と笑いながら、

 

「ねえ。あの子……チノちゃんって言ったっけ?」

「私の可愛い妹だよ!」

「ココアちゃん。違うでしょ」

「あと、まどかちゃんも私の妹だよ!」

「妹多いな」

「違うよ! ココアちゃんは、年下は誰でも妹にしちゃうだけだからね⁉」

「節操ないな」

 

 ハルトはツッコミながら、もう一度コーヒーを飲む。苦い味が口の中に広がり、ああコーヒーってこんな味だったなと思い返していると、ココアが自己紹介を始めていた。

 

「改めまして、私、保登(ほと)心愛(ここあ)! お姉ちゃんって呼んでね! 妹のチノちゃん……香風(かふう)智乃(ちの)ちゃんもよろしくね!」

「衛藤可奈美って言います。よろしくね! お姉ちゃん!」

 

 一切の躊躇いもなくのお姉ちゃん発言に、ココアは目を輝かせる。おお、これがシイタケ目ってやつかと思いながら、ハルトはコホンと咳払いをする。

 

「えっと、松菜ハルト。流れの大道芸人です。よろしく……お姉さま」

「お姉さま……」

 

 少し絡め手の呼び方をしてみた。どうやらココアには新鮮な響きらしく、しばらく「お姉さま」と連呼し、

 

「うん。いい! すごくいい! ハルトくん、お姉さまって呼んで! でもほんとはやっぱりお姉ちゃんって呼んでほしいから、お姉ちゃんって呼んで!」

「結局お姉ちゃん呼びがいいんかい!」

 

 ハルトがツッコミを入れたところで、再びドアが開く。

 振り向くと、チノが背の高い男性を連れて立っていた。髭と彫りがダンディな背の高い男性。チノが言っていた父だろう。

 チノの父は、そのままハルトと可奈美の席へやってきた。

 

「やあ。鹿目さんから、話は聞いているよ。君たちが、ここに住みたい旅人だね?」

「あ、はい……」

 

 壮年の力量を感じる声に、思わずハルトは背筋を伸ばす。可奈美も緊張しているのか、顔が強張っていた。

 チノの父は続ける。

 

「部屋の空きもある。住みたいというなら、私は構わない。だけど、流石にタダというわけにはいかないね。どうだろう。賃料として、ここで働いてはくれないだろうか」

「それは、もちろん」

 

 可奈美が答えた。ハルトもそれに続く。

 

「ありがとう。ちょうど最近、バイトの子が留学で止めてしまってね。チノとココア君だけでは、少し大変だったんだ。それでは」

 

 チノの父は、手を差し伸べた。

 

「これから、よろしく頼むよ。私は香風タカヒロ。このラビットハウスの店主で、チノの父親だ」

「よろしくお願いします」

 

 ハルトは、その手を握り返した。強く、ごつごつした手が、ハルトにはとても印象深く感じた。

 そして、ハルトが握り返した手に刻まれた令呪には、可奈美の視線を感じていた。

 




外にいるときここに何か書こうと考えて、いざやるときに忘れるってありますよね


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変な青いお客様

人生初のコミケに行ってきました!
速攻で刀使ノ巫女入手しました!
シ○○○○アアクリルキーホルダーだけかよ!(涙


「行ってきま~す」

「行ってきます」

 

 ラビットハウスでのハルトの生活は、そんな二人の挨拶から始まる。

 すでにウェイター、ウェイトレス衣装に着替えたハルトと可奈美は、開店時間の九時までに店を掃除しておく。その後、必要があれば可奈美とともに市場へ必要な買い足しを済ませ、戻ってくると同時に開店の立て札を立てる。

 マスターのタカヒロが仮眠をとっている間、業務を教わったハルトと可奈美が店番をするのだ。

 だが。

 

「暇だ」

「暇だね」

 

 カウンターに突っ伏すハルトは、そうこの状況を断じた。

 可奈美も、手ごろなカウンター席に座り、両足をブラブラと揺らしている。ココアと同じ、ピンク色のエプロンを着用している彼女は、今十七歳という年齢詐称で働いていた。

 可奈美は欠伸をしながら呟く。

 

「はあ……ねえ、ハルトさん。鍛錬したいんだけど」

「仕事の時間に刀を引っ張り出さないで」

 

 御刀を持っているだけでも銃刀法違反の疑いがかけられそうなのに、毎回注意しないと彼女は聞かない。可奈美は「はあい」と返事を返す。

 ラビットハウスで勤め始めてから一週間。二人がいる時間の間、客足はほとんどない。

 時々若い主婦が休息に訪れる程度で、その頻度も芳しくない。

 ハルトはそんな空間の中、可奈美との会話しかすることがなくなっていた。

 

「そういうのって危ないよ。もし店の備品壊したらどうするの?」

「そういうハルトさんも、何か芸やってる」

「は⁉」

 

 驚いた拍子に、今出現した花を取りこぼしそうになった。

 

「あれ? 今……俺」

「うん。誰もいないところで、『スリーツーワンほい』って、ハンカチから花出してたよ」

「マジか……」

 

 マジでマジックをやっていたハルトは、意識外に持っていたハンカチをポケットにしまう。

 

「……ねえ。可奈美ちゃん。結局俺たち繁忙期に一回も立ち会わせたことないけど、結局ただ飯くらいじゃ」

「それ言っちゃう?」

 

 可奈美が眉を八の字にしながら言った。

 そのまま「はあ……よし」と両手をぐっと握り、

 

「とにかく、お世話になっているんだから、仕事はしなくちゃ。ほら、掃除とかすることいっぱいあるから。もう済ませてあるけど、もう一回、掃除しよう!」

「……なら、その箒を剣道みたいに振るのを止めようか」

「……は⁉」

 

 可奈美は、箒で縦に素振りをしている自分にあんぐりと口を開けた。

 

「え? こ、これは……その、うん。言い訳できない」

「毎朝こっそりどこかへ出かけているけど、もしかしてそれが原因?」

「鍛錬しないとね。体が剣術をしたいって」

「剣術ねえ……」

「ねえ」

 

 箒を置いた可奈美が、ハルトにぐいっと顔を近づけた。

 

「ハルトさんの剣術って、どこの流派? 私は新陰流なんだけど、最近は鹿島新當流にも興味持ってて。友達も北辰一刀流を習得していて、居合切りも本当に強くてさ。私も旅の途中で時々鍛錬しているんだけど、なかなか習得できないんだよね。旅に出る前に聞いておけばよかった。あ、でもハルトさんのって、どちらかというとタイシャ流に似てるよね? 剣と体術を交えてのだと……」

「ストップストップ!」

 

 この一週間の生活で可奈美のことがよく分かった。

 彼女は、剣術の話になると止まらない。明るい女の子なのに、そんなに剣が好きなのかといつもハルトは疑問を持っていた。

 

「俺のは独学。ファントムを倒していく内にいつの間にか習得していた。んで、あちこちにファントムが暴れているらしいから、学校をやめて旅に出て、大道芸やっているうちにああいう芝居かかったやり方しているわけ」

「あれ独学なの⁉」

 

 十秒前のこちらの頼みは彼女の脳の彼方へ飛んで行ったらしい。

 次は絶対に、どうやって編み出したのかとか聞かれる、と警戒した。その時。

 

 チリン、とドアが開く音がした。

 

「い、いらっしゃいませ!」

 

 可奈美から逃げるように、ハルトはやってきた客に接待する。

 入ってきたのは、二十代くらいの女性だった、ふんわりとした雰囲気の彼女は、ハルトと可奈美を見て笑んだ。

 

「おやおや? 新しい店員さんですね」

 

 ふんわりとした女性は、常に笑みを絶やさず、ハルトに言われるがままに窓際の席に着く。

「私、青山(あおやま)ブルーマウンテンと申します」

「不思議な名前だな……あ、俺、松菜ハルトです」

「よろしくお願いいたしますね。それでは、キリマンジャロをお願いします」

「かしこまりました」

 

 ハルトは腕を回してお辞儀をする。

 そのままカウンターへ赴き、焙煎を始める。

 一方可奈美は、その客をじっと見つめていた。

 

「可奈美ちゃん。手伝ってよ」

「うーん。ところで、あのお客さん……」

 

 彼女の視線は、好気的なものではなかった。

 客も、なぜか机の下へ背中を曲げ、じっと可奈美を凝視している。

 

「なんか、私を見ているんだけど……」

「一目惚れでもされたんじゃない?」

「私女の子なんだけど……?」

「よくあるんじゃない? 女の子が女の子に惚れるって」

「ないでしょ、あんまり」

 

 仕事中の私語をしている間にも、女性はじっと可奈美を見つめている。

 

「あの~」

 

 女性がこちらに近づいてきた。彼女は胸に何やら手帳を抱えており、カウンター席に座るなり開いた。

 

「すみません。その……どうしてもあなたのことが気になってしまって」

「え? 気になるって……?」

「言葉通りですよ……私、貴女のことが気になって気になって仕方ないんです」

「え⁉」

「あ、お客さん。出来ましたよ。キリマンジャロ」

「その~。お嬢さん。お名前は?」

 

 青山と名乗った女性は、ハルトのコーヒーを無視して、可奈美へ顔を寄せる。

 可奈美は口角を吊り上げながら、「衛藤可奈美です」と名乗った。

 青山ブルーマウンテンさんは「可奈美さんですか……」と頷く。

 

「腕の筋肉がすごいですね……とてもココアさんたちと同じ世代とは思えません……」

「あ、あはは……鍛錬してますから」

「鍛錬? ……普段は普通の中学生。だけどその正体は特別な力を持つ魔法剣士……降りてきました!」

 

 青山さんは、大急ぎでテーブル席に戻る。鞄から原稿用紙を取り出し、

 

「来ました来ました! 降りてきました!」

 

 さっきまでののほほんとしていた表情の女性は、嬉しそうにカリカリと書いている。

 

「決めました! これはいいですよ!」

 

 ある程度書き終えた青山さんは、その原稿用紙を掲げる。

 

「ようやくヒロインの設定ができました。思い人を探し求めて各地を転々と渡り歩く、流浪のヒロインが、出会った主人公と衝突を繰り返しながら成長していく……」

 

「……」

「……」

 

 気まずい表情のハルトと可奈美は顔を合わせる。

 さらに、この青山さんは続く。

 

「主人公は……そう、同じく旅する……」

「あの!」

 

 これ以上真実を当てられると怖くなってきたハルトは、青山さんを食い止める。

 

「もしかして青山さんって、作家さんか何かですか?」

「ええ。私、小説家なんです」

 

 にっこりと青山さんは微笑んだ。

 クリームな色の髪を手で梳かしながら、肩にかけている鞄より、重そうな本を取り出した。

 茶色の表紙に、細かく書かれたその表紙は、ハルトには見覚えもないものだった。

 

「うさぎになったバリスタ?」

「映画化もされました」

「ハルトさん知らないの?」

 

 可奈美が尋ねた。

 ハルトが頷くと、可奈美は唖然と口を開けた。

 

「嘘でしょ⁉ 私の地元でも友達、大人気だったよ」

「一年以内の映画だったら俺旅の途中だよ」

「一昨年やってたよ。……ってことは、お客さん、青山ブルーマウンテン⁉」

「あれー?」

「今さっき自己紹介してもらったところだけど?」

 

 青山さんは目を丸くして、口を押える。

 ハルトは、軽く失礼なことを言い出す可奈美にそう付け加えた。

 可奈美はそれを無視し、

 

「あの映画、本当に面白かったです! 特に、息子が嵐の中で弾き語りをしながらお金稼ぐシーンが!」

「あら? 序盤のそこを好きになる人って珍しいですね」

「そうですか? うーん。……まあ、私って、好みが人とは少しずれているみたいだし、そういうのは仕方ないかなあ」

「ズレてるの?」

「見てない俺が言うのもおかしな話だけど、話の流れからすればずれているんじゃない?」

「そう? どうなんだろう。でも、私好きなアニメとかすぐに打ち切りになっちゃうから、そういうところが関係しているのかも」

「それって、普通の人と感性がズレているってことだけど」

「うえ~」

「可奈美さん。ところで、お願いが……あるのですが」

 

 青山さんが顔を可奈美に近づけた。

 

「私、今日一日、貴女を観察していたいのです」

「は、はい⁉」

 

 可奈美が唖然とした表情をしているが、青山さんはそんな彼女の表情を無視し、屈む。

 

「え⁉ あの……!」

「私、貴女を観察したいんです。貴女からは、何か面白そうなにおいがします」

「ああっ! スカートをめくりながら言わないで下さい!」

 

 可奈美が抑えているが、青山さんはひらひらとスカートのすそをめくっている。ラビットハウスの女性制服はロングスカートが付いているが、それが可奈美の足元のタイツを見せては隠しを繰り返している。

 いい眺めだなとその光景を眺めていると、「ハルトさん助けてください!」厨房の電話がけたたましい音を奏でた。

 

「あ、可奈美ちゃん。悪いけど接客お願いね」

「ハルトさん! お客様も、そろそろやめてください!」

 

 可奈美の悲鳴と青山さんの笑い声をバックに、ハルトは受話器を取る。今時こんな壁に取り付けられた木製の電話なんて見たことないと思いながら、ハルトは耳に当てる。

 

「はい、ラビットハウスです」

 

 一週間で、この応対の仕方にも随分と慣れてきた。

 ハルトが見滝原に来る数か月前より始まった、ランチの出前の注文を受けたハルトは、そそくさと既定のメニューを作り、パッケージに入れる。

 

「よし。可奈美ちゃん。俺外出てくるから」

「ハルトさん止めて!」

 

 延々とセクハラされ続ける可奈美をドアの奥へ押し込み、深呼吸した。

 都会である見滝原より離れたこの木組みの町は、空気がやさしい。

 

「ファントム退治と聖杯戦争が終わったら……ここに、住んでみたいな」

 

 バイクのアクセルを入れながら、思わずそう呟いた。

 




コミケって、本当に水分不足するんですね。
正直少し舐めてました


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行き倒れが当たり前にいる街だとは思わなかった

真骨頂オーズ買えた!
ただしウィザードは未だに手に入らず……


「ほいっ、配達完了」

 

 何で喫茶店が昼食配達サービスをやっているんだろうなと思いながら、ハルトはバイクを帰路に立たせる。

 午後四時。そろそろ町に学校帰りの生徒が増えてくる時間帯だった。

 見滝原の中心街は夕焼け空で赤く染まり、普段真っ白な街並みが全く異なって見える。まるで街全体が小さな炎で燃えているみたいだった。

 その中、ハルトはバイクを走らせながら念じていた。

 

「ガルーダ来るなユニコーン来るなクラーケン来るな……」

 

 プラモンスターが来ることそれ即ちファントムの襲来。

よりにもよって見滝原の反対側から来た注文を終え、店に戻ろうとしているところだ。それなりに疲れた体は、戦闘よりも休息を必要としていた。

 

「ガルーダ来るなユニコーン来るなクラーケン……来たぁ‼」

 

 薄っすらと来るんじゃないかと思っていた存在に、ハルトは悲鳴を上げた。

 ハルトの進路上に現れた黄色の物体。手のひらサイズのプラスチック製らしきそれは、ぴょんぴょんと跳びながらバイクのハンドル部分に乗る。

 

「……クラーケン……」

 

 ガルーダ、ユニコーンに続くハルトの使い魔。クラーケン。タコの形をした黄色のそれは、頭をクルクル回転させながらハルトに寄る。

 

「ああ……クラーケン、俺今仕事中なんだ。できれば用事は……」

「______!」

 

 破裂音のような声で、クラーケンが訴える。

 もうこれでいつものパターンだと察せる。

 

「……ファントムだよね?」

「______!」

 

 だが、いつもは縦に動くクラーケンは、横に動いた。

 

「あれ? ファントムじゃないの? 魔力切れ?」

 

 否定。

 

「よかった~。それじゃ、俺が変身する事態にはなっていないんだ。たまには普通に労働して就寝で終わる日があってもバチは当たらないよね」

 

 クラーケンは動きを止めた。そんなんでいいのかと言いたいような雰囲気を醸し出しているクラーケンに、ハルトは肩をすぼめた。

 

「……なんだよ。いいでしょ。俺だって平和な日々を送りたいよ。あ、ところで、魔力切れでもないのなら、何で戻ってきたの?」

『僕が頼んだのさ。松菜ハルト……いや、ウィザード』

 

 なぜ気付かなかったのだろう。

 宙に浮いているクラーケン。その真下に、いたのだ。

 

「……キュウべえ……」

 

 ハルトを聖杯戦争に参加させた張本人である妖精、キュウべえがいた。

 

「何の用だ……?」

『少し気になってね』

 

 キュウべえは背を伸ばした。ぱっと見可愛らしい仕草だが、キュウべえがこの聖杯戦争に巻き込んだことを考えると、嫌悪感しか湧かなかった。

 しかしキュウべえは、そんなことを気にすることなく続ける。

 

『君の使い魔に頼んで、連れてきてもらったのさ』

「なんで?」

『君と衛藤可奈美がなかなか聖杯戦争に参戦してくれないからね。なぜなんだい?』

「言っただろ。俺は、皆を守るために魔法使いになったんだ。叶えたい願いなんてものもない」

『そうだね。君は、戦いを止めることそのものが願いだったね』

「わざわざそれを確かめに来たのか?」

『まさか』

 

 キュウべえはバイクのフロントに跳び乗る。ハルトはそれが気に入らず、顔をしかめるが、キュウべえには通じない。

 

『先日、君が戦っているファントムという怪人を目撃したよ。なるほど。恐ろしいほどの魔力の塊だね』

「……まあな」

『少し興味ある現象でね。魔力を持った人間、ゲートが深く絶望すると、その人間を突き破って出てくる。それで間違いないかい?』

「……ああ」

『本当に興味深いね。そのシステムは』

 

 クラーケンが、ハルトの手元に降りてくる。魔力切れと理解したハルトは、クラーケンのボディから指輪を抜くと、その体が霧散した。

 それを眺めているキュウべえは続ける。

 

『君には衛藤可奈美の願いを伝えた方がいいかもしれないね』

「?」

 

 そんな、聖杯戦争にとって重要なファクターを勝手に伝えてもいいのか。ハルトはそう思いながら、キュウべえの言葉に注意する。

 キュウべえは語った。

 

『彼女の願い。君は知っているかい?』

「……知らない。でも、それをお前から聞こうとは思わない」

『どうしてだい?』

 

 ハルトは少し黙った。そして。

 

「可奈美ちゃんから直接聞く」

『ふうん。やはり人間は理解できないね。知りたいことを最短で知るのが、一番効率的じゃないか。全くわけがわからないよ』

「お前が分かるようになれば、俺たちとも少しは共存できるのかもな」

『それは早計だよ』

 

 キュウべえはハルトのバイクから飛び降りた。ピンクの模様が付いた背中をこちらに向ける。

 

『まあいいさ。でも僕は、衛藤可奈美には間違いなく伝えたよ。この聖杯戦争に勝ち残れば、願いが叶えられるって』

「……何が言いたいのさ?」

『衛藤可奈美に、いずれ寝首を搔かれるだろうと。まさか、それほど信用しあえる仲でもないと思うけど』

「……」

 

 ハルトは黙った。改めて考えれば、ハルトは可奈美のことを何一つ知らない。剣術バカであり、大切な人を探しに見滝原に来た。それ以上のことは何も知らない。

 それを知ってか知らずか、キュウべえは続ける。

 

『理解しているのかい? マスターはそれに、彼女だけではない。いずれ君の前に現れるマスター一人一人に対しても、彼女のように対応するつもりかい?』

「……悪いのか?」

『いや。まあいいさ。そういう立ち回りも有意義だろう。君の健闘を祈るよ』

 

 そのまま四つ足で歩み去っていくキュウべえ。ハルトはどんどん小さくなっていくキュウべえの姿から目を離し、手の甲の令呪に視線を落とす。

 以前キュウべえが言っていた、サーヴァントという令呪については、まだ出てくる気配もない。

 このまま、見滝原での平和はいつまで続くのだろう。

 そんな心配を抱きながら、ハルトはエンジンを入れた。

 そして。

 

「腹減った~」

 

 車道のど真ん中で行き倒れを見つけた。

 

「……」

 

 さっきはキュウべえ、次は行き倒れ。早々お目にかかれない珍事の連続に、ハルトは思わずヘルメットを外した。

 

「……あ、あの……」

 

 一方通行の車道で昼夜堂々とうつ伏せで倒れているその人物。バックパックを背負い、春先にはまだ暑い長袖とジーンズのその男は、ハルトの気配を察したのか、「腹減った……」という声を上げた。

 ハルトは困りながらも、ポケットから財布を取り出す。ラビットハウスで働いた一週間。少しだけ前金としてもらった金が残っていた。

 

「……ちょっと待ってて」

 

 少し考えたハルトは、脇にバイクを止め、近くのコンビニへ駆け込んだ。

 

 

 

「いやあ、悪い悪い」

 

 行き倒れの青年は、素晴らしい笑顔でハルトが買ってきたおにぎりを頬張る。

 バス停に設置された椅子は、こうして一時休憩するには持って来いだなと感じながら、ハルトは頭を掻く。

 

「このご時世に行き倒れで道に倒れるってのもそんなに見ないけど」

「いや、フィールドワークでこっちに来たんだけどよ」

 

 おにぎりを平らげた青年は、ハルトの肩を掴む。

 

「いやあ、ご馳走さん! おかげで助かったぜ」

「ああ、まあ無事ならよかったよ」

 

 ハルトは手を振り払う。

 

「アンタ、いつもあんな風に行き倒れているのか?」

「時々だな。いつもは日銭稼いで何とかしてるぜ」

「おお。随分ワイルドだな」

 

 その言葉に、青年は白い歯をにっと見せる。

 

「いやあ、宿無し生活ってのを始めてみたけど、なかなか上手くいかねえもんだな! あ、俺多田(ただ)コウスケってんだ。よろしくな!」

「松菜ハルト。どうもよろしく。あ、それはそうと、俺結構旅してきて、ゼロ円生活とかしてきたけど、よかったらそのコツとか教えようか? また行き倒れるより、食料調達方法知っていた方がいいよ?」

「ああ、そうだな……悪いけど、教えてもらえねえか? ……あ」

 

 顔を輝かせたコウスケは、ふと何かを思い出したかのように考え込む。

 

「悪い。その前に、今人と待ち合わせしているところなんだ。そいつが来るまで、口頭で教えてくれねえか?」

「構わないけど……待ち合わせの途中で行き倒れていたの? アンタ、身なりはそんなに悪くないのに」

「はは。フィールドワークって言ったろ? 俺、研究のためにこの見滝原に来たんだ。しばらく離れられねえけどな」

「ふうん。学者?」

「いや。まだ大学院生だ。ま、研究論文製作期間が長すぎるから休学中だけどな」

「へえ。なんの研究?」

「考古学ってやつだ。ま、昔の人が作ったものを研究するもんだな」

 

 コウスケは、目をキラキラ輝かせながら言った。

 

「お前、疑問とかないか? 昔の人はどうやって文化を築いたのかとか。今残っている文明はもとより、今なくなっている文化とか、ワクワクしねえか? 例えば……」

「ああ! 語らなくてもいいから!」

 

 語り出したら長くなりそうなコウスケを、ハルトは食い止める。

 すでに午前中にも、こんな語りだしたら止まらない輩とひと悶着あったのだ。これ以上増やしたくはない。

 だが、コウスケは「そうか」と片付ける。

 ハルトはため息をついて、尋ねた。

 

「そんな人が行き倒れていたのか……大丈夫なのか?」

「皆まで言うなって。何とかなんだろ」

「そんな適当な……」

 

「コウスケさん!」

 

 その時。そんな大声が、ハルトの耳に飛び込んできた。

 

「お? 来たか」

 

 コウスケは、うんうんと頷いた。

 彼が待っていたのは、女性だった。

 

 年は、まどかや可奈美より年上。ココアと同じくらいだろうか。

 青と白の縞々のシャツと、黄色のワンピース。金髪の前髪にはピンクの髪飾りが付いている少女が、こちらに手を振りながら駆けていた。

 

「ごめーん! コウスケさん、色々回っちゃって」

 

 少女は、___口にホイップが付いている状態で___、手を合わせてコウスケに謝罪していた。

 

「おいおい。どこ行っていたんだよ響」

「あはは……ちょっと、迷っちゃって」

 

 響と呼ばれた少女は、舌を出しながら「えへへ」と笑っている。

 

「お? 何やらお兄さんがお困りのご様子で」

 

 と、響がハルトの表情を見てそう断定した。

 

「いきなりお困り認定されたよ。俺」

「ああ! 別に悪い意味ではないんです! なんか、コウスケさんに困らせられたような……」

「それは間違っていない」

「そう釣れないこと言うなよ、兄弟」

 

 コウスケが馴れ馴れしく肩を組んでくる。初対面からまだ一時間もたっていないのに距離近いなと思いながら、ハルトは苦笑する。

 

「ねえ、コウスケさん。この人は?」

 

 話の順序が分からない。

 ハルトは名乗った。

 

「松菜ハルト」

「ハルトさん? 私は立花(たちばな)(ひびき)です! えっと……コウスケさんの助手です!」

「オレ、多田コウスケ!」

「アンタはさっき聞いたよ!」

「よろしくね! ハルトさん!」

 

 響が躊躇いなく握手を求めてきた。最近の若者はすごいコミュニケーション能力高いなと舌を巻きながら、ハルトは応じる。

 

「ねえコウスケさん。結局今日この後どうするの? もう午後だよ?」

「あ?」

 

 コウスケは首を傾げながら腕時計を確認する。

 

「あ! もう三時じゃん!」

「そうだよ! おやつタイムだよ!」

「この人たち食うことしか考えてない!」

 

 しかも、それを証明するように、この二人からは腹の虫が鳴った。

 




真骨頂はすぐに値上がりしますよね。お財布に厳しい


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カオスで騒がしい喫茶店

夏休みが今日で終わる……
鬱になりました


「カオスです……」

 

 ラビットハウスの看板娘、チノは店内をそう形容した。

 

「上手い! こいつは上手いぜ! なあ響!」

「うん! これなら明日何があっても平気へっちゃら!」

 

 初見の男女二人組は、さっきから大声でパフェを食い散らかし(ハルトがなけなしの給料で支払うらしい)、

 

「いいですよ可奈美さん。もう少し、アップにお願いします!」

「あの青山さん。さっきから、文章じゃなくて絵を描いていませんか?」

 

 その隣ではなぜか可奈美が青山さんのスケッチ対象になり、セクシーポーズなのかファイティングポーズなのかよくわからないモデルをしていたりしている。

 

「まどかちゃんもふもふ~!」

「きゃああああああ!」

 

 いつものようにココアがまどかに頬ずりをしている。

 おおよそ喫茶店の光景とは思えない騒がしい景色に、チノは静かに「ただいま」を告げた。

 

「ああ、お帰りなさい」

 

 カウンターで皿洗いをしているハルトだけが、チノに返事をした。

 チノはカウンターへ歩み、

 

「随分騒がしいですね」

「ああ。まあ、俺が連れてきた行き倒れが主に騒がしいんだけどね」

 

 ハルトは、見たことのない男女の二人組を指差した。

 少し薄汚い印象だが、シャワーでも貸してあげた方がいいのだろうか。

 そんなことを考えていると、ドアが開いた。

 

「あ……いらっしゃいませ」

 

 まだ着替えていないのに、思わずおもてなしの挨拶をしてしまう。

 チノの背後を通り過ぎたのは、同じ年くらいの黒髪の少女だった。

 ハルトも慌てて応対のために彼女の前に向かい。

 表情を険しくする。

 

「ほむらちゃん……」

 

 ほむら。その名前は、チノにも聞き覚えがあった。

 

「最近の転校生が、そんな名前だったような……?」

 

 別のクラスだったため、顔はよく覚えていない。見返り美人というものか、背中から見える彼女は、美しい、という印象があった。

 

「ほむらちゃん、どうしたの?」

「私はただの客よ」

 

 ハルトと少し気まずい空気を見せている。接客業なのだから、プライベートとは別にしてほしいとチノは願いながら、代わりにほむらを案内させようとする。

 だが、その前にほむらが続けた。

 

「アイスコーヒー。もらえないかしら?」

「……かしこまりました」

 

 ハルトが頭を下げた。だが、たとえ客に対しても無関心な人でも、ここまで冷め切った対応をすることはないとチノは思った。

 

「可奈美ちゃん……」

「な、なに~?」

 

 青山さんに遊ばれている可奈美が涙目になっていた。

 青山さんが女性店員へセクハラをするのはいつものことのため、チノは止める気もなかった。

 とにかく、ほむらへの対応を早く代わらなければと、チノは急いで着替えて戻る。

 チノが戻ってきたとき、なぜかハルトは、丸テーブルのほむらと向かい合って座っていた。

 

「……はあ」

 

 険悪なことにはならなくても済みそうだった。チノはそう安心して、カウンターの定位置に付く。

 

「ねえ、チノちゃん……」

 

 青山さんから逃れてきた可奈美が、少し疲れた様子でやってきた。

 彼女はチノの耳に手を当て、

 

「ねえ。あの人、ハルトさんの友達かな?」

「知りませんよ。そもそも、ここに来てからほとんど一緒なんですから、可奈美さんが知らないなら、私も知るわけないじゃないですか」

「だよね~」

「ねえ!」

 

 すると、談笑していた二人組の女性の方がこちらへ来た。キラキラとした表情が明るいその少女は、空いた容器二つを差し出した。

 

「アイスコーヒー! お代わりください!」

「はい」

 

 チノは、普段より使っているコーヒーメーカーを使い、カップにコーヒーを淹れていく。その様子を少女は「おお~」と目を輝かせてみていた。

 

「……はい、冷たいもの。どうぞ」

「冷たいもの、どうも」

 

 手渡したコーヒーを受け取り、少女は礼を言う。

 だが彼女は席に戻らず、ぐいっとチノに顔を近づける。

 

「ねえ! 私、立花響! あなた、もしかして中学生?」

「はい……」

 

 何だ、この客。そんなことを心の中で思いながら、この響という少女は続ける。

 

「ねえ! 名前はなんていうの?」

「香風智乃です」

「チノちゃんか……そちらは?」

「あ、私衛藤可奈美です!」

 

 チノとは対照的に、元気な返事を返す可奈美。特に示し合わせたこともなく、ガッチリと握手を交わす。

 

「すごい適応力……」

 

 そんな言葉の中、可奈美と響は互いの手を見下ろしている。

 

「すごい……可奈美ちゃん、握力強いね!」

「響ちゃんこそ! これ、ダンベルとかでも何キロでも持てそう!」

「いやあ……それほどでも……」

 

 響が頭を掻く。にやりと口を歪める。

 可奈美は続ける。

 

「ねえ! 何かスポーツとかやってるの? 球技とか」

「やってないよ。まあ、コウスケさんの手伝いで、フィールドワークとか色々歩き回っているんだけど」

「え? でも、これは色々やってないとここまでにはならないよ?」

「ええ……そうかな?」

 

 あははと、笑い続ける響。

 チノには、彼女が何か隠しているように見えて仕方がなかった。

 その時、黒髪の少女、ほむらがカウンターにやってきた。

 

「どうかしました?」

「お会計よ」

 

 ほむらは無表情のまま、金額を置いていく。

 少し驚きながら、チノはその代金を受け取った。

 

「ありがとうございます」

「美味しかったわ」

「もういいんですか? ハルトさんと話していたみたいですけど」

「別に。顔を見に来ただけよ」

 

 ほむらはそれだけで、さっさと帰っていった。

 ココアと、ほむらのクラスメイトであるまどかがやってきたのは、それから十分ほど経ってからだった。

 

 

 

「はいそれでは皆さん!」

 

 帰ってきてすぐに着替えたココアのもとに、皆の注目が集まる。

 

「せっかくこんなに集まってくれたので、これからラビットハウスの出し物をしま~す‼」

 

 元気な声のマジシャン衣装の彼女の前には、青山さん、ココアとやってきたまどか、コウスケ、響の四人がいた。彼らだけが客という喜ばしくない状況だが、ココアはそんな状況であろうとも明るい。

 

「レディーズ アンド ジェントルメン! お楽しみくださいまし!」

 

 ハルトは四人の観客の前に堂々としているココアに少し感心していた。

 ココアは全く恥ずかしがりもせず、何やら落語らしきもので四人のウケを取っている。

 ほかにも、ハルトの株を取ってしまいそうな手品、その見た目には予想し得ない熱烈な演歌。可奈美も店員業務を忘れて拍手に興じていた。

 

「すごいな……」

 

 ハルトはそう言って、手元に飛んできたガルーダの嘴を小突く。

 ファントムとは関係ない。魔力切れで戻ってきたこの使い魔は、そのままココアの寸劇の観客になっていた。

 

「そういえば、俺が最初に大道芸やったときってどんなだったっけ?」

「________」

 

 毎度のことながら、ガルーダたちプラモンスターの言葉が分からない。だが、それでもガルーダは何度も跳ねている。

 

「……あんなに元気だった?」

 

 否定した。

 

「結構ビビってたっけ?」

 

 肯定。それはそれとしてかなり落ち込む。

 だがガルーダは、そんなハルトのことは気にせずに屋上近くで楽しんでいる。

 

「何だかなあ」

 

 頬に手を当てながら、ハルトは呟いた。 

何となくココアの出し物を眺めていると、突如として、ココアがこちらを指差した。

 

「続きましての出し物は、ラビットハウス限定! 噂の大道芸人こと、松菜ハルトによる、ラビットハウス専用マジックです!」

「いや聞いてないよ⁉」

 

 突然のご指名に、ハルトは思わず立ち上がる。

 だが、すでに皆の眼差しは、ハルトに集約していた。

 ハルトは座席の下でコネクトを使う。小さな魔法陣から小道具を取り出す。

 

「さあさあどうぞどうぞ」

 

 ココアがニコニコと舞台をハルトに譲る。

 ココアが座席に戻るのを見送って、ハルトは言った。

 

「さてそれでは、ご指名に預かりました松菜ハルトです。それでは一人、アシスタントをお願いしたいと思います」

「「アシスタント?」」

 

 皆目を丸くしている。誰にしようかと迷い、

 

「じゃあまどかちゃん」

「わ、私ですか?」

 

 自分に来ることはないのだろうと安心していたのだろう。まどかは仰天してこちらにやってきた。

 ハルトは小物状態のものを組み立てて、自分よりも高い背丈のシリンダーボックスを用意した。前方が開き、内部の空っぽの構造が露になる。

 

「まどかちゃん。悪いけど、ここに入ってもらえる?」

「は、はい……」

 

 まどかは少し怖がりながら、箱に入る。あらかじめ調節しておいた台に立つことで、首だけが出る形になる。

 

「はいそれでは皆さん! ラビットハウスプロデュースのコラボマジックです!」

「あれ? だったら普通ココアさんかチノちゃんじゃ……」

「まあまあ。俺がここに来れたのもまどかちゃんのおかげだから、折角ということで」

「訳が分からないよ……」

 

 キュウべえみたいな言葉を聞きながら、ハルトは箱の蓋をする。

 

「さあみなさん。今こちらの美少女さんは、しっかりと箱に閉じ込められました。まどかちゃん、出られる?」

 

 ガンガンと、箱の中から音が聞こえる。

 

「うん。鍵とかしてあるね」

「さあ、それでは脱出撃! うっ……頭が……ん」

 

 ハルトはわざとらしく頭を押さえる。そして、大仰に行動に移す。

 

「うがぁ! 私に悪魔が取り憑いた‼」

 

 おおっ、と観客は拍手をする。

 いい反応だと身に感じながら、ハルトは敢えて狂ったような声を出す。

 

「この娘の命を生贄に、私は現界しよう!」

 

 ハルトは手に持った剣(手品用のペラペラのもの)を箱に突き刺す。

 

「ひゃっはあ‼」

「うぎゅっ!」

 

 まどかが絞り出したような悲鳴を上げてくれた。

 さらにハルトは、箱の前後左右から剣を突き刺し続ける。まどかの「ぐええ」という反応の後、観客へ呼びかける。

 

「さてさて皆さん。私の悪魔の所業ですが、果たして本当に彼女は息絶えたのでしょうか」

 

 まどかが目を閉じて首から力を抜いてくれた。

 

「疑う方もいらっしゃるでしょう。その実をお店しましょう!」

 

 実際のこの箱には、分割する仕掛けがある。縦にも三段に分かれており、横にスライドすることができる。

 

「はぁ!」

 

 奇声とともにハルトは、箱を横に大きくずらした。上二つを大きく動かすと、まどかの体系ではありえない面積しか、上と下は繋がっていない。

 

「ひっはは! これで、この娘を生贄にした私は現界した! さあ、この世界は私のものだ!」

 

 悪役のセリフを言いたい放題言ったところで、観客から野次が飛んでくる。

 

「どうすればまどかさんを助けられますか?」

 

 青山さんがそんなことを聞いてきた。

 今から言おうとした説明を代用してくれた青山さん。彼女の要望に応え、大魔王ハルトマンは、堂々と「今の私は、彼女が無事に脱出したら死ぬぞ!」と宣言してみた。

 

「さあ皆の衆。いざクライマックス! この生贄の少女はいかに……?」

 

 串刺しにされ、スライスされたとしか思えないまどかの箱を元に戻し、剣を抜く。

 そして、箱を開けると、

 

「なっ⁉ 無事だとぉ⁉」

 

 傷一つついていないまどかの体に驚愕した仕草をするハルト。そのまま、

 

「おのれ……お見事な脱出撃‼」

 

 ポケットに忍ばせておいた音源装置で爆発音を使い、幕引きとしたのだった。

 




夏休みはいつもアニメ三昧なのです


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コエムシ

夏休みが終わった……


「疲れた……」

 

 祭りの後には、どっと疲労感が体に押し寄せてくるもの。

 祭りではなく宴のようなものだったが、ハルトはマジックショーのあとの疲労で、足がふらふらになっていた。

 

「ね、可奈美ちゃん。疲れてない?」

「ん? 私?」

 

 一方、可奈美はケロッとしていた。

 観客なので当然なのだろうが、ハルトはどことなく理不尽さを感じていた。

 

「私は全然。皆と一緒に盛り上がるの結構楽しかったけどね」

「うわ。すっごい笑顔、なんか理不尽」

「ごめんね。でも、私よりも元気なのがあっちに」

 

 可奈美が背後を指差す。そちらには、

 

「うえええええん! まどかちゃああああああん!」

 

 まどかの腰にしがみつきながら泣き喚く、ココアがいた。

 まどかは困っていながらも、無理矢理ココアを振りほどけないでいる。

 

 

「帰っちゃいやだよおおおおお! 夜も遅いから、一緒にいようよおおおお!」

「だあああ! おい、安心しろ! まどかちゃんは、オレたちが送ってやるから」

「そうだよ。落ち着いて。ね、まどかちゃん。家教えて?」

 

 そんなココアを、コウスケと響がなだめていた。

 すでに青山さんは帰宅しており、ラビットハウスが夜のバータイムへシフトするところで、ココアが雰囲気にそぐわない奇声を上げていた。

 

「ねえ、ココアちゃん……私、明日も来るから。ね?」

「不安だよおお‼ 私の可愛い妹が、色んな野獣に誘拐されちゃうよおおおお!」

「オレの送迎が信用ならねえのか! よし、なら分かった。ココア、お前も着いてこい! んでオレがキッチリお前をここまでUターンさせてやる!」

「余計にややこしくなってないそれ⁉ あ、ココアちゃん落ち着いて。コウスケさんが言ってるのは狼的なアレじゃなくて……えっと……あの……その……」

 

 響が手をロボットのようにカクカク動かして、何やら面白いポーズになっている。その傍らで、チノが盆を抱きながら、こう呟いているのが聞こえた。

 

「ココアさん……本当に節操なしです。ココアさんにとってはやっぱり年下なら誰でもいいんですね」

 

「行かなくていいの?」

 

 さっきからずっと続いているこの大騒ぎ。しかし、可奈美は、目を一の字にして首を振った。

 

「うん……ちょっと、私も疲れてるから」

「若いんだから、もうちょっと頑張ろうよ。青春時代なんてあっという間だよ」

「……時々ハルトさんっておっさんくさい言い方するけど、実際はまだ未成年だよね?」

「わしはもう年寄じゃよ若いの」

「十九歳でしょ⁉ 私と五つしか変わらないのに!」

 

 そう言いあっているうちに、二階の階段を登り終える。

 ラビットハウスの一階は、店と厨房、そしてリビングがある。個室は全て二階に設置されており、ハルトの部屋は奥から二番目、その隣が可奈美の部屋だった。

 

「それじゃ、おやすみ」

「うん。おやすみなさい」

 

 ハルトが自室のドアを開けながら言う。

 可奈美が細めで通り過ぎた後で部屋を潜り、

 

『よう。おかえり。松菜ハルト』

 

 不信な生物に、疲れが吹き飛ぶ。

 

「誰だ⁉」

 

 ハルトの鋭い声に、可奈美も慌ててハルトの部屋にやってくる。その時警戒のために御刀、千鳥を携えていた。

 

「なに……あれ……? ハルトさん、あんな部屋にいた?」

「いないよ! あんな悪趣味な奴!」

『おいゴラァ! 人の見かけを悪趣味とは失礼な奴らだな!』

 

 その不信生物は、ぷんすかと跳ねながら怒鳴る。

 大きさは、キュウべえとおおよそ同じくらい。危険と感じて近づくガルーダと比較すると、ガルーダの二倍くらいの大きさだった。

 某夢の国のネズミの耳のような頭と、その下には適当なイラストレーターがデザインしたような小さな四肢。ニタリとギザギザな歯を見せた笑みと、これまた有名な電気ネズミのような頬をしている。頬以外は白一色のその生物は、ガルーダを無視してハルトに近寄ってくる。

 

『ったくよぉ。テメエは折角お帰りを言ってくれた奴をまず警戒すんのかよ。まずはただいまを言うところじゃねえのかよええ? テメエの親はそんなことも教えてくれなかったのかよ?』

「少なくとも、見慣れない変な生き物に最初から愛想よくしろとは教えてもらってないね。俺の名前を知ってるみたいだけど、何者?」

『はっ!』

 

 不信生物は吐き捨てる。天井近くへ浮かび上がり、

 

『自己紹介しねえと挨拶すらしねえのか? ケッ! 今時の若者はなってねえな!』

「……それで、誰なの? 貴方は」

 

 可奈美も警戒の色を示す。すると不信生物は、可奈美にぐいっと顔を近づける。

 

『うるせえよ衛藤可奈美。先輩から聞いたぜ。『大切な人を取り戻す~』とか言っておきながら、全然聖杯戦争にやる気がねえみてえじゃねえか』

 

 聖杯戦争。その名前を聞いた途端、ハルトはコネクトからウィザーソードガンを掴み、可奈美は御刀の抜刀の構えを取る。

 

『おうおう。面白えくらいに警戒してくれんな』

「お前……キュウべえの関係者か?」

『ああ。コエムシってんだ。よろしくな』

 

 コエムシ。そんな奇妙な名前の生物は、けらけらと笑い声をあげる。

 

『先輩から、自衛くらいしか戦わねえ腰抜けがいるって聞いてな。活入れに来た』

「……余計なことを……」

『ケケケ……』

 

 コエムシがせせら笑うと、その背後の景色が揺らめく。

 

「な、何だ⁉」

 

 普段、外の景色が見える部屋。そこに出現したのは、銀色の壁。

 震える光が、まるでオーロラのようだった。

 そんな摩訶不思議なオーロラをバックに、コエムシが語る。

 

『先輩は戦わねえテメエらも、それはそれで尊重してるがよ。オレは嫌なんだよ。ただの傍観者なんざ』

 

 コエムシがケラケラと笑い声を上げながらその体を震わせる。

 オーロラがぐんぐんと近づいてくる。ハルトの部屋の物を無視しながら、ハルトと可奈美を飲み込むように迫る。

 視界が銀一色に染まる中、コエムシの声がした。

 

『戦わねえマスターに用はねえ。消えろ』

 

 

 

「……ここは?」

 

 オーロラが晴れると、そこはラビットハウスではなかった。

 古い木製の匂いは消失し、代わりにハルトの鼻腔を染めるのは、潮の香り。

 海に面し、ボコボコの地形である岩石海岸。潮の浸食により、最悪の足場になっているところだった。

 そして、夜に慣れた眼を、空の太陽が傷つける。

 

「太陽? 今、昼なのか? どうなっているんだ? 夜だったはずなのに……?」

「時間も違う……? さっきのオーロラって、場所だけでなく、時間も越えられるのかな?」

「便利すぎるどこでもドアってことか……なんでそんなのが」

『違えよ』

 

 その答えを、コエムシが伝えてくれた。

 彼は、その背後に新たなオーロラを発生させており、ニタリとした笑みを崩さない。

 

『どこでもドアじゃ、テメエら逃げ帰るだろうが。ここは別世界。テメエらを処刑するために用意した世界だ』

「なんだと?」

『キキキ……せいぜい覚えておけよ。最期の景色がこの海岸なんだからよ』

 

 すると、コエムシの背後に、銀色のオーロラが発生する。

 それは次に、コエムシに近づいていく。

 

『んで、その処刑人もオレ様が用意した』

 

 オーロラがコエムシを通過する。

 すると、その岩場には、先ほどまではいない人影がいた。

 

『名前は……悪ぃ。忘れちまった』

 

 その人物の特徴。

 まるでカブトムシのような頭部の仮面をしていた。漆黒のボディにはところどころに赤い電子線が走り、その目に当たる部分は黄色のバイザーになっていた。ウィザードと同様にベルトが特徴だが、バックルにあるのは掌ではなく、黒いカブトムシ型の機械。

 

『えっと……おい。お前、名前なんだっけ?』

「壊してやる……君たちを!」

 

 小声ながら、絞り出すような声の処刑人。彼は、岩場から飛び降り、ハルト、可奈美と同じ地平に立つ。

 コエムシはその大きな頭を振る。

 

『だめだ。話通じねえ』

 

 コエムシはやれやれと体を振る。そして、何だったかと考えるように『うーん』と頭をひねらせている。

 

『ああ! 思い出した! ダブトだダブト! コイツの名前はダークカブト! 略してダブトだ!』

「ダークカブト?」

『ああ。思い人を自分と同じ姿の奴に寝取られて死んじまった奴をオレ様が復活させてやったのよ。ああ、オレ様って慈悲深い良い奴』

 

 ダークカブトと紹介されたその処刑人は、現れた岩場から飛び降りる。ハルトと可奈美と同じ地平で、ゆったりと歩いてくる。

 彼は静かに、こちらを指差す。

 

「行くよ」

 

 彼はそのままこちらへ突撃、ハルトに殴りかかる。

 ハルトはそれを避けて、ドライバーオンの指輪で銀のベルトを出現させる。

 

「可奈美ちゃん!」

「分かってる!」

 

 可奈美はすでに抜刀し、全身を写シの光で纏わせる。

 それと同時に、ハンドオーサーを操作し、変身待機状態にする。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 いつものように、左手を横に真っ直ぐ伸ばす。炎の魔法陣が通過し、火のウィザードとなる。

 

「やるしかない!」

 

 ウィザーソードガンを構えた瞬間、ダークカブトが躍り出る。

 ダークカブトは、ウィザーソードガンと千鳥、二つの刃物をその短刀だけで防いでいた。ソードガンを受け止めた直後、千鳥を空いた左手で受け流し、そのまま可奈美の肩へチョップ。即座にその右手で、ウィザードを殴り飛ばす。

 

「っ!」

 

 すぐに立ち上がったウィザードは、膝で体を支える。

 

『ルパッチマジックタッチゴー ルパッチマジックタッチゴー』

 

 新たな指輪を取り、読み込ませた。

 

『コネクト プリーズ』

 

 コネクトとは、空間の彎曲。普段物を取り出しているのは、その副産物に過ぎない。

 つまり、コネクトを攻撃に転用すれば、

 ダークカブトの背後から、ソードガンの刃だけを出現させ、攻撃させることもできる。

 ダークカブトは怯む。だが、それを繰り返すうちに、だんだん順応し、どこからの攻撃も防げるようになっていった。

 

「もうだめか……」

 

 ウィザードはコネクトリングを外す。

 

『バインド プリーズ』

 

 次の出し物は、無数の鎖。常日頃よりウィザードが主力として使う魔法だが、ダークカブトはその全てを見切り、斬り落としていた。

 

「こいつ……強い!」

 

 さらにダークカブトは、ウィザードに肉薄してくる。

 ウィザードはサラサラと音を鳴らすソードガンを振り回しながら、その刃をダークカブトへ突き立てる。

 そのまま、ウィザードとダークカブトは並走しながら斬り合う。

 だが、ダークカブトの動きはウィザードのそれよりも大きく離されている。

 フレイムのままではスピードが大きく劣る。

 ウィザードはハンドオーサーを操作し、指輪をルビーからエメラルドへ取り換える。

 だが、ダークカブトの速度はだんだんウィザードでは追いつけないほどになっていった。横凪の斬撃、不意打ちの突き、全体重を乗せた突き刺し。

 

「速い!」

 

 ぐんぐん加速し、すぐにハリケーンでも追いつけない速度になっていく。

 スピードだけでは決して勝てない。ハリケーンでのスピード対決を諦めたウィザードは、エメラルドではなくサファイアを取り付ける。

 

『ウォーター プリーズ』

 

 

 頭上にかざした手より、青の魔法陣が生成。

 

『スイ~スイ~スイ~』

 

 

 ウォータースタイルのウィザードの登場とともに、潮だまりの水たちは飛びはねる。

 

「まだ大して使ったことないけど、止む無し!」

 

 即座にウィザードは、新しい指輪を中指に入れる。

 

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 

 

 発生した魔法陣が帯びるのは冷気。それを地面に押し当てると、岩礁が氷河となった。

 

「可奈美ちゃんごめん! ちょっと足場悪くなるよ! ちょっと離れて!」

「これはちょっととは言わないよ!」

 

 氷の足場に足を取られ、しりもちをついている可奈美が怒鳴っている。

 だが、同じことがダークカブトにも起こっている。

 彼の足場が凍り付いており、身動きを取れないでいた。

 

「今だ!」

『ウォーター スラッシュストライク』

 

 ソードガンに青い魔法が集っていく。水を凝縮したその刃で、ダークカブトへ斬りかかる。

 だが、足元だけしか凍っていないことが、ダークカブトの行動を許してしまった。

 ダークカブトは、丁度凍った部分の境。ベルトの上の部分のボタンを押す。ベルトのカブトムシの右足部分のボタンを、順番に押していく。

 

『123』

「ライダーキック」

『ライダーキック』

 

 カブトムシから、ダークカブトの言葉が復唱された。カブトムシから放出されたタキオンエネルギーがその黒い角に登り、右足に降りていく。

 瞬間、ダークカブトの足元の氷が粉々になる。

 だが、すでに刃はダークカブトの目と鼻の先。

 勝った。ウィザードが仮面の下で確信したその時。

 

『クロック アップ』

 

 ダークカブトの右腰。そこのスイッチを押すことにより、無情な音声が流れた。

 刹那。

 全身を襲う痛みとともに、ウィザードは……ハルトは、潮だまりの中に落下した。

 




前にグラビティ使ったりもしましたが、ここのウィザードは皆さまが知ってるウィザードとは違います。別にドラゴンスタイルないけど、必殺技が使えるのです。


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加速世界の中で

今更ですが、可奈美の技は、アプリ版から引用しています


「ゲホゲホっ!」

 

 何が起きた?

 岩礁を登って戻ったハルトは、蹴り終わった体勢のダークカブトを見て絶句する。

 

「今……俺、やられたのか……?」

 

 ウィザードへの変身の解除と、全身の痛みが、自身の敗北を語っていた。

 

「ハルトさん!」

 

 可奈美が、ハルトを助け起こす。

 

「今、あの人すごいカウンターだったよ」

「カウンター?」

「うん。ハルトさんの水の切っ先が届く寸前に、あのダークカブトがすごい加速したんだよ」

「加速?」

「うん。そのまま、ダークカブトの蹴りで、ハルトさんは解除までされたんだよ」

「そんな……」

 

 ハルトはダークカブトを見返す。

 彼は、ハルトにトドメを刺そうとしているのだろう、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 

「さっきまでのも充分早かったのに、まだ更に加速能力まであるっての?」

「うん。しかも、普通の加速じゃない。普通の人じゃ絶対に追いきれないよ。今いるものとは、全く別の時間流の中での加速だった」

「そんな……そんな奴が処刑人……?」

「うん。でも、大丈夫!」

 

 可奈美は、ハルトを庇うように、ダークカブトの前に立つ。

 

「私なら、あの動きに追いつける!」

「え?」

迅位(じんい)!」

 

 可奈美が叫んだ瞬間、彼女の姿が白の光となって消える。

 すると、海岸のあちらこちらで爆発が起きた。

 岩塊がチーズのように裂かれ、水が幾重にも切り刻まれる。

 それが、光を越えた速度の中で行われている戦いだとは知る由もなかった。

 

 

 

 銃弾の速度さえも越える、迅位の第三段階。

 その領域に入ってようやく、可奈美はダークカブトを捉えることができた。

 

「……! 行くよ!」

 

 千鳥とクナイガンが高速の中で火花を散らす。その時に生じた斬撃が岩場を打ち付け、無数の土煙が舞い上がる。

 

「やっ!」

「うっ!」

 

 クナイガンが、可奈美の体を斬り裂く。そのまま岩肌へ吹き飛ばされ、周囲の岩石が宙へ浮かび上がる。

 

「まだまだ!」

 

 岩がまだ宙に浮いている中、可奈美とダークカブトは何度も何度も打ち合う。岩肌に刀傷が走り、斬られた波が落下を忘れる。

 

「ふふ。君……強いね」

 

 突如として、そんな声がした。

 誰の声か。その答えは、ダークカブトしかいなかった。

 彼は千鳥を受け止めたまま、言葉を紡ぐ。

 

「どうしてそんなに強いの?」

 

 ダークカブトは、殺気を放っていながらも、まるで子供のような声で可奈美に問う。

 

「僕は勝てなかった。でも、君は勝てそう。どうして?」

 

 ダークカブトは、クナイガンと切り結んだまま、可奈美を崖へ押し当てる。

 超高速の中、可奈美は崖と背中を挟まれ、身動きが取れなくなる。

 

「はっ!」

 

 可奈美は、急いで千鳥を横に流す。千鳥の刀身に、ダークカブトのクナイガンが突き刺さろうとしている。

 その中、ダークカブトは語った。

 

「君とは僕と同じ臭いがする」

「同じ?」

「誰かを取り戻したい。その気持ちがある……そんな臭い」

「! それが……どうしたって⁉」

 

 可奈美は、ダークカブトを蹴り飛ばす。

 そのまま、可奈美はダークカブトへ斬りこむ。

 その斬撃を防ぐ中で、ダークカブトとの会話は続く。

 

「君はどうしてその人のために誰も犠牲にできないの? その人のことが大切じゃないの?」

「大切だよ……大切に決まっているよ! 私は……!」

 

 クナイガンを斬り流し、大きく振りかぶる。

 

「私は! 姫和ちゃんを……!」

「ひより……?」

 

 だが、振り下ろされた切っ先を、ダークカブトは腕でガード。そのまま回り込み、可奈美の腹を殴り飛ばす。

 

「うっ!」

 

 迅位の速度の中で、可奈美の動きは止まる。

 潮の香が鼻をくすぐる中、可奈美はボロボロの顔で見上げる。

 ダークカブトはすさかず可奈美の襟を掴み、無理矢理立たせる。その黄色のバイザーが、すぐ目の前に来る。

 

「ひよりが大事じゃないの? 他の人なんてどうでもいいじゃん。他の人を犠牲にしてでもいいじゃん?」

「そんなことない! 私にとっては……、舞衣ちゃんたちも……まどかちゃんやハルトさん、この町の皆も大切なんだ!」

 

 聖杯戦争のシステム。それは、同じ参加者を葬ることで、願いを叶えるシステムだ。さらに、人の命を使い魔たるサーヴァントに注げば強化もできる。

 これから現れるであろう、可奈美のサーヴァントも、その例外ではないだろう。

 それを脳裏に走らせた上で、可奈美は叫んだ。

 

「この聖杯戦争……間違ってるよ!」

「間違ってる? どうして?」

 

 彼の声は、本気で分かっていない声だった。背丈や体格、声は大人だが、その子供としか思えない彼に、恐怖すら感じていた。

 ダークカブトは首を傾げる。

 

「簡単にひよりを取り返せるのに……僕も生きていたら参加したかったのに……!」

「生きていたら?」

 

 だが、ダークカブトはそれ以上続けなかった。

 彼はそのまま可奈美を蹴り飛ばし、次の行動に移る。

 

『1』

 

 可奈美がダークカブトのクナイガンを弾き飛ばしたのと時同じく、ダークカブトはベルトのカブトムシの足にあたる部分のスイッチを押す。

 

『2』

 

「どういうこと⁉ 生きていたらって⁉」

「そのままの意味だよ」

 

 ダークカブトは、加速した時間流の中で、その手を見ろした。

 

「僕はもう死んでいる。コエムシが生き返らせたんだ」

「生き返らせた?」

「僕も、ひよりを助けたい。ねえ、ひよりの為なら、君はどれだけを犠牲にできる?」

「そんなの……選べないよ!」

「そう。結局君のひよりへの気持ちは、それだけなんだね」

「姫和ちゃんは……姫和ちゃんは……!」

 

 可奈美の剣が、どんどん鈍っていく。その中で、可奈美の脳裏は、戦いのこと以外ばかりを考えていた。

 

 

 

『これが私の真の一つの太刀だ!』

『見事だ』

『このまま私と共に隠世の彼方へ!』

『だめ___届かない___ダメ‼』

 

手が____届かなかった____半分持つって言ったのに____結局全部___

 

 

 

「違う!」

 

 自身に発破をかけ、可奈美は刀の力を上げた。

 

「私は、助けたい! 皆を……全員!」

「でも、そのためにひよりを犠牲にするの?」

「しない! 私は、何年かかってもどれだけ苦労をしたとしても、絶対に姫和ちゃんを助ける! でも、それは聖杯に頼らない、別の方法で!」

 

 タキオン粒子が充満する可奈美とダークカブトの世界は、光の速さの世界。その中でさえ、可奈美はさらに速度を上げる。

 それは、先ほどまで優位だったダークカブトの速度すらも上回っていく。

 

「でも、それでできるの? ひよりは……きっと零れるよ?」

「それでもあきらめない! できるかできないかは別だよ!」

 

 可奈美の刃が、とうとうダークカブトの体に届いた。

 ダークカブトの黒い鎧を斬り裂き、その姿を内陸の方角へ飛ばす。

 

「この先に何が待っているかなんて分からない。でも、ここで流した涙を笑って話せるように! そのために私は、姫和ちゃんを助ける方法を探し続ける!」

「……そのせいで、君がどうなってもいいの?」

「うん。命……半分くらいは惜しくないよ」

「そこは全部じゃないんだね」

 

 少し、ダークカブトの顔が下に動いた。笑ったのかどうか。マスクの下など、可奈美には知る由もなかった。

 

『3』

「ライダーキック」

『ライダーキック』

 

 ハルトを倒した技。カブトムシから出たエネルギーが頭上の角を伝い、彼の右足に降りていく。

 ダークカブトは、そのまま物言わずに可奈美を見返していた。

 可奈美は静かに頷く。両足を肩幅に広げ、千鳥を降ろす。

 

 全身に、疲れが出ている。加速空間での活動もそろそろ限界だと、可奈美も理解していた。

 だから。

 

「この一太刀で決める!」

 

 駆け出した可奈美。それに対し、ダークカブトも動き出す。

 そして。

 

迅位斬(じんいざん)!」

 

 迅位第四段階と呼ばれる速度。それは、ダークカブトの回し蹴りを掻い潜り、そのままダークカブトの体を斬り裂いた。

 

「ぐぁっ……!」

 

 ダークカブトの悲鳴。大きな爆発が鼓膜に届いた。

 同時に伝わる波の音。迅位の速度は、終わりを迎えたのだった。

 

 

 

「可奈美ちゃん!」

 

 何がどうなっていたのかが全く分からない。

 だが、突然可奈美とダークカブトが消えたと思ったら、可奈美はうつ伏せで倒れており、見知らぬ青年も近くの岩場で横になっている。

 ハルトは可奈美を助け起こした。

 

「どうなっている? ダークカブトは?」

 

 その問いに、可奈美は言葉ではなく震える指で答えた。

 可奈美が指差したのは、今ユラユラと揺らめきながら起きた、見知らぬ青年だった。

 

「あの人が……ダークカブト」

 

 ハルトは可奈美に肩を貸しながら、ダークカブトと対峙する。彼は一歩一歩、重い足取りで可奈美を凝視しながら近づいてくる。

 

「お、おい! 来るな!」

 

 ハルトはソードガンの銃口を向ける。だが、ダークカブトは恐れることもなく歩を続ける。

 

「止まれって!」

 

 ハルトは発砲した。ダークカブトの周囲の潮だまりが爆発するが、それでも止まらない。

 ハルトはソードガンを剣にするが、

 握る手の上に、可奈美の手がかぶせられる。

 

「可奈美ちゃん?」

「大丈夫」

 

 可奈美はゆっくりとソードガンを降ろさせた。彼女はハルトから離れて、ダークカブトへ向かう。

 彼女は右手を上げて、少しだけハルトの方を向く。頷いた彼女の口元が弧を描いていた。大丈夫なのかと、ハルトは可奈美から、ダークカブトへ視線を移す。

 

「君は、本気かい?」

 

 ダークカブトの問いに、可奈美は迷いなく頷いた。

 

「私は、絶対に。その気持ちに間違いはないよ」

「そう……」

 

 二人の間で沈黙が流れる。付いていけないハルトは、ただただ見つめることしかできなかった。

 

『カァー!』

 

 だが、そんな沈黙を破る存在がいた。

 見ていられなくなったのか、コエムシがダークカブトが現れた地点から見下ろしている。

 

「何だ何だ⁉ このクソみてえな茶番! おい、ダークカブト! テメエ、さっさと処刑しろよ! 命やるって言ってんだろうが!」

「ごめんね。コエムシ」

『ああ?』

 

 コエムシが声を荒げた。

 ダークカブトは、一度可奈美を振り返る。

 

「以前の僕はひよりを助けたかった。でも、僕の代わりにアイツが今は守っている。そしてここには、別のひよりを助けたい人がいる。違うひよりでも、ひよりを助けたい人がいるなら、僕にその人を倒すことなんてできない」

「ダークカブト……」

『はあ? テメエ、そのまま天道総司(てんどうそうじ)に負けっぱなしでいいのかよ⁉ お前、そんなんで……』

「僕は……僕は、彼にひよりと世界を託した。そして彼女にも!」

 

 

 

『はあ……お前、やっぱりいらねえや』

 

 コエムシの声色が変わった。

 その瞬間、その妖精から、緑の光が放たれた。

 まっすぐ、可奈美へ向かうその光線を、

 その盾になったダークカブトに命中した。

 

「……え?」

「そんな……どうして?」

 

 ハルトと可奈美が唖然とする。

 だが、ダークカブトは可奈美へほほ笑む。

 

「君に任せるよ。ひよりを……助けて……」

「……うん」

 

 ゆっくりと頷いた可奈美を見て安心したのか、ダークカブトはそのままコエムシへ突撃する。

 

『お、おい! 来るな!』

 

 コエムシの制止も聞かず、ダークカブトは妖精へタックルする。

 その瞬間、彼の姿が人から緑の虫のような怪人になったのを、ハルトは見過ごさなかった。

 

 そして起こる、緑の爆発。

 同時に、銀色のオーロラが発生、一気に拡大したそれは、そのままハルトと可奈美を飲み込んだ。

 

「うわっ!」

「ダークカブトさん!」

 

 

 

 可奈美の悲鳴を最後に、ハルトの視界は銀に呑まれていった。

 

 

 

「……あれ?」

 

 見覚えのある場所。ハルトが気付いたときには、自室の景色が広がっていた。

 

「ここは……?」

「ダークカブトさん……」

 

 可奈美は、衝撃が残っているのか、消沈している。

 

「可奈美ちゃん?」

「……うん。大丈夫」

『なーにが大丈夫だ⁉』

 

 聞きたくもない声が一番大きな声だった。

 

『ったく、死ぬところだった……』

「コエムシ……!」

 

 全身傷だらけのコエムシは、弱弱しく体を振りながら毒づく。

 

『ったく、いくらスペック高くても精神ガキンチョじゃダメだったか』

「コエムシ……ねえ! ダークカブトさんは⁉」

「ああ? んなもん、あの世に帰ったに決まってんだろうが。ったく、なんでオレ様がアイツのせいでこんな目に……」

 

 コエムシは、それだけ言い捨て、その背後に銀色のオーロラを発生させる。

 

「待って!」

 

 呼び止める可奈美。彼女は、消えようとするコエムシに、声を投げ続けていた。

 

「どうしてこんなことを……? 聖杯戦争と、関係すらない戦いじゃない!」

『関係ねえよ。オレ様は単に、殺し合いが見たかっただけだ。キュウべえ先輩はそういうのは放任主義だし、もう一人の先輩は『ウププ。コロシアイって楽しいね』ってだけで何もしねえしよお』

「キュウべえやお前みたいなのが……まだいるのか」

『ああ。……ったく、来るんじゃなかったぜ。あばよ』

 

 コエムシは、そんな捨て台詞とともに、今度こそオーロラの向こうへ消えていった。

 それを見送ったハルトは、可奈美に声をかけることも出来ず、彼女が「おやすみなさい」と改めて挨拶するまで黙っていることしかできなかった。

 




時々こういう処刑人イベント入れようかなと思うのですが、どうですかね?


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流される……時代の流れに……

プロットだと半分しか進めていないのに、もう五千字に……ストーリーに関係ない話なのに……


「ん……」

 

 ハルトの目覚ましは、朝日だった。

 ダークカブトとの戦闘より一夜明けた朝。全身が訴える疲労感を抑えながら、ハルトは部屋のドアを開ける。

 

「やあ。おはよう」

 

 目をこするハルトへの挨拶をしたのは、ラビットハウス店主のタカヒロだった。

 

「あ、おおはようございます。タカヒロさん」

 

 顔を努めてシャキッとしなおし、タカヒロに頭を下げた。

 夜勤明けだというのに、タカヒロは疲れ一つ見せずに、にこやかな表情を見せる。

 

「今日はラビットハウスは休日だ。君は何かすることはあるのかい?」

「え?」

 

 そう言われて、ハルトは今日が週に一度のラビットハウスの休日だと思い出した。

 

「そっか……今日、休みなんだ……」

「おや。ここに来てからしばらく経つと言うのに、休みの日を忘れてしまうのかい?」

「あはは……まあ、予定という予定はありませんけど……」

「何も後ろめたさを感じる必要はない。君は今、立派にここの従業員として働いているよ。休みを得るのは当然の権利だ」

「あ、ありがとうございます。……と言っても……」

 

 ハルトは頬をかく。

 

「ハルト君は、休みはどうしているのかい?」

「今のところ、見滝原のどこかで大道芸ですけど。今日はどこでやろうかな……?」

「それなら、見滝原公園の噴水広場はどうだろう? あそこなら人も集まるだろう」

「公園か……はい。ありがとうございます」

「頑張ってくれ」

 

 タカヒロはサムズアップをして自室に戻っていった。

 予定が決まったハルトは、そのまま一回のリビングルームへ入る。

 

「あ、おはよう」

「おはようございます」

「おはよー」

 

 すでにテーブルには、先客がいた。

 それぞれ学校の制服に着替え終えているココアとチノがいた。

 チノは黙々とフレンチトーストを食しており、その隣ではトーストを口に加えながらココアがウトウトとしている。

 

「あれ? ココアちゃん起きてる?」

「おひてふひょー」

「なんて?」

「多分、起きてるよだと思いますよ」

 

 チノが咀嚼のスピードを緩めずに答えた。

 まるでココア翻訳機だなと思いながら、ハルトは皿にトーストを乗せて座る。

 

「チノちゃんたちは、今日は学校?」

「はい。ラビットハウスの休日といっても、平日ですから」

「学生は大変だね。勉強とか色々あるでしょ?」

「はい……ココアさん。起きてください」

 

 チノはココアの袖を引っ張る。ココアの顔がクラクラと揺れるが、彼女の変化は口に挟まったパンが皿に落ちただけだった。

 

「おひてふひょー」

 

 通訳すると、起きてるよ。そんな説得力皆無なココアを、チノが懸命に揺らしている。

 やがて大きな欠伸をするココアを見て、「はあ。ココアさんはいつまでもココアさんですね」と呆れながら、両手でコップの牛乳を口に運ぶ。小動物のような動きを目で追っていると、チノが「何です?」とジト目で見てくる。

 

「いや。なんか、本当に姉妹みたいだなって」

「!」

 

 軽く言った言葉が、ココアの目をキラキラに輝かせる。

 

「チノちゃん! 聞いた? ハルトさんが、私たちのこと姉妹みたいだって!」

「ココアさん! 引っ付かないで早く朝ごはん食べてください」

「チノちゃ~ん」

 

 ものすごい勢いでチノに抱きつくココア。ハルトがそれを眺めていると、いつの間にか朝食が胃袋の中に収まっていた。

 

「おやおや」

 

 じゃれ合っている二人を横目に、ハルトはそのまま食器を片付ける。

 

「あれ? そういえば可奈美ちゃんは?」

 

 ハルトの問いに、チノがココアに抵抗しながら答えた。

 

「もう出ていきましたよ。可奈美さんはいつも朝六時には出ていますから……ココアさん、抱きつくより先に顔洗ってください」

「え? 大丈夫だよ。ね、ハルトさん。まだ時間あるよね?」

「えっと……ココアちゃんの学校って、確か八時半にスタートだよね?」

「うん」

 

 今日も昨日も明日も眩しい柔らかい笑顔で、ココアが頷いた。

 ハルトは続ける。

 

「で、ここから大体歩いて三十分だっけ?」

「そうだよ?」

「今八時十分だけど」

 

 ココアの笑顔が固まった。まるで彫刻のように固い表情は、だんだん青ざめていく。

 やがて。

 

「ヴェアアアアアアアア‼」

 

 卒倒した。

 顔文字にすると0言0って感じかなと思いながら、ハルトは「急いでね」と、二人の食器も回収したのだった。

 

 

 

「もう……! チノちゃん!」

 

 ラビットハウスの玄関には、まどかが迎えに来ていた。

 チノと同じ見滝原中学の制服を着た彼女は、その場で足踏みしており、そのまま走り出そうとしていた。

 

「あ、ハルトさん。おはようございます」

「まどかちゃん。おはよう。……大丈夫? 時間」

「遅刻ギリギリです。というか、もう遅刻です」

 

 まどかが少しふくれている。そこへ、ハルトの背後から準備を終えたココアとチノがやってきた。

 

「ごめんなさいまどかさん。遅れました」

「うえええええん! ごめんねチノちゃんまどかちゃん!」

 

 両手で目を覆いながら、ココアと肩がぶつかる。バランスを崩したハルトは、そのまままどかと頭をぶつけた。

 

「痛っ!」

「きゃっ!」

 

 哀れ、まどかの手にあった鞄は、その際に投げ飛ばされ、チノの顔面に見事命中。

 

「ガッ」

 

 可能な限り頭に乗せておきたかったアンゴラウサギ、ティッピーはそのまま……

 

『流される……時代の波に……』

 

 謎の渋い声を発しながら、川に流されていく。

 

「「「「ティッピー⁉」」」」

 

 ティッピーは、どんどん下流の方へ小さくなっていった。

 

 

 

 遅刻確定した三人と別れたハルトは、引き揚げたティッピーを胸に抱いた。

 

「さてと。今日は公園で大道芸をしようと思っているんだけど」

 

 タカヒロに紹介された公園の入り口に設置されているベンチで、ハルトはティッピーを見下ろした。

 

「お前、大道芸のアシスタントとかできるか?」

 

 アンゴラウサギの頭を撫でても、この毛玉はこちらをつぶらな瞳で見返すだけだった。

 

「まあ、出来ないよね」

 

 ハルトは微笑し、ティッピーをチノのように頭上に乗せてみる。だが、意外とバランスが取れず、ティッピーは頭上から零れ落ちた。

 

「チノちゃんってもしかして、バランス感覚最高か?」

 

 ハルトは胸に抱えたまま、公園の中心の噴水広場へ移動した。

 

 

 

「ふう。ここでいいかな」

 

 ハルトの見滝原での生活が始まってからしばらく経った。秋も過ぎ、冬を迎える準備として、まず木々が赤く染まり上がっている。

 落ち葉が水面を漂うのを見下ろしながら、ハルトは呟いた。

 

「噴水か……今時噴水があるなんて珍しいよね」

 

 ハルトがバイクを止めたその場所は、見滝原の繁華街の中心地だった。クリスマスにはツリーが噴水の中央に飾られるとココアから聞いたそこで、ハルトは荷物を取り出した。

 

「さってと。久しぶりにやりますか」

 

 準備完了。ハルトはシルクハットを被り、咳払いをした。

 お金入れを置いたところで、ハルトはティッピーに語り掛ける。

 

「そういえばここ、水場だけど、お前は濡れたらしぼんだりするの?」

 

 ティッピーは怯えたように、全身を震わせる。

 

「冗談だよ、そんなことしないから。ま、バックの近くにいてよ」

 

 するとティッピーは言葉を理解したのか、空っぽのバックに収まる。

 もしかして、言葉通じているんじゃないと思いながら、ハルトは通行人たちへ向き直った。

 

 

「さあさあ皆さんご注目!」

 

 平日の昼間ということで、観客はそれほど多くない。サボっている外回りのサラリーマンや、買い物帰りの主婦、授業がない大学生、

 興味ありげな視線を送ってくる立花響だった。

 

「って君はこの間の……たしか、響ちゃん⁉」

「あ、どうも!」

 

 一瞬顔を忘れたハルトは、元気に挨拶をしてくる彼女に唖然とする。

 先日会った時とは違い、ラフな黄色い服装の彼女は、ジロジロと並べられた物々を見物している。

 

「へえ。ねえ、これから何かやるの?」

「ああ。今から大道芸をやるところ。響ちゃんはどうしてここに?」

 

 前回会った時、高校生くらいだと思っていたが、学校はないのだろうか。その疑問をぶつけると、彼女は「私、今フリーターで、コウスケさんの研究を手伝っているだけだよ」と答えた。

 

「いやあ、コウスケさんが『今日はお休みでいいからな。オレは大学に行かなきゃなんねえし』って言ってたから、暇で暇でしょうがないんだよね。ねえ、良かったら手伝うよ?」

「ん? ホントに? 助かる……いや、ちょっと待って」

 

 ハルトは準備の手を止めた。

 

「今日はせっかくの休日なんでしょ? なら、響ちゃんがやりたいことすればいいんじゃない?」

「え? でも私とくにやりたいこと……あ、ご飯食べたい!」

「うん、ファミレスに行きなさい」

「ええ……潮対応……私、呪われているかも」

「なぜそこまでダメージ受ける? ……ねえ、手伝わせるのはちょっと抵抗あるから、見ていかない? あ、あとついでにティッピー預かってて」

 

 ハルトは響に、ティッピーが入ったバックを渡した。響はしばらくティッピーを撫でていたが、ハルトが咳払いをすると、こちらに向き直った。

 

「はい。それでは皆さん。ただいまより、わたくし松菜ハルトによるショーを開演します!」

 

 響の他には、数名の人が足を止めた。

 

「それではご覧ください。まずは、この水晶玉」

 

 ハルトは、手のひらサイズのガラス玉を取り出した。

 

「私はこれより、この玉を動かします。簡単なものですが、取り落とさずにパフォーマンスを成功いたしましたら、どうか拍手をお願いいたします!」

 

 ハルトは、水晶玉を中心に両手を動かした。まるで胸元に浮かんでいるように見せているものだが、その実は指で支えている。だが、それを高速で入れ替えることで、浮かんでいるように見せているのだった。

 理屈は初見で分かっても、簡単に真似できるものではない。物珍しさから、少しずつ人が集まっていく。

 

「すごいハルトさん! どうやっているの⁉」

 

 響はネタが分からないようだった。

 

「はい、次の芸をお店します!」

 

 粗方終わらせたハルトは、水晶玉をしまって、ハンカチを取り出す。何もないところからリンカーネーションを取り出し、一部の観客がどっと沸く。

 

「何よ、その程度!」

 

 その時。水を差す声が聞こえた。

 

「それ程度の芸なんて、大したことないわ!」

「おい、止めろよ! 邪魔するなよ!」

 

 甲高い女性の声が、ハルトのパフォーマンスを止めた。

 群衆が分かれ、その正体が明らかになる。

 

「そんなものより、もっとすごいものを見せてあげるわよ!」

「おい、よせって!」

 

 見事な青い髪の女性が、こちらに自信満々な顔を向けていた。彼女の隣には、緑のジャージを着た少年が連れとこちらを見比べている。

 

「ああ……すんません、すんません! ウチの連れが、ほんっとうにすんません! おい、お前も謝れって!」

「アンタは黙ってて! この程度のレベルの芸なんて、この私に喧嘩を売っているようなものよ!」

 

 そのままパフォーマンス執行妨害の女性は、大股でこちらに歩いてくる。響を押し分けて、

 

「皆さん。この女神たる私が、真の芸ってものを見せてあげるわ!」

 

 何を言っても止まらないな、とあきらめたハルトは、噴水の前を彼女に譲る。どや顔を浮かべた自称女神は、

 

「いよっ! 花鳥風月~!」

 

 両手、右足(どうやったのかは不明)に持った扇子より、小さな噴水を引き出させた。

 

「……へ?」

「うわあ!」

 

 響が目をキラキラさせて、自称女神の芸に拍手を送っている。

 それだけでは終わらない。彼女はそのまま動いて見せた。

 様々なポーズを取り直し、右足に持っていた扇子を蹴り上げて頭上でキャッチ。再び扇子から噴水が湧く。

 と思ったら、今度はハルトを扇子で指した。

 すると、ハルトの頭上からどこからか扇子が置かれた。

 

「え? これどこから?」

 

 ハルトも理解できぬ間に、その扇子から水が噴き出す。

 

「んな⁉」

「どう? 理解できないでしょ? これが本当の芸ってやつよ」

 

 天狗になった自称女神は、ハルトをどや顔で見下ろした。

 

「アンタの、そんな陳腐なものじゃ、芸って呼べないのよ。もっと女神たる私のように人知の外の技術を身に着けて出直してきなさいな」

「……どこの誰かは知らないけど」

 

 大道芸は副業。本業はファントム退治の魔法使い。

 それでも、プライドを傷つけられたハルトは、少し燃えていた。

 

「それは俺に対する挑戦状ってことでいいんだよね?」

「ええ。この公園は、私の縄張りなの。ほら、だから出てって! お客は全部私のだから、早く出てって!」

「……いいでしょう。なら、お……わたくしにも考えがあります」

 

 頭に血が上ったハルトは、堂々と彼女を指差した。

 

「この場所をかけて、大道芸対決だ‼」

「望むところよ‼」

 

 

 

「……なんか、ほんっとうにすいません……」

 

 四つん這いになっている彼女の連れの少年の背中を、響が優しくさすっていた。




キャスター以外の敵そろそろ出したいなあ


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この素晴らしき大道芸に拍手を!

このすばの映画見に行ってきました!


「さあ皆さん。私の芸はもっとすごいわよ」

 

 嬉々として自称女神は、空っぽだと示した右手にハンカチをかぶせる。

 

「いい? 種も仕掛けもないってさっき見せたわよね? 3、2、1。ほいっ!」

 

 ハンカチをめくった彼女の手には、どこから持ってきたのか酒瓶が握られていた。

 当然のごとく拍手喝采、しかも歓声によく耳を傾ければ、それはどうやら高級酒だったらしい。

 

「アッハハハハハ! どうよ、私のお客さん受けは! アンタにはこんな真似できないでしょう⁉」

「……やるな」

 

 ハルトは自称女神の種も仕掛けも見抜けぬ技に舌を巻く。

 

「まだまだよ。もう一度、このお酒にハンカチをかけて……あ、ねえ」

 

 自称女神が、こちらに声をかけた。

 

「悪いけど、盆持ってない? お盆」

「お盆? ……まあ、なくはないけど」

 

 ハルトは少し考えて、バックから手品小道具として使っている板を取り出した。鉄製で、周りに縁のある盆と呼んで差し支えないそれを受け取った自称女神は、それをさっと受け取り、ハンカチの下に供える。

 

「ほいみなさん! それでは仕事の疲れをいやしてください!」

 

 彼女がハンカチを外すと、酒瓶は無数のグラスに変化していた。内容と泡が七三で分けられており、特にサラリーマンたちは大喜びだった。

 

「どう? 芸っていうのはね、一過性のお遊戯じゃないの。楽しませた人たちの心も癒す、最高のエンターテインメントなのよ! さあ、そっちはどう動くのかしら?」

「……なるほどね」

 

 ハルトは思わぬ自称女神の持論に感心しつつ、何をしようか逡巡した。

 やがて手を叩き、

 

 

「……はい、皆さま。挑戦を引き受けましたので、今回は少し大きめの手品を用意いたしました」

 

 ハルトは、プラスチック製の箱を組み立てた。

 黒い、縦方向に三段積まれたそれを見せながら、

 

「それでは、どなたかにこのマジックのアシスタントをしていただきましょう。……それでは、このお嬢様のお連れの方!」

「俺か⁉」

 

 ハルトは、自称女神と一緒にいた少年を指名した。彼は驚きながら、こちらに来る。

 すると、自称女神は彼を指差しながら怒鳴った。

 

「ちょっとカズマ! この高貴なる私を裏切るの⁉」

「……正直たまにはお前の泣き顔を見たい」

「ああああああ‼ カズマがひどいこと言ったあああああああ!」

 

 すでに涙目になっている自称女神に対し、何とカズマと呼ばれた少年はにやりと笑った。

 

「よおし! お前のいつもの宴会芸より、こっちの方が面白そうだぜ!」

「ああああああ‼ カズマが言っちゃいけないこといったあああああああ!」

「……ねえ、お兄さん」

 

 カズマが自身の手に従ってケースに入ろうとしている間、思わず彼に問いかけた。

 

「君って、あの女の子と友達……なんだよね?」

「一応な」

「ちょっと……扱いひどくない?」

「ああ?」

 

 カズマは、ハルトに疲れ果てたような目を向けた。

 

「だったらアンタに上げるよ、あんな自称なんとかの女神! 毎回毎回変なトラブル持ち込んでくるし、おかげさまで俺の損害も増えるし! もしも人生やり直せるんなら、あんな奴絶対にごめんだね!」

「カああああああズマさあああああああああああん!」

「……ねえ、女神さま、泣いてるけど……勝負の途中なのに泣いてるけど……」

「いいんですよ、あんな奴。それより、どうすればいいですか?」

 

 横から聞こえてくる自称女神の悲鳴を徹底的に無視するカズマさんへ、ハルトは少し感心さえ思えてしまった。

 ハルトは見なかったことにして、改めて指示した。

 

「えっと、ここに入ってください」

 

 箱の後ろから、カズマが入る。頭、体、足にかけて三等分にしているケースの下二つを蓋し、顔だけが覗ける状態になる。

 

「はい。それでは皆さん。今彼は、絶対にここから逃げられません」

 

 ハルトは、箱の側面にある蝶番を示す。

 

「それでは、これよりこちらの方の脱出劇を行います!」

 

 ハルトは、カズマに「大丈夫ですからね」と声をかけて、顔の蓋を閉じた。

 

「さて、まずはこちら」

 

 小道具の剣を取り出す。昨日、ラビットハウスでまどかにも行ったものだった。

 一通り串刺し、箱の移動をしても、カズマは無事だという手品で、ある程度の拍手喝采はいただく。

 一度見たはずの響も大きな拍手をする一方、自称女神は膨れっ面で手を叩いていた。

 

「それでは最後に、派手な花火を打ち上げましょう」

「え?」

 

 全く話していない内容に、カズマも目を白黒させていた。

 少しいたずらごころが芽生えたハルトは、カズマを閉じ込めたまま、

 

「最後に! この箱を爆発させます!」

「ちょっ!」

「え⁉」

「はぁ⁉」

 

 響をはじめ、観客は茫然。

 自称女神は飲んでいたジュースを吐き出し。

 カズマは白目で悲鳴を上げた。

 

「え⁉ ちょっと、そんなこと聞いて……」

 

 ハルトは、カズマの言葉を無視して蓋を閉める。

 

「おい! ちょっと! 爆発って何⁉ 俺、どうなっちゃうの⁉」

「プークスクス! ちょっと、ウケるんですけど! カズマさん、いきなり爆発オチとか、チョーウケるんですけど‼」

 

 友達を爆発させるという言葉に、大笑いする自称女神。

 

「あのー……」

 

 響が彼女に尋ねる。

 

「爆発するって言われてるのに、笑ってるのはないんじゃない?」

「だって! あんなに私をバカにしてたのに……爆発オチって、チョーウケるんですけど!」

「ええ……」

 

 響が言葉に詰まっていた。

 ハルトはコホンと咳払いをして、

 

「それでは皆さん! カウントダウンをお願いします! 5!」

 

『4!』

 

 ノリのいい観客たちは、一斉にコールをし出す。

 

『3!』

 

「おお、おい! 本当に爆発すんのかよ⁉ 嫌だ! 童貞のまま死にたくない!」

 

『2!』

 

「カズマさん! 私、カズマさんが死んだらお祈りしてあげる! 綺麗で麗しい女神様に出会って、せいぜい勇者として異世界に召喚されていいパーティーですごい生活を送れますようにって!」

 

『1!』

 

「さあさあ皆さん、刮目ください!」

 

 盛り上がってきた観客へ、ハルトは指をパッチンと鳴らす。

 

「いざ! エクスプロージョン!」

 

 ハルトの掛け声とともに、カズマが入っていた箱が粉々の大爆発を起こした。

 カラフルな煙の後ろに本物の衝撃。その後には何も残らなかった。

 台の上に残った焦げ跡で、沸き上がったのは拍手喝采。

 

「すごい! すごい!」

「本当に爆発した!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 ハルトは両手を上げて、その声に応える。

 

「そしてその拍手をもう一度‼ 今度は私にではなく、体を張って私のアシスタントをしていただいた、少年にお願いいたします!」

 

 ハルトはそう言って、観客たちの奥を指差した。

 そこには、髪をぼさぼさにして、息も絶え絶えになっているカズマがいた。

 

「ゼエ、ハア、ゼエ、ハア、死ぬかと思った……」

 

 カズマは肩で呼吸しながら、ハルトを恨めしそうに睨む。

 彼の無事を確認した観客たちは、再び地響きにもなりそうな拍手をした。

 

 

 

「ま、まあ。勝負は引き分けってところね」

 

 自称女神___名前はアクアというらしい___は、自身の缶とハルトの缶を見比べながら結論付けた。

 

「おいアクア。二人とも確かに容器は一杯。お前の言い分は、まあ分からなくはない」

 

 カズマがジト目でアクアへ横やりを入れる。だがアクアは全く意に介した様子はない。

 カズマは続ける。

 

「でもな? お前の缶は小さい。この前俺が飲んだ空き缶だからな。でも、ハルトが使っているのは菓子箱。お前のやつよりおおい」

「カズマさん。よく見てみなさいな。もしかして、硬貨の数え方も忘れちゃったの? プークスクス!」

「お前こそよく見ろよ! 十円玉が多いのはお互い様だけど、ハルトのやつにはところどころお札入っているだろうが! 普通にお前の負けだよ!」

「何よカズマ! 何もなく受け入れるの? そんなんだから、私たちはいつまでたっても売れないのよ!」

「俺は別に売るつもりはない。今のアパートで永遠に暮らすんだい」

「このヒキニート!」

「あの……」

 

 ヒートアップする二人に、ハルトは小声で話しかける。

 

「その……今日はありがとうね。俺、今まであちこちでやってきたけど、ここまで稼げたことはないからさ、その……稼ぎ山分けしない?」

「え?」

「い、いいえいいえ」

 

 キラキラした目をするアクアを防ぐように、カズマが割り入る。

 

「それはあくまでそちらが稼いだものですので、どうぞお納めください」

「でも……」

「気にしないでください」

 

 カズマが、こちらが出した金をハルトの缶に戻す。アクアが恨めしそうにそれを眺めているが、カズマはそれを無視し続けていた。

 

「ねえ」

「ん? ああ、響ちゃん」

 

 ずっとハルトたちの大道芸対決を見ていた響が、ティッピーが入った鞄を渡す。

 

「お疲れ様。なんか、途中からどんどん凄まじくなっていったけど」

「ああ。変な所見せちゃったかな」

「いやいや。面白かったよ」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 ハルトはティッピーと缶を入れ替える。鞄を背負い、ティッピーを胸に抱いた。

 

「さてと。今日の稼ぎも終わったし、俺は帰ろうかな」

「え? まだ正午だよ?」

「いやあ。さっきカズマ君の爆発で、今日の装備ほとんど使っちゃったんだよね。ぶっちゃけあれ、とっておきの切り札だったから」

「ほえ~でもすごかったね。私も、ハルトさんがとうとう殺人やっちゃったかと思ったよ」

「俺も死ぬかと思ったぜ」

 

 喧嘩しながら突っ込むカズマ。

 

「よし君たち、そこに整列しようか。今から一人ずつ爆発してやる」

「うわっ! こいつ、頭がおかしい爆発野郎になった!」

「どうすんのよ⁉ ここは誰かに盾になってもらうしかないわね」

「そうだな。よし! アンタ、悪いけど盾になってくれ」

「ええ⁉ 私⁉」

 

 カズマとアクアの盾にされる響。彼女は「やめてとめてやめてとめてやめてとめて!」と首を振っている。

 ハルトはため息をついて、

 

「冗談だよ。第一、もう俺に爆薬なんてないし」

「そ、そうですよねえ、あっははは」

 

 カズマが本気で安心した表情をしている。

 爆発魔なハルトが、そのまま踵を返そうとしたときだった。

 

「あの。もし」

 

 観客の中にいただろか。あるサラリーマンが、こちらに名刺を差し出していた。

 

「今のお二方のパフォーマンス、拝見いたしました。私、01プロデュースの鎌田と申します」

「はあ……」

「あ、どうもどうも……」

 

 名刺をもらったハルトとアクアは、それぞれ礼を返す。

 鎌田と名乗った男は続ける。

 

「ぜひ、お二人には、わが社の看板になっていただきたく……」

「それって……スカウトってこと⁉」

 

 アクアが興奮気味に鎌田へ顔を近づける。

 鎌田は抵抗なく頷く。

 すると、アクアとカズマは、互いに顔を見合わせる。

 

「やった! やったわカズマさん! これで私たち、とうとうあのオンボロ下旧四万円生活から脱出できるわ!」

「これからは、テレビにジャンジャンでて、売れたら女子アナと結婚して牛丼卵付き百杯食べて、ビル千件買って自堕落な生活を送るんだ!」

「こりゃ祝杯よカズマ! 今夜は焼肉よ!」

 

 ハイテンションになる二人。

 次に鎌田は、ハルトにも声をかけてきた。

 

「貴方様のものも拝見いたしました。ぜひ、わたくしどもと契約を結んでいただきたい」

「え? 本当? どうしよっかな……?」

「ええ。契約金は……ぐわっ!」

 

 その時。鎌田の手が何かに弾かれた。

 彼を妨害した謎の青い影は、そのまま迷いなく、ハルトの右手に飛び込む。

 

「え? 何?」

 

 カズマとアクアは二人で輪を組んで踊っているので異変に気付かない。響と鎌田だけが、その正体を二度見していた。

 

「お、おい! ユニコーン! 何だよ、今大事な話してるんだから後にしてくれよ!」

 

 掌に乗った青いプラモンスター、ユニコーン。この使い魔は興奮気味に、手の上でステップを踏んでいる。

 

「ハルトさん……それも手品?」

「あ、響ちゃん。これは……そ、そうそう手品手品。鎌田さんもごめんなさい。なんか、タネが遅れて……」

『ヒヒーン』

「痛っ! 突くな! ……まさか、ファントム?」

 

 いつも最悪のタイミングで訪れる、ファントムの出現。ユニコーンは首を縦に振った。

 

「勘弁してよ。今からビッグになれるチャンスなのに……それで? どこ?」

 

 ユニコーンが指したのは、鎌田の方だった。

 

「あっちか……すみません鎌田さん。ちょっと急用で、響ちゃんに色々伝えて……」

『ヒヒーン』

 

 突然、ユニコーンがその角で頭を指してきた。

 

「なんだよ⁉」

 

 ユニコーンが、改めて鎌田がいる方角を……鎌田を指す。

 

「え? あっちにファントムがいるんだろ?」

 

 否定。

 その時、ハルトは理解した。

 

「……鎌田さん。まさか、あなたが……」

「仕方ありませんね」

 

 鎌田は名刺ケースを放り捨てた。彼はそのままにやりと笑み、

 その顔に、不気味な紋様が浮かび上がる。

 

「っ⁉」

「「やったやったやっ……え?」」

 

 響も、カズマもアクアも動きを止める。

 その中で、鎌田はねっとりと言った。

 

「仕方ありませんね。この私、ベルゼブブを見破るとは。しかし、関係ありません。皆さま全員、ここで絶望してファントムを生み出していただきましょう」

 

 紋様はやがて実体となり、全身を変質。

 そこには、コウモリと悪魔を融合させたような人型ファントムが現れていた。

 




なんかこのすばで一番好きなキャラがセレナになってきている今日この頃


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"撃槍 ガングニール"

ゼロワン始まりましたね!
令和最初のライダーキック(足首ゴキッ)はよかった


「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 赤い魔法陣がハルトの体を貫通し、火のウィザードとなる。

 ソードガンを引っ張り出し、ハルトはファントムに斬りかかり、大きく退避させる。

 

「響ちゃん、それに二人とも! 逃げて!」

「逃がしませんよ。グールたち!」

 

 ファントムの掛け声とともに、無数のグールたちが湧き出てくる。それらはカズマとアクアの逃げ道を塞ぐように聳え立つ。

 

「折角儚い夢からの落差で絶望させようと考えましたのに。邪魔してくれますね」

「ファントムの邪魔をするのが魔法使いだから。行くよ!」

『フレイム シューティングストライク』

 

 ウィザードはジャンプで、カズマたちの頭上を取る。

 そのまま炎の銃弾で、カズマたちを取り囲んでいたグールたちを灰塵に化す。

 そのまま二人の前に着地した。その時、カズマが「おおっ! これだよこれ‼ 俺はこういうヒーローになりたかったんだ!」と言っているが、無視した。

 ウィザードはそのまま、ファントムへ発砲。

 

「無駄ですよ」

 

 無数の銀の銃弾の変則的な軌道へ、ファントムが吐き捨てる。そしてそれらはファントムに命中することなく、ウィザードに命中した。

 

「なに……?」

 

 ウィザードは、ルビーのプロテクターに打ち込まれた銃弾に驚愕する。疑いもなく、ソードガンから発射された銃弾だった。

 

「どうして……?」

「私に飛び道具は通じませんよ」

「そうかい。なら……」

 

 ウィザードはソードガンを剣にして、接近。斬りかかる。

 

「ふん! なかなかの手際ですね。ですが、当たらなければ全く意味ありませんね」

 

 ファントムは簡単によけながら嗤う。ウィザードは仮面の下で苛立ちながら、ガムシャラにソードガンを振る。

 

「このっ!」

 

 斬ではなく突き。それは今度こそファントムの胸元へ届く。

 が、それは命中する寸前で、発生した空間の渦に呑まれる。

 その渦の出口は、すぐ隣。コネクトと同じようなものが、ウィザードの肩へ直撃した。

 

「がっ!」

 

 思わぬ反撃に、ウィザードは後ずさりする。ケラケラと笑うファントムは余裕そうに手を叩いた。

 

「私に近接攻撃もまた通じませんよ」

「じゃあどうしろってんだ……?」

 

 ウィザードは、別の指輪を取り付ける。

 

『バインド プリーズ』

 

 地面に出現した魔法陣より、鎖がファントムへ向かう。だがそれは、同じように空間の渦の中に消失。逆に、ウィザードを縛るように現れた。

 

「嘘だろ……?」

「ふふふ。他のファントムから、指輪の魔法使いのことは聞いていましたが、大したことありませんね。グールたち!」

「っ!」

 

 バインドを解除したウィザードへ群がるグールたち。もう敵わないと分かっていながら、彼らは肉壁となりウィザードを阻んでいた。

 

「さてさて。ゲートのお嬢さん」

 

 ファントムのターゲットは、アクアのようだった。ファントムは彼女へじりじりと迫っていく。ビッグで払おうがライトで目つぶししようが、グールたちは執念のごとく壁となる。

 

「カカカ、カズマさああああああん! 助けて助けて助けて! 嫌よ、私まだ死にたくない!」

「アクア!」

 

 カズマもまた、グールに囲まれて動けないでいた。

 もうだめだ、と誰もが思った時。

 

「生きるのを諦めないでッ!」

 

 アクアの前に立った人物が、ファントムを殴り飛ばした。

 

「……なんですか? 貴女は」

 

 ファントムは苛立ったように、その人物を睨む。

 アクアを守った人物____立花響は、どこかのカンフー映画のような構えをしながら、ファントムを見据えていた。

 

「……人を襲うの、止めてはもらえませんか?」

 

 静かに、だけどはっきりと、響は尋ねた。彼女の声はとても落ち着いており、ラビットハウスでともに騒いだ人物とは思えなかった。

 ファントムはケラケラと肩を震わせ、

 

「御冗談でしょう? 私たちはゲートを絶望させてファントムを増やすのが目的。人を襲うなというのは不可能です」

「私たちは、互いに話し合える! 手をつなぐことだって……」

「笑止。我々ファントムが人間ごときと? ふざけてます。邪魔をするなら、貴女もゲートとともに、絶望して死になさい!」

「……そう」

 

 響は、どこか悲しそうな目浮かべた。やがて首から下げているペンダントを両手で握る。

 そして。

 響は___歌った___

 

『Balwisyall nescell gungnir tron』

 

 黄色の光。それが、ファントムやアクアたち。そして、ウィザードの目を奪う。

 白く伸びたマフラーがグールたちをなぎ倒し、大ジャンプして現れた響。

 

「あれは……⁉」

 

 ウィザードは目を、そして耳を疑った。

 彼女から鳴り響くメロディは、公園内で常に響き渡っていた。

 その音を聞くと、だんだんそれが分かってきた。

 ハイテンポのイントロ。それは、一瞬で導き出せた。

 

「歌……だと?」

 

 さっきまでラフな服装だった彼女は、今や白と黄の武装をした姿となっていた。白いマフラーをたなびかせ、両手に大きなガントレットを装備し、丸いめは吊り上がっていた。

 

「な、なんなんですか貴女は⁉ その姿は……この歌は……⁉」

「この歌もッ! この拳もッ‼ シンフォギアだアアアアアアアアアアアアッ‼」

 

 彼女は、そのままファントムへ殴りかかる。

 

 

___絶対に離さないこの繋いだ手は___

 

「私に物理攻撃など通じませんよ!」

 

 ファントムは、またしても空間を彎曲させ、響のパンチを彼女へ跳ね返す。

 

___こんなにほら、暖かいんだ ヒトの作る温もりは___

 

 響はそれでも、拳を止めない。歪んだ空間により、彼女の拳は全て響自身に跳ね返る。

 

「ハハハ! そんなものでなにができる? 無駄な抵抗はお止しなさい」

 

___難しい言葉なんて いらないよ___

 

 響はそのまま飛び退き、上空へ跳び上がる。着地した彼女のもとには、無数のグールたちが群がっていく。

 

___今わかる 共鳴する Brave minds___

 

 だが響は、当然のごとく、マフラーを振り回してグールの接近を許さない。

 

「響ちゃん……?」

 

 ようやく周囲のグールを片付けたウィザードは、響の豹変ぶりに言葉を失う。

 響はさらに、グールを足場にしてジャンプ。腰と背中のブースターで加速、拳でクレーターを作る。

 

___ぐっとぐっとみなぎってく 止めどなくあふれていく__

 

「すごい……」

 

 ランドに匹敵する力と、ハリケーンにも迫る機動力。

 響のその姿に、ウィザードは、茫然とするしかなかった。

 

___紡ぎ合いたい魂 100万の気持ち…さぁ___

 

 グールたちを蹴散らした響は、ファントムを再戦に持ち込む。

 

___ぶっ飛べこのエナジーよ___

 

 やはり響の拳は、ファントムの作り出す渦により、響本人に跳ね返る。

 

「無駄です! そんな手腕では、私には届きません! 私の能力は空間を歪める力! 貴女では、私に触れることすらできないのです!」

「言ってること、ぜんっぜん分かりません!」

 

___解放全開! イっちゃえHeartのゼンブで___

 

 響は体を回転させる。上空で殴りかかる体勢となった響の腰とガントレットに、ブースターが噴射される。

 

___進む事以外 答えなんて あるわけがない___

 

 加速した響は、そのまま拳を突きだした状態でファントムへ滑空していく。円状に回転させながら、黄色の光はファントムへ迫る。

 

___見つけたんだよ 心の帰る場所Yes!___

 

 当然、ファントムはウィザードを苦しめた能力を用いて、響の攻撃を躱そうと試みる。

 だが。否。

 

___届け! 全身全霊この想いよ___

 

 響の拳が、またしてもファントムの術中に陥る。

 しかし、響の拳は、ファントムへ届く前に、ガシンガシンと音を立てて変形、巨大な筒となる。

 

___響け! 胸の鼓動! 未来の……___

 

「先へええええええええええええ‼」

 

 歌の最後の一節はそのまま響の叫びとなり、ファントムへの拳となる。

 

「無駄です! むしろ威力を増大させた分、跳ね返る貴女がダメージを受けるだけ! 愚かなことを……は?」

 

 だが、その瞬間、ファントムは顔を歪めた。

 その光景は、ウィザードからも確認できた。

 巨大な拳は、そのまま渦へ取り込まれ、響へ反逆する矛と化す。

 だが、その前に、やがて渦そのものが荒波を立てていく。やがて耐えられなくなった渦は、空間ごと消滅していったのだった。

 

「バカなああああああああああああああ⁉」

 

 盾を失ったファントムを響から守るものはもうない。

 そのまま白と黄の鋼鉄は、ファントムを圧し潰し、爆散___はさせなかった。

 あくまで尻餅をつかせるだけで、響はそれ以上進めなかった。

 

「な……なぜ?」

「貴方たちのことはよくわかりません。でも、私たちには、語り合う言葉がある。きっと、分かり合えるよ!」

「ふざけるのも大概にしてください。我々ファントムと人間は、決して分かり合えない。絶望を糧とするファントムと、希望を胸にする人間が、ともに生きる術などないのです」

「だとしても! それで諦めたら、きっと後悔する! 私たちの手は、傷つけることの他にも、繋ぐことだってできるはずだよ!」

 

 響の言葉に、ウィザードは静かに呟いた。

 

「ファントムとの和解か……」

 

 ウィザードは、無意識に指輪を見下ろす。赤いルビーの指輪。人々を守ってきたその指輪がもつ、ファントムにとっての絶望の象徴の面など、思いもしなかった。

 そして何より……

 だがファントムは、首を振って吐き捨てる。

 

「何て甘い! そんな絵空事など、聞く必要などありません!」

 

 手から放たれた光弾が、響を突き飛ばす。

 

「絶望により、ファントムを増やす! 我々の目的は他にありません! それを邪魔するものは……」

 

 突如。ファントムの言葉は消えた。何があったのかと、ウィザードと響は彼へ視線を凝らした。

 やがてファントムは、胸元から突き出ている銀の刃に驚愕する。

 

「……こ……れ……は___

 

 その答えを、ファントム、ベルゼバブが知ることはなかった。

 刃からファントムの体へ走る、黒い文字列。それがファントムの体を、首を絞めつけたとき、その眼から光が消えた。

 爆発ではない、ファントムの死。ウィザードも初めて見るそれは、灰化による消滅だった。

 十秒にも満たない消滅。そして、ファントムを背後から突き刺した人物が、その姿を見せる。

 

「……なるほど」

 

 可奈美と同じく、日本刀を携えた女性。

 黒い服と黒く長い髪。血のように深紅の眼差しと、それに込められた殺意が特徴だった。

 彼女は日本刀を降ろし、ウィザードと響へ視線を当てた。

 

「この気配は……マスターと、サーヴァント……」

 

 彼女は静かに呟いた。

 その瞬間、ウィザードの体に電撃が走る。

 マスター。普通の人が容易くは発言しないその言葉に、彼女が聖杯戦争の参加者であると理解できる。

 そしてサーヴァント。この場で、その言葉に当てはまる人物は一人しかいない。

 

「サーヴァントって……もしかして響ちゃん?」

 

 ウィザードが響へ向かい合う。同時に彼女も同じ結論に至ったのだろう。ウィザードのマスクを凝視している。

 

「ハルトさんが……マスター?」

 

 響も驚きを隠せないのは明白だった。

 だがその隙を、黒髪の女性は見逃すはずもなかった。

 

「葬る!」




次の冬映画はグランドジオウが最強フォームになるのかな?


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夜の奇襲

三回も話を切り替えたおかげで、随分かかってしまった……皆様、申し訳ありません


「葬る!」

 

 信じられないスピード。黒髪の女性は一気にこちらへ詰め寄り、ウィザードへ斬りかかる。

 

「っ!」

 

 ウィザードはソードガンで、その太刀を防いだ。銀の刃が、日本刀を受け止める。

 彼女は身を翻し、さらなる斬撃で攻め立てる。

日本刀を使う敵。可奈美という比較対象と比べてみると、どちらの技量が上か、優劣などつけられなかった。

だが、彼女が可奈美よりも明らかに優れている点が一つ。

 

「喉元を狙ってくる……っ!」

 

 黒髪の女性は、ソードガンとの打ち合いではなく、ウィザードの急所へ刃を走らせていた。ウィザードとしての肉体強化がなければ、すでにこの世にはいられない猛攻に、ウィザードは冷や汗を流す。

 

「重い……っ!」

 

 華奢な女性の腕力としては信じられない力量に、ウィザードは慄く。

 可奈美のそれとは比べ物にならない、攻撃性と容赦のなさ。ファントム以上の脅威に、ウィザードのソードガンを握る力が強まる。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 ウィザードが盾とした魔法陣を容易く両断し、黒髪の女性は更に詰め寄る。

 

「またか!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 再び発生する魔法陣。今度は防御としてではなく、黒髪の女性を突き飛ばすためのものとしての使用だった。

 腕でガードした彼女は、そのまま地面を転がる。

 

「……やるな」

「まだだ!」

 

 すさかずウィザードは、ルビーの指輪をサファイアに取り換える。起動したウィザードライバーへ、サファイアの指輪を投げるように読ませる。

 

『ウォーター プリーズ』

 

 発生した青い魔法陣を突っ切り、ウィザードの姿が火から水へ変わっていく。

 

『スイ~スイ~スイ~』

 

 水のウィザードは、敵へ斬り結ぶ前に指輪を入れる。

 

『リキッド プリーズ』

 

 水のウィザードの特性たる、魔力の多さ。それが可能にした体の液状化により、彼女の刃が体を貫通した。

 

「……⁉」

 

 黒髪の女性は、少なからず驚愕を露にした。その隙を見逃さず、彼女の肩に蹴りを入れる。

 怯んだところへ、さらにウィザードは指輪を入れる。

 

『ライト プリーズ』

 

 ウィザードの手から、眩い光が放たれる。それは、暗闇に慣れた黒髪の女性の視力を麻痺させた。

 

「っ……!」

『ウォーター スラッシュストライク』

 

 目を奪われている彼女へ、ウィザードは青い斬撃を与える。

 だが、敵もさるもの引っ搔くもの。視界を潰したというのに、その日本刀でウィザードの斬撃を防いだ。

 

「すごっ……!」

「造作もない」

「造作もないの基準が絶対におかしい……!」

 

 目が慣れてきたのだろう。黒髪の女性は、すぐにこちらを睨めるまで回復した。

 

「お前……サーヴァントではなくマスターが戦うのか」

 

 赤く、冷たい眼差しで黒髪の女性が語る。

 彼女の言葉を理解する前に、黒髪の女性が突進してきた。卓越した動きは、ウィザードの反撃を掻い潜り、その刃を仮面へ迫らせる。

 

「もう止めてください!」

 

 間に割って入る、黄と白の鋼鉄。

 ガントレットで刃を防ぎ、そのまま黒髪の女性の腹へ掌底を食らわせる。

 

「っ!」

 

 反対側のウィザードにも跳ね返る衝撃。

 だが、黒髪の女性は数度地面を跳ねた後、 その反動を利用して着地。足が地面を引きずったが、ほとんど無傷のままこちらを見返した。

 響は彼女へ向き合う。

 

「どうして戦うんですか? 私たちは、語り合うことだってできるはずです!」

「語り合う……?」

 

 彼女の前髪が、赤い右目を隠す。顔に陰りがある彼女は、そのまま冷たい声で語った。

 

「聖杯戦争。そのサーヴァントならば、語り合う必要もない。私たちはそれぞれの願いのために戦う。それだけだ」

「違います! そもそも、私たちサーヴァントがいること自体が間違っています」

 

 響の言葉に、ウィザードは押し黙っていた。

 

「響ちゃん……それって……」

「ハルトさん……」

 

 響は数秒ウィザードを振り替える。彼女はしばらくウィザードを見返したあと、ゆっくりと頷いた。

 

「分かっていますよね? ここは、私たちがいるべき世界じゃない……! この世界は、この世界の人たちに任せるべきです!」

「……サーヴァントなのに、聖杯戦争には消極的なのか」

「私たちは、英霊でしょう⁉ 人を傷つけるためにその力を振るったわけじゃないでしょ⁉」

 

 だが、その言葉は黒髪の女性を押し黙らせた。彼女は静かに目を落とし、自らの刀を見下ろす。

 やがて、響に向けられた彼女の深紅の眼差しは、赤特有の明るさはなく、暗い闇ばかりが広がっていた。

 

「私に、和解などというものはあり得ない。生き延びたいのなら去れ」

「去らない!」

 

 だが、響は諦めない。

 

「私は立花響ッ! 十五歳! 誕生日は九月の十三日で、血液型はO型! 身長は157㎝、趣味は人助けで好きなものはごはん! 彼氏いない歴は年齢と同じ! ……私はあなたのことも知りたい!」

 

 彼女のひたむきな声に、ウィザードは呼吸すら忘れていた。

 

「響ちゃん……?」

「私たちは、分かり合うための言葉がある! 手をつなぐことだってできる! 殺し合う理由なんてない!」

「……」

 

 黒髪の女性は大きく息を吐く。

 

「言葉があれば、分かり合えるとでも……?」

「?」

「戯言だな」

 

 吐き捨てた彼女は、刀を数度回転させる。

 

「言葉が通じる怪物が、この世には大勢いる。お前にとって、私がそうであるように」

「だとしてもっ! 私は、手をつなぐことを諦めたくない!」

「時間の無駄だ。サーヴァント、アサシン。来い。ランサー。ランサーのマスター」

 

 黒髪の女性、アサシンが身構える。

 

「葬る!」

 

アサシンは、弾丸のようなスピードで迫ってくる。

 

「! 響ちゃん!」

 

 アサシンのダークカブトに匹敵する速度に、反応が遅れた。

 ウィザードは響を突き飛ばし、その体にまともにアサシンの刀を受けた。

 

「うっ!」

 

 サファイアのプロテクターを貫通し、生身の体に傷が入る。リキッドの効果が切れた体を地面に放り投げられた。

 

「っ……⁉」

 

 起き上がった瞬間、ウィザードは体を締め付ける圧迫感に押された。

 

「何だこれ?」

「終わりだ」

 

 アサシンは吐き捨てる。

 その瞬間、ウィザードの全身に黒い文字模様が走り出した。

 それは、彼女によってつけられた胸の刀傷からのものだった。

 アサシンは静かに告げる。

 

「村雨は一撃必殺。傷を付けられたものは死ぬ」

「なんだよそれ……反則だろ……!」

 

 ウィザードは、ひざを折った。呪詛がじりじりと体を駆け巡っていく。

 首に、心臓に達し、もうだめだと目を閉じたその時。

 

『ゴー! ド ド ド ド ドルフィン』

 

 ウィザードの体に、紫の光が降り注ぐ。

 光の粒子が体に蓄積されればされるほど、ウィザードの苦しみも和らいでいった。

 

「何?」

 

 アサシンは怪訝な顔を見せる。

 毒素が抜けた。

 立ち上がり、両手を見下ろしたウィザードは、間違いなく生きていることを確認するように全身に触れる。

 

「助かった……のか?」

「ああ。助かったぜ」

 

 突如として、背後から駆けられる新たな声。

 振り向けばそこには、金色の人影がいた。

 ライオンを人型にしたような人物。緑の瞳と黒い下地のライダースーツの他は、金色のアーマーを付けていた。

 

「くぅ~! 苦しんでいるライバルを助けるとか、俺って良い奴~!」

 

 金色のライオンは両手を腰に手を当てて感激した声を上げている。

 彼はそのまま、響へ手を振る。

 

「おい! 響! こんなところで何してんだ? 変身までして」

「コウスケさん!」

「コウスケって……」

 

 金色のライオンの姿を見る。以前あった行き倒れの大学生の姿を、どうしても重ねることはできない。

 それを察したのか、コウスケらしき金色のライオンは、両手をパンパンと叩いた。

 

「安心しろ。この姿はビーストっていうんだ。そのまんま、ビーストって呼んでくれよハルト」

「俺の正体は知っているのかよ……」

「声一回聞いたんだから分かんだろうが」

「いや、覚えてないんだけど……」

「かぁーっ! お前も結構冷たいねえ!」

 

 コウスケが正体らしき金色のライオン改めビーストは、そのままウィザードとアサシンの間に立ち入る。

 

「んで? 響、あれが人様のサーヴァントって訳だな?」

「うん。アサシンだって」

「あいつからサーヴァント全員倒したら、願いが叶う……と」

 

 サーヴァントを倒したら、願いが叶う。そのことを理解していることから、ウィザードは彼が聖杯戦争の参加者だということを理解した。

 

「おい、コウスケ……まさか……」

「ああ。俺が、響の……ここはマスターらしく言うか。ランサーのマスターだ」

「っ!」

「……コウスケさん」

「だぁーっ! 皆まで言うな」

 

 ビーストは響の言葉を遮った。

 

「俺は別に願いなんて興味ねえよ。こちとら大学終わった帰り道で疲れているんだっつーの。早くテントに戻ってバタンキューしてえだけだ」

 

 ビーストがため息をつく。その一拍の中で、

 アサシンが肉薄する。

 

「!」

「葬る」

 

 彼女の冷たい声。ビーストの運動神経が優れていなければ、明らかに彼の命はなかった。

 

「危ねえな!」

 

 ビーストは足技で反撃する。だが、斬られただけで命を奪う刀を持つアサシンに対し、ビーストは全力で攻撃できなかった。

 

「だあもうっ! めんどくせえ!」

 

 ビーストは声を荒げる。ライオンが彫られたベルトに付いたホルスターから、何かを取り出した。右手中指に取り付けたそれは、ウィザードにとっては見慣れたものだった。

 

「俺と同じ……指輪?」

 

 ビーストはその声には応えず、ベルト上部に取り付けられたソケットに押し当てる。そのまま捻ることで、ベルトの音声が起動した。

 

『カメレオン ゴー カカッ カッカカッ カメレオー』

 

 ビーストの右側に、緑の魔法陣が出現する。ウィザードのものが円形なら、それは角ばった直線的な魔法陣。それがビーストの右肩___紫のイルカを肩に乗せた紫マント___を通過する。すると、イルカの頭は、緑のカメレオンのそれに変わった。マントもまた緑のものへ交換され、ビーストはそのマフラーをはためかせる。

 

「これでも食らいやがれ!」

 

 ビーストが大きく肩を振る。カメレオンの舌部分が大きく伸び、アサシンの腕右腕を捉える。

 

「その物騒なもん、放しやがれ!」

 

 勢いよく引き寄せると、アサシンの体が宙を浮いた。

 

「響!」

「はい!」

 

 ビーストの掛け声に、響が応じる。

 彼女は一直線にアサシンへ接近。かかと落としで妖刀を地面に叩き落とす。

 そのまま響は、アサシンと格闘戦に持ち込む。二人が同時に着地したとき、すでにアサシンの腹には、響の掌が当てられていた。

 

「はっ!」

 

 響の大声。ハッケイと呼ばれる中国武術が、アサシンを大きく突き飛ばす。

 

「……くっ……」

 

 だが、それでもアサシンは倒れなかった。少し体勢を崩しかけた程度で、変わらぬ殺意の目を響とビーストを睨んでいた。

 だが、臆することを知らぬ響は、彼女へ尋ねる。

 

「どうしても、戦いを止めてはくれませんか?」

 

 その問いに、アサシンはしばらく黙っていた。

 やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「争わずに済むのなら、それに越したことはない」

「!」

「だったら……!」

「私の命は、無数の命の上にある。戦いを止めることは、もうできない」

「そんな……」

「話は終わりだ」

 

 アサシンはそれ以上耳を貸さず、静かに刀を拾い上げる。

 

「葬……」

 

 踏み出した彼女の足が止まった。

 

 同時に、響もビーストも、ウィザードも止まった。

 上空から、溢れていたのだ。

 黒い光が。

 そして、その中心にいる、黒衣の天使が。

 

「……キャスター……っ!」

 

 聖杯戦争始まって以来の最初の敵であり、ウィザードにとっての最強の敵。

 

 キャスターがいた。

 




さてさて。キャラ崩壊していないかどうかが凄く心配


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二つの黒

シンフォギアが見ていてどんどん終幕に向かっていて辛い……次劇場版やらないかな


「消し飛びなさい」

 

 キャスターのその声は、まるで死刑宣告のようだった。

 彼女の黒い球体より、野太い光線が雨のように降り注ぐ。

 

「な、ナニコレ⁉」

 

 響が悲鳴を上げる。光線は、まるで彼女の後を追いかけるように降り注いでいく。

 

「おい! ハルト! アイツもサーヴァントか⁉」

 

 いつの間に手にしたのか、ビーストは手に持ったサーベルで光線を受け流している。そのサーベルは不思議と折れることなく、光を屈折させ、地面へ突き落としていた。

 ウィザードは毎回毎回スラッシュストライクを起動させ、光線と相殺させている。

 水で力技というアンバランスの中、ウィザードは頷いた。

 

「彼女はキャスター! ほむらちゃんっていう、中学生のサーヴァント! ……やっぱり、ラビットハウスに来てくれた程度じゃ、聖杯戦争止めてくれないよね」

「ああ? マスターいんのか? どいつだ? どこにいる⁉」

「どこにいるって……」

 

 今弾いた一発は少し重かった。

 

「この絨毯爆撃の中で探せっての⁉」

「だぁ! 皆まで言うな! 俺が探す!」

 

 ビーストは、右手の指輪を入れ替え、装填する。

 

『ファルコ ゴー ファ ファ ファ ファルコ』

 

 カメレオンの緑から、ハヤブサのオレンジへ変わっていく。彼の体にオレンジの風が纏われ、ビーストの体が浮いていく。

 

「おい! ちょっと待てって!」

『ハリケーン プリーズ』

 

 ビーストがオレンジの風ならば、ウィザードは緑の風。

 黒い光線の雨を掻い潜りながら、ビーストに続いてキャスターへ上昇する。

 

「ねえ、キャスターにどうやって立ち向かうのか考えてる?」

「んなもん、やり合ってから考えりゃいいんだよ! 男なら細かいこと気にすんな!」

「細かいじゃないでしょ! そもそも、前回戦った時片手無くしているはずなのにな……」

「んなことどうでもいいだろう!」

 

 ビーストは手に持った細長い武器を振るう。ダイスサーベルという固有名詞などウィザードが知る由もなく、ビーストはダイスサーベルに内蔵されたギミックを回転させる。

 ドロドロドロドロとドラム音が鳴り響く。

 しばらくすると、ビーストはサーベルに付いているスロットに、指輪を差し込んだ。ウィザードからは見えない位置に表示されているサイコロの目と同じ、『4』というガイダンスボイスが鳴った。

 

『ファルコ セイバーストライク』

 

 ビーストがサーベルを振ると同時に、そこにオレンジの魔法陣が出現する。サーベルが通過するのを合図に、四体の半透明のハヤブサが飛び出し、キャスターへ向かった。

 

「……」

 

 迫る鳥たちへ、キャスターは怪訝な表情を見せた。左手より放たれた四本の光が、ハヤブサたちを消し炭にする。

 

「取るに足らねえってか?」

「でもあの人、完全にこっち向いてるよ」

 

 ウィザードが示した通り、キャスターはこちらへ注意をそらした。

 

「あれ? オレ別にこっちむいて欲しくてやったわけじゃねえんだが……」

 

 だが、そんなビーストのぼやきとは真逆に、彼女はこちらへ集中砲火を浴びせてくる。

 高度を下げて回避したウィザードだが、キャスターに近いビーストは遅れた。

 

「ぬわあああああああああああ⁉」

「何やってんだよ!」

『エクステンド プリーズ』

 

 ウィザードが発動した魔法陣に、手を突っ込む。伸縮自在の腕がビーストを地面に引き落とし、キャスターの光線を避けさせる。

 

「ぬわっ!」

 

何やら文句を言い出すビーストを下に見ながら、ウィザードは指輪を取り換える。だが、ハンドオーサーを操作する直前に、背中に圧が加わった。

 

「なっ⁉」

 

 哀れ指輪は光の雨の中へ落ちていく。ウィザードを踏んづけた黒い影ことアサシンは、そのままキャスターへ肉薄。

 

「葬る!」

 

 アサシンの刃と、キャスターの黒い防壁がぶつかる。黒い稲妻が走り、キャスターの体が落下した。

 

「……」

 

 肩に付いた埃を払い、キャスターはスタリと着地したアサシンを見返す。

 

「アサシンのサーヴァント……」

「お前はキャスターのサーヴァントだな……」

 

 黒い衣服と、赤い眼。外見の共通点がありながら、全く手を取り合うことのなさそうな二人は、じっと見つめ合っていた。

 

「待って!」

「お前は……」

「ランサー……」

 

 二人の戦いを止めようとする、三人目のサーヴァント、ランサー。響は、二人の間に割り入る。

 

「どうして戦う必要があるの⁉ 私たちは、手を取り合って生きる選択肢だってあるはずだよ! 聖杯だからとかサーヴァントだからとかなんてどうでもいいでしょ?」

「それはお前だけだ」

 

 響の言葉に、アサシンは冷たく吐き捨てる。

 

「心残りがないのなら、この聖杯戦争から消えろ。私の生き永らえるという願いを消すな」

「生き永らえる……?」

 

 アサシンの言葉に、ウィザードもビーストとともに耳を傾けた。

 彼女は続ける。

 

「私は死んだ仲間たちと違って生き延びてしまった。だから、皆とは違って生き残る」

 

 アサシンの強い目線に、ウィザードは少し後ずさりをした。同時に、キャスターもまた口を開く。

 

「ランサー。貴女が願いを持たないというのなら、止めはしない。だが、私は願ってしまった。死の直前、もう一度主にお会いしたいと」

 

 顔に刻まれた、赤い幾何学模様。それをなぞる様に、彼女の目から、涙が伝う。

 

「我が主のために。我が分身たちのために。ここで、消え果なさい!」

 

 キャスターが掌を響たちへ向ける。放たれた黒い光線たちが、アサシン、ランサー、そしてそれを見ていたウィザードとビーストを襲う。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 ウィザードは、自身とビーストの前に風の防御壁を作り上げる。風によって霧散された光線が周囲を抉った。

 サーヴァントたちへ向かった光線を、響は殴り上げて曲げ、アサシンは当たり前のように真二つにした。

 無数の光線たちの攻撃は、この場にいる者たちのみならず、周囲にも拡散していく。

 噴水を粉々に破壊し、木々をなぎ倒し、公園のあちらこちらから悲鳴を上げさせた。

 

「やめろ!」

『フレイム プリーズ』

 

 風から火になったウィザードは、スライディングで接近、ソードガンを駆使してキャスターに斬りかかる。

 だが、キャスターはそれを指二本で受け止めた。

 

「やっぱり通じない……! うっ!」

 

 腹を貫く、彼女の拳。仮面の下で吐きながら、その体が吹き飛ぶ。

 響に受け止められ、意識が朦朧とする。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ……助かったよ、響ちゃん……」

「うん。ねえ、ハルトさんも聖杯戦争を止めたいんだよね? だったら、二人を止めるの手伝って……」

「手伝いたいのは山々だけど、あの二人が暴れると、街が壊れる……! 正直、少し乱暴な手を使っても止む無しな気がするんだけど」

「でも、話し合えば……」

「話が通じる状況じゃないでしょ! ってうわ!」

 

 響に突き飛ばされ、ウィザードと響がいた場所をアサシンの刃が舐める。

 そのまま体を回転させながらそれを見送ったアサシンが舌打ちしている。

 

「おい、お前オレのサーヴァントと言いあっているのはいいけどよ」

 

 続いて、ビーストがダイスサーベルでキャスターと戦っている。だが、彼もウィザード同様、キャスターには歯が立たないでいた。

 

「どっちにしろ今はこいつらをどうするかが問題だろ? 手伝ってくれよ!」

 

 その声に応えたのは、ウィザードでも響でもなく。

 

「葬る!」

 

 アサシンの声だった。

 

 黒い光線、妖刀村雨、ガングニール、ダイスサーベル、そしてウィザーソードガン。全く共通点のない凶器が、平和だった公園を破壊していった。

 フレイムのスラッシュストライクがアサシンに防がれたと思えば、アサシンごと黒い光線が飲み込もうとし、再びキャスターに狙いを定めたアサシンが動けば響が割り込み彼女と火花を散らす。好機らしきキャスターが二人まとめて葬ろうとすると、ビーストがその手にダイスサーベルを当てる。

 

「……これが、聖杯戦争……」

 

 ウィザードが小声でつぶやいた。

 やがて、ウィザードの隣にアサシンが舞い立つ。

 

「っ!」

 

 彼女の村雨とウィザードのソードガンが同時に閃く。

 

「お前を……葬る!」

 

 アサシンの猛攻。一度呪い殺されそうになった刃に注意しながら、ウィザードも反撃を入れていく。

 どんどんアサシンの攻撃で、ウィザードは噴水広場の端へ押されていく。

 ウィザードは蹴りで、アサシンを自分から離れさせる。

 

「はあ、はあ」

 

 ウィザードは肩で呼吸しながら、アサシンを睨む。

 だがなぜか、アサシンはそれ以上の追撃をしなかった。妖刀で空を斬り、ただウィザードを見つめていた。

 

「……なぜ動かない?」

「ここから先は、私ではない」

「?」

 

 首を傾げるウィザードは、背後から聞こえたガサッという草葉の音に振り向く。

 

 美少女が、ナイフで襲ってきた。

 

「んなっ!」

 

 思わずウィザードは、ソードガンで打ち返した。ただの市販品のナイフが魔力を帯びた銀に敵うはずもなく、バターのように切れた刃物はクルクルと回転しながら地面に突き刺さる。

 

「おのれっ!」

 

 持ち手だけになったナイフを捨てる美少女。ピンクのツインテールと可愛らしい顔と、まどかやチノで見慣れた見滝原中学の制服。だというのに、その鬼気迫る表情に、ウィザードは恐怖を感じていた。

 

「まだまだ!」

 

 ナイフ二本目を、少女は腰から抜いた。その際、彼女の手に刻まれた紋様を、ウィザードは確かに見た。

 

「まさか……君は、マスター⁉」

「ああああああああああ!」

 

 彼女は、まるで狂ったような声を上げながらナイフを振るう。ソードガンには勝てないと彼女も理解しているのだろう。ウィザーソードガンを避け、直接ウィザード本体を狙ってくる。

 

『バインド プリーズ』

「悪いけど大人しくして!」

 

 魔法陣から出現した鎖が、少女を拘束しようと飛び出す。いくら狂暴でも、魔力の鎖に生身の人間が太刀打ちできるはずもない。

 

「うぐっ……ああああああああ!」

 

 だが、鎖がとらえたのは、ナイフを持った少女の右手だけだった。

 そのまま少女は、可能な限り体を伸ばし、ウィザードに触れる。バインドにより勢いを殺された彼女の拳かと、ウィザードは考え、

 

「がっ……⁉」

 

 全身の動きが止まった。

 

「な……に……?」

 

 ウィザードの体から、何かが消えていく。それは、腹の部分___少女が手を当てている部分から吸い出されているようだった。

 そして、その合間から覗くのは、紫の金属片だった。

 まるで、懐中時計の上部分が、ウィザードの視界に入った。そして、

 

「あれ?」

 

 ウィザードの姿が、ハルトのものになる。

 大きなダメージを受けていなければ、変身解除を念じてもいない。

 どうして。その問いの答えを得る前に、ハルトは腹に激痛を感じた。

 

「……え?」

 

 質量を増した自分の服。

 見慣れた服に、見慣れない赤い液体が染みついている。

 それは、自分が流した血。

 同時に、それの原因となったものも、腹から突き出ていた。

 

「ナイフ……っ?」

 

 ファントム退治や聖杯戦争。これまで何度も非日常の中で戦ってきたハルトが、日常の象徴であるナイフによって、膝を折った。

 

「どうして……変身が……?」

 

 ハルトは、少女を見上げる。

 夕日に照らされた彼女は、先ほどウィザードに押し付けた時計を見下ろしている。やがて、その時計から音声が流れた。

『ウィザード』と。

 

「ウィザード……?」

「これでいいの? モノクマ」

 

 少女は、茂の方へ声をかける。運よく破壊を免れた緑の中から、三十センチくらいの人形らしきものが現れた。

 左右が白と黒に分かれたクマ。白の部分は比較的可愛らしいクマのぬいぐるみらしいものだったが、黒側は、赤く鋭い眼が印刷されており、白側に対して、禍々しく思えた。

 モノクマと呼ばれたそれは、少女の手にある時計を見上げて、口を抑えて肩を震わせた。

 

『ウププ。そう。それだよ、我妻(がさい)由乃(ゆの)。それで君も、他のマスターと同様に戦う力を手に入れたんだよ』

 

 モノクマ。彼は、そう頷いて高笑いを上げた。

 

「戦う力……? どういうことだ……?」

 

 体を起こそうとしながら、ハルトは問いかける。モノクマは『んん~』とハルトを見下ろし、

 

『ああ。君がウィザード? キュウべえとコエムシから聞いているよ。コロシアイをしないマスターなんだって?』

「……だったら……ゲフッ、なんだ?」

『ウププ。別に。それで、我妻由乃。その時計の上をポチっとやって』

 

 由乃というらしき少女は、モノクマの言葉に従い、時計の頭部のスイッチを押した。

 

『ウィザード』

 

 その音声とともに、腕時計を胸に迷わず叩き込んだ。

 埋め込まれた箇所より、紫の光が迸る。

 まるでウィザードの魔法陣と似たものが出現し、それが彼女を通過すると、そこにいたのは、

 

「……ウィザード……だと……?」

 

 薄れゆく意識の中。

 ハルトが最後に目にしたのは___

 ローブはボロボロで、ベルトの手は骸骨で、後頭部には指輪のような銀が取り付けられてはいるが。

疑いもなく、ウィザードそのものだった。




同じ怪物くんモチーフで、人助けするベムと犠牲にするノーブルレッド……
同じ時期に放映する偶然がスゴイ


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情報共有

今回は少し短めです


「へっくし!」

 

 可奈美は、くしゃみをした。

 

「可奈美ちゃん、風邪?」

 

 テスト勉強をしているまどかが、心配そうに尋ねた。

 

「ううん。大丈夫」

 

 可奈美はにっこりとほほ笑みながら、まどかに手を振る。

 すでに午後六時を回っている。冬の太陽はすぐに沈むため、もう外は暗かった。

 勉強に夢中になっているまどかを一人にさせるのは危険。送っていこうと決めた可奈美は、他に客のいない店内を見渡す。

 

「……ねえ、まどかちゃん」

 

 可奈美は、まどかのテーブル席の向かいに腰を落とす。

 

「ちょっと、見せてもらってもいい?」

「可奈美ちゃん?」

 

 まどかは少し驚きながら、書いているノートを見せた。数学のxyが大量に含まれている公式を見るだけで、少し頭痛がした。

 

「う~ん、ぜんっぜん分かんない」

 

 可奈美は「あはは」と笑ったが、ポケットより取り出したメモ帳に、まどかと同じものを記し始めた。

 

「可奈美ちゃん? どうしたの?」

「……今は、休学中だけどさ」

 

 可奈美は、問題式と解き方の両方を書き写しながら、口を開いた。

 

「私、まどかちゃんと同い年なんだよね」

「うん。知ってるけど……」

「まどかちゃんは、聖杯戦争のこと、知っているんだよね……?」

 

 その瞬間、まどかの手が止まった。彼女は悲しい顔を可奈美に向け、

 

「うん。ハルトさんがキュウべえと初めて会った時、私もいたから。でも願いのために、命を奪い合うなんて、とっても悲しいなって……」

「私は、……あまり、戦いたくはないかな」

 

 可奈美は、令呪の手を抑えながら言った。

 

「だから、私は終わった後のことを考えているの」

「終わった後?」

「私が聖杯に願ったことは、この世から消えてしまった友達を取り戻すこと……その願いを、聖杯が聞いてしまったせいで、私はマスターになった。でも、私は今、聖杯戦争を終わらせることができないかなって考えてるんだ。そして、美濃関に……岐阜に帰ろうって。でも、この戦いが終わったら、しっかり勉強して、友達を取り戻す手を探そうと思っているんだよ。で、そのためにも追いつかないといけないんだ。舞衣ちゃんや美炎ちゃん、私の成績上がってたらきっとびっくりするよ!」

「そうなんだ。じゃあ、私にできることなら……」

 

 快諾してくれたまどかに、可奈美の顔は明るくなる。

 

「ありがとう!」

「うん。それじゃあ……」

 

 まどかがさっそくと、今回のテスト範囲である一次関数を……n

 

「おい! 頼む!」

 

 勉強タイムは、一秒で終幕した。

 

「い、いらっしゃい……」

「ああ! 可奈美ちゃん!」

 

 大股で入ってきたのは、ほんの昨日顔を合わせたばかりのコウスケだった。

 

「コウスケさん? 忘れもの……」

 

 そこで、可奈美は絶句した。

 彼が肩を貸しているのは、松菜ハルト。すでに意識がない彼は、右手をコウスケの肩にかけて、だらんとただれている。

 

「ハルトさん! ……!」

 

 駆け寄り、ハルトを助け起こそうとした可奈美は、手に張り付いた違和感に両手を見下ろす。

 べったりと赤く染まった手が、可奈美を見返していた。

 

「……うっ……うっ……」

 

 沈黙の中。まどかのうめき声だけが、可奈美の耳に届いていた。

 

 

 

「止血はしたよ」

 

 ハルトをベッドに寝かせた響がそう告げた。

 

「命には別状ないと思う。でも、本当に危なかった」

「そうなんだ……」

 

 可奈美は安心して肩をなでおろす。

 なんとかショックを受けたまどかを家まで送り届けた可奈美は、そのままカウンターに着いた。

その動きの中、ハルトの椅子に腰かけるコウスケは、じっと可奈美の腕を凝視していた。

 

「なあ、可奈美ちゃん」

「な、なに?」

「ちょっと、脱いでみろ」

 

 耳が壊れたか。可奈美は耳をもみほぐした。

 

「ごめん、もう一回」

「だから、脱げって」

「……響ちゃん。救急車のついでに警察呼ぶけどいいよね?」

「いや、そういうことじゃないよ! コウスケさんも、ちゃんと言葉があるんですから!」

 

 響の言葉で、何とか中断した。

 

 

 

 事情を話したタカヒロに閉店の許可をもらい、可奈美はカウンター席でコウスケ、響と向かい合った。

 可奈美は長そでをめくる。そこには、不自然な刻印がしっかりと刻まれていた。

 

「……マジか~」

 

 カウンター席の近くのテーブル席のコウスケは、項垂れながら背もたれに寄りかかる。

 

「ハルトがマスターってのにも驚いたけど、まさかお前までマスターなのかよ……」

「こっちも、まさかコウスケさんがマスターで、響ちゃんがサーヴァントだなんて想像もしてなかったよ」

「ああ。お前、まだサーヴァントはいないのか?」

「うん。でも、いらないと思うんだよね。召喚されたら、令呪を使って自由に生きてもらおうかなって考えてる」

「ほーん」

「それで、サーヴァントにはクラスがあるんでしょ? 響ちゃんは?」

「私はランサーだよ」

「ランサー? えっと……槍?」

「うん」

「響はぶん殴ってばっかだけどな」

 

 コウスケが横やりを入れた。

 響はそれを無視して、

 

「それで、可奈美ちゃんがマスターだったら、多分知っておくべきだと思うんだよね」

「……ハルトさんに、あの怪我を負わせたサーヴァント?」

 

 響は頷いた。

 

「クラスはアサシン。とんでもない剣の使い手だよ」

「剣……」

 

 剣というワードを聞いて、可奈美の腹の奥がうずいた。

 それを知ってか知らずか、響は続ける。

 

「その剣に斬られると、呪いがあるみたいで、そのまま命を奪われる。そんな剣を使っているよ」

「うええ……なにそれ」

 

 言葉ではそう言っていながら、可奈美は自らがそれほど怯えていないことにさえ気づいていなかった。

 

「それ、まともな立ち合いもできないってことだよね?」

「そうなるな」

 

 返答したのはコウスケだった。彼は水を飲み干し、コップをドンと置いた。

 

「ハルトも一回それにやられかけた。オレが助けたがな。変身してても効果はあるってことだ」

 

 ウィザードでも、その能力には耐性がない。写シならどうだろうか、と可奈美は反射的に考えていた。

 

「恐ろしい相手だね……」

「それになによりやべえのは、そのマスターだ」

 

 コウスケは頭を抱えた。可奈美が「どんな人なの?」と尋ねると、コウスケは静かに「お前と同じくらいの女の子だ」と前置きした。

 

「ハルトにナイフぶち込むのを躊躇わないくらいのな」

「え」

 

 可奈美は耳を疑った。慌ててコウスケに聞き直す。

 だが、コウスケの言葉は変化なく、

 

「そのマスターが、ハルトを刺した」

「刺したって……どういうこと?」

 

 可奈美は、思わず飛び出し、コウスケの肩を掴んだ。

 

「ハルトさんは、ウィザードっていう形態なんだよ? 私の千鳥でも……私の剣でも大して傷を負わなかったのに、どうして普通の女の子に?」

「分からねえ」

 

 コウスケは首を振る。響も、明るい顔つきに似合わず難しい顔をしている。

 

「オレたちだってキャスターと戦ってたんだ。そこまで詳しく分かんねえよ」

 

 コウスケは「でも」と深呼吸をした。

 

「アサシンのマスターが何かすると、変身が解かれたんだよ。それで、刺された」

「……」

「んで、そのアサシンのマスターが、ウィザードになった」

 

 普通の中学生がハルトを刺し、ウィザードの姿を奪った。。

 そんな、猟奇的な人物がいる聖杯戦争に、自分が身を置いている。

 そんな事実に、可奈美はゴクリと生唾を呑んだ。

 

 五つの花びらからできた桜のような令呪が、可奈美に寒気を伝えた。




原典のビーストってメチャクチャかっこよかったな……


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我妻由乃

お待たせしました!
もう20話か……



「なあ。チノ」

 

 降ろした荷物から教科書を取り出し、学校の準備を始めたチノに、そんな声が来た。

 目の前には、活発な眼差しの小柄な少女がいた。短髪の少女で、チノと同じ見滝原中学の制服を着ている。

 

「マヤさん。おはようございます」

「『あ~眠ぃ~。昨日ココアとコーヒー銘柄当てなんてやるんじゃなかった~』」

「違います。勝手に声充てないでください」

「違うのか? てっきりまたココアと付きっ切りだったのかと」

 

 少女がにっと八重歯を見せつけながら笑う。特徴的な彼女の八重歯は、ひそかに可愛がられる要素の一つなのだとチノは捉えている。

 

「住み込みの人が大怪我をして、看病してたんです」

「ほえ~。大怪我って?」

 

 マヤという少女は、チノに顔をぐいっと近づける。彼女の顔面を押し返しながら、チノは答えた。

 

「昨日、見滝原公園でガス漏れ事故があったじゃないですか。その人、丁度公園にいたらしいんですよ」

「ひええええ……ついてなさすぎる……その人、大丈夫なのか?」

「ええ。父が医療の知識がありますので、心配ないです。ところで、なんですか? マヤさん」

「ああ、そうだったそうだった。あのさ。ウチらって、今十四歳じゃん?」

「私はまだ十三歳です」

 

 だが、マヤはチノのツッコミを無視した。

 

「私さ、今の私たちって大事な年だと思うのよ」

「青春真っ盛りですからね」

「ちっがああああう!」

 

 マヤはチノの机をバンバンと叩く。

 

「十四歳は! 世界を救う年だよ! 一生に一度しかないんだよ‼ だから、私たちは私たちで世界を救おう! 具体的には、ウチとチノとメグで! きっと、チノのバリスタの力が必要になるよ!」

「前も言いましたが、バリスタはコーヒーを作る職業です。それにしてもメグさん、まだ来ていないんですね」

「なんか、家族の用事で少し遅れるらしいぜ? さっき先生が言ってた」

「メグさんも大変そうですね。……メグさんといえば、またバレエやってみたいですね」

「私はそれほどでもないけどなあ……お? お前の隣、天野だったか」

 

 マヤは、チノの隣の席に座る人物に目を移した。

 たった今来た、男子生徒。四六時中ニット帽をかぶっており、周りから笑われようともからかわれようとも、常に携帯電話___それも今時珍しいガラパゴス携帯___にポチポチと打ち込んでいた。

 

「そうですよ。いつも携帯ばかりやってますから、あまり話したことないですね」

「隣の席なのに? 折角の機会だから、話しかけてみようぜ!」

「悪いですよマヤさん。天野さんは天野さんでやっていることあるみたいですし」

「でも、ちょっと覗いてみようぜ! 天野!」

 

 天野(あまの)幸輝(ゆきてる)。出席番号一番の彼に、マヤはポンポンと肩を叩いた。

 

「うわっ! な、なに?」

 

 幸輝はマヤの出現に動転し、手玉のように携帯が両手の上で踊った。

 

条河(じょうが)さん……何?」

「お前いっつも携帯いじってるけど、何やってるのかなって」

 

 マヤが幸輝の肩に体を乗せて携帯画面に注目している。止めるべきか見届けるべきか悩んでいると、マヤが実況した。

 

「お? これって、観察? すげえ、周りのことよく見てるじゃん! 私の接近には気付かなかったけどな!」

「ちょっと、放してよ……」

「えー? いいじゃん!」

「マヤさん、困っていますよ?」

 

 さすがに見ていられなくなったチノが、マヤを引き剥がす。

 

「ごめんなさい。天野さん。マヤさんには私がしっかり叱っておきますので」

「チノが私の親代わりに⁉」

「ああ、いいよ別に」

 

 幸輝は愛想笑いで返した。

 だが幸輝はそのまま、何事もなかったように携帯をポチポチと打ち始めた。

 

「でも天野さん、本当にいつも何しているんですか? 私が言えたことではありませんけど、ずっと一人ですよね?」

「僕はいいんだ。僕はこうして、一人で日記をつけていれば」

「日記ですか?」

「へえ。それ日記なんだ」

 

 チノの手から逃れたマヤが、また幸輝のもとに接近する。

 

「ちょっと見せて!」

 

 マヤは躊躇いなく、幸輝から携帯を取り上げた。

 

「うお! 打ち込み早くね⁉ もうウチらのこと書かれてる! チノのこと銀髪美少女って書いてある!」

「ちょ! 書いてないよ!」

「……見せてください」

 

 思わず口から本音が出てしまった。あわわと両手を振る幸輝を尻目に、チノは昔のタイプの影響に目を凝らす。

 

「『隣の香風さんが、条河さんと話してる。奈津さんはまだ来ていないみたいだった』……私のことを美少女って書いてないじゃないですか」

「もういいだろ? 返してよ」

 

 幸輝が、チノの手から携帯を取り返した。

 チノはそのまま、幸輝に尋ねる。

 

「天野さん、日記、ずいぶんいろんなことが書いてありますけど、天野さんのことは?」

「ぼ、僕のことはいいだろう? どうせ僕のことなんて、誰も見ていないんだから……」

「そうですか?」

「そうだよ……全く」

 

 幸輝はため息をついて、逃げるように教室から出ていく。

 

「僕に構わないでよッ……」

 

 そのまま逃げていく彼に対し、マヤが「あ、待って!」と追いかけていった。

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 屋上近くに逃げてきた幸輝は、肩で呼吸しながら、近くに誰もいないことを確認していた。

 朝の空に続く屋上扉の他には、隣の掃除用具入れしかない。幸輝は安心して、しゃがみこんだ。

 

「全く、僕に構わないでよ……」

 

 背中を屋上へのドアに寄りかからせながら、幸輝は携帯を取り出し、日記を記す。

 

『突然、条河さんが僕に話しかけようと寄ってきた。下の階で、どうやらまだ追いかけているようだ。香風さんも、僕に話しかけようとしてきた。別にいいのに』

 

 はあ、とため息をついた瞬間、ガタゴトと音が聞こえる。

 逃げている最中、ということで物音に敏感になっている幸輝は、その発生源が掃除用具入れにあることを突き止めた。恐る恐るそれを開けると、

 

「ユッキー♡」

 

 満面の笑みの同級生、我妻(がさい)由乃(ゆの)がいた。

 

「うわぁ!」

 

 思わず背中を地面につける幸輝に対し、由乃はその体の上を張ってくる。

 

「ねえ、ユッキー。私、とうとう手に入れたよ」

「な、、なに……? 我妻さん、どうしてここに?」

「だって、私、ユッキーのことだったらなんでも分かるもの。今日追いかけられたから、きっとここに来るって。きっと物音を立てれば、ユッキーは私に気付いてくれるって」

「待って、我妻さん。どうして僕を……?」

「だって私、ユッキーが好きで好きで仕方がないもの。ユッキーのために私、魔術師になったんだよ? 今、私とユッキーの愛の巣を作るために、戦っているんだよ?」

「何を言っているの、我妻さん」

「だからユッキーも、私を受け入れて。私、いっぱい殺すから、ユッキーは私を受け入れてくれるだけでいいの愛してくれるだけでいいの。ね? ユッキー」

 

 顔が、幸輝の目と鼻の先に来た。彼女の瞳に、驚きおののく自分の姿が映る。彼女の吐息が鼻と口に当たる。彼女の髪一本一本がくっきり見える。

 始めは、由乃という美少女が迫ってくるということもあり、少し満更でもないと考えていた幸輝だが、その考えが変わった。

 由乃が、耳元でささやく。

 

「だからね、ユッキー。ユッキーはこれから……受験も大学も成人式も就職も結婚も出産も出世も退職も老後も葬式も来世もその次もその出産時も入園時も入学式も卒業も……ずっとずっと一緒だからね♡」

 

 刹那、頬に生ぬるい感触が押し当てられる。由乃が犬のように舌で頬を舐めずったことを、幸輝の脳が理解を拒んでいた。

 

「我妻さん……怖い……」

 

 焦点の定まらない、大きく見開いた目。

 一言一言いうたびに、口を大きく開く挙動。

 そして、ほとんど会話したこともない幸輝へ、愛だの何だのと口にする彼女を、幸輝は恐怖しか覚えなかった。

 

 そして。

 

「助けて……誰か……」

「うん♡ ユッキーをいじめるやつは、皆皆……」

 

 殺してあげる。

 

 そう聞こえたのかどうか、幸輝には分からない。

 ただ、確かに聞こえたのは、

 由乃のものではない、くぐもった音声。

 『ウィザード』という電子音だけだった。

 

 

 

「ほむらちゃん……」

 

 登校してきたまどかは、机に佇むほむらへかける言葉を探していた。

 昨日、ハルトさんが大怪我したんだけど、何か知らない? どうして戦っているの? 聖杯戦争、なんで参加しているの? ハルトさんたちと協力して、この戦いを止めようよ。

 だが、何一つ言葉は出なかった。

 まどかは席に荷物も置かず、ずっとほむらの席で立っていた。やってくる生徒たちに応じて道を譲りはすれど、ほむらの席の近くからずっと動けないでいた。

 やがてしびれを先に切らしたのは、ほむらのほうだった。

 

「何かしら?」

 

 ほむらはため息をついて、腰をひねってこちらを向いた。まどかはモジモジと手を擦りながら、

 

「その……ねえ、ほむらちゃん。昨日……」

「?」

「昨日、その……キャスターさんは……」

「キャスター?」

「どこにいたのかなって……」

「知らないわ」

 

 ほむらはそれだけで、まどかから目を離した。だが、まどかは折れずに続ける。

 

「昨日、ハルトさんが大怪我したのって、知ってる?」

「ハルト……松菜ハルトね」

「うん」

「知らないわ。興味もない」

「でも……」

「貴女も、あの時キュウべえの話は聞いたはずよ。この聖杯戦争は、私と松菜ハルト、必ずどちらかは命を落とす。私は、松菜ハルトに徹底して敵として接するわ」

「どうして……?」

「私には、叶えたい願いがあるからよ」

 

 彼女は、まどかを真っ直ぐ見つめていた。強く、熱く。これまで見たほむらの目線の中で、一番強い視線だった。

 その時。

 

 ぐにゃり。

 

 教室が歪んだ。

 

「な、何⁉」

 

 思わず叫んだのはまどかだけではない。

 木製の床が赤黒いものに変色していく。

 質素な壁が醜悪な檻へと変わっていく。

 パニックになる生徒たちの悲鳴が重なり、変質した教室に木霊していった。

 

「きゃああああああああああ!」

 

 まどかも悲鳴を上げて、目を覆う。大きな揺れと混乱で、何もかもが分からなくなる。

 そして。

 

 日常の中心であった教室は、まるで怪物の胃袋の中のような、不気味な世界に成り果てていた。

 

「キャスター!」

 

 茫然とするまどかの自意識を我に返させたのは、立ち上ったほむらの声だった。見ればほむらはすでに魔法少女の姿に変身しており、彼女の傍らには黒い粒子が集い、黒衣の天使がその姿を見せていた。

 教室内でのほむらの異質な姿だが、すでに教室の異形化というものがあり、彼女に気を留めるものはいなかった。

 その中、キャスターはほむらに膝を曲げながら伝えた。

 

「校内に、マスターに匹敵……いいえ、上回る魔力を感じます」

「私以上の魔力?」

 

 キャスターの言葉に、ほむらは顔をしかめていた。

 だが、二人にとっての部外者であるまどかには、それ以上の言葉の意味を理解できなかった。

 ほむらはまどかに振り向き、何かを放った。

 慌てて受け取ったまどかは、その重量に面食らう。触れたことのない、冷たい質量。生まれて初めて手にした、拳銃。

 

「え⁉ え⁉」

「軽く加工したものよ。中学生でも問題なく扱えるわ」

「加工って……」

 

 まどかは絶句した。

 

「ほむらちゃん、どうしてそんなもの……」

「時間がない。質問に答えることはできないわ」

 

 ほむらは詰め寄るようにまどかの言葉を遮る。

 

「残弾数は気にしないで。こんな空間には私も見覚えがあるの。いい? 危険なものが来たら三発で殺せるわ」

「こっ……?」

 

 物騒な言葉に、まどかは言葉を失った。

 

「いい? 私は今から、この原因のところに行く。まどか、貴女はここから絶対に動かないで」

「でも……」

「いいわね」

 

 ほむらは、それ以上まどかの言葉を待たない。教室だったところを飛び出し、すぐにまどかの視界から出ていった。

 




少し貯めの期間に入ります


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赤黒の結界

溜めるとか言っておきながら、投稿欲には勝てなかったよ……


 ラビットハウスの臨時休業は、翌朝には解除した。

 ハルトの重症は気になるが、ずっと店を止めているわけにもいかない。平常業務として、可奈美は一通りの業務をこなしていた。店の清掃に始まり、買い足し、接客応対。仕事をしている間は、可奈美は何も考えずに済んだ。

 

「精が出ますね」

 

 今日も来た青山ブルーマウンテンは、コーヒーを片手に微笑んでいた。

 

「今日、ハルト君はいないのですね?」

 

 彼女に言葉をかけられるまで、可奈美はずっとひたすらにテーブルを拭いていた。脳がひたすらにテーブル磨きを命令していたので、不意の青山さんの声に「ふえっ」雑巾を落としてしまった。

 

「あ、ああ……ハルトさん?」

「何か心配事ですか?」

 

 青山さんは、少しも原稿に手を付けないまま、コーヒーを啜った。彼女はそのまま可奈美へ言葉をつづる。

 

「いつもと比べて、可奈美さんの動きが早く見えます。とても平常だとは言えない御様子です。何かありましたか?」

「その……」

 

 可奈美は口を割らず、あははと愛想笑いを浮かべた。しかし青山さんは特段にこりともせずに、じっと可奈美を見つめている。

 

「隠す必要はありませんよ。ココアさんやチノさんたちも、私は色んな相談相手になっているんです。信じられないかもしれませんが、私ここで相談教室だって開いたこともあるんですよ?」

「ほ、本当?」

 

 少し信じられず、可奈美は思わず聞き返した。青山さんはこくりと頷き、

 

「はい。それで、少しはお役に立つと思います。どうか、お聞かせください」

「と言っても、私はただ昨日……怪我したハルトさんが少し気になるだけです」

「怪我ですか?」

 

 青山さんの反応を見て、可奈美は心の中で口を噤んだ。彼女が体を乗り出しているところから、青山さんが好奇心をくすぐられたのは明白だった。

 

「何かあったのですか?」

「昨日の……ガス爆発で、怪我したんです」

 

 昨夜、コウもスケと響と話している最中で取り決めたデマカセを口走る。チノやココアも騙した手口だが、青山さんは特に疑うこともなく納得した。

 

「ハルトさん、あの時見滝原公園にいたのですか? 災難でしたね」

「あの後、救急車もガス爆発で搬送する人が多かったみたいで、結局ラビットハウスで手当てすることになったんです」

「そうだったんですか……では、ハルトさんは?」

「上で寝てます」

 

 可奈美は天井を指差した。青山さんは「ほあー」と頷いた。

 

「お見舞いに伺っても、よろしいですか?」

「ええっと……ん?」

 

 答えようとした可奈美は、口を閉じる。

 ガタガタガタ、と店の戸が音を立てていた。やがて、ドアノブがひねられ、何か赤い影が入ってきた。

 

「あれ? ガルちゃん?」

 

 可奈美の手に飛び込んできたのは、ハルトの使い魔、ガルーダだった。赤い鳥の使い魔は、一瞬ハルトの姿を探し、いないと分かると、他の見知った顔である可奈美に寄ってきた。

 

「どうしたの? 今、ハルトさんは……」

 

 可奈美は心配そうに天井を見上げる。

 ガルーダは可奈美の視線をじっと見つめ、どうやら主人が動けないことを理解したのだろう。可奈美の頭上を旋回し、甲高い鳴き声を上げた。

 可奈美は、これまでハルトと共にいて、彼がこういう場合口にする一番多い発言を思い浮かべた。

 

「もしかして、ファントム⁉」

 

 だが、それに対するガルーダの答えは鳴き声だけ。肯定とも否定ともつかないが、ガルーダは入り口の戸をトントンと叩いていた。

 緊急性を感じた可奈美は踵を返して二階へ上がり、千鳥を取ってきた。

 

「分かった! 今行くから!」

「おや? 可奈美さん、それは?」

 

 初めてガルーダと千鳥を見る青山さんが、目を点にしている。

 

「何でしょう……? 生物にしては全身が角ばっておりますし、自然界にあれほどの体表を持った生物がいるのでしょうか……」

 

 青山さんが何やら頭のよさそうな考察を展開する前に、慌てて可奈美は彼女に押し付けた。

 

「あ、青山さん! ごめんなさい! ちょっとこれ持ってて!」

「おや?」

 

 だが、彼女に説明している暇はない。濡れた雑巾を預けたまま可奈美がドアを開けると、ガルーダが可奈美を先導するように出ていった。

 

「……私、結局ハルトさんのお見舞いに行ってもいいのでしょうか?」

 

 一人取り残された青山さんは、雑巾を見下ろしながら呟いた。

 

 

 

「待って! ガルーダ!」

 

 ガルーダの後ろを追いかける可奈美。ガルーダは、最初は地上を走る可奈美に配慮した道を進んでいたが、やがて時間を惜しむのか、柵を飛び越え、建物の屋根を通過し、車が横行する車道を横断した。

 可奈美はそれに対し、刀、千鳥を握る力を強める。

 

「八幡力!」

 

 可奈美が刀から引き出す異能の力。可奈美に人並外れた身体能力を与えるそれは、可奈美の体で、ガルーダの追随を可能にした。ビルの合間を飛び交い、ガルーダの速度に追いつく。

 

「ねえ、ガルちゃん! 一体どこに向かっているの⁉」

 

 可奈美の問いに、ガルーダは鳴き声でしか返さない。だが、すぐにガルーダとの会話の必要性がなくなった。

 

「……これって……?」

 

 想像の斜め上以上の光景に、可奈美は絶句する。

 警察が食い止めなければならないほどの人だかり。彼らが波打っているのは、見滝原中学と記された校門前だった。校門前ということは、その中には学校校舎があるのが必定なのだが、校舎をはじめ、校門の内側にひろがっているのは、

 闇だった。

 

「何……これ?」

 

 ここまで来ると、ガルーダが可奈美に見せたかった物も分かる。むしろ、他に間違い用もなかった。

 学校敷地を天高く覆い尽くす、赤黒の結界。蠢く二色の光は、校内の姿を見せては隠している。あやふやの中で可奈美が目視した中学校の姿は、現実のものとはかけ離れているシルエットに思えた。

 人だかりに近づくほど、彼らの叫び声が聞こえてくる。

 

「ウチの子は大丈夫なのか?」「何が起こっているんだ?」「あいつに何かあったら、どう責任を取ってくれるんだ?」

 

親兄弟など、生徒たちの家族だと思われる人々が、それぞれの家族の身を案じていた。

 

「今、我々も調査の準備を進めています! それまでお待ちください!」

「それまで待っていろっていうの?」

「その間にウチの子に何かあったらどうしてくれるんだ⁉」

 

 食い止める警察たちに、人々は語尾を強めに攻め立てる。警備にあたっている警察は汗をかきながら、騒ぎ立てる人々を抑えている。

 可奈美は数秒、千鳥を見下ろした。そして、

 

特別(とくべつ)祭祀(さいし)機動隊(きどうたい)です! この場から離れてください!」

 

 人混みをかき分けて、可奈美はそう言った。数人が可奈美を振り向くが、ほとんどの人には聞こえていない。

 警察の前まで押し分けて、警察を含めて全員に叫んだ。

 

「特別祭祀機動隊です! この現場は、私が受け持ちます!」

「特別……何?」

「アレでしょ? 刀使(とじ)さんでしょ?」

「刀使? ……ああ、半年前の……」

「漏出問題になったアレでしょ? ……どうしてここに?」

 

 叫び声は、可奈美へのひそひそ声に変わっていった。最初は好奇の視線も含まれていたものだが、やがて険悪一色に染まっていく。

 旗色が悪くなる前に、可奈美は背後の警察に千鳥を見せつける。

 

「伍箇伝美濃関学院中等部二年、衛藤可奈美です。この場の調査を、私に引き受けさせてください」

「刀使……? そんな要請は出していないぞ?」

「そもそも、なんでこんなところに刀使がいるんだ? 刀使は、中学生や高校生って話じゃなかったか?」

 

 警官たちが顔をしかめる。ここで説得している時間が惜しく、可奈美は足踏みしている。

 その時。くぐもったような音が聞こえてきた。

 

「何?」

 

 可奈美は、結界を見上げる。赤と黒の波の中に、一点だけ黒い箇所があった。どんどん濃くなっていくと思うと、そこから人影が飛び出した。

 

「え?」

 

 全身黒ずくめのコートの人影。ゴーグルとマスクで顔を隠しているようだったが、ゴーグルから伺える彼の目には、光がなかった。長くローブがかかった髪には精気がなく、まるで死体が不審者の衣装をしているようだった。

 彼は躊躇いなくナイフを抜き、人々へ襲い掛かる。

 誰も彼もが、展開に付いていけずに茫然としている。可奈美が千鳥の鞘で受け止めなければ、確実に一人は彼の餌食になっていた。

 

「逃げて‼ 早く!」

 

 可奈美の切羽詰まった叫び声で、数人が我に返る。悲鳴を上げながら逃げ去る者、腰を抜かして警官に救出される者などがいた。

 可奈美はナイフを受けたまま、肘打ちで不審者との距離を作る。千鳥を抜き、切っ先を向けた。

 

「誰ですか?」

 

 可奈美は警戒を強める。だが、不審者は何も答えず、ただこちらへナイフを振りかざしてくるだけだった。

 可奈美は自らは反撃せず、そのナイフを躱す。時にはじき返す。

 

「……この人の刃……!」

 

 受けとめ、刃物同士のガキンという音に、可奈美は目を見開いた。

 

「本気の殺意……⁉」

 

 さらに不審者は、そのままナイフを突いて来る。体を反転させた可奈美は、そのまま両足で、不審者の顎とゴーグルを蹴り飛ばした。

 これで、帽子とゴーグルが外れ、不審者の顔が露になるはずだった。

 だが。

 

「っ!」

 

 ゴーグル、帽子、マスクとともに、不審者の首が、地面に落ちた。

 

「えっ!」

 

 可奈美は口を抑える。しかも、不審者は首のない体でナイフを構えている。可奈美にナイフを向けたまま、落ちた首を拾い上げた。

 

「……ああ。顔を明かすんじゃなかった……」

 

 背筋の凍るゴキッという音で、可奈美は思わず呟いた。

 半分近くが白骨になった顔だった。目のところは黒い窪みとなっており、右の頬はゲッソリとなくなっていた。

 そして額には、大きく『3』の文字が刻まれていた。

 

「3?」

 

 可奈美が疑問を抱く前に、白骨体は可奈美へナイフを突き立ててくる。

 だが可奈美は、一切迷わず、抜刀。その腹に押し当てる。

 

「太阿之剣!」

 

 写シを展開と同時に、その色が白から赤へ。千鳥より発せられた赤いオーラが、その刀身を伸ばしていく。

 一気に振りぬく。すると、不審者はのろい動きながら、こちらを振り向いた。

 

「_______」

 

 彼の、喉のない声なき言葉。可奈美はその言葉を理解することなく、

 その不審者は爆発した。

 

「……」

 

 可奈美は黙って、不審者がいた地点を見つめていた。彼がいた形跡は、ゴーグルしか残っていない。

 果たして彼が人だったのか、他の何かだったのかすら、可奈美には分からない。ただ一つ。刀使として、可奈美は警官はじめ、見守っていた人々に告げた。

 

「ここは危険です! 私が受け持ちますから、早く避難してください!」

 

 不審者の存在が功を奏したのだろう。人々は、現状の危険性を理解したのか、より遠ざかっていく。

 だが、決して逃げようとしない。可奈美は彼らに、笑顔で頷いた。

 

「大丈夫! 皆、私が助けて見せるから!」

 

 可奈美はサムズアップして、見滝原中学の正門前に立つ。赤黒い水面が波打つ空間は、果たして生身の侵入を許すのだろうか。

 写シを解かないまま、可奈美は深呼吸した。

 

『行くのかい? 衛藤可奈美』

 

 その時、可奈美の脳内に、声なき声が届いた。聞き覚えのない声の主は、校門の上にあった。

 

「キュウべえじゃない、白い妖精?」

 

 白は半分だけだった。右半分は黒く、左半分は白いクマの人形。だが、可愛らしい表情の白と、不気味な形相の黒は、見るだけで不気味だった。

 クマの人形は、ペコリと挨拶をした。

 

『初めまして。ボクモノクマです』

 

 モノクマと名乗ったそれは、『ウププ』と肩で笑った。

 

『君も理解している? ここは、他のマスターが作り上げた領地。聖杯戦争に参加しない君には、逃げた方が懸命な場所だと思うけど』

 

 モノクマはずっと笑っていた。だが、可奈美は眉一つ動かすことはなかった。

 

「私は……マスター以前に、刀使だよ。人を守る仕事なんだから」

『へえ。それで、オマエは結局この状況を作ったマスターと戦うんでしょ?』

「……そうだね」

『ウププ。守ると言っておきながら、コロシアイをする。人間って面白いね』

 

 モノクマは、そう言って校門から飛び降りた。可奈美の膝ぐらいのサイズのモノクマは、静かに可奈美の背後に回る。

 可奈美はそれ以上モノクマに構わなかった。ガルーダの声に相槌を打ち、深呼吸する。

 

「行くよ!」

 

 写シを纏ったまま、可奈美は飛び込んだ。自然を超越した赤と黒が視界に広がっていった。

 揺れる赤と黒の水面が、可奈美の後に残されていった。

 

 

 

 可奈美を見送ったモノクマは、ただ一人で笑っていた。

 

『ウププ。衛藤可奈美。この結界で、君がどんな結末を迎えるのか。はたして我妻由乃とどんな結末を迎えるのか、見せてもらおうかな。ウププ』

 

 

 

『あははははは! いっひひひひひひ! うふ! うふ! あはははは! いひひひひひひ! あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは‼』




オーマジオウアーツ届いた!
貴重品すぎて開けられない!


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変質した中学校

お待たせしました。あれやこれやと内容を入れ替えて、ようやく大体のおおまかなあらすじが出来ましたので投稿します。まだ全部できていないけど


「せいやっ!」

 

 可奈美の千鳥が閃く。

 犬の怪物が、縦に両断された。

 猟犬の姿形をしているものの、左右非対称に、機械や骨など、とても普通の犬とは思えない。生身が足りない部分は機械のようなパーツで補っており、生物と機械のハイブリッドという印象を抱かせた。

 続く、新たな猟犬の猛攻。その鋭い牙が、可奈美へ食らいつこうとする。

 

「くっ!」

 

 千鳥では間に合わず、可奈美は右手に犬を噛ませる。主力である右手から千鳥を取り落とし、左手でキャッチ。犬の首を刎ね飛ばす。

 犬の死骸を次に迫ろうとした犬に投げ飛ばした可奈美は、全身を回転させ、射程内にいる猟犬たちを一気に斬り伏せた。

 赤と黒の結界を破って突入した可奈美を出迎えたのは、この犬たちの咆哮だった。

 統率の取れた猟犬たちの第一陣を、太阿之剣で一網打尽。その時に多くが消し飛んだが、さらに溢れてきた犬たちの猛攻により一体一体に対応し、今に至る。

 絶望的な状況で、可奈美は視界に、一筋の希望を見つけた。

 

「ガルちゃん!」

 

 犬たちを飛び越えて、可奈美のもとへやってきた赤い鳥、ガルーダ。

 

「どう? リーダーみたいな犬ってどれか分かる?」

 

 その問いへ、ガルーダは甲高く頷いた。

 ガルーダが嘴で指し示す、猟犬たちの頭。それは、群れの最後尾より、ゆっくりと距離を縮めてくるものだった。

 額に『10』と書かれた、男性的なシルエットの怪物。立派な体格と、切り刻まれた髭がしっかりとあったら、きっとダンディなんだろうなと感じた。肉体があちこち刻まれ、骨が剥き出しになっており、死霊のようだった。

 

「あれだね」

 

 可奈美の写シが赤く染まり、薄く、短くなる。

 

「迅位斬!」

 

 それは、一気に押し寄せる犬たちを斬り裂き、主である『10』を一刀両断する。

 可奈美の耳に「ひなた……」という、声と呻きの中間らしき音を発し、その怪物は爆散した。

 統率者がいなくなったことが原因だろう。犬たちは、次々に糸の切れた人形のようにバタバタと倒れていく。

 

「……」

 

 体力温存のため、写シを解除するも、可奈美は千鳥を決して納刀することはなかった。

 つんつん。つんつん。

 千鳥の刃先でつついても、まるで人形のような犬たちが、再び動き出すことはなかった。

 

 

 

「私、今どこに向かっているんだろう?」

 

 ガルーダが、『さあ?』と横に揺れる。

 猟犬の群れを撃退してから、可奈美はずっともと見滝原中学校のこの空間を走っていた。

 もう何時間、変質した空間を彷徨っていたのか分からない。怪獣の胃袋の中、としか言えない空間は、無人で自分一人が取り残されている感覚に襲われる。

 

「生徒とか、先生とか、きっとどこかにいるはずなのに……どうして?」

 

 可奈美が顎に手を当てたその時。

 突如として、上のフロアが爆発した。

 

「何⁉」

 

警戒した可奈美の前に落ちてきたのは、二つの目立つシルエットをした人型の怪物と、それを取り囲む無数の人型だった。

 『6』と『8』。長い髪が特徴の『6』と、巨大な四肢の『8』が、傷だらけの体をおこし、それぞれを守ろうとする無数の表情無き人々。

 だが、盾となった彼らを、『6』と『8』ごと焼き尽くすのは、黒い光線だった。彼らが飛んできたところから来たそれは、二人を守ろうとする人の化け物を一瞬で蒸発させ、狙いの二人にも重症を負わせる。

 爆炎から現れた、黒衣の女性。銀髪と赤目、四つの黒翼を生やした彼女は、静かに二体の怪物のもとへ降りてきた。

 

「……」

 

 可奈美を一瞬だけ視界に入れた彼女は、そのまま二人の敵へ向き合う。

 傍らに浮かぶ本がパラパラとめくられる。赤い瞳だけでその内容に目を走らせる彼女は、右手を掲げる。

 

「サンダーレイジ」

 

 彼女の言葉が引き金となり、黄色い閃光が迸る。放たれた小さな雷が発展し、二人の体を貫いた。

 霧散した二人を見届けた黒衣の天使は、そのまま可奈美へ視線を動かす。

 

「っ!」

 

 可奈美は反射的に千鳥を構える。だが黒衣の天使は、千鳥の刃先ではなく、その持ち手部分……令呪を凝視していた。

 

「マスター……」

「ということは、貴女も?」

 

 だが、黒衣の天使は問いに答えるより先に、攻撃に出た。

 再び放たれる、黒い光線。怪物たちを焼き尽くす威力を誇るそれへ、写シで対抗する。剣術の使い手である可奈美は、光線の中心をじっと見つめ、縦に両断した。

 巨大な太い柱が左右に分かれ、それぞれの方角に飛んでいく。赤黒の壁を抉ったそれが、その威力を物語る。

 

「貴女も、マスター? それとも、サーヴァント⁇」

「サーヴァント、キャスター。我々の願いのために、消えてもらう」

 

 そのサーヴァントは、そのまま身構える。

 

「キャスター……?」

 

 ハルトからもその名を耳にし、昨日ハルトやランサー陣営と戦った最強のサーヴァント。

 可奈美は、口角が吊り上がった。

 

「キャスター」

 

 そして、そんな彼女の頭上より、降ってきた声。

 白と紫の衣装をした、ロングヘアーの少女。無表情を絵にしたような彼女は、ひらりと地面に着地した。

 ラビットハウスで見たような顔だが、その少女は可奈美を……その令呪を視線で捉えていた。

 

「っ!」

 

 可奈美の千鳥が、銃弾を弾く。

 

「危ない! 何するの⁉」

「マスターならば殺す。そういうものでしょう?」

「……思い出した。暁美ほむらちゃん……だっけ? ハルトさんから聞いたことあるよ」

「貴女もマスターなら、聖杯戦争のルールだって分かっているはずよ。それとも……貴女がこのパーティーの主催者かしら?」

「どうしてそう思うかな……」

 

 可奈美は気まずそうに視線を逸らす。中学校だったこの場所と、キャスター、ほむら。

 

「ねえ。それじゃ、ほむらちゃんもこの事態とは関係ないんでしょ? だったら、協力し合えないかな?」

「バカを言わないで」

 

 ほむらが発砲した。打ち落とした銃弾が、熱い煙を発している。それでもほむらは、銃を降ろさない。

 

「私たちは敵同士よ。協力なんてありえないわ」

「そんなこと……っ!」

 

ほむらとの会話中だというのに、可奈美は背後からの殺気に気付き、振り向きざまに千鳥でガード。剣同士の独特の金切り音を上げる中、迫ってきた赤い瞳を、可奈美はじっと見返した。

 

「黒い髪……赤い瞳……」

「アサシン!」

 

 ほむらの言葉で、可奈美は彼女こそが、サーヴァント、アサシンだと理解した。

 

「葬る!」

 

 アサシンは、さらに体を回転させ、その妖刀、村雨の刃を可奈美へ穿つ。可奈美は体を反らし、がら空きになったアサシンへ、ドロップキックを叩きこむ。

 

「……」

 

 アサシンは受け流して着地、可奈美とほむら、キャスターを見据えている。

 

「今の剣……」

 

 可奈美は、彼女の村雨を受け止めた手を見下ろしていた。カタカタと震える手が、彼女の剣の重さを証明している。

 

「本気の殺意!」

「お前もマスターか。ならば……葬る!」

 

 再びアサシンが、可奈美に肉薄する。

 可奈美とアサシンは、何度も何度も火花を散らす。どんどん回数を重ねていくごとに、可奈美の表情から強張りが消えていき、明るくなっていく。

 

「すごい!」

 

 やがて可奈美は、アサシンの刃を鍔で受ける。ずっしりとした刃の重さが、可奈美を揺らした。

 だが、そこで可奈美が感じたのは、恐怖ではなく高揚。強力な敵への、嬉しさだった。

 

「本気の立ち合い! 本気の勝負! 久しぶりに、こんな剣の達人に出会えた!」

「……?」

 

 アサシンの表情に、少しばかり困惑が混じる。だが、可奈美がそんなことに構いはしない。アサシンのサーヴァントへ、千鳥が斬りこむ。

 アサシンも無論応戦する。もはや彼女以外が何も見えない。赤黒に変質した世界も、立ち去るキャスターたちももう見えない。

 ただ、可奈美は、アサシンとの立ち合いを___楽しんでいた。

 

「どうしたの? まだ戦えるでしょ? アサシン!」

「お前……」

 

 口数の少ないアサシンに、やがて嫌悪感のような表情が現れた。

 少しばかり動きが鈍くなってきているアサシンとは対照的に、可奈美はどんどん動きが素早くなる。

 

「お前も戦いを楽しむ輩か」

「私は、剣が好きなだけだよ! だから、もっと楽しもうよ! この立ち合いを!」

 

 可奈美の横凪を、アサシンはしゃがんでよける。舞い上がった長髪が少し切られる。

 そのままアサシンは、バックステップで可奈美から離れる。

 

「私、衛藤可奈美! 美濃関学院中等部所属の刀使! ねえ、アサシンじゃなくてさ! 貴女の名前を教えて!」

「……なぜ?」

「楽しいからだよ! 本気の相手と本気の立ち合いをする! それ以外には、何もないよ!」

「……理解できないわね」

 

 ほむらの呆れ声が聞こえた。ほむらが髪をかき上げる仕草を横目で見ながら、可奈美は続ける。

 

「だから! 教えて! 名前!」

「……はあ」

 

 アサシンはため息をついて、答えた。

 

「アカメだ」

「……! アカメちゃん! 立ち合い! やろう!」

 

 そのまま、アカメへ一歩踏み出す。

 アカメも、当然のごとく、こちらの剣に応えた。

 達人を目指す剣と、殺し専門の剣。二つの刃が、幾重にも重なり、火花を散らす。

 

「すごい……アカメちゃんの剣、すごい重くて信念がある! どうやって鍛えたの?」

「答える理由はない」

 

 言葉少なく、アカメの剣が千鳥の側面を撫でる。可奈美はそのまま、アカメの剣を受けては、打ち込む。

 やがて、可奈美とアカメは、戦いの場を一フロアのみならず、二階の踊り場、壁にも広がっていく。互いに跳び回りながら、斬り合い、赤黒の空間を傷つけ、ほむらもキャスターの盾を必要としていた。

 

「楽しいね! アカメちゃん!」

「楽しい? そんなわけがない……」

 

 可奈美の剣を受け流し、アカメが鋭い眼差しで可奈美を睨む。

 

「命の奪い合いが、楽しいはずがない……!」

「違うよ! これは、剣の戦い! 命の奪い合いなんかじゃない!」

「訳が分からない……剣は、殺しのための道具だ……平和な世界に、私たちの居場所はない!」

 

 アカメの村雨が閃き、千鳥が宙を舞う。強制的に解除された写シにより、可奈美の体が生身となる。

 そこに振り下ろされる、即死の刃。

 だが、可奈美はそれを白刃取りで受け止める。

 

「⁉」

「そうかもね……でも、それでも私は、剣と平和は一緒にいられるって訴えるよ!」

「……」

 

 白刃取りの体勢のまま、可奈美は動きを止めた。

 村雨にかかる重さが抜けていったのだ。アカメは納刀し、可奈美を見つめていた。

 

「……お前は、本気なのか?」

「本気だよ! 私はこの剣を、人を守っているために使っているから!」

「……」

 

 アカメの殺意がなくなっていく。可奈美はようやく、胸をなでおろした。

 

「だからさ。やろう! 立ち合い」

「断る」

「ええ……」

 

 残念がる可奈美は、膝に両手を乗せた。

 

 ピ ピ ピ ピ

 

 するとその時、足元より無機質なリズムが刻まれる。

 

「何?」

「……?」

 

 可奈美は、周囲を見渡す。何もない赤黒の空間に、発生源と思われるものはない。アカメも、疑問を抱いていた。

 その中、唯一確信を持っていたのは、ほむらだった。

 

「爆弾!」

 

 それが、忠告のためか、思わず口から出てきたのか。

 可奈美とアカメは、同時にその場よりジャンプ。同時に床を破壊した、大爆発。

 

「何これ⁉」

 

 可奈美は、目前の惨状に言葉を失う。

 赤と黒の世界に、大きな黒い穴が開いていた。

 

「……ここまでの威力か」

 

 隣では、警戒しているアカメが呟いていた。

 彼女の目線は、頭上へ向けられていた。

 彼女の視線を追いかけると、犯人らしき人影が上の階で見下ろしていた。

 

「また……人の怪物!」

 

 可奈美は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 額に『9』と書かれた怪物。これまで通り、半分が白骨化した死体のような人物だった。

 長い髪を揺らし、左目に眼帯をしている。膨らんだ胸元からも、それが女性だということは可奈美にも分かった。

 

「_______」

 

 声にもならない声。声帯の破壊されたゾンビ『9』は、手に持ったコンバットナイフを武器に、こちらへ飛び降りてきた。

 カウンター。可奈美の得意とする技を、そのまま実行する。

 だが、手練れた動きの『9』は、可奈美の千鳥を掻い潜り、胸元にナイフを突き立てた。

 

「っ!」

 

 胸を刺す痛みと同時に、写シが解かれる。

 

「何⁉」

 

 さらに、『9』は手に持ったショットガンで発砲。可奈美は、千鳥の体で受ける。

 再び写シを張った可奈美は、目の前に飛んできた緑の物体を斬り裂いた。

 それが手榴弾だと気付いたのは、その割れ目から、火薬の匂いがしてからだった。

 

「うわっ!」

 

 その爆風で、可奈美は背中から壁に激突する。

 またしても生身になった可奈美は、『9』を見上げる。

 彼女は、次にほむらに狙いを定め、銃撃戦を繰り広げていた。互いに走りながら、ハンドガンが火を打ち合っている。

 

「アカメちゃん! あれは……何なの?」

「所有者……マスターはそう言っていた」

 

 アカメは微動だにせずに答える。

 

「マスターが想い描いた、宿敵たち。合計十人いるらしい」

 

 十。その数字は、可奈美を青ざめさせるには十分すぎた。




次のお話は、もう少し話のメドが経ってから投稿します。お楽しみに!


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暴走する愛

一週間たっても、シンフォギアロスが大きい……
今回ちょっとグロ注意
あと、未来日記ファンの皆様ごめんなさい


「おいおい。こりゃ酷えな」

 

 コウスケは、目の上に手をかざしながら呟いた。

 川のほとりで、いつものようにテント暮らしのコウスケと響。今は響が朝食の準備をしているところだが、コウスケは手伝いの手を止め、街の方の異様な光景に注目していた。

 大部分がいつもと変わらない見滝原。ただ一か所だけ、天高く伸びるバベルの塔のような、赤黒い柱があった。まるで炎のようにメラメラと揺れ波打つその建造物は、コウスケに止めどない不安を与えた。

 

「なあ、響。あんなの、昨日まであったか?」

「何? ちょっと待ってて」

 

 だが響は、地面に設置したカセットコンロに火を灯す作業に夢中になっていた。

 

「ねえ、コウスケさん。これ絶対にガス切れてるよ。これじゃ、ご飯食べられないよ」

「ああ? 悪いけど今持ち合わせがねえんだ。だったら明日からバイトだな。お前もどこか行けるだろ?」

「バイトかあ……SONGにいたときよりもお給料少ないんだろうなあ……私、呪われているかも」

「別に呪われててもいいけどよ。アレ、何なのか解説してくれよ。サーヴァントって、魔力とかには詳しいんだろ?」

「基本的なことだけインプットされてるけど……アッチチチチチ‼」

 

 響が悲鳴を上げた。事故で着いた炎が、彼女の指を焼いたらしい。火傷すらないのは、流石はサーヴァントといったところか。

 

「んで、響。アレなんだ?」

「あれ?」

 

 ようやく響が、コウスケの指差す方角へ目を向けた。その瞬間、響の表情が、ただの空腹少女から戦士のものへと変貌する。

 

「あれは……」

「何だ?」

「分からない……けど!」

「行かなきゃやべえ奴だな」

「うん!」

 

 響は言葉少なめに、胸のペンダントを外し、歌う。

 

『Balwisyall nescell gungnir tron』

 

 何度聞いても不思議な音色。

 響の体は黄色の光とともに、機械が次々と装着されていく。演舞をしながら出現した装甲は、シンフォギアというらしい。

 

「行くよ! コウスケさん!」

 

 響はこちらの返事も待たずに、ジャンプで飛んで行った。

 みるみるうちに小さくなっていく響に、コウスケは頭を掻く。

 

「お前早すぎんだよ!」

 

 コウスケはそう呟きながら、右手に指輪を取り付ける。

 ハルトと同じように、それを腰につけたベルトに掲げた。

 

『ドライバーオン!』

 

 獣の咆哮とともに、腰に新たなベルトが出現する。小さな扉の形のバックルをしたそれを気にすることなく、コウスケは新たな指輪を左手に着ける。

 大きく掲げた後、両腕を回転させる。

 そして、

 

「変~身!」

 

 扉の左上に取り付けられているソケットに、指輪を差し込み、ひねる。

 

『セット オープン!』

 

 すると、扉が開き、中からライオンのような顔が出現した。

 

『L I O N ライオン』

 

 正面に出現した魔法陣が、コウスケの体を通過する。すると、その体は、金色の魔法使い、ビーストへとその姿を変えた。

 左肩のライオンの顔、金色のアーマーが特徴のビーストは、即座に右手に、他の指輪を取り付け、ベルトに差し込む。

 

『ファルコ ゴー』

 

 右側に現れた魔法陣に、その手を突っ込む。

 

『ファファファ ファルコ』

 

 オレンジの魔法陣が齎す、ハヤブサの顔をした肩と、マント。

 コンロの火を消し、風を纏わせながら、ビーストは響の後を追う様に、空を滑空していった。

 

 

 

 ほむらの銃と、『9』と記された怪物は、ガンカタをしながら戦いを続ける。至近距離での発砲全てが、ほむらの華奢な肉体を貫こうとしている。

 

「っ……! 魔女と違って、狙いにくい……」

 

 唇をかみしめるほむら。銃口を『9』に向ける前に、彼女がそれを弾き、狙いが外れてしまう。

 ほむらは距離をとろうとするが、敵がそれを許さない。

 

「キャスター!」

 

 サーヴァントへの命令で、キャスターは動き出す。

 キャスターの傍らの本がパラパラとめくられ、その右手に桃色の光が灯った。

 

「ディバインバスター」

 

 彼女の手から放たれた光線は、なんと屈折を繰り返しながら、ほむらを避けて、『9』へ命中。爆発を引き起こす。

 

「……」

 

 髪をかき上げるほむら。だが、爆炎の中の気配から、すぐに警戒を示す。

 

「……そう。手段を択ばないタイプね。貴女も」

 

 ほむらがそう呟いたのは、『9』に向けてだった。

 どこにいたのか、『9』は盾を使っていた。背の低い、『5』と記された怪物。『9』が無造作に投げ捨てると同時に、その子供みたいな肉体は消滅していった。

 そのまま『9』は、少しずつ後ずさりをし、どこかへ飛び去っていた。

 

「……」

「追いますか? マスター」

「……放っておきなさい」

 

 キャスターの問いに、ほむらは首を振る。そのまま、背後の可奈美とアサシン___アカメの方を向いた。

 

「アサシン。この状況は、貴女の仕業ね」

 

 銃口を向けられたアサシンは、微動だにしなかった。彼女にとっては、どうやら銃を突きつけられること自体、大した脅威にもならないらしい。

 だがアサシンは、その赤い瞳でじっと見返すだけだった。

 静かに、彼女は尋ねた。

 

「お前たちは、マスターを止めたいのか?」

「ええ。そうね」

 

 ほむらは銃口を降ろさずに肯定する。

 

「まどかを危険な目に合わせるのなら、私も容赦しないわ。貴女もでしょう? 衛藤可奈美」

「う、うん……」

 

 途中から傍観に徹していた可奈美も頷く。

 ほむらは可奈美の動きにも目を離さないまま、アカメに命じた。

 

「案内しなさい。マスターのもとに」

 

 

 

「……どうして?」

 

 由乃の口から、無意識にその言葉が出てきた。

 

「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?」

 

 由乃は、幸輝の肩を掴み、揺さぶる。

 

「どうしてユッキーは私を受け入れてくれないの? こんなにユッキーが好きなのに⁉」

「わ、訳わからないよ、我妻さん……!」

 

 両手両足を椅子に縛り付け、まるで王のように大広間の最奥部に座らせている由乃。彼をこのまま、ずっとお世話しながら、この城で永遠の時を過ごそうとしていたのに、肝心の幸輝は一切迎合してくれない。

 幸輝は涙目になりながら言った。

 

「どうして我妻さんは僕にそんなに構うの? 僕、大して君と関わっていないのに……」

「忘れちゃったの? ユッキー、私のことをお嫁さんにしてくれるって言ったじゃない。ね? だから、当然でしょ?」

「分からないよ! それに、なんか我妻さん、目が本当に怖い! 止めてよ! 放して!」

「どうしてなの……そうか……きっとユッキーは穢されちゃったんだ……他の誰かに……心も……体も……!」

「我妻さん?」

 

 由乃は、静かに立ち上がる。玉座の幸輝は、ただ口を震わせながらこちらを見上げている。

 その時。

 

「おーい! 天野!」

 

 幸輝の苗字を呼ぶ声がした。由乃は即座に顔を強張らせ、ギギギと音が鳴りそうな速度で振り返る。

 見れば、同じ中学の制服を着た生徒が二人も広間に来ていた。

 どうでもいい女子の名前など、憶えていない。銀髪の子が、短髪の子の後ろに着いてきている。それ以上の情報は必要なかった。

 

「天野さん……こっちの部屋にはいないでしょうか……」

「わかんねー。……でも、チノは教室にいればいいのに。安全なんだろ?」

「分かりません。教室にあの怪物たちは入ってこないというだけですけど、それに確証なんてありません。それに、マヤさんだけ外にいるのは危険です」

「嬉しいねー。……あ! なあ、あれって我妻じゃね?」

 

 こちらのことを知っているのか。由乃は血走った眼で二人の来訪者を見下ろす。

 同じクラスにいた気がする。それ以上の情報は必要なかった。

 

「おい! 我妻! 無事か? 教室なら、今は安全みたいだから、戻ろうぜ! あと、天野もいないみたいなんだけど……」

 

 だが、それ以上マヤと呼ばれた奴の言葉は耳に入ってこなかった。由乃は、幸輝に背を向けたまま、問いかけた。

 

「ねえ、モノクマ」

『なんだい?』

 

 由乃の呼びかけに、背後から小さな気配がする。この白黒の監視者は、由乃が呼びかければどこにでも現れる。

 

「ちょっと聞いていい? 聖杯戦争のルール」

『ウププ。今更聞くことなんてあるの?』

「ええ。聖杯戦争は、最後の一人になれば、聖杯で願いを叶えられる。そう、言ったよね?」

『うん』

「それは、人の命も蘇らせられるの?」

『問題ナッシーング』

 

 モノクマは、両手で×印をして見せる。

 

『人の命は、一人までなら、聖杯が蘇生できるよ』

「それじゃあ、蘇らせた命に、私を刷り込ませることは?」

『刷り込ませる?』

「私以外を見えないようにするの。誰もいない、私たちだけの世界で」

『うーん……うん! オッケー』

 

 少し考えたモノクマは、手を彎曲させ、丸マークを示した。

 

『我妻由乃の願いは、君の思い通りに歪めた死者蘇生だね! いいよ!』

「そう。ありがとう」

 

 由乃は、口に笑みを浮かべると、再び幸輝に向き直る。

 

「な、なに……?」

「ごめんねユッキー。ユッキーが悪いんだよ」

 

 幸輝の顔に、更に絶望色が増す。こちらがもった、ナイフが視界に入ったか。

 

「ユッキーが私以外の人に、夢中になるのがいけないんだよ」

「ま、待って! 我妻さん!」

「おい我妻! 何やってんだ!」

「いけません! 我妻さん!」

 

 マヤ、チノとかいう人の声は聞こえない。由乃にはただ、幸輝だけしか見ていなかった。

 

「安心してユッキー。聖杯戦争に勝ったら、蘇らせてあげるから」

 

 ナイフを振りかざす。

 

「だから、一回死んでね。すぐに生き返らせてあげるから。そしたら、私だけしか見えないようにしてあげる」

 

 振り下ろした凶器から、血が飛び出した。

 

「痛っ……痛い痛い! やめて我妻さん! やめて!」

「大丈夫だよ。痛いのは一瞬だから。次に目覚めたときは、私を好きで好きでたまらなくなってるから」

「おい我妻! 止めろ!」

「止めてください!」

「離せ!」

 

 両腕にしがみつく二人を振り払い、幸輝の解体を続ける。

 

「我妻……さ……

「ユッキーの血……暖かい……おいしい……」

 

 頬に着いた、赤い液体を舐めとる。すでにガラスのような目をした幸輝を撫でて、由乃は邪魔をした二人を見下ろした。

 

「だから……ユッキーを穢したお前たちは、ここで死ね!」

 

 そう告げ、由乃は武器を掲げた。

 ナイフでもない。銃でもない。現代では、由乃以外何者も持たない、モノクマより与えられた唯一無二の由乃の力。

 

『ウィザード』

 

 迷いなく、体に埋め込んだ紫の懐中時計。そこからあふれる光が全身を包み込む。

 現れたのは、指輪の魔法使い。

 ルビーの指輪の形をした頭部、髑髏の肩、ボロボロのローブ。

 聖杯戦争にあたる、由乃の力。

 アナザーウィザードだった。

 

 

 

 うたた寝を繰り返す、青山ブルーマウンテン。

 ラビットハウスの居住部分にある、ハルトの部屋に勝手にお邪魔している青山さんは、そのまま看病のために持ってきたおかゆを平らげて、椅子の上でコックリコックリと頭を揺らしていた。

 ハルトの指が、ピクっと動くことに、気付くこともなく。




まさか、由乃がここまで暴走するとは思わなかった……
アナザーウィザードいらないんじゃないかな……


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願いとは

台風にここまで恐怖を覚えたことは多分ないです



「ここ?」

 

 大広間に足を踏み入れた可奈美の問いに、アカメは頷いた。

 

「この広間が、マスターの領地。ここで永遠に暮らしたいと言っていた」

「随分ご丁寧に教えてくれるのね」

 

 ほむらが皮肉交じりに吐き捨てる。

 

「貴女のマスターなのに」

「……」

「貴女、生き残りたいんでしょ」

「……ああ。だが、私は途中で死んだ。今はすでにただの亡霊だ」

「亡霊?」

 

 可奈美の疑問符に、アカメは頷いた。

 

「お前、まだサーヴァントがいないんだったな」

「うん」

「サーヴァントは、元々死人だ。願いを持った、力持つ死人がサーヴァントとしてよみがえり、聖杯戦争に参加する」

「死人……」

 

 思わず可奈美の目線が、ほむらの隣のキャスターへ注がれる。そして、同時に脳裏に、無邪気に笑う響の顔もフラッシュバックした。

 

「響ちゃんも……死人……?」

「生き残ったのは私だけだった……だが、もう死んだ今、生き残る意味はないのかもしれない……」

「そう。ならば死ねばいい」

 

 興味なさそうに、ほむらが吐き捨てた。

 

「昨日は生き延びてしまったといって言たのにね」

「……」

 

 アカメはじっと黙っていた。

 彼女の言葉を待つよりも、可奈美は先に部屋を探索することにした。

 まるで体育館のような広大な敷地。あるのは、最奥部の固体……

 

「椅子?」

 

 それは、奥に倒れた椅子だった。近寄ると、それが少し質素なデザインの椅子だと理解する。

 その椅子に座ったまま倒れている人物を見て、可奈美はぎょっとした。

 ガラスのような虚ろな目をした、可奈美と同年代の少年。ニット帽がトレードマークの彼は、胸元から喉元にかけて何度も刃物を突き刺されていた。

 

「……っ」

 

 口を抑えながら、可奈美は無造作に投げ出された手を取る。分かり切った息絶えという結果に、可奈美は歯を食いしばる。

 

「ねえ! アカメちゃん!」

 

 可奈美の声に、アカメとほむらは同時にこちらを向いた。キャスターは、ずっと足元に手を触れている。

 

「アカメちゃん……この人」

「……こいつは……」

 

 アカメは、少年の顔を見下ろし、顔を歪める。

 

「マスターの想い人だ」

「想い人って……? 好きな人ってこと?」

 

 可奈美の問いに、アサシンは頷いた。

 

「マスターは……コイツと、永遠の時を過ごすことが願いだと言っていた。葬るとは思えない……」

「でも、現実に彼は殺されているわ」

 

 無情にも、ほむらは現実を突きつけた。

 

「それとも、他に殺人犯がいるのかしら? 今から探偵ごっこでもする?」

「ほむらちゃん……」

 

 可奈美が咎めるが、ほむらは口を閉じない。

 

「愛する者を手にかけるなんて、正気じゃないわ。随分倫理が破綻しているマスターね」

「随分強く言うな」

「当たり前じゃない。聖杯戦争なんて非条理に参加している時点で、願いなんて愛か命になるのだから。その気がないならなぜ生きているのかしら? アサシン」

「私が知ることではない」

「……」

 

 ほむらとアカメが険悪な空気を流している中、可奈美は静かに少年の瞼に手を当てて蓋をした。

 

「ほむらちゃん。アカメちゃんも……」

 

 可奈美は、きっと二人を睨む。やがて、アカメの盾になるようにほむらと対峙した。

 

「こんなに苦しみや悲しみを出して、それで叶えたい願いって何なの⁉ 誰かを犠牲にしてまで叶えることなの⁉」

「ええ。そうよ」

 

 ほむらは即答した。

 

「私は願いのために、全てを犠牲にすると決めたの。もう、何も頼らない」

「……キャスターもか?」

「キャスターと私はあくまで互いを利用しあっているだけよ。聖杯に願いを叶えるためには、マスターとサーヴァントの存在が不可欠よ。監視役にもそう言われたでしょう?」

「……」

「でも、その願いを……」

 

 思わず口を挟む可奈美だが、言葉はほむらによって遮られた。

 

「願いという、人間の欲望を、貴女に止めることなんてできはしないわ。聖杯戦争にいるということは、貴女の願いも他に手がないことでしょう?」

「それは……」

「大概この手の戦いに参加する人は、他に手がない人よ。巻き込まれた松菜ハルトは別にして、正規で参加したマスターの願いは簡単なものじゃないはずよ。貴女もそのはずでしょう?」

「……」

 

 可奈美の拳に力が加わる。

 

「そうだね……でも、きっと……聖杯戦争以外の方法だって、あるはずだよ……!」

 

 可奈美が弱弱しく訴えた。その時。

 

『うわああああああああああああああああ!』

 

可奈美の思考を中断させる、大きな悲鳴が聞こえてきた。

 

「何⁉」

 

 唖然とする可奈美の耳に続く、爆発音。それにより、赤黒の空間全体が揺れた。

 

「マスター」

 

 キャスターが、こちらへ近づいてきた。

 

「サーヴァントとは違う魔力反応です。おそらく、アサシンのマスターかと」

「そう。……さっきまでの怪物たちとは違うのね」

「はい」

「行かなきゃ!」

 

 可奈美は、千鳥を抜く。白い霊体としての体となるが、全身が重い。

 

「うっ……」

 

 足元がふらつく。連続の写シと必殺技の使用で、体がもたなくなっていた。

 

「っ……」

 

 体力が勿体ない。可奈美は写シを解除し、ダッシュで部屋から出ていった。

 その背後で、ほむらとキャスターも続く。

 ただ一人。アカメが、じっと少年の遺体を見下ろしていた。

 

 

 

 マヤに手を引かれるがまま、チノはこの訳の分からない空間を走っていた。

 クラスメイトの我妻由乃が変貌した、ボロボロの指輪怪人。腕から炎や水を飛ばし、あえてこちらの周囲を破壊して、逃げ場を塞いでいる。

 

「逃げろ逃げろ! 迷路の出口に向かって!」

 

 由乃だった怪人は、大きな笑い声とともにどんどん爆発を広げていく。彼女が本気ならば、チノはもう十回は木端微塵にされていたに違いない。

 

「チノっ⁉」

 

 マヤの声が、息を切らしたチノにかけられる。

 

「も、もう……ダメです……」

 

 こんなことなら、もっと運動しておけばよかった。迫ってくるアナザーウィザードを振り返りながら、チノはそう思った。

 正体が由乃の怪物、アナザーウィザードは、じりじりと歩み寄る。

 

「ユッキーに触れていいのは私だけ……ユッキーの味方になっていいのは私だけ……!」

 

 首を掴まれ、持ち上げられる。アナザーウィザードのゆがんだ宝石のような顔が、チノに近づけられる。赤い宝石の先に、由乃の狂った眼差しが透けて見えた。

 

「我妻さん……」

「だから……」

 

 アナザーウィザードの左手に、紅蓮の炎が湧き出る。顔面の皮膚を軽く焼くそれは、より一層の恐怖をあおる。

 

「おい! チノを離せ!」

 

 マヤがアナザーウィザードの右手にぶら下がっている。だが、同年代の少女の重さをまったく意にも介さない。

 

「安心して。次は貴女を殺してあげるから」

 

 チノを持ったままの手を振り回し、マヤが振りほどかれた。

 

「マヤ……さん……!」

 

 アナザーウィザードの首に入る力が増してくる。だんだん呼吸ができなくなる。

 もうダメだ、とチノの視界に、アナザーウィザードではなく、父の姿が見えてくる。

 

「……お父さん……ココアさん……みなさん……」

 

 これまで世話になった人や、関わってきた人たちの顔が矢継ぎ早にフラッシュバックする。走馬燈というのか、とチノが考えた時。

 

「おらぁ!」

 

 突如、別ベクトルより、アナザーウィザードに力がかかった。

 蹴りにより、チノが解放、すさかず別の誰かにお姫様抱っこ、すぐにマヤのところに移動した。

 

「チノ⁉」

 

 視界に現れる、涙目のマヤ。彼女の向かい……自分を助けた王子様は、チノも見覚えもある顔だった。

 

「響さん……?」

「平気みたいだね。チノちゃん」

 

 数日前、ラビットハウスに来ていた、立花響の笑顔だった。だが、その時の彼女とは色々ことなる。耳を機械的なアーマーが装着されており、ウサギの角を連想させるヘッドバンドがあった。

 

「チノ!」

 

 マヤに抱きつかれるチノ。息苦しさが、本当に自分が生きているのだと教えてくれた。

 そのまま、響によって後ろに押しやられる。

 

「大丈夫。ここは、私たちに任せて、下がっていて」

「ふざけるな!」

 

 激昂したアナザーウィザードは、ヒステリックな声を上げながらチノたちに襲い掛かる。

 だが、その前に、金色の壁が立ちはだかった。

 

「待てよ」

 

 金色のライオンのような鎧を纏った、緑の眼の彼は、アナザーウィザードを蹴り飛ばし、距離を引き離す。

 

「響。その二人を守ってやれ。オレはコイツを倒してやる」

「オッケー。二人とも、こっちに」

「は、はい……」

「あれ? これって、もしかしてヒーローに『早く逃げて』って言われるシチュエーション?」

「この状況にそんな楽観を持てるマヤさんが羨ましいですよ」

 

 響に背中を押されながらも、チノは背後に少しだけ目をやった。

 ライオン男と向かい合うアナザーウィザードは、プルプルと肩を震わせている。異形とかした全身の中に、由乃の面影が重なった。

 

「12th!」

 

 由乃の怒声が木霊する。

 すると、チノたちの目の前に、新たな脅威が降ってきた。

 全身黒タイツの人影。顔には、白い布袋を被っており、顔をまるでいくつもの黒い点で描いていた。

 

「……簡単には逃がしてくれそうにもないね」

 

 だが、響は少しも臆することはなかった。

 チノたちをかばう様に、機械のアンクレットが付いた手を、チノたちの前にかざす。

 

「大丈夫だから。安心して。ねえ! コウスケさん!」

「ああ!」

 

 コウスケ。その名前を聞いて、コウスケの声と金の声が一致した。

 

「行くぜ響! オレたちの全力! 見せてやる!」

「最短で! 最速で! 真っ直ぐに! 一直線に!」

 

 その言葉に違うことなく、響は駆けだす。直線的ながら、一切ぶれのない動きで、『12th』の腹に拳を叩きこんだ。

 容赦なく壁まで吹き飛ぶ『12th』。彼に向け、響の言葉が追撃する。

 

「この拳は、私の魂! 誰にも、打ち破れないよ!」

 

 女性のはずの響へ、チノは一瞬胸がドキッとしてしまった。




またまたあれこれこねくり回すことに……二次創作って難しい


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イグナイトモジュール

台風が凄まじいです。
皆様、決して外には出ないでください!


「だりゃああああああああああああ!」

 

 響の拳が、『12th』を天井高く殴り飛ばす。その覆面の男が爆炎に見えなくなるのを見た後、響はアナザーウィザードへ駆け出した。

 

「だあっ!」

 

 だが、アナザーウィザードはその動きを正確に見切っていた。拳を流し、蹴りを受け止め、逆にその蹴りを響の胸元に命中させる。

 炎が込められた痛みが、響の全身に渡る。だが、それと交代で入ってきたビーストが、ダイスサーベルでアナザーウィザードに応戦する。

 しかし、アナザーウィザードはそれらをすべて受け流していく。やがて、蹴り上げられたバイスサーベルが宙を舞う。

 

「このっ!」

 

 得物を失ったビーストへ、アナザーウィザードが蹴り進む。何度も何度も炎の蹴りを浴びせ、ビーストは戦線より離れた。

 ビーストを受け止めた響は、背後のチノとマヤを一度見返す。怯える二人を背にして、響はアナザーウィザードへ問いかける。

 

「ねえ! どうしてあなたは、こんなことをするの? こんなことをして、目的があるなら教えてよ! 私たちでも、協力できるかもしれないから!」

 

 すると、アナザーウィザードの動きは止まった。続いて攻撃に入ろうとしていたがその全身より力が抜けた。

 

「あら? 協力してくれるの?」

 

 先ほどまで語気の強さは薄れ、少女のような穏やかな声になる。響は安心して、

 

「そうだよ。私たちは、きっと繋がれる。仲間になれる! だから、こんなこともうやめて!」

「……ねえ。それ、私のためになることをしてくれるの?」

「うん。そうだよ!」

 

 響の脳裏に、四つの敵の姿がフラッシュバックした。

 世界を識ろうとして、世界を壊そうとした少女。

 世界を変えようとして、手をつなぐこともできなかった者たち。

 世界に拒絶されて、怪物にされてしまった者たち。

 そして、世界の全てを捻じ曲げてでも、愛する者へたどり着こうとした者。

 

「このままだと、あなたも絶対に幸せになれないよ! もう、誰もそんな苦しみを味早生たくない! だから、私たちに……」

「本当?」

 

 すると、アナザーウィザードの体が紫に波打つ。ピンク髪のツインテール少女となり、彼女はそのまま響に歩み寄る。

 響も安心し、シンフォギアを解除。ビーストも、コウスケの姿に戻っている。

 

「本当に、私を手伝ってくれるの……?」

 

 彼女は、それはそれは嬉しそうな顔で、響に近づいてきた。響の両手を取った。

 

「本当に?」

「うん。だから……」

「だったら……死んで?」

 

 反応が遅れるところだった。

 少女のナイフが、響の脇腹の一部を裂いていた。

 

「っ!」

 

 顔を歪める響と少女。痛みの表情の響に対し、少女は殺意のものだった。

 

「私のために、お前は死ね!」

 

 繰り出されるナイフを受け止め、響は彼女の膝を折る。

 

「どうして……?」

「ユッキーを生き返らせる!」

「ユッキー……?」

 

 誰か大切な人なのだろうか。響がそう考えた時、さらに掌に痛みが走る。

 ナイフで浅く斬られた掌を抱えた響は、そのまま少女に蹴り飛ばされる。

 

「今のユッキーは、他の人に汚されちゃったから! だから、私がユッキーを作り替えるの! ユッキーは私の物なの!」

「それって……その、ユッキーって人……」

 

 改めて少女の顔を見た時、響は戦慄した。

 彼女の顔にあった、傷だと認識していたもの。頬や額にあった、黒い点。それは、傷などではなかった。

 血痕。含まれる鉄分が、異空間のわずかな光を反射していた。

 

「っ!」

 

 目を見開いた響は、その彼女に慄いた。両手を手に当て、おおよそ中学生とは思えない妖艶な笑み。

 

「大丈夫……ユッキーは……由乃が生き返らせてあげる。ねえ、ユッキー……」

 

 少女はその恍惚の表情のまま、紫の懐中時計をかざす。赤いマスクが描かれたそれを起動すると、『ウィザード』という音声が流れた。

 

「だから……いなくなれ……! 皆皆! この世界も現実も異空間も! みんなみんな、消えちゃえ!」

 

 男性的な怪物から、ヒステリックな声が聞こえる。ベルトに掲げた手より、『サンダー』という音声が流れた。

 アナザーウィザードから発射された紫電の雷撃は、そのまま響の場所ごと破壊する。

 響の視界が煙により、ブラックアウトする。だが、その中で、響はただ、歌っていた。

 

『Balwisyall nescell gungnir tron』

 

 黄色の閃光。煙の切れ目より、シンフォギアシステムを纏った響が、その姿を現した。

 

「あなたは、自分が好きな人を、その手にかけたの……?」

「そうよ! だから、私がユッキーを生き返らせてあげるの!」

「そんなの……」

 

 響は、拳をぎゅっと握る。

 

「そんなの、悲しみが増えるだけだよ! 聖杯戦争は……私たちは、悲しみしか生み出せないんだよ! どうして……!」

「うるさい! お前も、ユッキーのために散れ!」

『ビック』

 

 アナザーウィザードが手を伸ばす。魔法陣を通じて巨大化した手は、響を容赦なく握りつぶしてくる。

 

「消えろ! サーヴァント! 私以外のマスターもサーヴァントもいらない!」

 

 潰される。そう直感した響は、迷わず胸元の装飾を外す。白、黄、黒の三色から成る響のシンフォギアにある、唯一の赤。それを投げ上げる。

 それは。

 

 

 

『ダインスレイフ』

 

 

 

「イグナイトモジュール! 抜剣!」

 

 

 

 赤いパーツは、上空でみるみるうちに変形していく。三方向へ伸びる鋭いパーツが加えられ、響へ真っすぐ落下。その際、アナザーウィザードの指を削り、彼女の束縛より逃れた。

 

「何⁉」

「何だ?」

 

 アナザーウィザードも、コウスケも驚いている。

 まさに、胸元に突き刺さった赤いパーツが、赤黒の色で響を食らおうとしていた。響の体悲鳴とともに、シルエットだけになっていく。

 

「らあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 そして。

 その外装を内側より破り、現れた新たなシンフォギア。

 白の装甲部分が全て漆黒に変わったガングニール。まるで獣のような俊敏さを見せる響は、そのままアナザーウィザードへ突き進む。

 

『ディフェンド』

 

 アナザーウィザードは即座に魔法を使用。その前に、防御用の魔法陣が出現した。

 だが、響はそれを拳一つで簡単に打ち砕いた。

 

「何⁉」

「だりゃああああああああああ!」

 

 そのまま、アナザーウィザードを飛び蹴り。ボールのように跳ねながら、アナザーウィザードは壁まで突き飛ばされる。

 

「……すげえ……」

 

 コウスケの唖然としている声が背後から聞こえた。響は彼にサムズアップしながら、

 

「コウスケさん! チノちゃんたち、よろしく!」

「お、おう。……任せろ! 変~……」

 

 彼がビーストになるのを最後まで見ることなく、響はさらに追撃。

 アナザーウィザードの上にジャンプする。

 

「ふざけるな! お前なんかに……私とユッキーの邪魔はさせない!」

『バインド』

 

 ウィザードのものと同じ鎖が、響を捕えようと襲い来る。

 だが、響は右手を盾にし、それだけに鎖を絡ませる。

 アナザーウィザードの表情が笑ったように見えが、響の笑みには不適が混じっていた。

 

「だあああああああああ!」

 

 響は鎖を引き、アナザーウィザードを釣り上げる。

 体の自由が取れないアナザーウィザードへ、響は拳を引く。その拳には黄色の光が集い、太陽のように赤黒の空間を照らしていく。

 

「我流 鳳凰双燕衝!」

 

 突いた拳より放たれた光は、空中で分散。無数の光の雨となり、アナザーウィザードと、その周囲を一気に焼き尽くす。

 

「ふざけるな!」

『ブリザード』

 

 アナザーウィザードが抵抗として使ったのは、氷の魔法。右手の冷気より、無数の光線たちが氷漬けになっていく。

 だが。

 

「だとしてもおおおおおおおお!」

 

 黄色から金色になった流星。立花響という名の流れ星は、そのまま落ちて、燃えて、尽きぬまま、アナザーウィザードの体へ辿り着く。

 

「ぐあっ!」

 

 アナザーウィザードの悲鳴とともに、響の確固たる手ごたえがあった。

 背後で爆発。アナザーウィザードの正体たる少女が、そのまま地面に落とされる。

 

「もうやめよう。悲しいだけだよ」

 

 少女の前に落とされた、紫の懐中時計を拾い上げながら、響は言った。

 

「貴女は許されないことをした。でも、これ以上はもう止めにしよう?」

「うるさい……黙れ!」

 

 それでも、アナザーウィザードの正体の少女は、響の足にしがみつく。

 

「返せ……! 私の力を……返せ!」

 

 彼女の凄まじい形相に、響は押し黙るしかなかった。

 

「うわっ!」

 

 イグナイトの黒いボディ。当然、生身の人間相手に遅れを取る道理などない。

 にも関わらず、どうして彼女の体を突き飛ばすことさえできないのか。首を締め付け、顔を肉薄してくる少女に、響は動きを封じられていた。

 

「私の力……私とユッキーをつなげる、私たちの希望!」

「希望……?」

「私の希望を奪うな! お前の呪われたような力で、私の希望に触るな!」

 

 呪われた。

 その言葉を聞いた瞬間、響の体がフリーズした。目からハイライトがなくなり、完全に硬直する。

 そんな隙を、アナザーウィザードの正体の少女が見逃すはずはなかった。響の手よりウィザードの時計を奪い取り、響が「あ!」と声を上げる前に、離れた。

 

「アサシン!」

 

 即座に、少女は右手を掲げる。その手に刻まれた、フクロウのようなカラスのようなエンブレム___令呪が、黒い光を放つ。

 

「令呪を持って命ずる!」

 

 聖杯戦争における、絶対命令権。三回のみの権利の内一回が、この場で行使された。

 

「殺して! 私とユッキーを邪魔する奴を、皆! 皆殺して!」

 

 アサシン。彼女の、漆黒のサーヴァントを脳裏に浮かべた瞬間、天井が割れた。

 

「葬る!」

 

 アサシン。イグナイトのシンフォギアと等しく、黒いサーヴァントが、響へ刀を振り下ろした。ガントレットでガードした瞬間、少女が走り去っていく。

 

「待って!」

「任せろ!」

 

 響の声に、ビーストが駆け出した。少女を追いかけて、奥の通路より先へ消えていく。

 

「え? ちょ、ちょっと! チノちゃんたちは⁉」

 

 響の心配を形にするように、復活した『12th』が、チノとマヤににじり寄っていく。

 だが。

 

「太阿之剣!」

 

 その『12th』を、赤い閃光が斬り裂いた。爆発した中から現れたのは、ボロボロの可奈美だった。

 

「可奈美ちゃん!」

「響ちゃん! ……なんか、結構禍々しい姿だね……」

「イグナイトのことは気にしないで!」

 

 響はアサシンを蹴り飛ばしながら言った。

 

「可奈美ちゃん……どうしてここに?」

「響ちゃんこそ。私は、ガルちゃんに連れてこられて」

 

 可奈美の背後から、赤いプラスチックでできたらしき鳥が顔を覗かせた。可奈美と同じくボロボロの姿で、甲高い声を発している。

 

「それ、鳥なの……って、うわ!」

 

 アサシンの素早い動きに、響の防御が間に合わなくなっていく。

 だが、すぐに体勢を立て直し、響の拳とアサシンの刀が幾度も火花を散らす。

 その時、更に強烈な乱入者の攻撃が入る。漆黒の光線が、雨のように天より降り注いできた。

 

「これって⁉ コウスケさん!」

「わーってるよ!」

 

 響と可奈美、そしてアサシンは、その雨より素早い動きで回避する。ビーストはファルコを使い、チノともう一人の女の子を抱えて避けた。

 

 可奈美と背中合わせに立った時、ようやく響に、上空を見上げる余裕を得た。

 

「あれって、キャスター⁉」

 

 漆黒の天使こと、キャスター。彼女が手を突き上げ、それに伴って、無数の光の柱が地面を穿つ。

 響はそれをはじき返し、アサシンの剣を蹴りで防ぎ、ビーストのもとへ跳び寄った。

 

「おう、響。大丈夫か?」

「コウスケさん」

「悪いけど、オレあのマスターを追いかけてえんだけど。マスターはマスター同士、決着つけた方がいいだろ?」

「じゃあ、私はアサシンを……」

 

 引き受ける。そう、続けようとした響の前に、件のアサシンが剣を振りかざしていた。

 

「しまっ!」

 

 防御が間に合わない。

 だが、その前に、横から新らたな刃が、アサシンの攻撃を防いだ。

 

「可奈美ちゃん!」

「響ちゃん! アカメちゃんは、私に任せて!」

 

 可奈美はそのまま、アサシンを床にたたきつける。同時に、「太阿之剣」と叫び、下の階へ落ちていった。

 

「お願い。可奈美ちゃん。だったら私は、チノちゃんたちを安全なところに連れて行かなきゃ」

 

 響はビーストの両手に抱えられているチノと、もう一人の女の子を見下ろす。

 

「チノちゃん……と、そのお友達?」

「ま、マヤです……」

 

 背の低い、八重歯が特徴的なマヤという女の子の頭を響は撫でた。

 

「私は響。よろしくね」

「あの……響さん」

 

 チノが、驚いた眼でこちらを見上げている。

 前もこんなことあったなと思いながら、響はチノが何かを問いかける前に、背中を向けた。

 

「私はここで、キャスターと……あれを」

 

 響が指差したもの。

 まだいるのか、と内心ため息をついていた。

 二体の人型の怪物たち。『7th』と額に書かれた二体の怪物たち。男性的な肉体と、女性的な肉体のものだった。

 

「私が、この子たちを守りながら戦います! だからコウスケさん!」

「ああ!」

 

 ビーストは、そのままファルコのマントをはためかせる。

 オレンジの風を纏い、飛び去っていくマスターを、響はじっと見つめていた。

 彼の姿が見えなくなってから、響は上空のキャスター、二体の『7th』を睨む。

 

「二人とも。絶対に、私の前に出ないで」

 

 そう語る響は、中国拳法のような構えをしていた。

 

「大丈夫だから。だから、生きるのを諦めないでッ!




普段白い人が黒くなるってかっこいいよね!


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"ホシトハナ"

まさか感想欄で意見募集が禁止だったとは……
確認不足でした。申し訳ありません。
今後、意見を求めるときは活動報告のほうで募集します


『うぷぷ』

 

 教会に、そんな声が響く。

 テクテクと教会に入ってきたのは、モノクマだった。

 上機嫌な様子の彼は、高笑いしながら、教会の祭壇に登る。

 

『上機嫌だね。モノクマ』

 

 キュウべえは、そんな彼を無表情な瞳で見つめる。

 モノクマはペタンと祭壇の上に腰を置いた。

 

『うぷぷ。そりゃ、上機嫌にもなるよ。ボクの見込んだマスター、知ってるでしょ?』

『我妻由乃のことかい?』

『うぷぷ。面白いことになってるよ』

 

 モノクマはいつも通り、両手で口を抑えながら笑う。

 

『ジャッジャーン! 見てよコレ!』

 

 どこから調達してきたのか、モノクマはキュウべえにスマートフォンを見せつける。ニュースサイトにて、見滝原中学校の怪奇現象の記事が出ていた。

 

『コレ、我妻由乃がやっているんだよ! 凄くない? 学校一つまるまる結界で覆うなんて』

『我妻由乃は確か、偶発的な魔術師だったよね。本人も知らない、ほんのわずかな魔力しかもっていなかったはずだ。ウィザードの言葉を借りれば、ただのゲートという存在でしかないのに、これほどの魔力を絞り出すとは驚きだ』

『むふふ。キュウべえ君。キュウべえ君。驚きだっていうんだったら、もう少しそれを顔にだしてくれてもいいんじゃない?』

 

 モノクマはぐいっと顔を近づける。黒いボディの赤目が妖しく光ったが、感情のないキュウべえには、何も感じることはなかった。

 しばらくモノクマの赤い眼を観察していると、不意に彼はキュウべえから離れた。

 

『ところで、コエムシはどこだい?』

『さあ? また新しい処刑人でも探しているんじゃない?』

『ふうん。コエムシも結構物好きだよね~。別世界の死人に生き返り条件で処刑人なんてさ』

『まあ、誰が何をしようが僕は構わないよ。聖杯戦争が進んでくれれば』

 

 キュウべえは、モノクマを置いて廊下に降りる。

 だが、モノクマはそんなキュウべえに背後から声をかけた。

 

『君、コエムシを放っておいていいの?』

『どうしてだい?』

『もしアイツが連れてきた処刑人にマスターが全滅されたら、どうするの? 聖杯戦争の定義が壊れちゃう~』

 

 モノクマは、わざとらしく全身をクネクネと揺らす。人間ならば気持ち悪いという反応を示すそれを眺めながら、キュウべえは声色一つ動かさずに答えた。

 

『それ程度で潰れるなら構わないさ。聖杯戦争の勝者はその処刑人でも問題ない』

『ふうん……キュウべえは、自分が選んだマスターに特に愛着ないんだね』

『愛着?』

 

 その非科学的な言葉に、キュウべえは首を傾げた。

 

『それは、よく人間が抱く、所有物への愛情のことかい?』

『そうだよ。折角選んだマスターなんだから。少しは勝ってほしいな、とか。死んでほしくないなあ、とか。思わない?』

『ないね』

 

 キュウべえはきっぱりと答えた。

 

『愛情だとか、特定の物への気持ちとかは、非効率的じゃないか。使えないものを切り捨てたほうが、何倍も効率がいいのに。そんなもの、全く理解できないよ』

『あらら。随分とドライなんだね』

 

 キュウべえはモノクマの言葉にそれ以上耳を貸さず、そのまま立ち去っていった。

 

『そうだよ。モノクマもコエムシも、それぞれ何かに固執しすぎてるよ。僕たちには必要のない、感情なんだから』

 

 

 

 

 『4』。

 そろそろ人型の怪物も嫌になってきたころ、可奈美の前に現れた額の数字がそれだった。

 ドレッドヘアのような成人男性のゾンビ『4th』が、こちらに銃で発砲している。

 可奈美は千鳥でそれらを撃ち落とすも、そこからアカメの斬撃までケアしなければならない。

 

「こんなの、私でないと誰も防げない……!」

 

 アカメの村雨を受け止め、体を彼女にタックルさせることで、『4th』の銃弾を避ける。アカメと落下して、落ちたフロアに『4th』がいたのが可奈美の運の尽きだった。ただひたすらに侵入者を排除しようとする『4th』と、令呪により、可奈美の殺害のみを狙うアカメの二体一の状況が続いていた。

 

「アカメちゃん!」

「お前もマスターなら分かるだろう?」

 

 何度も剣を交えながら、アカメは語った。

 

「私たちサーヴァントは、令呪を使った命令には逆らえない。私の体は、常にお前を最も効率的に追い詰める算段を組んだ上で攻撃している」

 

 アカメの言葉を証明するように、彼女の腕は、可奈美の対応が比較的遅いところを明確に攻めてくる。

 受け止め、躱した可奈美は、アカメより距離を取る。すると、その地点に『4th』が銃弾を叩きこんでくる。

 

「アカメちゃん!」

「今までと同じだ」

 

 アカメは、村雨の刃で目線を隠した。彼女の視線が、村雨の銀を見つめている形となり、彼女がどんな表情なのかが分からなくなる。

 

「命令により、ただ殺す。昔も、仲間たちと出会った後も、死んでサーヴァントになった後も。前は、皆のために、平和のためにと思ったが、今は何も思えない……」

 

 彼女の言葉に、可奈美は口を一文字に固めていた。

 『4th』の銃声が止むことはなかったが、それは全て、体を前後に揺らすことで無力化できた。

 

「……私の剣とアカメちゃんの剣は違う。それは分かってる」

 

 可奈美は、静かに語る。

 

「私は、ただ……相手と対話するための剣。アカメちゃんのは、相手を殺すための剣。その違いは分かってる」

 

 鍔迫り合いになり、彼女の刀に、自分の顔が映る。自らの眼差しがアカメの片目を塗り潰した。

 

「でも、だからこそ! アカメちゃんに、伝えたいことだってある!」

「伝えたいこと……?」

「私は、アカメちゃんのこと、剣でしか知らない。アカメちゃんのこと、何も知らない私でも、これだけははっきり言える!」

「何だと……?」

「それはっ!」

「……っ!」

 

 可奈美がそれを言おうとしたとき、アカメは頭を抑え始めた。うめき声を上げながら、村雨を振り回す。千鳥で受け流し、バックステップで距離を取る。

 

「アカメちゃん!」

「寄るな!」

 

 駆け寄ろうとする可奈美に、アカメは村雨の刃を振るう。

 

「マスターか……うっ……」

 

 アカメが顔に汗をびっしょりと流しながら、歯を食いしばっている。

 やがて彼女は、何かにとりつかれたかのように可奈美に背を向け、飛び去った。

 

「待って! アカメちゃん!」

 

 彼女を追いかけようとするが、その前に『4th』が立ち塞がる。

 

「どいて!」

 

 可奈美は千鳥で斬り裂こうとするが、『4th』はいつ手にしたのか、警棒らしきもので千鳥を食い止めた。

 さらに、警棒の反撃で、可奈美は後退を余儀なくされた。

 

「こんな……っ! ここで足止めされている時間はないのに……!」

 

 銃と警棒。遠近両方に対応した戦い方に、可奈美は攻めあぐねていた。普段ならばじっくりと彼の攻撃パターンを観察していたいのだが、アカメが気になり、それどころではない。

 

「っ!」

 

 警棒が黒い軌道を描く。写シがすでに体の防壁という役割を擦り切らしており、可奈美の頬に、赤い傷跡が出来ていた。

 傷を撫でながら、可奈美はアカメが去った通路を見やる。怪物の体内のような空間に、一か所だけ空いた穴。常闇の先に足を向けるも、『4th』は決してそれを許さない。

 

「どうすればいいの……? どうすれば……!」

 

 焦りだけが募っていく。千鳥を握る手が滑っていく。

 その時。

 

『サーヴァントを呼べばいい』

 

 淡々とした声がした。声ではなく、脳裏に直接響くそれは、可奈美にも覚えのあるものだった。

 神出鬼没の妖精。可愛らしい感情を呼び起こす外観と、感情のない表情。キュウべえがそこにいた。

 

「キュウべえ……」

『助けがいるのだろう? なら、サーヴァントを呼べばいい』

「それは……」

『君もマスターだ。聖杯戦争を進めるにしろ止めるにしろ。サーヴァントの存在は君には有益だと思うけど?』

「……私は……っ!」

 

 可奈美は、一度『4th』を蹴り飛ばす。

 

___サーヴァントを呼べば、聖杯戦争から逃げられなくなる。生き残ることと、姫和ちゃんを助けることがつながる___

 

 考えたことを振り払い、握った令呪の拳を突きあた

 

「お願い! 令呪を使うから! だから、この場をお願い!」

 

 可奈美には見えない、膨大な魔力の流れが発生する。

 そして。

 

 

 

「桜?」

 

『祝おう。衛藤可奈美。今、君のサーヴァントの誕生の時だ』

 

 

下層のフロア全体を包む、桜吹雪。

まるで春の森の中にいるかのような絶景に、可奈美は言葉を失った。

 だが、それは『4th』には絶好のチャンスでしかない。

 こちらへ向かってくる『4th』。

 写シもほとんど切れかかっている可奈美には防御手段などなく。

 

「勇者パンチ!」

 

 『4th』のみぞおちを、桃色の拳が穿った。

 

「……」

 

 その異変により、ようやく可奈美は自分の危機に気付いた。

 そして、現状。

 より遠くへ距離を引き離された『4th』と、殴った後の体勢の人物がいた。

 桃色のポニーテール。白とピンクの、セーラー服をベースにデザインされた服装。

 敵を、そして可奈美を真っ直ぐ見据える瞳は、

 可奈美の周囲を、白い牛と鬼が混じったような妖精が浮遊する。

 

「な、なにこれ⁉」

 

 思わぬサプライズに、可奈美はしりもちをつく。牛の妖精は、しばらく可奈美とにらめっこをした後、桃色の人物の傍らに滞空した。

 ようやくこちらを向いた、可奈美を救った人物。

 可奈美と同じくらいの年の少女は、咲き誇る花のような笑顔を浮かべた。

 

「初めまして! マスター! 私、セイヴァーのサーヴァント、結城友奈です!」

「セイヴァー……?」

 

 敬礼のポーズをする、友奈と名乗った少女に、可奈美は口が震えていた。

 だが、友奈の方は頷き、

 

「えっと、呼び出されて早速命令されちゃっているけど、どうすればいいの?」

「あ、ああ! そうだった!」

 

 友奈の言葉に、ようやく可奈美は我に返った。

 

「ねえ、えっと……セイヴァーって呼べばいい?」

「うん。あ、でも友奈でもいいよ?」

「じゃあ、友奈ちゃん! お願い、私、アカメちゃんを追いかけたい! ここ、任せていいかな?」

 

 すると、友奈はじっと可奈美の顔を見つめていた。

 

「それって、その人のため?」

「うん。このままじゃあの人、自分の剣を見失っちゃう! それは、絶対にあってはならないことだから!」

「……そう。分かったよ、マスター!」

 

 友奈は、『4th』から可奈美を守るように、可奈美の前に立つ。

 

「ここは私に任せて! マスター! 他の誰かのためになること! それが、勇者部だよ!」

「ゆ、勇者部?」

 

 素っ頓狂な固有名詞に可奈美は一瞬戸惑うが、すぐに平静を取り戻す。

 

「そう。じゃ、ここはお願いね!」

 

 そう言い残して、可奈美はアカメの後を追いかける。通路に出ようとしたとき、可奈美は足を止めた。

 

「あ! 友奈ちゃん!」

「何?」

 

 可奈美は手を振りながら、告げた。

 

「私、衛藤可奈美! マスターじゃなくて、名前で呼んで! 友奈ちゃん!」

「オッケー! 可奈美ちゃん!」

 

 友奈がサムズアップで返す。可奈美も親指を突き上げた後、迅位を用いて、アカメの後を追ったのだった。

 

 

 

「行くよ!」

 

 『4th』は、その場から動かず、拳銃の発砲で攻撃してくる。

 だが、それはこれまで戦ってきた、十二星座の敵と比べると、それほど脅威には感じなかった。左右に体を走らせ、銃弾の雨を避ける。

 そのままスライディングで、『4th』に接近。足を払う。

 

「せいやっ!」

 

 浮かんだ胴体を蹴り上げ、『4th』を宙へ浮かばせる。

 両足でがっしりと体を支え、右手を引く。するとそこに、桃色の光が宿りだしていった。

 

「もう一回! 勇者パーンチ!」

 

 『4th』へ真っすぐ飛ぶ友奈。そのまま、その腹に巨大な拳を叩きこんだ。

 命中と同時に、空を踊る花びらたち。爆発は炎ではなく、美しい桜吹雪だった。

 

「讃州中学二年! 勇者部! 結城友奈! 聖杯戦争だろうと何だろうと……みんなのために、勇者! 頑張ります!」

 

 桜吹雪に向かって、友奈は拳を突きあげた。




はい、リクエストいただいたゆゆゆの友奈登場回でした。
やばい、友奈のキャラ相当忘れてる……というわけで、ゆゆゆい始めました。ガチャ石貯まらねえ……昔最終回だけ年越しだったせいで見れなかったなあという思い出


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”Liar mask”

制作難航……
お待たせしました!


「追いついた!」

 

 背を向けて走るアカメ。彼女の長い黒髪に、可奈美は速度を上げる。

 壁を伝い、アカメの前に回り込む。

 

「アカメちゃん!」

 

 振り向きざま。可奈美とアカメは、剣士同士の挨拶を交わした。

 互いの剣が織りなす、甲高い音。可奈美の手には、アカメの村雨が伝わってきた。

 

「……アカメちゃん。マスターのところに行くの?」

「令呪で呼ばれたらしい」

 

 彼女の腕が、プルプルと震えている。強張った表情から、彼女の意志と体の行動が真逆なことが理解できた。

 

「どうやら、マスターの敵を全て斬れという命令らしい」

 

 しばらく震えていた村雨は、やがて可奈美に焦点を当てて停止する。

 

「どうやら、私の体は、お前を敵だと認識したらしいな」

「みたいだね」

 

 可奈美は、アカメへ切っ先を合わせる。まさに、試合前の相対する選手となった。

 

「他人事だな」

「私もそれなりの修羅場は潜りぬけてきたからね。多少の覚悟とかはしてあるよ」

「そうか」

 

 アカメが臨戦態勢となる。新陰流の構えをしながら、可奈美は千鳥を握る手に目線を投げた。

 

「……あの白い光は使わないのか?」

「使えないんだよね。もう」

 

 さすがに気付かれたか。可奈美は、口を吊り上げた。

 

「ここに来てから連戦だったからかな。もう、写シを張る体力も残ってないみたい」

「……この村雨の能力は、分かっているな?」

「うん。斬られたら、死んじゃうんでしょ。昨日ひび……ランサーから聞いた」

「そうか」

 

 彼女は村雨を身構える。一切無駄のないその構えが、彼女が卓越した暗殺者であることを物語っていた。

 これまで戦ったことのない、剣の使い手。

 

「逃げるなら、今のうちだ」

「逃げる?」

 

 その言葉に、可奈美は鼻で笑った。

 

「冗談でしょ? アカメちゃんの本気と戦えるんだよ? 逃げるわけないじゃん」

「死の恐怖もないのか?」

「ないわけではないけど……それより、戦いたいって気持ちの方が大きいかな」

「……狂ってるな」

「自覚はある」

 

 可奈美は頷いた。それを見てアカメは、こう言ってくれた。

 

「だが……嘘の仮面をつけているわけでもない。そういう奴が、一番危険だ」

「嬉しいこと言ってくれるね。本当に、私はアカメちゃんと戦いたいだけだから!」

 

 一瞬の静寂。

 そして、可奈美とアカメは、同時に跳び上がる。空中で交差した剣により、天井が崩落。朽ち果てた、燃える月のアートを模る。

 着地と同時に、アカメの振り向きざまの斬撃。それを受け流した可奈美は、しゃがんで突く。しかし、体を反らして回避したアカメは、そのまま背後にそっと近づく。

 

「闇に落ちろ」

 

 しかし、死角からの一撃を、可奈美は千鳥を背中に通して受け止める。

 

「お前……よく笑えるな」

「笑ってる? 私」

「ああ。お前、最近それほど笑ってないな」

「そうかもね。……もしかしたら、ここ半年くらいで一番笑ってるかも」

 

 可奈美は体を回転させ、アカメと向き合う。そのまま村雨を打ち返し、攻め入るが、アカメも当然防衛。反撃。

 そのまま何度も何度も、二人の剣薙ぎは続く。

 

「お前の剣は、悲劇を経験しているのか?」

 

 鍔迫り合いの最中、アカメが問う。

 

「お前の言葉を借りるなら、お前からも悲しみが伝わる。なぜお前は戦う? 聖杯戦争に、なぜ?」

「無くさないためだよ」

 

 もう少しで頬を掠めそうになった村雨を蹴り飛ばす。

 

「何一つ、無くさないために! それが、私の今の剣術!」

 

 さらに、二人の剣士の戦いは続く。互いに移動しながらの剣術勝負となり、周囲の環境をどんどん傷つけていく。

 可奈美の袈裟切りを突破したアカメの三連突き。見切り、受け切ったかと思えば、アカメは頭上に跳び上がり、重い刃が両断しようと迫る。

 

「アカメちゃん」

「敵と会話する余裕があるのか?」

 

 アカメの剣を受け止める。

 

「本心じゃないんでしょ? 剣が教えてくれてる」

「……だったら、どうだというんだ⁉」

 

 彼女の剣に、重みが増した。ずっと無表情だった彼女の表情に、変化が訪れた。

 目を大きく見開き、歯を軋ませる。怒りを示すその表情に、可奈美は千鳥を握る力を強めた。

 

「ずっと暗殺者として育てられ、信じていたものが悪だと知り、結果最愛の妹も敵となり、世界を良くしたいと多くの人をこの手にかけ、死でようやく救われると思った矢先にあのマスターに召喚されて、どうだというんだ!」

 

 いつしか赤い眼差しは、潤いが宿っていた。

 

「結局私は、殺人者の手先として殺すことしかできない……ナイトレイドにいた時だけが、私が平和のために戦ってると思った……」

「……」

「私は、あんな奴らの汚れた笑顔のために戦っていたんじゃない! このやり場のない怒りは、どうすればいい! 本心で、お前に剣を振れるわけがない!」

 

 嘆きを続けながらも、無情にも令呪に操られたアカメの体は、アカメへの攻撃を止めない。一手一手、可奈美にとって脅威となる攻撃方法で、その命を刈り取ろうとしてくる。

 可奈美は距離を置き、新陰流、蜻蛉の構えを取る。

 

「アカメちゃんが、どれだけの血と涙を流してきたのかなんて、私には分からない。それで、どれだけ苦しんだのかも。さっきの子を殺されて、何も無いような顔して、その心ではどれだけ苦しんだのかも。私には、そんな経験ないから。でも……」

 

 可奈美は、深く深呼吸した。

 

「だからこそ! 私は、アカメちゃんに、他の剣の道を示したい!」

 

 同時に、千鳥と村雨がぶつかる。ほとんど同じタイミングで繰り出された、互いの技。角度も、速さも、全く同じ。

 結果を分かつのは、その重さだった。

 

「あ……」

 

 その手を離れた千鳥が、キリキリと宙を舞う。深々と可奈美の背後に突き刺さった千鳥。それは、可奈美の敗北と直結していた。

 

「葬る!」

「!」

 

 容赦なく可奈美を狙う村雨。その時、可奈美は笑む。

 

「アカメちゃん。その剣は見えてる!」

 

 傷一つ付けば即死。そんな刀を、可奈美は真剣白刃取りで受け止めた。

 

「何⁉」

「アカメちゃん!」

 

 驚くアカメへ、可奈美は言い放った。

 

「そんな魂のこもっていない剣じゃ、何も斬れない!」

 

 その言葉とともに、可奈美はアカメの手を折り、村雨から引き離す。そのまま村雨を反転させ、自らの手に加える。

 すると、可奈美の全身に麻痺の毒が流れる感覚が襲い来る。だが、歯を食いしばりながらそれに耐え、村雨を振るう。

 

「でりゃあああああああああああああ!」

 

 呪われた刀がアカメを斬る。

 右肩から左腰にかけて、刃物が人体を斬り裂く。

 肉を傷つける感覚と、足場さえままならない感覚が可奈美を襲う。力が抜け、村雨が音を立てて地面に落ちた。

 フラフラとアカメの背後に体が運ばれ、そのまま後方へ倒れこむ。だが、同時にアカメも倒れようとしたため、背中合わせで座る形となった。

 

「……魂のこもっていない剣か……」

 

 そう、アカメが呟いた。消え入りそうな声は、殺し屋の迫力が一切なかった。

 

「アカメちゃん……」

「……もう、分かる。私は終わりだ」

 

 村雨の傷は浅い。致命傷にはならないものだった。つまり、彼女のその言葉は、村雨の持つその呪いが起因することだと理解できた。

 

「二度目の生を終わらせるのが、私自身の村雨か……」

「アカメちゃん……」

「私の剣より、お前の剣が上回っていた。それだけの話だ」

「……違うよ」

 

 可奈美は静かに首を振った。

 

「試合の剣と殺しの剣。だけど、もしこれが試合だったら、千鳥が私の手を離れた時点で私の負けだったよ。私がたまたま白刃取りできただけで……言ってみれば、試合に勝って勝負に負けたってところかな」

「面白い言い回しだな」

 

 可奈美の肩にかかる重さが増した。アカメがすでに、力さえも残っていないということだ。

 可奈美は続ける。

 

「それに、アカメちゃんは令呪で体を操られていたでしょ? さっき戦った時より、明らかに剣のキレが悪かったよ。だから、私が勝てたのは、ただのまぐれ」

「謙遜するな。ここに突入してからの疲労は、見てわかる」

「あはは……」

「……私がいた世界では、剣は殺しの道具でしかなかったな。純粋な勝ち負けを決めるなど、思いもしなかった」

「そっか……」

 

 可奈美は天井を見上げる。赤黒い空間はとても静かで閉鎖的で。世界には、自分とアカメだけしかいない錯覚にも陥る。

 

「……ねえ。一つ、お願いしてもいい?」

「何だ?」

 

 可奈美の視界の端に、紫の粒子が映る。キラキラ光るそれは、地上に落ちた星を眺めているようだった。

 

「もし……さ。また会えたら……友達になってくれない?」

「友か……」

 

 それが無理な話だと、可奈美自身にも分かっていた。だが、アカメとの沈黙を許しておけず、言葉を継ぎ足す。

 

「そう。……そうだよ!」

 

 思わず、アカメの腕を握る。鍛えられた筋肉の腕が、可奈美にアカメの存在を確固たるものにする。

 

「そうしたらさ。私、アカメちゃんに毎日試合を申し込むよ。アカメちゃんの太刀筋、もっと見たいから!」

「……そうか」

 

 今度は、アカメの体が軽くなっていく。背後を向いたままの腕が、どんどん感覚が薄くなる。

 

「殺しではない、試合としての剣か……それはとても……楽しそうだな」

「うん。きっと楽しいよ。だからさ」

 

 その言葉は、可奈美が多くの対戦相手へ口にした言葉だった。

いい試合をして、また再戦を誓い合うその言葉。

これまでも、そしてこれからも、破られたくない約束のためのその言葉。

 

 

 

___今度。また、試合しようね!___

 

 

 

 それがアカメに届いたのか否か。それは分からない。

 支えを失った可奈美の体は、ぐったりと仰向けに倒れた。紫の粒子が可奈美の風圧に吹き散らせながら、可奈美の頭上より昇っていく。

 

「アカメちゃん……私が戦った、最高の……

 

 少しずつ薄れていく粒子たちを最後に、可奈美は意識を手放したのだった。

 ガルーダがその頭上を心配そうに旋回していることなど、可奈美が知る術もなかった。




アカ斬るファンの方も納得していただける……かな?ごめんなさいしなければの内容でしょうか?


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どこかで会った、ような?

章終わったら、一斉に修正しよう。そうしよう


「じゅ、11……?」

 

 まどかが目の前のゾンビから、唯一探し出したその手がかりがそれだった。

 額に『11』と記された紳士のゾンビ。老眼鏡が特徴のゾンビは、ほむらから預かった拳銃を向けられてもびくともしなかった。

 それどころか、少しずつにじり寄ってくる『11』。

 

「こ、来ないでっ!」

 

 ペタンと座り込みながら、震える銃口を『11』に向ける。しかし、彼は一切ペースを崩さず、こちらに近づく。

 

「い、いやああああああああ!」

 

 まどかは頭を押さえ、悲鳴を上げた。

 しかし、空しく残響するだけの赤黒の空間に、救いの手などあるわけもなかった。

 しかし、いつまでたっても苦痛の音は聞こえてこなかった。

 恐る恐る見上げると、ゾンビの『11』たらしめる額の数字が、風穴となっていた。

 脳を貫かれ、ドサリと倒れるゾンビ。彼の背後には、拳銃を構えたままのほむらがいた。

 

「ほむらちゃん……」

「貴女は……どこまで愚かなの……?」

 

 ほむらはゾンビの死骸を蹴り飛ばし、まどかへ詰め寄る。

 

「言ったはずよ! 教室から動かないでって! ここがどれだけ危険か、分かってるでしょ!」

 

 無表情を崩さないほむらが、顔をくしゃくしゃにしていた。

 まどかはそんなほむらにおびえながら、口走る。

 

「だ、だって……他にまだ逃げ遅れた人がいるかもしれないし……教室には、何も入ってこなかったし……」

「それで貴女に何かあったらどうするの⁉ 貴女を失えば、それを悲しむ人がいるってどうしてそれに気付かないの⁉ 貴女を守ろうとしてた人はどうなるの⁉」

「でも、ほむらちゃんだって頑張ってるし、私も何か役に立てるかなって……」

「役に立たないとか、意味がないとか、勝手に自分を粗末にしないで! 貴女を想う人のことも考えて!」

 

 そのままほむらは、まどかの胸元に顔をうずめる。彼女の「無事でよかった……」という小声に、まどかは思わず尋ねる。

 

「ねえ、ほむらちゃん……私たち、前にどこかで会った?」

「!」

 

 たった数週間の仲に対する想いではない。そう考えての発言だが、ほむらはそれに対し、大きく目を見開いてこちらを見ていた。

 

「わ……わた……」

 

 私は。ほむらが、何かを伝えようとしている。言葉が喉に詰まったように、息が漏れている。

 

「ほむらちゃん?」

「まどか……私は……」

 

 その時、まどかは気付いた。

 

「ほむらちゃん……泣いてるの?」

 

 滝、と呼べるものでもない。ほんの一点の雫が、彼女の頬を伝っている。

 どうして、と問いただそうとしたとき。

 ほむらの表情が、泣き顔の少女から、戦士の物へと変貌する。

 すさかず拳銃で、彼女の斜め後ろ方向へ発砲。

 誰かがいたのかという問いの答えは、すぐに分かった。

 

「また……ゾンビ……」

 

 今度は『9』。長い黒髪と左目の眼帯が特徴の女性型。それを見たほむらは、油断なく言った。

 

「また貴女ね。まさか、生きていたとは思わなかったわ」

 

 すでにほむらには見知った顔のようだった。

 『9』はしばらくほむらを睨み、やがて銃を取り出す。

 ほむらと『9』。両者同時に駆け出し、銃撃戦が始まった。

 拳銃という、現実味のある殺しのプロが、目の前で互いを撃ち殺そうとしている。まどかはほむらに引っ張られ、彼女の後ろからその一幕一幕の目撃者となっていた。

 遮るもののない異空間で、まどかはほむらの左手を塞ぐお荷物になっていた。

 

「ほむらちゃん! 私は……」

「今は黙って!」

 

 弾切れの拳銃を捨て、新たな銃を取り出す。それは『9』も同じで、まるで四次元ポケットを持ち歩いているようだった。その銃が切れれば今度はロケットランチャー(片手で)。さらに、マシンガンやらライフルやら。B級映画でしかお目にかかれない光景が、目の前で繰り広げられる。

 やがて、らちが空かないと踏んだのか、『9』は銃ではなく、コンバットナイフでほむらに挑みかかる。

 

「っ……!」

 

 ほむらはまどかを握る手を一瞬見下ろす。彼女の希望を察したまどかは手を放そうとするが、ほむらがそれを許さない。

 

「私はいいから!」

「ダメよ!」

「でも、ほむらちゃんが……」

「貴女を一人にはできない!」

 

 ほむらは当然といわんばかりにコンバットナイフを掴み、『9』に応戦する。目の前で起こる火花に、まどかの顔が引きつる。

 片手で、しかも動きも制限されるほむらが『9』に敵うはずもない。簡単に弾かれ、蹴り飛ばされた。

 

「ほむらちゃん!」

 

 幸か不幸か。その拍子で、ほむらを握る手も離れた。自身という枷が外れたことに安堵する一方、『9』に追い詰められていくほむらに、まどかは悲鳴を上げる。

 

「ほむらちゃん!」

 

 一度不利になった戦局は、簡単には覆らない。立ち上ったほむらは、『9』にどんどん追い詰められていった。

 

「そんな……私のせいで、ほむらちゃんが……どうすればいいの? 何か手は……」

『あるよ』

 

 その時。希望とも絶望ともいえる声が、まどかの脳裏に響く。

 見下ろせば、いつ来たのだろうか。キュウべえが、その無表情の眼差しで見上げていた。

 

『やあ。まどか』

「キュウべえ⁉」

『教会以来だね』

 

 キュウべえは、愛らしく尻尾を振った。その無表情はいつ見ても、まどかにはうさん臭さを感じさせた。

 

『君は、ほむらを救いたいのだろう?』

「うん」

『先日、軽く触れた魔法少女のことは、覚えているかい?』

「えっと……」

 

 まどかは記憶をたどる。だが、聖杯戦争の説明ばかりが浮かぶため、魔法少女というものに結びつかなかった。

 キュウべえは首を振り、

 

『やれやれ。どうして君たち人間は、自分にとっての重要なことよりも、衝撃的な無関係を記憶に焼き付けるんだい? 非効率的じゃないか』

「それで……魔法少女って?」

「君のような、限られた少女だけが得る、願いを叶える権利さ。本来ならば聖杯戦争で勝ち残って手に入れる願いの権利を、君は無償で手に入れられる」

「それって……」

『言ったはずだ。君は、戦いを止められる。今、まさに倒されそうになっている暁美ほむらを助けることだってできる』

「ほむらちゃんを助けられるなら、私……!」

「まどか!」

 

 ほむらが、悲鳴に近い声を上げた。地面に倒れ、コンバットナイフを首に突き立てられそうになっている彼女が、自身ではなく、まどかを心配していた。

 

「そいつの言葉に、耳を貸しちゃだめ!」

「でも……ほむらちゃんが……」

「私はいい! キュウべえの言葉を聞かないで!」

「でも……!」

『さあ、鹿目まどか。君の願いは何だい? 何でも叶えてあげる。聖杯戦争を止めるでも、暁美ほむらを助けるでも。君の才能ならば、どんな願いでも』

「私の、願いは……」

 

 まどかが願う、まさにその時。

 

「だりゃ!」

 

 何者かが、『9』を蹴り飛ばす。

 ほむらが助かった。まどかの願いが消えた。

 沈黙する、まどか、ほむら、『9』。ただ一人。キュウべえだけが、言葉を発した。

 

『……君か。死んだと聞いたけど、元気そうだね。……ウィザード』

 

「ハルトさん!」

 

 それは、ラビットハウスで寝ているはずの松菜ハルトだった。いつものジャージ、いつもの服。だが、髪はボサボサで、目には隈が入っている。顔も蒼白で、今にも倒れそうだった。

 

「やあ。まどかちゃん」

 

 そんな外見にも関わらず、ハルトは軽く、まどかへ声をかけた。

 金魚のように口をパクパクとさせるまどかは、反射的に彼の腹へ視線を移す。

 

「ハルトさん……怪我は……?」

「ん? ああ。めっちゃ痛い」

 

 ハルトは作り笑いをしながら、腹を抑える。見慣れた彼の服に一点、血がにじんでいるのは隠しようがなかった。

 

「でも、この惨状を見て放っておくのも無理な話でしょ」

 

 この惨状。学校がこの空間に変異していることだろう。

 理解はしたまどかは、ハルトとほむら、『9』を交互に見やる。

 助かったほむらは、ゆっくりと立ち上がっていた。

 

「礼は言わないわよ。松菜ハルト」

「そうだろうね。君の中では、俺はまだ敵だからね」

「……どうして助けたの?」

「俺は人を守るために魔法使いやってるから。敵だからって、救える命を救えないなら、俺は何のために魔法使いになったんだって話」

 

 そう言いながら、ハルトは指輪を取り付ける。

 そして、いつものようにバックルにかざし、『ドライバーオン』の音声が……

 

「……やっぱりダメか」

 

 ハルトのバックルは、音声の出し方を忘れたように、沈黙を貫いていた。黙ると死にそうなベルトが、ずっと黙っていた。

 

「ハルトさん?」

「昨日の一件で、やっぱり魔法使えなくなってる……」

「そんな……」

「そんな体で何しに来たの、松菜ハルト……」

 

 ほむらが、ハルトを睨む。

 

「貴方、戦える体ではないはずよ……」

「うん、それは俺も多分理解してる」

 

 ハルトは、コネクトの指輪をかざす。それも、当然のように機能しない。

 

「でも、やっぱり放っておけないからさ」

「貴方……」

 

 ほむらが歯を食いしばっている。

 だが、やがてほむらの体にも限界が来たのだろうか。ふらりと揺れ、ハルトに支えられる。

 

「まどかちゃん! ほむらちゃんをお願い」

「う、うん!」

 

 まどかはほむらのもとに駆け寄り、肩を貸す。

 「頼んだよ」とほむらを預けたハルトは、ウィザーソードガンを構えた。

 そして、生身のまま、彼は『9』へ挑んだ。

 しかし、今のウィザーソードガンは、どうやらいつもの調子が出ていない。ただの銀の塊であるその武器は、『9』のコンバットナイフには成す術なく防がれており、それどころか彼女の攻撃までハルトに命中している。

 

「っ!」

「ハルトさん!」

 

 だが、ほむらが彼に代わったところで、何も状況は良くならない。『9』の卓越した戦闘スキルは、彼を徐々に追い詰めている。

 

『だめだね』

 

 無情にも、客観的なキュウべえの判断に、まどかも心の中では同意してしまった。

 

『今の彼は、魔法使いとしての能力を全て、我妻由乃に奪われている。ただの人間の彼がどうこうできる敵ではないということだ』

「そんな……それじゃ、どうすれば……?」

『簡単だよ。鹿目まどか。君が魔法少女になり、僕に願えばいい。彼を助けることも簡単だよ』

「それじゃ……」

「ダメよ!」

 

 だが、ほむらがかみついてきた。

 

「まどか! 貴女は、絶対にキュウべえに願わないで! この状況は、私たちで……うっ……!」

 

 だが、ほむらに累積されたダメージが大きいのだろう。彼女の姿が、見滝原中学校の制服に戻る。

 

「ほむらちゃん……でも、どうすれば……?」

 

 ほむらはもう戦えず、助けに来たハルトも生身の人間。

 もう、自分がキュウべえに願うしか……。

 

 

 

「あるわ。一つだけ。手が」

 

 

 

 そう言ったのは、ほむらだった。彼女は唇を噛みしめながら、ハルトを見つめている。

 

「ほむらちゃん?」

 

 彼女はまどかから離れ、ハルトを見つめる。

 

「松菜ハルト!」

 

 その声に、ハルトはこちらを向いた。

 今にも崩れそうなほむらを支えながら、まどかは彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「サーヴァントを召喚しなさい!」

 

 その言葉に、まどかとハルトのみならず、キュウべえも少なからずの驚きを示していた。

 

『驚いたね。暁美ほむら。ウィザードと敵対する君が、どうして彼に戦力を送ろうとするんだい?』

「どちらにしろこのままじゃ私たちは全滅よ。ならば、多少のリスクを負ってでも、生き残る道を選ぶわ」

 

 それだけ言って、ほむらは銃を取り出す。すでに体も震え、狙いも定まらないが、それでも『9』を一時的にハルトから離すことには成功した。

 

「サーヴァントを呼ぶ……? 俺が?」

 

 ハルトも、ほむらの発言には驚いている。自身の令呪とほむらを見比べている。

 ほむらは続ける。

 

「貴方もマスターならば、できるはずよ。本来、膨大な魔力と魔法陣が必要だけれど、この空間は魔力で満ち溢れているわ。」

 

 数瞬、ほむらとハルトの視線が交差する。やがてゆっくり頷いたほむらに、ハルトは強く首を振った。

 

「私に続いて」

「分かった!」

 

 ハルトは深呼吸して、右手を真っ直ぐ伸ばす。

 そして。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 

 ほむらの言葉に合わせ、ハルトもピッタリと呪文の言葉を合わせる。

 

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 少しずつ、ハルトの令呪に光が灯る。薄っすらと赤いその光。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)繰り返すつどに五度 ただ、満たされる刻を破却する」

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)繰り返すつどに五度 ただ、満たされる刻を破却する」

 

 やがて赤い光は、彼を囲む円となる。

 

Anfang(セット) 告げる 告げる」

Anfang(セット) 告げる 告げる」

 

 赤い光は折り重なり、微熱が加わり、やがて炎となる。

 

「汝の身は我が下に 我が命運は汝の剣に 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

「汝の身は我が下に 我が命運は汝の剣に 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 炎の円陣の足元に、幾重にも綴られる直線。それはやがて、ウィザードの物とは別物の魔法陣となる。

 

「誓いを此処に 我は常世総ての善と成る者 我は常世総ての悪を敷く者」

「誓いを此処に 我は常世総ての善と成る者 我は常世総ての悪を敷く者」

 

 鏡が割れるような音とともに、魔法陣が噴火する。ハルトの姿が、炎の中に消えた。

 

「「汝三大の言霊を纏う七天 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」」

 

 ハルトとほむらの声が重なった。

 そして、眩い炎の光が、赤黒の闇を照らしていく。

 目を開けられなくなり、目を瞑ったまどか。

 

 まどかが得た感覚は二つ。

 この世のものとは思えない、強大な咆哮。

 ぼんやりとした視力が捉えた、

 龍の影を纏う、赤い人影。




久々に五千字越えました。
分かる人は、もう次回のタイトルも分かると思います


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”果てなき希望”

お ま た せ


 赤い騎士。自分のサーヴァントは、そういう印象だった。

 炎のように赤いスーツの上に、銀の鎧。中世の騎士を連想させる鉄仮面。腰には、銀に光るベルト、左手には赤い龍の顔を模したガントレットが付いている。

 サーヴァントはじっとハルトを見つめていた。

 燃え盛る炎の中、サーヴァントは尋ねた。

 

「なあ。お前が俺のマスターか?」

「……ああ」

 

 言わば、炎で作られた結界。ハルトとサーヴァントの他には、他に誰もいない隔絶された世界。

 どっと汗が吹き出る暑さの中、全身を装甲で覆った騎士はゆっくりと歩み寄る。

 

「サーヴァント。ライダーだ。マスターってことは、俺はアンタに従うってことでいいんだよな?」

「そう……なるかな」

「お前は、なんで戦っているんだ?」

 

 近くになるほど、ハルトは彼の熱さに圧倒される。

 だが、ハルトはしっかりと応えた。

 

「俺は、人を守るために魔法使いになった」

 

 今は力を失った、ルビーの指輪。握りこぶしに示すそれを、サーヴァントに指し示す。

 

「悪いけど、聖杯戦争なんて俺にはどうでもいい。叶えたい願いなんてない。ただ、誰かを守れる力として、俺はアンタを呼んだ」

 

 ハルトは、深呼吸する。炎で燃えた空気が、肺を焼き焦がす。息苦しさに咳き込みそうになりながら、言った。

 

「アンタがもしも、自分の願いがあって、聖杯にそれを頼るんなら、俺は令呪を使ってこの場を何とかしてもらった後、残りの令呪も全部使う。そうすれば、アンタは自由だ。聖杯でも何でも勝手に求めればいい。聖杯戦争を止めようとする俺とは、敵対関係になるけど」

 

 初対面へ随分な物言いだと、自分でも分かっていた。だが、ハルトは自分でも止められなかった。

 

「もし……もしも……もしも、アンタが俺に協力してくれるなら……この戦いを止めるために動いてくれるなら……」

 

 息苦しさに、慟哭する。言葉一つ言うのにも重い肺をさらに苦しめた。胸を抑えながら、声を絞り出す。

 

「頼む! 俺に……力を貸してくれ!」

 

 体に力すら入らない。それでも、ハルトは冀った。

 しばらく、炎の沈黙。コツコツ、とライダーの足音がした。

 

「……」

 

 ライダーの鉄仮面が、すぐ目前に迫る。

 仮面に遮られ、果たして彼がどんな表情をしているのかは分からない。ただ一つ、確かなことは。

 

 彼が拳を振り上げたことだった。

 

「っ!」

 

 攻撃。だが、受け身を取る前に、その拳がハルトに届く。

 だが、それに痛みはなかった・。

 ライダーの右手が、ハルトの胸を小突く。

 

「……え?」

 

 思わず攻撃だと思ったそれに、ハルトは戸惑った。

 ライダーは、そのまま両手を自身の腰に回す。

 

「良かった。アンタがそういう奴で」

「え?」

「もしアンタが、聖杯戦争に乗り気なら、俺は体張ってでも止める気だったからさ」

 

 それを聞いたハルトは、どっと力が抜けた。立つのもままならなくなり、ふらふらとした足取りになる。

 それを抑えたのが、ライダーの手だった。

 

「良かった。願いのために戦う奴じゃなくて」

「ライダー……」

 

 ライダーはそのままハルトを立たせ、手を差し伸べる。

 不思議とその瞬間から、ハルトは息苦しさを感じなくなっていた。

 

「一緒に、この聖杯戦争を止めようぜ。マスター」

「……ああ!」

 

 ハルトは、力強く握り返す。息苦しい体内を、赤い希望が満たしていった。

 そして、炎がかき消されていった。

 

 

 

 伏せた顔を上げると、そこには、何一つ変わらない赤黒の空間が広がっていた。相変わらず不気味な闇が中学校を埋め尽くしており、『9』の文字が額に乗ったゾンビがいる。

 否。空間には、変化が二つある。

 一つ。赤い騎士、ライダー。

 そしてもう一つ。

 ライダーの周囲を旋回する、巨大なる赤い龍。

 

「な、なんじゃありゃあああああああああ⁉」

 

 思わず上げてしまった大声。だが、それ以上の大音量である龍の咆哮にかき消されてしまった。

 唖然とするハルトの肩を、ライダーがポンポンと叩く。

 

「俺は龍騎。仮面ライダー龍騎。真名は城戸真司。アンタは?」

「松菜ハルト。今は使えないけど、魔法使いだ」

「へえ、魔法使いか。すげえな」

 

 ライダー、龍騎はそう言って、ハルトの背中を押す。

 

「さあ。急いでんだろ? ハルト。ここは俺に任せてくれ」

「ああ! まどかちゃん! ほむらちゃん! ここから離れよう!」

 

 ハルトは、まどかたちのもとへ急ぐ。崩れそうなほむらを支え、奥の通路を指差した。

 

「ここは危険だから、移動しよう」

「あの人は?」

 

 まどかが龍騎を警戒の眼差しで見つめる。

 ハルトはまどかの反対側でほむらに肩を貸しながら、

 

「俺のサーヴァント、だって。よくわからないけど、味方みたいだから! それより、早く行こう!」

 

 ハルトは先へ促す。まどかも迷い気に頷きながら、ほむらを引きずっていった。

 だが、ハルトとまどかに体を預けているほむらは、じっと龍騎を睨んでいた。

 

「松菜ハルト。貴方のサーヴァントは……?」

「よくわからないけど、ライダーってサーヴァント。龍騎って名前だよ」

「龍騎……? 本名じゃないわね」

「何でもいい。今は、俺も君も戦えないんだ。サーヴァントに任せるしかない。頼んだよ!」

 

 ハルトはそう言い残した。

 

「っしゃあ!」

 

 去り際で、龍騎が口元で拳を作り、気合を入れるのが見えた。

 そしてキュウべえは、どこにもいなくなっていた。

 

 

 

 龍の影を纏う騎士、龍騎は、そのベルトに手を当てる。龍の頭のエンブレムが描かれたバックルの端にある口を引くと、そこから青の裏地のカードが引かれた。

 それを、左手の龍の籠手に装填、そのカバーを閉じる。すると、龍の目部分の発光と時同じく、そこから電子音が流れた。

 

『ソードベント』

 

『_______』

 

 赤い龍、無双龍ドラグレッダーが吠える。龍騎が手を伸ばすと、その手に、ドラグレッダーの尾を模した剣が収まった。

 赤い柄の柳葉刀、ドラグセイバー。鋼鉄をもやすやすと斬れるそれを構え、龍騎は走り出す。

 『9』はそれに対して銃弾を浴びせる。見る景色全てが銃弾で埋まる量だが、龍騎はそのうち、自分にダメージを与えそうなものだけを斬り落としていく。

 

「だあっ!」

 

 龍騎のジャンプが、一気に『9』との距離を詰める。

 そんまま『9』の体を二度斬り裂き、蹴り飛ばす。

 ゾンビだというのに、怒りの表情をにじませる『9』。

 彼女は懐から深緑の何かを龍騎へ放った。パイナップルのような凸凹を表面に刻んだそれが手榴弾だと理解したのは、これまでのジャーナリスト経験の賜物だろうか。

 龍騎はバックステップと同時に、ドラグセイバーを投影。ブーメランのように回転しながら手榴弾に炸裂。大爆発を引き起こした。

 龍騎、『9』のもとまで届く大爆発。その中で龍騎は、二枚目のカードを引く。無双龍のイラストが描かれたそれをガントレット、ドラグバイザーに入れる。

 

『アドベント』

 

『_______』

 

無機質な電子音に続く、ドラグレッダーの轟音。赤い龍はその巨大な胴体で滑空、その口より炎を吐き、『9』の動きを封じる。そして、体当たりで『9』を弾き飛ばした。

 そのまま、地面に転がった『9』を見据えながら、もう一枚のカードを取り出す。

 バックルの物と同じ、龍の顔が描かれたカード。赤い背景に、たった一つ、そのエンブレムだけがあるそれは、シンプルながら、最も力強いオーラを放っていた。

 それをドラグバイザーに入れる。そして、

 龍騎がサーヴァントになる前、無数の命と、戦いと向かい合うためのもの。

 自分だけが、悪夢(いま)を変えるための力。

 

『ファイナルベント』

『__________________!』

 

 吠えるドラグレッダーが、龍騎の周囲を旋回し始める。

 終わりのない戦いを、決して恐れはしないという覚悟の象徴。

 同時に両手を突き出し、大きく回転させる。それは、ドラグレッダーという赤い龍へ捧げる舞であった。

 

「はあああ……」

 

 龍騎は腰を低くする。その体内に力を溜め、それこそが龍騎の必殺技への布石だった。

 

「だあっ!」

 

 両足をそろえ、大きくジャンプ。ドラグレッダーも龍騎を追いかけるように、天へ昇る。赤い無双龍は、そのまま龍騎の体を中心に渦を巻く。その中で、体をひねりながら、龍騎は飛び蹴りの体勢に入る。そして、その背後には、大きく口を開けるドラグレッダーがいた。

 

「だあああああああああ!」

 

 ドラグレッダーから吐き出される炎が、龍騎の背中を押す。それが龍騎の体を強く押し、そのまま『9』へと突き進む。

 炎の弾丸となった龍騎は、そのまま『9』を貫くミサイルとなった。地面を何度も跳ねながら、『9』はその勢いによって両足で自立する。

 しかし、彼女はすでに白目だった。三百トンの攻撃力と、大きな火力は、すでにゾンビの息の根を止めていた。

 そして、彼女が倒れる寸前に起こる、大爆発。龍騎のもとまで飛んでくるその爆発へ、ドラグレッダーが勝利の雄叫びを上げた。

 

「……」

 

 ゾンビを倒した。そう理解した龍騎は、ベルトのエンブレムを外す。鏡が割れるように龍騎の体は粉々に砕け、その中からは青いダウンジャケットの青年がいた。

 彼は、静かにハルトが走って行った先を見つめる。

 

「頑張れよ。マスター。……ハルト」




初めてウィザードを見たときから、ずっと龍騎と組ませたいと思っていました。
共通点多いし
そもそもこの二次始めたきっかけが、龍騎-Fate-まどか-ウィザードの連想なんですよね


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ビースト VS アナザーウィザード

今朝……
「いやあ、PSO2アニメ面白いなあ……いっそのことPSP2もアニメ化すればいいのに…さて、八時半か。そろそろニチアサの時間……」

マラソン

「ちくしょうめえええええええええ!」

今年も来ました、スポーツの季節! ニチアサは放送中止!


「うわっ!」

 

 壁の崩壊に、ハルトは足を止めた。

 龍騎に『9』を任せ、先に進む事数分。アリの巣のごとく、部屋と通路を繰り返す中、ハルト、まどか、ほむらがいた通路が崩落したのだ。

 そして現れた、二人の『7』と額に刻まれたゾンビ。男性型の筋肉質なものと、女性型の華奢なものの二体が、こちらを向いた。

 

「二人とも! 離れて!」

 

 ハルトはまどかとほむらを自分から遠ざける。彼女たちが通路の入口付近に戻った頃合いに、二人のゾンビが襲ってきた。

 女性型の蹴りを受け流し、男性型の拳を受け止めた途端、腹痛に体が鈍る。その隙に、二人の蹴りでハルトの体が地面を舐めた。

 その時。

 

「だああああああああああ!」

 

 女性とは思えない雄々しい声を上げながら、黒い影が地面を駆る。アッパーで二人のゾンビを殴り上げた。

 黒いマフラーをなびかせるその人物に、ハルトは即座に反応した。

 

「響ちゃん!」

 

 その声に反応し、響はこちらに首を回す。

 黒いボディ。前回見た彼女の白い装甲とは真逆の禍々しい鎧は、あたかも響を怪物のように仕立てていた。

 

「ハルトさん⁉」

 

 だから、これまでと同じトーンの彼女の声を引いて、ハルトは内心安心していた。

 

「ハルトさん、体大丈夫ですか⁉ だって、お腹ざっくりとやられてたのに……」

「ざっくりって、結構怖い表現使うな……」

 

 そう言いながら、ハルトはざっくりとやられた腹部をさする。

 

「正直、まだ結構痛い。そのせいなのか分かんないけど、魔法も使えないし」

「うわあ……」

「それより響ちゃん、前見た時と姿違わない?」

「ああ、それは……って、うわっ!」

 

 響に襲い来る、二人の『7』。だが、二人の姿は、上空からの紫の柱の中に消えていった。

 間違えるはずもない、キャスターの光線。ゾンビたちを一瞬で蒸発させたそれが示す通り、果たして上空から、キャスターがゆったりとハルトと同じ地平に降臨した。

 

「キャスター……」

 

 ハルトは警戒の声を上げる。しかしキャスターはハルトと響に見向きもせず、背後でまどかに支えられているほむらにのみ注目していた。

 

「……マスター」

「笑うなら笑いなさい。キャスター。こんな無様なマスターをね」

「私と貴女はあくまで互いを利用し合うだけの間柄。笑う気持ちすら、貴女にはない」

「そう」

 

 ほむらは自嘲気味に笑った。

 そのままほむらはまどかを突き放し、キャスターへ近づく。

 

「ほむらちゃん!」

 

 呼びかけるまどかへ、ほむらが振り向くことはない。だが、それでもまどかは続けた。

 

「ほむらちゃんの願いって何? どうしてほむらちゃんは戦っているの?」

 

 無視。

 

「ほむらちゃん! 私には、ほむらちゃんが悪い人には見えないの! 人を蹴落としてまで自分のために動く人じゃないよね?」

 

 まどかが何を言っても、ほむらの歩調も変わることはなかった。キャスターの隣に立ったほむらは、静かに自らのサーヴァントへ口を開く。

 

「キャスター。命令よ。消えなさい」

「命令とあらば」

 

 キャスターはそのまま膝を折る。お辞儀したまま、彼女の姿が粒子となって消えていった。

 サーヴァントの姿が消えてから、ほむらはゆっくりとハルトを向く。まどかを視界に入れないためか、首をほんの少しだけこちらに動かして。

 

「さっきサーヴァントの召喚方法を教えたのは、私自身が生き残るためよ。今後、貴方たちが私の前に立ったら、容赦なく排除するわ」

「……ほむらちゃん……」

 

 ほむらは、そのまま闇の中に歩み去っていった。

 

「ほむらちゃん、やっぱりしばらく戦いを止めてくれそうにない?」

 

 様子を見ていた響が尋ねる。ハルトは頷きながら、

 

「でも……いつか、分かってくれるまで、俺はほむらちゃんに訴え続けるよ」

「なら、まずは話をしないとね」

 

 響はにっこりとほほ笑んだ。

 

「私たちで協力できる願いかもしれないし。もし聖杯に関係なく願いが叶ったら、ほむらちゃんだって戦いを止めるでしょ?」

「そうだね」

 

 ほむらの願い。改めて考えても、ハルトには全く心当たりはなかった。

 

「あの、響さん……」

 

 ハルトの後ろから、まどかが響のもとに駆け寄る。

 

「他の人、誰か襲われてないかな……? 学校全体がこうなっちゃったし、きっと誰かいると思うんだけど」

「チノちゃんたちは保護したよ。ほら」

 

 響が、突き破った通路を指差す。壁の欠片に遮られているが、確かにチノの青い髪がチラリと見えた。

 ハルトは、響に改めて頼んだ。

 

「響ちゃん。まどかちゃんやチノちゃんたちのこと、お願いしてもいい?」

「ハルトさんは?」

「俺は……」

 

 ハルトは、左手のルビーの指輪を見下ろす。すでに魔力のないハルトにとってはただの宝石と成り果てたそれを、右手で強く握る。

 

「いるんだろ? あの……アサシンのマスターが」

「うん。ハルトさんの……あの、魔法使いみたいな姿になったよ」

「多分、俺が変身できなくなってるのもそれが原因だと思う」

「でも、どうするの?」

「取り戻すよ。ウィザードを」

「だったら私も……」

「いや、響ちゃんは、まどかちゃんをお願い」

 

 不安そうな表情のまどかを指差す。

 響はそれでも浮かない顔をしていたが、やがて「うーん」と声を上げた。

 

「アサシンのマスターは、あっちの方に行ったよ。コウスケさんもあとを追いかけたから、多分大丈夫だとは思うけど……気を付けてね」

「ああ。響ちゃんも。まどかちゃんもね」

「うん……」

 

 まどかの不安そうな表情は晴れない。だが、ハルトはそんな二人を置いて……チノたちがハルトの姿を見る前に、響が教えてくれた方角へ急いだ。

 

 

 

「待て!」

 

 ようやく追いついた。コウスケは由乃の肩を掴もうと手を伸ばす。

 しかし彼女は、振り向きざまにナイフを振る。慌てて引っ込めた手の上を、ナイフの刃が横切った。

 

「邪魔しないで!」

 

 逃亡を諦めた由乃は、逆上してナイフで襲ってくる。フィールドワークで鍛えた身体能力でそれを避け、距離を置いた。

 

「どいつもこいつも……! 私とユッキーの邪魔をしないで!」

「おいおい、落ち着けって! なあ? 穏便に済まそうぜ?」

 

 コウスケはそう宥める。しかし、耳を貸さない由乃はそのナイフでこちらの命を狙ってくる。

 

「おいっ⁉」

「聖杯戦争に勝って、ユッキーを生き返らせるの! だから、他のマスターは皆死ね!」

 

 そう、振りぬかれた一振りを、コウスケは手首を掴んで止めた。

 

「だから待てって! その前に、こんなに大勢を巻き込んでもしょうがねえだろ? 戦いたいなら、オレが後で相手してやっから、今はこれを解け」

「嫌!」

 

 腹に痛み。彼女の蹴りで、コウスケは思わず手首を開放してしまった。

 そのまま蹴り飛ばされたコウスケは、由乃が紫の懐中時計を取り出すのを目撃する。

 

「おい……」

「私は勝ち残る! 勝って、願いを叶える! そして私とユッキーは、永遠に繋がれる!」

『ウィザード』

 

 発生した音声とともに、彼女の姿が紫の魔法陣に包まれる。

 変身したアナザーウィザードは、静かにこちらににじり寄ってきた。

 

「仕方ねえ」

『ドライバーオン』

 

 コウスケもまた、戦闘態勢に入る。指輪をバックルにあてることで、魔法の力、ビーストドライバーが出現する。

 左手にビーストの顔が描かれた指輪を取り付け、天高く掲げる。

 

「変~身!」

『セット オープン』

 

 バックルの扉が開き、内部に仕込まれていたライオンのレリーフが露になる。

 そこから発せられた魔法陣を走り抜け、魔法使い、ビーストへの変身が完了。

 ダイスサーベルを振りぬき、ビーストはアナザーウィザードへ斬りかかる。

 しかし、身軽な動きのアナザーウィザードを捕らえることが出来ず、ずっと空ぶっていた。

 

「んにゃろう……!」

 

 らちが空かないと、ビーストはダイスサーベルのサイコロを起動。

 

『6 ファルコ セイバーストライク』

「うっし!」

 

 六体のハヤブサが、それぞれの軌道を描きながらアナザーウィザードを襲う。しかし、アナザーウィザードは少しも焦らずに、ベルトに手をかざす。

 

『バインド』

 

 発生した鎖が、ハヤブサたちを薙ぎ払い、そのままダイスサーベルまで弾き飛ばす。

 

「んなっ⁉」

 

 地面に落ちたダイスサーベルの音。通路の入り口まで離れてしまったそれを回収する余裕など、ビーストにはない。

 驚くビーストへ、アナザーウィザードは連続で蹴り入れる。炎の蹴撃は一つ一つがとても熱く、ビーストの体に的確なダメージを与えていく。

 

『サンダー』

 

 さらに、発生した雷光で、ビーストの体は吹き飛ばされた。

 地面を転がりながらも、ビーストは闘志を燃やして立ち上がる。

 

「んにゃろう……」

『ゴー キックストライク』

 

 変身に使った指輪を、再びベルトに装填。すると、その右足に、黄色の魔力が集まっていく。

 それに対し、アナザーウィザードもまたベルトに手をかざす。

 

『キックストライク』

 

 アナザーウィザードが腰を下ろすと、その右足にまた同じく魔力が集う。

 

 そして、二人の魔法使いはそれぞれの必殺技を放とうとしていた。

 

 

 

 目を見張る、二つの魔力。

 ビーストと、アナザーウィザード。二人の指輪の魔法使いが、同時にキックストライクを放とうとしていた。

 

「これって……」

 

 部屋の入口で、ハルトは言葉を失っていた。

 魔力を失ったハルトでも分かる、膨大なエネルギーに、ハルトの肌はピリピリと逆立っていた。

 もう一歩、中に入る。すると、その足元が何かに当たった。 

 ビーストの主力武器、ダイスサーベルを拾い上げ、部屋の中央に走る。

 同時に、二人の魔法使いが跳び上がった。

 それぞれが魔法陣を通過し、蹴りを放つ体制になる。

 魔力のない今の自分にできること。ハルトは、即決した。

 

「コウスケ!」

 

 ハルトは、ダイスサーベルを持ち替え、アナザーウィザードへ投げつける。

 二人のキックストライクが衝突し合う寸前で、ダイスサーベルの刃先はアナザーウィザードの右足に命中した。

 彼女の再高威力を誇るキックストライク。それを防ぐには、到底足りないダイスサーベルの投影。

 そして、赤と黄のキックストライクが、空中で激突した。

 巨大な爆発となり、ハルトは思わずしゃがみこむ。

 上空の爆炎より、落ちてきたものと、降りてきたもの。

 

「! コウスケ!」

 

 ハルトは、落ちてきたもの、コウスケを助け起こす。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 ボロボロの姿の彼は、腹を抑えていた。

 

「ハルト……悪い……随分やられちまった……」

「いや、気にするな」

 

 ハルトはコウスケに肩を貸す。そして、爆炎から降りたもの、アナザーウィザードと向き合った。

 変身解除したビーストとは真逆に、アナザーウィザードは無傷のようだった。傷一つない澄ました顔で、こちらににじり寄る。

 

「残念でした。この聖杯戦争は、私とユッキーの愛のためにあるの。それ以外に存在価値なんてないわ」

 

 少しずつ近付いてくるアナザーウィザード。ハルトは逃げようとするが、コウスケの体を持ち上げることがなかなかできない。

 

「終わりよ」

 

 アナザーウィザードは冷酷にも、再び魔法を使おうと動く。

 その時。

 

 バチチ

 

「え?」

 

 その疑問符は、他ならぬアナザーウィザードからだった。

 彼女は、全身に走る小さな亀裂に、体を止める。

 そして。

 

 爆発した。

 

「嘘……」

「さっきのダイスサーベルか……? 少し威力が下がって、オレのキックストライクが命中したのか?」

 

 そう、コウスケが分析した。それが正しいと証明するかのように、変身解除した由乃が、その場に倒れこむ。その近くにウィザードの懐中時計もあるが、どうやらまだ壊れてはいないようだった。

刹那、ハルトの体が何かに突き動かされるように跳ねる。

 

「あ」

 

 体内の臓器が、体を突き破ろうと暴れているような感覚に見舞われる。同時に、腰に銀が出現した。

 それを見下ろした瞬間、ハルトの口から、思わずその名前が漏れた。

 

「ウィザードライバー……?」

 

 何度も馴染む手触り。それは紛れもなく、魔法使いのベルト、ウィザードライバーだった。

 

「戻ったのか……?」

「おのれえええええええええ!」

 

 凄まじい形相で起き上がる由乃。彼女は、地面に落ちたウィザードウォッチを拾い上げた。

 

「なぜ戻った⁉ モノクマアアアアアアアア!」

『はーい!』

 

 由乃の呼び声に、白と黒の人形、モノクマが彼女の背後にその姿を現す。

 

『うぷぷ。あれれ? ウィザード、戻っちゃってるね』

「どういうことモノクマ⁉ コレを使えば、力を奪い取れるんでしょ⁉」

『うぷぷ。それはね、一回倒されちゃったからだよ。一時的に、アナザーウィザードの存在とウィザードの存在があやふやになっちゃったから、本物のウィザードにも力が戻っちゃったんだよ』

 

 モノクマは口を抑えながら、肩を震わせている。

 

『でも、安心して。一定時間たてば、また君だけのウィザードになるから』

「一定時間?」

『そう。でも、その間に、ウィザードを殺しちゃった方がいいと思うよ。君がアナザーじゃない、本物のウィザードになるんならね』

 

 モノクマはそう言いながら、今度はハルトの方を向いた。

 

『でも、我妻由乃だけに肩入れするのも監視役としてフェアじゃないよね? だから、ウィザードにも教えてあげる』

「……?」

『アナザーウィザードは、君。ウィザードにしか倒せない。アナザーウォッチを破壊できるのも、そのオリジナルだけ。つまり……うぷぷ』

 

 モノクマは、腹を抱えた。

 

『ウィザードと、アナザーウィザード! これから、どっちかしか生き残れないってこと! うぷぷぷぷぷ! あははははははは!』

 

 怪物のような口を開け、大笑いするモノクマ。

 それを見送ることなく、由乃は背を向け、走り出した。奥へ通じる道をかけ、見失うのも時間の問題だった。

 

「おい! 待て!」

 

 ハルトは追いかけようとするが、コウスケの存在に足を止めた。

 だが、コウスケはハルトの肩をふりほどき、フラフラの足取りで壁際に移動する。

 

「行け……ハルト」

「コウスケ……でも」

 

 ハルトはコウスケと由乃を見比べる。しかし、コウスケはそんなハルトに怒鳴る。

 

「お前が行くしかねえだろ! お前にしか止められねえんだ! オレにはまだ魔力が残ってる。なんかあっても、一回くらいは変身できるぜ」

 

 コウスケは、ビーストリングを見せつける。

 

「本物のウィザードなんだろ? なら、戦えよ! 自分の偽物とよ!」

 

 その言葉に、ハルトの表情はこわばる。魔力を取り戻したルビーを見下ろし、

 

「……気を付けろよ! コウスケ!」

 

 由乃の後を追いかけた。

 

 

 

 ただ一人残ったコウスケ。彼がこんな言葉を発することも、ハルトが知ることはなかった。

 

「はは……嘘だ。もう、魔力も底尽きてんだよな……」

 

 コウスケには、もう歩く余力すら残っていないことも。




ジオウではなかった、ビースト対アナザーウィザードでした!
そして見てわかる通り、次回はウィザードvsアナザーウィザードです!お楽しみに!


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ウィザードvsアナザーウィザード

別名タイトル”空想メソロギヰ”


「ねえ。どうして私を見てくれないの? ユッキー」

 

 由乃は、雪輝の閉じた目にずっと問いかけている。

 幸輝と永遠の時を過ごすために用意したこの部屋。二人の邪魔ものが入り、三人の聖杯戦争参加者が入り、役立たずのサーヴァントが入り。

 主無き部屋となった今、再びここに価値を取り戻すためには、勝ち残り、主に再び生を享受してもらうしかない。

 

「ユッキー……」

 

 死後硬直により、瞼が開かない。さっきまでは自分を見ていた瞳も、今や白い瞼の向こうだ。

 

「どうして……」

 

 何度も問いを繰り返す中、コツコツとまた邪魔ものの足音が聞こえてきた。硬直した首を動かし、振り向くと、ウィザードの変身者がそこにいた。

 

「お前……」

 

 由乃は無表情で彼を睨む。手に持ったウィザードの時計の出どころであるところの彼だが、その名前も誰かも興味などない。

 

「お前はまた、私の邪魔をするの……?」

 

 ただ、彼に向けられる視線は、怒りのみ。

 

「どうして……? どうしてどうしてどうして!」

 

 由乃は、その場で地団駄を踏んだ。幸輝の死体を避け、彼の周囲の椅子の残骸だけを踏み砕く。

 

「どうして私の愛はユッキーに届かないの⁉ どうしてみんな、私の邪魔をするの⁉ 皆……皆……来い! アサシン!」

 

 令呪が輝く。愛の邪魔を抹殺するサーヴァント、アカメ。彼女にかかれば、ウィザードも一瞬で始末できる。

 しかし、アサシンは現れない。

 由乃は顔を訝しめる。

 

「どうしたの? 令呪をもっての命令よ! アサシン! ……アカメ! 今すぐ来て! 私の敵を、皆殺しにして!」

 

 しかし、反応はない。

 由乃は、声が枯れるまで叫び続けた。何度も。何度も。何度も。

 

「アカメ! アカメ!」

 

 しかし、令呪とは裏腹に、一向にサーヴァントは姿を現さない。なぜ、と監視役に訴えようかと考えた由乃は目を見張る。

 三画あったうち、令呪最後の一画。それが、まるで洗浄されるインクの染みのように、みるみるうちに消えていく。

 

「どうして……? どうしてどうして⁉」

 

 由乃は令呪があった手の甲を掻きむしる。しかし、手に痛みが走るだけで、令呪が戻ることはない。

 

「何でなの⁉ ユッキーを生き返らせるだけなのに、どうして……⁉」

『答えは簡単だよ。我妻由乃』

 

 そう告げたのは、白い妖精だった。白のボディとピンクの模様。ウサギか子猫かのような外見の妖精が、倒れた椅子の上からこちらを凝視していた。

 

「モノクマ以外の監視役……?」

『初めまして、だね。僕はキュウべえ』

「そう。それで、どうしてアサシンは来ないの?」

 

 矢継ぎ早に、由乃は監視役の妖精に問いただす。

 ウサギのような監視役は、顔色一つ動かさずに答えた。

 

『アサシンが死んだ。それだけだよ』

「アサシンが死んだ?」

 

 その言葉が、由乃の耳には遠くに聞こえた。まるで木霊するかのように言葉が繰り返される。

 

「どういうこと? 何を言ってるの⁉」

 

 キュウべえを掴み上げ、由乃は顔を近づける。

 

「アサシンが死んだ? 何で? どうしてよッ! サーヴァントがいないと、聖杯との繋がりがなくなるんでしょ!」

『そうだね。サーヴァントがいなくなった時点で、君にマスターの資格はない』

「ふざけないで! モノクマは⁉ モノクマを呼びなさい!」

『彼は来ないよ。君の姿に満足して、新しいマスターを探しに行ってる』

「新しいマスター?」

 

 さらに心に重くのしかかる単語。由乃の顔がみるみる青くなっていく。

 

「なんで⁉ 私はまだ生きてるわ! まだ戦える!」

『君はもう脱落したんだよ。我妻由乃』

 

 感情をむき出しにする由乃とは対照的に、キュウべえは全く声が動かない。当たり前のような妖精の言葉に、由乃はその頭部を圧し潰す。丸から形容できない形になっても、キュウべえは一切動じない。

 

『君が生き残ろうと、もう願いはかなわない。ならば改めて、別の手段で願いを叶えることを考えるべきじゃないのかい? どうして君たち人間は、そこまで目的以上に手段に拘るんだい? 全くわけがわからないよ』

 

 キュウべえを地面に落とした。

 キュウべえが視界の下へフェードアウトしてから、どう移動したのか分からない。由乃は呆けたように見上げていた。口がガタガタと震え、全身が痙攣していた。

 

「もう……願いが叶わない……」

 

 足が幸輝の腹に当たる。

 

「ユッキーが生き返らない……ユッキーが、私を受け入れてくれない……ユッキーが私をお嫁さんにしてくれない……」

 

 やがて、全身から脱力し、その場で膝を折る。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

 

 ただ、世界への慟哭が響いた。

 しばらく泣き続けた由乃は、やがて足元の幸輝の体に触れる。すでに冷たくなってる肉体のそばで横になり、その顔に自らの頬を当てた。

 

「おかしいよね……? ユッキー」

 

 ひんやりとした肌触りが心地いい。涙でぬれた頬を、乾ききった幸輝と半分こ。

 

「私たちは一緒よ? 明日も来週も来年も来世も。ね?」

「……いい加減にしてよ」

「……あ?」

 

 敵の声に、由乃は沈んだ目を向けた。まさに虫を見る目で、彼を見下ろす。

 

「邪魔をするな。今は私とユッキーの大事な時間よ。私たちの愛の時間よ」

「愛? ……ふざけるのもいい加減にしてよ。チノちゃんたちの学校をメチャクチャにして、大勢の人を困らせて! その上好きな人まで犠牲になって‼ それで愛? そんなの、君のただのわがままだろう⁉」

「……ねえ、ユッキー? あの人、変なこと言ってるよ? ひどいよね。自分だってマスターなのに。ね? 分かるでしょユッキー。だから、私がユッキーを助けてあげる。私が聖杯を手に入れて、ユッキーを助けてあげる」

「君だけが被害者じゃない! 自分一人だけの世界でもない! 自分だけのために、みんなを犠牲にしていいわけがない!」

「それが何? この世界は私とユッキーだけのものよ。だから、死んでくれるでしょ? ねえ、私たちのために死んでよ! ……ねえ? 本物のウィザードさん」

 

 由乃はそのまま。黒い時計を取り出す。ウィザードの顔が描かれた時計を。

 

「私がユッキーのお嫁さんになるために____お前は邪魔」

『ウィザード』

「だからさあ。ウィザードの力、全部頂戴。ウィザードの令呪、全部頂戴? そうすれば、私ももう一度マスターになれるでしょ? だから、ウィザードの全部、私に頂戴」

 

 仮面のごとく張り付いた笑顔のまま、由乃はウィザードの時計を体に埋め込む。紫の魔法陣がハルトと同じ動きで彼女を通過し、アナザーウィザードとなる。

 仮面の下で流す、血の涙。幸輝の死体から名残惜しそうに離れ、アナザーウィザードはウィザード変身者と対峙する。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 奪ったはずのウィザードの力。それが彼にもあると証明するように、彼の腰に銀のベルトが出現した。アナザーウィザードのそれとはことなり、骨ではなく銀でできたベルト。その両端にあるつまみを操作することで、彼のベルトが歌い出した。

 

『シャバドゥビタッチヘンシーン シャバドゥビタッチヘンシーン』

 

 うるさい音声が、ベルトから流れ出した。その音声のなか、彼は静かに左手にルビーの指輪を取り付ける。

 

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 ベルトに指輪をかざす。すると、彼の左側に魔法陣が出現した。

 

『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 なるほど。本物のウィザードは、こういう変身プロセスなのか、とウィザードへの変身を見守りながら、アナザーウィザードは思った。

 キラキラのルビーの面。黒く、綺麗なマント。アナザーウィザードの姿と比較すると、とても清潔に見えて気に入らない。

 

『コネクト プリーズ』

 

 新たな指輪を使い、生まれた魔法陣より、銀の武器を取り出したウィザードは、その銃口をこちらに向けながら言った。

 

「お前の身勝手を止めてやる!」

「来なさい!」

 

 アナザーウィザードも、自身の武器として、常日頃より携帯しているサバイバルナイフを取り出す。するとそれは、アナザーウィザードの存在により、歪み、腕ほどの長さの銃剣となる。

 それは、ウィザードの武器、ウィザーソードガンとほとんど同じ形をしている。唯一の違いは、手のように作られた部分が、骨でできているところか。

 アナザーソードガンと呼ぶべき代物だった。それを構え、アナザーウィザードも臨戦態勢となる。

 

 そして。

 

 二人のウィザードは、ともに互いに襲い掛かった。

 

 

 

「っ!」

 

 アナザーウィザードの蹴りの威力は、ウィザードのそれと、全く遜色なく同じだった。

 互いに弾かれ、地面を転がる。

 

「これなら!」

 

 ウィザードは、ソードガンで発砲。無数の銀が、アナザーウィザードへ向かう。

 

『ディフェンド』

 

 しかし、敵も同じウィザード。回避可能な手段が豊富なことは、ウィザード自身にも分かっていた。魔法陣に阻まれ、銃弾は地面に落ちていく。

 ソードモードに切り替え、果敢に挑もうとするが、その時ウィザードは体の異変に気付く。

 

「長くは戦えないか……」

 

 ウィザードの体は、まるでノイズにかかった映像のように、小切れ小切れに震えていた。波がひどくなれば、その箇所は元のハルトの姿にさえ戻っている。

 

「そうね。長くは無理ね」

 

 大して、アナザーウィザードにそういった異変はない。むしろ、時間経過とともに、アナザーウィザードが元気になっているようにさえ思える。

 

「長くなっちゃったら、私の一方的になるもの」

「時間は俺の味方じゃないんだな……」

 

 乱れる体もほどほどに、ウィザードは新たな指輪を右手に取り付ける。

 

『ビッグ プリーズ』

『ビッグ』

 

 しかし、同時にアナザーウィザードも同様の魔法を使用した。

 魔法陣を通じて現れる、巨大な手。互いに何度も打ち付け合いながら、対消滅。

 しかし、その中より、二人のウィザードは同時に攻め入る。

 何度も何度も。同じ姿はそれぞれを斬り合い、傷つけ、そして消耗していく。

 

「どうして⁉ どうして⁉」

 

 互いに切迫しながら、アナザーウィザードはこちらに顔を近づける。

 

「お前はなんで死んでくれないの⁉ 私とユッキーのためなのよ⁉ そのために、皆死ぬのが当たり前でしょ⁉」

「お前たちは王様じゃない! それに、誰にだってこの世界を生きている! みんなそれぞれ希望を胸に生きている! お前たちの独りよがりな希望のために、皆を犠牲にすることなんてできない!」

 

 ウィザードはアナザーウィザードを蹴り飛ばし、二度その体を斬り裂く。

 間髪入れず、ソードガンのハンドオーサーを開放。

 

『キャモナスラッシュ シェイクハンズ キャモナスラッシュ シェイクハンズ』

『フレイム スラッシュストライク』

 

 炎の斬撃が、アナザーウィザードの体を引き裂く。引き起こされる爆発に、ウィザードは勝利をしたかと思ったが。

 

『ディフェンド』

 

 ウィザードが爆発させたのは、あくまで魔法陣のみ。その事実に気付くより、アナザーウィザードが一手速かった。

 

『ライト』

「ぐあっ!」

 

 突如の光が、ウィザードの視界を塗り潰す。白い光の次に、暗転した視界。全身の痛みが、アナザーウィザードの反撃だとすぐに分かった。

 地面を転がったウィザードは、いつもの感覚から、次に使う指輪を探り当てる。

 だが、視力が戻ったとき、アナザーウィザードも同じようにベルトに手を出すのが見えた。

 

『バインド プリーズ』

『バインド』

 

 繰り出された、同じ魔法。

 もはや拘束具としてではなく、攻撃のための鎖はそれぞれぶつかり合い。

 

『ウォーター シューティングストライク』

『ウォーター』

 

 水と水がぶつかり、大きな洪水がその室内で巻き起こる。

 

『ハリケーン スラッシュストライク』

『ハリケーン』

 

 波が引いたあとを、竜巻と竜巻が荒らしまわり、

 

『チョーイイネ グラビティ サイコー』

『グラビティ』

 

 地球上にあってはならない重力変動が、この場を支配する。

 

「くっ!」

 

 重力の波より離れたウィザード、ランドスタイルは、もう一度改めてルビーの指輪を使う。

 火のウィザードは、同じく崩れそうなアナザーウィザードを見据えた。

 

「君は、絶対に間違ってる……君がやってきたことだって、許されることじゃない」

「黙れ!」

 

 アナザーウィザードは、大きく手を振って否定し続ける。

 だが、ウィザードは止まらない。

 

「だから、これ以上は……悪い夢も、聖杯戦争も。もう、終わりにしよう」

 

 ウィザードは、切り札の魔法を使う。

 これまで、多くの人々を守ってきた魔法。

 これまで、多くの絶望を打ち破ってきた魔法。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

「はああ……」

 

 ウィザードの足元に、赤い魔法陣が出現する。そこから供給される、膨大な魔力が、その右足に熱い炎を宿らせる。

 

「ふざけるな……ふざけるな! ふざけるな!」

『キックストライク』

 

 アナザーウィザードも、ウィザードと同じく、キックストライクを発動した。まるでウィザードとは鏡写のように、魔法陣、動作、その全てが同じだった。

 

「私はユッキーと一緒になるの私はユッキーと一つになるの私はユッキーのお嫁さんになるの!」

「その希望を壊したのは……君自身だろ?」

「ちがっ……違う!」

「悪いけど……俺は、皆を……一人でも大勢を守るために戦っているんだ。皆を傷つける君を、許しておくことなんてできない!」

 

 そして、まさに鏡のように、二人のウィザードはバク転。ジャンプ。

 互いに魔法陣を貫き、

 

「だああああああああああああああああああ!」

「あああああああああああああああああああ!」

 

 ストライクウィザードを放った。

 炎の魔法が、部屋中を満たす。衝撃があちらこちらを破壊する。

 やがて、空間に収まらない、炎の集まりにより、部屋全体に、爆発が広がった。

 そして、その中から一足先に着地したのは……。

 

「人の希望を奪うなんて……お前はそれでも、魔法使いなの……?」

「皆の希望は、誰かの絶望の上に成り立ってる。希望も絶望も、そういう悲しい螺旋の中なんだ……俺は、希望の魔法使いなんかじゃない。皆を守る、魔法使いだ。だから……恨んでもいいよ」

 

 顔をずっと沈めたままのウィザードだった。

 落下を忘れたように、アナザーウィザードは空中で浮遊していた。その体にウィザードの魔法陣を浮かべ。

 

 大爆発。

 由乃の体を離れた懐中時計が、パリンと音を立てて、砕かれていった。




由乃の出番、この時点で全体の三分の一だけなんですよね。
凄まじく出番多く感じる


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エピローグ

エピローグだから、今回は短めです


「おかしい……おかしい……」

 

 幸輝の体を背負いながら、由乃は足を引きずる。

 すでにアナザーウィザードになるための道具は壊され、戦う力も残されていない。そもそも令呪もない。

 

「どうしてこうなったの……? どうして……?」

 

 愛しのユッキーの体が重い。

 ウィザードにやられた傷が重い。

 まだ、幸輝のために作り替えた空間は残っている。速くモノクマを見つけて、もう一度マスターにならせてもらわなければ。

 そう思っていた。

 

「……?」

 

 その時、

 赤黒の空間が、波打った。

 

「何?」

 

 固形物である壁が粉々になり、弾けた。液体のように全面が穴を作り、

 そこから女の子が現れた。

 

「え?」

 

 ピンクの髪と、白いスクール水着。ピンクのヘッドホンと、首にかかるゴーグル。全体の印象として、おおよそこの場にはそぐわない、可愛らしい服装だった。

 さっきまでの嘆きは、全て吹き飛ばされる。なぜここにこんな人物がいるのかと。

 そして、彼女の手元を見て、由乃の疑問は恐怖へ変わった。

 先に刃が付いた、ハルバード。

 その刃先を認識した途端、由乃はどことなく察した。

 終わった___

 逃げようと思えば逃げられたのかどうか、もう分からない。

 そうして。

 スク水少女のハルバードが、由乃の首の付け根を割いた。

 

「あ……」

 

 倒れる体から、幸輝が離れる。

 彼の亡骸に手を伸ばすも、もう死期の近い少女には、何もできなかった。

 

「ユッキー……」

 

 物言わぬ想い人への手。それは、たとえ出血性ショックという自然の摂理が由乃を襲ったとしても、止まることはない。

 光が消えた眼差し。しかし、少女の手は、永遠に少年に届こうとして、届くことはなかった。

 

 

 

 気絶していたようだった。

 ハルトは、すでに変身の解けた体を見下ろして唖然とする。

 

「あれ? 俺は……」

 

 周囲には、キュウべえの他に誰もいない。主を失った椅子が、ただ空しく放置されているだけだった。

 

「あの子は……?」

『元アナザーウィザードのことかい?』

 

 キュウべえがハルトの肩に飛び乗る。小動物ならば感じる重さがなく、まるで動く人形のようだった。

 

『我妻由乃は、どこかへと逃げていったよ。全く。逃げるなら、一人で逃げればいいのに、あの死体だなんて無駄な荷物を抱えて』

「……」

 

 キュウべえの言葉で、ハルトは玉座を見つめた。先ほどまであった少年の亡骸がなくなっている。

 やがて、空間の景色が歪んでいく。

 

「あの子は……どうなるんだろう?」

『我妻由乃のことかい? さあ? 彼女はもう聖杯戦争の参加者ではない。どうなっても、僕には興味ないね』

「……お前は……」

 

 ハルトは嫌悪の表情をキュウべえに示す。しかし、この無表情妖精はそれを無視しながら、歩み去る。

 

『ウィザード。これで君は完全にウィザードとして復活した。でも、これはまだ始まりだよ』

「始まり……」

『聖杯戦争は、基本七体の英霊による生き残り。だけど、すでにこの聖杯戦争はその反中を越えている』

「どういうことだ?」

『すでに七体以上の英霊だって僕たちは確認している。本来あるクラス……セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、バーサーカー、アサシン。このうちセイバーとアーチャーはまだ召喚されていないけどね。他のクラスも大勢召喚されている』

「何が言いたい?」

『君の味方はライダー、ランサー。そして、先ほど衛藤可奈美が召喚したサーヴァント。その三体だけだ』

「可奈美ちゃんが……?」

 

 空間が揺らぎ始める。赤黒の空間となっていた中学校は、その主を失い、元に戻り始めている。

 

「おい! ハルト! ……だったっけ……?」

 

 飛んできた声に振り向く。するとそこには、青いダウンジャケットの青年がいた。コウスケに肩を貸している彼は、なんとかこちらに歩いてきている。

 

「えっと……アンタは……」

 

 初めて見る顔に、ハルトは戸惑う。だが、青年はニコニコ笑いながら、

 

「ああ、この姿だと初めてだったな。俺は城戸真司。ほら、龍騎……お前のサーヴァント、ライダーだ」

「ああ……」

 

 ハルトは納得した。

 その間に、キュウべえはどんどん遠くに離れていく。

 

「あ! キュウべえ!」

『覚えておくんだね。ウィザード』

 

 ハルトの呼びかけに、キュウべえは足を止めた。

 

『君が選んだ道は簡単じゃない。戦いを止めるということは、残りのサーヴァント全てを無力化するということだよ。君にできるのかな?』

 

 キュウべえはゆっくりこちらを見返す。

 ハルトはゆっくりと、フレイムの指輪を見下ろす。

 真司もコウスケも、黙ってハルトを見つめていた。

 そして。

 

「できるよ!」

 

 その言葉は、ハルトからではない。部屋の入口……まだギリギリ異空間のままの中学校である場所の入り口にいた、可奈美からだった。

 

「できるよ! 私たちなら!」

 

 彼女も体はボロボロであった。服装もあちらこちら擦り切れており、自分だけで立つこともできていない。彼女がいるのは、支えているもう一人の少女___赤髪ポニーテールの、おそらく可奈美のサーヴァント___がいたからだ。

 

「止めて見せるよ! 私絶対!」

「そうだよ!」

 

 その隣。白いガングニールの響だが、彼女もまた無傷とは言い難い。装甲の無数の箇所にヒビが走っており、響自身も無数の傷がその身にあった。

 

「私たちは、手をつなぐために戦う! キュウべえの思い通りにはいかないよ! ね! コウスケさん!」

「へへ、そうだな……」

 

 響の声に、真司の肩のコウスケが力なく笑った。

 ハルトは皆の声を受け、立ち上る。

 

「確かに楽ではないかもしれない。でも、俺たちはそれでも叫び続けるよ」

 

 やがて、異空間より、元の中学校の割合の方が多くなる。

 この空間という非日常はもう終わる。

 最後に、ハルトは宣言した。

 

「この聖杯戦争を止めるって」

『……そうかい』

 

 キュウべえはそれだけ言って、立ち去った。

 その姿が見えなくなると同時に、完全にその場所は中学校の屋上となった。

 

 キラキラ光る太陽。その中、見えなくなったキュウべえの声が聞こえてきた。

 

 

 

『だったらやってみればいい。君の思うほど、この聖杯戦争は甘くないよ』

 

 

 

 

 

 

次回予告

「お姉ちゃんどこ?」

「ほむらちゃん?」

「ボク、また外に出たいなあ……この体じゃあ……」

「ねえ! 私と一緒に、立ち合い! ……じゃなかった、剣の練習してみない?」

『なああああ! クソッ! 今回の処刑人は外れだ外れ! 好き勝手に行動しやがる!』

「困ったときはうどん! 健康にもいいんだから、きっと〇〇〇ちゃんも気に入るって!」

「ヤバい。俺、これ初恋かも」

「我が名は仮面ライダールパン!」

「な、なんだこの怪物どもは⁉」

「ファントムじゃない……?」

「恭介⁉ 嘘……うわあああああああ!」

「そんな……みんな……どうして……?」

『キックストライク プリーズ』

「どうしたら、貴方に愛を伝えられるんだろう?」

「君は何を守るというのだ? 今日よりも悪くなる明日か?」

「俺が守るのは……みんなの、生きる希望だ!」

「見ろ! この美しい世界を! 一握りのものだけが、明日へのチケットを手に入れる!」

「イグナイトモジュール! 抜剣!」

「俺は最後まで生きるよ……、〇〇〇〇!」




次回予告はあくまで予定です。
変更の可能性もあるのでご了承ください。

リクエストいただいたキャラクターも一部登場予定です(リクエストもらった通りの形とは言ってない)

次、人物紹介を終えてから2章に入ります!お楽しみに!


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登場人物紹介 1章終了時点

今回は登場人物の紹介コーナーです!
メインキャラをざっくりと紹介します!
少しネタバレ入っているかも……


オリキャラ

 

「だから、これ以上は……悪い夢も、聖杯戦争も。もう、終わりにしよう」

 

・松菜 ハルト/仮面ライダーウィザード

 19歳 

 仮面ライダーウィザードに変身する、操真晴人のリイマジネーションライダー。大道芸人として、ファントムを倒す旅を続けており、見滝原に着いた途端、聖杯戦争に巻き込まれる。

 大道芸人の気質として、人を楽しませるのが好き。空き時間には大道芸のタネを考えたり、実際にやってみたりもする。

 ウィザードとして、人を守るためにずっと戦っている。いつかは不明だが、学校をやめて旅を始めた模様。

 性格は軽めに落ち着いている。戦うときにしか感情的にはならない。別に無感情というはけではない。

 原典のウィザードとは異なり、別にドラゴンを体に宿したりしてないし、サバトの犠牲者だからウィザードの力を手に入れたわけでもない。

 

「皆まで言うなって。何とかなんだろ」

 

・多田 コウスケ/仮面ライダービースト

 20歳

 見滝原大学の学生。仮面ライダービーストに変身する、仁藤功介のリイマジネーションライダー。

 原典のビーストと性格、行動ともに大差なく、おおざっぱに行動する。

 響のマスターとして選ばれたが、あまり聖杯戦争には感心がない模様。響のことは、棚ぼたで手に入れた相棒として接している。

 親からの仕送りがそれなりに溜まって入るらしいが、一人で生活したいらしく、自分で金額を賄っている。今はテント生活。

 別にキマイラを宿しているわけでもなければ、ファントムを食べなければ死んでしまうわけでもない。

 あと、別に野獣先輩とかでもない。

 

魔法少女まどか☆マギカ

 

「あ、私、鹿目まどかって言います。助けていただいて、ありがとうございました」

 

・鹿目まどか

 見滝原中学2年生。

 聖杯戦争の参加者ではないが、ハルトに着いていたら、偶然聖杯戦争に巻き込まれてしまった。ハルトたちの様子が気になるが、マスターではない以上、多くは関われない悩みを持っている。

 強く前に出れない性格で、誰かの役に立てれば、とても嬉しいと感じている。優しいが、引っ込み思案な性格。

 キュウべえからは、魔法少女になれば、願いで聖杯戦争を止められると言われるが、押しとどまっている。

 

「私は手段を選ばないわ。どんな犠牲を払っても、願いを叶える」

 

・暁美ほむら

 同じく、見滝原中学2年生。

 魔法少女にして、キャスターのマスター。

 聖杯戦争には参戦の意を示しており、ハルトにも何度も牙を剥いた。まどかには、何やら特別な感情を持っている様子。

 キャスターとは、互いにあくまで協力関係にとどまっており、互いの素性には深入りしていない。ほむら自身、彼女の名前すら知らない。

 願いは不明。

 武器は、左手の盾から取り出した重火器だが、それらはすべて魔法で強化されている。中には、まどかが素手で使っても効果があるものもある模様。

 

『今この瞬間から、君たちを聖杯戦争のマスターとして認めよう。それぞれの願いのため、存分に戦って欲しい』

 

・キュウべえ

 聖杯戦争の監視役。

 無表情無機質で、聖杯の進行を務めている。まどかを魔法少女に勧誘しており、聖杯戦争を中断させられたとしても、そちらを優先させている節があるが……?

 聞かれていないことは答えない主義。また、人の感情を理解できないが、同じく感情を見せる残りの監視役には頭を悩ませている。

 見出したマスターは、ハルト、ほむら、可奈美、コウスケ。

 

 

 

刀使ノ巫女

 

「今度。また、試合しようね!」

 

・衛藤可奈美

 セイヴァーのマスター。

 美濃関学院中等部の刀使。大切な人の手がかりを探して旅をしているところ、聖杯戦争に巻き込まれた。

 剣術の腕はピカイチで、最強の暗殺者であるアカメにも引けを取らないほど。

 原典における12話で、十条姫和を助けられなかった模様。聖杯に彼女を助けることを願ったが、ダークカブトとの戦いで、考えを改めるべきか揺れている。その影響か、原典に比べ、明るさは少し控えめ。

 武器は御刀 千鳥。そこからもたらされる刀使としての能力を駆使する。

 

戦記絶唱シンフォギア

 

「もうやめよう。悲しいだけだよ」

 

・立花響

 ランサー。

 原典とほとんど性格などは変わらないが、サーヴァントなので、どこかで志半ばで倒れてしまったらしい。呪いという言葉を何よりも恐れている。

 大好物はごはんごはんごはん。考えるよりも真っ直ぐに突き進む派で、誰かを傷つけることを好まない。手をつなぐことを信条としており、ファントムとさえ和解しようとしていた。

 武器は原典と同じくガングニール。イグナイトは使用可能。

 今のところアナザーウィザード含めて負けなし。

 

 

 

結城友奈は勇者である

 

「ここは私に任せて! マスター! 他の誰かのためになること! それが、勇者部だよ!」

 

・結城友奈

 セイヴァー

 可奈美が令呪を使って無理矢理召喚したサーヴァント。為せばたいてい何とかなる、らしい。

 可奈美のことをいち早く信用しているが、詳細は不明。また、願いもまだ未判明だが、サーヴァントになった以上、どこかで力尽きてしまったのだろう。

 勇者パンチという必殺技が強力。

 

仮面ライダー龍騎

 

「なあ。お前が俺のマスターか?」

 

・城戸真司/仮面ライダー龍騎

 ライダー。

 追い詰められたハルトが召喚したサーヴァント。

 どこの時間軸かはまだ不明。無双龍ドラグレッダーとともに召喚されており、明るいが、若干達観している。

 願いは不明だが、ハルトが聖杯戦争を止めることをむしろ喜ばしく思っている。

 

???

 

「知らぬのなら、知らぬままに消えなさい……!」

 

・???

 キャスターのサーヴァント。

 正体はまだ不明。黒い天使のような姿で、機械的に敵と交戦する。なぜか事あるごとに対峙中に涙を流すことがある。

 近くに本が浮いており、攻撃の際は、その本がめくられる。

 マスターであるほむらとは、協力関係のみという名目だが、傷ついた彼女を気遣うこともある。

 

???

 

・???

 由乃を殺害した、謎の人物。

 無表情のまま、由乃を斬り殺した。スク水少女という他は、情報なし。

 

 

 

ご注文はうさぎですか

・保登心愛

・香風智乃

・香風タカヒロ

 ハルトと可奈美がお世話になっている、ラビットハウスの店員、店長。

 聖杯戦争にはかかわっておらず、よって原典とも大して差異はない。

 

 

 

・青山ブルーマウンテン

・条河麻耶

 登場した残りのメンバー。同じく、聖杯には関わりもない。

 

 

 

未来日記

 

「だからさあ。ウィザードの力、全部頂戴。ウィザードの令呪、全部頂戴? そうすれば、私ももう一度マスターになれるでしょ? だから、ウィザードの全部、私に頂戴」

 

・我妻由乃/アナザーウィザード

 アサシンのマスター。

 モノクマから渡されたブランクウォッチでウィザードの力を奪い、アナザーウィザードに変身した。

 原典とは違い、別に周回はしていないが、それでもウィザードや響に、ナイフ一つで攻撃するなど、異常な攻撃性はある。

 天野幸輝のことばかりに執着し、他はどうでもいいと斬り捨てている。よって、幸輝以外の人間には、敵意しか向けていない。

 アナザーウィザードとしては、ウィザードと同じく、多彩な魔法を使用する。フォームチェンジはないが、指輪を交換する必要がない。また、見滝原中学校を赤黒の空間に書き換え、そこに配下たる所有者のゾンビを召喚する能力も得た。

 最期はアナザーウィザードの力を失った後、謎のスク水少女に斬殺される。

 

・天野幸輝

 

「わ、訳わからないよ、我妻さん……!」

 

 由乃の想い人。

 携帯で日記をつけるのが趣味。

 由乃に他の女に汚されたと逆上された結果、彼女に殺された。その後、由乃はずっと自分だけを見る幸輝としての復活を願いにされた。

 原典とは違い、所有者でもない、ただの一般生徒。

 

アカメが斬る!

 

「葬る!」

 

・アカメ

 アサシン。

 少しでも傷つければ死に至る妖刀、村雨の持ち主。

 クールで無口な性格。ほとんど離さないが、同じ剣士同士可奈美には通じるものがあったのか、彼女には少しだけ口を利いた。

 剣の腕は超一流で、可奈美でさえ苦戦を強いられた。

 原典の終盤当たりで死亡したようだが、エスデス戦後か、はたまたクロメ戦後か、また別のところかは不明。

 マスターである由乃のことは、快く思っていなかったらしい。

 最期は可奈美との一騎打ちで、自らの妖刀によって倒れる。

 この時、可奈美もアカメもベストコンディションではなかったため、可奈美と再戦を約束した。

 

 

 

ダンガンロンパ

 

『ウププ。守ると言っておきながら、コロシアイをする。人間って面白いね』

 

・モノクマ

 聖杯戦争の監視役の一人。

 基本的には面白いことを望んでおり、参加者に力を与え、ゲームバランスを崩すこともいとわない。曰く「もっと面白く」することを好む。とにかく笑う。愉快であっても、おかしくても、その歪んだ顔を大きくして笑う。だが、興味を失ったものは即斬り捨てる。

ドラえもんではない。

 

 

 

ぼくらの

 

『んで、その処刑人もオレ様が用意した』

 

・コエムシ

 監視役の一人。戦いに乗り気ではない参加者に処刑人を差し向けている。処刑人には、勝ったら生き返らせてという条件をだしており、ダークカブトを一度刺客にしている。

 オレ様が一人称なほど傲慢な性格。短気でもあるが、聖杯戦争をスムーズに進めたいとは考えており、マイペースなモノクマや、進行が滞っても気にしないキュウべえのことはよく思っていない。




1章終盤のキャラはあまり解説できない……
そういえば、序盤からキャスターが出ているけど、皆正体知ってるのかな……(言っちゃダメよ)


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第2章
プロローグ


2章スタート!


 最初の記憶は、母親の温もりだった。お母さん一人に抱きかかえられ、一緒に過ごしてきたこと。

 お父さんの姿は見たことなかった。二人だけの世界で、お父さんって考えそのものも、五歳くらいまで強く持っていなかった。

 

 海に遊びに行った。太陽が眩しかった。お母さんは、ずっと笑ってくれていた。幸せだった。

お母さんは、ぎゅって抱きしめてくれた。暖かかった。

 

 ずっと二人で生きてきた。ずっとずっと。好きなテレビが何回もやってた。それぐらい。あまり見れたことはないけど。

お肉が大好きだった。お母さんが作ってくれたハンバーグが、なによりも大好きだった。

 

 時々、お父さんが誰かを聞いてみた。お父さんは、狂ってしまったらしい。

狂ったという言葉は、聞いたことがなかった。でも、その意味をお母さんは教えてくれなかった。

 

 お父さんがやってきた。お母さんを怒ってる。お父さんって、こんな人なんだ。

 

 お父さん、目に色がなかった。見えないのかな。

 

 お父さんに頭を掴まれた。ニッコリと笑ってた。でも、お母さんのニッコリとは、なんか違ってた。

 

「○○○○!」

 

 お父さんが何かを言った。でも、その意味は全然分からなかった。

 

 お父さんが、黒いものを付けた。そしたら、お父さんが赤くなっちゃった。でも、目に色がないままだった。

 

 お父さんの手が、お母さんを切っちゃった。「なぜだ」って、何度も言ってる。でも、動かなくなったお母さんは、もう動かなかった。永遠抱きしめてくれなくなった。

 

 そうしたら、お母さんの体が溶けちゃった。黒くて、ドロドロになっちゃった。もう、抱きしめてもらえないんだなあって。

 

 怒ったお父さんは、泣いてた。「全部お前の……お前と俺のせいだ」だって。生まれてはいけなかったんだって。

 

 いやだ。

 

 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

 

 

 

 生きたい

 いきたい

 イキタイ

 

 

 

 生きてちゃいけなくても

 生きてることで、他の何かを食らうとしても。

 生きてることが、罪だとしても。

 

 生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい

 

 

 お空に降ってきたお星様。お願いです。生きたいです。

 

 でも。お父さんみたいな、お父さんだった赤い人は、ダメだって。

 

 

 お父さんの、お父さんじゃない声が、聞こえた。




本編は次回からです!


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二つの赤

2章本編スタート!



「さあ! 絶望してファントムを生み出せ!」

 

 人々が逃げる。誰もが悲鳴を上げながら、一目散に逃げ回る。

 休日のにぎやかな市街地にそぐわない、絶望の肉声。

 

「アッハハハハハ! 愉快愉快!」

 

 ファントム。

 魔力を持つ人間、ゲートより生まれる魔人。

 今、仲間を増やすために、人々を絶望させようと町を闊歩していた。

 燃える炎を模った頭部の黒い怪人。全身にも炎の模様が描かれており、歩く姿は見るものを生命の根源的恐怖に陥れる。

 ファントムは両手に炎を宿し、それを投げる。綺麗なショッピングモールがどんどん破壊されていき、悲鳴が空間を埋めていく。誰も自分に逆らう術を持たない。その事実を理解したファントムは、気分がよくなった。

 

「んんんん?」

 

 破壊活動を続けるファントム。首を曲げれば、階段の裏に隠れていた人物と目が合う。

 

「ひっ!」

 

 隠れていた無力な人間は、顔を引きつらせる。穏やかそうなおさげ髪の少女は、ファントムの一睨みで動けなくなった。

 

「クククク……どうした人間? 絶望しろ。そのまま我らファントムを生み出すのだ!」

「ひっ……」

 

 人間は、まるでかかしのように立ったその場で動けなくなった。

 ファントムは悠々と、その顎を掴む。

 

「さあ? どうすれば絶望してくれる? 痛めつけるのが鉄板だが、それでいいか? それとも……?」

「助けて……くいなちゃん……まゆちゃん……」

「ほれほれ? キキ、逃げられないか?」

 

 ファントムが、人間を煽る。すると、どこからともなく、ファントムの視界を邪魔するものが現れた。

 ファントムを目くらましのように、少女から視界を奪うもの。

 妙に声がダンディなヒヨコと、どこにでもいるスズメたちだった。

 

「なあっ⁉ 邪魔するな! この鳥どもが!」

 

 ファントムは鳥たちを振り払う。その隙に我を取り戻した人間は、逃走を図ろうとしている。

 

「逃がすか!」

「鳥太郎!」

 

 すると、人間の呼びかけに、鳥たちも解散する。

 どんどん小さくなっていく人間。他にはいないので、ファントムは彼女をターゲットにすることにした。

 

「待て! 人間!」

「ひいいいいいっ!」

 

 人間は全力で逃げ惑う。

 見滝原と呼ばれる街のショッピングモール。人間の方が詳しいが、獲物の匂いを逃がすほど、ファントム、ヘルハウンドは甘くない。

 鋭い嗅覚を駆使し、逃げ遅れた獲物を探す。

 

「ふうん……人間……そこだ!」

 

 口から吐いた炎。それが自動販売機を焼き払い、ターゲットのかかし女の姿を露にした。

 

「ひいいいいっ!」

 

 また、かかしのように固まる人間。

 改めて、ファントムとしてお決まりの言葉を口にする。

 

「終わりだ、人間。さあ、絶望してファントムを生み出せ!」

「た、助けて……! 大家さん……! ゆあちゃん……!」

「キキキ……」

 

 にじり寄るファントム。

 これで、目的が果たされる。と思ったその時。

 全身に、鋭い痛みが走った。

 

「なっ……?」

 

 ファントムは驚く。

 ポロポロと落ちた、金属片。やがて、再び弾ける音が聞こえた。

 銃弾。

 何とか見切れたものの、その軌道は普通のそれとは違う。捻り、放物線を描き、まるで生き物のようにファントムの体に突き刺さる。

 

「なんだと……⁉」

 

 転がったファントムは、そのままターゲットの人間から離れてしまう。

 その時、銃を発射した人間の姿が見えた。

 銀でできた銃を持つ少年……いや、青年だろうか。

 ボロボロの革ジャンと、赤いシャツ、ジーンズ。彼はクルクルと銃を回転させた。

 

「やあ。ファントムさん」

「貴様っ!」

 

 怒りのあまり、完全に彼に目線を集中した、その時。

 

「逃げて!」

「は、はい!」

 

 その声が、ファントムをターゲットに引き戻させる。

 すでにターゲットにしていた少女は、一目散のもとに逃げていた。

 彼女を逃がしたのは、ダウンジャケットの青年だった。長めの茶髪の彼は、少女が離れていったのを見て、最初の邪魔ものと合流した。

 

「あれがファントムか?」

 

 ダウンジャケットが言った。それに革ジャンは頷き、

 

「そう。あれが、人間を絶望させて生まれる怪人」

 

 こちらを指差した。

 ファントムは鼻を鳴らす。

 

「貴様ら……我々の邪魔をするか」

「そりゃするよ。悪いけど、人を守るために頑張ってるもんですから」

 

 そう答えるのは、革ジャン。

 彼は右手に指輪をはめた。人間の手がプリントされたそれを、腰のバックルに当てる。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 すると、そのバックルを中心に、銀のベルトが出現した。銀でできたそれを操作し、革ジャンのベルトから、奇妙な音楽が流れ出す。

 

『シャバドゥビタッチヘンシーン シャバドゥビタッチヘンシーン』

 

 不自然なほどに明るい音声。だが、発生源本人はそれに構わず、左手に新しい指輪を取り付けた。

 彼の中指を彩る、ルビーの指輪。

 同時に、ダウンジャケットもまた、動きを開始した。ポケットより取り出した、黒いエンブレム。龍の顔の紋章が描かれたそれを真っ直ぐ突き出すと、彼の腰にどこからか現れたベルトが装着される。

 革ジャンが、指輪のカバーを下ろし、ダウンジャケットが右手を斜めに伸ばす。

 二人は、同時に叫んだ。

 

「「変身!」」

 

『フレイム プリーズ ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

「っしゃ!」

 

 それぞれのベルトに、革ジャンがルビーの指輪をかざし、ダウンジャケットがエンブレムを装填する。

 すると、変化が起こった。

 革ジャンの左側に、赤い円陣が出現する。それは、ゆっくりと革ジャンの体を通過し、その体を変化させる。

 同時に、ダウンジャケットも見過ごせない。幾重にも重なる虚像。それらが何度も重なり合い、やがて実体となる。

 見れば、ファントムの前にいた人間たちは、もういなくなっていた。

 その代わり、その場には、黒と赤の宝石を散りばめた者と、赤い騎士だけだった。

 

「な、何だお前たちは……?」

 

 ファントムの問いに、革ジャンだった赤い宝石は、その腰のスカートをはためかせながら答える。

 

「俺はウィザード。人間を守る、魔法使いだ」

龍騎(りゅうき)だ。人を守る、仮面ライダーだ!」

 

 隣の鉄仮面も後を追うように付け加える。

 頭に血が上ったファントムは、全身をわなわなと震わせる。

 

「ふざけるな……! このヘルハウンドを怒らせたことを、後悔させてやる!」

 

 ファントムは両手から炎を放つ。それは二人を通過し、その背後を爆発させた。

 しかし、ジャンプした二人は、その勢いを利用し、こちらに攻め入ってきた。

 

「はっ!」

 

 ウィザードの蹴り。彼は何度も回転しながら、こちらに蹴りを放ってくる。

 

「だっ!」

 

 龍騎のパンチ。単純ながらも力強さを感じるが、対応は簡単だった。

 ファントムは二人の攻撃を受け流し、逆にそれぞれに拳と蹴りを返す。二人は逆に返され、距離を置く。

 

「それ程度、恐れるに足らず!」

 

 ファントムはにやりと口元を歪めた。

 しかし、ウィザードと龍騎は動揺の様子もなかった。

 ウィザードは右手の指輪を、新しいものに交換した。

 時を同じく、龍騎はベルトのエンブレムから、カードを引き出した。

 

『コネクト プリーズ』

『ソードベント』

 

 ベルトとガントレットから、そんな電子音が流れた。

 ウィザードは、魔法陣の中から銀でできた銃剣を引っ張り出す。

 龍騎の頭上より、どこからか飛来した龍。その尾と同じものが、その手に握られた。

 武器を持つ相手が二人というのは不利。

 そう判断したファントムは、手に持った小石を投げる。

 

「グールども!」

 

 ファントムの掛け声とともに、小石たちは魔力を帯び、それぞれが灰色の人型となる。

 グールと呼ばれる下級ファントムたち。意思もないそれらが、ゾンビのように鈍い動きで二人を襲う。

 しかし、ウィザードも龍騎も、簡単にグールたちを蹴散らしていく。

 

「こいつら……」

 

 次々に倒れていくグールたちに、ファントムは追加のグールを差し向ける。

 

「囲め囲め! 周囲から一気に攻め立てろ!」

 

 ファントムの命令で、グールたちは二人を中心に円陣を組む。これで、彼らがどこかに攻撃すれば、残りが一気に殲滅するという流れだ。

 龍騎も、キョロキョロと対応を考えていた。

 

「おいおい、どうすんだよ? けっこう不味くないか?」

「……大丈夫」

 

 少し考えたウィザードが余裕そうに答えた。

 

「こういう時こそ、新しく作った指輪の出番だ」

「え? え?」

 

 龍騎が二度振り向く。ウィザードは、右手の指輪を切り替え、再びベルトに読ませた。

 

『コピー プリーズ』

 

 すると、彼の体を、またあの赤い魔法陣が通過する。今度は、上から下へ。丁度彼の隣にも、同じように魔法陣が出現し、上から下へ移動する。

 すると、その魔法陣んが通過した場所には、もう一人のウィザードがいた。完全なるウィザードのコピーのようで、彼の動きを完全にトレースしている。

 

「ふ、双子?」

「もう一回」

 

『コピー プリーズ』

 

 驚く龍騎に同意する。だが、渦中のウィザードは、それらを全く気にしなかった。

 二人のウィザードが、同じように魔法を発動。倍々ゲームにより、四人のウィザードが円状のグールたちに向かい合う。

 

「一気に突破するよ!」

「ああ!」

 

 龍騎も、なぜか調子付いている。新たなカードを、左手の籠手らしきものに装填した。

 

『ストライクベント』

「_______」

 

 あの赤い龍が吠える。

 龍騎の右手に、その頭部を模したグローブが装着される。

 

『『『『キャモナシューティング シェイクハンズ キャモナシューティング シェイクハンズ』』』』

「はあああ……」

 

 四人のウィザードが、鏡写のように銀の銃を操作する。ルビーの指輪を読み込ませることで、その銃口に炎が宿る。

 同時に、龍騎が腰を落とす。引き戻した龍の口に、炎が沸き上がる。

 

『『『『フレイム シューティングストライク』』』』

「だああああああ!」

 

 四人のウィザードと、龍騎のストライクベント。合計五つから発射された炎が、爆発的に広がり、グールを焼き尽くしていく。

 ファントムが顔を覆い、視界を取り戻したとき、あれだけいたグールたちは跡形もなくなっていた。

 

「な、何だと……?」

 

炎が強すぎて、二人の姿が見えない。だが、『ルパッチマジックタッチゴー』などというふざけた音声から、間違って焼身してしまったという考えは捨てた。

 

「何なんだ……? お前たちは……?」

 

 炎の合間より見えてきた、二人の姿に、ファントムはむしろ恐怖さえ感じた。

 ウィザードは静かに告げた。

 

「お前がこれまで絶望させてきた人たちの報いだよ」

 

 ウィザードと龍騎は、同時に次の、そして最後の一手を繰り出した。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

『ファイナルベント』

 

 ウィザードが指輪をベルトにかざすと同時に、龍騎が左手の機械にカードを挿入する。

 すると、上空より現れた無双龍が咆哮とともに、二人の周囲を回る。

 ウィザード、龍騎。ともに腰を低くし、その周囲に火が集う。

 ファントム自身が発生させた火が、まるで彼らを補助するように集まっていく。

 そして、二人は同時に跳び上がる。

 体を回転させ、こちらに右足を向ける二人。さらに、その背後に赤い龍が加わる。

 

「はああああああああああああああああ!」

「だああああああああああああああああ!」

 

 龍の吐息が火となり、二人の飛び蹴りを包み込む。

 二つの火は龍とともに炎となる。

 

「おのれええええええええ!」

 

 ファントムは作り出した炎で攻撃するが、ファントムの小さな火では、龍が作り出した炎には到底及ばない。

 そのまま、ファントムには、二人の戦士が迫っていた。

 最期にファントムが思い浮かべたのは。

 

(私が絶望……この私が……)

 

「ぎゃあああああああああ!」

 

 ファントムが、自身の断末魔の終わりを聞くことはなかった。




1号ライダーが二人いるなら、やらずにおけない!
ダブルライダーキック!


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見滝原中央病院

ポケモン発売かあ……スイッチ買ってないんだよなあ


 ファントムが爆散した。

 ウィザードと龍騎は、それぞれの姿をもとのものに解除する。

 革ジャンとダウンジャケット。

 革ジャンの方は、まだギリギリ未成年の出で立ちだった。左手のルビーの指輪を外し、腰につけてあるホルダーに収納した。

 

「ふう……大丈夫? 真司(しんじ)さん」

 

 革ジャンは、そのままダウンジャケットに尋ねる。革ジャンより一回り年上の彼___その名は城戸真司(きどしんじ)___は、頭を掻きながら、

 

「ああ。にしてもハルト。お前も結構いろんな敵と戦ってるんだな」

 

 と答えた。

 革ジャンこと松菜(まつな)ハルトは、「いろんな敵?」と首を傾げた。

 

「だってよ。ああいうファントムだけじゃないだろ?」

 

 真司は両手を組む。

 

「この前だって、お前の偽物が大暴れしていたんだろ? 聖杯戦争なんてものにも巻き込まれているんだから」

「……いや?」

 

 ハルトは少し俯いて、首を振った。

 

「俺の敵は、ファントムだけだよ?」

「え?」

「ファントムだけ。あとは、止めるべき相手ではあっても倒すべき相手ではないよ」

 

 ハルトはニッコリとして見せた。

 そう。ほんの一週間前。ハルトは、ウィザードの力を奪われ、その力を利用した敵、アナザーウィザードと戦った。大勢の協力と幸運のおかげで、今はこうして復活している。

 

「まあ、真司さんはライダーだから、それが簡単ではないってことを伝えたいんだろうけどね」

 

 ライダー。騎乗者を意味するこの単語は、そのまま真司のことを示していた。

 聖杯戦争と呼ばれる、たった一つの願いのために、魔術師たちが殺し合う戦い。ハルトは今そんな争いに巻き込まれており、真司はハルトの使い魔であるサーヴァントだった。

 すでに戦いに巻き込まれてから一か月近くが過ぎている。紅葉の始まりに始まったハルトの聖杯戦争も、十一月。すでに紅葉が散った後となっている。

 真司は首を振る。

 

「いや。そうじゃなくて、さ。俺も前に似たようなことで悩んでいたから、ハルトはそこ大丈夫かなって」

「似たようなこと?」

 

 だが、ハルトの疑問に真司は答えない。彼と出会ってから一週間にはなるが、プライベートな話はともかく、彼は自分のことをほとんど話そうとしてくれなかった。

 しばらく真司を見つめたハルトは、天を仰ぐ。

 

「それに、もう犠牲なんて出したくないし」

 

 ハルトの脳裏には、数日前の新聞記事が浮かんでいた。

 

『見滝原中学校、謎の変貌 生徒二名が犠牲に』

 

 聖杯戦争。その一幕の舞台は、見滝原の中学校だった。

 

「あの時さ。アサシンのマスター。救えたはずだからさ」

「ハルトのせいじゃないよ。だって、お前だって力尽きてたじゃないか」

「そうだけど……」

 

 アナザーウィザードの正体、我妻由乃(がさいゆの)。ウィザードとして倒した後、行方をくらませた彼女は、異変解決後に死体として見つかった。喉を掻き切られたらしく、犯人は依然として捕まっていない。

 真司はポンと、ハルトの肩を叩く。

 

「犠牲を忘れろなんて、俺には言えない。俺だって、こんな悲しみを繰り返したくはないから」

「……でも……」

「でも、そうやってお前がくよくよしている間に、他の参加者が現れるかもしれない」

 

 真司の言葉に、ハルトは黙った。

 真司は続ける。

 

「そいつが、またアサシンのマスターみたいに誰かを巻き込むかもしれない。俺は、この手で守れる命は全員守る。そのために、俺たちは立ち止まっちゃいけないんだよ」

「……そう……だね」

 

 ハルトは頷いた。すると、真司は「よし!」と頷き、

 

「じゃあ、どこか行くか? 俺、今住むところ探しててさ。ほら、お前の下宿先に行くわけにもいかないだろ? 衣食住全部足りなくて……」

「あ、ああ。いいけど……ん?」

 

 ふと、ハルトは何かに気が付いた。腕時計を見下ろし、

 

「あっ! そうだった! 約束に遅れる!」

 

 ハルトは慌てて、指輪をバックルにかざした。

 

『コネクト プリーズ』

 

 出現した、ハルトと同じくらいのサイズの魔法陣に手を突っ込む。すると、そこからは銀を基調としたバイクが現れた。ウィザードの仮面をモチーフにしたハンドル部分。マシンウィンガーという名のそれに、ハルトはすぐさま乗り込む。

 

「ごめん! 真司さん! 俺、まどかちゃん……知り合いの子と待ち合わせあるから!」

「お……おう! 行ってこい!」

 

 ハルトは手で感謝を示し、アクセルを吹かす。

 真司が最後に後ろからかけた言葉は、ハルトには聞こえなかった。

 

「いいなあ……若いって」

 

 

 

 見滝原中央病院。見滝原の病院で、最も大きな病院である。

 東京ドームに匹敵する敷地内に、大きな複合病棟。病院として、あらゆる患者を受け入れており、のみならず無数の医学的発見もしている。

 そんな施設に足を踏み入れるのは、ハルトにとっては初めての機会だった。

 病院の入り口。でかでかと『見滝原中央病院』と記されている石の看板のそばに、目当ての人物はいた。

 

「まどかちゃん!」

 

 バイクを駐輪場に止めたハルトは、スマホをいじっているそのツインテールの少女に声をかけた。

 ハルトよりも低い背。白いセーラーブレザーが、彼女が見滝原中学校の生徒だと語っている。

 ハルトの声に、まどかと呼ばれた少女はこちらを向いた。

 

「あ、ハルトさん!」

「ごめん遅れて! なんか、凄まじく待たせてしまったみたいで」

 

 午後四時を刻む腕時計を見ながら謝るハルト。彼女が待ち合わせ時間に正確ならば、すでに一時間ここで待たせてしまったことになる。

 しかしまどかは両手を振り、

 

「いえいえ。ファントムが現れたんでしょう? だったら、仕方がないですよ」

「あ、ありがとう!」

 

 本当は時間ギリギリに行けばいいやと寄り道していたショッピングモールに現れたということは押し黙っていた。

 

「ふえ……チノちゃん、こんなに大きな病院に入院しているんだ……」

「他の生徒たちとは違って、安全地帯である教室から出ていたということで、ストレス以外にも、体の異常を調べるそうですよ」

「へえ……昨日は確か……」

可奈美(かなみ)ちゃんがお見舞いに行ってたそうです」

「ああ。元気そうだって言ってたな。でも、チノちゃんそんなに何かあったのかな? もう一週間だよ?」

 

 ハルトは、大きくそびえる病棟を見上げた。

 高層ビルにも負けない巨大な病院は、無数のガラスが張り巡らされており、その中を忙しなく行き来している人たちまで見える。

 

「チノちゃんとマヤちゃん……あ、一緒に入院してるチノちゃんの友達なんですけど。やっぱり色々ショックが大きかったそうです。キャスターさんとの戦いとかも間近だったせいもあるって、響さんが言ってました」

「ふうん……キャスターか……」

 

 ハルトが顔を曇らせる。

 キャスター。聖杯戦争の参加者の一角であり、ハルトにとって最も太刀打ちできない相手だった。黒翼の天使と呼ぶべき姿の彼女に立ち向かえたことが、ハルトにはなかった。

 そのまま、まどかの後で、ハルトは病院の自動ドアをくぐった。

 

「うわ……」

 

 病院内で、その大きさにハルトは唖然とした。

 さらに大勢の人があわただしく動いている。看護婦や受付がカルテを持ってゆっくりと走り回り、車いすの人や老人たちも理路整然と、順番待ちをしている。

 動けないハルトとは別に、まどかは手慣れた様子で受け付けで用を済ませて戻ってきた。

 

「ハルトさん。……ハルトさん!」

「うわっ!」

「どうしました?」

「いや……なんか、圧倒された。まどかちゃん、随分慣れてるね」

「私の友達の幼馴染がここに入院してますから、私もたまに来るんです。あ、チノちゃんは五階ですよ」

「五階……」

 

 なんとなく、ハルトは天井を見上げた。中央が吹き抜けとなっており、十階だか二十階だかの屋上のガラスまで視界が開けている。

 

「……俺のハリケーンで行った方が速いような」

「ハルトさん。常識捨ててますよ? そんなに理性吹き飛ぶほどですか?」

「だってさ、こんなに大きい建物、俺の地元でも旅でも見たことないから」

「ハルトさん、今までどこを旅してきたんですか? 東京って行ったことない?」

「ない」

「うわ、アッサリ」

 

 そうして、二人はエレベーターホールにたどり着く。建物が大きければエレベーターも大きい。満員電車顔負けの人たちが出てきた。

 

「すごい人……」

 

 ハルトは、驚きを通り越して、呆れかえっていた。

 

 

 

「チノちゃーん‼」

 

 病室に入ったハルトたちを迎えたのは、そんな少女の泣き声だった。

 

「メグさん……離してください」

「にゃははは! メグ、毎日来てるもんな!」

 

 青髪の少女、チノと八重歯が特徴の少女、マヤ。並んだベッドの二人に同時に抱きついている赤毛の少女がいた。二人よりも高い背丈、県構想な四肢の少女。彼女の名前が奈津(なつ)(めぐみ)、通称メグというのは別に訪れた者より聞いた。

 

「だってえ~」

 

 メグは二人の言葉も聞かず、ぎゅっと密接している。

 

「私が遅刻している間に、二人ともすごい怖い目にあったのに~! 私、何もできなくて」

「メグさんが無事なのがなによりですから。離して下さい」

「にゃははは! でも、メグにこうしてもらえるのも嬉しいぜ! ……お!」

 

 マヤがこちらに気付いた。

 

「よっす! まどか! ……と、知らないお兄さん!」

 

 知らないお兄さんことハルトは、マヤに会釈を返しながら、病室に立ち入る。

 

「やあ。チノちゃん。元気そうだね」

「ハルトさん……これが元気そうにみえますか?」

 

 メグに窒息寸前んまで締め付けられるチノが苦言を漏らす。メグの背中をポンポンと叩くが、もうすぐでギブアップしそうだった。

 ようやくメグが二人を開放する。チノはふう、と大きく深呼吸した。

 

「ハルトさん。まどかさん。すみません。わざわざ」

「気にしないで。俺たちも、この一週間、チノちゃんたちがどんな様子か気になっていたし」

「ココアちゃんはもう来たんだよね」

 

 まどかの質問には、チノより先にマヤが答えた。

 

「ああ! ココアは毎日来てたぜ! んで、メグも毎日来るもんだから、二人でそろってチノをぎゅぎゅってやってたぜ!」

「マヤさんだってやられてたじゃないですか。昨日は『うい~、もう少しで死んだひいじいちゃんが見えるところだった』って」

「言うなよ」

 

 そう言って、メグを合わせた三人は笑いあう。

 仲がいいな、と思いながら。

 

「でも、本当に良かったよ。……長居するのも悪いから、俺はこれで……」

「ハルトさん」

 

 帰ろうとするハルトを、チノが呼び止めた。

 

「あの、ハルトさん」

「どうしたの?」

「私、会いたい人がいるんです」

 

 心なしか、チノの目がハートマークに見える。

 ハルトは戸惑いながら、「だ、誰?」と尋ねると、

 

立花(たちばな)(ひびき)さん!」

 

 と、いつもの彼女からは結び付けられない明るい声で答えた。

 

「響さん……あの暗闇の中、私は響さんに救われました。あの人の凛々しさ、美しさ。まさに、私が追い求める理想像です」

「ココアちゃんが聞いたら泣くよ」

「私、響さんをお慕いしています! どうすれば……どうすれば響さんに会えますか?」

 

 ベッドから降りて、チノは一気にハルトに接近した。

 

「速く響さんに会いたいです! 助けてくれたお礼がしたいです! ハルトさん、知ってましたか? 響さん、本当にすごいんです! 凄い鎧で、悪い怪物をバッサバッサとやっつけて、私とマヤさんを守ってくれたんです!」

 

 饒舌な彼女への対応に困り、ハルトは視線でマヤに助けを求める。しかし彼女は、『この一週間ずっとこんな調子』と肩を窄める。

 ハルトは少し考えて、

 

「わ、分かった! 俺も、何とか響ちゃんを探してみるから! 多分、コウスケに連絡取れれば会えるから!」

「本当ですか?」

「本当本当! だから、今は治療優先な?」

「私本当にもう元気ですよ?」

「医者の言うこと聞いてよ」

「……分かりました」

 

 しゅんとおとなしくなったチノは、そのままベッドに戻る。

 

「チノちゃん……そんなに響ちゃんのこと好きだったっけ?」

「違う違う。一目惚れだよ」

 

 すると、マヤが頭の後ろで両手を組みながら答えた。

 

「アタシらさ、その響って人に助けられたんだ。んで、チノはその時ときめいちゃったわけ」

 

「同性なのに? まあ、中学生時代の若き日の何とやらか」

 

 すると、その言葉が耳に入ったチノはむすっとする。その表情を語気に入れないようにしながら、不機嫌そうに尋ねた。

 

「そういえば、ハルトさんがこっちに来ているということは、ラビットハウスは今可奈美さんがいるんですか?」

「いや? 可奈美ちゃんは今日非番だよ」

「え?」

 

 その瞬間、チノの表情が死んだ。

 ハルトは首を傾げながら、

 

「だから。今日、ココアちゃんだけだよ? ラビットハウスにいるの。俺も可奈美ちゃんもお休みだから」

「……つまり、ラビットハウスは今ココアさん一人だけですか?」

「そうなるね」

「一人……お店が……ココアさんだけ……」

 

 その刹那。チノは白目を剥いた。ドサッと音をたてて、気絶。

 

「あれ? チノちゃん?」

「うわっ! チノの奴、気絶してる!」

「あわわわわ! どうしよう、どうしよう⁉」

「わ、私お医者さん連れてくる!」

「え? コレ、俺のせい?」

「どう考えてもお兄さんのせいだよ!」

 

 マヤの言葉に理不尽さを感じながら、ハルトはまどかとともに病室を飛び出したのだった。




あら~ってやつですね


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迷子の迷子のチー君

勢いに乗ってしまった。投稿します


 お見舞いでむしろ容体を悪化させた気がするハルトは、まどかとともに廊下を歩いていた。

 

「いやあ、災難だったな……チノちゃんが」

「本当に災難でしたね……チノちゃんが」

 

 まどかも苦笑いしながら同意する。

 駆けつけてもらった医者に任せて、面会(容体悪化)に来た二人は、そのまま退散することになった。迷路のように巨大な病院は、少し気を緩めただけで迷子になる。

 

「あれ? さやかちゃん?」

 

 すると、まどかが声を上げた。真っ直ぐ先には、まどかと同じ見滝原中学校の制服を着た少女が病室のドアに張り付いていた。

 

「わわっ! まどか?」

 

 青髪ボブカットの少女は、驚きながらこちらを向く。前髪を小さなピンでとめた彼女は、顔を真っ赤に「しーっ!」と指を手に当てる。

 

「どうしたの今日? まどかも恭介(きょうすけ)のお見舞い?」

「ううん。違うよ。この前の学校の事件で、チノちゃんとマヤちゃんが入院してるから、そのお見舞い」

「ああ……そっか……二人は回復してないんだっけ。あれ?」

 

 さやかとよばれた少女は、ここでようやくハルトの存在に気付く。

 

「ねえ、まどか。その人は?」

「この人はハルトさん。大道芸人さん」

「ああ、アンタが噂の」

 

 さやかは頷いた。どうやらハルトの噂は、まどかの周囲では有名になっているらしい。彼女は吟味するように、ハルトを観察している。

 

「初めまして、だよね? 俺は松菜ハルト」

「美樹さやかです。ふうん……なるほど……」

 

 さやかは、ハルトの下から上をじっと読み取っている。

 

「まどか。この人がアンタの彼氏なの?」

「ちょっ!」

「どうも。まどかの彼氏です」

「ハルトさんまで乗ってきた⁉」

 

 折角だから少し困らせてみようと、ハルトはそう答えた。するとまどかは、期待通りにびっくり仰天。

 

「ちち、違うよさやかちゃん。私たちはその……」

「およ? 言葉にできない関係?」

「違うから! ハルトさん……」

「我々の関係をそうおっしゃるか……私は悲しい……オヨヨヨ」

 

 ハルトは我ながら似合わない声色で泣きまねをする。ますます困ったまどかだが、その終止符を他ならぬさやかが打った。

 

「まあ、それは冗談なんだけどね」

「冗談に思えないよさやかちゃん!」

 

 さやかは悪戯っぽく笑う。

 まどかはふくれた顔になり、

 

「さやかちゃんだって、上条くんの病室の前で何してたの?」

 

 とい言った。

 明らかにこれは入っていいのか迷っているだけでしょという言葉を抑える。

 

「あ、さっき言ってた友達って……」

「うん。さやかちゃんのこと。これって、言ってもいい?」

「うん」

「さやかちゃんの友達……上条(かみじょう)くんっていうんだけど、ずっと入院しているの。ここの病室で」

恭介(きょうすけ)はさ……ずっとバイオリニストを目指して頑張ってきたんだ」

 

 まどかの説明を、さやかが引き継ぐ。

 

「事故でさ。両腕が、バイオリニストとしてはできなくなる怪我。お医者さんによれば、もう医療で助かる見込みはないかもしれないって」

「それ……本人は知ってるの?」

「うん。それに、そもそも何となく分かっていたって」

 

 さやかが病室を少しだけ覗き込む。引き戸の間にわずかに漏れる夕日の光を、彼女は悲しそうに見つめていた。

 

「できることなら……代わってあげたいよ。こんなアタシの腕なんて、多少使えなくなってもいいのにさ……何だか、ごめんね。初めて会った人にこんな話」

「いや。いいと思うよ。そういう、他人のためになんでもって、俺は知らない気持ちだから」「そう?」

 

 力なく微笑んださやかは、ふうっと深呼吸する。

 

「じゃあね。まどか。また明日」

「う、うん」

 

 走り去る彼女の姿を、まどかが不安そうに見送っていた。

 

「……ねえ、ハルトさん」

 

 さやかの元気そうに見える後姿を見送りながら、まどかが尋ねた。

 

「何?」

「私……もしも、私が、上条くんの腕を治すよう願ったら……キュウべえに……」

「それは絶対にやってはいけない」

 

 それ以上は言わせるものかと、ハルトは堅い声で返した。同時に、施設周囲を警戒する。白い壁、白衣。エトセトラ。だが、どこにも神出鬼没な白い小動物はいない。

 改めてハルトは、

 

「あの営業動物に何を言われても、聞いてはいけないと思うよ」

「でも……上条くんは」

「感謝するだろうね。さやかちゃんも同じだろうけど。でも、それだけだよ。君はそれだけのために、一生ほむらちゃんのように戦えるの? 俺みたいに戦うの?」

「それは……でも、こんな私でも誰かの役に立てるなら……」

「自己犠牲が美しいのは、物語の中だけだよ」

 

 全ては、まどかを魔法少女というものにしようとする、キュウべえという妖精のせいだ。まどかを魔法少女にしようとして、事あるごとに願いを叶えるといい、またハルトにとっては聖杯戦争に参加させた元凶でもある。

 

「でも……」

 

 だが、中学生の少女には、それでも理解できていないようだった。

 ハルトは、少し残酷だが、具体的な話をしようと判断した。

 

「君が仮に、魔法少女になったとしてだよ。家族はどう思うの? タクミ君は? お姉ちゃんがある日からいなくなったって聞いたら、悲しまない?」

「うん……」

 

 少しは分かってくれたのだろうか。まどかは、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 迷子だ。

 病院外の敷地で、ハルトはそんな事態に遭遇した。

 広い敷地の中庭。中世のお茶会のような白いオブジェが設置されている優雅な場所で、ごくごく普通の少年が泣いていた。

 

 ハルトとまどかは少し顔を合わせ、近づく。

 

「ね、ねえ。どうしたの?」

 

 まどかがしゃがみながら尋ねる。だが、少年は「お姉ちゃん……!」としか口にしない。

 

「ね、ねえ……君。迷子だよね? お名前は?」

「お姉ちゃん、どこ?」

 

 四、五歳くらいの少年は、まどかの言葉に応えない。いよいよ困り果てたまどかに、ハルトは交代を申し出た。

 

「ど、どうするんですか?」

「こういうのはね、まず安心させた方がいいんだよ」

 

 ハルトは子供の前でしゃがみ、両手を合わせる。握りを作り、子供がそれに気付くまで数十秒。

 

「いい? 見てて」

 

 種も仕掛けもございません。ハルトがぱっと手を離すと、その中には、いつの間にか手のひらサイズの折紙飛行機があった。

 

「……?」

 

 泣き止んだ少年がじっと飛行機を見つめている。上手くいったと内心喜んだハルトは、その飛行機を飛ばした。

 夕焼け空へ滑空する飛行機の後を、少年はじっと見つめている。

 

「もう一個見せようか?」

 

 ハルトの言葉に、少年は元気に「うん!」と頷いた。

 

「よし。そうだな……何か、好きなものはある?」

「好き? うーん……」

 

 少年は、少し考えた。「よーく考えよう」という、何度か聞いたことがあるフレーズを口ずさみ、ようやく結論を口にした。

 

「鳥さん!」

「鳥?」

 

 丁度頭上で、烏が鳴いた。

 

「うん!」

「よし。じゃあ、見ててね」

 

 ハルトは両手をよく見るように言う。何もない掌と手の甲。左右に何もないことを示したハルトは、右手で筒を作り、その上に左手をかぶせる。

 

「そういえば、君、お名前は?」

「僕、チー」

「チー?」

「チー……」

 

 少年は、なぜか口詰まる。幼子には言いにくい名前なのかと判断したハルトは、

 

「じゃあ、チー君、かな?」

「うん! みんなチー君って」

「じゃあ、俺もチー君って呼んでもいいかな?」

「うん!」

「ありがとう。じゃあ、これはお礼」

 

 ハルトは少年チー君の視界を遮るように、左手の蓋を開ける。すると、右手の中には、小さな折鶴が収められていた。

 

「鳥さん……!」

 

 チー君は、目をキラキラさせて、それを掴み取る。

 

「鳥さーん!」

 

 チー君は折鶴を掲げ、まどかにも見せつける。

 

「うん。鳥さんだね」

 

 まどかも頷いた。

 ハルトはチー君の頭を撫でたあと、

 

「君のパパとママはどこ?」

 

 と尋ねた。

 しかしチー君は首を振る。

 

「ママは大好き。パパはよくわかんない」

「……?」

 

 よくわかんない。親を形容するには少し不自然に思えたハルトは、

 

「そっか。じゃ、お姉ちゃんはどんな人?」

 

 と聞き直した。

 すると、チー君はぱあっと顔を輝かせた。

 

「お姉ちゃんは大好き! いつも一緒!」

「そ、そうなんだ」

「でも、お外ではぐれちゃった……どこにいるか分かんない」

 

 そう言われて、ハルトとまどかは顔を見合わせる。

 

「どうしよう……まどかちゃん?」

「お姉さんが来てくれるのを待つしかないですよ。こういう時は、迷子になったところから動かないに限ります」

「そういうものか? まあ、だったら……」

 

 ハルトは、再び小さなお客様に、ちょっとした手品を見せる。一つ一つが彼には新鮮なのだろう。目をキラキラさせている。

 

「よし。じゃあ次は……」

 

「見つけた!」

 

 花を鳩に変えたハルトは、頭上から降ってきた声に反応する。

 病院の壁となる、無数のガラス。そのうち一枚。天井付近のガラスより、青空のような髪が突き出ていた。

 まどかよりも少し年上くらいの少女。ツーサイドアップの彼女は、同じく蒼い瞳で、チー君を見下ろしている。

 

「ちょっと待ってて! チー君! 今行くから!」

 

 彼女は大声で身を乗り出している。そして、

 あろうことか、支えである手を滑らせた。

 

「え?」

「え?」

 

 ハルト、まどかもともに茫然としている。

 体の比重が、徐々に外側が大きくなっていく。

 それはつまり。

 

 病院の窓から外に出てしまったということで。

 

「きゃあああああああああああああああ!」

 

 蒼髪の少女の悲鳴が上がる。

 高層ビルも顔負けの高さからだから、間違いなく落ちれば彼女の命はない。

 

「やばっ! 変身!」

『ハリケーン プリーズ』

 

 ハルトはノータイムで、エメラルドの指輪を使用。

ハルトの前に現れた、突風纏う魔法陣。緑のそれをくぐり、ハルトは風のウィザードとなる。

 そのまま上昇、蒼髪の女性をキャッチ。緑の風とともに、地面に降り立つ。

 

「ふう……大丈夫?」

 

 お姫様抱っこをしたまま、ウィザードはハルトに戻る。蒼髪の少女は、「へ? へ?」と、金魚のように口をパクパクさせている。

 

「お姉ちゃん!」

 

 彼女を下ろしたタイミングで、チー君が駆け寄ってきた。蒼髪の少女の腰に抱きつき、それでようやく彼女は我に返る。

 

「はっ! チー君、どこ行ってたの? 心配したのに」

「えへへ」

 

 蒼髪の少女の注意も、チー君は笑って答える。

 

「お兄ちゃんからこれ貰った!」

 

 チー君は、折鶴を見せびらかす。蒼髪の少女はチー君の頭をなでながら、

 

「全くもう……あ、ごめんなさい。面倒見てもらっちゃって」

「いえいえ」

 

 まどかは手を横に振る。

 

「ハルトさん……あ、こっちの人が色々とやっていたので、お礼はそちらに」

「そうですか。改めて、ありがとうございます」

 

 蒼髪の少女は、ハルトに改めて頭を下げた。

 

「あと、さっきは助けてくれて本当にありがとう」

「別にいいって。でも、窓から身を乗り出すのは危ないよ」

「はい」

 

 ニッコリと笑顔を向けられ、ハルトは頬をかく。

 

「本当にありがとうございました。ほら、チー君も」

「ありがとう! お兄ちゃん!」

 

 蒼髪の少女に連れられ、チー君はそのまま病院の入り口へ消えていった。

 まどかがにっこりと見送っていたが、ハルトは動かずにじっと蒼髪の少女を見つめていた。

 

「ハルトさん?」

「ん? あ、な、なに?」

「どうかしました?」

 

 まどかがこちらの顔を覗き込む。

 ハルトは大慌てで首を振った。

 

「べべべべべ別に⁉」

 

 自分の声が思わず上ずったことに、ハルトは気付くこともなかった。




前に迷子に声かけたら泣かれたことがあります(店員アルバイト時


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私、小っちゃくなっちゃった!

色んなアニメから引っ張り出すけど、やっぱり限界あるな……せや!
この枠で紹介すればいいんだ!


「ただいま」

 

 チリンという音とともに、ハルトは喫茶店のドアを潜った。

 ラビットハウス。ウサギ小屋を意味する店名は、ハルトの泊まり込みの職場だった。レトロな雰囲気あふれるその店に入れば、カフェインの匂いが鼻腔を駆け巡る。

 

「お帰りなさい」

 

 そう答えたのは、赤いエプロンを着た少女だった。髪を短く結んだ、健康的な四肢の少女。衛藤(えとう)可奈美(かなみ)という名の少女は、カウンターに盆を置いた。

 

「ハルトさん。チノさん、どうだった?」

「元気そうだったよ。メグちゃん……だったっけ? っていう友達も来てたし」

「ああ、私も昨日会ったよ。結構元気そうだったね」

 

 可奈美はニッコリとほほ笑む。

 ハルトは彼女の隣の座席に座った。

 いつものように、喫茶店ラビットハウスに客足などという耳に優しい言葉は似合わない。いるのはいつものように、店員の可奈美のみだった。閑古鳥が鳴く店内で、ハルトは肘をつく。

 

「あれ? 今日は休みじゃなかった? どうしたの?」

「ああ……ちょっと、ピンチヒッター」

「ピンチヒッター?」

 

 ハルトの疑問に、可奈美は背後を指差した。ハルトの位置から見て、丁度可奈美と一直線上。カウンター席に、ラビットハウスの制服が仕事を放棄していた。店員業務ではなく、飲んだくれのようにカウンターにうつ伏している。

 何事かと回ってみると、そこには仕事を放棄している店員がいた。

 

「……ココアちゃん?」

 

 保登心愛___通称ココア___は、目をグルグルと回しており、「チノちゃん……チノちゃん……」とうわごとのように呟いていた。

 

「え? ココアちゃん、どうしたの? ……可奈美ちゃん、これ何事?」

「それがさあ」

 

 可奈美が苦笑する。

 

「チノちゃんショックだってさ」

「チノちゃんショック?」

「うわあああああああああ!」

 

 突如として、ハルトの死角よりココアが掴みかかってきた。

 

「チノちゃんがああああ! 私から離れていくよおおおお!」

「なになになに⁉」

 

 しかもココアは、そのままハルトの首をぐるんぐるんと揺さぶる。女子高生によって殺されかけるという明日の一面を飾らないよう、ハルトは彼女の腕を振りほどいた。

 

「落ち着いて! どうしたの?」

「チノちゃんが……チノちゃんと会えなくなって、もう一週間だよ!」

「お、おお……お見舞い行ってないの?」

 

 ハルトへの応えは、ココアの泣きじゃくり。とても話にならないので、ハルトは可奈美に助けの視線を投げた。

 

「えっと……ほら。アサシンの色々が終わってから、チノちゃんたちの学校の人みんな入院したでしょ?」

「あれは結構てんてこ舞いだったよね」

「うん。それで、ココアちゃんそのまま真っ直ぐ学校から病院に向かったの」

「うんうん」

 

 それまでは何も不自然はない。ハルトがそう思っていた時。

 

「ココアちゃん、意識はっきりしてる全校生徒の前でチノちゃんに抱きついたらしいよ。頬ずりいっぱいしながら」

「うわぁ。思春期中学生になんてことを」

 

 すると、ココアが涙目でこちらを見上げた。

 

「だって! チノちゃんのことが心配だったんだもん!」

「はいはい……それで? それだけ?」

 

 すると、可奈美の目がハルトの知らない人種の目に変わった。

 噂と恋愛ネタが大好き(偏見)な、女子中学生の目だ。

 

「これは昨日マヤちゃんから聞いた話なんだけど……ついでに本人にも確認しちゃおうか?」

「何?」

 

 ココアがこちらから可奈美へ振り向く。

 

「ココアちゃんが病院のど真ん中で、『チノちゃんは私の可愛い可愛いラブリープリチーな妹なんだから!』って大声で宣言したって本当?」

「うわぁ……保登さんひくわー」

 

 ハルトは体の重心をずらす。支えを失ったココアは四つん這いになったが、それでも「違うよ!」と訴えた。

 

「私が言ったのは、『チノちゃんは私の可愛い可愛い愛しの大切で大事で家族にも紹介したい一生涯を添い遂げる妹だよって言ったんだよ!』

「「……」」

 

 ハルトは何も言えなくなった。さっきまで面白そうな目をしていた可奈美も、今や目が死んでいる。

 そして。

 

「「保登さんひくわー」」

「なんで⁉」

 

 奇しくも可奈美と同時に後ずさる。一人取り残されたココアは、まるで子供のように四肢で暴れ出した。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ! チノちゃんがいないといやだ!」

「駄々っ子か!」

「私とは遊びだったの⁉ 私は、もう捨てられるの⁉ 私への愛は、どこ行っちゃったの⁉」

「俺に言わないでよ! 言い方! 言い方! 話の流れはともかく俺にしがみつくココアちゃんっていう絵面のせいで、俺がココアちゃんを遊び回して捨てたみたいな言い方しないでよ!」

「松菜さんひくわー」

「違うから! ……ああもうっ まだるっこい!」

 

 自棄が回ってきたハルトは、ポケットから新しい指輪を取り出す。まだ使ったことのない新品の指輪をココアにはめ、バックルにかざす。

 

『スリープ プリーズ』

 

 すると、ココアの体を小さな魔法陣が通過する。ココアはウトウトと、目線をあいまいにしだした。

 

「あれ? 何か……体が重くなってきたよ……?」

 

 フラフラと体を揺らすココア。そのまま倒れこむ彼女を、ハルトは受け止める。

 

「疲れて眠くなっちゃったんでしょ? お姉さま」

 

 ハルトは大人しくなった妹離れできない姉をカウンター席に戻す。

 

「ふう……新しい指輪が役に立った」

 

 ハルトはココアの指から指輪を回収しながら呟いた。

 覗き込んだ可奈美は、

 

「それが新しい指輪? そういえば昨日、新しい指輪を作ったって言ってたよね?」

「あ、うん。今日三時ぐらいまでで、三つできた」

 

 ハルトは三つの指輪を見せる。

 

「結構大変だったよ」

「そういえば、指輪ってどうやって作るの? その辺で売っているわけでもないでしょ?」

「ああ。魔法石っていう石から作るんだ」

「魔法石?」

「滅多に見つからない石。魔力が溢れた場所にあるんだ。例の事件の後、中学校の近くで見つけた」

「へえ……」

 

 可奈美が指輪のうち一つを取る。

 

「これって何の魔法なの?」

「それはコピー」

 

 ハルトは、その指輪を自身の右手に通し、ベルトに読み込ませる。

 

『コピー プリーズ』

 

 すると、ハルトのすぐ隣に魔法陣が出現する。それが通過し、もう一人のハルトを作り出した。

 

「うわ! ハルトさんが増えた!」

「むにゃむにゃ……ハルトさんが三匹」

「「俺は羊か」」

 

 寝言を言ったココアに、二人のハルトが同時につっこむ。

 

「「……まあ、こんな風に、完全にトレースした分身を作れるんだ。動きとかも一緒だから、人手不足の解消には役に立たないけどね」」

 

 ハルトの声が二重になる。可奈美は目を横一文字に結びながら、

 

「まあそもそも、このお店が人手不足になること少ないけどね」

「止めてあげてよお!」

 

 分身を消滅させながら、ハルトは叫んだ。

 

「……まあ、そんな感じで。こっちのスリープは、今やって見せた通り、使った人が寝ちゃう魔法」

「ああ、それで昨日ハルトさん部屋のど真ん中で寝てたの?」

「うぐ……まさか遅刻しそうになるとは……」

 

 ハルトは頭を押さえる。その間に、いつの間にか可奈美が最後の一つを自分の指輪に通していた。

 

「あれ?」

「最後の一つはどんなのかな?」

 

 ハルトが止める間もなく、可奈美はハルトのベルトに指輪を通す。

 可奈美がつけた指輪の効力は、

 

『スモール プリーズ』

 

縮小の魔法。三つの魔法陣が、可奈美の体縮めていく。

果たして可奈美は、身長わずか三十センチの動く人形となってしまった。

 

「なにこれ⁉ すごい!」

 

 可奈美は小さな体でピョンピョンと跳ねる。

 

「ハルトさん! これ何の魔法?」

「小さくなる魔法。だから説明も聞かずに使うからそんなことになるんだよ」

「すごいよこれ! いつも見てるラビットハウスが違う世界に見える!」

「聞いちゃいないし。……ほら」

 

 ハルトは小さい可奈美に手を差し伸べる。

 

「……ん?」

「いや、肩に乗るかなって」

「ああ、そういうこと。オッケー」

 

 承諾した可奈美は、あっさりと掌に乗る。そのまま体を伝い、肩……を通過し、そのまま左手からカウンターに着地した。

 

「うわぁ……いつものカウンターも、街みたい!」

 

 テンションが上がった可奈美は、そのままコップやティッシュ箱の裏などを散策している。

 

「何してるの?」

「ほら、昔から言うでしょ? 物にはみんな魂があるって。一生大切に使っていると、いいことがあるって死んだおばあちゃんが言ってたんだ」

「俺は初耳かな」

「いっぺん小さくなって、そういうのを体験してみるの、やってみたかったんだ!」

「要は座敷童(ざしきわらし)ってやつか」

「そう!」

 

 ニッコリと返した可奈美に、ハルトは頬をかきながら、

 

「悪いけど、スモール、大体十分くらいで効力切れちゃうからさ、あまり狭いところには入らないでほしいんだよね。大きくなるとき大変なことになりそうだから」

「十分だけ? そっか……」

 

 可奈美はしょんぼりとするが、すぐに復活。

 

「だったら、せめて今だけでも遊びたい!」

 

 可奈美が走り回ろうとしたとき、ドアチャイムが鳴った。

 制服を着た店員が誰一人として接客できない状況だが、ハルトはとりあえず「いらっしゃいませ」と声をかけた。

 だが、入ってきたのは人間ではない。赤、青、黄の三色の動くプラモデルだった。

 ハルトは一瞬顔が引きつるが、穏やかに足元に寄ってきた様子に、胸をなでおろした。

 

「よかった……ファントムじゃなくて魔力切れか……お疲れ様」

 

 青い馬、黄色のタコ。そんな印象のプラモデルたちは、ハルトが触れるとその体を消滅させた。残った指輪を、またベルトに読ませる。

 

『ユニコーン プリーズ』

『クラーケン プリーズ』

 

 虚空の空間より、青と黄のランナーが出現する。そこから外されたパーツがくみ上げられ、たった今消滅した馬とタコが組みあがった。

 全自動プラモデル組み立てを一瞥することなく、ハルトはその二体に再び指輪を埋め込む。

 プラモンスター。魔力で動く、ハルトの使い魔たち。普段はファントムの探索のために町をパトロールしており、今は休憩のため、ココアという台座の上で跳ねまわっている。

 

「あれ? ガルーダは?」

 

 ハルトは、もう一体あるべきプラモンスターの姿を求めて店内を見渡す。

 店に戻ってきたのは三体。最後の一体、レッドガルーダの姿がどこにもなかった。

 

「うわっ! ガルちゃん、くすぐったい!」

 

 そんな声が、カウンターから聞こえてきた。見下ろせば、赤いプラスチック製の鳥が、同じくらいの背丈の可奈美に甘えるように頬ずりしている。

 

「え? 可奈美ちゃん、いつの間にガルーダとそんなに仲良くなったの?」

 

 ガルーダが、これまで見たことないくらい小さな可奈美の姿に興奮している。

 可奈美はガルーダを制しながら言った。

 

「この前の事件の時から、懐かれちゃって」

「懐かれた?」

 

 一番肯定しているように、ガルーダが鳴き声を上げる。

 

「ほら。私、ガルちゃんのサポートで色々頑張れたところもあるから。それでかな?」

「俺にはそこまでしてくれたことないのに」

 

 するとガルーダは、可奈美の体を放り上げる。そのまま背中に乗せ、飛び上がった。

 

「うわっはははは! すごいすごい!」

 

 可奈美の声が、天井近くから聞こえてくる。

 ガルーダはそのまま店内を滑空。カウンターの真下、机の下、ハルトの頭上、柱旋回。どれも普通の人間では大きすぎて探検できないエリアだ。

 止めようとするが、暴走する使い魔は、ご主人様(ハルト)の声よりも、可奈美と一緒にいられることを選んだ。

 

 そのままガルーダは、店を飛び出し、夜空へ上昇していく。

 

「おい!」

 

 ハルトが店を飛び出すが、ガルーダの影はすでに暗闇に紛れている。

 

「すごいすごい! どんどん上昇していくね!」

 

 ガルーダの嬉しそうな声。

 ハルトは二人に、大声で伝えた。

 

「ガルーダもうすぐ魔力切れだよ! 危ないから、早く戻ってこい!」

 

 すると、その言葉が現実になった。

 ガルーダが指輪を残し、消滅。小さな可奈美は、上空でただ一人取り残されてしまった。

 

「え?」

 

「えええええええええええええええええええええ⁉」

 

 哀れ小さな可奈美は、そのまま重力によって落下。

 慌てて受け止めようとするが、いかんせん可奈美の小さな体は、その輪郭を捕らえるのがとても難しい。

 おまけに夜だ。視界も利かない中、可奈美の体はどんどん加速していく。

 そして。

 

 ちょうど、ハルトの頭上で、スモールの効力が切れた。

 

「ぐぎゃっ!」

「きゃっ!」

 

 つまり、ハルトからすれば、突然可奈美の体が出現したことになる。それが、ハルトの体を押し倒した。

 

「だ、大丈夫ハルトさん⁉」

 

 クッションになったおかげで可奈美は傷つかずに済んだが、そのダメージは全てハルトが肩代わりすることとなった。

 額に落ちてきた指輪に、ハルトは目を回しながら恨めしそうにつぶやく。

 

「ガルーダ……覚えてろよ……ガクッ」

「ハルトさあああああああああああああん!」

 

 可奈美の断末魔を子守歌に、本日の松菜ハルトは営業を終了した。




ハルト「はい、というわけで今回から始まりましたアニメ紹介コーナー」
可奈美「イエーイ!」
ハルト「これからは、後書きで、アニメをランダムに一つ紹介していきます……って、どうせ平成後期に偏ってるんじゃない?」
可奈美「そこは気にしちゃいけないよ! 最近になるほどアニメの数だって増えているんだし。それに私も平成後期だからね」
ハルト「そもそもここに登場してるキャラだってほとんどが平成後期……」
可奈美「言わせないよ!それでは今回のアニメは、こちら!」

___高すぎる景色の向こう側で待ちわびた世界があると知っている涙___

可奈美「彼方のアストラ!」
ハルト「2019年7月から9月まで放送されていたね」
可奈美「魅力といったら、何といっても伏線だよね! 第1話から違和感を感じたアナタ! それは大正解!」
ハルト「最近では珍しいSFものだよね。冒険冒険。少年心を思い出させてくれるよ」
可奈美「原作も5巻完結だから、集めやすいのも魅力! 十五少年漂流記をモチーフにしているっていうのも、目から鱗だよ!」
ハルト「可奈美ちゃんそんなことわざ知ってたんだ」
可奈美「所謂最初の必殺技が最後に役立つ、熱血主人公、オマケに共通点は……」
ハルト「だああああああああ! ネタバレダメ絶対! こ、今回はここまで! ありがとうございました! このコーナーは、不定期に更新していきます! おい、可奈美ちゃん! それ以上は言っちゃいけないっての!」
可奈美「ぷはっ! 次回もお楽しみに!」


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その名はクトリ

ゴジラVSシンフォギア コラボ決定
ゴ ジ ラ
ゴ  ジ  ラ


俺「うっしゃああああああああああ‼」



「取材?」

 

 チノが驚きの声を上げた。

 丁度退院の日。一足先に退院したマヤがメグと歩き去っていくのを見送った後、ハルトがそう伝えた。

 

「そう。取材。明日、なんかアイドルだったかモデルだったかの子が来るらしいよ」

「ど、どんな人なんですか?」

 

 チノの声が興奮で震えている。ハルトはポンと彼女の頭を叩きながら、

 

「今新進気鋭ってやつらしいよ。俺も良く分からないけど。チノちゃんはこういうの好きなの?」

「いえ。全く好きではありません」

 

 チノはきっぱりと言い放った。だが、彼女の頬に残る赤身が、冷めきれない興奮を物語っている。

 

「別に私はそういう俗物に興味はありません。時々マヤさんメグさんが話しているのを聞いていますが、別に共通の話題が欲しいわけじゃないです。ただただ、ラビットハウスの宣伝になってくれるなら、売り上げになるのが嬉しいだけです」

「普通に嬉しいんだね」

「違います」

 

 そう言って、病院の玄関へ向かうチノの足取りは、どう見ても喜びのそれだった。

 

「チノちゃん、待ってよ。ほら」

 

 ハルトは、チノにヘルメットを投げ渡す。が、運動神経ゼロのチノはそれをキャッチできず、頭にゴチンとぶつけてしまった。

 

「あう……」

「あ、ごめん」

「いえ……それより、早くラビットハウスへ戻りましょう」

 

 顔ではいつものチノのポーカーフェイスだが、それ以外の部位が震えている。

 

「チノちゃん、アイドルの人に会いたいんだよね?」

「会いたくありませんあくまで宣伝です会いたいわけじゃないです」

「はいはい」

 

 素直じゃない中学生に続いて、ハルトは病院を出る。

 平日昼間の、比較的人の少ない病院。中年老人が多い中で、ハルトやチノという若い人物はそれだけで一目を集める。

 だからだろうか。

 病院の外庭に佇む、蒼い少女もまた、とても目立っていた。

 

「あれ? あの子……」

 

 ハルトは、思わずそちらに注目する。

 蒼いツーサイドアップの少女は、白いワンピースの上にコートという、冬には寒い衣装で青空を見上げていた。

 噴水のある病院の庭にただ一人の彼女。この光景を額縁に入れれば、有名な絵画にもなるだろうと感じていた。

 

「確かこの前の……」

「ハルトさん?」

 

 チノを置いて、ハルトの足はいつの間にか彼女へ向かっていた。

 蒼い少女は、静かに朝の空気に触れる。まるで空中に浮かんでいた鈴のように、彼女の指先は風という涼しい音を奏でた。

 

「……」

 

 決して、何も見えはしない。だが、彼女が奏でるその音色は、太陽の光を捻じ曲げ、不可視を可視にしていた。

 

「こんにちは」

 

 ハルトのその声に、蒼い少女は振り向く。驚いたような表情は、ハルトをしばらく見つめて「ああ」と、息を吐く。

 

「君は確か、チー君を助けてくれた人」

「会うのは二回目、だよね。俺は松菜ハルト。で、こっちはチノちゃん」

「はじめまして」

 

 チノが、挨拶の準備なんてしてない、というような声を上げた。

 すると、蒼い少女はクスクスと笑い、

 

「クトリ。クトリ・ノタ・セニオリス」

 

 と名乗った。

 クトリ。その名を口の中で反芻させたハルトは、そのまま尋ねる。

 

「珍しい名前だね。外国の人?」

「ううん。この名前、病院でつけられただけだよ」

 クトリはにっこりとほほ笑み、引き続き透明な音楽を鳴らす。

 

「えっと……あ、思い出した」

 

 クトリはポンと手を叩く。

 

「この前から入院してた子でしょ? 私たち、何回か病院ですれ違ったけど、覚えてない?」

「はい。覚えています」

 

 チノは頷いた。

 

「クトリさんも、こちらに入院されていたんですか?」

「ううん。私はちょっと違うかな」

 

 クトリは髪を抑える。風で靡く姿が、ハルトにはとても美しく思えた。

 

「私は、この病院に住んでるから」

「住んでる?」

 

 ハルトが首を傾げる。すると、クトリは両手を後ろで組みながら教えてくれた。

 

「結構多いらしいよ。産んだ子供を病院に置いたままいなくなる親って。私もチー君も、そういう子供」

「ごめんなさい。私……」

「気にしないで」

 

 顔を下げるチノを、クトリが慌てて止めた。

 

「そういうの、慣れてるし。それに、病院で色んなお手伝いもできるから、不満もないし」

「そうですか……」

「それより、えっと……君、ハルト君、でいい?」

「何?」

 

 クトリは頬をかきながら、少し恥ずかしそうに尋ねた。

 

「あの……さ。チー君があれから、君の手品を見たいって言って聞いてくれないんだけど。よかったら、その……タネとか教えてくれない?」

「ええ? それはダメだよ。芸ってのは、自分で見つけて自分で身に付けるものだから。まあ、マネしたいなら見せてあげるけど」

「そう……」

 

 クトリはしゅんと落ち込む。

 するとチノは、ハルトの袖を引いて、

 

「それでしたらハルトさん。たまに、クトリさんたちに見せてあげてはいかがですか?」

「まあ、それならいいけど。チノちゃんはいいの?」

「はい。私はそれでも。事あるごとに抜けるココアさんに比べたら、ハルトさんの慰問くらい何てことありません」

「これは慰問じゃないと思うけど……チノちゃん。もしかして覚えたての難しい言葉かたっぱしから使いたがってない?」

「そんなことありません」

「そう? まあ、チノちゃんがそれでいいならいいけど……クトリちゃんもそれでいい?」

「本当?」

 

 すると、クトリがハルトに一気に顔を近づける。その青空よりも蒼い瞳が、ハルトをドキドキとさせた。

 

「来てくれるの? 良かった、チー君がいつも言ってるから私も見てみたいとずっと思っ……コホン!」

 

 突如我に返ったクトリは、赤面しながら咳払いをする。

 

「よかった。受付に話を通しておくから、たまに来てくれたら嬉しい」

 

 先ほどと比べて、明らかに声が固い。そこでハルトは、あえて意地悪をしてみることにした。

 

「ねえ、クトリちゃん。……もしかして、クトリちゃんも俺のマジック見たい?」

「⁉ ち、違うよ!」

 

 彼女の薄い赤が、ゆでだこのように真っ赤になる。

 

「私は年長者よ! 皆の中でお姉さんよ! そんな私が、ま、マジックなんて子供だましを見たいわけないじゃない!」

「おう、本人の前で軽く失礼なことを言う年長者だな」

「見たいのはあくまでチー君よ! 他の子たちも見たがってるけど、まさかお姉さんの私が診たがるなんて、そんなわけないでしょ!」

「ココアさんみたいですね」

 

 チノの発言に、ハルトは大いに同意した。だが、クトリは首を大きく振る。

 

「違うわよ! 私は別にマジックなんて興味ないわええそうよ! チー君が毎日毎日見たいみたい言うからよその意思を伝えたいからこうなってるのよ」

「分かった分かった。たまに顔出しに行くから。少し落ち着いて」

 

 すると、クトリの顔がパアッと輝いた。だが、すぐに落ち着き、

 

「コホン。ねえ、一つ何か見せてくれない?」

 

 と尋ねる。

 ハルトはチノの方を見る。チノもチノで、ハルトの大道芸を大して見たことはないので、少し期待の眼差しを向けていた。

 ハルトは「そうだな」と少し考え、

 

「それではお二方。ここに取り出しましたるは……」

「クトリ」

 

 ショーの時間、五秒。

 クトリの集中を奪ったのは、病院の庭にやってきた人物だった。

 長身の、白衣を着た男。厳つい顔は皺だらけだが、その青い眼差しには強い光が灯っていた。ライオンの(たてがみ)のように広がった髪は、その赤毛も相まって、太陽を連想させた。

 

「何をしている? 休憩時間は終わったぞ」

「あ、院長」

 

 院長。つまり、この見滝原中央病院の総責任者だということ。

 院長はハルトとチノにも一瞥し、頭を下げた。

 

「初めまして。そちらのお嬢さんは、確か今日退院の香風智乃さん……かな?」

「は、はい……」

 

 にっこりと笑う院長に、チノはどことなく怯えている。生来の人見知りする性格が表に出たのだろう。チノは、ハルトの背後に隠れていた。

 

「とすると、君は引き取り人かな?」

「はい。チノちゃん……香風さんのところのバイトです」

「そうでしたか。改めて、院長のフラダリ・カロスと申します」

 

 フラダリという名の院長は、自己紹介もそれだけで、クトリに向き直る。

 

「クトリ。第七手術室で、スタッフの手が足りないらしい。戻りなさい」

「え? ……」

 

 クトリは、ハルトに残念そうな視線を投げる。だが、ため息をついて、「はい!」と病院に戻っていった。

 

「すみませんね。クトリがご迷惑をおかけして」

「いいえ。別に」

 

 ハルトが首を振った。

 フラダリはしばらく、ハルトの右腕に隠れるチノを___もしかしたら、その前のハルトの腕を___見下ろした後、

 

「それでは、私はこれで。お帰りもお気を付けください」

 

 と、去っていった。

 綺麗な庭で残されたハルトは、しばらく黙ってから、チノに言う。

 

「帰ろうか。ココアちゃんも、早く会いたがっているよ」

「ココアさんは、謝ってくれるまで話したくないです」

 

 むすっとしているチノを、ハルトは笑って過ごすほかなかった。

 

「あれ? 今日平日なのに、クトリちゃん学校行かないのか……? 病院で働いているってことは、もう卒業したのかな?」

 

 ふと、ハルトはそんな疑問を口にしたのだった。




響「ねえねえ、コウスケさん!」
コウスケ「何だよ?」
響「私たち、まだ出番来てないのに、変なカンペ渡されたよ!」
コウスケ「ああ? アニメ紹介コーナー?」
響「ここにあるアニメを紹介しろって」
コウスケ「ああ、皆まで言うな! つまり、語ればいいんだろ? どうせオレたちに出番はねえんだ。やってやろうぜ!」
響「オッケー! というわけで、今回の紹介はこちら!」

___目を醒ませ 僕らの世界が何者かに侵略されてるぞ___

響「SSSS.GRIDMAN!」
コウスケ「2018年の10月から12月まで放送されていたアニメだな。結構最近だな」
響「原作は、1993年の特撮、電光超人グリッドマンだね!」
コウスケ「記憶喪失の主人公、響裕太が、グリッドマン同盟の皆と怪獣事件に取り組んでいくストーリーだぜ!」
響「私?」
コウスケ「お前じゃねえよ。お前の響は名前だろうが。こっちは苗字だ」
響「話が完全に師匠好みのお話だよ! そういうのが好きな人は、ぜひ見てみよう!」
コウスケ「そりゃ天下の円谷だからな」
響「私も巨大化したい!変身したい!ボラーちゃんとお話ししたい!」
コウスケ「なぜボラー?」
???「そりゃ同じ声だからな」
響「私の中から他の人の声が!」
コウスケ「これ以上はやめろ! 今回のコレ、絶対にゴジラコラボのノリで選んだだろ!半年前にコラボしてたからな!」
響「私グリッドマンと会った記憶ないよ⁉」
コウスケ「やめろ! それ以上はややこしくなる! ほら! 終了! おしまい! 次回もお楽しみに! ってやめろ、それ以上しゃべるなややこしくなる!」


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はたらくサーヴァント

ここに当たる話をいくつも作っては削除の繰り返し……
お待たせしました!


「……うわぁ……」

 

 結城(ゆうき)友奈(ゆうな)は、口をあんぐりと開けていた。

 讃州中学の制服をずっと使いまわし、どことなく擦り切れているが、生来の明るい表情のおかげで、それはあまり目立たなかった。しかし、薄汚れた赤髪が、その印象を逆方向へ塗り潰している。

 

「真司さん……本当にここで合ってるの?」

「あ、ああ……間違いない、はずだ」

 

 隣のダウンジャケットの青年、城戸真司は頷く。彼は何度も手に持ったチラシと目の前のものを見比べている。

 寒くなってきた季節に相応しい水色のダウンジャケットを着た茶髪の青年だが、その目つきに聡明さは皆無だった。

 真司は頭を掻きながら、

 

「住所は合ってる。だから、ここなんだと思うけど……」

 

 だが、彼の表情には不安が滲み出ていた。

 不安を振り切った

 

「こりゃ……すごいな」

 

 友奈と真司は、ともに口をあんぐりと開けていた。

 真司が何度も持ってる案内と物件を見比べている。

 そんな彼に、友奈が静かに「ここで合ってる?」と尋ねた。

 真司は頷いた。

 

「間違いない……らしいな。ヴィラ・ローザ見滝原って名前も間違いないからな」

 

 真司は木製看板を睨みながら確認する。二階建ての木造アパート。親どころか祖父母よりも年上らしき建物の敷地に入る。

 庭に踏み入った途端、老齢の木の匂いが友奈の鼻を刺激する。神の力を得た樹とはまた異なるオーラに気圧されながら、真司に続いて錆びた階段を登った。

 

「なんか……今にも壊れそうだね」

「さすがにそれはないだろ? ……多分……」

 

 真司も少し不安を示していた。一段一段登るごとに、ミシミシと音が鳴る。

 

「えっと……この部屋かな?」

 

 真司が鍵を通したのは、二階の階段に一番近い部屋だった。ガチャと開錠し、軋むドアで中に入る。

 乾いた藁の匂いで、友奈は少し懐かしく感じた。真司の次に入ったその1Kの部屋は、年頃の友奈が年上男性の真司と共同生活するには、少し狭く感いかもしれない。

 

「まあ、贅沢は言う気はないし、これくらいの部屋は文句ないな。友奈ちゃんは?」

「私はないよ」

 

 友奈は靴を脱ぎ、何もない畳に腰を下ろす。東側から差し込む朝日に目を薄める。

 

「朝から来ちゃったから、結構余裕持って荷物そろえられそう! 私、引っ越しの手伝い経験あるよ」

「お! すごいな。んじゃ、ちゃっちゃと片付けよ!」

「うん! いくらでもやるよ!」

 

 友奈は「頑張ります!」と両手をぎゅっと握る。

 

「おう! 俺も手伝うぜ! いくらでも来い!」

 

 真司もまた、こいこいと手を振る。

 

「いやいや。そちらこそ」

「いやいや、そちらこそ」

「いやいや。そちらこそ」

「いやいや、そちらこそ」

 

 同じやり取りを続け、友奈と真司は同時に重大な事実に気付いた。

 

「「「私」「俺」たちサーヴァントだから荷物なんて持ってない!」」

 

 サーヴァントとは、召喚された英霊。つまり、生活に必要なものは何一つ持ち合わせていない。

 もともとこの世界で生活するはずもなかったのだから、二人には、真司が数日バイトで稼いだ小金以外、何も持ち合わせがなかった。

 

「友奈ちゃん……これって、結構やばいんじゃ」

「うん……やばいかも?」

 

 それはつまり、生活するための準備ができないということだった。真司がこの数日で稼いだ金だけでは、現代生活に染まった友奈と真司を満足させられない。

その時。

 

「ご心配には及びません」

「「⁉」」

 

 いつからだろうか。玄関先に忍び寄っていた人物の姿に、友奈と真司は目を飛び出した。

 

「うふふ……驚いていただけたようで何より」

 

 マダムと呼ぶべき人物。肩幅の大きな体と、高級そうな紫の婦人服。紫の大きな帽子を目深にかぶった彼女は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「わたくし、大家の志波(しば)美輝(みき)と申します」

「は、はあ……。はじめまして。この度はどうも……」

 

 真司が代表して頭を下げた。すると大家さんは、

 

「いえいえ。今夜は私の部屋にいらっしゃい。歓迎の宴をして差し上げますわ」

 

 彼女はじっと真司を見つめていた。

 そして。

 

「合わせ鏡が無限の運命を形作るように、人と人との出会いも無限の運命。大切にいたしましょう。ねえ?」

 

 何を言ったか理解できなかった。ただ、横からの真司の顔は、驚愕だけを示していた。

 

「真司さん?」

「あ、うん。いや、大丈夫」

 

 取り繕ったような笑顔を向ける真司。

 続いて大家さんは、友奈に歩み寄る。

 

「わたくし、丁度昨日四国から帰ってきましたの。貴女も四国はよくご存じ?」

「⁉」

 

 友奈は、驚きの表情を隠せなかった。そのまま友奈の耳元で、大家は囁いた。

 

「特に香川が好みでして。本日は駆ってきた讃岐うどんをご馳走しますわ」

 

 四国。香川。讃岐うどん。これを友奈へ語るのは偶然か、必然か。混乱で、内心パニックに陥ってしまった。

 ふふふと微笑を続ける大家さんは、そのまま奥の部屋へ戻っていった。

 静かになった新しい部屋の中、真司が尋ねる。

 

「……なんか、食べに行くか?」

「……うん。そうだね」

 

 今の友奈には、それしか言えなかった。

 

 

 

「よろしくお願いします!」

 

 そうして始まった、真司(サーヴァント)のアルバイト。

 当面の生活費を稼ぐために、ある程度の条件がいいところを探した結果、真司が行きついたのは、大手ファーストフード店だった。赤いトレードマークの帽子を装備した真司は、上司の女性へ頭を下げる。

 

「よし。意気込みはいいな」

 

 彼女は満足そうに頷いて、そのまま色々真司に教え込んでいく。ポテト、ハンバーガー、ドリンク、持ち帰り。

 そして接客。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 この挨拶にも慣れてきたとき、彼はやってきた。

 

「……何してるの?」

 

 真司の前に現れた、ギリギリ未成年の少年。革ジャンの彼は、ジト目で真司を見つめていた。

 この世界における、真司の数少ない知り合い、松菜ハルト。

 

「あ……」

 

 そのあまりの出現に、真司は口をあんぐりと開ける。

 

「よ、よお。……マスター」

「いや、マスターじゃなくて名前でいいって言ったでしょ。あ、ハンバーガーセット三つ持ち帰り」

「オッケー。千五百円な」

「ほい」

 

 真司の手に、記憶にはなかった新しい千円札が渡される。

 

「いや、俺たち普通に生活する方針になったじゃん。だったら、やっぱ生活費とか不安になるからさ。こうして働いているんだよ」

「ファンタジー設定なサーヴァントになんて現実的な話を持ち込んでいるんだか」

「決めたの俺じゃねえし。あ、お待ちどう」

「ありがとう。あ、それじゃあどこに住んでんの?」

「西見滝原のオンボロアパート」

「それじゃ分からないよ」

「ああ……あ、俺の連絡先……」

「ああ。知ってるけど……真司さん、携帯まだ買えてないの?」

 

 ハルトは、真司の携帯電話を見ながら呟く。

 

「俺が旅してた時も、スマホは持ってたよ?」

 

 ハルトが、そう言いながらスマホを取り出す。

 

「何で皆そんなの持ってるんだよ……この前お店行ってみたら滅茶滅茶高かったぞ」

「まあ、親の遺産でそこは何とかなったんだよな」

「遺産……?」

 

 真司は顔をしかめた。

 だが、ハルトは何てことなく話題をすり替える。

 

「でも、真司さんがここにいるのなら、あの子はどこにいるの? ほら、可奈美ちゃんのサーヴァント」

「ああ、友奈ちゃんのこと? さすがに中学生にバイトはさせられないからな。お金を渡しておいたけど」

「あはは……可奈美ちゃんは年サバ読みしてるなんて言えない……」

「何か言ったか?」

 

 ビニールにセットを入れていて、彼の言葉を聞き逃した。

 そのまま受け取ったハルトは、礼を言った。

 

「いや、何も。あ、どうも」

「ああ。でも友奈ちゃん、今どこで何してんだろ? ちょっと心配だな」

「心配?」

「ああ」

 

 真司は強く頷く。

 

「ああいう年って、結構危ういところがあるからさ。ほら、俺たちサーヴァントとして召喚されたけど、アイツは結局まだ中学生だろ? 少し不安定なところあると思うんだよ」

「なるほど。でもそれ、俺より可奈美ちゃんの方がよくない?」

「あの女の子か」

 

 真司の脳裏に、凄腕剣士の少女が浮かんだ。自己紹介で、その剣の腕を少しだけ見せてもらった時、脳が理解を越えたことを思い出す。

 

「でも、大丈夫なもんか?」

「大丈夫だよ。同じくらいの年の可奈美ちゃんも結構逞しいし」

「そう?」

「そう。じゃあ、俺はこれで。チノちゃんが待ってるから」

 

 真司はそれでも不安を浮かべたが、帰っていくハルトへ問いただすこともしなかった。




ハルト「お風呂上りに耳掃除をすると、湿気っている」
可奈美「ごめん、何言ってるのかわかんないんだけど」
ハルト「何となく言いたかっただけだから、気にしないで」
可奈美「???」
ハルト「さてさて。今回紹介するアニメは……」
可奈美「待って待って! 今の流れでやるの⁉ この流れを切って!?」
ハルト「はい、こちら!」

___誰かのために___一生懸命___あなたもわたしも必死にはたらいいてる___

ハルト「はたらく細胞!」
可奈美「随分今回のタイトルにそっくりなアニメ持ってきたね」
ハルト「偶然の一致です」
可奈美「その言い張り無理ない?」
ハルト「放送期間は2018年7月から9月。大人気ぶりで、Blackやらはたらかないやら、外伝が多数存在するね」
可奈美「結構最近なんだね」
ハルト「その反響もすごくて、動画サイトも再生数はうなぎ登り、聖地巡礼もすぐ簡単! 体の大切さもよくわかる!}
可奈美「ポカリスエットは大事だね」
ハルト「健康第一。これを見ている皆も、健康には気を付けよう!」
可奈美「多分、ハルトさんが一番気を付けることだと思うよ……?」
ハルト「俺のどこにそんな心配があるっていうんだ⁉」
可奈美「当たり前のように野宿をする生活を選ぶのは健康心配になると思うよ⁉」


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蒼井晶であきらっきー

書き終わってダメにしてまた書き終わってダメにして……
お話作るのって難しい


 いよいよその日がやってきた。

 ハルトが見守る中、チノが緊張したように顔を固めていた。

 

「今日が……モデルさんがやってくる日……」

 

 いつものようにアンゴラウサギ、ティッピーを頭に乗せながら、チノはずっと動かない。

 

「チノちゃん、大丈夫?」

 

 そう気遣うココア。彼女が数回チノの肩を叩いているが、チノの緊張は解れた様子はなかった。

 

「チノちゃん、ガチガチだな」

「今日のことずっとワクワクしていたもんね」

 

 そんな二人を、ハルトはカウンターで皿を洗いながら眺めていた。可奈美もカウンター席で水を飲みながらくつろいでいる。

 

「タカヒロさんも、今日のことはチノちゃんに一任するって、随分大きく出たね」

「それだけ信用しているってことでしょ。でも、大丈夫かな」

 

 ハルトの心配通り、チノは「練習」と言いながら、座席に座ったココアへ水を置こうとするも、手を滑らせ、ココアの頭から水をぶっかけてしまった。

 

「あ……」

「え……あはは……大丈夫大丈夫!」

 

 ガクガクと震えるチノに、ココアが微笑みかけた。

 

「落ち着いてチノちゃん。ほら、もう一回」

「は、はい……」

 

 チノはとてとてとカウンターに戻り、水を入れる。だが、彼女の足がとても固く、見ていて不安になった。

 

「チノちゃん。少しは落ち着いたら?」

「落ち着いていられません!」

 

 ハルトの言葉に、チノがかみつく。

 

「今日のアイドルさんの宣伝次第で、今後のラビットハウスの行く末が変わってくるんです! 今日は、何としてもいいところを見せないと!」

「うーん……チノちゃん。素人目線だけど、ラビットハウスのいいところって何?」

「それは……風靡のある、渋いお店であることです」

 

 チノがふんずと言い張った。

 ハルトはそれに頷くも、

 

「でも、他にもあるんじゃない?」

「そうですか?」

「そう。例えば、暖かくて親しみやすいとかさ」

「親しみやすいですか?」

 

 チノが肩をすぼめた。

 その問いに答える前に、丁度ドアの呼び鈴が鳴った。

 アイドルが来た。そう思って、チノは気合をいれて「いらっしゃいませ」と言う。

 

「こんにちは!」

 

 随分元気な声のアイドルだな、とハルトが入り口を見れば、

 

「えへへ……来ちゃった」

 

 アイドルなどという身分ではない、普通の少女がいた。

 赤いポニーテールの、活発な顔つきの少女。一昨日真司から心配していると聞かされた、結城(ゆうき)友奈(ゆうな)がそこにいた。

 

「ラビットハウスって名前は知ってたんだけど、知らないところだから迷っちゃって。ここが可奈美ちゃんが働いているところなんだよね」

「う、うん……友奈ちゃん……で、いいんだよね?」

「はい! えっと、お兄さん名前は……」

 

 友奈はハルトに歩み寄る。ハルトは頬をかきながら、「松菜ハルトだよ」と名乗った。

 

「可奈美ちゃんもいるよ。あ、ここに座って」

「うん!」

 

 友奈をカウンター席に案内する。丁度、可奈美の隣に腰かける。

 

「あ、友奈ちゃん! いらっしゃい!」

「やっほー可奈美ちゃん! 暖かくていいところだね! ……ところで、何かあるの?」

 

 友奈がテーブル席のチノとココアを見ながら尋ねた。いまだにチノは緊張で固まっていたが、友奈の立ち入りに安心したように席へ座り込んでいる。そんな彼女の背中を、ココアが優しくさすっていた。

 

「うん。今日、モデルの人が撮影に来るんだって」

「撮影? つまり、もしかしたら私たちテレビとかに出ちゃうの? やった!」

 

 無邪気にはしゃいでいる友奈に、ハルトは水を差しだした。

 

「どうかな? 今、こっちに向かってきてるみたいだけどね。オーナーが打ち合わせしたみたいだけど」

「私は何回か雑誌とかで見たことあるよ。あ、友奈ちゃん、コーヒー? 奢るよ?」

「あ、じゃあココア貰っていい?」

「いいよ。ちょっと待ってて」

 

 可奈美は、そう言って厨房に入る。本業刀使(とじ)の彼女だが、すっかりラビットハウスの店員が板に着いてきた。

 

「あれ? もしかして、私いない方がいい?」

 

 可奈美を眺めながら、友奈が尋ねる。

 

「そんなことないよ。多分お店、お客さんがいた方が見栄えいいだろうし」

「よかった。邪魔になったらどうしようって思ったよ」

 

 友奈がほっと息を吐く。

 

「それで、モデルってどんな人?」

「ああ、俺も良く知らないんだよね。なんか、雑誌とかに出てる人らしいよ」

「すごいね! もしかして、同世代だったりするのかな?」

「さあ? もうちょっと待ってみれば来るよ」

「こんにちは!」

 

 友奈との会話の中で、新たな声が、ラビットハウスを通り抜ける。

 振り向けば、数名の男性が店内に入ってきていた。

 それぞれ、カメラやマイクなど、重々しい機材を抱えており、ただの客ではないことが分かった。

 彼らを先導するのは、ともに入ってきたラビットハウスマスター、香風(かふう)タカヒロ。

 彼は、固まっているチノではなく、ココアとハルト、そして可奈美を呼んだ。

 

「彼らは、今回のスタッフたちだ。頼むね」

「「はい!」」

「それと、肝心のモデルだが、こちらの方だ」

 

 スタッフたちの後ろから入ってきたのは、ハルトがこれまで見てきた人のなかでも、とりわけ可愛らしい人物だった。

 オレンジの長い髪と、そこに飾られる花のような髪飾り。明るい笑顔と勝気な目線が同居しており、まさに光を放つような人物がそこにいた。

 テレビで何度か見たことがあるその人物は、にっこりと笑った。

 

「初めまして! 蒼井(あおい)(あきら)です!」

 

 上ずった声で、晶というモデルは名乗った。

 

「こういう喫茶店でのお仕事は初めてで、緊張しています! よろしく!」

「ははははは、はい……よしろくお願いします……」

 

 ガクガクに震えているチノが挨拶した。

 昌は少し驚いたように固まっていたが、すぐに「よろしくお願いします!」と返した。

 

「それじゃあ、スタンバイお願いします!」

 

 スタッフの一声により、このモデル、晶を主役にした撮影が開始された。

 

 

 

 来たはいいものの、すぐに晶の撮影に入るわけではない。

 スタッフとタカヒロが、段取りの最終チェックを行う間、晶はココアの自室にて待機となっていた。

 その彼女の相手を、ココアとともにハルトがすることになっていた。

 

「とりあえず、こちらどうぞ」

 

 そう言いながらココアは、クッキーを入れた皿を差し出した。

 晶は両手を叩き、満面の笑みで言った。

 

「わぁ! 美味しそう! いっただきまーす!」

 

 小さなクッキーを食べながら、晶は嬉しそうな声を上げた。

 

「うわあ! 美味しい! 最高! こんなものを食べられてあきらっきー!」

「あきらっきー?」

 

 聞きなれない単語に、思わずハルトは聞き返す。

 

一瞬舌打ちが聞こえた。

 

「え~? 知らない? あきらの決め台詞、あきらっきー! ラッキーなことが起こると、あきらっきーって言うんだよ?」

「へえ……ココアちゃんも言う?」

「友達が何回か言ってたよ!」

「あやっぱり?」

 

 晶がココアの手を掴む。

 

「やっぱりいい言葉だよね? あきら、とっても嬉しい! あきらっきー!」

 

 晶がココアの手を振った。ココアは最初は驚いていたが、すぐに順応し、一緒に手を振った。

 

「面白いね晶ちゃん! 私の妹にならない?」

 

 芸能人に凄いこというなと思っていると、晶が唖然とした顔をしていた。

 だが、流石はモデル。すぐに笑顔になり、

 

「うん! 面白そう!」

 

 すると、当然のごとくココアはテンションが上がっていく。

 

「嬉しい! こんなに面白い人、中々いないから! あ、化粧室借りていい?」

「あ、ここの外の廊下を右だよ」

「ありがとう!」

 

 晶はそう言って、部屋を出ていった。

 ハルトはそれを見送りながら、ぼそりと呟やく。

 

「ああいうアイドルとかモデルって、トイレ行かないものだと思っていたよ」

「それいつの話? ハルトさんも結構流行に鈍いねえ」

「そんなことないよ。……ん?」

 

 ハルトは、ポケットの中から聞こえてくるバイブ音に気付いた。

 

「あれ? 可奈美ちゃん?」

 

 連絡アプリに、彼女からのメッセージが流れていた。

 

『もうすぐ晶ちゃんの出番だよ! 下に来てほしいって!』

 

 ピンクのパンダみたいなマスコットへ『わかった』と返信する。

 

「晶さんを下に連れて行ったほうがいいみたい」

「準備ができたのかな? じゃあ、私呼んでくるよ」

 

 ココアが立ち上がる。だが、なぜかふらりと体が揺れる。

 

「おお、どうした?」

「足がしびれた……」

「なんで正座してたのさ……じゃあ、俺が言っておくよ」

 

 デリカシーがないなと自覚しながら、ハルトは部屋を出る。

 晶がいる、トイレの前で咳払いをして、声をかけようと……

 

「あ~っ クソッたれがあああああああああ‼」

 

 いきなりの罵声に、ハルトは動きを止めた。

 静けさが売りのラビットハウス。その裏側には、これまでにない大声が響いていた。

 

「何なんだよ! なんでこんなシケたところに来なきゃなんねえんだよ‼」

 

 チノやココアには絶対聞かせられない言葉が飛んできた。

 

「あの女も妹とか訳分かんねえこと言ってやがるし、看板娘は陰キャブスでキモいし、なんなんだよこの仕事⁉」

 

 そこまで言われるなんて思わなかったハルトは、目が点になる。

 

「妙に筋肉質なやつとかムカつくし、何か変な奴馴れ馴れしいし!」

「俺馴れ馴れしいんだ……」

 

 少し落ち込むハルトだが、その後の大音声で、思考が吹き飛ぶ。

 

「ふざっけんなよクソッたれが!」

 

 ドン、とドアが叩かれる。それから、ようやく水が流れる音が聞こえてきた。

 ここにいては気まずいと感じたハルトは、大急ぎで部屋に駆け戻る。ココアが待つ部屋に戻った瞬間、トイレがガチャと開く音がした。

 

「あれ? ハルトさん、どうしたの?」

 

 知らぬが仏のココアが、持ってきたクッキーを頬張っていた。




ハルト「今回のアニメは~!」
真司「今日は俺が来たぜ!」
ハルト「真司かよ……野郎二人でこのコーナー持ってもしょうがなくない?」
真司「しょうがなくなくないしょうがなくなくない。今回は俺が紹介しなくちゃいけないアニメだからな。宣伝的に」
ハルト「宣伝?」
真司「そ。宣伝。それでは、どうぞ!」

___正解さえも 間違いさえもない ただ一つの道を___

真司「バトルスピリッツ ソードアイズ!」
ハルト「2012年9月から2013年9月までのアニメ……お! これニチアサじゃん!」
真司「光と闇に分かれたソードアイズたちが戦いの中で国をどうやって導いていくかを解いていく、とても面白い話だぜ!」
ハルト「でもこれ、龍騎と特に共通点なくない? せいぜいメインキャラが多いってこと?」
真司「それだけじゃないぜ。今のバトスピは、なんとコラボの全盛期!」
ハルト「はあ」
真司「なんと! 12月18日に発売! コラボブースターライダーウォーズ! 龍騎が収録されているんだぜ!」
ハルト「おお!」
真司「ファイナルベントがイラスト違いで龍騎のファイナルベントと同じイラストで入ってるぜ!」
ハルト「おお!」
真司「だから絶対に紹介したかったんだぜ!」
ハルト「おお! よく見ればゴジラにデジモンにウルトラマンにアイカツ……すごいけど」
真司「けど?」
ハルト「ウィザードは?」
真司「……次回もお楽しみに!」
ハルト「ねえ、ウィザードは?」


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観客が増えると嬉しい

年末年末......大掃除しなければ


 晶の撮影は、ほんの一時間程度で終わった。

 偶然来店した彼女が、そのまま風靡あるお店としてラビットハウスを紹介、ココアがもってきたコーヒーを飲んでコメントをするというものだった。

 

「ふう……」

 

 ぐったりと背中を背もたれにつけ、ハルトは空を眺める。十一月は凍えるが、先日買ったマフラーが役に立つ。

 

「思ったより大変だったね。モデルさんの来店」

「そうだね」

 

 可奈美が頷く。

 

「チノちゃんがあんなにガチガチになっちゃうなんてね」

「まあ、トラブルがなかっただけでもよかったけどね。それにしても……」

 

 ハルトは大きく息を吸う。乾燥した冬の空気が、ハルトの肺を貫いていく。

 

「平和だな……」

「そうだね」

 

 可奈美も、新しい水色のセーターで体温をキープしている。ベンチに腰付けることなく、竹刀を振っていた。

 

「この前の異変なんて、もう誰も覚えていないのかな……?」

「うーん、そんなことないと思うよ?」

 

 可奈美は手を緩めることなく言った。

 

「忘れたいだけじゃないかな。あんなこと……中学生が二人も亡くなったことを忘れたい、でも忘れることなんてできない。表面上だけでも平穏に過ごしているんだよ」

「そういうもんかね?」

「そうだよ」

 

 可奈美の竹刀を握る手が、左右入れ替わる。

 

「まあ、以前学校で話した内容そのまま言ってるだけだけどね。それより、ハルトさん何してるの?」

 

 素振りをどれだけ繰り返したのだろうか。可奈美がようやく腕を止める。

 

「ん? ちょっと大道芸でもしようかなと」

 

 ハルトはカバンからゴムボールを取り出す。

 すると、可奈美は目を丸くした。当然だろう、とハルトは思った。ただのゴムボールだと、可奈美自身が何度もゴムボールに触れて確認している。

 

「このゴムボールで?」

「そ。こうやって……」

 

 ハルトは両手でゴムボールを握る。しばらくそれを見せたのち、手を放す。すると、

 

「え⁉」

 

 可奈美が望んだとおりの反応を見せてくれた。

 ゴムボールだったものが輪ゴムの束へと変わる。

 

「おおおおおお」

 

 竹刀を脇に挟んだ可奈美に拍手を送られる。

 その反応に快感を感じていると、ハルトは可奈美の背後に記憶にある人影を見つける。

 

「……面白そうだから黙っておこう」

「ん? 何? 何か言った?」

「何も?」

 

 そのままハルトは、ごそごそと鞄の中を探すポーズを取りながら、横目で可奈美を見る。

 そして。

 

「だーれだ?」

「わひゃっ!」

 

 可奈美の目を覆う両手。ハルトからすればバレバレだが、可奈美は見事に期待通りの反応を見せてくれた。

 しばらく両手を振って(その際竹刀を落としつつ)、離れる。

 

「何⁉ 何⁉ ……友奈ちゃん⁉」

「やっほー! 可奈美ちゃん!」

 

 犯人は、赤いポニーテールの少女、結城友奈だった。

 彼女は眩しい笑顔で手を振る。

 

「何してるの?」

「何してるって……」

 

 可奈美はぜえ、ぜえ、と肩を鳴らしている。

 

「ココアちゃんたちが帰ってきたから、休憩兼ねて散歩してるだけだけど……」

 

 可奈美の言葉がいつになく忙しなく聞こえた。

 その中で、友奈はハルトの手にある無数の輪ゴムたちを見下ろした。

 

「何やってたの?」

「ああ、これ? 大道芸」

「大道芸?」

「お? 友奈ちゃんも見る?」

 

 思わぬ観客の増員に、ハルトは喜ぶ。鞄からトランプを取り出し、

 

「じゃあ、今度はこれを使おうか」

「トランプ?」

「そ。ただのトランプマジックじゃないよ。これを……ん?」

 

 ハルトが見れば、目をキラキラさせている少年がいた。小学校低学年くらいの年齢の少年。

 

「この前のやつやって!」

 

 この前のやつ。どこかで芸を見せたことがあっただろうか。

 リピート客の出現に、ハルトは少し笑みを浮かべる。

 少年はピョンピョンと跳ねなあら、

 

「ねえねえ! もう一回、この前のやつやってよ!」

「この前の……もしかして……君、……」

「うん! チー君だよ!」

 

 ああ、と思わずハルトは頷いた。

 だが、ハルトの脳内のチー君……病院で迷子になっていた少年の姿とは、少し姿が重ならなかった。

 そうしている間に、チー君の興味は友奈へ移った。

 

「……」

 

 じっと友奈を見つめるチー君。友奈は彼と目線を合わせるようにしゃがんだ。

 

「どうしたの?」

「あれ? 友奈ちゃんもう懐かれちゃった?」

 

 竹刀を拾いながら、可奈美が言った。その通りと言わんばかりに、チー君は友奈の腕を掴んだ。

 

「へへ……」

 

 チー君は何も言わずに、手に頬ずりし始める。

 これは未成年だからこそ許されることだなと思いながら、ハルトは頭を撫でられるチー君を見ている。

 

「チー君っていうの?」

「うん!」

 

 チー君は友奈の腕にしがみつきながら、友奈をハルトの隣に座らせる。彼女の膝の上でちょこんと座ったチー君は、ハルトに目線で続きをねだる。

 

「可奈美ちゃんは、よくハルトさんの大道芸見てるの?」

「時々ね。同じ下宿先だから。でも、とってもびっくりするよ」

「そうなんだ! 楽しみ!」

 

 チー君と同じくらいはしゃぎだす友奈。

 彼女に「はいはい」と、応える。

 

「じゃあ……チー君もいるし、トランプよりわかりやすいもの……まずは、これかな」

 

 ハルトは金色の玩具のコインを取り出す。どこにでもあるプラスチック製のそれを、タネの確認のためにチー君に手渡す。

 

「うーん……あやしくない!」

 

 ジロジロと見まわしたチー君は、そのまま友奈にコインを回す。右手だけチー君から離してもらった友奈は、コインの裏表を確認する。

 

「うん。ただのコインだね」

 

 友奈から返してもらったハルトは、「何もなかったよね?」と再度確認する。

 二人が頷いたのを確認したハルトは、

 

「それじゃあ、よ~く見ててよ。ほいっ!」

 

 親指が弾いたコインが宙へ飛ぶ。二人がそれをしっかりと目で追っている。

 そしてハルトは、二人の目前で、両手で交差するようにして掴んだ。

 

「さあ? どっちの手で取ったでしょう?」

「ムムム……」

 

 チー君は、難しい顔でハルトの両手を見比べている。何度も両手を見比べては、「うんうん」と唸っている。

 

「ちなみに友奈ちゃんは分かる?」

「え?」

 

 友奈は口をポカンと開けていた。

 

「いや、ハルトさん結構これ速いよ? 分かんないよ!」

「じゃ、降参ってことだね? 可奈美ちゃんは?」

「右」

 

 可奈美はノータイムで答えた。

 そのあまりの素早さに、ハルトは目を白黒させた。

 

「どうして?」

「どうしてって……ハルトさんがコイン掴むの見えたから」

「見えるものなの⁉」

刀使(とじ)なら多分みんな見えると思うよ」

「マジで?」

「うん」

 

 彼女の凄まじい動体視力に慄きながら、ハルトは右手を開く。可奈美の見切り通り、その中にはコインがあった。

 

「可奈美ちゃんすごい!」

「お姉ちゃんすごい!」

「えへへ……」

 

 チー君の声に、可奈美は嬉しそうにほほ笑む。

 だが。

 

「でも残念。正解はこれ」

 

 ハルトは、左手も開いた。

 するとなぜか、そちらからもコインが顔を見せた。

 

「嘘⁉」

「何で⁉」

 

 友奈とチー君が驚いている。期待通りの反応に満足しながら、

 

「どうやったの⁉ 間違いなく右手だったのに」

「それは教えられないなあ」

 

 チー君よりも、友奈の方が種明かしに必死になっていた。

 

「すごいすごい! ねえ、お兄ちゃん! もう一個! もう一個見せて!」

「うーん、そうだな……じゃあ、お次は……」

 

 ハルトが次を出そうとしたその時。

 

 大地が震えた。

 

「うわっ!」

 

 思わぬ衝撃に、ハルトはバランスを崩す。それにより、次の小道具であるビー玉が地面に散らばった。

 

「あっ!」

 

 ビー玉を拾おうと、止める間もなくチー君が走り出した。彼を止めようとするハルトと可奈美、友奈だが、その前に無数の人々が雪崩れ込む。

 

「逃げろ!」

「助けてくれ!」

 

 一目散に公園を横切る人々に遮られ、チー君の姿は見えなくなってしまった。

 逃げ惑う人々。彼らの表情から、鬼気迫るものを感じたが、その正体を問いただすことはできなかった。

 

「ハルトさん!」

 

 友奈が切羽詰まった声を上げる。彼女が指差す方向。公園の外の住宅街には、ハルトが顔を歪める光景が広がっていた。

 

「火柱……?」

 

 おおよそ昼間の町にはふさわしくないもの。

 紅蓮の炎が、まさに柱となり、天へと伸びている。

 周囲を破壊しながらの炎が、連鎖的に見滝原の街並みを壊していた。

 

「何だあれ……?」

 

 ハルトが唖然とした顔をしている。だが、すぐにその緊急性に気付き、

 

「チー君! どこだ⁉」

「チー君は私に任せて!」

 

 友奈が真っ先に名乗り出る。

 ハルトは逃げ惑う人々と友奈を見比べて頷く。

 

「分かった! お願い! 可奈美ちゃん、行くよ!」

「うん!」

 

 可奈美は携帯しているギターケースから千鳥を取り出す。

 ハルトは互いに頷き合い、ともに火柱の方角へ急いだ。

 去り際に、チー君を探して友奈が人混みの中に入っていくのを見送った。




ほむら「おかしいわね……」
キャスター「マスター。いかがなさいましたか?」
ほむら「二章が始まってしばらく経つのに、出番がないわ」
キャスター「それはたまたまかと」
ほむら「いいえ、変よ。ここにまどかと私がいるのは、私がまどかとキャッキャウフフするためのものでしょう? そうなのでしょう?」
キャスター「キャラ崩壊していますが」
ほむら「一章でメインヒロインになっていたこの私が、どうしてこのコンペだけの出番なのかしら? キャラの比率ではまどマギが一番多いはずよ」
キャスター「マスター。尺がないので、お早めに」
ほむら「……そこに価値があるのかしら。はあ、今回はこれよ」


___わたしにもできること やさしさを守りたい 涙ふいたら飛び立とう 明日へ___


ほむら「ストライクウィッチーズよ」
キャスター「放送期間は、1期は2008年7月から9月。2期は2010年7月から9月。宮藤芳佳脱退後を描いた劇場版が2012年3月。ミニアニメである発信しますっ!が2019年4月から6月に放送されています」
ほむら「他にも、ブレイブウィッチーズなどの外伝や小説、OVAなど多数あるわね。しかも2021年、ルミナスウィッチーズなる新作アニメも決定しているわ。全く、長寿アニメね」
キャスター「マスター。それはマスターにも言えることでは?」
ほむら「さあ? どうかしら? 扶桑と呼ばれる国の医者志望、宮藤芳佳がウィッチーズと呼ばれる部隊に所属して、ネウロイと呼ばれる人類の敵と戦う話ね。それにしてもこのストライカーとかいう機械、どういう頭でデザインしたのかしら」
キャスター「いわく、パンツでないから恥ずかしくない、とのこと」
ほむら「全くわけが分からないわ。うっ……」
キャスター「マスター?」
ほむら「なぜかしら。このルッキーニを見ていると、内側の何かが……にゃーっ!」
キャスター「マスター。似合いません」


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赤と青の敵意

メリークリスマス!今日の予定は……何もない!



 火柱があった地点に着いたとき、ハルトは街の惨状に言葉を失った。

 

「何だこれ……?」

 

 これまでハルトも幾度となく足を運んだ街並みだった。大通りを挟んだ商店街と、その後ろにそびえる大きなコンクリートが、この通りの本来あるべき姿だった。

 しかし、今やそれらは瓦礫の山となっている。店も車も街並みも、全て一様に破壊されていた。

 

「これって……」

「ひどいね……」

 

 可奈美が手ごろな瓦礫をどけた。重傷者に肩を貸し、離れたところまで避難させる。

 

「! ハルトさん!」

 

 可奈美が指差したのは、その破壊の根源らしき人物。

 赤いボディと、金の翼を持つ人影。その右手には、巨大な剣が抱えられており、それを振り回し、炎の斬撃を振り撒いていた。ヒロイックな風貌は、その破壊衝動でより恐怖をあおっていた。

 

「あん?」

 

 炎の怪人は、その青い眼で、ハルトたちを見据える。その時、ハルトはその存在へ敵意を向ける。

 

「ファントム……!」

「ハッ! まだ逃げてねえ奴らがいたか」

 

 巨大な剣を左右に振りながら、ファントムは悠々と歩み寄る。

 

「絶望させるのもいいが、たまには単純にぶっ壊してえ。おい人間ども。オレにぶっ壊されろ」

「お前がやったのか……?」

 

 当たり前のことだが、聞かずにはいられなかった。すると、ファントムは悪びれもせずに鼻を鳴らす。

 

「当たりめえだ! オレはファントム。ぶっ壊して何が悪い?」

「……ここまでやる奴もいるのか」

 

 ハルトは歯を食いしばりながら、腰からルビーの指輪を向いた。

 

「響ちゃん……君はお人よしすぎるよ。ファントムと共存なんて、やっぱりできるわけがない! 可奈美ちゃん!」

「うん!」

 

 ハルトがルビーの指輪にカバーをかぶせると同時に、可奈美が千鳥の鞘より剣を抜く。

 

「変身!」

「写シ!」

 

 ウィザードへの変身である赤い魔法陣と、写シである白い光が並び立つ。

 それをじっと見つめるファントムは、満足そうに肩を回す。

 

「面白え。テメエが噂の魔法使いか」

「噂?」

「ハルトさんのこと、ファントムでも広まっているみたいだね」

 

 可奈美が正眼の構えをした。真っ直ぐにファントムを見据える。

 するとファントムは、少し可奈美と可奈美に興味を持ったように顔を向けた。

 

「あ? ただの人間が、ファントムに立ち向かうってか?」

「やってみないと分からないよ?」

 

 可奈美が不敵な笑みを浮かべた。

 そして。

 

「行け! グールども!」

 

 ファントムが投げた無数の魔石が、灰色の小鬼になったと同時に、ウィザードたちは駆けだした。

 

『コネクト プリーズ』

 

 銀の銃剣、ウィザーソードガンを取り出し、一気にグールたちを切り払い、ファントム本体へ肉薄する。ウィザードの背後より襲おうとするグールたちは、可奈美と可奈美が受け持った。

 

「ほう。悪くねえな」

 

 ファントムがウィザードの剣に、そんな感想を返した。

 

「雑魚ファントムどもが何体もやられたって聞いたが、確かにこりゃ普通のファントムじゃ負けるな」

「お前もその仲間になるんだよ?」

 

 ウィザードは突き刺すが、ファントムが剣の腹で受け止める。

 

「悪いな。オレは最強のファントム、フェニックスだ。テメエの連勝記録もここまでよ」

 

 フェニックスと名乗ったファントムは、そのままウィザーソードガンを弾き、そのウィザードの体を斬り裂く。

 

「ぐっ!」

 

 バックに戻りながら、ウィザードは指輪を入れ替える。

 

『ビック プリーズ』

 

 いつも使っているジャブ。その魔法により、巨大化した手がフェニックスを握りつぶそうとする。しかし、フェニックスは炎を纏った大剣で、それを薙ぎ払う。

 

「……コイツ……」

 

 ウィザードは、ソードガンの手のオブジェを開放する。

 

『キャモナスラッシュ シェイクハンズ キャモナスラッシュ シェイクハンズ』

 

 握手をするように、そこにルビーの指輪をかざす。

 

『フレイム シューティングストライク』

「はああああああ!」

 

 炎を纏った斬撃。魔法により、それは空を斬りながらフェニックスへ向かう。

 だが、フェニックスの剣は、ウィザードの想像を超えていた。縦に一閃、スラッシュストライクの偃月は真っ二つになってしまった。

 

「こんなもんか? ならそろそろ、オレ様の番だな」

 

 フェニックスは肩にその大剣を抱えた。悠々と、ウィザードとの距離を縮める。

 振り上げられる大剣。だが、その間に入る影があった。

 

「ハルトさん!」

 

 可奈美が、フェニックスの攻撃を受け流していた。そのまま彼女は千鳥で、フェニックスへ応戦する。

 

「へえ……面白え。ただの人間ごときが、ファントムに敵うわけねえ!」

 

 すると、フェニックスの目線は完全に可奈美へ移った。彼女へ炎の斬撃を何度も何度も繰り返していく。可奈美はそれらを受け流しているが、いつもとは違い、明らかに彼女の表情に焦りが浮かんでいた。

 

「重い……!」

 

 可奈美の弱音を、ウィザードはこれまで耳にした記憶がなかった。何度も描かれる軌跡が、可奈美のピンチを実感させる。

 

「このっ!」

 

 可奈美はフェニックスの剣を受け止めたまま、腰の位置に固定する。

 その瞬間、彼女の写シが白い霊体より赤いものへと変化していく。

 

太阿之(たいあの)(つるぎ)!」

 

 可奈美の主力技である、赤い斬撃。だがそれがフェニックスに届く前に、彼の体が変化する。

 フェニックスの名前に相応しく、その背中には金色の翼が広がっていた。炎を宿した翼をはためかせ、爆風で可奈美を太阿之剣ごと吹き飛ばす。

 

「可奈美ちゃん!」

 

 転がってきた可奈美を助け起こしながら、ハルトはフェニックスを睨む。

 

「こいつ……強い! 今までのファントムよりも……」

「ハハハハハハ!」

 

 フェニックスは炎の翼で、天空へ飛翔する。

 

「壊れろ! 魔法使いども!」

 

 フェニックスが、まさに火の鳥となって、ウィザードたちに迫る。ウィザードはスラッシュストライクで応戦しようとすると、

 

 突如乱入してきた青い影が、フェニックスの上に飛び乗る。

 

「⁉」

 

 摂氏数千度はあるであろうフェニックスの体に躊躇いなく触れる青い人影。彼は、まるで獣のような唸り声を上げながら、手刀でフェニックスの翼を千切った。

 

「ぐああああああああああああああ!」

 

 どれほどの痛みなのだろう。フェニックスは断末魔のような悲鳴とともに、地面に落下。大きな土煙が上がった。

 

「……今のは?」

「なんか、初めて見たのがいたよ……」

 

 可奈美が冷や汗をかきながら答えた。

 

「変なの?」

「青い、拘束具みたいなのを付けた人。何だったんだろう?」

 

 その答えは、この煙が晴れたらすぐに分かる。

 逃げるように煙から抜けたフェニックスが、大剣を落下地点へ向けている。

 

「何だ今のは⁉ いきなり何しやがる⁉」

 

 それに応えるように、乱入者は煙の中でその身を起こした。

 ゆらゆらと揺れながら、煙の中で蠢いている。

 やがて、煙が晴れた。

 

「アアアアアア……」

 

 声にもならない、うめき声。

 青い肉体を、可奈美が言った通り、無数の銀色の拘束具が覆っている。ボディのあちらこちらには、赤い線が血のように描かれている。唯一、腰につけられている、爬虫類の目のような拘束具だけが赤く、彼のボディでも異彩を放っていた。

 顔には、黄色の眼を同じくプロテクターがつけられており、赤い線がまるで涙のようだった。

 とても人間には思えない、その外見。獣のように腰をかがめ、襲い掛かるポーズを見て、ウィザードはそれをこう判断した。

 

「サーヴァント……」

 

 青いサーヴァントは、フェニックス、そしてウィザード、可奈美を見比べる。まるで品定めするように一瞥した後、

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 吠える。

 

「来る!」

 

 青いサーヴァントは、そのままウィザードへ挑みかかる。

 その手より長く伸びた、剣のようなもので、ウィザードに斬りかかる。

 ソードガンで防いだウィザードは、その瞬間、手に残る手ごたえに、違和感を感じた。

 

「これ……武器じゃないんじゃ……?」

 

 拘束具から出る、丸で生身の一部のようなもの。

 だが、驚いている間に、青いサーヴァントがソードガンを蹴り上げる。

 

「⁉」

 

 きりきりと天を舞うウィザーソードガン。その間に、青いサーヴァントがは、ウィザードの右腕に飛び乗り、右腕を捻じり取ろうとする。

 

「ハルトさん!」

 

 その時、千鳥が青いサーヴァントの背中を斬る。飛んだ黒い液体とともに、ウィザードの拘束は地へ落ちた。

 

「大丈夫? ハルトさん!」

「ああ、何とか……」

 

 少し痛みが残る右腕を振りながら、ウィザードは乱入者を睨む。

 

「こいつ、一体何なんだ……?」

「分からない……でも、参加者なら、何とか話し合って聖杯戦争を止めてくれるように説得しないと……」

「難しそうだけどね」

 

 青いサーヴァントに、とても理性などは感じない。まさに獣のように、こちらを見据えている。

 

「ふざけんじゃねえ!」

 

 すると、激昂したフェニックスの声が飛んできた。そちらを向けば、フェニックスを中心に、炎が竜巻のように上昇していく。

 

「オレの邪魔をするんじゃねえ!」

 

 竜巻がこちらへ移動してくる。

 このままでは被害が広がる。そう判断したウィザードは、左手の指輪を入れ替える。

 

『ウォーター プリーズ』

 

 頭上の魔法陣に手をかざし、青い魔法陣が体を通過していく。

 

『スイ~スイ~スイ~』

 

 サファイアを基調とした水のウィザードは、ウィザーソードガンを拾い上げ、ガンモードにする。ハンドオーサーを開き、サファイアを読み込ませる。

 

『ウォーター シューティングストライク』

 

 それは、水の弾丸。集う青い水たちが、ウィザードの発砲とともに、炎の竜巻と激突。巨大な蒸気となり、視界を潰した。

 

「まだだ!」

「アアアアアアア!」

 

 立ち込める蒸気の中、フェニックス、青いサーヴァント、そしてウィザードと可奈美が、それぞれの刃を振るう。フェニックスの大剣は重く、青いサーヴァントの刃は体に来ると痛む。

 その時、ハルトは視界の端で赤い光を目撃した。見慣れた、赤い光。可奈美の迅位(じんい)(ざん)の準備だと分かった。

 

「迅位……」

 

 彼女のその声は、途中で遮られた。

 

「可奈美ちゃん?」

 

 見れば可奈美は、青いサーヴァントにその腕を掴まれていた。

 

「しま……っ」

 

 可奈美の動きを封じた青いサーヴァントは、そのまま彼女の腕を捕らえる。全身を駆使し、右腕を股に挟む。

 そして。

 

「ガアアアアアアアア!」

「がぁっ!」

 

 その腕を、千切り飛ばす。

 

「可奈美ちゃん!」

 

 写シという刀使特有の霊体武装が、煙の外へ飛び、霧散していく。

 生身となり、転がった可奈美。彼女の前に立ち塞がり、青いサーヴァントの攻撃を抑える。

 

「このっ!」

 

 ウィザードと青いサーヴァントは、互いに同時に刃を突き立てる。ウィザードの火花と青いサーヴァントの黒い体液が同時に飛ぶ。

 そして、同時にフェニックスが炎の斬撃を横に過ぎる。ウィザードはそれを受け止め、青いサーヴァントはそれを避ける。

 

「まだだ! うおおおおおおおおおおおお!」

 

 フェニックスは更に全身から発熱する。燃え盛る炎が蒸気を吹き飛ばし、さらなる破壊を振り撒く。

 

「まずい!」

 

 ダメージで立ち上がり途中の可奈美は、まだ復帰していない。彼女の前で、指輪を使用する。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 青い魔法陣。ウィザードを守るように現れたそれは、さらに滝のような水をその前に作り出す。滝によって蒸気へとなる炎たちは、さらに色濃い煙となって立ち込める。

 

「がっ!」

 

 一方、青いサーヴァントはその炎を受けて吹き飛ばされていた。瓦礫で「グググ……」と呻いているが、炎によるダメージで動けないようだった。

 つまり、フェニックスが攻撃の矛を向けるのは、ウィザード一人になっていた。

 

「終わりだ! 魔法使い!」

 

 紅蓮の刃が、ウィザードに迫る。背後の可奈美が千鳥を手にしているものの、まだ写シを張れない。

 

「これで、決まってくれ!」

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 

 発動した魔法は、水のウィザード最強技である氷の魔法。冷気を発する魔法陣を右に出現させる。

 青い魔法陣に手を入れながら、ウィザードは大剣を左手でガード。

 

「くっ……!」

「そのまま燃え尽きろ!」

 

 フェニックスが笑う。

だが、その焼けるような痛みと重さの中で、ウィザードは右手の魔法陣をフェニックスの腹に押し付けた。

 

「凍り付け!」

 

 発生した冷気が、フェニックスの体を徐々に冷凍していく。だが、その体内からの熱が、氷結を免れようと燃え盛る。

 やがて、炎と氷の勝負は、氷に軍配が上がった。水色の氷に閉ざされたフェニックスだが、かすかに流れる陽炎から、彼がまだ生きていることが分かった。

 時間がない。ウィザードは焼ける左手に鞭を撃ちながら、ウィザーソードガンを拾い上げる。大急ぎでハンドオーサーを開き、サファイアの指輪を読み込ませた。

 

『ウォーター スラッシュストライク』

 

 水を纏う、ソードガン。『スイ~スイ~スイ~』という音声とともに、氷が溶解する前にウィザードはフェニックスを打ち砕く。

 

「魔法使いいいいいいいいいいい!」

 

 フェニックスの怨み言を上書きする、水と氷の爆発。赤は青く染まり、粉々になって散らばった。

 

「や、やった……」

 

 フェニックスの最期を見届けたウィザードは、その場で膝を付く。

 

「霧が……晴れていく……」

 

 可奈美の声が聞こえた。写シを張れるほどに回復した彼女は、戻った青空を見上げている。

 

「大丈夫? ハルトさん」

「ああ……」

 

 可奈美の手が肩に置かれた。彼女は数回叩いて、起き上がる青いサーヴァントに目を向けた。

 

「ヴヴヴ……」

 

 青いサーヴァントはハルトと可奈美から視線を反らさずに起き上がる。

 

「____、_____、!」

 

 青いサーヴァントはは、慟哭するように息を吐いている。

 やがて、その体より、蒸気が吹き出る。たまったガスを噴き出すように、青いサーヴァントから力が抜けていく。

 

「……」

 

 黙ってそれを見守るハルトと可奈美。

 そして。

 

「うおりゃあああああああああああ!」

 

 横から飛んできた大音声。

 青いサーヴァントが飛び退き、そこに桃色の勇者の拳が炸裂した。

 

「大丈夫⁉ 可奈美ちゃん! ハルトさん!」

「友奈ちゃん!」

 

 勇者服の友奈。彼女は、そのまま青いサーヴァントを警戒している。

 

「……」

 

 友奈の姿を見て、青いサーヴァントを凝視している。

 

「……どうして動きを止めた?」

 

 ハルトが思わずそう呟いた。

 先ほどまでの荒々しい動きをしていた者とは同一人物とは思えないほど、静かに佇む。

 

「……?」

 

 可奈美も同じように、千鳥を向けているものの、青いサーヴァントの動きを警戒していた。

 そして、青いサーヴァントは。

 

 飛び去った。

 

「……え?」

 

 姿が、みるみるうちに遠ざかっていく。

 敵がいなくなったことに、そこはかとなく安心感が去来した。




響「ほらほら、始まるよ!」
まどか「え、響ちゃん……? どうしたの背中押して」
響「まどかちゃんも、このコーナー参加だよ!」
まどか「えええええ? 私、聖杯戦争の関係者じゃないのに、このコーナー入ってていいの?」
響「大丈夫大丈夫! そんなの誰も気にしないって!」
まどか「そうかな……?」
響「気にしない気にしない。それよりまどかちゃん、本当に可愛い! 未来と同じくらい!」
まどか「みく……」
響「うん……そう。……未来も、こんな感じだったな……」
まどか「うええええ⁉ 響ちゃん、どうして曇ってるの? 自分で地雷踏んだの⁉ ……これ、もしかして私一人で紹介するのかな? ええっと……きょ、今日はゲストも来ています。こちらです!」



___そろそろ始まる笑劇(しょうげき)アニメは 空前絶後のアホガール___



よしこ「バナナは夜食~‼‼」
まどか「( ゚д゚)」ヘンナノキター
よしこ「皆様どうもおはこんばんにちは! アニメ、アホガールから来ました、花畑(はなばたけ)よしこですっ! いやあ、本編には絶対に出番がないと思うから、このコーナーだけ失礼しまーすっ! あ、よろしくねまどかちゃん今日はあっくんが全く話してくれないから寂しかったよ~!」手ブンブン
まどか「あわあわあわあわ」
よしこ「あちなみに読者の皆さんにもご紹介! アホガールは……あれ?」
まどか「ど、どうしたの?」
よしこ「忘れた。いつやってたっけ? 僕らは目指し」
まどか「それ違うから! あ、放送期間は2017年の7月から9月です」
よしこ「アハハハハ! そうだったそうだった! バナナうめぇ!」
まどか「少しはゲストっぽいこと喋って! ねえ、響ちゃん」
響「未来……未来……」
まどか「まだ本編に出してない重要ワード口にしないで!」
よしこ「バナナ! もっとバナナちょうだいバナナ!」
響「未来……未来……」
まどか「もういやああああああ!」


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病院再び

年末は祖母の家でぐったりしています


 病院の駐車場にバイクを停め、ハルトと可奈美はバイクから降りた。

 フェニックスとの闘いの後、チー君は見滝原公園の草原で寝ているところを見つけた。右手に握られているビー玉から、あの混乱の中ビー玉を見つけて、待っていたら寝てしまったのだろう。友奈とはそこで別れ、可奈美を連れてチー君を送りに病院にやってきた。

 

「まさか三人乗りになるとは……」

「ごめんね。私もちょっと、病院に用があったから」

 

 可奈美がヘルメットを返しながら言う。受け取ったハルトは、それをシートの裏に収納した。ハルトの前に座っていたチー君は、元気に「早く早く!」と訴えている。

 

「おうおう。クトリちゃんから連絡先聞いておけばよかったな……」

「クトリちゃん?」

「チー君の姉ちゃん。この病院で暮らしているんだって」

「この病院で?」

「らしいよ」

 

 そういいながら、ハルトはチー君を連れながら自動ドアをくぐった。

 相変わらず、巨大な施設として、見滝原中央病院はあった。縦に長く並ぶ受付カウンターと、無数に並ぶ

 

 

「ああ。あ、俺先にチー君を送っておくけど、可奈美ちゃんここで待ってる?」

「ううん。私も病院に用あるって言ったでしょ? 私はそっちに行くよ」

 

 受付でハルトたちの後ろに並ぶ可奈美。だが、受付の行列はとても長く、時間もそれなりにかかってしまいそうだ。

 

「用って?」

「この前、チノちゃんのお見舞いに行ったときに、別の患者と仲良くなったんだ」

「どんな人?」

「同世代の女の子。病室から出られないんだけど、テレビとかで私のことを知ってたみたい」

「可奈美ちゃん、テレビ出たことあるの?」

「刀使の特集で何回かね。その時から、私に憧れていたみたい」

「特集の人の顔とか覚えられるのって、すごいね」

「でもうれしかったよ」

「良かったね。熱烈なファンがついて。お」

 

 前の主婦が受付を終え、ハルトの番となる。受付を済ませたハルトは、可奈美と別れて、チー君を「孤児居住フロア」というエリアへ連れて行った。

 

 

 

「ここか……」

 

 ハルトは、屋上近くのフロアで呟いた。

 ガラスドアに書かれた、「孤児居住フロア」という文字。フロア一つを丸ごと使っているそこは、居住フロアというよりは、幼稚園や保育園などの一室のようにも思えた。ガラスから見えるフロアには、二人の中年の保母さんと、小粒のような子供たちがはしゃぎ回っている。

 

「こんにちは」

 

 ハルトはノックをして、ガラスドアを開ける。すると、保母さんのうち一人がこちらを向いた。

 

「あら? お客さん? 珍しい」

「あ、いや。こっち……」

 

 ハルトはチー君を前に押し出す。

 

「ただいま!」

 

 チー君は元気に両手を上げる。保母さんはビックリしたように「チー君?」と言って咎め始める

 

「どこ行ってたの? クトリちゃんが心配していたよ!」

「えへへ……」

「まったく……クトリ!」

「はーい!」

 

 部屋の奥からクトリの声がした。彼女の姿が現れる前に、その空のように蒼い髪が奥の別部屋から垣間見える。

 

「ちょっと待ってください! う、うわっ!」

 

 クトリの悲鳴が聞こえた。

保母さんたちはクトリの助けに向かおうとするが、子供たちが二人を引っ張りまわし、とても動けそうにない。

 

「あの、自分見に行きましょうか?」

 

 ハルトの一声に、保母さんたちは警戒を表す。だが、チー君がいることで、ある程度気を許したのだろう。「お願いします」と手短に答えて、二人は子供たちを落ち着かせようとしていた。

ハルトは「お邪魔します」と一声おいて、中に入る。病院特有の薬品の臭いが全くしないこの部屋。クトリの声がしたのは、奥の洗面室からだった。

 

「クトリ……ちゃん……」

 

 洗面室のそのあまりの惨状に、ハルトは言葉を失った。

 誇張表現なしの洗濯物の山。色とりどりの服や、キャラクターがプリントされたものの中に、ひと際目立つ美しい蒼。小さな質量たちによって押しつぶされたクトリが、そこで目を回していた。

 

「う~ん……」

「これはひどいな……」

 

 ハルトは思わずそう呟いた。このまま放っておくのも面白そうだと思いながら、ペチペチとクトリの頬を叩く。

 

「クトリちゃん。大丈夫?」

 

 数度のたたきにより、クトリはようやく目を覚ました。

 

「あれ? ……ハルトさん?」

 

 ハルトの存在を認識したクトリは、洗濯物の山から脱出して、キョロキョロと状況を

 

「は……はわはわはわはわ……」

 

 クトリは金魚のように口をパクパクさせながら、言葉を探している。

 

「えっと……これは……」

「別に恥ずかしがることでもないと思うよ」

「そ、それより……どうしてハルトさんがここに?」

「自分で子供たちに手品見せてほしいって言ったの、忘れたの?」

「あ……」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、クトリはぱあっと顔を輝かせた。

 

「見せてくれるの⁉」

「これが終わったらね」

 

 ハルトは洗濯物の山を見渡しながら言った。

 今、自分がファントムだったらあっさり目的達成できそう。それくらい、クトリは絶望した顔を浮かべた。

 

 

 

「やっと終わった……」

 

 洗濯物のみならず、掃除昼食その他家事全般を手伝うことになったハルト。子供たちの近くで大の字になり、大きく息を吐いた。

 

「手伝ってくれてありがとう」

 

 その隣で、クトリがにっこりと喜んでいた。

 

「いつもはお休みの日でも、もう少し時間かかるんだけど、おかげ様で早く終わっちゃった」

「そりゃどうも。それより、どうしてチー君が外にいたんだ?」

 

 ハルトはチー君を見ながら訪ねる。チー君は他の子供たちと混じっており、顔を見なければ判別できなかった。

 クトリはあきれたように、

 

「チー君、よく外に飛び出しちゃうんだよね。好奇心が強いから。ほら、この前病院の外に出て行ったのも、好奇心」

「へえ……大変だなあ」

「子供だからね。お姉さんの私が何とかしなくちゃいけないんだけど」

「あ……もしかして、クトリちゃんがこの中で年長者なの?」

「そう! 私がお姉ちゃんなんだよ」

 

 クトリが胸を張った。「おお~」と拍手を送ると、クトリは嬉しそうに口角を上げた。

 

「あ、そうだ。子供たちにマジックとか見せてあげる約束だっけ」

「そうそう! 早く見せてあげて……ハッ」

 

 クトリは口を押える。

 

「べ、別に私が見たいわけじゃないからね! あくまで、子供たちに楽しんでもらいたいからだから!」

 

 言葉ではそう言っているが、見たい見たいと顔に書いてある。ハルトの心に、意地悪心が芽生えてあ。

 

「あ……はいはい。そうだね。年長者がマジックなんて子供だまし、見たがらないもんね」

「そ、そうそう。あくまで、子供たちのためだからね」

「じゃあ、クトリちゃんは別に見なくてもいいよね。じゃあ、見つからないところでやったほうがいいかな」

 

 起き上がり、子供たちのところへ行こうとするハルト。するとクトリは、ハルトの肩を必死でつかむ。

 

「待って! あくまで……」

 

 口ごもるクトリは、少し顔を赤くしながら主張した。

 

「あくまで子供たちのため! 子供たちの教育に悪くないものかどうかを確認するため! だから! 私も! 確認のために見せて!」

「ほう……つまり、俺は子供たちに教育に悪いものを見せる可能性があるザマスね」

「ち……ちが……」

 

 タジタジになるクトリを見て、ハルトはケラケラと笑った。

 

「冗談冗談。わかってるよ。見たいんでしょ? ほら、じゃあよくある『マジシャンが来てくれました』って奴やって」

「だから私は別に……」

 

 頬を膨らませるクトリへ、その時残酷な言葉が天井より降り注いだ。

 

『業務連絡。クトリ・ノタ・セニオリス。ヘルプが入りました。今すぐに第十五治療室に来てください』

 

「……ああああああ……」

 

 また絶望した顔。だがハルトは救うわけでもなく、現れた病院スタッフに引きずられていくクトリを手を振って見送った。

 彼女の姿が見えなくなったのと入れ替わりに、今度はチー君を先導に子供たちが集まってきた。

 

「ねえ! お兄ちゃん!」

「マジック見せて!」

「手品やって!」

 

 口々に訴える子供たち。クトリには悪いけど、先にこの子たちの欲求を満たすことにしようと、ハルトは宣言した。

 




クトリ「ああ……いや……マジック見たい!」
可奈美「なんだろあれ……看護婦さんのボイコット?」
クトリ「(´Д⊂グスン……あ、お見舞いの人?」
可奈美「うん。どうしたの?」
クトリ「何でもない……お姉ちゃんが、こんなことで泣いていられない」
可奈美「ああ……そう……あ、もう尺がない! ごめんね看護婦さん、ちょっとこのコーナー入っちゃった!」
クトリ「ああ、私もやるんだね……それでは、今回のアニメ、どうぞ」


___舞い上がれ! 輝きへと近づいてみせる 希望が燃える大空___



可奈美「翠星のガルガンティア!」
クトリ「えっと……2013年の4月から7月に放送っと……」
可奈美「それから、OVAも一緒にあるね! いいよねOVA!」
クトリ「これは、戦争の中で地球に漂着した主人公(レド)が、地球人と交流を深めていくお話……え? 地上全部海の下なの⁉ 信じられない……生きられる箇所が船の上だけだなんて」
可奈美「あれ? クトリちゃん、本来空の上だけの世界なんじゃ……」
クトリ「何のこと? 私はずっとこの病院だよ」
可奈美「う、うん……宇宙生命体、ヒディアーズの秘密とは? そして、そもそもレドとはいったい何者なのかのお話が、本当に面白いよ! そして何より、チェインバーが黒くてバーベキューにはうってつけだよ!」
クトリ「くたばれブリキ野郎! ついでに私、今日お休みなのに!」
可奈美「あ……病室入っちゃった……それでは皆さん、また次回! もしかしたらよいお年を!」


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木綿季

今年はこれで最後の投稿です
皆様良いお年を!


 地下深く。

 そんなフロアがあったことなど、彼女と知り合わなければ知ることもなかっただろう。

 無数の無菌室のための設備を通過し、可奈美が訪れたのは厳重な病室だった。

 外界とは、白い壁で拒絶された部屋。繋がりは、固く閉ざされた扉と、可奈美の前のガラスのみだった。

 部屋には大きな装置が設置されており、その手前には、壁と同じくらい白いベッドがあった。無数の装置のみがあったようにも見えるが、その下には小さな肌色……人の姿があった。

 

木綿季(ユウキ)ちゃん?」

 

 ガラス越しに、可奈美は声をかけた。木綿季(ユウキ)という声に、装置の中の人影は口を動かした。

 

『可奈美さん?』

 

 その声は、肉声ではない。可奈美のすぐ近くにある装置より聞こえてきた。

 

「そうだよ。可奈美だよ」

『……! 本当に来てくれた!』

 

 装置から発せられる、電子音声。だがそこには、少なからずの喜びが込められていた。

 

「あ、この前言ってた竹刀あるよ。今日は動けそう?」

『ううん……体が、もう思うように動かないんだ』

「そうなんだ……じゃあ、お話だけ?」

『うん。ごめんね。わざわざ来てくれたのに』

「気にしないでいいから」

 

 そうは言いながら、可奈美は険しい顔で病人の体を見通す。肌色の部分よりも覆いかぶさっている部分の方が多く、それが彼女__木綿季の病状を物語っていた。

 

「木綿季ちゃん、体どうなの?」

『うん。やっぱり、症状は変わってないよ。でも、そこは気にしないで』

 

 気にする。その言葉を、可奈美はぐっと飲みこんだ。彼女の次の発言が、『それよりもまた剣術教えて』だったからだ。

「うん。それじゃあ、今日は……」

 

 可奈美は、簡単に選んだ流派の剣を披露していく。狭い病室の中、可能な限りの動きで、木綿季はそれに対して歓喜の声を上げている。

 

『ねえ。可奈美さんには、ほかの剣術仲間とかはいないの?』

「たくさんいるよ。見滝原には来ていないけどね。みんな全国に散らばっているから、今はなかなか会えないんだ」

『そうなんだ……』

「あと、これは鹿島(かしま)神當流(しんとうりゅう)の車の構え、清眼の構え、引の構えだよ」

 

 可奈美は、友の姿を脳裏に思い浮かべながら、その構えをしてみせた。

 目を輝かせたような声を上げながら、木綿季は呟いた。

 

『本当、ボク可奈美さんに会えてよかったよ』

「え? それ言うの、ちょっと早すぎない?」

『だってボク、この体だからね。言いたいことは早めに言っておきたいんだ』

「早めにって……そんな、余命いくばくもないみたいな……」

『あれ? 前言ってなかったっけ?』

 

 すっとぼけたような声音で、木綿季は言った。

 

『ボク、あと二週間なんだって』

 

 チノの見舞いに来た時、小さなドローンが可奈美を刀使だと見抜いた。そのまま、付属していたマイクを通じて、この病室に導かれたのだ。

 そのドローンは、木綿季の目だった。外の世界を視覚的に伝えるためのもので、病院の敷地内のみの情報を、木綿季に届けるためのものだったのだ。

 木綿季は、剣に憧れていた。刀使として活躍している可奈美に尊敬を抱き、そのまま剣について色々話していた。可奈美のことは、以前テレビで受けたインタビューのことで知っていた。

 まだ二回目にしての余命宣告に、可奈美は言葉を失った。

 

「二週間って……どういうこと?」

『あと二週間で、ボクの命がなくなるってこと。末期らしいんだ』

 

 言葉では、可奈美は「そんな……」と口にしていた。しかし、その内情は驚くほどに落ち着いていた。

 それを見抜いたのだろうか。木綿季はこう返した。

 

『驚かないんだね』

「……最初に出会ったときから、そんな気はしていたよ」

 

 可奈美は剣の動きを続ける。何度も見てきた、大切な人の姿を自分に重ねながら、それ以外の機能はすべて木綿季へ注がれていた。

 

「改めて言われると、やっぱりショックだけどね」

『ごめんね』

「謝らなくてもいいよ」

 

 可奈美は首を振る。

 

「私なんかより、木綿季ちゃんが、一番苦しいだろうし。……ねえ」

『ん?』

「それじゃあ……木綿季ちゃんは、もう外に出られないの?」

『難しいかな。でも……』

「でも?」

『ボク、また外に出たいなあ……この体じゃあ……』

 

 可奈美の耳に届くのは、あくまで木綿季の思念を電子化して再生した音声。だが、そこには彼女の嘆きが十二分に再現されていた。

 

『ボク、一回だけでいいから、剣を手に持ってみたい。振ってみたい。そんなこと、叶わないのかな……?』

 

 可奈美は、竹刀を振る手を下した。しばらく木綿季を見つめてから、傍らに置かれたギターケースに視線を流した。

 竹刀をしまい、相棒であるピンクの鞘がついた刀、千鳥(ちどり)を取り出す。

 数秒見つめてから、またしまいなおした可奈美は、ガラスに張り付いた。

 

「ねえ!」

『うわっ! ビックリした……どうしたの?』

「私と一緒に、立ち合い! ……じゃなかった、剣の練習してみない?」

『え?』

「見せてあげるって約束したけど、それだけじゃ足りないよ! やっぱり剣は、手にもってやらないと!」

『でも……』

「だから病気なんてやっつけて! 私だって、必要なら毎日来るよ! なんでも見せるから! だから、早く良くなって、私と剣の修行しよう!」

『ボク、本当に……?』

「うん! それに、もしかしたら木綿季ちゃんだって刀使になれるかもしれない! そうすれば、私と試合だってできるよ!」

『可奈美さんと試合はちょっとハードル高いなあ……でも……うん。そんな未来、なったらいいな……』

「きっと来るよ! 私、そのためなら何でもする! あ、お医者さんにはなれないけど……うん、毎日だって来る! 剣術のこと、何でも教えてあげるから! だから、ね?」

『……! ありがとう!』

 

 木綿季の音声は、今度は嬉しそうな声色だった。

 

 

 

 まだまだ満足していない。だが、可奈美が出ざるを得ない状況になってきた。

 

「また検査?」

『うん。万に一つでも、治療法を探してくれているから』

 

 病院スタッフが、木綿季の病室に立ち入っている。これから只ならぬ治療の時間なのだとわかっていた。

 

「そっか……それじゃあ、今日はここまで?」

『うん。でも、色んな技が見れて、本当に嬉しかった』

 

 木綿季に感謝されて、可奈美は鼻をこする。

 白衣の医者たちが増えてきた頃合いに、可奈美はギターケースを背負った。

 

「ほう。貴女が先日来てくださった刀使の方ですか」

 

 帰ろうとしたとき、可奈美の背後から声がかけられた。

 振り向くとそこには、見上げるほどの長身の男性がいた。他の医者たちとは真逆に、赤いラインが入った黒いスーツを着こなしており、太陽のごとく広がった髪から、まるでライオンのような勇猛な印象を受ける。

 

「初めまして。刀使の方。当院院長の、フラダリ・カロスと申します」

「ああ、初めまして。衛藤(えとう)可奈美(かなみ)です」

 

 可奈美は慌ててお辞儀をする。フラダリと名乗った男は、それを受けてから、病室の木綿季へ視線を移す。

 

「刀使の方に実際にお会いするのは初めてですね」

「そうですか……」

 

 可奈美は少し気まずさを感じながら、足を止める。

 フラダリは続ける。

 

「刀使というのは、人々の平和のために戦っておられるという話をよく聞きますが、実際はいかがなのですか?」

「実際そうです。荒魂(あらだま)から人々を守るために戦っています」

「ほう。それでは人にその刀を向けることはないと?」

 

 何故だろう。フラダリの視線が、とても強くにらんでいるように思えた。

 フラダリは続ける。

 

「競技の一つである剣術ならば、競い合うこともあるのでしょう。それならば、他者を蹴落とすこともあるのでは?」

「まあ……ありますけど」

 

 その返答をどう受け取ったのか。フラダリはどことなく悲しそうな顔を浮かべる。

 

「刀使というものも、結局は争いか……」

「争い?」

「いいえ。何でもありません」

 

 それ以降、フラダリは可奈美を一瞥することなく、病室へ入っていった。

 可奈美は少し唖然としていた。やがて、木綿季の姿がどこかへ連れていかれるのを見届けて、可奈美は病室を後にした。

 




響「……」
キャスター「……」
響「……ねえ」
キャスター「?」
響「私たち、話すことある?」
キャスター「ない」
響「だよね……私たち、前回少し戦ったくらいしか絡みないもんね……」
キャスター「ならば素直に、今回のコーナーは終了すればいい」
響「ああああ! ダメ! ダメだって! このままじゃ消されそうだから、早めに紹介始めましょう! 今回はこちら!」



___Ah ゼロになる進化を 恐れずに飛んで行け 心をギュッと確かめ合った 絆と云う名の翼___



響「東京ESP!」
キャスター「2014年7月から9月までのアニメですね」
響「空飛ぶペンギンと光る魚から始まる、超能力アクション! 私もテレポートとか使いたい!」
キャスター「主人公の能力が透過能力というのも中々珍しい」
響「アニメ化されたのは前半だけ、後半は超能力が当たり前になった新しい世界でのお話で、主人公だったリンカちゃんが前作主人公っぽくなってるよ! こっちのアニメ化はまだかな?」
キャスター「いずれでしょう」
響「あの場にいれば、誰でも超能力者! 光る魚を見つけたら、まっすぐに飛び込もう!」
キャスター「主人公のセリフとは思えない言葉」
響「光る魚を見つけることを来年の目標にして、また来年もよろしくお願いします!}
キャスター「ガングニールも超能力と大差ない気が……来年もまた」(*- -)(*_ _)ペコリ


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捕食する怪物

皆様! あけましておめでとうございます!
今年も一年、よろしくお願いします!


 ようやく子供たちが満足してくれた。

 ネタを絞りつくしたハルトは、疲れながらもようやく受付まで戻ってきた。

 

「はあ、はあ……」

 

 小道具の多くを消費してしまい、からっきしになっていた。明日からの大道芸には、また新しいネタをしこまなければならないが、なけなしの給料では、次の大道芸を披露するのは少し先の話になりそうだ。

 

「あ、いたいた。可奈美ちゃん」

 

 ハルトの声に、ベンチでずっとスマホと睨めっこしている可奈美に声をかけた。

 

「可奈美ちゃん? ……可奈美ちゃん!」

 

 トントンと、その肩をたたく。びっくりした可奈美は、耳にあるイヤホンを外す。

 

「は、ハルトさん!」

「珍しいね。可奈美ちゃんがスマホをずっと見てるなんて。何見てたの?」

「剣術の動画だよ」

「えっと……」

 

 ハルトは可奈美が見せる動画を凝視する。道場で二人の男が何やら竹刀を振りあっている。一つ一つの動作に色々な名前が表示されているが、まったく区別ができない。

 

「これ……何?」

「え? この流派知らないの?」

「うん……」

「うそでしょ⁉ これは……」

 

 ナントカ流のナントカで……可奈美がそういう解説を始めたら時間がいくらあっても足りない。それを理解しているハルトは慌てて彼女の口をふさぐ。

 

「分かった! 分かったから! その辺の話は、ラビットハウスに帰ってからな?」

「でも、今話したい! 話したい!」

「わわわわ! 分かったから! 後で帰ったらたっぷり聞いてあげるから! だから帰るぞ!」

 

 暴走する剣術知識機関車を引きずりながら、ハルトは病院から出ていく。可奈美はむすっとふくれっ面を浮かべながら付いてくる。

 

「そういえば、可奈美ちゃんは会いたい人と会えたの?」

「うん、会えたよ」

「そう。どんな人?」

「いや、それは内緒」

「内緒?」

 

 病院の中庭に着いた。冬は日の入りが速く、まだ四時だというのに、夕暮れになっている。肌寒さを感じながら、ハルトは駐車場に入った。

 出番を待ち侘びているマシンウィンガーのシートを開き、ヘルメットを取り出す。

 

「早く戻ろう。ココアちゃんやチノちゃん、きっと待ってるから」

 

 可奈美へヘルメットを渡そうとした、

 その時。

 じゃらん。

 金属が地面に落ちる音が響く。驚いて振り向くと、使い込まれた車椅子が地面に投げ出されていた。その近くで倒れている老人がその持ち主だろう。

 助け起こそうと動く前に、看護婦が駆け寄る。大丈夫か、と安心したハルトは、続く現象に目を疑う。

 老人の体から、蒸気が発せられている。

 とても自然とは思えない現象。そのあまりの高熱に、看護婦もやけどをしながら後ずさりしている。

 さらに、変化は続く。メキメキと人体から発生してはならない音が聞こえてくる。苦しそうな老人の声。それがやがて、人間の肉声から獣の唸り声に変わっていく。 熱い蒸気の中、老人のシルエットがどんどん人ならざる者へと変化していく。

 やがて、蒸気が降り切れていく。

 そこにいたのは、老人ではなかった。オニヤンマの体色を持った人型の怪物。それは看護婦に覆いかぶさる。

 その動きに並々ならぬ危険を感じたハルトは、走り出す。覆いかぶさった怪物を蹴り飛ばし、看護婦を助け起こす。

 

「大丈夫です……か?」

 

 ハルトは言葉を失う。

 彼女の右肩。もう修復できるのかどうか疑いたくなるほど、食い散らかされていた。

 ハルトは肩越しに、怪物の姿を改めて確認する。その口元を中心にした、赤い付着。間違いなく、

 

「人を……食おうとしてる……!」

 

 再び怪物が動く。

 

「逃げて!」

 

 ハルトが切羽詰まった声で叫ぶ。だが、看護婦は重傷により逃げられない。

 

「ハルトさん! 私が!」

 

 そんな看護婦は、可奈美がその肩を貸して病院へ向かう。

 彼女を見送ったのと同時に、ハルトに狙いを定めた怪物が、こちらに襲い来る。

 ハルトはその攻撃を受け流しながら、指輪をかざす。

 

「何だ……? この怪物?」

『ドライバー オン』

 

 指輪の魔力により、銀色のベルトが出現する。ハンドオーサーを操作して、ベルトを起動させると同時に、怪物の攻撃を平手で流す。

 

『シャバドゥビタッチ ヘンシーン シャバドゥビタッチ ヘンシーン』

 

 耳に馴染む音声。ルビーの指輪を取り出したと同時に、また怪物の突進が来る。それは、ハルトの右手を弾き、ルビーの指輪を地面に落とす。

 

「しまっ……!」

 

 拾い上げようとするが、また怪物が迫る。その暇はないと、ハルトは別の指輪を取り出した。

 

「変身!」

『ランド プリーズ』

 

 黄色の魔法陣が、足元に出現する。

 

『ドッドッ ド ド ド ドンッドンッ ドッドッドン』

 

 怪物と取っ組み合う、黄色のウィザード。力勝負には、土のウィザードに分があった。地面に叩きつける。

 

「________!」

 

 怪物が起き上がる。ウィザードをじっと睨む怪物は、やがて翼を振動させながらこちらへ攻め入る。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 出現した土壁が、怪物を塞ぐ。続けての回転蹴りで、怪物を地面に転がす。

 

「_________!」

 

 怪物は、再び空へ飛びあがる。

 逃がさないと、ウィザーソードガンで発砲する。しかし、素早いその動きにウィザードは命中できない。

 

「空中なら!」

『ハリケーン プリーズ』

 

 頭上に出現した緑の魔法陣。それにより、ウィザードは土より風へ変わる。

 

『フー フー フ―フー フーフー』

 

 緑の風を操り、高度を上昇していく。

 

「待て!」

 

 ウィザードは怪物を追いかける。数回攻撃をよけた怪物は、また突撃によりウィザードにダメージを与えていく。

 さらに、横一直線。そのダメージにより、少し高度を落とす。

 

「_______」

 

 怪物はウィザードへ追撃を仕掛けてくる。全身に、怪物の刃物が入り、地面へ背中から落下する。

 

「がっ……!」

 

 肺の空気をすべて吐き出し、体が動かなくなる。

 さらに、怪物は低空飛行で迫る。

 それに対し、ウィザードは痛むからだに鞭を打って起き上がり、怪物の四本の翅のうち一本を切り落とした。

 

「________!」

 

 怪物は悲鳴を上げながら地面を転がる。

 

「よし……今のうちに……!」

 

 ウィザードはウィザーソードガンでトドメを刺そうとする。

 しかし、怪物はウィザードに勝てないと見るや否や、ウィザードに背を向けて逃げ出す。その目線の先は、一般人。

 

「いけない!」

 

 しかし、ウィザードの発砲は遅かった。怪物の腕により、一般人の肩が引き裂かれ、鮮烈な血しぶきがあがる。

 

「クソッ!」

 

 ケガを負った一般人を脇に、ウィザードは怪物を追いかける。怪物はその間にも、道行く人々から少しずつの血液を口にしていた。

 

「あれ……」

 

 そしてウィザードは、怪物の変化に目を疑う。翅の切断痕。みるみるうちに再生していき、やがては元通りになったのだ。

 

「再生した……」

 

 トンボと同じく、四枚に元通りになった翅を駆使し、再び怪物は、戦場を空に指定した。

 再び空中で、ウィザードと怪物は何度も激突。

 そして迫る怪物。しかしウィザードは、その動きに合わせて、ウィザーソードガンの刃先を突き立てる。

 スピードを上げる怪物の体を引き裂き、後方の怪物はダメージにより落下していく。

 

「よし!」

 

 ウィザードは怪物を追いかける。地上に降りたとき。

 

「ぐあああああああああああ!」

 

 ウィザードの耳に、つんざく悲鳴が聞こえてきた。

 落とした怪物が、落下地点近くの人を襲っていた。青年を捕らえ、今まさに捕食しようといていた。

 

「間に合わない!」

『コネクト プリーズ』

 

 ウィザードは急いで、出現した魔法陣にウィザーソードガンを突っ込む。すると、怪物の脇に出現した魔法陣より、ウィザーソードガンの刃先が怪物を引き裂いた。

 

「大丈夫ですか? 速く逃げて!」

 

 怯えた表情の青年を逃がし、ウィザードはトドメの指輪を使う。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

「はあああ……」

 

 風が吹き荒れる。それを右足に集めながら、ウィザードはジャンプ。足元の風は竜巻となり、怪物への航路を示す。

 

「だああああああああああ!」

 

 ウィザードの蹴りは緑の刃となり、怪物の体へ炸裂する。

 

「______________!」

 

 トンボの怪物は、また唸り声を上げる。そして、爆発。

 

「……」

 

 ウィザードは、爆心地の怪物の体を見下ろす。トンボの形が、徐々に黒いドロドロの液体へと変わっていった。

 ハルトに戻って一言。こう呟いた。

 

「一体、何なんだ……?」

 

 人喰いの怪物。それがいたという事実が、ハルトに大きな不安を抱かせた。

 




ハルト「せーのっ!」
一同「「「「あけましておめでとうございます!」」」」←みんな振袖
ハルト「今年もFate/Wizardragonknightをよろしくお願いします!」
真司「今年はみんな、目標何にした? 俺は、夢はでっかっくジャーナリスト!」
可奈美「もっといろんな剣術が見たい! いろんな人と立ち合いしたい!」
友奈「みんなみんな、もっと笑顔にしたい! 勇者部活動がもっとできますように!」
コウスケ「ここに願わねえよ。オレ自身で叶えるからな!」
響「コウスケさんかっこいい! 私は、ごはんごはんごはん!」
まどか「響ちゃん、この前の引きずってなくてよかった……それでは、新年一発目のアニメ、どうぞ!」



___どうしたって! 消せない夢も 止まれない今も 誰かのために強くなれるなら ありがとう 悲しみよ____



一同「「「「鬼滅の刃!」」」」
ハルト「2019年4月から9月までに放送していたアニメであり、去年もっとも売れた漫画でもある!」
真司「売上2000万部かあ……すごいぜこれ!」
友奈「主人公の炭治郎(たんじろう)君が、鬼になってしまった妹の禰豆子(ねずこ)ちゃんを人間に戻そうとするお話だね!」
可奈美「炭治郎くんすごく強そう! 善逸(ぜんいつ)くんの雷の呼吸も、姫和ちゃんといい勝負! くぅ~! どっちとも試合してみたい!」
コウスケ「今はアニメの話をしろよ。敵である鬼も、それぞれが倒れるときのちょっぴりホロリと泣けてくるのも特徴な。疑う奴は(るい)の話でも見ろ」
響「まだまだ終わってないよ! 今年はなんと、劇場版だってある! ファン必見!」
まどか「あと、OP主題歌の紅蓮華は2019年の紅白歌合戦にも出場! すごいですよね」
ハルト「このようにして、これからもみんなで頑張っていきますので、よろしくお願いします。よし、みんな!」

一同「「「「また次回! お楽しみに~!」」」」


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こんな接客あるのか!?

ここに出してるとあるキャラの元ネタを一気見しました。結構精神えぐられる……トラウマができました。


城戸(きど)真司(しんじ)は記者である。

というのは、サーヴァントとして召喚される前の話。

今の真司は、ただのフリーターである。普段は大型飲食チェーン店に勤めているが、休日であるこの日は、このようにメモとペンを携えて町を散策している。

 

「おお……」

 

 真司は、見滝原の中央街を、珍しいものを見る目で散策していた。

 アパートから少し離れたこのエリア。最新技術がふんだんに盛り込まれただけあって、二十一世紀初頭までの記憶しかない真司にとっては真新しいものであふれていた。

 

「真司さん、すっごく楽しそう!」

 

 隣の友奈が、にっこりと笑いながら追随している。この世界に呼ばれたはいいものの、学校に入ろうにもアテもなく、ただただ真司に付いてきていた。

 

「でも、本当この街て色々あるよね。あ、あそこのうどん屋行きたい!」

「今度にしてくれ! あそここの前行ったじゃん! 今日は、街の散策を兼ねているんだから、新しいところ!」

「新しいところってどこ?」

 

 友奈の無邪気な質問でも、答えを用意していない真司は返答に詰まる。

 むむむと考えて、「あそこだっ!」と近くの店を指さす。

 そこは。

 

 現代では知らぬ人のいないメイド喫茶。

 そんな名称は、友奈は何とか思いついても、真司には向こうの世界の話だった。

 真司のいた時代では、まだメイド喫茶はその頭角を現したばかりで、その存在も真司の知るところではなかった。

 

「何やら不安を感じる視線ですね、姉様」

「そうね、不安を感じる視線ね、レム」

 

 店の前___客引きにあたる、二人のメイド。髪の色と、左右の目がのぞく髪の切れ目以外ほとんど同じ姿の、おそらく双子。ついうっかり、じっと見つめていたことに気づいた真司は、慌てて「あわわ、ごめん!」と謝った。

 

「なんか、初めて見たから……そういう格好……」

「まあ、失礼な発言。メイドをご存じない世間知らずの発言です。聞きました姉様」

「失礼な発言ね。メイドどころか金も持っていないバカの発言ね。聞いたわよレム」

「なんかすっごい罵倒されてんだけど!」

 

 接客応対どうなってんだ、と思いながら、真司はコホンと咳払いをする。

 

(俺は大人俺は大人俺は大人俺は大人……よし!)

「あの……」

「あの! 私も、こういうお店初めて見ました! どういうお店なんですか?」

 

 真司の言葉を遮って、友奈が割り言った。それにより、真司は口を噤むほかなかった。

 

「まあ、初めてを装って私たちと会話しようとしています。どうしましょう姉様」

「落ち着きなさいレム。こちらの女性には他意はないわ。こちらの男性が危険よ」

 

 相変わらず、この二人は互いに問答している。

 ピンクの子が姉で、青い子が妹でレム。その情報を頭に叩き込むことで真司は平静を装い、

 

「えっと……二千円あれば足りる?」

 

 その発言で、この双子の目の色が変わった。

 

「それでは姉様。お客様をご案内します」

「そうねレム。お客様は丁重に扱うのよ」

「君たちさっきと態度全然違くない?」

「レッツゴー!」

 

 そしてなぜか友奈は元気な声を上げていた。

 

 

 

「えっと……」

 

 少し気まずいなあと、真司は感じていた。

 ピンク一色に彩られた店内。目にも悪いその中で、真司はメニュー以外の目のやり場に困っていた。

 

(こんな店だったのかよ……っ!)

 

 近くの客が、メイドと何やら話し込んでいる。まるで夜のお店が昼からやっているような感覚に、真司は頭痛がしてきた。

 

「それで……えっと」

 

 メニュー表に目を落とす。一般的なファミレスよりも一回り高い値段に目を回しながら、定番と書いてあるオムライスを注文することにした。

 

「少々お待ちくださいお客様」

「待ちください女子侍(じょしはべり)お客様」

「ちょっと俺への扱いひどくないかぁお姉様!」

 

 真司の訴えも無視されながら、姉妹メイドは厨房へ向かっていく。

 

「やれやれ……ここ一体なんつう店なんだ……?」

 

真司が頭を抱えた。友奈は出された水を飲みながら、周りを見渡している。

 

「あ」

「何?」

「真司さん真司さん。あんな感じじゃない?」

 

 友奈が近くのテーブル席を指さす。そちらには、制服を着たメイドと、その知り合いらしき三人の少女___このうち二人はおそらく双子___がいた。

 

「アンタ達。飲み物何にする?」

 

 高圧的なメイド。あれでよくクレームにならないなと感心した。

 

「速くしなさいよ。遅いと罰金よ罰金」

「それが客に対する態度か」

 

 ごもっともです。

 

「ここではこれが仕様なのもう決まったわよね?」

 

 前半だけメイドの素が出た。

 

「私メロンソーダー」

「ただのメニューには興味ありません」

 

 メイドの好みを客に言われても。

 

「私はミルクティーをお願いします」

「アンタ(最初の女の子)はどれがいいの?」

「今選んでるじゃない」

「団員にあるまじき遅さね」

 

 最初のツインテールの子だけに少し厳しい気がするのは真司の気のせいだろうか。

 

「いつから団員だ」

「そういう設定なの団長に逆らうなんて百年早いわよ」

 

 メイドの女の子も大変だなと、真司は水を飲む。

 

「ややこしいわね。アイスコーヒーでいいわよ」

「団長命令よ。待ってなさい」

 

 メイドはそう言って胸を張って厨房へ向かった。

 真司は眼を大きく開き、

 

「おいおいおい! このお店ってああいうのが普通なの⁉」

「私も初めてなのでわかりませんけど、普通なのかな?」

「むしろ俺たち、ああいう塩対応されないだけマシ?」

「だね」

 

 友奈に頷かれると、真司も何も言えなくなる。

 そして。

 

「お待たせしましたお客様」

「お待たせしましたお客様」

 

 さっきも聞いた、双子の声。普通サイズのオムライスだが、その右側を(レム)、左側を姉が持っていた。

 

「き、器用なものだな……」

 

 驚く真司をよそに、双子のメイドは皿を置いた。

 黄色一色の卵に、真司は疑問を抱く。

 

「あれ? ケチャップは?」

「チッ……」

「あれ? 姉様いま舌打ちした?」

「さてお客様。おいしい文字などをどうぞ」

「いやいやごまかさないでよ! ねえ、何か君たち接客おかしくない?」

「さあ、お客様」

 

 (レム)がごまかすように、真司をなだめる。

 

「お名前をどうぞ」

「……城戸真司」

「かしこまりました。それではどうぞ」

 

 なんということでしょう。

 妹のきらびやかな笑顔とともに、オムライスに赤い文字が描かれていく。

 真司は喜び、

 

『おバカさんへ』

 

「なんでだよおおおおお!」

 

 叫んだ。

 一方お姉様の方は、友奈のオムライスにケチャップで文字を書いていた。しっかりと『友奈さんへ』と。

 

「なんか俺だけ理不尽だろおおおおおおお!」

 

 そんな真司の嘆きを潰すように、双子は一緒にこう言った。

 

「「美味しくな~れ」」

 

 

 

「全く……今はああいうのが流行なのか?」

 

 お店から出た真司は、理解できない理不尽さを胸に歩いていた。

 

「でも、結構メイドさんたちから色んな話を聞けたじゃん」

 

 その後ろを歩く友奈は、満足そうに言った。真司の知る限り何も問題なく進んだ友奈には、これといった不満点もなかった。

 あの後、田舎から出てきたばかりという体で、双子から色々話を聞くことができた。どうも、メイド喫茶というのは、ああいう対応が喜ばれることもあるらしい。

 

「一体どうなってるんだろうな……」

 

 サーヴァントとして現界したのは、わずか二十年先の未来。それでも、かつてと今は世界がまるで違うもののように思えた。

 

「この世界で、俺ジャーナリストになれるのかな……大久保編集長……」

 

 この世界にいない人物の名前を呟きながら、真司は見滝原の町を歩き続ける。

 誰もが持っている携帯電話。それさえも、真司にとっては新しいものに見えた。

 

「それよりも真司さん。気になる話、あったね」

 

 友奈が真司の前に躍り出る。

 

 

「昨日の怪物騒ぎ」

「ああ」

 

 双子のメイド曰く、「今とっておきの噂です!」とのことだった。真司が新聞記者を目指していることからその話題となり、面白い話はすぐに教えるということで約束を取り付けてもらった。

 

「人喰いの怪物が出てきて、今も行方不明、と」

 

 簡単に記事になりそうな文章を書き、それを読み直した真司は思った。

 

「黄金のザリガニの方がまだ信じられるな」

「え?」

「モンスターもいないこの世界に、そんなのいないだろ? ……いないでくれよ」

 

 真司は神頼みのように合掌する。友奈は、

 

「とにかく、病院に行ってみようよ! 何か記事になることだってあるかもしれないよ!」

 

 彼女の元気さを少し分けてほしい。そう願いながら、真司は頷いた。

 

「そうだな……そうだな!」

 

 二度同じことを繰り返した真司は、そこで大切なことに気づく。

 

「……病院って……どこ?」

「あ」

「それに、俺今スクーターない……」

 

 その後、見滝原の街に、龍が現れた都市伝説ができたとかできないとか。

 

 

 

 

 

『調査中です』

 

 そんな声に、ハルトは設置してあるテレビに目を向けた。

 ラビットハウスの天井付近に設置された、年代物のテレビ。地デジすらなさそうなテレビには、その画面の多くを占める人物が出ていた。

 

『それでは、今後の対策は?』

『検討中です』

 

 問題に対し、よく言われる常套句。赤い太陽を連想させる人物が、記者たちの取材をよけるように歩いていた。

 

「……あの人……」

「フラダリ・カロスさんですね」

 

 そう言うのは、テーブル席の客だった。白紙の原稿用紙に向き合う、若い女性。彼女はコーヒーを一口含み、ハルトに尋ねる。

 

「ご存じですか?」

「この前病院に行ったときに会いましたね。青山さんは?」

 

 現在のラビットハウス唯一の客。謎多き、青山(あおやま)ブルーマウンテンさんなる小説家は、「そうですね」と前置き、

 

「以前、私は彼の病院へ取材でお伺いしたことがありまして、その縁ですね」

「取材に行ったんだ……」

 

 その時、クトリは何歳くらいの時なのかな、とハルトが思う一方、青山さんは続ける。

 

「色々医療現場のことを学べて、大変貴重な体験でした。……しかし」

 

 青山さんは首をかしげる。ハルトが「しかし?」と先を促すと。

 

「フラダリさん、とても意味深なことを口にしていたんです」

「意味深?」

 

 青山さんはまたコーヒーを飲む。皿洗いをしている可奈美の水音以外の無音は、静かすぎて不安さえ感じさせる。

 

「『小説家とは、他の作者を蹴落としていくものなのだろう? 一度売れれば、また売れようとして、その地位を独占する。また売れなくなれば戻りたくなる』そう言っていましたね」

「何ですかそれ。競争社会全批判ですね」

「フラダリさん自身、医者になるまではさまざまな慈善活動に身を置いてきたらしいので、紛争地帯などでの経験でそういう考え方をしてしまったのかもしれません」

「そうなんだ……」

 

 ハルトは、テレビのフラダリに視線を戻す。争いを嫌うライオンは、記者団の質問に何一つ答えないまま、病院前の車に乗車し、発信した。レポーターの『今回の問題に対し、病院の対応が待たれています』という言葉よりも、大きな病院の院長が一般的な普通自動車を使っている光景の方が印象に残った。

 

「問題って……昨日のことですよね?」

 

 ハルトの問いに、青山さんは頷いた。

 

「患者の怪物騒ぎ。病院の患者さんが、トンボの怪物になって、看護婦一名重傷、街にも数人の被害が出て、今は行方不明」

「……」

 

 本当はウィザードが討伐したのだが、それを言ったところで誰にも信じてもらえることはないだろう。ハルトは黙っていた。

 

「フラダリさんの、少し過激な性格もありますから、前々から訝しまれていたんです。この騒ぎも、それが原因といえるでしょう」

「……」

 

 ハルトは、少し顔を下げる。

 

「可奈美ちゃん」

「ん?」

 

 ハルトの声に、カウンター奥から、ラビットハウスの制服を着た可奈美が顔を出した。

 

「ごめん。ちょっと出てもいい?」

「え? いいけど……」

 

 可奈美は戸惑いながら、店内を見渡す。午後一時。昼食時だというのに、会社員の姿はなく、青山さんのみがお客さんの状況。

 可奈美は腕を組み、

 

「でも、万が一の時は、助けに来てもらわないと困るよ? 私も午後は出かけたいし……」

「ああ、午後には戻ってくるから。それじゃあ、お願い」

 

 ハルトはそれだけ言い残して、そそくさと走り去っていった。

 

 

 

 見滝原病院の駐車場にマシンウィンガーを停め、ハルトは院内へ急ぐ。

 先日までとは打って変わり、病院には報道陣が大勢いた。患者や見舞客はむしろ少数派となっており、ロビーの片隅に縮こまっている。

 受付で待つのももどかしく、ハルトはエレベーターに突撃する。最上階のボタンを押し、大急ぎでリフトアップ。

 

「クトリちゃん!」

 

 子供たちの居住フロア。昨日、子供たちにマジックショーを披露したその場所だが、今はもぬけの殻だった。

 

「……」

 

 いない。その現実を頭で理解した後で、ようやくハルトは深呼吸した。

 

「……何やってんだ俺。そもそも会ってどうしようって思ってるんだ?」

 

 ハルトは顔を押さえる。

 

「ここは危ないから、どこかに避難しようって言うのか? ないないない。……みんな揃って外出か……うん。出直したほうがいいな」

 

 ハルトはそう決めて、帰路に着こうとする。すると、「お兄ちゃん?」という声が聞こえた。

 

「どうしたの?」

 

 七、八歳くらいの少年。眩い眼差しのチー君がこちらを見上げていた。

 

「あ、チー君。いや、その……」

「ああ! 分かった!」

 

 チー君はポンと手を叩く。

 

「下の人たちの使いっぱしりだ!」

「そんな言葉どこで覚えた⁉」

「じゃあパシリだ!」

「いやそれ同じ意味だからな? っていうか、語源だからな!」

 

 十歳以上も年下の子供に突っ込みを入れた後、ハルトは咳払いする。

 

「まあ、ちょっとテレビでこの病院のことをやってたから、ちょっと心配で来たんだよ。皆出かけてるの?」

「別のところでお勉強。ぼくは忘れ物しただけ」

 

 チー君はそう言って、居住フロアに入る。数分もたたないうちに戻ってきた彼の手には、『みんなの音楽』という教科書が握られていた。

 

「社長は心配だけど、ぼくたちは大丈夫だよ」

「社長? ……院長ね」

「そうとも言うそうとも言う」

 

 チー君は野太い声で頷いた。

 

「あ、本当はお姉ちゃんに会いに来たとか?」

「違う」

 

 ハルトはきっぱりと言い切った。だが、何がチー君の琴線に触れたのか、チー君はにやにやと笑んだ。

 

「ほうほう。なるほどなるほど。そういうじゅないる(・・・・・)なものもアリですな~」

「どこでジュナイルなんて言葉覚えたんだか」

 

 だがチー君は、そんなハルトの言葉など聞こえないように振る舞う。

 

「んじゃ。またね! あ、今度ぼくのマジックも見れば~?」

「お、おう。……その言い方なんなんだ?」

 

 嵐を呼ぶ五歳児のような言い方のチー君を見送って、ハルトはフロアの窓から病院のロビーを見下ろす。

 相変わらずマスコミたちが、フラダリへの説明を求めているが、ほとんど彼らに動きはない。

 

「……帰るか」

 

 本当に何しに来たんだろう、とハルトは思ってしまった。




ほむら「まどか……」
まどか「な、なにほむらちゃん?」
ほむら「私たち、ここに出てるアニメでも指折りのビックタイトルよね?」
まどか「う、うん。そうだね」
ほむら「今季はマギアレコードもスタートして、まさに波に乗っていると言っても過言ではないわよね?」
まどか「う、うん。実際にオープニングにも出てたね」
ほむら「しかも、今回病院がよくフィーチャーされてるわよね。病院と言ったら私よね」
まどか「ほむらちゃんのスタート地点だけでしかないけど」
ほむら「ならなぜっ!? ここまで出番がないの⁉」ドン!
まどか「うわっ!」
ほむら「前も言ったけど、前回の私はかなりの強敵として描かれていたわよね! フェニックス? 青いサーヴァント? 全部私なら片付けられるわよ!」
まどか「だからじゃないかな……?」
ほむら「なぜなのっ! ルパンに続いて私の存在まで予告詐欺になるわよ!」
まどか「お、落ち着いて落ち着いて! 私もだから! 私も出番ないから! あ、今日のアニメ、どうぞ!」



___空を突き刺す 光になって 星に刃を溜めて 零れ落ちそうな 傷を全部 彼方に拭い去って___



まどか「げ、幻影ヲ駆ケル太陽!」
ほむら「……(。-`ω-)」プイッ
まどか「……えっと、2013年7月から9月のアニメです。人のタロットカードをモチーフにした魔法少女もので、ダエモニアから人を守るために戦ってます!」
ほむら「……」
まどか「ほむらちゃん! ほら! ……あ、ダエモニアになった人たちと、それに関連する人たちの記憶と悲しみのお話が魅力です! 主人公のあかりちゃん、どことなく私と似ている気がする(主観が入ります)。 あ、ほら! ほむらちゃん! さやかちゃんもいるよ!」
ほむら「……あなたはどこまで愚かなの?」
まどか「それって私? それともさやかちゃん?」
ほむら「私って、ほんとバカ」
まどか「それ私たちの話になってる! 幻影ヲ駆ケル太陽の話をして!」


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耳鼻科

グロ注意
書いてる時気分悪くなった(自分グロ耐性ないです)


「……お」

 

 エレベーターを待つハルトの目の前に、赤いプラスチックが現れた。鳥のプラモデル、レッドガルーダは疲れたように飛びながらハルトの手に収まる。

 

「よっ。ガルーダ。魔力切れだよね?」

 

 最近めっきり可奈美にばかり懐いている使い魔。真っ先に自分のところに来ることがむしろ久しぶりに見える。

 しかし、そんなお久しぶりなガルーダは首を振って否定。

 

「……てことは、またいつものパターンか……」

 

 つまり、ファントム発見。行かなくてはならないことに、ハルトはため息をつくが、ガルーダはそれも否定。

 

「違う? 何?」

 

 聞き返すと、ガルーダは小刻みに体を震わせている。飛ばずに、手のひらで震えているのもあって、その振動がハルトにも伝わってくる。

 

「ガルーダ?」

 

 ハルトの呼びかけに対し、ガルーダは静かに再浮上。だが、いつものように旋回して案内はせず、じっとハルトの目を見つめている。こんなことは初めてだった。

 

「どうしたの?」

 

 ハルトの質問に対し、ガルーダは「キーキー!」と鳴きながら、階段を下っていく。

 

「え? おい、ガルーダ!」

 

 この大きな病院の最上階から階段を使えっていうのか。そんな文句を反芻させながら、ハルトは階段を駆け下りて行った。

 

 

 

 じゅる。じゅる。

 何かを啜るような音が聞こえた。

 誰かが食事でもしているのだろうか。ガルーダに追いついたハルトはそんな疑問を持った。廊下には「飲食は専用スペースで」という張り紙が目の前にある。

 

「ガルーダ?」

 

 いつもなら止まることなくハルトを先導するガルーダが、空中でホバリングしている。小刻みに震える体が、まるで恐怖をしているようにも見受けられる。

 

「おい?」

 

 トントン、と小さな使い魔を小突く。ガルーダははっと我に返り、ハルトの目前で上昇、天井に頭をぶつけ、パニックになる。

 

「な、何?」

 

 ハルトの疑問に対して、これといった回答を示さぬまま、ガルーダは進む。その後ろに着いて進むと同時に、じゅるり。じゅるりという音がどんどん大きくなっていく。

 

「……」

 

 いやな音だ、とハルトはこの音への感想を決めた。

 やがてガルーダがここだよと言わんばかりに嘴で示すのは、耳鼻科と書かれたフロアだった。

 ただの耳鼻科。休憩中と書かれた立て札と、(かんぬき)によってロックがかかった扉で入ることができなかった。

 

「ここ?」

 

 少し顔を青くしながら、ハルトはガルーダに尋ねた。ガルーダは声を鳴らすことなく頷いた。だが、表情のないガルーダの動きから、只ならぬ事態が発生していると思えた。

 同時に確信した。この奇妙な音は、ここが発生源だと。

 ハルトは、勢いよく扉を開け、中に入る。

 小さな診療所が、そのまま大型病院に移ったような施設。受付とウォーターサーバー。待ち合わせ席と本が並んでいる。

 

「……」

 

 人の気配がない。ただ、奇妙な音が響いているだけだった。むしろ、一番大きな音は、ガルーダの羽音だった。

 ハルトは、静かに入口より、耳鼻科へ入っていった。

 そして。

 

 受付。無人。

 診察室1。無人。

 診察室2。無人。

 

 診察室3。

 

「……!」

 

 いた。

 若い女性が、診察椅子に座っている。普段なら、そこで診察を受けるところだが、今回は違う。

恐怖が張り付けられた顔は、血だらけであった。

 その両耳には、桃色の管がついている。そして、その内部には、何かが彼女より流れ出ている(・・・・・・)。そのまま彼女は、体をビクンビクンと痙攣させていた。

 

「あ……あ……」

 

 消え入りそうな声だけが、まだ息のある彼女より漏れ出ている。

 そして、その管の先。彼女の両側の、二体の黒い怪物の鼻へ続いていた。象の頭を持つ怪物と、ゾウムシの顔の怪物。彼らは、その管を吸っており、女性の耳から何かを___脳髄を啜り取っていた。

 ハルトの乱入に真っ先に気づいたのは、象のほうだった。それは管から口を離し、ハルトに向き直る。その際、落ちた管より、女性の体組織が滴った。粘着性のあるピンクのそれが、真っ白な床に広がっていく。

 

「お客さん。診察はまだお速いですよ?」

 

 象の怪物は、ハルトを見て立ち上がる。それと時同じく、ゾウムシの怪物もハルトへ狙いを定めた。

 

「お速い診断をご希望ならば……いいでしょう」

「っ!」

 

 そしてハルトは、間一髪、象の突進を受け流した。

 だが次は、ゾウムシが襲い来る。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 ハルトは出現した魔法陣を盾に、ゾウムシの動きを封じる。そのまま魔法陣ごとゾウムシを蹴り飛ばし、ハルトは二体の怪物より離れる。

 だが。

 

「逃がさん」

 

 象が冷たく言い放つ。

 象の特徴たる鼻は、なんと伸縮自在。ハルトの体を捕らえ、縛り上げた。

 

「ぐあっ……!」

 

 骨が軋む音。異常なまでの剛力に、ハルトは悲鳴を上げた。

 

「放せ……!」

「先生。いかがいたしましょうか?」

 

 看護婦そのものとしか思えない声が、ゾウムシの怪物から聞こえてくる。象は「ふむ」と考え、

 

「少し速いが……頂こうか」

「畏まりました」

 

 無表情に見えるゾウムシが、にやりと口を歪めたように見える。

 象がハルトを見上げ、告げた。

 

「次の患者さん。どうぞ」

 

 そして、ゾウムシの鼻より、再び管が現れる。それはあっという間のスピードでハルトの左耳につながる。

 

「っ……!」

 

 耳元で聞こえる、蠢く音。塞ごうとも、両手が動かず、鼓膜に伝わる音に、ハルトは恐怖を感じた。そして、脳髄に響く音。体内より伝わる音が、ハルトの全身を縛り上げる。

 

「いただきます」

 

 右耳からのゾウムシの声。同時に、左耳から内臓が吸い出される感覚が襲う。

 

「っあああああああああああ!」

 

 止めどない恐怖に、ハルトは叫ぶ。

 

「やめろ、やめろおおおおお!」

 

 ハルト(被捕食者)の言葉など、怪物(捕食者)へ届くはずもない。無常にもそれは、ハルトの鼓膜を突き破り、脳への不可侵領域を入っていく。

 だが、それは一瞬だった。突如として、ハルトの内部へ侵略していた管が引きはがされ、ゾウムシの元へ戻っていく。

 

「な、何!?」

 

 ゾウムシは、まるで鼻が火事になったかのようにはたいている。

 

「どうしました?」

「分かりません! 急に……」

 

 象がゾウムシを抑えている。怪物同士の掛け合いにより、ハルトを拘束する鼻の力が緩む。

 

「い、今だ! 変身!」

 

 ハルトは、最低限の動きでルビーの指輪を使用。魔法陣により、火のウィザードとなる。即座にコネクトからソードガンを取り出し、象の鼻を断ち切る。

 

「ぐおおおっ……!」

 

 怯んだ象に連続蹴りを見舞い、その体を耳鼻科の受付まで蹴り飛ばす。続いて不意打ちを狙ったゾウムシを受け流し、三度その体を切り刻む。

 

「はっ!」

 

 さらに、足技により、ゾウムシの体もまた受付まで投げ出される。

 二体の怪物を受付まで離したことを確認し、ウィザードは被害者女性のもとによる。

 女性の体組織が漏れる管を引きちぎるが、びくびくとわずかに動きを残す彼女が、もう手遅れだということは明確だった。

 

「あ……あ…………あ………………」

 

 女性の痙攣の間隔は、徐々に短くなっていく。やがてビクビクと動く体は、その動きを止めていった。

 

「……」

 

 ウィザードは、光を失った目をじっと見降ろし、ゆっくりとその瞼に手を触れる。驚きと恐怖に満ちた表情に変わりはないだろうが、安らかな眠りが追加された。

 

「悪いがまだ食事中だ……邪魔はしないでもらおう」

 

 その声に振り替えると、象とゾウムシの怪物がこちらをにらんでいた。

 

「お前たち……一体何なんだ?」

 

 ウィザードはソードガンを構えながら問う。しばらく二体は黙っており、

 

「お先に失礼します」

 

 ウィザードへ、まずゾウムシの怪物が突撃してくる。ウィザードはそれを受け流し、その背中を切り伏せる。

 

「だぁっ!」

 

 追撃。二度の赤い斬撃が、ゾウムシを地へ落とす。

 刹那、前方からの気配。振り向くと、そこには象の顔。

 

(つい)えろ!」

 

 ウィザードのルビーの体が、強い圧力で壁まで飛ばされる。ウィザードが仮面の下で空気を吐き切る前に、象の追撃が体を襲った。

 耳鼻科の壁を突き破り、投げ出されるウィザード。

 

「終わりだ……」

 

 徐々に迫ろうとする象とゾウムシ。

 そして。

 

「あああああああああああああ!」

 

 それは、突如として天井から現れた。

 天井の白い壁を粉々にして、ウィザード、怪物たちの間に割って入る青い影。

 

「お前は……」

 

 その姿をウィザードが見るのは二度目だった。

 青い体、その上を包む黒い拘束具。赤い眼差しをカバーする、黄色のゴーグル。青い体を滴る赤い液体が、その痛々しさを雄弁に語っている。

 

「あああああああああああああああああああああ!」

 

 敵の姿を確認して吠える、青いサーヴァント。

 

「お前は……一体何なんだ?」

 

 ウィザードは、その存在を確認するように言ったのだった。

 




響「みんな! 行くよ!」
コウスケ「おう!」
まどか「は、はい!」

「「「スタート! プリキュアオペレーション!」」」

ほむら「……ま、待って!」
響「ん? どうしたの?」←ガングニール着装
ほむら「何をしているの? あなたたち」
響「いや~、だって、せっかく次のプリキュア出演決まったし」
まどか「せ、せっかくだから、予行練習したいなって」
ほむら「……まどかは全てが可愛いから許されるわ。ピンクだし。ランサーもまあ……許しましょう」
響「許された!」演武は基本!
ほむら「でも……」
ビースト「どうした?」
ほむら「貴方はなんて愚かなの……?」
ビースト「あら? 知らない? 私が、噂の魔法少女、ビーストよ!」
ほむら「鏡を見て出直してきなさい」
ビースト「女の子だけしかプリキュアになれないなんて時代遅れよ? 世の中には、男性プリキュアだっているのよ!」
ほむら「……」カンペ指差し



___beat……beat……beat‼ 開始のベル ”生きている”と”生きろ”という叫び___



ほむら「しかもなんでこのタイミングで魔法少女……」
響「気にしない気にしない!」
ビースト「魔法少女特殊戦あすかね! 2019年1月から3月放送のアニメよ!」裏声
ほむら「そのまま続けるの……?」
まどか「ラスボスを倒して秩序が変わった世界でのお話。怪物よりも人間の方が怖いよ……」
ビースト「結構シビアだけど、新しい世界でどう生きていくかの、重いお話よ!」
まどか「ひええ……この五人って、生き残りなの……? お友達、もういなくなってるのって、こんなの絶対おかしいよ」
ビースト「ほかにも、ミリタリー要素も大きいわね。あすかたちが軍属なのも特徴かしら。同じ魔法世界の力を悪として使うか正義のために使うか。難しいわね」
ほむら「私はまず貴方の喉の理解が難しいわ」
ビースト「以上! 本日はここまでよ! また次回、お楽しみに! ……ゲホッゲホッ」
ほむら「貴方はどこまで愚かなの」


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お爺ちゃん想いの青年

今回のお話は食事中は読んじゃダメ!


「あーあ……暇だな……」

 

 友奈は吹き抜けを見上げながら呟いた。

 二時間前後で病院に戻ってきた問題の院長、フラダリを捕まえた記者団が、目の前……病院のロビーその真ん中で、取材を開始している。迷惑この上ないが、フラダリはそれでも一人一人の質問に真摯に応えていた。

 

「真司さんもあの中だしな……」

 

 ジャーナリスト志望の真司も、その中に突撃していった。最初はにっこりと見守っていた友奈も、やがてアプリゲームを弄り始め、今やそれにも飽きていたのだった。

 

「うーん……まさか、ここまでになるなんて……」

 

 苦笑いを浮かべる友奈は、すぐ手ごろなところのウォーターサーバーの紙コップを取り出した。

 縁でスイッチを押し、水をためていると、すぐ背後で人の気配がした。

 

「ん?」

「あ」

 

 どこにでもいる青年。彼は、ウォーターサーバーを指さしており、友奈は「退いて」という意図を理解した。

 

「ああ、ごめんなさい」

 

 友奈は謝ってゴミ箱の近くに立つ。冷たい水を飲み干し、ごみ箱に放った。

 青年は会釈して、ウォーターサーバーの水を飲む。ゲホゲホとせき込んだ彼は、少しやるせない様子でコップをゴミ箱に放った。

 

「……」

 

 彼は友奈の視線に気付いたのか、彼はこちらを向いた。青いジャージが特徴の彼は、ギロリと友奈をにらむ。

 

「んだよ」

「あ、ごめんなさい」

「……クソッ」

 

 彼は友奈を、そしてロビーの記者団を見た。

 

「何が怪物だよ……院長もそっちにばっか気を取られてんじゃねえよ」

 

 彼は粗暴にウォーターサーバーを蹴る。わずかな力しか込められていなかったが、それは冷水機を揺らし、半分残っている水面を大きく揺らした。

 

「あ、あの……」

「あ?」

 

 不良らしき彼の目つきだが、友奈は動じなかった。そのまま尋ねる。

 

「あれって、どういう騒ぎなんですか?」

「……知らねえのかよ」

 

 青年は膨れっ面で教えてくれた。

 

「この前、ここに人喰いの怪物が現れたんだと。看護婦一人がケガ、街にもそれなりのけが人。その怪物は、ここの患者が化けていた。見抜けなかったのか、って責任問題」

「そうなんだ……」

「そんなもんより、ウチの爺ちゃんを何とかしろってんだ」

 

 青年は毒づいた。

 

「今にも死にそうだってのに、あんなんに人手取られてんじゃねえよ……」

 

 青年はストレスのあまり、もう一度水を飲む。冷たい水で頭をクールダウンしているのだろうか。

 

「お爺ちゃん、大変なんですか?」

「……ああ」

 

 青年は、数秒友奈を見つめて頷いた。

 

「もう九十超えてるからだけど、ガンでヤベえんだ。ったく、院長じゃねえと治せねえってのに……」

 

 腹が立つと喉が渇く。そんな癖でもあるのだろう。青年は三杯目の水を飲む。

 

「ップハッ!」

 

 不満がたまっている彼は、一気に息を吐きだす。

 

「……爺ちゃん」

 

 青年はそのまま、友奈に背を向けて廊下を見つめる。おそらくその方向に、彼の祖父の病室があるのだろう。

 青年はそのまま、友奈に尋ねる。

 

「なあ。……オレは戻るから、院長に爺ちゃんのこと、早く何とかしてって伝えてくれねえか?」

「え?」

「やっぱ、傍にいてえんだよ。初めて会ったやつに頼むのも変な話だけどよ」

「それだけ? 私にできることなら、何でもするよ?」

 

 友奈は躊躇いなく言った。

 

「……何でも?」

「うん! できること、何でもする! それが私、勇者部だから!」

「……サンキュー。だったら……」

 

 彼は振り向く。にっこりと笑顔で対応しようとした友奈は、彼を見て凍り付いた。

 

「なあ、一緒に爺ちゃんの病室に来てくれよ。爺ちゃん、女の子大好きだからさ。手でも握ってくれればきっと喜ぶぜ」

 

 彼の言葉が、もう聞こえない。友奈の耳が、口が、脳が、理解を拒んでいた。

 彼が背を向けた、ほんの十秒。彼の首元に、黒い血管が浮き彫りになっていた。

 

「……あの、……お兄さん……」

「お? オレの名前?」

 

 自身の異常に気付かない青年。彼はそのまま、ニッコリと笑顔を見せた。

 

「オレは……

 

 名前が聞こえない。彼の言葉を遮るように、その体から大きな蒸気が立ち上ったのだ。その熱さに、思わず友奈は後ずさる。

 何がどうなっているのか。友奈にも、青年当人にもきっとわかっていない。

 そして。

 

「_______!」

 

 青年が消えていた。友奈の前にいたのは、狒々(ヒヒ)の顔をした怪物。

 

「!」

 

 友奈は驚いた。怪物の出現以上に、怪物の着ている服が、青年のそれそのものだったことに。

 あの青年が、目の前の怪物になったということに。

 

「これって……!」

 

 狒々の怪物は、そのまま友奈に襲い掛かる。

 友奈はウォーターサーバーを倒し、自身の盾とする。怪物の爪で引き裂かれた容器から、残りの水が地面に広がる。

 人間ではない、狒々そのものの鳴き声。怪物は再び友奈へ飛び掛かり、押し倒す。

 

「変身するしか……」

 

牙を体に突き立てようとする怪物を抑えながら、友奈は変身アイテムであるスマホを探そうとする。だが、その白いスマホは、座席の下に無造作に放置されていた。

 

「そんな……!」

 

 すでに手の届かない距離。

 人智を超えた力の怪物を抑えることができず、友奈の手は怪物の拘束をやめた。肉を切る牙が迫る。しかし、その牙は届かない。友奈の背後に出現した妖精、牛鬼がバリアを張り、怪物の攻撃を防いでいた。

 

「______!?」

「え、えいっ!」

 

 驚く怪物を、友奈は蹴り飛ばす。びちゃびちゃと水たまりを転がった怪物は、そのまま廊下を……彼の祖父がいた病室の方角へ走り去る。

 

「待って!」

 

 友奈は落としたスマホを拾い上げ、アプリを起動しながらそのあとを追いかけた。

 

 

 

 遅かった。

 勇者の友奈は、その光景を見てそう判断した。

 廊下ですら、人々が斬られたような重傷を負っており、いやな予感が募っていたが、それが頂点に達していた。

 白いのが特徴の病室。それは、着色料の爆発があったかのように、赤い華が咲いていた。立ち込める鉄の臭いに、友奈は口を抑える。耳を塞ぎたくなる、グチャグチャという咀嚼音。ベットに横たわる獲物を、一心不乱に捕食している音だった。

 

「……ねえ」

 

 友奈は、病室に踏み入る。すると、青いジャージを真っ赤に染めた怪物が振り向いた。

 

「さっきのお兄さん……なんだよね?」

 

 それは肯定か否定か。彼は、友奈へ雄たけびを上げるだけだった。

 この病室のベットは、一つだけではない。左右に二つずつ並び、合計四つのベットがある。それら全て、白は赤に塗りつぶされており、そこにいるはずの患者は、腕、足、上半身のみと、無惨な姿となっていた。

 

「嘘だと言ってよ……」

 

 その言葉を否定するように、怪物は二足て立つ。あの青年そのままの服で、友奈は否が応でもさっきの青年だと思い知らされる。

 そして怪物は、友奈へ飛び掛かる。受け身が遅れた友奈は、そのまま怪物の勢いにより病室、廊下を突き抜ける。廊下のガラスをぶち破り、病院の吹き抜けへと出た。

 

「!」

 

 怪物を抑えながら、友奈は地上を見下ろす。怪物を追いかけて、いつの間にか上の階へ上っていたので、地上は遥か下だった。そこには、赤が目立つ院長の髪と、水色が特徴の最後尾の真司。無数の記者団。その周囲の人々。

 

「みんな逃げて!」

 

 友奈が叫ぶ。見上げた人々は、あるものは逃げ、あるものは写真を撮り、あるものは茫然としていた。

 そして友奈は、院長の背後。……誰もいないものの、人だかりのすぐ近くに背中から落下する。

 

「がはっ……」

 

 勇者服でも相殺しきれないダメージが全身を貫く。カシャカシャとシャッター音が聞こえるが、それにより、怪物の体重が自分から退(しりぞ)いた。

 つまり。

 

「! 逃げて!」

 

 友奈の声もまた間に合わない。

 すでに狒々の怪物は大ジャンプし、手ごろな記者へ飛び掛かり、牙を突き立てる。

 

「ぎゃああああああああああああああああ!」

 

 断末魔の悲鳴。友奈は怪物の肩を掴み、反撃の決意をした。殴り飛ばし、誰もいない奥の方角へ殴り飛ばす。

 

「大丈夫……です……か」

 

 記者を助けた友奈は言葉を失った。ほんの数瞬で記者を助けたが、その記者は。

 左足がなくなっていた。

 

「ゔっ…」

 

 喉奥より吐き気が襲う。腹を抑えながら、友奈は青年だった怪物へ向き直る。

 

「友奈ちゃん!」

 

 ほかの記者に引きずられていく隻足の記者とは入れ違いに、真司が駆けつけた。すでにメモやペンといった取材道具は手にしておらず、腰にVバックルを装着している。

 

「なんなんだこれ? 一体どうなって……」

「分からない……人が……人が……」

 

 震える手で狒々を指さす。すでに記者も院長も患者もスタッフも、病院の外へ向かって逃げ出している。今病院内にいるのは、動けない患者と騒ぎに気付いていないものだけだろう。

 その時。

 バリン、と再びガラスが割れる音が上の階より聞こえてきた。

 ガラスのなくなった窓より飛び出してきたのは、緑の風。

 

『フー フー フーフー フーフー』

 

 緑の魔法陣を潜った風のウィザード。彼に吹き飛ばされた、象とゾウムシの顔を持つ怪物。

 ズドンと重量感のある音を立てて、二体の怪物は地面に落下。風のウィザードは、音もなく着地した。

 

「……真司さん? それに友奈ちゃんも」

 

 ウィザードがこちらを向いている。彼は再び怪物に目を向ける。

 友奈が戦っていた狒々の怪物に加え、象とゾウムシの怪物がむっくりと起き上がった。

 

「あれ? 一体増えてる!」

「ハルトさん!」

 

 ソードガンを構えようとするウィザードを、友奈が止めた。

 

「あのヒヒみたいなのは、その……」

「何?」

「人が……人が変わったんです!」

 

 その時。ロビー入口にどよめきが走る。

 離れていない記者たちが騒ぎ立てており。どうやら友奈の言葉が届いたようだった。

 三体の人喰いの怪物が雄たけびを上げる。記者たちが、この情報を外部へ流してく。

 そして。

 

「あああああああああああああああああああ!」

 

 フェニックスの時に現れた青いサーヴァントが、友奈たちと怪物たちの間に降り立った。

 

「……」

 

 青いサーヴァントは、友奈たちと怪物たちを見比べた後、

 怪物たちへ、襲い掛かる構えを取った。

 




コウスケ「日本にはな。互いのわだかまりを解き、距離を縮める魔法の行事がある!」
響「おおっ!」
コウスケ「みなまで言うな! オレたちはすでに分かりあってる! だがな、絆ってのは、いくらあっても困ることはねえ!」
響「おおっ!」
コウスケ「つうわけで、レッツ!」

「「カラオケタイム!」」

コウスケ「んじゃ、悪ぃけどオレから……」
響「あ! コウスケさんずるい! 私もそれ歌いたいんだから!」
コウスケ「みなまで言うな! オレが先に……」
響「私が!」
コウスケ「オレが!」……ピッ

「「あ」」



___Far away Find the way Fly Fafnir 才能も超えて上昇する! 君にはその瞳が あるよ ねえ 見据えていて___



コウスケ「入っちまった……えっとこれは、銃皇無尽のファフニールっと……」
響「2015年の1-3月のアニメだね」
コウスケ「世界を終わらせる七体のドラゴン、それに対抗するための女子校に……唯一の男子として入学だと!? 羨ましい!」
響「本音少しは隠してよ!」
コウスケ「ドラゴンと同化してしまう恐怖、特に妹の過去にもある話らしいな」
響「怪物になる恐怖......人間でいたいよね」
コウスケ「そういう奴にオレが言いたいのはただ一つ! 人間であるかどうかは、自分で決めやがれ!」
響「名言っぽいけどただのぶん投げだよそれ!」


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捕食者たち

元々星はそれなりに好きだから、恋する小惑星は結構好きです


 爆発。

 病院の外まで転がったウィザードは、上に覆いかぶさったゾウムシの怪物の攻撃をソードガンで防ぐ。その背後から、青いサーヴァントの蹴りが、その脳天に炸裂。

 

「_____」

 

 力が抜けたゾウムシを、ウィザードは蹴り飛ばした。ゴロゴロと転がった彼女へ、青いサーヴァントが追撃のために動く。

 

『ブレード ローディング』

 

 青いサーヴァントが、その腰のスイッチを押した。すると、その腕より刃が生えてくる(・・・・・)

 

「……」

 

 ウィザードは茫然とその刃を見下ろす。拘束具の下で肌を突き破って出てきたのであろうそれは、青いサーヴァント自身の血で真っ赤に染まっており、見ているだけで身の毛がよだつ。

 

「______」

 

 ゾウムシが立ち上がるよりも先に、青いサーヴァントが肉薄。腕の刃が、その右腕を斬り飛ばした。

 

「__________!」

 

 ゾウムシの断末魔の悲鳴。それを塗りつぶすように、ウィザードはソードガンを起動。

 

『ハリケーン スラッシュストライク』

 

 緑の竜巻が、剣先に発生。振ると同時に、緑の渦巻きがゾウムシをぐんぐん突き上げていく。

 

「はあああああ……」

「ヴヴヴヴヴヴ……」

 

 ウィザードと青いサーヴァントが腰を低くする。そして、同時にジャンプ。竜巻の中のゾウムシの怪物が、二人の刃の交差点。

 

「ぎゃあああああああああ!」

 

 人間のような悲鳴が、ウィザードの鼓膜を震わせる。

 着地したウィザードと青いサーヴァントの背後には、上下に分かれたゾウムシの体が落下した。

 

「……」

 

 青いサーヴァントは、次にウィザードに狙いを定めていた。

 

「お、おい!」

「あああああああああああ!」

 

 理性のない獣は、その刃でウィザードを切り裂こうとする。ウィザードはソードガンで受け流しながら訴える。

 

「おい! やめろ!」

「あああああああああああ!」

 

 青いサーヴァントの腕を反らし、肉薄する。

 

「おい、今は争ってる場合じゃないだろ! このままじゃ……」

「あああああああ!」

 

 敵は会話に応じない。連続する攻撃に、ウィザードは防戦一方になった。それは、二人の足元に友奈が転がってくるまで続いた。

 

「友奈ちゃん?」

「二人とも伏せて!」

 

 起き上がった彼女の言葉に、ウィザードは姿勢を低くする。同時に、頭上を通過した黒い弾丸が、突っ立っていた青いサーヴァントに炸裂する。

 

「ぐあっ!」

 

 転がった青いサーヴァントは、逃げ遅れた少女の前に投げ出された。

 

「っ!」

 

 起き上がった青いサーヴァントの姿を見て怯える少女。さらに、象の怪物がその鼻より無数の弾丸を発射した。

 

「いけない!」

 

 ウィザードはディフェンドリングを取り出す。だが、中指に通すも、それはとても間に合わない。

 だが、復帰した青いサーヴァントが、その身を盾にしていた。全身から赤い血を吹き出しながらも、その場に踏ん張っている。

 

「逃げて!」

 

 彼はそのまま、怯える少女を瓦礫から出して避難を促す。青いサーヴァントにも怯えた様子だった少女だが、敷地の出口付近でペコリとお礼をした。

 

「……君……」

 

 ウィザードが立ち上がる前に、友奈が青いサーヴァントに駆け寄る。

 

「……助けてくれたんだね……」

 

 友奈が嬉しそうに言った。青いサーヴァントは、その黄色のゴーグル、その奥の赤い眼差しで友奈を見つめていた。

 彼女に遅れて、ウィザードも歩み寄る。

 

「アンタ……」

 

 今、ウィザードと友奈は完全に隙だらけだった。敵であるサーヴァントの前で、全身から力を抜いている。青いサーヴァントが心臓を貫こうものなら、防御する術などない。

 だが、彼は動かなかった。顔を背け、ただ黙っていた。 

 

「おい!」

 

 三人を我に返させたのは、龍騎の叫び声だった。

 三人がこちらに集まってしまったため、結果的に龍騎が一人で象と狒々の怪物二体を相手にすることになっていた。狒々の素早さに翻弄され、象のタックルで地面を転がっている。

 

「ヤバい、忘れてた!」

 

 緑の風とともに、ウィザードは龍騎に加勢する。龍騎に飛び掛かる狒々の顔面を引き裂き、蹴り飛ばす。

 

「ごめん、大丈夫?」

「大丈夫って……お前少しは俺の身にもなれよ!」

 

 龍騎がキレ気味だった。ウィザードは手を合わせながら、怪物たちに向き直る。

 狒々の怪物が、即座にこちらに襲い掛かる。

 ハリケーンのウィザードは、緑の風とともに狒々の動きに追いつく。数回上空で斬りあう。

 やがてウィザードは、狒々の怪物を背中から斬りつけ、地面に落とす。

 手ごたえはあった。動けなくなっている狒々へ、ウィザードはソードガンの手を開く。

 

『キャモナスラッシュ シェイクハンド キャモナスラッシュ シェイクハンド』

「よし。まずはお前から……」

「待って!」

 

 スラッシュストライクでトドメを刺そうとしたウィザードの腕を、友奈が掴んだ。

 

「友奈ちゃん!」

「少し! 少しだけ待って!」

 

 友奈はウィザードに背を向ける。

 

「ねえ、君、本当にどうしちゃったの?」

 

 彼女は狒々の怪物の肩を取る。

 

「ねえ、いきなり襲ってくるなんて、何か理由があるんでしょ?」

 

 必死に訴える友奈。だが、狒々の怪物は友奈を突き飛ばし、そのまま彼女に襲い掛かった。

 

「危ない!」

『ウォーター プリーズ スイースイースイー』

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 

 即座に水のウィザードとなり、冷気を放つ。それにより、狒々の動きが鈍化していく。

 

「友奈ちゃん!」

 

 彼女は、大きく見開いた目でウィザードを見上げた。一瞬躊躇いながら、ウィザードは言った。

 

「コイツと何があったかは知らないけど、このまま野放しにはできない」

「でも……その人は、お爺ちゃん想いのいい人だったんです!」

 

 その言葉に、ウィザードは狒々の怪物を改めて凝視する。怪物の頭ではあるが、その青いジャージは今時の若者のものだった。

 

「その人、人間だったんですよ!」

 

 友奈の悲痛な叫びが響く。

 だが、ウィザードは静かに告げた。

 

「人間だった奴が怪物になるなんて、よくある話だよ。……もう、助けられないのも」

『ウォーター スラッシュストライク』

 

 水をまとった斬撃。それにより、凍りだした狒々を砕こうとした。

 だが、ウィザードの刃より先に、黒い鼻が狒々を捕まえた。

 

「……!」

 

 それは、医者の姿をした象の怪物。彼は足元に狒々の怪物を放った。

 

「人間だった……か」

 

 象の怪物は、狒々の頭を足で受け止めながら呟く。凍り付いている狒々の体にひびが走った。

 

「……お前も……?」

 

 しかし、象の怪物はウィザードとの対話に応じず、狒々の怪物に覆いかぶさる。

 象が何をしているのか、それを理解したとき、すでに狒々の怪物はほとんど消えていた。

 

「……食ってる……」

 

 呟いた龍騎の声で、それが現実だと思い知らされる。

 グチャグチャ。肉を斬る音が、鼓膜を通じて脳に伝わる。

 

「人間である必要などあるのか?」

 

 青ジャージだけになった狒々を完食した象は、その口を手で拭う。

 

「この味わい……この美食は、この体にならないと分からなかった……!」

 

 象の怪物は感慨深げに言った。

 すると、その体に異変が生じる。体内が暴走しているのだろう。肩や背中から骨が飛び出し、その体表を突き破る。

 四つん這いになった象の怪物は、やがて人の形を忘れた。メキメキと体が巨大化していき、腕の筋肉量の比重も人間のそれとは異なっていく。

 やがて象の怪物は、象の化け物へとなる。アフリカゾウの倍近い体格を持つ化け物。その耳はダンボを連想させ、その巨体は神話の時代の怪物を思い起こさせる。

象そのものの姿。漆黒のボディで、象は吠える。ただ異なる部位は、その特徴たる鼻。本来の象には一本しかないそれは、無数の花のように数が増えていた。

 

「それって……もう、人間でいる気はないってことじゃないか」

 

 龍騎の言葉への返事は、象の鼻の捕食行為。無数の鼻たちが獲物を求め、手あたり次第に瓦礫や落とし物を掴み取り、象の口元へ運び、捕食させる。

 

「! 危ない!」

 

 倒れているマスコミがいた。その前に立ちふさがり、ドラグセイバーで鼻を打ち落としていく。

 だが、斬りそびれた鼻が、龍騎からドラグセイバーを奪い取っていた。無論それも、瓦礫とともに象の胃袋に収まる。

 

「こうなったら……!」

 

 龍騎は力を込めて別のカードを引く。龍騎のエンブレムが描かれたカードをドラグバイザーに入れようとすると、象の攻撃により取りこぼしてしまう。

 

「なぁ!」

「何してんの!」

 

 ウィザードは鼻の連撃を避け、キックストライクを右指にはめる。だが鼻が右肩に命中、その衝撃で吹き飛んだ。

 

「なっ!?」

「お前もじゃねえか! どうすんだこれ!」

「俺が聞きたい! だったら……」

『キャモナスラッシュ シェイクハンド キャモナスラッシュ シェイクハンド』

『コピー プリーズ』

 

 発生した青い魔法陣に手を突っ込む。取り出したのは、もう一つのウィザーソードガン。二つのソードガンで、巨大象の無数の鼻を打ち返した。

 

「くっ……」

 

 ソードガンたちを銃にして、二倍の弾丸を発砲する。だがそれらは、象の巨大な肌を貫通することなどできず、その巨体の周囲に銀の山を積み立てるだけだった。

 

「おい、これってヤバくないか?」

 

 素手で攻撃を弾きながら、龍騎は尋ねた。

 ウィザードは頷きながら、舞いのように回転し、鼻を切り伏せる。

 

「どうする? いつまでもここで防衛線なんてやってられないよ……! この底なし体力、アイツ病院から出たら絶対人喰い始めるよ……うっ」

 

 鼻が、パンチのようにウィザードのサファイアの体を貫く。瓦礫の中を転がったウィザードは、追撃で黒い弾丸を飛ばす。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 ウィザードは、器用に指輪を入れ替え使用する。青い魔法陣により、象の遠距離武器が防がれる。だが、無数にある弾丸。そのほんの一部が、ウィザードの防衛を潜り抜け、ウィザード本体に命中した。

 

「がっ……!」

 

 ソードガン片方を取り落とし、ウィザードは吹き飛ぶ。

 怯んだ。その絶好のチャンスを、象の化け物が見逃すはずがない。

 だが、直接叩こうとする象の頭上に、青い影。青いサーヴァントはそのまま四つ足で、象の頭部にしがみついていた。

 

「_____!」

 

 象は吠えながら暴れる。青いサーヴァントがその刃で額を傷つけてはいるが、ダメージは低い。

 

「あああああああああああ!」

 

 青いサーヴァントの刃が深々と象の皮膚を突き破る。黒い血液が染み出し、象がより強く暴れまわる。

 やがて象は、青いサーヴァントを振り落とす。ボキっと音を立て、刃が象の頭に残った。

 

「うわっ!」

 

 青いサーヴァントは、地面に転げ落ちる。さらに象は追い打ちとばかりに、鼻の連発を飛ばした。

 

「……危ないっ!」

 

 ウィザードは青いサーヴァントの前に滑り入る。コネクトの使用で、落としたソードガンと複製のソードガンを交差させ、象の鼻を受け止めた。

 

「……!」

 

 きっと、青いサーヴァントは驚いているのだろう。その口から何かが発せられる前に、ウィザードの頭上を桃色の勇者が飛び越えた。

 

「勇者___爆裂パンチ!」

 

 桃色の花のエネルギー体とともに放たれる拳。それは、象の顔面に炸裂。桃色の噴火とともに、大きく後退する。

 

「大丈夫?」

 

 友奈が躊躇いなく、ウィザードと青いサーヴァントを助け起こす。

 

「助かったよ、友奈ちゃん」

「うん……」

 

 友奈は暗い顔で、象を見返す。

 痛みで暴れる象。その振動により、地面が揺れ、病院のガラスにひびが走った。

 

「これ……そろそろシャレになってねえよな……」

 

 龍騎が象を見ながら呟く。ウィザードは同意し、

 

「でも、俺たちの力だけじゃ及ばないよ。キックストライクはさっき落としちゃったし……」

「俺もファイナルベントどっか行ったからな……」

「二人とも必殺技の扱い軽いよ!」

 

 友奈が口をあんぐり開けている。その間にも、象は瓦礫を破壊し、アスファルトの地面を地表まで削っている。

 

「……何で助けた?」

 

 その声は、初めて耳にした。青いサーヴァントが、その黄色のメットでウィザードを見つめている。

 ウィザードは黙って、

 

「……さっき、人を庇って攻撃受けてただろ。そういう奴に、悪い奴はいない。……この前は成り行きで敵対したけど、ずっと敵同士でいる理由もないでしょ」

 

 その言葉に、青いサーヴァントは黙っている。やがて、象が動き出すことで、全員が飛びのく。

 

「おい、ハルト! それで、奴をどうやって倒す?」

「アイツが化け物みたいになってから、少しでもいい。怯んだ攻撃に覚えはない?」

「怯んだ?」

「何でもいい。よろけた動きを止めた倒れた防御した嫌がった。そんなことがあれば、そこを狙う」

「だったら!」

 

 その言葉は、友奈だった。彼女が指さすのは、象の脳天。

 

「さっき……えっと……ほら、あそこ!」

「「あそこ?」」

 

 ウィザードと龍騎が友奈の指先に顔をくっ付ける。象の額に、青いサーヴァントの折れた刃が突き刺さっていた。

 

「あそこだけ、象が痛がってる! 多分、あそこが弱点だよ!」

「あそこか……」

 

 ウィザードは静かに呟く。

 無数の鼻が伸びる、巨大な耳を持つ象。有機物無機物を問わない食事により徐々に大きくなっていくそれは、もう化け物を通り越して怪獣となっていた。

 

「これ以上大きくなったら多分倒せなくなる。だから……チャンスは一回」

「だから、まず確認!」

 

 友奈が、そぐわない元気な声で青いサーヴァントを指さす。

 

「貴方は誰?」

「「そこ今重要!?」」

 

 きっと、青いサーヴァントも驚いているのだろう。彼はしばらく友奈を見つめ、ほんの僅かな破裂音の後、

 

「……バーサーカー」

 

 狂戦士(バーサーカー)。それが、彼のクラスだった。

 そして、それ以上の会話を、象は許さない。

 地響きにより、一足先にジャンプした友奈のほかの動きが塞がる。

 

「友奈ちゃん!」

 

 友奈を襲う、無数の鼻たち。それに対し、龍騎はカードを装填した。

 

『アドベント』

 

 友奈の背後より、紅蓮の龍が現れる。吠えながら友奈を守るように旋回し、彼女の盾となる。

 ドラグレッダーの背を飛び越えた友奈の右手には、桃色の花が咲く。

 

「千回連続‼ 勇者パンチ‼」

 

 彼女の拳は、まさに千の回。捕食を求める部位をひたすらに破壊していく。

 

「おらおらおらおらおら!」

 

 やがて友奈の拳は、魔獣の特徴部位を全て破壊し尽くす。増えた鼻が消滅、元通りの姿となる。

 危険を感じた象は、空さえ飛べそうな耳を防御に回す。耳に覆われた体は、防壁となった。

 だが。

 

『ストライクベント』

 

 ドラグレッダーの顔を模した武器___ドラグクローが、龍騎の右手に装備される。

 

「はぁぁ……」

 

 ドラグクローの口に、炎が溜まっていく。同時に、ドラグレッダーが龍騎の周りを回る。

 

「だあああああああああ!」

 

 二体の龍より放たれる炎。昇竜突破(ドラグクローファイア)。象に命中するとともに爆発、強化された耳を焼き尽くした。

 その隙に、ウィザードは左手中指と薬指に指輪を入れる。

 それは、サファイアとルビー。

 

『ウォーター スラッシュストライク』

『フレイム スラッシュストライク』

 

 ウィザードの両手のソードガンが、火と水の魔力で満ちていく。

 

「行くぞ。バーサーカー」

「……うん」

 

 ウィザードとバーサーカーが同時にジャンプ。

 

「だああああああああああああ!」

 

 火と水の刃が、象の体を貫く。それにより怯んだ象の目前へ、バーサーカーが躍り出る。

 

『アマゾン スラッシュ』

「ああああああああああああ!」

 

 バーサーカーのチョップが、象の弱点たる脳天を引き裂いた。折れた刃が中心より両断、その勢いにより、象が真っ二つになった。

 その時の象の悲鳴は、人間のものとも、象のものとも異なっていた。

 




ココア「お客さん来ないね……」
可奈美「そうだね……」
ココア「チノちゃんは買い出しだし、今日は青山さん来ないし……」
可奈美「時々思うんだけど、このお店大丈夫? お客さん結構少ないと思うんだけど」
ココア「うーん……そうだ! だったら、可奈美ちゃんが剣術トークすれば、剣好きのお客さん増えるかも?」
可奈美「語っていいの? 語ったら、私多分止まらないよ!」
ココア「可奈美ちゃんの話だったら、私いくらでも付き合うよ!」
可奈美「本当に!? じゃあ、まずは新陰流からだよね! 受けて攻めるが基本の……」
ココア「あ、でもそれよりも先にアニメ紹介だね! 今回はこちら!」



___叶えたい夢がある だから今日も頑張る(るんるんっ) 道に迷ったときは 神様チカラを貸して(るんるんっ)___



ココア「うらら迷路帖!」
可奈美「それから……あ、説明説明。放送したのは2017年の1月から3月、だね」
ココア「そう! 占い師、うららになるために、主人公の千矢(ちや)ちゃん(千夜(ちや)ちゃんじゃないよ)が、いろんな試練に挑むアニメだよ!」
可奈美「原作の方も2019年に終わっちゃったね」
ココア「謝ったときはおへそを出す! これ面白そうだね! 私たちもやってみようか? こんな風に!」ゴロン
可奈美「へ? うわわわ! こんなところで!」
ココア「あ、せっかくだからなんか占いやろうよ! ねえ、可奈美ちゃんは何かできる?」
可奈美「えっと……コックリ占いやってみるね」
ココア「何それ?」
可奈美「狐の霊を取りつかせるんだって。こうやって文字を書いて、五円玉でいっか。これで……」
ココア「おお、何か本格的!」
可奈美「奇々も怪々お尋ねします。コックリコックリお出でませ。もしもお出でになられたら、どうか答えてくださいな」指が動き出す
ココア「おおっ! 文字を選んでるよ!」

と り つ く

可奈美「わらわは狐……この小娘、なかなか居心地がよいぞ」
ココア「可奈美ちゃんが狐に取り憑かれたああああああ!?」


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入れない病院

刀使ノ巫女 とある科学の超電磁砲(レールガン) コラボ
超電磁砲(レールガン)
超 電 磁 砲(レールガン)

俺「嘘おおおおおおおおおおお!? よし、課金じゃい!___チチエ×3___ぬぁぜだああああああ!?」



「ええ……入れないの……」

 

 可奈美は口を酸っぱくした。

 『見滝原病院に怪物現る』というネットニュースを見かけて、ラビットハウスより飛んできた可奈美は、病院の現状に、見込みの甘さを痛感した。

 ニュースで見ていたときよりも人数が増えているように思える。きっと応援やら増えた野次馬やらがいるのだろう。

 広大な敷地の入り口なだけあって、車が何台も通れる幅のある通路。そこを通行止めとするように警察の立ち入り禁止テープが広がっている。

 

「あのっ……すいません……っ!」

 

 人々を分け入りながら、テープのところまで突き進む。

 

「一体どういうことなんですか⁉」

 

 何やら聞き覚えのある声が頭上からした。見上げれば、水色のダウンジャケットがなだめる警官へ大声で文句を言っている。

 どこかで見たことある人に背を向けて、可奈美は正面からの突入を諦めた。

 

「どうしよう……」

 

 広大な敷地だというのに、他に入れそうな場所も全て人で埋まっている。

 一人だと手詰まりだとあきらめた可奈美は、スマホのアドレス帳よりハルトの名前をタッチする。数回のコールののち、ハルトの『はい』という声が聞こえてきた。

 

「あ、ハルトさん? 今どこにいるの?」

『公園だけど』

「公園?」

『ああ。それがどうかしたの?』

「いや、ハルトさんニュースを見て出て行ったから病院にいるのかなって思ったんだけど」

『さっきまでいたよ。この前の怪物と同類が出てきてさ』

「それ、ニュースになってるよ。どうしてここにいないの? さっき真司さん見かけたんだけど」

 

 可奈美の視界の端では、記者に混じって真司が院長のフラダリを問い詰めている。警官たちが彼の周囲をボディガードのように守っているが、記者たちの怒涛の質問にはほとんど無意味だったが、フラダリは整然とした態度で、関係ないと答えているようだった。

 

『真司さん、昔記者やってたらしいし、友奈ちゃんも残ってるらしいし。俺まで残る必要ないだろうかなって』

「必要ないって……」

 

 可奈美は苦笑いを浮かべた。

 ハルトは続ける。

 

『それに、いますごい数の記者がいるでしょ? いちおうウィザードの姿見られてるし、ボロが出ないとも限らないから。友奈ちゃんはそれでもいますって言ってたけど』

「結構ハルトさん、変なところチキンだよね」

『慎重と言いなさい』

 

 ハルトの声に笑って答えながら、可奈美は続ける。

 

「でもハルトさん、この前手品のタネなくなったんでしょ? 何してるの?」

『別に素手でもできることはあるよ』

「何?」

『内緒。それじゃ、そろそろ切るよ』

 

 何やらあわただしい。時間を無駄にするのも申し訳ないなと、可奈美は「それじゃあ、また後で」と通話を切る。

 改めて、可奈美は友奈へ連絡を試みる。だが、聞こえてくるのは呼び出し音だけで、彼女の声は全く帰ってこない。

 

「友奈ちゃんどこにいるんだろう?」

 

 可奈美がキョロキョロと見渡しながら呟く。人は、病院へ入ろうとする人と、それを遠目に眺める者に二分される。

 可奈美は背負ったギターケースから千鳥を取り出しながら、すぐそばを通りかかった警官を捕まえる。

 

「あの、すみません」

「何だ……質問には答えんぞ」

 

 苛立った表情の警官へ、可奈美は千鳥を見せた。

 

「私は特別祭祀機動隊(とくべつさいしきどうたい)です! 私にも手伝わせてください!」

「はあ? 刀使(とじ)にヘルプを求めた記憶はないぞ。悪戯ならやめて帰りなさい」

「悪戯じゃない……私は……ほら!」

 

 可奈美は、自らの学生証を見せつける。自らの顔写真がプリントされたものであり、可奈美の刀使としての証明の一つだった・

 

「美濃関学院の正式な刀使です!」

 

だが、警官はそれを無視した。まるで見ていないかのように、可奈美の手を振りほどく。

 

「いいから! ここは大人に任せなさい!」

「ええっ!?」

 

 可奈美は警官に食い下がる。

 

「どうして!? 危険な怪物がいたんでしょ? だったら、刀使がいた方が……」

「あり得ない! 漏出問題で面倒ごとを世の中にまき散らした連中のことなど信用できるか!」

 

 警官の言葉に、可奈美は口を噤む。

 警官は少し気難しそうな表情を浮かべた後、「とにかく、気持ちだけ受け取っておくから、帰りなさい」と、そそくさと去っていった。

 

「……」

 

 可奈美は怪訝な表情で彼を見送る。

 木綿季が心配なのだが、病院に入らない限りなにもできない。友奈に再び電話をかけるも、返事はなかった。

 

「ねえ、お願い! 通してよ!」

 

 スマホをしまったとき、ちょうどそんな声が可奈美の視線を集めた。

 同じくらいの年の少女が、警察へそう訴えていた。

 白い、見滝原中学の制服を着た少女。青いボブカットが特徴の彼女は、時折まどかとラビットハウスに来るのを見たことがある。

可奈美と同じように、捜査している警察へ中に入れてくれと頼みこんでいる。

 

「確か……さやかちゃん?」

 

 美樹(みき)さやか。友達と同じ名前だなということで、可奈美も覚えていた。

 最も、基本クールな紗耶香(可奈美の友達)とは違い、こちらはかなり元気な子である。

 さやかがしょぼんとした表情でいるところに、可奈美は肩をたたく。

 

「……あ?」

 

 死んだような目で振り返るさやか。可奈美は「こんにちは」と、愛想よく挨拶した。

 しばらく可奈美を見つめていたさやかは、やがてこちらを指さした。

 

「ラビットハウスの人」

「うん! 可奈美だよ」

 

 さやかは思い出したように「ああ!」と言った。

 

「ごめん。ラビットハウスの店員、チノとココアしか覚えてなかった」

「あはは。流石に二人には負けるよ」

 

 可奈美は笑って流し、病院を見上げる。

 

「ねえ。さやかちゃん、さっき入ろうとしてたよね? 病院に」

「えっ!? ちがっ……」

 

 可奈美の指摘に、さやかはあたふたと両手を振る。言い訳をしようとしたのだろうが、やがて諦め、

 

「うん。そうだよ。あたしの……友達が入院しているんだ」

「そっか……病院がこんなことになったら心配だよね」

「うん……」

 

 さやかは俯いた。

 

「だから、どうしても病院に入って、恭介の無事を確認したい! 電話とかじゃなく、しっかりとこの目で!」

「うんうん、わかった」

 

 可奈美はさやかを宥めながら頷いた。

 

「でもどうしよう……入口は全部警察やマスコミが塞いじゃってるから……」

「うーん……」

 

 さやかが頭を捻る。やがて、彼女の頭上に電灯が閃いた。

 

「あ、そうだ!」

「何?」

「この前映画で見たんだけどさ、こういう施設って、地下からの侵入には弱いんじゃないの?」

「地下?」

「そそ!」

 

 

 

 御刀の不正使用。

 その罪を自覚しながら、可奈美は下水道門のカギを切り裂いた。

 

「それじゃ、行こっか」

 

 戸を開けた可奈美の言葉に、さやかは唖然としている。

 

「いや、確かに言ったのはあたしだけど、まさか本当にやる?」

「冗談のつもりだったの?」

「いやいやいやいや! ないない! あたしたち女の子だよ!? どこの世界に澄ました顔で下水道に入る人がいるの⁉ わざわざこんな川まで来て!」

「私だって女の子だよ? 嫌だけど、木綿季ちゃんが心配だし。大丈夫、刀使だから、迅位(じんい)であっという間に行けるから」

「で、でも……」

「じゃあ、ここで待ってる?」

「え?」

「病院までそんなに遠くないから、一人で行ってくるけど」

 

 千鳥を握り、その身に白い光を纏わせる。このまま高速移動で一気に病院まで。というところで、さやかに右手を掴まれた。

 

「分かった! 行く! 行くから! あたしも連れてって!」

 

 

 

 鼻が曲がる。

 病院の給水室に入った可奈美は、鼻をこすり、汚れのない空気を吸い込んだ。薬品の臭いの混じった空気だが、下水よりは幾分かいい。

 だが、可奈美が背負っているさやかは、真っ青な顔で目を回していた。

 

「うっぷ……最悪……臭い……気持ち悪い……」

 

 さやかは口を抑え、吐き気に苛まれている。給水室を越え、病院の一階に着いたときも、さやかは未だに立てないでいた。

 

「ほら、大丈夫?」

「大丈夫なわけないじゃん……なんでアンタは平気なの?」

 

 さやかが恨めしそうに可奈美を睨んだ。可奈美は「平気なわけないよ」と答え、

 

「まあ、色んなところでこれまで戦ってきたからね。それに、木綿季ちゃんが心配だし。お、このドアだね」

 

 ガチャリと、ドアが開く。施錠されていない扉の先には、大きく破壊された病院のロビーが広がっていた。

 

「怪物が暴れたって聞いたけど、こういうことか……」

 

 踏み荒らされた待ち合わせ椅子。薙ぎ倒された観葉植物。清潔感あふれる病院には似合わない、黒い傷跡。大きな床には巨大な生物が転がったような跡が残っている。

 

「えっと……さやかちゃん、大丈夫?」

 

 可奈美は刀使として、戦闘経験は豊富である。破壊の後なども見慣れたものだが、この一般中学生はそうもいかない。数秒間気を失ったように茫然としていた。

 

「あ、うん……大丈夫大丈夫!」

 

 さやかはそのまま、受付に目を移す。避難した後の病院には誰もおらず、受付もガランとしていた。

 

「受付しなくて済むなんて、手間省けるね! 速く恭介のところに行ける!」

「あっ! 待って!」

 

 さやかは早足で階段を駆け上っていく。それを追いかける可奈美は、途中のエレベーターの破損によって停止しているのを見て一瞬立ち止まる。

 

「恭介!」

 

 その声に、可奈美は足を止め、病室の前で立ち止まる。

 すると、中より声色の変わったさやかの声が聞こえてきた。

 

「……誰?」

 

 その単語に、可奈美は思わず顔をのぞかせる。

 窓際にあるベッド。白いベッドで心配そうな顔をしている少年が、さやかが言っていた恭介という少年だろう。そして、さやか。彼女は、警戒心を露わに、恭介のベッドの前に立つ存在を見つめていた。

 

「だーれっかな?」

 

 一言で言い表せば、陽気な黒人男性。緑のタンクトップのみと、十一月にしては寒そうな衣装だった。隆々な筋肉が特徴の彼は、にやりと笑みながらさやかを見返している。

 

「君、可愛いね。彼女?」

「そ、そんなんじゃないよ」

 

 恭介が照れ臭そうに言った。さやかは少し嬉しそうな顔をしながら、黒人男性に詰め寄る。

 

「そ、そんなのいいでしょ? アンタ何者よ!?」

「俺? 俺は……」

 

 その時。可奈美は見た。

 黒人男性の逞しい顔つきに、小さな獣が浮かび上がったのを。

 彼はそのまま、さやかへ手刀を振るう。

 

「絶望を持ってきた、ファントムだよ……」

 

 黒人男性の手刀___黄色の刃を、千鳥が防いだ。

 可奈美が写シを使うのと、黒人男性が猫の怪物(ファントム)になるタイミングが全く同じ。

 

「さやかちゃん! その子を連れて早く逃げて!」

 




コウスケ「今日は、キャンプとして有名な公園に来たぜ!」
響「おおーっ! ……でも今冬だよ? キャンプって夏とか暖かい季節にやるものじゃないの?」
コウスケ「そんなことねえよ! いいか、こういうところでは、汁物がうまいんだ! ホレ、鍋!」
響「おおーっ! 鍋! 速く食べたい!」
コウスケ「ちーっとマッテローヨ。こうしてこれ入れてっと……待ってる間、キャンプということでこちらのアニメ、どうぞ!」



___SHINY DAYS!! あたらしい風 はずむようなステップ踏んでGo my way___



コウスケ「ゆるキャン△! お、ほれ響。これ食え」
響「熱っ! ハフハフ……ほふほふひはんは……」
コウスケ「放送期間な」
響「美味しい! えっと、2018年の1月から3月だよ!」
コウスケ「お、この餃子味しみてるな。今は五分アニメなる、へやキャン△と、なんと実写も同時やってるぜ。リアタイで放送してるから、チェックしておけよな」
響「コウスケさん、飲み物は?」
コウスケ「ほらよ、ジンジャーエール」
響「わーい!」
コウスケ「こんなふうに、まったりとキャンプをするアニメだぜ。くぁwせdrftgyふじこlpが、なんとアニメ実写両方で言われたりするさも珍しい作品だ! ……あれ?」鍋空っぽ
響「ごめーん! あんまりにもおいしいから全部食べちゃった」
コウスケ「響コノヤローッ!」


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警察官まで……

ここで書いてること、何か不謹慎に思えてきた今日この頃


 さやかが、恭介に肩を貸しながら病室から出ていく。

 同時に、可奈美の体がファントムの刃に引き裂かれた。

 

「ぐっ!」

 

 白いオーラを貫通したダメージにより、可奈美の体がベッドに倒れこむ。柔らかい布を貫いた衝撃が、ベッドを真っ二つに割った。

 

「ヒヒ……」

 

 猫の顔が、可奈美の顔面にぐいっと寄せられる。

 

「あの坊主の両手を斬っちまえば、ゲートは軽く絶望してくれるって思ってたのに、邪魔しやがってこのやろ……」

「ごめんね。それであの子が死んじゃうのは、ちょっと見過ごせないかな」

「俺面倒は嫌いなんだよ。さっさとアイツをファントムにして寝たいの。分かる?」

「だったらそのまま外に行ってくれないかな? 誰も止めないからさ」

「こちとら重い腰をどっこいしょって動かしてきたんだよ。ぶっ殺す方が楽だから」

「じゃあ、尚更さやかちゃんたちを追わせるわけにはいかないね。ここで倒すって方向性だから」

「ほんっとメンドクセエなあ。だったらお前が死への恐怖で絶望してくれよ」

 

 猫の腕より伸びる、黄色の刃が、徐々に可奈美の首元に肉薄していく。

 

「ほらほらほらほら? 怖いだろ? 怖いだろ?」

「怖い?」

 

 だが、可奈美の表情にファントムが望むような恐怖などなかった。

 むしろ、その目はギラギラと。口元はにぃっと。

 

「冗談でしょ? 見たことのない、獣の剣術だよ?」

 

 戦いを求める刀の乙女は、ファントムに逆に迫る。

 

「人間の体ではできない動き! 全く読めない剣の軌道! 私でも追いつけない速度! そんな相手と戦えるんだよ? 絶望なんてしてられないよ!」

「は? いやいやいや!? 違うだろ‼ ピンチだぞ? もっと、『助けてー』とか、『怖いよー』とか、そういう反応をしろよ!」

「ごめんね。それは無理かな!」

 

 可奈美は、ファントムの腹を蹴り飛ばす。病室の床を転がったファントムを見下ろした可奈美は、千鳥を構える。

 

「さあ、次だよ! 次!」

 

 可奈美は決して自らは動かない。たとえ相手が人外の相手(ファントム)であろうとも、相手の攻撃を受けて流す。

 

「ああもうっ! お前嫌い!」

 

 ファントムは、また豪速で可奈美へ打ち込む。刃を反らした可奈美は、そのまま回転蹴りで、壁へ蹴り飛ばす。強化された肉体技は、コンクリートの壁を発泡スチロールのように粉々にした。

 

「このっ…… ん?」

 

 再びこちらに迫ろうとするファントム。だが、廊下に投げ出された彼は、可奈美ではなく通路の方を見た。

 

「……ああもうっ! お前の方が、簡単に絶望してくれそうだ!」

 

 なんとファントムは、そのまま廊下の先にいる誰かへ走り出してしまった。

 

「待って!」

 

 まだ逃げていない人がいたのか。急いでファントムの後に廊下に出た可奈美は、

 

 

 

「アマゾン!」

 

 

 

 その叫びを聞いた。

 同時に、全身をぶあっと熱気が襲い掛かった。思わず顔を背けた可奈美は、ファントムが襲おうとしていた人影___そしてファントムは、足に根が生えたように動きを止めている___の姿に、言葉を失った。

 

「燃えてる……」

 

 炎上している、人の姿。それはゆったりと歩行しながら、その姿をハッキリさせていく。

 腰。そのベルトに手をかけている状態の彼より、紅の炎がゆっくりと消えていく。そして現れたのは、数日前にも表れた、青いサーヴァント。ベルトのスイッチを押し、その右腕から黒い刃が生えてきた。

 青いサーヴァントは、そのままファントムに斬り込む。

 

「うわわっ! こっち来た!」

 

 ファントムはその刃を受け止め、可奈美の方へ受け流す。

 

「え?」

 

 結果、サーヴァント___バーサーカーの目線は、可奈美へ移る。その勢いを殺さないまま可奈美へ牙を突き立てることから、敵と認識されたのは間違いない。

 

「へへっ……じゃ、あとは頼んだぜ! 俺はゲートを追わなくちゃいけねえしな!」

 

 ファントムは「あばよ!」と手を振り、廊下を走り去ろうとする。可奈美はそのあとを追いかけようとするが、バーサーカーがそれを許さない。

 

「お? ほう……コイツはラッキー」

 

 バーサーカーの刃を受け止めた可奈美は、ファントムのそんな声を聞いた。

 ファントムの行先である廊下。そこに、さやかの姿があったのだ。当然、その背には恭介を負ぶっている。

 

「飛んで火にいる夏の猫。わざわざ絶望しに戻ってきたぜ」

「さやかちゃん! どうして?」

 

 だが可奈美の心配をよそに、さやかはファントムを指さしながら叫んでいた。

 

「ほら! こっち! こっちです!」

 

 その声に現れたのは、警官。中年の男性の彼は、まさに可奈美を追い返した、あの警官だった。

 

「な、何だ!? この怪物は!?」

 

 初めて見たに違いない、ファントムの姿に驚く警官。銃を発砲するが、そんなものはファントムには通じなかった。

 ファントムは退屈そうにあくびをし、ゆったりとした歩調で近づく。

 

「悪いなあ。俺、そういうのは効かないんだわ」

 

 横殴りにより、警官の体が床を転がる。そのまま、一歩一歩と、さやかたちに近づいていくファントム。

 そして。

 

「よ、よせ……やめろ……」

 

 警官が、立ち上がる。ファントムが怪訝そうな顔をしているが、それでも警官は、異形の怪物を睨んでいる。

 

「んだよ」

「危ない! 下がってください! 私が!」

 

 可奈美がバーサーカーと距離を置く。同時に、バーサーカーも目線を可奈美から、ファントムたちへ移した。

 

「……いる」

「え?」

 

 彼から漂う警戒心。それに、思わず可奈美は口を噤んだ。

 

「いる……アマゾン!」

「アマゾン?」

 

 バーサーカーが動く気配を見せる。同時に、

 警官の体に、異変が生じる。

 

「やめろ……ヤメロ……オオオオオオ!」

 

 彼の体から噴出した蒸気。人間の体から鳴ってはならない音。

 同時に、バーサーカーが可奈美から離れていく。ファントムを殴り飛ばし「痛え!」、警官へ飛び掛かる。

 そして。

 警察制服が、バーサーカーの手刀を受け止める。だが、人の手ならざるものの持ち主は、さっきまでの警官ではない。

 

「_____」

 

 理性の飛んだ、ヒョウの姿の怪物だった。

 

「え!?」

 

 すぐそばのさやかと恭介は、同時に驚く。だが、ヒョウの怪人は、バーサーカーをスイング。その拍子に、さやかと恭介を薙ぎ倒した。

 投げられたバーサーカーは、そのままファントム、さらにその直線状の可奈美と激突。三人まとめて壁に打ち付けられる。

 

「うっ……!」

 

 痛みに支配されながら、可奈美はヒョウの怪人が、そのままさやかを襲おうとするのを目撃する。

 

「ダメっ! ……八幡力(はちまんりき)!」

 

 御刀より齎される、超常の身体能力。常人には到達できない力だが、それでものしかかる二体の異形を退けることは適わない。

 そして、さやかが襲われる。まさにその時。

 

「さやか! 危ない!」

 

 少女を突き飛ばした、患者の少年。

 彼の腕___音楽家として、バイオリニストとしての生命線___が、すぐさまヒョウの牙の餌食になる、まさにその時。

 

 竹の塊が、腕と怪物の間に挟まる。その形状を竹刀と認識した可奈美は、それが粉々にかみ砕かれている間に、腕を引っ込める恭介に安堵した。

 

「今の……」

 

 竹刀が自然発生するはずがない。どこから来たのか。その答えは、廊下の奥。長い髪と白い不健康そうな肌の少女が、物を投げたままのポーズでいた。

 

「可奈美さん!」

 

 自分の名前を呼ぶ少女。

 すると、ヒョウの怪人が、目標をひ弱な少年から、食事を妨害した不届き者へ変更した。

 刀使でも目を見張る速度。しかも、復活したファントムが妨害しようと攻撃してくる。

 

「オラァ! 無視すんじゃねえ!」

 

 ファントムが回り込み、可奈美と刃を交わす。

 

「どいて! あの子が……!」

「別にあの化け物が絶望させてくれても構わねえよ! それでファントムが生まれんならなあ!」

「くっ……」

「ああああああ!」

「お前も動くんじゃねえ!」

 

 さらに、ヒョウの怪人へ挑もうとするバーサーカーに対し、可奈美を投げ飛ばした。

 

「ダメッ!」

 

 もう間に合わない。ヒョウの怪人が今まさに少女の身を引き裂こうとしたその時。少女は、手に持っていた点滴スタンドで、ヒョウの怪人の腕を流した。

 

「で、できた……!」

 

 その結果に、ほかならぬ少女自身だった。点滴スタンドの台部分が丸々剃り落とされ、見るもシンプルな鉄棒へと化した。

 

「よ、よおし……!」

 

 彼女は勇んで、ヒョウの怪人に挑む。

 一撃目。効果なし。

 

「まだまだ!」

 

 二撃目。効果なし。

 三撃目。

 ここで、ヒョウの怪人は、少女の狙いに眉をひそめた。

 少女の攻撃は、全て同じ、右胸の位置に当てられていた。

 

「まさか……」

 

 四撃目。五撃目。何度も何度も同じところへ行われる攻撃は、重なればダメージにもなるのだろう。だが。

 

「危ない!」

 

 攻撃に夢中で、少女は気付いていない。彼女の頭上から、ヒョウの怪人が顎一つで食らいつこうとしていることに。

 

迅位斬(じんいざん)!」

 

 高速の可奈美は、瞬く間に少女とヒョウの怪人の間に回り込み、その左手を切り落とす。

 

「______________」

 

 ヒョウの怪人の悲鳴。それに耳を貸さず、可奈美は彼の体を斬り裂いた。

 ヒョウの怪人は、そのダメージで大きく後退。さらなるもう一太刀により、恭介たちからより引き離された。

 

「うわあ……」

 

 漏れた声に、可奈美は振り向く。腰の抜けた少女が、こちらをキラキラとした眼差しで見上げていた。

 

「大丈夫? 無茶するね」

「だって、私ずっと剣に憧れていたんだから! やっと立てたんだから、ずっと考えていた技だって使いたいよ! ね、可奈美さん!」

「う、うん……ねえ、どこかで会った?」

「私だよ! 私!」

 

 少女が目を輝かせた。

 それを見て、可奈美は言った。

 

「もしかして……木綿季(ユウキ)ちゃん?」

「そうだよ!」

 

 

 病弱なはずの少女は、これまででは考えられない元気な肉声で答えた。

 

「治ったんだよ! 私の病気が! だから……」

「うわっ! ごめん!」

 

 言葉を言う途中で、可奈美は木綿季、そして地面のさやかと恭介を抱え、飛びのく。腕を失ったヒョウの怪人が、狂ったように暴れだしたのだ。

 

「うれしいけど、それは後にしよう!」

 

 可奈美が千鳥を構えると同時に、また動きが生じる。

 

「うおっ!」

 

 さらに、奥の方ではバーサーカーがファントムへ重い蹴りを放った。それにより、ファントムがヒョウの怪人に折り重なるようになった。

 

「今だ!」

 

 可奈美は腰を低くする。白から赤へ変わっていく。体外を巡る熱により、可奈美の全身より陽炎が揺らめいた。

 同時に、バーサーカーが両手をまっすぐ広げる。そして、駆け出し、その右足を前に突き出す。___それは、可奈美には、ウィザードのキックストライクにも近いものを感じた。

 

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

 

 可奈美の千鳥より放たれる、赤い光の刃。それとバーサーカーの飛び蹴りが、ファントムとヒョウの怪人に同時に炸裂。爆発により、その二体は消滅していった。

 

「……」

 

 可奈美の隣に着地したバーサーカー。ゆっくりと見上げた彼の黄色のゴーグルと、それを透かして見える赤い眼差しが、可奈美の瞳に映る。

 そして、

 

「た、助かった……」

 

 さやかの気の抜けた声が聞こえた。

 

「……ねえ。あなたは、一体誰なの?」

「……」

 

 だが、バーサーカーは何も言わない。

静かな獣に対し、可奈美は尋ねる。

 

「ねえ。……あの動き……もしかして、あの怪物と同じ」

 

 その時。可奈美の言葉はふさがれた。

 

「俺をアマゾンなんかと一緒にするな!」

 

 すさまじい剣幕で、バーサーカーが迫る。胸倉を掴み、ぐいっと

 

「俺は人間だ! 次そんなことを言ったら……許さない……!」

「う、うん……」

 

 黄色のゴーグルに隠された表情。言ってしまえば仮面の顔だが、それは可奈美には、まるで人間が怒りを示しているものと同じに見えた。

 やがてバーサーカーは、可奈美から手を離す。一瞬目線を下に向け、可奈美の右手を見た。

 

「令呪……お前も、マスター……」

「そうだけど……」

「やめてよ……」

 

 バーサーカーは、ふらりと可奈美から離れた。

 彼は嘆くように顔を押さえる。

 

「俺は……俺は生きたいだけなんだ……戦いたくないんだ……っ!」

「見つけた!」

 

 その時。廊下を走った、別の声。

 

「待って! バーサーカー!」

 

 走ってくる、可奈美のサーヴァント。

 友奈の姿を見たバーサーカーは、一目散にその場から退散する。窓をぶち破り、外へダイビングジャンプ。

 

「!?」

 

 慌てて窓口に駆け寄る可奈美と友奈。だが、すでにバーサーカーの姿はどこにもなかった。

 

「バーサーカー……」

 

 心配そうな友奈の声が、ビル風を突き抜けて可奈美の鼓膜を揺らした。

 




ハルト「……」←スタチューで動かない
まどか「うわ……っ! びっくりした!」
チノ「すごいです……何事にも動じない……まさに、無の境地!」
まどか「何言ってるのチノちゃん?」
チノ「これこそがきっとバリスタに必要な心構え……! まどかさん、決めました! 私、この人に弟子入りします! そうすれば、きっと何かが掴み取れそうな気がします!」正座
まどか「ちょ、ちょっとチノちゃん!」
ハルト(何やってるんだろうなこの二人……)
まどか「チノちゃん! ……だめだ、テコでも動かない……!」
チノ「どうすればそんな屈強な精神が身に付くのですか? 教えてください……!」
ハルト(動かないからこその芸なんだけどな……)
まどか「チノちゃん! そろそろ迷惑だよ! ……あ、何? え? 今アニメ紹介? ああもう……チノちゃん!」
チノ「教えていただけるまで動きません!」
まどか「ええ……? と、とりあえず、こちらです! どうぞ!」



___その時、生まれたときめきが 時空の波サーフしていく 不思議だね 今なら怖くない___



ハルト(放課後のプレアデスか……)
チノ「2015年の4月から6月放送のアニメですね。YouTubeでは2011年に配信されましたが」早口
まどか「魔法少女ものなのに……箒の音が、車のエンジン音なのが……特徴だね……チノちゃん、動かない……」
チノ「私にその精神を伝授していただくまで動きません!」
ハルト(俺よりも紹介の方を気にかけてくれ……)
まどか「はあ、はあ……無理……えっと、なんでも自動車会社のスバルが大きく関わっているかららしいね」
チノ「コクッコクッ」
まどか「主人公の名前もスバルちゃん。みなとって男の子とは、あそこの噴水みたいな場所でよく話すのも特徴だね」
チノ「そうですね」
まどか「もう紹介する気ないねこれ……チノちゃん。それ以上は迷惑……」
チノ「あなたは一体何者ですか? あなたみたいな精神の人に、ぜひお会いしたいです……!」
ハルト(君の家の下宿人だよ!)
チノ「教えてくれるまで、ここを動きません!」
ハルト(営業妨害だ! 助けてくれえええええええ!)


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チー君の名前

今度はシンフォギアと進撃の巨人がコラボするそうな……コラボなんてしたら、回したくなっちゃうじゃん


『謎の怪物 アマゾンと命名』

 

 そんな見出しが、夕刊の一面を飾っている。

 配達員から受け取った新聞を見下ろしたハルトは、ラビットハウスの制服から着替えて降りてきた可奈美に手招きした。

 

「何?」

 

いつも可奈美の私服として使われている、赤いセーラー服。彼女の母校である美濃関学院(みのせきがくいん)なる学校の制服らしい。

 

「これ……」

「何々?」

 

 可奈美と入れ替わりで制服を着ているココアが、可奈美の背後より彼女に抱き着く。

 

「うわっ! ココアちゃん!?」

「えへへ……可奈美ちゃんもふもふ……何見てるの?」

 

 ココアの問いに、ハルトはアマゾンの記事を指さした。

 ココアはそれを見て、引き攣った顔をした。

 

「ああ……これ、怖いよね……」

 

 ココアの言葉に、ハルトは頷く。

 

「アマゾン……ここ最近、病院を中心に現れるようになった謎の怪物」

「人喰いだって噂だけど……人に化けているんでしょ?」

 

 ココアの言葉に、ハルトは首を縦に振った。ハルトが見たところ、あれはファントムと同様、人間が後天的に変異するように思えたが、彼女の不安を煽らないようにした。

 

「やっぱりココアちゃんの周りでもこれの話してるの?」

 

 その問いに、ココアは頷いた。

 

「うん……シャロちゃん……あ、私の友達なんだけどね。こんなのが出たらもう外を歩けないって、本当に怯え切ってるよ」

「まあ、それが普通だよね」

 

 ハルトは頷いた。

 

「それに知ってる? このニュース、見滝原中央病院が作ったバイオハザードだって噂」

「バイオハザード?」

 

 聞き慣れない言葉に、ハルトは首を傾げる。

 可奈美もそれを知らないようで、「何それ?」と聞き返している。

 ココアは「私もよく知らないよ。あくまで噂だけど」と前置きを置いた。

 

「なんでも、このアマゾンって、病院が人間に感染するように作ったウイルスじゃないかって話だよ。でも、嘘だって思いたいな」

「そりゃそうだよな。危ないからね」

「違うよ、ハルトさん」

 

 可奈美が首を振った。

 

「ほら。この病院、この前までチノちゃんが入院してたから……」

「ああ、そっか」

 

 チノまでアマゾンになる。そんな想像を振り切り、ハルトは時計を見上げた。

 

「……チノちゃん、まだ学校か……」

 

 四時を指す時計。よく友達といるチノだが、この話をした後だと、妙に心配になってきた。

 その時。

 チャリン、とベルがなった。

 

「いらっしゃいまし~!」

「いらっしゃ……」

「いらっ……」

 

 素っ頓狂なココアの挨拶の裏で、ハルトと可奈美は声を失った。

 

「うわあ……! ここがラビットハウス!」

 

 入ってきたのは、元気な明るい声の少女だった。車椅子に座った、黒く長い髪と、病弱そうな肌色の少女は、目をキラキラさせながらラビットハウス内を見渡している。

 

木綿季(ユウキ)ちゃん!?」

 

 この声は、可奈美から。可奈美は信じられないという眼差しで、車椅子の少女へ駆け寄った。

 

「どうして? もう外まで出てきていいの?」

「えへへ。もう、体もどんどん良くなっているんだ。だから、可奈美さんの剣術、どんどんできるようになれるよ!」

 

 元気に答える木綿季という少女。

 それに対し、ハルトの目線は、その車椅子を押す人物に当てられていた。

 

「クトリちゃん……?」

 

 蒼い髪の少女、クトリ・ノタ・セニオリス。日本人の名前ではないが、どうやら日本、それも見滝原の生まれらしい。

 

「どうしてここに?」

「木綿季ちゃんのリハビリだよ」

「リハビリ?」

 

 クトリはにっこりとほほ笑む。

 

「この子、ずっと病院で寝たきりだったから、せっかく体も快方だし、外に行こうって」

「こういうのって、患者を外に連れ出してもいいものなの?」

「街を歩いていいって院長から許可をもらったから。ほら、外出許可証」

 

 クトリはそう言って、フラダリ院長のサインが書かれた用紙を持ち出した。

 

「それで、見滝原の色んなところを回っていたんだけど、まさかここに君が働いていたなんてね」

「もしかして偶然?」

「偶然偶然。ほら、チー君も入って」

 

 クトリの声に、玄関の外にいた少年も入ってくる。チー君は、少しふてくされたような表情で入ってきた。

 

「……あれ? チー君、そんなに背が高かったっけ?」

 

 ハルトは目をこすった。

 おおよそ小学生高学年の背丈らしいチー君。レザーコートとダメージジーンズの彼は、「別にどうでもいいだろ」とぶっきらぼうに答えた。

 

「あれ? しかもなんか反抗期?」

「ちげーし」

「まあまあ。お客様。こちらへどうぞ」

 

 ココアが割って入り、クトリに会釈して木綿季の車椅子を代わる。テーブル席、その奥にクトリ、その隣へ、ココアが木綿季を座らせた。

 

「はい。君も!」

 

 ココアがチー君の肩をポンポンと叩いた。チー君は仏頂面のまま、二人の向かいの席に座る。

 

「それではこちら、メニューになります」

 

 ハルトはそう言って、ラミネート加工されたメニューを人数分机に置いた。

 

「うわぁ! 私、喫茶店来るの初めてなんだ! こういうの、大人っぽい!」

 

 木綿季が、目をキラキラさせてメニューの品目一つ一つに感激している。

 

「そうだね。私もこういう喫茶店は久しぶりかも」

 

 妙に通いなれたような口ぶりをしながら、クトリは言った。

 

「クトリちゃん。ちょうどさっきまで、アマゾンのこと話してたんだけどさ。病院大丈夫なの?」

 

 一瞬、チー君の頬がピクっと動いたような気がした。

 クトリは「ああ、それね」と頷き、

 

「今は大変だよ。昨日の事件から、今にいたるまで報道陣が押しかけて大騒ぎ。フラダリ院長が、病院にいても仕方ないから、木綿季を連れて外を回ってこいって言われたんだ。他の子供たちは、近くの勉強施設だよ」

「やっぱり現場は大変だよね……」

「ねえ、可奈美!」

 

 クトリの隣に座る木綿季の声に、可奈美はカウンターから出てきた。

 

「オススメは?」

 

 純真無垢な木綿季に、可奈美は「うーん……」と首を傾げる。

 

「この、ココアブレンドって、おいしいよ」

「じゃあそれ! ココアブレンドお願いします!」

「はーい! ちょっと待っててね!」

 

 可奈美に代わり、接客のココアがカウンターに入る。

 ココアを見送った木綿季は、そのまま可奈美に「それでそれで!」と話し始めた。

 話の内容はハルトにはさっぱりわからないが、出てくる単語一つ一つを拾うと、どうやら剣の話をしているようだった。無垢な病弱少女に可奈美の剣術バカがうつったか。

 

「元気な子だな」

「これまで病室から出てこれなかったからね。その分、元気が爆発しているんだよ」

 

 クトリがにっこりとほほ笑んだ。

 

「へえ……チー君は……」

「そんな子供っぽい名前で呼ばないでよ」

 

 だが、チー君はハルトの言葉をぶっつりと切った。

 

「俺だってもう子供じゃないんだ。そんな変な呼び方、やめてよ」

「ああ、そっか……そうだよね……もうそんな呼び名で呼ばれる感じじゃないよね……あれ? なんだろう、ちょっと変な感じ」

 

 ハルトは、ここで首を傾げた。

 

「何が?」

 

 チー君がぎょろりとかみつく。ハルトは「ごめんごめん」と謝罪し、

 

「チー君、名前なんだっけ?」

「あれ? ハルト君、教えてなかったっけ?」

 

 クトリの言葉に首を振る。

 

「ああ。ずっとチー君って……呼んで……た……」

 

 言葉を口にしながら、ハルトの中で違和感が大きくなっていく。

 

 初めて見滝原中央病院に訪れ、チー君と出会ったのは十一月初頭。

 フェニックスが現れ、なぜか(・・・)病院から近くない公園にチー君がいたのはその数日後。

 アマゾンが四体出現した時、チー君という呼び名を受け入れたのは昨日、さらに数日後。

 

 まだ、一か月も経過していない。

 

 チー君というあだ名が定着していた子供が、たった一か月もたたないうちに、チー君という呼び名を変なあだ名とするまでになるだろうか。

 

「ブラック!」

 

 物思いにふけるハルトを、チー君の声が呼び覚ました。

 

「え? な、何?」

「だから! 注文! ブラックコーヒー!」

 

 名前の問いをすっ飛ばして、注文を言いつけるチー君。ハルトは自分が店員であることを思い出した。

 

「チー君。……もう……あ、私はホットココアでお願い」

 

 クトリの注文をココアに伝え、「了解! すぐ持っていくね!」ハルトはテーブル掃除を再開しようとした。

 

「あ! そうだ!」

 

 だが、その足をクトリの声が止めた。

 

「ねえ、ハルト君。せっかくだし、マジック何か見せてよ」

「え? ここで?」

「うん! だって……」

「止めてよ、姉ちゃん」

 

 だが、クトリの声をチー君が遮る。

 

「あんなのつまんないよ。ただのタネ隠しじゃん。くだらないよ」

(そのタネ隠しを楽しみにしてなかった君?)

「チー君!」

 

 クトリがチー君を咎めるが、反抗期の少年はどこ吹く風。

 

「何が面白いのあんな子供だまし。姉ちゃん、案外お子様じゃん」

「チー君!」

 

 今度のクトリの声は、棘があった。ビクッとして、可奈美と木綿季の会話も止まる。

 

「そういうのは失礼でしょ!」

「フン」

「チー君!」

「まあまあ。俺も気にしてないし」

 

 ハルトはクトリを宥める。

 

「そっか……もうチー君は、マジックは卒業か……」

「まあまあ、ハルトさんもがっかりしないで」

 

 そう慰めてくれたのは、盆に注文の品を乗せたココアだった。

 

「はい。えっと、チー君って呼んでいい?」

「ダメ」

「じゃあ、お兄さん! ブラックコーヒーだね」

 

 一瞬、チー君の顔が綻んだ。お兄さんという響きがよかったのだろうか。

 ブラックコーヒーを一気に飲み、「苦っ!」とむせる。

 

「で、クトリちゃんにはホットココア!」

「ありがとう!」

「木綿季ちゃんは、ココアブレンドだね!」

「うん!」

 

 ココアの手で、クトリと木綿季の前に、それぞれの注文が並べられた。

 

「にが……ねえ、これ苦くない?」

 

 チー君の文句に、ココアはきょとんとした。

 

「だって、ブラックコーヒーだよ? 苦いのものだけど……お砂糖いる?」

「! い、いらない!」

 

 チー君はかすかに顔を赤くしながら、ココアの提案を拒絶した。

 

「な、何だよ!?」

「ううん。可愛いところあるなあって」

「っ!」

 

 チー君は、机を強くたたいた。

 

「そういうの、止めてよ!」

 

 突然の大声に、その場の誰もが動きを止めた。

 その中、チー君は続ける。

 

「もう子供じゃないんだ! そういうこと……やめてよ!」

 

 チー君は、怒りの眼差しでクトリを睨む。

 

「うんざりなんだよ! どいつもこいつも!」

 

 そのままチー君は、ハルトを突き飛ばし、ラビットハウスを飛び出していった。

 

「待ってチー君! ……千翼(ちひろ)!」

 

 ようやく聞けた、チー君の名前。

 クトリがその名を呼ぶも、それを無視したチー君こと千翼は、そのままラビットハウスを出ていた。

 

「千翼!」

 

 クトリが、彼に遅れて店を出るも、時すでに遅し。彼の姿は、もうどこにもなかった。

 




可奈美「飛び出して行っちゃった……」
木綿季「千翼君、大丈夫かな……」
可奈美「知り合いなの?」
木綿季「たまに病室に来てくれるんだ。でも、あんなに背が大きいとは思ってなかったけど」
可奈美「そっか……ハルトさんとクトリちゃんも追いかけちゃったけど、大丈夫なのかな」
ココア「さ、さあ! 心配だけど、二人に任せよう!」
可奈美「それも……そうだね。心配だけど、気を取り直して! 今日のアニメ、どうぞ!」



___だんだん芽生えた最初の想い わからないことは日々のページめくり物語を___



可奈美「アウトブレイク・カンパニー 萌える侵略者! ……侵略者!?」
ココア「こちら、2013年の10月から12月になります!」
可奈美「異世界へ、所謂オタク文化を持ち込んで、異世界に広めようという作品だよ。そのために主人公の加納(かのう)慎一(しんいち)さんが四苦八苦していくよ!」
ココア「でも、その裏では実は日本政府の大きな野望が……」
可奈美「野望っていうのかな……? でも、そういう異世界の捉え方もあるから、ぜひ見てみてね!」


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千翼

バンドリにハマってしまった……
推しはロゼリアです。


「千翼!」

 

 人目も憚らない大声で、クトリは千翼を探していた。

 そんな彼女が視界の端に消えていくのを見送りながら、ハルトは聞き込みを続けた。

 

「すみません、あの、男の子見かけませんでしたか? 背丈はこれくらいの、小学生と中学生の間くらいの子なんですけど……」

 

 やはりというか、今回も情報なし。

 

「ありがとうございます」

 

 もう数えるのも諦めた。ハルトはため息をつき、クトリはどうかと彼女の後を追いかける。

 

「……嘘でしょ……」

 

 その光景に、ハルトは言葉を失った。

 

「おーい、チー君! ……じゃなかった、千翼!」

 

 なぜか自動販売機の裏に向かって、千翼の名前を叫ぶクトリ。

 ゴミ箱の蓋を開けて、その中へ声をこだまさせるクトリ。

 

「どこー?」

「……クトリちゃん」

「千翼―? お姉ちゃん怒らないから、出てきて!」

「クトリちゃん!」

 

 少し声を大きめにすると、ごみ箱よりクトリが顔を上げた。

 美しい蒼に、無数の黒い埃が乗った。おまけにバナナが乗っており、それがハルトに笑いをこみ上げさせた。

 

「クトリちゃん……それ……ププッ」

「ん……? ……ふへえっ!?」

 

 クトリは、その頭上の生ものに対し、奇声とともに投げ捨てた。

 

「い、いつの間にあんなの頭に乗ってたの?」

 

 どこからどう考えても今君がゴミ箱に突っ込んだ時ですよ。と、いう言葉を飲み込み、ハルトは彼女の頭の埃を払う。

 

「~~~~~!」

 

 顔を真っ赤にして、クトリはハルトの手を払った。

 

「な、なに……!?」

「いや、何か、可愛いなって……」

「可愛っ……!」

 

 さらにクトリの顔が膨張する。

 

「と、突然なんですか! それより、千翼を探さないと……あだっ!」

 

 ハルトは初めて、天然で電柱に激突するという珍事を目撃した。

 

「いつつ……」

「大丈夫?」

「うん……」

 

 少し涙目になったクトリ。彼女に笑いかけながら、ハルトは言った。

 

「こういうのは、聞き込みからがいいんじゃないかな? そうやって……」

 

 めげないクトリが、ハルトの言葉よりも先に千翼を探している。主な捜索個所は、家の庭、犬小屋の中「ワンワン!」「キャーッ!」、電柱の裏。

 

「グスン……全然見つからない……」

 

 犬との格闘の末、ボロボロになったクトリがトボトボ歩いてきた。

 

「いつも千翼がかくれんぼで隠れそうなところは粗方探したのに……」

「少なくとも隠れんぼに使えそうなところは外してもいいと思うよ」

「ハッ……! そ、そんなことわかってます!」

 

 明らかに分かっていなかった。チー君が知らないところに隠れるなんて想像もしていなかったという顔をしている。

 

「……仕方ないか……」

 

 ハルトはポケットから指輪を取り出す。

 今までは三体を常に放っていたが、最近は必要な事態も多いので、一体は手元に置いておくことにしたのだ。

 

『ユニコーン プリーズ』

 

 それにより召喚された、青いランナー。瞬時に青い白馬となったそれに指輪を埋め込み、手のひらに乗せた。

 

「悪い。ユニコーン。千翼君……今まででいうと、チー君を探してくれ」

 

 ユニコーンは『ヒヒーン』と応え、降りて行った。

 

「うわぁ……これもマジック……」

 

 その背後では、クトリが目をキラキラ輝かせてユニコーンを見送っていた。

 

 

 

「うわっ!」

 

 あてもなく、ひたすらに走っていた。チー君こと千翼は、見滝原の見たことのない場所___狭い路地裏___に迷い込み、たった今、ガラの悪い男にぶつかってしまった。

 

「おうおうおう! どこに目付けて歩いてんだ兄ちゃんよお!」

 

 そう因縁をつけてくる、変な髪形の男性。所謂リーゼントと呼ばれる髪形。彼はその無駄に大きな髪を千翼に押し付けてきた。

 だが、千翼は、反省どころかむしろリーゼントを弾き、反抗する。

 

「そっちがぶつかってきたんでしょ? 謝るならそっちが先だよ!」

「ああん? このクソガキ」

「やっちまいましょうよ、アニキ!」

 

 その声は、リーゼントの後ろからだった。背も低い、丸刈りの男。弟分というものだろう。

 その時。

 

「まあまあ」

 

 その中に割って入る、明るい声があった。千翼の前に入り込む赤髪。その人物を、千翼は知っていた。

 

「友奈さん……」

 

 しかし、友奈は千翼には目もくれず、二人の不良を宥める。

 

「落ち着いて落ち着いて。ほら、そういう暴力はよくないから、止めましょう! 全部忘れて笑いあいましょう!」

「はあ? なんだこのガキ」

 

 リーゼントが友奈にぐいっと顔を近づける。

 

「いきなり割り込んできやがって、何言ってやがる?」

 

 とても怖い顔で、友奈を凄んでいる。しかし友奈は、顔色一つ変えない。

 

「ほら、君も謝って。それで、そっちも謝って。それでおしまいでいいじゃん? 何も無理にケンカする必要もないでしょ?」

「うるせえ! こちとらこれで終わりゃカタギの奴らに舐められちまうんだよ!」

 

 リーゼントは荒々しく壁を叩く。

 

「いいから一発殴らせろ!」

「! いけない!」

 

 暴力の体勢となったリーゼントを見て、友奈は千翼の腕を掴んだ。

 

「こっち!」

「待ちやがれ!」

 

 だが、リーゼントのその声を振り切るように、千翼と友奈は、逃げて行った。

 

 

 

「はあ、はあ、……ここまで走るとは思わなかったよ」

 

 千翼は肩で呼吸しながら、友奈へ口を尖らせた。あまり疲労感の見えない友奈は、「えへへ……」と頭を掻く。

 

「でも、これで逃げられたよね? よかった……」

 

 友奈が大きく息を吐いた。

 

「大丈夫? ケガとか、してない?」

「し、してない……っ!?」

 

 千翼は思わず、頭に乗せられた友奈の手を振り払う。

 

「な、なに!?」

「ごめんね。倒れそうだったからつい……君、名前は?」

「……千翼(ちひろ)……」

「千翼君? ……うん、可愛い名前だね!」

「や、止めてよ!」

 

 千翼は拒絶する。ラビットハウスの連中といい、この名前にはいいことがない。

 

「なんで俺の親はこんな名前……」

「ええ? 可愛いじゃん!」

「だから!」

 

 千翼は地団駄を踏む。そのまま、友奈へ礼も言わずに歩き去ろうとしたが。

 

「……お腹……空いた……」

 

 自然の摂理の音が、内部より響き、道路に力なく倒れた。

 

 

 

「……何だよこれ」

 

 鼻を充満する添加物の臭いに、千翼は顔をしかめた。だが、友奈はにっこりとその食べ物を押し出してきた。

 白い麦類と、茶色の液体。それを蓋する、茶色の四角形。

 警戒を強める千翼とは裏腹に、友奈は割りばしを割った。

 

「うどんだよ!」

「うどん……?」

「そう! ほら、食べて食べて! 私の驕り!」

「……」

 

 怪訝な表情の千翼に構わず、友奈はうどんを啜り始めた。

 

「うん! おいしい! ほら、千翼君も食べて?」

「……なんで……」

「あれ? もしかして、うどん嫌いだった?」

「……食べることが……あんまり好きじゃない」

 

 

 なんか、汚く見えるから。そういう思いを言葉にはしなかった。

 

「そうなんだ。でも、お腹空いたんでしょ?」

「いつも病院で……」

「困ったときはうどん! 健康にもいいんだから、きっと千翼君も気に入るって!」

 

 ささ、と友奈は千翼に促した。千翼の鼻腔をうどんの臭いがくすぐる。だが、千翼の食欲をそそることは全くなかった。

 

「……」

 

 むしろ千翼の視線は、盆を持つ彼女の手に当てられていた。そして、思わずゴクリと生唾を飲む。

 

「ほら。美味しそうでしょ?」

 

 友奈は何も気づいていないようだった。千翼は渋々、箸を裂く。パキッという音を耳にし、千翼はぬるりとした物体を挟み込む。

 

「……」

「ほらほら。こんな風に」

 

 友奈がうどんを食べている。それをマネするように、千翼もうどんを食し始めた。

 口の中の固形物に対し、味がほとんどなかった。

 

「ごちそうさま!」

 

 うどん汁もほとんど飲み切った友奈に対し、千翼は汁に全く手を付けていなかった。

 

「どうだった? 千翼君?」

「……別に……」

「別に?」

 

 こちらを覗き込む友奈。外見年齢年上の女性が顔を寄せてくると、少し顔をそむけたくなる。

 その時。

 

「うっ……」

 

 唐突な不快感が、千翼を襲った。

 

「ど、どうしたの?」

「うっ……トイレ……」

「え? トイレ? えっと……ほら、あっち!」

 

 友奈に教えてもらうや否や、お店の便所へ、千翼は駆け出した。

 その後、店を出ても、千翼の腹の中には何も増えなかった。

 




可奈美「それでね。タイ捨の特徴はね……」
木綿季「うんうん!」
ココア「二人とも楽しそう……可奈美ちゃん、剣の話すごい引き出しがあるんだね」チリン
ココア「いらっしゃいまし~!」
客1「お? なんか可愛い店員いるじゃん! ねえ、どっか遊びに行かない?」
客2「よせ。なあ、こんなクズ放っておいてさ。オレとひと夏のバカンスに行こうぜ」※設定上冬です
客3「止めなよ、兄さんたち。ごめんね。ウチのアニキが変人ばっかりで」
客4「ふん……どうせ、俺たちにこんな喫茶店、早すぎたんだ……」
客5「マッスルマッスル! ハッスルハッスル!」
客6「ねえ、お姉さんたち? ボクもお話に混ぜて!」
可奈美「君も剣術に興味があるの? いいよ。一緒に剣術を極めよう!」
ココア「……い、いらっしゃいまし~! そんなわけで、今回のアニメは、こちら!」



___ここからはじめて古今東西 鳴りやまぬ花 焼べるは水平線____



客1~6「おそ松さん!」
可奈美「あ、これレギュラーのセリフいるよね? 1期が2015年10月から翌年の3月まで、2期は2017年の10月から3月までだよ」
木綿季「2019年には映画もやっていたんだよね? 看護婦の人が教えてくれたよ」
ココア「えっと、これは、私たちと同じ、お仕事系かな?」
客1~6「そうで~す!」
客1「1988年のアニメ、おそ松くんから、成長した俺たちが立派に働いていく、そんなアニメです!」
可奈美「あれ? 内容、そんなのだったっけ?」
客2「フ」サングラスキラーン
客3「ボクたちの活躍で、なんと社会現象にもなった人気作」
可奈美「まあ、それは間違ってないけど……」
客4「特に女子からはモテモテ……あの時はよかった……猫のファンレターとかもあったな」
客5「アハハハハハ!」
客6「特に1期1話は大人気で、世界中からアクセスがあって、人気動画サイトも削除、暴動を避けてソフト化もされてないんだよ!」
ココア「すごい! ごちうさよりもすごいんだね!」
客1「まあね。見習ってくれよ。俺たちを。それを教えてあげるから、よかったらこれからホテルでも……」
可奈美「ええ!?」
客1「何?」
可奈美「第1話が消されたのって、色んな所に怒られたからじゃ……」
客1「野郎ども! 俺たちの悪行がばれる! 退散!」
客2~6「退散!」撤収
可奈美「……」
ココア「……何だったのかな」
可奈美「何だったんだろうね」


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溶原性細胞

2章前半時   尺余り過ぎィ!
今       尺足りねえ!


「号外! 号外!」

 

 そんな声に、ハルトは足を止めた。

 いつの間にかハルトとクトリは、見滝原西駅まで来ていた。

 ラビットハウスの最寄り駅であり、少し大きめな駅であるそれは、ハルトにとってもう見慣れた場所であった。

 

「何だ?」

 

 群がる人だかりに好奇心を刺激されたハルトは、彼らに並び、号外を受け取る。

 

「何ですか?」

「何だろ……お?」

 

 その号外に、ハルトは言葉を失った。

 

『アマゾンの正体』

『人間がその正体と思われる』

『アマゾンの死骸より回収した細胞からは、人間の細胞が見つかった。研究により、アマゾンは人間が変異したものだということが判明した』

「やっぱり……」

 

 その文章を読んでも、ハルトは驚かなかった。むしろ、これまでのアマゾンたちのことから、そうではないかと思っていた。

 

『現在、見滝原中央病院を中心に研究が進められている。もしもアマゾンを見つけた場合、速やかに通報し、避難すること』

「避難か……」

 

 あの運動能力を持つアマゾンから逃げられる人が果たして何人いるのだろうか。と思いながら、ハルトは記事の続きに目を通した。

 

『この、人をアマゾンにしてしまう細胞について、見滝原中央病院の院長、フラダリ院長はこうコメントした』

「フラダリさん……」

 

 クトリが、そこに記されている名前を呟いた。

 それに構わず、ハルトは続きに目を通す。

 

『今回の件は、当院を中心に起こっております。皆様が当院に原因があると考えるのは理解できます。当院のプライドにかけて、アマゾン細胞の究明に尽力します』

 

 そして、アマゾンへの変化に関して、こう書かれていた。

 

『我々は、この人間を変質させる細胞を、溶原性(ようげんせい)細胞(さいぼう)と名付けました』

 

 

 

「うう……」

 

 千翼は後悔した。

 友奈から逃げるように離れたことではなく、この狭い裏路地に逃げ込んだことに。

 

「おいゴラァ! ぶつかってきてごめんなさいもなしたぁいい度胸だな!」

 

 そう詰め寄ってきたのは、ボロボロの学ランを着たリーゼントの少年。大柄の図体により、まだ子供の千翼にはまるで山のようにも思えた。

 

「ぶ、ぶつかってきたのはそっちだろ!?」

 

 少し怯えながら、千翼は敵意をむき出しにした。だが、それを見下ろしたリーゼントは、前置きなくグーで殴ってきた。

 

「がっ!」

 

 咄嗟の防御などできず、体がふらつく。

 リーゼントはさらに千翼を蹴り飛ばす。狭い路地のごみ箱に激突し、中身が散らかった。

 さらに、リーゼントはノータイムでリーゼントが、千翼の胸倉を掴み上げる。

 

「ぐっ……あっ……」

「オレはこれでも見滝原じゃちっと名の知れたワルでな? お前のようなクソガキ、百回殺せるんだよ?」

「よっ! アニキカッコイイ!」

 

 気分がよくなった。そんな顔をしたリーゼントは、そのまま千翼を叩きつける。

 

「がはっ!」

 

 背中を強打し、千翼は動きを止める。

 

「おらっ! 立てよ! 金を出せば許してやっからよ!」

「な……ないです……」

 

 弱弱しい声で、千翼は言った。それに対し、リーゼントは「ああ?」とにらみ、

 

「だったら! ぶつかってきた迷惑料の分、殴らせてもらおうか?」

「っ……!」

 

 千翼は恐怖を感じ、リーゼントに背を向ける。だが、いつの間に回り込んだのか、弟分が千翼の逃げ道を塞いでいた。

 

「まあまあ待てって」

「放せ!」

 

 千翼を捕まえた弟分は、にやにやと千翼の両肩を掴む。

 

「アニキがあんさんと、お話したいってさ!」

 

 小柄な体系からは想像もつかない腕力で、弟分は千翼を投げ飛ばした。キャッチボールそのままに、千翼の身柄は再びリーゼントの元へ。

 

「ホームラン!」

 

 そのまま、流れてくる千翼を殴り飛ばそうとするリーゼント。その拳は、千翼の顔面にジャストヒットする。

 

「ぐあっ!」

 

 短い悲鳴とともに、千翼が地面に倒れる。台となった木箱も粉々になり、一部が刺さったような痛みを残す。」

 さらに千翼の口の中に、異常な痛みが走る。

 

「歯が……折れた……」

 

 感じたことのない箇所の痛み。折れた歯の欠片が、千翼の手に零れた。

 

「痛ってえなあ!」

 

 それは、殴ってきたリーゼントからの声。手をふる彼の手もまた、出血していた。千翼の折れた歯が刺さったのだろうと理解できた。

 

「このやろう……どうしてくれんだ? ああ?」

「アニキ!」

 

 弟分がリーゼントに駆け寄る。

 

「アニキ、大丈夫ですかい?」

「ああ……何てことねえ。唾つけときゃ治る」

 

 今のうちに逃げよう。

 そう、動く千翼だが、痛みのあまり、動けない。

 

「お、おい! アイツを逃がすな!」

「はい!」

 

 そんな会話が聞こえてきた。だが千翼は構わず、匍匐(ほふく)前進で遠ざかろうとする。

 その時。

 

「……え?」

 

 千翼は動きを止め、振り返る。

 相変わらず二人の不良。彼らは、千翼が止まったことに、喜びの表情を浮かべていた。

 

「観念しろ」

「やっちゃえアニキ!」

 

 腕をゴキゴキと鳴らすリーゼント。だが、もう彼らの会話は、千翼には聞こえていなかった。

 千翼はリーゼントを指さし、言った。

 

「ア……アマゾン!」

 

「ああ?」

 

 その言葉に、二人の不良は固まった。

 そして、二人は同時に、腹を抱えて笑い出す。

 

「な、何を言うかと思えば! アマゾン? オレたちが、今話題の怪物のアマゾン!?」

「コイツ、怖くて頭おかしくなっちまいましたぜアニキ! だったら、このガキ食っちまいましょうよ!」

「違いねえ! こいつは傑作だ……」

 

 その時。千翼は見た。

 リーゼントの首元に浮かぶ、黒い血管を。

 その瞳が、人間のものからどんどんどす黒く変色していくのを。

 

「熱っ! あ、アニキ……?」

 

 蒸気という変化に気付いたときにはもう遅い。リーゼントのアニキは、笑いながらその体を、徐々に変質させていた。

 

「なあ、コイツ……も……う……食っちゃおうぜ……

「アニキ? ……アニキ! アニキ‼」

 

 煙から現れたアニキは、もはやアニキではない。弟分を壁に押し付け、そのまま首元に食らいつく、人型の生命体。

 

「アニキイイイイイイイイイイ_________」

 

 思わず千翼は、目を背ける。弟分の悲鳴を塗りつぶす、グチャグチャという人体破壊音。

 ドサリという音に目を開けてみれば、リーゼントの学ランを着た怪物。黄色いボディと、肩からの翅が目立つ、まさにスズメバチを連想させる怪物。

 ハチのアマゾンだというのなら、ハチアマゾンと呼称するべきか。

 ハチアマゾンは、肩と首を捕食し、命を奪った弟分から離れる。

 

「_______!」

 

 ブーンという羽音とともに、ハチアマゾンは千翼に襲い掛かる。

 全身を奮起させ、立ち上がった千翼は、ハチアマゾンの攻撃を避け、逃げ出す。狭い路地に転がるゴミ箱、箱、物。全てを投げつけるも、ハチアマゾンの動きは止まらない。

 やがて、表通りへ出た。それはつまり、自身を狙うハチアマゾンもまた外に出てしまうということである。

 

「ば、化け物だ!」

「助けて! アマゾンよ!」

 

 初めて見るのであろう、アマゾンの姿に、衆人はパニックになる。我先にと逃げ出すが、それは飛び上がったアマゾンにとってはビュッフェと変わらない。

 手始めに、転んだ青年を捕食。続いて、その恋人らしき女性を捕食。黄色の捕食者により、犠牲者は一人、また一人と増えていく。

 

「や、やめろ!」

 

 千翼が、震える声で怒鳴る。ふらふらと立ち上がり、捕食を終えたハチアマゾンを睨んだ。

 ハチアマゾンは、次の狙いを改めて千翼に定めた。ブーンと翅を鳴らし、千翼へ迫る。

 

「危ない!」

 

 その時。

 飛び出した誰かが、千翼の体をアマゾンの狙いから反らした。空を掻いたアマゾンは、こちらを見返す。

 

「はっ!」

 

 流れるようにアマゾンを蹴り飛ばす、その人物。千翼よりも華奢な体と赤毛を持つ彼女に、千翼は目を合わせられないでいた。

 

「千翼君、大丈夫?」

「別に……どうでもいいでしょ?」

 

 むすっと答える千翼。あははと笑いながら、友奈はハチアマゾンと相対する。

 

「……アマゾンになった人、元に戻せないんだよね」

「別に、悪い奴なんだから、いいじゃん」

 

 千翼はむすっと言った。だが、友奈は首を振る。

 

「違うよ。誰だって、他の誰かの大切な人なんだから。きっと、このアマゾンになってしまった人だって」

「……ふん」

「だから、私はこの悲劇を繰り返させないために、誰かの大切な人を倒す!」

 

 友奈はそう言いながら、ポケットからスマートフォンを取り出す。そのままアプリを起動させると、彼女の周囲に桜の花びらが舞った。

 

「だから私は、こんな、アマゾンなんて、絶対に止めて見せる!」

 

 彼女の体が、桃色に隠れて見えなくなる。霧散と同時に、勇者となった友奈が、ハチアマゾンへ挑みかかった。

 だが、ハチアマゾンは上空へ飛び上がる。ブーンという音とともに、それは一瞬で友奈の攻撃圏外へ出た。

 

「そんな……っ!」

 

 さらに、ハチアマゾンのヒットアンドアウェイ。友奈は一方的に攻撃を受ける他なくなってしまった。

 やがて、彼女はハチアマゾンを受けきれなくなり、地面に転がった。

 

「あ」

 

 他人事のような声を上げながら、千翼は友奈がハチアマゾンの餌食になる瞬間を眺めていた。

 そして、勝敗が決まる、まさにその時。

 

『ハリケーン プリーズ フー フー フーフー フーフー』

 

 緑の風が集い、魔法陣となる。それを突き抜け、現れたのは緑のウィザード。

 ソードガンを逆手持ちに、ハチアマゾンの脳天に叩き込んだ。

 

「___________!」

 

 突然の乱入に、ハチアマゾンは抵抗も許されずに地面へ投げられる。

 

「大丈夫?」

「ハルトさん!」

 

 形成が逆転し始めた。復帰した友奈も猛攻に加わり、ハチアマゾンを追い詰めていく。

 しかし、アマゾンの機転に、千翼は感心した。

 地面に転がる、死体(人の体)。それを盾にすると、ウィザードも友奈も攻撃の手を止める他がなかった。

 そして、それは一転攻勢の合図。両腕から生えた毒針を防ぐのに、二人は手一杯になった。

 

「千翼!」

 

 クトリに助け起こされるまで、千翼は自らが置かれていた状況が分かっていなかった。

 

「姉ちゃん……」

「千翼……」

 

 彼女の目が、千翼へ語っていた。

 むすっとした千翼だが、ため息とともに立ち上がった。ちょうどその時、すぐ目の前にウィザードが着地した。

 

「千翼くん? 速く離れて!」

「……」

 

 むっとした千翼は、クトリの手を離し、ウィザードの前に立つ。

 

「千翼くん!?」

 

 驚くのはウィザードだけではない。ハチアマゾンから千翼の真横まで退避してきた友奈も驚いている。

 

「どうして逃げないの!? 危ないよ!」

「うるさい……」

 

 千翼は、どんどん声が大きくなっていった。

 

「うるさいうるさいうるさい! どいつもこいつも! 俺のことを子ども扱いして!」

「千翼くん?」

「フラダリ院長も俺のことを外に出してくれないし、姉ちゃんは何も言わないし! 俺だって、戦えるんだ!」

「戦える?」

 

 その言葉にウィザードが首を傾げたが、無視した。

 そして。

 千翼は、それを取り出した。

 

「……」

 

 その手に握られた、赤い、眼のようなパーツの機械。腰に巻き付けると、それはまるでベルトとなる。

 さらに手に持った、注射器のような小さな器具。それを、ベルトの眼の部分に差し込み、傾ける。

 注射器のスイッチを押すと、ゴクッ ゴクッと、液体が流れる音がする。

 さらにそれにより、千翼の眼が赤くなっていく。

 

『NEO』

 

 静かに千翼は、背後のクトリへ振り向く。静かに頷いた彼女を確認した千翼は、叫んだ。

 

「アマゾンッ!」

 

 紅の炎。それが、千翼の体を焼き尽くす。

 やがて千翼の体は、人間のそれとはどんどん違うものへと変貌していく。やがて千翼の紅の炎の下は、肌色から青色へ変わっていく。

 そして。千翼は、変わった。

 千翼という、反抗期の少年から。

 バーサーカーのサーヴァント。

 真名 アマゾンネオへ。

 変身したのだった。

 

「ああああああああああああ!」

『アマゾン スラッシュ』

 

 その右手の刃が巨大な剣となった。その獣の跳躍力で、アマゾンネオはハチアマゾンに肉薄。その胴体を、チョップ一つで両断した。

 悲鳴すら上げられないまま地面に落ちた、アマゾンだったもの。それを見下ろしながら、アマゾンネオはそのベルトを外す。

 黒く変色したアマゾンネオは、その体を崩壊。崩れたシルエットは、千翼へと戻っていった。

 




まどか「さやかちゃん!」
さやか「おお、まどか」
まどか「一緒に帰ろう!」
さやか「おお! ……あ、でもやっぱり恭介が心配だな……」
まどか「今日もお見舞い? でも、今病院って入れるの?」
さやか「分からないけど、動けない人だって少なくないみたいだし、入れないとそれはそれで問題じゃない?」
まどか「そう。でも、上条君の腕良くならないの?」
さやか「最近は良くなってるって聞くけど。ねえ、まどかも久しぶりに一緒に行く?」
まどか「私はいいよ。でも、さやかちゃんが上条君と一緒にいたいんじゃないの?」
さやか「あたしは平気! よし! それじゃあ、まどかも行くことが決まったところで、今日のアニメ! どうぞ!」
まどか「あれ? 私、邪魔だろうから行かないって意味で言った……



___ふわふわ 口どけの 恋する トリュフみたい ズキズキ 胸の奥が 甘くって モドカシイ____



さやか「俺がお嬢様学校に『庶民サンプル』としてゲッツされた件!」
まどか「とうとうここの紹介コーナーにタイトル長いアニメが入ってきた!」
さやか「ちなみに原作だと、ゲッツじゃなくて拉致だけどね。アニメ放送は、2015年10月から12月だよ」
まどか「アニメのこの異常なまでの筋肉推しは何!?」
さやか「お嬢様学校へ一般常識を教えることになった神楽坂(かぐらざか)公人(きみと)! ハチャメチャな人たちばかりで、ある意味異世界転生よりも異世界転生っぽいよ! 同じ世界なのに!」
まどか「ウェヒヒヒ……私だったら無理かな……」
さやか「さらにさらに、一番可愛い(主観)のが付き添いのメイドさん! 放送当時はCMとつながってたから、タイミングもベストマッチ!」
まどか「それ紹介しても、あとからは確認難しい気がするよ……」
さやか「というわけで、行くよまどか!」
まどか「ああああれえええええ! 私が幼馴染にお見舞い同行としてゲッツされた件!」


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木綿季のオリジナル

アニメ見ててそのジャンルに興味持つことってあるよね!
今度鉱物展に行ってみたくなりました


「千翼君が……バーサーカー……」

 

 ウィザードの変身を解除し、ハルトは千翼を見つめる。

 当の千翼は、ハルトと顔を合わせようともせず、クトリへ吐き捨てた。

 

「なんで姉ちゃんがここにいるのさ」

「ここにいたら悪い?」

 

 クトリはほほ笑む。すると、千翼は少し不機嫌そうに「別に」と背を向ける。

 

「よかった」

 

 クトリは安堵の息とともに、千翼の後ろから抱き着いた。

 

「……放してよ」

「ダメ。お姉ちゃんを心配させた罰」

「……だから、そういうの……」

 

 やめてよ。そう、彼が言おうとしている言葉を飲み込んでいる。

 そんな姉弟の感動の再会に水を差すような気もしながら、ハルトは言わなければならないことを口にした。

 

「千翼くんが……バーサーカー……」

 

 その言葉に、こちらを振り向く千翼の顔が一気に強張った。

 

「……アンタ、マスターなんだ」

「……」

 

 隠すつもりもない。ハルトは、右手に刻まれた黒い刻印を見せる。

 龍騎の紋章そのものの令呪を、千翼は凝視した。

 

「そうだよ。ライダーのマスター」

「ライダー……」

「以前一緒にアマゾンを倒した、あの赤い龍の人」

「……ああ」

 

 思い出しているのか否か、ハルトにはわからない。

 次に、ハルトはクトリの手に注目する。彼女の綺麗な白肌には、令呪のような黒い呪いはどこにもない。

 

「千翼君、君のマスターは誰?」

「答えるわけないじゃん」

 

 千翼はクトリの手をほどいた。思春期の彼は、どうにも素直な言葉を口にしてくれない。

 

「ねえ。聖杯戦争のルール分かってる? 俺たち、殺し合いしなくちゃいけないんだよ」

「俺は情報開示したけどね」

「そっちが勝手にやっただけだろ? それに、友奈さんも」

 

 千翼の目が、ハルトの隣の友奈に向けられる。

 

「友奈さんだって、聖杯戦争の参加者じゃないの?」

「うん。セイヴァーのサーヴァントだけど」

「やっぱり……」

 

 千翼は、外したばかりのベルトを再び腰に装着する。

 

「ち、千翼!?」

 

 クトリが両腕を掴んで止めようとするが、千翼はそれを振り払う。

 

「離れてて姉ちゃん。こいつらは、俺の敵だ!」

 

 注射器をベルトに装填。そのスイッチを押し、彼の体内に薬品が流し込まれていく。それに伴い、千翼の目も赤く染まる。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 友奈が止めようとするが、千翼は敵と認識した者の言葉に耳を貸さない。こちらに走り出し、その身を紅蓮に包む。

 仕方ない。と、ハルトはルビーの指輪にカバーをかけた。

 

「アマゾン!」

「変身!」

 

 友奈の前に立つ、ルビーのウィザード。ソードガンと、アマゾンネオの刃がぶつかる寸前。

 

「止めなさい!」

 

 止まった。ソードガンと刃が、クトリの首寸前で静止していた。

 

「姉ちゃん……!」

 

 アマゾンネオが呪ったような声で言った。二人の火中に飛び込むクトリの大胆さに驚きながら、ウィザードはソードガンを下ろす。

 

「ほ、ほっ……」

 

 緊張感に当てられた友奈が、腰を落とした。

 

「二人とも……驚かさないでよ……」

 

 一方、クトリはアマゾンネオに抱きつく。

 

「ね、姉ちゃん!」

「大丈夫。怖くない。心配ないから」

「そういうことじゃない! アイツは……!」

「ハルト君は、たまに病院にマジックを見せに来てくれる人。それだけ。ね? マスターとか、そういうのじゃないよ」

「……」

 

 クトリの言葉に、アマゾンネオは黒一色に変わっていく。やがて千翼へ戻り、そのまま背を向ける。

 

「千翼?」

「……喫茶店に戻る。木綿季さん、置いていったから……」

「うん!」

 

 クトリが頷き、彼の手を握った。照れ臭そうな千翼だが、彼女の手を振り払う様子はもう見られなかった。

 それを見送りながら、ハルトはスマートフォンを動かす。

 

「ハルトさん?」

 

 友奈が心配そうにこちらを見ている。ハルトは、

 

「ああ。ちょっと気になることがあってさ。友奈ちゃんは?」

「うーん……私もちょっと心配かな? 着いていっていい?」

「いいけど。ラビットハウスっていう、俺と可奈美ちゃんが働いている喫茶店だよ」

「りょーかい! この前教えてもらってるから大丈夫だよ」

「知ってたんだ」

「ハルトさんは?」

「ちょっと、確認だけしてから戻る。先に行ってて」

「? うん」

 

 頷いた友奈は、千翼とクトリを追いかける。

 彼女たちを見送って、ハルトは可奈美に電話をかけた。

 可奈美が出るのは、思ったよりも早かった。

 

『もしもし。ハルトさん?』

「可奈美ちゃん。ごめん。まだ話してた?」

『ううん。さっきチノちゃんも帰ってきて、今ココアちゃんを入れて三人で話してるよ』

「そっか。……ねえ、確か可奈美ちゃんがアマゾンって怪物の名前最初に知ったのって、昨日だよね?」

『そうだよ』

「それってバーサーカーが言ったんだよね」

『うん』

「それで、フラダリさんがアマゾンって怪物名を発表したのが今朝……」

 

 そこまで言ったところで、可奈美もハルトの意図を理解できたのだろう。息をのむ音が聞こえた。

 ハルトは続ける。

 

「どうしてフラダリさんとバーサーカー、同じ名前で言えたんだ?」

 

 アマゾンの町中の出現に騒然としている街。その音が、遠くに聞こえた。

 

 

 

「……」

 

 可奈美はスマホを切る。

 ハルトとの通話後、可奈美はじっと自身のスマホ画面を見下ろしていた。刀剣博物館で気に入った展示物の待ち受けが、静かに可奈美を見返している。

 

「可奈美さん!」

 

 可奈美の意識を戻したのは、背後のチノが裾を掴んだ時だった。

 

「チノちゃん?」

「助けてください……木綿季さんの言ってることがさっぱり分かりません!」

「え?」

「私、そんなに変なこと言ったかな?」

 

 机では、ココアが頭から煙を出しながら突っ伏している。どうやら彼女はオーバーヒートしてしまったようだった。

 

「あれ? どうしたの?」

「どうしたんだろ? 私がちょっと話したら、お姉ちゃんがのぼせちゃって」

「お姉ちゃんに……任せなさい……」

 

 ココアが消え入りそうな声で言葉を紡いでいる。

 

「ちょっと鹿島新當流(かしましんとうりゅう)の話をしただけだよ」

「ああ。姫和(ひより)ちゃんの……でも、それでそんなにパンクする? ココアちゃん?」

 

 何の気のなしに、可奈美はココアへ尋ねた。するとココアは首だけを動かし、魂の抜けた顔で見上げた。

 

「可奈美ちゃんは分かるかもしれないけど、普通の女の子は剣のことなんてさっぱりわからないんだよ……」

「「うそっ!」」

「普通分からないよ!?」

 

 オーバーヒートしたはずなのに、一気に復活した。ココアは白目を剥きながら、

 

「ねえ可奈美ちゃん! 普通の女の子は剣のナントカ流ってわからないよ! ……いやリゼちゃんなら分かるかもだけど……」

「そうなの?」

 

 と木綿季。

 可奈美は首を傾げながら、

 

「私は友達から、結構色んな剣術を聞くよ? そうして覚えたのもたくさんあるし」

「僕も、ネットで色々調べたから、それなりに覚えたんだけど」

 

 可奈美と木綿季は頷きあい、ココアとチノを見る。

 

「「変わっていらっしゃる」」

「「こっちが(ですか)!?」」

 

 

 

 ラビットハウスの裏庭で、可奈美は鞘に収めた千鳥を持っていた。

 相手は、竹刀を手にした木綿季。あまり自由の利かない体のため、ココアが彼女を支えている。

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

 中庭の端で、チノが心配そうに尋ねた。だが木綿季は元気に答える。

 

「平気平気! 動けるようになった僕を、可奈美にも見てもらいたいし!」

 

 木綿季がまっすぐに可奈美へ剣を向ける。

 可奈美は頷いて、千鳥を構えた。無論御刀を一般人に向けるわけにもいかない。鞘からださず、このまま迎え撃つつもりだった。

 

「じゃあ、やろう! 立ち合い!」

「チャンバラだね!」

 

 勘違いしながらココアが目を光らせている。

 

「私も参加していい?」

「ごめん、ココアさん。僕がやりたいんだ」

 

 木綿季の顔が、あたかも肉食獣のようにゆがむ。

 

「見せてあげるよ。可奈美。僕がずっと考えていた、僕だけの技!」

 

 そして。

 木綿季が、可奈美へ竹刀を振り上げた。

 

「うおっ!」

 

 それを避けた可奈美は、再び上がろうとする彼女の剣を止める。

 

「いい踏み込みだね。もしかして、私がいないとき結構練習してたの?」

「してたよ。だって、速く可奈美とぶつかりたいから!」

 

 木綿季は竹刀を引っ込め、可奈美の拘束から逃れる。一回転とともにきた横薙ぎを、可奈美は受け流した。

 

「どうしたの? それだけじゃ、一太刀も私に浴びせられないよ!」

「むむっ……」

 

 木綿季は頬を膨らませる。彼女は斬を突へ切り替える。

 

「じゃあ、これを!」

 

 大したスピードではない。

 可奈美は、二連続の木綿季の突き技を受け流す。

 

「そういうのは、こうやるんだよ!」

 

 可奈美は木綿季の竹刀を切り払い、彼女と同じく二連撃の突き技を返す。

 

「うわっ!」

 

 それは、素人の木綿季にはあまりにも強い攻撃。弾かれ、木綿季はしりもちをつく。

 

「おおっ! 大丈夫?」

 

 ココアが木綿季を助け起こす。頷いた木綿季は、再び可奈美へ竹刀を向けた。

 

「可奈美、突き技をしない流派なんじゃないの?」

「木綿季ちゃんの技、やってみたくなったから。今日だけは解禁」

 

 すると、チノがはわはわと口を震わせた。

 

「か、可奈美さん……お客様にケガをさせるのは……」

「大丈夫。それぐらいの手加減はできるよ」

 

 可奈美は、試しに切っ先を揺らす。

 

「木綿季ちゃん。次、いつでもいいよ?」

「……」

 

 その言葉に、木綿季は深く息を吐いた。

 その時、来る。と、彼女は直感した。

 

「やあっ!」

 

 再び、彼女の突き。それに対し、千鳥で跳ね返す。

 だが。

 

「まだまだあああああ!」

 

 何度も。何度も。彼女はただひたすらに突きのみを、可奈美に浴びせていく。

 やがて、可奈美は彼女の竹刀を弾き、チノの近くに飛ばさせる。

 

「あ……」

「大丈夫?」

 

 自らの手を見下ろす木綿季へ、可奈美が覗き込む。自分よりも身長が低い少女は、竹刀を失った手から、可奈美の目に視線を移す。

 

「……かい」

「うん?」

 

 よく聞き取れず、可奈美は耳を傾ける。すると、木綿季は大きな声で言った。

 

「もう一回!」

 

 彼女はチノの傍らの竹刀を拾い上げる。

 

「もう一回! お願いします!」

「う、うん……どうしたの?」

 

 木綿季の顔は、敗北に悔しがる顔ではなく、熱意を持った顔だった。

 

「今の、何かが見えた気がする!」

「何か?」

「ずっと考えていた、私だけの技! それが、もうすぐで見えそうなんだ!」

「技?」

 

 その言葉に、木綿季は力強く頷いた。

 

「そう! ずっと考えていた、連続技! 回数は……十一回くらい!」

「十一回の連撃?」

「そう! その名も……」

 

 木綿季は、竹刀を掲げた。

 

「マザーズロザリオ!」

 

 

 

 その後、ハルトたちが帰ってきても、日が暮れても。

 木綿季が十一連撃を完成させることはできなかった。

 




まどか「……なんか、視線を感じる……」
ほむら「じー……」ほむら専用電柱
まどか「……見なかったことにしよう……」
ほむら「じー……」
まどか「ほむらちゃん、もしかしてストーカー?」
ほむら「じー……」
キャスター「マスター」
ほむら「何かしらキャスター今貴女に用はないわ帰りなさい」
キャスター「いえ。差し出がましいようですが」
ほむら「何かしら?」
キャスター「今のマスターは、ただの不審者です」
ほむら「何がかしら? 私はこうして、何時如何なる時もインキュベーターのまどかへの契約を見張っているのよ」
キャスター「電柱の裏でのそれはストーカーです。……アニメ、どうぞ」
ほむら「分かりにくい導入ね」



___だからもっと笑った顔見せあって 結果つられちゃって大正解です___



キャスター「サーバント×サービス。市役所で働く公務員たちの物語です」
ほむら「事務的な説明ね」
キャスター「放送期間は2013年7月から9月。主人公は、山神ルーシー喜美子明江愛理史織倫弥由保千帆子綾乃冨美佳千歳早苗美紀子壱花由紀乃麗奈恵利亜衣多美子千景エミリア樹利亜志津江絵里那千紗夢佳夏希蘭々理恵子刹里智香子あずみ満里奈秀子千秋美咲……」
ほむら「いきなり真顔でじゅげむを言わないで!」
キャスター「が、自分の名前を受理した市役所職員に文句をいうことを目指したドタバタです」
ほむら「貴女が公務員みたいに淡々と説明するのね……はっ! まどかは!? ……いない……」
キャスター「警察(公務員)のお世話にならなくてよかったです」


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残念ですがさようなら

だんだんウイルスの影響が大きくなってくるなあ……


 もうすぐで十二月。

 クリスマスという稼ぎ時を目前に、ラビットハウスは日々の営業に追われていた。

 

「はい! Bランチお待たせしました!」

 

 今日もニコニコ笑顔で接客。ココアは、元気にお客さんの前にランチを並べた。

 

「ハルトさん! お客さんのオーダー取って!」

「ハイ只今!」

 

 ココアの掛け声に、唯一の男性店員であるハルトは急いで別席へオーダーをもらいにいく。ココアが一足先に厨房に戻ると、チノと可奈美がいそいそと注文の品を作っていた。

 

「ココアさん、これお願いします」

 

 チノから、コーヒーとサンドイッチのセットを受け取る。ココアはウインクして、

 

「了解! 4番テーブルだね!」

「私への合図はいいから早く持って行ってください」

「はーい!」

「ごめん、チノちゃん! まだグレープジュースの残りってあったっけ?」

 

 ココアとの入れ違いに、今度はハルトが厨房に駆け込んだ。チノの彼への返答を待つことなく、ココアは盆にのせたサンドイッチたちをテーブルへ運び込む。

 

「お待たせしました!」

 

 続いて、別のお客様よりオーダー。同時に、カップル一組が、会計のためにレジ前に立っているのを視界が捉える。

 

「可奈美ちゃん! 会計入れる?」

「え? ちょ、ちょっと待って!」

 

 オーダーを受けながら、ココアの視界の端で可奈美が大急ぎでレジ前に立った。

 

「あ、ココアちゃん、お疲れ」

 

 オーダーを届けに厨房に来た時、ハルトがぐったりとした表情で戻ってきた。

 

「今日はなんでこんなに……あ、只今!」

 

 愚痴をこぼすことなど許さぬとばかりに、お客さんがハルトを呼んだ。注文を受け、いそいそとチノではなくココアへ伝える。

 

「ココアちゃん! ココアブレンド二つ! これって、チノちゃんでも作れるんだっけ?」

「お姉ちゃんに任せなさい! 私が作るよ」

 

 ココアが袖をまくる。手馴れた手つきで、二の腕を見せつける。

 だが、そんなココアに、チノの冷たい声が降ってきた。

 

「今はココアさん、接客をお願いします。私がやりますから」

 

 チノが尖った声でココアとハルトを厨房から押し出し「え俺も?」、そそくさとドリップを始める。

 それから二十分、ココアはハルトとともにラビットハウス内を走り回ることになった。

 

「今日は忙しいね」

 

 一通りの注文の品が行き渡ったころ、ココアは厨房入口で水分補給をしているハルトに行った。

 

「そうだね。なんで今日、こんなに? 観光客でも多かったのかな?」

「突然の雨だもん。みんな、どこかに雨宿りしようとしたんだよ」

 

 ココアは窓の外を眺めながら言った。冬の寒い時期に、さらに冷たい雨。見ているだけで、体に寒気が走る。

 

「それにクリスマスも近いから、当日の下調べでもしているのかな?」

「まだ一か月も先だよ? 早すぎない?」

「そんなことないよ! きっと、当日はみんな馴染みのところで過ごしたいんだよ!」

「へえ……そういうものか……」

 

 ハルトは頷いた。ココアは顎に手を当て、

 

「もしかしてハルトさん、あんまりクリスマスとかに興味ない人?」

「興味ないというか、あんまり特別な日って感じはしないかな。旅に出てから日にちの感覚もあんまりなかったし。季節さえ分かってればって感じだったから」

「ふええ……」

 

 ココアは顔をぽかんと開けた。

 

「そういえば、ハルトさんがどんなところを旅してきたのか、あんまり聞いたことなかったかも」

「語ることでもないからね。まあ、この繁忙期ではないときに言うよ」

「ありがとう!」

 

 ココアはにっこりとほほ笑んだ。

 しばらくは新しい人も、追加の注文もなさそうだ。ココアは、カウンター奥の厨房へ顔を覗く。

 

「これ美味しいです!」

「本当? ありがとうございます!」

 

 奥では、可奈美がカウンター席の客と話している。可奈美が作ったパフェが、どうやら好評のようだった。

 

「新人さんよね? ここまでのもの、もしかしたらココアちゃんよりも上手かもしれないわ」

「ありがとうございます!」

「ゔ……」

「はい就業時間中にすさまじくぶっ倒れたりしないでね」

 

 気絶しようとしたココアの口が、ハルトに塞がれる。

 その時。

 

『親愛なる見滝原市並びに全世界へ』

 

 突如、天井付近のテレビの画面が真っ赤に書き換わった。静かだったクラシック番組は、赤い髪をもつ男性に取って代わられた。

 

「?」

「あれって……」

 

 談笑していたお客さんたちが一斉に見上げる。

 

「何あれ?」

「変な髪形」

「何か、ライオンみたいだな」

「あれでクソコラ作ってみようかな?」

「あの人、今話題の病院の院長じゃない?」

 

 それぞれが多種多様な反応を見せる中、ココアの隣でハルトが呟いた。

 

「フラダリさん?」

 

 それで、ココアは思い出した。

 フラダリ・カロス。人喰いの怪物で話題の見滝原中央病院の院長だ。何度かニュースで見かけて、インパクトのある外見だなと思った。

 

「たしかあの怪物って、この前病院とは別のところに出たから、病院は関係ないって話になったんですよね」

「……」

 

 だが、ハルトはココアの言葉に反応しなかった。口をきっと結び、テレビを凝視している。

 

『我が名はフラダリ・カロス。この世界を美しく作り変える者である』

 

 ココアには、彼が言っている言葉が全く理解できなかった。

 

『人喰いの生物。名はアマゾン。異世界より来たりし神の遣い。私は、秩序の執行者として、このアマゾンと手を組んだ』

 

 アマゾンと手を組んだ。その言葉に、客たちの間にどよめきが生まれた。

 

『すでにこの世界の秩序は乱れている。人々は愚かに過ぎず、一つしかないものは分け合えない。分け合えないと奪い合う。奪いあえばと足りなくなる』

「違うよ……」

 

 ココアは無意識に呟いた。

 

「この世界、そんなにひどくないよ……?」

『争わず、奪い合わず、美しく生きていくには、命の数を減らすしかない』

 

アマゾン(選ばれた者)だけが、明日を手に入れる!』

 

 選民思想。今、ココアの中にその単語が思い浮かんだ。

 

『私は、アマゾンの力とともに、その制裁を実行する。秩序の乱れたこの世界をリセットし、美しい世界を作り上げるのだ』

 

 フラダリは最後に、この言葉とともに消えた。

 

『アマゾン以外の皆さん。残念ですがさようなら』

 

「うわああああああ__________」

 

 その時。突如として店内から悲鳴が上がった。

 全身から蒸気を吹き出す人物。駆け寄る人を突き飛ばし、肉体から耳を塞ぎたくなるような音が聞こえる。

 そして。

 

「アマゾン……」

 

 客は、アマゾンの姿となり、すぐ近くの客へ襲い掛かった。

 だがそんなアマゾンを、ハルトが抱き留める。

 

「可奈美ちゃん! 千鳥取ってきて!」

「分かってる!」

 

 彼の声に、可奈美は脱兎のごとく上の階へ走り去る。

 同時に彼は、アマゾンを蹴り飛ばした。店のガラスを割りながら、アマゾンは店の外へと飛び出る。

 

「ココアちゃん!」

「な、何!?」

 

 状況が分からないココアは、ただ、返事しかできない。

 

「お客さんをここから出さないで! いいね!?」

「は、はい!」

 

 こちらの返事を聞いてか聞かずか、ハルトはアマゾンを追いかけて店の外へ飛び出した。

 同時に、細長い赤い棒を持った可奈美もそのあとを追う。

 

「どうなっているの……?」

『臨時ニュースです』

 

 二人が出て行ったあと、テレビ番組がニュースへ切り替わる。

 

「只今、アマゾンへ変異してしまう原因が判明しました。見滝原中央病院周辺に設置されている、ウォーターサーバーに、溶原性細胞が混入していました」

 

 見滝原中央病院。

 チノがこの前まで入院していた病院の名前だった。

 

「飲んだ覚えのある方は、焦らず、他の病院へ診断を受けてください。繰り返します。飲んだ覚えのある方は……」

 

 突如として、ガシャンと、コップが割れる音がした。

 そんなミスなど想像できない、チノがその発生源だった。接客中だというのに、盆を地面へ滑り落とし、それを拾おうともせずにテレビを見上げている。

 

「見滝原中央病院……私、つい最近まで入院していました」

 

 真っ青な顔で震えるチノ。彼女はそのまま、両手で頭を抑える。

 

「病院の水で、怪物になる……怪物になる……」

「チノちゃん? チノちゃん!」

「ココアさん……私、この前まで中央病院にいました……もしかして……」

「大丈夫だよ! きっと……」

「私、一週間も入院していました。水だって、向こうで沢山飲みました……」

 

 店員が変異していく。その可能性に怯えた客たちは、一目散に逃げて行った。だが、誰一人としてその食い逃げを追うことができない。

 ココアが、チノの肩に手を置いた。

 

「落ち着いて、チノちゃん。まだ、そうと決まったわけじゃ……」

「止めてください!」

 

 チノは、ココアの手を拒絶した。チノは叩いた自身の手を見下ろし、それを掴む。

 

「嫌です……! 私……私……!」

「チノちゃん!」

 

 ココアが怯えるチノを抱きとめる。だが、チノは止まらない。

 

「私、人喰いの怪物になんてなりたくないです! ココアさんを……ココアさんを……!」

「大丈夫! 大丈夫だから!」

「嫌です! そんな……」

 

 チノはギュッとココアの腕を握っている。

 

「チノちゃん!」

 

 ココアの大声に、チノははっとする。彼女の顔をじっと見つめるココアに、チノの呼吸が落ち着いた。

 

「私がいる。私がいるよ」

「ココアさん……」

「チノちゃんが嫌いになっても、怪物になっても。私がずっとずっと、傍にいるよ」

 

 いつしか、二人きりになったラビットハウスで、チノの呼吸の音だけが響いていた。

 




まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「何かしら?」学校廊下
まどか「その……いつも終わったらいなくなるから、たまにはゆっくりお話ししたいなって……」
ほむら「悪いわねまどか。忙しいの。失礼するわ」
まどか「そんな……そ、そうだ! たまにはこのコーナー、一緒に担当しよう!」
ほむら「悪いけど、私は貴女に構っていられないの。担当するなら一人でやりなさい」←前回まどかをストーカーした人
まどか「そ、そんな……あ、それじゃ、今日のアニメ、どうぞ!」



___もう一回こっち向いて 言いたいことがもっとあるから もう一回こっち向いて 本気が揺れる愛のFuture___


まどか「変態王子と笑わない猫! あ、ほむらちゃん!」
ほむら「2013年の4月から6月のアニメね」スタスタスタスタ
まどか「あ! ほむらちゃん! 待って!」
ほむら「まどかが私を追いかけている……うれしい!」(邪魔をしないでまどか。今私は急いでいるの)
まどか「本音と建て前が逆転しているよ! あ、アニメは、こんな風に本音と建て前が自由にできなくなった横寺(よこでら)陽人(ようと)君と、筒隠(つつかくし)月子(つきこ)ちゃんと、あと小豆(あずき)(あずさ)ちゃんのお話だよ! あ、待ってほむらちゃん!」
ほむら「だから私は……待ってまどか」
まどか「うわっ! いきなり止まってどうした……の……?」
男子生徒「うおおおおおおおお________!」変貌
まどか「あれって……」
ほむら「アマゾン……! キャスター!」
キャスター「はいマスター」
ほむら「殲滅しなさい!」


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さっきまで人間だったもの

コウスケ「ったく、雨止まねえな……」
響「今日天気予報雨だったっけ?」
コウスケ「晴れだったと思うんだけどな」スマホの天気チェック
響「残念……今日も美味しいもの食べたかったよ……へっくし!」
コウスケ「風か? 体には気をつけろよ」
響「分かってるよ。そもそもサーヴァントだから、体壊したりはしないけど」
コウスケ「そいつは羨ましいな。俺もぜひそうなりたいぜ」
響「あはは……でも、いざフィールドワークに行こうとしたら雨なんて、私たち呪われてるかも」
コウスケ「全くだ。しばらくここで雨宿りしようぜ」
響「そうだね……あれ? ねえ、コウスケさん。ここってレストランじゃない?」
コウスケ「お? マジだ。折角だし、ここで食っていこうか」
響「やった! こんにちわ!」
店主「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
コウスケ「おお! いい店だな」
響「そうだね。オシャレだけど、私たちだけだね」
店主「お待たせいたしました」水
コウスケ「おう!」ゴクッ
響「あれ? メニューないんですか?」ゴクッ
コウスケ「うっ……体が……」
響「あれ? なんか、体が痺れてきた……」
店主「折角食材に来店していただいたのです」蒸気プシュー
響「え?」
店主「調理させていただきます」カニアマゾン
コウスケ、響「!?」
カニアマゾン「はあ!」
コウスケ「危ねっ! 変身!」L I O N ライオン
響『Balwisyall nescell gungnir tron』
カニアマゾン「? お前たちは……?」
響「止めて! ねえ、貴方の目的は何? こんなことしなくても、貴方の目的に協力できるよ?」
カニアマゾン「なら、大人しく私に食われてくれ」ハサミブン!
響「うわっ!」
ビースト「響! 新聞見たろ? アマゾンになった奴は、もう救えない! 被害を抑えるためにも、倒すしかねえ!」
響「でも、この人も人間だったんでしょ? うわっ!」キッチンへ投げられる
ビースト「響!」
カニアマゾン「人の心配をしている場合か?」
響「いたた……ん? これって……」ぶつかって壊れた冷蔵庫
 その中の、冷凍された人体
響「……」
ビースト「このっ」2バッファセイバーストライク
カニアマゾン「ふんぬっ!」斬り裂く
ビースト「響!」
響「やるしか……ないの……? イグナイトモジュール、抜剣!」


『ランド シューティングストライク』

「太阿之剣!」

 

 黄の弾丸と赤の剣が、カマキリのアマゾンに風穴を開けた。力の抜けたアマゾンは、そのまま地に伏し、雨に溶けるように薄まっていった。

 

「はあ、はあ……」

 

 ウィザードからハルトの姿に戻り、肩で呼吸する。動かなくなったカマキリアマゾンの服に触れる。

 

「この人……多分、これまでも何度かラビットハウスに来たことあるよね……」

「うん。私も、見覚えある……」

 

 可奈美も頷く。

 

「私のサンドイッチ、美味しいって言ってくれた人だよ……」

「……」

 

 ハルトは何も言わず、指輪を使う。

 

『コネクト プリーズ』

 

 出現した、大きな魔法陣。そこから引っ張り出したのは、マシンウィンガー。可奈美にヘルメットを渡しながら、それに跨る。

 

「行こう。可奈美ちゃん」

「うん……」

 

 可奈美はヘルメットをかぶりながら、ラビットハウスを見返している。ハルトが壊した窓からだと、あれだけいた客の姿が見えない。ココアとチノも避難していることを祈るしかない。

 

「可奈美ちゃん?」

「大丈夫」

 

 可奈美も、ハルトの背後に付く。彼女の手が自分の腰に回ったと同時に、ハルトはアクセルを入れた。

 そして、木組みの町を走り、見滝原西駅に近づいたとき。

 

「うがあああああああああああああああ!」

 

 人の悲鳴。

 道行く人が、傘を取りこぼし、胸を抑えている。

 何より、その体には、黒い血管が浮き出ていた。

 

「ああああああ_________」

 

 やがてそれは、人間から、人喰いの怪物(アマゾン)へ。

 

「また……!」

「ハルトさん! 先行って!」

 

 ハルトの返答も待たず、可奈美はマシンウィンガーから飛び降り、千鳥を抜いた。

 

「可奈美ちゃん!」

「フラダリさんの暴走が原因なら、誰かが止めないといけない! 私はアマゾンを止めながら行くから!」

 

 そういいながら、可奈美は千鳥を抜刀。クモのアマゾンの心臓部を突き刺した。

 ぐったりと力の抜けたアマゾンと、目を強くつぶる可奈美を横目に、ハルトは見滝原中央病院への道を急ぐ。

 

「っ!」

 

 突如として、ハルトはグリップを強く引いた。マシンウィンガーは大きくカーブし、そのまま止まる。

 その原因は、明白だった。モズのようなアマゾンが、上空から狙ってきたのだ。

 

「また……!」

 

 ハルトの考えを現実だと示すように、モズアマゾンの周囲の電柱には人が串刺しにされている。モズの習性である早贄(はえにえ)に、ハルトは歯を食いしばる。

 再びハルトをその仲間にしようと、急降下してくるモズアマゾン。ハルトはソードガンで発砲、右肩を狙撃した。

 

「______」

 

 飛行能力を失ったモズアマゾンは、そのままハルトの進路上に墜落。その隙にハルトは、次の指輪を使った。

 

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 アクセルとともに、フレイムスタイルとなったウィザードは、立ち上がったばかりのモズアマゾンにマシンウィンガーで激突。変身により強化された突破力により、モズアマゾンは二つに引き裂かれていった。

 

「……」

 

 モズアマゾンを倒したウィザードは、地面の死体と電柱の人々をそれぞれ見る。

 冥福を祈りたいが、今は時間が惜しい。松菜ハルトとしての表情を宝石の奥に隠し、ウィザードは病院への道を急ぐ。

 それからも、アマゾンは見滝原のあちらこちらで出現し、人々の悲鳴が聞こえていた。

 だが、アマゾンに抵抗するように、黒い光線が見えた。

 学校の近くでは、不似合いな銃声が聞こえた。

 野獣の咆哮が轟いた。

 誰かを繋ぐ(うた)が流れた。

 

 そして、ウィザードを襲う、横からのコウモリのアマゾンの襲撃。

 

「くっ!」

 

 ウィザードはぎりぎりのところで姿勢を低くしてそれを躱し、蹴りによりバランスを崩させる。

 

「_____________」

 

 コウモリのアマゾンは、それにより地面に投げ出された。マシンウィンガーから降りたくないウィザードは、ウィザーソードガンの手を開く。

 

『キャモナシューティング シェイクハンド キャモナシューティング シェイクハンド』

「悪いけど、構っている時間はないんだ……」

 

 ルビーを読み込ませようとしたとき。

 アマゾンの足場のコンクリートが波打つ。

 

「……え?」

 

 ウィザードが一瞬動きを止めた、そのタイミングで、コンクリートが水面となる。

 ザバーンと、まさに水がはじける音とともに、白い影が、コウモリアマゾンの右手を刈り取った。

 

「__________」

 

 悲鳴を上げるコウモリアマゾンだが、白い影は振り向きざまに身を捻る。それにより、今度はコウモリアマゾンの首が飛んだ。

 

「……」

 

 その一部始終を見て、ウィザードは言葉を失った。

 雨の中、コウモリアマゾンの死骸のそばにたたずむ、白い影。

 白いスク水少女。首にかけたヘッドホンという、なんとも奇抜な外見の彼女は、その手にしたハルバードでアマゾンをつついた。

 しばらくそれを続けた後、彼女はウィザードへ視線をずらす。

 

「……」

 

 何も言わない。だが、無表情な瞳ではあるが、こちらへ歩んでくる。そこから、ウィザードは彼女をこう断言した。

 

「サーヴァント……」

 

 それが正しいと証明するように、スク水少女はハルバードを構える。

 ここで戦闘をする時間はない。そう判断したウィザードは、呪文詠唱を続けるウィザーソードガンにルビーを読ませる。

 

「ごめん! 急いでいるんだ!」

『フレイム シューティングストライク』

 

 炎の銃弾を、スク水少女の足元へ発射する。気温、水という条件も合わさって、魔法の炎は水蒸気となり、新しいサーヴァントの周囲を白く包んでいく。

 彼女の影が右往左往している素振りのうちに、ウィザードはマシンウィンガーを見滝原中央病院へ走らせる。

 霧が晴れたころには、すでにウィザードは、彼女から遠く離れていた。

 

 

 

「あーあー。折角の獲物だったのに」

 

 影から、スク水サーヴァントにそう声をかけたのは、彼女のマスターだった。

 

「つーか、アレ何だよ?」

 

 傘を差しながら、マスターは口を尖らせた。お姫様みたいな綺麗な表情の彼女だが、期限が悪くなると継母(ママハハ)のように醜くなる。

 

「サーヴァントって言ってたってことは、アイツも聖杯戦争の参加者だろ? だったら、この騒ぎでも戦えっつーのに」

 

 彼女は頭を掻いた。不機嫌そうに電柱を蹴り、

 

「まあいっか。オラ、復讐者(アヴェンジャー)。さっさと狩り続けんぞ」

 

 彼女は今までと打って変わって、眩い笑顔でスク水少女へ言った。

 

「さっさと社会貢献すれば、ウチの株も上がって、あきらっきー!」

 

 傘を放り投げ、マスター、蒼井(あおい)(あきら)は雨空を仰いだ。

 

 

 

 ようやく見滝原中央病院が見えてきた。

 ウィザードは、アクセルをもう一度強くする。

 だが、もうすぐで入口に差し掛かるその時、視界に黒い弾丸が現れた。

 

「え?」

 

 それはまっすぐウィザードの体を目指している。ハンドルを切ったウィザードだったが、間に合わず、右腕が弾丸の餌食になってしまった。

 

「ぐあっ!」

 

 マシンウィンガーから転げ落ち、変身解除。アスファルトにたまった水たまりに顔を打ち付けながら、ハルトは着地(・・)した弾丸を見上げる。

 

「あれって……ウニ?」

 

 黒い針だらけの体、複雑に絡まった大きな歯。まさに人型のウニとしか言えないものだが、あれもアマゾンなのだろうか。

 

「種類豊富すぎだろアマゾン……」

 

 毒づいているうちに、ウニアマゾンは再び体を丸め、高速回転。再びミサイルのように飛んでくる。

 ハルトはソードガンでそれを受け流すが、変身する隙がない。

 一方、ウニアマゾンは着地すればすぐに弾丸となるため、いくらでも攻撃ができる。

 ハルトは打ち落とすことを諦め、まっすぐ立った。それは当然、アマゾンからすれば格好の獲物。

 だが、飛んできたアマゾンに対し、ハルトは、まっすぐにソードガンを突き立てた。

 ハルトの柔らかい人肉よりも先に、銀の刃物がウニアマゾンの___しかもそれは丁度頭部___体に突き刺さる。

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

 まさにウニの歯を抜くように、ハルトは力を込めてその顔を斬り裂いた。

 力なく倒れたウニアマゾンを確認したハルトは、再びマシンウィンガーに乗る。

 もう、病院は目の前だった。

 そして、その門の中は……

 

「嘘だろ……」

 

 それを見た瞬間、ハルトはここが人間の支配する世界であることを忘れた。

 真っ白な病院の壁を埋め尽くす、黒黒黒。

 人の服を不自然な赤で染め上げた怪物たち。色とりどりのカジュアルシャツの人もいれば、病院関係者らしき白衣の者まで、無数のアマゾンたちが、それぞれ人体のパーツ一つ一つを、まるでスナックのように食らいながら徘徊していた。

 

「アマゾンの病院……」

 

 思わず足が震える。だが、それはアマゾンたちにとっては、餌同然。こちらへの視線が、どんどん増えていく。

 やがて、アマゾンたちはハルト(捕食対象)を食らおうと駆け出してきた。

 

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 ハルトの左側より赤い魔法陣が出現。通過により、ハルトの姿は赤のウィザードとなる。

 両側より掴みかかってきたアマゾン二体を蹴り飛ばし、ソードガンでアマゾンたちを寄せ付けない。

 掴みかかってきた蛇の髪を持つアマゾンをビッグで弾き飛ばしたウィザードは、出し惜しみはしていられないと、指輪を取り出す。

 

『コピー プリーズ』

『コピー プリーズ』

 

 二度の複製の魔法により、ウィザードは一人から二人、二人から四人にその人数を増やす。

 間髪入れず、次に使う魔法。それは。

 

 

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 

 

 右足に火の魔力を込める。さらに、バク宙。右足を上に飛び上がり、右足をアマゾンの大群へ向ける。

 だが、これだけでは足りない。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 巨大化の魔法陣により、ウィザードの足が大きくなる。体積威力ともに増加したそれにより、アマゾンの大群にぶつけた。

 雨を打ち消すほどの威力は、病院の中庭全てを火の海に変えた。

 

「……」

 

 病院を火の海に変えた。

 地面に落ちるアマゾンたちだったものに目をくれることなく、ハルトは廃墟となった病院に入っていった。

 

 

 

 だが、病院の中は、この上ないほど無音だった。

 音に変わり、病院内を充満するのは、鉄の臭い。薬品もろもろの臭いを塗りつぶす赤い臭いに、ハルトは不快感があった。

 

「これは……」

 

 薙ぎ倒された植物。引き裂かれた椅子。白を上回る赤。

 そして、人一人いない、この惨状。

 

「まさか……病院が、一番アマゾンになった人が多いのか……」

 

 クトリや千翼はどうなった。

 考えたくない結果を頭に浮かべながら、ハルトは故障したエレベーターをしり目に階段を登る。

 

「誰か! 誰かいないのか!?」

 

 生き残りを求めるハルトの声は、ただむなしく病院内を響くだけだった。

 やがて、二階フロアに着いた時、すぐ近くのドアが開く。

 

「生き残り!」

 

 その姿に、ハルトは歓喜の表情を浮かべた。

 可奈美と同じくらいの年齢の少女。全身傷だらけだが、ドアノブに体を寄りかけながらその姿を見せた。

 

「君! 大丈夫?」

 

 ようやく見つけた生き残りの少女を助け起こしながら、ハルトは尋ねる。

 全身血まみれの少女は、ハルトを見上げて呟く。

 

「に……げ……て……」

 

 その時、ハルトは絶句した。

 見上げた彼女の首筋に、黒い血管が浮き出ていることに。

 彼女から発せられた蒸気により、全身が焼けるような熱さに襲われる。

 悲鳴も上げる間もなく、少女の姿は、黒い、アマゾンへ変わった。

 

「!?」

 

 急いでアマゾンから離れようとするが、変身解除したのがまずかった。少女だったアマゾンはハルトの腰を掴み、指輪のホルスターがその爪にかかる。

 結果、ホルスターがそこにはめられていた指輪が散乱し、階段から一階へ落ちていく。

 

「しまっ……」

 

 アマゾンの前で、拾いに戻るなどという隙の大きいことなどできない。ハルトはアマゾンの腕をドロップキックで相殺し、近くの病室へ逃げ込もうとした。

 だが。

 

「ここも……っ!」

 

 病室には、ぐちゃぐちゃと折り重なった中年の男女を食べる、子供のような大きさのアマゾン。サイの頭部をしたそれが食べているのは、まさか両親では、とハルトの背筋が凍る。

 その子供のアマゾンは、ハルトの入室に気付き、次の獲物に狙いを定めた。

 

「またかよ!」

 

 ハルトは急いで廊下に飛び出し、新手のアマゾンから逃れる。

 

「くそ、まだ生き残りがいるはず……!」

 

 二体のアマゾンへ近くの観葉植物を投げつけ、距離を稼ぐ。走る先に見つけた、もう一つの階段。

 そして、向かいの病室の扉が開く。

 騒ぎに怯えた病人_____だった、アマゾン。

 

「嘘でしょ!」

 

 大人らしい身長のクワガタの姿をしたアマゾン。それはハルトを見定めると、その首を掴みかかってきた。

 

「グッ……!」

 

 対応できなかったハルトは、そのまま廊下に押し付けられる。一度引き込まれ、再び壁に。アマゾンの人智を越えた腕力に、壁は砕かれ、ハルトは二階からロビーへ投げ出された。

 指輪がなければ、ウィザードといえどもただの人間。生身のハルトは背中から落下した。

 

「あっ……」

 

 ウィザードリングとの距離が縮まったのに、痛みでより遠く感じる。

 飛び降りてきた三体のアマゾンに加え、病室や陰などに隠れていたアマゾンたちもその姿を現す。

 

「こんなことって……」

 

 痛みに揺らぎながら、ハルトはそのアマゾンの数に唖然とした。

 本来人でなければならないアマゾンたちは、全身のどこかに赤い染みをしていた。そして今、ハルトをその染みの一員にしようとしている。

 まっ先にハルトへ攻撃をしてきたのは、クワガタのアマゾンだった。

 ハルトは痛む体を起こし、蹴りで反撃。掴みかかってくるクワガタアマゾンの顎を素手でつかみ、投げ飛ばす。

 だが、アマゾンの群れは次々にハルトに雪崩れこんでくる。裏拳で殴り飛ばせば、別の一体がそれを掴み、回転蹴りで受け流せば、別の一体が背後から背中に切り傷を付ける。

 やがて、腕、肩、足、背、首……全ての箇所にアマゾンが食らいついた。

 

「うわああああああああああああ!」

 

 想像を絶する痛みに、ハルトは悲鳴を上げた。だが、それで事態が好転するわけもない。

 そして。

 ハルトの意識が、赤一色に塗り潰された。

 

 その直後。病院の一階を、赤い爆発が包み込んだ。

 




タジャドル真骨頂発売決定!
速攻で予約終了!
六時に予約締切とか、間に合うわけないだろおおおちくしょおおおお!


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悲劇の原因

活動報告で、三章ネタ募集開始しました!
何かあれば、そちらにお願いします!
ちなみに感想欄に書かれると、運営との聖杯戦争で絶版にされちゃうゾ☆


「はあ、はあ……」

 

 ハルトはその場で膝をついた。震える腕で、サファイアの指輪を拾い上げる。

 

「指輪が……重い……」

 

 ホルスターの残骸に嵌めながら、残りはルビーの指輪のみ。

 

「……」

 

 息苦しい。全身から流れる血液で体が重たく感じていた。

 周囲に散らばるアマゾンの死骸。一体一体に触れるのに抵抗を感じながら、その裏側にもフレイムウィザードリングを探した。

 

「……どうしてこんなことに……」

 

 地面に転がる、無数のアマゾン。病院の服やら、私服やら。そのほとんどが灰となっており、もはやどれがどれだったかなどの判別もできない。

それぞれの共通点はただ一つ。見滝原中央病院の水を飲んだことだけ。

 ハルトは、焼き焦がれ、真っ黒になったウォーターサーバーを睨んだ。あんなものが感染源になるなど、誰が考え付くだろうか。

 

「あ、あった……」

 

 最後のウィザードリング。それは、小さなアマゾンの死体の傍らに落ちていた。

 

「……」

 

 顔をしかめて、こちらをじっと見つめるウィザードリングを拾い上げる。

 その時、ハルトはまるで、ウィザードリングにこう言われているようにも感じていた。

 

___お前が、この人たちを救えなかったんだぞ___と。

 

「分かってるよ……」

 

 誰にも聞かれない言葉を口にしながら、ハルトはルビーを左手に嵌めた。残りのウィザードリングを、応急処置で直したホルダーに入れ直し、上の階を見あげる。

 そして、その光景に、ハルトは言葉を失った。

 吹き抜けから見える、病室という病室。そのドアを開けた、黒い影たち。

 もはやここはアマゾンの世界。そういうかのように、アマゾンたちが湧き出てきたのだ。

 

「まだ……」

 

 アマゾンたちは、ハルトがいるロビーに飛び降りてくる。それぞれがよだれを垂らしながら、ハルトを獲物として睨んでいる。

 やがて、生身のハルトへ、サメの姿のアマゾンが飛び掛かってきた。

 ハルトが変身する暇もなく、サメアマゾンの餌食になってしまう。

 

『アマゾン スラッシュ』

 

 だが、その寸前で、頭上から聞こえてくる電子音声。ハルトの前に、青い影が降り立った。

 サーヴァント、バーサーカー。アマゾンネオ。

 赤の目を黄色のバイザーで隠したそれは、腕の刃で、サメアマゾンを両断した。

 

「千翼くん!」

 

 ハルトが思わずその名を呼ぶ。

 

 アマゾンネオはサメアマゾンの死骸を蹴り飛ばし、ハルトに振り返った。

 

「ハルトさん、大丈夫?」

「ああ。助かった。……クトリちゃんは?」

「大丈夫。子供部屋に避難しているから。だから、今はこいつらだよ」

 

 アマゾンネオは、ベルトのスイッチを押す。『ブレード ローディング』の音声とともに、アマゾンネオの腕から細長い剣が生えてきた。

 

「あああああああ!」

 

 アマゾンネオは、獰猛な叫び声とともに、続いて襲ってきたカミツキガメのような体のアマゾンの首を切り落とした。その際、刃もまた折れてしまい、地面にはカミツキガメアマゾンの首と刃がならぶこととなった。

続くアマゾンたちに対し、再びベルトのスイッチを押す。

 

『クロー ローディング』

 

 生えてきたのは、剣ではなくフック。大きく振り、付属するワイヤーがアマゾンたちを縛り上げた。

 だが、逃れたトラのアマゾンが、アマゾンオメガへ体当たり。その勢いで、アマゾンネオの変身が解けてしまった。

 

「千翼くん、大丈夫?」

「う、うん……」

 

 生身になった千翼を、ハルトが助け起こす。

 

「あれ? また大きくなった? なんか、高校生っぽい」

「今はそんなこと言ってる場合じゃ……」

 

 さらに追撃しようと、バッファローのアマゾンが迫ってきた。

 抵抗できないハルトと千翼が、バッファローアマゾンに食い潰される、まさにその直前。

 天空より飛来した、赤い龍により、バッファローアマゾンは弾き飛ばされた。

 赤い龍は、アマゾンたちの頭上に滞空し、威嚇するように吠える。赤い龍。そんな幻想的な存在がここにいるということは。

 

「ハルト!」

「千翼くん!」

 

 その主である、龍騎もまたここにいた。彼はハルトを助け起こし、

 

「大丈夫か? ……やっぱりここにいたか」

「真司さん……なんで?」

「あんなニュースを見れば、誰だって病院に来るよ」

 

 龍騎は、さらに攻撃を仕掛けてきたアマゾンに対し、ドラグセイバーで防御。蹴り飛ばし、アマゾン三体にぶつける。

 

『ストライクベント』

 

 龍騎が、さらに新しいアドベントカードをドラグバイザーに入れる。ドラグレッダーの頭部を模した籠手が、龍騎の右腕に装着される。

 すると、飛翔するドラグレッダーが吠えながら龍騎を囲むように回る。

 

「はああ……」

 

 ドラグクローによる照準に沿って、ドラグレッダーが火炎弾を吐いた。

 それは、龍騎が蹴り飛ばしたアマゾン達を一瞬で消し炭にした。

 

「……」

 

 もはや黒一色になったアマゾンたち。それを龍騎は、じっと見つめていた。

 

「……大丈夫か、ハルト?」

 

 やがて龍騎は、ハルトに手を差し伸べる。ハルトがその手を取ると同時に、龍騎の姿は粉々になり、同じシルエットの真司の姿になった。

 

「ごめん。結構きついわ」

 

 ハルトはボロボロの体を引き上げてもらいながら言った。

 千翼も、友奈の肩を借りて起きあがった。

 

「でも、この数……」

 

 ハルトは吹き抜けから上の階を仰ぐ。いつの間にか、見滝原中央病院はアマゾンのパラダイスになっていた。

 

「これ、みんな……」

「溶原性細胞の感染者ってことだよな……」

 

 真司の言葉に、ハルトは無意識に歯を食いしばった。

 だが、その肩を真司にポンポンと押される。

 

「俺もお前と同じ気持ちだと思う、あんまりうまくは言えないけどさ。こいつらをここから出すわけにはいかないだろ?」

「ああ」

「分かるよ。人との殺し合いって意味だからさ」

 

 真司はカードデッキを突き出す。

 

「でもさ。……俺、やっぱりこんな戦いは早く終わらせたい。だから、たとえこれが人殺しだったとしても、俺は戦う。皆の命を守るために」

 

 どこかの鏡像より飛来したバックルが、真司の腰に巻きつく。それを見て、ハルトも頷いた。

 

「分かったよ……」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ハルトが指輪によって現出させた、銀のベルト、ウィザードライバー。その端の部分を操作することで、その機能を起動させた。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 さらに、その隣では、友奈の手から離れた千翼もまた、赤いベルトを腰に巻いていた。

 

「千翼君、大丈夫?」

 

 友奈の心配そうな声に、彼は「平気」と答えた。

 

「そっか……なら、よし!」

 

 友奈もスマホを取り出し、その傍らに白い妖精、牛鬼を出現させた。

 彼女のスマホのタッチにより、血塗られた病院内を桜の花びらが彩る。

 そして。

 

「変身!」

「変身!」

「……アマゾン!」

 

『フレイム プリーズ ヒーヒー ヒーヒーヒー』

『NEO』

 

 花びらの中、ウィザード、龍騎、アマゾンネオの___別の世界では、仮面ライダーと呼ばれる者たち___が並び立つ。

 

『コネクト プリーズ』

『ソードベント』

『ブレード ローディング』

 

 ウィザーソードガン、ドラグセイバー。そして、ネオの手からの刃。

 それぞれが武器を構え、アマゾンの大群に突撃した。

 

 

 

「ウアアアアアアア!」

 

 アマゾンネオの声が、鼓膜を震わせる。

 友奈がその方向へ振り向くと、アマゾンネオが、ウミヘビのアマゾンをその刃で引き裂いていた。

 

「千翼くん……!」

 

 返り血も構わず、アマゾンネオは執拗に動かなくなったアマゾンに刃を突き立てる。

 

「千翼くん!」

 

 友奈が駆け出し、アマゾンネオを突き飛ばす。そこには、リスアマゾンの拳が遅れてきた。

 

「気を付けてね」

「友奈さん……」

 

 さらに追撃に来た別のアマゾンに対し、ドラグレッダーがその炎で牽制した。

 

『フレイム スラッシュストライク』

 

 さらに、ウィザーソードガンより放たれた炎の斬撃が、アマゾンたちをまとめて焼き払う。

 

「大丈夫? 千翼君」

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 

 アマゾンネオは、まるで過呼吸のように息を吐いている。

 

「どうしたの?」

「分からない……体が……」

 

 動けないアマゾンネオは、戦えない。

 友奈はアマゾンネオの肩に触れた。

 

「大丈夫。千翼君は、休んでいて」

 

 友奈はアマゾンネオの前に立ち、彼を狙うアマゾンを殴り飛ばした。

 そのまま、アマゾンネオを捕食しようとするアマゾンたちへ、友奈は武術で対抗する。

 

「俺は……」

 

 その時。

 背後で、千翼が絞り出すような声を発した。

 

「俺は……俺は……っ!」

「千翼くん?」

 

 その時、友奈は見た。

 アマゾンネオの身体が、陽炎ができるほどに発熱しているのを。

 その熱さに耐え切れずに、拘束具の一部が弾け飛んでいくのを。

 そして。

 

 黄色のバイザーが破裂し、中から赤く、凶悪な瞳と目が合った。

 

「ち……」

 

 それ以上の言葉が続かなかった。

 友奈は、持ち前の反射神経で伏せる。

 その頭上を、無数の蒼い触手が走っていたのだ。

 それはアマゾンたちを串刺しにし、フロアを破壊し、アマゾンをつるし上げた。

 

「あああああああああああ!」

 

 それは千翼の声なのだろうか。

 やがて、これまでのアマゾンとは比にならない白い蒸気により、アマゾンネオの姿は見えなくなってしまった。

 だが、それでも彼の声は、どこまでも友奈を奥深く突き刺す。

 狂ったような悲鳴を上げるアマゾンネオは、さらにウィザードと龍騎にも、そして友奈にも狙って触手を放った。

 

『エクステンド プリーズ』

「友奈ちゃん!」

「うわっ!」

 

 背後から、伸縮自在なウィザードの手が、友奈の襟をつかむ。

 そのまま二人の背後に投げられた友奈は、ドラグバイザーの音声を耳にした。

 

ガードベント』

 

 龍騎が両手に武装した、ドラグレッダーの胸と同じ形の盾。だが、アマゾンネオの触手は、龍騎の盾、ドラグシールドを易々と貫通。龍騎と、上空のドラグレッダーにダメージを与えた。

 

「ぐあっ!」

「_________」

 

 龍騎が倒れるとともに、床に落ちるドラグレッダー。

 

「真司さん! 一体何が……?」

 

 龍騎を助け起こしながら、友奈は煙が晴れていくのを見た。

 その中にいたのは、アマゾンネオでも、ましては千翼でもなかった。

 

「あれは……?」

 

 その姿に、友奈も、ウィザードも、龍騎も言葉を失った。

 

「_____________」

 

 それは何と言えばいいのだろう。

 それを形容する言葉を、友奈は首を振って否定した。

 

「違う……あれは千翼君じゃない……!」

 

 だが、どこにもいないアマゾンネオ。なにより、アマゾンネオと全く同じ青が、友奈の心を否定する。

 悪魔と否定したい、友奈の心を。

 

 全ての拘束具を取り払ったアマゾンネオ。阿修羅のように、六本の腕を持つ、醜悪な怪物であるそれは、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

 

「ねえ……あれって……」

 

 ウィザードに、困惑の声が混じっていた。

 彼もきっと、友奈と同じ気持ちだろう。

 だが、友奈が答える前に、アマゾンネオ___と仮定する___は、吠えた。

 その体表を突き破り、無数の触手が放たれた。

 それは容赦なく友奈、ウィザード、龍騎を絡め、締め上げた。

 

「きゃああああ!」

「うわっ!」

「放せっ!」

 

 三人とももがくが、アマゾンネオの拘束は強く、びくともしない。

 その時。

 アマゾンネオの足元。

 見逃してしまいそうなものを、友奈は見た。

 

 触手が出るときに、飛び散ったアマゾンネオの体液。それが、近くを逃げ回っていたネズミに付着したのだ。

 

「……!」

 

 その一部始終を、友奈は見た。

 

 起 ネズミは、付着した体液に驚く。

 承 やがて体液は、ネズミの全身に染み渡る。

 転 もう嫌になるほど見た、白い蒸気がネズミより発生。

 結 そうして、ネズミは、さきほど友奈が戦ったウミヘビのアマゾンになる。

 

「そんな……!」

 

 生まれたばかりのアマゾンがアマゾンネオに踏み潰された。だが、それを見てしまった瞬間から、友奈はそのことにしか考えられなかった。

 

「友奈ちゃん!」

「友奈ちゃん!」

 

 ウィザードと龍騎の呼びかけにも、友奈は動かない。ただ、口をガタガタと震わせていた。

 

「千翼くんが……」

「友奈ちゃん!」

「どうしたんだよ!?」

「今、足元のネズミが……アマゾンになった……」

 

 それを口にすると同時に、友奈は確信した____確信してしまった。

 

「千翼君が、感染源……溶原性細胞の、感染源……アマゾン化の、原因なんだよ!」

 

 嘘だ、と、誰よりも友奈が訴えていた。

 だが。

 

 その音に、友奈の背筋が凍る。

 この世界に来てから、もう聞くことはないと思っていた、スマホの警報音。

 かつての世界で、バーテックスという敵が襲来してきたときの警報音。

 

「……」

 

 友奈は、傍らの牛鬼を見ながら首を振る。

 それはつまり、勇者システムは、アマゾンネオ___千翼を、バーテックスに匹敵する脅威だと認識したということ。

 放っておいては……生かしてはいけないということだった。




ほむら「……」
キャスター「マスター」
ほむら「キャスター。命令よ。外に出て、アマゾンを倒してきなさい」
キャスター「ご命令ならば」飛翔
ほむら「……」髪ファサー
まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「アマゾンがどれだけいようと関係ないわ。全部、私が殺してあげる」
まどか「そうじゃなくて……その……アマゾンって、元々人だった……んだよね?」
ほむら「救えないものは救えないわ。たとえ誰であっても」
まどか「……ねえ、そういえばほむらちゃん、さやかちゃん見てない?」
ほむら「見てないわね」
まどか「今日はお見舞いの日じゃないと思うんだけど……まさか、今日に限って病院に行ってたりしないよね……」
ほむら「……」


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アマゾン態

刀使ノ巫女OVA発売決定!
PVめっちゃカッコよかった……2期マダー?劇場版でもいいのよ?


 アマゾンネオ___否、それはもうアマゾンネオとはことはできなかった。

 触手を動かすごとにまき散らされていく、生物をアマゾンにする体液。今はウィザードの姿のおかげで助かっているが、生身ならどうなるか分かったものではない。

 

「ドラグレッダー!」

 

 隣の龍騎の声に、倒れていた赤い龍が反応した。アマゾンへ火を吐きながら宙を泳ぎ、触手を焼き切る。

 

「うわっ!」

 

 ウィザードたちは地面に落ちる。

 自らの身体の一部を欠損したというのに、アマゾンは一切動じない。それどころか、ドラグレッダーを敵と定め、触手を一斉に発射した。

 

「ドラグレッダー!」

「_________!」

 

 吠えるドラグレッダーは、火炎で触手に対応しながら、病院の広い吹き抜けを縦横無尽に泳ぎ回る。やがてしびれを切らしたアマゾンは、ジャンプにより直接ドラグレッダーに肉薄した。

 

「________________!」

 

 六本の拳が放たれるが、それをタダで受けるドラグレッダーではない。柔軟な体を動かしてそれを回避、むしろアマゾンの蒼い肉体に炎を浴びせていく。

 だが、六本の腕という数は、ドラグレッダーにとっても不利となる。躱しきれず、弾丸のような拳を浴びるのも一回や二回ではない。

 

「_____________!」

 

 ドラグレッダーは咆哮により、アマゾンの動きを遮る。距離を置き、追撃に来る触手をその尾の刃で斬り裂いていった。

 だが、触手を使い、吹き抜けから各フロアの柱を使い、ドラグレッダーを追跡する。

 

「っ……!」

 

 ドラグレッダーを援護しようと、ウィザーソードガンの銃口を向ける。

 あの青い怪物へ狙撃……

 

(できるわけがない……!)

 

 あの怪物が千翼だと考えると、引き金を引くことができなかった。

 だが、その間に、アマゾンはドラグレッダーの胴体を捕まえる。

 ドラグレッダーは抵抗するために、アマゾンの肩を食らい、壁に投げ飛ばす。

 ドラグレッダーはさらに、容赦なく炎を浴びせるが、アマゾンもそれで負けるはずもなく、ドラグレッダーへ反抗した。

 炎と拳。

 ウィザードたちの頭上で行われるそれは、怪物同士の戦いだった。

 だが、戦いはやがてアマゾンの方に傾いていく。だんだんドラグレッダーの被弾率が上がり、やがては地面にその身を投げ出すこととなった。

 さらに、アマゾンは地上に着地。

 

「!」

 

 さらに、アマゾンは全身より触手を放つ。それは視界全てを斬り裂き、ウィザード、龍騎、友奈にも大ダメージを与えていく。

 

「ぐあっ……!」

 

 変身解除する三人へ、アマゾンがじりじりと距離を詰めてくる。抵抗しようとも、身を引き裂く痛みに動けなかった。

 だが。

 突如として、アマゾンの体が動きを止める。思い出したかのように呻きだし、全身の筋肉が痙攣していく。

 

「____……う……あ……」

 

 やがてアマゾンの身体より、白い煙が吹きあがる。まるで人がアマゾンになるのと同じようなものだが、それは逆に、アマゾンを人のシルエットに戻すものだった。

 やがて、煙の中から現れたのは、ふらつきながら何があったのか理解していない顔の千翼だった。

 

「こ……これって……」

 

 千翼はまるで記憶がないかのように、周囲を見渡している。やがて、傷ついたハルトと友奈を見て、

 

「俺……俺がやったの……?」

「待って……」

「俺が……俺が……!」

 

 千翼は足元に円状に広がるアマゾンの体液を見て、頭を抱える。

 

「あああああああああああああああ!」

「千翼……くん!」

 

 ハルトが止めるよりも早く、悲鳴とともに千翼は階段へ逃げて行った。

 

「待って……千翼くん……」

 

 千翼を追いかけようとするハルトの前に、アマゾンたちが道を塞ぐように湧いてくる。

 

「まだこんなにいるのか……っ!」

 

 変身しようと指輪をするが、その前にアマゾンたちが押し寄せてきた。

 

「ハルト!」

 

 だが、そのアマゾンたちを真司が食い止めた。

 

「真司さん!」

「おりゃっ! 大丈夫だハルト! ここは俺に任せて先に行け!」

「でも……」

「このっ! ほら、友奈ちゃんも!」

「い、いいの?」

 

 友奈もアマゾンたちと格闘する真司へ驚きの眼差しを向けている。

 だが真司は、友奈を立たせ、ハルトの方へ背中を押す。

 

「真司さん!」

「大丈夫だ!」

 

 真司はサムズアップをしながら、その腰にVバックルを付ける。アマゾンたちの攻撃をいなしながら、腕を左上に流す。

 

「変身!」

 

 真司が鏡像とともに龍騎となる。アマゾンたちを階段に通すことなく、元人間たちを食い止めていく。

 ハルトは龍騎の背中に感謝しながら、階段を駆け上り、要塞のような病院内部を進んでいった。

 

 

 

「千翼君!」

「千翼くん!」

 

 千翼の後を、ハルトと友奈が追いかける。二階。三階。だが、大きく引き離された千翼の姿はどこにもない。

 

「どこに行ったの……?」

 

 四階の踊り場で、友奈は廊下と上の階を交互に見ていた。

 

「多分この階じゃないな。孤児院だとしたら、最上階だ!」

「最上階……」

 

 友奈が階段を駆け上がっていく。ハルトも大きく飛び越えながら、階段を登っていく。

 その時。

 

「うわっ!」

 

 踊り場で待機していたのか、ハゲタカの姿をしたアマゾンに首を掴まれる。そのまま階段より六階の廊下へ押し倒された。

 眼球を狙って指で付いてくるハゲタカアマゾンの腕を受け止めるハルトへ、友奈が引き返そうとする。

 

「ハルトさん!」

「行って! 友奈ちゃん!」

 

 拘束を振りほどき、生身で蹴りを入れながらハルトは叫ぶ。

 迷い気味に階段を急ぐ友奈を見送りながら、ハルトはウィザードライバーを起動させた。

 

「変身!」

『ハリケーン プリーズ』

 

 再び接近を図るハゲタカアマゾンの顔面を蹴り飛ばし、すぐに指輪を取り付ける。。

 

『チョーイイネ キックストライク』

 

 スピードに優れる必殺技。緑の弾丸となったウィザード最速の一撃は、ハゲタカアマゾンの上半身を吹き飛ばした。

 

「……」

 

 人間の死に方ではない。残ったハゲタカアマゾンだったものを見下ろしながら、ウィザードはハルトに戻る。

 

「もう……ここには、アマゾンしかいないのか……?」

 

 クトリは無事なのだろうか。

 彼女と千翼がいる上の階へ行こうとすると、物音に足を止めた。

 

「またアマゾン?」

 

 さっきまでの騒ぎに一切気付かなかったのか。近くの病室から、物音が聞こえる。

 その方向に向けていると、やがて物音は話し声であることを知ると安堵した。

 周囲が血まみれになっているのに対し、その部屋はほとんど綺麗な状態だった。ゆっくり扉を開けると、そこにはまだ無事な病人の姿があった。

 

「生き残りがいた……」

 

 喜びを隠しきれず、ハルトは部屋に入る。

 入院していた少年___多分中学生くらい___は、静かに窓の外へ向けていた顔をこちらに向けた。

 ハルトの姿を見て一瞬引き攣った表情をした彼を、ハルトは安心させるように宥める。

 

「あ、大丈夫だよ。俺はアマゾンじゃない。君たちを助けに来たんだ」

「助けに……?」

 

 ハルトの言葉に、少年は半信半疑ながら安堵の息を吐いた。

 

「あれ? この前の大道芸人?」

 

 その声は、ベッドではなく、入口近くより飛んできた。青い髪の少女は、今にもつかみかかろうという姿勢で固まっている。最初ギョッとした表情をしていたが、ハルトの姿にほっとしていた。

 

「君は確か……美樹さやかちゃん……だったっけ?」

 

 以前まどかの友人ということで紹介された顔。さやかは、ハルトが入ったと同時に扉を閉めた。

 

「大道芸人さん……あんた、その体……」

 

 引き攣った顔のさやかは、アマゾンたちとの戦いで傷ついた体を指さす。

 ハルトは笑いながら、

 

「頑張って切り抜けてきた。でもよかった……無事で」

「外、アマゾンでいっぱいでしょ? どうやって?」

「それは脱出したあとで教えてあげる。大丈夫。安全に逃げられるから速く逃げよう」

「う、うん……行こう、恭介。……あれ?」

 

 恭介に首を貸すさやかが首を傾げる。同時にハルトも、妙な音に振り向いた。

 何かが刺さった音。床に、小さな黒く、丸い……タネのようなオブジェが突き刺さっていた。

 

「あんなもの、あったっけ?」

 

 さやかがそんな言葉を言った直後。

 

 空間が、ぐにゃりと歪みだした。

 

「え?」

 

 白と、汚れた黒赤が、徐々に斑色に染まっていく。やがて病室は、完全に人工物ではない別物___むしろ、前回の赤黒の結界に近い___へ変貌した。

 

「なっ?」

 

 やがてバラ園のようになったその場所で、すぐ近くに現れた巨大生物。ピンクの体、蝶の翼。緑の滴る顔には、無数のバラが植え付けられている。

 アマゾンでもファントムでも、ましてやサーヴァントでもない謎のそれは、その巨体でハルト、さやか、恭介を押しつぶそうとした。

 

「う、うわあああああああ!」

「変身!」

『ランド プリーズ』

 

 すさかず土のウィザードに変身、その巨体を両手で受け止めた。その重量に、力自慢のランドスタイルでも旗色が悪くなる。

 

「おりゃあああ!」

 

 ウィザードは、張り手で怪物を突き飛ばす。

 窮屈な病室の広さをみうしなうほどの 広大な結界の中、怪物は蝶のように舞い、蜂のように攻め立てる。

 

『フレイム プリーズ』

 

 フレイムスタイルで攻撃を回避し、その顔面にスラッシュストライクを叩き込む。図体が大きい分ダメージも軽微なようだが、それでも痛みにより大きく後退させることができた。

 

「よし……勝てない相手ではないな。キックストライクでいけるか?」

 

 だが、そこまで魔力が持つだろうか。そんな心配をしていたら。

 

「うわあああああああ!」

 

 突如として響いた、さやかの悲鳴。

 振り向けば、まるで綿のような小さな怪物たちが、二人に襲い掛かっていた。まるでひげのようなものを生やした植物のようなそれらは、全身を震わせながら動いていた。

 

「手下がいたのか!」

 

 ソードガンで発砲するも、そんな豆鉄砲では怪物たちの勢いは止まらない。

 

『コネクト プリーズ』

 

 コネクトの魔法陣をさやかと恭介の前に出現、ソードガンで綿の怪物たちを切り裂いていく。

 

「走って!」

 

 ウィザードの言葉に、さやかが恭介の手を引いて逃げる。だが、群なす怪物たちの方が速い。

 

「くっ……」

 

 ウィザードは二人を優先し、バラの怪物へ背を向けた。だが、それは敵へ油断する以上の悪手である。

 

『________』

 

 バラの怪物の唸り声に気付いた時にはもう遅い。その重量がウィザードの背中に炸裂、その体がさやかたちとは明後日の方向へ吹き飛ぶ。

 

「ぐあっ……」

 

 ダメージは小さい。だが、すでにさやかたちとの間にはバラの怪物が入っており、助けにいくのは難しい。

 さらに悪い状況は重なるもの。逃げているさやかと恭介の前に、あの妖精が現れた。

 

『やあ。初めまして。美樹さやか』

「キュウべえ!」

 

 白い、ウサギのような猫のような妖精。仮面のような無表情が、一瞬だけウィザードを向いた。

 

『久しぶりだね。ウィザード。今回はどうやらバーサーカーと戦っているようだね』

 

 キュウべえは、相変わらずの無表情できゅっぷいと頷いた。

 

『悪いけど、今は君には用はないんだ』

 

 キュウべえの視線は、聖杯戦争参加者のウィザードではなく、ただの一般人であるさやかに向けられた。

 

「な、なに……?」

 

 さやかもまた、驚きの眼差しでキュウべえを見つめていた。一方恭介は、キュウべえを視認することもできず、「どうしたの? 何が見えてるの?」と戸惑っていた。

 だが、キュウべえはこの緊急事態の中、他に興味を向けることなく、さやかにこう告げた。

 

『美樹さやか。僕と契約して、魔法少女になってよ!』

 




ほむら「……?」
キャスター「マスター。いかがなさいましたか?」
ほむら「……何でもないわ」宝石ポケットに戻す
キャスター「?」
ほむら「……この周回に来てから、まだ○○は現れていない……偶然? それとも、今の反応は何……? まさか、たまたま遭遇していないだけ? でも、佐倉杏子の存在はまだ確認できていない……どこまで今までと同じで、どこからが今までと違うというの……?」
キャスター「マスター。まだアマゾンが」
ほむら「……考えても仕方がないわ。行くわよ。キャスター」


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あたしってほんとバカ

自分、さやかは好きですよ? 本当ですよ?


「魔法……少女?」

 

 さやかが、その名前を復唱している。

 突然さやかがキュゥべえに釘付けになったことで、妖精を見れない恭介は首を大きく振ってさやかが何者としゃべっているのかを探ろうとしている。

 

「っ、邪魔だ!」

 

 ウィザードはようやくバラの怪物を突き放し、綿の手下たちの軍勢へ斬り込む。だが、そのあまりの数に、ウィザードの全力をもってしてもキュゥべえを妨害するのには時間がかかる。

 そうしている間にも、キュゥべえの話は続いていく。

 

『そうさ。ちょうど君は、魔法少女が背負うべき使命と直面している』

「何を言っているの?」

『あれさ』

 

 キュゥべえは、ウィザードの背後に迫るバラの怪物を顎で指した。

 その時、ウィザードの背後で重量の気配を感じる。即座にディフェンドを使用。背後に出現した魔法陣ごと、ウィザードの体は弾き飛ばされる。

 起き上がりながら、ウィザードはその名を耳にした。

 

『そう。魔女を倒す。そのための魔法少女さ』

「魔女……?」

 

 その言葉に、ウィザードは一瞬攻撃の手を緩めて、上空のバラの怪物を見あげる。

 魔女という、中世ヨーロッパ等で俗説として広まった存在。イメージに全く似合わないが、あの怪物は魔女と呼ばれる怪物らしい。

 バラの怪物改め、バラの魔女は、ウィザードへ口から酸の液体を放った。

 

「くそっ!」

『エクステンド プリーズ』

 

 魔法陣により、腕が伸縮自在になる。片手の範囲で掴めるだけの綿の怪物を縛り上げ、魔女の液体へ投げ飛ばす。凄まじい酸のそれは、綿の怪物たちを完全に溶解した。

 

「おい、キュゥべえ!」

『何だいウィザード。さっきも言ったけど、今回僕は君には用はないんだ』

「この前はイヤでも接触してきたくせに、今回は真逆に俺のことは無視か」

『僕はこっちが本業だからね』

「だったら今日は副業に専念してもらおうかな!」

 

 キュゥべえに向かって、ウィザードは発砲した。銀の鉛玉は、さやかに触れようとしたキュゥべえの耳を引っ込めた。

 続けての鉛玉は、綿の怪物たちを薙ぎ倒しながら、キュゥべえをさやかから遠ざけていく。

 

『やれやれ。僕の仕事を邪魔しないでほしいんだけどね』

「聖杯戦争の監督役だろ? だったら、今この病院は聖杯戦争の真っただ中ってことになると思うけど」

 

キュゥべえはその言葉に、ため息をついた。

 

『やれやれ。どうして君たち人間は、自ら忌むものへ飛び込んでくるんだい?』

「これ以上他の人を戦いに巻き込むこともないでしょ」

『それは君が決めることではないよ。美樹さやか自身が決断することさ』

 

 そういって、キュゥべえはさやかに近づく。

 

『君を魔女との戦いに投じてもらう代わりに、僕は君の願いを何でも叶えてあげられるよ』

「何でも?」

 

 さやかは、その言葉に耳を傾けている。恭介が見えない相手と会話している彼女に戸惑っているようだが、この異常な結界の中では、どうしようもない。

 バラの魔女の体当たりをソードガンでいなしながら、ウィザードは「やめろ!」と叫ぶが、さやかには届かない。

 

『そう。何でも。お金でも、命でも。あそこのウィザードたちが戦って手に入れられる願いを、君は魔法少女になることで叶えられるんだよ』

「それって……」

 

 さやかが恭介を振り向く。正確には、彼女は恭介の腕を見下ろしていた。

 

「恭介の腕を……もう二度と、ケガしないようにできる?」

『問題ないね』

「よせ!」

 

 今まさに、キュゥべえの耳がさやかの胸に触れようとしている。もう、ソードガンの銃弾も肉壁に阻まれて彼女を助けられない。

 その時。

 

「うわああああああああああああああ!」

 

 耳をつんざく悲鳴。発生源は、さやかのすぐ隣。

 

「恭介……?」

 

 入院していた少年の体から、蒸気が噴出していた。それは、恭介の姿をどんどん包み隠していき、やがて人体の変形するような音だけが聞こえてくる。

 

「そんな……」

 

もう見たくない、溶原性細胞の効果。

無事なはずがなかった。感染していないはずがなかった。

 

「長期間入院していた人が、病院の水を飲まないわけがない……チノちゃんみたいな一週間ならともかく……ずっと入院していたんだから……」

 

 蒸気の中から現れた恭介は、恭介ではない。

 バラの庭園に咲く、一輪の大きなバラの花。目と鼻が全てバラの花となったアマゾン。

 両肩と胸にもバラの花が咲き誇る。その両腕は、鋭い園芸用のハサミとなっており、綿の怪物たちをいとも簡単に切り捨てた。

 

「きょ……恭介……?」

 

 さやかの言葉を、バラアマゾン___すでに恭介としての意識はないようで、もはや唸り声でしか口からでてこない___は悲鳴で掻き消す。そのままさやかの首元へ、そのハサミを振るった。

 

『コピー プリーズ』

 

 間に合った。ウィザードが近くの綿の怪物を押し飛ばすと、さやかのすぐ隣に出現したウィザードのコピーが彼女を同じように押し飛ばす。少しでも遅れていたら、ウィザードの分身の首ではなく、さやかの首が飛んでいた。

 

「仕方ない……!」

 

 ようやく包囲網を突破した。ウィザードは、さやかを付け狙うバラアマゾンへ、ウィザーソードガンで斬りかかる。

 だが、園芸ハサミの攻撃もすさまじく、応戦するバラアマゾンの攻撃には油断できなかった。

 

「さやかちゃん!」

 

 倒れた状態から、少しだけ起き上がろうとして固まっているさやかに、ウィザードは語り掛ける。

 

「しっかりして! 俺のそばから離れないで!」

 

 だが、さやかは返事がなかった。無表情のまま、彼女は恭介だったバラアマゾンを見つめる。

 

「恭介……恭介……恭介! 嘘……嘘だ嘘だ嘘だ!」

 

 ウィザードとバラアマゾンの戦いに、魔女陣営も乱入してくる。無数の綿の怪物たちと、上空からヒットアンドアウェイを狙うバラの魔女。

 

「うわああああああああああああ!」

『フレイム スラッシュストライク』

 

 さやかの悲鳴。ソードガンの詠唱。それらは全て、バラたちに塗り潰されていく。

 周りの怪物たちを一気に焼き払い、ウィザードはさやかを守るように背にした。二種類のバラの怪人たちも、炎には弱いのか、一定の距離を持っている。

 

「大丈夫だから。だから、しっかりして」

「病院の水が原因なんだから……恭介が感染していないわけがなかったんだ……」

 

 だが、さやかはウィザードの言葉を聞き入れていない。近くの綿たちを切り刻むバラアマゾンを見つめながら、ぶつぶつと言葉を繰り返している。

 

「さやかちゃん? ……うおっ!」

 

 綿の怪物たちに押され、ウィザードはさやかから離れてしまう。さらに、バラアマゾンまでもがこちらに攻めてきた。

 それぞれに対応しながらも、ウィザードの耳にはさやかの小声が響いていた。

 

「ようやく腕が治ったと思った……でも、それって、恭介が治ったんじゃなかったんだ……アマゾンになったからだったんだ……」

 

 そして、次の言葉は、まるで無音のように、ウィザードの耳にはっきりと残った。

 

「そんな希望なんて……持っちゃいけなかったんだ」

 

 バキ。

 その音にぞっとして、ウィザードはさやかを振り向いた。

 体制の変わらないさやか。だが、大きな変化が彼女に現れていた。

 彼女の白い頬に、紫のヒビが走っていた。

 

「だめだ……ダメだダメだダメだ!」

 

 ウィザードは急いで彼女のもとへ駆けつけようとする。だが、今度はバラアマゾンに勝負を挑まれる。その攻撃を防御しているときも、さやかに走るヒビはどんどん増していく。

 

「どいてくれ!」

 

 だが、ウィザードの訴えにアマゾンは耳を貸さない。首のみを狙う彼に、ウィザードは防戦一方になる。

 

「そんなことにも気付かないで、バカみたいに来て……」

「さやかちゃん! しっかりして! ……邪魔だっ!」

『ビッグ プリーズ』

 

 バラアマゾンを、ウィザードは巨大な手で白綿の怪物たちへ放る。

 手のひらにバラの怪物のぬめぬめとした感覚を覚えながら、ウィザードはさやかへ急ぐ。

 

「さやかちゃん!」

 

 手を伸ばすウィザードへ振り向いたさやかは、涙をながしながら___そして、ヒビはすでに、全身に行き渡っていた___静かに告げた。

 

「あたしって……ほんとバカ……」

 

 その時。

 美樹さやかという人間は、この世界より消滅した。

 その体が粉々に崩れ去り、現れたのは青い水の生命体。

 

「_____!」

 

 その姿に、バラアマゾンは興奮したように襲い掛かる。園芸ハサミで、その首をもらい受けようとしていた。

 だが。

 バラアマゾンの顔をわしづかみにして食い止めるそれは、そのままバラアマゾンを突き飛ばした。

 

「さや……か……ちゃん……」

 

 だが、それが美樹さやかではないことは、これまで怪人と戦ってきたハルトが一番理解していた。

 音楽を指揮するようなしなやかな腕。陸上で生活する以上に、水中での活動を重点に置いたヒレの足。まるで姫のような青く、大きなマントと襟が特徴のそれは、明らかに人間ではない。

 

「救え……なかった……」

 

 その事実に、ウィザードは膝をつく。そのショックに、思わずウィザードの変身が説かれてしまった。

 そう。バラの魔女の園の中で。

 

「_________」

 

 遠くか近くか。バラの魔女の唸り声が聞こえる。視界が上空からの影に覆われたのを、ハルトはどことなく遠くの光景に感じていた。

 そして。

 頭上に迫った体積を、水流が押し流した。

 

「……うるさいよ」

 

 それは、紛れもなくさやかの声。だが、それが彼女のものだと認識できなかったのは、それが彼女の声色とは全く一致しなかったからにほかならない。

 まるで冷徹な。深海のように冷たい声。

 

「……さやかちゃん……ごめん……救えなくて……」

 

 ゆっくりと立ち上がる、さやかだったもの。

 それが何者か。誰よりもハルトは理解していた。

 

「また……俺の目の前で……ファントムに……」

 

 ファントム。

 ゲートと呼ばれる、魔力を持った人間が深く絶望することによって生まれる魔人。

 その時、ゲートの命を奪って出てくる。つまりもう。

 

「また……俺は……」

 

 だが、そうしている間に、さやかだったファントムは、行動を開始していた。

 指揮者のように、右手に持った棒を掲げる。まるで音楽を奏でているかのように棒を振ると、結界をどこからともなく押し寄せた水が支配した。

 

「っ!」

 

 それは、バラアマゾンを。バラの魔女を。そして綿の怪物たちを。誰も彼も見境なく押し流していく。

 

「魔法使いさん」

 

 その言葉をかけられるまで、ハルトは自身が波に巻き込まれていないことに気付かなかった。

 

「さやかちゃん……違う。君は……」

「ファントム。マーメイド。それが、あたしの名前……ってことかな」

 

 ファントム、マーメイドは頭を掻いた。

 

「あんたには、一応最初は助けてもらった恩もあるし、今回は助けてあげるよ。でも……」

 

 マーメイドはパチンと指を鳴らす。

 すると、結界内の荒波が一気に霧散。上空に巻き上げられた魔女と綿の怪物へ、一気に水の槍が突き刺さった。

 

「次は、こうするから」

 

 一瞬で魔女を葬った。

 それを証明するように、結界が消滅、ハルトのそばに黒いタネのようなものが落ちてきた。

 

「さてと。次は……」

 

 マーメイドが見据える先。水を浴び、ダメージを受けたバラアマゾンがいた。

 

「アンタだけだね」

 

 迫ってくるバラアマゾン。

 だが、マーメイドはその指揮棒で、明確にバラアマゾンの胸を突き刺した。

 

「___!」

 

 口から血を吐き、マーメイドの肩にもたれかかるバラアマゾン。数回の痙攣ののち、バラアマゾンは動かなくなった。

 

「お休み。恭介」

 

 そう言って、マーメイドは指揮棒を抜く。力の抜けたアマゾンは、病室の床に転がった。

 マーメイドはしばらくバラの遺体を見下ろし、やがてハルトに振り向いた。

 

「……!」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ハルトはウィザードライバーを起動させる。ハンドオーサーに手をかけたところで、マーメイドは両手を上げた。

 

「待った待った」

 

 マーメイドはそう言いながら、その姿をさやかに変化させる。さっきまでの彼女とは違い、表情に余裕のある、澄ました顔だった。

 

「大道芸人さん。今、あんたと戦うつもりはないよ」

「……」

 

 だが、ハルトは警戒を解かない。

 それを見たさやかは、首を振りながら病室の窓に近づいた。

 

「待て!」

 

 窓に手をかけたさやかへ、ハルトは大声を上げる。

 

「お前は……君は……」

「安心して。ファントムのこと、マーメイドになったときに粗方分かったけどさ。あたしは別に、人を絶望させてファントムを増やそうだなんて思っていないから」

「……」

「おや? その顔は信用していないって顔?」

 

 さっきまで焦っていた少女と同一人物とは思えない。からかうようにケラケラ笑うさやかは、手を後ろで組む。

 そのまま窓際へ腰かけるさやかへ、ハルトは尋ねた。

 

「聞かせてくれ。君は一体……どっちなんだ?」

「どっち?」

「さやかちゃんなのか? それともファントム……マーメイドなのか?」

 

 その問いに、さやかは数秒きょとんとして、にっこりとほほ笑んだ。

 

「さあ? どっちでしょう?」

「……」

「それってさ。大道芸人さんにとっては関係あるの? ファントムになったあたしってさ。魔法使いさんにとっては倒すべき相手? それとも、それは中身依存?」

「質問に答えてくれたら教えるよ」

「あっははは。ごめんね。でも、それは教える気はないかな」

 

 さやかは、まるでブランコのように窓際で足を揺らす。

 

「まあ、そんなにカッカしなくても、すぐにまた会えるよ。それより今は、アマゾンの方が優先じゃない?」

 

 さやかは天井を指さした。

 

「ほら。あたしと事を構えるのは、そのあとゆっくりやろうよ。それじゃ、またね!」

 

 そのままさやかは手を振りながら体重を移動し、窓からその姿を消した。

 無意識に窓際へ急いだハルトだったが、もうどこにも彼女の姿は見えなかった。

 

「……」

 

 ハルトは深呼吸した。雨の空気が肺を満たし、静かに吐き出す。

 

『思ったより感傷的にはなっていないようだね』

 

 病室から、キュゥべえの声が聞こえてきた。

 

『人を救えずに、ファントムにしてしまったというのに。こういう時人間は、意味もなく嘆くんだろう?』

「……ああ。そうだな」

『君はしないのかい?』

 

 ハルトは静かに病室を振り返る。バラアマゾン___恭介の遺体の上で、キュゥべえが、魔女が落としたらしき黒い小物を放り投げていた。背中に開いた口よりそれを摂取する光景は、とても不気味だった。

 

「俺は救える人は救うけど、手遅れだった人は諦める。都合のいいように聞こえるかもしれないけど、俺が泣いている間に、誰かが傷つくことだってある。さやかちゃんのことは、また探すけど、今は……」

『バーサーカーを止めるのかい?』

 

 キュゥべえの問いに、ハルトは頷いた。

 

『ふうん。まあいいさ。君の言った通り、今日は副業に専念するとしようか。幸いここには、僕が見出したマスターが二人もいるからね』

「二人?」

『君と。バーサーカーのマスターさ』

「千翼くんのマスター……でも……」

 

 クトリには、令呪はなかった。他の誰かが、千翼のマスターということだ。

 ハルトは恭介に手を合わせ、すぐに病室を飛び出そうとした。ドアノブに手をかけたところで、足を止める。

 

「なあ。キュゥべえ。一つだけ聞かせてくれ」

『何だい?』

「さっきのあの怪物……魔女……だったっけ?」

『うん』

「お前の魔法少女の勧誘のために……お前が呼んだんじゃないの?」

『それは今、必要な情報かい?』

 

 ハルトは首を動かさず、横目でキュウべえを睨む。無表情のキュゥべえは、澄ました無表情でじっとハルトを見返していた。

 

『急いだほうがいいのに。どうして君たちは、優先事項よりも、細かい些細な情報を気にするのか。全く訳が分からないよ』

「……肯定って受け取っていいのか?」

『君がそう望むのなら。ね』

 

 ハルトは出ていくとき、力を込めてドアを閉めた。バンと音を立てたドアは、反動で少しだけ開く。

 その間、キュゥべえはじっと、病室の入り口を見つめていた。

 



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悲劇の立ち合い

「はあ、はあ……」

 

 雨が、体に付着したもの全てを洗い流していく。道中に戦ってきたアマゾンたちの返り血、救えなかった人の血痕、自身の流血。

 重くなったラビットハウス制服はこれまでの戦いでズタズタにされており、ようやく見滝原中央病院にたどり着いた可奈美は、門に腕を寄りかからせる。

 

「やっと……着いた……」

 

 可奈美は大きく息を吐く。黒焦げになった敷地を見渡し、一瞬立ち入るのを躊躇した。

 

「木綿季ちゃんは、大丈夫なの?」

 

 アスファルトがところどころ焼け焦げ、より濃い黒点となっているアマゾンの死体。それがどんな人物だったのかどころか、どんなアマゾンだったのかさえも、もう分からない。

 その遺体たちは、消滅することなくその場に物言わぬ物体となっていた。黒ずんだ転がる物体一つ一つが溶原性細胞の被害者だと考えると、やるせない気持ちになる。

 

 

「……」

 

 すぐ近くの黒焦げたアマゾンを起こす。衣服も灰となり、アマゾンの恐ろしい形相も全て黒一色になっている。もはやどんなアマゾンだったかさえも分からない。

 ここに倒れている者のほかに、病院に、はたしてどれだけアマゾンになってしまった人がいるのだろうか。

 黒く、炭になって動かないアマゾンの死体を見下ろしながら、可奈美はそんなことを考えていた。

 ウィザードがキックストライクで一掃したアマゾン達。

 

「……木綿季ちゃん……」

 

 まだ無事だろうか。そう考えながら、可奈美は病院の敷地に立ち入る。

アマゾンの体を避けながら、早歩きをしていく。

 

「あれ……?」

 

 ようやくアマゾン達を乗り越えた可奈美は、病院の玄関が潰れていることに唖然とする。病院内で爆発があったかのように、ところどころにコンクリートの破片が融解しかけている。

 

「これ……」

 

 病院の内部が無数に崩れ、入口が落石によって塞がれている。刀使の能力を駆使すれば通れなくはないだろうが、時間が惜しい。

 

「裏口はどうだろう……」

 

 可奈美は、正面からの侵入を諦め、病院棟に沿って裏口を探す。アマゾンを避けて歩きながら、ようやくドアを見つけた。

 

「ここから入れる……!」

 

 急いで扉を開け、病院に突入する。

 可奈美が入ったのは食堂らしく、銀の台が無数に並んでいた。

 

「……ここって、搬入路なんだ」

 

 可奈美は少し慎重に、病院の内部へ入っていく。

 一階の奥に位置されていた食堂の階段を伝い、木綿季がいる地下の階へ向かう。

 だが、一段一段階段を踏みしめている間、可奈美は別のことを考えていた。

 

「……お願い。木綿季ちゃんが、下の階にはいませんように……」

 

 病院に入ったときから、ずっと鉄の臭いが充満していた。

 階段の各段差にも、多かれ少なかれ血痕が付着している。切れかけているライトが照らし出す階段には、真っ白な階段などどこにもなかった。

 

「……っ!」

 

 あと数段。そんな距離になったところで、可奈美は足を止めた。

 

 

くちゃ。くちゃ。くちゃ。くちゃ。

 

 その音を耳にした途端、可奈美の背筋が凍った。

 昨日まで、聞き慣れるなんて思いもよらなかった咀嚼音。

 カニバリズムをそのまま音にしたようなそれは、明らかに地下から聞こえていた。

可奈美は千鳥を強く握りながら、一歩ずつ階段を踏みしめていく。

 やがて、地下の部屋の入り口に着いてしまった。可奈美は恐る恐る、ドアノブに触れる。

 

「……暖かい……」

 

 同時に、ぬめぬめとした感覚が、可奈美を襲った。

 もう、手を見下ろしたくもない。

 

「木綿季ちゃん……?」

 

 ドアを開けながら、可奈美はその名を呼んだ。

 いた。

 感染していない。

 分厚いガラスの向こう。以前病院から出られなかったとき、巨大な装置のパーツの一部になっているようになっていたベッドで腰を掛けていた。

 

「あ! 可奈美!」

 

 木綿季が元気にこちらに手を振っている。肉声がガラスを貫通してくるのは、強化ガラスにヒビが入っているからに他ならない。

 

「木綿季ちゃん……」

「来ると思ってたよ!」

 

 木綿季は元気にガラスに駆け寄った。

 

「ねえ、可奈美! 今日も剣術教えて!」

「……」

 

 分かっていた。

 

「どうしたの? あ、そうそう! 今日もさっき、先生から外出許可もらったんだよ!」

「……」

 

 心のどこかでは、理解していた。

 

「あ、もう竹刀も手元にあるよ? ほら、可奈美! 早くやろうよ!」

 

 俯いてはいけない。どうしても、木綿季のその部分が目に入ってしまうから。

 

「あ、もしかしてお腹空いた? ごはんあるよ?」

 

 べちゃ。

 

 ガラスに張り付いたごはん(・・・)に、可奈美は言葉を失った。

 同時に、納得していた。

 

「一緒に食べよう? あれ? でも、ガラスが邪魔だよね? ほら、あっちのドアから入れるから」

「……木綿季ちゃん」

「何? 早く早く! これ、美味しいよ!」

 

 そういいながら、木綿季はごはん(・・・)を食する。

 バリボリと、人間が食べる音ではないサウンドが響く。

 

「あ。ごめん可奈美。食べ終わっちゃった」

 

 木綿季が持っていたそれを平らげ、全身に食べ散らかしながら、可奈美に笑顔見せた

 

「ちょっと待ってて。おかわり持ってくるから」

「やめてよ……」

 

 可奈美は静かに首を振る。だが、木綿季は止めない。

 

「ほら! 左手!」

 

 右手を食した後に持ってきた左手。まるで煎餅のようにかじりつき、血がはじけた。

 その首筋には、赤い血だまりの中に、明らかに異質な血管が浮き出ていた。それは人の肉体を食べるごとに、木綿季の体を駆け巡っていく。

 

「病院の水が感染源……たとえ、その確率が低いものだったとしても……ずっと病院にいる木綿季ちゃんが、感染していないわけがなかったんだ」

「ねえ」

 

 その時、木綿季がべったりとガラスに張り付いた。血だらけの顔で、大きな笑顔を可奈美に向けている。

 

「僕もお腹が空いたんだけど」

 

 張り付いている手より、ピリピリと重さがかけられていく。可奈美が危険を悟り、大きく飛びのいたと同時に、木綿季が厚ガラスを押し破った。

 

「……!」

 

 無菌室のガラスを素手で破るなど、そう簡単にできることではない。その力に唖然としながら、病室より出てきた木綿季を見つめていた。

 

「可奈美。可奈美と立ち合いしたいなあ。可奈美を……食べたいなあ(・・・・・・)

「……分かってたよ……」

 

 可奈美は目線を下に向ける。もう、木綿季の姿を見たくなかった。

 同時に、彼女の体から蒸気が発せられる。

 

「ねえ可奈美。立ち合いしよう? ねえ可奈美。食べさせて?」

 

 もう、見ていられない。可奈美は蒸気が発せられている間、目を下に反らした。その間、体がバキバキと壊れていく音が鳴り響いていた。

 蒸気が消えたころ、可奈美は恐る恐る顔を上げた。

 そこにはもう、木綿季はいなかった。

 そこには、黒いアマゾンがいた。

 背丈が木綿季と全く同じ。ズタズタに引き裂かれた病院服がどんどん崩れていき、アマゾンとしての姿が露わになっていく。

 漆黒の鎧を幾重にも纏い、その腰には、細く虫のような翅が生えている。右手には、黒曜石の輝きを持つ美しいレイピアが握られており、床を撫でるだけでズタズタに引き裂いていた。長く美しい髪とアマゾンの顔も相まって、それは、小さな悪魔の一種、インプを連想させた。ならばこれは、インプアマゾンと呼ぶべきものだろうか。

 

「どうして……どうして……?」

「可奈美」

 

 その声は、明らかに木綿季のものだった。だが、その口は人を食らうアマゾンからのものだった。

 

「立ち合い。しよう?」

 

 インプアマゾンは、黒曜石の剣を可奈美へ向ける。

 その素早い動きで、一直線に可奈美へ飛んできた。

 



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マザーズロザリオ

原作では、夕焼けの中、笑顔の涙。
ここでは……


「ほら、可奈美! 私、強くなったでしょ?」

 

 木綿季(インプアマゾン)黒曜石(レイピア)は、一刺しで無数の波となり、可奈美を襲う。

 可奈美はそれらを全て受け流しながら、何も答えられなかった。

 

「木綿季ちゃん……」

「ほら、もっと見せてあげるよ! 私の技!」

 

 木綿季(インプアマゾン)は、次々に可奈美が教えた技を放ってくる。しかも、それらはアマゾンとしての人智を越えた速度で行われており、可奈美は思わず舌を巻いた。

 

「ほら、すごいでしょ! 私、こんなにできるようになったんだよ!」

 

 すごいよ木綿季ちゃん。ここまでの技、中々見れないよ。

 違うよ木綿季ちゃん。こんなの、全然楽しくないよ。

 

 二つの心が、可奈美の中に去来する。だが、木綿季(インプアマゾン)はそんなことお構いなしに、攻撃の手を緩めない。

 

「ほら可奈美! この勝負に勝ったら、可奈美のこと食べさせて!」

 

 その言葉に、可奈美の腕が一瞬遅れた。木綿季(インプアマゾン)の攻撃が千鳥を反らし、可奈美の右腕を切り落とした。

 

「っ!」

 

 写シの霊体でなければ、取り返しのつかないことだった。息つく暇もなく木綿季(インプアマゾン)は、そのまま可奈美に頭突き。体がくの字になった可奈美は、そのままドアを貫通し、階段へ投げ出される。

 

「僕の勝ちでいい?」

 

 木綿季(インプアマゾン)は可奈美の首元へ、黒曜石の剣を押し当てる。あたかもふざけているようにも見えるが、木綿季(インプアマゾン)の次の行動は明らかに本気のものだった。

 

「じゃあ、食べさせてもらうね」

「っ!」

 

 降り降ろされる黒曜石を千鳥で受け止め、一気に息を吸い込むと同時に起き上がる。

 

「木綿季ちゃん! 本当に、私を食べようとしているの? 本当に、これが木綿季ちゃんが望んだ立ち合いなの!?」

「え? 僕、何か変なこと言ってる?」

 

 可奈美の剣を切り払い、階段の上段へ浮遊しながら、木綿季(インプアマゾン)は可奈美へ振り替える。

 

「だって、可奈美が言ったことでしょ? いつか、僕と立ち合いしたいって。今がその時だよ? ほら、僕こんなに動けるようになったんだから」

 

 飛翔能力を見せつけるように、木綿季(インプアマゾン)は階段でクルクルとホバリングをする。

 それを見ているとき、可奈美は思い出した。

 

『あと二週間で、ボクの命がなくなるってこと。末期らしいんだ』

 

 なぜ気付かなかったのだろうか。

 なぜ、彼女が外へ出られるようになったのか。

 なぜ、話すこともできない彼女が、車椅子だけで動けるように回復したのか。

 なぜ、自分と竹刀の打ち合いができるくらいになっていたのか。

 

「アマゾンに感染していたから、体が自由に動いたんだ……アマゾンだったから、回復していたんだ……」

 

 それが正解だというように、木綿季(インプアマゾン)は無邪気に攻め立てて切る。ヒットアンドアウェイで、攻撃の時のみ地上に降りてくる。地下では戦いにくいと判断した可奈美は、階段を駆け上がり、入ってきた食堂まで戻ってくる。赤い模様がついたテーブルを蹴り飛ばし、椅子を投げて木綿季(インプアマゾン)の狙いを反らす。

 怯んだところへ、可奈美は千鳥で斬りつける。だが、木綿季(インプアマゾン)はすぐに回復し、左手で可奈美を壁に押し飛ばす。

 

「うっ!」

 

 息を吐き出した可奈美は、そのダメージにより生身に戻ってしまう。再び白い霊体になった直後、木綿季(インプアマゾン)に黒曜石を突き立てられた。

 

「ぐっ……木綿季ちゃん……」

 

 痛みのあまり、意識が飛びそうになる。可奈美は右胸___生身であれば、ちょうど心臓にあたる部分の剣を抜こうとする。

 

「ねえ、どう? 僕、強くなったでしょ?」

 

 可奈美に顔を近づける木綿季(インプアマゾン)。人間としての姿ではなく、アマゾンとしてのそれが、可奈美に見たくないという気持ちを強くした。

 黒曜石の剣を抜いたと同時に、写シが解除される。階段に落ちた可奈美の頭上で、木綿季(インプアマゾン)がケラケラと笑っていた。

 

「ねえ、どうしたの可奈美?」

「どうしたって……」

「僕の勝ちってことでいい? それじゃあ、いただきます!」

 

 続いて、食欲を曝け出しながら、木綿季(インプアマゾン)が襲ってくる。可奈美はそれを転がってよけるが、階段の段差により、数段転がり落ちる。

 

「あれ? 可奈美! どうして避けるの?」

 

 可奈美よりも下の段に降りた木綿季(インプアマゾン)が、再び可奈美へ迫る。生身のまま、千鳥で黒曜石の剣をガードするが、そのまま木綿季(インプアマゾン)は階段を飛翔、階段入り口の扉を破る。

 

「うわっ!」

 

 食堂を転がりながら、可奈美は木綿季(インプアマゾン)が着地するのを見届ける。

 窓際まで投げられたことで、可奈美の耳には、雨が窓をたたく音しか聞こえなかった。

 

「可奈美。さあ、ここなら広いよ? 立ち合いの続き、やろう?」

「……あああああああああああああ!」

 

 可奈美は悲鳴を上げながら、千鳥を抜刀。

 

「分かった……分かったよ! やろうよ立ち合い……! やればいいんでしょ!」

 

 これまでこんな気持ちで剣を持ったことがあっただろうか。可奈美は木綿季(インプアマゾン)をきっと睨む。

 

「そうだよ可奈美! やろうよ!」

 

 木綿季(インプアマゾン)は風のような速度で斬りかかる。可奈美はそれを受け流しながら、その頭を足場に跳ぶ。

 

「え?」

 

 木綿季(インプアマゾン)が対応する前に、千鳥が二閃。インプの悪魔の翅は、それにより切り落とされた。

 

「うわっ!」

 

 飛行手段を失った木綿季(インプアマゾン)は、そのままガラスへ激突。雨の世界へ投げ出された。

 可奈美はそれを追いかけて、病院の外へ出る。

 

「木綿季ちゃん。まだ戦うんだよね?」

 

 可奈美のその言葉に、木綿季(インプアマゾン)は「当然」と返事した。

 

「えへへ……すごいよ。まさか、空を切り落とされちゃうなんて」

「……」

 

 つまらない。

 

「じゃあ、次は僕の番! 僕が驚かせてあげるよ!」

 

 つまらない。

 

「ほら! 受けてみてよ!」

 

 木綿季(インプアマゾン)の突き技。木綿季(インプアマゾン)の黒曜石のレイピアは、雨を切り裂く輝きを放っていた。可奈美の正面でまっすぐ構えた。

 それは、可奈美には、止まっているようにも見えた。可奈美に反応を許す時間でもなかったが、彼女がありったけを剣の先に込めているのが分かった。

 

「やあっ!」

 

 木綿季(インプアマゾン)の右手が閃く。可奈美の体へ、右上から左下に、神速の突きを五連発。

 

「がっ!」

 

 そのあまりの速さは、可奈美でも受けきれない。

 続いて、左上から右下への五発。突き技が一発命中するたび、凄まじい炸裂音が鳴り響き、可奈美を守る写シがどんどん削がれていく。

 十字に十発の突きを放った木綿季(インプアマゾン)は、もう一度全身をいっぱいに引き絞ると、最後の一撃をその交差点に向かって突き込んだ。青紫色の眩い光が四方に迸り、可奈美の痛みが全身に放射線状に広がった。

 

「ぐあっ!」

 

 写シの解除。それを貫通してきた、生身へのダメージ。

 びちゃびちゃと水たまりを弾きながら、可奈美の体が吹き飛ばされる。

 

「うう……」

 

 起き上がろうとするも、もう全身に力が入らない。顔が水たまりに沈み、右目だけが木綿季(インプアマゾン)を捉えている。

 

「可奈美! もう終わり?」

 

 木綿季(インプアマゾン)の声が遠くに聞こえる。

 

「すごかったでしょ? 私が編み出した必殺技! この前は失敗したけど、今度はしっかりできたよ! 可奈美だって倒せるくらいの技!」

 

 意識が朦朧としていく。やがて、可奈美の世界は、木綿季(インプアマゾン)から完全なる闇の中へ___

 

 

 

『ほら、しっかり! まだ負けてないよ! それに、あの子にこんな重圧背負わせていいの? あの子、このままじゃ本当に怪物になっちゃうよ? 姫和ちゃんだけじゃなく、木綿季ちゃんも救えなくなっちゃうよ? それでもいいの?』

 

___いいわけないじゃん。でも___

 

『身勝手かもしれないけどさ。あの子のためだよ』

 

___それって、結局木綿季ちゃんを___

 

『でも、ここは天秤にかけるしかないでしょ? それとも可奈美は、怪物になった友達に人喰いをさせるの?』

 

___それは……嫌だけど……___

 

『だから……ね?』

 

 

 

 口に入ってきた石をかみ砕く。

 可奈美は大きく目を見開き、解体しようとしてきた黒曜石のレイピアを弾く。そのまま両足をプロペラのように回転させ、木綿季(インプアマゾン)を蹴り飛ばすと同時に跳び起きる。

 

「だああああああああ!」

 

 レイピアを立て直すより先に、千鳥で木綿季(インプアマゾン)の体を引き裂く。大きく後退した彼女を足場に可奈美はジャンプ。二度目の剣で、さらに大きく後退させる。

 

「あはは……あはは……!」

 

 木綿季(インプアマゾン)の笑い声。可奈美は千鳥を握りなおし、叫んだ。

 

「さあさあ! もっとやろうよ! 立ち合い!」

 

 再び迫る木綿季(インプアマゾン)。それに対し、可奈美は突く。

 最初は左肩。そこから右腰に掛けて、合計五回、千鳥で突く。

 そして右肩。そこから左腰へ、これも合計五回、千鳥で貫く。

 

「うあああああああ!」

 

 悲鳴を上げながら、可奈美は腰を落とす。全力を込めて、十突きの中心へ一撃を入れた。

 

「があああああああああああああ!」

 

 可奈美の最後の一撃は、木綿季(インプアマゾン)の胸を貫く。ビクンと体を動かした木綿季(インプアマゾン)は、そのまま地面を数回跳ね、病院の壁に激突。

 

「木綿季ちゃん……」

 

 膝を折った可奈美は、脱力した腕から千鳥をこぼす。だが、可奈美はもうそれを拾う余力もなかった。

 動くこともできず、ただ茫然とインプアマゾンを見つめていた。

 アマゾンの顔。だが、その口元は大きく開き、吊り上がった口角から、まるで笑っている。

 だが、雨の元、小さな悪魔妖精が動くことは、もうない。

 

「どうして……どうして……!」

 

 可奈美の悲鳴は、大雨の中掻き消されていった。

 

「うわああああああああああああああ________!」

 

 ただそれを。

 千鳥(可奈美の相棒)は、じっと見守っていた。

 



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生きることそのものが罪

「千翼くん!」

 

 まるで城塞のような病院で、友奈の千翼を呼ぶ声はすでに枯れていた。

 もう何階なのかも分からない。ベンチに腰を下ろし、深く息を吐く。

 

「千翼くん……どこ?」

 

 ガラガラ声になり、無意識にウォーターサーバーに手が伸びる。紙コップを取り、水を満たし、

 

「って、うわっ!」

 

 溶原性細胞の存在を思い出し、紙コップを落とす。

 

「うわわわっ! 危ない、もう少しで飲むところだった……!」

 

 地面に広がる水たまりを見下ろしながら、友奈は深く息を吐く。

 

「……ただの水にしか見えないのに、こんなものでアマゾンに……?」

 

 蒸発するまでの時間も、普通の水と変わっているようにも思えない。

 このままここで立ち止まっていても仕方がない。友奈は先を急いだ。

 この階の病室を片っ端から開けていくが、中には凄惨な血の臭いしかない。だんだんその光景に慣れてくる自分に嫌気を差しながら、友奈は次の階へ移動した。

 

「千翼くん!」

 

 だが、急成長を遂げた少年の姿はどこにもない。もうこのフロアにはいないのか。そんなことさえ考えた友奈だったが、その足音に動きを止めた。

 

「……アマゾン」

「千翼くん?」

 

 あれだけ必死に探していた千翼が、向こうから姿を現した。

 赤いスカーフを首に巻き、灰色の上着を羽織った、友奈と同じか少し年上くらいの少年。少し下を向いていたが、やがて顔を上げて、友奈を見据えている。

 これまで見た中で、最も成長している状態の千翼だった。彼はひとたび友奈を認識すると、少しショックを受けたような表情を浮かべた。

 

「アマゾン……友奈さんが……?」

「え? アマゾンって……」

 

 感染したの? その疑問に是と応えるように、友奈は首筋に違和感が走った。

 虫が這うような感覚に、思わず両手で掻きむしる。

 

「……これって……」

 

 それを見て、友奈は目を大きく見開く。

 

「溶原性細胞……!」

 

 それを証明するかのように、体温がどんどん上がっていく。やがて体温は、空気中の水分を蒸気にするほどの高温に達していく。全身の筋肉が変形をはじめ、骨格を無視した筋肉が出来上がっていく。

 その時。友奈は理解した。

 下の階で、千翼がアマゾン態になったとき、千翼の体液を摂取してしまったのではないかと。千翼(アマゾン細胞のオリジナル)から直接取り入れてしまったせいで、こんなに早く感染してしまったのではないかと。

 やがて人間の姿を忘れていく体。そして。

 

「うがああああああああああああ!」

 

 全身に走る激痛。これまでの如何なる敵との戦い以上の痛みに、友奈は膝をついた。

 そして。

 その痛みが、外部から無理やり押さえつけられていく。変形し始めた体が、突起した部分が破壊されることにより、元に戻っていく。

 

「牛鬼……」

 

 無表情の妖精が、友奈の目の前で見返している。薄っすらと桃色に光っていたそれは、じっと友奈に釘付けで動かない。

 

「そっか……そうだよね……東郷(とうごう)さんも言ってた……妖精は、勇者を御役目に縛り付けるものだって……」

 

 脳裏に、英霊になる前にいた親友の姿を思い浮かべる。

 

「そっか……アマゾン化さえも、許してくれないんだね……」

 

 助かったと同時に、友奈の中にやるせなさも感じていた。

 

「友奈さん……?」

 

 おそるおそる声をかけてくる千翼。

 

「大丈夫?」

「大丈夫……」

 

 千翼に助け起こされ、友奈は頭を振った。

 

「千翼くんこそ……大丈夫?」

「何が?」

「さっきの……その……」

 

 アマゾン態のことを何と言えばいいのか、言葉が見つからない。

 千翼は少し黙り、ウォーターサーバーの紙コップを取る。

 

「千翼くん?」

 

 友奈が止める間も許さず、千翼はがぶがぶと水を飲む。だが、溶原性細胞の源である水をいくら摂取しても、千翼の体に何ら異常はなかった。

 

「……俺……やっぱりアマゾンなんだ……」

 

 もう何杯飲んだのだろうか。紙コップをウォーターサーバーの上に置き、千翼は泣き入りそうな顔を浮かべる。

 

「さっきさ……院長室に行ったんだ」

「院長室……」

「院長なら、何か知ってるんじゃないか……俺のこと、何か……そう思ったんだ」

「うん」

 

 そのまま千翼は、友奈の肩にもたれかかる。今にも壊れそうな彼を、友奈は静かに抱き留める。

 

「いなかったけど、研究データを調べた」

「うん」

「そうしたら……」

 

 千翼の体が震える。讃州中学の制服が、彼の涙で濡れていく。

 

「溶原性細胞は……俺の細胞から作ったって……俺が原因なんだって……」

「うん」

「俺が……俺がみんなをアマゾンにしたって……友奈さんをアマゾンにするところだったって……」

「うん」

「全部……全部……全部俺のせいだ……俺がいたから……」

「……うん」

 

 否定したかった。千翼くんのせいじゃないと言いたかった。

 だが、そんな簡単な言葉は、まるで口に柵が取り付けられたように出すことができなかった。何しろ。

 

「俺は……生きていちゃいけなかったの……?」

 

 その言葉を否定することができなかったから。

 千翼は友奈の肩を掴み、訴えるように言った。

 

「もしかして、俺って、生きてたらいけなかったの⁉ 父さんの言ったとおり、生きていたらいけなかったの……?」

「そ、そんなこと……」

 

 これまで、友奈の前に現れたアマゾンたちの姿がフラッシュバックする。

 人生があっただろう。未来があっただろう。過去があっただろう。家族がいるであろう。

 大切な人がいるであろう人たち。

 何も知らないで、生きていた人たち。

 

「……ごめん」

 

 友奈の言葉に、千翼は口をぽかんと開けていた。

 

「千翼くんもサーヴァントなんだよね……? だったら、前の世界でも……死んじゃったんだよね」

「……うん。友奈さんも?」

「私がいた世界はね。……もう、壊れちゃったんだ」

「え?」

「戦っていた勇者……親友がね。私を戦わせたくないって言って。結局私たちは、誰もその友達を止められなくて。結局、私たちも何も知らない人たちも、バーテックス(怪物たち)に襲われて、結局世界は滅んじゃった。ごめんね。千翼くん。私はもう、世界が壊れていくのを見過ごすことなんてできない。世界を失うのは、私だけでいいんだよ」

「………じゃあ……」

 

 千翼は悲しそうに友奈の胸に顔を埋める。

 

「俺は……俺は……っ! ……生きていちゃいけないの……!?」

 

 友奈の両腕を掴みながら、千翼は訴える。顔を背ける友奈は、そんな彼に何も言えなかった。

 やがて、千翼の手からぐったりと手が抜ける。

 

「そっか……そうか……分かったよ……」

 

 何かを諦めたかのように、千翼は友奈に背を向ける。そのまま廊下を静かに歩いた。

 

「でも……させない……俺はまだ何も始めていない……!」

 

 ほとんど無音で、千翼はこちらを振り向く。いつ手にしたのだろうか、彼の手には、赤いベルトの機械___ネオアマゾンドライバーが握られていた。

 その機械を腰に装着し、千翼は注射機型のデバイスを装填する。

 

「俺は最後まで生きるよ」

「……うん。そうだよね。それが、当たり前だよ」

 

 牛鬼がじっと友奈を見つめている。相棒である妖精に急かされるように、勇者システムが組み込まれたスマホを取り出した。

 すでに勇者システムは、千翼(アマゾン)に対して警報を鳴らしている。聖杯に召喚される前と同じけたたましいサイレンが、ずっと病院内を響いていた。

 

「だから私は……千翼くんの敵として、千翼くんを倒す……しかないんだ」

 

 友奈は静かにそれを起動させた。

 病院内に芽吹く桜の花びら。人工的な病院内を彩る神秘の中、徐々に勇者へ変わっていく友奈の前で千翼は告げた。

 

「……アマゾン!」

 

 彼の全身より発せられた炎が、花びらを焼き尽くしていく。

 赤い炎に身を包んだアマゾンネオと時を同じく、友奈もまた走り出した。互いの拳が交差し、火花が散る。

 

『ブレード ローディング』

 

 その音声が聞こえたと同時に、友奈はしゃがんだ。友奈の首があったところを、アマゾンネオの刃が横切る。

 

「はあ!」

 

 友奈は即、刃を蹴り飛ばす。刃が友奈の背後に突き刺さったと同時に、友奈はアマゾンネオにつかみかかる。

 

「ぐっ……!」

 

 だが、腕力ではアマゾンネオの方が上だった。友奈はそのまま廊下の窓に押し付けられる。

 粉々になった窓ガラスが吹き抜けを通じてロビーへ落下。

 

「ぐあっ……!」

 

 見上げるほどの高いフロアからの落下。背中からの痛みは、生身なら確実に骨折ではすまなかったことを示していた。

 続いて、アマゾンネオが友奈を踏みつけようとしてくる。転がってそれを避けると、アマゾンネオがロビーの床を砕く。

 

「千翼くん……」

 

 四つん這いになった状態で、友奈はアマゾンネオを見つめる。彼のその体制は、これまでアマゾン相手にも見せた、敵との構えだった。

 友奈は静かに立ち上がり、大きく息を吐く。

 

「やるしかない……やるしかないんだ……!」

 

 友奈は身構え、そのままアマゾンネオと格闘戦を繰り広げる。

 これまでもずっと友奈を支えてきた武術が、アマゾンネオの獣のような動きに追随していく。

 

「はっ!」

 

 平手をアマゾンネオの胸に当てる。すると、圧縮された威力の掌底により、アマゾンネオは大きく引き離された。

 

「まだ……まだ……!」

 

 アマゾンネオはまだ立ち上がる。肩を大きく揺らしながらも、ずっと友奈を見つめていた。

 やがて、アマゾンネオの体が赤く発熱していく。やがて、拘束具が一つずつ破裂していく。やがてそれは、アマゾンネオの黄色のゴーグルも破壊され、その奥の紅の瞳もあらわになった。

 

「俺は生きる。たとえ……たとえ人間全員をアマゾンにしたとしても、俺は生きる! 俺はまだ何も始まってもいない!」

 

 無数の触手が伸びる。立ち退いた友奈は、アマゾンネオの姿が、彼の正体___アマゾン態に変化したのを見届けた。

 

「だから俺は……生きるために戦う! バーサーカーとして、千翼として!」

 

 六つの腕を広げながら、アマゾン態は宣言した。

 

「うわああああああああああ!」

 

 彼のそれは、悲鳴の叫びだった。

 無数の触手が、病院のあちらこちらを破壊していく。焼け焦げた床を、カウンターを、死体を。

 友奈は跳び回りながら回避。どうしても避けられないものは手刀や足蹴りで叩き折る。

 バーサーカーの本性。それは千翼でもアマゾンネオでもない、溶原性細胞のオリジナルであるアマゾン態の姿だった。

 友奈は静かに顔を下げる。

 

「戦わなくちゃ……いけないんだ……それが私の……勇者の、セイヴァーの……! 御役目だから!」

 

 友奈は牛鬼を一瞥し。

 ゲージが満タンであることを確認し。

 

 

 

___力の代償として、体の一部を神樹様に捧げていく。それが勇者システム___

 

 

 

「満開!」

 



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選択肢

先にこっちができたので、投稿します


「クトリちゃん!」

 

 その部屋のドアを開けると同時に、ハルトは叫んだ。

 孤児院としての役割を持つ、最上階の部屋。白一色の病院の部屋とは思えない彩りを加えた壁が特徴の部屋である。

 前回ここに来た時は、この病院に住んでいる子供が無数にいた。それぞれ、自分にせがむようにマジックを見せてほしいと訴えていた。キラキラした目も、ハルトにはよく覚えている。

 だが今は。

 

「……っ!」

 

 ハルトは歯を食いしばる。

 赤青桃色と並んだマットが、赤黒い色のみで染め上げられている。あちらこちらに小さな人影が転がっており、生存者は見当たらない。

 そして、その原因。

 むしゃむしゃと、少年___よくハルトの膝に乗っていた子___を貪っていた。

 小動物。リスの姿をしたアマゾン。真っ白なその毛を赤く染めるのもいとわず、一心不乱に幼い子の命を吸い取っていた。

 

「どうして……」

 

 手放したドアが、静かに閉まる。その物音により、リスアマゾンはハルトという乱入者の存在に気付いた。

 リスアマゾンはゆっくりとハルトを振り向く。まるで肉食獣の気配を見せないその体は、子供たちによって赤く塗りつぶされていた。

 

「どうして……どうしてなんだよ……!」

 

 リスが強襲してくる。それを受け流しながら、ハルトは指輪をはめる。

 

「……変身……!」

『フレイム プリーズ』

 

 ルビーの輝き。火のウィザードは、リスアマゾンのパンチを反らし、指輪を使う。

 

『コネクト プリーズ』

 

 魔法陣よりウィザーソードガンを取り出す。リスアマゾンの二度目の拳を回避と同時に、その背中を切り裂く。

 悲鳴を上げたリスアマゾンは、そのまま倒れこむ。子供を素体としているためか、一撃だけで動けなくなっていた。

 

「……」

 

 ウィザードは静かに、ウィザーソードガンのハンドオーサーを開く。

 

『キャモナスラッシュ シェイクハンド キャモナスラッシュ シェイクハンド』

 

今の空気とは真逆の明るい音声。それを塞ぐようにルビーを通し、炎の刀身を宿した。

 

「……ごめん」

『フレイム スラッシュストライク』

「……」

 

 沈黙するリスアマゾン。

 脊髄に突き刺したウィザーソードガンを引き抜き、ウィザードは変身を解除する。

 

「もう……止めてくれ……」

 

 それが無駄な願いだと分かっていながら、ハルトはそう口にせざるを得なかった。

 だから。

 

 クトリがドアを開けて入ってきたのに対しても、喜びなど湧かなかった。

 

「……」

「……来ていたんだね」

 

 クトリは静かにドアを閉じて部屋に入る。

桃色のナース服。あたかもさっきまで病院での仕事を行っていたかのようだった。はたまた、どこかに無事な箇所でもあったのだろうかという希望を持つも、クトリの頬に少しだけ張り付く血に、その希望は捨て去った。

クトリは子供だったらしきアマゾンや、動かない子供たちを見ながら、少しずつハルトに近づいていく。

 

「っ……!」

 

 ハルトは思わずウィザーソードガンの銃口を向ける。

 ハルトのほぼ無意識な動きに少し驚いた様子を見せたクトリは、やがて柔らかい笑顔を見せた。

 

「いいよ。撃っても」

 

 彼女は抵抗しない。そういうように、両手を広げた。

 引き金を引こうとしても、指が動かない。

 

「分かってるよ。だって君、魔法使いなんでしょ?」

「……」

 

 ウィザードとしての正体を彼女が知っていることに、ハルトは驚かない。すでに二回もウィザードとしての姿を見られている。

 そして。この状況。

 

「そういうクトリちゃんも……アマゾンなんだよね……?」

「驚かないんだね」

 

 クトリの体が、蒸気によって包まれる。それが消滅していくと、クトリがいた場所には、蝶の姿をしたアマゾンがいた。目深なシルクハットの頭部を低くし、再び蒸気に覆われる。

 

「ねえ。君は……」

 

 蝶アマゾンは即座にその姿を、クトリのものに戻す。だが、彼女の姿はもともとの彼女のものではない。

 

「……! クトリちゃん、その髪……」

 

 彼女の空のように美しく蒼い髪は、炎のように燃ゆる紅となっていた。水晶のごとき瞳も、血のように紅くハルトを見据えていた。

 

「ねえ。君は、どう思う?」

「何が?」

「私、何歳だと思う?」

 

 質問の意味が分からなかった。ハルトは目を白黒させながら、

 

「……十五とか、十六とか?」

 

 その答えに、クトリは少し嬉しそうに、どことなく悲しそうな表情をしていた。

 

「違うよ。私ね、本当は……一歳だよ」

「……え?」

 

 ハルトは耳を疑った。だが、クトリは続ける。

 

「私はね。親が誰かも分からない。それは、前にも言ったことあるよね?」

「……あったね」

「私が病院に最初に引き取られて、行われたのが、体に溶原性細胞を埋め込むことだったんだよ。だから、本当はここの子供たちの中で、私が一番年下」

 

 少しだけ、クトリは口を閉じた。やがて流れてきた沈黙の中、クトリは絞り出すように言った。

 

「……だからね」

 

 そういいながら、クトリはナース服のボタンを外す。一つ一つ、その数を増やし、やがて脱ぎ捨てた。頭のナースキャップも落とし、次にインナーにも手をかける。

 

「おい……」

 

 ハルトが止める間もなく、クトリは上半身の衣類を放った。思わぬ状況に目をつむる前に、それがハルトの目に入ってしまった。

 美しいクトリの体に、複雑に刻まれる溶原性細胞の血管。それは、これまでの感染した人々のそれとは比較にならないものだった。

 胸元に、心臓のような、溶原性細胞の塊。それは、クトリの白い肌を真っ黒に染め上げ、全身に行き渡っている。しかもそれは胎動を続けており、時間が経過するごとに首から顔にかけてどんどん浸食している。

 

「私の体は、アマゾン細胞でできているんだよ。生まれた時からずっと。生きているとね。人を食べたいってさえ、思っちゃう」

「……今まで、そんな素振り見せたこともないのに」

「ふふっ。流石に慣れているから」

 

 いつもの笑顔。だが、その顔に黒い血管が入ると、後ずさりたくなる。

 

「あとね。もう一つ」

 

 クトリは髪を捲りながら、背中を向ける。綺麗な彼女の背中には、点在する溶原性細胞。そして、ひと際大きな。

 アマゾンネオの頭部のような紋章があった。

 ハルトは、右手の甲にある、黒い紋章と見比べる。

 

「それって……令呪……?」

「そう」

「令呪って……腕に付くものじゃないのか」

「キュゥべえから聞いたんだけど、生後一か月には、もうマスターになっていたらしいから。だから、背中に令呪を入れたんだって」

「キュゥべえ……!」

 

 ハルトたちを聖杯戦争に巻き込んだ白い妖精の姿が脳裏に浮かぶ。さっき病室で会ったとき、拘束しておくべきだったと後悔した。

 

「でも……そっか……そろそろダメかな……?」

 

 クトリは振り返る。

 

「聖杯戦争は、願いをかなえるために、マスターが戦うんでしょ?」

「……違う……」

「だったら。バーサーカーのマスターである私と、ライダーのマスターの君。戦わなくちゃいけないんだよね?」

「違う!」

「違わないよ」

 

 赤髪のクトリは、インナーを着なおす。その瞬間、彼女の体から、蒼いが発せられた。

 

「だから私たち、出会ってはいけなかった」

 

 彼女の背中から、蒼い蝶の翼が伸びる。半透明なそれは、部屋の空間の半分を占めるほど大きく。

 いつ握られたのか。彼女の腕には、黒く、無数の機械が複雑に絡み合ったような剣が握られていた。

 

「これは、アマゾンと魔法使いの戦いじゃない。これは、聖杯戦争の戦い。マスターとマスターの戦い。だから構えて。魔法使いさん」

 

 黒い剣(セニオリス)が、その刀身を開放させる。

 

「私には、願いなんてない……せめて、私のサーヴァント(千翼)が幸せに生きてくれれば。それくらいかな。そのために、私は戦わなくちゃいけない」

「なんでだ……なんで……」

「私も、つい最近キュゥべえから聞いたことだから。君がマスターだったなんて思ってもみなかった」

 

 彼女の翼が羽ばたく。

 吹き荒れていく遊具たち。彼女に、もう説得は通じない。

 もう、他に選択肢など見えなかった。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 それは一番簡単で、一番残酷な選択肢だった。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「変身」

『フレイム プリーズ ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

『ルパッチマジック タッチゴー ルパッチマジック タッチゴー』

『コネクト プリーズ』

 

 殺しあう(戦う)という、選択肢。

 



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"DEAREST DROP"

最近ウィザード指輪落としてばっかりな気がする


 もう、どれほど戦ったのだろうか。

 

『バインド プリーズ』

 

 このバインドも、もう一度や二度ではない。

 また、同じようにクトリに斬り裂かれるのも、もう見慣れた光景だった。

 クトリのセニオリスとウィザーソードガンが鍔迫り合い。もう何度目か、数えることもできなくなってきた。

 

『ランド プリーズ』

 

 土のウィザード。機動性、魔法をすべて物理に振った形態の肉体攻撃は、全てクトリを上回る。その掌底には、クトリも打つ手がなく、ただひたすらに攻められていた。

 

「こうするしか……ないんだ……!」

『ランド シューティングストライク』

 

 黄色の弾丸を発射する。土のウィザードの必殺技の一つを、怯んだクトリへ発砲する。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 だが、クトリは怒声とともに、セニオリスを振り上げる。彼女の力量はただの看護婦のそれではなく、これまで無数のファントムを倒してきたシューティングストライクをも真っ二つに両断した。

 

「っ!」

「だあああああああ!」

 

 蒼一閃。彼女の薙ぐ蒼い刃先は、そのままウィザードへ命中。大きく後退させた。

 

「ぐっ……だったら……!」

『フレイム プリーズ』

 

 再び火のウィザードに戻る。

 フレイムスタイルになったと時同じく、クトリのセニオリスが何度もソードガンと打ち鳴らす。徐々に彼女の動きも見切れるようになり、ウィザードの蹴りがクトリの腹に命中、大きく引き離された。

 

「クトリちゃん……」

 

 セニオリスを使って起き上がろうとする彼女を見つめながら、ウィザードは静かに告げる。

 

「もう……この悲しい戦いも……終わりにしよう」

 

 オールマイティであるこの形態の強みは、万能の汎用性。そして。

 キックストライクが、ウィザードの最大火力を誇ること。

 ウィザードはキックストライクウィザードリングをはめる。だが、ウィザードライバーを操作し、キックを放つというプロセスまで移行することができない。

 ハンドオーサーに触れたまま、ウィザードは動くことができなかった。

 

「っ……」

 

 クトリは、ここで倒さなければならない。アマゾンである彼女が、人間を襲わない保証などどこにもない。ましてや、彼女がアマゾンだと知っているのは自分だけ。ここで食い止めなければ、市場にトラを放つのも同義だ。

 だが。

 

「クトリちゃんが……クトリちゃんが何をしたっていうんだ!」

 

 ウィザードは、ストライクウィザードリングを外し、床に叩き捨てる。コロコロと転がっていった必殺技が、「俺を裏切るのか」とウィザードを糾弾しているようにも見えた。

 ウィザードは、そんな指輪へ訴える。

 

「生きているだけなんだぞ……この病院で、看護師やってるだけなんだぞ……!」

「……」

「俺は……俺は、人を守るために魔法使いになったんだ……! 傷つけるためなんかじゃない……! 俺のこの力は、ファントムだけに使うもののはずなのに……!」

「……ね」

「何?」

 

 突如としての彼女の呟きが、ウィザードの耳に強く印象付けられた。

 お互いの刃物を弾きあい、ウィザードはクトリに向き合った。

 

「なんか、悲しいね」

 

 クトリはそう言った。

 まだ年端も行かない少女だが、その表情はとても幼いそれとは思えない。うっすらと笑って見せているが、見ているだけで、ウィザードは悲しくなってきた。

 

「私たち、せっかく仲良くなれたのにね。千翼があれこれ我儘言って、ハルト君がマジックを見せに来て。私は、折角なのに仕事が入って何も見れなくて」

「……」

「何がいけなかったんだろうね? 生きている、ただそれだけなのに……それだけなのに……ハルト君を食べたくて食べたくて仕方がない……!」

 

 紅い髪を揺らしながら、クトリは叫ぶ。

 

「それなのに………それなのに……!」

 

 クトリはセニオリスを振り上げた。

 

「どうしたら……君に……伝えられるんだろう?」

「え?」

 

 それ以上は聞けなかった。セニオリスから放たれた斬撃をよけることを優先し、聴覚が使用できなかった。

 その間も、クトリは続ける。

 

「君と……みんなといると、知らないことばかり覚えていった……! こんなことになるくらいなら、忘れ方を教えてよ!」

 

 蝶の翼を用いて、クトリは飛ぶ。

 突風により、ウィザードは壁際まで飛ばされる。そのまま、セニオリスを振るったクトリに対し、ウィザードは別の指輪を使った。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 発生した赤い魔法陣でその斬撃を防ぐが、斬撃との対消滅の末、ウィザードが弾かれる。

 

「生きたいと願うなんて思わなかった……! 当たり前のように、聖杯戦争で死ぬんだと思っていた……! 君が、君たちが、私を生きたいって思わせてしまったんだよ」

「っ!」

 

 接近してきたクトリを、ウィザーソードガンで受け止める。そのまま、腕が触れ合う。すると、彼女の熱くなっている体温が伝わってきた。

 そのまま、クトリのセニオリスが何度も何度もウィザードへ斬りかかる。

「ぐっ……!」

 

 全てを受け流し、ウィザードはクトリから距離を取った。

 

『キャモナスラッシュ シェイクハンド』

『フレイム スラッシュストライク』

 

 ウィザードとクトリが、同時に刃を振るう。斬撃の軌道がそれぞれに跳び、互いに命中。

 ウィザードは変身を解除すると同時に地面を転がり、クトリも防御に回した蝶の翼が大きく擦り切れている。

 

「ねえ……ハルト君」

 

 よろよろと起き上がるハルトへ、クトリは言った。

 

「お願い、いいかな?」

「何?」

 

 途中で、全身に痛みが走る。足の支えが不安定となり、全身が床に張り付いた。

 

「私が消えても……覚えていてくれる?」

「……」

 

 目を反らす。すると、すぐそばに、キックストライクの指輪があった。

 

「私も今の世界を壊したくない。でも、私が生きていたらいけない。だから、ハルト君」

 

 彼女の声が震えていく。

 

 

 

「お願い」

 

 

 

「うわあああああああ!」

 

 ハルトは指輪を掴み、そのままベルトに入れる。

 

『キックストライク プリーズ』

 

 これまで生身で使ったことがない指輪。地面に赤い魔法陣が出現し、その上でウィザードのときと同じように、腰を下ろす。

 

「忘れない……忘れない! 君のその願いは、俺の希望だから……!」

 

 ウィザードでないとき、足はここまで発熱するのか。

 ハルトは、そのままかけていく。

 クトリのセニオリスを蹴り上げ、彼女の手から離す。

 一瞬クトリは驚いた顔をしたが、すぐに安らかな顔をして。

 

「ありがとう」

 

 ハルトの赤い蹴りが、クトリの胸を貫いた。

 

 

 

「ねえ」

 

 消え入りそうなクトリの声。自身の膝の上で、穏やかな表情のクトリは、眠そうな目で、ハルトを見あげていた。

 

「お願いがあるんだけど。聞いてくれない?」

 

 ツーサイドアップの髪はまだ紅いまま。蒼に戻ることなく、ヒガンバナのようにハルトの膝元で咲いている。

 黒い衣装はすでにボロボロになっており、セニオリスもまた無造作に彼女の手元に打ち捨てられていた。

 

「何?」

 

 意識して、ハルトは震えを押し殺した。それがクトリにはどう伝わったのか、彼女は少しほほ笑みながら続けた。

 

「君のマジック……見せてくれない?」

「マジック……大道芸のこと?」

「うん。ほら、私いつも仕事が入って、君がいるとき、あまりここにいられなかったから。だから」

「……嫌だ」

「ハルト君?」

「それって、最期のお願いのつもりなんだろ? 俺は……」

「あはは……ハルト君、結構意地悪だね……ゲホッ」

 

 吐血。だが、クトリのそれは赤くない。その赤を全て髪にもっていかれたのかと思うほど、その血は黒かった。

 

「アマゾンの血……」

「ねえ。お願い」

「……」

 

 ハルトは静かに、キックストライクのままの指輪を入れ替える。

 

『コネクト プリーズ』

「ここに取り出しましたるのは、ごく普通のトランプです」

 

 震える手つきで、ハルトはトランプをシャッフルする。数枚が零れ落ちるが、気に留める者はいない。

 

「じゃあ、ここから一枚選んで。俺に見えないように」

「じゃあ、これ」

 

 ハートの6。クトリの体勢のせいで、思わず見えてしまった。

 それを戻し、再びシャッフルする。また何枚かが落ちる。

 

「クトリちゃんが選んだのは、これ?」

 

 クラブのキング。ハートの6は、いつの間にか地面に零れていた。

 

「そう。それだよ……すごい。どうやって分かったの?」

「……秘密。じゃあ、次」

「うん」

「見える? このハサミ」

「見えるよ。可愛い赤いハサミだね」

 

 ハルトの青いハサミを見ながら、クトリは呟いた。

 

「指切断マジック。いくよ……」

 

 クトリの前で、右手人差し指をハサミで切るように見せかける。

 

「切れちゃったよ? 大丈夫?」

「大丈夫。ほれ、この通り」

 

 切れた部分を左手で隠し、再生した指を見せる。

 

「すごい……みんな、こんなのずっと見てたんだ。羨ましいな」

「まだまだあるからね。次は……」

 

 鳩、火吹き、花。これまでハルトがやってきた色とりどりの芸を、可能な限りクトリに見せていた。

 もう目に光のないクトリは、その間、ずっと笑っていた。悲しそうで、それでもどこか嬉しそうで。

 

 そして。

 

 どこからそうなっていたのかは、知らない。

 眠るように瞼を閉じたクトリが、いつから言葉を発さなくなっていたのか、もう分からなかった。

 それでも、ハルトは止まらなかった。

 やがて、全てのタネを使い尽くすまで、ハルトのショータイムは終わらなかった。

 

 

___最後まで、自分のことを大切に思ってくれたことが、大切だと思った___

___思えたことが、幸せだった___

___だからきっと、今の私は、誰が何と言おうと……世界一幸せな女の子だ___




緊急事態宣言出ましたね。
外出はなるべく控えるようにとのことですけど……
家だと集中できないから、喫茶店に行くのもダメなのかな?


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今日よりも悪くなる明日

#ヒーローが子供たちを元気にする

ハルト「みんな! いつも応援ありがとう! 今世界中が大変なことになってるね。今はみんながヒーローになるときだよ。何も相手をやっつけるだけがヒーローじゃない。守ることだってヒーローだよ。今は自粛っていう戦い方で、身の回りのみんなを守っていける。それって、とってもいいことだと思わない? 俺はみんなを守るために戦う。だからみんなは、すぐ近くの人を守るために戦ってね。これ以上の悲劇は、もう終わりにしよう」


 友奈の背後に、巨大な装置が取り付けられる。

 桃色のそれは、両側に巨大な腕が装備されており、全てを砕く剛腕となっていた。

 最後に右耳にパーツが追加で装備され、変身完了。

 

「行くよ……千翼くん……いや、バーサーカー!」

 

 千翼の名前を押しつぶし、勇者としてではなく、サーヴァント、セイヴァーとしてアマゾン態へ走る。

 アマゾン態も吠える。

 

「友……奈……さん。いや、セイヴァー!」

 

 その六本の腕が、あたかも太鼓のように、高速で友奈を狙う。友奈の合計四本の拳が、それに対応。空気を震わせる音が病院を突き抜ける。

 友奈は蹴りで、アマゾン態の動きを鈍らせる。さらにジャンプして反転。

 

「はっ!」

 

 友奈が拳を振ると、巨大な剛腕がアマゾン態へ振るわれる。巌さえも打ち砕く威力のそれだが、アマゾン態に命中することはなかった。

 むしろアマゾン態は六本の剛腕を駆使し、白い神の腕に飛び乗る。そのままアマゾン態は右三本の腕を伸ばし、そこから触手を発射する。

 

「っ!」

 

 友奈はそれを剛腕でガード。無事な左手で、アマゾン態をはたきおとす。

 

「俺は……俺は……!」

 

 吹き抜けの病院を自在に跳びまわるアマゾン態。時折触手を放ち攻撃してくるが、満開により立体的な動きを駆使すれば、回避可能なものだった。

 だが、ずっとアマゾン態は逃げていたわけではない。

 突如として止まり、友奈に向かって反発ジャンプ。

 

「セイヴァーあああああああ!」

「っ……うおおおおおおおおお!」

 

 合計六本の拳に対し、友奈も声を荒げる。

 

「満開! 勇者パアアアアアアアアンチ!」

 

 空間に桜の花が咲く。友奈の超火力とアマゾン態の一撃が、病院全体を揺らし、二人はそのまま近くのフロアの廊下に投げ出された。

 

「うっ……」

「ぐっ……」

 

 変身解除。生身に戻った友奈は、慌ててスマホを取る。だが。

 

「うっ……!」

 

 全身の痛みに、スマホを取り落とす。

 だが、重要な変身アイテムを拾うよりも先に、自らの全身に触れ回る。

 どこかに異常はないか。触覚の正常を確認した後は、壁を叩く。

 コンコン。コンコン。

 

「……!」

 

 コンコン。コンコン。

 その床をたたく物音に、何やら不自然さを感じた。

 

「……」

 

 数回床を叩いた友奈は、理解した。

 

「今回は耳か……」

 

 右耳をさすった友奈は、すぐに千翼の姿を探して廊下を走り出す。すでに平衡感覚を失うほどのダメージで、まっすぐ走れない。だが。

 

「いた!」

 

 友奈と同じように、生身の千翼が床に倒れていた。

 

「友奈さん……」

 

 ネオアマゾンドライバーを付けたまま、千翼は友奈を見あげていた。

 

「……今」

 

 千翼は、顔をくしゃくしゃにして、友奈を見上げる。

 

「今……」

「ど、どうしたの?」

「今……姉ちゃんが……姉ちゃんの令呪が……消えた……」

 

 千翼は四つん這いになり、顔を落とした。

 友奈は無言で、じっと千翼を見つめていた。相変わらず警報はなり続けているが、もう警報に従うことはできない。

 千翼はやがて、首を振りながら友奈に背中を向ける。

 

「ま、待って!」

 

 友奈は彼の後を追いかける。千翼はどんどん上の階へ階段を伝っていき、やがて最上階の廊下に差し掛かった。

 

「待って!」

 

 彼が廊下の奥へ走ろうとしていたが、そこにはすでに先客がいた。

 

「ん?」

 

 水色のダウンジャケットをズタズタにされた状態の青年。城戸真司。ライダーのサーヴァントは、振り向いたと同時に驚きの表情を見せた。

 

「あ、アンタはさっきの……!」

「ライダーっ!」

 

 千翼は真司を認めると同時に逃げ出す。友奈の肩を突き飛ばし、そのまま上の階へ逃げていった。

 

「待って! 千翼くん!」

「友奈ちゃん!? ちょっと待って!」

 

 友奈に続いて、真司も彼を追いかける。

 その間、このフロアの一室に、ハルトがいることに誰も気づかない。

 

 

 

 雨はどんどん強くなってきた。

 千翼に続いて屋上に着いた友奈は、室内との温度差に驚く。

 

「はあ……」

 

 白い息を吐きながら、友奈と真司はともに逃げ場のない屋上にたどり着いた。

 

「千翼くん……?」

 

 さっきまで必死に逃げ回っていた彼が、今は屋上の真ん中で棒立ちしていた。

 彼の目線の先。アマゾンによって混乱する見滝原を一望できるその屋上に、この事態の発端がいた。

 

「あれって、フラダリ院長?」

 

 真司の言葉に、友奈は理解した。

 フラダリ・カロス。この病院の院長にして、アマゾンの暴走の宣言を行った人物。

 灼熱の太陽を擬人化したような人物である彼は、たとえ雨の中であっても煌々とした輝きを放っているように思えた。

 フラダリは静かに千翼を、そして屋上入口の友奈、真司へ視線を流す。

 

「院長……」

 

 千翼の声に、フラダリは少しだけ彼を見下ろした。

 

「来たか千翼」

 

 その声には、喜びも怒りも、いかなる感情も読み取れなかった。

 

「どうだ? 素晴らしいと思わないか?」

 

 フラダリが指し示す光景に、友奈は目を疑う。

 あちらこちらで悲鳴が上がり、雨でも消しきれない火の手も数多く発生している。世界が終わる寸前の光景だった。

 

「君のアマゾン細胞のおかげで私の計画も完璧だ。これが私の求めていた平和なのだよ」

「平和?」

「そう。これで、身勝手な人類は駆逐される。生き残った者たちは全て、この私が管理する。これで私が思い描く、平和が実現される! 千翼。君のおかげだよ」

「え?」

 

 千翼が目を白黒させている。その横を、真司が走っていった。

 

「待ってくれ、フラダリさん! これが平和って、いったい何を言っているんだ?」

 

 千翼の前に立ちはだかるように、真司が割り込む。

 

「君は……いつか取材したがっていた記者だね? どうやってここまでこれた? この病院には、無数のアマゾンがいたはずだが。……まあ、問題ない」

 

 フラダリは新たな傍聴者の存在を認め、まるでホワイトボードを差すように、この地獄となった見滝原を指し示す。

 

「見たまえ。見苦しいものがどんどん消えていく。美しいではないか」

 

 そこには、アマゾンたちの大暴れの様子が見えた。米粒のような大きさに見えるアマゾンが、より小さな人間たちを捕食しようと襲い掛かる。警察も、何もかもが無力。

 時折見える顔見知りのみが、アマゾンに対抗する有効打となっていた。

 

「千翼。君から生まれたアマゾンたちが、私の怒りを代弁してくれているんだ」

「こんな、人を傷つけて、街を壊していくのが、お前の言う平和なのか!? お前、医者なんだから、人を守るのが仕事だろ!」

「ああ。守るのは……」

 

 真司の怒声に対し、フラダリは静かに、そしてハッキリと告げた。

 

「選ばれたもののみだ」

「選ばれたって……」

 

 友奈も口を挟まずにはいられない。

 

「選ばれたものって、何ですか? アマゾンにさせられた人だけなんですか?」

「そうだ」

「それじゃあ、今いる人たちは? 何も知らない、それぞれ必死に生きている人たちだっているんですよ?」

「……」

 

 途端に、フラダリの目つきが変わった。彼の目は、人に対してする目ではない。使えない、道具に対する落胆の眼差しのようにも感じた。

 

「クトリから、君たちのおおよそのことは聞いている」

「……え?」

「君たちは、異世界で死んだ英雄。聖杯戦争と呼ばれる得体のしれない儀式によりこの世界に呼ばれた死者。そうだろう?」

「だったら何だっていうんだ?」

 

 真司が噛みつく。

 だが、フラダリは変わらぬ真っすぐな目で、二人を見据えていた。

 

「聖杯の亡霊たちよ。この世界で君たちは一体何を守るのだ? 今日よりも悪くなる明日か?」

「今日よりも悪くなる……」

「明日……」

「だが、聖杯は私にも恵を与えた。クトリという少女を媒体に、千翼という無限の可能性を与えた。その細胞を調べたとき私は驚いたよ。細胞単位で人肉を欲する生命体、アマゾンの存在に」

「違う……!」

 

 真司の後ろから、千翼が訴える。

 

「俺は……俺は……!」

「本当に違うのかね? 君は今までも、人間を食べたいと思っていなかったのか? 君の細胞を受けてアマゾンとなった人々が、あれだけ旺盛に人を捕食しているのに、君は違うと?」

「それは……それは……」

 

 千翼が否定しているとき、友奈は思い出していた。

 以前、まだ千翼の体が今よりも小さいとき。ずっと自分の腕を抱き寄せていた。ただの子供の甘えだと思っていたが、あれは彼が文字通り、人肌を求めていたのではないか。

 

「千翼。君が与えてくれた細胞は、世界を破壊するのにとても役に立っている。見てみろ。この世界に明日は来ない。雨が止めば新しい世界になっているのだ。終わるというのはこんなにも美しい。まさに平和への第一歩だ」

「狂ってる……!」

 

 真司が毒づく。

 

「千翼」

 

 さらにフラダリは、千翼へ手を伸ばす。

 

「君はこの世界で生きることはできない。なぜだかわかるか?」

「やっぱり、俺は生きられない……?」

「そう。人間を食らうことは悪とされる。それはなぜか。この世界は、人間が作ったルールに支配されているからだ」

「……!」

「醜い人間……分け合えず、分かり合えず。何も生み出さない輩が、明日を食いつぶしていく……。このままでは、醜い人間たちによって、世界の全てが行き詰まる。全ての命は救えない。選ばれた人のみが、明日への切符を手に入れる。千翼! そして異世界の英雄たちよ!」

 

 雨の中であろうともよく響く声で、フラダリは言った。

 

「君たちは、選ばれた側の人間だ。アマゾンとなった世界で、私が支配する世界で、生き延びることもできる!」

「……やめてよ」

 

 友奈は首を振った。

 

「限られた人だけしか明日を生きられないなんて言わないでよ! 住んでる世界の誰にでも、明日を生きる権利はあるはずだよ! それを……それを誰かが奪っていいわけがない!」

「ならば少女よ。君はこの醜い世界を変えることができるというのか? 違う者を受け入れられず、少ないものを分け合えないこの世界を!」

「分からない。もしかしたら、貴方が言う通り、それが人間で、不可能なのかもしれない。でも……」

 

 友奈は胸に手を当てる。

 

「それでも生きていくのが人間だよ! この世界は、フラダリさんだってまだ知らない可能性がある! アマゾンなんて、他の世界のものじゃなくても、きっと……! それを探し続けていかないといけないんだよ!」

「……君は甘すぎる。そんなことは、私とて当の昔に考えた! その可能性を探し、世界中を回り、まだ見ぬ数多くの可能性にあたってきた」

 

 フラダリの体が、不自然な発熱を帯びた。それは雨を蒸発させ、濡れた髪を一気に乾かしていく。

 

「何も知らぬ小娘よ。残念だが。私が築き上げる世界に、君は不要だ」

 

 そういいながら、フラダリは白衣の下から何かを取り出した。

 黒い、帯のようなものが付随する装置。左右対称なグリップが備え付けられているそれは、中心にまるで赤い目がついているようだった。

 

「必要とか不要とか、そんなこと、他の誰かが決めることじゃない!」

 

 今度は真司も主張する。それはどうやらフラダリの琴線に触れたようで、彼の眼差しがライダーのサーヴァントも突き刺す。

 そして。

 

「仕方ない」

 

 それを腰に装着。機械より、不気味な起動音が流れた。

 

「私の手で、君を排除する」

 

 グリップ部分を握る。

 千翼の腰にある機械の試作品。アマゾンドライバーたるそれを握ると、『フレア』という音声がした。

 やがて、目の形をした部分が紅蓮に発光。フラダリの全身に、黒い血管___間違いなくアマゾン細胞___が流れていく。

 

 

 

「アマゾン」

 

 

 

 静かに。だがはっきりと。

 灼熱の炎により、フラダリの体が包まれていく。

 雨水を、そして天の雨雲を蒸発させるそれは、他のどの世界にもない、まったく新しい戦士(仮面ライダー)の誕生の産声だった。

 それは、別世界におけるアマゾンシグマにもよく似ていた。だが、その体色は、暗い今よく目立つ赤。そして、その爬虫類のような顔には、ライオンのような(たてがみ)が生えている。

 

「今名付けよう……この戦士の名前を」

 

 フラダリだった存在は、自らの体を見下ろしながら宣言した。

 

「アマゾンフレア。この世界を平和に導く者の名前だ」

 

 アマゾンネオとほとんど近いポーズで、臨戦態勢を示すアマゾンフレア。

 友奈は、真司と目を合わせる。

 

「真司さん。行くよ」

「ああ。死ぬなよ。友奈ちゃん」

 

 真司はその言葉とともに、カードデッキを掲げる。すると、どこから飛んできたのか、銀のベルトが彼の腰に装着された。

 

「千翼くん。下がってて」

 

 友奈は、千翼を背中に回す。

 

「友奈さん?」

「私は、本当は人とは戦いたくない。聖杯戦争だって、誰かと戦いたくない。でも、フラダリさんは……この人だけは、戦わなくちゃいけないと思う」

 

 警報はずっと鳴り響いている。樹海化の時と同じ危機だと、友奈も感じていた。

 

「だから……行くよ、真司さん!」

「ああ!」

 

 真司が右腕を斜めに伸ばすと同時に、二人は叫んだ。

 

「「変身!」」

 

 どんどん雨が強くなる。

 仮面契約者(龍騎)勇者(友奈)は、平和(アマゾンフレア)に同時に駆け出した。

 



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あの人が大好きな世界

ここでフラダリが言っている言葉は、ほとんど原作から持ってきました。確かに辛い。正直、現状をかなり言い当てていると思う。


『ソードベント』

 

 雨を舞うドラグレッダーが吠える。握られたドラグセイバーを駆使し、龍騎はアマゾンフレアへ斬りかかる。

 だが、アマゾンフレアは無駄のない動きでそれを避ける。上半身を僅かに反らして柳葉刀を回避し、逆に最低限の肘打ちで龍騎を退ける。

 

「ぐっ……!」

「任せて!」

 

 だが、龍騎の肩を伝い、友奈がアマゾンフレアに攻め入る。彼女の格闘技は、同じく武器を持たないアマゾンフレアに接戦を挑む形となった。

 だが、決して低くない技量の友奈に対し、アマゾンフレアの格闘もまた彼女を上回っていた。拳を見事に受け流し、引き寄せ、その顔面に蹴りを入れる。

 

「うわっ!」

「友奈ちゃん!」

 

 地面を転がる友奈を助け起こす。

 それを見下ろすアマゾンフレアは、顎に手を当てながら肩で笑った。

 

「ふふふふ。これで世界の平和は加速していく」

「平和平和って……、これのどこが平和なんだ?」

「お前に何がわかるというのだ? この世界の醜い部分を知らないお前たちに!」

 

 アマゾンフレアは、さらに攻撃の手を緩めない。その力を込めた足で、龍騎と友奈を踏みつけようとする。

 

「危ねっ!」

 

 龍騎は友奈を抱えながら地面を転がる。アマゾンフレアが踏み抜いた箇所は、大きな穴が開いた。

 

「過去には私にも、苦しむ人々を助けようと手を差し伸べた時代があった」

「フラダリさん」

 

 続いてアマゾンフレアは、ベルトのグリップを掴み、引き抜く。引き抜いた箇所より黒い生体部分が伸び、銛となる。

 

「はっ!」

「うおっ!」

 

 銛での攻撃に対し、龍騎はドラグセイバーで防御。友奈の真上で火花が散る。

 アマゾンフレアの銛で、龍騎はドラグセイバーとの交差を彼に寄せる。顔が近づく状態でも、アマゾンフレアは語り続ける。

 

「人々は喜んだ……」

「だったら、それでいいじゃないか……?」

「否! それははじめだけ! 彼らは助けを当然のものとし、要求するばかりだった。声高に自分たちの権利を主張するようになり、救いの手が彼らの傲慢を招いた」

 

 ドラグセイバーが龍騎の手を離れ、千翼の足元まではじけ飛んだ。

 

「っ!」

「せいっ!」

 

 突き刺した銛が、龍騎の鎧へ命中する。痛みとともに、龍騎の体は大きく後退した。

 痛む胸元を抑える龍騎。だが、まだアマゾンフレアの攻撃は終わらない。

 運よく、アマゾンフレアの足元で跳び起きた友奈。彼女の飛び蹴りで、その銛は弾かれ、屋上より転落していった。

 

「勇者パンチ!」

「むっ!?」

 

 桃色の友奈の拳。

 それは、さすがのアマゾンフレアでも危険と踏んだのだろう。彼女の拳が顔面に命中する寸前で、体を回転させ、友奈の背後に回り込む。勇者パンチの手首をつかみ、そのまま龍騎へ矛先を向ける。

 

「はぁ!」

「うわわ!」

「やべえ!」

 

 勇者パンチが来る。龍騎は慌ててデッキよりカードを引き、ドラグバイザーにセット。

 

『ガードベント』

 

 危機一髪。寸前のところで現れたドラグシールドは、そのまま友奈の拳と対消滅。余剰ダメージはさらに龍騎を襲った。

 

「真司さん!」

「大丈夫……」

 

 ヨロヨロの状態ながら、龍騎は立ち上がる。

 アマゾンフレアは続けた。

 

「愚かな人間。世界というこのシステムは、どこかで歯車が狂ってしまう。だから私はそれを壊し、修正しようというのだ。……リセットだ。私のユートピアを作るための」

「ふざけんな! お前の勝手で、世界を壊すな!」

「勝者にこそそれを決める資格があるのだ」

 

 アマゾンフレアは、改めてベルトのグリップを握る。

 

『バイオレンス ブレイク』

 

 それは、必殺技の一つ。

 アマゾンフレアの右腕が深紅に輝く。雨を一切寄せ付けないその高温が、一気に友奈を襲う。

 

「危ない!」

 

 それに対応し、友奈は、その右足に桃色の光を込めていた。

 

「勇者キック!」

 

 二つの必殺技の衝突。爆発とともに、友奈を壁に激突させ、さらに変身解除に至った。

 

「友奈ちゃん!」

「だ、大丈夫……」

 

 言葉とは裏腹の彼女は、もう立ち上がるのも難しそうだった。生身のまま、何度も起き上がろうとしている。

 

「友奈さん……」

 

 それを千翼は、じっとうつろな目で眺めていた。

 彼が敵に回らないことを祈りながら、龍騎は彼の足元のドラグセイバーを拾い上げる。

 その刃先をアマゾンフレアに向け、彼の次の動きを伺う、その時。

 

「もうやめよう……」

 

 か細い声が聞こえた。同時に、龍騎の背後からする足音。

 足を引きずりながら、千翼は龍騎の隣に立つ。

 

「千翼……どういうつもりだ?」

「俺は……俺は……姉ちゃんが好きだったこの世界を、壊したくない……!」

 

 それは、千翼が精一杯の言葉で言った。

 

「フラダリさんの言葉はよくわからないけど……でも、姉ちゃんはこの世界で、ハルトさんに出会って、俺も友奈さんと出会って、木綿季や可奈美さんとも出会った。……そんな素晴らしい世界を、俺も壊したくない……」

「忘れたのか千翼。この世界はアマゾンを受け入れられない。お前が生きるためには、この世界をアマゾンにするしかない」

「俺も、それでもいいって思ってた。そうしてでも生きたいって。……でも……」

 

 千翼は、自らの腕を掴む。こみ上げてくる何かを抑えるように、全身が震えていた。

 

「もう姉ちゃんはいない……だったらせめて、姉ちゃんがいた世界は……俺がどうなってもいいから、守りたい!」

「……話にならんな」

 

 ため息とともに、アマゾンフレアは吐き捨てる。

 

「お前もサーヴァント(この者)達とともに逝け!」

『バイオレント フレイム』

 

 再びアマゾンフレアがグリップを操作。すると、今度はアマゾンフレアの両手に炎が宿りだす。それを胸元に集めると、小さな太陽を思わせる火の玉が完成した。

 それを放つと同時に、千翼が龍騎を守るように立つ。

 

「おいっ!」

 

 龍騎が止めるよりも先に、炎が届く。そして。

 

「アマゾン!」

 

 爆発。

 だが、それは徐々に龍騎の集っていくやがて人型のシルエットに吸収され、

 アマゾンネオが産声を上げた。

 

「フラダリさん……俺は、フラダリさんを止める!」

『ブレード ローディング』

 

 アマゾンネオは腕に刃を生やしながら、龍騎を横目で見る。

 

「ライダー。……力を貸して!」

「っ……!」

 

 その時。龍騎は、全身が震えるのを感じた。

 

「ああ。……行くぜ、バーサーカー!」

 

 龍騎とアマゾンネオ。二人の___別の世界では、仮面ライダーと呼ばれる者たち___が、ともに走り出した。

 

『バイオレント スラッシュ』

 

 アマゾンフレアが、グリップを使用。右手に生えてきた、無数の刃で、龍騎とアマゾンネオを引き裂こうとする。だが、龍騎はそれをドラグセイバーで防ぎ、その肩を伝い、アマゾンネオが頭上から攻撃。

 

「むっ!」

 

 アマゾンフレアは、左手の刃でそれをガード。だが、手薄になったドラグセイバーの防御が、龍騎を自由にした。

 

「だあっ!」

 

 ドラグセイバーが火を噴く。二度、アマゾンフレアの体を引き裂き、続く回転蹴りで、アマゾンフレアに地面を舐めさせた。

 

「フラダリさん! アンタがこの世界を嫌いになろうがなんだろうが、この世界を生きるみんなの物なんだ!」

 

 龍騎はドラグセイバーで指しながら訴える。

 

「壊すとか変えるとか、明日が来ないとか勝手なことを言うな!」

「……」

 

 アマゾンフレアはむっくりと立ち上がる。いつの間にか再生したグリップを引き抜くと、今度は、まるでのこぎりのような形状となった。

 

「青臭い……」

 

 アマゾンフレアは、さらにもう片方のグリップを動かす。

 

『アマゾン スラッシュ』

 

 紅蓮の炎が、アマゾンフレアの武器に走る。

 

「ふんっ!」

 

 彼が力強く振りぬく。

 炎の刃が、龍騎とアマゾンネオに走るが、龍騎はすでに対応策を用意していた。

 

『アドベント』

『___________!』

 

 無双龍ドラグレッダーが、咆哮とともに、その身を使って攻撃を焼き切る。爆発の中、龍騎とアマゾンネオがアマゾンフレアに攻め立てる。

 だが、それでもアマゾンフレアに劣勢の二文字はない、龍騎のドラグセイバーを全て受け流し、アマゾンネオの動きさえも手玉に、龍騎にぶつけたのだった。

 

「全く。君たちもどこまでも私を楽しませてくれる」

 

 アマゾンフレアは再びグリップを使う。

 

『バイオレント スラッシュ』

 

 再びの、遠距離の斬撃。それをまともに受けた二人のサーヴァントは、大きく引き下がる。

 

「ドラグレッダー!」

 

 龍騎の声に、ドラグレッダーは吠える。その巨大な胴体を駆使し、アマゾンフレアへ畳みかけるが、戦闘経験が豊富なのか、見事な身のこなしでアマゾンフレアは回避した。

 

「このっ!」

 

 その隙に、龍騎は接近。だが、アマゾンフレアは龍騎ではなくドラグセイバーに狙いをつけ、武器を大きく弾き飛ばす。

 

「あ!」

「終わりだ」

 

 トドメとばかりに、振り上げたのこぎり。だが、それよりも早く、龍騎は。

 アマゾンフレアの腰にしがみつく。

 

「何!?」

 

 あまりのアンバランスと予想外に、アマゾンフレアは武器を取り落とした。そのまま龍騎は、屋上の端近くまで押し通し、頭突き。

 

「ぐっ!」

 

 一番的確なダメージを与えた。腹部を抑えるアマゾンフレアに対し、龍騎は形勢の解れを見出した。

 

「まだだ……まだこれ程度!」

 

 すぐに復活したアマゾンフレア。彼はそのまま、腕の刃で龍騎を引き裂こうとした。

 

「これ程度、世界を変えるには程遠い! この世界に、もう明日は来ない!」

「ぐっ!」

 

 だが、龍騎は両手で、その刃の腕を受け止めた。強い力で押されながらも、龍騎はアマゾンフレアの腕を持ち上げる。

 

「そんなこと……」

 

 左手。ドラグバイザーの付いた側の腕を外し、思い切り拳を握る。

 

「お前が決めるな!」

 

 アマゾンフレアの顔面を殴った。それは明らかに、状況の好転を意味していた。

 

「明日には大切な人に会える人も、明日には願いを叶える人も、明日には傷が治る人も! 一人一人に明日があるんだ! その明日を奪っていい理由がどこにあるっていうんだ! だから俺は、明日のために止めて見せる! この戦いを!」

「無駄だ! お前には止められん!」

 

 それを否定するように、龍騎は新たなカードを引き抜く。

 

『ストライクベント』

 

 龍騎の手に装着された、ドラグレッダーの頭を模した装備。ドラグクローの口に、炎が溜まっていく。

 

「はああ……」

 

 同時に、ドラグレッダーもまた龍騎とともに攻撃の体勢に入る。

 それは、これまで龍騎が行ってきたストライクベントのそれではない。雨の中であろうとも、その高熱はこれまでの威力の比ではない。

 

「だああああああ!」

 

 龍騎のドラグクローとドラグレッダーの口。二つの牙より放たれる炎が一つとなる。ファイナルベントにも匹敵する威力のドラグクローファイアと昇竜突破が、アマゾンフレアに命中する。

 

「ぬおおおおお!」

 

 その炎は、アマゾンフレアの炎さえも消し飛ばす。転がったアマゾンフレアは、明らかに大きなダメージを受けていた。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 

 龍騎の腕から、ドラグクローが落ちる。疲労のあまり、変身まで解除された。

 

「やった……のか?」

 

 屋上の一角。雨はいつまでも止まないのに、龍が燃やした炎は、いつまでも消火しない。

 

「おい……大丈夫か?」

 

 真司は急いで炎に近づく。その時。

 

「ぐあっ!」

 

 炎の魔人の手が、真司の首を掴んだ。そのまま真司を持ち上げ、呼吸がしづらくなる。

 

「あっ……」

「こんなことで、私の望みは潰えない」

 

 炎の中より、アマゾンフレアがその姿を現す。だが、その姿はさっきまでの完全なものではない。(たてがみ)はすでに炎でボロボロとなっており、全身も大きなダメージで傷だらけになっていた。アマゾンドライバーも破損しており、目の部分に大きなヒビが入っている。

 だが、その青い目だけは、まるでフラダリの目がそのまま映っているかのように、強く真司を見据えていた。

 

「私が世界を変えるのだ! 君に、その邪魔は……っ!」

 

 させない。そう言っていたのだろう。

 だが、続かなかった。

 耳を防ぎたくなる音。筋肉が破壊される音。

 

「な……に……?」

 

 真司と、アマゾンフレアはともに見下ろす。そして。

 

「ばかな……?」

 

 その腹より、アマゾンネオの腕が突き出ていた。

 

「ち……ひ……ろ……! 貴様……!」

 

 アマゾンフレアの言葉を無視し、彼の背後……炎の中から、アマゾンネオがその姿を現す。

 

「もうやめよう……フラダリさん……」

「貴様、アマゾンの世界を捨てるというのか……!」

「俺は、姉ちゃんがいた……姉ちゃんが好きな、この世界を守りたい。姉ちゃんのことを覚えてくれる人がいる世界がいい。姉ちゃんが生きていたこの世界がいい。俺が……たとえ俺が生きてはいけない世界になったとしても!」

「千翼……千翼! おのれ……!」

「だから……俺たちは、一緒に行こう」

 

 アマゾンネオの装甲が全てパージ。アマゾン態となり、残った五本の腕で、フラダリを捕まえる。

 

「よせ! 千翼! 放せ! ええい、こんな傷、アマゾンの体ならばすぐに治る!」

「放さないよ。俺たちは、もうこの世界に生きてはいけない。俺だって生きたいけど、それより、姉ちゃんが……みんなが、自由に生きられる世界にしたい。ライダー」

 

 アマゾン態が___その瞳は、間違いなく千翼のままのものだった___(こいねが)う。

 

「お願い」

「……変身……」

 

 鏡の像が重なる。

 デッキから、カードを引く。

 龍の紋章のカード。これまで、誰一人として、生きている命に向けて使ったことはなかった。戦いを止めるためのものとして、戦いに参加している者に使ったことはなかった。

 ドラグレッダーが、上空で待機している。速く使えと言っているようだった。

 ドラグバイザーに挿入した。あとは、そのカバーを閉じるだけで、それが発動する。

 

「真司さん」

 

 その時。

 龍騎の肩を、トントンと叩く者がいた。

 

「友奈ちゃん」

「真司さんだけには背負わせない」

 

 勇者に変身した、友奈だった。

 

「世界を一度は見殺しにした私だから。私にも、その責任を負わせて」

「……いいんだな?」

「うん」

 

 友奈の手が、ドラグバイザーに乗せられる。

 

「行くよ」

「……ああ」

 

 そして。

 龍騎と友奈は、共にドラグバイザーのカバーを閉じた。

 

『ファイナルベント』

 

 龍騎と友奈の周囲を、ドラグレッダーが回る。

 いつもよりも一拍遅れて、龍騎は舞を行う。友奈も、龍騎とは鏡写しに、力を込め、龍へ舞をささげた。

 

「まだだ! まだ終わっていない! 動け! 動くのだ!」

 

 アマゾンフレアの言葉に耳を貸さずに、龍騎と友奈はともにジャンプ。

 龍騎は腕を。友奈は足を。それぞれ上にして、ドラグレッダーの渦の中を飛んでいく。

 そのまま体を回転させながら、

 龍騎は足を。友奈は腕を。それぞれ、最後のアマゾンへ向けた。

 

「だあああああああああああああああああああ!」

「やあああああああああああああああああああ!」

 

 ドラグレッダーの炎と、友奈の花びら。二つの力が混じりあい、大きな炎の花びらが、病院の屋上に咲いた。

 

 

 

 それは、アマゾンフレアを。そして、彼を拘束する、アマゾン態___アマゾンネオ___千翼を貫く。

 

 

 

「私は何も間違っていない! この醜い世界を、私が___!」

 

 

 

 フラダリの断末魔は、龍の雄たけびに塗り潰されていった。

 そしてようやく。

 雨が止んだ。



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エピローグ

二章も結構長かったな……今回で終了します。


「うえええええええええん!」

 

 ハルトがチノをラビットハウスに連れ帰っての第一声が、ココアの泣き声だった。

 顔をぐちゃぐちゃにして、彼女はそのままハルトに付いてくるチノに抱きついた。

 

「よかった、よかったよおおお!」

「ココアさん! やめてください! あと、顔拭いてください」

「びえええええええん! チノちゃんの誕生日、会いに行けなくてごめんねえええええ!」

「止めてくださいココアさん。まあ、それは静かな誕生日でしたけど……だから、離してください」

「チノちゃんそういう割には満更でもなさそうだけど?」

「違います」

 

 ハルトの言葉に、チノは首を振った。

 

「ハルトさん、いいから早く助けてください」

「あとでね」

 

 ハルトは二人を眺めながら、ラビットハウスの奥へ歩く。

 もう、あの事件から一週間も経っている。

 見滝原は復興へ向かっており、見滝原中央病院の水を飲んだ人たちも、それぞれの医療機関で検査を受けた。

 フラダリが、病院に溶原性細胞の研究データを残していたことが幸いし、それぞれの機関も問題なく溶原性細胞の有無を調べられた。

 結果、水を飲んだ人の大多数は陰性。陽性であった一部の人も、フラダリの研究室にあった検体よりワクチンを開発し、今では快方に向かっている。

 それでも、アマゾンが付けた爪痕が消えるわけではない。

 ハルトは、ラビットハウスの天井を見上げる。

 昨日から営業を再開し、テレビもニュースを流している。そこには、アマゾン事件についての報道がされていた。

 

『犠牲者 合計四千人』

 

「これも……聖杯戦争だっていうのか?」

 

 ハルトの口から、思わずその言葉が出てきた。

 真司と友奈から聞いた話によれば、フラダリはサーヴァントである千翼の細胞を利用したらしい。つまり、聖杯戦争がなければ起こり得なかった悲劇ということになる。

 

「もう……ここ(見滝原)では、誰が参加者で誰が参加者じゃないかなんて、関係なくなっているんだね」

 

 そう言ったのは、一階に降りてきた可奈美だった。

 

「可奈美ちゃん」

「……ごめん。ちょっと、付き合ってくれない?」

 

 

 

 可奈美に連れてこられたのは、見滝原公園の一角だった。

 公園の中でも、深い森の部分。ほとんどが自然のままの状態であり、滅多に人の来ない場所で、ハルトは可奈美と向かい合っていた。

 

「何? こんなところに連れてきて」

「……」

 

 それに対する彼女の返答は、千鳥の抜刀だった。

 

「立ち合い。お願い」

「どうして?」

「練習。新技のね」

 

 可奈美は鞘を地面に置いた。

 ハルトはウィザードライバーを起動させるが、そこで手を止めた。

 

「このタイミングで新技?」

「……うん」

「それって……もしかして」

「受けてくれるの? くれないの?」

 

 少し語気が強めだった。

 ハルトは仕方なく、ルビーの指輪を使う。

 ウィザードの変身とともに、可奈美も白い写シを纏った。

 

「一つだけ聞かせて。それは、何のために使うの?」

「新しい剣の可能性を見たんだよ? 習得したがるのは当然じゃない?」

「……ああ、そうだね。君はそういう人だったよ」

『コネクト プリーズ』

 

 ウィザードはウィザーソードガンを掴む。

 可奈美は千鳥をクルクル回しながら続ける。

 

「それに、覚えておきたいんだ」

「?」

「たった一人。私だけにしか使われなかった技だから。あの子がこれを作ったってことを、しっかりとこの世界に残しておきたいから」

「そっか……」

 

 ウィザードは、ソードガンを構えた。

 

「悪いけど。俺も本気で行くよ」

「うん!」

 

 冬の空気の中。

 魔法使いと刀使は、ともに動き出した。

 

 

 

「うわっ!」

 

 予想通りの大きな声が上がった。

 友奈は真司の頬に当てたアイスコーヒーを離す。

 

「ビックリした……友奈ちゃん、ずいぶん古典的なことを……」

「えへへ。ちょっとイタズラしたくて。何考えてたの?」

「ん? ああ」

 

 真司はゆったりと河原の芝に寝そべる。

 

「昔言われたこと、考えていた」

「言われたこと?」

 

 友奈は真司の隣で腰を下ろす。

 真司は夕焼けの空を見上げながら言った。

 

「俺が龍騎になって少しの時にさ。その甘さで誰かを殺せるかってさ」

「……」

 

 友奈は、静かに真司の顔を見つめながら耳を傾けた。

 

「俺さ。前にも、こういう聖杯戦争みたいなのやったことあるんだ」

「……そうなんだ……」

「あの時は、結局俺も途中で倒れてさ。なんていうか……結局、止められなかったんだよ。戦いを」

「……」

「でもさ。実際に、人にファイナルベントを……戦いを止めるためとはいえ、使ったからさ。なんていうか……キツイな」

 

 真司は、懐からカードデッキを取り出した。カードを引き抜くと、彼の必殺技のカードが現れる。

 

「俺さ。もう、このカードを人に使わないようにしたいんだ」

「うん」

「だからさ」

「分かってるよ」

 

 友奈は、真司の言葉を引き継いだ。

 

「絶対に止めよう。この戦いを」

 

 友奈は、静かに真司に拳を突き出した。

 少し驚いた様子の真司は、静かに頷く。

 

「ああ」

 

 河原の夕日の中、二人のサーヴァントは静かに拳を合わせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

『Gatrandis babel ziggurat edenal

 Emustolronzen fine el baral zizzl』

「ハッ、お前そういうこと言っちゃうタイプ? バリかゆ」

「お前たちに渡すものか!」

「こういうオカルトものって、実際に研究している人もいるんだね」

「さあ? どっちかな?」

「計画通り……!」

「これって……心象変化?」

「三つの石が、封印を破ったとでもいうのか……?」

「なぜなら、オレは一人だからだ。オレがたった一人残された……○○の生き残りだからだ!」

「これが七十億の……○○だあああああああああ!」

 




二章の予告にあった、処刑人の仮面ライダールパンの要素は完全にカットされました。
また、当初はフラダリの相手はハルト一人に任せるつもりでしたが、ハルトは完全にクトリにのみ任せる形になりました。
三章も変更するかもしれませんが、よろしくお願いいたします。


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登場人物紹介 2章終了時点

例によってネタバレ大量に含まれています。終了時点なので。

リクエストでクトリ、木綿季が出てくる。
クトリか……あのOP使いたいな。やるならバッドエンドだね
木綿季を参加者にするのはちょっと難しいな……でも出すなら病院だな
病院舞台か……バイオハザード
バイオハザード……アマゾンズ

という感じで二章はできました。


・オリキャラ

 

「もう……この悲しい戦いも……終わりにしよう」

 

松菜ハルト/仮面ライダーウィザード

 主人公。ライダーのマスター。操真晴人のリイマジネーションライダー。

 聖杯戦争には最初から参加する気もなく、ラビットハウスで働き、大道芸人を兼ねながらファントムを退治している。

 千翼、クトリと関わり、時々病院に行くことになる。そこでマジックを見せに行くことになり、より多忙になる。

 以前にも一度、ゲートを救えずにファントムにしてしまったことがある模様。

 

 

 

・仮面ライダー龍騎

 

「必要とか不要とか、そんなこと、他の誰かが決めることじゃない!」

 

 城戸真司/仮面ライダー龍騎

 ライダーのサーヴァント。

 本編からの参加。原典同様、戦いを止めるために戦っているが、戸籍なし職なし収入なしのピンチのため、まずは生活基盤を固めるために奔走する。現在は、友奈とともにボロアパートを借り、収入はファーストフード店でのバイトで賄っている模様。

 それでも以前と同じようにジャーナリストを目指しており、見滝原中央病院にも駆けつけたが、ほとんど相手にされなかった。

 今回、初めて元人間に対してファイナルベントを使った。

 

 

 

・刀使ノ巫女

 

「どうして……どうして……!」

 

 衛藤可奈美

 セイヴァーのマスター。

 原典において、十条姫和を救えなかった世界戦。見滝原中央病院で、体が不自由な木綿季と出会い、彼女に剣を教えていく。

 同時に、木綿季がアマゾンとなり、自らが剣を教えた大切な友人を手にかけることになった。

 

 

 

・結城友奈は勇者である

 

「世界を一度は見殺しにした私だから。私にも、その責任を負わせて」

 

 結城友奈

 セイヴァーのサーヴァント

 1期の、東郷美森の暴走で、消滅した世界から召喚された。

 徒手空拳で、相手がファントムだろうがアマゾンだろうが立ち向かう。

 千翼とよく関わるようになり、彼にうどんをごちそうしたりもした。

 暴走する彼を放っておくと、四国と同じことが起こると理解していたため、サーヴァント同士の戦いに足を踏み入れることになった。

 

 

 

・ウィクロス

 

「さっさと社会貢献すれば、ウチの株も上がって、あきらっきー!」

 

 蒼井晶

 アヴェンジャーのマスター。

 あきらっきーが口癖で、社交的な人気モデルだが、その実は、アマゾン化した人たちを笑顔で狩る面も持つ少女。

 

・???

 

「……」

 

 ???

 アヴェンジャーのサーヴァント。

 白いスク水を着た少女。急ぐウィザードの前に現れる。正体は不明。

 

 

 

・終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?

 

「どうしたら……君に……伝えられるんだろう?」

 

 クトリ・ノタ・セニオリス/蝶アマゾン

 バーサーカーのマスター。

 見滝原病院の看護婦。

 病院に捨てられ、そのまま病院で育てられた。まだ一歳にもなっていないときに令呪を植え付けられ、強制的に召喚させられた千翼のアマゾン細胞を埋め、急激に成長させたため、実年齢は一歳。

 妖精兵でもない、ほとんど普通の人間。原典とは一番かけ離れている人物。

 

 

 

・仮面ライダーアマゾンズ2

 

「もしかして、俺って、生きてたらいけなかったの⁉ 父さんの言ったとおり、生きていたらいけなかったの……?」

 

 千翼(チー君)/仮面ライダーアマゾンネオ/アマゾン態

 バーサーカーのサーヴァント。

 当初はまだ年端も行かない子供だったが、アマゾン細胞でできているため、人間と比べて急激な成長を遂げた。

 二章の根幹の溶原性細胞の発生源。本来のバーサーカークラスの存在もこちら。これにより、人間との共存は不可能ということにも絶望したが、最後は大切なクトリがいた世界を守る決心をした。

 彼が死亡したのは、まだ生まれてからそれほど時間もたっていないころであり、溶原性細胞に感染したのも、母親だけである。彼が生まれた世界は、もしかしたら原作よりもハッピーエンドなのかもしれない。

 

 

 

・ポケットモンスターXY&Z

 

「見たまえ。見苦しいものがどんどん消えていく。美しいではないか」

 

 フラダリ/仮面ライダーアマゾンフレア

 本名 フラダリ・カロス。

 見滝原中央病院院長。

 表向きは著名な科学者だが、その実態は、世界への怒りを持つ野心家。

 サーヴァントとして召喚された千翼を研究し、溶原性細胞を作り上げ、病院の水に仕込んだ。これにより、見滝原からアマゾンの世界に変え、世界を自らの管理下に置き、平和な世界に導こうとしていた。

 また、自らもアマゾン細胞を取り込み、まったく新しいアマゾン、アマゾンフレアへの変身も可能にした。

 

 

 

・魔法少女まどか☆マギカ

 

 鹿目まどか

 お見舞いで、見滝原中央病院に訪れた。

 

「あたしって……ほんとバカ……」

 

 美樹さやか

 上条恭介の幼馴染で、彼の見舞いでよく病院を訪れる。

 アマゾンが大量発生した時も運悪く病院におり、そのまま恭介がアマゾンになるさまを見せつけらえる。それにより絶望し、ファントム、マーメイドになった。

 

 

 

 キュゥべえ

 

『急いだほうがいいのに。どうして君たちは、優先事項よりも、細かい些細な情報を気にするのか。全く訳が分からないよ』

 

 聖杯戦争の監視役。

 今回はさやかに魔法少女になるよう迫ったが断られる。その後は、バーサーカーの戦いの監視に戻った模様。




・オリキャラ
 多田コウスケ
・戦記絶唱シンフォギア
 立花響
・魔法少女まどか☆マギカ
 暁美ほむら
・???
 ???/キャスター

 出番なし


コウスケ、響「「ちょっと待った!」」
響「ほんとにこれで二章終わり? 私たち出番全然もらってないよ! ほら、二章の次回予告にも私大々的に出てたのに!」
コウスケ「オレなんてウィザードの二号ライダーだぞ? 一章丸々二号ライダー出番なしとか、あり得ねえだろ?」
ほむら「あり得ないわ。一章であれだけの活躍をしたメインヒロインであるこの私を差し置いて、なぜ美樹さやかだけが出番があるのかしら? しかも、あの強敵オーラは何? なぜ彼女だけがファントムになっているの?」
キャスター「マスター。どうか冷静に」
ほむら「納得できないわ。ランサー。あなた達も同じはずよ?」
響「そーだそーだ!」
コウスケ「こいつは許されねえなあ?」
ほむら「こうなったら、三章は私たちが主役よ」
響「おおーっ! あれ? ほむらちゃんどうして私を睨んでるの?」
ほむら「貴女……次絶唱……するの?」
響「さあ?」


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第3章
プロローグ


三章スタート!


『それが君の令呪だよ』

 

 目の前に現れた白い妖精の言葉に、オレは手の甲を見下ろした。

 それは、オレの紋章とは全く違う、どこかの他者の紋章だった。

 白い妖精は続ける。

 

『それがある限り、君は聖杯戦争の参加者だ。願いのために、サーヴァントとともに頑張ってくれたまえ』

 

 白い、猫やウサギにも似ている小動物。監視役の妖精だよ、と名乗ったそれは、ピタリとも表情を動かすこともなく、オレを見つめていた。

 

『それはサーヴァントとのつながり。サーヴァントを駆使して、この聖杯戦争を生き延びれば君の勝ちだよ』

「勝てば、願いが叶うのか?」

『そう。どんな願いでも。人の命であっても、一人までならば蘇生できるよ。そのために、サーヴァントとともに生き残るんだ』

「……くだらない」

「え?」

 

 白い小動物は首を傾げた。

 だが、オレは構わず続ける。

 

「オレはオレのために戦う。オレはオレ以外の全てを拒絶する。サーヴァント? そんなもの、オレは必要ない」

「そういうマスターも何人かいたね。もっとも彼らも、結局はサーヴァントを召喚する必要性を認めて、召喚したのだけど」

「オレはそいつらとは違う。この令呪も」

 

 オレは手に刻まれた令呪を抑える。

 オレの体に流れる血が、その自らを象徴するものとは異なる紋章を拒みだした。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 

 オレの血が滾る。

 やがて、オレの血よりあふれ出した紫のエネルギーが迸る。

 やがて、オレの体に刻まれた令呪もまた、色を変える。紫に染まり上がった令呪は、その形を歪め、オレのよく知る紋章へ変わっていった。

 

『それは……! 君の……!』

「これはオレの、聖杯戦争の参加する証。そして、オレは一人で戦う、オレの孤高の証だ。異論はないな?」

『……ふう。令呪を君が書き換えてしまえば、対応する英霊がいない限り、もう僕にはどうすることもできない。いいだろう。君の、一人での聖杯戦争の参加を認めよう。……これはあくまで、僕の忠告だ』

 

 小動物は、改めてオレを見つめる。

 

『サーヴァントの力を借りない以上、君は他のマスターよりも劣った状態での参加することになる。それでもいいのかい?』

「何度も言わせるな」

 

 それは、いつだって変わらない。オレの信念。

 

「オレは一人で戦う。誰にも頼らない。誰も助けない。それが、オレだ。オレの血の誇りだ」

『たとえ、サーヴァントがいた方が有利だとしてもかい?』

「協力して願いを叶えるくらいならば、オレは一人の敗北による死を選ぶ」

『ふうん……有利な盤面よりも、自らの信念を選ぶんだ。やっぱり人間って分からないな』

 

 小動物はこっくりと頷いた。

 

『まあいいさ。ここから、君の聖杯戦争が始まる。せいぜい頑張って、生き残ってくれ』

 

 それを最後に、小動物は、その姿を消した。




ハルト「それでは、今日から三章入りまーす」
可奈美「イェーイ!」
ハルト「ただ、問題が」
可奈美「どうしたの?」
ハルト「スタート時点だと、ここで喋ることがない!」
可奈美「ええ? そうかな? だったら、私の剣術教室を……」
ハルト「やめなさいそういうマニアックなことは! と、とりあえず久々なアニメ紹介コーナー!」
可奈美「無理矢理行くねえ」
ハルト「黙らっしゃい! 今回はこちら!」



___時代は今、危機に瀕している! アバケ! 進め! GO! FIGHT!___



可奈美「……え? 〇田ア〇ラ?」
ハルト「あ、間違えた。こっちだこっち」



___散らせるもんなら散らせしてみなさい人情 遺伝子の中に脈々 時代劇バトル___



ハルト「AKIBA’S TRIP -THE ANIMATION-!」
可奈美「2017年の1月から3月に放送されていたアニメだね。」
ハルト「秋葉原に潜伏しているバグリモノをから秋葉原を守るため、敵さんの服をバンバン脱がしていくアニメだ」
可奈美「脱がすの!?」
ハルト「元はPSPのゲームだね。それのアニメ版。要所要所にキャラクターもカメオ出演してる」
可奈美「ちょっとまって、敵の服を脱がすのが倒し方なの?」
ハルト「各話の敵も、グルメやら無線やらカードゲームやら、秋葉っぽいのが題材にされてるよ。……って、こんなカオスなアニメ、そうそう好きな人っていない……」
可奈美「面白そう!」
ハルト「……ここにいたよ」


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雪空の噴水

三章、今回から本格スタートします!


「へっくし!」

 

 くしゃみをして、松菜(まつな)ハルトはマフラーを強く閉める。最近安く購入したマフラーは、防寒性に優れているとは言い辛く、十二月初頭の公園には少し不十分に思えた。

 

「あ……」

 

 今ので、お手玉は失敗。

 地面に転がる玉を拾い上げながら、ハルトはため息をついた。

 冷えた空気に、吐息が白くなる。

 

「え、ええっと……さあ、お急ぎでない方はどうぞよってらっしゃい見てらっしゃい!」

 

 苦手な寒さだが、ハルトは努めて声を張り上げた。

 噴水がトレードマークの見滝原公園。

 寒さが厳しくなってきたとはいえ、休日の昼間は、そこを行き交う人通りも多い。ハルトは彼らへ続けた。

 

「本日は、こちら! よっ! ほっ!」

 

 両手に持った球で、お手玉を始める。

 それほど珍しくもない芸に、足を止める人はさほどいない。

 

「続きまして。よっ!」

 

 ハルトは続いて、あらかじめ地面に置いたボールに飛び乗る。安定しない足場の上で、五個の玉を同時に投げ回していた。

 バランス感覚と難易度。今度は、多少の注目が集まった。

 

「まだまだ! 続きましては!」

 

 ハルトはポケットの中から棒を取り出す。顔を上げて、それを鼻の先に乗せた。

 

「いざ! 名付けて天狗の玉乗り!」

 

 体を一切動かさずに、腕だけで玉投げを続ける。今度は、ぽつぽつと拍手の音が聞こえた。

「よし。続きましては……」

 

 今度は片足で。そうしようと右足を曲げた直後、左足がボールから滑る。

 

「うわっ!」

 

 ハルトの足元が、雪で滑る。冷たい地面に勢いよくしりもちをつき、「痛っ!」と口に出してしまった。

 

「あ……あはは……」

 

 それにより、パフォーマンスは失敗。足を止めていた人たちも、暗い表情で歩み去っていった。

 

「今日は調子悪いな……もう切り上げようかな……?」

 

 凍える手で、広げた私物を回収し始める。

 すでに十二月にも慣れている。ここ最近積もり始めた雪にも、あまり新鮮味を感じなくなっていた。

 

「それにしても、あっちはすごいな……」

 

 ハルトの羨望の眼差しは、すぐ近くの、噴水近くの人だかりに向けられていた。

 バイオリンの音色。ストリートライブというものだろうか。

 

「ちょっと聞いてみよう」

 

 ハルトは片付け終えて、人だかりへ向かう。

 

「すごい……天才じゃないのか?」

 

 そんな声を耳にしながら、ハルトは人だかりから、見分ける場所を探す。だが、美しいバイオリンの音色は確かに耳に響いてきた。

 

「あれは……」

 

 ようやく顔を出したハルトは、演奏者に絶句した。

 それは、少女だった。ハルトよりも幼い、小さな少女。彼女を知らぬものならば、それを天才と称するだろうが、その顔を知るハルトは彼女を天才の一言で片付けることができなかった。

 やがて、少女とハルトの目が合う。彼女は少しハルトを見た後、こういった。

 

「それでは皆さん。そろそろ最後の曲にさせてください」

 

 すると、観衆から残念がる声が聞こえてきた。

 少女は構わず続ける。

 

「それでは聞いてください」

 

 そうして、彼女の最後の演奏が始まった。

 

 

 

 演奏終了。

 拍手が終わった後、観衆たちはそれぞれ名残惜しそうに少女のもとから離れていく。残っているのがハルト一人になるのに、さほど時間はかからなかった。

 

「何? あたしに何か用?」

 

 少女はバイオリンを収納しながら、ハルトに尋ねる。

 ハルトは何を言っていいか分からず、ただ黙っていた。

 

「まあ、大体見当はつくよ? でもごめんね。あたしも最近ここで演奏始めたばかりだから」

「いや、別にお客さんを得る方法を聞いているわけじゃないんだよ。……さやかちゃん」

「あれ? 違った?」

 

 少女、美樹さやかはとぼけた表情で言った。

 青いボブカットの見滝原中学の制服の彼女は、そのままバイオリンケースを肩にかけた。

 

「まあいいや。それじゃ、何の用?」

「……別に用があったわけじゃないんだけど……」

 

 ハルトはさやかから目を反らした。

 するとさやかは、ハルトの視界に敢えて回り込んできた。

 

「ねえ。あたしのこと、いろいろ気にしている?」

「……まあね」

「へえ。年上の人に気にかけてもらえるなんて。このさやかちゃんにも、とうとう春が巡ってきたかな?」

 

 うんうんとさやかは頷いて、ハルトにペコリと頭を下げた。

 

「でもごめんなさい。あたし、好きな人がいるので」

「……人生で初めてフラれたのに、あまり傷つかないな」

「ええ? 残念だなあ」

 

 さやかはそういいながら、収納したギターケースを眺める。

 

「君の……そのバイオリン……」

「恭介のだよ」

 

 この一週間強、忘れたことのない名前の一つだった。

 その名前の人物が、ハルトの前に怪物となってしまったのは、ハルトには新しい。

 そして、さやか自身も。

 

「恭介の親に相談したら、譲ってくれたんだ。形見として、あたしに持っていてほしいって」

「……」

「ねえ、そろそろ言いたいこと言えば?」

 

 さやかはハルトの目をじっと見つめていた。それは、どことなく深海のように冷たいものでもあった。

 

「はっきり言いなよ。ファントムのあたしを信用できないって」

「……」

 

 ハルトは思わず目を背けた。だが、さやかはまだ続ける。

 

「あんたとファントムの間柄は良く知ってるよ? この前キュゥべえから色々教えてもらったからね」

「! あの後接触したのか……!」

「あたしの質問に答えてよ」

 

 さやかはハッキリと言った。

 

「どうなの? これまで無数のファントムを倒してきた魔法使い(ウィザード)さん」

「……」

 

 魔法使い(ウィザード)。それが、ハルトのもう一つの姿だった。

 絶望した魔力を持つ人間(ゲート)を食い破って出てくる、絶望の権化。それから人々を守るために戦ってきたハルトだが、先日さやかもまた、そのファントムになってしまった。

 

「私も……倒す?」

 

 さやかの顔に、別のものの影が映る。それは、三つの目がついた騎士甲冑のようにも見える。

 そしてそれが、ファントムが人間の姿から怪人体になる前置きだということも、ハルトは理解していた。

 

「私もファントムだから、同じように倒す?」

「……いいや」

 

 ハルトは小さく首を振った。

 

「オレは……ファントムを倒すためにじゃなくて、人を守るために戦ってるから。君が誰かを傷つけたり……それこそ、他のファントムと同じように、人を絶望させようとしない限りは、戦わないよ」

「ふうん……」

 

 信じ切れていない。さやかはそんな顔だった。

 ほかでもない、ハルト自身も分かっていない。

 

「まあ、いいや。どっちでも」

 

 さやかはそのまま、ハルトから離れる。

 

「まあ、そのうちアンタとはひと悶着あるかもね?」

 

 その表情に笑顔を張り付けて、さやかはそのまま公園の出口まで軽いステップで去っていった。

 

「……ひと悶着、ね……」

 

 ハルトは腰のホルスターから、指輪を取り出す。ルビーが基調とされている指輪。カバーを人差し指で下ろし、それはあたかも顔のように見える。

 

「……」

 

 もし戦うときになったら、どうすればいいのかな。

 そう物思いに耽っていた時。

 

『やあ。あまり元気そうではないね。ウィザード』

「うおっ!」

 

 突然の声に、ハルトはルビーの指輪を放り投げてしまった。

 

「うわっ! やばっ!」

 

 左手の平に乗ると、今度はそのままバウンド。今度は右手に。そのまま跳ね返り、結果的にルビーの指輪でお手玉することになってしまった。

 

『おや? それは君にとって必要不可欠だと思っていたけど。少し見ないうちに、曲芸の道具になったのかい?』

「いきなり話しかけるからだろ!」

 

 思わずムキになってしまった。だが、その相手は他の人には見えていないのか、ハルトに不審な目を向ける人が多数だった。

 

「あ……」

 

 ばつの悪い顔を浮かべながら、ハルトは声を___それを声と呼ぶのなら___かけてきたものへ目を落とした。

 

「……何の用だ、キュゥべえ」

『何か用事がなければ、君に会いに来てはいけないのかい?』

 

 鼓膜ではなく、直接脳に届けられる声。キュゥべえという名前の妖精は、ハルトをじっと見つめて離さない。

 

『先の戦闘。勝ち残ったんだ。少しは心の変化とかあったかなと思ってきただけだよ』

「……あるわけがない」

『へえ。ないのかい?』

 

 無表情なのに、なぜか見透かしたようにキュゥべえは続ける。

 

『以前君は、アサシンのマスターを戦闘不能にした。そして今回は、バーサーカーのマスターを手にかけた。それでも君は、戦いを止めるために動いているというのかい?』

「……」

 

 ハルトは何も言わなかった。

 言えなかった。

 

 聖杯戦争。この見滝原で行われている、願いをかけてのバトルロワイアル。

 ハルトも巻き込まれ、強制的に参加させられているこの戦いは、すでに二回、世間を騒がせる事件を起こしている。

 一度目は、見滝原中学の謎の変質事件。校舎を含む敷地が赤黒の結界となり、怪物がはびこる世界となってしまった。結果、生徒二人の犠牲が出てしまった。

 二度目は、見滝原中央病院院長、フラダリ・カロスによる、アマゾン化支配計画。病院の水を飲んだ人がアマゾンと呼ばれる怪物に変異し、見滝原全域にパニックを引き起こした。今は完全に終息したものの、犠牲者の数は四千人にも上る。

 その時、中心にいたマスターを倒したのは、いずれもハルトだった。

 中学を変異させた我妻由乃(がさいゆの)は、ハルトが倒したことにより、全ての力を失い、結果的に何者かに無抵抗に殺されている。

 そして、病院で、アマゾン化と決して無関係とはいえない少女、クトリ・ノタ・セニオリスの命を奪ったのも、間違いなくハルトの蹴りだった。

 

『なるほど。戦いをしないと近づいておいて、油断させたところを不意打ちするのが君の定石なんだね』

「違うよ」

 

 ハルトは断言した。

 

「あれは……」

『違うというのかい?』

「……」

『まあいいさ。別にルール違反でもない』

「お前……本当にそれだけを言いに来たのか?」

『まあね。あ、どうしても用事が必要なら、これだけは言っておこうかな』

 

 キュゥべえは去ろうと足を少し動かした状態で言った。

 

『また、新しいマスターを任命したよ』

「っ!」

 

 マスター。つまり、聖杯戦争の参加者がまた増えたということ。

 そして、また犠牲者を生み出す戦いが始まるということ。

 

『そして彼は、君……というより、君たちにとっての最大の敵になるんじゃないかな?』

「どういう意味だ?」

『それを教えたら、監視役としてやってはいけないことだからね。まあ、無理矢理用事を作ったから。君も納得してもらえたかな?』

 

 そのままキュゥべえはは、噴水の頂上へ飛び乗る。水が跳ねあがるが、他の人々からは見えない妖精のため、不審な水の飛び散りに見えるのだろう。

 

『これも君たち人間の不都合の真似だよ。少しは僕のことも、親しみを持ってほしいかな』

 

 それだけ言い残し、キュゥべえはその姿を消した。

 

「……親しみとか、お前相手には永遠に持てないことだよ」

 

 ハルトはそれを最後に、見滝原公園を後にした。

 




友奈「真司さん! 大変大変!」
真司「うわ! どうした友奈ちゃん! ……てか、何で俺のバイト先に来ちゃってるんだよ!」
友奈「あ、そうだった……じゃなくて、真司さん! 三章の台本もらった?」
真司「え? まだもらってないな」
友奈「これ、もしかしなくても三章私たちの出番ないんじゃない?」
真司「ガーン 」
友奈「どうしよう? ここは、思いっきり抗議するべきかな?」
真司「待て待て待て。そもそも俺たちは主人公のサーヴァント。きっと出番あるだろ?」
友奈「だといいけど……これはまさか、二章で出番あったからお預け?」
真司「友奈ちゃんは結構出番あったけど、俺はそれほど多くもなかったような……」
友奈「これは何とかしなくちゃ! 真司さん、まずは作戦会議だよ!」
真司「俺今バイト中! 終わったら言うから、まずは注文しろ! しないならアニメ紹介コーナーしろ!」
友奈「あ、そっか。それじゃ、今日のアニメはこちら!」



___命をかけて 荒野を駆ける 戦いの日々の中 振り向くと そこにいて 震え 止めてくれる___




友奈「織田信奈の野望!」
真司「いや、できれば注文してほしかった。ん? 信長じゃなくて信奈?」
友奈「そう! 主人公の相良良晴(さがらよしはる)くんがタイムスリップした戦国時代は、なんと織田信長が女の子だった! っていうお話だよ!」
真司「ほげえ」
友奈「放送期間は2012年7月から9月! 最後の最後で新しい敵の武田信玄が出てきたから、ファンにも熱く続編を望まれているよ!}
真司「え? これって、武将みんな女の子なのか? すげえ……」
友奈「みんなじゃないけどね。あと……」
店長「こらぁ! 真司ぃ! 真面目に働け!」
真司「うわっ! そうだ、俺今バイト! 友奈ちゃん、注文は?」
友奈「あ、ごめんね真司さん。それじゃ、私先にアパートに帰ってるから」
真司「注文していって~!」


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一緒に来てくれる方はいませんか?

そろそろ自粛もつかれてきたんだけど……一か月って長いですね


「ただいま」

 

 喫茶店、ラビットハウス。見滝原の木組みでできた建物が多い地区の一角にあるこのお店は、先月末の被害も大きかった。

 だが、すでに営業できるほどに回復を終えており、街とともに、復興へ勤しんでいた。

 

「あ、お帰り」

 

 ハルトにそう声をかけたのは、ラビットハウスの赤い制服を着た少女だった。短い髪を頭上で黒いリボンで束ねており、明るい顔は少し暗さを宿していた。

 同年代の少女と比較して、引き締まった筋肉をしている彼女は、常連客のテーブルにコーヒーを置くと、ハルトへ駆け寄った。

 

「買ってきてくれた?」

「ああ。これでしょ?」

 

 ハルトは少女へビニール袋を手渡す。ついさっきスマホで頼まれた追加の買い足しの塩胡椒を確認した少女は、「うん。ありがとう」と礼を言った。

 衛藤(えとう)可奈美(かなみ)。ラビットハウスにて泊まり込みで働いているバイトというのは仮の姿。御刀(おかたな)と呼ばれる日本刀、千鳥(ちどり)に選ばれた刀使(とじ)である。

 可奈美が厨房に入ったのに続いて、ハルトもそのあとを追う。

 

「あれ? チノちゃんとココアちゃんは?」

「今日はココアちゃん入ってないよ? チノちゃんは倉庫」

「ああ、そっか。……手伝おうか?」

「大丈夫だよ。手伝ってもらうほど忙しくないから」

「ああ。そう……クリスマスの飾りつけとか、しなくていいのかな?」

 

 ハルトはほとんどがらんとしている殺風景な店内を見渡しながら呟いた。

 十二月もそろそろ一週間目が過ぎようとしている。だというのに、見滝原のほとんどのところではクリスマスムードになっていない。雪も降っているのに、とても寂しく感じられた。

 

「どうなんだろうね? 私も、飾りつけ早めにやった方がいいと思うんだけど……」

「やっぱり不謹慎かな……?」

 

 ハルトも同意した。

 サーヴァント、バーサーカー。その細胞より作り上げられた溶原性細胞(ようげんせいさいぼう)が町中に広がり、大勢の人々が人喰いの怪物、アマゾンにさせられてしまった。もうおおよそのダメージは回復したものの、まだまだ傷が残っている人は多い。

 

「……ハルトさんは、あんまり引きずっていないんだね」

 

 可奈美が小さな声で言った。

 ハルトはお客さん___今日も今日とて、いつものテーブル席で原稿用紙と向き合っている常連さん___から目を離す。

 

「……引きずっていないって言えば嘘になるけど。……救えなかった人のことをどうこう言っても、先には進めないから」

「割り切りは結構早いんだね」

「……まあ、昔救えなかったことがあって、そこから救えなかった人より、これから救う人のことを考えるようにしてるだけだよ」

「そう……私は、ちょっと難しいかな」

 

 可奈美は少し顔を落とした。

 

「せっかく木綿季(ユウキ)ちゃんと仲良くなれたのに、あんなのって、ないから……」

「……でもさ。可奈美ちゃんは可奈美ちゃんで、木綿季ちゃんのことを必死に形として残そうとしているんだから、それはそれで乗り越える方法の一つじゃない?」

「どうなんだろう……ん?」

 

 唯一の客が、こちらに歩み寄ってきた。

 不思議な雰囲気の小説家、青山(あおやま)ブルーマウンテンさん。会計だろうかと思うと、

 

「元気のないお二方へプレゼントです~!」

 

 博物館のチケットを手渡された。

 

 

 

「博物館のチケット?」

 

 そう首を傾げたのは、ハルトと可奈美よりも先にラビットハウスで働き始めた少女、保登(ほと)ココア。青山さんから渡され、今はテーブルの上に置いてあるチケットに興味津々の目線で見下ろしている。

 

「『滅びの文明特別展』? なんか面白そうだね! これどうしたの?」

「なんか、青山さんも取材のために行く予定だったんだけど、編集さんの分だけのつもりが、取りすぎてしまったらしいよ。このまま捨てるのも勿体ないから、くれたんだよ」

 

 ハルトは食器を洗いながら答えた。

 するとココアは頷き、

 

「いいね。私とチノちゃんも一緒に、四人で行こうよ! 今週日曜日に!」

「待ってください」

 

 元気なココアを、背の低い青髪ロングの少女がなだめた。薄い肌の少女の特徴は、何と言っても頭に乗せているアンゴラウサギだろう。

 

「今博物館なんてやっているんですか? この前の事件で、色々閉まっていますよ?」

 

 ラビットハウスの看板娘である香風(かふう)チノの言葉に、可奈美はスマホで調べていた。

 

「えっと……あ、この見滝原博物館、北区にあるから、アマゾンの被害あんまり受けてないらしいよ」

「そうなの?」

 

 可奈美の言葉に、ココアが目を輝かせた。

 

「じゃあ行こうよ! この特別展!」

「あれ?」

 

 そこで、可奈美が声を上げた。

 

「ねえ、ハルトさん。この特別展、チケットにはいつまでって書いてある?」

「ん? えっと……あ」

 

 ハルトは、チケットに記されている日付に、目を点にした。

 

「これ……今週日曜じゃない?」

「ええっ!?」

 

 ココアが悲鳴に近い声を上げた。

 

「それじゃ、明日と明後日しかないじゃん! そんなぁ……」

「青山さん、こういうこと確認しないで渡したのか……」

「今のシフトだと、私とハルトさんが土曜日のお休みですね。日曜は可奈美さんだけがお休みですね」

 

 チノが無慈悲な事実を述べた。すると、ココアがさらに白目を剥く。

 

「ガーン……みんなで行ってみたかったよ……」

「あはは……」

「ラビットハウスもありますから、無理ですね」

「ひどい!」

「えっと……」

 

 可奈美は頬をかき、

 

「だったらさ。チノちゃんは行ってきたら? せっかくのお休みなんだし」

「いえ、私正直あまり興味ないので」

「え?」

 

 チノにも断られた。

 

「マヤさんの検査が明日なので、それに付いていきたいんです。ですから」

 

 こうなっては、ハルトに次に告げられるのは一つ。

 

「ハルトさん。誰か連れて行ってきてください」

 

 

 

 聖杯戦争という戦いの場で、サーヴァントとは使い魔であり、文字通り(servant)である。それを証明するように、令呪と呼ばれる三回の絶対命令権があり、それがなくとも、サーヴァントは基本的に召喚主であるマスターに従う。

 

『悪い! 今日俺バイト入ってるんだ』

 

 だから、アッサリフラれる前例なんてあったのだろうか。

 

「マジか……真司さんもダメなのか……」 

 

 ライダーのサーヴァント、城戸真司(きどしんじ)。アマゾンの時も、事件解決のために大きく貢献していたが、平時はただの記者を目指すフリーターである。

 

「じゃあさ、友奈ちゃんは?」

『友奈ちゃん……も今日はバイトだ』

「バイト? 友奈ちゃんもバイト始めたの?」

『ああ。新聞配達』

「新聞配達って……そもそも友奈ちゃん、本来だったら中学生なんじゃ?」

『まあ、そこは気にすんな。それより、悪いな』

「ああ。……まあ、しょうがないよ。それじゃあ。バイト頑張って」

 

 それを最後に、ハルトはスマホの通話を切った。

 すでに見滝原北駅にバイクを停め、博物館へ向かうルートに入っている。このまま一人で行くのもいいが、チケットが一枚余ってしまった。

 

「仕方ないか。……一人で行くか」

 

 そういって、博物館の方角へ歩き始めた。

 博物館へは、どうやら商店街を通過していくらしい。ハルトはそのまま、見滝原北商店街と記されたアーチをくぐった。

 

「うわ……すごい人混みだな……」

 

 ハルトは、その人数の多さに舌を巻いた。

 ラビットハウスがある見滝原西の人が全員こっちに移動してきたのか。そんな錯覚さえも覚える。

 

「えっと……ここを真っすぐ……」

 

 だが、壮絶な人だかりに、ハルトはなかなか前に進めない。やがて、腕時計と睨めっこしながら進もうかとしていると、

 

「おお! すごい、これはすごいぞ!」

 

 無数の声がなだれ込んでいるにも関わらず、その強い声は迷うことなくハルトの耳に届いた。

 

「みたきた商店街名物! ラーメン大食い競争!」

 

 それは、ラーメン屋だった。それもただのラーメン屋とは言い難い。

 看板に、巨大ラーメンが名物と銘打ってあるそれは、一つ一つがとても巨大な器に盛られていた。現物は、店の前の長テーブルの上に。数えるのもバカバカしくなるほどの器に、これでもかと言わんばかりのラーメンが盛られている。

 

 

「舘島選手! ダウン! 紗倉選手、ダウン!」

「お……お願いマッスル……辛いこともある筋肉道……」

 

 ダウンした選手の一人が、遺言のように言いながら机に突っ伏した。

 そんな、一杯だけでも胃もたれを起こしそうなラーメンの大食い競争。無論、他の参加者も次々とギブアップをしており。

 

 そして。

 

「立花選手、文句なしのゴオオオオオオオオオル!」

「イエエエエエエイ!」

 

 知り合いが、それはそれはいい笑顔でガッツポーズをしていた。

 

 

 

「うおおおおお!」

 

 あたかも少年のように、立花響(たちばなひびき)は目をキラキラとさせていた。

 

「いやあ、本当にありがとうございます! 私もちょっと興味あったんだけど、ラーメン美味しそうだったから、そっちに行っちゃったんですよね。んで、食べているうちに入場費も使っちゃって、だったらもうここの大食い競争でもいいかなって思ったんですよ」

 

 結局、他に知り合いもいなかったこともあって、大食い競争で見事に優勝した響を連れていくことにしたのだった。

 すると彼女は二つ返事で了承し、

 

「すごい大食いだったね。あのラーメン、一杯だけでもかなりのボリュームだったけど……」

「え? そ、そう……?」

 

 響は頭をかいた。

 

「いやあ、最近コウスケさんのお手伝いで何度も大学に行ってさ。ちょっと疲れてお腹すいちゃったんだよね」

「まあ、渡りに船ならよかったよ」

 

 ハルトと響は、今見滝原博物館の前、入場の入り口に並んでいた。

 大勢の家族連れなどがいるなか、若い男女という組み合わせは、数少ない方の部類に入る。それもカップルではなく、ただ近くにいた知り合いを連れてきたというものは、相当珍しいのではないだろうか。

 

「今回のこの展示会、明日で終わりなんだっけ?」

「そうだよ。お客さんから昨日チケットもらったんだけど、勿体ないから誰か誘おうとしてさ。そういえば、コウスケは?」

「あー、今大学の準備で色々いそがしいみたいだよ? 年末の研究会があるみたいで」

「学生も大変だな」

「うーん、私も学生だった時思い出すなあ。みんな元気かな? もしかしてシンフォギアみたいな力に目覚めていたりして。歌じゃないとしたら……龍とか?」

「そんなアニメみたいなこと……お、俺たちの番だ」

 

 行列は終わり、ようやくハルトたちがチケットを渡す番になった。

 すんなりと無料で通してもらえたことに、青山さんに感謝しながら、ハルトは響とともに会場に入っていった。

 




可奈美「よし! まだ準備まで時間あるし、今日も練習していこう!」早朝五時、見滝原公園
可奈美「えっと……えい! えい!」
可奈美「……だめだ……マザーズロザリオ、できない……あの時はできたのに……」
可奈美「だああああああ!」十字に突く途中で千鳥落とす。
可奈美「っ……!」腕痛む
???「あー、ちょっといいか?」
可奈美「?」
???「おたく、少し力みすぎてない?」
可奈美「え? そんなこと……あるかな?」
???「ああ。めちゃくちゃ。あ、俺ちょっとした自由を愛する高校生でさ。ちょっと剣には詳しくてな」
可奈美「はあ」
???「ちょっと失礼」
可奈美「うわ! え? 何? 痴漢?」
???「ちげえよ。ここと、ここ。力抜いて……魔弾……」
???「よし。これでやってみ。少しは気楽になるぜ」
可奈美「う、うん。……たぁ!」突き連続できた
可奈美「!」
???「うんうん。やっぱりおたくの剣すげえな」
可奈美「あ、ありがとうございます。えっと……あなたは?」
???「俺? 俺は……」



___君を止められない 引き留めても振り切ったら もう二度と誰も何も言えないのさ___


不道「納村(のむら)不道(ふどう)ってもんだ。あ、武装少女マキャヴェリズムをよろしく!」
可奈美「不動産屋さん?」
不道「うるせえ。分譲住宅紹介するぞ」
可奈美「あはは……えっと、ありがとうございます!}
不道「おう! あ、俺の放送期間は2017年の4月から6月な。刀使ノ巫女に負けず劣らずの刀アニメだぜ」
可奈美「天下五剣とかも普通に出てくるね」
不道「ま、抜くとこ抜いとけ。そうすりゃ、何とかなるもんだぜ。自由に生きようぜ、自由に。ほんじゃな」
可奈美「あ、ありがとうございました!」


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見滝原博物館

恐竜好きの私は、ギャルと恐竜を一体どういう気持ちで見ればいいのだろう。
助けて!蒼〇〇太!


 博物館に入るのは、とても久しぶりだった。

 

「博物館なんて、最後に来たのはいつだったかな……?」

 

 そう呟きながら、ハルトは特別展のエスカレーターを下っていく。

 

「ハルトさん、ここ来たことあるの?」

 

 後ろにいる響が尋ねる。ハルトは首を振り、

 

「いや。見滝原は十月に来たのが初めてだし。でも、地元の博物館なら何回か行ったことある……と思う」

「思う?」

「あ……ほら、昔過ぎて忘れたんだよ」

「あー」

 

 響は納得したように頷いた。

 

「そうだよね。私も引っ越す前に美味しかったお店、もう行ったかどうかも分かんないからなあ」

「響ちゃん、引っ越したことあるの?」

「うん。あ、ハルトさん前」

「え? うおっ!」

 

 エスカレーターの乗り口に躓く。この日、ハルトはもう二度とエスカレーターに乗るときは後ろを向いて話をしないと決心した。

 

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫大丈夫」

 

 赤恥をかいたハルトは、そのまま展示会場の入り口をくぐった。

 真っ暗な会場で、放送案内が大きく響いていた。

 

『ようこそ、『滅の文明特別展』へ! 只今より、皆様を過去の世界へご案内します』

「おおっ! ねえ、ハルトさん! 写真とって写真!」

「いいけど……あれ? 響ちゃん、スマホは?」

「ないよ?」

「ないの?」

「聖杯って、日用品までは持ってきてくれないんだよね。だから、服一式だけしかないんだよ」

「ケチだな聖杯」

「まあ、サーヴァントとしてもう一回生かせてくれたから、贅沢は言っちゃいけないんだけどね。あ、それより」

 

 響は最初の開設パネルのところでVサインをした。

 

「はいはい。はい、チーズ」

 

 響の写真をあとでコウスケに送る約束をして、ハルトはその解説パネルに視線を移した。

 

「えっと……ムー大陸か……」

「何大陸?」

「ムー大陸。一万年前に、太平洋にあった大陸らしいよ」

「ほえー」

 

 響がぽかんと口を開けている。

 

「……君話ついてこれてる?」

「うんうん! 一万年前の大陸! ……ってことは聖遺物(せいいぶつ)いっぱいあるのかな?」

「聖遺物?」

「ううん。こっちの話。でも、この世界にSONGないから、別に気にする必要もないか」

「? まあ、いいや」

 

 ハルトは、通路に従って進んでいく。

 最初に会ったのは、大きな模型だった。青い海を表現した台に、大きな島が浮かんでいる。あちらこちらには神殿と思われる建物が作られており、その中央には一際大きな神殿がそびえていた。

 

『こちらはムー大陸をイメージして作られた模型です。ムー大陸は突然この世から消え去ったと言われています』

「突然大陸が消えたってことなのかな?」

 

 模型の解説を読みながら、響は疑問符を浮かべた。

 

「そういうことじゃないかな。でも、大陸って一番小さくてもオーストラリア大陸レベルの大きさでしょ? 日本の大きさだって、大陸じゃなくて島レベルだし」

「え? 日本って大陸じゃないの?」

「……響ちゃん小学生からやり直した方がいいかもしれない。それにしても、突如消えたって何があったんだろうね」

「え? 私、まさかそこまで重症?」

「さて。次行くか」

「え? ちょっと、私まさかそこまで重症?」

 

 騒ぐ響を無視して、ハルトは次に行く。入口の次のブースには、透明な筒に、展示物が覆われて展示されていた。

 

「おお……」

 

 響がガラスに顔を張り付けている。そんな彼女を引きはがし、ハルトは展示物と解説を見比べていた。

 

「えっと……これは、ムー大陸で用いられていたとされる携帯端末……携帯端末?」

 

 その四文字に、ハルトは目を丸くした。

 

「それって、私たちのスマホみたいなの?」

「そういうことになるね。一万年前に、もうスマホみたいなのがあったってことに……」

「うへえ」

 

 響も驚いた表情をしている。

 携帯端末は、スマートフォンと比べて、とても分厚い作りになっていた。正方形に近い形の液晶画面だが、当然電力は通っておらず、無音のまま鎮座していた。

 このブースには、他にもムー大陸と呼ばれる文明の展示物が所狭しと並べられていた。

 民族衣装を着た蝋人形、他の原始人とは違う鉱石が使われているアクセサリー。

 

『ムーの人々が残したと思われる遺産です。ムーは現代よりはるかに進んだ科学力を持っていたと言われています』

「ふうん……大昔なのに、今よりも進んだ科学力か……でも、他はあんまり目立つすごいのはなさそうだね」

「さすがにあの端末だけなのかな」

 

 響の言葉に、ハルトも頷いた。

 

「あ、でもこれはなんか違うかも」

 

 響は、展示物の一つに目を付けた。

 

「えっと……、これ、ムー大陸で使われていた文字みたいだよ」

「これが文字?」

 

 石板に刻まれたその記号は、文字というには大きく外れているようにも見えた。平仮名や漢字、ローマ字に慣れ親しんだ身からすると、それは文字というよりは、紋章のようにも見える。

 

「何か、弓って感じを細長くした感じだね」

「ああ、ハルトさんそう感じるんだ」

「ああ」

 

 ハルトは頷いて、目を細くする。

 

「何て言うか、弓を左右逆にして、真ん中に点々って感じの文字だな。これ書くの大変じゃない?」

「私も何か真ん中の点々が気になるな。あ、それよりハルトさん、写真撮って!」

「ん? はいはい」

 

 近くの蝋人形の隣で、同じポーズをした響にシャッターを切る。

 

「ふう……」

「うーん、私がいた世界だったら本当に聖遺物になって処理されそうなものがいっぱいなんだけど……私この場合、放置した方がいいよね」

「また言ってる……ここは響ちゃんがいた世界じゃないからね。……お?」

 

 続いて順路に従っていると、『滅びた種族』と書かれた案内標識が現れた。

 すると、今度はムー大陸とは全く異なるベクトルの展示が現れた。

 

「おお、何か今度は少し最近のものになってきた感がある! 数千年くらい!」

「最近とは一体……えっと……」

 

 ハルトは、新しいブースの解説に目を通す。

 

「ここは、昔いた種族の展示らしいよ」

「種族?」

「そう」

 

 ハルトはそういいながらパネルを指さした。

 

「種族っていうより、民族っぽいね。えっと……」

 

 最初のプレート。それには、こう書かれていた。

 

『中世を生きた、ベルセルクと呼ばれる戦いの種族です。戦いに明け暮れた日々が、彼らを滅びの運命に導いたといわれています』

「ベルセルク?」

 

 響は、解説よりも先に展示品の模型に目を輝かせた。大がかりな荒野のセットに、二人の騎士が雷の空を背景に斬りあっている。

 

「うおーっ! かっこいい!」

「かっこいいけど、響ちゃんこういうの好きなんだね」

「いやー、前はそれほどでもなかったんだけど、師匠の影響でこういうカッコイイもの好きになっちゃったんだよね」

「師匠?」

「師匠だよ。曰く、『飯食って映画見て寝るッ! 男の鍛錬は、そいつで十分よッ!』だって」

「……それで君のあの格闘術?」

「そうだよ! ちなみに師匠は、生身でコンクリート持ち上げたり、屋上までジャンプできたり、生身なのに奏者……あ、私よりも強かったりするよ」

「……それは本当に人間なの? ファントムの話してるんじゃないの?」

「まあ、そういう影響だよ。ほら、ハルトさん写真お願い!」

「はいはい……解説見ないの?」

「こういうのは生で感じた方がいいんだよ!」

「そういうもんかね……? まあ、俺は見るけど」

 

 ハルトはそう言いながら、響が見ているもの解説を見下ろす。

 

「えっと……へえ、バーサーカーっていう単語、もともとベルセルクの英語読みなんだ。……だったらクラスもちゃんとバーサーカーじゃなくてベルセルクにすればいいのに」

「ベルセルクって、どんな騎士なの?」

「北欧神話の異能の戦士の総称らしいよ。えっと、この展示は……?」

 

 ハルトは続いて、響が夢中になっている模型の解説に目を向ける。

 

『この展示品は、戦士ベルセ・ルークと戦士アクノ・キーシの決闘の様子を再現しています』

「決闘か……」

「あんまりお互いは仲良くなかったのかな?」

 

 響がそんな感想をもらした。

 ハルトは、その隣にある、筒状のショーケースにも目を向けた。

 

『ベルセルクたちが愛用した装備品。オリハルコンと呼ばれるダイヤモンドよりも固い鉱物で作られています』

 

 オリハルコンと呼ばれるアクセサリ。黒い真珠が首輪のように繋がれているが、響はそちらにはそれほど関心を示さなかった。

 

「でも、こんな強そうな人たちがなんで滅んじゃったんだろうね?」

 

 響がベルセルクの模型を見ながら呟いた。

 ハルトは最初の解説を指さしながら言う。

 

「あっちに書いてあったじゃん。戦いに明け暮れた日々のせいだって」

「うーん……私は、お互いに手を繋がなかったからだと思うけどなあ」

「手?」

 

 ハルトの言葉に、響が頷く。

 

「私がいた世界ってさ。バアルの呪詛っていう神様の呪いで、人間同士が分かり合えなくなっててさ。それで、もう人類も滅んじゃうところだったんだ。何とかぎりぎりで食い止めたんだけど、きっとそういうの何だろうなって、ちょっと思い出しちゃって」

「それで、手を繋がなかったからか」

「やっぱり、手というか、そういう繋がりがなくなっちゃうと、滅びちゃうんだと思うよ」

「あり得なくはないな……まあ、この情報化社会でそういう繋がりがなくなることもそうそうないと思うけど」

 

 次の展示物は、今回の特別展の目玉とされるブースだった。

 どうやら歴史的な発見らしく、イベント終了も近いのに、まだまだ大勢の人が集まっていた。

 

「あれか」

 

 目玉の展示。近くの垂れ幕には、『初公開 ベルセルクの剣』と書かれていた。

 

「え? もしかして本物? すごいお宝なのかな?」

 

 整理のロープに沿って順路に並ぶと、すぐに見えてくる。

 黄色のエネルギーを光のように放つ、石でできた剣が、煌々と皇のように鎮座してあった。

 




友奈「おっはよ~! 可奈美ちゃん!」
可奈美「友奈ちゃん? あれ、何してるの?」
友奈「新聞配達のバイトだよ! 可奈美ちゃんもお仕事?」
可奈美「見ての通り、私はチラシ配り」
友奈「チラシ配り? この時期に?」
可奈美「この時期だからこそだよ。みんな落ち込んでいるけど、こういう時こそ元気にって。私たちも何かお店でみんなを盛り上げるためにあれこれやろうって話だよ。もうすぐでクリスマスだし」
友奈「なるほど。今月末だもんね」
ココア「あれ? あ! 可愛い子! 可奈美ちゃんの友達?」
友奈「結城友奈です。よろしくお願いします」
ココア「よろしくね! 私のことは、お姉ちゃんって呼んでね!」
友奈「え?」白目ぽかん
可奈美「気にしないで。これがココアちゃんだから」
ココア「モフモフさせて!」
友奈「いいよ!」
可奈美「即答!」
ココア「もふもふ!」モフモフ
可奈美「……ふふっ。よし、さて。バイト中だけど、今日のアニメ、どうぞ!」



___今よ! ファンタジスタ ドール(Hey Hey) 咲かせて 希望の花を みん名の笑顔見れるから___



可奈美「ファンタジスタードール! 2013年の7月から10月に放送していたアニメだよ!」
友奈「ちなみに同時期には、響ちゃんが活躍するシンフォギアの2期も放送されていたよ!」ココアモフモフされながら
可奈美「カードで戦うアニメ……なんだけど、カードで出てくるのはモンスターじゃなくてドールっていう人だね」
友奈「ホビーアニメ特有(ホビーアニメではない)のカオスな発言のオンパレード!」
ココア「某動画サイトでよく『い・ま・よ!』って流れてくるコメントの元ネタだよ!」モフモフ
可奈美「って、ココアちゃんいつまで友奈ちゃんをモフモフしてるの?」
ココア「だって、友奈ちゃん抱き心地いいから」
友奈「わーい」


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ベルセルクの剣

バンドリが終わってしまった……今年からハマったから、見始めるのが遅すぎたんだ……


「……」

「うわぁ……」

 

 ハルトも響も言葉を失っていた。

 流れるような行列を見渡すように、それはあった。ショーケースなどという物越しではなく、直接見ることができるもの。

 ベルセルクたちが作ったといわれる、石でできた剣。

大きさは、成人男性が手で刀身を掴める程度の大きさと、剣いうよりは短刀と言った方が大きさが伝わりやすいもので、実用性よりも、伝統ある芸術家が作り上げた作品のようだった。だが、その構成されている石破片一つ一つが自ら光を放っており、数メートル離れているハルトたちも肌で熱エネルギーを感じさせていた。

 

「こんなものまであるんだ……」

 

 感心のような、呆れたような声を上げた。

 近くの注意書きには、『触らないでね』『体を乗り出さないでね』と書かれているが、興奮した子供たちが触ってみたいらしく、親の静止を振り切ろうとしていた。

 

「響ちゃん」

「はっ!」

 

 あともう少しで子供たちの仲間入りを果たそうとしていた響を我に返させ、ハルトは剣の下に設置されている台に目を向ける。

 

『ベルセルクの剣。未知の物質で作られており、その内部に内包するエネルギーは計り知れないものです。石でできているようにも見えますが、組成元素などは、現在知られているどの元素にも当てはまりません』

「へえ。つまり、今の技術じゃこれ作れないんだ」

 

 そんな感想を漏らしながら、ハルトはさらに解説を読み進める。

 

『このように、発見された場所や時代とは全くそぐわないとと考えられる出土品を、オーパーツと呼称します』

「オーパーツ……」

 

 ハルトはそのまま、オーパーツの解説にも目を通した。

 

「ナスカの地上絵、アステカの水晶ドクロ、イギリスのストーンヘンジ……へえ、結構聞いたことあるものも多いな……」

「まさかのモロモロ聖遺物!」

「響ちゃんが前いた世界とずいぶん関わり深いんだね」

「まあ、こういうものが結構危険だったから、それを回収して管理する組織にいたからね」

「この博物館に持ち込みすれば、展示してもらえるかもね。あ、日本にもあるんだ」

「え? どれどれ?」

 

 響が顔を寄せた。ハルトはそのまま、「日本のオーパーツ」と記された文書を指さす。

 

「ほら、あれ」

「うーん……」

 

 響が目と口を一文字に結んで唸っている。

 

「響ちゃん?」

「……だめだ」

 

 響は諦めたような顔をしてハルトに向き直った。

 ハルトが首を傾げる。

 

「ダメって?」

「私こういう長い文章読むの苦手なんだよね……」

「おいおい大丈夫? そんなんで学校の勉強とかついていけるの?」

「あー……あの時は……まだ未来(みく)もいたんだけど……」

「響ちゃん?」

「はっ!」

 

 響は我に返ったように体をビクンと震わせた。

 

「な、何?」

「いや、なんか一瞬ボーっとしてたけど。大丈夫?」

「だ、大丈夫大丈夫」

「そう?」

 

 言い張る響にそれ以上詰め寄ることもなく、ハルトは解説をさらに進める。

 

「へえ。オーパーツには、聖徳太子の持ち物もあるんだ。地球儀か」

「聖徳太子? って、えっと……」

「馬小屋で生まれた、十一人くらいの声聞き分けられる人」

「あー、歴史の授業で習ったような習ってないような……」

「……うん。歴史は同じなんだね」

「ちょっとハルトさん。その哀れみに富んだ無情な目はなんですか?」

「いや。何でもない」

「え? ちょっと!」

 

 ハルトはそのまま響から逃げるように足を急ぐ。

 ベルセルクの剣をもう少し眺めてもみたかったが、響から逃げる方を優先した。

 すでに行列を終え、もうそろそろでこの展示会も終わる。

 その時。

 

 

 

 警報。

 

 

 

「な、なに!?」

 

 静かな展示会に、突如鳴り響くベル。

 警備員も、ガイドも、来場客たちも、それぞれが何事かと慌てている。

 

「どうしたんだろう……」

 

 やがて、ハルトのもとへ駆けつけてきた警備員が、耳元の無線で連絡を取っている。その時の彼の会話が、ハルトの耳にも飛び込んできた。

 

「現在、特別会場には問題なし。……ん? 宇宙人?」

 

 宇宙人。この状況での突拍子のない言葉に、ハルトは耳を疑った。

 

「ねえねえ。ハルトさん」

 

 後ろから、響が肘でハルトを小突いてきた。

 

「今あの人、宇宙人って言った?」

「俺の耳が壊れたんじゃなかったら、多分聞こえたと思うよ」

「だよね? まさか、イベントとかじゃ……」

「そんなの聞いてないけどな」

 

 ハルトがそう言っている途中で、ベルセルクの剣の展示、その天井が、発泡スチロールだったかのように粉々に崩れた。

 会場を一気に埋め尽くす土煙が、ハルトたちの視界を覆う。

 悲鳴の中、何者かが瓦礫を踏み砕く音が聞こえた。

 

「__________」

 

 それは、何の音なのかは判別不能。だが、その無数の音声パターンから、それが言語なのではないかと感じる。

 

「な、なんだアイツ……?」

 

 ただ者ではない。そう感じたのは、ハルトだけではなく響も同じだった。

 青い人型の怪物。全身がまるで鎌のように円形の刃物となっており、首と体は、無数のパイプのような器官で繋がれている。左手は鎌の義手になっており、その姿も相まって、海賊と呼びたくなる。

 青い怪物は、意味不明な言語を発生しながら、我が物顔で特別展会場を闊歩する。途中の他の客を殴り倒し、人を無視しながらベルセルクの剣を、その八つの目で見上げた。

 

「下がりなさい! でなければ撃つ!」

 

 逃げ惑う人々とは入れ替わりに乱入してきた警備員たちが怒鳴る。

 

「________」

 

 今のは、警備員たちに対していった言葉だろうか。

 青い怪物は、自らの口元に何度も手を当てている。音声のパターンが何度も変化し、やがて。

 

「______あ、あー。これで聞こえるか?」

「しゃ、しゃべった……」

 

 響も呟いていた。

 青い怪物は、その右手を口元まで掲げる。吟味するように警備員たちを眺める。やがて、「ハッ」と鼻で笑い、

 

「この星の言語は、バリ下品だな。ま、どうでもいいか!」

 

 青い怪物は、そのまま碇を縦に振る。すると、発生した青い衝撃波が、警備員たちを吹き飛ばした。

 

「っ!」

 

 誰も、悲鳴さえ上げる暇もない。

 気絶して転がった警備員たちを乗り越え、青い怪物はベルセルクの剣のショーケースを突き破り、目当ての物を掴む。

 

「バリバリ。……間違いねえ。本物のオーパーツだ」

「待て!」

 

 青い怪物の背後に、ハルトが声をかける。

 次は、響もついてきた。

 

「お前、何者だ!?」

「こんな乱暴しないでよ! 話し合う言葉があるんだから、私たち協力だってできるよ?」

「ああ?」

 

 怪物は、その八つの目でギロリとハルトと響を睨んだ。

 

「ハッ。俺に協力してくれるってか?」

「そうだよ。だから、もう乱暴はやめて! 目的があるなら、手伝うから!」

「……」

 

 怪物は左手を数回鎌で叩く。そして。

 

「バリかゆ」

「っ! 危ない!」

 

 ハルトは、響を突き飛ばす。すると、接近してきた怪物が、響のいた個所……しかも、それは首元……を斬り裂いた。

 

「お前、こっちの言葉通じているんだろ! なんで!」

「おいおい、止めろよそういうの。こっちはてめえらなんざ、どうでもいいし、こっちの目的も俺一人のもんだ。つうわけで、俺はコイツを頂いていく」

 

 青い怪物は、ベルセルクの剣を見せつけるように揺らす。そのまま、入ってきた天井の穴からジャンプして逃げようとするが、ハルトが呼び止める。

 

「! 待て!」

「……バリうるせえ」

 

 青い怪物は、ハルトをじっと睨む。その八つの目は、まったく感情が読めないものの、どこか苛立ちがあるのは間違いないように思えた。

 

「うるせえ奴は、仕留めるに限るな。ああ、そうだな。この星の奴らも、何人か狩ってもいいだろ? なあ!?」

 

 彼はそう言って、青い斬撃を放つ。

 それは、ハルトの足元に着弾。爆発を引き起こした。

 

「っ!」

「おらおら! 逃げろ逃げろ! この巨獣ハンター、バングレイ様のハンティングに付き合ってくれるんだ、少しは楽しませてくれや!」

「バングレイ? うっ!」

 

 足元に気絶した警備員がいる。避けられない。

 ハルトは手馴れた手つきで、腰のホルスターに手を伸ばす。嵌められていた指輪を右手中指に装着、腰のベルトバックルに当てた。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 すると、指輪が発光。ハルトを守るように、赤い円形(サークル)が発生した。それは斬撃からハルトを守るようにそびえ、バングレイと名乗った怪物の攻撃を防御する。

 

「……ああ?」

 

 バングレイは、じっとハルトを見つめている。やがて、ハルトに鎌の先を向けた。

 

「バリ面白れぇじゃん。他にはどんな能力を持ってやがるんだ?」

「っ!」

 

 バングレイはそのまま、今度は直接ハルトへ襲い掛かる。

 

「一体何なんだ!?」

《/gold》『Balwisyall Nescell gungnir tron』《/gold》

 

 直接のバングレイの次の攻撃と同時に、歌が響く。

 黄色の歌声は物理攻撃という蹴りとなり、バングレイの腕を食い止めた。

 

「もうやめて!」

 

 立花響。ただの食いしん坊少女は表の姿。

 だがその実は、シンフォギアと呼ばれる武装で人々のために戦う奏者でもある。

 そして今は、聖杯戦争により、ランサーというクラスで召喚されたサーヴァントだ。

 響はそのままバングレイを蹴り飛ばした。

 

「落ち着いて、話し合おうよ! 私たちの言葉が分かるんだったら、戦わないで済む方法もあるはずだよ!」

 

 長いマフラーを首に纏い、黄色と白のツートンカラーの装甲に身を包んだ彼女は、バングレイに必死に訴える。

 だが、バングレイは冷めたような眼差しで響を見下す。

 

「……ハッ! 興が冷めた。コイツは頂いていくぜ」

「ま、待って!」

 

 バングレイはベルセルクの剣を掴み、ジャンプ。そのまま風穴を突き抜け、博物館から出ていってしまった。

 

「待って!」

 

 響もそのあとを追う。

 すっかり出遅れたハルトは、別の指輪を使う。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

腰に出現した銀のベルト。

腰のホルスターに付いているエメラルドの指輪に触れながらそれを操作しようとするが、その前に天井の崩落が発生する。

 しかも、その先には、逃げ遅れた子供までいた。

 

「ああ、もう!」

 

 ハルトは躊躇なく子供に駆け寄る。崩落の瓦礫から、その子の盾になるように身を出し、銀のベルトの端にあるつまみを操作する。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 奇抜な音声を無視し、エメラルドから変更、左手にルビーの指輪をはめる。

 

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 発生した赤い魔法陣を突き抜け、魔法使い、ウィザードとなり、瓦礫を蹴って粉砕した。




チノ「そのチラシ配り待ってください!」
ココア「あ! チノちゃん!」
可奈美「どうしたの? 血相変えて」
チノ「大変です! 書かれているお店が間違ってます!」
ココア「え?」
可奈美「えっと……あ! 本当だ! ココアちゃん、これハウスじゃなくてホースになってる!」
チノ「馬です。それになんですか、このウェルカムかもーんって。変な言葉載せないでください」
可奈美「ああ……友奈ちゃんに変なの渡しちゃったね。まあ友奈ちゃんラビットハウス知ってるからいいんだけど」
チノ「どうしてわざわざカッコつけようとするんですか」
ココア「ごめーん……いますぐ戻して」風にチラシ飛ばされる
可奈美、チノ、ココア「うわあああああああ!」

可奈美「よっ、ほっ」色んなところに引っかかっているチラシをジャンプで回収
ココア「まさか本当に馬になるなんて思わなかったよ」チノの台
チノ「まったく……ココアさんは本当にしょうがないココアさんです」
可奈美「あはは……馬か。それじゃ、今日のアニメはこちら!」



___響け ファンファーレ 届け ゴールまで 輝く未来を君と見たいから___



可奈美「ウマ娘 プリティーダービー!」
ココア「チノちゃん早くとって……! 私たちも解説しなきゃ……!」
チノ「まだ取れないんですよ……。ココアさん、もっと大きい馬になってください……」
ココア「ひどい!」
可奈美「えっと……続けるね。放送期間は2018年の4月から6月。ちょうど刀使ノ巫女の後半と同時期だね。あ、もう一枚見つけた」ヒョイ
ココア「うえーん……可奈美ちゃんがどんどん簡単に取っていくよ……」
可奈美「競走馬をみんな女の子に擬人化したアニメだね。レース一つ一つが、現実にあったレースを再現しているよ。あった。競馬ファンの人がいたら、見てみても面白いと思うよ。あ、もう一枚」
ココア「可奈美ちゃんが私たちの何百倍も回収しているよ~! 先輩の立場なのに~!」
チノ「泣いてないでもっとしっかり支えてください」
可奈美「主人公はスペシャルウィーク。これも実在の馬がモチーフだよ。放送当時、スペシャルウィークの中の人が会いに行った記事が掲載されていたね」
青山さん「あのー。可奈美さん」
可奈美「うわ! 青山さん、こんにちわ」
青山さん「こんにちわ。可奈美さん、馬のアニメといえば、緑のマキバオーですよね?」
可奈美「青山さんそれいつの時代の方ですか!?」


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奪い合う者たち

幼い頃の愛読書は、西遊記でした。
何が言いたいかって言うと、とじとも西遊記来たああああ!
ガチャ一発目で結芽ちゃんキタあああ!
夜見ちゃん(推し)来ねえええええ!


 バングレイと名乗った怪物を追いかけて、響は博物館の屋上を踏んだ。

 

「待って!」

 

 響はシンフォギア、ガングニールによって強化された跳躍力でバングレイとの間合いを詰める。

 

「はっ!」

 

 発頸により、バングレイの背中を打った。

 その衝撃により、バングレイの体は小石のように吹き飛び、博物館より外に放り出された。

 

「や、やるじゃねえか……」

 

 バングレイはゆっくりと起き上がる。

 彼はそのまま吟味するように響を見定めた。

 

「……いいぜ。ベルセルクの剣は返してやる」

「本当?」

「本当本当。バリマジだぜ? ただし……」

 

 バングレイは鎌を持ち上げる。その時纏った彼の気配に、響は思わず身構えた。

 それは明らかに、殺意という名の気配。

 

「テメエを狩った後ならな!」

「!」

 

 襲い来る刃を白羽取りし、そのまま蹴り返す。

 

「どうして? 落ち着いて、話し合おうよ! そうすれば、争わずに済むはずだよ?」

「ああ? お前、そういうこと言うタイプ? バリかゆ」

 

 バングレイは、その鎌で頬をかく。当然殺傷力のあるそれで自らの肌を傷つけているので、その青い表皮がすこし裂けていた。

 

「そういうこと言う奴はな? 問答無用でぶっ壊してやるのが正解なんだよ!」

「っ!」

 

 今度は両腕を交差して防御。だが、バングレイの攻撃力はすさまじく、響は大きく後退。逃げ惑う人々の真ん中に飛ばされてしまった。

 

「……はっ!」

「ストライク!」

 

 歓喜の声を上げるバングレイ。それもそのはず、投げ飛ばした響に、一般人が巻き込まれていたのだ。

 

「どうでもいい獲物一匹!」

「しっかりして!」

 

 その青年を助け起こし、響は脈を測る。

 

「……生きてる……」

「よそ見してんじゃねえ!」

 

 だが、安心する暇はなかった。すでに目の前にいたバングレイが、右手に持った大剣を振り上げていた。

 

「……っ!」

「させるか!」

 

 そう、横から入ってきたのは、赤と黒の魔法使い。彼はそのまま回転蹴りで大剣を蹴り飛ばし、銀でできた剣でバングレイの体を二度斬り裂いた。

 

「響ちゃん! 大丈夫? ……その人……」

「大丈夫。まだ息はあるよ。……ハルトさん」

「いいから。ここは俺がなんとかするから、響ちゃんはその人を」

 

 ルビーの魔法使い、ウィザードの言葉にうなずいて、響は戦場を離れた。

 見滝原博物館の警報音が、ずっと鳴っていた。

 

 

 

「さて」

 

 響を見送ったウィザードは、銀の武器、ウィザーソードガンを構えながら言った。

 

「盗んだもの、返してもらおうかな」

「ああ? バリかゆ」

 

 バングレイは鎌で頬を掻く。

 

「オレはな。欲しいもんは全部力ずくで奪ってんだ。コイツも例外じゃねえ」

 

 バングレイはパイプの首に手を突っ込み、そこからベルセルクの剣を引っ張り出した。それをウィザードに見せつける。

 

「オレの狩りの邪魔をすんじゃねえ」

「だったらそっちも、俺の休日の邪魔をしないでよ。せっかく面白い展示会だったんだからさ」

「……バリムカついたぜ。テメエも狩る!」

「っ!」

 

 そのまま攻めてくるバングレイの鎌と、ウィザーソードガンが閃く。

 

「重い……」

 

 この怪物の力が、手を伝ってくる。一撃一撃が重く、鍔迫り合いには勝てない。さらに、荒々しい体術も交わってくると、オールラウンダーの火のウィザードではとても対抗できそうになかった。

 

「だったら……!」

 

 ウィザードはバングレイから離れ、左手の指輪を取り換える。

 万能型のルビーから、パワー型のトパーズへ。

 

「こいつだ!」

『ランド プリーズ』

 

 ウィザードが左手で足元を指すと、そこに黄色の魔法陣が出現。ゆっくりとウィザードの体を書き換えるように上昇していく。

 

『ドッドッ ド ド ド ドンッドンッ、ドッドッドン』

 

 魔法陣が通過を終えたころには、、ウィザードはその姿を赤から黄色に変化し終えていた。

 

「ああ? 姿が変わったくらいで!」

「どうかな?」

 

 再び、剣と鎌が打ち合う。

 力はほぼ互角。そこで、ウィザードが突きでバングレイを押し飛ばせたのは、幸いだったのだろう。

 

「やるじゃねえか……」

 

 バングレイは驚いたように言った。

 

「まだまだ行くよ」

 

 ウィザードはそのまま、ソードガンを駆使してバングレイへ攻め立てる。

 火のウィザードよりもスピードは劣るものの、力に秀でた土のウィザードは、やがてバングレイを防戦一方に追い詰めていった。

 やがて、左手の義手となっている鎌を弾き、四回、バングレイの体を引き裂いた。

 

「ぐあっ!」

 

 さらに蹴り飛ばし、バングレイは地面を転がった。

 

「はは……がハハハハハ!」

 

 痛みを受けたはずなのに、笑い声を上げるバングレイ。彼はそのまま、改めて立ち上がった。

 

「なかなかやるじゃねえか。気に入った。少し本気で狩ることにするぜ」

「まだやる気なのか?」

 

 全く戦意が失われないバングレイに、ハルトは戦慄が走った。それどころか喜んでいるバングレイの言動が、まったく理解できないでいた。

 その時。

 

 

 

「ディバインバスター」

 

 

 

 突如天より告げられた声に、大きく飛び退いた。

 バングレイも同じく、上空からの脅威に警戒を示した。

 

「誰だ!?」

 

 バングレイとともに、ウィザードも空を見上げる。

 誰もが避難し、警察のアラームが聞こえてくる青空。青と白のキャンバスに、一点だけ黒があった。

 

「キャスター……?」

 

 その存在を認めると、思わずウィザードの口からその名が出た。

 銀の長い髪と、天使のように背中から生える四本の翼。だが、衣服も翼も漆黒に染まり、むしろ堕天使の印象を抱かせる。

 赤い瞳から、まるで涙のように頬を走る赤い模様。左腕に装備された黒い籠手。以前ウィザードと敵対もした、サーヴァント、キャスターに他ならなかった。

 キャスターは一瞬だけウィザードを捉えると、バングレイ……そして、その手元のベルセルクの剣を凝視し、告げた。

 

「その聖遺物(ロストロギア)はこの私が頂く」

 

 彼女の指は、明らかにベルセルクの剣に向けられている。目を白黒させるウィザードを置いて、バングレイはベルセルクの剣を見下ろした。

 

「ロストロギアぁ? こいつことか?」

 

 バングレイは指で見せつけるようにベルセルクの剣を見せる。キャスターはずっと黙り、ベルセルクの剣のみを睨んでいた。

 

「こいつを頂こうってか? ハッ! バリ笑える冗談だ。どこのどいつかは知らねえが、奪えるもんなら、力ずくで奪ってみろ!」

「……」

 

 キャスターは視線をバングレイに移動し、やがて彼に手を向けた。

 

「望み通りに」

 

 すると、彼女の手から、黒い光の柱が無数に発射された。

 

「面白え! ならこっちは!」

 

 バングレイはバックステップで黒い光線を避けながら、ウィザードに近づく。

 

「!」

 

 青い宇宙人は、ウィザードの剣薙ぎを回避し、右手をウィザードの頭に当てた。

 

「いい記憶だ。オラァ!」

 

 バングレイが腕を突き出すと、そこから光が放たれる。

 光は瞬時に人の形を成していく。

 

「ファントム?」

 

 そこにいたのは、青い牛の姿をした怪人だった。ファントムと呼ばれる、ウィザードが普段から戦っている敵。そのうち、最近ウィザードが倒した個体だった。

 

「やれ!」

 

 バングレイの指示で、ファントムはウィザードへ攻め立ててくる。

 ウィザードは慌てて応戦するが、その間、完全にバングレイとキャスターからは目を離してしまった。

 

「続いてコイツだ!」

 

 バングレイは、今度はキャスターに向けて手を放つ。新たな二体のファントム___猫のような茶色のファントム、ベルゼバブと、猟犬のファントム、ヘルハウンド。これもまた、以前ウィザードが倒したファントムたちである。

 

「やれ!」

 

 バングレイの命令に従い、二体のファントムがキャスターへ向かってジャンプする。

 だが、キャスターは眉一つ動かすことなく、左右から攻め入るファントムを眺めていた。静かに両手をファントムに当て、そこからの黒い光線により消滅させる。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 ちょうど土の盾にファントムが激突し、動けなくなったところで、ウィザードはキャスターを見上げる。指輪を取り換えながら、こう呟いた。

 

「相変わらず……滅茶苦茶だな」

 

 聞こえているのだろうが、キャスターはにこりともしない。彼女はどこからか取り出した、辞書のように分厚い本を放った。その本は彼女の傍らで浮遊し、パラパラとページがめくられていく。

 

「……ディアボリックエミッション」

 

 彼女が唱えたそれは、広範囲の黒い球体。キャスターを中心に黒い球体がどんどん広がっていく。

 

「やばい!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 ウィザードは、再び今使った指輪を使用。目の前にまた新たな土壁が現れた。

 バングレイも、大きく飛び退き、球体から回避。

 やがて、土塊をファントムごと崩壊させるキャスターの攻撃はウィザードを大きく弾き飛ばした。

 

「くっ……」

 

 ウィザードはハルトに変身解除させられる。だが、上空の戦いは、まだ終わっていなかった。

 

 

 

「バリ!」

 

 不意打ち。背後からのバングレイの斬撃を、キャスターはノールックで回避した。

 

「はっ!」

 

 それに対する、キャスターの反撃。彼女の手から発射された黒い光線は、迷うことなくバングレイを捉え、大きくダメージを負わせる。

 

「バリやるじゃねえか……なあ?」

 

 地面にて片膝をつくバングレイ。

 だが、いまだにベルセルクの剣は彼の手元にある。

 キャスターは目当ての物を凝視しながら言った。

 

「それを渡しなさい。手荒な真似をする必要もない」

「ヘッヘッヘ。慈悲深いねえ」

 

 バングレイはベルセルクの剣を改めて口元に収納した。

 

「この世の中は奪うか奪われるか! バリ欲しいんだったら、オレから奪ってみやがれ!」

 

 その言葉により、キャスターの目つきが変わった。

 鋭い眼差しで、一気に急降下。瞬時にバングレイの目前に現れた。

 腰を落とした体勢の彼女は、右手に黒い光を宿しながら、それをバングレイに叩きつける。

 

「!」

 

 そのダメージは、バングレイにとっても予想外のものだったのだろう。大きくのけ反り、うめき声をあげている。

 

「だったら……今度はこっちの番だ!」

 

 だが、バングレイはそれでも鎌を振り上げる。少し驚いた表情を見せたキャスターは、右手の籠手で防御した。

 

「隙あり!」

 

 そのままバングレイは、キャスターの頭部を掴もうと手を伸ばす。

 

「っ!」

 

 キャスターは素手で防御し、蹴り上げた。

 

「ぐおっ!」

 

 鎌で防御したバングレイへ、さらにキャスターは追い打ちをかけた。

 徒手空拳で何度も突き上げ、上空へ動けなくなったバングレイへ、両手を伸ばす。

 

「潰えよ」

 

 両手から発射された、黒い光線。いよいよ野太い光は、そのままバングレイへ命中、爆発を巻き起こした。

 

「ぐあああああ!」

 

 響き渡るバングレイの悲鳴。

 

 そして、持ち主のいなくなったベルセルクの剣が、真っ逆さまに地面に落ちていった。

 

「! もらった……!」

「ぐ、バリしまった……させるか!」

 

 ベルセルクの剣を取ろうとする、キャスターとバングレイ。

 そして、その間に割って入る黄色い影がいた。

 

 

 

《/darkred》「話してくれるまで、渡さない!」《/darkred》

 

 

 

 立花響。

 それも、黄色をベースにした、黒いシンフォギア(イグナイトモジュール)を纏っており、急速に両者を突き抜けていった。

 

「うおおおおおおおお!」

 

 そして、ベルセルクの剣を捕まえたのは、響の黒いガングニールだった。

 

「!」

「バリ!?」

 

 驚くキャスターとバングレイ。

 そして、響が着地したのと同時に、その異変は起こった。

 

「う……ぐ……あああああああああああああ!」

 

 ベルセルクの剣を捕まえた右手を抑えながら、悲鳴を上げる響。

 すると、ベルセルクの剣より黄色のエネルギーが球状に放出された。

 それは、キャスターとバングレイを再び上空へ吹き飛ばし、やがて縦に収束していく。そして、まるで蛇のように鞭打ちながら、徐々に響の体内へ吸収されていく。

 

「う……が……」

 

 膝を折る響。そのまま、シンフォギアの変身も解除され、生身となった響は、焼け焦げた右手の平を凝視していた。

 

「何? ……これ……?」

 

 その言葉を最後に、響は地面に倒れた。

 

「響ちゃん!」

 

 駆け寄ったハルトは、一部始終に絶句していた。

 

「ベルセルクの剣が……響ちゃんに……吸収された……?」

 

 ハルトも、響も。そして手ごろな建物に着地したバングレイも、上空から見下ろすキャスターにも、状況が理解出来ないでいた。




可奈美「回収終わったね~」
チノ「しっかりチラシをチェックしなかった私もいけませんでした。可奈美さん、ごめんなさい」
可奈美「ううん。今回は私もいけなかったよ。これは悲しい事故ってことで、水に流そう?」
ココア「うえええええん! 二人ともごめんねえええ!」
チノ「おかげさまで変な誤解をした人が来たらどうするんですか……まったく」

ラビットハウス帰宅

友奈「あ! お帰り! ここって、ラビットホース? ハウスじゃなかったんだね」
チノ「……ココアさん……」
ココア「ごめえええええええん!」
可奈美「まあ、友奈ちゃんならよかったよ」
友奈「? どうしたの?」
可奈美「実はこれ、誤植なんだよね。本当はここ、ラビットハウスだよ」
友奈「なんだ! この前来た時、こんな名前かと思っちゃったよ!」
チノ「お知り合いでしたか」
可奈美「そうだよ! こちら、結城友奈ちゃん。友奈ちゃん、この子はここのお店のチノちゃんとココアちゃん」
チノ「よろしくお願いします」
友奈「よろしくね!」
ココア「でも来てくれるなんて嬉しい! やっぱり私の妹に!」ハグッと
友奈「うわっ! いきなり大胆!」
ココア「次に可奈美ちゃんも!」
可奈美「うわっ! じゃあこっちも……! ぎゅぎゅぎゅっ!」
ココア「最後はもちろんチノちゃん!」
チノ「チラシの罰で、ココアさんは今日は禁止です」
ココア「あうっ……」
チノ「……ココアさん、気付けば今回の尺ももうないじゃないですか。今回の紹介コーナーの尺まで全部ココアさんが持って行ってしまいました」
ココア「あうっ……」
チノ「結局ココアさんは、しょうがないココアさんです」
ココア「ひどいっ!」
友奈「可奈美ちゃん、もしかしてこの二人、いつもこんな感じなの?」
可奈美「そうだね。ココアちゃんに抱き着かれるのは慣れてきたかな。刀使の友達にも、よく女の子に抱き着く人いるし」
友奈「うーん……恐るべし、ラビットホース」
可奈美「ラビットハウスだよ!?」


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新しい参加者は宇宙人

シンフォギア、今度はウルトラマンとコラボ!
ベリアル様はアニメにならないのかな? アニメのウルトラマン、等身大だから仮面ライダーとかアメコミっぽい



「響ちゃん!」

 

 ハルトは大急ぎで響を助け起こす。

 

「おい、大丈夫か?」

「う、うん……」

 

 響の体はどうなったのか、分からない。

 ハルトは、響を抱えながら、キャスターとバングレイを見上げる。すでに銀のベルトを出現させており、変身しようとルビーの指輪を付けた。

 

「おいおい、こりゃ一体どうすりゃいいんだ?」

 

 バングレイは頬をかきながら呟いた。

 

「あの黄色ごと持ちかえればいいのか? バリメンドクセエなあ。手足ぐらい切り落としたほうがいいよな?」

「っ! 変身!」

 

 バングレイの発言に、ハルトはウィザードに変身した。

 響の前に立ち、ウィザーソードガンを構えた。直後、バングレイがウィザードたちと同じ地表に降り立つ。

 

「どけよ、赤いの」

 

 バングレイは鎌をウィザードへ向けながら歩いてくる。

 

「てめえには用はねえんだよ。バリ切り殺すぞ?」

「……」

 

 ウィザードが腰を落とす。

 やがて、バングレイが目と鼻の先にやってきた。

 

その時。

 

『はい。そこまでー』

 

 この状況に全くそぐわない、呑気な声。

 ウィザードとバングレイが、その声がした方向___空気を震わせる音ではなく、脳に直接響く声なのに、なぜかウィザードとバングレイは同じ方向を向いた___を見た。

 

『うぷぷ。この勝負、僕が預かってもいいよね?』

 

 そしてそこには、いた。

 人形のような大きさのそれは、言ってしまえば熊だった。左右が白黒のコントラストになり、黒い方の目が不気味に鋭くなっている熊。

 

『うぷぷぷ。久しぶりだね、ウィザード』

「お前は確か……モノクマ!」

『覚えてくれてありがとう。まさかあの状況から生きているなんて思わなかったよ』

 

 モノクマ。

 聖杯戦争の監視役の一人であり、かつてとある少女にウィザードの力を奪わせてもう一人のウィザード(アナザーウィザード)に仕立て上げ、街を混乱に陥れた元凶である。

 

「何しに来た?」

『君じゃないよ。用があるのは……君だよ』

 

 モノクマが指名したのは、青い宇宙人。バングレイだった。

 バングレイはモノクマに友好的とは言い難い態度で、「ああん?」といった。

 

「んだテメエ。オレはお前みてえな奴に用はねえ」

『うぷぷ。君にはないだろうね。でも僕にはあるんだよ』

 

 モノクマは体をクネクネとねじりながら言った。

 

『僕はモノクマ。聖杯戦争の運営をしている者だよ』

「聖杯戦争だあ?」

 

 バングレイは、少しだけモノクマへあてる視線に熱を込めた。

 

「何だそれ? バリ面白そうな話だな?」

『うぷぷ』

 

 モノクマは口を両手で覆いながら続けた。

 

『聖杯戦争。この街(見滝原)で行われる戦いの話だよ?』

「ああん? ……で?」

『願いを叶えるために、無数のマスターという人間を抹殺するんだよ』

「ほう……バリ面白そうだな?」

『うぷぷ。ねえ、よかったら君も参加しない? 最後まで生き残った人には、豪華! どんな願いでも叶えてあげるよ』

 

 モノクマの言葉に、バングレイはその八つの目を光らせた。

 

「何でもだと?」

『そう。何でもだよ? 金銀財宝でも、死者蘇生でも、愛でも』

「ケッ。そんなもんにはバリ興味ねえ」

 

 バングレイは吐き捨てた。ウィザードに向けられていた興味は、すでにモノクマに向けられていた。

 彼はモノクマの頭を右手で掴み上げた。

 

『うわ! うわ! こら! 放せ!』

「何でも叶えてくれんのか?」

 

 バタバタと暴れるモノクマに、バングレイはぐっと顔を近づけた。

 

「何でもか? この星にとっては致命的なことでもか?」

『うん! あ、そっか。君宇宙人だもんね』

 

 モノクマは頭からつまみあげられているというのに、落ち着いたように動きを止めた。モノクマはそのまま、目だけを動かして博物館の上空を見上げる。

 ウィザードはそれにつられて、博物館の上空を見上げる。

 

「……あれは……何だ?」

 

 上空で滞空している、青い機械。博物館の建物と同等の大きさを誇るそれに、ウィザードは絶句した。

 

「あれって……宇宙船なのか?」

「ああ? バリその通りだ。オレの宇宙船だ」

 

 バングレイはそう言って、もう一度モノクマに詰め寄る。

 

「例えば、だ。この星をオレのものにするとか、そういうレベルでもいいのか?」

『ああ、別にいいよ。それが君の願い?』

「いんや。例えば、だ。わざわざこの星に来たのには理由があってだな。まあいい。願いか」

 

 バングレイは再びモノクマに顔を寄せた。

 

「いいぜ。参加してやる。折角の狩りだ。のんびり、色々狩らせてもらおうか」

『うぷぷ。それじゃあ、いざ。マスター認定☆』

 

 モノクマがバングレイの腕を指さした。

 

『はーい! 初回ログイン限定プレゼント!』

「うおっ! なんだこれ!」

 

 バングレイは、驚いてモノクマを取り落とした。彼はそのまま、自らの右手の甲に刻まれた紋章を凝視している。

 モノクマは見事に着地し、バングレイへ言った。

 

『それは令呪! この聖杯戦争への参加証みたいなものかな』

「令呪だあ?」

『そう! うぷぷ。それを使えば、今後召喚される君の使い魔、サーヴァントへ強制的に命令を行うことができるよ!』

「使い魔だと?」

『うぷぷ。君はそれで、サーヴァントを召喚することができるんだよ。聖杯戦争で勝ち残って願いを叶えるとき、サーヴァントがいないとアウトだから気を付けてね』

「ハッ」

「お前……」

 

 ウィザードはバングレイを睨む。

 

「どうしてそんなものまで参加するんだ?」

「ああ? お前には関係ねえだろ?」

『うぷぷ。それが関係あるんだよなあ』

 

 それは、モノクマが代わりに発言した。

 

『この人、ウィザード。あと、立花響。二人とも、この聖杯戦争の参加者なんだよ』

「ああん?」

 

 バングレイは、その鎌をウィザードに向けた。

 

「ってことはアレか? てめえらもいずれは狩ることになる。そういうことだな?」

『ピンポンピンポン!』

 

 モノクマがオーバーに言った。

 

『その通り! 君の願いを叶えるためには、そこのウィザードと、さっき戦ったランサー、立花響と、上空のキャスター、……』

「お前も、マスターに……」

 

 モノクマの言葉に、ウィザードが割り込んだ。

 バングレイは肩を震わし、

 

「そういうこった。ちぃっとばかり新しい巨獣を狩りに来たのに、なかなか面白そうなイベントをやっていたからな」

 

 バングレイはウィザードの肩に手を置いた。

 

「つうわけで、色々これからよろしくな? 先輩?」

「何が先輩だよ……」

「がっはははは!」

 

 バングレイは、大笑いしながらウィザードに背を向ける。

 

「おい! 話はまだ……」

「はっ!」

 

 近寄ろうとするウィザードへ、バングレイはその鎌を振るった。

 ウィザードはソードガンで受け止めるが、すぐにバングレイは鎌を離す。

 

「そうそう慌てなさんなって。オレはこれからお前たちと何度も戦うんだろ? だったらじっくり楽しませてくれや。今日は腹も減ったし、腹ごしらえもしてえしな」

 

 バングレイは次に、生身でフラフラの響を、そして上空のキャスターに睨みをきかせる。

 

「お前らも、これからよろしくな! ベルセルクの剣は、次の機会にゆっくりと狩らせてもらうとするぜ! ……おい、モノクマ」

『何?』

「聖杯戦争っつうの? もう少し詳しい説明でも聞こうか? そうだな……これまで何があったのかくらいは聞いてもいいよな?」

『うぷぷ。いいねえ。君みたいな積極的な参加者は、僕好きだよ?』

「うっし。決まりだ。んじゃ、オレの宇宙船に来い」

 

 すると、博物館の上空の宇宙船が動き出した。それはバングレイの頭上に来ると、その下層部を光らせる。

 まさに、宇宙人がUFOに搭乗するシーン。モノクマを肩に乗せたバングレイが、徐々に浮かび上がっていく。

 

「それじゃあな、ウィザード。また遊ぼうぜ!」

 

 バングレイたちが宇宙船にその姿を消し、宇宙船はどこかへ飛び去って行った。

 




キャスター「……」
ハルト「えっと……キャスター。まさか、今……」
キャスター「今回の目的はあくまであの聖遺物(ロストロギア)。今回は戦うつもりはない」
ハルト「そっか。よいしょっと」響を背負う
ハルト「俺も早く退散したほうがいいな。野次馬とかマスコミとかに捕まりそう」
キャスター「……」
ハルト「ねえ。結局君はなんで戦っているの? 聖杯戦争をやめる気はない?」
キャスター「すべては我が主のため」
ハルト「……ほむらちゃん?」
キャスター「……」バサッ
ハルト「行っちゃった……さてと、俺も逃げるか」『コネクト プリーズ』

マシンウィンガーで走り出す

ハルト「さてと、バイクに乗りながらだけど、今日のアニメ、どうぞ」



___カタナカタナカタナ カタナに乗ってーるとー あたまあたまあたま あたまがおかしくーなるー___



ハルト「違うわい! おっと、間違えた。こっちだこっち」



___このスピードに乗せた体温が 今全身で伝う 通じ合う___



ハルト「ばくおん!」
響「う~ん、2016年の4月から6月のアニメだよ……ガクッ」
ハルト「響ちゃん!? 解説するか気絶するかはっきりしたほうが……」
響「う~ん……」
ハルト「気絶するんかい! 主人公の佐倉羽音(さくらはね)ちゃんが、バイクに目覚めてバイクにハマっていくお話だよ。女子高生がホンダの創業者の話をするアニメなんてそうそうないだろうな」
響「来夢先輩、一体何歳なの……?」
ハルト「モジャが結構バイク一家だったり、金髪ツインテールの子がカタナ大好きだったり、結構マニアにはオススメしたいかも」
可奈美「呼んだ?」
ハルト「君が大好きな刀じゃないからね? あと、ここで出てこないでよ今俺運転中だしどういう感じで声かけてきてるんだこれ?」


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最高の陽だまり(呪い)

1か月延長……だと……?


「響?」

 

 その声に、響ははっと我に返る。

 今自分がいるのは、見慣れた私立リディアン音楽院の学園寮。クリーム色の空間に、どことなく懐かしさを感じていた。

 

「どうしたの? 響」

 

 そう声をかけてくれる、ボブカットの少女。頭の後ろのリボンが特徴である。響の最高の陽だまり、小日向未来(こひなたみく)の名前を忘れることなど、どうしてできようか。

 未来は、ソファーに座っている響の顔を覗き込む。その顔を見返すだけで、響は魂を奪われたかのように見つめることしかできなくなっていた。

 

「未来……?」

「どうしたの? もしかして、具合悪いの? 今日学校休んだ方がいい?」

 

 未来が響の頭を撫でる。響は「あ……う……」とまともな言葉を発することができなかった。

 

「響?」

「あ、うん。だ、大丈夫」

 

 響は努めて笑顔を作る。

 未来は少し不安な表情を見せながら、響の腕を取った。

 

「そろそろ行かないと遅刻するよ? どうする?」

「う、うん……行くよ……」

 

 果たしてこんな日常だっただろうか。

 だが、響は未来に引っ張られ、そのまま春の道を真っすぐ進んでいった。

 それは、見慣れた街の風景だった。

 そして、もう見ることのない街の風景だった。

 

「響、本当に大丈夫? やっぱり今日は休んだ方がいいんじゃない?」

「大丈夫だよ。へいきへっちゃらだって」

「そう……でも本当に、無理しないでね」

 

 未来はそう言って、少し響の前に出る。

 

「いくら今日がクリスの卒業式だからって、響の体も大事だよ?」

「クリスちゃんの……卒業式?」

 

 響は、未来の言葉を確認するように繰り返す。見かねたのか、未来は「しっかりして」と響の肩をたたいた。

 

「今日クリスの卒業式だよ? 昨日まであんなに『卒業しないで~』ってクリスに泣きついていたの、忘れたの?」

「うん……」

 

 クリス。クリス。雪音(ゆきね)クリス。

 これまでも苦楽を共にした名前。忘れるはずのない名前。

 だが、なぜか遠く感じる名前だった。

 

「ねえ、未来……」

「どうしたの?」

 

 未来は振り向きざまに、響に笑顔を見せる。彼女のその顔を見ただけで、響の内側が暖かく満たされていくようにも思えた。

 

「ねえ、もしかして私って、クリスちゃんとここ最近、会ってなかったりする?」

「何言ってるの? 響。毎日会ってるじゃない」

 

 未来は何てことないような顔で言った。

 響は少し口どもりながら、「そ、そうだよね」と応える。

 

「切歌ちゃんと調ちゃんはもう学校に着いてるそうだよ。切歌ちゃん、まだ始まってもいないのに泣き出して大変だって」

「ああ……想像つくなあ。『先輩、卒業なんてしちゃだめデス』って言いそう」

「翼さんとマリアさんが何とか食い止めているらしいよ。こういうとき、マリアさんは頼りになるよね」

「うん」

 

 未来が次々と口にする名前は、響に安らぎを与えてくれた。

 空返事しかできず、響は足を進める。

 先導する未来は、時々響を振り返っては笑いかけていた。

 胸の中に引っかかる何かが、ずっと響の顔を固めていた。

やがて、しばらく歩いた未来は足を止めた(・・・・・)

 

「未来?」

「……」

 

 電池が切れた機械のように、未来は動きをやめた。

やがて、ギギギという効果音が似合うようなゆっくりとした動きで、未来は静かに振り向いた。

 そして、その未来の顔を見て、響の顔は凍り付いた。

 

「シェム・ハ……」

「何を驚いていおる?」

 

 さきほどまでの陽だまりの黒い瞳ではない。

 瞳孔が赤く(ひか)るそれは、にやりと凶悪な笑みを浮かべた。

 

「我を屠り、世界を救った英雄よ。何を躊躇っておる?」

「違う……ちが……」

「その呪われた拳で世界を救ったではないか。誇るがいい」

「呪われ……」

 

 すると、未来はするりと流れるような動きで響の顔に寄る。

 

「二千年の呪いよりもちっぽけだと誰が決めたと言った刹那、我ごとこの依り代の少女を葬ったのは、傑作だったぞ?」

「ちが……っ!」

 

 裏拳で振り払おうとするが、未来はまるで影のように手ごたえがない。

 

「何が違う? 世界を救えたのだから、依り代の少女など容易い犠牲だったのではないか?」

 

 その声は、すぐ耳元からだった。

 

「違う……っ!」

 

 振り向きざまの裏拳も、すぐにかわされる。

 そして次は、真正面に気配。

 

「私は……私はッ……!」

 

 その時。

 ごごご、と轟音が聞こえた。

 

「お前の絵空事は虚空へと消えた。呪いの明日はお前を蝕む」

「止めろぉ!」

 

 無意識のガングニールの起動。

 だが、未来は響の拳をかわし、ケラケラとせせら笑う。

 拳が届かなかった響は、そのまま膝を折った。

 

「未来は……未来は、私にとって大切な人だよ……それは絶対、間違いなく言えるよ!」

「つまりお前は、大切な人を犠牲にすることを厭わなかった。なんとも英雄的行為ではないか」

 

 そして、地面を唸るような音が少しずつ大きくなっていく。

 そしてその音源は、どんどん響の足元に近づいてくる。

 そして。

 

『カラダ……ヨコセ……!』

 

「うっ……」

 

 どんどん揺れが大きくなっていく。揺れはやがて、足元から響の体へ直接流れ込んでいく。

 

「がああああああああああああああああああ!」

 

 未来(シェム・ハ)の体が、町中の風景がひび割れていく。やがて世界は、あたかもガラス製だったかのように粉々となり、響の世界は、未来を除いて黒一色となる。

 

「な、何……?」

『ワレワレガ……ワガシュゾクガホロビタノハ……』

 

 ぼう、とあたかも灯が点火するような音とともに、それは響の前に現れた。

 黄色の炎。だが、その頭頂部には、まるで剣士が剣を掲げているようにも見える形をしており、徐々に大きくなり、黒一色の世界を埋め尽くそうとしていた。

 

『ナニカノ……』

 

 その声は、頭に重く響いてきた。脳を直接揺さぶられるような声に、響は悲鳴を上げた。

 

『マチガイダ……!』

「うっ……が……」

 

 黄色の炎が、響に吸い込まれていく。

 すると、どんどんガングニールが変化していく。白と黄色の装甲は、雷を浴びて白銀となっていく。

 

「があああああああああ!」

 

 それは、ほんの刹那の出来事。

 響の腕から伸びた雷の刃が、未来の姿を両断。風景と同じように、ガラス破片として砕けていった。

 

「お前はまた、未来(みらい)を切り捨てる」

 

 それは、消えかかる未来の言葉。

 半分意識を失いそうになりながら、響は大きく首を振った。

 

「違う……私は……!」

「お前には何も、誰も救えない。お前のその呪われた拳は、ただ食らい、ただ壊すだけの拳だ……!」

「私は、人と人を繋ぐ……ただ、それだけ……」

「お前は誰も繋げられない。お前には、壊すことしかできぬ!」

 

 小日向未来(最も大切な存在)は、歪めた顔で、それだけを言い切った。

 やがて未来も消滅し、響はただ一人、暗闇だけの世界に取り残されたのだった。

 

 

 

未来(みく)うううううッ!」

 

 飛び起きた。

 響の鼻をくすぐる木の匂い。見慣れない天井と壁は全て木製であり、古風な空間を醸し出していた。

 

「どこ? ここ……」

「あ、目が覚めた?」

 

 そう言ってくるのは、松菜ハルト。響がいつの間にか寝ているベットの隣で座っており、スマホから顔を上げて響を見ていた。

 

「あれ? ここ、どこ?」

 

 響は頭を抱えながら尋ねる。

 ハルトは「まだ起きない方がいいんじゃない?」と前置きをして答えた。

 

「ラビットハウス。ほら、以前コウスケと一緒に来たことあるでしょ?」

 

 そういわれて、響は部屋を見渡す。窓から見える風景は、見滝原の木組みの町と呼ばれる通りのもので、確かに見覚えがあるところだった。

 

「うん。そうだけど……そうじゃなくて、どうして私ここで寝てるの?」

「そりゃ、響ちゃんあのまま倒れちゃったし。コウスケのもとに送ろうにもどこにいるか分からないし。とりあえず介抱できるラビットハウスに連れてきた。可奈美ちゃんもここにいるしね」

「そっか。私、あれから倒れちゃったんだ」

 

 響は、首にかかっている宝石を見下ろした。赤い縦長のそれが、響のシンフォギアであるガングニールであるなどと、知らない人が聞いても絶対に信じないだろう。

 

「ずいぶんとうなされていたけど、悪い夢でも見てた?」

「……うん……悪い夢」

 

 響は言葉に詰まっていた。夢の中とは言え、久しぶりに陽だまりと再会できた一方で、あんな展開ならば、会わなければよかったとさえ思ってしまった。

 何も考えたくない。そう考えていた響の口が、思わず少しだけ口が動いた。

 

「……体……よこせ……」

「響ちゃん?」

「あ、ううん。何でもない」

「そう。可奈美ちゃんが来たら、さっきの宇宙人の話を共有しよう。あとからコウスケに伝えてくれればいいから、大人しくしててよ。チノちゃん、君の姿を見て大変だったんだからね」

「大変? チノちゃんってどの子だっけ?」

「君が中学校で助けた子。あれ以来君に惚れたっぽい」

「ええ? いやあ、そんな困るなあ」

 

 響は頭を掻いた。

 

「私だって女の子だし、その……でも満更でもない……かな?」

「まあいいけど。可奈美ちゃんもうすぐで仕事終わるから、それまで待ってて。ああ、ここ俺の部屋だけど、使うものあれば好きにしていいよ。どうせ私物なんて大道芸のものしかないけど」

「うん。じゃあ、もう少し寝てるからね」

 

 出ていくハルトを見送って、響は再び布団に身を預ける。

 だが、目はしっかりと開いていた。

 

『カラダ……ヨコセ……』

 

 怨念のような声が、ずっと響の頭に去来していたのだ。そしてそれは、響の意識を蝕んでいるようにも思えた。

 




ハルト「可奈美ちゃん、手伝う?」
可奈美「あ、ハルトさん? 別にそれほど忙しくないから大丈夫だよ。ココアちゃんも買い出し言ってるし。あ、でも食器洗いはお願いしたいかも」
ハルト「ああ。可奈美ちゃん皿洗いは割と下手だもんね」
可奈美「ひどいっ! 私だって色々とここで仕事できてるのに!」
ハルト「片付けが下手だってことは知ってるからね? この前君の部屋行ったとき驚いたよ」
可奈美「うぐっ……ハルトさんに炊事能力その他諸々負けているのが納得いかない……」
ハルト「まあまあ」チリーン
ハルト、可奈美「「いらっしゃいませ」」
カズマ、アクア「「こんにちわーっ!」」
ハルト「おお、誰かと思えばいつか公園で大道芸対決をした人」
カズマ「あの時は大敗してしまったが、俺を誰だと思っている? いつかこのアクアとともに大金持ちになる予定の、カズマさんだぞ?」
アクア「ねえねえ! 私のこと覚えてるわよね! そっちの人は初めましてかしら? 私はアクア! 水の女神、アクアよ!」
カズマ「やめなさい! 人の前でそういう恥ずかしいことは!」バチン
アクア「痛い! カズマさんが殴った!」
カズマ「毎度毎度お前は話をややこしくしないといけないのかよ!? ったく、普通に喫茶店で次のお笑いのネタを考えるんだろうが。あ、コーヒー二つお願い」
ハルト「はいどうぞ」
カズマ「おう、サンキュー」
アクア「水なんですけど」
ハルト「ええっ!? 俺確かに今コーヒーだしたよね? 可奈美ちゃん」
可奈美「私も見てたんだけど……」
アクア「水なんですけど」
ハルト「失礼しました! はい、コーヒーどうぞ」
アクア「水なんですけど」
ハルト「なぜ!?」
カズマ「毎度毎度お前は水を浄化するんじゃねえ! すみませんコイツ、液体をなんでも水にしちゃうんですよ」
可奈美「それって喫茶店に来る意味あるの?」
カズマ「おおう、なかなかのクリティカルヒット……!」
ハルト「お、そろそろ時間だな。今回のアニメは……せっかくだし、本人たちから」
カズマ、アクア「「どうぞ!」」


___君と見た世界 さあ 始まりの鐘が鳴る We are fantastic dreamer!___



カズマ。アクア「「この素晴らしい世界に祝福を!」」
ハルト「2016年の1月から3月に放映されたアニメだな。二期、劇場版と続いて、昨日(2020年5月1日)はとうとう原作最終巻も迎えた」
カズマ「うっしゃああああああああ!」
可奈美「アクアちゃんは、けっこう泣かせたいヒロインだって言われてるね」
アクア「ちょっと! 私女神なんですけど! もっと崇めてくれてもいいと思うんですけど!」
ハルト「うわっ! こっちに殴りかかってきた! それ言ったの可奈美ちゃんなのに!」
カズマ「おいアクア! 人様に迷惑かけんな!」
アクア「痛い! 女神なのに……私女神なのにぃ~!」
カズマ「うるせえ! お前なんて、ただの駄目な女神、駄女神だああああああ!」


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帰ってきた鬼軍曹

広告漫画のアプリをどんどんインストールするのはいいけど、結局滅多に開かないんだよなあ


「みんな! 帰ったぞ!」

 

 そんな声が響いたのは、そろそろ見滝原がアマゾンのショックから立ち直ったころ。

 ラビットハウスの入り口に、見覚えのない少女がいた。

 黒いツインテールの少女。発育のよい体と逞しい四肢。白と紺のストライプの服が特徴で、丸い目つきながら、とてもエネルギッシュにも思えた。

 予期していた顔がいないのか、彼女は目を丸くしてラビットハウスを見渡していた。

 

「あ、あれ……?」

「いらっしゃいませ……ですよね?」

 

 可奈美は躊躇いがちに言った。すると少女は、少し恥ずかしそうに「あ、ああ。そうだ」と頷いた。

 

「どうぞ」

「失礼する」

 

 少女は、現時点での唯一の客である。テーブル席を案内し、水を出すと、少女は「ありがとう」と礼を言い、水を飲んだ。

 

「えっと……お客さん、もしかしてよくここに来ていたんですか?」

 

 すると少女は頷いた。

 

「ああ。前までここでバイトしていたんだ。夏休みくらいから留学でやめて、年末だから帰ってきたんだよ。その……すまないな。変なところ見せた」

「ううん。全然」

 

 可奈美は少女の向かいに座る。

 

「もしかして、チノちゃんとココアちゃんに会いに来たの?」

「ああ。今はいないのか?」

「まだ学校から帰ってきてないから。今日はたぶん寄り道しているんじゃないかな?」

「ああ、想像がつくよ」

 

 少女は微笑した。

 

「どうせまたシャロのクレープ屋だろうな。なら、少し待たせてもらおうかな。シャロもどうせ連れてくるだろうし」

「ねえ、じゃあそれまでの間、チノちゃんとココアちゃんがどんなだったか教えてくれない? 私もここで色々とお世話になってるし」

「ああ、いいよ」

 

 可奈美は喜んで、「あっ」と思い直す。

 

「自己紹介してなかったね。私、衛藤可奈美。よろしくね」

天々座理世(ててざりぜ)だ。リゼでいいよ」

「リゼちゃんだね」

 

 可奈美は頷いて、リゼの話に耳を傾けようとする。

 だが、リゼが話す前に、入口より「ただいま~」という声が聞こえてきた。

 

「可奈美ちゃん、遅れてごめんね~。ちょっとフルールに行ってたから遅くなっちゃった」

「だから言ったじゃないですか。どうしてシフトが入っている日まで寄り道するんですか」

「いいじゃん。ちょっとシャロちゃんとお話ししたかったんだもん」

「シャロさんだって今日は仕事ですよ? 全く。千夜さんも一緒に悪ノリしますし」

 

 ココアとチノ。二人の姿を見て、可奈美は手招きした。

 

「二人とも。こっちこっち」

「どうしたの可奈美ちゃん?」

「お客さんですか?」

 

 そして、可奈美のもとに来た二人は、腰かけているリゼの姿に固まった。

 

「よ」

 

 気さくなな挨拶をするリゼ。

 一瞬の静寂ののち、それは起こった。

 

「リゼちゃああああああああああん!」

「お、おい! ココア! いきなり抱きつくな!」

 

 猛烈な勢いで、ココアがリゼに抱き着いた。それどころか、リゼに頬ずりまで始める。

 

「おいココア! よせ! 見られてるだろ!」

「リゼちゃああああああん!」

「お前は相変わらず……離れろおおおおおお!」

 

 リゼがココアの顔面を抑えている。だが、ココアはそれでもぐぐぐとリゼに迫っていた。

 もがくリゼを抑えるココアの力に舌を巻きながら、可奈美はチノへ目線を移した。

 

「やっぱりチノちゃんたちの友達だったんだね」

「はい。リゼさんは、可奈美さんたちが来る前のここのバイトです。でも、連絡してくれてもよかったのに」

「いやあ。折角だから驚かせようと思ってな。知らない間に新しいバイトも入ったんだな。でも、制服は私のじゃないんだな」

 

 リゼがココアを抑えたまま、可奈美の制服を見つめる。

 可奈美のものは、ラビットハウスの赤い制服。紺色のものはサイズが合わないわけではなかったが、せっかくだからと店主である香風タカヒロが用意してくれたものである。

 

「ねえ、リゼちゃんはいつまでこっちにいられるの?」

 

 ようやく抱き着くのを諦めたココアが、リゼの隣に座りながら尋ねる。リゼはにっこりと笑いながら、

 

「今年いっぱいはいられるぞ。一月の頭までだな」

「そっかあ。じゃあ……」

 

 その刹那、ココアの目が鋭くなる。

 それは、今にも飛び掛かろうとする猛獣のようで。

 あ、と可奈美はここからの顛末を察した。

 

「リゼちゃんと離れ離れだった分、いっぱいモフモフするよ~!」

「お前は相変わらずそれかあああああああああ!」

 

 

 

「お前もやられたか?」

 

 もはやココアを止めることを諦め、なすがままにモフモフされるリゼは、机を拭く可奈美へ尋ねた。

 

「うん。もう慣れてきて、だんだんこういう挨拶かなって思うようになってきたよ」

「そうかそうか。まあ、仲良くしてやってくれ。チノも、素直じゃないだけで、本当はかなりの寂しがり屋だからな」

「リゼさん……」

「おおっと……」

 

 店の奥から、ラビットハウスの制服に着替えたチノがジト目で見つめている。頭にはアンゴラウサギのティッピーを乗せており、いつものラビットハウスでの従業員スタイルだ。

リゼは悪戯っぽく笑いながら、チノに手招きする。

 

「あ、ココア。少し離れろ」

「ええ~」

「いいから」

「むぅ……」

 

 ココアは頬を膨らませながら、リゼを掴んでいた手を離す。

 

「ねえ、リゼちゃん! 留学どうだったの?」

「そうです、私もそれが聞きたかったんです!」

 

 ココアが再びリゼに顔をぐいっと近づける。チノも同じような距離感をリゼに行うので、本当に姉妹なんじゃないかなと思ってしまった。

 

「お、落ち着け! 写真あるから」

 

 リゼはそう言って、スマホを机に置く。

 離れた方がいいかなと思った可奈美は、店の呼び鈴に「いらっしゃいませ」と言った。

 

「じゃあココアちゃん、チノちゃん。お店は私一人でやるよ。積もる話もあるだろうし」

「え? そんなの悪いよ。可奈美ちゃん、私も手伝うよ」

「大丈夫だよ、どうせ暇だし」

「うごっ!」

 

 流れ弾がチノに命中した。

 

「これからの時間帯、多少増えるだろうけど、一人で捌けない量じゃないと思うから」

「待ってくれ」

 

 リゼは頬を掻きながら言った。

 

「その……久しぶりに、私も接客に入れてもらえないだろうか?」

 

 

 

「お前ら! 気合は入っているか!?」

「「「サーッ!」」」

「返事はどうした!?」

「「「イエッサー!」」」

 

 可奈美、ココア、そして今日もやってきた友奈は、同時に敬礼した。

 すると、ラビットハウス制服(戦闘服)を纏ったリゼは、瞬く間におかしなスイッチが入ってしまった。

 

「その……これ、何?」

 

 出前から帰ってきたハルトは、それ以上何も言えなくなっていた。

 

「リゼさんが戦場の悪魔に復帰しました」

「いいけど……俺今日シフト入らなくてもいいの?」

「多分問題ないと思います」

 

 チノがあっさりと言った。

 今、カウンターで謎の軍隊ごっこをしている四人に何も言えず、ハルトはただ眺める他なかった。

 リゼという、久々に見滝原に帰ってきた少女を教官として、可奈美、友奈、ココアの三人で軍隊のような掛け声が上がっている。

 

「よし! それでは、号令! いらっしゃいませー!」

「「「いらっしゃいませーっ!」」」

「声が小さい!」

「……あれ、このお店で必要あるの?」

「ありませんね」

 

 と、チノ。

 いらっしゃいませの軍事練習は、やがてなぜか巻き舌も入ってきて、収拾がつかなくなってきた。

 

「でも、折角だからってチノちゃんの制服を友奈ちゃんが着てるけど、今日はいいの?」

「お客さんも来ませんし、折角ですから。ハルトさんも友奈さんと知り合いだったんですね」

「まあね。……お客さんを普通に巻き込んでもいいのだろうか」

 

 ハルトは、そんなことを考えながら、友奈を見つめる。

 

「ねえ、友奈ちゃんはどうしているんだ? お客さんだったら、こっちにいればいいのに」

「どうやら、リゼさんのミリオタぶりが、お友達を思い出すそうです。それで、意気投合したんです」

「……へえ。でも、客をそのまま店員に入れるか普通」

「楽しそうですし、いいんじゃないですか。リゼさんが来てくれて、私もうれしいです」

「……そっか。でもよかった」

 

 ハルトは、ラビットハウスの窓を見ながら言った。

 まだ半月も経っていない、アマゾンの騒ぎの時に、ハルトが破壊した窓。

 

「街も、結構元気になってきてる。ちょっと、心配だったから。チノちゃんも」

「……そんなことないです。ショックは残ってます。私だって、体内にあの細胞入っていましたから、結構怖かったです。でも、」

「……でも?」

「ココアさんが、あの時ずっと一緒にいてくれたんです。ハルトさんたちも危ない目に遭ってたと思いますけど、ココアさんも、いつアマゾンになるか分からない私とずっと一緒にいたって、結構危険だったと思うんです。だから、そのココアさんに報いるためにも、少しでもいつも通りにいようって思ったんです」

「……そっか」

 

 ハルトは頷いた。

 

「おーい、店員さん!」

 

 ハルトは客席について、リゼに呼びかける。

 すると、リゼは張り切って「はいただいま!」と駆け寄った。

 

「ご注文は?」

「うさぎで」

「非売品です」

 

 リゼではなく、チノが頭に乗せているアンゴラウサギを強く抱えた。

 




ハルトが帰ってくる十分前



友奈「こんにちは〜!」
可奈美「あ、友奈ちゃんいらっしゃい」
友奈「やっほー! 可奈美ちゃん! あ、ここいい?」
可奈美「いいよ。今どうせお客さんいないし」
リゼ「おお? 見覚えのないお客さんだな。可奈美の友達か?」
可奈美「うん。友達の……」
ココア「友奈ちゃん! ようこそいらっしゃいウェルカムかもーん!」
可奈美「うわっ!」
ココア「リゼちゃん! 紹介するね! この子は友奈ちゃん! 私の新しい妹だよ!」
リゼ「またお前は妹を勝手に増やして……! そこに直れ! この私が、断罪してくれる!」
ココア「戦場の悪魔が再誕した!」
可奈美「悪魔!?」
リゼ「ココア! 私がいない間の罪を言え! 全て、私が裁いてやる!」
友奈「うわ、銃!? これ本物!?」
リゼ「モデルガンだ」キラーン
友奈「うわーお」
リゼ「さあ、わが国(ラビットハウス)を守るために、戦場に赴け!}
友奈「うおお! どことなく東郷さんに似てるこの人!」
可奈美「さ、さあ! 喫茶店が喫茶店ならざる空気になってきたけど、今回のアニメ、どうぞ!」



___たとえ 世界の全てが海色に溶けても きっと 貴方の声がする 大丈夫 還ろうって でも___



可奈美「アニメ 艦隊これくしょん-艦これ-……って、軍艦もの!?」
リゼ「うおおおおお! お前ら! 戦場に赴く覚悟はできているか!?」
ココア、友奈「おおーっ!」
ココア「ここはきっと大変な世界だね! 私もはりきっちゃうよ! 私一人で艦隊作れるぐらいの量はしゃべっちゃうよ!」
可奈美「私も少しはゲーム版でしゃべってるよ!」
リゼ「私もだ! よし、お前ら! 艦隊になる覚悟はできたか!?」
友奈「ちなみに放送期間は2015年の1月から3月だよ! それぞれのお話の展開は、史実に沿って展開されているらしいんだけど……私だけじゃ分からないなあ……東郷さんだったら分かるのかな?」
リゼ「私は分かるぞ!」
可奈美「おお……」
リゼ「お前ら! 私の命令には聞いてもらうぞ! 今から軍隊のいろはを徹底的に叩き込んでやる!」
ココア、友奈「はーい!」
リゼ「返事はイエッサーだ!」
ココア、友奈「「イエッサー!」」


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大豪邸

スピノサウルスが水中生活メインの四つ足だとほぼ確定したそうな……
ジュラシックパーク3のあの暴れっぷりは消滅してしまいましたorz


『頼む! この通り!』

 

 聖杯戦争の監視役がそんな情けない声をラビットハウスに持ち込んだのは、夜のことだった。

 

「……ごめん、もう一回言ってくれない?」

『人の話を聞けよ参加者は! ったく!』

 

 頭でっかちの白い人形は、ぷんぷんと頭を揺らした。

 

『運営側からの重要事項説明だぞ! ちゃんと耳クソかっぽじって聞けよ!』

「普段から敵対しているような運営側との関係を忘れてないだろうな、コエムシ。お前が以前俺たちを処刑しようとしたこと、忘れていないんだけど」

 

 ハルトは、その目の前の運営へ吐き捨てた。

 聖杯戦争における監視役は、これまで三体現れた。

 もっともハルトと接触することが多く。ハルトを聖杯戦争に巻き込んだキュゥべえ。

 先日バングレイをマスターにした、ハルトの前に立ちふさがるモノクマ。

 そして、今目の前にいる、かつてハルトと可奈美をダークカブトというものに処刑させようとした、コエムシ。

 

『過去のことをいちいち引きずってんじゃねえよ! ほら、よく言うだろ! 人間誰でも間違いはある! 重要なのは、次に同じ失敗をしないことだって』

「そもそも人間じゃないでしょうが! それに、お前次も何食わぬ顔でこっちに処刑人差し向けてきそうだ!」

『しねえよ! それにこちとら元人間じゃい! なあ、頼むよ! 聖杯戦争の健全なる運営に協力してくれよ! 殺ってくれたら、追加令呪くれてやるからさあ!』

「断る! 大体、何だよお前の依頼!」

 

 すでにラビットハウスはバータイムになり、店主の香風タカヒロがバーに立つ時間。

 風呂も終え、いよいよ就寝の時間になり、部屋に入った瞬間にいたのが、このコエムシだった。

 

「処刑人を処刑しろって、それ参加者に依頼することか?」

『いいじゃねえか! 別に減るもんじゃねえし』

「こっちの命が減るわ!」

 

 コエムシが持ち込んできた話。それは、彼が召喚した処刑人の始末だった。

 どうやら彼が召喚した処刑人が、コエムシの言うことを聞かずに街へ出ていってしまったらしい。自由三昧に生きているあいつを処刑してくれ、とのことで、参加者に頼んで回っているそうだ。

 

『頼むよ。まさかお前らに差し向けようとしたら、勝手に行動するとは思わなかったからよ』

「結局お前の望み通りに俺たちが戦うことになるのかよ。嫌だよ」

 

 ハルトは断り、自室のドアを開ける。

 

「お前が無責任に呼び出したのが悪いんだろ? それに、そいつ呼び出したの今日じゃないんだろ?」

『うっ……そりゃ、アマゾンの事件が始まる前だけど……』

「悪いことしていなんだったら、俺も戦う理由はないからな」

『そんなの酷いよ! お前は、こんなに可愛い妖精が先輩たちに怒られるのを黙ってみていようというのね!』

「……どこに可愛い妖精がいるんだ? ……ああ、ここにいるね」

『ガルーダ プリーズ』

 

 ハルトはそう言いながら、赤い指輪を使い、プラモンスター、レッドガルーダを召喚した。

 ガルーダはコエムシの周囲をからかうように旋回する。

 

「ほい。可愛い妖精」

『わーったよ! 鬼! 悪魔! この人でなし! せっかく令呪が増える話持ってきてやったのに』

「いや、だから俺戦いを止める派なんだから、令呪で釣れるわけないでしょうが」

『ふんだ。可奈美っちに泣きついてやる~!』

 

 コエムシは、明らかなウソ泣きで部屋を出ていった。そのまま隣の可奈美の部屋に(ドアを透過して)突入した。

 

「……ガルーダ。可奈美ちゃんがアイツの話を聞くと思う?」

 

 その質問に、ガルーダは首を振った。

 そのままガルーダも、ハルトの部屋を出ていく。すぐにガチャという音が聞こえたので、ガルーダも追って可奈美の部屋に入ったのだろう。

 しばらくして。

 

「私はやらないからね!」

 

 そんな大声が聞こえてきた。

 

 

 

「うおーっ……!」

「すごーい!」

 

 可奈美と友奈は、ともに感嘆の声を上げた。

 目の前にある豪邸。黒い柵がずっと続いているとは思っていたが、それがまさかまるまるリゼの家の敷地だとは思わなかった。

 入口から建物にかけてブロック積のスロープがあり、門には二人の黒服の男たちがいた。

 

「ここが、リゼちゃんの家なの?」

 

 友奈の質問に、可奈美は心底同意した。

 すると、可奈美の背後のココアが、ひょっこりと顔を出す。

 

「そうだよ。ビックリだよね? 私も最初ビックリしたよ!」

「以前リゼさんが足首を挫いたときですね」

 

 友奈の隣のチノも同意する。

 

「あの時は皆さんで、屋敷でメイドごっこをしたりしましたね」

「メイドごっこができる家なのこれ!?」

「できるよ。一緒に千夜ちゃんとシャロちゃんも紹介したかったけど、二人とも今日はお仕事らしいから、また次の機会だね」

「う、うん……メイドか……」

 

 可奈美の脳裏に、資産家の親友の顔が横切った。果たして彼女の家には、使用人はいたにはいたが、果たしてメイドはいただろうか。

 後で連絡してみようと決めた可奈美をよそに、ココアがステップで黒服に声をかけた。

 

「こんにちは! リゼちゃんいますか?」

「ああ、前に来たお嬢のご友人ですかい」

「ですかいですかい」

「おお、すごく紳士的だね」

「ここで働いているのは、ああいういい人たちなんだね」

「因みにココアさんは以前、見かけで怖いと判断して接客業に向いていないと客観判断ができました」

 

 許可をもらって手を振っているココアが一瞬固まった。

 

 

 

「すごい! シャンデリアだ!」

 

 玄関先の大広間で、友奈は目を輝かせていた。

 玄関から入ったその場所は、おとぎ話のダンス会場にもなりそうな広間だった。中心を真っすぐ縦断する赤いカーペットは、先で二つの階段につながっており、そこから王子様でも出てくるのではないかとさえ思えた。

 そこで友奈が、天井のシャンデリアを見てはしゃいでいた。

 

「私、シャンデリアって初めて見たかも!」

「え? 友奈ちゃんシャンデリア見たことないの?」

「記憶には全然ないよ! これって、部屋のどこかにスイッチがあって、押したらガッシャーんって落ちてくるんでしょ?」

「それ映画の中の話だよ? ねえ、ココアちゃんチノちゃん」

「え? 私もそう思ってて、部屋のスイッチ探していたんだけど」

 

 ココアの言葉に、チノも頷く。

 可奈美が苦笑いをしたところで、右側の階段より、「おーい」という声が聞こえてきた。

 

「よく来てくれたな、みんな!」

 

 部屋着姿のリゼが、笑顔で迎えてくれた。

 

 

 

「行くよ!」

 

 可奈美は、手に持った鉄棒を振るう。過去に何度も練習してきた剣舞。可奈美がいた美濃関学院(みのせきがくいん)では珍しくもないものだが、ココアたちには珍しいもので、やはり一挙手一投足、歓声があふれてきた。

 

「すごい! 可奈美、お前CQCにもきっと精通するぞ!」

「CQC?」

「すごいです可奈美さん……!」

 

 チノも、可奈美に尊敬のまなざしを向けている。

 

「これは、日本舞踊の一つだよ。あんまりメジャーじゃないかもしれないけど。そもそもこういう剣舞ってね、人類史でも剣が生まれたのと同時に、色んな国で行われてきたんだよ。中で私が好きなのは_____」

 

 この時、可奈美は無意識に剣の踊りについて語り始めていた。

 やがてそれは、ココアとチノを白目にさせるほどに続いてしまったのには気付かず、それどころかリゼを燃え上がらせてしまった。

 

「お前の剣好きには、きっと私にも通じるものがある!」

「え?」

 

 可奈美がきょとんとしている間に、いつの間にかリゼは黒い鋼を手にしていた。

 そう。巨大な銃を。長い銃身により、よりリゼの体に対して大きく見えるものを。

 

「リゼちゃん何それ!?」

「どうだ!? これは私のお気に入りの一つなんだ。ブルパップ式アサルトライフルと言ってな、命中率や射程が犠牲になる代わりに持ち運びやすさに特化して_____」

 

 リゼの口調は、言ってしまえば可奈美の銃版。ありとあらゆる軍隊の銃をまさにマシンガントークでうち放ち、ココアとチノは「久々のリゼちゃん(さん)のミリオタ知識だ」と嘆きだした。

 その時。

 

「ここは問題ないか?」

「異常ありません」

 

 リゼの言葉の最中、部屋の外から明確に黒服たちの声が聞こえてきた。

 意識を部屋の外に向ければ、妙に外部が騒がしい。

 

「ねえ、リゼちゃん」

「それにこれは……ん? どうした?」

 

 可奈美の言葉に、リゼも口を閉じる。

 ピンクの眼帯ウサギ人形をぎゅっと抱きしめながら、可奈美は尋ねた。

 

「何か、黒服の人たち、慌ただしくない?」

「そういえば……」

 

 友奈も異変に気付いたようだった。バタバタと慌ただしい足音が、隠れることもなくリゼの部屋にまで響いてきている。

 

「どうしたのかな? 黒服の人たちのお祭りでもあるのかな?」

「どうしてそうなるんですか」

「いや、そんな話は聞いてないけどな」

 

 ココア、チノ、リゼの言葉を聞き流し、可奈美は友奈と目を合わせる。

 友奈は頷いた。

 

「ちょっと、様子を見てこようか?」

 

 友奈のそんな発言に、三人の女子中学生はなお一層目を輝かせた。

 

「「「行きたい(です)!」」」

 

 

 

「怪盗?」

 

 そんなワードが、可奈美の耳に届いた。

 

「昨日盗みの予告状が来たんです」

「予告状?」

 

 その言葉に、友奈が首を傾げた。

 

「可奈美ちゃん、もしかして見滝原って、よく怪盗とか現れるの?」

「うーん、私は聞いたことないなあ」

「私もだな。そもそも、親父は今朝そんなこと言ってなかったぞ。そもそも、今朝はあまり顔合わせてくれなかったが」

「きっと心配でそれどころじゃなかったんじゃないんですかね。ほら、お嬢を危険にさらすわけにもいきませんし」

「……」

 

 リゼは頷いた。

 その背後で、ココアが黒服に尋ねる。

 

「ねえ、もしかしてその怪盗って、今見滝原で噂になってる怪盗?」

「だと思いますよ」

 

 黒服が答えた。

 

「なんでも、是非警備を固めたまえってことです。警察もあちこちで色々と動いてくれいますけどね」

「噂?」

 

 友奈がココアに尋ねた。

 

「もしかして、怪盗って噂になってるほど多いの?」

「え? 聞いたことないの?」

 

 ココアが目を丸くした。

 

「見滝原に怪盗現るって、今結構噂になってるよ?」

 

 ココアはにたりと口元を歪めた。

 

「何でも、厳重に保管された倉庫であればあるほど、狙われる可能性が高いらしいよ」

「厳重なお宝を狙うってこと?」

「うん。でも、それをどうするかはよく分からないんだって。ね、チノちゃん」

「はい。私もマヤさんとメグさんから聞きました」

 

 チノも同意する。

 

「貧乏にお金を分けるとか、豪遊するとかいろいろ言われていますね。でも、あくまで噂ですけど」

「うーん……噂か……」

 

 可奈美は両腕を組んだ。

 

「でも、困ったな……もし本当に怪盗が来るのなら、ココアたちも危ない目にあう可能性もあるし……」

「心配しないで! リゼちゃん!」

 

 ココアがリゼの手を握った。

 

「友達だから、困ったときは助け合うものだよ! せっかくリゼちゃんが見滝原にいるんだもん! 一緒に何か考えよう!」

「と言ってもなあ……相手はプロだぞ?」

「そうですよココアさん」

 

 チノもリゼに賛成している。ココアの袖を引っ張り、訴える。

 

「ここは大人しく引くのがいいと思います。でも、リゼさんもここにいたら危ないのでは……? 折角ですから、ラビットハウスに集まりましょう。そろそろ千夜さんとシャロさんもお仕事終わっているかもしれませんし、久しぶりに集まりましょう」

「あ、ああ……」

 

 リゼが不承不承ながら了解した。

 

「分かった……それじゃあ、みんなでラビットハウスに行こう」

 

 話がまとまったとき、可奈美と友奈は目を合わせた。

 

 

 

 そのままラビットハウスに向かう途中。ココア、チノ、リゼの三人の後ろで、可奈美は小声で友奈に話しかけた。

 

「ねえ、友奈ちゃん。さっきの怪盗の話なんだけど」

「うん。これは、きっと勇者部案件だね!」

「ゆ……? ま、まあとにかく。私たちで、何とか手伝えないかな?

「私は全然大賛成だよ!」

 

 友奈が笑顔で答えた。

 

「人のためになることをする。それが勇者部だからね! 異世界だろうとどこだろうと関係ないよ!」

「よし、決まりだね!」

 

 可奈美はコホンと咳払いをして、

 

「ア! イッケナイ! ワタシ、カイモノタノマレテタノワスレテタ!」

 

 ココアたちと別れた後、その棒読みに深く後悔した。

 




ハルト「いらっしゃいませ」
ほむら「……」
ハルト「ほむらちゃん。久しぶり」
ほむら「松菜ハルト。貴方に一つ、聞きたいことがあるの」
ハルト「何?」
ほむら「私、ちょっと出番少なすぎないかしら?」
ハルト「え? そう?」
ほむら「三章になってから、私のサーヴァントの出番はあったのに、なぜ私には出番がないのかしら? いいえ、むしろなぜ美樹さやかには出番があるの? そもそも、どうしてまたまどかの出番がないの? ええ、そうよ。まどかの出番がないのはおかしいわ」
ハルト「どうどう、落ち着いて」
ほむら「ふん……」ファサ
ハルト「ほら、逆に考えようよ。キャスターが出たってことは、ほむらちゃんもいつかきっと出番が来るって」
ほむら「……」
ハルト「来るって……」
ほむら「目が泳いでるわよ。私の目を見て言いなさい」
ハルト「……来るといいね」
ほむら「っ!」銃ジャキ
ハルト「わあああ! お客様! おやめください、お客様!」
ほむら「ならばせめて、このコーナーはいただくわ! 今回のアニメ、どうぞ!」



___触れられるほど近い 君へとこの手を伸ばした 悲しき定めよ___


ほむら「機巧少女(マシンドール)は傷つかない」
ハルト「マシンドールって打てば出てくるんだね」

バン!

ハルト「……ごめんなさい」
ほむら「2013年の10月から12月放送。あら、新編と同じ時期ね」
ハルト「そ、そうだね……」
ほむら「日本人留学生の赤羽雷真(あかばねらいしん)が、大英帝国の夜会に参加していく話ね。……ちょっと待って。この学園の名前が、ヴァルプルギス王立学院って書いてあるのだけど」
ハルト「? その名前がどうかした?」
ほむら「……何でもないわ。それにしても、赤羽雷真少し夜々(やや)に少し冷たくないかしら? ここまで愛を分かりやすく言っているのに」
ハルト「健全な男子からすれば、このアプローチは少し過激すぎるのです。ちょっと手馴れてる感はあるけど」
ほむら「日本の雪月花をモチーフにした人形たちね。風情があるわ。エンディングの回レ! 雪月花は、是非一度聞いてみることをお勧めするわ」
ハルト「俺もいいと思うよ。だからほむらちゃん、できれば銃を下ろしてもらえると」
ほむら「合図を出して踊りだしなさい」にっこり

バン!

ハルト「」目グルグル


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アルティメットルパン

配信のおかげで二日に一回はプリキュアの映画見てるけど、結構見てるだけでも疲れるなあ……
ようやくハピネスチャージとプリンセス見れた


「あ、ガルちゃん、ありがとう」

 

 レッドガルーダが持ってきた御刀、千鳥。それを手に取り、可奈美はリゼの家の近くにいた。

 怪盗が来るということで、屋敷の警備も強くなっており、可奈美たちが入るのにも苦労しそうだった。

 

「よし。それで可奈美ちゃん、どうやって入ろうか?」

「うーん……現場に行く前に、私たちが怪盗みたいに潜入しなくちゃいけなくなりそうだね」

「それは流石にね……お?」

 

 可奈美は、目を凝らした。

 屋上の一部分。ステンドグラスのように張られた窓が、バリンと弾け、そこから白と黒の人影が飛び去るのが見えた。

 

「あれだ!」

 

 可奈美が御刀、千鳥(ちどり)を握り、友奈がスマホのボタンを押す。

 すると、二人の体に常識を破る力が降り注がれた。

 全く体に変化が見えない可奈美と、対照的に白と桃色の勇者服となった友奈。

 二人は跳躍、それは当然のように建物の屋上まで届き、屋根を足場とする。

 

「あれだね!」

 

 友奈が、可奈美が見ている人影を指さす。

 

「そう、急ごう!」

 

 可奈美と友奈は、ともに駆け出す。

 大きな道路をジャンプで飛び越え、一気に怪盗との距離を詰める。

 すると、怪盗もこちらに当然気付く。振り向きざまに、逃走用の小道具を投げてきた。

 

「ふっ!」

 

 可奈美は千鳥を抜き、一閃の元切り捨てる。すると、その玉から黒い煙が可奈美の視界を遮った。

 

「うわっ!」

 

 可奈美は目に煙が入らないように目を閉じて、煙から脱出。だが。

 

「うわわわっ!」

 

 目の前にいつ出現したのか、テナントビルの壁に正面からぶつかってしまう。カエルが潰されたような音とともに、可奈美は全身を壁に張り付かせてしまった。

 

「可奈美ちゃん!」

「大丈夫……行って、友奈ちゃん!」

「う、うん!」

「ははははは!」

 

 怪盗の笑い声と友奈の気配が、どんどん遠ざかっていく。

 可奈美が屋上に戻ったときには、もう怪盗の姿は無くなっていた。

 

 

 

「待って!」

 

 可奈美が振り切られた。

 友奈は歯を食いしばりながら、屋根を蹴る力を強める。

 

「怪盗さん、待って!」

「待てと言われて待つ怪盗などいないよ、お嬢さん」

 

 やがて友奈は、怪盗の隣で並走する。白いタキシードと黒いマントという、オーソドックスな怪盗の姿だった。

 

「ふむ……残念ながら、このお宝を渡すわけにはいかない」

 

 怪盗は懐から盗品を取り出していった。それは、手のひらに収まる、手裏剣の形をした置物だった。中心の丸い穴を中心に、四枚の刃の方へ緑が塗られている。

 怪盗はそのままひらりと翻しながら着地した。

 友奈も続いて降り立ったその場所は、人通りのない裏路地だった。掃除の手が行き届いておらず、同じ見滝原とは思えないほどにゴミが散乱している。

 

「ふむ。どうしてもこれを返してほしいと」

「そうだよ。それは友達の家のものだからね」

「なるほど。……面白い」

 

 友奈の姿を見て、怪盗は何を思ったのか、肩を震わせて笑い出す。

 

「面白い。君のようなものも、まだこの世界にいたのか。全く、退屈な世界に召喚されたと思ったが、少しは楽しめそうだ」

「……召喚された? もしかして、昨日コエムシが言っていた処刑人!?」

「む? 確かに俺は聖杯戦争に消極的なものを排除する命令を受けた処刑人だが……なるほど」

 

 すると、怪盗の目が鋭くなる。

 

「君は、聖杯戦争の参加者か……とすれば、先ほどの彼女は、君のサーヴァントか、マスターか」

「……そうだよ」

 

 友奈が警戒しながら頷いた。

 すると、怪盗はしばらく考えるように顎をしゃくり、

 

「なるほどなるほど。俺は、処刑人としての命令には興味がない。君たち参加者を殺せば生き返らせてくれるなどと言われたが、前回の青二才(ある仮面ライダー)との戦いで、俺はもうこの世界には未練はない。だが……」

 

 怪盗は、口元を歪めた。

 

「折角だ。俺に盗みを楽しませてくれたこの世界への謝礼として、この宝を排除し、簡単にこの世界を守ってやろうではないか」

「どういうこと?」

 

 友奈の問いに、怪盗は盗品の手裏剣を懐に入れる。代わりに取り出したのは、金色の銃だった。銃口とトリガーカバーが持ち手を覆うようにできており、まるでメリケンサックのようでもあった。

 

「どうやら少しは戦えるようだ。ならば、少しばかり手荒な真似をしても、死ぬことはあるまい」

 

 怪盗は、その銃口を押した。

 

『ルパン』

 

 重い音声。同時に、メリケンサック___ルパンガンナーより、まるで仮面舞踏会でも行われるようなジャズ音楽が流れだした。怪盗がルパンガンナーを振ると、同時に金銀財宝の形をしたエネルギーが宙を舞う。

 

「うわっ!」

 

友奈は自らに攻めてきたエネルギーを殴り弾く。

 そして、怪盗は告げた。

 

「変身!」

『ルパン』

 

 ルパンガンナーをZの形に振り、集まったエネルギーが装甲となり、怪盗の体に装着されていく。

 やがて白と黒の怪盗は、赤茶のスーツに宝石の形をした装甲を纏った戦士となる。黒いシルクハット、ちょび髭のようなマスク。

 怪盗は両手を大きく広げた。

 

「俺は仮面……おっと。この名前はすでにあの男に返したのだったな。では、改めて名乗ろう。我が名は大怪盗、アルティメットルパン。この宝を処分し、この世界を守ってあげよう」

「アルティメット……ルパン?」

 

 友奈は油断なく腰を落とす。

 ルパンは友奈から視線を離さずに、どこからかミニカーを取り出した。ルパンガンナーと同じく、金色のミニカーをルパンガンナーに装填する。

 

『ルパン ブレード』

 

 すると、ミニカーの後ろに繋がっている刃が跳ね上がり、ルパンガンナーが短刀となった。

 

「さあ、来るがいい。お嬢さん」

 

 ルパンは友奈を挑発するようにルパンガンナーの刃___ルパンブレードを向け、揺らした。

 

「大怪盗を捕まえられるかな?」

「行くよ!」

 

 友奈は、勇んでルパンへ殴りかかる。

 だが、軽い身のこなしのルパンは、友奈の拳を優雅によけ、背後に着地し、その背中を斬り裂いた。

 

「うわっ!」

 

 悲鳴とともに翻弄される友奈。

 ルパンは笑いながら、彼女を見下ろしていた。

 

「はっはっは。どうした? まだまだ始まったばかりだぞ」

「こんのおおおお!」

 

 頭に血が上った様子の友奈は、地面をたたいてルパンへ襲い掛かる。

 だがルパンは、マントを翻しながら華麗に翻弄。友奈は彼を捕まえることができず、逆にダメージを受けてしまう。

 

「直線的だな。人間相手は慣れていないのかな?」

 

 ルパンはルパンブレードをくるくると回転させ、三回友奈の体を引き裂く。火花を散らしながら、友奈は地面を転がった。

 

「ま、まだまだっ!」

 

 友奈は起き上がりながら回転蹴りを放つ。それはルパンの腕にガードされるものの、少しだけルパンを後退させた。

 

「どうやら少し痛めつけないと、諦めそうにないな」

『ガン』

 

 ルパンはルパンガンナーの銃口を押す。すると、ルパンガンナーは銃の形態となり、ルパンの指をトリガーに、友奈を狙う銃となる。

 

「!」

 

 友奈は転がりながらルパンガンナーを回避。だが、遠距離攻撃の手段を持たない友奈にとって、それは勝ち目がなくなったことを意味していた。

 

「だったら……!」

 

 友奈は構わず走り出す。ルパンは少し驚いた様子をみせたが、構わず友奈へ発砲した。

 

「なんのこれしきいいいいいいいい!」

 

 被弾しながらも突き進む友奈へ、ルパンは舌を巻いた。

 

「これは驚いた。まさか君がここまでパワフルだとは」

『ブレイク』

 

 ルパンは再びルパンガンナーのスイッチを入れる。すると、ルパンガンナーは今度は鈍器となった。接近した友奈の拳と全く同じ威力のそれは、友奈とともに弾かれる。

 

「なるほど。力はあるな。もう少し対人能力を身に付ければ、俺の脅威だっただろう」

「まだまだ! 根性!」

 

 友奈は弾かれた拳を握り、再びルパンへ挑む。

 ルパンは自らのマントを掴み、防御するために友奈の前に広げた。

 

「勇者パンチ!」

 

 桜の花びらを舞わせるその一撃は、マフラーごとルパンを弾き飛ばした。

 数回の火花を散らしたものの、ルパンはまだ膝を折っていない。

 だが、今回の目的である手裏剣の置物は、今の衝撃により宙を舞っていた。

 

「しまった!」

 

 ルパンが慌てて手裏剣を取ろうとジャンプする。だが、それよりも早く、白い影が手裏剣を掠め取った。

 

「やった!」

 

 御刀、千鳥を携えた可奈美。彼女はそのまま宙返りをして友奈の隣に着地した。

 

「確かに、返してもらったよ」

 

 可奈美はにっこりと笑顔で、手裏剣を手玉に取る。

 

「可奈美ちゃん……!」

「遅れてごめんね。探すのに、少し手こずっちゃった」

「ううん! 万々歳だよ!」

 

 友奈は両手を叩いて飛び跳ねる。

 すると、ルパンは「お見事」と手を叩いた。

 

「まだ俺を倒すには程遠い。が、君の根性を認め、それは君たちに返してあげよう」

「……あ」

「待って!」

 

 そのまま去ろうとするルパンへ、友奈が呼びかける。

 

「貴方、コエムシに呼ばれた処刑人なんでしょ? その……これからどうするの?」

「どうするもない。俺は自らの人生に悔いを残してなどいない。もとより生きる願いもない。ならばせめて、そのお宝が導く破滅を回避してやろうと思ったのだが……どうやら、俺がする必要もないのかもしれないな」

「破滅?」

 

 可奈美が首を傾げた。

 

「リゼちゃんの家の置物が、世界を破滅させるっていうこと?」

「ふむ。君がどうやらマスターのようだな。ならば、サーヴァントの少女よ。君は、この世界に召喚されるにあたり、この世界の情報はある程度インプットされているのだろう?」

「? う、うん」

 

 ルパンの言葉に、友奈は頷いた。

 

「それは古代の滅びた文明の遺産であり、この世界に蘇ってはいけないものへのカギなのだよ。それを破壊することをお勧めする」

 

 

 

「そんなことはさせない」

 

 

 

 突如、驚くほど低い声が響いた。

 

「え?」

「誰?」

 

 ルパンではない。

 友奈は、声の発生源を探した。

 だが、その姿は見つからず、その低い声は続いた。

 

「それは、オレがいただく。オレが持つべきものだ」

 

 冷たい声。

 

「怪盗さん、これはあなたなの?」

「ふむ。この世界に俺の知り合いなどいない。これはどうやら、第三者のようだ」

 

 ルパンが分析した。友奈と可奈美は顔を合わせた時。

 

「来る!」

 

 可奈美が叫んだ。

 そして、地響き。

 目の前で登る煙の中、それは現れた。

 

「だ、誰……?」

 

 黒い人物。顔には紫の大きなゴーグルがしてあり、その表情は分からない。右手は紫の煙が腕の形となっており、常に揺れ動くもやのようだった。立ち上がったその胸には、赤い紋章が刻まれている。

 彼はルパンを、そして友奈と可奈美を見つめる。

 そのゴーグルの下の目は、光の反射で見えない。

 

「……目障りなんだよ……」

 

 彼は静かに吐き捨てた。

 

「戦うつもりならば、慣れ合うような仲良しごっこはやめろ」

「な、仲良しごっこって……」

 

 友奈と可奈美は、共に戦闘態勢を取る。

 ルパンもまた、謎の乱入者へルパンガンナーを向けた。

 

「あんまり関心しないね。獲物の横取りとは」

「……貴様は、監視役から言われた処刑人だな?」

 

 乱入者の視線は、次にルパンへ注がれる。

 

「追加令呪などに興味はない。失せろ」

「ふむ」

「令呪ってことは……」

「うん。彼も、聖杯戦争の参加者だね」

 

 友奈と可奈美は顔を合わせる。

 

「だったら、どこかにサーヴァントか、マスター……パートナーがいるはずだね」

「パートナーだと?」

 

 すると、より強い視線が友奈を突き刺す。

 冬の気温させも温く感じるそれは、友奈の背筋を一瞬で凍り付かせた。

 

「ふざけるな……誰かの力を借りるなど、オレはしない。ここにいる全員」

 

 彼は、紫の右手を掲げる。

 

「オレが倒す」



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謎の戦士

仮面ライダールパンは、ダークライダーの中でも結構好きな部類。ドライブって、結構ダークライダー多いですよね。
ゴルドドライブをダークライダーにするかどうかは、人による


 乱入者の紫の右手が丸く光る。

 

「はあっ!」

 

 飛び上がった彼の腕より、無数の紫の拳が放たれる。

 それは、裏路地という狭い立地では、逃げ場のない流星群となった。

 

「危ない! 太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

「勇者パンチ!」

『アルティメット ルパン スラッシュ』

 

 可奈美、友奈、ルパンの三人は、それぞれの必殺技を放ち、紫の拳を相殺する。

 可奈美はそのまま建物を足場に、空中の乱入者へ接近した。

 

「せやっ!」

 

 降り降ろした千鳥を、乱入者は両腕を交差させて防御。そのまま地面に打ち落とす。

 

「やった! 友奈ちゃん!」

「うん!」

 

 地面に落ちた乱入者へ、友奈と怪盗が接近戦を挑んだ。

 友奈の格闘技が、乱入者を襲う。だが、彼もまた同じように格闘技で友奈を迎え撃った。

 

「っ!」

 

 着地した可奈美は、彼の技能に目を疑った。

 友奈の格闘技は、決して劣ったものではない。だが、乱入者の格闘技もまた、友奈に追随、否。上回っていた。

 

「このっ!」

 

 友奈の拳が、乱入者の拳と正面衝突する。周囲の空気を大きく震わせるが、渦中の二人は、さらに戦いを続ける。

 乱入者の放った拳を、友奈は次は受け止め、掴んだ。そのまま一本背負いで投げ飛ばすが、乱入者は難なく着地した。

 

「嘘!?」

 

 驚く友奈への返事は、彼の蹴りだった。全身を縦回転させる蹴り上げにより、友奈はノックアウト。トドメの回転蹴りで、友奈は壁に激突する。

 

「なるほど。強い。が、俺を破ったものがさらに盗まれるのは、俺の美学に反する。俺も相手してもらおうか」

 

 ルパンは、ルパンガンナーの刃を振るう。

 数回の斬撃を避けた乱入者は、左手を紫の右手に突っ込む。

 すると、そこから今度は大剣が出現した。どうやって取り出したのか、その剣を両手で持ち、数回の打ち合いの後、ルパンを切り伏せた。

 

「すごい……あの剣の動き、見たことない……!」

 

 これまで無数の剣を見てきた可奈美にとって、どの動作をとっても始めて見る動き。

 

「戦ってみたい……!」

 

 ルパンにトドメを刺そうとする乱入者の前に割り込んだ可奈美は、千鳥を構えた。

 

「……さあ、来て!」

「……」

 

 彼の狙いがルパンから可奈美に変わる。彼の視線から感じられる殺気が可奈美の肌を刺す。

 

「私、衛藤可奈美! あなたは何て言うの?」

「……」

 

 可奈美の声に乱入者は反応せず、剣を振るう。

 千鳥と乱入者の剣のぶつかり合い。金属同士の重い音が響き渡った。

 

「っ……重い……」

 

 千鳥を伝い、腕が痺れる。乱入者はそのまま流れるような剣戟で可奈美を攻め立てる。

 

「そして、何より……強い!」

 

 思わずにっと笑顔になる。

 剣撃全てを受け止めながら、可奈美はどんどん顔が緩んでいく。

 

「すごい……! すごい! こんな剣もあるんだ! ねえ、君どこの流派?」

 

 だが、乱入者はそれには答えない。無言のまま、剣撃を放つ。

 やがて、剣を受け止めるだけでは、可奈美は我慢できなくなってきた。

 

「私の剣、この人に見せたい……!」

 

 可奈美は彼の横薙ぎを体を反らして避ける。見えた隙に、千鳥を打ち込んだ。だが。

 

「……速いね」

 

 すでに防御されたことに、驚き以上に喜びがあった。

 そこからは、もう可奈美に止まることはない。刀使の中でも有数の実力者である可奈美の攻撃が、まるでビュッフェのように様々な形で乱入者を襲う。

 しかし、それも全て彼には見切られていた。切り伏せ、流され、まるで嘲笑うように可奈美の剣を防いでいく。

 やがて、乱入者の剣が唸り、千鳥と激突。力の反発で、可奈美は彼と引き離される。

 千鳥を改めて構え、可奈美は言った。

 

「ねえ、名前教えて。こんなに強いんだもん。もっと、君の剣を知りたい!」

「何て大バカ者だ、君は」

 

 ルパンが呆れた声を出した。

 だが乱入者は名乗らずに剣を投げ捨てる。紫の炎となり消滅したそれを見届けて、可奈美は戸惑いの表情を見せた。

 

「ねえ、どうしたの? 剣の会話(立ち合い)、やろうよ」

 

 乱入者は可奈美の言葉を無視し、地面へ拳を叩き込む。発生した紫の衝撃が、そのまま可奈美を襲った。

 

「うわっ!」

 

 腕で体を守る可奈美。だが、顔を上げたときはもう、乱入者が紫の拳を発射していた。

 

「そんな……」

 

 全身を貫く拳。写シを解除され、生身の可奈美もまた、友奈のところまで転がった。

 

「がはっ!」

「可奈美ちゃん、大丈夫?」

 

 復帰した友奈だが、彼女もまた生身の姿に戻っている。

 頷いた可奈美は、千鳥を再び取ろうと手を伸ばすが、その途中でその手に足が乗せられる。

 

「痛っ……!」

 

 乱入者の足。無慈悲な目が、ゴーグルの下から見えた。

 

「よこせ」

 

 紫の手を掲げながら告げる乱入者。足を強め、可奈美の口から悲鳴が漏れた。

 

「や、やめろおおおお!」

 

 再び勇者へ変身する友奈だが、彼女の動きを完全に見切った乱入者は、友奈の拳を首だけで避ける。

 

「しまっ……」

 

 すでに友奈の腹には、紫の拳が当てられていた。それを意識した可奈美は、友奈の名前を叫ぶ余裕すらない。

 爆発により吹き飛んだ友奈は、今度こそ再起不能になっていた。

 

「友奈ちゃん!」

 

 生身に戻った友奈。もう変身はできず、動けないでいたが、もう一度変身しようと落ちたスマートフォンを掴もうとしていた。

 だが、可奈美の意識はすぐに乱入者により目の前に引き戻される。

 

「もう一度言う。オーパーツを渡せ」

「うっがあああああああ!」

 

 腕の骨が軋む。だが、可奈美はそれでも右手を伸ばし続けた。

 

「渡さない……! 友達の、大切な人の大切なものだから……!」

「……なぜだ?」

 

 乱入者は可奈美の腕から足を離す。だが、千鳥を掴むよりも先に、彼が可奈美の襟首をつかみ上げた。

 

「うっ……」

「お前は何も苦しむこともない。なぜ誰かのためにそこまで傷つく?」

「そんなの、当たり前……じゃない……!」

「……」

 

 すると可奈美は、投げ捨てられる。より千鳥より離れ、もう可奈美は戦えない状態になってしまった。

 

「目障りなんだよ……そういう、他人のために戦う奴が……」

 

 彼は再び剣を出現させ、生身の可奈美に向ける。

 

「最後の忠告だ。オーパーツを渡せ」

「……っ!」

 

 可奈美は何も答えず、ただ乱入者を睨む。

 それを否定と受け取った乱入者は、その剣を生身の可奈美に振り降ろし、

 

「待ちたまえ」

 

 金色の刃がそれを受け止める。

 

「これは俺と彼女たちの勝負。後から入ってきた君の勝利を、俺は許すことはできない」

 

 ルパンが、乱入者の攻撃から可奈美を救ったのだった。彼はそのまま、その赤い瞳で乱入者を睨んでいる。

 

「失せろ。処刑人」

「そうはいかない。今の彼女たちを傷つけることは、俺のプライドが許さない」

「……消えろ」

 

 乱入者の剣が、完全にルパンを敵とみなした。彼に振り降ろされた刃は、フィルムの壁となったルパンを斬り裂いた。

 

「残念。それは残像だ」

 

 頭上からの声。可奈美が見上げれば、ルパンが乱入者の頭上でルパンブレードを振り上げている。

 当然乱入者も剣で防御しようとするが間に合わず、その金色の刃は乱入者を斬り裂いた。

 

「ぐっ……」

「大怪盗、アルティメットルパン」

 

 彼は、右手に手裏剣を見せる。

 いつのまに盗られたのか、可奈美は自分の体を確認する。リゼの家のものが無くなっていた。

 

「一瞬ではあるが、三度目の生だ。楽しませてくれたこの世界のために、これは俺が処分しよう」

「貴様、それが何か知っているのか?」

「知っているとも。これは破滅へのカギの一片」

 

 ルパンは手裏剣を掲げながら告げた。

 

「これをはじめとする、三つの石が揃った時、この世界の悪夢が蘇る」

「……」

「悪夢?」

 

 可奈美は静かに二人を見守っていた。

 肩を震わせたルパンは、ルパンガンナーの銃口部分を押した。

 

『アルティメット ルパン スラッシュ』

 

 すると、ルパンブレードの刃が金色の輝きを帯びていく。それは時間とともにどんどん増幅し、やがて金の光となった。

 

「いかがかな? マスター」

「……?」

「次の一撃に、それぞれの命を賭けないかい?」

「えっ……?」

 

 友奈はその言葉に言葉を失う。

 だが、ルパンは続けた。

 

「俺はこれを。君は、その命を。互いの命を賭けて、全力の一撃をぶつけようではないか」

 

 乱入者は何も言わない。だが、彼の力を込めた構えで、それに応じたことだけは理解できた。

 そして、二人は同時に走り出し、互いの刃を振り抜く。

 

 金と紫の一閃。

 

 お互いに刃を振り上げた体勢のまま、背中を合わせる両者。

 やがて。

 

「怪盗さん!」

 

 全身からどんどん破壊されていったのは、ルパンのほうだった。

 彼は可奈美と友奈へ顔を向ける。

 

「さ、最後に告げよう。三つの石が集まるとき伝説の悪夢が蘇る。俺がこの世界に召喚されたときに埋め込まれた情報さ」

「え?」

「どういうこと?」

 

 可奈美と友奈は、目を白黒させた。だが、ルパンは肩で笑う。

 

「我が生涯に悔いなし。さらば、仮面ライダードライブ(我が生涯の宿敵)! さらば、小さな我が宿敵! さらば、我が最後の敵! 俺の二度目の幕切れに相応しい……火花、花火だ!」

 

 一瞬遅れて紫の衝撃波が全身より弾け、ルパンは爆発。

 彼の手にあった手裏剣の置物は、そのまま乱入者の手に収まった。

 

「いけ好かない奴だ……」

 

 乱入者はその後、可奈美と友奈を睨み、どこかへ飛び去って行った。




可奈美「いつつ……大丈夫? 友奈ちゃん」
友奈「うん、何とか」

ラビットハウスに戻る

ココア「お帰り~って、どうしたのそのケガ!?」
可奈美「えへへ……怪盗を捕まえようとして、逃げられちゃった……」
チノ「どうしてそんな無茶を……」
友奈「ちょっと……好奇心?」
リゼ「嘘だろ……? 私の家より、お前たちの方が大事なんだからな?」
可奈美「う~ん……面目ない」
リゼ「全く……うん、大したケガはなさそうでよかった」
可奈美「あはは……でもごめんね。手裏剣みたいな置物、結局取られちゃった」
リゼ「手裏剣の置物? ……ああ、前に親父がどこかで買った出土品だな。まあまあ気に入っていたそうだが、まあ気にするな。お前たちがどうこうしたところで、相手はプロなんだし」
可奈美「う、うん」
友奈「本当に心配かけてごめんね」
チノ「だったら、これからはそんな無茶しないでください。罰として、明日の私とココアさんのシフトの分、変わってもらいましょう。友奈さんも手伝ってもらう形で」
友奈「わ、分かった!」
リゼ「大丈夫なのか? ……さて、そろそろだな。前回はカットしたが、今回のアニメ、どうぞ」



___走れ! 走れ! 新しい自分を 目指すのが進化理論(Evolution!)___



ココア「新幹線変形ロボ シンカリオン!」
チノ「2018年の1月から2019年の6月まで放送していたアニメですね。お茶の間のよい子向けのアニメです」
可奈美「新幹線好きの速杉ハヤト君は、新幹線のことになると喋りだしたら止まらない!」
ココア「まるで東海道新幹線のこだまに乗ったつもりが、のぞみに乗ってしまって、一気に256キロ先の名古屋まで連れていかれるように止まらないよ!」
リゼ「こ、ココア? お前のその例えは悪いが全然分からない」
友奈「新幹線については、かなり細かく現実のネタも仕込まれているよ! 私はよくわからないけど、鉄道ファンの人はぜひ一度見てもらいたいね!」
可奈美「お話自体も、エージェントとの言葉のない対話をしていく、とてもいいお話だよ!」
ココア「う~ん! ハヤトくんやっぱり可愛い! 私の弟にしたいくらい!」
チノ「ココアさんは、自分と同じ声でも年下だったら誰でもいい節操なしなんですね」
ココア「違うよ、ひどいよチノちゃ~ん! はっ! これって、ジェラシー?」
チノ「違います」


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冬はバーベキュー

冬はバーベキューっしょ!
やったことないけど


 多田(ただ)コウスケは学生である。

 聖杯戦争などという不可思議な現象に巻き込まれはしたが、それでも大学生という身分は変わらない。

 今日も大学での講義を終え、フィールドワークのために河原に来ていた。

 

「つうわけで、オレ今日明日のうちに、調査して来週中にまとめなくちゃいけないわけよ」

 

 バックパックを背負ったコウスケは、響へ言った。

 

「だから、今日はこのあたりの調査だ」

 

 コウスケは、自然が多い河原の崖を指さした。

 見滝原の中でも奥の方に位置するこの河原。周囲は深い森に覆われており、足元には、まだ水にそれほど削られていない石がゴロゴロしている。

 

「先生! 質問!」

「おう、何だ?」

 

 響が元気よく尋ねた。

 

「たしかコウスケさんって、人の古代歴史を調べてるんだよね?」

「おう。この前お前が行ったっていう、ムー大陸も、それに近いかな? まあ、オカルトじゃねえことだけど」

「どうしてこんな山奥に来たんですか?」

「うむ。いい質問だ」

 

 コウスケは悪い足場をのっしのっしと歩いていく。響も少し拙いながらも、コウスケの後ろに付いてきている。

 

「この近くには遺跡があってな? まあ、掘りつくされちまってるから、もう目新しいものもねえんだが。それでも極稀に新発見がある場合もある。その調査が、今回の目的だ」

「その遺跡に行くの?」

「遺跡に行って、そのレポートを書く。本当はお前がこの前言った博物館のことを詳しく聞いて、あることないことレポートに書けばいいんだけど、お前あんまり詳しく教えてくれねえからな」

「すごかった!」

「それだけで単位くれるなら教授はいらねえんだよ……」

 

 コウスケがげんなりと言った。

 

「先生! 質問があります!」

「みなまで言うな! オレは最初っから何か見つけるつもりできたんだぜ! ほれ、こんなものもあるしな!」

 

 コウスケはそう言って、首にかけたデジタルカメラを見せつけた。

 

「オレのバイト貯金をつぎ込んで買ったカメラだ! くまなく調査するぜ! きっとどこかにまだお宝が眠ってるからな!」

「はい! 先生!」

 

 響の元気な返事とともに、コウスケは響とともに河原の歩を進めた。

 

 

 

 見滝原の中央を流れ、木組みの街を通っていく見滝原川。

 その上流であるこの河川敷は、バーベキューとしても有名な場所だった。

 もうすぐでクリスマスにもなる時期。学生や社会人などが、一足早い忘年会としてこの場所を選ぶ者も多く、臭いによって猛烈な空腹が襲い掛かる。

 

「こ、コウスケさん……」

「みなまで言うな! ここは、耐えるんだ……」

 

 ぐったりとした顔の響に対し、コウスケが言い張る。

 どうやら遺跡があるのはもう少し上流の部分であり、バスを降りるのが少し早すぎた。

 結果、コウスケと響は徒歩で上流に行くことになったのだが、その途中でバーベキュー地帯に差し当たってしまった。

 家族連れ、学生、社会人。老若男女がそれぞれ肉をジュージュー焼いているなか、埃くさい器具を背負って登山をする。

 

「何この鍛錬! 師匠の特訓よりも軽く十倍はキツイよ!」

「みなまで言うな!」

「いや言いたくもなるよ! 私もお腹空いた! バーベキュー食べたい!」

「オレだって腹減ってんだよ!」

 

 コウスケは半ば叫んだ。だが、他に道がないとは言え、この場所を通過するのは中々に苦行だった。

 

「くそう……今年中にレポート仕上げねえと単位がヤバいんだよ……最近禄に出てねえせえで課題たんまりだしよ……このままだとオレ留年の危機なんだよ……!」

「ずっとあちこちのバイトを掛け持ちで回ってたもんね」

「みなまで言うな! 金がねえんだよ、金が!」

 

 コウスケは大きなため息をついた。

 

「ねえ、コウスケさん。前に実家から仕送りもらってるって言ってなかったっけ?」

「使わねえよ。あれは。オレはあくまで自立を条件に大学に通ってるからな。ばあちゃんが送ってるけど、あれは一切使わねえ」

「苦学生……」

 

 だが、そんな目の前に、肉がジュージュー焼かれる音がどうしても防げない。思わず足が、バーベキュー会場に向かってしまう。

 

「コウスケさん!」

「は、いけねえいけねえ」

 

 響の呼びかけに足を止めるが、すでにコウスケはバーベキュー会場の真ん中に来てしまった。

 

「ああ……」

「やべえ。響、どうする?」

「どうするもこうするも……」

 

 腹の機嫌がどんどん悪くなる。やがて真っすぐ立てなくなったコウスケは、腹を抱えだした。

 

「ウェーイ!」

「っくっそおおおおおお!」

 

 元気な掛け声に、コウスケは悲鳴を上げる。

 

「速く行くぞ! このままだと、オレらもバーベキューに染まっちまう!」

 

 そう高らかに宣言したコウスケは、遺跡への足を急ぐ。そして。

 

「っぷはぁ! やっぱりビールはうめえ!」

 

 バーベキューに染まった。

 

 

 

「……」

 

 響は目を点にして、酒をグビグビと飲むコウスケを見つめていた。

 結局バーベキューに負けた彼は、そのまま若い社会人たちに引き込まれ、バーベキューに参加した。そのまま響も同じように参加させられることになり、響に渡された紙皿には、串焼きが乗せられている。

 

「ほらほら。袖振り合うも他生の縁。いっぱい食べていきなって」

「ありがとうございます!」

 

 もともと社交性のある性格の響とコウスケにおいて、遠慮というものは存在しない。話が乗ってしまえば、もうそこにいる者たちと旧知の仲だったかのようにともに食事に興じていた。

 リーダー格の女性からもらった串焼きを、響は口に運んだ。すると。

 

「ん! 美味しい!」

「へっへ~ん。でしょでしょ?」

 

 金髪の女性が得意げに言った。黒シャツとロングスカートの彼女は、髪などの手入れもほとんどしていないのにも関わらず、美人で誰もが振り向くような容姿をしていた。

 

「はい! これなんかもう、食べた瞬間に肉の香りが口の中に一杯に広がって、すごいです!」

「おお? 君いい反応するね。もしかしてまだ学生?」

「色々あって、無職の彼氏いない歴十七年です!」

「あっははは、そっかそっか。よかったらウチの会社来る?」

「ええっ!? そ、それはちょっと……まだ未成年だから、できることならもっといろいろ見たいと思ってしまうお年頃なのです!」

「がっははは! 冗談冗談!」

 

 金髪の女性は響の肩を組む。

 

「なんたって今日は、ウチの一年お疲れ様会だからな? 多少のジョークは許せ! ほらりん! 酒じゃんじゃん持ってこい!」

「もう、昼間から飲みすぎよ」

 

 すると、彼女の同僚らしき女性が釘を刺してきた。派手な美人の印象だった金髪の女性とは真逆に、おしとやかそうな外見の彼女は、金髪の女性にペットボトルの水を渡す。

 

「ごめんね。巻き込んじゃって。この人、仕事はできるんだけどそれ以外がズボラで」

「なんだよ、いいじゃんかよ~! ついでだ、この子にもビール! ビール!」

「ええええっ!? 私未成年!」

「やめなさい」

「ちぇ」

 

 おしとやかそうな女性の言葉で、金髪の女性は次にコウスケに絡みだした。すでに酔い始めているコウスケとは少し喋っていたが、やがて意気投合し、互いに浴びるように酒を踊り飲みし始めた。

ポカーンと開いた口が塞がらなくなっていた響の隣に、別の人物が腰を下ろした。

 

「ごめんね。ウチの人がなんか迷惑をかけて」

 

 淡い紫のツインテール。年下なのかと見紛うような同顔。誰かの娘なのだろうかと思いながら、響は首を振った。

 

「ううん。全然。お腹空いてたから、むしろ助かったよ」

「そう言ってくれるとありがたいかな。仕事はすごい人なんだけど、お酒の席だとこうなっちゃうからな……」

「え? でも、君、まだ子供だよね? そういうことわかっちゃうの?」

「え?」

「え?」

 

 驚いたような顔をするツインテール。彼女はしばらくしてから、合点が行ったように手を打ち、

 

「ああっ! もしかして、私子供だと思われた!?」

「ええっ!?」

 

 響は慌てて口を抑える。だが、ツインテールはそれでは収まらず、

 

「私これでも十九ですよ!?」

「!?」

 

 見えない、とは言えない。

 だが、頬を膨らませる彼女を、響は不覚にも可愛いと思ってしまった。

 

「なあなあ」

 

 その時、別の声が聞こえてきた。低い男性らしき声。響たちと同じ通りすがりなのだろうか。

 

「オレも混ぜてくれよ」

 

 それに対して、金髪の女性の肯定の声が聞こえてきた。

 

「ああ! いい……ぜ……」

 

 だが、酔っぱらった金髪の女性の声が途中で止まった。

 響が振り向くと、その表情も凍り付いた。

 

「あんがとよ!」

 

 近くの社員を蹴り飛ばし、直接バーベキューの機械から串焼きを奪い、口に運ぶ存在。

 青い体と四つの黄色の目。錨のような鎌のような義手を持った異形。

 

「バングレイ!」

 

 響が叫ぶよりも先に、バングレイは他の社員を蹴り飛ばし、クーラーボックスの中から缶ビールを取り出す。

 

「お? これビールって奴じゃねえか? ラッキー」

 

 バングレイはそのまま缶ビールを口に運ぶが、プルタブというものを知らないバングレイは、缶を数回振る。

 

「ああ? これどうやって開けんだ?」

 

 しばらく缶ビールを撫でまわしたバングレイは、結局上部分を左手の鎌で両断した。そのまままるでコップのように中のビールを飲み干し、投げ捨てる。

 

「悪くねえな。コイツもいただくぜ!」

 

 バングレイは残りの串焼きも全て取り上げ、バーベキューコンロを蹴り倒す。

 

「うわあああああ!」

「逃げろおおおお!」

「コウちゃん! 早く!」

 

 おしとやかな女性に背負われた金髪の女性も離れていく。

 響はバングレイに立ち向かおうとするが、ツインテールがそれよりも先に響の腕を掴んだ。

 

「逃げるよ!」

「ええ?」

 

 響が止める間もなく、ツインテールに引っ張られていく。

 そのまま、響の視界は、バングレイから森の中へシフトしていった。

 

 

 

 バングレイは、どんどんバーベキュー場の料理を平らげていく。

 地球はなかなか美味しい料理が揃っている。

 バングレイは、ここ数日間の滞在で地球の料理を片っ端から食らっていた。中でも、このビールという飲み物は気に入っていた。

 

「っぷはぁ! 快適快適」

 

 バングレイは残されたバーベキュー道具を蹴り飛ばしながら、むしゃむしゃとバーベキューの食材を、生だろうが焼いたものだろうが食い散らしていく。

 

「うぃ~」

 

 その時、間の抜けた声が聞こえてくる。耳障りなそれに振り向くと、川のそばで、ビールを飲んだくれている男がいた。

 

「まだいやがったのか? そいつもよこせ!」

 

 バングレイは彼から缶ビールを奪い、飲み干す。

 

「あ! おい、返せ! そいつはオレがもらったんだぞ!」

「うるせえ!」

 

 掴みかかってくる彼を殴り飛ばし、バングレイはビールを飲み干す。

 

「奪って飲むビールはバリうまいぜ」

「返せやこの野郎!」

 

 すっかり顔を赤くしている下等生物を蹴り飛ばし、そのまま相手は川に転倒。ブクブクと水の中で泡立てている。

 

「がっははは! この星の奴らは大抵弱え癖に、飯だけはいい。最高じゃねえか。ったく、こんなことなら聖杯戦争に参加するのはもう少し後にしとけばよかったぜ」

 

 バングレイは倒れた机に座る。まだまだ残っている串焼きの味は、なかなかビールに合うではないか。

 

「この街から出られねえってのは不便だからな。早いうちに狩りつくして、他のところの飯も食いに行かねえとな」

 

 すると、水音が聞こえた。

 さっき殴り飛ばした下等生物が、酔いから冷めたような顔で頭を振っていた。

 

「あれ? 響? それに、皆どこに行った?」

 

 下等生物は馬鹿らしく、逃げていった羽虫を探している。

 バングレイはしばらくその様子を観察しようかと考えていたが、それよりも先に相手がバングレイを指さした。

 

「うわっ! なんだお前!」

「バリ失礼な奴だな?」

 

 バングレイは顎肘をつきながら吐き捨てる。

 

「下等生物ごときが。もう少し面白い行動して見せろよ」

「何が面白い行動だ!?」

 

 下等生物は川から上がってくる。しばらくバングレイが踏み荒らしたバーベキュー場を見渡し、

 

「おい。お前、まさかここをこんなにしたのはお前か?」

「だったら何だ?」

 

 バングレイは座っていた机を蹴り砕いた。

 

「この星は、俺の狩場だ。バリかゆ」

「お前宇宙人か……? 待てよ。この前響が出会った新しいマスターってのは……」

「はっ! お前、聖杯戦争の参加者かよ」

 

 バングレイの声に、下等生物は右手の甲の紋章を見せる。花のように広がった(フォニックゲインの)形状をしているそれは、バングレイの右手にもある令呪に相違なかった。

 

「ハッ! バリ面白れぇじゃん」

 

 バングレイは左手の鎌で右手を数回叩く。四つの目を光らせ、少しずつ下等生物に近づく。

 

「食後の運動だ。俺に狩らせろ!」

「うおっ!」

 

 下等生物はバク転でバングレイの鎌を回避する。

 バングレイはさらに右手に持った錨の形をした剣、バリブレイドを振るう。下等生物は再びバク転で攻撃を反らすが、バリブレイドが穿った川には、大きなクレーターができた。

 

「おいおい、マジの攻撃かよ……?」

「バリ当たり前だ! 狩りは徹底的にいたぶってこそだぜ? 聖杯戦争も、そういうルールなんだろ? オラオラァ!」

 

 さらにバングレイは手を緩めない。何度も何度も、バリブレイドで下等生物を襲う。

 だが、動きがすばしっこい下等生物には当たらない。

 だが、ここでイライラするのは三下の極意。バングレイは少しずつ距離を取っていく下等生物を深追いすることはなかった。

 下等生物は背負ったバックパックを下ろす。

 

「仕方ねえ。オレは別に聖杯戦争なんざ興味ねえし、そもそも願いなんてねえ。けどな」

 

 彼は右手に付けていた指輪を腰に掲げる。すると、『ドライバー オン!』と獣の咆哮のような音声が流れた。

 彼の腰に、黒いバックルが出現する。あたかも扉のような形状のそれに、バングレイは首を傾げた。

 下等生物は続ける。

 

「食い物を粗末に扱ったり、他の奴のバーベキューをメチャメチャにするやつが、いいやつなわけがねえ! 一回ぶちのめしてやる!」

 

 彼は何やら金色の指輪を左手に付けた。同時に、左手を真っすぐ空へ伸ばす。

 

「変~身!」

 

 両腕を回転させ、腰を低くしたポーズを取る。すさかずバックルの左に付いているソケットへ、金色の指輪を突っ込む。

 

『セット』

 

 そして指輪を捻ると、バックルの扉が開く。

 

『オープン』

 

 開いた扉からは、金色の獣の顔が現れた。今にも動き出しそうなほど緻密な造形のそれは、吠えると同時に金色の魔法陣が吐き出される。魔法陣は下等生物の体を包めるほど巨大化し、その体を通り、消滅。

 すると、下等生物の姿は完全に変化していた。

 

「……お前、何者だ?」

「オレはビースト!」

 

 金色の獣はそう言った。

 ライオンの顔のオブジェが右肩に付いた、金と黒の戦士。

 緑の目を持つ、ビーストと名乗ったそれは、バングレイを指さす。

 

「聖杯戦争とか関係ねえ。食い物を粗末にするやつに、お灸をすえてやる!」




可奈美「どう?」
ハルト「もうちょっと右」
可奈美「右ってこの辺?」
ハルト「そうそう、その辺」
可奈美「よし。旗の貼り付けおしまい! これで完成?」
ハルト「だね。だんだんクリスマスっぽくなってきたんじゃない?」
可奈美「そうだね。楽しみだよ! ココアちゃんたちも友達呼ぶって言ってたから」
ハルト「可奈美ちゃんはいいの?」
可奈美「あ……私は……みんなを呼んじゃうと、連れ戻されそうな気もするし……」
ハルト「まあね……」
ココア「何の話してるのかな?」ヌッ
ハルト「うわ! びっくりした」
可奈美「ココアちゃん、いつの間に……」
ココア「むふふ。お姉ちゃんサプライズだよ! 私もクリスマスたのしみ! 早くみんなにシャロちゃんと千夜ちゃんを紹介したいよ!」
ハルト「リゼちゃんも同じこと言ってたな」
ココア「というわけで、今日のアニメ、いってみよー!」


___いつか誰かとまた恋をして 違う道を行くパラレルストーリー___


ココア「ラクエンロジック!」
ハルト「2016年の1月から3月までやってたアニメだな」
可奈美「剣美親(つるぎよしちか)君が、女神アテナと一緒に、異世界の敵フォーリナーと戦っていくお話だよ! ロジックがキーワードにもなっている点にも注目だね!」
ハルト「あと、カードゲームをテーマにしているアニメなのにカードゲームをしていないんだよね。最近だとあんまり珍しくないけど」
ココア「(まな)ちゃん可愛い! 無口なところとかチノちゃんそっくり!」
ハルト「ココアちゃんは本当に節操なしだな」
ココア「違うよ! 私は、この世の全ての妹になりうる人を愛しているんだよ!」
ハルト「人たらしみたいなこと言い出した!」
可奈美「私はケッツーさんを飼いたいなあ」
ハルト「ここにも訳わかんないこと言う人がいたぁ!」


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心象変化

鬼滅の刃が最終回を迎えたんですね。引き延ばしはないんだ。
結構好評聞きますけど、どんな感じだったのか


 響はツインテールの手を振り払い、はぐれたのを装ってバーベキュー場へ駆け戻る。

 心配そうな声をかけてくれるツインテールに感謝と謝罪を心の中でしながら、響は唄った。

 

『Balwisyall nescell gungnir tron』

 

 歌とともに、響は森でジャンプ。木々を飛び越え、バングレイが踏み荒らしたキャンプ場に跳び入った。

 

「コウスケさん!」

 

 見れば、コウスケが変身したビーストとバングレイの戦いが続いていた。ビーストが荒々しくバングレイに斬りつけており、バングレイもそれに対応し、周辺の河原がどんどん傷ついていく。

 

「うおおおおおお!」

 

 響は唇を噛み、バングレイへ拳を叩きつけた。バングレイはビーストを蹴り飛ばして回避。響の着弾地点にクレーターができる。

 

「お前……こいつは面白れぇ!」

 

 バングレイは四つの目を光らせる。

 

「ベルセルクの剣じゃねえか! まさかただの昼飯でお前に会えるたあ、バリラッキー!」

 

 バングレイがビーストから響へ攻撃対象を切り替えた。

 

「うわっ! 今度はこっちに来た!」

「ちょっと退いてろ!」

 

 すると、ビーストが響を突き飛ばす。右手に付けた指輪を、ベルトの右ソケットに差し込んだ。

 

『バッファ ゴーッ バッファ バッバ ババババッファー』

「男の対決は、まだ終わってねえ!」

 

 ビーストの右肩に、牛の頭部のオブジェと、そこから生えるマントが出現する。ビーストはマントを揺らし、牛を頭にバングレイへ突進した。

 

「ぐっ!」

 

 その破壊力で、バングレイは河原を大きく削り、転がった。

 

「全く、この星はバリ面白ろいぜ。オーパーツ目当てで来てみりゃ、聖杯戦争だの珍しい獲物だの。本当になあ?」

 

 バングレイはそのまま、ビーストと斬り合う。先ほどは不意打ちで優位に立てたものの、バングレイの力量はビーストのそれよりも上回っており、徐々に旗色が悪くなっていた。

 

「コウスケさん!」

 

 響もビーストに加勢する。二体一の状況にも関わらず、バングレイは全く劣勢ではなかった。

 やがてバングレイのバリブレイドが、響の剛腕を破り、その体にダメージを与える。

 

「うわっ!」

 

 バーベキュー場まで投げ飛ばされた響は、そのまま機材を破壊して止まった。

 

「響!」

 

 ビーストがこちらの心配をしている。だが、それでバングレイから目を離した隙に、バングレイに頭を掴まれてしまった。

 

「もらいいいい!」

「コウスケさん!」

 

 このまま決め技が来る。そう危惧した響は、ビーストのもとへ急ぐ。

 だが、意外にもバングレイは、すぐにビーストを解放した。投げられたビーストの体を受け止めた響は、そのままバングレイを睨む。

 

「へえ……いい記憶じゃねえの」

 

 バングレイがそう言いながら右手を見下ろしている。

 響はビーストを助け起こしながら、バングレイを警戒する。

 

「コウスケさん、大丈夫?」

「あ、あれ? 大丈夫だ」

 

 ビーストは自分の体を見下ろしている。ペタペタと触って、異常がないことを確認している。

 

「ああ。なんともねえ。あいつ、攻撃ミスったのか?」

「……」

 

 響はバングレイを警戒しながら、再び地面を蹴る。ガングニールの強化された瞬発力で、一気にバングレイとの距離を詰める。

 

「だああああああ!」

 

 だが、響の拳は、バングレイの達人と見紛う動きにより回避される。それどころか、響の頭にまで、バングレイの腕が伸びる。

 

「うわっ!」

 

 バングレイに捕まれ、適当に投げられる。

 着地した響は、そのままバングレイを警戒した。

 

「なるほどねえ。コイツもバリ面白れぇ記憶だ」

「何を言っているの……?」

「こういうことだ!」

 

 バングレイは右手を掲げた。すると、そこから水色の粒子が散布され、人の形を作っていく。それを見た響とビーストは絶句した。

 その反応はまさにバングレイの期待通りだったようで、四つの目が笑みを含んでいる。

 

「そうそう、そういう顔が見たかったんだよ」

 

 それは、以前見滝原を恐怖に落とした聖杯戦争の参加者。

 黒く、長い髪と赤い目の女性(アサシン)と、大きく歪められた指輪の魔法使い(そのマスター)

 アカメとアナザーウィザード。

 

「あの二人……!」

「この前戦った奴らだよな? まさかアイツ、蘇らせたっていうのか?」

 

 その時、響は前回博物館の戦いの後、ハルトと話したことを思い出した。

 あの時もハルトは、以前倒したファントムが現れたと言っていた。

 そして響は、その結論を口にする。

 

「記憶の再生……」

 

 バングレイの答えは、ニヤリと笑む表情だった。それを響が肯定と受け取ったと同時に、バングレイは命令を下す。

 

「殺れ!」

 

 それに従い、アカメとアナザーウィザードは同時に響たちに襲い掛かる。

 

「からくりの分析は後だ! 今は、こいつ等をなんとかしねえと!」

「う、うん!」

 

 ビーストはアナザーウィザードを、響はアカメと戦闘に入る。

 以前少しだけ関わったときと比べて、少し力量は落ちている。だが、それでも彼女の力が脅威であることに変わりはない。

 素早いその動きに、響は反撃ができないでいた。

 

___カラダ、ヨコセ___

 

「うっ!」

 

 途端に、響は、心臓部分をおさえる。頭の中に響く何者かの声に、平常心が乱されてしまった。そのせいでアカメから目を離し、ガングニールの拳で防ぐことになった。

 

「しまった……!」

 

 アカメの剣は、以前見たのと同じようにとても鋭いものだった。

 決して低くはない響の動体視力を上回る動き。そして、少しでも傷付けば即死に至るという危機感が、響の体をより鈍らせていた。

 

「危ない!」

 

 ぎりぎりのところで白羽取り。だが、アカメの力はやはり強く。徐々に響は押されていく。

 そして、アカメはこれまでこのような事態は何度もあったのだろう。村雨の刀身を斜めにし、白羽どりのパワーバランスを崩した。あっという間に村雨を自由にしたアカメは、そのままその刃で響を襲った。

 

「危ない!」

 

 響は起き上がり、バク転で妖刀から避ける。だが、足場の悪い河原のせいでバランスを崩した。

 

「しまった……!」

 

 そして、妖刀村雨が響の肩の、ほんの皮一枚を切る。

 

「っ!」

 

 それが致死だと、すでに記憶が訴えていた。

 右肩より、村雨の呪いが発動する。響の命をほんの一瞬で奪える呪詛が、一気に全身に駆け巡る。

 

「そんな……」

 

 息苦しくなる。全身が麻痺していく。崩れた体から、だんだん力が抜けていく。

 

「こんなところで……未来……」

 

 今にも心臓が止まろうとしている、その時。

 

 

 

___カラダ。ヨコセ!___

 

 

 

「うおおおおおおおおおおお!」

 

 

 

 突如、冬の(・・)空に落雷が起こった。

 冬に滅多に発生しない見滝原においての落雷は、真っすぐ響へ落ちる。雷はそのまま呪詛を打ち消しながら、響のガングニールをどんどん作り変えていく。

 ガングニールはやがて、その形状を甲冑のそれへ変えていく。黄色の部分は全て銀色となり、その兜には雷を模った立物が付けられている。

 響の目元はゴーグルで覆われ、その下の瞳には意識はなかった。だが、再び襲ってきたアカメが降り降ろそうとした村雨を弾いた雷の剣は、明らかに達人の動きのそれだった。

 白銀の柄と、雷が固まったような剣。それを振るい、響はアカメを大きく後退させる。それはそのまま、アナザーウィザードを巻き込み、川に落とした。

 

「……響?」

 

 こちらを唖然と見守るビーストにも目もくれず、響はゆっくりとアカメたちへ歩み寄る。

そして剣の射程範囲内に来たところで、雷の剣を構える。

 

___どこかで、雷鳴がとどろいた___

 

 そして、その口を動かした。

 

___我流・超雷電大剣(サンダーボルトブレイド)___

 

 右に一薙ぎ。左に一薙ぎ。トドメに振りかぶって、雷鳴とともに振り下ろす。それに伴って発生した落雷が、川ごとアカメとアナザーウィザードを蒸発させた。

 

「……! これは……」

 

 その時、響の意識が戻った。周囲を見渡し、ビーストとバングレイ、そして自らが消滅させた川と二体の敵の姿に驚く。

 

「これって……どうなってるの? この姿……もしかして、心象変化?」

「は、はは! ハハハハハハハ!」

 

 響が戸惑っている間にも、バングレイが笑い声をあげていた。

 

「すげえ! コイツはすげえ! バリすげえ! これがベルセルクの……オーパーツの力か!」

 

 バングレイはバリブレイドをバンバンと叩く。

 

あの力(・・・)の一端でこれか! これが全部手に入れば、一体どれだけの力が手に入るんだ!?」

 

 バングレイはもう響しか目に入っていない。襲い掛かろうとするバングレイに身構えると、頭の中にその名前が浮かんだ。

 

___サンダースラッシュ___

 

 頭の中の声に従い、響は手短に雷の剣を振り下ろす。すると、発生した衝撃が雷となり、バングレイへ真っすぐ飛んでいく。

 

「ぎゃっ!」

 

 命中したバングレイは、悲鳴とともに焼き焦がされる。青いボディよりも黒ずんだ方が多くなった状態で、バングレイは膝を折る。

 

「へ、へへ……やるじゃねえか。これから狩る力を思えばむしろ好ましいぜ!」

 

 バングレイは左手の鎌を使って立ち直った。

 

「さあて、どうやって狩るかな……ん?」

 

 再び挑もうとするバングレイは、何かの異変に気付き、動きを止めた。

 自然という静寂の中、それは現れた。

 

「……何だ?」

「羽根?」

 

 白く清廉なる羽根。まるで白い鳥が飛び去った後のように、白い羽根がどこからともなく降り注いでくる。それはゆっくりと響とビーストの周囲に落ちていく。

 

「何、これ……?」

 

 響の手のひらに乗る、重さのない物体。優しい気配のそれは、次から次へとその姿を現していく。

 

「おい、響。なんか、これ怪しくねえか?」

「うん。私もなんか……嫌な予感……」

 

 響がそう言った瞬間、それは現実となった。

 触れる羽根たちが痛みを放つ。響とビーストの全身から火花が散る。痛みで地面を転がってから初めて、それが羽根によって受けたダメージだと分かった。

 

「何、これ!?」

「オレが分かるわけねえだろ!」

「何だ、もう戻ってきやがったか」

 

 ただ一人、バングレイだけが愉悦の表情を浮かべている。

 

「俺のサーヴァントが……!」

「バングレイの……サーヴァント……!」

 

 天空より降臨した、神々しい光。太陽よりゆっくりと、それはバングレイとの間に着地した。

 

「フフフ……」

 

 後光により見えなくなっていた姿が、だんだんはっきりしてくる。黒いボディと、全身に走る青い血管。胸に金色のパーツが取り付けられており、より神々しさを際立たせている。そして何より、その背中から生える四本の翼が、それをあたかも天使のように見立てさせていた。

 

「バングレイ。中々に面白い世界だったぞ」

 

 舞い降りた天使は、響たちを無視してそう報告した。バングレイは「ハッ」と頷いた。

 

「バリいい世界だぜ。食い物はうめえし、生き物はいたぶりがいもあるし」

「悪趣味なマスターだ」

 

 天使は鼻を鳴らし、ようやく響とビーストに向き直った。彼はしばらく響たちを睨み、結論付けた。

 

「彼らが、以前貴様が言っていた聖杯戦争の敵か?」

「みたいだぜ? おまけに一人は、前に言った俺の目的の物も持っていやがる。お前も狩るか?」

 

 バングレイの言葉に、天使は目を細めた。

 

「私に命令したいのであれば、令呪を使え。それはそのためのものだ」

「はっ! それもそうだな。だったら……」

 

 バングレイは右手の令呪を見せる。だが、しばらく天使を見つめた彼は「いや」と切り出す。

 

「やっぱりこいつらは俺の獲物だ。俺が狩るぜ」

 

 バングレイは令呪の手でバリブレイドを握る。前に出ようとしたところで、天使が彼の肩を掴んだ。

 

「まあ待て。そう結論を急ぐこともない」

 

 天使はゆっくりと響とビーストを見定める。

 

「どうだろう。もう少し、この狩場を観察した方が良くないか?」

「はあ?」

 

 天使の言葉にバングレイは反対した。

 

「何でだよ? 今狩る方がバリ面白いのによお?」

「今狩ってしまってもいいのか? ベルセルクを狩る楽しみがなくなるぞ?」

 

 天使の発言に、バングレイは「むう……」と自制した。

 

「確かにな。ベルセルクの力を、今度はしっかりと狩るのもまた面白そうだ」

「そう。それに、貴様の目的はあれそのものではないのだろう?」

「それもそうだな」

 

 バングレイは頷き、響とビーストへ剣を向ける。

 

「いいぜ。ベルセルクの剣は、今はお前に預けておいてやる。せいぜい使いこなしてから、俺を楽しませるんだな」

「ま、待って!」

 

 そのまま響に背を向けて去ろうとするバングレイ。彼を追おうとするも、全身が重く、変身が解除されてしまった。

 生身のまま倒れ込み、ビーストに抱えられる。変身解除したコウスケが、バングレイに続いて去ろうとする天使へ怒鳴った。

 

「おい! お前ら、一体なんなんだ!? 響のあの力を欲しがってるみてえだけど、何が目的なんだ!?」

「私はただ、サーヴァントとしてマスターに従っているだけだ。目的など、私にはない」

 

 天使は吐き捨てる。

 

「何しろ私はマスターには忠実なる僕なのだからな。貴様たちの価値など、もはやマスターの狩りの対象になることしかない」

「んだと!?」

「狩りって……」

 

 響は重い首を上げた。

 

「どうして……? 貴方たちが何者でも、私たちには互いに通じる言葉がある! どうして、相手を狩りの目線でしか見れないの? 手を取り合うことだってできるはずだよ!」

「笑止」

 

 手を取り合うという言葉に、天使はせせら笑った。

 

「そんなものなど、この世界では何の役にも立たん。聖杯戦争という星の中で塵となるがいい。ランサー」

 

 天使は腕を響たちに向ける。すると、そこから青白い電光が発射され、河原を無差別に破壊した。

 煙が消えたころには、もうバングレイも天使もいなくなっていた。

 虚空の中、最後に天使の声が響いた。

 

「ベルセルクの剣を持つものよ。いずれ貴様とはまた会うことになるだろう」

「待ちやがれ!」

 

 ビーストの叫びもむなしく、声は続く。

 

「どうやら私は、特別なサーヴァントらしい。本来は存在せぬクラス、エンジェル。それがこの私に割り当てられたクラスだ。以後、覚えておくがいい」



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見滝原遺跡

 見滝原の奥にある山。

 聖杯戦争の範囲ギリギリであるこの場所に、よりにもよって冬に訪れるとは、ハルトは想像すらしなかった。これでダンデムする相手が多田コウスケだとは、もっと想像しなかった。

 

「なあ、こっちでいいのか?」

「問題ねえ!」

 

 後部席にいるコウスケが答えた。

 マシンウィンガーで見滝原の中心を出てから、もう一時間は経つ。コウスケの目的地まではまだ遠いのだろうか。

 

「響ちゃん、大丈夫なの? バングレイと戦って、倒れたんだろ?」

「みなまで言うな。あいつのタフさは半端ねえからな。今朝にはもう復活したぜ」

「じゃあなんで俺に手伝い頼むのさ」

「今日ぐらいは休ませてやろうって親心……マスター心だ」

「ふうん……」

 

 ハルトは頭を掻く。ヘルメットを数回揺らし、凝った肩を回す。

 

「響ちゃんは今日何してるの?」

「あ? ちょっと街を出歩いてるぜ。なんでも、体がなんかグチャグチャして変な感じらしいぜ」

「それ大丈夫なのか?」

 

 渓流の橋を、マシンウィンガーが通過する。すでに人工物は道路しかなく、ガードレールも街灯もなくなっていた。

 

「落ち着けねえんだろ。オレも付いていてやりてえけど、響が昨日の分行ってくれって言ってたからよ」

「心配だな。えっと……」

 

 ハルトはバイクを止めた。川に沿った道に分かれ道があり、川沿いを続ける道と山の方に通じる道があった。

 

「どっち?」

「まだ川沿いだな」

「了解」

 

 ハルトは前輪を川沿いに向ける。もう一度アクセルを入れようとしたとき。

 

「……ん? どうした?」

「いや、あれ……」

 

 コウスケの声に、ハルトは前方を指さす。

 より山奥に繋がる道。車道に整備されたその場所に、一人、男が立っていた。

 

「誰だ? 登山客か?」

「冬にあんな軽装の登山客がいる?」

 

 その服装に、ハルトは違和感があった。茶色の民族衣装という、山どころか、街であっても季節には合わない服装だった。老人のように真っ白な長い髪と、日焼けしたような浅黒い肌。ハルトやコウスケとほとんど年齢差はないようにも思える。

 彼は、その髪の切れ間からその赤い目をのぞかせた。

 

「!」

「!」

 

 その直視で、ハルトは固まった。コウスケも固唾をのんで、彼の動向を見守っている。

 彼の右目に走る、赤い模様。幾何学的な模様のそれとともに、彼は口を動かした。

 

「目障りなんだよ……」

「?」

 

 見知らぬ彼は、確かに言った。

 

「戦いに勝つつもりなら、くだらない友情ごっこはやめろ」

「え?」

「おいおいおい、いきなり交通妨害して何言ってんだ!?」

 

 ハルトが彼の真意を考える前に、コウスケがヘルメットを脱いで彼に近づいている。

 

「いきなりなんだよてめえは? 初対面に失礼じゃねえか?」

 

 だが、彼はコウスケのすごみに眉一つ動かさない。

 それどころか、突然蹴りを放ってきた。

 

「危ねっ!」

 

 バク転で避けたコウスケは、反撃とばかりに殴りかかる。だが、相手はそれを正確に見切り、よけ、受け止めた。そのままコウスケの背後に回り、拳をそのまま引っ張る。コウスケの膝を折り、首を締め上げる。

 

「いででででで……」

「うざいんだよ……貴様のように、誰かの手を借りる輩が」

「やめろ!」

 

 ハルトもマシンウィンガーを降りる。

 すると、彼は静かにハルトを睨んだ。

 

「……お前、いったい何者だ?」

「……」

 

 彼は無言のまま、ハルトから目を離さない。やがてコウスケを蹴り飛ばし、ハルトに背を向けた。

 

「おい、待て!」

 

 ハルトが走り出すも、もう遅い。

 民族衣装の青年は、すでにどこかへ飛び去って行った。

 

「……おい、大丈夫か?」

「あ、ああ」

 

 コウスケを助け起こしたハルトは、共に彼が飛び去って行った方向を見上げる。

 

「ったく、なんだったんだアイツ……次会ったら一発ぶん殴ってもいいよな?」

「やめなさい。それにしても、すごい目だったな……」

「おう! あの目つきの悪さ。ぜってえ碌な奴じゃねえ。人もう何人かやってんじゃねえか?」

「いや、そういう意味じゃなくて……なんて言うか、この世界の全部を拒絶しているって感じがしたな」

 

 ハルトは言った。

 ほんの数分だけ、目を交わしただけだというのに、それはハルトの脳裏に刻み込まれていた。

 

 

 

 見滝原遺跡。

 この見滝原では有名な遺跡で、地元では知名度の高い場所である。

 だが、その入り口は山奥のさらに山奥にあるので、小学生の校外学習を除けば、立ち入るのは物好き程度しかいない。

 岩山をくりぬいて、そこから地下に続くようにできており、『見滝原遺跡』と書かれた看板の隣には、下り階段から続く遺跡が地下へ通じている。

 中の整備はせいぜい手すりと解説程度しか備え付けられておらず、見滝原の行政もそれほど力を入れているとは言い難い。無論空調管理設備などもなく、軽装で行けば凍えるだけである。

 そんな、変人くらいしか来なさそうな場所で。

 

「女子中学生が来るところじゃないと思う」

 

 暁美(あけみ)ほむらとキャスターがいた。

 

「……」

 

 黒髪ロングの中学生、暁美ほむら。以前会った時は主に見滝原中学の白い制服を着ていたが、今回はサファリジャケットサファリハットという、見事な探検隊衣装だった。軽量な素材でできていることから防寒に関しては見ているだけで心配になるが、彼女は全く気にせずに遺跡の入り口の階段に足をかけていた。

 一方のキャスターも、今回は黒い翼や赤い紋章などといったファンタジー要素もなく、銀髪で目が赤いだけの美女だった。高貴な印象を抱かせる彼女がサファリジャケットという、あまりにもアンバランスな外見ではあったが。

 ほむらはしばらくハルトを見つめ、やがてコウスケを見て、彼女は銃を取り出す。

 

「ほ、ほむらちゃん!?」

「何で日に二度も敵意向けられてんだよ!」

 

 銃口を向けているものの、ほむらはトリガーを引く様子はなかった。

 

「私たちは敵同士よ。敵意を向けない理由なんてないわ」

「いやそれはごもっともぉ!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 コウスケが銃声に悲鳴を上げる前に、ハルトは指輪を使用した。

 鉛玉がハルトの目前で、魔法陣の壁に阻まれる。

 だが、それだけでほむらの敵意は止まらない。

 彼女は紫の宝珠を取り出した。紫の光とともに、ほむらの姿が白と紫を基調としたものになる。

 

「ちょっと待ってって!」

『フレイム プリーズ』

 

 高速の動きで銃声を鳴らすほむらに対し、ハルトはウィザードに変身し、コウスケを庇った。火花が散り、片膝をついた。

 

「っ……」

「消えなさい。松菜ハルト」

 

 コンバットナイフで、ウィザードの首を刈り取ろうとするほむら。

 だが、そんな彼女の腕を、キャスターが掴んだ。

 

「マスター。少しお待ちください」

「キャスター……?」

 

 いつの間にかほむらの後ろに回り込んだキャスターが、静かに告げた。

 

「ここでこの二人を始末するのは得策ではないかと」

「なぜかしら。生き残りをかけて殺し合うのが聖杯戦争よ」

「貴女の目的のために、利用できるものは利用した方がいいのでは?」

「……」

 

 数秒、ほむらとキャスターの間に沈黙が流れた。

 やがてほむらから敵意が消え、変身を解除するのを見て、ウィザードもハルトに戻った。

 ほむらは改めて、ハルトを睨む。

 

「何しに来たの、松菜ハルト。……と」

 

 ほむらはコウスケを見下ろしている。眉をひそめ、首をかしげた。

 

「貴方、誰かしら?」

「ええ!? お前会ったことなかったか?」

「記憶にないわ」

「ひでえ! なあ、そっちの美人の姉ちゃん! オレのこと覚えてるよな?」

「……」

「いや黙ってないで答えてくれよ」

「……マスター。彼はランサーのマスター。以前、アサシンの時に見滝原中学に突入した一人です」

「……会った記憶はないわね」

 

 ほむらは言い放ち、遺跡への階段を下っていった。

 

「……あれ? オレ、本当に会った事なかったか?」

「ないんでしょ? あの時はみんな混乱してたから、もしかしたらどこかでニアミスしたかもしれないけど」

「でもなあ。あんな美人さんに冷たい目で見られると……なんかこう、ゾクゾクするな」

「お前そんな趣味があったのか」

「ねえよ!」

 

 キャスターが遺跡に入っていくのを見てから、ハルトもコウスケとともに、遺跡に足を踏み入れた。

 

 

 

懐中電灯の他には光のない狭い回廊を、ほむらはぐんぐん進んでいく。彼女の勇ましさに感心しながら、ハルトはキャスターに話しかけた。

 

「……キャスターも、どうしてここに?」

 

 懐中電灯さえ使わないで歩いているキャスターは、首を動かさずに目線だけでハルトを見た。

 思えば、戦っていない時のキャスターって初めて見るな、とハルトは思った。

 

「教える義理はない」

「まあ、そりゃ確かに……」

「まあ、分かるぜ? ロマンを感じたんだろ?」

 

 すると、コウスケが割り込む。

 

「お前女でも、結構見込みあるじゃねえか。こういう遺跡って、やっぱりロマン感じるよな? オレも今日が大学の調べもののためでなかったら、色々じっくり見て回りてえんだがな」

「……」

「貴方たち、静かにしてくれないかしら」

 

 先導するほむらが言った。

 コウスケは「悪い悪い」と言いながら、頭の後ろで手を組む。

 

「しっかし、おまえらこういうところ興味あったんだな? ミステリアスな雰囲気なのに、見直したぜ」

「興味あるわけじゃないわ」

 

 ほむらは吐き捨てる。振り向きざまにキャスターと顔を合わせ、互いに頷いた。

 

「松菜ハルト。貴方はこの前、博物館にいたのよね?」

「博物館って、あの宇宙人盗難の?」

「そう」

 

 ほむらは頷いた。

 

「あの時盗まれたあの剣は、ただの古の産物じゃない。あれは、危険な兵器よ」

「兵器? あの剣が?」

 

 ハルトは博物館で見たベルセルクの剣を思い出す。

 

「確かにすごい剣だったけど、あれって別に兵器っていう代物じゃないと思うけど……」

「あれはただの剣ではない」

 

 キャスターが口を挟んだ。

 

「この世界の高度技術の遺産(ロストロギア)。内包するエネルギーも計り知れないもの」

「……キャスター、結構情報通って顔してるけど、何で?」

「……」

 

 キャスターは口を閉じた。

 その赤い瞳が、吟味するようにハルトを睨んでいた。

 やがてキャスターはハルトから正面へ視線を逸らす。

 

「かつて。……私がいた世界の一つ。あの展示品と全く同じものが使われていた」

「同じもの? ベルセルクの剣が?」

 

 キャスターは頷いた。

 やがて一行は、遺跡の中心部である大広間に付いた。通路になっていたこれまでの物とは違い、広間はハルトたち四人が生活しろと言われても問題ないほどの広さの場所だった。

 

「……調べるわよ、キャスター」

 

 ほむらは言うが早いが、懐中電灯をたよりに壁を調べ始めた。

 キャスターもほむらとは反対側を観察しながら、口を動かし続ける。

 

「あれは、古代の文明で、戦争の兵器の一つであり、滅びた種族が作ったものであり、そして力だった」

「力……?」

「んなバカな? オレも響がああなったし、気になったから調べたけど、そんな利用方法は理論的に難しかったぞ」

 

 コウスケが言った。

 

「あれは確かに内包するエネルギーはすげえ。でも、せいぜいできたところでボヤ騒ぎができる程度のもんだ。兵器っていうのは大げさだぜ」

「ああ、やっぱりそういうオカルトものって、実際に研究している人もいるんだね」

 

 コウスケのコメントを無視し、キャスターは壁の埃を撫でる。

 

「ベルセルクは、当時はある文明の中にいた。一般的に知られるベルセルクは、後の世に現れた他人の空似に過ぎない」

「でも、この遺跡とベルセルク、一体何の関係があるんだ?」

 

 コウスケが天井を仰ぎながら尋ねた。

 

「そもそもこの遺跡は、もう何十年も前に発掘されて、中だってもう調査し尽くされてる。ここはあくまで、縄文時代に見滝原に住んでいた人たちが作った神殿の類だ。お前らが血眼になっても、何も出てこねえだろ」

「……そう。資格のないものにとっては、ここには何もない」

 

 すると、キャスターの壁を撫でる手が止まった。彼女はまるで石像になったかのようにその場で凍り付いていた。

 

「キャスター?」

「……話を戻そう」

 

 キャスターは姿勢を全く変えないまま続けた。

 

「私が以前、ベルカと呼ばれる文明にて生きていた時。異世界から侵略があった」

「侵略?」

「絶大なる力を手に、自らの世界のみならず、他の世界をも我が物にしようとした勢力。権力に溺れ、力に溺れ、瞬く間に全てを得ていった者たち。長く続いた戦いだったが、ある時、そんな勢力などなかったかのように一夜で消滅した者たち」

「?」

 

 キャスターの声には、力が込められていく。

 

「我がマスター。こちらに光を」

 

 キャスターの声に、ほむらが懐中電灯を向けた。

 キャスターの手の先に、それがあった。先日博物館にもあったものと、まったく同じ紋章が。

 

「その名は、ムー」

 

 埃だらけの遺跡の壁で、ただ一つ。鮮明な赤で記された紋章が、そこにあった。

 

「あれはたしか、ムー大陸の……!」

 

 博物館で見た紋章。それと全く同じものが、そこにあった。

 だが、ハルトとは違い、コウスケは特に驚くこともなく頷いた。

 

「それはあくまで、ここの人たちがムーと交流があったんじゃないかって説の証拠だな」

「知ってたのか」

「まあ、オレも昔ここ来たことあるからな。でも、その壁には色々と反論できる材料もそろっていて、まだ確証もなにもねえんだと。でも、お前らこの紋章が目的で来たのか?」

 

 コウスケの質問に、キャスターは頷いた。

 

「キャスター。この紋章が、力なのね?」

 

 そう言ったのは、ほむら。彼女もキャスターに歩み寄ってきた。

 

「そう。先日、ベルセルクの剣がこの世界にあることを知って驚いた。ランサーに奪われてしまったが……だが、ここはまだ……」

 

 キャスターは紋章を撫でる。

 

「どうなの? 手がかりはあるの?」

 

 ほむらが尋ねた。

 キャスターはすぐには答えず、じっと紋章を見つめていた。やがて、

 

「_______」

 

 意味不明な言語を唱え始めた。

 

「キャスター?」

 

 驚いているのはハルトとコウスケだけではない。ほむらもまたこの事態は予想していなかったようで、目を白黒させている。

 

「何やってんだアイツ?」

「俺に聞かないでよ」

 

 コウスケが耳打ちしてきた。

 だが、ハルトはどうすることもできずにただ見守ることしかできなかった。

 やがて、遺跡が揺れ始める。

 

「なんだ、地震?」

「オイオイオイ、これ不味いんじゃねえの?」

 

 だが、キャスターは涼しい顔で唱えるのを止めない。どんどん地震が大きくなっていく。

 その時、ムーの紋章に光が灯った。

 

「「「!?」」」

 

 ハルト、コウスケ、ほむらが驚く。

 光が強くなるにつれ、揺れも大きくなっていく。やがて遺跡の足場にヒビが走り始めた。

 

「_________……ムー」

 

 キャスターが、『ムー』という単語を唱えたと同時に、遺跡は崩壊。

 足場が完全に崩れ、キャスターを含めて、ハルトたちは遺跡の底へ落ちていった。




さやか「……以上。ご清聴ありがとうございました」バイオリン終了
パチパチパチパチ
さやか「ふう……さてと」片付け
さやか「ごめんね恭介。あたしじゃ、演奏会とか、プロはちょっと無理だからさ。こんな感じで、皆に音を聞かせてあげることしかできなくて」
女の子「……」
さやか「ん?」
女の子「すごい!」
さやか「え? な、何……?」
女の子「もっとやって!」
さやか「もっと? あたし、そろそろ帰ろうかなって思ってたんだけど……」
女の子「はやく! はやく!」
さやか「え? ……じゃあ、ちょっとだけだよ?」
___________
女の子「すごいすごい!」
さやか「……喜んでもらえた?」
女の子「うん! もっとやって!」
さやか「ええ? どうしようかな?」
男性「素晴らしい……」
さやか「?」
男性「貴女には才能がある。是非……そのバイオリンを壊して、絶望させていただきたい」ファントム
さやか「!」
女の子「ヒっ!」
さやか「危ない!」ファントム、マーメイド
ファントム「ほう……貴様もファントムか? なぜそのゲートを庇う?」
マーメイド「別にいいでしょ? どうでも」
ファントム「裏切者には絶望を!」
マーメイド「甘い!」剣で心臓一突き
ファントム「バカな……」消滅
マーメイド「……」さやかに戻る
女の子「い、いやあああああああ!」逃げる
さやか「あ~あ。やっぱり……」

さやか「人間のふりになっちゃうんだね。うまくいかないなあ」


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ライト プリーズ

名探偵ピカチュウはいいぞ……
映画にハマった人はゲームもやろう!あの世界観かなり好き


「うっ……」

 

 土の匂いが充満する。

 目を覚ましたハルトは、暗い中を見渡した。

 

「……あれ?」

 

 果たして目を開けているのか閉じているのかさえも分からない闇の中。ハルトは手探りで環境の情報を探した。

 

「っ!」

 

 何かに触れた。土にしては柔らかい。砂場だったのだろうか。

 

「や……め……」

 

 その割には、何やら人の声が聞こえる。何だろうと、両手で撫でまわしてみる。

 

「地獄に行きたいの? 松菜ハルト」

 

 目が慣れ始めた暗闇の中から、凄まじい形相の暁美ほむらが現れた。

 そして理解した。今ハルトが触れていたのは、彼女の発展途上の女せ「グレネードをプレゼントしましょうか?」「ごめんなさい」

 

 

 

『ライト プリーズ』

 

 一時的とはいえ、光が洞窟内を照らし出す。

 天井は崩落の影響で塞がっており、たとえ風のウィザードに変身したとしても突破するのは危険があった。

 

「進むしかないか……」

 

 ほむらにゲンコツをもらったハルトはそう結論付けた。

 

「仕方ねえよな? まあ、折角遺跡の新発見に出会えたんだ。すぐに帰るのは勿体ねえだろ」

 

 光が消え、再び訪れた暗闇の中でコウスケの声が語った。

 

「こりゃ大学の単位どころの話じゃねえかもしれねえな。まさか、見滝原遺跡の奥にこんな隠しダンジョンがあったなんて、大発見になるぜ」

「帰れればね」

 

 ハルトは左右を見渡す。

 光のない遺跡は通路状のもので、その天井から落ちてきたようだった。幸い落石は道を塞いではいないものの、模様さえも見えないところで、ハルトたち四人は閉じ込められてしまった。

 

「マスター。懐中電灯は?」

「下敷きよ」

 

 キャスターの声に、ほむらが指さす。彼女の指先には、崩落で潰れた懐中電灯があった。

 

「貴方を連れてきてよかったわ。松菜ハルト」

「え?」

「貴方が懐中電灯よ」

「……それ本気で言ってるの?」

「ええ」

「おお! そいつは助かる!」

 

 すると今度は、コウスケがハルトの肩を掴んで揺らした。

 

「頼むぜハルト! お前だけが頼りだ!」

「俺の魔法は懐中電灯と同じレベルの価値かよ!」

『ライト プリーズ』

「おおっ! 光! 光よ!」

 

 コウスケがふざけて太陽に喜ぶ民族のようにハルトを崇める。

 ハルトは「やめなさい」とコウスケを立たせ、キャスターに向き直る。

 

「それで、情報通のキャスターさん。どっちに行けばいいの?」

 

 その問いに、キャスターは指をくいくいと動かした。

 

「ん?」

「光」

「お前も俺を懐中電灯扱いかよ!」

 

 この日、ウィザードライバー読み込みランキングはライトが更新するだろうと、ハルトは確信した。

 

 

 

「ライダーのマスター。光」

「ハイハイ」

『ライト プリーズ』

「おいハルト。こっちにもくれ」

「ハイハイ」

『ライト プリーズ』

「ライダーのマスター。光が消えている」

『ライト プリーズ』

「ハルト。光源が足りなくて写真写り悪ぃぜ。光くれ」

『ライト プリーズ』

「ライダーのマスター」

「ハルト」

『ライト プリーズ』

「お前らホントいい加減にしろおおお!」

 

 

 そろそろ耳に胼胝ができるほど、ハルトはライトを使った。

 遺跡の天井付近に出現した小さな太陽より、光が放たれる。

 唯一遺跡の文字を解読できるキャスターは、通路に記されている文字を凝視しながら、何度も何度もハルト(懐中電灯)のライトをつける。

 文字が比較的少ない反対側では、コウスケが新型のデジタルカメラで写真を連写している。まるでゴキブリのように壁一体を即座に移動した彼は、まさに興奮の絶頂のようだった。

 

「すげえ、すげえ! こんな壁画見たことねえ! うわ、この絵は何だ? 一体何を現してんだ?」

「多田コウスケ、少し静かにしてくれないかしら?」

 

 唯一することがないほむらが、瓦礫に座りながらコウスケに吐き捨てた。だがコウスケは耳を貸さず、それどころかキャスターの肩を叩いた。

 

「なあ、なあ! キャスター、あそこには一体何て書いてあるんだ?」

 

 キャスターは少し顔をへの字にしながら、コウスケが指さす壁を見る。ちょうどそこで、光が消えた。

 

「おいハルト! ライトプリーズ」

「お前こっちもそろそろ疲れてきてるの分かってる?」

『ライト プリーズ』

「お、光った! で? みなまで言ってくれキャスター。あそこ、なんて書いてあるんだ?」

「『ラ・ムーを讃えよ』」

「ほうほう。ラ・ムー?」

「かつてのムーの皇帝の名だ。神官として、神の言葉を告げた記憶もある」

「ほうほう。お前、ムーに行ったことあるのか?」

 

 コウスケの質問に、キャスターは頷いた。

 

「一度だけ。ムーとの戦いの中で、一度だけ時の我が主がムーに攻め込んだことがあった」

「マジかよ……お前歴史の体現者じゃねえか」

「確か、彼がムー大陸を大きく変えたはずだ。より力を得たものにしたのは、一重に彼の御業だったな」

「すげえ王様だな」

「もういいな?」

 

 キャスターは、再び通路の文字の解読に戻った。

 

「……マスター」

「何か分かったの?」

 

 待ってましたと言わんばかりに、ほむらが立ち上がる。

 

「こちらです」

 

 キャスターは通路の先を指さした。

 

『ライト プリーズ』

「ハルト。お前、もうだんだん何も言わなくなってきたな」

「俺はもう、ライトすることしかできない。俺は全自動ライト製造機だ」

「それは便利ね。ぜひ一家に一台欲しいわ」

 

 何度もライトの指輪を使いながら、ハルトはキャスターの先導の元歩いていた。

 時折キャスターは足を止め、壁の文字を読み取る。そのたびに、あった分かれ道を選んだり、隠し扉の位置を割り当てたりしていた。

 

「なあ、これって俺たち、もしかしてキャスターがいなかったら永遠に迷子になってたんじゃない?」

「みなまで言うな。自分でも悲しくなる」

 

 コウスケとひそひそ話している間も、キャスターは進んでいく。

 そして。

 

「……あれ?」

 

 ハルトは、体に違和感があった。

 

「どうした?」

「今……なんか踏んだような……」

 

 足元の違和感の正体を探るべく、ライトで視界を照らす。

 綺麗に敷き詰められたブロックの一点のみ、意図的に開かれたであろう窪み。

 それがスイッチだと、ハルトは認めたくなかった。

 そして、ズドンと重い音が背後から聞こえてきた。

 

「何だ?」

 

 能天気に後ろを向くコウスケ。

 ハルトは冷や汗をかきながら、ライトを使う。

 

「ねえ、こういう古代のダンジョンで出てくるのって……」

 

 ライトで闇を照らし出したその中に現れた。

 巨大な、丸い岩。

 

「やっぱりか!」

「ごめんなさあああああああい!」

 

 ハルトとコウスケは大声とともに駆け出した。

 先行していたキャスターとほむらも異常に気付き、一足先に逃げ出している。

 

「なあ、ハルト!」

「なに!?」

「よくよく考えたら、この岩ぶっ壊せばよくね?」

「ああ、それもそうだな。ナイスアイデア!」

 

 ハルトは走りながらトパーズの指輪を取り出す。ドライバーオンでウィザードライバーを出現させた。

 

『シャバドゥビ……』

「変身!」

『ランド プリーズ』

「ああ、それって最後まで聞かなくてもいいんだ」

「実は必要なかったりする」

 

 ハルトの前に、魔法陣が出現する。通過し、ランドスタイルになった。

 

『ドッドッ ド・ド・ド・ドンッドンッ ドッドッドン』

「よし、これなら……」

 

 ウィザードは立ち止まり、、そのままディフェンドの指輪を中指に入れる。

 このまま『ルパッチマジックタッチゴー』という音声の中で指輪を使えば、土の壁が現れるはずだが。

 

『エラー』

「「は?」」

 

 ウィザードとコウスケは一瞬時が止まった。

 

「……テイク2」

『エラー』

「「何で!?」」

 

 もう巨岩が迫ってきている。

 

「おいお前戻ってるぞ!」

 

 コウスケの言葉に、すでに自分の姿がハルトに戻っていることに気付く。

 ハルトはもう一度変身しようとランドの指輪を使う。だが、帰ってくるのは『エラー』。

 

「魔力切れ!? あのライトそこまで消費量はないはずなんだけど!」

「みなまで言ってる場合か!? とにかく逃げるのが先だ!」

 

 コウスケに腕を引っ張られ、ハルトは改めて逃げ出す。

 

「でも、まだ魔力はあるはずなんだけど……」

「まだ言うか!」

『ライト プリーズ』

 

 ライトだけならばまだ使える。

 変身ができなくなった現状に、ハルトは苦悶の声を上げた。

 

「でも、岩よりオレたちの方が速えみてえだからラッキー……」

 

 コウスケの言葉は、だんだん細々と消えていった。

 ずいぶん前に走っていたはずのほむらがヨレヨレになっている。そのまま、ハルトとコウスケが追いついた。

 

「あれ? ほむらちゃん……もしかして……」

「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ……」

 

 本気で疲れ果てた顔で、ほむらはハルトを見上げる。

 

「運動苦手?」

「う、うるさい!」

 

 ほむらは怒鳴った。

 

「魔法少女に、変身できれば、こんな罠、どうってこと、ないのよ……! なんで、生身の体に、戻ってるのよ!」

「……やばい。なんか、無理するほむらちゃんが可愛く見えてきた」

「殺すわよ! ……だいたい、何で、変身、出来ないのよ!」

「変身できないの、君も?」

「……っ!」

 

 ほむらはきっと睨む。

 

「こんな、ところで、こんな、バカみたいな罠で……」

 

 ほむらの足は、ハルトよりも後ろに下がっていった。

 そうして、ほむらがぺしゃんこになる寸前。

 

「頼む! コネクトは使えてくれ!」

『コネクト プリーズ』

 

 天の行幸か。現れた魔法陣からウィザーソードガンを取り出し、その刃先をほむらのすぐ後ろに投影する。ハルトはそのままほむらを抱き寄せ、ウィザーソードガンの元に押し倒す。

 

「松菜ハルト!?」

「静かに!」

 

 上手く行くかは賭けだった。

 巨岩はウィザーソードガンを起点にジャンプ。ハルトとほむらを飛び越え、そのまま先に転がっていった。

 

「うおおおおおおおおおおお!?」

 

 そのまま、岩はハルトたちのことを忘れたように、コウスケとキャスターへ走っていった。

 

 

 

「お、おい! 何立ち止まってんだよ! 逃げろ!」

 

 コウスケは、目の前のキャスターへ避けんだ。

 彼女はなぜか立ち止まり、こちらに向けて腰を落としている。

 

「……」

 

 キャスターは静かに息を吐く。コウスケが彼女と入違った時、コウスケはキャスターの目を見て背筋が凍った。

 そして。

 

「はっ!」

 

 生身のキャスターは、その拳を巨岩に叩き込む。スポンジ製だったかのような埋め込み具合とともに、岩石は粉々になった。

 

「________」

 

 コウスケはあんぐりと開いた口が塞がらなかった。岩石の雨のなか、キャスターはコウスケに振り替えることなく告げた。

 

「古代ベルカ式体術の一つ。この遺跡の中では、術式を組むのに少し手間取った」

「手間取った……ねえ……」

 

 その割には涼しい顔をしている、とコウスケは思った。

 




ハルト「ほむらちゃん、大丈夫?」
ほむら「……礼は言っておくわ。松菜ハルト」
ハルト「どもども。もっと言ってくれてもいいけど」
ほむら「……私たちは敵だって……さっきも言ったわよね?」銃ジャキッ
ハルト「ごめんなさい調子に乗りました」
ほむら「まあ、ここで荒事は止めておくわ。それより、キャスターたちを追いかけないと」
ハルト「コウスケは潰れても心配なさそうだけどな……」
ほむら「……」グッ
ほむら(よしっ! ラッキースケベから始まって、普段はツンツンしていて、いざという時に寸でのところで助けてもらった! これは、完全なるヒロインムーブ! メインヒロインの座は私がいただく!)
ハルト「どうしたの?」
ほむら「何でもないわ。それより、ライト」
ハルト「はいはい」
『ライト プリーズ』
ほむら「それでは、今日のアニメ、どうぞ」
ハルト「この暗闇でやるんだ」



___いつも いつも あなたのそばで 愛を強く抱きしめたいよ___



ほむら「C³(シーキューブ)ね」
ハルト「2011年の10月から12月までのアニメだな」
ほむら「意思をもつほどに呪われた道具が、その呪いを解こうとする物語ね」
ハルト「あと、色々と際どいシーンも多いな」
ほむら「もしこの呪いの道具がこの遺跡にもあったら、「呪うぞ」とか言われるわね」
ハルト「この白穂って子、ほむらちゃんに似てるね」
ほむら「似てるかしら?」
ハルト「特定の女の子に凄まじく執着するところとか。あと中の人」
ほむら「私が一体誰に執着しているっていうの?」
ハルト「まさか君自覚ないわけでもないだろうに」


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ムーの遺産

 コウスケとキャスターと合流したハルトとほむらは、引き続き回廊を歩き続けた。

 相変わらずハルトは懐中電灯となり、唯一古代文字が読めるキャスターの目となっている。

 

『ライト プリーズ』

「そろそろ体でも感じるほどの疲れが溜まってきたんだけど」

 

 ハルトは言った。

 だが、顧みることなくキャスターはハルトにライトを要求する。

 

「……コウスケはもういいの?」

「大体記録には取ったけど、さすがにそろそろ帰りてえ。そりゃ見てて飽きねえけどよ。そろそろまとめてえ」

 

 コウスケは呟きながら廊下に寝転がる。

 

「おいおい。さっきまでの元気はどこに行ったんだ?」

「元気にもそれを支える精神ってもんが不可欠なんだよ。んで、今のオレにはその気力がねえ」

「碑文とかは色々あるけど、結局オレは読めねえしな。大体の写真も撮ったし、もうやることもねえだろ」

「お前それ後で後悔するやつじゃない?」

 

 だが、コウスケは起き上がる。

 

「言ってもなあ。流石に閉じ込められてここまで時間たつと、気持ちも滅入るってもんよ」

「まあ、納得はする」

 

 ハルトはスマホの時間を確認した。

 朝にこの遺跡に入って、今やもう四時を回っている。どこかの洋画にありそうな罠に陥った後も、もう何時間たっているのだろうか。

 

「ねえ、そもそもほむらちゃんたちはこの遺跡に何しに来てたの?」

 

 ハルトは尋ねた。

 退屈そうなほむらは、壁に寄りかかったままハルトを睨む。

 無言の圧から、あまり口を割りそうになかった。

 

「……あはは。少しくらいは心開いてくれてもいいんじゃないかな……」

「貴方は私の敵よ。無理ね」

「ひどい……あれ、もしかして光?」

 

 ハルトが指さしたのは、回廊の先にある淡い赤。黒と茶しかなかった空間に、ぽっかりと開いた光。

 それを確認したコウスケもまた、目を輝かせる。

 

「おお! 光だ! 赤ってことは、もう夕方か……! おい、出られるぞ!」

 

 コウスケが先にダッシュで光へ走る。ハルト、ほむらもそれに続き、キャスターがゆっくり歩いて行った。

 そして。

 

「外だあああああ……ああああ?」

 

 コウスケの疑問形の声に続いて、ハルトが入る。

 

「……まだ外じゃないのか……」

「がっくし」

 

 コウスケが崩れた。

 

「何だよ……もうレポートの材料はそろったってのに……」

「まあ、期待外れだけど……」

 

 ハルトは地下なのに光で満ちる部屋を見渡す。通路などはもうなく、ここが最奥なのだろうと思った。

 

「あれ……? なんだ?」

 

 ハルトは、天井近くの壁画に目を向けた。

 人々が、空に浮かぶひし形に祈りを捧げている。ひし形のバックには太陽を思わせる赤い円形が描かれていた。

 

「あれはムー大陸」

 

 キャスターがハルトの横を通り過ぎながら言った。

 ハルトは「へえ」と頷き、

 

「大陸にしては変な形じゃない? どっちかというと、UFOみたい」

「当然だ。ムー大陸は空を飛んでいたのだから」

「空!?」

 

 ハルトはもう一度ムー大陸を見やる。

 

「大陸が空を飛ぶって……」

「それホントか?」

 

 頭痛がしてきたハルトとは逆に、コウスケが復帰して目を輝かせていた。

 キャスターは頷き、

 

「ムーの文明は、大陸そのものが移動要塞として、この世界のみならず他の世界をも支配の手を伸ばしていた。中には、ここのように崇めるところもあったのだろう」

「ほお……」

 

 少しだけコウスケの目に光が戻った。

 

「なあ、少しムーのこと聞いてもいいか?」

 

 話しが長くなりそうな二人を放っておいて、ハルトは明るくなる光源を探す。

 それはすぐに、部屋の中央に見つかった。まるで展望台のように描かれた円の中心に、円筒状の台が設置してある。そしてその上には、恐竜の頭部のような形状をした石が鎮座していた。地下深くにも関わらずあふれ出る光源は、近づくだけでその熱が伝わってきた。

 そしてハルトは、この石と似たものを見たことがある。

 それは、先日博物館で展示され、狙われ、響が結果的に吸収してしまった代物。

 

「ベルセルクの剣と同じもの……」

「おい……オイオイオイ!」

 

 コウスケが興奮した声で石に近づく。

 

「何だこれ何だこれ何だこれ!?」

 

 コウスケは新品のデジタルカメラで何度も石の写真を撮る。そのまま部屋全体を撮影したコウスケは、室内に響く大声で言った。

 

「嘘だろおい、見滝原遺跡だぞ? 小学生がみんな遠足で来るところだぞ? なんでこんなムーの遺跡があるんだ?」

「ここはムーとは関わりが深かった。そういうことらしい」

 

 キャスターが壁画を見ながら言った。

 

「かつての見滝原の民族は、ムーを崇めていたらしい。偉大なる恵を受けていたそうだ」

「恵?」

「ここに記載がある」

 

 キャスターが壁の一か所を指さす。象形文字で記載されているそれは、キャスターには慣れ親しんだものなのだろうか。

 キャスターはそのまま、書かれているものを読み上げる。

 

「『ムー。我らに知恵を授けたまえ。我らに光を授けたまえ。我らに繁栄を与えたまえ』

「へえ」

「それより、キャスター」

 

 ほむらがコウスケを突き飛ばし、光る石を指さした。

 

「貴女が言っていた力って、これなのかしら?」

 

 ほむらはキャスターに詰め寄る。彼女の顔が、鬼気迫るものになっていく。

 

「これなのよね? これで、力が手に入るのよね?」

 

 その問いに、キャスターは頷く。

 

「これはオーパーツ。ムーを崇める民族の一つが、古代の恐竜たちを模して作り上げた石。そして、この石を使って作られた武器は、ただの空気でさえも炎にしたと言われている」

「これは、一体どうやって使うの?」

「マスターの武器に触れさせれば、威力は増加するでしょう。その身を代償に取り込めば、力となるでしょう」

「……!」

「そしてこれは、ここでマスター、ウィザード、ビーストが力を発揮できない原因でもある」

「どういうことだ?」

 

 ハルトの質問に、キャスターは振り返った。

 

「この遺跡全体が、このオーパーツを安置するための(はこ)だったということだ」

「匣……?」

 

 キャスターは頷く。

 

「オーパーツの力を用いた、一種の防錆装置だ。ムーの力を用いない異能の力は、弱体化されると思った方がいい」

「だから俺とほむらちゃんは変身できなかったのか……」

「そう。そして、それすらもほんの一部。マスター。貴女の願いを叶えるためには、このオーパーツの力が必要となる」

 

 その言葉を聞いたほむらは、すぐに踵を返す。コウスケを突き飛ばし、赤く光る石を掴もうと手を伸ばすが。

 

「触るな」

 

 その手を掴まれる。

 

「貴様のような下賤の者が触っていいものではない」

 

 いつの間に遺跡にいたのだろうか。いつ、この部屋に追いついたのだろうか。

 山道でハルトたちが遭遇した青年が、ほむらの腕を封じていた。

 彼はその赤い目でほむらを睨む。

 

「失せろ」

「……なぜかしら?」

 

 ほむらと青年の、数秒のにらみ合い。

 そして、彼は告げた。

 

「俺の誇りが、それを許さないんだよ……」

 

 その後、青年の動きは突然だった。

 ほむらへ向けられた容赦ない回転蹴り。それを避けたほむらは、躊躇なく銃を取り出し、その銃口を青年の頭に向ける。

 

「ほむらちゃん!」

 

 ハルトが止める間もなく、ほむらは発砲。

 だが、青年は最低限の動きでそれを回避。ほむらを蹴り飛ばした。

 

「っ!」

 

 頭を打ったほむらは、青年を睨む。

 青年は全く臆することなく、ほむらからキャスター、ハルト、コウスケへ告げた。

 

「もう一度言う。失せろ」

「……悪いわね」

 

 ほむらは生身のまま、銃を下ろさない。

 

「その石をもらいに来たの。力をもらえるんでしょ?」

「……力づくでなければ、分からないらしいな」

 

 青年はゆっくりと、ポケットから何かを取り出す。

 

「あれって……」

 

 ハルトはそれに見覚えがあった。

 博物館で展示されていた、ムーの携帯端末と思しきものと全く同じ形をしていた。

 青年はそれで、目の前で何かを描いた。空間に直接記されていくもの。それは、この部屋のあちらこちらに描かれているものと同じ、ムーの紋章。

 紋章は青年を覆うように、一つ、また一つと増えていく。やがて彼の前後左右に合計四つが出現した。

 

「何をするつもりだ……?」

 

 ハルトの問いに、青年は答えない。両手を左右に広げると、紋章はキリキリと音を立てながら回転する。

 そして。

 

「電波変換!」

 

 紫の光の柱が青年を包む。より一際大きなムーの紋章が出現し。

 青年の姿は、すでに人間の姿ではなかった。

 黒いボディと紫のゴーグル。そして、紫の炎のような非物質の右手。右手から燃え盛る紫の炎を握りつぶした彼は、告げた。

 

「消えろ……!」

 

 紫の右手が、丸い光を帯びていく。

 発射された、無数の拳。

 

「!」

「キャスター!」

 

 それは、部屋全体を無差別に攻撃。土煙が舞い上がり、視界が見えなくなる。

 

「頼む!」

 

 変身はできない。だが、それでも補助魔法は使うことができたのは幸いだった。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 出現した盾の魔法陣。飛来する拳と相殺するものの、周囲から襲い来る余波までは消しきれない。

 ハルトもコウスケもほむらも、その勢いに負けて吹き飛ぶ。

 

「ぐっ……!」

 

 ハルトは体をひねり、青年の姿を睨む。

 

「あれって、この前可奈美ちゃんたちが遭遇したって言ってたやつか……?」

 

 そして、ただ一人。

 魔法陣の盾をもったキャスターだけが、突然の敵と同じ目線で立っていた。

 

「……貴様、何者だ?」

 

 敵の目線も彼女へ移る。

 キャスターは淡々と答えた。

 

「私はキャスターのサーヴァント。それ以上でもそれ以下でもない」

「サーヴァント……貴様も聖杯戦争の参加者か」

「……お前も……」

 

 キャスターはどこからか、金色のペンダントを取り出す。中心に円の付いた十字架のそれを掲げる。

 そして。

 

「セットアップ」

『stand by ready』

 

 足元に黒の魔法陣が出現する。円形のウィザードのそれとは違い、三角形のそれは、ゆったりと回転しながら光を放つ。

 

「……貴様。なぜここで力を使える?」

「かつて、私はムーと戦ったことがある」

 

 キャスターの頬に、赤い線が刻まれていく。目から真っすぐ伸びるそれは、まるで血の涙のようだった。

 

「その時、ムーの力もまた収拾してある。ムーの空間の中での術式の組み換えなど造作もない」

 

 やがて、キャスターの背中に漆黒の翼が生える。合計四枚の翼を羽ばたかせ、浮かび上がるキャスターは、まさに堕天使のような輝きだった。

 

「サーヴァント、キャスター。参る」



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燃え盛る(ほむら)

「はあああ……」

 

 謎の戦士の紫の手が大きく光る。

 男のロマンたるロケットパンチが、無数にハルトたちに襲い掛かる。

 

「ディヴァインバスター」

 

 それに応じて、キャスターが手のひらで円を描く。発射されたピンクの光線が、紫の拳を掻き消していく。

 だが、キャスターの技は、謎の戦士が取り出した剣により両断され、霧散する。

 遠距離では分が悪いと踏んだのか、謎の戦士は剣での接近戦を挑む。キャスターは焦ることなく、左手に持った魔導書を開く。

 魔導書はパラパラと自動でページをめくり、キャスターは傍目だけでその内容を確認する。

 

「フォトンランサー」

 

 キャスターの周囲に発生した、黄色の光の矢。謎の戦士へ一斉に発射されるが、全ていとも簡単に弾かれた。謎の戦士の剣が、一気にキャスターへ振り下ろされる。

 だがキャスターは、右手に付けられた灰色の籠手でガード。そのまま、素手による格闘戦を持ち込んだ。

 二人が遺跡内で激戦を繰り広げる中、ハルトとコウスケはオーパーツのもとへ急ぐ。

 

「あれがこの遺跡の力の根源だったら……!」

「みなまで言うな! あれを取れば多分オレたちも変身できる!」

 

 だが、ハルトたちの足元に銃弾が炸裂する。

 

「ほむらちゃん!?」

「そのオーパーツは、私がもらうわ」

 

 次は体に当てる。

 そう、彼女の銃口が語っている。

 

「お、おう……」

 

 コウスケが唖然とした顔で頷いた。両手を上げ、目を丸めている。

 ハルトはそんなコウスケを小突く。

 

「お前なんでここでチキンになってんだよ」

「仕方ねえだろ。相手は銃、こっちは生身だぜ?」

「俺一応魔法は使えるんだけど……」

「リスクは犯さねえのがオレの主義だ」

「お前肝心なところ小心者なのな」

 

 ほむらはハルトたちに銃を向けたままオーパーツに近づく。

 その時、上空で何かが弾ける音がした。

 お互いに距離を取ったキャスターと謎の戦士が、フロアの両端で向かい合っていた。

 謎の戦士は、やがてその視線をほむらに移し替える。

 

「……」

 

 先ほどとは打って変わり、彼女がオーパーツに近づくことを止めようともしない。

 そして。

 

「力……これが……!」

 

 とうとう、ほむらが恐竜型の石を掴み、取った。

 赤々と輝くその石。直接触れている彼女には、その力が伝わっているのだろう。

 

「うっ……」

 

 持っているだけで、彼女はふらついている。

 

「ほむらちゃん!」

「おいおい、大丈夫なのか?」

 

 ハルトとコウスケは、彼女に駆け寄る。

 だが、ほむらは呻き声とともに暴れていた。

 

「う……がああああああああああ!」

「ほむらちゃん!」

「おい、お前!」

 

 コウスケが謎の戦士へ怒鳴る。

 

「どうなってんだコイツは!? ほむらはどうなっている?」

「オーパーツにむやみに触れるからだ」

 

 彼は吐き捨てる。

 

「長い間、この場所に眠っていたオーパーツは、常に力の吐き場所を探していた。その女に触れたことで、体を乗っ取ろうとしているのだろう」

『カラダ……ヨコセ……!』

 

 彼の言葉が正しいと言っているように、ほむらの口から彼女の意思とは関係ない言葉が紡がれた。恐竜の形をした石が、ほむらの体に吸い込まれていく。

 

「があああああああああああああああああああああ!」

 

 華奢な彼女の腕力とは思えない力が、ハルトとコウスケを振り払う。

 地面に転がったハルトとコウスケは、目が赤く光る彼女の姿に言葉を失う。

 

「……飲まれたか」

 

 謎の戦士の言葉。

 同時に、ほむらの姿が炎の柱に包まれていく。

 火山が噴火したかのような勢いで火柱が伸び、遺跡を地上まで貫通する。

 

「オイオイオイオイ、これマジでシャレになってねえぞ!」

 

 崩落を始める遺跡で、コウスケが焦る。そんな彼に、キャスターは「脱出する」と告げ、風穴より外へ出ていった。

 

「脱出っておい! どうやって!」

「コウスケ! 今の俺たちなら、変身できる!」

 

 試しにドライバーオンしてみたが、うまくいった。ハンドオーサーを操作し、急いでエメラルドの指輪を付ける。

 

「おお、そっか! それを早く言ってくれ!」

 

 コウスケも慌ててドライバーオンする。二段階変身ももどかしく、彼も左右の指に変身指輪と隼の指輪を付ける。

 

「「変身!」」

 

 

 

『ハリケーン プリーズ フー フー フーフー フーフー』

『ファルコン ゴー ファッ ファッ ファッ ファルコ』

 

 キャスターより遅れて遺跡より脱出した、風のウィザードと隼のビースト。

 緑とオレンジの風を纏いながら、近くの河原に着地した。

 さらに遅れて、謎の戦士も到着。

 

「お前……!」

「……」

 

 彼はウィザードとビーストを睨み、上空で浮遊するキャスターを見やる。

 

「あのオーパーツに触れるな。あれはもともと、オレのものだ」

「お前、一体何者なんだ?」

「……」

 

 謎の戦士は、無言のまま噴火する非火山を睨む。

 そして。

 

「聖杯戦争の参加者。貴様らともいずれ戦う定めの者」

「お前も……参加者!?」

 

 そういえば、とハルトは以前可奈美が出会った戦士の話を思い出す。

 処刑人を倒した戦士。

 

「お前、ならサーヴァントはどこに……?」

「サーヴァントだと?」

 

 すると謎の戦士は、ウィザードに斬りかかる。

 ウィザードはソードガンでガードし、両者の剣に火花が散った。

 

「ふざけるな。オレは一人で戦う。誰かの力を借りるなど、オレにはできなくてね」

「へえ。でも、参戦派なんだろ? だったら、俺は君を止める」

「……」

「おい、来るぞ!」

 

 ビーストが叫んだ。

 同時に、遺跡があった山は崩壊する。

 地獄の炎が沸き上がったかのように燃えあがり、その中から赤い光が流星となり、ウィザードたちの前に着地する。

 

「ほむら……ちゃん?」

 

 それは、確かにほむらだった。顔は、ほむらの顔だった。

 だが、彼女の姿は冒険家の姿でも、ましてや魔法少女の姿でもない。

 炎を纏った魔人。

 小山のようにがっちりとした鎧と、雄々しい龍のような角。右手はまさに恐竜のような顔が付いており、そこから吐き出される息はまさに炎となっていた。

 

「があああああああああああああああああああああああ」

 

 ほむらが咆哮すると同時に、山が震える。それは川を一気に干上がらせ、山々を炎に包みこんでいった。

 

「おいおい、これヤバいぞ!」

「とにかく止めよう!」

 

 ウィザードは慌ててサファイアの指輪を使う。見習って、ビーストもイルカの指輪をはめた。

 

『ウォーター プリーズ スイ~スイ~スイ~』

『ドルフィン ゴー ド ド ド ドルフィン』

 

 水属性のウィザードとビーストは、共に暴走するほむらへ駆けつける。

 

 その背後で、キャスターは謎の戦士を見下ろしていた。

 

「貴方は、何者?」

「貴様に答える理由はない」

「……なら、なぜオーパーツをマスターが手に入れることを許した?」

「力に溺れ、破滅するだけだろう。ならば、オレが止める必要もないと思っただけだ」

 

 

 

「うわああああああああああ!」

 

 ほむらの右手の口から、炎が発射された。それは木々を焼き尽くし、アスファルトさえもドロドロの粘土と化す。

 

『ウォーター シューティングストライク』

 

 ウィザーソードガンに貯まる青い水の魔力。それを上空に打ち出し、周囲に簡易的な雨を降らせるが、好天候なのも相まって、焼け石に水にもならない。

 

「くそ、炎が強すぎる!」

「みなまで言うな! オレも手伝うぜ!」

 

 ビーストはダイスサーベルのマス目を回転させ、指輪を入れる。

 

『5 ドルフィン セイバーストライク』

 

 五体のイルカたちが、水でできた体で体当たりをすることで消火活動を行っている。だが、火の手は収まることを知らず、どんどん広がっていく。

 

「うがああああああああああ!」

 

 もはやそれは少女の声なのだろうか。

 ほむらはウィザードへ直接殴り込みをかけてきた。恐竜の顔をした拳は、盾にしたウィザーソードガンを通じて、ウィザード本体にも大きなダメージを与えてくる。

 それも一撃だけではない。何度も何度も拳で殴られ、ウィザードは耐えられなくなっていた。

 

「くそっ!」

 

 ウィザードは右手を交わし、全身でそれを抑える。

 

「熱っ!」

 

 しかし、常に炎が噴き出るその体に、ウィザードは耐えることができなかった。蒸発した青部分をはたき、ほむらから離れる。

 

「どけハルト!」

 

 ウィザードに代わり、ビーストがほむらへ接近戦を挑む。蹴り、ダイスサーベル。ビーストの荒々しい攻撃に対し、ほむらはほとんど避けることなく、それを体に受けた。

 

「おいおい、嘘だろ……!?」

 

 ビーストの驚きと同じ感想を、ウィザードも抱いていた。ビーストの攻撃を受けても、華奢な体格のほむらは微動だにしない。

 あの赤いアーマーが、それだけの防御力を持っているということだった。

 

___ダイナキャノン___

 

 ほむらの右手から、炎の砲弾が発射された。それはビーストを爆発させ、その体を河原でバウンドさせる。

 

「コウスケ!」

「大丈夫だ!」

 

 爆炎から復活したビーストだが、その金色の鎧は、見るも無残なまでに傷ついていた。

 やがて膝から崩れたビーストを見て、ウィザードはもう一度ほむらへ挑む。

 

 

「次はこれだ!」

『バインド プリーズ』

 

 彼女の周囲に現れた魔法陣より出現した水の鎖。それはほむらの体を包むと同時に蒸発した。

 

「だったら!」

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 

 ウィザード、ウォータースタイルの必殺技の一つ。魔法陣より放たれた冷気が、ほむらを一気に冷やしていく。

 

「よし、これなら……!」

 

 とウィザードが思ったのも束の間。

 ほむらの体から再び炎が噴き出し、冷気は魔法陣ごと消滅させられる。その姿は、まさに彼女の名前にたがわぬ(ほむら)の姿だった。

 

「あああああああああああああああああああ!」

 

 悲鳴のような声を上げながら、ほむらの腕の口が開く。灼熱の力が空気を焦がし、一気に彼女の右腕に吸収されていく。

 

「……まずい!」

 

 炎の流れが変わった。ウィザードは急いで、ハンドオーサーを動かす。

 

『ルパッチマジックタッチゴー ルパッチマジックタッチゴー』

 

 足のマークが描かれた指輪で、最強の水の魔法陣が出現した。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

___ジェノサイドブレイザー___

 

 それを宣言したのは、ほむらの口か、右腕の口か。

 ほむらの腕より発射された超巨大熱線に向かって、ウィザードは水の蹴りを放つ。

 巨大な魔法陣を足場にした蹴りは、向かってくる炎に対し、徐々に蒸気となっていくが、それでも少しずつほむらへ近づいていく。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ウィザードは大声を上げる。だが、ジェノサイドブレイザーはまだまだ底が見えず、衰える気配が全くない。

 

「だったら!」

 

 ウィザードはストライクウィザードの最中にも関わらず、ウィザードライバーを操作する。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 消えかけては現れ、また消えかけては現れる魔法陣。

やがて、ウィザードの魔力がそろそろ底を尽きそうなところで、互いの必殺技が同時に途切れた。

 ウィザードもほむらも死力を尽くしていたが、暴走するほむらとは異なり、ウィザードはすでに次の手を打っていた。

 

『ウォーター スラッシュストライク』

 

 すでにウィザードの姿も限界である。青いウィザードのサファイアはもうほとんどくすんでおり、今にも解けそうである。

 

『スイ スイ スイ』

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 青い斬撃が、もう一度炎を吐こうとするほむらの右手の射程を上空へ反らす。

 完全に開いた懐へ、ウィザードはその剣で引き裂いた。

 

『カラダ……ヨコセ……』

 

 最後に、ほむらの口から、憑りついている亡霊の言葉を最後に、

 水蒸気爆発が一気に視界を巻き込んでいった。

 

 

 

「はあ、はあ……」

 

 もうウィザードですらいられない。

 気絶したほむらを背負い、ハルトは膝をついた。

 

「ハルト! 大丈夫か?」

 

 肩を掴んだコウスケに、ハルトは無理に笑顔を作った。

 

「だ、大丈夫。……じゃないかな。多分、ウォーターでここまで魔力使ったことないかも……他の姿で同じことやれって言われても無理だし」

「まあ、そうだよな。……体大丈夫か?」

「ヤバイ。今にも倒れそう。だけど……」

 

 ハルトは背負っているほむらの方を見る。気を失った彼女は、もう先ほどまでの鬼気迫る表情をしていた人物とは思えなかった。

 

「それより、これ……」

 

 ハルトは、恐竜の形のオーパーツを手にしていた。

 気絶したほむらの傍らに転がっていたもの。ほむらの体に吸い込まれたものが、ほむらの気絶により吐き出されたものだろう。

 

「おいおいおい! 大丈夫なのか? 触って!?」

「さっきみたいな暴走はもうしないみたいだけど、いつまたああなるか分からない」

 

 そういっている間にも、コウスケはツンツンと腫物のようにオーパーツに触れる。だが、反応はない。

 

「それを渡せ」

『L I O N ライオン』

 

 突如として、ハルトの首筋に銀色の刃が当てられる。驚いたハルトは、謎の戦士とビーストの獲物が自分の目と鼻の先でぶつかる。

 

「!?」

「いきなりだなオイ!」

 

 ビーストが謎の戦士と鍔迫り合いになっている。ほむらの存在もあり、ハルトは動けないでいた。

 だが、謎の戦士は続ける。

 

「それは貴様が持っていいものではない」

「はあ? だったらお前は持ってていいのかよ? みなまで聞いてやるから言いやがれ!」

「……ふん!」

「ハルト!」

 

 謎の戦士の答えは、剣の振り上げ。ハルトが思わず目を伏せ、その前にビーストが盾になるように割って入る。

 だが、謎の戦士の刃はハルトを切ることはなかった。

 恐る恐る見てみれば、彼の腕はキャスターに掴まれていた。

 

「キャスター」

「……貴様……」

 

 謎の戦士はキャスターをギロリと睨む。

 いつのまにハルトから取り上げたのやら、キャスターの左手には、恐竜の石が握られていた。

 

「収集」

 

 キャスターの傍らの本が開く。すると、恐竜の石は、そのまま本の中へ吸い込まれていった。

 

「貴様!」

 

 彼はそのままキャスターの手を振りほどき、彼女へその刃を突き立てる。

 だがキャスターも、同時に手のひらを謎の戦士の顔面に突き付けた。

 

「……」

「……」

 

 それぞれの攻撃が、互いの顔面手前で静止する。

 キャスターの手には黒い光が発射される状態になっており。

 謎の戦士の刃先が、キャスターの髪を切り落とす。

 互いの沈黙がしばらく続き、やがて謎の戦士は、その刃を収めた。

 

「ふん」

 

 紫の光とともに、彼は元の青年の姿に戻る。

 

「止めだ。そのダイナソーのオーパーツは、くれてやる」

「ど、どうして……?」

 

 青年はハルトを無視し、背を向ける。

 

「いずれそれはオレが取り戻す。その時に決着は付けてやる。覚悟しておけ」

「ま、待って!」

 

 去ろうとする青年へ、ハルトは重い体を引きずりながら叫ぶ。

 

「お前は、一体何なんだ!?」

 

 その問に、青年は振り返る。

 その冷たい眼差しで、彼は言った。

 

「オレの名はソロ。次に会うその時まで、覚えておけ」

 

 ソロ。

 独り(solo)。その名前に違わぬ精神の持ち主は、そのままジャンプして、姿を消した。

 ただ、彼が飛び去って行った方向を、ハルトは必死に睨み上げていた。

 

「ソロ……きっと、アイツが……キュゥべえが言ってた、最悪の敵……」



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とじともとシンフォギアが同時にコラボ開始するとか……
もうガチャ石がありません


___私達も、きっとそう思ってた。今はただ悲しかったということしか覚えてない。___

 

___自分の涙の意味がわからないの!___

 

___嫌だよ! 怖いよ! きっと友奈ちゃんも私のことを忘れてしまう!___

 

 

 

「……」

 

 どうして今更、あの時のことを思い出してしまうのだろう。

 雑魚寝のアパートで、友奈は額に手の甲を当てていた。

 学校があれば遅刻確定の時間帯。アルバイトがお休みだからと言って、ここまで寝てしまうとは思わなかった。生前の仲間たちが見たら、果たしてどんな顔をするのだろうか。

 

「へっくし!」

 

 友奈はくしゃみをした。

 もうすぐでクリスマスだというのに、予算の都合上布団は讃州中学の制服一枚のみ。サーヴァントの体のおかげで体調不良とは無縁だが、これは何とかならないものかとひそかに思っていた。

 

「お? おはよう友奈ちゃん」

 

 その声に振り向いてみると、同居人の城戸真司(きどしんじ)が厨房で何やら作っていた。ほんの1Kの部屋。玄関から入ればすぐにリビングルームのこの部屋では、どこで何をしていてもすぐに目に入る。

 真司は窓際に置いてある小さな机に、作った料理を乗せた。

 

「へへ、丁度朝飯ができたところなんだ。一緒に食おうぜ」

 

 ニコニコしながら真司は、焼き立ての餃子を机に置く。眠い目をこすった友奈は、その餃子を見て目を輝かせた。

 

「うわぁ! すごい! やっぱり真司さんの餃子はすごい!」

「へへっ。だろだろ?」

 

 真司は得意げに笑った。数日前に購入した小型冷蔵庫から牛乳を取り出し、友奈と自分の分をそれぞれのコップに入れた。

 

「何か、うなされてたみたいだけど、悪い夢でも見てたのか?」

「え? う~ん……」

 

 友奈は頭を掻く。

 

「生きていた時のなんだけどね。えっと……あれ?」

 

 それは間違いなかったが、どのシーンなのか具体的な指定ができない。

 

「樹ちゃん? (ふう)先輩だっけ? それとも夏凛(かりん)ちゃんだったかな? 東郷(とうごう)さんだったっけ……?」

「どんな夢だったんだ?」

「どんなって……」

 

 四国で勇者をやっていた時の記憶なのだろうが、細かいエピソードが分からない。

 

「多分……勇者部をやってた時のだと思うよ」

「ああ、勇者部かあ」

 

 真司は感心したように頷いた。

 

「いやあ、すごいなあ。そんなふうに人助けを勇んでやるって、中々いないよ。俺なんか中学の時なにやってたかな?」

 

 真司は口を曲げる。

 

「あれ? 俺何やってたっけ? ……ねえ友奈ちゃん。俺って中学の時何やってたっけ?」

「ええ? 私に分かるわけないよ。あ、餃子おいしい!」

 

 外はカリカリ。中はほくほく。そんな最高の餃子を味わいながら、友奈は真司が「あれ?」と悩む真司を眺めていた。

 

「真司さん、今日はバイトだっけ?」

 

 顔を洗い、歯を磨き、讃州中学の制服に着替えた友奈が尋ねた。この世界に来ておおよそ一か月。真司との共同生活にも慣れてきたが、いまだに持っている服装はこれと気に入って買った一着だけだ。

 

「えっと……」

 

 真司はいつもの水色のダウンジャケットに着替えながらスケジュール帳を開く。

 友奈は真司に駆け寄り、言った。

 

「ねえ、もし今日開いていたら、どこかに行かない? 私も今日はバイトないからさ」

「ああ、いいぜ。今クリスマスシーズンだしな。きっと旨いもんが安く……安く……」

 

 スケジュール帳の十二月のページを見た真司が固まった。

 

「真司さん?」

「うわ! やべえ!」

 

 真司は思わず転がり、そのままドタドタと着替え始める。

 

「今日シフト入ってた!」

 

 真司はそのまま慌ただしく部屋を出ていった。

 そのまま行こうとしていた真司は、最後に顔を出す。

 

「ごめん! また今度、なんか埋め合わせするからさ」

「うん! それより、はやく行ってきた方がいいんじゃない?」

「サンキュー! 行ってきます!」

 

 改めて、真司は大慌てで出ていった。

 

 

 

 折角の休みに、することがない。

 もう一着である水色のジャージに着替えて、友奈は見滝原公園を走っていた。

 十二月も中頃。吐く息も白く、見滝原公園の湖には人影も前よりもまばらになっていた。

 それでも人はいるもので、時々「こんにちはー!」とあいさつを交わす機会はあった。

 おばあちゃんと「こんにちは」を交換し、そのまま見滝原公園の林道のランニングを続ける。

 すでに低下した気温で、友奈の吐く息は真っ白になっていた。友奈の動きに連れて、白い水蒸気があふれる。

 

「……ふぅ」

 

 何週間も使っているペットボトルで水分補給をして汗を拭い、一気に吐き出す。

 

「ぷはぁ~……」

 

 友奈は大声でたまった空気を押し出した。冬の増えた新鮮な空気が肺を循環していく。

 

「くう~、やっぱり体に沁みる!」

 

 友奈はキャップを閉め、もう一度走り出そうとしたその時。

 

「誰かああああああ! 引ったくりよおおおおおおおお!」

 

 公園の静寂を、そんな悲鳴が斬り裂いた。

 振り向くと、先ほど挨拶を交わしたおばあちゃんの悲鳴。見れば彼女の手荷物が黒マスクの男に奪われていた。

 それを見た瞬間、友奈の足は先に動き出していた。

 引ったくりの前に仁王立ち、腰を落とす。

 

「どけこのガキ!」

 

 あろうことか、引ったくりは懐からナイフを取り出した。

 振り上げ、友奈のこめかみに向かってきた刃物。だが友奈は、その手首を掴み、そのまま背を向ける。

 

「とりゃあああああ!」

 

 背負い投げという技で、引ったくりを地面に落とした。

 

「ぐはっ!」

 

 目を回す引ったくりを見下ろして、友奈は荷物を掴み上げる。

 

「こういう悪いことは、しちゃ駄目だよ」

 

 友奈はおばあちゃんに手荷物を渡す。

 おばあちゃんは友奈に感謝を述べて、そのまま去っていった。

 友奈はそのままランニングを続けようかというとき。低い気温が体を貫く。

 

「へっくし!」

 

 友奈は体を震わせる。そして、その寒さの原因にも納得した。

 

「雪……」

 

 香川にいた時も何度か見たことがある、白い結晶。友奈の手に乗っては、体温によって溶けていく。

 

「何か久しぶりだな……雪なんて……」

 

 白い息を吐きながら、友奈は両手を広げる。

 やがて雪は、どんどん景色を白くしていく。見滝原公園の森は、緑と白が共存する美しい森となっていった。

 

「美しい森……」

 

 脳内に浮かんだフレーズを思わず口にする友奈。

 近くではしゃぐ子供の姿も目に入る。その時、ふいに友奈の脳裏にサーヴァント、バーサーカーの姿もフラッシュバックした。

 

「……」

 

 友奈は口を結び、しばらく子供たちを見つめる。姉と弟の兄弟らしく、互いに湖の近くを走り回っている。

 友奈は何となく彼らに背を向け、元来たコースの方を走り出した。

 もうどれだけ走ったか分からない。何も考えなくなったころ、不意に声が聞こえた。

 

「お? 友奈じゃないか」

 

 振り返れば雪の中、友奈と同じ方向へジョギングをしているリゼの姿があった。

 

「リゼちゃん。おはよう」

「ああ。おはよう。トレーニングか?」

 

 雪が降り始めたのにも関わらず、リゼは長袖の薄着を着ていた。肩だしで紫の縞々の服で、見るだけでも寒そうだった。

 

「トレーニングというか、日課だよ。それよりリゼちゃん、その恰好、寒くないの?」

「ああ、これか?」

 

 上着がなければこの寒さは無理だと言いたくなる服装を見下ろしたリゼは、ニッコリと笑顔で答えた。

 

「寒さに対する耐性は、戦場においては武器になる! お前も鍛えておいて、損はないぞ!」

「一体どこの戦場に行くつもりなの!?」

 

 友奈の声をスルーし、リゼは先の道(本来は友奈がスタートした地点)を指さす。

 

「さあ来い友奈! 一緒に、戦場の勇者を目指すのだ!」

「私そもそも勇者部だよ!?」

 

 友奈は悲鳴を上げながら、リゼのマラソンに付いて行った。

 

「うおおおおおおおおおおおお!」

 

 大声で走り続けるリゼの後ろ姿。それを追いかける友奈は、その姿に親友の姿を重ねていた。

 

「……」

 

 先ほどまでのリゼにツッコミを入れていた友奈の表情は、一瞬で無表情となる。

 ツインテールを揺らすリゼの後ろ姿が、だんだんロングヘアーのリボンを付けた色白の少女のものと重なる。

 

(そういえば……東郷さんも、足が治ったら、こんな風にトレーニングしてたのかな……?)

 

 少し視線を落とす友奈。そのせいで、立ち止まったリゼと正面衝突してしまった。

 

「うわっ!」

「なっ!?」

 

 バランスを崩し、倒れる両者。友奈は立ち上がり、思わず悲鳴を上げた。

 

「り、リゼちゃん! ごめんね、大丈夫?」

「あ、ああ……大丈夫だ……」

 

 リゼが目を回し名がら、サムズアップをした。



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クリスマスマーケット

正直自粛前の働き方に戻りたくない……リモートワーク万歳


___お前の言う重たさの半分は、刀使としての責務だが……半分は私怨だ___

___だから付き合う必要は___

___そうだね。重たそうだから半分……私が持つよ___

 

 

 

「……姫和(ひより)ちゃん……」

 

 ぼおっとその名前を呟いた可奈美は、額に手を乗せてただ固まっていた。

 窓から入る光と、それに照らされて浮かぶ埃を見上げる。

 

「……あの時の夢……」

 

 夢を見ること自体が久しぶりに思える。

 可奈美は無意識に立てかけてあった千鳥を掴み、部屋の中でそれを抱きしめる。

 

「……まだ、立ち止まっているのかな……私」

 

 可奈美はため息をついて、立ち上がる。そして、目覚まし時計を確認して。

 十一時を指さす時計に顔を青ざめさせる。

 

「うわああああああああ! 寝坊したああああああああああああ!」

 

 可奈美はパジャマのまま、大急ぎで階段を駆け下りる。女子更衣室に入り、自らのネームカードが入ったロッカーを開けた。

 その中には、いつも通り、自分が使っている赤い制服があるはずなのだが、そこには制服が一着もなかった。

 

「……あれ?」

 

 バタン。ガチャ。バタン。ガチャ。

 何度ロッカーを開け閉めしても、制服は影も形も現れない。

 

「え? ……でも、今はそれどころじゃない……!」

 

 可奈美はパジャマ姿で、今度はラビットハウスに急ぐ。

 

「遅れてごめん! ねえ、私の制服が無くなってるんだけど……」

 

 そして可奈美は、目の前の光景に言葉を失う。

 赤い、ラビットハウスの制服を着た友奈の姿に。

 

「あ、可奈美ちゃん! おはよう! この服可愛いよね!」

「……」

 

 友奈は見せびらかすように、体を回転させる。

 それを見た可奈美の脳は、こう結論付けた。

 

「私リストラだー!」

「ええっ!? 可奈美ちゃんリストラなの!?」

 

 トドメを刺したとは露知らず、友奈が可奈美に駆け寄る。

 だが、そこに天の一声。

 

「違うぞ。可奈美」

 

 リゼの声だった。今日は普段着で、さすがに店員復帰というわけではないらしい。

 

「突然の雪で困っていたみたいだったからな。ラビットハウスに身を寄せさせたんだ」

「そ、そうだったんだ……」

 

 リストラの危機を回避して、可奈美はひとまず胸を撫で下ろす。

 

「え? 雪?」

 

 リゼが口にした言葉に、可奈美は疑問符を浮かべる。窓の外を見ると、確かに見滝原の町は、積もらない程度の雪に覆われていた。

 いつの間に振り始めたのだろう、と考えていると、次にチノの声が聞こえてきた。

 

「前にもココアさんで同じことがありましたね。デジャヴです」

 

可奈美がカウンターを向けば、いつものラビットハウスの制服で、コーヒーを煎じているチノがいた。彼女は手を止めて、可奈美へ向き直る。

 

「可奈美さん。今日も結局あまりお客さんはいませんし、可奈美さんにはクリスマスの準備をお願いします」

 

 可奈美は頷いて、「あれ? ハルトさんとココアちゃんは?」と口にした。

 チノはジト目で返答する。

 

「ココアさんは今日も寝坊助です。ハルトさんは、今日はお休みで、あの……多田コウスケさんに連れられて山に行きました」

「多田コウスケ……ああ、あの人か」

 

 アナザーウィザード事件の時に協力してもらった男の顔を思い浮かべ、可奈美は頷く。

 

「分かった。じゃ、今日は飾りつけの続きをすればいいんだね?」

「はい。出来ればココアさんも一緒にやっていただきたかったのですが、今日はまだお寝坊さんですから」

「寝坊しちゃってごめん!」

 

 チノが言い終える前に、寝坊助さんが現れた。

 ココアが、自分の制服に近い色合いの制服を着た友奈を見て。

 

「私、今度こそリストラだ!」

「またこのデジャヴ!」

 

 

 

 クリスマスの準備ももうほとんど終わったということもあって、可奈美は市場で材料の注文に訪れていた。

 

「おおっ! クリスマスマーケットだ!」

 

 後ろにいるココアが、元気にはしゃぎだす。

 ココアの言う通り、クリスマスシーズンが近いこともあり、この場所では、数多くの人々がそれぞれのお店のための仕入れを行っている。

 大量の仕入れに大量の購入。大きな需要と供給により、一年間で最も大きな経済効果を生み出しそうな市場で、可奈美とココアはラビットハウスへの手配を終えていた。

 

「今年もいろいろあったね」

 

 ココアが笑顔で言った。

 

「私は四月にこの街に来て、チノちゃんリゼちゃん、シャロちゃんに千夜ちゃんと出会って、半年たって、可奈美ちゃんやハルトさんが来て。本当、沢山の出会いがある素敵な一年だったよ!」

「あ、そっか。可奈美ちゃん、見滝原に来てからまだ半年なんだっけ。街のあちこち知ってたから、すっかり長いのかと思っちゃったよ」

 

 可奈美は舌を巻いた。

 ココアはえへへ、と頭を掻き、

 

「昔木組みの町(この町)に来た時、本当に素敵だなって思ったの。それで、この町で留学に来たんだよ」

「おお……!」

 

 可奈美は感嘆の声を上げた。

 

「それじゃあ、今年のクリスマスは、私達全員が初めてここで過ごすクリスマスなんだね! クリスマス会、楽しみだね!」

「そうなの! 早くクリスマスにならないかな……? シャロちゃんと千夜ちゃんも来るから!」

「私も、友奈ちゃんを参加させたいなあ……あ、友奈ちゃんは?」

 

 一緒にこの市場に来ていた可奈美のサーヴァントがいつの間にかいなくなっている。探してみると、友奈の声が行き交う人々の頭上を通ってきた。

 

「可奈美ちゃん! ココアちゃん!」

 

 駆けつけてみれば、友奈は市場で開かれている屋台にいた。

 なぜか四国のうどんフェアなるものが開催されており、近くに設置されているテーブル席で友奈はうどんを食していた。

 

「こっちにおいでよ! うどん、美味しいよ!」

「うどんか……」

 

 可奈美は目を丸くした。

 

「それもいいね。ちょっとすぎちゃったけど、お腹空いたかも。ココアちゃんもいいよね」

「いいよ!」

 

 笑顔で言ったココアと可奈美は、友奈に続いてうどんフェアの席に着く。そこで。

 

「おっす! 店長、二名お客入りました!」

「……真司さん?」

 

 元気な店員こと、城戸真司がいた。

 

 

 

「いや、バイト先の知り合いに頼まれてさあ」

 

 シフトが終わり、可奈美とココアの分のうどんを持ってきた真司は言った。

 

「今日クリスマスマーケットでうどん屋も出店するから、店員として手伝ってくれってさ。今日はバイトも午前で終わりだったから、そのまま手伝ったんだよ」

「ほええ……」

 

 可奈美が感心していると、ココアが可奈美の二の腕をつつく。

 

「ココアちゃん?」

「可奈美ちゃんと友奈ちゃん、このお兄さんと知り合いなの?」

「あ、そっか。ココアちゃんは会ったことなかったっけ」

 

 友奈は頷いて、真司を手のひらで指した。

」「

「こちら、城戸真司さん。えっと……色々あって、今は私と共同生活をしています」

「きょ、共同生活!?」

 

 すると、ココアが白目をむいた。

 

「きょ、共同生活って……お兄さん、絶対に成人してるよね?」

「ああ、今年で24だな」

「ダメだよ!」

 

 ココアは向かい席で真司の隣に座っている友奈をがっしりと抱き寄せる。

 

「年頃の男女が同じ屋根の下で過ごすなんて、危険だよ!」

「危険?」

「お、おい! 俺は別にそういうことじゃ……」

「ダメ! 私の可愛い妹に万が一のことがあったら大変だよ!」

「い、妹?」

「ああ……真司さん、気にしないでください。ココアちゃんのいつもの癖だから」

「そ、そうなんだ……」

「可奈美ちゃんも!」

 

 いつのまにか、可奈美はココアに腕を掴まれていた。可奈美が「へ?」と反応する間もなく、ココアが引き寄せる。

 

「私の妹たちに手を出したいんだったら、まずは私を倒してからにして!」

「私までいつものように妹にされた!?」

「さあ、真司さん! 私を倒してみてください!」

「何か面倒なことになってきた……」

 

 真司が頭を抱えていると、「あれ? 可奈美ちゃんに、ココアちゃん?」という声が聞こえてきた。

 可奈美がその声の方を向くと、そこにはまた知り合いの顔があった。

 

「響ちゃん?」

「こんちわー!」

 

 響は挨拶をして、真司の隣に座る。

 

「えっと……確か……そう! ライダー!」

「正解だけど! そういう名前をここでは言うなよ! えっと……ランサー!」

「ライダー? ランサー? 何々? かっこいい渾名だね?」

 

 ココアが変な誤解をする前に誤魔化さなければと、可奈美は二人に言った。

 

「いや二人とも名前覚えてないって素直に言ってよ!」

 

 ココアの前で聖杯戦争のワードをポンポン口にする二人に、可奈美は大声を上げた。

 真司と響はそれぞれ改めて自己紹介を終えたあと、ココアは響も抱き寄せようとしたが、友奈が防ぐ。

 

「だめだよ、響ちゃんも私の妹なんだから……!」

「え? 私の方が年上だよね?」

「そんなことないよ……! 可愛い女の子は、みんな私の妹なんだから……!」

「まさかの女の子みんな妹宣言!? あ、きつねうどん大盛ください!」

 

 響は店員に注文して、全員に向き直る。

 

「それにしても、ここのマーケットすごいね! いくらでも食べられちゃう!」

 

 響は笑顔で言った。見れば彼女の手元には、無数の食べ終わった容器や紙が入ったごみ袋が握られていた。

 

「響ちゃん、すごい沢山食べたんだね」

「いやあ、昨日コウスケさんと遺跡近くに行ったとき、バングレイに会ってさあ。それからまたお腹空いて……」

「バングレイ?」

「わーっ! わーっ!」

 

 遠慮なく最近現れた宇宙人の名前を口にする響の言葉を誤魔化そうと、可奈美は大声を上げる。

 だが、今度はココアを挟んで隣の友奈も言った。

 

「ああ、それってこの前の博物館に現れた人でしょ? なんでも、博物館の展示品を狙っていたっていう」

「友奈ちゃん!?」

「博物館って、あの見滝原博物館のこと? もしかして、この前泥棒が入ったのって、あれ犯人宇宙人なの?」

 

 ココアが興味を持ってしまった。可奈美は頭を抱えるが、もう遅い。

 響がそれに対して言及することが、もう死刑宣告のように聞こえた。

 

「そうそう。あの時私とハルトさんもいたんだけど、それがもう色々びっくり!」

「それでそれで?」

 

 もうだめだ、と可奈美は諦めかけた。

 聖杯戦争のことを知れば、ココアも何かしらの形で首を突っ込んだり、巻き込まれるかもしれない。すでに知り合ったときには巻き込まれていた鹿目(かなめ)まどかはともかく、他の人を巻き込むことだけはしたくなかった。

 一か八か。可奈美は、ココアの興味を反らすために、机を叩いた。

 

「ねえ。響ちゃんもそろそろ食べ終わりそうだし、折角だから、みんなでマーケットを回らない?」

 

 すると、全員が目を輝かせて、「いいね!」と声を合わせた。




さやか「……さてと。今日もこのあたりで始めますか」
まどか「さやかちゃん?」
さやか「お? まどかじゃん。おっすおっす。テストどうだった?」
まどか「うん、できたよ。それより、そのバイオリン……」
さやか「ああ、これ恭介のだよ。両親に頼んで、形見としてもらったんだ」
まどか「そうなんだ……上条君のことは……」
さやか「はいストップ。別にさ、同情とかはいらないから。あたしより、恭介本人が一番無念なんだろうし。あたしがこの公園でバイオリンを弾いてるのは、あくまで自己満足。恭介に聞こえるかなって」
まどか「うん。……そういえば、さやかちゃんバイオリンできたの?」
さやか「必死に覚えた。恭介が……死んで、それから覚えたから、まだ初心者。ねえ、折角だから聞いて行ってよ」
まどか「いいよ。聞くよ」
さやか「ありがとうね。まどか。アンタのそういうところ、本当に好きだよ」



______



まどか「素敵な音……」
さやか「初心者にしては、やるほうでしょ? でもさ」
まどか「?」
さやか「どれだけの人に称賛してもらえたとしても、あたしはやっぱり、恭介に、一番に聞いてほしいなあって……ごめん。今日はやっぱり、もうおしまい」
まどか「あっ……だったら、一緒に帰ろう?」
さやか「ごめんね。自称音楽家のさやかちゃんは、ちょっぴりセンチメンタルになっちゃって、少し一人になりたいのだ。それじゃ、またねまどか!」そそくさ
まどか「あっ……」




さやか「ふう……」
さやか「何がセンチメンタルになったよ。芥川かっての……」
さやか「恭介に届ける前に……あたし、このまままどかと友達でいていいのかな……」

さやかの影が、人魚姫のものに

さやか「……何か、食べたいな……」


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チノへのプレゼント

在宅ワークと言っておきながら、先週はほぼ毎日出勤あったんだよな……


「ねえ! クリスマスの新メニューなんだけど!」

 

 ココアが突然言い出した。

 彼女は可奈美たちの前に躍り出て、両手を後ろに回す。

 

「何? 何か思いついたの?」

 

 可奈美の質問に、ココアはふんすと鼻息を荒げた。

 

「うちはピザを焼こうよ!」

 

 カッコつけてクルクル回す。

 そのまま生地が吹っ飛ぶ。

 ガラスが割れる。

 チノに怒られる。

 

 見事な起承転結が可奈美の脳裏に浮かんだ。

 

「いや、ココアちゃん? 絶対ラビットハウスの備品壊しちゃうよ!」

「そうかな?」

「そうだよ! もう少し、喫茶店っぽいものを考えよう!」

「街の国際バリスタ弁護士を目指す者としては、もう少しインパクトがあるものが欲しいんだけどなあ」

「インパクトの方向性をしっかりとした方に向けて!」

「それより皆は、クリスマスの予定あるの?」

 

 ココアが笑顔で尋ねてきた。

 毎年ならば誰かと剣の立ち合いでも頼むところだが、あいにく今年は見滝原から出られないという都合上、ラビットハウスで働く他の選択肢はない。

 可奈美は「ココアちゃんと同じだよ」と答えて、他の三人の方を向いた。

 真司は真っ先に頬をかいた。

 

「俺はその日バイトだな。遅れた分、差し入れ持っていくって、ハルトにも伝えておいてくれ」

「そうなんだ。じゃあ、ハルトさんにも言っておくね!」

「私は……」

 

 響は「うーん」と考えて、

 

「コウスケさんは大学の研究があるみたいだし、私はとにかくご飯が食べたいな。でも実のところは彼氏が欲しい、そんなお年頃なのです」

「私も予定はないよ? でも強いて言えばうどんが食べたいかな。あと、うどんを食べて、それからうどんも食べたい!」

「うどんどれだけ食べるつもり!?」

 

 思わず可奈美は友奈へツッコミを入れた。

 友奈はえへへと笑い、そんな二人にココアが提案した。

 

「なら、一緒にクリスマスパーティしようよ!」

「クリスマスパーティ? ラビットハウスでやるの?」

「やるよ!」

 

 友奈の質問にココアはそう答えた。

 

「私も友達を誘って、盛大にやろうと思っているんだ! 友奈ちゃんと響ちゃんもおいでよ!」

「おお! パーティー! いっぱい食べたい!」

「私も! クリスマスといったらやっぱりうどんだよね!」

「いや、年越しまで待ってよ!」

 

 友奈の底抜けのうどん好きに、可奈美は閉口した。

 そうして、全員でクリスマスマーケットを散策し始める。だがすぐに。

 

「おい真司いいいいいいいい!」

 

 背後から、真司の名前を呼ぶ声があった。真司は飛び上がり、後ろを振り向く。

 

「ゲッ! 店長!」

「店長?」

 

 可奈美が疑問符を付けた相手は、まだ真司とほとんど同い年の女性だった。

 彼女はそのまま大股で真司に詰め寄り、その頭をがっしりと鷲掴みにする。

 

「おい、店長でなく普通にさん付けでいい……それよりお前、今日ナベさんの手伝い終わったらウチの手伝いやるって約束したよな?」

「はっ!」

 

 真司の表情から、どうやら忘れていたらしい。

 店長___真司のバイト先の店長だろう___は顔を真司にぐいっと近づける。

 

「なあ真司。実は知り合いがこの前、シベリアの支部に飛ばされてなあ?」

「……ま、マジっすか?」

「ああ。嫌だよな? 飛ばされたくないよな?」

「そ、そうっすね。飛ばされたくないっすね?」

 

 すると、店長は満面の笑みを浮かべた。

 

「私ってさ。いい店長だよな?」

「は、はいいいい!」

 

 言わされてるなあ、と可奈美は口は動かしても声にはしなかった。

 

「そんな店長がさあ? 頼み事をしたらどうする?」

「はい! すぐに行きます!」

 

 真司は敬礼し、可奈美達に一言いう。

 

「悪い。俺、ちょっと用事できちまった。それじゃあ、またな!」

 

 そのまま店長に連れていかれた真司を唖然として見送ったのち、沈黙を破ったのは友奈だった。

 

「ま、まあ。真司さんからは私が言っておくから。パーティー楽しみだね!」

「そうだね!」

「そ、そうだ! それでさ」

 

 ココアは話を再び切り出した。

 

「プレゼント交換とは別に、チノちゃんにプレゼントを買ってあげたいんだ。いつもお世話になってるし」

「あ、それ私も」

 

 可奈美もココアの言葉に賛同した。

 

「いつもラビットハウスでお世話になりっぱなしだもんね。私達」

「そうなの! さすが私の妹! 私の考えがよくわかってる!」

 

 ココアが可奈美に抱き着く。さらに、両手で友奈と響を巻き込むようにしてぎゅっとした。

 

「うわ~! 町中でココアちゃん大胆!」

 

 響の言葉を気にも留めず、ココアは続ける。

 

「折角だからさ。ここでみんなでそれぞれのプレゼント交換のものを買って、そのあとチノちゃんへのプレゼントを選ぼうよ!」

「「「賛成!」」」

 

 三十分後。

 集まった女子四人は、チノへのプレゼントを買おうとクリスマスマーケットを歩き回っていた。

 

「うわあ、これすごいね!」

 

 友奈がそんな声とともに注目したのは、オルゴールだった。

 白いウサギののオルゴールであり、背中にシリンダーが埋め込まれていた。

 

「ウサギのオルゴールだ! チノちゃん、ウサギが大好きだから、きっと気に入るよ!」

「そうだよね。じゃあ私はこれにしよう!」

 

 友奈はそう言って、オルゴールを掴み取る。彼女曰く、何とか残っていたバイト代で支払った。

 

「オルゴールか……チノちゃんって、ウサギとあとどういうのが好きだっけ?」

「ふふふ、お姉ちゃんに任せなさい!」

 

 響の疑問には、チノの自称姉が答えた。

 

「チノちゃんはね、お姉ちゃんが大好きなんだよ!」

「あれ? 私、真面目に聞いているんだけど……」

 

 ジト目でココアを見つめる響に、可奈美はぼそりと「響ちゃん自身をプレゼントすればいいと思うよ」と呟いた。

 可奈美はココアに代わって響の疑問に応えた。

 

「そういえばチノちゃん、結構パズルとか好きだよね」

「パズル?」

「うん。ほら、この前ココアちゃんが勝手にチノちゃんのパズルを完成させて怒らせちゃったことがあるって」

「言わないで!」

「パズルか……」

 

 響は巾着を開けた。

 

「うん、パズルくらいなら、まだ何とかいけるかも。ちょっと探してくるね!」

 

 パズルに決めたようだった。

 響は早足で、別の屋台へ向かう。どうやら玩具屋も出ていたらしく、瞬く間にウサギのパズルを持ってきた。

 

「買ってきた! あと、リボンも付けてもらった!」

「おお! 早かったね! でも、響ちゃんはよかったのに」

「いやいや。この前倒れた時にお世話になっちゃったから、これくらいのお礼はさせてよ」

 

 響は笑顔で応じた。可奈美は心の中で感謝しながら、再び歩く。

 

「あとチノちゃんが喜びそうなもの……何だろうね?」

「うう……友奈ちゃんと響ちゃんが、どんどんチノちゃんの好きなものを埋めていくよ……」

「まあまあ。あ」

 

 可奈美はふと、近くの屋台に目を止めた。

 

「ねえ、そういえばチノちゃんって、ボトルシップも好きだよね」

「そうだね」

「休みの日にココアちゃんの誘いを断るくらいに」

「それは言わないで!」

 

 可奈美は、手元にあるボトルシップの作成キットの箱を手に取った。

 

「結構値が張るんだね。でも、こういうのいいんじゃない?」

「う~ん……でも、可愛い妹のためだよ! これください!」

 

 思ったより高価だったので、可奈美とココアで半分ずつ負担することになった。

 

「うう……お姉ちゃんの威厳も半分になっちゃったよ……」

「そんなことないから。元気だして。ね?」

 

 ココアを慰めながら、可奈美たちはクリスマスマーケットを散策していた。

 すでに財布の中は寒い風が吹いており、今は眺めてウインドウショッピングするほかない。

 その時。

 

「なるほどな。これがお前の希望か」

 

 そんな男性の声が聞こえてきた。

 それが赤の他人の声だったら、可奈美も気にすることはなかっただろう。

 だが、どこかで聞いた覚えのある声だったから、可奈美は足を止めた。

 

「可奈美ちゃん?」

 

 友奈が振り返る。

 だが、可奈美は動かなかった。

 クリスマスマーケットの一角。バザーで、婦人が売っている皿を、赤い服を着た青年が見下ろしている。

 半袖に薄い上着。クリスマスという季節には、ずいぶんと合わない服だった。

 だが、婦人は青年のその服装を気にすることなく説明をしていた。

 

「はい。これは、亡くなった夫の遺品なんです。でも、私ももう故郷に帰ろうと思いまして。これは、他のどなたかの笑顔を作るために使われてくれればと思いまして」

「なるほどな」

 

 青年は皿を持ち上げている。皿をぐるりと見まわす彼は、無精ひげが濃いなと可奈美は思った。

 そして。

 

「つまり、これをぶっ壊せば、お前は絶望するんだな?」

 

 キャッチ。

 危なかった。割り込んだ可奈美は、青年が勢いよく投げ落とした皿を掴んでいたのだ。

 

「てめえ!」

「その声、やっと思い出した」

 

 可奈美はそのまま、青年に蹴りを放つ。

 青年は両腕を交差してガード。のけ反る。

 

「ああ、オレも思い出したぜ。お前、この前魔法使いと一緒にいやがった女だな?」

 

 すると、青年の手から炎があふれ出す。青年がそれを打ち上げると、炎は上空で拡散。屋台を燃やし始める。

 あちこちから起こる悲鳴。

 

「早く逃げて!」

 

 可奈美は皿を持たせた婦人をそのまま逃がす。

 クリスマスマーケットの人々は、すでに我先に逃げ始めている。

 だが、青年は彼らに目もくれることなく、可奈美をじっと見つめている。

 

「面白れぇ。魔法使いだの青い野郎だのの前に、まずはてめえからだ」

 

 そして、青年の顔に、不気味な文様が浮かび上がる。

 それが起点となり、その姿が変わっていく。

 それが、ファントムと呼ばれる怪人が本当の姿になる変異プロセスだということは知っている。

 そして、以前倒したはずの敵の名前も。

 

「フェニックス……」

「さあ、楽しませてもらうぜ!」

 

 炎の怪人、フェニックスは、大剣カタストロフを携え、可奈美へ足を進めた。

 



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”正義を信じて、握り締めて”

今更色の付け方を覚えました。
これまでのものも順次訂正していきますけど、時間がかかりますので気長にお待ちください。


 フェニックスは、その手に持った無数の黒い石を投げる。

 

「グールども!」

 

 フェニックスの掛け声とともに、石は暗い光とともに無数の灰色のファントムとなった。

 ゾンビのようにぎこちない動きを繰り返しながら、ファントムたちが迫る。

 下級ファントム、グールたちの群れに、可奈美は焦ることなく背負ったギターケースより千鳥を取り出す。

 振り下ろされた長槍を受け流し、続けてくるグールの槍を蹴り払う。そのまま接近したグールを横で切り払った。

 続いて可奈美は、両足を立て直す。体に走らせた赤い光とともに、可奈美は叫ぶ。

 

「迅位斬!」

 

 赤い(写シ)を纏い、可奈美は見る者を振り切る動きでグールたちへ斬り込む。体が粉々になったグールたちをしり目に、可奈美にフェニックスが襲い掛かってきた。

 

「ぐっ……」

 

 フェニックスの剣を受け止める。その重さに、可奈美は気圧される。

 

「この前の奴だな? 今回は前のようにはいかねえぞ!」

 

 そのままフェニックスは連続で可奈美に斬りかかる。一つ一つが人知を超えた威力のカタストロフは、可奈美を狙って振り落とされる。

 

「すごい力……! 前に戦った時よりも、強くなってる……!」

「オレは蘇るたびに強くなる。人間ごときが敵にしていいわけねえんだよ!」

 

 大きく踏み込んだフェニックスの大剣が、可奈美の首を狙ってくる。受け止めた可奈美だが、その重さに腕が痺れる。

 

「でも、その太刀筋は読めてる!」

 

 だが可奈美は体を捻り、フェニックスの体へ千鳥を薙ぐ。

 痛みで怯んだフェニックスだが、それで後ずさりするわけがない。

 

「やるじゃねえか。……グールども!」

 

 だが、フェニックスがそれで恐れるはずもない。フェニックスの号令とともに、新たに湧いて出たグールたちが襲い来る。

 可奈美は名もなき戦闘員たちの動きを避けて観察し、時折反撃して切り伏せる。

 フェニックスが鼻を鳴らしながら、それを眺めている。その時。

 

「ほう、中々面白そうなことをしているではないか」

 

 その声の主は、上空からだった。

 雪に混じり、他の白い物体が空から落ちてくる。

 

「何……あれ?」

 

 見上げているのは可奈美だけではない。

 響も友奈も、それぞれの手を止めて上空を見上げている。

 それはグール、フェニックスといったファントムたちも同様だった。

 

「私も、仲間に混ぜてもらおうか」

 

 地上に降り立ったのは、天使。そう表現するほかない。

 純白の美しい翼を左右二枚ずつ生やし、体の各所に金色の装飾がついたそれは、見るだけで言葉を失う美しさがあった。

 

「だ、誰……?」

 

 可奈美は首を傾げた。

 すると、天使は答えた。

 

「この世界では、エンジェルの……否、その先は不要だな。そう、エンジェルと呼んでもらおう」

 

 そのままの意味の言葉を名乗ったエンジェルは、近くにいたグールを、その手に持った剣で切り捨てた。

 

「てめえ、何しやがる!」

 

 それを見て、フェニックスは激昂。エンジェルへカタストロフを振るった。

 だが、エンジェルはその大剣をやすやすと受け止める。

 

「何、私の邪魔だったから斬っただけだ。貴様も、私の障害のようだな」

「てめえ!」

 

 フェニックスは炎を纏いながら、エンジェルと斬り結ぶ。すると、フェニックスがまき散らす炎が、グールたちごと周囲に飛び火していく。

 

「いけない!」

 

 この広場の外には、まだ人がいる。

 可奈美たちは、それぞれ炎を切り、殴り消す。

 

「オレの邪魔をするってんなら、絶望してもらおうか!」

「絶望? そんなもので私の憎しみを越えられるとでも?」

 

 エンジェルは吐き捨てる。そして、どこからか光る水晶___黄色に輝く宝珠(オーブ)を取り出した。

 

「ランディックオーブ 天装」

 

 オーブを胸のパーツ、その上部の入り口に装填する。すると、エンジェル周囲の大地が揺れ動く。やがて彼の目の前に塵芥より巨大な岩石が生成された。

 岩石はそのまま、フェニックスへ直線に飛んでいく。

 驚いたフェニックスは、岩石へ剣を振り下ろす。だが、岩石は炎を散らしながらフェニックスに命中する。

 

「ぐあっ!」

 

 フェニックスは悲鳴とともに地面を転がった。

 

「な、なんなんだてめえは……!」

 

 フェニックスはギロリとエンジェルを睨む。 

 だが、エンジェルは意に返すこともなく指を鳴らす。

 

「ビービ!」

 

 すると、地面の底より、無数の黄緑色の兵士が現れた。

 黄緑一色の体に、曲線的な短剣を持った兵士たちは、そのままグールたちと激突。互いに潰し合っていく。

 だが、彼らが戦っているのは人気のない荒野ではない。街、広場。粗方避難したとはいえ、彼らが戦えば、それだけ被害が増えていく。

 

「だめ!」

 

 取っ組み合いながら、近くでうずくまる親子に迫るグールとビービ兵。先回りして、二体同時に斬り裂くが、可奈美は二種類の異形の兵士たちが広場からどんどん溢れんばかりに出ていこうとする。

 

「間に合わない!」

 

 迅位(じんい)のスピードをもってしても、グールとビービ兵の数を大きく減らすことはできない。

 それどころか。

 

「おう、お前! 面白そうな能力してんじゃねえか!」

 

 突如として現れた青い異形の剣に、可奈美は足を止められた。

 

「ちょっと、俺と遊ぼうぜ?」

 

 青い異形は、そのまま右手の剣と、左腕と一体になっている鎌で襲い掛かる。見たこともない荒々しい太刀筋に見られたい欲求にかられるも、可奈美はすぐに叫ぶ。

 

「どいて! 戦いを止めなきゃ、被害が大きくなっちゃう!」

「知るかよ! そんなこと。俺のサーヴァントがやりたいようにやらせりゃいいんだよ!」

「サーヴァントって……もしかして、貴方が宇宙人のマスター?」

「お? っつーことは、お前も参加者か。面白れぇ。狩らせろ!」

 

 青い異形の宇宙人は、執拗に可奈美を切ろうと動く。それは、近くにいたグールやビービ兵も巻き込み、切散らしていった。

 

「確か……名前は、バングレイ!」

「お? 俺のこと知ってんのか? ウィザードから聞いたのか?」

 

 可奈美はバングレイの二本の刃を受け止める。

 

「この剣……相手を切ることしかない……! 信念も、想いも何もない……!」

「ああ? 何言ってやがる?」

 

 バングレイが顔を近づけてきた。

 

「んなもん、狩りに必要ねえだろ?」

「!」

「狩りに必要なのは、どうやって相手をいたぶるか。狩ったあと、死ぬまでどうやって遊ぶか。それを考える脳と技量だけだろうが!」

 

 そう言って、バングレイは可奈美を切るのではなく、叩く。人間とは比べ物にならない力に、刀使の能力でも気圧される。

 

「くっ!」

 

 可奈美は鎌の方を受け止め、剣の付け根を蹴り飛ばす。

 キリキリと飛んだ剣が落ちるまでの間に、可奈美の白いオーラ、写シが赤く変わる。

 だが、可奈美が攻撃に映る一瞬。バングレイは、開いた右手を可奈美の頭に乗せていた。

 だが、彼がどうしようとも、可奈美の方が速い。

 

「太阿之剣!」

 

 可能な限り大きく振りかぶり、円状に斬り裂く。大きく広がった赤い切っ先は防御したバングレイのみならず、周囲のグールとビービ兵も巻き込んだ。

 爆風が写シを貫いて可奈美の体を熱くする。だが、それでもバングレイはまだ笑っていた。

 

「バリバリバリ。いいねえ、やるじゃねえか!」

 

 バングレイは無傷とは言えない状態だった。青い体のあちらこちらは焼け焦げ、普通ならばもう戦いたくはない状態。だが、この宇宙人は全く退却の姿勢を見せない。

 

「いい記憶をもらったぜ」

「記憶?」

「狩りってのはな、相手を潰すことを最優先にするんだ。こんなふうにな!」

 

 バングレイが右手を掲げる。すると、水色の光がそこより発せられ、バングレイの前に人の姿を形成していった。

 

 それは。

 

(つばくろ)……結芽(ゆめ)ちゃん……?」

「久しぶりだね……千鳥のおねーさん」

 

 ピンクの、右側に一房まとめて、残りは下ろしたロングヘアー。自身に満ち溢れた笑み。御刀、にっかり青江を水平に倒して可奈美に向ける彼女は、可奈美も間違うはずもない。

 見滝原に来る半年前、幾度も戦いを繰り広げ、決着も付けることさえもできないまま、病でその生涯を終えた(つばくろ)結芽(ゆめ)その人だった。

 

「どうして……どうして結芽ちゃんが……?」

「俺の能力は、記憶の再現でな?」

 

 バングレイが結芽の頭をポンポンと叩く。本物の彼女ならば不平を言いそうなところだが、この結芽は表情をピクリとも動かさない。

 

「こんな風に、お前がこれまで戦ってきた、もっとも強い強敵を生み出すことだってできる。言ったろ? 狩りには、どうやっていたぶるかを考えるのが大事だってなあ!?」

「……」

 

 可奈美は歯を食いしばる。

 だが、バングレイはそんな可奈美のことなど待ってはくれない。

 

「やれ!」

「遊んでくれるの? やったー!」

 

 結芽はキヒッと笑みを浮かべ、可奈美へにっかり青江を振り抜く。千鳥との激突は、炎の広場に響いていく。

 

「退いて、結芽ちゃん! 今は、貴女と戦ってる場合じゃ……」

「本当にそう思ってる? 変なの! そんなに楽しそうな笑顔なのに?」

「!」

 

 解れていた。

 可奈美は顔を平静に戻し、後ろを向く。

 グールとビービ兵、フェニックスとエンジェル。その戦いは、どんどん激化しており、建物や人々にも攻撃が及んでいく。

 もう間に合わない。と、思った時。

 

『アドベント』

 

 その音声が響いた。

 雪の昼空を舞う、赤い無双龍。

 ドラグレッダーが人々を守るように宙を泳ぐ。炎や光などの攻撃は、全てその龍の胴体が盾となり受け止めた。

 

「可奈美ちゃん!」

 

 ドラグレッダーから飛び降りるのは、赤い騎士。真司が戦闘するための姿である龍騎だった。

 

「ごめん、店長から人混みで別れるのに手間取っちゃって。大丈夫?」

「うん、ありがとう!」

 

 可奈美は結芽より少し距離を取り、礼を言った。

 龍騎は混戦となっている広場を眺め、呟く。

 

「これ、いったいどういう状況?」

「全員悪い奴!」

「なるほど、分かりやすい!」

 

 龍騎は頷いて、ベルトに付いているカードデッキよりカードを引き抜く。左手のドラグバイザーに装填し、カバーを閉じる。

 

『ソードベント』

 

 ドラグレッダーの尾より、龍騎の右手に収まるドラグセイバー。龍騎は、バングレイにその剣先を向けた。

 

「じゃあ、お前は俺が倒してやろうかな。悪い奴は許さねえ!」

「バリかゆ。バカが増えやがったか」

 

 バングレイは頬をかく。

 

「まあいいや。一人増えたところで、エンジェルの軍勢にかなうわけねえしな」

「いいや。俺一人じゃないぜ」

 

 龍騎は首をふる。

 その言葉に、可奈美は顔を輝かせた。

 

「それって……!」

 

 そして、その答えは、広場に響く大音声だった。

 

「我流 星流撃槍!」

「勇者パンチ!」

 

 空を彩る、黄色と桃色の光。

 響の蹴りと友奈の拳が、数多くの兵士たちを蹴散らした。

 

「友奈ちゃん! 響ちゃん!」

 

 可奈美は、着地した二人の姿に完成を上げた。

 響は、ガングニール全体より煙を上げながら笑顔で言った。

 

「遅れてごめん! ココアちゃんを避難させるのに手間取っちゃった!」

「中々手を放してくれなかったからね。それに、可奈美ちゃんのことを探そうとしてたし。早く終わらせて安心させてあげよう!」

 

 響と友奈の言葉に、可奈美は頷く。

 だが、それよりも強く反応するものもいた。

 

「お前はベルセルクの剣!」

 

 バングレイは、響の姿に目の色を変える。

 

「こいつはいいぜ! 狩りの対象がノコノコとやってきやがった! 狩らせてもらうぜ!」

「お前! 俺のことを無視してんじゃねえ!」

 

 龍騎のドラグセイバーが、バングレイの進路を防ぐ。

 それを見た友奈が、響の肩を叩いていた。

 

「あの宇宙人さん、狙いは響ちゃんみたいだね。私が真司さんの援護に入るよ」

「え? でも、あの宇宙人は……」

「大丈夫! だって私、勇者だから!」

 

 友奈はサムズアップで響に答える。そのまま彼女は、可奈美にも顔を向けた。

 

「可奈美ちゃん、その子は?」

 

 彼女が言っているのは、結芽のことだろう。可奈美は横目で結芽を見ながら説明した。

 

「私の、相手だよ」

「……気を付けてね」

 

 友奈は可奈美のそばを横切るときに言った。可奈美は頷く。

 去った友奈の背中を見る可奈美と響は、互いに顔を合わせて頷く。

 そして。

 千鳥とにっかり青江が、ぶつかった。

 

 

 

 胸の歌。

 シンフォギアの動力たる歌が、体内よりあふれ出す。

 

___ぎゅと握った拳 1000パーのThunder___

 

 響は大きく地面を殴り、多くのグールとビービ兵を巻き込んでいく。

 

___解放全開……321 ゼロッ!___

 

 響は、一気に瞬発。兵士たちを薙ぎ払いながらフェニックスとエンジェルの戦場へ向かっていく。

 

___最短で 真っ直ぐに 一直線___

 

 空中には、炎をまき散らすフェニックスがいた。響は彼に直線肉弾戦を挑む。

 

「歌いながら戦うだと? ふざけやがって!」

___伝えるためにBurst it___

 

 だが、逃げ遅れた人も祭の会場であれば無論いる。

 彼らに降り注ぐ炎の残滓。だが、それらは全て響が殴り飛ばした。

 

___届けえええええええええええ!」

 

 さらに、響はグールたちのど真ん中に着地。

 

___「なぜ私でなくちゃならないのか?」___

「なるほど。そのような力を持つサーヴァントもいるのか。面白い」

 

 エンジェルが響を見ながらそう呟いた。

 次々に襲ってくる下級兵士たち。だが、響の格闘の前では、グールたちもビービ兵も、響に触れることさえできずにいた。

 

___道なき道……答えはない___

 

 そして響は大ジャンプ。群れを一望できるところへ降り立ち、籠手を引く。

 腰を落とし、右手のガングニールが巨大な形へ変形していった。

 

___君だけを(守りたい)だから(強く)___

「飛べええええええええええええええええええええええええええ!」

 

 響のブースターが炎を吹かせる。ロケットのごとく、響の体はグールの群れへ突進していった。

 

「む!?」

「何!?」

 

 フェニックスとエンジェルは、響の動きに注意し、防御の体勢を取るがもう遅い。

 

___響け響け(ハートよ) 熱く歌う(ハートよ)___

 

 それは、ただの拳の一撃ではない。

 グールとビービ兵を一体、また一体。次々に雪だるま式に巻き込んでいくそれは、やがて全ての兵士たちに手が届く。

 

___へいき(へっちゃら) 覚悟したから___

 

 響の右腕に付けられているギアが音を立てて回転する。

 

___例え命(枯れても) 手と手つなぐ(温もりが)___

 

 やがて、次々に爆発していく。それは連鎖を引き起こし、フェニックスが原因となった炎も、爆風により消えていった。

 

___ナニカ残し ナニカ伝い 未来見上げ___

 

 そして、その中心に立つ者はただ一人。

 

___凛と立ってきっと花に 生まれると信じて……___

 

 立花響。そのまま、ぐっと拳を握ったのだった。

 




チノ「皆さん、遅いですね……」
ティッピー「そうじゃの」
チノ「ただのおつかいなのに……」
ティッピー「ふむ」
チノ「お爺ちゃん。私、コーヒーの匂いが大好きです。緑茶とハーブの匂いも素敵です。でも最近、安心する匂いが増えたみたいです。まだかなぁ……」
ティッピー「待つのじゃチノよ」
チノ「はい……」チリーン
チノ ( ゚д゚)ハッ!
客「……」
チノ「い、いらっしゃいませ。開いている席へどうぞ」
客「……」スッ
チノ「ご注文は?」
客「ミルクでももらおうか」
チノ「分かりました。……? あの、ミルク一つで?」
客「ああ。それと、もう一つ」
チノ「?」
客「おい。そのもふもふ」
チノ「非売品です」
客「……触らせろよ」
チノ「コーヒー一杯につき一回です」
客「五杯もらおうか」
チノ「ありがとうございます。……なんだ、この客」
客「さて。今回のアニメ紹介は、俺がやろう」
チノ「いきなりコーナー盗られた!」
客「行くぜ!

___集いし星が、新たな力を呼び起こす! 光さす道となれ! シンクロ召喚! いでよ、ジャンク・ウォリアー!___

遊戯王5D’sだ」
チノ「いつもならば主題歌なのに、独特の口上を入れられた!」
客「もっと早く疾走(はし)れ!」
チノ「言葉が通じていない!」
客「2008年4月から、2011年3月まで放送。遊戯王シリーズ第3作目だ」
チノ「まともな解説に戻りました!」
客「伝説の赤き龍のもとに集う、俺たちシグナーの絆が、新たな奇跡を呼び起こす!」
チノ「まともな解説を期待するべきではありませんでした!」
客「特徴はやはり、ライディングデュエルだ」
チノ「どうしてバイクに乗ってるんですか?」
客「何を言っている。バイクに乗るのは当然だろう?」
チノ「ええ……」
客「ライディングデュエル。それはスピードの世界で進化したデュエル」
チノ「何か語り始めました」
客「そこに命をかける、伝説のあざを持つ者たちを、人はファイブディーズと呼んだ」
チノ「呼びません」
客「走り続けようぜみんな、人生という名のライディングデュエルを!」飛び出す
チノ「あ、お客さん! まだミルクだしてない……」
客「ライディングデュエル、アクセラレーション!」バイクに乗ってブゥン!
チノ「……あの人、どうしてあんなカニみたいな髪形しているんでしょうか?」

※原作初期の人の話をあまり聞かない状態です


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混戦

今回は目まぐるしく状況が変わります。


 龍騎のドラグセイバーが、バングレイのバリブレイドと激突する。

 龍騎はそのままドラグバイザーで押し付けるが、バングレイは龍騎を受け流した。

 

「このっ!」

「任せて真司さん!」

 

 龍騎の肩を掴んで、友奈がバングレイへ飛び蹴りを放った。だが、バングレイは全く動揺することなく左手の鎌で防御した。

 

「うそ!」

「甘えんだよ!」

 

 バングレイはそのまま、龍騎の背中を斬り裂き、右手で友奈の首筋を掴んだ。

 

「えっ!」

 

 バングレイはそのまま友奈を蹴り飛ばした。

 

「さてさて。いい記憶だ。もらうぜ!」

 

 バングレイはそのまま右手を掲げる。すると、水色の光とともに冬の空に怪物の姿が現れる。

 

「な、なんだあれ!?」

 

 龍騎が唖然とした声を上げるのは、誰もが頷くのだろう。

 龍騎、友奈の頭上には、巨大な白い怪物が現れたのだった。

 空洞の開いた円形の、白い怪物。頭上の空を覆いかぶさるほどの巨体のそれ。

 

「バーテックス……!」

 

 友奈がそう呟いたのが聞こえてきた。

 龍騎は彼女の方を向いて、言った。

 

「バーテックスって、友奈ちゃんの世界の敵か? それがどうしてここに……?」

「あいつは……あいつは……ッ!」

 

 友奈は普段の彼女からは想像もつかない険しい顔でバーテックスを見上げている。

 バーテックスは、上空から炎の玉の雨を降らせる。それは、街を破壊し、火の海に変えようとしてくる。

 

「させるか!」

 

 龍騎はカードデッキよりアドベントカードを引き抜く。自動で開いたドラグバイザーの挿入口に、そのカードを差し込んだ。

 

『アドベント』

 

 起動する、ドラグレッダーへの命令権。それは、ドラグレッダーを周囲の炎の相殺より、バーテックスへの直接攻撃を優先させるものだった。

 バーテックスの火球を、ドラグレッダーの火炎放射が吹き飛ばす。そのまま赤い龍は、白の化け物と上空での決戦に持ち込んでいった。

 

「よし……うわっ!」

「おいおい、よそ見してんじゃねえぞ!」

 

 安心しきった龍騎は、その背中にバングレイの斬撃を許してしまった。

 地面を転がった龍騎は、思わずドラグセイバーを取りこぼす。

 

「真司さん!」

 

 追撃を仕掛けようとするバングレイを、友奈が食い止めた。彼女はそのまま、素手でバングレイとの戦闘にもつれ込む。

 止まった青い宇宙人へ、龍騎は蹴りを放った。

 

「真司さん、大丈夫!?」

「ああ、助かった……。来い、ドラグレッダー!」

 

 龍騎は肩を回し、契約モンスターを呼ぶ。

 咆哮とともに降りてきたドラグレッダーの頭に飛び乗り、龍騎は友奈へ告げた。

 

「友奈ちゃん! バーテックスは、俺が何とかする!」

「真司さん!? でも」

「友奈ちゃんがアイツを相手にするの、大変なんだろ? だったら、俺がやるから!」

 

 龍騎は友奈が止めるのも待たず、ドラグレッダーとともに上昇していく。

 だがその時。

 

「うおっ!?」

 

 地上から湧き上がる爆発。

 新たに生まれたばかりのグール、ビービ兵が紙くずのようにまき散らされ、その中から二種類の翼が飛び立った。

 

「危ない! ドラグレッダー!」

「___________!」

 

 ドラグレッダーが、赤と白の飛翔体より退避した。

 

「何だ、空中でも面白そうなことになってんじゃねえか」

 

 ファントム、フェニックスとサーヴァント、エンジェル。それぞれが背中に飛行手段を持ちながら、互いを攻撃していた。

 フェニックスはエンジェルからバーテックス、そして龍騎とドラグレッダーへ視線をずらした。

 

「いいねえ。お前らもオレを楽しませろ!」

 

 炎の斬撃が、龍騎へ向かう。

 ドラグセイバーとぶつかり合い、フェニックスは笑みを浮かべた。

 だが。

 

「このっ!」

 

 龍騎はフェニックスの剣をかわし、その肩にドラグセイバーを切り入れる。

 

「ぐっ……へっへ」

 

 だが、フェニックスは、肩にかけられるドラグセイバーを掴む。

 

「いいねえ。中々いい攻撃じゃねえか!」

 

 フェニックスはカタストロフを振るい、龍騎に迫る。

 だが、その前に足場であるドラグレッダーが顔を下げたおかげで、龍騎はカタストロフの刃から逃れた。

 

「何!?」

『ストライクベント』

 

 さらに、龍騎は右手に赤い龍の籠手、ドラグクローを召喚する。

 

「はああ……」

 

 ドラグレッダーの頭を踏み台にして飛び上がり、フェニックス、そしてバーテックスよりも上を取る。

 

「だあっ!」

 

 昇竜突破(ドラグクローファイア)。ドラグレッダーとドラグクローより放たれた炎が、空中で混じりあい、より大きな炎となる。

 バーテックスの火球、フェニックスの炎。威力の多くを相殺されるが、それも龍騎は織り込み済みだった。

 

『ファイナルベント』

 

 昇竜突破が掻き消された時、龍騎はすでに切り札を発動させていた。

 再び龍騎の足元に飛来するドラグレッダー。簡易的に舞を捧げ、ドラグレッダーの鼻先を足場にジャンプ。空中で回転しながら、蹴りの体勢を二体の怪物に向けた。

 龍騎の背後にそびえるドラグレッダー。その口より放たれる炎を感じながら、龍騎は叫んだ。

 

「だああああああああああああああっ!」

 

 ドラグレッダーの吐息とともに炎となるドラゴンライダーキック。それは、立ち向かおうとするフェニックスを容赦なく貫いた。

 

「ぐあっ……そんな……! オレが、こんな奴に……!」

 

 紅蓮の炎をまき散らしながら、不死鳥のファントムは爆発する。だが、その後バーテックスに至る時には、すでに龍騎のドラゴンライダーキックは消耗しきっていた。

 

「ドラグレッダー!」

 

 だが、それも織り込み済みであった。自らの契約モンスターの名前を呼び、赤い龍がバーテックスと取っ組み合う。

 

「頼むぜ……うおっ!」

 

 着地したところで、龍騎はその体に大きな斬撃を受ける。

 

「悪くはない。だが、私には遠く及ばない!」

 

 エンジェルがニヤリと笑みながらこちらに歩いてくる。

 

「くう……必殺技を打った直後に襲ってくるやつがあるかよ……うわっ!」

 

 エンジェルは龍騎の苦言に耳を貸すことなく、その鎧を引き裂く。

 

「愚か者が。戦いにそのようなことを気にする輩などいない。散れ」

 

 エンジェルは、深紅の宝珠を取り出し、胸のスロットに装填した。

 

「スカイックオーブ 天装」

 

 発生した竜巻が龍騎を襲う。

 

「ぐおっ!」

 

 風と雷に巻き込まれる龍騎は、そのまま残ったビービ兵を片付けている響のもとに飛ばされた。

 

「いつつ……」

「真司さん、大丈夫?」

 

 追撃しようとしたビービ兵を殴り飛ばした響に助け起こされた龍騎は、「ああ」と頷く。

 

「何とかな。それより、これ……」

 

 立ち上がった龍騎は、現状に唖然とする。

 エンジェルに吹き飛ばされたのは、ビービ兵軍団のど真ん中だった。

 無数のビービ兵がどんどん追加で発生していくその様は、見ているだけで戦慄を覚えた。

 

「これはやばいな……」

「大丈夫! 最速で最短で、突破します!」

 

 龍騎の言葉に、響は拳を叩いて答えた。

 

「心強いな。よし、俺も負けてらんないな!」

「行きます!」

 

 響はそのまま、ビービ兵たちと格闘を行っていく。龍騎もドラグセイバーでビービ兵たちを切り倒していく。

 その時。

 

「うっ……」

 

 響が突如として膝を折る。

 龍騎は彼女に駆け寄り、助け起こそうとした。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 龍騎は響を助け起こそうとする。だが、彼女の肩に触れた途端、龍騎のコスチューム越しに彼女の高熱が伝わった。

 

「熱っ……!」

 

 仮面ライダーとして強化されている肉体でさえ拒否を示してしまう温度。見れば、彼女の体からは蜃気楼さえも上がっているように見えた。

 

「ほう……」

 

 それを見ながら、エンジェルはほくそ笑んでいた。

 

「これは面白い。貴様、どうやらオーパーツが反応しているようだな」

「オーパーツ?」

 

 唐突なエンジェルの発言に、龍騎は首を傾げた。

 

「おい、一体なんの話だ!? 響ちゃんに何をしたんだ!」

「があああああああああああああ!」

 

 響が悲鳴を上げた。龍騎を突き飛ばし、目が金色の輝きを宿し始める。

 

「『カラダ……ヨコセ……!』っくううう!」

「響ちゃん!」

「ほう……マスターよ。見ろ」

「ああ?」

 

 エンジェルの声に、友奈と戦闘中のバングレイが反応した。彼女を突き飛ばし、「何だ!?」と応じる。

 

「ランサーのサーヴァントが、貴様が求める力を見せてくれるそうだ」

「おお!? バリマジか!?」

 

 バングレイは友奈との戦闘を投げ出し、響のもとに駆け付ける。

 龍騎は彼を抱き留めようとするが、バングレイは龍騎を見るなりバリブレイドで斬りつけた。

 

「邪魔だ!」

『ガードベント』

 

 だが、それを見切った龍騎は、すでに龍の盾、ドラグシールドを装備。バングレイの攻撃を防いだ。

 

「やめろ! 響ちゃんに手を出すな!」

「バリ邪魔すんじゃねえ! 俺の獲物だ!」

「ふん。ではマスターよ。彼女は私が狩るが、よろしいか?」

「ふざけんじゃねえ! 俺の狩りの邪魔は許さねえってのが、お前と手を組む条件だろうが! ベルセルクの剣は、俺が狩る!」

 

 だが、彼らがいがみ合っている間にも、すでに状況は動いていた。

 すでに響の光はより強く、大きくなっていた。

 それは、雪が少しずつ降り始めた見滝原の空を、雷鳴で彩るほどに。

 

 

 

___そして、まったく同じタイミングで、遠く離れた見滝原遺跡で火山が噴火したのだった___

 

 

 

「がああああああああああああああああ!」

 

 観測史上稀に見るほどの大きな雷が、響に光来する。

それは、残ったビービ兵をすべて消滅させ、龍騎の体も大きく電撃を与えていく。その中で黄色と白のガングニールは、それによってその姿を変えた。

 

「響ちゃん……!?」

 

 その変化に、龍騎は言葉を失う。そしてバングレイは、「そうだよ、これだよ! もう一回、コイツが見たかったんだ!」と喜びを露わにしている。

 

 やがて、落雷地点の光が消え、響の姿が露わになる。

 

「響ちゃん……?」

 

 友奈も、可奈美も口をぽかんと開けている。

 そこにいた響は、先ほどまでの拳で戦う闘士の姿ではなかった。

 銀色の甲冑、稲妻の模様がついた兜。

 そして、背中に背負われる、雷を形にした巨大な剣を持つ騎士だった。

 

『___カラダ、ヨコセ___!』

 

 それは、響の声ではない。

 彼女の口から、無数に加工したような音響が聞こえてくる。

 だが。

 

「___ない、こんな___こんな衝動に___だとしてもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 再び、彼女の周囲に雷鳴。やがて、黄色の光が砕かれ、そこには普段と変わらない顔つきの響がいた。

 

「はあ、はあ……こんな暴走、へいきへっちゃら……」

 

 荒い息だが、響はしっかりと龍騎を見返していた。

 そして。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 響は、雷の剣、イナズマケンを掲げる。

 乾燥した空気が、ピリピリと悲鳴を上げる。

 雲もない空へ、地上から雷が打ちあがった。

 

「ぶっ飛ばす!」

 

 響はイナズマケンを振り回し、エンジェルを弾き飛ばす。

 地面を転がったエンジェルは、そのまま響と大きく引き離された。

 サーヴァントを退けた響の目線の先は、巨大な怪物、バーテックスだけだった。龍騎も彼女の目線を追って見上げると、ドラグレッダーが奮闘しているが、なかなか攻めあぐねていた。

 

「サンダースラッシュ!」

 

 響は、イナズマケンを大きく振る。空を走る雷光が、バーテックスの吐き出す火球を相殺し、本体にも少なくないダメージを与えている。

 

「貴様!」

 

 エンジェルが響へ激昂する。

 

 剣を振り上げ、響を襲おうとするが、龍騎はその前にドラグセイバーで受け流した。

 

「邪魔はさせない!」

「ベルセルクは俺のもんだ!」

 

 バングレイもまた、響を狙う。龍騎はバングレイには蹴りを放ち、ドラグレッダーを呼ぶ。

 

「お前、俺の狩りを邪魔する気か!?」

「狩りじゃない。これは、皆を守るための戦いだ!」

「下らん!」

 

 エンジェルが吐き捨てる。

 

「この星もまた、この私が破壊してくれる!」

「させない! 勇者チョップ!」

 

 その声は、二人の敵の背後から。

 桃色の勇者が、勢いよく飛び降り、二人の異形の首筋に手刀を当てていた。背後からの強襲に対応できなかった二人は、そのまま前のめりになり。

 

「っしゃあ! ナイス友奈ちゃん!」

「バリッ!?」

「ぬうっ!」

 

 龍騎のドラグセイバーの二連撃の餌食となった。

 バングレイとエンジェルは防御したが、彼らはもう飛び上がった響には届かなかった。

 

そして、バーテックスの上を取った響は、イナズマケンを掲げながら叫ぶ。

 

「我流・超雷電大剣(サンダーボルトブレイド)!」

 

 左右に一振りずつ。そして、トドメに中心への一撃。

 巨大な落雷を伴う剣は、巨大なるバーテックスを跡形もなく切り刻み、爆発させた。

 

「渡さない……!」

 

 爆炎より降り立った響。

 ベルセルクの力を纏った___それは、サンダーベルセルクと呼ばれる姿___響は、イナズマケンをバングレイとエンジェルへ向けていった。

 

この力(ベルセルクの剣)は、あなたたちには絶対に渡さない!」

 



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集う参加者

東京ドールズ! ハチナイ! シンフォギア! ゆゆゆい! 遊んでるアプリのうち四つが同時に三周年おめでとうございます!


「響ちゃん、大丈夫?」

「お腹空いた……」

 

 響が電池切れといった表情をしている。

 友奈とともに彼女に肩を貸しながら、可奈美は焼け野原になったクリスマスマーケットを歩き去った。

 

「友奈ちゃん。誰も、巻き込まれなくて済んだ?」

 

 可奈美は尋ねる。

 さっきまで人々で賑わっていたクリスマスマーケットは焦土とかしており、焼け焦げた跡しか見えなかった。

 友奈も顔をしかめて周囲を見渡す。

 

「うん。大丈夫みたい。屋台とか飾りはいろいろ残念だったけど、それ以外は

 

 響がバーテックスを倒してから、バングレイとエンジェルは退却した。その際、可奈美と戦い続けていた結芽もまた、バングレイの命令によって引き返していった。

 結芽は退却に対して不満を口にしていたが、召喚者であるバングレイには逆らえないのだろう、渋々撤退に賛同していった。

 そして力尽きた響を抱えて、可奈美と友奈はココアを探していた。

 

「真司さん、大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。きっと! だって、普通に避難したってことにするって言ってたし」

「う~ん。そうだね。あ、電話だ」

 

 可奈美は、ポケットからスマホを取り出した。見てみれば、『保登ココア』という着信名が記されていた。

 

「あ、もしもし? ココアちゃん……」

『可奈美ちゃん!? 今どこ!? どこにも避難してないから心配したんだよ!?』

「え、えっと……」

『友奈ちゃんと響ちゃんは!? 私と一緒にいたと思ったのに、いつの間にかいなくなってて!』

「あ……大丈夫。一緒にいるよ」

『本当!? どこにいるの!?』

「さっきいた広場の隣の時計台があるところ」

『時計台? 待ってて!』

 

 すると、ココアとの通話が一方的に切られた。

 可奈美が唖然として見下ろすと、『保登ココア(お姉ちゃんだよ!)』という着信が山のように積まれていた。

 

「うわ……ココアちゃん、めちゃくちゃ心配してる……」

「私たちが戦ってることを教えちゃうと、絶対に巻き込んじゃうもんね。その分心配かけちゃうのも分かるよ」

「友奈ちゃんは、これまで勇者になっていたことを隠してきたの?」

 

 可奈美の問いに、友奈は頷いた。

 

「うん。御役目は、大赦(たいしゃ)……私たちの世界の、大本以外にはね。隠してきたよ」

「そうなんだ……私は、刀使であることを隠すなんて今までなかったから、ちょっと後ろめたいかも」

「可奈美ちゃん! 友奈ちゃん! 響ちゃん!」

 

 やがて、ドタドタと大きな足音が聞こえてきた。見上げれば、広場の端から、ココアが血相を変えて走ってきていた。

 

「二人とも大丈夫!? ほんと、どこにもいな……響ちゃんどうしたのっ!?」

 

 可奈美と友奈の顔を見て安堵を浮かべたココアの顔は、響を見て豹変した。

 

「響ちゃん!? 大丈夫!?」

「だ、大丈夫だよ……。ちょっと気絶してるだけだから」

「気絶!?」

 

 ココアが悲鳴を上げた。

 

「可奈美ちゃん、響ちゃんはお姉ちゃんに任せて! ほらほら、私の背中に!」

「え?」

 

 常日頃から体を鍛えている刀使と、どこにでもいるアルバイト学生。力量差はあきらかに可奈美の方が分があったのに、ココアはキラキラした目で可奈美に言った。

 

「う、うん。……友奈ちゃん」

「え? 任せるの?」

 

 驚いた友奈は、可奈美の様子を見て、響をココアへ引き渡した。

 

「うぐっ……」

「ココアちゃん、重いなら無理しなくても……」

「そんなことない……うら若き乙女()が、お姉ちゃんが持てないほど重いなんてことはないんだから……!」

 

 意地でも響を支える。

 そんな鬼気迫る表情のココアは、重い足取りでラビットハウスへ向かったのだった。

 

 

 

「あ、お帰り」

 

 可奈美と友奈がラビットハウスの戸を開いた時、チノではなく、ハルトの声が出迎えた。

 

「ハルトさん、戻って……たん……」

 

 ハルトの姿に、可奈美は言葉を失った。

 

「ハルトさん!? どうしたの、それ!?」

 

 全身に焼け焦げた跡が付いており、体も傷だらけだった。

 

「平気平気。これぐらいなんてことない」

「ダメだよ! ハルトさんも、しっかり治療しなきゃ!」

 

 響をカウンター席に下ろしたココアが言い張った。

 すると、ココアを突き飛ばし、チノが響のもとへ駆けつけてきた。

 

「響さん!? どうしたんですか? 何があったんですか……?」

「うーん……お腹減った……」

「空腹ですね? 今すぐ何か作ってきます!」

 

 チノはそのまま脱兎のごとく奥のキッチンへ飛び込んでいった。

 

「あはは。チノちゃん、相変わらず響ちゃんに夢中だね」

「助けられたからだっけ?」

「そうそう。さてと、じゃ俺はちょっくらほむらちゃんの様子でも見に……」

「ダメ! 響ちゃんの次は、ハルトさんとコウスケ君だからね!」

 

 コウスケ。その名前を聞いて顔を向ければ、なるほどたしかにハルトと同じくらい傷ついたコウスケがカウンター席に座っていた。

 ココアは「チノちゃん待って!」と、チノを追いかけていった。

 

「ちわーっ。お、ハルト」

 

一瞬の静寂は、呼び鈴の音で遮られた。ラビットハウスの入り口が開き、そこから真司が姿を現した。

 

「真司さん? どうしてここに?」

「いや、さっきクリスマスマーケットで友奈ちゃんたちに会ってさ。フェニックスとかを倒した後、ここにいるって言われて、友奈ちゃんを迎えに来た」

「フェニックス?」

 

 さきほど可奈美たちが倒したファントムの名前をハルトは聞き返す。

 

「あれって、確か千翼くんと倒したやつだよね?」

「復活したんだよ。真司さんが倒したけど」

 

 可奈美が補足する。ハルトは頷いたが、納得できない様子だった。

 

「まあ、フェニックスのことは気になるけど、あと回しだ」

 

 ハルトが切り出した。

 

「俺がコウスケをここに連れてきたのは、可奈美ちゃんの耳にも通した方がいいから」

「何を?」

「それに、真司さんと友奈ちゃんがいるなら尚更」

「「?」」

 

 友奈と真司が同時に首を傾げた。

 思えば、チノとココアが響の治療に奮闘しているおかげで、今ラビットハウス店内には、聖杯戦争参加者だけしかいなかった。

 

「そろそろいいよね。……キャスター」

「キャスター?」

 

 可奈美が首を傾げると、コトッと陶器が机に置かれる音がした。

 なぜ気付かなかったのだろう。窓際の端のテーブル席に、息を呑むような美しい女性がコーヒーを飲んでいたのだ。

 美しい銀の髪、女性ならば憧れを抱くような高身長。宝石のような赤い瞳。

 

「キャスター!?」

「久しいな。……セイヴァーのマスター」

 

 キャスターは可奈美を、そして隣の友奈を見る。

 

「セイヴァーのサーヴァント。会うのは初めてか」

「初めまして! この度セイヴァーのサーヴァントをやらせてもらう、結城友奈です!」

 

 友奈は元気に答えた。

 だがキャスターはにこりともせず、次に真司を見る。

 

「ライダーのサーヴァント。お前も、初対面だな」

「あ、ああ。城戸真司だ。よろしくな」

「……」

 

 キャスターは、真司から差し出された手を握ることもなく見下ろした。

 冷や汗をかいた真司は、可奈美に耳打ちする。

 

「なあ、可奈美ちゃん。この人もしかして、聖杯戦争に積極的な人?」

「積極的ではあるけど、そこまででもないかな……ね?」

「今戦うつもりはない」

 

 キャスターは答えた。

 

「……マスターの介抱をしてくれると言うから、取引に乗っただけだ」

「介抱?」

「キャスターのマスター、ケガでもしたの?」

 

 友奈が首を傾げた。

 すると、コウスケが「ああ」と頷いた。

 

「遺跡で気絶したほむらを、ハルトが介抱するって聞かなくてな。で、距離的にもラビットハウスの方が若干近いし、キャスターも承諾したんだよ。バイクもあるしな」

「なるほど!」

「でもそれって、ハルトさんの善意百パーセントってわけじゃないでしょ?」

 

 可奈美が顎に手を当てた。

 ハルトは「まあね」と頷き。

 

「丁度いいところで可奈美ちゃんたちも帰ってきたし、キャスターが知ってることを聞き出したいって思ってたんだ」

「知ってること?」

 

 キャスターは何も言わずにハルトを見つめている。

 だが、ハルトは続けた。

 

「そう。多分可奈美ちゃんと友奈ちゃんも無関係じゃないよ。それに、あの宇宙人……バングレイが地球にきた目的もきっとそれと関係がある」

「私が話す理由が?」

 

 顔をしかめるキャスター。ハルトは表情を一つも変えずに、指輪を使った。

 

『コネクト プリーズ』

 

 魔法陣からウィザーソードガンを取り出し。

 

「さっき可奈美ちゃんも言ったけど、俺はむしろ下心千パーセントだから。ほむらちゃんをラビットハウスに保護させたのは、こういう目的もあったから」

『コネクト プリーズ』

 

 再び出現した魔法陣に、ソードガンの刃先を近づける。

 それを見て、キャスターは目を細めた。

 

「……お前」

「人質。この魔法陣は今、上で安静にしているほむらちゃんに繋がってるよ」

「……」

「本当に悪いけど、こっちだって色々と知らないといけないんだ」

「おいハルト、何してんだ?」

 

 真司の問いに、ハルトは冷たい声で返事をした。

 

「もしキャスターが断れば、俺はこの場からほむらちゃんを襲う」

「!」

「おいハルト!」

「ハルトさん!?」

 

 驚愕する可奈美たち。だが、ハルトは続けた。

 

「俺は人を守るために戦ってるけど、もしも天秤に人の命が乗ってるなら、容赦なく重い方を選ぶから」

「……私を脅すのか。今まで私に勝つこともできなかった、お前が」

「これを最後に、アンタが俺を完全な敵とみなしても構わない。俺の命で、響ちゃんの安全が保障できるなら安いよ」

「……」

 

 しばらくキャスターはだんまりを貫いていた。やがてため息をつき。

 

「私が知る何を知りたい?」

「ムー大陸について。知っていることを全て」

「ムー大陸?」

 

 全くなじみのない言葉に、可奈美は目を白黒させた。

 

「何? それ?」

「知ってるんでしょ? 詳しいこと」

「……」

 

 キャスターは少し黙り、やがて口を開いた。

 

「遺跡でも言ったが、あくまで私は彼らの敵だった。敵国としての情報だ」

「それでも、この前の博物館よりはよっぽど信憑性が高い。歴史の証人なんだからな」

「……」

 

 キャスターはテーブルに乗っているメニューを取った。目だけでメニューを一瞥していく。

 

「……ワイン。もらっても?」

「……」

 

 ハルトはコネクトで作った魔法陣を消滅させる。

 

「少々お待ちを」

 

 ハルトはそのまま、厨房へ歩いていった。

 唖然としている可奈美たちを見て、キャスターは微笑した。

 

「必要なことなのだろう? 教えるくらい構わない」

「は、はあ……」

「お待たせしました」

 

 ハルトがキャスターの前にワインを置いた。グラスに注がれた赤ワインを少し口にしたキャスターは、息を吐いた。

 

「お前の奢りでいいな?」

「いいよ」

「……いいだろう。肝心のランサーがいないのが、残念だが」

 

 キャスターはそう言って、ムー大陸について語りだしたのだった。

 




ほむら「う……ここは……?」
ココア「あ! ほむらちゃん起きた?」
ほむら「貴女は確か……ここはどこ?」
ココア「ラビットハウスだよ! ほら、前にまどかちゃんと一緒に来たことあるでしょ?」
ほむら「……」←覚えていない
ココア「何か、倒れてたって聞いて、びっくりしたよ! あ、ご飯何か食べる? なんでもいいよ? お姉ちゃんに任せなさい!」
ほむら「遠慮するわ。うっ……!」ベットから転げ落ちる
ココア「おおっと。ほむらちゃん、体大丈夫?」
ほむら「貴女に気にされるほどでもないわ。……体が……」
ココア「ほら。もうちょっと寝てて大丈夫だよ? ほら、お姉ちゃんが何でも作ってあげる! お姉ちゃんに任せなさい!」
ほむら「……なんでもいいわ。少し、食べさせて」
ココア「うん! ちょっと待っててね!」
ほむら「……」
ほむら「暇ね」
ほむら「暇だから、アニメ紹介。行くわよ」



___気高く蒼見上げて 誇れる自分になろう 守り愛し貫く 消して奪わせはしない___



ほむら「暁のヨナね」
ほむら「2014年10月から2015年の3月まで放映。高華(こうか)王国の姫、ヨナが国を追われて、幼馴染のハクとともに龍の力を持つ者と新しい国を作るために旅をする話よ」
ココア「たっだいま!」
ほむら「早かったわね」
ココア「えへへ……はい! まずはホットココアで温まって」
ほむら「……いただくわ」
ココア「あと、暁のヨナは、ヨナの成長もすさまじいよね。奴隷商人が言ってた、目付きの違いがもう分かりやすい例だよね」
ほむら「そうね。あのあたりの話で、完全に父親とは決別したわね」
ココア「ほむらちゃんは、あんなに強くならなくてもいいからね?」
ほむら「……」
ココア「あれ? ほむらちゃん? どうして黙っちゃうの? ほむらちゃん?」


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ムー大陸

ずっと解説役が不在だったの……


「ムー大陸は、この世界の暦で言えば、一万二千年前にあった大陸。それは知っているな?」

 

 キャスターは、どこからともなく分厚い本を取り出し、机に置いた。辞典のように分厚い、十字架のブックカバーがついたそれは、彼女が戦闘の時にいつも使っているものだった。

 

「遺跡でも言ってたよな」

 

 そういったのは、コウスケだった。カウンター席でクルクル回転しながら、「確か」と始める。

 

「一万二千年前の高度な文明。今よりも進んだ文明を持っていたにも関わらず、なぜか一夜にして海の底に沈んだって言われてるぜ」

「コウスケさんも結構詳しいね」

 

 と友奈。

 

「これでも考古学専攻だからな。ま、教科書にも滅多に乗らねえ眉唾物だがな」

「眉唾物?」

「ああ。確か、太平洋に存在したって言われててな。ハワイとか、イースター島が地続きになっているって言われていたんだぜ。で、一夜で水没した。でも、調査でいろいろと信憑性が下がっていったんだ。この前博物館でやっていた展示だって、否定している学者は大勢いるぜ?」

「もともとムー大陸は普通の大陸ではない。発展した電波文明により、空を飛んでいたのだから」

「「「空!?」」」

 

 可奈美と友奈と真司は同時に驚愕した声を上げた。

 

「遺跡でも言ってたな」

 

 ハルトの言葉に、キャスターは頷いた。

 キャスターは続ける。

 

「栄えた電波文明のムー。それは、互いの繋がりが弱まったことによって滅びた。自ら強大になりすぎた力を制御できなかった」

「……」

 

 ハルトは押し黙った。

 だが、それに耐えられなかったのは、真司だった。

 

「待ってくれ。その……ムー? ってのがすごいのは分かったけど……ハルト、そいつが俺たちと何の関係があるんだ?」

「そいつはオレが答えるぜ」

 

 ハルトが口を動かすよりも先に、コウスケが口を挟んだ。

 

「響の体に起こった変化、さっきほむらがオレたちの前で見せた暴走……それはきっと、ムー大陸と無関係じゃねえ」

「は? 響ちゃんの変化って……」

 

 そこまで言って、真司は口を閉じた。

 ハルトは彼がなぜ口を閉じたのか分からず、「どうしたの?」と聞き返した。

 

「もしかして……さっきの、あの騎士みたいな姿のことか?」

「!? 見たの!?」

「あ、ああ……」

「ベルセルク……やはり発現したか」

 

 キャスターがその言葉を発した時、彼女が目を細めたのをハルトは見逃さなかった。

 

「知ってるよね? そもそも、キャスターだってあの石を狙ってたんだから」

「……」

 

彼女は本の上で手を撫でる。すると、触れてもいない本が勝手にパラパラめくられていった。風に煽られるようにページが入れ替わり、やがて恐竜の頭の化石をしたような石が描かれたページが現れた。

 

「オーパーツ、ベルセルク。それが、ランサーの体内に取り込まれた石の名前だ」

「……それをバングレイは、ベルセルクの剣って呼んでたのか」

「ムー大陸は異世界にも侵略を企てていた。外宇宙にも進出しようとしていたとしても不思議ではない。あのバングレイは、そこからムー大陸の力を知って地球に来たのだろう」

「迷惑な古代文明だね」

 

 ハルトはため息をついた。

 キャスターは本のページに指を差し込んだ。すると、ページの表面が波立ち、彼女の指が描かれている恐竜の石を引っ張り出した。

 開いた本の形をしたケースみたいだな、とハルトは思った。

 

「さきほど私とマスター。そして、ライダーとランサーのマスターとともに入手したこれは、ダイナソーのオーパーツ。そしてもう一つ。シノビのオーパーツの三つが、現在ムーの封印を司っている」

「シノビ?」

 

 ハルトは眉をひそめた。

 

「シノビってことは、忍者? でも、そんな石、この局面になっても影も形も見せてないよ?」

「あの……」

 

 その声は、友奈だった。彼女は可奈美とも顔を合わせ、「間違いないよね」と頷きあっている。

 

「多分それって、前にリゼちゃんの家から盗まれたものじゃないかな」

「何?」

 

 それはキャスターにとっても初耳だったらしく、目を大きく見開いている。

 友奈の言葉を、可奈美が引き継いだ。

 

「ハルトさんには言ったよね。前に私と友奈ちゃん、あとココアちゃんとチノちゃんと一緒にリゼちゃんの家に行った時、怪盗の処刑人が現れたって」

「ああ。確か、盗まれたものがあいつに……ソロに盗まれた……まさか……」

「あれが、オーパーツ、シノビだったんじゃないかな」

「手裏剣の形をしてたよ!」

 

 友奈の言葉に、キャスターの顔が険しいものに変わる。

 

「ベルセルクのオーパーツがこの地を訪れたのは、偶然が生み出した不幸としか言えないな。すでにこの騒動の根本には、ムー大陸の復活がある」

「滅んだ文明の復活……」

「でもよ。それって悪いことなのか?」

 

 コウスケが水を飲みながら聞いた。

 

「自業自得で滅んだ文明っつってもよ。今よりも発展した技術が山盛りなんだろ? 空飛ぶ大陸なんてくらいだからな。それがあれば、今の文明だって発展するんじゃねえの?」

「……無理だな」

 

 キャスターは首を振った。

 

「ムー文明は、今の世界とは全く比べ物にならない文明だ。赤子に精密機械を作らせるようなものだ。解析の一つも出来ないだろう」

「それ大袈裟じゃね?」

 

 コウスケの言葉に、キャスターは首を振るだけだった。

 

「ねえ、だったら、響ちゃんはどうなるの?」

 

 友奈が話に割り込む。

 

「そのオーパーツを取り込んだ、響ちゃんはどうなるの? さっきの騎士みたいな姿、とても尋常じゃなかった。あれで、もしかして響ちゃんの体を壊したりするのかな?」

「本来ならば、取り込まれた時点でベルセルク……サンダーベルセルクになり、そのまま死ぬまで暴走するはずだ。だが、彼女は無事だ。シンフォギアというものの特性なのか、それとも彼女自身の器が成せる業なのか」

「そっか……じゃあ、当面は心配ないんだね?」

「おそらく」

 

 だが、彼らが話している間、ハルトはもう一人の当事者のことを思い出していた。

 

「キャスター。あいつは……ソロのことは、何か知らないか?」

「……」

 

 その名前に、キャスターは目を細めた。

 すると、可奈美が後ろからツンツンと、ハルトの肩を小突く。

 

「ハルトさん。ソロって?」

「可奈美ちゃんも会ったんでしょ? 突然襲ってきた、黒と紫の戦士」

「ああ……あの人、ソロって言うんだ……」

 

 可奈美は目を少し大きく見開く。

 

「もしかして、ハルトさんも?」

「さっき戦った。俺とコウスケは、遺跡に行ったんだけど、そこがムー由来の遺跡だったらしくてさ。そのオーパーツを巡って、ソロと戦ったんだ」

「そうだったんだ……」

「彼のことは、私にも分からない。だが、あの姿は……」

 

 キャスターは目を閉じる。

 

「知ってるの?」

「……ブライ」

「ブライ?」

 

 彼女は頷く。

 

「ムーの戦士の名前だ。どこかの遺跡で、ムーの遺産を手に入れたのだろう。私も直接見るのは初めてだが」

「ブライ……」

 

 その名前に、可奈美は顔をしかめた。

 ハルトは続ける。

 

「あいつも、聖杯戦争の参加者みたいだった。サーヴァントはまだ召喚していないみたいだけど、これから先、あいつも俺たちの敵になるかもしれない。……キュゥべえが、最大の敵になるみたいなこと言ってたけど」

「あの人の剣……今まで受けてきた剣と、何かが違っていた」

「何か?」

 

 可奈美は、自らの右腕を抑えた。

 

「何か……ほら、私たち……剣を使う人って、誰でも相手と打ち合ってこそ、強くなるものでしょ? それが敵にしろ、味方にしろ」

「ああ、そうだね」

 

 ハルトのウィザーソードガンの腕も、ファントムと幾度となく戦ってきたからこそ磨かれたものでもある。可奈美の剣も、見滝原で生活を始めてから何度も見てきて、その分彼女の腕も上がったのを感じている。

 

「でも、あの人の剣は違う。自分だけを信じて、自分以外の全てを拒絶する剣だった。あの剣は、ワクワクと同じくらい……冷たい剣だった」

「……」

「……待て」

 

 キャスターが、可奈美を直視している。

 

「お前は以前、ブライと戦ったのか?」

「え? うん。多分、そのシノビのオーパーツ? っていうのを持っていかれたと思う」

「……」

 

 キャスターは、自らの手に置かれたダイナソーのオーパーツを見下ろす。

 

「オーパーツは、その膨大な力故、使い方を知らなければ手にした瞬間、暴走する。私も、マスターに教えてから使わせるつもりだった」

「……?」

「もともとのシノビの持ち主は、おそらくオーパーツさえも取り込むことができない体だったのだろう。だが……ブライに変身できる者が、なぜオーパーツに取り込まれない?」

 

 ラビットハウスに、沈黙が流れたのだった。

 




響「いやあ、食べた食べた……」
チノ「響さん、すごい食べっぷりでしたね」
響「ごはんありがとう! 美味しかった!」
チノ「以前学校で助けられましたから、ほんの恩返しです。それに、私、あれから響さんのことしか考えられなくなったんです」
響「あれ?チノちゃん、何か目が怖いよ……?」
チノ「そんなことありません。命を助けてくれた人に心惹かれるのは当然です」
響「ええ……」
チノ「そんなことより、今回のアニメ……」

ココア「チノちゃんにお兄ちゃんがいたって風の噂で聞いたよ!」
チノ「ココアさん!? いませんよ!」
ココア「うそ! 今朝のニチアサでお兄様って言ってたよ!」
チノ「私じゃないです!」
ココア「私、お姉ちゃんって呼ばれてないのに! お兄様って言ってたよ! うわあああああああああああああああ!」
チノ「ココアさんのせいで、今日のアニメ紹介ができません!」


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クリスマス

ようやくいつも書いているお店が再開した!


「パーティの招待状、変なこと書いてないですよね」

 

 今日はもうクリスマスイブ。

 ラビットハウスの開店準備を粗方終えたころ。カウンター席の方から、そんなチノの声が聞こえた。

 ハルトがカウンター席を見返せば、ココアが食器を整理しているところだった。チノが、ココアが取り出した招待状を見て固まっている。

 

「どうしたの? チノちゃん?」

 

 ハルトはチノに近づく。すると、ココアがキラキラの笑顔で同じ招待状をハルトに渡した。

 

「ハルトさんも! これ、今夜と明日の夜のパーティの招待状だよ!」

「また『ウェルカムかもーん』とかの意味不明な文章でも書いたの?」

 

 そういいながら、ココアから招待状を受け取る。真ん中で折ったそれには、

 

『さあ 聖なる夜の時間だ 来るがよい!』

 

「……うん、まあ。ココアちゃんの友達なら、きっとわかってくれるよ」

「ひどい!」

「どうして普通の招待状を書かないんですか……」

「ノンノン。将来の町の国際バリスタ弁護士パン屋小説家にとって、普通のじゃ満足できないんだよ」

「ごめん、もう一回言って」

「私、普通のじゃもう、満足できないの……!」

「そっちじゃないし言い方なんかいやらしいし! なんかココアちゃん、将来の夢増えてない?」

「へへ。あ、でも最近は大道芸人もいいなって思ってるよ?」

「そ、そう……」

「あとでパーティで、面白い出し物期待してるからね!」

「へいへい。お姉様の期待に沿えるものをご用意しておりますよっと」

 

 ハルトは招待状をポケットにしまった。その時、ラビットハウスの扉が開く。

 

「ただいま! 雪すごい降ってきたよ……!」

 

 赤いコートに身を包んだ可奈美。彼女はビニール傘を振って、傘に積もった雪を振り落とした。

 彼女の言葉に、店の外を見てみれば、昼間の見滝原は一面の雪景色になっていた。もともと白の成分が多い木組みの地区ではあるが、雪も相まって、ほとんど白一色になっている。

 

「本当にすごいな……今年はホワイトクリスマスになりそうだね」

「うーん……この寒さじゃ、ハルトさん、剣術の立ち合いとか無理?」

「クリスマスくらいは剣から離れなさい。さてと、そろそろ開店したほうがいいんじゃない?」

「そうですね」

 

 チノが頷いた。

 すでに時刻は四時を回っている。夜に備えた準備も完了し、ハルトは看板を出した。

 

「よし、それじゃあ……

 

 開店! メリークリスマス!」

 

 

 

「こんばんは! 遊びに来たよ!」

「ラビットハウスが混んでる! 珍しい!」

 

 入店早々そんな失礼なことを言ったのは、チノと同じくらいの年代の少女たち。

 それぞれ、条河麻耶(じょうがマヤ)奈津恵(なつメグミ)という名前だと、ハルトも知っていた。

 

「いらっしゃい二人とも。ちょっと待っててね」

 

 ハルトはカップルに注文のケーキを差し出した。二人はマヤとメグに構うことなく、二人の世界に没頭している。

 

「ココアちゃん! マメコンビが来たよ!」

「「マメコンビ!?」」

「はーい!」

 

 ハルトの言葉に、ココアが目を輝かせながら厨房から出てきた。

 

「いらっしゃい! マヤちゃん、メグちゃん! 私の可愛い妹たち!」

 

 ココアは人目も憚らず、二人に抱き着く。チノと違って、この二人はココアになされるがままにモフモフされていた。

 

「ココアちゃん、モフモフするのはあとにして! あ、お待たせしました。ご注文は?」

「ドリップコーヒーとケーキセットお願いします」

「畏まりました。ココアちゃん!」

「モフモフ……」

「……チノちゃん! ドリップコーヒーとケーキセット!」

「分かりました。……大変です。コーヒー豆が……」

「私取ってくるよ!」

 

 可奈美がいそいそと、カウンターから出ていった。裏の倉庫に取りに行ったのか、と頷いたハルトは、ココアの襟首をつかむ。

 

「あ」

「はいココアちゃん。今はお仕事の時間。二人ともごめんね。上で待っててもらえるかな」

「手伝うよ?」

 

 マヤから嬉しい申し出があった。

 

「お? いいの?」

「うん!」

「助かるね」

「持つべきものは、友と妹だね」

 

 いつの間に厨房に戻ったのか、ココアが開いているカウンターにケーキを置いた。

 

「はい。これサービス」

 

 ココアが持ってきたそれは、クリスマス限定で作ったケーキ。三段に重なったホットケーキに、クリームとバナナ、ストロベリーをデコレーションしたものであり、上には生クリームとバニラアイスが乗っている。

 目を輝かせたマヤとメグは「美味しそう!」と言い、

 

「「これ食べたら頑張る!」」

 

 と宣言した。

 

「いきなりおサボりさん!?」

「神経太いな。でも、座席をあんまり身内に割きたくないから、上で食べてもらったら? 俺の部屋でもココアちゃんの部屋でもいいから」

「「はーい」」

 

 二人の少女はケーキを持って、店の奥から居住フロアへ上っていった。

 

「やれやれ。結局労働力増えずか」

 

 ハルトはため息をついたが、一息つく暇もなく、次のお客さんから呼ばれた。

 

「すまない、まだ時間あるか?」

「いらっしゃい……ああ、リゼちゃん」

 

 次にラビットハウスに来たのは、リゼだった。暖かそうな群青色のコートを着た彼女は、ラビットハウスの混雑___それこそ、マヤとメグが来た時とは比べ物にならないほどに混み入っている___に言葉を失った。

 

「おお、ハルト。すごい人だな。手伝おうか?」

「助かる。えっと……」

「気にするな。メニューのコピーをもらえれば、オーダーくらいはできるさ。私の制服、まだあるだろ?」

「あるよ。チノちゃん、リゼちゃんが手伝ってくれるって」

「ありがとうございます」

「ああ」

 

 リゼはウインクして、店の奥へ向かった。入れ違いでホールに戻ってきた可奈美と会釈を交わし、そのまま更衣室へ向かったのだろう。

 

「リゼちゃん? まだパーティは早いけど……」

「手伝ってくれるんだってさ。今は猫の手も借りたいくらいだから、助かるね」

「そうなんだ。あ、コーヒー豆追加したよ」

 

 可奈美はココアに伝えて、ホールに戻る。

 午後七時。閉店予定の九時まで、残り二時間。

 

「うっすハルト! 遊びに来たぜ!」

「お腹空いた!」

「お前らは今来るな!」

 

 大食いコンビ(コウスケと響)を奥へ叩き込み、

 

「こんちわー! 大変そうだね! 勇者部として私も手伝うよ!」

 

 と言った友奈にはココアの制服を着せてホールを手伝わせる。

 

「あら? ラビットハウスさん、お客さんも店員さんも一杯ね」

 

 ここで、ハルトにとっては初めてみる顔がやってきた。

 長い髪と穏やかそうな顔つき。白い肌と、くりくりとした緑の瞳。

 

「いらっしゃいませ。お一人ですか?」

「いいえ。……ああ、そう。貴方が」

「?」

 

 ハルトをジロジロ見つめる少女はクスリとほほ笑んだ。

 すると、背後よりココアの声が飛んできた。

 

「あ! 千夜(ちや)ちゃん!」

 

 接客中であることを厨房に置いてきたココアが、少女と両手で手を繋ぐ。

 

「来てくれたんだ!」

「当たり前よ? だって、折角リゼちゃんも帰ってきてるんですもの」

「嬉しいなあ! あ、ハルトさんは初めてだよね」

 

 ココアは少女に手を向ける。

 

「こちら、私の親友の宇治松千夜(うじまつちや)ちゃん! 甘味処の甘兎庵(あまうさあん)の看板娘だよ」

「初めまして。気軽に千夜でいいですからね? それで、貴方が最近ラビットハウスさんに入った新人さんですか?」

「ああ。そうだよ。松菜ハルト。気軽にハルトって呼んでね」

「よろしくお願いします。ハルトさん。あ、ココアちゃん。あともう一人、新しい妹ができたって言ってたわね」

「紹介するよ! 可奈美ちゃんと友奈ちゃん! あ、友奈ちゃんはホールだから後だね。可奈美ちゃんはどこ?」

「今厨房で皿洗いやってる」

「オッケー。ハルトさん、しばらくここお願いね!」

 

 千夜を連れてラビットハウスの厨房へ向かうココア。彼女を見送り、ハルトは同じくホールで動き回る友奈へ言った。

 

「ごめんね。手伝わせちゃって。ラビットハウスのお姉様が中々フリーダムな人で悪かったね」

「ううん。全然問題ないよ」

 

 友奈は笑顔で答えた。

 

「むしろ、皆の笑顔があるから、私は本当に嬉しいよ!」

 

 友奈はそう言いながら、次々とオーダーを取り、会計していく。

 彼女の様子を眺めながら、ハルトはオーダーを伝えにカウンターへ赴いた。

 カウンターでは、リゼが次々と飲み物の準備をしており、可奈美と友奈が交互に客席へもっていっている。

 額を拭ったリゼをハルトはねぎらった。

 

「リゼちゃん、大丈夫? 休憩したら?」

 

 するとリゼはほほ笑み、

 

「心配するな。これ程度、軍事訓練に比べたら問題ない」

「軍事訓練って……何?」

 

 普通の女子高生とは無縁だと思うべき単語を頭から振り落とし、ホール業務に専念する。

 

「こんにちは」

「いらっしゃいませ。……お、まどかちゃん! 久しぶり」

 

 次の来店客は、ピンクのツインテールの少女だった。鹿目(かなめ)まどか。ハルトが知る限り、聖杯戦争を認知している唯一の非参加者だ。

 

「お久しぶりです。ハルトさん。あの……この前の……」

「ああ、えっとココアちゃんから招待を受けたんだよね」

「はい。チノちゃんからですけど、私とさやかちゃん。本当は友達ももう一人来るはずだったんですけど、用事があってこれなくなっちゃったみたいです」

「そっか。残念だね。……さやかちゃん?」

 

 その名前に、自然とハルトの顔は強張った。

 

「そんなに怖い顔して、どうしたの?」

 

 その声とともにまどかの背後から現れたのは、美樹さやか。ニコニコした笑顔を見せながら、まどかに続いて入店した。

 

「ハルトさんもお久しぶり。……あたしのこと、誰にも言ってないよね」

 

 さやかは小声でハルトに耳打ちする。ハルトは「言ってないよ」と苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。

 

「……君も参加するの?」

「悪い? あたし、やっぱり信用されていないの?」

「そうじゃないけど……」

「あの、ハルトさん」

 

 店内を見渡し、空席がないことを確認したまどかが声をかけた。

 

「私たち、やっぱり出直してきた方がいいですか?」

「あ……いや、大丈夫。奥でココアちゃんたちがいるから、そっちに行ってて大丈夫だよ」

「分かりました。行こう、さやかちゃん」

「うぃーっす! それじゃあまたね! 魔法使い(ハルト)さん!」

 

 わざとらしくハルトに手を振るさやか。彼女を見送りながらも、一抹の不安が拭えなかった。

 

「……何かあったら、コウスケと響ちゃんもいるし、大丈夫だよな……?」

 

 やがて、客足も少なくなってきたころ。

 雪もどんどん強まり、外にいるよりも室内にいた方が望ましいと思えるようになってきたとき、新たに店の呼び鈴が来訪者を告げた。

 

「いらっしゃいませ」

「遅れました!」

 

 客が言ったのは、来訪の遅刻への謝罪だった。初めての顔であるショートカットの金髪の少女は、忙しなく動き回るラビットハウスの現状に唖然として言葉を失っている。

 

「あの……お客様?」

「みんな仕事してる……」

 

 金髪の少女はその場で崩れた。ハルトはツンツン、と肩をつつくが、彼女に反応はない。

 

「お、シャロじゃないか。久しぶりだな!」

 

 ホールから、リゼがそう言いながらやってきた。

 

「リゼちゃん、知り合い?」

「後輩の桐間紗路(きりまシャロ)だ。今日のこのあとのパーティにも出る予定の一人だよ」

「そうなんだ。初めまして、だね。俺は松菜ハルト。ここで十月からバイトさせてもらってるんだ」

「どうも……よろしく」

 

 シャロは、ハルトから差し出された手を弱弱しく握る。力ない彼女を引き起こし、ハルトはリゼに尋ねた。

 

「えらく無気力だな。この子」

「どうしたシャロ?」

 

 ハルトに変わって、リゼがシャロの肩を叩く。すると、枯れ果てたシャロは水を与えられた植物のように、みるみるうちに蘇っていった。

 

「リゼしぇんぱい……! 嘘じゃない、夢じゃない……! 本物の、リゼ先輩……!」

「お、おう。年末は帰ってくるって連絡しただろ?」

「ふわぁ……!」

 

 だが、蘇ったシャロという植物は、リゼの手を掴み、その場に根が生えたように動かなくなった。

 

「おい、シャロ。放してくれ」

「ふわぁ……! リゼしぇんぱい、ラビットハウスの制服姿、やっぱり素敵です……! ああああああ……」

「どこから声を出しているんだろうこの子」

 

 シャロの声にそんな感想を漏らし、ハルトは店を見渡す。

 

「リゼちゃん。先に、奥でパーティの準備やってたら? シャロちゃんも一緒に」

「いいのか?」

「ここで居座れても困るしね。ココアちゃんに千夜ちゃん、だったっけ? あとマメの二人もいるから、そっちにいて」

「そうか……すまないな。おいシャロ、奥に行くぞ。あ、ハルト。もし人手が必要ならいつでも声をかけてくれ。手伝うから」

 

 リゼはそう言って、シャロとともにホールから姿を消した。

 改めて、ハルトは客の回転が速い店内を見渡す。

 カウンターにチノ。ホールにはハルト、可奈美、友奈。そして厨房には、今日は姿を見せないオーナーのタカヒロと……きっとココアも手伝っていることだろう。

 

「よし、もうちょっと! 踏ん張るぞ、みんな!」

 




___いつもぴょんぴょん可能! 楽しさ求めて もうちょっと はじけちゃえ(ぴょんぴょんと)___



ごちうさきゃら「「「「「「「ご注文はうさぎですか?」」」」」」」
ココア「皆さまご存じ、ご注文はうさぎですか? 今日のアニメ紹介は、私達のアニメだよ!」
チノ「1期は2014年4月から6月。2期は翌年2015年の10月から12月。そして劇場版が2017年11月に公開しましたね」
リゼ「さらに、3期も2020年10月に放映予定だ」
シャロ「私達、ずいぶんと大盛況なアニメよね? 今でも動画サイトの再生数が1位に躍り出ることもあるわ!」
千夜「私達五人の日常を描いたものね。ココアちゃんが、お姉ちゃんとしてチノちゃんに積極的なアプローチをしていくわ」
ココア「私達五人で、みんなの心をぴょんぴょんさせていくからね! おいでましー!」
チノ「何がおいでましなんですか……」
リゼ「まあまあ」
シャロ「私達メインキャラ、全員出たことだし!」
千夜「次回もお楽しみにしてくださいな」


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勝手にケーキを切らないで

エクゼロス……人の何かを好きな気持ちを奪う敵、主役はとてつもないエネルギーの持ち主、全てが頭がおかしい内容……
うん、俺ツイだこれ


「やっと着いた!」

 

 真司がラビットハウスの扉を開けた時、すでに店内はぐったりとしていた。

 

「あ、お疲れ真司。バイトだったんだって?」

 

 テーブル席で制服のまま項垂れるハルト。

 

「お疲れ様。正直、いままでのほとんどの試合よりも疲れたかも」

 

 モップを掴んだまま、カウンター席で真っ白になっている可奈美。

 

「う~ん……勇者部ごかじょー……」

 

 刑事ドラマの被害者のように、床でダイイングメッセージを書いているようなポーズの友奈。

 

「お客様……本日はもう閉店です……ガクッ」

 

 と、カウンターの厨房で気絶したチノ。

 死屍累々の状況に、真司は口をあんぐりと開けた。

 

「ひでえなこりゃ。俺もさっきまでバイトしてたけど、ここまででもなかったぜ?」

「今日は折角のクリスマスってことで、滅多に行かないところを使う人が多かったみたい……むしろ、大型チェーンのそっちはどうだったんだ?」

「俺のところはそこまででもなかったけど、いつもよりも忙しかったぜ。あ、これ差し入れ」

 

 真司はハルトの目の前の机に差し入れが入った袋を置いた。

 

「あ、ありがとう」

「後でパーティの時に食おうぜ。準備するけど、奥入っていい?」

「いいですよ」

 

 チノが掠れた声で答えた。

 真司は礼を言って、店の奥へ行く。

 

「こんにちは。クリスマスパーティの招待状をもらってきたんですけど」

 

 奥の厨房では、六人の少女たちが集まっていた。

 

「あ、真司さん!」

 

 唯一見知った顔のココア。

 

「今準備終わったところだよ! 持っていくの手伝ってくれる?」

「ああ、それはいいけど、それより先に店主の人にあいさつしたいんだけどさ。どこにいるの?」

「チノちゃんのお父さんだね。今書斎にいるから、案内するよ」

「お、ありがたい」

「待って、ココアちゃん!」

 

 その時、大和撫子といった出で立ちの少女がココアを止めた。

 

「その前に、あれ、やるわよ!」

「千夜ちゃん……うん、そうだね!」

 

 千夜、という名前なのかと真司が考えていると、ココアは千夜と背中を合わせる。

 

「今宵、聖なる夜の宴が始まる!」

「加わるならば、その証を見せよ!」

「お、おおっ!」

 

 真司は驚きながら、ポケットから……ちょうど、龍騎がカードデッキからカードを抜くような動きで……招待状を取り出す。

 そのままドラグバイザー(架空)に装填する動きで、左手から招待状を渡す。

 

「招待状ベント」

「「受け取った!」」

「な、何なんだこのノリ……」

 

 ツインテールの少女が、ただ一人、困惑の表情を浮かべていた。

 

 

 

 タカヒロへの挨拶を終えた真司も加わり、いよいよ閉店後のホールでパーティが始まった。

 

「「「「「「「「「「「「「「「「メリークリスマス!」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 ココアたちが作ったのは、巨大なケーキだった。

 如何せん大人数なので、ケーキも圧巻する大きさ。店頭でみる一番大きなケーキの優に二倍はある大きさの生クリームケーキだった。持とうとすれば、両腕を一杯使ってしまう大きさのものが、集めたラビットハウスのテーブル席の上で威厳を放っていた。

 

「すごいな、これ」

 

 ハルトはそれ以外の言葉が出てこなかった。

 

「えっへん! お姉ちゃん直伝、特製ラビットハウスケーキだよ! 皆に切り分けるからね!」

 

 ココアは笑顔で皆にケーキを切り分けていく。

 

「はい! 妹たちには、一杯あげるよ! はい、チノちゃん!」

 

 チノに分けた分を考えれば、明らかに人数分足りない。コウスケと真司が慌ててココアの手腕を止めようとしている。

 

「ああ、ココアちゃん待って! ここは俺がやるから!」

「皆まで言うな! オレがやるぜ!」

「ダメ! お姉ちゃんに任せなさい!」

「やめろココア! お前に任せておけるか! ここは私が! 軍隊式給仕を見せてやる!」

「リゼ先輩!? 軍隊式のものをここで出さないでください!」

「ココアさん……せめて最初に等分を考えてからにしてください」

「うふふ……。楽しいパーティが誕生したわ」

「まどかちゃ~ん。ちょっと抱き着かせて」

「うわっ! 響ちゃんどうしたのいきなり!?」

「あっははは! なあメグやっぱりラビットハウスって面白いな!」

「そうだね、マヤちゃん!」

「大丈夫! だったら、私が斬るよ! 斬るのは得意だから!」

「うわー! ダメだよ可奈美ちゃん! 可奈美ちゃんの切るは、ここでやっちゃ駄目な奴だから! 千鳥を持ってこようとしないで!」

 

 切り分け作業が遅々として進みそうにない。

 ハルトは離れて、カウンター席に腰を下ろす。

 

「ふう……」

「参加しないんだ」

 

 そう言ってハルトの隣に腰を下ろしたのは、さやかだった。

 ハルトは少し顔を強張らせて、ほほ笑む。

 

「……少し、疲れただけだよ」

「ふうん……」

 

 さやかは、ドリンクを口に含みながら頷いた。

 紙コップに入っているのはコーラ。それをじっと見つめながら、ハルトは口を開いた。

 

「ねえ、さやかちゃん」

「何?」

「その……生活とか、困ったこと、ない?」

 

 上手く言葉が出てこない。さやかは少しきょとんとした顔をして、くすりと笑った。

 

「何それ? あたしのこと、どんだけ心配してんのよ」

「……さやかちゃんのままなんでしょ? その……もう一か月くらい経つけど、色々変わんない?」

「うーん、どうなんだろうね」

 

 さやかは足をプラプラさせながら呟いた。

 ケーキの現場では、相変わらず誰が切り分けるかで揉めており、決着はしばらく着きそうにない。

 

「家族には今のところ隠し通せてるし、そもそもあたしは自分が今まで通りの美樹さやかだって思ってるよ。それとも、人間の心のままファントムになったケースって、初めて?」

「……いや」

「だったら、少しは信用してよ」

 

 さやかがポンポンとハルトの背中を叩いた。

 

「ねえ、魔法使いさん」

「……何?」

「あたしのこと、倒そうと思ってる?」

「……前にも言ったでしょ。君が……人に危害を加えない限り……」

「怖い顔で言ってるよ」

 

 さやかの言葉に、ハルトは押し黙った。

 

「頭ではそう思ってるけど、心の中では納得いかないって感じ。あたし、そんなに信用してないんだ」

 

 さやかはコーラが入ったコップを揺らす。彼女のコップでは、コーラが波打っているが、やがて水面の中心に、小さな水柱が立った。

 

「何のために戦ってるかは知らないけどさ。あたしは、生きていちゃいけないのかな? ファントムは全員、倒すべきだと思う?」

「……」

 

 その言葉に、ハルトは無意識にケーキの切り分けでわちゃわちゃしている響へ目を反らしていた。彼女が言った、ファントムとの共存のことを思い出す。

 

「分からないけど……俺は……」

「まあ、別にどうでもいいけどね」

 

 さやかは立ち上がる。

 

「魔法使いさんがあたしを倒そうとしてもしなくても。さっき言った通り、あたしの意識は、美樹さやかのまま。現に、あの時ファントムになってなかったら、あたし多分死んでたし。助けられそうにもなかったでしょ?」

「……」

 

 ハルトは口を閉じた。

 病院でさやかを救えず、恭介のアマゾン化を食い止められなかった。

 さやかの顔を見ることもできず、ハルトはラビットハウスの床に目線を落とした。

 

「あ、さやかちゃん! 久しぶり!」

 

 その声は、可奈美のものだった。

 二皿のケーキを持って、ハルトとさやかに渡す。

 

「私のこと、覚えてる?」

「おお、あの時の刀使さんじゃん! ここにいたんだ! あの時はどうもどうも!」

 

 さやかはケーキを受け取り、お辞儀をする。

 

「うん。でも、そのあと色々大変だったって、この前まどかちゃんから聞いたんだけど」

「……!」

 

 可奈美とさやかが顔見知りだったとは知らなかった。必然的に、さやかがファントムになったことも可奈美には伝えていない。

 だが、さやかは笑顔の仮面で答えた。

 

「大丈夫大丈夫! まあ、アマゾンに襲われて本当に死にかけたけどね」

「ごめんね。駆けつけられなくて」

「気にしないでよ。あ、このケーキ美味しい!」

 

 さやかがフォークで生クリームケーキを切り取り、口に運ぶ。

 

「これいいね! あたし結構気に入ったかも」

「ココアちゃんが気合入れて作ったからね。ほら、ハルトさんも!」

「あ、ああ。頂くよ」

 

 ハルトは可奈美に急かされながら、フォークでケーキを切る。

 

「……うん、美味しいね」

「でしょでしょ!」

「可奈美ちゃん、意外と料理とかできるんだよね」

「意外とって何!?」

 

 可奈美が憤慨した。

 ハルトはほほ笑みながら。

 

「だって、君のあの部屋の散らかり具合からして、家事能力あるとは思えないし」

「ひどっ!」

「え? 刀使さん、片付け苦手なの?」

 

 さやかが驚いた声を上げた。

 すると可奈美は、顔を真っ赤にして首をふる。

 

「ち、違うよ! ただ、片付けている最中に、ちょっと剣術の型とかを見たくなって、練習とかしたくなるんだよ!」

「え? よく片付けに集中できない話はよく聞くけど、それが剣のためってのは初めて聞いたかも」

 

 さやかが唖然としている。可奈美は「一通りの家事はできるって……」と弱気に抗議の声を上げていた。

 

「あの……」

 

 弱々しい声が聞こえてきた。

 振り向けば、まどかが紙袋を抱えてきていた。

 

「まどかちゃん、どうしたの?」

「ココアちゃんがケーキを切る切らないで言い合ってて。みんなでわちゃわちゃしちゃってるから、先に真司さんが持ってきてくれた差し入れ頂いちゃおう? はい、プレーンシュガー」

 

 まどかが大きめの皿に人数分用意してきたのは、砂糖が散りばめられたプレーンシュガードーナツ。可奈美は嬉しそうにそれをもらった。

 

「ありがとう! あ、真司さんもありがとう! ……って聞こえてないか」

 

 ココアを食い止めるのに必死の真司へ、可奈美は頭を下げる。

 ハルトもさやかとともに、プレーンシュガーを受け取る。指に付着する砂糖の量に驚きながら、ハルトはプレーンシュガーを口にする。

 

「甘~い!」

 

 隣のさやかが、いい笑顔で声を上げた。

 ハルトは目を大きく見開きながらさやかを凝視する。

 

「ハルトさん? どうしたの?」

「え? ああ、ごめん。何でもない」

 

 可奈美の言葉にはっとしたハルトは咳払いして。

 

「うん。美味しいね。やっぱり」

「? うん。あ、それで、向こうはまだ終わらないのかな」

 

 ハルトはケーキに注目する。断片的に聞こえる声によれば、「お姉ちゃんに任せなさい!」「ココアちゃん、マメちゃんたちにも多めに振り分けようとしているわね」「やめろ! 私たちの分が!」「リゼしぇんぱい、落ち着いてください!」「皆まで言うな、オレに任せろ!」「うわ~! ナイフの取り合いに!」とのことらしい。

 

「……気負いすぎかな……」

 

 ハルトはため息をつき、外の雪景色を見やる。

 静かな雪景色は、見滝原が平和だと言いたいかのように、静かで、穏やかだった。

 ハルトは、もう一度プレーンシュガーを噛む。

 砂糖の味はしなかった。

 




ハルト「あれいつまでやってるつもりかな?」
まどか「あはは……多分、しばらく終わらないかも」
ココア「お姉ちゃんに任せなさい!」
真司コウスケ「任せられるか!」


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聖夜の天使

気付けばこの作品始めてから1年目。
時が経つのは速いなあ


「楽しかったね」

 

 ハルトはマシンウィンガーを走らせながら言った。

 背中で相乗りをするリゼは、「ああ」と頷く。

 

「最高だった。こっちに戻ってきてよかったよ」

「それはよかった」

 

 すでに時刻は、リゼのような少女が出歩く時間ではない。ハルト、真司、コウスケでそれぞれ手分けして少女たちを家まで送ることになり、マシンウィンガーを持つハルトは、一番遠いリゼを担当することになった。

 

「なあ、その……お前は、どうしてラビットハウスで住み込みで働くことになったんだ?」

「藪から棒だね」

「いいだろ。私が働いてたころも、私だけ住み込みじゃなかったんだ。それぐらい、気になる」

「俺……というより、俺と可奈美ちゃんは、たまたまあてもない旅してたんだよ。それで、まどかちゃんのご家族の紹介で、ラビットハウスに住んでいいってことになったわけ」

「そうなのか……」

 

 リゼが、ヘルメット越しにツインテールを弄っている。

 

「リゼちゃん、そんなに住み込みがいいなら、頼んであげようか?」

「い、いい! 別に、そういうわけじゃないからな!」

「うわ、分かった! 分かったから揺らさないで!」

 

 マシンウィンガーが雪道で大きく揺れる。スリップしないようにスピードを緩め、路肩に駐車させた。

 

「ふう……結構リゼちゃんって、寂しがりなところあるよね」

「なっ……!」

 

 この発言はすぐに後悔した。

 リゼは目を回しながら、ハルトの首を絞めつける。

 

「ち、違うぞ! 私は別に寂しがってたりは……!」

「リゼちゃん、ギブギブ……!」

「ただ、前からずっとチノとココアの距離を見ていると、何かいいなって……」

「素直に言えば……いいのに」

「う、うるさい!」

「うががが! 息! 息できない!」

 

 ハルトはリゼの手を叩く。ようやく解放されたハルトは、久方ぶりの空気を大きく吸い込んだ。

 

「ふう……リゼちゃん、そういえばいつまでこっちにいるんだっけ?」

「正月三が日はこっちにいるぞ。そのあとは向こうに戻るけどな」

「そっか……」

 

 ハルトは冬空を見上げる。

 

「俺も旅、続けられるのはいつになったらなんだろうな……」

「どうした?」

「いや、何でもない。先、急ごうか。冷えてきたしね」

「ああ」

 

 再びリゼが、ハルトの背中にしがみつく。もう一度マシンウィンガーのアクセルを入れようとしたとき。

 

「ハルト、ちょっと待って」

 

 リゼが背中を叩いて呼び止めた。

 

「どうしたの?」

「何か、騒がしくないか?」

 

 今夜はクリスマス。町中もある程度騒がしいのは、至極当然だと思ったが、周囲を見渡せばリゼが疑問を持つのは当然だった。

 クリスマスのお祭り騒ぎではなく、疑問符による騒ぎだった。

 

「何だ?」

 

 しかも、騒ぎ立てているのは一人二人ではない。ロマンチックなひと時を迎えるはずのカップルも、夕食を終えて満足気な家族連れも、誰もが上空の一点を見上げていた。

 

「おい、あれを見ろ!」

 

 リゼが指さした上空を、ハルトも追った。

 雪雲にあった、数少ない切れ間。クリスマスの月明かりがわずかに残る夜空に、一つ。自然のものではない輝きがあった。

 白く、美しい輝きが、まるでもう一つの月のように光を放っているが、その光源が人型なことから、「天使」「神」という表現が、人々の中から聞こえてきた。

 

「何だ、あれは?」

 

 リゼもヘルメットを外して、言葉を失っている。

 

「何か、すごくきれいだ……」

「……あれは……」

 

 ハルトは目を細くして天使の姿を見る。

 やがて、ハルトの目に、天使の美しい白い天衣___などというものではなく、黒く、青いラインの走った体に美しい翼だけが付いている存在が映った。

 

「まさか……あいつが、エンジェル!?」

「え、エンジェル? なぜ英語?」

 

 思わず口走ったその存在。

 それは、高らかに言葉をつづった。

 

「聞け! 人間ども」

 

 それは、エンジェルの肉声か、それとも電波をジャックして周囲の機械から鳴らしているのか。見滝原を、その声が響いていた。

 

「今宵は、貴様ら人間の祝うクリスマスだ。主の生誕を祝う行事に、この天使も賛同しよう」

 

 

 

 エンジェルの声は、見滝原の全域に行き渡っている。つまり、

 片付けの最中の可奈美はラビットハウスを飛び出し。

 千夜とシャロとまどかを送り届けた真司と友奈は警戒し。

 マヤとメグとさやかの帰宅を確認したコウスケと響は、互いに頷く。

 

 

 

「天使より、人間ども。お前たちへの贈り物だ」

「!」

 

 マシンウィンガーから降りたハルトは、無意識に駆け出した。

 

「ハルト!?」

「新たなる破壊という名の贈り物だ!」

「変身!」

『ハリケーン プリーズ』

 

 緑の魔法陣を突き抜け、風のウィザードとなって上昇する。

 

『フー フー フーフー フーフー』

 

 だが、すでに天空のエンジェルは指をパチンと鳴らしていた。

 

「行け! 我が僕たちよ! ナモノガタリ! バリ・ボル・ダラ! ロー・オ・ザ・リー!」

 

 その声とともに、夜空より現れた、三体の異形。エンジェルを囲むように出現したそれぞれは、見滝原の三方向へ飛翔しようと別々の向きを向いていた。

 

「人間どもの世界を破壊し、新たなる世界への礎となれ!」

「させるか!」

『エクステンド プリーズ』

 

 ウィザードが使用した魔法陣により、右腕が伸縮自在となる。三体の異形を捉え、そして上空のエンジェルの足を捕まえる。

 

「私に触れるか、人間!」

 

 エンジェルが放った光の弾が、ウィザードに命中。元居た地点に落下した。

 

「は、ハルト……?」

 

 リゼが驚きの眼差しでウィザードを見つめている。

 ウィザードは「あはは……」と誤魔化し笑いをしながら、エンジェルたちを見つめる。

 

「リゼちゃん、できればこのことは、ココアちゃんたちには内緒にしてほしいんだけど」

「あ……ああ……」

「よろしい。それじゃ、ここは危ないから、少し逃げてて。あ、でも可奈美ちゃんを呼んでくれれば助かる」

「あ、ああ……待ってろ……」

 

 震える手で可奈美へ連絡するリゼ。彼女をしり目に、ウィザードは身構えた。

 

「お前がここにいるってことは、バングレイもいるのか?」

「マスターか? ふふ、今夜は貴様ら人間でいう、クリスマス。祝いの日なのだろう?」

 

 せせら笑うエンジェルの前に、三体の怪人が並び立つ。

 

「オーパーツの狩場を提供する。それが私の、マスターへのクリスマスプレゼントだ」

「ご主人想いでいいことで」

 

 ウィザードは、ウィザーソードガンを構える。

 そして。

 

「やれ」

 

 エンジェルの命令で、三体の怪人が、ウィザードになだれ込む。

 まず、二つの頭を持つ金色の怪人。その両腕に付けられた刃が、ウィザードの剣と何度もぶつかる。

 

「力が強いな……だったら……!」

 

 ソードガンで受け流しながら、左手の指輪をエメラルドからトパーズへ切り替える。

 

『ランド プリーズ』

「一気に決めてやる!」

 

 土のウィザードは、金色の怪人を蹴り飛ばす。トドメの指輪へ手を伸ばしたところで、白い三頭の怪人の妨害が入った。

 

「邪魔だ!」

 

 ウィザードはソードガンで、白い怪人へ連写。さらに、続く邪魔が入る前に、最後の怪人である黒い怪人の頭にウィザーソードガンの刃を突き立てる。

 

「ほう……」

 

 ウィザードを感心して見つめるエンジェルを気にすることなく、ウィザードはそのまま黒い怪人と取っ組み合う。全身をドリルで武装した怪人の腕をソードガンで反らし、地面へ流す。

 自らのドリルを地面に埋めてしまった怪人は、そのまま動けずに動揺を見せた。

 続けて攻め入る、白と金の怪人。ウィザードは左手の指輪をトパーズからエメラルドのものへ変更する。

 

『ハリケーン プリーズ』

 

 打って変わっての機動能力。ジャンプに加えられた緑の風が、ウィザードをより上空へ持ち上げた。

 

「次はこれだ!」

『チョーイイネ サンダー サイコー』

 

 生成された魔法陣より、緑の雷が荒れ狂う。それは、一か所に集まった三体の怪人の全身を痙攣させていく。

 ようやく雷の襲撃が収まったころ、三体の怪人はそれぞれバラバラの方角へ逃げようとした。だがウィザードは、彼らの動きを見据え、次の指輪を使っていた。

 

「逃がさない」

『バインド プリーズ』

 

 致命傷を負った三体の怪人を、風の鎖が縛り上げる。

 

「終わりだ」

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 

 上空のウィザードの足元に、緑の魔法陣が現れる。

 ウィザードがキックの姿勢で魔法陣を貫くと、その背後に竜巻が追随する。

 

「だあああああああああああ!」

「「「______」」」

 

 竜巻とともに、雷も威力の水増しとなった。ハリケーンのキックストライクは、三体の怪人に同時に命中、その姿を爆発させた。

 だがウィザードは、爆発に目もくれず、エンジェルへ斬りかかる。

 少しも焦らずにエンジェルは剣で防ぎ、鍔迫り合いとなった。

 

「やるな。再生したばかりのダークヘッダーたちでは相手にならぬか」

「お前を倒して、バングレイも止める!」

『フレイム プリーズ』

 

 エンジェルと打ち合いながら、ウィザードはその姿を火のウィザードへ変える。やがて、攻撃の手を強めるために、ウィザーソードガンのハンドオーサーに、コピーの指輪を読ませた。

 

『コピー プリーズ』

 

 魔法陣より、二本目のウィザーソードガンを取り出すウィザード。それを見たエンジェルは、鼻を鳴らす。

 

「ほう。二刀流か。モノクマから、戦いを止めようとしていると聞いていたが、意外と血の気が多いではないか!」

「そりゃ戦いは止めるけど、あえて町を攻撃しようとするやつとまで話し合うつもりはないものでね!」

「ふん、効率的だな」

 

 エンジェルは吐き捨て、ウィザーソードガンを弾き返す。天使は翼を羽ばたかせ、ウィザードを吹き飛ばした。

 

「ランディックオーブ 天装」

 

 さらに、黄色の宝珠を胸のスロットへ装填。エンジェルの前に出現した巨大な岩石がウィザードへ迫る。

 

『スモール プリーズ』

 

 だが、ウィザードは縮小の魔法で自らの体を小さくする。小さくなったと同時に通過する岩石を目上に見ながら、元に戻ったウィザードは更なる魔法を使う。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 魔法陣を貫く二本のウィザーソードガン。すると、貫いた部分が巨大な刃となり、エンジェルの体を突き刺す。

 

「ぬうっ……!」

 

 明確なダメージに顔を歪めるエンジェル。だが、彼の手にはすでに、次の宝珠が握られていた。

 

「スカイックオーブ 天装」

 

 エンジェルの手より、竜巻が発生。渦の中より雷が発生し、並木道をウィザードごと破壊しようとしてくる。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 だがウィザードは、そうはさせまいと大きな魔法陣を張る。雷と竜巻を防ぐも、長くは持たず、一部の雷が貫通し、ウィザードにダメージを与えた。

 

「ま、まだだ!」

『コピー プリーズ』

『コピー プリーズ』

 

 再び、複写の魔法。二度使うことで、一体が二体、二体が四体と、ウィザードが増えた。その代わりにコピーしたウィザーソードガンは消滅するが、ウィザードは構うことなく身構える。

 四人のウィザードが同時にソードガンの銃口をエンジェルへ向けたところで、エンジェルは笑った。

 

「面白い。ならば私は……シーイックオーブ 天装

 

 青い宝珠。それがもたらす効果は、ウィザードと同じ姿の変化。

 同じように同じ動きをする、四体のエンジェル。彼らは同じように剣を構え、ウィザードへ向かってくる。

 本物とコピー合わせて四体のウィザードの連射。だが、それは四体のエンジェルには全て透かされていく。

 

「当たらない!?」

 

 本物はどこへ? その疑問は、リゼの声だった。

 

「後ろ!」

 

 いつの間に回り込んだのか。背後で剣を振り上げたエンジェルの剣を、ウィザードは大急ぎで防ぐ。

 同時に、役割を終えたウィザードとエンジェルのコピーは消滅した。

 

「ありがとう、リゼちゃん! このまま……!」

『フレイム スラッシュストライク』

 

 ウィザードはそのままウィザーソードガンの手を開き、ルビーの指輪を読み込ませる。紅蓮の魔法陣と炎が刀身に宿り、エンジェルの剣を弾き飛ばす。

 

「何!?」

「終わりだ!」

 

 炎の刃が、エンジェルの体を引き裂く。

 

「ぬぅ!」

「もう一発!」

 

 間も置かず、ウィザードはもう一度ルビーの指輪をウィザーソードガンに読み込ませる。

 二度目の炎が、銀の刃に迸る。それが完全に満ちる前に、ウィザードはエンジェルの肩へ押し当てる。

 

「ぐうううううううう! おのれ、人間風情がああああああああ!」

 

 エンジェルの悲鳴を無視しながら、ウィザードは燃え盛る銀を振り抜く。

 白い雪の中に赤い軌跡を残した剣先は、やがてエンジェルの体にも赤い軌跡を刻みいれていく。

 やがて。

 

「ありえない……ありえないいいいいいいいいいいい!」

 

 赤い亀裂とともに、エンジェルの体は爆発を迎えた。

 

 

 

 爆風とともに雪は消し飛び、ウィザードの姿はハルトに戻った。

 

「やった……のか……?」

 

 倒れそうになったハルトは、後ろからリゼが支えた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 リゼが心配そうにハルトの顔を覗き込む。

 ハルトは「うん、大丈夫……」と答えて、エンジェルが出現した上空を見上げた。

 

「嫌な予感がする……」

 

 さっきと変わらず、雪は延々と降り積もっていった。

 



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散花絢爛

今日のニチアサ、エキストラの人たちのほとんどがマスクだったなあ……


「あっははははは!」

 

 その笑い声に、可奈美は反射的に千鳥を抜いた。

 見滝原の街灯。その一角より現れた桜色を、可奈美は防御する。

 

「やっぱりやるね。……おねーさん……!」

「結芽ちゃん……!」

 

 バングレイにより、可奈美の記憶より再現された刀使、燕結芽(つばくろゆめ)。彼女はそのまま、御刀にっかり青江の力を強めていく。

 

「やっとおねーさんと戦える。この時をずっと待ってたんだ」

「燕……結芽……ちゃん……」

 

 かつて、十条姫和を失った時、敵として戦い、人知れずに病で斃れた刀使。彼女は可奈美を見て、キヒッと笑む。

 

「前は途中で邪魔が入ったからね! 今回はそうはいかないから!」

「っ……!」

 

 彼女の切っ先が、可奈美の頬を掻っ切る。あとコンマ一秒でも遅かったら、顔に治ることのない傷がつくところだった。

 

「楽しもうよ、千鳥のおねーさん!」

 

 ほんの一息に、三連続の斬撃を放ってくる結芽。その連撃を受けている最中、可奈美は自らのなかの気持ちの高ぶりを感じていた。

 

「ほら、どんどん行くよ!」

 

 可奈美自身を上回る攻撃性能。かつて戦った時は見えなかった、天然理心流の極致。

 

「ほらほら、おねーさんも! 新陰流、もっと見せて!」

「……うん!」

 

 その時点で、エンジェルの存在は可奈美の脳から消えた。

 

「はあっ!」

 

 結芽の連撃を受け流し、可奈美は返しの一手を振るう。だが、結芽も見る目も追えない速度の連撃が、可奈美へ跳ね返る。背筋を反らしてそれを避け、にっかり青江を蹴り飛ばした可奈美は、結芽の体へ一太刀を浴びせる。

 

「うわあ~……なんちゃって」

 

 結芽は余裕の表情で、可奈美へ剣を向ける。

 そのまま、何度も何度も。

 ほとんど二人だけの世界で、可奈美と結芽は打ち合いを続けていた。

 可奈美の連撃は結芽が流し、結芽の三連突きは可奈美が弾く。

 そのまま、可奈美と結芽は、打ち合いの火花で宇宙の星々を紡いでいく。夜の暗闇で光る閃光は、まさに星々の輝きだった。

 

「やっぱりすごい……! もっと……もっと見たい! この子の剣を!」

「見せてあげるよ! 私のすごいところ! だから、おねーさんも見せてよ!」

「いいよ……だったら、いくらでも見せてあげる! だから、結芽ちゃんも見せて!」

 

 今、見滝原の町。避難が進んでいるこの地区は、二人だけの世界。

 結芽の一挙手一投足と、自分の動きが繋がっているようだった。

 彼女の動きを見て、パズルのピーズを嵌めるようにそれに応じるべき動きを勝手に体がしてしまう。彼女も同じように、可奈美の撃たれて返すスタイルの剣撃へ、最適解を出してくる。

 

「何て研ぎ澄まされた剣……! この剣、いつまでも受けていたい……! 結芽ちゃんに、いつまでも受けてほしい!」

「やっぱりおねーさん、最高!」

 

 それから、結芽と再び宇宙を作り上げる。

 何度も。何度も。

 

 だが。

 

「我流 燕撃槍!」

 

 天空より、無数の黄色の流星が降り注ぐ。

 

「何!?」

 

 結芽は驚いて、降り注ぐ流星群を打ち落としていく。だが、さらにその中から、桃色の輝きが彼女へ突撃していく。

 

「勇者キック!」

「友奈ちゃん!?」

 

 結芽へ、まっすぐに蹴りを行う友奈。結芽は慌ててにっかり青江で防御し、受け流す。

 

「邪魔……しないで!」

 

 結芽は着地した友奈へ斬りかかる。

 だが、友奈は防御と同時に逆に殴り返した。

 結芽はバックステップで躱し、友奈、そして可奈美の前に降り立った響へ怒鳴った。

 

「いいところだったのに……! どうして邪魔をするの!?」

「可奈美ちゃん、大丈夫? 助けに来たよ!」

 

 友奈がそう言った。

 だが、可奈美はそれ以上に、立ち合いに割り入られたことに腹が立っていた。

 

「友奈ちゃんに響ちゃん、退いて! あの子と決着付けなくちゃいけないの!」

「え? もしかして私達、お邪魔虫?」

「やっと戦える……! 結芽ちゃんと、決着つけられる!」

 

 可奈美は響を押しのけながら前にでる。だが、友奈は可奈美の前に立つ。

 

「落ち着いて! 可奈美ちゃん、今状況分かってる? エンジェルが現れたんだよ!」

「エンジェル……?」

 

 さっきまでそのために動いていたのに、可奈美は完全に忘れていた。

 スマホにはリゼからの着信があったにも関わらず、可奈美はそれでも結芽と戦いたいと考えていた。

 

「可奈美ちゃん、今はそれどころじゃないでしょ!」

「でも!」

「エンジェルがいるっていうことは、バングレイもいるってことだよ! あの宇宙人が、響ちゃんを手に入れるためなら、街をどんどん壊していくことだって知ってるでしょ!」

「……!」

「可奈美ちゃん」

 

 友奈に続いて、響も言う。

 

「ごめんね。私もできれば、あの子と可奈美ちゃんの手を繋いであげたいけど、今はみんなを守る方が優先だよ。あの子との戦いは、また今度にしてくれない?」

「響ちゃんまで……」

 

 可奈美は歯を食いしばりながら結芽を見つめる。

 結芽は「退いて! 私とおねーさんの決着の邪魔をしないで!」と訴えている。

 可奈美は千鳥を握る腕を強くして。

 

「……分かった。早く、エンジェルとバングレイのところに行こう」

「うん!」

「オッス!」

 

 友奈と響が並ぶ。

 三体一になった。その状況に、結芽は怒った顔を鎮める。

 

「あ……そう。いいよ。三人で来るんだ。ケガしても知らないからね!」

 

 結芽はにっかり青江を構え、駆け出してきた。

 彼女へ、まずは響が前に出た。

 

「私、立花響! 貴女も、戦うんじゃなくて、一緒に皆を守るために戦おうよ!」

「ええ?」

 

 響の言葉に、結芽は口を尖らせた。

 

「何で? それじゃあ、おねーさんたちに私のすごいところ見せられないじゃん」

「私達じゃなくて、他の皆を助けて、君のすごいところ見てもらおうよ!」

 

 友奈も響に続く。結芽は頭の後ろで「ええ~?」と手を組む。

 

「でもなあ……じゃあさ!」

 

 結芽がイタズラっぽい笑みを浮かべた。

 

「三人でいいからさ、私を倒してみてよ! そうしたら、言うこと聞いてあげる!」

「「え?」」

 

 響と友奈がきょとんとした。

 だが、「うん、それがいいよね!」と一人で納得した結芽は止まらない。

 

「だからさ、私を楽しませてよ!」

 

 そういって、結芽は走り出す。

 可奈美たちの中で、友奈がそれに一番に反応した。

 

「勇者パンチ!」

 

 桃色の光を纏った拳。

 だが、それが結芽に届くことはない。

 友奈が結芽の間合いに入ったとき。それは、彼女が結芽の反撃を許した瞬間。

 目にもとまらぬ速さで、結芽は友奈の体を切り刻んでいく。

 

「うぐっ!」

 

 傷だらけで地面を転がる友奈。だが、結芽は続けて、彼女の体を跨いで響へ攻め入る。

 

「ほらほら、どんどん行くよ!」

「くっ!」

 

 響は結芽の剣をガングニールの腕でガード。その隙に、可奈美も剣を打ち込んだ。

 だが、結芽は先読みし、可奈美の背後に回り込む。一拍の間の三回の突き技で、可奈美と響を地面に転がす。

 

「それ程度じゃあ、私は止められないよ!」

 

 結芽はジャンプで三人から離れる。可奈美、響、友奈はそれぞれ立ち上がりながら次の結芽の動きに身構える。

 結芽は「キヒッ」と声を上げ。

 

「少しだけ。本気出してあげる。びっくりしてくれるよね?」

 

 彼女の雰囲気が変わった。

 雪の中にたたずむ彼女の周りを、あたかも蝶が舞う幻覚を、可奈美は感じた。

 そして。

 

胡蝶迅雷(こちょうじんらい)

 

 その動きは、直線的。だが、可奈美、響、友奈のカウンターは受け付けない。

 同じ直線に並んでいた友奈のパンチをかわし、響の蹴りを流し、可奈美の千鳥を切り払う。

 すでに、結芽の姿は三人の背後にいた。

 

「キヒッ」

 

 結芽の笑い声。それに振り向いた可奈美達は、

 

「うっ!」

「がっ!」

「ぐあっ!」

 

 自らのダメージに気付き、倒れた。

 

「あれれ? おねーさん達、弱すぎ~!」

 

 結芽は振り返り、にっかり青江を振りながら言った。

 

「そんなんじゃ、私を味方にできないよ?」

「ま、まだまだっ!」

 

 友奈が自らに発破をかけて起きあがる。

 

「うおりゃああああああ!」

 

 友奈は回転蹴りを放った。だが、全てを先読みした結芽は、むしろしゃがんで友奈の足を払い、がら空きになった彼女の腹へ唐竹割。

 

「がっ!」

 

 友奈は悲鳴とともに、その場で気絶した。

 

「友奈ちゃん!」

「甘いよ」

 

 駆けつけた響はさらに結芽の連撃を喰らう。

 

「響ちゃん!」

 

 結芽の剣を受けようと立ちはだかる可奈美だが、彼女の猛攻を防ぎきることはできない。結芽の一撃で、響とともに転がってしまった。

 

「こうなったら……! うおおおおおおおおおおおお!」

 

 追い詰められた響が叫ぶ。すると、その体より雷光の輝きが天へ伸びていった。

 雪雲を雷雲に書き換える雷は、やがて響の体を甲冑に作り変えていく。

 サンダーベルセルク。オーパーツの力が、彼女の全身に宿っていた。

 

「へえ……面白いじゃん」

 

 響の新しい姿に、結芽は不適な笑みを浮かべる。

 

「千鳥のおねーさん以外にもこんなにすごい人がいたんだ! ねえ、見せてよ!」

 

 結芽はその刃先を可奈美から響に変更する。

 向かってきたにっかり青江に対し、響は背中に付けられたイナズマケンで防御する。

 珠鋼(たまはがね)の剣と雷の剣のぶつかりは、ビリビリと乾燥した空気に電気を走らせていく。

 

「ほらほら、もっともっと!」

 

 結芽は笑顔で、響の剣を受ける。

 だが、オーパーツの力を得たとはいえ、響は剣を手慣れてはいない。徐々に結芽の方が優勢になっていく。

 

「響ちゃん!」

 

 可奈美も響に加勢する。

 

「おおっ! おねーさんも来る? それって、二人がかりじゃないと私を倒せないってことだよね!? 私って、すっごく強いってことだよね!」

「うん、そうだよ結芽ちゃん! 多分、私がこれまで戦ってきた刀使の中で、すごく強いよ!」

 

 もし、彼女と比肩できる剣の使い手がいるとすれば、可奈美が知る中では十条姫和かアカメくらいだろうと可奈美は思った。

 

「じゃあ、これで決着付けようか!」

 

 結芽は大きく踏み込む。

 大技が来る、と可奈美が思った時。すでに結芽は、二発の突きを放っていた。

 それはそれぞれ、防御が遅れた可奈美と響の体に突き刺さる。

 

「うわっ!」

「うっ!」

 

 ダメージを受けた可奈美たち。その間に、結芽は飛び上がり、近くの建物の壁に密着する。

 

「これで、終わり!」

 

 結芽はそこから反発。可奈美と響へ一気にトドメの突きを放った。

 だが、それに合わせて、響はイナズマケンを振り上げ。

 可奈美もまた、写シの色を深紅に染め上げた。

 

散花絢爛(さんかけんらん)!」

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

「我流! 超雷電大剣(サンダーボルトブレイド)!」

 

 三つの剣が、雪景色を光に溶け込ませていく。

 

 

 

 やがて、可奈美が視界を取り戻したとき。

 

「まだ……まだ……!」

 

 生身に戻っていた可奈美と響の前には、体が粒子状に消滅しようとしている結芽がいた。

 

「まだ、私は終わってない!」

「結芽ちゃん……!」

 

 もう、消滅は間違いない。

 バングレイの悪戯によって記憶より呼び戻された死者は、今再びこの世から消滅しようとしている。

 だがその刹那、結芽は可奈美の襟首をつかんだ。

 

「消えたくない……! 消えたくない! 何にもいらないから、私は皆に覚えてほしい……! 私が強いところ、おねーさんは覚えているんだよね!」

「結芽ちゃん! 私は!」

 

 だが、結芽の体は可奈美の返答を待ってくれなかった。

 すでに結芽の体は、粉々になって消滅。光となって、雪の中に溶けていった。

 

「……私が結芽ちゃんを覚えていたからこそ、今こうして記憶から呼び戻されたんだよ」

 

 その答えは、雪だけ。

 

「私は、絶対に忘れないよ。初めて戦った時も、今回も。結芽ちゃんは、誰よりもすごい刀使だよ」

 

 それ以外、彼女への弔いを見つけられなかった。

 



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聖夜の狩り

今回で100話!
特に特別回はありません!


「だあくそ! 響のやつ、どこ行った!?」

 

 クリスマスの夜は人で混む。

 そんな当たり前のことを、コウスケは完全に失念していた。

 それも、天使の降臨などという珍事もあったのだから、混雑する人々を切り抜けることなど多田コウスケには難しい。

 

「響! こういう時のために格安スマホ持たしてんのに……!」

 

 すでに通算十数回目の通話にも応じない。この時響が結芽と戦っていたなどと、コウスケは夢にも思わなかった。

 

「ついでにどこもかしこもアベック(リア充)ばっかだし!」

「ちょっとアンタ」

「何だ!?」

 

 いきなり声をかけられて、コウスケは思わず大声を上げた。

 振り向くと、高校生くらいの女の子がいきなりぐいと顔を近づけてきた。

 カチューシャが特徴の少女。しかも可愛い顔なので、少しコウスケもドキドキしてしまった。

 

「な、なんだよ?」

「アンタ、さっきの天使見たでしょ? ねえねえ、どこに行ったか知らないかしら?」

「知らねえよ」

 

 すると、少女は心底詰まらなさそうにため息をついた。

 

「はあ。結局これか……今日も収穫なしね……いつの間にかあの天使いなくなっちゃうし……」

「おい、お前あの天使を追ってんのか?」

「ええ、そうよ!」

 

 少女はクルッと回転し、ウインクする。

 

「あんなの、面白いじゃない! ここ最近、見滝原は訳の分からないことばかり起こっているわ。これはきっとこれからも、すごいことが起こり続けるのよ!」

「……すごいこと?」

「中学校が変な空間になったり、アマゾンとかいう危険な生物が現れたり。そして今度はクリスマスに天使よ天使! このつまらない日常が、どんどん変わっていく! きっとどこかに宇宙人未来人超能力者がいても不思議じゃないわ!」

「……」

 

 コウスケの口は、無意識にもへの字になっていた。

 

「お前、少しは……」

 

 コウスケが声を荒げようとした時。少女の肩に、何者かがぶつかる。

 

「あいたっ!」

 

 バランスを崩した少女。その肩を掴み、(その拍子で胸に腕が当たってしまったが彼女は気にする様子もない)コウスケはぶつかった人物を見る。

 

「……」

 

 こちらには一目もくれない青年。雪のように白い髪と、現代ではまずお目にかかれない民族衣装、そして何より特徴的な赤い目の人物だった。

 

「お前……!」

 

 その人影を目にしたコウスケは、少女を放って走り出す。

 

「あ、ちょっと!」

 

 抗議する少女の声を無視して、コウスケは彼の後を追いかける。

 

「おい待て! ソロ!」

 

 クリスマスの大賑わいの中のコウスケの声。だがそれは、ソロにはどうやら届いたようだった。

 彼の視線が、一瞬コウスケを捉える。

 刹那、足を止めてくれるかとコウスケも思ったが、ソロはペースを落とすことなく歩み続けた。

 

「お、おい!」

 

 やがて彼は、クリスマスの光あふれる街道より、暗い裏路地へ入っていく。普段人も寄り付かないような狭い通路で、コウスケは叫んだ。

 

「おい!」

 

 コウスケが叫ぶと、彼は少しだけ振り向いた。

 その血と見紛うほどの赤い瞳は、コウスケを捉えると、その足を止めた。

 

「キサマ……ビーストか」

「そういうお前は、ブライ……だろ?」

 

 息を整えたコウスケは言った。

 すると、ブライ___その正体、ソロは静かに顔をこちらに向けた。

 

「キサマ……どこでその名を?」

「先にこっちの質問に答えてからだ」

 

 コウスケはソロの言葉に言いかぶさった。

 

「お前、そのブライの……ムーの力、どこで手に入れた? オーパーツのことも、どこで知った? それに……」

 

 それは、コウスケが一番知りたかったことだった。

 

「お前、一体何者なんだ!?」

「……」

 

 だが、ソロは言葉を返さない。

 静かに、ポケットより古代の電子端末を取り出した。

 

「お前……やる気か!?」

 

 肯定するように、端末より、胸の紋章と同じ紋様が浮かび上がる。

 紫色のそれは、彼の四方を包むように数を増やしていく。やがて紫の光とともに、ひと際大きな紋章が出現する。

 最後に両手を広げたソロは、宣言したのだ。

 

「……電波変換……!」

 

 やがて、紫の光はバラバラに霧散する。

 真っ白な雪景色に現れた、黒と紫の戦士。

 その名も。ブライ。

 

 ブライはそのまま、その紫の右手に光を集めだす。

 

「お、おいおいおい! この狭いところでその技使うのかよ!」

 

 コウスケが静止するのも聞かず、ブライの拳より紫の光が握りこぶしの形で飛び出す。

 それは裏路地を破壊し、建物をも削っていく。

 だが、その爆炎の中。コウスケは、自らが手に入れた異能の力をすでに発動させていた。

 

『L I O N ライオン』

 

「少しは会話しやがれ!」

 

 ダイスサーベルを持ちながら、魔法使い、ビーストはブライへ斬りかかった。

 ブライは紫の拳より剣を取り出し、ダイスサーベルを防ぐ。

 

「おい、お前がオレの質問に答えりゃ、お前の質問にも返してやるっつってんだろ!」

「なぜ敵であるキサマと会話する必要がある?」

「そりゃある意味ごもっとも!」

『バッファ ゴー バッバ ババババッファー』

 

 ビーストの右肩に、闘牛のマントが装備された。赤い力を宿すそれが、拮抗する鍔迫り合いを大きく変えていく。

 

「うおらぁ!?」

 

 バランスが崩れ、ビーストが倒れる。

 力勝負での敗北を認めたブライが、即座にビーストを受け流すことを選択したが故だった。

 隙だらけになってしまったビースト。すでにブライは、踏み込んでビーストを切り上げた。

 

「ぐぉっ! だったら……!」

 

 ビーストは宙に放られながら、指輪を入れ替える。

 

『ファルコ ゴー ファ ファ ファ ファルコ』

 

 牛のマントが、隼のものと入れ替わる。オレンジの風を纏うそれは、ヒットアンドアウェイの要領でブライに攻撃を加えていく。

 

「力づくでも会話させてやるぜ!」

『ゴー キックストライク ミックス ファルコ』

 

 オレンジの風を纏わせた蹴り。それは、上空からブライへ真っすぐ滑っていく。

 ビーストの技に対し、ブライはその剣を大きく振る。

 やがて、オレンジと紫は狭い路地裏で激突した。

 人のいない建物を風と光が引き裂き、街灯をへし曲げていく。

 大爆発の中、ビーストとブライはダメージによって変身を解除してしまう。

 だが、それぞれダイスサーベルと剣を持ったまま、コウスケとソロは互いの喉元に突き付けていた。

 

「……なあ、ここは引き分けってことで、互いの知りたがってること、教え合わねえか?」

「……」

 

 ソロはギロリとコウスケを睨んだ。だが、彼の眼差しに臆することなく、コウスケは「どうなんだよ?」と尋ねた。

 

「……ふん」

 

 ソロは鼻を鳴らし、剣を手放した。紫の煙と化して消滅したそれを見届け、コウスケもダイスサーベルを下ろした。

 

「キサマから言え。ブライという名、誰から聞いた?」

「ああ? キャスターだ。ほら、この前の銀髪のねーちゃん」

「……」

 

 ソロは顔色一つ動かさない。左目からその頬に刻まれた赤い紋様に落ちた雪が解けていくのがはっきりと見えた。

 

「おら。質問には答えてやったんだ。てめえもこっちの問いに答えるのが筋ってもんだろ?」

 

 その言葉に、ソロは表情を少しも変えなかった。たとえ彼の顔がお面だったとしても驚かないだろう。

 

「俺にも聞かせろよ」

 

 突如聞こえてきたその声に、コウスケとソロは口を閉じた。

 いつの間に来たのか、路地の入口には青い宇宙人が寄りかかっていた。

 

「てめえは、バングレイ!」

 

 六つ目の怪物、バングレイは、その黄色の目でコウスケとソロを吟味する。

 

「メリークリスマス! こんなめでてえ日に何男二人でこんな辛気臭えとこにいんだ? もっと外でバリ喚き散らそうぜ?」

 

 バングレイはゆったりとしたペースで路地裏に入ってくる。

 戦いによって少し傷付いた周囲の建物に、バングレイは鎌でさらに傷を増やしていく。

 

「あー……お前か」

 

 バングレイは、どこからか取り出した手のひらサイズの機械をソロへ掲げて呟いた。

 

「お前、オーパーツ。持ってんだろ?」

「「!」」

 

 バングレイの言葉に、コウスケとソロは身構える。

 すると、バングレイの六つの目が「やはりな」とニヤリと歪んだ。

 

「コイツはいい! 地球から俺へのクリスマスプレゼントだ!」

 

 バングレイは鎌をパンパンと叩く。

 

「お前、ブライって奴だろ? ムーの番犬」

「……」

 

 ソロの雰囲気に、憤怒の感情が含まれた。

 コウスケは、横目でソロを見つめながら、ビーストの指輪を再び装着した。

 

「おい、順番待ちだ。オレが今話しを聞いているんだからよ、少し待て」

「バリ! お断りだぜ。待つより奪う主義なんだよ、俺は!」

 

 そう言い切り、バングレイはコウスケへ左手の鎌を振り下ろしてきた。コウスケとソロは同時にバックステップでそれを避け、街道に出る。

 

「なあああああああああクソっ! これじゃキャスターの情報漏れ損じゃねえか! へん~しん!」

「ふん……電波変換!

 

 同時に、ビーストとブライへ変身。その様子を見て、バングレイは喜びながら裏路地より出てきた。

 

「いいねえ……! 三つ目のオーパーツの狩りの時間だ!」

「……消えろ」

 

 ブライは、地面に拳を叩きつけた。

 紫の衝撃波が発生、地面を伝いながらバングレイへ向かう。だが、「バリッ!」と地面を斬り裂いたバングレイには届くことはなかった。

 

「ブライの力、見せてみろ!」

 

 バングレイはバリブレイドを持ち、鎌と二刀流でブライへ斬りかかった。

 ブライも紫の拳に手を触れ、無より剣を創出する。その剣技で、バングレイと応戦した。

 

「お、おい!」

 

 二人の戦いは、クリスマスの街をお構いなしに展開していく。クリスマスツリーはバングレイの鎌に切り倒され、イルミネーションはブライの無数の拳に破壊されていく。

 

「ああもう!」

 

 エンジェルの出現で唖然とした人々は、急に避難などできない。二人の攻撃の流れ弾が人々に当たらないよう、ビーストはダイスサーベルを回転させた。

 

『4 ファルコ セイバーストライク』

 

 ダイスサーベルから、四体の隼が出現。ブライとバングレイの流れ弾と相殺していく。

 さらに、転んだ女性を助け起こし、「早く逃げろ!」と促す。

 

「てめえらも、戦うなら他所でやれ!」

 

 周囲に人はいなくなった。

 ビーストはダイスサーベルで、バングレイとブライを止めようと動き出した。

 だが。

 

「うるせえ!」

 

 バングレイはバリブレイドを投影。キリキリと回るそれをしゃがんで避けた瞬間。バングレイの接近を許してしまった。

 

「お前の記憶、もらうぜ!」

 

 バングレイがビーストの頭を掴み、離す。そのタイミングで、ブーメランのように帰ってきたバリブレイドがビーストの体を引き裂いた。

 

「お前はコイツと遊んでな!」

 

 バングレイがそう言いながら手を翳すと、青い粒子とともにかつてビーストが倒したファントムが現れた。

 

「邪魔すんじゃねえ!」

 

 取っ組み合ううちに、ビーストはブライとバングレイの戦いから引き離されてしまう。

 だが。

 

「ディバインバスター」

 

 突如聞こえてきた女性の声。桃色の光の柱が、ファントムを跡形もなく粉塵に帰した。

 

「お、きゃ、キャスター!」

 

 雪の夜空に浮遊する、黒い衣服の女性。四枚の羽根が、まるで天使のよう。

 キャスターが、バングレイを睨み、そしてブライを見下ろした。

 

「ブライ。貴方のオーパーツを、いただく」

「キサマ……ムーを汚す愚か者……! ムーの誇りにかけて、キサマのオーパーツを返してもらおう」

 

 ブライはバングレイを蹴り飛ばし、その剣をキャスターへ向ける。

 

 それを見たバングレイは、大笑いした。

 

「いいねえいいねえ! バリ、面白れぇ! 狩りの最中にもう一匹来やがった!」

 

 バングレイは、先ほどの機械をキャスターにも向ける。

 

「お前も、オーパーツ持ってんだな!? この星、本当に最高だぜ! クリスマス、最高だぜ!」

 

 喜びの声とともに、バングレイは。

 その手の機械___オーパーツ発見機___を握りつぶした。

 それを見下ろすキャスターは、すぐさま行動に映っていた。

 

「消えなさい」

 

 キャスターの手元に、無数の黒い矢が現れる。雪に匹敵する量のそれは、ビースト、ブライ、バングレイを容赦なく付け狙う。

 

「危ねえ!」

『ドルフィン ゴー ド ド ド ドルフィン』

 

 ビーストは、大急ぎで紫の指輪を、ビーストドライバーの右側のソケットに差し込む。現れた魔法陣が右肩にイルカの装飾を付けさせた。

 水生生物であるイルカの魔法。それは、治癒魔法だけではなく、固形物の中の遊泳能力も授けてくれた。

 ビーストはアスファルトへ飛び込む。あたかも石灰でできた地面は、液体だったかのように飛沫を上げながらビーストの入水を受け入れた。

 その後、天から無数の矢が一帯に降り注ぐ。

 

「っ!」

「バリっ!」

 

 退避手段を持たないブライとバングレイは、完全に回避する手段はない。それぞれの得物で矢を打ち落とすが、打ち漏らした矢は、確実に体にダメージを与えていった。

 地上に戻ったビーストは、それを見て冷や汗をかく。

 

「ふえ……おっかねえ」

 

 さらに、空中のキャスターの攻撃は続く。

 無数の黒い光線が、彼女の腕より放たれる。クリスマスの街を塗りつぶすそれは、綺麗な舗装道路を瞬時にむき出しの地表に塗り替えていく。

 

「くそがあ! テメエ、空中からとか、俺に狩られる気あんのか!?」

 

 光線を避けながら、バングレイが怒声を飛ばす。

 だが、キャスターは彼を見下ろし、冷たく吐き捨てた。

 

「あるわけがない。外宇宙の者。消えなさい」

「ふざけんなよ? この世は全て、俺に狩られるためにあんだよ! テメエみてえなクソアマが……!」

 

 だが、無情にもバングレイにはキャスターへ対抗する手段はない。

 やがてバングレイは「仕方ねえ」と毒づく。

 

「オラァ! 令呪! 使ってやるよ! 来いよエンジェル! 今すぐ! 大至急! このクソアマをぶちのめして、オーパーツを奪いやがれ!」

 

 すると、バングレイの右手に輝きが宿る。

 

「令呪だと……!?」

 

 ビーストは驚きの声を浮かべた。

 令呪。聖杯戦争における、サーヴァントへの絶対命令権。わずか三回しか使えず、全てを使い果たしてしまえば、サーヴァント及び聖杯との繋がりさえも切れてしまうもの。

 そうしている間に、バングレイの手に刻まれた紋様は、その一部の姿を消した。

 それはつまり。命令実行ということ。

 

 雪に混じって、降ってきた白い羽根。

 

「マスターよ。命令に応じ、来てやったぞ」

 

 遥か上空。雪雲を斬り裂き降臨した天使(エンジェル)

彼は空中で静止し、同じ目線のキャスターを睨む。

 

「マスターよ。この女を倒せばいいのだな?」

 

 エンジェルは、キャスターをじっと睨む。四枚の白い翼を広げた彼は、肩をぽきぽきと鳴らした。

 それを見て、バングレイは「バリ」と鼻を鳴らした。

 

「どこにいたんだ? 世間はお前の話題で持ち切りだぜ?」

「何。少しウィザードと遊んでいただけだ。愚かな奴は、私を倒したと思っているのだろうがな」

 

 エンジェルは剣を持ちながら言った。

 バングレイは「そうかよ」と頷き。

 

「ああ! そいつからオーパーツを奪い取れ!」

「承知した」

 

 白い翼と黒い翼。

 二人の天使が、クリスマスの夜空で激突。

 

「さあ、こっちも狩りの続きといこうぜ!」

 

 そして地上では、宇宙人の狩人(バングレイ)がビースト、ブライへ攻め入った。




ほむら「まどか!」
まどか「ほむらちゃん!? メリークリスマスだね。どうしたの?」
ほむら「……家に、いるのよね?」
まどか「だってもうこんな時間だよ? さっきまではラビットハウスでパーティしてたけど……」
ほむら「そう……よかった……」
まどか「あ、待って! よかったら、送るよ?」
ほむら「必要ないわ。……そうね。今夜は、クリスマスだったわね」
まどか「ほむらちゃん?」
ほむら「何でもないわ。今日は、もう家から出ないのよね?」
まどか「うん……そうだけど……」
ほむら「そう。ならいいわ。メリークリスマス。まどか」
まどか「え? うん。あ、帰っちゃった……」


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集まるオーパーツ

真司「ハルト!」
ハルト「真司! ここにいたんだ……あれ? 送ってたんだよね?」
真司「もう送ったよ。お前、さっきエンジェル見たか?」
ハルト「ああ……」
真司「俺もさっき友奈ちゃんとみてさ、手分けして探してるんだ。あいつ、絶対に場危ない奴だからな」
ハルト「大丈夫。さっき……多分、倒した……と思う」
真司「倒した?」
ハルト「さっき、エンジェルと戦って……爆発したから多分」
真司「お前……これでエンジェルのマスター、もう戦い止めてくれない……」
ハルト「いや、あのマスター元々戦い止める気ない人なんだけど」
真司「そういう問題じゃ……ああもう! こうなったら、エンジェルのマスターにはもう平和的に聖杯戦争を降りてもらうしかねえ! 探すぞ!」
ハルト「お、おう」


「ディアボリックエミッション」

 

 キャスターが唱えると、ぐんぐん球体型の闇が広がっていく。凄まじい破壊力を誇るそれにはエンジェルも避けたいのか、大きく翼を広げて上昇する。

 

「逃がさない」

 

 速度では劣るが、キャスターにも飛行能力はある。四枚の漆黒の翼を広げ、純白の翼の天使を追った。

 遠目で、エンジェルがすでに宝珠を胸に装填していた。

 すると、キャスターの周囲に旋風が舞う。それは徐々に数を増やして壁となり、円を描く竜巻となった。

 

「くっ……」

 

 キャスターは両手より黒い光線を放つ。だが、風は魔力の光を遮り、むしろ跳ね返してくる。

 さらに、逃げ場のなくなった竜巻の中を、上空のエンジェルが雷を放った。下に逃げようにも、キャスターは彼の雷から逃げられるほど早くはない。

 防ぐしかない。

 キャスターは両手を出し、そこに魔法陣を発生させる。黒と紫の魔法陣は雷を防ぎ、反射させながらキャスターのエンジェルへの接近を許した。

 

「ほう……」

 

 エンジェルは笑みながら、剣を取り出す。

 同時にキャスターは雷を防ぎきり、右手に装着された装備を突き出す。黒の盾をベースに灰色が彩られたそれから、黒い光線が発射。それはエンジェルの右上翼を貫き、彼の顔を苦痛に歪めた。

 

「おのれ!」

 

 エンジェルが剣を振るう。キャスターは右手の武器で防御したが、エンジェルはすぐさま太刀筋を切り替え、それを弾き、キャスターの体へ斬撃を叩き込んだ。

 魔力障壁さえも突破した彼の一撃で、キャスターは少し体を回転させられる。さらに、エンジェルはその腕より雷を放った。

 

「っ!」

 

 反応が遅れ、防御手段が取れない。

 その攻撃は、的確にキャスターを貫いた。

 

「っ……!」

 

 だが、キャスターはまだ倒れない。エンジェルの下で体制を立て直し、傍らの本がパラパラとめくられた。

 

「ミストルティン!」

 

 七本の白い矢が、キャスターの前に発生し、エンジェルへ飛ぶ。

 

「無様だなキャスター! そのような技など……何?」

 

 矢を弾いたエンジェルは、その効力に目を見張る。彼の腕が、剣ごと石になっていたのだ。

 

「貴様!」

 

 さらに、キャスターの攻撃は続く。

 本が新たに導いた魔法。それは、轟雷。

 どこからか手にした、黒い柄。そこより伸びる、大きくて巨大な金の剣はキャスターの動きに応じて周囲に轟雷をまき散らす。

 

「プラズマザンバーブレイカー」

 

 振り下ろされた雷の刃。それは、キャスターの石化した剣を破壊し、エンジェル本体にもダメージを与えた。

 

「ぬおおおおおおおおおお!」

 

 エンジェルの上を取った。

 キャスターは何よりも先に、追撃を優先させる。

 金色の次は桃色の光。天空の星々より集う光が、キャスターの前に集積されていく。

 だが、すでにエンジェルは翼で復帰している。

 

「なかなかやるではないか。シーイックオーブ 天装

 

 青い宝珠で、右手の石化を解除したエンジェルは、そのままこちらへ攻め入る。

 キャスターは眉をひそめながらも、告げた。

 

「スターライト……」

「甘い!」

 

 エンジェルが指をパチンと鳴らす。

 

「……?」

 

 その意図を、キャスターは図ることができなかった。

 そして、それがキャスターの失態となった。

 

「っ!」

 

 キャスターの周囲を、白、黒、金の柱が覆った。ゆっくりと回転するそれは、キャスターを中心に回る衛星のようだった。

 

「これは……?」

「何、私の(しもべ)の亡骸だ」

 

 エンジェルはほくそ笑む。

 だが、キャスターは構わず、再び光線を発射しようとする。だが、

 

「さあ、やれ! ナモノガタリ! バリ・ボル・ダラ! ロー・オー・ザ・リー!」

 

 三本の柱は、それぞれが正三角形を描く位置に固定された。

 危険を予知したキャスターは、技を中断して白と金の柱へ向けて手を伸ばす。

 だが、遅かった。

 

「スカイックオーブ 天装」

 

 赤い宝珠。それは、エンジェルの胸の窪みに吸い込まれると、赤い風とともに鎖となり、キャスターを縛った。

 同時に、チャージが完了した桃色の星の集いが消滅。桃色の光が空中に分解されていった。

 

「こんなもの……ん?」

 

 外見の強度と実際の強度が釣り合わない。

 顔をしかめたキャスターへ、エンジェルが雄弁に語った。

 

「無駄だ。それはただの鎖ではない。魔力の封印術だ」

「封印……?」

 

 キャスターは目を凝らして鎖を見る。自らの黒い魔力が、鎖に吸い込まれていくのが見えた。

 

「くっ……」

「今だ……私の目的の体験版だ。栄誉と思え」

「目的?」

 

 だがエンジェルはそれ以上語ることはなく、「やれ」と三本の柱へ命じた。

 すると、三本の柱は回転の速度を速める。それは風、地、水のエネルギーを発しながら、三角錐の結界となり、キャスターを閉じ込める。

 

「何っ!?」

 

 キャスターはその水色の結界を叩く。だが、キャスターにとって未知の物質でできたそれは、キャスターの手では破壊することができなかった。

 

「ふはははははは! それでは、もらおうか。貴様のオーパーツを!」

 

 エンジェルの狙いは、常にキャスターの傍らに浮いている魔道具()。そう。浮いているからこそ、三角錐の封印には巻き込まれず、無防備なその姿を宙に浮かせていた。

 

「しまった……!」

「はあっ!」

 

 エンジェルが剣で本を切り裂く。

 頑丈さもあった本は幸いして、破壊されることはなかった。だが、パラパラとめくられたうち、一枚のページが本を離れ、エンジェルのもとに収まる。

 

「もらっていくぞ。ダイナソーのオーパーツを」

 

 エンジェルが見せたそれは、恐竜の頭骨が描かれたページ。やがて白い光とともにページは消滅し、変わりに描かれていた恐竜のオーパーツがエンジェルの手に置かれた。

 

「貴様はここで、ムー大陸が我がマスターの手に落ちるのを、指をくわえて見ているがいい」

 

 エンジェルはそのまま、笑い声を上げながらどこかへ飛び去って行った。

 

「……っ!」

 

 閉じ込められたままのキャスターには、彼を追撃することも、ここから動くこともできなかった。

 

 

 

「バリィ!」

 

 バングレイの斬撃が青い偃月となって飛ぶ。

 ビーストはスライディングで避けながら、バングレイに肉薄。

 

「いい加減にしやがれ!」

 

 ビーストはそのまま、連続蹴りでバングレイを攻撃する。だが、まったく動じないバングレイは、それをむしろ受け流し、ビーストの顎を殴り上げた。

 

「がっ!」

 

 両足を大きく広げて大きく背中を地面にぶつけるビースト。そんなビーストの体を飛び越えて、ブライがバングレイへ迫る。

 

「ムーの力は、キサマのようなつまらない奴が手にしていい代物ではない」

「ケッ! とっくの昔の化石じゃねえか。俺が、有効利用してやろうって言ってんだろうが!」

 

 そのままブライとバングレイは斬り合う。ブライの素早くも力強い剣は、徐々にバングレイを追い詰めていく。

 

「やるじゃねえか……ブライの力、俺も欲しくなっちまったぜ」

「キサマには、永遠に手に入ることはないものだ」

 

 ブライはバングレイの剣を防ぎながら、右手に紫の光をため込む。

 ゼロ距離で放たれた光の拳は、そのままバングレイを弾き飛ばし、地面を転がした。

 

「バリッ!」

 

 転がったバングレイへ、さらにブライは追撃する。両手で剣を振り上げ、重圧とともに振り下ろす。

 起き上がったバングレイには、防ぐことはできない。剣と、それによって地面から噴き出る衝撃波を受け、大爆発を起こした。

 

「……ふん……」

 

 爆炎により、姿がみえなくなったバングレイ。

 ブライはそれを見届けると、ビーストにも剣先を向けた。

 

「お、おいおいおい! なんでこっちにまで向けてんだよ!?」

「キサマも、俺の敵だからだ」

「いやいやいや! 俺たちさっき話してたこと忘れたのか? 俺はお前が知りたがっていたことを言った。んで、次はお前が俺の質問に応える番。そこにあの宇宙人が割り込んできただけだろ?」

「……」

 

 ブライは冷たい眼差しでビーストを睨む。

 そして。

 

「まだ終わってねえんだよなあ!」

 

 爆炎より現れたバングレイが、ブライを背中から斬りつけた。

 

「!?」

 

 倒したと勘違いした油断からだろう。無防備な背中を切られ、ブライは痛みに悶絶していた。

 さらに、そんなブライの頭を掴んだバングレイは、彼の体をビーストに投げつける。

 

「ぐおっ!」

 

 しりもちをついたビーストはバングレイが「いい記憶だ」と笑っているのを見た。

 

「おい、ブライさんよぉ。お前、バリいい記憶持ってるじゃねえか」

「何……?」

 

 バングレイは右手を鎌で叩く。その時、ビーストは彼が記憶を読み取る能力を持っていることを思い出した。

 

「なるほどなあ……了解了解。バリ分かったぜ。お前がブライな理由もな」

「!」 

「あるんだろ? ……そこ(・・)に……?」

「キサマ……!」

「バリバリ……」

 

 バングレイが、その六つの目をさらに歪める。

 

「ムー大陸が……眠ってるんだろ?」

「キサマああああああああああああ!」

 

 ブライがビーストを突き飛ばし、バングレイへ挑む。だが、先ほどとは打って変わって冷静さを欠いているブライだ。

 もともと戦闘能力が高いバングレイは、いとも簡単にブライを突き飛ばし、その体に切れ込みを入れる。蹴り飛ばし倒れたと同時にその首を掴んだ。

 

「ぐあっ……!」

「ソロ! この野郎……!」

「お前はコイツの相手でもしてろ!」

 

 バングレイの右手___ブライの掴む手の甲___より青い光があふれる。

 ブライの記憶より再現された敵が、ビーストへ攻撃を開始した。

 盾と剣を持つ、騎士。遺跡の石と石の間を、謎の光で繋いだようなものが、こちらに剣を振り下ろしてきた。

 ビーストがダイスサーベルでその攻撃を防ぐと同時に、ブライが呟いたのが聞こえた。

 

「エランド……だと……?」

「エランド?」

 

 ブライがエランドと呼称した戦士と戦いながらも、ビーストのしり目ではバングレイの締め付けが続く。

 

「バリバリ。シノビは頂くぜ」

「キサマに……渡さない!」

「バリバリ。そいつはご苦労なこった。だがな、狩りはもう終わってんだよ!」

 

 バングレイは、左手と同化している鎌を振るい、首を絞めたままブライの体を切りつける。

 

「ソロ!」

 

 助けに行こうとするが、エランドの効率を重視した動きにビーストは防戦一方になる。しかも、距離を取ればその中心部より光線が放たれ、アスファルトを焼き尽くしていく。

 

「バリバリバリ! お前は果たして、何回耐えられんのかな!?」

 

 バングレイは手を放すことなく、何度も何度もブライの体を切り刻む。その都度ブライの体から火花が散り、ブライの呻き声が聞こえる。

 やがて、その声が聞こえなくなった。

 見れば、バングレイに首を絞められているブライは、変身を解除し、ソロの姿に戻っていた。

 

「ソロ!」

 

 だが、駆けつけようとするも、ソロの記憶より再現されたエランドの猛攻を、ビーストは無視できない。少しずつ、ビーストはソロから離れていく。

 

「もらうぜ。シノビのオーパーツをなあ!」

 

 バングレイはソロの体を地面に乱暴に落とす。

 すでに気絶したソロの体より、手裏剣の形をした緑の石がこぼれた。

 

「オーパーツ。頂きぃ!」

「クソがあ!」

 

 バッファローマントを装備したビーストは地面を叩く。発生した衝撃で、エランドは耐性を崩した。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 そのまま、バッファローの力をもって突進。エランドが盾を用意するよりも先にその体を貫き爆散。そのままビーストは、バングレイに向かっても直進した。

 だが、目的のものを入手したバングレイは、静かにビーストを見つめていた。

 そして。

 

「狩りは、終わった後も気を付けるってのが、狩人の鉄則なんだよ」

 

 バッファローの頭部部分をかがんでよけ、逆にビーストの腹に二本の剣で斬り裂く。

 

「バリ」

「な……」

 

 バングレイを通り越して、ビーストの足は止まった。

 そして同時に、勝負は決してしまった。

 ビーストの全身より散る火花。ビーストは自らの体を支えることができず、雪道に倒れてしまった。

 

「バリ楽しい狩りだったぜ? ビースト」

 

 コウスケに戻り、顔を上げる。

 バングレイは、シノビのオーパーツを持ちながら、コウスケの目の前にしゃがんだ。

 

「また遊ぼうぜ? その時はまた、ウィザードやら他のやつらを連れて来いよ」

「待て……!」

 

 そのまま歩み去ろうとしたバングレイの足を、コウスケは掴む。

 

「お前……」

「離せよ。俺は今からベルセルクも狩りに行かなくちゃいけねえんだ」

「! させるか!」

 

 コウスケはバングレイにしがみつく。

 

「行かせねえ! 響のところになんざ、ぜってえに行かせねえぞ!」

「はあ……」

 

 バングレイは深くため息をついた。コウスケの襟首を掴み上げたバングレイは、ぐいとコウスケに顔を近づける。

 

「俺の狩りだ。何を狩ろうが勝手だろ」

 

 そして、そのままバングレイはコウスケの腹に蹴りを入れる。

 

「ぶおっ!」

 

 再び雪道に倒れるコウスケ。

 

「待ちやがれ……! バングレイ……!」

 

 だが、呻き交じりのコウスケの声を、バングレイが聞き届けるわけがなかった。

 

「あばよ。ビースト。今日はここまでだ」

 

 すでにバングレイの姿は、雪道に見えなくなっていた。



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狩りの道具

活動報告で、キャラ展開その他の募集開始しました! 何かございましたら、活動報告の方にお願いします!


「可奈美ちゃん! みんな!」

 

 真司と合流したハルトは、可奈美たち三人が休憩する公園にやってきた。

 

「ハルトさん……」

「三人ともここにいたんだ……って、なんかすっごい疲れてない?」

 

 ハルトはベンチにもたれかかる可奈美、響、友奈の姿に目を丸くした。

 可奈美は、すでに疲弊し切っており、千鳥さえも手から離している。

 友奈は気絶しており、その頭上では牛鬼がひよこのように回っている。

 そして響が一番深刻。「あはは」と薄ら笑いとともに、ハルトと真司を見上げる他、体は一切の機能を停止しているようだった。

 

「どうしたの……?」

「ちょっと、結芽ちゃん……私の記憶から呼び出された刀使と戦ったんだけど、ちょっと疲れちゃって……」

「結芽ちゃん?」

「ああ、この前のピンクの女の子か?」

 

 真司は心当たりがあるようだった。

 可奈美は頷いて、

 

「それで、なんとかやっつけたんだけど、私達三人全員ボロボロになっちゃって……私は全力使って、友奈ちゃんはノックアウトしちゃって、それに響ちゃんはまたベルセルクになって」

「ちょっと待って! それ、一人の女の子にやられたっての?」

「うん、結芽ちゃんは天才って言われてたからね」

「うわあ……」

「ちょっと待ってて。えっと……」

 

 真司は頬をかきながら、友奈の気絶した顔を覗き込む。

 

「友奈ちゃん……本当に気絶してるの?」

「う~ん……うどんうどん……やっぱり一年いつでもうどんだよ」

「友奈ちゃん気絶してんじゃなくて寝てるよ! おーい、起きろ!」

 

 真司が友奈の頬をペチペチと叩く。

 

「……うーん……うどんがぺちぺち……きつねさん、速く出ないと狸汁になっちゃうぞ……」

「一体どんな夢見てんの友奈ちゃん!?」

「さしずめ巨大なうどんに、狐が溺れているところなんでしょ」

「ハルトはハルトで何冷静に分析してんだよ!?」

 

 真司は目を大きく見開く。「もう一回だ!」と息巻いて友奈を起こそうとしたその時。

寝起きと同時に起き上がった友奈の額が、真司の鼻先にぶつかる。

 

「へぼっ!」

「あたっ!」

 

 のけ反った真司と頭を抑える友奈。それぞれの痛みに涙目になりながら、真司と友奈はたがいに睨み合った。

 

「おお、なんて見事な作用反作用」

「痛っ! ……あれ? 真司さん?」

 

 目が覚めて初めて真司とハルトの存在を認識した友奈。頭を抑えながら上目遣いで真司を見上げる彼女へ、真司は苦言を漏らした。

 

「何でこのタイミングで起きるんだよ!」

「ええ!? 私なんか悪いことした!?」

「したよ! 俺が起こそうとした瞬間にヘッドアタックしないでよ!」

「へ……な、何? って、あれ?」

 

 友奈は左右をキョロキョロと見渡す。

 

「あの子はどこ?」

「結芽ちゃん? 結芽ちゃんなら……」

「もう可奈美ちゃんの記憶に戻っちゃったよ」

 

 響が顔だけ横に向けて言った。

 

「え? あ……」

 

 友奈はしばらく静止し、ようやく理解したように「ああ、そっか」と頷いた。

 

「じゃあ、やっぱり敵になったままだったんだね」

「うん……」

「バリバリ……」

 

 その時。

 もう聞きたくない、狂暴な宇宙人の声が耳に届いた。

 バングレイが、こちらに歩み寄ってくる。

 

「どうやらアイツ、うまくベルセルクを弱らせることはできたみたいだな」

「バングレイ!」

 

 ハルトと真司は、休んでいる三人を庇うように出る。

 バングレイはその六つの目で、こちらを眺めている。

 

「おうおう。ウィザード。お前らもいるのか。狩りの相手が増えるのはいいことだ」

「お前のサーヴァントはもういない! 諦めて地球から出ていけ!」

「いない? 誰が?」

 

 その声は遥か上空より聞こえてきた見上げると、雪の中、黒い天使の影がゆっくりと地上に降りてくる。

 

「サーヴァント エンジェル。降臨」

「お前、エンジェル!? 倒したはずなのに!?」

「貴様ごときに、この私が遅れを取るとでも?」

 

 エンジェルは肩を揺らす。黒と青の宝珠を胸に装填する。

 

シーイックランディックオーブ 天装」

 

 発生した土人形に、水が大きくかけられる。すると、それはエンジェルの姿となった。

 

「まあ、この木偶人形程度では倒せないとは思ったがな。まさか我がダークヘッダーたちも倒すとは」

「……お褒めに預かり光栄ってことで」

 

 ハルトは指輪を腰にかざす。

 指輪の力で、腰にウィザードライバーが出現した。

 

「真司……行ける?」

「ああ。……戦うしか、ないよな」

「他に選択肢があるなら教えて」

「私たちも!」

 

 可奈美も立とうとする。だが、彼女の歩調はいつもと違ってふらついており、とても戦いに参加できそうにもない。

 

「下がって! 皆疲れてるでしょ」

「で、でも!」

 

 可奈美と友奈が揺れる。倒れそうな彼女たちを真司とともに支え、ベンチに戻す。

 

「響ちゃんも。バングレイの狙いは君だから、君は絶対に出てこないで。ていうか、むしろ逃げて」

「私も戦力外通告!?」

「疲れ果ててる人に戦力外ってそんなにおかしいかなあ!?」

 

 ハルトはそう言いながら、ルビーの指輪のカバーをかける。

 真司もまた、カードデッキを掲げ、左手を斜めに伸ばす。

 

「「変身!」」

『フレイム プリーズ ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 魔法陣と鏡像がより、それぞれ龍騎とウィザードの姿になる。

 それぞれ、ウィザードと龍騎へ変身する。

 それぞれの変身が完了したところで、バングレイはこくこくと頷いた。

 

「いいねえ。狩りはこうじゃねえとなあ?」

「こうって……?」

 

 ウィザードはコネクトからソードガンを取り出す。

 

「ああ。今回の狩りはベルセルクが主目的なんだがよ? 聖杯戦争だのブライだの、面白えつまみ食いが多い。ホントにバリ面白れぇ」

「……狩るって、なんのために?」

 

 ウィザードは尋ねる。するとバングレイは「ああ?」と耳をほじくる。

 

「んなもん、狩って嬲って刻んで殺すために決まってんだろ? 獲物をハンティングした後は、いたぶって刻んで殺す。そういうもんだぜ?」

「お前……いい加減にしろ……!」

 

 ウィザードは体が震えるのが止められなかった。

 その間にも、バングレイは続ける。

 

「俺はこれまで宇宙で九十九体の巨獣を狩ってきた。楽しかったぜえ!? 狩る時はあれだけ獰猛で強え奴らが、俺が斬るごとにどんどん弱っていくのはよお? 今まで何狩ったかなあ? 仲間仲間うるせえ群れるイーグルとか、余裕ぶっこいてて、いざ狩ると壊れた鮫とか? 鬣剥いでやったら面白え発狂したライオンとか、自分よりも本みてえなのを大事にしてた象とか、雪みてえに綺麗なトラとか? ああ、巨獣の癖してすぐに落ち込むサイみてえなのもいたな」

「それも……全部……?」

「ああ。狩って刻んだ。次はお前らだ。お前らの次は、後ろの三人だ。その次は、残りの参加者だ。さっき戦った奴らは、ムーの力を持ってるみたいだからな。もうちょっと遊ぶために逃してやったが、お前らは……ベルセルク以外は、逃がす理由もねえよなあ?」

「……」

 

 ウィザードは、龍騎と目を合わせる。

 龍騎も頷き、ウィザードはその目線を再びバングレイに向けた。

 

「ああ。そうだな。お前は、もう逃がさない!」

 

 ウィザードとバングレイの刃物が、同時に交差した。

 

「狩らせてもらうぜ! ウィザード! お前もな!」

 

 バリブレイドでウィザード、左手の鎌で龍騎を狙うバングレイ。ウィザーソードガンとドラグバイザーでそれを防御し、二人で同時にバングレイを蹴る。

 

「こいつは危険すぎる! 真司!」

「分かってるよ! 気が進まないけど……」

 

 龍騎はドラグバイザーのカバーを下ろし、ベルトよりカードを引き抜く。

 

「させん!」

 

 だが、バングレイの背後より飛び上がったエンジェルが、その手より雷を放つ。龍騎へ届く前に、ウィザードが指輪を使用。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 魔法陣によって雷は弾かれ、周囲に散漫。爆風の中、龍騎のドラグバイザーの電子音が聞こえた。

 

『ストライクベント』

 

 爆炎が晴れるとともに、龍騎は右手に装着した龍の頭(ドラグクロー)から、炎を発射する。

 

「何!?」

 

 それは、防御態勢を取ったバングレイに命中。異星人の体を大きくのけ反らせる。

 

「スカイックオーブ 天装」

 

 エンジェルの声により、発生した突風。さらに、その中よりエンジェルが剣とともに攻めてきた。

 

「やべえ!」

「真司どいて!」

『ビッグ プリーズ』

 

 天使の攻撃に対して、ウィザードの巨大化した足蹴り。対消滅し、ウィザードが敗北。地面に転がる。

 

「ハルト!」

「俺より前!」

 

 ウィザードがそう言った時、すでにエンジェルは龍騎の首へ剣を振り下ろしていた。

 龍騎はそれをドラグバイザーで防ぎ、彼の手首を掴み、蹴る。

 

「ぬっ!?」

 

 エンジェルの剣が彼の手元を離れ、飛んでいく。その行方を見送る間もなく、龍騎はエンジェルの胸へ拳を突き立てた。

 

「ぐっ……」

「おらああああああああ!」

 

 さらに、龍騎のパンチはエンジェルの顔面に炸裂する。大きく後退させることに成功したエンジェルへ、龍騎は怒鳴った。

 

「もう、戦いは終わりだ! 俺たちが戦う必要なんてないんだって!」

「ふん。一撃与えただけで、勝ったつもりか?」

 

 エンジェルが口を拭う。

 その時。

 

「いただきい!」

 

 龍騎の背後より、バングレイがその頭を掴んだ。

 

「ぬわっ!」

「真司!」

 

 ウィザードは慌ててバングレイを斬りつけ、引き離す。だがバングレイはすでに目的を果たしたようで、頭に触れた手を伸ばす。

 

「いい記憶だ。もらうぜ!」

 

 青い光。それは、バングレイの記憶の再現だった。

 現れたその記憶には、龍騎だけではなく、ウィザードも。そして、休んでいる友奈も目を疑った。

 

「千翼君……」

 

 友奈が呟く。

 先月、見滝原を混乱の中に陥れた、アマゾン細胞の原因である、サーヴァントバーサーカー。

 アマゾンネオ。

 

「お前……!」

 

 ウィザードと龍騎がともにバングレイを恨みのこもった目で睨む。

 だが、バングレイはただ笑っているだけだった。

 

「バリバリバリ! なんだよ、 お前の記憶を覗かせてもらっただけじゃねえか! んで、最近で一番お前を攻撃するのによさそうなのを選んだんだ! 俺の演出、バリイケじゃね?」

「お前!」

 

 ウィザードよりも、龍騎が大きく踏み込む。だが、そんな彼の足をも止める者がいた。

 

「……ひどいよ……」

 

 龍騎の肩を掴んで押しのけるのは、疲労していた友奈だった。

 明るい顔つきの彼女には想像できないほど、怒りで顔を歪めている。

 

千翼(ちひろ)くんを、またそうやって……戦わせるの?」

「ああ? いいじゃねえか! どうせコイツ、もう死んでるんだろ? だったら、俺がバリ有効利用してんじゃねえか? 効率活用は狩りのバリ基本だぜ?」

「効率……?」

 

 友奈は、バングレイへ鋭い眼差しを向ける。

 

「あなたは……本当に……!」

 

 友奈は、スマートフォンを取り出していた。

 いつの間にか、可奈美と響も、彼女の左右に並んでおり、それぞれが抜刀、そして歌を唄う。

 

「変身!」

「写シ!」

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 

 それぞれ、勇者、刀使、奏者の姿へと変わる。

 アマゾンネオが吠え、アマゾンズドライバーを操作するよりも早く。

 三人は、すでに偽物に肉薄していた。

 

「勇者パンチ!」

「太阿之剣!」

「我流 星流撃槍!」

 

 桃、赤、黄の光がアマゾンネオの体を貫く。

 千翼が中にいたとは思えない怪物は、そのまま青い粒子へ戻り消滅。

 だが、それはすでにバングレイが計算した後のことのようだった。

 すでに宇宙人は、三人の背後に回っていた。

 

「え!?」

 

 一番に反応したのは可奈美。だが、彼女が反撃するころには、すでにバングレイは、三人の頭を掴み、その記憶を読み取った後だった。

 

「危ねえ危ねえ」

 

 バングレイはケラケラと笑いながら、バックステップで距離を取る。

 

「どうだ? マスターよ」

 

 その隣に降り立ったエンジェルへ、バングレイは頷いた。

 

「いい記憶だ。やっぱり、狩りには頭も必要だ」

「ふん」

 

 バングレイは、また記憶から、彼の手駒を召喚する。

 千翼の次は何が出てくるのか。ウィザードと龍騎、そして三人は身構えた。

 青い粒子が三人の人影に形成されていく中、バングレイの言葉が聞こえた。

 

「お前らみてえなのは、ただの強敵よりもこういう奴らをぶつけた方がよさそうだ」

「こういう奴ら?」

 

 ウィザードは、その言葉に首を傾げる。

 そこに現れたのは、三人の少女だった。

 一人は、深緑のセーラー服を着た、ロングヘアーの少女。スレンダー体系で、動けばとても素早そうな印象を持たせる。腰に付いた長い棒は、刀の鞘と、それに収まった日本刀だった。

 一人は、車椅子の少女。虚弱体質を思わせる色白の肌で、リボンで束ねたロングヘアーを肩から前に流している。薄幸そうな美少女で、おさげにまとめたリボンが特徴だった。

 そして、最後の一人。紫の服とフリルをした少女で、その短い髪を同じく紫のリボンで束ねている。引き締まった筋肉が見て取れて、その足も速そうな印象を抱かせる。

 

「女の子?」

 

 わざわざ可奈美たちの記憶を読み取って、呼び出したのがただの少女のわけがない。

 龍騎とともに、ウィザードは警戒を緩めなかった。

 バングレイは三人の少女の顔を背後から覗き込む。

 

「絆だ仲間だバリうるせえ奴らは、こういう奴らを差し向けると簡単に壊れちまう。俺はそういうのがバリ好きなんだよ!」

「最低な趣味だなおい」

 

 龍騎が吐き捨てる。だが、それはバングレイは可奈美たちを指しながら言った。

 

「でも、効果は覿面(てきめん)みてえだぜ? 後ろを見て見ろ」

 

 バングレイの言葉に従い、ウィザードは可奈美たちへ目線を反らす。

 そして。

 可奈美、友奈、響。三人はそれぞれ、驚愕の目でバングレイが呼び出した少女たちを見つめていた。

 

姫和(ひより)ちゃん……」

東郷(とうごう)さん……」

未来(みく)……」

「……?」

 

 三人とも、敵の前で棒立ちになっている。

 だが、そんな状況でも、バングレイは無慈悲に号令をかけた。

 

「殺れ!」



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牙向く繋がり

アプリの技は、読み方が分からない……


 バングレイによって召喚された三人の少女たちは、それぞれの記憶の持ち主へ攻め入る。

 緑の少女は、驚いたままの可奈美を斬り裂き、地に伏せさせる。

 水色の少女は友奈の全身、間接という間接を銃撃し、戦闘不能に陥れる。

 そして紫の少女は、歌とともに光線を放ち、響を転がす。

 

「みんな! 真司、ここは頼む!」

「ああ!」

『アドベント』

 

 ドラグレッダーで人数の不利を補おうとする龍騎をしり目に、ウィザードは可奈美たちのもとへ急いだ。

 

「待て!」

 

 ウィザードは、ソードガンを可奈美へトドメを刺そうとする少女へ振り下ろす。

 緑の少女___その名が、可奈美がずっと救おうとしてきた少女、十条姫和(じゅうじょうひより)だということはウィザードが知る由がない___は御刀、小烏丸(こがらすまる)で防ぎ、逆にウィザードへ突き技を放つ。

 

「速い……!」

「貴様が遅いだけだ」

 

 ウィザードは彼女の攻撃を反らすが、驚いたのはその素早さだった。右からの攻撃をウィザーソードガンで受け止めたと思えば、別の突きがすでに左肩を貫く。さらに、こちらの攻撃にカウンターするように、彼女は十字に手を広げ、即座にウィザードの腹を切り裂く。

 

「ぐっ!」

 

 痛みに耐えながら、ウィザードは指輪を入れ替える。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 発生した魔法陣にウィザーソードガンを刺す。巨大化した刃が姫和へ伸びるが、彼女は体を反らしてそれを避ける。彼女の胸元を紙一重でウィザーソードガンが通り過ぎた。

 逆に、彼女の神速のスピードは、ウィザードの体を一気に斬り裂いた。

 

「ぐあっ!」

 

 地面を転がったウィザードは、急いでルビーの指輪をエメラルドに取り換える。

 

「フレイムじゃとても追いつけないな……だったらこれだ!」

『ハリケーン プリーズ』

 

 風のウィザードは、少しでも姫和の動きに付いていけるように素早く対応する。剣と剣の交差が、まるで柱のように積みあがっていく。

 

(ぬる)いな」

「!」

 

 口が利けるのか。

 記憶からの再現でもとりわけ高い再現率の彼女に舌を巻きながら、ウィザードはハンドオーサーを開く。

 

『キャモナスラッシュ シェイクハンド ハリケーン スラッシュストライク』

 

 緑の竜巻が、ウィザーソードガンの刃に宿った。

 ウィザードが緑の刃を振るい、姫和の体を引き裂こうとする。

 だが、姫和はジャンプで旋風を交わし、小烏丸で風を切り裂く。

 

「嘘っ!?」

「がら空きだ!」

 

 ウィザードが驚く間にも、姫和はウィザードを攻め立てる。

 非常に素早い彼女の突き技に、スピード特化のハリケーンでさえ、追いつけなくなっていく。

 そして。

 

「ぐあっ!」

 

 姫和は目の前。それなのに、背後からのダメージ。

 その原因は、また別の少女。

 青と白の勇者服を着たスナイパー。東郷美森(とうごうみもり)の名を持つ少女。

 

「我、友軍を援護ス!」

「いやいつの時代の日本海軍だよ!」

 

彼女は、ウィザードが攻撃に向かおうとするたびに、その足を狙い撃つ。

 

「っ……! だったら……」

『ランド プリーズ』

 

 遠距離から狙撃してくる美森に対抗するために、ハルトはエメラルドの指輪からとトパーズへ切り替える。

 ウィザードの足場より出現した黄色の魔法陣。それは、ウィザードの緑を黄色へ塗り替えた。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 土のウィザードは、土壁を盾に美森と撃ち合う。

 だが、銃弾の威力は彼女の方が上だった。みるみるうちに土壁は破壊され、ウィザードの盾になる部分が消えていく。

 

「くっ!」

 

 土壁から回避したと同時に、美森の銃弾が壁を粉々にする。

 

「逃がすか!」

 

 さらに、姫和の連撃も襲ってくる。

 機動力を犠牲にした形態のランドスタイルは、すでに姫和の剣の餌食になっていた。

 

「次だ……」

『ウォーター プリーズ』

 

 トパーズからサファイアへ。ウィザードはすぐに水のウィザード専用の指輪を使った。

 

『リキッド プリーズ』

「何!?」

 

 体が液体になる。それは、姫和の刀も、美森の銃弾も受け付けない。

 逆に、姫和へのソードガンの斬撃、美森への銃撃は通用する。それぞれにダメージを追わせることには成功した。

 だが。

 

「響……邪魔者は、みんな消してあげる」

 

 もう一人、響の記憶より呼び出された紫の少女は別だった。

 彼女___響の陽だまり、小日向未来(こひなたみく)の左右を漂う鏡より放たれた光。それは、液体となったウィザードを穿つ。

 

「っ!」

 

 液状の魔法の解除と同時に、ウィザードは転がる。

 

「っ!」

 

 未来の光と美森の狙撃。それよりも先に、ウィザードは魔法を発動させた。

 

『ライト プリーズ』

 

 目くらましは、効果的だった。

 視界を奪われた姫和と美森は、動きを止める。

 

『キャモナシューティング ウォーター シューティングストライク』

 

 水の魔力を凝縮した一撃。

 だが。

 未来の目は、特製のゴーグルで覆われていた。それは光を遮断する機能もあるのか、鏡より放たれた一撃がシューティングストライクを相殺する。

 

「な!?」

 

 しかも、その間にも残り二人の目くらましの効力は切れた。

 

「終わりだ!」

 

 姫和の全身に、雷のような電流が流れる。それはウィザードへの道を真っすぐに作り上げていく。

 

(ひとつ)太刀(たち)!」

 

 彼女が身構えると、ほぼ同時に突貫してきた。それはウィザードを貫通し、すぐにその背後へその姿を移動させた。

 全身の痛みが走ったのは、その後。銃弾をも超える速度の一撃は、ウィザードの鎧を火花で彩っていく。

 

「我、進軍ス!」

 

 続くのは美森。無数の長い銃が全身を包むように配置され、月光をバックに飛び上がる。

 

「まずい……!」

 

 ウィザードは慌ててディフェンドを発動させる。だが、水のバリアを張った直後、彼女は告げた。

 

「護国弾 穿通!」

 

 銃口よりの一斉放火。一部は水のバリアで防げたものの、すぐさま水のバリアは打ち消され、ウィザード本体に命中。

 悲鳴を上げることもできず、ウィザードの体は宙へ浮いた。

 

「がはっ……!」

 

 ウィザードはマスクの下で吐く。

 だが、宙へ浮いたウィザードは、それが処刑台への移動だとは気づくことはなかった。

 すぐ上空。そこにはすでに、対となる鏡を侍らせた未来が待機していたのだ。

 

「そんな……」

「響……大好きだから……だから……みんな消えて」

 

 未来は、再びその目をマスクで閉ざす。彼女の全身を直径に、円形のパーツが発展した。

 さらに、鏡たちは互いを写し、その内部より新たな鏡が生成。それを繰り返し、やがてウィザードを囲むほどの数が作られた。

 これから行われること。それを想像した時、ウィザードは「あ」と声を上げることしかできなかった。

 

煉獄(れんごく)

 

 円を作る鏡より、紫の光が一斉にウィザードへ発射される。

 夜に太陽が昇ったかの如く閃光を起こした爆発とともに、ウィザードはハルトとなり、地面に投げ落とされた。

 

 

 

「姫和ちゃん……!」

 

 ボロボロの可奈美はウィザードに加勢しようとする。だが、その目前には刃が振り下ろされた。

 

「待てよ!」

 

 バングレイ。危険な宇宙人は、そのまま可奈美を蹴り飛ばした。

 

「よお。ベルセルク。狩りに来たぜ」

 

 バングレイはじっと響を見つめている。

 

「いけない!」

 

 響へ向かおうとするバングレイを、響は食い止める。千鳥で彼の進撃を食い止めながら、傷つきながら起き上がる響へ叫ぶ。

 

「響ちゃん、逃げて!」

「逃げられないよ!」

 

 響は立ち、バングレイへ飛び掛かる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 雷の中、響の姿がサンダーベルセルクとなる。雷の剣に合わせて、可奈美も千鳥を振るった。

 

「危ねえ!」

 

 バングレイはバックステップで躱し、空間を切り裂く。

 青く飛んだ刃は、可奈美と響を守るように着地した友奈が殴り壊した。

 

「私を置いて行かないでね!」

「……うん」

「バリバリバリバリ!」

 

 すると、バングレイが腹をかかえて笑い出した。

 

「いいねえいいねえ! これだから狩りはやめられねえ! どんどん獲物が群れていきやがる! そういう繋がり、ぶっ壊すのもバリ楽しい!」

 

 バングレイが鎌を振り下ろす。可奈美はそれを受け止め、その隙に響がイナズマケンで斬り裂く。

 

「させない! 絶対に!」

「……どうかな?」

 

 バングレイは、執拗に響を狙う。だが、右からの友奈の徒手空拳も、左からの可奈美の剣もそれぞれ六つの目で見切り、防ぎ、受け流す。

 

「それでもッ!」

 

 響はイナズマケンを振り上げた。

 雷鳴とともに、落雷が雷の剣へ落ちる。

 

「我流・超雷電大剣(サンダーボルトブレイド)!」

「甘え!」

 

 それをあらかじめ待っていたのだろうか。

 バングレイは突如としてバリブレイドを放り捨て、友奈の首を掴む。

 

「友奈ちゃん!?」

「オラよ、お前の大事な繋がりだ!」

 

 バングレイは、今にも振り下ろす動作に入ろうとする響へ友奈を投げつける。

 

「っ!」

 

 剣を嗜む可奈美には分かる。響の動作は、もう止められない位置まで来ていることに。

 響はサンダーボルトブレイドを反らしたが、それはあろうことか可奈美の方だった。

 可奈美は千鳥でそちらを防ごうとするが、それはつまり、バングレイへ背中を見せるということ。

 背中を蹴り押す。それだけの動作だが、可奈美の体はそれだけで、響のサンダーボルトブレイドへ引き寄せられてしまった。

 

「しまっ……!」

 

 その時、可奈美の体に圧力がかかる。

 友奈が咄嗟に、可奈美を少しでも雷鳴より遠ざけるように突き飛ばしたのだ。

 オーパーツの力は、そのまま可奈美と友奈の、中間の地点を砕く。同時に発生した電撃が、可奈美と友奈を襲った。

 可奈美は悲鳴を上げる。だが、より雷の地点に近い友奈の方が威力は高く、すでに彼女の意識はなくなっていた。

 

「そんなッ!?」

 

 響の驚く声が聞こえる。

 だが、可奈美の横を、バングレイが通り過ぎる気配があった。

 

「バリッ!」

 

 動揺する響へ、バングレイがラッシュをかける。ベルセルクの力をもってしても、響は防戦一方になっていった。

 

「オラオラァ! お前の繋がりが、バリ足手まといになったなあ!?」

「っ!」

 

 その言葉に、響の動きが止まった。

 

「響ちゃん!」

 

 助けに行こうにも、サンダーボルトブレイドの影響で体が痺れる。

 そして、バングレイの刃が、ベルセルクの甲冑を引き裂く。

 

「ひっひゃははははは!」

 

 歓声を上げながら、バングレイの猛攻は続く。

 彼が刃物を響に押し付けるごとに、彼女の体より白銀の鎧が剥ぎ取られ、弱っていく。

すでに抵抗する力を失った響は、やがて通常のガングニールに、そして生身へと戻っていく。

 

「お前、どこに隠しているんだ? ベルセルクの剣をよお?」

 

 生身の響の首を掴み上げながらバングレイが問う。だが、響には答える余裕などなく、ただ呻き声を上げるだけだった。

 

「ああ? 聞こえねえなあ?」

「……」

「バリバリ。大きな声でバリ言いやがれ!」

「し……らな……い……私の……」

「聞こえねえなあ!」

 

 聞く気があるのかないのか、バングレイは「ま、いいか」と吐き捨てた。

 

「お前を連れ帰ればいいんだからな!」

「! させない……!」

「お前は寝てろ!」

 

 掴みかかろうとした可奈美は、腹を蹴られ、地面に倒れたところに顔を踏みつけられる。

 

「うっ……響ちゃん……!」

「バリかゆ」

 

 吐き捨てたバングレイは、そのまま可奈美の腹を蹴り飛ばす。飛びそうな意識とともに、可奈美の体は転がった。しかも、写シを剥がされ、体も痛みで動かなくなっていた。

 

「ベルセルクは、もらっていくぜ」

 

 可奈美の耳は、それだけを確かにとらえた。

 気絶した響を抱える彼の隣には、エンジェルと、美森。

 そして、愛おしそうに響を見つめる未来と。

 可奈美へ冷たい目線を投げる姫和がいた。

 

「響ちゃん……姫和ちゃん……」

 

 可奈美は手を伸ばすが、朧げになる視界は、その姿をはっきりさせない。

 ただ一つ。満足そうな青い影が、上機嫌に言ったのだ。

 

「あばよ。また遊ぼうぜ」

 

 その言葉を待っていたかのように、その頭上には青い飛行物体が現れる。

 宇宙船と呼ぶべきそれが、光の柱をバングレイたちに放つと、

 響、姫和を含めた彼らの姿は、消滅した。

 

「……!」

 

 いなくなった後、可奈美は周囲を見渡す。

 気絶した友奈。

 エンジェルに敗北したのであろう、目を開けない真司。

 声を出すことなく、雪降る道で倒れているハルト。

 

 それは、完膚なきまでの敗北の痕だった。

 可奈美はそれを最後に、意識を手放した。



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ムー大陸復活

スタジオ五組の記念Tシャツに、可奈美と友奈のコラボシャツが発売されるそうです。金欠の時期に……悩むなあ


「冬休み!」

 

 ココアの元気な声が聞こえた。

 寝起きの目をこすりながら、ハルトは自室を出る。

 ラビットハウスの二階に備え付けられている自室。木造の匂いが充満する中、ハルトは静かにドアを閉める。

 

「チノちゃーん! 可奈美ちゃーん! 起きて!」

 

 いつもならば君が起こされる側なんだよなあと思いながら、ハルトは欠伸をかみ殺す。

 クリスマスが開け、もう年越しを待つのみになった見滝原。昨晩の雪はかなり積もっており、二階の窓から見える景色は、雪色一色である。

 

「……はあ……」

 

 窓を開けて息を吐くと、吐息が白い。寝巻姿で浴びる温度ではないと、ハルトは窓を閉ざした。

 その時、階段より足音が聞こえてくる。振り向くと、ラビットハウス店長、香風タカヒロが登ってくるところだった。

 

「やあ、ハルトくん。おはよう」

「おはようございます。店長」

 

 ハルトとタカヒロは挨拶を交わす。

 

「店長は、これから……」

「今日はもう休ませてもらうよ。クリスマスでも、色々夜通しの人はいたからね。君たちのパーティの後でバータイムをやっていたんだ」

「そうでしたか……ありがとうございます」

「いやいや。それにしても、君たちの昨日には驚いた」

 

 タカヒロの言葉に、ハルトはぎょっとした。

 

「可奈美君も、用事があると言って出ていったが。彼女は気絶して君に背負われてくるから。何かあったのかい?」

「えっと……あの、昨日空に天使が現れたって噂があったんですよ。店長も聞きませんでした?」

「聞いたね。お客さんも見たと言っていたよ」

 

 エンジェルの出現は、大勢の人々に見られている。だが、その後降りてきて、ハルトと戦ったことまで知っている人物はそれほど多くないだろう。

 

「その時、ちょっと、悪い人に絡まれちゃって……可奈美ちゃんは転んで、何とか逃げ切ったんです」

「大丈夫かい? 警察には?」

「ええ、連絡しました。だからもう大丈夫です」

「そうか……あまり遅い時間に出歩くのは感心しないな」

「はい……気を付けます」

 

 寝室に入ったタカヒロを見送り、ハルトは大きくため息をついた。

 数秒タカヒロの部屋のドアを見た後、可奈美が使っている個室をノックする。

 

「可奈美ちゃん。いる?」

 

 返事はない。普段この時間に寝ていることなどありえない彼女だが、今日はまだ倒れているのだろうか。

 心の中で詫びを入れながら、ハルトはドアを開けた。

 部屋はすでにもぬけの殻だった。

 

 

 

「可奈美さんは朝もう出ましたよ」

 

 チノがあっさりと言った。

 

「今日も少し見滝原公園で走ってくるそうです。シフトまでには帰ってくるとは言ってましたけど」

「そうなんだ……」

 

 朝のベーコンエッグを口にしながら、ハルトは頷いた。

 

「今日のシフトって……ココアさんと可奈美さんです。あと、リゼさんも来てくれるそうです」

「そっか。ところで、ココアちゃんは……なんであんなに落ち込んでるの?」

 

 ハルトの隣で、ココアが机に座りながら白目を剥いている。口から魂が飛び出していそうな彼女を、チノが説明した。

 

「珍しく一番に起きて、パンを焼いてビックリさせようとしたみたいです。実際は可奈美さんは今言った通り、私も倉庫にいただけだったので、ハルトさんの次にお寝坊さんだったという事実にショックを受けているそうです」

「あははは……な、なんか……気にしないで」

「私……お姉ちゃんなのに……」

 

 消え入りそうなココアのそんな声を聞きながら、ハルトはベーコンエッグの最後の一口を飲み込んだ。

 味がしなかった。

 

 

 

 駐輪場にマシンウィンガーを停め、ハルトは見滝原公園に足を踏み入れた。

 いつも大道芸を披露している噴水広場を素通りし、湖がある公園の中心へ急ぐ。

 可奈美がよくこの湖の周囲で走っていることは何度か聞いていた。だが、存外広いこの公園では、中々可奈美一人を見つけることは難しかった。

 その代わり。

 

「お前ここで何してんの?」

「見りゃ分かんだろ? 飯だよ飯」

 

 湖近くの芝生にテントを張り、コンパクトな機材で焼き鳥を焼くコウスケを見つけた。

 

「今日の朝飯だ。お前も食うか?」

 

 コウスケはにっこりと焼き鳥をハルトに差し出す。ハルトはそれを断りながら、テントへ目を移す。

 

「お前こんなところで寝泊まりしてんの? 雪だよ? 寒くないの?」

「全然」

 

 コウスケはさも問題なさそうに言い切った。

 

「俺、ビーストだからな。夜寝るときはいつも変身して寝てんのよ」

「寝袋替わりに変身……まあ、やったことあるけどさ」

「おお!? お前もあるのか!? いいよなあ、魔法使いの変身。実は保温性に優れるおかげで風邪ひかねえし。響にも変身して寝ろっていったら案外心地いいって言ってたぜ」

「そうだ、響ちゃん!」

 

 ハルトは声を荒げた。

 

「その、ごめんな。バングレイにさらわれるの……防げなくて」

「気にすんな。ほい、これ食え」

 

 コウスケは二本目の焼き鳥を渡してきた。ハルトは今度は断れずに受け取り、頬張る。

 

「旨いか?」

「……うん、そうだね」

 

 全て平らげて、ハルトは言い直す。

 

「なあ、どうすればいいんだろう。どこに攫われたか、分からない?」

「分かんねえ。それよりも今は飯だ」

「それよりって……」

「響は無事だ。あいつは、オレが助けに行くのを待ってる」

「そうかもしれないけど……」

「だったら、オレは万全を期すために、今は飯だ! よく言うだろ? 腹が減っては勝てぬって」

「戦はできぬな」

「皆まで言うな! それに、ほれ」

 

 コウスケは右手の甲を見せつける。

 

「響の令呪。まだしっかり残ってんだ。これが、アイツが無事って何よりの証拠だろ?」

「まあ、そうかも」

「オレたち参加者は見滝原から出ることはできねえ。つまり、根気よく探せば、響は見つかる! そう考えてんだよ、オレは」

「……そっか」

 

 彼には何を言っても無駄なのだろう。彼が、誰よりも響が無事だと信じ切っている。

 その時。公園のどこかから、こんな声が聞こえた。

 

「さあ、絶望してファントムを生み出せ!」

 

 その声に振り向いたハルトは、コウスケに言った。

 

「行くぞ」

「ああ。……少しムシャクシャしてんだ。憂さ晴らしさせてもらおうぜ」

「結局苛立ってんじゃん」

「うるせえ! 響は無事だろうがよお、こっちはアイツがいなくて少し気分悪ぃんだ」

「何だよそれ」

「いいからいくぜ! ハルト」

「皆まで言うな」

「それオレのセリフ!」

 

 公園で暴れるファントムのもとへ急ぎながら、ハルトとコウスケは同時に告げた。

 

「変身!」

「変~身!」

 

 

 

「……」

 

 両手を鎖に縛られた響は、押されるがままに歩く。

 かび臭い遺跡。前人未到の空間。

 バングレイに攫われた響は、気付けば宇宙船に幽閉され、この遺跡に連れてこられた。どうやら、見滝原から大きく移動して、どこかの遺跡に来たらしい。

 前にはバングレイ。そして、彼が可奈美と友奈の記憶より作り上げた少女たちが歩いている。

 拘束した響は未来に連れ添われ、その最後尾に、エンジェルがいる。

 

「バリバリバリバリ。驚いただろ? 俺は狩りの時は、情報はきちんと集めるんだよ」

 

 バングレイはのっしのっしと遺跡を歩く。道中、時々遺跡の壁をあちこち傷つけているが、それを全く意に介さない。

 

「それにしても、よく見滝原を離れる許可が下りたものだな」

 

 エンジェルが言い放つ。

 

「聖杯戦争の参加者は、見滝原から出ることが出来ないのだろう? なぜここに来れた?」

『それはボクがやったんだよ!』

 

 そう叫んだのは、聖杯戦争の監視役。

 バングレイの肩に乗る、白と黒の人形のような存在。

 熊の形をした、左右を色分けしたそれは、胸を張ってエンジェルへ言い放つ。

 

『大変だったんだよ? 頭の固い後輩を説得して、君たちに一日だけでも外出許可をもらうの。全く、キュウべぇは放任主義の癖に真面目なんだから』

「ま、予めの場所は宇宙で調べてあったからいいんだけどよ。いよいよ狩りの集大成だ。バリ楽しみだぜ!」

 

 バングレイが大声とともに進んでいく。

 仮にここで脱出を試みたところで、五対一。見込みはなかった。

 

「響、どうしたの?」

 

 未来が響の顔を覗き込む。

 これまでずっと、響の陽だまりとしていた少女は、寸分なく再現されており、目を見返すのも辛かった。

 

「未来……なんだよね?」

「そうだよ? 響」

 

 未来は体をべったりと近づけてくる。

 

「響の一番の友達の、小日向未来だよ? 響」

「……」

 

 響は顔をそむけた。彼女が一挙手一投足、何かを行うたびに、響の脳裏に未来との最後の記憶がフラッシュバックする。

 

 

 

___私の想い! 未来への気持ち! 二千年の呪いよりもちっぽけだと誰が決めた!!___

___バラルの呪詛が消えた今! 隔たりなく繋がれるのは神様だけじゃない!___

___神殺しなんかじゃない! 繋ぐこの手は私のアームドギアだ!___

___未来を! 奪還するためにいいいいいいいいいい!___

___させぬ! 呪いを上書きしようとも!___

___!___

___METANOIA___

___開いた拳を……握ったな……? 神殺し___

___あ___

___貴様の望み通り、神を越えたな……? 神殺し____

___あ……あ……___

___我はもう消える……人類を救った英雄よ……我を屠ったことを誇るがいい___

___ちが……___

___さらばだ……響……___

___未来……?___

___ごめんね……響……___

 

「っ!」

 

 響は、背筋が凍った。瞼の裏に印刷された、未来の最期の顔。驚きと痛みの眼差しを響へ向ける彼女の顔が、今の平常の表情が重なる。

 

「未来……」

「何? 響」

「……」

 

 あの時、手にかけてしまった陽だまりが、目の前にいる。

 自分でも、どんな顔をしているのか分からない。響は、未来から目を離した。

 

「着いたぜ」

 

 どれほど歩いただろうか。

 バングレイの言葉に、響は足を止めた。

 

「これが、俺のターゲットの巨獣か」

 

 その言葉に、響は顔を上げる。

 遺跡のどの部分なのだろう。大きく長い階段を登り切った踊り場は、神殿のようで、祭壇が奥にあった。左右にはトーチが備えられており、その下には巨大な円が描かれていた。

 祭壇の向こう側には、ムーの紋章が描かれた遺物があった。それは、巨体を備えており、今にも動き出しそうなものだった。

 

「ラ・ムー……」

「これがラ・ムーか……」

 

 バングレイの発言を、エンジェルが繰り返した。

 バングレイは頷く。

 

「俺も見るのはバリ初めてだぜ。噂だと、コイツがムーのあらゆるテクノロジーの中枢を担っていたらしいぜ」

「ほう」

「今は休眠状態か。ムーの力を恐れたムー人が、コイツをムー大陸ごと封印したって話だ」

「詳しいな。マスターよ」

「宇宙を色々旅していると、バリ色んな話を聞くからな。コイツを狩るか、それとも力を奪うかはあとで決めるがな」

 

 バングレイはそう言って、懐より二つの石を引っ張り出す。手裏剣と恐竜の形をした石を、二人の少女___姫和と美森へ投げ渡した。

 

「おい。その石を、そこのたいまつに置け」

 

 バングレイが指図したのは、巨大な円の両端。円の中に描かれる正三角形のところにもトーチが立っており、その上には皿も置かれている。

 姫和と美森は頷き、それぞれ皿に石___オーパーツを置いた。すると、それぞれのトーチが、赤、緑の光を灯していく。

 

「おい、お前。ベルセルクもそこに置け」

 

 バングレイの命令に、未来が響を押す。

 

「み、未来!?」

「大丈夫だよ響。私も一緒に行ってあげる」

 

 未来が響の手を握りながら告げた。唱も歌えなくさせる能力を秘めた手錠がある限り、響は身動き一つ取れないでいた。

 

「響」

「やめてよ……未来」

「どうして? 響」

 

 未来は、響が知るものと全く変わらない眼差しを向けた。いつも、響を支えてくれる最高の陽だまり。それが、響をただのベルセルクの剣(オーパーツ)として押していく。

 

「未来……! うっ!」

 

 響が未来を呼びかけようとしたとき、丁度響の体がトーチに触れた。その時。

 響の体は、ただの物になった。

 

「な……に……?」

 

 石化した体は、動きを忘れた。

 体勢をそのままに、黄色の光を全身から吐き出す響は、体のエネルギーがトーチに吸われていくのを感じた。

 バングレイは高笑いしながら、叫ぶ。

 

「さあ、バリ復活だ! ムー大陸!」



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新しいムー帝国

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

『ゴー キックストライク』

 

 二つの蹴りが、ファントムを爆発させる。

 人気がいない場所に移動してから、それぞれは変身を解除する。

 

「ふう……まさか、こんなときにファントムが出てくるなんてね」

 

 ハルトはため息をついて、ルビーの指輪をホルスターに収める。

 コウスケは肩を回して、「まあな」と答える。

 

「さてと。それじゃ、響をどうやって助けるもんかね……」

「そもそも、どこにいるか分からないのがね」

「皆まで言うな。範囲は見滝原に絞られてんだから、あとは探せばいいだけだろ?」

 

 コウスケはそう言って、指輪を付け替える。

 

「探せばいい?」

『グリフォン ゴー』

 

 ハルトの疑問に、コウスケは魔法で答えた。彼の前に出現する、緑のプラスチック。それは自らを定めた形へ当てはめていく。それはやがて、幻獣グリフォンの姿形となった。

 

「使い魔か?」

「ああ。グリフォンってんだ。可愛いだろ?」

「可愛い……か?」

 

 指輪をはめてグリフォンを完成させる様子を見ながら、ハルトは首を傾げた。

 すると、グリフォンは「可愛いだろ!」と言わんばかりにハルトの頭を小突いた。

 

「痛っ!」

 

 ハルトは痛みを訴えながら、公園の彼方へ飛び去っていくグリフォンを恨めしそうに睨んだ。

 コウスケはそれを見ながら尋ねる。

 

「お前の使い魔は?」

「え? 今出払ってる。ファントム探しのためにあんまり俺の手元にはいないんだよね」

「つーことは、人手は増えねえのか」

「ごめん。……ん」

 

 ハルトのポケットの携帯が着信を知らせる。見てみると、可奈美から『電話した?』とのメッセージが記されていた。

 

「どうした?」

「ああ、可奈美ちゃん。もともと、ここには可奈美ちゃんを探しにきたんだ。えっと、『どこ行ったのか心配しただけ』と」

「お前も結構過保護だな」

「うるさい。一応年上だしな。あ、もうラビットハウスに戻ってるんだ。入れ違いになっちゃったな。……さてと」

 

 送信を終えたハルトは、顎に手を当てた。

 

「響ちゃんを探すにしても、手がかりが欲しいよね。見滝原と言ってもかなり広いから」

「だな。流石に人がいるところにはいねえだろ」

「だったら、この前みたいな山の中とか?」

「あとはスラム街だな」

「スラム街?」

 

 日本ではなかなか聞かない言葉に、ハルトは首を傾げた。

 コウスケは頷く。

 

「何でも、昔見滝原を発展させるための工業地区が見滝原南にあったんだけどよ。事故で爆発が起きて、孤島になっちまったんだよ」

「孤島?」

「ああ。川に囲まれてな。んで、そこは色んなやべえ連中がたむろしてるっつー話」

「うわ、お誂え向きすぎるでしょ」

 

 ハルトは呆れた声を上げた。

 

「じゃあ、その……スラム街? に行ってみようか?」

「ああ。……あ、結構遠いぜ?」

「俺バイクだし」

 

 すると、コウスケは納得したように頷いた。

 

「いやあ、持つべき仲間はバイク乗りだぜ」

「お前俺のことタクシーか何かと勘違いしてない?」

「してねえしてねえ。じゃあ、行こうぜ?」

「ああ」

 

 荷物をさっさとまとめたコウスケは、先導して駐輪場へ行こうとする。

 可奈美には会えなかったなあと思いながら、その後に続こうとしたとき、ハルトは周囲の人々の様子に気付く。

 

「なあ、コウスケ」

「あ?」

「何か、おかしくない?」

「何が?」

 

 ハルトは、周囲を指さした。

 コウスケもそれにつられて見渡すが、彼も表情が強張っていく。

 

「何だ?」

「さあ」

 

 誰も彼もが、空を見上げてポカンとしていた。

 コウスケと目を合わせ、上空へ視線を映す。

 そして。

 

「なんだ……? あれ」

 

 それは、大陸だった。

 巨大な円を中心に、上下へ長い突起が伸びた大陸。空の遥か遠くにそびえるそれには、複雑なディティールが所狭しと刻みこまれていた。

 周囲の雲が綿菓子に見えるほど小さくなり、雲海を引き裂く。それは、雪の残る見滝原を雄弁に見下ろしていた。

 

「あの形状……コウスケ、あの形、なんか見覚えがあるんだけど……」

「奇遇だな。オレもだ」

 

 コウスケは頷いた。

 それは、前に山にある遺跡で見たことがある。

 かつて、見滝原にいた一部民族が崇め奉った、その名前は。

 

「「ムー大陸!」」

 

 ムー大陸はしばらく上空で佇み、やがて声を発した。

 

『あー、あー。バリ、聞こえるか?』

 

 その声は、ハルトとコウスケには覚えのある声だった。

 すでに何度も目の前に現れ、破壊という名の狩りをした存在。

 

「バングレイ……!」

『今、お前たちの上にあるこの超古代の大陸、ムー大陸はな? 映像だ。実体じゃねえ。安心しろ』

 

 ハルトのスマホが揺れた。可奈美からだった。彼女もまた、公園のどこかでムー大陸の出現に驚いているらしい。

 

『ムー大陸は今、太平洋のど真ん中にいる。んで、俺は今のムーを支配しているバングレイっつーもんだ』

「知ってる」

 

 ハルトは毒づいた。

 

『んでよ? 俺はこれから、地球の支配者になろうかなって思ってんのよ』

「支配者だあ?」

「アイツ、狩りのために地球に来たんじゃなかったのか?」

 

 バングレイは、ハルトたちの疑問に応えることなく続ける。

 

『今日から地球は、俺の狩の牧場だ! これから、お前たち全人類、俺に狩られるのを待つだけになるんだ!』

 

 だが、人々はそれぞれ頭にはてなマークを浮かべていた。

 それを見越していたのか、バングレイの声は鼻で笑った。

 

『無理だとか思ってんな? すぐにバリ理解するぜ。これが、本物の世界征服だってな』

 

 その瞬間、人々の合間よりどよめきが走る。それはだんだん大きくなり、やがて少しずつ悲鳴が聞こえてきた。

 

『だが、そうやって人間を全員一気に狩るのも面白くねえ。そこでだ』

 

 ムー大陸からのバングレイの声色が変わる。

 

『俺が支配する、このムーの帝国の住民になれれば、狩りの対象じゃなく、狩る側に回ることを許してやる』

「?」

『ムーに住む奴らには、あらゆる自由をくれてやる! あらゆる法律も規則もねえ、権力だけの自由だ! ただし、タダってわけにはいかねえ』

「おいハルト。あいつ、一体何言ってやがんだ?」

「俺が知りたいよ」

『ムー大陸に住むための試験はバリオンリーワン。こいつ等から逃げ延びれたらだ!』

 

 その瞬間、ムー大陸より光が放たれる。

 それは、見滝原上空だけではない。全世界に出現したムー大陸の幻影より、それは落とされた。

 

「!」

 

 その間にムー大陸より地上に投下された、謎の存在。

 それは、一つや二つではない。いつの間にか地上へ現れた、多種多様の___物質を持たない、生命体。

 

「な、なんだあれ!?」

『世界中にムーの……あー、まあ、よくわかんねえや。とにかく、ムーにいた奴らを送り込んだ。生半可な抵抗は身を滅ぼすだけだからな? 頑張って生き残って、ムー大陸で安全に狩りを楽しもうぜ?』

 

 その言葉とともに、生命体たちはその叫び声を上げた。

 

『キャッキャッキャ』

 

 ピンクの幽霊が人々を襲い。

 

『覚悟しろ、地上の人間たち』

 

 藍色の雪男が破壊を繰り広げ。

 

『ぬぅぅぅぅ!』

 

 黄色の首長竜が湖より出現し。

 

『ひゅおおおおおおおお!』

 

 桃色の怪鳥が空を舞う。

 全員、体は物体をもったものではない。それぞれ波打った、反物質の体で、血肉のない、地球上の生物とは異なる理屈の存在だった。

 

「キャーッ!」

「ば、化け物だ! はやく助けを……!」

「だ、ダメ……! どことも連絡が通じない! 他の場所も同じことが起こってるみたい……助けなんて、とても……」

「ヤバイ! 皆を助けないと!」

「皆まで言うな! こんなの、大急ぎでやらねえと不味いだろ!」

 

 ベルトを操作するのももどかしく、ハルトとコウスケは急ぐ。

 

「く、来るなぁ!」

「もうダメ……」

「万事休すじゃ!」

「今助ける!」

 

 ウィザードへ変身し、殴りかかろうとした雪男を蹴り飛ばす。そのまま、幽霊へソードガンを切り抜き、両断する。起き上がった雪男にも、ソードガンで蜂の巣にした。

 

『ファルコ ゴー』

 

 ファルコマントを付けたビーストも、上空の怪鳥の翼を切り裂く。湖に墜落し、迎撃しようとした首長竜ごと、ビーストはキックストライクで爆発させた。

 

「よし……!」

 

 少なくとも、見滝原公園の目立つところの怪物たちは倒した。

 変身を解除したハルトとコウスケは、助けた人々のところへ駆け寄る。

 

「大丈夫ですか?」

 

 ハルトが話しかけたのは、同年齢くらいの大学生。彼は、ハルトの手を握り返すこともなく、茫然と雪男がいたところを見つめていた。

 

「一体何なんだよあの怪物たちは……」

「大丈夫。今はいなくなりましたから、速く避難してください」

 

 だが、彼にハルトの声は聞こえていなかった。首を振りながら叫ぶ。

 

「もう地球はおしまいだ!」

 

 助けた人々を見渡せば、彼のような諦観に走っている者も少なくなかった。中には、泣き出しているものもいる。

 その時。

 

「い、いえ……私は……助かるわ」

 

 ぴしゃりと水面に撃ったかのような、女性の言葉。それは、公園で絶望しきっている人々全員に行き渡った。

 OLらしき女性。彼女は立ち上がり、宣言したのだ。

 

「だ、だって私は優秀だもの……顔だって可愛いし……私は、ムー大陸の国民になってみせる……!」

「待て」

 

 そんな女性を呼び止めたのは、腰が曲がった老人。彼は女性をきっと睨みながら吐き捨てる。

 

「儂だって優秀じゃ。若いもんには負けんぞ」

「イヤ……優秀なのはボクだ!」

 

 それは、今まさにハルトが助け起こそうとした大学生。彼はハルトを突き飛ばし、OLと老人へ突っかかった。

 やがてこの波は、公園全域に広がっていく。誰も彼もが、「自分が優秀」「新しいムーの国民になる」と宣言し、互いを罵っていた。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 ハルトが彼らを止めようとするが、その肩をコウスケが掴む。

 

「コウスケ?」

「よせ。今のアイツらに、何を言っても無駄じゃねえか? 見ろ」

 

 コウスケの言葉に、公園の……湖とは少し離れた方も見る。子供も大人も老人も。老若男女、誰も彼もが互いの悪口を言い合っている。

 

「何だよこれ……」

「自分だけ助かればいいとでも思ってんじゃねえか。あまりの恐怖にパニックになってやがる」

「そ、そんな……」

 

 ハルトは、その現状に言葉を失った。だが、ムー大陸の攻撃は続く。

 

『おい、地上の人間たち! ムーの力はどうだ? 俺に狩られるか、俺とともに狩るか。どっちを目指すか決めたか?』

 

 泣き叫ぶ声が聞こえる。人を攻撃する声が聞こえる。

 

『バリ絶望的なことを教えてやるぜ! ムーの力は、バリ終わることはねえ!』

「なっ!?」

 

 バングレイの言葉を証明するように、先ほど倒した幽霊が、雪男が、首長竜が、怪鳥が同じ位置に出現する。

 

「また増えた!」

「キリがねえ! あの大陸、まるでバケモンの生産工場じゃねえか!」

「どうする……? あのムー大陸を止めるしかないけど、どうすれば……?」

「分かんねえ! とにかく、今いるバケモンだけでも倒すぞ!」

「あ、ああ」

 

 ハルトとコウスケは、また指輪を取り出す。

 

『『ドライバーオン』』

「変身!」

「変~身!」

 

 ムーの怪物たち。それは、何度倒しても、どれだけ倒しても。尽きることはなかった。



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エピローグ 前半

 体が動かない。

 体内のオーパーツごとムーの動力源にされている響は、目だけでバングレイたちの様子をうかがっていた。だが未来がずっと付きっ切りで自分のそばにおり、どうすることもできない。

 

「マスターよ」

 

 地上への宣言が終わった時、エンジェルがバングレイに問いかけている。

 

「本当に、人間どもをこのムー大陸に住まわせるつもりか?」

 

 すると、ラ・ムーの体に寄りかかるバングレイは「ケッ‼ んなわけねえだろ」と吐き捨てた。

 

「さっきの宣言は逆だよ逆。地上は人間どもを放し飼いにする牧場。狩場はこのムー大陸だ」

「ほう」

「もともとラ・ムーを狩りに来たんだけどよ。こいつの力をバリ見て、こいつは狩るんじゃなくて、俺の武器にした方が面白れぇってなったんだよ。ムーの化け物に襲わせて、逃げ延びた奴らをここに連れてきて、安心しきったところで狩る。そういう寸法だ。地上の人間どもの役割は、数を増やすこと。ある程度に育ったら、ムーに連れて来させて狩る。まあ、ワンサイドゲームじゃ面白くねえだろ? 適当にムーの力でも貸してやって、それで甚振って狩る」

「つまりは人間どもの放牧か」

 

 そんなことさせない、と響は言いたかった。舌さえも動かなかった。

 

『うぷぷ。聖杯に頼らずに世界征服しちゃったよ、このマスター』

 

 モノクマがにやにやとした眼差しをバングレイに向けている。

 

『でも、聖杯戦争はちゃんとやって欲しいなあ。それに、令呪が今日一日だけしか見滝原の外出を許さないって言ってるじゃん。このままじゃ君、呪いで死んじゃうよ?』

「わーってるよ。なあモノクマ。バリ頼みがあるんだ」

『何?』

「ムー大陸での狩りに入るまでの時間つぶしによ。聖杯戦争の続き。ここ(ムー大陸)でやらねえか?」

 

 その言葉に、モノクマは『えええええええ!?』と驚きの声を上げた。

 

『ムー大陸で聖杯戦争をやるの?』

「ああ。残りの参加者も全員、このムー大陸に招待してやる。これからの人間狩りの予行練習にもなるしな」

『うぷ。うぷぷぷぷぷぷぷぷ。あっはははははは!』

 

 モノクマは、そのシルエットが大きくゆがむほどの笑い声を上げた。

 

『面白いんじゃない? いいよ、認めるよ!』

 

 モノクマは笑いながら頷いた。

 監視者は両手を広げ、告げる。

 

『これから、聖杯戦争の会場は、見滝原からムー大陸に移動しま~す! 参加者の皆様は、ムー大陸に移動するから、十秒で荷物の準備をしてね♡』

 

 

 

 突然脳裏に響いたモノクマの声。

 その事実に、ハルトは驚きの表情をもってコウスケと顔を合わせる。

 

「おい、今の聞いたか?」

「皆まで言うな。聖杯戦争を、あっちでやるって……」

『はい時間切れ!』

 

 コウスケが何かを言う前に、目前に銀色のオーロラが出現する。

 かつて、ダークカブトと戦った際にも出現したオーロラ。それが、ハルトたちを飲み込んでいく。

 悲鳴を上げる間もなく、ハルトの視界が銀に包まれていった。

 

「……!」

 

 そして目を開ければ、それはもう見滝原公園ではなくなっていた。

 大きく傷ついた遺跡。ヒビだらけの階段。

 

「なんだこれ……? コウスケは?」

 

 その異様ともいえる風景に、ハルトは絶句した。

 その上、さっきまですぐそばにいたコウスケの姿も見当たらない。

 そして。

 

「うわっ……!」

 

 吹き荒れる突風に、ハルトは思わず顔を伏せる。

 ハルトの眼下に広がるのは、見滝原の街並み。

 その、遥か上空にいる事実に、ハルトは言葉を失った。

 そして、理解した。

 今自分は、前人未到の地にいることに。

 

 モノクマの宣言通り、ムー大陸の地に足を付けていることに。

 そして、地上を遥か上空に浮かぶムー大陸にいることに。



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3.5章
新サーヴァント登場


モノクマ『前回までのあらすじ!』
モノクマ『宇宙から、巨獣ハンター、バングレイがやってきました』
モノクマ『バングレイは、ムー大陸の主、ラ・ムーを狩りに来ました』
モノクマ『なんやかんやあって、ムー大陸は復活! 当然バングレイがムー大陸を掌握していま~す』
モノクマ『すると、バングレイはおっかなびっくり! 聖杯戦争の会場をムー大陸にしようと提案してきたよ!』
モノクマ『物分かりのいい僕は、それを許可! ついでに、参加者もみ~んなムー大陸に連れてきました』
モノクマ『超古代の大陸で、それぞれの願いをかけた聖杯戦争が行われるよ! ワックワクのドッキドキだね! さあ、それじゃあ! 願いをかけた血みどろの生臭い聖杯戦争の、はじまりはじまり~!』


『コネクト プリーズ』

 

 大きな魔法陣が出現する。

 ハルトはいつも通りの所作で、そこに手を入れようとするが、魔法陣はあたかも壁になっているかのように、手を防ぐ。

 

「ダメか……こういう時にこそマシンウィンガーが欲しいんだけどな……」

 

 ムー大陸の外へは干渉できない。それが、今判明したことだった。

 無論携帯電話といった通信も不可能。ムー大陸にやってくる直前にファントムと戦った関係で手元にあるウィザーソードガン以外の物は持ち込めないということだった。

 ムー大陸の遺跡の中、ただ一人で彷徨っているハルトは、天井を仰いだ。解読不能の碑文が、所せましと描かれていた。

 

「使い魔がいないから、詮索もできない……どうしたもんかな……?」

 

 そろそろ、自分の部屋でガルーダたちが「魔力がねえ!」と言わんばかりに暴れて指輪に戻るころなのだろうか。

 

「どうするかな……?」

 

 適当にウィザーソードガンを振り回しながらハルトは呟いた。

 その時。

 

「動かないで」

 

 突如貫いた冷たい声に、ハルトは固まった。背中を押す、丸くて固い筒。ゆっくりと手を上げたハルトは、さらに続く冷たい声に従う。

 

「武器を捨てなさい」

 

 ウィザーソードガンを床に落とす。

 

「えっと……俺、まだ死にたくないんだけど」

「それはあなたの反応次第よ」

 

 落ち着いてそれを聞けば、女性の声だった。

 

「あの……暴力反対と言ってもいいのですか?」

「どうかしらね? あなた、聖杯戦争の参加者よね?」

「そうだけど?」

「クラスを言いなさい」

「キャスターのマスター」

 

 嘘を言ってみた。

 すると、背中に押し当てられる筒の圧が強くなった。

 

「嘘はあまりお勧めしないわよ。青の世界には通じないから」

「え?」

「あなたの脈拍、呼吸。あらゆる要素から、その真偽が推測できるのよ」

「おやおや……」

「だったら私が当ててあげましょうか? アーチャー? キャスター?」

「……」

「ランサー? シールダー? ライダー?」

「……」

「誤魔化せてないわよ。ライダーの……マスターね」

 

 ハルトの右手に視線を感じる。ハルトの令呪で確認したのだろう。

 

「お見事……だったら……」

 

 ハルトは、振り向きざまに背中の鉄を振り払う。先読みして引っ込めていた敵は、そのままその___やはり銃。それも巨大な砲台___をハルトの顔面へ向けた。

 

「さよなら」

『ディフェンド プリーズ』

 

 発生した円形の魔法陣に、無数の青い光が命中する。数度揺れたが、それでもまだディフェンドは健在だった。

 

「チッ……」

 

 舌打ちした、銃を向けていた敵。長い金髪の女性で、左目にはモノスコープを付けている。右手に持った腕の長さもある銃を投げ捨て、左手に持った剣でハルトに襲い掛かる。

 

『コネクト プリーズ』

 

 すでに目の前の彼女の剣へ、コネクトの魔法陣から抜き取ったウィザーソードガンで応戦する。

 だが、彼女の剣。可奈美のものを普段から受けているハルトからすれば、技量は劣る。だが、それはハルトの動きを先読みし、常に上回るような動きでハルトの肉体を割いていく。

 

「なんで……!?」

「読めてるのよ。あなたの考えが」

「読めてる……?」

『サンダー プリーズ』

 

 剣だけではいずれじり貧になる。そう判断したハルトは、彼女との間に雷を発生させた。ビリビリと音をたてて唸る雷鳴には、さすがの金髪の女性もバックステップをせざるをえなかった。

 距離を稼げた。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

このうちにハルトは、銀のベルトを操作する。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 ようやく隙ができた。

 左手にルビーの指輪を嵌めて、ベルトにかざす。赤い光とともに、ハルトの左側に、炎の魔法陣が出現した。

 

『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 それがハルトの体を通り抜けていく。

 ルビーの宝石を全身に宿した魔法使い、ウィザード。

 

「まあ、俺がライダーのマスターであることは合ってるけど。君が何者かは教えてくれたほうがフェアなんじゃない?」

「試合のつもり? 情報も大切な武器よ。みすみす開示するわけないでしょ」

 

 彼女はそのまま剣を下ろし、右手の銃口を向ける。

 

「そりゃごもっとも。っ!」

 

 ウィザードが大きく飛び退くと同時に、青い光線が発射される。

 それは、ムー大陸の遺跡を削り、ウィザードの目と鼻の先を通過した。

 

「逃がさない!」

 

 彼女はウィザードへの発砲を続ける。

 

「遠距離じゃかなわないかな」

 

 ウィザードはソードガンを剣の状態にして、敵へ斬りかかる。だが彼女は、左手の剣で応戦する。

 

「当たらない……!? 俺の方が速いのに……!?」

 

 キリキリとウィザーソードガンを回転させながら斬り込む。これまでの彼女の技量を見れば、防げるはずもないのに、彼女はウィザードの剣の、彼女へ命中する一瞬だけ。それだけはじき返している。

 

「分が悪い……何なんだよ……今は戦ってる場合じゃないのに……」

「待ちなさい!」

 

 彼女の声を無視して、ハルトは遺跡の通路へ逃げ込む。青い光線が通路を数回撫でるが、ウィザードには届かない。

 

「携帯も使えないし、他の皆にはどうやって合流したものかな……?」

 

 ウィザードはそのまま離れようとする。その時。

 

「逃がさないって、言ったわよね?」

 

 青い光が、壁を貫き、ウィザードの目前を貫いた。思わず後ずさりした瞬間、ウィザードの背後も銃声が通過する。

 

「……嘘」

「私はあらゆる射程を狙撃できる。遮蔽物も無意味。逃げられないわよ」

 

 女性の声が聞こえた。

 逃げるのは無理。同意せざるを得ない。

 

「だったら……!」

 

 ウィザードは左手の指輪をルビーからサファイアへ入れ替えながら、隠れるのを止め、動いていない女性へ挑みかかる。

 

『ウォーター プリーズ スイ~スイ~スイ~スイ~』

 

 水のウィザードになるが、金髪の女性は攻撃の手を緩めない。青い光線をよけ、ウィザードは指輪を右手に入れた。

 

『ライト プリーズ』

 

 その名の通り、光の魔法。ウィザードの頭上に出現した小型太陽は、暗い遺跡を光で見たし、彼女の目も潰した。

 

「よし!」

 

 ウィザードは、視界を奪った敵へソードガンを突き付ける。

だが。

 

「目つぶしごときで……!」

 

 見えないはずなのに、彼女の剣はウィザードの攻撃を的確に防いでいる。

 

「嘘でしょ……君、どうしてわかるの?」

「青の世界には通じないって言ったでしょ?」

「そう……だったら、これならどうかな?」

『コピー プリーズ』

 

 ウィザードは続いて、複製の指輪を使う。ウィザードを通過した青い魔法陣により、もう一人のウィザードが現れる。

 

『コピー プリーズ』

 

 二度の魔法使用により、ウィザードの姿は四人になる。

 もうすぐで、彼女の視力は回復する。それよりも先に、ウィザードはソードガンにサファイアの指輪を通した。

 

『『『『キャモナスラッシュ シェイクハンズ ウォーター スラッシュストライク』』』』

 

 四人のウィザードは、ソードガンをクルクルと回転させながら敵へ走り出す。全く同じ動きのウィザードたちは、剣から魔法の水をまき散らし、足音を掻き消していく。

 

「うっ……」

『『『『エクステンド プリーズ』』』』

 

 さらに、手首を超柔軟なものにする。よって、四本のウィザーソードガンは変幻自在に動き回りながら、敵の索敵より逃れる。

 そして、一気に距離を詰めた。四つのスラッシュストライクは、敵の銃と剣を弾き飛ばし、

 悲しいかな、敵の視力が回復した時には、もう彼女には攻撃手段はなかった。

 

「やあっ!」

 

 一人に戻ったウィザードの腰の入った蹴り。金髪の女性の腹に炸裂したそれは、彼女を遺跡の壁に激突させた。

 

「ぐあっ!」

 

 背中から強く遺跡にぶつかる金髪の女性。

 女性に蹴りという行為に少し罪悪感を覚えながら、ウィザードは変身を解除した。

 

「もう終わりってことでいい?」

「っ!」

「そこまで計算高いんだったら、俺が有利だってもう分かってるでしょ?」

 

 ハルトは、すでに彼女の額にウィザーソードガンの銃口を押し当てている。そして、ベルトには拘束の魔法「バインド」の指輪を近づけていた。

 金髪の女性はその二つを見比べて、ため息をついた。

 

「分かったわ。降参よ」

「ふう」

 

 それを聞いて、ハルトもソードガンを下ろす。だが、バインドを指から外すことはしなかった。

 

「それで? 君は誰? 俺がライダーのマスターって知ってるんだから、俺も君が誰かを知ってもいいはずだよね」

「……っ!」

 

 彼女は唇を噛む。

 

「殺しなさい! 私はあなたに負けたのよ。殺し合うのが聖杯戦争のルールでしょ」

「いや、俺どちらかというと戦いを止めたい派なんだけど」

「何よそれ。情けでもかけてるつもり?」

「違うけど」

「じゃあ何よ!」

 

 彼女はウィザーソードガンを払いのけ、ハルトに詰め寄った。

 

「私なんて、いつでも倒せると思っているわけ!?」

「違うよ!」

 

 金髪碧眼という、美人要素を当然のごとく持っている彼女に接近され、ハルトは目線のやり場に困った。

 

「じゃあ何よ!?」

「た、ただ無闇に人を傷つけたくないだけ……うわっ!」

「キャッ!」

 

 遺跡の石か何かに躓いた。

 バランスを崩したハルトは、そのまま横転する。それに金髪碧眼の女性も巻き込み、彼女はハルトに覆いかぶさるように転倒した。

 その時、ハルトの時が止まった。金髪の女性も目を点にしている。

 

「柔らかいね」

 

 ハルトは手の感触をそう評した。

 それは、女性にとっては、母性の象徴であり、恥じらいの突端。

 顔を真っ赤にした女性は、大きな音を立ててハルトを引っ叩いた。




さやか「っ!」
まどか「うわわわっ! 色々襲ってくる!」ムーの怪物たちが来る
さやか「まどか! 変身!」マーメイド
マーメイド「大丈夫?」ムーの怪物倒す
まどか「……へ? ふぁ、ファントム?」
マーメイド「……」飛び去る
マーメイド「やっぱり、まどかにもこの姿を見せるわけにはいかないよね」さやか
さやか「さってっと……」ムー大陸見上げる
さやか「聖杯戦争なんてふざけたお祭りのせいで、地上は苦労してるんですけど……速く何とかしてよね。魔法使いさん」マンションの屋上
さやか「……ん?」窓から覗く
うまる「うわーん! お兄ちゃんが今日帰ってこないー! 怪物がいるから今日は外に出られない、ご飯ないから死んじゃううううううううう!」
さやか「……はい、今日のアニメ、こちらです」


___いつだって「食う!寝るzzz遊ぶ」の3連コンボ ずっと ずっと ゲームは友達___


さやか「干物妹! うまるちゃん」
さやか「1期が2015年7月から9月、2期が2017年の10月から12月だけど……」
うまる「うわああああああああん! お兄ちゃああああああああん!」
さやか「……あ、カンペ……え? あの変な狸みたいなのがこの優等生の女の子なの!? あたしの方が頭よさそうじゃない?」
さやか「あ、またカンペ……嘘っ!? 学年トップ!? こんなのが!?」オニーチャーン!
さやか「そもそもどういう変身してんのあれ? えっと、主人公は社会人……色々苦労していそうだな……洗濯炊事掃除なんでもござれか……いいね」
さやか「お? あっちにも怪物がいる。それじゃあ皆さま、また次回!」
さやか「ほら悲鳴見つけたら変身だ! さあヒーローしよう!」マーメイド
マーメイド「……この替え歌ちょっと無理あったかな」


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苦労する運営

「えっと……」

 

 ハルトは気まずい顔でムー大陸を歩いていた。

 広大な敷地で女性と歩く。それはとってもどきどきする経験のはずなのだが。

 

「ちっともときめかないのは何故でしょう」

「黙って歩きなさい」

 

 冷たい声に、ハルトはビクッと背筋を震わせる。

 

「えっと……もう俺に銃を向けてないよね」

「振り向いて見なさいよ」

 

 その声に、ハルトは背後を見た。

 金髪の美人さんは、やはりそこにいる。腕を組みながら、ハルトの後ろでこちらを睨んでいる。

 

「敵意はないわ。もう言ったでしょ?」

「そうだけどさ……その仏頂面だと、怖いんだよ」

「何ですって?」

 

 金髪の女性が半目で睨む。ハルトは「何でもありません!」と叫び、歩を続ける。

 歩きながら、ハルトは彼女へ話しかけた。

 

「あの……リゲルさん?」

 

 リゲル。それが、襲ってきた金髪の女性の名前だった。

 ハルトがリゲルを破ったことで、名前とクラスの開示を改めて求めたところ、金髪の女性は自らをリゲルと名乗り、クラスはガンナーのサーヴァントだと明かした。

 オリオン座の星と同じ名前の女性は、ハルトから距離を保ったまま歩いていた。

 

「なんで……そんなに離れているの?」

 

 だが、その距離は少し遠かった。

 

 彼女は自らの体を抱きながら、警戒の眼差しを向けた。

 

「……女の敵」

「何で!?」

 

 ハルトの悲鳴を無視しながら、リゲルは顎で「速く行け」という。

 ハルトはため息をついて、道を急ぐ。

 

「ねえ、歩きながらでも聞きたいんだけど」

「何?」

「どうして、俺のことを知ってたの?」

「それを答える義務はあるのかしら?」

「ないけどさ……やっぱりだめ?」

「言ったでしょ。聖杯戦争において、情報も立派な戦力よ。わざわざ情報源を開示する必要もないわ」

「敵意はないけど信用もないってことね」

 

 ここでことを構えるよりは、敵ではない戦力と協力した方がいいのは確かだが、この人物は苦手だなと感じた。

 やがて通路を抜け、二人は遺跡の中の、広大な空間にやってきた。

 

「うわ……」

「これは……?」

 

 ハルトだけでなく、リゲルもまた言葉を失う。

 それは、街であった。

 ムー大陸、その地下のはずの空間に栄える街。

 中心の枯れた噴水を起点に、十字に広がる道路から、それぞれ石で作られた家屋が立ち並んでいた。

 本来は大空の下が街というところだが、ムー大陸のこの場所は上も下も茶色の遺跡だった。

 

「……(いた)んでいるわね」

 

 リゲルは街へ足を延ばしながら呟いた。彼女の右目には、青いゴーグルが付けられており、測定しているようであった。

 

「年代測定から見て、おおよそ一万二千年前……でも、それにしても痛みすぎてるわ」

「そうなの? むしろ保存状態よさそうに思えたけど」

「海であろうと空気中であろうと、この素材なら、ここまでの状態にはならないわよ」

 

家屋を調べながら、リゲルは言った。

 無人となった家の中は、確かに荒れていた。石でできた家具にはヒビがあり、屋根も多く穴が開いている。

 道路も、とても良好とはいえない。あちらこちらに亀裂が入っており、中には亀裂どころか溝になっているところさえあった。

 

「ムー大陸、だったかしら? 聖杯戦争の監督役もどうしてこの場所に変更したのかしら?」

「……そうか……君は、知らないよね」

「あなたは知ってるの?」

 

 リゲルはハルトに鋭い眼差しを向けた。

 ハルトは頷く。

 

「バングレイってマスターがいてさ。あ、エンジェルってサーヴァントのマスターなんだけど。そいつが、このムー大陸を復活させた。モノクマがいたってことは、多分バングレイの言葉に賛同したんじゃないかな」

「不公平極まりないわね」

 

 リゲルは吐き捨てる。

 

「監督役を呼んだ方がいいわね。コエムシ! 聞こえてるんでしょ!」

 

 リゲルが声を張り上げた。

 すると、『はいはい、聞こえてますよって』と、白い影が現れる。

 頭部のみがアンバランスに感じるほど巨大なネズミ。大きな人形程度の大きさのそれは、どこからともなく飛来し、リゲルの前にやってきた。

 

『うっす。ガンナー。……お前、なんで敵のマスターといるんだよ?』

 

 聖杯戦争の監督役の一人、コエムシ。ハルトにとっては敵とみなすべき存在だが、心なしかげっそりしている様子の彼を問い詰めるつもりはハルトにはなかった。

 

「先にこちらの質問に答えなさい。この状況、一人のマスターの主導なの?」

『……正確には、マスターとサーヴァントのペアな。困ったことにモノクマ先輩までノッテやがるし』

「さっきも聞いたわね、その名前。モノクマって誰なの?」

『あー……他の監督役だよ。会ったことなかったか?』

「ないわ。それよりどういうつもり? 聖杯戦争は、運営が参加者に肩入れしてもいいのかしら?」

『んなわけねえだろ! こっちだって困ってんだ。さっきも別の参加者に苦情入れられたばっかりなんだよ!』

「困ってる?」

『そうだよ! 疑うんだったら、松菜ハルトに他の監督役も呼ばせてみろ!』

「……? あなた、コエムシに選ばれたんじゃないの?」

「俺をマスターにしたのはキュゥべえだよ。キュゥべえ!」

 

 ハルトがその名を呼ぶ。すると、頭上の屋根に、ぴょこんと小動物が飛び乗った。

 

『やあウィザード。君から呼ばれるなんて珍しいね』

「自分でもそう思う。やっぱりお前もムー大陸にいたんだな」

『モノクマに連れて来られたのは、君たちだけじゃないってことだね』

 

 白い小動物、キュゥべえ。彼は、ハルトの前に降り立ち、『きゅっぷい』と首を鳴らす。

 

『君は初めましてだね。ガンナーのサーヴァント。僕はキュゥべえ。コエムシと一緒に聖杯戦争を運営させてもらってるよ』

「ならば苦情を言わせてもらおうかしら。いきなりこんな閉鎖空間に引っ張ってきて、何のつもり?」

 

 リゲルはキュゥべえへ大砲の銃口を向けた。すぐそばには発射口があるというのに、キュゥべえは全く動じない。

 ハルトはリゲルの肩をポンと叩いた。

 

「止めておいたら? そいつ、一切感情ないから」

『よくわかってるじゃないか。ウィザード』

 

 キュゥべえは顔色一つ変えずに言った。

 

『この事態は参加者の一人が引き起こし、モノクマがそれに乗じて許可しただけのこと。僕たち監督役がどうこうすることではないよ』

『そんな先輩!』

『コエムシも、少しは落ち着いて。それに、見滝原とムー大陸、場所がどこでも君たちに関係あるのかい? 結局は閉鎖空間の中で戦う。見滝原であろうと、ムー大陸であろうと。そこに、何も問題ないじゃないか』

「大有りよ」

 

 リゲルがキュゥべえの襟首を掴み上げる。動物虐待のような絵面だなとハルトは思ったが、リゲルは続ける。

 

「今夜のクリスマスアフターセールに間に合わないじゃない! マスターを飢え死にさせる気?」

「そっちかい!」

『食料問題のない今のうちに聖杯戦争を終わらせればいいじゃないか。今の君は、まずウィザードを倒すことを考えるべきだと思うけど』

『……』

 

 リゲルは横目でハルトを睨んだ。

 ハルトは両手を上げる。

 

「やめてよ……今、それで争ってる場合じゃないでしょ」

「……そうね」

 

 リゲルはキュゥべえを離した。

 

『もういいわ。監督役に頼ろうとした私がバカだった……』

『分かってくれればいいよ。それじゃあ、聖杯戦争はしっかり行ってね』

 

 キュゥべえはそれだけ言い残して、屋根伝いにムー大陸の奥へ消えていった。

 取り残されたコエムシは、唖然としてその様子を見送る。

 

『……おい先輩!』

「で? あなたは?」

『え?』

 

 取り残されたコエムシは、ただ一人、リゲルの視線に晒されることになった。怒りを込めた眼差しの彼女に、コエムシは体を振動させている。

 

「あなたもここで戦えと? それがあなたの望む聖杯戦争なのかしら?」

『いや……あの……その……』

 

 コエムシの目が泳いでいる。やがて。

 

『わーったよ! ちょっくらモノクマ先輩に文句言ってきてやるよ! そもそも、こんな古く臭えところじゃ、まともに運営なんてできねえし! じゃ、行って……』

 

 コエムシは、そこで動きが止まった。プルプルと震え、

 

『また苦情(クレーム)かよ! こんなことになるんだったら、俺様がマスターを見出すのやめとけばよかった!』

 

 本来行こうとした方角とは別方面へ飛び去って行った。

 

「苦労してるな……」

 

 そんなコエムシを見送りながら、ハルトは少しだけ同情した。




さやか「ふう……ちょっと疲れちゃったかな……」
さやか「粗方やっつけたよね? でもどうせ……」
オバケ「キャッキャッキャ」
さやか「出てくるよね……もう!」マーメイド
マーメイド「どんどん倒れろ!」
マーメイド「もうイヤ! どんだけ出てくるの!?」
まどか「あ、あの……」
マーメイド「ん? あ、まどか……」
まどか「助けてくれて、ありがとう……ございます」
マーメイド「あ、ああ……」
まどか「あの……ファントムなのに、どうして助けてくれたんですか?」
マーメイド「えっと……わ、私はファントム兼ヒーローなのだ! だから、困ってる人のところには颯爽登場するのだ!」
まどか「おお!」
マーメイド「そんなことより、アニメ紹介どうぞ!」



___私は今恋に落ちた 一番星 お願いした どうか君と いつも一緒にいれるように___



マーメイド「極黒のブリュンヒルデ!」
まどか「2014年の4月から6月までのアニメです」
まどか「あれ? ファントムさんはどこに行ったの?」
さやか「おーい、まどか!」
まどか「さやかちゃん!」
さやか「何? アニメ紹介してるの?」
まどか「う、うん。そうだけど……」
さやか「えっと、幼いころ幼馴染を亡くした主人公君が、記憶喪失の幼馴染そっくりさんといっしょにすごす話だね」
まどか「うん。でも、彼女たちの体は本当は……」
さやか「これ細かいところ説明しようとすると、全部ネタバレになっちゃうじゃん!」
まどか「それよりさやかちゃん、さっきファントムが……」
さやか「そ、それじゃあ次回もお楽しみに!」
まどか「さやかちゃん~」


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どんなときも食事は大事

久しぶりに映画ドラえもん観に行った!やっぱりドラえもんはいいぞ〜


 辛うじて建物としての体裁は残っている。

 ムー大陸の市街地の建物には、ハルトはそんな印象を抱いた。

 丘の上の市街地入口からムー大陸の通路に入ると、建物たちに近づき、詳細が分かってくるが、柱一本だけになったもの、壁に大きな穴が開いたもの、壁が全て消えて屋根だけが落ちてきたものなど。

 

「確かに、リゲルちゃんが言ったように、結構ひどくやられてるね」

「それに、この素材は……ええ。潮や風化でここまで朽ちる物質ではないわ」

 

 リゲルが、柱だけになった建物に手を触れながら断言した。両目にゴーグルをつけ、その面にはさまざまな数値が現れては消えている。

 

「外的要因なしでここまで風化するのは、四十億年はかかるわ。地球誕生後すぐに作られたものでもないといけないわね」

「ごめん。大きすぎて、例えがよくわかんない」

「要は、風化じゃないってことよ。あと、誰がリゲルちゃんよ」

 

 ゴーグルを消滅させたリゲルが口を尖らせた。ハルトは「え?」と疑問符を浮かべ、

 

「ダメ? リゲルちゃん」

「ダメに決まってるでしょ。何よ、リゲルちゃんって」

「ええ……じゃあなんて呼べば?」

「……そもそも呼ばないで」

「何で」

 

 すると、リゲルは呆れたような顔をした。

 

「私たちは敵同士よ。どうして呼び合う必要があるの?」

 

 ゴーグルを収納し、ジト目でハルトを睨むリゲル。ハルトは頬をかき、

 

「少なくとも、今は停戦中でしょ? そもそも、このムー大陸を脱出するためには、俺が持ってるバングレイの情報だって必要じゃない?」

「……そのバングレイとやらを倒したところで、ここから脱出できるとは限らないわよ」

「少なくとも、今の目的はバングレイじゃないの?」

 

 ハルトの言葉に、リゲルは腕を組んだ。

 

「……普通に名前で呼びなさい。ちゃん付けはやめて」

「オッケー。リゲル。じゃ、俺のことも普通に……」

「ウィザード」

「……え?」

「貴方は敵よ。だから、名前はいらないわ。ウィザード。それで十分でしょ」

 

 それ以上ハルトの言葉を待たず、リゲルは家屋の調査に戻った。

 取り残されたハルトは、「まあ、仕方ないか……」と諦めた。

 やがて、家々を見た後、ハルトとリゲルは中央の噴水広場跡にやってきた。すでに水などない噴水広場らしき場所。現代ならば緑の木々がありそうなところには、茶色一色の殺風景が広がっていた。

 

「ムー大陸で戦えって言われてもなあ。こんなに広いと、相手を探すのも一苦労だな」

「……」

「リゲル?」

 

 リゲルは返答しなかった。彼女は、目元を覆うゴーグルに表示されているデータを読み解いている。

 

「いるわね」

「いる?」

 

 リゲルが険しい顔を浮かべている。彼女はハルトではなく、別方向をじっと睨んでいた。

 

「他の参加者よ。ここから……西へ三百メートル」

「近いじゃん。この町のなかってことだよね」

「そうなるわね。……行くわよ」

 

 リゲルは一足先にそちらへ向かう。ハルトは頭をかいて、その後を追いかけた。

 そして、そこ___屋根が斜めに倒れて、テントのようになった家にいた、聖杯戦争の参加者。それは。

 

「よお! ハルト! 元気か?」

 

 焚火をしているコウスケだった。

 

「お前何してんの!?」

 

 ハルトはダッシュで接近して怒鳴る。だがコウスケは「まあまあ」と言って、ハルトに串焼きを差し出す。

 

「食うか?」

「いや食うかじゃなくて! ……ていうか、この肉何の肉?」

「鳥」

「鳥ィ!?」

「ほら。ここさ、結構上空に鳥飛んでんのよ。で、ファルコで取った」

「取ったぁ!?」

「んで、イイ感じに風通しいい屋内だから、ここでキャンプしてんだ」

「さっきまで俺と一緒に地上にいたよなお前!?」

「皆まで言うな。これ食ったら、次は保存用の鳥を取るつもりだぜ」

「お前バングレイに負けず劣らずの狩人だなおい!」

「結構美味いぜ。ほら、食えよ」

 

 コウスケはそう言いながら串焼きをぐいぐいと押し付ける。

 

「熱っ! やめ! 押し付けるな!」

「おら、食え食え……お?」

 

 その時、コウスケはハルトの後ろにいるリゲルに気付く。

 

「カワイ子ちゃん」

「今時カワイ子ちゃんなんて聞かないな」

 

 コウスケはビッチリと立ち上がり、リゲルの手を握る。

 

「おおおお俺、多田コウスケ! 大学生彼女なし! ぜひオレと一宿以上の……」

「てーい」

 

 暴走するコウスケの頭をチョップし、ハルトは咳払いする。

 

「えっと……この女の人はリゲル。ガンナーのサーヴァントだって」

「サーヴァント? 大丈夫なのか?」

 

 さっきまでその外見に骨抜きにされていたコウスケは表情を切り替える。

 ハルトは「まあまあ」と宥めて、

 

「あんまり敵対の意思はなさそうだし」

「ほー……」

「多田コウスケ……貴方、確かランサーのサーヴァントだったわね」

「いや、マスターだけど」

「……」

 

 リゲルの顔が少し赤くなった。彼女は顔を背け、

 

「そうとも言うわね」

「いやそうとしか言わねえよ」

 

 リゲルは押し黙った。

 すると、コウスケは手を叩いて「分かった!」と叫んだ。

 

「さてはカワイ子ちゃん、残念美少女だな!」

「なっ……」

 

 リゲルはなおさら顔を赤くする。

 

「ち、違うわ! たまたま、マスターが教えてくれたのを忘れていただけよ!」

「だーっ! 皆まで言うな。天然だって隠してえんだな? オレはそんなこと気にしねえから安心しろ」

「違うって言ってるでしょ!」

「わ、分かった! 分かった!」

 

 喚くリゲルを宥めながら、コウスケはリゲルへ焼き鳥を渡した。

 

「お前も食うか? 美味いぞ」

「……」

 

 リゲルは口をへの字にしながら、「いただくわ」と串を受け取った。

 

「さてと。お前とさっさと合流できたのはラッキーだったな」

「何が悲しくてお前みてえな野郎なんだよ。女の子と合流させろよ」

 

 焼き鳥にかぶりつきながら、コウスケは口を尖らせた。ハルトは苦笑しながら、コウスケの右手を見下ろす。

 

「響ちゃんに、何か変化はない?」

「ん? ああ。今のところ何もねえ。響に何かあったら、令呪にも影響するはずだからな」

 

 だが、彼の手に刻まれた呪いの紋章は、以前見たのと同じ、響のフォニックゲインの紋章がそのまま描かれていた。

 コウスケは串の鶏肉を喰い終え、焚火に投げ入れる。

 

「アイツがまだ無事ってことは、オレたちで助け出すチャンスがあるってことだ。ほれ、腹が減っては戦はできねえ。ジャンジャン食え」

 

 コウスケがそう言って、焚火に備えてある串焼きに促す。この短時間でどれだけ捕ったのか、三人分は賄えそうな量であった。

 

「お前、こんなに一人で食べるつもりだったのか。本当に大食いだな」

「皆まで言うな。褒めても何も出ねえよ」

「褒めてない褒めてない。それより、ムー大陸に来てから、なんか変わったもの見た?」

 

 ハルトはコウスケの向かい側に腰を落とす。リゲルは入口で、微動だにせずにコウスケを見守っている。

 コウスケは鳥を食らいながら答えた。

 

「全部だな。この遺跡は、考古学的発見の山だぜ」

「あー……まあ、そりゃそうだな」

「この遺跡、家屋一つとっても何でできてんのか全く分からねえ」

「完全に風化するまで地球の年月と同じくらいかかるみたいだよ」

「そもそも、こんなでっけえ大陸がどうやって空に浮いているんだって話になるぜ。コイツはマジで調査してえ」

「後にして。考古学専攻にとっては嬉しい場所だろうけど、そもそも俺たちは、このムー大陸に閉じ込められてることを忘れないでね」

「わーってるよ。皆まで言うな。うっし、ごちそーさん!」

「ん?」

 

 いつの間にか、最後の串焼きがコウスケの胃袋の中に消えていた。あれだけあった量が、もうなくなっている。

 この状況下でのマイペースっぷりに舌を巻きながら、ハルトは立ちあがる。

 

「非常食が必要になるほど、ムー大陸に滞在するつもりはないよ。早くバングレイたちを倒して、ここから脱出しよう」

「あー……そうだな。その方がいいな。じゃ、カワイ子ちゃんもよろしくな?」

 

 コウスケはリゲルへ手を伸ばした。だが、リゲルはそれを取ることなく、言い放った。

 

「私は敵よ。あなたたちとはあくまで、一時休戦。それを忘れないで」

「あー……」

 

 リゲルの塩対応に、コウスケはハルトへ耳打ちした。

 

「なあなあ、ハルト。カワイ子ちゃんって、アレか? 『か、勘違いしないでよね! アンタ達のためにやったんじゃないからね!』とか言ってくれるタイプか?」

「上手く機嫌とれば、言ってくれるかもね」

「うっし! んじゃハルト、早速高感度を上げる手段を考えようぜ」

「あれか? プレゼントを贈るとか?」

「お? それいいな。カワイ子ちゃんと言ったらアレだな? 渋谷のハチ公か?」

「お前ハチ公って何か知ってるの?」

「聞こえてるわよ二人とも!」

 

この町を出るまで、リゲルは少し機嫌が悪かった。




ココア「チノちゃ~ん!」
リゼ「ココア? もう帰ってきたのか」
ココア「大変だよ! 外が、本当に大変なことになってるよリゼちゃん!」
リゼ「私も聞いてる。化け物がたくさん現れたんだろ?」
ココア「あれ? リゼちゃん、知ってたの?」
リゼ「お客さんから聞いた。よかった、お前が帰ってきて。チノも心配していたぞ」
ココア「ふええん……ごめんね。チノちゃんは?」
リゼ「倉庫で、何人受け入れられるか数えてる」
ココア「そっか……可奈美ちゃんとハルトさんは帰ってきてないの?」
リゼ「ハルトは朝でかけたきり帰ってきてないな。可奈美は……あれ? 可奈美?」
ココア「どうしたの?」
リゼ「いないんだ! 可奈美が! さっき帰ってきたはずなのに!?」
ココア「えええええええ!? もしかして、出ていったの!?」
リゼ「それなら私が気付かないはずがないだろ! まさか、可奈美は特殊部隊の兵士だったのか?」
ココア「そ、それはないと思うよ? でも……」ムー大陸見上げる
ココア「早く……終わるといいね」


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ムーの民

今年の夏はすさまじく暑い……先月まで雨ばっかりでうんざりしていたのに、今は雨が降って欲しい……


「ここは一体……! どこなんだあああああああああああああ!?」

 

ムー大陸の大空の下で、真司が叫んだ。

 エコーがかかる真司の声だったが、帰ってくる声はない。

 

「グスン……誰かいないのかよ……」

 

 真司は肩をがっくりと落としながら項垂れる。

 

「こういう時さあ……誰か一人くらいはいてもいいじゃないか? 携帯繋がらないし、俺なんか悪いことしたかな?」

 

 真司はぐったりと膝を折った。

 ほとんど茶色一色の遺跡。記者を目指す者としては特ダネの塊としてぜひ取材したいところではあるが、カメラなく気力なく体力なくの真司には、ムー大陸はただの石の塊でしかなかった。

 

「いきなりこんなところに……ひでえよ……」

 

 真司は口を尖らせながらも歩き続ける。

 『真司ぃ~。クリスマスに恋人もおらずに暇を持て余していたお前に朗報だ。クリスマス開けもたっぷり仕事させてやる』と店長に言われてシフトに入ったのが三時間前。よりにもよって忙しくなり始めたころにムー大陸が出現した二時間前。現れた怪物たちが暴れまわる。騒ぎに乗じて隠れて龍騎に変身し、倒したと思ったら告知、即座にムーに飛ばされてから、もう一時間。

 しかも、ムー大陸の遺跡の外側。冬の空にむざむざとさらされる状態なのである。

 

「へっくし!」

 

 何より、バイトの制服のままムー大陸に連れて来られてしまったので、常に体を寒さが突き刺さる。

 

「うううう……寒い……制服、結構薄着なんだよなあ……」

 

 鼻を擦り、真司は空を見上げた。天気は雪だったが、雲海の上にあるムー大陸上部からは、雲一つない青空が展望できた。

「あー……澄み渡る青空……だけどめっちゃ寒い!」

 

 冬風に悲鳴を上げる真司。ムー大陸での立ち回りを考える前に、どうにかしてストーブでも探さなくちゃ、と考え始めた、その時。

 

「あ」

「……」

 

 見覚えのある顔の人物が、丁度入ろうとした角より現れた。

 その厳しい視線が、真司に突き刺さる。

 

「えっと……君は、確か……」

 

 目の前の少女の名前が出てこない。真司は頭を抱えた。

 

「あ! 暁らむほ!」

 

 銃声が、真司のすぐ頭の近くを穿った。

 

「暁美ほむらよ」

 

 表情を一切変えない黒髪の少女、暁美ほむらはそれだけ言い残して背を向けた。

 

「あ、そうだそうだった! ほむらちゃん!」

 

 去ろうとする彼女へ、真司は着いて行く。

 

「ねえ、ほむらちゃん。君もここにいるってことは、やっぱり……」

「話しかけないで」

 

 ほむらが足を止めずに進める。

 

「いや、いやいやいや待ってよ!」

 

 真司がほむらの先回りをする。なぜか魔法少女の姿のままの彼女は、うんざりした表情で「何?」と尋ねる。

 

「いや、ほらほらほら。俺たち、いきなりこんな訳の分からないところに連れて来られたわけだろ? ちょっとは協力してなんとか乗り切ろう! ……みたいな?」

「貴方、バカなの?」

 

 ほむらの目つきが無表情から冷たいものへ変わった。

 

「私達は敵同士よ。この前は世話になったけど、その借りはキャスターがムーの説明で返したのでしょう? なら、もう馴れ合う理由はないわ」

「そう言うなよ。ほら、こんなところで一人だと寂しいだろ?」

「私はずっと一人で戦ってきた。今更どうってことないわ。分かったら退きなさい」

 

 ほむらは真司を押し分けて進もうとする。真司は仕方なく、彼女に付いて行くことにした。

 だがほむらは、あくまで真司は敵とみなしている。

 

「いつまで付いてくるの?」

「いや、他に行くとこないし」

「通報するわよ」

 

 ほむらは一時変身を解除し、スマホを見せつける。

 スマホよりも、冬休みにも関わらず何故中学校の制服なのかが真司は気になった。

 

「それより、ほむらちゃんこそ、なんかアテとかあんの?」

「ないわ。私はただ、早くキャスターと合流したいだけよ」

「あー」

 

 キャスター。真司にとっては、ムー大陸の説明をしてくれた美女のイメージしかないが、ハルトによれば、高い戦闘能力を持つサーヴァントらしい。

 だが。

 

「それよりさ、助けが来るのを待った方がいいんじゃない?」

「こんな空の彼方にある大陸に、一体どんな助けが来るというの?」

「ああ……」

 

 真司はムー大陸の空を見上げた。成層圏に位置するムー大陸より上には雲が存在せず、飛行機させも目下を通り過ぎている。

 

「それもそっか」

「ならば今は、キャスターを見つけて、ここを根城にしている敵を制圧するのが先よ」

 

 ほむらはそのまま、すぐ近くの洞穴に足を止めた。

 

「やっぱり古びてるよな」

 

 真司はその入り口へそう言った。

 地下へ続く、階段の入り口。それを包むものも、すでに崩壊しており、ほとんど雨よけにもならないものになっていた。

 ほむらはそれに大した感心も払わず、階段を下る。

 

「お、おい! 待てって」

 

 真司もその後を追いかける。

 

「な、なあ。こっちに何かあるのか?」

「分からないわ。虱潰(しらみつぶ)しに探すしかないでしょ」

「そんな気の遠い……」

 

 どんどん明かりが消えていく階段で、真司はため息をついた。

 突如として、階段が終わる。つまずいた真司は「おっとっと」とバランスを崩す。

 

「階段、ここで終わりよ」

「今言っても遅いから!」

 

 通路の先には、淡く蒼い光があった。

 ほむらもそこから調べることにしたのだろう。狭い廊下の、その光の部屋へ入っていった。

 

「あ、おい!」

 

 真司も後を追って部屋に立ち入る。

 淡い光に目を覆い、一番に目に入ったのは茫然とするほむらの姿だった。

 

「ほむらちゃん。どうした?」

 

 その質問に対し、珍しくほむらは指で答えた。彼女が指すのは、上の方。

 真司はそれに従い、部屋の上の方を見上げる。

 そして。

 

「うおおおおおお!?」

 

 その光景に、思わず真司は尻餅を付いた。

 青い光に照らされる、人の体。

 集合体恐怖を引き起こすような、無数のカプセル。その一つ一つに、人の姿が収められていた。まるで虫の巣のような不気味な光景が、部屋一面に広がっていた。

 

「何だ、これ……?」

「これは……」

 

 ほむらがおそるおそるといった歩調で、一番近くのカプセルに近づく。真司も彼女に続いてそのカプセルを覗き込んだ。

 

「人?」

 

 だが、真司はあまりそれを見つめたくはなかった。

 それは、人ではあるが、すでにその命を終えている。

 ミイラ。

 

「うわああああああああああああ!」

「うるさい」

 

 悲鳴を上げてしまった真司とは対照的に、ほむらは眉一つ動かさずにミイラを凝視している。ガラスに手を当て、一か所欠けているところを目撃している。

 

「おいおい、もしかして、ここのカプセル皆が……」

 

 真司は両腕をさすりながら部屋を見上げる。

 茶色の肌で眠り続ける人々。壁から天井に至るまで、広大な部屋にぎっしりと人々の寝床が詰まっていた。

 

「ムー大陸の人々、ということね」

 

 ほむらが真司の言葉を引き継ぐ。

 

「多分、ここはムー大陸の避難所だったのね」

「これ、よくある冷凍保存ってやつか」

「正確にはコールドスリープね。でも……」

 

 ほむらはカプセルをぐるっと見渡す。何千、何万と下らないカプセルは、それぞれが干からびた遺体が棺のように収められている。

 

「コールドスリープの装置が、一万二千年の間に故障した、ということかしら」

 

 ほむらは、部屋の中央に設置されている装置に触れながら言った。石でできたような装置は、ほむらの手に全く反応せず、沈黙を貫いていた。

 

「ほむらちゃん、ずいぶんと詳しいな」

「こういう機械は、色々調べてるのよ。コールドスリープも、一時興味を持ったこともあったわ」

 

 ほむらは、全く反応しない機械を手で弄ぶ。

 

「私達の文明でコールドスリープをしようとすれば、常に維持する人間が必要だけど、ムー大陸ではそれさえも必要ないみたいね。ただし、何らかのトラブル……それこそ、沈没していた大陸に入った魚だったり、微生物がたまたま回路を焼き切ったりしたせいで、一気にシステムがダウン……そんなところかしら」

「その通りだ」

 

 その時、別の声に真司とほむらは振り返った。

 部屋の入り口に、新たな人物がいたのだ。

 真っ白な髪、頬を走る赤い紋様。

 そして、服の胸元には、ムー大陸のあちらこちらで見かける紋章が描かれている。

 初めて見る者。だが、真司はその名をすでに耳にしている。

 

「貴方は……ソロ……」

 

 ほむらが警戒の声色でその名を呟いた。

 




キャスター「……」
キャスター「……」
キャスター「……」←ムー大陸の端で、ただ一人
キャスター「誰もいない……」
キャスター「このまま呆けているか……」


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ムー文明最後の一人

 ソロ。その名前で、真司は彼こそが、オーパーツの一つ、シノビを奪った黒と紫の戦士(ブライ)なのだと認識した。

 ソロは、静かに部屋へ立ち入る。彼は静かにミイラたちを見上げながら、部屋中央の装置へ近づく。

 

「どけ」

 

 ソロはほむらを押しのけた。

 不愉快そうな顔をしたほむらは、きっとソロを睨んだ。

 

「貴方……丁度いいわ」

 

 切り替えたほむらは、いつの間にか拳銃を手にしていた。その銃口を青年へ向けた。

 

「貴方は何者なの? ブライの力、どこで手に入れたの?」

「……」

 

 だが、ソロは何も答えず、機械に触れる。すると、ほむらが弄っても反応しなかった機械が起動音を奏でた。

 

「!」

 

 真司が、それに目を見開いて驚く。

 だが、ほむらは構わず続ける。

 

「答えなさい!」

「……キサマも、ムーの力を狙うか」

 

 ソロは躊躇いなく、拳銃の銃口を手で防いだ。誰よりもほむら本人がそれに愕然とする。ソロはその間に、彼女の背後に回り込み、首を絞め上げた。

 

「うっ!」

「お、おいやめろ!」

 

 真司が止めに入ろうと飛び掛かる。だが、ソロは体を捻って蹴りを放ち、真司の腹を穿つ。

 

「うっ!」

 

 床を転がった真司は、痛みに堪えながら起き上がる。

 

「いつつ……」

「ムーの力は、キサマのような奴が手にしていい、安いものではない」

 

 ソロは更に、ほむらの背中を蹴り飛ばし、その手に石製の携帯端末を取り出す。

 端末が描く、ムーの紋章。それは瞬時に四つに増え、ソロの周囲で回転を始める。

 だが、ほむらも起き上がると同時に、その手に黒い宝石を手にしていた。闇のような暗さを放つ光が、ほむらの体を包み込んでいく。

 

「いいわ。なら、貴方を倒してから、ムーの力でも何でもいい。もらいましょうか?」

「キサマにそれができるのならな」

「お、おい! 待て待て!」

 

 戦いが始まる。

 それを止めようと、真司は両者の間に割って入る。そして、右手には石の端末を。左手には黒の宝石を掠め取った。

 

「「!」」

「お前たちに、戦わせはしない! こんな戦い、絶対に止めてやる!」

 

 真司の言葉に、それぞれ血相を変えるほむらとソロ。

 だが、真司はそれぞれの変身アイテムを持ったまま、二人に向き直る。

 

「俺たちが戦う必要なんてない! そもそも、今戦ったところで仕方ないだろ! 何のために戦うんだ!?」

「キサマ……聖杯戦争の参加者だろ?」

 

 ソロが真司を睨み、生身のまま襲い掛かる。その長い足による蹴りが、真司へ向かう。

 

「うおおお!?」

 

 だが真司はそれを避ける。長らく龍騎として戦ってきた体は、ムーの戦士の生身の攻撃にも十分反応できる。蹴りを受け流し、拳を受け止めた。

 腕を交差させたまま、ソロが呪うような声を上げた。

 

「願いを叶えるために戦うキサマが、なぜ戦いを止める?」

「あいにく、俺は戦いを止めるために仮面ライダーになったんだ。協力しないなら、絶対返さないからな!」

「協力だと? オレが一番嫌いな言葉だ!」

 

 ソロは蹴りで真司の脇腹を叩き、大きく後退させる。さらに、独特の武術でどんどん真司を追い詰めていく。

 

「!」

 

 だが真司は。

 

「このっ!」

 

 不意に、ソロへ石の携帯端末を突き付ける。

 思わぬ行動に一瞬固まったソロの襟首を掴み、真司は彼を背負い投げ。

 

「がっ!」

 

 背中から、ソロは床に突き落とされた。

 

「よし! うおっ!」

 

 だが、安心はできない。まだほむらもこちらに攻撃を加えてくる。拳銃を織り交ぜた戦い方で、拳の延長線上にいることがすでに敗北を意味するものであった。

 

「やってくれたな……」

 

 さらに、ソロももう復活した。

 変身アイテムを奪われた二人が、バラバラの動きで真司を襲ってくる。バラバラだからこそ、それぞれの動きが読み辛く、無傷で済んだのは幸運でしかなかったからだろう。

 やがて、ソロの手が真司の腕を掴む。

 そのまま、カプセルの壁へ真司を投げ飛ばす。背中で受け、一瞬真司の体が動かなくなった。

 そのまま、ソロは回転蹴り。

 

「あぶねっ!」

 

 真司は転がって避ける。自由になった真司へ、次はほむらが攻め入る。

 

「返しなさい! 城戸真司!」

 

 鬼気迫る表情のほむら。銃弾を補充しながら、鋭い足蹴り。真司は両手を交差させてガード。

 

「返しなさい! 私のジュエルシード、返しなさい!」

 

 これまでのほむらの印象からは真逆の怒鳴り声。

 だが、真司は臆することなく彼女の腕を掴み、カプセルへ投げ飛ばした。

 ほむらの体はカプセルを破り、亡骸を押し飛ばす。

 

「城戸真司ぃぃぃ!」

 

 ほむらの怒声。

 ミイラに抱かれながらも起き上がろうとする彼女を置いて、ソロの攻撃を避けながら転がるように部屋から抜け出した真司は、ほむらの宝石をポケットに収め、変わりにカードデッキを取り出す。

 カードデッキより引き抜く、ドラグレッダーのカード。

 すると、咆哮とともに施設へ赤い影が舞い入る。ドラグレッダーはほむらの前を通過し、真司の体を覆う。

 

「二人とも、動くな!」

 

 真司は、両手を上げながら叫んだ。二人の変身アイテムが握られた両手のすぐ近くには、すでにドラグレッダーの口があり、今すぐにでも火を吐けば焼き尽くされるであろうことは明白だった。

 

「戦いを止めないなら、ドラグレッダーに俺ごと焼かせる!」

「「!」」

 

 その言葉に、ほむらとソロは大きく目を開く。

 

「やめなさい!」

 

 無理矢理奪い返そうとするほむらだが、それに対し、ドラグレッダーが一睨み。生身の彼女より、ドラグレッダーが宝石を砕く方が圧倒的に早いことから、冷静さを取り戻したのだろう。動きを止めた。

 

「はあ、はあ……」

 

 真司は息を切らしながら、二人を見つめる。

 しばらくの沈黙の後、先に戦闘態勢を解除したのはソロだった。

 

「ふん」

 

 彼は部屋に戻り、装置の前にたたずむ。

 

「何が目的だ」

 

 装置に寄りかかり、腕を組んだソロは尋ねる。

 

「目的?」

「戦いを止めるというのは方便だろう? 願いを持たない人間なんていない」

「……俺の願いは、戦いなんて終わらせたい。サーヴァントの一人として、叶えたい願いがそれなんだ」

 

 かつて、これと同じことを言った時は、死の目前だった。

 だが今は、はっきりと生きている状態でそれを言えた。

 ソロはしばらく黙り、「ふん」と鼻を鳴らす。

 

「なあ、ソロ……だよな? お前は、一体何なんだ? どうして、ムー大陸にそこまでこだわるんだ? なんで、ブライに変身できるんだ? 何のために、戦っているんだ?」

 

 ほむらもずっとそれが気になっていたのだろう。彼女もまた、目線をソロへ向けた。

 ソロはしばらく黙っていた。やがて、真司を、ほむらを睨み。そして、無数のカプセルを見上げる。

 

「……いいだろう。そこまで言うなら教えてやる。それは……」

 

 ほむらも、じっとソロの言葉に耳を傾けている。

 そして。

 

「オレが、たった一人だからだ。オレが、たった一人(独り)残された……

 

ムーの生き残りだからだ!」

 

「ムーの……生き残り?」

 

 ソロの真上。一番天井のカプセルは、無事のまま開いており、その中にはミイラはいなかった。

 ソロは続ける。

 

「オレはムー大陸で生きていた人間の血を引く最後の一人だ。物心着いた時から、オレの手には、ムーの遺産があり、電波変換が可能だった」

 

 ムーの遺産。真司は、手に持った石の携帯端末を見下ろす。今の技術では到底作れない代物が、しがない記者志望のフリーターの手にある。

 

「じゃあ……お前の願いは……」

「ムー大陸の、再興?」

 

 真司の言葉をほむらが引き継ぐ。だが、ソロは首を振った。

 

「オレが同胞を失って悲しんでいるとでも? ふざけるな。オレはそんなにヤワじゃない」

 

 その証拠とばかりに、ソロは近くのカプセルのガラスを殴った。ガラスは砕くのではなく、歪み、変形する。

 

「オレの願いは、ムーの力を永遠に、誰の手も届かないものにすることだ。オレの体に流れる血が、ムーを誰かに使われるのを許さないんだよ……!」

「そのために戦っているというの?」

 

 ほむらが目を大きく見開く。

 

「そんな、成し遂げたところでどうにもならない目的のために?」

「絆だの繋がりだの、他人のために生きている奴らには分からない。オレは、オレの誇りのために戦う。それだけだ」

「……」

 

 真司は、唇を噛みしめながら尋ねた。

 

「それって……戦わなくちゃいけないのか?」

「そうだ。これは、オレが勝ち得るべき、ムーの誇りだ!」

 

 その時、ソロの頬を走る、赤い紋様が灯る。彼の感情に呼応するように輝きを増していくそれは、真司の視線を釘付けにするものだった。

 同時に、真司の手元の端末より、ムーの紋章が浮かび上がる。

 

「っ!」

 

 真司は思わず端末を投げ捨てる。端末を包む紫の炎は、真司の手を焦がしながら、そのまま放物線を描きながらソロの手へ投げ渡る。

 ソロはそのまま、部屋の機械、その端末と同じ大きさの窪みへ差し込む。

 すると、部屋の光が波打つ。あたかも部屋の電力が端末に集中していくような動きに、思わず真司もほむらも見入ってしまう。

 

「ここに来たのは、ブライの調整のためだけだ」

 

 光が、ソロの顔を照らしていく。だが、彼の目には、仲間たちへのノスタルジックさを全く感じさせなかった。過去の仲間たちを一顧だにせず、未来の自分だけを見つめているようだった。

 やがて光の動きが全てが終わり、端末を取り外したソロは、それでムーの紋章を描く。

 それはソロの体を包む四方となり、ソロを紫の光の柱が包んでいく。

 

「電波変換!」

 

 そして、光が霧散し、そこにはムー大陸の戦士、ブライがいた。紫のゴーグルで真司を睨み。

 

「全ての参加者はオレが倒す。キサマらもな。だが……」

 

 ブライは真司とほむらを一瞥。そして。

 

「まずはラ・ムーを……ムーの誇りを汚した奴らを消す!」

 

 戦士は、七色の波長を発しながら、その姿を消した。

 ソロが消えたことで、真司はその名を叫ぶ。

 

「待て! ソロ!」

 

 だが、そんな真司の声は、ムー人たちの亡骸の中に響くだけだった。



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ムーの誇り

 ムーの神殿。

 見慣れた場所の一つであるそこに、間違いなく奴はいる。

 

「……」

 

 ソロは、強い目つきで神殿を睨む。

 ムー大陸の中心。巨大な塔の最上部。そこに至る入口に、ソロはいた。

 静かに階段を登りだすソロ。ムー大陸の風を受けながら、足に馴染む感覚が靴底にある。

 

『やあやあソロ君、いらっしゃ~い』

 

耳障りな声が足元から聞こえてきた。見下ろすと、そこには白と黒で別れた熊のようなものがいた。小さな姿とその奇妙な外見から、ソロはそれを監督役なのだろうと断じた。

 それがモノクマという名前なのだとソロが知る由もなかった。

 ソロは無視して、バングレイがいるであろう祭壇のフロアへ上った。

 

『あれれ? 無視しちゃうの? ひどいなあ』

 

 モノクマはソロの左右を行き交う。

 

『ねえねえ。それよりさあ、君一体何者なの? ムー大陸とずいぶん関係あるみたいだけど?』

「……」

『キャスターもだけど、君もずいぶんとムー大陸に詳しいんだよね? バングレイは宇宙で聞いてきたらしいけど、君はどこから聞いたのかなあ?』

「……」

『ねえねえ。教えてよ』

「五月蠅い」

 

 ソロは足元のモノクマを蹴り飛ばした。『あ~れ~』と間抜けな悲鳴を上げながら、階段から底の見えない神殿の奈落へ落ちていくモノクマを見送りながら、ソロは歩み続ける。

 そして。

 

「見つけたぞ……!」

 

 ムーの神殿最上部の祭壇。虚空の中の広場と、奥に眠る巨像。

 

「ラ・ムー……」

 

 どこか哀愁を込めた声で、ソロはその名を呼んだ。

 すでに機能を停止して久しいラ・ムーは、動くことなく祭壇に鎮座していた。

 

「懐かしいか? ムー人よぉ」

 

 そして、そんなラ・ムーを臨む祭壇。その場に、青い生命体はいた。

 

「なあ?」

 

 ラ・ムーに寄りかかるバングレイ。および、その前に立つエンジェル。

 二人を睨みながら、ソロは「古代のスターキャリアー」を取り出した。

 石で外構を覆ったその機械は、ラ・ムーに面すると同時に怒りのごとく液晶に輝きが宿った。

 

「ムーを汚した罪は重い……! その命をもって償わせてもらう」

「ば、バリバリバリバリ!」

 

 すると、バングレイは膝を叩いて大笑いを始めた。

 

「命をもって? 償う? バリバカじゃねえのか? このムー大陸は、蘇らせた俺のもんだ! ムーの力をちょっと持ってるだけのテメエのもんじゃねえんだよ!」

「……」

 

 ソロはスターキャリアーで、ムーの紋章を描く。紫の紋章は、光を放ちながら、その数を四つに増やす。

 だが、バングレイは続ける。

 

「忘れてねえよなあ? 俺がこの場所にこんなに早く着けたのは、ムーの場所を知ってるお前のおかげでもあるんだぜ?」

「っ!」

 

 ソロの脳裏に、雪の中、バングレイに記憶を読まれたことが過ぎる。ムーの兵士、エランドを召喚した時、やはりこの場所を知られたことにソロは唇を噛む。

 

「笑えるな? 誇り高えムー人が、俺にわざわざムー大陸の場所を教えてくれるんだからよお!? バリバリバリ」

「……電波変換!」

 

 すでに言葉は不要。そう判断したソロは、ブライへその姿を変える。

 

「キサマは、このムーの地にこれ以上足を付けることさえも許されない。斬る!」

 

 その手に自身の名を冠するブライソードを持ち、バングレイへ斬りかかる。

 だが。

 

「その前に……私と戦ってもらおうか」

「!」

 

 ブライの剣を防ぐ、銀に輝く日本刀。

 その名が十条姫和だと知る由もなく、その剣、小烏丸がブライに迫る。

 

「っ!」

 

 ブライは剣を盾にしてそれを防ぐ。剣と剣の音が神殿に響いた。

 

「……キサマ……」

 

 姫和より距離を置いたブライは、バングレイを睨む。

 バングレイは更に二人の少女を侍らせている。それぞれがブライに並び、こちらを見つめている。

 

「悪いな、ムー人。お前とはもう戦ったし、何よりバリ倒したからな? こいつ等よりも強かったら、また狩ってやるよ」

 

 バングレイの言葉が終わると同時に、日本刀の少女の体が白い光に包まれる。

 色白の少女、東郷美森が白と水色の衣装へと変わる。

 ボブカットの少女、小日向未来が歌う。

 

『Rei shen shou jing rei zizzl』

 

 紫の光。それとともに、その姿は武骨な紫の装備で包まれていった。

 

「私と響の間を邪魔する人は、許さない……!」

 

 呪われた声でそう告げた未来は、その目を獣の口のようなゴーグルで閉ざす。

 敵は三人。その後ろでは、バングレイとエンジェルがただただ観察しているだけだった。

 

「自分では戦わずに、人形を出すのか? それは、ただの弱い奴がすることだ」

「ああ? 挑発のつもりか? んな安いモンに乗るわけねえだろ?」

 

 バングレイは鼻を鳴らした。

 

「そのお人形を操れるのも俺の能力だからな? バリバリやらせてもらうぜ」

「ふん」

「やれ」

 

 バングレイの号令とともに、三人は動き出す。

 誰よりも素早かったのは、最初にブライへ剣を向けた姫和だった。その素早い突き技はブライも油断できるものではなく、彼女へ一撃返した時には、小さな攻撃を何度も受けた後だった。

 

「チッ……!」

 

 ブライの右手に紫の輝きが発せられる。放たれた無数のブライナックルが、バングレイごと少女たちを砕こうと飛んでいった。

 

「我、陣営を防衛ス!」

 

 だが、美森がその号令とともに、長い銃を撃つ。彼女の周囲にも無数に増えている銃からも同じように発砲され、ブライナックルは打ち落とされていった。

 

「もらった!」

 

 爆炎より現れた姫和。鋭い日本刀が、ブライの体を貫こうとする。

 だが、ブライの剣はそれを受け止める。斜めに向けた剣のすぐ頭上を、小烏丸が通過する。

 

「やるな」

 

 姫和はそう述べた。

 ブライはそれに答えることなく、ひたすらに剣技を放つ。ムーの地で仕込まれた剣技は、彼女の鹿島新當流に大きく食い下がっていった。

 隙をつき、拳でアッパーをしかける。防御態勢を取った姫和は、それで隙が大きくできた。

 足を回転させ、蹴り上げる。さらに、奥の敵たちごと、衝撃波のブライバーストで片付けようとした。

 

「させない!」

 

 だがその前に、未来が鏡を投げる。鏡は、退避した姫和とブライバーストの合間に割り込んだ。すると、鏡より放たれた光がブライバーストを地面ごと吹き飛ばして消失させた。

 さらに、その鏡は次にブライへ向けられる。鏡に自らの姿が映ったと思った刹那、鏡は紫に染まった。

 

「!」

 

 ブライは危険を察知して飛び退く。鏡より発射された紫の光線が、ブライがいた場所を焼き尽くした。

 更に、姫和が追撃してくる。

 ブライは小烏丸を受け流し、彼女の体に蹴りを入れた。

 

「護国のために!」

 

 そう叫ぶ美森は、姫和を受け止め、そのまま銃声を響かせる。

 ブライはしゃがんでそれを避け、再びブライバーストを放った。また、未来がそれを防ごうと鏡を使う。

 だが。

 

「無駄だ」

 

 ブライは、そちらにブライナックルを撃つ。無数の紫の拳は、鏡を破壊し、さらに浮かんでいる未来にも命中。

 

「一つの太刀!」

 

 ビリビリと雷のような音がブライの耳に届いた。見れば、姫和が雷光の速度で、ブライへ突き技を放ってきていた。

 反応速度を上回る動きに、ブライは成す術なく腹を切られる。

 

「護国弾 穿通!」

「!」

 

 追撃。美森の両手の長銃より放たれた弾丸に気付いたときにはもう遅い。ブライの体に刻まれた弾丸に、顔を大きく歪めた。

 

「今なら倒せる! 我、敵を殲滅ス!」

 

 美森はそう宣言し、さらに二丁の銃で乱れ撃つ。両手に握った長い銃で、ブライを狙撃する。

 

「甘い!」

 

 再び剣での戦いを挑む姫和を蹴り飛ばしてジャンプ。姫和の前、ブライがいた箇所を美森の銃弾が通過する。

さらにムーの遺跡の天井を足場に、美森へ一気に肉薄した。

 

「しまった……!」

 

 焦った表情を浮かべる美森だったが、すでにブライは攻撃に入っていた。

 だが、剣を振り下ろす直前、紫の光がブライソードを押し流す。

 

「っ!」

 

 未来の鏡からの一撃。さらに、彼女は手に持った扇子のようなもので突撃してくる。

 

「次はキサマか」

 

 扇子を受け流し、ブライソードを叩き込む。しかし、盾として出された鏡を破壊できず、退避以外の選択肢を取れなかった。

 

「煉獄」

 

 未来が放ったそれは、円形に包む丸い装置だった。そこより光が放たれ、それはさらに鏡の反射により光線の無限の機動を可能にした。

 だが、ブライはジャンプしてそれを全て回避。同時に、ブライナックルで鏡を破壊し、光線を無に帰した。

 さらにそこから、一転攻勢。

 ブライは、鏡を両断し、その持ち主である未来を殴り飛ばす。

 さらに、ブライソードを振るい、発生した衝撃波で姫和と美森を薙ぎ払った。

 

「終わりか?」

 

 ブライは三人に問いかける。

 その時。ブライの腹に激痛が走った。

 

「がはっ!」

 

 口からこみ上げてくる体の組成体。

 

「な……に……?」

 

 ブライは、体を見下ろす。腹を貫く刃が、そこにあった。

 

「ばかな……?」

「ムーの誇り、だったか?」

 

 その声は、背後から聞こえてきた。それは、静かに自分の肩に顎を乗せた。

 

「キサマ……エンジェル……!」

「残念だったなあ」

 

 背後よりエンジェルの串刺し。エンジェルはそのまま、ブライの体をつるし上げる。

 

「があっ……!」

 

 胸を貫く痛みに、ブライは悲鳴を上げる。

 だが、それで止まるエンジェルではなかった。彼はそのまま、ブライを神殿の端___虚空が広がっているところへと連れてくる。

 

「ムー大陸最後の男よ。ムー大陸の地で、永遠の眠りにつくがいい」

 

 エンジェルはそのまま、ブライを放り捨てる。

 神殿の景色が回る。そのままエンジェル、そして三人の少女たちはどんどん遠くなっていった。

 

 

 

「バリ面白かったぜ」

 

 ブライの姿が奈落へ沈んだ後、バングレイはそう言った。

 

「たまには他人の狩りを見るのも悪くねえな。なあ? エンジェル」

「そうだな」

 

 エンジェルが頷いた。

 

「楽しんでいただけたようで何よりだ」

「バリバリ」

 

 バングレイは「よし」と頷き、三人の少女へ告げた。

 

「お前ら。少し遊んで来い。面白い参加者を連れてきてくれよ。俺もそろそろ遊びたくなった」

「面白い参加者?」

 

 日本刀の少女が聞き返す。

 バングレイは頷き。

 

「強い奴、面白い奴、いたぶりがいがありそうな奴、いい声で鳴く奴。そういう参加者だ」

「友奈ちゃんも連れてきていいの?」

 

 隣の、色白の少女が尋ねた。

 バングレイは顎を掻き、

 

「どいつだよ、友奈って。ま、バリ面白ければ誰でもいい」

「私はいかない」

「ああ?」

 

 自らに反抗する、ベルセルクにすがる少女。

 彼女は動かないベルセルクの顎を撫でながら、バングレイへ視線を投げた。

 

「私は響と一緒にいる。いいでしょ?」

 

 リボンが特徴的な彼女は、じっとバングレイを睨む。

 バングレイは「ああ!?」と怒鳴りながら彼女へ近づいた。

 

「お前、分かってんのか? 俺の命令を聞かねえと、バリ消しちまうぞ?」

「それでも、私は響の元にいる。絶対もう離れない」

「チッ……仕方ねえ。なら、消え……」

「まあ待て」

 

 指をならし、彼女を消そうとしたバングレイの腕を、エンジェルが止めた。

 

「まあいいではないか。ここに一人、オーパーツの護衛として残しておくがいい。私達の手間もかからん」

「……ふん」

 

 バングレイは鼻を鳴らし、エンジェルの手を振り払った。

 そして、二人の少女へ命令した。

 

「行け! この狩場で、いい獲物を取ってこい!」

 

 その言葉とともに、緑と水色の少女は、祭壇より降りていった。



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筋肉襲来

仮面ライダーセイバースタート!
三人目の主人公炎ドラゴンライダー……いやはや
昨日そういえば、ウィザードの放送開始八周年でしたね


 朝。日課のランニング。

 ただ、今日だけは違っていた。

 今日は、見滝原公園には行かずに、コンビニやお菓子屋へ向かった。そして、近所のお菓子屋で、目当てのものを購入した。

 そして、ラビットハウスに戻ってからしばらくして、モノクマよりアナウンスが流れた。

 慌てて部屋から御刀と買ったものをビニール袋ごと掴み、その瞬間に銀のオーロラに巻き込まれた。

 そういう経緯で、セイヴァーのマスター、衛藤可奈美はムー大陸の地を踏んでいる。

 

「朝ごはん食べてないから、お腹空いた……」

 

 可奈美はそんな声を上げた。

 すでに腹の機嫌は最悪で、音が止まない。

 

「お腹空いた~……もう動けない……」

 

 椅子のサイズの遺跡に腰を落とし、足をブラブラさせる可奈美。

 千鳥を手元に置きながら、可奈美は大きくため息をついた。

 

「ねえ、

「ねえ、何か食べるものない?」

「さっき私のポテト食べましたよね?」

 

 腕を組んだ少女が言った。

 だが、可奈美はそれでも「もうありません?」と尋ねた。

 

「もうありません。このやり取りも、五分前にしました」

「でもお腹空いたんだもん」

「それはもう聞きました」

 

 可奈美の隣に腰を下ろしている少女が言い放った。水色の長いウェーブ髪の少女はため息をつきながらスマホを弄っている。

 

「ここにいる限り、私達は食料にありつけることはありません。早急に脱出を試みるべきでしょう」

「バングレイがどこにいるのか分からないのに……どうやって脱出しようか?」

「分かりません。そもそも、衛藤さん刀使ですよね? こういう場合の訓練は受けていないのですか?」

「さすがにいきなり古代遺跡に閉じ込められてからの対処は教えられてないかな? それより……」

 

 可奈美は少女へ顔を向けた。彼女は必死の形相でスマホをタップしていた。

 

「ねえ、紗夜さん……さっきからスマホいじって、何してるの?」

「助けを呼ぶ手段を探しているんです」

 

 可奈美が紗夜と呼んだ少女は、険しい表情を崩さない。

 

「でも、結局電波通らないんでしょ?」

「そうですけど……ああもうっ!」

 

 紗夜はそう言って天井を仰いだ。

 

「どうして私がこんな目に遭わなければならないのっ!? 本当に……!」

 

 そう嘆く紗夜の手を、可奈美は凝視していた。真っ白で綺麗な素肌。ただ、可奈美の予想していた通り、彼女の手には小さな黒い紋様が浮かび上がっていた。

 令呪。聖杯戦争、参加者の証。

 

「紗夜さんは……その……ここに飛ばされた心当たりとか、ない?」

「何ですか突然。ありませんよ。そもそも、いきなり頭に変な声が聞こえたと思ったら……」

 

 唇を噛みながら、紗夜は答えた。

 そんな彼女の顔を見ながら、可奈美は顎に手を当てた。

 

「……何ですか?」

 

 紗夜はそんな可奈美の目線が気に入らないのか、ジト目で睨む。

 だが、可奈美は紗夜をジーっと見つめた。

 

「紗夜さん、初対面、ですよね?」

「……そうですけど?」

 

 紗夜は苛立った様子で言った。

 

「う~ん……何か、見たことある気がするんだよね。どこだろ?」

「……」

 

 紗夜は何も言わなかった。だが、どこか不快な表情を浮かべていた。

 やがて可奈美は、パチンと指を鳴らした。

 

「ああっ! 分かった! テレビでやってるアイドルの人……」

「止めてください!」

 

 突拍子に、紗夜が叫んだ。

 

「日菜のことは……」

「日菜?」

 

 その時、

 

「何!?」

 

 地響きはどんどん大きくなっていく。

 やがて、背後の壁に大きな亀裂が入った。

 

「これは……っ!?」

 

 危険を感じた可奈美は、その場から離れる。すると、壁が粉々の破片となり砕け散った。

 そして。

 

「がっはハハハハハ!」

 

 その中より、巨漢が現れた。

 見上げるような筋肉の塊。頭に巨大な筒___トップの切れ目から、貯金箱だろうか___を乗せた、オレンジのノースリーブジャケットを羽織った男。彼は、可奈美の姿を見定めると、にやりと口元を歪めた。

 

「みぃつけた!」

 

 筋肉は両手を組み、振り上げる。

 可奈美は千鳥を掴み、その場から退避。さっきまで可奈美がいた場所に風穴が開いた。

 その破壊力に驚愕しながら、可奈美はそれを行った男の顔を見上げた。

 

「オレ様はアブラミー! 世界征服する男だ!」

 

 彼は聞いてもいないのに名乗り、さらにバックダブルバイセップスで言った。

 

「さらに、この聖杯戦争で最強のサーヴァントだ! さあ、お前ら! オレ様の最初の相手になれ!」

 

 こちらの反応など意に介さず、彼は可奈美たちへ飛び掛かる。その巨大な剛腕で、二人を捻りつぶそうと襲い来る。

 

「危ない!」

 

 可奈美は紗夜の手を取り、お姫様抱っこ。「ええっ!?」さらにそのまま、体を捻ってその剛腕を寸でのところで避ける。

 

「いきなり何ですか!?」

 

 紗夜が抗議の声を上げるが、それを聞き入れる相手ではない。アブラミーと名乗った男は、可奈美と紗夜へ殴りかかる。

 

「うわわわ!」

 

 紗夜を抱えたまま、ステップでアブラミーの連撃を回避する。可奈美が踏んだところ一歩一歩に、アブラミーの筋肉が足跡を刻む。

 大きく飛び退きアブラミーから離れたが、アブラミーはまたこちらを潰そうと迫ってくる。

 

「紗夜さん、下がって!」

「衛藤さん!?」

 

 可奈美は紗夜を背中に回し、アブラミーに向き直る。

 

「危険です! 逃げないと!」

「これくらいの相手なら大丈夫! 行くよ、千鳥! ……千鳥?」

 

 いつものように抜刀しようと腰に持っていた千鳥を掴む。だが。

 ない。

 

「あれ!?」

「え、衛藤さん?」

 

 さっき、紗夜を御姫様抱っこした。

 両手を使った。その時、彼女を支えることに専念するために両手をパーにした。

 つまり。

 

 千鳥はアブラミーの足元に転がっていた。

 

「あ」

 

 思わず千鳥を手放したことに、可奈美は目が点になった。

 

「え、衛藤……さん?」

「ごめん、紗夜さん」

 

 可奈美は機械音が鳴るような遅いスピードで振り向く。

 

「私の武器、落としちゃった」

「……は?」

 

 紗夜が口をぽかんと開けていた。

 そうこうしているうちに、アブラミーが一気に距離を詰めてきた。

 

「これくらいの相手ぇ? このアブラミー様になめた口利くとどうなるか、思い知らせてやるぜ!」

「!」

 

 すでに目と鼻の先に迫る拳。

 可奈美は紗夜を抱え、その場から飛び退いた。背中を向け、回避したと同時に、床が粉々になる音が追ってくる。

 

「っ……!」

 

 浮かび上がる破片を遠い気持ちで眺めながら、可奈美は急ぐ。

 

「待てええええい!」

 

 巨漢は

 巨漢は、走るのももどかしく、ジャンプで移動している。一回一回のジャンプは、可奈美の移動をもしのぐ。狭いムーの壁を伝って先回りしたアブラミーは、即座にその丸木のような腕を振り下ろした。

 

「っ!」

 

 可奈美は急いで紗夜を下ろし、アブラミーの拳を蹴る。真っすぐ伸びていた拳は軌道を大きくずらされ、ムーの遺跡へ突き刺さった。

 

「な、なに!?」

「逃げて!」

 

 可奈美は紗夜を押し付けながら叫ぶ。

 紗夜は躊躇いながら、やがて可奈美に背を向けて反対方向へ去っていった。

 

「よし、今のうちに……」

 

 可奈美は千鳥を回収しようとする。だが、その前に巨大な瓦礫が落下した。

 

「うわわっ!」

「待てぃ!」

 

 アブラミーの仕業だった。彼はさらに、丸腰の可奈美へその筋肉で飛び掛かる。

 無防備な可奈美には、すでに防御の手はない。

 身構え、痛みに備えようとしたその時。

 

「随分諦めるのも速くなったな。可奈美」

 

「……え?」

 

 いつの間に。

 さらさらと伸びた黒い髪。その下にある、平城学館の深緑の制服。黒い鞘に収められたのは、可奈美の千鳥と深い縁を持つ御刀、小烏丸(こがらすまる)。真っすぐとした鋭い眼差し。女性としては平坦なボディライン。

 その名前を忘れたことなど、一瞬たりともない。

 

「姫和ちゃん……」

「瞬閃!」

 

 可奈美の記憶より再現された、可奈美が最も救いたい人物、十条姫和。彼女の振り抜いた小烏丸は、雷を帯びながらアブラミーへ放たれる。

 

「ぬぅぅぅぅぅ!」

 

 その圧倒的な筋肉は、小烏丸の電撃をも防ぐことはできた。だが、ダメージは少なくないのか、アブラミーは着地し、斬られた部分を手で撫でていた。

 

「お前、一体何者だ!?」

「貴様に名乗る必要などない」

 

 姫和は吐き捨て、可奈美へ赤い棒を投げる。

 慌てて受け取ったそれが千鳥だということに、可奈美は驚いた。

 

「え? 姫和ちゃん、これ……」

「お前が千鳥を落とすな。らしくもない」

「う、うん……」

 

 無意識に、可奈美は千鳥を抜刀した。

 すると、千鳥を通じて可奈美の頭に何かが響く。隣に小烏丸があるからだろう。

 だが。

 

「何か違う……姫和ちゃんの小烏丸とは、やっぱり違うんだ……」

 

 可奈美は、隣で斜の構えをする姫和を横目で見ながら呟いた。

 

「お前らあああああああああ!」

 

 怒り心頭のアブラミーは、その巨体をもって可奈美たちへ攻め入る。

 そして姫和は、告げた。

 

「行くぞ。可奈美」

「……うん! 姫和ちゃん!」

 

 そして、足を動かしたとき。

 あらゆる雑念が、消えた。

 姫和が本物ではない。ムー大陸。バングレイ。聖杯戦争。

 そんなことどうでもいい。

 

「姫和ちゃんと、一緒に戦える!」

「うらああああああああああ!」

 

 アブラミーの両腕が、それぞれ可奈美と姫和を押しつぶそうと迫る。そのハンマーのような腕を、可奈美と姫和は同時に飛び退いて回避する。

 

「行くよ!」

「ああ!」

 

 可奈美の斬撃と、姫和の突き技。それぞれがアブラミーの肩に命中。

 

「お前らああああ! このアブラミー様に向かって、よくもおおおお!」

 

 アブラミーは怒鳴りながら、その両腕を広げて回転する。圧倒的な質量のコマとなったそれは、防御の可奈美と姫和をいとも簡単に吹き飛ばし、ムーの壁に激突させた。

 

「っ!」

「やるな……可奈美!」

「うん!」

「ん?」

 

 回転が止まった。

 そんなアブラミーの上へ、可奈美はジャンプした。

 

「迅位斬!」

 

 迅位と呼ばれる、加速能力を駆使した斬撃。だが、それはアブラミーの右腕の筋肉に阻まれる。

 

「そんなもの、オレ様には利かねえ! 捻りつぶしてやる!」

 

 そして、向かってくる左腕。だが、可奈美は体を捻ってそれを避け、先に着地。

 

「今だよ! 姫和ちゃん!」

「もらった!」

 

 アブラミーが姫和の声に反応するがもう遅い。

 

「一つの太刀!」

 

 緑の矢のごとく、雷の突きがアブラミーの背中に命中する。

 

「ぬぐっ! まだまだ! オレ様の世界征服の夢は!」

「悪いけど、それはここでは叶わないよ!」

 

 アブラミーへ、着地した可奈美は言い放った。

 

「何!?」

「だって、この勝負……私達の勝ちだから!」

 

 隣の姫和と目を合わせ、可奈美は宣言した。

 だが、当然アブラミーは納得しない。

 

「何を言っている!? オレ様はまだ……!?」

 

 その時、アブラミーは気付いた。

 自らの足元に、無数の切れ込みが走っていることに。

 

「可奈美に気を取られすぎたな」

 

 そういうのは、姫和。

 

「お前が可奈美と向かい合っている間、貴様の足元を全て斬らせてもらった」

「何?」

 

 斬られれば、当然。

 床は抜ける。

 

「な、なああああああああああああああああああああああ!?」

 

 アブラミーは、両手を上げながら、ムー大陸の底へ落ちていった。

 

 

 

「……」

「……」

 

 アブラミーがいなくなってしばらく、可奈美と姫和はその奈落を見つめていた。

 すでに可奈美は、奈落を見てはいなかった。しばらくして可奈美は、口を開いた。

 

「この前は、あんまり話せなかったけど……本当に、会いたかったよ」

「そうか」

 

 姫和は、どことなく固い声で答えた。

 可奈美は続ける。

 

「あれからもう半年以上経ってるよ」

「私が幽世に閉じ込められてからか」

 

 その言葉に、思わず可奈美は拳を握った。

 

「うん……大荒魂に……タギツヒメと一緒に行ってから……」

「……そうか」

 

 姫和は静かに可奈美を見つめる。

 

「可奈美。お前の目的はあっちか?」

 

 姫和は奥の方を見ながら言った。ムー大陸深部へ続く通路。バングレイたちがいるのであろう方向。

 そして、姫和がやってきた方角。

 

「うん。……バングレイを止めるつもりだよ」

「そうか。……」

 

 姫和は、小烏丸をこちらに向けた。小烏丸特有の、両側に入った刃が、可奈美を警戒するように光る。

 

「奴に、強い参加者を連れて来いと言われた。……だが」

「何?」

「お前を、奴のもとへ行かせたくはない」

「……」

 

 可奈美も、彼女に呼応するように千鳥を抜く。誰に対しても変わらない、いつも通りの千鳥(・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・)は、静かに姫和を睨む。

 今度は、千鳥と小烏丸は、互いに全く反応はなかった。

 

「ムー大陸を止めないと。そのためには、バングレイを何とかしなくちゃいけない」

「奴は、狩りと称してお前を手にかける」

「姫和ちゃんだって知ってるでしょ? 私、結構強いよ」

「ああ。十分わかってる。だが、それでもだ」

「……そう」

 

 これ以上の会話は、必要ないだろう。可奈美は、腰を落とす。

 姫和も斜の構えで、可奈美を見据えた。

 

「まさか、こんな形でお前とまた戦うことになるとは思わなかったな」

「そうだね」

 

 姫和の言葉に、可奈美は頷いた。

 

「私だって。でもさ……私、実はちょっと……ワクワクしてる」

「……そうだな。お前はそういう奴だな」

 

 姫和は、どこか安心したような顔で言った。

 可奈美は笑顔で、「構え!」と宣言する。

 

「写シ!」

 

 可奈美の言葉に、可奈美と姫和の体が同時に白い光に包まれる。

 息を大きく吸い込み、可奈美は言った。

 

「始め!」



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"二重のキズナ"

 動きはない。

 

 可奈美と姫和は、それぞれ互いに剣を向けたまま動かなかった。

 そして。

 

「迅位斬!」

 

 先に動いたのは可奈美。赤く染まった斬撃を放つが、それを姫和は受け流す。

 動きを止めず、そのまま可奈美は移動。それに追随するように、姫和も後を追う。

 何度も何度も打ち合う。遺跡の上の部分、たまたま崩れた建物の中。移動を繰り返しながら、刀同士がぶつかる音が聞こえてくる。

 

「はあっ!」

 

 振り下ろした可奈美の千鳥。だがそれは、姫和の小烏丸が防いだ。

 互いの、ほとんど互角の力量。それは、空気を振動させ、髪と服がふわりと浮いた。

 

「……」

「……」

 

 数秒の沈黙が二人の間に流れた。やがて、姫和は千鳥を切り払い、振り抜く。

 

「うわっ! すごい斬撃だね! 姫和ちゃん!」

 

 可奈美の目が輝く。すでに可奈美は姫和の一挙手一投足しか目に入っていない。

 もう、ムーの茶色の遺跡も、慣れない空気もない。

 ただ、千鳥と一つになり、小烏丸と一つになった相手との立ち合いだった。

 

「この一太刀で全てを決める! 瞬閃!

 

 可奈美の高速移動からの斬撃に対し、姫和は居合を抜く。あまりの速度に、小烏丸に電撃が宿り、可奈美の赤い斬撃と相殺される。

 

「やっぱりすごい! 姫和ちゃん!」

 

 可奈美はそのまま、何度も姫和と打ち合う。

 ここがムー大陸であることなど気にせず。

 バングレイは、忘却の彼方へ投げ捨てて。

 そもそもこの姫和が本物ですらないことも気にせずに。

 

「はあっ!」

 

 姫和の突き技を叩き流し、こちらの斬撃は防がれる。

 姫和の連撃が、全身に衝撃を伝えてくる。

 

「ねえ、姫和ちゃん」

「何だ?」

 

 鍔迫り合いになる可奈美と姫和。何度も何度も剣で火花を散らしながら、剣での対話は続く。

 

「楽しいね……!」

「……お前は相変わらずのようだな」

「変わらないよ! 私は! 姫和ちゃんを助け出すまで、この気持ちも!」

 

 やがて、可奈美の千鳥が押していく。徐々に姫和の旗色も悪くなっていった。やがて、完全に可奈美のペースになっていき、姫和が膝を折った。

 

「もっともっと見せて! 姫和ちゃんを!」

 

 千鳥の柄を握る手が強くなる。

 

「そうだな……お前はそう言う奴だからな」

 

 姫和はどこか安心したような笑みを浮かべた。やがて、千鳥へ応戦する力を強めていく。

 

「ああ……お前の望む通り、見せてやる!」

 

 そこから、姫和の動きは素早くなった。千鳥を左右に振り回し、やがて彼女の蹴りが可奈美に炸裂する。

 

「甘いよ! 姫和ちゃん!」

 

 だが、その動きを先読みした可奈美は、腕で蹴りをガード。そのまま、姫和の背後に回り込む。

 だが姫和は、小烏丸を背中に滑らせて可奈美の千鳥を防御。

 

「どうした可奈美? そんなものか?」

「まさか。まだまだこんなものじゃないよ!」

 

 可奈美はさらに、姫和へ横薙ぎ。

 避けた姫和は、再び斜の構えをした。

 

「私がいた時より、腕を上げたようだな。可奈美」

「当然だよ! ずっと鍛錬してるからね! もしかしたら、姫和ちゃんよりも全然強いと思うよ!」

「……そうか」

 

 姫和はクスリとほほ笑んだ。

 そして。

 

「ならこれからは、お前の知らない私を見せてやろう」

「私が知らない姫和ちゃん?」

 

 その疑問に、姫和は小烏丸を天高く突き上げることで答えた。

 すると、彼女を中心に青白い雷光が広がった。

 可奈美は思わず目を伏せ、光を避ける。

 やがて、ビリビリという音に目を開けると、そこにいた姫和の姿は大きく変わっていた。

 

「うそ……姫和ちゃん?」

「さあ、行くぞ。可奈美」

 

 雷を纏った姫和は告げた。

 全身から放電しながらの彼女の左目は、雷の青白い色で染まり上がっていた。長い髪も後ろ半分は雷と同質となっており、そして何より、小烏丸そのものが雷の形となっていた。

 

「……っ!」

 

 可奈美は急いで千鳥を構える。

 いつもの手慣れた、蜻蛉の構え。それは、今まで数多くの攻撃___これまでは刀使の、最近はそれ以外の___をいなしてきたそれ。だが。

 姫和の動きは、可奈美の動体視力を遥かに上回る動きであった。

 

「っ!」

 

 信じられない、と考えたのは、すでに可奈美が地を転がった後。

 すでに姫和は、起き上がった可奈美へ更なる連撃を加えてくる。

 背中。右腕。左足。首筋。

 次々と雷の刃が、可奈美の写シを刻んでいく。白いオーラの破片が、可奈美の代わりに散っていく。

 

「うわっ!」

 

 姫和が可奈美の体を正面から突いたのを最後に、写シは剥がれ、可奈美は地面を転がった。

 

「は、速い……!」

 

 可奈美は立とうとするが、全身の力が痺れて動きが鈍る。

 

「これって……この力って……!」

「どうした可奈美? 怖気づいたか?」

「……まさか」

 

 可奈美はにいっと笑んだ。

 

「こんなに強い刀使、他にどこにもいないよ。むしろ、ものすごくワクワクしてきた!」

 

 可奈美は足を直立させ、「はあっ!」の掛け声とともに写シを張る。

 

「行くよ!」

 

 可奈美は姫和へ剣を振るう。だが、その全ては、姫和には体を少しずらすだけで躱されてしまう。

 

「これって……!?」

「はあっ!」

 

 驚く可奈美の体に突き刺さる電気を纏った斬撃。足を大きく引きずりながら、可奈美は毒づいた。

 

「速すぎる……!」

「まだまだ行くぞ」

 

 可奈美は慌てて姫和の動きを凝視した。

 数瞬の沈黙の後、姫和が先に動いた。

 右からの打ち込みは抑え、左下からの攻撃で足にダメージ。

 歯を食いしばりながら、可奈美は反撃する。だが、雷の速度は可奈美の刀使としてのスピードをも上回り、捉えることなどできない。

 

「悪いな可奈美。これで終わりだ」

 

 その声は、すぐ背後からだった。ビクッと肩を震わせて振り向いた時、姫和はすでに空高く飛び上がっていた。

 より雷が激しく唸る。耳をつんざくその音とともに、姫和は雷の剣を振り下ろした。

 その小烏丸はまさに。

 

 雷神の剣

 

「はあっ!」

 

 可奈美を貫き、ムーの地を貫く小烏丸。地面から放射状に青白い光が広がっていく。

 

「うわああああっ!」

 

 可奈美は悲鳴を上げ、吹き飛ばされる。雷の放射は、ムーの遺跡の形状___丁度その場は十字路のような形になっていたため、十字に広がっていく。

 ビリビリと残光が残る中、姫和は可奈美に背を向けていた。

 

「終わりだな。可奈美」

 

 うつ伏せで倒れる可奈美は、姫和を見上げる。こちらに背中を向けたままの彼女は、そのまま続けた。

 

「お前を連れて行きたくはなかったが……命令には逆らえないようだ。お前を……バングレイのもとへ連れて行く」

「……バングレイ……!」

 

 その名前に、可奈美は体を突き動かす。

 

「姫和ちゃん、やっぱりバングレイに……!」

「……何を言っている。私は、お前の記憶にある通りの、十条姫和だ」

「……違う……」

 

 よろよろに立ち上がることに力を注いでいるのに、可奈美の口はいつの間にかそんな言葉を紡いでいた。

 

「はあっ!」

 

 気迫の入った一撃。ほとんどダメージのない姫和は簡単に弾き返すが、可奈美は足を踏ん張らせ、その場にとどまった。

 

「この一撃は……軽い!」

 

 もう一度、千鳥が叫ぶ。

 続く攻撃は、姫和は受け流すことができなかった。打ち合いでは破れ、数歩後ずさる。

 

「何……!?」

「姫和ちゃんの剣は……本物の小烏丸は……もっと……!」

 

 再び千鳥が嘶く。今度は、もっと強く。明確に。

 

「重い!」

 

 それは、姫和を弾き、可奈美から引き離した。

 

「何!?」

 

 思わぬ反撃だったであろう、姫和は驚きをもってその結果を受け入れた。

 可奈美は大きく息を吸い、吐き出す。

 

「うん。強いよ。多分、本物の姫和ちゃんより」

 

 大きく呼吸を繰り返しながら、可奈美は姫和を見つめる。

 

「速いし強いし。電撃なんて、なにより違うもん。でも……」

 

 頭で考えるよりも先に、それは口から飛び出していた。

 

「姫和ちゃんの剣は、重かった。背負ってた。秘めていた! それがない! だから……だから私は、あなたには付いていけないよ!」

 

 可奈美の言葉に、姫和は目つきを険しくする。

 

「それが、どれだけ遠い先のことになってもか?」

「うん。私が探しているのは、幽世に隠されている答え(姫和ちゃん)。私の記憶から呼び戻した、目の前のあなたじゃない!」

「そんな未来には行きつかない。貴様も分かっているだろう?」

 

 姫和は斜の構えで可奈美を睨む。

 

「貴様の行きつく定めの中に、そんな真実はありえない」

「そうかな?」

 

 可奈美は千鳥を見下ろした。小烏丸と共鳴しない千鳥には、自分の目が映っていた。

 

「……いけるよ。(千鳥)となら、真っすぐに伸びたこの刃を、振るえる!」

「やってみろ!」

 

 再び姫和は、雷を纏いながら宙へ跳ぶ。

 

「貴様にそれができるかどうか! 私は貴様を倒し! バングレイのもとへ連れて行く!」

「私は、姫和ちゃんを救う! そのためだったら、私は迷わず、姫和ちゃんだって倒して見せる!」

 

 放たれる雷神の剣。それは先ほど同じように、可奈美を貫き、ムーに電撃を走らせる。

 走る激痛と痺れ。それは、可奈美にとっては経験しえなかったほどのダメージだった。

だが。

 

「捕まえた……」

「!?」

 

 可奈美を貫いた小烏丸。その右腕を、可奈美は掴んでいた。

 すでに写シは限界。この状態で敗れれば、心臓部分を貫いている小烏丸が現実の可奈美を貫くこととなり、命はない。

 だから、もう一刻の猶予もない。

 千鳥の切っ先が指す遥か彼方先へ、可奈美は振るった。

 

「姫和ちゃんを助けるためなら、どんな未来だって、私は切り開いてみせる!」

 

 可奈美の体が、最後の赤を放ちだす。

 姫和は離れようとするも、左手が彼女の腕を離さない。

 

「しまっ……!」

「行くよ姫和ちゃん!」

 

 千鳥の刀身が、赤い光により延長される。

 そして、右手でそれを姫和に浴びせた。

 

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

 

 赤い鞭のようにしなる斬撃は、姫和を貫通し。

 ムーの遺跡ごと、爆発を引き起こした。

 

 

 

「……が……はっ……」

 

 ぐったりと膝を折る姫和。その拍子で、可奈美の体から小烏丸が抜けると同時に、可奈美の体は生身に戻った。

 

「姫和ちゃん!」

 

 思わず彼女の体を抱き留める。

 すでに彼女の体は薄れかけており、それが彼女の消滅を意味していることを察した。

 

「姫和ちゃん……ごめんね……でも、これだけは言わせて。私……ずっと……ずっと……!」

「やめろ」

 

 それ以上の言葉を、姫和は許さなかった。

 彼女はそのまま、可奈美の顔を見上げる。

 

「それ以上、記憶の再現の私には言うな」

「……うん。そうだね。だけど、これだけは」

 

 可奈美は、ゆっくりと姫和を抱き寄せる。それは確かに可奈美自身の記憶より再現されたものだが、彼女の暖かさは、本物と寸分たがわぬものだった。

 

「ありがとうね。偽物でも。私と立ち合いさせてくれてありがとう。姫和ちゃんの力を見せてくれてありがとう。私を……」

 

 ぎゅっと抱きしめる力が強くなる。

 

「可奈美って呼んでくれて、ありがとう」

「……相変わらず……」

「ん?」

 

 やがて、姫和の姿は、徐々に薄くなっていった。全身が粒子のようにボロボロになっていく。

 

「お前の声は……よく響く……」

「あ、待って」

 

 可奈美は、消えゆく姫和を呼び止める。ポケットから、コンビニ袋を取り出し、その中から今朝の購入物を取り出す。

 

「姫和ちゃんだったら、これ……好きでしょ?」

 

 それは、チョコミント菓子だった。箱に梱包されたそれを、姫和は慣れた手つきで開封し、一つ。口に運ぶ。

 

「……ふっ。お前も食え」

「うん」

 

 姫和に促され、可奈美も一つ口に入れた。

 

「うん。……やっぱり、歯磨き粉の味だ」

「貴様……また言うか」

「だって……ミント味が利きすぎて……涙が出てくるんだもん……」

 

 可奈美はそう言って、目元を拭う。

 

「全くお前は……だが」

「何?」

「その先は、本物の私に言ってくれ……」

 

 その言葉とともに、姫和の姿は、粒子となって霧散していった。

 

「……」

 

 虚空になったムーの中、可奈美はもう一つ、菓子を頬張る。

 

「……姫和ちゃん、やっぱり、チョコミントって変な味だよ……」

 

 可奈美の体が、少しずつ震えていった。

 

「歯磨き粉の、強い味がする……」

 

 味のミント成分の強さに、涙があふれていた。

 



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芸術は爆発だ

普通のホモサピエンスが頭の中で無限ループしてる……


 ナンパ。

 男性が見知らぬ女性に対して行う、ひと時をこれから過ごす、これから夜遊びに出かける誘いを行う行為のこと。

 これまで、結城友奈はそうした声をかけられたことは皆無ではなかった。もっとも、当時は勇者部の活動を優先していたり、何より親友が友奈に近づく男たちを追い払っていた(車椅子で)ので、発展することはなかった。

 だが、それが行われるのは、主に繁華街などの町中である。少なくとも。

 

 ムー大陸のような神秘の古代遺跡で発生するのはまずないはずである。

 

「へへへ。俺、渋井丸拓男(しぶいまるたくお)。略してシブタク。付き合ってよ、素敵なおねーさん」

 

 そう言って、サングラスをずらした、出っ歯と無精ひげが特徴の男。

 バイクに乗ったまま、友奈に話しかけてきた彼のこの行為は、間違いなくナンパである。

 

「ええ?」

 

 困った顔で頬をかく友奈。だが、なぜかこのシブタクなる人物は、友奈に「へっへ」と近づい来る。

 

「いやあ、ちょっと困るかな?」

「そんなこと言わないでよお。いきなりこんなところに来て、俺、ちょっと心細いのぉ」

「いきなり……」

 

 その時、友奈ははっとしてナンパ男シブタクの手を見下ろす。

 

「んん? これ、カッコイイだろ?」

 

 シブタクはそう言って、右手の黒い紋様___令呪を見せつける。

 

「男の勲章って奴でさぁ。この前いつの間にか付いていたんだよ。イカスだろ?」

「いつの間にか? もしかして」

 

 友奈はシブタクの令呪が付いた手を掴む。

 シブタクは「うおぉ!?」という声を上げたが、それを無視して凝視した。

 

「サーヴァントはまだいないの!?」

「さ、サバ? 俺サバ嫌いなんだけど」

「……あれ?」

 

 友奈は首を傾げた。

 

「サーヴァント。ほら、聖杯戦争の」

「ななな、なんだ? 聖杯? 酒でも飲むの? 未成年なのに、ロックだねえ」

 

 シブタクは目を白黒させた。その様子から、本当に知らないのだろうかと疑問を持つ。

 

「ねえ、この印のこと、何も聞いていないの?」

「聞いてない? おいおい、お嬢ちゃん。勘違いしちゃいけねえなあ。コイツは俺が、漢の中の漢だっつう……」

「監督役! 出てきてくれないかな!?」

「おい無視かよ!?」

 

 シブタクの声を無視しながら声を張り上げると、それは現れた。

 

『はいはい。全く、君たちは本当にすぐ苦情を入れてくるね』

「うわっ!? なんだこいつ!?」

 

 シブタクのバイクに飛び乗った、白とピンクの小動物。動かない表情をこちらに向けながら、脳内に直接言葉を伝えてくるそれに、友奈は少し驚きながら言った。

 

「ち、直接会うのは初めて、だよね? えっと……」

 

 友奈は、首を傾げる。

 

「確か前可奈美ちゃんから聞いたんだけど……えっと……そう! ジュゥべえ!」

『僕はキュゥべえだよ』

 

 妖精、キュゥべえはにこりともせずに友奈を見上げる。

 

『確かに、召喚の場面には立ち会ったけど、直接会うのは初めてだね。君……というより、セイヴァークラスの監督役のキュゥべえだよ。それで君は……』

 

 キュゥべえは、静かにシブタクを見つめる。

 シブタクは「な、なんだよ?」と目を白黒している。

 

『どうやら彼にはまだサーヴァントはいないようだ。今のうちに始末した方がいいと思うよ?』

「本当に人の気持ちを理解しないんだね」

 

 友奈はむっとして、シブタクに向き直る。

 

「いい? これは、令呪っていって、危険な……」

「みぃーつけた。……うん」

 

 だが、その途中で友奈の言葉は遮られた。

 振り向くと、ムー大陸の遺跡。その壁の一か所に、それはいた。

 

「二人。ねえ?」

 

 壁に開いた大きな穴。通路が途中で切られてしまったのであろうと推測できるところ。そこに、金髪の男がいた。

 左目を長い前髪が隠し、黒い衣をまとった男。彼はにやりと笑みながら、友奈とシブタク、そしてキュゥべえを見る。

 

「何だァ? 監督役だって暇じゃねえんだから、そうやって質問攻めにするのはよくないだろ? うん」

「えっと……誰?」

 

 友奈の疑問に、男は肩を震わせる。

 

「何、オイラはただのサーヴァントだ。ちっくらこの芸術センスのねえ大陸をエンジョイしてるだけだ。うん」

「エンジョイ?」

 

 友奈は首を傾げる。だが、彼はそれを聞かずに、懐より何かを取り出した。

 

「何あれ?」

「何。ちょっとした、お近づきの印だ。うん」

 

 彼は友奈の前に飛び降りる。

 

「オイラは芸術家でな。こういう粘土が好きなんだ。うん」

「おお、どうも」

 

 シブタクは何の疑いもなく、その粘土を受け取った。土偶のような形状の真っ白な芸術作品だった。

 だが、友奈はそれを見て、デイダラの表情を見たと同時に、血相を変えた。

 

「いけない! それを……」

 

 キュゥべえがバイクから離れ、どこかへ消え去ると同時に、男は言った。

 

「芸術は 爆発だ」

 

「へ?」

 

 友奈が変身し、シブタクが素っ頓狂な声を上げた時にはもう遅い。

 友奈の手が粘土に届く、ほんの数瞬前に。

 粘土は、眩い光とともに爆発。

 シブタクの姿は、爆炎に飲まれて消えてしまった。

 

「あ……あ……」

 

 シブタクがいた虚空。バイクのパーツだけが転がるそこを、友奈はただただ見つめていた。

 

「あっはははははは‼ 最高だぜ! 聖杯戦争! オイラたちの芸術が、まだまだ続けられそうだぜ! うん!」

 

 男は大声で笑いながら、もう一つの粘土を出す。

 

「さあ、次はお前だ。記念すべきムー大陸、三十人目だ。芸術的な表情で爆発してくれ。うん!」

 

 投げられた粘土。今度は、先ほどのような固形物ではなく、小さな丸い粒の雨だった。

 

「っ! 勇者、連続パンチ!

 

 友奈はそれに対し、パンチを放つ。拳が粘土を突き飛ばすたびに爆発が起こり、友奈に少なからずのダメージを与えてくる。

 

「このおおおおおおおおおおお!」

 

 爆発の第一陣を潜り抜け、友奈は男へ接近。

 

「へっ! いいねえ。うん!」

 

 だが、この金髪の爆弾魔は、さらに粘土を投げる。そして、手元でまるで忍者のような印を組み、唱えた。

 

「喝っ!」

 

「!」

 

 引きおこる爆発。それは、友奈を大きく吹き飛ばし、地面を転がさせる。

 

「接近戦タイプか。オイラの恰好のカモだな。うん」

 

 さらに、男に大きな煙が巻き起こった。

 

「今度は何!?」

 

 友奈が顔を手で覆い、煙が晴れるのを待つ。

 すると、そこには巨大な鳥がいた。

 

「うんうん。少しは楽しめそうだな。……うん」

 

 羽ばたく鳥の背中に乗り、浮かび上がる男。それを見上げながら、友奈は思った。

 

「あの大きなのも爆発するの!?」

「そうだが、いきなり大味ってのも芸がない。まずはコイツだ! うん」

 

 そういって、彼が鳥より友奈のもとへ飛来させたのは、小鳥たち。男が乗る鳥に比べて小さいが、その分機動性に優れ、すぐに友奈へ接近してきた。

 

「勇者、かかと落とし!」

 

 友奈はそれらを次々に蹴り落としていく。だが、爆発物という都合上、一つでも体に張りつけさせるわけにはいかない。

 

「ダメだ、このままじゃ……!」

 

 友奈は飛び退き、男から距離を置く。

 だが。

 

「……え?」

 

 いつの間に。あるいは、予めか。

 友奈の肩に、粘土の蜘蛛がいた。

 

「っ!」

 

 目を大きく見開くも、それはもう止まらない。

 

「うわっ!」

 

 慌てて友奈はそれを引き剥がそうとする。だが、八本の足には粘着性があるのか、友奈の手を無視して体の上を蠢く。

 

「や、やめて! 来ないで!」

 

 やがて顔に張り付いた蜘蛛を、友奈は必死で引き剥がそうとする。だが、蜘蛛は友奈の顔に根付いたかのように離れない。

 そして、蜘蛛は男が放った粘土たちと同じように爆発する。友奈の顔が恐怖に染まった、その時。

 

 破裂するような銃声が、友奈の顔から蜘蛛を取り去った。

 

「……え?」

「うん?」

 

 男も、その状況には目を大きく見開いて驚いている。

 

「誰だっ!? うん!」

 

 男は周囲を警戒した。様々な障害物が多いムーの遺跡の中、やがて彼はそれを見つけた。

 

「そこか!」

 

 彼はそう叫び、粘土を投げる。煙の発生とともに小鳥になったそれは、迷わずに遺跡の一角へ向かい、爆発。

 そして。

 

「友奈ちゃんに手を出す不埒な輩は、私が許さない!」

 

 爆炎より飛び出してきたのは、見紛うことなどありえない。

 親友。

 

「東郷さん……」

 

 東郷美森以外の何者でもなかった。

 

「友奈ちゃん、大丈夫!?」

 

 美森はふわりと浮かびながら、友奈に近づく。

 友奈は頷き、つま先から頭まで美森の姿を確かめた。

 

「東郷さん、どうしてここに?」

「ああ、友奈ちゃん、友奈ちゃん……! この前はごめんなさい……」

 

 美森は友奈の言葉を聞かず、友奈の頬を両手で掴んだ。

 

「え? 何? 何のこと?」

「結局友奈ちゃんに銃を向けるなんて、私、なんてことを……!」

「東郷さん? もしかして、今操られてないの?」

「ええ、そうよ友奈ちゃん!」

「わわわっ! 東郷さん、顔近い近い!」

 

 ぐいっと顔を迫らせる美森に対し、友奈は抑える。

 だが、それでこの才色兼備の少女は止まらない。

 

「ああ、友奈ちゃん友奈ちゃん! 友奈ちゃんをここまで傷つけたアイツを、一緒に懲らしめよう!」

「え? あ、う、うん」

 

 友奈は戸惑いながらも頷いた。

 そして、美森とともに爆発男を見上げた。

 爆発男は舌打ちし、友奈たちを見下ろしている。

 

「チッ、めんどくせえ。こうなったら、お前らまとめて爆発だ! うん!」

 

 彼は手のひらより生み出した、鳥たちを放つ。縦横無尽の動きをする鳥たちだが、美森が狙撃し、打ち落とす。

 

「友奈ちゃん!」

「うん!」

 

 美森の掛け声に頷いた友奈は、走り出す。

 

「行くよ、勇者パンチ!

 

 桜の花の形をした光とともに、友奈は拳を突き出した。

 だが、爆発男もそれをただでは受ける気など当然ない。彼が投げ、煙とともに現れた新たな爆発物(芸術品)は。

 

「ムカデ!?」

「お前の体術も、コイツで無意味だ! うん!」

 

 巨大なムカデは、友奈の体に巻き付く。解除された勇者パンチは、そのまま霧散し、花びらとなってムーの空間を彩る。

 

「まさに、儚く散りゆく一瞬の美。これこそ、爆発だ! 喝っ!

「させない! 護国弾 暁風!

 

 美森が放つ、嵐のような銃弾。それは、友奈の体に巻き付くムカデを的確に射撃し、その体をバラバラに分解していく。

 

「今よ! 友奈ちゃん!」

「うん! ありがとう、東郷さん!」

 

 小さなパーツになった粘土とともに降り立った友奈は、再びジャンプ。

 

「勇者あああああああ! 爆裂パアアアアンチ!」

 

 今度発生した花びらは、先ほどのものよりも倍以上の大きさ。

 爆発男は思わず、乗っていた鳥より飛び降りた。同時に、友奈の拳は鳥の胴体に命中。

 すると、鳥の胴体は中心より大きく破裂。起爆ではなく、友奈の力起因の爆発を起こし、消え去った。

 

「チッ……」

 

 飛び降りた起爆男は、友奈と美森を睨み、唇を噛んだ。

 

「無駄な邪魔が入ったな。……うん」

 

 爆発男はしばらく友奈たちを睨み、ため息をついた。

 

「止めだ止めだ。真の芸術家は、可能な限り多くの作品を世に残す。また今度、改めて相手してやっからよ。……うん」

 

 彼はそう言って、友奈たちに背を向けた。

 去る気配を察した友奈は、「待って!」と呼び止める。

 

「貴方も……サーヴァントなんでしょ? 戦うのは、願いがあるからなの? だったら、戦うのはもうやめようよ! さっきみたいに、人にあんなことをして……」

「ああ?」

 

 爆発男は友奈を睨んだ。

 

「悪いが、オイラはただオイラの芸術のために戦っているだけだ。この世界はまだまだ新しい刺激が転がってるからな。……うん」

 

 彼はそう言って、友奈の静止も聞かず、ジャンプで遺跡内をジグザグに進み、やがて通路から去っていった。

 友奈はそれを見送り、変身を解除。美森に向き直る。

 すでに美森は変身を解除し、その病弱な体を車椅子に預けている。彼女は悲しそうな眼差しで友奈を見上げていた。

 

「友奈ちゃん……」

「東郷さん……会いたかった」

「私もよ」

 

 美森は笑む。

 友奈は顔を反らすことなく頷いた。

 

「うん。私もだよ」

 

 例え彼女が自分の記憶から再現された存在でも関係ない。友奈はそのまま美森に歩み寄った。

 

「ねえ、東郷さん……少し、いい?」

「ええ。もちろんよ」

 

 美森の許可を得て、友奈は美森の車椅子を押した。彼女の重さが腕にしっくり来た。

 

「……ねえ、友奈ちゃん」

「何?」

「……一緒に、この大陸に住まない?」

 

 友奈の足が止まった。

 

「東郷さん」

「ほら、あのバングレイって人、そんなに悪い人じゃないわよ?」

 

 美森は首をこちらに回した。

 

「ほら、ここだったら、広いし私達二人だけの世界だってできる。だから」

「ダメだよ……東郷さん」

 

 友奈は首を振った。

 

「今、地上は大変なことになってるんだよ……。このムー大陸を止めないと、皆が大変なことになる。だから、バングレイを止めないと」

「どうして?」

 

 美森が、車椅子を操作して友奈と向き直った。彼女の目にはハイライトが抜けており、じっと友奈を見つめていた。

 

「また、知らない人たちのため?」

「そうだよ」

「……友奈ちゃんは、私よりも知らない人たちの方が大事なの?」

「違うよ! 私は、東郷さんのことは好きだよ。大好きだよ! 前の世界でも、今でも、これからもずっと!」

 

 それは、友奈の本心からの叫びだった。だが、もう美森は耳を貸さない。

 

「どうして? どうしてなの? 私は、バングレイから離れられないのよ。分かるでしょ?」

「……うん。でも、皆を守らなくちゃ」

「どうして? どうしてなの!?」

「分かるでしょ? 東郷さんなら」

「勇者だから?」

 

 首を縦に振った。

 すると、美森は嘆き交じりに叫んだ。

 

「勇者部だから!? そのために、友奈ちゃんは死んだ後でもそんな辛い戦いを続けるというの!?」

「うん」

「友奈ちゃん……」

 

 強く睨む美森。彼女はやがて、

 立ち上がった(・・・・・・)

 

「東郷さん……!?」

「友奈ちゃん貴方が、まだ人のために戦うなら、まだ死してなお勇者を続けるのなら! 私が、友奈ちゃんを止める。勇者システムを奪う!」

 

 美森は、そのスマホを手に、宣言していた。

 それを見ながら、友奈は静かに頷いた。

 

「うん。……東郷さん、きっとこうなるって思ってたよ」

 

 友奈もスマホを取り出す。

 

「本物じゃないってわかってる。でも……少しだけでも、東郷さんとお話できて、嬉しかったよ」

「私は全然嬉しくない! 友奈ちゃんが辛いだけ……こんなの、全然良くない!」

「私だけじゃないよ。皆、辛いはずだよ」

「友奈ちゃんが辛い思いをする理由なんてない! これ以上、友奈ちゃんを戦わせない……! 私が、友奈ちゃんを止める!」

 

 そして。

 本来、決して敵対することのない二人の勇者(友達)は。

 互いへ駆けだし。

 桜とアサガオの花びらを散らし。

 

「東郷さああああああああああん!」

「友奈ちゃあああああああああん!」

 

 変身した。

 それぞれを、倒すための力をもって。

 



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”エガオノキミへ”

三章初期__二章で大活躍したし、三章は友奈はお休みでしょ
今_____友奈出番増えたなぁ


 友奈の拳と、美森の銃。

 かつての世界で交わることがなかったのは、仲間たちが代わりに美森と戦ったからに他ならない。

 今、この世界に、あの時の仲間たちはいない。

 だから今。

 

「東郷さあああああああああん!」

「友奈ちゃああああああああん!」

 

 美森と美森の間に立つ者はいない。

 美森の銃撃を拳で弾きながら、友奈は接近する。

 

「……っ!」

 

 友奈は唇を噛みながら、友奈へ拳を放つ。

 だが、美森は長い銃でその軌道を反らす。非常に頑丈な作りで長い銃身を誇るそれを、彼女は近距離では棒型の武器として使用しており、友奈に対抗する。

 

「っ!」

 

 固い銃身に防がれ、友奈は攻めあぐねる。

 しかも、反動でのけ反った瞬間を狙って、美森は銃撃で狙ってくる。

 リーチが長い分、友奈は徐々に追い詰められていった。

 

「くうっ!」

「友奈ちゃん! これは、私の想いの強さ! 友奈ちゃんを、これ以上戦わせない!」

 

 友奈が防いだ長い銃。美森はそれをテコのように動かし、銃口を友奈の顔に向ける。

 

「!」

 

 友奈が咄嗟に屈む。一瞬でも遅ければ、額に穴が開いていた。

 

「どうして友奈ちゃんは、この世界でも戦わなくちゃいけないの!? この世界は、私達の世界じゃないじゃない! 神樹様の世界でも、私がいない世界でもいい、友奈ちゃんは、平和に暮らしてよ! どうして自分で自分を苦しめる生き方をするの!?」

 

 棒術のように日本の長銃を振り回しながら、発砲を続ける美森。友奈は手のひらで受け流し、ステップで少しずつ離れていく。

 

「これが私の生き方だよ、東郷さん! 例え何回生まれ変わっても、例えどれだけ苦しんでも、私は生きている人みんなを守る! そのために私は生きているんだよ!」

 

 刹那、避け切れない銃弾が飛んできた。

 友奈は迷わず手を伸ばし、銃弾を掴む。右腕に走った痛みとともに、銃弾が手のひらに収まった。

 

「勇者だから? 御役目だから!? そんなのいらない! 友奈ちゃんが苦しむ必要なんてない! 友奈ちゃんが戦い続けるなら、私も何回だって、勇者システムを壊してやる!」

 

 美森はそう言いながら、体を回転させる。乱発射されたそれは、友奈ごとムー大陸の遺跡を射撃していく。

 友奈はたまらず、走りながらそれらを回避。その足元には、次々と銃弾が埋め込まれていく。壁の裏側に隠れたと同時に、壁に無数の弾丸が刻まれる。

 

「はあ、はあ……」

 

 友奈は息を切らせ、膝を折る。

 その時。青い光が、視界の端に発せられた。

 

「友奈ちゃん……私は、絶対に友奈ちゃんの戦いを終わらせる!」

 

 その美森の姿は、まさに方舟だった。

 巨大な白い船が台座となり、その周囲には巨大な砲台が備え付けられている。彼女の背後には金の輪が日輪のように美森を飾り、友奈を見下ろしている。

 服も白を基調とした和服となっており、大和撫子の権化であった。

 

「だから……だから私に負けてよ!」

 

 無数の砲台が一斉に友奈へ向けられる。青い光線が同時に発射され、ムーの遺跡を壊していく。

 だが、友奈は止まることなく、美森の周囲を走る。

 

「ダメだよ……東郷さん、何回言われても、何度止められても! 私は、止まらない!」

「また生き地獄の中に囚われるの!? 私がいない、地獄でも……!?」

 

 その言葉に、友奈は唇を噛む。

 その隙を、じっと友奈を見つめる美森が見逃すはずがなかった。

 友奈の足元を徹底的に砲撃し、その体を吹き飛ばす。

 

「うわっ!」

 

 数回地面をバウンドし、友奈の体はムーの地に投げ出される。

 変身が解除され、全くの生身となった友奈。その傍らには、妖精である牛鬼も投げ出される。

 

「牛鬼……ゲホッゲホッ……」

 

 出てくる血塊。ボロボロになった生身の体。

クラクラする頭を抑えながら、友奈は言葉を紡ぐ。

 

「地獄……うん……多分、この世界は、私達の世界と同じくらいの地獄だよ……」

「友奈ちゃん……そうでしょ? だったら、ここで私と一緒にいよう? ずっとずっと……そうすれば、もう友奈ちゃんも苦しまずに済むから」

「でもっ!」

 

 友奈は、大声を上げながら美森を見上げる。

 友奈の視線の先の美森は、少し驚いたように後ずさった。

 

「何も知らない人たちが、怪物になった! 私は何もできなかった! 友達になった人を救えなかった!」

「それは、友奈ちゃんのせいじゃない! 友奈ちゃんは悪くない……!」

 

 美森は、ため息とともに首を振った。

 

「なら、もう友奈ちゃん、少しだけ痛い思いをしてもらうしかない……だから、もう戦いを止めて!」

 

 美森はそう叫んで、散弾を放つ。

 雨のように降り注ぎ、友奈を襲う無数の銃弾。だが、もう友奈は止まらない。

 

「もう嫌なんだ……誰かが傷つくこと、辛い思いをすること……」

 

 友奈は生身のまま走り出す。

 いつしか、友奈の背後には、銀の巨大な両腕の装置が現れていた。それは四方八方の銃弾を防ぐ傘となり。

生身のままの右腕の拳を、正面から襲ってきた銃弾に放つ。

 そして。

 桃色の閃光とともに、左腕が白とピンクの物へ変化する。

 

「皆がそんな思いをするくらいなら! また誰かが、こんな苦しみを味わうくらいなら! こんな痛みを、これ以上繰り返すくらいなら!」

 

 友奈は、さらに銃弾を蹴り落とす。それに使われた両足もまた、白とピンクの衣服になっていく。

 

「私がッ! 頑張るッ!」

 

 そのままジャンプ。銃弾の雨をかいくぐり、一気に美森との距離を詰める。

 そして。

 

「満開! 勇者アアアアア、パアアアアンチ!」

 

 最後に変身した右腕、胴体と同時に、白い武装もまた拳を放つ。

 それは、とっさに出された美森の光線と相殺され、爆発を引き起こす。

 

「友奈ちゃん……」

 

 そして。

 友奈の全身を、無数の花びらが覆いつくす。

 舞い散る花びらの中、満開___鋼の拳を持つ機械を纏った友奈は、しっかりと美森を見ていた。

 

「たとえ地獄でも、私は、勇者でい続ける! 今までも、これからも!」

 

 銀色に輝いた花が、ムーの闇を彩る。

 

 

 

 方舟と鋼の剛腕が激突する。

 そのまま、二つの神の御使いは、戦いを繰り広げる。

 遺跡を破壊しながら、それらは互いを狙う。

 美森の光線が乱れ打ちされ、貴重な遺跡を次々と砕いていく。爆炎を突き抜け、友奈は美森の前に躍り出た。

 

「千回連続! 勇者パンチ!」

 

 友奈の拳より放たれる、超高速連打。目にも止まらぬ速さの連撃だが、それに対して美森は、焦ることなく友奈の一撃一撃を打ち落としていく。

 

「……!」

「見えてるよ。友奈ちゃん!」

 

 美森は目を鋭く告げる。

 

「友奈ちゃんの動きも、呼吸も、体温も、脈拍も心臓も瞳孔も何もかも! そんな友奈ちゃんが、私に勝てるわけがないんだよ!」

 

 美森の方舟が唸り声を上げた。全ての銃口が友奈へ向けられる。

 

「だから、私に負けてよ! 私と一緒に、このムー大陸で暮らそうよ!」

 

 友奈の拳が千発なら、美森の発射もまた千発。拳一つ一つと打ち消し合い、消滅していく。

 

「友奈ちゃんが笑顔になってよ! 誰かのために戦うんじゃなくて、君は笑顔になってよ!」

「できない……できないよ!」

 

 友奈は跳び上がる。機械の剛腕が齎す起動力が、さらに続く美森の攻撃からの退避を可能とした。

 だが、それをみすみす逃す美森ではない。方舟が轟音とともに、動きを表していく。

 

「また誰かのため!? 友奈ちゃんは、少しは自分のことを考えてよ!」

 

 美森の方舟より、無数の光線が発射される。動き回る友奈を狙って、縦横無尽に好戦が発射される。

 これ以上は避けられない。友奈はムーの天井を蹴って、一気に美森との距離を詰める。

 だが、美森も咄嗟に長銃を向ける。友奈の拳とタイミング相まって、それぞれの武器が横に反らされ、体と体がぶつかる。

 

「っ!」

 

 方舟の甲板で転がる友奈。さらに、美森は追い打ちとばかりに、両手の銃で狙ってくる。

 

「させない!」

 

 友奈は体を大きく傾けて、美森との距離を保ちながら避ける。そして、一気に甲板を蹴り。

 

「満開! 勇者パンチ!」

 

 友奈自身と、備え付けられた剛腕。その両方の拳が、美森の銃を砕き。

 その体を貫いた。

 

「……っ!」

 

 痛みで歪んだ美森の顔。

 背けたい。決して背けてはならない。

 もたれかかる美森を、友奈は抱き留めた。

 

「友奈ちゃん……!」

「東郷さん!」

 

 美森の顔が近くになる。彼女の顔に、涙が走った跡が残っていた。

 

「私は、何度でも! 生き死にを繰り返しても! 東郷さんも、どこかの誰かも! 助けるために! ……でも……っ!」

 

 桜が、吹雪となる。

 

「どれだけ傷ついても、私は東郷さんのことを、置いて行ったりしないよ! この世界に来てからも、東郷さんのことを忘れたことなんてない!」

「嘘……嘘っ……!」

 

 頬の後には、さらに川が流れる。

 

「私を置いていったくせに……! 友奈ちゃんだけは、どこにもいなかったくせに……!」

「……」

 

 美森が破壊した粉塵たちは、やがて高度を下げていく。友奈たちがいる美森の方舟には、軌道音の他、彼女の嗚咽だけしか聞こえなかった。

 

「なんで……なんで……なんで一緒にいてくれないの……!? 私が……」

 

 美森は、友奈の胸元に顔を埋める。彼女の鼓動___それが自身の記憶の再現でも、本物と寸分変わらない___が伝わってくる。

 

「私が、壊しちゃったから!? 四国を……みんなの世界を……!」

「……」

 

 その言葉に、口を閉ざした友奈。数秒固まった友奈は、そのまま美森を抱きしめた。

 

「違うよ。あの時……神樹様の結界が壊れて、バーテックスがやってきて、何もかもが終わったとき、願っちゃったんだよ。私……」

 

 友奈は天を仰いだ。ムー大陸の遺跡、その暗い天井。その遥か先にある空を。

 四国にいた時と、何一つ変わらない空を。

 

「また、皆で……樹ちゃん、風先輩、夏凛ちゃんと……東郷さんと、一緒にいられたらなって」

「願った……?」

「そしたら、気付いたら、こっちの世界にいて……何か、変な願いを叶えるための戦いに参加させられちゃって……。でもさ」

 

 友奈は美森を抱いていた手を放す。肩を掴みながら、静かに拳を開け閉めする。

 

「この世界……私達の世界と同じで、何も知らない人たちが、あり得ない危険に晒されて。それで、勇者の力はあったから、誰かを守れる。……守り続けられる。でもね」

 

 友奈は改めて、美森の体を抱擁する。徐々に体の輪郭がぼやけていくが、その中で彼女は確かに友奈にしがみついていた。

 

「大丈夫。もう、置いて行かないから」

「友奈ちゃん……」

「私もすぐにそっちに行くから。だから、風先輩に樹ちゃん、夏凛ちゃんにも伝えておいて」

「いや……」

「大丈夫。またこうして隣同士いられたんだから。私、本当はとっても嬉しかったんだよ? だから、きっと大丈夫。私も、少ししたら、もう離さないから」

「友奈……ちゃん……」

 

 すでに美森の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。大和撫子と呼ばれていた彼女は、もう面影のない、ただの女の子だった。

 やがて、美森の姿は、粉々になっていく。水に溶ける塩のように、徐々に影が薄くなっていく。

 

「東郷さん。少しだけ。少しだけ、待ってて」

「友奈ちゃん……うん。待ってるから……もう二度と……置いて行かないで」

 

 その言葉を最後に、美森の姿は消えていった。

 方舟もともに消滅し、友奈は空中からムーの地表に着地。

 立ち上がり、変身を解除。

 嗅覚のなくなった鼻を擦り、静かに呟いた。

 

「うん。ずっと一緒だよ。約束する。だから……待っててね」




マーメイド「はあ……はあ……」さやか
さやか「あの化け物たち、まだ出てくるの……? もう勘弁してよ……」
ムーの怪物たち「ぶらああああああああああ!」
さやか「っ……! 正義の味方って、姿じゃないと思うんだけどなあ、今のあたし!」マーメイド
マーメイド「チェストおおおおお!」


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二対一

「ここは……」

 

 ハルトは、それを見上げた。

 天高く貫く塔。雲を突き抜けるそこは、まさにムー大陸の中心だった。

 

「すっげーな。これ、今の人類でもここまでの高さは作れねえんじゃねえか?」

 

 コウスケも隣で額に手を当てて感嘆している。少し進むごとに彼は遺跡を調査しようとしたり鳥を捕まえようとしたりで、遅々として進めなかった。

 

「……そうね。今の文明の進歩のペースだと、少なくとも半世紀はかかるわね」

 

 リゲルも頷いた。分析のたびに彼女の目を覆うゴーグルは、今回も目まぐるしいデータを彼女に示している。

 

「それで? 次はここを調べるの?」

「そうなるんじゃないかな。そもそも、ここがムー大陸の中心でしょ?」

「そうだけど。でも、果たしてこんな分かりやすいところにいるものかしら?」

 

 リゲルはゴーグルを収めながら言った。金髪をなびかせながら、リゲルはため息をついた。

 ハルトは指輪を右手に嵌める。

 

『コネクト プリーズ』

 

 出現した大きな魔法陣に手を入れようとする。しかし、魔法陣は壁となったかのように、ハルトの手を受け入れない。

 

「やっぱり外部への接触はだめか……マシンウィンガーなら、結構時間も節約できたのにな」

「ねえもん嘆いても仕方ねえよ」

 

 コウスケは一足早く、階段を登っていた。腰に手を当て、ハルトとリゲルを見下ろす。

 

「可能性が高そうなんだから、速く行こうぜ。それに、ムー大陸にいるのはオレ達だけじゃねえ。他の参加者だって、いつまでもムー大陸にはいたくねえはずだ」

「たまにいそうじゃない? ここに居座りたいって思ってそうな奴」

「誰のことだよ?」

「お前」

「オレのことを何だと思ってんだ!?」

「いやだって、考古学専攻だし」

「ひでえ偏見だなおい! オレだって終わったらテントに帰りてえし、教授だってそこまで偏屈じゃねえ!」

「ちょっとは偏屈なんだ……」

 

 ハルトは苦笑しながら、階段の一段目に足をかける。少し遅れて、リゲルも続いた。

 

「……ねえ、コウスケ」

「ああ?」

「ここに書いてあることとか、分かるの?」

 

 階段は非常に大きな柱に沿って円状になっており、柱や壁には、無数の絵や言葉が記されている。

 コウスケは、手にしたスマホで可能な限りそれを撮影しており、そのせいで少しばかりハルトとリゲルよりもペースが落ちていた。

 

「いや。全く分かんねえ。そもそも、一万年も前の言語だぜ? オレたちは千年前の古文でさえ解読に手間かかんだから、そうぱっぱと分かるわけねえだろ?」

「それもそっか」

 

 ハルトは納得して、壁の壁画に手を当てる。古代の壁画は、今となっては忘れ去られた技法で世界を表現している。祭壇の上にいる人物を、人々が崇めているようだった。

 

「この神殿、元々王様のものなのかな」

「……『太陽の王、ラ・ムー』……かしら?」

 

 そういったのは、リゲルだった。

 例によって、ゴーグルで膨大な量のデータを出しては消しており、その解析によるものだろうか。

 

「すっげーな。カワイ子ちゃん、読めるのか?」

「青の世界の技術力なら、これ程度の翻訳なら簡単よ。……カワイ子ちゃん?」

 

 リゲルが顔をしかめた。

 だが、コウスケはにっこりと笑う。

 

「ああ」

「やめて。その呼び方だと、寒気がするわ」

「何だよ。いいじゃねえか。それに、リゲルって、なんだか無骨すぎんだよ。もうちょっとファンシーな名前にしようぜ」

「何よ、ファンシーな名前って」

 

 リゲルの冷たい目線に、コウスケは苦笑する。

 

「えっと、リゲルっつーのは、確か星の名前だよな? だったら……」

「そもそも変えようとしないで」

 

 リゲルは言い放つ。だが、コウスケのマイペースは止まらない。

 

「デネブ」

「女性にその名前とか、殺すわよ」

「アルタイル」

「路線がおかしい」

「ベガ」

「……」

「お? もしかして気に入ったか?」

 

 コウスケはさっと階段を駆け下り、リゲルの顔を覗き込む。

 すると、リゲルはそれまでのクールさはどこへやら、怒りの形相でコウスケの顔面をすっぽりと銃口で覆っていた。

 

「え」

「二度とその名を口にするな」

「は、はい……」

 

 彼女の威圧に、さすがのコウスケも身を震え上がらせていた。

 

「まあまあ」

 

 徐々に騒がしくなっていく二人を宥めながら、ハルトは塔を見上げる。螺旋階段が続く先は、まだまだ果てしなく遠い。

 

「でも正直言って、少しはあるんじゃないか? バングレイたちがいる可能性」

 

 その言葉に、コウスケとリゲルは口を閉じる。二人もそれぞれ、ハルトと同じ方向を向いた。

 

「まあ、見るからにこの大陸の中心だったからな。他よりは可能性高えだろ」

「いるわ」

 

 リゲルが見上げたまま、また連続でゴーグルにデータを表示させていく。

 

「生体反応が四つ……二つは弱いわね」

「弱い?」

「ええ。……それと、これは……何?」

「これ?」

 

 ハルトの疑問に、リゲルは頷いた。

 

「一つ。生体反応とは言えない、これは……?」

「……ああ」

 

 ハルトは納得して頷いた。

 

「バングレイの、記憶の再現か」

「記憶の再現?」

「バングレイは、相手の記憶から、人を呼び起こすことができるんだ。あいつに隙を見せたら、これまでの自分の敵味方が大勢相手しなければいけないってことを覚悟しなくちゃいけない」

「……それ、どういうこと?」

 

 リゲルはゴーグルを閉じながら尋ねた。

 

「お前が……サーヴァントとして現界する前でも、した後でも。戦った敵、一緒にいた仲間。そういうのが皆敵として現れる」

「……」

 

 リゲルは口をへの字に曲げた。

 

「でもおかしくねえか?」

 

 コウスケは腕を組む。

 

「確か、バングレイの奴三人くらい作ったんだよな? 二人は出かけてんのか? それに、響が一人、バングレイとエンジェルで二人だろ? 残りの生命反応って誰だ?」

「今そんなこと考えても仕方ないだろ……」

 

 ハルトは頬をかいた。

 

「俺たちより先に到着した他の参加者が一番妥当だろうけどな。それにしても、弱ってるってのは気になるな」

 

 ハルトは顎をしゃくる。

 

「もし参加者だったら、助けたいし」

「助けたい?」

 

 リゲルはハルトを睨んだ。

 

「どうして? 聖杯戦争は、生き残るための戦いでしょう? 敵は少ない方がいいんじゃないの?」

「俺は、一人でも多くの人を救うために戦ってるから。それは、参加者でも誰でも変わらないよ」

「……理解できないわね」

 

 リゲルは吐き捨てた。

 

「殺し合いの世界よ。そんな甘さで、生き残れるの?」

「……どうだろうね。俺が生き残ろうがどうが。そこまで関心は強くはないかな」

「……ハルト?」

 

 その言葉にコウスケもまた険しい顔をした。

 リゲルは「どういう意味?」と尋ねた。

 

「……別に、どうって意味もないよ」

 

 ハルトはにっこりとした顔を作った。

 

「話はおしまい。早く行こうよ」

 

 ハルトは無理矢理話を切り上げて上へ促す。

 コウスケとリゲルは互いに顔を見合わせたが、やがて諦めたように階段を登っていった。

 

 

 

「バリ待ってたぜ。って、何だ、お前らか」

 

 バングレイ。

 この事態を引き起こしたマスターは、塔の最上部。その祭壇らしきところに腰を下ろしていた。

 

「バングレイ……!」

 

 ハルトはその名前を呟く。それに伴い、リゲルが「あれがバングレイ」と確認した。

 

「おお? 何だ、新しい獲物じゃねえか。こいつはバリ嬉しいぜ。なあ? エンジェル」

「そうだな」

 

 そう、バングレイに同意するのは、エンジェルのサーヴァント。黒いボディのところどころに白い天使の装飾をもつ彼は、ハルトたちを品定めする目つきで見ていた。

 

「では、ウィザードとビーストは私が相手をしようか?」

「それがいいかもな? おい、お前!」

 

 バングレイは祭壇の最奥___巨大な像が鎮座するところの手前にいる少女、未来へ命令した。

 

「ベルセルク、バリ盗られるような真似はされんなよ?」

「当たり前でしょ?」

 

 目に光がなくなった未来は、バングレイを睨み返した。

 

「響は私と一緒にいるから。これまでもこれからもずっと……」

「ケッ……」

 

 バングレイは唾を吐き、リゲルを睨む。

 

「ビービ兵!」

 

 エンジェルが指を鳴らす。すると、ムーの地より、無数の黄緑の兵士が蠢きだす。

 

「行くぞ。コウスケ、リゲル!」

「ああ」

「ええ」

『『ドライバーオン』』

 

 二人の魔法使い(ハルトとコウスケ)は、腰にベルトを出現させる。

 そして、その傍ら、リゲルはどこからか、黒一色のカードを取り出していた。あたかも機械でできたような回路を持つそれは、現代技術の域を優に超えていた。

 そして。

 

 

「ムー大陸の戦いは……もう、終わりにしよう……」

 

 

 

「変身!」

「変~身!」

「イグニッション!」

 

 ハルトは、ルビーの。コウスケは、金の。それぞれの象徴たる指輪をベルトに読ませ。

 リゲルは、カードを天に掲げる。すると、青い光が瞬き、銃、剣といった装備がリゲルの手に収まる。全身が青白い光に包まれ、武装が装着されていく。

 ウィザード、ビースト、リゲルの変身が終了。ウィザードがウィザーソードガンを構えると同時に、バングレイが告げた。

 

「さあ、狩りの時間だ」

「行け!」

 

 エンジェルの合図で、ビービ兵が動く。

 一斉に三人を取り囲む。彼らの攻撃を受け流しながら、ウィザードは静かに分析する。

 

「こいつら、俺たちを分断しようと……」

「皆まで言うな! おい、カワイ子ちゃん!」

「リゲルよ!」

 

 ビービ兵たちの群れの向こうから、リゲルの声が聞こえてくる。

 彼女の苦悶の声のパターンから、だんだん彼女が引き離されていることが判る。

 

「コウスケ、早く片付けよう!」

『ハリケーン プリーズ』

「それしかねえな!」

『ファルコ ゴー』

 

 ウィザードとビーストは、ともに風の魔法の指輪でその姿を変える。

 ウィザードはソードガンを逆手に持ち替え、エメラルドを読み込ませる。一方、ビーストもダイスサーベルにハヤブサの指輪を装填した。

 

『ハリケーン スラッシュストライク』

『3 ファルコ セイバーストライク』

 

 ウィザードが円状に斬り裂き、発生した緑の竜巻がビービ兵を巻き上げる。さらに、竜巻の中を泳ぐ三羽のハヤブサが、次々とビービ兵を引き裂いていく。風と風に斬り裂かれ、ビービ兵は次々に爆散していく。

 ビービ兵を一掃し、祭壇が晴れた。ウィザードとビーストは、リゲル___今、バングレイが丁度彼女へ攻め入っている___の助太刀に向かおうとした。

 だが。

 

「おっと。その前に、まずは私の相手をしてもらおうか」

 

 その前に立ちふさがる、黒い影。エンジェル。

 

「マスターの楽しみらしいのだからな。邪魔をしないでもらおうか」

「ふざけんな! そっちこそ、こっちのクリスマス開けの楽しみの邪魔しないでもらいてえんだが!」

 

 ビーストはサーベルでエンジェルを指しながら吐き捨てる。

 ウィザードは静かに、

 

「二対一だ。出し抜けられれば一人はリゲルを助けに行ける」

「そううまくいくかな?」

 

 エンジェルはせせら笑う。

 だが、ウィザードは動じずに続ける。

 

「卑怯とか言うなよ。お前は英霊なんだからな。……はっ!」

 

 ウィザードはソードガンでエンジェルに斬りつける。だが、背中に四枚の翼を生やしたエンジェルの機動力は風のウィザードの比ではなく、上空へ飛び上がり、急降下とともにウィザードへ斬り返す。

 

「っ!」

 

 ソードガンで防ぎきれず、思わず後ずさりするウィザード。その背中を蹴り、ビーストが上から攻める。

 

「オラオラァ!」

「無駄な攻撃を……何?」

 

 彼が気付くはずもない。すでにエンジェルの背後は、土の壁により退路が塞がれていたのだ。

 ビーストの攻撃に隠れ、風より土となったウィザードの防御魔法。それが、彼の逃げ口を防いだのだ。

 

『バインド プリーズ』

 

 さらに、翼を使い逃げようとするならばと、その翼を土の鎖で捕らえる。

 

「逃がさない! コウスケ!」

「ッシャア!」

 

 ウィザードの合図に頷いたコウスケは、エンジェルよりも高くに飛翔。

 

『バッファ ゴー』

 

 右肩をハヤブサからバッファローに。自由落下と相まって、勢いをつけたビーストは、そのままエンジェルへタックル。

 

「む!?」

 

 だが、むざむざやられるエンジェルではない。即興でその場にビービ兵を作り出し、ビーストからの盾とした。

 爆発し、地面に落ちるエンジェル。受け身とともに立ち上がったエンジェルは、鼻を鳴らした。

 

「ふむ。なかなかやるな」

「へっ。どうよ? 分かったらさっさとそこを退きやがれ」

「女の子一人に、あんな狂暴な奴の相手なんてさせられないしね」

「ふん……いいだろう。()は退こう」

 

 エンジェルは、そのままラ・ムーが佇むところへ下がった。

 

「お、おお? やけに素直だな」

「……」

 

 ウィザードはエンジェルから目を離さないまま、リゲルのもとに駆け付ける。

 だが。

 

()は、な」

 

 刹那。ウィザードたちの足元に、赤い蠢きが生じる。

 ウィザードとビーストは思わず立ち退き。

 そしてそこには、四体の人影が現れた。

 

「な、なんだ……!?」

 

 うち一人が、手にした長槍で攻撃してくる。

 ウィザードとビーストはそれぞれ攻撃を防御し、距離を置く。

 

「お前たちは……!?」

「エンジェル……!?」

 

 その槍使いの顔は、明らかにエンジェルと同一だった。

 まさに彗星のように、流れる槍術は、そのままウィザードとビーストを圧倒、地面を転がした。

 

「我が分身たちで相手をしよう」

「分身……だと……!?」

 

 そのまま、槍術の次。俊敏さをもって、その腕に付けられている爪で斬り裂いてくる分身により、そのボディに火花を散らす。

 

「四対二。卑怯などと言うなよ。貴様たちはマスターだ」

 

 四人のエンジェルの分身体が取り囲む。

 さらなる一体。貝のように丸い機械のパーツに包まれたエンジェルは、その体より無数のミサイルを発射する。

 これまで見たことのない、機械の攻撃。それは、ウィザードたちを大きく吹き飛ばし。

 最後の一人、赤い血のようなエンジェルが持つ剣で切り刻まれる。

 

「ぐあっ!」

「うっ!」

「さあ、私は手を出さん。我が分身たちを倒して、彼女の救出にでも行くがいい」

 

 勝ち誇ったようなエンジェルの声が聞こえた。



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”Last Engage”

 エンジェルの分身体。その一。

 

「私は、彗星の……ふん。それ以上は貴様らには覚える必要もあるまい」

 

 青をベースにした槍使いのエンジェル。上半身を青と銀の鎧で覆った彼は、そのまま槍で攻撃してくる。

 ウィザードは素早い槍術をソードガンで捌きながら、逆に斬りかかった。

 彗星のエンジェルの動きは、風のウィザードのそれよりも遅い。

 

「勝機はある!」

『チョーイイネ サンダー サイコー』

 

 ウィザードが使用した、雷の魔法。それは、エンジェルの動きを麻痺させ、さらに手痛いであろう一撃を与えた。

 

「むっ!」

 

 大きく足を引きずるエンジェル。さらにウィザードは、エメラルドからルビーとなり、シューティングストライクで追撃。

 しかし、その攻撃は目の前で両断される。現れた血まみれのエンジェルが、その大剣で炎を断ち切ったのだ。

見る者に恐怖を煽る、赤いエンジェル。両耳より長い飾りが伸び、その手には邪悪が刻まれたような黄色の剣が握られていた。

 

「もう一人か……っ!」

「無駄だ。貴様には、もう何もできん」

 

 さらに、血まみれのエンジェルはその大剣で攻め込んでくる。さらに、槍使いのエンジェルもまた攻勢に入った。

 結果、二人のエンジェルに対して、ウィザードは防戦一方になる。

 

「だったら……」

『コネクト プリーズ』

 

 大人数を相手にする時の基本は、相手に仲間同士でぶつからせること。

 コネクトで空間を湾曲させる。槍使いのエンジェルの刃に貫かせた魔法陣の先は、血まみれのエンジェルの背後。

 だが、血まみれのエンジェルは、あたかもそれが見えていたかのように、屈んだ。

 

「なっ!?」

「見えないとでも思ったか?」

 

 屈んだ血まみれのエンジェルは、そのままウィザードへ斬りつける。赤い閃光は、そのままウィザードの防御を貫通し、その体を大きく吹き飛ばす。

 

「ぐあっ……」

 

 ウィザードの変身が解かれ、ハルトは転がる。

 

「トドメだ!」

 

 槍使いのエンジェルが、生身のハルトを串刺しにしようとする。

 

「やべぇ!」

『カメレオン ゴー』

 

 茶色のエンジェル、機械のエンジェルと戦っていたビーストが、敵を切り離し、即座に指輪を使う。カメレオンの肩より伸びた舌が、ハルトの首を刈ろうとしたエンジェルの鉤爪を絡みとり、引き寄せた。

 

「ハルト! 逃げろ! ぐおっ!」

 

 だが、ハルトが戦線を離れたということは、四人のエンジェル全員の刃先がビーストに向けられるということ。槍と剣と鉤爪と弾丸が、次々にビーストに浴びせられていく。

 

「コウスケ!」

 

 ハルトはソードガンで背を向けるエンジェルへ発砲する。だが、すでに傷ついたハルトの魔力の弾丸など、エンジェルの片手間で弾かれてしまった。

 

「どうした? ライダーのマスターよ。そんなものか?」

 

 そう笑むのは、祭壇の端で観戦している本物のエンジェル。彼は肘を付きながらただハルトの奮戦ぶりを眺めていた。

 

「哀れなものだな。たかだか私の過去の姿にそこまでの姿にされるなど」

「哀れ……?」

「ああ。さあ、やれ。外道の私よ」

 

 すると、エンジェルの命令に、分身たちのうち一人がこちらへ向き直った。

 血まみれの姿のエンジェル。

 

「消えろ。哀れな魔法使い!」

「!」

 

 生身のハルトへ行われる、血まみれのエンジェルによる攻撃。一撃でも食らえば、ハルトにとっては危険な代物。

 ハルトは避けながら、ソードガンで斬りつける。だが、生身での攻撃などたかが知れている。

 

「どうした? こんなもの!」

「っ!」

 

 ハルトはエンジェルの剣を足場にバク転。その間に、ドライバーオンの指輪でウィザードライバーを出現させた。

 

「変し……」

「させん!」

 

 それは、エンジェルの声であってエンジェルのものではない。

 ビーストと戦っていた茶色のエンジェルが、突然振り向き、矛先をハルトに変えた。全身を茶色の軽量アーマーで包んだエンジェル。その俊敏さと、吸血に適していそうな体のつくりは、未確認生物のチュパカブラを連想させた。

その腕に付いたその鋭利な鉤爪で、ハルトの胸倉を貫いたのだ。

 

「っ!」

 

 痛みで変身のプロセスが吹き飛ぶ。横転したハルトへ、エンジェルが乗りかかる。

 

「終わりだ。マスターども」

 

 チュパカブラのエンジェルは、鼻を鳴らした。

 彼はハルトの顔を踏みつけながら、高らかに笑った。

 

「貴様では、我々分身には勝てん。思い知るがいい。人間ども」

「……人間……ね……」

 

 痛みで頭が充満する中、ハルトは一瞬クスリとほほ笑んだ。そして。

 

「さらばだ。人間!」

「させるかよぉ!」

『2 バッファ セイバーストライク』

 

 今にもハルトの首を取ろうとするエンジェルを、赤い水牛が吹き飛ばした。

 

「おいハルト、大丈夫か!?」

 

 駆けつけてきたビーストに助け起こされる。ハルトは「あ、ああ」と頷いた。

 

「おい、変身、出来るか?」

「あ、ああ……」

 

 ハルトは指輪を掲げる。再び出現したウィザードライバーで変身しようとするが。

 

「させん。排除する」

 

 冷徹なる声が響く。機械を体に埋め込み、全身を武器庫にしている……まさに生体兵器(サイボーグ)といったエンジェルは、そのあらゆる発射口よりミサイルを放つ。

 小型のそれは、生身のハルトにとっては十分な脅威となり、全身を吹き飛ばす。

 

「うわあああああああ!」

「ぐああああああああ!」

 

 ハルトとビーストはそのまま転がる。

 

「クソ……どうすんだよ……?」

「分かんないよ」

 

 ハルトは歯を食いしばった。

 四人のエンジェルは並び、歪んだ笑みでハルトとビーストを見下ろしている。

 

「あんな分身を作れるなんて、便利すぎんだろ……クソ、オレもオレが四人いりゃなんとかなるかもなのに……」

「……俺が四人いれば……? そうか……!」

 

 ハルトは起き上がり、顎を拭う。

 

「おい、何する気だハルト!?」

「分からないけど……これに賭ける!」

 

 ハルトはそのまま、指輪を付けた。

 だが、それを見たエンジェルたちはせせら笑う。

 

「無駄だ。貴様が何をしようと、もはや私たちに勝ち目はない。諦めろ!」

 

 だが、ハルトは耳を貸さなかった。左手に持った指輪___ルビー、サファイア、エメラルド、トパーズ___を放り投げる。

 

「俺は諦めない……! 止めてやる……っ! 今すぐ、この悪夢を!」

 

 諦めそうな闇に射す、四色の希望(ひかり)。それを見上げながら、ハルトは切り札の指輪を使った。

 それは。

 

『コピー プリーズ』

 

 複製の魔法。ハルトを通過する魔法陣が、同じハルトの分身を作り出す。

 

「ふむ。足りんぞ? それ程度では」

「「ああ。だからもう一回、使えばいい」」

『『コピー プリーズ』』

 

 二人のハルトは、もう一度コピーの指輪を使用。倍々ゲームにより、二人が四人となった。

 そして、それぞれのハルトが伸ばした指に、リングが滑り込む。

 

「「「「さあ、ここから逆襲が始まる」」」」

『『『『ドライバーオン プリーズ』』』』

 

 四人のハルトの腰に、一斉にウィザードライバーが出現する。

 コピーの魔法は、複製はすれども同じ動きしかできない。だが、今四人のハルトの指には、それぞれ別のウィザードリングが装着されている。

 そして。

 

『『『『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』』』』

 

 いつもの待機音声が、四重奏となる。

 

「「「「変身!」」」」

 

 四人のハルトが同時に指輪を使う。

 当然、ウィザードライバーはそれに応える。

 

『フレイム プリーズ』

『ウォーター プリーズ』

『ハリケーン プリーズ』

『ランド プリーズ』

 

 四色の魔法陣がハルト達を包む。そして、そこには現れたのだ。

 四人のウィザードが。

 

「す、すげえ……っ!」

 

 ビーストも、思わず舌を巻く。

 

「ふん。そんなものが何になる?」

 

 血まみれのエンジェルが剣をこちらに向けた。

 

「我々とは違う、急ごしらえの分身に、我らを上回ることなどできるはずがない!」

「排除する」

 

 サイボーグのエンジェルが全身よりミサイルを放つ。

 ムーの祭壇を無差別に破壊(当然、後ろの響や未来、ラ・ムーには届かない)するそれに対し、ウィザードは魔法を使う。

 

『『『『ディフェンド プリーズ』』』』

 

 これまで幾度となく破られてきた防御の魔法。だが、四つの属性が合わさった防壁には、サイボーグのエンジェルのミサイルなど無に帰していた。

 

「何っ!?」

「面白い……」

 

 サイボーグに変わって、血まみれのエンジェルが前に出る。赤い剣を振るい、深紅の斬撃をウィザードたちへ飛ばした。

 だが、ウィザードたちは全く同じ動き……ウィザーソードガンの手を開き、指輪を読ませるという所作を行った。

 

『フレイム スラッシュストライク』

『ウォーター スラッシュストライク』

『ハリケーン スラッシュストライク』

『ランド スラッシュストライク』

 

 ウィザードもまた、同じ動きで斬撃を飛ばす。

 一人の斬撃と四人の斬撃。ほとんど威力を軽減することなく、エンジェルの攻撃は掻き消され、火、水、風、土の斬撃はエンジェルたちに命中した。

 地面を転がるエンジェルたちへ、ウィザード四人はトドメの攻撃を放つ。

 差し出した指に、最後の指輪を交わす(Last Engage)

 

チョーイイネ キックストライク サイコー

 

 四色の魔法陣が、四人の魔法使い(ウィザード)の足元に灯る。

 姿勢を低くし、これまた幾度となく行ってきたバク転。

 両足を天に突きあげ、そのまま蹴りの体勢に入る。

 

「「「「だああああああああああああ!」

 

 四色の、飛び蹴り。それが、それぞれの魔法陣を足元に出現させながら、四人のエンジェルへ命中する。

 

「ばかな……ありえない……!」

 

 その声は、どのエンジェルのものなのか分からない。

 爆炎を抜け、着地した時、すでに変身解除一人に戻った状態でハルトは告げた。

 

「たかが過去の亡霊に、俺たちが負けるわけがないんだ……」

「貴様の……分身どもにか……っ!」

「違う」

 

 ハルトは振り向く。そして、その視線を、エンジェルではなく。

 膝をつき、満身創痍のビーストへ向けた。

 

「俺と、そこにいるやかましい魔法使いのコンビにだ」

「皆まで言うなよ……こっ恥ずかしい」

「だから言った」

 

 その言葉を聞き届けたのか否か。四人のエンジェルは、爆発とともに消滅した。




ハルト「2020年夏アニメのエミリア三銃士を連れてきたよ」
コウスケ「三銃士?」
ハルト「まずはリゼロ。言わずと知れた、知名度ダントツ」
エミリア「今まで影が薄いと言った人。怒らないから正直に手を挙げて。今は立派なヒロインだから」
ハルト「次は魔王学院。別に祝わない。主人公の先生なのに、あの扱いはひどい。というか、性格もひどい」
エミリア「何を言っているのですか。私は、貴族として当たり前のことをしているだけです」
ハルト「とおっしゃっていますが、いかがお考えですか? ラピスライツの貴族、エミリア枠の聖人エミリアさん」
エミリア「え? まあ、精々言ってなさい。そういうのも人それぞれでしょうし」
ハルト「幽霊(ゴースト)憑りつかれてるぞ」
エミリア「ごーすと、って、何?」
エミリア「あり得ません! そんなもの!」
エミリア「」白目


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激槍復活

バトスピにウィザードコラボやったぜ! よーし、ウィザードデッキ組むぞ!

二箱開封……

ウィザードインフィニティ出ねえ! あ、でもエターナルのパラは出たよ


「はあ、はあ……」

「おい、大丈夫か?」

 

 膝を折ったハルトに、ビーストが肩を貸す。

 ハルトは頷きながら、ずっと観戦していたエンジェルを見上げた。

 分身を倒されたのにも関わらず、エンジェルは薄ら笑いを浮かべていた。

 

「くっ……」

「お、おい!」

 

 ビーストを振り抜き、ハルトは指輪を腰に当てる。出現したウィザードライバーのつまみを操作しようと手を伸ばしたが、エンジェルは手で制した。

 

「まあ待て。言っただろ? 私は手を出さないと」

 

 その言葉を真実とするように、彼は佇んでいた。

 

「……まさか、それを信用すると思うの?」

「クク……それもそうだな」

 

 エンジェルはせせら笑う。

 

「だが、手を出さないとは言ったが正当防衛はする。今の貴様たちには、私などという無駄な敵と戦う時間などあるまい」

 

 エンジェルが顎で指す。それは、リゲルとバングレイの戦いだった。

 遠距離を主体とするリゲルは、一定以上の距離を保っているが、バングレイは被弾を恐れない。着弾し、ダメージを受けながらもリゲルへ攻め込んでいる。

 

「っ……!」

 

 そして、響。祭壇に祀られている巨像の前で、石像と化している。彼女に張り付く未来が、ずっとこちらを睨んでいた。

 

「響……」

 

 ビーストはハルトの肩を叩く。

 

「悪い。響を助けに行くのが今の最優先だ。オレはアイツを助ける。……エンジェルの言葉は信用ならねえけど、手を出さねえなら、それでいい」

 

 ビーストはそう言うが早いが、響の元へ走っていく。

 だが、未来がすでに彼の前に立ちはだかっていた。

 

「響へは、手を出させない」

 

 冷たく告げられる、未来の声。

 どこにでもいる少女は、世界に二つとない歌声を奏でた。

 

『Rei shenshoujing rei zizzl……』

 

 紫の歌声とともに輝く未来。

 その目を黒いパーツで閉ざし、神獣鏡(シェンショウジン)と呼ばれるシンフォギアを纏った未来は、音もなく浮かび上がった。

 

「響と私の邪魔は……させない……!」

「!」

「っ!」

 

 変身よりも防御が優先。

 ハルトはルビーを使うことを諦め、ホルスターから他の指輪を取り出す。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 ハルトは防御の魔法で、自身とビーストの前に防壁を張る。だが、未来の手元の鏡より発射された光線は、いとも簡単に防壁を吹き飛ばし、ハルトとビーストにダメージを与えた。

 

「うああああああああああああああ!」

「ぐおおおおおおおおおおおおお!」

 

 転がるハルトとビースト。

 さらに、ハルトの前には、リゲルの剣が滑ってくる。見れば、バングレイに長銃を切り刻まれ、殴り飛ばされているリゲルがいた。

 

「リゲル……!」

「くっ……」

「バリ楽しめたぜ? お前……」

 

 バングレイがリゲルの首元に鎌を持たれ駆けさせる。

 

「ムー大陸の狩り、記念すべき第一号だ。バリ喜んで死にな!」

「っ!」

 

 振り下ろされる鎌。

 ハルトはウィザーソードガンを手に、それを防ぐ。

 

「ああ? またお前か、ウィザード?」

「やらせない……! お前の狩りは、もう終わりだ!」

 

 そのまま振り抜き、バングレイのバランスを崩す。

 

「へえ。面白え。その様子じゃ、もう変身もできねえんだろ?」

 

 バングレイが笑みを浮かべる。

 ハルトは、そんなことはないとルビーの指輪をベルトにかざす。だが。

 

『エラー』

「……魔力切れ……」

 

 その事実に唇を噛んだ。

 この祭壇に来てから、コピーの上に四形態になり、その上四対の分身でそれぞれキックストライクまで使った。ここまで短時間に消費したことはなく、今のハルトの限界でもあった。

 バングレイは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「さあ、終わりだ」

「……いや、行っただろ? 終わるのは、お前の狩りの方だ……!」

 

 ハルトは首を振る。そのままウィザーソードガンを構える。

 

「バリバリ……」

 

 薄ら笑いのバングレイは、再び襲い来る。

 ハルトとリゲルを切り飛ばし、そのまま生身のハルトへトドメを刺そうとしてくる。

 

「ハルト!」

 

 未来の光線を避けながら、ビーストがこちらへ急ぐ。バッファマントにより加速した勢いで、バングレイを突き飛ばした。

 

「コウスケ!」

「変身できねえんだろうが! 危ないから下がってろ!」

 

 ビーストは急いでイスサーベルを回す。

 いつもなら、ここで止め、出た眼の数だけ魔力の動物たちが攻撃を行うのがビーストのセイバーストライクなのだが、今回は勝手が違った。

 バングレイの妨害。未来の攻撃。悠長にそれを行うことができず、未来の光線によりビーストが吹き飛ぶ。

 

「こうなったら……!」

 

 吹き飛ばされながらも、ビーストは体を捻り、ダイスサーベルを蹴り飛ばす。矢のごとく、ビーストの足より発射されるダイスサーベル。

 それは、未来の顔のすぐそばを掠め、石像の響の胸に突き刺さる。

 

「!」

 

 それを見た未来は、血相を変える。

 

「響!」

 

 思わず駆け寄ろうとする未来。だが、彼女にいかせるわけにはいかない。

 ハルトは、ウィザーソードガンを発射し、未来の行方を阻む。

 

「ごめんね。君にももう少しこっちにいて欲しいかな」

「……どうして皆邪魔するの?」

 

 未来はハルトを睨みつける。

 

「みんなみんな……私と響の邪魔をするの……!? 嫌い……こんな世界、壊れてしまえ!」

 

 未来はヒステリックを起こし、鏡をあらゆる方向へ向ける。無論、発射口からはランダムに紫の光線が放たれ、ムーの祭壇を破壊していく。

 傍観していたエンジェルも翼を生やして回避、バングレイも被弾をさける。

 

「がははは! コイツはすげえ! バリ大した戦力だ!」

 

 自らに牙を向けているにもかかわらず、バングレイは歓喜の声を上げた。

 

「おい! お前の邪魔をするのはアイツらだぜ? アイツらさえいなくなれば、お前はバリそこの石像と永遠にいられるぜ?」

 

 バングレイの言葉に、未来は止まった。やがて、機械のようにゆっくりと、未来はハルトたちを睨んだ。

 

「あなたたちを倒せば……響といられる……」

 

 未来のゴーグルが開く。彼女のハイライトのない眼差しが、ハルトたちを睨む。

 そして。

 

「……だったら……私と響のために……いなくなって」

 

 未来の冷たい声が、響いた。

 

 

 

___私が困ってても助けに来てくれるのかしら?___

___そんなの当たり前だよ! 未来だったら超特急で行くよ!___

___じゃあー私が誰かを困らせてたら響はどうするの?___

 

 未来を失って、どれだけの期間だったかは覚えていない。

 改造執刀医、シェム・ハを倒した英雄として、世間は響を讃えた。響だけではなく、トップアイドルである風鳴翼(かざなりつばさ)、マリア・カデンツァヴナ・イヴはあらゆる番組に引っ張りだこになり、雪音クリスはあらゆる関係組織からスカウトが来て、暁切歌(あかつききりか)月読調(つくよみしらべ)を欲しがる者も数知れず。エルフナインも、引く手あまた。

 それは、響もまた例外ではなかった。

 称賛。歓声。拍手。喝采。そんなものがあればあるほど、響は自らの孤独を痛感していった。

 そして。願ってしまった。

 

「もう一度……未来に……会いたい……」

 

 そうして、その日は。クリスの卒業式だったか。

 未来と過ごした部屋で自分を見つけた翼とクリスがどんな顔をしていたのか、分からない。

 悪夢に苛まれた挙句に、自ら命を絶った自分の姿を……。

 

 胸に突き刺さったダイスサーベルが回転を続ける。

 すると、その剣先より徐々にビーストの魔力が流れてきた。

 それは、自らの体内に眠る、歌の残滓と共鳴し。

 黄色の輝きを、石像の表皮の下で作り上げる。

 響の石像に、少しずつヒビが入っていく。石の甲殻は、あたかも明かりを包む壊れかけの紙筒のように、一つ、また一つと破れていった。

 

 

 

「殺れ!」

 

 バングレイの処刑宣告が、未来へ届く。

 これまでの中でもっとも巨大な鏡が、ハルトたちを捉えていた。

 それは、未来を円形で包むように配置される。その中で、未来は手にした扇子を掲げる。

 そして、機械的に告げた。

 

「久遠」

 

 振り下ろされた扇子より放たれた光。それは、鏡から発射された光線と混ざり、より巨大な一撃となる。

 そして。

 

 

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 

 破滅をもたらす光。それは、黄色の拳が全て受けた。

 光の奔流が無に帰していくきっかけ。それは。

 

「記憶でも……幻影でも……ましてや本物でなくても関係ない……!」

 

 黄色をベースの装甲。

 その手は、誰かと手を繋ぐための拳。

 

「未来に……私の陽だまりに、誰かを傷つけさせることはさせない! 絶対に!」

 

 胸の歌を信じる、立花響だった。

 

「これ以上やるってのなら……私が相手だ!」



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赤い眼差し

「響ちゃん!」

「響!」

「ベルセルクの剣!?」

 

 ハルト、ビースト、バングレイはそれぞれの驚きを示す。

 

「バリ復活した!? あり得ねえ……体内のベルセルクのオーパーツが、お前ごとラ・ムーのエネルギー源にしているはずなのに!」

 

 バングレイの言葉に、響は手に持った答えを見せつけた。それは、ビーストが主力として使っている武器、ダイスサーベルだった。

 

「コウスケさんのこれのおかげだよ。よくわかんないけど、これからババってあふれてきて、助けてくれたんだ!」

「はあ?」

 

 バングレイが六つの目で納得いかないと語っている。

 響はビーストへダイスサーベルを投げ渡す。

 

「ありがとう! コウスケさん、ハルトさん! あとはえっと……」

 

 響は地に膝を付けるリゲルを見ながら戸惑う。

 リゲルは顔を背けながら、ボソリと「リゲルよ」と名乗った。

 

「うん! ありがとう、リゲルちゃん!」

「リゲル……ちゃん……貴女もね……!」

 

 リゲルはまた「ちゃん付けしないで」と訴えようとしている。だが、それよりも先にバングレイの大声の方が先だった。

 

「バリふざけんな! 認めねえ……お前、まだベルセルクを持ってるってことじゃねえか!」

「……」

 

 響は答えない。だが、バングレイを見据えるその強い眼差しが、バングレイに「お前の計画は失敗した」と告げていた。

 バングレイは地団駄を踏む。

 

「クソッ! おい、エンジェル! それにお前も! アイツらを全員叩き潰せ!」

 

 バングレイの命令に、未来が彼の隣に舞い降りる。だが、エンジェルは動かなかった。

 

「おいエンジェル!」

「申し訳ないマスター。先ほどの分身で私は力を使い果たしたようだ」

 

 先ほどから微動だにしないエンジェルが言い放つ。

 

「すまないが、マスターだけで葬ってもらえないだろうか? 何、マスターの大好きな狩りだ。私も邪魔するのは忍びない」

「はあ?」

 

 バングレイはエンジェルを睨む。だが。しばらくして仕方ないとばかりに肩をすぼめた。

 

「バリ役に立たねえな……まあいい。お前ら、狩らせてもらうぜ!」

 

 バングレイがそう宣言する。

 

「煉獄」

 

 バングレイの合図とともに、未来の鏡が火を噴く。それはまた、ムーの祭壇を破壊するほどで、ハルト、ビースト、リゲルもまた分散を余儀なくさせられる。

 現在、この空間を支配しているのは、空中より光線技を多用する未来。彼女を止めない限り、ハルトたちに勝機はない。

 

「このっ!」

 

 ウィザーソードガンの銃弾など、鏡の防壁には歯が立たない。

 

「そんな豆鉄砲でどうにかなる相手じゃないでしょ!」

 

 リゲルが隣で口を尖らせながら、青い銃撃を放つ。だが、未来は手を翳し、それによって動いた鏡が盾となり、全てを無に帰した。

 しかも、それだけではない。未来の盾となった鏡の隣に備えられたもう一枚の鏡。それは、どうやら最初の鏡と繋がっているらしく、鏡からはリゲルの光線がそのまま帰ってきた。

 

「危ない!」

 

 だが、その光を掻き消したのが、立花響。

 青い光線を殴り落とし、そのままハルトたちへ振り替える。

 

「二人とも、大丈夫!?」

 

 響はそのまま、さらに襲い掛かる紫の光線を打ち砕く。形を失った光が、そのままムーの床を焼く。

 

「いや……さっきまで戦えない状態じゃなかった? 君」

「これくらいへいきへっちゃら! ……」

 

 ハルトたちには笑顔。そして打って変わって、未来には釣り目を。

 

「未来……」

「響。もう動けるんだね。だったらさ、一緒にこの人たちをやっつけよう?」

 

 未来は、それがあたかも当たり前のように口にした。彼女の出した三つの大きな鏡に、ハルトとリゲルの姿が映った。

 

「ね? 響。私と響を邪魔する人は、皆……やっつけよう?」

「未来は、そんなこと言わない!」

 

 響が大声で否定した。

 

「未来は……未来は……私の陽だまりは……! 他の誰かを傷つける人なんかじゃない! だから……たとえ偽物でも、私がさせない! それ以上は、絶対に!」

 

 響は未来を睨みながら、駆け出した。

 

「響ちゃん!」

 

 その姿にハルトは叫ぶ。

 だが、無数の雨を切り抜きながら、響は未来へ飛び掛かる。

 上空で乱れ打ちされていく光線を避けながら、響は蹴りを放った。

 だが、防御に出される鏡があまりにも頑丈で、割れることもなかった。

 

「だとしてもおおおおおおおおおおお!」

 

 突如としての、響の激昂。

 二度目の蹴り。それは、あまりにも頑丈と思われていた未来の鏡を砕け散り、そのまま彼女への接近が許される。

 

「未来ぅぅぅぅ!」

 

 粉々に舞う、鏡の破片。それは光を反射し、響の周囲を散りばめむ。

 そして伸ばされた彼女の手は。

 

「捕まえた!」

 

 とうとう、その陽だまりを掴んだ。

 だが、響は気付いていない。

 

「後ろ!」

 

 それに思わずハルトは叫んだ。

 響の背後には、すでに別の鏡が備わっており。

 すでに、光線の光もあふれている。

 すると、響は咄嗟に未来を抱き寄せた。自らを未来の盾にするようにして。

 

 すでに煉獄の命令は止まらない。

 

「響ちゃん!」

「響!」

 

 ハルトとビーストがそれぞれ叫ぶ。

 紫の光線を浴びた二人のシンフォギア奏者は、光線が開けた穴よりムー大陸の外側まで吹き飛ばされる。

 そのまま、その姿は虚空の中に見えなくなっていった。

 

「響ちゃん……っ!」

「バリバリ! よそ見してる場合じゃねえぞ!」

 

 だが、打ちひしがれる時間をバングレイが与えてくれるはずもない。

 バングレイは一瞬でビーストとリゲルを蹴散らし、ハルトを蹴り倒す。

 倒れたハルトへ、バングレイがさらに斬りつけてくる。

 ハルトは慌ててソードガンで二本の刃を防いだ。

 

「ぐっ……」

 

 生身のハルトでは、バングレイには力が遠く及ばない。

 鍔迫り合いなど、最初からハルトに勝ち目はなかった。徐々に押されていった。

 

「バリバリバリバリ……お前もここまでのようだなウィザード」

「バングレイ……っ!」

 

 どんどん刃の交点がハルトの首に近づいてくる。ハルトの額に冷や汗が走る。

 

「どうしたどうした? ウィザードよぉ!? 変身してたときはバリ歯応えがあったのに、もう骨なしか?」

「変身できない状況で挑んできてよく言うよ……! この状況で俺を倒しても、狩りのしがいがないんじゃないの?」

「バリッ! お前はとっくに倒してるからな? もう狩ったも同然なんだよ! あのクリスマスの日になあ!」

 

 刃がハルトの首に食い込む。痛みがハルトの脳をかき乱す。

 

「お前が俺のムー最初の獲物だ。記念にその首を、祭壇に飾ってやるぜ!」

「悪趣味だな……! お前の狩りを永遠に眺めてろってこと……?」

「ああ。いいだろ?」

「お断りだね!」

 

 ハルトは、バングレイの腹に蹴りを入れた。だが、人類よりはるかに進化した宇宙人の体には、ひ弱なハルトの蹴りなど通じない。

 

「バリバリ。どうした? バリ下等生物が!」

「っ……」

 

 ハルトは唇を噛む。

 だが、バングレイは続けた。

 

「お前も! ベルセルクも! 聖杯戦争の参加者も! この星の人間全員も! この俺の獲物以上の価値なんてねえんだよ!」

 

 

 

___ハルトの目が、赤く暁光する___

 

 

 

 バングレイは、分からなかった。

 なぜ自身が宙に浮いているのか。

 

「……バリ?」

 

 目下には、追い詰めていたはずのウィザード(ハルト)が蹴りのポーズを取っている。地べたに伏せさせた下等生物に蹴り飛ばされたということが証明されていた。

 そのまま、抵抗もなく祭壇のフロアに落ちるバングレイ。地面への衝撃が跳ね返り、全身の器官が震える。

 

「痛え……」

 

 クラクラする体を制御しながら、バングレイはウィザード(ハルト)を睨む。

 

「バリあり得ねえ……何だ、今の……!?」

 

 これまであらゆる星で狩りをしてくるにあたって、その星の生物については当然調査してきた。これまで数多くのこの星について調べた結果、この星の知的生命体は勝てないことがすでに判明している。

 ウィザードのような特異な能力を持つ場合を除き、バングレイの虐殺ができないはずがなかった。

 だから。なぜ生身の人間であるウィザード(ハルト)にここまで押されるのかが分からなかった。

 だから。

 

「お前は、俺に狩られるだけの存在なんだよ!」

 

 バングレイは、手にバリブレイドを持ち、鎌との二刀流で向かってきた。

 だが、それがいけなかった。

 下等生物と決めつけ、一度とはいえ追い詰められた。それが、歴戦の狩人であるバングレイの判断を鈍らせた。

 力強く振り下ろされた、銀の刃。そして続く、銀の横薙ぎ。その二度の連撃により、バリブレイドと左手の鎌は粉々に砕け散っていった。

 

「バリ……ッ!?」

 

 驚きのあまり、目を見開くバングレイ。さらに、ウィザード(ハルト)の蹴りがバングレイに炸裂。

 痛くも痒くもないはずの肉弾。だが、それはバングレイを大きく吹き飛ばし、床をバウンド。そのまま壁にクレーターを作った。

 

「ば、バカな……バリあり得ねえ……! 俺が、こんな下等生物に……!」

 

 静かに、ウィザード(ハルト)は銀の剣、その手の形をしたパーツを開く。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 アップテンポの詠唱とともに、彼は指輪を手のオブジェにかざす。

 

『エクステンド プリーズ』

 

 伸縮の魔法を得た銀の剣は、蛇腹剣のごとくしなり、遠距離のバングレイの体を次々と引き裂く。

 

「ぐああああああああああ!」

 

 想像を絶する痛みに、バングレイは悲鳴を上げる。

 だが、すでにその目から人の心を捨て去ったハルトには通じなかった。

 容赦なく銀の鞭は、バングレイの体を切り裂いていく。

 

「や、やめろ……やめろおおおおおおお!」

 

 バングレイは、その六つの目を大きく開いて訴える。

 だが、すでにウィザード(ハルト)の攻撃は次の一手に移っていた。

 蛇腹剣で、バングレイの体を巻き上げる。銀の刃が、あたかも生き物のように自らの体を縛り上げる。

 

「ば、……バリ……」

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

「!」

 

 再び流れたその詠唱に、バングレイの背筋が凍る。

 

「お、おいおい、バリふざけんな! 俺は狩る……狩る側の生物なんだ!」

『フレイム スラッシュストライク』

 

 その魔法は、希望(絶望)

 魔力の炎が、銀を伝ってバングレイへ走る。バングレイの体に巻き付く銀の剣は導火線となる。

 

「ぎゃああああああああああああああ!」

 

 自らの肉が焼ける音。そして。

 

「終わりだ……バングレイ!」

 

 魔法使いの目の、殺意。

 巻き付いた銀の剣を一気に引き抜く。それは、炎の刃がバングレイの全身のいたるところを走ることを意味する。

 

「あ……が……」

 

 狩る側の存在である自分が、狩られる恐怖に苛まれる。

 そんなありえない思考が、バングレイを支配していく。

 

「ば、バリ……ありえねえ……」

 

 折れた膝が上がらない。もう一度ウィザード(ハルト)に攻めようとも、足がその機能を放棄していた。

 

「おや? マスターよ」

 

 その声は、エンジェルのものだった。傍観を決め込んでいたが、何を思ったのか、バングレイのもとへ歩いてきていた。

 

「どうした? ずいぶん苦戦しているようではないか」

 

 すぐ背後からエンジェルの声。バングレイは右手をエンジェルを向くことなく差し出した。

 

「……バリッ……こんな星の下等生物ごときに……おいエンジェル、手を貸せ」

 

 バングレイはそう告げる。

 そうして、今度はエンジェルの二人がかりで、あのウィザード(ハルト)を狩る。そうすれば、さすがに勝ち目はあるまい。

 そんな思考があった。

 右手に激しい痛みを感じるまでは。

 

 

 

「は?」

 

 

 

 バングレイは、その原因がわからず、右手を眼前に持ってくる。記憶を読み取る能力と令呪の二つを備える右手は、肘から無くなっていた。

 

「腕……腕……俺の腕ええええええええええええ!?」

 

 切り落とされた。

 誰に?

 その答えは、一人しかいない。

 背後に立った、エンジェルだった。

 

「エンジェル、てめえ何しやがる! 俺を……裏切ったのか!?」

「何を言っている。我がマスターよ。貴様とは……仲間ではなく、目的が同じだっただけだろう?」

 

 そういいながら、エンジェルは手に持った剣で立ち上がったバングレイを切り裂く。天使の力を秘めた剣は、バングレイの体に大きなダメージを与えた。

 

「てめえ……!」

 

 全身から煙が上がる。ウィザード(ハルト)のダメージに続き、エンジェルの攻撃がさらに大きくのしかかる。

 エンジェルは続ける。

 

「貴様がムーをコントロールするより、私が行った方が効率がいい」

「ふざけんな! バリ、令呪をつかって……ハッ!」

 

 さらに目を開くバングレイ。それを見たエンジェルは、切り落とした腕を持ち上げながらせせら笑う。

 

「令呪はここにあるぞ? マスター」

 

 ぶらんと垂れ下がる、自らの右腕。令呪はそこに、何の意味のないオブジェとして刻まれていた。

 

「エンジェル……エンジェルううううううううううう_____

 

 すでに、バングレイの発声器官はない。

 その六つの目と無数の管で繋がった首は、すでにエンジェルの剣により切断されていたのだ。

 バングレイの六つの目は、勝ち誇った笑みを浮かべるエンジェル、そしてウィザード(ハルト)を最後に、ムーの祭壇から転げ落ちていった。

 その最期の瞬間、バングレイの耳はエンジェルの言葉を確かに捉えた。

 

「計画通り……!」



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救星主

 煉獄の光は、シンフォギアのアンチシステム。

 今のガングニールは、生前に仲間(エルフナイン)の改修のおかげで、変身解除だけで済んだ。だが、未来の方はそうはいかない。

 二度目の神獣鏡の光は、彼女からまたしてもシンフォギアシステムを奪った。生身のまま、未来はムー大陸の大地へ転落していく。

 

「未来……未来ぅぅぅぅぅぅ!」

 

 未来へ、響は手を伸ばす。だが、記憶の再現である未来は、無情にも響を魂のこもらない目で見返していた。

 

「響……響っ!」

 

 その言葉にどんな気持ちが込められているのか、響には分からない。

 ただ一つ確かなこと。それは、落下しながらも未来は響の名前を叫んでいること。

 それは、バングレイが本来想定していた、響の記憶から呼び起こした先兵と、響が望んでいる本物の未来の間で揺れ動いているということ。

 もう一度、響は手を伸ばす。

 ムー大陸から跳ね返る風が、響の体を容赦なく未来から遠ざけようとしてくる。

 だが、それでも響はその手を下げない。

 

「本物かどうかなんて関係ない! そこに、掴める手があるのなら! 私は迷わず掴む!」

「……響……」

 

 憑りつかれたかのように、未来は響の名前を繰り返す。伸びた手を跳ねのけ、未来は頭を抱えた。

 

「うっ……ああああああああああああああ!」

 

 落下しながらの未来の悲鳴。それを聞くと、心が締め付けられていく。

 そして。

 

「未来うううううううううううううううううううううううううううううう!」

 

 ムー大陸全土に届く、響の大声。それは、未来にとうとう追いつき、その腕を掴んだのと同時だった。

 

「未来、私だよ! 立花響! 私のこと、分かるよね!」

「響……?」

 

 未来は目を大きく見開く。拒絶の表情を見せるが、それでも響は続けた。

 

「未来が……私は、今でも未来が大好きだよ! だから……私が大好きな人が大好きなこの拳、絶対に未来を助ける!」

 

 抵抗する未来。だが、響はそれでも、未来を掴む手を放さない。

 そのまま、響は未来を抱き寄せる。

 それが正しいことなのかどうか、響には全く分からなかった。だが、ただ一つ。響にできること。

 それは。

 

「未来ッ!」

 

 彼女の耳元で、その名を呼ぶこと。

 そして。

 

「未来……」

 

 響は、未来の肩を掴みながら、はっきりとその目を見た。

 ハイライトのない、黒い目。そこには、口をきっと結ぶ自身の顔が見えた。

 

「……、……」

「……」

 

 どうして未来の動きが止まったのかは、分からない。落下中の風が邪魔なのか、抵抗する気力がなくなったのか。

 ただ。未来は、黙っていた。

 黙って、響の歌を聞いていた。

 

___仰ぎ見よ太陽を___

 

 ほかに手は考えられなかった。

 バングレイが兵士として生み出した未来に、彼女自身の記憶があるのかさえも分からない。

 

___よろずの愛を学べ___

 

「……あ……」

 

 ただ、人が胸の内にある情熱を止められないように、響の胸に宿ったその歌を、止められなかった。

 

___朝な夕なに声高く___

 

 未来の手が、彼女の肩にかかる響の手に重なる。

 それに対して響は、彼女の肩を掴む力を緩めた。

 未来の手と響の手は、それぞれ手のひらを重ね合わせ、そのまま互いの手を握り締めた。

 

___調べとともに強く生きよ___

 

 もうすぐでムーの地表に着く。今からガングニールを起動したところで間に合わない。

 だが、それでも響は唄い続ける。

 少しずつ、未来の体が紫色に輝きだす。

 

___例え涙をしても___

 

 少しずつ、未来の目に光が戻る。それは、響にも見覚えのある、陽だまりの目だった。

 

___誉れ胸を張る乙女よ___

 

 そして。

 

___信ず夢を唱にして___

 

 未来の口の動きが、響の物と合わさる。

 

「……未来?」

「響」

 

 その声は、記憶の再現などではない。

 紫の光とともに、ムーの地表へ降り立ったのは、紛れもない。

 響の陽だまりの、笑顔だった。

 

「……お帰り。未来(私の、最高の陽だまり)

「ただいま。(私のお日様)

 

 響は未来をまた抱き寄せる。そのままムー大陸に自分が先に落下するように背中を回し、小声でガングニールの詠唱を行った。

 

「ありがとう……未来。ありがとう……ガングニール」

 

 ガングニールの黄色の輝きが、響を守るように、暖かく、優しく包み込んでいった。

 

 

 

 バングレイが死んだ。

 その事実を見て、ハルトは目を見開く。

 首と右腕がなくなったバングレイの体を、エンジェルが蹴り払う。

 もはや力のない青い体は、コロコロと祭壇の端から、ムーの奈落へ落ちていった。

 

「お前……何で……!?」

 

 憎い敵。バングレイはその存在で間違いない。だが、それが彼の味方であるエンジェルにいとも簡単に切り捨てられたことは、ハルトにとっても衝撃的だった。

 

「仲間だったんじゃないのか……? どうして」

「言っただろ? 私一人でムーを支配した方が効率的だと」

 

 エンジェルはバングレイの右手を自らの右手に重ねる。すると、バングレイの右手に刻まれていた令呪が、流れる水のようにエンジェルの腕に移り変わっていく。

 

「屈辱だったぞ……あのような下賤な者の配下になるのはな……!」

「屈辱って……エンジェル……お前……っ!」

 

 ハルトの言葉を鼻で笑い、エンジェルはバングレイの右腕を投げ捨てた。

 

「エンジェル……もはやそのような大枠に沿った名前など必要ない!」

 

 エンジェルはその青い目で強く語った。

 

「我が名は、救星主のブラジラ。この世界を護る天使だ」

「護る……天使?」

 

 エンジェル。真名救星主のブラジラ。

彼は、その背中に四枚の翼を広げた。散りゆく白い羽根の中、ブラジラは続ける。

 

「このムー大陸。調べれば、中々どうして、私の目的に沿ったものではないか」

「目的だあ?」

 

 ブラジラの発言に、ビーストが噛みつく。

 

「仲間を平気で手をかける奴の目的なんざ、どうせ碌なもんじゃねえ。どうせ世界征服だろ!」

「いやコウスケ、お前それは少し安直すぎないか?」

「征服? 貴様はこの世界にそれだけの価値があると思っているのか?」

 

 ブラジラは鼻を鳴らす。

 

「この地球も、護星界がある地球も、どちらも腐りきっている。ならば、私の目的は変わらない。このムー大陸に眠る膨大なエネルギーを、地球の核に打ち込み、この星を消滅させる」

「地球を……消滅させる……!?」

 

 リゲルが驚きの表情で聞き返す。

 すると、ブラジラは得意げに続けた。

 

「その後、私の持つ護星天使の力で星を復活させ、穢れなき星を創造する。それが私の、地球救星計画」

「それ……ただの、アンタの身勝手な破壊計画じゃないか……!」

 

 ハルトはソードガンを向けながら言った。

 だが、ブラジラは続ける。

 

「貴様たちのような下等な存在に理解などいらぬ。私はこのムーを、星の核に打ち込む。それだけだ」

「そんなこと、させねえよ!」

 

 そう言って飛び出したのは、ビースト。ダイスサーベルを携えて、ブラジラへ斬りつけた。

 だが、ブラジラは平静に手を翳す。

 発生した雷撃が、ビースト、およびその背後からブラジラを狙うリゲルに炸裂。

 二人の体から火花が散り、大きなダメージを与えた。

 

「コウスケ! リゲル!」

 

 変身解除したコウスケとリゲル。まだ戦えるようだが、二人ともボロボロの姿になっていた。

 

「終わりだ。愚かなマスターども!」

 

 そして、ブラジラの剣は、次にハルトへ向けられる。

 

「っ!」

 

 ハルトは急いでドライバーオンの指輪を使う。だが、ベルトから帰ってくる音声は『エラー』のみ。

 

「……っ! ダメだ、まだ変身できない! うわっ!」

 

 それで生じた隙を、ブラジラが逃すはずもない。彼の容赦ない連撃に、ハルトはソードガンでの防戦一方となる。

 

「クソッ!」

『キャモナシューティングシェイクハンド ビッグ プリーズ』

 

 ガンモードにして即、ハルトは手のパーツを開く。

 巨大化した弾丸を無数に発射。だが、ブラジラはそれらを難なく切り裂いた。

 

「どうした? そんなものか?」

 

 ブラジラは余裕の表情を見せる。同時に、割れた銃弾がムーの祭壇を砕き、大きな火花が舞った。

 そして、それと時を同じくしたのは運命の悪戯か、それとも偶然か。

 黒い天使、ブラジラの背後より、巨像から駆動音が鳴り始めた。

 

「な、なんだ……!?」

 

 ムー大陸全体を揺るがす揺れ。それを引き起こしながら、巨像の眼が赤く点灯していく。

 

「ほう……どうやら、復活の時のようだな」

「復活?」

 

 ハルトの言葉に、ブラジラはにやりと顔を歪める。

 

「この祭壇は、もとよりバングレイがラ・ムー復活のために訪れた場所だ。三つのオーパーツのエネルギーを注ぎ込むことでな」

「オーパーツのエネルギー?」

 

 立ち上がったコウスケが噛みつく。

 

「どういう意味だ? オーパーツは、響が取り込んでいるはずだろ? 何で今復活できんだ!?」

「残った二つのオーパーツと、ここまでに吸収したベルセルクの力だけでも十分だったということだ」

「何っ!?」

「まずいわ!」

 

 もう一度ブラジラへ挑もうとするコウスケを、ゴーグルをつけたリゲルが止めた。

 

「このままじゃ、ここは崩れるわ!」

「やっぱり? おいコウスケ! 今はここから脱出する方が先だ」

 

 欠片が次々と落ちていく、それは、ムー大陸の頂上である神殿の崩壊を意味していた。

 やがて、ひと際大きな瓦礫がハルトたちとブラジラの間に落下する。

 その轟音の中、ハルトの耳は、確かにブラジラの声を捉えた。

 

「さあ、蘇れ! ラ・ムーよ! 私と一つとなり、この星を破壊しろ!」

 

 そして、粉塵の合間から、ハルトは見た。

 巨像、ラ・ムーの頭部。その中に、ブラジラが吸収されていくのを。

 そして。

 

「さあ、ラ・ムーよ! 手始めに、奴らを葬れ!」

 

 瓦礫の合間から、紫の光が輝く。

 

「……いけない……! 間に合ってくれ!」

『キックストライク プリーズ』

 

 生身のままの足蹴りと同時に、瓦礫の奥の巨像、ラ・ムーが光線を放つ。

 そして。

 

 

 

 ムー大陸の頂上。その神聖なる王の祭壇が、崩壊した。



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地球救星計画

シグルドリーヴァ面白い……
というか、今期面白いアニメ多すぎて時間が足りません


「うわっ!」

「ど、どけ!」

 

 押し飛ばす男性に、リゼは目を尖らせた。

 

「いつつ……はっ!」

 

 付いた尻餅を撫でながら、リゼは目の前に迫った首長竜に唖然とする。

 首長竜は吠えながら、川沿いの通路にいる人々を眺めている。

 

「来るな、来るな来るな!」

「いやあああああああああ!」

「おい、お前が食われろ! 俺は生き延びるんだからな! ムー帝国に行くんだ!」

「嫌じゃ嫌じゃ! 儂はまだ生きるんじゃ! ほれ、若いのは儂のために食われてくれい!」

 

 人々はそれぞれ互いに互いを首長竜へ押し付けている。だが、首長竜は品定めをしているかのように、人から人へ。若者から老人へ。男から女へ。子供から大人へ、

 まだ襲ってこない。

 そう判断したリゼは、腰からモデルガンを取り出し、近くの人の足元へ発砲した。

 本物に匹敵する発砲音に、人々は慄き、恐怖する。

 

「は、早く行け! 生き残る者こそが、戦場では勝者だ!」

 

 その言葉が、どう響いたのかはリゼには分からない。

 ただ一つ。人々はそれぞれ蜘蛛の子を散らすようにそれぞれ首長竜から離れていった。

 結果、川沿いの通路にいるのは、尻餅を着いたリゼただ一人になってしまった。

 

「……っ!」

 

 リゼは息を呑む。だが、自ら残った獲物を、首長竜が見逃すはずがない。

 首長竜は、リゼに顔を近づける。

 その黄色のボディは、形を持たないかの如くあやふやな波を打っており、口のない頭部で迫っていた。

 

「う、うわあああああああああっ!」

 

 リゼは悲鳴を上げる。

 だが、首長竜がリゼに届く前に、その黄色の首に無数の細い剣が突き刺さった。

 苦痛の声を上げる首長竜。さらに、リゼの前には、青いマントをした人影が降り立った。

 

「……」

 

 その、流れる水のような姿に、リゼは言葉を失う。半透明のマントの下は、あたかも人魚のような下半身で、その顔を覗き見ると、人間とは違う怪物の姿に、リゼは息を呑んだ。

 人魚の怪物は、ほんの少しだけリゼに振り替える。

 一瞬彼女(?)が「リゼちゃん?」と名前を呼んだ気がした。

 

「え? 今、私の名前……」

「!」

 

 恐怖を忘れ、問いただそうとしたリゼを、人魚は抱きよせ、飛び去る。丁度リゼが安全圏に出たと同時に、首長竜の顔がリゼがいた場所に突き刺さった。

 

「あ……っ!」

「危ないから下がって」

 

 人魚はリゼを背にして、両手を振る。すると、彼女の周囲に無数のレイピアが突き刺さった状態で出現した。

 人魚はそのまま手頃な二本を掴み取り、首長竜へ飛んでいく。音速を越えた速度で、首長竜を無数に切り刻んだ、

 

「あ……」

 

 消滅していく首長竜をバックに佇む人魚を見ながら、リゼは立ち上がる。

 彼女は数秒リゼを見つめ、言った。

 

「今外に出るのは危ないよ。安全なところに引っ込んでいて」

「あ、ああ……ありがとう。なあ、お前」

「それじゃ」

 

 リゼが人魚を呼び止める前に、彼女は川に飛び込んだ。

 リゼが川に着いた時にはもう、人魚の姿はどこにもなかった。

 数秒人魚が着水したところを見つめていたリゼは、やがて目的地へ足を急いだのだった。

 

 

 

「おい、チノ! ココア!」

 

 突然ラビットハウスの入口を押し破り、リゼが息も絶え絶えに入ってきた。

 彼女のあまりの気迫に、不安そうに外を見守っていたココアの体が固まる。

 

「リゼちゃん!?」

「リゼさん、どうしてここまで……?」

「ココア、チノ……うっ」

 

 倒れそうになったリゼをチノと二人がかりで支える。リゼは顔を上げ、ココアとチノを見上げた。

 

「す、すまない……急いで来て……」

「どうしてこんな状況でラビットハウスに……?」

「ハルトはッ!? ハルトはいないのか?」

「ハルトさん?」

 

 ココアはチノと顔を見合わせる。

 

「それが……朝からいないの……。可奈美ちゃんも……」

「……っ!」

 

 リゼは唇を噛んだ。

 

「いないのか……クソ、助けを求められると思ったのに……」

「リゼちゃん、どうしたの?」

「いや……あ、お前たち、大丈夫か?」

 

 リゼは膝に手を当てながら尋ねる。

 ココアは頷いた。

 

「う、うん……でも、ムー大陸の騒ぎになってから、私達もここから出てないよ。お客さんも、流石にこんな時には来ないだろうし……」

「そうか……ここに来る途中、シャロと千夜も確認した。二人とも、家から出てない。あとは……」

「待って!」

 

 踵を返そうとしたリゼの腕を、ココアが掴む。

 

「どこに行くつもりなの!?」

「マメの二人も、確認しないと……」

「今行くのは危ないよ!」

「でも!」

「大丈夫です、リゼさん」

 

 チノが入口に回り込み、スマホを見せつける。

 

「マヤさんもメグさんも、今日は家から出ていません。この連絡をした後で電波が途切れたので、リゼさんの連絡は届かなかったのかもしれません」

「そ……そうか……」

 

 リゼは安心したように肩を下ろす。

 

「それは良かった……何とか隠れながら来たから、手遅れになってないかとずっと心配していたんだ……」

「リゼさん、取りあえず水を飲んでください」

 

 チノがトタトタと走って、コップに水を入れてくる。

 リゼは礼を言って、水を飲み干す。ゲホゲホとせき込みながら、彼女は大きく深呼吸した。

 

「すまない……落ち着いた」

「よかったです」

 

 リゼの言葉に、チノは安堵の息を吐いた。

 

「でも、リゼさん、この騒ぎが落ち着くまでもうラビットハウスからは出られませんよ」

「あ、ああ……親父から……」

 

 リゼのスマホがけたたましくなりだした。

 

「親父? ああ、大丈夫だ。今、ラビットハウスに……」

「リゼちゃんのスマホ、電波通じるんだね」

 

 ココアはそう言いながら、外の景色を見やる。

 すでに人がいなくなった木組みの街。見滝原の中でも一際特徴的なその町は、笑顔があふれる人々ではなく、肉体を持たぬ怪物たちが我が物顔でうろついていた。

 リゼはしばらくしてから携帯を切り、ボソリと呟いた。

 

「クソ、私の銃が通用する相手なら、何とかするのに……」

「リゼちゃん、モデルガンで立ち向かったの!?」

「ああ」

「死んじゃうよ!」

 

 ココアは白目を剥いて訴える。

 だがリゼは口をきっと結びながら上の階を見上げる。

 

「ハルトだけが頼りだったんだけどな……」

「リゼちゃん? 何か言った?」

「あ、いや。何も」

 

 リゼが首を振った。ココアとチノははてなマークを頭の上に浮かべる。

 

『人間共に告ぐ。人間共に告ぐ』

 

 それは、何の前触れもない出来事だった。

 突如として見滝原に行き渡るその声。全てを見下したような声に、ココアもチノとリゼとともに、背筋が凍る。

 

「な、何これ?」

 

 ココアは不安に駆られながら、天空のムー大陸を見上げる。すると、先ほどまでのムー大陸とは異なり、今は黒い人影がバストアップで投影されていた。そしてそこから、ムー大陸が出現した時の声とは全く別の音声が発せられていた。

 黒い人型の怪物。体の至る所に水色の文様が刻まれており、頭にはまるで天使のような翼の飾りがついていた。

 

『私は元護星天使、ブラジラ。今この時より、我が悲願、地球救星計画を発動する!』

「地球……きゅうせい?」

 

 チノが頭に乗せたアンゴラウサギ、ティッピーを胸に抱える。彼女がぎゅっと力を込めているのか、ティッピーが心なしか苦しそうにもがいていた。

 

『この星も、私がかつていた地球(ほし)と同じく腐りきっている。よって私は、ムー大陸のエネルギーをこの星のコアに注入し、破壊する。その後、私の護星天使の力をもって、新たに地球を創造する。これこそが我が地球救星計画、ネガーエンドだ!』

 

 地球を破壊。その単語がはっきりと聞こえた時、ココアは全身が震えるのを感じた。

 

『この星より、汚れた魂を浄化し、新たな美しい星を作り上げる。このムー大陸は、そのための楔なのだ!』

 

 最後に、護星天使ブラジラはこう締めくくった。

 

『これより、ムー大陸は地球の核を刺激する。さあ、人間共よ! 最後の晩餐を楽しむがいい! ははははははははは!』

 

 ブラジラの高笑いとともに、立体映像は消えていった。

 それと同時に、役目を終えたのか、街にいるムーの怪物たちもまた、みるみるうちにその姿を消していく。

 やがて、ラビットハウスから見えるのは、怪物たちに踏み荒らされ、滅茶苦茶になったクリスマスの片付け終わっていない飾りだけだった。

 

 

 

「ネガーエンド……だと……?」

 

 ハルトは体を起こしながら呟いた。

 ラ・ムーの攻撃。生身で防御として放ったキックストライクは、ハルトたちの足場を反作用により破壊し、射程を少し外すことに成功した。だが、それでもダメージは多大であり、リゲルは重傷を負って膝を折っていた。

 ラ・ムーの頭部に下半身を埋めるブラジラは、余裕の表情で頷いた。

 

「その通り。この汚れた世界を浄化する、私の計画だ。楽しませてくれた礼だ。そこで地球が破壊され、私の力で創造されていくのを指をくわえて見ているがいい」

「ふざ……けんな……!」

 

 コウスケも、ブラジラへ否定の声を上げる。

 

「なんでオレたちの街が、お前の身勝手で消えないといけねえんだ!」

「当然ではないか。この、醜い星を見よ。それぞれが身勝手に動き周り、自分だけが生き残ろうともがいている。かねてより人間の醜さを知っていたつもりだったが、まさかこれほどとは」

「その原因は……ムーの怪物たちだろうが!」

 

 コウスケの怒鳴り声に、ハルトは頷いた。

 ムー大陸に飛ばされる直前。ムーから送られてきた怪物たちにより、人々はパニックを起こした。なまじ、逃げきれればムー大陸で支配する側になれると聞いた人々は、自分さえ逃げ切れればいいとさえ考えるようになり、互いを罵倒し始めたのは忘れようもない。

 だが、ブラジラは続ける。

 

「ムーの電波体たちはあくまできっかけに過ぎない。人はだれしも、自らの手で同族を滅ぼそうとし、種単位ではなく個単位で生き残ろうとする。それぞれが発展させた言葉も、手も、他の誰かを傷つけるためだけに発展してきた。この地球は、そんな醜い星なのだ。だからこそ、私が浄化する。そして、私の秩序の元、完全な平和をもたらす世界を作り上げるのだ!」

「……そんな世界、平和だって言えるのは……」

 

 ハルトは、地面に落ちているウィザーソードガンを拾い上げた。満身創痍の体には、銀でできた手馴染みの武器も重く感じた。

 

「お前だけだよ」

 

 すると、ブラジラは鼻を鳴らした。

 

「さあな。それがお前たちの平和だろうが不和だろうが、私には関係ない。少なくとも、争いのない秩序の世界を創造するのだからな」

「でもその世界には、人と人が手を繋ぐこともないんだよね」

 

 突如として、別の声が割り込んできた。

 振り向けばそこいたのは。

 

「響ちゃん!」

「響!」

 

 未来に肩を借りながら歩いている響だった。

 彼女もまた全身ボロボロであった。服もあちこち引き裂かれており、顔にも無数の傷跡が刻まれている。だが、それでも彼女の力強い目には、あたかも炎が宿っているようにも見えた。

 

「そんな世界を、私は認めたくない……分かり合えない、繋がれない……そんな世界……まるで呪いみたいな世界を……!」

「ふん。呪いか。それこそがは、貴様らの繋がりから生まれたもののことではないのか? 繋がりさえなければ、永遠の秩序になるのだから」

 

 ブラジラは冷笑した。

 それに対し、響は拳を握る。

 

「人でなしには分からない……! それが、絆っていう、人間の力だってことが!」

「絆……だと……?」

 

 ブラジラは忌々しそうに毒づいた。

 

「貴様も、あの見習いどもと同じか……」

 

 ラ・ムーの起動音が大きくなる。

 

「ならば、その絆とやらも、この地球ごと破壊し尽くしてくれる! さあ、ラ・ムーよ! ネガーエンドの手始めに、あの愚かな参加者共を始末しろ!」

 

 ラ・ムーが、その両手を大きく広げる。無数の黄色の輪が構成する腕は、ラ・ムーが今の生物と全く違う構造なのだと語っているように見えた。

 そして何より、ラ・ムーの胸元に刻まれた紋章が、ブライの紋章と全く同じものであり、それが、ラ・ムーこそがムー大陸の象徴であることを雄弁に語っていた。

 

「リゲル、大丈夫か?」

 

 ハルトはリゲルに問いかける。

 しかし、リゲルは首を振った。

 

「悪いわね……これ以上の戦闘はちょっと難しいわ……」

「そっか……下がってて」

「ウィザード、貴方だって戦える状態じゃないでしょ?」

 

 リゲルの言葉に、ハルトは動きを止めた。

 すでに生身での戦いを余儀なくされているハルト。

 だが、その解決策は、コウスケが持っていた。

 彼はハルトの右腕を掴み、無理矢理指輪を嵌める。

 

「ほい、ちょっと失礼」

 

 コウスケはそのまま、紫の指輪を自身のビーストドライバーに差し込む。

 

『ドルフィン ゴー』

 

 イルカの魔法は、治癒能力。

 それを媒体として、ハルトの体に魔力が流れ込んでくる。

 

「コウスケ……お前……」

 

 ハルトは自らの手を見下ろしながら呟いた。全身の疲労もある程度回復しており、魔法を使うことは可能だと体が語っていた。

 

「悪いな。オレも万全とは言えねえからな。これで、オレたちにあとはねえ」

 

 コウスケはハルトの指からイルカの指輪を回収しながら言った。

 ハルトは肩をすぼめる。

 

「……だろうな。ちなみに、残ってた魔力、どれぐらいあんの?」

「正直体感でしかねえけど……オレとお前、変身できるのは次の一回分が限界だ」

「……」

 

 ハルトは口をあんぐりと開けた。だが、すぐさまにその顔は微笑になる。

 

「了解した。それじゃあ、今からある意味一連托生ってことで」

 

 ハルトはそう言いながら、コウスケと距離を置く。腕二本分の距離になったところで、拳を彼に突き出した。

 

「皆まで言うな。折角二人揃っての指輪の魔法使いだ。……行くぜ!」

「ああ」

 

 ハルトとコウスケは、共に指輪を腰にかざす。

 

『『ドライバーオン』プリーズ』

 

 そして同時に、響もハルトたちに並び立つ。未来をリゲルがいる祭壇の奥に避難させ、息を吸い込む。

 そして。

 

「変身!」

「変~身!」

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 

「やれ! ラ・ムー!」

 

 ブラジラの掛け声とともに、

 ウィザード、ビースト、ガングニールが最後の戦いを挑んだ。



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神との対峙

モブ1「うわーん! このままムー大陸がぶつかってきて、僕たち死んじゃうんだ!」
モブ2「地球が壊れてしまうなら、もうこんなところに避難しても仕方がないよ……もう終わりだ……」
モブ3「あの訳の分からない連中が頑張ってるみたいだけど、あんな奴らに何ができるっていうの……? ああ、こんなことならもっと早くお嫁に行っておくべきだったわ」
モブ4「何てことだ……警察は、自衛隊は何をやっているんだ!?」
まどか「……皆、どうしてそんな自分勝手なことを言っているんですか!? 今この瞬間も、えっと……ウィザードたちは、一番危険なところで頑張っているのに!」
モブ4「そんなこと言われても、私達に何ができるっていうんだ!?」
モブ2「地球が破壊されるのを待つ。僕たちに残された道はこの一つしかないんだよ!」
モブ3「私達が助かる可能性なんて……」
???「助かる可能性は限りなくゼロに近いかもしれないけど、希望を捨てたら、そこで終わりじゃない? 情けない大人たち」
まどか「え? さ、さやかちゃん!?」
さやか「ムー大陸の中で、その訳の分からない連中は必死に頑張っているのに、アンタ達はもう絶望するの? 絶望からは、何も生まれないよ?」
まどか「そ、そうだよ! ハル……みんなが頑張っている間は、希望を捨てちゃだめだよ!」
さやか「だから、あるんじゃない? 今の私達にできることが」
モブたち「……」


 あたかも生き物のように、それは鼓動を続ける。

 ラ・ムーは、その深紅の眼差しでウィザード、ビースト、響を見下ろしている。

 

「行くよ……」

 

 ウィザードの言葉を合図に、三人は走り出す。

 しばらくの間、ラ・ムーは何もせずにそれを眺めていた。

 そして。

 

「な、なにあれッ!?」

 

 響が声を尖らせる。

 見上げれば、ラ・ムーの両腕がドリルとなっていた。

 

「なっ!?」

「やれ!」

 

 ブラジラの命令とともに、ドリルが発射される。

 ムーの神殿を抉りながら、ドリルはウィザードたちへ迫っていた。

 

「おいおい、コイツ……防御できねえぞ……!」

 

 尻餅をついたビーストが、抉られた跡を見ながらそう評する。

 

「避けるのが前提だけど……こんなのを避けながらの攻撃をしないといけないのか……」

「二人とも! 前を見なさい!」

 

 神殿の入り口付近で未来を保護しているリゲルが声を荒げる。

 彼女の言葉に従い、前を向けば、ラ・ムーの両腕は、ドリルからマシンガンへと変化していた。

 

「蜂の巣にしてやろう……!」

 

 ブラジラの声とともに、リボルバーが回転。無数の弾丸が放たれる。

 

『ディフェンド プリーズ』

「コウスケ! 俺の後ろに!」

「すまねえ!」

 

 ビーストが、障壁を張ったウィザードの背後に回る。

 一方、響はその拳だけで銃弾の雨の中へ飛び込んでいく。弾丸一つ一つを回避し、蹴り飛ばし、一気にラ・ムーとの距離を縮めていく。

 

「響ちゃん!?」

 

 ウィザードが声を上げる。

 すでにラ・ムーの目前に躍り出た響は、その右足を高く突き上げていた。

 

「我流 空槌脚!」

 

 足のパーツを極限まで伸ばしたかかと落とし。それは、ラ・ムーの片腕のリボルバーを反らした上、本体への接近を可能にした。

 

「うおおおおおおらああああああああああああああああ!」

 

 響は大音声とともに拳を突き出す。背中のブースターにより、彼女はあたかも黄色の流星となり、ラ・ムーの胸元へ激突した。

 

「やった!?」

「いいえ、ダメよ」

 

 ウィザードの楽観を、リゲルが打ち消した。

 

「反応に変化がない……あの怪物には、アレ程度では効果がないわ」

「だったら……」

 

 ウィザードは、別の指輪を使おうとするが、それをビーストが制する。

 

「待て。お前は魔力を温存したほうがいい。ここはオレが!」

『ファルコ ゴー』

 

 オレンジの魔法陣とともに、ハヤブサのマントを纏ったビーストは、ウィザードの頭上を飛行。そのまま、響の隣でダイスサーベルへ指輪を差し込んだ。

 

『3 ファルコ セイバーストライク』

「うおりゃ!」

 

 三羽のハヤブサが、ラ・ムーの各所を攻撃する。響をリボルバーで狙撃しようとしていたラ・ムーは、そのせいで狙いが逸れた。

 

「おのれ、目障りな! ラ・ムー!」

 

 ブラジラの命令に、ラ・ムーは吠える。リボルバーをドリルに戻し、祭壇の上を縦横無尽に狙い撃つ。

 

「させない!」

『フレイム シューティングストライク』

 

 飛んでくるドリルに対し、ウィザードは炎を集めた銃弾を発射する。ドリル一つと相殺し、破壊した。

 

「今だッ!」

 

 見かねた響が、ラ・ムーの胸元へ再び飛び上がる。雷光の閃きとともに、その姿がサンダーベルセルクとなる。

 

「我流・超雷電大剣(サンダーボルトブレイド)!」

 

 一回り巨大化したイナズマケンが、雷鳴とともにラ・ムーの胸元に炸裂する。

 発生した大爆発が、ウィザード、ビースト、リゲル、未来を飲み込んだ。

 

「今度こそやったのか!?」

「いいえ、まだよ!」

 

 またしてもウィザードの喜びをリゲルが否定する。

 爆炎の中より、まずは響が姿を現した。

 だが、無事な姿ではない。巨大な腕___ラ・ムー腕に掴まれている響の姿だった。

 

「響!」

『バッファ ゴー』

 

 響を助けようと、バッファローマントを付けたビーストが駆ける。だが、その前を無数のドリルがミサイルのように行き交い、思わずビーストも足を止めた。

 

「あれは……!」

 

 爆炎を切り裂き、現れたラ・ムーにウィザードは息を呑む。

 

「フハハハハハ! たかだかオーパーツ一つ程度の力で、ラ・ムーを止められるものか!」

 

 ブラジラの声とともに出現した古代の神。胸元のムーの紋章を破り、全ての力を解放した姿だった。その胸元には、シノビとダイナソーのオーパーツが輝いている。

 ラ・ムーはそのままマシンガンにした左手をウィザードたちへ向ける。

 

「! リゲル! あと君も!」

 

 ウィザードはリゲルと未来を抱え、ジャンプ。ビーストもドルフィンを使い、地面の中へ潜水する。

 マシンガンを一通り発射した後、笑みを崩さないブラジラは指をならした。

 

「!?」

 

 安全圏である階段まで退避したウィザードは、慌てて体を反らす。

 すると、ウィザードのボディを剣が貫いた。

 

「っ!」

 

 ダメージに構わず踏ん張り、ウィザードは攻撃してきた対象を睨む。

 エランド。

 ムー大陸の兵士であり、動かない石像となっていたはずの存在が、次から次へと、床に出現する黒い穴より湧いてくる。

 

「こいつ等は……!?」

「皆まで言うな! バングレイがブライの記憶から作った兵士だ!」

 

 振り向けば、ビーストもまた次々に出てくるエランド兵たちに苦戦している。さらに、ブラジラが近いこともあって、ビービ兵まで攻撃に混ざってくる。

 

「おい、コウスケ! またドリルが来るぞ!」

「はあ!?」

 

 ウィザードの忠告どおり、ラ・ムーはドリルを発射。それも、先ほどまでとは数も速度も大違いだった。

 

「なら、私が!」

 

 それに対し、リゲルが前に出た。ボロボロの体ながら、何とか右手に巨大な砲台を装備。ゴーグルで、エランドたちの姿をロックオン。

 

「オールレンジ! 発射!」

 

 リゲルの光線は、全てのエランド、およびドリルに命中。破壊していく。

 

「よし……うっ!」

「リゲル、大丈夫か?」

「もともと無理してるのよ。でも、これで……」

 

 無数のエランド兵が、リゲルへ光線を発射する。

 

「!」

『コネクト プリーズ』

 

 コネクトで開けた魔法陣は、エランドたちの頭上に続く。エランドが自らの技で全滅したが、また黒い穴より浮かび上がってきた。

 

「どういうこと……一体、何体出てくるのよ……?」

「無駄な足掻きはよせ。ガンナー」

 

 嘲笑う声を、ブラジラが発した。

 

「ラ・ムーは、全てのムーの電波体の親。エランドなど、いくらでも作り出せる」

 

 その言葉を証明するように、祭壇一面を覆いつくす量のエランドが現れる。

 

「だとしても……ぐああああああああああ!」

「響いいいいいいッ!」

 

 さらに、ラ・ムーに締め上げられる響の悲鳴も続く。未来の声も、彼女には届かない。

 

「さあ、暴れろラ・ムーよ!地球を破壊する、その時まで!」

 

 ブラジラの言葉に従い、ラ・ムーは、まず手に握った響を床に叩きつける。祭壇の床に亀裂が走るほどの威力は、響の顔を大きく歪ませた。

 

「やめろおおおおおおおお!」

『ビッグ プリーズ』

 

 ウィザードの魔法陣から、巨大な腕が出現する。ラ・ムーの腕を掴み、響を解放しようとするが、巨大化した腕へ、ドリルが投げられた。

 

「っ!」

 

 巨大化の魔法は魔法陣ごと破られ、動きが鈍ったウィザードへマシンガンが炸裂。大ダメージで、大きく体が吹き飛んだ。

 

「まだ……まだ……!」

「ウィザード!」

 

 膝が折れるウィザードを、リゲルが支えた。

 

「っ!」

 

 だが、二人に休息はない。次々にラッシュとばかりに攻め込んでくるエランドたちへ、リゲルは大砲を放つ。

 

「ふむ。一つだけとは言え、オーパーツを取り込んだランサーは、速めに始末した方がいいか」

 

 ブラジラの言葉に、ウィザード、ビースト、そして未来に戦慄が走る。

 ラ・ムーは響を壁へ投げつける。祭壇の、ほとんどが破壊された壁、そのごくわずかに残っている部分へ、サンダーベルセルクの響を張り付けた。

 大の字になった響へ、ラ・ムーは頭を下げた。

 

「あれは……っ!」

 

 ラ・ムーの動きを見た瞬間、ウィザードはその仮面の下で血相を変えた。ラ・ムーの頭頂部にみるみるうちに光が溜まっていく。

 

「まずい……響ちゃん!」

「響!」

「響ッ!」

「だと……してもおおおおおおお! 我流・超雷電大剣(サンダーボルトブレイド)ッ!

「さあ、再び見せてやろう! ムーの雷を!」

 

 ウィザードたちが止める間もなく、ラ・ムーの光は発射された。

 その、大きな光線の前では、雷の剣など、本当に小さく、儚く見えた。

 響を含めた祭壇の一角を洗い流すムーの雷。

 やがて、響はサンダーベルセルクどころかガングニールそのものを解除し、生身の姿で茫然と立ち尽くしていた。

 

「響!」

「響……響!」

 

 ビーストと未来が、祭壇より落下しそうになる響の腕を捕まえる。だが、ボロボロに力の抜けた彼女を持ち上げることは、満身創痍のビーストにも難しいようだった。

 ウィザードとリゲルも駆けつけようとするが、無数のエランド、そしてなにより、ラ・ムーのマシンガンがそれを阻む。

 

 

 

 ラ・ムーの一撃により、体にすでに力が入らない。

 ビーストが掴む右手がなければ、すでに響は、この高い祭壇よりムーの地表まで落ちていた。

 

「おい、響! 悪い、引っ張り上げられねえ! 登ってくれ!」

「響!」

 

 ビーストと未来が響を引っ張り上げようとする。少しずつ、上昇していく体の中、響ははっと表情を変える。

 ビーストと未来の頭上に現れる、板のようなもの。その周囲に刻まれる刃から、それがラ・ムーの剣だと察した。

 

「っ! 危ないッ!」

 

 響は左手で胸のガングニールと、その内側のイグナイトモジュールを同時に起動。赤い光とともにもたらされた運動性能で、空中へジャンプした。

 

「イグナイトモジュール、抜剣!」

「「響!?」」

 

 ビーストと未来を見下ろしながら、響は笑みを浮かべる。

 

「はっ!」

 

 響は、二人へ掌底を放つ。圧縮された空気により、二人は大きく投げ飛ばされる。

 

「響……!?」

 

 ラ・ムーの剣が振り下ろされる直前、響と未来の目があった。

 長く語る必要などない。ほほ笑みながら、響はそう感じていた。未来は首を振りながら、涙目で何かを訴えている。

 一方、ビースト。これは、彼の令呪が繋げているのだろうか。全く動かない彼の思考が、伝わってきた。「やめろ」「逃げろ」彼がそう語っているのは、果たして響の勘違いだろうか。

 

「ううん。未来を助けられなかった、私だから。今度は、ちゃんと助けたいんだ」

「やめろ……やめろ! 響!」

「ううん。これで、私の命で、未来を助けられるのなら……例えそれが、偽物でも……未来の命を奪った私にできる、最大の償いなんだ」

「違う! んなこと誰も望んでねえ! 未来だって……それに、お前は今生きている! だったら!」

「……!」

「だから……そんな、諦めたような目をするな!」

 

 そして。

 彼はきっと気付いていまい。自らの右手にある令呪が、輝きを放ちだしていることに。

 

「生きるのを、諦めるな!」

 

 彼が……ビースト(コウスケ)がそれを知っているはずがない。偶然とはいえ、その言葉を聞けたことで、響の心が少し安らいだ。

 そして、令呪の一画が消える。それは、彼の命令となったのだった。

 ラ・ムーの剣が、響の体を穿つ。イグナイトにより強化された肉体とはいえ、その一撃は響を変身解除させるほどに重く、またその意識も朦朧とさせた。

 そのまま、二度目の死の足音が聞こえてきた時。響は、その足音を消す唱を唄った。

 

『Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl』

 

 

 

「何だ?」

 

 突如流れてきた歌声に、ウィザードは顔を上げた。

 ラ・ムーの圧倒的な力に、ウィザードもリゲルも地に伏せていた。だが、その歌声が持つ暖かさに、思わず痛みを忘れた。

 

「耳障りな……何が聞こえている?」

 

 一方、ラ・ムーの頭上のブラジラも唱の事態に動揺を隠せない。周囲を警戒し、発生源を探る。

 

「どこから聞こえてくる……この不快な……唱……歌だと……?」

「歌ッ……!?」

 

 その言葉に、ウィザードはリゲルを見やる。

 すでに分析を終えたのか、リゲルはゴーグルを収納し、ほほ笑みながら頷いた。

 そして。

 

『Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl』

 

 歌が終わる。

 ムーの神殿に沈黙が流れる。

 ラ・ムーの鼓動音さえもうるさい今。祭壇の外から、眩い光が漏れだした。

 ウィザードは、目を覆う。その光に、何も見えなかった。

 ただ、ブラジラの声が聞こえてきた。

 

「まだ戦えるのか? 何を支えに立ち上がる? 何を握って力と変えている? ……お前が纏っているものは何だ? 心は確かに折り砕いたはずだ! なのに、何を纏っているッ!? それはこの星が作ったものか? お前が纏うそれはなんだッ!? 何なのだ!?」

 

 光が収まっていく。

 ようやく視界を確保したウィザードは、ムー大陸の上空___そこで白い光を纏う、翼を生やした人物を見た。

 装備は大きく変化しているが、それは間違いない。

 それは。

 

「シンフォギアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! エクスドラアアアアアアアアアアアイブッ‼」

 

 

 白く、輝く。立花響の姿だった。




DVDのCMっぽく

コエムシ『少ない出番でも、意味深な登場の多いキュゥべえ先輩、色んな騒ぎを巻き起こしたりするモノクマ先輩に比べて、オレ様なんか存在感薄くねえか? もともと処刑人を差し向けたりするのが仕事なのに、裏切られたり出番削除されたり言うこと聞かなかったり。オレ様、転職考えようかな……?』


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"Synchrogazer"

キュゥべえ『……ん?』
コエムシ『先輩? どうしたんすか? またクレームっすか?』
キュゥべえ『いいや。これは……ランサーの宝具が、発動されたみたいだね』
コエムシ『宝具……? あー、捨て設定になってたんで完全に忘れてましたわ。サーヴァントの切り札的な奴ッスよね』
キュゥべえ『そう。令呪を使わない限り使えない、最強の切り札。どうやらランサーは、ここで勝負に出たみたいだね』
コエムシ『んなことより、まだまだクレーム止まらないっすよ? ホント、今時はすぐクレーム入れたがるんだからなあもうやになっちゃう』


「響ちゃん……その……姿は……!?」

 

 祭壇に舞い戻った響の姿に、ウィザードは唖然とした。

 これまで見てきた、黄色がメインの響の姿は、今や真っ白な武装を身にまとっていた。マフラーの先端は大きくグレードアップしており、それが広がった際は、もう天使とも見紛う神々しさを放っていた。

 

 響は笑顔で頷く。

 

「エクスドライブ。私の、最後の切り札、絶唱を力にした姿だよ」

「絶唱?」

「おい、響!」

 

 ビーストが慌てて響へ駆け寄る。

 

「大丈夫なのか? 今、あれだけの攻撃を受けて……」

「うん、かなりギリギリ。ウッ……」

 

 響が動こうとする前に、彼女の体がふらついた。

 

「おい、本当に大丈夫なのか?」

「へいき、へっちゃら……」

 

 額に汗をにじませながら、響は答えた。

 

「響!」

「うわっ!」

 

 安心も束の間、背後から駆けつけてきた未来に、ウィザードは突き飛ばされてしまった。

 未来はそのまま響の手を掴んで、何かを叫んでいる。

 ウィザードは少し口を噤んで、ラ・ムーへ視線を投げる。

 ムー大陸の神、ラ・ムー。および、その頭上で上半身だけを出しているブラジラは、唇を噛みながら響を睨んでいた。

 

「おのれランサー……どこまでも私の邪魔を……」

「……」

 

 ラ・ムーの前。今まで彼と戦闘をしていたリゲルも、ラ・ムーから視線を離さないままウィザードたちのもとへ戻ってきた。

 

「ランサー、貴女も無事だったのね」

「なんとかね」

「私は悪いけどさっきから限界なの。そんな隠し玉があったなら、そろそろ変わってもらえないかしら?」

 

 その言葉を示すように、リゲルの体はそれまでとは比にならないほど傷ついていた。バングレイとの戦いで負っていたダメージはさらに大きくなり、全ての武装はもう使い物にならないほど破壊されていた。

 

「……リゲルちゃん、未来をお願い……」

「ちゃん付けはやめて」

 

 リゲルはそれ以上は何も言うこともなく、未来の腕を掴み、引っ張っていった。

 未来はさして何も抵抗することもなく、リゲルに連れていかれていく。ただ、彼女はその間ずっと、名残惜しそうに響を見つめていた。

 

「さてと」

 

 ウィザードは指輪を入れ替える。そして、ウィザードライバーを操作し、魔法の待機状態にした。

 

「そろそろ……終わりにしようか」

「ああ。オレも賛成だ」

 

 ビーストもまた、変身に使った指輪を撫でる。

 響も頷き、ブラジラへ向き合う。

 

「これ以上、皆を傷つけさせるあんたを、私は許さない!」

「ぬかせ! 人間ごときに、我が計画を止めることなどできん! やれ! ラ・ムー!」

 

 ラ・ムーの無数のドリル。

 それに対し、響は翼となったマフラーを振り回す。

 外見以上の攻撃力を持つそれは、触れるドリルを片端から破壊していく。

 

「俺たちも行くぞ!」

「ああ!」

 

 ウィザードとビーストは、同時に指輪を入れる。

 それぞれの切り札である、最高威力の指輪を。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

『ゴー キックストライク』

 

 ウィザードとビーストの足元に、赤と金の魔法陣が現れる。

 だが、ラ・ムーは食い止めようと、両手を刃にして振り下ろす。

 だが、それよりも早く、二人の魔法使いは駆け出した。

 ウィザードとビーストがその場を離れたと同時に、ラ・ムーの剣が床を粉々に砕く。

 どんどん走っていく亀裂から逃げるように、ウィザードはバク転し、やがて跳ぶ。

 一方ラ・ムーは剣を避けられたと見るや否や、剣をドリルに変え、ミサイルのように連発してくる。

 

「撃ち落されんなよ!」

「そっちこそ!」

 

 ウィザードとビーストは、それぞれの右足に光を溜めながら、別の指輪をベルトへ指す。

 

『ディフェンド プリーズ』

『ファルコ ゴー』

 

 足場に作った防壁をもとにジャンプ、ウィザードは無数のドリルへ回転蹴りをして、ストライクウィザードの余力で破壊した。

 ビーストはハヤブサのマントにより、さらに速度を上昇させる。自らを追ってくるドリルを、別のドリルとぶつからせて対消滅させた。

 そのまま二人の魔法使いはラ・ムーの前へ躍り出る。無数のドリルはすでに爆破により、赤い花火となっていた。

 

「だああああああああああああ!」

「うおりゃあああああああああ!」

 

 それぞれの魔法陣が重なり、合わさったキックストライクがラ・ムーに命中。大爆発を引き起こす。

 そして、その衝撃により、ラ・ムーに取り込まれていた残り二つのオーパーツが吐き出される。

 

「何!?」

 

 焦るブラジラ。そして、それを見上げたビーストは叫んだ。

 

「そいつが切り札だ! 響!」

 

 そう。その斜線上には、ベルセルクの剣を取り込んである、響がいた。

 ビーストの変身が解かれるにも構わず、コウスケは続ける。

 

「勝機を逃すな! 掴み取れ!」

 

 だが、飛び上がる響でも届かない。

 ウィザードはハルトの姿に戻りながらも、ウィザーソードガンで二つのオーパーツを弾く。

 

「この……っ!」

 

 銀の銃弾は、そのまま二つの古代の石を弾き、響のもとへ届けていく。

 そして響は、ジャンプ。

 

「オーパーツを……っ!」

 

 ブラジラの表情に、焦りが見える。

 

 その瞬間、時が止まった。

 ウィザードもビーストも。

 リゲルも。

 ブラジラも。

 そして、未来も。

 

 ただ、彼女が二つのオーパーツを掴む瞬間を見守っていた。

 響が両手でそれぞれを掴んだ瞬間、赤と緑の光とともに、それは響の体に吸い込まれていく。

 

 

 

「うっぐああああああああああああああああああああ!」

 

 響の悲鳴とともに、その体より、黄、赤、緑の光がそれぞれを喰い合おうと蠢いている。

 

___カラダ、ヨコセ___

___カラダ、ヨコセ___

___カラダ、ヨコセ___

 

「うっぐ……があああああああああ!」

 

 全身が黒い影に覆われ、響が呻き声に近い悲鳴を上げた。

 

「響ちゃん!? もしかして、初めて変身した時みたいな暴走……!?」

 

 その場で黒い影となり、蹲る響。ハルトは駆け寄ろうとするが、エランドが再び進路をふさぐ。コウスケもまた、ハルトの後ろでエランドと、ラ・ムーの攻撃に苦戦していた。

 

 

 

「響!」

 

 誰よりも響を案じる者。未来が、響の元へ駆けつけようとした。だが、その腕をリゲルに掴まれる。

 

「無茶よ! 危ないわ!」

 

 だが、未来はリゲルの腕を振り払う。

 

「以前、響は言ってくれました。響は、響のままで、変わらずにいてくれるって……だから、前も、そして今も! 私はずっと、響が闇に飲まれないよう、応援するって決めたんです!」

「でも、今のあなたは……」

「私は、助けられるだけじゃない! 響の力になるって、決めたんです!」

「ッ!」

 

 何がリゲルの心を動かしたのか、その手を放す。

 そのまま未来は、彼女の陽だまりへ走っていった。

 三つの光が、それぞれ奪い合おうとする響へ。

 

 

 

 未来を襲おうとするエランド。

 だが、その体は、無数の切れ込みによって、バラバラになる。

 エランドを切り裂いた少女、可奈美。

 

「ここが正念場だよ! 踏ん張って! 響ちゃん!」

 

 

 

 動けない響へ光線を発射するエランド。

 だが、その光線をその体で受け、途切れたところで桃色の拳を叩き込んだ、友奈。

 

「強く、自分を意識して!」

 

 

 

 祭壇に轟く、龍の雄たけび。

 天空に現れたドラグレッダーは、その口より、目下の者へ炎を与える。

 龍の炎の蹴りを、エランドの軍勢へ放ち、全てを灰と化す龍騎。

 

「これまでの自分を! これからなりたいと願う自分を!」

 

 

 

 エランドたちが見たことのない、小さな球体。

 それは、手榴弾。

 一斉に爆発を起こし、エランドたちの姿は、爆発とともに消滅した。

 それを眺める、髪をなびかせる少女。ほむら。

 

「人助けの多い人……」

 

 

 

「それが、ランサーです」

 

 キャスターは、その両手に黒い光を宿す。

 光の柱は、キャスターの剣のように伸び、そのまま祭壇に蠢くエランドたちを飲み込み、一気に無に帰していく。

 

 

 

「五月蠅いマスター共にサーヴァント共!」

 

 激昂のブラジラは、ラ・ムーとともに唸る。

 

「黙らせてやろう!」

 

すると、ラ・ムーはその両腕で強く祭壇を叩いた。物理的な衝撃が、参加者たちの動きを止める。

 ハルト、コウスケを含め、全ての参加者たちは吹き飛ばされ、地面を転がる。

 

「うがあああああああああああああああああああああああああ!」

 

 さらに大きく悲鳴を上げる響。

 だが、そんな響の耳に、ただ一つ届く声があった。それは……

 

 

 

「響ぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」

 

 

 

「っ!」

 

 三色の力が蠢く中、響は自らの意識を目覚めさせた。

 

「……そうだ……今の私は……一人だけで戦ってるんじゃない……」

 

 響の意識に、仲間たちの姿が過ぎる。

 かつての世界で苦楽を共にしてきた仲間たち。

 この世界で、戦いを止めるために奮闘する者たち。

 そして、未来。

 三つの力へ手を伸ばしながら、響は叫んだ。

 

「この衝動に、飲み込まれてなるものかああああああ!」

 

 

 

 そして。

 サンダーベルセルクとなった響の体に、異変が起こった。

 炎と木の葉が、雷の肉体に追加されていく。

 背中に備えられる赤い二つのマフラー。

 イナズマケンを掲げる右腕は、雷とともに変わり、一つに溶けあっていく。

 

「まさか……貴様が……三つのオーパーツを、その身に宿したというのか……ッ!?」

 

 ブラジラが目を見張るほど、響の姿は変化していた。

 三つのオーパーツをガングニールに融合させたもの。

種族を越えた王(トライブキング)

 

「そんなこけおどしなど! ラ・ムー!」

 

 ラ・ムーは、その腕を変化させ、ドリルとなる。無数のドリルはそのまま飛び交いながら、響へ向かう。

 だが、響は焦ることなくその腕の剣を大きく横に薙ぐ。

 すると、黄、緑、赤の三色が斬撃となり飛んでいく。それは、ラ・ムーに至るまでに配置されたドリルを全て切り崩し、ラ・ムーの体に突き刺さる。

 ラ・ムーはその痛みに体をよろけさせた。

 

「おのれこれしきの事ッ! ラ・ムー! ムーの雷を落とせ!」

 

 ブラジラの命令に従い、光線の発射体制となる。頭の先端部を響へむけ、光の砲台となる。

 だが、響もそれに対応すべく、右手の剣をラ・ムーへ向ける。

 すると、響の剣を中心に、ベルセルク、シノビ、ダイナソーの紋章が三角形の頂点を描くように現れた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 声を上げながら、三つの紋章を線で結ぶ響。描かれた三角形は、そのまま淡い光を伴いながら、質量となっていく。

 響はそれを振り上げると同時に叫んだ。

 

「我流・三種族の壊撃(カイザーデルタブレイカー)ッ!」

 

 響が剣を振り下ろすと同時に、描かれた三角形より放たれた、七色の光線。それは、ムーの雷とぶつかり合い、ムー大陸全体に轟く。

 

「有り得ん、有り得ない! この私が、この救星主が! 貴様のようなものに敗れるなど!」

「最速で、最短で! 真っすぐに!」

 

 徐々に、ラ・ムーの力により、トライブキングの体が悲鳴を上げ始める。

 メキメキと軋む音を塗りつぶすよう、響は声を上げた。

 

「一直線にいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

「なめるな、人間風情がああああああああああああああ!」

 

 やがて、それぞれの光線は互いに少しずつ攻撃を与え、やがて周囲ごとそれぞれに命中させた。

祭壇全体に広がる爆炎。

 聖杯戦争の参加者たちは、誰もが皆目を伏せる。

 地面を大きく削り、ムーの粉塵が舞う。

 そしてその中。

 

 立花響は、その身一つだけでラ・ムーへ。その頭のブラジラへ向かって走っていた。

 

「あと一発だけお願い、ガングニール……! アイツを、一発ぶん殴るから! それだけ!」

「おのれえええええええええええ!」

 

 ブラジラの叫び。全身にヒビを走らせたラ・ムーは、生身の響へ攻撃を行う。

 無数のエランド、ドリル、マシンガン。

 生身のまま、響は唄う。___それはもはや歌ではない。ただの喉がはち切れそうな勢いの声だった。

 

「Balwisyall!」

 

 響は拳を振りかぶり。

 

「Nescell!」

 

 全身が再び黄色く輝き。

 

「gungnir trオオオオオオオオンッ!』

「ランサアアアアアアアアア!」

 

 ジャンプで飛び上がったと同時に、ブラジラの剣が響の頬を擦切る。

 そして、ガングニールの拳が……生身の響の、右腕だけが変化したガングニールが、ブラジラの頬を殴り飛ばした。

 ラ・ムーの頭部に叩きつけると同時に、響は飛び退く。

 

「我流……ッ!」

 

 響は、そのままガングニールの右腕を突き上げた。すると、ガングニールのままの籠手には、雷を纏ったイナズマケンが現れる。

 

「まさか、貴様生身で……ッ!」

 

 ブラジラの予想通り、もう響には、完全なシンフォギアを纏う余力さえ残っていなかった。だからこそ、右腕だけが、ガングニールに。さらに、新たな聖遺物を使ったデュオレリックを発動させたのだった。

 

「サンダーボルトオオオオオオッ! ブレイドッ!」

 

 右腕だけが異能の力となり、響はイナズマケンを振り下ろす。

 雷鳴を宿した剣は、ラ・ムーごとブラジラを中心から切り裂いた。

 

「グおおおおおおおおおおおッ! どうしたラ・ムー!? おのれええええ! この身、滅びてなるものかああああああああ!」

 

 その叫びもむなしく、ブラジラの体はどんどん爆炎に飲まれていった。

 やがて、ラ・ムーの体そのものは、大きな爆発とともに見えなくなっていった。

 



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ネガーエンド始動

今日、この日を待っていたぞおおおおおおおおおおお!
刀使ノ巫女 刻みし一閃の灯 OVA公開!
アプリの中でアニメが見れるからチェックだ!(ダイマ)


「や、やった……?」

 

 大爆発によって倒れた響は、起き上がりながら呟く。

 ラ・ムーがいた場所は大きな爆炎がもくもくと立ち込めており、あの巨大な質量の敵はすでにいなくなっていた。

 

「やったの……私……」

「響!」

 

 茫然とする響を現実に戻したのは、陽だまりの声だった。自らの首元に抱きつく未来。

 

「大丈夫? 体は平気?」

「はは、未来……大丈夫……へいき、へっちゃら」

 

 響はほほ笑みながら、未来の頭を撫でる。

 さらに、ハルトやコウスケをはじめ、仲間たちや駆けつけてきた参加者たちも集まってくる。

 

「みんな……」

「大丈夫か? 響」

 

 コウスケが手を差し伸べる。衣服もボロボロになっている彼だが、顔だけはいくら傷ついても爽やかな笑顔を保っていた。

 

「うん。助けてくれてありがとう、皆」

 

 響はコウスケの手を借りて起きあがる。

 ふらついた足取りながら、未来に肩を借りながら起き上がる。

 響は静かにラ・ムーの祭壇を見返した。

 

「エンジェルは……この星を壊して、一体どんな世界を創ろうとしていたんだろうね……?」

「響ちゃん?」

 

 その言葉に、ハルトが首を傾げた。

 だが、未来にもたれかかる右半身に力を込めながら、響は続けた。

 

「確かに、世界って、どこでも……争いはあるし、ぶつかり合うこともある……難しい世界なのかもしれないけど。だからこそ、手を繋ぐために、私は叫び続けたい」

「……」

 

 響の言葉に、誰もが静かに聞き入っていた。

 

「そして、言い張りたいんだ。今は、エンジェルの言う通り、醜い世界なのかもしれないけど、いつかきっと、皆が言葉で繋がる、分かり合える世界になるって。それはきっと、醜い世界なんかじゃない」

「……うん」

 

 響の言葉に、未来は静かに頷いた。彼女は静かに、響の頬にその頬を合わせる。

 

「分かってる。響は、人と人を繋げるために、どんなに辛い戦いをしてきたのかも。どれだけ苦しんでも、絶対に諦めなかったことも」

「未来……」

「きっと、本物の私も、響のことを恨んでなんかいない。むしろ、皆を守ってくれたことを感謝しているはずだよ。だって」

 

 未来は響から顔を離して、ほほ笑んだ。

 

「私が、今響に感謝しているから。ありがとうって」

「……うん……」

 

 

 

「おのれ……ランサー……ッ!」

 

 その声に、一同に戦慄が走る。

 ラ・ムーがいた祭壇。その爆炎より這って出てきた、ボロボロの姿のブラジラ。四枚の美しい翼はすでにズタズタに引き裂かれ、全身のパーツもところどころに亀裂が走っていたが、それでもその目には、怒りの炎が燃えていた。

 

「下がって! 変身!」

 

 真司の声とともに、可奈美、友奈、龍騎がエンジェルの前に立ちふさがる。

 だが、即座に剣を振り抜いたブラジラは、三人を一刀のもとに切り伏せる。地面を転がった三人には目もくれず、ブラジラは響へその剣を振り上げた。

 

「響ちゃん!」

「響!」

「ランサー!」

 

 ハルト、コウスケ、リゲルにも、すでに戦う余力はない。響を守ろうとするが、ブラジラの方が速い。

 そして。

 

「がはッ……!」

 

 ブラジラの手から、剣が零れ落ちる。

 その胸から、他の剣が貫かれていた。

 

「な……に……ッ!?」

 

 響も、そして誰よりもブラジラも。その目を疑った。

 そして、その声が、ブラジラの背後より聞こえてきた。

 

「ムーの誇りを汚す者は……誰であろうと、消す!」

 

 漆黒のボディの、ムー大陸最後の一人。ブライ。

 彼が、背後よりブラジラの胸を貫いていたのだった。

 

「貴様……ッ!」

「先ほどの礼だ。そしてこれは、ラ・ムーを汚した償いだ!」

 

 ブライは剣を引き抜く。そして、ブラジラが彼へ振り向いた時には、すでに彼はそのブライソードを振り上げていた。

 

「おの……______」

 

 ブラジラの最期の叫びさえも掻き消す、ブライソードの唸り声。

 地面からの紫の衝撃波とともに、ブラジラの体は真ん中から切り裂かれた。

 

「あ……ッがッ!」

 

 全身から火花を散らしながら、ブラジラは倒れる。

 

「死に損ないが」

 

 その姿を見下ろしながら、ブライは吐き捨てる。

 そんな彼を見ながら、響の隣の未来は言葉を紡いだ。

 

「貴方……無事だったの……?」

「……フン」

 

 ブライは未来を一瞬だけ見て、興味を失ったようにブラジラを見下ろした。

 

「急所を突いた。貴様はもう、ネガーエンドとやらを完遂することもできない」

「埃くさいムーの生き残り風情が……ッ! この私の計画を邪魔するというのか……ッ!」

「ムーの力を弄んだ代償だ……精々地獄で後悔していろ」

「おのれ……ならば……ッ!」

 

 ブラジラは、おぼつかない足取りでラ・ムーがいた祭壇へ移動する。

 そのまま、もはや飛ぶことのできない翼を広げ、ブラジラは叫んだ。

 

「救星はならずとも、破壊だけは必ず果たす! 地球はムー大陸共々滅ぶがいい!」

 

 両手を大きく伸ばしながらの宣言とともに、ブラジラの体は爆発を引き起こした。

 その大きな爆発は、ムー大陸の頂上である祭壇でも、とりわけ大きなものであった。

 

「……ふん」

 

 ブラジラの最期を看取ったものの中で、最初に言葉を口にしたのはブライだった。彼はソロへ変身解除し、背を向ける。

 

「ま、待って!」

 

 祭壇から立ち去ろうとするソロへ、響は呼びかける。足を止めた彼へかける言葉を考えて、響は口を動かした。

 

「あ……ありがとう……助けてくれて」

「勘違いするな……奴は、ムーの誇りを踏みにじった。だから始末しただけだ」

「……ねえ、あなたは……」

「手を貸したのは今回限りだ」

 

 ソロはそのまま、響を……そして、ハルトを睨む。

 

「次に会う時は、互いに敵同士だ。オレは、オレ以外の全てのキズナを否定する。この聖杯戦争は、オレの誇りを証明するための戦いだ」

「……ソロ……」

 

 静かに、ハルトがその名を呟いた。

 ソロはそのまま、祭壇を降りていった。揺れるムー大陸の音だけが、彼の退場を見送る音楽となっていった。

 

「ちょっと、皆忘れてるわよ!」

 

 その尖った声に、参加者たちは血相を変える。

 リゲルが、またゴーグルに何やらデータを表示させている。

 

「エンジェルも随分な手土産を用意してくれたわよ!」

 

 彼女はそのまま、ラ・ムーがいた祭壇より地下を見下ろしていた。

 

「アイツ、破壊はするって言ってたけど、どうやらハッタリじゃないわ。アイツが残したエネルギーが、今ムー大陸のコアに溜まってる!」

「え? どういうこと?」

 

 友奈が全員の疑問符を代表してリゲルにぶつけた。

 リゲルは少し呆れた表情を浮かべ、

 

「エンジェルの計画は、このムー大陸のエネルギーを地球の核にぶつけて、その刺激で地球を破壊することよ。このエネルギーの性質を考えれば、あと一時間でムー大陸は地表に到達するわ!」

「地表に到達すると、どうなるんだよ?」

 

 真司の質問に、リゲルは首を振った。

 

「ムーのエネルギーは慣性の法則に従って二時間で地球のコアに到達。その刺激で、地球全体の火山活動が活発になると同時に、護星天使とやらの力で内部から破裂。地球なんて、木端微塵になるわ!」

「木端微塵……!?」

 

 可奈美が悲鳴に近い声を上げる。

 ハルトが唖然とした表情を振り切りながら、リゲルに詰め寄った。

 

「何とか方法はないのか? 今、ここで、俺たちで止める方法は……!?」

「まだ力を見てない人が何人かいるけど……さっきの戦いで確認した限りだと……」

 

 リゲルが、新しく合流した参加者をゴーグルでスキャンしている。それと、目下のネガーエンドの計画と計算しているのだろう。

 そして、長くない間に彼女が下した結論は。

 

「……ゼロパーセント……不可能よ」

「そんな……」

 

 ハルトが、がっくりと膝を折った。

 その時。

 

『ピンポンパンポーン』

 

 響を含め、全員の脳内に声が割り込んできた。あらゆる思考を停止させるその声は、ムー大陸に来た時と同じ主のものだった。

 

「……モノクマッ!」

 

 歯を食いしばった響の表情などどこ吹く風とばかりに、脳内のモノクマの言葉は続く。

 

『今回のムー大陸のパーティーは、主催者が死亡したために、解散になりま~す。皆さん、六時間ぶりの見滝原にお帰りくださ~い!』

「おい、ちょっと待て、今かよ!」

『今で~す!』

 

 コウスケの文句が終わらないうちに、銀のオーロラが現れる。それは、ムー大陸における聖杯戦争の開幕を告げたもので、今は同時に、閉幕を告げるものとなっていた。

 

「待って! 今ムー大陸から移動すると……」

 

 可奈美の言葉など待つことなく、彼女の姿が銀色のオーロラの彼方へ消えていった。

 

「可奈美ちゃん! え、ちょっと……!」

 

 さらに、言葉の抵抗もむなしく、友奈の姿もまたオーロラに飲まれていった。

 

「おいおい、こっちも来たぞ!」

「……ッ!」

 

 さらに、真司、ほむらもまたオーロラに連れ去られる。

 

「そっちの都合で勝手にムー大陸に連れてきて、今度はそっちの都合で強制退場!? バカにするのもいい加減にしてよ!」

 

 ハルトが文句を言ったところで、監視役の権限は止まらない。ハルトの姿もまた、ムー大陸より消失していった。

 

「今参加者がいなくなれば、ムー大陸を止める者は本当にいなくなるわ。これは本当に…って、まだ説明終わってない!」

「これは……この世界の能力か?」

 

 焦るリゲルと、落ち着き払ったキャスターもまたムーの地を離れた。

 

「クソッ!」

 

 さらに、逃げるコウスケを追いかけるように、オーロラも迫ってくる。

 

「コウスケさん!」

「振り切れねえ! 響!」

 

 足がオーロラに飲み込まれる。だが、その中で、コウスケは叫んだ。

 

「もうこうなったらお前しかいねえ! 方法があるのかなんてわかんねえけど、頼む!」

 

 そして、オーロラは響のもとにも訪れる。

 だが、それが迫る前。コウスケの、ムー大陸での最後の声が聞こえた。

 

「ムー大陸を、止めてくれ!」

「……ッ!」

 

 オーロラに飲まれる直前、響は横へ飛び出し、回避した。

 オーロラが響がいた場所を通過し、消滅していく。

 

「……」

 

 立ち上がった響は、ボロボロになった祭壇をざっと見渡した。

 オーロラが見向きもしない未来を除いて、もう誰もその場にはいなかった。

 

『あれれ? おかしいなあ? まだ参加者が残ってる』

 

 その声に、響は顔を強張らせた。

 階段を登ってきた、聖杯戦争の監視役、モノクマ。

 白と黒に二分されたクマは、テクテクと祭壇を歩いてくる。

 

『困るなあ。もうムー大陸での聖杯戦争は終了。ほら、見滝原に戻ってよ』

「このまま私がムー大陸を離れたら、どうなるの?」

『さあね? ボクには関係ないよ? ウププ』

 

 モノクマは口を両手で覆った。

 

『エンジェルが、な~んかすっごい面白いネタを仕込んでくれたみたいだけど、ルールはルールだからね。聖杯戦争は、きちんと所定の場所で行ってもらいます』

「でも、このままじゃ地球が……」

『ああ、そこは心配ないよ』

 

 すると、モノクマがにやりと歪んだ笑みを浮かべた。

 

『地球が無くなっても、聖杯戦争は続けられるよ。ボクの道具で、疑似的な地球を創れるからね』

「それ……それじゃあ、地球に住んでる、他の人たちは!?」

『ウププ。それ、聖杯戦争に関係ある?』

 

 モノクマの白い方の眼が、赤く輝く。

 

『君たちは願いのために戦って、願いを叶えることができる。参加者じゃないところがどうなったところで、関係あるの?』

「あるに……」

「あるに決まってる!」

 

 響の言葉は、未来の大声に飲まれた。

 未来は、響の前に立ち、モノクマへ怒鳴った。

 モノクマは未来を詰まらなさそうに眺め、吐き捨てる。

 

『ああ。バングレイのお人形さんか。まだいたの? 君、もう消えてもいいよ』

「響は、人と人を繋ぐために戦ってきたんだから……その響が、他の誰かを傷つけてでも願いを叶えようとするはずがない!」

「未来……」

「だから、このムー大陸は、絶対に止める! 響と、私が!」

 

 すると、モノクマは『へえ……』と頷いた。

 

『もう変身する体力もない、限界を迎えたランサーと、シンフォギアを失ったただの一般人の君が? このムー大陸を止める? うぷぷぷぷぷ、あっははははははははは!』

 

 未来の言葉に、モノクマは口を大きく開く。

 

『面白い! そこまで言うなら、いいよ? やってみたら? このデッカイデッカイムー大陸をどうこうしてみなよ!』

 

 モノクマの背後に、銀のオーロラが現れた。それは、今度は響の回収には向かわず、モノクマだけを飲み込む。

 

『それじゃ、今回のムー大陸最後のイベントだね! このムー大陸を、君たち二人で止めてごらんよ!』



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"Vitalization"

三章完結!


『Balwisyall nescell gun……ゲホッ!」

 

 詠唱の途中で、響は咳き込む。全身に痛みを感じ、その場で膝を折った。

 

「響!」

 

 未来が響の背中をさする。

 

「大丈夫? 響」

「うん。へいきへっちゃら……もう一回……Balwisyall nescell……ウッ」

 

 体内のフォニックゲインに、今の体が耐えられない。生身のまま、響は倒れた。

 

「響!」

 

 未来は響を助け起こしながら、ムーの地平を見渡す。すでに人のいなくなった古代の大陸は、ただただ揺れながら崩壊を待つのみとなっていた。

 

「もう一回……バル……ごほっ!」

 

 響の喉がとうとう限界を迎えた。体内の激痛から始まり、口から血を吐き出した。

 

「あ……ッ!」

 

 未来が自身の口を抑えている。その真っ青な表情から、彼女から見た今の自分の状態がいかに危篤なのかを理解した。

 

「響!」

 

 腕から力が抜けた響は、そのままムーの床へ叩きつけられる。全身が等しく重圧がかかり、呼吸の一回一回が重たく感じた。

 未来の声さえも遠くなるが、大きく息を吐いて正気を保つ。

 

「まだ……私は……」

「響……」

 

 未来は、響の頭を抱き寄せる。

 

「響……」

「未来……」

「響はやっぱり……どこでも、戦うんだね」

 

 未来の手が、頭上を撫でている。懐かしい感触に、響は思わず目を細めた。

 

「うん」

「私がいなくなっても……?」

「うん。変かな?」

「ちっとも」

 

 響の頭が、未来の胸に当てられる。彼女の心音が聞こえて、それが響をより安心させた。

 

「……ありがとう……未来」

 

 数秒、未来に撫でられていた響は立ちあがった。

 

「もう一度、私は歌える……バルウィー……ッ!」

 

 だが、響の口は唱を拒絶し、全身の痛みという形で報復した。

 

「響ッ!」

「まだ……まだまだ……」

「もういいよ響! 響が、これ以上戦う必要なんてないよ!」

「未来……」

 

 未来が、響の両頬を自分と向き合わせるようにして訴える。

 

「どうしてそこまでして戦うの……? 私達の世界とは、違う世界なのに……?」

「そんなの、未来なら分かってるでしょ?」

「私は……」

「偽物でも、未来なら分かる。だから、そんな顔してるんでしょ?」

「え?」

「未来、自分の顔、見て欲しいなあ……」

 

 響は続けた。

 

「私が頑張ろうとして、安心してる。そんな顔してるから」

「え」

「伸ばせる手を伸ばさなくて、誰かを救えなかったら、絶対に後悔する。……未来だって、分かってるでしょ?」

 

 すると、未来は肩を落とし、言った。

 

「そうだね。それが……私のお日様だから」

 

 未来は頷いた。

 その時、響の腰から、着信音が聞こえてくる。

 

「これは……?」

 

 まだ、辛うじて充電が残っているスマートフォン。電話に出ると、そこには聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『響さん!』

「え? この声……チノちゃん?」

 

 

 

 見滝原の一角にある広場。

 そこには、チノやココア、まどかをはじめ、無数の見滝原の人々が集まっていた。

 少し恥ずかしがりながらも、チノは電話へ叫び続ける。

 

「あなたの声や勇姿は、ずっとこっちに届いていました!」

 

 チノが見上げるムー大陸。ブラジラが人々を絶望させるためのホログラムとして映し出していたムー大陸内部の映像は、すでに切り替わり、響の姿に移り変わっていた。

 チノのスマホに、隣にいるまどかも声をかける。

 

「今、響ちゃんの姿も、世界中に届いているよ!」

「みんな恐怖を乗り越えました! 自分だけ助かろうなんて考えている人も、絶望している人も、もういません! 響さんが、勇気を見せてくれたから……」

 

 チノは息を吸い込み、もう一度言った。

 

「命をかけて戦ってると知ったから!」

「響ちゃんには、これだけの人がついている! だから……帰ってきて! 世界中のみんなが、君の帰りを待ってるよ!」

 

 まどかの声。まどかも、か細い声を精いっぱいに振り絞ってだしている。

 その近くの屋根の上。誰に知られることもなく、さやかが腰をかけながら、ムー大陸を見上げていた。

 

「さっさと終わらせてよ。もう、あの大陸も見飽きてきたんだから」

 

 

 

「みんな……」

「……響」

 

 響は、未来と顔を合わせる。

 

「いつもそうだ……」

 

 未来の後ろに、青い防人の姿が見える。赤い友人の姿が見える。白銀の歌姫が、緑と桃のコンビが。ほくろの科学者が、武術の師匠が、いつも支えてくれる大人たちが。

 

「こんなに弱い私を立ち上がらせてくれるのは……いつもみんなだった!」

 

 コウスケが。ハルトが。可奈美が。真司が。友奈が。チノが。ココアが。まどかが。

 

「はあ、はあ、……そうだ……これほど大事なもの……ほかにないんだ!」

 

 もう一度、未来を見つめる。

 

「だから……だから、この手で守って見せる! 絶対に!」

 

 ムー大陸の外から、声が響いてきた。

 ムー大陸という巨大な質量全体を揺るがす、声々。それは、響をヒーローと崇める声だった。

 

「違う!」

 

 響は叫ぶ。同時にその姿は、ムー大陸のホログラムによって世界中に同時に発信されていた。

 

「私はヒーローなんかじゃない……ッ! 世界を救う英雄でもない……ッ!」

 

 未来の肩を借りながら、響は立ちあがる。口から血を垂らし、五感もおぼつかないような体でも、響は続ける。

 

「ヒーローは、この世界に生きる人たち、一人一人だよ! 皆が、この世界を救うんだッ!」

 

 

 

「だから、皆!」

 

 

 

「お願い、聞かせて! 私はすぐそば(ここ)にいるから! 溢れたままの感情を隠さないで!」

 

 

 

「それぞれが惹かれ合う音色に、理由なんていらない!」

 

 響は腕をぎゅっと握った。

 

「だから、この歌は、私の歌じゃない! 皆の……皆で紡ぐ唱だよ!」

 

 そして。

 歌えない響の代わりにと、人々は祈った。

 そしてそれは。

 

「皆で紡ぎ合うこれこそが、絶唱だああああああああ!」

 

 ムー大陸の上で、歌となる。

 

 

 

___Balwisyall nescell gungnir tron___

 

 

 

 響が動かしているのは口だけ。その詠唱を、未来はただ見守っていた。

 世界中の人々が、響の声となる。

 それは、彼女のガングニールを呼び起こし、その体を包み込む。

 黄色をメインにした、響のシンフォギア。見ているだけで、未来の心が安らぐ。

 さらに、人々の祈りは続く。

 ムー大陸に流れてくる祈りの光は、とどまるところを知らない。響のシンフォギアの光は黄から白へと変わっていく。

 すでに体も限界を超えているのに、負担のなくエクスドライブの再起動。純白のボディとなった響は、静かに未来へ振り替える。

 

「未来。行こう」

「……」

 

 未来が、大好きな人の笑顔。未来がその手を握り返すのに、時間はかからなかった。

 

「行くよ。未来」

「うん」

 

 未来が響の手を握ると同時に、響は未来を抱き寄せる。左手に抱えられた未来は、響が右手を突き上げるのを間近で見上げていた。

 響の腕が、どんどん変形していく。シンフォギアという装備が織り成す機構は、やがて響の腕を巨大なドリルにして見せた。

 

「未来。私と、未来とで」

「うん」

 

 未来は、響の腕をぎゅっと握った。響は強く頷き、祭壇からジャンプ。

 

「最速で、最短で、真っ直ぐに! 一直線にッ!」

 

 ドリルが唸り声を上げながら、ムー大陸の祭壇より掘り進んでいく。それは、やがてムーの中心まで突き抜け、未来の前に、ムー大陸の核部分が現れる。

 

「あれが……ムー大陸のコア……ッ!」

 

 それは、巨大な赤い球体だった。ムー大陸の動力炉に浮かぶ太陽のようなそれは、ブラジラによる影響か、幾度も発光を繰り返し、まさに暴走しているようだった。

 

「あれを壊せば、全てが終わる!」

 

 響のドリルが、また変形音を奏でる。ドリルという、人が進む手段としての役割を終えたガングニールは、巨大な拳となり、腕の動きと呼応して固める。

 

「この世界は、壊れない! 絶対にッ!」

 

 その時、響の拳に、歌が流れてくる。

 世界中の人々の祈りが、響のシンフォギアを介して歌となり、集まっている。

 

「この命の旋律が、響き合うこの歌声が……ッ!」

 

 全ての機構を解放し、拳に仕込まれたギアが回転する。

 破片と光が、美しい虹を描く。

 歌がそれぞれの足音を、永久に近いほどに響かせていく中で、響は叫んだ。

 

「これが七十億の……絶唱だあああああああああ!」

 

 そのまま、未来は自らの体の落下を感じた。

 響が、ムー大陸のコアへ拳を叩きつけている最中、未来は静かに目を閉じる。

 そして。

 ムー大陸のコアは貫かれ、爆発。

 さらに、その爆発はムー大陸を隅々まで破壊し、やがて。

 

 

 

 超古代の大陸の姿は、爆炎の中に潰えた。

 

 

 

「響ッ!」

 

 その声に、響は意識を再覚醒させた。

 消滅したムー大陸。夕焼けにそまった冬空に、未来がこちらへ手を伸ばしていた。

 

「未来……その体……」

 

 未来が何かを強く訴えているが、響にはその言葉は届かなかった。

 すでに蜃気楼のように薄れかかっている未来の体。それは、バングレイによって記憶の再現として呼び出された未来の消滅を意味していた。

 

「響、しっかりして!」

 

 そんな状態にも関わらず、未来は響の肩を捕まえた。肩をがっちりとホールドする彼女の手つきが、半分になっている。

 

「このままじゃ、響助からないよ!」

「そんなの……未来だって……未来だって、同じだよ!」

 

 響は未来の手首を掴み返した。

 

「折角……折角会えたのに……私、未来に言いたいこと、謝りたいこと沢山……ッ!」

 

 だが、響は口を噤んだ。

 響の口を人差し指で閉ざした未来は、ほほ笑んだまま言った。

 

「私はもう、響に沢山助けてもらった。これまで、本当にたくさん。だから、次に響が掴む腕は、もう私じゃないんだよ」

「いや……いや……」

 

 だが、未来は止まらない。

 

「響のこと、ずっと見守ってるから。いつまでもずっと。響が……私の大好きなお日様が、人と人を繋ぐのを、ずっと。だから」

 

 どんどん未来の姿が薄れていく。彼女の肌より、夕焼け色の方が濃くなっていく。

 

「だから……最後は……笑ってほしいな。響」

「未来ッ……未来ッ……!」

 

 響は未来の肩に顔を埋めた。数回の嗚咽を繰り返し、未来の顔も見れないほどに視界がぼやけていく。

 

「未来ッ……こう? これでいい?」

 

 自分がどんな顔を見せているのか、響には分からない。目を細くしすぎて、未来の顔も見えない。

 ただ。未来の声だけは、聞こえてきた。

 

「ありがとう……響……私の、大好きな___

 

 下からの風に、思わず響は顔を上げる。

 紫の人型粒子は、落ちていく響を見下ろしながら、どんどん離れていく。

 霧散していくその姿に、響は叫んだ。

 

「未来____________________ッ!」

 

 

 

「響ッ!」

 

 その声に、響は我に返る。

 

「手を伸ばせ!」

 

 手を伸ばす。開いた拳を、屈強な手が掴んだ。

 

「ッ!?」

 

 その姿に、響は息を呑んだ。

 

「よう。元気か? 響」

「コウスケさん……」

 

 ファルコマントを纏ったコウスケ。すでにボロボロの姿なのに、疲労を感じさせない笑顔で見下ろしていた。

 さらに、地上。もう、人の姿さえもはっきり見えてくる。

 ハルト、可奈美、真司、友奈がこちらへ手を伸ばしている。

 それを見下ろし、ほほ笑む響へ、コウスケが言った。

 

「お疲れ。響」

「……ありがとう。コウスケさん」

 

 

 

___あれは、確かに本物の未来ではなかったかもしれない。でも、あの未来の手を掴んだのも、絶対間違いじゃなかった。……絶対___

 



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エピローグ

三章、これで本当に終了です! 
ここまで本当に長かった……読んでいただき、ありがとうございます!

エピローグすることが実はあんまりなかったりする


 大晦日の日。

 ハルトは、見滝原駅のホームにいた。

 

「リゼちゃあああああああああああああん!」

 

 ココアの泣き声が、他のホームまでにも響きそうで心配になる。

 目の前で、ココアがリゼに抱き着いている。

 

「おい、止せココア。また春休みには帰ってくるから」

 

 頭を揺らされながら、リゼは訴えた。だが、ココアはリゼの手を握りながら、うるうるとした瞳でリゼを見つめていた。

 

「本当に? 私のこと、忘れたりしない?」

「わ、忘れるわけないだろ! その……私だって、友達なんだし」

「本当!? ありがとう! シャロちゃんもきっとすぐに来るよ! きっと今の聞いたら喜ぶよ!」

「シャロも千夜も今日はバイトだって忘れてるだろ! 昨日のうちにあいさつは済ませてあるから、お前は気にするな!」

「でも……やっぱりリゼちゃん行っちゃいやあああああああああ!」

 

 

 ココアの顔がぱあっと晴れたと思いきや、またしても泣き崩れた。

 ココアちゃんの顔を見ていると飽きないなあ、とハルトが考えていると、今度はリゼはチノと何やら会話をしている。ココアとは違い、チノとはスムーズに会話が運ばれていく。やがて話し終えたのか、今度はハルトの隣の可奈美とあいさつを交わす。

 そして、リゼは最後にハルトと向き直った。

 

「……何があったのかは、聞かない」

 

 リゼは、しっかりとハルトの目を見ていた。

 

「あのクリスマスの日、お前が私の前で見せたアレが何なのか。お前が……あの大陸とか、気になることは山ほどあるけど、私は聞かないし、忘れてほしいなら私は忘れる」

「それは助かる」

 

 ハルトはそうとしか言えなかった。

 可奈美も、顔は平静を装っているが、「何で知られてるの」と肘で突いた。

 リゼは続ける。

 

「ただ、お前がこの町を守るために戦っているのも、一度だけとはいえ見たつもりだ。だから、私から言えることはただ一つ!」

 

 スイッチの入ったリゼが、ハルトの胸を拳で叩いた。

 

「自らの信じた道を進め!」

「……サー、イエッサー」

 

 ハルトはくすりとほほ笑みながら答えた。

 電車の発射音が鳴る。

 

「……留学、頑張ってね」

「ああ。ありがとう。ココアとチノ、皆のこともよろしく頼む」

 

 

 

次回予告

「お姉ちゃんが……来る……」

「貴女がいるから! 貴女さえいなければ!」

「憎い! 憎い! 憎い! 私よりも人気でキラキラのてめえが憎い!」

「私のこと、嫌いなの……?」

「もっと私を愉しませてほしいなあ……君と、君の大切な仲間たちの物語で」

「人の心を弄ぶお前を、俺は絶対に許さない!」

「絆……〇〇〇〇!」




バングレイとブラジラを選んだ理由ですが……
二人とも戦隊の敵で、特定の組織に所属していないからです。ブラジラは裏切ってるし、バングレイは即脱退しましたし。
ちなみに他の候補は、ゴーバスターズのエンターやシンケンジャーの十蔵、キョウリュウジャーのデスリュウジャーを考えたりしました。


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登場人物紹介 3章終了時点

流星久しぶりにやろう
戦隊も敵出したいよね


やべえ2面白え!
バングレイ、結構やりたいなあ


オーパーツってシンフォギアの聖遺物だよね?
デカいの探そう


響トライブオンできるやん
バングレイラ・ムー狙うやん



悪魔合体



そんな感じで三章はできました。
三回目ですが、ネタバレしかありません。ご了承ください


オリキャラ

 

「さあ、ここから逆襲が始まる」

 

・松菜ハルト/仮面ライダーウィザード

主人公。19歳。

博物館でバングレイと遭遇してから、今回の物語に関わっていくことになる。

響の変身を目撃した後、コウスケに連れられて見滝原遺跡に行くことになり、そこで第二のオーパーツを見つけ、ムー大陸の存在を知り、ソロと出会う。バングレイやブライといった強敵と何度も戦い、暴走したほむらやブラジラの分身など、要所要所で活躍する。

ムー大陸での最終決戦時、変身できないほど消耗し、バングレイに追い詰められるが……

 

 

 

「勝機を逃すな! 掴み取れ!」

 

・多田コウスケ/仮面ライダービースト

 大学の課題で見滝原遺跡へ調査に行こうとするところから、今回の件に関わっていく。

 預かり知らぬところで、サーヴァントである響がベルセルクの剣を手に入れたり、誘拐されたりといろいろ振り回されている。バングレイやブラジラと戦い、中々白星は得られなかった。

 たとえ響が誘拐されたとしても、常に無事を信じ続ける精神の持ち主。一方、遺跡では調査よりも帰れるかどうかを心配したり、少し小心者なところもある。

 考古学を専攻していることもあって、ムー大陸についても多少の俗説の知識はある。

 

 

 

戦姫絶唱シンフォギア

 

「ヒーローは、この世界に生きる人たち、一人一人だよ! 皆が、この世界を救うんだッ!」

 

・立花響

三章の実質主役。原作ではシェム・ハとの戦いで手を開いて未来を助けたところ、握ったせいで未来を殺害してしまったことが判明した。聖杯に願ったのは、「もう一度未来に会いたい」

博物館でオーパーツ、ベルセルクの剣を取り込んでしまい、サンダーベルセルクへ変身が可能となる。(シンフォギアの設定上、心象変化やデュオレリックの一種)

キャンプ場でバングレイに襲われた時にベルセルクの力をコントロールできるようになり、それ以降もことあるごとにサンダーベルセルクになって戦うが、バングレイが記憶から呼び出した未来には敵わず、ムー大陸に誘拐されてしまう。

その後、残り二つのオーパーツを取り込み、トライブキングとなり、ラ・ムーを破壊。人々の応援で最後の変身をして、ムー大陸を破壊し、物語に終止符を打った。

 

 

 

「私はもう、響に沢山助けてもらった。これまで、本当にたくさん。だから、次に響が掴む腕は、もう私じゃないんだよ」

 

・小日向未来

 バングレイが響の記憶から呼び出した、響の陽だまり。

 バングレイの制御によって、ハルト、ブライ、響を追い詰めるスペックを見せたが、響の歌で制御から外れる。そのあとは、響の陽だまりとして、見守り続けた。

 最後は、響に笑顔を見せながら消滅した。

 

 

 

刀使ノ巫女

 

「ありがとうね。偽物でも。私と立ち合いさせてくれてありがとう。姫和ちゃんの力を見せてくれてありがとう。私を……可奈美って呼んでくれて、ありがとう」

 

・衛藤可奈美

 セイヴァーのマスター。

 処刑人のルパンが盗み出したシノビのオーパーツを追っている時にブライと遭遇。敗北してしまう。また、バングレイによる結芽、姫和など、今回は勝ち星は少なめ。

 ムー大陸では、マスターとして覚醒していない紗夜を保護するが、アブラミーの襲来と姫和との遭遇で結局はぐれてしまった。姫和と戦い、本物の彼女を救うと改めて誓った。

 

 

 

「その先は、本物の私に言ってくれ……」

 

・十条姫和

 バングレイが可奈美の記憶から呼び出した、可奈美が一番助けたい人。その素早さでウィザード、ブライ、可奈美を追い詰めるなど、実力は本物と遜色ないどころか、この世界線ではなかった、荒魂との融合態も披露した。

 最終的には可奈美に敗れるが、彼女の言葉は、可奈美に本物の姫和を助ける決心を強くした。

 

 

 

「それじゃあ、おねーさんたちに私のすごいところ見せられないじゃん」

 

・燕結芽

 バングレイが手駒として、可奈美の記憶から呼び出した刀使。本物は原作通り故人。

 原作ではS装備を付けた可奈美と互角だったが、今回は可奈美、友奈、響の三人を相手に圧倒する実力を見せる。

 友奈を下したが、流石にサンダーベルセルクとなった響と全力を出した可奈美には叶わず、二人の必殺技で倒される。

 

 

結城友奈は勇者である

 

「大丈夫。またこうして隣同士いられたんだから。私、本当はとっても嬉しかったんだよ? だから、きっと大丈夫。私も、少ししたら、もう離さないから」

 

・結城友奈

 セイヴァーのサーヴァント。

 可奈美と同じく、処刑人ルパンの件から、ムーの遺産に関わっていく。聖杯への願いは「勇者部のみんなと一緒にいられること」

 記憶からバーテックスを呼び起こされたり、美森と再会したりと、バングレイと直接の対面は少なくとも、彼の能力に大きく振りまわされる。

 最終的には美森と戦うことになり、聖杯戦争が終わったあと、彼女とずっと一緒にいることを約束した。

 

 

 

「友奈ちゃん……うん。待ってるから……もう二度と……置いて行かないで」

 

・東郷美森

 バングレイが友奈の記憶から作り上げた親友。

生前のころからあった友奈への強い依存の上、友奈がいた世界を滅ぼしてしまったという罪悪感からさらにこじれてしまった。

 ムー大陸では謎のサーヴァントに追い詰められる友奈を助けるが、その後戦闘に。

 聖杯戦争の後、ずっと一緒にいると約束をしてもらって、置いて行かないでと願いながら消滅した。

 

 

 

仮面ライダー龍騎

 

「……俺の願いは、戦いなんて終わらせたい。サーヴァントの一人として、叶えたい願いがそれなんだ」

 

・城戸真司/仮面ライダー龍騎

 セイヴァーのサーヴァント。

 バイト先の店長に色々と尻に敷かれている模様。今はサーヴァントというよりも、ジャーナリストを目指してお金を貯めるフリーターとしての側面が強い。

 クリスマスマーケットで、店長の知り合いの手伝いに駆り出され、可奈美たちと合流。だが響の名前は憶えていなかった。

 ブラジラやフェニックスと、強い敵と戦うが、クリスマスでの決戦以外は持ちこたえている。

 ムー大陸では、ほむらとソロの戦いを止めるために、自らの体をドラグレッダーに焼かせてでもという無茶を行った。

 

 

 

魔法少女まどか☆マギカ

 

「私はずっと一人で戦ってきた。今更どうってことないわ。分かったら退きなさい」

 

・暁美ほむら

 キャスターのマスター。

 キャスターより聞いたオーパーツの情報をもとに、力を得ようとダイナソーのオーパーツを狙う。しかし、逆に体に取り込まれてファイア・ダイナソーとして暴走した。

 ムー大陸では、ムー人のコールドスリープの現場を訪れ、ソロとも遭遇した。

 

 

 

「まあ、そのうちアンタとはひと悶着あるかもね?」

 

・美樹さやか/マーメイド

 二章で絶望し、ファントムになった美樹さやか。

 聖杯戦争の参加者が全員ムー大陸に移動した時、地上に残っていたため、ムーの怪物たちを倒すために一人奔走していた。また、人々が絶望から立ち直るきっかけにもなっている、ファントムとしては異端の存在。

 ある意味今回のMVP。

 

 

 

・鹿目まどか

 見滝原中学の二年生。

 クリスマス会で合流。

 ムー大陸の怪物たちが暴れる時、人々を元気付けようとした。

 

 

 

『結局は閉鎖空間の中で戦う。見滝原であろうと、ムー大陸であろうと。そこに、何も問題ないじゃないか』

 

・キュゥべえ

 聖杯戦争の監視役の一人。

 会場が見滝原からムー大陸に移ったのは予想外だったが、あまり気にしていない。

 淡々と説明だけしていって、残りの処理を全てコエムシに押し付けた。

 

 

 

???

 

「……ワイン。もらっても?」

 

・???

 

 キャスターのサーヴァント。

 ムー大陸のことを知っており、実際彼女がオーパーツに触れても暴走しなかった。

 バングレイ同様、博物館のベルセルクの剣を狙っていたが、強奪に失敗した。

 その後、ほむらとともに見滝原遺跡のダイナソーのオーパーツを手に入れようとするが、ブライの妨害に遭うが、なんとか入手に成功する。

 その後、ブラジラとの戦いで出し抜かれてしまい、ダイナソーのオーパーツを奪われてしまった。

 

流星のロックマン

 

「オレが、たった一人だからだ。オレが、たった一人(独り)残された……ムーの生き残りだからだ!」

 

・ソロ/ブライ

 ムー大陸の生き残り。

 マスターとして聖杯戦争に参加しているが、群れることを嫌い、令呪を自らのマークに変更し、サーヴァントなしで生き残る道を選ぶ。

 ルパンと戦うセイヴァー組の前に現れ、ルパンを下し、オーパーツを奪い取る。その後、ムーにゆかりのある遺跡でハルト、コウスケ、キャスター組と戦う。

 その後、ブラジラにオーパーツを奪われた上、ムー大陸でもブラジラにより重傷を負ったが、その後彼にトドメを刺した。

 

 

 

ご注文はうさぎですか?

 

・保登心愛

 ラビットハウスの居候。

 クリスマスマーケットだったり、クリスマス明けだったりで、何かと騒動に巻き込まれることは多かった。

 

・香風智乃

 ラビットハウスの看板娘。

 人々が勇気付けられた時、響へ真っ先にその言葉を伝えた。

 

 

 

・桐間紗路

・宇治松千夜

 チノとココアの友人。

 クリスマス会に登場した。今回がハルトたちと初対面。

 

 

 

・青山ブルーマウンテン

ハルトに、博物館のチケットを手渡す。彼女がいなければ、響がベルセルクの剣を入手することもなく、響がサンダーベルセルク、強いてはトライブキングに変身することもなかった。つまり、世界を救ったのは彼女。

 

 

 

・手々座理世

 冬休みということで、留学先から一時的に帰国。

 かつてバイトしていた時のように、ラビットハウスを手伝っていた。

 あろうことか父親がシノビのオーパーツを購入していたせいで、可奈美と友奈がオーパーツ争奪戦に巻き込まれる遠因となってしまった。

 クリスマスの時、ブラジラに襲われ、その時ハルトに助けられたのを恩に感じており、またムー大陸出現時に彼を頼ろうとした。

 その後、留学先に戻るが、その際改めて、ハルトにココアたちのことを守るように頼んだ。

 

 

 

動物戦隊ジュウオウジャー

 

「お前も! ベルセルクも! 聖杯戦争の参加者も! この星の人間全員も! この俺の獲物以上の価値なんてねえんだよ!」

・巨獣ハンターバングレイ

ラ・ムーを狩りに地球へ来訪した異星人。絆や繋がりを侮蔑している、今回のメインヴィラン。口癖は「バリ」

登場早々にベルセルクの剣を奪おうと、ウィザード、響、キャスターと戦う。

その後も気まぐれに狩りと称して人を襲ったり、オーパーツを奪おうと暗躍したりと悪逆の限りを尽くす。結果、三つのオーパーツを揃え、ムー大陸を復活させた。

元来ムー大陸でラ・ムーを狩ることが目的だったが、ラ・ムーの力を知り、ムー大陸を人間狩りの場所として、地球を人間の牧場にしようと画策した。

その後、ムー大陸でウィザード、ビースト、リゲルとの交戦でも常に優位に立ち、さらにはハルトをあと一歩まで追い詰めるが、生身のハルトの想定外の力に敗れる。

最期は、ブラジラに文字通り手を切られてしまい、恨みを吐きながら切り殺されてしまった。全てを自らの狩りの道具として使ってきた彼が、道具の常の裏切りにより全てを失ってしまう因果応報の結末となってしまった。

 

 

 

天装戦隊ゴセイジャー

 

「貴様がムーをコントロールするより、私が行った方が効率がいい」

 

・救星主のブラジラ

 

 オリジナルクラス、エンジェルのサーヴァント。

 相手を見下したような言動を取り、マスターであるバングレイのことも内心では見下している。

 龍騎やフェニックス、キャスターやウィザードといった、作中の強豪相手にも引けを取らない実力を持つ。

 原作同様、手を組んだ相手は裏切る。追い詰められたバングレイとは文字通り手を切り、効率の一点の理由で始末した。その後、ラ・ムーと融合し、ムー大陸を地球の核にぶつける地球救星計画を遂行しようとしたが、響のトライブキングへの変身により阻まれる。

 

 

 

Z/X

 

「私たちは敵同士よ。どうして呼び合う必要があるの?」

 

・ソードスナイパー・リゲル

 ガンナーのサーヴァント。参戦派ではあるが、ムー大陸からの脱出のためにハルトたちに協力した。

 情報分析能力に秀でており、古代文字の解読やムー大陸の危険な状態を瞬時に算出し、戦局に大きく貢献した。

 マスターは、食生活をリゲルに依存するほどずぼららしい。

 

???

 

「芸術は 爆発だ」

 

・???

 友奈の前に現れたサーヴァント。クラスは不明。

 芸術家気質で、全てを芸術として例えて語る。口癖は「うん」。

 爆発する粘土を操って、渋井丸拓雄を殺害し、友奈を追い詰めるが、美森の登場により追い詰められ、退散した。

 

 

 

Bang Dream!

 

「どうして私がこんな目に遭わなければならないのっ!? 本当に……!」

 

・氷川紗夜

 ムー大陸で、可奈美の前に現れる。サーヴァントを召喚していないどころか、聖杯戦争のことさえも知らない。

 姫和が現れたことで、危険を案じた可奈美により離れさせられ、今回はそのままフェードアウトした。

 

 

 

コロッケ!

 

「この聖杯戦争で最強のサーヴァントだ! さあ、お前ら! オレ様の最初の相手になれ!」

 

・アブラミー

 クラス不明のサーヴァント。可奈美と紗夜の前に現れる。

 可奈美と姫和の二人に足場を切り刻まれ、ムー大陸の中に落ちていった。

 

 

 

ぼくらの

 

『また苦情(クレーム)かよ! こんなことになるんだったら、俺様がマスターを見出すのやめとけばよかった!』

 

・コエムシ

 聖杯戦争監視役の一人。

 処刑人として仮面ライダールパンを召喚したが、彼が自分勝手に行動するものだから、処刑対象者に彼の始末を依頼する。

 モノクマが戦場をムー大陸に移したことで、参加者からのクレームが殺到して苦労している。ガンナーのマスターを見出したのも彼の模様。そのあとは、ムー大陸各地から寄せられる参加者の苦情の対応に追われた。

 

 

 

ダンガンロンパ

 

『これから、聖杯戦争の会場は、見滝原からムー大陸に移動しま~す! 参加者の皆様は、ムー大陸に移動するから、十秒で荷物の準備をしてね♡』

 

・モノクマ

 聖杯戦争の監視役の一人。

 暴れるバングレイをマスターに見出して、ブラジラのマスターにした。

 三つのオーパーツを揃えてムー大陸を復活させたバングレイに、聖杯戦争の場所をムー大陸に移し替える許可を出した。行動原理は一章と同じく、面白そうだから。

 ブラジラが倒されたあと、強制的に参加者を見滝原に戻したりなど、面白くなくなったらなんでも切り捨てるのは相変わらず。

 




ラ・ムー最終戦のシンフォギア1期再現はずっとやりたかったからやった。後悔はしていない。

後半に行くにつれてどんどんキャラが増えていって、まさかここまで回すのに苦労するとは思わなかったです。お付き合いいただき、ありがとうございます!
四章もお楽しみに!


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4章
プロローグ


4章スタート!
もはや見切り発車ですけど、楽しんでいただけたら幸いです


 これが夢だって分かったら、なんか気楽になった。

 夕焼けの空の下。センチメンタルな感情を呼び起こす色合いの下に、物静かな石の塊が佇んでいる。

 生来の好奇心から、その石の塊のところまで歩いてみた。

 丘の上から眺めた時は、かなりの距離があると思ったが、実際に歩いてみればそれほど遠くなく、ものの数分でその場所までたどり着けた。

 

「すごーい! 太古のロマンを感じるよ!」

 

 つい最近、太古のロマンどころか太古の超兵器と対面した気がするが、そんな記憶はどこ吹く風。両手をカメラのように組ませながら、自ら「パシャッパシャッ」と効果音を鳴らす。

 

「よ、よし! 行こう!」

 

 架空の写真撮影にも飽きて、遺跡に向かって突入する。

 入った途端、鼻腔に暖かい匂いが逡巡する。だが、阻まれることなく突き進んだ。

 やがて、最奥らしき台に到達する。

 祭壇のような台。そこには、美しい白く、細長い物が設置されていた。

 

「何? これ」

 

 暖かい光を放つそれを、恐る恐る手に取る。すると、腕を伝い、全身に温もりが走ってきた。

 

「うわあ……」

 

 目を輝かせる。

 すると、白い物より発せられた光は、どんどん祭壇に吸収されていった。やがて吸収された光は、目の前で巨大な人の形となる。

 

「……」

 

 その巨人の姿に、言葉を失った。

 光でシルエット以上の姿が見えないが、巨人は静かに自身を見下ろしている。

 

「えっと……貴方は?」

 

 その問いかけに対し、巨人は全く言葉を発さない。ただ、腰を下ろし、右手を静かに伸ばしてきた。

 

「?」

 

 どうすればいいか分からず、その手を右手で触れる。すると、持ったままの白い物体が、巨人に触れた。

 やがて巨人の体は、光となって白い物体に吸い込まれていく。

 その姿が完全に消失した後、白い物体、その持ち手部分にある青の宝石が一際の輝きを放った。

 

「これは……?」

 

 だが、その疑問に答える者は、どこにもいなかった。

 

 

 

「……さん、開店の時間ですよ、起きて下さい」

 

 その声に、徐々に意識を覚醒させていく。

 もう起床時間だと、閉じた瞼の底で意識が叫ぶ。

 だが、今は新年二日目。まだ朝早く起きるには寒すぎる。

 もう少し布団の中でくるまっていたい、と体が訴えた。

 

「あと二十分……」

 

 無意識の言い訳が口から出てきた。

 

「……さん」

 

 自分を呼ぶ声と意識が、起きろと。

 寒さと自分の体が、まだ寝ようと。

 そして。

 

 

 

「お姉ちゃんのねぼすけ」

 

 

 

 起きた。

 

「「がっ!」」

 

 自分を起こしていた銀髪の少女と額をぶつけ、互いにノックアウト。

 お互いに額を抑えながら、愛しい少女が自分を睨む。

 

「どうして目覚ましより小さな声で起きるんですか……?」

「えー、どうしてかな……?」

 

 相手の文句も、全く苦痛にならない。

 もう、夢の内容も忘れて、こう聞いた。

 

「チノちゃん。今なんて言ったの?」

「何も言ってません」




ハルト「三章後半、ほとんどアニメ紹介コーナーやってないんだよね」
可奈美「そもそも需要ないと思うけど」
ハルト「というわけで、今回も久方ぶりにやってみよう!」
可奈美「やるんだ!? それで、今日は何の紹介?」
ハルト「そもそも、どういう基準で選らんでたっけ?」
可奈美「関連あったりなかったりだよ」
ハルト「じゃあ、今回はこれだ!」
可奈美「おおっ!?」



___僕は君の翼に なれる勇気があるよ! どんな試練も怖くない その魔法があるから___



ハルト「小林さんちのメイドラゴン!」
可奈美「2017年の1月から4月に放送されたアニメだね。2021年には二期の、小林さんちのメイドラゴンSが放送決定されているよ!」
ハルト「システムエンジニアの小林さんの家に、トールっていうドラゴンがメイド姿で居候する話だよ。そこから、カンナをはじめ、色んなドラゴンたちと関わっていく話だよ。……今回可奈美ちゃんじゃなくて、真司と紹介の方がよかったんじゃないか? ドラゴン繋がり的に」
可奈美「ひどっ!」
ハルト「他にも、カンナの日常、得る間のOL日記など、外伝もある、今でも人気が根強いアニメです。……うん、こんなものだね。それでは皆様、また次回!」


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大変! お姉ちゃんが来る!

4章スタート!


「寝坊したあああああああああ!」

 

 そんな声が頭上からしてきた。

 腰に無数の指輪を付けたホルスターが特徴の青年は、「あー」と天上を見上げた。

 

「ココアちゃん、寝坊か……」

 

 松菜(まつな)ハルトは、天井を見上げて呟いた。

 

「あれ? 今日だよね? ココアちゃんのお姉さんが来るの」

 

 そうハルトへ言ったのは、カウンターの向かいで様々な物品を整理している少女だった。この喫茶店、ラビットハウスの赤い制服を着ながら、手慣れた様子で収納していく。

 黒い髪留めで一部を止めた、元気な顔が特徴の少女、衛藤可奈美(えとうかなみ)

 

「そうだよ。年賀状に来るって書いてあったらしくて。その日付が今日。あ、可奈美ちゃんそれ待って」

「え?」

 

 ハルトは、間違ったグラスを収納した可奈美を呼び止める。だが、タイミングがいけなかったのか、可奈美の手が滑り、グラスが真っ逆さまに落下した。

 

「あっ!」

『コネクト プリーズ』

「セーフ」

 

 だが、グラスが地面で透明な花を咲かせる直前で、ハルトの手が摘まみ上げていた。

 ハルトの位置は、ホールから変わっていない。その腕が突っ込んだ魔法陣、その先が可奈美の足元に繋がり、グラスの命を救ったのだ。

 

「あ、ありがとハルトさん……」

「危ない……気を付けてよ、可奈美ちゃん」

 

 ハルトが魔法陣から腕を引っ張り出す。すると、魔法陣を通じて、グラスがハルトの手に現れた。

 まだ上の階からドタバタと忙しない音が聞こえてきた。

 ハルトと可奈美は顔を合わせ、噴き出す。

 

「ココアちゃんが降りてくるまで少しかかりそうだし、手伝うよ」

「え? そんな悪いよ。ハルトさん、今日シフト入ってないのに」

「いいよ。どうせココアちゃんが来るまで暇だし。それになにより、やっぱり可奈美ちゃんに整理をお願いする方が不安だし」

 

 そういいながら、私服ながらもハルトはカウンターの奥に入った。

 可奈美はショックを受けた表情をする。

 

「私そんなにひどい!? 結構ここの仕事も慣れてきたと思ったのに!」

「ひどいひどい。可奈美ちゃん、きちんと整理している人は、ベッドの上に刀なんか置かないよ」

「うっ……だって……」

 

 可奈美が上目遣いで見つめてくる。厳しい指摘をするのに少し抵抗を感じて……

 

「最近、千鳥を握ってないと眠れないんだもん……」

「うん、その感覚は絶対におかしい」

 

 ハルトは思いっきりの指摘をした。

 可奈美が「ひーん!」と悲鳴を上げたが、そのすべてをハルトは無視した。

 

「えっと……それで、何の指示受けてんの?」

「皿洗いと整理だよ。皿洗いは大体終わったんだけど」

「じゃあ、整理の方は俺が手伝うよ。えっと、これは……」

 

 ハルトは、店の備品を一つ一つ確かめながら、定められている棚に収納していく。

 やがて、ほとんどのものを綺麗に収納してから、ハルトはぼそりと呟いた。

 

「……妹か……」

「ハルトさん?」

 

 思わずに動きを止めてしまったハルト。可奈美が肩を叩き、我に返る。

 

「どうしたの? ハルトさん」

「あ、いや……ほら、ココアちゃんって、つまり妹ってことでしょ? なんか、思い出しちゃって」

「思い出す?」

 

 可奈美が目を丸くした。頷いたハルトへ、可奈美は続ける。

 

「ハルトさん、妹いるの?」

「ああ……まあ、何て言うか……そういう可奈美ちゃんは、一人っ子だっけ?」

「私はお兄ちゃんがいるよ。だから、私も妹だね」

 

 可奈美はにっこりとほほ笑んだ。

 

「可奈美ちゃんも……妹?」

 

 ハルトは目を白黒させた。

 

「普段刀刀ばっかり言ってて、お人形遊びよりも剣遊びの方が喜びそうな可奈美ちゃんが妹?」

「ハルトさん今日はいつも以上に私にひどいっ!」

「お兄さんの苦労がうかがえるなあって」

「私そんなに手間のかかる子じゃなかったよ」

 

 可奈美が頬を膨らませる。

 

「それに、剣はいつもお母さんに鍛えてもらってたから」

「お母さんも剣バカなんだ……」

「うわあああああ!」

 

 すると、そのタイミングでどんがらがっしゃーんと、ギャグのような音が年季の入った店内に響いた。

 発生源の方___ホールの出口から続く、階段の方を見れば、そこには転げ落ちて足を大きく広げた少女の姿があった。

 

「うーん……」

 

 少女は、漫画のように目をグルグルと回していた。

 

「おーい、ココアちゃん。大丈夫?」

 

 額を床に押し付ける少女はハルトの声に顔を上げた。腫れた額を笑顔で誤魔化しながら、少女は足元を見下ろす。

 

「わ、わわわ! 荷物がめちゃめちゃに!」

 

 落ち着きのなく両手を振り回す少女。栗毛の髪と桜の髪飾りが特徴的な少女、保登心愛(ココア)は、散乱した荷物を一つ一つかき集め始めた。

 

「あらあらあらあら……」

 

 ハルトは彼女のスマホを拾い上げながらそんな声を上げた。

 

「しっかりしてよ。今日お姉ちゃん来るんでしょ?」

「うえーん……ごめーん」

「おお、韻踏んだ謝り方だね」

「うう……」

 

 ココアは涙ぐみながら、白い棒を拾い上げる。あまり少女の持ちものとしては似合わないそれに、ハルトも思わず首をかしげた。

 

「ココアちゃん、それは?」

「え? 何だろこれ……? 私、こんなの持ってたかな?」

 

 ココアもまた、同じように白い棒をグルグルと見渡す。だが、覚えがないのか、やはり芳しい反応を示さない。

 

「そもそも、この荷物何? どこに行くの?」

 

 可奈美が拾い上げたポーチをココアに返しながら尋ねる。

 ココアは「だって~」と前置きを置き、

 

「もう十一時だよ? お姉ちゃんが来ていたら、真っ先に私のところに来るはずだもん。……寝坊してるところには来てほしくないけど。だから、きっと迷子になってるんだよ」

「携帯に連絡したら?」

「お姉ちゃんスマホ持ってないから……」

「今時珍しいね」

 

 ハルトは頷いた。

 

「それで、逆にこっちが迎えに行こうと」

「うん。地図も書いたけど、もしかしたら迷ってるんじゃ……」

 

 ココアの顔がどんどん青くなっていく。

 ハルトは苦笑する。

 

「少しは落ち着いたら?」

「でも……」

「そうだよ。ココアちゃんのお姉ちゃんが見たいのは、しっかりと仕事をしているココアちゃんなんだから」

「さっきまで配置をガッツリ間違えた可奈美ちゃんが言うと説得力あるな」

「っ!」

 

 可奈美の笑顔が固まった。

 だが、彼女の言葉だけではココアは安心しなかった。

 逆に荷物を急いでまとめ、叫んだ。

 

「やっぱり私、お姉ちゃんを迎えに行ってくる!」

 

 ハルトと可奈美が止める間もなく、ココアは店を飛び出していった。

 

「あ、ココアちゃん!?」

「行っちゃったね……」

 

 ココアが去って、がらんと戻った入口を眺めながらハルトは呟いた。

 可奈美が頷いたタイミングで、再び呼び鈴が鳴る。

 

「あ、可奈美ちゃん」

「いらっしゃいま……あれ?」

「ただいま戻りました」

 

 そう言ってラビットハウスに入ってきたのは、小学生とも見紛う、小さい少女。銀色の髪の上に乗せたアンゴラウサギが目を引く彼女は、防寒具をしっかりと身にまといながら、胸元に買い出しの豆類を抱えている。

 

「お帰り。チノちゃん」

 

 可奈美がにっこりとほほ笑む。

 笑顔を浮かべた少女、香風チノは、会釈してそのまま歩く。

 ハルトは彼女の前に屈み、荷物を受け取ろうとする。

 

「あ、それ俺が持つよ」

「いえ、大丈夫です。立派なバリスタになるためにも、最後までやらせてください」

 

 そう宣言したチノは、そのまま店の奥へ向かっていった。振り向きざま、チノは尋ねる。

 

「そういえばさっき、ココアさんが走って出ていくのを見ました。何かありましたか?」

「ああ。お姉さんを迎えに行くらしいよ」

 

 ハルトがそう言った瞬間、ポケットから音が鳴った。

 ハルトのスマホ。取り出すとそこには、ココアが「可愛いウサギがいたよ!」と写真付きのメッセージが。

 

「おい、姉はどうした!?」

「でも、可愛いです……!」

 

 いつの間にか覗き込んでいたチノが目を輝かせていた。

 

「でも、これじゃ今度はココアちゃんが迷子になるってことになるんじゃない?」

 

 可奈美が呟いた。彼女のスマホにも同じ写真が送られており、真剣な声色とは逆に顔は随分と緩んでいた。

 

「迷子って……ココアちゃん、俺たちより見滝原に来るの半年早かったんでしょ? 流石に……」

 

 ハルトがそう弁明しているうちに、次々と写真が更新されていく。その周囲の風景を見れば、彼女がウサギを追って、どんどん駅から離れていくのが判る。

 ハルトは「仕方ない……」とスマホをしまった。

 

「俺が送っていくよ。見滝原中央駅に行けばいいでしょ?」

「多分ね」

 

 可奈美の言葉を聞いて、ハルトは上の自室よりヘルメットを取ってくる。

 そのままラビットハウスの入り口に手をかけて、言った。

 

「それじゃ。行ってくるね」

「いってらー」

「お気をつけて」

 

 可奈美とチノの言葉を背に受けながら、ハルトは店を出た。

 ヘルメットを被りながら、ラビットハウスの裏手に止めてあるバイク、マシンウィンガーに跨る。

 

「さてと。写真によれば……こっちに行けば、ココアちゃんに追いつくかな」

 

 ハルトはそう言いながらアクセルを入れた。

 その時。

 

「_______!」

 

 まさに今進もうとした瞬間、赤い鳥がハルトの眼前に現れる。

 プラスチック製の体を、ハルトが「ガルーダ?」と認識する。

 

「________!」

 

 ガルーダは、興奮したように騒ぎ立てる。

 その様子を見たハルトは、少しげんなりした様子で項垂れた。

 

「新年早々、ファントムか……」

 

 ハルトはマシンウィンガーの方角を別に切り替える。見滝原中央駅の方角でもココアの写真がある方向でもなく、ガルーダが導く方向へ。

 ココアやチノの知らない、ハルトのもう一つの顔が、その腰で光を反射した。




真司「餃子出来たぜ!」
友奈「わーい! 真司さんの餃子大好き!」
真司「今年の目標は、聖杯戦争を終わらせること! というわけで、景気づけにジャンジャン食え!」
友奈「ラジャー! いただきます!」
真司「よしよし! それじゃあ、今日のアニメ行くぜ!」



___ねぇ どれだけ離れているのかな? キミの温もり 思い出しているよ___



真司「ヒナまつり! あ、友奈ちゃん。これ、この前店長からもらった賄のイクラ」
友奈「わーい!」
真司「放送してたのは、2018年の4月から6月! 若手ヤクザの新田が、超能力者のヒナと出会って始まるギャグアニメだぜ!」
友奈「イクラ……!」
真司「苦労人の瞳ちゃんとか、貧乏でも豊かなアンズとか、色々と笑って泣ける話だぜ!」
友奈「見たらきっとイクラが食べたくなるよ! 真司さん、おかわり!」
真司「おう! って、俺の餃子よりイクラばっかり食われてる!」


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銀から赤へ

仕事の都合とはいえ、二日連続高速道路はやばいって……
ほとんど動いていないのに、全身が疲れた……


「さあ、人間ども! 絶望してファントムを生み出せ!」

 

 その言葉を、これまでハルトは何回聞いてきただろう。

 逃げる人の波に逆らいながら、ハルトは思った。

 見滝原、その木組みの街と呼ばれる地区の一角にある商店街。

 狭い車道が乗り捨てられた車で渋滞になっており、その合間を人々が逃げ惑う。

 そして、その先にその姿はあった。

 

「ファントム……!」

 

 背中から金管楽器のような部位を生やしながら、大声を上げる騎士のような異形。ファントムと呼ばれる、人の絶望から生まれた魔人。人を絶望させ、同じファントムを増やそうとしている。

 ハルトはヘルメットを脱ぎ、マシンウィンガーを停める。そのまま、人々の波に逆らって、ファントムへ駆けつけた。

 すると、ファントムは逃げる人々とは逆に向かってくるハルトの存在に気付き、鼻で笑った。

 

「人間……不用心だな。わざわざ絶望しに来たか!」

 

 そのままファントムは、ハルトへ背中の砲台から光弾を放った。

 乗り捨てられた車に命中、爆発していくが、その爆風に煽られながら、ハルトはファントムの腰にしがみつく。

 

「貴様っ!」

「捕まえた!」

 

 ハルトはそのままファントムを、商店街のメインストリートから外へ押し出していく。

 

「離れろ人間!」

 

 ファントムに押し流され、ハルトは地面を転がる。

 

「貴様、いい度胸だ。絶望してファントムにしてやろう」

 

 だがハルトはそれを無視しながら、腰のホルスターから指輪を取り出す。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 指輪を腰に当てると、その音声とともに、ベルトが変わっていく。安いゴムのベルトから、銀で出来たベルトへ。

 

「悪いけど、あんまり長々と遊んでいる時間はないんだ」

 

 ハルトはベルトの端にあるつまみを動かす。すると、ベルトの中心にある手のひらのオブジェが、つまみに応じて動く。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「だからさっさと終わらせる」

 

 そして、ホルスターからノールックでルビーの指輪を取り出し、左手中指に嵌める。

 その頭頂部に付けられている飾りを下ろし、それを顔のようなものにしながら告げる。

 

「変身」

『フレイム プリーズ』

 

 指輪をベルトにかざす。すると、伸ばした左腕の先に、燃えるように赤い魔法陣が出現した。

 

『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 それはゆっくりと、ハルトの体を通過していく。ハルトの体を作り変えていくそれは、ハルトから黒いローブとルビーの装飾を持つ魔法使いの降臨の合図だった。

 

「貴様、指輪の魔法使いか!」

 

 ファントムが剣でハルト___今はウィザードと呼ばれる存在___を指す。

 それに対し、ウィザードは別の指輪を右手に入れた。そのままベルトを再度操作し、手のひらの向きを逆にする。

 

『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』

「知ってもらえて光栄だね」

 

 ウィザードはそのまま指輪をベルトにかざす。すると、指輪に内包された情報がベルトに読み込まれ、魔法となる。

 

『コネクト プリーズ』

 

 すると、ウィザードの右手のすぐそばに赤い魔法陣が出現した。

 手を突っ込むと、あたかも魔法陣は収納箱だったかのように、銀の銃を吐き出した。ウィザードのベルトと同じ手のオブジェがついたそれは、ウィザーソードガンと呼ばれる銃剣である。

 ウィザードはその銃口を向けながら言った。

 

「すぐに終わらせるよ」

「ぬかせ!」

 

 その挑発に対し、ファントムは盾を構えながら突撃してくる。

 盾を持っているのもあって、ソードガンの発砲は通じない。

 

「だったら……!」

 

 ウィザードは、腰のホルスターから別の指輪を取り出した。同じようにベルトを操作して、読み込ませる。

 

『ビック プリーズ』

 

 同じように発生した魔法陣に、ウィザードが手を入れる。すると、本来のものとは何倍の大きさとなった腕が、ファントムの体を弾き飛ばした。

 

「ぬあっ!」

 

 地面を転がったファントムへ、再びウィザードは指輪を入れようとする。

 だが、起き上がったファントムが「させるか!」と、背中の射出口より光弾を発射した。

 紫色のそれは、容赦なくウィザードの足場を爆発させた。

 だが、命中する前、ウィザードはすでに指輪を発動させていた。それは、これまで使っていた魔法行使の指輪ではなく、形態変化の魔法。

 

『ランド プリーズ ドッドッ ド ド ド ドンッドンッ ドッドッドン』

 

 爆風が晴れた時、すでにルビーのウィザードは、トパーズへと変化、さらにその前には巨大な土壁がその攻撃を防いでいた。

 

「何っ!?」

「言ったでしょ。速攻で終わらせるって」

 

 ウィザードはさらに指輪を入れ替える。

 

「新しい指輪。使わせてもらうよ」

『ドリル プリーズ』

 

 ウィザードはその場で回転する。すると、魔法の名前の通り、ウィザードはドリルとなり、地面へ沈んでいった。

 

「な、何!?」

 

 いなくなったウィザードの姿を探して、ファントムが周囲を警戒する。

 だが、探すよりも先に答えは現れる。ファントムの背後に現れたウィザードは、回転蹴りでファントムを打ち倒す。

 

「これで、終わらせるよ」

 

 ウィザードはそう言いながら、新しい指輪に手を伸ばした。

 だがその瞬間、ファントムの言葉をウィザードは聞き逃してしまった。

 

「勝機発見……! 不用心だな……」

 

 

 

「ハルトさん……?」

 

 怪物に単身で挑んでいったハルトを探して、人がいなくなった街をココアは走っていた。

 姉を迎えに行こうとしたら、ウサギに遭遇。ついつい追いかけてしまった矢先で、怪物騒ぎに遭遇。逃げるとき、見覚えのある人影が怪物へ立ち向かっていくのを目撃した。

 非現実的な怪物に襲われるのも三回目になる。そんな慣れを覚えてしまっている自分に驚きながら、ココアは見慣れた長身の姿を探した。

 その時。

 

「動くな!」

 

 そんなドスの利いた声が、ココアの注意を引いた。見れば、少し離れた道路に、騎士の姿をした怪物がいた。盾も半壊し、姿も傷ついているが、そんな彼に哀れみを抱けなかったのは、彼の左腕に小さな女の子が捕まっているからだった。

 

「お前……!」

 

 そして、怪物と向かい合うもう一つの異形。黒いローブに、トパーズのような装飾。魔法使いのような風貌の人がそこにいた。

 だが、彼は少女を見ながら、動けないようだった。体を前に進めては、少女の姿をみてまた元に戻している。

 

「少しでも動いたら、この人間が絶望どころじゃない目にあうぞ?」

 

 怪物が少女の頬に剣を当てる。鋭い刃が、彼女の柔肌を傷つける。

 

「おっと、動くなと言っているだろ!」

 

 怪物がそう叫びながら、背中の砲台より光弾を発射する。

 腰のホルスターへ手を伸ばそうとしていた魔法使いは、それに対して防御できずに被弾、弾き飛ばされた。

 

「不用心だな。……まさか、このガキゲートだったりしないか? それなら、絶望したらファントムも増えるから一石二鳥だ」

「させるか……!」

 

 魔法使いが唇を噛むが、怪物は光弾での攻撃を怠らない。どんどんダメージが蓄積され、魔法使いの姿は乗り捨てられた車の向こうに見えなくなってしまった。

 邪魔者を消した怪物は、そのまま少女を自身の顔と同じ程度の高さへ持ち上げる。恐怖でおびえる少女の顔が、ココアからもよく見えた。

 

「さあ、お前を助ける者はもういない。絶望してファントムを生み出せ!」

「いけない!」

 

 気付いた時にはもう、ココアは駆け出していた。

 何ができるかなど分からない。だが、あの少女を助けるために動かなくてはと、体が勝手に動いていた。

 そして。

 何がそうさせたのか。

 ポーチの中にある、白い棒。それを取り出し、まるで刀を鞘から引き抜くように、それを抜く。

 淡い光を放つそれは、ココアの姿を包み、みるみるうちにその姿を変えていった。

 そして、その光の中、ココアの意識はだんだん薄れていった。

 

 

 

「ぬおっ!」

 

 そんな声が、ファントムから聞こえてきた。

 変身を解除されたハルトは起き上がり、現状確認のために再びファントムと対峙したところに戻ってきた。

 そして、言葉を失った。

 

「……え?」

 

 そこにいたのは、銀。

 銀の異形が、裏拳でファントムの顔面を殴り飛ばし、人質となっていた少女を抱えているところだった。

 彼(?)はそのまま少女を下ろし、そのまま彼女が逃げ去るのを見送る。そして、ファントムと向かい合うと同時に、その顔をこちらに見せてくれた。

 

「人間……じゃない……!」

 

 それは、人間といえる姿ではなかった。人類と同じように、円形に近い顔に目、鼻、口はあるのだが、目は白のみで瞳孔もなく、表情も石像のように固定されている。グレーの体色のボディのところどころに赤い装飾がされており、無言のまま、それは格闘ポーズをファントムへ向けた。

 

「貴様、何物だ!?」

 

 怒り心頭のファントムが怒鳴る。しかし、銀は答えることなく、ファントムへ挑みかかった。

 

「小癪な!」

 

 ファントムの砲台より放たれた光弾。それは、銀に命中し、的確なダメージを与えていく。

 だが、銀は全く痛がる様子を見せない。全身に力を込めて踏ん張っていた。

 そして、銀は胸元へ手を握る。

 そして、その手を大きく振ると同時に、その姿が赤く変わっていく。もはや銀と形容できないほどに赤の比率が増した彼は、さらに次の動きに入る。

 右手に装着された、アンクレットが灯す緑の光。それを天に高く突き上げると、そこから現れた光の雨とともに、あたかも空間のように光が形成されていく。

 やがてドーム状に降りていくそれは、彼とファントムの姿をハルトの前から消し去った。

 そこには、乗り捨てられた車の他、何も残る物はなかった。

 

「消えた……!」

 

 ハルトは、ただその事実を茫然と呟くほかなかった。

 

 

 

「な、何だここは……!?」

 

 ファントム、スプリガンは驚いていた。

 街で人々を絶望させようとしていたのに、魔法使いどころか、謎の銀の人物の妨害により、計画が全て破綻してしまった。

 それだけならばまだしも、この銀___今は赤___の人物の仕業か、今いる空間は、先ほどまで暴れていた空間でさえない。彼が発した光により、現在地が赤土色の地面、オーロラのような空の世界になっていたのだ。

 

「ええい、貴様、一体何をした!?」

 

 だが、赤がそれに応えるはずもない。掛け声とともに、この敵はスプリガンへ襲い掛かってきた。

 

「不用心だな!」

 

 スプリガンは、再生成した盾で赤の拳を防ぎ、逆に剣で応戦する。

 赤はそれを防御するが、所詮素手。やがて武器を持つスプリガンには旗色が悪くなり、やがてスプリガンの剣の前に体が引き裂かれていく。

 

「食らえ!」

 

 スプリガンの光弾。それは、赤を周囲の空間ごと爆撃していく。

 だが、少し後ずさった赤は、両手を真っすぐ天へ伸ばす。それを胸元で何かを形作る動きをして、地面を指さす。

 すると、地面から突風が吹き荒れる。やがて赤土色の成分が混じったそれは竜巻となり、赤の動きに呼応しながらスプリガンを襲う。

 

「な、何だこれは!?」

 

 スプリガンは盾で防御しようとする。だが、風という形のない攻撃に対し、盾は無力だった。吹き飛んだ盾を見送りながら、スプリガンの体はネジのように赤土へ下半身を埋まらせていった。

 

「う、動けない……」

 

 さらに、それは赤に対して完全なる無防備だった。

 例え動作の大きい動きにしても、スプリガンに抵抗の術がないことを意味していた。

 

 

 

 赤は、左手を、次に右手を腰の前に突き出す。交差させた両手から、電子のような光が溢れた。

 両腕の間に走る電撃を走らせたまま、肩の高さまで持ち上げる。

 次に、赤はその両腕を伸ばし、高く掲げた。両腕に走る電光が、これまでとは比にならないほどの光量となる。

 人間なら、直視できない光量。それを両腕に集約させた赤は、両腕をL字に組んだポーズをする。すると、その縦にした部分より、眩いほどの光のエネルギーが発射された。

 

「ま、まずい!」

 

 防御を最優先と判断したのであろう。スプリガンは、再生成した盾を使い、それを防ごうとした。

 光線が盾に命中。だが、連続的な光の前では盾など役に立たず、即座に崩壊、光の奔流はスプリガンに炸裂、そのまま貫通した。

 

「がはっ!」

 

 体を貫かれたスプリガンの体は、徐々に青くなっていく。

 やがて、体の力が抜けたスプリガンは、そのまま倒れ、爆発。赤土色の空間の中で、分子の一つさえも残さずに消滅していった。

 

 

 

 空間が波打つ。

 

「今度はなんだ!?」

 

 超自然的な現象に、ハルトは身構える。

 やがて、垂直になった水面のように、空間は破裂。

 その中から、例の赤い人影が現れた。

 

「……」

 

 ハルトは少し黙って見つめていたが、やがて赤がこちらに視線を合わせたため、彼に駆け寄る。

 

「ふぁ、ファントムは?」

 

 その問に対し、彼は静かに頷くだけだった。

 ハルトは唇をきっと結び、さらに問い詰める。

 

「アンタ、一体何者なんだ? まさか……」

 

 ハルトは彼の肩を掴む。

 

「聖杯戦争の、参加者なのか!?」

 

 だが、赤はそれには答えない。ハルトの手を取り払い、空を見上げる。

 そして。

 

「ま、待て!」

 

 赤はそのまま、両手を真っすぐ伸ばして空へ飛んでいった。

 戦闘機もかくやというスピード。あっという間に空の点となり、見えなくなった赤を睨み、ハルトはため息をついた。

 

「アイツ……一体何者なんだ?」

 

 だが、そんなハルトの気を引いたのは、近くの物音だった。

 見れば、そっちには、見覚えのある少女の姿があった。

 

「ココアちゃん!」

 

 うつ伏せに倒れ、息も絶え絶えになっているココアの姿だった。

 




コウスケ「……」
響「……さん! コウスケさん!」
コウスケ「ハッ! 目を開けたまま寝てた!」
響「大学大変だね……あ、焼き鳥美味しい」
コウスケ「こいついっつも焼き鳥食ってんな……大変だぜ。ムーのうんたらかんたらのせいで教授も熱中してたからな。レポート課題が毎日のように出てくるんだよ……」
響「へー」
コウスケ「他の授業だってあんのに……なあ、響。少し手伝ってくれねえか?」
響「何すればいいの?」
コウスケ「この参考書の付箋のページにマーカー付けしてある単語を、なんとなくレポートっぽくまとめてくれ」
響「……」←目グルグル
響「わたし、高校生ってこと忘れられてるよ絶対!」
コウスケ「お前高校生だったの!?」
響「今をときめく現役JKですよ私! あ、そろそろ今回のアニメ、どうぞ!」



___だって だって 怖いの。 ふにゃって しちゃって 困るの___



コウスケ「くまみこ! って、俺たちの知り合いに巫女っていなかったか?」
響「可奈美ちゃんと友奈ちゃんが原作だと巫女って呼ばれてる気がする」
コウスケ「放送期間は2016年の4月から6月だぜ」
響「田舎の女の子、雨宿(あまどり)まちちゃんが、熊と一緒に暮らしていく日常コメディ……熊!?」
コウスケ「ああ。熊だ」
響「熊って……喋るんだ……」
コウスケ「映画見て飯食って寝るだけでハチャメチャやるやつがいる世界の人間が何を言ってんだか」


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ガンナーのマスター

 呼び鈴が鳴る。

 

「いらっしゃいませ」

 

 可奈美が笑顔でそういうと、入ってきた少女は会釈をした。

 ボブカットに切りそろえた髪と、左目にあるほくろが特徴の少女。グレーのコートを羽織った彼女へ、可奈美は案内する。

 

「お好きな席へどうぞ」

 

 少女は、窓際の席へ着く。彼女へ水を出したところで、少女は「すみません」と声をかけた。

 

「はい。お決まりですか?」

 

 慣れてきた接客応対。このままなら、どんな人が来ても動じずにできそうだなと思いながら、可奈美は返す。

 だが、少女の口からは注文は出てこなかった。彼女の口から出てきたのは。

 

「松菜ハルトさんと、衛藤可奈美さんはいらっしゃいますか?」

 

 自分の名指しだった。

 薄っすらと笑みを解き、可奈美は少女を見つめた。

 

「衛藤可奈美は私ですけど……あの、どこかで会いましたか?」

 

 試合で対戦したことがあるのなら、その剣術を含めて可奈美が忘れるはずがない。そもそも、それでいてハルトの名前を引き合いに出されるなど、理由は一つしかない。

 

「もしかして……聖杯戦争の……参加者っ!」

 

 可奈美が後ずさる。

 さらに、少女は自らの右袖を捲った。そこには、彼女が聖杯戦争の参加者、マスターと呼ばれるに然る枠組みであると証明する、令呪があった。

 

「初めまして。セイヴァーのマスター、衛藤可奈美さん。ガンナー……リゲルのマスター、柏木鈴音(かしわぎれいん)です」

「ガンナーの……マスター?」

「貴女と直接会うのは初めてね」

 

 いつの間に現れたのか、ひどく冷たい声が彼女の向かい席から聞こえてきた。

 いつ入店したのか、金髪の女性がゆっくりと腰を下ろしていた。

 

「ガンナー、リゲルよ。ウィザードから私のことは聞いてるでしょ?」

「は、はい……」

 

 可奈美は頷いた。

 聖杯戦争。この見滝原で行われる、願いをかけた戦い。マスターに選ばれた参加者は、サーヴァントと呼ばれる使い魔を召喚し、最後の一組になるまで戦い続けるというものである。

 先月。年の暮れに、参加者の一人であり、宇宙人のバングレイが、古代大陸のムー大陸を復活させ、世界中を大混乱に陥れた。その際、聖杯戦争の舞台も見滝原からムー大陸へ移り、そのさいハルトが出会ったのがリゲルというサーヴァントらしい。

 言われてみれば、確かにリゲルの風貌にも見覚えがある。ムー大陸での最終決戦の際、祭壇に可奈美が駆けつけたころには、もうほとんど戦いは終わっており、その場に彼女の姿もあった。

 鈴音は続ける。

 

「先日はリゲルがお世話になったみたいなので、お礼に来ました。……松菜ハルトさんは、今はご不在みたいですけど」

「今出てて……」

 

 可奈美は、これ以上の会話に行き詰まる。

 

「えっと……確か、ガンナーって……参戦派なんだっけ?」

 

 可奈美の言葉に、リゲルは目つきを険しくした。

 

「ええ。今ここで戦ってあげてもいいわよ」

 

 ぴしゃりとしたリゲルの言葉に、可奈美は腰を落とした。

 今にも立ち上がろうとしたリゲルだが、その動きを鈴音が制する。

 

「リゲル、止めてください。可奈美さん」

 

 鈴音は立ち上がり可奈美へ頭を下げる。

 

「すみません。リゲルは参戦派ですが、私は中立派です。戦わないで、隠れてやり過ごせればと考えています。前回のムー大陸は予想外でしたが、それ以外はなるべく関わらないでいきたいです」

 

 鈴音の言葉に、可奈美は安堵の笑みを浮かべた。

 

「よかった……それじゃあ、鈴音(れいん)ちゃんとは戦わく手済むんだね」

「よかった?」

 

 その反応に、リゲルが突っかかってきた。

 

「貴女もウィザードも、本気なの? 私達は願いのために戦っているのよ? 戦わないなら、何時まで経ってもこの聖杯戦争を終わらせられないわ」

「そうだけど……」

「だったら……!」

 

 言葉に詰まる可奈美へ、業を煮やしたリゲルがその襟首をつかむ。

 

「貴女も、あずみを諦めろというの!? マスターといい、私は聖杯に願いを叶えてもらうために現界したのよ!」

 

 リゲルがそのまま机を叩く。乾いた音が、他に誰もいない店内に響いた。

 

「貴女の願いが何かは知らないけど、だったら死んでよ! 私をもう一度、あずみに合わせてよ……!」

 

 リゲルがやがて、可奈美の両肩を掴んだ。やがて、力なく項垂れる。

 

「リゲルちゃん……」

「どうして……どうしてみんな、戦ってくれないのよ……」

「リゲル、少し落ち着いてください」

 

 体が震えていくリゲルへ、鈴音が再び告げる。

 

「私は、逃げて隠れてやり過ごすと言っているんです。これから交渉するんですから、静かにしてください」

「……」

 

 リゲルは納得していない。顔を見れば、火を見るより明らかだった。

 だが、しばらくしてリゲルはため息とともに座りなおした。

 水を飲んだ鈴音は、改めて切り出す。

 

「衛藤可奈美さん。協定を結びませんか?」

「協定?」

 

 鈴音の提案に、可奈美は目を白黒させた。

 鈴音は頷き、リゲルへも目線を投げる。

 不満を隠さないリゲルだが、仕方ないとばかりに目を瞑った。

 

「私は、可奈美さんに参加者の情報を提供します。代わりに、可奈美さんは私を聖杯戦争に関わらせない」

「……っ!」

 

 リゲルが唇を噛んでいる。可奈美はそれを見ながら、返答に困り果てていた。

 

「えっと……それ、どういうこと?」

「私を戦いに巻き込まない、戦いがあった場合は私を遠ざける。その代わりに、私は可奈美さんへ多くの情報を提供します。刀使なんですよね? 暗殺でも戦闘不能でも容易くなるでしょう。悪い話ではないと思いますけど」

「……」

 

 可奈美はきっと口を結んだ。

 

「私はいいけど……でも、それって、なんで?」

「死にたくないからよ」

 

 その答えは、リゲルからだった。参戦派の彼女だが、どうやらそこだけは同意しているようだった。

 

「死にたくないから、あらゆる手段を使う。それっていけないこと?」

「そうじゃないけど……」

 

 可奈美は迷った。

 

「聖杯戦争に参加したくないなら、私は鈴音(れいん)ちゃんのことを守るよ。でも、情報のこととかは……少し、相談させてくれないかな? 私一人で決めていいことなのか、わからないから」

「そうですか……」

 

 鈴音は残念そうに項垂れた。

 

「ですが、少なくともあなたたちは、私と敵対はしないことだけは確信が持てました。それだけでも十分な収穫です」

 

 鈴音はそう言って、席を発とうとした。だが、丁度そのタイミングで、店の奥よりチノが姿を現す。

 

「なんの騒ぎですか……可奈美さん?」

 

 チノは鈴音の姿に気付き、慌てて可奈美へ声を投げる。

 

「か、可奈美さん! お客様がいるなら、オーダー取ってください!」

「あ、そうだった!」

 

 聖杯戦争の参加者ということ以前に、今の自分がウェイトレスだということを思い出す。

 可奈美は慌てて、伝票を手に「ご注文は?」と尋ねた。

 だが、リゲルは首を振る。

 

「今回はこの前の礼に来ただけよ。ウィザードがいないし、出直すからいいわ。帰るわよ。マスター」

「ホットココアを二つお願いします」

「はあ!?」

 

 オーダーをする鈴音に、リゲルは目を見開いた。

 すると、鈴音は頬杖をついた。

 

「喫茶店に来ておいて、店員を捕まえて何も頼まないのは流石にまずいですよ」

「アンタ、そんなんだから毎日家計が押されてるんじゃない……! あの大量のモニターとか必要ないでしょ!」

「情報を集めるには、目は多い方がいいんです。ハッキングで多くのカメラを手中に入れる必要があるので、欠かせません」

「だからアンタの食費が毎回貧相になってんじゃない!」

「うまい棒があれば十分です」

 

 可奈美は耳に聞こえる彼女たちの家計事情に冷や汗をかきながら、チノが用意したコップにココアを入れる。

 チノはその作業を見守りながら、可奈美に耳打ちする。

 

「可奈美さん、知り合いですか?」

「知り合いっていうか……」

 

 直接の面識はない。だが、あるとすれば。

 聖杯戦争の参加者同士で、初対面の相手ではあるけど殺し合わなくちゃいけない関係。

 

「だなんて言えるわけないよ!」

「熱っ!」

「ああ、ごめん!」

 

 可奈美がポッドを持つ手が思わず跳ね飛ぶ。すると、ホットココアの一部がチノの手に付着したのだ。

 

「だ、大丈夫チノちゃん!?」

「は、はい。それよりこれ……持って行ってください」

「う、うん」

 

 新しい容器にココアを入れ直し、鈴音たちに持っていく。

 礼を言った鈴音は、そのままココアを口に付けた。

 

「はい、リゲルちゃんも」

「……ええ」

 

 リゲルは諦めたような表情でコップを受け取った。

 だが彼女はそれを口にする前に、可奈美へ目線を投げた。

 

「貴女とウィザードは、いつもここで働いているの?」

「住み込みでね。聖杯戦争とかがよくあるから、結構抜け出してるけど」

「そう……」

 

 リゲルはそのまま、ココアを一気に飲み干す。

 

「マスター。ここでそんなに時間を無駄にする必要はないわ。早く帰るわよ。セイヴァーのマスター。お会計……」

 

 まだココアを味わっている鈴音を無視して、リゲルが訴える。

 だが、丁度その時を見計らっていたかのように、呼び鈴が鳴った。

 

「あ、ごめんリゲルちゃん。ちょっと待って。いらっしゃいませ!」

 

 中腰体勢のままのリゲルに背を向けて、可奈美は新しい来客へ応対した。

 そして。

 顔が凍り付く。

 

「え?」

 

 真っ先に可奈美の目に飛び込んできたのは、サングラス。マスクをつけた表情を覆い隠すそれは、不審者という印象を可奈美に叩き込むには十分だった。

 足元にはキャリーバックがあり、旅行者なのだと思われる。もっとも、内容物によっては運び屋という名称にもなりうる。

 

「お、お好きな席へどうぞ……」

 

 可奈美は目を白黒させながら、案内する。

不審者は店内を見渡しながら、静かに動じる。そのまま四人が見守る中、不審者は窓際の席に付いた。

 

「……可奈美さん」

 

 鈴音は頭を抱えながら言う。

 

「今回の話の答えは、また後日でいいです。それより、あれ」

「う、うん」

「え、ちょっと。だからもういいから会計……」

 

 リゲルの言葉は聞こえず、可奈美は不審者のもとへ向かう。

 背後から鈴音とリゲルの視線を浴びながら、可奈美は不審者へ話しかけた。

 

「あの、ご注文は?」

 

 不審者はしばらくメニューを見下ろしていた。やがて「うーん」と声を上げ、

 

「じゃあ、オリジナルブレンドと、ココア特製厚切りトーストを」

「かしこまりました!」

 

 可奈美は、いそいそと厨房へ戻る。チノも相槌を打って、厨房にストックしてある注文のトーストを取りに向かった。

 すぐにトーストを持ってきたチノへ、可奈美は小声で耳打ちをする。

 

「中々珍しい服装ですね……」

「今寒いからね。風邪かな?」

「芸能人とか花粉症とかもありえるじゃろ」

 

 チノの声ではない声も聞こえてきた。

 最初はチノの頭に乗ってるアンゴラウサギ、ティッピーが喋っているのかとも思ったが、これはチノ曰く腹話術らしい。

 注文のものを持っていった可奈美は、ブレンドを飲む不審者の声を聞いた。

 

「う~ん。おいしい」

 

 どうやらお気に召していただいたようで、可奈美は肩を撫で下ろした。

 カウンターの内側で待機していると、鈴音が歩み寄ってくる。

 

「このお店、色々と変わった人が来るんですね」

「お客様、ラビットハウスは初めてですか」

 

 チノが聞いた。

 すると鈴音は頷く。

 

「はい。たまに来ます」

「ありがとうございます」

 

 聖杯戦争関係が無くなっても、彼女はここに来てくれるだろうかという疑問を可奈美は押し殺す。

 その時。

 

「このパン、もちもちが足りない!」

 

 そんな尖がった声が店を貫いた。

 驚いた可奈美、チノ、そして鈴音は、立ち上がった不審者へ注目した。

 

「「お、お客様!?」」

「何なの?」

 

 リゲルも唖然とした表情で不審者を見守っている。

 不審者は、周囲の視線に構わずにキャリーバックを開けた。すると、その中からは、パック詰めされた白い粉が現れた。

 

「なにあれ?」

 

 可奈美が首を傾げる間でも、不審者の暴走は続く。

 

「私が、教えてあげる」

 

 可奈美たちへにじり寄る不審者の異様なオーラに、可奈美は後ずさった。

 

「な、何を……?」

「本物の……」

 

 不審者は勢いよく白い粉のパックを突き出した。

 

「本物のパンの味を、この小麦粉で!」

「パ、パンの味?」

 

 チノが冗談抜きで怯えている。その隣では、鈴音が「何ですか本物のパンって」と呟いていた。

 

「えっと……どう収拾すればいいんだろ……ところで、お客様は一体何者なの?」

「私?」

 

 可奈美の質問に、不審者は待ってましたとばかりに口を歪める。

 

「私は……」

 

 帽子とサングラスを同時に手に取り、不審者は___彼女は宣言した。

 

「私です!」

 

 その……栗色の長いウェーブ髪と、紫の目が特徴の女性に対し、可奈美とチノは同時に叫んだ。

 

「「本当に誰―っ!?」」

「あの……お会計……」

 

 すでにリゲルの声は、誰も聞き届けてはいなかった。




真司「そろそろ仕事始めの時期だけど、ジャンクフード店の店員の俺には関係なかった!」
友奈「新聞配達にも関係なかった!」
真司「だが、夢はでっかく! この世界でもジャーナリストになる!」
友奈「おーっ!」
真司「というわけで、初詣の縁日に来たぜ!」
友奈「ここ、まだ続いててラッキーだったね」
真司「折角だし、遊びたいけど、俺たちの家計の都合上、軍資金は五百円までだ」
友奈「世知辛い!」
真司「友奈ちゃんの楽しそうな写真で、新聞社に売り込んでやる!」
友奈「頑張れ真司さん!」
真司「というわけで、友奈ちゃんが焼きそばに並んでいる間に、今回のアニメ、どうぞ!」



___埃にまみれた絆を繋いでく 過去と未来 背中合わせの僕らは___



真司「灰と幻想のグリムガル!」
友奈「真司さん、買ってきたよ!」
真司「おお、サンキュー」
友奈「えっと、グリムガルだね。2016年の1月から3月放送だね」
真司「おお、この焼きそばうめえ! あ、記憶喪失のメンバーがいつの間にか異世界に転生していて、そこで色々と冒険していく話だぜ」
友奈「おっと奥さん、今巷で流行りのオレツエーってやつだと思う? それが違うんだよ」
真司「ファンタジー世界で定番のゴブリンとも当然戦うぜ。まあ、その結末やいきさつがどうなるかは、実際に見て見ねえと分かんねえからな? ここでは言えないぜ」
友奈「ネタバレダメ絶対! あ、綿あめも買ってきたよ」
真司「おお!」
友奈「お好み焼きにバナナチョコ!」
真司「おお! って、これもう今回の予算がなくなってる!」


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るんって来たああああああ!

ガメラ、シンフォギアコラボ!
だったら続き作ってよおおおおおおおおおおお! あのPVもう5年前ですよ!


「るんって来たあああああああ!」

 

 そんな大声に、ハルトはジャグリングのピンを掴み損ね、頭にぶつけた。

 

「痛っ!」

 

 結果、見滝原中央駅、噴水広場。

 もとより、ハルトのような大道芸人が時々集まっているらしく、ハルトの他にもぽつぽつと芸を披露する者たちがいる場所。その、駅前という絶好の大道芸スポットで失敗するという憂き目を見た。

 

「な、何だ……?」

 

 ハルトは口を尖らせながら、突然大声を上げた相手を見上げる。

 顔をぐいっと近づけてくる、目をキラキラさせた少女。紺色のチェックの上着と、水色の髪が特徴の彼女は、遠慮もなしに続ける。

 

「ねーねー! それ、どうやったの?」

「どうやったって……ジャグリングのこと?」

 

 ハルトは足元に散らばったボウリングのピンを拾いながら尋ねる。

 すると、少女は元気よく頷いた。

 

「そうそう! すっごいいっぱいやってたからね!」

「まあ、俺が用意したものだけじゃそんなにパンチないだろからね」

 

 ハルトは足元に設置したホワイトボードを見ながら言った。ハルトがコネクトの魔法で持ってきたホワイトボードには、「ジャグリングしてほしいものがあれば何でも投げ込んで下さい」と記してある。

 

「まさか自転車投げ込んでくる人がいるとは思わなかったけどね」

「見てたよ! あの自転車もグルグル回して、ほんっとうにるんって来た!」

「る、るん?」

「そうそう! お兄さんの、すっごいるんって来た!」

 

 意味不明な言葉を並べ続ける少女。彼女はさらに続ける。

 

「ねえねえ、もっと見せて! もっといろいろ見せて!」

「い、いいけど……ちょっと君、近い近い……」

 

 見知らぬ人に対しての距離感ではない。女の子がこんなことでいいのかと思いながら、ハルトは少女の肩を押して距離を取る。

 

「ねえねえ! 教えて教えて!」

「はいはいはいはい、落ち着いて落ち着いて」

 

 ハルトの言葉に、少女は動きを止めた。

 

「お、本当に止まった。犬みたいだ。よし、ちょっと犬っぽいことやってみようかな」

「ねえねえ!」

「五秒満たなかった!」

「ハルトさん!」

 

 その時、駅周辺を探し回っていたココアが駆けつけてきた。

 

「ゴメン、ハルトさん!」

 

 彼女は息を切らしながら、こちらに走ってくる。

 姉を迎えに駅まできたが、ずっと探し回っていた彼女。どうやら見つからなかったようだ。

 

「お姉ちゃん、やっぱり駅にはいないや。もしかしたら入れ違いになったの……かも……」

 

 ココアは少女の存在を認めると、徐々に声を小さくしていく。そして、指を指しながら、何やら声を出そうとした。

 だが、その前にハルトは弁明しようとする。

 

「ま、待ってココアちゃん! 何やら誤解を受けているようだけど、俺は今単純にこの子に迫られただけで! 決してココアちゃんが考えているようなやましいことでは……」

「パステルパレットの、氷川日菜だあああああああああ!」

 

 予想とは全くことなる発現に、ハルトは思わず「へ?」という声を上げた。

 

 

 

 パステルパレット。

 最近新進気鋭の、アイドルユニットらしい。

 そして、今ハルトに大道芸をねだったこの少女こそ、そのメンバーの一人、氷川日菜(ひかわひな)だという。

 

「ふーん」

「え? ハルトさん知らないの!?」

「俺がテレビ見てないの知ってるでしょ?」

 

 すると、ココアが「嘘……」と顔を真っ青にした。

 

「パスパレだよパスパレ! 今学校でも話題沸騰中で、テレビ付ければどこでも引っ張りだこのパスパレだよ!」

「だから俺見てないんだって……そもそもラビットハウスのテレビ、俺が見てるの見たことないでしょ?」

「そんな……」

 

 ココアがショックを受けている一方、当人の日菜は気にすることなく「あはは」と笑っていた。

 

(あや)ちゃんが聞いたらショックだろーなー! それより、大道芸人さん!」

「いいんだ……」

 

 ココアのツッコミを聞き流しながら、少女、日菜がハルトに詰める。

 

「もっと色々見せてよ!」

「いいけど、ちょっと待って。ココアちゃん」

 

 ハルトはココアに向き直る。

 

「どうする? お姉さん、探さなくちゃだし」

「もちろん! ここで日菜さんに、とっておきのマジックを披露するよ!」

 

 ココアがハルトの足元に落ちていたステッキを拾い上げながら宣言した。

 

「私のとっておきのマジックで、日菜さんも仰天間違いなしだよ!」

「おおっ!」

「いや、お姉さん探しに来たんでしょ!」

 

 ハルトのツッコミを聞かず、ココアはハルトへ宣言した。

 

「とうとうハルトさんと決着をつける時がきたね! 私が皆を、ハルトさん以上に笑顔にしてみせるよ!」

「俺が暇だったからってこんなところで芸を始めてしまったばっかりにこんな面倒くさいことに……」

「すごいすごい! るんって来たああああああああ!」

 

 頭を抱えるハルトとは裏腹に、この日菜という少女はどんどんテンションが上がっていく。

 

「ちょっと待ってて! お姉ちゃんを呼んでくる! お姉ちゃん!」

 

 日菜はそう言いながら、ハルトとココアに背を向けて走り出した。どんどん小さくなっていく彼女を見送り、ハルトはココアへ向き直った。

 

「いいの? あんなこと言っちゃって」

「ふっふーん。ハルトさんがラビットハウスに来たばかりのころの敗北を、私は忘れていないよ!」

 

 ココアがステッキを向けながら宣う。

 

「チノちゃんや皆が、ハルトさんの芸にばっかり受けてたからね! 今回は、私が勝たせてもらうよ!」

「それは改めて別の時にやっても良いんじゃない? お姉さん探してる今じゃなくても……」

「お待たせ!」

 

 ハルトが言いかけたところで、日菜が戻ってきた。

 彼女は、ほとんど顔が同じ少女を引っ張ってきている。

 日菜とは違い、ウェーブがかかった長い髪の少女。日菜が笑顔が似合う少女だというのなら、彼女は落ち着いた表情が似合う人物だった。

 

「ちょっと日菜……」

「お姉ちゃん、こっちこっち! すごいよ! すっごいるんって来たんだよ!」

 

 日菜は笑顔で少女___どうやら姉らしい___へハルトたちを紹介する。

 すると、日菜の姉は呆れたようにため息をつきながら、ハルトたちへ頭を下げた。

 

「すみません。日菜が迷惑をかけたみたいで」

「いえいえ。全然。私達大道芸人コンビからすれば、嬉しい限りです」

「誰がコンビなのさ誰が」

 

 ハルトのツッコミも、ココアは聞き流した。

 そして、騒ぎの原因になった日菜は、興奮しながら姉に訴える。

 

「一緒に見ようよお姉ちゃん! この人の大道芸、すっごいよ!」

「……」

 

 姉はむすっとした顔で視線を逸らす。

 

「さあ、ハルトさん! 今日こそ私の勝負、受けてもらうよ! そして、ラビットハウス1のエンターテイナーの座を返してもらうよ!」

「……ほう……」

 

 その言葉に、ハルトは思わず不敵な笑みを浮かべた。

 

「そこまで言うからには、とっておきのものを見せてくれるんだよね?」

「もちろんだよ! ハルトさんだってビックリするような奴を見せてあげる!」

 

 そこまで言われたら、ハルトも黙ることはできない。

 ハルトは「コホン」と咳払いし、

 

「えー、それでは……見滝原中央駅、噴水広場、恒例でもない大道芸対決を始めます!」

「おーっ!」

 

 日菜が拍手でハルトとココアを迎える。

 すっかり大道芸人の血が騒いでしまったハルトは、大見得を切って大衆へ語りかける。

 

「さてさて。普段は見滝原公園で色々やっている私ですが! 今回は、こちらのお嬢さまから挑戦を受けての開催になります!」

 

 見滝原公園とは違い、中央駅の人々はのんびりと足を止めたりはしない。腕時計を確認しながら駅へ駆け込むサラリーマン、メモの内容と買い物袋の中身を睨めっこしながらブツブツ呟く主婦、残り少ない冬休みを満喫させようと必死の学生たち。

 だが、それでもハルトは続けた。

 

「まずは手始めに、不慣れな挑戦者とは別に、私の手品をお一つ。お見せします」

「おおー!」

 

 目の前でしゃがんでいる日菜が拍手を送る。

 

「本当にごめんなさい……いや、これは日菜が悪いのではないのかしら……?」

 

 姉が頭を抱え始めた。ハルトは彼女がこちらを向いてくれるまで少し動きを止める。紗夜はしばらくして、続きを促すように目線を投げた。

 ハルトは右袖(・・)をまくろうとして、一瞬踏みとどまる。左袖をめくり、真冬の空の下、何も仕込んでいないことを大衆に晒す。

 

「さあさあ皆さま。この手には、タネも仕掛けもございません」

 

 日菜と、彼女の隣で立っている姉、そして道行く人々の一部が、ハルトの腕に注目する。

 十分な視線を感じたハルトは、そのまま左手で指をパチンと鳴らす。すると、その手には、どこから調達したのか、黄色の造花が握られていた。

 

「ええ!? どうやったの!?」

 

 日菜が立ち上がってハルトに問い詰める。

 だが、ハルトはそれに応えることなく続けた。

 

「さあさあ、タネも仕掛けもございません。それでは、次に彼女がどんなものができるか見せていただきましょう!」

 

 ハルトはココアを煽りながら、少しずつ離れていく。

 よし、と気合を入れたココアは、手に持ったステッキを握りながら言った。

 

「私だって! ハルトさんがここからマジックの色々するの、見てるんだから! 行っくよ~!」

「……! ココアちゃん、ちょっと待って!」

 

 異変に気付いたハルトが思わず声を上げるが、時すでに遅し。

 本来は天高く伸びていくはずのステッキは、上下を逆転に持ったココアの腹へ伸びていった。遠慮のないバネの入ったそれは、ココアに「ぶっ!」と悲鳴を上げさせ、悶絶させた。

 

「あっちゃ~……」

「あははは! なにそれ!」

 

 結局、この滑稽な奇術を楽しんでいたのは、日菜ただ一人だけだった。

 その時。

 

「お嬢さん。そこ、よろしいですか?」

 

 突如として、男性の声がココアの後ろから聞こえてきた。

 見てみると、彼女の背後に、いつやってきたのか、ピエロの姿があった。

 ピエロと言っても、肌を白く染め上げた奇天烈な恰好をした人物ではなく、普通の肌色の男である。

 彼をピエロだとハルトが感じたのは、左右を白と黒で分けた服装と、右手に持った無数の風船からの印象からだった。

 その服装は、ハルトに別の人物の姿を思い起こさせた。

 

「モノクマの擬人化?」

 

 あまり連想したくない名前を口にしながらも、ハルトはそのピエロの動きを見ていた。

 風船を片時も手放さないまま、ジャグリングをし、予め仕掛けてあったのであろうか、空中に張った紐で一輪車の綱渡りをし、大勢の注目を集めた。

 

「すごいな……あれ」

 

 ハルトが思わずつぶやいたところで、ピエロがハルトの前に着地した。ご丁寧に紐もその右手に回収しており、握られていた風船の手を放す。

 無数に空へ広がっていく白と黒の斑点模様。それは、ココア、日菜、紗夜のみならず、忙しくしているはずの人々。そして、ハルトさえも見とれていた。

 

「さあ、フィナーレです」

 

 そう宣言したピエロは、高く掲げた指を鳴らした。

 すると、見滝原中央駅の一面をモノクロカラーで染め上げた風船たちは、一斉に破裂した。

 連続する乾いた音。

 一瞬の沈黙の後、日菜をはじめ、紗夜、ココア、そして街の人々がピエロへ拍手を送った。

 ピエロはお辞儀をしたのち、ハルトへ告げた。

 

「さあ、次はそちらの番ですよ」

 

 彼の影が、ピエロ本来の物とは違うことなど、気付く余裕はなかった。

 

「……はっ!」

 

 司会進行役を買っていたこともすっかり忘れて、ハルトはココアへ言った。

 

「ココアちゃん! 今、お姉ちゃんきてたりしてない!?」

 

 だが、肝心のココアまでもが、ピエロの芸に見とれていたせいで、わざわざ見滝原中央駅まで来ていた理由が飛んでいた。

 

「忘れてたあああああ!」

 

 

 

 慌てふためく自称大道芸人の二人を、ピエロは駅のビルから見下ろしていた。

 顔に張り付けた仮面の笑顔で、二人を___正確には、革ジャンの青年を見下ろしていた。

 

「ライダーのマスター……ねえ?」

 

 張り付いた笑顔が歪む。口角が吊り上がりながら、その黒い瞳に青年、ハルトの姿を捉える。

 

「アサシン、エンジェルのマスターを倒した……さて、どう動こうか……」

 

 ピエロは胸元より、群青色のそれを取り出した。

 手のひらに収まるサイズの道具。その上部には、金色のバンドがXの字状に巻きつかれており、それを拘束していた。

 ピエロはそのまま、そのアイテムの頭頂部を叩く。すると、拘束具の封印が解かれる。棒状のそれは左右に開かれ、面の形となる。

 ピエロはそのまま、面を顔に合わせる。複雑なディティールの中、両目にあたる部分のみが開いていた。

 仮面より、群青の闇が溢れ出す。さらに、目が赤く輝き、その姿を変えていく。

 人の形こそしていれど、それは人間とは言えないものだった。

 ただ一つ。ピエロの姿をメインにしていることを除いて。

 

「もっと私を愉しませてほしいなあ……君と、君の大切な仲間たちの物語で」

 




チリーン
可奈美「いらっしゃいませ」
チノ「ココアさん、お帰りなさい」
???「い……いいえ……その、ごめんなさい……! 期待とは全く違う、私のような不出来なものが来てしまってごめんなさい!」
可奈美「わわわ! お客様!?」
チノ「あ……ごめんなさい……その……お席へ、どうぞ……」
???「あ、美少女二人が迫ってきて私に謝りながら尽くしてくれる……あばばばば……サービス料金はいくらですか……? あばーっ」
可奈美「ここそんなお店じゃないからね!?」
チノ「何だ……? この客」
???2「ごめん、遅れた! かおすちゃん!」
可奈美「いらっしゃいませ。あ、お連れ様ですか? どうぞ」
???2「ありがとう! あ、ドリップコーヒー!」
???1「すでに小夢さん、私より順応しています!」
???2「あ、注文待っている間に、紹介コーナーだよ!」
チノ「それどころかレギュラーの番まで!」


___真っ白な未来 キミと描いて 彩る世界 裸足で蹴って___



???1、2「「こみっくがーるず!」」
可奈美「2018年の4月から6月まで放送のアニメだよ。はい、ドリップコーヒーお待たせしました」
???2「わーい! やっぱり苦っ!}
???1「小夢さん!?」
???2「それより解説だね! 気弱で色々問題が多い漫画家のかおす先生と!」
???1「あばばばばばばば!」
???2「私、恋スル小夢が、漫画家さんだらけの寮で暮らしていくドタバタコメディ!」
可奈美「すごいマイペースな……」
???2「あと、琉姫ちゃんや翼ちゃんなんて、楽しい仲間たちと一緒にまたまた楽しく暮らしてます!」
可奈美「楽しそう!」
???2「でしょでしょ! そうだ、店員さんも一緒においでよ!}
???1「あばっ!?」
チノ「どうしてそうなるんですか……」
可奈美「だって、楽しそう!」
チノ「可奈美さんとこのお客、すごく……似てる……」


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ココアのお姉ちゃん

年末大掃除の時期です……
片付けが苦手な人だから、うまくできる気がしない……


「妹のココアがお世話になってます。姉のモカです」

 

 不審者は、マスクも外し、可奈美とチノ、そしてたまたまそこにいる鈴音にお辞儀をした。

 

「あ、どうも」

「ココアさんのお姉さん……こちらこそ」

 

 可奈美とチノはそれぞれ礼を返す。

 すると、居心地悪そうに、鈴音が頬をかいた。

 

「すみません、私は今日初めてきただけなので……可奈美さん、私は先に……」

「お客さん? ごめんね、ビックリさせちゃって」

 

 不審者改めモカは、鈴音の手を握る。

 

「よかったら、貴女もココアやみんなのこと、よろしくね」

「は、はあ……」

 

 鈴音が困ったように頷いた。

 

「それで、ココアは?」

 

 ココアの姉こと、モカは、きょろきょろと店内を見渡した。

 

「休憩? それとも厨房にいるのかな?」

「あ、ココアちゃんなら……」

 

 可奈美は入口を見ながら答えた。

 するとモカは、可奈美の目線であらましを悟った。

 

「そっか。ココアは、私を探しに行ったの。大丈夫だから、ラビットハウスで待っててって手紙に書いたのに」

「どこかですれ違ったのでしょうか?」

 

 チノがぼそりと呟いた。

 

「相変わらずそそっかしいなあ」

 

 モカがクスリと笑う。すると、チノが遠慮なく頷いた。

 

「あはは……」

「あなたが可奈美ちゃんでしょ? そして、チノちゃんとティッピーね。話は聞いてるよ」

「そうですか……」

「あと、君はなんて名前なの?」

 

 次にモカは、鈴音に狙いを定めた。

 鈴音は少し目を細めながら、小さな声で答える。

 

「柏木鈴音(れいん)です」

「れいんちゃん?」

 

 モカがぐいぐいと鈴音に近づく。初対面の相手の接近に、鈴音は遠慮がちに頷いた。

 

「はい。鈴の音と書いて鈴音(れいん)です」

「そうなんだ。私、しばらくこっちにいるから、またよろしくね」

「は、はい……」

 

 鈴音が戸惑っている。

 始めて来た店でこんなこと言われても困るだろうなと思いながら、可奈美はリゲルへ視線を投げる。

 リゲルは、我関せずとばかりにコーヒーを啜っている。やがて席を立ち、鈴音のもとへ歩いてきた。

 

「マスター。そろそろ行くわよ。もともと長居するつもりもなかったし、お店にも迷惑じゃないかしら」

「いえいえ、どうぞどうぞごゆっくり」

 

 可奈美が笑顔で応対する。だが、早く帰りたいと顔に書いてあるリゲルは、鈴音の袖を引っ張る。

 

「マスター」

「もう少しいましょう。もしかしたら、ウィザードや、聖杯戦争の情報も得られるかもしれません」

「私が集める情報だけで十分でしょ?」

 

 だが、鈴音は首を振った。

 

「生き残る算段は多い方がいいです。リゲル、今回は彼女たちへ接触して、情報を集めましょう」

「……」

「あなたは、鈴音ちゃんのお姉さん?」

 

 二人の会話の内容を知ってか知らずか、モカが尋ねる。リゲルは「ええ」とばつの悪い顔で返事をした。

 

「そっかそっか。これからもよろしくね」

 

 明らかにリゲルは逃げようとしている。だが、モカは彼女を逃がさないとばかりに矢継ぎ早に会話を続けていた。

 

「確かに、ココアさんに似ています」

 

 チノの声に、可奈美はモカへ目線を戻した。

 

「や、近づかないで!」

 

 リゲルは何やら恐怖を抱いているようだった。手を振り払いながらも、近づくモカから距離を持とうとする。

 やがて、捕まってしまったリゲル。英霊なのに、モカを振り払うことなく、ただギュッと抱きしめられている。

 

「は、放しなさいよ……」

「君、自分で気づいていない?」

 

 モカの言葉に、リゲルの体から力が抜けていった。それを自覚してかしていないのか、やがてモカにもたれかかっていく。

 

「何なのよ……アンタ、いきなり現れて……」

「でもね。ちょっと、放っておけなかったから」

 

 モカが、リゲルの背中を撫でる。

 

「自分でも気づいていないのかな。とても疲れた顔してるよ?」

「疲れたって……」

「難しいことは私も分からないけど、全部一人で背負うことないと思うよ?」

「うるさい……」

 

 口では反抗的だが、明らかにリゲルは傾いている。少し安心したように、動きを少なくしている。

 

「すご……」

 

 英霊であるリゲルさえも手籠めてしまう彼女の包容力に感嘆しながら、可奈美は鈴音に尋ねる。

 

「ねえ、いいの? あれ」

「いいんじゃないですか?」

 

 鈴音は無関心そうにつぶやく。

 やがて話を切り出したのは、リゲルの巻き添えに頭を撫でられていたチノだった。

 

「モカさんには、休んでもらいましょうか」

「大丈夫。ココアが帰ってくるまで、お店のお手伝いするよ」

「え? いや、でも。そこまでしてもらうわけには……」

 

 可奈美が彼女を止めようとするよりも先に、モカは行動に移った。

 右袖を捲り、ガッツポーズをするモカ。

 そして。

 

「お姉ちゃんに、任せなさい!」

 

 あたかも後光があるように、モカの全身から光が放たれる。

 それは、まさに頼れる姉オーラというべきものだろうか。

 いつも姉を自称するココアが、茶番のようだった。

 

 

 

「っ!」

 

 美味しい。

 率直に、可奈美はそういう感想を漏らした。

 

「モカさん……これ……美味しすぎて、涙が出てきました」

 

 チノもまた、その味に感激している。言葉通り、チノの目はうるうるとうるんでいた。

 

「ねえ、本当においしい! 鈴音ちゃんもそう思うよね!」

 

 隣の客席で、モカが作ったドリュールを食べている鈴音にも尋ねる可奈美。背中を向かい合わせて座っている鈴音は、もぐもぐとたべながらこちらに顔を向けた。

 

「そうですね。おいしいです」

「ふふっ。ありがとう」

 

 鈴音の称賛に、モカは笑顔で答えた。

 鈴音のテーブル席には、向かいにリゲルも着席している。半分食したドリュールを、驚きの目で見つめていた。

 

「すごいわね……あの荷物にあった小麦粉をここまでにするなんて……これが、データでは説明できない、職人技だとでもいうの……?」

「リゲルちゃん、なかなか特徴的な感想だね」

 

 可奈美のツッコミは、リゲルには聞こえていないようだった。

 

 

 

「やっぱり来てた。迎えに行く必要なかったね」

 

 ラビットハウスの窓から中をのぞきながら、ハルトはそう言った。

 可奈美、チノ。そしてなぜかいるリゲルと、見知らぬ少女が、ココアに似た女性がふるまうパンを食べているところだった。

 

「あの人がココアちゃんのお姉さんか……確かに、大人になったココアちゃんって感じがするね」

「あ………」

 

 だが、ココアにはハルトの声は明らかに聞こえていない。目を大きく見開きながら、震えた口調で言った。

 

「お姉ちゃんが、あっという間に私のお姉ちゃんとしての立場を……!」

「こ、ココアちゃん!?」

 

 今にも泣きだしそうになったココアを必死になだめようと、ハルトは思案を巡らせた。

 

「ほ、ほら! 俺は君をお姉様だと思ってるから! ほら、泣かない泣かない!」

「は……ハルトさん……」

 

 涙目を浮かべながらハルトを見上げるココア。ハルトはそのまま、彼女の肩を掴む。

 

「さあ、お姉様? いざこれから、大お姉様の謁見に参りましょう!」

「ハルトさん、言ってる言葉が、意味わかんないよ……」

 

 涙をぬぐいながらも、ようやくココアが笑ってくれた。

 ハルトはクスリと吹きながら返す。

 

「いつもウェルカムかもーんとか言ってる君がそれを言う?」

「えへへ……」

 

 その後、不審者の恰好をしたココアが、当たり前のように可奈美たちにもモカにも見破られ、姉妹の暖かい再会の傍ら、リゲルとそのマスター、鈴音は帰っていった。




ほむら「大変な問題が起こったわ。キャスター」
キャスター「?」
ほむら「私、四章の台本を受け取っていない……!」
キャスター「マスター、またそのキャラで行くんですね」
ほむら「二章といい四章といい、私の出番が少ないわ。そもそも、三章だって私の出番少ないのよ。このままでは、私がいたことなんて、読者に忘れ去られてしまうわ」
キャスター「……三章のあれはなかなか美味しい出番だったのでは?」
ほむら「キーアイテムに取り込まれて暴走した以外の出番がないのよ! それに、主人公の必死の献身で戻るならばともかく、ただの連続の力押しだったのよ」
キャスター「……ファイアダイナソーになれただけでも十分では?」
ほむら「よくない! これじゃ、ヒロインとしての立場がないわ!」
キャスター「……今日のアニメ」


___Let's go!! One more chance!! 変えてやろうこのscene 今何千何万回でも乗り越えてみせるだけ___


キャスター「ヘヴィーオブジェクト」
ほむら「何……このゴルフボールみたいな兵器は」
キャスター「オブジェクト。向こうの世界の主力兵器です」
ほむら「こんなものが役に立つの?」
キャスター「」コクッ
ほむら「ふうん……」
キャスター「放送期間は2015年の10月から翌年3月。この機械、オブジェクトによるクリーンな戦争が行われる世界です」
ほむら「メインキャラは日本人ではないのね」
キャスター「既存の国家は破綻し、それぞれが主義主張によって形成された、新しい国での戦争です。と、堅苦しい解説ですが、実際に鑑賞するときは、ポップコーンでも食べながら映画を見ている気分になるのがよろしいかと。そういうセリフも多いし」
ほむら「オブジェクト……作ってみる?」
キャスター「」本広げる
キャスター「少ない出番が……さらに減るだろう」
ほむら「前言撤回するわ」


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始業式

一章から皆勤賞なのに、出番がなさすぎて忘れ去られていそうな組がいます。


 冬休みが終わった。

 大勢の学生にとっては絶望するような事実だが、ココアにとっては胸が弾む気分だった。

 久々に袖を通した、見滝原高校の制服。足を急がせながら、ココアは学校へ向かう。

 

「あ! 千夜ちゃーん!」

 

 目前を歩く、見覚えのある黒髪へココアは声をかけた。

 振り向くとそこには、まさに大和撫子といった風貌の少女がいた。

 長い黒髪を靡かせる、可愛らしい顔付の少女。女性的な体つきの彼女は、ココアの姿を認めるとぱあっと顔を輝かせた。

 

「ココアちゃん! 久しぶり!」

「千夜ちゃああああああん!」

「ココアちゃあああああん!」

 

 ココアは、千夜と呼んだ少女へ飛び込んでいった。

 笑い声を上げながら狂ったように回転するココアと千夜。やがて落ち着き、離れた二人は互いに声を合わせて言った。

 

「「あけましておめでとう! 今年もよろしくね!」」

 

 同時ににっこりと笑顔で会話するココアと千夜。

 

「えへへ……あ、そうだ! 千夜ちゃん、今日ラビットハウスに来ない?」

「どうしたの?」

「あのね! 昨日、お姉ちゃんが来たんだよ! 千夜ちゃんも、一回会ってみようよ!」

 

 すると、千夜は口を抑えた。

 

「まあ! ココアちゃんのお姉さん? それは是非一度お会いしたいわ」

「えへへ……あ!」

 

 そのまま通学路を歩いていると、見覚えのある後ろ姿を発見する。

 黒く切り揃えられたボブカットと、金髪のツインテール。それに向かって、ココアは手を挙げながら大声を上げた。

 

「しのちゃん! アリスちゃん!」

 

 二人が振り返るよりも先に二人に抱き着く。

 一瞬驚いた顔を浮かべた二人の少女は、ココアの存在にそれぞれ笑顔になる。

 

「ココアちゃん!」

「Happy new year!」

 

 金髪の方がネイティブな新年のあいさつをする。

 ココアも笑顔で、「あけましておめでとう! 今年もよろしくね!」と返した。

 

「ココアちゃん、元気そうでよかったです」

 

 黒いボブカットの少女、大宮忍(おおみやしのぶ)。彼女は両手を胸元で組み、ニッコリとしていた。

 一方、背の低い金髪のツインテール。日本人離れした顔立ちと青い瞳から、異邦の地に生を受けたことがうかがえる。アリス・カータレットの名を持つ少女は、忍がココアと抱き合っているのを見て、頬を膨らませた。

 

「むっ……しの! ココアも! いきなり割り込んでくるなんてずるいよ!」

「だって、二人とも元気な姿が見れて嬉しいんだもん!」

 

 ココアはアリスと忍に頬ずりする。二人とも抵抗らしい抵抗もせずに、ココアになされるがままになっていった。

 

「本当、去年は大変だったよね? 二人とも大丈夫だった?」

「はい。私は、アリスの実家にお邪魔していたので」

 

 忍は、自身の頬に手を当てた。

 

「アリスのお友達のカレンって子が、本当に可愛くて。もう、お人形さんにして持って帰りたいくらいです」

「ハッ!」

 

 その言葉に、アリスが白目を浮かべた。

 

「しの!? その言葉、私にも言わなかった!?」

「金髪は正義です」

「しのちゃん、シャロちゃんにも以前暴走してたからね。さあ、今年も一年、よろしくね!」

「はい!」

 

 ココアと忍はそれぞれ手を取り合い、そのばで「あはははは」と笑い声を上げながら回転する。

 

「ししし、しの! 早く学校行かないと、今年最初から遅刻するよ!」

「アリスちゃんも一緒に入る?」

「むむむ……えい!」

 

 ココアの勧誘により、校門前で三人の少女たちが連なった花を咲かせた。

 それを中心で忍とアリスを振り回しながら、片目に移った千夜が、こう呟いていた。

 

「ほほえま~」

「千夜ちゃんも一緒に回ろうよ!」

「そうしようかしら……」

「あなたたち、何をしているんですか」

 

 千夜がこちらへ歩こうとしていると、鋭い声がかけられた。

 見て見れば、目つきの鋭い女子生徒が校舎側から歩いてきていた。右腕に巻かれている腕章から、彼女が風紀委員であることが分かる。

 

「あ、紗夜ちゃん。あけましておめでとう!」

「おめでとうございます。新年早々何をやっているんですか、保登さん」

 

 ココアと挨拶を交わす風紀委員。氷川紗夜は、ココアたち三人で抱き合っている集合体を見て言葉を失った。

 ココアはにっこりとほほ笑む。

 

「新年のスキンシップだよ! 紗夜ちゃんも一緒に」

「やりません。そもそも、校門で何をやっているんですか。他の人の迷惑ですから、早く行きなさい」

「えー? 折角新年をみんなで無事に迎えられたのに……」

「無事……」

 

 何かが引っかかったのか、紗夜は顔をそむけた。

 

「……そうですね。本当、全生徒無事でよかったです」

「紗夜ちゃん?」

 

 紗夜が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 だが、紗夜はそれ以上の会話をしようとせずに、ココアたちに登校を促す。

 

「いいから。早く行きなさい。これから、先生たちもここに来ます」

「ああ、風紀委員もやっぱり最初から朝の挨拶やるんだ」

「そういうことです。分かったら、早く登校してください。先生に見つかったら面倒になりますよ」

「はーいお母さん」

「氷川先輩も、金髪にしたらきっと似合うのにな」

 

 まだこちらを睨んでいる紗夜をしり目に、ココアは四人で新年一発目の登校をしたのだった。

 

 

 

「いっけなーい! 遅刻遅刻!」

 

 わざとらしい声を上げながら、少女は走る。

だが、時すでに遅し。今年最初の校門は、すでにその門を閉ざしていた。

 

「なっ……!」

 

 新年早々遅刻という憂き目に遭った。

 オレンジの長い髪と、桃色の髪飾りが特徴の少女。普通の高校生にしてはオシャレに強く注意を払っているような化粧が特徴で、にっこりとほほ笑めば、周囲も明るくなるような顔つき。

 事実、モデルとしても仕事をしている彼女が、新年最初の登校に遅刻。

 その事実を何とか隠したい少女は、少し考えて、脳の電球を光らせた。

 

「おい! アベンジャー」

 

 少女が指を鳴らす。すると、近くのアスファルトより、それは現れた。

 桃色の髪をした少女。寒い春の昼間にスク水という似合わない服装なのにも関わらず、眉一つ動かさずに少女を見つめている。

 アベンジャー。復讐者を意味する単語。

 人の名前としては相応しくないそれが指し示すスク水少女は、少女の指示を待つようにじっと見つめている。

 

「学校の壁、どこでもいいからあたしを潜れるようにしろ。てめえの能力なら、可能だろ?」

「はい。マスター」

 

 マスター。そして、アベンジャー。そう呼び合う間柄など、この見滝原の街では一つしかありえない。

 聖杯戦争の参加者。

 スク水少女が学校の壁に手を触れる。すると、コンクリートでできた壁は波打ち、やがて個体から液体へ変わる。

 

「サンキュー」

 

 少女は礼を言いながら、勢いをつけて液体と化したコンクリートを潜る。一瞬の全身の違和感を突破すれば、そこはもう見慣れた見滝原高校の敷地内だった。

 

「うっし。あとは、バレねえようにすりゃ問題ねえ」

 

 壁が元に戻った動きに関心を示すことなく、少女は足を急ぐ。

 校舎から下駄箱に到達、そのまま階段を駆け上がり、教室へ急ぐ。

 だが。

 

「蒼井さん」

 

 その時、少女に冷たい声がかけられた。振り向くと、お堅い風紀委員が腕を組んでこちらを睨んでいた。

 

「遅刻ですよね?」

 

 質問が質問ではなく答え合わせになっている。

 そうとも言わんばかりの勢いで、風紀委員長である氷川紗夜(ひかわさよ)が少女を睨んでいた。

 

「な、何のこと? あきら、ちょっとわかんなーい」

 

 少女、改め蒼井晶(あおいあきら)。芸能人としての言葉遣いでこの場を誤魔化そうとしたが、紗夜には通じず、ただ冷たい声で言われた。

 

「先生に報告させていただきます。少し気が抜けすぎですよ」

「なっ!」

 

 弁明の余地などなく、紗夜はそのままそそくさと立ち去っていった。

 茫然と廊下に取り残された昌の口は、次の言葉を紡いだ。

 

「気に入らねえ……」

 

 紗夜の背中を見つめながら、昌は指を噛んだ。

 

「んだよアイツ……目にもの見せてやろうか……」

 

 ぎりぎりとした目つきに、紗夜が気付くことはない。歩み去っていった頃合いに、昌は右足を踏み鳴らす。

すると、廊下の足元にそれは現れた。

 

「……何? マスター」

 

 桃色の髪。それは少しずつ上昇し、少女の頭が現れる。渡り廊下に少女の生首が乗るという珍事だが、昌は驚くこともなくしゃがむ。

 その手で廊下の上に乗る生首の頬を撫でる。

 

「ねえ、スイムスイム。お姫様になりたいんだよね?」

 

 生首は頷く。アベンジャーという識別名ではなく、スイムスイムという個別の名前で、昌は続ける。

 

「お姫様になるには、色んな人のお願いを聞かなくちゃいけない。分かるよな?」

「分かる」

 

 スイムスイムが言葉を返す。

 彼女の返事に少し驚きながら、昌は笑顔を張り付けて命令した。

 

「あのお堅い風紀委員長を……消せ」

 

 それに対し、スイムスイムは、しばらくしてから頷く。

 そして、その姿は、学校の床の下へと消えていった。

 




ほむら「……始業式なんて、何時ぶりかしら」
まどか「ほむらちゃん! あけましておめでとう!」
ほむら「まどか……」←ことあるごとに見守っていた人
まどか「大丈夫? 体とか、痛くない?」
ほむら「ええ。平気よ」
まどか「そう……もし、何か不安とかあったら、相談してくれたら嬉しいなって」
ほむら「あなたが私を心配する必要なんてないわ」
まどか「でも、不安だよ。ほむらちゃん、クリスマスの時も戦っていたんでしょ?」
ほむら「あなたには関係ないわ。それより……キュゥべえの誘いには乗ってないでしょうね」
まどか「うん。キュゥべえも、全然私の前には現れていないよ」
ほむら「そう。ならいいわ。さっさと今日のアニメ紹介終わらせましょう」
まどか「そうだね。今回は、こちら!」



___巻き起こせよ 1,2,3 のるかそるかの Black or White この瞬間 予想外の 伝説が生まれる___


まどか「問題児たちが異世界から来るそうですよ?」
ほむら「問題を起こすなら帰って」
まどか「タイトルに突っ込まないで! 放送期間は2013年の1月から3月。文字通り、異世界『箱庭の世界』で、三人の問題児たちがハチャメチャするアニメだよ」
ほむら「転生もの?」
まどか「転生じゃなくて転移が近いかな。正体不明ながらに無敵かつ博識な主人公、逆廻 十六夜(さかまき いざよい)さんたちに振り回される黒ウサギちゃんも魅力の一つだよ」
ほむら「苦労人ね」
まどか「イエス。色んな神話ネタも入っているから、興味ある人は是非どうぞ!」


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偽りのサーヴァント

今更ですけど、ここでの聖杯戦争は、エクストラクラスも普通のクラスと同じように扱います。セイヴァーが普通のサーヴァントとしてもう出てますけど


「ここが、見滝原公園です」

 

 ハルトは、そう言って、噴水広場が大きな公園を案内した。

 モカは「あらあら」と喜びながら、公園内を散策する。

 

「素敵な公園だね。ハルト君は、いつもここで大道芸をやっているの?」

「ええ。色々とやりますよ。今度やるときは教えますね」

「すごいなあ。どんなのだろう?」

 

 モカが笑顔を浮かべる。

 冬休みが終わりを告げ、ココアとチノがそれぞれの始業式へ行くこの日。店番を買って出た可奈美に変わり、バイクを持つハルトが、モカを見滝原へ案内することになったのだ。

 もっとも、ラビットハウスの新事業として始まった、食材運搬の仕事の末である。あちらこちらの店舗へマシンウィンガーを駆り、食材を届けた後の状態である。

 おおよそのラビットハウスにとっての必要な箇所を巡り終え、彼女の「のんびりできる公園」というリクエストにより、この公園に連れてきたところだった。

 

「今でも噴水広場があるなんて、珍しいね。私のところだと、もうあんまり見かけないから」

「そうなんですね。よく、こういう公園には行ったりするんですか?」

「たまにね。よくココアと一緒に遊んでいたなあ」

 

 モカは懐かしそうに手を頬にあてた。

 

「あの時も、ココアったらすぐに私のあとに付いてきて、本当に可愛いんだから。ねえ、いまのココアはどう?」

「どうって聞かれると……」

 

 ハルトは頭の中で、ココアの姿を思い浮かべる。

 

「うん。皆のお姉ちゃんになろうとしていますよ」

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。そろそろお昼だよね? 今朝キッチンをお借りしてパン作ってきたよ」

 

 モカがそう言いながら、ハルトにコッペパンを手渡す。驚きながら、ハルトはそれを受け取った。

 

「あ……頂きます」

「うんうん。ハルト君、そういえばいくつなんだっけ?」

「十九です」

「へえ。それじゃあ、私の方が年上なんだね。うんうん。お姉さんだと思って、一杯頼ってくれていいからね」

「頼りにさせていただきます。お姉様」

「お姉……様」

 

 響きがいいのか、モカはお姉様という単語をしばらく反芻していた。

 ハルトはパンを口にして、やはり姉妹だなと口にした。

 

「うん。いいかも。それじゃあ、ハルト君は、お姉様って呼んでね」

「ハイお姉様」

「よろしい。ところで、どう? パン美味しい?」

「……はい」

 

 ハルトはぎこちない笑顔を浮かべながら、全く同一のペースでパンを頬張る。

 全て食べ終えてから、ハルトは公園の噴水広場へ目を留める。

 

「あの人は……」

 

 ハルトが目を凝らしたのは、ピエロ。

 左右を白と黒で分けた、曲芸を行っているピエロだった。

 つい先日、ハルトの前で派手なパフォーマンスを行い、観客の拍手喝采を奪っていった男が、噴水広場でジャグリングをしていた。

 彼はやがてハルトの存在に気付くと、ジャグリングの手を止めた。

 

「ありがとうございますみなさま。本日は誠に残念ながら、これにてお開きとさせていただきます」

 

 すると、観客たちからは拍手が流れる。

 平日昼なだけあって、年齢層はそれほど低くはない。少なくない娯楽を経験していきた人々さえも夢中にさせたピエロは、あっという間に私物をポーチに放り込み、ハルトのところへ歩いてきた。

 

「やあ。昨日ぶり。元気だったかい?」

「ああ。どうも」

「ハルト君のお友達? 初めまして、私保登モカです」

 

 モカはピエロにあいさつした。

 すると、ピエロは顔をぐいっとモカに近づける。

 今にも耳元に触れようかという接近具合で、彼は語った。

 

「初めましてお嬢さん。貴女のような美しい女性と知り合えて至極光栄です」

 

 ピエロは大仰な動きをしてお辞儀をして、右手をモカの前に突き出す。

 すると、あっという間にその手には花が握られていた。

 

「お」

 

 よくあるマジック。ハルトもやった経験は多いが、ハルトが舌を巻いたのは、彼のタネがどこにも見当たらなかったことだった。

 

「すごいな。やっぱり」

 

 ハルトの称賛に、ピエロはにやりとほほ笑んだ。

 

「どうぞ。美しい花は美しい女性にこそふさわしい」

「ありがとう!」

 

 モカはそう言いながら、花を胸のポケットに入れた。

 

「うんうん。あ、君の名前はなんていうの?」

 

 名前。ハルトも聞いていなかったなと思いながら、ハルトは彼の返答に注目する。

 すると、ピエロは口を大きく歪める。

 

「名乗るほどのものではありません」

 

 彼はそれだけ言い残して、彼は後ずさりするように離れていく。やがて、日傘をさしながらどこかへ歩き去っていった。

 

「すごい独特なお友達だね」

「友達っていうか……昨日、モカさんを迎えに行ったとき、駅で会っただけの間柄なんですけど」

「でも、これからきっと仲良くなれるよね。……お?」

 

 すると、モカが足元に目線を落とした。彼女の目線を追えば、その足元にウサギが眠り込んでいた。

 

「わあ! ウサギ!?」

「ああ。この公園、結構野生のウサギ多いんですよ」

「そうなんだ!」

 

 モカがウサギを抱きかかえる。頭を撫でながら、目を輝かせていた。

 

「よく見れば、確かにあっちこっちにもウサギが一杯いるね」

 

 モカの言う通り、草原に伸びる遊歩道は、ウサギで満たされていた。

 それぞれはしばらくモカを見つめた後、それぞれ走り去っていった。

 

「あ! 追いかけっこ? 負けないぞ」

「え?」

 

 ハルトが止める間もなく、モカが蜘蛛の巣を散らすウサギたちを追いかけていく。

 あっという間に見えなくなってしまったモカに、ハルトは呆れ声を上げた。

 

「全くあの人は……ウサギを見て追いかけるとか、ココアちゃんそっくりだな」

 

 ハルトはそう言いながら、木陰の合間を縫って探す。だが、どこにもモカの姿はなく、どうしようかと頭をかいた。

 その時。

 

「お? クラーケン?」

 

 ハルトの目の前に、黄色のプラスチックが現れた。四本の足を持ったタコのような姿のそれは、上半身と下半身を別々に回転させながら、ハルトの周りを浮遊している。

 プラモンスター。魔法使いとしてのハルトが持つ、使い魔の一つで、その名はイエロークラーケンといった。

 

 

「丁度よかった。あのさ、ココアちゃんのお姉さんを探しているんだけど。お前も探してくれないか?」

 

 すると、クラーケンは肯定するように鳴く。四本の足を回転させながら、ハルトの頭上を旋回。そのまま公園の森の中へ消えていった。

 

「まあ、平日の昼間なんだからすぐに見つかるとは思うけど……」

 

 ハルトは欠伸しながら、公園の中を歩く。

 モカを探す一方、新春の空を見上げる。

 

「ムー大陸のない空か……」

 

 平和を象徴するように、空には小鳥が飛んでいた。

 モカを探索する足を止め、ハルトは小道のベンチに腰を落とす。涼しい空気を肺にため込み、吐き出す。

 

「この平和が……いつまで続くのかな」

「平和?」

 

 突如かけられた、他者の声。思わず立ち上がり、背後を向く。

 

「やあ。初めまして。ウィザード」

「お前は?」

 

 ハルトが警戒の色を示す。

 静かな光に満ちた緑の世界に、一か所塗り潰す薄暗い蒼。

 右手にウサギを摘まみ上げながら、ゆっくりと歩いてくるそれは、人間の形をしている。だが、人肌など一切見られなかった。

 蒼い仮面によって人の姿に見えないのかとさえ思ったが、見える素肌は銀色、さらに仮面の下の目は赤い。それが人間だとはとても思えなかった。

蒼い仮面は、静かに両手を広げながら、ハルトに近づいてくる。

 

「サーヴァント。フェイカー。君にはそれで十分だろう?」

「サーヴァント……お前、参加者か!」

 

 ハルトの言葉に、フェイカーと名乗ったサーヴァントは笑い声で返した。

 

「ムー大陸での戦い、見せてもらったよ。ランサーほどではないにしろ、なかなかの活躍だったね」

「それで? 俺に接触したってのは、目的があるんでしょ? まさか、サインくださいなわけがないよね」

「ふふふ」

 

 フェイカーの蒼い仮面、その赤い瞳の部分が輝く。ウサギを放り捨て、両手を大きく広げた。

 

「ちょっと、君と遊んでみたくなってね。平和なところ悪いけど、付き合ってくれ」

 

 フェイカーの両手より、バチバチと漆黒の雷が発生する。両手で円を描きながら、それは放たれた。

 

「変身!」

 

 それが迫る直前で、ウィザードは左手にルビーの指輪を入れる。赤い魔法により、ハルトの姿はウィザードへ変わる。

 

「なるべく聖杯戦争を止めたいって考えているんだけど。アンタは、そういうのとは真逆の考え方?」

「ああ。そうだな。聖杯戦争はどうでもいいと、私は考えているよ」

「だったら……」

「この聖杯戦争の参加者。その願いをメチャメチャにしたいと考えているんだよ」

「前言撤回」

 

 ウィザードは、ソードガンをフェイカーへ向けた。

 

「アンタは、俺が倒す!」

「ハハハ……おいで」

 

 フェイカーは、ウィザードへ手招きする。

 

『ビック プリーズ』

 

 ウィザードが指輪をベルトへ入れる。すると、ウィザードの目の前に魔法陣が現れた。

 手を突っ込むと、何倍にも巨大化した手がフェイカーを襲う。

 しかし、フェイカーは飛び退いてそれを避ける。

 羽根のように軽々とした動きで飛び退き、ウィザードの手は空気を押しつぶす。

 

「どうした? 当たらないぞ?」

 

 フェイカーは挑発するように、両手を広げた。

 ウィザードはむっとしながら、ウィザーソードガンを銃の形態に変形させる。即座に手のオブジェを開き、ルビーの指輪をその手のひらにかざした。

 

『フレイム シューティングストライク ヒーヒーヒー ヒーヒーヒー』

 

 魔力が込められた炎が、銃弾となり発射される。

 これまで多くの決定打となってきた銃弾。だがそれは、フェイカーの腕に阻まれる。弾かれた炎の弾丸が、近くの木に命中、木端微塵に破壊する。

 

『ウォーター プリーズ』

 

 左手の指輪をサファイアに切り替え、ソードガンをソードモードにしながら魔法陣を潜る。

 

『スイ~スイ~スイ~』

 

 ソードガンを振り回しながら、フェイカーへ攻撃する。だが、フェイカーは簡単に攻撃を避けながら、ウィザードをせせら笑う。

 

「どうした? 全くの空振りだぞ?」

「そうかな」

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 水のウィザードは、ソードガンの手を開く。大気音声が流れながらも、ウィザードはそのまま斬撃を続ける。

 

「なかなかに耳障りな武器だ。静かに出来ないかな?」

「五月蠅い作戦成功ってことだな」

 

 ウィザードは体を回転させ、腰のベルトを動かす。

 

『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

「ますますうるさいなあ」

「生憎。黙ったら死んじゃうアイテム使ってるもんで」

 

 ウィザードは、さらに攻撃を重ねる。

 全てフェイカーが紙一重で躱していくが、やがて、ようやく刃がフェイカーの体をかする。

 

「へえ……」

 

 胸元に付いた切り傷を撫でながら、フェイカーは肩をすぼめる。

 

「少しはやるね」

「どうも」

 

 ウィザードは左右の指輪を入れ替える。だが、まだ魔法を発動させずに、そのまま攻撃を続ける。

 ウィザーソードガンの攻撃はフェイカーの足蹴りによって阻まれるが、そこでウィザードは二つの指輪をそれぞれに使った。

 

『リキッド プリーズ』

『ブリザード プリーズ』

 

 体を液状化し、さらにウィザーソードガンには氷の刃を宿す。

 これにより、フェイカーの物理攻撃は通用せず、ウィザードの氷の斬撃がフェイカーに命中していく。

 

「へえ……」

 

 フェイカーは胸に付けられた凍傷跡を振り払う。

 

「少しはやるな」

「……っ!」

 

 ウィザードは再び身構える。

 だが、フェイカーは全身から力を抜き、少しずつ後ろへ下がっていく。

 

「おい、待て!」

「まあまあ。君とはまたいずれ、会うことになるだろう」

 

 フェイカーは両手を広げる。

 ウィザードは、追いかけるようにフェイカーに迫る。

 

「待て! 喧嘩を売っておいて、逃げるのか!」

「残業はしない主義なんだ。少し、君と遊んでみたかっただけだからね。これ以上は失礼するよ」

 

 そう言い捨てたフェイカーは、体を浮遊させていく。逃げられる前に、ウィザードはサファイアの指輪をエメラルドに変更する。

 

「逃がすか!」

『ハリケーン プリーズ フー フー フーフー フーフー』

 

 水から風となったウィザードは、風に乗ってフェイカーを追いかける。

 だが、空中で今にも触れようかという瞬間。

 フェイカーの姿は、蒼い闇の霧となって霧散していった。

 

「……逃げられた……」

 

 空中で浮遊しながら、ウィザードは呟く。

 その時、地上でウサギたちと戯れているモカを発見したのだった。

 




さやか「あー……始業式終わった~! まどか! 帰ろう!」
まどか「うん。あれ? ほむらちゃんは?」
さやか「あれ? いないね。あの転校生、もう転校してから三か月にもなるのに、誰ともあまり話さないのどうなんだろうね?」
まどか「あはは……ほむらちゃん、やっぱりずっと戦いっぱなしなのかな?」
さやか「……まどか? どうかした?」
まどか「ううん。何でもないよ」
さやか「そっか。よし、今回のアニメ、ちゃちゃっとやっちゃおう!」
まどか「今回はこちら!」




___抱きしめた心臓の音は 止められないよ 空へBrightness Belief___



まどか「聖戦ケルベロス 竜刻のファタリテ!」
さやか「2016年の4月から6月まで放送していたアニメだよ!」
まどか「主人公のヒイロ君、すごい美人さんだね。きっとものすごく強いんだろうね」
さやか「ところがどっこい、剣士なのに剣は超弱いという欠点付きだよ!」
まどか「ええええええ!?」
さやか「一部ではメインヒロインと呼ばれる養父が、頑張っているよ! でも、ヒイロもヒイロで、ずっと頑張っている魅力もあるからね! まどかも、頑張ってメインヒロインになろう!」
まどか「私はいいよ~! それより……」
ほむら「メインヒロイン……私こそが……っ!」ほむら専用
まどか「あっちに振った方が……」


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悪意なき殺意

時系列順に投稿していきます。
朝  前々回
昼前 前回
昼過 今
という順番です。


 始業式は、午前で終わる。

 少なくともココアがこれまで属していた学校はそうだった。

 見滝原高校もまた例外ではない。

 

「今日、ラビットハウスにお邪魔してもいいかしら?」

「あ、私も行きたいです」

 

 千夜と忍。二人はココアの席に集まり、ココアもそれに頷いた。

 

「うん。いいよ。実は、昨日からお姉ちゃんがラビットハウスに来ているんだ」

「まあ、ココアちゃんのお姉さん?」

 

 千夜が両手を合わせる。

 さらに、忍が笑顔を浮かべる。

 

「ココアちゃんのお姉さん……一体どんな金髪なんでしょう……」

「お姉ちゃん金髪じゃないよ!?」

「冗談です。是非、アリスも一緒に連れて行きましょう」

「賛成。じゃあ、行こうか」

 

 ココアはそう言って、荷物を肩にかけた。

 まずは隣のクラスのアリスに話しかけに行こう。そう思って、二人は教室を出ようとした。

 その時、廊下でその声が響いてきた。

 

「不幸だあああああああああああ!」

 

 目的の教室とは真逆の方向。見て見れば、ツンツン頭の少年がシスター姿の少女に頭を噛まれてる。

 

「あ……また上条君ね」

 

 千夜が呆れた表情で、ツンツン頭を眺める。

 忍も頷く。

 

「あの銀髪シスターさん、いつも上条君を襲ってるよね。金髪だったら、私も噛みつかれたいのになあ」

「まあ、あれならいつものことだからね。それより、早くアリスちゃんのところに行こう」

「不幸だああああああああああああ!」

 

 上条君なる少年のシスター被害を見捨て、三人は隣のクラスに入る。

 

「アリス!」

 

 真っ先にアリスに抱き着く忍。小さく悲鳴を上げたアリスは、背後からの襲撃者の正体に気付く。

 

「しの!? びっくりした」

「えへへ。はやく金髪成分を吸収したくて」

「金髪成分?」

 

 ココアが首を傾げる。

 すると、それを千夜が補足した。

 

「きっと、しのちゃんが活動するために必要なエネルギーなのね」

「私、電池扱い!?」

 

 叫ぶアリス。

 やがて、ココアがいつも一緒に属している四人組になり、教室を出ていく。

 いつも通りの風景。一年前にココアが見滝原にやってきてから、ずっと繰り返されていた日常だった。

 

 

 

「……さん。……さん」

「……はっ!」

 

 紗夜は、はっと意識を取り戻す。

 混濁とした意識は、現状に違和感を抱いていた。

 生徒たちはそれぞれ荷物をまとめ、多くは帰路に立とうとし、あるいはどこかに寄り道をしようとしている。

 そして目の前。長い黒髪の少女が、紗夜を見下ろしていた。大人びた顔付は、街を歩けばスカウトされない方が珍しいとさえ思ってしまう。冷たい眼差しからは、正論以外を吐くことを知らず、常に周囲に棘を纏っているようにも見えた。

 

雪ノ下(ゆきのした)さん……」

「大分疲れているのね。貴女が学校で寝ているなんて、珍しい」

 

 黒髪の少女、雪ノ下雪乃(ゆきのしたゆきの)の言葉に、紗夜は「ええ」と頷いた。

 

「そうね。少し、疲れが溜まっているのよね」

「正月休みでそこまで弛んでいたの? 鬼の風紀委員が聞いてあきれるわ」

「……私だって、人間よ。そういう時もあるわ」

「貴女の口からそんな言葉が出てくるなんて。明日は雨かしら。いいえ、今ならまた雪が降りそうね」

 

 雪乃の軽口も、耳に届かなかった。

 紗夜は額に手を当てながら、深くため息をつく。

 

「貴女、まだ手の傷治ってないの?」

 

 雪乃の言葉に、紗夜は額に当てていた手を見下ろす。手首のところを包帯で包んだそれ。紗夜はしかめた顔で見下ろす。

 

「ええ。……中々治らないわ」

「骨折じゃないのよね。少し長引きすぎじゃないかしら」

 

 そういわれて、紗夜はこの傷___黒い、刺青のような紋章について疑問を思い返す。

 

「去年の……八月ぐらいだったかしら」

「もうすぐで半年よ。大抵の外傷なら治るのに」

「ええ。これは……」

 

 紗夜は、脳内でこの刺青が出来たときのことを思い返す。

 白と黒の熊を脳裏に思い浮かべたところで、雪乃は紗夜へ背中を向けた。

 

「部活?」

 

 去ろうとする彼女へ言葉を向ける。

 雪乃は頷く。

 

「奉仕部は今日から活動よ。まあ、相談なんてほとんどないけど」

「来るといいわね」

「ええ」

 

 そういいながら、雪乃の姿は教室からいなくなった。

 帰ろう。そう決めた紗夜もまた、荷物をまとめ始めた。

 

「ゲート発見」

 

 だが、廊下で、紗夜はそんな声をかけられた。

 振り向けばそこには、用務員の姿があった。

 学校でもよく見かける顔。年配で、ずいぶん優しい笑顔を向けてくれる印象があった彼だが、今回はなぜか危険を感じさせる笑みを浮かべていた。

 

「逃げるなよ」

 

 はたしてそれは自分へ向けられているのか。

 それさえも分からないまま、彼はじりじりと紗夜との距離を縮めていく。

 恐怖を感じた紗夜は、そのまま廊下を走る。

 普段自分が注意している行動をしながらも、それが間違いではないと、背後で走ってくる用務員を見て確信する。

 やがて、階段でつまずき転倒。踊り場に背中を預けながら、紗夜は近づく用務員へ抵抗出来ずにいた。

 そして、見た。

 用務員の全身に、不気味な紋様が浮かび上がるのを。そしてそれに準じて、体が変化していくのを。

 

「さあ、絶望して新たなファントムを生み出……」

 

 そこまで言ったところで、彼の言葉は途絶えた。

 胸を貫く銀色。それは刃。間違いなく、心臓を貫いている。

 それは、歪な姿に変わろうとしていた用務員にとっても同じ事らしかった。

 だが、血は一切でない。代わりに、彼の体は徐々に灰色になっていく。

 やがて、聞き取れない言葉を紡ぎながら、用務員の体は消滅していった。

 そして、代わりにそこには、白いスク水姿の少女がいた。

 ぼーっとしたような表情に、銀の長槍を近づける。命の恩人と認識しながらも、その特異な姿から、紗夜は礼が言えないでいた。

 しばらくスク水少女___その名がスイムスイムであることなど、紗夜が知る由はない___を見つめていた。彼女の退屈そうな目は、しばらくその武器を泳ぎ、告げた。

 

「邪魔」

 

 何が邪魔なのか、紗夜には判別がつかない。

 たまたま通りかかったが、目障りだったからあの怪物を葬ったのか。それとも。

 獲物を横取りされそうだったから邪魔だったのか。

 スイムスイムは、今度はしっかりと紗夜を見据える。

 そして。

 

「きゃっ!」

 

 紗夜は慌てて回避。

 それまで紗夜がいた場所に、スイムスイムの武器が突き刺さった。

 

「マスターの言った通り。貴女をやっつけます」

 

 彼女の発言の意味は何一つ分からない。だが、立ち止まれば殺されることだけは確かだった。

 下ろうとした階段。だが、その先、階段の中から、スイムスイムの姿が現れる。

 コンクリートの中を泳げるという異常性に青ざめながら、紗夜は階段を駆け上がる。

 すでに人がいなくなって久しい三階のフロア。そこを駆ける紗夜は、壁が波打つ気配に屈みこむ。

 丁度その頭上を、スイムスイムの殺意の刃が通過した。

 

「何なのっ!?」

 

 さらに紗夜は逃げる。だが、廊下の左右を交互に飛び交う音に、紗夜の体はますます焦りを募らせていく。

 

「助けて……誰か……日菜……」

 

 徐々に紗夜の声が弱々しくなっていく。

 一方、スイムスイムの無情な水泳音は、どんどん近くなっていく。

 そして。

 

「危ない!」

 

 紗夜の体を、ココアが突き飛ばす。

 スイムスイムの刃は、ココアの背中を切り裂き、彼女に悲鳴を上げさせた。

 

「保登さん!?」

 

 思わぬココアの登場に、紗夜は驚く。地面を転がった彼女の背中は、今しがたスイムスイムの斬撃によって赤く染まっていった。

 

「保登さん!? なんで……?」

「えへへ……上級生の友達にあいさつに来たら、ビックリしちゃった……」

 

 ココアは起き上がりながら、スイムスイムを見つめる。

 

「保登さん、大丈夫ですか?」

「うーん……あんまり……」

 

 ココアは努めて笑顔で、紗夜へ対応する。

 

「千夜ちゃんたちを、先にラビットハウスに行くように言っておいてよかったよ……こんなことになってたなんて」

「そうですね」

 

 そういいながら紗夜は、スイムスイムの目を見上げた。

 彼女の目は、紗夜を、ましてやココアを見てはいない。

 彼女が捉えているのは、虚空。

 今から手にかけようとする相手の顔も、何も見てはいない。

 ただ、作業的に、その刃を振り上げた。

 

「やめて!」

 

 スイムスイムの刃が紗夜の首を切り裂くよりも先に、ココアは彼女の体にタックルする。だが、スイムスイムの体は、全てが水で出来ており、ココアの体が簡単に通過、紗夜とは反対側の廊下に投げ出される。

 

「えっ!?」

 

 現実ではとてもありえない現象。それに目を大きく見開いたココアへ、スイムスイムの殺意が自らに向けられる。

 

「いけない!」

 

 紗夜はすぐそばにあった消火器を手にかける。その重さに腕を一瞬持っていかれながらも、それを投影。

 

「……」

 

 何も語らず。スク水の少女は、体を通過した消火器など気にも留めず、ただ目標を紗夜からココアに変えただけだった。それだけは間違いない。

 

「邪魔」

 

 彼女が語った、それだけが主な理由。

 スイムスイムは、振り回した武器……ルーラをココアへ向けた。

 

「お姫様になるために……悪い人はやっつける」

 

 彼女が言っていることは理解できない。だが、彼女が殺意をもって襲い掛かっているのは紛れもない事実だった。

 

「う、うわああああああああああ!」

 

 悲鳴を上げながら、ココアは___いつの間にか取り出した、白い日本刀型の取り出した。おそらくはココア自身も知らないであろう、それの使い方。刀身部分から眩い光を放ちながら、それはココアとスイムスイムを包んでいく。

 

「……っ!?」

 

 眩さに目を瞑った紗夜は、目の前の景色の変化に愕然とした。

 殺意の刃を振り下ろしたスイムスイムはそのまま。壁に張り付いたままの紗夜も変わらず。

 ココアがいた場所に、銀がいた。

 

「何……? あれ?」

 

 思わずそう口走ってしまう。

 人の姿形こそしていれど、その顔には人間のような筋肉はない。仮面のような張り付けられた表情と、胸元にある唯一の赤いT字にも似た紋章が特徴だった。

 銀は紗夜を少しだけ振り向くと、スイムスイムとの戦闘に入る。だが、狭い学校の中では、どうしても周囲に被害が出てしまう。廊下の壁が砕かれ、窓ガラスが割れていく。

 

「や、止めなさい!」

 

 強く出たいが、恐怖に体が引き攣ってしまう。

 だが、それを見てか見ずか、銀の右腕に光が宿る。銀はそのまま、拳を突き上げた。

 すると、淡い光が廊下の天井がオレンジに染まっていく。

 

「待ちなさい!」

 

 紗夜は二人を止めようと駆け出す。だが、その時紗夜は気付かなかった。

 オレンジの輝きが、ドームのように広がっていく。その中に、足を踏み入れてしまったことに。

 そして。

 紗夜の姿は、完成していく異空間の中へ消えていった。




モカ「う~ん……モフモフ……」
ハルト「うわ~……膝と頭の上にウサギが乗ってる……しかも、両側にまで侍らせてるし」
モカ「モフモフ~」
ハルト「幸せそうだな……さっきまでサーヴァントと戦っていたのにね」
モカ「モフモフ……」
ハルト「すごいなあれ。どんどんウサギが集まっていってる。ていうかこの公園、あんなにウサギがいたんだ」
モカ「ああ……幸せ……」
ハルト「幸せそうなところ悪いんですけど、モカさ~ん」
モカ「何? ハル君? 君も一緒にモフモフしてあげる!」
ハルト「いや、ちょっと待って!」
モカ「ん? どうしたの?」
ハルト「そういう過度なスキンシップはココアちゃんたちにやってください」
モカ「え~? そんなこと言わずに」ガシッ
ハルト「割りとしっかりとホールドしてきたよ……今のうち今日のアニメ、どうぞ!」



___We are the ♰吸tie Ladies♰ なんてワンダフル 星空の下はダンスホール___

ハルト「となりの吸血鬼さん」
モカ「ハル君モフモフ」
ハルト「とまあ、こんな感じに、今を生きる吸血鬼をモフモフするアニメです。モカさん、さすがに気まずいので放してください」
モカ「え~? 仕方ないなあ……じゃあ、ウサギさんモフモフ」
ハルト「姉妹だな……えっと、2018年の10月から12月放送のアニメです。現代っ子吸血鬼ソフィーと、彼女が大好きな天野灯、そのほか周囲の日常が描かれているね」
モカ「ソフィーちゃんも私の妹にしちゃいたいね」
ハルト「言うと思った。やっぱり姉妹ですよ。ココアちゃんそっくり


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-亜空間-

四章の元ネタを、まとめ動画とかで見直しています。やっぱり好きだなこれ


「ここは……」

 

 紗夜は、頭を振りながら周囲の景色を眺める。

 見慣れたモノトーンな学校の廊下は、オレンジの殺風景な景色となっていた。

 夕焼けのような空と、足元に薄っすらと広がる遺跡。砂でできたようではあるが、粒一つも欠ける様子もなかった。

 

「これは……?」

 

 全くの見慣れないものしか目に入らない。底知れない不安を覚えながら、紗夜は周囲を探る。

 夕焼けのような空。それはあくまで第一印象でしかない。空を見上げて目を凝らせば、空は赤や青、そのほか様々な色が無数に混じり合って出来ている。

 建造物も、それが人工物とは思えない。建物のような形をしているが、入口などは見受けられない。あるのは建物としての容積と、そこに開いている窓だけだった。しかもその窓にはガラスなどは張られておらず、内側からの青い光で中が見えなかった。

 

「ここはどこなの? そもそも、学校にいたはずなのに……?」

 

 スク水の少女になぜか命を狙われ、保登心愛が目の前で銀色のヒューマノイドに変身した。さらに、その銀色のヒューマノイドは、その右手から発生させた光により、紗夜をこの結界に巻き込んでしまったのだ。

 遺跡のような街並みを歩いていると、遺跡が波打つ。

 固形物にそんな現象が起こるのか、と紗夜が疑問に思うのと時を同じく。

 その中から、スイムスイムが姿を現した。

 

「!」

 

 紗夜の体がのけ反るのが一瞬だけでも遅れていたら、紗夜の体に一生ものの傷が出来ていた。

 さらに、スイムスイムの攻撃は続く。生身のまま、生まれ持った反射神経のみでその刃をよけ続ける。

 

「なんなのっ!」

 

 さらに攻撃。

 だが、それを防ぐ、銀の腕。

 

「あなたは……?」

 

 銀。そうとしか形容のできない人物。

 胸にTの字のような模様を持つ、銀色のヒューマノイド。

 紗夜の記憶通りならば、彼がこの世界に自身を巻き込んだ。

 その結果として、風紀委員の足を止められた。彼は、しばらく無言でこちらを振り向いた。

 

「何ですか?」

 

 あのスク水少女から自分を助けてくれたのか。それさえも確信が持てない。

 だがすぐに、銀はスク水少女を向き、紗夜の前に立ちはだかった。あたかも自分を守ろうとしているようだった。

 

「貴方は……一体?」

 

 だが、銀は紗夜に何も答えることなく、スク水少女、スイムスイムへ構える。

 すると、スイムスイムも完全に銀のヒューマノイドへ敵意を抱く。明らかに矛先が銀のヒューマノイドへ向けられていた。

 

「邪魔……」

 

 スイムスイムはそう言いながら、銀のヒューマノイドへ刃を振るう。だが、銀のヒューマノイドはそれを受け流し、その柄を掴む。

 

「!」

 

 さらに、そのままスイムスイムを振り回す。長槍からスイングされ、大きく投げ飛ばされるスイムスイム。その落下とともに、赤い土煙が舞った。

 

「痛い……」

 

 スイムスイムが起き上がりながら、その体を水に変えていく。

 やがて、砂を水に変えた彼女は、その姿をくらませたのだった。

 それに対し、銀のヒューマノイドは胸元に手を当てる。

 すると、眩い光とともに、その姿は変わっていった。

 銀から赤へ。その体色のほとんどが深紅に染まり上がり、さらにその胸元には、水色に輝く水晶が煌めいていた。

 銀のヒューマノイド、改め赤のヒューマノイド。

 紗夜は、彼が静かに佇んでいるのを見つめることしかできなくなった。

 そして。

 

「きゃっ!」

 

 紗夜の悲鳴。

 赤のヒューマノイドは、背後の紗夜の腕を掴み、そのまま引き寄せたのだ。入れ替わり、地面から襲い掛かってきたスイムスイムの刃を、赤のヒューマノイドはその右肩に受けた。

 大きく怯み、後退する赤のヒューマノイド。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 紗夜は肩の心配をしてしまう。

 赤のヒューマノイドは頷き、また紗夜を後ろに下がらせる。

 さらに、スイムスイムの攻撃は続く。地面に潜っては斬撃、また潜っては斬撃。

 この赤のヒューマノイドは、紗夜を決してスイムスイムの攻撃に晒させまいとしているのか、全て彼が受けていた。

 

「どうして……?」

 

 彼がなぜそこまで紗夜を守るのかが理解できず、紗夜は困惑を浮かべる。

 

「保登さん……?」

 

 赤のヒューマノイドは、ココアが変身したもの。目ではその情報が分かっているのに、それが事実だと脳が認識できない。

 そもそも、元気が服を着て歩いているような彼女と、寡黙な上、男性的な体つきのこのヒューマノイドが同一人物だとはとても信じられない。

 スイムスイムの槍を受け止め、その体を捕まえる赤のヒューマノイド。

 彼はまたしてもスイムスイムを上空へ投げ飛ばし、彼女の自由を奪った。

 上空。それは、どんなところでも泳げる彼女にとって、唯一能力が使えない場所。

 赤のヒューマノイドは、両手を交差させ、右手を突き出す。高速で飛んでいくエネルギーの刃は、そのままスイムスイムの体を切り裂き、ダメージを与えた。

 

「っ……!」

 

 体を水にしているため、それほどのダメージはないであろうが、落下してきたスイムスイムは、あきらかに先ほどとは打って変わって、顔を歪めていた。

 さらに、赤のヒューマノイドの攻撃は続く。

 両手をまた組む。すると、彼は人型の生物とは思えない速度で移動し、気付けばもうスイムスイムの背後に回り込んでいたのだ。

 

「速い!」

 

 紗夜が舌を巻く間もなく、彼はスイムスイムの腕を背中から捕らえる。

 だが、それ以上彼女へ攻撃しようとはしない。まるで、「もう戦いは止めよう」と語っているようだった。

 スイムスイムはしばらく赤のヒューマノイドを睨んでいる。

 やがて、赤のヒューマノイドは彼女から抵抗の意思が無くならないことを確認したのか、その手から槍を奪い取る。

 

「!?」

 

 それには、スイムスイムも表情を見せる。目を大きく見開き、長槍を取り戻そうとした。

 だが、それよりも先に赤のヒューマノイドは、長槍を上空へ放り投げる。さらに、続けて左右の手から電流を迸らせる。

 

「やめて……! やめて……!」

 

 初めてあの子の声をまともに聞いた。そんな気さえする。

 赤のヒューマノイドは、両手をL字型に交差する。すると、縦に構えた部分より、光の本流が発射された。

 それは、スイムスイムの武器、ルーラーを一瞬で飲み込む。数回のバチバチという音を奏でさせたそれはやがて。

 爆発し、消滅していった。

 

「あ……あ……ッ!」

 

 得物を失った。その事実に、スイムスイムはショックを受けたようだった。目から涙を流しながら、分子の一つ残らず消滅した場所を見つめていた。

 

「ルーラー……ルーラー!」

 

 やがてスイムスイムは泣き叫ぶ。紗夜の命を狙っていた時や、赤のヒューマノイドとの戦闘時はほとんど無表情を崩さなかったのに、今回はその面影もない。

 表情を大きく崩し、表情筋を大きく動かし、涙と鼻水で顔をグチャグチャにする。やがて、少女は嗚咽、謎の空間に嘔吐する。

 さっきまで自らの命を狙っていたスイムスイムだが、その慟哭の仕方には、紗夜も少し同情してしまった。

 しばらく、赤のヒューマノイドもまた攻撃の手を止めていた。彼もまた、静かにスイムスイムの動きに注目していたのだった。

 スイムスイムがようやく体を動かしたのは、彼女の涙が乾いたころだった。

 ギラギラ光る目つきで赤のヒューマノイドを見つめ、告げた。

 

「あなたは許さない……」

 

 もはや彼女の眼中に、紗夜はいない。

 赤のヒューマノイドへ敵意の眼差しを向けながら、彼女の体はどんどん沈んでいった。

 しばらくスイムスイムがいた地点を見ていた赤のヒューマノイドは、やがて右手を突き上げた。

 すると、再びのオレンジの発光とともに、結界が消えていく。

 すると、オレンジのヴェールは、やがて見覚えのある校舎の廊下となった。

 

「戻って……来た……?」

 

 その安心のあまり、紗夜は尻餅をつく。

 

「た、助かった……」

 

 これまでの生涯の中で、一番深いため息をつく。

 紗夜はその後、赤のヒューマノイドを見つめた。

 

「あの、助けていただいて、ありがとうございます」

 

 彼はしばらく紗夜を見返す。

 深く頷くと、その姿は淡い光となっていった。やがてそれは消滅し。

 高校制服を着た、ココアの姿となった。

 

「保登さん!?」

 

 紗夜の呼びかけにココアは答えることはなく。

 

力なく倒れ、紗夜が思わず受け止めたのだった。

 本当にココアだったのだろうか。その疑いは晴れない。しかし、彼女の右肩に大きな切り傷があるのは、紗夜には無視することが出来なかった。




ハルト「はいはい。モカさん、次行きますよ」
モカ「え? でも、もうお届は終わったんじゃないの?」
ハルト「仕事じゃないです。そろそろココアちゃんやチノちゃんも帰ってきますし。そもそも、ココアちゃんと積もる話もあるんじゃないんですか?」
モカ「そうだけど、ココアが好きになったこの町を、もっと見て見たくなって」
ハルト「しばらくこっちにいるんだったら、それこそそんな時間いくらでもあるでしょうに……」
モカ「ウサギさんモフモフ……」
ハルト「ってなんか一匹連れてきてるー!? ほらモカさん、そいつ帰してください!」
モカ「ハル君、違うよ?」
ハルト「何が?」
モカ「ウサギは匹ではなく、羽で数えるんだよ?」
ハルト「そういう問題じゃなーい! はあ……それではアニメ紹介、どうぞ」



___夢のない時代よ 目を覚まして 私がモテる未来まで この世界を赦さない___



ハルト「……明らかにこの流れでやるアニメじゃないよねこれ!?」
モカ「まあ、今までも流れとかあんまり気にしなかったからいいんじゃないかな? 私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」
ハルト「タイトルすごいインパクトあるな……えっと、放送期間は2013年の7月から9月、と」
モカ「この黒木智子ちゃんも、私の妹に……」
ハルト「はい話の腰を折らないでくださいややこしくなるので。えっと、その黒木智子さんがぼっちな生活を送る学園もの……これ学園ものっていうのか?」
モカ「でも、どんどん成長していってると思うよ? きっとこのままいけば、皆とも仲良くなれると思うな。私は応援してるよ」
ハルト「おお、なんかお姉さんっぽい」
モカ「それと、ウサギさんモフモフ……」
ハルト「速く帰してくださいそのウサギ!」


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金髪は最高です!

本日、今年の最終日!
……あんまりおめでたいお話じゃないんだよな今回

皆さま、よいお年を!


「ふぁ~……ん」

 

 可奈美は欠伸をかみ殺しながら、ぼーっとラビットハウスのテレビを見上げていた。

 

「退屈そうですね」

 

 そう可奈美に声をかけるのは、ずっとお店で原稿用紙に向かい合っている女性。

 青山ブルーマウンテンというペンネームを持つ彼女は、今日も朝からラビットハウスに入り浸っていた。

 

「あはは……やっぱり、平日のお昼だと、中々人来ないから」

 

 可奈美は頬をかく。

 青山さんは、少し「う~ん」と考える。

 

「可奈美さん、少し来ていただけますか?」

「? はい」

 

 手招きする青山さんに従って、可奈美は彼女のもとへ行く。すると、いつの間にか彼女は可奈美の背後に回り込み、その肩をがっしりと捕まえていた。

 

「ええ!?」

「ふむふむ。なるほどなるほど」

「あ、青山さん!?」

 

 驚く可奈美に構わず、青山さんは可奈美の体のあちこちを触り続けている。

 

「実は私、今剣を題材の小説を書こうとしているんです。可奈美さんが、その主人公のモデルにまさにぴったりなんです」

「は、はあ……でもここそういうのは」

「ハッ! 降りてきました!」

 

 言うが早いが、青山さんはさっと座席に戻り、執筆を続けた。

 その鬼気迫る迫力に、可奈美は彼女の背後に白い闘気が見えた。

 

「こんにちは」

 

 そんな青山さんの奮闘を眺めていたとき、そんな声が入口から聞こえてきた。

 そう言って入ってきたのは、大和撫子が似合う少女だった。

 クリスマス会の時も顔を合わせたことがある。その名前が宇治松千夜だと知っていた可奈美は、近くのテーブル席を案内する。

 

「ありがとう。えっと……そう! 可奈美ちゃん!」

 

 千夜は可奈美の顔を見て、名前を思い出したようだった。千夜はそのまま、向かいの席に腰を下ろした二人を紹介する。

 

「紹介するわね。私とココアちゃんの友達の、忍ちゃんとアリスちゃん」

「よろしくね」

「nice to meet you!」

「初めまして! 衛藤可奈美です! ……もしかして、アリスちゃんって外国人?」

英国(イギリス)から来ました」

「ほえ~……ハーフとかじゃないんだね」

 

 可奈美の脳裏に、タイ捨流の使い手の友人が想起された。

 アリスは首を振り、

 

「私は英国生まれです。シノに会いたくて、日本に留学してきました」

「イギリスか……」

 

 可奈美は頷いた。

 そういえば、見滝原西、この木組みの街と呼ばれる地域も、どことなくイギリスなどのヨーロッパを彷彿させるものだった。

 

「ところで、ココアちゃんは?」

「友達にちょっと挨拶に行くって言ってて、私達が先に来たの」

 

 千夜がそう答えた。

 

「だから、そろそろ来ると思うわ。可奈美ちゃん、先にアイスコーヒー頂いても?」

「オッケー。忍ちゃんとアリスちゃんは?」

「私も同じものをお願いします」

 

 アリスの注文を受け付け、可奈美は続いて忍のものを待つ。

 だが、忍はじっと可奈美を……正確には、その髪を見上げていた。

 

「? どうしたの?」

「可奈美ちゃん……一回金髪に染めてみませんか?」

「え?」

「シノ!?」

 

 忍の一言に、アリスが血相を変える。

 

「そんな必要はないよ! シノの大好きな金髪は、ほら! ここにあるのだから!」

 

 アリスが主張する。すると、忍は躊躇いなくアリスへ抱き着く。

 

「えへへ……やっぱり、金髪は最高です!」

「あはは……忍ちゃんは、金髪が好きなの?」

「もう大好きです!」

 

 可奈美の問いに即答する忍。それどころか忍は、「いいですか?」と可奈美に顔を寄せてきた。

 

「金髪は、この世界が編み出した宝なんです! いいですか? 金髪少女の金髪は、その美しさから、世界の文化遺産にもなるべきなんです!」

「え? ぶ、文化遺産?」

「そうです!」

 

 忍が可奈美の左手を掴む。

 

「だから是非お願いします! 金髪になってください! きっと似合います!」

「あら? 可奈美ちゃんが染めるなら、私も手伝うわ」

 

 なぜか千夜も便乗してくる。

 

「う~ん、そのうち、ね? それより、コーヒー淹れてきま~す」

 

 可奈美は離れて、注文のコーヒーを入れる。

 やがて作業中、青山さんが千夜のとなりの席、すなわち彼女たちと同席に座る風景が見えた。

 なにやら話が弾みだす。どうやら、青山さんがまた何やら熱中しだしたようだった。

 その時。

 ちりん。

 

「いらっしゃいませ」

 

 慣れたもので、呼び鈴がなれば、可奈美は反射的に反応してしまう。

 だが、そこに現れた客の姿を見て、可奈美の顔から血の気が引いた。

 

「ココアちゃん!?」

 

 何時も見慣れているのは、元気に可奈美を妹扱いしてくる保登心愛。

 だが今回は、そんな状態のココアではない。顔は青ざめ、全身傷だらけ。特に、右肩からは出血さえしていた。

 そして、それを背負った人物。長く綺麗な水色の髪と、すらりと伸びた体格が特徴の少女。だが、彼女の様子も普通じゃない。ココアの血が制服にべっとりと付着しており、白い見滝原高校の制服も様変わりしていしまっていた。

 そして彼女もまた、可奈美が見知った顔であった。

 

「紗夜さん!? 何があったの一体!?」

 

 倒れそうなココアを受け止めながら、可奈美は紗夜へ尋ねる。

 さらに、慌てて千夜、忍、アリスもまたココアの身を案じた。

 

「ココアちゃん!? どうしたの!?」

 

 千夜が悲鳴を上げる。

 紗夜は首を振り、

 

「ごめんなさい。私にも、何があったのか……」

「……」

 

 可奈美はしばらく紗夜を見つめる。やがて、ひたすらにココアへ叫ぶ三人に「落ち着いて」と制する。

 

「見せて。……これは……」

 

 可奈美は、ココアの袖をまくり上げる。すると、腕に大きな包帯が巻かれていた。

 

「何があったの!?」

「……応急処置はしました」

 

 紗夜が腕を組みながら言う。

 

「……私にも、詳しくは分かりません……」

 

 紗夜は可奈美の顔を見ながら、戸惑っているようだった。

 可奈美はしばらく彼女を見つめ、「もしかして」と千夜たちを見る。

 どうやら青山さんには、医療の知識があるようで、隣のテーブル席にココアを寝かせ、彼女の容態を見ているようだった。

 千夜、忍、アリスもそちらに気を取られて、こちらのことは見ていない。

 

「紗夜さん、もしかして……」

 

 紗夜の右手……包帯で巻かれている部分に、否応なく目が行ってしまう。

 以前、古代の大陸が復活したことがあった。その時、聖杯戦争の舞台もまた前人未到の移動したのだ。

 その時の彼女は、明らかに聖杯戦争というサバイバルゲームに参加している意識はなかった。だが、それは彼女自身の目線の話。

 他の参加者___仮に、あの年末で目を付けた参加者がいれば、襲われてもおかしくない。

 

「ごめんなさい。私も、何て説明すればいいか分からなくて」

 

 紗夜は頭を抱えた。

 

「幸い保健室は開いていたから、ある程度の応急処置はしたんです。でも、先生もいらっしゃらなくて、保登さんの滞在先が喫茶店なのは知っていたから、何かないかと思って連れてきましたけど……衛藤さんがいるとは思いませんでした」

「私だって、こんなに早く紗夜さんと会えるなんて思わなかったけど。青山さん、どうですか?」

「……大丈夫です」

 

 青山さんは顔を上げた。

 

「出血も止まっていますし、しばらく寝かせていれば、きっと大丈夫ですよ。むしろ、先日のハルトさんのお腹の方が問題でした」

「そうですか……よかった」

 

 千夜が安心したように椅子にどっかと座る。忍とアリスも安堵の表情を浮かべていた。

 ただ一人。

 紗夜だけは、最初からずっと暗い顔のままだった。

 

 

 

 青山さんや千夜たちは帰宅した。

 ココアを部屋に寝かせた後、可奈美は紗夜をカウンター席に座らせた。

 

「紗夜さん、何があったの?」

 

 だが、紗夜は何も答えなかった。

 作りかけていたアイスコーヒーを紗夜に出し、可奈美はカウンターの内側から紗夜の隣に座る。

 

「紗夜さん」

「……信じられないのよ……さっき私が見ていたことが……!」

「紗夜さん!」

 

 可奈美は、紗夜の肩を掴んでこちらに向けさせた。

 少し年上の彼女は、動揺したままではあるが、可奈美ははっきりと言った。

 

「私と紗夜さんが、どこで出会ったか覚えてる?」

「……!」

 

 紗夜が目を大きく見開く。やがて、震えながら、その名称を口にした。

 

「……ムー大陸……」

「あそこだって、信じられない場所だよね? でも、私達はそこに行った。経験した。……っ」

 

 可奈美は一呼吸入れる。

 

「だから、お願い。話して。何があったのか」

 

 すると、紗夜は一気にコーヒーを飲み干す。

 砂糖もミルクも入れていないそれを一口で平らげ、咳き込みながら、紗夜は重い口を開いた。

 そして、十分後。

 ほんの一、二時間前学校で起こった、アヴェンジャーのサーヴァントによる襲撃が、紗夜から語られた。

 

「ココアちゃんが変身……それに、新しい参加者……かあ……」

 

 紗夜から話のあらましを聞いて、可奈美は机に突っ伏した。

 

「正直、それってココアちゃんが参加者ってこと……? ココアちゃんが参戦派ってことは考えにくいけど、巻き込みたくなかったなあ……」

「衛藤さん?」

「紗夜さん……その……」

 

 可奈美は、口を動かすのをためらう。だが、彼女の右手___傷もなさそうなのに、包帯で厳重にまかれた手首を見て、告げた。

 

「紗夜さん」

「はい?」

「これから話すことは、きっと紗夜さんにも関係あること」

 

 可奈美は、言葉を一つ一つ噛み潰すように紡いでいく。

 

「そして、知ったら多分、もう後戻りできないこと」

「……どうして私がそんな重い話を聞かないといけないんですか?」

 

 紗夜の問いに対し、 可奈美は、右手のストッキングを外す。見事に同じ肌色で隠したそこには、黒い花びらの___ただし、三分の一は欠けている___刺青のようなものがあった。

 

 

「紗夜さんのその手の包帯、下に黒いあざが出来ていませんか? こんなふうに」

「……ッ!」

 

 それを見て、紗夜もまた包帯を外す。真っ白な美しい肌に、黒い紋章が塗りたくられていた。

 

「紗夜さん。こうなった以上、多分もう黙っているわけにはいかない。それに、多分紗夜さんが今日襲われたのも、多分これが原因です」

「こんなもののために、私は襲われたっていうの?」

「そう。……その前に、前回は説明できなかったけど、どうして紗夜さんがムー大陸にいたか、説明します」

 

 可奈美の言葉に、紗夜は首を曲げた。

 可奈美は続ける。

 

「今、見滝原で立て続けに変なことが起こっているのは知っていますよね?」

 

 紗夜は頷いた。

 

「はい。中学校が謎の空間になったり、病院が食人怪人の巣になったり……」

「全部……聖杯戦争っていう、戦いの結果なんです」

「聖杯戦争?」

 

 紗夜が大きく目を見開く。

 可奈美はそれでも、腕の紋章を見せながら、重い口を続けた。

 

「これは令呪。私達が、その聖杯戦争の参加者である証です」

「参加者? 私が?」

 

 これを伝えたら、果たして紗夜は絶望してしまうのではないか。

 そんな危機感を抱きながら、可奈美は聖杯戦争を……そして、それが見滝原に齎してきた災厄を語った。

 紗夜は、最初は怪訝な顔をして聞いていた。だが、だんだん顔が青くなっていき。

 最後は。

 

「うそ……嘘よ、嘘よ嘘よ‼」

 

 発狂した。

 

「願いを叶えるために、この見滝原で……殺し合えってこと? それも、ずっと……ずっと……!? これまで見滝原で起こったことも、全部聖杯戦争の一部だったってことでしょ!?」

 

 肯定。

 

「だったら……これからも……まだ、聖杯戦争は終わっていないんでしょ?」

 

 肯定。

 紗夜は席を立つ。椅子が転がるが、動揺する彼女は隠せない。

 

「なんで……!? 私は、叶えたい願いなんてない……! 参加したいと思ったこともないのに……!」

 

 やがて、彼女の目に涙が溜まっていく。

 

「何で……私が……!」

 

 ただただ。彼女の嗚咽が、ラビットハウスの乾いた空気を濡らしていった。



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困った恋愛脳

新年一発目!
あけましておめでとうございます。
今年もFate/WizarDragonknightをよろしくお願いします


 昼過ぎ。

 そろそろココアたちもラビットハウスに戻ってきた時間帯で、ラビットハウスにいるであろう可奈美も今日のシフトは終わったころ。

 ウサギたちからモカを引き剥がし、ハルトは公園を後にしようとしていた。

 

「ああ、オッちゃん……オッちゃん……」

「おっさん?」

「オッドアイのウサギだからオッちゃん。いい名前でしょ?」

「……ウェルカムかもーんといい、保登さんちはなかなか逸脱なネーミングセンスなんだね」

「うん?」

 

 まだ名残惜しそうにウサギを見ている。

 ご丁寧に、モカと戯れていたウサギもまた、見滝原公園の草原部分の端でこちらを見つめていた。

 赤と緑の瞳をみて、あああれがオッちゃんかと思いながら、ハルトはモカを引っ張る。

 

「ほら、モカさん」

「オッちゃん……君のことは忘れないよ……!」

 

 モカが、大袈裟にハンカチを取り出している。汽車の見送りのようだった。

 動くよりもこのドラマチックな寸劇を優先しようとする彼女に、ハルトは呼びかける。

 

「また明日も連れてきますから! それより、ラビットハウスに戻りますよ。ココアちゃんもそろそろ帰ってきていますから」

 

 ハルトはそう言いながら、スマホを確認する。既に二時を下っている。寄り道でもしない限りは、ココアももうラビットハウスに到着しているころだろう。

 

「ええ? もうそんな時間?」

 

 駐車場に付き、モカへヘルメットを渡す。

 

「もうちょっと皆と遊びたかったな……」

「はいはい。申し訳ないんですけど、俺もこの後用事があるんで」

「お? もしかしてハル君、彼女?」

「いません。そもそも最近まで旅してたんで」

 

 ハルトは言いながら、マシンウィンガーに腰かけた。座席が弾むのと時同じく、モカもハルトの後ろに腰を下ろした。

 

「ん? いないの? じゃあお姉さんがなってあげようか?」

「結構です」

 

 ヘルメットのシールド越しに頬をつついてくるモカ。ハルトは少し気まずさを感じながらアクセルを入れる。モカは気付かないだろうが、ハルトの体内の魔力を動力にしているそれは、ハルトたちを科学の馬に等しい走力を与えた。

 

「ええ? じゃあココアは? ココア、可愛いでしょ?」

 

 突然妹を売ってきた姉。

 

「ないですから」

「じゃあ、可奈美ちゃん? それともチノちゃん? あの子は流石に犯罪だよ?」

「二人とも同い年……あ、そうか。可奈美ちゃん十六ってことになってるのか。まあ、そうじゃなくてもチノちゃんは中学生に見えないけど。……じゃなくて、だから俺は」

「そうやって否定ばっかりしてくるの、子供っぽいぞ」

「いや、これ別に否定しているわけじゃ……あの、モカさん。俺、運転中運転中」

 

 モカがヘルメットの上から頭を撫でてくる。視界がぐるぐると揺れながら、ハルトは彼女の手を振り払う。

 

「親戚のおばさんですかアンタは。ないですって。そもそも俺は……」

 

 そこまで言いかけたところで、ハルトは口を閉じる。

 

「ハル君?」

「いや、何でもないです」

 

 公園がある通りを抜け、見滝原中央駅にたどり着く。ここから西に向かっていけば、ラビットハウスがある木組みの街に着く。

 その時。

 

「……!」

「きゃっ!」

 

 ハルトはブレーキをかける。

 路肩に停車したそれは、予備動作もなかったため、モカが小さな悲鳴を上げていた。

 

「も、もう……ハル君。急ブレーキは危ないよ」

 

 ハルトの耳には、モカの苦言は入っていなかった。

 ヘルメットを外したハルトは、道を歩く女子中学生へ声をかけていた。

 

「ほむらちゃん!」

 

 その声に、少女は足を止める。長い黒髪を靡かせながら、ゆっくりとハルトを振り返る。

 暁美(あけみ)ほむら。ハルトとは少なくない因縁を持つ、聖杯戦争の参加者の一人。

 これまでほとんどポーカーフェイスをハルトに見せてきた彼女だったが、ハルトの姿を見るなり、目を大きく見開いた。

 

「松菜ハルト!」

 

 魔法少女としての姿もあるのに、生身のほむらがハルトの肩を掴む瞬間を、視認することができなかった。

 

「フェイカーを見なかった!?」

「え!?」

 

 彼女の口から、先ほどハルトが戦ったばかりのサーヴァントの名前を口にした。

 だが、それはもう何時間も前の話。

 ハルトは頷く。

 すると、ほむらは更に詰め寄った。

 

「どこで!? いつ!?」

「十一時くらいに……見滝原公園で」

「十一時……」

 

 その時刻を知った瞬間、ほむらの顔が歪む。

 

「あれ? もしかして、本命はこの子?」

「違います!」

 

 おちょくってくるモカを制しながら、ハルトは改めてモカの質問に答える。

 

「十一時だよ」

「私よりも早い……!」

 

 ほむらは唇を噛んだ。

 その只ならぬ雰囲気に、ハルトは尋ねた。

 

「何かあったの?」

「貴方には関係ないわ」

 

 ほむらは唇を噛みながら、走り去ろうとする。

 ハルトは彼女を追いかけようとするが、あの体のどこにそんな力があるのかと聞きたくなる勢いで、彼女の姿は見えなくなっていった。

 

「何なんだ一体……?」

 

 ハルトはそう言いながら、モカに振り替える。

 

「ごめんなさい、モカさん。少し急用ができたみたい。えっと、帰り方分かります?」

「分かるけど……どうしたのハル君。なんか、怖い顔してるよ?」

 

 モカの言葉に、ハルトは努めて表情を作る。咳払いをした後、改めてほむらの姿を見る。

 

「あの子、ちょっとした知り合いで……さっきの話は、ちょっと俺に……あんまり口外できない秘密の用事があったみたいなんです!」

 

 精一杯の言い訳を口にする。ぽかんとした顔のモカに果たして伝わっているのかどうか気になるところだが、次の彼女の返答次第では、魔法を使っても引き離さなければならなくなる。

 そして。

 

「分かった! つまり、あの子と逢引きね!」

「違うからああああああああ!」

 

 今、このお姉ちゃん属性の塊の一面が分かった気がする。

 この人は。

 

(恋愛脳だ……っ!)

 

 そう考えて彼女を見てみれば、なるほど目がハート型になっていたり、手を頬に当てていたり(それでなぜか我妻由乃の姿を連想したのは蓋をしておく)。

 変な勘繰りを入れられる前に、ラビットハウスに返さなければとハルトは結論付けた。

 

「あ、あとは……この駅から、見滝原線に乗れば三駅で木組み通り駅に行けるので、そこから十五分くらい、商店街を右に行けば帰れますよ」

「うん。分かった。ココアたちにはうまく言っておくよ」

 

 明らかにハルトのことを誤解しているモカは、キラキラと笑顔で答えた。

 

「でも、そういうのはお姉さん、感心しないぞ? ちゃんと一人心に決めて、それ以外の人はちゃんとある程度の距離を置かなくちゃね♡ 可奈美ちゃんとか」

「だからそういうのじゃないってば! ……ああもうっ!」

 

 見れば、もうほむらの姿が小さい。

 ハルトはモカからヘルメットを返してもらいながら告げる。

 

「とりあえず、ここからの帰り方は今説明した通りですからね! 何かあったら連絡してください。一応注意していますから」

「そんなことより、速く行かないと彼女行っちゃうわよ?」

「だからそういう関係じゃないですって!」

 

 言いながら、ハルトはアクセルを入れる。

 

「とにかく、もうラビットハウスにココアちゃんも戻っていると思うので、戻ったら今日はじっとしていてくださいね。くれぐれも、変なところに行ったりしないでくださいよ?」

 

 ハルトはそう言うが速いが、マシンウィンガーのアクセルを入れた。

 最後に、モカの言葉など、発射音で掻き消されていた。

 

「ふふふ。こんな面白そうなこと、私が見逃すわけないでしょ?」

 

 

 

「ほむらちゃん!」

 

 いくら強化されたとはいえ、生身とバイク。マシンウィンガーの速度ならば、即座にほむらに追いついた。

ハルトの声に、ほむらはイヤそうな姿で振り向く。

 

「松菜ハルト……」

 

 その名前を毒づく。

 ハルトはバイクをほむらの前に停車させた。

 

「心配出来てあげたのに、その顔はないでしょ。それよりフェイカーって、何があったの? それに、そんなに焦って……」

 

 だがほむらは、彼の言葉を最後まで待たずに、ハルトの手からヘルメットをひったくる。そのまま後部座席に乗り込み、その首に掴みかかる。

 

「出して!」

「ちょっと、ほむらちゃん! 苦しい、放して!」

「いいから出して!」

 

 それまで聞いたことがないようなほむらの大声に、ハルトはバイクを走らせた。

 その風に体を落としながら、ほむらは続ける。

 

「急いで! フェイカーを探して!」

「フェイカーを探してって……一体何が起こっ……」

「まどかが……」

 

 ハルトの言葉を遮りながら、ほむらが唇を噛む。

 彼女はそのまま、ハルトに必死の形相で訴えた。

 

 

 

「まどかが、誘拐された!」




ハルト「折角作中と現実の時期が一致したのに、タイミングを逃してしまった大馬鹿者がいるらしい」
可奈美「まあまあ。今は丁度、作中時間が冬休み明けだからよしとしようよ」
真司「去年は一年間、色々見てくれてありがとうな!」
友奈「去年は、二章の中盤からだったね。どこまでいけるか分からないけど、成せば大抵何とかなる!」
コウスケ「皆まで言うな! ……でもオレと響は、なんで年末挟む章でまるまる出番ねえんだ!?」
響「まだ決まってない! ……けど、やっぱりそうなると私、呪われてるかも」
ハルト「え~、それでは改めて……ほい、皆で一緒に!」


___新年、明けましておめでとうございます!___



ハルト「えっと、去年の紅白のアニソンを紹介したかったんだけどなあ……」
可奈美「去年と同じだったから、被っちゃったね」
真司「それ以上に、去年は色々とみんな、大変な年だったと思う」
友奈「でも、みんな元気に前を向こう! きっといつかは、いいことがあるよ!」
響「直接は難しくても、皆で手を繋いで、未来へ進んでいこう!」
コウスケ「というわけで、これからも一年、よろしくな!」



ココア「私にも挨拶させてよ!」


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誘拐されたまどか

まどか「久々のまともな出番なのに誘拐されてる私って……」


「降ろして!」

 

 ほむらの声に、ハルトはマシンウィンガーを停めた。

 中央駅から少し離れたビジネス街。仕事始めの平日だが、やはり人の気配が多い。

 行き来をやめないビジネスマンの群れに、ほむらは単身踏み込んでいく。

 

「え、ちょっとほむらちゃん!」

 

 ハルトはバイクから降りて、彼女の後を追う。

 

「分かるの!? フェイカーの居場所!?」

「……」

 

 ほむらは右耳を抑えながら答えない。

 

「ねえ!?」

 

 答えない。

 だが、ほむらは一切の戸惑いもなく、ビルの合間の裏通りへ入っていく。室外機が多い路地。およそ女子高生がすき好んで入らない場所だった。

 

「……キャスターと会話しているのか……」

 

 ハルトは、頭上を見上げながらそう判断した。

 真っ青な空のどこかに、黒一色の彼女の姿を探したが、無駄だった。

 先にまどかを探そうと、ハルトが足を踏み入れ、ほむらの後を追いかけた。

 

「ほむらちゃん、どこだ!?」

 

 だが、反応はない。

 

「まどかちゃん! いるの!?」

 

 反応なし。

 ほむらを見失い、ハルトは完全に狭い裏路地に取り残された。視界も利かない中、ハルトはキョロキョロと周囲を探す。

 

「くそ、一体どこに……」

 

 迷宮と化した裏路地で、ハルトはさ迷い続ける。ほむらやまどかを見つけることは愚か、すでに外に出ることさえも困難に感じられた。

 やがて。

 

「まどか!」

 

 そんな声が、すぐ近くから聞こえてきた。

 

「あっちか!」

 

 耳を頼りに、ハルトは行先を決める。

 ゴミ箱を乗り越え、野良猫たちの喧騒を潜り抜け、やがて路地裏を抜けた。

 

「いた! ほむらちゃん!」

 

 探していた黒髪は、路地を抜けた先。少し開けた広場にいた。

 ビジネス街のオアシス。巨大な木を中心に、無数の椅子と机が設置されている。様々な人々がその場で休憩だったり、商談を行っている。

 その中。まごうことなき最年少のピンク髪のツインテールの姿が、そこにはあった。

 

「まどかちゃん……」

 

 鹿目(かなめ)まどか。ハルトが見滝原に来てから最初に出会った人物で、ラビットハウスを紹介してくれた少女。

 ほむらとハルトの姿を見たまどかは、安心したような笑顔を浮かべた。

 

「あ、ほむらちゃん……それにハルトさん。よかった……」

 

 まどかはほむらに駆け寄る。

 ほむらは安堵の息を吐いて、まどかの肩に手を当てる。

 

「よかった……まどか、ケガはない?」

「うん……大丈夫だよ」

 

 まどかがにっこりとほほ笑む。

 

「心配かけてごめんね。それに、ハルトさんも来てくれたんだ」

「まあ、襲われたって聞いたから」

 

 ハルトは頷く。

 

「フェイカーは?」

 

 群青色の仮面の姿を探すが、平穏な街の姿に、そんな非日常の姿はどこにもなかった。

 まどかは「あの……」と前置きし、

 

「私でも信じられないんですけど、私が逃げ出したら、そのままいなくなっちゃったんです。諦めたのかな?」

「そっか……」

 

 念のためにと、ハルトは指輪を使う。

 

『ガルーダ プリーズ』

 

 ハルトが使ったのは、使い魔召喚の魔法。赤いプラスチックが組みあがり、鳥の姿となる。

 

「ガルーダ。悪いけど、青い仮面のサーヴァントが近くにいないかどうか探してくれ。二時間探していなかったら、ラビットハウスに戻ってきてくれ」

 

 鳥に指輪を嵌めながら告げるハルト。すると、完成した使い魔、レッドガルーダは元気に返事をして、空の彼方へ見えなくなっていった。

 

「さてと。じゃあ、二人とも家まで送るよ」

「その必要はないわ」

 

 ハルトの提案は、ほむらにばっさりと切り捨てられる。

 

「私がまどかを送っていくわ。……今日、私の足になったことは貸しにしてあげる」

「そりゃどうも。君が果たして俺に今日の貸しってことで見逃してくれる?」

「殺し合いの時以外なら、一度は言うことを聞いてあげるわ」

「賭けてもいいけど、ほむらちゃん。その時今日のこの貸し借りのこと、絶対に忘れそうだよね」

「ふん。行くわよ、まどか」

「え? ちょっと、待ってほむらちゃん」

 

 鼻を鳴らしたほむらは、まどかの手を引いてぐいぐいと来た道を戻っていく。

 ほむらが、続いてまどかがハルトの目の前を通過したその時。

 

「……っ!」

 

 ハルトの顔が歪む。

 そしてハルトは、今感じた感覚に従った。

 

「待って」

 

 そのまま去ろうとするまどかの腕を、ハルトは掴んだ。

 

「痛っ!」

 

 力を込めて握る。それにより、まどかは悲鳴を上げながら腕を振り払った。

 

「何するんですか!?」

「松菜ハルト!」

 

 今の行動により、ほむらがハルトに拳銃を向ける。

 

「何のつもり? 松菜ハルト」

「どいて」

 

 ハルトはほむらを押しのけ、指輪をベルトにかざす。

 

『コネクト プリーズ』

 

 発生した手頃なサイズの魔法陣に手を突っ込み、ウィザーソードガンを取り出す。

 

「松菜ハルト!」

 

 ほむらが糾弾する声。

 すでにまどかを守るように立った彼女とハルトは、互いの銃口をそれぞれに向けていた。

 

「どいて。ほむらちゃん」

「何のつもり?」

 

 それぞれ、冷徹な目を相手に向けるハルトとほむら。

 ハルトはほむらから目を離さず、まどかに問いかける。

 

「フェイカーに攫われたんでしょ?」

「ええそうよ!」

 

 ハルトの問いに、まどかではなくほむらが怒鳴る。

 

「下校中に、まどかがフェイカーに襲われた。それを私とキャスターで抵抗した。でも敵わず、フェイカーに攫われた。でも、まどかは何とか抜け出せた! それでいいでしょ!」

「ただの人間が、サーヴァントから逃げたとでも?」

 

 ハルトの言葉に、ほむらは固まった。

 だが彼女は即座に首を振る。

 

「ない! ありえない! キャスター、もうフェイカーの反応はないのよね!?」

 

 ほむらは頭に語り掛けている。おそらく、キャスターとは脳内で通信できるのだろう。

 彼女は「ほら!」とハルトへ大声を向ける。

 

「まどかからも、フェイカーの気配はない! 彼はきっと、別のところにいるのよ!」

「違う……」

 

 ハルトはきっとまどかを睨む。

 

「分かってるよ。まどかちゃんの中にいるんだろ? フェイカー」

「何ですって?」

 

 ほむらが目を大きく開き、一瞬まどかへ振り替える。

 だが、まどかはおどおどとした表情で、「な、何のことですか?」と聞き返した。

 

「とぼけないで。分かるんだよね。そういうの」

「止めなさい!」

 

 ほむらが発砲する前に、ハルトはソードガンを振る。銀の銃身が彼女の拳銃を弾き、改めてその銃口がまどかに向けられる。

 やがて、まどかは観念したかのように、ため息をついた。

 

「どうして分かった?」

 

 まどかの目が赤く光る。

 ほむらも驚愕の眼差しで、彼女を見つめていた。

 まどかは続ける。

 

「魔力も全て隠してあったはずなんだけどなあ?」

「分かるんだよ……」

 

 ハルトは、そう言いながら指輪を右手に差し替える。

 

『ドライバーオン プリーズ』

「絶望の気配がしたからな」

「絶望……ねえ」

 

 まどかは顔を大きく歪ませる。

 およそ中学生の少女には程遠い、にいっと口角を吊り上げる笑み。

 

「やれやれ。そんな感知能力が君にあるなんて、知らなかったよ」

 

 まどかはそう言いながら、懐からそれを取り出す。

 群青色の棒。上部に十字の拘束具が付けられたそれ。つけられたスイッチを押すことで、その拘束が解放、左右に展開し、ベネチアンマスクの形状になった。

 

「一日に二回同じ相手と戦うのは、あんまり趣味じゃないんだけどなあ?」

 

 そういいながら、まどかはそのマスクを顔に付ける。すると、マスクの目になっている部分が、赤く光る。

 やがて、まどかの体は、群青色の闇に包まれていった。

 そして現れたのは。

 青を基調とした、人間とは違う肉体を持つ人型の生命体。

 フェイカー。

 彼は変身と同時に、ハルトとほむらを殴り飛ばした。

 

「まどかを……まどかを返しなさい!」

 

 転がったほむらが即座に変身、彼へ発砲。

 その音に、人々はその場から逃げていくが、ほむらは構わずに発砲を続けた。

 しかし、銃弾は全てフェイカーの差し出した指の前に止まってしまう。

 

「おいおい、今この体は、君の大事な大事な人なんだろう? もう少し丁寧に扱ってくれないかなあ?」

「黙りなさい!」

 

 有無を言わさず、ほむらは武器をコンバットナイフに持ち替える。

 そのまま驚くべき速度で、彼女はフェイカーへナイフを突き刺そうとした。

 しかし、フェイカーが手を掲げると、またしてもコンバットナイフはその動きを止める。

 

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 その間に、ハルトも火のウィザードへ変身。ソードガンを駆使して、フェイカーに挑む。

 

「いやだなあ? そんなに鬼気迫らないでくれよ。この体は、きちんと丁寧に扱うつもりなんだからさあ?」

「ふざけないで!」

 

 ほむらの声に、ウィザードは思わずそちらを向く。

 近距離の相手へロケットランチャーを取り出した彼女へ、ウィザードは思わず「それここで使うの!?」と叫ぶ。

 発射されたロケット弾。

 しかし、それもフェイカーの手から発せられる念動力により、威力を殺される。そのままそれは軌道をそれ、背後の大樹を爆発させた。

 

「この体はなかなか興味深くてね。普通の人間にしては、様々な因果が絡み合っている。心当たりはないかな?」

「黙れって、言ってるのよ!」

 

 ほむらは右手についた盾を回転させる。すると、彼女の動きに変化が生じる。

 ウィザードの目にも止まらぬ高速移動。

 しかし、彼女の動きは、どうやらフェイカーには見切れているようだった。

 両手を背中で組むフェイカー。彼は、上半身を反らすだけで、高速で動くほむらの攻撃___それが銃弾であろうと、斬撃であろうと___を全て回避していた。

 

「おいおい、もう少し頑張ってくれよ」

 

 やがて、フェイカーは虚空を掴む。

 すると、その場に首を掴まれたほむらの姿が現れる。高速で動く彼女を見事に捕らえたということを脳が理解するまで、少し時間がかかった。

 

「があっ!」

「ほむらちゃん!」

 

 ウィザードはソードガンをソードモードにして挑みかかる。だが、フェイカーはほむらの首を掴んだまま、それを避け続ける。

 

「危ないなあ」

 

 フェイカーはそう言いながら、蹴りでソードガンを防ぎ、左手の手刀でウィザードを迎撃。紫の軌跡を描くそれは、ウィザードに的確にダメージを与え、地面を転がす。

 

「さて、次は君だ」

 

 フェイカーはほむらの体を高く持ち上げていく。左手には黒い雷が迸り、その殺意が伺えた。

 

「耐えられるかな? 君に」

 

 彼は顔の近くで、その雷を纏った左手を翳す。

 ほむらが歯を食いしばったと同時に。

 フェイカーの左手の雷が、無造作にほむらを貫く。

 それはほむらだけではない。フェイカーの手に持った黒い雷は、周囲のアスファルト、建物を次々と破壊していく。

 その中、フェイカーと至近距離のほむらは、雷鳴の奥で声なき悲鳴を上げていた。

 

「ほむらちゃん!」

 

 巻き込まれ、多少のダメージを受けながらも、ウィザードはほむらを助けようと急ぐ。

 だが、それを見たフェイカーは鼻を鳴らした。

 

「ほら、返してあげるよ」

 

 フェイカーはそう言いながら、ウィザードへほむらを投げつける。

 スラッシュストライクを放とうとしたウィザードは、慌ててプロセスを中断、ほむらの体を全身で受け止める。

 

「大丈夫? ほむらちゃん?」

 

 だが、虫の息のほむらに反応はない。ほとんどゼロ距離で雷を浴びたほむらは、呻き声だけで、立ち上がることさえ出来ずにいた。

 同時にそれは、フェイカーにとって、攻撃のチャンスでもあった。

 両手に膨大な黒い雷を宿らせながら、彼の双眸が輝く。

 放たれた雷撃。ウィザードは思わず、ほむらの盾になるようにフェイカーへ背を向ける。

 だが、雷撃の音とは裏腹に、いつまでたっても痛みはなかった。

 

「ライダーのマスター!」

 

 その声に、ウィザードは顔をあげる。

 ウィザードを守るように立ち塞ぐ、黒。その上にかぶさる銀の髪は、見る者の息を奪う美しさがあった。

 

「へえ……また君か……キャスター」

 

 フェイカーが言った、その人物。

 最強のサーヴァント、キャスターが、漆黒の魔法陣で雷を防いでいたのだった。




友奈「えいっ! やあっ!」空手の稽古
友奈「よし……うん、今日はこんなところかな」
友奈「さてと。お?」

ボールが落ちてくる

友奈「よっと。……野球のボール?」
???「あ、ごめんなさい! そのボール、私達のです!」
友奈「あ、今返すね! ほい!」
???「ありがとうございます! あの、よろしかったら、一緒にやりませんか?」
友奈「いいの? やるやる! あ、その前に今のうちに今日のアニメ、やっておこう! 今回はこちら!」



___その眼差しが好きだよ 胸の奥まで真っすぐ届くから___



友奈「八月のシンデレラナイン!」ボールブン投げる!
???「すごい! いい球!」
友奈「ありがとう! 放送期間は、2019年の4月から7月!」
???「ねえねえ! 私達の野球チームに入らない?」
友奈「うーん、ちょっと難しいかな? えっと、アニメの内容だね。野球部のない高校で、新入生である有原翼ちゃんが、野球部を作っていく話だよ!」
???「野球部募集しまーす!」
友奈「本当にゼロからスタートだから、顧問に部費、メンバー集めそのほか全部を一からやっていくお話だよ!」
???「何かスポーツやっているんですか?」
友奈「私は武術をちょっとね。よし、もう一球行くよ!」


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闇と闇の激突

昌「ウィクロスアニメ始まってあきらっきー!」

なんて明るいアイドルアニメなんだ……これはきっと、キラキラしたアニメなんだろうなあ……


「キャスター……」

 

 フェイカーは首をかきならす。

 

「君はまた邪魔をしてくるのか……」

 

 苛立った様子のフェイカーは、キャスターを睨んだ。

 

「キャスター、どうしてここに?」

 

 ウィザードも変身を解除しながら尋ねる。

 キャスターは首だけをハルトに向け、さらにその背後の彼女のマスター、ほむらにも目を配った。

 フェイカーの攻撃により、ほむらはすでに変身を解除して倒れている。虫の息ながらも、フェイカーを強く睨んでいる。

 そんな彼女の頬に触れ、キャスターは自動でページをめくる本に手を当てる。

 

「マスターの反応が途絶えた。気になってきてみれば、案の定というわけだ」

「フェイカーとはもう戦ったのか」

 

 キャスターは頷く。彼女の本からは緑色の淡い光が溢れ出し、それがほむらを包んでいく。

 すると、ほむらの息使いが安定していった。それに回復の能力があるのかと、ハルトは息を呑んだ。

 やがて傷も癒えたほむらは、そのまま気絶した。

 立ち上がり、フェイカーに向き直ったキャスター。

 

「私としたことが、出し抜かれてしまった。そのせいでマスターの大切な人を奴に連れ攫われてしまった」

「アンタでも、出し抜かれたりするんだね」

「私も完全無欠の存在ではない。以前はエンジェルにもやられたからな」

「ああ……だからあの時、オーパーツも全部持ってたのか。やっと解決した」

「何よりだ」

 

 キャスターの本。茶色の皮表紙のそれは、ハルトにとっても見覚えがあるものだった。

 ハルトももう一度ドライバーオンの指輪を使い、出現したウィザードライバーのハンドオーサーを操作する。

 

「行くよ。キャスター」

「ああ」

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 ベルトから流れる音声とともに、ハルトは指輪のカバーを被せる。

 同時に、キャスターもまた、本を頭の位置に浮かせた。

 

「変身!」

「セットアップ」

『フレイム プリーズ』

『standby ready』

 

 炎と闇の魔法陣。それが、ハルトとキャスターの姿をそれぞれ変えていく。

 それぞれ、黒を基調とした魔法使い。

 ウィザードとキャスターの違いは、それを彩る色合い___この場合、ウィザードの赤___があるかどうか。

 

「行くよ……キャスター」

 

 ウィザードは、ソードガンを構えながら言う。

 キャスターは頷きながら、フェイカーへ手のひらを向けた。

 

「闇へ。落ちろ」

 

 放たれる、闇の柱。それは、上空へ逃げるフェイカーを追いかけていく。

 それを避けながら、フェイカーはせせら笑う。

 

「闇が私の前に立ちはだかる……これもまた一興」

 

 さらにキャスターはその背中から漆黒の背中を生やす。足元に再び魔法陣を浮かべ、その体に飛翔能力を与えた。

 そのまま本を手元に携えて、キャスターはフェイカーを追いかける。

 

「おい、ちょっと待って!」

『コネクト プリーズ』

 

 ウィザードを置いて飛んでいくキャスターとフェイカーを追いかけるため、ウィザードは急いでマシンウィンガーを魔法陣から取り出す。

 跨りながら、ウィザードは叫んだ。

 

「ガルーダ! まだ近くにいる!?」

 

 ウィザードの声に、レッドガルーダが現れる。

 あまり遠くなくて助かったと思いながら、ウィザードは倒れているほむらを指しながら指示する。

 

「ガルーダ。ほむらちゃんを看ていてくれ」

 

 ガルーダは吠えて承諾する。

 ウィザードは頷いて、マシンウィンガーを走らせる。

 周囲がバイクが通れる道ではない都合上、マシンウィンガーでビルの壁を走らせて上昇していく。

 

「おや?」

 

 その声はフェイカー。まさかバイクで来ることなど想定していないであろう彼は、マシンウィンガーの車輪に驚き、肩に食らった。

 

「ぐっ……!」

 

 フェイカーはバランスを崩し、転がり落ちていく。

 高層ビルの屋上に落下したフェイカーに続いて、ウィザードも着地する。

 

「へえ……」

 

 起き上がったフェイカーは、打撃を受けた箇所を掃う。

 

「やってくれるね……」

「少しくらいは、痛い目を見てもらえたかな?」

 

 ウィザードはグリップを回しながら仮面の下でほくそ笑む。

 フェイカーはクスリと笑い、飛びのく。

 彼がいなくなったと同時に、その地点は漆黒の光線が撫でていく。

 

「……ッ!」

「おいおい。人が話している途中に割り込むなよ」

 

 フェイカーは両手を腰に回しながら、同じく上空にいたままのキャスターへ吐き捨てる。

 

「ミストルティン」

 

 銀色の閃光が、フェイカーを狙う。

 だが、それに対してフェイカーは焦ることなく、両手を交差させる。交差した腕より波の形をした黒い波動が飛ばされ、キャスターの技と相殺された。

 

「チッ……」

 

 フェイカーは舌打ちをしながら、その場を離れていく。

 キャスターは右手に銀と黒の籠手のような武器を装備し、その後を追いかける。

 黒と蒼の流星となった二人のサーヴァントは、上空でそのまま何度もぶつかり、周囲へ光線を何度も放つ。

 

「少しは近所迷惑ってものを考えてよ!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 そして、撃ち漏らされたフェイカーとキャスターの攻撃は、マシンウィンガーを駆るウィザードが防御の魔法で防ぐ。

 二人とも光線技を多用するおかげで、マシンウィンガーが右へ左へ。

 時にはエクステンドを使って、腕を延長してまで防壁を張らねばならなかった。

 やがて二人が上空で取っ組み合い、回転しはじめたところで、マシンウィンガーのハンドルをフェイカーへ向けた。

 

「おや?」

 

 だが、フェイカーはそれを素早く察知。腕を引き、キャスターの顔をぐいっと近づけた。

 

「悪いね。美しいお嬢さん。どうやら外野がうるさいようだ」

 

 そう言ってフェイカーは右手でキャスターの顔を引っ叩き(驚いたことに、キャスターはそれで普通に怯んだ)フェイカーはウィザードへ黒い雷を放つ。

 

『フレイム シューティングストライク』

 

 炎の弾丸と相殺される雷。

 爆炎が晴れ、上空のフェイカーは挑発するように手を動かす。

 

「どうした? これ程度か? ウィザード君」

 

 ウィザードは唇を噛みながら、バイクのアクセルを入れる。フェイカーの高度へ上昇し、座席に飛び乗った。

 

「どうかな? じゃあもう一発喰らってみるか!?」

 

 ウィザードはもう一度シューティングストライクを準備する。

 次は同じものでも威力を増加するため、こっそりと右手に別の指輪を用意した。

 さらに、フェイカーの後ろには、黄色の雷をその手に宿すフェイカーの姿もあった。右手を大きく振り、雷光が三日月のような形を描く。

 

『ビッグ プリーズ』

「クレッセントセイバー」

 

 巨大化した炎の魔弾と、三日月型の雷光。それぞれがフェイカーへ向かうが、フェイカーは全く焦る様子がない。

 

「無駄だよ」

 

 フェイカーは焦ることなく、紙一重でそれを躱す。体を曲げることで回避したそれらは、それぞれウィザード、キャスターへ向かっていく。

 だが、ウィザードもキャスターも、全く焦っていはいなかった。

 

『コネクト プリーズ』

「ハッ!」

 

 ウィザードとキャスターの前に、それぞれを象徴する魔法陣が現れる。空間を捻じ曲げる魔法により、同士討ちを狙った攻撃は、再びフェイカーへ向けられた。

 

「目障りだ!」

 

 フェイカーの両手から発せられた雷が、それぞれを打ち消す。

 それにより、二つの魔法は、爆発とともにフェイカーの左右を煙で覆った。

 

「ウィザード!」

「ああ!」

『フレイム スラッシュストライク』

 

 キャスターの合図に、ウィザードはソードガンの手のオブジェを開く。

 読み込まれたルビーの指輪により、ウィザーソードガンの刀身に炎が宿った。

 魔力が込められた刃を、フェイカーは身を反らして避ける。

 だが、ウィザーソードガンは、そのままフェイカーの胸元を___丁度十字の形に結ばれたそこに一閃の傷を入れた。

 

「何っ!」

 

 流石に痛みを感じたのか、フェイカーが鋭い声を上げる。

 

「今だ!」

 

 ウィザードはそのまま、その傷口に手を突っ込む。

 

「貴様……っ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 さらに、入れた手に力を込める。

 中から出てきた、白い肌色。

 それが腕だと分かったのは、そこから肩、顔の順番で、フェイカーから抜け出てきたから。

 やがて、顔が完全にフェイカーから抜け出る。

桃色の髪の少女。完全に意識がない鹿目まどかは、そのままウィザードの体にのしかかってくる。

 

「よし……! まどかちゃんは、返してもらったよ!」

 

 ウィザードはまどかを背負い、マシンウィンガーを飛ばす。

 高層ビルの壁を駆け下りる魔法のバイクは、そのまま背後より狙い来る黒い雷を避けながら、一気に駆け下りる。

 黒い鞭が、ウィザードを追いかけていく。

 

『ディフェンド』

 

 ウィザードは即座に魔法を発動し、背中に防壁を張る。万一破られたとしてもまどかが無事になるように、彼女をフェイカーから見て後ろに回す。

 

「お返しだ!」

 

 ウィザードはそのままウィザーソードガンを発砲。銀の銃弾たちは、黒い雷を掻い潜り、フェイカーの腕、肩に命中する。

 それにより、フェイカーは攻撃の手を止める。十分に距離を引き離した後、ウィザードは地上に着地した。

 

「君はなんて邪魔をしてくれる……!」

 

 フェイカーは自らの首筋を掻きむしる。

 

「まさかこんなに私の邪魔をしてくるとは思わなかったよ……ッ!」

「! やばい!」

 

 フェイカーはウィザードを完全に敵とみなした。

 彼の手から放たれる雷は、それまでの弄ぶようなものとは違う。明らかにウィザードの手足を狙い、動けなくなることを目的にしている。

 ウィザードは背負ったまどかに被弾させないためにも、必死にハンドルを切る。

 フェイカーの雷は、マシンウィンガーを狙っていく。黒い雷が、コンクリートジャングルをどんどん破壊していく。

 

 その時。

 

「何だ……?」

 

 その気配に、ウィザードはマシンウィンガーを停める。同時に雷の雨も収まり、周囲は静けさを保っていた。

 そして、見上げる。フェイカーが相変わらず滞空しているが、彼もまた、その異様な気配に動きを止めていた。

 その気配の正体。それは。

 

「咎人達に、絶滅の炎を」

 

 キャスター。

 彼女は、両手を前に突き出し、術式を展開していた。やがて、彼女の本もまた、赤く発光するページが開かれる。彼女の足元と頭上に、深紅の魔法陣が生成された。周囲の気温が上昇し、冬の天気を熱くしていく。

 

「炎よ集え、全てを撃ち抜く牙となれ」

「あれは……あの力は……!?」

 

 その力に見覚えのあるウィザードは、体がすくんだ。

 ウィザードの口からは、思わずその力の名前が出てきた。

 

「オーパーツ……ムーの力……ッ!」

 

 そして。

 

「貫け。熱線」

 

 彼女の魔法陣が、猛る恐竜の顔面となる。

 古代の王者の口が開かれるとともに、キャスターは両手を収束させた。

 

「ジェノサイドブレイザー」

 

 恐竜の口とキャスターの腕が重なり、あたかも恐竜が熱線を吐いたようにも見える。

 その巨大な炎の柱は、難なくフェイカーを捕らえ、どんどん上昇していく。

 

「……!」

 

 やがてキャスターは、その右手をぎゅっと握る。すると、炎はやがてキャスターの位置に集中し、爆発。

 だが、戦いの花火が散ったあとは、そこにフェイカーの姿さえもなかった。

 

「……仕留めたのか?」

 

 ウィザードの近くに着陸したキャスター。

 彼女はウィザードの言葉に直接は答えず、フェイカーがいた箇所を睨んでいた。

 

「手応えがなかった。……逃げたか」

「……」

 

 ウィザードは変身を解除して、キャスターと同じ個所を見つめ上げる。

 

「アイツ、まどかちゃんをどうするつもりだったんだろう?」

 

 ハルトは、背負った、気絶しているまどかを見返しながら呟いた。

 その問に、キャスターが答えるはずもなかった。

 



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わしのために争わないで~

モカの年齢は原作にはないので、ココアより6つ上の22として扱っています


 年明け最初の週末。

 可奈美が朝のジョギングに出かけたのを自室から見送ったハルトは、大きな欠伸をしていた。

 

「えっと……今日の朝食当番は……俺か……」

 

 カレンダーに書かれたマークにより、朝の業務があることを理解する。顔を洗ったのち、厨房に足を踏み入れると、そこにはすでに先客の姿があった。

 

「あれ? チノちゃん? ……と、モカさん」

「おはようございます。ハルトさん」

「おやおや? ハル君、お寝坊さんかな?」

 

 二人ともエプロンと三角頭巾で身を包み、まさに厨房の主といった出で立ちだった。

 ハルトは少し見とれて、そのあと「いや」と首を振る。

 

「俺今日の朝食当番なんですけど……というか、起きるの早くないですか?」

「ふふん。パン屋は朝が早いのだ」

 

 得意げな顔でモカは語った。

 

「ここはパン屋じゃないですけど……」

「ココアのパン料理が一杯出されているんだから、同じよ? それに」

 

 モカは傍のチノの頭を撫でる。

 チノはのほほんとした顔(普段では絶対見られないような)で、モカになすがままにされていった。

 

「チノちゃん、すごい篭絡されてる……」

「ココアさんとは違って……モカさんの手は、すっごく安心します」

「ココアちゃんが聞いたら泣くよそれ」

 

 ハルトはそう言いながら、作業台に近づく。

 

「俺これからみんなの分の朝食作ろうと思うんですけど、二人とも何かリクエストあります? チノちゃんはセロリ山盛りね」

「エ」

「そうだね……」

 

 唖然とするチノ。一方何かをリクエストしようとしているモカ。

 丁度時を同じく、厨房のドアの向こうより明るい声が聞こえてきた。

 

「今日は朝食作ってお姉ちゃんたちにいいところ見せるんだ」

 

 ああ、俺が今日の朝食当番って誰も覚えていないなあ、とハルトが思った時、扉が開かれる。

 

「いっちばーん!」

 

 そんな元気な声とともに、ココアが現れた。既にエプロンを纏った彼女は、やがてハルト、モカ、そしてチノの姿に凍り付く。

 

「おはようございます」

おそ(・・)ようだぞ?」

「上手いですね」

 

 順に、チノ、モカ、ハルト。

 

「ガアアアアアアッ!」

 

 自身がラビットハウスで一番の遅起きだったことに青ざめ、崩れ落ちた。

 

「奪われる……妹も仕事も……プライドも……」

「ココアちゃんの構成要素全部だね」

「まだ寝ぼけてます」

「おやおや? 早起きも出来ないのに、チノちゃんの姉を名乗れるのかな?」

 

 それはモカさん公認でいいのか、と思いながら、ハルトはしばらく厨房のコンロで眺めることにした。

 

「名乗れるもん!」

「本当?」

 

 おもむろに指輪を取り出す。ルビーとサファイアに少し曇りがかかっていた。

 少し磨こう。

 

「どっちがチノちゃん好みのパンを焼けるか勝負だよ!」

「ココアが作れる程度のもちもちパンで私に挑む気?」

 

 コン、と木製の物がぶつかる音がする。

 見れば、姉妹が麺棒でそれぞれに激突させていた。

 背後に炎でも燃やせば、格闘戦のタイトルみたいだなと思いながら、ハルトはチノが慌てるのも眺めていた。

 

「わ……私のために二人が……」

「わしのために争わないで~!」

 

 チノとは違う声まで聞こえてきた。

 いつもチノと過ごしていると、常日頃彼女の上に乗るアンゴラウサギのティッピーが喋っているように思ってしまう。チノ曰く腹話術らしいのだが、大道芸としてある程度の腹話術を覚えているハルトは、それが本当に腹話術なのか常に疑っている。

 さらに、姉妹の決闘内容が取り決められていく。

 

「三キロの小麦粉から自由にパンを作る。それでどう?」

「望むところだよ!」

「三キロ!?」

「ダメじゃ!」

「三キロって……!?」

 

 ハルトは思わず顔を上げる。

 

「二人とも、三キロって意味分かってる?」

 

 だが、彼女たちはもはやハルトの言葉など耳に入っていない。

 三姉妹(でいいのだろうか)は、すでに無駄にドラマチックに、チノを巡っての戦いを始めていた。

 どうやら材料から何を使うかから競っているようだった。

 

「姉より優れた妹がいるってことを証明して見せるよ!」

「出来るかな? ココアに、そんな大それたこと」

「……俺、今日の当番なんだけどなあ……」

 

開幕のゴングが鳴り、白熱してしまった状況に、ハルトはただ一人、置いて行かれたのだった。

 

 

 

「それで……」

 

 可奈美は茫然としながら言った。

 

「食べきれなくなって、皆でピクニックなんだね」

 

 一月という寒い時期、見滝原公園の芝生。動かなければ冷え込むような環境下で、ラビットハウスの面々はいた。

 ピンクのレジャーシートを広げ、座るハルト、モカ、ココア、チノ。可奈美は靴を脱ぎながら、シートに上がった。

 

「うん。本当は千夜ちゃんとシャロちゃんも誘ったんだけど、二人とも今日は仕事で来れないって言われちゃって」

「ラビットハウスが今日お休みでよかったね。ハルトさんから公園から動かないでって言われたときは何事かと思ったけど、そういうことなんだね」

 

 可奈美は腰を下ろしながら、スマホを見せた。

 朝のジョギングの最中、ハルトから送られたメッセージに『今まだ見滝原公園にいる? 悪いけど、そのままそこにいて』と書かれていた。

 可奈美は、ココアが持ってきた籠、その中に所せましと敷き詰められているパンを見下ろす。

 

「それにしてもよくここまで作ったね」

「ココアちゃんとモカさんがね」

 

 ハルトが苦笑しながら説明した。

 

「どっちのパンがチノちゃんにとって美味しいかなってことで、競うように作っててさ。もう、本当にすごい量だよ」

「でも、これは流石に私でも食べきれないよ」

 

 そう言いながら、可奈美は手頃なパンを一つ口にした。柔らかい歯応えと、太陽のような温かい香りで、咀嚼が捗る。

 

「あ、でもこれおいしい……!」

「まあ、たった五人の量じゃないからね。ココアちゃんの友達は駄目だったみたいだけど、俺もとりあえず、援軍も呼んでおいた」

「援軍?」

 

 可奈美の疑問、その答えは十分とかからずに帰ってきた。

 二人の見知った顔が、こちらに走ってきていたのだ。

 

「可奈美ちゃん! あけおめ!」

 

 そう言いながら可奈美に抱きつく少女。

 赤毛のポニーテールが特徴で、可奈美に負けず劣らずの鍛えられた体の持ち主。聖杯戦争における可奈美のサーヴァント、セイヴァー。結城友奈(ゆうきゆうな)がにっこりと笑顔で可奈美を見上げる。

 

「友奈ちゃん!」

 

 可奈美は抱き留めた友奈の頭を撫でながら、彼女の後ろから「よお」と声をかける青年にも目を配った。

 水色のダウンジャケットを羽織った青年。長いウェーブがかった茶髪の彼は、軽そうな外見とは裏腹に人懐っこい笑顔を浮かべていた。

 

「ハルト、来たぜ」

「待ってたよ真司」

 

 ハルトと挨拶を交わす彼こそ、ハルトのサーヴァント。可奈美にとって友奈が令呪で繋がっているように、彼もまたハルトと令呪で繋がっている。ライダーのサーヴァント、城戸真司(きどしんじ)

 

「いきなり呼びつけてごめんね。ちょっと、パンを作りすぎちゃってさ」

 

 ハルトがそう言いながらパンの籠を指している。

 その膨大な量に驚きながら、その籠を持っているモカに真司は「どうも」と頭を下げた。

 

「あれ? よく見たら……ココアちゃん……? なんか、雰囲気変わった?」

「ふふ、妹がお世話になってます。姉のモカです」

 

 モカは柔らかい物腰で真司に対応した。

 すると、友奈もまた可奈美から離れ、真司に並ぶ。

 

「ココアちゃんのお姉さん!? 確かにそっくり」

「よろしくね。えっと……」

「あ、私結城友奈です! それでこっちが……」

「は、初めまして! 城戸しんじぇぶ!」

 

 真司が名乗りの最中に舌を噛んだ。

 

「うわーっ! 真司さん噛み噛みだ!」

「だだだ、だってよ友奈ちゃん! こんな……こんな、美人なお姉さん、俺会ったことないからさあ」

 

 これ以上ないくらいに鼻の下を伸ばしている。

 真司の姿に微笑みながら、ハルトはスマホを見下ろす。

 

「後二人……」

 

 そんな彼の姿に可奈美は首を傾げた。

 

「後二人ってことは、響ちゃんたち?」

「なんだけどね。今忙しいみたい」

 

 ハルトはそう言いながら、可奈美にスマホを渡す。受け取った液晶画面には、多田コウスケからのメッセージが表示されていた。

 

『今それ言うなよ! 俺今日大学あ 

 響行きます!』

「うわー、口調がいきなり変わってる」

「察するに、響ちゃんにスマホ盗られたんだろうね」

「つまり響ちゃんは来るんだね」

 

 ハルトにスマホを返し、可奈美はモカへ視線を投げた。

 年が近いのもあるのか、真司はモカに対してデレデレになっていた。そんな彼を見て、友奈が真司の腰を肘で小突いている。

 

「コホン……俺、城戸真司です。ジャーナリスト目指してます」

 

 真司がわざとらしい咳払いをして、改めて自己紹介をする。

 だが、最初の噛み噛みだった時の印象が強烈だったのか、モカが苦笑した。

 

「はい。よろしくね。真司さん」

「は、はい……!」

「真司、声上擦ってるぞ。……さてと」

 

 ハルトが立ち上がる。

 

「ちょっと飲み物でも買ってくるよ。流石にこの量、飲み物なしだと辛いだろうし」

「あ、だったら私も」

「大丈夫だよ。コネクトがあるから、買ったものすぐに可奈美ちゃんのところに置いておくよ。リクエストとか聞かなくていいよね?」

 

 ハルトの言葉に、可奈美はモカたちを見渡す。

 真司はまだモカに照れており、真司から離れた友奈は、チノの隣に座っている。

 

「うん、大丈夫だと思う」

「それじゃあ、またあとで」

 

 そういって、ハルトは芝生から去っていった。

 彼を見送ったのち、可奈美は友奈の隣に来る。

 

「あ! 可奈美ちゃん! 天気もいいし、今日は絶好のピクニック日和だね!」

「うん! こんな日は、みんなでピクニックに限るよ!」

 

 寒さなど感じないように、可奈美は友奈と頷きあった。そこに、

 

「それじゃあ、パン大食い大会はっじめるよ~!」

「雰囲気が台無しだよ!」

 

 ココアが元気な声で籠を持ち上げている。可奈美が悲鳴を上げたところで、、「実は」とモカがスコーンを取り出した。

 

「あれ? モカさん、スコーンも作ってきたの?」

「ええ。実はね……」

「こんにちわーッ!」

 

 モカが何かを言おうとしたところに、元気な声が飛び込んできた。

 見れば、元気な笑顔の少女がこちらに向かって走ってきていた。

 活発な顔と、引き締まった体つき。女々しさなど感じさせない強い彼女こそ、さきほどスマホでハルトが連絡していた少女、立花響(たちばなひびき)

 

「立花響、到着しました!」

 

 元気な敬礼を見せる響。彼女は籠のパンを見ると、顔を輝かせた。

 

「うわあああ! すごいすごい! こんなに沢山!?」

「響ちゃん、久しぶり!」

「うん! あけおめあけおめ!」

 

 可奈美と響は互いに新年の挨拶を交わす。

 

「あ、あれから剣の鍛錬は積んでる?」

 

 パンにありつこうとする響の肩を掴み、可奈美は尋ねた。

 響の目に映る可奈美の眼は、キラキラと輝いているが、当人にとってはそんなことを気付く術はない。

 

「え? う、うん……」

「じゃあさじゃあさ! やろうよ! 立ち合い!」

「ふええええ!?」

「この前の響ちゃんの雷のアレ、本当に凄かった! 私も、あれと戦ってみたい! あの剣を受けて見たい! ねえねえ、色々メニューとか鍛錬のやり方とか教えたでしょ?」

「落ち着いて落ち着いて!」

 

 響が声を上げる。

 

「その……あれから、私ベルセルクに変身出来なくなっちゃって……オーパーツはガングニールが取り込んでるから、多分変身そのものはできるはずなんだけどなあ……」

「そっかあ……」

 

 可奈美はがっくりと肩を落とす。

 先月起こった古代(ムー)大陸の復活。その事件の際、渦中にいた響は、最終的にそのキーアイテムであるベルセルク、シノビ、ダイナソーのオーパーツをその身に取り込んだ。絶対的な(トライブキングの)力を手にしたが、その代償として、体をオーパーツに乗っ取られそうにもなったのだ。

 

「貴女も、ココアのお友達?」

 

 と、真司との挨拶を終えたモカが響に話しかける。

 響が自己紹介をすると、モカがにっこりとほほ笑んだ。

 

「ココアの姉のモカです。これ、お近づきの印にどうぞ」

「わああい! スコーン! いただきまーす!」

 

 響が満面の笑顔でスコーンを食す。

 そんな彼女を横目に、「実は」とモカが切り出した。

 

「ちなみにちなみにスコーン、一つだけマスタード入りがありま~す」

「マスタード入り!?」

 

 チノが青い顔をすると同時に、響の口が黄色い悲鳴を上げる。

 

「響ちゃんが当たった!」

「へいき……へっちゃら……!」

 

 響はダウンしながらもサムズアップをした。

 これから、この人のサプライズには注意しなければならない。

 可奈美は全身でそう感じたのだった。




ハルト『とりあえず、響ちゃんには場所伝えたから。お前も、来れそうだったら来てね』
コウスケ「あの野郎! こちとら土曜日なのに大学なんだよ! 土曜授業だってあるんだよ大学生には!」
???「よお、コウスケ。何騒いでんだ」
コウスケ「ああ? あ、何だ伊織(いおり)かよ。いや、お誘いだよ。今日今開いていれば」
伊織「ほーん……ざまあみろ」
コウスケ「いきなり酷くねえかお前!」
伊織「うるせえ! こちとら、毎日毎日サークルの野郎どもに付き合わされて、全裸で酒バカスカ飲みまくらされてんだよ!」
コウスケ「この前見に行った時、お前結構楽しそうだったじゃねえか」
伊織「言うじゃねえかこの野郎……この前てめえが侍らせていたあの女の子連れて来いや!」
コウスケ「響か? アイツはそういう関係じゃ……」
伊織「うるせえ! こちとらサークルに女子三人しかいねえ上に野郎どもは異常に多い環境なんじゃーー! テントでJKとドキッ二人っきりの共同生活なんて送ってるラッキー野郎と違って、癒しが欲しいんじゃあああああああ!」
コウスケ「だああああ皆まで言うなうるせえ!」



___熱くなれ my friends 太陽と派手に 青い空 飛び込め全部 夏に任せて___



コウスケ、伊織「ぐらんぶる!」顔突き合わせながら
コウスケ「2018年の7月から9月な……?」
伊織「ご説明どうも……概要は上の通りだから、もう解説いらねえよな……?」
コウスケ「お前はそれでいいのかよ……? ダイビングサークルの話だろうが……!」
伊織「この時期に行かねえよどこにも! あるのは毎日の飲み会だこんちくしょう! 俺も全裸にいることにだんだん抵抗なくなってんだよ! JKに会わせろ!」
コウスケ「その発言で響に会わせる決断をする奴がいんなら顔見せろやゴラァ!」


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クイッククイックスロー

平成のヒーローなのに、令和の今に強化フォームをもらうヒーローがいるらしい……
しかも2体
つまり今は平成33年


「あ……」

 

 ふと、紗夜は知り合いの顔を見つけた。

 何かをやりたいという気分でもない年明けの休日。妹の声が聞こえる家にいたくない紗夜は、適当に時間を潰す選択肢として、見滝原公園の散歩を選んだ。

 そこで、紗夜は見つけた。

 

「あれ? 紗夜ちゃん!」

「紗夜さん?」

 

 保登心愛。そして、衛藤可奈美。

 一瞬二人の顔に気を取られている内に、ココアが紗夜に近づいてくる。

 

「びっくりだよ! 紗夜ちゃん、結構可愛い服なんだね!」

 

 ココアが紗夜の私服をそう評した。

 水色のワンピース。その上に、水色のダウンジャケットを羽織った姿は、紗夜のいつもの姿だった。

 

「ありがとうございます。どうして保登さんがここに?」

「今日はピクニックだよ!」

「ピクニック? この時期にですか?」

 

 紗夜は耳を疑った。

 まだ新年になったばかり。風も吹けば凍えるような時期に、見て見れば見滝原高校では見ない顔の人たちが湖畔でレジャーシートを広げてパンを食べている。

 

「……驚きましたね」

「えへへ。ちょっとパンを作りすぎちゃって、皆で食べようって思って。寒いけど大丈夫! おいしいパンで温まるよ!」

「そ、そうですか……」

 

 少し引き気味に後ずさる紗夜。

 だが、去ろうとするのが少し遅かった。

 ココアの後ろから、ココアに似た女性___さしずめ大人版のココア___が現れたのだ。

 

「あれ? ココアの友達?」

「そうなのお姉ちゃん! 風紀委員の紗夜ちゃん!」

「私は友達では……初めまして。氷川紗夜です」

 

 成り行きながら、紗夜は自己紹介をした。すると、大人版ココアも、「ココアの姉のモカです」と返す。

 

「いつも妹がお世話になってます」

「いえ……」

 

 紗夜はモカから目を反らす。

 ココアに聞きたいことがある。だが、ココアに改めてそう言いかける前に、水色の髪の少女が声をあげた。

 

「こ、ココアさん!」

「ん? 何?」

 

 呼ばれたことをとても嬉しそうに、ココアが少女のもとへ走っていく。

 言葉を口にする機会を奪われ、紗夜は途方に暮れた。

 

「ねえ、よかったら一緒に食べない?」

 

 すると、レジャーシートに腰かけたモカが自らの隣を促した。

 見ると、彼女以外は、みな思い思いにレジャーシートから離れていた。水色のダウンジャケットの青年が二人の少女とキャッチボールを始め、ココアが水色の髪の少女に抱き着いている。

 仕方ありません、とため息をついた紗夜は、モカのとなりに腰かけた。

 

「……保登さん」

「うん?」

「保登さんも……お姉さん、でなんですよね」

「うん。そうだよ?」

「その……負担に感じませんか? 妹から期待されることが」

 

 初対面の相手に何を言っているのだろう。

 そんな自己嫌悪に陥りながらも、紗夜は続ける。

 

「私はそんなことないよ? ココアは末っ子だけど、私にも兄が二人いるし。何でも真似して、色んな影響を受けちゃったみたい」

「何でも真似して……」

 

 紗夜は、胸の内がぞわりと感じた。

 

「それ、辛くないんですか?」

「え?」

「姉だからって、何でも期待されるの。それを、妹が簡単に飛び越えたとしたら、辛くないですか?」

 

 こんなことを、モカに言って、自分は何を望んでいるのだろう。

 そんなことさえ、脳裏に過ぎる。

 だが、一度口にした言葉は、もう止まらなかった。

 

「何でもかんでも真似をすると、こっちも辟易(へきえき)するというか……」

「でもね」

 

 モカはほほ笑んだ。

 

「そんな妹も、可愛いと思わない?」

「え?」

 

 モカがにっこりした笑顔を向けてくる。

 

「貴女にも、妹がいるんだね? でもさ、そういう劣等感を感じるってことは、お互いに高め合っていけるってことだと思うし、悪いことじゃないよ?」

「……」

 

 紗夜は口を噤んだ。

 それを納得したと受け取ったのか、モカは紗夜の肩を叩いた。

 

「たまには、お姉ちゃんって垣根なんてなく、妹に頼ったりするのもいいと思うよ? 追いかけてくるココアだって、いつかこれなら、私よりも上手いかもって思うこともあったからね」

「そうですか」

 

 もはや、モカの言葉など聞こえてこなかった。

 ただ、紗夜の目には、ここにはいない双子の妹の姿しかなかった。

 そして、その口からは恨み言だけが綴られていた。

 

「お姉ちゃんだからなんだって言うのよ……!」

 

 

 

「結構買ったな……」

 

 近くのコンビニで大きなペットボトルの飲み物を買い終え、ハルトは財布の中で小銭を弄んでいた。

 

「ま、コーラとポカリと……適当に二、三本ずつ買ったからいいよね」

『コネクト プリーズ』

 

 さらに、普段からよく使う魔法で、魔法陣を開ける。可奈美のすぐそばに通じるように念じ、ペットボトルが入った袋を魔法陣に放る。これで、ピクニックのところにペットボトルが置かれるはずだ。

役目を終え、合流しようとしたところ。

 ハルトは、その目の前の人物に足を止めた。

 

「クイッククイックスロークイッククイックスロー」

「社交ダンス……だよね?」

 

 日傘を刺した男性が、通路の真ん中で踊っていた。

 口ずさむステップと、周囲の迷惑も考えないまま踊り続ける男性。左右を白と黒で別れた服を着ており、跳ねた髪形も合わさって、ピエロという印象を抱かせる。

 

「あ、あの人そういえば……」

 

モカを迎えに見滝原駅へ向かった時。ハルトを越える大道芸の腕を見せたのだ。その後も、モカとこの公園に来た時、一度挨拶している。

 

「すごい迷惑な歩き方してるな……」

 

 狭い遊歩道を、左右に気ままに動き回る彼は、周囲の人々を道のわきに押しやり、自らの自由を謳歌している。

 やがて、一部の野次馬たちが集まり、人だかりができていく。珍妙な恰好をした青年がわき目も降らずに踊っている様子を、多くの人々が撮影していた。

 曲芸としては最高なシチュエーションなのだが、他人の迷惑にもなっている。あれは止めた方がいいのではないだろうか。

 やがて、そんなピエロの前に二人組の警官が駆けつけてくる。

 

「ちょっと! 君!」

「クイッククイックスロークイッククイックスロー」

 

 だが、ピエロの動きは止まらない。あえて手に持った傘を警官に近づけ、片方はそれによって身を一度引いた。

 

「おお……」

「ちょ、ちょっといいかな?」

 

 めげない警官が、再び呼びかけている。

 

「クイッククイックスロークイッククイックスロー」

「あのね? 通行の邪魔になってるって通報がありましてね。ほら、道塞いじゃってるでしょ?」

 

 確かに、ハルトから見ても彼は道を塞いでいる。……正確には、彼と、彼に群がる野次馬たちが。

 

「あっちの公園に広場があるからさ。そこでやってもらえるかな?」

 

 警官は、すぐそばの見滝原公園を指さした。だが、ピエロはダンスを止めない。

 痺れを切らした警官が、声を荒げる。

 

「聞いてるのか?」

「クイッククイックスロー……」

 

 すると、ピエロはその動きを止めた。ようやく言うことを聞いてくれたかと警官たちが肩を撫で下ろすと、またダンスの動きを再開した。

 

「ちょ、ちょっと!」

「ああああああ!」

 

 見ていられなくなったハルトは、ピエロと警官たちの間に割り込む。

 

「すいません、コイツ、何かあるとすぐ踊っちゃう人なんですよ!」

「ええ?」

 

 怪訝な目つきの警官たち。また、野次馬たちは、ハルトが入ってきても撮影をやめない。

 

「すいませんほんと。あ、俺コイツと組んでる大道芸人です。たまにここの公園の噴水広場でやってるんで、暇な人は見に来てください。ほら、行くよ!」

 

 ハルトはそう言いながら、ピエロの左手を掴む。

 だがピエロは、右手で傘を上に向けた。

 

「ボン」

「いやボンじゃなくて! ほら、人様の迷惑だから、噴水広場行くよ!」

 

 ハルトはそう言って、ピエロを引っ張っていく。だが、変わらず「クイッククイックスロー」と踊りだそうとするピエロを、力づくで制しながら公園の入り口を潜らせた。




紗夜「衛藤さん」
可奈美「紗夜ちゃん! 大丈夫? 落ち着いた?」
紗夜「はい。その……先日は、取り乱してすみませんでした」
可奈美「ううん。当然だよ。いきなり聖杯戦争の話なんかされたら、誰だって怖くなっちゃうよ」
紗夜「そうですよね……保登さんは?」
可奈美「ココアちゃん?」
紗夜「先日も言いましたけど、銀とか赤のヒューマノイドに変身したんです。あれからは……?」
可奈美「ううん。私が見た範囲ではないよ。でも、この前ココアちゃんと一緒にお風呂に入ったけど、体に令呪みたいなのはなかったから、少なくとも参加者ではないと思う」
紗夜「そうですか……」
可奈美「紗夜さん……その、なるべく私達と一緒にいませんか? ここにいる人、ココアちゃん、チノちゃん、あとモカさんの他は参加者ですよ」
紗夜「……!?」
可奈美「だから……」
紗夜「少し……考えさせてください」


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ボートに乗ろう

シンフォギア コラボ キラメイジャー

……次は仮面ライダーとコラボするんじゃないですかねホントに

あ、刀使ノ巫女もSOコラボ、すでに星4引いたんじゃあ……(石全部使い切り)


「ボート乗り場があるよ!」

 

 ピエロを広場まで送り届けたハルトが戻ってきたとき、響のそんな声が聞こえてきた。

 

「真司。今どういう状況?」

「お? 戻ったかハルト。……お前飲み物買ってきたんじゃないのか?」

 

 真司が、ハルトの手元を見下ろしながら言った。

 

「コネクトの魔法で送ったよ? なかった?」

 

 ハルトが魔法陣の出口として意識したレジャーシートを指さす。確かにハルトがコンビニで買ってきたビニール袋があったが、その中に入っている容器は、全て空になっていた。

 

「あれ!?」

「おい、お前飲み終わってから来たのかよ!」

「俺そんなに性格悪くないよ!」

「よう。喉が渇いてたからな。頂いたぜ」

 

 そう言ったのは、レジャーシートに腰を下ろしている男性。ワイルドな顔付きの青年で、黄銅色のコートを羽織っている。

 さきほど、「今日は大学で来られない」と連絡してきた多田コウスケその人だった。

 

「いやあ、大学の最終授業もなかなかに骨だったからな。いいリフレッシュに……」

「お前かコウスケえええええええええ!」

 

 言い終わらぬうちに、ハルトはコウスケへ跳び蹴り(生身でストライクウィザードに匹敵する威力)を放つ。芝生をバウンドしたコウスケは、そのまま芝生に顔を埋め込ませて止まった。

 

「何しやがる! 殺す気か!」

「生きていたか」

「やる気かハルトてめえ!」

「俺がみんなのために買ってきたものを全部で一人で飲むのが悪い!」

「上等だハルトォ! 一回テメエとは白黒つけたかったんだ!」

「どうどう!」

 

 顔を突き合わせるハルトとコウスケに、真司が割り込んだ。

 

「それより、ほら。皆、ボートに行こうって話になってるぜ? 俺たちも行こうぜ」

「ボート!?」

 

 コウスケが勢いよく振り向く。見れば、ここにいるメンバー以外は、皆船着き場に集まっていた。

 

「折角ボートあるし、人も少ないしで、乗っていこうってことになったんだよ。ほら、二人とも行こうぜ」

「ボートか……レースでもするか?」

「うん、気分ぶち壊しだね」

 

 コウスケの言葉にツッコミを入れて、ハルトは足を船着き場に向ける。

 

「早く行こう。もうパン食べ終わってるんでしょ?」

「ああ」

「はあ? パンもうねえのかよ!?」

「お前はその分飲み物飲んでいたんだからいいでしょ? あと、後でお金返してよね」

「いやおいハルト! オレの扱いひどくねえか!?」

「気のせいだよ」

 

 憤慨するコウスケを無視して、先導する真司に続くハルト。

 近づくと、ココアが「みんなで乗ろうよ!」と呼び掛けていた。

 

「あ、コウスケさん来れたんだ!」

 

 響がにっとした笑顔をコウスケに見せる。

 

「あれ? でもなんでそんなにボロボロに?」

「聞くな」

「君は……」

 

 ハルトは、さっきまでいなかったもう一人の少女の姿に気が付く。

 可愛いというよりも、綺麗という印象が強い少女。

 以前、見滝原中央駅で大道芸をしていた時にであったことがすぐに思い出せたのは、あの「るんって来た」と言っていた妹の存在故だろう。

 

「あ、ハルトさん! こちら、氷川紗夜ちゃん! 以前、お姉ちゃんを迎えに行ったときに会ったことあるよね?」

「ああ。よろしくね。俺は松菜ハルト」

「多田コウスケだ。よろしく、カワイ子ちゃん!」

 

 ハルトを飛び越えて、コウスケが紗夜に接近する。その手を握り、跪いている。

 

「綺麗な人だな……なあ、よかったらこの後食事にでもッ!?」

 

 語尾が妙に上擦った。

 と思えば、コウスケの鳩尾に、響の肘が炸裂していた。

 

「はーい、言ってることぜんっぜんわかりません!」

「響……お前、結構いい腕してんじゃねえか……」

 

 その言葉を最後に、ガクッと気絶したコウスケは響に引っ張られていった。

 

「それじゃあ、それなら、くじ引きで別れて競争するってのは?」

 

 と、モカが提案した。

 だが。ざっとメンバーを見渡して、ハルトは言った。

 

「でもさあ。響ちゃんがコウスケを気絶させちゃったから、一人余るよ。九人だと」

「そもそも、私は乗るとは言っていません」

 

 紗夜はそう言って、去ろうとする。

 

「失礼しま……」

「お姉ちゃん見つけた!」

 

 別れの挨拶を紗夜が言い終える前に、元気な声が飛んできた。

 すると、紗夜は頭を抑える。頭痛に苛まれるように呟いた。

 

「ああ……日菜の声が聞こえる……」

 

 ふらついたような足取りで、紗夜はそちらを向く。

 少し離れた、見滝原公園の遊歩道。そこから猛ダッシュで湖まで走ってきたのは、紗夜と同じ顔をした少女だった。だが、紗夜とは真逆にボブカットに揃った髪をしており、明るい顔をしている。紗夜が綺麗というイメージならば、彼女は可愛いという言葉が相応しい。

 以前、名前も聞いた。日菜という名前を、ハルトは記憶から掘り起こす。

 

「もう! お姉ちゃん! 朝からいないし、連絡しても返事くれないし、どこで何をしていたの!? もう心配したんだからああああああああ!」

 

 日菜は、紗夜の前で両手をぶんぶん振り回し、やがてその背後のココアたちに気付く。

 

「あれ? お姉ちゃん、もしかして友達?」

「違うわ。私は……」

「へえ! 初めまして! 私、氷川日菜!」

「氷川日菜って……」

 

 その名前に、チノが目を輝かせた。

 

「もしかして、パステルパレットの、氷川日菜さんですか?」

「うんうん! 知ってるの? 嬉しい! あ、お姉ちゃん、もしかして皆でボートに乗るの? すごいすごい! るんって来た!」

「る、るん?」

 

 可奈美がその言葉に首を傾げる。

 すると紗夜が、頭を抱えて「すみません衛藤さん。日菜の悪い癖です」と謝罪した。

 続いて、ココアが日菜へ尋ねる。

 

「あれ? もしかして、紗夜ちゃんの妹?」

「そうだよ! 私とお姉ちゃんは、双子なんだよ! すごいでしょ! るんってくるでしょ!?」

「双子なんだ! でも、学校では見たことないかも……? もしかして、見滝原高校じゃないの?」

「ああ、私、風見野高校だよ。お姉ちゃんとは別なんだ」

「もういいでしょ? 日菜が乗ればいいわ。私はこれで……」

 

 紗夜は冷たくあしらう。だが、そうは問屋が卸さない。

 

「ねえねえ、お姉ちゃんも乗るでしょ? だったら、一緒に乗ろうよ!」

「私は……」

「はい! くじ引きできたよ!」

 

 紗夜が否定の言葉を言い終える前に、友奈がいつの間にか付箋でくじ引きを作り終えていた。紙を大きさもバラバラに切り分けたものだが、友奈の手によって、番号分けされていた。

 

「日菜ちゃんも、お姉ちゃんと乗るのも楽しいと思うけど、私たちとも乗ってみようよ! きっと楽しいよ!」

「うーん……私はお姉ちゃんと乗りたいんだけどなあ……」

 

 日菜は目をぐるりと回す。

 やがて。

 

「でも……新しい人たちと行くのも……るんってきたああああああああああ!」

「それじゃあ決まりだね!」

 

 モカがウインクした。

 

「あと、一位の人は、何でも命令できることにしましょう」

「やっぱり雰囲気ぶち壊し!」

「あはははは! るるるんってきたあああああああ!」

 

 日菜はそう大喜びで、友奈の手からくじを引いた。

 

「あたし、四番! 四番の人、一緒にるんってしよう!」

「どういう紹介なんだか……あ、俺一番」

 

 ハルトが続いて引く。友奈は、「それじゃあみんな! じゃんじゃん引いて行って!」と皆に促した。

 最後に紗夜が引いて、友奈の手元にも一枚だけ残った。

 

「それじゃあ、皆で一緒に、競争だよ!」

 

 結果。

 

 ハルト、紗夜。

 

「えっと……まあ、気軽にやろうか」

「……ええ。そうですね」

 

 真司、ココア。

 

「モカちゃんにいいところ見せてやるぞ!」

「お姉ちゃんにいいところ見せてやるぞ!」

 

 響、チノ。

 

「頑張ろう! チノちゃん!」

「は、はい……響さんと……一緒……ッ!」

 

 友奈、日菜。

 

「あははは! るんって来た!」

「頑張ろうね! 日菜ちゃん!」

 

 モカ、可奈美。

 

「よろしくね、可奈美ちゃん」

「はい! 私も頑張るよ!」

 

 という組み合わせになった。

 そして、可奈美が反対の岸を指さす。

 

「ねえ。それじゃあ、向こう岸の木に最初にタッチした人が勝ちってことにしよう?」

「あれか……」

 

 ハルトが目を細めた。

 向こう岸。中々の広さを誇る見滝原公園の湖は、真ん中を突っ切るだけでもかなりの距離が予想できた。

 そして。

 

『レディー……ゴー!』

 

 チノの腹話術が、スタートの合図となった。

 

 皆でボートに乗った直後、目を覚ましたコウスケが「オレも乗りたかったあああああああああ!」と血涙を流したのはまた別の話。

 

 

 

 ボートに乗った彼らを見送り。

 白と黒のピエロは、にやりと笑みを浮かべた。

 

「ああ……甘美な……劣等感」

 

 ピエロは手に持った巨大なペロペロキャンディを舐めながら、彼らのボートが離陸していくのを眺めている。

 

「彼女もマスターか……ちなみに、サーヴァントは一体どういう条件で召喚されるのかな?」

『色々あるよ』

 

 そう、ピエロに答えるのは、白い小動物の形をした生物。ピエロの左腕に乗るそれは、ところどころにピンクの模様が入っているそれは、顔を一切動かさずにピエロと会話をしていた。

 

『一番多いのは、召喚の呪文だね。これを唱えれば一発でできるよ』

「へえ……他には?」

『令呪を使って無理矢理呼び出したり、触媒を使ったり。ああ、あとこの詠唱に特定の文言を加えれば、クラスを限定できるよ』

 

 小動物___聖杯戦争の監督役、キュゥべえの言葉に、ピエロはペロっとキャンディを味わう。

 

「つまり、今彼女が召喚することは……」

『早々あり得ないだろうね』

「ほう……」

 

 やがてピエロは、キャンディをかみ砕く。口の中で音を立てながら飲み込み、息を吐いた。

 

「ならば……次のゲームを、考えてみようかな?」

 

 ピエロは、静かに少女___紗夜を見つめていた。




まどか「なんか最近、ほむらちゃんとよく会う気がする」
ほむら「気のせいよ」
まどか「偶然なんだろうけど……いつも会うよね」
ほむら「同じ学区内に住んでいるのよ。遭遇するのもそうそう珍しいものじゃないわ」
まどか「う、うん……(入学式明けから今日まで、平日は毎日帰り道に見かけるし、休日の今日もこうしてショッピングモールでばったりするのって偶然かな?)」
ほむら「だから気にしないで」
まどか「その……いつも隠れてる電柱に書いてある『ほむら専用』って何?」
ほむら「そんなことより、今日のアニメ。どうぞ」
まどか「無理矢理繋げた!」



___ねぇなんで友達ができないの? 「直球ですわね!」 高慢で高飛車で …「言いたい放題ね!」___


ほむら「三者三葉よ」
まどか「2016年の4月から6月までの放送だね」
ほむら「三人の女子高生の日常を描くものね」
まどか「大食い、腹黒、お嬢様の三人で織り成す学園コメディ! お嬢様の付き人の山路など、強烈なキャラが一杯だよ!」
ほむら「なかなかのボリュームね……この薗部とかいうメイド、子供じゃないの?」
まどか「ほら、そういう外見の年齢が一致しない人、結構こっちの世界多いし」
ほむら「メタ発言するまどかもいいわね。ちなみに、原作の連載が2003年からよ。同期の仮面ライダーが555だと思ってくれれば分かりやすいかしら」
まどか「ふええ……すごい先輩さんなんだね」
???「真理はなあ! 俺の母親になってくれるかもしれない女なんだ!」
まどか「ハッ! 今、イケない電波を受信したような……」
ほむら「誰!?」


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コンプレックス

「さあ、可奈美ちゃん! ここはお姉ちゃんに任せなさい! 優勝は私たちだよ!」

「悪いけど、みんな私の言うこと聞いてもらうことになるからね! 真司さん、私に漕がせて!」

「るんって来たああああああ! 負けないよ!」

「最速で! 最短で! 真っすぐに! 一直線に!」

「響さん……かっこいいです……このまま勝って、ココアさんにお姉さんと呼ばせましょう」

 

 各々がそれぞれに勇猛果敢な叫びをする中、ハルトは「それじゃあ……」とオールを持った。

 

「俺たちも、ちょっと頑張ってみようか」

「そうですね」

 

 ハルトの言葉に返す紗夜だが、彼女の目はハルトを見ていない。

 気まずい雰囲気を感じながら、ハルトはオールを漕ぎだした。

 それぞれのボートが、ティッピーの号令で出航する。最初はそれぞれ、同じペースで水面を滑っていたが、やがてその速度の均衡に乱れが生じてくる。

 

「私についてきてごらん!」

 

 そう言って、トップを独走するモカ、可奈美チーム。可奈美が漕ぐのかと思いきや、モカが笑顔のまま、猛烈な勢いでオールを漕いでいた。

 パン屋だから、腕力が強いのだろうか。

 

「ああっ! 可奈美ちゃんが連れ去られる!」

「おおおお、落ち着いて! ココアちゃん、それよりしっかりバランスとって! 落ちる落ちる!」

 

 勝手に鬼気迫る表情でふんばるココアが、悲鳴を上げる真司を無視しながら爆進する。

 

「響さん……こういうのも、とても楽しいです。勝負もいいですけど……今は、こうしていたいです」

「チノちゃん、なんか体勢がすごいことに……」

 

 その次。響は急いでいるが、何よりもチノがそれをさせてくれない。彼女は響の腰に寝込み、響に膝枕ならぬ腰枕をさせている。チノの「ココアさんに膝枕されるよりも、とっても安心します」という一言に、ココアが水平線の彼方で悲鳴を上げていた。

 

 その次が、ハルト、紗夜。

 当初こそは、「皆にどんな罰ゲームをさせようかな」と息巻いていたが、ココアとモカの姉妹対決が中々にヒートアップした結果、後方に取り残されてしまったのだ。

 

 そして。

 

「るんって来たあああああああああ!」

「日菜ちゃん速い速い速い!」

 

 突如、そんな声が聞こえてきた。

 見れば背後には、白目で悲鳴を上げている友奈の姿があった。常に堂々としている彼女が

驚きのあまりに普段見ないような顔になっており、ハルトは思わず笑ってしまいそうになった。

 そして、日菜はどんどん早くなり、「あ、お姉ちゃん! 私が勝ったら、るんっとすることやろうね!」と紗夜へ言い残し、そのまま先頭集団に躍り出た。

 

「ま、まさか、妹さん、いきなり猛スピードになるなんてね」

「スタートから今まで、練習したのでしょう。少しの飲み込みで誰よりも上手くなる子ですから」

「す、すごいなあ……」

 

 紗夜はずっと、水面を見下ろしている。冷たい海面でも、今の紗夜の顔よりは暖かそうにさえ思えた。

 

「や、やってみる? 少しは気分がすっきりすると思うよ」

 

 ハルトは紗夜へオールを差し出した。

 紗夜は少しだけオールを見やり、黙ってそれを受け取った。

 やがて、紗夜は静かにオールを水面に滑らせる。少しずつ、ボートは動いていく。

 だが、それはとても遅かった。ハルトよりも。

 そして何より、日菜よりも。

 

「……ッ!」

 

 彼女自身も、日菜に負けたことを認識したのだろう。

 ハルトから見ても分かるほど、紗夜は唇を噛んだ。

 

「日菜はすぐに飲み込めた……もう、あんなに先にいる……それなのに、私は……」

 

 紗夜の手から、オールが離れていく。留め具を軸に、オールは静かにハルトの手元に流れていった。

 

(気まずい……っ!)

 

 ハルトは顔から冷や汗をかいていた。

 そもそも初対面の二人で手漕ぎボートとかどうなんだよとココアを恨みながら、ハルトは漕ぎ続ける。

 だが、航路をずれ始めている響、チノ組が少し近づいてきただけで、残りの三組は遥か彼方で激戦ドラマを繰り広げている。風に乗って、「お姉ちゃんを越えるんだ!」「あ! 千鳥(が入ったギターケース)が! 流されていく!」「るんって来た! 勝負はもらったよ!」という声が聞こえてきた。

 

「いつもああなんです」

 

 突然、紗夜が切り出した。一瞬オールの手が止まったハルトは、漕ぐのを再開しながらも、彼女の話に耳を傾けた。

 彼女は、日菜を……日菜ではなく、あくまで日菜の方を眺めながら言った。

 

「誰よりも飲み込みが早くて、何をやらせても全部そつなくこなせてしまうんです」

「すごいな……天才か」

「天才……」

 

 その言葉に、紗夜は唇を噛んだ。

 そのまま俯く彼女を見て、ハルトは言葉を紡いだ。

 

「天才って言葉が、嫌い?」

「……ええ。嫌いよ」

 

 彼女の眼差しに、闇が宿る。

 

「でも……間違いなく、日菜は天才なんです。飲み込みも速くて……私には、何もないのに……」

「……うん」

「今、日菜はパステルパレットっていうアイドルで活躍しているけど……もともとあれは、私が始めたギターを真似して、私を追い越していったからなんです」

「そうなんだ……今、君はギターは……?」

「やめました。日菜に負けたからっていうのもありますけど……音を奏でるのが虚しくなって……」

「そっか」

「それ以外も……勉強も、スポーツも……何もかも、日菜がやっていることは私の後追いだけでしかない……高校生になったら、互いに干渉しないはずだったのに」

「もしかして、距離の取り方っていうか、接し方が分からなくなってるの?」

 

 ハルトの問いに、紗夜は押し黙った。

 

「分かりません」

「……ねえ。会うのが二回目の俺が言うのも変な話だけどさ。俺に話してみたら? 楽になるかもよ」

「……」

 

 紗夜は口を閉じる。ハルトのオールに合わせて、彼女の髪もまた上下に振動を繰り返していた。

 

「姉だからなんだってのよ」

 

 その声は静かだった。だが、沈黙が支配する湖面において、その声はどこまでもはっきり残っていた。

 

「え?」

「お姉ちゃんお姉ちゃんってなんなのよ! 憧れられる方がどれだけ負担に感じてるかわかってないくせに‼」

 

 決壊した紗夜は、もう止まらない。ボートの側面を叩き、叫ぶ。

 

「何でも真似して! 自分の意思はないの!? 姉がすることがすべてなら、自分なんて要らないじゃない!」

 

 ハルトはこっそりと、右手にドライバーオン、左手にサファイアの指輪を入れておく。

 

「何でもかんでも私の後を追いかけて! そのくせ、私の努力を、全部簡単に飛び越えて!」

 

 紗夜が、さらにボートを力を込めて叩いた。それにより、ボートが軽く揺れる。

 

「期待されるのがどれだけ辛いと思ってるの? そんなのに、お姉ちゃんお姉ちゃんってまた追いかけてきて……! 距離の取り方なんて、分かるわけないじゃない!」

 

 そこまで叫んで、紗夜は肩を揺らせた。

 ある力を全部使って叫びきった彼女は、やがてハルトの顔を見てはっとする。

 

「っ! ……私……」

 

 謝ろうとする彼女を制し、ハルトは言った。

 

「それでも……期待してくれるだけ……こっちに何かを向けられている、そういう関係があるだけでも、幸せだと思うよ」

「松菜さん?」

「……いるからな。関係さえ分からない……本当に妹って呼んでいいのか分からない人がいる奴も」

 

 ハルトは紗夜から、波打つ水面に目線を映した。水の中の方が暖かそうな空間の中、自分の姿だけがはっきりと見えた。

 

「余計なお世話かもしれないけどさ。もっと、話そうよ。妹さんと。そうすれば、何かが変わるかもしれないよ」

「……」

「俺は、君が抱えているものを、今君が言ったこと以上のことを知らない。でも、どんな結果になるとしても、後悔だけはしないでほしいんだよ。妹のことで」

「……松菜さん、それはどういう……?」

「もう勝負は決まったみたいだし、そろそろ戻ろうか」

 

 ハルトは、紗夜の言葉を遮った。

 すでにゴール地点では、三組のボートが勝負を終え、乗っていた人たちも船着き場に上がっていた。

 紗夜は、それ以上ハルトに割り入ることができないのか、賛成の色を浮かべた。

 

「え? は、はい……」

「俺たちが最下位だけど……確か、命令が誰かに来るかまでは、指定されていなかったよね?」

 

 そう言って、ハルトはボートを漕ぐ力を強めた。

 その間、紗夜はまた顔に影を作り、俯いていたのだった。

 

 

 

「ほう……」

 

 落ち込んでいる少女を眺めながら、その人物はにやりと口を歪めた。

 

「いい……実にいい……」

 

 キュゥべえを右肩に乗せたピエロ。白と黒に二分された服を着た彼は、ペロペロキャンディを最後まで全てかみ砕きながら笑みを浮かべた。

 

「あの手は……ククク……」

 

 右手の包帯。彼が見つめるその先の人物、その包帯の正体が傷ではないと確信したピエロは、目を大きく見開く。

 

「監督役。君は、ジグソーパズルをやったことがあるかい?」

『僕はないよ。君はあるのかい?』

「ああ。あれは地球で一番素晴らしい発明だ」

 

 ピエロは断言した。

 

「バラバラなピースが合わさると、一つの絵が完成する。まさに、この世界を表す素晴らしい発明だ」

『拡大解釈だね』

「そうかい? でもね。私も……先日攫ったあの少女も、私の計画の一部。パズルのピースなんだよ。そして、今見つけた彼女もね」

『? 完成したパズルの絵は、君にも分かるんじゃないのかい?』

「いいや。新しいパズルのピースを見つけた。どんな絵になるのかは、私にも分からないさ」

 

 ピエロはそう言いながら、パズルのピースに向かって足を向けたのだった。

 

「どんな絵が完成するか。実に楽しみだ」



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青い影

ゼンカイジャー! に、バングレイが出る!
どうせブラジラも蘇るでしょう……
バングレイとブラジラが1カットだけでも一緒に映ったら自分は喜びます


「う……酔ったよ……」

「あははははは! 楽しかった! るるるんって来たあああああああ!」

 

 これが、手漕ぎボート優勝者コメント。

 目を回している友奈が、可奈美に背中をさすられている。優勝の功労者である日菜は、パートナーとは逆に元気に笑い声を上げていた。

 

「ねえねえ! 何でも命令していいルールだったよね!?」

「うん。そうだよ」

 

 日菜は次着のモカに、目をキラキラさせて確認している。確認を取れた日菜は大喜びで、ハルトに続いてボートを降りた紗夜に目を向けていた。

 

「っ……!」

 

 紗夜が明らかに嫌がっている。どうやって取り持つかなあと考えていると、真司がハルトに耳打ちした。

 

「なあハルト」

「どうしたの?」

「あれ、何とかならねえかな?」

 

 真司が指さす方向。

 見れば、二人が仲良く四つん這いになって沈んでいた。

 

「またお姉ちゃんに負けたまたお姉ちゃんに負けたまたお姉ちゃんに負けた」

「皆まで言わせろよ……オレだって参加させてくれたって良かったじゃねえか……」

 

 敗者(ココア)不参加者(コウスケ)

 近づきたくないまでの負のオーラを放っており、思わずハルトも顔をしかめた。

 

「……放っておけばいいんじゃない? なんか絡んだら面倒になりそうだし」

「そ、そうか?」

 

 真司が困惑の表情を浮かべている。

 

「みんなー!」

 

 その時、響の声が聞こえてきた。

 見れば、チノと二人でこちらに歩いてきているところだった。

 

「飲み物買ってきたよ! 皆疲れたでしょ? 一緒に飲もう!」

「響さん、素敵です!」

 

 チノがここまで笑顔になっているのをハルトは見たことがない。

 もう彼女は、響がいてくれれば何でもいいんじゃないかとさえ思えてきた。

 

「なあ、ハルト。チノちゃんはなんであんなに響にゾッコンなんだ?」

「ほら、俺たちが最初に聖杯戦争に巻き込まれた時あったでしょ? アサシンの時の」

「ああ。お前の偽物が出たやつな」

「あの時さ、チノちゃん響ちゃんに助けられたでしょ?」

「そういやそんなこともあったなあ」

 

 コウスケが頷く。

 

「その時に惚れたんだってさ。まあ、響ちゃん下手な男性より漢らしいからね」

「正直オレの立つ瀬がねえんだよな」

 

 コウスケが頭をかく。

 

「オレ、色んな意味で響に負けてねえか?」

「まあまあ」

「二人とも何の話してるの?」

 

 話題の人物、響がハルトとコウスケに割り込んできた。

 

「はい、コーラ」

「おお。サンキュー」

 

 コウスケが少しぎこちなくそれを受け取る。

 

「ハルトさんも」

「ありがとう」

「それで、何の話だったの?」

「ああ。響がすげえって話」

 

 コウスケがコーラを口にしながら答えた。

 響は「えへへ……」と照れ、そのままコーラを配っていった。

 

「かぁーっ! 疲れ果てた五臓六腑に沁みる~!」

「仕事明けのおっさんか」

「授業明けの学生だ。ハルト。お前飲まねえのか?」

 

 コウスケが、ずっとコーラを持ったままの手を指して尋ねる。

 

「お前、ずっとここまで漕いできたんだし、水分補給はしておけよ」

「あ、ああ」

 

 ハルトは少し顔をしかめながら、コーラを口につける。

 

「ハルト、お前もしかして炭酸苦手か?」

「あ~……得意ではないかな」

 

 ハルトはそう言って飲み干した。

 

「まあ、嫌いでもないし、別にって感じ」

「ほーん……」

「正直言って生も欲しいな。お前もそう思わねえか?」

「俺まだ未成年」

「ああ、わかるわかる。俺も生ほしいぜ」

 

 そう言い出したのは、真司。彼もまた、チノからもらったコーラを飲み干し、口に炭酸の泡を付けながらコウスケに賛同する。

 

「この世界に来て、ほとんど飲む機会がねえんだよなあ……なんか、物価高くねえか?」

「ビールなんてそんなもんだぜ。つーかハルト、お前いくつだったか?」

「十九」

「かぁーっ! まだだったかーっ! 真司、今度飲み明かそうぜ!」

「お? いいねえ。コウスケの奢りだな?」

「いや、お前の奢りだろ」

「いやいや。こちとら別世界の人間なもので、手持ちの金があんまりないんだよ……」

「いやいや。こちとら学生なもんでさあ? バイトしてても、金もそんなねえんだよ」

 

 酒を巡る戦いを始めた二人に背を向けて、ハルトは静かにコーラを口につける。

 

「……」

 

ハルトは空になったペットボトルをコネクトの魔法陣に押し込む。そのあと、保登姉妹とチノが見ていないかどうか、事後確認をした。

 背後では、へこむココアをモカとチノが慰めていた。

 

「また……お姉ちゃんに負けた……」

「おーおー。世界の破滅みたいな顔してるね」

「あ、ハルトさん」

 

 チノがこちらに駆け寄り、コーラを差し出した。

 

「よかったらどうぞ」

「あ、大丈夫。さっき響ちゃんからもらったよ。それより、すごいなココアちゃん……」

 

 ハルトは、先ほどにも増して暗くなっているココアの姿に言葉を失った。

 

「あれ……どうするの?」

「モカさんに任せましょう。姉のお手並み拝見です」

「姉のお手並みってなに? あとどうしてチノちゃんそんなにどや顔なの?」

 

 チノにツッコミを入れていると、モカの声が聞こえてきた。

 

「そんな顔しないでよ。帰りにスーパー寄ってこ。ココアの好きなもの、何でも作ってあげる」

 

 すると、落ち込んでいたココアがぱあっと顔を輝かせた。

 

「じゃあ、お姉ちゃんの特製ハンバーグが食べたい!」

「お姉ちゃんに任せなさい!」

「……こうやってすぐ甘えちゃうからお姉ちゃん越えができないんじゃない?」

 

 失言だったと後悔した。

 するとココアは、あたかもこの世の終わりのような顔をして嘆く。

 

「ヴェアアアアアアアアアアア!」

「ココアさんがハルトさんの言葉で死んでます!」

「さてと……」

 

 そのまま逃げるように、優勝者の方へ歩くハルト。

 もっとも、友奈はまだ可奈美に背中をさすってもらっている状態なので、日菜にしか話を聞けないが。

 

「それで? えっと……日菜ちゃん、だったっけ? と友奈ちゃんは、何するの?」

「なせば……」

「ん?」

 

 さすられたままの友奈が、絞ったような声を上げた。

 

「なせば大抵……なんとかなる……ガクッ」

「友奈ちゃんが倒れた!」

「きっと日菜ちゃんのるんるんコンボに耐えられなかったんだ!」

「いやハルトさん、冷静に分析しないで!?」

 

 可奈美が白目で叫ぶ。

 結局、今無事な日菜がお願いすることになった。

 

「うーん……それじゃあ! るんって来た!」

 

 日菜の頭上に電球が灯る。

 

「お姉ちゃん!」

「嫌よ」

 

 紗夜が有無を言わさずに否定した。

 この場が一瞬凍り付く。

 

「……ごめんなさい」

「ごめんなさいって……」

 

 どうしたの?って聞き返そうとしたハルトは、口を噤んだ。

 (日菜)といる時間をあえて取りたくないのだろう、と理由を推測してしまったのだ。

 紗夜も、思わず空気を悪くしてしまったことに気まずさを感じているようだった。

 

「ごめんなさい……保登さんも。私、先に失礼します」

 

 紗夜はそのまま、そそくさと立ち去っていった。遊歩道を歩いていく彼女の後姿を、日菜は残念そうに見送った。

 

「ええ? お姉ちゃん、待って!」

「来ないで!」

 

 紗夜が叫ぶ。

 その声に、日菜もまた思わず足を止めていた。

 

「お姉ちゃん……?」

「……ごめんなさい」

 

 唖然としている日菜を置いて、紗夜は走り去っていった。

 そんな彼女を追うべきかどうか。ハルトも、他のみんなにも分からなかった。

 

 

 

「……最低ね……私」

 

 成り行きで参加したとはいえ、皆の空気を悪くしてしまった。

 公園の遊歩道は、赤い空に染め上げられている。

 休日の見滝原公園は、もう大勢が帰り始めている。親子連れが通過するのを、紗夜は黙って眺めていた。

 やがて、目の前に幼い姉妹が駆けていく。仲が良さそうに、互いに笑顔を向け合う姉妹を見て、紗夜はさらに気分が落ち込んだ。

 

「待っていたよ。氷川紗夜さん」

 

 突如として呼ばれる自分の名前。

 聞いたことのない声に、紗夜は思わず振り返る。

 人気のない、夕方の公園の茂みの中。

 そんな闇を背景に、右手の森からそれは現れた。

 

「……誰?」

 

 左右を白と黒のツートンカラーがデザインされた服の人物。

 髪の一部にはメッシュが入っており、見ただけで中々強い印象を与えてくる。

 それだけでも強烈なのに、さらに彼は、日傘を刺していた。

 すでに空も赤く染まっている時間帯なのに、それでも尚日傘を使っている人を紗夜は見たことがなかった。

 

「綺麗な夕焼けだね」

「え?」

 

 思わず紗夜は、夕焼けの方角を見てしまう。冬の乾いた空気を、赤い光が照らしていった。

 彼は続ける。

 

「この時間帯、人々は逢魔(おうま)(とき)と言うんだろう? 知っているかい?」

「名前だけなら」

 

 紗夜は警戒しながら答えた。この男を不審者として通報するべきか否かを考えていたが、彼はそんな紗夜のことなど気にせずに続けた。

 

「面白い考え方だ……この世と異世界との境目。幽霊、妖怪、悪魔、災厄……そんなものと遭遇する時間帯」

「……」

 

 思い出した。

 紗夜は、一度彼に会ったことがある。

 以前、見滝原中央駅で、日菜に連れられていた時、駅前の噴水広場にいたのだ。

 覚えていてかおらずか、彼は紗夜に向き直る。

 

「もしかしたら、この時間帯に君と出会った私も、そんな悪魔だったりして……ね?」

「貴方、誰なんですか? 不審者なら、通報しますよ」

 

 考えていたことを直接ぶつけた。

 すると、彼はほほ笑みながら、紗夜に背を向ける。そのまま背中を曲げて、背後の紗夜を逆さ向きで見つめた。

 

「いやいや。不審者だなんて心外だな。私は……」

 

 彼はそのまま、腰から群青色の道具を取り出す。ボタン一回でアイマスクの形に変形するそれは、紗夜には底知れぬ不気味さを感じさせた。

 

「君の……味方だ」

 

 彼は、そのままアイマスクを被る。すると、マスクより青黒い闇が溢れ出し、白と黒の体を青く染め上げていく。

 やがて彼は、変わった。

 群青色の体を全身にまとい、胸元の十字に組まれた拘束具が特徴。顔を面で隠し、その奥の赤い双眸が冷たい人物。

 

「!」

 

 紗夜は思わず尻餅をつく。

 目の前で変わった異形。それは、聖杯戦争参加者がフェイカーと呼ぶ人物だった。

 フェイカーはそのまま、紗夜へ指を向ける。

 

「私はトレギア。君の願いを叶えるためにやってきた」

 

 フェイカー___真名トレギア。偽りの仮面(フェイカー)が、じっと紗夜を見つめていた。



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トレギア

フェイカーは、偽りのサーヴァント
仮面も、ある意味偽りの顔ですからね。そういう意味では、偽りのサーヴァントと言えるかもしれません。言えないかもしれません


「私の……願い……?」

 

 紗夜は耳を疑った。

 

「君の心は、私と同じだ。君は、強い劣等感……コンプレックスを抱いている。そうだろう?」

「……」

 

 相手は恐ろしい外見だというのに、紗夜の体は、逃げることが出来なくなっていた。徐々に近づいてくるトレギアと名乗った相手に、脳は危険信号を発し続けているのだが、それ以外の体の器官が、逃げることをよしとしなかった。

 

「おやおや? この右手は……」

 

 彼の右手が、紗夜の頬を撫でる。同時にその左手が、紗夜の右腕を掴んだ。やがてねっとりとしたその手つきは、紗夜の手首の包帯……正確には、その令呪の上を撫でまわす。

 

「君も聖杯戦争の参加者だろう?」

「!」

 

 紗夜は手を引っ込める。

 

「もしかして……貴方も……?」

 

 紗夜の脳裏に、スイムスイムが思い出される。

 トレギアの両手が、がっちりと紗夜の顔に張り付く。ぐいっと近づくトレギアの顔に、紗夜は凍り付く。

 

「ああ。そうか……なら、君をここで始末するべきなのかな? 私は」

「ッ!」

 

 心臓が口から飛び出しそうになる。

 だが、その様子をトレギアは愉快そうにせせら笑う。

 

「ははは! まあ、安心してくれ。君にそんな野蛮なことはしない」

 

 だが、その言葉に紗夜は安心できない。警戒を解くことなく、トレギアの様子を見ている。

 

「言っただろう? 私は、君の願いを叶えにやってきたと」

「願いを……?」

 

 トレギアの手が、紗夜の頬に触れる。手袋のような手触りが、紗夜にとても冷たく感じられた。

 

「いい目だ……」

「え?」

 

 トレギアの赤い目に、自らの怯えた顔が見えた。

 もう終わりだ。紗夜は本能的にそう感じ取った。

 これまで、可奈美やココアに助けられたのは、あくまで幸運だったからだ。本当ならば、ムー大陸に攫われた時点で、こうなる運命だったのだ。

 だが、いつまでもトレギアによる死はやってこない。

 疑問符を浮かべる間も、トレギアはじっと紗夜の目を見つめていた。

 

「何を怯えている?」

「……え?」

「ああ……ここで君を始末するのは簡単だが、それだと面白くない……」

 

 トレギアはそう言って、ねっとりとした手つきで紗夜から手を放す。

 安心することなどできないまま、紗夜はトレギアの動きを目で追った。

 彼は紗夜の周囲をグルグルと回りながら、その姿を見物しているようだった。

 

「そこでだ……」

 

 トレギアは紗夜の右手を取り、その包帯を外す。

 現れた、不気味な紋章が描かれた手首。令呪と呼ばれるそれをじっとトレギアは見つめた。

 

「私に従ってもらえないだろうか?」

「え?」

「無論、君にも見返りは与えよう」

 

 トレギアは紗夜から離れていく。

 

「見返り……?」

「そう。君が何よりも望んでいるものを、君に与えよう」

 

 トレギアの指が、紗夜の目の前で目を指差す。

 

「君の望みは何だい? 生き残りたいかい? 永遠の命が欲しいかい? それとも……」

 

 トレギアの両手が、紗夜の顎を掴む。力を入れていないその手を、なぜか紗夜は振り切ることが出来なかった。

 

「君の妹を……」

「!」

 

 一瞬、紗夜の顔が強張った。

 それを見たトレギアは、愉快そうに肩を揺らす。

 

「どうしたんだい? 妹と言っただけなのに、どうしてそんなに怖い顔をしたのかな?」

「私は……っ!」

「君の願いを叶える。その手段を、君に与えよう。さあ、これを……」

「紗夜ちゃん!」

 

 突如の叫び声に、トレギアは動きを止めた。

 紗夜も振り返れば、響と友奈が走ってきているところだった。

 

「やっと見つけた……ええッ!?」

「探したよ……え、あれって、サーヴァント!?」

 

 二人は、仮面のサーヴァントの姿を見て警戒を強める。

 

「紗夜ちゃん! その人から離れて!」

 

 友奈は叫びながら、紗夜とトレギアの間に飛び込む。さらに、そのまま倒れそうになった紗夜を、響が受け止めた。

 

「紗夜ちゃん、大丈夫?」

「立花さん……?」

 

 紗夜は頭を抑えながら、受け止めた響の顔を見上げる。響はそのままトレギアから離れた。

 トレギアは笑いながら、二人の乱入者を見つめて両手を広げた。

 

「おいおい……人が折角打たれ弱った少女をナンパしているのに、邪魔しないでくれよ」

「え? い、今のナンパだったの? それはごめんなさい」

「いや、どう見ても今のはナンパの動きじゃないよねッ!?」

 

 響が紗夜を守るように立つ。

 

「えっと、あなた、サーヴァント? ……サーヴァントだよね?」

 

 響が確認する。するとトレギアはクク、と肩を揺らした。

 

「初めまして。セイヴァー、そしてランサーのサーヴァント。私はフェイカーのサーヴァント」

 

 トレギアはニタリといった音が似合うように、首を震わせる。

 

「もう名前も名乗ったし、君たちにも自己紹介しようか……私の名はトレギア」

「トレギア……?」

「狂おしい好奇心……という意味さ」

 

 友奈の警戒に、トレギアはそう応じた。

 トレギアから解放された。

 安心感からか、紗夜は体からぐったりと力が抜けるのを感じた。

 響に抱えられ、彼女の顔とトレギアを交互に見やる。

 

「紗夜ちゃんに、何をしたのッ!?」

 

 響が怒鳴る。

 

「ハハハハハ! 別に何もしてはいないさ。少しだけ、話を聞いてもらっただけだよ」

「話?」

「フェイカーって……」

 

 だが、友奈がトレギアへ警戒の目を向けている。

 

「確か、ハルトさんが遭遇したって聞いたよ」

「そうなの?」

「ハルト……ああ……松菜ハルト君か」

 

 トレギアはうんうんと頷いた。

 

「彼にもここで一度挨拶したね」

「まどかちゃんを攫おうとしたって聞いたけど……つまり、悪い人!」

 

 友奈が腰を低くした。

 だがトレギアはそれには答えず、ただ顎に指を当てた。

 

「あまり直接の戦いは好きじゃないんだけどなあ……まあ、たまには英霊らしくやりますか」

 

 トレギアは欠伸をしながらそう言った。

 その右手に、ビリビリと黒い雷が宿る。木々を揺らし、夕焼けを夜に染め上げようとするそれは、生身の友奈、響、そして紗夜を食らわんとする。

 

『Balwisyall nescell gungnir tron』

牛鬼(ぎゅうき)!」

 

 黄色と桃色の閃光。

 二色の光が、紗夜を守る壁となる。やがて光が二人の体を包み、その姿を変えていく。

 歌を体に纏ったガングニールの奏者、響。

 神なる樹より力を受けた桃色の勇者、友奈。

 二人は、同時に拳を突き出し、黒い雷を殴り弾いていた。

 

「ほう……変身は手軽に出来るのか」

 

 トレギアは軽く手を叩く。

 

「先日のムー大陸での戦いは、色々と見させてもらったよ。あの規格外な騎士の姿にはならないのかい?」

「騎士……サンダーベルセルクのこと?」

 

 トレギアの問いに、響が首を傾げた。

 

「よく分かんないけど、あれ以来変身出来なくなっちゃったんだよね……」

「それは残念だったね。あの力なら、私に歯向かえたのかもしれなかったのに。……なら、せめてもののハンデだ」

 

 そんな二人を見ながら、トレギアは二人のサーヴァントへ指さす。

 

「お先にどうぞ」

 

 トレギアがバカにしたように手のひらを響と友奈に見せる。

 すると二人は、互いに相槌を打った。

 

「いいけど、後悔しても知らないよ!」

「話し合ってくれないのなら、ぶっ飛ばしてから、改めて話し合いにさせていただきます!」

 

 二人は拳を突き出し、トレギアに挑む。

 

「うおりゃああああああ!」

 

 響の怒号。全てを砕く威力の響の拳が公園の木々を薙ぎ払っていく。

 だが、トレギアは軽い身のこなしでそれらを全て回避する。

 

「このッ!」

 

 さらに、響はラッシュ。だが、その全てもトレギアに読み切られ、さらに彼女の眼前に突き出された腕によって動きを止められてしまう。

 

「ばあ」

 

 響の目の前で、握った手をトレギアが開く。すると、発生した衝撃波により、響の体が投げ飛ばされた。

 次に、友奈がトレギアへ挑みかかる。響と同等の巧みな武術にも関わらず、トレギアはそれを全て躱す。

 

「おいおい。君たちはストレートすぎないか?」

 

 トレギアはそう言いながら、その赤い目を光らせる。放たれた赤い光線が、友奈の体に火花を散らした。

 

「もう少し打って変わった手がないのかい? こんな風にね!」

 

 トレギアの右手が、闇に包まれて消える。

 すると、友奈たちの目前に現れた闇より、消失した右手が現れ、二人を叩く。

 勢いを殺され、バランスを崩した二人。

 

「まだまだッ!」

 

 だが響は倒れず、再びトレギアへ踊りかかる。

 目で追うだけでも素早さを感じる響の動き。だが、トレギアは背後で手を組んだまま、そのすべてを躱して見せた。

 

「響ちゃん! 私も!」

 

 さらに、友奈の攻撃も加わる。

 紗夜の眼では捉えきれないほど素早い武術が二重になって、トレギアを襲う。だが、仮面のサーヴァントには、決して命中することはなかった。

 

「くくく……ほら」

「へ?」

 

 響の背後へ回り込んだトレギアは、そのまま響の足を払う。そのまま転倒した響を助け起こそうとした友奈の目の前で、トレギアは指を突き出した。

 

「おいおい……そんなんじゃダメだなあ」

 

 そのまま、友奈とトレギアは睨み合う。

 やがて、起き上がった響がトレギアの手を打ち払い、さらなる攻撃の手を加えた。

 しかし、トレギアは勢いをつける響の頭を抑える。

 そのまま足だけが宙返りになる響を、地面に打ち付ける。

 さらに、背後の友奈の蹴りもまた、掴み、放り投げる。

 

「さあ……そろそろ終わらせようか……?」

 

 トレギアの周囲の闇が色濃くなる。

 両手から発せられる雷、トレラアルティガイザー。

 それは、響、友奈のみならず、その直線上の紗夜さえも射程内だった。

 

「!?」

 

 その危機に、紗夜は息を呑む。雷光が自らの命を粉微塵にする寸前。

 響と友奈が、盾になるように立ちはだかる。

 

「させない! うおおおおおおおおおおおお!」

「勇者はッ! 根性おおおおおおおおおおお!」

 

 それぞれの色の光とともに、二人のサーヴァントは踏ん張る。

 そのおかげで、強烈な雷の魔の手は、決して紗夜には届くことはなかった。

 やがて、響と友奈は押し負け、変身解除とともに野へ転がってしまう。

 

「立花さん! 結城さん!」

 

 芝生の中で目を覚まさない二人に、紗夜は悲鳴を上げる。

 

「やれやれ……これで終わるのなら、邪魔しないでほしかったなあ?」

 

 肩の埃を掃いながら、トレギアは再び紗夜へ歩み寄る。

 

「ちゃんと、私のパズルに沿ってもらわないとね……」

 

 気を失った二人には目もくれず、トレギアは歩く。

 足に力が入らず、上半身の力だけで逃げようにも、木々という足場の悪い中、トレギアから逃げられるはずもない。

 

「っ!」

 

 痛み。

 右手が、木の根に引っかかった。

 それを引き抜くタイムロスにより、すでにトレギアとの距離がゼロになる。

 

「さあ、君の心を……私に見せてくれ……」

 

 再び、トレギアの手が、紗夜の頬に触れた。



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-恐怖の獣たち-

「紗夜ちゃん!」

 

 それがココアの声だと認識した途端、トレギアの手が離れた。

 夕方の光が、闇に染まった視界に飛び込んでくる。それにより、紗夜は息を吹き返した。

 

「何だ?」

 

 トレギアが静かにココアの声を振り向く。

 するとそこには、息を切らしたココアが、こちらを見つめていた。

 

「紗夜ちゃん! やっと見つけた……みんな探したんだ……よ……」

 

 きっとココアは、目の前の景色に唖然としていることだろう。

 傷だらけの響と友奈が芝生の中で倒れ、林の中で腰を付けている紗夜の前には、青いピエロがいる。

 

「やれやれ。また邪魔が入ったか……」

 

 トレギアはそう言って、ココアへ足を向けた。

 

「さっきの二人は、サーヴァントだったから少し遊んであげた。だけど、君は駄目だ」

「やめて……」

 

 今の紗夜の願いを、この逢魔は聞き届けてくれない。

 

「ただの一般人に見られては、君も面倒だろう?」

「や、やめ……」

 

 紗夜が止める間もなく、トレギアがどんどんココアへ近づいていく。

 

「さよなら。ただの一般人さん。間違えてここに来たことを後悔するんだね」

 

 トレギアの右手に、黒い雷が宿る。

 それは、ただの生身の少女であるココアへ___響や友奈のような、守ってくれる存在がいないココアへ伸びていく。

 だが。

 ココアの手がいつの間にか腰のポーチへ伸びていた。

 彼女のポーチに入っていた、白い棒。日本刀のようにも見えるそれを取り出し、その柄を抜く。光が宿った刀身を、仮面のサーヴァントに見せつけた。

 

「……まさかそれは!?」

 

 どうやら仮面の男は、それが何か知っているようだった。

 

「あっ……」

 

 紗夜も、それには見覚えがあった。

 ココアもまた、自身がなぜそれを取り出したのか、理解していない様子だった。だが、彼女の意思かそうではないのか、彼女の体は、あたかも定まっていたかのように動く。

 一度手元に戻し、鞘から引き抜く。

日本刀のような動きから、溢れ出した光がトレギアを包み、焼焦がしていく。

 やがて、光の中から現れた、銀のヒューマノイド。

 

「保登さん……」

 

 始業式の日だけではなかった。

 ココアの、不可思議な姿。

 銀のヒューマノイドは、そのままトレギアの雷を両手で防ぐ。中心から軌道をそらされた雷は、周囲の木々を焼き尽くすが、銀のヒューマノイドはそのまま、顔を上げてトレギアを睨む。

 

「へえ……」

 

トレギアは紗夜から完全に離れ、銀のヒューマノイドを睨む。

 

「驚いたなあ。まさか、この世界に君がいるなんてね」

 

 だが、銀のヒューマノイドは答えない。以前見たときと同じ、胸に手を当て、広げることで、銀のヒューマノイドはその体を赤く変色していく。

 

「ああ、その姿になっている時は、人間に憑かなければならないんだったねえ?」

 

 だが、赤のヒューマノイドは、トレギアの挑発に乗ることはない。じっとトレギアを見つめ、その動きをうかがっていた。

 

「君のことは知ってるよ。たかだか残滓ごときが、私を止められるのかな?」

 

 トレギアの挑発に、赤のヒューマノイドは動じない。

 それぞれの距離を保ちながら、互いに足を動かす。

 やがて。

 トレギアの両手から、黒い雷が放たれる。

 それは木々を薙ぎ倒しながら、赤のヒューマノイドへ迫っていく。

 だが、赤のヒューマノイドは両手を組ませる。すると、その体は高速で移動し、いつの間にかトレギアの背後に回り込んでいた。

 そのまま裏拳を放つ赤のヒューマノイド。しかし、トレギアは体を捻らせてそれを避けた。

 

「ふうん……生憎、今日はもう戦う気分ではなくてね」

 

 軽い口調を崩さないトレギア。

 

「君にとっても、面白い相手を用意してあげよう。頑張ってくれよ」

 

 トレギアはそう言いながら、指を鳴らす。

 すると、彼の周囲に群青色の闇が発生した。徐々に形となっていくその形相に、響は息を呑んだ。

 

「何……あれ……?」

 

 一言でいえば、ネズミ。

 人間大のネズミというのも恐ろしいものだが、紗夜が感じた恐怖はそれだけではない。

 醜悪に歪められた顔付き。悪魔のような鉤爪。前屈の体勢と、感情輸入を許さない真っ白な眼。

 その白目が、紗夜を捉える。

 

「ヒッ……!」

 

 悲鳴よりも先に、巨大ネズミが襲い掛かる。赤のヒューマノイドが身を挺して庇ってくれなければ、今頃紗夜は真っ二つになっていただろう。

 赤のヒューマノイドは、悲鳴を上げる。言葉にならない声だが、それは明らかに痛みを伴っていた。

 巨大ネズミが吠えると同時に、トレギアはせせら笑った。

 

「コイツに葬られると、ゾンビになるから気を付けてね」

「ゾン……」

「この怪物に操られるということさ。知ってるだろ?」

 

 その言葉に、赤のヒューマノイドは動かない。

 ただ、その白い目はじっとネズミの怪物を見つめていた。

 

 

 

「お姉ちゃん! どこ!?」

 

 日菜の後を追いながら、ハルトは公園を見まわしていた。

 夕暮れ時になり、多くの家族連れが帰り始めている。

 

「お姉ちゃん!」

「日菜ちゃん、ちょっと待って」

 

 ハルトの声に、日菜は足を止めた。

 

「そもそも、お姉さんに会ってどうするの?」

「んー……分かんない」

「分かんないって……」

 

 ハルトは首を傾げた。

 一人、さっさと去っていった紗夜を追いかけた日菜。そんな彼女と紗夜を、今会わせてはいけないと感じたハルトだったが、彼女は気にも留めない。

 

「でも、あたしのお姉ちゃんだもん。きっとまた一緒に笑ってくれるよ」

「そうかな……」

 

 そんな雰囲気ではなかった、とは口が裂けても言えなかった。日菜のキラキラとした目を見ると、ハルトは口を噤むほかなかった。

 その時。

 

「_________!」

 

 これまで耳にしたことがないような、おぞましい音がハルトの耳に響く。

 

「何……?」

「なんか……ぞぞぞわってしたよ……?」

 

 その音に、日菜もまた足を止めた。

 ざわめく木々が、何かに怯えている。夕方だというのに、木々から鳥たちが蜘蛛の巣を散らすように逃げ惑う。

 

「日菜ちゃん! みんなのところに戻って! ちょっと、様子を見てくる!」

 

 異変を感じたハルトは、体に走る悪寒に従って走る。

 

「あ、ハルト君!?」

 

 日菜が駆け出したハルトに叫ぶ。

 だが、ハルトは彼女に耳を貸すことなく、その方向へ走っていった。

 紗夜がいる場所とは真逆の方向の遊歩道。

 深い森の中で、それはいた。

 

「何だあれ!?」

 

 ブロブ。

ゼリー状の塊を意味するその言葉が、もっともその生命体には相応しい。

 縦長に開いた巨大な口のような器官。ウミウシのような体は、口を大きく見せるために直立していた。口の内部には、無数のひだがついており、その両脇から伸びる触手で捉えた人々を捕まえようとしていた。

 

「な、なにあれ……!?」

 

 その余りのおぞましさに、ハルトに付いてきた日菜も恐怖の表情を浮かべている。

 だが、彼女に構う暇もない。

 

「日菜ちゃん! 絶対にそれ以上近づかないで!」

「ハルトさん!?」

 

ハルトは日菜に構わず、そのまま触手に捉えられている青年へ駆けつけた。

 

「いきなり何なんだ!?」

『コネクト プリーズ』

 

 魔法陣よりウィザーソードガンを取り出し、ソードモードで触手を切り裂く。

 解放された青年を受け止め、触手を取り除く。

 さらに、続けてウィザーソードガンを駆使し、全ての触手を切り落とす。

 

「逃げて!」

 

 逃げていく人々を見送り、すぐ背後で腰を抜かしている日菜の存在にも気付く。

 

「日菜ちゃん! 君も速く逃げて!」

 

 だが、日菜には聞こえていない。ハルトに妨害されたことによる怒りと、次の獲物として日菜を見定めた怪物の姿に、口をわなわなと震わせていた。

 

「やばい!」

 

 後先を考える暇なんてない。

日菜の前に立ち、彼女の代わりに自身の右手を怪物に食らわせる。容赦のない圧力が右手を支配し、悲鳴を上げる。

 

「逃げて……! 早く……!」

「あ……!」

 

 その姿に、日菜は青ざめる。

 だが、もう隠してはいられない。

 ハルトはそのまま、自由な左手で右腰の指輪を二つ取り出す。うち一つ、ドライバーオンウィザードリングを起動と同時に投げ捨てる。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 もう指輪をつけるのももどかしい。

 左手に持ったトパーズの指輪を、そのままベルトにかざした。

 

「変身!」

『ランド プリーズ ドッドッ ド ド ド ドンッドンッ ドッドッドン』

 

 黄色の魔法陣が、軟体生物ごとハルトを包む。やがて、軟体生物では食らうことが出来ない固さになったウィザード、ランドスタイルが、その口を逆に無理矢理開いた。

 

「いきなり……何なんだ!?」

 

 再びウィザードはそう叫びながら、怪物を放り投げる。

 全身の九割以上が水で構成されていそうな不気味な敵に、ウィザードは静かにウィザーソードガンの刀身に指を走らせた。

 

 

 

 狼の叫び声。

 

「な、なんですか……?」

 

 人間の本能的領域に刻まれた恐怖の呼び声。チノもまた、その声に怯えていた。

 だが、その犯人が移動する姿を、可奈美の目ははっきりと捉えていた。

 

「いる……っ!」

 

 その、人間の根底に眠る恐怖を呼び起こしたのは、狼など可愛く思える生物だった。

 二足歩行のそれの顔は、確かに狼。それだけならば、それを狼男程度(・・)と呼べただろう。

 だが、その両肩からもまた頭が生えている。さらに、両肩の顔には、左右一つずつしか目がなく、中心の顔には目がなかった。

 自然ではありえない生物に、可奈美は顔を青くしていた。

 狼は吠える。そして。

 

「チノちゃん!」

 

 それは凄まじい速度で、チノを狙う。その首を狙う斬撃は、可奈美の動体視力がなければ危なかった。

 可奈美はチノを突き飛ばし、その毒牙よりチノを避難させる。

 狼は可奈美の腕を少し裂き、可奈美に悲鳴を上げさせる。

 

「痛っ!」

「うわわ!」

 

 可奈美に突き飛ばされたチノは、そのまま地面に頭を打ち付け、気絶する。

 チノを仰向きにした可奈美は、再び怪物の姿に目を凝らす。

 

「い、いきなり何!?」

 

 可奈美は慌ててギターケースから千鳥を取り出し、その体を白い光に染め上げる。

 だが、その間も獲物を狙う狼は止まらない。無力な獲物から可奈美に狙いを変更し、飛び上がる。

 

「止める!」

 

 だが、同時に上空の狼は、その両肩の口より火球を放った。

 

「えっ!?」

 

 接近戦で来ると踏んでいた可奈美は、予想外の攻撃に対応が遅れ、その炎をまともに全身に受けてしまう。

 全身に、生身では耐えられない高温を浴び、可奈美は大きく地面をバウンドする。

 

「っ……!」

 

 目の前に着地した狼男。その鉤爪が、可奈美の命を奪おうと迫り来る。

 

 

 

「危ねえ!」

 

 その斬撃が、モカを突き飛ばしたコウスケの背中を引き裂く。

 

「がああっ!」

 

 生身のままのコウスケは悲鳴を上げた。

 そのまま気絶したモカを寝かせ、コウスケはその元凶を睨む。

 

「なんだアレ!?」

 

 ムンクの叫び。

 それが、コウスケの中では一番わかりやすい例えだろうか。

 岩石のような巨体に、ところどころに穴が開いている生物。その穴は、大きい物と小さい物がそれぞれ一対二の比率で点在しているところから、人が驚いている顔のようにも見える。

 その一際大きな口から、触手がコウスケを狙って放たれる。

 

「危ねえ!」

 

 コウスケはバク転を繰り返し、触手の魔の手から逃れる。

 だが。

 

「うおっ!」

 

 右足が、怪物の側面より出でた触手に捕らえられる。

 

「うおおお!?」

 

 吊り上げられたコウスケは、慌てて腰のホルスターから指輪を取り出す。

 

「放せ! 放しやがれこの野郎!」

 

 だが、ムンクの叫びはそんな声を悲鳴で掻き消す。

 コウスケは重力に逆らいながら、指輪を取り付けた。

 

『ドライバーオン』

「うっし! どこのどいつかは知らねえが、覚悟しやがれ!」

 

 上手くベルトが起動する。金色のそれを撫でたコウスケは、急いで左手に指輪を装着する。

 

「変~身!」

 

 ジャケットが逆さまになりながらも、コウスケは叫ぶ。

 ベルトのソケットが回転することにより、ベルトの中心にある扉が開く。

 そこから覗かれるライオンの顔より、魔力が発せられた。

 

『L I O N ライオン』

 

 金色の魔法陣は、そのままコウスケの姿を、古の魔法使い、ビーストに変えていく。

 手に持ったダイスサーベルで触手を切り裂き、着地したビーストは、異形の化け物に対して身構えた。

 

 

 

 耳鳴りがした。

 サーヴァントとして召喚されてから、それが耳に届いたことはなかった。

 だが、それが耳に届いた途端、背中を打たれたように真司の全身に緊張が走る。

 

「どこだ……!?」

 

 水面、自動販売機、安全ミラー。あらゆる鏡に、その影を探す。

 そして、それはいた。

 鏡の中に、岩石のような体の怪物が。

 四つ足の亀のような姿形をしているが、その口からはまるで蛇のようなもう一つの口が飛び出ている。全身の岩肌には、マグマを思わせる赤い肉体が見え、岩山が動いているようだった。

 それは、その口を鏡の中から伸ばす。それは、鏡の近くの女性を食らおうとしていた。

 

「危ない!」

 

 真司は跳び蹴りでその触手を蹴り飛ばす。

 驚いて鏡の中へ逃げていった岩石の化け物を追いかけるように、真司は腰から、黒いカードデッキを取り出す。すると、鏡で生成されたベルトが、現実世界の真司にも装着された。

 

「変身!」

 

 慣れた動作。

 カードデッキをベルトに装填するとともに、真司の体に無数の鏡像が重なっていく。

 そして現れた姿。赤い、炎を宿した騎士。

 その名は龍騎。

 

「っしゃあ!」

 

 龍騎は自身に発破をかけ、鏡へ飛び込んでいった。



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亜空間再び

 赤のヒューマノイドが、ネズミの化け物の両腕を受け止める。

 プロレスのような凄まじい肉体のぶつかる音に、紗夜は思わず顔を背ける。

 だが、逃げることもできない。そのまま、赤のヒューマノイドがネズミの化け物を抱え上げ、地面に叩き落とす姿が見えた。

 

「きゃっ!」

 

 飛び散る砂埃に、紗夜は目を瞑る。

 だが、それだけではネズミの化け物には大きなダメージにはなっていない。起き上がった化け物は、吠えながら赤のヒューマノイドへ再び挑みかかる。

 

「何なのよ……っ!」

 抜けた腰に無理矢理命令して、紗夜は起き上がろうとする。だが、そんな紗夜の前に、赤のヒューマノイドが倒れ込んできた。

 

「!?」

 

 ネズミに追い詰められている。その事実に、紗夜は息を呑んだ。

 振り向けば、紗夜をゾンビにしようと企むネズミのが襲ってくる。

 だが、赤のヒューマノイドが紗夜を突き飛ばす。傷ついているにもかかわらず、ダメージに大きくのけ反る。

 

「保登さん!」

 

 助け起こそうとする紗夜だが、さらにネズミの化け物が襲ってくる。怪物は執拗に紗夜を切り裂こうとするが、その背後から赤のヒューマノイドが羽交い締めにしてそれを防ごうとする。

 

「保登さん!」

 

 だが、赤のヒューマノイドを振り切ったネズミの化け物は、そのまま赤のヒューマノイドを振り向きざまに切り裂く。

 体より火花を散らした赤のヒューマノイドは、そのまま膝を折る。

 ネズミの化け物は、唸り声を上げて、さらにヒューマノイドへ攻撃を続ける。その鉤爪を受け止めた赤のヒューマノイドの胸元___青く輝く結晶体が、赤く点滅を始めた。

 

「なんなの……あれ?」

 

 その効果は全く分からない。だが、どんどん追い詰められていく赤のヒューマノイドの危険信号のようにも見えた。

 これ以上は不利。そう判断したのか、赤のヒューマノイドは、ネズミの化け物に足蹴りを食らわせる。怯んだ隙に、両手を短く交差させる。交差した手のひら部分から放たれた光線が、ネズミの化け物を大きく引き離した。

 

「やった……!」

 

 トドメにはなっていないが、少なからずのダメージを与えた。

 だが、その消費したエネルギーは少なくないのか、赤のヒューマノイドは再び膝を折った。

 

「あ……! 保登さん!」

 

 紗夜は赤のヒューマノイドを助け起こす。そのまま肩を貸しながらその場を離れようとするも、邪悪なネズミは二人をまとめて切り裂こうと迫る。

 

「!」

 

 その姿に、再び紗夜は青ざめる。

 だが、何より紗夜が言葉を失ったのは、また赤のヒューマノイドが紗夜を庇ったことだった。

 赤のヒューマノイドにココアの意識があるのかは分からない。だが、このボロボロの人外は、それでも紗夜を守った。

 

「なんで……?」

 

 胸の点滅が加速する。

 だが、それでも赤のヒューマノイドは倒れない。

 やがて。

 赤のヒューマノイドは、大きな唸り声とともに、ネズミの口に拳を叩き込んだ。

 大きく後退するネズミの化け物。

 さらに、赤のヒューマノイドは次の行動に映る。

 右腕の装備に灯す、淡い光。それを頭上に掲げ、光がドーム状に広がっていった。

 

「あれは……学校でもあった……」

 

 光は、紗夜を追い出すように、自身の立場だけを取り除いて広がっていく。

 だが、その時、紗夜は無性にこの赤のヒューマノイドの正体が気になってしまった。ココアが正体という意味ではなく、何者なのかを。

 紗夜は、思わず光の波の中に踏み入る。同時に、周りの景色が、夕焼けの森から、殺風景な遺跡へと変わっていった。

 

 

 

 光のドームは、非戦闘員を排除しながら、公園内の戦闘を巻き込みながら広がっていく。

 ウィザードとブロブ。

 可奈美と狼男。

 ビーストとムンクの叫び。

 異なる位相にいる龍騎と岩石生物。

 気絶からようやく起きた響と友奈。

 そして、トレギア。

 

 やがて、怪物たちを含めた戦闘員たちは、虹色の空が支配する遺跡にいたのだった。

 

「ここは……?」

 

 風のウィザードは、その摩訶不思議な空を見上げた。

 ブロブの怪物は、よりウィザードに対し、興奮の色を示している。より強い勢いで攻撃を加え、ウィザードも風としての機動力をもってそれを避ける。

 

「この場所のことより、先にあいつか……」

 

 倒せない敵ではない。それが、ウィザードの結論だった。

 当初は土のウィザードで圧倒していたが、あろうことか飛行能力を披露した。対応するために風のウィザードに変身し、ソードガンの刃で撃墜したところでこの空間に巻き込まれたのだ。

 

「うおっ!」

「キャッ!」

 

 警戒している時、背中に重いものが落ちてきた。

 ウィザードの上に山なりに重なるのは、ウィザードにとっても見覚えのある人物。

 

「可奈美ちゃん!?」

「え!? ハルトさん!?」

 

 全身に痛々しい傷跡が残る可奈美だった。

 可奈美はすぐさまウィザードから退き、そのまま助け起こした。

 

「どうしてウィザードになってるの?」

「可奈美ちゃんこそ。……ていうか、千鳥持ってきてたんだ」

「ギターケースは手放せないよ。ここ最近。それより……」

 

 可奈美が、ブロブの怪物を睨む。

 

「何? あれ」

「俺も知りたい」

 

 見れば、ブロブの怪物の隣には、新しい怪物が並んでいた。

 狼のような姿形をしているものの、その頭は三つある。しかも、左右の頭にはそれぞれ目が一つずつ。中央の顔には、目がそぎ落とされているではないか。

 

「……可奈美ちゃんは、あれと戦ってたの?」

「うん。……とても、手強いよ」

「だろうね」

 

 ウィザードと可奈美は、互いにそれぞれの得物を構える。

 その時。

 

「おやおや。君もいたのか」

 

 その声に、ウィザードは顔を上げた。

 忘れもしない声。

 

「フェイカー!?」

 

 並ぶ二体の怪物。そのすぐ頭上に、それはいた。

 仮面をつけた、群青色のサーヴァント。

 

「やあ。松菜ハルト君。またこの公園で会ったね? ……ここを公園と呼んでいいのかは分からないけど」

「今度は何を企んでいる? この場所もお前の仕業か!?」

「あれがフェイカー……!?」

 

 可奈美もまた警戒を示す。

 そんな可奈美を見下ろしながら、フェイカーは左手を伸ばし、貴族のように礼をする。

 

「初めまして。衛藤可奈美ちゃん。私はフェイカー、トレギア。今後ともよろしく」

「それがお前の名前か……」

『ハリケーン スラッシュストライク』

 

 それ以上の言葉を語らず、ウィザードはトレギアへ緑の斬撃を放つ。

 トレギアもまた、右手の爪で空間を裂き、赤い斬撃を放つ。

 緑と赤の斬撃が、空中で相殺し、爆発した。

 

「おいおい。君は戦いを止める派なんだろう? いいのかい? 私をいきなり攻撃して」

「お前は危険すぎる。まどかちゃんを攫ったり、何を考えているのかが分からなさすぎる」

「ひどいなあ。ランサーは、少しは会話しようとはしてくれたのになあ」

「ランサー?」

「響ちゃんに会ったの!?」

 

 その発言に、可奈美が一歩踏み出す。

 すると、トレギアは肩を震わせた。

 

「安心して。殺してはいないさ。それより、この結界は君のものではないようだ」

 

 トレギアはそう言って空を仰ぐ。

 ウィザードは警戒を解かずに聞き返した。

 

「これは、お前の仕業じゃないのか?」

「まさか。こんな世界に君たちと手駒を閉じ込めてもメリットなんてないじゃないか」

 

 トレギアはそう言って、右手から雷を放つ。

 巻き起こされた爆炎により、ウィザードと可奈美は視界を奪われた。

 さらに、その中から、二体の怪物たちが迫る。

 ウィザードは可奈美の前に出て、二体の怪物を体で食い止める。

 同時に、上の悪魔が囁く。

 

「じゃあ、頑張ってくれよ」

「あ、待て!」

「ハルトさん! 頭を下げて!」

 

 可奈美の声に、ウィザードは従う。

エメラルドの頭上を深紅の刃が切り裂き、怪物たちの頭部から火花が散る。

大きく後退した二体の怪物たちに対し、ウィザードにも反撃のチャンスが訪れた。

 

「まずはこっちか!」

『ハリケーン スラッシュストライク』

 

 竜巻を纏うウィザードの刃が、二体の怪物をまとめて引き裂く。

 未知の怪物たちが倒れ込むが、元凶であるトレギアがどんどん離れていく。

 

「待て!」

「それじゃあね。生きていたらまた会おう」

 

 怪物たちの相手に手一杯のウィザードたちに、トレギアを追いかける選択肢はなかった。



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参加者VS怪物たち

 この異空間は、音がよく伝わる。

 赤のヒューマノイドに促されるまま、紗夜はネズミの化け物から逃げる。

 

「なんなの……」

 

 息を切らしながら、紗夜はこの謎の空間を見渡す。

 幻想的な空。オーロラのような美しさだが、それに見惚れる余裕は紗夜にはなかった。

 あらゆる方向から、打撃音が聞こえてくる。破壊の声が届いてくる。

 

「どうして来てしまったの……? 私」

 

 軽率な判断を呪いながら、紗夜は謎の空間を歩き続ける。砂のような足触りに、不快感が残った。

 

「それに、ここは一体どこなの? 公園じゃないの?」

 

 以前学校の廊下からも変質を目撃した場所。謎の光が輝き続ける遺跡のような場所を、紗夜は茫然と眺めていた。

 

「どうすれば……え?」

 

 足が進まない。

 見下ろしてみれば、足が何やら黒いものに巻き付かれているではないか。

 

「これは……きゃっ!」

 

 思わず舌を噛みそうになった。

 足に巻き付いたもの___一般的に触手と呼ばれる組織___が、紗夜を引き釣り、そのまま吊り上げたのだ。

 

「な、何!?」

 

 紗夜への負担など一切気にしない触手が、乱暴に紗夜を振り回す。長い髪が乱れ、紗夜の視界を隠していく。

 狂った三半規管により吐き気を感じながら、紗夜は触手の出どころの前に突き出された。

 

「ひっ!」

 

 目に飛び込んできたそれにより、紗夜を支配したのは恐怖。

 大きな岩に、蓮コラのように大きな穴が開いている。触手はそのうちの一つから伸びており、他にも自身を巻き付ける触手もあるようだ。その穴は、バランスも相まって、どこかの美術館にある叫びをテーマにした絵を思わせた。

 

「あ! 人質とか汚えぞ!」

 

 そんな男性の声に、紗夜は首を回す。

 見れば、この穴だらけの化け物は、金色の獣のような人物と相対していた。

 緑の目と、その顔にある鬣は、まるでライオンのよう。

 金のライオンは、紗夜の顔を見て「ああっ!」と叫んだ。

 

「カワイ子ちゃん!? お前もこっちに来たのか!」

「その声……たしか、多田さん?」

 

 だが、その姿は、と紗夜の口からは出てこなかった。

 ここ最近の非日常で、あんなコスプレのような衣装でも、紗夜の精神は驚くことを放棄しているのだった。

 多田コウスケ声の金のライオン___その名前がビーストであることを紗夜は知らない。

 ビーストは手に持った武器、ダイスサーベルで紗夜を捕縛する怪物を指す。

 

「おい! カワイ子ちゃんを放せ! このブツブツ野郎!」

 

 だが、怪物は紗夜を放さない。ビーストの前で振り回しながら、別の触手でビーストを薙ぐ。

 

「ぐおっ!」

 

 肩から落ちたビーストは、腰から緑の指輪を取り出した。

 

「あの野郎……だったら!」

 

 ビーストはそのまま、指輪をベルトの右ソケットに差し込む。

 

『カメレオン ゴー カカッ カッ カカッ カメレオー』

 

 妙に明るい音声とともに、緑の魔法陣が現れる。それはビーストの右肩を包み、左のライオンの顔と対照になるように、カメレオンの装飾が付けられる。

 

「うっし! 行けえ!」

 

 カメレオンの舌が伸びる。まさにカメレオンの捕食活動さながらに、触手は紗夜の体を捕まえた。

 そのままビーストは紗夜の体を引き寄せ、怪物より解放する。紗夜の体を抱き留め、即座に指輪をダイスサーベルに装填。

 

『4 カメレオン セイバーストライク』

「置き土産だ! 受け取りやがれ!」

 

 ダイスサーベルの刃より、四体のカメレオンが跳びまわる。それは、怪物の触手や本体から火花を散らし、大きく後退させた。

 

「うっし。カワイ子ちゃん、今のうちに逃げるぞ!」

「え? ええ?」

 

 紗夜の反論など聞く耳持たず、紗夜は全身をビーストに抱えられた。

 ビーストの右手が紗夜の肩。左手が足。

 つまり。

 

「お、お姫様抱っこ!?」

「皆まで言うな! 安全なところまで逃げるぞ!」

「あ、安全なところ!? ちょっとあなた、どこに触って……うわあああ!」

「皆まで言うな!」

 

 ビーストに強く揺さぶられながら、紗夜の景色が動いていく。後ろには、こちらへノロノロと接近しようとしている怪物の姿があった。

 

 

 

「可奈美ちゃん! 跳んで!」

 

 ウィザードの言葉に、可奈美が大きく空へ跳ぶ。

 それと同時に、ウィザードは右手の指輪を入れ替えた。

 

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 

 水のウィザード最強魔法である氷結の魔法。

 地面に手を当てるウィザードを中心に、氷の花が咲く。

 体のほとんどの構成要素が水で出来ているブロブの怪物は容赦なく凍り付き、上空で可奈美に切り落とされた狼男も背中から氷結の中に閉ざされていった。

 

「可奈美ちゃん!」

「うん!」

 

 上空から落ちてくる可奈美。彼女の動きは、やがてただの自由落下の速度を超える。

 やがて二体の怪物が彼女の射程内に入るころには、弾丸のスピードを越えていた。

 

「迅位斬!」

 

 素早い斬撃が、二体の怪物を同時に切り裂く。

 可奈美が離れると同時に、二体は爆発。塵芥に混じって消えた。

 

「やった……?」

 

 ウィザードの隣に降り立つ可奈美が怪物たちの爆破に目を凝らす。

 ウィザードも、確かな手ごたえを感じていた。だが。

 

「いや、まだだ!」

「え?」

 

 ウィザードは、そのまま可奈美を突き飛ばす。

 ウィザードの背中の直上を、ブロブの触手が走っていった。

 爆炎の中より現れた、二体の怪物。さすがに無傷というわけではないが、異常な回復スピードで体が修復されていく。

 

「あいつら、まだ元気だな……」

「だったら、もう一回……!」

 

 ウィザードと可奈美は、それぞれの剣を構える。

 そこへ。

 

「どおおおおおおおおおおい!」

 

 ウィザードたちと怪物たちの間に、金色の乱入者が現れる。近くの崖を原則せずに走った結果、大股を開いて上空へ浮かび上がるそれは、その両手に生身の少女を抱えており。

 

「コウスケ!?」

「と、紗夜さん!?」

 

 ウィザードと可奈美が同時にそれを判別する。

 コウスケことビーストは、地上のウィザードの姿を見つけ、

 

「お! ハルトに可奈美ちゃん! うっす」

「うっすではありません下見てください下!」

 

 ビーストにお姫様抱っこされている紗夜が悲鳴を上げた。

 飛行手段を持たないビースト(ファルコは付けていない)は、そのまま「へ?」と素っ頓狂な声を上げながら、真っ逆さまに地面へ落下した。

 その突然の光景に、ウィザードたちも二体の怪物も動けなかった。

 

「ち、着地成功……」

「大丈夫かコウスケ」

 

 着地成功(地面に頭から落ちたビーストの体の上に、恥ずかしそうな顔をした紗夜がしゃがんでいる)。

 可奈美は紗夜に手を貸して、その後ウィザードがビーストを助け起こした。

 

「大丈夫? っていうか、どうして紗夜さんがここに?」

「皆まで言うな。オレも分からねえ」

「分からんのかい」

「その声は……」

 

 紗夜は、ウィザードをじっと見つめる。

 彼女は可奈美を見て、改めてウィザードへ尋ねた。

 

「松菜さん、ですか?」

「そうだよ」

 

 紗夜は、どこか居心地悪そうに顔を歪めた。

 ウィザードは、ビーストへ肘で叩く。

 

「おい、コウスケ。なんか、紗夜さんに悪いことした?」

「うんにゃ。してねえよ?」

「本当?」

「ああ」

「さっきお姫様抱っこしてるように見えたけど、気に入らなかったんじゃないの?」

「皆まで言うな。不可抗力だ」

「やっぱり心当たりあるんじゃん」

 

ウィザードがビーストの頭を叩いたと同時に、未知の叫び声が聞こえてくる。

発生源は、ビーストたちがやってきた異空間の崖。

 見ればそこには、無数の触手を全身の穴から生やした怪物がこちらへ近づいてきているところだった。

 

「コウスケ、お前何怪物の御代わり連れてきてんだよ!?」

「ああ? 御代わり? って、なんだあの軟体生物!?」

 

 ビーストが、ウィザードが戦っていた怪物を指差しながら叫ぶ。

 

「おいおい、お前も何であんな正体不明の敵と戦ってるんだよ!?」

「俺が知りたいよ! ファントム十体と戦うから、アイツら帳消しにしてくれないかな……」

「誰がやってくれんだよ誰が」

「ねえ、他にこの世界にいる人はいるのかな?」

 

 可奈美がビーストに尋ねた。

 だが、ビーストは首を振る。

 

「さあな。誰とも会ってねえ。そっちは?」

「フェイカー……トレギアってやつと会った」

「フェイカー?」

「新しいサーヴァント。手駒って言ってたし、少なくともあの怪物たちはトレギアの息がかかってると思う」

「があ……毎度毎度、敵強すぎねえか?」

「それは同感」

 

 ウィザードがそこまで言ったところで、怪物たちは、それぞれウィザードたちへ襲い掛かろうとした。

 だが。

 龍の咆哮。

 

「あれは!?」

 

 同時に、空を泳ぐ無双龍。

ドラグレッダーと呼ばれる龍が、体で巻き付いた何かを戦場に突き落とした。それは、崖の上のムンクの怪物を巻き込み、地面へ雪崩れ落とす。

 

「何だ?」

 

 ムンクの化け物を巻き込んでしまった、新しい怪物。

 岩石でできた、口からヘビのような部位を持つ四つ足の怪物だった。

 

「皆!」

 

 そして、近くの遺跡より姿を現した龍騎。

 龍騎はウィザードの隣に降り立ち、戦場を一望する。

 

「な、なんだこの状況!?」

「真司……お前もここにいたのか」

「ああ。あれ? 俺、ミラーワールドにいたはずなのに、お前と同じ世界にいるのか」

「ミラーワールド?」

「あの岩みたいなのが、鏡の中にいたから戦ってたんだけどな……まあいいや」

 

 あまり考えず、龍騎もまた身構える。

 

「取りあえず、アイツらを倒せばいいんだよな?」

「そうなるかな。四対四……トレギアがどこにいるのかが気になるけど、今はこいつ等に集中しよう」

 

 ウィザードの言葉に、龍騎は「っしゃあ!」と気合を入れた。

 

「可奈美ちゃん。可奈美ちゃんはここで、紗夜さんといて」

「分かった! 紗夜さん、私から離れないでください」

「……ええ」

 

 紗夜は、右手で左手を抑えた。

 可奈美が彼女の前で盾になったことを確認して、ウィザードたちは四体の怪物たちへ駆けだした。

 その時。

 

「______________________」

 

 耳をつんざく震動。

 それは、悲鳴のようだった。

 見上げれば、青白い光線が、真っ直ぐ天へ伸びていく。さらに、その光線の中には、齧歯類___つまり、ネズミ___のような姿の怪物が、その姿を消失していく様が見て取れた。

 

「なんだ……あれ?」

 

 その光線が収まった。

 すでにネズミの化け物は完全にその姿を消滅させ、分子一つも残っていない。

 同時に、四体の怪物たちは騒ぎ出す。

 やがて、ウィザードたちには目もくれず、光線が発射された方角へ足を向けた。

 

「何だ?」

 

 だがその答えは、すぐに崖の上に現れた。

 オーロラの空をバックに現れる、赤い人影。

 

「アイツは……!」

 

 ウィザードは、その姿に思わず声を上げた。

 以前、ファントムと戦っていたウィザードの前に現れた謎の存在。あの時との違いは、胸の光が水色ではなく、点滅を繰り返す赤になっていることだろうか。

 彼はウィザードを一瞥すると、崖下の化け物たちへ滑り降りていった。

 

「おいおい、ハルト! 何なんだよアイツは!?」

 

 何はともかく、ビーストがウィザードへ問い詰めた。彼の指は、真っ直ぐ赤のヒューマノイドに向けられている。

 

「いや、俺に分かるわけないでしょ!」

 

 そういっている間にも、化け物たちと赤のヒューマノイドの崖での戦いが始まる。

 だが、急勾配になっている崖では、一人のはずの赤のヒューマノイドが優勢だった。

 蹴り、パンチ。滑り降りながらの格闘は、怪物たちを殴り倒し、全てが崖下で折り重なっていった。

 

「保登さん……」

 

 それは、可奈美の背後の紗夜の発言。その突拍子のなさに、ウィザードは思わず振り向いた。

 

「保登さんって……ココアちゃん!? あの赤い奴が!?」

 

 その問に、紗夜は頷く。

 信じられない間にも、赤のヒューマノイドの戦いは続く。

 ブロブの化け物をジャイアントスイングで岩石の化け物にぶつけ、ムンクの化け物の触手を引きずり出して狼男を束縛する。

 さらに、胸の灯より放たれた光線が、怪物たちを薙ぎ払う。

 一気に横倒しになった怪物たちを見て、赤のヒューマノイドはウィザードたちへ目線を投げた。

 敵意か。そう警戒したウィザードたちだったが、彼が頷くのを見て、その意図を察した。

 

「みんな……行くよ!」

「っしゃあ!」

「う、うん!」

「皆まで言うな!」

 

 ウィザードの掛け声を合図に、それぞれの動きが始まる。

 青から赤に変わった魔法使いが銃を向け

 龍騎士がカードを装填し

 刀使の体が深紅となり

 古の魔法使いが指輪を剣に指す。

 

『フレイム シューティングストライク』

『ストライクベント』

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

『4 バッファ セイバーストライク』

 

 四つの攻撃が、起き上がった怪物たちに命中。怪物たちの体から、抵抗の気力を削ぎ落した。

 そして最後。

トドメとして、赤のヒューマノイドが続く。

 左手。そして右手。腰の位置でクロスさせたそれらに、電流が迸る。それをゆっくりと胸の位置に持ち上げ、伸ばす。

 それが、彼の必殺技の合図。両手をLの字型に交差させ、垂直の部分の右手から発射される光の奔流。それは、怪物たちを一口に飲み込み、貫通する。

 怪物たちは、やがて全身を青く染め上げていく。

 やがて、分子の一つ残らず崩壊を起こし、爆発。

 その姿は、この世界から消失した。

 

「やった……」

 

 未知の怪物たちを倒した。その安心感からか、ウィザードは膝を折り、ハルトの姿に戻ってしまった。



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信用できません

ハルト「今年の三月は、とくにめでたい! この作品的には!」
可奈美「刀使ノ巫女 刻みし一閃の燈火 3周年! OVAも先月発売したし、まだまだまだまだ止まんないよ! 朗読劇も待っててね!」
ハルト「メチャメチャ宣伝してきたな……次の方!」
紗夜「バンドリ ガールズバンドパーティ 4周年。ありがとうございます……これは私ではなく、戸山さんに言わせるべきではありませんか?」
日菜「登場してないもん。それに、お姉ちゃんのほうがるんってするよ!」
響「戦姫絶唱シンフォギア XD LOST SONG編 完! アニメが終わって難民になっている人! これは実質シンフォギア6期だよ!」
友奈「うわー! みんなすっごい! 私はまだ周年記念じゃないから、みんなおめでとう!」
ハルト「そして友奈ちゃん!」
友奈「何?」
ハルト「この中で一番おめでとうございます! 中の人的に!」




 赤のヒューマノイドが飛び去っていった。

 空間が元の公園に戻り、静かな闇が紗夜の環境を支配する。

 

「助かった……の?」

 

 あの幻想的な亜空間ではなく、見慣れた現実の見滝原。足元にあるのは、柔らかい砂ではなく、地球の恵みであるところの草。

 

「終わった……」

 

 ぐったりと膝をついた黒と赤の魔法使いが、松菜ハルトの姿になる。

 声からも察してはいたが、やはり彼が正体だった。とすれば、残りの二人も。

 ライオン仮面は多田コウスケ。

 そして、赤い鉄仮面は城戸真司にその姿を変えた。

 

「……衛藤さん」

 

 日本刀を納刀した可奈美へ、紗夜は話しかけた。

 可奈美は「うん?」と首を向ける。

 

「あの三人も、本当に聖杯戦争の参加者なんですね」

「……うん」

 

 可奈美は頷いた。

 

「さっきも言った通り、モカさんとチノちゃん以外……多分、ココアちゃんも違うと思うけど。私を含めた六人は、参加者だよ」

「だったら……」

「でも安心して! 皆、聖杯戦争を止めたいと思ってる。願いを叶えたいなんて、思ってないから」

「……」

 

 だが、紗夜の顔は晴れなかった。

 可奈美は続ける。

 

「だから、約束するよ。私たちは、紗夜さんを襲ったりしない。紗夜さんを襲ったサーヴァントとは、絶対に違うから!」

 

 だが、安心できる言葉ではあるのに、紗夜の心は晴れなかった。

 紗夜は、目に暗い影を宿しながら可奈美を睨む。

 

「口では何とでも言えますよ。皆さんが徒党を組んでいる可能性だってあるじゃないですか」

「え?」

「動物は、生存確率を上げるために群れを組みます。あなたたちだって、本当は願いのために街を荒らしているんじゃないんですか?」

「それは……」

「待って」

 

 紗夜の言葉は、背後からの声に止められた。

 それは、ボートでも同じ時間を共有した青年。

 

「可奈美ちゃん。紗夜さんの考えも当然だよ。可奈美ちゃんからも聞いたけど、参加者に襲われたんでしょ?」

「……」

 

 無言で肯定。

 ハルトはそのまま続ける。

 

「でもさ、疑うより、信じてみない? 俺たちはずっと、皆をこの戦いから守るために戦ってきた。それは本心だよ」

 

 だが、紗夜の表情は変わらない。腕を組み、爪を噛む。

 

「……信用できません。私には、あなたたちを……誰も……」

「待って!」

 

 だが、紗夜は可奈美の声に耳を傾けず、そのまま去っていく。

 

「ユニコーン、紗夜さんに付いていて」

 

 そんなハルトの言葉など、耳に入ることもなく。

 

 

 

「おーい!」

 

 その声は、湖の反対側から聞こえてきた。見ればそこには、元気な笑顔をしている少女がこちらに走ってきているところだった。

 

「紗夜ちゃあああああん!」

 

 保登心愛。紗夜の前で、銀および赤のヒューマノイドに変身した少女。気絶したチノを背負いながら、元気に走り寄ってきた。

 

「やっと見つけたよ! どこにいたの?」

 

 その言葉に、紗夜は思わず顔を背ける。

 だが、今の紗夜のことなど露知らず、こちらの顔を覗き込んでくる。

 

「紗夜ちゃん?」

「保登さん……」

「ん?」

 

 いつもと変わらない眼差し。可奈美やハルトたちとは違い、彼女のことは一年以上知っている。だからこそ、信用できないわけではなかった。

 

「保登さん、今までどこにいたんですか?」

「え? 紗夜ちゃんを探していて……あれ?」

 

 ココアは首を傾げた。

 

「ずっと湖のほとりを走っていて……あれ? でも、ちょっと記憶がすっぽりと抜け落ちているような……」

「抜け落ちている……」

 

 だが、トレギアの前に現れたココアは、間違いなく自らの意識で動いていた。

 その時の彼女の表情からも、無意識とは思えない。

 ココア自身も、何があったのか分からなかったのだろう。

 だが、これだけは聞いておきたかった。

 

「あなたは……何か、おかしくなっていませんか?」

「ふえ?」

 

 ココアが素っ頓狂な声を上げる。

 

「おかしく? 何それ?」

「その……ッ!」

 

 その時、紗夜の脳裏に閃く。

 ココアがあのヒューマノイドになるとき、彼女が毎回、白いアイテムを使っていた光景がフラッシュバックする。

 

「保登さん、ポーチの中を……見せてもらってもいいですか?」

「ポーチ?」

 

 疑問符を浮かべながら、ココアは「いいけど」とポーチを差し出す。

 礼を言いながら、紗夜はポーチを受け取る。

 白い生地に、花の刺繍がしてある可愛らしいポーチ。上蓋になっているそれを開ければ、その中のココアの私物たちが顔をのぞかせた。

 財布、メモ帳、スマートフォン。そして。

 

「……あった……」

 

 紗夜が探していたもの。

 白い、納刀のような形をしたもの。赤い模様が刻まれ、その中心には青い結晶が埋め込まれている。それはまさに。

 

「保登さんが、あの時に使ったもの……」

「あれ? 何だっけこれ」

 

 それは、ココアの言葉だった。丸い目をして、ポーチから出てきた白い物体を見つめている。

 

「保登さん……これは?」

「うーん、私も知らない」

 

 ココアが本気の嘘をつけないことは、紗夜も知っている。これまで学校でそれなりに彼女と接してきた。常に心からの笑顔を浮かべているココアに、本気の状況で嘘など言うことはない。

 紗夜は、その白いアイテムを握りながら尋ねた。

 

「保登さん、少し手を見せてください」

「ええ!?」

 

 突然で驚いているが、構わず紗夜はココアの手を握る。

 左右両方。

 それぞれの手の甲は、綺麗な白い肌色である。紗夜や可奈美のような黒い紋様などどこにもない。

 つまり。

 

「保登さんは、参加者じゃない……!」

「紗夜ちゃん?」

 

 だが、すでに紗夜はココアの言葉が耳に入らなくなっていた。

 紗夜は小声で、無意識に思考する言葉を口走っていた。

 

「これが、あの謎の人型に変身できるものなら……これを私が使えば……」

 

 そこまで言ったところで、紗夜は口を噤んだ。

 

「紗夜ちゃん?」

「……でも、これを使ったところで、また日菜が……」

「紗夜ちゃん!」

 

 ココアに肩を掴まれた。

 それにより、我に返る紗夜。思わず目を見開き、ココアを見つめている。

 

「どうしたの紗夜さん? 大丈夫?」

「え、ええ……」

 

 その目から、彼女が本当にただ心配しているだけだと分かる。

 目を反らした紗夜は、尋ねる。

 

「保登さん……これ、少しお借りしてもいいですか?」

「ほえ?」

 

 ココアはぽかんと口を開けた。

 

「いいけど……そもそも、これって私のだっけ?」

「ありがとうございます」

 

 紗夜は礼を言って、白いアイテムを懐にしまって、そのまま見滝原公園の出口へ向かっていった。

 

 

 

「モカさ~ん、起きて~! 起きねえな……どうすっかな……お、お姉ちゃ~ん」

「チノちゃん、もう朝だよ~。お寝坊かな? うーん……お、お姉ちゃんのお寝坊さん」

「ハッ!」

「ハイッ!」

 

 お姉ちゃんというワードに反応したモカとチノが、勢いよく頭を起こす。すると、それぞれに耳打ちしていた真司と可奈美の頭蓋にゴチンとぶつかっていた。

 

「うわ、あれ痛そう……」

 

 そんな湖畔でのやり取りを遠目から見つめるハルト。

 別れた仲間たちを探して遊歩道を歩いていたが、彼らのやりとりが面白くてそんな感想を言っていた。

 

「お! いたいた! ハルト! いたぜ! 響に友奈!」

「お、いたの?」

「ああ。こんなところで呑気に寝ていやがる」

 

 はたして深い茂みの中でうつ伏せで倒れているのは昼寝と言えるのだろうか。

 そんな二人に対し、コウスケが「にしし」と白い歯を見せて茂みに立ち入る。

 

「響に友奈。さっさと起きろ。でねえと、オレが何をしでかすか、皆まで言わねえからな?」

「何する気だよお前」

 

 コウスケの頭を叩いたハルト。

 そのまま抗議の声を上げるコウスケを無視して、ハルトはそのまま日菜が倒れた場所へ駆けつけた。

 見れば、すでに日菜は気絶から回復しており、キョロキョロと周囲を見渡しているところだった。

 

「いたいた。日菜ちゃん!」

 

 ハルトの声に、日菜は反応する。

 

「あ、ハルト君!」

「探したよ。大丈夫?」

「ん? 大丈夫? ……あれ? あたし、どうして寝てたんだっけ?」

 

 日菜は頭を抑えた。

 

「何か、変な怪物に襲われたような……」

「ああ、怪物……」

 

 ハルトは公園を見渡しながら、誤魔化す手段を考える。だが、踏み荒らされた芝生や、壊された船着き場など、どうやったところで隠し通せることではなかった。

 

「怪物……は、もういなくなったよ?」

「ホント……本当!?」

 

 日菜が驚きの表情を見せる。首を大きく振り、安心したように息を吐く。

 

「あれ、何だったんだろう……?」

「さあね」

 

 ファントムとも異なる、謎の怪物。どこから現れたのかも全く分からない。

 

(怪しいのはトレギアかな……? だったら、あの結界も……?)

 

 だが確信はない。

 トレギアからすれば、戦場の巻き添えから公園を守る理由もない。現に、あの戦いにおける公園のダメージは、最初に現れた数分だけしかない。

 疑問の連鎖に入りそうになる前に、日菜が「ねえねえ!」と顔を覗き込んできた。

 

「あ、ごめん。何?」

「お姉ちゃんは? お姉ちゃんはどこ?」

「ああ、紗夜さんは、さっき帰っちゃったよ」

「ええええええええええ!?」

 

 心底ショックを受けたように、日菜の顔が青くなった。

 

「そんなあああ……お姉ちゃん……」

「本当にお姉ちゃん大好きだね」

「当然だよ! お姉ちゃんは、勉強が出来て生徒会役員で笑うと可愛くてマメで努力家でたまに優しくてポテトが大好きで____」

「ああ、ストップストップ! 日菜ちゃん、それ以上言うと時間がなくなる!」

「ええええ?」

「何でそんな文句があるような顔をするのさ」

「だってだって……」

 

 日菜はいじけたように頬を膨らませる。

 

「お姉ちゃんと一緒にいたいんだもん」

「うわ、すっごい依存症っぽい発言」

 

 ハルトはそう言いながら、天を仰ぐ。

 

「……ユニコーンの後、ガルーダに追わせるのも面倒だしなあ……」

「ハルト君?」

「あ、ごめん。何でもない。……よかったら、家まで送ろうか?」

「え~? でも、家ちょっと遠いよ?」

「別に俺バイクだしいいよ」

「バイク?」

 

 その単語に、日菜は目を光らせる。

 

「バイク!? るんってきたあああああ!」

 

 なぜか喜ばれた。

 



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パスパレライブ

やっと1話できた……
お待たせしました!


「こんにちわーっ!」

 

 そんな声が、ラビットハウスに響いた。

 「いらっしゃいませ」と可奈美が返せば、そこには氷川日菜の姿があった。

 

「日菜ちゃん」

「やっほー! 可奈美ちゃん!」

 

 日菜へ手を振って返し、可奈美は入口の日菜へ駆け寄る。

 

「結構ここ気に入ってくれたよね。あ、お好きな席へどうぞ」

 

 見知った顔であっても、仕事中はマニュアル通りに。席に着いた日菜へ、可奈美は水を差しだした。

 

「うん! ここ、とっても楽しくてるんって来るからね! お姉ちゃんも誘ったんだけど、断られちゃった」

「そ、そうなんだ……どうせなら、紗夜さんも一緒に来ればいいのにね」

 

 見滝原公園での一件以来、日菜はラビットハウスによく来るようになった。数日おきに来ては、よくよくコーヒーやらジャンクフードやらを食べていく。

 

「はい。今日はどうしたの?」

「それがね……ん?」

 

 その時、日菜の目が

 奥のテーブル席にいる少女。彼女に向け、日菜はダッシュした。

 

「友奈ちゃああああああん!」

「うわあああああああ!?」

 

 悲鳴を上げる友奈に、日菜は飛びつく。

 

「ひ、日菜ちゃん!?」

「友奈ちゃん! るるるんって来たあああああああああ!」

 

 どうやら、ボートを共にした仲として、友奈は日菜に気に入られたようだ。日菜は友奈にすりすりと頬ずりしている。

 一方、友奈の方は、驚きながらも、日菜を拒否せずになされるがままになっている。

 

「それで、日菜ちゃんは何にする?」

「うーん……やっぱり、あんまりコーヒーって分からないんだよね。可奈美ちゃんのオススメは?」

「あー……オススメは……」

 

 可奈美はそう言いかけて、目をカウンターに泳がせる。

 カウンターでは、チノが静かにコーヒー豆を焙煎している。やがて可奈美と日菜の視線に気付いたチノが、緊張した様子で言った。

 

「そうですね……日菜さん、初心者なら、まずはうちのブレンドコーヒーをお勧めします」

「じゃあそれ! るんっとするかな!?」

「それでは淹れますね」

 

 チノはそう言って、焙煎機を動かす。そんな彼女の様子を見ながら、可奈美は背後からの日菜の声に振り向く。

 

「ねえねえ! ハルト君は?」

「ハルトさんは今出前に出てるよ。ハルトさんに用事?」

「ううん。あの人、ちょっとお姉ちゃんのこと気にしていたみたいだから、何かあったのかなって」

「ああ……多分、日菜ちゃんが思っていることじゃないと思うよ」

「本当? まさか、お姉ちゃんを取られたりしないかなって」

「ないない」

 

 可奈美は手を振る。

 

「でも、少し待っていたら戻ってくると思うよ。待ってる?」

「うーん……どうしようかな……」

 

 日菜が考えていると、ラビットハウスの呼び鈴が鳴る。

 

「うっす。友奈ちゃんいる?」

 

 見ればそこには、いつもの水色のダウンジャケットを着た真司の姿があった。

 

「あ、真司さん!」

 

 日菜に抱きつかれたままの友奈が手を伸ばす。

 

「こっちだよ!」

「おお、仕事終わったぜ……」

 

 まだ午前中だというのに、くたくたな様子の真司。

 

「真司さん、お疲れ?」

「おお、おはよう可奈美ちゃん。いやあさ、夜勤明けでさあ」

「夜勤明け? 真司さん、確かマグロナルドだよね? 今って24時間営業止めたんじゃ?」

「それじゃねえんだよなあ……店長、結構顔が広い人でさあ。色んなところに仕事紹介してくれんだよ」

「うんうん」

「昨日はそれで工事の警備員やったんだよ。いやあ、大変だった……」

 

 真司は腰を撫でながら言った。

 

「あれ? ハルトはいねえの?」

「今日は買い足しだよ。午前のうちに材料確保しておかないといけないからね」

「へえ」

「真司さんは?」

「ああ、今日は友奈ちゃんと一週間分の飯の買い足しだよ。で、友奈ちゃんは……」

「るんってしてるよ!」

 

 真司の言葉に、日菜が笑顔で応じた。

 日菜は今でも友奈をガッツリとホールドし、抱き枕のようにしている。

 

「うお!? 友奈ちゃん、どうなってるんだそれ」

「いやあ、日菜ちゃんに懐かれちゃって……」

「懐かれた?」

 

 真司は目を白黒させる。

 可奈美は「あはは」と苦笑する。

 

「ほら、この前公園でピクニックに行った時、友奈ちゃんと日菜ちゃん、同じボートだったでしょ? その時に気に入られたらしくて」

「へ、へえ……友奈ちゃんからは結構凄まじかったって聞いたけど」

「るんって来たでしょ? 友奈ちゃん!」

 

 さらに日菜がぎゅっと友奈を抱きしめる。友奈は「るんって来たよ!」と応じている。

 

「友奈ちゃん、もう適応してる……」

「可奈美ちゃんも真司さんも! るんって来たでしょ!?」

「る、るん……! るん! うん! るんって来た!」

 

 盆を置いた可奈美は、日菜に合わせて言ってみる。何となく力が湧いてくるような感覚がして、少し元気に感じる。

 

「る、るん……?」

 

 一方、真司は戸惑う。

 口にはしてみれど、何も感じないらしい。

 

「うん! るんって!」

「るんって」

「るんって!」

「るんって……るん……るん……」

 

 やがて、日菜の言葉に頭をふらふらとしていく真司。やがて目をグルグルと回しながら、座席に寄りかかる。

 

「るんって何だ……? どうして人はるんって言うんだ……?」

「真司さんが一人でループの中に入ってる!」

 

 悲鳴を上げる真司を捨て置いて、次にチノが切り出した。

 

「そういえば日菜さん、今日はライブではありませんでしたか? マヤさんとメグさんが、今日はパスパレのライブだと言っていましたが」

「それがさあ、今日寝坊しちゃって」

 

 とんでもないことを口走りながら、日菜は頭をかいた。

 

「このままじゃ、集合時間に間に合わないんだよね」

 

 それを言った瞬間、ラビットハウスが凍り付く。

 

「間に合わないって……ええ!?」

 

 日菜の爆弾発言に、可奈美は悲鳴を上げた。

 日菜は「あはは」と笑いながら、頭を掻く。

 

「実はさあ。リハーサルの時間がそろそろなんだけど、寝坊しちゃってさあ。電車でも間に合わなさそうなんだよね」

「それこそ余計に何でこんなところにいるの!?」

「えへへ。友奈ちゃん……」

 

 可奈美の悲鳴をスルーしながら、日菜は友奈にしがみつく。

 

「あ、チケット何枚かあるよ? 日菜ちゃんに可奈美ちゃん、これいる?」

 

 日菜はそう言って、ポケットからチケットを取り出した。そこには、今日の日付でのライブ開催が記されていた。その背景では、日菜を含めたパステルパレットのメンバーや、その他大勢のアイドルが、華やかな背景で演奏している。

 時間は、今日の午後。夕方からのレイトショーだった。

 

「ありがとう……でも私、今日はシフト入ってるから行けないんだよね」

「ええ……じゃあ、友奈ちゃんは?」

「私も今日、このあと特売に並ばなくちゃいけないから、空いてないよ……チノちゃんは?」

 

 全員の目がチノに向けられる。

 ずっとカウンターで焙煎を行っていたチノは、その手を止めた。

 

「そうですね……午後は空いていますから、行けますね」

「ほんとー? じゃあ来てよ! きっとチノちゃんもるんってするよ!」

「は、はい……」

「じゃあ後はどうしようかな……」

「そうですね」

 

 スルーされる真司を置いて、チノが進言した。

 

「だったら、ココアさんと、モカさんにも誘ってみます」

「ただいまー!」

 

 その時、元気な声がラビットハウスに響いた。

 丁度、ココアとモカの姉妹が帰って来たところだった。二人とも両手いっぱいに、ラビットハウスで使う食料品を溜め込んでいる。

 

「おかえり。ココアちゃん、モカさん」

「ただいま可奈美ちゃん! それにチノちゃん。お客さんが三人もいる!」

 

 ラビットハウスの状況に喜ぶココア。

 そんな状態でこのお店大丈夫なのかなと冷や汗をかく可奈美は、モカからも荷物を受け取った。

 

「すみません、モカさん。バイトでもないのに手伝ってもらって」

「ううん、いいんだよ。私も、ココアが普段どんな仕事をしているのか知りたかったから」

「どうですか? ここ最近のココアちゃんを見て」

「うん。感心感心。お姉ちゃんも安心したよ」

「あ! この前のお姉さん!」

 

 友奈を解放した日菜が、モカへ歩み寄る。

 モカも日菜の姿を見て、「あら」と手を合わせた。

 

「日菜ちゃん、だったよね? ラビットハウスに来てくれたんだ」

「あたし、気に入ったから時々来てるよ。モカさんとはあんまり会えなかったんだね」

「うんうん。日菜ちゃんも、ぎゅっと」

 

 モカは笑顔で日菜に抱き着く。

 日菜は嬉しそうに、彼女のなすがままにされた。

 

「ひ、日菜ちゃんまで!?」

 

 だが、それを見て穏やかではないのが、モカの実妹であるココア。彼女は日菜をモカから引き剥がし、逆に抱き寄せる。

 

「お姉ちゃん、本当に年下だったら誰でもいいの!? 本当に節操ないんだから!」

(ココアちゃんも大概なような……?)

「ねえねえココアちゃん!」

 

 だが、日菜はマイペースにも、ココアから離れてチケットを提示した。

 

「ココアちゃんもどう? 今日、ライブあるんだけど」

「おお? 日菜ちゃんのライブ?」

 

 チケットを受け取ったココアの目がキラキラと輝きだした。

 

「イイネ! 私は好きだよ! チノちゃんと可奈美ちゃんも一緒に行こう!」

「そうですね」

 

 ココアの提案に、チノもほほ笑む。

 チノの笑顔も結構レアだなと、可奈美は自らの脳に記憶した。

 

「おやおや? それじゃあ、私も保護者が必要だよね? 日菜ちゃん、これまだ当日券手に入る?」

「モカさんのもあるよ~」

 

 あっさりと、日菜は追加のチケットを渡した。

 それを見た可奈美は、思わず言葉が口に出た。

 

「日菜ちゃん、それ何枚持ってるの?」

「それがさあ、結構入り少ないらしくてね。あたしたちの他にもいくつかのグループでもまだまだ余ってるんだよね」

「それはそれでどうなの……?」

 

 心配になる可奈美をよそに、日菜はモカにもチケットを渡した。

 

「ありがとうございます日菜さん。モカさんと一緒に、是非とも伺いします」

「ヴェアアアアアアアアアアア!」

 

 その時、ココアが凄まじい声で悲鳴を上げた。

 見れば、白い目をして泡を吹いて倒れている。

 

「ココアちゃん!?」

「奪われる……私の立場が、お姉ちゃんにも……日菜ちゃんにも……」

「ちょっとチノちゃんが懐いただけだよ!? あと、それよりも日菜ちゃん、チケット配るよりも先に心配しなくちゃいけないことがあるんじゃないの?」

「ん?」

 

 日菜が純粋な目をこちらに向けた。

 可奈美は眩暈を覚えながら、入口を指差す。

 

「時間! もうリハーサルの時間なんでしょ!? 早く行かなくちゃ」

「でも電車が遅延してるせいで間に合わないしなあ。ハルト君に連れて行ってもらおうかなって思ったけど」

 

 日菜の図太さに驚きながらも、可奈美は店内を見渡す。

 そこで偶然、友奈の隣に座っている真司と目が合った。

 

「真司さん」

「何?」

「そういえば真司さんもスクーター持ってたよね?」

 

 友奈のバイト代と組み合わせて、スクーターを購入したと聞いている。

 それはきっと、今もラビットハウス近くの駐輪場に停めているのだろう。真司も、隠すことなく頷いた。

 

「ああ。そうだけど……あれ?」

 

 すると、真司は何やら嫌な予感がしたかのように日菜を見る。

 日菜は、すでに明るい眼差しで真司を見上げている。

 

「これ、俺が日菜ちゃんを連れて行くパターンじゃ……」

 

 その通りと、日菜が何度も頭を縦に振る。

 

「ええ……俺、今日特売日に行きたいんだけど。友奈ちゃんも、そのために今日急いできたって……」

「私はいいよ」

 

 無情にも、友奈はにこやかに答えた。

 

「可奈美ちゃんが手伝ってくれるから!」

「私今日まだ仕事終わってないよ!?」

 

 だが、それが同意と思ったのか、日菜は「ありがとー!」と礼を言う。

 

「なあんだ……これで間に合う! 皆もこれでるんってなるよね!」

「いや、俺まだやるって言ってないから! 今夜勤明けって言ったじゃん!」

 

 すでに、真司も断ることができなくなっているようだった。

 

「よ~し! レッツゴー! 見滝原ドーム!」

 

 そのまま、友奈との特売ではなく日菜に連れて行かれる真司を見送って、可奈美は呟いた。

 

「これ……私のせい?」

「大丈夫だよ! このあとの特売は、私と可奈美ちゃんで行けばいいから」

「だから私今日夕方までシフト入ってるよ!」

「そのあと私も真司さんを追いかけるからね」

 

 だがその後、少し可奈美が目を離している間に、友奈は机に突っ伏してしまった。

 

「あ、日菜ちゃんコーヒー代……」




リゲル「マスター」
鈴音「何ですか?」
リゲル「その食生活には少し疑問が……」
鈴音「食べます?」
リゲル「ほとんどうまい棒だけなのは、健康に悪いような……」
鈴音「大丈夫ですよ。何より片手で監視しながら食せるので重宝します。サクサク……」
リゲル「……はあ……少しは体に気を付けて……あ、久々のアニメ紹介私がやるの? それじゃあ……どうぞ」



___DNAが共鳴して旅立つドリーム 運命(さだめ)にクチヅケを交わし誓い合って___



リゲル「ファンタシースターオンライン2 ジ アニメーション」
鈴音「気分転換にPSO2でもやりましょう」パソコンカタカタ
リゲル「監視しながらゲームやってる……!? 2016年の1月から3月まで放映していたアニメよ。PSO2のアニメ化ではなく、PSO2というゲームがある世界で、高校生の橘イツキが主人公。謎の転校生、鈴来アイカとの出会いから、ゲームの中の世界であるはずのPSO2の戦いに巻き込まれていく」
鈴音「レアドロップがでない……レアドロップがでない……」
リゲル「マスターのこのようにレアドロップを求めてクエストを周回するのをハムスターというのよね……マスター、今日はもう休んで」
鈴音「こうなったらモンハンにチェンジしましょう……! ……レア素材が出ない!」
リゲル「この人、もう沼から逃げられない……!」


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見滝原ドーム

 日菜が指定したライブ会場は、見滝原北の端にあった。

 見滝原の本当に北端に位置している。

 見滝原ドーム。

 大きな十字路に面するその建物は、この世界で生きていれば、必ず一度は名前を見る会社だった。数多くのアイドルグループの合同ライブが企画される場所だけあって、東京ドームにも匹敵する大きさに、真司は内心舌を巻いていた。

 そして、北側の道路を一つ越えれば、そこはもう隣の町。

 サーヴァントの自分が見滝原を越えればどうなるのだろう。そんな疑問が去来しながら、真司は指定の駐輪場にスクーターを止めた。

 

「着いたぜ。日菜ちゃん」

 

 ヘルメットを外しながら、真司は言った。

 予備のヘルメットを返しながら、日菜は真司のスクーターから降りる。

 

「うん! ありがとう真司さん!」

 

 日菜はポーチを肩に戻し、笑顔を見せる。そのままスタジオに向けて、足を向けた。

 

「あ、そうだ! 真司さんも一緒に来る? 彩ちゃんたちに会ってみない?」

「日菜ちゃんのグループのメンバーだっけ?」

「うん! きっと真司さんもるんって来ると思うよ!」

「る、るん……」

 

 相変わらず日菜の独特の言葉運びにはなれない。

 そのまま真司は、彼女の提案を断った。

 

「悪いよ。それより、早く行った方がいいんじゃないか?」

「う~ん……電車では間に合わなかったんだけど、ちょっとだけ時間余ってるんだよね」

 

 日菜が腕時計を見下ろしながら言った。

 

「そりゃあよかった。こっちも飛ばした甲斐あったってもんだぜ」

「ねえ真司さん! 折角だからさ、真司さんもライブ見に行ってよ! この後五時からやるから!」

「俺今日友奈ちゃんと特売が……それにさっきも言ったけど、夜勤明けだから疲れてるんだよ……」

「いいからいいから!」

 

 日菜は真司の言葉を抑えながら、手をとりぐいぐいと引っ張っていく。

 そのままスクーターから引きずり降ろされた真司は、「おいおいおい!」と声を上げながらも、そのまま日菜に誘導されていった。

 

「って、ここ関係者入口じゃん!」

 

 日菜に連れて行かれた入口。見張りの警備員が、険悪な顔付きで真司を見返している。

 真司は誤魔化し笑いを浮かべて、日菜に耳打ちする。

 

「なあ日菜ちゃん! 流石に悪いって。チケットはもらったし、後でライブ見に行くから」

「ええ……?」

 

 日菜が口を尖らせた。

 真司は頬をかきながら、日菜に尋ねる。

 

「俺こういうアイドルっぽいのよく分かんねえんだけどさ。日菜ちゃんたちって、今人気なのか?」

「うーん、まだそこまでじゃないかなあ? 最近売り出したばっかりだし。お披露目の時とかも大変だったよ」

「ふーん……ライブまでの間に見ておくわ」

 

 真司はそう言って、スマホに「パステルパレット」という文字を打ち込んだ。すぐに、桁違いの検索結果が表示される。

 

「あ、どう? あたしたち、なんて言われてる?」

「それも後で見ておくから。ほら、行ってこい」

 

 真司はそう言って日菜の背中を押す。

 日菜は元気に真司に手を振り、そのまま入口へ向かうが、そんな日菜に声がかけられた。

 

「日菜ちー!」

 

 明るい声。見れば、日菜とほとんど同い年くらいの少女が、日菜に駆け寄ってきていた。

 

「友達か?」

 

 そう思った真司は、何となく別のタブから、「氷川日菜」の名前を検索する。

 出てきた画像をスクロールしていくと、やがて今日菜に話しかけている少女の写真が現れた。

 

「お、出た出た。流石日菜ちゃん。友達も読者モデルか……えっと、名前は……」

 

 蒼井晶。

 

「ねえ……日菜ちー」

 

 晶の猫なで声が、少し離れた真司にも聞こえてくる。

 

「これからライブだよね? 頑張って! あきらもぉ、応援してるから」

 

 晶が日菜に抱き着いている。お決まりの「るんってきた!」という日菜は、とても喜んでいるようだ。

 だから、だろうか。

 それを真司は、気のせいだと思った。

 そのまま別れを告げて入口へ日菜が向かった時。

 晶の笑顔が、邪悪に見えたのは。

 右手の手袋がめくれて、一瞬黒い刺青が見えたのは。

 

「……」

 

 真司は、無意識にダウンジャケットのポケットに手を入れる。

 龍の顔のエンブレムが、指先に触れた。

 

 

 

「おはよう!」

 

 日菜の元気な声が、控室にこだまする。

 本来ならば、日菜をはじめとしたパステルパレットのメンバーがいるはずの部屋。

 だが、メンバーたちの荷物はあっても、彼女たちの姿は影も形もなかった。

 

「あれれ? 皆、どこ行ったの? 彩ちゃ~ん」

 

 だが、日菜の声に答える者はいない。

 スマホでメンバーたちに連絡を飛ばした日菜は、鼻歌を歌いながら椅子に座った。

 

「ふんふ~ん」

 

 音楽でも聞こうと、イヤホンに手を取った時、ドアにノックがかけられる。

 

「はい! いまーす」

 

 日菜はそう答える。

 するとドアが開き、そこには見知った顔が現れた。

 

「あ、乙和(とわ)ちゃん!」

 

 日菜にも似た、薄緑のボブカットの少女。

 彼女のことは、日菜もよく知っている。花巻乙和(はなまきとわ)。日菜が所属するパステルパレットと同じ事務所のアイドル兼DJグループ、photon Maiden(フォトンメイデン)のメンバーである。

 

「日菜ちゃーん、ここー?」

 

 乙和は驚いた顔をして日菜を見つめている。

 

「どうしたの?」

「もうパスパレの皆、ステージに集まってるよ? 千聖ちゃんも、日菜ちゃんがまた遅刻だって怒ってるよ?」

「ええ? まだ集合時間じゃないよ?」

「でも、早く行った方がいいよ! 私、パスパレライブもすっごくすっごーく楽しみにしてるから!」

 

 乙和が両手を振りながら言った。

 日菜は「ありがとう」と礼を言いながら、部屋から出ていく。

 

「それじゃあ、あたしはステージに行ってくるね。そういえばフォトンは、もうリハ終わったの?」

「終わったよー。ちょっと疲れたなあ。でも、日菜ちゃんはリハいらないんでしょ?」

「全部覚えてるからね。それじゃあ、また後でね!」

 

 日菜はそう言って、ドームの方向へ向かっていった。

 一度見れば何でも覚えられる日菜にかかれば、ドームの地図はすでに頭の中に納まってしまう。

 迷うことなどなく、日菜は中心部のドームへの道を進んでいく。

 だが、その途中で日菜は足を止める。

 その場にいるはずのない人物がいた。ついさっき、この会場の外で会ったばかりの人物。

 

「晶ちゃん?」

 

 モデル仲間の蒼井晶が、その場にいた。

 さっきまでと全く同じ姿。どうやってこの関係者以外立ち入り禁止エリアに来たのか、全く分からない。

 ただ。

 彼女の顔は、外にいた時とは異なるものになっていた。

 モデルとしての笑顔が似合う姿ではなく。

 憎しみと嫉妬が入り混じった笑みに。

 

「よお……日菜ちー」

 

 それは果たして晶の声だったのか。

 日菜の知る晶の声とは似ても似つかない、低い声だった。

 

「なに……? 晶ちゃん……?」

「これからライブなんだよなあ?」

「う、うん……」

 

 普通の受け答えでいいのだろうか。

 そんな疑問が日菜の中に去来する。だが、晶は右手を見せつけながら続ける。

 

「てめえはいいよなあ……? 日菜……」

 

 彼女の右手。そこに着けていた手袋を外し、日菜には見たことがない紋章を見せつける。水玉のような丸みを帯びた刺青が、晶の右手に記されていた。

 

「晶ちゃん……? それって……」

「うぜえんだよてめえは……だからテメエだけはぶっ潰す……破滅させてやる……粉々にしてやる……!」

「晶ちゃん? 何言ってるの……?」

「だから、今日までニコニコてめえの友達面してやったんだよ……! てめえの晴れ舞台の日に、徹底的にボコボコにしてやんよ!」

「だから、何を……?」

 

 その時。

 廊下の照明が砕ける。

 晶の頭上にあったそれが光の粉となり、廊下に降り注ぐ。点滅する晶の姿は、叫びだした。

 

「憎い! 憎い! 憎い! 私よりも人気でキラキラのてめえが憎い!」

「晶ちゃん……?」

 

 晶の言葉は止まらない。

 

「私にない物を何もかも持ってるてめえが! 何もかもにあふれているてめえが!」

 

 晶の姿が見えたり見えなくなったり。

 

「殺れ! スイムスイム!」

 

 その声とともに、晶の足元が波打つ。

 どうしてコンクリートのスタジオで、と日菜が疑問に思うが刹那、コンクリートが割れた。水のように破裂したそこから、白いスク水の少女が飛び出してきた。

 

「!」

 

 その少女の顔を見て、日菜は悟った。

 無表情の眼差しに読み取れる、晶から引き継いだような殺意。

 持前の反射神経がなければ、彼女のナイフは日菜にただでは済まない傷を残していたかもしれない。

 

「な、何!? 誰……!?」

 

 だが、スイムスイムと呼ばれた少女は答えない。

 ただ作業的に、眉一つ動かさずにナイフを構える。

 

「!」

 

 襲ってくる無邪気な殺意。

 避けられない、と日菜が目を瞑ったとき。

 

「危ない!」

 

 その声の発生源は、窓ガラス。

 現れた赤い仮面が、スイムスイムの凶器を取り押さえているところだった。

 

「だ、誰……?」

 

 口をパクパクとしながら、日菜はそれを見つめている。

 赤い仮面は、そのままスイムスイムを振り回し、壁に投げつける。

 だが、スイムスイムは壁に接触すると同時に潜ってしまう。

 見えなくなった姿を、赤い仮面は警戒し、同時に晶を睨む。

 

「あの子がマスターか……」

「てめえ、何しやがる!?」

 

 晶が怒鳴りつける。

 だが、赤い仮面は動じることもなく、聞き返す。

 

「俺はライダーだ。君も……聖杯戦争の参加者か」

「ああ? 何だよ、こんなところにもいやがったのか、参加者がよぉ」

 

 晶が口角を吊り上げる。

 

「んじゃあ、ちょっとだけ教えてやんぜ。アヴェンジャーのマスターだ……日菜の前に、まずはてめえからぶっ潰してやるよぉ!」

 

 晶の声と同時に、壁から何度もスイムスイムが襲ってくる。

 赤い仮面は全身から火花を散らしながら、日菜には決して当てまいと身を盾にしてくる。

 

「大丈夫?」

 

 防御しながら、赤い仮面が日菜を起こす。

 丁度スイムスイムの乱撃が収まり、廊下に静寂が戻ったところだ。そのまま彼は、日菜を背にして、スイムスイムが出てくるのを警戒している。

 

「そこだ!」

 

 やがて赤い仮面は、日菜を抱え、自分が後ろに回る。丁度背後から日菜を狙ったスイムスイムと取っ組み合う形になり、赤い仮面はそのまま肉弾戦に入った。

 

「逃げて!」

「えっ……!?」

 

 状況が読み込めない。日菜は、茫然としたまま、赤い仮面とスイムスイムの乱闘を見上げていた。

 

「日菜ちゃん!」

 

 名前を呼ばれて、日菜ははっとする。慌てて駆け出し、その場から逃げ出した。

 



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お姫様

ようやく文章に色を付ける作業が終わりました……


 日菜が逃げた。

 それを確認した龍騎は、そのまま意識をアヴェンジャー、スイムスイムへ集中する。

 飛び掛かって来るスイムスイム。それに対し、龍騎は身構えた。

 

「この……っ、やめろ……!」

 

 龍騎はがっしりとスイムスイムの腕を掴み、振り回す。放り投げたスク水少女は、空中で一回転し、着地した。

 

「ケッ」

 

 スイムスイムの背後に立つ晶が唾を飛ばす。

 会場の外で見た時と同じ人物とは思えない。

 警戒を浮かべる龍騎に対し、晶は腕を組み、右手をぶら下げる。

 

「あきらっきー……ムカつく奴をぶっ潰してえと思ってマスターになったけど、こっちの方が先に達成できそうだぜ……」

 

 晶が顔を歪める。そこまでの表情筋があるのかと感心したくなるような動きに、龍騎は思わず舌を巻いた。

 

「願いを叶える……先にてめえら皆殺しにして、私の願いを叶えてやる!」

「願い?」

「私より上の奴らは全員破滅しろってなあああ! やれ! スイムスイム!」

 

 晶の命令とともに、スイムスイムが動く。

 鋭いナイフが、龍騎の装甲へ滑っていく。

 

『ソードベント』

 

 手慣れた手つきで、龍騎はドラグバイザーを鳴らす。召喚したドラグセイバーで、スイムスイムのナイフを受け止めた。

 

「ぐっ……」

 

 少女のはずの予想外の力に、龍騎は思わず圧される。そのまま、龍騎の背中が壁を砕いた。

 

「やめ……やめろおおおおおおおおお!」

 

 龍騎はドラグセイバーで押し返し、スイムスイムを転がす。

 

「お前、何で日菜ちゃんを狙うんだ!? 参加者じゃないだろ!」

「うるせえ!」

 

 だが、晶は龍騎に怒鳴りつける。爪を噛み、ギリギリと歯ぎしりの音まで聞こえてきた。

 

「ムカつく……ムカつくんだよ! あきらっきーよりも目立ってキラキラしているアイツが! あの姉妹、二人とも!」

 

 晶の言葉に合わせて、スイムスイムの猛攻が龍騎を狙う。まるで主である晶の怒りに呼応しているようだった。

 だが、龍騎の目は、スイムスイムの動きを捉えた。ドラグセイバーでナイフを叩き落とし、逆にその細い体にタックルを決める。

 攻撃のために液体化を解除していたスイムスイムに、防御する手段はなかった。コンクリートをも砕く龍騎の攻撃に、スイムスイムは表情を歪めて床を滑った。

 

「このクソボケカス! 何やってんだよ!」

 

 晶はそう言って、スイムスイムの背中を蹴り飛ばす。

 転がったスイムスイムは、何も言わずに四つん這いになる。

 

「おいやめろ!」

 

 龍騎の変身を解除し、真司は晶を食い止めようとする。だが、背後から羽交い締めにしたにも関わらず、晶は真司を振り払う。

 

「うっせえ! てめえには関係ねえだろ! このおっさん!」

「おっさ……俺まだ二十四……」

「聞いてねえよクソが!」

 

 力において劣る女子中学生が、真司のような成人男性に勝つ方法。いくつかある中で、もっとも恐るべきそれが真司を襲った。

 急所に蹴り。

 白目を浮かべた真司は、悶えながら倒れる。

 さらに、晶の行動は続ける。

 

「おい! スイムスイム! てめえ、こんぐらいやって見せろ! さっさとこのサーヴァント始末しろよゴラァ!」

 

 スク水少女の襟元を掴み上げる晶。彼女はスイムスイムにぐいっと顔を近づける。

 

「テメエ、お姫様になりてえんだろ!? だったら敵はちゃんと始末しやがれ!」

「おい、やめろ!」

 

 確かにスイムスイムは、真司を、日菜を襲った。許せる相手ではない。

 だがそれでも、これ以上の暴力を見過ごすことはできなかった。戦いを止めることが何よりも優先するべきだと考えている真司は、無理矢理復活してスイムスイムから晶を引き剥がす。

 

「お前、いい加減にしろ! そんなことで願いを叶えたって、どうしようもないだろ!」

「分かったような口利いてんじゃねえ! このクソが!」

 

 晶が真司に殴りかかる。思わぬ反撃に、真司は思わず後ずさり、距離を置く。

 さらに晶は続ける。

 

「お姫様なんだろ!? テメエ!」

 

 晶はスイムスイムを掴み上げる。首元を掴みながら、顔面を近づけて怒鳴る。

 

「だったらなあ? 命ぐらい奪える気概を見せやがれ! 甘いんだよ! いいか? お姫様ってのは、命令一つで敵の命を奪えるんだぜ!? そんぐらいの意気込みねえのかよ!?」

「お前いくらなんでも滅茶苦茶だ!」

 

 真司が訴える。

 だが、ゆっくりと起き上がったスイムスイムはぼそりと呟いた。

 

「命を……奪うのが……お姫様……」

 

 それはあまりにも小声で、真司にははっきりと聞き取れない。

 だが、それを何度も口にするごとに、スイムスイムの体に力が入っていくように見えた。

 そして。

 スイムスイムは静かに立ち上がる。やがて、小さな声で言った。

 

「あなたの言いつけは守ります」

 

 スイムスイムが視界に入れているのは、真司ではなく晶。主に忠義を示すように、頭を下げた。

 すると、晶は得意げに鼻を鳴らした。

 

「ハッ! そうだ。言うことを聞け。てめえがお姫様になるには、それが一番近……」

「いままでお世話になりました」

「へ?」

 

 晶が固まる。次に真司が晶の声を聞いたのは。

 

「ぐああああああああああああ!」

 

 その悲鳴は、真司の耳に強く突き刺さった。

 スイムスイムのナイフが横切ったのは、離れた真司ではなく、すぐそばのマスター、晶。彼女の右頬には、ナイフによって付けられた生々しい跡が、右目にいたるまで走っていた。

 

「分かった。マスター」

 

 スイムスイムの口が動く。

 初めて彼女の肉声を聞いた。そう思うよりも早く、事態は進行していく。

 

「人の命を奪えるのがお姫様……だから」

「おい、スイムスイム、テメエ何を……!?」

「マスターは私にとって一番身近な人でした。だから犠牲になってもらわないと。私がお姫様になるために」

 

 スイムスイムが一人で話を続けている。

 

「おい、やめろ!」

 

 真司は大急ぎで龍騎に変身し、晶の前に割って入る。

 だが、スイムスイムが振り抜いたナイフが龍騎の装甲を切り裂き、大きく弾き飛ばす。

 

「ごめんなさいマスター。ごめんなさい」

 

 だが、自らの言葉に酔いしれる彼女は止まらない。指先で涙を拭いながら、手にもったナイフを振りかざし、マスターである晶へ刃を向けた。

 龍騎はそんなスイムスイムの腕を掴む。

晶から引き剥がし、そのまま取っ組み合いながら、龍騎は叫んだ。

 

「逃げろ! 逃げろ!」

 

 龍騎の必死の叫びに、晶は頷く。

 そのままスイムスイムには目もくれず、その場から走り去っていった。

 彼女の姿がスタジオからいなくなった頃合いに、龍騎はスイムスイムに怒鳴る。

 

「お前、マスターを殺そうとするとか、何考えてんだよ!」

 

 だが、少女は語らない。

 

「こんなこと、絶対間違ってる!」

 

 喋らない。

 

「おい、聞いてんのか!?」

 

 聞いていない。

 スイムスイムは体を液体にし、龍騎の拘束から逃れる。

 背後に回り、ナイフの矛先を龍騎に変えた。

 だが、すでに龍騎は、ベルトのカードデッキから武器を引き抜いていた。

 

『ストライクベント』

 

 召喚された龍の頭部(ドラグクロー)が、ナイフを受け止めた。そのまま龍騎は、ドラグクローを引き込む。

 

「いい加減に……!」

 

 ドラグクローの口元に、赤い炎が溜まっていく。。

 赤い無双龍、ドラグレッダーもまた、龍騎の動きに合わせてその周囲でとぐろをまく。

 

「しろおおおおおおおお!」

 

 ドラグクローにより照準が合わせられた、ドラグレッダーの火炎。文字通り桁違いの火力を誇るそれは、液体というスイムスイムの盾を蒸発させ、その体に大きなダメージを与えた。

 スタジオの壁を砕き、地面を転がるスク水少女。

 やりすぎたかと心配しながら、龍騎は思わず駆け寄る。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 龍騎は彼女を助け起こそうとした。

 だが、ボロボロの彼女が選択したのは、救援に応じるのではなく、反撃。

 龍騎の鎧から火花が散り、スイムスイムが起き上がる。

 

 

「ぐあっ……」

 

 さらに、怯んだ龍騎に対して、スイムスイムはどんどん攻める。

 ドラグクローで防御をするものの、スイムスイムのナイフ捌きは卓越していた。やがて龍の顔は龍騎の手を離れ、倉庫の奥へ消えていった。

 

『ガードベント』

 

 ナイフで突くスイムスイムに対し、龍騎はドラグレッダーの胴体を模した盾をぶつける。両腕に装備されたそれは、二つ重ねることでスイムスイムの凶器を防いだ。

 逆に押し返し、スイムスイムの勢いは完全に消された。

 

「……っ」

 

 スイムスイムは、しばらく龍騎を睨む。やがて戦いを続けることよりも、当初の目的を実行することを決めたようだった。

 

「命を奪わなきゃ……マスターを殺さなきゃ、お姫様になれない……」

「おい、お前何言ってんだ!?」

 

 龍騎の言葉など聞かず、スイムスイムは地下へ潜水する。まるで魚のようにコンクリートを飛び跳ねながら、マスターの後を追いかけていった。

 

「アイツ、本当に何考えてんだよ……!?」

 

 龍騎は慌てて、彼女のもとへ走った。



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誘惑

「こんなところに来て、どうしようと言うの……?」

 

 紗夜は、チケットを握りつぶしながら自問した。

 数日前、日菜から手渡されたライブのチケット。複数のアイドルグループが合同で行うそのライブは、今日の夕方から、見滝原ドームで行われる。

 まだ数時間もある。青空がまだ残る空を見上げながら、紗夜はため息をついた。

 その時。

 見滝原ドームの裏手。倉庫らしき建物から、大きな音が聞こえてきた。

 金属を、無理矢理こじ開けた音。

 

「何……?」

 

 好奇心は猫を殺す。そんなことわざが一瞬過ぎったものの、紗夜の足は逆らうことが出来なかった。

 敷地の周りにある柵により、中の様子を窺う。

 倉庫の中が、暗くてほとんど見えない。

 

「……開いてる」

 

 柵のすぐそばにある入口。押しで入れるそれは、施錠されていなかった。

 紗夜がドアノブに手をかけると同時に、さらに中から騒がしい音が聞こえてくる。ゆっくりとドアノブを回し、内側に入る。

 

「失礼します……?」

 

 どうしてこんなに気になっているのだろう。

 そんなことを思いながら、紗夜は立ち入り禁止の区域に足を踏み入れる。

 かび臭い匂いが鼻を刺し、暗闇を紗夜は見渡した。

 異常などない。そもそもあったところで、紗夜の知ったところではない。

 戻ろう。そう、紗夜が決断したその時。

 

「……ッ! ……ッ!」

 

 息を切らして倉庫から現れたのは、紗夜と同じくらいの少女だった。

 紗夜とは異なる学校の制服。だが彼女の顔からは、夥しい量の血が流れており、服も体も真っ赤に染まっていた。

 

「な、何があったの……?」

 

 紗夜が声をかけようとするが、少女は聞かない。フワフワのピンクの髪飾りを落としたとて、彼女は足を止めずに街へ去っていった。

 

「どうしたの……?」

 

 通報しようとスマホを取り出すが、その動きは止まる。

紗夜の視界の端に、やがて白が現れた。

 何やら混乱している様子の少女。壁伝いにノロノロと歩いてくるのは、スク水の少女だった。

 

「あなたは……!」

 

 その姿に、紗夜の顔から血の気が引く。

 水着姿の、ヘッドホンを付けた少女。

 その名は、スイムスイム。

 

「ッ!」

 

 紗夜の姿を見たその瞬間、スイムスイムの顔付きも変わった。

 

「……マスターの……敵……!」

 

 彼女が手にしているのは、サバイバルナイフ。以前彼女が持っていた長槍は、赤のヒューマノイドとの戦いで消失していたのを紗夜が目撃している。

 彼女は、そのどこでも手に入るような凶器を、紗夜へ向けた。

 

「っ!」

 

 引き攣った顔で恐怖を覚える紗夜。しかも彼女の体には、あちらこちら赤い付着が彩られている。

 そして、スイムスイムの目は、はっきりと真っ直ぐと紗夜を捉えていた。

 

「ッ!」

 

 紗夜はフェンスから離れ、スイムスイムから逃げ去る。

 だが、去り際にスイムスイムの体が金属網のフェンスを通過するのを見て、目がさらに大きく見開かれる。

 

「何で……!?」

 

 道中の障害物、全てが簡単にすり抜けられる。さらに、地面の下に潜ったり、全く疲れを知らない表情の相手に、ただの人間である紗夜が逃げられる道理などない。

 

「やっつければ……命を奪えば、お姫様になれる……!」

 

 彼女の言葉の意味は分からない。

 ただ紗夜は、それが必要だと本能的に察知した。

 懐に収納していた、白い、日本刀のような形のアイテム。それを掴むと同時に、スク水の少女の刃が紗夜を襲う。

 慌てて身を曲げて、スイムスイムから逃れる紗夜。

 

「こ、来ないで!」

 

震える手で、白いアイテムをスイムスイムに向けた。

 だが、目を細めるスイムスイム。直立のまま、彼女は紗夜を見つめていた。

 

「これを……」

 

 これまでココアが二回、これを使った。

 それは、鞘から刀を抜くような動作だった。

 同じように、紗夜は鞘から持ち手を引き抜こうとする。だが、接着されたようなそれは、紗夜の力ではびくともしなかった。

 

「そんな……どうして……?」

 

 動かない。その事実に、紗夜の顔がみるみるうちに青ざめていく。

 

「保登さんが使った時は、あんなにあっさりと動いたのに、どうして私には使えないの!?」

 

 だが、紗夜の声に答える者はいない。ただの大理石で作られたようなそれは、ただ無情にその宝石で紗夜を見返していた。

 

「どうして……! どうして……っ!」

 

 どれだけ祈っても、呪っても、それは動かない。

 それどころか、スイムスイムは、すでに目と鼻の先に迫ってきていた。

 

「……」

 

 もう、言葉も発することさえできない。

 手から零れ落ちた白いアイテムが、乾いた音をたてる。

 

「ルーラ。そしてマスター。……これで、お姫様に」

 

 スイムスイムの声が、どこか遠くに聞こえる。

 振り下ろされる刃物。それは、紗夜の頭を迷いなく割ろうと___

 

「危ない!」

 

 する前に、革ジャンの男がスイムスイムへ肩をぶつけた。

 目の前から危機が去った。それを理解するのに数刻遅れた。

 

「紗夜さん、大丈夫!?」

 

 その声に、ようやく紗夜は息を吐きだした。

 見れば、ハルトがスイムスイムを突き飛ばし、共に転がったところだった。

 

「松菜さん……!?」

「間に合ってよかった……!」

 

 起き上がったハルトが、安堵したように息を吐く。

 

「どうしてここに?」

「出前がこの辺でよかったよ……紗夜さん、気付かなかった?」

 

 ハルトがそういうと同時に、彼の肩に青いプラスチックが乗る。

 プラモデルのような材質だが、動くそれ。馬の形に、頭に角を付けたようなデザイン___すなわち、ユニコーンの姿をしている。

 

「この前の公園から、ずっとコイツを君に付けていたんだ。異常があったら、俺に知らせるようにって」

「……それ、ストーカーじゃないですか?」

「あはは。まあ、今回は役に立ってるから、許してよ」

 

 ハルトは、そう言って、じっとスイムスイムを睨む。

 

「君は……いつかの……」

「……ウィザード……」

 

 スイムスイムが顔をしかめる。

 そんな彼女の前で、ハルトは紗夜をかばうように右手を伸ばす。

 

「紗夜さん、逃げて」

 

 はっきりと告げられた言葉。

 だが、紗夜の体よりも先に、スイムスイムの殺意が先に動いた。

 紗夜の首元を狙ったナイフ。

 ハルトが紗夜を引き込み、逆に自らの体を盾にするようなことをしなければ、紗夜自身が首を守れたか怪しい。

 

「っ!」

「……!」

 

 苦痛に歪むハルト。彼の腕から、血しぶきが飛んだ。

 そのまま紗夜とともに転がるハルト。

 

「大丈夫、紗夜さん!」

「松菜さんこそ……」

 

 彼の怪我の方が、転んだだけの紗夜よりも重い。だが、彼はそれに構わず、紗夜より先に立ち上がり、スイムスイムの前に立ちふさがる。

 

「いきなり何を……そうか……」

 

 ハルトの目線が、紗夜の手に注がれる。その視線に、紗夜は思わず包帯に巻かれた手を引っ込めた。

 

「……またですか。また、この手のせいで……!」

「紗夜さん?」

 

 紗夜は包帯の上から手を掻きむしる。

 

「何なの、本当に……! どうして私がこんなことに!」

 

 もう歯止めが利かなかった。

 命を常に参加者から狙われる恐怖に、どんどん声が大きくなっていく。

 

「どうして……! どうして私がこんな目に!」

「紗夜さん!」

「どいて」

 

 スイムスイムの冷たい声がぴしゃりと届く。目の前に迫るスイムスイムのナイフが、紗夜へ振り下ろされる。

 

「させない!」

『コネクト プリーズ』

 

 その前に、ハルトがウィザーソードガンでそれを止める。

 金属がぶつかり合う音が響き、二人は鍔迫り合いになる。

 

「……邪魔」

 

 スイムスイムはそのまま、バク転。体を液体にして、コンクリートの床の中へ潜っていった。

 

「これは……前に見た能力……!」

 

 どこから来る。

 ハルトが危惧した瞬間、その気配を察知。

 

「危ない!」

 

 スイムスイムの狙いは紗夜。

 つまり、極論ハルトを無視しても構わない。

 紗夜のすぐ近くから、腕だけを出して、紗夜の首を狙う。

 

「この子、絶対にこういうの慣れてる……!」

 

 紗夜も同じ感想を抱いていた。あまりに合理的すぎる判断に、スイムスイムの殺意が感じられなかった。

 スイムスイムのナイフが空振りしたところを、ハルトはウィザーソードガンで狙撃。だが、それはスイムスイムの潜水によってかわされてしまった。

 

「このままじゃ分が悪い……かといって、紗夜さんを放すわけにもいかないか……」

「私に……」

 

 紗夜は、白いアイテムを見下ろした。

 日本刀を模したそれ。ココアから借りたそれを、じっと見つめる。

 

「私が、これを使いこなせれば……」

「それは?」

「保登さんから借りました。あの人型に変身するためのものだそうです」

「……!」

 

 本当に、あのヒューマノイドの正体はココアなのか。

 そんな顔をハルトがしているのは容易に想像がつく。

 紗夜は続けた。

 

「だから、これを私が使えれば……自衛手段に……」

「いや。いい」

 

 ハルトが、白いアイテムに手を被せる。

 

「足手まといとか言わないでよね。そもそも、そういう風になるのが当たり前なんだから」

 

 紗夜は口を噤む。

 

「そもそも、疎まれるべきなのは、俺みたいな変な力を持っている奴であって、狙われて何もできない人じゃない。そこ、勘違いしないでね」

「でも……」

 

 紗夜は白いアイテムの握る力を強める。

 ハルトは続けた。

 

「だから、君はそのまま。巻き込まれない、ただの人間でいいんだよ」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ハルトはそう言いながら、スイムスイムの攻撃を受け流す。

 

「変身!」

『ウォーター プリーズ』

 

 出現する魔法陣。飛び込んでくるスイムスイムに、バリアのように出現させ、そのまま水のウィザードとなる。

 

『スイ~スイ~スイ~スイ~』

 

 そのまま、スイムスイムとの戦いへ赴いた。

 幾重にも重なる金属音。それがどんどん遠くなっていく。

 やがてウィザードが、スイムスイムと戦いながら、どんどん紗夜から離れていく。

 ウィザードは、スイムスイムを出てきた倉庫へ蹴り飛ばす。液体化が間に合わなかったのか、フェンスを押し倒しながら、スイムスイムは倉庫の中へ戻っていった。

 残された紗夜は、ただ一人、ウィザードとスイムスイムの戦いの方向を見守っていた。

 

「へえ……」

 

 その時、そんな声が紗夜の耳に届く。

 背後に感じた気配。そこに彼はいた。

 白と黒のピエロ。暗い倉庫の中、その白い傘だけがあたかも明るさを醸し出しているようにも見えた。

 

「やあ。氷川紗夜さん。本日はお日柄もよく」

「あなたは……ッ!」

 

 その姿を見た途端、紗夜の表情がさらに見開かれる。

 見滝原公園で出会った相手。晴れの日に理由もなく、白と黒の傘を刺すその男の顔を、紗夜は知っていた。

 

「トレギア……!」

「この姿の時は、霧崎(きりさき)と呼んでいただきたい」

 

 トレギアの人間態、改め霧崎は、にやりと笑み、お辞儀をする。

 彼が傘を下ろす。すると、入口から見える空に黒い雲が広がりだした。

 幾何の時もなく、気温が下がる。

 降り出す雨に、紗夜は体を震わせる。

 昇っていく白い息の合間から、人間の姿のトレギア、霧崎が語った。

 

「改めて言おう。私は、君の願いを叶えにやって来た。聖杯戦争も、防衛も必要ない。君は、私が守ってあげよう」

「! こ、来ないで!」

 

 紗夜は、引き続き白いアイテムを霧崎に向ける。

 だが、やはり抜けない。白いアイテムのそれは、まるで最初から一つだったかのように、動かなかった。

 

「どうして……!? 私には、使えないというの……?」

「簡単なことだよ」

「動いて! お願い! 動いて!」

「今回選ばれたのは君じゃない。そんな奴がそれを持ったところで、それは動かないよ」

「そんな……」

 

 自己防衛のために、ココアからこれを借りた。だが、全くの無用の長物。その事実に、紗夜は膝を折った。

 

「だが、安心していい。私は君の味方だ」

 

 霧崎は、紗夜の頬から首筋までに手を泳がせる。

 雨による気温低下も相まって、彼の手はとても冷たいものだった。

 紗夜は拒絶の言葉を吐きながら、その手を振り払う。

 だが、霧崎はほほ笑みながら、紗夜の顎を掴む。

 

「命の安全は保障しよう。それに、君は、妹を見返したいのだろう? ならば、私が君の全てを満たしてあげよう」

「やめて……」

 

 だが、だんだん紗夜は霧崎を拒絶できなくなっていく。彼を突き飛ばす腕の力が入らず、やがて彼に掴み返されてしまう。

 

「期待しているのかい? 何かが得られるのではないかと。妹を見返せる、力が手に入るのではないかと」

「やめて……!」

 

 トレギアに背を向け、逃げようとする。だが、彼はすでに紗夜の腕を掴み、引き寄せる。さらに、空いた腕で首を締め上げ、紗夜は完全に逃げられなくなる。

 

「おやおや。そう逃げないでくれよ。私はなにも、取って食おうとしているわけじゃないんだ」

「いや……!」

 

 もがく紗夜だが、ただの一般人に、超人的な力を持つトレギアから逃れることなどできない。

 

「いいのかい? またとないチャンスじゃないか。私は君を気に入っている。妹が生涯かけても手に入らないものが、君は何も労なく手に入れられる。素晴らしいじゃないか。それとも君は、永遠に妹の日陰者のままでいいのかな?」

「違います……」

 

 紗夜は顔を背ける。

 だが、霧崎は紗夜の肩に手をかけた。

 セクハラだと叫ぼうとしたが、それよりも早く、彼はアイマスクを紗夜に被せる。

 以前、霧崎がトレギアに変身する際に使ったアイマスク。それが、紗夜の顔を闇色に彩った。

 

「さあ……見える……見えるぞ……! 君の心の闇が……」

「やめて……ッ!」

 

 紗夜の叫びもむなしく、アイマスクが光る。すると、紗夜の視界は、どんどん黒い世界へ沈んでいった。

 そして、その視界には、幼い自分の姿が現れる。

 

「これは……」

 

 

 

 その日。紗夜は、よりよい成績を取るために、一生懸命勉強していた。

 だが、必死に頑張っていた紗夜よりも、全く勉強していない日菜が優秀だった。

 

 初めて、自信をもっていい絵を描いた。

 紗夜の絵を見て、同じように絵を描いた日菜が、大賞を取った。

 

 中学の時、同級生の男子から告白された。

 紗夜の家に来た時、彼は日菜と仲良くなり、いつしか紗夜とは疎遠になった。

 

 受験の時、紗夜は血のにじむような努力を積み重ねて、見滝原高校へ入学した。

 日菜はあっさりと、紗夜の上の進学校へ入って見せた。

 

 より音楽の高みを目指したいと思い、必死にギターに打ち込んだ。

 つられてギターを始めた日菜だけが、今やアイドルとして成功している。

 

 

 

「やめて……!」

 

 すでに周囲の景色は群青色の闇の中。

 頭を抱えてしゃがみ込んだ紗夜へ、霧崎が語り掛ける。

 

「可哀想に……君は言ってしまえば、妹の下位互換じゃないか……どうして君だけがこうなってしまったんだろうね」

「分からない……自分でも分からないのよ……!」

 

 声が震える。

 これまで日菜に抱えていたものが、なぜか霧崎相手では歯止めが利かなくなっていく。

 そんな紗夜の耳元で、霧崎の唇が動く。

 

「ならば、これからは私が君の味方だ」

 

 霧崎は、紗夜の右手首を撫でまわす。包帯が外れたそこにあるのは、謎の紋様___可奈美から聞いた、令呪と呼ばれるもの。すると、不気味に刻まれた紋章がどんどん変形していく。十字に組まれた、拘束具のような紋章に。

 それは、霧崎(トレギア)を意味するもの。

 

「君の望みが叶うように、私が手を貸してあげよう」

「それは……」

「嫌なのだろう? 妹が、君を追いかけてくるのが。嫌いなのだろう? 全てにおいて劣っている自分が」

 

 紗夜は、首を振る。だが、霧崎は続ける。

 

「君の願いのために、聖杯なんて必要ない……私の言う通りにすれば、君の願いは全て叶う」

「私の願い……日菜を……」

 

 徐々に紗夜の目から光が消えていく。

 

「見返してやろうじゃないか……この闇が、この力が………私が、君の相棒だ」

 

 彼の言葉に、紗夜は周囲を見渡す。

 これまでの日常では想像することさえなかった、無限の闇。

 それを見る紗夜は、すぐそばの霧崎の顔さえ見えなくなっていた。

 ただ、彼が自身の頬に触れるのを肌で感じていた。

 

「私と君で、バディ・ゴー」

 

 彼は一度、アイマスクを紗夜の顔から外す。改めてスイッチを押し、再び紗夜に被せた。

 同時に、彼の姿は霧散する。

 アイマスクから流れた群青色の闇が、紗夜の体を包んでいき。

 紗夜の姿は、やがて人ならざるものへと変わっていった。

 風紀委員であり、氷川日菜の姉である、氷川紗夜から。

 光の国の狂おしい好奇心、ウルトラマントレギアへ。



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魔槍ルーラ

なんか誤解されそうですけど、私は紗夜さん好きですよ?


 積み上げられた箱を突き飛ばし、ウィザードが転がり込む。

 その先に飛び込むスイムスイム。

 地面を水のように泳ぐ彼女には、水の形態のウィザードといえど手出しができない。

 一方、地上のウィザードへ、スイムスイムの攻撃は続く。

 ウィザードの脇から脇へ、何度も行き交うアヴェンジャーのサーヴァント。彼女が通過するたびに、ウィザードの体から火花が散る。

 

「だったら……」

『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』

 

 ウィザードはベルトを待機状態にしながら、指輪を手に取る。

 だが、スイムスイムの攻撃は止まらない。彼女のナイフがあろうことかウィザードの右手を掠め、指輪を落としてしまった。

 

「しまった……! リキッドが……!」

 

 液状化により、状況の停滞という目論見が破れた。回収などという時間をスイムスイムが与えてくれるはずもなく、徐々にウィザードの足が指輪から離れていく。

 

「だったら……!」

 

 ウィザードは、銀の銃剣を縦に構える。刀身にスイムスイムの刃が走る。

 華奢な腕とは思えない衝撃が走ると同時に、ウィザードは彼女の腕を掴む。

 

「やっぱり、カウンターなら捕まえられる!」

「……!」

 

 唇を噛んだスイムスイムの体が、液体となる。ウィザードの腕をすり抜け、そのまま離れていく。

 

「そんなっ……!」

 

 ウィザードが口走るよりも素早く、スイムスイムの反撃が炸裂する。

 

「やっぱり同じ液体じゃないとダメだな……」

 

 ウィザードは、落としたリキッドを回収しようと向かう。だが、スイムスイムの素早い連撃に、思うように動くことができない。

 

「だったら……こっちだ!」

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 

 発生した魔法は、氷。それは、すべてを水のように行き交うスイムスイムの体を氷結に閉ざしていく。

 リキッドの指輪もまた氷の底に沈められてしまったが、今はこのまま攻める方がいいだろう。

 

「……っ!」

 

 スイムスイムの顔に、焦りが生じる。だが、もう遅い。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

「終わらせる……! 君とのこの戦いも!」

 

 ウィザードは、待機状態となったソードガンへ、容赦なく指輪を読み込ませた。

 

『ウォーター スラッシュストライク』

 

 青い魔力が、ウィザーソードガンを迸る。

 そのまま、ウィザードは刃を振り上げた。

 あくまで重傷。それだけを負わせて、彼女を戦闘不能にする。それを狙ったもの。

 だが。

 

『タンマウォッチ!』

 

 その声と同時に、時が止まった。

 

(動けない……!)

 

 それは、ウィザードだけではなかった。

 スイムスイムも。外の街も、空を飛ぶ鳥たちも、まるで絵画になったかのように動かない。

 ただ一つの例外。それは、テクテクとウィザードとスイムスイムの間に歩いてきた人形のような存在だけだった。

 

(モノクマ……!)

 

 ウィザードの面の下は、口さえ動かない。

 捉えた視界で、白と黒に二分されたクマの人形型のそれを睨んだ。

 

『やあ。ハルト君。エンジェルの時はご苦労様。ああ、これはランサーにも言わなきゃね』

(何しに来た……!?)

『うぷぷ。あ、そっか。タイムロックしているから、僕以外は喋れないんだ。あははは』

 

 白黒のクマ、モノクマは、その体を大きく歪めて笑い出す。

 

『うぷぷ。この勝負、やっぱりフェアじゃないよね』

(フェア……!?)

 

 モノクマは、彫像と化したスイムスイムの手からナイフを取り上げる。

 

『今、アヴェンジャーは武器がないからね? 前回の部外者との戦いで、大切な武器を無くしちゃったからね。だから、参加者との対戦の時は、ちゃんと武器を提供しま~す!』

(何を……)

 

 時が止められた中では、ウィザードは何も言うことも出来ない。

 そのままモノクマは、顎に手を当ててスイムスイムを見上げる。

 

『うーん……このまま美人少女をオブジェにしてもいいけど、やっぱりサーヴァントは戦わなくちゃいけないからね。うーん、やっぱりボク、仕事熱心で感心できるねえ!』

(ふざけるな……!)

『オールシーズンバッジ 夏』

 

 モノクマは、どこからか取り出したバッジを氷に取り付ける。すると、彼女の体にだけ、季節が変わる。

 冬から夏へ。氷など瞬時に溶かしてしまうそれは、スイムスイムの捕獲をあっさりと融解した。

 

『もう一丁。無くし物取り寄せ機』

 

 次にモノクマが取り出したのは、モノクマよりも大きな機械。土台にはメガホンをさかさまに置いたような筒が設置されているシンプルな造形。その土台に付属しているコードを、モノクマはスイムスイムの頭に接続した。

 

『さあ、アヴェンジャー。君の大好きな武器のこと、頭に思い浮かべて』

(一体、何を……?)

 

 だが、静止した時間の中で、ウィザードに出来ることなどない。

 やがて、モノクマの出した装置より、それは姿を現した。

 銀でできた長槍。シンプルな柄と刃だが、その特殊な形状は、この世界に類を見ない。

 

『タイムロック解除!』

 

 モノクマがそう宣言すると同時に、体が自由を取り戻す。

 ウィザーソードガンに宿った魔力は、ウィザードの集中消失によって途切れており、前のめりになる。スイムスイムもまた、凍り付いた姿勢からの突如の解放で、思わず倒れた。

 そのなか、モノクマは何事もなかったかのようにスイムスイムへ長槍を渡す。

 

『はい、アヴェンジャー。君の大事な大事な武器だよ?』

 

 だが、スイムスイムに反応はない。

 ただ、茫然とその長槍を見下ろしていた。

 

「モノクマ……! お前、一体何を……」

『うぷぷ。だって、アヴェンジャーはこんなチンケなナイフで戦っているんだよ? 可哀そうじゃない?』

 

 モノクマは、頭上でスイムスイムのナイフを乗せ、弾ませながら言う。

 

『こんな願いのために健気な女の子に、ハンデを背負わせるのは、運営としてはねえ?』

「ルーラ……」

 

 だが、肝心のスイムスイムは、ウィザードとモノクマの声に耳を貸さない。

 

「ルーラ……」

 

 自らの世界に没頭したスイムスイムは、長槍に頬ずりする。

 何度も何度も。頬を赤らめて、あたかも再開した母親に甘える子供のように。

 

「ルーラ……ルーラ……よかった」

 

 やがてスイムスイムは、そう言って両手の長槍をウィザードへ向けた。

 

「私はこれで、お姫様になる」

「お姫様って……それが君の願い?」

 

 その問に、彼女は頷いた。

 

「だから……やっつける」

 

 スイムスイムの敵意に、ウィザードは警戒を向ける。

 その時。

 

「ハルト!」

 

 その声は、鏡から。

 突如として、窓から現れた赤い仮面が、ウィザードとスイムスイムの間に飛んできた。

 赤い鉄仮面。それが自らのサーヴァント、ライダーであり、城戸真司の変身した姿であることをウィザードは知っている。

 

「真司!? どうしてここに!?」

「日菜ちゃんに頼まれて来た。お前は?」

「紗夜さんに付けていたユニコーンが知らせてくれたんだ」

 

 龍騎は、ウィザードの隣に並ぶ。

 スイムスイムは、手に戻った得物で、ウィザードと龍騎の二人を順に指す。

 

「二対一……」

「なあ、ハルト」

「うん。言わなくても何となくわかる」

 

 ハルトの言葉にうなずく。

 

「男が女の子一人を相手にするって、すっごくやり辛いね」

「ああ」

 

 だが、抵抗を感じるこちらとは逆に、水を得た魚同然のスイムスイムは、容赦なく攻め立ててくる。

 連撃、斬撃。攻撃に次ぐ攻撃は、ウィザードと龍騎を防戦一方に追い込んでいく。

 

 

 

「ほう……」

 

 その戦いを、トレギアは静かに見守っていた。

 ライダーのマスターとサーヴァント。彼らが、アヴェンジャーのサーヴァントと戦っている。

 無論、彼らは自らの視線に気付いていない。大きな見滝原ドームの倉庫。その上のフロアの踊り場から、静かにトレギアは眺めていた。

 

「さて。どうしてくれようか……?」

 

 トレギアは、顎に手を当てた。

 だが、その思考時間は長くはない。思考よりも先に、体が移動を選んだ。

 飛び退くと同時に、トレギアがいた足場を、黒い光線が破壊する。粉々になったコンクリートを見つめ、その発生源___頭上を見上げた。

 

「やあ。随分な挨拶じゃないか。キャスター」

 

 漆黒の魔女。

 黒い翼を肩、腰から生やす銀髪の女性が、トレギアに手のひらを向けていた。

 そしてもう一人。黒い長髪が特徴の少女。少女という人種に似合わぬ拳銃を構える、キャスターのマスター、暁美ほむら。

 

「フェイカー。貴方を……排除する……」

 

 彼女の目が、殺意に染まる。

 

「おやおや。キャスターペアがお揃いで。ライブでも見に来たのかな?」

「……」

 

 トレギアへの返答は、ほむらの銃声だった。

 トレギアは焦ることなく、素手で銃弾をキャッチする。鉛玉が、静かにトレギアの足元に零れ落ちた。

 クールが似合う彼女の目は、怒りに燃えていた。

 

「探したわよ。まどかを利用した貴方は、許さない」

「へえ……安心してくれ。もう彼女には興味ないよ。鹿目まどかがもつあの因果律には確かに惹かれるものがあったが、こうしてマスターの体を手に入れた以上、もうどうでもいい」

 

 トレギアは「ククク」と肩を震わせ、

 

「それに、今日は少し忙しくてね。君の相手は、別で用意してあげるよ」

 

 そう言って、トレギアは指をパチンと鳴らす。

 すると、例によって、トレギアの足元より闇が地表へ落ちていく。

 闇が固まって出来上がったそれは、怪物の姿。

 ただの異形の化け物ではない。手、足、胴体。その全てが、様々な怪物の体のパーツから構成されている。

 ほむらやキャスターには知る由もない。以前見滝原公園でウィザードたちが戦った怪物たちもまた、その怪物の体を構成していることに。

 ウィザードが戦ったブロブが右足に。

 赤のヒューマノイドに敗れたネズミは右腕に。

 ビーストを苦しめたムンクは腹部に。

 ミラーワールドで龍騎と激突した岩石生物は左腕に。

 可奈美と同等の速度を誇る狼男は頭部に。

 そのほか、無数の怪物たちの体のパーツが、その怪物の全てを作り上げていた。

 

「何なの……あれは?」

 

 ほむらはその姿に戦慄している。

 なかなかの表情に、トレギアは唇をなめた。

 

「君たちの相手は、コイツがしてくれるよ。まあ、精々生き残ってくれたら、私が相手することも少しは考えてあげるよ」

 

 合成された怪物は吠え、ほむらへその右手の鉤爪を振るった。

 キャスターは両腕を交差し、ほむらの前に高速移動。黒い魔法陣を展開し、その攻撃を防御する。

 だが怪物は、即座にキャスターへの対策に出る。

 その肩より放たれる、無数の花粉。桃色のそれを見た途端、キャスターは目を見開く。

 

「これは……!?」

「キャスター!」

 

 ほむらの悲鳴が聞こえるがもう遅い。

 可燃性の高い花粉は、その場で爆発。

 二人の黒の姿は、爆炎の中に消えていった。



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氷結の魔人

 水と火の斬撃が、折れることのない槍とぶつかる。

 

「……!」

 

 顔を強張らせるスイムスイムは、槍を振り回しながら、地面に潜る。

 

「また潜った……!」

「こういうの、本当にどこから出てくるか分かんねえんだよな……!」

 

 ウィザードと龍騎は背中を合わせる。

 すぐに地面から襲ってくるスイムスイム。二人はそれぞれ剣を受け流し、その攻撃を反らしていく。

 

「氷が解けてるなら……」

 

 ウィザードはスイムスイムの斬撃を躱し、指輪を使う。

 

『コネクト プリーズ』

 

 空間湾曲の魔法。落ちているリキッドの指輪を拾い上げ、ハンドオーサーを操作する。

 

『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』

「っ!」

 

 入ってくるスイムスイムの刃を堪えながら、ウィザードは魔法を発動させた。

 

『リキッド プリーズ』

 

 液体となったウィザードは、そのままスイムスイムへ斬り込む。

 今度は、しっかりと命中。彼女は痛みに怯みだす。

 

「よし……同じ液体同士なら、戦える!」

 

 スイムスイムは、また潜って攻撃してくる。

 ウィザードはそれに対し、固体であることを放棄した体で斬り結ぶ。

 

「っしゃあ! だったら俺も!」

 

 龍騎は近くに落ちている鏡の破片へ飛び込む。

 鏡の世界を行き交う特性を持つ龍騎。スイムスイムの液状、飛び出す能力に対し、鏡を出たり入ったりすることで、攻撃を回避し、逆に攻撃を当てていく。

 やがて、ウィザード、龍騎、スイムスイムの三人は、鏡と地面を目まぐるしい速度で行き来して激突することとなった。

 何度も火花を散らす、鏡と液体の戦士たち。

 やがて、戦いに傾きが生じだす。

 

「くっ……」

 

 先に地面を転がったのは、スイムスイム。

 ウィザードは液状を解除し、ミラーワールドから出てきた龍騎も並び立つ。

 旗色が悪くなってきたスイムスイムは、少しずつ後ずさり始める。

 やがて、勝てないと悟ったのか、スイムスイムはウィザードたちへ背を向けて逃げ出した。

 

「待って!」

 

 ウィザードと龍騎は、彼女を追いかけようとする。

 倉庫の中を巡り、通路を曲がり。

 

「どこだ!?」

「分かんねえよ!」

 

 埃だらけの部屋を通過し、賞味期限の切れた食料棚をひっくり返し。

 いつしかウィザードと龍騎の変身は切れ、ハルトと真司に戻っていた。

 そのままスイムスイムの姿を探し、そこに白い姿はあった。

 

「お待ちしていましたよ」

 

 確かに、白い人物。

だが、スク水の少女ではなく、男性であった。

 白いコートに身を包んだ人物。倒れた棚に腰を下ろし、ゆったりと爪をやすりで研いでいる。

 

「……?」

 

 全く見覚えのない人物の登場に、ハルトは立ち止まった。

 一方真司は、そのまま突っ切ろうと足を止めずに走る。

 

「少々お待ちください。……ライダーのサーヴァント」

 

 ライダー。そしてサーヴァント。

 普通の人ならば間違いなく口にすることのない言葉に、ハルトと真司は凍り付く。

 

「ようやくこちらを向いてくれましたね」

「……誰だ?」

 

 ハルトと真司は、それぞれ警戒を向ける。

 白い青年は、肩を鳴らし、ポケットに手を突っ込む。

 気取ったように顔を上げ、ゆったりと息を吐いた。

 

「この二人でよろしいですか? コエムシ」

『ああ。いいぜ』

 

 脳に直接響いてくる、苛立たせる声。

 それは、青年の隣にふわりと浮かぶ。風船のような体のそれは、浮かぶ頭に小さな胴体がぶら下がっているという形だった。遊園地のマスコットのような愛らしい顔付きをしているが、ニタリと笑む口元が、その外見を真逆のイメージに染め上げていた。

 

「アイツは……!」

「コエムシ!」

 

 聖杯戦争の監督役、コエムシ。

 これまで何度かハルトたちの前に姿を現した監督役の一人。コエムシは、まったく動かない外見のまま、平坦な目をこちらに向けた。

 

『よお。松菜ハルト。久しぶり。元気?』

「お前にはもう会いたくなかったよ」

『いきなりなご挨拶だなオイ』

 

 コエムシは不満げに体を揺らした。

 

『聖杯戦争の参加者が、サーヴァントなしのマスターを守ってあーだこーだやってんじゃねえよ』

「マスターって……」

「紗夜さんのこと」

 

 ハルトは、真司を納得させた。

 

「って、この前のあの子、マスターだったのか!?」

「そうだけど……言ってなかった?」

「聞いてねえよ!」

『お前らうるせえよ! 話し進まねえからこっちに注目しやがれ! ったく、戦わねえクソ参加者の対応を任せられるこっちの身にもなりやがれ!』

 

 体を何度も揺らすコエムシ。

 

『そんなルール違反ばっかりしやがるクソ野郎どものために、今回は信用できる処刑人を用意してやったぜ』

「信用していただけるとは。光栄ですね」

 

 白い男が鼻を鳴らす。

 だが、それはハルトにとっては最悪の報せであった。

 

「処刑人……! こんな時に……ッ!」

 

 ハルトは苦虫を噛み潰した。

 コエムシは続ける。

 

『今回はこれまでみてえなナヨナヨした処刑人じゃねえ。徹底的にてめえらを八つ裂きにできる人材を選んでやったぜ!』

 

 コエムシはそう言いながら、白い男へ顔を向ける。

 

『おい。分かってるよな? さっき言ったこと』

「ええ。彼らを葬れば、生き返れるのですよね?」

『ああ。間違っても、敵に同情とかしねえよな?』

「まさか。しませんよ」

 

 白い男は微笑しながらハルトたちに歩み寄る。

 そして。ハルトたちが身構えるとともに、彼は行動に移す。

 

「レイキバット」

 

 彼は叫ぶ。すると、どこからともなく白いものが飛来してきた。

 

『行こうか。華麗に激しく』

 

 そういうそれは、白いコウモリだった。

 白い大きな顔と赤い目。だが、胴体はない。顔に直接小さな翼と足がある、デフォルメされたような姿。それは、彼の腰に逆さ向き収まると、その目を赤く発光させる。

 

「変身」

『変身』

 

 その掛け声とともに、ベルトから雪の結晶の形をしたホログラフが現れる。それは、白い男と重なるとともに粉々に砕け、雪となり振り始める。

 そして、その雪の中、彼の姿もまた変わっていた。

 白いもふもふとした毛皮を全身から生やした者。両肩からは黄色い爪が角のように突き出ており、両腕にはそれを封印するように何重にも鎖が巻かれている。

 そして彼はその青い目を、ハルトたちへ向けた。

 

『さあ、やれ! レイ!』

 

 レイ。

 そんな名前の氷の魔人は、言葉も少なく襲い掛かってきた。

 変身する間もなく、ハルトと真司はその剛腕に首を絞められる。

 悲鳴を上げる間もなく、二人の体はそのまま壁に押し付けられる。壁を容易く破りながら、レイは二人を転がす。

 固いコンクリートの上を転がったハルトと真司。だが、生身であっても、レイは容赦しない。

 

「残念ですが……」

 

 屋内の空間に吹雪を巻き起こしながら近づいてくるレイ。白いはずの彼の体は、より純白なる雪景色によって黒い影にも見えた。

 

「あなた方は、ここで倒れていただきましょう」

 

 丁寧な口ぶりだが、その言葉の裏にある残虐性は隠せていない。

 ハルトはドライバーオンを、真司はカードデッキを使ってベルトをそれぞれ出現させた。

 だが、変身するよりも先に、レイが襲い掛かる。

 真司は転がり、ハルトは蹴りでレイのパンチを相殺する。

 

「逃がしませんよ。レイキバット」

『俺に任せなァ……』

 

 レイのベルトのコウモリがベルトから外れる。そのまま、レイキバットなるコウモリは、レイから離れていく真司の先回りをした。

 

「うわっ! なんだコイツ!」

『凍えるぜ』

 

 レイキバットの口から、冷気が放たれている。それは、真司を後ずさらせ、強制的にレイの射程圏内に入れていく。

 

「真司! 仕方ない……!」

『コネクト プリーズ』

 

 変身よりも現在の防衛が優先。

 そう判断したハルトは、コネクトの魔法で、ウィザーソードガンを取り出す。トリガー部分で銃を回転させながら、レイとレイキバットへ発砲した。

 銀の弾丸は、氷の生命体たちに命中することはなかったが、真司からレイキバットを引き離すことには成功した。

 

『ぬぅ……』

「レイキバット」

 

 レイの号令により、レイキバットが本来の位置であるベルトに収まる。

 ようやく隙ができた。

 改めてウィザードへ変身を試みようと、ハルトはルビーの指輪へ手を伸ばすが、それよりも先にレイが迫る。

 

「やばい!」

「変身!」

 

 だが、それよりも先に、真司がハルトの前に割り入り、変身する。無数の鏡像と炎とともに、その姿が龍騎へと変わる。

 同時に、レイの拳が龍騎の装甲を穿つ。

 龍騎も負けじと腕を掴み、レイを押し返す。

 

「真司!」

「先に行けハルト! こんなところで二人とも足止め食らうわけにはいかねえ!」

「あ、ああ!」

 

 頷いたハルトは、スイムスイムの後を追って走りだす。

 

「させませんよ」

 

 レイはそう告げながら、龍騎を突き飛ばし、生身のハルトを狙う。

 だが、その腕は龍騎によって掴み、避けられる。

 レイの腕がコンクリートを砕き、破片が散る。

 

「行け! ハルト!」

「ありがとう!」

 

 ハルトは礼を言って、スイムスイムが泳ぎ去っていった方向へ走り去る。

 

 

 

 龍騎を振り払ったレイは、しばらくハルトが去っていった方を見つめていた。

 

「まさか、逃がしてしまうとは……」

「へへっ、悪いな。しばらくの間は俺が相手してやるから、許してくれよな」

 

 龍騎が鼻をこすりながら言う。

 

「まあいいでしょう。先にあなたを八つ裂きにすれば済む話です」

「させねえよ。お前の戦いも、俺が止めてやる!」

 

 龍騎はそう言って、ファイティングポーズを取る。

 

「出来ますかね……? あなたに」

 

 レイはどこからともなくフエッスルを取り出す。それを迷いなく、ベルトのコウモリに噛ませた。

 

『ウェイク アップ』

 

 コウモリがそう告げると、レイの両腕の鎖が弾け飛ぶ。

 そして、解放された腕からは、凶悪な鉤爪が伸びた。

 

「なんか……氷といい、東條の奴を思い出すな」

 

 レイは鉤爪を構え、龍騎に踊りかかる。

 

『ソードベント』

 

 鉤爪の攻撃を避けながら、龍騎はカードを左手のドラグバイザーに装填する。

 召喚された青龍刀で、さらに追撃を行うレイの攻撃を捌く。

 さらに、切り上げによってレイの鉤爪を流し、開いた隙にドラグバイザーがついた左手で殴る。

 

「ぐっ……!」

 

 レイも思わぬ反撃に驚いたのか、地面を転がる。

 

「まさか、反撃してくるとは思いませんでしたよ」

「だったら、もう戦うのは止めろ! これ以上戦う必要なんてない!」

「そうはいかないんですよ……私を葬ってくれた人への報復のためにも、新しい命が必要なんです」

「新しい命……」

 

 そのワードを、龍騎は反芻した。

 レイは、口から白い粉雪を吐き出す。

 それは、周囲の景色を白く染め上げ、室内を雪山に変えていく。

 

「これは……」

 

 龍騎は、倉庫の景色に言葉を失った。真っ白な景色の中で、龍騎はドラグセイバーを構える。

 そして。

 

「ぐあっ!」

 

 龍騎の背中から火花が散る。切り裂かれた痛みを理解したのは、龍騎の鎧が雪の上に擦りついてからだった。

 

「アイツ、もしかして雪の中から……!」

 

 だが、その姿を視認することができない。一撃、また一撃とレイの爪を食らうたびに、龍騎の体がどんどん負傷していく。

 

「どうすれば……っ!」

 

 その時、龍騎の動きが止まる。顔を上げ。

 

「おや? 諦めましたか?」

 

 吹雪の中から、レイの声が聞こえてくる。

 

「……」

 

 龍騎はそれに応えず、こっそりとベルトからカードを引き抜いた。それを静かにドラグバイザーに装填する。

 だが、レイは構わずに続けた。

 

「では、このまま消えていただきましょう」

 

 やがて、吹雪が色濃くなる。生身ならば凍死する温度だが、龍騎は動かなかった。

 

「さようなら」

 

 そう、レイの声が告げる。

 同時に、龍騎はドラグバイザーを動かした。

 

『アドベント』

 

 吹雪より、灼熱の龍がその姿を現わす。

 ドラグレッダーは龍騎を中心にとぐろを巻き、そのままレイから龍騎を防御する。

 

「なに……!?」

 

 弾かれたのであろうレイが舌打ちする。

 さらに、龍騎はドラグレッダーへ命令する。

 

「頼むぜドラグレッダー! この吹雪を焼き払ってくれ!」

 

 無双龍は咆哮で応える。

 火炎を吐き、雪景色を赤く染め上げていく。

 氷は急上昇した温度により蒸発し、屋内に水蒸気が立ち込めていく。

 

「まさか……」

「へっへ~ん。どんなもんだ!」

 

 これでレイの姿がハッキリした。龍騎は得意げに指をさす。

 

「お前の姿が見えねえなら、全部防御しちまえばいいって思ったぜ、コイツ(ドラグレッダー)なら可能だからな!」

「ですが、だからと言って貴方が優位に立った訳ではありません」

「どうかな? こう見えても俺、結構やるんだぜ?」

 

 龍騎はそう言いながら、カードを引き出す。

 

『ストライクベント』

 

 召喚されたドラグクロー。さらに、ドラグレッダーもまた、咆哮とともに攻撃の体勢に入る。

 

「はああ……」

 

 ドラグクローを構え、その口元に炎が溜まっていく。

 一方、レイもまた、その口に冷気を宿らしていく。

 そして。

 

 互いに吐き出された炎と氷がぶつかる。

 激しい温度差同士が、密閉された空間を満たしていく。

 やがて、激しい気流とともに爆発した。

 蒸気で視界が無くなる中、さらに氷結の爪が龍騎へ向かう。

 

「また来る……ッ!」

 

 ドラグクローに炎が溜まる。

 同時に、蒸気の中から、レイの影が龍騎へ迫る。

 再び。

 熱気と冷気が、今度は至近距離で激突した。




原典のウィザードにも登場した仮面ライダーレイ!(嘘は言ってない)


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魂を売った

「待って!」

 

 ハルトの声に、スイムスイムは足を止めた。

 ハルトを睨むスイムスイムは、静かにルーラと語った武器を構える。

 

「やっぱり問答無用……変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 さきほどまでの水では、埒が明かなかった。様子を見ようと、ハルトは火のウィザードへ姿を変えた。

 スイムスイムが潜水を繰り返しながら、ウィザードへ襲い掛かる。

 ウィザードはソードガンを駆使し、その刃を受け流していった。

 

「これなら……!」

『バインド プリーズ』

 

 彼女が槍を振るうタイミングで、束縛の魔法を使う。

 束縛の魔法に四肢を囚われたスイムスイム。だが、すぐに液体となった肉体は、自由を取り戻し、ウィザードへ斬りかかって来た。

 ウィザードはそのまま、彼女の槍と何度もぶつかり合う。

 このままではキリがない。互角の戦いを繰り返していたその時。

 近くの壁が爆発する。

その中から、黒髪の少女が転がって来た。

 

「うわっと……ほむらちゃん!?」

 

 ウィザードとスイムスイムの間に転がって来た少女。

 暁美ほむら。

 

「松菜ハルト……!」

 

 ほむらが歯を食いしばりながら、ウィザードを見上げる。

 

「どうしてほむらちゃんがここに……?」

「それはこっちの……ッ! 後ろ!」

 

 ほむらの顔が青ざめる。ウィザードが振り向けば、そこにはすでに闇の手が迫っていた。

 

「!?」

 

 凶悪な鉤爪。

 慌ててウィザーソードガンで斬り防ぎ、その敵意へ蹴りを放つ。

 反撃した後、その攻撃をしてきた敵を見てウィザードは言葉を失った。

 

「何だ……あれ……」

 

 以前見滝原公園で戦った怪物の仲間。それは間違いないだろう。体全体から、あのときの怪物と同じ雰囲気を感じる。

 だが、それは生物としてはあり得ない外見をしていた。

 ウィザードが戦ったブロブが、右足を構成している。

 他にも、あの時戦った怪物たちや、見たことのない怪物たちがその体一部一部を積み上げていた。

 怪物は吠えながら、全身のあらゆる顔らしき場所から光弾を発射する。多種多様な色をした光線が、ウィザード、ほむら、そしてスイムスイムを巻き込んでいく。

 

「うああああっ!」

「……っ!」

 

 ウィザード、スイムスイムもまた大きく吹き飛ばされる。棚に激突し、それぞれ中の積荷が零れていく。

 

「ほむらちゃん……何なんだアイツ……?」

「知らないわよ……フェイカーに聞いて……!」

「フェイカー……トレギアがいるのか!?」

「トレギア? 名前に興味なんてないわ」

 

 ほむらは不機嫌そうに言った。

 さらに、歩み寄るキメラ状の怪物。

 だが、その歩みは、背後からの黒い光線により、転倒となる。

 

「キャスター!」

 

 ほむらのその言葉が、ウィザードには明光となった。

 合成怪物が開けた穴より飛来した、黒い天使、キャスター。彼女はウィザード、スイムスイムを一瞥し、ほむらの前に降り立つ。

 

「ミストルティン!」

 

 キャスターが放つ、七本の白く輝く槍。

 だが、合成怪物は全身の各所からの一斉発射で、その槍を全て相殺する。

 

「おやおや。賑やかじゃないか」

 

 その声に、ウィザードの背筋が凍る。

 やがて、壁の穴より、その姿は現れた。

 青い、仮面をつけた闇。

 フェイカーのサーヴァント、トレギア。彼は腕を腰で組んだまま、状況を見てせせら笑う。

 

「やあ、ハルト君。私も仲間に入れてくれないかい?」

「トレギア……!」

 

 思わぬ強敵に、ウィザードは仮面の下で青ざめる。

 トレギアは、ウィザードの姿を認めてクスクスと笑う。

 

「おや。君も聖杯戦争の真っ最中と見える」

 

 トレギアは起き上がったスイムスイムを見ながら言った。

 

「君も元気に殺し合いをしているじゃないか。どれどれ。私も参加しようじゃないか」

 

 ウィザードは銀の銃口をトレギアに向けた。

 

「お前っ!」

 

 だが、主への銃口を、その怪物が許すはずもなかった。

 合成怪物の鋭い鉤爪が、ウィザーソードガンを弾き飛ばす。

 

「!」

 

 そのまま、合成怪物はウィザードの体を切り裂いた。

 さらに大きくのけ反り、棚を上から倒し崩す。

 

「松菜ハルト!」

 

 ほむらはロケットランチャーを取り出し、合成怪物へ発射。

 だが、怪物は中心の蜘蛛のような顔から糸を吐き出す。それは、ロケットランチャーを捉え、そのままキャスターへスイングされる。

 

「!」

 

 防壁を張り、巨大な弾丸の爆発より身を守るキャスター。その間にも、合成怪物は壁から攻撃してくるスイムスイムとの戦いになっていった。

 

「トレギア……ッ!」

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 起き上がりと同時に、ウィザードは最強の指輪を使う。炎を右足にためながら、魔法陣を発生。

 魔法陣を蹴る形で、トレギアにストライクウィザードを放つ。

 

「ダメだなあ……」

 

 一方、トレギアは首を振りながら、体を反らす。

 空振りした必殺技は、そのまま怪物たちが現れた穴の上の壁を砕き、崩落させた。

 

「おいおい。もう少し頑張ってくれよ」

 

 トレギアは音もなく着地する。

 さらに、そんなトレギアへ、スイムスイムの槍が地面から襲った。

 

「ふん」

 

 首を反らし、離れていく。

 

「君には……あんまり興味ないかなあ?」

 

 トレギアは浮かび上がり、その赤い目から光を放つ。スイムスイムの足場ごと破壊するそれは、液体の体を持つ彼女にも大きなダメージを与えている。

 もう一度トレギアに挑もうとするが、合成怪物が邪魔してくる。

 赤い雷が、ウィザードに向かう。

 

『スモール プリーズ』

 

 体を縮小させることで無数の雷を回避、元に戻ると同時にソードガンでその腹を突き刺す。蜘蛛の怪物の頭部を腹に据えたそれは、火花とともに大きく揺れた。

 

『フレイム スラッシュストライク』

 

 続けざまに、ウィザーソードガンの手を開く。炎の斬撃を放つ寸前、怪物は鉤爪を振るった。

 二つの刃は、同時にそれぞれの相手に命中。ウィザードと合成怪物は、互いに大きく吹き飛ばされ、地を転がった。

 

「ぐっ……」

「おいおい……結構元気そうだな」

 

 キャスターの光線を避けながら、トレギアはせせら笑う。

 ウィザードは起き上がり、トレギアを見上げた。

 

「お前は危険すぎる……」

「へえ……ひどいなあ」

 

 トレギアは薄ら笑いをしながら言った。

 

「なら……これを見たら、それでも私を倒そうとするのかな?」

 

 トレギアは、自らの仮面に手をかけた。やがて、その群青色の仮面が外れる。果たして、彼の体より群青色の闇が仮面に吸い付く形で抜けていく。

 そして、そのトレギアの仮面を手にしているのは、紗夜以外の何者でもなかった。

 

「紗夜さん……!?」

 

 ついさっきまでスイムスイムに狙われていた少女が、トレギアの正体。

 そんな事実を受け入れることなどできず、ウィザードは目を疑った。

 だが、紗夜はそんなウィザードから目を背けた。

 

「松菜さん……」

「本当に……紗夜さんなのか?」

 

 ウィザードは、思わず変身を解く。

 ハルトとなり、数歩紗夜へ歩み寄る。

 瓦礫の上に立つ紗夜は、トレギアの仮面を下ろし、その左手を右手で抑えている。

 

「はい。私です」

「どうして……!?」

「私は……私は……」

 

 紗夜は頭を抱えながら呻きだす。そんな彼女の体からは、紫色の闇が立ち上っているようにも見えた。

 

「紗夜さん……!?」

「私は……日菜に……追いつけないから……」

「日菜ちゃんに追いつけないって……まさか、それだけのためにトレギアに魂を売ったって言うのか!?」

 

 それに対し、紗夜は無言を貫く。

 肯定としか、ハルトに受け取れなかった。

 

「それじゃあ……紗夜さん、君は日菜ちゃんに勝つためにトレギアに魂を売ったのか!?」

「おいおい。ちょっと酷くないかい? まるで悪魔みたいな言い草じゃないか」

 

 それを言うのは、紗夜の姿、紗夜の口。だが、明らかにそれは彼女の意思ではない。

 紗夜に憑く、フェイカーのサーヴァント。

 

「トレギアッ!」

「私はただ、迷える子羊に手を貸しただけだよ。何も困らせてはいない」

「ふざけるな……!」

 

 歯を食いしばるハルト。

 ドライバーオンの指輪を使っている間に、紗夜へ別の殺意が向けられる。

 

「ッ!」

 

 それは、魔槍ルーラを向けるスイムスイム。

 紗夜の表情が恐怖で凍り付く。だがすぐに、左半分だけが歪む。

 

「邪魔だよ」

 

 怯えた表情の右目に対し、吊り上がった左目。

 そのまま紗夜の左手より、黒い雷が放たれる。

 それは紛れもない、トレギアの主力技。

 飛び出した勢いのあまり、防御などできないスイムスイムは、その電撃をまともに浴び、ハルトの隣に激突した。

 

「……!」

 

 コンクリートの瓦礫の中に埋もれたスイムスイムは、やがて動かなくなった。気絶した様子の彼女を見て、ハルトは驚く。。

 

「液体の体を……貫通した……!?」

「光は、どうやら防げないようだね」

 

 それを見て、紗夜___正確には、紗夜の左半分___が口角を上げる。

 

「やめて……」

 

 それは、紛れもない紗夜の声。

 

「日菜に……何をするつもりなの……?」

「ククク……言っただろう? 君の望みを叶えると」

 

 そのまま紗夜の左半分は、手に持ったアイマスクを装着した。

 それはもう、体の持ち主の意思ではどうにもなりそうにない。

 右目から涙をながし、プルプルと震えながらそれを顔にあてる。

 あふれ出した闇が紗夜を包み、その姿を変えていく。

 

「紗夜さん!」

 

 ハルトが叫ぶももう遅い。

 彼女の姿は、頭を抱え、苦しむトレギアの姿に変わっていく。

 

「松菜さん……助……け……ああああ……」

 

 彼女の声も変わっていく。

 体を大きくのけ反らせる、悪魔。道化。

 背中を向け、その背骨を大きく曲げながらこちらを下目で見つめるフェイカーのサーヴァント。

 

「やはりマスターの体を使うのはいい……令呪を媒体に、私の存在をより濃くしてくれる」

 

 トレギアの体に、より一層の闇が降りていく。

 ハルトは、トレギアを睨みながら、再び火のウィザードへ変身する。

 

「トレギア……お前は一体何が目的なんだ……? 聖杯戦争で生き残ることか? だったら、こんな回りくどいことしないで、直接俺たちを叩けばいいじゃないか。そうでなくても、紗夜さんをここまで苦しめる必要なんてない。何のために?」

「何のために?」

 

 トレギアは口を抑え、笑い声をあげた。

 

「忘れたのかい? サーヴァントは、人の命を吸うことで強くなる」

「……ッ!」

「マスターともなれば、格別だ。令呪という強大な魔力を得られるからね。あの鹿目まどかという少女も、なぜか無数の因果律があったため興味があったが……この小娘の令呪だけでも十分だ」

「お前は……」

 

 確かにそれは、聖杯戦争に参加するときに監督役から聞いた。

 だがそれは、アカメも千翼も、あのブラジラでさえも行わなかった行為であった。

 トレギアは続ける。

 

「何より……命は、悩み、苦しむからこそ美しい……! 人類という生き物は、特にその感情が顕著だ。ああ……美しいものは、もっと見たいと思うのが性というものだろう?」

 

 これまで戦ったどんな敵よりも。

 今まで対立した、全ての参加者よりも。

 トレギアは倒さなければならない。

 そう、ウィザードは確信した。



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聖杯戦争のルール

ゆるキャン△が終わった……

ゆるキャン△が終わると?

ゆるキャン△が始まる……

ゆるキャン△(ドラマ版)放送中! 2期の内容は同じだよ!


 壁が崩壊し、その中から炎と氷が溢れ出す。

 赤と白の煙より、龍騎とレイが取っ組み合いながら姿を現した。

 

「真司……!」

「は、ハルト!?」

 

 ドラグクローを装備したままの龍騎が、ウィザードへ向き直る。

 

「さっきのあの子は!?」

「いる! それより、今はアイツが優先だ!」

 

 ウィザードはそう言って、ソードガンで上空のトレギアを指差す。

 

「あいつは……!?」

「トレギア。……とにかく危険だ!」

「とにかく危険とは失礼だなあ……」

 

 トレギアは呆れた声を出した。

 

「それより、君もなかなか面倒な奴を連れてきたじゃないか」

 

 トレギアは新たな乱入者を見下ろしながら言った。

 新たな乱入者、レイ。ほむらの銃弾を弾き飛ばし、彼女へ斬りかかりながら、トレギアと目を合わせる。

 

「あなたは……フェイカーのサーヴァント、でしたか?」

「どうかお見知りおきを……そんなに長い付き合いにはならないだろうけどね」

 

 やがて、それぞれは入り乱れる。

 ウィザーソードガンとドラグセイバーがレイの鉤爪に阻まれ。ルーラがトレギアとキャスターを引き裂き、拳銃がレイと龍騎の胴体から火花を散らす。

 

「くっ……」

 

 離れたウィザードは、ウィザーソードガンの手を開き、ルビーを読み込ませる。

 

「真司!」

「ああ!」

 

 フレイムのスラッシュストライクとドラグセイバーの投影が、トレギアに飛ぶ。

 だが、トレギアは二つの刃を指差し、横へ反らす。すると、その念動力によって動きを変えた刃が、ほむらと合成怪物に命中した。

 

「次はこっちから行こうか」

 

 トレギアは、その爪で空間を切り裂く。禍々しい斬撃が、空間を襲う。スイムスイム、レイがそれぞれ壁と吹雪の中に隠れ、さらにウィザードが防壁を張り、龍騎とほむらをかばう。

 

「レイキバット」

『このオレに任せれば、全てが上手くいく……』

 

 レイが、再び倉庫を吹雪に染め上げていく。

 ゼロになった視界で、レイの斬撃が、ウィザード、龍騎、ほむら、スイムスイム、合成怪物を順に襲う。

 

「くっ……キャスター!」

 

 痛みに堪えた声のほむらが、命令した。

 黒い翼を広げ、キャスターが飛び上がる。

 彼女のそばに浮かぶ魔導書がページを示し、赤い光を発行する。

 さらにほむらは命じる。

 

「焼き払いなさい!」

「ジェノサイドブレイザー」

 

 古代の力より得た灼熱の炎。恐竜の咆哮とともに、赤い光線が雪景色を染め上げていく。

 レイの姿もあぶり出し、最後にキャスターは、熱線をトレギアへ向けた。

 

「ふん……その技は、もう見たよ」

 

 トレギアは両腕を黒く発光。十字に組ませ、発射した光線でジェノサイドブレイザーを相殺した。

 

「キャスター! フェイカーを仕留めなさい!」

 

 ほむらの命令に、キャスターは次の技を発動させた。

 魔導書の発光が、赤から桃色へ。

 

『咎人達に、滅びの光を』

「あれは……っ!」

 

 その光に、ウィザードは体を震わせた。

 キャスターと出会った時、彼女が見せた技。あれが、来る。

 

『星よ集え 全てを撃ち抜く光となれ』

「皆! 逃げろ!」

 

 ウィザードが叫ぶ。

 すると、トレギアは感心したようにキャスターの様子を見守っていた。

 

『貫け 閃光』

 

 キャスターは、間違いなくトレギアを狙っている。

 だが、他の参加者が巻き込まれることには、遠慮しない。

 唯一、マスターであるほむらが戦線を離脱したのと同時に、キャスターは告げた。

 

「スターライト ブレイカー」

 

 桃色の光線と、金色の斬撃波。

 そして。

 龍騎は慌ててドラグシールドを展開し、スイムスイムはコンクリートの中へ潜水。

 ウィザードはディフェンドの指輪を使い、防御壁を張る。

 そして。

 

 桃色の光線が、全てを薙ぎ払う。

 

 大きな爆発。

 ウィザードの魔法壁など簡単に引き裂かれ。

 ドラグシールドは跡形もなく粉々になり。

 スイムスイムが潜っていたコンクリートが崩壊し。

合成怪物の姿が、桃色の光に飲まれていく。その分子の一つ残らず、焼き尽くされ、消滅していく。

 そして。

 

 見滝原ドーム、その一角___関係者用スペースの大部分が爆発した。

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 起き上がったハルトは、その惨状に言葉を失った。

 整列していた品々は、根底から破壊されつくし、すべてが瓦礫の底に埋まっている。

 

「何だ……これ……?」

 

 ハルトは茫然としながら呟いた。

 もくもくと立ち込める粉塵を凝らして見れば、他の者たちもハルトと同じように重傷を負っていた。

 うつ伏せに倒れる真司の手からはカードデッキがこぼれ、スイムスイムがコンクリートより浮かび上がる。

 あの合成怪物は、キャスターによって欠片も残さず消滅したのは間違いない。

 

 そしてただ一人。破壊の後に、立っている者がいた。

 

「あれは……?」

 

 白い煙幕の奥に現れる、より白い人影。

 処刑人、レイが、茫然と立ち尽くしていた。あたかも壁のように微動だにしないその姿に、思わずハルトはその防御力に舌を巻いた。

 だが、すぐに彼の体勢は崩される。背後にいたトレギアが、彼を殴り払ったのだ。

 

「ありがとう。盾になってくれて」

 

 トレギアが小馬鹿にした口調で言った。

 その時、ハルトは理解した。キャスターの攻撃が破壊の限りを尽くす時、トレギアがレイを盾にしたことに。

 

「貴様……何を……」

 

 レイがトレギアを呪うよりも先に、トレギアが彼を薙ぎ払う。紫の雷が、レイごと周囲を一閃する。さらなる爆発が連鎖し、レイを大きく吹き飛ばす。

 

「悪いね。運営側の邪魔者はお呼びではないんだ」

「ああ……あああああああああ!」

 

 丁寧な口調はどこへ行ったのか、見た目通りの狂暴性を見せながら、レイはその鉤爪でトレギアを襲う。だが、すでに満身創痍の彼の攻撃が、トレギアの蹴りに勝るはずもなかった。

 転がったレイに対し、トレギアが告げる。

 

「あの世に帰りな」

 

 その両腕に、ひと際大きな雷が宿る。五つの赤い点が同時に展開し、その威力を引き上げていく。

 放たれた暗黒の雷光(トレラアルティガイザー)は、そのまま防御態勢を許すことなく、レイへ迫る。

 

「あ」

 

 それが、レイの最期の言葉となった。

 純白の体を塗りつぶす漆黒。それはやがて、大きな爆発となり、全てを染め上げていく。

 そして。

 処刑人レイ。その肉体は消滅し、残ったのはトレギアが拾い上げた白いコウモリの翼だけだった。

 

「ふん」

 

 トレギアはつまらなさそうに羽を投げ捨てる。金属片の音が、乾いた倉庫敷地内に響いていく。

 

「こんなものか? 聖杯戦争が用意した処刑人は」

 

 トレギアはそう言いながら、両手を大きく広げる。

 

「お前……どうして……?」

 

 それは、真司の声。

 彼は、明らかに怒りを込めた顔でトレギアへ叫んでいた。

 

「なんでこんなことを……!?」

「こんなこと?」

 

 トレギアは嘲笑した。

 

「これは殺し合いだろう? 何も私はルール違反をしていない」

「お前……ッ! 変身!」

 

 激昂した真司は、龍騎へ変身しながら駆け出した。

 即座にドラグセイバーを召喚し、トレギアへ斬りかかる龍騎。だが、あっさりと攻撃を避けるトレギア。

 

「どうした? そんなものかい?」

 

 トレギアは、さらに迫るドラグセイバーを受け流しながら、その胸を蹴り飛ばす。

 

「おいおい……もう少し頑張ってくれよ」

 

 トレギアはそう言いながらその目を光らせる。

 赤い光が龍騎へ直進し、龍騎の体が爆発する。

 

「真司!」

 

 変身解除して倒れる真司。ハルトは、もう一度変身しようと指輪に手をかけた。

 だが、それよりも先にコンクリートが揺れる。

 再び潜水したスイムスイムが、トレギアへ牙をむいたのだ。

 

「おいおい」

 

 トレギアは首を振り、数度にわたるスイムスイムの攻撃を回避し続ける。

 やがて、再び躍り出たスイムスイムの攻撃をしゃがんで躱し、その腹に手を当てた。

 

「君の弱点は、もう分かっているんだよ」

 

 彼の手からゼロ距離で放たれる、黒い雷。それは、スイムスイムの体を駆け巡り、その体を液体から固体に戻してしまった。

 

「なっ……!」

 

 その容赦のなさに、ハルトは言葉を失う。

 さらにトレギアは、落ちてきたスイムスイムの首を捕まえた。

 

「君も少し、目障りだ」

 

 首を締め上げるトレギアは、そのまま告げる。

 液体化も許されないスイムスイムは、どんどん上昇していく。手足をバタバタと動かして抵抗しているが、トレギアには全く通用しない。

 

「そういえば、ここは聖杯戦争のエリアの北端。だったねえ?」

 

 トレギアはわざとらしく彼女の首元で語る。彼女の白い素肌が、トレギアの黒い手に潰されていった。

 

「聞いたことがなかったんだよ。見滝原を出た参加者がどうなるのか」

「……っ!」

 

 スイムスイムがもがくが、トレギアには何の意味もなさない。すでに体力が尽き、能力さえも切られている彼女が逃れる術などなかった。

 そのまま、ゆったりとトレギアは浮かび上がっていく。

 音もなく、重さもなく。

 そのまま、トレギアは倉庫の上空へ移動していった。

 

「変身……!」

『ハリケーン プリーズ』

 

 ハルトは風のウィザードとなり、急いで上空へ上昇する。

 だが、間に合わない。

 

「アヴェンジャーのサーヴァント。私の実験体になってくれ。聖杯戦争のエリアを出た参加者がどうなるのか、身をもって教えてくれ」

 

 そう言って、トレギアはその手を放る。

 水ではなく、重力の支配に飲まれるスイムスイム。彼女はそのまま、道路の上まで真っすぐ伸びていく。無造作に伸ばされる手足。

 

「届いてくれ……!」

『エクステンド プリーズ』

 

 伸縮の魔法で、ウィザードの腕が伸びる。

 スイムスイムへどんどん手が伸びていくが、届かない。さらに、液状化という能力の都合上、スイムスイムの体は水浸しになっていて、例え触れることが出来ても滑ってしまう。

 トレギアがスイムスイムを投げたせいで、時間が経つにつれて、地図上の見滝原の境目にどんどん近づいていく。

 

「頼む……!」

 

 そして。

 

「掴んだ……!」

 

 ウィザードの手が、とうとうスイムスイムの細腕を掴む。

 果たして彼女の温もりは、ウィザードの黒いローブが邪魔で伝わってこない。

 とにかくと、ウィザードはスイムスイムの体を自らに引き寄せ、全力で見滝原の内部へ移動する。

 幾つかの地区を越えたところで地上に着地___それは着地とは言えるのだろうか。地面に接触する少し前に変身を解除、転がってスイムスイムとともに冷たいコンクリートに投げ出された。

 

「っつ……」

 

 起き上がったハルトは、ようやくここが地表ではなくビルの屋上であることに気付く。

 

「はあ、はあ……」

 

 肩を撫で下ろしたハルトは、助けたアヴェンジャーの方へ駆け寄る。

 だが、その姿を見て、ハルトは固まった。

 

「まさか……!? 嘘でしょ、こんな小さな子が……!?」

 

 気を失っている、少女。だが彼女の外見は、スイムスイムと比べて明らかに幼かった。

 ココアや響どころか、可奈美やチノよりも幼い。小学生低学年のような印象さえ受ける、ツインテールの少女だった。

 

「君! ねえ、君!」

 

 肩を揺らしても、少女は起きない。気絶しているのか。

 そう思って、うつ伏せの彼女を仰向けにする。

 そして。

 

 目を大きく見開き、固まっている少女がハルトを見返した。

 

「……っ!」

 

 それを見て、ハルトは息を呑む。

 瞳孔が大きくなり、目の光も無くなっている。

 

「そんな……!」

『どうやら、間に合わなかったようだね。ウィザード』

 

 その脳に響く声に、ハルトの顔はすぐに険しくなる。ガラス玉のような少女の目に、監督役であるキュゥべえの影が差し込んできた。

 

「キュゥべえ……!」

『アヴェンジャーはどうやら死亡したようだね』

 

 何事もない報告事のように、キュゥべえは告げた。

 

『自動的に、彼女のマスターからは令呪が剥奪される。これでまた一組減ったね』

「減ったって……待ってよキュゥべえ。どうして……!?」

『どうしたんだいウィザード』

「なんで彼女は死んでるんだ!? やっぱり……」

『君が考えている通りだよ』

 

 キュゥべえはあっさりと言い切った。

 

『今回の聖杯戦争は、見滝原で行われる。それは説明したよね』

「ああ」

『逆に言えば、見滝原の外では、聖杯戦争参加者がいることは認められない』

「……」

『地図上の見滝原から、ほんの少しでも体が出た参加者は、無条件で失格。その場で死亡するというわけさ。自動的にね』

「なんだよそれ……!」

 

 ハルトが非難の声を上げようとするよりも先に、キュゥべえは告げる。

 

『そもそも、彼女は君にとっては敵だよ。その敵の死を目にして、君は喜びではなく僕への怒りを感じている。どうして人間は、一時の感情でいつも目的を遠回りしようとするんだい? 全く訳が分からないよ』

「……」

『第一、君自身、それが分かっていたんじゃないのかい? だからこそ、あそこまで必死に彼女を掴まえようとしたのだろう?』

 

 分かっていた。人の感情を理解出来ないキュゥべえに対して怒りを抱くこと自体が間違っている。

 ハルトは怒りを飲み込み、静かに言葉を続けた。

 

「どうして、それを言わなかったんだ……? 行動範囲を越えたら死ぬだなんて、参加するしない以前の大問題じゃないか……!」

 

 そんなハルトの問いに対してのキュゥべえの答えは、実にあっさりと、簡単なものだった。

 

『聞かれなかったからさ』



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パステルパレット

サブタイガッツリ間違えてた……何やってるんだ俺ええええ!4/8まで今日のアニメ紹介のタイトルだった
すみませんでした


「紗夜さん……!」

 

 ヘルメットの下で唇を噛みながら、ハルトは毒づく。

 真司から、トレギアが消えたという連絡は受けている。だが、紗夜と日菜の関係のためにトレギアが関わったことから、このまま日菜が無事で済むとは思えない。

 

「どうしてトレギアなんかに……!」

 

 スイムスイムの正体である少女の消滅から感傷に浸ることも許されないまま、ハルトはアクセルを急がせる。

 それが交通違反などと気にしている暇はない。バイクを走らせながら、ハルトはスマホを鳴らした。

 

「可奈美ちゃん……出るわけないか。友奈ちゃんにコウスケも響ちゃんも……出ない……」

 

 味方には頼れそうもない。

 

「紗夜さん……!」

 

 トレギアに囚われる少女のことを想いながら、ハルトはアクセルをさらに強めた。

 

 

 

「楽しみだね! チノちゃん!」

 

 行列に並ぶココアは、そう言った。

 日菜からもらったチケット。様々なアイドルが合同で行うライブで、毎年年始に行われているものらしい。

 友人たちに聞いてみたところ、どうやらここで大成するかどうかで、新人アイドルが生き残れるかどうかが分かれるらしい。

 

「そうですね。一人で店番をしてくれた可奈美さんにも感謝しなくては」

 

 チノも笑顔でココアに答えた。

 さらに、モカもココアとチノの頭に手を乗せながら言った。

 

「それにしてもすごいねココア。まさかアイドルの子とお友達だったなんて」

「日菜ちゃんじゃなくて、日菜ちゃんのお姉ちゃんの紗夜ちゃんだよ。今日は来てないのかな?」

 

 ココアはそう言って周囲を見渡す。だが、いつも学校で見慣れた風紀委員の姿はどこにもない。

 

「う~ん……あ、そういえばマヤちゃんとメグちゃんはもういるの?」

「来ているみたいです。でも、こことはかなり離れた入場口にいるみたいなので、会えるとしたら終わった後ですね」

 

 チノがスマホを見ながら言った。

 

「そっか……じゃあ、二人にも伝えておいて。終わったら正門前に集合! 一緒にお茶しようって! お姉ちゃんがごちそうしてあげる!」

 

 そう言って、ココアはモカの様子を盗み見る。

 だが、モカはいなかった。

 

「あれ? お姉ちゃんがいない!」

「モカさんなら」

 

 キョロキョロとしだしたココアへ、チノが行列から離れた売店を指差した。

 見れば、モカがお店からジュース缶を持ってきているところだった。

 

「はい、ココアにチノちゃん。喉乾いたでしょ?」

「あ、ありがとうお姉ちゃん……」

「ありがとうございます」

 

 モカからジュースを受け取り、ココアは口を尖らせた。

 

「う~……何か、負けた気がするよ……ん?」

 

 ココアが缶を開けようとしたとき、一瞬固まる。

 

「あれ、ハルトさんじゃない?」

「え? ハル君? どこどこ?」

 

 モカがココアが指さした方角を見る。だが、多くの車やファンが行き交う道で、彼のバイクの姿は見られなかった。

 

「あれ? さっき、そこを通ったと思ったんだけど……」

「ハルトさんの出前は、もうとっくに終わってる頃ですよ。今頃きっとラビットハウスに戻っています。間違えるなんて、ココアさんは本当にしょうがないほどココアさんです」

「あ、あれ? 私、なんかどんどん扱いが酷くなってるような……?」

 

 ココアは苦笑した。

 そしてその時。

 見滝原ドームの裏側に戻って来た(・・・・・)ハルトが、血相を変えていることなど気付くはずもなかった。

 

 

 

 夕方近くの見滝原ドームは、大勢の人々でごった返していた。雨も上がり、湿った空気は、会場に並ぶ人々の熱気で暑くなっている。

 

「これ……!」

 

 マシンウィンガーから降りたハルトは、入口を探す。

 だが、正規の入り口で入れば、どれだけ時間がかかるか分からない。さっきまでスイムスイムと戦っていた裏口の倉庫も、警察の捜査の手が回り、とてもハルトが入れる隙はなかった。

 通り雨が上がったものの、雨の影響か冷える中で、ハルトは入れそうな抜け道を探り始めた。

 

「あった……!」

 

 ようやく人が少なそうな入口を見つけた。

 近くにマシンウィンガーを停めて突入しようとしたが、世の中それほど甘くない。

 

「ああ、ちょっと」

 

 二人の大柄な男が、入ろうとするハルトの前に立ちふさがる。

 

「入館証を見せて」

「入館証って……」

 

 その時、見上げたハルトは理解した。

 関係者専用入口。

 そんな確固たる事実が記されたそこに、ハルトは額に手を当てた。

 

「それじゃあ、ここは……」

「はい、出て行ってね。お客さんはあっちからだから」

 

 二人組の警備員に両腕を掴まれ、ハルトは徐々に入口から離れていく。

 

「ちょっと待って……! 今、行かないと……!」

「悪質なファンは出入禁になりますよ」

「俺はファンじゃ……」

 

 抵抗しようとしたハルトだったが、諦めて彼らの案内に従う。

 お客様専用の入り口に向かう振りをして、ハルトは近くの茂みに隠れた。

 

「あんまりこういうのは好きじゃないんだけど、仕方ないか……」

 

 ハルトは腰から指輪を取り出し、右手の中指に入れる。

 

『ユニコーン プリーズ』

『スモール プリーズ』

 

 紗夜のもとから回収した青いユニコーンの使い魔を召喚すると同時に、縮小の魔法を使う。人形のサイズになったハルトは、目の前で完成していくブルーユニコーンに跨った。

 

「ユニコーン、頼む。日菜ちゃんのところに連れて行ってくれ」

 

 一角獣は嘶き、蹄で地を叩きながら会場へ向かう。

 警備員の足元を潜りながら、関係者入口へ入っていく。

 

「よし。一にも二にも、日菜ちゃんを探そう」

 

 警備員たちの網を突破したハルトは、周囲を見渡す。

 迷路のような回廊と、無数に並ぶ部屋。控室に書かれている名前には、日菜の名前もパステルパレットの文字もない。

 

「どこだ……? 一度、解除するか? ユニコーン」

 

 ハルトは、奥の人目に付かないところを指差す。様々な資材が置かれた裏。ユニコーンに連れられたそこで、ハルトは縮小の魔法を解除する。幾重にも体を包む魔法陣により、ハルトの体は元の大きさに戻る。

 

「日菜ちゃん……どこだ……?」

 

 ガルーダがいればと思いながら、ハルトは廊下を歩きだす。

 次々に並ぶ、同じような部屋。テレビで聞いたことがあるようなないような名前をいくつも流して見ながら、やがて『パステルパレット』と書かれた表札を見つけた。

 

「失礼します。……日菜ちゃん?」

 

 ノックをして入る。だが、そこに日菜の姿はない。

 代わりに、こちらにむかって華やかな髪をした少女が決めポーズをして凍り付いていた。

 

「まんまるお山に彩りを……あ」

「え」

 

 ハルトが唖然とすると同時に、少女も青ざめていく。

 目元でピーズサインをして、ウインク。まるで彫像かと思ったが、徐々にそうではないと証明するように、目が泳いでいく。

 

「ひゃああああああああああああ!」

「あ、ご、ごめんごめんごめん!」

 

 

 

 丸山彩(まるやまあや)

 そんな名前の少女だった。

 ピンクのツインテール、笑顔が眩しい少女。何とか落ち着かせたハルトは、ステージ衣装のままの彼女の部屋に入れてもらえた。

 

「日菜ちゃん……ですか?」

 

 向かい合っているソファーに座るハルトと彩。緊張が残る顔の彩は、「えっと」と汗を流している。

 

「えっと……今日はまだ会ってないです。遅刻癖はいつものことなので、あんまり心配していませんでしたけど……でも、もうすぐ本番なのに、まだ来ないからちょっと不安です……」

「……」

 

 手がかりなし。その事実に、ハルトは「そっか……」と項垂れた。

 

「でも、日菜ちゃんはすごいですから。いつもリハーサルとかなくても全部上手くいきますから、失敗とかしないと思うんですけど。むしろ私が何とかしなきゃ」

「そうなんだね。あのさ。本番前に悪いんだけど、日菜ちゃんが戻ってきたら、俺に連絡くれるように伝えてくれないかな? 多分連絡先知ってると思うから」

「は、はい……」

 

 彩は頷いた。

 他を当ろうと席を立った時。控室の扉が開かれた。

 

「彩ちゃん? さっきスタッフの方と追加の打ち合わせしたんだけど……」

 

 入ってくる、別の少女。手に黄色い台本を持ちながら入ってくる長い金髪の少女は、ハルトの姿を見ると顔を強張らせた。

 

「……誰ですか?」

「おや? 彩さんの追っかけですか?」

 

 強張らせた少女の後ろから、眼鏡をかけた少女が現れる。アイドルというよりはメカニックが似合いそうな風貌の少女は「フヘへ」と肩を揺らして笑った。

 

「彩さん、自分にファンなんていないって言っておきながら、ちゃんといるじゃないですか」

「ち、違うよ二人とも。この人は、日菜ちゃんに会いに来たんだよ」

 

 彩が苦笑しながら言った。

 

「あ、こちら、私や日菜ちゃんと同じ、パステルパレットの白鷺千聖(しらさぎちさと)ちゃんと、大和麻弥(やまとまや)ちゃんだよ」

「ごめんね、邪魔しちゃって。松菜ハルトです。……それじゃあ、ここには日菜ちゃんはいないみたいだから、俺は行くね」

 

 ハルトはそう言って、パステルパレットの控室を去ろうとする。

 だが、「待ちなさい」と、千聖が呼び止めた。

 

「貴方、どうやってここに? 日菜ちゃんに会いに来たって、いくら何でも怪しすぎない?」

「え?」

 

 彼女の怪しい目線に、ハルトは戸惑う。

 

「日菜ちゃんのお知り合いの様子ですが、ここに入るには関係者用のパスが必要なはずです。持っていないようですが、不法侵入ですか?」

「それは……」

 

 ハルトは説得の仕方を逡巡する。

 ここで時間を取られたくない。いっそのこと、スリープで眠らせてしまおうかと危険な思想さえ芽生えてしまった。

 千聖の槍玉が、次は彩に向けられる。

 

「彩ちゃんもよ。本番前の大切な時間に、練習ないし集中しないのはちょっと不用心すぎるわ」

「う……ごめんなさい」

 

 千聖の説教に、彩が落ち込んだ。ツインテールが生き物のように萎れたのを見て、あれ可動式なのかと驚いた。

 

「フヘへ。それより、お兄さんは日菜さんのお知り合いですか?」

 

 説教を続ける千聖を放っておいて、麻弥がハルトに話しかけてきた。

 ハルトは頷く。

 

「日菜ちゃんに、ちょっとお姉さんのことで話したいことが……」

「お姉さん? 日菜さんが時々言ってる、大好きなお姉さんのことですね。日菜ちゃん、今日はさっき遅れてきたんですよね。今、スタッフから最終連絡を色々受けていますよ。連れてきましょうか?」

「麻弥ちゃんまで!」

 

 鋭い声が、今度は麻弥を突き刺す。

 麻弥は「ふへへ」と鼻を擦り、

 

「まあいいじゃないですか。少しで終わるなら。それじゃあ、日菜ちゃんを連れてきますね」

 

 麻弥は手を振りながら、控室を出ていく。

 だが、そんな彼女を見送る千聖の顔がどんどん険しくなっていく。

 

「あの……千聖ちゃん?」

「はあ……例外なんて認めません」

 

 千聖はそう言いながら、自らのスマホを荷物のところから引っ張り出す。一瞬の迷いもなく、警察の番号を入力した。

 

「申し訳ありませんが、ここは通報させていただきます」

「だから、俺は……!」

「お待たせしました! 連れてきましたよ」

「あれ? ハルト君じゃん!」

 

 麻弥に続いたその声は、ハルトには救いに聞こえた。

 水色のステージ衣装に身を包んだ日菜が、ハルトを見つめていた。

 

「日菜ちゃん……!」

 

 助けられた。

 ハルトは大きく肩を下ろしながら、安堵の息を吐いた。

 

「どうしてハルト君がここに?」

「いや、ちょっと君に伝えたいことが……」

「日菜ちゃん、今は本番前よ」

 

 日菜との会話になる前に、千聖が突っかかる。

 

「知り合いと話すのは後にして。あと麻弥ちゃんも、終わったらお説教ね」

「へ……?」

 

 茫然とする麻弥。心の中で彼女に謝罪しながら、ハルトは続けた。

 

「……少しだけ、時間をくれない? 紗夜さんのことで……」

「お姉ちゃん!?」

 

 紗夜の名前を出した瞬間、日菜が勢いよく振り向いた。

 

「お姉ちゃん、来てくれるの!?」

「それが……」

「日菜ちゃん!」

 

 また咎める千聖の声。

 だが、日菜は「大丈夫大丈夫」と、どこかぎこちなく言った。

 

「この人、すっごくるんってくる人だから! ねえねえ、あたしに用があるみたいだし、ちょっとだけ話してくるね」

「日菜ちゃん。今はもうライブ前なのよ? 部外者と話すのではなく、ライブに向けて集中しなければならない時よ」

「大丈夫だよ。すぐに戻ってくるから! ほら、ハルトくん、行こっ!」

 

 日菜はそう言って、ハルトの手を取り連れ出した。




可奈美「ありがとうございました!」
可奈美「ふう……大部客足も落ち着いてきたかなあ……」
可奈美「よし! それじゃあ次は、掃除だ! ハルトさんにはいつも『掃除はしない方がいい』って言われるけど、私だって家事は一通りできるんだからね!」

チリーン

可奈美「いらっしゃいませ!」
???「にゃんぱすー」
可奈美「にゃ、にゃんぱす?」
???「喫茶店に来たのん! 大人になった感じがするのんなー」
可奈美「き、喫茶店は初めて?」
???2「おーい! やっと追いついた……れんげ、勝手に動くなよな? 迷子になるとあたしが怒られるんだからな?」
れんげ「うち、とうとうひか姉の学校があるところに来たと思うと興奮したのん。これが共感覚性ってものですなー」
ひか姉「いや、意味違うからな? すみません、二人で」
可奈美「はい、こちらの席へどうぞ!」
れんげ「おお、これがメニュー……中々渋めの品々なん……」
可奈美「渋め……?」
ひか姉「じゃあ、あたしは……今日のアニメコーナーを紹介させてもらうぜ!」
可奈美「せめて注文してからにして!」



___季節が水を染めて 七色に光るよ 息継ぎしたら消えた___



れんげ「にゃんぱすー」
ひか姉「のんのんびよりな?」
可奈美「田舎でのんびりまったり! ゆっくり時間が過ぎていくアニメだね」
ひか姉「1期は2013年10月から12月、2期は2015年7月から9月、3期は2021年1月から3月だな。つい最近最終回を迎えたぜ」
れんげ「おお、長寿なのん。ウチも若いころはここまでいくとは思わなかったのん」
可奈美「君いくつなの……?」
れんげ「原作も最終回をお迎えして、大往生なのん。これまでの人生、様々な経験を得ました……」
ひか姉「いつもにも増してれんげの言葉が分からん」
可奈美「劇場版では、沖縄旅行が描かれていたね。それじゃあ、みんな!」
みんな「にゃんぱすー」


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ブシドー!

四章の主役であるココアの誕生日なのに、出番がなくてすまない……


 日菜に連れられ、少し離れた廊下にやってきたハルト。

 日菜は、やがてハルトの手を放し、静かに壁に寄りかかった。

 

「ありがとうね、日菜ちゃん。助けてくれて」

「うん……」

 

 ハルトの周りに誰もいなくなった途端、日菜の表情が落ち込んでいった。それまで元気な姿の日菜しか見てこなかっただけに、目が暗い日菜の姿は、とても

 

 

 礼を言うが、日菜の顔は晴れない。どこか暗い顔をしている。

 

「……ハルト君。あのね……」

「どうしたの?」

 

 紗夜がいつ現れるか分からない。頭の意識を半分周囲にあてながら、ハルトは彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「さっき、晶ちゃん……モデル仲間の子に……」

「日菜さん!」

 

 突然、日菜とは別の甲高い声が聞こえてきた。

 驚いてその方を向けば、そこには。

 

「外国人の子?」

「イヴちゃん!」

 

 イヴと呼ばれた、銀髪碧眼の少女。

 それで、ハルトは思い出した。

 若宮(わかみや)イヴ。確か、日菜と同じグループのメンバーの一人。日菜をネットで調べた時に見た記憶がある。

 

「って、木刀!?」

 

 それを見た時、ハルトは思わず叫んでしまった。

 どうしてここにあるんだと言いたくなるほどに精巧な作りの木刀が、ハルトへ刃先を向けていた。

 

「日菜さん! その人は、もしや曲者(くせもの)ですか!?」

「く、曲者?」

 

 現代日本ではなかなか聞かない言葉にたじろくハルト。だが、イヴなる少女は、止まらない。

 

「ブシドー!」

「うわジャンプ力すごっ!」

 

 風のウィザードもびっくりするような跳躍力で、ハルトに飛び掛かって来るイヴ。さらに、イヴは容赦なく「アタタタタタタタタタタタタ!」と木刀を振り回す。

 

「曲者っ! 覚悟!」

「危なッ!」

 

 時代劇の影響を受けたような発音で、イヴはちからを込めて木刀を振り下ろす。

ハルトは思わず、両手で挟んで食い止めた。

 

「ややっ! 真剣白刃取りとは……その腕前、やはり曲者か!?」

「あ、あはは……可奈美ちゃんから聞いておいて正解だった……」

 

 冷や汗を浮かべながら、ハルトは苦笑いを浮かべた。

 

「ならば、私の武士道精神にかけて! 日菜さんを誘拐不審者からお守りします!」

「猛烈な勢いで誤解しているんだけどこの子!」

「参ります! ブシドー!」

 

 声は可愛いのに、危険な動きで攻めてくるイヴ。

 もっとも、普段可奈美から本物の剣術を受けているハルトにとっては手慣れたもので、目視からの回避も容易かった。

 

「おっと……」

 

 手刀で、イヴの手首を軽く叩く。思わぬ反撃に姿勢を崩したイヴ。

 

「むむ……これこそ曲者……! なかなかのブシドーとお見受けする!」

「なかなかの武士道ってなんだ」

 

 ハルトのツッコミにも、イヴはこう返した。

 

「武士は食わねど高楊枝! ご覚悟!」

「君その言葉の意味分かってる!?」

「武士の凄さを指し示す言葉です!」

「そりゃ確かに考えようによってはそうだけどもっ!」

 

 イヴの突きがハルトの頬を掠めた。

 続く斬撃。ハルトは背中を大きく曲げて、木刀の下へ掻い潜る。

 

「この曲者、素早い!」

「だから曲者じゃないってば!」

 

 ハルトはドロップキックで木刀を迎え撃つ。

 彼女の手から離れた木刀が、そのまま廊下の端にぶつかる。

 

「ややっ……まさか、ここまでのしきゃく(・・・・)とは……!」

刺客(しかく)ね? 違うけど」

「まだまだ!」

 

 だが、イヴはめげない。即座に拾い上げた木刀を手に、踏み込んで横薙ぎ。

 ハルトは腕で防御するが、腕に響く痛みにハルトは顔を歪める。

 

「決まりました!」

「今更だけど、人に向かってそれ振り回しちゃだめだろ!」

 

 ハルトはそう言って、左手でイヴの腕を掴む。

 

「あ!」

 

 そのままハルトは、彼女の腕を抑えて腰を屈める。

 

「ケガしないように足はしっかりとしてね……!」

「むむっ……!?」

 

 そのまま、ハルトはイヴを当て身投げ。

 

「ぶ、ブシドー!?」

「それが悲鳴でいいの君!?」

 

 体を百八十度回転させたイヴを、そのまま背中から廊下に激突___はしないように腰を抑えて、落下地点に着地できるようにした。

 

「ぶ、ブシドー……」

「ふう……やってみたら意外とできるものだね」

 

 本番前のアイドルに向かって技を決めるという蛮行などできるはずもなく、ハルトは無傷でこの場を諫めることが出来た。

 

「君、大丈夫? っていうか、俺への警戒多少は解いてほしいんだけど」

「は、はい……」

 

 何があったのか分からないイヴが、目を白黒させている。やがて、はっとした彼女は、ハルトに向き直り、目をキラキラと輝かせた。

 

「す、凄いです! 感激です!」

「へ?」

 

 真逆の態度になったイヴは、キラキラした眼差しをハルトへ向けた。

 

「今の技は、まさにブシドーです! どれだけの修練を積めばそのような御業が使えるのですか?」

「えっと……」

 

 熱く語るイヴは、あろうことか土下座をし始めた。

 

「この若宮イヴ、あなたの弟子になりたいです!」

「ちょ、ちょっと! 困るよ! 何より変わり身早いよ!」

 

 ハルトが止めても、自分の世界にどっぷりと浸かったイヴは止まらない。

 

「私も、あなたみたいにブシドーを極めたいです! どうすればそんな身のこなしができるようになるのですか!?」

「武士道なんて知らないって……」

「いいえ! あなたのその技は、武士道抜きでは語ることができません!」

 

 目を輝かせるイヴ。目を反らし、ハルトは日菜に助け船を求めた。

 

「ねえ、日菜ちゃん、この子の友達でしょ? 日菜ちゃんからも何かの勘違いだって」

 

 そこで、ようやく気付いた。

 日菜が、疲れ果てたような顔でこちらを眺めていたことに。

 正確には、日菜はハルトとイヴのやり取りなど見てはいない。ただ、光のない眼差しでハルトたちの方角を見ていた。

 

「日菜さん、どうしました?」

 

 その声で、ようやく日菜は我を取り戻したようだった。「え?」と意識を戻して、イヴを見返す。

 

「どうしたって、何が?」

「いつもの日菜さんなら、『すごいすごい、るんって来た』って言いそうなものですが。どうして黙っているのですか?」

 

 純粋な疑問だったのであろうイヴの言葉。だが、日菜の顔は沈んでいた。

 

「ああ、ごめんね。見てなかったんだ。あはは……」

「……」

 

 その姿に、ハルトは顔をしかめた。

 イヴも、

 

「どうかしました? いつもは色んなものに興味津々な日菜さんらしくもないです」

「ちょっと……ね。それより、ハルトさん。あたしに話があったんでしょ?」

「……あっ!」

 

 武士道に飲まれて忘れるところだった。ハルトは改めて日菜に駆け寄る。

 

「そうだ、紗夜さん! もう一回聞くけど、紗夜さん、こっち来てないんだよね!?」

「う、うん」

 

 驚いた顔の日菜。

 だが、それで振り出しに戻ってしまった。ハルトは爪を噛む。

 

「こっちには来てない……でも、あのトレギアがこのチャンスを逃すとは思えない……」

「ハルト君?」

「あの、師匠?」

 

 日菜とイヴの言葉が耳に入らなくなっていく。

 

「今いる使い魔はユニコーンだけだしなあ……真司も探しているんだろうけど……日菜ちゃん、ありがとう。今はいいや。いい? 控室から絶対に動かないで」

「どうして?」

「それは……その……」

「ねえ、もしかして晶ちゃんと何か関係あるの?」

 

 日菜がハルトの腕を掴みながら尋ねた。

 突然現れた知らぬ人物の名前に、ハルトは「晶?」と聞き返した。

 

「うん。蒼井晶ちゃん。モデル仲間なんだけど……」

 

 その時、ハルトは思い出した。

 以前、ラビットハウスに来た、モデルの女の子。思い返せば、彼女は狂暴性を隠していた。

 

「あのね……さっき、晶ちゃんがスク水の女の子と一緒に襲い掛かって来て……ちょっと、ゾワワっとしたんだ」

「スク水の女の子……それってさっきの……!」

 

 トレギアによって見滝原より少しだけ外に出た少女の顔が思い起こされる。

 ならば、必然的に蒼井晶が彼女のマスターということになる。

 

「もしかして、ハルト君何か知ってるの? もしかして、お姉ちゃんもそれに巻き込まれているんじゃ……!?」

「それは……」

 

 聖杯戦争に巻き込まれているから、など説明出来たらどれだけ気楽だっただろう。

 日菜とイヴが巻き込まれる、ハルトたちマスターを誘き出す餌にされる、真実を知った彼女たちがどう行動するか。その他、あらゆる危険性に晒されるリスクがある。

 話せない。

 

「それは……」

「ハルト君!」

 

 日菜がさらに言及しようとしたとき、その動きが止まった。

 口をあんぐりと開けたまま、ハルトの背後へ言った。

 

「お姉ちゃん……?」

「え……!」

 

 その言葉に、ハルトは振り向く。

 そこには確かに、紗夜の姿があった。

 

「紗夜さん……いや……」

 

 ハルトが警戒の表情を見せる。

 体を左手で支えながら、紗夜は足を引きずるように日菜へ近づいてくる。

 

「日菜……助けて……」

「お姉ちゃん!?」

 

 今の紗夜は、見るからに痛々しかった。全身が傷だらけ、長い髪も荒れ放題。ハルトも思わず庇護欲を掻き立てられるところだった。

 だが。

 

「トレギア……ッ!」

 

 ハルトには、なぜかその気配が感じられた。

 だが、日菜がそんなことを気にするはずもない。

 

「お姉ちゃん!」

「日菜ちゃん! 行っちゃだめだ!」

 

 だが、もう遅い。すでにハルトの手の届かなくなってしまった日菜は、紗夜に抱き着いた。

 

「よかったよお姉ちゃん! 晶ちゃんがちょっとおかしくなっちゃって! あたしもどうしたらいいか分からなくなっちゃって……」

「日菜ちゃん! 紗夜さんから離れて!」

 

 だが、ハルトの発言は遅かった。

 紗夜の腕が、迷いなく日菜に伸びる。

 それは、即座に日菜の首を掴み上げた。

 

「お姉……ちゃん……?」

 

 その時、ハルトと日菜は気付いた。

 前髪に隠れた紗夜の左目が赤く光っている。

 

「な、何ですか!? 何がどうなっているんですか……!?」

 

 イヴが、手を口にあてながら怯えている。

 

「武士道ちゃん、逃げて!」

 

 イヴの名前で呼ぶことが何となく憚られた。

 だが、武士を志す彼女が、オーラを纏う同年代の少女相手に臆するわけがない。

 

「日菜ちゃんを、離して下さい!」

「危ない!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 ハルトは慌てて指輪を使う。

 同時に、紗夜の左手から黒い雷が発せられた。雷撃は、イヴに届く寸前で魔法陣の壁に防がれるが、衝撃までは防げず、そのままイヴを弾き飛ばしてしまう。

 

「武士道ちゃん!」

 

 ハルトが叫ぶ。だが、当たり所が悪かったのか、イヴは気絶したまま動かなくなっていた。

 

「やめろトレギア! その子は関係ないだろ!」

「おや? 何を言っているのかな?」

 

 紗夜(トレギア)は左目を赤く光らせながら言った。

 

「私はこの体のサーヴァントなんだ。サーヴァントがマスターの願いを叶えるのは当然だろう?」

「サーヴァント?」

 

 紗夜(トレギア)は日菜の首を握る右手を見せつける。そこに刻まれた令呪は、以前見た時とは、その形状を変えていた。

 

「令呪が……違う……!?」

「これなら、私がマスターの願いを叶えるのもおかしくないだろう?」

「ふざ……けるな!」

『コネクト プリーズ』

 

 ハルトは即、空間湾曲の指輪を使う。取り出したウィザーソードガンを振りかぶると同時に、銀の弾丸の引き金を___

 

「撃てるのかい? 君に」

「___!」

「分かっているよね? この体は、氷川紗夜のもの。なあ?」

「……ッ!」

「なら、こちらの願いを叶える光景を、黙ってみていてもらおうか……   やめて……」

 

 トレギアとは異なる、紗夜の声が聞こえてくる。まだ正常な色の目である右目が、うるううると左目に訴えている。

 

「安心したまえ。君がやった形跡はどこにも残らない。妹だけが、この世界から消える。君の全てのコンプレックスは解消される。せっかくだから、君自身の手で妹を葬らせてあげよう。      やめて……!」

 

 二つの声が、紗夜の口から発せられる。

 

「やめろ! トレギア!」

 

 ハルトは紗夜の手を叩き、日菜を解放した。そのまま日菜を背後に回し、

 

「ごめん紗夜さん!」

 

掌底で紗夜を突き飛ばす。

 

「日菜ちゃん! 大丈夫?」

「ゲホッゲホッ……お姉ちゃん……?」

 

 信じられないといった目で、紗夜を見上げる日菜。

 

「どうしたの……? お姉ちゃん……?」

「日菜……私は……ああああああああっ!」

 

 紗夜の声が、悲鳴に塗り潰される。頭を壁にぶつけ、彼女の額から血が流れる。

 すると、紗夜の体からぐったりと力が抜けた。見て分かるほどの脱力をした後、その赤い両目(・・・・)で、にやりと笑みを浮かべた。

 それは、もはや紗夜ではない。その証拠と言わんばかりに、彼女の右手には群青色のそれが握られていた。

 

「トレギア……!」

「よき旅の終わり、そして……始まり」

 

 仕込まれているスイッチにより展開する青いアイテム。それは、ベネチアンマスクのような形となり、紗夜の体に被さる。

 そして。

 

「お姉ちゃん……!」

「な、何ですかあれは……!?」

 

 非日常を目撃する、日菜とイヴ。

 やがて紗夜の姿は、サーヴァント、フェイカー。真名ウルトラマントレギアの姿となった。




可奈美&友奈「結城友奈は勇者である 花結いのきらめき、刀使ノ巫女 刻みし一閃の燈火 コラボ決定!」ハイタッチ

公式がやってくれるとすっごく嬉しい。リクエストに加えて、もともととじともとゆゆゆがコラボしてたから選んだっていうのもあるけど。
ゆゆゆいは、ほとんどいつも爆死しかしないから、石は結構溜まっているぜ! 回しまくりましょう


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壊されていくライブ

YouTubeでキョウリュウジャー配信開始!
ちなみにニコニコでは、ウィザード配信中!

キョウリュウジャーとウィザードが日曜朝に配信……あっ


「お姉ちゃん……!」

 

 茫然とした声で、遠くの景色の感想を述べるような声の日菜。

 目の前で異形の存在となった姉を見て、彼女の心中は穏やかではないだろう。

 彼女を横目で見ながら、ハルトはドライバーオンの指輪を取り出した。

 

「トレギア……お前、一体どこまで……!」

「何を不思議がっている? 私は、ただサーヴァントらしく願いに向けて活動しているだけだが?」

「よく言うよ……!」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ハルトは銀のベルトを出現させる。

 だが、その操作よりも先に、トレギアの雷光が速い。

 回避を考え、

 

(……ダメだ!)

 

 今よければ、日菜とイヴに命中する。

 ハルトはまず、足元の日菜を突き飛ばし、背後にいるイヴの直線状に立ち、腕を交差。

 闇の雷は、ハルトの体を貫き、周囲に大きな爆発を引き起こした。

 

「ハルト君!」

 

 日菜の悲鳴とともに、視界がブラックアウトした。

 

 

 

「さあ、次は君だ……」

 

 そう告げるトレギア。

 爆炎の中、彼の赤い瞳が徐々に日菜に近づいてくる。

 

「あ……あ……」

 

 尻餅をつきながら、怯える日菜。

 だが、赤い目の悪魔は、それで動きを止めてはくれない。

 

「さあ……マスターの願いを叶えてあげよう」

 

 彼の魔の手が、日菜に迫る。

 だが。

 

「え」

 

 爆炎。日菜はその中に、トレギアとは別の妖しい影を見た。

 トレギアの赤い目とは別の光。同じく赤い光が二つ、流星のように尾を引いている。それは、目にも止まらぬ速度で天井へ移動、即座に落下。トレギアに接触、大きく弾き飛ばした。

 

「ぐっ……!」

 

 それは、トレギアの苦悶の声。

 さらに、素早い動きを続ける赤い光。トレギアの目へ攻撃しているのであろう。彼への被弾らしき音がさらに聞こえてくる。

 

「おのれ……!」

 

 やがて、爆炎の中より脱出するトレギア。彼の頬には、殴られたような傷跡があった。

 

「貴様……!?」

 

 トレギアの声色に、初めて驚きが混じる。

 何があったのか、全て見守っていた日菜でさえ見当がつかない。

 ただ。

 爆炎の中に見えた影が、人のものではないものに。

 まるで、悪魔の翼のようなものが見えた。

 

 やがて、爆炎が晴れる。

 全身傷だらけのハルトの姿が、そこにはあった。

 

「生身に命中させたはずだが……よく生きていたな?」

「変身が間に合ったんだよ。ギリギリね」

 

 変身?、と日菜が疑問を抱くよりも先に、ハルトが叫んだ。

 

「日菜ちゃん、武士道ちゃん! 逃げて!」

「は、はい! 日菜さん!」

 

 持ち直したイヴが、その場を逃げようとする。だが、日菜は首を振った。

 

「ダメだよ! お姉ちゃんが……あれ、お姉ちゃんなんだよ!?」

「分かってる!」

 

 だが、ハルトのピシャリとした言葉に、日菜は黙った。

 

「俺が助ける! 絶対……助けて見せる!」

「でも……ハルト君!」

「いいからッ!」

 

 ハルトの口調が強まる。

 

「紗夜さんは助ける……! 絶対助ける! だから、今は何も聞かないで、逃げて!」

 

 茫然とした日菜。彼女はやがて戻って来たイヴに連れ出されるまで、ずっとハルトを見つめていた。

 

 

 

「へえ……いい判断じゃないか?」

 

 トレギアは、出ていく日菜を見送りながら言った。

 

「邪魔者はいない方がいいからねえ?」

「ここから先には、通さない」

「いいよ。今は氷川紗夜の心は完全に封印している。彼女の意識はもうないよ」

 

 トレギアは首を振る。

 

「別に彼女の願いを叶えるために躍起になる理由もない。所詮は、私の強化のための(いしずえ)でしかないのにね」

「お前……紗夜さんをそんな風にしか思ってないのか!?」

「ああ」

 

 トレギアはまた、マスクを外す。完全にトレギアに乗っ取られた紗夜の姿が、一瞬だけマスクの下から現れる。

 

「人間の絆も……簡単に壊れる」

 

 すぐにマスクを着けなおし、紗夜はトレギアへ変貌する。

 ハルトは歯を食いしばった。

 

「……人の心を弄ぶお前を、俺は許さない!」

「許さない……? それは怖いねえ?」

 

 トレギアはくすりと笑いながら、後ずさっていく。

 

「だったら、援軍でも呼ぼうかなあ?」

 

 だが、彼が下がった足元に、闇が集う。

 まるで沼のように溜まった闇が二つ。そこから、何かが抜け出てきた。

 

「何だ?」

 

 立体となった闇が形作るのは、二体の人型。

 ココアが変身したヒューマノイドにもどことなく似ているそれらは、それぞれ唸り声を上げて、ウィザードへ敵意を向ける。

 

「この二体は……?」

 

 赤のヒューマノイドと違って、目は白ではなく、黒一色に塗り潰されている。

 それぞれが黒を基調とした人型。

 片方の頭部は、中央のとさかと二本の角が生えており、どことなくピエロにも見える。赤と黒が、箇所ごとに左右反対に塗られており、一見派手にも思えた。

 そしてもう一体。同じく、赤と黒の二色で色分けされているが、ピエロと違って左右は対照的。ピエロほど奇抜な外見をしてはいないが、負けず劣らずの不気味さを持ち、その腕には鋭い鉤爪の武器が装備されている。

 

「ファウストとメフィスト……まあ、君を葬る悪魔、とでも言っておこうか」

 

 トレギアは指を鳴らした。

 すると、ファウストとメフィスト。二体の人型は、それぞれ、翼もないのに飛び上がる。

 それぞれ通路の天井を貫き、どこかへ飛び去っていった。

 

「え……?」

 

 何で、と見上げたハルトに対し、トレギアは続ける。

 

「いいのかい? 私なんかに構っていて」

「!?」

「あの二体はこれから、どこで暴れるのかなあ?」

 

 その言葉に、ハルトはさらに青ざめる。

 

「お前……」

「さあ、私と戦おうか。私を倒せれば、この少女を助けることが出来るかもしれないよ?」

「……ッ!」

 

 ハルトは唇を噛み、トレギアに背を向ける。

 その背後で、仮面を外したトレギア___紗夜の声に耳を貸すこともなく。

 

「さあ……楽しんでくれ」

 

 

 

___恋しいの 恋しくて つぶやく 会いたい___

 

 クールな色合いのトンネルが、やがて恒星を中心とした銀河の星々へ変わっていく。

 そんな背景映像の中、アイドルたちは踊っていた。

 

___冷たい夜のその先 握りしめてたのは___

 

 四人が全員、息の合った動きで空間を支配していく。

 ココアを含めた観客たちもまた、色を合わせたサイリウムを振っている。

 

___暁の中 ただ八文字___

 

 銀河の中に、無数の直線の光が差し込んでいく。

 それは、映像のみならず、見滝原ドーム全体を行き交い、客席まで届く。

 

___そばにいてほしい___

 

 終劇。

 星々の海から、一つの星へスポットを変えた映像の元、四人のアイドルはそれぞれの決めポーズで歌唱を終えた。

 一瞬の静寂を突き破った、拍手喝采。

 その中には、当然ココアもいた。

 

「すごいすごい! フォトンメイデン、すっごいすっごい!」

 

 惜しみない歓声を送るココアだが、その声は周囲の

 

「来てよかったねチノちゃん!」

「はい。チケットをくれた日菜さんには感謝しないといけませんね」

 

 ココアの隣に座るチノは、ココアと違って大きく動いてはいない。座席から

 

「あの子たち、私と同い年なんだよね! いいなあ、私の妹になってくれないかなあ」

「……ココアさん、同い年でもいいんですね。本当に節操なしです」

 

 チノは、そう言ってココアから顔を背ける。

 そんな彼女を見て、ココアの脳内は彼女をこう分析した。

 

(チノちゃん……もしかして……ジェラシー!?)

『お姉ちゃんの鈍感』

 

 ココアのフィルターには、チノが頬を膨らませていた。

 

「チノちゃん……安心して! チノちゃんのことは、ちゃんと見てるよ!」

「え?」

「例えば今! 結構見辛いよね? だったら、ほらほら!」

 

 ココアは目を輝かせながら、自らの膝を叩いた。

 チノは「はあ」とため息をつく。

 

「しませんよ」

「ええ?」

「私は別に、この席で困っていません。そんな子供っぽいこと、するわけないじゃないですか」

「そんな~チノちゃ~ん」

「ほら、ココアも。静かにね」

 

 嘆くココアをなだめるのは、ココアの隣のモカ。

 

「それより、日菜ちゃんの出番まだかな? 私、知り合いに芸能人っていないから、ちょっとソワソワしてるんだよね」

「私もだよお姉ちゃん! 日菜ちゃんの出番、楽しみだなあ!」

「おお、落ち着いてください。えっと、パステルパレットは……もう少し後ですね」

 

 チノがプログラムを確認した。

 ココアもそれを覗き込むが、ライブの暗がりであまりよく見えない。

 そうしている間にも、歓声がさらに大きくなる。

 

「あ、ココア、チノちゃん! フォトンちゃんたちの二曲目が始まるよ!」

 

 モカの言葉に、ココアはチノとともに注目する。

 フォトンメイデンの二曲目。

 無数の直線の光が、様々な図形を作り出す映像から始まった。

 四人のメンバーが、同時に英語の歌詞を紡ぐ。

 最初の前奏が止まった途端、繰り返されるビート。数を重ね、腕を突き上げるごとに、盛り上がりが増えていく。

 それに合わせて、会場全体もまた点滅。一瞬の暗転と、青緑の景色が交互に繰り返される。

 そして。

 

 これから曲が始まる、まさにその直前の暗転の後。

 

 フォトンメイデンが中心のはずの背景に、二体の人影が現れた。

 

「え?」

 

 クールな青緑系の色とは全くにつかない、ダークな二体。

 それは、まるで真っ白なキャンバスに付けられた絵具のように、人々の注目も集めた。

 しばらくフォトンメイデンたちも、ソロパートを歌っていたが、会場の異変に気付き始め、上を向く。あの二体が彼女たちの予期せぬものだということは、その表情から明白だった。

 

「何でしょう……?」

 

 チノがぼそりと呟く。

 やがて、そこから全体も、あれだけ盛り上がっていたのにも関わらず、しんと静まり返っていく。相変わらず流れる映像と、録画から流れるBGMだけが、無情にも闇の二体を彩っていた。

 そして。

 

「「___________________________」」

 

 その唸り声は、果たして見滝原ドームを揺るがす。

 そして、ライブの熱気、情熱、そのほかあらゆるものを吹き飛ばした。

 残った人々に去来したのは、恐怖。

 

「な、何ですか……? あれ……?」

「な、なんか……怖くなってきた」

「チノちゃん!? お姉ちゃん!? どうしたの?」

 

 チノが、自らの肩を掴んで震え、モカもまた青い顔で二体を見上げている。

 それは、二人だけではない。立ち上がって周囲に目を配れば、誰も彼もが悪夢に苛まれているように唸っている。___それは、ステージ上のフォトンメイデンも例外ではなかった。

 

「何なの……これ……?」

 

 どうして自分だけ平気なのかという疑問と、急いで逃げなければという危機感が同時に発生する。

 そうしているうちに、二体の黒い目を持つ者たちは、ぐるりと会場の人々を見渡した。

 そしてそれぞれ、ライブの背景へ腕を向けた。

 まさか、とココアに嫌な予感が走るよりも先に、二体の腕から、赤い雷が放たれた。

 そして発生するのは、ライブの演出とは思えない爆音。

 

「チノちゃん!」

 

 発生した爆煙からチノを守るように抱きつく。すぐにたちこめていく煙に、ココアとチノは咳き込んだ。

 

「ココア! チノちゃん!」

 

 煙の中から、モカの悲鳴が聞こえてくる。

 そして。

 煙の合間から見えた、悪魔のようなシルエット。その腕から、二回目の雷が放たれる。

 次の狙いであるドームの天井を破壊し、落下した時。

 混乱と恐怖は、パニックになった。




そういや今ガオレンジャーとアギトも同時に配信してるやん!


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切り札

ほむら「フェイカーはどこ……?」
キャスター「マスター」
ほむら「どう? 見つかった?」
キャスター「どうやら私の探知魔法にかからない術式を組んでいるようです。肉眼で見つけるしか……」
ほむら「面倒ね……そもそも、道が入り組みすぎていて、筆頭候補の会場まで出られない……ぐっ」全体が揺れる
キャスター「マスター」
ほむら「急ぐわよ、キャスター」
キャスター「……ん?」
アイドル「うっ……」瓦礫の下敷き
キャスター「マスター。あれは?」
ほむら「放っておきなさい。私達には関係ないわ」
キャスター「……」
ほむら「……」アイドルの姿が、まどかと重なる
ほむら「キャスター。彼女を助けられる?」
キャスター「命令とあれば。転移」アイドルを外へ転移」
瓦礫の中「助けてくれ……!」
ほむら「……キャスター。ここの会場にいる人たちを全員、外へ連れ出すわよ」
キャスター「了解しました。マスター。救助対象者、サーチ開始」魔法陣広がっていく


「遅かった!」

 

 逃げる人々に逆走しながら、ハルトは唇を噛む。

 すでに二体の闇のヒューマノイドは、ライブ会場を火の海に変えている。あちらこちらから瓦礫が落下し、更なる大混乱に陥れていく。

 綺麗に整頓されて並んでいたはずの客席も、瓦礫や破壊によってところどころ穴だらけ。ドームの中心に作られたステージも、あらゆるものが薙ぎ倒され、見るも無残な姿になっている。

 

「これ以上はさせない……! 変身!」

『フー フー フーフー フーフー』

 

 緑の風が、走るハルトの前に魔法陣を作り上げる。

 魔法陣を潜ったハルトは、そのままウィザードに身を変えていた。

 同時に、また新たな天井の崩落が発生する。

 しかも間が悪いことに、その落下先には、逃げ遅れた人々が残っていた。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド バインド プリーズ』

 

 捕縛の魔法をウィザーソードガンに乗せて発砲する。すると、天井に蜘蛛の巣状に張り巡らされた網が、落下する瓦礫を支えた。

 

「早く逃げて!」

 

 風に乗り、浮遊しながらウィザードは叫ぶ。

 人々はウィザードに目もくれず、一目散に逃げていく。

 見送って安心したウィザードは、すぐ背後からの敵意を避ける。

 

「__________」

 

 振り向いた顔面に、すぐ接近するのは、無機質な顔。黒い眼差しを持つそれが、メフィストだということはさっき覚えた。

 

「_________!」

 

 メフィストの腕の鉤爪(アームドメフィスト)が、ソードガンの銀とぶつかる。空中で何度も激突を繰り返し、やがてウィザードはメフィストを蹴り離した。

 

「うわっとと……」

 

 だが、反動で着地に失敗し、躓く。

 さらに、そこへもう一体の闇のヒューマノイドの攻撃が重なる。

 ファウスト。

 ピエロのイメージを切って離せないそれはバク転を繰り返し、ウィザードの顔を蹴りつけた。

 

「ぐっ……! このっ!」

 

 負けじとウィザーソードガンで応戦するが、まるで流れるような身体能力に、ウィザードはファウストを捉えることができない。

 それどころか、彼の足技がウィザーソードガンを絡め捕り、ステージの方へ飛ばされてしまった。

 

「えちょっ……!」

 

 さらに、そこにメフィストの攻撃も加わってくる。

 ウィザードは素手で二体の攻撃をいなす。だが、風のウィザードであっても、二体の攻撃を防ぐことはできない。

 メフィストの武器、アームドメフィストがウィザードの鎧を貫く。

 

「っ!」

 

 転がったウィザードに、さらに軽やかなステップのファウストが迫る。ウィザードの顎を蹴り、さらにドロップキックで大きく後退させた。

 

「だったら……!」

 

 痛みに耐えながら、ウィザードは次の魔法を取り出す。

 

『チョーイイネ サンダー サイコー』

 

 風のウィザードの最上位魔法。雷を纏った竜巻が、二体を捉え、巻き上げていく。例え逃げ出そうとしても、雷の手が逆に彼らを引きづり入れる。

 

『コネクト プリーズ』

『ハリケーン スラッシュストライク』

 

 続けざまにコネクトから引き出したソードガンへ、ウィザードは緑の風を宿らせる。

 

「はああああああ!」

 

 風の斬撃がファウストへ跳ぶ。

逃げ場のない、空中への一撃。だが。

 

「っ……!」

 

 メフィストの腕から発射された光弾が、スラッシュストライクを打ち落とし、そのままウィザードを襲う。

 魔力制御が途切れ、竜巻が消えてしまった。

 

「だったら……!」

 

 ウィザードは次の指輪へ手を伸ばす。

 だが、それよりも先に、ファウストが接近戦を挑んできた。

 

「!」

 

 ウィザードは指輪への手を諦め、ソードガンで彼の蹴りを防ぐ。

 さらに、メフィストまで攻撃の手を加えてくる。

 

「……ちゃん! チノちゃん!」

 

 その声に、ウィザードの意識は逸れた。

 メフィストの爪をまともに受け、地面を転がった。

 

「今の声……まさか……!」

 

 すぐさま頭に最悪の状況が浮かび上がる。

 見れば、そこにはココアとモカの姿が。

 客席に落ちた瓦礫。やはり、巻き込まれた人はいた。

 瓦礫に挟まり、上半身うつ伏せになったチノの姿が、そこにはあった。

 

「チノちゃん……! ぐあっ!」

 

 しかも、その間にメフィストの攻撃は続く。接近戦によるダメージで、ウィザードは見滝原ドームの客席に叩き落とされた。

 

「今度は何!?」

 

 悲鳴となった、モカの声。起き上がったウィザードは、こちらを恐怖の眼差しで見つめるモカを発見した。

 

「に、逃げ……」

「こ、ココアココア! チノちゃんは私が助けるから、ココアは先に逃げて!」

 

 モカはそう言って、瓦礫をどけようとする。だが、いくらパン屋として鍛えているとはいえ、人間一人や二人の力では、コンクリートを動かすことは適わなかった。

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃんこそ! チノちゃんは私が……!」

「いいから逃げて! もう怪物が、すぐそこにいるのよ! このままじゃ、あなたまで襲われるわ!」

 

 モカがウィザードを指差しながら叫んだ。

 一瞬ウィザードは、体が固まるが、即座にエメラルドの面の下で口を吊り上げる。

 

「……そうだよね」

 

 それを理解したとき、あたかも周囲の時間が止まったように感じた。

 闇の使者たちも、ココアたちも。

 誰も彼もが、静止した絵画のようで。

 ただ、ウィザードの心の中だけが響いていた。

 

「……見滝原に来てから忘れてたけど、これが普通だもんね……こんな仮面の中だけど、俺は結局……」

「……ハルトさん?」

「え?」

 

 一瞬、ココアがこっちを見つめていた気がした。

 それは、すぐにウィザードは意識を取り戻させる。

 

(そんなはずはない……! ココアちゃんに俺の正体が知られているわけが……!)

 

 そして、同時に現実の判断を急がせた。

 

「! 危ない!」

 

 ウィザードはすぐさま、ウィザーソードガンを発砲する。

 ウィザードの意思で自在に動く銃弾は、そのまま彼女たちの背後から迫るメフィストの肩に命中し、動きを防いだ。

 すると、メフィストは改めて、ウィザードへ狙いを絞る。

 

「……!」

「早く逃げて!」

『ランド プリーズ ド ド ド ド ド ドン ドン ド ド ドン』

 

 座席の中から起き上がりながら、ウィザードはエレメントを風から土へ。

 即座に、右手の指輪を切り替える。

 

『ドリル プリーズ』

 

 魔法の力で、自らの体を回転させる。まさにドリルとなり、地面へ潜る。

 そのままチノの下から、瓦礫を全て持ち上げた。

 

「大丈夫?」

「……!」

 

 モカはウィザードには目もくれず、倒れているチノを抱き寄せる。

 恐る恐るウィザードを見上げ、

 

「……助けて、くれたの?」

 

 と尋ねた。

 ウィザードは瓦礫を脇に置き、頷く。

 

「いいから、早く逃げて!」

「は、はい! ココア!」

「う、うん!」

 

 チノを背負ったモカは、ココアとともに出口へ急ぐ。

 だが。

 

「お姉ちゃん危ない!」

 

 ココアが叫ぶ。

 モカが出口に差し掛かる寸前、出口が崩落。モカの目の前で粉塵が舞い、彼女たちも閉じ込められてしまった。

 

「そんな……!」

 

 絶望的な声を上げるモカ。彼女はチノを背に回し、ウィザードたちへ向き直る。

 

「……っ!」

 

 きっとこちらを睨むモカ。彼女にとっては、きっとウィザードも闇のヒューマノイドたちも変わらないのだろう。

 そことなく寂しさを感じながら、ウィザードは彼女に背中を見せる。

 

「……? 助けてくれるの?」

 

 モカが半信半疑な声をかけてくる。

 だがウィザードは、固い声を作って言った。

 

「ここにいる人のことは、誰一人信用しないで下さい」

「え?」

「俺も。アイツらも。あなたは、妹さんとみんなで逃げ切ることだけを考えてください」

「……?」

 

 モカの言葉が無くなった。

 それを肯定と受け取った土のウィザードは、静かに二体の闇へウィザーソードガンを構える。

 やがて、二体の闇のヒューマノイドが歩み寄るが、その動きは、より深い闇の出現に阻まれた。

 

「やあ。苦戦しているようだね」

「トレギア……!」

 

 ウィザードは、トレギアを恨めしく睨む。

 だが、そんなトレギアの体に、紗夜の輪郭が浮かび上がった。

 

『日菜……』

「ッ!」

 

 まるで蜃気楼のように重なるそれは、ウィザードの動きを止めるには十分だった。

 

「おや? どうしたんだい? ウィザード」

 

 闇の二体の肩を抑えながら、トレギアがウィザードを殴りつける。

 

「っ!」

 

 痛みによって我に返り、ウィザードは即座に反応。彼の腕を払い、ソードガンでトレギアに斬りつけ___

 

『助けて……』

 

 再びウィザードの腕が止まる。

 彼女の顔がウィザーソードガンのほんのすぐ下に出現する。

 

「……!」

「ほらほら?」

 

 黒い雷が渦巻く腕が、ウィザードの面を叩き潰す。物理面に強いはずの土のウィザードにダメージを与えるそれによって、ウィザードの意識が飛びかける。

 

「どうした? 氷川紗夜の姿が見えて攻撃できないかい?」

「このっ……!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 ダメージを受けながらも、ウィザードは防御の指輪を使う。

 接近されたトレギアとの間に現れた土壁により、ウィザードへの爪は軌道を反らした。

 

「卑怯者がっ!」

 

 激昂したウィザードは、掌底を放つ。土の壁によって紗夜の幻影を見ることなく、その体い打撃を与えた。

 

「……へえ? 見えないなら氷川紗夜を傷つけてもいいんだ?」

「違う!」

 

 ウィザードは叫びながら、ウィザーソードガンを開く。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 ウィザーソードガンが魔力詠唱を始める。

 ウィザードは、今の自分が持てる最大の魔法を選び、そこに読み込ませた。

 

『グラビティ プリーズ』

 

 最大の重力を、ウィザーソードガンの刃を支配する。黄色の魔力が、銀の刃に幾重にも重なっていく。

 

「紗夜さんをこれで……引き戻す!」

 

 ウィザードはそのまま、トレギアの肩へ斬り込む。

 重力によって、トレギアの体内は滅茶苦茶に捻じ曲がる。その中で、紗夜を引っ張り出そうとしたが。

 

「そんなもの……無駄だ!」

 

 トレギアの雷が、全てを一蹴した。

 吹き飛ばされたウィザードは、なんとか膝を折らずに立ち尽くす。

 

「手段がないからって、物理的に私から氷川紗夜を引っ張り出そう? そんな手段が通じる相手だと思ったのかい?」

 

 トレギアはほくそ笑む。

 

「だったら……無力を知って絶望するんだね」

 

 さらに発せられるトレラアルティガイザー。

 土の防壁をやすやすと破壊し、ウィザードを大きく吹き飛ばした。

 

「がっ!」

 

 トパーズの面の下で吐血するウィザード。

 せせら笑いながら、トレギアは一歩、また一歩と近づいてくる。

 

「諦めたまえ。今の君には、もう彼女は救えない。このままここで氷川紗夜の精神が消えていくのを見届けるがいい」

『日菜……!』

 

 何度も現れては消えてを繰り返す紗夜の幻影。それは、目に入るたびに、ウィザードの動きと判断を鈍らせていく。

 だが。

 

「きっと……まだ、可能性は……!」

 

___今は氷川紗夜の心は完全に封印している。彼女の意識はもうないよ___

 

「っ!」

 

 さっき、通路でトレギアはそう言った。

 

「もしかして……」

 

 一縷の望みにかけて、ウィザードはその指輪を取り出した。

 ウィザードの顔が描かれた、黄色の指輪。見滝原に来てからまだ一度も使っていないその指輪を、ウィザードはぎゅっと握りしめる。

 だが、トレギアは一切警戒の様子を見せない。

 

「何を企んでいるかは知らないが、君にはその手段を用いることはできないよ。このままここで潰えるのだから」

 

 トレギアの言葉を合図に、二体のヒューマノイドが襲ってくる。

 ウィザードは応戦するが、度重なる連戦による疲れもあり、いとも簡単に追い詰められていく。

 ファウストの光弾、メフィストの熱線。その二つにより、ウィザードの体から火花が散る。

 

「さあ……! 絶望しろ。そしてそのまま……消え去れ」

 

 トレギアが再び、トレラアルティガイザーの発射体勢に入る。

 もうダメだ、とウィザードが面の下の目を閉じた時。

 

「まだだ! 俺たちは諦めない! この戦いを、終わらせるまでは!」

 

 突然割り込んできた、強い声。

 同時に、散らばったガラスの破片より、それは飛び出した。

 巨大な銀の機械。前輪に一つ、後輪に二つのタイヤを持った巨大なバイクで、それは三体の闇のヒューマノイドを跳ね飛ばし、ウィザードの前に止まる。

 

「え?」

 

 いきなりの世界観に似合わないマシンの登場に、ウィザードは言葉を失う。

 やがて、そのマシンが開く。

 ガラス製のキャノピーが持ち上がっていき、その内側より赤が現れる。

 見覚えのある鉄仮面。龍騎の姿がそこにはあった。

 

「ミラーワールドから探し回ったぜ。大丈夫か? ハルト」

「あ、うん……」

 

 ウィザードへ手を差し伸べる龍騎。ウィザードは頷いて、その手を取った。

 

「ライダー……とんだ邪魔をしてくれる……!」

「へへっ! どんなもんだい!」

 

 龍騎は鼻をこすりながら肩を鳴らす。

 

「お前みたいな悪い奴はな! 徹底的に懲らしめてやんなきゃダメなんだよ!」

「わ、悪い奴って……」

 

 ぐうの音も出ないほどの正直な感想に、ウィザードは脱力した。

 

「でも、アイツの中には紗夜さんが」

「分かってる! 何とか助けるんだろ? 方法はまだ分からないけど、とにかく探す!」

 

 龍騎はそう言って、ベルトのカードデッキからカードを引き抜いた。

 赤い背景に、刀身が曲がった剣が描かれたそのカードを、左手の龍召機甲ドラグバイザーへ装填する。

 

『ソードベント』

 

 焼け落ちる会場に響く龍の咆哮。

 天空を舞うドラグレッダーの尾が、光を帯びて同じ形の剣として龍騎の手に収まる。

 龍騎はその剣、ドラグセイバーをトレギアたちに向けた。

 

「それに、お前だったらもう、なんかアイデアあるんじゃねえの?」

「!」

 

 その言葉にウィザードは口を噤んだ。

 龍騎は続ける。

 

「っしゃあ! お前が動くための隙ぐらい、俺が作ってやる! だからハルト、お前は、自分を信じろ!」

 

 龍騎はそう言って、一人、三体の敵へ走っていった。



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無双龍

『ウォーター プリーズ スイ~スイ~スイ~スイ~』

 

 土から水へ。

 さらにウィザードは、ソードガンをの手を開いて、魔法も追加する。

 

『コピー プリーズ』

 

 魔法により複製した、合計二本のウィザーソードガン。ウィザードはそれで、敵へ立ち向かう。

 ファウストの両腕の間に、赤黒い雷光が行き交う。

 それを圧縮するように向けることで、それは放たれる。

 ウィザードと龍騎はそれぞれジャンプでそれを避ける。座席を吹き飛ばしながら炸裂するその風を受けて、ウィザードはトレギアへ突っ込む。

 

「おいおい……まさか無策じゃないだろうな? 何をするつもりなのかな?」

「さあ? 俺の大道芸はいつも、最後までお楽しみなんだよね」

 

 軽口を叩きながら、ウィザードは攻め入る。

 鼻を鳴らしたトレギアは、その攻撃をいなす。やがて、ウィザードとトレギアは、龍騎と二体の闇のヒューマノイドからどんどん離れていく。

 

「一度は心が折れたのに、君もよく頑張るねえ」

 

 トレギアの手は、適当に振るわれているように見えて、的確な防御。そして、回り込んでからの足蹴りで、ウィザードのバランスも崩される。

 

「だったら……!」

 

 水のウィザードの特徴である、膨大な魔力量。それは、他の形態では不可能な発動魔法の不一致も可能とする。

 

『『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』』

 

 二つのウィザーソードガンに、二つの宝石を読み込ませた。

 

『ウォーター スラッシュストライク』

『ハリケーン スラッシュストライク』

 

 水と風が、二本のウィザーソードガンの間で入り混じる。やがて暴風となったそれを、トレギアへ放つ。

 

「いい手品だ。だが、そんなもの通じはしないよ」

 

 トレギアは冷笑とともに、黒い雷を放つ。

 ウィザードが二つの属性を混ぜ合わせて作った攻撃は、闇の一撃の前にあっさりと消滅した。

 

「ほら? もうネタ切れかい?」

「まだ分からないよ……! 真司! ドラグレッダーを!」

『アドベント』

 

 ウィザードの声に、真司はカードで返した。

 召喚されたドラグレッダーは、トレギアへ向かって突進する。

 

「邪魔だな」

 

 トレギアは飛び退くことで、烈火龍の攻撃を回避。

 そのまま流れるように動くドラグレッダーは、ウィザードの前を通り過ぎていく。

 

「よし!」

『エクステンド プリーズ』

 

 ウィザードは、ドラグレッダーが通過する進路上に、魔法陣を発生させる。

 伸縮の魔法により、ドラグレッダーの体がより柔軟なものになる。

 さらに、ウィザードは続ける。

 

「ドラグレッダー! 少しの間だけ、俺に従ってくれ!」

「_____________________」

 

 だが、ドラグレッダーの返答は拒否。それを証明するかのごとく、ドラグレッダーはその尾の刃で、ウィザードを斬りつけた。

 

「うわっ!」

 

 切り払われる客席を見て、ウィザードは冷や汗をかく。

 

「おっかないなこれ……ドラグレッダー!」

「____________!」

「頼むよ! 一緒にドラゴンライダーキックした仲でしょ!?」

「____________!」

 

 だが、ドラグレッダーは吠える。明らかにウィザードへの友好関係は築けていない。

 

「うわっ! もしかして、今の俺が火属性じゃなくて水属性だから嫌がられてるの!?」

 

 ドラゴンの言葉など分かるわけなどない。

 ドラグレッダーは、ウィザードに対して敵意の眼差しを向けている。

 

 

「あっはははは! 傑作じゃないか」

 

 その様子を見て、トレギアが肩を震わせた。

 

「まさか、サーヴァントの飼い慣らしが出来ていないのかい? それでよく氷川紗夜を助けると大見得を切ったものだ」

「ドラグレッダー!」

「_____________!」

 

 ウィザードの声に、ドラグレッダーは従わない。

 むしろ火炎を吐き、ウィザードをトレギアごと攻撃してくる。

 

「っ!」

 

 ドラグレッダーがいるかいないかで、ウィザードの考えの成功率が大きく変わってくる。

 どうすればいいのかと思案する中で、声が聞こえてきた。

 

「ドラグレッダー!」

 

 それは、龍騎の声。

 ファウスト、メフィストと戦いながらも、ドラグレッダーの主は、必死にドラグレッダーへ懇願した。

 

「頼む! ハルトに従ってくれ! 俺は人を守るために戦いたいんだ! ハルトも、俺と気持ちは同じだ!」

 

 すると、ドラグレッダーは吠えない。

 悩むかのように、顔を下ろした。

 

「ドラグレッダー?」

「ドラグレッダー! 俺たちは、前の世界で、世界を救えなかった!」

 

 メフィストの爪をドラグセイバーで受け流し、返しにドラグクローで殴りつける。その攻防を繰り広げながら、龍騎は叫んだ。

 

「お前がそれを望んでいたのか、俺には分かんねえ! お前はただ俺に従っていただけなのかもしれねえし、お前が心の底だったら嫌だったのかもしれねえ!」

 

 ファウストが、背後から回り、龍騎の首を絞めつける。苦しみ、そこから全身へダメージを受けながらも、真司は叫ぶ。

 

「お前が望むなら、この戦いが終わったら俺を喰ってもいい! だから、今だけはハルトに協力してくれ! 俺は人を守るためにライダーになったんだ! お前も、今だけはその気持ちを持って欲しいんだ!」

 

 ドラグレッダーは、龍騎を、そしてウィザードを見比べる。

 しばらく顔を落とした後、吠えた。

 そして。

 

「ありがとう……! ドラグレッダー!」

 

 ドラグレッダーは、ウィザードと並び立つ。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「ドラグレッダー……行くよ!」

『フレイム プリーズ ヒーヒーヒー』

 

 ウィザードは息巻いて、サファイアの指輪をルビーと入れ替える。ドラグレッダーと同じく、火のエレメントを持つ魔法陣が、水のウィザードを火に書き換えていく。

 

「そんな中途半端な姿で、一体何をする気だい?」

「決まってるだろ……紗夜さんを助けるんだよ!」

 

 結局何がドラグレッダーの心を変えたのかは分からない。

 だが、その代償が何であろうと___例え命だったとしてもかまわない。

 今だけは協力してくれるなら。

 ドラグレッダーは、その長い胴体を駆使して、トレギアへ攻撃しようとする。

 

「小賢しい!」

 

 トレギアは爪で空間を引き裂き、その衝撃波でドラグレッダーを攻撃する。胴体から火花を散らしながらも、ドラグレッダーは再び宙へ躍り出て、トレギアへ挑む。

 しかも今度は、ウィザードもいる。

 対となるウィザーソードガンが、トレギアへ牙をむく。

 

「だが、君では私には遠く及ばない。自分でも分かっているんじゃないのか?」

「どうかな? まだ分からないよ!」

『ルパッチマジックタッチ ゴー』

 

 ウィザードライバーを待機状態にし、さらに魔法を発動。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 会場の地面を払いのけるように、ウィザードの手が那ぐ。

 当然トレギアは上空へ避けるが、そこにはドラグレッダーが待ち受けていた。

 咆哮とともに頭突きをするドラグレッダー。だが、大したダメージもなく、トレギアは電撃で炎の龍を迎え撃つ。

 だが。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 炎の龍の前に、火でできた壁が現れる。

 ドラグレッダーを守り、また壁を突き抜けたドラグレッダーへ炎の力を追加する。

 

「何!?」

 

 トレギアが驚く間もなく、ドラグレッダーの肉体がトレギアへ激突した。

 さすがのトレギアも、ミラーモンスター屈指の強さを誇るドラグレッダーには無傷ではいられない。

 一瞬の機動力の低下。そして、それこそがウィザードが狙っていたものだった。

 

「ドラグレッダー! トレギアの動きを止めてくれ!」

「_________!」

 

 ウィザードの合図とともに、ドラグレッダーが動く。

 伸縮の魔法を受けているドラグレッダーの胴体は、普段以上に長く、そしてしなやか。

 トレギアの体を拘束し、動けなくする。

 

「何!?」

 

 そして、この状況こそが、ウィザードが待ち望んでいたもの。

 わずかに拘束されていないトレギアの右手を掴み、中指に切り札の指輪を嵌め込む。

 

「何を……?」

 

 トレギアが疑問を抱くよりも先に、ウィザードはトレギアの中指に付けた指輪を読み込ませた。

 トレギアに魔法を使うための指輪。

 それは、これまで聖杯戦争で一度も使ったことがない魔法。

 

『エンゲージ プリーズ』

「これは……ッ!」

「よし! 成功だ!」

 

 トレギアの体に、魔法陣が発生する。

 それは、相手の精神___心の世界に入り込むための魔法。

 本来は、絶望したゲートと呼ばれる人間を助けるための魔法だが、今回はトレギア……正確には、その体である紗夜の心に入るための魔法となっている。

 

「紗夜さん……! 今助ける!」

 

 ウィザードはそう言って、魔法陣へ駆け込む。

 だが。

 

「させるか!」

 

 寸前で、トレギアが叫ぶ。

 初めて聞いた、トレギアの尖った声。それは、黒い雷として帰って来た。

 トレギア自身ごと、黒い雷の洗礼を浴びる。ドラグレッダーの拘束を解きながら、ウィザードの接近も妨害したのだ。

 

「ぐあっ!」

 

 まさか、抵抗できるとは思わなかった。

 ウィザードの上に振って来た無数の客席。それは、ウィザードを動かさまいと、下半身を完全に固めてしまった。

 

「まずい……!」

 

 魔力が安定しない。

 トレギアにかけたエンゲージの魔法が解かれつつある。

 このままでは、紗夜の心に入れなくなる。

 その時。

 

「これ……ッ!」

 

 ウィザードにも聞き覚えのある声。

 何で逃げなかった。そう、思ってしまう。

 ココアが、ウィザードが倒れている客席の山の、ほんの反対側にいる。

 戦っている内に、逆にココアに近づいてしまったようだ。

 

「ココアちゃん……!? なんで……」

「あれって……紗夜ちゃん……!?」

 

 瓦礫の山のせいで、ココアからウィザードは見えていないようだ。彼女はただ、トレギアの顔に浮かび上がる紗夜の幻影を凝視している。

 

『保登……さん……!』

 

 トレギアの顔に、紗夜の姿が浮かび上がっては消える。

 

「もしかして、紗夜ちゃん、あの悪い人に囚われているの?」

「理解力高いな……じゃなくて、ココアちゃん! 行かないで!」

「紗夜ちゃん!」

「ダメだ! 危ない!」

 

 飛び出そうとするココアを、ウィザードは抑えようとする。

 だがココアに、動けないウィザードの手が届くはずもない。

 ウィザードが止める間もなく、ココアの体は、エンゲージの魔法陣へ突っ込んでいった。

 やがて、魔法陣の消滅とともに、ココアの姿は、トレギアの中へ消えていった。



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転んでもいいよ また立ち上がればいい

学校、病院、ドーム……
次はどこを壊せばいいのだろう?(怪獣並感)


「うわあああああああああああああ!」

 

 闇の中、感じたことのない浮遊感がココアを襲う。闇の中に落下していきながら、やがてココアの前に、紗夜の姿が現れる。

 

「紗夜ちゃん!」

 

 頭を抱えながらしゃがみ込んでいる紗夜。不思議なことに、彼女に近づくにつれて、どんどん落下速度が遅くなっていく。やがて紗夜と並んだときには、地上にいるかのようにココアの体は静止していた。

 

「おっとと……」

「保登さん……」

 

 重い顔を上げた紗夜。

 左目が、腫れどころではないほど深紅に染まっており、まだ普通の目の状態である右目からは涙が止まらなかった。

 ココアは、掴んだ肩から、紗夜を立たせた。

 

「大丈夫? 紗夜ちゃん。なんか、すごい薄暗いところだねここ」

 

 ココアは、周囲の風景を見渡しながら言った。

 一面の暗い闇の帳が支配する世界。居心地の悪さを感じながら、ココアは蹲る紗夜のそばにしゃがんだ。

 

「紗夜ちゃん、大丈夫? あの悪い人に乗っ取られちゃってるよ? 早く逃げよう?」

「……」

「紗夜ちゃん?」

 

 紗夜に反応がない。

 まるで落ち込んだ子供のように、紗夜は動かない。

 

「紗夜ちゃん! 紗夜ちゃんってば!」

 

 その肩を何度か揺らしていると、やがて紗夜はココアを突き飛ばした。

 

「放っておいてください! 私なんて……」

「紗夜ちゃん?」

 

 ヒステリー気味に叫ぶ紗夜は、しゃがんだまま姿勢をずらす。

 ココアは紗夜の顔に回り込んだ。

 

「紗夜ちゃん、どうしたの?」

「私は……日菜の破滅を願ってしまった……私なんて、このままこの悪魔に囚われたまま消えてしまえばいいのよ!」

「紗夜ちゃん!」

 

 だが、紗夜の叫びは止まらない。しゃがんだ姿勢を崩し、自らの右手___ココアには全く知る由もない、刺青のように刻まれた紋様をかきむしる。

 

「日菜を妬んだからよ……! だからきっと、神様はこんなものを私に入れたのよ……! これは全部罰よ、ええそうに決まってる!」

 

 ココアが知っている紗夜は、あくまで学校での彼女。だが、こんなに取り乱す紗夜の姿を見て、ココアも直視し辛くなっていった。

 

「私は、日菜に負け続けていればよかったのよ! 越えたいとも、勝ちたいとも思わずに! そうすれば、こんなことにならなかった……日菜を苦しめることも、見滝原を壊すことも! 全部全部、私が悪いのよ!」

「それは違うよ!」

 

 ココアは怒鳴って、紗夜を立たせる。彼女の肩をがっしりと掴み、顔を迫らせた。

 

「紗夜さんの気持ちは、こんなものなの!? 紗夜ちゃんが、日菜ちゃんを乗り越えようって気持ちは、こんなものに負ける程度のものなの!?」

「保登さん……」

「姉妹間のコンプレックスなんて、誰だってある! 心に闇を持つことだって、当たり前だよ! だけど、その苦しみと逃げずに向き合うことが、何よりも大切なんだよ! それでどんな結論になったとしても……!」

「向き合う相手は分かってる……でも……そんなこと……」

「私が知ってる紗夜ちゃんは、いつも堂々としてて、正しいよ? そんな紗夜ちゃんが、こんなところにいるなんて絶対に間違ってるよ!」

 

 その言葉が契機となったのか。

 紗夜の精神世界である闇の中に、冷たさが支配した。

 冷たさをもたらす物は、徐々にその量を増していく。

 それが雨であることを理解したのは、頬の水滴を拭ってからだった。

 

「私は……! 正しくなんてない……! あなたさえ……あなたさえいなければ……! 何度も何度もそう思って……」

「千回負けたって、千一回目に勝てばいいんだよ。姉妹って、そうやって強くなっていくんじゃないかな?」

「え?」

 

 紗夜が顔を上げた。雨に濡れ切った紗夜の髪が、顔にべったりと張り付いている。

 水滴を垂らしながら、ココアは穏やかな表情で続けた。

 

「私は、お姉ちゃんに勝ったことがないの」

 

 ココアの背後に、姉の姿が思い起こされる。

 寒さの震えもあって、紗夜の肩を握る手に力が入った。

 

「勉強も、遊びも。この前の公園でだって、私負けちゃったの覚えてる?」

「……保登さんも、私と同じ……?」

「うん。でも、その度に思うんだ。どうすればよかったのか。どうすれば、もっと上手くなれるのか。負けたって、人のせいにすることは簡単だよ。お姉ちゃんのせい、日菜ちゃんのせいに出来ると思うよ。でも、それじゃあいけないんじゃないかな? それじゃあずっと、自分で自分を苦しめるだけだよ」

「……」

「人のせいにしたって、何も変わらないよ。自分がいけないってことを受け入れて、歯を食いしばって思い切り頑張り続けないとね」

「それが……」

 

紗夜の叫びが、悲鳴となる。

 

「それができないから、苦しいんじゃない! 今の私は、この闇が怖い……日菜が怖い……」

「それは分かるよ。でも、怖がっているだけじゃ進めないよ」

「私は、保登さんみたいに強くない……何でも笑って受け入れることなんて……」

「悔しい時まで笑えなんて、私にも言えないよ。ただ」

 

 ココアは大きく息を吸い込んだ。

 

「諦めないで」

 

 ココアがそれを言った時、紗夜の懐に、ほんのわずかな光が灯る。

 

「でも……」

「足踏みしているだけじゃ進めないし、日菜ちゃんがどうこうなるのを待っていたって仕方ないよ。転んでもいいよ。また立ち上がればいい。ただそれさえできれば、きっと大丈夫!」

 

 そう言って、ココアは紗夜に手を差し伸べた。

 

「だから……こんな闇の中からは、もう出よう」

 

 しばらくその手を見下ろしていた紗夜は、やがて。

 

「……はい」

 

 

 

「氷川紗夜! 貴様あああああああああ!」

 

 トレギアの呪う声が聞こえてくる。

 

「何だ……?」

 

 瓦礫から何とか抜け出せたウィザードは、そんなトレギアの様子をじっと見守っていた。

 何かに突き動かされるように、トレギアの体が波打つ。やがて、その背中に光が走り始める。

 

「あれは……!?」

「ふざけるなあああああああああああ! たかが地球人ごときに、この私がああああ……!」

「もしかして……今なら!」

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 半信半疑のまま、ウィザードはウィザーソードガンを起動させる。ルビーの指輪を読み込ませ、炎を迸らせる。

 

『フレイム スラッシュストライク ヒーヒーヒーヒー』

「頼む……紗夜さん……! 戻ってくれ!」

 

 そうして、走り出す。

 ファウストもメフィストも、龍騎が取り押さえている。スイムスイムもいなければ、キャスターやほむらもやってくる様子もない。

 もう、ウィザードを邪魔する者は誰もいない。

 

「だあああああああああ!」

 

 全く抵抗しないトレギアの体に、スラッシュストライクが命中する。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「戻ってきてくれ! 紗夜さん!」

 

 体内の紗夜を抑えることに必死だったトレギアは、その炎の斬撃を受け、安定させることが出来なくなった。

 炎の斬撃が軌跡を描く。

 振り抜いたトレギアの仮面が外れ、飛んで行く。仮面はすぐにその形を空気中に分解し、白と黒に分かれた服を着たピエロの姿となった。

 そして、トレギアの肉体だったもの。

 闇が抜けた体は、紗夜に。そして、ウィザードの魔法陣の残滓が出口となり、そこからココアが投げ出された。

 

「お、お前は……!」

 

 現れた、トレギアの人間態。ココアと紗夜を抱き留めながら、ウィザードはピエロを睨んだ。

 

「やってくれるね……人間ごときが……」

「まさか、お前が……! お前がトレギアだったのか!」

 

 これまで、何度か見滝原公園でその姿を現した青年。

 ハルトに、ココアに、紗夜に、日菜に接触した、あのピエロだった。

 

「霧……崎……!」

 

 それは、紗夜の言葉。

 ウィザードの肩にしがみつきながらも、彼女は弱々しくトレギアの人間態を睨んでいた。

 霧崎と呼ばれたピエロは、歪めた表情で紗夜を睨み返す。

 

「氷川紗夜……何のつもりだい? 今すぐ私のもとへ戻るんだ。妹に勝つだけの力を、私は君に与えることができる」

「……もう、あなたには騙されない……」

 

 力なく起き上がった紗夜は言い放った。

 

「あなたに唆されたら、私は……永遠に日菜に勝てなくなる……弱気になったまま、黙って下を向いたままになる……」

「いいじゃないか……私がいれば、君はなんの苦労もなく、全ての苦しみから解放されるんだ。さあ、私の元へ……」

「やめて!」

 

 一つ一つの言葉を必死に紡ぐ紗夜の前に、ココアが立ちふさがった。

 

「これ以上、紗夜ちゃんに付きまとわないで! 今紗夜ちゃんは、やっと一歩前に進めた! 紗夜ちゃんの頑張りを、邪魔しないで!」

「……小娘が……」

 

 霧崎は、ギロリとココアを睨み、その腕から黒い雷を発射しようとした。

 だが。

 

『ストライクベント』

「ぐっ!?」

 

 そんな彼の腕に激突する、紅蓮の炎。

 

「何!?」

 

 見れば、二体の闇のヒューマノイドと戦いながら、龍騎がトレギアへドラグクローを向けていた。

 

「へへっ! 悪いな! 外しちまった!」

「真司……!」

 

 再び龍騎は、二体との戦いに戻る。右手にドラグクロー、左手にドラグセイバーを持ち、器用に戦いを展開していく。

 

「ああ……君たちは、本当に私を怒らせてくれる……」

 

 霧崎はプルプルと体を震わせる。

 

「いいだろう……ならば、本気で戦ってあげよう」

 

 そうして、霧崎はそれを取り出した。

 群青色の機械。それを振り、中の機構を展開。目を覆うマスクとなる。

 霧崎はウィザードたちに背を向け、舞台へ向き直る。

 そして。

 

「最後の火ぶたは切って落とされた……幕開けだ」

 

 霧崎は、背中を捩じりながら言った。頭を上からぶら下げ、さかさまになる形でマスク___トレギアアイを自らに被せた。

 その闇の発光により、霧崎の姿が青い渦とともに変わっていく。

 全ての元凶。トレギアに。

 トレギアは肩を震わす。

 

「さあ……行こうか」

 

 ファウスト、メフィストと並ぶトレギアに対し、ウィザードの隣に龍騎が並ぶ。

 

「まだいけるか?」

 

 龍騎が、ウィザードの胸を叩く。

 ウィザードは「ああ」と頷きながら、ソードガンを構える。

 龍騎と互いに拳を突き合わせ、トレギアへ言い放つ。

 

「お前の作る悪夢は、もう……終わりにしよう……!」

「終わらないよ。……永遠に……」

 

 そして放たれる、トレラアルティガイザー。

 足元に着弾するよりも少し早く、ウィザードと龍騎は駆け出した。

 

 

 

「保登さん……」

 

 彼らの戦いを見届けようとするココアの裾を、紗夜は掴んだ。

 驚いたココアは、「何?」と振り返った。

 

「これを……」

 

 紗夜が差し出したのは、以前ココアから借り受けた白いアイテム。日本刀を模した形のそれは、ココアの手に触れると、中心部の緑の宝石が再会を喜ぶように光を放った。

 

「これ……」

「保登さんはこれが何かは分からないようですけど、私ははっきりと見ました。あなたはこれで……」

 

 手に馴染む、白いアイテム。

 紗夜は続ける。

 

「あなたは、変身したんです……!」

 

 何故かはわからない。自覚はないことなのに、なぜかココアには、紗夜の言葉に説得力を感じていた。

 そして、この白いアイテムの名前は……

 

「……エボルトラスター……」

 

 ココアの口が、勝手に動いた。



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モカの目的

「ココア!」

 

 呼びかけられて、ココアは我に返る。

 チノを背負ったモカが、こちらに走り寄って来たところだった。

 

「大丈夫!? なんか、ココア凄いことになってたけど……」

「うん! 大丈夫! それよりお姉ちゃん、紗夜さんを……」

 

 ココアは満身創痍の紗夜に肩を貸して立たせる。

 

「紗夜ちゃん!? 大丈夫? なんか、あの悪い人から出てきたみたいだけど……」

「モカさん……はい」

 

 紗夜は頷く。

 

「お姉ちゃん、私は大丈夫だから、紗夜ちゃんをお願い」

 

 モカから離れながら、ココアはライブ会場を一望した。

 さっきまで、大勢の人々が所狭しと詰まっていた座席は、今や自分たちだけ。座席に座っているのは、人々ではなく点々と輝く炎と瓦礫のみ。

 

「……」

 

 ココアは静かに、燃えていく見滝原ドームを見つめ、紗夜から渡されたエボルトラスターを見下ろした。

 

「……どうして、君は私を選んだの?」

 

 無論、白いアイテムであるそれは言葉を発さない。

 緑の宝石が、煌々とした火の輝きに照らされる。

 

「保登さん」

 

 俯くココアへ、紗夜が話しかける。

 

「それは、結局何なんでしょう?」

「分かんないよ。私にも」

 

 ココアは首を振った。

 紗夜を支えるモカは、話の内容が全く分からず、ココアと紗夜を見比べている。

 

「今までは全く分からなかったんだけど、今なら分かる。これはきっと……」

「……ごめんなさい」

 

 その時、紗夜が謝りだした。

 

「紗夜ちゃん?」

「今、こうなってしまったのは、全て私のせいなんです」

「え?」

 

 目が点になるモカ。話の内容が何一つ理解できていないに違いない。

 紗夜は続けた。

 

「全部、私の心の弱さが引き起こしたことなんです。私が、彼の誘惑に乗ってしまったから……」

「誘惑?」

「彼に、私の日菜への気持ちを……妬みを利用されて……」

「さっきも言ったけど、そんなこと、誰だってあるよ。紗夜さんが悪いわけじゃない。悪いのは、全部利用したあの人だよ」

 

 だが紗夜はココアの慰めを一切受け入れない。

 一方、蚊帳の外となっているモカは、ココアと紗夜を次々に見まわして困惑を示している。

 

「どういうこと? ココア、あの人のこと何か知っているの?」

「それは……」

 

 一度だけ。ほんの少しだけ、彼とはすれ違った。

 紗夜とのコンタクトの時、ココアもまた襲われた。あの時は、このアイテムの意思か何かによって救われた。

 今回、ココアは自ら、エボルトラスターを強く握った。

 

「行かなきゃ」

 

 ココアは強く言った。

 顔を上げ、戦場となっている方へ向かう。

 

「待ってココア!」

 

 だが、そんなココアの腕を、モカが掴んだ。

 

「行かなきゃって、どこへ?」

「お姉ちゃん……」

 

 モカは、そのままココアの前に回り、道を塞ぐ。

 

「どいてお姉ちゃん」

「だめ」

 

 ココアの語気は当然のごとく強くなっていくが、モカもまた引けを取らない。

 

「どうしてココアがいかなければならないの!?」

「だって私は……」

 

 ココアはエボルトラスターを見下ろした。

 今の人類では作ることが出来ない、神秘の結晶。それは、ココアを急かすように緑の宝石を点滅させている。

 それを胸に握りながら、ココアは言った。

 

「私にしかできないことがあるから。私がやらなきゃいけないことがあるから!」

「今、ここが危険だってことは、ココアだって分かるでしょ!」

 

 モカが指差すのは、戦場。

 ウィザード、龍騎、トレギア、ファウスト、メフィスト。どれ一つとして名前など知る由もないが、どれが味方なのかは何となく判別がつく。

 

「今の私達は、まずこの会場から逃げ出さないといけないんだよ? きっと外には助けも来ていると思うけど、今は自分たちで……」

 

「ココア」

 

 すると、モカは広げた手を下ろした。

 熱いライブ会場の中、モカだけは、とても冷めているように思えた。

 

「ココア。本当はね。私、ココアを連れ戻しに来たんだよ」

 

 モカのその言葉に、ココアは言葉を失った。

 

「どうして? お姉ちゃん」

「分かるでしょ。今の見滝原は危険すぎるからだよ」

 

 その声色は、どこか冷たく、ココアにのしかかった。

 

「この頃、見滝原には変なことばっかり起こっている。それはココアだって知ってるでしょ?」

「うん……」

 

 モカは、一つずつ、苦しそうに呟いた。

 

「火災、ガス事故、局所的な地震、爆発……見滝原全体で、いつからか謎の事故が起き続けている」

「それは……」

「それに、それは去年の暮れからどんどん酷くなってる」

 

 モカは続ける。

 

「去年の十月。チノちゃんの中学校なんでしょ? 原因不明のあれ」

 

 ココアもよく覚えている。十月のある日、チノが通う見滝原中学が、謎の世界に変貌し、生徒二人が犠牲になった。あの日、帰ってきたときにそれを知り、チノの無事を知るまでココアの寿命が縮んだ。

 

「十一月。アマゾン事件は、この町の病院が発生源でしょ」

 

 それは、チノが入院していた病院からの出来事。そこに設置されている水を飲んだ者が、食人生物、アマゾンへ変貌する。チノもその水を飲んだので、彼女もまた怪物になる危険性があり、実際ラビットハウスでもそれが起こり、窓が破れたのもその時だった。

 

「それに先月。ムー大陸の復活は世界中で騒がれてたけど、その中心にあったのは、やっぱり見滝原だった」

「……」

 

 ココアは否定できなかった。

 超古代の遺産、ムー大陸の浮上そのものは太平洋のどこかだった。

 しかし、世界中を回り、最終的に一番長く滞在し、破壊されたのは、見滝原の上空だったと聞く。

 

「今だって、私たちも巻き込まれた。ここにいたら、いつまた危ない目に遭うか分からないんだよ?」

「私は……」

 

 だが、エボルトラスターの点滅が、収まるどころかより一層激しくなっていく。

 ぎゅっと握り、ココアは口を開く___よりも先に、モカが続けた。

 

「私も、滞在中に何も起こらなかったら、ただの偶然だって思いたかった。私だって、ココアが見滝原に留学することを反対したくない。でも、現実にこうして起こっている。だから、これ以上ココアを危険なところに置いておきたくない! チノちゃんがいるから離れられないって言うのなら、チノちゃんを、ウチにホームステイさせることだってできる! 私が言っていること、分かるでしょ!」

「分かるけど!」

 

 ココアが叫ぶ。

 

「でも! 私は、お姉ちゃんやお母さんが私のことを想ってくれるのと同じように、チノちゃんだけじゃなくて、ラビットハウスの皆も、ここでできた友達も大事なの! だから、私だけ逃げたくない!」

「今のココアに、何が出来ると思ってるの!? ただの子供のココアに!」

 

 どことなく怖がっているようにも見える。

 目に涙を浮かべながら、叫んでいる。

 

「だから……逃げようよ……私と、チノちゃんと一緒に逃げよう……!」

「私は、この町が……見滝原が好き」

 

 ココアはぎゅっとエボルトラスターを握り締めた。神秘の結晶の表面は、大理石のように冷たい。

 

「チノちゃんがいて、ラビットハウスの皆がいて。友達がいて、色んな好きな人たちがいるこの町が好き。私が大好きな町で、皆が泣くのは見たくない。チノちゃんが、紗夜ちゃんが、今泣いているから……!」

「ココア……!? でも、どうしてココアが!?」

 

 ゆっくりと、ココアは紗夜から受け取ったエボルトラスターをモカへ見せつける。

 

「分からない……分からないよ。うん、今になっても、私は何一つ分からない。でも、私には、間違いなくこの場を止められる力がある! だから……!」

「ココア!」

 

 ココアは、モカの手から逃げるように、客席の階段を駆け下りていく。

 

「ごめん。お姉ちゃん……! 私、行かなきゃ!」

「ココア!」

 

 モカの手が届くよりも先に、ココアは燃え盛る客席を駆け下りていった。

 

 

 

「はああ……!」

 

 トレラアルティガイザー。

 青黒い閃光が、ウィザードと龍騎を大きく殴り飛ばす。

 

「ぐっ……」

 

 ギリギリで張った防壁も意味をなさず、ウィザードは痛みを堪える。

 だが、それに全く満足した仕草をみせず、むしろ苛立つようにトレギアは首筋を掻きむしりながら、ウィザードを睨んだ。

 

「本当に……私の楽しみをとことん奪っていく……!」

「その顔をしてくれるだけでも、頑張った甲斐あったよ……」

 

 ウィザードは皮肉を込める。

 

「あああ……全く君は……!」

 

トレギアは両腕の爪を使ったカッター状の光線___トレラムノーを放った。

 

 だが。

 

「何!?」

 

 小さな光線が、トレギアの腕を打つ。トレギアの手からは煙が舞い上り、忌々しそうにその発射口を睨んだ。

甲高い音とともに発射されるそれは、その発射口が徐々に近づいてくる。

 

「ココアちゃん……!?」

「小娘ごときが……!」

 

 そこにいたのは、ココアだった。

 腰が抜けたように震えながらも、その手には銃が握られている。

 白い、宝石が埋め込まれた銃。よく見ればそれは、以前ココアが鞄の中に入れていたものだった。

 

「ココアちゃん……っ!」

 

 ウィザードが叫ぼうとするが、目の前に起こった崩落によりその声は阻まれる。

 だが、崩落の隙間からは、まだココアの姿が見える。

 

「やめて!」

 

トレギア達に向けながら、ココアは叫んだ。

 

「これ以上、私たちのこの町を壊さないで!」

「……これはこれは……」

 

 どこか、トレギアの声には憎々しさが入り混じっているようにも聞こえた。

 

「デュナミスト……たかが偶然選ばれただけで、光の使者を語るか……!」

「な、何言ってるか分からないけど、とにかく見滝原を壊さないで!」

「やめろ……! ココアちゃん! 逃げて!」

 

 ウィザードの姿であるにも関わらず叫ぶ。だが、炎による轟音か、崩落していく見滝原ドームの音か、彼女には聞こえていない。

 

「これ以上やるなら……怖いし……逃げ出したいけど……! 今、何とかできるなら……!」

「消えろ……ノアの残滓ごときが……!」

 

 トレギアがトレラアルティガイザーを放つ。

 だが、雷光がココアに届くよりも先に。

 

「私が……! ()を守れるなら! 私が頑張るよ!」

 

 ココアが引き抜く。

 果たして、トレラアルティガイザーをも飲み込む光に、ウィザード、龍騎、そしてトレギア、ファウストとメフィストは目を覆った。

 そこにいたのは。

 

「ウルトラマン……____!」

 

 トレギアが毒々しく呟く名前。ただ、後半は崩落に混じって聞き取れなかった。

 体のほとんどが銀に包まれる、銀のヒューマノイド、ウルトラマン。

 それは、トレギア達に向け、構えた。

 

 

 

「そっか……」

 

 紗夜とチノ。二人を守るように前に立ちながら、モカは呟いた。

 視線の先にいる、銀の戦士。ココアがあの姿になる一連の姿を、モカは目撃している。

 

「ココアはもう、チノちゃんを守るくらいのお姉ちゃんなんだね……」

 

 嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに。

 

「そんなに大きくなったんだね。そして……逞しくなったんだね」



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-Heroic-

「……ココアちゃん……」

 

 本当に、ココアが銀のヒューマノイド___ウルトラマン何とか(・・・)に変身した。

 その事実に目を丸くしながら、ウルトラマンが少しずつ歩み寄って来る。

 ウルトラマンはウィザードと龍騎を見下ろして、静かに頷いた。

 

「味方になって……くれるのか?」

 

 ウィザードに対する答えは、手だった。

 ライダー組に差し伸べられた手。ウィザードは躊躇うが、それよりも先に「よっしゃ!」と龍騎が手を取った。

 

「だったら、俺たちと一緒に戦おう!」

「真司!? 何を……」

「何心配してんだよ」

「だって、トレギアと同じだろ?」

 

 ココアの体に乗り移り。

 ココアの体で戦い。

 そして何より、トレギアと体の構造が著しく似ている。少なくとも、同族なのだろう。

 

「信用していいのか? コイツとトレギアと、一体何が違うんだ?」

「大丈夫だって。この前公園でだって一緒に戦ったじゃねえか! それに」

 

 龍騎は光の戦士へ、面と向かって言った。

 

「やっぱ、こういうのは助け合いだろ!」

「……」

「俺は、疑うよりも信じてみたい。心配すんな!」

「……」

 

 ウィザードは、しばらく黙る。やがて、ウルトラマンの手を取った。

 

「イライラさせてくれる……!」

 

 トレギアは首を掻きながら、二体の闇へ命令した。

 ファウストとメフィストは、それぞれ駆け出す。

 それを身構えながら、ウィザードはウルトラマンへ言った。

 

「いい? ココアちゃんを傷つけることだけはしないでよ」

 

 ウルトラマンは肯定の意を示す。

 

「よし……じゃあ、行くよ!」

「っしゃあ!」

「________」

 

 ウルトラマンが構え、龍騎がドラグセイバーを振るう。

 二体の闇に対して、ウィザードと龍騎が抑える。そのまま、座席を蹴り飛ばしながら、ウルトラマンから離れていく。

 一方、ウルトラマン。彼の前には、ゆっくりとトレギアが歩み寄っていった。

 

「前回は、君の宿敵たちを差し向けたから……直接手合わせするのは初めてでしたか……お手柔らかに頼むよ」

 

 

 

 ウィザードと龍騎は客席の奥へ。そして、ウルトラマンはステージ側へ走っていく。

 当然、それぞれの敵たちもまた、同じように追随する。

 

 ステージにて、トレギアとウルトラマンは格闘戦を続ける。

 

「_______!」

「はあああああっ!」

 

 ウルトラマン、トレギアの両者は、ともにジャンプし、空中で激突。その勢いは、倒れた機材を押しつぶし、より破壊の跡を刻んでいく。

 やがてウルトラマンを蹴り退けたトレギアは、ウルトラマンの手より放たれた高速の一撃を蹴り飛ばす。

 だが、ウルトラマンにとって、その一撃は攻撃を目的としたものではなかった。

 ウルトラマンのボディが、赤く染まっていく。銀の第一形態(アンファンス)より、深紅の第二形態(ジュネッス)へ。

 そして、その右手が虹色の光を灯していく。

 左腕を交差した後に右手で円を描き、天高く突き上げる。すると、見滝原ドームの全体___紗夜、モカ、チノが入らないように、光のドームが作り上げられていく。

 

「これって、この前の……真司!」

「ああ!」

 

 ウルトラマンの視界の端では、ウィザードと龍騎が二体の闇のヒューマノイドを、逃がさないようにと食い止めている。

 そして、空間を包んでいくウルトラマンの亜空間は、全ての戦闘員たちを、その内部に封じ込めた。

 

 

 

「ここは……」

「以前、あのウルトラマンとやらと一緒に戦った異空間だな」

 

 ウィザードと龍騎は、見滝原ドームから変化した空間を見渡しながら言った。

 常に空がオーロラ混じりの夕焼けに見える世界。足場には、ミニチュアのような砂製の建物が無数に並び、その内部からは光が発せられている。

 

 亜空間(メタフィールド)

 

「俺たちごと……?」

「ここなら、きっと他に被害がないからだろうね」

 

 ウィザードは、上空でトレギアとぶつかり合うウルトラマンを見上げた。

 ウルトラマンは一瞬だけウィザードたちへ視線を投げたが、すぐにトレギアとの戦闘に戻る。どうやら彼は、ファウストとメフィストに関してはこちらに頼るつもりらしい。

 

「本当に……味方なのか……?」

「! おいハルト! 来るぞ!」

 

 龍騎が叫ぶ。彼の言う通り、ファウストとメフィストがこちらへ走ってきていた。

 

「こっちも行くぞ!」

「っしゃあ!」

 

 二度目の気合。龍騎に続いて、ウィザードもまたソードガンを振るう。

 

「だあああ!」

 

 龍騎のパンチと、メフィストの鉤爪が激突。火花が飛び散った。

 

「行け! ハルト!」

「ああ!」

 

 ウィザードは龍騎の肩を伝ってジャンプ。メフィストの上より、ウィザーソードガンを振り下ろす。

 だが、横から入って来たファウストの蹴りがそれを防ぐ。

 

「っ!」

 

 ウィザードは退避とともに回転。腕からの無数の光線を放つファウストの攻撃を回避し、逆にソードガンをガンモードに切り替える。

 無数の銀の発砲だが、それは逆にメフィストのアームドメフィストからの光弾によって防がれてしまった。

 そんなメフィストの背後には、両手に雷を迸らせるファウスト。行き交う雷を極限まで広げ、圧縮して発射。

 

「ハルト、どけ!」

 

 雷鳴がウィザードへ届く前に、龍騎が割り込む。両腕にドラグシールドを装備し、ファウストの攻撃と相殺した。

 

「ぐあっ!」

 

 転がる龍騎。だが、ただで倒れたわけではない。起き上がれながら投げられたドラグセイバーが、メフィストのアームドメフィストを破壊した。

 すると、メフィストの目に怒りが宿る。

 交差した両腕の間に闇が去来し、大きく腕を回すメフィスト。黒い闇が赤く転じ、ウルトラマンとは似たL字型に腕を組む。縦の腕より、赤い光線が発射された。

 

『ストライクベント』

『フレイム シューティングストライク』

 

 それに応じて、ウィザードと龍騎は、ともに遠距離の攻撃を行う。

 ウィザーソードガンの銃口に魔力の炎が溜まり、龍騎の腕に付けられたドラグクローにも炎が宿る。

 同時に、ドラグレッダーもまた、二人を囲むように旋回する。

 昇竜突破(ドラグクローファイア)と、メフィストのダークレイ・シュトロームが激突する。

 

「だああああああああああああああああああああっ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「______________________!」

 

 それぞれの力は均衡。

 やがて、合計三つの力は、亜空間を揺るがす爆発となり、ウィザード、龍騎、ファウスト、メフィストも衝撃波により地面を転がる。

 そして、手放してしまったウィザーソードガンとドラグセイバーが地面に突き刺さる。

 

「真司、大丈夫か?」

「ああ……なんとかな」

 

 ウィザードと龍騎は起き上がりながら、ファウストとメフィストを睨む。

 彼らは、今度こそトドメを刺そうと、再びそれぞれの光線の発射準備に入る。

 もう後先は考えていられない。

 そう考えたウィザードは、地面に突き刺さる二本の剣と敵を見比べる。

 

「真司! これ、借りるよ! トドメ任せた!」

 

 そう言うが速いが、ウィザードは駆け出す。突き刺さったウィザーソードガンとドラグセイバーを抜き取り、ファウストとメフィストへ踊りかかる。

 ウィザーソードガンを回転させながら牽制し、さらに上からドラグセイバーで斬りつける。ファウストの必殺技が龍の斬撃により消滅し、ファウスト自身もまた大きく後退した。

 

「まだまだッ!」

 

 さらに、ウィザードはソードガンの手を開き、ルビーを読み込ませる。

 

『フレイム スラッシュストライク』

 

ウィザーソードガン。そして、ドラグセイバー。ウィザードの体から走った炎の魔力が二本の刃に炎が宿り、ウィザードの剣は、炎の演武となる。

 

「はあああ……ッ!」

 

 コマのように回り、二体へ攻撃したあと、ウィザードは二本の剣を掲げる。

 激昂したメフィストが、格闘技を駆使して攻めてくる。

 だが、右手のウィザーソードガンで彼の拳を防ぎ、左手のドラグセイバーでその胴体を切り裂く。怯んだ隙に、二本の剣で反撃する。

 

「今だ! 真司!」

「っしゃあ……!」

 

すでに龍騎は、カードをカードデッキから引き抜いていた。

 龍騎のカードデッキと同じ紋章が描かれたカード。龍騎はそれを、開いたドラグバイザーに入れ、そのカバーを被せる。

 

『ファイナルベント』

 

 それは、龍騎最強の一撃。

 そのプロセスは、両手を突き上げるところから始まる。

 龍騎の周りを回る龍へ捧げる舞とともに、龍騎が腰を落とした。

 

「はああああ……だっ!」

 

 両足を合わせ、龍騎がドラグレッダーとともに飛び上がる。

 当然、ファウストとメフィストがそれを看過するはずもない。それぞれが攻撃を加えてくる。

 

「邪魔はさせない!」

 

 ウィザードはウィザーソードガンとドラグセイバーを振り回し、闇のヒューマノイドたちの光線を食い止める。炎の演舞が篝火を散らしながら、闇のウルトラマンたちの攻撃を妨害した。

 その間にも、龍騎はすでに遥か上空へ舞昇っていた。体を回転させ、ファウストとメフィストへ右足の蹴りを向けた。

 

「だああああああああああああああああ!」

 

 迫り来る、火龍のミサイル。

 それに対し、ファウストとメフィストは慌てて光線を放つ。だが、すでに万全の状態の必殺技を、二体がかりとはいえ、急ごしらえの技が破れる道理はない。

 さらに、ウィザードが追撃と二本の剣を交差して振る。放たれた炎のエネルギーもまた、ドラゴンライダーキックと同時に命中。

 ファウストとメフィスト。トレギアのよって召喚された闇のウルトラマンは、二つの炎によって爆発。世界を呪う悲鳴とともに、亜空間より消滅した。



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”fight for future”

 ウルトラマンは、トレギアと間合いを保ちながら、静かに歩く。

 一方のトレギアも、両手を腰で組みながら、静かにウルトラマンを見つめていた。

 

「君は……この世界の者か? それとも、私と同じ世界の出身かな? なぜ貴様がここにいる?」

「___光は絆だ。誰かに受け継がれ、再び輝く___」

「……何を言っている?」

 

 ウルトラマンの言葉に首を傾げるトレギア。

 ウルトラマンは続けた。

 

「君は、光を捨てたのか……」

「この世界には、光も闇もない。君たちのような、光の使者を気取るのが気に入らないんだよ……!」

 

 トレギアはそう言って、その爪でウルトラマンへ襲い掛かる。

 ウルトラマンはそれを避け、拳で応戦。

 しばらく、二体のウルトラマンの肉弾戦が続く。

 だが、ぶつかり合うことを好まないトレギアは、離れて鼻を鳴らす。

 

「ならば……はあっ!」

 

 トレラテムノーが放たれる。

 だが、ウルトラマンもそれに対し、即座に対応した。

 

___クロスレイ・シュトローム___

 

 即座に十字に組んだ腕より放たれる光線。それは、トレギアの攻撃と相殺して爆発した。

 それぞれ、両手から様々な光線を発射し、互いを牽制する。だが、両者とも素早く移動しているので、光線はただ、亜空間の砂埃を舞い上がらせる以上の活躍はできていない。

 

「_______」

 

 ウルトラマンは、やがて遠距離ではキリがないとばかりに接近戦を挑む。

 だが、接近戦をトレギアは好まない。

 

「甘いんだよ!」

 

 トレギアが叫ぶとともに、新たな闇が人型となる。

 現れたのは、新たなメフィスト。だが、さっきまで戦っていたメフィストとは違い、黒かった目が禍々しい赤となっていた。

 いうなれば、メフィスト(ツヴァイ)

 

「!」

 

 ウルトラマンの反応が遅れた。

 顔面にツヴァイの拳が炸裂し、大きく体が怯む。

 

「はははは! さあ、彼が君を倒してくれるよ」

 

 トレギアの言葉通り、どんどんツヴァイの攻撃が加わって来る。防戦一方になってきたウルトラマンに、トレギアの目から放たれた赤い光線を避ける余裕はなかった。

 

「_____」

「いい眺めじゃないか……ノアの残滓ごときが」

 

接近戦をツヴァイに任せ、トレギアは両手に雷を溜めて近づいていく。

 まさに今、ウルトラマンを貫こうとする直前。

 

「「させない!」」

 

 ウィザーソードガンとドラグセイバーの刃が、二体の闇のウルトラマンを引き離す。

 

「大丈夫か!?」

 

 並び立つ二人の赤。その内、鉄仮面。龍騎が、ウルトラマンを助け起こす。

 

「全くわらわらと……君たちはすぐに群れる……ゴキブリみたいじゃないか。やれ」

 

 トレギアの命令により、ツヴァイがウィザードたちへ襲い掛かる。

 だが、そのアームドメフィストを受け止めたのは、龍騎だった。

 

「ハルト! コイツは俺が!」

「真司!」

 

 龍騎が、そう言ってツヴァイを奥へ押し込んでいく。

 そのままドラグセイバーとアームドメフィストが何度も金属音を響かせていく。やがて彼の姿が亜空間の岩陰に見えなくなったと同時に、トレギアの毒牙が迫り来る。

 

「ぐっ……!」

 

 その爪をウィザーソードガンで受け止めたウィザードは、そのまま受け流し、蹴り同士の勝負となる。

 

「松菜ハルト……!」

「決着を付けてやる……! トレギア!」

 

 

 

「おりゃああああああああああ!」

 

 龍騎が吠えるとともに、ドラグセイバーがツヴァイの体を二度切り裂く。

 転がったツヴァイは、アームドメフィストより光弾を発射するが、跳び上がる龍騎には当たらない。

 

「もう一丁!」

 

 ドロップキックがツヴァイを押し倒す。

 獣のような唸り声を上げるツヴァイに対し、龍騎は即座にドラグレッダーのカードを切る。

 

『アドベント』

「ドラグレッダー!」

 

 無双龍の咆哮と同時に、長く赤い胴体がツヴァイを薙ぎ倒す。

 

「________」

 

 龍の咆哮。

 龍騎がドラグセイバーを掲げると、龍騎の周囲を旋回するドラグレッダーは、吐いた火炎をドラグセイバーに注いでいく。

 やがて、炎を宿したドラグセイバーを、龍騎は振り上げる。

 すると、激昂したツヴァイが、アームドメフィストとともに龍騎へ攻め入った。

 だが龍騎は、静かに腰を落とし、ツヴァイの到達を待つ。

 やがて、ツヴァイの二本の鉤爪が、龍騎を襲う。しかし、左手のドラグバイザーが、彼の刃を防いだ。

 

「!?」

「だああああああああああ!」

 

 ドラグバイザーの左手でツヴァイを引き寄せ、右手のドラグバイザーで一気に切り抜く。

 そのままの勢いで、龍騎の背後へ転げ落ちていくツヴァイ。

 爆発の前に龍騎が最後に耳にしたのは、ツヴァイの断末魔の悲鳴だけだった。

 

 

 

「はああっ!」

 

 ウィザードが、ソードガンを振る。

 それを避けたトレギアの蹴りで怯むも、そこにさらにウルトラマンが攻撃していく。

 

「数では不利だねえ?」

 

 トレギアはそう言いながらも、ウルトラマンの攻撃を次々と受け流していく。時折反撃の光線で、ウルトラマンとウィザードにダメージを蓄積していく。

 

「だけど、残念だなあ? 君たちでは私に太刀打ちできないようだ」

「まだ分からないよ」

 

 ウィザードはそう言いながら、ベルトを操作し、指輪を使う。

 

『バインド プリーズ』

 

 無数の魔法陣より放たれた鎖。

 だが、トレギアは詰まらなさそうにそれを蹴り飛ばす。

 

「そんなものが、私に効くはずもないだろう?」

 

 トレギアはそう言って、片手から雷を放つ。粉々になっていく鎖たち。

 だが、その裏では、ウルトラマンが両手を合わせ、トレギアへ急速に接近していた。

 

「!」

 

 ウルトラマンの拳が、トレギアの頬に命中する。

 怯んだトレギア。さらに、ウィザードの銃弾も追随する。

 

「ぐっ! こんなもの……!」

 

 トレギアは毒づきながら、トレラテムノーを放つ。十字に刻まれた爪の斬撃を、ウィザードとウルトラマンは同時に左右へ散開して回避。

 

『フレイム シューティングストライク』

___コアインパルス____

 

 二つの遠距離攻撃がトレギアへ向かう。

 だが、トレギアもただではやられない。両手から発したバリアで、それを見事に防いだ。

 

「こんな……聖杯戦争で、私が負けるなどありえない!」

「これは聖杯戦争じゃない。アンタが負けるのは、聖杯戦争にじゃない!」

 

 ウィザードが、ソードガンを投げ捨てながら言い捨てる。

 

「何だと?」

「お前が負けるのは……紗夜さんと日菜ちゃんの絆を弄んだからだ! その絆に負けるんだ!」

 

 その言葉に屈辱を感じたのか、トレギアの顔がプルプルと震えている。

 ウィザードは続ける。

 

「この世界の皆は、誰もが何処かで繋がっている! 心の光で、伝え合う存在がある! それを嘲笑うお前が、俺たちに勝てるわけがないんだ!」

 

 そうしてウィザードは、最後の指輪を右手に入れる。

 ウィザードが持つ、最強の指輪。

 これまでの聖杯戦争の戦いにおいて、いずれの戦局でも少なくない貢献をしてきた魔法。

 ウィザードが、誰かを守るために使う最強の魔法。

 

「また……また、二言目には絆絆……!」

 

 琴線に触れたのか、トレギアは地団駄を踏む。

 

「地球人風情に何が出来る!?」

「出来る! お前を、この戦いを、終わらせることくらいは!」

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 出現した火の魔法陣が、ウィザードの足元に広がる。

 

「はああ……」

 

 魔法陣より供給される炎が渦を巻きながら、ウィザードの右足に集まっていく。

 右足に炎を宿し、ウィザードはトレギアへ駆けだす。両手を足に付け、ストライクウィザードのアクロバティックな動きで上空へ飛び上がった。

 

「はあああああッ!」

 

 トレギアの両手より、トレラアルティガイザーの雷が閃く。

 それはウィザードを迎え撃とうと、雷光の中に五つの赤い目が開く。

が。

 

___オーバーレイ シュトローム___

 

 それよりも先に、ウルトラマンの腕より光線が発射される。それは、トレギアのトレラアルティガイザーと激突する。それぞれがせめぎ合い、やがてウルトラマンに軍配が上がる。

 

「何っ!?」

 

 トレラアルティガイザーが相殺される。両腕が外側へ放り投げられ、無防備になったトレギアの頭上に、ウィザードのストライクウィザードが浮かび上がった。

 

「だあああああああああああああああああああ!」

 

 ウィザードは叫ぶ。

 トレギアの胸に炸裂する蹴り。だが。

 

「まだだ……そんなものでは、私は死なない……!」

 

 トレギアは逆に、右手でウィザードの足を掴む。

 ダメージはあるものの、体に魔法陣の刻印が刻まれるトレギアは、ストライクウィザードに耐えきっていた。

 そして、持ち上げた左手に、黒い雷が宿る。

 だが、止まらない。止められない。

 

「トレギアああああああああああああああああ!」

「ウィザード……!」

 

 両者の力は均衡。炎と闇が、それぞれの背後を彩っていく。

 

「_________」

 

 それは、人ならざる者の声。

 さらに、ウルトラマンの姿が、ストライクウィザードをトレースするようにトレギアへ跳び蹴りを放った。

 

「何!?」

 

 二倍になった蹴りには、トレギアも耐えられず、地へ落ちる。

 

「ココアちゃん……!」

 

 ウルトラマンの顔の裏にココアの気配を感じながら、ウィザードは蹴りに力を込める。

 

「はああああああ!」

「________」

 

 ウィザードとウルトラマンは、そのままトレギアの体を地面に引きずる。やがて、ウィザードたちは同時に力を込める。

 

「だあああああああああああああああああああああああああ!」

「__________________________!」

 

「これが君たちの力か……勉強になったあああ!」

 

 そのまま、亜空間の地面を引きづりながら、やがてトレギアの体は、亜空間を震わすほどの爆発を引き起こした。

 

 

 

 

 消滅していく亜空間。

 向かい合うウィザードとウルトラマン。

 周囲の風景が、徐々に見滝原ドームに戻っていくのに合わせて、ウィザードの姿もハルトのものとなる。

 

「……助かった……ありがとう。……ココアちゃん」

 

 ハルトの言葉に、ウルトラマンはゆっくりと頭を振った。

 やがて、その体が赤い光に包まれていく。

 消滅している彼をじっと見つめ、

 やがてそこには、気を失ったココアが倒れ込んできた。

 

「ココアちゃん!」

 

 倒れていくココアを、ハルトは慌てて受け止める。

 そして。

 

「お疲れ様。……お姉ちゃん」

 

 ハルトは静かに、その頭を撫でた。



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エピローグ -Nexus-

これにて四章完結!
ここまで読んでくれてありがとうございました!

五章は、決まってるセリフの分だけしか本当に決まってないので、この次の登場人物紹介が終わったら少々お待ちください


「ごめん! 遅れた!」

 

 ハルトは息を切らせながら、駅のホームに駆け込んだ。

 見滝原中央駅。複数の電車が往来するターミナル駅であるところのそれは、来るたびにその大きさに圧倒される。何とかココアとモカの姿を見つけたハルトは、そこへ急いだ。

 

「ハルトさん! 遅いよ!」

 

 ココアが口を尖らせた。

 

「もうすぐでお姉ちゃん帰っちゃうところだよ!」

「ごめんね。これ作ってたら遅れちゃって……」

 

 ハルトは、そう言ってココアに手に持った紙袋を見せる。

 

「モカさん、今回はありがとうございました。色々と手伝ってもらって。これ、列車の中でどうぞ」

「ありがとう!」

 

 モカが礼を言って、紙袋を受け取った。

 

「えっと……挨拶に来るの、俺が最後?」

「そうだよ。チノちゃんも可奈美ちゃんも、もう先にラビットハウスに帰っちゃった」

「いや、その二人は帰ってきたから俺が出て来れたんだけど……真司とか」

「もう皆来たよ。コウスケさんと真司さんが、お姉ちゃんの連絡先聞いていったね」

「何やってんだかあの二人は……」

 

 ハルトは頭を抑えた。

 一方、モカは紙袋を胸に抱えた。

 

「ハル君も、ココアと仲良くしてくれてありがとう。ココアもたまには帰ってきなさい。お母さんも待ってるんだから」

 

 すると、少しの間ココアは茫然としていた。一瞬、彼女の目がうるうると震えたようにも見えた。

 だが、ココアはすぐに首を振った。

 

「だって、チノちゃんが寂しがるから」

「それ後で伝えておくからね。ココアちゃんが、チノちゃんが依存しているって言ってたって」

「えっ!? ハルトさん、それはちょっとやめて!」

 

 照れ隠しながらもハルトに懇願するココア。ハルトはほほ笑みながら、続けた。

 

「本当はココアちゃんが寂しいだけだったりして」

「何でそうやって図星当てるの!?」

 

 ココアが悲鳴を上げながら掴みかかる。そんな彼女を制しながら、ハルトは静かに告げた。

 

「モカさん。心配なのは分かりますけど、ココアちゃんはもう、立派なお姉ちゃんですよ」

「ハル君……」

「離れていても、絆がある家族って、とても素晴らしいことだと思いますよ。羨ましいくらいに」

「……ハル君?」

 

 やがて発射アナウンスが、モカとの別れの時間を告げた。

 ココアもモカも、ともに頭上を見上げて、それぞれ名残惜しいという顔をした。

 

「それじゃあ……そろそろ……」

「うん。……お姉ちゃんも、体に気を付けてね」

「ココアもね」

 

 そのまま、電車へ乗ろうとしたモカだが、足を止める。

 彼女はそのままハルトを手招きした。

 

「ハル君、ちょっといい?」

「モカさん?」

 

 近づいたハルトへ、モカは耳打ちした。

 

「ココアを守ってくれてありがとう。宝石のヒーローさん」

「……はい」

 

 

 

 一月も下旬になると、新年にも慣れてくる。

 そんな中、ハルトはその店の前で足を止めた。

 赤いレンガをメインにした、西洋風の建物。見滝原西の木組みの街と呼ばれる地区の入り口付近にある、傷んだ家の隣。

 その店に、ハルトは連れて来られた。

 

「あま……うさぎ……俺?」

 

 日除けテントの上に乗せられた左読みの看板を見ながら、ハルトは顔をしかめた。

 

「違うよハルトさん。甘兎庵(あまうさあん)、だよ! さあ、早く入ろう!」

 

 ココアに背中を押されながら、ハルトはその甘兎庵に入っていった。

 洋風の外観とは真逆に、和風テイストが強い店内。そこへ「いらっしゃいませ~」と応じてきたのは、大和撫子が似合う少女。

 深緑の和服が、より彼女を大人っぽく見せている。

 彼女の名を、ハルトは知っていた。

 

「えっと……千夜(ちや)ちゃん、だったっけ?」

「あら? ラビットハウスさんの新しいお兄さんよね? クリスマス以来かしら?」

「そうだね。松菜ハルトです」

 

 ハルトは会釈を返す。

 すると千夜はにっこりと笑いながら、「どうぞ」とハルトたちを席へ通す。

 

「はい、こちらがお品書きよ」

「ありがとう。……えっと、お品書き……!?」

 

 千夜月

 煌めく三宝珠

 雪原の赤宝石

 

「なんじゃこりゃあああ!?」

 

 独特すぎるメニュー名に頭を痛ませていると、ココアが千夜を呼んだ。

 

「今いい? 今日もういるんだよね?」

「ええ。今日からよ」

「今日?」

 

 ハルトの疑問に、千夜は店の奥へ手を伸ばした。

 

「それでは、新人のご登場!」

 

 千夜の合図で、店の奥から、彼女と同じデザインの着物を着た少女が現れた。

 すらりと伸びた長身、長い髪を後頭部でまとめ、(かんざし)を刺している。

 

「紗夜さん?」

「こんにちは。松菜さん」

 

 そこにいたのは、薄紫の和服に身を包んだ紗夜。名前も知らない花が無数に描かれた和服は、清楚な彼女にはよく似合っている。

 

 何より。

 

 彼女の右手には、もう包帯も令呪もない。

 トレギアが、彼女の持つ魔力を全て吸収していったのだ。よって、今の紗夜は、マスターでもなければゲートでもない。

 

「紗夜さん、結局ここでバイト始めたんだ」

「はい。今日から、住み込みでお世話になります」

 

 紗夜は静かにほほ笑んだ。

 

「日菜と、どうやって向き合うか……まだ分かりませんけど」

「けど?」

「少し……考えてみたいんです。これからの距離の取り方や、私なりの生き方を」

「……そっか……」

 

 ハルトと紗夜の間に、沈黙が流れる。

 ココアと千夜が二人の目線をキョロキョロと見比べており、二人はやがてひそひそと囁き合う。

 

「ねえ、千夜ちゃん千夜ちゃん、紗夜ちゃんって、もしかしてハルトさんと並々ならぬ関係?」

「ダメよココアちゃん。こういう只ならぬ気配を感じる間柄は、部外者が入ってはいけないのよ……!」

「ハイそこ誤解するのやめーい」

 

ハルトのツッコミに、千夜が咳払いをした。

 

「さあ、とうとう甘兎庵にも新人さんが入ったわ! それもあの鬼の風紀委員が! これからビシバシ鍛えていくわよ。あの風紀委員を、この私が顎で使える……なんてすばらしいの!? ああ……楽しみだわ……!」

 

 紗夜の後ろで、千夜が頬に触れながら喜んでいる。彼女の背景にまるで花が咲いているようにも見えてきた。

 

「あはは……でもよかったよ。紗夜さん、色々と」

「はい」

「……また来るね。それじゃあ、また」

 

 ハルトはそう言って、店から出ていく。続いて出たココアに続いて、千夜の「今度はしっかりと食べていって下さいね」という声が聞こえてきた。

 

 

 

「待って下さい、松菜さん」

 

 ラビットハウスへの帰路へ向かうハルトを、紗夜が呼び止めた。

 甘兎庵のままの服装の彼女は、陽の光の元でも美しく見える。

 

「どうしたの?」

「……私……」

 

 少し照れた顔の紗夜は、髪をかき上げる。長い髪を結んだ合間から、右耳が覗いた。

 

「本当にありがとうございました。松菜さんがいなかったら、私は……」

「……あの時君を助けたのは俺じゃない。それに、結局トレギアから離れたのは、紗夜さん自身でしょ?」

「それでも……松菜さんが、私を必死に守ってくれたから。だから……」

 

 紗夜はそう言って、右手を見下ろす。令呪の代わりに彼女の手にある指輪。ハルトが付けた、エンゲージの指輪。

 紗夜は大切そうに、それに左手を乗せた。

 

「もう一度、ギターを始めてみます。日菜のことを、劣等感(コンプレックス)として感じないギターを」

「……そっか」

「そうしたら……聞きに来てくれませんか?」

 

 ハルトは、少し驚いた。

 紗夜は、笑顔を___彼女の本当の笑顔を見るのは、初めてかもしれない___見せた。

 

「私が演奏をもう一度できるようになったら……貴方に聞いてほしいんです。他の誰よりも、一番最初に……」

「うん。分かった。待ってるよ」

 

 

 

「ハルトさん、何を話していたの?」

 

 待っていたココアが、両腕を後ろに組みながら尋ねた。

 ハルトはにっこりとしながら、

 

「紗夜さんが、またギターを始めるんだって。そのこと」

「わあっ! 紗夜ちゃん、ギター弾くんだ! びっくり!」

 

 ココアはそう言いながら、ハルトへ振り返りながら後ろ歩きでラビットハウスへ進んでいく。

 

「紗夜ちゃん、学校だと風紀委員で厳しいイメージがあったから意外だなあ……どんな曲かなあ 楽しみ!」

「その資金のためのバイトでもあるんだろうね。それより、前見ないと危ないよ」

 

 だが、ハルトの心配をよそに、ココアは後ろ向きで軽いステップを踏んでいく。

 

「大丈夫! 私だってお姉ちゃんなんだから、これぐらい簡単にできるところ見せてあげなくちゃ!」

「それを見たチノちゃんが何て言うか甚だ疑問だけどね」

「平気平気!」

 

 だが、そんなココアの余裕は、ラビットハウス近くの橋に差し掛かったところで崩れた。

 彼女の足が、石に躓き。

 

「うわっ!」

「ほら言わんこっちゃない!」

 

 ハルトは慌ててココアの手を摑まえる。

 

「全く……お姉様、もう少ししっかりしてよ」

「え、えへへ……」

 

 ココアは照れ隠しをしながら、頭を掻く。

 

「カッコ悪いところみせちゃった……」

「はいはい。今度はしっかりしてくださいねお姉様」

 

 ハルトはそう言って、今度はココアよりも先を行く。

 

「早く帰ろうよ。チノちゃんも待ってるよ」

「待って」

 

 突然、ココアが橋の真ん中で立ち尽くしている。

 冬終わりの青空を、じっと見上げている。

 

「どうしたの?」

「うん。ちょっと……」

 

 そう言いながら、ココアはポケットからそれを取り出した。

 

「何だろう? これに、呼ばれたような……」

「それは……!」

 

 ウルトラマンになるための、白いアイテム。エボルトラスターの名をもつそれは、ひと際の光を放つと同時に、砂のように消えていった。

 

「……!」

「あ」

 

 ハルトが目を大きく見開くのに対し、ココアの反応はごく小さなものだった。

 薄れていくエボルトラスターの粒子を見送りながら、ココアは呟く。

 

「どうして……私が選ばれたんだろう?」

「……さあね」

 

 ハルトも、静かに橋の手すりによりかかった。

 

「でも、何だったんだろうね? あれ」

 

 結局、トレギアが巻き起こした事件で、ハルトは大きな貢献はできなかった。

 スイムスイムを救うのには間に合わず、闇に囚われた紗夜を助けたのはココアだった。トレギアを倒したのも、ウルトラマンの協力がなければ不可能だった。

 

「……もう少し、あの人のこと、知りたかったな」

「そうだね。私も……最後の時だけしか、あの人のことが分からないんだ」

 

 ココアが空から目を離さずに言った。

 

「でも……何でかな。一つだけ、ハルトさんに伝えてほしいって……言われた気がするんだ」

 

 もうすぐ春になろうとする空は、まだ冷えるためか、彼女の吐く息が白い。

 

「俺に?」

「……『諦めるな』」

 

 ココアの小さな声が、ハルトの耳に残った。

 

「名前。何ていうのかな」

 

 ハルトの問いに、ココアは「そうだね」と川を見下ろす。

 そして。

 誰かに聞いたのか、それともあのウルトラマンから直接言われたのか。

 ココアの口が、いつの間にか動いていた。

 

「絆……ネクサス……」

「ネクサス……」

 

 ハルトとココアは、静かに青空を見上げ続けていた。

 

「ココアさん! いつまでそんなところで油を売っているんですか?」

「ハルトさん、今日当番だよね? そろそろ代われる?」

 

 ラビットハウスから出てきた可奈美とチノの言葉が来るまで、二人は動かなかった。

 

 

 

 パソコンの画面が、闇色に染まっていく。

 やがて、画面は水面のように渦を巻き、そこから黒い手が現れた。

 

「やあ。マスター。調子はどうだい?」

 

 手袋のような質感と、指先に突き出る鋭い爪。

 それがトレギアという名前の人物だと、ずいぶん前から知っている。

 

「……どこに行っていたの?」

 

 そう、少女は、トレギアに対して顔を動かすことなく尋ねた。

 彼女の手元には、粘土で作られた人形があり、今まさにその表皮を削っているところだった。

 トレギアはそれを見ると、「へえ……」と息を漏らした。

 

「それは何だい?」

 

 トレギアの質問に対し、少女は少し顔を下げる。かけた眼鏡が、光を反射して白一色に染まる。

 

「新作の怪獣。いいでしょ? この、とくに突き出てる顔とか」

「ふふ……中々の中二病だ」

 

 トレギアはそうほくそ笑みながら、少女の眼鏡、それに映る人形を見つめるのだった。

 

 

 

次回予告

 

「君は……?」

「またわたしを置いていくの?」

「サーヴァント セイバー! 召喚に応じ参上した!」

「さあ、今こそ復活の時だ!」

「中々に芸術的センスしてるじゃねえか。うん」

「オレの中に流れる血が許さないんだよ……お前のような寄生虫を野放しにすることをな!」

「助けて……助けてよ!」

「人だとか人じゃないとか、そんなもの関係ない! 私は、守りたいものを全部守る! それだけの力が、今の私にはある!」




友奈「はい! ということで、めでたく四章終了しました!」
響「わーい!」
コウスケ「お前ら出番少ねえのに楽しそうだな」
友奈「だって」
響「私達」
友奈、響「「主役回もらえたし」」
コウスケ「ちくしょーっ! オリキャラだけどハルトと違って主役じゃねえから担当回回ってくるか分かんねえ! 圧倒的出番貧乏!」
響「でも結局トレギア倒せてないじゃん!」
友奈「これからも出てくるのかな? 手強い宿敵だね……」
コウスケ「皆まで言うな! オレたちでなんとかする! つーわけで、次回もお楽しみに!」


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登場人物紹介 4章終了時点

友奈、響と続いて次の主役は?

可奈美! ……じゃなくてココアにしよう

ココアのアンチキャラは? 最近バンドリハマったからなあ……
紗夜さんだ!

紗夜さんが召喚するにふさわしいサーヴァント……
別に召喚しないのもアリじゃない?

ライダー、戦隊と続いたら、次はウルトラマンだな。
こういうコンプレックスに付け入りそうなの……
トレギアだ!


そんな感じで四章は出来ました。
それでは、ネタバレ沢山の登場人物紹介です。
四章は、何時にも増して名前が判明が遅かったです

ちなみに、ここで何回か出ているデュナミストとは、ウルトラマンネクサスに変身する人のことです。原作では、複数人が受け継がれる形で変身していました。


オリキャラ

 

「これは聖杯戦争じゃない。アンタが負けるのは、聖杯戦争にじゃない!」

 

・松菜ハルト/仮面ライダーウィザード

 

 主人公。ライダーのマスター。

 モカやココアに振り回されるところが増えた。モカには言及されたが、恋人はいない。

 モカに振り回される他にも、ネクサスに最初に遭遇したり、トレギアと連日戦ったり、紗夜との二人ボートが鬱憤晴らしになったり、出前先でドーム崩壊現場に巻き込まれたりと気苦労が多い。

 スペースビーストでは、ペドレオンと戦った。

 トレギアには、最初から敵意を見せていた。まどかを洗脳した時も、すぐさまその正体に気付けるなど、洞察力がある模様。

 紗夜と話し込んでいるとき、妹について少し言及していたが……?

 

 

 

「オレも乗りたかったあああああああああ!」

 

・多田コウスケ/仮面ライダービースト

 

 見滝原大学の大学生。ランサーのマスター。

 相変わらず、冬にもかかわらず響とテント生活を送っている。

 学期末テストを終えて、ラビットハウスのみんなの会合に合流するが、物色してしまったせいでハルトに恨まれる。

 その後はトレギアが召喚したスペースビースト、特にクトゥーラと戦った。

 

 

 

ご注文はうさぎですか?

 

「絆……ネクサス……」

 

・保登心愛(ココア)

 

 今回のキーパーソン。

 物語序盤にて、ウルトラマンネクサスに選ばれ、デュナミスト(光を継ぐ者)になる。

 姉であるモカが来たことで、姉としての立場が弱まっていく。

 自分がネクサスに変身できることを最後まで理解していなかったが、最終的には自分がネクサスであることを受け入れた。

 これまで一度も姉に勝てていないが、それでもまた立ち上がればいいということを紗夜に伝え、彼女がトレギアの呪縛から逃れるきっかけを作った。その後、最初で最後の自分の意思によるネクサスへの変身を遂げた。

 最後はデュナミストから解放されたため、ネクサスへの変身能力を失った。その際、ネクサスの「諦めるな」という言葉をハルトへ伝えた。

 

 

 

「これ以上ココアを危険なところに置いておきたくない!」

 

・保登モカ

 

 ココアの姉。

 新年ということもあって、ココアに会いに来た。

 ハルトを「ハル君」と呼んだり、チノや可奈美を妹にしてしまったりと、一瞬でラビットハウスを手中に収めた。

 ハルトを恋愛話で弄ったり、コウスケに惚れられたり、真司を骨抜きにしたりとその得意の包容力で男性陣優位に立った。

 また、紗夜にも、姉として色々と伝えた。

 本当は、度重なる見滝原の災害から、ココアを連れ戻しに来た。だが、ネクサスになって戦う彼女を見て、考えを改めた。

 

 

 

「お姉ちゃんのねぼすけ」

 

・香風智乃(チノ)

 

 ラビットハウスの看板娘。

 ココアとモカの二人の、妹を巡る戦いのメインヒロイン(違

 ボートに乗るとき、響と同じボートに乗れてご満悦。

 見滝原ドームでは、瓦礫に巻き込まれて気絶してしまった。

 

・宇治松千夜

 

 甘兎庵の看板娘。

 紗夜が住み込みバイトになることを迎えた。

 ちなみに彼女とココアのクラスには、他にも大宮忍、アリス・カータレット、上条当麻などがいる模様。

 

 

 

Bang Dream!

 

「……信用できません。私には、あなたたちを……誰も……」

 

・氷川紗夜

 

 四章の最重要人物。

 双子の妹である日菜に、劣等感を抱いており、クール系ではなくヒステリー気味になっている。

 三章でムー大陸に連れて行かれたことからも分かる通り、マスターに選ばれてしまっている。願いは「日菜を越えたい」。

 原作とは違い、日菜のコンプレックスに負け、ギターをやめてしまっている。その結果、ロゼリア結成というものも無くなっている。

 風紀委員の仕事をしていたらスイムスイムに狙われたり、可奈美から聖杯戦争の事実を知らされたり、トレギアに気に入られたりと、災難な目に遭うことが多い。

 サーヴァントを召喚する前に、トレギアの手により令呪を書き換えられてしまった。そのため、トレギアのマスターとなってしまい、最後まで召喚することはなかった。

 トレギアに体まで乗っ取られていたが、ハルトのエンゲージと、ココアの決死の救出によりトレギアから離脱。その際、紗夜の体の魔力も全てトレギアが吸収したため、令呪も剥奪された。

 全てが終わった後、日菜から少し離れて、向き合い方を考えることにしたらしく、甘兎庵で住み込みバイトを始めた。

 ギターをまた買い戻すことを目標にしているらしい。

 

 

 

「るんってきた!」

 

・氷川日菜

 

 紗夜の双子の妹にして、アイドルグループ、パステルパレットのメンバー。

 紗夜がまだギターをやっていたころ、彼女の真似からギターを始めて、そのままアイドルグループに加入した。

 原作通りの天才で、手漕ぎボートも少しの練習であっという間に習得してしまった。

 晶の嫉妬を買ってしまったり、紗夜が聖杯戦争に参加する原因になってしまったり、参加者ではないながらも影響力は少なくない。

 見滝原ドームでのライブの際、ハルトの変身を目撃したが、それ以上に紗夜がトレギアへ変身することを見てショックを受ける。

 そのまま逃げたが、紗夜の様子から、無事に逃げきれた模様。

 

 

 

仮面ライダー龍騎

 

「だったら、俺たちと一緒に戦おう!」

 

・城戸真司/仮面ライダー龍騎

 

 ライダーのサーヴァント。

 モカにデレデレになり、ボートではいいところを見せようと奮闘するが、日菜に敗れる。

 その後、異なる位相(ミラーワールド)から攻撃してくるスペースビースト、ゴルゴレムと遭遇。ミラーワールドに飛びこみ、戦うことになる。

 友奈とのセールの待ち合わせのためにラビットハウスに来たら、日菜にタクシー替わりに使われることになるが、それにより見滝原ドームの戦いに巻き込まれた。

 自分を狙った晶を守ったり、ハルトのエンゲージの邪魔を防いだりと、縁の下の力持ちっぷりを発揮した。

 また、ウルティノイドを全て倒している。

 

 

 

刀使ノ巫女

 

「う~ん、そのうち、ね? それより、コーヒー淹れてきま~す」

 

・衛藤可奈美

 

 セイヴァーのマスター。

 ムー大陸で紗夜と出会った縁から、彼女に聖杯戦争のことを伝える。

 戦闘は少なめ。唯一千鳥を抜いた公園でのスペースビースト戦では、主にガルベロスと戦った。

 

 

 

戦姫絶唱シンフォギア

 

「わああい! スコーン! いただきまーす!」

 

・立花響

 

 ランサーのサーヴァント。

 コウスケと相変わらずの野外生活。

 前回のキーアイテムであった三つのオーパーツは、いまだに響の体に眠っているが、変身(トライブオン)出来なくなってしまった模様。

 チノに惚れられているのは変わらず、ボートに乗ったときも、チノにべったりとされていた。

 友奈と二人でトレギアと戦うが、直接対決が多い響にとっては最悪の相性で、トレギアには歯が立たなかった。

 

 

 

結城友奈は勇者である

 

「日菜ちゃん速い速い速い!」

 

・結城友奈

 

 セイヴァーのサーヴァント。

 ボートで日菜に振り回されたり、真司と買い物に行く予定が日菜に乗っ取られたりと、日菜の「るんっ!」の一番の被害者。

 響と手を組んでトレギアと戦ったが、搦め手が多い彼には勝てずに敗れた。

 

 

 

魔法少女まどか☆マギカ

 

「まどかが、誘拐された!」

 

・暁美ほむら

 

 キャスターのマスター。

 まどかを攫ったトレギアを目の敵にするが、戦闘能力では劣るため、太刀打ちできなかった。

 それでも彼を追いまわし、見滝原ドームでも戦い、イズマエルとも戦闘になったが、最終的にはドームに取り残された人々を助けることを優先した。

 

 

 

・鹿目まどか

 

 トレギアに攫われ、洗脳された。

 彼女の体内には、常人とは比にならない因果律があるらしいが果たして……?

 

 

 

『どうして人間は、一時の感情でいつも目的を遠回りしようとするんだい? 全く訳が分からないよ』

 

・キュゥべえ

 

 聖杯戦争の監視役。

 トレギアとも当然内通しており、紗夜がマスターであることを伝えた。

 スイムスイムの死にも立ち会っており、聖杯戦争の舞台である見滝原から出た参加者は即死というルールを伝えた。

 

 

 

???

 

「手応えがなかった。……逃げたか」

 

・???

 

 キャスターのサーヴァント。

 前回のムー大陸の件の時、恐竜のオーパーツの力を入手している。使い勝手がいいのか、大技であるジェノサイドブレイザーを多用している。

 トレギアとも激戦を二度繰り広げたが、お互いを倒すには至らなかった。

 二度目のトレギア戦後は、見滝原ドームに残っている人々を避難させることに尽力した。

 

 

 

Z/X

 

「あの……お会計……」

 

・ソードスナイパー リゲル

 

 ガンナーのサーヴァント。

 鈴音に連れられて、ラビットハウスを訪れた。

 本人は戦うつもりで可奈美を挑発していたが、鈴音の意向で止められた。

 その後、モカの包容力に屈した。どうやら、普段から鈴音に対して気苦労が絶えない様子。

 

 

 

ダーウィンズゲーム

 

「少なくともあなたは、私と敵対はしないことだけは確信が持てました」

 

・柏木鈴音(レイン)

 

 ガンナーのマスター。

 ムー大陸の一件で、リゲルが世話になったと、ラビットハウスを訪れた。

 原作同様、逃げ専。情報収集力があるらしく、可奈美に情報と引き換えの護衛を依頼した。

 返答は保留になったが、少なくとも敵対することはない模様。

 その後は、モカに篭絡された。

 

 

 

WIXOSS

 

「あきらっきー!」

 

・蒼井晶

 

 アヴェンジャーのマスター。

 見滝原高校の生徒でありながら、モデルとしても活躍している。

 普段は温厚な顔をしているが、その本性は残忍。叱られたという一点の理由で、紗夜を学校で殺害しようとした。

 また、普段から日菜に劣等感を感じており、見滝原ドームで日菜がライブする時には堪忍袋の緒が切れ、彼女をスイムスイムに殺させようとした。このような経緯もあり、聖杯戦争の願いは「日菜の破滅」

 だが、スイムスイムが「命を奪って見せろ」と言って、その対象がなぜか自分に向かれてしまった。龍騎の介入によって命は無事だったものの、顔をナイフで斬りつけられてしまった。

 

 

 

魔法少女育成計画

 

「私はこれで、お姫様になる」

 

・スイムスイム/坂凪綾名

 

 アヴェンジャーのサーヴァント。

 これまでも各章で暗躍していたサーヴァントが、今回本格登場。

 マスターである晶の命令で、知ってか知らずか他のマスターである紗夜の命を狙う。だが、運悪く遭遇したウルトラマンネクサスにより得物である槍ルーラーを失った。

 それ以降は、ナイフを武器として使っており、同じく晶の命令により日菜を襲った。だが、またしてもハルト、真司の妨害により失敗する。その際、モノクマによってルーラーを取り戻した。

 だが運が悪いことにトレギアに目を付けられ、聖杯戦争のエリア外へ放り投げられてしまう。見滝原の外に出てはならないという聖杯戦争のルールを故意ではなくとも破ってしまったため、ルールによって命を落とす。

 変身前の坂凪綾名という名前は、作中では明かされなかった。

 槍のルーラーは、原作通り並々ならぬ執着を抱いている。願いは、「お姫様になりたい」。

 

 

 

ウルトラマンタイガ

 

「よき旅の終わり、そして……始まり」

 

ウルトラマントレギア/霧崎

 

 フェイカーのサーヴァント。

 今回のメインヴィラン。人々を自らの糧にすることを厭わない性格。

 最初からハルトへ、敵として接触した。

 その後、まどかを攫って、取り込もうとしていた。彼女が他の人間とは違う特別なものを持っていると見抜いているらしいが……?

 キャスターとまともに戦える数少ない強敵。実際、二度の戦いでも倒れることはなかった。

 ネクサスがいるということもあって、手駒としてスペースビーストを差し向けている。

 

見滝原公園 ノスフェル ペドレオン クトゥーラ ゴルゴレム ガルベロス 

見滝原ドーム イズマエル ダークファウスト ダークメフィスト ダークメフィストⅡ

 

 処刑人のレイを滅ぼし、聖杯戦争のルールの実験台として、スイムスイムを放り投げる。結果、聖杯戦争の舞台である見滝原を出てしまったスイムスイムは命を落としている。

 紗夜がマスターであり、その中にあるコンプレックスを見抜いて、自分のものにしたいと画策する。その後、彼女の令呪を書き換えて、自分のものにした。そのまま彼女を取り込もうとしていたが、ハルトとネクサス、そしてココアにより失敗する。

 「勉強になった」と、断末魔には相応しくない言葉とともに爆発したが果たして……?

 

 

 

???

 

「……どこに行っていたの?」

 

???

 

 フェイカーのマスター。

 少女のようだが……?

 

 

 

・ぼくらの

 

『ったく、戦わねえクソ参加者の対応を任せられるこっちの身にもなりやがれ!』

 

コエムシ

 

 毎度お馴染み聖杯戦争監督役にして苦労人。

 他の参加者を守ることにのみ尽力するライダーペアへ業を煮やして、処刑人のレイを派遣する。

 

 

 

・ダンガンロンパ

 

『はい、アヴェンジャー。君の大事な大事な武器だよ?』

 

モノクマ

 

 不平等当然の監督役。

 ネクサスによって得物を失ったスイムスイムへ、ルーラーを与えた。

 

 

 

・ウルトラマンネクサス

 

「諦めるな」

 

ウルトラマンネクサス

 

 聖杯戦争の部外者である、光の使者。

 光を継ぐ者に憑依していく性質を持つ。

 今回、ココアの体に憑りついて、彼女をデュナミストにした。ココア以外には、変身アイテムであるエボルトラスターを使うことは出来ず、借りた紗夜も変身できなかった。

 当初は、聖杯戦争の真っ只中ということで、ハルトには疑われていたが、だんだんはっきりと味方と思われていった。

 トレギアが召喚したスペースビースト、ノスフェルを倒した。

 その後も、見滝原ドームではトレギアと戦い、ウィザードとともに勝利した。

 最後にココアから分離する際、ハルトへ「諦めるな」と言い残していった。




最初は、ネクサスよろしく、
ココア(ジュネッス)→チノ(ジュネッスブルー)→ハルト(ノア)を原作よろしくやってみようというのもありました。チノの出番がドームだけになりそうなので没にしましたけど。

サーヴァントを召喚しなかったマスターって、公式にはいるのかな?

ネクサスほど名前を隠すキャラは、キャスター以外はないと思います。


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5章
節分フェア


五章開始! いきなり本編スタート!
今回も、是非お楽しみに!


「節分フェア! 始めるよ!」

 

 ある日、そんな声で目が覚めた。

 

「……何? おはよう……」

 

 松菜ハルトは、重い瞼を擦りながら起き上がる。

 朝日が差し込む喫茶店。今日もラビットハウスの朝は静かだったはずなのだが、同居人の保登心愛(ほとココア)に静けさは似合わない。

 

「ほらハルトさん! 起きて起きて!」

「ぐああ……」

 

 寝起き早々、ココアに肩を揺さぶられながら、ハルトは悲鳴を上げた。

 

「起きてって……何?」

 

 重い瞼を擦りながら、ハルトは布団の隣に置いてある腕時計を手に取る。

 まだ日が昇るか昇らないかの時間に、ハルトの目が飛び出した。

 

「まだ朝の六時じゃん! なんでこんな時間に起こしたの?」

「だって、今日は節分だよ! 今からラビットハウスの飾りつけをやるんだよ!」

「節分……?」

 

 そういわれて、ハルトは次にスマホに手を伸ばし、日にちを確認した。時刻の下には、なるほど確かに節分の日と書かれていた。

 

「うん分かった。ラビットハウスとは関係ないねおやすみなさい」

 

 そう言って、ハルトは再び布団にくるまる。ココアはがっしりと布団を掴み、

 

「ハルトさん……起っきろ~~!」

 

 笑顔で布団を剥ぎ取り、窓を開けた。

 窓を開けた途端、見知らぬ世界などありえない。入って来たのは、今のハルトにはナンセンスな二月の寒風。

 すでに着替えてきたココアと違い、布切れ一枚のハルトは、悲鳴を上げた。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!」

 

 ハルトの悲鳴が、ラビットハウスの朝に響いた。

 

 

 

「ハルトさん! おっはよー!」

 

 降りてきたハルトを迎えたのは、元気な少女の声だった。

 ココアよりも年下ながら、この店には彼女と同い年ということで通してある。鍛えた筋肉ながら、その四肢には無駄が一切ない。短く切り揃えた髪と、一部を黒いリボンでまとめている。

 

「おはよう可奈美ちゃん。やっぱり朝早くでも元気だね……」

 

 元気な顔付きの少女、衛藤可奈美(えとうかなみ)は、机の上に大きな紙袋を置きながらほほ笑む。

 

「ハルトさんこそ。こんな時間に起きるなんて珍しいね」

「ココアちゃんに叩き起こされたんだよ……むしろ、俺よりココアちゃんが早起きなことにびっくりだけどね」

 

 ハルトは階段を駆け上がっていったココアの後ろ姿を見ながら呟いた。

 

「いつもは結構寝坊するのに……。そういえば、可奈美ちゃんはいつも早いよね」

「本当は今も朝の鍛錬に行く時間なんだけどね。あ、でも準備が終わったら行くよ。ハルトさんも一緒に行こうよ」

「この後? まあ、仕込みも終わってるし開店時間まで暇だからいいけど……それより、何でココアちゃんこんなに朝早くから?」

「今日から節分フェアやりたいんだって」

「節分ねえ……喫茶店なんだし、雰囲気合わなさそうなもんだけどね」

「そんな固いこと言わないの。こういうお祭りは皆でやるから楽しいんだよ!はい、ハルトさん。これお願い」

「ん?」

 

 言われるがままにハルトが可奈美から受け取ったのは、赤い丸紙だった。中心から上の部分には丸い覗き穴が開いており、頭頂部には二本の角らしきものが生えている。

 

「これって……もしかして……」

「ハルトさん、鬼やってね」

 

 可奈美がにっこりと笑顔で言った。

 

「え? お、俺?」

「こういうのは男性陣がやるって相場が決まってるからね」

「まあ構わないけど……ココアちゃんにもやらせてあげなくていいのかな? ほら、チノちゃんに喜んで豆ぶつけてほしそうじゃない?」

「心配ないよ! お面も一杯あるから! あ、あと、色々飾りつけも今のうちにやっちゃおう?」

 

 可奈美は紙袋から鬼の仮面を両手に持ちながら言った。

 洋風のラビットハウスに和風の鬼ってどうなんだろうかと思いながら、ハルトは可奈美から鬼の仮面を受け取った。

 

「……」

「ハルトさん?」

「折角だし……こうしてみたらどうだろう」

 

 最初の鬼の仮面をつけたハルトは、その角部分にまた鬼の仮面をつけた。

 

「三つ首の鬼」

「うわっ! 祓わなきゃ」

「そう言ってナイフを御刀みたいに人に向けるのは止めなさい!」

「あはははは! 冗談冗談!」

 

 可奈美は手を振りながら言った。

 

「それより、早めに準備しておこうよ。私は飾りつけやるから、ハルトさんは先に顔を洗ってきて」

「……」

「え? ちょっと、ハルトさん? どうしたの?」

「果たして可奈美ちゃんに飾りつけを頼んでいいものかと」

「ちょっとお!」

「だって、君いまでも散らかってるんでしょ? 部屋」

「少しは片付けてるから! ……ほんのちょっとは……?」

 

 結局、反対する可奈美を押し切り、ラビットハウスへ和風のアレンジをするのは、ハルトの仕事になった。

 一方のココアはというと。

 ラビットハウスの看板娘、香風智乃(かふうチノ)を起こそうとして、その寝顔を見てうっとりとしているところを、準備終了後に発見された。

 

 

 

「ラビットハウス! 節分フェアだよ! ウェルカムかもーん!」

 

 ココアのその言葉から、節分フェアは始まった。

 質素な木造喫茶店であるラビットハウスは、あちらこちらに鬼と豆箱の飾りが付けられている。

 自らも鬼のような服装をしながら、入って来た常連客を案内するココア。

 

「あらあら。ココアさん、何だかいかがわしいお店みたいですね」

 

 穏やかな笑顔でとんでもない感想。

 その感想が出てくるのも無理はないと、ハルトは思った。

 頭に角を模した神の筒を乗せるのはまだいい。鬼の仮装をするというのだから、それは自然だろう。

 節分フェアをやりたいとココアが宣言したときから、何となく嫌な予感はしていた。黄色い虎柄の、まさに鬼といった感じの衣装。へそを出した上、上は左肩だけにしかかかっていない。結果、右肩から腕にいたるまでの全体の白い肌が露わになっている。

 しかも、その虎柄は下着を着ていないのか、体形まで外からくっきりと見えてしまう。ラビットハウスに来てから早五か月、彼女は異性の目に無関心すぎではないだろうか。他にも、外寒いのにもし出ることになったらいいのかとか、警察に見つかったらオーナーが怒られるとか、もし男性客が来たらそのまま対応するつもりなのかとか、その他もろもろツッコミたいことが山ほどあった。

そんなココアへの言葉をぐっと飲みこみながら、ハルトはカウンターから声をかける。

 

「いらっしゃいませ、青山さん。いつものでいいですか?」

「お願いしま~す」

 

 そう言いながら席に着く常連客の小説家、青山ブルーマウンテン。おそらくペンネームであるが、本名は聞いたことがなかった。

 青山さんは、ココアをじっと見つめており、「あらあら……」と改めて観察している。

 

「ココアさん、改めて見てもやっぱり凄い衣装ですね……」

 

 しゃがんだ青山さんは、ごく自然にココアのショートパンツの裾を摘まみ上げた。

 思わぬところに露わになったココアの太ももに、ハルトは小さな悲鳴とともに顔をそむけた。

 

「うわわ! 青山さん大胆!」

「少しは嫌がってよ!」

 

 ハルトの注意も、ココアは「えへへ」と受け流す。

 ハルトはそのまま、注意の矛先を続けている青山さんへ向けた。

 

「青山さんも! そういうことは、このお店でやらないでください!」

「ええ?」

「お待たせ!」

 

 だが、ハルトの注意が終わるより先に、ココアと同じ衣装がもう一人現れた。

 

「この服も結構可愛いね! 今日だけは千鳥も持ってくれば、棍棒にも見えてもっと似合うんじゃないかな?」

「……可奈美ちゃんまで来た……」

 

 ハルトはため息をつきながら、同じく鬼の虎柄の服を着たココアを睨んだ。

 

「ハルトさん! どう? この服似合うでしょ?」

 

 可奈美は腰に手を当ててその姿を見せつける。

 ココアと同様、鍛えられた肉体。

 だが、ココアとは違い、本来まだ中学生であるところの彼女は、色々と危ない。ココアと比べて少し褐色になっていたりとか小ぶりな体とかココア以上に無防備だとかで、ハルトは何とか可奈美に服装を戻してもらうように逡巡した。

 

「可奈美ちゃん、似合うのはいいけど、やっぱりこの衣装は目のやり場に困るんだよね」

「どこが?」

 

 ココアと可奈美、二人の鬼は揃って首を傾げた。

 もういっその事ありのままのことを言ってしまおうかと決断するよりも先に、青山さんが割り込んだ。

 

「今日のラビットハウスは最高ですね。このいかがわしさ、フルールにも負けてません」

「「ありがとうございます!」」

「いや喜んでどうするの二人とも!」

「だって、褒められたんだよ? ね? 可奈美ちゃん」

「うん! 誰だって褒められたらうれしいよ」

「オッケー分かった君たちその衣装のまま外出してきなさいついでにそのままチラシ配りでもしてきなさい。俺が何を気にしてるのかがよぉおおおおく分かるから。はい、いつものコーヒーです」

 

 節分フェアの二人に注意ばかりしているせいで完全に忘れていた。

 ハルトは、いつものコーヒーを青山さんの机に置く。

 

「ありがとうございます~」

 

 ニコニコ笑顔で、原稿用紙を取り出す青山さん。職業小説家というところで、しょっちゅうラビットハウスにも来てくれている。

 だが、ハルトがコーヒーを青山さんのテーブルに置いた瞬間、ココアが「違うよ!」と叫んだ。

 

「な、何?」

「今日は節分だよ! お客さんにも、節分なことをやってもらわないと!」

「節分なことってなに? そのいかがわしい衣装で十分じゃないのお姉様」

 

 だが、ココアの暴走は止まらない。

 どこからか豆の箱を取り出したココアは言った。

 

「豆まきやろうよ!」

「良し分かった。可奈美ちゃんもココ……お姉様もそこに並ぼう。俺と青山さんで片っ端から退治してやる」

「さあハルトさん! 鬼は外!」

「何で鬼が豆投げてんの!?」

 

 そう言って、ラビットハウスには豆がまかれ始めた。

 ハルトという鬼一人に対し、豆を投げるのは三人。

 狭いラビットハウスの中だが、そのまま易々と退治されるのは、ハルトにとっても面白くない。

 

「仕方ない……少し本気でやりますか……! 変身!」

 

 ハルトはそう宣言して、頭にかけている鬼の面を顔に下ろす。ぐっと狭くなった視界だが、それでも豆を投げる動作に入った可奈美たちの姿は捉えられる。

 もっとも、ラビットハウスの可動範囲の不自由さが、普段のハルトから動きの半分さえも発揮できなくなっていく。

 結果、ハルトの体にはあれこれと豆をぶつけられ、ハルトは悲鳴とともに退治されることになった。

だんだん、ハルトもそれなりに本気になってくる。

 体を捻らせて豆をよけ、ハリウッド顔負けの身体能力に、ココアと青山さんは拍手を送った。

 

「すごい……ハルトさん、結構動けるんだね」

「そのままやられるのも癪だからね。せっかくだし、鬼側にも豆撒かせてよ。鬼は内、福は外ってね!」

「ハルトさん、完全に鬼になりきってる!」

「よ~し! 青山さん、私たちも頑張ろう! 妹である可奈美ちゃんを守るために!」

「はい!」

 

 ココアの言葉に、青山さんもまた元気に豆を投げる。

 ハルトは机の合間を跳び、逆に飾りつけに置いてある箱と豆袋を取り、逆に投げ返す。

 やがて、ハルト対可奈美、ココア、青山さんの豆の投げ合いが続き、どんどん床に豆が増えていく。

 そして。

 

「何やってるんですか?」

 

 その声で、ラビットハウス全体が凍り付いた。

 見て見れば、ホールにラビットハウスの看板娘が降りてきたところだった。

 試験勉強のため、今日はシフトを外れていた少女。水色の長い髪が特徴の小さな少女、香風智乃(かふうチノ)がジト目でココア、可奈美、そしてハルトを見つめていた。

 

「あ、チノちゃん!」

 

 だが、少なからず不機嫌になっていることに気付かず、チノの自称姉鬼は彼女に近づいた。

 

「今、節分フェアやってるんだ! チノちゃん、私に豆撒いていいよ? ほらほら! 鬼は外って!」

「ココアさん……これは……」

 

 だが、チノは明らかにココアの言葉は耳に入っていない。

 ぷるぷると体を震わせ、ラビットハウス全体に響く大声で___チノちゃん、大声出せるんだ___叫んだ。

 

「しっかり片付けて下さい!」




コウスケ「うっし! 今日の朝飯はコイツだ!」
響「わーい! 海苔巻き! ごはんが美味しい!」
コウスケ「恵方巻な?」
響「バクバクバクバク」
コウスケ「食うの速えな! 今年の方角とか見ねえの?」
響「ん? 何?」食べかけ
コウスケ「あ……響、そういうの気にしない人なのね……しゃーねえ。締まらねえけど、このまま今日のアニメ紹介行くぜ!」



___ここは地獄! 地獄! 素敵な地獄! 地獄、じご、じご、じごくだよ~!___



コウスケ「鬼灯の冷徹!」
響「1期が2014年の1月から4月、2期が2017年の10月から12月と2018年の4月から7月の分割2クールになってるね!」
コウスケ「地獄の鬼たちによる、色々ブラックなコメディだぜ! お役所仕事も大変だなあ……第一話から桃太郎が出てくるように、皆が知るような童話とかの人物も出てくるぜ!」
響「へー、地獄も色々あるんだね。私もちょっと見に行ってみようかな?」
コウスケ「一般的にその発想はあり得ねえと思うがな……ほら、地獄の皆さんも苦労してんだから、無駄な仕事を増やすんじゃねえ!」


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荒魂

 ラビットハウス節分フェア。

 一時間で終了。

 

「企画倒れだったね」

「当たり前だよあんな企画!」

 

 夕方の見滝原を、ハルトと可奈美は歩いていた。

 青山さんが原稿を進めている間、ハルトたちはいそいそと豆の片付けをしていた。可奈美は途中「千鳥持ってきていい?」と冗談なのか本気なのか分からないことを言い出していたが、ゲンコツで制裁した。

 結果、一回豆まきをすると片付けに一時間以上かかることが判明し、フェアは青山さんだけで終了することになってしまった。

 その後、チノからもらったリストの買い足しをすることになったのだ。

 

「でも、ハルトさんだって楽しんでたじゃん」

「いつもの大道芸のノリで、ついはしゃいでしまった……反省してる」

「本当?」

 

 可奈美がハルトの顔を覗き込んで微笑む。

 

「ハルトさんも、またやりたいよね?」

「やりたくない。今回のあれはちょっと理不尽さを感じる」

「ええ?」

 

 可奈美が口を尖らせた。

 

「ハルトさんの芸人気質、久しぶりに見た気がするけどなあ?」

「いつも大道芸とか君の前で見せてるでしょ?」

 

 普段、休みの時は色々な街角で曲芸を行っているハルト。大体練習の時には、可奈美やココア、チノが最初の観客になる。

 

「いやあ、ああいう練習の場ではなくてさ、ハルトさんが本気でやっているところ。ほら、最近トレギアのせいで、あんまりああいうことできなかったじゃない?」

 

 トレギア。その名を彼女が口にした途端、ハルトの顔が沈んだ。

 聖杯戦争。

 この、見滝原で行われる、万能の願望器である聖杯を巡って行われる戦いの儀式。

 ハルト、可奈美をはじめとしたマスターと呼ばれる者たちが、最後の一人になるまで戦うものである。

 ハルトと可奈美は、参加してはいるものの、戦いを止めるために奮闘しており、トレギアとは、その中で出会った最悪の敵だった。

 ハルトたちとある程度の交流を持った、双子の妹へコンプレックスを抱く少女に付け入り、その命、魔力を全て利用しようとしていた。

 そして、そんな戦闘が激化していくと、ハルトにも気分転換となる曲芸の時間も減っていった。

 

「ハルトさん、とっても楽しそうだったよ。あんなハルトさん、クリスマス以来……ううん、初めて会った時以来だったかも」

「そう? ……そうかも……」

 

 ハルトは思い直しながら呟いた。

 これまでの聖杯戦争は、心に余裕などなかった。

 見滝原に来た十月。ハルトの力を奪おうとする中学生が現れた。

 翌月十一月。聖杯戦争の余波は見滝原全域に及び、大勢の一般人が怪物になった。

 年末である十二月。超古代文明、ムー大陸が復活、全世界を滅亡一歩前まで追い込んだ。

 そして先月一月。トレギアというサーヴァントによって、見滝原の象徴ともいえる観光名所、見滝原ドームが破壊された。

 

「そうだよ。なんか、楽しんでいるハルトさんを見て、私もちょっと嬉しかったし」

「……そう」

 

 ハルトは足を止めた。

 

「ハルトさん?」

「俺……楽しんでいたんだ」

「? そう見えたけど……?」

 

 可奈美が首を傾げた。

 

「違うの?」

「いや、その……自分では意外と分からないものだなあって」

 

 ハルトは頬をかいた。

 

「そっか……俺、楽しんでいたんだ……楽しんで……いいのかな……」

「ハルトさん? どうしたの?」

「あ、いや。何でもないよ……」

 

 ハルトはほほ笑んで流そうとする。

 疑問符を浮かべる可奈美の脇を通って先に行こうとするが、その足が止まった。

 

「何か鳴ってない?」

 

 ハルトの言葉に、可奈美は青ざめた。

 

「うそ!? これって……!?」

 

 可奈美はそう言って、ポケットから何かを取り出した。

 小さな丸い、年季の入った道具。

 方位磁石のようにも見えるが、その円筒の中心にあるのは、針ではなくマグマのような液体。それが、まさに磁力に引き寄せられているかのように、特定の方角へその身を押し付けている。

 

「何それ?」

 

 可奈美と一緒に見滝原で過ごしてからそれなりの時間が経過しているが、こんなアイテムは見たことがない。

 そして。

 

 そのアイテムの本来の持ち主が、可奈美ではないことなど、知る由もない。

 

 だが、そんな道具を見下ろした可奈美の顔には、紛れもない緊張の表情が浮かんでいる。

 

「ハルトさん、ゴメン! 私、行かなきゃ!」

「行かなきゃって……可奈美ちゃん!?」

 

 だが、ハルトが止める間もなく、可奈美は背負っているギターケースからピンクの棒を取り出した。

 そのままギターケースをハルトへ投げ渡し「うわっ!」、可奈美はしゃがむ。ハルトが割り込むよりも先に、強化された可奈美の脚力が、彼女の跳躍力を高める。

 あっという間に、可奈美の姿は町の彼方へ見えなくなってしまった。

 

「可奈美ちゃん……どうしたんだろう……?」

 

 ハルトはそう言いながら、腰から銀でできた指輪を取り出す。

 慣れた所作でそれを腰のバックルへ重ねる。

 すると。

 

『コネクト プリーズ』

 

 ベルトから、摩訶不思議な音声が流れた。

 それに伴い、ハルトの傍に大きな魔法陣が現れる。

 炎のように赤いその魔法陣に可奈美のギターケースを放り込み、逆に中へ手を突っ込む。すると、中からハルトのバイク、マシンウィンガーが引っ張り出されてきた。

 

「急がないと、見失うな……!」

 

 ハルトはそう言いながら、アクセルを入れた。

 だが、すでに可奈美の姿は、遠くのビル群の屋上になっていた。

 

 

 

 可奈美に追いついたところが丁度、彼女の目的地だったようだ。

 そこは、普通の商店街。既に人々は避難し、ほとんど人影はない。

 

「あれは……!?」

 

 そんな道路でマシンウィンガーから降りたハルトは、可奈美の隣に並び、彼女が目指してきたものを見て愕然とする。

 それは、巨大なムカデの怪物。

 まるで龍のように長い胴体だが、その左右に無数の節足が連なっているから、ムカデで間違いないだろう。だが、その口は脊椎動物のように上下に分かれており、その体内から同じくマグマのような体液があふれ出ている。

 

「可奈美ちゃん!」

「下がっててハルトさん!」

 

 可奈美はそう言いながら、手に持った棒のカバーを抜く。

 すると、それが日本刀の鞘だったことを証明する。彼女の手には、日本刀(御刀)千鳥(ちどり)が姿を現した。

 

「あれは、荒魂(あらだま)! 私達刀使(とじ)が戦ってる相手だよ!」

「ああ、そういえば旅しているときも何回か見かけたことあったっけ……?」

 

 そう言っている内に、可奈美が千鳥を構える。同時に、彼女の体が白い光に覆われていった。

 

「ハルトさん! 行くよ!」

 

 可奈美は、そういうが速いが、荒魂と言及したムカデ型の化け物へ向かっていった。

 彼女の姿は即座に白い閃光となり、荒魂へ斬りかかっていく。

 だが、いくら可奈美が速くとも、その巨体相手にはダメージが少ない。

 それどころか、荒魂の方も、だんだん可奈美のスピードに対応していく。やがて、荒魂の節足が可奈美の動きを捉え、打ち合いに持ち込まれていった。

 

「ああ!」

 

 ハルトも右手に指してある指輪をバックルに掲げた。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 すると、その独特な発光と音声により、バックルを中心に銀のベルトが現れた。その左右の端についているつまみを上下に動かすと、バックルの手を模した部分もまた、向きを変える。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 すると、ベルトが起動。発光とともに独特なリズミカル音声が流れだし、それに構わずハルトは、腰のホルスターから指輪を取り出した。

 赤い、ルビーの指輪。

 備え付けられているカバーを下ろすことで、それはあたかも面のような形になる。

 ハルトはそのまま、告げた。

 

「変身」

 

 その言葉とともに、ルビーの指輪がベルトに重なる。バックルの手と重ねたかと思うと、ハルトはすぐにその手を左に伸ばす。

 

『フレイム プリーズ』

 

 すると、伸びた先、その指先より、ルビーの指輪が赤い光を作り上げる。

 光は炎を纏った魔法陣となり、ゆっくりとハルトの体を通過していく。

 

『ヒーヒー ヒーヒーヒー』

 

 すると、通過したところから、ハルトの姿が変わっていった。

 どこにでもいる、フリーターの青年、松菜ハルトから。

 黒いローブの上に、赤いルビーの宝石を散りばめている姿へ。顔はルビーの仮面となり、人間の姿とは言えない。

 この姿こそ、指輪の魔法使い、ウィザード。

 ウィザードは、さらに慣れた動きで別の指輪を右手に使う。再びベルトを動かすと、また別の魔法詠唱が始まった。

 

『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』

 

 その音声に合わせ、ウィザードは指輪を再びベルトに重ねた。

 

『コネクト プリーズ』

 

 すると、ウィザードの手元に小さな魔法陣が現れる。手を突っ込むと、中からベルトと同じく銀の武器が現れる。

 

「可奈美ちゃん! 避けて!」

 

 銃口の上に刃が収納されている銃。ベルトと同じく銀で作られているそれを、ウィザードはクルクルと回転させながら発砲した。

 

「!」

 

 ウィザードの号令に、可奈美は一度大きくジャンプ。

 可奈美が斜線上からいなくなったと同時に、ウィザードの銀の銃弾が荒魂へ被弾。その全身を大きく震わした。

 

「今だ!」

 

 動きが阻まれ、大きく後退するムカデ型の化け物。その隙を逃さず、ウィザードは銃___ウィザーソードガンを操作し、剣に変形させる。

 同時に、上空から落ちてくる可奈美もまた、その白く染まった体の光を赤く染めていく。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 ウィザーソードガンに付けられている、手の形のオブジェ。親指部分を開くと、四本の指も同じく開いた。すると、ウィザーソードガンよりその場の雰囲気に合わない詠唱が流れ出す。

 さらに、そこへ左手のルビーの指輪を当てる。ちょうど、握手の形になるように。

 すると、その銀の刃へ、紅蓮の炎が宿る。

 

『フレイム スラッシュストライク』

 

 魔法の炎剣を振り回し、ウィザードは身構えた。

 そして。

 

『ヒーヒーヒーヒー』

「迅位斬!」

 

 二つの深紅の斬撃が、荒魂の巨体を切り裂く。

 一度静止した荒魂。やがて、斬られたことを思い出したかのように、切断面から崩れていった。

 ズシンと重い音を立てる荒魂。その姿は、やがて徐々に黒澄み、液体のように溶けていった。

「えっと……」

 

 ウィザードは変身を解除しながら、赤黒いその破片を見下ろす。

 

「これどうする? このまま放置したら不味そうな奴だけど……」

「ちょっと待ってて。所管の管理局に……ああ、私が連絡したらまずいかなあ?」

 

 可奈美はスマホを操作しながら項垂れた。

 

「どうしたの?」

「ほら、私今見滝原を離れられないから……ハルトさん、悪いけど刀剣類管理局(とうけんるいかんりきょく)に連絡してくれないかな?」

「とうけ……どこ?」

「刀剣類管理局。私が連絡すると、多分連れ戻されちゃうから……」

「? なんか、話が全然読めないけど……まあいいや」

 

 ハルトはそう言いながら、スマホに検索をかける。あっという間に出てきた役所に、ハルトは電話しようとすると……。

 

「面白い」

 

 突如投げかけられた勇ましい声に、動きを止めた。

 見れば、ガタイがいい男が歩いてきているところだった。

 二月の寒さがまだ抜けない。ハルトと可奈美も、上着は手放せないのに、彼に至ってはタンクトップだけだった。

 

「面白い化け物がいるな!」

 

 彼は、ハルトと可奈美の視線にも構わず、ずんずんと進んでいく。

 ハルトの肩を突き飛ばし「えちょっと!」、可奈美の腕を弾き「うわっ! え!? 何で!?」、彼は荒魂へ手を伸ばす。

 

「アンタ、何してるんだ? それは危ないものじゃ……」

「五月蠅い!」

 

 男がノータイムでハルトへ裏拳を放つ。頬を殴られたハルトは、そのまま転がる。

 

「痛っ! 何するんだ!?」

 

 声を尖らせたハルトは、男性の豹変に言葉を失う。

 顔に現れた、無数の紋様。不気味さを醸し出すそれが何なのか、ハルトはイヤと言うほど知っている。

 

「ファントム!」

「えっ!?」

 

 可奈美の驚愕の声が終わるより先に、男性がにやりと笑む。

 

「ほう……俺たちを知っているのか」

 

 その体は、どんどん変異していく。やがて、海老のような顔を持つ、紅の体を持つ怪物へ変化していった。

 ゲートと呼ばれる人が絶望した時、その中より産み落とされる怪物、ファントム。その、筋肉の中では最強と呼ばれる部類の怪人、バハムート。

 

「ファントム! 写シ!」

 

 その姿を見たと同時に、可奈美が千鳥を抜き、斬りかかる。

 だが、バハムートはそれを左手だけで掴んで受け止めた。

 

「そんなっ!?」

「残念だったな……はっ!」

 

 さらに、可奈美を襲うハッケイ。それにより、可奈美の体は大きく吹き飛ばされ、地を転がった。

 

「可奈美ちゃん!」

「大丈夫……! それより!」

 

 可奈美はバハムートを指差す。

 見て見れば、バハムートの体に、荒魂の体を構成していた液体が流れていく。

 やがてその姿に、マグマらしき模様が追加されていく。

 それはまさに。

 

「荒魂……いや、ファントムでしょ……?」

「これはすごい! まさか、ここまでの力が手に入るとは……!」

 

 ファントムと荒魂。二つの災厄が融合した姿だった。



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荒魂ファントム

「変身!」

「遅い!」

 

 ハルトが、再度ルビーの指輪をベルトに重ねる。同じように出現した魔法陣がハルトの体を作り変えるよりも先に、バハムートの拳が体を抉った。

 

「がはっ!」

 

 生身の体を貫くかと思った。

 右手で防御するのが少しでも遅れていれば、ウィザードに変身と同時に体に穴が開いていただろう。

 転がったウィザードは、痛む体で指輪を取り出す。

 

『ビッグ プリーズ』

「食らえ!」

 

 ウィザードの前に出現した魔法陣へ、蹴り込む。すると、魔法陣を通じて巨大化した足蹴りが、バハムートへ向かう。

 だが。

 

「無駄ァ!」

 

 それに対する、バハムートの蹴り。大きくなって強化されたにもかかわらず、荒魂による蹴りの力は、ウィザードの攻撃を跳ね返した。

 

「こいつ……強い……!」

 

 蹴りの反動で起き上がったウィザードは、そのままウィザーソードガンで斬りつけていく。だが、荒魂の力を身に宿したバハムートは、驚くべき身体能力を発揮。素手で、ウィザーソードガンの攻撃をいなしていく。

 

「なんて化け物だよもう!」

 

 ウィザードは、次にトパーズの指輪を左手に嵌める。

 

「力自慢か……だったらこれだ!」

『ランド プリーズ』

「力勝負ができるのか……望むところだ!」

 

 ウィザードの足元に黄色の魔法陣が生成される。

 

『ド ド ド ド ド ドン ドン ド ド ドン』

 

 上昇する魔法陣により、ウィザードのルビーがトパーズに書き換わると同時に、バハムートの拳を受け止める。

 すると、手から伝わってきた猛烈な力に、ウィザードは思わず怯む。

 さらに、バハムートの連続攻撃。ウィザードはその格闘技を受け止めていくが。

 

「いつものファントムより強い!」

「ハハハハハハ!」

 

 バハムートの連撃に、どんどんウィザードは追い詰められていく。

 

「くっ……だったら……!」

『バインド プリーズ』

 

 発動した魔法により、大地の力を持つ鎖がバハムートを巻き込む。

 ウィザード屈指の拘束能力を持つそれだが、バハムートはいとも簡単に引きちぎってしまう。

 

「うっそだろ……!」

 

 その力量に驚きながら、ウィザードは次の指輪を入れる。肉弾戦をする相手に対する、ウィザード最強の防御手段。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 地面より突き出た壁。土でできた壁に、バハムートの拳が埋まり、その動きを封じた。

 だが。

 

「甘い!」

 

 バハムートが腕を横に薙ぐ。すると、土の壁はいとも簡単に粉砕され、ウィザードへの攻撃を許した。

 

「ぐっ……!」

 

 ファントムの力ではない。

 圧倒されるウィザードは、そう感じた。

 荒魂ファントムは、自らの体を見下ろしながら、笑い声をあげた。

 

「これはすごい! 体が軽い! これなら、いくらでも絶望させられそうだ!」

「させない……!」

『ウォーター プリーズ』

 

 トパーズのウィザードは、サファイアへ。魔力に秀でるウィザードは、即座に水のウィザード専用魔法を発動させる。

 

『リキッド プリーズ』

 

 それは、体の液体化の魔法。物理能力に秀でたバハムートに有効と判断しての魔法だった。

 予測通り、バハムートの攻撃はすり抜け、逆に水のウィザードの攻撃が追い詰めていく。だが、水のウィザードは魔力に秀でる代わりに力が小さい。いくら斬撃を与えても、バハムートが怯む様子はなかった。

 

「なるほどな……体を変質させたのか。確かにこれなら、俺は一切手出しできない。この時点で、さっきまでの俺では勝てなかっただろうな……」

「……?」

 

 だんだんバハムートにダメージが蓄積されていく。やがて、体を大きくのけ反らせていった。

 

「だが……甘い!」

 

 バハムートの無数の目が発光する。

 すると、液体という名の盾を貫通し、マグマのような熱風がウィザードを貫いた。

 

「ぐあっ!」

 

 液体の魔法を解除させた威力のそれ。

 バハムートの体、その荒魂らしい体の部位が発光した。

 不気味なほど赤いその光が、見るだけでウィザードの体を痛めつけていく。

 さらに、その両手から紅蓮の球体が発生する。

 バハムートというファントムの性質とは明らかに違うそれは、ウィザードの足元を破砕、大きく吹き飛ばされる。

 

「まさか……ウォーターがアンタみたいなタイプに追い詰められるなんて……」

「ハルトさん!」

 

 ウィザードに代わり、復帰した可奈美がバハムートへ挑む。

 だが、彼女の素早い剣撃も、バハムートは見抜く。卓越した動きで、目で追えない可奈美の攻撃を必要最低限の動きでガードしていた。

 

「嘘ッ!?」

「無駄無駄ァ!」

 

 さらに、バハムートの肉弾戦。動きを封じられると、千鳥という長物を持つ可奈美の方が不利になった。

 バハムートの連続パンチ。一つ一つを捌くことができたのは序盤だけ。

 やがて、どんどん加速していくバハムートの攻撃は、可奈美でさえも耐えられなくなり、やがて写シの霊体の体にめり込んでいく。

 

「うわっ!」

 

 可奈美が、悲鳴とともにウィザードの隣に吹き飛ばされていく。アスファルトを転がる彼女だが、痛みを気にせずにバハムートを見つめている。

 

「荒魂……いや、ノロを体に入れた状態……! つまり、実質S装備(ストームアーマー)や親衛隊と同じ……?」

「可奈美ちゃん!」

「ッ!?」

 

 さらに、バハムートは可奈美の首を締め上げる。

 

「さあ……お前をどうすれば絶望してくれる? それとも、いっそのことプチっとやってしまえば、そっちの魔法使いが絶望するか?」

「やめ……」

「さあ! 俺の強さに絶望してファントムを生み出せ!」

 

 バハムートの腕の力がどんどん上がっていく。今に、可奈美の華奢な首をへし折ろうとする魔人。

 間に合わない、とウィザードが駆けだそうとした。

 

 その時。

 

 どこからともなく湧き上がる、紅蓮の炎。それは渦を巻きながら、バハムートの頭上に集っていく。

 

「何だ……!?」

 

 全身を貫く微熱に、ウィザードは顔を上げた。

 集っていく炎。竜巻のようにも見えてくるそれは、やがて刃となり、その中心に光る刀に走っていく。

 

「あれは……!?」

 

 その中に見える、小さなシルエット。

 剣を振り上げる、ローブの人物。その姿を彩るように、炎がどんどんたまっていく。

 そして。

 

神居(かむい)!」

 

 それは、斬った。

 可奈美を締め上げる手を切断し、彼女を地面に落とす。

 

「ぐああっ!」

 

 二つの異形を取り込んだ怪物は、悲鳴を上げるものの、即座に再生。

 ローブが繰り出した蹴りとバハムートの蹴りがぶつかった。

 そのまま、蹴りを連打したローブは着地する。

 

「ちぃ!」

 

 思わぬ新手の反撃に、バハムートは可奈美から離れる。

 しゃがんだ足を伸ばし、その日本刀をバハムートに向けるローブ。その刀の先端が欠けていることに、ウィザードは気付いた。

 

「君は……?」

 

 一方の可奈美。彼女は、じっとローブの姿を見て、顔を輝かせた。

 そして。

 

 そのローブが風により浮かび上がり、下ろされていく。

 現れたのは、少女の顔。

 ツーサイドアップにまとめられた髪の一部が、炎のように輝き、その下に燃えるように輝く真っ赤な瞳がある。

 元気そうな顔つきは、揺るがない自信に満ち溢れている。彼女は、可奈美の姿を認める。

 二人の少女は、数秒見つめ合い、笑みを零す。

 

「……行こう!」

「うん!」

 

 可奈美とローブの少女は、共に頷きあった。

 千鳥、切っ先が折れた日本刀が並ぶ。

 

「図に乗るな!」

 

 バハムートの全身……荒魂の紋様が表に出ているところから、無数の光弾が発射される。

 だが、白い光に包まれた二人の少女たちは、それをいとも簡単に切り裂く。

 

「ちぃ!」

 

 バハムートの腕が、ローブの少女の日本刀とぶつかる。

 

「貴様、一体何者だ……!?」

「うわっ、荒魂が喋った……! ってことは、スルガと同じなの?」

「ふん!」

 

 バハムートの蹴りが炸裂する。だが、ローブの少女もまた足蹴りにより、その軌道を反らし、逆に斬り込む。

 

「むっ!?」

 

 同時にバハムートは、背後にも腕で防御した。回り込んだ可奈美の千鳥が、甲高い音を立てた。

 

「すごい……!」

「無駄無駄無駄ァ!」

 

 二人は再び加速し、連続で攻撃を加えていく。だが、達人的な動きをするバハムートには、中々決定打にならない。それどころか、可奈美たちの動きを見切り、逆にダメージを与えている。

 

「だったら……!」

 

 ウィザードは、青い面が描かれた指輪を右手に入れた。

 水のウィザードのもつ、最大の一撃。

 

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 

 冷気を持つ青い魔法陣が、バハムートの足元に出現する。

 

「何!?」

「はああっ!」

 

 ウィザードの掛け声とともに、魔法陣より極寒の大気が発生した。それは、みるみるうちにバハムートの体を凍り付かせていく。

 

「なんだと!?」

 

 予想外の妨害に、バハムートの動きが止まる。

 おそらく彼の腕ならば、その氷もすぐに壊せるだろう。だが、この一瞬だけ注意を惹ければ十分だった。

 

「今だ!」

 

 ウィザードの掛け声とともに、刀巫女の姿が浮かび上がる。

 

「しまっ……!」

 

 バハムートが反撃しようとするが、もう遅い。

 可奈美の白い体。それは、瞬時に深紅に染まっていく。

 

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

 

 リーチの長い一閃。それは、バハムートの氷を一瞬で蒸発、さらに本体にも大きなダメージを与えた。

 だが、バハムートは倒れない。全身から湯気を昇らせながらも、可奈美を睨み、彼女へ襲い掛かろうとしていた。

 だが。

 

『ウォーター スラッシュストライク』

 

 水のウィザードが、青い斬撃を放つ。

 巨大なエネルギーの動きにより、水蒸気が周囲をたちこめた。

 

「無駄無駄無駄無駄ァ!」

 

 だが、白い煙の中であっても、バハムートは反撃してくる。

 その猛烈な格闘技に、ウィザードと可奈美は防御をせざるを得なかった。

 だが。

 その白い水蒸気たちの頭上を、炎を纏った刀の少女が舞い上がる。

 

「行くよ清光(きよみつ)……! 神居(かむい)!」

 

 夕焼けさえも染め上げる、紅蓮の炎。それは刃となり、バハムートの体を切り裂く。

 

「効かん……! 効かんぞ……!」

 

 刀傷の跡から、蒸気が立ち昇るバハムート。炎の刃は、彼の体に大ダメージを与えたものの、倒すには至らなかった。

 

「残念だったな……さあ、この強さによって絶望しろ!」

 

 だが。

 

「いいや。終わりだ」

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 すでに、ウィザードもまた新しい攻撃に移っていた。青い魔法陣を戦闘にした跳び蹴り。

 

「何度やっても同じだ!」

 

 そう言いながら、今度こそ反撃しようとするバハムート。

 だが。

 

『ドリル プリーズ』

 

 ドリルの魔法により回転が追加。それは、突き出されたバハムートの拳ごと、その腕を粉々にした。

 

「ば……か……な……!」

 

 冷却、加熱、再び冷却、加熱と繰り返されたバハムートに、再び水の過冷却。急激な熱衝撃により、バハムートの体は粉々に破壊されていった。

 

 

 

 荒魂と融合したファントム。ようやくそんな異形を倒したところで、ウィザードはその変身を解除して、助けてくれたローブの少女を見つめた。

ローブの切れ間から覗く、今の可奈美と全く同じ赤いセーラー服。それと日本刀を持つ姿から、彼女のことは一つだけ、断定できた。

 

刀使(とじ)?」

美炎(みほの)ちゃん!」

 

 敵がいなくなったと同時に、可奈美が大声で手を挙げた。

 ローブの少女もまた、それに応じる。

 二人で、大きな音を立てたハイタッチ。

 美炎と呼ばれた少女は、さらにすぐに可奈美へ抱き着いた。

 

「可奈美! 久しぶり~! 元気だった?」

 

 すると、可奈美はバランスを崩し、よろめいた。

 

「どうしたの!? どうして、ここに?」

「可奈美こそ! なんでこんなところに!?」

 

 二人はそのまま、美炎という少女のバランスによって、倒れ込んだ。



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コヒメ

「ごめん! 本当にごめんっ!」

 

 安桜美炎(あさくらみほの)

 そう名乗ってもらった刀使の少女は、ラビットハウスに来て早々、両手を合わせて謝り込んでいた。

 フィンガレスグローブを合わせて謝罪をしている相手は、同じテーブル席の向かいにいる、緑のセーラー服の少女。ボブカットに切りそろえた髪を、水玉模様のカチューシャがリボンのように飾っている。

 お淑やかそうな印象とは裏腹に、彼女は頭から煙が昇るように顔を真っ赤にしていた。

 

「もうっ! 心配したんだからね!」

「だからごめんって」

 

 緑のセーラー服の少女は、腕を組みながら頬を膨らませている。

 

「可奈美ちゃん、えっとあの子……美炎ちゃん、だったっけ?」

「うん。私の友達!」

「うん。君の友達。それは分かった。あっちの子は?」

 

 ハルトは、緑のセーラー服の少女のことを尋ねる。同じ服装を、以前可奈美の記憶から呼び出された彼女の友人が着用していた。

 

「あの子は六角清香(むすみきよか)さん。美炎ちゃんの友達で、調査隊っていう部隊のメンバーだよ」

「調査隊?」

「うん。あと五人くらいいるはずなんだけど……」

 

 可奈美も眉をひそめた。

 だが、まだ美炎の謝罪に終わる気配はない。

 可奈美はその様子に苦笑しながら、「まあ、それは後でかな」と言った。

 やがて、美炎が清香という少女に許しを請うための大声を上げた。

 

「パフェ奢るからぁ!」

「ほのちゃん。わたしたち、もう一か月も逃げ回ってるんだよ? もうお金がないことだって、わたしも知ってるよ?」

「ゔっ」

 

 清香の反撃に、美炎は固まる。

 清香はため息をついた。

 

「別にわたし怒ってないよ。でも、いくら荒魂の反応があるからって、わたしたちに少しくらい伝えてくれても良かったんじゃない?」

「反省してます……」

「これからは、そういう時もちゃんと一言言っていってね」

「はい……」

 

 美炎のツインテールが花のように萎れた。

 ようやく一段落ついたか、とハルトは清香に話しかけた。

 

「えっと、清香ちゃん、でいいんだよね?」

「はい。あの……」

「ああ、俺はハルト。松菜ハルト」

「初めまして。わたし、六角清香です」

「よろしくね。それより、……そろそろ、教えて欲しいんだけど」

 

 ハルトはそう言いながら、美炎の窓際の隣___体を縮こませながら彼女にしがみついている少女を見つめた。

 服も肌も、等しく白い少女。髪に至るまで真っ白なその少女は、まるで水墨画のような美しさを感じていた。純粋そうな眼でハルトを見返している少女のことは何も分からないが、ただ一つだけはっきりしていることがあった。

 彼女は、人間ではない。

 

「その子は……?」

 

 それが、ずっと美炎へ聞きたかったことだった。

 荒魂と融合したファントム、バハムート。彼を倒したあと、拡散したノロと呼ばれる物質を回収するために、ハルトは彼女たちの所属する刀剣類管理局へ電話することになった。それが終了したころ、この少女を連れた清香が現れ、場所を変更するということで、ラビットハウスが選ばれた。

 そんなハルトの質問に、美炎は当たり前のように答えた。

 

「コヒメのこと?」

「コヒメ?」

「そう。ほら、コヒメ。挨拶しよう?」

 

 美炎はまるで幼い子に教えるかのように、コヒメなる少女を膝の上に乗せる。

 ハルトはそんな彼女に、膝を曲げて目線を合わせた。

 

「こんにちは。ハルトだよ」

「衛藤可奈美。よろしくね」

「初めまして。コヒメです」

 

 彼女はそう言って、ハルトと、その隣の可奈美を見つめる。

 だが、すぐに彼女の目線はハルトに集中する。

 

「? どうしたの?」

 

 だが、コヒメはハルトの問いに答えない。

 

「も、もしかしてコヒメちゃん……年上のお兄さんがお好み?」

「清香!?」

 

 口走り始めた清香へ、美炎が白目を向けた。

 だが、清香の暴走は止まらない。

 あたかも水を得た魚のように、饒舌に喋り始める。

 

「分かるよコヒメちゃん。運命の出会いはいつ何時起こるか分からないもんね! でもちょっと年離れすぎてるかな? そもそも出会いだったら、もうちょっとロマンチックな出会いがいいかな? 具体的には、遅刻しそうな時にパンを咥えて走っていたら、街角から偶然……」

「わーっ! 清香、ストップストップ!」

 

 とどまることを知らない夢女子な清香を、美炎が大声で遮った。

 

「そういうのじゃないでしょうに……コヒメ、どうしたの?」

「ううん……何でもない」

 

 コヒメはそう言って、ハルトから美炎へ顔を動かした。だが、彼女の目線がハルトに向いているのを、見逃すことはできなかった。

 

「それで、どうして美炎ちゃんは見滝原に? それに、この子って……」

 

 可奈美が恐る恐る尋ねる。

 彼女が何を危惧したのか察したのだろう。美炎は口を吊り上げながら頷いた。

 

「うん。その……荒魂だよ」

「やっぱり。それじゃあ、ねねちゃんと同じなんだね」

「……」

 

 荒魂。その単語を耳にした途端、ハルトの表情が強張った。

 

「荒魂って、さっきファントムと融合した奴だよね? でも……」

 

 ハルトは、あのムカデの怪物と目の前の少女を見比べる。荒魂という怪物は、漆黒のボディに、マグマのような体液(ノロ)を循環させていた。それに対してこの少女は、確かに黒い体のパーツはあれど、ほとんどが白一色。長い髪の裏部分は、よく見れば赤い影ができていないこともないが、外見から荒魂と同種とは判断しにくかった。

 そんなハルトを見て、可奈美が補足した。

 

「まあ、荒魂も色々な種類がいるからね。中には、人間と共存できるのもいるんだよ。私の友達が連れている荒魂とかね」

「共存……ね……」

「あれ? お客さん?」

 

 その時、ハルトの思考を遮る声が現れた。

 ホールの奥より、ココアが姿を現したのだ。

 朝の件でチノにこってりと絞られたのであろう彼女だったが、絞られたどころかむしろ活き活きとしており、三人の少女の姿を見て顔を輝かせた。

 

「初めましてのお客さんだね! こんにちは! 私、保登心愛! 町の国際バリスタ弁護士パン屋小説家になるお姉ちゃんだよ!」

「毎回思うけどその自己紹介の一体どこからツッコミを入れればいい?」

「こくさい……え?」

 

 美炎が白目でココアの言葉を整理している。

 ココアは、美炎と可奈美の服装を見比べる。同じ制服を着ている二人の姿から、ココアは「可奈美ちゃんのお友達?」と尋ねた。

 

「じゃあ、私の友達も同然だね! そして、私の妹ってことだね!」

「いやその理屈はおかしい」

 

 だが、ハルトのツッコミも聞かずに、ココアは次のターゲット……コヒメに狙いをつける。

 

「何この子!? 可愛い!」

「え!? わわっ!」

 

 ココアが、前置きなくコヒメに抱き着いた。

 思わぬスキンシップに、コヒメは驚きの表情を見せた。

 

「な、何!?」

 

 コヒメは抜け出し、美炎の後ろに隠れた。

 

「こ、この人何? みほの……」

「あ、あっはは……多分、由衣(ゆい)と同じタイプだね」

「え? ということは……」

 

 清香が、顎に手を当てた。

 だが、すでにコヒメに逃げられたココアの眼差しは、清香へ変更された後だった。

 

「こっちも可愛い! 私の妹になって!」

「やっぱり!」

 

 清香が逃げようとするが、手慣れたココアからは逃げられない。窓とココアに挟まれ、即座に野兎に捕まってしまった。

 

「……あ、あはは」

 

 美炎がその様子を苦笑しながら眺めてている。

やがて、ラビットハウスを、大きな虫の音が鳴り響いた。

 

「あ」

 

 その発生源は、とてもその音が似合わない少女。清香が、顔を真っ赤にした。

 

「その……ごめんなさい」

「きよか、お腹空いたの?」

「コヒメちゃん……!」

 

 子供は正直だな、とハルトは思った。

 だが、一方の清香は恥ずかしさで顔を膨らませていた。

 

「もう……でも、ちょっと安心したら、お腹空いてきたかも……」

「わたしもお腹ペコペコ~!」

 

 一方の美炎もまた、笑顔を見せながら机に突っ伏している。

 挟まれたコヒメは、そのまま抜け出して、通路側に座った。

 その時、ココアが勝機は来たりとばかりに拳を固めた。

 抱き着いていた清香から離れ、いつもの腕組みをする。

 

「お姉ちゃんに任せなさい! 美炎ちゃんに、美味しい料理をご馳走するよ!」

 

 彼女はそう言って、脱兎のごとくキッチンに駆け込んでいく。

 だが、その時、美炎と清香は顔を見合わせた。

 

「その……本当、なんかごめんね」

「ああ、ココアちゃんなら大丈夫だよ。多分、山城さんみたいにぎゅってされてあげたらなんでも許しちゃいそうだから」

 

 可奈美はそう言って、コヒメに視線を投げた。

 コヒメは出されたオレンジジュースを両手で持ちながら飲んでおり、やがてハルトを見上げた。

 

「……?」

 

 彼女の真っすぐな眼差しが、ハルトの顔を見上げている。

 やがてコヒメは、静かに読んだ。

 

「はると」

 

 袖を掴んだ。

 

「どうしたの?」

 

 ハルトがコヒメの目線に合わせてしゃがむ。改めて、人形のような彼女の姿に、無意識にハルトの心は落ち着かない。

 やがてコヒメは、ハルトの右頬に触れた。人間の温かみと同じ温もりが、ハルトの頬から広がった。

 

「……?」

「えっと……コヒメちゃん?」

 

 だが、コヒメに反応はない。

 そして。

 

「ヴェアアアアアアアアアアア!」

「うわっ! びっくりした」

 

 厨房からなぜ察知してきたのか、ココアが血相を変えて戻って来た。その余りの勢いに、ハルトは立ち上がり、コヒメから離れた。

 

「ハルトさん羨ましい! コヒメちゃんにほっぺを触ってもらって! チノちゃんにだってされたことないのに!」

 

 ココアはハルトの肩を掴みながら揺さぶる。抵抗さえもできないほどの勢いに、実はまだネクサスの力残っているんじゃないかと勘繰ってしまう。

 

「ほら、コヒメちゃん! 私にも! 私にも!」

「え、ええ……?」

 

 ココアが顔をいきなり接近させた。彼女の鼻息が当たりそうな距離に、コヒメは怯えた声を上げた。森に隠れる小動物のように、美炎の反対側へ逃げた。

 

「ああ……」

「全くココアさんは……年下の女の子だったら誰でもいいんですから……」

 

 項垂れるココアへ釘を刺す水色の長い髪が特徴の少女。

 ラビットハウスの看板娘であり、オーナーの一人娘でもある少女、香風智乃(かふうチノ)は、静かに三人の客席にオムライスを乗せた。

 

「えっ?」

「私達、注文しましたっけ?」

 

 美炎と清香の目が点になる。

 

「こちらは、店主の父からです。可奈美さんの友人ということでいただきました」

「ありがとう!」

「ありがとうございます!」

 

 美炎と清香は、同時にチノに礼を言った。

 

「もう何日もまともにご飯食べてなかったから助かったよ! いただきます!」

「いただきます」

 

 山のような形をした卵焼き。顔を輝かせた美炎と清香は、同時にそれぞれ手を付けた。

 コヒメは、二人の顔を見比べながら、「いただきます」とスプーンを手に取る。

 

「……」

「気になる?」

 

 カウンター席からコヒメを見守るハルトへ、可奈美が問いかける。

 

「……ちょっとね」

「荒魂だから?」

「……」

 

 可奈美の問いに、ハルトは応えることはなかった。

 だが、可奈美はそのまま、ハルトの隣のカウンター席に寄りかかる。

 

「私が心配いらないって言ったら、ハルトさんは信じてくれる?」

「どうかな……? うーん……どうだろう……?」

 

 ハルトは、回答に困った。

 だが、その間にも、来客の食事は進み切っていた。

 

「食った食った~! ご馳走様!」

 

 すぐに、ハルトと可奈美の間の沈黙は破られた。

 あっという間に食べ終えた美炎と清香が、手を合わせる。

 

「みほの、きよか、早いよ……」

 

 まだ小さい口にオムライスを運びながら、コヒメが呟いた。

 美炎はコヒメの頭を撫でながら、「ゆっくりでいいよ」と励ます。

 すると、コヒメはすぐに笑顔になり、美炎に撫でられるがままになっていった。

 

「美炎ちゃんにすっごい懐いているんだね」

「えへへ。まあね」

 

 可奈美の賛辞にも、美炎は笑顔で応える。

 

「まあ、いっか……」

 

 いざとなれば、俺が何とかすればいいし。

 そう言いながら、ハルトはコヒメを全く信用していない自身にため息をついた。




リゲル「ねえ、マスター」
鈴音「はい」
リゲル「私達、ここ最近影薄くない?」
鈴音「いいことですね。バトロアもので目立っても、いいことないですから」
リゲル「逃げるだけだと、そのうち詰むと思うのよ」
鈴音「他の参加者がなんとかしますよ」
リゲル「そうとは限らないわ。むしろ、こちらから出向いてでも、そういう敵を叩くべきよ」
鈴音「私がセイヴァーのマスターに接触した行為を無駄にさせないでください。ただ単に敵とぶつかるだけが戦いではないですし。そもそも、リゲルはそういうサーヴァントですよね?」
リゲル「むっ……」
鈴音「さてと。それよりも、今回のアニメ紹介ですね。それではどうぞ」



___君の盾 君だけの盾に ぼくはなろう 背中合わせ 奇跡を(出会いを)信じてる___



リゲル「アブソリュート・デュオね」
鈴音「2015年の1月から3月まで放送していたアニメですね」
リゲル「二人一組のデュオで、自らの魂を具現化した焔牙(ブレイズ)で戦う……主人公が盾使いっていうのも、そんなに見ないわね」
鈴音「ヤー」
リゲル「……どうしたのマスター。悪いものでも食べた?」
鈴音「ナイ。ヤーは肯定、ナイは否定の意味です。ヒロインのユリエの喋り方を真似してみました」
リゲル「この少ない尺でメインヒロインが北欧出身ってところにツッコむの? ほかにもいろいろ紹介するところが……」
鈴音「全ては、アブソリュート・デュオに至るがために……私達とは正反対ですね。私とリゲルも、是非アブソリュート・デュオに至りたいものです」
リゲル「マスター……喧嘩売ってるの?」


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夜は焼肉

 自分で何とかする。

 そう思ったはずなのに、ハルトはそれが出来なくなってしまった。

 この日、美炎、清香、そしてコヒメの三人は、ラビットハウスに泊まることになった。泊まるあてもない彼女たちのために、ハルトの部屋を貸すことになったのだ。

 明日のシフトまで、一時的に部屋を開けたハルトは、結局知り合いの部屋で泊まることになった。

 

「ごめんね。いきなり押しかけてきて」

「いやあ、全然いいって。それより食え食え」

 

 ハルトよりも一回り年上の青年。ウェーブがかかった茶髪の彼は、ハルトの前に皿を置いた。

 昭和の香りが漂うちゃぶ台。青年___城戸真司(きどしんじ)が、フリーマーケットで安く買い叩いたものらしい。

 そんな机の上に乗った油がたっぷり餃子の山に、ハルトは「うっ……」と呻き声を上げた。

 

「ハルトも、たまにはこっちに顔出せばいいのに。なあ、友奈ちゃん」

 

 真司のその言葉に、ハルトの向かい側の少女は元気に頷いた。

 

「そうだよ! あ、結城友奈! 食べます!」

「おお! じゃんじゃん食え! 俺の餃子は格別だぜ?」

「わーい! 私、真司さんの餃子大好き!」

 

 友奈と呼ばれた少女はそう言いながら、大きな口を開けて餃子を頬張る。

 彼女の咀嚼のたびに、カリッと揚げられた餃子の表皮の音が響く。

 

「それで、その……コヒメちゃん、だったっけ? は何者なんだ?」

 

 同じく席に着いた真司に対して、ハルトは頬杖をついた。

 

「荒魂っていう……可奈美ちゃんたち、刀使(とじ)が退治している怪物の仲間なんだって。でも、コヒメちゃんみたいな知恵を持つ荒魂もいて、今回コヒメちゃんもそういうレアケースに該当するんだと」

「「ほ、ほー……?」」

 

 真司と友奈は、揃って首を傾げた。どうやって説明したものかとハルトは頭を抱え、

 

「まあ要は、ドラグレッダーが言葉を話して人間みたいなこと喋るって思えばいいよ。ドラグレッダーの同類も、真司が関係してなかったら敵でしょ?」

「「なるほど!」」

「すっかり息ピッタリだな!」

 

 ハルトは叫んで、ぐったりと力を抜いた。

 

「……ハルト、お前疲れてないか?」

「そう見える? そりゃそうだよ……」

 

 ハルトは机に突っ伏した。

 だが、そんなハルトの様子などにも構わず、左右から餃子の皮をかみ砕く音が聞こえてくる。真司も友奈も、ハルトの苦難など食事を遅めるに値しないらしい。

 

「それで、その……刀剣類管理局? に保護されていたんだけど、逃げ出したらしい。それで、そのまま行くと、美炎ちゃんたちの仲間たちにやられちゃうから、二人でコヒメちゃんを連れて逃げてきたんだってさ」

「なんで逃げだしたんだ?」

「さあ……? そこまではよくわかんないけど」

 

 そう言いながら、ハルトは餃子を口に運ぶ。

 口の中にパリッとした歯ごたえはあるものの、味は感じなかった。

 

「でも……いいのかな。人間みたいだけど、種別にしたら荒魂ってことでしょ?」

 

 ハルトの脳裏に、自らが救えなかった人物の顔が思い起こされる。

 病院で、目の前で怪物になる瞬間を止められなかった少女。

 見滝原に来る前も、似たような事件があった。

 そして……。

 

「管理できる環境があるなら、そっちに任せた方がいいんじゃないのかな……?」

「そもそも、何でその子のこと疑ってるんだ? 可奈美ちゃんだって、大丈夫だって言ってるんだろ?」

「良く言うよ……ここ最近の俺たちの環境を見て見てよ」

 

 ハルトは口を尖らせた。

 

「以前会った怪しいピエロがトレギアだったんだ。もう、聖杯戦争の関係者じゃないかって勘繰るなって方が難しいよ」

 

 聖杯戦争。

万能の聖杯が与えられる戦い。その参加のチケットは誰にでも与えられるわけではない。魔力が非常に高い人間、その中でも令呪と呼ばれる刻印が刻まれた者だけが参加できる。

 そして、このところハルト達の前に現れるのは……

 

「もう……人間じゃない参加者ばっかりじゃん……!」

 

 ハルトと親しくなった少女は、体に無理矢理他者の細胞を入れられ、怪物になった。

 来訪した宇宙人は、令呪を手に入れ、史上最強の敵として立ちはだかった。

 そして、先月。ただの悩める少女を利用した参加者もまた、人間の皮を被った悪魔だった。

 ハルトは、右腕をぎゅっと抑えながら呟いた。

 

「あの子もまた……参加者になるんじゃないのか……?」

 

 ハルトは、声を震わせながら言った。

 真司と友奈は、それぞれ餃子への手を止めた。二人は、顔を見合わせ、

 

「心配する気持ちは分かるけど……なあ?」

「うん。それは……」

 

 友奈はちゃぶ台から立ち上がり、ハルトの後ろに回り込んだ。

 

「私達の目的は、聖杯じゃない。聖杯戦争そのものを終わらせること。だよね?」

「そうだけど……」

 

 ハルトの背中にぐっと友奈の両腕がのしかかる。腕を真っすぐ伸ばした彼女の体は、

 

「でもさ。終わらせることができたって、その時に生きている参加者が私達……あと、響ちゃんとコウスケさんだけじゃ意味ないでしょ?」

「ああ……」

「いい方に考えようよ。コヒメちゃん……人間じゃない参加者だって、説得できるかもしれないし。それに何より、可奈美ちゃんがいるんでしょ?」

「……」

「可奈美ちゃんも、そのことは心配していると思うよ。でも、大丈夫だって確信しているから、ハルトさんが外に出ても大丈夫だって言ったんだよ」

「だといいけど……」

「失礼するのじゃ」

 

 その時。

 ノックの音とともに、古びたドアが開けられる。

 鍵さえされていなかったドアが開き、そこには和服の少女が現れた。

 もっとも、落ち着いた雰囲気の彼女は、大人びた笑顔を真司と友奈に向けた。

 

「おや、お客人がいるようじゃの」

「こんにちは……」

 

 ハルトは挨拶した。

 

「えっと……同じアパートの人?」

「そうじゃ。仙孤さんじゃ。今、このアパートの皆の衆で食卓を囲もうと思っての。よかったら来んか?」

 

 仙孤さんとやらは、ハルトにも笑顔を見せた。

 幼い少女のようでもあるが、その落ち着きようはむしろ母らしくもあった。髪の両端は大きく、まさに狐の耳の形をしていた。

 

「え? いや、俺はここの住民じゃないですよ? 今日ちょっと間借りさせてもらうだけで」

「よいよい。こういう時は、大勢の方が楽しいものじゃ。二人も是非どうじゃ?」

「おお! 行くぜ。あ、餃子も持っていくからな?」

 

まだ残っている餃子を見せつけながら、真司が笑顔で応える。

 

「まだ食べるの……?」

 

 思わぬ二人の食いっぷりに、ハルトは言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

「……ねえ」

 

 一切焼肉に手を付けないハルトは、隣に座る真司に肘打ちする。

 何やかんやで、真司と友奈が住んでいるアパート、ヴィラ・ローザ見滝原の住民全員で、焼き肉パーティの運びとなり、ハルトもそこに同席することになった。

 ゲーム制作に青春を注ぐ高校生、なぜか女子高生と一緒のサラリーマン、そしてオーナーの妙齢の女性と、中々に強烈な個性を持つ住民が多い。この中だと、真司とビールを飲み交わしている平凡なサラリーマンである男性が、逆に目立って見える。

 その中でも、ハルトがどうしても、気になる人物。それは……。

 

「真司」

「お? どうしたハルト。お前も飲むか?」

 

 真司はハルトに乗りかかりながら、缶ビールを勧めてくる。

 

「俺未成年だって言ってるだろ……」

「なんだ! お前、俺の酒が……飲めないのか……!」

「何酔っ払ってんだよアンタは!」

 

 ハルトはそう言ってデコピンを見舞う。

 だが、真司はニコニコしたまま、仲が良さそうに、サラリーマンと肩を組んでいる。

 ハルトは顔を引きつらせながら、同じく隣に座る友奈の肩を叩いた。

 

「なあ。真司、かなり出来上がってないか?」

「あ~。大丈夫大丈夫。いつものことだから」

「いつも!?」

「どうしたのじゃ?」

 

 友奈との会話の中、仙孤さんがやって来る。彼女は、トングに熱々の焼肉を乗せて、皆に配膳しているところだった。

 

「ほれほれ。お客人も食べんか。肉は熱々が一番美味しいのじゃ」

「あ、どうも……」

 

 ハルトが差し出した小皿に、仙孤さんは肉を乗せた。

 彼女はそのまま、友奈にも肉を向ける。

 

「ほれ、友奈どのも。今日もお仕事じゃろ? お疲れ様なのじゃ」

「ありがとう仙孤さん! 本当に大好き!」

 

 肉をもらった友奈は、そのまま仙孤さんに抱き着いた。

 

「うゆん!」

「うゆん?」

 

 仙孤さんが出した反応に首を傾げるハルトだったが、その後に来る友奈の言葉はもっと首を傾げることになった。

 

「やっぱり仙孤さんモフモフだあ……! やっぱり、ぎゅっとしていたい!」

「ぎゅっとって……友奈ちゃん、そういうことは、やめて……」

 

 そこまで注意して、ハルトもまた動きが止まった。

 友奈がハルトの隣に座っているということもあって、ハルトから見れば、仙孤さんは背中を見せている形になる。

 ハルトに見せつけている、仙孤さんの後ろ姿。

 和服。現代日本の、この見滝原でその服装に関しては突っ込みたくなるが、そこは目を瞑れる。

 次に耳。真司たちの部屋にいたとき、すでに十分驚いた。

 だが。

 

「あれは何? コスプレ?」

 

 ハルトが目を疑うのは、彼女の背中、その尾てい骨のあたり。通常の人間にはあり得ない……尻尾がついていた。

 仙孤さんの名前に相応しい、狐を思わせる長耳と同じく長い尾。見るだけで撫でまわしたくなる欲望に駆られるそれは、作り物ではないと証明するように動いていた。

 

「放すのじゃ!」

「モフモフモフモフ!」

 

 友奈が、仙孤さんを尻尾ごと抱きしめている。

 この場にココアがいなくてよかったなと思いながら、ハルトはもがきながら、ずっと友奈の人形にされた仙孤さんを眺めているのだった。




ハルト「……」
仙孤さん「放すのじゃ友奈どの!」
友奈「ああっ……はっ! つい仙孤さんが可愛いから、ムシャクシャしてやっちゃった……」
ハルト「犯罪者のコメントみたいなことを言わないでよ……」手が伸びる
仙孤さん「うにゅん!?」
ハルト( ゚д゚)ハッ!
仙孤さん「な、何をするのじゃお客人……!?」
ハルト「あまりにもモフモフで、気になって気になりすぎて、ついやってしまった……」
友奈「ハルトさん!?」
ハルト「こ、この場を誤魔化すために、ここはアニメ紹介コーナーだ! 行っけ~!」
友奈「全力で誤魔化そう!」
仙孤さん「なんと!?」



___おかえりなのじゃ! 今日もお疲れさま! 愛しさが 部屋中 どんどん広がっていく!
___



ハルト「世話やきキツネの仙孤さん! ……ってこれ仙孤さんじゃん!」
友奈「2019年の4月から6月まで放送のアニメだよ」
仙孤さん「わらわが、あそこで真司殿と酒を飲み交わしている中野殿と一緒に暮らすコメディものじゃ」
ハルト「誤魔化せないじゃん……」
仙孤さん「何か言ったかの?」
ハルト「何でもないです」
友奈「ハードなお仕事お疲れ様って人に、是非こんな癒しをってアニメだよ! ちなみに、本編後には、スーパー仙孤さんタイムっていう、視聴者と仙孤さんの二人っきり空間があるから、疲れている人は見てみてね!」
ハルト「そして友奈ちゃんはなんか地味に見ている人に刺さる言い方をするのはやめなさい!」


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フルールドラパン

「さあ! 私の可愛い妹たち! この町を案内してあげる!」

 

 テンションが高いココアは、三人の新しい少女たちを連れて見滝原西の木組みの街を闊歩していた。

 美炎、清香、そして美炎と繋いだ手を片時も離さないコヒメ。

 そして、ココアに両肩を掴まれているチノを、可奈美は隣から眺めていた。

 

「ココアちゃん、とっても嬉しそうだね。妹が増えて嬉しそう」

「ココアさんは、年下の女の子だったら誰でもいいんです。私だって……」

「あれ? チノちゃん?」

 

 俯くチノの顔を、可奈美は覗き込んだ。

 すると、自らの発言を理解したチノは、可奈美から顔を反らした。

 

「な、何でもありません。何でもありませんから……!」

「ええ?」

 

 顔を赤くするチノがおかしく、可奈美はクスクスと笑っていた。

 一方、チノから手を放したココアは、丁度後ろの三人へ笑顔を見せた。

 

「どこに行きたい? それとも、お茶にする?」

「お茶……あの、もしかして美味しいカフェとかありますか?」

 

 ココアの言葉に、真っ先に顔を輝かせる清香。

 彼女の質問に、ココアは「お姉ちゃんに任せなさい!」と答えた。

 

「この近くだったら、私の友達がいるオシャレなお店があるよ!」

 

 ココアはキラキラとした笑顔で、近くのお店へ導いた。

 モダンな雰囲気を醸し出すお店。無数の窓から見える店内は、繁盛しているようにも見える。

 

「あそこって確か……」

「可奈美、知ってるの?」

「うん。以前クリスマスの時に来た子が、あそこで働いているって言っていたような……」

 

 可奈美が考えている間に、ココアが店の門戸を叩いた。

 

「六人分空いてる? ありがとう! みんな! ここに入っていこう!」

 

 ココアの掛け声で、午前はそこでゆっくりすることになった。

 戸を潜ったと同時に、まったりとしたハーブの香りが、可奈美の鼻を挿す。

 

「うわあ……すごいいいところだね」

 

 思わず可奈美がそんな感想を漏らすほど、店内は美しかった。

 シックな白い壁と、統一された緑の色合いが、見るだけで心を穏やかにしてくれる。深呼吸するだけで、何らかの効能が肺から全身に行き渡るようだった。

 

「えっとここは……」

 

 可奈美は改めて入口から店名の看板を見上げる。

 記されている英名を読もうとするも、

 

「えっと……何?」

 

 読めない。

 

「ココアちゃんココアちゃん! ここ、何て名前の……」

 

 可奈美はココアに尋ねようとする。だが、すでに店内で彼女は店員の一人を掴まえて話し込んでいた。

 金髪の店員。お嬢様を思わせる風貌の彼女は、ココアのハイテンションぶりに最低限の対応のみで会話を成立させている。以前クリスマスパーティの時にも会った彼女は、間違いなくココアの友人だった。

 こちらを見てくれないココア。だが、こういう時のココアの惹きつけ方を、可奈美は心得ていた。

 

「お姉ちゃ~ん! 助けて!」

「はあああああい♡」

 

 お姉ちゃんの一言で、ココアは凄まじい笑顔でこちらに飛んできた。その勢いに、ココアの友人が驚いて「ギャアアアア!」と悲鳴を上げた。

 

「お姉ちゃん、ここ、何て読むの?」

「うふふ。可奈美ちゃん。ここは……」

「フルールドラパンへようこそ、お客様」

 

 ココアの解説を、金髪の店員が奪っていった。

 ニッコリとした営業スマイルの店員。まさにメイドといった白黒の衣装に身を包んだ彼女は、慣れた手つきで可奈美を店内へ案内した。

 

「こちらは初めてですか?」

「はい! ココアちゃんの……お姉ちゃんの紹介です!」

「お姉ちゃん……」

 

 すると、店員は呆れた表情をココアへ向けた。

 

「ココア……アンタ、この子にまでお姉ちゃんって呼ばせてるの?」

「えへへ……」

「褒めてない!」

 

 店員がココアへツッコミを入れる。

 そんなやり取りを続けている二人だが、可奈美の目線はやがて店員の頭部に移っていく。

 

「ねえっ! そのヘッドドレス可愛い!」

「ああ、これですか? これは店長の趣味で……」

 

 可奈美の目線は、次に店員の顔に降りていく。

 やはり、お嬢様のような金髪。人形のような可愛らしさに、可奈美は思わず持って帰ってしまいたいという衝動に駆られた。

 

「ねえ、確か前クリスマスの時に会ったことあるよね? 私、衛藤可奈美。前は自己紹介できなかったよね」

 

 すると、店員は足を止め、目を細めて可奈美を見つめた。

 

「ああ! ケーキをものすっごく大胆に切ろうとした人!」

「ああ……そういえば、そんなこともあったっけ……?」

 

 可奈美は少し遠い目をしながら呟いた。

 店員は咳払いをして、

 

「ああ、そうそう。自己紹介だったわね。桐間紗路(きりまシャロ)よ。これからいろいろあると思うけど、よろしくね」

「うん!」

 

 今度は営業スマイルではない笑顔を見せた、シャロ。

 彼女はそのまま、可奈美を店内へ案内していく。

 そのまま後に続く、美炎、コヒメ。ココアに続いて、座席に付いた。

 

「あ、あの……っ!」

 

 遅れて席に座った清香が、目をキラキラとさせながら、シャロへ近づいた。

 

「ここって、もしかしてあのハーブの取扱数が日本有数のあのフルールドラパンですか!? 見滝原って名前を聞いた時から一度来てみたいと思っていたんです!」

「近い近いですお客様!」

 

 これまでの会話からは想像できないほど饒舌になる清香。彼女はそのまま、ぐいぐいとシャロへ顔を近づけていく。

 そのまま、清香がシャロへ詰め入るのを横目に、可奈美はココアがコヒメを隣に座らせて抱き着いているのを眺めていた。

 

「チノちゃんも来られればよかったのになあ……」

「それは仕方ないよ。チノちゃんとハルトさんが今日店番してくれたから、私達もこっちに来れたんだから」

「そうだね……それじゃあ、コヒメちゃんは何にする?」

 

 ココアはコヒメにべったりと顔を寄せながら尋ねた。

 コヒメはココアと反対側に座る美炎の腕にしがみつきながら、メニューを眺めていた。

 

「うーん……分かんない……みほのは?」

「え?」

 

 美炎は苦笑いを浮かべながら、メニューを見下ろす。彼女もまた、メニューを見ても目を白黒させていた。

 

「あ、あははは……可奈美は?」

「わ、こっち?」

 

 突然話を振られたことに対し、可奈美もまた笑ってごまかすことになる。

 

「私がこういうこと詳しいと思う?」

「思えない」

「良かったら、僕が教えてあげようか?」

 

 突然、可奈美の背後から声がかけられた。

 驚いた可奈美は、背後から肩に顎を乗せた人物に跳び上がる。

 振り返れば、オシャレな恰好をした青年が、「フフフ」とほほ笑んでいた。

 

「店員さんも忙しいみたいだし、常連の僕がイロイロ教えてあげるよ」

 

 黒い帽子と、緑と茶色のストールが印象的な茶髪の青年。彼は「ハロー」と可奈美、美炎、コヒメ、そしてココアへ挨拶した。

 

「あ、お客さん」

 

 ようやく清香を落ち着かせたシャロが、青年へ「大丈夫ですよ」と声をかけた。

 

「私が説明しますから。お客様はどうぞ、お戻りください」

「いいからいいから。シャロちゃん。僕もこの可愛い子たちとお喋りしたいし」

 

 青年はそう言いながら、可奈美の隣に腰を下ろす。

 

「君たちも、同席していいよね?」

「どうぞどうぞ!」

 

 ココアが喜んで青年を迎え入れた。

 

「君たち、若いねえ。中学生くらい?」

「え? その……」

「私高校生だよ!」

 

 中学生認定されたココアお姉ちゃん(高校生)が涙目で訴える。

 すると、シャロが青年へ耳打ちした。

 

「ココア、私と同い年なんですよ」

「そうなんだ! ふふ、シャロちゃんって高校生なんだ」

「お客様!?」

 

 シャロが甲高い悲鳴を上げた。

 青年はまた独特な笑い方をしながら、向かい席のコヒメを見つめる。

 

「君、可愛いね。誰の妹さん?」

「……」

 

 すると、コヒメはまた美炎の後ろに隠れた。

 

「あ~、ほらコヒメ。挨拶しよう?」

 

 美炎がそう促すが、コヒメはより一層美炎の腕に身を埋めてしまう。

 青年は「あ~あ」と首を振り、

 

「フラれちゃった。恥ずかしがり屋さんなのかな?」

「そんなことないはずだけど……コヒメ?」

 

 美炎がコヒメの背中をさすっている。やがて美炎の前に押し出された彼女だが、じっとコヒメは青年の顔を見上げている。

 

「あれれ? どうしたの? 僕の顔に何かついているかな?」

 

 青年はクスクスと笑いながら、コヒメを見つめ返す。

 だが、コヒメはじっと青年の顔を凝視して離さない。

 やがて、コヒメはその小さな口を動かした。

 

「お兄さんも……ちょっと変わってる」

「……?」

 

 青年のニコニコ笑顔が、少し凍り付いた。

 可奈美には、何となくそう見えた。

 

 

 

「コヒメ、ダメだよあんなこと言っちゃ」

 

 フルールドラパンから出た美炎は、コヒメにそう注意した。

 あの後、青年と少しお茶の時間を過ごしたが、その間もコヒメはずっと青年を見つめていた。幸い彼も気を悪くした様子はなかったが、ずっと見つめているのはあまり褒められた行動ではない。

 

「まあまあほのちゃん。コヒメちゃんも、そういうことはいけないって分かってくれたよね?」

 

 清香が、注意する美炎を仲裁した。

 彼女たちを見ていると、まるで家族連れみたいだなと可奈美が思っていると、ココアが「それじゃあ!」と元気よく三人へ声をかけた。

 

「まだまだ見滝原には、面白いところが一杯あるよ! 次はどこに行こっか?」

 

 ココアの提案に、美炎は回答に悩んでいる様子だった。

 一方、清香は即答で「それでしたら! こことここと、あとこのファッションショップにも行きたいです!」と雑誌のページを指差していた。

 

「いいよ! お姉ちゃんに任せなさい! コヒメちゃんはどこかある?」

 

 ココアの質問に、コヒメは答えなかった。

 彼女はむしろ、道にある一か所を凝視していた。

 

「あそこって確か……」

 

 大通りから脇道に反れた、日陰のような場所。

 その場所は、可奈美にも見覚えがある場所だった。

 

「神社だったよね。とっても狭い神社」

「お!? 神社巡りだね! コヒメちゃんも随分と渋い趣味してるね!」

 

 ココアはニコニコと答えた。

 

「よし! それじゃあ、行こっか!」

 

 結局、その神社にみんなで訪れることになった。

 一か所だけ丘になっている神社。社のから続く階段から、本堂に通じている。

 

「ここの神社、あんまり来たことなかったなあ。ここって結構大きい神社だったよね」

「そうだよ。でも、前に来た時も、結構小さかったから、あんまり私も印象に残ってないの」

 

 ココアの案内で、可奈美達は神社の社へ足を踏み入れる。

 

「あ、ちょっと待って」

 

 だが、後ろの方でコヒメと手を繋いでいる美炎が、ココアと可奈美を呼び止めた。

 

「二人とも。神社に入るときは、社の中心は通っちゃダメだよ」

「「何で?」」

「社の真ん中は、神様の通り道だから。わたしたちは、こっち」

 

 美炎は、お辞儀をして、社の端に立つ。

 可奈美とココアは顔を見合わせて、「ほうほう」と美炎に続いた。

 

「何か、とっても新鮮だね!」

「うん! そういえば、美炎ちゃんの実家って、神社なんだよね」

「そうだよ。結構巫女服で掃除とかもやってたよ」

「巫女さんだ~!」

 

 ココアがそう言って、最初に社を潜った。

 

「それじゃあ、早く行こう! コヒメちゃんのお待ちかね、神社巡りだよ!」

 

 だが。

 ココアは気付かなかった。

 可奈美、美炎、コヒメ、清香。

 四人が社を潜った途端、その姿が消失したことに。

 まるで彼女たちだけが、社の先が別であるかのように。

 

「……あれ?」

 

 突然の消滅に、ココアは振り返って言葉を失う。

 

「可奈美ちゃん? 美炎ちゃん? 清香ちゃん? コヒメちゃん?」

 

 四人の名前を次々に出しても、返事はない。

 やがて、社を出たり入ったりを繰り返しながら、ココアはずっと彼女たちの名前を呼びかけ続けるのだった。



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ラプラス

「え?」

 

 可奈美は、唖然とした声を上げた。

 ただ、周囲の景色が変わったことは間違いない。夕方に近い空は一転して真っ暗になり、冬の乾燥した空気は、一気に氷の中にいるようにさえ錯覚するほどに冷めている。

 

「どこ? ここ……?」

 

 建造物そのものは、それまで可奈美たちがいた神社と同一の造形。むしろ同じ場所だと言われた方が納得できる。この場所に朝が訪れれば、さっきまでいた場所と全く同じだと理解できるだろう。

 社の外が、暗黒が広がっていることを除けば。

 

「どうなっているんですか……?」

 

 可奈美と同じく、清香もまたいきなりの環境の変化に戸惑っていた。

 だが唯一。コヒメだけは、その表情に曇りがない。

 

「ここ……」

「コヒメ?」

 

 コヒメの様子に気付いた美炎が声をかける。

 だが、コヒメはそれよりも先に駆け出していた。

 階段を駆け上がり、一足先に境内へ入っていく。

 

「コヒメ!」

「ほのちゃん!?」

「美炎ちゃん!? 待って!」

 

 コヒメのすぐあとを美炎、さらにその後に続く可奈美と清香。

 すぐに、美炎の後ろ姿が目に入った。

 彼女は、コヒメの両肩に手を乗せており、ともに神社の全体を見つめている。

 

「あれ? ここ、こんな神社だったっけ?」

 

 見滝原に半年近く住んでいて、この場所に来たこともないわけではない。だが、可奈美の記憶にあるこの場所と、今目の前に広がっている神社の景色があまりにも違う。

 まず、ここはこれほど大きな敷地などなかった。社の先には本陣だけだったし、ここに見えるような巨大な神木も存在しなかった。

 

「美炎ちゃん」

「ああ、可奈美」

 

 美炎は、コヒメから手を離すことなく振り向いた。

 

「ここ、どこ? さっきまでいた見滝原には見えないんだけど」

「うん。私も……」

 

 可奈美は頷きながら、来た道を振り返る。

 心配そうな顔をしている清香の他にも、ココアとチノも同じ道を歩いてきたはずなのに、その姿が全く見られない。

 

「ねえ、可奈美……」

 

 美炎は、神社を静かに見渡した。

 

「ここ、なんかおかしくない?」

「おかしい?」

「うん。ほら、わたしの実家って神社だから、ついつい見比べちゃうんだけど……」

 

 その言葉に、可奈美は違和感に気付いた。

 

「そういえば、この神社……」

「何か……寂れてる?」

 

 清香もまた、その意見に同意した。

 人が出入りした気配が全くない社。

 社から階段を昇って入ったはずなのに、やはりここからも社の外には町の景色がなかった。

 

「もしかしてここって……」

 

 肌を突き刺す、薄暗い空気。この、普通の空気とは全く異なるそれを、可奈美、美炎、清香は肌で理解していた。

 

隠世(かくりよ)なんじゃ……?」

 

 刀使の力を引き出す根源である、現実世界___現世(うつしよ)の裏側であるそこは、御刀を経由して刀使の力を引き出している。

 そして。

 

「……」

 

 ここが、そんな世界の裏側だと理解した瞬間、可奈美は無意識に他の人影を探していた。

 だが、そこには暗い虚空のみが広がり、神社のほかには何もない。

 

「……いるわけないか……」

「可奈美?」

 

 がっくりと肩を落とす可奈美。

 

「ううん。何でもないよ」

「……」

 

 一方、最初にここの社を潜ることを選んだコヒメ。彼女はただ静かに、神社の一か所を見つめていた。

 

「コヒメ? どうしたの?」

 

 美炎がコヒメの傍で膝を曲げた。

 すると、コヒメが静かに告げる。

 

「感じる……何かを……」

「何か?」

 

 だが、それが何か、コヒメは語らない。

 ただ、何かに取りつかれたかのように、神社の社……と、ご神木の間にある石へ向かう。

 切り株のように、頂上部が平面になっている大きな石。高さは、コヒメの胸くらいだろうか。その周りには、太めの注連縄(しめなわ)が巻かれていた。力士が相撲でもできそうな大きさのそれを、コヒメは静かに見下ろしていた。

 静かに、コヒメはそれに手を触れた。

 可奈美もそれに倣って、大きな石に触れてみる。大理石のような冷たい手触りが、腕を通して伝わってくる。

 

「これは……何?」

 

その時。

 可奈美は、背後から猛烈な気配を感じた。

 振り向くと同時にギターケースから千鳥を抜刀、即座に振り下ろす。

 すると、厳粛な神社に、千鳥が甲高い鳴き声を上げた。

 

「何!?」

 

 それに対し、思わず美炎はコヒメを抱き寄せ、清香もまた顔を伏せる。

 可奈美が斬り弾いたのは、剣。

 灰色の、大きな圓月を描く剣だった。周囲の闇よりも尚深い闇色のそれは、深々と地面に突き刺さり、黒い影を地面に投影している。

 

「あれは……?」

 

 これまで様々な刀剣類を頭に収めてきたが、あんな形のものは見たことがない。

 巨大なサーベルのような剣だが、各所に大きな窪みがあり、その外周の長さを上げている。より殺傷力を上げる作りになっており、見るだけで殺意が伝わってくる。

 目を凝らして見ようとするよりも早く、その姿は粒子となって消えていった。

 

「何なの……今の?」

 

 美炎はぎゅっとコヒメを抱く力を強める。

 一方、可奈美は、剣が飛んできた軌道を目で予測する。

 あの剣は間違いなく、コヒメの心臓部を狙っていた。

 その殺意を理解し、可奈美は千鳥を握る力を強めた。

 

「邪魔が入ったか……」

 

 その声に、可奈美の背筋が凍る。

 それは数少ない、可奈美を剣で破った者の声。

 可奈美が敵わない剣の実力を持つ者。

 

「……っ!」

 

 それは、頭上から姿を現した。

 千鳥を蹴り弾き、そのまま可奈美へ拳を振るう人物。

 可奈美は素手でそれを受け流し、手刀で反撃する。一方の襲ってきた敵は、卓越した技術でそれに対して反撃し、大きく引き離された。

 

「……っ!」

 

 大きくジャンプし、境内に着地したその姿。

 白く長い髪と、茶色の民族衣装。特異な衣装だが、その胸元にある紋章が目を引く。

 その姿を見た可奈美は、思わずその名を呟いた。

 

「ソロ……!」

 

 ソロ。

 超古代文明、ムー大陸の血を引く最後の一人。

 二か月前、年末の見滝原上空へ、古代の大陸が復活した。その時、巻き込まれ、またその大陸を悪用した者達と敵対した青年。

 彼は静かに、コヒメを睨む。順に美炎、清香、そして可奈美を、その目に捉えた。

 

「そいつを……渡してもらおうか」

 

 彼は明らかに、コヒメに対して言っている。

 可奈美は千鳥を拾い上げながら首を振った。

 

「……どうして……ですか?」

 

 だが、ソロがそれに応えることはない。

 こちらに肯定の意思がないことを理解すると、彼は伸ばした手を下ろし、ポケットから黒と紫の機械を取り出した。

 スマートフォンに比べて、厚く、液晶画面には今の時代でなければ作れないもの。先史の時代に作り上げられたスターキャリアーと呼ばれるアイテムということは、可奈美も知っていた。

 そして。

 

「なら……力づくで奪うだけだ!」

「「「!」」」

 

 可奈美が警戒を示すよりも先に、ソロの液晶が震える。

 そして、中から飛び出してきた灰色の影。地表の影がそのまま空中に浮かび上がったような姿のそれ。両腕にあたる部分は、まるで刃のように尖っており、下半身は幽霊のように先細く、その先端部分には、目のような黄色のパーツがついている。

 

「ラプラス!」

 

 ソロが、右手を挙げながら叫ぶ。すると、ラプラスと呼ばれた影の生物は、その体を収縮させながら、彼の右手に収まった。

 

「な、何あれ!?」

 

 清香が口を防ぎながら叫ぶ。

 だがソロは、構わずラプラスが変形した剣を構えた。

 

「はあっ!」

 

 ソロが、そのままラプラスが変化した剣___ラプラスソードで襲い掛かる。

 

「美炎ちゃん! コヒメちゃんを連れて下がって!」

 

 可奈美は千鳥を抜きながら叫ぶ。

 美炎とコヒメが離れたと同時に、千鳥とラプラスソードが火花を散らした。

 

「……っ!」

 

 千鳥を伝って、ソロの力が伝わってくる。

 以前と変わらない、可奈美が知り得る物とは全く異なる部類の剣術。それは、あっという間に可奈美の剣技を越え、蹴り飛ばした。

 

「衛藤さん!」

 

 そのままコヒメに接近しようとするソロに対し、清香が御刀___蓮華不動輝広(れんげふどうてるひろ)を構える。千鳥や小烏丸に比べて刀身の短いそれを構えながらも、清香は少し震えていた。

 

「どけ」

 

 だが、そんな彼女に対し、ソロは冷徹にも告げる。

 

「戦う気がないのなら去れ」

「嫌です!」

 

 震えながらも叫ぶ清香。

 だが、それがソロの琴線に触れたのか、彼はラプラスソードを振り上げた。

 あっさりと弾かれる蓮華不動輝広。さらにソロは、その刃を容赦なく清香へ振り下ろそうとした。

 

「清香!」

 

 コヒメから離れられない美炎が叫ぶ。

 だが、そんな清香に対してもソロは容赦なく襲い掛かる。

 その剣撃は、清香をあっという間に追い詰めていく。

 

「ま、まだです!」

 

 清香は踏ん張って反撃しようとするが、ソロの技術にはとても敵わない。

 あっという間に刀身の短い御刀は宙を舞い、地面に突き刺さった。

 

「消えろ」

「清香アアアアアアアア!」

 

 無情にラプラスソードでトドメを刺そうとするソロ。だが、その刃を美炎の先端が欠けた加州清光が受け止めた。

 

「清香、コヒメをお願い!」

「う、うん!」

 

 ソロとの相手を交代した清香が、コヒメに駆け寄る。

 美炎が離れた後のコヒメは、また神社の大石に触れようとしている。彼女を守るために、清香がコヒメを抱き寄せた。

 

「アンタの相手は、このわたしだ!」

 

 コヒメの安全を確保し、美炎はどんどんソロへの攻撃の手を強めていく。さらに、美炎が織り交ぜた、複数の剣術や体術。なるべくソロにも読まれないように、一度使った技は使わないようにしながらソロを追い詰めていく。

 だが、ソロは簡単にその攻撃をいなしていった。読めるはずのない動きに対しても、ソロは受け止め、流し、見極めていく。

 

「つ、強い……!」

「美炎ちゃん!」

 

 追い詰められていく美炎へ、可奈美も加勢する。

 千鳥の閃光が、ソロを大きく後退させていく。

 

「キサマ……!」

 

 復帰した可奈美へ、ソロは刃を向けた。

 

「またオレの前に来るとはな……」

「ソロ……あなたは、今何で戦っているの?」

 

 可奈美の千鳥を握る手が震える。

 彼が、古代文明、ムーの最後の生き残りであることは知っている。

 つまるところ、以前のムー大陸の破壊は、つまるところ彼にとっては大切な場所の喪失に他ならない。

 

「あなたの故郷は……もう……」

「オレが故郷を失って悲しんでいるとでも?」

 

 だが、ソロは可奈美の予想とは真逆に、その冷たい目を見せた。

 色素が少なく、赤くなった目線に、可奈美の背筋が冷えた。

 

「オレはそんなにヤワじゃない」

 

 ソロは、そう言いながら再び古代のスターキャリアーを突き出す。

 

「ムーが無くなったところで、何も感じやしない」

 

 スターキャリアーの先が描く、不思議な紋章。彼の衣服の胸元に付いているものと同じものが、光となって現れた。

 

「ムーの誇りは、常にオレと共にある」

 

 それは、一つ、また一つと増えていく。あたかもソロを四方で包む形になる。

 ソロが両手を広げると、四つの紋章が回転を始める。

 

「オレは、ムーの誇りのために戦う。キサマらのような奴らに、ムーの誇りを汚させないために……」

 

 そして。

 

「電波変換!」

 

 彼を包む、紫の柱。そして、最後に今一度大きく現れる紋章。

 それが途切れると、ソロの姿は大きく変異していた。

 黒いボディを持つ、紫の右手を持つ戦士。あらゆるコミュニケーションを拒絶するように、その目を紫のマスクで隠した戦士。

 

「ブライ……!」

 

 それは、古代文明ムーの戦士。

 かつて、可奈美やハルトをも寄せ付けない力を発揮した猛者である。

 彼は、ラプラスソードを構える。

 

「好きな方を選べ。そいつを渡すか、ラプラスの剣のサビになるか」



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セイバーのサーヴァント

シンフォギアXD4周年!
おめでとうございます!



 衛藤可奈美。そして、安桜美炎。

 五箇伝(ごかでん)が一つ、美濃関学院。

 その中でも、上位の強さを持つ二人の刀使が、古代の剣士ブライへ刃を向ける。

 

「ほのちゃん……衛藤さん……」

 

 清香はただ、それを見ていることしかできない。ただ、少なくともコヒメを守ることだけは果たさねばと、その体を抱き寄せる。

 

「頑張って……」

 

 こんな時、力になれればなと、清香はどうしても思ってしまうのだった。

 

 

 

「行くよ!」

 

 先陣を切るのは美炎。

 烈火のごとく、怒涛の勢いでブライへ攻め立てていく。

 だが、ブライもおめおめと美炎の反撃を許すはずもない。卓越した腕前で、全ての攻撃をいなしていく。

 

「っ……!」

 

 美炎は唇を噛む。だが、それに伴う動きの低下を、ブライが見逃すはずがなかった。

 

___ダンシングソード___

 

 ラプラスと呼んだ生命体が変化した剣。それは、まさに踊るようにブライの手を離れ、宙を滑っていく。

 

「!」

「美炎ちゃん!」

 

 だが、軌道を描くラプラスソードを、可奈美が千鳥で打ち弾く。

 

「サンキュー可奈美!」

 

 一度ブライと距離を取り、美炎と可奈美は同時に告げた。

 

「「迅位!」」

 

 それは、まさに異次元の速度。

 人間の肉眼など彼方に追いやられるほどの速度は、それぞれブライとラプラスへ刃を放つ。

 

「……ラプラス!」

 

 ブライが指令を下す。

 すると、意志ある剣はそのままブライの手に収まり、刀使たちへの迎撃に乗り出す。

 ムーの戦士は、高次元の速度である刀使の速度にも追いつく。

 幾重にも重なる剣たちの音色。その中で、可奈美は顔を強張らせた。

 

「ブライ……! やっぱり……!」

「消えろ」

 

 ブライの剣技が迫る。

 可奈美と美炎は、ともに防御するが、読めない動きに、やがて弾き飛ばされる。

 

「ブライナックル!」

 

 さらに、紫の拳の雨。

 彼の紫の腕がより一際大きく輝き、紫の拳の形をした塊が放たれた。

 それは、周辺の境内を破壊しながら、刀使たちにもまた牙をむく。

 だが。

 

「させないよ! 飛閃!

 

 燃え盛る炎。渦のように巻きながら、それは美炎の加州清光に集っていく。

 

「だああああああああああっ!」

 

 薙ぎ払われる一閃の炎。それは、紫の拳を巻き込みながら、ブライへ命中する。

 

「チッ……」

 

 ブライは舌打ち。

 さらに、美炎と同じく横薙ぎから、紫の刃を放った。

 

「迅位斬!」

 

 だが、それが美炎に届くよりも先に、可奈美が割り込む。さらに素早い動きで振り下ろした千鳥が、美炎へ向けられた刃を折り落とす。折られた刃は、そのまま小さな粒子となり消滅していく。

 

「フン」

 

 鼻を鳴らしたブライは、剣から体術へ切り替える。腕、足。それぞれは、彼の左手だけで全身を支え、可奈美へ肉弾戦を挑んでいく。

 可奈美は腕でそれを防御するが、やがて彼の蹴りが、可奈美の腹に炸裂する。

 

「うっ……」

 

 腹を貫く痛みに、可奈美は顔を歪める。

 さらに、可奈美へのダメージは続く。ブライの連続蹴りは、そのまま可奈美の体を浮かび上がらせ、即座に体勢を立て直す。

 浮かび上がった可奈美へ、ブライは容赦なく斬りつけていく。

 

「可奈美!」

「大丈夫!」

 

 身動きが取れない空中にいながらも、可奈美は千鳥を巧みに動かして防御する。

 

「ほう……」

 

 感嘆の息を漏らしたブライは、さらに斬撃の勢いを増していく。

 なんとか防ぎながらも、可奈美はどんどん自らの体に負担がかかっていくことを感じていた。

 

「やっぱりこの人……すごく……冷たい……!」

「ムーの力の前に……消えろ」

 

 ブライは、さらに可奈美の体を蹴り上げる。千鳥ではなく腕で防御、その肉体を貫く勢いのそれは、さらに可奈美を打ち上げていく。

 さらに、ブライは即座に跳び上がる。振り上げた剣で、勢いよく振り下ろした。

 ブライブレイク。例え剣が変わろうとも、威力が劣ることはない彼の最強技。

 咄嗟に可奈美が防御に回した剣は、そのままブライの勢いを反らし、地面に滑り落とした。

 地面にめり込んだラプラスソードの周囲から飛び出す紫の波。それは、可奈美を迅位の速度から現実の世界に放り投げた。

 

「うわっ!」

 

 受け身を取る可奈美へ、さらにブライの追撃。容赦ない攻撃に、可奈美は転がることで回避する。

 

「逃がさん!」

 

 だが、剣を止めたブライが即座に紫の拳で地面を叩く。

 発生した紫の波は、まだ地に伏せたままの可奈美の全身を簡単に貫く。

 

「うわっ!」

 

 可奈美は悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。

 地面に突き刺さった千鳥と、異能の力を失った可奈美。

 

「衛藤さん! 大丈夫ですか?」

 

 案じる清香。助け起こされるものの、四肢が麻痺し、しばらく動けそうにない。

 もう戦えない。それは、可奈美だけでなく美炎もまた理解していた。

 

「大丈夫だよ可奈美。それに、コヒメは絶対に渡さない」

 

 美炎はそう言って、加州清光を構える。腰を落とし、烈火のごとくブライへ攻め入る。

 

「だあああああああああっ‼」

「分かりやすい動きだ」

 

 美炎の連撃を回避しながら、ブライは彼女の加州清光へラプラスソードを滑らせる。

 だが、美炎はそれをしゃがんで回避。さらに、全力を込めた一撃でラプラスソードを狙う。

 だが、それぞれはそのまま何度も打ち合い。

 やがてラプラスソードは彼の手を離れ、宙を舞う。

 ムーの剣は、深々と社の奥に突き刺さる。

 

「フン」

 

 手元を離れたラプラスソードを眺め、ブライは鼻を鳴らす。

 だが、たとえ剣がないとしても、ブライが強敵であることに変わりはない。

 

「はあっ!」

 

 ブライの、紫に燃える手から発射される無数の拳。

 美炎はジャンプでそれらを受け流し、さらに接近、加州清光を振るった。

 

「だあっ!」

 

 だが、ブライはそれを腕でガード。さらに、美炎の腹を蹴り、その頭上で回転。

 

「っ!」

 

 痛みに堪える美炎へ次に襲い来るのは、ブライの無数の格闘技。現代には彼のほかに継承者がいない武術は、即座に美炎の加州清光を弾き飛ばし、隠世の上空へ放り投げていった。

 

「清光が……!」

 

 得物を失ったことで、強制的に美炎の体の写シが解除される。

 だが、生身になった美炎へ情けをかけるほど、ムーの誇りはお人よしではない。

 

「消えろ」

 

 冷酷にも告げたブライが、そのまま美炎へ拳の攻撃を放っていく。

 すぐに耐えられなくなったその格闘技に、どんどん美炎は追い詰められていく。

 

 やがて、ダメージが重なっていく美炎。紫の拳が撃ち込まれ……

 

「美炎ちゃん!」

「ほのちゃん!」

「みほの!」

 

 三人の悲鳴が続く。

 だが。

 

「……キサマ……まさか……」

 

 殴ったままの体勢のブライから漏れたのは、驚きの言葉。

 紫の拳。当然、人体が受ければ紙のように破れてしまう。

 だからこそ、受け止める美炎に驚きが隠せなかった。両手を使い、ブライの威力が高いであろう拳を止めるその姿に。

 そして、その眼差しが赤く染まっていく。

 

「はあああああああああああッ!」

 

 その全身が、赤く滾っていく。

 

「……キサマッ!」

「刀使はね……剣術だけとは限らないよ!」

 

 美炎がそう宣言すると同時に、その動きが、人間業ではなくなる。

 荒々しい動作とともに、古今東西あらゆる格闘技を取り入れた動き。だが、その速度は生身の人間の速度ではない。迅位にさえも引けを取らない動きに、可奈美は思わず息を止めた。

その動きは、ブライが使うムーの武術にも引けを取らない。

 カポエイラを基盤とした回転蹴りでブライを牽制。さらに、システマを基にした短い息の連撃。そのほかの攻撃が、だんだんとブライとの状況拮抗を有利にしていく。

 

「そこだッ!」

 

 だが、やはり技量はブライの方が上だった。

 やがて、赤い熱を放つ美炎の動きを見切ったブライは、彼女の動きをだんだんと制していく。さらに、隙を見つけたブライの拳が、美炎の腹を穿った。

 痛みとともに、美炎の動きが鈍る。さらに、蹴り、拳が次々に美炎の体を打ち付けていく。

 

「ぐあっ……!」

 

 美炎は悲鳴とともに地面を転がる。

 ブライはそれ以上美炎に構うことはなかった。

 彼の目はコヒメへシフトされていき、やがて完全に狙いを定めた。

 

「……! ダメ!」

「ラプラス!」

 

 ブライは右手を上げながら、その名を呼ぶ。

 すると、彼の手から離れていたラプラスは、再び剣の姿となり、回転しながらその手に収まる。

 

「さ、させません……!」

 

 その前に再び立ちはだかる清香。だが、清香がまた刀を出すと同時に、ブライは簡単に彼女を切り払う。

 ラプラスの無数の斬撃を秘めたその一撃は、清香を神社の事務所に叩きつけ、彼女はそれ以上動かなくなった。

 さらに、ブライは清香へ近づいていく。

 

「きよか……みほの……!」

 

 コヒメが、迫り来るブライに対して悲鳴を上げた。

 

「コヒメ……! 逃げて!」

 

 だが、美炎の懇願とは真逆に、コヒメは腰が抜けている。動けそうにない彼女は、とても逃げきれない。

 

「お願い! 誰でもいいから! コヒメを……助けて!」

 

 だが、美炎の声に応える者はいない。

 無情にも、ブライの手は、コヒメの頭に向けて滑っていき___

 

「何でもする! わたしの全部を上げるから! だから! お願い!」

 

 その時。

 美炎の手に浮かび上がる不気味な紋章。その輝きは、彼女のフィンガレスグローブを貫通し、可奈美の目線を釘付けにした。

 それを見た途端、可奈美の顔から血の気が引いた。

 さらに、紋章のうち一部___おおよそ三分の一が消滅。

 

「誰でもいいから! コヒメを助けてよ!」

 

 そして続く、美炎の叫び。

 すると、美炎を中心に、紅蓮の炎が広がっていった。

 それは可奈美、ブライ、そして清香とコヒメをも巻き込んでいく。

 そして、その炎の中。

 誰かもわからぬ気配が、可奈美の脇を通り過ぎていった。

 

「何?」

 

 その声は、ブライのもの。

 炎が巻き上がる中、可奈美は確かに、ブライの剣が受け止められる音を聞いた。

 

「よもや、よもやだ」

 

 その声は、誰のものかは分からない。

 だが、その男性の声の主は、ブライの剣をしっかりと防ぎ、コヒメを救っている。

 ラプラスソードを防いだのは、黒い剣。

 

「死んだ後にこの状況。全く、何時の世も争いは絶えないのか! こんなときに斃れていたとは、穴があったら入りたい!」

「キサマ……ッ!」

 

 ブライは舌打ちし、横薙ぎでその男へ斬りかかる。

 ラプラスソードの斬撃に対し、男はそれを防ぐ。

 

「うむ! その太刀筋やよし! 中々に高名な剣士とお見受けする! だが、」

 

 男は、強く剣を振るう。

 ラプラスソードでの防御だけでは足りず、ブライは大きく突き飛ばされてしまう。

 そのまま、男は剣を持ち替えて地面に突き刺す。さらに、その周囲の炎の量が増えていく。

 そして。告げた。

 

「サーヴァント セイバー! 召喚に応じ参上した!」

 

 あまりの大きな声に、可奈美は思わず顔をそむけた。

 大きく目を見開いたままの彼は、そのままコヒメを抱え、倒れている美炎へ跪く。

 

「君が私のマスターか?」

「えっ……えっ……!?」

 

 目を白黒させる美炎。

 この状況の経緯を全く飲み込めてない以上、大変だろうなと思いながら、可奈美はサーヴァント、セイバーを見つめる。

 だが、セイバーは美炎から、可奈美へ目線を映していた。

 

「それとも君か!」

「いや違うよ!」

 

 セイバーは一点の曇りもなく、可奈美へ問いかけた。

 彼はおそらく、現界したはいいが、誰がマスターなのか分かっていないのだろう。

 だが、そんな不安など微塵も見せることなく、セイバーは次に清香へ問いただしている。

 

「それとも君が! 私のマスターなのか!?」

「ななななな、何ですか!?」

 

 いきなりの矛先に、清香はコヒメをぎゅっと抱きしめた。

 

「ふむ。マスターはいないのか!? サーヴァントとして召喚されたのだから、マスターがいるものだろう!」

 

 セイバーは腕を組んだまま、次はコヒメへ視線を移す。

 コヒメは、清香の袖を掴んだまま、セイバーを見上げている。

 しばらくコヒメと目を合わせていたセイバーは、やがて口を動かした。

 

「鬼の一種……か?」

「……」

「だが、その様子だと、どうやら人を害する者ではないらしい。うむ! 彼の妹と同じかな!?」

「何言ってるの?」

 

 コヒメもまた、セイバーへ警戒の眼差しを向けている。

 やがて、セイバーは「うむ!」と大きく頷いた。

 

「誰がマスターかは分からんが、令呪からこの子を守れという命令は受けている! であれば! 私は、この子を守るために、彼と戦おう!」

 

 セイバーは改めてブライと向かい合い、その黒い剣を構えた。

 

「さあ! 来い! 私が相手になろう!」

「……チッ……!」

 

 ブライは舌打ちし、ラプラスソードを構えなおす。

 

「目障りだ……!」

 

 そして、ブライが動く。

 すると、セイバーの姿は消える。可奈美が追えるか追えないかの速度で動く彼は、背後からブライを切る。

 だが。

 

「甘い!」

 

 ブライは、その動きを先読みしてみせた。振り向きざまの防御、からの格闘技。さらに、彼を逃がすまいとブライの左手がセイバーの腕を捉えている。

 

「やるな!」

 

 素直な称賛。

 至近距離のまま、ブライとセイバーは斬り合う。

 それぞれが甲高い音を鳴らしながら、二人は体を回転させながら打ち合いを続けていく。

 

「よもやよもや! これほどの剣を持つ男など、早々見当たらない!」

 

 剣を交わしながらも、セイバーは続ける。

 

「一体どれほどの鍛錬を積んできたのか! 私もぜひとも知りたいものだ!」

「黙れ」

 

 冷酷に言い捨てるブライ。

 まだ続く戦いの最中、散った炎の残滓が動き出す。

 美炎が発生させた炎たちは、だんだんと学ランのセイバーへ集っていく。

 そして。

 

「全集中 炎の呼吸」

 

 彼が腰を落とし、構えると、炎が彼に集っていく。

 そして。

 

「壱ノ型 不知火」

 

 速い。

 銃弾の速度でさえも見切れる可奈美の目が、そんな感想を漏らした。

 炎の軌道を纏った、セイバーの袈裟斬り。

 それは、ブライの体を大きく切り裂き、突き飛ばした。

 

「なっ……!」

 

 そのまま、投げられたブライの体は巨大な岩を砕く。

 コヒメがさっきまで触れていた岩。それは、ズタズタにされた注連縄を落としながら、粉々に破壊されていった。

 

「……ッ!」

 

 ブライは、自らの体で破壊してしまった岩を見下ろしながら、舌打ちをする。

 

「まだやるか!?」

 

 セイバーが、さらに追い打ちをしようかとする構えを見せる。

 ブライはしばらく、自らの体が破壊した石を見下ろし、やがて。

 

「フン」

 

 その姿は、虹色の輪郭となって消滅していった。

 しばらくセイバーもまた警戒を見せていたが、やがて彼の気配が完全に消滅したことを理解し、その剣を鞘に収めた。

 

「うん。うん。なるほど!」

 

 彼はそう言って、可奈美と美炎、コヒメ、そして清香へ振り向いた。

 

「それでは改めて問おうか! 私のマスターは誰だ!?」

 

 大声を伴った彼の問いに、答えるものはいなかった。




真司、友奈「「それじゃあまたな(ね)ー」」
ハルト「ああ。昨日はありがとうね。今日中には、美炎ちゃんたちをどこに滞在させるか決めると思う」
友奈「一人くらいだったら、ここでも大丈夫だよ! 困ったときは相談! それが勇者部! ね? 真司さん」
真司「俺も勇者部なの!?」
友奈「真司さんも勇者部だよ!」
ハルト「あはは……まあ、相談させてもらおうかな。それより、俺はこれからラビットハウスのシフトだから、また夕方かな」
友奈「いいよいいよ! いつでも相談はウェルカムかもーんだよ!」
真司「友奈ちゃん、ココアちゃんの口癖移ってるぜ……あ、ハルト。このあたり、トラック多いから気を付けろよ」
ハルト「ああ。ありがとう。それじゃあ」

トラック激突

真司「ああ! ハルトが! 今流行りの異世界転生トラックに!」
友奈「ぶつかった!」
ハルト「いやぶつからないから変身ハリケーン!」
真司「おおっ! ハルトが! ウィザードに変身して上昇して異世界転生回避した!」
友奈「地味にこのコーナーで変身するの初めてじゃない?」
ウィザード「君たち少しは俺の心配もしてよ! そして、こういう流れで始まる物語から、今回はこちらのアニメをどうぞ!」


___死んでも夢を叶えたい いいえ、死んでも夢は叶えられる それは絶望? それとも希望? 過酷な運命乗り越えて 脈がなくても突き進む それが私たちのサガだから___



ウィザード「ゾンビランドサガ! ……変身解除っと」ハルト
真司「1期は2018年10月から12月、2期は2021年4月から6月……ってついこの前じゃねえか!」
友奈「1期は結構前だからセーフだよ!」
ハルト「今の俺みたいに、家を出たらトラックに轢かれた子が、ゾンビィになって、佐賀県を盛り上げるご当地アイドルになるお話だね」
真司「初見の人は、今の説明で何一つ納得出来ないだろうけどな」
友奈「ゾンビが何でアイドルに!?」
ハルト「ゾンビじゃない! ゾンビィじゃろがい!」
真司「ハルトお前そのサングラスどっから持ち出してきた!?」
友奈「佐賀県の名所がアイキャッチや本編で紹介されたり、実際に佐賀県の観光やその他、数えきれないほどの影響を与えているよ! 気になった人は、佐賀県に行ってみよう!」
ハルト「ちなみにここの作者は佐賀行ったことないけどな!」


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うまい! うまい! うまい!

とじともに写真機能が追加されたので、手元のウィザードのフィギュアーツと写真撮影しました。
活動報告からツイッターに上げていますので、よろしかったらご覧ください


「うまい!」

 

 ハルトは、そんな声を聞きながら、皿洗いをしていた。

 

「うまい!」

 

 一口一口に対して、そんな感想がキッチンまで聞こえてくる。

 堪らなくなったハルトは、キッチンからフロアに顔を覗かせる。

 可奈美が苦笑しながら見つめている、その相手。少し時代を逆行したような学ランを着用している青年は、全く瞬きをしないまま、机に置いてある定食を口にしている。

 

「うまい!」

 

 嬉しい感想を述べながらの彼を眺めながら、ハルトは可奈美に耳打ちした。

 

「ねえ。結局、あの人何者なの?」

 

 今朝、シフトのために昨日ぶりに帰ってきた。その間、可奈美とココアが美炎たちに町を案内していた。

 しばらくして、可奈美達もまた、外から帰ってきた。

 憔悴した表情のココアと、ボロボロの可奈美、美炎、清香。そしてコヒメ。

 最後に。

 この、はきはきした表情の青年。

 

「さっきも軽く言ったけど、聖杯戦争……セイバーのサーヴァントだよ」

「サーヴァント……」

 

 その単語を聞いただけで、ハルトの顔が曇る。

 だが、可奈美は弁明するように手を動かす。

 

「で、でも! マスターは美炎ちゃんみたいだし……きっと、私達と同じ、戦わない選択だってできるはずだよ!」

「信用していいのか?」

 

 ハルトは頭を抑えながら呟いた。

 聖杯戦争。

 これまで出会ってきた、他の参加者たち。その大半は、自らの願いのために積極的に殺し合いに参加する者ばかりだった。

 愛のため、欲望のため。果ては、子供じみた夢のため。

 この青年が、彼らと同類ではないとどうして断言できるだろう。

 

「そうでなくても、そもそも二日連続で身寄りのない人が増えるって、一体どうなってるんだこのご時世は……」

 

 一方、相変わらず「うまい! うまい!」と一口ごとの感想を述べる青年。

 ハルトは、青年の隣のテーブル席で気絶している美炎たちを見つめた。

 美炎と清香はそれぞれ机に突っ伏しており、それぞれ「疲れたよ~」「助かってよかった……」と声を上げている。

 一方、コヒメは青年を見つめてながら、ハルトが先ほど出したオレンジジュースを飲んでいる。

 

「コヒメちゃん、あの人は……?」

 

 ハルトが話しかけると、コヒメはストローに付けていた口を離し、ハルトへ目線を向けた。

 彼女の人間離れした金と銅色の目が、ハルトの姿を捉え……その、ハルトの姿が別の者に見えてしまう。

 

「分からない。でも、悪い人じゃないと思う」

「だといいけど……」

 

 ハルトは、業を煮やして、青年……セイバーの向かい席に腰を落とす。

 

「セイバー。ちょっといい?」

「うむ! うまい!」

 

 肯定しているのか無視しているのか分からない彼の返答に、ハルトは滝汗を流す。

 彼の横でどんどん積みあがっていく皿を見ると、果たしてこの支払いは誰がするのだろうかと否が応でも心配してしまう。

 

「アンタは、何か願いでもあるのか?」

「うむ! 誰でも願いはあるな! 君にはあるのか!? 青年!?」

「俺はないけど。それより、この質問は結構大事なんだよ!」

 

 ハルトの声が大きくなっていく。

 だが、セイバーは構うことなく、箸を進める。

 また一口ずつ口に入れるたびに発せられる「うまい!」という感想に、ハルトは口をきっと結ぶ。

 

「それで? 願いはあるの? ないの?」

 

 だが、一切瞬きをしないセイバーは、じっとハルトを見つめる。

 

「それは先に、君が言うべきではないのか!?」

「……」

 

 セイバーの一言に、ハルトは押し黙った。

 セイバーは続ける。

 

「うむ! 君はどうやら、私がこの聖杯戦争に参加するかどういかを危惧しているようだ!」

「ずいぶんと直球で言うんだね」

 

 ハルトが言い放つ。

 だが、セイバーは構わず続ける。

 

「安心したまえ! 君が私の敵にならない限り、私もまた君の敵にはならん!」

「……そりゃそうでしょうね」

 

 ハルトは投げやりに答えた。

 

「俺が一番危惧しているのは、アンタが……」

「うまい!」

「話聞いてよ!」

 

 だが、止まらずに食を進めるセイバーに、ハルトは項垂れた。

 

「それより、君もどうだ!? これ、中々うまいぞ!」

「そりゃあ俺が作ったものだからな! それより……」

「君も食べるか!?」

「だからこっちの話を聞けって……むぐっ!」

 

 さらに、もう一度話に戻ろうとするハルトへ、セイバーは卵焼きを押しこんだ。思わずごっくんと飲み込んだハルトは咳き込む。

 

「い、いきなり何するんだ!」

「気が立っているとのは良くないぞ!」

「誰のせいでこうなってるとお思いですか!?」

 

 ハルトが机を強く叩いた。

 すると、セイバーは「はっはっは!」と笑い、

 

「うむ! やはり食事はいい! さあ、君も!」

「俺はいいってか俺今お仕事中!」

 

 ハルトはツッコミを入れながら、ぐったりと肩の力を抜く。

 

「……ねえ。ハルトさん。別に今問いたださなくてもいいんじゃない?」

 

 見かねた可奈美が、ハルトの肩を叩いた。

 

「まずは美炎ちゃんにも、聖杯戦争の説明はしなくちゃいけないし。そもそも、このサーヴァントのマスターは美炎ちゃんなんだから」

「……そうだね」

 

 ハルトは頷いて、席を立つ。

 相変わらず瞬きさえしないセイバーは、じっとハルトを見て。

 

「悩んでいるな! 青年!」

「アンタのせいだよ!」

 

 

 

 ホールをココアとチノに交代し、ハルトと可奈美は、来客たちをハルトの部屋に案内した。

 

「どうして私の部屋じゃダメなの?」

「今の可奈美ちゃんの部屋を人様に見せたくないからだよ!」

 

 さっきから叫んでばっかりになっている気がする。

 ハルトはそう思いながら、自らの部屋のドアを開けた。

 

「何? 可奈美、相変わらず片付けできないの?」

 

 クスクスと笑う美炎。

 かあっと顔を真っ赤にした可奈美は、

 

「ち、違うよ! 何度も片付けやってるよ! ただ……その、片付けている内に剣術の動画を見たくなって……」

「その部分が剣術じゃなくて恋愛漫画とかだったら普通の可愛い女の子っぽいんだけどなあ」

「ちょっと!」

 

 可奈美がハルトに掴みかかる。腕を強く振られながらも、ハルトは左手で電気を付けた。

 

「あっはは! そうだよね! 可奈美の剣術大好きは、本当にすごいもんね!」

「ああ、ようやく理解者が現れた……!」

 

 美炎が同意してくれたので、ハルトは感激を覚える。

 これまでハルトが可奈美の部屋のことを語っても、誰も信じてくれなかった。可奈美自身が誰も中に入れたがらないのもあって、ココアやチノもその惨状を知ることもなかった。

 

「本当、可奈美ちゃんの片付けのできなさはビックリするよ……あ、適当にくつろいで」

 

 「まあ、そんなに広くないけどね」と、ハルトは自虐気味に言った。

 もともとラビットハウスに備え付けられている机と、その向かいに置いてあるベッド。その足元に少しずつ置いてある大道芸の道具と、旅をしていた時のリュックに詰め込んだ着替えだけが、数少ない私物だった。

 

「あの……松菜さんが衛藤さんの部屋の内情を知っていることに誰も疑問を持たないんですか?」

 部屋の入口で、清香が尋ねた。

 だが、ハルトはけろっとした表情で答えた。

 

「だって、しょっちゅうハルトさんには片付け手伝ってもらってるし」

「この前完全に綺麗にしたのに、数日で元通りなのには参ったよ」

 

 ハルトは頭をかきながら言った。

 

「うむ! 仲良きことは良きことかな!」

 

 いつの間にか部屋の中へ先回りしていたセイバーが、窓際で宣言する。

 一方、部屋の入り口で清香が俯きながら顔を赤くしているが、構わずハルトは続ける。

 

「さて……そもそもお店じゃ話せないのは、ココアちゃんやチノちゃんを巻き込めないから。でも、美炎ちゃんには絶対に聞かせなくちゃいけないこと。清香ちゃんとコヒメちゃんは……部外者だけど、まあ刀使だから、何とかなるかもしれないけど」

「え?」

 

 清香が目を白黒させた。

 

「もしかして、これ聞いたら危ないことなんじゃないですか?」

「あー……まあ、そうかな?」

「嫌です嫌です!」

 

 清香がコヒメに抱き着きながら訴える。

 だが、狭いラビットハウスの部屋で清香がコヒメを連れて逃げるスペースなどない。セイバーが清香の壁となり、結局逃げることもできなくなっていた。

 

「あ~……まあ、諦めて」

「諦めたくないです!」

 

 だが、ハルトは続けた。

 

「いいよね? 可奈美ちゃん……」

「うん。大丈夫だよ。美炎ちゃんは強いから」

 

 ハルトの目線が自動的にコヒメへ移る。

 物珍しそうにハルトの大道芸用具につんつんと触る、人外の少女。外見を気に擦ればただの好奇心旺盛な少女にしか見えない彼女を気にしながら、ハルトはセイバーへ目線を移した。

 

「……アンタから説明してもいいんだけど?」

「うむ! だが、初対面の私の言葉より、彼女たちと見知った顔の君の方が信じやすいだろう!」

「俺もアンタのマスターとは昨日初めて会ったんだけどなあ……まあいいや」

 

 ハルトはそして、説明を始めた。

 聖杯戦争。

 そして、見滝原に来てからの戦いを。

 

 

 

「可奈美……」

 

 説明を全て終え、最初に零れた言葉は、美炎の唖然とした声だった。

 

この町(見滝原)に来て、ずっとそんな戦いを続けてたの……?」

「うん」

 

 いつの間にか部屋の隅で、腕を組んでいた可奈美は頷いた。

 

「たった一つの願いをかけた戦い。私も、ハルトさんも……その、参加者だよ」

「クリスマスのムー大陸の騒ぎは、私達も覚えてるよ。調査隊で、各地の怪物を倒したりもしてたし。でも、それも聖杯戦争が原因だったなんて……」

「その前のアマゾンだって、大きなニュースになっていましたよ。それに、この前の見滝原ドームの破壊だって、ネットニュースの一面になってましたし」

 

 美炎と清香がそれぞれ呟く。

 ハルトは頷き、

 

「美炎ちゃんの右手にある、その令呪。それが、君とセイバーを繋げているんだ」

「……」

 

 ハルトのその言葉に、美炎は令呪とセイバーを見比べる。

 ハルトは続けた。

 

「それが、聖杯戦争の参加者の証。そして、サーヴァントへの絶対命令権。使用可能回数は三回だけど、君はもう一回使ってるから残り二回だね」

「どうしてほのちゃんなんですか?」

 

 その震える声は、清香からだった。

 彼女は、コヒメを抱き寄せながらハルトへ訴える。

 

「この町に来たのは、わたしも一緒です! それなのに、どうしてほのちゃんだけ……?」

「俺にも分からないけど……」

 

 ハルトは、可奈美と顔を見合わせる。

 可奈美も、分からないと首を振って見せた。

 

「結局、条件も何も、俺たちには分からないんだ。魔力……多分、所謂オカルト的な魔力だけでなく、可奈美ちゃんみたいな異能の力を持っていたり、元々人間とは違う人が持っていたり、多少普通の人間より魔力が多い人だったり……」

 

 ふとここで、ハルトは自らの言葉に疑問を抱いた。

 蒼い髪の(アマゾンの)少女、そして凶悪な宇宙人。

 人外の彼らがマスターになったのなら、美炎ではなくコヒメがマスターになりそうなものだな、と考えてしまう。

 

「それに、それは願いにも起因する!」

 

 やはり大きな声で宣言したのは、セイバー。

 

「マスターはあの時、そこの少女を助けたいと冀った! 魔力と願いの反応で、令呪が生まれたと同時にそれを使って私を召喚したのだ!」

「それって……私と同じ」

 

 可奈美が呟いた。

 セイバーは、さらに続ける。

 

「詰まるところ、マスターの願いはその少女……コヒメ少女と言ったかな? 彼女を助けることだろう。その願いが、おそらく私を呼んだのだろう」

「聖杯が、コヒメちゃんを助けたい願いを認めたわけね……それじゃあ、次。アンタの番だよ」

 

 ハルトは、ため息をつきながらセイバーを見る。

 

「サーヴァント、セイバー! 炎柱(えんばしら)煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)だ!」

 

 ただ名乗った。

 それだけなのに、なぜか彼の雰囲気に圧倒された。

 

「……願いは?」

「誰一人として死なさん! 以上だ!」




響「さて! 今日も人助け! 誰かいないかな……?」
響「いないなあ。まあ、誰もいないのはいいことだよね」
響「ん?」
旅人「あ、どうも」
響「おおッ! なんか、バイクに跨った、いかにも旅人って感じの人が公園に!」
旅人「いかにもというより、旅人なんだけど」
響「ええッ!? この現代社会に旅人っているんだ! ……って、ハルトさんも旅人だったんだっけ?」
旅人「それより、ここは良い所ですね。穏やかで空気が澄んでる。都会の真ん中とは思えない」
響「そりゃあまあ、皆大好きな憩いな公園ですから」
バイク「あれれ? もしかして、公園に住んでるの?」
響「そうだよ! この公園のテントに間借りして住んでてバイクが喋ったあああああッ!?」
バイク「どうも」
旅人「気にしないで。それより、この季節って寒くない?」
響「寒いですけど……あ、それより時間だ! 今回のアニメ、どうぞ!」



___一人きりで 眠れない 夜に落ちても 闇の中に 瞳とじて 星の輝きに耳を澄ましてる___



響「キノの旅!」
旅人「2003年4月から7月と2017年の10月から12月に放送されたアニメだよ」
響「2003年……2003年!? 2期まで随分と間が空いたんだね!」
バイク「違う違う。これはリメイク。制作も声優も一新されて作り直したんだ」
旅人「最も、放送した話は、人気投票から選ばれているから、一部同じ話もあるけどね。あと、2005年には劇場版も公開してるよ」
響「すごい……根強い人気ッ!」
旅人「ボクとこのモロラド、エルメスが様々な国を訪れる冒険譚。どんな国でも、滞在は三日だけだって決めているんだ」
響「国?」
旅人「町のこと。今回の見滝原は、今日で三日目。また別のところに行くよ」
バイク「それじゃ、そろそろ行こうか」
旅人「そうだね。それじゃあ、お姉さん。またね」走り去る
響「か、かっこいい……! わたしもッ!」
コウスケ「行くとか言うなよ」


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最良のサーヴァント セイバー

 見滝原、その誰も寄り付かなくなった教会。

 

『わざわざ来てもらって悪かったね』

 

 そう言ったのは、教壇の上に立つ白い影。

 白い体と桃色の目。全く表情がないそれは、その瞳にハルトを映した。

 

『まさか、監督役が接触するよりも先にマスターとサーヴァントが現れるなんて思わなかったんだ。それもまさか、最良のセイバーだなんて』

「……」

 

 ハルトは、腕を組んだまま動かなかった。

 今朝、突如としてハルト、そして今隣にいる可奈美の頭に響いたものと同一の声。渋々ながらも、ハルトと可奈美は参加者である美炎、煉獄を連れてくることになったのだ。

 

『今回は、モノクマもコエムシも不在でね。僕が、君の監督役を務めさせてもらうよ。安桜美炎』

「あ、ど、どうも初めまして」

 

 言われて、美炎は慌てて頭を下げる。

 それを見たキュゥべえは、平坦な声色のまま、『うん』と頷いた。

 

『では改めて。僕はキュゥべえ。この聖杯戦争の監督役の一人だ』

「か、監督役?」

「なるほど! 君が監督役なのか!」

 

 突然の大声に、可奈美と美炎が驚く。

 

「れ、煉獄さん!」

「いきなりビックリした!」

「監督役! 聖杯戦争において、参加者を監視している役目を負っているのだな!」

 

 その大声に文句を言おうかと思ったが、やめた。

 

『そうだね。他にも、参加者を見出したり、脱落者の保護や戦いの隠蔽もしているよ』

 

 保護。隠蔽。

 

「どっちも出来てないだろ……」

 

 だが、キュゥべえはハルトの言葉を無視し、美炎へその長い尾を握手のように差し出した。

 握り返そうとする美炎の前に、ハルトが立ちふさがる。

 

「ちょっと待ってよキュゥべえ。俺たちが来たのは、美炎ちゃんの参加を……」

『聖杯戦争にそんな甘さが通じないことは、君が一番よく理解しているはずだよ。ウィザード』

 

 冷徹に。そして、淡々と。

 聖杯戦争の監督役のキュゥべえは告げた。

 

『知っての通り。この見滝原に置いて、魔力に秀でる人物のうち一部が、ランダムに魔術師に選ばれる。それがマスターであり、サーヴァントを召喚する令呪が与えられる。それは、僕たち監督役にも予測はできない。先天的な能力のこともあれば、後天的な発生だってある。君だって、まだ僕たちが接触していないマスターに出会ったじゃないか』

「……紗夜さんのことか」

『そう。まあ、彼女は前々からコエムシが見出そうとはしていたみたいだけどね。実際に接触そのものはしていなかったみたいだけど』

 

 キュゥべえは『きゅっぷい』と首を鳴らす。

 そんな監督役へ、可奈美も頼んだ。

 

「お願い! 美炎ちゃんは今、聖杯戦争に参加するわけにはいかないの! いつこの町を出ないといけないか、分からないから!」

『ならば簡単だよ。君が、短期間で勝ち残ればいい』

 

 当たり前のように、キュゥべえは断言した。

 

『他全てのマスター、サーヴァントを倒せば、君は見滝原を出られる。君の願いは……君とともにいる荒魂を助けたい、だね。いいよ。聖杯の力があれば、あの荒魂を……そうだな……人間にしてあげてもいいよ?』

「ッ‼」

 

 一瞬、ハルトの顔が歪む。

 だが、すぐに美炎の「そ、そんなことできるの!?」という声に上書きされた。

 

『できるよ。君は、その願いで聖杯を満たせばいい。聖杯は、君の願いを満たせられるからこそ、参加者に君を選んだんだ』

 

 無情に、キュゥべえは続ける。

 

「で、でもさ! そんな、戦ってまで叶えたい願いなんて……私にはないし」

 

『願いがないのに、聖杯に選ばれるなんてありえないよ』

 

「ッ!」

 

 ハルトは、右腕をぎゅっと握った。

 

『君が大切にしている荒魂を、聖杯は救える。そのために、戦えばいいさ。そして……』

 

 ようやくキュゥべえは、美炎の後ろに並ぶ煉獄を見つめる。

 ぴょんと跳び、美炎の足元を歩いて近づいていく。

 

「セイバーのサーヴァント……此度の聖杯戦争では、ずいぶんと召喚が遅れたね」

「俺が言うのも何だが! 仕方あるまい!」

 

 煉獄ははっきりと物申した。

 

「監督役! 君との会話の前に、マスターに一つ! 確認を取っておきたい!」

「え? わ、わたし?」

 

 美炎が驚いて自分を指差す。

 煉獄は続けた。

 

「安桜少女! 君が、あの少女を守りたいという気持ちは理解した! そして、そのために戦う力も持っているのも事実だろう! その上で問う! 君は、この聖杯戦争、他の参加者をその剣で斬ることができるのか!?」

 

 大声の後で流れた、水で割ったような沈黙。

 その中で、美炎は答えた。

 

「わたしは、難しいことはよくわからない。でも……いくらコヒメのためでも、他の人に御刀を向けることなんてできないよ」

 

 美炎は、腰に付けている御刀、加州清光を見下ろした。

 赤い鞘に収まっているそれは、先端が欠けている。彼女本人から聞いた話では、その破片は美炎の母親に刺さり、美炎の出産とともに消滅したらしいが、詳しくは知らない。

 

「上手く言えないけど……それじゃあ、コヒメが管理局に捕まらなくたって、絶対に笑顔でいられなくなる。わたしも、加州清光も、そんな結末望んでない!」

 

 美炎は、「むしろ……」と御刀を抜く。

 抜刀の音とともに、切っ先のない加州清光が、埃をかぶったステンドグラスの光を反射する。

 

「わたしは戦うよ! 皆の笑顔のために! 参加者の誰かとじゃない……聖杯戦争そのものと!」

「良く言った!」

 

 美炎の発言に、煉獄は大声で言った。

 

「俺も、この聖杯戦争には賛同できん! 監督役殿! 我々は、この戦いには、むしろ反対させてもらう!」

『……ウィザードたちといる時点で、まあこうなるだろうなとは思っていたよ』

 

 キュゥべえはため息交じりに言った。……本当にため息なのか、それを模しただけなのかは定かではないが。

 

『まあいいさ。どちらにしろ君たちは、この聖杯戦争からは逃げられない。君たちがどう動くのか、見せてもらうよ』

 

 キュゥべえの、仮面のような目が煉獄を見つめる。

 煉獄は、全く動じることなく宣言した。

 

「ならばしかと目撃することだ! この戦い、お前たちの思い通りにはならないことを!」

『へえ……』

 

 この時、初めて。

 キュゥべえの目が、細まった気がした。

 

「……それで、これでアンタからの用事は終わりでいいよね?」

 

 しばらく火花が散ったのを見届けたハルトは、沈黙を破った。

 キュゥべえはハルトへ首を回し、頷く。

 

「……可奈美ちゃん、美炎ちゃん、煉獄さん。帰るよ」

「う、うん」

「うむ!」

 

 全員の賛同を得て、ハルトを戦闘に教会の出口へ向かう。

 出口まで続く、赤い廊下。

 ハルト達が半分ほどの位置に着いた時、教会の扉が開いた。

 

「Hello. Master」

 

 その声とともに、入口には、ハルトたちが見慣れない青年の姿があった。

 黒いノースリーブのシャツを着た彼。ご機嫌に口笛を鳴らしながら、手に持った白い携帯電話を手玉に、悠々と歩いてくる。

 

「I finished my job which was orderd by Koemushi. ……Where is he?」

『彼は今別件だよ』

「……誰?」

 

 ハルトは、青年の顔を見ながらキュゥべえへ尋ねた。

 キュゥべえは『きゅっぷい』と背伸びしながら答える。

 

『コエムシが呼んだ処刑人だよ。君たちの他にも、聖杯戦争に参加しない参加者はいるんだ』

「……処刑人!」

 

 ハルトと可奈美は、同時に身構える。

 すると、青年は嬉々とした表情を見せた。

 

「Hey! How come! Are you also the participants? So shall I destroy all of you?」

 

 彼はそう言いながら、手にした白い携帯電話を開いた。ポチポチとボタンを操作しているようだが、ハルトの位置からは見えない。

 ただ、携帯電話を胸元で握った彼の顔が、勝気に笑んだということだけははっきりした。

 

『今その必要はないよ。僕はどちらかというと、処刑人は必要ないと考えているんだ。彼らもまた、聖杯戦争の運営には必要だよ』

「Oh……」

 

 キュゥべえの仲裁に、処刑人は残念そうに項垂れる。

 ハルトはキュゥべえへ振り返った。

 

「もしかして……その、俺たち以外の参加者って……」

『安心したまえ。君たちがあずかり知らぬ参加者だよ。どうやら、始末してきたようだね』

「Of course. I do whatever got ordered. So why don’t you order me to destroy them?」

『僕は、彼らのような戦いを止める者たちもいていいのではと考えている。そもそも、君を呼んだのはコエムシだから、彼に直接言いたまえ。それとウィザード。ここでの戦いは、認められないからね』

 

 キュゥべえの指摘に、ハルトはドライバーオンの指輪をホルスターに戻した。

 

「Ok. So this time, I don’t care you. Just leave here」

 

 処刑人はそう言って、廊下から重心をずらす。

 ハルトは可奈美、美炎、煉獄と顔を合わせ、頷きあう。

 そのまま、何事もなく廊下を通過。処刑人の前を通り過ぎ、そのまま外へ出た。

 だが去り際、処刑人はハルト達へはっきりと告げた。

 

「Remember me. Taking care all of you is part of my job. Let me see you again」



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革命レボリューション

トリガーのゼぺリオン光線がゼぺリオン光線すぎて感動しました


 セイバー……真名、煉獄杏寿郎。

 彼が美炎のもとに来てから、数日が経過した。

 美炎、清香、コヒメ、そして煉獄杏寿郎。聖杯戦争の参加者、およびその関係者が一気に四人も増えたが、彼らの居場所をまずは確保することが急務となる。

 結果、ラビットハウスのオーナー、香風タカヒロの知り合いが経営するアパートに入ることになった。

 そして、その家賃を稼ぐために。

 

「よく来てくれた!」

 

 と、杏寿郎がラビットハウスのホールに立つことになった。

 美炎、清香、そしてコヒメは、それぞれコヒメの今後について探るため、色々なところへ調べものをしているようで、当面の生活費は、煉獄頼りになっている。

 その分、ハルトと可奈美のシフトは減り、結果ラビットハウスに入れる家賃以外、手元に残る金額も少なくなってしまった。

 

「なるほど。そんなことが……」

 

 ハルトの言葉に相槌を打ったのは、背の高い少女。

 クールな色合いの和服を着こなす、長い髪を後頭部でまとめた少女は、胸に盆を抱えながら頷いた。

 

「今でもご苦労されているんですね」

 

 なけなしの現金を使ってでもハルトが訪れた甘味処。

 ココアの友人の一家が経営する、甘兎庵(あまうさあん)

 おおよそハルトにとって縁がない場所に足を踏み入れた理由は、この少女にあった。

 

「少しは労ってほしいよ……」

 

 そう言って、ハルトはぐるりと甘兎庵を見渡した。

 以前来た時と同じ、和風の老舗。檜の匂いがするが、今時のトレンドとしては合わないのか、客は年配の人が多い。

 

「随分と馴染んだね。紗夜さん」

「おかげさまでどうにか」

「良かった。……日菜ちゃんとはどう?」

 

 氷川紗夜(ひかわさよ)。そして、日菜。

 聖杯戦争の参加者になってしまった紗夜。彼女は以前、コンプレックスに負け、フェイカークラスのサーヴァントに利用されたことがある。

 そして先月、ハルト、そしてココアに憑りついていた光の使者の協力により助け出し、結果聖杯戦争から降りることができた。

 紗夜は微笑し、

 

「今はまだ……ただ、前よりもちゃんと、日菜を見て話すことはできています」

「それって、大きな一歩だよ」

「ありがとうございます。全部、松菜さんの……あと、保登さんのおかげです」

 

 どことなく、彼女の顔が赤くなったようにも見える。

 その時。

 

「紗夜ちゃん、紗夜ちゃん」

 

 別席に座る年配の女性が、紗夜を呼ぶ。すぐに応対した紗夜だったが、彼女は「いいのよそこで」と止めた。

 

「若いっていいわねえ。眩しいわ」

「ち、違いますよ」

 

 紗夜が照れた表情で否定した。

 だが、女性は「おほほほ」とマダムらしい笑い方をして、向かい席に座っている同姓の友人らしき人物との話に戻った。

 

「な……何だったんだろう」

「知りません」

 

 紗夜がきっぱりと言い切った。

 

「あと、時々日菜も来てくれるんです。何でも、私のことが心配らしくて。心配なのはこっちのほうなのに」

「いいじゃん。前も言ったけど、こっちに何かを向けてくれる家族がいるって、本当に素晴らしいことだからね。……さてと」

 

 ハルトは頭を掻いて、メニューを見下ろす。

 相変わらず、看板娘の少女が作り上げた独特なメニュー名で、見るだけでも頭が痛くなってくる。

 

「やっぱり、ここのメニュー凄まじいな。何だよ、千夜月って……あの子の名前そのまま使ってるじゃん……」

 

 そのほかにも、無数の漢字が所せましと並んでいる。中には、常用漢字には属していないものもある。

 

「漢字多すぎる……これ、漢語の教科書じゃないの?」

 

 そうして、目を泳がせていくと、下のほうに目立つメニュー名があった。

 それは。

 

 革命レボリューション

 

「えっと……紗夜さん? これ、何?」

「私が考えた、新しいメニューです。当然、宇治松さんにもおばあさんにも許可は頂いています」

 

 紗夜が悪びれることもなくふんすと鼻を鳴らした。

 

「それは……つまり、これを名付けたのも紗夜さんということで……」

「当然です!」

 

 と、紗夜は胸を張る。

 

「このお店で働かせていただいて早数週間。新たなお客様を呼ぶために、この店には革命が必要だと思いました」

「うん。そこまではまだ分かる」

「革命……つまりレボリューション!」

「訳しただけじゃん」

「だから、次のメニュー名を革命レボリューションにしました」

「だからどうしてそうなる!?」

 

 改めて目を凝らして見れば、メニューにも少しずつ変化があった。

 看板娘の千夜が作った和風単語が並ぶ独特なメニュー。だが、それを追いかけるように、洋風の技名のようなメニュー名もまた追いつけ追い越せとばかりに並んでいる。

 

「えっと……『漆黒の叫び(シャウト)』『新たな側面(アスペクト)』『火の(バード)』……何で半分英語なんだよ……」

「いいでしょう?」

 

 紗夜の鼻息が荒い。

 

「これからのグローバル化の時代。老舗の和菓子と言っても、和洋折衷は必定。これがなければ、時代に取り残されてしまいます」

「和洋折衷すればいいってものじゃ……これは雰囲気ぶち壊しって言う奴じゃ……」

 

 だが、紗夜の暴走はもう止まることはなかった。

 

「松菜さん!」

「は、はい!」

 

 思わず直立して返事をしてしまった。

 紗夜は続ける。

 

「是非! 食べてみてください!」

 

 そう言って紗夜がハルトの机に置いたのは、巨大な甘味。

 どんぶりのお椀に、あんこや大福、団子などがギチギチに敷き詰められている。見るだけでげんなりしてくる勢いのそれは、ハルトの顔を青く染めるのに十分な威力を誇っていた。

 

「な、何これ?」

「さっき説明しました、革命レボリューションです」

「お、おう……」

「旧態依然とした和菓子を脱するべく、洋菓子の材料も一部使っています。これこそ、革命の味です!」

「この子、こんなキャラだったか……?」

 

 その豹変ぶりに困惑していると、店の呼び鈴が鳴る。

 

「あ、ごめんなさい松菜さん。また後で。いらっしゃいませ」

 

 紗夜はそう言って、新しい客への対応に向かう。

 そんな彼女の後姿を眺めながら、ハルトは紗夜の力作へスプーンを立てる。

 

「やっぱ……食べなきゃだめだよね……?」

 

 そう言いながら、ハルトは一口、噛みしめる。

 味を感じないものの、その量と雰囲気だけで、ハルトの勢いを殺すのには十分だった。

 

「軽く紗夜さんの様子を見に来ただけのつもりだったんだけどなあ……まあ、元気そうで良かったけど。それより、これどうしようか……」

「お? 久しぶりの顔だ!」

 

 そんな声が、悪戦苦闘を重ねるハルトにかかって来た。

 見上げれば、そこには青い髪の中学生くらいの少女がいた。

 ボブカットで活発そうな顔つきの少女は、にいっとした笑顔でハルトを見下ろしている。

 

「よっ! 大道芸人さん」

「さやかちゃん……!」

 

 思わず口から出てきた、少女の名前。

 美樹さやか。見滝原において、ハルトが最も忘れることができない名前の一つだった。

 

「松菜さん、お知り合いですか?」

 

 さやかを奥の席へ案内しようとした紗夜が、こちらに気付く。

 ハルトの返答よりも先に、さやかが答えた。

 

「知り合いも知り合い! 大知り合いだよ! ね? ハルさん!」

「は、ハルさん?」

 

 さやかがハルトの肩に寄りかかる。

 一瞬紗夜が「ハルさん?」と不機嫌そうな顔を見せたが、すぐに平静を装う。

 

「相席にされますか? 松……ハルト(・・・)さん」

「あれ? 紗夜さん、俺のこと名前で呼んでたっけ?」

「はいはいはーい! いいよね? ハルさん!」

 

 さやかがハルトの言葉を取った。

 そのまま「どうぞ」と通した紗夜は、他の客のオーダーを取りにそそくさとその場を離れる。

 

「さやかちゃん……」

「久しぶりだね、ハルさん。いや、ここはウィザードって呼んだ方がいいのかな?」

 

 さやかがハルトの向かい席に座りながら挑発する。

 肘を付きながら、彼女はハルトの顔、そしてその手元にある革命レボリューションを見下ろす。

 

「うわっ! 何これスゴイ! アンタ、もしかしてすっごい甘党?」

「いや、そうじゃないんだけど」

 

 ハルトはそう言いながら言葉に迷う。紗夜は、オーダーを処理するために一時的にホールを離れているものの、なんと言えばいいのか分からなかった。

 

「あ! 分かった! あの店員にもらったはいいけど、思ったよりボリュームがあって困ってるんだ!」

「大体あってるけど声がでかい!」

 

 ハルトは慌ててさやかの口を封じる。

 幸い、紗夜には聞こえていないようで、心底安心した。

 

「えへへ……ごめんごめん」

 

 さやかは笑いながら、革命レボリューションを再び見下ろした。

 

「ねえ、アンタこれ食べきれないんでしょ? だったらもらっていい?」

「え? いいけど君は……」

「うっしゃあ! んじゃ、遠慮なくいただきます! アンタの奢りってことでいいよね!」

 

 さやかは言うが速いが、早速ハルトの前の大山を自らの手元に寄せる。

 

「お、これ美味しい美味しい! ねえハルトさん、これ結構イケるよ!」

 

 さやかはスプーンでバクバクと食べながら、そう断言した。

 ハルトはそんな彼女を見て、やがて少し体の重心をさやかから引き離した。

 

「……ねえ。本当に、美味しい?」

「ん? 何言ってんの? 当然じゃん」

 

 さやかはそう答える。

 

「うん、この絶妙なクリーミーさとか、このラムネっぽいのの刺激とか、もう夢中になるよ!」

「……そう。……そっか」

 

 ハルトはほほ笑みながら、さやかがどんどん食べていくのを眺める。

 やがて、その膨大な容量の半分以上が彼女の腹に収まっていったところで、ハルトは口を開いた。

 

「さやかちゃん。その……聞いてもいい?」

「ん?」

 

 スプーンを口に咥えたまま、さやかが疑問符を上げる。

 

「その……大丈夫? 生活とか」

「あっははは! 何それ? アンタ、あたしのお父さんか!」

 

 さやかは腹を抱えて大爆笑に陥る。

 ハルトは少し気まずくなりながらも続ける。

 

「いや、本気で聞いてる。なんか……不便とか、ない?」

「前も聞いてたよね。うーん、そういえばさあ、やっと期末試験終わったと思ったら、今度はおこづかいが足りないんだよねえ。ちょっと貸してよお父さん」

「誰がお父さんか」

 

 ハルトは思わず、さやかの頭にチョップする。

 

「痛っ」

「あっ」

 

 思わずノリツッコミをしてしまったハルト。

 周りの目が厳しいものになる前に、誤魔化しもかねて勢いよく話を続ける。

 

「そうじゃなくて……その……」

「やめてよ。そういうの」

 

 さやかの声が、一転して冷たくなる。

 

「アンタ、あたしに引け目でも感じてるの?」

「……」

 

 ハルトは目をさやかから下げる。

 彼女の手元にあるお茶。茶色の液体だが、その内側に、やがて魚の形をした水の塊が泳いでいた。

 

「……」

「上達したでしょ?」

 

 一方、さやかはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「まあ、どうでもいいけどね。アンタ、あたしのことがあった後もファントム倒してるんでしょ?」

「……」

「それとも、やっぱりあたしが言ったこと、信用できない?」

 

 その言葉とともに、さやかの顔に妖しい紋様が現れた。

 ラッパの顔をした人魚の顔。

 だが、ハルトが息を呑むと同時にすぐにそれは消滅し、妖艶な笑みを浮かべたさやかだけが残った。

 

 

 

「……う……そんなに食べてないはずなのに、腹が重い……」

 

 ハルトは小声で呟きながら、帰路を歩いていた。

 二月の太陽は沈む速度も速く、すでに青空は夕焼け色に染まっている。冷えた空気は、いまだに安い防寒具を貫通してハルトの体を冷やしていった。

 

「……で」

 

 ハルトは大きくため息をついた。

 

「なんで付いてきてるの?」

「え? いいじゃん別に」

 

 ハルトの後ろに付いてきている少女、美樹さやかは当然のように笑いながら言った。

 

「期末試験終わってクタクタなんだ。なんか奢ってよ」

「……たかりに来たの?」

「ダメ?」

「……」

 

 ハルトは少し考えながら、再び歩きだす。

 

「今、俺結構金欠だからね。少しだけならだよ」

「ラッキー! 言ってみるもんだね」

 

 さやかはピースサインをしながら言った。

 結局ハルトは、甘兎庵に続いて、ラビットハウスでの出費を考えて、財布の中を確認しなければならなかった。




コウスケ「ギブミーチョコオオオオオオオ!」
響「うわっ! どうしたのコウスケさんいきなり!?」
コウスケ「生まれてこの方二十年、親からしかもらったことがないんだよ!」
響「チョコ?」
コウスケ「バレンタインのな!}
響「あ、ああ……そういえば今日バレンタインだったっけ?」
コウスケ「ちくしょおおおおおおおおッ! 大学じゃ誰もオレにそんなイベント持ち込んでくれねえし! やってられるか!」
響「そもそもこの前のでコウスケさん春休みに入ったんじゃ……」
コウスケ「こうなりゃヤケだ! 今回のアニメ紹介はオレが全部やってやる!」



___大嫌いから(大嫌いから) 大好きへと(大好きへと) 変わる心についていけないよ___



コウスケ「ゴフッ」
響「コウスケさんが吐血して倒れた!」
コウスケ「羨ましすぎて……死にそう……」
響「コウスケさーん! カンペ! 紹介してってカンペがッ!」
コウスケ「あとは……頼んだ……ガク」
響「コウスケさーんッ! コウスケさんをやっつけちゃったのは、五等分の花嫁!」
響「貧乏学生の上杉風太郎君が、落第寸前の五つ子の家庭教師をやっていくお話だよ!」
響「あれ? コウスケさんまだ起きない……五つ子は、みんな可愛い女の子! でも別にコウスケさんが死んじゃうほどいい目ばっかり見てる訳じゃないんだけどなあ……」
響「放送期間は2019年の1月から3月。二期が2021年の1月から3月だよ! コウスケさん、もう終わったから起きて! 私が……私が……」
響「ラビットハウスで、なんか作って来るからあああああああッ!」猛ダッシュ
コウスケ「ひ、響……待て……ガク」


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帽子の青年

戦隊とライダーのコラボ回、やっぱり好きなんですよね。

……今回のは色々ゼンカイ脳に浸食凄まじかったですけど。お兄様ェ……


「ようこそ!」

 

 煉獄は、腕を組んだまま、はっきりとそう告げる。

 

「よもやよもやだ! よく来てくれた! さあさあ、こちらに着いて! オススメはこちらだぞ!」

 

「どうした!? さあ、どうぞこちらへ!」

 

「そうか! それはとてもうまいぞ!」

 

「お客様! いらっしゃいませ! さあさあこちらへ!」

「れ、煉獄さん! ここはそんなに大声出さなくていいから!」

 

 声が大きな新人へ、可奈美が慌ててフォローに入る。

 

「ここは、穏やかに穏やかに! そんなにブワってやらなくてもいいから!」

「ふむ! ブワってやればいいんだな!」

「だから違うって! あ……ごめんね、ほむらちゃん」

 

 ずっと門戸で立ち止まっている中学生の少女へ、可奈美はほほ笑んだ。

 暁美ほむら。

 見滝原中学の生徒であり、聖杯戦争の参加者でもある少女。

 最強クラスのサーヴァント、キャスターを従える彼女は、これまで可奈美やハルトとも何度も対立し、時には共に戦ってきた。

 そんな彼女は、時折情報収集のためだろうか、ラビットハウスに訪れる。

 

「……何なの? この店員」

 

 ほむらは目を細めながら、煉獄を睨む。

 だが、煉獄はそんな状況にあっても、決して折れることはなかった。

 

「うむ! 初めましてだな! 私は……」

「わーっ! 煉獄さん! 自己紹介はいいから案内して! ほら、ほむらちゃん! こちらへどうぞ」

 

 可奈美は悲鳴を上げながら、ほむらを案内する。

 ほむらは数秒煉獄を睨み、

 

「……松菜ハルトはどうしたの?」

「今は丁度市場へ仕入れに行ってるよ。そういえば、遅いなあ……どこかでサボってるんだねきっと。その……」

 

 今、彼女が何か動きをすれば、今の自分に食い止める手段がない。

 警戒の心を思い浮かべた可奈美だが、ほむらはすぐに首を振った。

 

「……別に、こんな真っ昼間から殺し合いなんてする気はないわ。キャスターもいないし」

「そう。よかった」

 

 可奈美は安堵の息を吐く。

 だが、ほむらは可奈美を見ることなく、ずっと入口に突っ立っている煉獄を睨んでいた。

 

「キャスターの索敵能力で、この前不信な魔力を感じたって言ってたけど……まさか、新しい参加者なの?」

「う、うん……」

 

 可奈美は頷いた。

 すると、煉獄は尋ねられてもいないのに名乗りを上げた。

 

「うむ! セイバーのサーヴァント、煉獄杏寿郎だ! よろしく頼む!」

「……よろしくされる理由もないのだけど……」

 

 ほむらは目を細めながら言った。

 

「貴方といい、衛藤可奈美といい……忘れてない? 私達は殺し合う間柄なのよ」

「気にするな!」

 

 あまりにも堂々とした発言に、ほむらは言葉を失った。

 

「戦わなければ、何も起こらん。誰も死ぬこともない! それがいい!」

「……この男、バカなの?」

「あはは……」

 

 苦笑する可奈美。

 そこへ、白い人物が歩いてきた。

 

「お、お水をどうぞ……」

「コヒメちゃん!? なんで……?」

「うむ! お店を手伝いたいと申し出てな! マスターがコヒメ嬢のことを調べる合間、ここにいるとのことだ!」

「そういうことは最初に私とタカヒロさんに言って!」

 

 可奈美はそう悲鳴を上げる。

 一方、そんな可奈美の苦心などどこ吹く風、トコトコと左右に揺れながら、盆に乗せたグラスをその小さい手でほむらの前に置く。

 その愛らしさに、可奈美は思わず笑ってしまった。

 

「うむ! いい心がけだ!」

「まあ、立派だけど……」

 

 でも、荒魂が接客って大丈夫なのかな、と可奈美は疑問に思った。

 そんな物思いの最中、更なる呼び鈴が、可奈美の意識を引き付ける。

 

「いらっしゃいませ」

 

 それは、ハルトや煉獄と同世代の青年だった。

 

「ハロー! いいお店! おや? 君はこの前の……」

「フルールドラパンの……!」

 

 以前、フルールドラパンで出会った青年。帽子、ストール、ウェーブがかった茶髪と、全ての特徴が一致していた。

 あの時と変わらない、ニコニコ笑顔を見せる青年は、店内を見渡しながら静かに席に着く。

 

「へえ……オシャレなお店だなあ」

 

 あなたの方がよっぽどオシャレですよ、と思いながら、可奈美は彼の座席に水を置く。

 

「ご注文はいかがなさいますか?」

「うーん、そうだなあ……?」

 

 青年は顎に手を当てながら、

 

「じゃあ、オススメのコーヒーを頂戴。なんか温まる奴。今日寒いしね」

「かしこまりました!」

 

 注文を承った可奈美は、早足でカウンターに戻っていく。剣術にも匹敵するくらい、動きが染みついた流れで、可奈美は焙煎したコーヒーを淹れた。

 それと入れ違いで、コヒメがまた水を机に置いた。

 

「どうぞ」

「お? フフフ、ありがとう!」

 

 青年はコップを受け取りながら、コヒメへ笑顔を見せる。

 

「君可愛いね。ここのお手伝いさん?」

「は、はい……」

 

 コヒメはお盆で顔を隠しながら頷いた。

 青年は続ける。

 

「まだ幼いのに偉いね。君、この前はあんまり僕と話してくれなかったけど、改めて聞かせて。お名前は何て言うのかな?」

 

 青年はコヒメの頭を撫でながら尋ねた。

 さすがに注意しなくてはと可奈美が口を開くと、それよりも先に他の声が先導する。

 

「やめなさい」

 

 ぴしゃりと、後ろの席のほむらが言い放った。

 

「あれれ? どうしたのお姉さん」

「店員に変に絡むのはやめなさい。品が知れるわよ」

「おやおや。怖いお姉さんだ」

 

 青年はにいっと笑いながら、コヒメの頭に置いた手を離す。

 コヒメはお辞儀をしながら、トコトコと可奈美のところに戻って来た。

 

「かなみ。あの……」

「いいんだよ。あのお客さんには、私から……」

「よもやよもやだ」

 

 だが、可奈美が注意に向かうよりも先に、煉獄が青年のもとへ向かう。

 

「お客人! もし、話し相手が必要ならば、コヒメ嬢ではなくこの俺が相手になろう! 何かお悩みでもあるのかな!」

 

 ぐいぐいと煉獄は、青年に絡んでいく。

 

「さあ! 何でも言ってくれ!」

「いやあ、別に悩みは……」

「そうか! それはよかった!」

 

 煉獄が本気で言っているのか、それともコヒメを守るために言っているのか、可奈美には分からない。

 だが、青年は誤魔化すようにコーヒーを口にした。

 やがて煉獄が入口に戻っていくと、青年はコーヒーから口を離した。

 

「あ! そうそう……」

 

 青年は思い出したように可奈美へ問いかけた。

 煉獄が再び彼へ足を向けようとするよりも先に、青年は先を紡ぐ。

 

「僕、ここに知り合いがいるって聞いてきたんだよ」

「知り合いですか?」

 

 煉獄は足を止め、持ち場に戻った。

 

「ハルト君はいないの?」

「え?」

 

 突然の名前のカミングアウトに、可奈美は目が点になった。

 

「ハルトさん? もしかして、ハルトさんのお知り合いですか?」

「ふふっ! まあね。古い付き合いだよ」

「古い付き合い……」

 

 ハルトに、長い知り合いがいたことなど、可奈美が知る由もなかった。

 青年はコーヒーの香りを一通り楽しんだ後、口に付けた。

 

「ん、いいねこれ。落ち着くなあ」

 

 青年は「うんうん」と香りを楽しみながら、コーヒーを啜る。

 

「あ、ねえねえお姉さん。砂糖もらってもいい?」

「はい、どうぞ」

 

 可奈美は青年へ、砂糖を差し出す。

 

「ありがとう」

 

 彼伝てに、ハルトのことを聞くものでもないだろう。

 その時、可奈美は。

 ハルトのことを、全く知らないな、ということを思い出した。

 結局、彼は出された砂糖を淹れることなく、ラビットハウスを出ていった。

 

 

 

「あ、ハルトさん」

 

 可奈美は片付けをしながら、帰ってきた同居人へ笑顔を見せる。

 

「おかえりなさい」

「ただいま~」

「結構遅かったね」

「ああ。ちょっと甘兎庵に行ってた。買ったのはもうコネクトで送ってあるから」

「甘兎庵かあ……紗夜さんは元気?」

「ああ。結構馴染んでた……いや、あれは馴染みすぎてたかな」

 

 ハルトはどこか遠い目をする。

 

「私、先月くらいにも甘兎庵に行ってみたけど、あそこって紗夜さん大丈夫なのかな? 紗夜さんみたいな真面目な性格だと結構苦労するんじゃないかなって思ったんだけど」

「あー……うん。昨日までの俺も、同じこと考えてたよ」

「?」

 

 可奈美が首を傾げる。

 だが、そんな可奈美の思考は、別の声によって遮られた。

 

「おっ! 可奈美だ! お久お久~!」

 

 ハルトの後ろから、元気な挨拶が聞こえてきた。

 青いボブカットの、可奈美と同じくらいの年の少女。彼女はハルトを通り越して店内に入る。

 

「……アンタ……」

「……」

 

 そして、ほむら。

 彼女はコーヒーを口にしながら、優雅な恰好でさやかを見つめていた。

 

「美樹さやか……まさか貴女がここに来るとは思わなかったわ」

「そりゃこっちのセリフだよ転校生! 結構洒落た喫茶店に入り浸るんだね」

 

 それ以上、二人の間に会話はなかった。

 ほむらも静かにコーヒーを飲み、さやかも大股でカウンター席に座る。

 

「うっしゃあ! 今日はハルさんの奢り! 右から左まで全部頼もうか!」

「え? ハルトさん、何かあったの?」

 

 可奈美が驚いた目線をハルトに投げかける。

 ハルトはげんなりしながら説明した。

 

「甘兎庵でたかられたんだよ。……気にしないで。俺が出すから」

 

 ハルトはそう言って、可奈美と入れ替わりでホールに入る。

 

「さてと。えっと……」

 

 ハルトは手で、豆が入った容器を取る。

 

「何がいい?」

「一番高い奴で」

「オッケー。一番安い奴ね」

「ちょっとォ!」

 

 さやかの悲鳴を無視して、ハルトはラビットハウスのオリジナルブレンドを淹れる。

 普段と変わらないコーヒーと、さらにサンドイッチをパッパッと作って皿に乗せる。

 

「……はい。ランチセット。試験お疲れ様。本当に俺の奢りでいいよ」

「おおっ! ありがとハルさん! やっぱり言ってみるもんだね!」

 

 さやかは大喜びで手を合わせ、サンドイッチを手に取る。

 

「うんうん! 美味しい美味しい!」

「……」

 

 ニコニコ笑顔のさやかを、ハルトはぼうっと眺めていた。

 

「さやかちゃん、凄い食べっぷりだね……あ、そうだハルトさん」

 

 さやかの食事を眺めていると、可奈美はふと思い出した。

 

「今さっき、ハルトさんのお友達が来てたよ」

「友達? それ、可奈美ちゃんが知らない人?」

 

 だが、ハルトの顔は明るくなることはなかった。むしろ、首を傾げながら続けた。

 

「可奈美ちゃんが知らない、俺の知り合いなんて、見滝原にはいないはずだけど……?」

「え? そんなこと言われても、実際にその人ハルトさんのこと知ってたんだよ」

「……誰?」

 

 ハルトが、だんだん怪訝な表情になっていく。

 可奈美は脳裏に思い浮かべた、さきほどの客のことを伝えた。

 

「前に一度フルールドラパンで会ったことある人なんだけど……」

「その情報すら俺聞いたことないから何も言えないね」

「なんか、ずっとニコニコしている人だったよ。茶髪のウェーブヘアの男の人。挨拶が『ハロー』っていうのにはビックリしたかも」

 

 その情報を伝えると、ハルトの顔が、怪訝から真っ青に塗り替わっていく。

 そして。

 

「ハルトさん!?」

 

 ハルトはラビットハウスを飛び出していった。

 

「ど、どうしたのハルトさん!? えっと……ほむらちゃんさやかちゃん! ごゆっくり! コヒメちゃんと煉獄さん、お店あと、お願い!」

「む?」

 

 新人と言う立場を忘れ、可奈美は煉獄にラビットハウスを任せてハルトの後を追って店を飛び出した。

 暗雲がたちこめる春の町を、ハルトは見渡していた。

 

「ハルトさん、どうしたの?」

「どこだ……奴は……どこに!?」

「やっぱり、知っている人なの?」

 

 だが、ハルトは答えない。

 

「ハルトさん!」

 

 ハルトはそのまま、道を走っていく。

 すでにあの青年の姿はどこにもない。ハルトはただ、あてもなく走り出したのだ。

 

「ハルトさん! 待って!」

 

 幸い、ハルトよりも可奈美の方が速い。ハルトの腕を掴まえて、その動きを止める。

 

「どうしたのハルトさん!? いきなり取り乱すなんて、ハルトさんらしくないよ!」

「奴が……アイツが、見滝原に……!」

「アイツ?」

 

 だが、ハルトは答えない。

 ただ一つ。

 彼の目は、これまで見たことがないほど血走っていた。



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昔からの知り合い

『ガルーダ プリーズ』

 

 赤いプラスチック状の物体がそれぞれ組み合わさり、やがて鳥の形となる。

 最後のパーツとして、ハルトはその胸元に指輪を装填する。

 

「ガルーダ! 奴がいる!」

 

 仮初の命を得た赤い使い魔、レッドガルーダが産声を上げると同時に、ハルトが怒鳴った。

 すると、ガルーダはたじろき、ハルトの頭上を旋回。すぐさま、どこかへ飛び去って行った。

 

「ハルトさん?」

 

 可奈美は、そんなハルトの表情を恐る恐る見上げていた。

 彼がここまで取り乱すことは見たことがない。

 だが、ハルトは左右を激しく見渡しながら、どんどん走っていく。

 

「ま、待ってハルトさん! さっきの人、誰なの!?」

 

 だが、ハルトは止まらない。すでに可奈美のことなど忘れたかのように、人をかき分け、ジャンプで道順を省略していく。

 刀使として、普通の人以上の身体能力を持っていると自負している可奈美だが、それでもその動きは、目を見張るものがあった。

 

「っ!」

 

 可奈美は、慌てて足を止めた。その直後、可奈美の前を大型車両が通過した。

 大きな車両。目の前の車道にある障害物により、可奈美は止まらざるを得なかった。

 

「ハルトさん!」

 

 車に阻まれたのは、ほんの一瞬。だが、その一瞬ハルトから目を離したすきに、その後ろ姿は可奈美の前から消失してしまった。

 

「え!?」

 

 可奈美は急いでハルトがいた場所に向かう。

 だが、いくつにも分かれた道からは、ハルトの姿が確認できない。

 戸惑いながら、可奈美はハルトの姿を探した。

 

 

「ハルトさん……一体どこに行ったんだろう?」

 

 可奈美は、とりあえずと右側の道を進む。木組みの地区特有の、西洋クラシックな街並みが続くが、ハルトの姿は一切現れない。

 だが、白と茶色が多く使われているその中で、その赤は非常に目を引いた。

 

「ガルちゃん!」

 

 その声に、ハルトの使い魔は止まった。

 空中からこちらを見下ろすレッドガルーダ。それは可奈美の姿を認めるとすぐさま胸に飛び込んできた。

 可奈美が両手を差し出すと、ガルーダは嬉しそうにその手に収まる。

 

「ガルちゃん! ど、どう? 見つかった?」

 

 見つからない、と言うように、ガルーダは首を振った。

 

「そ、そっか。ハルトさん、なんであんなに焦っているんだろう?」

 

 可奈美は首を傾げながら周囲を見渡す。

 ラビットハウスを飛び出したものの、この場所はそれほど離れていない。木組みの街並みの中、可奈美は足を遅めて進んだ。

 のどかな空気。裏で聖杯戦争が起こっていることなど知る由もなく、人々は穏やかな生活を享受している。

 

「うーん……」

 

 可奈美は、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 そのまま、ハルトへ電話をかけるものの、一向に出る気配がない。

 

「ハルトさん、どこ行ったんだろう……?」

 

 やがて、細い通路を通り抜けて、無数の通路を渡り。

 

「あっ……」

 

 いた。

 先ほどの、オシャレな恰好をした青年。

 帽子が特徴の彼は、口にガムを膨らませながら、川岸に突っ立っていた。両手をポケットにいれたまま、退屈そうに対岸を眺めている。

 ガルーダを背中に回し、可奈美は恐る恐る彼に声をかけた。

 

「あ、あの……」

 

 可奈美が言葉を口にしたと同時に、ガムが破裂する。

 

「ん? おやおや? 君はさっき、ラビットハウスにいた子だよね?」

 

 口にこびりついたガムをなめとり、青年は可奈美へほほ笑んだ。

 

「はい。衛藤可奈美です。さっきハルトさんが帰って来たから、そのことをお伝えに来ました」

「へえ? わざわざ来てくれたの? ありがとう、可奈美ちゃん」

 

 青年はニコニコ笑顔で両手を後ろに組み、可奈美へ近づく。

 だが。

 

「あ痛っ!」

 

 彼の声は、鋭い悲鳴になる。

 可奈美の後ろから飛び出したガルーダが、青年の顔面へ体当たりをしていた。ガルーダはそのまま、コンコンと連続で青年の頭を叩き続ける。

 

「痛い痛い痛い! ……ああ! 君は!」

 

 涙目になりながらも、青年はガルーダの姿に目を輝かせる。

 

「フフフ、久しぶり! 元気?」

 

 それに対し、ガルーダは鳥の鳴き声で叫ぶ。

 レッドガルーダの意思が分かるわけではないが、可奈美にはその声は、敵意に満ちているものに聞こえた。

 

「フフ、相変わらず優秀な使い魔っぷりだね。今回は、この子のお守りかな?」

 

 だが、ガルーダは攻撃の手を緩めない。それどころか、より苛烈になっており、青年へ徹底的な体当たりを繰り返していく。

 

「ちょっと……いい加減にしてよ!」

 

 とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、青年はガルーダを弾き飛ばす。

 可奈美の足元に転がって来たガルーダ。再び青年へ攻撃をしようとするガルーダを、可奈美は捕まえて止めた。

 

「ガルちゃん! どうしたの? なんでそんなに荒れてるの?」

 

 だが、可奈美に意思疎通の手段はない。

 やがて、ガルーダを阻む手の感覚が消える。

 すでにその体は消失し、可奈美の手には、ガルーダを召喚するのに必要な指輪を残すのみとなった。

 

「ガルちゃん……?」

「ククク……アハハ!」

 

 それを見て、青年は頭を抱えて笑いだす。

 

「相変わらず、僕はハルト君には嫌われているようだね! 全く、お仲間同士なのに悲しいな……」

「あの……ハルトさんと何かあったんですか?」

 

 ガルーダの指輪を無くさないように右手中指に嵌め、可奈美は尋ねた。

 

「なんか、さっきもハルトさん、すごい顔でラビットハウスを飛び出していっちゃって……」

「ん? まあ、ちょっとね。喧嘩別れだからなあ……」

「喧嘩別れ?」

 

 その疑問にも、青年は答えることはない。

 そのとき。

 

「可奈美ちゃん!」

 

 松菜ハルト。

 息を切らしたまま、数段上の段差からこちらを見下ろしている。

 彼の目線は、まずは可奈美。やがて、青年に移っていく。

 ハルトが青年を捉えると、すぐにその表情が歪んでいく。

 

「やっぱりお前か! ソラ!」

 

 ソラ。

 そんな青年の名前が、ようやく可奈美に分かった。

 

「ハロー! ハルト君! 久しぶり!」

 

 肝心のソラは、そんな風に右手を挙げた。どこにでもある、普通の挨拶。だが一方で、ハルトは穏やかではない。

 

「可奈美ちゃんから離れろ!」

 

 あんな怒声、聞いたことがない。

 だが、ソラはそんなハルトに臆することなく、クスクスとほほ笑む。

 

「そんなに怖い顔しないでよ。折角会えたんだから、積もる話だっていっぱいあるでしょ?」

「お前と話すことなんてない……! お前に対してあるのは……ただひたすらの殺意だけだ!」

 

 ハルトがそんなことを口にするのか。

 そんな事実に驚愕したせいか、可奈美は反応が遅れた。

 

「おおっと。僕にそれ以上近づかない方がいいよ」

 

 いつの間にか背後に回った、ソラと呼ばれた青年。可奈美が何より驚いたのは、刀使として鍛えてきた肉体を、彼があまりにも素早く捕まえたことだった。右手を縛り上げ、完全にその動きを封じる。

 

「うっ!」

「可奈美ちゃん!」

「僕のことは知ってるよね? ハルト君……」

 

 ソラがそう言うと同時に、可奈美の視界の端より、銀色の刃物が現れる。

 

「えっ?」

 

 (はさみ)

 背後から可奈美を動けなくしたソラが、可奈美の顔近くにハサミを見せていたのだ。

 

「ダメだよハルト君。この子は人質なんだから。指輪なんて使わないでね? 僕、君のことだったら何でも知ってるんだから。フフフ」

 

 可奈美の目の前で、ハサミが何度も動く。

 それを見て、可奈美はむしろ、刃物の動きばかりに気を取られていった。

 

「さあ……この子も、こんなに怯えているよ? ハルト君……」

「……怯えて?」

「だって見てよ。この子、こんなにびっくりして、僕の鋏を見つめちゃってさ……」

 

 ハルトの疑問の声は、可奈美には届かない。

 可奈美はじっと、ハサミの刃の部分……日光に反射する部分を見つめていた。

 そして。

 

 

 

___鋏って、近くで見ると剣みたいだな___

 

 

 

「それ以上近づくと、僕……何をするか……」

「せいやっ!」

 

 ソラがそれ以上何かを言うよりも先に、可奈美は彼のハサミを握る手を取り、そのまま肩にかける。

 ソラが反射できない速度で、一気に抱え、投げ落とした。

 

「うわっ! すごい、これは驚いたな……」

 

 可奈美としては、至近距離の投げ技を着地した方に驚くのだが、と心の中で思った。

 ソラは可奈美から離れ、指で鋏を回しながら「へえ」と息を漏らす。

 

「君みたいな子供が、こんなことができるなんて。僕も人を見る目がなかったかな」

「いやあ、ハサミって近くで見ると剣に見えてきて、なんかワクワクしてきちゃって……」

 

 可奈美が頭をかきながら言った。

 だが、それはソラに唖然とさせるには十分だった。

 

「え? 何? 鋏を見て、剣だと思って、それでワクワクしてきた?」

 

 さっきまで余裕の表情だった彼が、目を白黒させている。

 それに、何となく勝てたような気がしてきた。

 

「あ~あ、人質の人選ミスったなあ。もうちょっと別の子を人質にしておけばよかったな」

 

 ソラは手をポケットに入れながら、その場でジャンプする。

 それは、人間のものとは思えないほどの跳躍力で、建物を伝い上昇していく。

 だが。

 

「逃がすか!」

『エクステンド プリーズ』

 

 ハルトはすさかず伸縮の魔法を使った。

 ゴムのようにしなる腕が伸び、即座にソラの足を捕縛する。

 

「ハルトさん!?」

 

 可奈美が止めるのも聞かず、ハルトはその伸びた腕を容赦なく振り下ろす。

 鞭のようにしなりながら、ソラを捕縛した腕は、彼を地面に叩き落とした。

 アスファルトが土煙となるほどの勢い。そして、生身の人間が原型を残せないほどの衝撃音。

 だが、可奈美がぞっとするよりも先に、ソラが動く方が先だった。

 

「痛いなあ……全く……」

 

 むっくりと起き上がったソラ。服装は傷んでいるが、生身の体にも関わらず、ほとんど無傷に近いようだった。

 

「僕が人間じゃなかったら(・・・・・・・・・)死んでいたよ?」

「……」

 

 ハルトがソラを睨んでいる。

 そして。

 

「いいよ……久しぶりに……やろうか」

 

 ソラはそう言いながら、帽子に手を当てる。

 すると同時に、彼の顔に不気味な紋様が浮かび上がっていく。

 不気味を体現したようなそれは、瞬時にソラの全身へ行き渡り、その全てを大きく変質していく。

 そうして現れたのは、緑の体。肩や全身の至る所に突起物が生え、あたかも生物的な脅威を感じさせる。

 その存在。それが何者なのか、可奈美は知っていた。

 

「ファントム……!? 嘘……あの人が……!」

「久しぶりに遊んであげるよ。ハルト君。いや……ウィザード」

「来いよ……グレムリン!」

 

 グレムリン。

 西洋の、悪戯を好むと言われている妖精。それと同じ力を持ったファントムが、ソラの正体。

 

「だからいつも言ってるじゃない。ソラって呼んでって。ね? ハルト君」

 

 その正体に、可奈美は驚愕の声を上げた。

 

「そっか……だからハルトさんは、あんなに慌てて追いかけていたんだ……」

「アイツは以前、俺が倒せなかったファントム……」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ハルトは説明しながら、ベルトを起動させる。さらに、そのつまみを操作し、ベルトから待機音声が流れ始めた。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「だから今度こそ……ここで、倒す! 変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 赤の魔法陣が、ハルトをウィザードに変えていく。

 だがグレムリンは、一切動じることなくその両手に短い剣を握る。

 

「そういえば、何時か決着を付けるって、約束したっけね?」

「なら、それを今日にしてやる……来い、グレムリン!」

「だから……その名前で呼ばないでって。僕は……ソラだ!」



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人の心を持った怪物

今更ですけど、今期異世界転生いつにも増して多いですね。
精霊幻想記と建て直しは結構楽しんでます


「はああっ!」

 

 ウィザードとグレムリンは、互いの刃を交差させる。

 

「相変わらず恐ろしいね……」

 

 だが、力量ではウィザードが勝さるのか、戦局はあっさりとウィザードへ傾いた。

 怒りが込められたウィザードの剣は、アッサリとグレムリンの短剣を弾いた上に、その体を切り刻んでいく。

 

「ぐっ!」

「まだまだッ!」

 

 さらに、ウィザードは容赦なくその体を斬りつけていく。

 緑の体からは、ウィザードが銀の刃を振るうたびに火花を散らしていった。

 さらに続く、ウィザードの蹴り。転がったグレムリンに対し、ウィザードはさらに蹴り倒す。その上、起き上がる隙さえも与えずに、ウィザーソードガンの手を開いた。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 これまで何体ものファントムを葬って来た、ウィザードの必殺技の一つ。

 ルビーの指輪の読み込みから始まるそれ。

 

『フレイム スラッシュストライク』

 

 それは、灼熱の魔力を銀の刃に練り込ませていくものだった。

 

「おいおい……ハルト君、ちょっと乱暴すぎやしないかな?」

「うるさい……」

 

 ウィザードはそのまま、炎の斬撃を振るった。

 

「だから、ちょっと単純すぎるって、いつも言ってるでしょ?」

 

 グレムリンはそれをしゃがんで避け、逆にウィザードへ斬りかかる。

 ウィザードの体から火花を散らしながら、グレムリンがどんどんウィザードを追い詰めていく。

 

「だったら……!」

 

 ウィザードは、その場で体を回転させ、グレムリンの攻撃を引き離す。そのまま蹴りで、右手を打つ。

 

「っ!」

 

 息を呑むグレムリン。

 その間にも、ウィザードはさらに指輪を入れ替える。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 発生した、巨大化の魔法。巨人の腕となったウィザードの手は、そのままグレムリンを押しつぶした。

 

「や……やったの?」

 

 粉々になったアスファルトを見下ろしながら、可奈美は尋ねる。

 だが、ルビーの仮面に隠したウィザードは顔を振った。

 

「いや……奴は……」

「そうそう! 僕にこういうのは効かないからね」

 

 その声は、ウィザードの背後から聞こえてきた。

 同時に、銃声がその声の箇所を穿つ。

 地面を潜るグレムリンを、ウィザードが狙い撃ちしている。

 その事実を可奈美が理解するのは、ウィザードがひたすらに周囲を打ち鳴らしているのを見てからだった。

 彼が狙うのは、地面から顔だけを出してくるグレムリン。

 やがてウィザードは、グレムリンへの狙撃を諦め、他の指輪を使用する。

 

『コネクト プリーズ』

 

 続いてのウィザードの魔法。

 それは、彼が頻繁に使う、空間湾曲の魔法。いつもならばウィザーソードガンを取り出す手筈のウィザードだが、今回彼が取り出したのは、ピンクの棒。

 

「可奈美ちゃん!」

 

 それを手渡されるまで、可奈美はそれが自らの分身たる千鳥だと気付かなかった。

 

「可奈美ちゃんも! 戦って!」

「え? う、うん……」

 

 可奈美は戸惑いながらも、千鳥を抜く。

 赤いラビットハウスの制服のまま、可奈美の体は白い写シに包まれていく。

 

「へえ……君、刀使だったんだ?」

 

 そんな可奈美の姿を見て、グレムリンがせせら笑った。

 

「話は結構聞くけど、実際に見るのは初めてだなあ。刀使。今漏出問題で話題沸騰中だよね」

「あなた、どうして……? 人間と同じように見えたけど……」

「当たり前だよ!」

 

 グレムリンは、その言葉とともに可奈美と打ち合う。

 刀使もかくやという速度に、可奈美は驚きながらも受け続ける。

 

「この剣……! 迷いもない、普通の剣と同じ……! これってもしかして……!」

「そう! 僕は人間だよ!」

 

 グレムリンは高らかに告げた。

 

「人間……!? ファントムが……!?」

「ハルト君から僕のこと聞いてないの? 僕は、人間のままファントムになったんだよ!」

 

 グレムリンの刃が、可奈美の首を狙ってくる。

 その衝撃を体で感じながら、可奈美は目を大きく見開く。

 

「これ……嘘じゃない……! ハルトさん!」

 

 可奈美の頭上を跳んできたウィザード。グレムリンへ唐縦割りを放った彼へ、可奈美は問いかけた。

 

「本当なの? あのファントムが、人間って……」

「……今は、ファントムだ……」

「でもッ! 人間の心を……それじゃあ、コヒメちゃんと同じ……!」

「奴は、もう人として許されないだけのことをやってる! ここで見逃すことなんてできない!」

「でも……!」

「アイツを見逃したら、今まで俺たちが手を下してきたことが無意味になる!」

 

 ウィザードの手が、少し震えていた。

 

「フフフ……でも……僕が人間なのは、変わらないよ!」

 

 グレムリンは、その目を光らせる。

 すると、不可視の光線が、ウィザードの体から火花を散らした。

 

「ぐあっ!」

「ハルトさん!」

 

 転がっていくウィザード。だが、彼の心配をする間もなく、グレムリンがまた可奈美との打ち合いに持ち込んでくる。

 

「ああ……でも残念だなあ……?」

「残念って……何が?」

「もう少し髪が長かったらなあ? 僕、こう見えても美容師なんだよ」

 

 グレムリンは背中を反らして可奈美の剣を避ける。そのままずぶずぶと地面に潜っていく彼へ、可奈美は気配を探った。

 

「っ!」

 

 その気配は、右下。千鳥を持ち替えて、防御の体勢に入る。

 千鳥から伝ってきた衝撃。明らかに可奈美の首を狙ったグレムリンの刃に、可奈美は戦慄した。

 

「この切っ先……もしかして、これまでも人を切って来たの?」

「すごいね! 刀使って、本当に剣で相手と会話できるんだ!」

「つまり……人間の心のままの怪物ってこと……? それじゃあ、ご当主様の逆……迅位!」

 

 グレムリンの刃と鍔迫り合いになった可奈美は、瞬時に上位の時間流へ飛んで行く。それは、グレムリンの速度を優に上回り、逆に彼の対応外の速度で攻撃を重ねていく。

 

「うわ、早いなあ……」

 

 可奈美の攻撃を受ける他ないグレムリンが、放心したように呟いた。

 だが。

 

「でも、普通に見切れるんだよね」

 

 グレムリンは、可奈美の斬撃をその二本の剣で防いでみせた。

 

「えっ!?」

「甘いよ。可奈美ちゃん!」

 

 驚きのあまりに静止してしまった可奈美。そこへ、グレムリンはさらに剣でのラッシュを仕掛けてくる。

 

「っ!」

 

 可奈美の剣術は、相手の攻撃を受けて流すことがメイン。

 それは例えファントムであるグレムリンであっても変わらない。だが、だんだんとグレムリンの剣を受けている可奈美の表情は、陰っていった。

 

「だからなの……? この人の剣……すごく、冷たい……!」

「へえ? 冷たい? ひどいなあ……ところで、剣が冷たいってどういう意味?」

 

 グレムリンが顔を寄せながら尋ねる。

 だが、可奈美がそれに返答するよりも早く、グレムリンはどんんどん攻撃を続けていく。

 

「切りたい……! やっぱり切りたい!」

 

 グレムリンはどんどん過激な攻撃になっていく。

 だが。

 

『ハリケーン シューティングストライク』

 

 突如吹き荒れる緑の風。

 風のウィザードは、可奈美の頭上よりグレムリンへ緑の銃撃を放っていた。

 ウィザードの銃口。それは、グレムリン本体ではなく、その脇。銃弾が進むと、緑の風が竜巻のようにグレムリンを巻き上げていく。

 

「うわああっ!」

「お前の弱点は分かってる。空中ならもう逃げられないってこともな」

「へへっ……流石はハルト君。僕とはやっぱり、長い付き合いだからね」

「……」

 

 ウィザードは無言のまま、緑の風を足元に発生させる。

 完全に身動きが取れないグレムリンへ、容赦ない風の斬撃を突き付けていった。

 

「ぐあっ!」

 

 さらに、落下しようとするグレムリンの体は、ウィザードの両足により蹴り上げられる。

 

『チョーイイネ サンダー サイコー』

「本当に……遠慮がないね、ハルト君は!」

 

 グレムリンは剣を交差して、緑の雷を防ぐ。

 散りばめられていく火花。そして、電撃はそのまま、グレムリンをどんどん上昇させていく。

そしてウィザードは、即座に最後の指輪を右手に通す。

 それは。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 発生した、風の魔法。

 それは、どんどん色濃く、右足に集っていく。

 右足を上に飛び、ウィザードを追いかけるように竜巻が発生していった。

 

「ハルトさん……?」

 

 ファントムとはいえ、見知った顔のはずでは、と可奈美が疑問に思うのも束の間。

 

 風のキックストライクは、地上より噴出した水流によって押し流されていった。

 

「なっ!」

「うわっ!」

 

 ともに地面に転がる、緑の異形たち。

 可奈美が今の水流の発生源に目を移せば、そこにはさらに別の異形の姿があった。

 

「新しいファントム!?」

 

 人魚のファントム。

 それは、そうとしか言いようがなかった。

 青い、水のような体のファントム。顔はそれぞれ楽器のように穴が開き、腰には同じく水を布地にしたようなその姿は、まさに美しい女性のイメージを彷彿とさせた。

 人魚のファントムは、しばらくその手にレイピアを掲げて、やがて可奈美を、そしてその直線状のグレムリンを指した。

 

「来る!」

 

 可奈美がそう直感したと同時に、それは現実のものとなった。

 人魚のファントム、そのレイピア。それは、どちらかと言うと指揮棒のように振るわれた。

 すると、彼女の周囲に、地下から水が湧きだしていく。地下水そのものが人魚のファントムの意思の通りに動き、また形を変えていく。

 

「あのファントムは……!」

 

 水の塊をよけながら、ウィザードが呟いたのを可奈美は聞き逃さなかった。

 

「ハルトさん? あのファントムも知ってるの?」

「……」

 

 だが、ウィザードはそれには答えず、ウィザーソードガンの手を開いた。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

「ハルトさん!」

『ハリケーン スラッシュストライク』

「可奈美ちゃん伏せて!」

 

 緑の風を纏ったウィザーソードガン。それは、可奈美が伏せると同時に、空間全体を引き裂いていく。

 水たちは切り刻まれ、グレムリン、更には人魚のファントムにも斬撃として襲い掛かる。

 

「そんなの、あたしには通じないよ。魔法使いさん!」

 

 人魚のファントム___声色が、ずいぶん可奈美と同年代に感じてしまう___が、ウィザードへ襲い掛かる。

 

「なんで……なんで来た!?」

 

 ウィザードは強い語調で怒鳴った。

 

「何もこっちから触れる気はなかったけど……ここまでくるんだったら、俺だって倒さなくちゃいけなくなるだろ!」

「話を聞いてたら、ちょっと確かめたくなったんだよ。だって、あのファントム、要はあたしと同じなんでしょ?」

「違う! 全然違う! アイツは……」

「ハルトさん!」

 

 可奈美は横から千鳥でレイピアを受け止める。

 

「なっ……!」

 

 ウィザードは、明らかに反応しきれていない。

 可奈美は、ウィザードと人魚のファントムの間に割り込んで、その剣を受け止める。

「……っ! この剣……!」

 

 人間の剣。

 それは、これまでファントムの剣を受けてきた可奈美が違和感を感じさせるものだった。

 つまり。

 

「貴女も……人間!?」

「さあね?」

 

 人魚のファントムは、そのまま背中の水色のマントをはためかせ、素早い突き技を放ってくる。

 

「っ!」

 

 レイピアという剣を活かした早業。

 可奈美はそれを全て防いでいくうちに、だんだんと違和感が芽生えていった。

 

「これ……もしかして、どこかで会った……?」

 

 だが、人魚のファントムはそれに応えない。

 水を蹴るように、足技が可奈美を襲う。

 そのまま可奈美は蹴り飛ばされ、川岸のベンチを押しつぶした。

 

「があっ……!」

 

 悲鳴を上げながら、可奈美は起き上がる。

 その時、グレムリンを切り払ったウィザードが、人魚のファントムとの間に割り入る。

 

「待って! どうして……?」

 

 それ以上は口にできず、ウィザードは口を噤む。

 人魚のファントムは、それでもウィザードへ容赦なくレイピアを振るっていく。

 

「どうしてって……言ってるだろ!」

 

 風のウィザードは、レイピアを足場に跳ぶ。人魚のファントムの目の前で回転、そのまま回転蹴りで大きくバランスを崩す。

 だが、地面に倒れた人魚は、そのままその姿が砕ける。

 

「消えた!?」

「違う! 地面に潜ったんだ!」

 

 ウィザードはそう言いながら、エメラルドの指輪をサファイアに入れ替える。

 

「へえ……あのファントム、僕と同じ能力を持っているんだね」

『ウォーター プリーズ』

 

 グレムリンの言葉をバックに、ウィザードの頭上に現れた、緑の魔法陣。それは即座に、青い水のそれに書き換わっていく。

 そうして、風から水のウィザードへ。それを合図に、人魚のファントムは地中からレイピアをもって襲ってくる。

 

「だったら……!」

『リキッド プリーズ スイ~スイ~スイ~スイ~』

 

 ウィザードの体は、瞬時に液体になる。

 人魚のファントムを追いかけるように、ウィザードも川岸の地面へ飛び込んでいく。

 

「ハルトさん……!」

 

 やがて、地中で戦う音が、どんどん遠くなっていく。

 深く、寄り深く。地表より逃げるように、ウィザードと人魚のファントムは、どんどん沈んでいくようだった。

 

「おやおや? ハルト君、待ってよ!」

 

 グレムリンもまた、地面へ潜っていく。

 ただ一人取り残された可奈美は、ただ、誰もいなくなった川岸に突っ立っていることしかできなかった。



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鍾乳洞

とじともがサービス終了のお知らせを受けてショックを受けています。
やっぱり厳しかったかあ……!


「ここは……?」

 

 地面の深く、書き換わった空間に、ウィザードは唖然とした。

 人魚のファントムと戦いながら、地面の奥深くへ潜っていく。その最中着地した、冷たい空気に、思わずウィザードは変身を解除した。

 

「……何? ここ」

 

 そう、怪訝な声を上げるのは、人魚のファントム。

 彼女はファントムの姿のまま、空間を眺めている。

 地下深く。そこに、自然の神秘が作り上げた地下水脈があるのは、何も不思議なことはない。太陽の光さえも決して届くことはない、鍾乳洞の世界。

 近くの水面より飛び込んでくる光だけが、世界の道しるべであるような場所。

 だが、人類が踏破しえないほど深くへやってきたハルトは、湖の対岸にある人工物へ目を留めた。

 

 社。そして、その奥に設置してある祠。人が入り、お参りをするぐらいの大きさは十分にあるそれ。不規則に並んだ大自然の芸術作品たちの中で、直線的な人工物は、不純物としか見えなかった。

 

「何で、こんな深さにこんなものが……?」

 

 人類が到達し得る深さなど、ハルトは知る由もないが。

 少なくとも、見てわかるほど朽ちる年月、ここに建てられていいはずがない。

 木造の社と祠は、それぞれあちらこちらにヒビが入り、長い歴史を感じさせた。

 自然と、ハルトの足は祠へ向かっていた。

 かびた匂いが充満する祠。

 賽銭箱などもなければ、その他ハルトが知るようなものはない。

 ただ一つ。

 

「……龍? それとも蛇?」

 

 祠の内側には、胴体が長い生物の姿が描かれていた。

 それも一つだけではない。祠の内部、正面に三匹。左右に二匹ずつ。

 そして、祠に入ってすぐのところには、大きな台のような岩に、注連縄が巻き付けられていた。

 

「へえ……こんな地下深くにこんなのがあるんだ……」

 

 その声に、ハルトは強く振り返った。

 戦いながら、この地下まで降りてきた相手。

 人魚のファントム。すぐ近くの地下水と似合う色合いの彼女は、ファントムのより人間態の姿になる。

 

「なんでいきなり襲ってきたんだ……? さやかちゃん」

 

 青い髪の少女。

 さきほどまで、ラビットハウスに訪れた美樹さやかその人である、人魚のファントム。

 彼女は、肩をすぼめながら笑った。

 

「だって……あのファントム……人間なんでしょ?」

「……感情輸入した?」

 

 ハルトの問いに、さやかは頷いた。

 

「悪い? あたしだってファントムだけど、心は人間のままのつもりだよ? あたしと同じ境遇の人がいるなら、やっぱり気になるし」

「……アイツは……」

 

 ハルトはそこまで言って、口を止める。

 天井___正確には、ハルトたちが落ちてきた、地殻の内部___が揺れる。

 そこから落ちてきた、緑の影。

 西洋の悪戯妖精と同じ名前を持つそれは、静かにハルトとさやかの顔を見比べる。

 

「へえ……君みたいな可愛い女の子が、あのファントムの正体だったんだね」

「……ソラ……」

 

 ハルトは、無意識に警戒を示す。

 ウィザーソードガンを向けるが、ソラは両手を上げていた。

 

「おおっと、ハルト君。今は止めようよ。見てよ、こんな神秘的なところで戦うの?」

 

 ソラは鍾乳洞を仰ぎながら言った。

 何万年もの時を経て地球が作り上げた芸術。

 その空間による影響だろうか、ハルトもまたウィザーソードガンの銃口を下ろした。

 一方、ソラの方は両手を後ろで組みながら、軽やかなステップでさやかへ寄って来た。

 

「聞いてたよ。君も人間なんだって? さやかちゃん……でいいんだよね?」

「うん。そういうアンタは、ソラっていうの?」

「そうだよ? フフフ……」

 

 彼は口を抑えながらほほ笑む。

 

「よろしくね。さやかちゃん。……ハルト君、君が彼女と面識があるってことは、中々にミステリーだよね? 僕たち、仲良くなれそうだね。さやかちゃん」

「さやかちゃんから離れろッ!」

 

 どんどんさやかへ近づくソラへ、ハルトはトリガーを引いた。

 ウィザーソードガンの銃口は火を噴き、ソラの近くの鍾乳石を打ち砕く。

 

「うわっ! ひどいなあ、ハルト君。こういう地球の石って、ここまで作るのに何万年もかかっちゃうんでしょ?」

「黙れ!」

 

 ハルトはウィザーソードガンをソードモードにして、ソラへ斬りかかる。

 だが、視界が悪い上に足場もおぼつかない。光届かぬ場所では、ウィザーソードガンは天然の芸術を切り刻むだけで、決してソラに届くことはなかった。

 

「ほらほら。結局戦うの? 結構争い好きだよね、ハルト君」

 

 手を叩きながら、ソラはハルトを挑発する。

 さらに頭に血が上ったハルトは、いつものように体を回転させ、蹴り、そして剣を振るう。

 その際、どんどんウィザーソードガンと蹴りが、鍾乳石を砕いていく。

 果たしてハルトの周囲は、神秘がズタズタに引き裂かれていったが、すばしっこいソラには全く通じなかった。

その時。

 

「わぷっ!」

 

 ハルトは、雰囲気を破る悲鳴を上げた。

 全身を貫いた冷たいもの。

 近くの地下水脈から湧き出た水が、突如としてハルトとソラを覆いかぶさったようだった。

 

「はいはい。ここではこの辺にしておこう」

 

 手を叩きながら、ハルトとソラの間に立ち入るさやか。

 

「もういいでしょ? これ以上ここで戦ったって仕方ないよ」

 

 さやかが言葉を紡ぐごとに、彼女の周囲を浮かび上がった地下水が漂っていく。

 

「へえ、嬉しいね……君、僕の味方をしてくれるんだ?」

「まさか。あたしの味方はどこにもいないし、逆に誰かの味方をするつもりもない。ただ、アンタからも色々話が聞きたいだけだよ」

 

 すると、地下水はさやかの右手に集まっていく。

 

「今のは前払いの代金。話くらい聞かせてもらってもいいでしょょ?」

 

 か細く、レイピアのような形になったそれをさやかが振ると、すぐそばの鍾乳石がバターのように切れ落ちていった。

 

「ここなら、ハルさん以外は誰もいないし。ハルさんは、あたしが聞きたいこと全部知ってそうだけど、話してくれそうにもないし」

 

 さやかは水のレイピアを手放す。すると、レイピアを構成していた水はバラバラに霧散し、魚となってさやかの両手の上で踊る。

 

「見ての通り。アタシは美樹さやかのままのつもりだけど、ファントム、マーメイドでもある。アンタもそういうところでしょ?」

「グレムリンってファントムだよ。あんまりこっちの名前は好きじゃないんだけどなあ」

 

 ソラは自己紹介がてら、帽子を外した。そうして見せる顔には、ファントム特有の紋様が浮かび上がっていた。

 さやかは続ける。

 

「人間のままファントムになるのって、あり得るの? ハルさんはそこ、すごい気にしているみたいだけど」

「うーん……僕が知る限りでは、僕と君だけかなあ?」

「……」

 

 ハルトは、ソラの一挙手一投足から決して目を離すまいとしていた。

 ソラは、ハルトの視線に肩をすぼめながら言葉を再開した。

 

「僕はファントム……蛇のファントムに絶望させられて、こんな姿にさせられちゃったんだよね。でも、彼女の反応から、やっぱり珍しいみたいだよ。人のままのファントム」

 

 ソラは、湖面でジャンプした。

 生身のままながらファントムの力を発揮した彼は、そのまま水面をステップのように移動し、やがて湖の対面へ着地した。

 

「そうなんだ……じゃあ、結局アンタにも、あたしが人間って証明にもならないんだ」

 

 当たり前のように湖面を歩きながら、さやかは結論付けた。

 地下の湖は、明らかに人の身長以上の深さが見える。湖の底より湧きあがる光が作り上げる青緑の光。それは、さやかの髪を照らし、神々しく輝いて見える。

 

「でも……やっぱり、あたしは人間だよ。多分、ソラさん。アンタも」

「そう言ってくれるのは、本当に嬉しいね」

 

 ソラはそう言って、対岸に訪れたさやかを迎えた。

 彼女がソラの元へ着くのと時を同じく、ハルトもまた、岸を伝って対岸へ渡った。

 

「ハルト君。こんなことを言われたけど、それでも君は僕を狙うの?」

「当たり前だ……お前がやったことを、俺は絶対に許さない……!」

 

 ハルトは歯を食いしばりながら言った。

 少しの間、ハルトとソラの間には火花が散っていた。

 だが。

 コツ。コツ。と。

 人が来ることなど適わないはずの足音が、静寂を支配した。

 

「人?」

 

 その気配に、ハルトは警戒を示す。

 美しい青緑の世界。

 そこに、一か所だけ生じた白と黒の点。ピエロのような印象を持たせるモノクロの服の人物が、鼻歌を歌いながら歩いてきていた。

 

「やあ。……君たちが、ここの結界を破ってくれたのか」

 

 その人物は、そう言いながら、今や少し離れた祠に手を伸ばした。

 中に見える注連縄部分へ手を翳した彼。

 その顔を見た途端、ハルトの顔は強張った。

 

「お前……! 生きていたのか……!」

「ひどいなあ……松菜ハルト君」

 

 すると、彼の伸ばした手に黒い雷が発生した。

 生身の人間には到底できない芸当に対して、ハルトではなくさやかが目を張る。

 黒い雷は、祠と注連縄を粉々に砕き、瞬時に粉塵と化した。

 

「お仕事完了……」

「霧崎……!」

「おや。きちんとそっちで呼んでくれてありがとう」

 

 霧崎と呼ばれたピエロはにやりとほほ笑む。

 

「まさか、君とここで会えるなんて思わなかったよ。どうやらここは、サーヴァントのような召喚物や、普通の人間は入れないらしくてね。もっとも、他の誰かが入れば、出入り自由になるようだが」

「……何の話だ? まさか、まだ紗夜さんを狙っているのか……?」

「ククク……アッハハハハ!」

 

 ハルトの問いに、白黒の人物、霧崎は頭を抱えて笑い出す。

 

「いやいや、まさか。彼女の令呪の力は、全て吸い取ったんだ。もう彼女には用はない。それよりも……」

 

 霧崎はハルトへ大きく目を見開いた。

 

「松菜ハルト君……私は、君に興味が湧いてきた」

「俺に?」

「へえ……ハルト君、人気者だね」

 

 ソラが後ろから茶化してくる。

 だが、それを無視しながら、ハルトは警戒を強めた。

 

「どういう意味だ? 何で俺なんかに」

「君に出し抜かれるとは思わなかったんだ。いくらノアの助力があったからってね。だから……その力……どこに根本があるのかと思ってね」

 

 すると、霧崎の体を蒼い闇が包んでいく。

 

「私は、君のことをもっと知りたい。だから君にも私のことをもっと知っておいてもらいたいんだ」

 

 一瞬、彼の体に別の姿が重なる。蒼い仮面を付けた、邪悪の化身。

 

「そういうわけだから……少し……遊ぼうか」

 

 やがて重なった別の姿が消え、霧崎は静かに懐からあるアイテムを取り出した。

 十字の金の拘束具が備え付けられた、蒼いそれ。

 そのスイッチとともに、拘束具が解除され、それはベネチアンマスクへと変形する。

 

「来る……!」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ハルトは、霧崎の行動を見て、ドライバーオンの指輪を使う。即座にハンドオーサーを操作し、ベルトからお馴染みの音声が流れ始めた。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 魔法陣が、神秘の世界を赤く染め上げていく。

 

『ヒーヒー ヒーヒーヒー』

 

 ハルトが左へ突き出した腕を伝い、その体をウィザードへ書き換えていく。

 同時に、ベネチアンマスク___正式名称トレギアアイを顔に装着した霧崎。

 彼の姿は、瞬時に変わっていく。蒼い、闇。

 サーヴァント、フェイカー。真名ウルトラマントレギアへ。



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スネークダークネス

今日は可奈美の誕生日! ……主役章なのに出番なし!


「はあっ!」

 

 トレギアの爪が、空間を引き裂く。

 合計十本の爪の斬撃が、トレラテムノーとなってウィザードたちを襲う。

 それに対し、ウィザードはジャンプ。さやかとソラも、それぞれファントムの姿となり、左右へ散開した。

 

「ハルさん! 何なのアイツ!」

 

 さやかだった人魚のファントム、マーメイドがウィザードへ問いかける。

 ウィザードは指輪を入れ替えながら答えた。

 

「トレギア。……まあ、危ない奴ってところかな」

「へえ……また聖杯戦争なんでしょ? どうせ」

「……」

「アンタたちの身勝手な願い、本当に迷惑だよね。あっちこっちでメチャメチャやってるよし?」

 

 ウィザードは、それに応えず、トレギアへ跳び上がる。

 地下の湖は確かに大きいが、ウィザードフレイムスタイルでも横断できない大きさではない。そのままトレギアへ肉薄し、ウィザーソードガンで斬りつけた。

 だが、やはりトレギアには命中しない。

 両手を後ろで組んだまま、ウィザーソードガンの刃スレスレで回避、腕を突き飛ばし、「ほらほら」と挑発する。

 

「どうしたの? そういえば、ノアがいないと私には勝てなかったっけねえ?」

「このッ!」

 

 ウィザードはさらに、剣撃を重ねていく。

 だが、トレギアは前回戦った時と同じように、ウィザードの攻撃を容易くいなしていく。

 

「だったら……!」

 

 ウィザードはトレギアから跳びのき、指輪を発動する。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 大きな手。

 魔法陣を通じて巨大化したウィザードの主力魔法の一つだが、トレギアには通じない。

 悲しいかな、トレギアの目より放たれた赤い光線により、ウィザードの手は木端微塵に破裂してしまった。

 だが。

 

『ヒーヒーヒーヒー』

 

 すでにそれは、囮としての役割を果たしていた。

 魔力の残滓が飛び散る中、ウィザードは全速力でトレギアとの距離を詰めていた。

 最速で放たれたスラッシュストライクには、トレギアも避け切れず、防御を取らざるを得なくなる。結果、彼の左腕を赤い一閃が貫いた。

 

「ぐっ……」

 

 揺らめいたところへ、さらにウィザードは追撃する。

 連続蹴りから始まった斬撃。

 さらに、ウィザーソードガンで何度も回転させて斬りつけていく。

 だが、トレギアはやはり攻撃を受けない。華麗にまで言い切れるような動きに、ウィザードはルビーの下で唇を噛んだ。

 

「やれやれ……本当に君は、私を苛立たせてくれるね……」

「逃がすか!」

『ハリケーン プリーズ』

 

 飛び上がるトレギア。それに対し、ウィザードは、即座にルビーからエメラルドの指輪へ切り替えた。

 風のウィザードは、風を纏い、低い天井の地下世界を切り裂いていく。

 

「ちいっ!」

 

 舌打ちしたトレギアは、両腕から黒い雷を広範囲に放つ。

 攻撃ではなく防御のために繰り出したそれは、緑の風と衝突し、地下世界に爆発を広げていく。

 

「ふん。……少し、玩具を持ってきてあげたよ?」

「玩具?」

 

 トレギアはねっとりと指を鳴らした。

 

「気に入ってくれるといいなあ……行け。スネークダークネス!」

 

 トレギアの合図。

 すると、彼のすぐ隣の鍾乳石が粉々に砕けていく。

 やがて、地の底より現れたのは、白い怪物。毒々しささえも感じる白い体と、頭、腕、背中、爪などあらゆる部位に赤いパーツが生えている。さらに、その右手は左手と比べて赤いパーツが非常に多く、攻撃に特化した形になっている。

 スネークダークネス。

 名前の通り、蛇を闇の形に埋め込んだそれは、口から赤い光線を放ち、鍾乳石を爆炎色に染め上げていく。

 

「へえ……ちょっと手伝ってあげようか? ハルト君?」

 

 グレムリンが、ウィザードの隣に並ぶ。

 ウィザードはグレムリン、そしてトレギアとスネークダークネスを見比べ。

 

「分かってるよな? 俺はお前を絶対に許さない」

「ふうん……そういいきっちゃうのは悲しいなあ? ね? さやかちゃん」

 

 その言葉と共に、人魚のファントムもまたウィザードの隣に並ぶ。

 

「あたしはアンタとは違うんだけどなあ……。結局アイツも聖杯戦争の参加者なんでしょ?」

「……」

「別にアンタに加担してるわけじゃないからね。アンタもそのつもりだったんだろうけど、あたしはアンタの敵でも味方でもないから」

「ああ。俺だって……人に手を出さない限り、あえて敵対するつもりはないよ」

 

 

 

「ファントムと戦うのは初めてだね……」

 

 トレギアは指を回しながら、マーメイドとグレムリンへほほ笑んだ。

 

「どうか、お手柔らかに」

「出来るほど、あたし器用じゃないんだよね」

 

 マーメイドはそう言って、レイピアで突撃する。

 だが、トレギアは完全にその

 

 

「君は……面白いね」

 

 トレギアは、グレムリンに顔を近づけながらそう言った。

 すると、グレムリンもまた頷く。

 

「そうだね。僕も、君には何だか親近感がわいているよ。でも……」

 

 グレムリンは、切り結んだ剣を収め、飛びのく。

 すぐそばにある壁より潜ると、すぐにトレギアの足元から飛び出てくる。

 

「おやおや。中々な動きだね」

「ありがとう」

 

 マーメイドの高速の連続突き。

 だが、トレギアはせせら笑いながら指で白羽どりをした。

 

「悪くないが……そんなもの、私には通じない」

 

 すでにトレギアの腕には、黒い雷が迸っている。

 危険を感じたマーメイドは、即座に体を液体化。固体としての性質を捨て去った体は雷から逃避し、そのままトレギアの背後でまた新たな肉体となる。

 

「また剣で来るのかい?」

 

 トレギアは首だけ振り向きながら言った。

 

 

「あたしの剣から、逃げたって無駄なんだから!」

 

 すると、マーメイドが指したレイピアが、空間に無数に広がっていく。

 トレギアをめった刺しにしようとするそれは、一斉にトレギアへ降り注ぐ。

 

「へえ……ガルラ」

 

 トレギアが指を鳴らすと、彼の足元に発生した闇から、灰色の生物が現れる。

 咆哮を上げた途端、無数のレイピアがガルラに突き刺さる。

 倒れるとともに、爆発。

 爆炎の中で、トレギアは静かにマーメイドとグレムリンを睨んでいた。

 

 

 

『ランド プリーズ』

 

 ウィザードは、風から土へその姿を変える。

 スネークダークネスと等しいパワーで、互いに肉弾戦となる。

 ウィザードの蹴りと、スネークダークネスの爪。一つ一つがぶつかるたびに、筋肉同士の打撃音が響く。

 

「っ!」

 

 ウィザードは、ウィザーソードガンをガンモードにして発砲。スネークダークネスの体のあちこちに火花が散るが、それでもスネークダークネスの進撃は止められない。

 スネークダークネスの凶悪な右腕が、何度もウィザードを襲う。

 スピードを犠牲にパワーを得たランドスタイルは、その両手の掌底でスネークダークネスの腕と同等の力を発揮できる。

 そのままスネークダークネスと組合い、やがて。

 

「だあああああああああッ!」

 

 ウィザードはスネークダークネスを押し倒す。

 鍾乳石を破壊しながら倒れたスネークダークネスへ、ウィザードは追撃の魔法を使う。

 

『チョーイイネ グラビティ サイコー』

 

 土の魔法使い最強の魔法。

 それは、スネークダークネスを地面に張り付けにした。

 そのままウィザードは、ウィザーソードガンの手を開く。

 

『キャモナシューティングシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 ウィザードは、そこへトパーズの指輪を読み込ませようとする。

 だが、それよりも先にスネークダークネスの口から赤い光線が放たれる。

 それは、ウィザードの周囲を破壊し、ウィザード自身にも的確なダメージを与え、地面を転がさせた。

 それに伴い、重力の魔法も解除されてしまう。

 起き上がったスネークダークネスは、さらにウィザードへ追撃の剛腕を振るった。

 回避が間に合わず、まともに打撃を受けるウィザード。

 その質量にも任せた一撃一撃は、トパーズの体にダメージと負担を乗しかけていく。

 さらに、また剛腕。両腕で受け止めたウィザードは、徐々に押されていく。

 

「こいつ……なんて馬鹿力だ……」

 

 片膝を付かなければならないほど、スネークダークネスの力は大きい。

 

「だったら……これだ!」

『ドリル プリーズ』

 

 一瞬だけ、全力を解き放つ。剛腕が大きく放り上げられたと同時に、ウィザードは地中へ体を進めていく。

 スネークダークネスが虚空を叩く。

 その間にも、地中を掘り進んだウィザードは、スネークダークネスの背後に回り、飛び上がった。

 

「だあっ!」

 

 力を込めたウィザーソードガンを振り下ろす。

 物理特性に秀でたウィザードの一撃に、スネークダークネスは悲鳴を上げた。

 

「よし……このまま……!」

 

 スネークダークネスが振り返るよりも先に追撃にと、ウィザードは怪獣の長い尾を掴み上げる。

 白く、ごつごつした尾。それを持ち上げ、振り回そうとすると。

 

「うわっ!? 何だコイツ!?」

 

 突然、尾が動き出す。

 まるで蛇のように、尾の先端が口を開く。そのままウィザードに食らいつこうとしてくるが、左手でその上あごを抑えた。

 

「コイツ、一体どうなっているんだ……!?」

 

 だが、それに応える者はいない。

 すでに長い尾とは別に、ウィザードへ敵意むき出しで迫るスネークダークネス。

 その殴打をキックで相殺し、一度スネークダークネスから離れる。

 尾が引っ込められて、投げられる赤い部位。

 体で受けながらも、やがてウィザードはがっちりと赤いそれをホールドする。

 そのまま、互いの力比べとなる。やがて、スネークダークネスは右腕を振り回し、ウィザードを放り投げた。

 着地し、次の指輪を。

 

『バインド プリーズ』

 

 束縛の魔法。土のウィザードならば、普段は地でできた鎖で相手を拘束する。

 だが今回、この神秘の空間で発動したその魔法は、地下深くのミネラルを合成し、結晶の鎖となっていた。

 それは、スネークダークネスの手足を拘束、動きを封じる。

 スネークダークネスは唸り声を上げながら抵抗する。だが、普段以上の強度を持つそれは、決して壊れることはなかった。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 発動する、必殺の魔法。

 だが、

 

 地下で蹴りの体勢に入ったウィザード。

 だが、その必殺技が命中する前に、スネークダークネスが唸る。

 その口から放たれた赤い光線が、ウィザードの蹴りと衝突。それはしばらく拮抗していたが、やがて。

 

「もう一発コイツだ!」

『ドリル プリーズ』

 

 ウィザードのキックストライクに、回転が備わる。

 勢いを増した黄色の必殺技は、スネークダークネスの光線を切り分けていく。

 そして。

 

「だあああああああああああああああああっ!」

「_______」

 

 それは、スネークダークネスの断末魔。

 巨大な黄色の魔法陣を浮かび上がらせながら、スネークダークネスは力なく倒れていく。

 やがて。

 完全に沈黙したスネークダークネスは、そのまま爆発。

 無数の鍾乳石を巻き込みながら、それは完全に消滅した。

 

「おやおや……」

 

 スネークダークネスの一部始終を見届けたトレギア。彼はマーメイドを受け流し、グレムリンを投げ飛ばした。

 

「まさか、マスターからもらった怪獣が破壊されるなんてね……」

「次は……お前だ……!」

 

 ウィザードは肩で呼吸しながら、トレギアへウィザーソードガンを向ける。

 それに対し、微笑するトレギアは、爪から放たれた赤い斬撃でマーメイドとグレムリンをともに大きく引き離す。

 

「流石だね。ハルト君。やっぱり、君とならこの戦いも退屈しないで済みそうだ」

「俺はお前と長い付き合いにするつもりはない。お前は危険すぎる」

 

 だが、トレギアはウィザードの言葉にも鼻を鳴らすだけだった。

 

「前も言ったけど、残業はしない主義なんだ」

「……?」

「本来の目的も果たしたし、持ってきた玩具も壊れてしまったし……今日はこれくらいでお開きにしよう……」

「ええ? 帰っちゃうの?」

 

 トレギアに対し、グレムリンが残念そうに肩を落とした。

 

「君、少し面白そうなことしてたからさあ? 僕も知りたいんだけど」

「悪いね。ファントム君。私は誰かと協力なんてことは嫌いなんだ」

 

 トレギアは、グレムリンを睨みながら言った。

 だが、グレムリンは、トレギアから目を離し、彼が最初に破壊した祠を見落とす。

 

「君が破壊したこれ、一体なんだろう?」

「いずれ分かるよ。この見滝原にいる限り、無関係ではいられないんだから」

「どういう意味だ!?」

 

 ウィザードがトレギアへ銃口を向けた。

 だが、トレギアが答えることはない。

 そのまま、その体は蒼い闇に包まれ、笑い声とともに消えていった。




ハルト「このあと地上に戻ったらタカヒロさんに滅茶苦茶怒られた」


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うどんVS餃子

なんかいつの間にかサーヴァントのクラス増えてる……!


 セイバーのサーヴァント。

 それは、古今東西の聖杯戦争において、特に優秀と言われるクラスらしい。

 ある時の聖杯戦争では、最終盤まで生き残り、聖杯へ宝具を放ち、その時の聖杯戦争を終わらせた。

 またある時は、味方陣営のとある少年に、自らの命を与え、その戦いを終結へ導いた。

 そして、此度(こたび)のセイバーは。

 

「うまい!」

 

 ただひたすらに、食を繰り返していた。

 

「うまい!」

 

 サーヴァント、セイバー。煉獄杏寿郎。

 マスターである美炎および、可奈美をブライから助けてくれた彼。

 彼は今。

 

「うまい!」

 

 一切表情を動かさないながらも、煉獄は一口ごとに続ける。

 

「このうどんというものも、餃子というものも、うまい!」

「いやあ、それはよかったぜ」

 

 真司が、どんどん食卓に餃子を追加していく。

 

「ほら、どんどん食え食え」

「待って真司さん! 次はこっちのうどんだよ!」

 

 だが、そんな真司に待ったをかける声。

 友奈が、大きなどんぶり(以前質屋で手に入れたらしい)に盛ったうどんをどっかと置く。

 

「煉獄さんは、私のうどんを気に入ってくれたんだよ! だから、どんどんと! あ、ちゃんと可奈美ちゃんの分もあるよ!」

「も、もうもらってるよ!」

 

 可奈美は、まだ食べている真っ最中のうどんを傾ける。

 美炎と煉獄を、友奈たちへ紹介しようと今朝提案してきたハルト。だが、先日唐突にいなくなった罰(実際は二体のファントムと戦っていたのだが、可奈美以外の店員がそれを知る由もない)で、彼は今日一日中ラビットハウスに縛り付けられている。

 コヒメもハルトを手伝いたいと言い出した結果、可奈美が案内することになった。

 だが、二人のアパートに入った途端、真司と友奈は、無数の食卓で歓迎していた。

 

「うむ! 召喚されたサーヴァントとして、当然現世(げんせ)のことはある程度知識としてはあるが、やはり実際に舌で味わうと格別だ!」

「そう言ってくれると、俺たちも嬉しいぜ!」

「うん! 私も、四国以外もある世界だから、見るもの全部が新しいよ!」

「なんでそんなに……あ、うどん美味しい」

 

 可奈美の隣で、美炎がそんな感想を述べている。

 

「美味しい……ていうか、これ本当においしい!」

 

 美炎の顔がどんどん明るくなっていく。

 すると、友奈が「やった!」と拳を握った。

 一方、美炎の支持を失った真司は口をあんぐりと開けた。

 

「ななにいいい!? えっと……美炎ちゃん、だったっけ? ほら、こっちも餃子がイロイロあるぜ!」

「真司さん餃子だけじゃん!」

 

 可奈美はツッコミを入れるが、美炎の隣の煉獄の大声に上書きされる。

 

「ところで、さつまいもの味噌汁はもうこの時代にはないのか?」

「ああ、味噌汁な。さつまいもはないけど、作れるぜ」

 

 真司はそう言いながら、台所で作業を開始する。

 数分も経たないうちに、真司は茶碗に入れた味噌汁を煉獄の目の前に置いた。

 

「おお! これが現代の味噌汁か! なかなかに美味だ!」

「へへ。よかった。あ、可奈美ちゃん。俺のこと、餃子しか作れないとか思ってたろ?」

「へ? ははひ、ほんはほほ……」

 

 可奈美は、口に餃子を咥えながら言葉を発しようとした。

 自分のマスターが、うどんではなく餃子を食べている。

 その光景に、友奈が絶句していた。

 

「あーっ! 可奈美ちゃんがうどんじゃなくて餃子を食べてる!」

「ごっくん……私だって餃子食べたりもするよ!」

「可奈美ちゃんは……うどん派だって……信じてたのに!」

「友奈ちゃん、勝手に絶望しないで!」

 

 何でツッコミ担当になっているんだろう、と可奈美は思わず思ってしまった。

 そんな可奈美に、美炎が耳打ちした。

 

「ねえ。本当にこの人たちが、サーヴァントなの?」

「う、うん。ハルトさんのサーヴァントの真司さん、私のサーヴァントの友奈ちゃん」

「ただの友達にしか見えないんだけど……」

 

 美炎が唖然として二人を見ている。

 その間にも、今や煉獄の食卓は、戦争となっていた。

 

「うどんも美味しいよね! ほら、美炎ちゃんも! 一杯作ったから、食べて食べて!」

「いや、俺の餃子だって捨てたもんじゃねえぞ! ほら、煉獄さん」

「いや、待って待ってよ!」

 

 煉獄どころか、美炎と可奈美のところにも並んでいく食事。

 コヒメも連れてくるべきだったかなと思いながら、美炎は二人を食い止めた。

 

「二人とも、ご飯よりも先に自己紹介! 自己紹介必要だから!」

 

 その言葉に、真司と友奈は互いに顔を見合わせる。やがて「あー、忘れてた」と頷き合った。

 

「そうだったな。んじゃ、まずは俺から」

 

 真司はその場で立ち上がる。

 

「俺、城戸真司。ライダーのサーヴァントな。んで……」

 

 唐突に、真司は友奈に目配せした。

 すると、友奈もまたサムズアップでそれに応える。立った友奈は、「コホン」と咳払いをして。

 

「私は、可奈美ちゃんのサーヴァント、結城友奈! そして、これは世を忍ぶ仮の姿……」

「え? 仮の姿だったっけ?」

 

 可奈美の口を不意に突き抜ける言葉。

 だが、その間に、真司と友奈は互いに背中を合わせる。

 それぞれの腕を左右に伸ばし。

 

「「変身‼」」

 

 真司はカードデッキを。

 友奈はスマホを、それぞれ操作する。

 すると、それぞれの姿が、鏡像と花びらによって変わっていく。

 

「果たしてその正体は……!」

 

「仮面ライダー龍騎!」

「讃州中学勇者部!」

 

 赤い鉄仮面の騎士。

 そして、白とピンクの勇者。

 

「っしゃあ!」

「おーっ!」

 

 二人はそれぞれ並び、ポーズを取った。

 

「「決まった……!」」

 

 二人は互いに顔を見合わせた。

 拍手を送る可奈美と美炎。そして、相変わらず箸を止めない煉獄。

 だんだん拍手を遅くして、可奈美は尋ねた。

 

「ねえ。……それ、何?」

「まあ、ただの自己紹介をするだけでもつまらないからな。もともと新しい参加者を紹介させるってハルトから連絡来た時はどうしようかと思ったんだけどさ」

「まさかの聖杯戦争反対派で、本当に安心したっていうか。ねえ?」

 

 変身を解除しながら、友奈は頬をかいた。顔が少し赤らめているから、少し恥ずかしかったのだろうか。

 

「どうせなら、ちょっと面白い自己紹介でもいいんじゃないかなって」

「それで変身まで入れたの!?」

 

 愕然とする可奈美。

 一方、友奈は、席に戻り、自らの前に出しているうどんを再び啜りだす。

 

「でも、どうせならあとコヒメちゃんにも会ってみたかったかな」

「お? コヒメに会いたい?」

 

 その一言で、美炎が友奈に身を乗り出した。

 

「うん! この前ハルトさんから大体の事情は聞いてるよ! コヒメちゃんを守る願いを、聖杯戦争に睨まれちゃったんだよね」

「うん。まさか、こんな大変なことに巻き込まれることになるなんて思わなかったけどね」

「本当に大変だよね。あ、うどんまだあるよ? あ、美炎ちゃんはきつね派? それともたぬき派?」

「わたしは……あ、それより! わたしと煉獄さんも自己紹介しないと!」

「うむ!」

 

 煉獄が勢いよく頷いた。

 

「改めて! 俺は……!」

「って、ちょっと待って!」

 

 そのまま真っすぐな自己紹介をしようとした煉獄だったが、美炎はそれを止めた。

 

「このまま普通に自己紹介するのって、なんか負けた気がしない?」

「うむ? 負けた気?」

「だから! わたしも、煉獄さんと! 何か! 面白い自己紹介をしようと思います!」

「美炎ちゃん!?」

 

 宣言した美炎の顔が、どんどん赤くなっていく。

 

「あっ……その……」

「おお! いいねえ! いけいけ!」

 

 そんな声を上げるのは、真司。

 いつの間に手にしていたのか、缶ビールを飲みながら美炎へ催促していく。

 

「わーっ! 真司さん、こんなお昼から、もうお酒飲んでる!」

「平気平気。気にすんな!」

 

 真司はニコニコと笑みながら、言った。

 

「あー……ごめん、言ったはいいけど、わたしも具体的な中身とかは特に考えていないんだよね」

「ならば、提案がある!」

 

 煉獄は立ち上がった。

 丁度彼の目の前には、平らげ終えた食卓が並んでおり、「いい食後の運動だ」と付け足した。

 

「これからも、君たちとはともに戦うこともあるだろう。安桜少女の実力もさることながら……」

 

 煉獄は、はっきりと可奈美を見つめる。

 彼の熱を帯びた目線に、可奈美の背筋に緊張が走る。

 

「衛藤少女。君も高い実力を持つとも聞く。是非一度、手合わせを願いたい」

 

 手合わせ。

 その言葉から、可奈美の脳が一気に活性化した。

 

「それって……私と立ち合いをしてくれるってこと!?」

 

 可奈美は、顔を輝かせる。

 

「可奈美、相変わらず剣術大好きなんだね」

「当たり前だよ! セイバークラス……つまり、剣術が強くて英霊になったってことでしょ!?」

 

 持ってきていて良かったと、可奈美は腰に付けている千鳥を掴む。

 

「そんな凄い剣術が見られるなんて、私やっぱり、見滝原に来てよかったよ!」

「おい可奈美ちゃんそれなんか俺たちが言っちゃいけない言葉じゃないか!?」

 

 だが、可奈美は真司の言葉を聞き入れない。

 ぐいっと煉獄に顔を寄せ、

 

「それじゃあ、いつやる? 今やろうよ!」

「今やろうってここでか!?」

「うむ! いいだろう!」

「ここでやるんじゃねええええええ!」

 

 一瞬で酔いを醒ました真司の悲鳴が、アパートの外にも響いていった。




ハルト「昼飯時、ようやく終わった……」
ココア「お疲れ様~。もう昨日のごめんなさいは終わった?」
ハルト「終わったと思いたい。……あれ? チノちゃんは?」
チノ「はい。片付け終わりました」
ココア「お疲れ様!」
チノ「ココアさん、ハルトさん。皿洗い終わりましたか?」
ココア( ゚д゚)ハッ!
ハルト「さっきココアちゃんがお客さんと喋っている間に終わらせたよ」
ココア「ハルトさ~ん!」
ハルト「うわ、ちょっと引っ付かないで! そういうのはチノちゃんの役目でしょ!」
チノ「私を盾にした!」
ハルト「ほら、チノちゃんあげるから!」
チノ「やめてくださ……」
ココア「ほうほう、チノちゃん……お昼のモフモフだよ~!」
チノ「やめ……やめてください……!」

チリーン

客1「こんにちわ。二人で……」
チノ「あ……」
客2「うわ」

ココアがチノに抱き着いてモフモフしているところ

客1,2「「失礼しました~」」
ハルト「待ってええええええええええ!?」



___会いたい日は 会いたいって言おうよ 泣きたい夜は 声あげて泣こう___



客1「これ……とっても美味しいです……!」
ハルト「お口に合っていて良かったです」
客2「リョウ! これ美味しいね!」
客1「はい。このパスタ……麺の一つ一つに味が染みて、とろける……!」
ハルト「す、すごい顔がキラキラしてる……! これが所謂メシの顔って奴か」
ココア「それじゃあ、お客さんが大喜びしてくれたところで、今日のアニメ紹介!」
チノ「幸福グラフィティーですね」
ハルト「アニメ放送期間は2015年の1月から3月までだったね」
ココア「こんな感じで、町子リョウちゃんが、はとこの森本きりんちゃんと一緒にご飯を食べるアニメだよ!」
チノ「色んなご飯が出てくるので、夜中に見るのは危険ですね」
客1,2「「おかわり!」」
ハルト「「はい喜んで!」」


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刀使VS鬼殺隊

「それじゃあ、改めてルール確認」

 

 美炎は、向かい合う二人に告げた。

 可奈美と煉獄。

 可奈美の実力は、美炎も良く知っている。これまでも何度も戦い、美炎が一度も勝つことが出来なかった最強のライバル。生粋の剣術マニアで、剣を交えるたびに強くなっていくと美炎も実感する。

 一方の煉獄。

 鬼と呼ばれる人喰いの怪物が闊歩する世界で、人々を守るために戦う鬼殺隊と呼ばれる戦士らしい。その中でも、特に上位の能力を持つ柱、その一角である炎柱という身分らしい。

 場所は、見滝原公園の奥。あまり人がよりつかない芝生であり、可奈美によればこの近辺を寝床にしている参加者もいるらしい。今は留守だが。

 ちなみに、真司と友奈もそれぞれ用事があるとのことで、結局この場には美炎と可奈美、煉獄の三人だけだった。

 

「可奈美は写シの解除、煉獄さんは剣が手から離れたら……で、いいの?」

 

 美炎は改めて確認する。

 煉獄は「うむ!」と頷き。

 

「それで構わん! 君たち刀使は、その写シとやらで、体への破損を肩代わりできるのだろう!」

「そうだけど……だけど、煉獄さんは生身でしょ?」

「気にするな!」

 

 煉獄ははっきりと言い切った。

 

「衛藤少女が、この日輪刀を俺の手から離せば、それで衛藤少女の勝ちだ!」

「大丈夫だよ! 美炎ちゃん!」

 

 心配する美炎を、可奈美が呼び止めた。

 

「まだ一回だけしか、煉獄さんの技を見てないけど……煉獄さんは強いよ」

「そこまで買ってくれるとは、光栄だ!」

 

 煉獄は目を大きく見開いた。

 彼のその眼差しは、見るだけでも眩しささえも感じてしまう。

 

「煉獄さんがいいなら……それじゃあ……二人とも行くよ!」

 

 美炎の号令に、可奈美と煉獄はそれぞれ見合う。

 美炎は、刀使の試合、その審判と同じように、号令をかける。

 

「両者 構え」

 

 美炎の声に、可奈美と煉獄は、それぞれの剣を構えた。

 

「写シ」

 

 可奈美の体を、千鳥が霊体にした。

 同時に、煉獄の目の光が増す。

 そして。

 

「じゃあ行くよ! 両者……始め!」

 

 美炎が手を振り下ろす。

 それが、合図。

 可奈美と煉獄は、それぞれ地を蹴り、互いへ迫っていった。

 

 

 

「速い!」

 

 煉獄の動きは、写シのような異能の力ではない。自らの生身の身体能力だけで可奈美の迅位(スピード)に追いついている。

 

「炎の呼吸 (いち)ノ型 不知火(しらぬい)!」

 

 猛烈なスピードの煉獄。彼は、一気に可奈美に肉薄し、横へ袈裟斬りを放つ。

 炎を放つその技。可奈美は、その中心に千鳥を差し向け、受け止めた。

 

「っ! この剣……重い……その上、熱い!」

 

 千鳥を伝って可奈美の手に伝わって来る振動。

 

「でも……私も、負けないよ!」

 

 可奈美は、中心へ千鳥を斬り込み、炎を断ち切る。

 飛び散る火花の中、可奈美はさらに踏み込んだ。

 だが、煉獄は開いた目を動かすことなく切り結んだ。

 

「……っ!」

 

 可奈美は、息を吸い込む。

 肺を焼き焦がすような熱さが可奈美を襲うが、それよりも興奮が勝っていた。

 

「やっぱりすごい……! もっと……もっと見せて! 煉獄さんの剣術!」

「よかろう! ならば俺の剣、どこまで受けられるか試してみようか!」

 

 刀身に炎を走らせたまま、煉獄の剣は続く。

 これまで可奈美が受けてきた、如何なる剣。それよりも強く、真っ直ぐな剣筋。

 それを受けながらも、可奈美もまた剣を打ち込む。

 

「せいやっ!」

 

 見つけた隙に、可奈美の両断。だが、全て正確に見切った煉獄には通じない。

 可奈美の横薙ぎを避けた煉獄は、またしても炎を纏う。

 

「次の技が……来る!」

「炎の呼吸 ()ノ型」

 

 煉獄の日輪刀、その剣先が煉獄の背後まで振り抜かれる。

 そのまま、彼の剣が孤を描くように昇っていく。

 

(のぼ)炎天(えんてん)!」

「っ!」

 

 可奈美は、千鳥でそれをガード。だが、千鳥を貫通してきた炎の斬撃が、可奈美を襲う。

 

「うわっ!」

 

 可奈美が悲鳴を上げている間にも、煉獄は移動している。

 すでに可奈美の頭上に移動していた煉獄。

 

「炎の呼吸 (さん)ノ型」

「もう次っ!?」

 

 次の煉獄の技。剣筋によれば、今しがた放った技とは真逆に、上から下へ斬り降ろすものらしい。

 可奈美は、空中で千鳥を構えなおす。その体を纏う白い写シに、赤みが増していく。

 

迅位斬(じんいざん)!」

気炎万象(きえんばんしょう)!」

 

 孤を上から下へ描く日輪刀が、神速のスピードを持つ千鳥と激突する。

 赤を赤が塗りつぶし、さらにそれを赤が上書きしていく。

 空気を震わす衝撃とともに、二人は同時に地面に落ちた。

 

「互角……!」

「よもやよもやだ。衛藤少女!」

 

 煉獄は起き上がり、再び日輪刀を構える。

 

「その年でここまで食い下がるとは。中々の力だ!」

「ありがとう! でも、私もまだまだ煉獄さんの力、見せてもらってないよ!」

 

 次は、蜻蛉の構え。

 腰を落とした可奈美へ、煉獄が撃ち込む。

 剣の音が、可奈美の心を震わせていく。

 

「そこっ!」

 

 ある程度剣を受けたところに光明を見出した。可奈美は足を払い、煉獄をジャンプさせる。

 

「でりゃあああああああああっ!」

 

 振り抜くと同時に、簡易的に放たれる太阿之剣。

 赤く放たれた斬撃は、空中で身動きが取れない煉獄へ真っすぐ進んでいく。

 だが。

 

「炎の呼吸 ()ノ型」

 

 煉獄は空中であるにも関わらず、体を回転させる。

 日輪刀から炎を迸らせ、それはあたかも繭のように煉獄を包んでいった。

 

盛炎(せいえん)のうねり!」

 

 煉獄が作り上げた炎の壁は、やがて攻撃に転じる。

 可奈美へ放たれた炎の壁。

 だが、可奈美はそれを見て、こう断じた。

 

「私も……やってみる!」

 

 深紅に染まった写シ。それを回転させ、赤い壁を作り上げた。

 

「行くよ……私版! 盛炎(せいえん)のうねり!」

 

 炎と赤は、互いに激突して消滅。

 可奈美と煉獄は、そのまま着地した。

 

「うむ! なかなかの模倣だった! まあ、いろいろと足りない部分はあるが!」

「へへ! それじゃあ、行くよ……!」

 

 可奈美と煉獄は、どんどん速度を増していく。

 やがてそれは、同じ刀使である美炎でさえも見切れないほどになっていく。

 

「すごい……! 煉獄さん、本当に……! 受けていたい……! もっと……いつまでも戦っていたい!」

「ならば、君も全力を出したまえ!」

 

 煉獄は鍔迫り合いになりながらも、ぐいっと可奈美に顔を近づける。

 

「全力? 私はいつだって全力の剣術だよ?」

「そんなごまかしは私には通用しないぞ! 君の実力は、すでに測れている! これ程度ではないことも!」

「じゃあ……」

 

 可奈美の笑顔は、やがて食いしばり顔に。

 

「ホントのホントに本気だよ!」

 

 可奈美の体が深紅に燃え上がる。

 迅位のより高みへ。

 一方、煉獄もまた笑みを浮かべる。

 可奈美の動きを察知したのか、彼もまた技を繰り出す。

 

「炎の呼吸 ()ノ型」

 

 煉獄の技。

 彼の体を包む炎の量が、それまでと比にならない。

 大技が来る。

 笑みを浮かべた可奈美は、「行くよ!」と意気込んだ。

 赤く染まっていく体とともに、千鳥の刀身が赤い光とともに長く伸びる。

 そして。

 

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

炎虎(えんこ)!」

 

 可奈美が放つ、赤い斬撃。多くの敵を薙ぎ払い、聖杯戦争でも可奈美とともに戦ってきた技。

 それに対し、煉獄の技は大きい。

 炎は渦を巻き、形となり、まさに技名の通り虎になる。

 虎は吠え、そのまま可奈美を飲み込むように食らいついていく。

 

「だあああああああああああっ!」

 

 可奈美の全身を焼き尽くす炎を受けながらも、千鳥の斬撃が炎虎を切り裂いていく。

 爆発と同時に、虎は掻き消されていく。

 そして、それぞれが平常スピードの世界に戻っていく。

 可奈美と煉獄。

 二人はそれぞれ、互いに背中を見せたまま剣技を撃った姿で静止している。

 美炎が固唾をのんで見守る中。

 

「うむ……強いな。衛藤少女。とにかく、勝敗を決めることより、俺の剣とぶつかりたいという想いが伝わってきた」

「やっぱり、煉獄さんも剣での対話、できるんだね!」

「あまり得意ではない。だが、できないわけではない。俺も柱の仲間たちと、よく剣の鍛錬を積んでいたものだ」

「煉獄さんも……鍛錬を」

「衛藤少女。君の実力は、俺と共に戦ってきた柱にも引けを取らない。それは俺が保証しよう!」

「それじゃあ……!」

「何より……俺も……楽しかった!」

 

 「だが!」と、煉獄は付け加える。

 

「どうやら、今回はこれで終わりのようだ」

「え? それってどういう……? うっ!」

 

 可奈美が口走るよりも先に、可奈美の全身に痛みが走る。

 炎の斬撃が、可奈美の体をあちこち走っていく。その度に、可奈美の体はどんどん写シが剝がれていった。

 

「う……そ……っ!?」

 

 可奈美の悲鳴。

 最後に、体に残ったほんの僅かな写シが切り払われ。

 美濃関学院最強、千鳥の刀使は。

 その場に崩れ落ちた。

 

 

 

「……」

 

 仰向けになると、目に入る青空。

雲。

 春先の空気が、可奈美の鼻腔をくすぐる。

 今回は、公園の芝生の上なのも相まって、草の匂いが溢れていた。

 

「可奈美が……負けた……!?」

 

 審判である美炎の言葉に、その事実がようやく可奈美に実感されていった。

 思わず、千鳥を持った手が芝生を握る。

 

「うむ! いい勝負だったぞ! 衛藤少女!」

 

 視界に入り、しゃがんで顔を覗き込む煉獄。

 立っている煉獄と、倒れている自分。

 その対比が、改めて可奈美にのしかかる。

 可奈美は、煉獄の顔と青空を両方目に入れながら、静かに瞼の上に腕を重ねた。

 

「……うん。いい勝負だった。すっごい楽しかった……!」

「そうか!」

「あの剣術! ……始めて見た……。何より、私……圧倒されてた……!」

「うむ! なかなかの腕前だったぞ! まさか、刀使というものはここまでの強さだったとは! ぜひとも鬼殺隊にも勧誘したいものだ!」

「うん。……考えておく」

 

 自分の腕で隠れた視界。

 それだけで、可奈美にはもう何も見えなくなっていた。

 

「うむ! そろそろらびっとはうす(・・・・・・・)に戻ろうか!」

「ごめん、煉獄さん。ちょっと、このまま放っておいてもらってもいい?」

 

 可奈美の言葉に、煉獄は立ち上がる。その気配の後、可奈美には沈黙が訪れた。

 太陽の微かな光だけが差し込んでくる瞼の底。

 

「何だろう……楽しかった……すっごく楽しかったのに、とっても……。悔しいなあ……負けちゃったの……すっごい久しぶりかも……」

 

 その声は、後になればなるほど震えていった。



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引ったくり犯

セイバー最終回、良かったですね……
先週投稿してないから、一言……
ここで(ネタバレ防止)だとォ!?ってなりました


「う……」

 

 美炎は、頭を抑えながら呻き声を上げた。

 

「やっぱり何回来ても、全く何も手がかりなんてないよ……」

 

 美炎はそう言いながら、今出てきた建物を見上げた。

 見滝原図書館。見滝原の中でも指折りの蔵書数を誇る施設。

 この場所で、コヒメが無害だと証明する証拠を探しているものの、美炎は元来本を読むのが苦手な部類。

 よって。

 

「結局、ほとんど私が調べてるけどね」

「う……ごめん清香」

 

 美炎が肩をがっくりと落とす。

 

「昨日も、わたしが可奈美と一緒に行っている間、調べてくれてたんだよね」

「手がかりになりそうなものあまりなかったけどね」

 

 清香がため息をついた。

 

「今日は、コヒメちゃんも連れてきてよかったのかな?」

「大丈夫じゃない? 今日も煉獄さんがお店手伝ってくれているし。でも、わたしが見滝原を離れることができないっていうのは速くなんとかしないといけないしね」

 

 美炎の言葉に、清香も頷いた。

 一方、コヒメ。

 美炎と清香の話にも我関せずとばかりに、彼女は今図書館で借りてきた絵本を見下ろしていた。

 

「コヒメ。……何読んでるの?」

「本」

 

 端的に答えたコヒメ。だが、コヒメはピタリとも動かずに読み進めている。

 本の中身は、大きなイラストに、文字が散りばめられている。絵本のようだった。

 

「これ……とっても面白い」

「面白い? 何々? 白雪姫? シンデレラ? それとも……」

「日本神話だね」

 

 コヒメを挟んで反対側。清香が屈んで、彼女の表紙を覗き込む。

 

「え? にほ……何? 絵本って、三匹の子豚とか赤ずきんとかじゃないの?」

「美炎ちゃん……刀使なんだから、多少はこういう知識持っていてよ。コヒメちゃん、面白い?」

「ちょっと……面白い」

 

 コヒメが、鼻から息を吐いた。

 彼女が呼んでいるページ。そこには、大きな八体の蛇のイラストが掲載されていた。

 

「うわっ! 蛇! 大っきい! 一杯いる!」

「これ、八岐大蛇(やまたのおろち)の伝説だね」

 

 驚く美炎に対し、清香は中腰で話を進める。

 

「山田さんのお家?」

「違うよ。八岐大蛇」

 

 清香は訂正した。

 

「で、その山田のオロチは……」

「だから……! 八岐大蛇だよ」

「みほの。ひょっとして頭悪い?」

「なっ!?」

 

 コヒメの何気ない一言で、美炎は凍り付いた。

 一方、コヒメはやっぱりと言った顔で「あー」と言葉を伸ばす。

 

「大丈夫大丈夫。人には出来ること出来ないことがあるから。みほのもきっといいことあるよ」

 

 しゃがんだ美炎の頭を撫でるコヒメ。

 涙目になる美炎は、コヒメの手が動くごとにどんどん悲しくなっていった。

 

「う……で、何て名前だっけ?」

「八岐大蛇。頭が八つあるでしょ? 八つの又に分かれているから、八()大蛇何だよ」

「な、なるほど……」

 

 清香の説明に納得しながら、美炎はふと思いつく。自らの左手を出し、その指を数えた。

 

「ひい、ふう、みい……あれ?」

「どうしたのほのちゃん」

「おかしいよ。頭が八つなら、又は七つだよ? 七又大蛇(ななまたのおろち)と言うべきじゃない?」

「む、昔からきっとヤマタと決まってるんだよ!」

「何で? 何でそんなややこしい名前になってるの?」

「し、知らないよ!」

 

 清香の顔に、「ほのちゃん何でこういう時に鋭いの?」と書いてあった。

 

「でも、蛇かあ……こんなに()っきな蛇がいたら、もう大騒ぎだろうな」

 

 美炎は、コヒメが夢中になっている蛇のイラストを見ながら言った。

 八つの蛇の頭が、白い礼装を纏った巫覡(ふげき)を食らいつこうとしている。

 

「うわあ……この服、かっこいいな……」

 

 最初は蛇を見ていたはずなのに、いつの間にか男の服に目移りしていた。

 

「みほの、これ好きなの?」

 

 コヒメが巫覡の服を指差す。

 巫覡の服装。

 白い和服をモチーフにしたものだが、神社育ちの美炎の目には、なぜかとても特殊なものに思えた。

 

「好きって言うか、なんか目が離せないかな」

「美炎ちゃん……まさか、この巫覡さんに恋!?」

「そんなんじゃないよ。そもそもわたし、このお話知らないし」

 

 美炎は両腕を振った。

 そんな美炎の反応をしり目に、コヒメは頭を抑える。

 

「このお話……多分、本当にあったんだと思うよ」

「え?」

 

 美炎と清香の目が点になる。

 コヒメは続けた。

 

「この、主人公のスサノオって人は分からないけど……多分、この八岐大蛇って、大荒魂の一つだと思う」

「え!?」

 

 そのカミングアウトに、美炎と清香は顔を見合わせる。

 

 大荒魂。

 刀使が古来より戦い続けてきた異形、荒魂。その中でも、特に強大な力を持つもののことを示す。

 それは、可奈美が聖杯戦争に関わることとなった遠因であるタギツヒメ。かつて美炎、清香をはじめとした調査隊と呼ばれる部隊が倒したスルガが該当する。

 通常の荒魂に比べ、能力も力も、そして内臓するノロと呼ばれる物質もけた違い。刀使にとってはまさに大敵という相手である。

 

「ふーん……で、この大荒魂はちゃんと討伐されたの?」

「それは……コヒメちゃん、もう読んだ?」

「うん。この、スサノオって人がやっつけてるよ」

「そうなんだ。だったら、今はもう心配なさそう!」

 

 ニコニコと美炎が言った、その時。

 

「きゃあああああああああっ!」

 

 突如として響く、女性の悲鳴。

 同時に、コヒメを突き飛ばした黒い影。

 

「わっ!」

「コヒメ!」

 

 美炎は、バランスを崩したコヒメを受け止める。

 コヒメの手から落ちた手提げ袋からは、図書館で借りてきた本たちが散らばった。

 

「ちょっと!」

 

 美炎が声を荒げる。

 コヒメに激突していたのは、全身黒ずくめの男だった。サングラスを付けるほどの日差しではないからこそ、その特異性が目立つ。がっしりとトートバックを胸に抱えていおり、見ただけで怪しさを感じてしまう。

 彼は美炎とコヒメ、そして清香を一瞥し、走り去っていく。

 

「な、何なの? あれ……」

 

 清香が戸惑いの声を上げる。

 その時。

 

「引ったくりよおおおおおおおおお!」

 

 空気を震わす悲鳴。

 運動をしていなさそうな中年女性が、必死に走ってきているところだった。

 彼女は美炎たちの前で膝を支え、黒服の男を指差す。

 

「た、助けて! 引ったくりよ!」

「引ったくり!?」

 

 その単語に、美炎は思わず駆け出した。

 抜群の運動神経で、彼の後ろを追いかける。

 刀使である美炎の運動能力は、当然常人のそれを大きく上回る。

 あっさりと、成人男性の腕を掴む。

 

「ちょっとストップ! ダメだよ、人の物を盗んじゃ!」

 

 だが、引ったくり犯は即座に腕を引く。

 すると、バランスを崩した美炎は、そのまま体勢を崩した。

 

「うわわっ!」

 

 両手で、倒れる体を支える。

 だが、その間にすでに彼は美炎から遠く離れていく。

 

「ま、待って! あ、清香! 先にコヒメと帰ってて」

「え? う、うん」

 

 ほぼ不意打ち気味に、清香は頷いた。

 美炎はコヒメを預け、そのまま改めて引ったくり犯を追いかける。

 住宅街を越え、川を越え、公園を越え。

 やがて、美炎が来たことがない見滝原の奥地へどんどん進んでいく。

 幾つか地区を越え、大きな道路の中で。

 その時。

 

「とうッ!」

 

 それは、美炎の頭上。

 歩道橋の上。そんな時間はないはずなのに、その姿に美炎は一瞬見惚れてしまっていた。

 寒天の春空を泳ぐ、たった一つの影。

 美炎を越え、窃盗犯を越え。

 右膝と左手を地面につける三点着地。所謂スーパーヒーロー着地とも呼ばれる膝に悪そうな着地したそれは、少女だった。

 褐色気のある髪をした、明るい顔付きの彼女は、凛々しい顔付きで引ったくり犯を睨む。

 

「それ以上はダメだよッ!」

 

 彼女は、そのまま仁王立ちといった体勢で、引ったくり犯に構える。

 引ったくり犯は、構わず少女に激突。

 だが、少女は格闘技のように腕を繰り出し、犯人の腕を掴まえる。

 そのまま、彼の腕を自らの肩に乗せ、そのまま肩を軸に放り投げた。

 

「我流 当て身投げ!」

 

 音をたてて地面に落ちた引ったくり犯。痛みに呻きながら、彼は手のトートバッグを手放した。

 

「もう、こんな悪いことしちゃ駄目だよ!」

「ひ、ひいいいいいっ!」

 

 笑顔を見せる少女。それにすごまれて、引ったくり犯は一目散に逃げていった。

 

「すご……」

 

 その一部始終を見届けて、美炎は口をポカンと開けていた。

 一方、トートバッグを拾い上げた少女。彼女は笑顔で、それを美炎へ差し出した。

 

「はい、これ。盗まれちゃダメだよ」

「ああ、これわたしじゃなくて……」

「ああ、ありがとう……!」

 

 追いついてきた、引ったくりされた女性。彼女は、息を大きく吐きながら、少女からトートバッグを受け取る。

 

「助かったわ……! 二人とも、ありがとう! 何かお礼をしなきゃ……」

「あ、いえいえ。これくらい、へいきへっちゃらッ!」

 

 少女はそう言いながら、女性の礼を遠慮する。

 

「なんてこと……こんな世知辛い世の中に、あんた達みたいな殊勝な若者がいるなんて、おばさん嬉しいよ……」

「ああ、いいですから! 気にしないでください! ……ほら、君も!」

「う、うん!」

 

 少女に促されて、美炎もまた頷く。

 そのまま感涙していった女性は、手を振りながらその場を去っていった。

 女性の姿が見えなくなったところで、美炎は少女へ言った。

 

「君すごかったね! 着地から全部、まるでヒーローみたいだったよ!」

「ありがとう! でも、今一番カッコよかったのは、わたしじゃなくて、最初から人助けをしようとしたあなただよッ!」

「いやあ、そんなことないよ……あ、それより、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「わたしも! 聞きたいことがあるんだ」

 

 そして、美炎と少女は、同時に笑顔で言った。

 

「「ここ……どこ?」」

 

 見滝原ではある。

 それ以外、美炎にも少女にも、全く手がかりがなかった。




ココア「うーん……よし! 今日もこれから、ラビットハウスで頑張ろう!」
千夜「あら? ココアちゃん、今日バイト?」
ココア「そうなの。新しく煉獄ってお兄さんが入って来たから、いろいろ教えてあげなくちゃ」
千夜「また新しく入ったのね。いいわね。どんどん人が増えていって」
ココア「千夜ちゃんだって。甘兎庵に、紗夜ちゃんが入ってるんでしょ?」
千夜「ええ。快感よ。あの鬼の風紀委員を顎で使うことが出来るなんて……」
ココア「千夜ちゃん……あいたっ!」
???「あ、ごめんなさい」
ココア「あ、うららちゃん。大丈夫だよ」
うらら「そう……」
千夜「うららちゃん、もしかしてこれから図書室?」
うらら「ええ」
ココア「うわー、すっごい勉強するよねうららちゃん。でも、最近山田君と結構親しいって噂だよ?」
うらら「気のせいよ」
千夜「いやいや、これはスキャンダルの匂いがするわ!」
ココア「特に、最近山田君もうららちゃんの影響か、授業サボることも少なくなったよね! その代わり、その時大体うららちゃんいないけど……」
うらら「……失礼するわ」スタタ
ココア「……千夜編集長。これはどう思いますか?」
千夜「図書室で勉強とは方便で、本当は山田君と密会を……!?」
ココア「追いかけよう!」

図書室にて

ココア「あ! うららちゃん!」
うらら「ああ? 何だよ」
ココア「さっきまでとキャラが全然違うよ! あれ? あっちに山田君が……」
山田「……」黙々と勉強
ココア「逆に普段不良で授業サボりの山田君が勉強してる!」
千夜「これは、もしや……!」


___くちづけDiamondを あなたの指に渡そう 形のない約束 いつだって 思い出して___


千夜「きっと、人格の入れ替わりよ!」
うらら「なっ!?」
ココア「そんなベタな……」
千夜「いいえ! この学校には、七人の魔女がいるって都市伝説をきいたことがあるわ! テレパシーとか雲隠れとか……その中の一つよ!」
ココア「そんなまさか……」
うらら「ち、ち、ちげーし!」
千夜「2015年の4月から6月まで放送していたアニメにも、そんなものがあったわ!」
ココア「この流れでまさかの紹介コーナーやるの!?」
千夜「やるわ! 今回は珍しくシリアスな話じゃないもの! 今回を逃したら、レギュラーじゃない私の出番が次いつになるのか分からないわ!」
うらら「何か、すっげー燃えてる!」
ココア「千夜ちゃんが壊れた!」
千夜「そんな今回のアニメは、山田くんと七人の魔女よ!」


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相反する信条

「ってことは、わたしたち、仲良く迷子ってことだよね」

「う……はっきり言われると辛い……」

 

 美炎は俯いた。

 立花響(たちばなひびき)

 そう自己紹介された少女と、美炎は見滝原の見知らぬ地区を歩いていた。

 夕方近く。どうやって図書館からここまで歩いてきたのか分からなくなる距離。清香に連絡したり、可奈美やハルトに頼ったり、地図アプリを起動しても、あまり場所はハッキリと分からなかった。

 

「ところで、響ちゃんはなんで迷子になったの?」

「あー……それが、迷子のお母さんを探して、やっと見つけたと思ったら……」

「自分が迷子になっちゃったのね……大丈夫?」

「こんなの、へいきへっちゃらッ! ……お?」

 

 響と肩を並べて歩いていると、道端より声が聞こえてきた。

 

「あ、響ちゃん?」

「ごめん、美炎ちゃん! おばあちゃん、大丈夫ですか?」

 

 見れば響は、横断歩道を渡ろうとしているおばあちゃんのもとへ向かっていった。

 見ただけで驚くような大荷物を背負ったおばあちゃん。何が入っているのかと問いただしたくなるような風呂敷と両手の荷物は、美炎も思わず駆け寄ってしまうほどだった。

 

「うわ、何この荷物!?」

「分かんないけど、困ってるみたい! ……ってええ!? 美炎ちゃん、別にわたしが助けるから、美炎ちゃんはいいんだよ?」

「ここまできたら、わたしも手伝うよ! おばあちゃん、荷物持ってあげる!」

「ありがとうね……」

「わ、わたしも……!」

 

 美炎と響は、それぞれ大荷物を持つ。

 向かい側へ渡り、そのまま彼女の孫の家まで運んだあと。

 

「ない……ない……」

 

 道路の真ん中で、中年男性が屈んでいた。

 スーツ姿の彼は、困り果てた表情で道路に触れ回っており、思わず引き気味になってしまう。

 傍らに放置されている鞄からは、白い資料が少しはみ出ており、より悲壮感があった。

 

「あの、どうしました?」

 

 響は迷いなく彼に声をかける。

 中年男性は顔を上げることなく答えた。

 

「レンズ……コンタクトレンズを落として……ああ、これから大事な営業先との約束があるのに……!」

「え? コンタクトって……落とすことあるんだ」

「それは大変ですね! 手伝いますッ!」

 

 響は食い気味に屈んだ。すでに彼のコンタクトレンズを探すために、冷えたアスファルトをベタベタと探している。

 

「響ちゃん動くの早っ!」

「ごめん美炎ちゃん。わたし、ちょっとこの人の手伝いするから! 先に行ってて!」

「いや、わたしも手伝うよ!」

 

 美炎も響に倣ってコンタクトを探す。

 だが。

 

「って! 全然見つからないじゃん!」

 

 美炎が叫ぶ。

 二月とはいえ、寒風吹き荒れる中。

 さすがに手がかじかんできていた。

 

「何!? コンタクトって、こんなに見つかりにくいものなの!? 友達が眼鏡のがいいって言ってたのも良く分かるよ!」

「頑張って探そう!」

 

 一方の響は、めげることなく手探りを続けていた。

 

「す、すごいね響ちゃん。どこからそんな胆力が湧いてくるの?」

「うん? まあ、わたし人助けが趣味なところあるから」

「まさかの特殊趣味!? 剣術趣味の可奈美がくすむくらい!」

「お? 可奈美ちゃんと知り合いなんだ」

 

 まさかの共通の知り合いに驚く美炎。

 響もその話を切り出そうとしていたようだが、中年男性の「ない、ない……」という呻き声によって、コンタクトレンズ探しを優先させようと暗黙の了解が走った。

 

「えっと……」

「うーん、何かコツなかったかな……? あ、そうそう!」

 

 響はポンと手を叩いた。

 

「前はね、こういう風に地面スレスレで探すと早く見つかったんだよ! これで太陽の光で分かりやすくなった!」

「まさかの経験則あり!?」

 

 だが、試してみようと美炎は顔を道路に付ける。

 頬とアスファルトがピッタリと張り付くという始めての感覚を味わいながら、透明な視力矯正器具を探す。

 

「あ!」

 

 その時。

 美炎の目は、路上の星を捉えた。

 

「あったどーっ!」

 

 

 

「で、可奈美と知り合いなんだね」

 

 コンタクトレンズを渡した後、ぶらぶらと美炎は響と歩いていた。

 来た道と思われる方角へ、焦ることなく(清香からは『早く帰ってきて!』とメッセージがあった)戻っていく。

 

「美炎ちゃんもなんだね」

 

 響も頷いた。

 

「可奈美とは、同じ美濃関学院なんだよ」

「ほえ~。あれ? 美濃関って刀使の養成学校だよね……およ? 覚えた記憶がない知識が頭の中にあってぐあんぐあんする……! これがサーヴァントの体か……」

「どうしたの?」

「あ、いや何でもない」

 

 響は慌てて手を振る。

 

「いやあ、可奈美ちゃんの剣術大好きはわたしもビックリしたけど。もしかして、美炎ちゃんも剣術大好きだったりするの?」

「可奈美ほどじゃないけど、わたしも剣は好きだよ。ほら、こうして常に携帯してるくらいには」

 

 美炎はそう言って、赤い笛袋を見せつける。

 加州清光が収められたそれは、響の目を丸くさせた。

 

「おおッ! なかなかカッコイイ! ちょっと触らせて!」

「いいよ!」

 

 そんな会話を繰り返しながら、やがて大通りに出てきた。

 車通りが激しくなり、それによりだんだんと見滝原の中央へ向かっているのではないかと思えてくる。

 

「お? もしかして、こっちに行けばわたしたちが来た方へ戻れるんじゃない?」

「わたしもそう思ってた!」

 

 美炎と響は顔を輝かせる。青信号を二人で駆け出し。

 

「……ランサー」

 

 通行人の中、聞こえてきたその一言。

 美炎は気にせずに進もうとしていたが、隣の響が足を止めた。

 

「響ちゃん?」

 

 横断歩道の真ん中。

 信号が点滅しているというのに、響は来た道を振り返っていた。

 さっきまで明るい顔だった響は、驚いた顔のまま静かに振り向いた。

 振り向いた先の人物。

 無数の往来の中、響を睨んでいる人物がいた。

 

「……あれは!」

 

 その姿に、美炎も思わず顔が強張る。

 彼は。

 黒い民族衣装と、頬に赤い紋章が描かれている彼は。

 

「ついてこい」

 

 それは言葉ではなく、顔の動き。

 だが、美炎は、彼に付いて行かなければならないと感じていた。

 それはどうやら響もまた同じらしい。

 響に続いて、美炎もまたその後に付いて行った。

 

 

 

「ソロ……」

 

 ソロ。

 響が口にした名前で、美炎はようやくその名前を思い出した。

 美炎が煉獄と出会ったそもそもの原因。

 超古代文明、ムーの生き残りであり、その誇りをかけて聖杯戦争にたった一人で参加している人物。

 彼が美炎と響を連れてきたのは、誰も立ち寄らない高架下。見滝原を環状に走る高速道路、その下には誰も立ち入らない場所があった。

 整備された川からは、地上の様子も見えなければ、入り組んだ道路に隠れて太陽さえも見えない。

 

「久しぶりだな……ランサー」

 

 車が行き交う音の中で、ソロは強く、鋭い瞳で響を睨んでいた。

 彼の目に、響は生唾を飲む。

 

「随分なお人よしだな。キサマ……」

 

 ソロは吐き捨てた。

 響はそれに対し、むっとした顔をする。

 

「別に、人を助けるのに、軟弱も何もないでしょ」

「キサマになんの関係がある? なぜ赤の他人に、そこまで肩入れする?」

「そんなの、理由なんてないよ。ただ、困ってる人を放っておけないだけ」

 

 その返答に、ソロは苛立ちを見せる。

 

「こんな奴に、ムーは滅ぼされたのか」

「……へ?」

 

 ムーを滅ぼした。

 その言葉の意味を理解するのに、美炎は数秒時間を必要とした。

 だが、その間に響の表情が陰る。

 

「そうだよね……あなたにとって、わたしは絶対に許せないよね……」

 

 ソロは無言のまま。

 だが響は続けた。

 

「結果的には、わたしがムーを滅ぼしたから……わたしを恨んでいるよね」

「ムーって……ムー大陸? それを……滅ぼした? 響ちゃんが!? いや、そもそもランサーって響ちゃんのこと? ランサーって……え? え?」

 

 次々と出てくるカミングアウトに、美炎は空いた口が塞がらなかった。

 だが、それに対するソロの答えは。

 

「ふざけるな」

 

 否定。

 そうして響を睨む彼の赤い眼差しは、隠しようがない怒りが滲み出ていた。

 

「ムーそのものなど、所詮はただの遺物だ。あんなものが消えようとも、オレは何も感じない……」

「え?」

「だが……キサマがムーを滅ぼしたという事実は変わらない」

「……!」

「キサマを倒さない限り、オレはムーの誇りを取り戻せない……」

 

 響へのソロの視線が、さらに刺々しくなる。

 響が、ソロへ身構えるよりも先に。

 

「だが」

 

 ソロが、その一言により響への視線が無くなる。

 それは、真っ直ぐ美炎へ注がれていく。

 

「今は、ムーのことなどどうでもいい」

 

 ソロはそう言いながら、腰からスターキャリアーを取り出す。それが昼の明かりに触れると同時に、その画面より影の怪物、ラプラスが姿を現した。

 

「今オレが用があるのは、ランサー、キサマではない。お前だ。セイバーのマスター」

 

 ラプラスは即、剣の姿となり、その腕に収まった。

 

「あの荒魂を渡せ」

 

 ソロは、その刃を美炎へ向けた。

 

「荒魂?」

 

 その言葉に響は首を傾げる。

 

「荒魂……コヒメのこと? 何で? どうしてコヒメを狙うの?」

「キサマに教える義理はない」

「絶対……いやだよ!」

 

 美炎は強く言い放った。

 

「コヒメは、わたしたちにとって大事な友達だから! コヒメじゃなくて、ただの荒魂としか見てない人に渡せない!」

「……フン」

 

 美炎の返答に、ソロは鼻を鳴らす。

 

「所詮、群れるだけの弱者だな……」

「え?」

「この聖杯戦争に……馴れ合いはいらない……!」

「「聖杯戦争って……」」

 

 美炎と響の声が重なる。

 互いに顔を見合わせ。

 

「やっぱり……」

「もしかして……」

 

 ランサーと呼ばれた響。

 そして、美炎がこれまで会って来た、クラス名 セイバー、ライダー、セイヴァー。

 こんな短期間に、そんな似た語感の呼び名に遭遇するだろうが。

 自然と美炎は響を、そして響もまた美炎へ尋ねた。

 

「「響ちゃん」「美炎ちゃん」、参加者!?」」

 

 参加者。

 その三文字だけで、すぐに嫌な四文字までつながった。

 だが、これ以上確認する時間はない。

 

「……」

 

 ラプラスの声が、彼の刃から聞こえてくる。

 それは、美炎たちへ戦いを求める声だった。

 美炎は生唾を飲み込み、笛袋から赤い鞘を取り出す。

 御刀、加州清光が、その欠けた刃を日陰の中を照らした。

 

「何か……ちょっとだけ安心した」

 

 美炎はほほ笑みながら言った。

 

「何?」

「あたし、聖杯戦争の話を聞いてさ。参加者も、人が巻き込まれることを気にしないことが多いのかなって思ってたけど」

 

 そう言いながら、周囲を見渡す。

 この高架下に来てから少し時間も経っている。何も言わずに来たから、清香とコヒメも心配しているだろうが、その他には誰も迷惑がかかっていない。

 

「そもそも、もしあなたが目的のために手段を選ばないんだったら、さっきの町中で戦うんじゃないの? それでも、わたしたち参加者をここに連れてきたってことは、無関係の人に被害が及ばないようにしてくれたんでしょ?」

「ふざけるな」

 

 ソロは唇を噛みながらスターキャリアーを掲げる。

 ムーの紋章を描くそれは、彼がこれから戦闘に入る意思表示でもあった。

 

「ムー以外の全てを、俺は拒絶する。オレが場所を変えたのは……ただ、面倒だっただけだ!」

 

 ムーの紋章は、その数を増やしていく。

 正面から、右、左。そして後ろ。

 そうして、ソロは両手を広げる。

 四つのムーの紋章が回転し始めると同時に、ソロは告げた。

 

「電波変換!」

 

 大地より湧き上がる紫の光。さらに大きく浮かび上がるムーの紋章。

 やがて、掻き消されていく紫。

 その中より現れたのは。

 

 孤高の全てを紫のマスクに隠し、その誇りを胸の紋章に表したムーの戦士。

 

「ブライ……!」

 

 響は、その名前を口にした。

 ブライは、ラプラスを、そしてその剣を持った紫に燃える腕を見せつける。

 

「まとめて相手してやる……! ランサー! キサマも来い!」

「……本当は、わたしは戦いたくない」

 

 響は、静かに首から下げられているペンダントに触れる。

 赤い宝石のようなそれ。聖遺物、ガングニールが埋め込まれた、シンフォギアの起動装置。

 

「でも……戦うことでしか……拳を交えることでしか、分かり合えないことだってある! だからわたしは……ソロ……いや、ブライ! あなたと、全力で戦う!」

 

 ガングニールのペンダントを掲げ、

 唄った。

 

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 

 眩い光とともに、響の体が純白の空間に包まれていく。

 拳、蹴り。演舞のごとく体を動かすたびに、その全身にアーマーが装着されていく。

 そして。

 

SG03-gungnir

 

 現れる、マフラーをたなびかせた響。

 光を裂いて、シンフォギア、ガングニールの拳を、響はブライへ突き出した。

 

「だから……わたしは、あなたと全力で戦う!」

「これが……聖杯戦争の参加者……」

 

 響の姿を見ながら、美炎は呟いた。



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”radiant force”

仮面ライダーリバイス始まりましたね。
悪魔との契約、中々に仮面ライダー感ありましたね。
基本フォームがTレックス……ならば、劇場版のダークライダーはスピノであってほしい


「ラプラス!」

 

 ブライのその声に、その手に灰色の電波体が現れる。

 彼が使役する謎の生命体、ラプラス。それは、即座にその姿を変質させ、剣となる。

 ラプラスソードとなったそれを構えると同時に、美炎は駆け出す。

 

「だああああああああああっ!」

 

 振るわれる、加州清光。何度もラプラスソードと激突し、やがて引き離される。

 

「この前はいきなりでやられちゃったけど……今回は、そうはいかないよ!」

 

 そのまま、美炎とブライは打ち合う。

 何度も金属音を響かせながら、戦いは続いていく。

 

「まだまだああああっ!」

 

 横薙ぎの斬撃を、ブライは背中を大きく反らして回避。

 さらに、それでブライが目を奪われている間に、響が一気にブライへ攻め入る。

 

「はああああっ!」

「ッ!」

 

 響とブライは、同時に拳を放つ。

 響のガングニールと、ブライの紫。それぞれが激突し、衝撃が黄昏の世界に轟いていく。

 

「我流 空槌脚!」

 

 足のジョッキが伸び、そのまま響のかかと落とし。

 大岩さえも破壊するその威力は、流石のブライもまともに受けることは出来ないのだろう。ラプラスソードで流し、地面に落下させた。

 

「こっちも行くよ!」

 

 美炎の全身を、赤い炎が包んでいく。

 美炎が加州清光を振るうと同時に、炎もまた揺れ動く。

 

「神居!」

 

 美炎の主力技。これまでも多くの敵を薙ぎ払ってきたその紅蓮の刃は、悲しいかなブライには効果がない。彼は美炎の太刀筋を正確に見切り、もっとも有効なところで受け止めていく。

 

「甘い!」

 

 それどころか、ブライは反撃に転じる。

 美炎が知らない、ムーの剣術。それは、あっという間に美炎を追い詰めていく。

 

「美炎ちゃん!」

 

 だが、追い詰められていく美炎に代わって、響がブライへ挑んでいく。

 徒手空拳。ほぼ互角にも思われた戦いも一瞬で不利に転じる。

 ラプラスのリーチの長さにより、接近しかできない響は一気に地に伏せられる。

 

「響ちゃん! このっ!」

 

 逆に、ブライと同等の攻撃範囲をもつ美炎(刀使)

 だが、そうなればブライは打って変わってラプラスではなく、素手で対応する。一気に美炎の懐に入り込み、格闘技で攻めてくる。

 

「うぐっ!」

 

 剣での戦いを許さないブライ。

 さらに、連続蹴りからのブライナックルで、美炎と響を一気に薙ぎ払う。

 

「これ程度か……聖杯戦争の参加者共……」

 

 ブライはそう言って、トドメを刺そうと刃を向ける。

 

「マスターだのサーヴァントだの、他者の力を借りるから弱くなる……」

「え? あなたも、参加者なんじゃないの?」

「オレはキサマたちとは違う……命を賭けた戦いに、他の誰かを頼るようなことはしない」

 

 ブライはそう言って、右手を見せつける。

 紫の炎が溢れる手の甲。そのなかに、薄っすらとムーの紋章が見えた。

 

「あれって……令呪? でも……」

「オレは一人だ。誰も助けないし、誰も信じない。だからこそ、オレは強い」

「……うん。確かに、あなたは強いよ。……でも」

 

 それに対し、響は立ちあがりながら、胸の赤いパーツを取り外す。

 赤い結晶のような部品。それを掲げると同時に、響はもう一度スイッチを押す。

 すると。

 

『ダインスレイフ』

 

 電子音が、そのパーツより流れた。

 

「でも……わたしだって、負けない! 負けられない! 未来が言ってくれた、もっと多くの人と手を繋ぐために! わたしはッ! まだッ! 倒れるわけには、いかないんだッ!」

 

 そして響は、それを上空へ放る。

 上空で変形していくそれ。刺々しさが増していくそれは、やがて迷いなく、響の心臓部へ突き刺さる。

 

「うおおおおおおおおおッ!」

 

 白と黄のガングニールが、漆黒に染まっていく。

 白と黄色の、明るいコントラストが印象的だった武装は、黒一色に、さらにその体には、淡く黄色の光が包んでいく。形を作っていくのは、赤黒い物質。

 それは、強大な攻撃、瞬発能力を持つシンフォギア。イグナイトモジュールの黒い装備が、ブライの頭上へ躍りかかった。

 そして響の歌が、始まった。

 

___始まる歌 始まる鼓動___

 

 静かに目を開けた響。

 それに対し、ブライもまたラプラスソードを構える。

 

「え? 何? 何でいきなり歌ってるの?」

 

___響き鳴り渡れ 希望の音___

 

「来い……ランサー!」

「この状況、ついていけないのわたしだけ!?」

 

 より速度を上げた響の動き。

 だが、それでもまだブライの方が速い。

 

___生きる事を諦めないと___

 

 響の拳と、ブライの拳が激突する。

 空気を震わす振動に、高架が揺れた。

 

___示せ___

 

 響は拳を振り抜き、

 

___熱き夢の 幕開けを___

 

 解き放つ。

 

___爆せよ___

 

 そのまま伸ばした腕で、

 

___この 奇跡に___

 

 ハッケイ。

 

___嘘はない___

 

 そのまま放たれた勢いに、ブライは大きく突き飛ばされる。

 足で踏ん張ったブライ。

 美炎は、そんな響に並んだ。

 

「響ちゃん! わたしも!」

 

 美炎もまた、加州清光を携えて攻め入る。

 一つだけではなく、様々な剣術を織り交ぜた独自の剣。

 ブライもまた、ラプラスソードで美炎へ応戦した。

 幾度となく鳴り渡る刃の音。

 その音もまた音楽として、響は唄い続けた。

 

____その手は何を掴むためにある?___

 

 それに、響の体術も加わる。

 だが、ラプラスソードを振るうブライは、二人を圧倒する。

 一太刀で美炎と響の二人をまとめて薙ぎ払った。

 

___たぶん待つだけじゃ叶わない___

 

 さらに、ブライが投影したラプラスソード。それは回転しながら電波体ラプラスとなり、響へその刃を突き立てていく。

 

___その手は何を守る為にある?___

「危ない!」

 

 響の盾となった美炎は、ラプラスを上空へ弾き返す。

 すると、ラプラスは美炎を先に排除すべき敵と見定めた。

 

___伝う 熱は 明日を 輝かす種火に___

「響さん! こっちは私が!」

 

 美炎へ、響は相槌を打つ。

 ラプラスの刃と加州清光が響き合う一方で、響はブライとの格闘戦にもつれ込んだ。

 

___さあ新時代へ銃爪(ひきがね)を引こう___

「はあっ!」

 

 美炎の閃き。それは、ラプラスの反物質の体をも大きくのけ反らせた。

 さらに、続けざまの斬撃とともに、回転蹴り。それは、どんどんラプラスへの攻撃を重ねていく。

 

___伝説の未来へと___

「カウントダウンッ!」

 

 一方の、拳へ鋭い歌声を乗せた響。

 それは、ブライの蹴りを弾き。そのまま体を殴り飛ばす。

 

___羽撃(はばた)きは一人じゃない___

「ッ……」

 

 舌打ちをしたブライは、バク転で響から離れていく。

 着地と同時に、ブライは紫の拳を発射した。

 

「響ちゃん!」

 

 だが、ラプラスとの戦闘を切り上げた美炎が、響の頭上から割り込む。

 

「神居!」

 

 炎の刃が、一気にブライナックルを切り落とす。

 響は手短に「ありがとッ!」と礼を言い、歌を続ける。

 

___過去を 超えた 先に___

「邪魔だ!」

 

 怒りの表情を見せたブライが、掌底で美炎を叩く。さらに、地面をなぞった拳の波が、一気に美炎を襲った。

 加州清光を弾かれ、打つ手のない美炎は、そのままブライの連撃の前に膝を折った。

 

___創るべき歴史が 咲き燃えてる___

 

 そのまま倒れる美炎。

 

「集中力切れた……ごめん、響ちゃん!」

「へいきへっちゃら! だったら後は、わたしに任せて!」

 

 響は自らの拳を突き合わせる。

 そして。

 

___絆 心 一つに束ね___

 

 イグナイトの爆発的なエネルギーが、ブライへ攻め立てる。

 ブライは紫の拳を放つ。飛行能力を有するそれは、跳び上がった響を狙って放たれた。

 

___響き鳴り渡れ希望の音___

 

 だが、響は人知を超えた運動能力でその全てを蹴り飛ばす。

 爆発していくブライナックル。それは、響の姿を爆炎により覆い隠すほどだった。

 

___「信ず事を諦めない」と___

「チッ」

 

 ブライは一足先に、結果を理解した。

 足を前もって回転させ、接近した響へかかと上げで反撃。響の拳と相打ちとなる。

 

___唄え 可能性に ゼロはない___

「チッ……ラプラス!」

 

 ブライの命令に、ラプラスが再び宙を舞う。

 だが、それがブライの手に届くことはない。

 孤高の刃は、持ち主に届くよりも先に蹴り弾かれる。

 弾き飛ばされていくラプラスソードに、ブライは舌打ちした。

 さらに、響は駆ける。

 同時に、ブライの拳も更なる紫の光が集中していく。

 

___飛べよ この 奇跡に___

「ブライナックル!」

「光あれええええええええええええええええええッ!」

 

 黒と紫。

 近しい、だけれども対局。

 二つの拳は、それぞれのエネルギーを互いへ放射。

 

「あああああああああああああああああああッ!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 そして。

 

「うわわッ!?」

「グッ……!?」

 

 暴発。

 

 響のガングニールはイグナイトごと解除され、その生身を地面に転がすこととなった。

 

「響ちゃん! 大丈夫?」

「へ、へいきへっちゃら……」

 

 一方、ブライもまた変身を解除し、ソロの姿で膝を折ることとなった。

 

「バカな……有り得ん……!」

 

 ソロは響を恨めしい目で睨んだ。

 

「キサマたちに……ムーの力が……!」

「違うよ……」

 

 美炎の肩を借りながら、響は言った。

 

「私は……ムーを、恨んではいないよ。そりゃ、あの時は他に選択肢もなかったし、私がムーの仇みたいにはなっちゃったけど……でも……」

 

 響は、静かにソロへ手を伸ばした。

 

「わたしは、ソロ。あなたとも手を繋ぎたい」

「キサマがどう思おうと関係ない……言ったはずだ。今のお前を倒さなければ、オレはムーの誇りを取り戻せないと」

 

 ソロはそう言いながら、響へ背を向ける。

 足を引きずりながらも、そのままその場を去ろうとしていた。

 

「覚えていろ。ランサー。キサマは必ず、オレが倒す。その時まで、その命は取っておけ」

「待って!」

 

 思わず、美炎は呼びかける。

 足を止め、背を向けたままのソロへ、美炎は続けた。

 

「どうして……どうして、コヒメを狙うの?」

「……」

 

 だが、美炎への返答は、無言の返答だった。

 彼は静かに振り向きながら。

 

「あの荒魂は……鍵だ」

「鍵?」

 

 ソロは静かに美炎を、そして響を睨んだ。

 

「……古来のムーの敵……神が産み落とした、毒蛇のな」

「毒蛇?」

 

 ソロは頷いた。

 

「キサマたちも、名前くらい聞いたことあるだろう。この国にも伝わる邪悪……ヤマタノオロチ」

「え!? それって……」

 

 ついさっき、コヒメが見ていた本の蛇。

 絵本に描かれていたイラスト。子供向けにデフォルトされていながらも、不気味さを感じさせたものが、脳裏に蘇る。

 ソロは続けた。

 

「かつて、ムーの敵としてこの世界を破壊した大荒魂。奴が、この見滝原で蘇ろうとしている」

「え?」

 

 ソロの言葉に、美炎は耳を疑った。

 

「この世界を破壊した大荒魂? でも、荒魂が現れたのって、そんなに昔だったっけ?」

 

 美炎も、荒魂について、それほど詳しく知っているわけではない。

 だが、荒魂と、それが生まれた原因である御刀の歴史は、五百年も経っていないというのは間違いないはずであった。

 ソロは鼻を鳴らす。

 

「御刀……キサマたちが使う、その剣を生み出すためには、同時に荒魂も生み出すらしいな」

「うん……」

 

 美炎は、加州清光を掲げる。

 

「珠鋼って金属から御刀を精製すると、どうしても荒魂が生まれてしまうってのは、わたしでも分かるけど……」

「原初の荒魂……御刀が作られるよりもはるか前の荒魂だ。この見滝原は、元々封印の地脈が強い土地だ。あの怪物は、出雲で退治された後、ムー信仰が深い民族がここに封印した。見滝原の八か所で、奴の封印を司る要石が設置されていた。だが、キサマと戦ったあの場所を含め、すでに六ケ所の封印が剥がされている」

「封印?」

「セイバーのマスター。キサマと最初に戦った、あの隠世だ」

 

 その時、美炎は思い出した。

 セイバーのサーヴァント、煉獄杏寿郎。彼と出会った、神社の形をした場所を。

 

「あの場所にあった、要石。そして、地下深くにある要石もまた、フェイカーに壊されたらしい。これで、残る封印は六つだ」

「フェイカー?」

 

 その一単語に、響が強く反応した。

 

「フェイカーってまさか……あの、蒼い仮面を付けた人?」

「キサマも知っていたか、ランサー」

 

 ソロは、口を歪めさせながら、

 

「奴は、ヤマタノオロチの復活を企んでいる。ムーの敵を手招くなら、奴はオレの敵だ!」

「フェイカーのサーヴァントってことは、トレギアだよね?」

 

 響が身を乗り出す。

 ソロは頷いた。

 

「だが、長い年月の経過で、ただ封印を破っただけでは、おそらく奴は、少なくとも完全体としては復活しないだろう。だが、大荒魂である以上、大量のノロがあれば動く」

 

 いくら頭がいい方ではない美炎でも、そこまで言われれば合点がいく。

 

「もしかして、その、フェイカーって人……それに、あなたがコヒメを狙う理由って……」

「オレは、あの荒魂の排除および、討伐。そして、フェイカーの目的は……」

「コヒメのノロを使って……大荒魂、ヤマタノオロチの復活……!」

 

 美炎の顔が、自然とコヒメを残してきた方向へ向く。

 一方、響は少し美炎を心配そうな顔で見たあと、ソロへ話しかけた。

 

「ねえ。わたしたち……えっと、この前のムーで一緒に戦った皆も、トレギアとは結構苦しめられているんだ。今、戦い合う理由もないでしょ? だったらわたしたち、一緒に手を取り合って」

「何度も言わせるな」

 

 響の言葉を遮って、ソロは言い放った。

 

「オレは、ムー以外の絆全てを否定する。他の者とは、決して馴れ合わない。キサマも……」

 

 ソロは、手にしたラプラスソードを響へ向ける。

 その刃は、美炎が見慣れた御刀とは全く違う趣向のデザイン。

 日本刀は、斬る他にも神具や祭具としての役割などもあるが、それは敵を徹底的に切り裂く役割しかない。

 

「今回は、たまたまフェイカーの方が優先というだけだ。奴を倒したら……次はランサー。キサマだ!」



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風船

「……もう……」

 

 清香は大きくため息をついた。

 美炎から『迷子になった』という連絡を受け、清香は憤慨の表情を見せる。

 

「ほのちゃん、どこまで行ったの……?」

 

 清香は口を尖らせながら、仮住まいへの道を歩く。

 見滝原に来てから早半月。町で過ごすことにも慣れてきた清香は、コヒメと手を繋ぎ、仮住まいへの道を歩いていた。

 

「きよか。手、すごい痛い」

 

 コヒメのその言葉に、清香ははっとした。思わず、コヒメを握る手に力が入っていたようだった。

 

「ああ、ごめんねコヒメちゃん」

「うー……」

 

 コヒメは手を振る。

 やがて彼女は、清香より前を歩きだした。

 

「ねえ、ちょっとラビットハウスに行こうよ!」

「ラビットハウス? そうだね、煉獄さんの様子も見に行った方がいいかもしれないね」

 

 清香はそう言いながら、天を仰いでだ。

 

「……」

「きよか?」

 

 いつの間にか足を止めていた清香を、コヒメが呼びかける。

 

「どうしたの?」

「あ、ううん。煉獄さんといえば、全然戦わなくて済んで良かったなあって」

 

 煉獄の存在は、すぐに聖杯戦争に結び付いた。

 煉獄、そして美炎の手に刻まれた令呪。

 だが、その結果清香が知り得ている現状は、ただラビットハウスの店員が増えたことと、美炎が見滝原から出られなくなったということだけ。

 

「結局、何の戦いもないままだけど……いいのかな……?」

「きよか?」

 

 結局美炎が聖杯戦争の参加者になってから、清香が知る範囲で戦いという戦いは起こっていない。

 

「もしかして、全部悪い夢だったりしないかな……? 戦いは怖いし、ない方がいいんだけど……あれ?」

 

 ふとその時、清香は周囲を見渡した。

 

「コヒメちゃん!?」

 

 コヒメがいなくなっていることに気付き顔が真っ青になる。

 

「コヒメちゃん!? どこに行ったの!?」

 

 比較的人がいない道ではあるものの、あの白い人影はどこにも見えない。

 誘拐でもされたのか、と考えていると。

 

「きよか! きよか!」

 

 コヒメの声に、清香は跳び上がった。

 

「コヒメちゃん! よかった……どこに行ったのかと思ったよ……」

 

 清香は胸を大きく撫で下ろした。

 コヒメは清香の不安など知る由もなく、その手を握ってピョンピョンとはねた。

 

「きよか! こっち! すごいよ!」

「え? ちょっと、コヒメちゃん!」

「こっちこっち!」

 

 コヒメが清香を引っ張るのは、路地側。

 比較的人通りが少ないその場で、コヒメが目を輝かせた理由。

 それは。

 

「大道芸? 今時珍しいね」

 

 清香がそう、注目する相手。

 白と黒に分かれた服が特徴的なピエロ。後ろ髪に青いメッシュが走っており、その左手には風船が、右手には透明な水晶玉が握られている。

 実はハルトもまた大道芸を生業としていることなど知る由もなく、清香は新鮮味を感じていた。

 ピエロはしばらく、目の前に立つ唯一の客を見つめた。大きく目を見開き、まじまじとコヒメを凝視している。

 

「?」

 

 自身を凝視するピエロに対し、コヒメはねだるように首を傾げた。

 傍から見れば通報したくなるような絵面だが、コヒメは彼の一挙手一投足を見守っている。

 

「あれ? ねえ、さっきの! さっきの、もう一回見せて!」

 

 コヒメはピョンピョンと興奮しているようだった。

 やがて口元を歪めたピエロは、ゆっくりと頷いた。

 ピエロは風船を持ったまま、体を動かす。風船は揺れることなく。そして、水晶玉は少しもその位置を動かすことはなかった。

 足を動かし、体を大きく回転させるピエロ。

 だが、手首を捻り、水晶玉、風船はほとんど動かない。

 そのあまりの柔軟性に、清香は思わず舌を巻いた。

 

「すご……」

「すごいすごい!」

 

 コヒメが飛び跳ねながらピエロを指差す。

 まだ、ピエロのパフォーマンスは終わらない。

 軽やかなステップに続くムーンウォーク。水晶玉と風船を中心に円を描く動きに、思わず唖然となった。

 そこからのバク転。

 またしても、風船と水晶玉は動かない。

 

「ほ、本当はこれ、私たちが幻覚を見せられていて、水晶玉も風船も立体映像、なんてことはないよね?」

「きよか、夢がないね」

「うっ!」

 

 思わずリアリストな視点になっていた清香へ、コヒメの言葉が突き刺さる。

 

「そ、それより、コヒメちゃん、もっと見てみよう」

 

 清香はコヒメの痛々しい視線を、ピエロへ促した。

 ピエロの動きはどんどん大きくなっていく。

 水晶玉と風船を動かさないまま、バク転、ブレイクダンス。

 やがて、無音の環境は、彼の靴底の音に支配されていった。

 そして。

 

「す、すごい……!」

 

 清香は思わず感嘆した。

 一方、初めて大道芸を目撃しているコヒメは大興奮で拍手を送る。

 

「すごいすごい! ねえ、きよか! わたしもこれやってみたい!」

「こ、これ……正直言って刀使(とじ)の中でも出来る人限られてくるんだけど……」

 

 困惑しながら、清香は財布を取り出す。

 心もとない金額のみが残されたそれを見下ろして、清香はため息をつく。

 

「う……お金、もうあんまりない……」

 

 憂鬱になっていく清香とは真逆に、コヒメはどんどん目を輝かせていく。

 パフォーマンスの最後に、ピエロはとうとう水晶玉を放り投げた。

 それが体と着脱可能なものという当たり前の事実に驚きながら、それは清香の手元に収まる。

 

「えっ!?」

 

 初春の中に、それはひんやりとした温度を清香に伝えてくる。

 一瞬だけ水晶玉の中に青い闇が見えた気がしたが、目をこするとそれはただのガラス玉に戻っている。

 

「……?」

 

 首を傾げた清香は、即座に水晶玉を手放した。

 突如として閃いた青い光に目を奪われる。かと思えば、白黒を繰り返す清香の視界からは、水晶玉の姿は完全に消えていた。

 

「これ……何がどうなってるの……?」

 

 もはや魔法としかいいようのないその不思議現象に、清香は言葉を失った。

 

「え? これ、どうやったの……?」

 

 それに対し、ピエロの返答は微笑。

 やがて、それがカーテンコールだったのだろう。

 

「どうぞ?」

 

 ピエロが、コヒメへ役割(パフォーマンス)を終えた風船を差し出す。

 青い風船を受け取ったコヒメは「ありがとう!」と礼を言った。

 ここまでされたら、小銭を入れないわけにはいかないと感じた清香は、財布から小銭を取り出す。

 私もコヒメを守る旅の費用のために何か始めようかな、と小銭を見下ろしていると。

 

「あっ!」

 

 コヒメの尖った声に、清香は顔を上げた。

 見上げれば、今もらったばかりの風船がコヒメの手を離れ、青空へ浮かび上がっていく。

 

「ああ……」

 

 残念そうな顔を浮かべるコヒメ。そんな彼女へ、清香も膝を曲げて目線を合わせた。

 

「ああ……飛んで行っちゃったね」

 

 すでに、清香の刀使の能力を駆使しても届かないほどに高度を上げてしまった風船。

 そして。

 

「ボン」

 

 ピエロのその合図とともに、風船が破裂した。

 

「うわっ!」

 

 驚いて体を縮こませるコヒメ。だが、遠隔ながらも風船を破裂させたパフォーマンスも受けたのか、風船の破片に拍手を送った。

 

「え……風船割っちゃうんだ。でも、これはこれで……」

 

 すごい、と清香はピエロの足元を見下ろした。

 大抵この類の大道芸人は、足元に小銭入れ用の缶を置いているイメージがあったが、それはどうも見当たらないようだった。

 だが、そんな清香の視界に、ピエロの手が割り込んできた。

 

「え?」

「小銭は結構」

 

 初めてピエロの肉声を聞いた。

 青いメッシュが特徴的なピエロは、にやにやと笑みを浮かべたまま、清香からコヒメに視線を移した。

 

「代わりに……」

 

 ピエロの目が、妖しく光る。

 彼は懐より、蒼い何かを取り出した。持ち手と、上の部分が金色の拘束具で封印されているそれ。

 それは、スイッチ一つで開き、アイマスクの形状となる。

 そして。

 ピエロの目が、コヒメを舐めまわすように移す。

 

「その子をもらおう」

 

 ピエロはそのまま、アイマスクを顔に被せる。

 すると、アイマスクより蒼い闇があふれ出た。それは、白と黒のピエロの体を、蒼一色に染め上げていく。

 やがてそれは、ピエロの姿そのものを変容させていく。

 やがて闇の中から現れた、赤い目の仮面。

 その異常事態に、清香は慌ててコヒメを引き寄せる。

 だが、それよりも先に闇の仮面は、その手から黒い雷を放ってくる。

 

「危ない!」

 

 清香はコヒメを抱き寄せ、自らの背中を盾にする。同時に、懐の短刀を握り、内包される隠世の力を引き出した。

 写シ。

 刀使がもつ、もっとも基本的な力であると同時に、身を守るための必要不可欠な力。

 だが。

 

「きゃっ!」

 

 清香の体に命中した、黒い雷。

 それは、清香の体を吹き飛ばし、一気に道へ投げ出した。

 

「きよか!」

 

 ともに地面に投げ出されたコヒメが悲鳴を上げる。

 清香はコヒメの無傷に安堵しながら、闇の仮面に向き直る。

 破れた写シを張り直し、その御刀を闇の仮面へ向けた。

 

「あなたは……誰!?」

 

 路地から出てきたのは、暗い闇。

 人間とはまた違う、人型のヒューマノイド。

 清香とコヒメは知り得ない、ハルトや可奈美と因縁浅からぬ敵。

 

「フェイカーのサーヴァント、トレギア。よろしく」

 

 トレギアと名乗った仮面は、挨拶と同時にその腕を振るう。

 長い爪が生えたそれは、コヒメとともに退避した清香の頬を切り裂いた。

 血を拭いながら、清香は緊張を表情に浮かべた。

 

「トレギア……?」

 

 それが、狂おしい好奇心という意味など知りようもない。

 彼はクスクスと笑い、

 

「果報は寝て待てとはよく言ったものだね。まさか、ここで遊んでいるだけで目的のものがのこのこやってくるとは」

「この人……コヒメちゃんを狙ってる!?」

 

 だが、清香の疑問を解消することはとてもできない、

 トレギアは笑い声を上げながら、両手を広げて襲ってくるのだから。



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本当に怖いこと

 蓮華不動輝広。

 清香が使う、比較的刀身が短い御刀。

 たとえ戦いが怖い清香であっても、決して見放すことがなかった御刀である。

 清香はそれで、トレギアの爪から発せられたエネルギー波を切り裂いた。

 

「……っ! フェイカーのサーヴァント……」

 

 その聞き覚えのある単語に、清香は唇をきっと結んだ。

 

「サーヴァントってことは、聖杯戦争の参加者……!」

「へえ……知ってるんだ。聖杯戦争のことを」

 

 トレギアは両手を腰に回した。

 

「ふむ……どうやら君は参加者ではなさそうだね」

 

 トレギアは、御刀を握る清香の手を見下ろした。

 清香は、その目線に、聖杯戦争参加者の手には令呪が刻まれるということを思い出す。

 

「別に私は殺戮をしたいわけじゃない。素直にそこの荒魂を渡してくれれば、命を奪うということはないよ?」

「嫌です! コヒメちゃんは、わたしの……わたしたちの友達です。聖杯戦争の参加者なんかに……!」

「おいおい、ひどい言い草だなあ。それにしても……」

 

 トレギアは、再び笑い声を上げる。

 

「荒魂が友達かい? 人間にしては、随分と寛大な交友関係じゃないか」

「……!」

 

 その言葉に、清香の表情が一瞬陰る。

 

「見せかけの友情ごっこよりも……自分の命を大事にするんだな!」

 

 トレギアはそう言って、コヒメへ飛び掛かっていく。

 

「だ、ダメです! コヒメちゃん! 下がって!」

 

 清香の御刀、が、トレギアへ走る。

 迅位。通常の時間軸とは異なる速度の動きだが、トレギアはそれを簡単に見切る。顔をずらし、飛びのき。最低限の動きだけで、清香の剣筋を嘲笑う。

 

「ほう。どうやら、最低限の戦える力はあるようだが……そんなもので、私は倒せない」

 

 冷徹に告げられた事実。

 彼の腕から伝わる黒い雷撃が、清香へ走り出す。

 清香の体に走った痛みに悲鳴を上げる。

 しかも、さらにトレギアは攻め入って来る。

 

「ほらほら?」

 

 嗤いながら、トレギアの手が次々と清香を襲う。

 ただの手のはたき。それだけなのに、写シを通じて肉体にどんどん負担を与えていく。

 

「どうしたんだい? 全く当たらないじゃないか」

 

 やがて剣を反らし、その背後からの手刀。

 バランスを崩した清香への、追撃の顎蹴り。

 

「っ!」

「ほらほら……」

 

 トレギアは煽るように、清香へ攻撃の手を加えていく。

 

「腰が引けてるじゃないか。何なら、もう逃げてもいいんだよ?」

「に、逃げません!」

 

 清香は蓮華不動輝広でトレギアの手を防ぎながら叫ぶ。

 

「へえ……こんなに弱っているのにかい!」

 

 トレギアは清香の腕を叩き落とし、その肩を突き飛ばす。バランスを崩した小柄な体に、さらにトレギアは闇の雷を放つ。

 

「うあっ!」

 

 悲鳴を上げながら転がる清香。

 

「別に私は、君が狙いじゃないんだ。その……荒魂だ」

 

 トレギアは指を指す。

 その対象は、人間ではない荒魂。

 

「それに、私はサーヴァントだが、別に聖杯戦争そのものに興味はない……他の参加者を全滅させてまで願いを叶えたいわけでもないしねえ」

 

 トレギアの目が、赤く光る。

 

「だから……今の目的のために、君は邪魔なんだよ……!」

 

 トレギアの目から、光線が発射される。

 それは、迎え撃とうとする清香の剣から捻じ曲がり、回り込み、その背後から連続的に爆発を起こす。

 

「あっ……がっ……!」

 

 写シという霊体、その内側から爆発したような痛みに、一瞬清香の意識が飛ぶ。

 膝を折り、倒れかけた体を、蓮華不動輝広で支えた。

 

「へえ、頑張るねえ」

 

 トレギアはパチパチと拍手を送る。

 清香は震える足で立ちながら、御刀を構えなおした。深く息を吐くと、その写シが白から緑へ変わっていく。

 そして続く、剣を中心に回転させた動き。それは___。

 

「治癒の舞!」

 

 淡い、緑の光。それは、たった今トレギアに付けられた傷を、あっという間に治癒していく。

 だが、その技は精神までは回復してくれない。

 体に残る痛みから、清香は息を絶え絶えに再び膝を折った。

 

「ほう……大した回復力だ」

 

 その様子を見ていたトレギアはゆっくりと頷いた。

 

「でも、それじゃあもう私には勝てないよねえ? 大人しく逃げた方がいいんじゃないかなあ?」

「だ、ダメです!」

 

 それでもまだ、トレギアへの太刀打ちには程遠い。

 トレギアの目の光、爪の刃、そして闇の雷。

 あらゆる彼の攻撃手段が、清香の華奢な体をあちらこちら刻んでいく。

 清香の体から、白い写シが散り散りに破れていく。

 

「おいおい……まだやるのかい?」

 

 トレギアは倒れた清香を踏みつける。

 

「うっ……!」

 

 仰向けの清香、その顔面。じりじりと踏みつけてくるトレギアを、清香は見上げていた。

 

「い……や……逃げて……!」

 

 とても勝てない。

 それを確信した時、清香はコヒメへ訴えた。

 だが、肝心のコヒメは、もう腰が引けているのか、へたり込んでいる。

 

「全く、人間は理解できないよ」

 

 トレギアは、頭を振った。

 

「少しでも違う者を拒絶するくせに……よくもまあ荒魂なんて怪物を友達呼ばわりなんて」

 

 トレギアは踏みつける足に力を込めながら言った。

 写シを通じて、顔が圧迫される。

 涙を浮かべながらも、清香はコヒメへ訴える。

 

「逃げて!」

 

 その発破に、コヒメはようやく清香に背を向けた。

 だが。

 

「おっと。見捨てるなんて酷いじゃないか。荒魂ちゃん」

 

 トレギアの闇の雷。それが、あたかも鞭のようにコヒメを縛り上げていく。

 

「やめて! 放して!」

「ダメに決まってるだろう? 少しの間、大人しくしてもらおうか」

 

 やがて、清香から足を外したトレギアが、コヒメへ手を伸ばす。

 そのまま縛られたコヒメの首を掴み上げ、そのまま連れ帰ろうとしているようだった。

 だが。

 

「おやおや……まだ戦うのかい?」

 

 トレギアは嘲笑する。

 彼はすでに、清香など眼中にないのだろう。

 だがそれでも、清香は立ち上がる。

 

「はあ、はあ……」

 

 痛めつけられた体は、もはや万全とは程遠い。だが。

 

「友達を守るのは、当然です!」

 

 そう言って、清香はトレギアへ立ち向かう。

 だが、片手をコヒメで埋まっているという状況ながら、トレギアは余裕を崩すことはない。

 

「あんまり無理はしない方がいいよ? これ以上戦うと、体に悪いんじゃないかな?」

「コヒメちゃんは、友達だから……! だから、絶対に渡さない!」

「まあ、頑張ってくれ。もっとも、君のようなザコは、もう終わりだろうけどね」

 

 そう言って、トレギアの背後には闇が浮かび上がる。

 見るだけで奥行きを感じさせるそれ。それが、転移やその類の能力を持つのだろうということは容易に想像できた。

 

「逃がしません!」

 

 清香は自らを奮い立て、トレギアの頭上を飛び越える。

 

「これ以上の……役立たずは……もう嫌なんです!」

 

 清香は、その声とともにその体を独楽のように回転させる。

 

「破邪顕正の剣!」

 

 緑の光が幾重にも重なり、トレギアを周囲の空間、その闇ごと切り裂いていく。

 トレギアが呼び出した、移動用の闇は消失。だが、腕を覆ったトレギアに、それほどのダメージはなかった。

 

「おや? 何だい今のは……?」

 

 トレギアは、今清香に斬られた一か所を振り払う。

 

「たかが一撃じゃないか。大したこともない……」

 

 だが。

 

「ぐあっ!」

 

 とうとうトレギアが痛みを吐露した。彼はコヒメを手放し、さらに落下するコヒメを清香が抱きかかえる。

 即座にトレギアから離れ、コヒメを下がらせる。

 

「中々やるじゃないか……まあ、まだ私には及ばないようだがねえ」

 

 トレギアは、今の攻撃さえも鼻で笑う。

 だが。

 

「うっ……!」

 

 その痛みが、きっとトレギアを襲ったことだろう。

 そして。

 破邪顕正の剣。それは、時間差の攻撃。

 トレギアを襲う、無数の斬撃。それは、コヒメを手放したトレギアを爆発させた。

 

「……ちぃ……!」

 

 崩れ落ちるトレギア。

 

「戦うことは、今でも怖い……でも!」

 

 清香は、告げた。背後にいるコヒメを一瞬だけ見やり、蓮華不動輝広を握る力を強める。

 

「友達を失うことの方が、もっと怖い!」

「ふん……!」

 

 トレギアは、その目を赤く光らせる。

 目から発射された破壊光線が清香を狙うが、清香はそれを跳びながら回避。

 

「怖い戦いは……ここで終わり!」

 

 清香が持つ、最大速度。

 回転しながらトレギアを斬りつける。

 

「ちいっ!」

 

 トレギアは舌打ちをしながら、指輪を取り出す。

 現れた怪物。

 だが、それが実際の姿を見せ、荒々しい咆哮を上げるよりも先に、清香の斬撃により切り刻まれていく。

 

「天網恢恢の剣!」

 

 産声とともに断末魔。

 横回転が、現れたばかりの名も知らぬ怪物を破壊した。

 

「やあああっ!」

 

 さらに続く、縦回転。それはそのまま、トレギアの体を引き裂いていく。

 

「ぐあっ!」

 

 トレギアの悲鳴。

 だが、清香は攻撃の手を緩めない。

 

「これで……トドメッ!」

 

 清香の一閃。

 緑を纏った刃は、トレギアの仮面を縦に引き裂いた。

 吹き飛ばし、それによってコヒメがトレギアの手を離れた。

 それはつまり、コヒメを取り戻せたことに他ならない。

 清香がコヒメを抱き寄せ、トレギアに背を見せたと同時に、全身から火花を散らしたトレギアは、そのまま爆発していった。

 

「やった……」

 

 トレギアを倒したことで、清香は息を吐く。

 

「きよか!」

「コヒメちゃん!」

 

 脅威がいなくなったことで、コヒメが安心した表情を見せる。

 

「大丈夫? きよか」

「うん。平気だよ。……うっ」

 

 頷いた清香だったが、全身の痛みが清香の動きを鈍らせる。

 だが、自身の肩に触れるコヒメの感触から、彼女の無事を実感できた。

 

「それより、今の人……危ない人だったね」

 

 清香はそう言いながら、トレギアの爆発後を見つめる。

 赤い炎の揺らめきを見つめながら、清香は大きく息を吐いた。

 

「でも、もう、大丈夫……」

 

 パチ。パチ。パチ。

 

 爆炎の中から聞こえてきた拍手。

 それに、清香の表情は凍り付いた。

 

「え」

 

 その音に、清香は振り向く。

 爆炎の中から、静かにその姿を現した蒼い仮面。

 

「よく頑張った頑張った」

「そ、そんな……!」

 

 ほとんど無傷に近い彼の姿に、清香は言葉を失う。

 

「いやあ、最後の一撃は痛かったよ。私もあの威力はできるだけ受けたくないレベルだからね」

「そ……そんな……っ!」

「でも残念。それ程度なら、私の敵ではない」

「……!」

 

 トレギアはすでに、両手を顔の近くに掲げている。闇が溢れる中。五つの赤い目が、発射口として清香に牙を剥いている。

 

「コヒメちゃん!」

 

 あの技が来る。

 それを察知した清香は、コヒメを突き飛ばす。

 同時に御刀から、再度写シの力を引き出す。

 が、それと同時に。

 

「トレラアルティガイザー」

 

 放たれた、漆黒の雷。

 それは、迷うことなく清香の体を貫いていく。

 

「がはッ!」

 

 想像を絶する痛み。全身を見えないアイアンメイデンが閉じ込めたかと錯覚する衝撃が、写シの霊体を貫き、さらにはその生身までも痛みを走らせた。

 これまでにない勢いで、写シが掻き消される。同時に生身となった清香は、道路へ投げ出された。

 

「あ……っ!」

 

 突き飛ばされた背中が、ガードレールをひしゃげる。清香の口から血反吐が吐き出され、意識が薄れる。

 

「きよか!」

 

 コヒメは悲鳴をあげながら、清香に駆け寄る。

 だが、その前には闇の仮面が立ちふさがった。

 

「さあ? 一緒に行こうか? 荒魂ちゃん」

 

 トレギアはコヒメの肩を掴み、無理矢理引き寄せる。すぐさま首を締め上げ、コヒメは抵抗虚しくトレギアから離れられない。

 

「やめて……! 放して!」

「まさか、こんなところで目的の鍵が手に入るとはね……これは、彼も驚くだろう」

「待って! コヒメちゃん……!」

 

 清香は、コヒメへ手を伸ばす。

 だが、トレギアはそんな清香など無視しながら、コヒメの首根っこを掴まえた。

 

「いや!」

 

 もがくコヒメだが、トレギアには通用しない。片手で軽々と持ち上げるトレギアは、コヒメを嘲笑うように指を回す。

 

「安心したまえ。この見滝原にいる限り、彼女の使い道は君にもすぐ分かるさ。さあ、行こうか」

「嫌だ! 助けてきよか! みほの!」

 

 コヒメの悲痛な悲鳴。

 清香はまだ手を伸ばすものの、やがてトレギアの体は、コヒメとともに蒼い闇に包まれていく。

 やがて、その闇が消失するのと時を同じくして、清香は意識を手放した。



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役立たず

「清香っ!」

 

 美炎のその声に、ハルトは振り向いた。

 病室。

 かつてハルトと可奈美が幾度か足を運んだ場所とは異なる、小さな病院。

 その病室に息を切らして現れたのは、美炎だった。

 

「清香っ! 大丈夫!? ケガして運ばれたって聞いたけど……!」

 

 美炎は、ハルト、そして可奈美を通過し、清香へ駆け寄った。

 そして、美炎とともに病室にやって来た知り合い。

 

「……響ちゃん?」

 

 幾度となく、ともに聖杯戦争を生き抜いてきたランサーのサーヴァント。彼女はハルトと可奈美の存在を認識し、「ハルトさんに、可奈美ちゃん?」と目を丸くした。

 

「どうして響ちゃんが美炎ちゃんと一緒に?」

「さっきちょうど、美炎ちゃんと一緒にソロと戦ってたんだ。そのあと可奈美ちゃんから連絡があったんだけど……」

 

 響は、入口から清香を心配そうに見つめている。

 

「……その子、大丈夫?」

「ああ。でも、通報したのが……」

 

 ハルトは、病室の壁を睨む。

 ベッドに沿った壁際。ハルトの真後ろにいたのは、緑のストールと、黒い帽子が特徴の青年が、ずっとにやにやしてハルトたちを見つめていた。

 

「まさか、お前だったなんてな」

「刀使みたいだったからね。また君に会えるんじゃないかって思ったんだよ。フフッ」

 

 清香の怪我を通報した人物、ソラは口元で手を握った。

 

「まあ、こんな日本刀を持ってる女子学生なんて、早々お目にかかれないと思うけど」

 

 彼は、手に持った刀身の短い刀を振り回しながら言った。

 可奈美の千鳥のような銘柄は、ハルトには当てられないが、それはやはり清香のものなのだろう。ソラはそれを清香のベッド近くの机に捨て置き、「ね? ハルト君」と首を傾げた。

 

「俺はお前に会いたくなんかなかったよ」

「へえ……ひどいなあ?」

 

 ソラはそう言いながら、美炎に駆け寄る。

 

「君が美炎ちゃんだね?」

「あ、清香を助けてくれてありがとう。えっと……」

「僕のことは、ソラって呼んでね」

 

 ソラはそう言って、次に可奈美へ顔を近づけた。

 

「久しぶり。可奈美ちゃん、だったよね?」

「グレムリンの……ファントム……!」

「覚えててくれたんだ! でも、僕のことはソラって呼んで欲しいな」

 

 ソラは嬉しそうに可奈美の肩を揺らした。

 可奈美は驚いて、そんな彼を突き飛ばす。

 

「あらら……フラれちゃった」

 

 ソラは肩をすぼめた。

 そんな時、響はソラの腕を突いた。

 

「ねえ。あの人、誰?」

「……ファントム」

「ファントム!?」

 

 その答えに、響は唖然とした。

 彼女は、ハルトとソラ、そして彼に絡まれ続ける可奈美を見比べた。

 

「それじゃあ……ほら! やっぱり、ファントムだって共存できるんだよ!」

「その話、まだ諦めてなかったの……?」

 

 それは、初めて響のシンフォギアを目撃した戦いを思い出す。

 最初、強力な能力を持つファントムと戦い、その中で、響はファントムと共存できる道を探っていたのだ。

 

「だって、手を繋げるファントムだっているってことだよ! これ、すごいことだよ!」

「……」

 

 後になっていくにつれて、響の声が大きくなっていく。

 だが、その状態は、可奈美のうんざりしたような声によって途切れた。

 

「だから、やめてってば!」

 

 その可奈美の声。

 可奈美には珍しい尖った声に、ハルトは少し驚く。

 

「……あっ」

 

 完全な拒絶に、可奈美はばつの悪い顔を浮かべた。

 だが、ソラは薄気味悪い笑顔を絶やすこともない。

 そして。

 

「う……」

「清香? 清香!」

 

 ベッドの手すりを軋ませる美炎。

 彼女は、薄っすらと目を開ける清香を覗き込んでいた。彼女は、しばらく焦点の合わない目を右から左へと動かした。

 

「ここは……?」

「病院だよ。倒れたって聞いて。何があったの? コヒメは?」

「ほのちゃん……衛藤さん……」

 

 清香は体を起こす。

 彼女が着用していた平城学館と呼ばれる学校の制服は近くのロッカーに収納され、今は水色の病院服を着ている。頭に付けていたカチューシャは近くの机に置かれ、髪をまとめていない清香は少し長髪のようにも見えた。

 清香はしばらく美炎を見つめていると、頭を落とした。

 

「ごめん……ほのちゃん……ごめんなさい……!」

「どうしたの? 何で謝ってるの? コヒメは……どこに行ったの?」

 

 だが、清香はそれに答えない。

 清香は、美炎の両腕を掴み、その胸に顔を埋めた。

 

「き、清香!?」

「ごめん……コヒメちゃん、攫われちゃった……」

「え」

 

 その言葉に、美炎は大きく目を見開いた。

 

「攫われたって……」

 

 その単語の意味を忘れたかのように、美炎は口を丸めた。

 

「攫われたってどういうこと?」

「ごめん……! ごめんね……」

 

 嗚咽が止まらない清香。

 

「落ち着いて、清香! 何? 何があったの?」

「攫われちゃったの……青い、仮面の人が……コヒメちゃんを狙って……」

 

 青い仮面。

 その単語だけで、ハルトと可奈美、そして響は顔を見合わせた。

 

「青い仮面って……!」

「もしかして……ッ!」

「間違いない……!」

 

 トレギア。

 それだけで、ハルトはつい先日の地下での戦いを思い出した。

 グレムリン、そしてさやか(マーメイド)。ウィザードに加えて二体のファントムを相手にしても、決して引けを取らない強敵。

 

「アイツが……今度は何を企んでいる……!?」

 

 ハルトは歯を食いしばり、その事実に冷や汗をかいた。

 

「ハルトさん? もしかして、誘拐犯が誰か知ってるの? 可奈美も!?」

 

 美炎はハルトと可奈美へ問い詰める。

 

「青い仮面は、きっとトレギアだ。俺たちが……聖杯戦争の中で敵対している最悪の敵……!」

「最悪の……?」

 

 その言葉に、どんどん美炎の顔が青ざめていく。

 最悪、と言ってしまったことを後悔しながら、ハルトは可奈美と目を合わせる。

 可奈美は頷いて、ハルトに先を促した。

 

「願いを叶えることよりも、他の参加者を苦しめることを優先するような奴だ……でも、何のために……?」

「その人って、フェイカーの、サーヴァント?」

「え?」

 

 美炎から出てきたクラスの単語に、一瞬ハルトは動きを止める。

 

「確かにトレギアは、フェイカーのサーヴァントだけど……何で?」

 

 その時。

 一瞬、美炎の目が赤く染まった。

 変化した声色で、美炎はそれを口にする。

 

「八岐大蛇……」

「美炎ちゃん?」

 

 だがそれは、瞬きとともに元に戻る。

 

「美炎ちゃん!」

「可奈美ちゃん!」

 

 脱兎のごとく病室を飛び出す美炎と、その後を追っていく可奈美。

 追いかけようとする響をあっという間に引き離し、二人は病院から出ていった。

 

「ハルトさん、これ、どういうこと? わたしだけ、全く話が見えてないんだけど? それに、美炎ちゃん一瞬だけ人格が変わったように……!?」

「俺に聞かれても答えられないよ」

 

 詰め寄ってくる響を、ハルトはなだめる。

 

「穏やかじゃないね」

 

 その時、ソラが口を挟んだ。

 

「青い仮面って、あれだよね? この前見滝原ドームで大暴れしてた」

「何でお前がそれを知ってる……?」

 

 ハルトの顔が、一気に険しくなる。

 

「僕が見滝原に来たの、大体それくらいの時期だったからね。影から見てたけど、中々面白い見世物だったよ」

「……グレムリン!」

 

 ハルトは、怒声とともにウィザーソードガンで斬りかかる。

 同時にソラも、いつの間にか手にしていた剣でそれを防ぐ。

 静寂が似合う病院に響くその音は、不自然なまでに病室を支配した。

 

「へえ、君結構好戦的だね。それとも、これは僕だけ?」

「お前、いい加減に……!」

「やめてッ!」

 

 だが、ハルトとソラの間に、響の声が刺した。

 

「ここ病院だよ! 怪我人増やすところじゃないよ!」

「……ふん」

 

 その言葉に、ハルトは手の力を落とす。

 響はそれを見て、肩を撫で下ろした。

 

「トレギアが、その……コヒメちゃん? って子を攫ったんだよね」

「そうなるかな……」

 

 だが、顎を手に当てるハルトは、顔をしかめた。

 

「でも、理由が分からないんだよね……コヒメちゃんは確かに珍しい喋れる荒魂だけど、それ以上の利用価値なんてあるのかな」

「そうだよね。そもそも、トレギアの目的は、その八岐大蛇の復活でしょ?」

「だよね」

「そもそもの条件としては、なんか、ノロってものが必要らしいのに」

「だよね……」

「あと、ソロは何て言ってたっけ? えっと……何とか石を壊すのが目的のはずなのに、なんで誘拐なんか……?」

「そうだよね……ん?」

 

 その時、ハルトは響が口にした言葉に首を傾げた。

 

「ごめん響ちゃん、今何て言った?」

「何とか石を壊すのが、トレギアの目的のはずだけど」

「それも気になるけどそれの前」

「ソロから聞いた」

「それも是非とも共有したい情報だけどもっと前」

「ノロが必要?」

「もうその辺になると、細かい裏事情なんで君が知ってるのって話になるけど、その前。八岐大蛇って言った?」

「あ、うん。言いました」

 

 八岐大蛇。

 日本神話に登場する、巨大な怪物。

 ハルトも一般常識としては知っているその名前が、なぜ今出てくるのか。

 

「いきなり馴染みのない単語が出てきたのは、何で?」

「そういえば、あの子……美炎ちゃん、だっけ? あの子も口走ってたよね」

 

 ソラも響へ催促している。

 振り向けば、清香も静かに響の言葉に耳を傾けていた。

 

「ああ……」

 

 響は大きく頷いた。

 

「ソロから聞いたんだけど、今トレギア、その八岐大蛇を復活させようとしてるみたいだよ」

「正直そこから色々説明が必要だと思うんだけど……」

「ええっと……だから……」

 

 そうして、響は、つい先ほど美炎とともにソロと戦ったことをハルトとソラへ伝えた。

 ムー大陸と戦った古代の大荒魂、八岐大蛇。

 そして、それを封印する八つの要石が、すでに六つ破壊されていること。

 そして、大荒魂である以上、その肉体を構成する物質であるノロが必要であること。

 

「なるほどね……ソロがコヒメちゃんを狙ったのはそういうことか」

 

 ハルトは頷いた。

 

「? どういうこと?」

「……移動しながら説明する。響ちゃん、ソロがどこにいるか、は分からないよね……仕方ない。探すしかないか」

 

 その言葉とともに、病室から飛び出そうとするハルト。

 だが、その足は、壁に寄りかかる存在によって止まる。

 

「……ソラ……」

「ん? 何?」

 

 ソラ。

 ファントムの人間態である彼は、肩をくすめた。

 

「行かないの? 早く行きなよ」

「お前は?」

「僕は、別にその怪物とか興味ないしね」

「ハルトさん」

 

 響も、ハルトを急かす。

 だが、ハルトはむしろ、ずんずんとソラのもとへ歩み寄った。

 

「お前も来い」

「どうして? 別に、行く義理もないじゃん」

「俺がお前を清香ちゃんがいる場所に残すと思う?」

 

 ハルトは低い声で、ルビーの指輪を見せつけた。すでに腰には銀のベルトを備えており、いつでもウィザードに変身できると見せつけていた。

 

「……全く、信用ないね」

「あのことを、忘れたとは言わせない」

 

 その言葉に、ソラは「へえ?」と鼻息を漏らす。

 

「ああ、あれ? よく覚えてるね、そんな昔のこと。君自身には関係ないのに……それとも、事件一つ一つに執着するのも、贖罪のつもり?」

「……」

「まあいいや」

 

 ソラはハルトを突き飛ばす。

 

「今回の事件、僕は手を引くよ。怪物だなんて、とんでもないから。それじゃあハルト君、またね」

 

 手を振ったソラは、玄関ではなく、病室の窓を開ける。

 迷いなくそこからジャンプしたソラは、見滝原の屋根伝いにどこかへ飛び去って行った。

 

「ハルトさん。行こう」

 

 そう言って先に出ていった響に続いて、ハルトと響も外へ出る。

 だが、ドアのところで足を止め、こちらを見送る清香へ振り向いた。

 

「清香ちゃん、気にしないで」

「……?」

「コヒメちゃんは、俺が……俺たちが取り戻すから」

「松菜さん……」

 

 清香はハルトの言葉に、シーツをぎゅっと握った。

 

「わたし……結局……」

「どうしたの?」

「結局私は、役立たずのままです……」

 

 ハルトの質問に、清香は顔をそむけた。窓側を向く彼女は、果たして外の景色を見ているのだろうか。

 

「わたしは、今でも、戦うことが怖い……そのせいで、コヒメちゃんも守れなかった……結局私、何の役にも……」

「そんなことないよ」

 

 清香の言葉を、ハルトは遮った。

 

「トレギアには負けたけど、少なくとも清香ちゃんがいたから、俺たちはコヒメちゃんのことを知ることが出来た。もし清香ちゃんがいなかったら、俺たちがコヒメちゃんの身に起こったことに気付くことだって遅れていた。大体、トレギアはメチャメチャ強い。それなのに、そんなにボロボロになるまでコヒメちゃんを守ってくれたんでしょ? だから、絶対に役立たずなんかじゃないよ」




紗夜「ありがとうございました」チリーン
紗夜「ふう……」
千夜「お疲れ様。紗夜ちゃん」
紗夜「お疲れ様です。宇治松さん」
千夜「あ、紗夜ちゃん。先に、机の掃除もやっておいてもらえる?」
紗夜「はい」フキフキ
千夜「……ああ……」
紗夜「宇治松さん?」
千夜「快・感!」
紗夜「宇治松さん!?」
千夜「ああ……なんていい気分なの……!? 学校でも知らぬものなしの鬼の風紀委員を、この私が顎で使えるなんて……!」
紗夜「ま、まあ、私が実際に下の立場ですから。それに、お世話にもなっていますから」
千夜「最初は、千夜と紗夜だから名前が被ってるとか実はちょっと思っていたりしたけど、これなら、気分も最高ね」
紗夜「は、はあ……」
千夜「この調子で、今回もアニメ紹介行っちゃいましょう」
紗夜「やるんですね。それではどうぞ」



___迷いながら トキメイタ 記憶は儚くて 消えないようにと祈っていた___



紗夜「男性が一人もいない場でこの作品を紹介するんですか!?」
千夜「背徳感! それもまたよし! 生徒会の一存よ!」
紗夜「2009年の10月から12月、2013年の1月から3月までが、それぞれ1期と2期の放映期間ですね」
千夜「碧陽学園の生徒会が繰り出す、爆笑コメディね!」
紗夜「今なら絶対にできないメタネタや他作品ネタ、果ては出版社ネタが沢山盛り込まれています」
千夜「それはそれとして! アカちゃんも可愛いわ! お持ち帰りしたいくらい!」
紗夜「宇治松さん、そんなこと言うキャラでしたか?」
千夜「いいのよ! そして、主人公のキー君は、生徒会を自分でハーレムと豪語する大物よ!」
紗夜「その経緯が一番大事ではありませんか!?」
千夜「お黙り! 気になった人は、今すぐ原作かアニメへGO~!」


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物は試し

「それで、場所はここ?」

 

 響の案内でハルトがやってきたのは、見滝原の外れにある高架下。

 車が行き交うその場所は、普通に生活していればまず訪れることはない場所だった。

 頷いた響。彼女の言う通り、高架下のあちこちには斬撃や抉れた後が残っている。それほど大きくないのは、お互いが激突したからか、手加減があったからかは分からないが、衝撃が走るたびに心配になってくる。

 

「流石にいないよね……」

「まあ、もう何時間も経ってるし……」

 

 響の言葉に、ハルトは頷く。

 彼女の話によれば、響が美炎とともにここでブライと交戦したのは正午ごろ。そこへ、清香が搬送された報せを聞きつけ、今ハルトのマシンウィンガーに乗ってこの場所に戻ってきていた。すでに日も沈みかけているのも当然だろう。

 

「手がかりとか……アイツが、そういう情報を置いていくようにも見えないしなあ」

 

 ハルトは、ムー文明最後の生き残りの姿を思い浮かべながら呟いた。

 

「ハルトさん、ソロとどれくらい戦ったんだっけ?」

「そんなにないよ。言っても、見滝原遺跡での一回だけ」

「そっか。じゃあ、わたしと同じか……」

 

 響は天を仰ぐ。

 

「あの人とも、分かり合えればいいんだけどな……」

「……」

 

 その言葉に、ハルトは目を細める。

 少し息を吐き、ハルトは高速道路の裏側を見上げた。

 

「ソロ……ムー文明の人……だとすれば、やっぱりムーの力があれば、反応するよね」

「だと思うけど」

「仮にムーの力を用意できたとしても、今は大急ぎで情報が欲しいから……そんな、どこに転がってるか分からないムーの気配なんて……」

 

___我流・超雷電大剣(サンダーボルトブレイド)ッ!___

 

「……」

「ん? な、何?」

 

 ハルトは、じっと響を睨んだ。

 

「? ハルトさん?」

「ねえ。ちょっと、ベルセルクに変身してみてよ」

「いきなりの爆弾発言!?」

 

 ハルトの発言に、響は驚く。

 

「ベルセルクって、サンダーベルセルクだよね? わたし、ラ・ムーとの戦いの後からもう変身出来なくなっちゃってるんですけどッ!」

「いや、そこを何とか……ほら、変身してみてよ」

「軽いッ! 軽さが爆発しすぎた言い方ッ!」

 

 響のツッコミをスルーして、ハルトは「まあまあ」と急かした。

 

「物は試しだよ。ほら、変身変身」

「その言い方……まあ、いいけど」

 

 響は肩を落とし、詠唱を開始した。

 

『Balwisyall nescell gungnir tron』

 

 黄色の歌声。

 それは、響の体を包み、丸い光を帯びていく。

 彼女の体を譜面が包み、その中で演舞を行う。やがて、拳や蹴りに合わせて、彼女の四肢に武装が追加されていく。そして。

 

「はい、変身しましたッ!」

 

 ガングニールの姿で、響は敬礼した。

 

「いや、いつもの装備じゃなくて、ベルセルクに」

「だから、変身出来ないんですってばッ!」

 

 響はそう言って、両腕を組む。

 

「前はこうやって、うおおおおおおッって気合でサンダーベルセルクに変身出来たんですけど」

「今は?」

「今は……はあッ!」

 

 響は両腕を組んで、気合を入れる。だが、何も起こらない。

 

「……」

「いや、そんな顔しないで! まだまだッ! うおおおおおおおッ!」

 

 変化なし。

 

「チェストオオオオオオッ!」

 

 変化なし。

 

「抜剣ッ!」

 

 黒いイグナイトになった。

 

「変わりましたッ!」

「いや、その姿じゃないでしょ!」

「だって、変身できないんですもんッ!」

 

 黒いガングニールで駄々をこねられると、ハルトも少し反応に困る。

 白のガングニールに戻り、天を仰ぐ。

 

「うーん、何か掛け声で変身できないものかな?」

「そうだね……例えば、凄い変身だから、超変身とか?」

「おお、よさそうッ! それでは早速ッ! 超変身!」

 

 響は拳法のように、右腕を回す。

 だが。

 

「……ダメみたいだね」

「なんて生き恥ッ!」

「こうしてみると……」

 

 ハルトは、顎をしゃくる。

 

「アイテム一つで変身できるウィザードってもしかしてかなり便利な方?」

「そうだと思います。そういえば、ハルトさんの変身って、コウスケさんのと同じでしたっけ?」

「そうだね。こうやって」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ハルトは見本とばかりに、右手の指輪をバックルに当てた。

 出現した銀のベルトを操作し、メロディーが流れだす。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「で、こうやって変身用の指輪を使えばオッケー」

『ハリケーン プリーズ フー フー フーフー フーフー』

 

 ハルトは、適当に手に入って来たエメラルドの指輪を使う。

 風の魔法陣が頭上より足元へ通過し、ウィザード、ハリケーンスタイルの姿となる。

 

「何て便利!」

「まあ、誰にでも使えるものでもないけど」

 

 ふと、ハルトは、コウスケはどうやって魔法の指輪を手に入れたんだろうと思った。

 

「あれ、もしわたしだったら、サンダーベルセルクの指輪とかになって便利に変身できたんだろうなあ……」

「時々落としたりして大変だけどね。もうちょっと頑張ってみてよ」

「やりましたよッ!?」

「そこを何とか」

「これ以上は無茶ぶりッ!」

「まあ、そうだよね……」

 

 他に手はないか。ウィザードは少し考え。

 

「それじゃあ……折角ハリケーンに変身してるし、これやってみる?」

 

 ホルスターから指輪を取り出した。

 それを見て、響は顔を引きつらせる。

 

「ま、待って! 何それ!? その指輪、何をするやつなの!?」

「サンダー」

 

 簡潔に答えたウィザード。

 

「もう名前からして物騒な名前ッ!」

「大丈夫大丈夫。手加減するから。ほら、こういう失った力って、同系統のものを浴びると治るとか言うじゃない?」

「言わないよッ!」

 

 だが、ウィザードは響の腕を掴み、その腕にサンダーのウィザードリングを嵌めた。

 

「まあ、これも物は試しだ。やってみよう。手加減するから」

「いやだから……」

『チョーイイネ サンダー サイコー』

「わ、わたしの腕があああああああッ!」

 

 響に付けた指輪より現れた、雷の術式が印された魔法陣。

 最初は風のウィザードの色である緑だったが、すぐさま黄色に変わっていく。

 

「うおおおおおおッ! 出てる出てる! 雷出てるッ! わたしの内側から何だかビリビリと雷出てるよッ!」

「っ!」

 

 ウィザードはすぐさま足元に風を発生させ、響の頭上へ跳び上がる。

 同時に、響の手元の魔法陣より、黄色の雷が発生した。天高く飛び上がり、高速道路を破壊しようとするそれ。

 ウィザードは身を挺し、雷をその身に浴びた。自らの魔法陣を書き換えられたそれは、もはや別人が放った雷と何ら変わりはない。

 変身解除されながら、ハルトは響の前に転がった。

 

「ハルトさん!」

「だ、大丈夫……ちょっと体が痺れるけど……」

 

 響に助け起こされるハルトは、その姿を見て唖然とした。

 白でも黒でもない、新しいガングニールの色。白銀の鎧と、魔法陣があったところには刃が雷で構成された大剣が握られている。

 

「これ……響ちゃん!」

「ん? ……あっ!」

 

 響は、そこでようやく自らの体を見下ろした。

 

「これ……なってる! わたし、サンダーベルセルクにッ!」

「おお!」

 

 久方ぶりに見る、ムーに由来する種族、ベルセルクの力を受けた姿。

 それに思わずハルトは手を叩いた。

 

「成功だね! あとは、これをソロが察してくれれば……」

「来てくれますかね……?」

「ここまでやったんだから、むしろ来ないと俺は怒る」

「じゃあ、ちょっと……あ、でももう少しエネルギーを出した方がいいかな? 攻撃、どこにやればいいんだろう?」

「取りあえず、じゃあ俺に」

 

 ハルトはそう言って、少し響から離れる。手招きして、響に攻撃を促す。

 

「だ、大丈夫? これ、結構攻撃力高いよ?」

「大丈夫……いや、響ちゃんにはこう言った方がいいかな? へいき、へっちゃら」

 

 ハルトは、トパーズの指輪を見せつける。

 

「変身」

『ランド プリーズ』

「続いてこれ」

『ディフェンド プリーズ』

 

 土のウィザード、その最も得意とする魔法である防壁魔法。

 その向こうで、ウィザードは「ほらほら」と手を叩いた。

 

「これを壊せるほどの出力なら、ソロだって勘付くんじゃないかな?」

「うーん……分かりました。それじゃあ、結構本気で行くから、気を付けてね」

「ああ。よし、来いっ!」

「行きますッ!」

 

 どっしりと構えるウィザードに対し、響は雷の大剣(イナズマケン)を振り上げた。

 そして。

 

「我流・超雷電大剣(サンダーボルトブレイド)ッ!」

 

 雷鳴が、誰も見ることのない高架下に響いた。

 

 

 

「……こんなもので……」

 

 ウィザードが張った土壁。

 その一欠片を、ソロは拾い上げた。

 

「わざわざベルセルクの力を用いてまで、オレを呼び出したかったのか」

「まあね」

 

 ボロボロのハルトは、ソロへニヤリと笑んだ。

 

「久しぶり。ソロ……」

「キサマ……ウィザード……それにランサー」

 

 欠片を放り捨てたソロは、ため息をついた。

 

「敵であるキサマらと、何を話そうというんだ」

「アンタに色々と聞きたいことがある」

「……」

 

 ソロは口を閉ざす。

 動かない彼にハルトは続けた。

 

「響ちゃんから、八岐大蛇の話を聞いた。以前、アンタが荒魂の女の子……コヒメちゃんを狙ったのも、それに関係するんだろ」

「……キサマには関係のない話だ」

 

 ソロは鼻を鳴らしながら、その端末を取り出す。

 以前ハルトが博物館でも同じものを見た、電子端末。

 古代のスターキャリアーと呼ばれるもの。その液晶が輝き、その中より灰色の怪物が出現した。

 

「……!?」

 

 以前彼と対峙した時にはなかった、灰色の生命体。

 ソロの隣に並ぶ、刃の手を持つそれは、その虚ろな目をハルトへ向けていた。

 

「……っ!」

「それより、キサマとは……キサマとランサーとは、今ここで……」

 

 その時。

 ハルトのスマホが鳴り出す。

 張り詰めた緊張を断ち切るその音に、ソロは一時的に戦意を喪失した。

 

「……フン」

 

 ソロは、顎で出ろと示す。

 ハルトはソロから目を離さずに、スマホの画面を確認する。

 すると、その画面には、衛藤可奈美の名前が表示されていた。

 

「可奈美ちゃん?」

『ハルトさん!』 

 

 そこに出てきたのは、張り詰めた声色の可奈美。

 

『美炎ちゃんが……コヒメちゃんの場所が分かったって……!』

「美炎ちゃんが? どうしていきなり……? 落ち着いて!」

『とにかく、早く来て! 場所は……あ、待って美炎ちゃん!』

 

 可奈美との通話は、そこで途切れた。

 ハルトは通話終了画面を見下ろしながら、唇を噛む。

 

「可奈美ちゃん……? 何があった?」

「もういいか?」

 

 ソロはその言葉と共に、右手を突き上げた。

 すると、灰色の生命体は、体を捩じりながらその手に……

 

「っ!」

 

 その時。

 ソロの表情が陰る。

 右手を下ろし、連動して灰色の生命体もその動きを止める。

 

「っ!」

「ソロ?」

「……要石っ…!」

 

 それ以上の言葉を重ねるよりも早く、ソロはジャンプした。

 人間離れした跳躍力で、一気に高速道路へ乗り込む。

 

「待て! ソロ!」

 

 ハルトは呼びかけて、マシンウィンガーに飛び乗る。

 

「響ちゃん! 乗って!」

「いや、ハルトさんは先にソロを追いかけてッ!」

 

 すでにガングニールを纏った響が、高架下から地上へ跳び上がる。

 

「わたしは、他の皆を呼んでくる!」



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廃工場

結城友奈の3期スタート!
早速いつもの不穏!

友奈「わたしここだと1期最終回の世界から来てるって設定だけどね!」


「コヒメ!」

 

 加州清光に触れることで、美炎はその力を体に纏っている。

 見滝原に立ち並ぶ屋根を伝い、どんどん加速していく。

 

「美炎ちゃん! 待って!」

 

 可奈美もまた、同じく写シの力で加速し、呼びかける。

 だが、冷静さを完全に欠いている美炎は耳を貸さない。それどころか、ぐんぐんとその速度を増していく。

 

「美炎ちゃん! ……迅位!」

 

 一時的な異次元の速度。それで可奈美は、美炎の前に回り込んだ。

 

「美炎ちゃん! 落ち着いて!」

 

 可奈美は、美炎の肩を掴んで無理矢理静止させる。

 だが。

 

「熱っ!」

 

 美炎の体に、思わず可奈美は声を尖らせた。

 火に直接触ったような手応えに、思わずその感覚を疑う。

 

「美炎……ちゃん?」

 

 目が。

 赤い。

 

「ああああああああああああっ!」

 

 よく見れば、美炎の写シそのものも、あたかも灼熱のごとく赤い。

 目も髪も真っ赤に染まった美炎は、そのまま可奈美へ牙を剥く。

 

「美炎ちゃん! どうしたの!?」

 

 だが、それに対する美炎の返答は、一閃。

 可奈美はそれを千鳥で受け止め、その動きを食い止めた。

 

「美炎ちゃん!」

 

 再三の呼びかけ。

 それにより、ようやく美炎は正気に戻った。

 

「あ……可奈美……」

「よかった……落ち着いた?」

「あ、うん。ごめん、可奈美。取り乱してた」

「気持ちは分かるけど、落ち着いて。この広い見滝原で、あてもなく探してもトレギアなんて見つからないよ」

「うん……」

 

 美炎は、俯いて周囲を見渡した。

 数メートルの屋根の上からでも、見滝原の広大な土地は尽きることはない。

 

「可奈美、そのトレギアって奴、どこにいるのか知らないの!?」

「……ごめん、私にも心当たりがないかな」

 

 可奈美がトレギアと接触したのは、一回だけ。

 それも、ほんの少し言葉を交わしたのみにとどまる。

 ハルトたちから、トレギアの凶悪性については聞き及んでいるが、それ以上の情報は何一つ持ち合わせていない。

 

「でも、探す方法もないの!?」

「それは……」

 

 そもそも、彼はサーヴァントを召喚していないマスター、氷川紗夜を狙っていた。

 その魔力を奪おうとしていたと、ハルトは語っていた。ならば、自分たちを狙う可能性もないのだろうかと逡巡するが、サーヴァントがいて一人でも戦闘能力を持つ自分たちの令呪を狙う可能性はないだろうという結論に達する。

 可奈美の沈黙を、美炎は回答と受け取ったのだろう。可奈美に背を向け、再び足を急ぐ。

 

「美炎ちゃん!」

 

 だが、美炎が離れていくよりも早く、可奈美の手が彼女の腕を掴む。

 熱さが残るその腕だが、可奈美が掴めないほどではない。

 

「何!?」

「やっぱり……美炎ちゃんは、六角さんと一緒にいて待ってて」

「え?」

 

 その言葉に、美炎は目を丸くした。

 

「待っててって……どういうこと!?」

 

 美炎の言葉に、可奈美は唇を噛んだ。

 

「ここから先は……私たちで」

「私たちって何!?」

 

 再び美炎の目が赤くなる。

 

「わたしは違うの!? わたしだって、可奈美と同じ刀使だよ! 参加者だよ! なんで……」

「危険すぎるからだよ!」

 

 可奈美はハッキリと告げた。

 

「私も、そんなにトレギアと戦った回数が多いわけじゃないけど……」

 

 可奈美は、紗夜のことを思い出した。

 聞けば、トレギアは紗夜の令呪、およびその魔力を狙い、彼女自身を自らの肉体に乗っ取ったと聞く。

 さらに、その状態が続けば、紗夜の命さえも危険だった。

 

「トレギアは、美炎ちゃんが今まで戦ってきた相手とは違う。友達がそんな危険を、おめおめと……」

「またわたしを置いていくの?」

 

 美炎のその言葉で、可奈美は押し黙った。

 美炎は続ける。

 

「御前試合の時、可奈美は勝手に十条さんを助けて、そのままいなくなった。あの時も、(ゆかり)様のことを相談してくれれば、わたしだって助けになれたかもしれない! そうすれば、そもそも十条さんがいなくなったりしなかったかも……!」

「あれは、咄嗟のことだったし……それに!」

「今回だって!」

 

 美炎は、可奈美の腕を掴む。

 

「わたしだって戦える! 何で可奈美は、わたしを頼ってくれないの!? わたしだって、可奈美と舞衣(まい)にも負けてないよ!」

「でも……! そもそもこれは、聖杯に祈ってしまったわたしが……姫和ちゃんを助けたいって……」

「わたしだって、コヒメを助けたいって祈っちゃったんだよ!」

「でも……そもそも、トレギアがどこにいるのか……」

 

 可奈美は、その言葉に美炎を諦めさせようとした。

 だが。

 

「……っ!」

 

 赤い目を大きく見開きながら、美炎は周囲を見渡す。

 やがて美炎は、見滝原、その一点。南の方角を見つめた。

 

「……」

「美炎ちゃん?」

「いた……! コヒメ!」

「いたって……? 美炎ちゃん!」

 

 すでに、美炎は移動を開始している。

 迷いなく一か所へ進んでいく美炎へ、後ろから可奈美は声を投げ続ける。

 

「いたって、どういうこと!?」

「分かんないけど……あっち! あっちの方に、美炎がいる気配がする!」

「気配って何!? 美炎ちゃん、そんな特技あったっけ?」

 

 だが、美炎は聞く耳を持たない。

 やがて、彼女は足に力を込める。それによって、跳ね上がった筋肉がバネとなり、よりその速度が上がっていく。

 すでに意識を定めた地点に向け、飛び去って行った。

 

「美炎ちゃん! ……ああもうっ! ハルトさん!」

 

 可奈美は、美炎の後を駆けながら、スマホを取り出したのだった。

 

 

 

 ソロを見失った。

 そう判断したころには、すでに日が暮れていた。

 ソロを追いかけることを諦めたハルトは、改めて可奈美から聞きだした、美炎が向かった場所へ向かった。

 それは、見滝原南。工業団地が栄える、その一角だった。現在は使われていない廃工場へ、美炎は姿を消したらしい。

 

「可奈美ちゃん!」

 

 そこで待つ可奈美へ、ハルトは呼びかけた。

 

「ハルトさん!」

「可奈美ちゃん、美炎ちゃんは?」

「それが……見失っちゃって」

 

 可奈美は、廃工場を指差しながら言った。

 

「この工場に入っていったんだけど、ここかなり広くて……それに、本当にトレギアとコヒメちゃんがここにいるのかも分からないし……」

「少し落ち着いて」

 

 可奈美の肩を抑えながら、ハルトは彼女を落ち着かせる。

 

「そもそも、なんで美炎ちゃんはここに来たの?」

「それは……」

 

 可奈美は言葉を失ったようだった。

 

「私も分かんないんだけど……なんか、目が赤くなったような……?」

「何それ。刀使って、そんな能力あるの?」

「ううん……私も初めて見たよ。それより、本当にここに、トレギアがいるのかな?」

「そんなこと言っても、他に手がかりもないしなあ……」

 

 ハルトはそう言いながら、指輪を取り出す。

 

『ガルーダ プリーズ』

 

 赤い魔法陣によって作り上げられる、鳳凰の形をした使い魔。

 鳥の形をしたプラモンスター、レッドガルーダは、ハルトが付けた指輪によって産声を上げた。

 

「ガルーダ。ここに、多分トレギアがいるかもしれないんだ。探してみてくれない?」

 

 だがガルーダは、ハルトの命令よりも可奈美の頭上に移動することを選択した。

 キーキーと声を上げながら、可奈美の頭に乗る。

 

「ガルーダ……」

 

 だが、索敵を主任務としている赤き使い魔は、「いやいや」と言わんばかりに体を振る。

 

「ガルちゃん。お願い。一緒にトレギアを探そう?」

 

 ところが可奈美がお願いすると、ガルーダは一鳴きで飛んで行く。

 

「ああ、おい! ……アイツ……」

 

 主であるはずのハルト以上に、可奈美へ忠実になっているガルーダを、ハルトは細めた目で見送った。

 

「はあ……まあ、いいや。それじゃあいっそのこと、可奈美ちゃんはガルーダと一緒に回ってみて。連絡はなるべく小まめにやってね」

「分かった」

 

 可奈美は頷いて、ジャンプ。ガルーダの後に続いて、二階のフロアへ消えていった。

 

「可奈美ちゃんは上か……じゃあ、俺は下からか」

 

 可奈美と別れてから、ハルトはただ廃工場の中を彷徨っていた。

 

「探すと言っても、どこから探すかな……?」

 

 広大な土地であるこの工場。

 すでに使われなくなって久しく、歩いているだけで埃に咳き込んでしまう。

 

「ゲホッ……コヒメちゃん! いる!?」

 

 ハルトの声が暗がりのなかに響いていく。だが、返って来るのは自身のエコーばかり。

 

「コヒメちゃん! ……そうそう見つからないか」

 

 時間も時間であるため、ただでさえ暗い室内が、より一層闇に包まれていく。

 さらに、ここは勝手も分からない工場。少し歩くだけで足は機械に蹴りあたり、頭は機材に衝突する。

 

「痛っ……!」

 

 頭にできたたんこぶをさすりながら、ハルトは頭上を恨めしそうに見上げる。

 

「何だよもう……」

 

 口を尖らせたハルトは、この状況に対応した指輪を取り出した。

 数多あるハルトの指輪の中で、この状況に適した指輪。それは。

 

『ライト プリーズ』

「前も思ったけど、やっぱりこれ便利だな」

 

 室内が、頭上の魔法陣から迸る光によって明るくなる。

 

「さてと……」

 

 誰もいない廃工場。

 春なのに、幽霊でも出てきそうだなと勘繰ってしまう。

 その時。

 ガシャン。

 

「うおっ!」

 

 その音に、ハルトは跳び上がる。

 やがて、暗闇からコロコロと転がってきた機械のパーツに、ハルトは胸をなでおろす。

 

「何だ……ただ落ちてきただけか……」

 

 普段亡霊(ファントム)と呼ばれる怪物と戦っておいて何を怖がっているんだと思いながら、ハルトはさらに進む。

 だんだん天井が高くなっていく。

 そこは、巨大な稼働機械が設置されている部屋だった。

 

「デカっ……!」

 

 思わずハルトが感想を漏らすと同時に、ライトの魔法の効力が切れる。

 

「あ、切れた……」

 

 暗闇の中、また物音が聞こえる。

 

『ライト プリーズ』

 

 再びの光。見上げる大きさと、その複雑な構造を持つ重機が、再びハルトの目に飛び込んできた。

 

「ようこそ。ハルト君」

 

 そして。

 重機の前には、ハルトが探していた人物、二人のうちできれば会いたくない方がいた。

 

「……霧崎!」

 

 フェイカーのサーヴァント、トレギア。

 その人間態である、霧崎が、両手を広げてハルトを迎え入れていたのだった。



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マスターからの贈り物

「お前……やっぱり!」

「やっぱりってなんだい? もともと私がここにいることを知っていたのかな?」

 

 青メッシュ、そして白と黒に分かれた服装の男性、霧崎。

 不気味な笑みのままの彼は、首を傾げたままハルトを見つめていた。

 

「コヒメちゃんはどこに!?」

「教えると思うかい? 私が……」

 

 霧崎はそう言いながら、トレギアアイを取り出す。

 すでに変身待機になっているそれに対し、ハルトもルビーの指輪を中指に当てた。

 

「なぜとは聞かないんだね、ということは、どうやらソロとは接触したようだね……とすれば、もう私の目的は知っているのかな?」

「八岐大蛇……!」

「ククク……大正解」

 

 霧崎は、顔を大きく歪めた。

 外れてほしい、全てはソラのただのホラだと思いたかった。

 トレギアは笑いながら続ける。

 

「色々この世界を調べてみれば、中々面白い怪物もいるじゃないか……是非、新しいおもちゃで遊んでみたい」

「ふざけるな……!」

 

 その言葉とともに、ハルトは駆け出す。

 霧崎も、ハルトの格闘技に応じる。

 蹴りを防ぎ、手刀を防ぎ。

 そして。

 互いに組み合う中、ハルトと霧崎は睨み合った。

 

「変身!」

『シャバドゥビダッチヘンシーン フレイム プリーズ』

 

 赤い魔法陣が、室内の日常を埋めていく。同時に、霧崎の顔に装着されたトレギアアイは、持ち主の姿を闇に書き換えていった。

 ウィザードとトレギア。至近距離で、二人の姿は変わっていった。

 二人は互いに蹴りを激突させ、そのまま飛び退く。

 

「お前、紗夜さんの次はコヒメちゃんまで! 一体何を考えている!?」

「別に……私はただ、自分の正しさを証明したいだけさ」

「正しさ? 女の子を利用して、そんなことで証明できる正しさなんてあるものか!」

「……いつだってそうだ」

 

 トレギアは嘆くように頭を振った。

 

「君は……君たちは、いつだって物事を片方の側面からしか見ない……そう言って、一見悪と思えるものを危険と断定するのが……」

 

 トレギアの目が、一瞬怪しく光る。

 同時に、彼の手が、トレラアルディガイザーの体勢を取る。

 

「っ!」

「嫌いなんだよ……!」

 

 五つの赤い点が、ウィザードを睨む。

 幾度となくウィザードを苦しめてきた技。今回は、予めそれが予測できたから、回避が可能だった。

 避けたウィザードの直線上にあった重機が、木端微塵に砕け散る。

 

「……っ!」

 

 ウィザードは、ソードガンを構えながら、ゆっくりと間合いを取る。

 

「ふふふ……」

 

 トレギアと、互いに距離を保ちながら、ウィザードは並走する。

 やがて、巨大な機械。そのパーツの中をくぐり、一気にウィザードはトレギアへ攻め立てる。

 だが、トレギアは爪で応戦し、さらに蹴りでウィザードを怯ませる。

 

「ぐっ!」

「ほらほら。大丈夫かい?」

 

 せせら笑いながら、トレギアはウィザードの顔面に指さす。

 

「このっ!」

 

 ウィザードは蹴りでトレギアの指を弾き、さらに指輪を入れ替える。

 

『バインド プリーズ』

「無駄だよ。そんなもの」

 

 発生した炎の鎖。だがトレギアは、空を爪で裂く衝撃波で相殺させる。

 それは、何度もウィザーソードガンとの激突を繰り返し、やがてウィザードを追い詰めていく。

 

「どうしたんだい? やはり、ノアの残滓がいないと私には勝てないということかな?」

「まだ……まだだ!」

 

 ウィザードは剣と蹴りを織り交ぜた攻撃で、トレギアを攻め立てる。

 だが、両手を腰で組むトレギアは上半身の動きだけでウィザードの攻撃を避け続ける。

 

「フン……」

「!」

 

 やがて、トレギアの反撃。手から放たれた黒い雷に対し、ウィザードはソードガンを放り捨て、すぐさま天井のパイプを掴み、逆上がり。

 ウィザードの背中をかする、黒い雷。その痛みに、仮面の下で口を歪めながら、跳び蹴りを放つ。

 トレギアの胸に命中した蹴りには、流石の彼も怯む。

 ウィザードはさらに狭い工場内でパイプを伝い、トレギアの背後に回り込む。そのまま、足技を使い、どんどん追い詰めていく。

 

「何……!?」

「まだまだ!」

 

 さらにウィザードは、回転蹴り。その合間にも、さらなる指輪を使用した。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 巨大化によって威力が上がる蹴り。それは、トレギアへの攻撃の威力を増していく。

 

「少しは……やるじゃないか……!」

 

 トレギアは感心し、再びその目から光線を放つ。

 だが、それに対するウィザードはもう動き出していた。

 隣にある鉄パイプを掴み、それを軸に体を回転。

 赤い光線を空ぶらせ、そのまま遠心力を利用してジャンプ。一気にトレギアへ接近、蹴りを放つ。

 

「っ!」

「俺の攻撃は、魔法だけだと思わないことだね」

 

 だんだん追い詰めていく手応えに、ウィザードはぎゅっと拳に力を込める。

 

「行ける……! 今度こそ……!」

「どうかな?」

 

 トレギアは首を傾げる。

 そして。

 

「マスターからの贈り物だ。味わってくれ」

 

 現れた、闇。

 ウィザードとトレギアの間に割って入るそこからは、青く太い柱。

 ワニのような口が、ウィザードの肩に食らいついた。

 

「っ! こいつは……!?」

 

 やがて、闇からその全身を表す怪物。青い体と、その内側には反対に紅色の肌を持つもの。背中からは無数の棘が突き出ており、自然な生物とはとても思えない。その全身の表皮からは、ポロポロと欠片が零れ落ちており、生物というよりは、剥製の印象さえも受ける。

 

「グールギラス。まあ、別に覚えなくてもいいよ」

「ふざけるな……!」

 

 ウィザードは、そのグールギラスの首を掴み、押し倒す。

 バランスを崩したグールギラスが倒れた隙に、ウィザードは指輪を取り出す。

 

『コネクト プリーズ』

 

 先ほど投げ捨てたウィザーソードガンを回収したと同時に、グールギラスは立ち上がる。

 その赤い目は、ウィザードには不気味な印象を抱かせる。焦点が全く合わない、左右別々の方向を向いている目。

 それなのに、口から吐く炎の球体は、迷うことなくウィザードへ向かった。

 

「はっ!」

 

 炎の球体へ、ウィザードは唐縦割り。

 左右に分裂した炎は、それぞれ二つの機材に命中し、爆破させた。

 

「マスターの贈り物って、どういう……?」

「さあ? どういう意味かな?」

 

 トレギアは一切手を出さず、ほほ笑む。

 ウィザードの格闘技は、間違いなくグールギラスを攻め立てていく。

 だが、相手の動きは鈍らない。あたかも痛覚がないかのように、その肉体でウィザードを攻める。

 

「っ!」

 

 ウィザードは両足を合わせ、その顔面を蹴り飛ばす。反作用で半回転、距離を置いて着地した。

 だが、すぐに体勢を立て直したグールギラスが、こちらに口を開ける。

 

「やばい!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 炎の壁。

 同時に、グールギラスの口からは、先ほどと同じような火球が何発も発射される。

 炎の障壁を通じ、衝撃がウィザードへ貫かれてくる。

 さらに、グールギラスは頭突き。

 障壁を破り、ウィザードは容赦なく体をぶつけられる。

 

「っ!」

 

 足をなんとか踏ん張りながら、ウィザーソードガンをお返しにとばかりに打ち込む。

 銀の弾丸が命中するにあたって、その表皮が傷ついていく。

 

「……!」

 

 表皮の綻びが激しくなっていく。

 そしてウィザードは、その綻びにも部位によって破損具合が異なることを見抜いた。

 

「首か……!」

 

 その突き出たという構造上、どうしても首の部分は負担が大きいのだろう。

 全身をくまなく命中させた結果、グールギラスの首を切れば倒せる。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

「おっと。ダメだよ」

 

 必殺の斬撃を行おうとしたその矢先、トレギアの手がウィザードへ向けられた。

 黒い稲妻がウィザードの体に命中。爆発とともに吹き飛び、ソードガンの待機状態も解除されてしまう。

 

「ぐっ……」

「おいおい。私もいるんだから、忘れちゃいけないなあ」

 

 トレギアはそう言いながらグールギラスに並ぶ。

 

「さあ。ここまで私を楽しませてくれたけど、君もここで終わりだ」

 

 トレギアの号令により、グールギラスが吠える。

 再び、複数の火球が放たれ、ウィザードへトドメをさそうと迫る。

 だが。

 

「盛炎のうねり!」

 

 ウィザードの前に、炎の渦が盾となる。

 炎の渦は、そのままグールギラスの炎を吸収し、さらに大きくなる。

 そして、薄く、広く伸びていく炎は、グールギラスとトレギアに浴びせた。

 そして。

 

「大丈夫か! 松菜青年!」

「煉獄さん!」

 

 煉獄。

 炎の渦が掻き消えて現れたのは、炎の模様が描かれた上着を羽織る青年。

 またの名を、セイバーのサーヴァント。

 

「煉獄さん、どうしてここに!?」

「六角少女より、大体の事情は聞いた。あとは、足で探した!」

「足って……!」

「彼が、荒魂の少女を攫ったのだな!」

「あ、ああ……!」

「そうか! なら、これでこの話は終わりだな!」

 

 悪鬼滅殺。

 炎の柄に、そんな文字が刻まれた黒い刀を構えた煉獄は、続ける。

 

「ならばここからは! この俺が剣で! 斬り開こう!」

 

 そんな煉獄に対し、グールギラスは吠える。

 再びの火球。ボールのようにバウンドを繰り返しながら、煉獄へ向かっていく。

 だが。

 

「だあっ!」

 

 それが煉獄に届くよりも先に、ウィザードが火球を蹴り飛ばす。

 火のウィザードが、その特性を活用した足技により、グールギラスの火球は消滅した。

 

「いや、俺だってまだ戦える! 助けてくれたのは感謝するけど、まだいける!」

「うむ! 良い心がけだ!」

 

 煉獄は、頷いた。

 ウィザードは彼の隣に並び、ウィザーソードガンを構えなおす。

 銀と黒の剣。

 ウィザードは煉獄と頷き合い。

 同時に、グールギラスの炎が放たれる。

 

「行くよ! 煉獄さん!」

「うむ!」

 

 火球が地面に命中すると同時に、二人は駆け出す。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

「炎の呼吸 弐ノ型」

 

 とどまることなく地面を穿つ火球。

 ウィザードと煉獄は、屈み、跳び、時には切り裂き。

 やがて、二人の炎の力を持つ者は、グールギラスの懐で屈みこむ。

 

『フレイム スラッシュストライク』

「だああああああああっ!」

「昇り炎天!」

 

 ウィザードは、煉獄と同じ動き。

 炎の剣で斬り上げ、グールギラスの首を切り開く。

 

「炎の呼吸 参ノ型」

 

 電子回路のようなグールギラスの内部構造を見下ろしながら、振り上げた剣を両者振り下ろす。

 

「だああああああああああああっ!」

「気炎万象!」

 

 すでに、悲鳴を上げるグールギラスの首は地に落ちている。

 煉獄とともに切り落としたその体は、縦三枚おろし。

 やがて、三つの破片になったグールギラスは、爆発。

 ウィザードと煉獄の次の敵は、トレギアただ一人となった。



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限られた命

「すごいなあ」

 

 パチ、パチ、とトレギアは拍手を送った。

 

「すごいすごい。君たち」

 

 だが、トレギアの賞賛に、煉獄は表情一つ変えることはなかった。

 

「折角のマスターの贈り物を、そんな風に壊されちゃうとなあ。ちょっと落ち込んじゃうよ」

「全然そんな風には見えないけど」

 

 ウィザードはソードガンをトレギアへ向けた。

 トレギアはクスクスと肩を震わせながら、次は煉獄へ目線を映した。

 

「おいおい……私のような細腕に、随分と強そうな助っ人じゃないか」

「ふむ。見るからに物の怪(もののけ)のようだが。君を貧相だとは到底思えないな」

「ふ……お手柔らかに頼むよ」

 

 トレギアはそう言って、両手を腰に回す。

 一方の煉獄は、腰を低く落とし、日輪刀を構えた。

 

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火!」

 

 それは、神速の斬撃。

 瞬時にトレギアへ肉薄して放つ斬撃が、トレギアを斬りつける。

 

「ぐっ……!」

 

 さらに、続けざまの剣技。

 トレギアは爪の刃で応戦するものの、その速度は煉獄に軍配が上がる。

 

「これがセイバーのサーヴァントか。流石、最良のサーヴァントと呼ばれるだけのことはあるじゃないか」

「うむ! あまり自分ではそうは思えんが! だが、そのような評価をされているのならば、それに相応しい戦いをしなければいかん!」

 

 組み合い、やがてそのまま二人は移動する。

 

「煉獄さん!」

「俺のことはいい!」

 

 追いかけるウィザードへ、煉獄が呼び止める。

 

「彼の近くに、荒魂の少女がいるのだろう! ならば、君は彼女を探したまえ! このサーヴァントは、俺が抑えておく!」

「あ、ああ!」

 

 ウィザードは頷いた。

 そのまま、コヒメの姿を求めていこうとするものの、トレギアがそれを見逃すはずがない。

 

「逃がさないよ」

 

 煉獄の剣が振るわれると同時に、彼は闇となり消失。

 一転して、その姿はウィザードを立ちはだかるように立つ。

 

「邪魔っ!」

 

 現れたトレギアへ、ウィザーソードガンを振るう。

 だがトレギアは、腰で腕を組みながら、その斬撃を避ける。

 

「おやおや。随分焦っているようで」

「誰のせいだと思ってる!?」

 

 トレギアの蹴りが、ウィザードの蹴りと衝突。

 お互いに怯んだ間に、煉獄がトレギアの背後から斬りかかって来る。

 

「不意打ちかい?」

 

 死角のはずの斬撃から、トレギアは首を動かして避ける。

 

「炎の呼吸 参ノ型」

 

 振り上げた煉獄の日輪刀。

 

「昇り炎天!」

 

 炎が、トレギアの爪と斬り合い、互いに距離を置いた。

 

「面白いな……セイバー」

 

 トレギアは、体に付いた埃を掃いながらほほ笑む。

 

「いいじゃないか。なあ、セイバー。少し話をしないか?」

「話?」

 

 トレギアの言葉に、煉獄が顔をしかめた。

 

「君と俺が何の話をする? 初対面だが、俺はすでに君のことが嫌いだ」

「へえ……それは悲しいねえ」

 

 トレギアは頭を振った。

 

「私も私が嫌いだよ。この仮面を付ける前の私がね……」

「どうやら、俺と君とでは物事の価値基準が違うようだ」

 

 トレギアは首を振る。

 

「セイバー。君の力は、この聖杯戦争でも比類なき力だろう。そして、自慢ではないが私もそれなりの力を持つ」

 

 トレギアは肩の高さに右手を挙げた。

 

「私と君が組めば、もうこの聖杯戦争で、私達を止められる者はいない。君の願いさえも叶うだろう」

「願い?」

「あるのだろう? 君にも願いが」

「……ないな」

 

 煉獄は首を振った。

 

「俺は死す時、すでに願いを叶えた。常に鬼を倒したいと願っていたから、それを聖杯が聞き届けてしまったのだろう」

「へえ……鬼か……よほど過酷な戦いをしてきたんだろう?」

「それがどうした?」

 

 煉獄は、日輪刀に込めた敵意を隠すことなく吐き捨てた。

 

「いやあ、中々の技の練度だと思ってね」

「君には関係ないだろう」

「いやいや。まあ、そう言うな。見たところ、君は人間としても最盛期ではない。これから、まだ強くなる。いやはや、才能とは恐ろしいものだ」

 

 トレギアは「ふう……」と深く息を吐いた。

 

「だが、君は、地球人……人間だろう?」

 

 トレギアの目が赤く光る。

 

「所詮、人間の力など限界がある。だが君ほどの能力は、ただの人間の数十年の寿命にしておくには惜しい。だが、闇の力は別だ。永遠の命、永遠の力……」

 

 その言葉と共に、トレギアの背後に別の影が浮かび上がる。

 顔のような胴体と、一つ目の怪物。全体的に青い体色をしており、長く赤い髪が棘のように背中から突き出ている。

 

「あれは……!?」

「邪神魔獣グリムド。まあ、私の力の根源、とでも言おうか」

「……」

 

 グリムドと呼ばれた怪物へ、煉獄は怪訝な顔を向けた。

 トレギアは続ける。

 

「闇はいいぞ、セイバー。無限の力、永遠の命。それこそ、この聖杯戦争で誰もが求める力を与えてくれる。もう一体くらい、こういう闇の怪物はいるんだよ。君にあげるよ、セイバー」

 

 すると、トレギアの前に、闇が再び形となる。

 巨大なアンモナイトを背負った怪物。その左右から伸びる甲殻の腕と、その足元に蠢く無数の触手。一本一本が人の腕ほども太く、それが絹のようにしなやかに動き回っている。

 そして、何よりもその顔。目の上に口と、あたかも真下の生命を見下すような顔をしている。

 

「何だ? その物の怪は」

「邪神ガタノゾーア」

 

 煉獄の問いに、トレギアは答えた。

 

「人類の文明程度なら、一体で壊すことさえ可能な、最強の闇。君にあげるよ」

 

 トレギアの言葉とともに、異形の化け物、ガタノゾーアが吠えた。

 

「俺に? その化け物を?」

「ああ。コイツがいれば、聖杯戦争を勝ち抜くなど容易い。永遠の命とともに、人類を、世界を手にできる……」

「永遠の命か……」

 

 永遠の命。

 それは、古今東西、様々な人々が求めて止まない魅惑の響き。

 まだウィザードの前に現れていないだけで、きっとその願いをもって聖杯戦争に臨んでいる参加者もいるのだろう。

 トレギアは続ける。

 

「そうすれば、永遠に強くなり続ける。それどころか、この力でこの世界を手に入れることだってできる。百年でも二百年でも……それこそ、神の力と言ってもいい」

「興味ないな」

 

 だが、トレギアの提案を煉獄はバッサリと切り捨てた。

 

「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ」

「……へえ?」

「老いるからこそ……死ぬからこそ。堪らなく愛おしく、尊いのだ」

 

 ウィザードは一瞬、煉獄から目を背ける。

 

「君は、永遠の命を捨てるのかい?」

 

 トレギアの言葉と時を同じくして、ガタノゾーアも吠える。

 だが煉獄は、眉一つ動かすことなく断言した。

 

「もう一度言う」

 

 冷たく吐き捨てる煉獄は、日輪刀を横に構え。

 

「限りある命を、必死に生きることもまた、人の美しさだ。人の強さだ」

「強さ……ねえ」

 

 その言葉に、トレギアは薄気味悪い笑みを浮かべた。

 

「なら……その、儚く散るであろう人の美しさを、永遠のものにしてあげよう。私がね」

 

 そして、ガタノゾーアが動く。

 ガタノゾーアの武器は、その太く長く多い触手。

 鞭のようにしなるそれを飛び越え、煉獄はトレギアへ接近していく。

 

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火!」

 

 無数の触手が壁となり、ガタノゾーアへの道を阻む。

 だが、可奈美の迅位斬に匹敵する即断技である不知火は、一気にガタノゾーアへ肉薄。その硬い体を切り裂いた。

 ガタノゾーアの甲殻より、火花が散る。

 だが、ガタノゾーア本体にはさほどのダメージになっていないのであろう。衰えない動きで、触手が煉獄を払いのける。

 

「むっ!」

 

 煉獄は着地と同時に後ずさる。

 だが、そんな煉獄へガタノゾーアが手を緩める理由はない。

 

「煉獄さん!」

 

 迎撃の反応が遅れた煉獄の前に、ウィザードが立つ。

 

「松菜青年!」

 

 ウィザードはそう言って、ソードガンと蹴りで触手を弾き飛ばす。

 

「合わせよう!」

「うむ!」

 

 煉獄の剣、その動きには炎が残光として残る。

 それをウィザーソードガンが余すことなく掠め取り、その威力を引き上げていく。

 やがてガタノゾーアの甲殻さえも、一か所。ほんの一か所だけ、ヒビを入れた。

 

「通った!」

「うむ! 確かに硬いが、倒せない相手ではない!」

 

 煉獄の言葉を合図に、ウィザードはともに飛び上がる。

 

『フレイム スラッシュストライク』

「炎の呼吸」

 

 二人の炎が、それぞれの刃に走る。

 だが。

 

 ガタノゾーアは、その危険性をすでに理解していた。

 太い触手を操り、空中の二人を打ち落とす。

 

「さあ、今だ。ガタノゾーア!」

 

 トレギアの合図に、ガタノゾーアがウィザードを睨む。

 

「……やばい!」

 

 だが、すでに遅い。

 ガタノゾーア、その逆さまな顔で、起き上がる途中のウィザードへ光線を放つ。

 頭の、少し上の部分に起こる紫の発光。

 それは、ウィザードへ真っすぐと伸びていった。

 

「いかん!」

 

 それは、煉獄の叫び声。

 倒れているウィザードを掴み、即座に投げ飛ばす。

 

「なっ……!?」

 

 唖然とする暇などない。

 ウィザードの盾となった煉獄へ、紫の光線が貫く。

 

「っ!」

 

 その一撃に、煉獄は大きく目を見開いた。

 

「煉獄さん!」

 

 すでに、ウィザードの悲鳴は役に立たない。

 闇が煉獄の体、それを包む炎が、どんどん消えていく。

 炎柱の姿は、やがて。

 

「何……っ!?」

 

 煉獄の炎が、一瞬で消滅していく。

 その腕が、血の通わぬ灰となり。

 その顔が、驚愕のまま浸食され。

 

「あっはははははは! はははは!」

 

 その一部始終を、腹を抱えて見届けるトレギア。

 やがて煉獄の姿は、灰色一色___まさに、石像となってしまった。

 

「これなら、永遠に今のままだ。君が言う、人間の脆さはない、今の美しさだけでいられる。人間の強さは素晴らしいね。他を狙えば自分から来てくれるんだから」



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邪神 ガタノゾーア

ガタノゾーア、ずっと前半だけしか見た記憶がなかったですね。
後半を見たのは、何年も経ってからでした


 ガタノゾーアの触手が、石像となった煉獄に迫る。

 

「そうは……させない!」

『ウォーター プリーズ』

 

 ウィザードは、サファイアの指輪とともに駆け出す。

 水の魔力を内包した宝石を全身に備え付けたそれは、魔力に特化した姿。さらに、ウィザードはすぐさま他の指輪を使用。

 

『コピー プリーズ』

 

 ガタノゾーアの触手がウィザードを叩きつける寸前、その姿は二つに分裂する。

 空振りとなった触手へ、二人のウィザードは同時にソードガンを振り下ろす。

 

『『ウォーター スラッシュストライク』』

 

 二重の刃は、とてつもなく太いガタノゾーアの触手を切り落とす。

 

「煉獄さんには、手を出させない!」

「へえ……ハルト君。君も大変だねえ」

 

 そんなウィザードへ、トレギアがクスクスと笑む。

 

「セイバーも君も……本当に」

「何が言いたい?」

「絆って不便だねえって思っただけさ。セイバーも君なんか庇わなければこんな目に遭わずにすんだのに。君だって、さっさとセイバーを見捨てればいいのに」

 

 ウィザードは、そんなトレギアの言葉は全て無視することにした。何しろやっと破壊したその触手は、まだまだ無数にある。

 一瞬気絶しそうになる感覚に襲われながらも、ウィザードはさらに指輪を切り替える。

 

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 

 水のウィザードが操る最強魔法。ガタノゾーアの触手、そのうちウィザードに面する部分が瞬時に凍り付いていく。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 さらに、巨大化した蹴りで触手を氷ごと踏み砕く。

 

「____________!」

 

 ガタノゾーアは悲鳴を上げる。

 それにより、ウィザードを完全な敵とみなした。

 その逆転した眼差しをウィザードへ向け、その触手を差し向けてくる。

 

「っ!」

 

 ウィザードは体を回転させながら回避。そのままウィザーソードガンを発砲した。

 銀の弾丸がガタノゾーアの巨体を狙うが、その巨大な触手が素早く弾き飛ばしていく。

 さらに、背後より回り込んだガタノゾーアの部位……甲殻類の鋏が、ウィザードの首を挟み込む。

 

「ぐあっ!」

 

 その凄まじい力に、ウィザードの体が持ち上がっていく。

 だが。

 

『リキッド プリーズ』

 

 水のウィザードの特徴の一つ。専用魔法である液状化は、ウィザードの体を液体にし、ガタノゾーアの鋏より逃れた。

 だが、それに対するガタノゾーアの対応は素早い。

 その口より吐かれた、闇の霧。

 それは、液体の体を持つウィザードであっても回避はできない。

 液状のまま、体が爆発、ウィザードは地面を転がった。

 

「まずい……!」

 

 だが、ガタノゾーアの攻撃は終わらない。

 闇霧はとどまることを知らず、そのまま収束していき、ウィザードを穿かんと迫って来る。

 一瞬だけウィザードの足が回避のために踏み込むが。

 

「避けられない!」

 

 背後のいる煉獄の石像。

 ウィザードは、サファイアからエメラルドの指輪へ入れ替える。

 

『ハリケーン プリーズ』

 

 闇霧を吹き飛ばすように、風のウィザードが竜巻を巻き起こす。

 さらに、ウィザーソードガンを銃の形態にする。

 

『ハリケーン シューティングストライク』

 

 魔力を風の形として集約させた銃弾。

 それは、闇霧を掃いながら、ガタノゾーアへ命中。その硬い甲殻に、爆発を与えた。

 だが。

 

「何て頑丈な奴だ……!」

 

 ガタノゾーアは、ほとんど怯まない。またしても咆哮とともに、ウィザードへ触手を放ってくる。

 

『ランド プリーズ』

 

 ウィザードの姿が土のものになったと同時に、その四肢を縛り付ける触手。さらに、体への締め上げが、ウィザードの体を破壊していく。

 

「ぐあっ……!」

 

 魔力が維持できなくなり、崩壊していくウィザードの体。頑丈さが自慢のトパーズの部位に、メキメキとヒビが走っていく。

 

「まずい……っ!」

 

 その闇霧。

 体に走る痛みから考えれば、その危険性は察せられる。

 このまま浴び続けては危険だと理解、体を無理矢理動かす。

 力強いガタノゾーアの肉体に対し、ウィザードは何とか、ホルスターの指輪を引っ張り出した。

 

『ドリル プリーズ』

 

 体に宿る、回転の魔法。

 それは、ガタノゾーアの拘束を振りほどき、そのままウィザーソードガンで銃撃。

 ガタノゾーアの甲羅から火花が散るものの、明確なダメージにはなっていない。

 さらに、触手がウィザードの首を絞めつける。

 

「ぐっ」

 

 太くて丈夫な触手。

 だが、物理に秀でた土のウィザードになっていることが幸いした。

 

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 声を荒げるウィザード。

 すると、太い触手が音を立てて千切れた。

 ガタノゾーアの悲鳴。

 その隙に土のウィザードはガタノゾーアへ接近。

 組んだ両手の振り下ろし。所謂ダブルスレッジハンマーで、ガタノゾーアの顎を叩く。

 だが、ガタノゾーアの攻撃手段は触手だけではない。

 甲殻類の鋏らしき部位が背後から襲ってくる。

 

『ランド シューティングストライク』

 

 ウィザードは背後からの気配を察し、即座にトパーズの銃弾で応戦。

 ファントムさえも爆発させる技だが、ガタノゾーアの部位には一時撤退以上の成果にはならなかった。

 

「やっぱり硬い……!」

 

 さらに、振り向いたウィザードへ、触手のパンチ。それにより、大きく転がった。

 

「っ……!」

 

 痛みながら、ウィザードは立ち上がる。

 ソードガンを用いて、何度も何度もガタノゾーアへ打ち付ける。

 だが、圧倒的な防御力を誇るガタノゾーアへは効果がないどころか、むしろその足元から溢れ出てくる闇により、ウィザードへのダメージが大きくなっていく。

 

「やばい……!」

 

 さらに、逃げようとしてもまたしても無数の触手がウィザードの動きを阻んでいく。

 そして。

 紫の光が、ガタノゾーアの口元に収束していく。

 また、あの石化光線が来ると、ウィザードが危惧した時。

 

「よもやよもやだ」

 

 その声は、どこからか。

 それは、ウィザードの背後に聳える石像から。

 だが、その全てが硬質化しているはずのその口元が動いている。

 目を凝らしてみれば、石像には赤い炎がオーラのようにその身を包んでいる。

 

「こんな状態で動けないとは……」

 

 頭頂部から、石の表皮が剥がれていく。

 燃え盛るような赤を纏う煉獄の姿が、徐々に露わになっていく。

 

「柱として不甲斐なし……!」

 

 石像のままの四肢が、動きだす。

 煉獄とともに石化している日輪刀を、目の前に深々と突き刺す。

 すると、そこを中心として、煉獄の石像の周囲を炎の円が走っていく。

 

「穴があったら入りたい!」

 

 剥がれていく石化。

 そして振るわれる日輪刀の炎は、ガタノゾーアを吹き飛ばし、ウィザードの動きを封じる触手を切り飛ばした、

 やがてそこには。

 元に戻った、煉獄の姿があった。

 

「何っ!?」

 

 流石のトレギアも、煉獄のその状態には言葉を失うほかない。

 明らかに、目を疑っていた。

 

「ただの人間が、石化から逃れられるはずがない……!?」

「そうか? これ程度、造作もない」

「何だと……!?」

 

 煉獄は、見開いた目を少しも細めることなく宣言した。

 

「呼吸法を極めれば、あらゆる状況に対応できる! この石化程度、人間の力で打ち破れる!」

「戯言を……!」

「だが! これが呼吸! 俺たち鬼殺隊の! 力の源だ!」

「苛立たせてくれる……! ガタノゾーア!」

 

 トレギアは首を掻きながら、ガタノゾーアに命令する。

 すると、ガタノゾーアは唸り声とともに動き出す。

 

「行くぞ! 松菜青年! 君に助けてもらった借りは、しっかり返さないとな!」

「いや、こっちこそ。煉獄さんに助けてもらったし」

 

 ウィザードは、ルビーの指輪を取り出しながら言った。

 

「だから、今回のことはおあいこだよ」

『フレイム プリーズ』

 

 ウィザードの姿が、土から火に代わっていく。

 その時、煉獄の剣から漏れ出す炎もまた、魔法陣に吸収されていく。

 

「なるほど! では、これから貸し借りなしで行こうか!」

「名案。行くよ!」

 

 ウィザードと煉獄は、同時に駆け出す。

 ガタノゾーアは闇の霧を槍状にまとめ上げ、連発して放つ。

 それは、ウィザードたちに弾き返され、周囲を爆発させるにとどまる。

 さらに、鞭のようにしなるガタノゾーアの触手。

 だが、すでにウィザードと煉獄、二人の炎の前には、すでにそれは役に立たなかった。

 

『フレイム スラッシュストライク』

「炎の呼吸 壱の型 不知火!」

 

 二重(ふたえ)の赤い刃が、ガタノゾーアの触手、そして本体を切り裂く。

 すると、ガタノゾーアが吠える。

 その巨体よりあふれ出した闇の霧が、ウィザードと煉獄の体を暴発させていく。

 

「これは……」

「こちらの攻撃はあまり利いてないようだ! 松菜青年!」

 

 ウィザーソードガンには、まだ炎のスラッシュストライクが残っている。

 ウィザードはその武器を回転させながら、ウィザーソードガンを投影する。

 炎を刀身に走らせたままの銀の武器は、そのまま真っすぐとガタノゾーアの甲殻に突き刺さった。

 

「あそこは……」

 

 ウィザーソードガンが運よく突き刺さった箇所。

 そこは前もって、煉獄が集中して切り刻んだ傷口だった。

 そして、二度の刃が傷をつけたということは、そこは他と比べて……。

 

「煉獄さん! あそこ! ウィザーソードガンが刺さったところ、多分ほかのところよりも少し薄くなってる!」

「ならば! あそこに、俺たちの全力をぶつけよう!」

 

 さらに、ガタノゾーアは攻撃の手を緩めない。全身より溢れた闇の霧より、無数の翼をもつ怪獣たちが現れた。

 蛾を思わせる、小型の鳥型の生命体。

 その名を、ゾイガー。

 

「足止めのつもりか!」

 

 ウィザードは足に力を込める。

 炎の魔力が足に集中し、やがてその蹴り技には、炎が宿っていく。

 

「だああっ!」

 

 蹴りの一発一発が、小さなキックストライクとなる。

 それは、ゾイガーを片っ端から爆発させていく。

 

『炎の呼吸 伍ノ型 炎虎!』

 

 さらに、煉獄の炎。

 虎の形をした炎の斬撃が、ゾイガーを瞬時に灰として、ガタノゾーアの表皮さえも焼き焦がす。

 そして、ガタノゾーアへの道が拓いた。

 ウィザードと煉獄は、ともに接近。それぞれ蹴りと剣で、ダメージを重ねていく。

 

「松菜青年! 飛べ!」

 

 その言葉の真意は知らない。

 だが、ウィザードは迷わず足裏を合わせ、跳び上がった。

 

「昇り炎天!」

 

 下から縦へ流れていく炎の刃。

 それは、ガタノゾーアとともに、ウィザードの足元を上昇させていく。

 

「ありがとう! よし……」

 

 ウィザードはさらに、上空からベルトを操作。

 

『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』

 

 ウィザードはすさかず、ベルトを操作。

 必殺の指輪を探り当て、右手に付けた。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

「だあああああああああああああああっ!」

 

 赤い魔力を込めた蹴り。通常の威力に加え、煉獄よりバトンタッチされた炎によりさらに威力が上がったものだった。

 それは、空中に浮かび上がったガタノゾーアの甲羅へ命中、そのまま工場の機材ごと押しつぶしていく。

 だが。

 

「命中が甘かった……!」

 

 ウィザードの自己分析を証明するように、爆炎よりまだピンピンしているガタノゾーアがその姿を現す。

 

「ならば、もう一度! 今度は、俺も力を貸そう!」

 

 煉獄もまた、これで討伐しようと、日輪刀に力を込める。

 ウィザードは頷き、再びウィザードライバーを操作した。

 

『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』

「全集中 炎の呼吸 奥義」

 

 煉獄もまた、自らの日輪刀に全ての力を込める。

 構えとともに、彼の周囲には炎が満ち溢れ、ガタノゾーアの闇の霧さえも立ち消えていく。

 そして。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 二度目のキックストライク。

 魔力を操作し、引力以上の力を体にかける。

 そして、煉獄が動いた。

 

「玖の型」

 

 空中にウィザードが飛ぶと同時に、煉獄の体が炎の竜巻に包まれる。

 竜巻はあたかも龍のように吠え、そのままガタノゾーアへ迫った。

 

「煉獄!」

 

 煉獄自身と同じ名前を冠する、煉獄の奥義。それは、際立った威力とともにガタノゾーアの甲羅を破壊せんとする。

 逆巻く二つの炎。それは、ウィザードの蹴りと煉獄の爆発という形となり、互いの威力を引き上げていく。

 

「「だあああああああああああああああああああっ!」」

 

 ウィザードと煉獄は、互いに声を張り上げる。

 やがて、ガタノゾーアの固い甲殻。それは、圧倒的な防御力を誇り、ウィザードと煉獄の炎さえも遮断する。

 だが、ただ一か所。ウィザーソードガンが付けた傷跡だけは、ガタノゾーアの内部まで入口を開いていた。

 ウィザードと煉獄の炎は、そこからガタノゾーアの内部に入り込む。

 そしてその瞬間、ガタノゾーアの堅牢な甲殻は、ガタノゾーアを閉じ込める棺桶となる。

 

「______________」

 

 そして。

 煉獄と、変身解除したハルトが着地すると同時に。

 世界を闇に包み込む闇は。

 二つの炎により、永遠の光の中へ突き上げられるのだった。



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異次元超人

「コヒメ!」

 

 見つけた。

 廃工場、その最上階で、ようやくコヒメの姿を捉えた。

 近代に作られたこの廃工場。無機質な機械が立ち並ぶ回廊。その中で、不自然な十字架が設置されている。台のように平らな岩に建てられる十字架は、ゴルゴダの丘にて処刑される神の姿を連想させた。

 コヒメは気を失っているのか、目を閉じたまま動かない。

 

「コヒメ、大丈夫!?」

 

 美炎がコヒメに駆け寄る。

 だがその一方、可奈美は不安が胸に去来していた。

 

「大丈夫なの? トレギアがわざわざここに、理由なくコヒメちゃんを連れてきたのかな?」

 

 少し腑に落ちないが、可奈美は立ち止まって美炎たちを見守ることにした。

 だが。

 

「! 危ない!」

 

 可奈美はその気配を察して駆け出した。

 コヒメにもう少しで手が届くというところで、可奈美は美炎の肩を掴み、そこから落ちてきた刃から庇う。

 そのままバランスを崩した可奈美と美炎が転がり、襲ってきた刺客の姿を睨む。

 

「何、あれは?」

 

 あれは果たして人間と呼べるのだろうか。

 右手に持つ、Y字に分かれた銀色の剣。一方、その左手は大きく発達しており、指一本一本が鋭い鉤爪になっていた。

 その緑の瞳は無表情を宿しており、胸にも同じく緑の光が結晶として存在している。

 それは、どことなく以前出会ったネクサスの同種族を模倣しているようにも見える。

 エースキラー。

 その名を持つロボット兵器は、その凶悪な鉤爪を構える。

 

「来る!」

 

 可奈美は、急いで千鳥を抜いた。

 同時に、エースキラーがその鉤爪で襲い掛かる。

 金属音が響くと同時に、可奈美は左手で鉤爪の腕を掴みながら、美炎から遠ざけていく。

 

「美炎ちゃん! コヒメちゃんを!」

「ありがと可奈美!」

 

 エースキラーとの戦いを繰り返す傍ら、美炎がコヒメを助けようと急ぐ。

 だが。

 エースキラーの目が輝く。

 すると、蹴りとともに可奈美の体を歪ませ、そのまま放り投げる。

 

「美炎ちゃん!」

 

 着地したものの、すでにエースキラーの妨害には間に合わない。

 美炎とコヒメの間に割り込んだエースキラーは、そのまま彼女との戦いに突入している。

 様々な剣術を組み合わせて戦う美炎に対して、エースキラーはその全てに近しい動きで対応していく。

 

「美炎ちゃん!」

 

 可奈美もまた、美炎と並んで再びエースキラーに立ち向かう。

 だが、エースキラーの武器は剣だけでなく鉤爪もある。

 鉤爪は美炎の加州清美を掻い潜り、彼女本人にダメージを与えて転がす。

 さらに、可奈美の千鳥はその剣で受け止め、鍔迫り合いとなった。

 

「うっ……」

 

 その時、可奈美を襲う脱力感。

 ふらつく足元に力を込め、よく見れば千鳥から赤いエネルギーがエースキラーへ吸収されていく。

 

「もしかして、コイツ……!」

「可奈美退いて!」

 

 可奈美と交代して、苛烈な攻撃を加えていく美炎。

 彼女の剣からは、炎が容赦なく迸っている。

 それは、間違いなくエースキラーを圧倒している。

 だが、エースキラーは決して引くことはしなかった。それどころか、むしろ美炎の攻撃を積極的に受け止めているようにも見える。

 そして、霧散する炎。だが、その篝火は、次々にエースキラーへ吸収されていく。

 やがて、炎を吸収しきったエースキラーは、その緑の目を赤く光らせた。

 

「美炎ちゃん!」

 

 可奈美は叫ぶ。

 同時に、エースキラーの鉤爪より放たれる炎。

 形こそは鉤爪をベースにしているが、それは間違いなく。

 

「美炎ちゃんの……! 飛閃!」

 

 美炎主力技の一つである、灼熱の技。

 それは美炎の体を吹き飛ばし、そのまま突進した。

 赤い炎は、美炎を破り、そのまま可奈美へ接近していく。

 

「っ!」

 

 可奈美もまた、千鳥で応戦する。

 だが、エースキラーは刀使の能力である迅位に等しい速度で移動。

 可奈美の剣をよけ、その体へ斬りかかった。

 

「迅位斬!」

 

 可奈美もまた、エースキラーと等しい速度で応戦する。

 だが、速度が売りの斬撃も、同じ速度のエースキラーが相手では優位にならない。

 

「やっぱり、私たちの技を、コピーしてる!」

 

 それが正しいと言わんばかりに、エースキラーの刃に赤い光が灯る。刃を伸ばすように、光がどんどん長さを増していく。

 それは間違いなく。

 

「太阿之剣……!」

 

 可奈美の主力技と相違ない。

 それは、エースキラーの動きに合わせて揺れていく。

 そして。

 

「美炎ちゃん!」

「どけえええええええええ!」

 

 だが、暴走している美炎が可奈美の言葉に耳を貸すことなどない。

 横に長く広がっていくエースキラーの太阿之剣へ真っすぐ飛んで行く美炎。そうなれば当然、その赤い斬撃を受ける他ない。

 

「ぐあっ!」

 

 悲鳴を上げながら転がる美炎を助け起こし、可奈美はさらに向かってくるエースキラーへ千鳥を向ける。

 だが、すでにエースキラーは次の技を発動していた。

 発生した周囲の炎を、その腕の鉤爪に集約させていく。より高められた炎の威力で、斬撃を見舞う技。

 

「これって、美炎ちゃんの神居じゃん!」

 

 それを理解した可奈美は、大急ぎで腰に力を入れる。

 赤く染まった写シより、千鳥の刀身が赤く伸びていく。

 

「太阿之剣!」

 

 可奈美のどこまでも伸びていく刃は、エースキラーの炎を掻き切り、その本体へ斬撃を与える。

 大きく吹き飛ばすことに成功した可奈美は、美炎へ振り返った。

 

「美炎ちゃん、このロボットとっても強いよ! 多分、バラバラじゃ勝てない! いっしょに……」

「返せ! コヒメを返せえええええええええええええっ!」

 

 だが、美炎はまたしても可奈美の言葉を切り捨てる。

 文字通り全身を真っ赤にして炎を纏う美炎。だが、その動きの一切を見抜いたエースキラーは、太阿之剣と神居で美炎を切り飛ばす。

 美炎の全身、その写シの幻影が飛び散り、生身の美炎が可奈美の前に転がって来た。

 

「美炎ちゃん、大丈夫?」

「うん。うっ……」

 

 美炎は頭を抑えながら頭を振った。すでに赤い目はなくなり、可奈美が見慣れた美炎の姿となっていた。

 

「大丈夫? 美炎ちゃん」

 

 頭を抱える美炎へ、可奈美は手を差し伸べた。

 見上げた美炎は一瞬ぽかんとしながら、可奈美の手を取る。

 

「うん。大丈夫。まだまだ……! なせばなるっ!」

「よかった。いつもの美炎ちゃんに戻ったね」

「いつものわたしって何のこと?」

 

 再び立ち上がった美炎は、また写シを張りなおす。

 

「それより、コヒメを早く助けよう!」

「分かってる! 行くよ!」

 

 可奈美と美炎は、それぞれの御刀を構えて駆け出す。

 自分たちと全く同じ動きで反撃してくるエースキラーに、だんだんと苦戦していく。

 だが。

 

「違う……! こんなの、剣術じゃない!」

 

 防戦一方が、やがて反撃となる。

 エースキラーが持つ刃へ、だんだんと可奈美たちが優勢になっていく。

 

「これは、剣の模倣でも習熟でもなんでもない! ただの丸写し! こんなコピーに、私の……私たちの剣が負けるわけない!」

 

 可奈美と全く同じ剣の動き。

 だが。

 

「あなたの剣には、何も感じない! 何もない剣に、何も切れない!」

 

 可奈美の二度の斬撃。

 それは、エースキラーの動きを鈍らせ、さらにダメージを重ねていく。

 

「美炎ちゃん!」

 

 可奈美の合図に続くのは、美炎の攻撃。

 烈火のごとく果敢に攻め立てる美炎とその周りの炎に、エースキラーもだんだんと受けきれなくなっていく。

 やがて、距離を置いたエースキラー。深紅の躯体に、赤と炎の混じり合い、その両手にはそれぞれの技が宿る。

 だが。

 

「太阿之剣!」

「神居!」

 

 可奈美と美炎も、本家本元の技を放つ。

 それぞれが、互いのコピー先とぶつかり合う。

 可奈美と美炎は、それぞれの体にその熱さが貫いていく。

 だが。

 

「そんな魂のこもってない剣じゃ、何も切れない!」

 

 可奈美の叫びとともに、紅と炎の斬撃が、エースキラーの体を十字に切り裂く。

 エースキラーのコピーを上回る威力のそれは、コピーの技を破壊し、そのままエースキラーを貫き。

 エースキラーは、そのままコヒメが捕まる十字架、その足元の要石へ吹き飛ばされ、爆発。

 その爆炎により、十字架が宙へ飛ぶ。

 

「コヒメ!」

 

 ロケットのように飛んで行く十字架から、美炎はコヒメを引き剥がす。

 バラバラになった十字架に遅れて着地した美炎は、抱えたコヒメに呼びかける。

 

「コヒメ! 大丈夫!?」

 

 だが、その言葉にコヒメは反応しない。気を失ったように目を閉じたままの彼女は、全く反応しない。

 やがて。

 

「コヒメ……! これって……!?」

 

 美炎は目を丸くする。

 コヒメの体はだんだんと崩壊し始め、粉塵となっていく。美炎の手から零れ落ちていくコヒメだったものは、やがて風に乗って消えていった。

 

「コヒメ! コヒメ!」

 

 美炎は工場内から外へ消えていくコヒメの粉塵を、美炎は追い求める。

 だが、そんな彼女を可奈美が抑えた。

 

「落ち着いて美炎ちゃん! あれはコヒメちゃんじゃないよ! 偽物だよ!」

 

 その言葉に、美炎は動きを止める。

 コヒメの偽物だったそれは、空気の中に消失していった。

 

「おやおや。ありがとう。役目を果たしてくれて」

 

 その声に、可奈美と美炎はぞっとした顔で顔を上げた。

 夜の空模様が窓から見える中。

 明かりのない闇の中、さらなる闇がそこにいた。

 

「トレギア……っ!」

 

 この事件の元凶、トレギア。

 彼は、その赤い目で二人の刀使を見下ろしていた。

 

「トレギア……! やっぱりここに……!」

「コヒメはどこ!?」

「あの荒魂かい?」

 

 美炎の叫びに、トレギアはほほ笑む。

 

「まさか、この私が手放すはずがないじゃないか。ほら、ここに」

 

 トレギアは、自らの横に現れる闇に手を突っ込む。

 すると、そこより白い何かを引っ張り出した。

 和服のような姿と、それと同じ白い髪。さらに黄色の目は、人の形をしていても人のそれとは異なる。

 

「みほの!」

 

 その声に、美炎の目が大きく見開かれる。

 

「コヒメ!」

「みほの! 助けて!」

 

 トレギアに首を絞め上げられながら、コヒメは手足をバタバタと動かす。

 だが、サーヴァントたる超人が、荒魂とはいえ少女の暴れ程度に逃れられるわけがない。

 すでに美炎は駆け出し、加州清光の力でジャンプ、そのままトレギアへ接近する。

 

「感動の再会だね。まあそれも……すぐに終わる……!」

 

 彼の腕に宿る、黒い雷。

 それを見ただけで、可奈美は反射的に身構えてしまう。

 すぐにトレギアの手から放たれた雷は、神居を放とうとする美炎に直撃。大きく退かせた。

 

「美炎ちゃん!」

 

 そのまま地面を転がった美炎は、ぐったりとその体から力が抜けていった。

 

「美炎ちゃん!」

 

 気絶した美炎。

 可奈美は、彼女からトレギアとコヒメを睨み上げた。

 

「トレギア……あなたは何がしたいの? こんなことをして、大荒魂を復活させて、何がしたいの?」

「別に?」

 

 トレギアはせせら笑う。

 

「私はただ、混乱が欲しいだけさ」

「混乱? 紗夜さんも、コヒメちゃんも、そのために利用しているっていうの!?」

「君には理解できないよ。それより……」

 

 トレギアはその目線を真下に泳がせる。コヒメの偽物が囚われていたその場所は、今や粉々に砕かれている。

 

「要石を壊してくれてありがとう。これで私の目的に一歩近づいたよ」

「要石って……もしかして、ここ……!? 待って!」

 

 可奈美はトレギアを呼び止めようと迅位でトレギアに接近。

 だが、可奈美が千鳥をトレギアへ走らせるよりも早く、トレギアの姿は闇へと霧散していく。

 

「っ!」

 

 空を切った可奈美は、そのまま着地。

 消滅していったその空間は、ただひたすらに虚しさが去来していた。



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封印の場所

 太陽は完全に沈み、夜の帳が降りた世界。

 廃工場の外で可奈美たちと合流したハルトと煉獄は、頭を唸らせていた

 

「やっぱり、そっちにもトレギアが出たのか……」

「うん。コヒメちゃんも、ずっとトレギアが一緒にいたみたい」

「そうか……でも……」

 

 何でここに?

 その疑問が、ずっと胸の中に引っかかっていた。

 

「それも、わざわざコヒメちゃんと一緒に……まあ、コヒメちゃんを連れてきたのは美炎ちゃんを挑発させるためって考えるのが自然かな」

「だが! それでも、ここまで辺鄙な場所を選ぶ必要はないだろう!」

 

 煉獄の大声にも、ハルトは賛同する。

 

「単純に言えば、八岐大蛇ってやつだろうけど……でも、繋がらないよなあ」

 

 ムー大陸があったほど昔いた怪物と、近代化の波に乗り遅れた廃工場。

 あるべき世界が真逆の存在に、全く共通性を見出せない。

 

「こうなったらいよいよまたソロに話を聞かなくちゃいけなくなってきてるんだけど」

 

 ハルトは呟いた。

 

「俺たちの誰も、コヒメちゃんがどうなっているのか詳細を知らない。分かっているのは、八岐大蛇って神話の怪物をトレギアが復活させようとして、コヒメちゃんがそのキーになっているってことだけ」

「うむ! あの古代の青年だけが、残された手がかりというわけだな!」

「と言ってもなあ……アイツも別に味方ってわけじゃないしなあ」

 

 ハルトは深くため息をついた。

 

「唯一俺たちの近くにあるソロの興味なんて、響ちゃんの体にあるオーパーツだけだし。それもさっき実践してみた以上、もう引っかからないだろうしなあ」

「言ってる意味が分からんぞ!」

「いや、いいよ。今から一から説明するの大変だし、そこはあんまり重要じゃないし」

 

 ハルトはそう言いながら、空を仰ぐ。

 都会である見滝原の夜空には、一等星よりも低い星が見えない。

 旅をしてたときの星空を何となく思い出すハルトは、可奈美の声に我に返った。

 

「もう一人いるよ。ムーに詳しい人」

「え? あ、ああ……」

 

 疑問符を浮かべたと同時に、ハルトもまたその答えに辿り着いた。

 

 

 

 ニッコリとお出迎えなはずはないとは理解していたものの、彼女はむすっとした顔でハルトを睨んでいた。

 

「何かしら?」

 

 これまで幾度となくともに戦い、また幾度となく敵として立ちはだかって来た少女。

 暁美ほむら。

 つい先日、客としてラビットハウスにも訪れた彼女は、今回は完全に不機嫌な顔だった。

 大勢で来ては、ほむらもきっと警戒するとのことで、ハルトが一人で来たが、あまり成功とは言い難い反応らしい。

 ハルトは咳払いをして、要件を伝えた。

 

「キャスターに会いたいんだけど、いる?」

「……」

 

 ほむらは、拒否するという心情を隠すことさえなかった。

 

「キャスターに何の用?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いいか?」

 

 ほむらはしばらくハルトを睨んでいたが、やがて「用が終わったらすぐ帰りなさい」と、ドアを大きく開けた。

 

「ありがとう。お邪魔します」

 

 始めて入る、ほむらの自室。

 少し緊張しながら、ハルトは足を進めた。

 

「ここの住所は、どうして分かったの?」

 

 歩きながら、ほむらは尋ねた。

 

「まどかちゃんに聞いた。どうしても、キャスターに会わないといけなかったから」

「……前も言ったわよね? 私たちは、あくまであなたの敵よ」

「分かってるけど……でも、今は多分ほむらちゃんにとっても、休戦しなくちゃいけないと思う」

「……そう」

 

 ドアの向こうにある、ほむら宅のリビングルーム。その部屋の中心には、丸いテーブルが設置されている。さらに、そのテーブルを囲むように、半円型の椅子が配置されている。

 二層に、合計四脚。さらに、天井にはホログラフなのだろう、無数の絵やグラフが表示されている。

 女子中学生が暮らすどころか、生活感すら感じられない。

 そして、グラフや資料の中で、ハルトの目を引くものがあった。

 

「台風情報……? 何でこんなに沢山? まだ二月なのに?」

「キャスター。来客よ」

 

 ほむらは、ハルトの目線に気付くことなく、内側の椅子に腰を掛ける人物を呼んだ。

 銀髪の長い髪、ルビーのような赤い瞳が特徴の女性。普段顔に赤い紋様が浮かび上がっている彼女を見慣れているだけに、平常時の素面の彼女は新鮮味を感じる。

 ハルトが見知る中でもっとも強力な参加者であるキャスターのサーヴァント。

 彼女は、その赤い目でじっとハルトを見つめ。

 

「……久しぶりだな。ウィザード」

「そうだね。この前の見滝原ドーム以来だから……大体三週間ぶりくらい?」

「……」

 

 キャスターは、静かにハルトを睨む。

 やがてキャスターは、彼女の反対側の座席へ手を向ける。

 

「私に話があるのだろう?」

「ああ……」

 

 ハルトは頷いて、キャスターの向かい席に腰を落とした。

 チクタクと時計の音だけが聞こえるほむらの部屋は、ハルトの緊張をより一層強めた。

 数秒呼吸を繰り返し、ハルトは切り出す。

 

「聞きたいことがあるんだ。ムーに関わる話なんだけど」

「ムー?」

 

 キャスターは眉をひそめる。

 

「あの大陸は、ランサーが破壊した。今更、もう何も語ることなどないはずだが?」

 

 その言葉に、ハルトは首を振った。

 

「いや。聞きたいことは、ムーと太古の昔に戦った、八岐大蛇についてなんだ」

八岐大蛇(ヤマタノオロチ)……?」

 

 その単語をハルトが口にした途端、キャスターの動きが一瞬止まる。

 

「なぜ今、その名が?」

「やっぱり知っているんだな」

 

 確信を持てて聞けた。

 キャスターはほむらへ首を回す。

 

「マスター。見滝原の地図は?」

「……少し待ちなさい」

 

 ほむらは数秒キャスターを見返していたが、やがて踵を返して部屋から移動する。

 しばらくガサゴソと物色する音が聞こえてきたが、その間にキャスターは話を続けた。

 

「なぜ見滝原が聖杯戦争の地に選ばれたのか。考えたことはあるか?」

「いいや……」

 

 キャスターの言葉に、裏の物色する音も止む。

 ほむらも手を止めて、耳を澄ましているのだろう。

 

「以前遺跡で、ムーを信仰している古代の見滝原の住民たちのことは説明したな」

「ああ」

 

 ハルトは、かつて見滝原遺跡に赴いた時のことを思い出した。

 ムー大陸を崇める民族。見滝原に住んでいた人々は、ムーを太陽のように敬い、その力の一端であるダイナソーのオーパーツを見滝原の遺跡に収めていたのだ。

 

「彼らは、この地に八岐大蛇を鎮めるムーを見て、神と崇めた。それが、あの遺跡であり、ムーから齎されたダイナソーのオーパーツがこの地に安置されていた理由だ」

「そうなんだ……それじゃあ、ここに八岐大蛇がいることは……」

「当然知っていた。この見滝原が聖杯戦争の場所として選ばれた理由も、八岐大蛇の力が地脈となり、土地全体に魔力が大きくなっているからだ。が、封印も厳重だったし、私でさえ全力で探知しなければ気付けないほどの気配だった。だから、他の何者も触れることはできないと放っておいた。まさか、フェイカーが探知できたとは知らなかったが」

「あったわ」

 

 その言葉とともに、ほむらは戻って来た。

 彼女は地図をテーブルに置き、広げる。

 キャスターはほむらへ会釈で返し、地図に指を押し当てる。

 

「八つの要石が、大蛇の封印を担っている。それは知っているな?」

「ああ」

 

 あくまで、響からのまた聞きでしかない、というのは口にしなかった。

 

「二つは以前確認した。ここと、ここだ」

 

 キャスターの指から、青い光が地図へ刻まれる。

 

「そしてもう一つ。ダイナソーのオーパーツを封印していた、あの遺跡。火山の影響で、あの時同じく要石も破壊された」

 

 キャスターはそう言って、ところ変わって見滝原の山の方を指差す。

 そこには確かに、見滝原遺跡があったところだった。

 

「アンタがあの時あそこにいたのは……」

「要石を見つけたのは偶然だ。あの時の目的は、単純にダイナソーのオーパーツだけ。それよりウィザード。お前はどこを確認した?」

「俺が見たのは、多分ここ。あと、可奈美ちゃんがここの神社で、ソロと戦ってる。多分ここにもあったんだと思う」

 

 ハルトが指差したのは、さらに二か所。ハルトとさやかがソラ(グレムリン)と戦ったところ、そしてもう一つは、セイバーが召喚された場所。

 それぞれキャスターが指し示した場所とは、少し離れている。

 

「あと、確信はないけど、さっき戦ったここの廃工場も、多分要石があるんじゃないかな」

 

 ハルトは、見滝原南の工場、その大よその位置を指差した。

 だが、それまでの要石の場所とは打って変わって人工的な場所に、キャスターは眉をひそめた。

 

「……本当か?」

「俺も直接見たわけじゃないんだけどね。でも、トレギアが何の理由もなくここで待ち伏せをしていたとも思えないし」

「なるほど……」

 

 キャスターは、改めて六ケ所の点を凝視する。

 

「要石は、八岐大蛇を中心にした八か所で地脈にそって配置される。等距離とはいかないだろうが、この六つだと、場所はおそらく……」

 

 その先は、言わなくてもハルトも見当がついていた。

 キャスターは続けて、同じく指からの光でそれぞれの要石と目される場所に直線を走らせる。

 合計六本の線を、中心に向けて描く。すると、見滝原のほとんど真ん中の位置に、全ての線が集約していく。

 おそらく、八岐大蛇本体が封印されている場所は。

 

「見滝原公園……!」

 

 

 

___それは、誰も知らない見滝原のどこか。通常の空間とは異なる、世界の裏側。

 

「いいねえ。この町も中々に芸術的センスしてるじゃねえか。うん」

 

 そう告げるのは、黒い衣を纏った青年。衣のいたるところには赤い雲が描かれており、物静かな印象を抱かせる。長い金髪は後ろで束ねており、その左目には額当てより下ろされた前髪がかかっていた。

 彼は、手に持った人形で手玉しながら、周囲の神社を見やる。

 深い茂みに覆われた神社。この町に普通に暮らしている者ならば、決して足を踏み込まないような場所。

 

「キサマ……何のつもりだ……?」

 

 そう、声を上げるのは、民族衣装を纏った青年。

 孤高を貫く彼は、今や生身のまま地面に倒れていた。

 その名はソロ。この見滝原の地において、願いをかけた戦いの中で上位の実力を持つはずの彼が、地に伏せていた。

 

「まだ生きていたか。なかなかしぶといな。うん」

 

 青年はそう言って、頭を掻く。

 青年の髪がなびかれ、その額に付いた銀の額当てが現れる。真横に大きく付けられた傷は、青年が額当てに記された記号を否定しているものだった。

 

「芸術ってのは、儚く散りゆくからこそ美しい。そんなに長々と生きていちゃあ、アートじゃねえなあ。……うん」

 

 青年はそう言いながらも、最後に「まあ、そういう意味なら今のオイラもアートとは言えねえな」と付け加えた。

 

「キサマ……!」

 

 ソロは青年へ掴みかかる。

 だが、青年は笑みを見せながら払いのける。

 

「おいおい。落ち着け落ち着け。お前の狙いはコイツだろ? ……うん」

 

 ソロを蹴り飛ばした青年は、その懐からそれを取り出した。

 青年が以前、ムー大陸から回収したそれ。手のひらに乗るサイズの立方体、その側面にはムーの紋章が刻まれていた。

 

「キサマっ!」

 

 ソロは、スターキャリアーを取り出す。それは、ムーの紋章を浮かばせるとともに、その姿を黒いムーの戦士、ブライへ変身させる。

 だが、青年は全く驚くこともなく、ブライの拳を避ける。

 

「ははっ! そんなに一生懸命になるなって……うん」

 

 青年はそう言いながら、ブライへ手のひらを見せつける。

 すると、その手のひらを横切る線が開く。手のひらに植え付けられた口、そこから吐き出された粘土が、ブライの顔面に張り付いた。

 

「なっ!」

「喝っ!」

 

 ブライが反応するよりも早く、青年が唱える。

 すでに蜘蛛となったブライに張り付く粘土は、そのまま爆発。ブライの顔を大きくのけ反らせた。

 

「ぐあっ!」

 

 さらに、続く粘土の雨。

 蜘蛛の粘土たちが、無数にブライに張り付き、爆発させる。

 やがて、動けなくなったブライはソロに戻り、呻き声を上げる。

 そんなムー人をしり目に、青年は残った芸術へ目を移す。丸い台のように作られた要石。注連縄が、それをただの石とは大きく異なる神秘性を持たせていた。

 だが、そんな神秘の石へ、青年は笑みを見せる。

 

「やっと芸術の瞬間だ。折角だからな。ゆっくり見ておけ。うん」

 

 青年は、そう言って、再び印を組む。

 すると、鳥は要石に飛び乗る。

 そして鳥は煙とともに巨大蜘蛛となり、要石に張り付く。

 

「喝っ!」

 

 青年の掛け声。

 それは、粘土の起爆スイッチとなる。粘土に配合された青年のエネルギーにより、要石が爆発した。

 

「なっ……!」

 

 ソロはその光景に唖然とするソロ。

 だが、青年は要石の跡地を満足気に見下ろした。

 

「……うん。やっぱり芸術は、儚く消えゆく一瞬の美。これに限るな。うん」

 

 青年は手から、粘土を放る。

 それは、先ほどまでのものと同じく煙を発生させ、巨大化。要石と同じタイプの鳥となる。

 

「さて。次の芸術鑑賞先でも探すかね。うん」

 

 飛び乗った青年は、そのままどこかへ飛び去って行った。

 そして。

 

 

 

 それが最後の要石だとは、この芸術家が知る由などなかった。



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破れた封印

とじともがご臨終されました……


 見滝原公園。

 野生のウサギと簡単に触れ合えることで有名なこの場所は、これまでも幾度となく聖杯戦争の戦場になっている。

 

「ここにコヒメが……?」

 

 その事実をハルトから聞いてから、美炎の表情が安定しない。

 可奈美は「落ち着こう」と一声かけてから、見滝原公園を見渡す。

 これまで可奈美も何度も足を運んだこの場所だが、以前見た要石のような存在はここにはなかった。

 

「ここが封印の場所なら、どこかに手がかりがあるはずだけど……そうだ」

 

 可奈美は千鳥を抜刀し、その体に写シを張る。

 

「可奈美?」

「ほら、最初に煉獄さんと出会った時、要石は隠世にあったでしょ? もしかしたら、今回の八岐大蛇の封印も隠世にあるんじゃないかなって」

 

 言うが速いが、可奈美は目を閉じる。全身の感覚を研ぎ澄まし、見滝原公園全域へ神経を通わせる。写シは普段、自らの体を霊体化させて保護する役割を持つそれだが、今回は裏側の世界である隠世の気配を探るため端末としての役割を担う。

 

「……ダメ。何も感じない」

 

 写シを纏ったまま、可奈美は周囲を見渡す。

 もう誰も利用することのない時間。虫の歌だけが、春の寒い夜を彩っている。

 

「隠世じゃないの? それとも、私じゃ感知できないほどに封印が強いのかな? 要石がもうなくなってるかもしれないのに……」

「でも、ここ、八岐大蛇がいる場所なんでしょ?」

「うん。キャスターさんの話らしいから、間違いないと思う」

 

 可奈美は、スマートフォンを覗き込みながら頷いた。

 液晶には、ハルトからキャスターとの会話の旨が書き込まれていた。

 

「そもそもそのキャスターって、聖杯戦争の参加者でしょ? 信用できるの?」

「大……」

「大丈夫だろう!」

 

 だが、美炎の不安を吹き飛ばしたのは、可奈美ではなく煉獄だった。

 

「松菜青年と衛藤少女が信用している相手なのだろう! ならば、何も問題ない!」

 

 そう主張する煉獄の姿は、暗い夜の中でも明るく見える。彼自身が炎のように眩い。

 

「うん……」

「まずは、トレギアを探さないと。でも、どこから探せば……?」

「私をお探しかな? セイヴァーのマスター」

 

 突然のその声に、可奈美は跳び上がった。

 振り向けばそこには、ピエロがいた。

 左右が白黒のツートンに分かれたピエロ。髪には青いメッシュが入っており、暗い夜の中であっても、その手に持った風船が良く見える。

 その姿を実際に見るのは初めてだが、彼のことはハルトからも聞いている。

 

「あなたは……! それが、トレギアの人間としての姿!?」

「この姿では初対面だったかな? 霧崎と申します」

 

 白黒のピエロ、霧崎は丁寧なお辞儀をして可奈美たちに向かい合う。

 

「トレギア!? トレギアなの!? コヒメはどこ!? コヒメを返して!」

 

 可奈美の脇を通り過ぎて、美炎が霧崎に掴みかかる。

 

「ねえ、返して! コヒメを返してよ!」

「おいおい、やめてくれ。服が伸びるじゃないか」

「答えてよ!」

 

 だが、霧崎は美炎を突き飛ばす。もう一度接近しようとした美炎の顔面に、風船を持った手を突き出す。

 

「はい、風船どうぞ」

 

 霧崎のその言葉に、美炎は風船を払いのけた。

 夜空に飛んで行く風船。それを見上げながら、可奈美の耳はさらに美炎の叫び声を捉えた。

 

「ふざけないで! 答えてよ!」

「おお、怖い怖い。ん?」

 

 霧崎は笑みのまま、美炎の頭を掴む。

 

「うっ!」

「美炎ちゃん!」

 

 髪を掴み上げられた美炎を助けようとする可奈美。だが、霧崎はそんな美炎を可奈美に投げつける。

 折り重なって倒れた可奈美と美炎は、霧崎が蒼いベネチアンマスクを取り出すのを見た。

 

「あれは……っ!」

 

 その色合いから、その正体を察した可奈美。

 そして、それは現実となる。マスクを付けたところから溢れ出した闇が霧崎を包み、その姿をトレギアへ変えていく。

 

「美炎ちゃん! 写シ!」

「分かってる!」

 

 可奈美と美炎が同時にその体を白く染めるとともに、トレギアの爪から闇色の光が可奈美たちを切り裂く。爆発により、地面を転がった二人に代わり、煉獄がトレギアへ立ち向かう。

 

「おいおい……私はもう君と戦いたくはないんだがなあ?」

 

 トレギアは飛び退き、腰に手を当てた。

 煉獄は日輪刀を向ける。

 

「君にはなくとも、俺は君を鬼と……まあ、とにかく危険な敵と認識している。何があっても倒すだろう」

「へえ……本当に嫌われたものだね」

 

 トレギアは顎に手を当てた。

 

「なら、君たちが行きたがっている場所を教えてあげたら、少しは好きになってくれるかな?」

 

 トレギアは、湖近くにある森、その一角を指差す。

 

「ほら、君たちが知りたがってるものはあっちにあるよ?」

「あっちって……?」

「私が荒魂を連れて行った、ヤマタノオロチの封印の場所」

 

 その言葉に、美炎の目が赤くなる。

 トレギアは続けた。

 

「あの森の奥に、私が破壊したご神木がある。その根があった穴から、、封印の場所まで行けるよ」

「っ!」

「待って美炎ちゃん! でも……」

「行け! 衛藤少女!」

 

 可奈美の前に、煉獄が日輪刀を突き出す。

 

「彼の示した情報だが、他に当てもない! それに、全員がここで足止めを食らっては元も子もない!」

「でもっ」

「今の安桜少女は、冷静さなどない! 君が、彼女の助けになってくれ!」

「……うん!」

 

 後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、可奈美は美炎を追いかけて祠から飛び降りる。

 世界が、地表の闇一色に落ちていく中、可奈美の目は、赤い写シを纏う美炎に追いついた。

 

 

 

「私はなるべく君とは戦いたくないんだがなあ」

 

 トレギアは煉獄を眺めながら言った。

 

「さっきの今だけど、もう一度聞こうかな? 私の仲間にならないかい?」

「俺は君の仲間になるつもりはない。それこそ何度も言うが、君と俺は決して価値観が合うことはない」

「本当に嫌われてしまったようだね」

「そういうことだ。行くぞ!」

 

 煉獄は靡く刀身より炎を迸らせ、一気にトレギアへ肉薄する。

 不知火と呼ばれる炎の斬撃だが、すでにトレギアに見切られている。素早さが自慢のその技がトレギアを捉えることはなかった。

 

「だけど君が面倒だってことは知ってるから」

「ならば去れ! こちらも出来るなら君は後回しにしたい!」

「そうはいかないんだよね。やれ。ブルトン」

 

 すると、トレギアのすぐそばより、空間の穴が開く。

 紫色の穴がブラックホールとなり、青い球体が吐き出される。

 だが煉獄は、その姿を見ると同時にすぐさま斬撃を放った。

 するとブルトンは、ボールのように真っ二つになる。それは、空間を歪ませ、大きな穴を作り上げていく。

 

「何!?」

 

 煉獄がその危険性を察するももう遅い。

 すでにブルトンを起点に、円状の結界が作られていく。小型のブラックホールとなったそれは、煉獄の体を掴まえ、一切の身動きを許さない。

 

「これは……!?」

「ブルトンを破壊するからそうなるんだ。さあ……永遠の異空間の中へ、消えていけ」

 

 トレギアの言葉とともに、煉獄がどんどん沈んでいく。

 やがて煉獄の視界は、トレギアを最後に深い闇に沈んでいった。

 

 

 

 迅位。

 刀使がもつ代表的な力の一つであるそれは、可奈美と美炎に異なる時間流の速度を与える。

 それでも、トレギアが指し示したご神木の破壊跡からこの深さに来るまで、かなりの時間を感じた。

 

「ここ……」

 

 思わず立ち止まった可奈美に、ぶわっと襲いかかる熱さ。そして、暗かった視覚を赤一色に染めていく。

 

「マグマじゃん!」

 

 それは、地球の血液とも呼ばれる物質。

 岩石が溶けた溶岩が、火山地帯のように流れていた。

 

「私たち、こんなに地下に来ちゃったの?」

「コヒメ? コヒメ!」

 

 だが一方の美炎は、危険地帯なるマグマを一顧することなくコヒメを探し回っていた。マグマの泉に辛うじて残っている通路を足蹴りしながら跳びまわり、コヒメの姿を探している。

 

「コヒメ! 返事して!」

「みほの……」

 

 その声は、口を噤んでいなければ聞こえたとは思えない。

 コヒメが、いた。

 

「あれは! 美炎ちゃん!」

 

 可奈美の声で、美炎は目標に焦点を合わせた。

 

「コヒメ!」

 

 荒魂の少女は、つい先ほどの偽物とも同じ、十字架にかけられていた。

 マグマが広がるこの場所、その中心。蜘蛛の巣のように複雑で細い道が組み合わさる地下の広場の中で、ただ一点だけ、広い足場が作られているその場所。

 コヒメを捕縛する十字架は、その中心点に根深く植え付けられていた。

 

「みほの!」

「コヒメ!」

 

 その姿に、美炎は急ぐ。

 だが。

 

「感動の再会か」

 

 その声に、可奈美はぞっと青ざめた。美炎もそれに気付いたのか、目を大きく見開いている。

 見上げれば、広い洞窟。その中で、蒼い闇がいた。

 

「だがそれも」

 

 フェイカーのサーヴァント、トレギア。コヒメの頭上で、その姿が実態となる。そして即座に、暗い闇がだんだんと、その両手に集まっていく。

 

「一瞬で終わる」

 

 赤い雷が、黒い闇より放たれた。

 

「やめろおおおおおおおおおおお!」

「太阿之剣!」

 

 再び赤い眼差しとなり、コヒメへ急ぐ美炎と、トレギアへ赤い剣を放つ可奈美。

 だが、すでにトレギアの雷を止めることも出来ず、そのままコヒメに降り注ぐ。

 

「あああああああああああああああああああああああっ!」

 

 コヒメが悲鳴とともに、その雷を浴びていく。

 そして、コヒメがいた足場は爆発。

 接近していた美炎と、トレギアへ向かっていた可奈美は、ともに階層の入り口まで吹き飛ばされる。

 そして、その間にも、雷を浴びたコヒメの姿が、ゆっくりとマグマの底へ沈んでいった。

 

「コヒメ! トレギアアアアアアアアアア!」

 

 美炎は即座にトレギアに狙いを変更する。

 赤い軌跡を描きながら、美炎はトレギアへ斬りかかった。

 だが。

 

「ハハハ……もう遅い!」

 

 地表よりはるかに深いこの空間。

 そこは、より大きな地震によりどんどん落石が増えていく。さらに、マグマもまた大きく揺れていく。

 そして。

 

「さあ、復活しろ! 邪神 ヤマタノオロチ!」

 

 マグマの中現れる、超古代の建造物。

 ピザの斜塔にも似たそれは、コヒメが沈んでいった場所にそびえたつ。

 すると、一瞬その内部が赤く発光すると同時に、崩壊していく。

 

「うわっ!」

 

 たちこめる土煙に悲鳴を上げる可奈美と美炎。

 咳をしながら、可奈美の目は、塔の跡地から現れる赤い姿を目撃した。

 

「あれが……ヤマタノオロチ……!?」

「どうやらまだ不完全態のようだね」

 

 上空でトレギアが、現れた怪物をそう評した。

 

「四本の首、そして胴体そのものはまだ地深くに封印されている。荒魂のノロがその体を満たしたようだけど、どうやらまだまだエネルギー足りないらしい。全く、食いしん坊で困ったものだよ」

 

 トレギアはそう言って、その姿を闇の中に消していった。

 

「待って! トレギア!」

「美炎ちゃん、来るよ!」

 

 トレギアを追いかけようとする美炎を呼び止めて、可奈美はともにヤマタノオロチの首から逃れる。

 

「っ……! 迅位斬!」

 

 目の前を砕くヤマタノオロチの首へ、可奈美が深紅の斬撃を放つ。

 猛烈なスピードから放たれた斬撃だが、それはヤマタノオロチに大きなダメージになることはない。

 ヤマタノオロチは何事もなかったかのように起き上がり、その口より炎を放った。

 

「美炎ちゃん!」

「分かってる!」

 

 可奈美の合図に、美炎は足を広げる。

 マグマの影響によって強化された炎が、美炎の加州清光へ集まっていく。

 

「行くよ清光……! これがわたしの全力!」

 

 振り上げた炎。それは、ヤマタノオロチの炎に飛び込み、本体へ迫っていく。

 

「だああああああああああっ!」

 

 だが、だんだん炎はヤマタノオロチの方が大きい。

 押し切られた美炎はやがて、地面に押し付けられた。

 

「美炎ちゃん!」

「だ、大丈夫……」

 

 可奈美は美炎を助け起こし、四本の首へ千鳥を向けた。

 

「コヒメ……コヒメが……!」

「トレギアは、まだ不完全って言ってた」

 

 絶望的な表情を浮かべる美炎。だが、可奈美は「落ち着いて!」とその肩を揺らす。

 

「荒魂は、ノロを結合して生まれる存在。だけど、急いで倒せば、ノロの結合を切り離すことだってできるかもしれない」

「!」

 

 美炎の赤い目が、黒に戻る。

 希望を見出したように、その目に光が戻る。

 可奈美は続ける。

 

「ね? 美炎ちゃん。だから、戦おう! 一緒に!」

「可奈美……うん! なせばなるっ!」

 

 立ち上がった美炎もまた、可奈美と並ぶ。

 たった四本。されど四本。

 不完全ながらの凶悪な力を誇る邪神へ、二人の刀使は挑んでいった。



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協力はしない

とじともが終わって一夜明けましたね。
これからはたまにオフラインで覗くくらいになりますね


『封印の場所を見つけたから、先に行ってるね』

 

 可奈美からその連絡を受けてから少し遅れて、ハルトもまたマシンウィンガーを降りた。

 

「封印の場所ってどこ……?」

 

 湖が特徴のこの公園。ランサー組である響や、もう一人の魔法使いが生活の拠点を置いていたり(来るとき軽く確認してみたが、今はいないようだ)、ハルトが良く曲芸の披露場所に選んだり。

 だが今は、様々なサーヴァントとの主戦場になることが多い。

 そして今回、訪れた見滝原公園はいつもと大きく異なっていた。

 見滝原公園全体が、蒸気で包まれており、視界のほとんどは白く包まれている。そして、その原因。

 

「湖が……干上がってる……!?」

 

 今人がいないのは、誰もが眠る深夜の時間だからに相違ない。

 以前姉妹対決が行われた湖は完全に干上がっており、湖畔だった場所にボートが打ち捨てられている。普段ならば湖底である場所が茶色の地表をむき出しになっており、見慣れている光景と比べれば違和感があった。

 

『ガルーダ プリーズ』

 

 ハルトが使った指輪から生み出される、お馴染み赤いランナー。空気中に出現したそれが組み合わさっていくのにも意に介さず、ハルトは出来上がった素体に魂たる指輪を入れる。

 完成したガルーダが、ハルトの頭上へ飛び上がった。

 

「ガルーダ。この公園に、荒魂が封印されているみたいなんだ。探すのを手伝って」

 

 だが、ガルーダは首を振って否定する。

 最近なかなか自分の言うことを聞いてくれないことに悩みながら、ハルトはまた頼む。

 

「頼むよ。可奈美ちゃんがピンチなんだ!」

 

 すると、ガルーダは打って変わって大きく頷く。

 脱兎のごとく猛スピードで見滝原公園の奥へ進んでいくガルーダを見送りながら、「そんなに可奈美ちゃんがいいなら可奈美ちゃんの子になりなさい」と小声で叫ぶ。

 すると。

 

「あいだっ!」

 

 ガルーダの嘴って、こんなに痛かったんだ。

 Uターンしてきたガルーダの嘴が、ハルトの脳天を突き飛ばす。

 

「が、ガルーダ!? 何で戻って来た……の……?」

 

 振り向けば、その理由は即座に判明した。

 数時間前にも見た、灰色の剣。現在に伝わるいかなる剣の形とも異なる、複雑な造形が、ハルトの目の前を横切って地面に突き刺さっていた。

 

「これって……」

 

 剣はすぐさま電子データとなって消滅する。

 そして、そんな代物を持つのは、この時代には一人しかいない。

 

「ソロ……!」

 

 その名をハルトが口にすると同時に、その姿が目の前に着地する。

 

「ウィザード……キサマ、なぜここに」

 

 ソロは手にしたラプラスソードをハルトに向ける。

 ハルトもまた反射的にコネクトの指輪を使用、ウィザーソードガンの刃先をラプラスソードに合わせる。

 

「お前、その体……」

 

 剣を合わせながらもハルトはソロの異変に気付く。

 やがて、ふらりと揺れ付いたソロは、そのまま倒れ込んだ。

 

「お、おい!」

 

 思わずソロを抱き留めるハルト。

 全身に火傷を負っている彼は、痛みに反しながらもハルトを突き飛ばした。

 

「……ぐっ……」

「ソロ、お前大丈夫か?」

「触るな……! 戦え!」

 

 ソロはスターキャリアーをハルトに見せつける。

 そのまま彼は、その古代の電子端末でムーの紋章を描き出す。

 

「お前、今は無茶だろ!」

「敵であるキサマには関係ない!」

 

 傷だらけの体なのに、その目は強く輝いている。

 その迫力に、ハルトは思わず後ずさった。

 

「お前……何でそこまで?」

「ムーの敵は、オレの敵だ。だからこそ、オレはムーの誇りにかけて奴を倒す!」

「そうじゃない。お前はどうなんだよ? お前自身がムー人だから、そこまで八岐大蛇に拘ってるわけじゃないだろ?」

 

 だが、一度ふらついたソロは、敵意の眼差しをハルトに向けたまま揺るがない。

 

「黙れ……今すぐ、オレと戦え!」

「ここで俺と戦っていていいのか!? お前、八岐大蛇を止めたいんだろ!?」

 

 その言葉に、ソロはラプラスソードを下ろした。

 

「ああ。そうだな。キサマは後回しだ。今は奴だ……!」

「奴……やっぱり、その八岐大蛇ってやつか」

 

 ソロはハルトの前を通過する。

 ラプラスソードを放り投げると、その刃は不気味な影を持つ電波生命体、ラプラスとなった。

 

「ラプラス。門を開けろ」

 

 ソロの命令に、ラプラスは不気味な声で答えた。

 干上がった湖の真上に立ち、ラプラスはその両手の刃をクロスさせる。

 すると、湖底だったところにムーの紋章が刻まれる。それはやがて、紫の光とともに夜を彩っていく。

 

「あれが、門?」

 

 ハルトがその疑問を抱くと同時に、ムーの紋章が大きな穴となっていく。

 ブラックホールを連想させる大穴が穿かれ、やがてそこには地底へ通じる大穴となった。

 

「行くぞ。ラプラス」

 

 ソロは吐き捨てて、ラプラスが作り上げた門に足を踏み入れようとする。

 だが。

 

「甘い甘い。チョコレートよりも甘い」

 

 その声に、ハルトとソロは体を固めた。

 見滝原公園の深い茂みの中より現れた、白と黒のピエロ。髪の一部に入った青メッシュが特徴の彼は、板チョコをパリッと口にした。

 

「もう間に合わないよ。すでに封印は半分が剥がされている」

「トレギア!」

 

 その姿に、ハルトは警戒の眼差しを見せる。

 

「おいおい。この姿の時は、霧崎と呼んでくれと言ったじゃないか」

 

 トレギアの人間の姿である霧崎は、「やれやれ」といった様子で首を振った。

 

「やあ。ムー人君。ハルト君と仲良くやっているようじゃないか」

「キサマ……っ!」

 

 ソロが怒声を上げると同時に、ラプラスが動く。

 瞬間移動にも等しい速度で、ラプラスは霧崎の背後に回り込む。そのまま不気味な電波生命体は霧崎の首を切り落とそうと刃を走らせた。

 

「おいおい。いきなり危ないじゃないか」

 

 薄気味悪い笑みを浮かべながら、霧崎はトレギアアイでラプラスの刃を受け止める。

 

「せっかく要石がなくなったんだ。復活はもう確定なんだからさあ、今はもう少し楽しもうよ」

「黙れ!」

 

 その言葉とともに、ソロが蹴りを放つ。

 霧崎は体を回転させながらそれを避けた。

 

「はははっ! 君も中々に短気だねえ」

 

 霧崎はそう言いながら、トレギアアイを取り出す。すでに解放済みの蒼いアイマスクを、霧崎は顔に被せた。

 そこから湧いて出る、闇。それは霧崎の姿を黒く染め上げ、その姿を仮面の邪悪、ウルトラマントレギアへ変質させていった。

 

「電波変換!」

 

 それに合わせて、同じく変身するソロ。

 ムーの戦士ブライは出現と同時に、その手にラプラスソードを握り、トレギアへ斬りつける。

 だが、両手を腰に合わせてそれを避けるトレギアは、一笑みのもとに一蹴。

 

「無駄だよ。トレラアルティガイザー」

「いけない……! 変身!」

 

 ハルトは急いで土のウィザードに変身。防御の魔法とともにトレギアの前に立つ。

 だが、トレラアルティガイザーはウィザードの防御を貫通し、ウィザードとブライを爆発させる。

 変身解除させられたハルトとソロは転がった。

 

「ぐっ……!」

「キサマ……! 何のつもりだ!」

「トレギアは共通の敵だし、それにお前は色々教えてくれたし。俺も手を貸す」

「ふざけるな……」

 

 ソロはハルトの襟首を掴み上げる。

 

「オレはオレ以外の全てを否定する。ムー以外の全てはオレの敵だ! キサマも、ランサーも、フェイカーも! オレは、この聖杯戦争の参加者すべてを、オレ一人で倒して、ムーの強さを証明する!」

「今はそっちじゃないだろ!」

 

 ハルトは言い返す。

 

「俺は敵でもいいし、ムー大陸の敵のままでもいいよ! でも、今アンタが倒すべき敵は俺じゃないでしょ!」

 

 ハルトはソロの腕を払いのけた。

 

「俺は、この町を守りたいから八岐大蛇を倒したい。アンタは、そもそもムーの敵である八岐大蛇を倒したい。今の俺たちが敵対する理由なんてない!」

「オレは、ムーの全てを一人で倒す。キサマの協力などいらん」

「……協力なんてしない」

 

 ハルトは、そこに冷たく言い切った。

 

「アンタは、俺の力を……ウィザードの力を利用すればいい。俺はアンタの敵なんだから、敵をうまい具合に利用すればいい」

「……」

「間違えないでよ。今、俺たちは八岐大蛇って大荒魂を止めたい。それが達成できれば、アンタが俺を倒そうとしたって構わないんだから」

「キサマ……」

 

 数秒、ソロは黙っていた。

 やがて。

 

「もういいかな?」

 

 トレギアの声に、ハルトとソロは同時に彼を向く。

 

「待ちくたびれたよ。私と戦うんだろう?」

「そうだね。行くよ……! ソロ!」

「ッ……勘違いするな。キサマと手を組むのは今回だけだ」

 

 ソロがスターキャリアーを取り出す。その中より現れたラプラスが、ソロの隣に並んだ。

 

「それでもいいよ。今だけでも……他の誰かを助けるために、お前の力を借りるよ!」

「フン」

 

 ハルトがドライバーオンの指輪を使い、再度ウィザードライバーを出現させる。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 月明りに照らされて、鈍く光る銀のベルト。それはやがて、魔法詠唱を始めた。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 魔法の詠唱が流れる中、ハルトは再びルビーの指輪を左手中指に付ける。そのカバーを下ろし、ルビーの指輪を、ウィザードの顔をモチーフにしたものとなる。

 そして、ソロの前に描かれるムーの紋章。

 ムー大陸、ラ・ムー。そしてブライ。これまで幾度となく敵として現れたムーの紋章は、今回だけは味方として肩を並べるという事実に、ハルトは少し高揚した。

 そして。

 

「変身!」

「電波変換!」

『フレイム プリーズ ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 ハルトとソロの前に現れる、赤い魔法陣。同時に、ハルトとソロの姿を、ムーの紋章とともに紫の柱が包んでいく。

 やがて、そこで行われたのは、二人の変身。

 指輪の魔法使いウィザード。そして、ムーの戦士、ブライ。

 

『コネクト プリーズ』

「ラプラス!」

 

 ウィザーソードガンとラプラスソード。

 それぞれの武器を手に、トレギアへ向かっていった。

 だが。

 

『その勝負、ちょっと待った!』

 

 横やりの声。

 脳内に直接響いた声に、ウィザードは足を止めるのだった。



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武神の処刑人

『その勝負待った!』

「……?」

 

 敵意のない意味合いに、ウィザードとブライは、それぞれの剣を収める。

 

「何?」

『この勝負、オレ様が預かってやる!』

 

「この声は……」

 

 聞いただけで、思わず背筋が凍る。

 そして、その姿は闇夜の中より現れる。

 社の中を通って来る、小さな白い存在。大きな頭と小さな体を持つ、人形のようなそれは、にやりと歪んだ口を固定したまま、ウィザードたちを見据えていた。

 

「キサマ……」

「コエムシ!」

 

 ウィザードも良く知るその存在に、声を荒げる。

 聖杯戦争の監督役の一人、コエムシ。今まで何度も、ウィザードたちへ処刑人と呼ばれる疑似サーヴァントを差し向けてきた、紛れもない敵。

 だが今回、コエムシはウィザードたちには一瞬だけしか目線を投げない。彼の視線の先は、トレギアだけだった。

 

『やいフェイカー! てめえ、良くもレイを始末してくれやがったな!?』

「おや? いけなかったかな? 処刑人は君たちが用意したサーヴァントの敵だろう? それに、処刑人を倒したことがあるのは私だけではないはずだが」

 

 トレギアは、そう言いながらウィザードへ目線を配る。

 

『お……ま、まあそれは別にルール違反じゃねえからいいんだがよ……それに、そこのブライだって倒してるし……じゃねえよ!』

 

 コエムシは全身を大きく揺らした。

 

『お前はお前で、それ以上のルール違反やってんだよ!』

「ルール違反? この私が?」

 

 トレギアは首を傾げた。

 

「参加者同士の殺し合いが、聖杯戦争のルールなのだろう? ならば、私は何もルール違反はしていないはずだが」

『してんだよ! 重大なルール違反をよ!』

 

 コエムシは続ける。

 

『一サーヴァントが、令呪を書き変えるとか、ふざけんじゃねえ!』

 

 紗夜さんのことか、とウィザードは口にはしなかった。

 

「そこのブライはいいのにかい?」

 

 トレギアはブライを指差す。

 

「彼だって、令呪を自分自身のものにしているじゃないか。これも立派なルール違反だろう?」

「フン」

 

 鼻を鳴らすブライを見ながら、コエムシは首(胴体)を振る。

 

『アイツはサーヴァントを放棄したからいいんだよ。お前は、マスターを勝手に自分のマスターにしただろうが! そうなると、参加者の数が減っちまうだろ!』

「参加者が考慮することじゃないだろう? これはただの殺し合いなんだからさあ?」

『令呪の種類数が減らされるのは運営側としては大迷惑なんだよ! 非っ常に不本意だけどよお……今回は、ウィザードたちと手を組んでやる!』

「いや、俺お前の味方するの嫌なんだけど……!」

 

 ウィザードの言葉を無視しながら、コエムシは叫んだ。

 

『来やがれ! 最強の処刑人!』

 

 コエムシの声に応えるように、その背後にそれは現れた。

 銀色のオーロラ。監督役が幾度となく使ってきたそれを見ると、否が応でも体が警戒する。

 そして。

 ウィザード、ブライ、そしてトレギアを通り過ぎていった銀のオーロラが召喚した者。

 それは、鎧武者。だが、人間の生身の部分は見当たらない、群青色の体をした人物。

 兜や鎧は、全て血のような紅に染まっており、見るだけでぞっとする。ところどころにどす黒い模様が刻まれ、落ち武者のようにも思える。

 彼は、無骨な剣と、同じく紅の剣。二本の剣を広げ、宣言した。

 

「天下は私のものだ!」

『ああ! いいぜ。フェイカーを始末してくれたら、元の世界で世界征服でも何でもしろよ!』

 

 コエムシの声に頷いた鎧武者は、紅の剣___よく見れば、その刀身は果実の切り身にも見える___を掲げ、名乗った。

 

「我が名は、武神鎧武(ぶじんがいむ)!」

「武神鎧武……この前の英語の処刑人……とは違うよな?」

 

 彼は、そのままトレギアへ刃を向けた。オレンジの切り身のような模様をしているそれは、見た目とは裏腹に強烈な殺意を感じられた。

 トレギアは「おやおや」と首を振りながら、

 

「面倒だなあ……」

「異世界の武神よ……その命を頂こう!」

 

 右手の剣を向け、武神鎧武と名乗った武将はトレギアへ挑んでいった。

 トレギアはほほ笑みながら、その剣技を避ける。

 

「おいおい……まさか、私に来るのか」

「でりゃああああああ!」

 

 武神鎧武のドスの利いた声とともに、二本の剣が振り下ろされた。

 トレギアはそれぞれを片手で受け止めるが、やがて受け流す。

 

「全く……」

 

 トレギアは両手の剣を引いて押し返す。

 そのまま即座に、両手より発生した雷を放った。

 だが群青色の雷を、臙脂色の刃が切り落とす。さらに、武神鎧武は雷を切り裂きながら、どんどんトレギアとの距離を詰めていく。

 

「はああああっ!」

 

 武神鎧武の斬撃が、トレギアの首を討ちとろうとする。

 だが、トレギアは両手を腰に回しながら、ギリギリの動きで反り続ける。

 トレギアは、武神鎧武の剣___黒い、無双セイバーを弾き、トレラムノーを放つ。

 赤い斬撃が、武神鎧武の斬撃と重なり、爆発する。

 

「本当に面倒だな……ギャラクトロン!」

 

 トレギアは指を鳴らす。

 すると、その頭上に、虹色の魔法陣が現れた。ウィザードのものとは書かれている模様が全くことなるそれより現れたのは、白いボディを持つロボット。銀河(ギャラクシー)の中から現れた(ドラゴン)を思わせる風貌のそれは、登場と同時に武神鎧武へその腕を振るう。

 

「むっ!」

 

 武神鎧武は二本の剣を交差させるとともに、ギャラクトロンの腕より魔法陣が発生。そこから、虹色の光線が放たれた。

 二本の剣でそれを防ぎ、武人鎧武は先にギャラクトロンへ斬りつけていく。

 だが、肉弾戦が効きづらいと判断したギャラクトロンは、即座にその後頭部の部品を動かす。

 長い髪のようなそれは、瞬時に武神鎧武の腕を掴まえ、つるし上げた。

 

「おのれ!」

 

 武神鎧武は無双セイバーで即座にアームのパーツを切り落とす。

 ギャラクトロンは悲鳴のような駆動音の直後、パイプオルガンのような音声とともに虹色の光線を放つ。

 武神鎧武は二本の剣を底で組み合わせて薙刀にし、回転させてその光線を弾く。

 そのままギャラクトロンを蹴り飛ばし、呼びかけた。

 

「来い! ウツボカズラ怪人!」

 

 武神鎧武の言葉とともに、今度はファスナーの音が響く。空間そのものに作られたファスナーが開くと、その奥より新たな怪物を呼び寄せた。

 それは、緑の怪人。名の通り、ウツボカズラのような姿のそれは、ファスナーから飛び出すと同時に、ギャラクトロンにぶつかる。

 

「へえ……君も怪獣を呼び出せるのか……」

 

 武神鎧武の応援に、トレギアは舌を巻く。

 その間にも、武神鎧武はその刃をトレギアへ振るう。

 トレギアと武神鎧武、ギャラクトロンとウツボカズラ怪人。

 どちらに加勢することもなく、ウィザードとブライはその戦いを見守ることしかできなかった。

 

「本当に面倒だ……」

 

 トレギアはいつしか、武神鎧武を相手にすることに業を煮やしてきた。

 やがて彼は、武神鎧武が振り下ろした二本の剣をその手首から捕まえる。

 

「君にあげるよ。ハルト君」

 

 そのまま、トレギアは武神鎧武をウィザードへ放り投げた。

 

「!」

 

 受け身さえとれなかったウィザードは、そのまま武神鎧武の体を受け止め、地面を転がる。

 ともに起き上がった時、武神鎧武はすでにウィザードを睨んでいた。

 

「貴様……」

 

 武神鎧武がウィザードを視界に入れた途端、その雰囲気が変わった。

 ウィザードは周りを見渡し、その標的が自分以外にいないことに気付く。

 

「なんか、嫌な予感……」

「武神ウィザード……覚悟ッ!」

「やっぱり俺か!?」

 

 武神鎧武が、その二本の剣を振り下ろしてきた。

 ウィザードは慌てて、ソードガンを横にしてそれを防ぐ。

 

「おい、お前の相手は俺じゃないだろ! コエムシはトレ……フェイカーを倒せって言ってるんだぞ! あっち! 分かる? あっち!」

「黙れ! おのれ武神ウィザード……この恨み、忘れたとは言わさん!」

「俺はアンタとは初対面なんですけど! そもそも、武神ウィザードってなんだよ! 武神いらないよ俺ウィザードだよ!」

 

 二本の剣で、的確に攻撃を加えてくる武神鎧武。

 ウィザードは剣の合間にジャンプしながら、指輪を入れ替える。

 

「武神ウィザード! 今度こそ、その首もらった!」

「少しは人の話を聞け!」

『ハリケーン プリーズ』

 

 風の魔法陣が、武神鎧武を引き離す。さらに、戻って来た魔法陣がウィザードの赤を緑に染め上げていく。

 

「大体、何で俺に突っかかって来るんだよ! トレギア狙ってよトレギアを!」

「黙れ! 貴様だけは許さん!」

 

 すると、武神鎧武の剣が、ウィザードの鎧を切り裂く。

 痛みに堪えながら、ウィザードは「あったま来た!」と指輪を入れ替える。

 

『ブラッドオレンジ スカッシュ』

『チョーイイネ サンダー サイコー』

 

 武神鎧武が、ベルトに付けられているカッティングブレードを操作すると同時に、ウィザードもまた雷の魔法を発動させた。

 雷と斬撃。二つの威力はほとんど互角で、互いに衝撃で吹き飛んだ。

 

「おうおう。苦戦しているね。ハルト君」

 

 起き上がるウィザードへ、トレギアがほほ笑んだ。

 

「他人事みたいに言わないでよ……! 大体、アンタに差し向けてきた相手なんだから、お前が戦ってよ!」

「彼は私よりも君に夢中なようだからね。君に任せるよ」

「あ、おい待って!」

 

 ウィザードが止める間もなく、トレギアの姿が闇夜に消えていく。

 その間にも、武神鎧武が次の手を打ってきた。

 

「おのれ! ウツボカズラ怪人!」

 

 武神鎧武の号令とともに、ギャラクトロンと戦闘を行っているウツボカズラ怪人がこちらに目を向けた。

 

「ああもうっ!」

 

 ウィザードは足元に風を発生させ、飛び乗る。

 そのまま一気に上昇。ウィザーソードガンをガンモードにして発砲した。

 だが、武神鎧武もまた、無双セイバーのトリガーを引く。銃としての役割を担うそれは、そのままウィザードとの銃撃戦となる。

 

『バインド プリーズ』

 

 さらに、上空からの束縛の魔法。

 緑の風が、二体の怪人とギャラクトロンを縛り上げる。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 さらに、続けての必殺技。

 緑の魔法陣が、空中のウィザードの足元に出現する。風が竜巻のように渦巻き、ウィザードの足元に集っていく。

 そして、空気中に残るウィザードの雷もまた、ウィザードの力となる。

 

「だああああああああああ!」

「させるか! ウツボカズラ怪人!」

 

 武神鎧武の命令に、ウツボカズラ怪人は頷く。

 風に縛り上げられたギャラクトロンを掴まえ、ウィザードへ放り投げてきた。

 そのまま勢いを止めることなく、ウィザードはギャラクトロンを蹴り貫く。風によって得られた貫通力は、そのままギャラクトロンを爆散させた。

 そして、その着地の瞬間、完全にウィザードは無防備になってしまう。

「!」

 

 背後から襲い掛かるウツボカズラ怪人へ急いで応戦しようにも、もう間に合わない。

 だが、その緑の触手は、ウィザードの前で止まった。

 それは。

 ラプラスソード。

 

「ブライ……!?」

「勘違いするな。貴様を倒すのはこのオレだ」

 

 受け止めたブライは、そのままウツボカズラ怪人の剣を切り上げ、振り下ろす。

 火花を散らしたウツボカズラ怪人は、そのままよろめいた。

 さらに、その隙を逃すブライではない。

 素早い剣技と斬撃に、ウツボカズラ怪人の体はどんどん切り刻まれていく。

 そして。

 振り下ろされたラプラスソードより、無数の紫の衝撃波が地面より吹き上がる。

 

「ぎゃああああああああああ!」

 

 悲鳴とともに爆発するウツボカズラ怪人。

 一部始終を見届けた武神鎧武が、ブライを睨む。

 

「貴様! この世界の武神か!」

「武神だと……? 違う。オレは……!」

 

 ブライの手から、紫の光が溢れ出ていく。

 その手を掲げ、ムーの戦士は誇り高く名乗った。

 

「オレはブライ……ムー大陸最後の生き残り、ブライだ!」




コエムシ『みんなオレ様のこと、忘れてねえよな……?』


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御神木

「助かった……ありがとう、ブライ」

「フン」

 

 ウィザードの感謝を、ブライは吐き捨てた。

 

「今回は、ヤマタノオロチの件が最優先というだけだ。キサマも、他の参加者と貴賤はない」

「分かってるよ」

 

 ウィザードはブライに並び、頷いた。

 

「俺が言ったんだからね。俺は、この町を守れればそれでいいんだから」

「フン」

 

 ブライが鼻を鳴らすと、武神鎧武が無双セイバーでブライを指す。

 

「貴様もまた、異世界の武神か。ならば容赦せんぞ。二人まとめてかかってこい」

「……行くよ」

「でりゃあああああああっ!」

 

 武神鎧武が、その二本の刃で、ウィザード、ブライと切り結んでいく。

 ウィザードは一度距離を取り、指輪を切り替える。

 

『ビッグ プリーズ』

「ソロ! 避けて!」

 

 目の前に出現した緑の魔法陣。

 ブライがウィザードの直線上から離れると同時に、ウィザードはソードガンを振り下ろす。

 巨大化した銀の剣。武神鎧武はそれを二本の剣で受け止め、受け流す。

 だが、その隙に攻め入るブライ。彼は、ラプラスソードの巧みな剣技で、一気に武神鎧武を追い詰めていく。

 

「おのれ!」

 

 武神鎧武はブライの剣を防ぎながら、ベルトのカッティングブレードを押し倒す。

 

『ブラッドオレンジ スカッシュ』

 

 すると、大橙丸に臙脂色の光が集い、そのままそれをブライへ振り下ろす。

 だがブライは、それをラプラスソードで返す。武神鎧武もまた、無双セイバーでそれを防いだ。

 

「ほう……」

 

 感心したような声の武神鎧武。彼はさらに、二本の剣でブライを攻め立てる。

 剣の腕はほぼ互角。だが、ブライには優位になる要素があった。

 

「はあっ!」

 

 風を体に纏いながら、回転しながら斬撃を与えていく。剣の威力そのものは三人の中で一番低いものの、随一の速度は一気に武神鎧武を追い詰めていく。

 

「ふんっ!」

 

 武神鎧武はウィザーソードガンの刃を跳び蹴りと相殺し、そのまま距離を取る。さらに、無双セイバーのスイッチを引き、その銃口を向けた。

 ウィザードは即座にウィザーソードガンをガンモードに変形し、無双セイバーの銃弾とぶつけ合った。

 

「フッ!」

 

 息を吐いたブライの声。

 振り返ると、ウィザードの背後でブライがラプラスソードを横に薙いでいた。

 

「危なっ!」

 

 しゃがんだウィザードの頭上を、ラプラスソードが通過する。

 二本の剣を交差させて防御した武人鎧武は、その勢いに地面を引きずった。

 

「危ないな! 今回は手を組むんでしょ!」

「邪魔だから攻撃しただけだ。キサマが巻き込まれようがオレの知ったことではない」

「あっそ……!」

 

 ウィザードは逆手持ちに切り替えたウィザーソードガンの手のオブジェを開いた。

 

『ハリケーン スラッシュストライク』

 

 風を纏うウィザードは、その場で回転。名の通り竜巻のごとく、武神鎧武、そしてブライを切り裂いた。

 

「キサマ……!」

「悪いな。たまたま近くにいたお前が悪い」

「いいだろう。やはりヤマタノオロチよりも先にキサマを……」

「なかなかに強敵なり、異世界の武神共!」

「お前は少し黙ってて!」

「キサマは黙っていろ!」

 

 ウィザードとブライはそれぞれの剣を切り開き、その本体を唐縦割り。

 火花が散った武神鎧武へ、さらにウィザードはキックを見舞う。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 ウィザードの足元に、風の魔法陣が浮かび上がる。

 慣れた動きでスカートをなびかせ、右足に力を込めていく。

 だが。

 

「無駄だ! 武神ウィザード!」

 

 武神鎧武がその二本の剣を底で組み合わせる。さらに、ベルトに装着しているブラッドオレンジのアイテムを取り外し、無双セイバーの取り付け口に接続させた。

 

『一 十 百 ブラッドオレンジ スカッシュ』

「でえええええい!」

「ブライナックル!」

 

 ブライの手より放たれた無数の拳が、武神鎧武の攻撃を防ぐ。

 さらに、そこに生じた隙へ、ウィザードが風の必殺技を命中させた。

 

「ぐっ!」

「はあああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 ウィザードの風は、背中から噴射させるように進んでいく。そのまま武神鎧武を蹴り飛ばし、爆発。そのまま燃え続ける武神鎧武が、ラプラスが開いた門から転落していった。

 

「やった……?」

 

 ストライクウィザードを放ったままの体勢で、ウィザードは武神鎧武の末路を見届ける。

 

「フン」

 

 ブライもまた、穴から武神鎧武の姿を覗き込む。

 

「あの攻撃を連続で食らったんだ。もう生きてはいまい」

 

 ブライはそう言って、門に足を踏み入れようとする。

 だが、その時。

 

「っ!」

 

 ブライが飛びのくとともに、門より巨大な物体が天へ伸びる。

 巨大な緑を無数の枝に敷き詰めた、大きな木。

 それは大木という範疇を越え、神樹___否、御神木とも呼ぶべき存在だった。

 

「なっ!?」

「まだ終わらぬ……! 何も終わらぬぞ!」

 

 御神木から聞こえてくる、武神鎧武の呪い声。それに合わせて、エレキギターをかき鳴らすような音が響いてくる。

 

『ブラッドオレンジアームズ 邪の道 オンザロード』

 

 その音声とともに、伸びてきた枝から花が咲いた。まるで蓮の花を思わせるそれ。だが、普通の植物との大きな違いとして、その中心は雄しべや雌しべではなく、武神鎧武の上半身んが生えていた。

 

「な、なんだアレ!?」

 

 驚くウィザードへ、武神鎧武の花びらが襲い掛かる。

 ウィザードとブライは、ともに飛び退く。地面に着弾した花びらは、次々と爆発を引き起こしていった。

 それを見下ろす武神鎧武は、高らかな笑い声をあげた。

 

「ここまで追い詰めるとは、褒めてやろう! 異世界の武神共!」

 

 花吹雪の量がどんどん増していく。

 地面の爆発から逃げるように、二人は武神鎧武の御神木から離れていく。

 さらに、花びらの嵐は止まることを知らない。

 ウィザードは一度ジャンプし、風に乗って飛び上がる。

 

「嵐には雷だ!」

『チョーイイネ サンダー サイコー』

 

 緑の魔法陣より花びらを貫く雷。そのまま真っすぐ雷は武神鎧武を狙うが、しなやかに動く枝が、いとも簡単に雷から逃げて見せた。

 だが、ブライもまたブライナックルで花びらを次々撃ち落していく。

 そして、完全に切り開かれた花びらの群れ。

 ウィザードとブライは、とうとう御神木の目前に辿り着いた。

 

『フレイム プリーズ』

 

 ウィザードはルビーの指輪で再度火のウィザードとなる。

 

「終わらせるよ! ブライ!」

「勘違いするな……キサマと手を組むのは今だけだ」

 

 そして。

 ウィザードのバク転と、ブライのダッシュが重なる。

 同時に跳び上がり、武神鎧武の上を取る。

 

「おのれえええええ!」

 

 唸った武神鎧武は、両手を広げる。

 すると、またしても神木より無数の花びらが舞い、ウィザードとブライに襲い掛かる。

 

「邪魔をするな……!」

 

 ラプラスソードを振り上げながら、その右手の紫から、ブライナックルを連射する。

 さらに、ウィザードもまた体を回転させながら、ウィザーソードガンを打ち回す。

 二つの遠距離攻撃が、花びらを打ち落とし、攻撃を防ごうとする道を切り開いていく。

 そして。

 花びらの壁が、完全に消えた。

 

「「終わりだ!」」

『フレイム スラッシュストライク』

「ブライブレイク!」

 

 ウィザードとブライは、それぞれ空高く飛び上がる。

 

「させぬわっ!」

 

 武神鎧武も抵抗として、さらなる花びら、そして触手を放つ。

 だが、ウィザーソードガンとラプラスソード。その大きな破壊能力の前に、無力だった。

 そのまま赤と紫の刃は、武神鎧武の肩を切り裂く。

 

「「だああああああ!」」

 

 そのまま武神鎧武より、花、そして幹にいたるまで、二つの異能が、武神鎧武の神樹を破壊していく。

 

「バカな、この私が……っ! 天下は、私のものだああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 神樹の爆発は、その全ていたるところで発生していく。

 やがて武神鎧武は、爆発に飲まれ、見えなくなっていった。

 

「や、やった……?」

「フン」

 

 ウィザードと決して目を合わせないブライは、そのままラプラスが開けた門へ足を向けた。

 

「行くぞ。時間が惜しい」

「あ、ああ」

 

 ウィザードもまたブライに続いて、門に入ろうとする。

 だが。

 

「まだだ、異世界の武神共……!」

 

 その声に、両者は足を止めた。

 倒したはず。

 だが、武神鎧武及びその御神木は、まだ健在。

 至る所が未だに火の手が上がっているが、その形は未だに健在。その枝先にある蓮の花も原型を保っており、そこから、武神鎧武がこちらを睨んでいた。

 

「まだ我が野望は終わらぬ……!」

「お前、まだやる気か!?」

「邪魔をするなら、キサマから先に倒す」

 

 ブライが、再びラプラスソードを振るう。

 だが。

 その瞬間、地の底より突き上げられるような衝撃が見滝原公園を襲った。

 

「何だこれは……? 一体何が起こっている?」

 

 だが、揺れはどんどん大きくなっていく。

 やがて、ウィザードやブライさえも立っていられなくなるほどの揺れ。やがて木々が薙ぎ倒され、地面も割れていく。

 

「ほう……これは……」

 

 トレギアは、顎に手を当てながら頷く。

 そして。

 

「な、何だこれは!?」

 

 それは、武神鎧武の悲鳴。

 すでにウィザード達の攻撃により満身創痍となった武神鎧武と、彼を宿すその御神木。それを捕えているのは、地面の底から現れた、長い管。

 爬虫類の肌のような質感から、それはあたかもヘビのようにも思えた。ただ、その背筋には黄色の棘が生えており、怪物の質感を浮き彫りにしていた。

 それは、容赦なく神樹に絡みついていく。その数は、一つや二つではない。三つ、四つ。

 

「放せ! 放せ!」

 

 だが、蓮の花と一体になっている武神鎧武には抵抗する術はない。

 そのままヘビは、神樹ごと武神鎧武を地の底へ引きずり込んでいった。

 

「放せええええええええええええ! 我こそは天下をおおおおお____

 

 やがて、ウィザードは耳を塞ぐ。

 神樹が飲み込まれたところから、耳を塞ぎたくなるような音が聞こえてきたのだ。

 地下で何が起こっているのか、想像したくもない。

 ただ一つ、確かなこと。

 それは、武神鎧武の断末魔の悲鳴が途切れたこと。

 そして。

 地響きが、より酷くなったことだった。



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魔王 ヤマタノオロチ

仮面ライダー全投票!
龍騎が上位にランクインした!

ウィザードがいなかったのは残念……


 武神鎧武が消滅した。

 その事実は、間違いないだろう。

 あれだけ響いてきた音が止んだ。穴の中に、無音の去来が満ちていくと思うと、やがて中から何か金属のようなものが飛んできた。

 ウィザードは思わず、それをキャッチする。極限まで熱せられたそれは、武神鎧武の鎧の肩パーツだった。

 

「っ!」

 

 あまりの熱さに、思わずウィザードは手を放す。

 四隅が溶けかけていたそれは、音を立てながら落ちていく。

 

「使われるだけ使われて、最後は贄か……哀れだな」

 

 ブライは吐き捨てた。

 

「これ……どうなってるんだ?」

「言っただろ。奴が……蘇る」

 

 ブライが吐き捨て終えると同時に、地鳴りが響く。

 

「これって……!」

 

 やがて、地鳴りがどんどん大きくなっていく。

 立っていられなくなるほどのそれに、ウィザードもブライも膝を折った。

 やがて。

 

「地鳴りが……止んだ?」

 

 そして訪れる静寂。

 あれだけの地震だと言うのに、周囲の町に、騒ぎ立てる様子はない。

 それは、この見滝原公園の一角だけに起こったことなのだろうか。

 ウィザードがそう自問している間にも、ブライは一歩踏み出す。

 

「おい、どうするつもりだ?」

「オレは行く。この先に、ムーの敵がいるのだからな」

 

 ブライはその一言で、穴へ飛び降りる。

 

「皆……無事でいてくれ……!」

『コネクト プリーズ』

 

 ブライを見送ったウィザードは可奈美達の無事を祈りながら、魔法陣よりマシンウィンガーを取り出す。

 すぐさま跨り、アクセルを入れる。そのマシンウィンガーは、地面を蹴り、門より下って行った。

 

 

 

「何……あれ……?」

 

 煙の中の影を見た途端、可奈美の口から感嘆が漏れた。

 突如、大きな地震が地下を揺さぶった。

 すると、可奈美たちと戦っていた四本の首が、いきなり地上へ向かい伸びていった。かと思うと、地表にあったらしき大樹を引きずり込み、封印されていた場所へ落としていったのだ。

 そして、今。

 より大きな地震とともに地下から現れたのは、より大きな蛇。

 まるで天に昇る龍のような美しいフォルム。ただの蛇とは言えない、その背骨からは無数の棘が生えており、その頭もまた無限の棘が突き出ている。その赤い目は、血で作られた球体のようだった。

 そしてその数が一つ、また一つと増えていくと、美しさは転じて醜悪さとなる。八本の首は、より深い箇所から抜き出てくる胴体部分に集合していく。その左右には小さいながら足があり、移動の際もそれで動けるようだった。

 やがて、その龍たちの雄叫びが、地下全体を揺るがしていく。

 音が切り払う煙。そこから現れた異形の怪物に、可奈美は息を呑んだ。

 紅蓮の体を持つそれは、それぞれの口から炎を吐きながら起き上がった。

 

「あれが本当のヤマタノオロチ……! 今度は四本なんかじゃない、八本の完全体……!」

 

 ヤマタノオロチは、その八対の目で、二人の刀使を見下ろす。

 そして。

 

 灼熱の炎。

 黄昏の闇。

 怒涛の波。

 光来の雷。

 溶解の毒。

 暴圧の風。

 衝撃の地。

 閃烈の光。

 

 八つの属性が、それぞれの口から放たれる。

 それは、地下の土壌を次々に破壊していく。

 衝撃を受けた地下世界は、どんどん落石が酷くなっていく。

 

「美炎ちゃん! コヒメちゃんも助けなきゃだけど、ヤマタノオロチをここから出すわけにはいかない!」

「分かってる!」

 

 あくまで冷静。

 美炎は、自らにそう言い聞かせているようだった。

 彼女はことあるごとに首を振っており、ヤマタノオロチの猛攻を避けながら本体へ接近していく。

 

「だあああああああああっ!」

 

 烈火を纏う、刀一閃。だが、その巨大な肉体に、美炎が大きな火力を発揮したとしてもダメージは期待できない。

 

「返せ……」

 

 八本のうち一つの頭に飛び乗った美炎は、加州清光をその頭に突き立てる。

 

「返せ……!」

 

 だが、岩石のように反射するその皮膚に、美炎の目がどんどん赤くなっていった。

 

「コヒメを、返せ!」

 

 だが、ヤマタノオロチはその頭を振り、美炎を振り落とす。

 さらに、うち一つの口より吐かれた炎が、空中に投げ出された美炎を包み込んだ。

 

「があああああああああっ!」

 

 美炎が悲鳴とともに、岩盤まで打ち付けられる。

 

「がはっ!」

「美炎ちゃん!」

 

 吐血してぐったりと力が抜ける美炎。

 さらに、ヤマタノオロチの残り七つの口より、トドメを刺そうとそれぞれの攻撃が放たれる。

 可奈美は美炎の盾になるように立ちはだかる。さらに、その霊体の体を深紅に染め上げ、千鳥の刀身をより濃くしていく。

 

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

 

 可奈美にとっての最大の力を持つ技。

 だが、大荒魂たるヤマタノオロチ。その、七つの攻撃を同時に抑えることなど不可能だった。

 可奈美の全身を痛みが遅い、その姿は爆発に包まれていった。

 

 

 

 門をくぐって、しばらく時間が経過している。

 敵同士であるウィザードとブライは、一言も言葉を交わすことなく地下世界を進んでいた。

 ウィザードは進みながらも、様々な疑問が胸中に抱えていた。

 ヤマタノオロチは、結局何者なのか。

 この門は、ムーが作ったのか。

 だが、ブライは何一つ答えてくれることはないだろう。彼はあくまでブライの敵。今回協力してくれるのは、ヤマタノオロチという共通の敵がいるからに他ならない。

 そして。

 

「っ!」

 

 その時、ブライのマスクの下にある目を大きく見開いた。

 

「ラプラス!」

「ふえ?」

 

 ブライがラプラスソードを召喚するとともに、ウィザードを突き飛ばす。

 バイクに搭乗中の人物を突き飛ばせば、当然バランスを崩す上転倒する。

 

「な、何……!?」

 

 ブライを糾弾しようとしたウィザードは、その光景に目を疑った。

 青い体と赤いトサカを持つ獣。ずんずんとブライに掴みかかり、そのまま洞窟の壁に打ち付けた。

 

「ぐっ!」

 

 呻き声を上げるブライ。

 その壁の埋め込み具合が、その怪獣の剛力を物語っていた。

 超古代怪獣ゴルザ。

 その名を持つそれは、次にウィザードへヘッドブローを放ってくる。

 

「っ!」

 

 ウィザードは慌てて両手で防御態勢をとる。

 だが、ゴルザの力に、ウィザードはマシンウィンガーから叩き落とされた。

 また地面に転がったウィザードとマシンウィンガー。ウィザードはウィザーソードガンをゴルザに構えた。

 だが、ウィザードが立ち上がったのとほぼ間を置かず、背後に痛みが走る。

 振り返れば、赤い鳥の形をした怪物が、ウィザードへ背後から体当たりをしたところだった。

 

「今度は鳥……!? トレギアの奴、どんだけ足止め要因を置いて行ってるんだ……?」

 

 超古代竜メルバ。

 そんな名前など知る由もなく、ウィザードは並んだ二体の怪獣たちへ向き合う。

 

「ふざけるな……! フェイカーの手駒ごときに、このオレが遅れを取るはずがない!」

 

 復活したブライは、紫の拳を放つ。

 無数のブライナックルが二体の怪獣へ迫っていくが、それはどこからともなく飛んできた炎と氷の弾丸によって相殺された。

 

「何!?」

「ソロ! 下だ!」

 

 さらに、地面を突き破る物体。現れた巨大な鋏が、ブライの首を狙う。

 

「チッ」

「次はカニ!?」

 

 舌打ちをしたブライは、体を反転させる。その姿は、まさにカニと呼ぶほかがない。赤い体色を持ち、甲殻類の体と鋏を持つ怪物。赤い目のそれは、挨拶とばかりに口から炎を吐いた。

 

「ソロ!」

 

 ウィザードはソードガンで火球を切り落とす。

 すると、カニの目が赤から青に切り替わる。

 

「目の色が変わった!?」

 

 それに反応するよりも早く、カニの口からは冷気が放たれる。

 突如の逆転の属性に、ウィザードは大きく後退した。ウィザードがいた場所は凍り付いており、炎のウィザードには相性が悪いようにも見える。

 火と氷。二つの属性を操ることこそが、この宇宙海獣レイキュバスの特性だった。

 さらに、ウィザードの背後にはいつの間にか新たな怪獣が忍び寄っていた。

 

「しまっ……!」

 

 ウィザードが気付いた時にはもう遅い。

 甲高い唸り声が特徴の怪獣が、鎌のような腕でウィザードをホールドした。

 宇宙戦闘獣超ゴッヴ。

 青い体に金色の模様が刻まれたそれは、全力で拘束を振りほどいたウィザードへ、その鎌の手で切り裂いた。

 

「ぐっ!」

 

 体から火花を散らしながら、ウィザードはブライのところまで追い詰められていく。

 ブライと背中合わせになりながら、ウィザードはソードガンを構えなおす。

 

「ねえ、ソロ。もしかして結構俺たちピンチじゃない?」

「ふざけるな。所詮奴らなど烏合の衆。オレ一人で十分だ」

「俺も勝てない相手じゃないと思うけど、でもここで時間を取られるわけには……ん?」

 

 その時、ウィザードは違和感を覚える。

 その正体は、自らの足場。ブライも同じことに気付いたようで、自らの足場を見下ろしている。

 この地下。当然、上下左右全てが岩肌で出来ているはず。

 だが、今足元には岩肌などなかった。ウィザードとブライが立っているのは。

 巨大な眼球の上。

 

「何だこれ!?」

「チッ!」

 

 危険を察し、その場から飛び退くウィザードとブライ。

 すると、眼球はそのまま胎動し、地面から突き出ていく。それはやがて肉体を得、奇獣ガンQとして活動を開始した。

 

「さっきまでのはまだ怪物として理解できるけど、今度のコイツは何なんだ!?」

 

 ガンQに対してそう評しながら、ウィザードはウィザーソードガンにもう一度ルビーを読み込ませる。

 

『フレイム スラッシュストライク』

 

 炎の刃を、そのままガンQに飛ばす。

 だが、遠距離攻撃となった斬撃は、そのままガンQの目に吸収されていく。消失したウィザードの攻撃は、逆にガンQの目から放たれた。

 スラッシュストライクを回避したウィザードとブライは、合計五体の怪獣たちをぐるりと見渡す。

 剛腕のゴルザ。機動力のメルバ。

 二つの属性を併せ持つレイキュバス。

 戦闘能力の超ゴッヴ。意味不明のガンQ。

 それぞれ厄介な能力を持つ怪獣たちに対し、ウィザードはさらに腰を低くした。

 

「五体もいるのか……ここでコイツら相手にそんなに時間を取られたくないのに……!」

「なら、キサマは引っ込んでいろ。全員オレが倒す」

 

 ラプラスソードを構えなおすブライを横目で見ながら、ウィザードは次の手を考えていた。

 だが、その時。

 

『______________』

 

 突如として、新たな咆哮が響く。

 一瞬新手かと思ってしまったが、やがてその咆哮の正体を察すると、むしろ落ち着いた。

 

「この声……まさか!?」

 

 すると、即座にウィザードの視界にそれは入って来た。

 赤い体を持つ、長い存在。それはまさに、龍であり、五体の怪獣たちを弾き飛ばす。

 そして、ウィザードはその名前を知っていた。

 

「ドラグレッダー……? ということは……」

 

 宙を泳ぐ赤い龍。

 その姿とともに連想された要素が、即座に現実になった。

 

「ハルト!」

 

 その声と共にやってきた、ハルトの仲間たち。

 赤い鉄仮面を先頭にやってきた、勇者、奏者、そして金の魔法使い。

 

「みんな……!? どうしてここに!?」

「清香ちゃんから聞いた! コヒメちゃんが攫われたんだろ!」

 

 龍騎は、登場するや否や、ゴルザへタックルを仕掛ける。

 倒れたゴルザに対し、ドラグセイバーを召喚し、斬りかかっていった。

 

「大丈夫だ! ここは俺たちに任せて先に行け!」

「で、でもこいつら……」

「トレギアがいるんだろ! だったら、ここでお前が止まるわけにはいかねえ!」

 

 ゴルザの頭部より、黄色の光線が発射される。

 龍騎はドラグセイバーで光線を受け流し、再び斬りかかる。

 

「ハルト! いいからお前は行け!」

 

 そう言って、ウィザードの後ろから襲おうとしたメルバを蹴り飛ばしたのは、古の魔法使い、ビースト。

 

「そもそも、何でオレだけ今回の事件全然関わってねえんだよ! その荒魂ってのも、美炎ちゃんってのも、セイバーの存在も、さっき初めて聞いた! 後でしっかり紹介しろ!」

「コウスケ……」

「コヒメちゃんを助けたいのは、皆同じだよ! だから、私達だって戦う!」

 

 その声は、友奈。

 レイキュバスの冷気を避けながら、逆にその体へ突撃していく。

 

「勇者パンチ!」

 

 桃色の花を咲かせる拳。

 それは、レイキュバスの甲殻を殴り飛ばし、一気に岩壁に埋め込む。

 

「だから、行ってハルトさん! 可奈美ちゃんも美炎ちゃんも戦ってる! 今、ハルトさんが行かないと、きっとトレギアに負けちゃうよ!」

「友奈ちゃん……ありがとう……みんな!」

 

 ウィザードは礼を言いながら、倒れたマシンウィンガーを起こす。

 

「ソロ! 行くよ!」

「……フン」

 

 ブライは鼻を鳴らし、ウィザードに付いて移動する。

 だが。

 

「!」

 

 放たれる光線。

 バイクで避けながら、ウィザードはその正体が、前方に立ちはだかるガンQだと睨む。

 そのままガンQは連続で光弾を放ち、ウィザードはカーブを繰り返しながらもそれを避け続ける。

 

「っ!」

 

 マシンウィンガーの軌道よりも、ガンQの攻撃の方が素早い。ウィザーソードガンの銃撃で牽制するも、追いつかない。

 だが。

 

「ハルトさん、ソロ! 伏せて!」

 

 その言葉に従い、ウィザードは顔を下げる。

 すると、そのほんの頭上を掠める、響の蹴り。それは見事に、ウィザードを狙った光線を弾き飛ばした。

 

「我流・空槌脚!」

 

 伸びたジョッキで、一気にガンQを薙ぎ払う。進路上より消えたガンQ。突っ切ったウィザードは背後から来る響の声を聞いた。

 

「ランサー……! キサマ、なぜ助けた!」

「言ったでしょ? わたしは、あなたとも手を繋ぎたいッ! 今は、ハルトさんッ! ソロッ! 美炎ちゃんのこと、お願いしますッ!」



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大荒魂

刀使ノ巫女 刻みし一閃の燈火のネタバレが含まれます
この注意書き、意味あるよね……?


「追いついた!」

 

 ようやく、それらしい場所に辿り着いた。

 ウィザードはマシンウィンガーのアクセルを止め、その隣ではブライが着地する。

 何よりも先にウィザードの視界を支配したのは、その灼熱の光景だった。溶岩の湖が空間一面に広がり、細い足場など、溶岩の気まぐれ一つで飲み込まれてしまいそうだった。

 ウィザードのマスク越しにも、その熱さが伝わって来る。

 そして。

 

「ヤマタノオロチ……!」

 

 呪いのこもった声で、隣のブライがそれを指し示す。

 神話の時代より蘇った、赤き怪物。巨大な胴体より、八つに分かれた首がそれぞれ独自に動き回る。その赤い眼差しと顔、背中に無数に生える棘が特徴で、蛇というよりは、龍といった印象が強かった。

 

「あれがヤマタノオロチ……! お前が言っていた、ムーの敵である大荒魂!」

 

 ウィザードが警戒を示すと同時に、ヤマタノオロチが吠える。天地を揺るがす咆哮。ウィザードはマシンウィンガーにしがみつきながら、その衝撃を受けた。

 

「こんな化け物……可奈美ちゃん! 美炎ちゃん! 煉獄さん!」

 

 ウィザードは先にこの場に来ていたはずの仲間たちの名前を呼ぶ。

 だが、ヤマタノオロチが支配するこの地下空間で、人間の姿が見えない。

 まさか、とウィザードの脳裏に最悪の結果が過ぎる。

 

「ハルトさん!」

 

 聞こえてきた可奈美の声。

 見れば、可奈美と美炎がヤマタノオロチ、そのうち二つの頭と戦っているところだった。だが、二人ともとても無事とは言えない。全身のあちらこちらが傷だらけで、目を凝らせば生傷さえも見えてくる。

 可奈美はヤマタノオロチの頭を足場にジャンプし、ウィザードの前に着地した。

 

「それに、ソロ! あなたもここに!?」

 

 ブライの姿を認めた可奈美が、警戒を示す。

 一方のブライは、可奈美に大して関心を見せずに、奥のヤマタノオロチを睨む。

 

「ムーが施した封印を、フェイカーが破ったのか」

「いいから、とにかくアイツを止めるよ!」

「うん!」

 

 ウィザードは可奈美とともに、ヤマタノオロチへ向かっていく。丁度ウィザードの隣に着地した美炎も合わせて三人で、同時にヤマタノオロチへ飛び掛かった。

 

『フレイム スラッシュストライク』

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

神居(かむい)!」

 

 三つの赤い斬撃。それは混じり合い、より大きな刃となった。

 だが、ヤマタノオロチもそれを黙って受けるはずがない。炎と風の光線が放たれ、三本の軌跡へ応戦していく。風に煽られた炎の威力は何倍にも跳ね上がり、三人の攻撃ごとウィザードたちを飲み込んでいった。

 

「いけない! 二人とも、俺の後ろに!」

「うん! 美炎ちゃん!」

「うわっ!」

 

 ウィザードの背後で、可奈美が美炎の腕を引き寄せている。

 その間に、ウィザードは防御札の魔法を切る。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 赤い炎の魔法陣が出現し、ウィザードはそれを前面に突き出す。同時に、炎の熱量が魔法陣を貫通して伝わって来た。

 

「ぐっ……!」

「ハルトさん!」

「大丈夫……!」

 

 右手で魔法陣を支えながら、ウィザードは左手でサファイアの指輪を掴み取る。

 

『ウォーター プリーズ』

 

 より大きな魔法陣が、ウィザードと防御魔法陣の色を変えていく。水となったウィザードは、さらに手にしたウィザーソードガンにサファイアの指輪を読み込ませる。

 

『ウォーター シューティングストライク』

 

 水の必殺技の一角。それが発動すると同時に、防御の魔法陣が解かれた。

 

「はああああああああああああああああああああっ!」

 

 だが、ウィザードたちを焼き尽くそうとする炎は、すぐさまウィザーソードガンより放たれた水流に押し流される。だが、それはほんの一瞬。風により助長された炎は、魔力を混ぜ込んだ水流を一気に蒸発させ、そのままウィザード、可奈美、美炎の体へ迫る。

 

「ダメかっ!」

「まだだよ!」

 

 今にも迫ろうとする、炎の波。

 だがその前に、美炎の背中が飛び込んできた。

 

「美炎ちゃん!」

「ここまで威力を下げてくれたならもう大丈夫! 行くよ清光……これがわたしたちの全力!」

 

 美炎は加州清光を、炎の波に突き立てる。

 すると、炎は渦を巻きながら、美炎の剣に吸収されていく。

 だが。

 

「……うっ!」

 

 着地したウィザードと可奈美は、呻き声を上げる美炎を見上げた。

 だんだん美炎に吸い込まれていく炎の量が増えれば増えるほど、美炎の目、髪、体の写シが赤くなっていく。

「ぐ……あっ……!」

「これは……!?」

「美炎ちゃん!?」

 

 やがて、全ての炎を吸収した美炎は、そのまま力なく着地した。可奈美は彼女の背中をさすりながら、恐る恐る尋ねる。

 

「美炎ちゃん、これは一体……?」

「えへへ……何か、出来ちゃった」

「出来ちゃったって……」

「へえ、これは驚いたな」

 

 突然降って来た、新たな者の声。それに、ウィザードと可奈美はぎょっとし、さらに背後のブライはマスクの下で表情を歪めた。

 

「トレギア……!」

 

 この事態のあらゆる元凶、トレギア。闇の仮面の奥より赤い眼差しが、地下空洞の入り口からウィザードたちを見つめていた。

 

「やあ」

「キサマッ!」

 

 気さくなに手を上げたトレギアへ、ブライが斬りかかる。ラプラスソードをよけ、その腕を受け止めたトレギアは、ぐいっと彼へ顔を近づけた。

 

「おいおい。少しは私にも喋らせてくれよ。それとも、セイバーのマスターがどうなっているか知りたくないかい?」

「奴がどうなろうが、オレが知ったことではない。それより、ムーを侮辱したキサマを、オレは許さん!」

「全く……参加者はみんな予想外のピースばかりだ。本当にどんなパズルになるか予想できないよ」

 

 トレギアは苛立たち気にブライを蹴る。さらに、怯んだ隙に手から発射された雷で、ブライを吹き飛ばした。

 

「ソロ!」

「トレギア、何か知ってるの!?」

 

 可奈美の問いに、トレギアはほほ笑んだ。

 

「へえ? 仲間のことなのに、敵である私に聞くんだ?」

「っ……!」

 

 トレギアの言葉に、可奈美は口を噤んだ。一方、彼女が背に回す美炎は、可奈美を見上げて静かに頷いた。

 だがトレギアは「まあいいよ」と続ける。

 

「教えてあげるよ。安桜美炎」

 

 トレギアの赤い眼が、美炎を……そして、その中の何かを捉えた。

 

「なぜ君があの炎をその体に吸収できたのか」

 

 可奈美の千鳥を握る手が強くなる。

 

「なぜ目や髪が赤く染まるのか」

 

 起き上がったブライが、静かに耳を傾けている。

 

「そもそもなぜ、あの荒魂の少女が、君に懐いたのかァ!」

「……まさか」

 

 ただ一人。

 ウィザードだけが、その答えを察した。

 

「その答えはただ一つ」

 

 人間からすれば、表情が変わらないウルトラマンの顔。

 だが、今回だけは、それは笑っているように見えた。

 

「安桜美炎ォ! 君の、その体が……」

「や、やめろ! それ以上言うな!」

 

 ウィザードが叫ぶが、もう間に合わない。

 

ヤマタノオロチ()と同等以上の、大荒魂だからだ!」

 

 その時。

 それを肯定するように、ヤマタノオロチが吠える。

 ウィザードは足を止め、美炎へ目を向ける。

 可奈美もブライも、驚いた表情で美炎を振り返った。

 

「わたしが……荒魂……?」

 

 トレギアの言葉に、美炎は震えだす。やがて首を振りながら、少しずつ後退し始めた。

 

「嘘だ……! わたしを騙そうとして……うっ……!」

 

 トレギアの言葉を否定しようとした美炎。

 だが、それを言い切る前に、彼女の体内より炎が沸き上がった。赤い炎が彼女の体を焼き尽くすように燃え広がっていく。

 

「あっ……! があっ……!」

「「美炎ちゃん!」」

 

 美炎を助けようと、ウィザードと可奈美が駆け寄る。だが、そんな二人を、トレギアの黒い雷が弾き飛ばした。

 

「どうやら同類の大荒魂であるヤマタノオロチの接触が、体内の大荒魂を刺激したようだ」

 

 妨害を終えたトレギアが、ゆっくりと美炎へ近づく。屈む彼女の肩を掴み。

 

「さあ、見せてごらん。君の中の、化け物を」

 

 その腕より、赤い雷が発光した。

 それは、容赦なく美炎の体を駆け巡り。

 

「があああああああああああああああああああああっ!」

 

 美炎は断末魔に近い叫び声を上げ。

 トレギアの姿ごと、爆発に飲まれていった。

 

「美炎……ちゃん? 美炎ちゃん!」

 

 起き上がった可奈美が叫ぶ。

 だが、すでに美炎の姿は爆炎の中に見えなくなっていった。

 

「そんな……」

 

 力なく膝をつく可奈美。ウィザードは顔を俯かせるが。

 

「……美炎ちゃん?」

 

 可奈美のその声に、一縷の望みを見出す。見てみれば、美炎のシルエットが、どんどん近づいてきているところだった。

 だが。

 

「待って可奈美ちゃん! 何か、おかしい」

 

 煙の中をじりじりと焼き尽くす音。

 いや。

 

「あれは……美炎ちゃんなの?」

 

 そのシルエットが、あきらかに美炎とは違う。

 だんだんと体の輪郭が変わっていくそれ。やがて煙の中から現れたのは。

 

「……っ!?」

 

 顔は、美炎。間違いない。

 だが、その姿は……。

 さっきまで、可奈美と同じ美濃関学院の制服ではなく、白い和服を着崩した姿。その四肢は漆黒に染まり、その爪は獣のように伸びている。赤く染まった髪には、赤い無数の目が輝いている。そして、その額には漆黒の装飾と、鬼のような角が生えていた。

 

「違う……あれは、美炎ちゃんじゃない!」

 

 そういうが速いが、ウィザードは可奈美の襟を掴み、飛びのく。

 同時に、美炎の紅蓮の刃が、可奈美がいた場所を切り裂き、崩壊させた。

 

「美炎ちゃん!?」

 

 驚く可奈美。

 そして、現れた美炎だったもの(・・・・・)

 

「あれ? 避けちゃった?」

 

 その声色は、ほとんど日常で使われるものだった。

 だが、それを発する美炎の顔は普通ではない。獲物を見定める肉食獣のように、ギラギラとした眼差しでウィザードと可奈美を見つめている。

 

「もう、避けないでよ。可奈美、ハルトさん。それじゃあ……斬れないじゃん」

「美炎ちゃん?」

「トレギア……何をした!?」

 

 その答えは分かっている。だが、それでも否定したかった。

 ウィザードはその心を抑えながら、トレギアへ怒鳴る。

 トレギアはケラケラと笑い出す。

 

「仲間だの絆だの、こうすれば簡単に壊れる。なあ?」

「質問に答えろ!」

 

 ウィザードはソードガンを発砲する。

 だが、トレギアは銃弾を全てあっさりと回避した。

 

「君も何となく気付いているんじゃないのかい? ハルト君」

 

 トレギアはウィザードに背を向け、背中を曲げる。ウィザードを見上げるほどに背中を曲げ、顎を上に向ける形となった。

 

「彼女はね。体の中に、荒魂を飼っているんだよ。驚いたね」

「荒魂……!? 美炎ちゃんの体に!?」

「今言っただろう。ヤマタノオロチの存在に刺激されたようだと。だから私は、ちょっとね」

 

 トレギアがクスクスと笑む。

 

「蓋を少しだけ揺らしたんだよ。その結果が……」

「これだと?」

 

 その言葉の先を引き取ったのは、ブライだった。

 

「自分では戦わず、全て敵の力に頼るのか?」

 

 ブライは静かにトレギアを睨む。

 

「おや? どうしたんだいムー人君? 彼女もまた、君の敵だろう? 敵同士で同士討ちをさせているんだ。高みの見物でもしていればいいじゃないか」

「ふざけるな。オレは、絆や仲間といったものを全て否定する。だからそのためには、その絆を持つもの全てを、自らの手で倒す。それでこそ価値がある」

「暑苦しいねえ。君はもう少しクールな奴だと思っていたよ」

 

 ブライはトレギアの言葉を無視し、静かにヤマタノオロチに視線を動かす。

 彼にとっては宿敵であるヤマタノオロチも、今のブライのマスクの下には、哀れみさえもあるように思えた。

 

「ヤマタノオロチも、キサマは利用した後、どうするつもりだ? 喰らって力にするつもりか? まるで寄生虫だな」

「寄生虫か……まあ、いいんじゃないか?」

 

 トレギアは肩を震わせた。

 

「私はもとより、正々堂々と戦うなんて性に合わない。ヤマタノオロチも、私の体に入れてもいいんじゃないかと思うよ。まあ、別に目的もないけどねえ」

「……」

「そうすれば、私は寄生虫ながら、この星一つを滅ぼしたことになるわけだ。これまでもいくつの星々を滅ぼしてきたが……寄生虫の所業となれば、それはすごいじゃないか」

「開き直ったか」

 

 ブライは身構えた。隣のラプラスもまた、直接トレギアへその刃を向く。

 

「オレの体に流れる血が許さないんだよ……お前のような寄生虫を野放しにすることをな!」

「ねえ、もういい?」

 

 痺れを切らした美炎が、ゆっくりと歩いてくる。彼女が一歩一歩歩み続けるごとに、その足元に炎の足跡が残る。

 

「そろそろ斬らせてよ。誰でもいいよ? 可奈美? ハルトさん? ソロ? それとも、トレギア?」

「嘘でしょ……」

 

 ウィザードは、力なくウィザーソードガンを構える。結果的にブライたちと背中合わせになるが、彼はウィザードの存在など気にすることはない。

 暴走した美炎。そして、地上に出すことが許されないヤマタノオロチ。トレギアの存在もある。

 二体の大荒魂と最悪の参加者に対して、疲弊した魔法使い一人と負傷した刀使一人、そして協力は見込めないムーの戦士一人。

 

「どうしろっての……?」

 

 その状況に、ウィザードはサファイアのマスクの下で笑うことしかできなかった。



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暴走

 ヤマタノオロチの咆哮とともに、八つの口からそれぞれの攻撃が発射される。

 赤黒青黄紫緑茶白。

 それぞれの奔流が、マグマが溜まった岩場をどんどん破壊していく。

 

「可奈美ちゃん! こっちに!」

 

 ウィザードは急いでマシンウィンガーに跨り、可奈美に手を伸ばす。

 だが可奈美は、漆黒に染まった美炎を見て、

 

「ごめんハルトさん! 私、美炎ちゃんを止めなきゃ!」

「分かるけど……」

 

 可奈美はヤマタノオロチと美炎を見比べる。太古の怪物は、ウィザードがやってきた地上へ通じる道を目指しており、このまま夜の見滝原に出てしまえば、大惨事は免れない。

 かといって、漆黒の甲冑を纏う美炎を放置することもできない。

 ましてや今は、ブライが足止めをしているとはいえトレギアもいる。

 

「まずは、ヤマタノオロチから……!」

「行くよ可奈美!」

「美炎ちゃん!」

 

 ウィザードの提案も聞かず、可奈美と美炎の立ち合いが展開されていく。それぞれは目にも止まらぬ剣技を披露しあい、やがてヤマタノオロチの光線の合間で剣の交差を繰り広げていく。

 

「ちょっとちょっと……」

 

 落石に注意してマシンウィンガーのアクセルを踏みながら、ウィザードはヤマタノオロチを見上げる。

 後ろではブライとトレギアが蒼と紫の攻撃を打ち合っており、余計に被害を酷くしている。

 

「これ、俺一人でヤマタノオロチを止めろと……? 取り込まれているコヒメちゃんを助けた上で?」

 

 ウィザードはコピーの指輪でもう一本のウィザーソードガンを出現させる。二本のソードガンを左手に持ちながら、右手だけで運転を開始する。

 

「俺だけ負担、大きいってことないよね?」

 

 ウィザードはそう言って、ヤマタノオロチへただ一人立ち向かっていった。

 

 

 

「迅位斬!」

 

 可奈美のその速度は、刀使の中でも他の追随を許さない。その中で放たれる斬撃が、美炎を狙う。

 無論、美炎もまた、可奈美に匹敵する速度を誇る。同じく漆黒の動きが可奈美の迅位斬と互角に火花を散らす。

 

「これが、本当に美炎ちゃんの剣!?」

「そうだよ! これが、わたしの本当の剣だよ!」

 

 美炎の炎が、紅蓮より黒く染まっていく。彼女の髪から生える荒魂の目が、ギョロギョロと可奈美を捉える。

 その姿は。

 かつて可奈美が戦った大荒魂、タギツヒメ。現代最強の刀使に乗り移った戦闘形態を思い出させた。

 

「こんなの……っ! 剣から何も伝わってこない!」

「伝わってこない? 何のこと?」

 

 漆黒の甲冑を纏う美炎は首を傾げた。

 

「わたしは、斬りたいから斬るんだよ? 人間なんて、皆わたしたちにとって危ないからね」

「……っ!」

 

 可奈美は、千鳥を振るう。

 銃弾にも匹敵する速度の斬撃。それは、美炎に見切れるかは分からない。

 だが。

 

「無駄だよ可奈美」

 

 美炎、その髪から生えている眼がその全てを打ち落とす。可奈美にアイアンクローをした上で、美炎は加州清光を虚空へ振るった。

 

「ブライナックル!」

 

 その時、紫の拳の流星群が地下に降り注ぐ。

 紫の拳は加州清光によって切り払われるが、その拍子に可奈美は解放され、尻餅を着く。

 

「何? 邪魔だなあ……」

 

 口を尖らせる美炎。

 だが、空中でトレギアと戦うブライに美炎の苦言は通らない。トレギアの上を取ったブライが、ラプラスソードを振り回し、トレギア、そしてその斜線上の可奈美たちまで切り裂く。

 

「邪魔だって、言ってんの!」

 

 美炎は加州清光を振る。すると、その剣先の軌道が炎の斬撃となり、ブライへ飛ぶ。

 一方ブライも、即座に美炎の攻撃へ対応。ラプラスソードの紫の波動が、炎と相殺された。

 

「おやおや? お構いなしだね」

 

 ブライの攻撃を避けながら、トレギアは可奈美たちを見下ろした。

 

「中々に危険な味方じゃないか。なあ?」

 

 さらに、この場にはヤマタノオロチもいる。ウィザードがマシンウィンガーの上から銃撃を繰り返しているが、それでも数本の首はウィザードではなく、こちらに攻撃を放ってくる。

 

「危ない荒魂だなあ」

 

 美炎はそう言いながら、ヤマタノオロチの炎を叩き切る。可奈美もまた、水流を切り裂きながらトレギアを見上げる。

 

「もうちょっと私の想い通りに動いてもいいんじゃないか? まあ、勝手に暴れてもらってもいいんだけどね」

「あなたがやったんでしょ! うっ!」

 

 さらに、千鳥を構えなおす可奈美へ、土砂と雷鳴が降り注ぐ。可奈美は慌てて回避し、ヤマタノオロチの頭上へ飛び上がる。

 

「可奈美ちゃん!」

 

 二丁のウィザーソードガンで応戦しているウィザードを見下ろしながら、可奈美は体を回転させた。

 

太阿(たいあ)……」

神居(かむい)!」

 

 突然の美炎の声に、可奈美は慌てて防御態勢を取る。すると、炎を持つ斬撃に、可奈美は押されていった。

 だが可奈美は、美炎の剣を受け止めながら目を見張る。

 

「美炎ちゃん、写シは!?」

「いらないよ?」

 

 美炎は、炎のような勢いで可奈美へ攻め立てる。その動きは、可奈美が知る如何なる剣術とも異なるもの。見知らぬ剣術は、可奈美にとっては望むところだが、今回に限れば笑顔になれない。

 

「そんなものなくても、本気で斬り合えるじゃん! ほら、可奈美も!」

「っ!」

 

 着地と同時に上から振り下ろされる斬撃を、千鳥で地面に受け流す。

 細い岩場にめり込んだ加州清光は、轟音とともにマグマを弾き飛ばした。

 

「熱っ!」

 

 降りかかるマグマに、可奈美の動きが鈍る。写シがなければ危なかったと感じながら、可奈美はさらに後ずさる。

 

「まだまだ行くよ!」

 

 美炎の剣の動きに合わせて、マグマが唸り声を上げる。あたかもマグマそのものが可奈美の命を飲み込もうと動いているように思えた。

 もはや、千鳥が受け止めているのは剣ではない。美炎の体内より霧散していくノロがマグマと混じり合い、蛇のように可奈美を襲う。

 

「この動き……剣から、凄い禍々しさを感じる……!」

「禍々しさ?」

 

 目を大きく見開いたままの美炎が、さらに動きに激しさを増していく。黒い兜の下ながら、その勢いは止まることをしらない。

 可奈美は加州清光を受け止め、そのまま足元へ流し落とす。そのまま加州清光を蹴り上げ。

 

「太阿之剣!」

 

 悪あがきに近い、可奈美の主力技。左足を大きく引き伸ばし、赤い写シが刀身に至り、そのまま伸びていく。

 今なら、まだ加州清光を防御に回すことはできないはず。

 だが。

 

火之炫毘古(ひのかがびこのかみ)!」

 

 それは、暴走した美炎の技。

 同時に、兜の下で彼女の目が紅蓮に燃え上がる。左手で可奈美の腕からガードしたと同時に放たれる、一つ一つが彼女の主力技である神居を上回る威力のそれ。

 可奈美の太阿之剣、その長大な刀身を事細かに切り刻み、さらに可奈美の体にまでその刃が及ぶ。

 

「ぐっ!」

 

 最後に加州清光を可奈美の頭上に突き立てる。その高威力の斬撃は、可奈美の体から写シを剥がし、マグマへ投げ捨てた。

 

「っ……!」

 

 生身のままマグマに落ちれば命はない。マグマの海に接触する寸前で、可奈美はもう一度写シを張る。

 可奈美の体が地球の血液の中に沈むと、焦げるような熱さが全身を突き刺していく。

 

「ぐあああああああっ! 写シを剥がしたら、間違いなく死ぬ……! っ!?」

 

 だが、精神を摩耗し続ける可奈美が自らの状況以上に驚くことがあった。

 迷いなく溶岩の中に潜ってきた美炎。変わらず写シもなく、荒魂と化した体で溶岩の中を滑っていく。

 

「今度は水中戦……いや、溶岩戦だね!」

 

 縦横無尽に動く美炎。その動きは、あたかも溶岩の中を泳ぎ慣れているかのように、どんどん可奈美を追い詰めていく。

 

「っ!」

 

 下から切り上げてくる美炎。可奈美の防御さえも貫通し、可奈美はマグマの中から放り出された。

 

「がはっ!」

 

 空気に触れると同時に、その写シが剥がれる。全身を襲う熱さも相まって、口から息を全て吐きつくした可奈美。だが、そんな可奈美の腹を、美炎が踏みつけた。

 

「ぐっ!」

「あれ? どうしたの可奈美」

 

 美炎の加州清光が、可奈美の首元へ突き付けられる。欠けた切っ先が、今にも可奈美の首を掻っ切ろうとしている。

 

「美炎ちゃん……こんなの……っ!」

 

 可奈美は体に走る痛みを堪えながら、言い張る。

 

「こんなの、美炎ちゃんじゃないよ! いつもの美炎ちゃんの方が、ずっと強いよ!」

「変なこと言わないでよ、可奈美?」

 

 振り上げられた加州清光。

 

「今のわたしのほうが、ずっと強いよ!」

 

 漆黒に染まる加州清光。それが可奈美の命を奪おうと振り下ろされた瞬間。

 その黒い炎を、深紅の炎が突き飛ばした。

 

「っ!?」

 

 その突然の乱入に、可奈美のみならず美炎も驚く。美炎の漆黒の甲冑ごと弾き飛ばしたのは。

 

「ふむ。足止めされている間にこのような事態になっているとは」

 

 灼熱のマグマが支配する世界。それをさらに熱く感じさせる炎の模様。白い布地に描かれたそれは、地下熱による気流でふわりと浮かび上がり、その下に着用されている時代錯誤の学ランが可奈美の目に映った。

 

「よもやよもやだ」

 

 可奈美の前に立つその人物。金髪と、その毛先が深紅の。

 

「柱として不甲斐なし」

「……邪魔しないでよ?」

 

 美炎は、()へ加州清光を向ける。

 だが、それに対し、彼はすでにその剣を構えていた。

 

「穴が合ったら、入りたい!」

 

 そして。

 振るったその剣から放たれた炎は、美炎、トレギア、そしてヤマタノオロチを吹き飛ばす。

 

「痛いなあ……煉獄さん」

「……フン」

「煉獄さん!」

「セイバー……!?」

 

 その姿に、美炎は怪訝、トレギアは驚きを。ブライは無関心を。そして可奈美とウィザードは、喜びを示した。

 セイバーのサーヴァント、煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)

 日輪刀を振り抜いた彼は、ヤマタノオロチと美炎、そしてトレギアを見定めた。



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超合体怪獣

コヒメ「どこ……? ここ?」
コヒメ「ヤマタノオロチの中? 赤くて、ドロドロしてる……?」
コヒメ「体のノロが、少しずつオロチに奪われてる……」
コヒメ「? 誰?」
???「貴様……」
コヒメ「鎧の……人間?」
ツクヨミ「我が名はツクヨミ。貴様は、我が贄となった荒魂か」
コヒメ「……! 貴方は、何で暴れるの?」
ツクヨミ「理由などない……荒魂と、人間が関わる理由などない。古来のムーも、そして今も」
コヒメ「どうしてそう思うの? もしかして、怖いの?」
ツクヨミ「ふざけるな! ムーの奴らも、今の奴らも、我をただの荒魂しか見ていない! もとより、姉からも見放された身……! この乾きを、どう満たしてくれるというのだ……!」
コヒメ「わかるよ。それに、人間はわたしたちを殺せる相手。怖いよね……」
コヒメ「でもね、みんなむやみに斬ろうとしないよ?」
コヒメ「わたしみたいに、荒魂と人間は友達になれる! そうすれば、ツクヨミの乾きだってきっと満たせるよ!」
コヒメ「だから、暴れるのもやめよう! ツクヨミがやめれば、皆ツクヨミに剣を向けない!」
ツクヨミ「無理だ。我は……」
コヒメ「無理じゃない! 一度、ちゃんとお話ししよう?」
ツクヨミ「黙れ! 貴様はもう荒魂とは認めぬ! 我が一部になれ……!」
コヒメ「うっ……! 取り込まれる……! わたしじゃ、ダメ……!? みほのっ……!」


「行ったか……」

「うん。行ったよ」

 

 龍騎の言葉に、響は相槌を打った。

 

「おいおい、響も! 真司も! 何分かりあった顔してんだよ!?」

 

 そんな彼らへ、超ゴッヴを切り払ったビーストが入ってくる。

 

「この中で、今回の事件の概要を全く掴めてねえのオレだけか?」

「俺も良く分かってないけど。人を助けるためだったら、何だってするだけだぜ」

 

 龍騎の手に収まる、赤と銀の青龍刀。

 そして、ビースト、響、友奈がそれぞれ構えると同時に、怪獣たちもまた戦いを開始した。

 

 先陣を切る、ゴルザとメルバ。

 二体の怪獣は互いに接近。やがて一つに重なり合い、超古代闇怪獣ゴルバーとなる。

 ゴルザの体、その頭部、背中部はメルバのものとなっているそれは、それぞれの剛腕と機動能力を一つにした姿であった。

 

「友奈ちゃん!」

「うん!」

 

 翼を使い、飛翔し接近してくるゴルバーへ、響と友奈はそれぞれの拳を突き放す。

 

「うおおおおおおおおおッ!」

「勇者は……根性おおおっ!」

 

 二人のサーヴァントは、それぞれの拳に力を込める。

 運動により強化された剛腕のゴルバーとせめぎ合い、やがてゴルバーが優勢になっていく。

 ゴルバーはそのまま二人を振り払い、その口からゴルザとメルバの特性、すなわち超音波と火球を放った。

 

「友奈ちゃん!」

「なせば大抵何とかなる!」

「合点!」

 

 響と友奈はともに相槌を打ち、バク転。地面を焼き払う攻撃を避けながら後退していく。

 だが、そんな二人へ接近戦を挑んでくる超ゴッヴ。

 甲高い唸り声を上げながら、その鎌状の腕で友奈を狙う。

 

「危ない!」

 

 だが、それをドラグセイバーが受け止める。

 

「お前の相手は、俺がしてやんぜ!」

 

 龍騎はそのままドラグセイバーを駆使して、超ゴッヴに斬撃のダメージを入れていく。

 

「真司さん! 肩を借りますッ!」

「おう! 行け、響ちゃん!」

 

 その許可とともに、響の足が龍騎の肩を蹴る。

 超ゴッヴの頭上より、響の体が躍り上がる。

 

『我流・撃槍烈波!』

 

 響の拳と、龍騎のドラグセイバーが、同時に超ゴッヴへ振り下ろされる。

 超ゴッヴの刃状の腕を破壊し、そのまま宇宙戦闘獣をゴルバーの前へと蹴り飛ばした。

 

『ストライクベント』

「はあああ……」

 

 さらに、龍騎はドラグクローを構える。

 ドラグレッダーがその周囲を旋回し、ドラグクローの動きと合わせて、その口から炎を放った。

 

「だああああああああ!」

 

 ドラグレッダーと、ドラグクローの口より放たれた火炎放射。それが混じり合い、昇竜突破(ドラグクローファイア)となってゴルバーと超ゴッヴを飲み込む。

 爆発により、見えなくなる二体。

 

「よっしゃ! やったぜ!」

「いや、まだだよ!」

 

 ガンQと組み合う友奈が叫ぶ。

 それが正しいと言わんばかりに、爆炎の中から唸り声が聞こえてきた。

 ゴルバーと超ゴッヴ。その二体は、爆炎の中でまた混じり合い、三体の融合態、トライキングとなっていた。

 ゴルザを中心に、頭部と背中にはメルバを、その胸元と足元には超ゴッヴのパーツが付けられる怪物。その頭部、および頭頂部と腰に付いた頭より怪光線が放たれる。

 

『3 ドルフィン セイバーストライク』

 

 だが、それは全て三体のイルカの幻影が盾となる。

 それは、レイキュバスの二体と戦っているビーストが放ったものだった。

 

「大丈夫か!?」

「サンキュー。助かった!」

「皆まで言うな!」

 

 ビーストはさらにダイスサーベルでレイキュバスを斬り伏せ、その場を飛び退く。

 

「響!」

「はい!」

 

 ビーストの声に、響が応じる。

 さらにビーストは、もう一度ダイスサーベルに内蔵されるスロットを回す。

 入れ替えた指輪を差し込み、止めた数字は。

 

『3 カメレオン セイバーストライク』

「我流・星流撃槍!」

 

 三体の小型カメレオンと、響の蹴り。

 それは、レイキュバスとガンQの体に的確にダメージを積み重ねていく。

 さらに追撃と言わんばかりに流星となった響の蹴りが飛んで行く。だが、それよりも先に来るのは、レイキュバスの炎、氷。そしてガンQの光弾。

 しかし。

 

「皆は! わたしがっ! 守る!」

 

 その前に割り込む、友奈。

 無数の花びらとともに放った拳が、二体の攻撃を打ち消す。

 

「イグナイトモジュール 抜剣!」

 

 さらに、その友奈の背後から黒いシンフォギアへと響が変身していく。

 

「我流・鳳凰双燕衝!」

 

 響の拳から発射された無数の流星群。それは、レイキュバスとガンQに命中。

 さらに、続く跳び蹴りが、二体を大きく吹き飛ばした。

 トライキングの前に転げていくレイキュバスとガンQ。

 

「コウスケさん!」

「皆まで言うな!」

 

 響の合図に、すでにビーストは動いている。

 バッファローマントをたなびかせながら、その指輪を手に持ったダイスサーベルのスロットに差し込んだ。

 

『5 バッファ セイバーストライク』

 

 ダイスサーベルに内蔵されたサイコロが指し示した目は五。

 ビーストがダイスサーベルを振ると、それに応じた数の猛牛の幻影が現れた。

 五体の牛たちは、トライキング、レイキュバス、そしてガンQへ猛烈突進していく。

 だが、怪獣たちも黙ってはいない。

 トライキングの盾になるように立ちはだかるレイキュバスとガンQ。彼らの背中に手を当てるトライキングは、その目を大きく発光させた。

 すでに、五体の猛牛たちは止まらない。

 やがて、三体の怪獣の姿は、牛たちの爆発により見えなくなった。

 

「やったか!?」

「それ言っちゃだめな奴ッ!」

 

 ビーストは、言った直後しまったと自らの口を覆う。

 そして、煙の中からは。

 

「ああ……やっぱり、五体全員合体するんだ」

「何となく察してたよね」

 

 レイキュバスとガンQの顔を腕から生やしたトライキング。

 それは、すでにその名前さえもさらに上の存在へと昇華させている。

 三体から五体。

 その名も、超合体怪獣ファイブキング。

 ファイブキングは、五体の怪獣の泣き声を同時に鳴らしながら、その翼を広げる。

 五体の顔それぞれより放たれた、それぞれの光線技。

 それは、四人の参加者に大きく爆発を見舞い、地面に転がさせる。

 

「強え……」

 

 龍騎はそう言いながら、カードデッキよりカードを取り出す。

 その間にも、ファイブキングの猛攻は止まらない。

 レイキュバスの牙が突き出た腕が、龍騎を狙って放たれる。

 

『アドベント』

「これで五体五だ!」

 

 龍騎のカードにより召喚されたのは、赤い龍。

 ドラグレッダーはそのまま、ファイブキングの体を突き飛ばし、その身を地面にひれ伏せさせる。

 

「今だ! 皆!」

「ああ!」

「はい!」

「うん!」

 

 龍騎の合図に、三人が応える。

 

『ファイナルベント』

 

 龍騎が切り札を切る。

 両手を前に突き出し、その周囲を回転するドラグレッダーへ捧げる龍の舞。

 腰を低くし、それに呼応してドラグレッダーもまた応じる。

 だが、それ以上に、ファイブキングの攻撃が激しい。

 またしても、両腕、頭、腰。五体の素材たる怪獣たちの顔から、それぞれの光線が放たれていく。

 だが。

 

『6 ファルコ セイバーストライク』

 

 ビーストの振るダイスサーベルより、六体のハヤブサが放たれる。

 それらは、ファイブキングの光線をその身で受け止め、また数体はその足元を攻撃していく。すると、ファイブキングは攻撃を中断し、体をくの字に曲げた。

 最後の一体。鳥の嘶きとともに向かうそれは、ファイブキングが突き出したガンQの体を爆発させる。

 

「今だ!」

 

 友奈は息巻いて、拳を引く。

 

「勇者アッパー!」

 

 桃色の拳で、ファイブキング、そのゴルザの面影がある顔面を殴り上げる。

 友奈の全力を宿した拳は、そのままファイブキングを大きく吹き飛ばす。

 宙へ浮かび上がったファイブキング。だが、まだ五体が合体した怪獣にはメルバ由来の飛行能力が残っている。

 だが。

 

「だあああああああああああッ!」

 

 そのさらに上を、ガングニールに戻った響が取る。

 

「我流・翔空降破!」

 

 頭上からの急速落下と、それに合わせた拳。それは、ファイブキングの翼に穴を穿ち、さらにレイキュバスの牙をへし折った。

 すぐさまファイブキングの口から放たれた高周波攻撃が響を地面に打ち落とす。

 だが、すでに響は、自らの役割は果たしたとばかりにほほ笑んでいた。

 すでにファイブキングの目の前では、龍騎が蹴りの体勢に入っていた。その背後にはドラグレッダーが、その大きな口より炎を放つ。それは龍騎の体を包み、その体を赤い、全てを撃ち抜く弾丸とする。

 

「だあああああああああああっ!」

 

 龍騎の雄たけびそれは、超ゴッヴの部位を中心に、ファイブキングの体全身を焼き尽くす。

 なまじ頑丈なだけあり、ファイブキングの体を貫通することなく、そのまま地面に押し落とす。

 地面に大きなクレーターを刻み、ファイブキングは止まる。

 

「はあ、はあ……」

 

 肩で呼吸しながら、龍騎はファイブキングの胸に押し当てた足を退ける。

 やがて静かに、龍騎はファイブキングへ背を向けた。

 龍騎の体が鏡のように割れ、真司の姿に戻るとともに、ファイブキングが立ち上がる。

 唸り声とともに、生身の真司へ襲い掛かろうとする。

 だが。

 すでに目から光が消えたファイブキングが、これ以上動ける道理などない。

 崩れ落ちるファイブキングは、真司の目の前で爆発。

 その存在を、完全にこの世界から消失させた。

 

「うわっ!」

「真司さん!」

 

 その爆炎により生身ながら吹き飛ばされる真司。

 だが、そんな彼を生身に戻った友奈が抑えた。

 

「大丈夫!?」

「ああ。ありがとう」

 

 真司は礼を言うと同じく、真司はウィザードたちが去っていった方向を見つめる。

 

「後は頼んだぜ。ハルト」




最近遅れてますけど、これからもっと遅れるかもしれません。
理由? シンオウ地方の冒険です(おい


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煉獄

「セイバー!? なぜここに!?」

 

 トレギアの仮面越しに、彼の驚き様が見て取れる。

 可奈美の前に立つ煉獄は、ポキポキと肩を鳴らす。

 

「うむ! 普通に、樹の根らしきところから来た!」

「違う! どうやってブルトンから脱出できたと言っている!」

 

 ブルトン。

 可奈美と美炎が突入した後、トレギアが召喚した敵だろうか。

 だがトレギアは、堂々と言い放った。

 

「呼吸を上手く使えればあらゆる状況に適応できる! あのような摩訶不思議なものでも、例外ではない!」

「何をデタラメな……!」

 

 トレギアが首を掻きむしる。

 

「地球人ごときが、ブルトンの異空間から逃げられるはずがない!」

「だが! 実際に俺は脱出したのだ!」

 

 煉獄は堂々と言い切った。

 すると、トレギアは呪った声を上げた。

 

「全く、君は本当に私のパズルを滅茶苦茶にしてくれる……! そこまでの私の動きから外れるのは許されないんだよ……!」

「それはどの話かな? 今か? それとも仲間にならないと言ったことかな?」

「両方だ……! やれ!」

「何? 斬っていいの?」

 

 目に光のない美炎が、煉獄へ加州清光を振るう。それを受け止めると、より高い音が地下に響く。

 

「煉獄さん!」

「案ずるな! それより君は、あの奇怪な蛇の相手をしてくれ!」

 

 煉獄が美炎の剣を受け止めながら指示した。

 

「で、でも美炎ちゃんが!」

「安心しろ! 安桜少女は、俺が食い止めて見せる!」

 

 煉獄は美炎の剣を受けながら、可奈美に指示した。

 可奈美は頷いて、ヤマタノオロチへ向かっていく。だが。

 

火之炫毘古(ひのかがびこのかみ)!」

 

 美炎のその言葉に、可奈美の足は止まった。

 振り返れば、美炎の猛烈な技を放っていた。

 それは、煉獄の剣さえも上回り、大きな爆発を引き起こした。そのまま地面を転がる煉獄は、即座に起き上がる。

 

「なるほど! これは凄い!」

「煉獄さん大丈夫?」

「問題ない! が、思ったよりも安桜少女の洗脳が強い!」

「洗脳じゃないさ」

 

 トレギアが補足する。

 

「私は、彼女の体内にあるものを刺激しただけだ。この狂暴性は、安桜美炎本来のものだよ」

「これが、美炎ちゃんだって言いたいの!?」

「ああ?」

 

 トレギアは首を傾げる。

 

「そうだよ。だから言ってるじゃないか。私はただ、彼女の体内の怪物を刺激しただけだ。もともと善性の怪物だったら、そもそも彼女が暴走したりはしないよ」

 

 トレギアは、まだ攻撃を続けるブライのラプラスソードを避けながら言った。やがて彼はブライの腕を抑え、首を締め上げる。

 

「ぐっ……!」

「今話しているんだ。少し落ち着いてくれないかなあ?」

 

 トレギアはブライの背中を蹴り飛ばし、両手を顔のすぐ傍へ構える。

 

「キサマ……っ!」

 

 ブライは振り返りざま、紫の拳を放とうとする。だが、すでにトレラアルティガイザーの準備を終えたトレギアの方が、攻撃が速かった。

 

「さよなら」

 

 紫の雷はそのままブライを壁まで突き飛ばし、爆発させる。やがて彼の姿は、埋もれた瓦礫の中からはみ出るラプラスソードと腕だけになってしまった。

 

「ソロ……」

「こっちを見てよ! 可奈美!」

 

 気を取られた可奈美へ、美炎の炎が飛ばされる。可奈美は慌ててジャンプして、その炎を避けた。

 

「美炎ちゃん……!」

 

 美炎は煉獄と距離を取りながら、可奈美を睨んでいる。彼女を無視してヤマタノオロチと戦うのは無理だろうと感じた。

 

「ふむ……松菜青年!」

 

 可奈美の様子を見た煉獄は、一人でヤマタノオロチと戦うウィザードへ呼びかける。

 ウィザードはいつの間にか水から風になり、ヤマタノオロチの頭上で風の銃弾を打ち鳴らしている。

 

「何!?」

「すまないが、しばらくヤマタノオロチの相手を頼みたい! どうやら安桜少女を元に戻すには、少し骨が折れそうだ!」

「いいけど、なるべく早くこっちも手伝って! 一対八って結構キツイ!」

『エクステンド プリーズ』

 

 叫んだウィザードが、その両手を伸縮させる。緑の回転とともに、接近してきたヤマタノオロチの顔を切り離している。

 だが、ウィザードのことを見てもいられない。

 瞬時に可奈美との距離を詰めた美炎へ、可奈美は慌てて応戦した。

 だが、さらにトレギアが美炎へ加勢してくる。長い爪を活かした攻撃で、剣が主役の戦場でも遠慮なく混じっていく。

 

「太阿之剣!」

「不知火!」

 

 可奈美と煉獄の刃が、同時に円状に切り払う。互いを中心に描いた円は、トレギア、美炎を切り払う。

 だが、即座に美炎の攻撃は再開される。それに対し、煉獄の剣が、その炎を飛ばすことで、だんだんと相打ちに持ち込んでいった。

 だが、その中で特に厄介なのがトレギア。彼のもつ遠距離攻撃が、可奈美と煉獄の足を妨害していく。

 

「トレギア……! 煉獄さん! 美炎ちゃんをお願い!」

 

 可奈美はそう言うが速いが、煉獄の了承を待たずにトレギアへ刃先を向ける。

 一方、トレギアも挑んでくる可奈美に対して爪で応戦。

 

「おやおや? 随分と安桜美炎に遠慮がちじゃないか。刀使とは、荒魂を斬って祓うものだろう?」

「美炎ちゃんは友達だよ! だから、絶対に助ける!」

「なら、あの荒魂の少女は見捨てるわけだ。まあ、人間じゃないしね」

「人だとか人じゃないとか、そんなもの関係ない! 私は、守りたいものを全部守る! 人間でも荒魂でも!」

 

___それがきっと、姫和ちゃんにも繋がる___

 

「だああああああああ!」

「何っ!?」

 

 可奈美の叫び声。

 深紅の刃が、とうとうトレギアの体を捉えた。刃が閃き、その肉体が地面に撃ち落される。

 

「ちい……」

 

 舌打ちするトレギア。

 だが彼には、すでに煉獄が迫っていた。

 

「炎の呼吸 玖ノ型 奥義」

「セイバー……!」

 

 だが、それに対してトレギアの手には蒼い雷が宿った。

 トレラアルティガイザー。だがそれは、煉獄の頭を掠め、そのままマグマを暴発させた。

 

「何!?」

「煉獄!」

 

 発生した爆発のエネルギー。

 煉獄の頭上で龍の咆哮のごとく駆け上がっていくそれは、やがて煉獄の体内を駆け巡り、日輪刀を経由してトレギアの体内を焼き尽くす。

 

「ぐあっ……!? こ、これは……!?」

 

 だんだんと、トレギアの声に呻きが混じっていく。

 すると、トレギアの体より、だんだん黄色の玉が飛び出してきた。

 中心を貫く線から、それはあたかも目玉のようにも見える。

 そして、その目玉を中心に、顔が。そして青い体が浮き彫りになっていく。

 

「あれは……」

「グリムド……!」

 

 可奈美の言葉を、トレギアが引き継ぐ。

 それは、トレギアが体内に封じている怪物、グリムド。ガタノゾーアと戦う時の煉獄へ、トレギアが見せつけた自らの力の根源。

 グリムドが顔を上げて唸り声を上げている。それを見るトレギアが、明らかに動揺していた。

 

「貴様……まさか……!?」

「うむ! どうやら理解したようだな!」

 

 煉獄はハッキリと告げる。

 

「俺の炎の力を、君の体内のみに集中させ、爆発させた。君の中にいる物の怪も、どうやら内部の爆発からは逃れられないようだ」

「なぜ……」

「君が俺に教えてくれた。強固な防壁は、時に逃れられない牢獄となることを」

「何っ……!」

「俺の狙いは……! 君の体内にある、物の怪だ!」

「グリムド……っ!」

 

 煉獄の炎が、グリムドの体を焼き尽くしていく。

 やがて、グリムドの姿は炎に包まれ、やがて崩れ落ちていく。

 狭い足場から転げ落ちていく邪面魔獣は、爆発とともに溶岩の中に消えていった。

 

「がああああああああああああっ!」

 

 トレギアが悲鳴とともに吹き飛ぶ。岩石を破壊しながら倒れたトレギアの顔からは、蒼い仮面が零れ落ちていった。

 

「あれは……!」

 

 零れ落ちた仮面。すると、トレギアから闇色が欠け落ちていく。

 そして、残ったトレギアの姿。どす黒い蒼は、綺麗な水色になっている。グローブや突き出た爪などはなくなり、むしろ光の化身といっても過言ではない。

 

「あ……あああああああっ!」

 

 トレギアは自らの顔を手で覆いながら、転がる。

 

「見るな! 今の私を……見るなああああああああっ!」

「トレギア……あれが、トレギアの素顔なの……? 何か、弱そう……?」

 

 その姿に、可奈美は思わずそんな感想を漏らす。どす黒い蒼ではなく、清廉な水色になったトレギアは、可奈美の顔を認識し、即座に叫んだ。

 

「そんな目で、私を見るなああああああああ!」

 

 トレギアの動き。

 両手を顔の傍に構えるそれは、トレラアルティガイザーを思わせる。だが、両手に走らせた雷光。その後、十字に組まれた腕より、光線が発射される。

 可奈美よりも先に煉獄に届いてしまう。可奈美は迅位を駆使して煉獄の前に割り込んだ。

 

「迅位斬!」

 

 速度を極めた可奈美の斬撃が、そのままトレギアの光線を叩き落とす。トレラアルティガイザーと比べて威力不足を感じながら、可奈美はそのままトレギアへ迫っていく。

 

「もう一発!」

 

 そのまま繰り出された迅位斬。それは、トレギアの体を切り裂き、大きく火花を散らした。

 

「ぐあっ!」

 

 あまりにもあっさり。

 これまでの彼の来歴から考えると、信じられないほどに簡単に。

 トレギアは地面を転がり、そのまま大の字で壁に張り付いた。

 

「嘘……? ここまで弱体化しているの?」

「貴様……!」

 

 トレギアはふらつきながら、落としたアイマスクを再び顔に装着させる。見慣れたエフェクトとともにトレギアの姿が闇色に染まっていくが、心なしかこれまで見てきたトレギアよりも弱々しく見える。

 

「トレラ……アルティガイザー!」

 

 苦しそうな声色のそれ。

 これまで何度も聖杯戦争の参加者を苦しめてきたそれだが可奈美の太阿之剣に簡単に両断された。

 その事実を認識したトレギアは、自らの両手を見下ろす。

 

「な、何だこれは……!?」

「炎の呼吸 壱之型 不知火!」

 

 トレギアが茫然としている間にも、煉獄の技が発動する。彼の神速ともいえる早業のそれは、トレギアからすれば慌てて跳びあがらなければならないものだった。

 だが、紅の一閃を完全に避け切ることは適わず、その右腕に大きな切り傷を作った。

 

「がああああああああっ! おのれセイバー!」

 

 叫びながら、トレギアはどんどん戦場を離れていく。彼は、その赤い眼__その仮面の下は、真逆の青い眼だと分かってしまった__で煉獄を、そして可奈美を睨む。

 

「許さんぞ! 煉獄杏寿郎! 衛藤可奈美ぃぃぃぃ!」

 

 トレギアはそう叫び。

 その姿は、蒼い闇の中に消えていった。

 

「……」

 

 もう、トレギアの気配も感じない。

 最凶の敵がいなくなったことで、可奈美は大きく息を吐いた。

 だが、即座に可奈美は千鳥を縦にする。直後、美炎の加州清光が、彼女の体重を乗せた斬撃で攻めてきた。

 

「あれ? あの人、いなくなっちゃったの?」

 

 美炎は可奈美越しに周囲を見渡す。

 だが、今可奈美の背後より美炎へ届くのは、トレギアの動きではなく煉獄の刃。

 炎を纏った日輪刀が、千鳥より加州清光の相手を受け持つ。

 

「安桜少女! 目を覚ませ!」

「何言ってるの? わたしは正気だよ?」

 

 それぞれが炎をまき散らしながら、赤の世界により彩りを加えていく。

 

「煉獄さん! 私も加勢します!」

 

 煉獄が切り離されたタイミングで、可奈美も割り込む。美炎や煉獄のような攻撃性能がない可奈美が秀でるのは、その素早さ。可奈美の千鳥が、美炎の体を包む漆黒の鎧を次々と傷つけていく。

 

「いいよ! 可奈美! もっと戦おう! もっと、もっと激しく!」

 

 美炎の兜。その下から覗く目が、深紅の尾を引く。可奈美もそれに対応し、迅位を用いて斬り合う。

 

「うむ! ならば、俺もその速度に追いつこう!」

 

 さらに、煉獄もまたその速度に追いつく。

 やがて三人の剣は、音速にも匹敵し、やがて見る者にとっては無数の光のみが輝いているようにもなっていった。

 

火之炫毘古(ひのかがびこのかみ)!」

 

 美炎の漆黒の刃が、可奈美と煉獄を襲う。

 一撃だけでも防御体勢を強いられる攻撃に、可奈美は大きく吹き飛ばされる。その高威力は、可奈美の体に大ダメージを与え、写シを剥がし、生身に戻してしまった。

 煉獄も、数発は防御して見せたが、やがてその攻撃を顔に受けた。

 

「っ!」

「煉獄さん!」

 

 嫌な音が聞こえた。

 美炎の刃が、煉獄の右目を潰したのだ。彼の右目は視界を失い、血が顔の大部分を塗りつぶしている。

 だが、煉獄は倒れない。美炎の剣を捌きながら、何度も打ち合っている。

 やがて美炎は、剣先より炎を飛ばし、可奈美、煉獄を引き離す。そのまま加州清光の剣先を左手で撫で、宣言した。

 

「これで終わらせる!」

 

 美炎は同時に跳びあがる。

 頭上から凄まじい速度で降下してくる美炎。その刃が、可奈美の命を奪おうと迫る。

 だが。

 

「煉獄さん!?」

 

 横から割り込んだ煉獄が、可奈美を突き飛ばす。

 そしてそれは、彼が美炎の攻撃を生身で受けることを意味していた。

 爆発とともに、地下空間に爆発が巻き起こされる。

 

「煉獄さん!」

 

 爆炎に向け、可奈美は叫んだ。

 やがて爆炎が晴れ、その内側が明らかになっていくと。

 

「違う。そうじゃない……」

 

 静かな声色でそう言う煉獄の姿に、可奈美は息を呑んだ。

 黒い炎を纏った刃の突きは、煉獄の右胸を貫通。

 

「っ‼」

 

 可奈美は口を抑える。彼の足元の赤。

 それは、マグマとも炎とも全く異なる。もっと身近な赤。

 

「煉獄さん……血が……!」

「気にするな!」

 

 微かに声の張りがないように感じる。

 だが、煉獄はそれを振り切るように、次の行動に移っていた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 煉獄の声とともに、彼の体から炎が溢れ出す。さらに煉獄は、美炎を逃さないよう、美炎の両腕を掴む。

 

「な、何これ!?」

「君の体内に物の怪がいるならば、今はそれを封印しよう! 炎の呼吸、その真髄を! 今こそ見せるとき!」

「放して! 放してよ!」

 

 だが、美炎の訴えを、煉獄は聞くことはない。

 そして。

 

「炎の呼吸 奥義」

 

 そのまま煉獄は、日輪刀で加州清光の動きを封じながら。

 美炎の体を抱き寄せ。

 

「煉獄!」

 

 再び、その技を発動させた。

 彼が持つ最大火力のそれは、日輪刀を中心に発生。炎の渦を作り上げていく。

 

「放して! 放してったら!」

 

 だが、煉獄は放さない。そのまま彼の日輪刀から放たれた炎は、煉獄ごと美炎を焼き尽くしていく。

 そして。

 漆黒の鎧兜を纏った美炎。その、兜の部分が、焼き切れた。

 

「……え?」

 

 髪に相変わらず荒魂の目が埋め込まれ、姿も荒魂に乗っ取られたまま。

 だが。

 その瞳は、可奈美が良く知る美炎のものと相違ない。

 そして。

 

「安桜少女……大丈夫か?」

「煉獄さん……?」

「煉獄さん!」

 

 可奈美は思わず叫ぶ。

 加州清光を抜き取った煉獄が、力なく体を傾けたのだった。



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”炎”

「煉獄さん!」

 

 倒れていく煉獄を、可奈美は支えた。だが、上着から伝わるその生暖かさは、可奈美へ自明の事実を伝えた。

 

「……煉獄さん……」

 

 無数の刀傷を見てきたからこそわかる。煉獄の右胸を貫いたこの傷は、もう助からない。

 煉獄自身もそれが分かっているのか、ゆっくりと首を振った。

 

「もういい。俺は……ここまでだ」

「ここまでって……!」

 

 美炎は、その傷跡を否定するように首を振る。

 

「ほ、ほら……! 呼吸を極めたら、何でもできるんでしょ? だったら、傷を塞ぐ方法だって……!」

「無い。俺はもうすぐに死ぬ。だが、今はそれより、俺の話を聞いてくれ」

「でも……っ! でも……っ!」

 

 美炎は首を振る。

 

「わたしは……結局、煉獄さんを傷つけてばかりで……!」

「なら君は、これからより多くの人々を守ればいい……命をかけて人を守る者は、誰が何と言おうと鬼殺隊の一員だ。それは君たち刀使も同じだろう」

「でもっ……!」

 

 彼の視線を受けて、可奈美は我に返った。目に溢れ出していた水を拭きとり、彼の次の言葉を待った。

 

「衛藤少女。これを……」

 

 煉獄は、そう言って自らの日輪刀を可奈美に差し出した。

 

「……え?」

「死人にはもう不要なものだ。それに、俺がいた世界には、もう俺がいなくても、任せられる男がいる」

「死人って……!? 何を言っているの!? 私、受け取れないよ! だってまだ、煉獄さんの剣術に勝ててないのに!」

「サーヴァントとしてこの世界に召喚された時点で、俺はすでに死んでいる。だが、今を生きる君たちは、まだ未来がある。その未来では、君はきっと、俺より強くなる」

「……!」

「だから、これからの未来へ向かって、胸を張って生きろ。己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようとも、心を燃やせ。歯を食いしばって前を向け」

「……うん」

 

 可奈美はもう、頷くことしかできなくなっていた。

 そして、煉獄の言葉は続く。

 

「俺がここで死ぬことは気にするな。この体、生きている者の盾になるのは当然だ。きっと、俺の仲間たちだとしても同じことをする。生きている芽は摘ませない」

「でも……っ! でも……っ!」

「安桜少女」

 

 それ以上の言い訳は聞かない。

 そんな雰囲気を感じさせる勢いで、煉獄は美炎の肩を抑えた。

 

「この世界の未来は、君たちが人々を支える柱となるのだ。そして、きっとその未来では、荒魂の少女のように、人と怪異がともに生きられるだろう。俺は信じる。君たちを信じる。安桜少女。そして、衛藤少女……!」

「……っ!」

 

 もう美炎は、何も言わない。ただ、目から涙を流しながら、肩を揺らしている。

 煉獄は数度美炎の頭を撫でた後、可奈美へ目を向ける。悪鬼滅殺と記された刀を見下ろす可奈美は、その手をギュッと握った。

 黒い刀身に、赤い炎の模様が描かれた刀。しばらくそれを見下ろしていると、やがてその刀が深紅の輝きを満たしていく。

 

「……え?」

 

 日輪刀を形作る輝きは、やがて短くなっていく。それは、可奈美の体……その、刀使としての能力に適応していく。

 可奈美の写シを吸収していくように、それはだんだんとエネルギーを蓄えていく。

 

「これは……?」

 

 鈴祓い。

 神社で使われる祭礼具。赤い持ち手の先には無数の鈴が幾重にも重なっている。だが、煉獄の刀が変化したそれがただの道具であるはずがない。

 それを握った可奈美は、しばらくして千鳥を持つ手で顔を覆う。途端に、鈴祓いの音が頭に響いてくる。やがて、可奈美の脳裏には、見知らぬ姿が浮かび上がって来た。

 

「……っ! これは……!」

 

 煉獄もその様子を見て左目を大きく開いていた。だが、やがて柔らかくほほ笑んだ。

 

「どうやら日輪刀も、衛藤少女を認めたようだな」

 

 煉獄の手が、可奈美と美炎の肩を掴む。

 そして。

 

「後は頼んだぞ。あの荒魂の少女も。そして、これからの未来も」

「……はい」

「うん」

 

 強く。だけどどこか、弱々しく。

 可奈美と美炎は頷いた。

 そしてそれを見た煉獄は、ニッコリとほほ笑み。

 可奈美と美炎。そして、その背後に位置する誰か___幻覚を見ていたのか___へ、満面の笑みを浮かべて。

 

 今回の聖杯戦争における、最強の剣士。あらゆる聖杯戦争において、重要な役割を担ってきたセイバーのサーヴァントは。

 

 その炎の目を、永遠に閉ざした。

 

 

 

「煉獄さん? 煉獄さん!」

 

 美炎は、大声でその名を叫ぶ。

 だが、眠るように目を閉じた煉獄は動かない。

 彼の命の炎が途切れた。それを証明するように、美炎の手に刻まれた令呪が、みるみるうちに薄くなり、消えていくのが見えた。

 可奈美は口をきっと結びながら、美炎の肩を叩く。

 

「美炎ちゃん」

「だって……わたし……! 煉獄さんに、大変なことを……!」

「美炎ちゃん!」

 

 可奈美は叫ぶ。

 

「煉獄さんが言ったでしょ? 私たちは、今ここで、未来を守るためにも戦わなくちゃいけないんだよ!」

「可奈美……」

 

 美炎は可奈美と、そして目を開かない煉獄を交互に見やる。

 やがて、煉獄の体から、輪郭が失われている。その体はだんだんと粒子のように消えていく。

 

「信じるって、言ってくれた……だったら、私たちは、それに応えよう!」

「可奈美……」

 

 虚ろな顔で、可奈美を見上げる美炎。今の彼女の姿は、先ほどからほとんど変わっていない。異形の眼差しを宿す髪、黒く変色した腕。同じく黒い着物と注連縄という、美炎にはマッチしない外見はより彼女の異質さを際立たせていた。

 だが、ただ一か所。顔だけは、可奈美が知る美炎のままだった。

 

「可奈美は、どうして?」

「美炎ちゃん?」

「どうして、そんなに前を向けるの? 煉獄さんが、亡くなったのに……そんなに……!」

 

 美炎の声は、震えていた。

 これまで、幾度となく荒魂と戦ってきた、刀使の美炎。だが、目の前で見知った人がその命を散らすのは、見たことがないだろう。

 煉獄の体が、完全に消失したのと同時に、可奈美は鈴祓いを握る力を強める。

 

「私がここに来てから五か月だけど……その間、ずっと聖杯戦争が続いていた。その間も、色んな人と出会って、色んな人と別れてきた……」

「……」

 

 可奈美の脳裏に、見滝原に来てからの記憶が想起されていく。

 望まぬ剣の戦いを強いられた暗殺者。

 剣を通じて仲良くなったのに、その手にかけることとなった少女。

 何よりも大切な記憶から再現された、一番助けたい少女。

 誰も、助けることができなかった。そして、それぞれの戦いの中で出逢い、手を取りまた離した。

 

「だからさ。何となくだけど、煉獄さんが言ってたことも分かるんだ。どれだけ苦しくても、未来のために生きなくちゃいけないって……」

「未来のために……」

「私達は、煉獄さんの分も……そして、今まで倒れてしまった、救えなかった参加者の分だって生きなくちゃいけないんだ」

「……うん」

 

 美炎は首を振って、頷く。

 その時。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 その音が、可奈美たちの注目を集めた。

 見上げれば、八本の仇敵の顔面へ、赤い魔法使いが蹴りの必殺技を放っていた。八つの属性が同時にウィザードに命中し、爆発を引き起こす。

 

「ハルトさん!」

 

 必殺技を破られたウィザード。変身を解除しながら、そのまま入口近くまで突き落とされていった。

 生身の姿になり、勢いよく激突したハルトは、そのまま吐血した。

 

「ハルトさん、大丈夫?」

 

 ハルトに駆け寄る可奈美。頷いたハルトは

 

 

「ああ。大丈夫……あれ?」

 

 ハルトは、可奈美を。そして、美炎を確認する。だが、キョロキョロと周囲を探し出した。

 

「……煉獄さんは?」

 

 ハルトの問いに対して、可奈美が出来る返答は沈黙。

 それを見たハルトは、ぞっとして左右を見渡す。

 だが、それに対して可奈美の返答は沈黙。

 

「そっか……」

 

 ハルトは深く頷く。数秒だけ沈黙を守った後、再び変身しようと銀のベルトを出現させた。つまみを操作し、お馴染みの音声が流れだす。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「変……っ!」

 

 だが、指輪をベルトに入れようとしたところで、さらにハルトの体が悲鳴を上げた。

 力が抜け、そのまま倒れ込む彼を、可奈美が支えた。

 

「っ……! ごめん……!」

「ハルトさん、体……っ! 大丈夫!?」

「大丈夫……じゃないかな……?」

 

 思えば、美炎の暴走、トレギアの邪魔。可奈美と煉獄がそれに奮闘している間、彼は一人でヤマタノオロチと戦っていた。

 流石にもう限界だろう。

 

「大丈夫だよ。ハルトさん。後は、私と美炎ちゃんで戦うから」

「可奈美ちゃん……? ……分かった。後は、頼んだよ。この儀式は……もう、終わらせよう!」

「うん!」

 

 可奈美は強く頷き、美炎の隣に並び立つ。

 

「美炎ちゃん……行ける?」

「うん。大丈夫」

 

 美炎は涙を拭い、ヤマタノオロチを見上げる。

 地上を目指す大荒魂は、咆哮を上げながら進撃を続ける。

 大荒魂と対峙しながら、大荒魂の体となった美炎と肩を並べる。

 

「可奈美」

 

 騒々しい音を立てているヤマタノオロチ。

 だが、隣の美炎の声は、やけにはっきりと聞こえた。

 

「この戦いが終わったらさ……わたし、多分管理局に戻るよ」

「うん」

「でもさ、その前に……もう一回、立ち合い、やろう」

「美炎ちゃん……!」

「あ、これフラグとかそんなつもりじゃないからね? わたし、ちゃんとあのでっかいヘビをやっつけて、コヒメも取り戻して。そういう未来しか見てないから!」

 

 美炎は、胸に手を当てた。

 大荒魂としての彼女の姿が、あとどれくらいの時間保たれるかは分からない。

 だが、美炎ははっきりと言い切る。

 

「煉獄さんが、命がけで助けてくれたんだ。だからわたしも、絶対に命をかけてでも、コヒメを助ける!」

「うん! 行くよ……! 美炎ちゃん!」

「うん!」

 

 そして。

 可奈美は、左手の鈴祓いを鳴らした。

 

 チャリン。チャリン。

 

 響く鈴の音。それに合わせて、どこからともなく和音が聞こえてくる。

 それに合わせて、可奈美は動きを続ける。一拍。また一拍。リズミカルなタイミングを合わせて、ずっと舞い続ける。

 やがて、鈴祓いは、それぞれの動きに合わせて金色の光を放ち始める。同じく金色の粒子がその内部より振り落とされ、可奈美の周囲へ蓄積していく。

 やがて円形の光を作り上げたそれは、可奈美の体に集っていく。

 そして。

 

祭祀礼装・禊(さいしれいそう・みそぎ)!」

 

 白と金。二色の光が、鈴祓いより放たれた。

 光は渦となり、地下を彩っていく。マグマさえも塗り潰す輝きのそれが、だんだん立体を持ち、可奈美の衣服となる。

 和服をモチーフにした礼装。その下地は赤く、白い和装にはところどころに金色の注連縄が使われている。そしてその頭部には、金色の冠が付けられていた。

 

「……これは……」

 

 可奈美は、自らの姿を見下ろした。黒いグローブのそれは、ただの布地のようでも、計り知れない力を内側から感じた。

 

「行くよ。美炎ちゃん」

 

 可奈美はそう言って、並ぶ美炎へ拳を突き出す。

 

「コヒメちゃんを助けよう!」

「うん! なせばなるっ!」

 

 そう啖呵を切った美炎もまた、可奈美に拳を突き合わせる。

 それは、可奈美にとって全ての始まりともいえるあの日。岐阜羽島で、美炎と交わした約束と同じだった。

 ただ一つ異なること。

 あの時は生身で交わした約束。だが今回は、可奈美は祭祀礼装、美炎は大荒魂の姿を纏っている。

 白と黒。清めと穢れを背負った、真逆の性質を持つ二人の刀使は。

 八つの頭を持つ巨大蛇の大荒魂へ___神話の時代より蘇りし八岐大蛇(ヤマタノオロチ)へ向かっていった。



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祭祀礼装(さいしれいそう)(みそぎ)

原作の方だと、祭祀礼装は御前試合の優勝者が纏う衣装だそうです。出番はなかったのので、ここでは設定盛盛にしています。


 ヤマタノオロチの攻撃手段は、人間の処理能力を超える攻撃手段の多彩さ。八つの口にはそれぞれの属性が含まれ、二人の刀使を狙う。

 

「迅位!」

「迅位!」

 

 だが、それに対し、可奈美と美炎は写シを張る。白と黒の光が二人を包み、その速度を異次元のものへ変えていく。

 だが、それはすでにヤマタノオロチも了解している。肉眼以上の速度をものとした二人の刀使に対し、ヤマタノオロチはそれぞれの口から光線を放つ。

 流動的な動きを見せる波と毒。それは混ざり合い、紫の津波となった。

 その広範囲。たとえどれだけの素早さがあっても、とても逃げられない。

 

「神居!」

 

 その攻撃一つ一つに、灼熱の斬撃で対応していく美炎。

 だがその一方、可奈美は。

 

「うっ……」

 

 見える。

 毒波の背後からも、ヤマタノオロチの攻撃は、それぞれが混ざり合い、独立して攻撃してくる。炎と地が混じればマグマとなり、風と雷ならば嵐に。それぞれが全く異なる動きで、可奈美へ牙を剥く。

 だが。

 

「見える……」

 

 死角。地中。頭上。

 中には、ヤマタノオロチが地下に忍ばせた蛇の頭さえも襲ってくる。

 だが、その全てが可奈美には、あたかもソナーのように頭に入ってくる。

 

「見える……」

「可奈美! どうしたの!?」

 

 今、可奈美はほとんど体を動かしていない。ほんの少し、体を反らし、たまに千鳥を振るって打ち払うだけ。

 それだけなのに、そのヤマタノオロチからの攻撃は一切受け付けない。

 一方、ステータスアップが主だった能力である美炎。彼女は攻撃を受け流しながら、やがてどんどん上昇していく。

 可奈美は黄緑色に発光している眼差しで息を呑んだ。

 

「危ない!」

 

 先回りして美炎の背後から迫る嵐を切り裂き、可奈美は更に千鳥を突き上げ、ヤマタノオロチの下顎を貫いた。

 

「見える……!」

「見えるって、何が!?」

 

 だが可奈美は美炎の問いに答えず、彼女の首根っこを掴む。荒魂の眼が生えた髪を通り抜き、そのまま美炎とともに上空へ飛び上がる。

 すると、さっきまでいた足元にヤマタノオロチの首が地面を突き破って出現する。

 

「すご……気配も感じなかったのに……可奈美!」

「うっ……」

 

 脳の処理が追いつかない。

 一瞬のふらつき。だが、八体もある首を相手にしている今、そんな隙を見せれば、当然襲ってくる。

 

「……っ!」

 

 可奈美は歯を食いしばりながら、体を動かす。普段以上の機動力を持つ可奈美の体は、脳の処理を越えた動きを齎してくれる。

 さらに、ヤマタノオロチの食らいつき。それさえも可奈美の体は、頭で認識するよりも先に避けていく。だんだん可奈美の体が追いつかなくなり、動きのなかで姿勢が崩れていく。

 やがて、ヤマタノオロチの攻撃から逃げる場所がなくなった。

 

「可奈美ちゃん!」

 

 ハルトの叫び声が聞こえる。

 ヤマタノオロチの水と雷と風。雷雨となったそれを避ける手段を、上空への一時退避に見出した。

 そして。

 

「私……飛んでる!?」

 

 祭祀礼装の能力。その鱗片は、飛行能力。

 重力の制御より解き放たれた可奈美は、音もなく滞空していた。

 そのまま、迫る八本の首。

 可奈美は移動を脳で指示する。すると、祭祀礼装の体はその通りに滑空していった。

 

「すごい……! 本当に飛べるんだ……!」

 

 刀使の能力を超えたそれに、可奈美は歓喜の声を上げた。ヤマタノオロチの頭上を越え、そのまま回転と同時に斬りつける。

 悲鳴を上げたヤマタノオロチは、上空の可奈美を第一の敵と認識した。

 だが、ヤマタノオロチへ牙を向くのは可奈美だけではない。

 大荒魂の力を持った美炎もまた、小さくないダメージを与えていく。炎を纏ってのそれに、八つの蛇の頭は怒りを露わにしていった。

 ヤマタノオロチは、その八つの口の主砲を地面に向ける。地下の空間を八つのエネルギーが満たしていく。

 

「やばっ!」

「美炎ちゃん! こっちに!」

 

 可奈美は、美炎へ手を伸ばしながら叫ぶ。

 早急にその理由を察した美炎は頷き、跳びあがる。

 美炎の手を掴んだ可奈美は、それと同時に急上昇。同時に、八つの属性が、津波のように地下の足場を八色に染めていった。

 

「すごい威力……」

「あんなの受けたら、まともに立っていられないよ……」

 

 可奈美と美炎は、それぞれヤマタノオロチの威力に唖然とする。

 同時に可奈美は、戦闘不能となっているハルトの姿を探す。

 だが探すまでもなく、可奈美の眼はすでにハルトを視界に入れていた。

 まだ魔力が残る彼は、防御の魔法を幾重にも張ってこの場を凌いでいる。

 

「ハルトさん!」

 

 だが、彼の姿は八色の波の中に飲まれていった。姿が見えない中、彼の声が聞こえてくる。

 

「大丈夫! 何とかなってるから! だから可奈美ちゃん、頑張って!」

「う、うん!」

 

 頷いた可奈美は、ヤマタノオロチへ向き直る。

 可奈美たちが攻撃を回避したことを認識したヤマタノオロチは、そちらへ攻撃を開始した。八つの頭それぞれが別々のタイミングで攻撃を放ってくる。

 

「可奈美!」

「分かってる!」

 

 可奈美の上空浮遊能力。その速度は、この状態の迅位と大差ない。

 破壊されていく地下の音を聞きながらも、可奈美は滑空を続ける。やがて側面に近づき、美炎は可奈美の手を掴みながら、美炎が側面に足を付きかけていく。

 

「可奈美! いいよ、下ろして!」

「う、うんっ!」

 

 可奈美は壁に接近し、美炎の手を放す。

 美炎は壁に足を付けたまま走り出す。彼女の走った跡には炎が走り、そのまま加速していく。

 同時に、ヤマタノオロチの光線が、ピンポイントで可奈美と美炎を狙う。

 可奈美たちはそれぞれ急旋回、空中で美炎と合流。

 ともに御刀を振り抜いた。

 

「太阿之剣!」

「神居!」

 

 新たな姿で放たれる、二人の主力技。

 だが、それよりもヤマタノオロチの技の出が速い。八つの光線は、真紅と炎の斬と相殺し合い、ともに消滅した。

 それはつまり、空中の可奈美と美炎は無防備になったことを意味する。

 

「しまっ……」

 

 さらに、ヤマタノオロチの四つの顔が迫る。それぞれの属性のエネルギーを溜め、今にも二人の刀使を食らいつくそうとする。

 だが。

 

「邪魔だ」

「え!?」

「ソロ!?」

 

 その二人を突き飛ばしたのは、ブライ。

 瓦礫から脱出したムーの戦士が、可奈美たちに代わり、ヤマタノオロチの渦中へ割り込んだのだ。

 

「何でっ!?」

 

 だがブライはそれに答えない。ただひたすら、ラプラスソードを振り上げていた。

 

「ブライブレイク!」

 

 紫の刃が、ヤマタノオロチの攻撃を掻き消し、本体にダメージを与える。四つのヤマタノオロチの顔から跳ね返った衝撃波が、可奈美と美炎をヤマタノオロチの攻撃の範囲から外に飛ばす。

 

「ソロ!」

 

 だが、すでに彼の運命は決している。

 残り四本の首が、ブライの小さな体に迫る。

 火、水、雷、風。四つの攻撃が、そのままブライの体を飲み込み、マグマの中に突き落としていく。

 四つの属性とマグマ。その二つによって巻き起こる爆発が、地下の世界を揺るがした。

 やがてブライが沈んだ箇所は、固められた火成岩がブライの姿を溶岩の底に閉じ込めていた。

 

「ソロ……!」

「! 可奈美! また来るよ!」

 

 美炎の言葉に、可奈美は我に返る。

 再び襲い掛かるヤマタノオロチ。可奈美は足を合わせ、もう一度ジャンプした。飛翔による移動。ヤマタノオロチの首は、可奈美を食らいつくさんと追いかけてくる。

 ヤマタノオロチの、八つの攻撃。だが今、可奈美はその奔流、全ての軌道が目に見えた。

 両足を合わせてのジャンプ。さらに、滑空による高軌道でヤマタノオロチの懐に入り込んでいく。

 さらにそこから続くのは、斬撃を主体とするこれまでの可奈美とは、全く異なる剣術。

 

「はあっ!」

 

 それは、突き。

 本来の可奈美以上の速度を放つ突き技は、次々に迫るヤマタノオロチの顔一つ一つを弾き飛ばす。

 可奈美はさらに、八本の首を掻い潜り一気に肉薄。

 

「今だっ!」

 

 千鳥からの突き技。それは、八体のヤマタノオロチの首一つ一つを弾く。

 そして。

 完全に、ヤマタノオロチの肉体への道が開いた。

 突き刺さる千鳥の突き技。それは、縦に五回。横に五回。十字を描くように刻まれた刃が、どんどんヤマタノオロチを刻み込まれていく。

 

「せいやっ!」

 

 やがてそれは、実体を持つ軌跡となる。さらに、最後に中心へ行われた突き。すると、十字の刃跡は集約され、より大きな一撃となる。

 

___それはかつて、剣好きの少女が可奈美へ託した技でもあった__

 

「だああああああああああああっ!」

 

 最後の一撃。

 それは、ヤマタノオロチの頭部を破壊しながら、その肉体を吹き飛ばす。

 これまでヤマタノオロチの進軍を全てゼロにする威力。封印されていた箇所に転がったヤマタノオロチは、再生しながらも動きが鈍っていった。

 そして。

 可奈美の十一連撃。それが開いた、人が入れるほどの大きなヤマタノオロチの亀裂に、見えた。

 

「美炎ちゃん!」

 

 ヤマタノオロチ、その一か所を指差した。

 可奈美の刃が入れた、無数の刀傷。みるみるうちに治癒していくが、そのうち八つの首の根本の一か所。

 その中に。

 

「コヒメちゃんは、あそこにいる!」

 

 可奈美の輝く目は捉えていた。

 今にもヤマタノオロチと同化しようとしている白い少女が、全身を縛られていることを。その体内奥深くに、コヒメが銀の人物と対峙していたのだ。

 

「分かった!」

 

 美炎は躊躇いなく、跳び上がる。

 炎を足元に爆発させながら、一気に急上昇。折り重なるヤマタノオロチの肉体を切り裂きながら、その上を取る。

 

「煉獄さん……力を貸して!」

 

 美炎は、構える。空中で体を屈め、加州清光を大きく引き込む。すると、漆黒の鎧の下に、紅蓮の炎が迸っていく。炎は全身に行き渡り、やがて髪がふわりと浮かび上がった。

 それはまさに、セイバーのサーヴァント、煉獄杏寿郎の技と同じ動きだった。

 

「全集中 炎の呼吸!」

 

 そして、放たれる彼の技。

 可奈美には、もはや彼女のすぐ後ろに、煉獄杏寿郎の姿さえ見えた。

 

「奥義! 煉獄(美炎)!」

 

 彼女の体内を走る炎の血流。それは全身に行き渡ると同時に、一撃を放つ。

 それは、煉獄の奥義と同じ動き。龍のごとく舞い上がったそれは、八体の蛇の首を弾き飛ばした。

 

「決めるよ!」

 

 まだ、美炎の動きは止まらない。

 炎を足元で爆発させ、一気に加速。ヤマタノオロチの首たちを切り刻みながら、中心核へ迫る。

 そして。

 

「わたしと清光の! 全力!」

 

 無数の蛇の顔たち、一つ一つに、斬撃を与えていく。

 そしてそれは。

 その巨大な肉体に刻んだ切り口より、その体内に飛び込んでいった。

 可奈美はそれを見届けて、一人呟いた。

 

「気を付けてね。美炎ちゃん……」



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刻みし一閃の燈火

現在の状況

ハルト:戦闘不能
可奈美:祭祀礼装でヤマタノオロチとタイマン
美炎 :ヤマタノオロチ体内に突入(コヒメ囚われの身)

とじとものサ終に合わせたかったけど、一か月以上遅れてしまいました


 赤黒が広がる、禍々しい世界。

 ヤマタノオロチの体内に侵入した美炎は、自らの体の異変を理解した。

 自らの肉体を包んでいた、大荒魂の鎧が分解されていく。ヤマタノオロチという水へ、美炎の大荒魂という存在が溶けていく。

 だが、構わない。既に美炎は見つけたのだ。

 押し黙った表情をした、コヒメの姿を。

 

「コヒメええええええええええええええ!」

 

 足場に無数の赤い炎を迸らせながら、ロケットのように美炎は発射。

 美炎の手は、やがて取り込まれたコヒメの腕を掴んだ。

 

「捕まえた!」

「みほの!」

 

 最後に分かれたのはほんの半日前なのに随分と久しぶりに感じる。

 顔を輝かせたコヒメ。だがそれは一瞬、すぐにもとの表情に戻った。

 

「このまま出るよ!」

「待って!」

 

 美炎を制し、コヒメが手を握ったままヤマタノオロチの体内、その奥を見つめる。

 彼女の目線の先にいるのは、銀色の甲冑。それを身にまとった、長身長髪の青年だった。

 彼は侵入者を見定め、その目を白く輝かせた。目から放たれた雷光に、美炎はコヒメを抱き寄せ、背中を向けた。

 雷光は背中から火花を散らし、美炎は呻き声を上げた。

 

「何……!? 一体、何者なの!?」

 

 だが、青年はそれには答えない。甲冑と同じく銀の剣で、美炎へ挑みかかって来た。

 

「やめて! ツクヨミ!」

「ツクヨミ?」

 

 コヒメの叫びに、美炎は一瞬気を取られる。同時に、そのツクヨミと呼ばれた人物の剣を受け止めた。

 

「ツクヨミ……!? 一体、何者なの!?」

「ヤマタノオロチの、正体だよ!」

「正体……!?」

 

 荒魂に正体というものが存在するのか。

 美炎は驚きながら、ツクヨミと打ち合い続ける。ツクヨミは顔をしかめながら、美炎へ掌を翳した。

 すると、白銀に輝く鞭が放たれる。

 それは迷いなく美炎を拘束、締め上げる。

 

「うっ……!」

「美炎!」

 

 美炎の悲鳴。同時に、その体に異変が生じていく。

 

「これは……!?」

 

 美炎の体に宿る、大荒魂の力。それはだんだんと鞭を伝って吸収されていく。

 やがて、漆黒の武装が粉々になり、現れる美濃関学院の制服姿。写シを張ったままの状態のものの、一気に全身が脱力してしまった。

 

「これは……!?」

「それは我が同胞の力だ。人間に囚われるとは、哀れな……」

 

 とうとう、ツクヨミが口を動かした。

 重く、威圧感のある声に、美炎の体が思わずすくむ。同時に、ツクヨミはその銀の日本刀を向けた。

 

「やめて!」

 

 そのまま剣を振ろうとしたツクヨミの前に、コヒメが立ちはだかる。だが、

 

「そこを退け。我が同胞よ」

 

 ツクヨミの声が、少しだけ柔らかくなる。

 だが、コヒメは退くことはない。怯えた目ながらもツクヨミを睨み返していた。

 ツクヨミは鼻を鳴らしながら、改めて美炎を睨みつける。

 

「貴様……我が同胞……とは言い難いな。貴様は荒魂か? それとも人間か?」

「わたしは、人間だよ」

 

 そう言いながら、加州清光がツクヨミの鞭を切り払った。ツクヨミは鞭を振り払い、切り捨てた。

 

「人間? 貴様の体は、明らかに我が同胞のものだ。それに、そもそも人間なら、なぜ荒魂を守ろうとする?」

「友達だからだよ! 人間でも、荒魂でも関係ない!」

「ほう……」

 

 ツクヨミは冷たい眼差しでコヒメを見下ろす。

 

「我が同胞よ。どうやら、貴様が言ったことは間違いだったようだ。今、この者は我を祓おうとしているではないか。どうやら、友人以外の荒魂は抹殺対象のようだ」

「それは……」

「それは違うよ!」

 

 美炎は大きく否定する。

 

「わたしたち刀使は、むやみやたらに祓ったりしない! まあ、フッキーはちょっと怪しいけど……でも……っ!」

「戯言を!」

 

 ツクヨミは、また目より雷光を放つ。

 彼の主力たる遠距離攻撃に、美炎は数歩後ずさる。だが、即座に転がって回避、接近する。

 だが、美炎よりもツクヨミの方が剣の出が速い。あっという間に防戦一方となっていく。

 

「出来ん……出来ん……!」

 

 だが、優位な状況だというのに、ツクヨミは否定の言葉を紡いでいる。

 

「これまでも、人間は皆、我へ刃を向けてきた! 今も、過去も! 今更それを覆すことなどできん!」

 

 ツクヨミの眼から、また雷光が放たれる。

 美炎は加州清光を回転させ、発生した炎の壁を作り上げて防御する。

 

「この……っ!」

 

 さらに、その隙にツクヨミ自身の剣技が襲ってくる。

 防御した美炎は、そのまま打ち合いとなった。

 

「このっ!」

 

 再び振るわれる銀の剣。それを掻い潜った美炎は、振り抜くと同時に炎を宿した。

 激突によって、美炎の加州清光と、ツクヨミの剣がともに弾かれる。それぞれが回転しながら宙を舞う中、美炎はすでに拳を固めていた。

 

「!?」

「分からず屋!」

 

 美炎の拳は、そのままツクヨミへ振るわれる。

 ただの拳。だが、美炎の体内の炎により向上したそれは、神々の時代より憎しみを重ねた神の一柱を殴り飛ばした。

 

「!?」

「誰も許さないから、永遠に戦いは終わらないんだよ! でも、人間と荒魂はきっと共存できる! わたしとコヒメが、その証だよ!」

 

 だが、ツクヨミは美炎を睨み続けている。

 美炎は息を吐き、コヒメの肩を掴む。

 

「コヒメ、ここから……出るよ!」

「ツクヨミは……!?」

「今はできない。でも……!」

 

 コヒメを胸に抱えた美炎は、一気に上昇していく。刀使の基本能力、八幡力(はちまんりき)。それは、赤と黒で構成されたヤマタノオロチの肉体をどんどん駆け上がっていく。

 

「逃がさんぞ。我が同胞。そして人間よ」

 

 遥か下から、ツクヨミの声が聞こえた。

 すると、それが実際にヤマタノオロチの肉体にも発生していく。美炎が突入してきた、可奈美が開いた傷口。その修復速度が加速していく。

 だが。

 

「行くよ清光……! これが、最後の全力!」

 

 コヒメをより強く抱き寄せた美炎は、全身を炎に包み込む。

 この後のことなんてもう考えられない。今持つ全ての力をこの一撃に込めた。

 

「神居!」

 

 糸口ほどの大きさしかなくなった傷口。だがそれは、紅蓮の斬撃により、消失が止まる。そして。

 

「いっけええええええええええええええ!」

 

 亀裂がどんどん大きくなっていく。ゆっくりとそれは、人間が通れる大きさになり。

 そのまま、ヤマタノオロチから突破した。

 赤と黒の世界から、真紅の炎の世界に移り。

 全ての力を使い果たした美炎へ、、再生していく頭部と合わせ、八つの頭が狙う。

 だが。

 

「太阿之剣!」

 

 赤い刃が、八つの頭を一気に薙ぎ払う。

 悲鳴を上げる八頭の蛇。

 

「コヒメちゃん!」

 

 祭祀礼装を纏った可奈美の援護を背に、美炎とコヒメはハルトの隣に落下した。

 

 

 

「美炎ちゃん!」

 

 荒魂の鎧を失った美炎が呻き声を上げた。彼女の右腕はひどく焼けており、赤く腫れていた。

 

「コヒメちゃん!? 成功したのか?」

「大丈夫?」

「大丈夫だよ……コヒメも」

「うん。大丈夫」

 

 駆け寄る可奈美とハルトへ、美炎とコヒメは頷いた。一度ふらついた美炎は、右手から加州清光を取りこぼし、すでに戦闘不能なのは間違いない。

 まだ魔力はありながらも、ヤマタノオロチとの一対一の戦闘で傷ついたハルト。

 コヒメを助けることに全力を注いだことで、もう戦えなくなった美炎。

 ならば、残った自分は。

 

「二人とも。ありがとう」

「可奈美……」

「後は……私がやる!」

 

 千鳥を握り、八首の蛇を睨む。

 ヤマタノオロチは吠えながら、再び可奈美たち、およびその背後の地上への通路へ向かっていく。

 

「待って可奈美」

 

 再びヤマタノオロチへ挑もうとする可奈美。だが、美炎がそれを呼び止めた。

 

「可奈美……これを……!」

 

 美炎が差し出したのは、彼女の象徴たる御刀加州清光。

 切っ先の欠けた御刀は、いまだに残り火が残っている。

 

「わたしはもう戦えない……でも、加州清光だけでも……!」

「……うん」

 

 可奈美は、美炎の御刀()を掴む。

 炎の写シを纏いながら、可奈美は跳びあがる。

 滞空しながら、再び体を回転させる。可奈美を狙った蛇たちだが、千鳥の斬撃によって届くことはなかった。

 瞬速の可奈美は、八つの毒牙を掻い潜り、一度着地

 美炎から渡された加州清光。

 そして、千鳥。

 二本の御刀をすり合わせ、可奈美は跳ぶ。

 ヤマタノオロチの頭部を足場に、さらにジャンプ。天井に張り付きながら、二本の剣で構える。

 

「これが、私の……! 私と、美炎ちゃんの剣術!」

 

 勢いを付けて、ヤマタノオロチに向けて跳ぶ。

 長く、紅蓮の蛇たち。それを回転してよけ、一気に切り裂く。

 切り落としたそばからどんどん回復していく蛇たち。

 蛇の口から発射される炎と雷。

 それを、千鳥と加州清光で受け止める。

 

「うおおおおおおおおおっ!」

 

 千鳥は雷を。加州清光は炎を。

 それぞれは断ち切った。

 驚いたヤマタノオロチは、そのまま目を丸くする。

 

「行くよ……!」

 

 可奈美は、深く、息を吐き出す。

 だが、そうしている間にも、ヤマタノオロチは再び八つの奔流を放つ。それらは互いに混じり合い、無数のエネルギー体になる。

 

「うおおおおおおおおおおおッ!」

 

 だが、可奈美はその全てを切り払う。

 黄緑に輝く可奈美の体。その左右の腕が、それぞれ深紅の光を帯びていく。

 千鳥の太阿之剣。

 加州清光の神居。

 それぞれの刃が、ヤマタノオロチの光線を打ち消していった。

 

「これで……終わらせる!」

 

 可奈美の体を、二つの赤が染め上げていく。

 二本の剣を構えながら、可奈美は跳び上がる。

 

「迅位!」

 

 その速度は、すでに物理法則を越える。

 八つの頭をそれぞれ切り裂きながら、どんどん高度を上げていく。

 

「あなたを倒すことに……」

 

 灼熱の炎を掻き消し。

 黄昏の闇を切り開き。

 怒涛の波を打ち壊し。

 光来の雷を引き裂き。

 溶解の毒を蒸発させ。

 暴圧の風を押し返し。

 衝撃の地を砕け散り。

 閃烈の光を掻き消した。

 

「ワクワクしてきた!」

 

 千鳥を振るう可奈美の顔は、どんどん笑顔に。

 一方、ヤマタノオロチたちの唸り声は、どんどん焦りが募っていく。

 そして。

 ヤマタノオロチ、その長い胴体を伝い、可奈美は各蛇たちを切り開き。

 

「これで……終わりだよ!」

 

 ヤマタノオロチが吠える。

 まるで、終わることなどありえないと訴えるように。

 そして。

 千鳥にもまた虹色の光が灯る。

 ヤマタノオロチの遥か頭上で、可奈美は告げた。

 

「無双神鳴斬!」

 

 体を回転させながらの斬撃。シンプルながらも鋭い一閃は、八体へ無数の斬撃を与えていく。

 そして、最後の一撃。可奈美の光の斬撃は、一気にヤマタノオロチの首を刎ね飛ばし。

 ヤマタノオロチの首がそれぞれ再生し始めていく、その前に。

 その本体へ、二本の御刀を振り下ろす。

 

「だあああああああああああ!」

 

 聞こえてくる、ヤマタノオロチの悲鳴。

 そうして。

 神話の時代より蘇った怪物は、

 封印よりも尚深い深淵へ、その魂を昇華させたのだった。

 

 

 

「やった……?」

 

 着地した可奈美は、ヤマタノオロチの姿を見返す。

 深紅のボディを持つそれは、だんだん体内の結合を解き、液状になっていく。それは、地下のマグマだまりの上にどんどん広がっていった。

 

「これは……ノロ……!」

 

 その正体をすぐに言い当てた可奈美は、静かに屈む。指でなぞると、ノロの一部が指にこびりつく。

 

「……美炎ちゃん、コヒメちゃん」

「これ……」

「もう……大丈夫」

 

 コヒメは、静かにヤマタノオロチのノロへ歩み寄った。

 

「でも、他のノロとはちょっと違う。もともとあったノロのヤマタノオロチだから、御刀があっても完全に祓うとは言い切れない」

「そっか……」

「何か、方法はない?」

 

 その問は、美炎。右腕を抑える彼女は、ヤマタノオロチだったものを見下ろしながら近づいていた。

 

「多分、ヤマタノオロチはこれまでずっと辛かったんだと思う。それこそ、わたしたち人間が御刀とか、刀使とかを作る前から」

「……今のわたしじゃ、分からない」

 

 コヒメは静かに首を振った。

 

「でも……きっと、ツクヨミも、わたしと同じように、分かり合える時が来ると思う」

「倒さないの?」

 

 腕を抑えながらやって来たハルトの問いに、可奈美は首を振った。

 

「だって荒魂は、悪い存在じゃないから。ただ、寂しいだけだよ」

「寂しい?」

 

 可奈美は頷く。すると、その足元に黄緑色の紋様が現れた。何かの花模様にも見えるそれが輝きを放つと同時に、可奈美は千鳥を立てる。

 

「でも、今はまだ、ヤマタノオロチを迎え入れる準備が出来ていない。だから、今は封印する」

 

 そうして始まる、祭祀礼装の舞。

 左手に持った鈴祓いを鳴らしながら舞を続けていくと、足元の花模様が回転していく。すると、ヤマタノオロチを構成していたノロがどんどん集まっていく。可奈美の花模様の中心点である、もともとヤマタノオロチが封印されていた地点。

 やがてノロが地深くに集まり、砕かれた社が再生されていく。

 すべてが元に戻っていく中。

 可奈美は一人。誰にも聞かれることのない、ヤマタノオロチへのメッセージを、可奈美は口にした。

 

「次に目が覚めた時は、人間と共存できるようになっているといいね」

 

 静かに目を開けた可奈美。

 やがてヤマタノオロチを構成していたノロは、全て最初に現れた穴に吸い込まれていき。

 胎動を繰り返していたマグマは冷めていった。




第五章 完結!


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エピローグ

これにて五章完結!
登場人物紹介が終わってから、六章に入ります!
六章まだそんなに決まってないけど!



「何……!?」

 

 少女は、突然の物音に驚いた。

 敷き詰められた私物の袋。

 それを書き分けて、蒼い人物が部屋に転がり込んできた。

 一瞬その正体を探ったが、顔を上げたその仮面に、安堵の息を吐いた。

 

「トレギア?」

「ああ、マスター……」

 

 蒼い、異形の人物。

 トレギアの名を持つ彼は、ふらつき、私物の袋を跨りながら近づく。

 

「どうしたの? トレギア?」

「マスター……悪いが、少し手を出してくれないか?」

 

 トレギアは少女の返答を待つことなく、その右手を掴んだ。

 トレギアとの楔である令呪が刻まれたその手。その手首に、みるみるうちに新たな黒い刺青が刻まれていく。

 

「これは……?」

「令呪だよ。以前私が別のマスターから奪ったものを、少し作り変えたものだ」

「……? トレギアがいるのに、どうしてわざわざ新しいものを?」

「まあ、気にするな……」

 

 トレギアは顔を抑えながら、呪い殺したような声で続ける。指で顎を撫で、

 

「少し……腹が立っただけだ」

 

 

 

「それじゃあ、行こっか」

 

 清香の言葉に、コヒメは頷いた。

 

「うん。ハルト、かなみ。ありがとう」

 

 コヒメはぺこりと頭を下げた。

 あれから数日。清香の入院から、刀剣類管理局に美炎と清香、そしてコヒメの所在が明らかになることとなった。可奈美がいることを隠し通すためにも、彼女たちは刀剣類管理局に戻るほかない。

 

「……あ! 電車」

 

 それは、可奈美以外の刀使たちを見滝原から引き離す車両。

 静かにドアが開き、中から乗客が降りてくる。

 

「それでは衛藤さん。松菜さん。お世話になりました」

「お世話になりました」

 

 清香とコヒメがお辞儀する。

 美炎は言葉に詰まりながら、それに続いた。

 

「ほのちゃん。私とコヒメちゃんは、先に行ってるね」

 

 美炎の肩を叩いた清香は、先に電車へ行く。コヒメも美炎の顔を覗き見ながら、清香に続いた。

 だが、美炎の前に流れていくのは沈黙。言葉も見つからず、二人はただ黙っていた。

 やがて、電車の発車ベルが鳴り響く。

 

「「あ」」

 

 それに対し、可奈美と美炎は同時に声を上げた。

 やがて互いに言葉を見つけられず、美炎が先に口を開けた。

 

「そ、それじゃあ、また……」

「待って美炎ちゃん!」

 

 今まさに、発とうとする美炎へ、可奈美は呼びかけた。

 振り返った美炎へ、可奈美は抱き着く。

 

「か、可奈美!?」

「……一緒に戦えて、嬉しかったよ」

 

 可奈美は、ぎゅっと美炎の体を抱きしめる。

 驚いていた美炎は、やがて可奈美の肩を叩く。

 

「うん。わたしも、嬉しかったよ」

 

 美炎は、静かに可奈美を抱き返す。

 

「でも、本来美炎ちゃんは聖杯戦争なんかに関わるべきじゃない。美炎ちゃんの戦いは……」

「うん。分かってる。わたしは、コヒメを守るために戦う。そのために、今は戻る。それでそこから、コヒメが大丈夫だって説明するから! 分からないことだって、諦めたくない」

「うん。きっと、コヒメちゃんが私たちとの懸け橋になれば、それこそヤマタノオロチ……ううん。ツクヨミとの共存だって出来るかもしれない」

「その未来は……きっと、煉獄さんだって望んでいるはずだよね」

 

 やがて二人の刀使は、どちらともなく、拳を突き出す。

 握った拳。それを突き合わせる。

 それはまさに、可奈美にとって全ての始まり。岐阜羽島駅の改札口で美炎と交わした約束そのものだった。

 

「じゃあ、戻るね。可奈美」

「うん……」

「あ、でもわたし、もう参加者じゃないから……見滝原を行き来できるようになったんだよ。だから、助けが必要だったらいつでも呼んで!」

「うん……! わかった! がんばる! あと、帰ったらまたやろうね、立ち合い!」

「……っ! うん……! あ、じゃあもう一回、再戦の約束、しよう!」

 

 美炎の言葉に、可奈美は笑顔を見せる。

 

「うん! 約束!」

 

 可奈美のその声に力がこもる。

 

「今度、また試合しようね!」

 

 やがて、発車時間となる。

 車両の窓から手を振るコヒメ、美炎。お辞儀を返す清香。

 ハルトの前で、可奈美が走っていく。

 

「必ずだからね! 絶対、また、試合しようね!」

「うん! 約束したからね!」

 

 窓を開けて、美炎も手を振る。

 やがてホームが途切れても、可奈美は電車が見えなくなるまで、手を振り続けていた。

 

 

 

 ヤマタノオロチの封印跡地。

 そこに、帽子の青年は訪れていた。

 

「へえ……ここが、例の怪物がいた……」

 

 ソラ。

 ハルトと因縁浅からぬ彼は、ぐるりと地下空間を見渡す。

 マグマがあった箇所も完全に冷めきっており、人智の及ばない深さのそこには、すでに明かりもない。ファントムの体でもなければ、きっと何も見えなかっただろう。

 目的地は一つだけ。

 修復された社と、その底にある、今はただの古井戸の形をしたそこへ、ソラは足を近づけた。

 

『君はなぜここに来たんだい?』

「いいじゃん。折角君のお友達から、こんなのもらっちゃったんだから」

 

 ソラはそう言いながら、手にした黒いそれを手玉する。

 懐中時計を思わせる、手のひらサイズの黒い機械。かつてハルトが、アサシンのマスターと戦った時も重要なアイテムとなったものと同種である。

 

『モノクマか……彼はどうやら、君を()いているようだ』

「嬉しいね。でも生憎。僕は聖杯戦争に参加するつもりはないんだ」

 

 ソラはそう言いながら、フロアの中心……自然に発生した社に立ち入る。

 その足元に、静かに黒いアイテムを置いた。すると、その表面には、まさに時計のように針が浮かび上がる。

 

『へえ。でも、モノクマが声をかけたということは、君にはそれなりに叶えたい願いがあるということではないのかい?』

 

 アイテムが読み込みをしている間も、キュゥべえの問いかけは続く。

 暇つぶしだと考えなおしたソラは頷く。

 

「あるよ? でも、その願いを叶える方法ももう見当ついている」

『……? そんな簡単な願いなのかい?』

「ああ」

 

 ソラはにやりと笑みを浮かべた。

 

「君だって知ってるでしょ? 賢者の石(・・・・)がどこにあるのか」

『……それこそ、聖杯戦争に参加するのがもっとも手に入りやすいと思うけど』

「それじゃ面白くない」

 

 やがて読み込みが終了したそれは、その絵柄を変えた。

 

「そんなことよりも。聖杯戦争を見て、楽しみたい。かき乱したい。あと、僕が動いたら彼がどんな顔をするか見てみたい。だから、これをもらったんだ」

 

 機械の内部がそのまま描かれたものから、赤い蛇の顔へ。

 それは。

 

『ヤマタノオロチ』

 

 そのガイダンスボイスを鳴らした時計を、ソラは掴み上げる。すると、封印の中から、ヤマタノオロチの力がどんどん吸い込まれていった。

 

「だから。また、遊ぼう? ハルト君……」

 

 口角を吊り上げたソラ。

 その笑い声だけが、地下空間に響き渡っていった。

 

 

 

次回予告

「私は許さない……!」

「見ろよほら、哀れだろ? あんたのせいだよ。アンタに負けたから……だからあたしはこんな顔になった。だったら! あたしとおんなじ顔にしてやんよ!」

「ということは、次はわたくしが最期の時を迎えるのでしょうか?」

「トレギアの中から氷川紗夜の生命反応が検出されているんだけど!?」

「祭祀礼装が……解かれた!?」

「この惨状……人が暴れたってレベルじゃないよね?」

「話が通じる相手じゃない! ここは、戦うしかないよ!」

「これで最後にしようか……ハルト君……いや、ウィザード!」

「君を、救いに来たんだ」




刀使ノ巫女の話を作ろう

とじとも終了までには

朗読劇までには

今年中には

当初の予定からめっちゃ遅れてしまいました


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登場人物紹介 5章終了時点

刀使ノ巫女のお話を作ろう! 可奈美の強化形態は祭祀礼装で!

アニメのメイン四人も登場→これに加えてサーヴァントっていうのはキャラ多すぎ無理
由衣ちゃんだけ→変態に塗り潰された……せめてミクちゃんが出てくれば……

OVA最高! コヒメ登場決定!

ちなみに美炎の強化形態は、書いている寸前まで祭祀礼装にする予定でした。
やっぱりあのIFルートはかっこよすぎるんや……


オリキャラ

 

「奴が……アイツが、見滝原に……!」

 

・松菜ハルト/仮面ライダーウィザード

 

 主人公。ライダーのマスター。

 彼の過去を知るソラの出現に、いつになく感情的になった。

 荒魂であるコヒメのことは、終始気がかりに思っていたが、美炎の参加やソラ、トレギアの登場でそれどころではなくなった。

 見滝原南の廃工場では煉獄とともにガタノゾーアと戦った。

 その後、見滝原公園での決戦では、ブライとともにヤマタノオロチのもとへ向かう。可奈美と煉獄が美炎からトレギアの魔の手から逃す間、ずっとヤマタノオロチと一対一で戦っていた。

 

「この中で、今回の事件の概要を全く掴めてねえのオレだけか?」

 

・多田コウスケ/仮面ライダービースト

 

 ランサーのマスター。

 今回はコウスケとしての出番はなし。ファイブキングおよびその構成要素の怪獣たちがハルトたちの前に立ちはだかった際にやってきた。

 美炎たちとも煉獄とも会えず、人知れず嘆いていた。

 

「ハロー! ハルト君! 久しぶり!」

 

・ソラ/グレムリン

 

 今回から登場した、三人目のオリキャラであり、滝川空のリイマジネーション。

 ファントム、グレムリンの正体であり、自称人間。

 ハルトにとっては見滝原に来る前からの知り合いらしいが、詳細は不明。ハルトからは強く憎まれている。

 人知れず、ヤマタノオロチのアナザーウォッチを入手していたが……?

 

 

 

刀使ノ巫女/刀使ノ巫女 刻みし一閃の燈火

 

「次に目が覚めた時は、人間と共存できるようになっているといいね」

 

・衛藤可奈美

 

 今回の主役その一。

 ファントムと戦っているときに、まさかの友人である美炎と再会。ずっと立ち合いの機会を伺っていたが、(つい)ぞその機会はなかった。一方、セイバーのサーヴァントである煉獄とは対戦できた。だが、彼の圧倒的な強さに敗れ、久方ぶりの敗北を喫した。

 今回は、聖杯戦争の参加者として以上に、刀使としての活躍が多い。

 ヤマタノオロチとの戦いでも勝つことはできなかったが、煉獄より渡された日輪刀が変化した目覚めの鈴祓いにより、祭祀礼装の姿となる。

 

 

祭祀礼装・禊

 

 可奈美が煉獄より受け取った強化形態。

 迅位のレベルが別次元にまで強化され、比肩するもののいない速度へと到達できる。それ以上の能力として、絶対的な探知能力を得る。ヤマタノオロチがたとえ気配を消して地下から攻撃してこようとも察知できる。

 これまで斬ることを主軸にしてきた可奈美の剣だが、この形態の時は突をメインに行うことも可能。以前見滝原中央病院で交流した少女の剣技も、この形態ならば主力技として行い、今回もコヒメを助けるための大きな力となった。

 さらに、荒魂に対する封印能力も得ており、ヤマタノオロチを封印し、今回の戦いを終わらせた。

 

「なせばなるっ!」

 

・安桜美炎

 

 今回の主役その二。

 コヒメとともに見滝原へ逃げてきた、可奈美のライバル。

 見滝原へ訪れた後最初に巻き込まれた要石の戦いにおいて、煉獄を召喚、セイバーのマスターとなる。願いは「コヒメを助けて」。

 その後はコヒメを守りながら過ごしていたが、トレギアにコヒメを誘拐されて一変。

 藁をも掴む思いでコヒメを探し出す。その際、美炎の謎の探知能力により、その場所を割り出した。

 ヤマタノオロチとの決戦の時、それまで何度か暴走していた美炎の原因が、体内に眠る荒魂のものと判明。トレギアの介入により、漆黒の大荒魂の姿となり、可奈美たちへ刃を向けた。

 だが、煉獄の決死の技により正気に戻る。

 全てが終わった後、コヒメを守るために刀剣類管理局に戻ったが、ここから始まる彼女の本当の戦いはまた別の話。

 

「友達を失うことの方が、もっと怖い!」

 

・六角清香

 

 美炎、コヒメとともに逃避行をしている少女。原典と同じく戦うことが苦手だが、誰かのためならば御刀を抜く。

 美炎に置いて行かれたり、聖杯戦争から遠ざかされたりと損な役回りが多い。

 コヒメと二人きりのときにトレギアに襲われてしまう。勝つことは出来ず、コヒメを誘拐されてしまった。

 その後、病院に搬送されたことで、彼女たちの所在が刀剣類管理局に明らかになってしまった。

 

「みほの!」

 

・コヒメ

 

 今回のキーパーソン。

 荒魂の少女。原作と異なり、タギツヒメが十条姫和とともに隠世へ行ってしまったため、その出生は不明。

 刀使の総本山である刀剣類管理局の説得の途中で逃げ出してきたため、お尋ね者と大差ない。

 ラビットハウスの手伝いをしたり、ココアに新たな妹とされたりと愛されてい過ごしていたが、トレギアにより、ヤマタノオロチ復活のためのノロの供給源とされてしまった。その時、ヤマタノオロチの体内でその正体であるツクヨミと対話した。

 

 

 

鬼滅の刃

 

「心を燃やせ。歯を食いしばって前を向け」

 

・煉獄杏寿郎

 

 美炎が召喚した、セイバーのサーヴァント。

 原典と同じく大食い。もっとも、振り回されたのはハルトだけで、真司や友奈はむしろ適応していた。

 ブライに狙われるコヒメに対して、美炎が助けを求めることで召喚された。願いは人を救うこと。

 可奈美にも対戦を申し込まれたが、難なく彼女を下す実力を示す。

 ウィザードとの共闘や、トレギアとの敵対など、今回のみの登場ながら、登場キャラの多くに実力でめり込んでいく。

 ヤマタノオロチとの決戦の際、トレギアが召喚した四次元怪獣ブルトンに捕らわれてしまうが、実力で抜け出した。曰く、呼吸を極めたら出来たらしい。

 トレギアの体内に眠る邪神魔獣グリムドを焼き消し、美炎の暴走をその命を代償に食い止めた。

 その際、日輪刀を可奈美に託し、その日輪刀は彼女の祭祀礼装への重要アイテムへと変化した。

 

 

 

流星のロックマン

 

「勘違いするな。キサマと手を組むのは今回だけだ」

 

・ソロ/ブライ

 

 三章以来の登場。

 以前と同様、絆を否定してハルト達の前に立ちはだかる。

 ヤマタノオロチがムーと敵対していた最古の荒魂ということもあって、その封印を解くノロを持つコヒメを始末しようとしていた。逆に封印を解こうとするトレギアとはすでに敵対している模様。

 トレギアによって多くの要石が破壊され、本編でも残りがどんどん数がなくなっていく。その中で、要石付近で可奈美たちと戦ったり、謎のサーヴァントの攻撃を防ぐ羽目になった。

 要石が全て破壊された後は、ヤマタノオロチを直接討伐することに尽力するが、トレギアに敗れ、溶岩の中に沈んだ。その後は生死不明。

 いつの間にか電波生命体、ラプラスを従えているが、詳細は不明。ムー大陸にて回収したと思われる。

 

 

 

仮面ライダー龍騎

 

「いやあ、全然いいって。それより食え食え」

 

・城戸真司/仮面ライダー龍騎

 

 ライダーのサーヴァント。

 友奈とともにアパートで過ごしている。

 突然やってきた美炎に一時的に部屋を貸すために、ハルトへ寝床を提供した。

 その後は美炎と煉獄を迎えて、自信料理の餃子と友奈のうどんで仁義なき戦いを繰り広げた。

 ファイブキングとの戦いでは、メンバーの中心となり、ドラゴンライダーキックでトドメを刺した。

 

 

 

結城友奈は勇者である

 

「あーっ! 可奈美ちゃんがうどんじゃなくて餃子を食べてる!」

 

・結城友奈

 

 セイヴァーのサーヴァント。

 うどん。今回はとにかく食べてばかりだった。

 美炎と煉獄にうどんを振る舞ったが、真司の餃子に全てを奪われた。

 ファイブキング戦では、主にサポートに回っていた。

 

 

 

戦姫絶唱シンフォギア

 

「そうだよね……あなたにとって、わたしは絶対に許せないよね……」

 

・立花響

 

 ランサーのサーヴァント。

 ムー大陸を直接破壊した者として、ソロに対して引け目を感じている。

 いつも通りの人助けをしていたところ、美炎と出会い、そのままソロと戦うこととなった。

 そのあと、ハルトによってサンダーベルセルクの力を引き出させられたが、あまり多用するつもりはない模様。

 ファイブキングとの決戦の時も駆けつけた。

 

 

 

ウルトラマンタイガ

 

「さあ、復活しろ! 邪神 ヤマタノオロチ!」

 

・ウルトラマントレギア/霧崎

 

 四章から続投のメインヴィラン。

 今回は、見滝原の地に眠る大荒魂、ヤマタノオロチの復活を狙う。

 すでに大半の要石を破壊しており、封印解除までリーチをかけていた。その時、ハルトやソラ、さやか、煉獄と戦闘しており、裏ではソロとも交戦していた模様。

 今回はギャラクトロンやファイブキングを構成するウルトラ怪獣、スネークダークネスの他、マスターからの贈り物と称してグールギラスを召喚している。

 ヤマタノオロチの復活を果たし、さらには美炎を暴走させて優位に立ったものの、煉獄の決死の行動により美炎の呪縛は逃げられた。

 さらに、煉獄により体内に眠る力の根源、邪神魔獣グリムドを失った。一時的に本当の姿(アーリースタイル)に戻り、再び変身するものの、それはすでに大きく力を落としており、撤退を余儀なくされた。

 

 

 

ヤマトタケル

 

「これまでも、人間は皆、我へ刃を向けてきた! 今も、過去も! 今更それを覆すことなどできん!」

 

・ヤマタノオロチ/ツクヨミ

 

 今回のラスボス。

 見滝原の地にムーが封印した、古来の大荒魂。

 この存在が龍脈に大きな影響を与えていたため、見滝原が今回の聖杯戦争の地となった。ある意味、この物語における元凶ともいえる。

 封印の礎であるコヒメと対話したが、その説得には応じず、最後まで敵としてあり続けた。美炎が体内に突入してもそれは変わることはなかった。

 最後は、祭祀礼装の可奈美と大荒魂の美炎に敗れ、元いた場所に再び封印された。

 基本設定はヤマトタケル、能力設定は大神、封印の設定は神無月の巫女から取り入れている。

 

 

 

???

 

・???

 

 キャスターのサーヴァント。

 ヤマタノオロチが見滝原に封印されていることに予てより勘付いていた。

 今回は、ハルトへヤマタノオロチが封印されている場所を伝えた。

 

 

 

魔法少女まどか☆マギカ

 

「店員に変に絡むのはやめなさい。品が知れるわよ」

 

・暁美ほむら

 

 キャスターのマスター。

 様子見でラビットハウスに来たが、ソラと鉢合わせした。そのあとは可奈美に店番を押し付けられた。

 その後、ハルトが家にやって来た時は不機嫌になりながらも、資料を提供したりした。

 なぜか部屋に無数の台風の資料が散らばっている。

 

「あたしの味方はどこにもいないし、逆に誰かの味方をするつもりもない」

 

・美樹さやか/マーメイド

 

 まどか、ほむらの同級生にして、ファントム、マーメイド。

 たまたま甘兎庵に来ていたら、ハルトと再会。そのまま彼に着いてラビットハウスを訪れた。

 自分と似た境遇のソラと出会い、結果的に一時的にハルトと対立することとなる。

 その後、地下の要石へ移動し、トレギアを相手に共闘することとなる。

 

『願いがないのに、聖杯に選ばれるなんてありえないよ』

 

・キュゥべえ

 

 聖杯戦争の監督役。

 セイバーの参加登録をした。

 その際、コエムシが召喚したと思しき処刑人が現れたが、彼が動くのはまた別の機会。

 

 

 

???

 

・???

 

 最後の要石を破壊した爆弾魔。

 以前友奈がムー大陸で出会ったサーヴァント。ブライを足止めし、ヤマタノオロチ最後の封印を解いたが、彼自身はそれを知る由などなかった。

 

 

 

ご注文はうさぎですか?

 

・保登心愛

 

 お馴染みみんなのお姉ちゃん(志望)。コヒメがハルトの頬に触れたことに嘆いていた。

 前回でネクサスの力が完全に消滅したため、今回はもう戦いに巻き込まれることはなかった。

 

・香風智乃

 

 ラビットハウスの看板娘。

 コヒメに夢中になるココアへ呆れかえっていた。

 

・桐間紗路

 

 フルールドラパンの店員。

 

 

 

Bang Dream!

 

・氷川紗夜

 

 前回トレギアに狙われた少女。

 現在は甘兎庵で住み込みバイトをしている。前回に比べてブレーキが壊れており、彼女の本性が露わになっている。

 

 

 

ぼくらの

 

・コエムシ

 

 毎度最強の処刑人を派遣してくる監視役。

 人知れず、外国語を話す処刑人で他の参加者を抹殺している。

 前回紗夜の令呪を奪ったトレギアへ、ルール違反として武神鎧武を差し向けた。今回はそのままフェードアウト。

 ちなみに今回モノクマは未登場。




今年はこれで最後です!
皆さま良いお年を!

そして、物凄く遅れましたが、
刀使ノ巫女 刻みし一閃の燈火
三年半、ありがとうございました!

篝火を絶やすな


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6章
プロローグ


お待たせしました! 六章スタートです!

さあ、今年もお楽しみに!


 昔から、他の人が嫌いだった。

 自らのよりどころとしている大好き。それが、他の人には稚拙だと言われていた。

 それでも、自分はずっと大好きは大好きのまま。馬鹿にするやつは大っ嫌い。

 でも、そうしているうちに、周りには誰もいなくなっていた。家族なんていなかったから、誰とも会話しない日々が続いた。

 学校は行った。でも、行って帰っての繰り返し。惰性としかいえないものが体を動かしたけれど、サボったときも何回もあった。

 友達なんてものも出来なかった。クラスにいる他の同級生になりたいと何度も願ったけど、そんな望みを叶えてくれる悪魔も天使もいるわけがない。

 そして。

 そんな退屈な日々の中、彼がやってきた。

 願いを叶えにやって来たと、彼は言った。モニターの中から手を伸ばしてくるのは不気味だったけど、闇って感じがしてとても好きになった。

 その後も、実際彼が宣言したように、願いを叶えてくれた。

 自分が作ったあらゆるものが現実世界に現れるようになっている。自分が作ったものたちは、気に入らないものを壊していった。

 町も。人も。馬鹿にした奴らも、これで黙らせた。

 それも、人知れず。行方不明とか言われているニュースの半分くらいは、自分が犯人だって誰も知らない。

 彼は時々忙しそうで、自分のもとからいなくなっていた。

 先々月は全体的にとても機嫌がよかった。少しボロボロになっても、それ以上に大笑いだった。

 でも先月は、少しご機嫌斜めだった。理由は分からない。

 ただ彼が自分に言うのは、もっともっと、作りたいものを作ってくれってことだった。

 だから、作った。いっぱい作った。

 彼は自分が作ったもののうち一つを持っていった。ずんぐり胴体に、首が長い奴。いつかはメタル化したバージョンも作ってみたいと思った奴。でも、壊れてしまったらしい。別にいいけど。

 

 そして今。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)繰り返すつどに五度 ただ、満たされる刻を破却する。Anfang(セット) 告げる 告げる。汝の身は我が下に 我が命運は汝の剣に 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に 我は常世総ての善と成る者 我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 彼の指示に従ってその呪文を唱え終え、目を開けると。

 

「ああ……いい子だマスター。やはり君は最高だ」

 

 彼が感嘆する。

 それはいいけど、自分には目の前にあるものが何か理解できなかった。

 一見、ただの岩石の塊のようにも思える。左右対称で、脳のような形をしたそれ。

 白いゴミ袋だらけの部屋を搔きわける、黒。岩石らしきそれは、見るだけで圧を与えてくる。

 これは何、と彼に尋ねてみる。

 だが、彼はそれにははっきりと答えない。だが喜ばしいことのように両手を広げ、岩石に近づく。そして、それに手を触れた。

 

「素晴らしいぞ……! マスター、この戦い、私達の勝利だッ!」

 

 その言葉の意味は分からないけど。

 彼の、蒼い仮面の下にある笑みだけは、なぜかはっきりと見えた。




現在、六章を鋭意制作中です!

……他の二次創作も作りたくなってる今日この頃


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新しい使い魔

ここから六章が本格開始!

……毎度毎度、お待たせしております


「よし……! できた……!」

 

 春の朝。

 青年は、その出来にゆったりと背もたれに体を預けた。

 手元にある指輪。

 紫の石を型に埋め込んだ形式のそれを、青年は満足そうに眺める。

 紫の指輪を置き、合計二個の新たな指輪が青年を見返す。出来前に満足しながら、青年は座ったまま伸びる。

 

「もう朝か……徹夜したかな……ふぁあ」

 

 青年は大きく欠伸をしながら、部屋を見渡す。

 狭く質素だが、過ごすには申し分ない部屋。

 ラビットハウスという店、その従業員専用の部屋。その店名に違わぬウサギ小屋のような狭さだが、青年、松菜ハルトには全く不満はなかった。

 今日の仕事は午後から。つまるところ午前中は休みである。ハルトは備え付けのベッドで横になり、ひと眠りしようとしていると。

 

「ハルトさん! おっはようございま~す!」

 

 と、元気声とともにドアが開けられた。

 

「うわっ!」

 

 いざこれより心地よい眠りへと思ったハルトは、そのいきなりの音量にベッドから転げ落ちる。

 

「な、何!?」

 

 一瞬だけ眠気が冷めたハルトは、また瞼が重くなる。

 

「か、可奈美ちゃん?」

「おっはよーハルトさん。いい朝だよ?」

 

 少女ながら、年上の男性であるハルトに躊躇いなく顔を近づけてくる。

 彼女が剣術大好き少女、衛藤可奈美(えとうかなみ)だということは、もう何も意識しなくても判別できる。

 

「ひょうはひゅっふひ……」

 

 ハルトは欠伸交じりに応える。

 それに対し、可奈美は「え? 何?」と首を傾げた。

 

「今日はゆっくり休ませてよ。指輪作りのために、寝てないんだ」

「指輪?」

 

 ハルトは、机の上に指を刺した。

 すると可奈美は、机の上に置いてある紫の指輪を掴み取った。

 

「うわあ! 新しい指輪だ! 二つも作ったんだね。これ、どんな魔法が使えるの?」

「さあね。まあ、試すのは後。今はとにかくシフトの時間まで眠らせて……」

「えいっ!」

「だから今やめて!」

 

 だが、ハルトの言うことを聞かず、可奈美はすでに指輪を右手中指に装着。躊躇なくハルトの腰に付いているバックルに当てた。

 魔法の指輪、ウィザードリング。

 松菜ハルトが、魔法石より作り上げる指輪は、ベルトを経由したハルトの魔力に反応。その能力を引き出した。

 

『ゴーレム プリーズ』

「「ゴーレム?」」

 

 ハルトと可奈美は、同時に首を傾げた。

 すぐさま、二人の答えは目の前に現れる。

 紫のプラスチックのような質感をもつ、魔力でできたそれ。ランナーから自動で分離、指定されたものを形作っていく。

 やがてできた、それは。

 

「……ゴリラ?」

「いや、ベルトがゴーレムって言ってたから。ゴーレムだよ」

 

 可奈美は、ゴーレムの足元に両手を添えた。組み上がったそのゴーレムは、ストンと可奈美の手に落ちた。

 

「これって……」

「使い魔だね」

「それじゃあ、ガルちゃんたちと同じ?」

「そういうことかな。可奈美ちゃん。指輪をここに」

 

 ハルトは、完成したゴリラのようなプラモデルの頭部を指差した。

 可奈美は頷いて、指輪を頭部の窪みにセットする。すると、可奈美の手の上で、ゴーレムが動き始めた。

 

「おおっ……!」

「新しい使い魔か……よろしくね」

「珍しいね! ハルトさん、指輪一杯持ってるけど、使い魔はガルちゃんたち三体だけでしょ?」

「そうだね。名前つけなきゃな」

「うーんそうだね……それじゃあ、カッタナー」

「不採用。刀を伸ばしてんじゃないの」

「えー」

 

 可奈美は口を尖らせた。

 そんな彼女を無視して、ハルトは続けた。

 

「普通にゴーレムでいいよ。紫だから……バイオレットゴーレム」

「可愛くない」

「いいの。可愛くなくて」

 

 ハルトはそう言って、ベッドから立ち上がる。

 頭を掻きながら、机の端に置いてある指輪を掴み上げ、ベルトに当てた。

 

『ユニコーン プリーズ』

 

 すると、ハルトの前に、今度は青いランナーが出現した。

 これまた同じように自動でパーツが分解され、組み立てられ、形となる。

 今度は馬。頭に角が付いたユニコーンの姿をしたプラモンスター、その胸元に指輪を挿入する。

 すると、いななきとともに、プラモンスター、ブルーユニコーンが動きだす。

 

「それじゃあ、ユニコーン。新しい使い魔だ。ファントムの探し方とか、色々教えてあげて」

 

 ハルトの命令に、ユニコーンは分かったと言わんばかりに再びその鳴き声を上げる。

 ユニコーンはそのまま、ゴーレムを外へそそのかした。

 

「はい、可奈美ちゃん。そっちの指輪も、返して」

「ああっ……」

 

 そう言いながら、ハルトは可奈美の手からもう一つの新しい指輪を取り上げた。腰のホルスターに付け、ゴーレムを見下ろした。

 だが、ゴーレムは首を振っていた。

 

「ん? どうした?」

「もしかして、外に出られないのかな」

 

 可奈美はゴーレムと目線を合わせながら尋ねた。

 

「だったら、わたしこの子を外に連れ出してくるよ」

「いいけど……ちょっと待って。俺も行くよ」

 

 さすがに使い魔の初仕事の門出に寝ているわけにはいかない。

 そう判断したハルトは、大急ぎで着替える。早めに歯磨き等の身だしなみを整え、可奈美が待つ一階のリビングルームに降りる。

 

「あれ? 可奈美ちゃんいない……」

「あ! ハルトさん、おはよう!」

 

 リビングルーム、そのテーブルに、朝食のハムエッグを食べている少女がいた。

 今日も元気いっぱい。保登心愛が、眠そうな目をこすり、大声で挨拶した。

 

「おはよう。ココアちゃん。珍しく早起きだね」

「ふっふーん。この春休み中は、お姉ちゃんみたいに、イケてるお姉さんになるんだからね! もう、チノちゃんに寝坊助なんて言われないようにするんだよ!」

「へ、へえ……」

 

 ハルトは大急ぎで食べ終わるココアを横目に、ホールを見やる。

 キッチンから覗けるその場所だが、すでに可奈美の姿はない。

 

「……あー、ココアちゃん。もしかして可奈美ちゃん、もう出ていった?」

「出て行ってちょっと経つかな? でも、今急げば追いつけるかもよ?」

「あー……まあ、いっか」

 

 新しい使い魔の仕事デビューだったが、可奈美に任せるとしようと考えなおした。そう決めると、ハルトはトーストから焼けたパンを取り出す。卵を割り、焼いたトーストで挟み、更に乗せた。

 

「ココアちゃん。パンもらうよ」

「ほいほーい。……あれ? ハルトさん、昨日もサンドイッチじゃなかった?」

「あーそうだったっけ?」

 

 ハルトは食器をココアの向かいの席に置きながら思い出す。

 

「ダメだよハルトさん。同じものばかり食べちゃ、体に悪いよ?」

「平気だよ。お姉様」

 

 ハルトが「お姉様」と口にした途端、ココアが嬉しそうな悲鳴を上げた。

 

「お、お姉様……! やっぱり、いい響きだね!」

「お姉様、牛乳持ってきて」

「お姉様に任せなさい!」

「お姉様、あとお皿片付けて」

「お姉様に任せなさい!」

 

 あれよあれよと、お姉様さえ付ければココアが躊躇いなくハルトの言うことを聞いてくれる。その内お姉様と言えば知らない人にも付いて行っちゃうんじゃないだろうかと心配になりながら、ハルトは「もういいよ」とココアを席に戻らせた。

 

「今日ラビットハウスお休みだよね? ココアちゃんは今日何するの?」

「もちろん! チノちゃんと一緒にお出かけだよ! ハルトさんも行く?」

「いくら何でもその場に俺が行くのはおかしいでしょ。可奈美ちゃんは?」

「可奈美ちゃんも、シフトが終わったら一緒に来るって言ってたよ。今は体を鍛えに行くって」

「ああ……」

 

 それでハルトは思い出した。

 

「あれ? そういえばココアちゃんは?」

「ん? 私?」

「ココアちゃんも、今年の目標はガッチリ体を鍛えることって言ってなかった? もう三月になっちゃったけど、ココアちゃんが体を鍛えるところ見たことないなあって」

「……」

 

 ハルトの言葉に、ココアの目から光が消えていく。

 更なる彼女の追撃は、ハルトの背後からやってきた。

 

「その通りです。こんなことでは、モカさんに永遠に勝てませんよ」

 

 それは、この喫茶店、ラビットハウスの店主の娘の声だった。

 香風智乃。

 小学生と見違えるほどの小柄な体形に、腰までの長い銀髪。可愛らしい顔つきの彼女の顔を見て、ココアの顔が明るくなる。

 

「チノちゃん! おはよう」

「全く。春休みだからって寝坊助なんて。本当にココアさんは、仕方ないココアさんです」

 

 朝からの容赦ない物言いに、ココアが「うっ」と小さな悲鳴を上げる。

 

「ココアさん、速く仕事覚えてください」

「ウッ」

「コーヒーの味覚えてください」

「ウッ」

「もうやめてあげて!」

 

 見てわかるほど言葉の槍に突き刺さっていくココアが、ハルトの前で崩れていく。

 

「チノちゃん……お外走ってくるううううううう!」

 

 ココアが泣き叫びながら、部屋を飛び出していった。

 唖然として彼女を見送ったハルトは、諭すようにチノへ提案する。

 

「もう少し優しくしてあげてもいいんじゃない?」

「いいえ。私はココアさんにとって我が子を崖の下に落とすライオンです。本当にできたときに、笑顔を向けてあげればいいんです」

「そういうものかな……? さて。俺もそろそろ行こうかな。チノちゃんたちも、春休みだからって怠けちゃだめだよ」

「ご安心下さい。私はどこぞのココアさんと違ってしっかり者ですから。ハルトさんも、今日午後からのシフトはお願いしますね」

「はいはい」

 

 本当はその時間まで寝るつもりだったんだけどな。

 心の中でそう思いながら、ハルトはホールを通り抜けて外に出る。

 ラビットハウス、その看板が頭上に見えた。ティーカップとウサギが並んでいる看板は、この五か月でハルトにはすっかり馴染みのものとなっていた。

 

「ほらほら。頑張って」

 

 可奈美の声が聞こえてきたのは、ラビットハウスのすぐ外。

 川のせせらぎが耳に心地よいその場所で、可奈美は蹲って地面にゴーレムを立たせていた。

 

「いた。可奈美ちゃん」

「あ、ハルトさん!」

 

 可奈美は、ハルトの姿を見てニッコリとほほ笑んだ。

 

「うん。ほら、ゴーレムちゃん、もう立って歩けるようになったんだよ!」

「赤ちゃんか! ……大丈夫? ココアちゃんには見られてない?」

「ココアちゃん? さっきものすごい勢いで走っていったよ? 気付いてなかったみたいだけど、何かあったの?」

「チノちゃんのいつもの攻撃に耐えられなくなっただけ。さて。それじゃあユニコーン、お願い」

 

 ハルトの命令に、ユニコーンが嘶く。

 ゴーレムの前に着地し、会話するように顔を下げている。

 だが、ゴーレムはきょとんとした顔で、ユニコーンを見返していた。

 

「ゴーレムちゃん、大丈夫?」

「うーん……この流れじゃあ、俺も何も言えないかな」

 

 ハルトは頭を掻いた。

 やがてゴーレムは、ユニコーンからハルト、可奈美へ目を移す。

 

「どうした?」

「なんか、ゴーレムちゃんってかわいい顔してるね」

「そう?」

 

 可奈美の言葉に、ハルトはゴーレムの目元を凝視する。

 

「そう言われてみれば、つぶらな瞳だし、可愛いっていえば可愛い……のか?」

「可愛いよ!」

 

 可奈美が笑顔で主張した。

 すると、ゴーレムが首を左右に振る速度を速めた。と同時に、どこからともなく赤い流星が飛んできた。それはゴーレムに激突し、その紫の肉体を可奈美の手に飛び込ませる。

 ゴーレムにぶつかって来た赤い物体。それは、ゴーレム、ユニコーンと同じく、プラスチックでできた疑似生命体だった。

 

「お、ガルーダ。戻って来たか」

 

 レッドガルーダ。

 ハルトが持つ使い魔の一体にして、最近ハルトよりも可奈美に懐いてきて大変困りもの。

 レッドガルーダは甲高い鳴き声を上げながら、可奈美の手に乗るゴーレムへ怒鳴っていた。

 

「ああ、ほらガルちゃん。喧嘩しないの」

 

 可奈美の割り込みで、ガルーダは嘴を収め、むしろ可奈美に甘えるように体を擦り付け始める。

 

「本当にガルーダの指輪可奈美ちゃんに上げちゃってもいいんじゃないかと思う今日この頃」

「あはは。ほら、ガルちゃん。新しいお友達に、お仕事しっかり教えてあげて」

 

 可奈美の言葉に、ガルーダはアッサリと了承した。

 ユニコーンに並び、ゴーレムへ何かを語りかけている。しばらく対話が続いたようだが、やがてガルーダとユニコーンが相談し始めた。

 

「ガルちゃんたち、何を話してるの?」

「さあ? 使い魔の言葉は分からないからなあ……」

 

 その時、二体の使い魔は、突然自らの互いにパーツを分解した。

 それぞれが入り混じり、翼をもつユニコーン……ペガサスとなった。

 

「おおっ! ガルちゃんたちが合体した!」

「そういえばあったな、こんな機能」

「ハルトさんが忘れるほど!?」

「使い魔は、基本的にファントムの索敵がメインだからね。合体するよりもバラバラで動いた方がいいんだよね。ほら、分かれて分かれて」

 

 ハルトが、手を叩く。すると、プラモンスターたちは再び合体を解除し、ガルーダとユニコーンの姿に戻る。

 

「それじゃあゴーレム。ガルーダとユニコーンみたいに、ファントムっていう怪物を探してきて」

 

 ハルトの言葉とともに、ユニコーンがゴーレムの前でステップを踏む。

 ゴーレムは目の前で飛び跳ねるユニコーンを目で追い、やがて頭から転げる。

 その姿に可奈美は思わず微笑み、両手を添えてゴーレムを起こす。

 

「ほらほら。頑張って」

 

 ゴーレムは、助け起こしてくれた可奈美を見上げ、頭を掻く。指輪の頭部をクルクルと回転させている。

 

「コイツ……もしかして照れてる?」

 

 ハルトがボソッと言った一言。

 それは、ハルトの頭上のガルーダに「キーキー!」と叫ばせる。

 

「うわっ! ガルーダ、どうしたの?」

 

 ガルーダは可奈美とゴーレムの間に割り込み、ゴーレムへ何度も小突いた。

 

「わわっ! ダメだよ! 喧嘩はやめて!」

「怪鳥とゴリラ……小さな怪獣映画だなこれ」

 

 ハルトがそんな感想を漏らしながらも、その顛末を見守っていた。

 やがて、怪鳥はゴリラの腕を振り払い、その背中を小突く。無理矢理にでも前に押し出されたゴーレムは、渋々ながらに全身し始めた。

 

「それじゃあ、お願い」

 

 ガルーダとユニコーンが先導する中、ゴーレムは数歩遅れて移動する。

 だが、即座に立ち止まり、ハルトと可奈美を見返した。

 

「おーい」

 

 ハルトの呼びかけに、ゴーレムは頭を回転させる。やがて、少しためらった後、ハルトの足元に戻って来た。

 

「あ、あれ?」

「どうしたの?」

 

 可奈美が中腰で語りかける。

 ハルトの足から顔を覗かせるゴーレムは、可奈美とガルーダの顔を交互に見比べる。

 

「おい、ゴーレム?」

 

 ハルトはゴーレムを再び掴み上げようとする。だが、ゴーレムの体に触れるよりも先に、ゴーレムの肉体は消滅。ハルトの指は、ゴーレムではなく指を掴み上げた。

 

「ああ、消えちゃった……まだ魔力残ってるはずなんだけど」

「ええ? もう動けなくなっちゃったのかな」

「……まあ、索敵の他にも、何かできることがあるかもしれない。ゴーレムの役割は、またしばらく考えるよ」

 

 ハルトは紫の指輪をポケットにしまった。

 二体の使い魔たちが仕方なさそうに去っていくのを見届けて、大きな欠伸をする。

 

「ふあああ……それじゃあ、シフトの時間まで俺は寝るわ」

「ええ? 折角起きたのに勿体ないよ! 一緒に見滝原公園に行こうよ!」

「いや、さっきも言ったけど俺徹夜明けなんだよ。寝ておかないとこの後のシフトがキツイんだって……」

「大丈夫だよ! ハルトさんいつも、それ以上の大変な生活を送ってるし」

「俺にも平穏な日々を送らせてくれ!」

 

 ハルトは悲鳴に近い声を上げた。




響「へっぷし!」
コウスケ「風邪ひくなよ~」
響「うう……寒い……! 春って季節は、実際寒いから冬と同じだと思う今日この頃なのです」
コウスケ「長々と形容したけど、要は寒いってことだろ? まあ、三月だしな。ほら、春休みに入った学生がちらほら」
響「うう……最近、私もあんな時代あったなあって」
コウスケ「何言ってんだよ。お前も今……あれ?」
響「多分18だよ。もう、最後の高校生時代なんだよ」
コウスケ「おお、そういえばそうだったか……」
響「うう……わたしも遊びに行きたいッ! そんでもって、思いっきりカラオケとか熱唱したいッ!」
コウスケ「いつも戦ってる時あんだけ歌ってるのにか?」
響「それはそれッ! これはこれッ!」
コウスケ「ホーン……まあ、大学生はすでに春休み中だけどな!」
響「憎しッ! お?」
コウスケ「どした?」
響「親方ッ! 花の女子高生がカブに乗ってますッ!」
コウスケ「カブって、郵便屋のカブ? んなわけ……」



___さあ ギアを上げて顔を上げて どこまでも伸びてく道だって___



コウスケ「カブだっ! スーパーカブだ!」
響「珍しいッ! もっと言うと、バイクとかに乗ってるのもそんなに見ないけどッ!」
コウスケ「すげえな、しかも三人のグループっぽいぜ」
響「今時の女子高生ってすごいッ!」
コウスケ「お前も今時の女子高生だろ……」
響「きっとあれで、山とか行ったりするのかなッ!」
コウスケ「まだ雪残ってるだろうし、今はねえだろ……あ、でも2021年4月から6月で、どっかの山道で郵便バイトをしながら転がる女子高生って話を聞いたことが……」
響「交通ルールは守ってねッ!」


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失敗魔法

何か、色んな意味で汚い話になってしまいました


「眠……」

 

 カウンターにもたれかかかりながら、ハルトはそう呟いた。

 結局可奈美にせがまれて、朝からこの時間までランニングをすることになった。

 徹夜で指輪制作なんてするんじゃなかったかなと後悔しながら、ハルトは入口を見つめた。

 シフトに入ってから数時間たっているが、客が入ってくる様子が全くない。

 

「可奈美ちゃんも掃除から戻ってこないし……カフェインでも取るか?」

 

 ハルトは蛇口をひねり、顔を洗う。だが、すでに限界を超えた眠気をおさえることはできなかった。即興でコーヒーを淹れ、がぶ飲みする。だが。

 

「ダメだ、カフェインじゃ眠気が治まらない……! そうだ、だったら手入れだ手入れ」

 

 ハルトは口走りながら、腰のホルスターに収まっている指輪に手を触れる。手慣れた手つきでルビーの指輪を取り出し、

 

「えっと、コネクトコネクト……」

 

 カウンターにルビーの指輪を置いて、別の指輪を取り出した。眠さで数回頭を揺らしたものの、意地で堪えて指輪をベルトにかざした。

 これで、いつも通り作られた魔法陣を二階の個室につなげ、指輪の手入れ用具一式を取り出そうとしたものの……

 

『スメル プリーズ』

「へ?」

 

 予期していたものと全くことなる音声に、ハルトの目が点になる。

 だが、読み込んだベルトは、指輪に組み込まれた術式を展開。ハルトの目の前に、見知らぬ魔法陣が発生する。

 

「ちょ、ちょっと待って! これってゴーレムとセットで作った奴じゃ……ハッ!」

 

___はい、可奈美ちゃん。そっちの指輪も、返して___

___ああっ……___

 

「あのあと片付けてなかった……ゲホッゲホッ!」

 

 魔法陣がハルトを包むと同時に、異臭がハルトの体に張り付いた。

 

「う、嘘だろ!? って、本当にこれキツッ……! この指輪、何に役に立つんだ!?」

 

 アクシデントで初めて使った指輪を睨みながら、ハルトは慌てて他の指輪を取り出す。

 

「あ、あった! こういう時の……」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ハルトが手の形をした指輪を翳す。すると、ハルトが腰に巻いているベルトの上に、さらに銀のベルトが装着された。バックル部分を強調する作りとなっており、手の形をしたバックルは、ベルトの両端のつまみを操作することで左右に向きを変えていく。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「変身!」

『ウォーター プリーズ スイ~スイ~スイ~スイ~』

 

 カウンターの奥に立ったまま、ハルトは水のウィザードへ変身した。

 カウンターに充満していく臭気を取り除くため、今度こそコネクトリングを取り出し、使用する。

 

『コネクト プリーズ』

 

 手入れキットよりもウィザーソードガンを先に引っ張り出す。こんなことに魔力を使う日が来ようとはと思いながら、ウィザードはウィザーソードガンに付いている手の形をしたオブジェ、その親指を開いた。

 

『キャモナシューティング シェイクハンド キャモナシューティング シェイクハンド』

「……今更だけど、俺何やってるんだろ」

『ウォーター シューティングストライク』

 

 誰もいない店内で、ただ一人で変身して、自らの能力を暴発させて、その後始末のために必殺技まで行使。

 

「……ちょっと恥ずかしいな」

 

 力を最小限にとどめながら、水の弾丸を頭上に発射する。

 ウィザードの頭上で分散した水の魔法は、そのままウィザードの全身に行き渡り、その体にまとわりついた臭気を落としていった。

 

『フレイム シューティングストライク』

 

 即座に水のウィザードのまま、ルビーの指輪を読ませる。同じように発生した熱気をウィザードの体に浴びせると、ウィザードの体及びその足元に散らばった水が瞬時に蒸発した。

 

「瞬間ドライヤー……これ……もしかして、生身の体をウィザードで囲って蓋してるだけなんじゃ?」

 

 そう思って、ウィザードは腕に顔を近づけてみる。ウィザードとして魔法能力に秀でた肉体は、幸か不幸か生身の異常を完全に遮断しており、異常が分からない。

 このドタバタ劇の元凶、スメルリングを摘まみ上げながら、ウィザードは蛇口をひねる。

 水のウィザードの姿のまま水道水で指輪を洗うなんてこと、もう二度とないだろうなと確信しながら、ウィザードは左手でベルト、ウィザードライバーを動かした。

 

「……これの効率的な利用方法は、今後ゆっくり考えよう」

 

 ようやく、ウィザードライバーから飛び出た青い魔法陣がウィザードの体をこの場に相応しいハルトの姿に戻していく。

 色々あって眠気が吹っ飛んだが、今度はどっと疲れが湧いてきた。

 だが、サファイアの面が消失したのと同時に。

 

「うわっ! 臭っ!」

 

 体からまだ何も落ちていない。

 思わず鼻をつまみ、大急ぎでウィザードライバーを再出現。

 

「変身変身変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 大急ぎでルビーの指輪をベルトにかざす。先ほどの青とは打って変わって、赤い魔法陣が、ハルトの体を火のウィザードへ作り変えていく。

 

「松菜さん……?」

 

 変身が完了した時、丁度ラビットハウスの呼び鈴が鳴った。

 店の入り口にいたのは、馴染みのある少女。すらりと長い身長と、腰まで届く長い水色の髪。氷川紗夜は、困惑の表情を浮かべていた。

 

「なぜ……一人の店内でウィザードに?」

「あ、やあ。紗夜さん。久しぶり……でもないかな?」

 

 ウィザードはその姿のまま、紗夜へ歩み寄った。少し固まりながら、紗夜を店内に案内する。

 

「見ての通りがらんとしてるから、どこでもどうぞ」

「少しお話したいことがあるので、カウンターで……その……」

 

 紗夜はチラチラとウィザードを盗み見ながら、カウンター席に着いた。彼女の向かい側に立ったウィザードは、メニューを取り出す。

 

「それじゃあ、注文は? 分かってると思うけど、うさぎは非売品だよ。と言っても、今はマスターのところにいるけど」

「いえ……アイスコーヒーでお願いします」

「分かった。ちょっと待っててね」

 

 ウィザードはそう言って、再びコネクトを使う。

 なかなか手入れの時間がないなと思いながら、魔法陣の中よりコーヒーメーカー(少し歩いたところに置かれている)を取り出す。

 

「……」

「な、何?」

「いい加減、変身を解除したらどうですか?」

「ん? ん……」

 

 ウィザードは焙煎を行いながら、首を傾げた。

 

「ほ、ほら。たまにはウィザードに変身したままの接客も……面白いかなあって……」

「単純に落ち着かないですね」

 

 紗夜がハッキリと言い切った。

 

「でもほら。こうやって見ると、何かそれっぽくない?」

「それっぽいって……」

 

 ウィザードは棚からシェイカーを掴み、材料を入れて振った。

 

「様になってない?」

「自分で言う時点で、的外れだと思いますよ」

「あはは……言ってて自分でもそう思う。そもそも紗夜さん未成年だし」

 

 ウィザードは同意した。シェイカーを洗い場の傍に置き、改めてコーヒーメーカーからアイスコーヒーを淹れる。

 

「はい、紗夜さん。アイスコーヒー」

「ありがとうございます……うっ……!」

 

 コーヒーを口に含んだ紗夜は、小さな悲鳴を上げた。

 その様子を見て、ウィザードはカウンター席に設置してあるシュガーポケットを差し出した。

 

「あ、苦かった? 砂糖あるよ?」

「大丈夫です……」

 

 紗夜はウィザードの手を制し、そのまま、コーヒーをもう一度口にする。

 

「それでもやっぱり、苦いですね……」

「まあ、そういうものだからね。あ、よかったらケーキもあるよ」

 

 商魂を見せたウィザードは、メニューを開いた。

 一瞬だけ目を輝かせた紗夜は、すぐさま口を曲げた。

 

「い、いいえ。今は少し」

「要らない?」

「あまり空腹ではないので。それより、いいですか?」

 

 紗夜は咳払いをした。

 

「その……松菜さんに相談があって。よろしいですか?」

「俺でよければ」

「ありがとうございます。実は、生徒が一人行方不明になったんです」

「行方不明?」

 

 穏やかな響きじゃない、と考えながら、ウィザードは彼女に先を促した。

 

「先々月から。家にも帰っていないそうです。先月の間は先生方が探していたんですけど、春休みなのもあって、私も協力できないかと」

「そうなんだ……確かに心配だけど、何でそれを俺に? 警察とかの方がいいんじゃないの?」

「それは……この生徒の写真を見れば分かります」

 

 紗夜はそう言って、写真を差し出した。

 それを受け取ったウィザードは仮面の下で目を丸くする。

 

「この子……!」

 

 その顔写真。

 明るい笑顔を浮かべる少女。

 いるだけで周囲を笑顔にする印象を抱かせるが、彼女がその実残虐な顔を浮かべることを知っている。

 

「蒼井……晶……!」

 

 以前、紗夜の命を狙った少女。

 聖杯戦争において、アヴェンジャーのサーヴァント、スイムスイムを従えて、幾度となく聖杯戦争の舞台裏で暗躍していた彼女。

 ウィザードの直接の面識は、一度ラビットハウスを訪れた時だけしかないが、彼女がアヴェンジャーのマスターだと、自身のサーヴァントから聞いた。

 

「行方不明になった生徒って、この子?」

「はい」

 

 紗夜の肯定に、ウィザードは頭を抱えた。

 

「普通の家出少女もされど、元とはいえ参加者じゃ尚更放っておくわけにもいかないよね」

「はい。私はないですけど、もしかしたら他の参加者が狙ってくる可能性もありますから」

「探すのはいいけど、約束して」

「はい? 何でしょう?」

「紗夜さんは着いてこないこと。今後、この件には関わらないこと。これは俺一人で探す」

「なんで……」

 

 ですか、と彼女は続けようとしたのだろう。

 だが、自らで踏みとどまった理由も理解しているようだった。

 ウィザードはその先をあえて口にする。

 

「危険だからだよ。蒼井晶は以前、君の命を狙っていた。参加者じゃなくなったとはいえ、何を考えているか分からない子でしょ?」

「はい……」

「これが、ただの家出少女だったら、別に紗夜さんが一緒に来た上で協力するよ。でも、参加者でもない日菜ちゃんだって狙ってた子だよ?」

「でも……」

「いいんじゃない? 連れて行っても」

 

 突如、別の声が割って入って来た。

 それは。

 

「衛藤さん」

 

 衛藤可奈美。赤いラビットハウスの制服でやって来た彼女は、そのままカウンターに入り、ウィザードの隣に立った。

 

「ハルトさん、さっきから呼んでるのに応答ないんだもん。気になってこっちが来ちゃったよ? ……って何で変身してるの?」

「あ、これはその……色々あって……」

 

 ウィザードは仮面の下で目を泳がせた。

 だが可奈美はそれ以上言及せず、カウンターから身を乗り出した。

 

「私も行くよ。それだったら、紗夜さんも一緒に連れて行っていいでしょ?」

「……いや、ダメだ」

 

 ウィザードは否定する。

 

「そもそもが危険すぎる。まだトレギアだって倒していない以上、いつ狙われるか分からない。確かに前回、トレギアはもう紗夜さんを狙わないって言ってたけど。正直俺は……」

「ハルトさん。落ち着いて」

 

 これからあれこれ口走りそうになるウィザードを、可奈美が制した。

 すると、ウィザードが口にした単語に、紗夜が身を乗り出す。

 

「トレギアって、あのトレギアですか!?」

「あっ……!」

 

 紗夜の食い込みに、ウィザードは自らの失言に後悔する。

 だが、時すでに遅し。

 真っ青な顔を浮かべた紗夜は、ウィザードへ顔を近づける。

 

「あのトレギアが、この件に関わっているのですか!?」

「違う違う違う! 誰もそんなこと言ってないでしょ」

 

 ウィザードは慌てて否定する。

 だが、紗夜はすでに内にある恐怖に苛まれていた。

 

「トレギアが……まだ生きてる……っ!」

 

 紗夜は怯えた表情で自らの肩を掴んだ。

 完全にトラウマとなっている名前に怯える紗夜へ、ウィザードは付け足す。

 

「大丈夫だよ。多分、もう紗夜さんを狙うこともないだろうし」

「本当ですか……?」

 

 ウィザードは頷いた。

 

「前回、トレギア自身が言っていたんだ。紗夜さんはもう狙わないって。あくまで可能性の話。それより、今はこっちの話だよ」

 

 ウィザードは改めて、紗夜から受け取った写真をカウンターに置く。

 

「サーヴァントを失ったマスターは、当然参加資格もない。逆に言えば、俺たちが今抱えている参加者の縛りもないでしょ?」

「縛り?」

 

 可奈美は首を傾げた。

 紗夜も、少し顔を蒼くしながら尋ねた。

 

「参加者に、縛りなんてあったんですか?」

「うん。俺たち参加者は、見滝原から出ることが出来ない。指一本でも見滝原を出たら、その時点で強制的に死んでしまう」

 

 それこそ、晶のサーヴァントはそのルールによって命を落とした。とは、ウィザードは口にしなかった。

 

「それじゃあ、松菜さんたちは、もう見滝原から出ることはできない……!?」

「少なくとも、聖杯戦争が終わるまではね」

 

 その事実を告げると、彼女はウィザード以上に絶望を浮かべた。

 

「そんな……っ!」

「まあまあ。紗夜さんがショックを受けることじゃないよ。紗夜さんはもう、その縛りなんて無くなったんだから。この前も、聖杯戦争から降りた参加者だって無事に出ていったし。……美炎ちゃんたち、無事に出られたよね?」

「うん」

「……でも……っ!」

「いいから。まあ、そういう訳だから俺たちは見滝原から出られないんだよ? もし蒼井晶が見滝原から出ていったあとだったらもう打つ手ないよね」

「……そうだ」

 

 可奈美は何かを思いついたように、スマホを取り出した。

 

「ねえ、これからちょっと手がかり持ってそうな人のところに行ってみない?」

「手がかり?」

「うん。仮に見滝原から外に出ていないならって前提があるけど、それだったら情報を持っていそうな人のところ」

 

 そう言いながら、可奈美はポチポチとスマホを操作している。すぐに彼女の手元から、メッセージが送られてくる音が聞こえてくる。

 

「うん、向こうもオッケーもらったよ。早速行ってみようよ」

「速っ!」

「情報を持っていそうな人ですか?」

 

 可奈美の言葉に、紗夜が聞き返した。

 

「うん。聖杯戦争で位置情報を持っていそうな人。安心して。なるべく戦いたくない人だから、紗夜さんが危険に巻き込まれることは絶対にないよ」

「そうですか……」

 

 そうはいうものの、半信半疑のままだと彼女の顔に書かれている。

 その最中、スマホから顔を上げた可奈美が、ウィザードへ尋ねた。

 

「ハルトさん、変身いい加減に解いたら?」

「ん? ……ほら、ラビットハウスも今色々模索してるじゃん? たまには変身したまま……」

「そんなのおかしいって。ほら、変身解除しよ! 紗夜さんもハルトさんの顔みたいでしょ!」

 

 可奈美はそう言って、ウィザードライバーのつまみを解除する。

 変身待機になるモードであるが、うっかり気を抜いてしまったウィザード。そのまま赤い魔法陣がウィザードの頭上へ飛んで行き、その姿を松菜ハルトの姿へ戻してしまった

 ウィザードという蓋が外され、スメルの魔法が再び外気に触れる。

 予想外の事象であろう可奈美と紗夜は、ともに唖然としている。

 その間、彼女たちの表情に色んな文字が見えた。

 

・洗ってない雑巾みたいな臭い

・田舎のシマヘビとかアオダイショウの臭い

・洗ってないザリガニの水槽の臭い

・有機溶媒のピリジンをより強烈にした臭い

・洗わないで放置した柔道着を詰め込んだ鞄を開けた時の臭い

 

「あ……あはは。ちょっと、魔法に失敗しちゃって。一番ショボい変身してた……かも……」

 

 だが、それ以上の言い訳を聞く者はいなかった。

 あまりの強烈な臭いに、可奈美と紗夜は白目を剥いて倒れたのだから。




???「お○○○おおおおおおおおおお! 〇〇こ! ○○こ イン 〇〇こ!」
ハルト「ななな、何!? 店の外からなんか聞こえてきたと思ったら、屋根の上になんか変質者がいる!?」
???「あーっはっはっは! 何て清々しいのかしら! 公衆の面前で下ネタをまき散らすのは!」
ハルト「何じゃありゃ!? あ、警察」
警察「動くな! そこで何をしている!?」
ハルト「まあ、そりゃあ……タオルの上にあんなパンツを頭に被った変態仮面なんて、警察のお世話間違いなしだよね」
???「近づかないで! このタオルの下は裸よ! 乱暴をすればその瞬間私はスッポンポン。取り押さえた人間は、女性を公共の場でひん剥いた罪で社会的に死ぬわよ!」
警察「うえっ!?」
ハルト「本物の変質者じゃん! 可奈美ちゃんと紗夜さんが気絶しててよかった……」
???「さよなら〇イ〇イまたいつか!」
ハルト「うわ、何かばらまかれた……何だこれ?」

女性の○○い写真

可奈美「ふーん、ハルトさんこういう人が好きなんだ」
ハルト「うわっ! 可奈美ちゃん起きたの!? 違うけどね!」
紗夜「松菜さん、不潔です」
ハルト「俺じゃないから! ほら、あれ!」
可奈美「あれ?」
ハルト「あれ? いない! 警察、まさかあの変態逃したの!? あんな目立つ格好してる奴を!? き、気を取り直して、今日のアニメ、どうぞ」


___S.O.X!! S.O.S!! 今こそSEX(せいせん)のとき S.O.X!! S.O.S!! 孤高のラストペロリスト___



可奈美、紗夜「……」
ハルト「いや、俺悪くない! 俺悪くないから! タイミング本当に悪いなもう! この下ネタという概念が存在しない退屈な世界!」
可奈美「ええっと……放送期間は2015年の7月から9月だよ」
紗夜「下ネタなんて……そんなものがあるから、風紀が乱れるんです。そんなものがなければいいんです」
ハルト「まあまあ。でも、そういう知識もないものって、本当にいいのかな? 人間が必然的に持つはずのものを、公序良俗に反するっていう理由で100%規制するのは、ある意味のディストピアじゃない? 一件アホみたいなタイトルだけど、そんな投げかけもある作品だよ。ちなみに我らが作者のカラスレヴィナは、そこに辿り着く前に下ネタ耐性なくて困ってたらしいけどね」
可奈美「ダメじゃん!」


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閲覧注意! 食事中は気分悪くなるかも

タイトルの通りです。ご注意下さい


「……本当に来たのね」

 

 そんな不機嫌、綺麗な顔が台無しだよ。

 そんな気の利いた言葉を、ハルトは言うことができない。

 リゲル。

 この見滝原にて行われている、願いをかけたバトルロワイアル___聖杯戦争に参加している一人。ガンナーと呼ばれるクラスの彼女は、以前ムー大陸と呼ばれる場所で協力してもらったことがある。

 可奈美が言っていた、情報を持っていそうな人。見滝原の住宅街にある七階建てマンション、その五階。その中間の一室に、ハルト、可奈美、そして紗夜は訪れていた。

 

「久しぶり。えっと……」

「あんまり気軽に来てほしくないんだけど。分かってる? 私達は敵同士よ」

 

 その言葉に、ハルトは否定しきることが出来なかった。

 聖杯戦争は、体内に魔力を抱擁する人物がサーヴァントと呼ばれる英霊を召喚し、最後の一人になるまで戦う儀式。勝ち残れば何でも願いが叶うと言われている聖杯を求めて争う以上、リゲルの意見は正しいのだろう。

 ハルトはその事実を振り切りながら、続ける。

 

「そうだけど……マスターから聞いてない?」

「聞いてるわよ。納得いかないから言ってるの。それに貴女は……セイヴァーのマスターね」

 

 リゲルは、ハルトの隣にいる可奈美を見ながら言った。

 ハルトの記憶が正しければ、二人の接点は二回。

 復活した古代大陸、ムーにおける共闘と、ココアの姉、モカが来た時。

 

「うん! 覚えてくれてて嬉しいな! リゲルちゃん!」

「ちゃんはやめて」

 

 リゲルはばつの悪い顔をして、もう一人の来客へ目を向けた。

 

「……貴女は?」

「初めまして。氷川紗夜と申します」

 

 氷川紗夜。

 この中で唯一の非参加者である彼女へ、リゲルはより一層険しい顔を見せた。

 そのまま表情を変えないまま、リゲルは耳に手を当てた。すると、彼女の目に筒状のゴーグルが発生した。

 

「氷川紗夜……貴女、元参加者よね? フェイカーとの戦いに深い関わりがあったそうだけど」

 

 半分確信を持った口調だった。

 紗夜はどことなくぞっとしている表情だが、ハルトはその前に立つ。

 

「まあ、元だからね、元。もう令呪もないし。ほら紗夜さん。手だして」

「は、はい……」

 

 ハルトに促されて、紗夜は両手を差し出す。

 ハルト、可奈美の手に刻まれている、黒い紋章。それぞれ異なる形として、ハルトは三画、可奈美には二画残っているものは、紗夜の手には完全に消失していた。

 

「……まあ、いいわ。もともとマスターが招いたのだし。上がりなさい」

 

 リゲルはそれ以上の言及を避け、玄関ドアを大きく開け、三人を迎え入れた。

 

 

 

「ねえ、リゲル」

 

 マンションは、2LDKのファミリー用の部屋だった。

 リビングリームに通されたハルトたちは、ソファーに腰かけ、リゲルがマスターを呼ぶま待つこととなった。リゲルが戻って来たころには、ハルト、可奈美、紗夜の三人は肩を抱えて震えていた。

 

「何?」

「この部屋、ちょっと寒すぎない?」

「寒い寒い寒いよぉ!」

 

 ハルトの言葉に続いて、可奈美も猛烈な勢いで同意する。

 その言葉に、リゲルは深く頷いた。

 

「それは私も同意するわね」

「同意するなら止めたら?」

「とっくに何度も止めたわよ。ウチのマスターはそんなことを気にするタイプじゃないのよ」

「あはは……」

「っくしゅん!」

 

 ハルトが微笑していると、紗夜がくしゃみをした。

 

「……ごめんなさい」

「仕方ないよ。でも、まだ春先だよ? 室内でここまで冷房利いてると、風邪ひかない?」

「私はそもそもゼクスだからそんな問題ないわ」

「ゼクス?」

「……忘れなさい。あ、来たわ」

 

 リゲルが廊下を見た。

 廊下の側にある部屋から、こちらにやってくる少女。白い上着とボブカット、そしてなきぼくろが特徴の少女は、静かにリビングルームに入って来た。

 

「えっと、確か……柏木(かしわぎ)……名前なんだっけ?」

鈴音(すずね)ちゃん!」

鈴音(れいん)です」

 

 彼女はばっさりと可奈美の腕を下ろす。

 そう。

 柏木鈴音(かしわぎれいん)

 聖杯戦争の参加者、ガンナーのマスターにして、以前可奈美にも接触してきた少女。

 逃げ専を自称し、聖杯戦争にもなるべく関わりを持とうとしない彼女は、やってきた廊下へ手招きした。

 

「準備はしてきました。行方不明の元参加者の捜索ですよね」

「うん。ごめんね、いきなり押しかけて」

「いいえ。貴方たちに借りを作ることは重要ですから。それで、彼女が?」

 

 鈴音は紗夜に目を向けた。

 ハルトは頷き、紗夜へ手を向ける。

 

「氷川紗夜さん。こっちも元参加者で、今回その蒼井晶を探してくれって依頼してきたんだ」

「あえて元参加者を探そうとするなんて、ハルトさんも物好きですね」

「まあ、そもそも参加者としてではなく、単に行方不明の生徒を探しているわけだからね」

 

 ハルトの言葉に、鈴江は頷いた。

 

 その時。

 カサカサ……

 

「ん?」

 

 その音に、ハルトと可奈美は同時に顔を下げた。

 無数に散らばる鈴音の私物。その合間にそれはいた。

 

「お……」

「「うわああああああああっ!」」

 

 可奈美と紗夜は驚いて、ハルトに飛びつく。

 

「うぎぃ……」

 

 両側から首を締め付けられて、ハルトが短い悲鳴を上げた。

 だが、ハルトに構わず、左右の二人は遠慮なく大声を発する。

 その、黒光りする物体に向けて。

 

「g……○○○○!」

「なんでこんなところに〇〇〇〇が!?」

「耳がっ! 二人とも、離れて!」

「そりゃいますよ。生活しているんですから」

 

 鈴音は虫を一瞥しながら冷蔵庫を開ける。

 中からコーラのペットボトルを取り出し、キャップを外している。

 何となくこの原因を察したハルトは、さらに可奈美の悲鳴を浴びた。

 

「生活してるだけで出てこないよ普通!」

「ぐあああ耳が……っ! あと首がッ! 折れるっ! 可奈美ちゃん、俺たちそもそも飲食店で働いているんだし、見たことなかった?」

「ら、ラビットハウスにもいるんですかっ!?」

「見てない見てない見てないいないいないいない!」

 

 可奈美と紗夜がさらに全身の力でハルトの体にしがみつく。だんだん頭に血が行かなくなってきた。

 可奈美の体が少し床に近づくのと同時に、例の虫がこちらに近づいてきた。

 

「う、うわーっ! 来た来た来た! ハルトさん! 燃やして飛ばして! 魔法使いなんだから、出来るでしょ! 速く速く! フレイムでもコネクトでもキックでもいいから! こっちに来たから!」

「い、いやっ! 来ないで! 助けて日菜!」

「分かった分かったから! そもそも可奈美ちゃんの部屋も結構汚いし、結構いると思うんだけどっ!」

「いない! 絶対にいない! ってうわああああああ近づいてきたっ!」

 

 そして。

 黒光りする虫は翼を広げ、飛翔。

 同時に、その背後から増殖してくる。一匹ではない。二匹も、三匹も。

 

「「いやあああああああああああっ!」」

「ぐ、ぐるしい……」

「うるさいですね。気にしなければいいじゃないですか」

 

 鈴音は無視しながら、ハルトたちを廊下へ案内しようとする。やって来た彼女の個室だろうか。

 だがこちらは、それどころではない。あれ(・・)をどうにかしない限り、話を進められない。

 

「いやっ! いやっ!」

「こ……こうなったら……」

『コネクト プリーズ』

 

 ハルトはほとんど(これもしかして、今まで戦ったどんな敵よりも強い拘束ではないかと思いながら)動きを封じられながら、指輪を発動させた。

 魔法陣から丸めた新聞紙を取り出し、飛んできたそれをホームラン。

 壁に張り付いた形で動かなくなった虫。だが、今更それで数を減らしたところで焼け石に水。

 

「つ、次!」

『コネクト プリーズ』

 

 再び魔法陣を発動。

 次に引っ張り出したのは、殺虫剤。

 

「ほら、可奈美ちゃん! これでやっつけられる奴はやっつけて!」

「いや! 無理! ハルトさんがやって!」

「いつも荒魂やらファントムやらと戦ってる刀使が何を言ってるの!?」

 

 ハルトはツッコミながら、可奈美の頭に殺虫剤を乗せる。

 だが、そうこうしている間に、すでに対峙している一団が迫っている。

 可奈美には頼れないと、ハルトは殺虫剤で応戦。白い霧吹き状の液体が霧散し、何体かの脚を止める。

 そして。

 

 うち二体が、接触した。

 正確には、ハルトの左右。

 可奈美と紗夜の頭上に。

 

「「ヒッ……」」

「……この状態から入れる保険があるんですか……?」

「「いやあああああああああああああああああああああああああっ!」」

 

 耳元だということを忘れた少女二人は、遠慮なく大声で叫んだ。

 数秒間、ハルトの聴力が完全になくなった。耳から脳に直接伝わって来た二人の少女の振動は、軽い脳震盪を起こし、ハルトの意識を半分刈り取っていく。

 

「話よりも先に掃除しましょう!」

 

 ようやく聴力が回復した時。

 それは、可奈美が迅位の速度で殺虫剤を撒いた後で、紗夜が主張した時だった。

 

「あ、やっと耳が治った……」

「ウィザード、平気?」

 

 そんな今。

 可奈美はまさに人並外れた素早さで虫たちを駆除していく。放っておけば、ソファーに置いてある御刀、千鳥(ちどり)まで動員してきそうだ。

 

「ありがとリゲル。……っていうか、あの二人にももう少し俺のこと心配してほしいんだけど」

「ウィザード以上に、あっちが気になるのね……まあ、私も同感だけど」

 

 腰を曲げるリゲルへ、ハルトは「あはは」と薄ら笑いを浮かべた。

 リゲルより遥かに関わりが深いはずの二人がすっかりと自分よりも虫退治に夢中になっている二人へ、ハルトは少し涙目になった。

 

「可奈美ちゃんも、俺と同じくらい旅とかやってきたらしいし、ああいうの慣れるものだと思うんだけどな?」

「掃除しましょう!」

 

 紗夜の主張がもう一度響く。

 

「他人のことにそれほど干渉するつもりはありませんが、これでは話ができません!」

「そうだそうだーっ!」

 

 紗夜の背後で、可奈美が手を上げる。

 すると、リゲルの顔にみるみるうちに輝きが溢れていく。

 

「柏木さん。今から、掃除させてください!」

「そうだよ! だからハルトさん!」

「はいっ!?」

 

 いきなりの指名に、ハルトはびくっと背中を震わせた。

 可奈美は紗夜を飛び越えて、ハルトに迫る。

 

「ハルトさん! コネクト!」

「コネクト? はい……」

 

 可奈美に圧され、ハルトは腰のホルスターからコネクトの指輪を取り出した。可奈美は即座に指輪を取り上げ、彼女の右手中指に差し込んだ。

 

『コネクト プリーズ』

 

 コネクトの魔法。

 ハルトの魔力を消費して発動するものだが、その接続場所は指輪の持ち主の意思を反映する。

 ハルトが知らない魔法陣の行先。可奈美が手を突っ込むと、彼女はその中から雑巾を取り出した。

 

「はいハルトさん!」

「う、うん……え? 俺もやるの?」

「紗夜さんも!」

「ええ、是非!」

「ほら、鈴音ちゃんも」

「わたしは別に……」

「いいから! リゲルも」

「……衛藤可奈美……!」

 

 リゲルは、可奈美の肩をがっしりと使う。一瞬、ハルトは可奈美が怒られるかと思った。

 だが予想とは一転、リゲルは顔を輝かせていた。

 

「ありがとう……! そうよ! そうよ‼ 私が何回言っても聞かないの! この部屋、少なくとも私が来てから一回も掃除したことないのよ! さあ! マスター! いい機会よ! この際、色々と掃除してしまいましょう!」

「リゲル……?」

 

 だが、何かが切れたリゲルはもう止まらない。

 鈴音を抱え上げ、あらゆる電子機器から引き離し、窓際に立たせる。

 

「マスター! あなたも掃除よ!」

 

 リゲルは鈴音の手にモップを握らせる。

 鈴音は露骨な嫌な顔を浮かべるが、リゲルは聞かない。

 

「これまで私は、何度もマスターに言ってきた! その度に断られてきたけど、その都度シミュレーションしてきたのよ!」

「ムーの解析もできた能力の何て無駄遣い……」

「その努力が、ついに報われるときが来たのよ!」

「リゲル、アンタそれでいいの!? 英霊なんだよね!?」

 

 ハルトのツッコミにも関わらず、リゲルはすでに戦闘(掃除)態勢に入っている。頭巾を被り、(はた)きを掲げた。

 

「さあ、ウィザード! 衛藤可奈美! 氷川紗夜! 状況開始!」

 

 もうリゲルを止めることなどできない。

 ハルトは「了解した」と、雑巾がけを開始した。

 可奈美はその素早さを活かし(そのために、常に千鳥を左手に持つ)部屋の隅済みへごみを片付けていく。

 

「……可奈美ちゃん」

「何?」

「そのモチベーションを普段の生活とか自分の部屋とかにも注いでくれるといいのに……」

「うっ……」

 

 ハルトの言葉に、可奈美はばつの悪い顔を浮かべた。

 

「だ、だって……あんまり、頑張ろうって続かないんだもん!」

「剣だったらずっとやっていられるのに?」

「当たり前だよ! だって、剣術はとっても楽しいんだよ! 相手と打ち合うと、その力とか力量とか……」

「そもそも家事って、君の剣術以上に才能とか必要ないものでしょ? やらない人って、単純に面倒だからやってないだけだよ」

「うっ! ハルトさん、その言葉は私がこれまで受けてきたあらゆる剣術よりも刺さるよ!」

「刺さるように言ってるからね。……聞いてる? ガンナーのマスターさん」

「聞こえてません」

 

 右手にバケツ。左手にモップ。

 いざこれから掃除以外のことをするのに不向きな姿だというのに、彼女は掃除以外をしたいと顔が訴えている。

 鈴音を横目で見ながら、リゲルは窓を拭く紗夜へ語り掛けた。

 

「感謝するわ。氷川紗夜。ウィザードと衛藤可奈美の上、もう一人来てくれるとはね」

「これくらいなら、いくらでも」

 

 紗夜は、にっこりと自らの長い髪を束ねた。ポニーテールとも呼ばれるその髪型だと、ハルトは彼女へ普段とは別の印象を抱かせた。

 その時。

 

「あああああああ……」

 

 体を震わせる鈴音が、声にならない悲鳴を上げた。バケツとモップを放り、右手を突き上げる。彼女の袖が落ちると同時に、彼女の右手に青い光が溢れ出した。

 

「令呪を持って命じます。リゲル! 掃除を終了! 終了してください!」

「「「え?」」」

「リゲルだけじゃありません! 可奈美さんもハルトさんも氷川さんも! 今すぐ!」

「ええええええええええええええええ!?」

「ちょ、体が勝手に……!」

 

 言うが速いが、リゲルの体が令呪によって動かされていく。彼女の意思とは関係なく、リゲルの体が動きを行っていく……と言えばおどろおどろしいが、やっていることは掃除の中断。ハルトの雑巾を取り上げ、可奈美の手から箒を叩き落とした。

 

「り、リゲル何やってるの!?」

「私じゃないわよ! 令呪で体の自由が奪われてるの!」

 

 令呪の命令はそれに済まない。紗夜の雑巾もまとめて掴み、窓を開く。

 そのままリゲルは、掃除用具を外へ放り投げる。

 

「な、何をするの私の体!?」

 

 リゲルは自身の体に驚きながら、その右腕に青い光を発生させた。装備されるランチャーで照準を定め、青い光が発射される。

 悲しいかな、ラビットハウスより拝借(無言)してきた掃除用具は、聖杯戦争の一環たるリゲルの攻撃によって命中、爆発して消失した。

 

「「「ああああああああああああっ!?」」」

「……やりました!」

 

 唖然とするハルト、可奈美、紗夜、リゲル。

 ただ一人、勝ち誇った顔の鈴音だけが、胸を張っていた。




ココア「う~ん……眠い」
チノ「ココアさん、起きて下さい」
ココア「起きてるよ」
友奈「チノちゃん! ココアちゃん! 来たよ!」
ココア「友奈ちゃん! いらっしゃい! ツケ溜まっていますぜ……」
友奈「ええっ!? わたし、お茶一杯分のお金しか持ってないよ!?」
チノ「ココアさん! ツケなんてないじゃないですか。友奈さんも信じないでください」
友奈「えっ、冗談? な~んだ、安心した」
ココア「ユーモアは大事だよ? お姉ちゃんの大事な要素なんだから!」
チノ「モカさんには及びません。いっそのこと、友奈さんをお姉ちゃんって呼んだ方がいいと思います」
ココア「(`0言0́*)<ヴェアアアアアアア!」
友奈「ココアちゃんが白目を剥いて倒れたよ!?」
チノ「フッ」ドヤァ
友奈「チノちゃん、すっごいどや顔!」
チノ「今の私なら、なんだって出来る気がします! そう、たとえばメインキャラではないとしても、今回のアニメ紹介を一人で占領することくらいは!」


___好き好き大好き!! 世界一好き!! ホントは大声で叫びたいよ___



チノ「俺が好きなのは妹だけど妹じゃない、通称いもいもです!」
ココア「妹!?」
友奈「えっと、2018年の10月から12月までのアニメだよ!」
チノ「ライトノベル作家を目指す主人公、永見祐くんが、ひょんなことから新人賞を取っちゃった妹、涼花さんと、二人三脚で永遠野誓っていうペンネームで頑張っていくお話です」
ココア「妹! 可愛い!」
友奈「何かココアちゃんが壊れた! あと、それってゴーストライターって言うんじゃ……」
チノ「独特なペンネームのイラストレーターや、同じ高校に通うラノベ作家など、あちこちに出版業界の方がいらっしゃいますね」
友奈「意外とみんなの回りにもいるかもね!」
チノ「他にも、中々独特な()が魅力です」
友奈「そ、そこ多分ファン的には触れちゃいけないやつ!」


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監視カメラ包囲網

「ほんっと信じられない!」

 

 リゲルはそう叫んだ。

 

「こんな下らないことで令呪を使うなんて!」

「でも、それだけの価値はありました。掃除を中断させることができましたから」

「マスターあなた令呪の価値分かってるの!?」

 

 リゲルが本気で怒っている。

 顔を真っ赤にして、鈴音の肩を掴んでいる。

 

「令呪ってのは、いかなる無茶ぶりだってサーヴァントにさせることが出来るのよ! それに、宝具っていうサーヴァントの切り札を使うための必要事項でもあるのよ! それを、こんな小一時間もかからない家事のために……!」

「いいんです。どうせ私は逃げ専です。リゲルが切り札を切る状況などないですよ」

「なっ……!」

 

 鈴音のきっぱりとした言い切りに、リゲルは空いた口が塞がらない。

 そんなサーヴァントを置いて、鈴音は可奈美と紗夜を見た。

 

「それで二人とも。何だったんですか?」

「ん? 何が?」

「だから、今日来た要件」

「……あ」

 

 鈴音がそれを言い出すまで、ハルトは紗夜から頼まれていたことを完全に忘れていた。

 

「そうだそうだ。紗夜さん」

「えっと……ハッ!」

 

 紗夜が頭の上にビックリマークを浮かべている。

 

「紗夜さん、もしかして忘れてたんじゃ……?」

「わ、忘れてません!」

 

 紗夜はそう主張して、写真を取り出した。

 

「この人の捜索です」

「……蒼井晶ですか?」

 

 写真に写った、モデルの少女。キラキラの笑顔で返す彼女を一瞥すると同時に、見事に鈴音はその名を言い当てて見せた。

 

「よく知ってるね」

「私は情報を集めて聖杯戦争を戦うタイプですからね。参加者の情報を集めるのは基本中の基本ですよ。増してや、芸能人ですから」

「そうなんだ……それじゃあ、聖杯戦争での彼女のことも?」

「知っていますよ。アヴェンジャーのマスターですよね」

 

 鈴音はこれまたピタリと言い当てた。

 

「アヴェンジャー、スイムスイム。詳しいことまでは分かりませんが、脱落したと認識しています」

「うん。フェイカーにサーヴァントがやられたんだ」

「トレギア……ですね?」

 

 その名前に、ハルトは顔を歪めた。

 

「こっちも知ってるんだね」

「はい。危険な思想を持つ参加者だと認識しています」

 

 鈴音が、ちらりと紗夜の顔を覗き込む。

 ハルトも紗夜を盗み見てみると、彼女が青い顔を浮かべていた。

 

「……見滝原ドームでの事件も、おおよその概要は把握しています。氷川さんの体を乗っ取ったトレギアが大暴れしたと」

「ものすごくざっくりと言うとそうだね」

「もっとも、私の情報は監視カメラのハッキングが大元ですから、それ以上のことは知らないですね。アヴェンジャーのことも、トレギアとの戦闘後から確認取れないですからね」

「ああ……アヴェンジャーの最期は、俺が立ち会った」

 

 ハルトは声を落とした。

 件の少女、蒼井晶。

 彼女がサーヴァントとして従えていたのは、暗殺を得意とする少女、スイムスイムだった。壁や床に潜り、場所を選ばずに殺意の刃を向けてくる少女。だが彼女は、聖杯戦争の舞台である見滝原、その境界線を少し超えただけで、ルールに沿って命を落とした。

 鈴音はリゲルと顔を合わせ、互いに相槌を打った。

 

「トレギアもどこにいるか分かりませんし。とりあえず、探してみましょうか」

 

 鈴音はそう言って、廊下を戻っていく。私室のドアを開けた彼女は、ハルトたちを手招きした。

 

「ちょっとマスター! まさか、ウィザードたちを部屋に入れるつもり!?」

 

 リゲルは血相を変えて怒鳴った。

 当たり前のように頷いた鈴音に、リゲルは白目を剥いて傾いた。

 

「ちょ、リゲル!?」

「おっと……」

 

 気を失いかけたリゲルを、可奈美が受け止めた。

 

「だ、大丈夫? リゲルさん」

「へ、平気よ……依頼とはいえ、敵であるウィザードやあなたに、私達の心臓部である情報収集の要を曝け出すと思うだけで頭が痛いのよ」

「あはは……」

 

 ハルトと可奈美は互いに顔を見合わせてほほ笑んだ。

 そのまま気絶しかけたリゲルに肩を貸しながら、可奈美と紗夜に続いて、ハルトは部屋に入っていった。

 鈴音の私室。そこに足を踏み入れた途端、そこは別世界だった。

 

「「寒っ‼」」

 

 入った瞬間、ハルトと可奈美は同時に悲鳴を上げた。

 三月初頭。

 まだ寒さが堪える世の中。家に入るメリットとして暖かさがあげられるものの、部屋に入ったら外よりもさらに強い寒さに襲われた。

 

「何これ何これ!? めっちゃ寒いんだけど!」

「問題ありません。むしろ、これくらいの冷却は必要ですよ」

 

 鈴音はそう言って、パソコンを操作し始めた。

 株か何かの画面が切り替わり、やがて町のあちらこちらの映像が映し出されていく。

 

「あれ……何やってるの?」

 

 その様子を見て、ハルトはリゲルに尋ねた。

 リゲルは、鈴音とアイコンタクトを取る。彼女から許可を得たということかと思うと、リゲルは話し始めた。

 

「マスターの情報収集の主戦力は、ここの監視カメラのハッキングよ。いわば、見滝原全体がマスターの目ね」

「なにそれ怖っ!」

 

 ハルトは腕を抱き、震えあがる。

 

「そりゃ情報網すごいはずだよ。この町での活動全部筒抜けってことでしょ?」

「さすがに私も取捨選択はしますよ。たまに男女の修羅場とか見られて面白いですけど」

「うわあ」

「いろいろと法令違反な気もしますけど……」

 

 紗夜が頭を抑えた。

 ココアから聞いた話では、彼女は風紀委員らしい。色々とアウトな面も多いことは、彼女にとっては頭が痛くなるのだろう。

 

「……紗夜さん、どうする? 警察に通報する?」

「……見なかったことにします」

「見つけました」

 

 鈴音のその言葉に、ハルトと紗夜は、顔をモニターに近づけた。

 

「彼女ですよね。蒼井晶」

 

 無数に並ぶモニター。その一つに、栗色の髪をした少女の姿が映し出されていた。何度も拡大を繰り返し、その姿がハッキリとしてくる。

 だが蒼井晶の姿は、ハルトの記憶にあるものとは異なっていた。

 綺麗に流されていた髪はボサボサになっており、右頬には大きな治療具を張り付けてある。桃色の髪飾りは無くなっていた。

 だが。

 

「間違いない。彼女だ」

 

 ハルトの確信に、紗夜も頷いた。

 これまでの蒼井晶の接点は二回。

 ラビットハウスにモデルの仕事として訪れたことと、そして見滝原ドームでサーヴァント、スイムスイムに襲われた後のこと。

 

「この日付は……先月か」

「私たちがヤマタノオロチと戦っていたころだよね」

 

 可奈美もまた、モニターに表示される日数をそう断じた。

 鈴音は「ヤマタノオロチ?」と首を傾げる。

 

「何ですかそれは? 先月のみなさん……ああ、そういうことですか」

 

 鈴音はキーボードを数回叩く。

 すると、晶が表示されているものとは別のモニターに、あの光景が映し出される。

 干上がった湖。そして、ムーの戦士が開けた門。

 それは。

 

「先月の見滝原公園です。干上がった湖にハルトさんたちが飛び込んでいったのは不思議でしたけど、もしかして」

「その話はあとで。それより、蒼井晶はこれからどこへ?」

「……」

 

 むすっとした顔をした鈴音は、またキーボードを叩く。すると、見滝原公園を映したもの以外のモニターが書き換わっていく。

 

「あと、今ネットにある情報も確認しました。どうやら彼女は、一月末からモデルの仕事にも出ていないそうです」

「一月末……」

 

 それはきっと紗夜にとって、忘れられない日だろう。

 妹に嫉妬する少女(紗夜)と、同輩に嫉妬する少女()

 彼女たちが、仮面の男トレギアに徹底的に利用された日。今この場にいない龍騎、そしてココアを選んだ光の戦士がいなければ、とてもあの場を切り抜けることなどできなかった。

 

「少し待って下さい……」

 

 モニターの中の晶は、ハルトとぶつかった後、そのまま駆けていく。

 やがて古いアパートに閉じ籠った彼女が出てくるまで、鈴音はモニターを早送りにした。

 母親らしき女性が何度も出入りしているが、晶が出てくる様子はない。

 やがて姿を現した晶。それまでどれだけ日が出入りしたか分からない。彼女は胸に抱えた荷物を持ったまま、どこかへと向かっていった。

 

「どこに行くんだ?」

「追いかけてみましょう」

 

 鈴音はそう言って、モニターを操作する。すると、町中に点在する監視カメラが切り替わり、晶を追跡していく。

 

「……これ、俺たちがやってることって、モデルのストーカー……」

「だ、ダメだよハルトさん! 私も今そう思い始めたけど、思わないようにしてたんだから!」

「だってさ、これ……」

「だからダメだって!」

 

 可奈美が顔を引きつらせる。

 

「私も何だか罪悪感が芽生え始めてるんだから! ……あ、戻ってきた」

「……行方不明になった日付は分からないんですか?」

 

 鈴音が欠伸をしながら尋ねた。

 

「そうでないと、彼女の出入りを毎回監視することになりますけど?」

「見せて下さい」

 

 紗夜がさらに前に乗り出す。

 彼女は晶が動くモニター、その右下の日付を確認した。

 

「間違いありません。この日です。おそらく、ここからはもう帰ってこないと思います」

「分かりました」

 

 鈴音は引き続き、モニターを操作する。監視カメラの映像が無数に切り替わり、晶を追いかけていく。

 住宅街を抜け、川を渡り。

 晶が向かった先は。

 

「見滝原南方面ですね」

 

 見滝原南。

 かつて、ハルトたちの宿敵トレギアが、荒魂の少女を誘拐し、ハルトや可奈美たちを誘い出した場所だった。




彩「は、初めまして。丸山彩でしゅっ!」
真司「あ、噛んだ」
彩「うええん……! これからだって言うのに、これじゃあ印象悪いよ……」
真司「平気だって。気にすんな。えっと、今日からだっけ?」
彩「はい! よろしくお願いしましゅ」
真司「あ、また噛んだ」
彩「うっ……こんなんで私やっていけるのかな?」
真司「大丈夫だって。最初はみんなこんなもんだから」
彩「せ、先輩……ありがとうございます!」
真司「先輩……先輩……っ! うっし! 先輩に何でも聞け!」
彩「はいっ! あ、いらっしゃいませ~」
真司「もっとにっこり! スマイルゼロ円だぜ!}
彩「いらっしゃいませ~!」
真司「そう! その調子! もっと熱くなれよ!」
彩「いらっしゃいませ~!」
真司「そして、このコーナーで俺たちがすることはこれだ! アニメ紹介コーナー!」


___「忘れない」誰かの声が 切なく響く 始まる 予感にふるえて___



真司「sola! ……これってそらって読み方でいいんだよな?」
彩「ま、まん丸……あ、紹介だ紹介! 2007年4月から6月に放送中! ……じゃなかった! 放送してたよ」
真司「彩ちゃん落ち着いて。めっちゃ噛み噛み……」
彩「こうなったら、最後まで解説します! 空が大好きな男の子、森宮依人(もりみやよりと)君が、夜にしか外に出てこない綺麗な女の子、四方茉莉(しほうまつり)と出会って、そこから始まる物語だよ!」
真司「自動販売機から始まるボーイミーツガール」
彩「夜禍(やか)っていうものの存在とか、色々とファンタジーも入った、お姉ちゃんのことも含めてちょっと切ないお話だよ! よしっ、最後まで言えた!」
真司「お疲れ様! それじゃあ、これからバイト頑張ろう!」


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献身

「リゲル、あなたも付いて行きなさい」

 

 鈴音の一声で、リゲルも一緒に来てくれた。

 見滝原南。

 聞くところによれば、かつては栄えていた工場街らしいが、今は打ち捨てられており、無法者たちが集まる場所となっている。

 そしてつい最近、ハルトと可奈美にとっても因縁の敵(トレギア)との戦いの場ともなった。

 見滝原南の入り口であるその場所。大きな橋を渡り、南以外の場所と南の違いを肌で感じる。

 ウィザード専用バイク、マシンウィンガーからハルトと紗夜は降りる。隣には御刀、千鳥の力で追いついてきた可奈美と、空を飛んできたリゲルも並んでいる。

 

「さっきカメラで蒼井晶がいるって考えられるのは、この地域?」

 

 ハルトはリゲルに確認する。

 頭にゴーグルを付けたリゲルは、周辺を見渡していた。彼女のゴーグルには、無数のデータが繰り返されており、鈴音が共有した映像が表示されている。

 

「ええ。おそらく。でも、そもそも見滝原南の監視カメラの数が少ないから、死角から移動した可能性はあるけど」

「他に手がかりもないし、いいんじゃない。……最終確認」

 

 ハルトは紗夜に向き直った。

 

「本当についてくるの? 紗夜さん」

「はい。彼女が大変なことになったのは、私にも責任があります」

「……紗夜さんが気にすることじゃないよ。そもそも、いくら風紀委員だからって、生徒が首を突っ込む理由はないんだし」

「それでも、探させて下さい」

 

 紗夜の主張に、ハルトはそれ以上抵抗することができなかった。

 そんなハルトを見かねたのか、可奈美が二人の間に割って入る。

 

「まあまあ! でも、紗夜さんだって折角ここまで来たんだし。一緒に探そうよ! でも、四人もいるし、手分けしようか」

「それがいいってのは分かってる。でも……」

「分かってるよハルトさん。紗夜さんは絶対に一人にはしてはいけないって」

「それは私も賛成ね」

 

 可奈美の言葉に、リゲルは頷いた。

 

「氷川紗夜。私からも伝えておくわ。貴女がここに来ることができたのは、あくまで蒼井晶の確認のためよ。この中で蒼井晶とはっきりと面識があるのは、貴女だけだから」

「はい」

「くどいほど確認するけど、紗夜さんは、俺か可奈美ちゃんが付きっ切りでいる形でいいかな?」

「それでいいと思うよ」

 

 可奈美も同意した。

 

「でも、それだったらハルトさんが付いてあげた方がいいんじゃないかな? だってハルトさんにはガルちゃんたち使い魔がいるから、大きく動けなくても捜索範囲は広いし。私は多分この中では一番足が速いから、一人で探し回る方がいいよね」

「ああ。リゲルも索敵範囲が広いとは思うけど、どっちかというと連絡を密にしてほしいかな」

「ええ。ウィザードと衛藤可奈美のスマホに入れておくわ。三十分ごとに指定の場所に集合。それでいいわね?」

「うん」

 

 ハルトは頷きながら、使い魔の指輪を使う。

 

『ガルーダ プリーズ』

『ユニコーン プリーズ』

『クラーケン プリーズ』

 

 すると、赤、青、黄三色のランナーが出現する。それはそれぞれ、自動で組み上がっていき、レッドガルーダ、ブルーユニコーン、イエロークラーケンと呼ばれる存在となる。

 それぞれに対応する指輪を指定の場所に組み込み、それぞれが動き始める。

 三体の使い魔。本来は絶望の魔人、ファントムの探索のために町に放っていたが、今回晶を探すために前もって呼び戻しておいた。

 使い魔たちはハルトの周囲を旋回しながら、指示を待っていた。

 

「頼んだよ、三人とも。この写真の子が多分この近くにいると思うんだ」

 

 ハルトはスマホに入れた晶の写真を使い魔に見せる。

 使い魔たちは数秒晶の写真を見つめた後、バラバラに霧散していく。廃墟となった建物の海に、その姿を消していった。

 いや、正確にはガルーダだけ移動することがなかった。

 ガルーダは晶の探索よりも、可奈美に寄りそうことを優先していた。

 

「ガルーダ?」

 

 だが、声をかけてもガルーダは反応しない。

 

「おーい、ガルーダ」

 

 ハルトが呼びかけるが、ガルーダは動かない。

 それどころか、ガルーダは可奈美の肩に乗り、その頬に体を擦り付けてく。

 

「あ、あはは……それじゃあ、私はガルちゃんと一緒に行くよ」

「……機動性に優れたガルーダが可奈美ちゃんと一緒にいてもあんまり利点ないんだけどね」

 

 ハルトは呆れながらも、可奈美の提案を受け入れた。

 「それじゃあ」と手頃な廃墟ビルに入っていく可奈美を見届けて、ハルトも紗夜を促す。

 

「俺たちも行こうか」

「はい」

「生命反応はかなり多いわ。探すのはかなり骨が折れるわね」

 

 ため息をついたリゲルの声を聞きながら、ハルトは紗夜とともに見滝原南の街路を歩き出した。

 

 

 

 日が傾きだしてきた。

 三月になると、それまでよりも日の入りは遅くなるが、流石にこの時間までは持たなかった。

 

「暗くなってきたし、今日はこの建物で最後にしよう」

 

 ハルトは紗夜へそう提案した。

 少し疲れてきた様子の紗夜も、その意見に反対することはなかった。

 午後から今に至るまで、あちらこちらの建物に入っては、中にいる人々へ蒼井晶のことを聞いて回っていた。だが、誰も彼も酒や麻薬に溺れており、話を聞ける状態ではなかった。

 そして、この建物も。

 無人の状態のコンビニは、あらゆる棚が薙ぎ倒されており、陳列されていたであろう品々が散らばっていた。

 

「結局ここもだめか」

「……松菜さん。明日も探したいのですが……」

「俺は明日も探すよ。でも……」

「何ですか?」

「可奈美ちゃんは手伝ってくれるだろうけど、リゲルは分からないし。でもせめて、あまり紗夜さんに来てほしくないかな」

 

 ハルトの言葉に、紗夜は押し黙る。

 

「それは……私が、ただの人間だからですか?」

「それ、どういう意味?」

 

 ハルトは少し怒りを露わにした。

 

「……それは……」

 

 紗夜は、右手で左腕を掴む。震えながらも彼女は、言葉を続けた。

 

「保登さんみたいな、超常の力を得られれば、私も松菜さんに協力できたのではないかと」「やめて」

 

 それ以上を、ハルトは止めた。

 

「ネクサスの力があれば、とか考えないで。あの時は確かに助けてもらったけど、本来ココアちゃんだって戦いに入ってはいけない人なんだからね」

 

 ネクサス。

 以前ココアに憑りついていた、謎の光の化身。

 確かに紗夜の心に付け込んだ(トレギア)から彼女を助けるためには、その光の力が不可欠だった。

 だが。

 

「……可奈美ちゃんや他の皆は知らないけど、少なくとも俺は、戦う力を持たない人たちが、戦うことさえ知らないまま生活してほしいって思ってるからね」

「知らないまま?」

「そう。生きている人は、ちゃんと生きてほしい。ファントムとか、聖杯戦争とかに関わることさえなく。俺がこんなことを言うのも変な話だけど、俺は、そもそもウィザードなんて存在してはいけないと思う」

「……」

 

 予想外のことだったのだろう。

 紗夜はぽかんと口を開けていた。

 

「それ……松菜さん自身が、ウィザードでいることを嫌っているようにも聞こえますけど」

「……それは……」

 

 それ以上、口を動かすべきなのか。

 迷っている内に、ハルトと紗夜の耳に声が届いてきた。

 

「皆さま。さあ、祈りを」

 

 見滝原南の、アウトローな雰囲気とは真逆に、静かで落ち着いた声色。

 浮浪者たちが集まり、人だかりとなっている。ハルトと紗夜が目を凝らせば、その中心になっている人物が見えた。

 

「……献身の道を見出すのです」

「あれは?」

「万物の霊長たる人類。それはやがて、大いなる存在に食い散らかされるでしょう」

 

 人だかりの中心にいた人物___恰好を形容すれば、司祭だろうか___は、フードで顔を隠したまま、

 

「死せる定めのはかなきものが 身の程を忘れ 栄華を謳うとき 其は天を揺るがし 地を砕き 摂理の怒りを知らしむる 必定たる滅びの具現」

「えっと……つまり?」

 

 ハルトが首を傾げる。

 司祭はにったりと笑みを浮かべたまま、人々に指示する。

 

「さあ、皆様。献身への祈りを」

 

 司祭の言葉と共に、集まった人たちも祈りを捧げる。

 祈りといっても、一般的な祈りの形式ではない。手を額に当て、目を閉じている。

 

「これって……」

「怪しい宗教団体……ですね?」

 

 紗夜がハルトに耳打ちした。

 これ以上ここにいても仕方ない。このまま紗夜を連れて離れよう。

 そう考えたハルトだったが、その前に司祭がハルトたちを呼び止めた。

 

「お待ちください。初めて見る顔ですね」

 

 司祭がハルトたちに近づいてくる。人だかりが彼の動きに合わせて分かれていき、司祭をハルトの前に導いた。

 

「どうやら、中央の方のようだ。ようこそ、見滝原南へ」

「ど、どうも」

「こんにちは」

 

 ハルトと紗夜も挨拶を返す。

 

「こんなところにお客様とは珍しい。我々は、新たな同胞を歓迎いたします」

 

 司祭が両手を広げた。

 すると、彼の周囲の人だかり___もう信者と呼ぶべきではないだろうか___は、一斉に祈りを捧げた。

 一斉の動きを、ハルトは慌てて「違います」と言い止めた。

 

「俺たちは、別にここに移住しにきたわけじゃない……」

「おや。そうでしたか?」

 

 司祭は残念そうに首を振った。どことなくうさん臭さを感じる声に、ハルトは身を強張らせる。

 一方、紗夜は何故か誰とも目を合わせずに、顔を赤くしていた。

 司祭は両手を広げた。

 

「しかし、ここは観光に来るような場所ではないと思いますが」

「あはは……えっと……紗夜さん、この人に一回聞いてみようか」

「そうですね。手がかりもありませんし」

 

 紗夜の同意も取れた。

 ハルトはスマホを操作して、蒼井晶の写真を映し出す。

 

「人を探しているですけど……この子」

 

 蒼井晶の写真。

 人だかりも、多かれ少なかれハルトが見せた写真に目の色を変えた。

 ただそれは、写真を見てというよりも、久しぶりに見たスマホという電子機器に目の色を変えたようだった。

 

「この子……蒼井晶のこと、どこにいるか知りませんか?」

「ふむ」

 

 司祭は顎に手を当てた。

 

「是非ともお教えしましょう。我々が行うのは、他者への献身。それこそが、いずれ来る未曽有の災厄より、その魂を___」

 

 御託は良いから、と言いたくなる気持ちをぐっとこらえて、ハルトは彼の次の言葉を待つ。

 

「蒼井晶。彼女の居場所は……」

 

 ようやく。

 司祭から、その場所のことが語られた。




可奈美「リゲルさん! 戻ったよ~!」
リゲル「おかえり。どう?」
可奈美「見つからないよ~」><
リゲル「まあ、そうよね。見滝原南と言っても広いから」
可奈美「どうしよう? ハルトさんから連絡は……あ、来てる」
リゲル「手がかりを見つけたみたいね」
可奈美「やった! それじゃあ、私たちも移動しようよ!」
リゲル「そうね。……ここから結構離れているわね」
可奈美「じゃあ、速く行こう! もうそろそろ暗くなっちゃうよ」
リゲル「分かってると思うけど、日が沈む前には撤退するわよ。私たちだけならまだしも、氷川紗夜がいると面倒よ」
可奈美「分かってるよ。それじゃあ、ハルトさんが教えてくれたところに行こう!」
リゲル「……ねえ、衛藤可奈美」
可奈美「何?」
リゲル「貴女はなぜ戦わないの? 聖杯戦争に参加しているってことは、貴女にも願いがあるんでしょ?」
可奈美「うん。あるよ。大切な友達を取り戻したいって」
リゲル「ならなんで、松菜ハルトに協力しているの?」
可奈美「そもそも、こんな手で助けても、姫和ちゃん……あ、友達の名前だよ。喜ばないと思うんだ。お母さんのために、大荒魂を鎮めようとした姫和ちゃんが、犠牲の上で助かりたいって思わないと思うから」
リゲル「……そう……ん?」
ヤクザ「あいったーっ!」
可奈美「や、ヤクザだ!」
リゲル「刀使が何叫んでるの!?」
可奈美「だってヤクザだよ! 現実に、まだ生き残っていたんだよ!」
リゲル「まあ生き残っているでしょうね! 抗争中みたいね。巻き込まれる前に離れるわよ」
可奈美「あ、待って! ……ん?」
???「あ」
可奈美「な、何してるの!? ここ、危ないよ!」
???「食べる?」
可奈美「食べるって……え? 何これ」
???「イクラ。おいしいよ」
可奈美「イクラが美味しいのは知ってるよ! 何で今食べてるの!? って、うわっ! ヤクザの抗争がこっちにもきた!」
リゲル「……今回の紹介どうぞ」



___ねぇ どれだけ離れているのかな? キミの温もり 思い出しているよ___



リゲル「ヒナまつり。2018年の4月から6月に放送していたアニメよ」
ヤクザたち「あいったー!」
可奈美「うわっ! イクラ食べてる女の子が無表情になんか念動力っぽいのでヤクザを吹っ飛ばした!」
リゲル「……新田というヤクザの家に居候するヒナと、あれよあれよと巻き込まれでどんどん出世していく三嶋瞳、人の温かさに触れていくアンズの三人の群像劇っぽいコメディよ。……あの抗争、もうあの女の子一人で全部終わらせられそうね」
ヤクザ「あいったー!」


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傷跡

 もう、ほとんど暗がり。

 太陽が地平線にほとんど沈み、もうすぐで完全な夜が訪れる。

 司祭が教えてくれたのは、彼と出会った場所から五分ほど歩いた場所に会った。

 工場街として栄えていたころは、労働者の憩いの場として繁盛していたのだろう。

 すでにボロボロの廃墟となっている二階建てのスーパー跡地は、ホラー映画の舞台だと言われた方が分かりやすい。

 

「何か、無駄に時間かかったね」

 

 ボロボロの建物を見ながら、ハルトは呟いた。

 

「ええ……さっきのあの司祭さんが、話が長かったから、ですね」

 

 紗夜も少し疲れた様子だった。

 司祭から、蒼井晶の場所を聞き出すことはできたはできたが、そこにいたるまでの道が中々長かった。やれ救済だ、やれ献身だと、話を聞いている内になにやら変な音がハルトの頭に聞こえてきたくらいだった。

 だが、彼のおかげでこの場所に辿り着けたことには間違いない。

 ハルトは司祭に感謝しながら、紗夜へ確認する。

 

「……紗夜さんも、本当に今行くの?」

 

 この場所のことは可奈美やリゲルに連絡してあるが、彼女たちもどうやらこちらに来るまで少し時間がかかるらしい。

 紗夜は不安そうな顔を浮かべながらも頷く。

 

「はい。これ以上待つのも少し危険でしょうし。松菜さんも、急いだ方がいいとお考えなのでは?」

「至り方が色々紗夜さんと違うと思うんだけどね」

 

 ハルトは苦笑した。

 

「まあ、いいや。しつこく繰り返すけど、絶対に俺から離れないでね」

「はい」

 

 紗夜が賛成してくれたのを確認し、ハルトはスーパーの入り口を開ける。

 ガラスがそっくり抜け落ちた扉を開けることに意味があるのかは分からないが、ガラス片がある床を踏みながら進んでいく。

 

「ほとんど見えない……やっぱり出直したいんだけどな」

『ライト プリーズ』

 

 ハルトはそう言いながら、指輪を腰のベルトに当てる。

 すると、指輪より発せられた光が、スーパー内の闇を払いのける。

 消費期限が切れた食品類が散乱し、棚も倒れたり壊されていたり。客だったら絶対に来たくないなと思いながら、ハルトは何度もライトの魔法を使う。

 

「蒼井さん! いませんか?」

 

 ハルトの後ろで、紗夜が呼びかける。

 だが、彼女の声は暗闇の中で反芻するだけで、何も帰ってこない。

 

「本当にここにいるのか? そもそも……えっと、蒼井晶ってモデルでしょ? こんなところに一か月もいられるものなのかな?」

「考えにくいですよね。松菜さんは?」

「俺は構わないよ。見滝原に来るまでの旅で、こういう廃墟何回か寝泊まりしてたし」

「さ、流石ですね」

「ありがとう。……この缶詰まだ開けられてからそんなに経ってない……」

 

 ハルトは手頃な棚に置かれていた缶詰を手に取る。

 その縁についているものは、まだ乾いていない。

 

「少なくとも、このスーパーを拠点に生活している人はいるってことだね」

「それじゃあ、蒼井さんは本当に……!」

「それが蒼井晶っていう確信はまだないけどね」

 

 ハルトはまた明かりを点灯させながら言った。

 

「でも、このフロアにはいないみたいだね。……二階、行ってみようか?」

 

 動かなくなったエスカレーターを見ながら、ハルトは提案した。

 頷いた紗夜を連れて、ハルトはエスカレーターの階段を昇っていく。

 

「やっぱり、止まったエスカレーターって違和感あるよね」

 

 全身に感じる重量に、思わずハルトが口を開いた。

 

「これ、実際に壊れたエスカレーター現象って名前らしいですよ」

「なにそれ」

「脳が、エスカレーターを動くものだと認識しているんです。だから、止まっていると『これはありえない』と、異常を訴えるそうです」

「へえ。ちょっとしたトリビアだね」

 

 そんな会話をしている間に、二人は二階に到達した。

 同時に、ハルトは再びライトの指輪で二階を照らす。

 一階の食品売り場とは違い、二階は日用雑貨を取り扱っていたらしい。天井から吊るされた看板には、工具類や掃除用具など様々な名前が並んでいた。

 

「ここ、もしかしてスーパーというよりもホームセンター?」

「だったみたいですね」

 

 紗夜は棚に置いてあった懐中電灯を掴み取った。埃を払った彼女は、そのままスイッチを押すが、中の電池が腐り果てた人工の光が灯ることはなかった。

 

「蒼井さん! 蒼井さん!」

 

 改めて、紗夜の声が響いていく。

 だが、返答はやはりない。

 

「表にはいない……とすれば、バックヤードかな?」

「そう考えると、一階のバックヤードも探していませんね」

「先に二階から探そう。でも、それが終わったら今度こそ本当に引き上げるよ」

「はい」

 

 紗夜を賛同させて、ハルトたちはバックヤードへ続くドアへ歩いていく。その間、棚の合間を確認するが、晶はおろか、人の姿もなかった。

 

「失礼しまーす……」

 

 ドアを開き、バックヤードに足を踏み入れるハルトと紗夜。

 そこは。

 

「確かに生活感はあるね」

 

 思わず口からその感想が出てきた。

 あり合わせの段ボールと毛布。それと、何本もののペットボトル。

 割れた手鏡と櫛、化粧品。どこから持ってきたのか、環境のわりにはとても整備されているようにさえ思えた。

 

「手鏡と化粧品か……蒼井晶がいるなら、より説得力が増すね」

「はい。今は留守でしょうか」

「まあ、いないってことはそういうことだろうね。……これ以上暗くなると危ないし、俺も明日ここに来てみるよ。見つかったらすぐに連絡するから」

 

 ハルトはそう言って、バックヤードの入り口を再び開ける。

 数秒だけ俯いた紗夜は、やがて頷いてハルトに続いた。

 そうして、再び止まったエスカレーターから外に出ようとした、その時。

 

「なあんだ……二人とも充実な参加者ライフをエンジョイしているわけか」

 

 その声に、ハルトと紗夜は凍り付く。

 西日が微かに差し込むスーパー。換気扇の合間から差し込む赤い光が、ほんのわずかな空間の正体を明かす中。

 コツッ コツッ と、誰かの足音が聞こえてくる。

 

「ふふっ、当然だよね~」

 

 その声は、明らかに少女の物だった。

 

「あたし、あなたたちと会えて本当にラッキーだったわ」

 

 薄い光の中から現れたそれは。

 

「らっきーらっきー」

 

 赤い夕焼けの光の中、徐々に彼女は現れた。

 

「あきらっきー……」

蒼井(あおい)……(あきら)……!」

 

 アヴェンジャークラスのマスター。以前の戦いでサーヴァントを失い、聖杯戦争の資格を剥奪された少女。そして今、ハルトと紗夜が探しに来た少女。

 以前ラビットハウスに来たときと同じく、栗色の長い髪と整った顔立ちの少女である。だが、その表情は邪悪な笑みを見せており、とても穏やかとは思えない。

 

「ねえ、見てよこれ……どう思う? この顔?」

 

 晶は自らの頬を撫でながら言った。

 そして、夕日に照らされたその正体に、紗夜が小さな悲鳴とともに口を覆う。

 そこにあったのは、生々しい傷跡だった。何か刃物で傷つけられた跡なのか、もう治ることはないであろう傷跡が、彼女の美しい顔により強く刻まれていた。

 晶は割れたガラスを踏み砕きながらも、どんどん近づいていく。

 

「すっごい醜いでしょ? 哀れでしょ?」

 

 足取りをふらつかせながら、こちらににじり寄って来る。

 

「ヒヒッ! 凄いよね……日菜の破滅を願ったらさ……自分が破滅しちゃった……!」

「……!」

 

 紗夜が後ずさりした。彼女の前に、ハルトが盾となるように立ち塞がる。

 

「日菜を潰そうとしたらさ……自分がモデルなんかやってやれる顔じゃなくなっちゃった…キヒッ ねえ、これ面白くね?」

「……連れ戻しに来たよ。ここからね」

「連れ戻しに? あたしを? 笑っちゃうよね?」

 

 晶は首を傾けながらケタケタと笑い声を上げた。

 

「モデルなんてやってられない顔になっちゃってさ? もう価値のないあたしを連れ戻しに来た? あはっ! ふざけてんだろ?」

 

 彼女は顔をくしゃくしゃにした。

 

「なあ、笑えよ! 超絶可愛いあきらっきーがさ、こんな最終フェイスになっちまったんだよ? 見ろよほら、哀れだろ? あんたのせいだよ氷川紗夜。あの時スイムスイムが、アンタへの命令を間違えたから……だからあたしはこんな顔になった。だったら! あんたもあんたも! 日菜も全員! あたしとおんなじ顔にしてやんよ!」

「!」

 

 傷ばかり見ていて晶が手にしていた凶器を見逃していた。

 ハルトは彼女が振り下ろしたナイフを受け止め、そのまま晶を棚へ投げ飛ばした。

 棚ごと倒れた晶が悲鳴を上げ、陳列されていた品々が音を立てて晶の体に降り注ぐ。

 

「紗夜さん! 逃げるよ!」

「でも、蒼井さんが……!」

「やっぱりあの子は危険すぎる! 俺が今度連れ戻すから、今は退いて!」

「でも!」

「あきらっきー……」

 

 驚くほど低い晶の声。

 起き上がった晶は、ギロリとハルトを睨んでいた。

 

「しっかりフェイストゥフェイスは初めてだよな? ウィザード……」

「君が……アヴェンジャーの……あの子のマスターだよね」

「てめえのせいで、あたしはこんな惨めなことになった。だから……」

 

 晶は右手を掲げる。

 赤い夕陽の光の中。それは見えた。

 彼女の手に刻まれる、黒い紋様が。

 

「令呪っ!?」

「え? 令呪って……」

「やれ……フォーリナー!」

 

 フォーリナー。

 その単語の意味が何一つ理解できない。

 晶の背後より聞こえてくるのは、銃声。

 他の何よりも、紗夜の保護が優先。ハルトは紗夜を押し飛ばし、凶行から彼女を救う。そのまま通過した銃弾は、バックヤードの入り口を粉々に破壊した。

 

「蒼井晶……もしかして、その令呪……!」

 

 だが、それ以上の問答は許されない。

 すぐ背後の暗闇から、その気配を感じたハルト。反射的に指輪を使い、魔法陣を出現させた。

 

『コネクト プリーズ』

 

 銀の銃剣、ウィザーソードガン。剣の状態にしたそれを盾にし、接近してきた敵の気配、その銃での横殴りを防ぐ。

 そして、夕陽によって現れる敵の姿。

 まずハルトの目を引くのは、そのオッドアイだった。右目はまだ彼女の自然さを感じるものではあるが、特徴的なのはその左目。ローマ数字が刻まれた時計が、彼女の瞳となっているようだった。左右非対称のツインテールと、露出が多い服装。ゴシックな黒とオレンジのドレスが、白い肌をより一層際立たせており、このような廃墟ではなく、舞踏会こそ相応しいように見えた。

 

「サーヴァント!?」

「おやおや? 怯えていますの?」

 

 その声は、あまりにも甘美。

 だが、その性質は非情。彼女のガンカタには、一切の手心などない。

 

「きひひひひっ!」

 

 肩を震わせ、ハルトに顔を近づける女性。そこから、さらなる攻撃が加わった。

 ハルトはウィザーソードガンと格闘技を駆使して、彼女の攻撃を食い止める。だが、その技量は敵の方が上。やがて彼女の二段蹴りにがハルトのウィザーソードガンを蹴り飛ばした。

 

「くっ!」

『サンダー プリーズ』

 

 ハルトは咄嗟に、雷の力を宿す指輪を発動した。

 緑の魔法陣を叩き、雷が放たれる。ハルトが持つ魔法の中でも、指折りの速度を持つそれ。

 だが。

 

「あらあらあら」

 

 敵は、ほほ笑みながら、ジャンプしてバク転。緑の雷の間を縫い、無事に着地して見せた。

 だが、雷の目的は彼女の打倒ではない。

 

「紗夜さん! 逃げて!」

「で、でも……」

「速く! 今すぐ! 振り返らないで!」

 

 ハルトは紗夜の背中を押しながら怒鳴る。

 紗夜は晶を何度も盗み見ながら、やがて新たな指輪を発動させた。

 

『グラビティ プリーズ』

 

 晶を巻き込む。

 それでも、魔法の発動に躊躇いはない。

 晶と、フォーリナーと呼ばれた敵。二人を含めた足場に、黄色の魔法陣が現れた。

 それは、重力の魔法。地球の数倍の重力により、晶が悲鳴を上げながら地面に倒れ伏せた。

 

「がああっ……! てめえ!」

 

 晶の悲鳴が聞こえてくる。だが、止まるわけにはいかない。

 ハルトは晶、そしてフォーリナーから目を離す。紗夜に続いて止まったエスカレーターに足をかけた時、彼女の声が追いかけてきた。

 

「絶対に潰してやらああっ!」

 

 このスーパーから出るまで、絶対に魔法を解除しないことをハルトは誓った。



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金色の眼

ゼンカイジャーありがとう……!
一年間、こんなに好きになった戦隊久しぶりでした!


 重力の魔法を意識しながら、ハルトと紗夜は一階に戻って来た。

 

「まさか、蒼井晶がまた参加者になってたなんて……」

 

 エスカレーターを下りながら、ハルトは毒づいた。

 まだ彼女たちは動けないはず。

 

「あらあら? もう逃げ切ったとお考えですか? わたくしも随分と見くびられたものですわね」

 

 その声に、空気が冷える。

 そして。

 

「きゃああああっ!」

 

 隣からつんざく、紗夜の悲鳴。

 見れば、紗夜の足を、白い腕が掴んでいた。突然の障害物に紗夜は躓き、仰向けでもがいている。

 

「な、なんだこれ!?」

 

 ハルトは急いで紗夜に駆け寄り、彼女の足に群がる腕を解く。

 だが、腕はそれだけではない。一本、また一本。あたかも影の中から生えてきたような腕たちは、無抵抗な紗夜へ大挙を上げて迫って来る。

 

「何なんださっきから!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 ハルトは苛立ちながら、防御の魔法を発動。赤く、丸い魔法陣を、影の手は突破することが出来なかった。

 

「紗夜さん! 今のうちに!」

 

 ハルトは紗夜を助け起こし、出口へ急ぐ。

 だが。

 

「あらあらあらあら。折角参りましたのに、もうお帰りになりますの?」

 

 いつの間に回り込んだのか。

 フォーリナーが、その両手に銃を握り、出口の前に立ちはだかっていた。

 左右それぞれ異なる長さの銃。古風な雰囲気を見せるそれぞれは、右は小銃、左は彼女の身長ほどの長さを持つ。

 その左側の銃口を、フォーリナーは紗夜へ向ける。

 

「紗夜さん危ない!」

 

 ハルトは紗夜を突き飛ばすと同時に、銃弾が右肩を貫く。

 

「っ!」

「きひっ!」

 

 ハルトの右肩が痛みを訴え動きが鈍るが、手心を加えるフォーリナーではない。彼女は人間離れした速度で接近し、回転蹴りを放つ。

 ハルトは痛む右腕で防御し、慣れない左手で指輪を付けた。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 腰に現れた、銀のベルト。ハルトがその両端のつまみを操作すると、内部に仕込まれたギミックがはたらき、手の形をしたバックルがその左右を反転させた。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 ベルトから流れ出す音声。それに構うことなく、ハルトは左手を駆使して、つまんでいる指輪とホルスターのルビーの指輪を入れ替える。そのまま上手く中指に差し込んだハルトは、宣言した。

 

「変身!」

 

 ルビーに付けられているカバーを下ろす。すると、ルビーの指輪は何かの顔を描き出す。ベルトのバックルに読み込ませると、より赤い輝きが閃いた。

 

『フレイム プリーズ』

 

 指輪より飛び出す、炎の魔法陣。それはハルトの左側に並び、ゆっくりとその体を書き換えていく。

 

『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 魔法陣が通り抜けていくごとに、ハルトの姿が書き換えられていく。黒いローブの各所にルビーの装飾を施した姿。その顔は、左手の指輪と同じくルビーの仮面をしていた。

 その姿こそ。

 

「そう……貴方がウィザード」

 

 フォーリナーは銃口を自らの顎に当てながらほほ笑んだ。

 

「俺のこと……知ってるんだ?」

 

 ハルトからウィザードへの変身を遂げ、さらに別の指輪を発動する。

 

『コネクト プリーズ』

 

 魔法陣を二階につなげる。先ほどフォーリナーに叩き落とされたウィザーソードガンを回収し、身構えた。

 だが、利き腕は使えない。左手で、ウィザードはウィザーソードガンを身構えた。

 フォーリナーは「きひひ」と笑みを浮かべ、彼女の左右非対称の髪がふわりと揺れた。

 

「ええ。アサシン、バーサーカー、エンジェル、アヴェンジャー。あと、セイバーもでしたっけ? その最期にも立ち会ったんでしょう? ということは、次はわたくしが最期の時を迎えるのでしょうか?」

「やっぱり、君も参加者?」

「ええ。改めまして、わたくしはフォーリナー。今は、それだけでいいでしょう?」

 

 フォーリナーは、その金色の左目でウィザードを見つめる。時計のような模様が入ったそれは、見るだけで固まってしまう。

 そして。

 

「さあ……わたくしたちの戦争(デート)を始めましょう?」

 

 フォーリナーの第一の挙動は、後退。

 だが、ただの後退ではない。彼女の姿が影に消えると、同時に彼女の金色の眼の輝きも消える。

 

「……!?」

 

 追いかけたくなる気持ちを抑え、ウィザードは一階の売り場を見渡す。

 棚の影、柱の裏。加えてこの暗がり。隠れる場所ならばいくらでもある。

 

「どこに……ッ!」

 

 ウィザードの全身より迸る火花。そして、体を走る痛み。

 それは、フォーリナーがウィザードへ銃撃を成功させていることを意味していた。

 地面を転がったウィザードは、もう一度周囲を見渡す。

 

「っ!」

 

 殺意。

 ウィザードはソードガンで防御する。すると丁度、ソードガンに重圧がのしかかった。

 

「痛っ……!」

 

 その時、ウィザードの右肩に痛みが走る。

 フォーリナーに開けられた右肩が、いまだに疼く。

 動けなくなった間に、さらにフォーリナーの銃弾がウィザードを貫く。

 正面にいる、と思えば、また背中に痛み。

 

「っ!」

 

 ウィザードはソードガンを振り回しながらも、手応えは全くない。

 

「いない……?  一体どこに……!?」

 

 それでも、また全身にフォーリナーの攻撃が積み重なっていく。火花を散らし、左ひざをつく。

 

「このっ!」

 

 ウィザーソードガンをガンモードにして発射。

 だが、銀の銃弾は、ただコンクリートの床を弾くだけだった。

 

「ぐっ!」

 

 成果がない中で、ただウィザードの体にはフォーリナーの銃撃が続くだけ。

 その時、ウィザードの目は捉えた。

 目の前の暗がり。夕焼けの中だというのに、その濃度が即座に切り替わっていくのを。

 

「まさか……アイツがいるのは……!」

 

 そして、さっきの彼女の能力であろう白い手の出所も。

 影。

 

「だったら……」

『ライト プリーズ』

 

 発動する光の魔法。

 それは、暗がりに潜んでいるフォーリナーの姿をあぶりだした。

 丁度、銃口をこちらに向けながら飛び掛かって来るフォーリナーが。

 

「遅い!」

「はあっ!」

 

 ウィザードの蹴り。フォーリナーの腹にめり込んだそれは、彼女を壁まで飛ばし、詰まれていた資材を押しつぶした。

 

「間に合ってよかった……これでやっと一発か……」

 

 肩で呼吸しながら、ウィザードは立つ。

 

「あらあらあら。女性に手を上げるなんて、酷くはありませんか?」

「そんなにか弱い女性じゃないでしょ、君は……」

 

 舞い上がる埃を払いながら、フォーリナーは立ち上がる。だが、それ以上の反応を見せる前に、ウィザードは次の技を繰り出した。

 

『フレイム スラッシュストライク』

 

 赤い斬撃。ウィザーソードガンより放たれたそれに対し、フォーリナーの回避運動は間に合わない。両腕を交差させて、彼女は炎の斬撃を防御した。

 さらに、火力が残る銀の刃をもって、ウィザードはフォーリナーへ追撃する。

 一見生身の少女。だが、その彼女へ振り下ろす銀の銃剣は、そのままフォーリナーの肩に食い込んだ。

 

()ッ」

「……っ!」

 

 一瞬の迷い。

 その後、ウィザードは銀のソードガンを振り抜く。真紅の炎の刃は、彼女の白い肌を切り裂いた。

 

「っ!」

 

 フォーリナーの息を呑む音。

 斬り飛ばされたフォーリナーの右手は宙を舞い、紗夜の前に落下する。

 

「ひっ!」

 

 口を抑えた紗夜の悲鳴。彼女の目の前のフォーリナーの肉体の一部が、紗夜にありありとグロテスクな人体を見せつけていた。

 

「紗夜さん! 見ないで!」

「いけませんわ。余所見なんて」

 

 紗夜へ駆けつけようとするウィザードの背後に、片手を失ったフォーリナーが張り付く。

 痛みなど感じないのだろうか。そう思わせるほど機敏な動きが、ウィザードを蹴り飛ばす。

 

「嘘……でしょ!?」

 

 足を引きずりながら、ウィザードは堪える。

 即座に再びウィザーソードガンをガンモードに変更。

 

『キャモナシューティングシェイクハンド キャモナシューティングシェイクハンド』

 

 再び手の形をしたオブジェを開き、そこにルビーの指輪を読み込ませた。

 

『フレイム シューティングストライク』

 

 ウィザーソードガンの銃口に、炎の魔力が込められていく。

 それはまさに、至近距離から銃口を向けてくるフォーリナーの銃を弾き上げ、彼女の胴体にゼロ距離で発射した。

 そのままフォーリナーは動かないエスカレーターまで突き飛ばされる。エスカレーターの土台を砕いたフォーリナーの体は、そのまま動くことはなかった。

 

「や、やった……?」

 

 気絶程度だろうが、これで時間が稼げる。それに、エスカレーターを壊したことで、二階の晶も降りてくるのには手こずるだろう。

 ウィザードは紗夜の手を取った。

 

「今だ! 逃げるよ!」

「は、はい……!」

 

 紗夜の手を引き、出口に急ごうとするウィザード。

 だがその足元を、無数の銃弾が食い止めた。

 

「うっ!」

「全く。酷いですわ」

 

 フォーリナーの言葉が、冷たくウィザードに突き刺さった。

 右腕を失ったのにも関わらず、左手の銃をウィザードに向けていた。

 

「まずいっ!」

 

 その斜線は、ウィザードよりも紗夜を狙っている。

 ウィザードは急いで紗夜の前に割り込み、自らを盾にした。

 

「ぐっ!」

 

 フォーリナーの銃弾が、よりにもよってウィザードの右肩に命中した。

 またしても動かなくなる右腕。さらに続いた彼女の攻撃全てを全身に受け、ウィザードは紗夜を抱きかかえたまま地面に投げ出された。

 そして。

 

「さあ、おいでませ! 刻々帝(ザフキエル)

 

 フォーリナーの声が暗がりに響く。

 見れば、彼女の背後に巨大な時計盤が出現していた。フォーリナーの背丈の倍はある直径の時計盤。彼女の目と同様、ローマ数字が刻まれている時計盤は、四時を指している。

 

四の弾(ダレット)

 

 フォーリナーが唱える、その名前。

 四時の文字盤より、赤黒いエネルギーが溢れ出し、その銃に注がれていく。

 

「きひっ!」

 

 にやりと笑みを浮かべたままのフォーリナーは、そのまま銃を自らのこめかみに当て、躊躇いなく引き金を引いた。

 発砲音。

 すると、フォーリナーの体に新たな影響が齎される。ウィザードが与えたダメージが、逆再生のように治癒されていくのだ。それは、失った右腕さえも例外ではない。紗夜の前で打ち捨てられていた右腕は跳ね上がり、落ちた軌道をなぞるようにフォーリナーの体へ戻っていく。

 グチャッと耳を覆いたくなるような音とともに、腕が体にくっついた。

 

「ひっ……」

 

 そのグロテスクな音に、背後の紗夜が悲鳴を上げた。

 

「……嘘でしょ? 何て回復能力……!」

「きひひっ! 違いますよ。時間を戻しただけですわ。一の弾(アレフ)

 

 次に時計が指すのは、一時。

 同じく自らへ打ち込んだ銃弾。

 

「きひひっ!」

 

 そして発動したのは、彼女の動きの変化。

 正面、エスカレーターの傍にいたはずの彼女は、すでにウィザードの真横にいたのだ。

 

「速……うっ!」

 

 彼女の砲撃に、大きく体を吹き飛ばされるウィザード。いくつかの棚を倒しながらも、踏ん張り止まる。

 

「紗夜さん!」

 

 フォーリナーと紗夜の距離が近すぎる。

 ウィザードは大急ぎで駆け出した。

 だが。

 

七の弾(ザイン)

 

 紗夜へ飛び上がったウィザードは、自らの体の変化に気付くことはなかった。

 ウィザードの体が、完全に静止する。

 きっと紗夜は、それがウィザードのポートレートなのかと思うことだろう。

 そして、動かない敵へ、攻撃をしない理由はない。

 胴体、手足。それぞれに銃弾を撃ち込んだ後に再び時が動く。

 

「……があっ!」

 

 完全静止した外側からの攻撃。

 ウィザードは耐えることが出来ず、変身解除したままスーパーの外に投げ出されてしまった。



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見えてるから

ポケモンの変更されたOPに、テンションが爆上げしてしまった。そんな一日でした


「松菜さん!」

 

 紗夜に助け起こされながらも、ハルトの右腕の痛みが消えることはない。

 もう、完全に陽が沈んでいる。

 もし、彼女(フォーリナー)が本当に影に潜む能力を持つのならば、この環境は最悪。

 そして。

 闇の中から伸びる、不気味な白い手。

 

「紗夜さん!」

 

 右腕がまた痛む。やがて、白い手たちはハルトを掴み、そのまま投げ捨てた。

 もう、残った白い手から紗夜を守る者はいない。

 そして。

 もう間に合わないと思った、その時。

 

「_______!」

 

 鳥の嘶き。

 赤いハルトの使い魔、レッドガルーダの姿が現れた。白い手を一つ一つ打ち消していく。

 だが、ガルーダだけでは、白い手の波は収まらない。だが、ガルーダがいるということは。

 

「迅位斬!」

 

 ガルーダに続く、赤い斬撃。それは、紗夜を襲う白い手を一気に切り払った。

 

「大丈夫? 紗夜さん!」

「衛藤……さん?」

「可奈美ちゃん!」

 

 衛藤可奈美。

 ともにこの地に訪れた少女が、ハルトと紗夜、そしてフォーリナーを見渡す。

 フォーリナーが纏う雰囲気を察したのだろう。可奈美は、即座にその御刀(おかたな)千鳥(ちどり)を向けた。

 

「……もしかして……参加者?」

「あらあらあらあら。そういうあなたも参加者で間違いなさそうですわね?」

 

 フォーリナーはにやりと笑みを見せる。

 

「今日は忙しくなりそうですわ。何しろ、参加者が二人もいるのですから。で・も・しっかり頂かないと」

 

 フォーリナーは唇を舐める。

 そしてその姿は。

 またしても、夜の闇の中に消えていった。

 

「え!?」

 

 もう、フォーリナーは影の中だろう。ハルトは身を乗り出して叫んだ。

 

「可奈美ちゃん、気を付けて! 相手は影の中から狙ってくる!」

「影……?」

 

 可奈美はその言葉に何度も瞬きした。

 彼女は同時に、自らの影を見下ろす。すると、やはりハルトが見た通り、影の中より白い手が伸びてくる。

 

「影の中って、こういうこと!?」

 

 可奈美は体を回転させ、白い手を全て斬り伏せる。だが、斬っても斬っても白い手はまた湧いて出る。

 可奈美は諦めてジャンプして離れる。着地した彼女は、改めて周囲を見渡した。

 

「……」

 

 完全に消失したフォーリナーの姿。

 だが、彼女は、暗闇という地の利を活かしている。全ての影から白い手を放ってくる彼女に、ハルトは内心慄く。

 そして。

 

「銃弾!?」

 

 見えない敵は、白い手に加えて銃で攻撃してくる。

 止まることない銃声。だが可奈美は、暗闇のどこからそれが聞こえてくるかいち早く察知し、すぐに斬り落とす。

 

「どこに……っ!?」

 

 可奈美はさらにジャンプ、回転しながら地面に着地した。

 その間も、何度も回転し、千鳥を駆使。四方八方から彼女を狙う銃弾を的確に防御し、地面に撃ち落していった。

 やがてそれがしばらく続き。

 

「そこっ!」

 

 可奈美が振るった千鳥。それは、見えない虚空を斬り裂く。

 ハルトには何もないように見えるそれ。

 だが。

 

「……っ!?」

 

 影の中から、フォーリナーの驚嘆の声が聞こえてくる。

 

「見つけた! 迅位斬!」

 

 さらに続く、可奈美の技。

 目にも止まらぬ可奈美の速度から繰り出されるそれは、彼女が狙った影の一か所を切り裂いた。それもまた、ただ単純にアスファルトを傷つけただけのようにも見える。

 だが。

 

「ありえませんわ……ありえませんわ!」

 

 やがて、暗がりを包む柔らかい月明りが、フォーリナーの姿を浮かび上がらせる。

 

「この暗がりで、このわたくしの銃弾ですのよ? 普通の人間ならば弾くことはおろか、見えることさえ出来ないはずなのに……! あなた、本当に人間ですの?」

「でも、見えてるから!」

 

 可奈美は笑みを浮かべたまま、フォーリナーへ斬りかかる。

 フォーリナーは銃で剣を受け止め、そのままぶつかり合う。

 

「面倒くさいですわ……」

 

 フォーリナーは苛立ちを見せる。

 やがて、彼女の背後に時計盤が現れた。

 

刻々帝(ザフキエル) 一の弾(アレフ)

 

 一時を指す時計盤から銃へ、そして銃から、フォーリナーの体へ。

 加速能力としてフォーリナーの体に宿ったそれは、可奈美の剣を避け、そのまま姿を消す。

 

「!?」

 

 可奈美の体を何度も貫く銃弾。写シと呼ばれる刀使特有の能力がなければ、今頃彼女の体は蜂の巣になっていただろう。

 可奈美は銃弾の内数発は凌いでいるが、体に走るダメージをゼロには出来ない。

 

「っ!」

 

 可奈美はジャンプで避けた後、上空から一帯を見渡した。

 だが、彼女の表情から、フォーリナーの姿をはっきりと捉えることはできていないようだった。

 着地と同時に、無数の白い手が迫って来る。

 

「また来た!」

『フレイム シューティングストライク』

 

 可奈美へ接触するよりも速く、ハルトの炎が発射された。白い手を押し流したそれは、可奈美が自身の懐から鈴祓いを取り出す時間を与えた。

 

「可奈美ちゃん……それ……」

 

 目覚めの鈴祓い。

 ほんの少し前、セイバーのサーヴァント、煉獄杏寿郎がその命をもってして可奈美に託した神具。

 可奈美がそれを鳴らすごとに、鈴より緑の光が溢れ出す。粒子のように舞い上がっていくそれは、どんどん可奈美の周囲を浮遊し始めていく。

 銃弾を一部は受け、一部は避け、また一部は弾きながらも、可奈美は鈴祓いを鳴らし続ける。

 やがて彼女の周囲に、緑の光が集っていく。可奈美が鈴祓いの音をどんどん上げていくのに従い、光が彼女の体に実体の布を宿らせていく。

 そして。

 

祭祀礼装(さいしれいそう)(みそぎ)!」

 

 可奈美が叫ぶ。

 すると、彼女の体へ、白い巫女服が纏われていく。同時に、彼女の頭部や耳元に金の装飾が彩られ、その姿は完全に変わった。

 祭祀礼装。

 それこそ、可奈美が手に入れた新たな力、祭祀礼装。

 

「何ですの……?」

 

 影の中から、フォーリナーの動揺が聞こえてくる。

 フォーリナーの銃弾。可奈美はそれを斬り落とした上で、さらにフォーリナーが潜んでいると目される影に斬撃を放った。

 間違いなく、フォーリナーの息を呑む音が聞こえる。

 千鳥を振り下ろしたまま、可奈美は静止した。首だけを回し、周囲に気を配る。

 

「……」

 

 可奈美は目を閉じた。

 それが、どういう意図なのかは、ハルトには全く分からない。

 やがて。

 

「そこっ!」

 

 可奈美は、虚空を裂く。

 何も反応はない。ただ一つ。フォーリナーの声を除いて。

 

「なぜ分かるんですの……!? 今のわたくしは、影の中ですのよ!」

「分かるよ? 何でか分からないけど」

 

 可奈美はハッキリと答えた。

 そのまま可奈美は、どんどん影、その一か所に斬りつけていく。

 見えない相手。だが、あちらこちらから聞こえてくる音から、間違いなく彼女の剣はフォーリナーの銃とぶつかっている。

 そして。

 

「無双神鳴斬!」

 

 ジャンプして振るわれる千鳥。

 そこから放たれた無数の斬撃。それは周囲のコンクリートごと影を切り刻み、大きく破壊していく。

 

「そんな……っ!?」

 

 影から投げ出されたフォーリナーが地面を転がる。

 そんな彼女の首元に、可奈美は千鳥を向けた。

 

「勝負あり……だよね?」

 

 隠しきれない、可奈美の笑み。

 

「……なぜ殺さないのですか?」

 

 光る刀身を見ながら、フォーリナーは尋ねた。

 可奈美は首を振って、ハルトへ目配せする。

 

「だって私たち、聖杯戦争を止めるために動いているんだもん。ここでそんなことしたら、聖杯戦争に賛成しちゃうことになっちゃうじゃん」

「呆れましたわ……でも、その力には勝てませんわね」

 

 フォーリナーは、可奈美の力をそう断じたのだろう。

 おそらく、この先何度フォーリナーが影の中に逃げこもうとも、可奈美の眼は全てを見通してしまうのだろう。攻撃は回避され、どこに潜んでいようとも可奈美の剣が迷いなくフォーリナーを捉える。

 敗北を察したフォーリナーは、ほほ笑んだ。

 

「これは、負けですわね」

「っ!?」

 

 可奈美がその速度に反応できないはずがない。彼女が対応できなかったのは、フォーリナーの行動があまりにも予想外だったから。

 自ら可奈美に接近し、千鳥の刃に腹を貫かせるフォーリナー。

 

「がはっ!」

「嘘……自刃……!?」

 

 可奈美はその事実に驚愕した。

 だが、すでに事実は翻らない。吐血したまま、フォーリナーは自ら千鳥から抜かれ、崩れ落ちた。

 

「な、何で……!?」

 

 だが、驚いても、事実は変わらない。

 自ら致命傷を貫いたフォーリナーの目からは光が消えている。

 ハルトは可奈美に駆け寄った。ハルトを見返す可奈美は、目が震えていた。

 

「大丈夫?」

「うん……私は平気……だけど」

 

 血だまりに染まったフォーリナーの体は、だんだんと消えていく。

 可奈美はフォーリナーがいた場所と千鳥の刃を見比べた。

 

「私……本当に……っ!」

「可奈美ちゃん!」

 

 はっとした可奈美は、ハルトへ向き直った。

 

「……落ち着いて」

「う、うん……」

「深呼吸」

「すう……はあ……」

 

 可奈美は言われた通り、息を吐く。

 そしてそのまま、祭祀礼装の姿を解除した。

 見慣れない和服から、見慣れた美濃関学院の制服へ。だが、元に戻った瞬間、可奈美はぐったりと崩れ落ちた。

 

「可奈美ちゃん? どうしたの?」

「体に力が……入らない!」

 

 可奈美は必死に訴える。だが、何度も起き上がろうとしているのに対し、彼女の体はピクリとも動かない。

 

「そんなっ……! 何で!?」

「貴女のその力、確かに強力ですけど……」

 

 その声に、ウィザードと可奈美は震えあがる。

 振り向けば、たった今遺体となって消えたはずのフォーリナーが、背後にいたのだ。彼女の手に握られた銃から、今の攻撃はフォーリナーのものに違いない。

 

「それほど長くは持たないようですわね?」

「フォーリナー……!? どうして……!? だって、今……!」

「時間を駆使する能力者ですのよ? 過去と未来、どちらのわたくしを相手にしていても不思議ではないのではなくて?」

 

 フォーリナーはそう言って、銃を自らのこめかみに当てる。同時に、その背後には巨大な時計盤が並び立つ。

 そうなれば、どうなるかはもうさっきまでの戦いで証明されている。

 ハルトが可奈美の前に立つのと同時に、フォーリナーが冷たく告げた。

 

「これで、終わらせましょう」

「トレラアルディガイザー」

 

 突如として、その声が、フォーリナーの声を塗りつぶす。

 蒼い落雷。

 ハルトは可奈美を抱えて飛び退き、フォーリナーもまた影に潜み、その落雷を回避した。

 トレラアルディガイザー。

 その技名は、いやというほど聞き覚えがあった。

 その正体。破壊した廃墟を静かに降りてくるそれは。

 

「トレギア……!」

「トレギアッ!」

 

 その姿に、背後の紗夜が悲鳴を上げた。

 ウルトラマントレギア。

 フェイカークラスのサーヴァントにして、ハルトたちの宿敵。

 蒼い仮面にその内情を隠し、ひたすらにハルトたちと敵対してきた人物。全身を拘束具で覆い、かつて内に入れていた邪神魔獣グリムドの力を使う者である。

 

「トレギア……! 何でここに!?」

「ただの散歩と言ったら……信じるのかい?」

 

 トレギアは苦笑しながら静かに紗夜を見下ろす。

 

「やあ、氷川紗夜。久しぶりだね」

 

 トレギアはちらりと紗夜を見て、ハルト、可奈美、そして影から現れたフォーリナーを見下ろす。

 

「フォーリナー……初めましてだね」

「ええ。こちらこそ、初めまして。フェイカー……いいえ。トレギアとお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」

 

 フォーリナーはその言葉とともに、トレギアへ銃口を向ける。

 銃弾が発射されると同時に、トレギアの爪からも衝撃波が放たれる。二つは相殺、同時に爆発。その衝撃波がハルトたちを突き飛ばす。

 さらに、戦える二人が離れていったことにより、紗夜が完全に無防備になる。

 

「さて……あまり効率的ではないが……いい演出材料になってくれよ。氷川紗夜」

 

 トレギアはそう言って、自らの仮面を外す。それを紗夜に投げると同時に、その姿は闇となり吸収されていく。

 

「まさか……紗夜さん! 逃げて!」

 

 ハルトが叫ぶが、すでに手遅れ。

 

「ひっ……!」

 

 トレギアアイは磁石のように紗夜の目元に装着され、そこから蒼い闇が溢れ出した。

 それはみるみるうちに彼女の肉体を変質させていく。華奢な少女の肉体を、トレギアの闇の体へ。

 

「紗夜さん……また……!」

 

 しかも前回とは違い、今度は目の前で。

 氷川紗夜。その姿が、トレギアのものとなってしまった。



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二度目

この季節は花粉症がキツイ……


「「紗夜さん!」」

「やはりそれなりに体の相性はいいね」

 

 トレギアは自らの体を見下ろした。

 

「トレギア……! なんてことを……!」

 

 ハルトは歯を食いしばる。そして銀のベルトを付けたまま、指輪を付け直した。

 

「さあ……衛藤可奈美も動けないようだし、このまま始末させてもらおうかな」

「……!」

 

 ハルトは右手で可奈美をかばいながら、ウィザードライバーのつまみを操作した。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「変身!」

『ハリケーン プリーズ』

 

 エメラルドの指輪より発生した緑の魔法陣は、即座にハルトの頭上に現れた。それは降下により、ハルトを風のウィザードへ変身させた。

 ウィザーソードガンを構えて、緑の風とともに飛び上がる。

 

「トレギアアアアアア!」

 

 ウィザードは叫びながら、斬りかかる。

 一方のトレギアは、その爪でウィザードの刃と切り結ぶ。何度も甲高い音を響かせながら、ウィザードとトレギアは上昇していく。

 

『チョーイイネ サンダー サイコー』

 

 渦を巻きながら、ウィザードは風属性最強の魔法を使う。ウィザードの体が巻き起こした竜巻の中に、緑の雷光が閃きだす。

 

「おやおや? 容赦がないね? この体は氷川紗夜のものだというのに」

「くっ……!」

 

 仮面の下で歯を食いしばりながら、ウィザードはホルスターから切り札の指輪を取り出した。

 以前、紗夜を闇から救い出した指輪。

 紗夜もさっきまで、お守りとして右手に付けていたが、今はトレギアの闇に飲まれて消失したものと同種の、エンゲージと呼ばれる指輪。

 だがトレギアの赤い眼は、ウィザードの動きを目ざとく察知した。右腕からの闇の雷光が、ウィザードが手にした指輪を弾き、そのまま破壊した。

 

「なっ……!?」

「残念だねハルト君。前と同じ手はもう通じないよ」

 

 トレギアは笑みを浮かべながら、両手を広げながら接近してくる。

 

「感情的になっていると思わせておきながら、随分と冷静じゃないか。その切り札を使う的確なタイミングをずっと窺っていて……人間にしては冷たいねえ?」

「だったら……これはどう!?」

 

 その声は、トレギアの背後から。

 近くの建物を伝って飛び上がった可奈美が、千鳥を振り上げていたのだ。

 

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

 

 可奈美の千鳥から発せられる、紅蓮の斬撃。それは、トレギアを大きく後退させることとなった。

 

「本当に君のことは嫌いになるよ……! 衛藤可奈美!」

 

 トレギアは怒りの言葉を滲ませながら、その手に蒼い雷を宿らせる。ウィザードと可奈美の頭上から、トレラアルディガイザーを放った。

 

「可奈美ちゃん!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 ウィザードは落下する可奈美の手を取りながら、風の防壁を発動させる。

 それはある程度はトレラアルディガイザーの攻撃を防ぐ。だが、それはやがて押され、ウィザードと可奈美はどんどん下降していく。

 

「やばい!」

 

 ウィザードは慌てて可奈美を抱き寄せ、自らの体が下になるようにする。

 トレラアルディガイザーによって墜落させられ、生身に戻ったハルトと可奈美。

 

「動けないんだったら、無理しないでよ……」

「ハルトさんだって、肩ケガしてるじゃん……!」

 

 折り重なるようにして呻く二人へ、トレギアが赤い眼を光らせた。

 その爪を交差させ、斬撃が二人へ落とされていく。

 トレラムノー。これまでも、何度もハルトたちを苦しめてきた技。

 

「やばい……!」

 

 変身も魔法も間に合わない。

 だが。

 横から飛び込んできた、青い光線がトレギアの攻撃を押し流していった。

 

「何これ、どういう状況!?」

 

 それは、ハルトたちの前に着地したのは、新たな参加者。

 ガンナーのサーヴァント、リゲル。

 彼女はハルトと可奈美、そして狂三、浮いたままのトレギアを見渡した。

 

「蒼井晶を見つけたんじゃなかったの!? どこにもいないし、あれはフェイカー……? それに、アイツは?」

 

 リゲルはフォーリナーを見て銃を向ける。

 フォーリナーはほほ笑んだだけで微動だにすることもない。

 リゲルはフォーリナーから目を離すことなく、トレギアへスコープを当てる。彼女のゴーグルにあらゆるデータが表示されては消えていく。

 

「……! ちょっとウィザード、どういうこと? トレギアの中から氷川紗夜の生命反応が検出されているんだけど!?」

「さすが。その通りだよ……!」

 

 ハルトは立ち上がりながら毒づく。

 すると、リゲルは驚きと共に眉を吊り上げた。

 

「その通りって、彼女を危険な目に遭わせないって話はどうなったのよ!」

「トレラアルディガイザー」

 

 リゲルの非難が終わらない中、トレギアの攻撃が止まる理由にはならない。

 ハルトはリゲルを背中に回し、防御の魔法を使った。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 もう一度発動する、魔法陣の防壁。だが、それはトレギアの攻撃に対して、十分な防御力を持つとは言い難いものだった。赤い壁はあっさりと吹き飛ばされ、ハルト、可奈美、リゲルの三人は地面に打ち付けられる。

 

「くっ!」

 

 だが、いち早く復活したリゲルが、その衝撃と同時に、散弾を放った。

 それはトレギアの足を止め、さらに彼女が手に持った剣での攻撃を可能にした。

 

「フン」

 

 手を後ろで組みながら、リゲルの攻撃を避け続けるトレギア。それどころか、読めたトレギアは、簡単にリゲルの剣を受け流していく。

 トレギアは腕を伸ばすフェイントで、リゲルの動きを止める。さらに、右手から放たれらた蒼い光線が、リゲルの体を押し流していく。

 

「ぐっ!」

「リゲル! ……変身!」

『ウォーター プリーズ スイ~スイ~スイ~スイ~』

 

 ハルトは右肩にハンカチで簡易的な包帯を作り、水のウィザードへ変身。リゲルへ迫られてくる爪をソードガンで防ぐ。

 

「リゲル、大丈夫?」

「敵であるアンタに助けられるなんて……」

「あはは……今更何を」

 

 そのまま、ウィザードとリゲルはトレギアとの戦いを続けていく。ウィザードはソードガン、リゲルは大砲。それぞれの攻撃がトレギアを捕えようとするが、相手は羽根のように軽い身のこなしで避けていく。

 

『ウォーター スラッシュストライク』

 

 水のウィザードは、ウィザーソードガンへ水の魔力を宿らせた。

 だが、両手を腰で組んだトレギアはよけ、やがてウィザードの顔へ手を出す。

 

「っ……!」

 

 フェイントだと分かっていても、反射的に動きが止まってしまう。さらに、無理に動かしている体を急に静止したせいで、肩にまた激痛が走る。

 

「ウィザード……あなた、その肩どうしたの!?」

「見ての通りだよ」

「さあ、次はこれでも使おうか……?」

 

 トレギアは、いつの間にか白い人形を手にしていた。

 粘土らしき素材でできたそれを放る。即座に蒼い雷を放ち、人形の色を蒼く染め上げていく。

 

「さあ、マスターからの贈り物第二弾だ。行け。デバダダン!」

 

 人形が、人間よりも少し大きいサイズに巨大化する。その肉体は、白いボディと、その内側に無数の黒が走る。緑の半透明なゴーグルの中には、左右非対称の位置に目玉が付いていた。

 因果応報怪獣デバダダン。

 ギョロギョロとした目が、ウィザードとリゲルへ迫って来る。

 ウィザードは慌てて指輪を切り替えた。

 

『バインド プリーズ』

 

 水を固めて作られた鎖が、デバダダンの動きを止める。

 だが、さして苦しむ様子もなく、デバダダンは鎖を引きちぎった。

 だが、それだけの時間を稼げれば十分。

 

『ウォーター シューティングストライク』

 

 ウィザードは、すでに攻撃の準備をしていた。

 ウィザーソードガンの銃口に宿した水。魔力を練り上げたそれは、そのままデバダダンへ放たれた。

 無数の怪物たちをうち滅ぼしてきたウィザードの水弾が、デバダダンへ放たれた。

 一方、デバダダンもただではやられないと言わんばかりに、その能力を行使した。足元から並び立つ、衝撃波の柱。それは、デバダダンの姿を、衝撃波の向こうに隠してしまうほどだった。

 だが、水の弾の威力は下がらない。

 そのまま青い攻撃は、デバダダンに命中。そのまま爆発するはずだった。

 だが。

 

「効いてない!?」

 

 これまでもシューティングストライクが決め手にならない敵は数多くいた。だが今回、この敵にはシューティングストライクの威力が発揮されていないどころか、水の弾に込められていたはずの水滴さえも見当たらない。

 ウィザードとリゲルは、ともに左右に散開。デバダダンからの衝撃波を回避し、それぞれ銃口を向けた。

 放たれる、銀と光の銃弾。地面からの衝撃波を貫き、デバダダンに命中しているようだが、白い怪獣の動きは何一つ変わることはなかった。

 

「これも効いていないのか!?」

 

 だが、驚いている暇はない。すでに至近距離に迫ったデバダダンが、両手でリゲルを押しつぶそうとしてくる。

 

「くっ!」

 

 リゲルはバックへ飛び退きながら、装備したバズーカを発射する。青い光線が、まさにデバダダンの体を貫こうとしていた。

 だが。

 

「え!?」

 

 リゲルの驚愕。

 それは、彼女の光線が、デバダダンの腹に吸収されたからだった。アンテナのような組織が腹部に形成され、光線を吸収しているではないか。

 さらに、デバダダンの能力披露は続く。腹部のアンテナからは同じく青い光が集いだしていく。

 それは、まさに反射。リゲルが放った光線とほとんど同質のそれが、リゲルへ襲い掛かる。

 

「なんなのっ!?」

 

 リゲルは慌ててバズーカ砲を盾にする。

 青い光線を弾く砲台ではあるものの、リゲルはその勢いに押され、地に伏せた。

 

「リゲル!」

 

 さらに、デバダダンの追撃だろうか。足元から連続して衝撃波が走って来る。

 ウィザードはリゲルの前に立ち入り、サファイアの指輪をトパーズに交換する。

 

『ランド プリーズ ド ド ド ド ド ドン ド ド ドン』

 

 水のウィザードが土のウィザードとバトンタッチ。

 身体能力を犠牲に魔力を伸ばした水のウィザードとは対照的に、土のウィザードは魔力よりも物理能力を会得した形態。

 そして、こういう状況での土のウィザードの役割はいつも同じ。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 ウィザードが発動するのは、此度の戦闘で、何度も破られた指輪。

 だがそれは、土の形態であれば、鉄壁の土壁として発動する。デバダダンの衝撃波を防ぐと同時に、土壁は粉々に砕けていった。

 

「次!」

『バインド プリーズ』

 

 ウィザードが次に発動する、鎖の魔法。

 今度は土が鎖の形となり、デバダダンを拘束する。ウィザードはそのまま、鎖を発生させている魔法陣を地面に叩きつけた。

 すると、土の鎖はそのまま地面に真っすぐ張った状態でデバダダンの動きを封じた。

 

「リゲル! 今だっ!」

「ええ!」

 

 ウィザードの合図に、リゲルは飛び出す。

 右手にバズーカ砲、左手に青い半透明な剣。

 リゲルは剣を逆手に持ち、デバダダンの腹部……アンテナ部分に深々と突き刺す。アンテナとデバダダンの肉体の間に隙間が生じ、ミシミシとデバダダンの体が悲鳴を上げた。

 

「______」

「消し飛びなさい!」

 

 デバダダンの声にならない声を打ち消すように、リゲルの砲台に青い光が宿っていく。

 そのまま、隙間からデバダダンの体内へ直接放射。光線を跳ね返すというデバダダンの特性が発動しない領域で、直接異形の怪物の体内を焼き尽くす。

 爆発とともに、デバダダンの白い破片が散乱していった。

 肩で呼吸しながら、デバダダンがいた場所を見つめるウィザードとリゲル。その二人を、トレギアは拍手で讃えた。

 

「へえ……すごいなあ。その怪獣に、光線でトドメを刺せるなんて思わなかったよ」

「トレギア……っ!」

「それもまさかガンナーがねえ。以前君と戦った時は、無視してもいいかと思ったけど」

 

 その挑発はリゲルにも堪えたのか、明らかに怒りを滲ませている。

 

「あの時は、怪獣を出して逃げられたけど……今回はそうは行かないわ」

「こっちはただの散歩の途中だったんだけどなあ?」

 

 トレギアは証拠とばかりに、手に持ったそれを見せつける。

 ただの、紙容器に入ったポップコーン。放り投げ、中身がデバダダンの破片とともに散らばった。

 そして、ポップコーンの雨の中。

 

「気に入りませんわね……」

 

 ただ一人。

 影に潜むフォーリナーの声を耳にできた者などいない。



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オーバーブースト

紗夜さんの誕生日に乗っ取られ回を上げていくプレイング


「トレラアルディガ!」

 

 トレギアの両手先から放たれる、蒼い光線。

 火の形態に変身しながら、ウィザードはジャンプしてよける。ソードガンを振り下ろし、トレギアと切り結ぶ。

 さらに、リゲルもまた加わった。手にした剣を振り下ろすが、トレギアはそれを腕から受け止めた。

 

「へえ、ガンナーのサーヴァントの割には、随分と接近戦を仕掛けてくるね」

「遠距離だけなわけないでしょ? 以前アンタには逃げられたけど、今回こそは倒させてもらうわ」

「できるかな?」

 

 トレギアはリゲルの剣を突き飛ばし、そのまま右手から蒼い光線を放った。リゲルは砲台で防御しながらも、一気に後退、そのまま膝を折った。

 

「リゲル!」

 

 そのままトレギアがリゲルへ追撃しようとするが、ウィザードがその前に立ちはだかる。

 ウィザードはそのまま、これまで何度も繰り返されてきた、ウィザードとトレギアの戦い。だが。

 

「……前より、弱くなってる?」

 

 トレギアの光線を受け流しながら、ウィザードは呟いた。

 確かにトレギアの攻撃一つ一つは、大きな威力を発揮するし、変身解除まで追い込まれる可能性もある。

 だが、これまで受けてきたトレギアの攻撃と比べて。

 

「軽くなっている?」

「ちぃっ!」

 

 舌打ちしたトレギアは、さらにトレラアルディガを放つ。

 だが、低い出力のそれを見切るのは、それほど難しくなかった。だんだんと攻撃が繰り返されていくごとに、ウィザードへの被弾率も下がっていく。

 そして。

 

『フレイム スラッシュストライク』

 

 ウィザードが、炎の斬撃を二度放つ。

 十字に斬られたそれにより、トレギアの体から火花が飛び散り。

 そして。

 ダメージを受けたトレギアの体が震え、薄っすらと紗夜の輪郭が浮かび上がる。

 

「紗夜さん!」

 

 ウィザードは急いで手を伸ばし、紗夜を引っ張り出そうとする。

 だが、トレギアがそんな救出劇を認めるはずがない。爪を駆使した技、トレラテムノーでウィザードの手を弾き、距離を取る。

 

「くっ……、グリムドがセイバーにやられたせいで、出力が……」

 

 トレギアは体を抑えながらウィザードから離れた。

 このままやれば、倒せるのでは。

 ウィザードは即座にキックストライクの指輪を右手に嵌める。

 だがそれよりも前に。

 

「ふざけるなあああああああっ!」

 

 激昂したトレギアが、両手を天に向けた。

 闇の中に現れた五つの赤い点より、蒼い雷が放たれ、周囲を滅茶苦茶に破壊していく。

 

「なっ!」

 

 キックストライクで掻い潜れば、確かにトレギアを倒せるかもしれない。

 だが今、背後には動けない可奈美がいた。

 

「可奈美ちゃんっ!」

 

 ウィザードは可奈美の前に立ち、ウィザーソードガンで防御する。リゲルも、その砲台で自衛に入っていた。

 そして落雷する蒼。

 変身解除は免れたものの、ウィザードは膝を折り、体からは煙が上がっていた。

 

「ハルトさん!」

「まだ大丈夫……っ!」

 

 立ち上がろうとしたが、右腕の痛みがさらに疼く。

 だがその隙にも、トレギアの暴走は続く。

 トレラアルディガイザーを再び放つ。その準備とばかりに、彼の目前には闇が集まっていく。

 

「仕方ない……! 衛藤可奈美!」

 

 チャージ中の今しかない。そう判断したのか、リゲルはバズーカを放り捨てた。

 

「は、はい!」

「悪いけど、少し体借りるわよ!」

「え? 体?」

 

 その発言に、可奈美は目を白黒させた。

 だが、リゲルは説明することなく、手にした黒いカードを可奈美へ投げ渡す。

 同時に、リゲルの体が消失していく。それはまさに、トレギアがトレギアアイを投げていく動きを思い出させるものだった。

 それは、可奈美の手首で浮遊する。それは青い光を放ちながら、彼女の頭上へ移動した。

 

「ななな、何これ!?」

 

 可奈美が驚いている間に、彼女の体への変化が続く。

 赤を中心とした美濃関学院のセーラー服が、リゲルの青と白を基調としたスーツへ。腕や肩に白い武装が装備されている。

 それはまさに。

 リゲルの武装を、可奈美が纏った姿だった。

 

 

 

『オーバーブースト。悪いけど、しばらくの間体を使わせてもらうわ』

「使わせてもらうって何!? なんで頭の中にリゲルさんの声がっ!?」

 

 可奈美は変わった外見を見下ろしながら、頭を抱える。

 だが、リゲルの声は続く。

 

『氷川紗夜を助けるためよ。私の全リソースを解析に回す。その間、私は完全に無防備になるから、あなたの機動能力で時間を稼いで!』

「で、でも私……」

 

 可奈美は千鳥を杖にしながら、体を支える。

 祭祀礼装の力が、予想以上に可奈美の体力を奪っていった。

 可奈美の自慢の剣術も、スピードも、これでは発揮することができない。

 

『どうしたの?』

「祭祀礼装を使ったから、体が動かない……!」

『はあ?』

 

 リゲルの唖然とした声が、脳内を一色に染め上げた。

 

『それって、力を使いすぎたってこと? いきなり全力で体力使い果たすなんて素人じゃない!』

「それ言ったらおしまいだよ!」

刻々帝(ザフキエル)

 

 その音は、フォーリナーの技。

 振り返れば、フォーリナーの姿があった。四時を指す巨大な時計盤の前で、銃口を可奈美へ向けていた。

 

「えっ!」

 

 避けられない。

 可奈美は動こうとするものの、体力を使い果たした今の体では動けない。

 そして。

 

四の弾(ダレット)

 

 フォーリナーの銃弾が、可奈美の体に命中する。

 その衝撃により、可奈美の体が吹き飛んだ。やられた、と体が訴えるが。

 

「これは……?」

 

 可奈美は、自らの体を見下ろす。

 フォーリナーの着弾を受けてから、体の疲労がどんどん回復していく。否。自らの体が、時を遡っていく。結果、体力もまたもとに戻っていった。

 

「フォーリナー……?」

「お気になさらず。何となく、あの仮面野郎のお面を引き剥がして見たくなっただけですわ」

 

 フォーリナーは鼻を鳴らす。

 そんな彼女へ、可奈美は顔を輝かせた。

 

「……っ! ありがとう!」

『なら、仕切り直しね。行くわよ、衛藤可奈美』

「うん!」

 

 脳内に響く、リゲルの声。

 右手に千鳥を。左手にリゲルの砲台を構えながら、可奈美は頷いた。

 すると、リゲルのゴーグルが可奈美の視界を覆った。

 

「うおっ! これ何!?」

『言ったでしょ? 私の全リソースを奴の分析に回す。その間、あなたが動いて!』

「っ!」

 

 その言葉に、可奈美は強く頷く。

 千鳥を構え、トレギアの雷を掻い潜っていく。御刀の力の一つ、迅位をもってすれば、トレラアルディガイザーの軌道さえ読み切れた。

 トレギアは、オーバーブーストした可奈美を睨んで首を曲げると、トレラアルディガイザーを集中して放つ。

 

「っ!」

『飛んで!』

 

 脳内に響く、リゲルの声。

 それに従い、可奈美はジャンプした。

 すると、体に走るリゲルの力により、浮遊能力が発動。

 さらに、腰に付いているブースターが火を噴かすことにより、更なる加速が与えられた。

 

「行くよ……! リゲルさん!」

『ええ!』

 

 可奈美は千鳥を握り直す。

 そして、その千鳥が、可奈美の体が真紅に染まっていく、

 

「迅位斬!」

 

 可奈美の真紅の斬撃が、トレギアを穿つ。

 本来の可奈美の紅に、リゲルの力である青も混じった斬撃。だがトレギアはそれを回避し、離れていく。

 

「これじゃ届かない……!」

『衛藤可奈美! 左手の砲台を使いなさい!』

「砲台!? 私に、遠距離攻撃なんて……!」

 

 だが、砲台の主導権はリゲルにある。可奈美の意思とは裏腹に、可奈美の左手に青い光が集まっていく。

 

「うわわっ! なんかチャージされていくよ!?」

『ゴーグルに使い方を映しておくから、それ見てやって!』

「う、うん!」

 

 了承すると、可奈美の左目にゴーグルが現れた。そこに次々と表示されていくデータに集中するものの、その情報を視認することができない。

 だが。

 

「これ……頭に直接……!?」

『いいから! これ以上は分析させて』

「う、うん!」

「トレラアルディガイザー!」

 

 トレギアは叫びながら、暗い雷を放つ。周辺をどんどん破壊していくトレギアの攻撃だが、可奈美の足の速さによって捕らわれることはなかった。

 だが、トレギアの雷は的確に可奈美を狙ってくる。可奈美は避け、トレギアの後ろに回り込んだ。

 

「トレラアルティガ!」

 

 トレギアも振り向きざまに光線を放つ。

 避けられない。

 そう判断した可奈美は、千鳥を縦にする。銀の光を放つ千鳥は、そのままトレギアの攻撃を切り裂き、切り開く。

 そして。

 

「いっけえええええええええ!」

 

 発射された、青い光線。空中のトレギアを転がすが、それでもまだ倒しきれていない。

 

「浅いっ!」

『十分よ! オーバーブースト解除!』

 

 トレギアの目から、赤い光線が放たれる。

 だが、その前に可奈美の体が青い光に包まれる。すると、可奈美の体がリゲルと分離、さらに彼女に突き放されたことにより、トレギアの光線がその間を通過していった。

 そして、可奈美が付けた傷。リゲルが目指していたのは、それだった。

 

「ガンナー……! 貴様!」

「悪いわね……アンタは、何か気に入らないのよ!」

 

 リゲルの砲台が、青い光に包まれていく。その中でプログラムが書き換わっていくのだろうか、

 だが。

 

「ああああああっ!」

 

 発射直前で、トレギアが逆に砲台の銃口を掴んだ。

 

「なっ!?」

「トレラアルディガ!」

 

 トレギアの指先より、蒼い雷が直接彼女のバズーカ砲に流れ込んでいく。エネルギーの逆流で、リゲルの砲台が破壊された。

 

「そんなっ!」

「リゲルさん!」

 

 そのままトドメを刺そうとするトレギアに対し、可奈美が千鳥でその間に割り込む。

 

「衛藤可奈美ぃぃぃぃぃ!」

 

 トレラアルディガイザーの構えのトレギア。五つの赤い玉とともに放たれる彼の必殺技に、可奈美とリゲルが目を閉じる。

 だが。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 トレギアの背後に、火の蹴り。

 ウィザードが、ストライクウィザードの体勢を放っていた。

 

「だああああああああああっ!」

 

 ストライクウィザードが、トレギアの肩に命中。トレギアは、その体のバランスを大きく崩した。

 準備していたトレラアルディガイザーも霧散し、残るトレギアは、無防備。

 この機を逃さない。

 

「迅位斬!」

 

 フォーリナーが与えた体力を考えれば、使えるのは一回限り。

 可奈美はありったけの力を込めて、すれ違うトレギアへ神速の斬撃で貫いた。

 

「紗夜さん!」

 

 トレギアの体が揺らぎ、薄っすらと紗夜の姿が浮かび上がる。可奈美は、左手で紗夜の体を掴もうとするが、可奈美の手が触れた箇所から、また蒼い闇に染まっていく。

 だが。

 

「今度こそ!」

 

 リゲルの声と共に、青の閃光がトレギアの体内に発射された。

 半壊した砲台を、直接トレギアの背中に叩き込む。

 そのまま、砲台より青い光が溢れ出していく。トレギアの体さえも透かすほどの光量をもつそれは、そのままトレギアの体内より紗夜を押し出した。

 

「何っ!?」

「紗夜さん!」

 

 可奈美は飛び出して、紗夜の体をキャッチ。転がりながらも、気絶した紗夜の無事を確認して安堵する。

 遅れて聞こえてきた落下の音。

 胸を貫かれ、ボロボロになったトレギアが、膝を折っていた。

 

「ガンナー……まさか、君に一枚取られるとはね」

 

 胸の拘束具が外れており、内部の光の結晶が露わになっている。

 トレギアは、再び銃口を向けたリゲル、紗夜を抱える可奈美、そして生身に戻ったハルトと、腕を組んだままのフォーリナーを睨んだ。

 

「……いいだろう。目的は果たした。今回は私の負けにしてあげようじゃないか」

 

 トレギアの体が、闇に包まれていく。

 だが、このまま彼を逃すわけにはいかない。可奈美は「待って!」と叫び、駆け出した。

 

「ふん」

 

 だが、可奈美の迅位による加速を先読みし、トレギアはトレラアルティガを足元に着弾させる。

 爆風により動きを封じられた可奈美。そして、全てが消え、夜の静寂が帰ってきたとき。

 すでにトレギアは、その姿を消していた。

 

「……トレギアは?」

「周辺に気配なし。トレギアの存在は認められないわ」

 

 リゲルが保証した。

 ハルトは息を吐いて、紗夜を背負った。

 

「そう……まあ、あれ以上戦うのは危険だったからね」

「ええ。私たちも、全員満身創痍だったわね」

 

 ハルトとリゲルが頷き合った。

 可奈美は次に、もう一人の顔を見た。

 

「待って! フォーリナー」

 

 すでにフォーリナーは、目を閉じて夜の闇の中に潜ろうとしていた。その足を止めたフォーリナーは、気怠そうに振り向く。

 

「助けてくれてありがとう!」

「別に、あえて助けたつもりはありませんわ。あの仮面野郎が気に入らなかっただけですもの」

「それでも、ありがとう!」

 

 ニッコリと礼を言う可奈美。

 だが、舌打ちをしたフォーリナーは、冷たく告げた。

 

「何か勘違いをしていません?」

 

 フォーリナーは、その手に持った銃口を彼女の顔に近づける。

 

「今言ったばかりですよ? 助けたのではありません。気に入らないから、マシな方を手助けした。それだけですわよ?」

 

 フォーリナーの金色の眼が可奈美を睨む。彼女はそのまま、可奈美、そしてハルトとリゲルを捉えた。

 

「一時的とはいえ、折角協力してあげたんです。見逃してあげますわ。でも、これだけは覚えていただかないといけないそうですわね」

 

 月明りが雲に遮られていく。

 見滝原南の数少ない光源の消失により、フォーリナーの姿が、暗闇の中に消えていく。

 その中で、彼女の金色の眼だけが、可奈美が認識できるフォーリナーの体だった。

 

「わたくしは、聖杯に託した願いを諦めるつもりも、ましてやあなた方に手を貸すつもりもありませんわ。わたくしの願いのために、次にお会いしたときには、あなた方には消えてもらいますわ。ええ、ええ。マスターにも、この地にも。二度と近づくことがないよう、忠告いたしますわ」

 

 彼女の金色の眼が閉ざされる。

 そして、雲が退き、月明りが再び見滝原南の地を照らした時。

 すでに、フォーリナーの姿はどこにもなかった。



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覚醒

 闇と魔法陣が浮かび上がり、トレギアがその姿を現した。

 トレギアには見慣れた室内。博物館のようにショーケースが立ち並び、その間には詰め込まれたゴミ袋が敷き詰められていた。

 見滝原南での傷も回復し、トレギアはゴミ袋の合間を踏みこみ、歩き出す。

 

「お帰り。トレギア」

 

 そして、家主の少女は、オフィスチェアに座ったまま、トレギアを振り返った。

 

「何かあったの?」

「ちょっと怪獣を暴れさせていたんだ」

「ふうん……それで?」

「すまないマスター。やられてしまったよ」

「なーんだ」

 

 マスター。

 それは、まだ年端もいかない少女だった。

 薄紫のパーカーをした眼鏡の少女。首にかけているヘッドホンがトレードマーク。

 新条アカネ。

 彼女こそ、これまでハルトたちを苦しめてきたフェイカーのサーヴァント、トレギアことウルトラマントレギアのマスターだった。

 

「トレギア」

「何だい?」

 

 アカネは退屈そうに足を伸ばした。机に彼女の足がぶつかり、鈍い音が響くが、彼女が気にすることはない。

 

「あの卵、いつになったら怪獣出てくるの?」

 

 アカネが、そう言って部屋の中央を指差す。

 つい先日。

 かつて氷川紗夜から奪った令呪をアカネに与えた。そうして、彼女に第二のサーヴァントを召喚させたのだ。その召喚に応じたのが、部屋の中央___ショーケースとゴミ袋の森の中央を陣取る、この卵だった。

 一見石にしか見えない卵。だが、ところどころより謎の煙も上がっており、部屋の空気を充満していく。

 

「さあ? いつだろうねえ。まさか卵ごと召喚されるとは思わなかったよ。まあ、昨日は目的のものは取って来たからね」

 

 トレギアはそう言って、少女の机に手を伸ばす。

 静かに置いたそれは。

 

「何これ? 勾玉?」

 

 アカネはそれをまじまじと見つめた。

 高く上った太陽の光が窓に差し込み、勾玉をより輝かせていく。

 

「ああ。ヤマタノオロチの要石の欠片を探し回ってね。やっと見つけたんだ」

「ふうん。それで、これを卵に埋めるとかするの?」

「いいや。君が肌身に付けてくれ」

 

 トレギアの言葉に、アカネは首を傾げながらも了承した。

 アカネはそれを手元からぶら下げて、やがて首にかけた。

 

「これでいいの?」

「ああ。それでいい」

 

 トレギアは口に手を当てた。

 

「さて。このまましばらく待ってみようか。その勾玉には、人の心を卵に伝える加工を施してある」

「……? どういうこと?」

「その卵はね。人の感情をエネルギーにするんだよ。だから、君が怪獣を望めば……その卵は孵る。それもただの怪獣じゃない。世界さえも滅ぼせる怪獣だ」

「ふうん……期待しないでおく」

 

 アカネはそう言って、改めて机に向き直った。

 トレギアが彼女の頭越しに覗き込めば、アカネが手元で粘土細工をこねくり回していた。

 

「精が出るね。また新しい怪獣かい?」

「デバダダンは良い怪獣だと思ったんだけどなあ」

「悪かったよ」

 

 アカネがむすっとした顔をしていた。

 やがてしばらく粘土細工を弄っていたが、アカネは「ああもうっ!」と叫んで、背もたれによりかかった。

 裸足を机の上に乗せ、ぐったりと体から力を抜く。

 

「トレギア、そこにいると気が散る!」

「おやおや。これは失敬。なら私は退散するよ」

「待って。この怪獣、取り扱いが分からないんだから、行かないでよ」

「どうしろと……?」

 

 トレギアは結局足を止める。

 やがて、アカネは呻き声を上げながら作業を続け。

 

「はい」

「……何だい?」

「新しい怪獣。できた」

 

 アカネはそう言って、トレギアが拭いている方の手に人形を置いた。

 

「……随分と適当じゃないか?」

 

 トレギアは人形を見下ろしながらそう呟く。

 顔の部分が斜めに傾かれている上、胴体もずんぐりとしており、とても激しい動きに適したものとは言えない。

 

「もういいじゃん。中途半端だけど、今はこの卵が気になってあんまり集中できないから」

「ふうん……まあいいよ」

 

 トレギアは軽く首筋を撫でる。トレギアの目は、もうマスターであるアカネではなく、その手元の人形だった。四肢が大雑把に作られており、傾いた頭は、怪獣という呼称の恐ろしさを再現しているとは言い難い。

 

「さて。インスタンス アブリ……」

 

 そのまま、トレギアは技を発動しようとしていた。

 だがその前に。

 岩石が砕けていく音が響く。

 アカネとともに振り向けば、新たに生まれた命がその姿を見せていた。

 

「生まれたようだね」

 

 トレギアはそう言って、ほほ笑む。

 卵の役割をしていた岩石。みるみるうちにそれは破壊されていき、やがてその欠片の合間より、不気味な黄色が覗いていた。

 

「どうだいマスター? お気に召してもらえそうかな?」

 

 そして、屈むアカネ。その目の前、岩の卵の合間にこそ、トレギアの目的のものがあった。

 巻貝のような体。そして、そこから生える肉体。

 オレンジ色の蝸牛(かたつむり)、または烏賊(いか)などの軟体生物。無数の触手が脚のように広がり、小さいにも関わらず、大きな存在感を知らしめている。

 

「これが……怪獣?」

「ああ。私も詳細は知らないが。私の故郷には色々と怪獣の情報が集まっていてねえ。これはどうやら、宇宙のあちこちに存在する危険な怪獣らしい」

「……この子が……?」

 

 危険な怪獣。

 その響に、アカネは眼鏡の下で顔を輝かせた。

 怪獣などが好きだというこの少女に、トレギアはずっと違和感があったが、彼女は本当に危険な怪獣を望んでいるらしい。

 トレギアは続ける。

 

「怪獣であるけど、それ以上にこれはサーヴァント。ムーンキャンサー。君の、二番目のサーヴァントだ」

「ムーンキャンサー?」

「月の癌のサーヴァント……らしいよ。まあ、詳しいことはいいじゃないか」

 

 トレギアはクスクスとほほ笑んだ。

 

「コイツは君に従い、成長する。君の世界への憎しみ、恨みそういうものを糧にしていく」

「……」

「まあもっとも、君の心の闇なんて、どこにでもあるものだろうけどね。案外、そういう平凡な感情が一番強かったりするものさ」

「……?」

 

 アカネはトレギアの言葉が理解できないという顔をしていた。

 だが、トレギアは首を振る。

 

「とにかく、このサーヴァント……怪獣が強くなるかどうかは、君次第ということだ。君の感情を吸収し、より強くなる。その、勾玉を通じてね」

「分かった」

 

 アカネはそう言うと立ち上がった。ゴミだらけの室内を踏みながら、部屋の出口へ向かっていく。

 

「どこに行くんだい?」

「わたしが育てるんでしょ? だったら、必要なもの持って来る」

「必要なもの?」

「うん。……財布、どこだっけ?」

「おや? 外に出るのかい? 珍しい」

「うん。あ、あった」

 

 とにかく空間を埋めるように投げ捨てられているゴミ袋。その足元に埋もれていた財布を引っ張り出し、アカネは外へ出ていった。

 トレギアがしばらく待っていると、彼女は戻って来た。手には缶詰が握られており、それを差し出した。

 

「猫……缶?」

「育てるんでしょ? だったら、ご飯かなって。これ、食べるかな?」

 

 ゴソゴソとアカネのレジ袋の中から次々に出てくるのは、猫缶犬缶、その他多種多様な缶詰類。どれ一つとったとして、手軽に食べられるものがなかった。

 

「マスター……ムーンキャンサーは犬猫じゃないんだよ? そんなもの、食べるわけがないじゃないか。君の感情を吸収するって言って……」

「だって、何食べるか分からないんだもん。これぐらいしか思いつかないよ」

 

 アカネが口を尖らせる。

 すると、ムーンキャンサーは再びアカネに顔を押し付ける。彼女の体をまさぐり、やがて腹から胸、そして肩から腕へ伝っていく。

 やがて、猫缶に辿り着いたムーンキャンサー。アカネが「はい」と猫缶を与えるものの、ムーンキャンサーはその口のない顔を押し付けたまま動かない。あたかも猫缶の形状を覚えようとしているかのように、何度も何度も猫缶を撫でていた。

 

「お? ほら、どうトレギア? 気に入ってくれたみたいだよ?」

 

 にいっと、アカネは純粋そうな笑顔を向ける。

 彼女は、人間に対しては決して笑わない。彼女が笑う対象は。

 

「怪獣だけ……本当に変わっているよ。君は」

「あれ?」

 

 だが、待てど暮らせどムーンキャンサーは口を開かない。やがて、その口が何度も猫缶に触れると、ムーンキャンサーは鎌首を上げた。

 

「食べないの? ……そもそも、口はどこにあるの?」

「そもそも缶詰なんて、開けないとどうしようもないものなんじゃないかい?」

「あ」

「おいおいマスター。もしや、缶切りを忘れた、とか言わないよね?」

 

 トレギアの言葉に、アカネが背筋を伸ばす。

 やがて無表情のまま、彼女はトレギアへ振り替える。

 

「どうしよう……? 私、缶切りなんて持ってない。買ってこなくちゃだめ?」

「はあ……何で開けられない猫缶を買ってくるかなあ……」

 

 呆れたトレギアは、頭に手を当てる。

 だがアカネは、表情を一つ変えずにトレギアへ缶詰を差し出した。

 

「はい」

「……何だい?」

「開けて。できるでしょ。そんなに爪長いんだから」

「私の爪は缶切りじゃないんだけどなあ?」

 

 トレギアは首筋を掻きながら呟いた。

 だがアカネは全く動かない。その目が、「早く開けて」と命令していた。

 

「全く……」

 

 折れたトレギアは、缶詰を受け取り、左手で指さす。指先より放たれた小さい蒼い雷が、缶詰の縁を焼き切っていく。

 

「どうやらマスターにとって、私の価値は缶切り程度ということのようだ」

「そんなことないよ? ただ、便利な能力があるよな~って思っただけ」

「便利屋扱いかい……ほら、開けたよ」

 

 トレギアは蓋を引き剥がした。

 詳しくは分からない魚の発酵食品に、トレギアは思わず鼻をつまんだ。

 

「酷い臭いだな……」

「苦手なんだ」

「単純に嫌いだ。うっ……」

 

 トレギアは忌々しく、白い手拭いを取り出した。そのまま缶詰の中身が跳ね返った手を拭う。だが。

 

「取れない……」

 

 拭いても拭いても茶色が残る。

 

「……ん?」

 

 その時。ガサゴソと、物音が聞こえてきた。

 振り向けば、ムーンキャンサーがコンビニ袋の中に首を突っ込んでいた。

 トレギアに缶切りをさせた容器を放り出し、ムーンキャンサーの首が、まだ封を切っていない缶詰めを転がしていた。

 

「ああ、何やってるの」

 

 アカネが呆れながら、椅子から退く。ムーンキャンサーが散らかした缶詰をいくつか回収する。

 だが、それよりも先。ムーンキャンサーがたった今、新たな缶詰を転がした。

 

「ああ、また……」

 

 アカネが回収しようと手を伸ばす。

 だが、それよりも先にムーンキャンサーの脚らしき触手が動いた。

 猫缶に狙いを定めた触手。すると、その先端より刃が生えてきた。

 その突然に驚き体を震えさせるアカネ。トレギアも、その体の一部の変化には舌を巻いた。

 そのままムーンキャンサーは、その刃を猫缶に突き刺した。

 

「っ!」

 

 可愛らしい外見とのギャップに、アカネが悲鳴を上げた。

 確かにあれは小娘には不気味だな、とトレギアは内心思いながら、その顛末を見届ける。

 やがて、猫缶が奥から潰れていく。ゆっくり、ゆっくりと。粘土のような柔らかさで、猫缶の体積が減っていく。

 やがて零れ落ちた猫缶は、紙でできていたのかと思うほどペラペラになっていた。

 

「これ……」

 

 猫缶を拾い上げたアカネが、少し体を震わせた。

 だが、ムーンキャンサーはまたアカネに顔を押し付ける。何度も何度もアカネの体に擦り当て、「もっと頂戴」とせがんでいるようだった。

 

「トレギア。この子が何を言っているか分かる?」

「さあ? 私は翻訳機じゃないからね。でも、もっとご飯を上げたらいいんじゃないかな?」

 

 トレギアが適当にそう告げる。するとアカネは、即座に未開封の缶詰をへ差し出した。

 同じくそれも、ムーンキャンサーが触手で吸い尽くす。あっという間にアカネが持ってきたものを吸い尽くした。

 

「……次は? どうしたらいい?」

「私もそこまで詳しいわけではないからねえ……折角ペットの缶詰をあげているんだ。散歩でもしたらどうだい?」

「散歩……」

「折角だ。ほら、大きな公園がこの街にはあるじゃないか」

「見滝原公園?」

 

 アカネはその言葉に口を歪める。

 

「どうしたんだい?」

「コンビニよりも遠い……」

 

 その言葉に、トレギアは唖然とした。




ハルト「ただいまー」
ココア「ハルトさん! 可奈美ちゃん! おかえり! 随分遅かったね」
可奈美「ちょっとね」
ココア「……ハッ! ダメだよ! そういう不純異性交遊は……」
ハルト「そういうのじゃないから!」
可奈美「あはは……」
チノ「ココアさん、片付け手伝ってください」
ココア「あ、そうだったそうだった」
可奈美「頑張れお姉ちゃん!}
ココア「はっ! お姉ちゃんに任せなさい!」
チノ「もうバータイムなので私達交代ですよ」
ココア「( ゚д゚)ハッ!」
可奈美「今日の当番は……」
チノ「ココアさんですね。……心配なので、私も見ています」
ココア「妹との共同作業だね!」
可奈美「手伝うよ?」
ココア「大丈夫だよ! 可奈美ちゃん、お姉ちゃんに任せなさい!」



___Magic泣きそうで magic無理で 作り笑顔も痛くって___



ハルト「じゃあ、ココアちゃんたちが準備してる間に紹介しちゃおう。今回は、空戦魔導士候補生の教官!」
可奈美「うわ、いきなり!」
ハルト「ん? 言わなかったか?」
可奈美「言ってない!」
ハルト「2015年の7月から9月に放送していたアニメだね。主人公のカナタ・エイジが、三人の教え子と一緒に浮遊都市で、人類を脅かす敵、魔甲蟲と戦うお話だよ」
可奈美「レクティちゃん、アイゼナッハ流魔双剣術って剣術なんだよね! どんな流派なんだろ! 一回立ち会ってみたい!」
ハルト「向こうはみんな空飛べるみたいだけど?」
可奈美「私だって祭祀礼装使えば空飛べるもん!」
ハルト「祭祀礼装の扱い軽っ!」


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新条アカネ

 エレベーターには、先客がいた。

 

「っ!」

 

 アカネの顔が引きつった。

 マンションに住んでいれば、嫌でも住民と顔を合わせる機会が訪れる。

 その中でも、今エレベーターに入っているこの中年女性は、アカネが苦手なカテゴリだった。

 

「あらアカネちゃん」

 

 口が臭い。

 不快な表情を見せたが、中年女性は全く構うことない。

 

「今日も寒いわね。元気?」

「え、え、え、……」

 

 アカネは何も答えられない。

 だが中年女性はアカネの反応を気にすることなく、アカネを手招きした。

 受け取ったアカネは身を縮こませながら、エレベーターが地上に着くのを待つ。

 

「寒いわよねえ。本当に。今三月なのに」

「え、ええ……」

 

 借りてきた猫のように、アカネは身を縮こませた。トレギアに助けを求めたいが、彼の姿はエレベーターの中には見当たらない。

 しかも、その間も中年女性の話は続く。「寒いわね」「寒いわね」と、同じ話題を何度も繰り返す彼女に、アカネは吐き気を感じてきたが、一階に辿り着くよりも前に、エレベーターの動きが止まる。

 途中の階で扉が開き、また新しい住民がその姿を現す。

 無精ひげを生やした男性。そして、その手には、リードが握られていた。

 リードの先。

 柴犬だろうか。それは、アカネの姿を見た途端吠えた。

 

「っ!」

 

 聞き慣れた犬の唸り声ではあるが、それでもやっぱり怖い。

 アカネは後ずさりしながら、顔を引きつらせる。

 すると、飼い主は「ごめんなさい」と謝罪して、犬を下がらせる。中年女性が「まあまあ」と飼い主を制し、飼い主が「お先にどうぞ」とエレベーターの下降を促した。

 彼に頷いた中年女性が、エレベーターのボタンを押し、アカネに振り替える。

 

「ビックリしたね」

「う、う、うん……」

 

 アカネは頷いた。

 そのまま、ようやく地上1階に着いた。

 中年女性は先に降り、アカネも彼女に続いてエントランスに足を踏み入れる。

 このままいけば、外に行ける。だがその前に、エントランスの主の監視があった。

 管理人。

 傾けた新聞から、その初老の男性の眼差しが、アカネを捉えた。

 

「うっ……」

 

 肩を窄めながら、アカネはそそくさと足早にエントランスを通過する。

 競馬の文字が見える新聞に目を戻した管理人を振り抜き、アカネは膝をついた。

 

「だから外に出るのは嫌だって言ったのに……」

「怪獣の餌を買いに行ったときはあんなに活き活きとしていたのに?」

 

 からかうような声が、背後から聞こえてくる。

 睨むアカネの視線の先には、白と黒に分かれた服装の男がいた。

 霧崎(きりさき)

 人間社会に潜り込む際、トレギアが扮する姿。

 冷たい笑みを絶やさないピエロの姿の彼は、アカネとの距離を保ったまま後ろに付いてきていた。

 

「うるさい」

 

 しかめっ面のアカネは、ずんずんと先へ進んでいく。

 

「さあ、マスターの公園外出デビューの瞬間だ。記念するべきかなあ?」

「うるさい」

 

 霧崎を無視しながら、アカネは歩き出した。

 

「あ……そうだ、トレギア。ムーンキャンサーは?」

「ほら、ここにいるよ」

 

 霧崎はどこからともなく、リードを取り出した。彼がその先に歩かせているのは、雨合羽(あまがっぱ)を着たムーンキャンサー。果たしてそれが犬なのか猫なのかも分かりにくいほどに覆ったその姿に、アカネも目を丸くした。

 

「それ、ムーンキャンサー……?」

「ああ。こうすれば騒がれないだろう?」

「そうだけど……」

 

 アカネはポケットから人形を取り出す。先日作った怪獣の人形をトレギアに突き出した。

 

「だったら、この怪獣で騒ぐ奴ら全員焼き払っちゃえばよくない?」

「おいおい、随分と凶悪な思考じゃないか」

 

 霧崎は顎をかいた。

 

「折角だ。この町本来の環境を散歩させることも重要じゃないかい?」

「そう?」

「ああ。まさか、ムーンキャンサーを動かす度に怪獣を動員するつもりじゃないだろう?」

「え」

 

 アカネはキョトンとした声を上げた。

 

「……そのつもりだったのか」

 

 霧崎は呆れながら、顎で促した。

 

「ほら、ちゃんとリードはあるんだ。しっかりやってくれ」

「分かったよ」

 

 アカネは口をすぼめながら、彼の手からリードを受け取った。

 だが、霧崎からリードを受け取った瞬間、ムーンキャンサーの動きが活発になる。

 

「あ! ま、待って!」

 

 何かに駆られたのか、ムーンキャンサーはどんどんアカネから遠ざかっていく。道行く人々の間を縫って、黄色の雨合羽がどんどん離れていく。

 アカネは追いかけるものの、好奇心が芽生えたペットほど追いかけるのが面倒なものはない。

 その道中、人とすれ違うたびに体が震える。吐き気がする。速く帰りたいと心が叫ぶ。

 どれだけ走っただろうか。

 やがて、アカネの体力が底を尽き、フラフラと壁に寄りかかった。

 

「……やっぱりやめた! こんなつらい思いして、外に出ても意味ないじゃん」

 

 アカネはそう言って、尻餅を着く。人の目が集まるが、アカネはそれよりも駄々をこねることを選択した。

 

「トレギア! あなたがムーンキャンサーを連れてきてよ!」

「おいおい、短気じゃないかマスター」

「うるさい! そもそも、楽に怪獣を沢山暴れさせてくれるっていうからアンタと手を組んだのに、何で私まで……」

「そんなこと言っていると……ほら、行っちゃうよ? ムーンキャンサーが」

 

 霧崎が指す、ムーンキャンサー。

 どんどん進んでいき、やがて見滝原公園の門をくぐったところで、アカネの視界からは見えなくなった。

 

「ほら。あの公園だ。速く行こう」

 

 霧崎の声に渋々了承して、アカネは見滝原公園に立ち入る。

 見滝原の住民で、この場所を訪れたことがないのは自分だけではないだろうか。

 そんなことを考えながら、アカネは見滝原公園、その象徴たる湖を眺めた。先月未明、謎の現象により湖が完全に干上がってしまった。そのミステリー性でネットが騒然になった記憶は新しいが、すでに湖も復旧していた。

 その分、今日見滝原公園は多くの人々でごった返していた。家族連れ、カップル、友人同士。

 誰も彼も、遠い世界の人物に見えてきた。

 

「あの……」

 

 その時。

 全く知らない声をかけられた。

 それは、

 桃色のツインテールの少女。年はおそらく、アカネよりも年下。中学生くらいだろう。

 弱気な印象を抱かせる少女は、静かに会釈した。

 

「突然ごめんなさい。なんか、すごく落ち込んでいるみたいだったから」

「……」

 

 アカネは何も答えられない。

 だが、そんなアカネへ、霧崎が助け船を出した。

 

「ああ、気にしないで。大丈夫。ねえ?」

 

 霧崎に顎を撫でられた。不快感を表情に表しながら、アカネは霧崎を睨んだ。

 「あ、ならいいんです。よかったあ」と、お辞儀をした少女は、アカネから遠ざかっていった。

 

「おいおい、マスター。しっかりしてくれよ。このままだと、折角の最強の怪獣であるムーンキャンサーが野生化してしまうじゃないか」

 

 霧崎はアカネの肩を叩いた。

 彼の手を振り払い、アカネはムーンキャンサー……人々が騒がないということは、人目に付かない森の方にいるのだろうか……をさがして、茂の方へ足を向けた。

 

「ムーン……キャンサー? ムーンキャンサー?」

 

 か細い声で、サーヴァントの名前を呼ぶアカネ。だが、聞こえる声量でもなければ、ましてやムーンキャンサーに届くはずもない。

 そして周辺には、笑顔が眩しい人々の姿がある。笑顔に視界を遮られながら、アカネは進んでいく。

 

「おいおいマスター。ちゃんと真っすぐ歩かないと危ないよ」

「誰のせいでこうなってるって……うわっ!」

 

 歩いていたら、足を取られた。

 茂に足を取られ、横転したのだ。下半身を上に、上半身を下に。四肢を投げ出した状態のアカネは、せせら笑う霧崎を睨んだ。

 

「起こして」

「え?」

「いいから起こしてよ!」

「アーッハハハハハ!」

 

 すると、霧崎は大爆笑。

 周囲の大勢の人々に笑われながら、アカネは立ち直る。アカネは口をきっと結びながら、逃げるように茂から森に入っていく。

 人がいない、森の中。入ってすぐ、アカネは緑と茶色とは別のものを見つけた。

 

「あ……」

 

 アカネはそれを手に取る。間違いようもない。ムーンキャンサーに与えた、黄色い雨合羽だった。

 

「どこ!? どこにいるの!?」

 

 アカネの声に、ムーンキャンサーは答えない。

 

「トレギア! ムーンキャンサーはどこ!?」

「さあ? どこだろうね……?」

 

 アカネの問いに、霧崎はにやりと口元を歪めた。

 

「どうやらお転婆のようだからね。全く、マスターとは大違いだ」

「……っ!」

 

 その言葉に、アカネは目を吊り上げた。

 雨合羽を振り上げ、そのまま霧崎に投げつける。

 

「おいおい……何を怒っている?」

「うるさい! もともとトレギアが言い出したんでしょ! 散歩でもすればいいって」

「おいおい……人のせいにしないでくれ。君の管理能力が成っていないからじゃないか」

 

 アカネがむすっとしていると、木々の合間から、さっきの桃色のツインテールの少女がアカネの目に入った。

 

「……そうだよ。アイツのせいじゃん。あんなに友達と幸せそうに笑っていて……!」

「ひどい言いがかりだ」

 

 アカネの語気が、後半に連れて強くなっていく。

 そして。

 

「トレギア!」

「何だい?」

「怪獣出して! さっき作った奴……はまた調整するから、その前に作ったやつ!」

「やれやれ……全く、困ったお姫様だ」

 

 霧崎はそう言って、発生した闇に手を突っ込む。彼が手を戻せば、昼頃までアカネが机の上で作っていた茶色の人形が握られていた。

 

「これかい?」

「そう! それ! アイツ、殺そうかなって……」

 

 血走った目で、ツインテールの少女を睨むアカネ。彼女は、青髪の友人が近くの休憩所に走っていくのを見届けて、ベンチで一人休憩を取っている。

 

「ムーンキャンサー見失ったのアイツのせいでしょ? それなのに一緒に探してくれないのなんて非常識だよ。でしょ? じゃあ、よろしくー」

 

 それまでは憂鬱そうにしていた時とは真逆に、アカネが浮かべた純粋な笑顔。それまでは言葉をしゃべることもなかったのに、怪獣を取り出した時のみ、アカネは口を流暢に動かせる。

 そして。

 

「まあ、構わないけどね」

 

 霧崎は、人形を無造作に放り投げた。即座に彼の右手から発せられた蒼い雷が人形を貫通。

 

「インスタンス アブリアクション」

 

 すると、人形が変わっていく。

 茶色一色だった胴体は、光沢が入った銀色へ。下に至るまでに大きくなっていく胴体の中心には、赤い血管のようなものが刻まれていた。

 そして、人間ならば腕に当たる部分。それは、黄色の触手となり、鞭のようにしなっていた。

 

「ツインテールのような体形だな。それで? あの怪獣の名前は?」

「ゴングリー! あのツインテールを殺して!」

 

 アカネがゴングリーと命名した怪獣は、その真紅の宝珠のような頭部を輝かせる。そして、ずんずんとツインテールへ近づいていく。

 

「……え!?」

 

 その気配に気付いて、ツインテールは逃げ出す。

 だが。

 

「ほらほら、逃げちゃダメだよ」

 

 アカネは笑顔のまま、ターゲットが逃げ惑う姿を鑑賞する。

 彼女の名前___それが、鹿目まどかという名前さえも知る由もない。

 ただ、人が見上げる大きさの怪物は、唸り声を上げていた。

 

「な、何……!?」

 

 驚いたターゲットのまどか。

 だが、もう遅い。

 その時、ゴングリーの目前に、赤い何かが割り込んできた。

 まどかにとっても、そして今この見滝原公園にいる人にとってもお馴染みのもの。

 消火器。

 それは、ゴングリーが放った触手に突き刺さる。それは、ゴングリーの視界を白い化学薬品で覆った。

 

「まどかっ!」

 

 さらに続く、別の少女の声。

 青いボブカットの少女が、ターゲットを助け起こし、そのまま連れて行った。

 障害物の多い森を選び、一目散に逃げていく。

 

「逃げられないよ……?」

 

 ゴングリーが踏み荒らした跡に続いて、アカネは静かに彼女たちに付いて行った。

 その後ろで、霧崎が立ち止まっていることに気付くことなく。

 そして。

 

「さあ、マスター……」

 

 アカネが入った森へ背を向け、背筋を曲げる。そのまま首を動かさずに、森の入り口へ語りかけた。

 

「災いの影……そのゆりかごになってくれよ?」



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スワンプマン

「何なのあれ!? 何がどうなってるの!?」

 

 美樹さやか。

 幼馴染の少女が、自分の手を引きながら叫ぶ。

 春休み。彼女と二人でただの散歩に来たつもりだったのに、まさかこんな怪物に狙われることになるとは思わなかった。

 まどかは息を切らしながら、追いかけてくる怪物、ゴングリーを見返した。

 木々など存在しないかのように迫って来る怪物は、どんどん距離を詰めていく。

 

「ど、どうしようさやかちゃん! そ、そうだ! ハルトさんに連絡……!」

「まどか! 前!」

 

 だが、さやかの叫びは手遅れだった。

 ゴングリーの放たれた触手が、まどかの手からスマホを叩き落とす。さらに、そのまままどかへ接近してきた。

 その巨体からは想像できない速度で、どんどんまどかたちに近づいてくる。

 その時、まどかはゴングリーとさやかを交互に見比べる。心なしか、さやかの目がいつもよりも青く輝いているようにも見えた。

 そして、ゴングリーの触手。振り回すだけではなく、直進で放ってきたそれは、地面を伝ってまどかの足を掴む。

 

「えっ!?」

 

 それは、まどかの体を引きづり、そのまま吊るし上げた。さやかの手が離され、まどかの体が完全にゴングリーのものとなる。

 

「まどか!」

 

 振り回されながら、悲鳴を上げるさやかの姿を見下ろす。

 振り子のように揺れ動く視界。

 一巡目は、うろたえるさやか。

 二巡目は、何かを決意したさやか。

 そして三巡目。

 鋭い剣、レイピアを握ったさやか。

 

「え……!? えっ!?」

 

 いつの間に、どこからどうやってそんなものを。

 その疑問がまどかの中に去来するよりも前に、さやかがレイピアを突き出す。

 すると、水の弾がレイピアの動きに沿って放たれた。無数の水の弾は、ゴングリー本体とその触手を弾き飛ばし、動きを大きく鈍らせた。

 触手は大きく弾かれ、まどかの拘束を離す。空中に放り投げられたまどかの体を抱き留め、そのまま着地した。

 

「まどか、平気!?」

「う、うん……さやかちゃん。今のは一体何?」

 

 そう言っている間にも、さやかの手に握られるレイピアの周囲には、水滴が漂っている。

 不思議な力に目を丸くするまどかだが、さやかは目を泳がせていた。

 

「それは……それよりも逃げるよ!」

 

 さやかに再び手を引かれながら、まどかは走っていく。

 だが、足場が悪い森を逃げ場に選んだのは、遮蔽物が多いから。だが、ゴングリーに通用しない時点で、もう森で逃げるのは悪手でしかない。

 急いで開けた場所に行こうとさやかが先導してくれるが、とても逃げ切れるとは思えない。

 だんだん追いついてきたゴングリー。

 そして、その巨体が、まどかたちを押しつぶそうとするその時。

 

 突如、森に響き渡る発砲音。

 ゴングリーの頭を弾き飛ばす銃弾。バランスを崩して横転した巨体からは、無数の土煙が舞い上がり、まどかとさやかを飲み込んだ。

 そして、土煙が収まったとき。

 起き上がったゴングリーとまどかたちの間に、黒い姿の少女の姿があった。

 

「ほむらちゃん……」

 

 髪を靡かせる少女。

 暁美ほむら。まどかのクラスメイトにして、見滝原での戦いに参加している魔法少女であった。

 

「転校生!?」

「……美樹さやか……」

 

 長い髪の合間から、ほむらの冷たい目がさやかを見返す。

 彼女は目を細めて、さやかが握るレイピアを見下ろしていたが、やがて鼻を鳴らした。

 

「まどかを連れて、去りなさい」

「あんたはどうするの? ってか、なんでこんな絶妙なタイミングで出てきたの!? 狙ってたでしょ! 絶対まどかをストーキングしてそれっぽいタイミングを狙ってたでしょ! って危ない!」

 

 さやかが、レイピアを投影した。

 水でできた細い刃は、そのままほむらの目前を通過。

 ゴングリーの触手、その一本を木に磔にした。

 

「……美樹さやか。貴女、一体……?」

「色々聞きたいのはこっちも何だけど」

 

 さやかはほむらと向かい合う。

 ほむらはさやかの右腕を見下ろし、彼女が握る水のレイピアを睨んだ。そして、彼女はやがてさやかの右手の甲にも注目しているように見える。

 

「貴女……まさかと思うけど、キュゥべえと……」

「キュゥべえ……ああ、あの白い怪しい奴ね」

 

 キュゥべえという名前に、さやかは即座に対応した。

 ほむらと同様、まどかは驚く。

 キュゥべえ。かつて、まどかをほむらと同じ魔法少女に誘惑した白い妖精であり、ハルトを聖杯戦争に引きこんだ元凶でもある。

 だが、さやかは首を振った。

 

「いやいや。あんな胡散臭さ満々の奴の話なんか聞くわけないじゃん」

「……確か、上条恭介は亡くなってたわよね?」

「……それがどうかした?」

 

 ほむらは訝し気な表情をした。

 

「そんな願いがあるのに……本当にキュゥべえの誘惑に乗らなかったの?」

「ふ、二人とも前!」

 

 その事態に気付いたのは、まどかだけ。

 もう目と鼻の先に迫ってきていたゴングリーその大き目な質量が、三人を押しつぶそうとしてきたのだ。

 

「ちっ!」

 

 ほむらは悲鳴を上げることなく、どこからか手榴弾を取り出した。投影された深緑色の兵器は、ゴングリーの体にぶつかるとともに爆発。その巨体を遠ざけた。

 

「すご……! あんた、そんな物騒なもんどこから調達してるわけ?」

 

 だがほむらはさやかの声には応えず、ポケットに手を入れる。

 やがて彼女は、ポケットの中から黒い宝石を取り出した。

 

「何あれ?」

 

 ほむらはさやかの疑問に答えず、両手を宝石に沿える。その正体を、まどかは知っていた。

 そして、

 すると、彼女の宝石から、紫の光が溢れ出した。

 それは瞬時にほむらの私服を包み、その内容を変質させていく。

 白と紫を基調とした、静かな暗く、際立った姿に。

 

「そ、それってもしかして……魔法少女……!?」

 

 さやかが、自らその単語を口にした。

 すると、まどかとほむらが同時に彼女の顔を見る。

 

「さやかちゃん……魔法少女のこと、知ってるの?」

「知ってるって……」

 

 魔法少女。

 無数の少女たちが夢見る響きのそれ。だが、現実に存在する魔法少女は、まどかが知る限り限りなく不吉なものだった。

 聖杯戦争の監督役である妖精、キュゥべえ。それが、見込みがある少女の願いと引き換えに託す使命だった。

 ほむらが魔法少女に変身した直後、ゴングリーが再び迫る。

 だが、ほむらは軽々しい動きで上空へジャンプ。そのままゴングリーの頭上へ移動した。新たにほむらが武装したマシンガンが火を噴き、ゴングリーに銃弾の雨を降らせる。

 悲鳴を上げたゴングリー。

 さらに、さやかも動く。レイピアをさらに左手にも握り、交差させる。水しぶきが舞い、それが鋭い弓矢となり、ゴングリーの体に突き刺さっていく。

 

「やるじゃん、転校生!」

 

 さらに、怯んだ隙に、さやかが接近戦を挑んでいく。二本のレイピアで、踊るように回転。水滴一つ一つが意思を持つかのように動き、ゴングリーの体に火花を散らしていく。

 さらに、追撃。

 木々を飛び交うほむらが、ゴングリーの背後に飛び降りる。さらに、両手に備える銃口から金属の銃弾が放たれた。

 だが。

 ゴングリーの死角が動く。後頭部が口のように開き、その中から飛んできた触手には、流石のほむらも対応できない。

 

「ぐっ……!」

 

 首を絞め上げられ、ほむらは呻き声を上げる。

 

「転校生!」

 

 ほむらに気を取られている内に、ゴングリーが触手を発射する。

 さやかを殴り飛ばした触手は、さらにほむらの体を締め上げていく。

 

「ぐっ……」

「ほむらちゃん!」

「……仕方ないか」

 

 さやかはレイピアを構え、呟いた。

 なにを、とまどかが問いただす時間はない。

 

「美樹……さやか……?」

 

 その動きには、流石のほむらも目を丸くする。

 水を放ったさやかは、レイピアを振り下ろした。

 そして。

 さやかの顔に、青い影が浮かび上がる。

 それはすぐさまさやかの全身へ走り、その体を変化させていく。

 まどかが見慣れた私服は、水を思わせる美しく、初めて見る青いドレスへ。その背中に纏われる海の色をしたマントとともに、その顔は三つの目を持つ怪物へ変貌していく。

 やがて、深淵の海底より現れたかのように思える人魚のファントム、マーメイド。さやかがいた位置には、そんな人外の怪物が立っていた。指揮棒のデザインが盛り込まれたレイピアを振るい、怪物の触手がまどかに触れないように刺していく。

 

「あれは……人魚の魔女……? 違う……でも、似てる……」

 

 ほむらの呟きは、まどかには聞こえなかった。

 人魚のファントム、マーメイド。彼女はマントを翻し、ゴングリーへ接近する。

 さきほどのさやかの動きとは比べ物にならないほど素早い動き。そこから繰り出されるレイピアの連続突きに、ゴングリーの動きも大きく鈍らされている。

 連続突きに、やがてほむらを拘束する触手が解かれる。地に落ちたほむらは、そのまま尻餅をついた。

 

「うっし!」

 

 上空でガッツポーズを取るマーメイド。

 だが、激昂したゴングリーは、マーメイドに完全に狙いを変更した。

 二本の触手を放ち、マーメイドの腹を貫く。

 

「がはっ……!?」

 

 悲鳴を上げるマーメイド。

 さやかと同一の声の悲鳴に、まどかは顔が真っ青になるが、それを掻き消すように、マーメイドの姿が消えていく。

 

「嘘……」

「やはり幻影の能力はあるのね……」

 

 まどかとほむらのそれぞれの声。

 そして、ゴングリーの足元の地面の中から、マーメイドの姿が飛び出てきた。

 鋭い刃でゴングリーの胴体を切り裂きながら上昇。そのマーメイドの姿、その下半身は魚のそれと同じ形をしており、天に浮かぶその姿は、文字通り人魚のように見えた。

 

「うおりゃああああああああああっ!」

 

 親友と何一つ変わらない息巻いた声で、マーメイドはレイピアを振り下ろした。

 鋭い突撃により、ゴングリーは大きく後退した。

 マーメイドはそのまま、レイピアを掲げる。すると、夕焼けの森に、雨が始まった。

 一日中晴だったはずの空を水空が支配していく。雨粒の一つ一つが針となり、強烈な勢いでゴングリーに突き刺さっていく。

 全身に大きな針穴を開けたゴングリーは、フラフラになりながらもまどかを___アカネが命じたターゲットを睨んでいた。

 だが。

 

「転校生!」

 

 マーメイドから発せられる、さやかの声。

 それに頷いたほむらは、応じた。

 マーメイドが雨を降らせている間に、ほむらが仕掛けた罠。

 それは、周囲の木々の合間に、ワイヤーを張り巡らせることだった。

 

「これで……終わりよ!」

 

 ほむらが腕を引く。

 彼女の手に巻かれたワイヤーがトリガーとなり、ゴングリーの周囲の木々を蜘蛛の巣のように交差される罠が起動した。

 一瞬でゴングリーに絡みつくワイヤー。そして、そのワイヤーには無数の手榴弾が括りつけられていた。

 

「……ふん」

 

 ほむらが手のワイヤーを離す。

 すると、ゴングリーの体に絡みつくワイヤーが一斉に解ける。すると、ゴングリーに接触した衝撃で、無数の手榴弾が同時に爆発。

 連発していく爆発。人類が作り上げた凶器により、巨体を誇るゴングリーの肉体は、雨粒を弾き飛ばす勢いで、粉々となって消えていった。

 

「へえ……」

 

 マーメイドは、静かに手を叩いた。

 

「お疲れ様、転校生」

「……」

 

 マーメイドの言葉に、ほむらは答えない。

 ただ静かに、マーメイドに銃口を向けた。

 

「貴女は誰? 本当に美樹さやかなの?」

「……本当に美樹さやかなの、か……」

 

 マーメイドは肩を窄めた。その姿が、水を切ったように裂かれていき、もとのさやかの姿に戻った。

 

「ま、一応モノホンの美樹さやかのつもりだけど……でもまあ、そんなこと本人以外に分かるわけないよね」

「ふん」

「仮にあたしが美樹さやかでないとして。外見も記憶も感情も、全部美樹さやかと同じ。これって、はたして本物のわたしと言えないのかな?」

「スワンプマンの理論は止めなさい」

 

 ほむらは吐き捨てた。

 

怪物(ファントム)なら、殺すわ」

「待ってほむらちゃん!」

 

 殺意を見せるほむらを、まどかは横からなだめる。

 彼女が銃を下ろすのを確認してから、まどかはマーメイドの前にも立った。

 

「ほ、ほら! 二人とも、仲良く! 仲良く、しよう?」

 

 まどかの震える声。

 だが、ほむらは改めて左手の盾に手を突っ込み、さやかも再びレイピアを引き絞る。

 

「どきなさい、まどか」

「そこ、危ないよ!」

 

 ほむらとさやか。

 それぞれの得物を互いに向け、しばらく黙る。

 ピリピリとした空気が夕方の森を支配する。

 やがて、その沈黙を破ったのは、茂が揺れる音だった。

 

「何!?」

 

 驚いてまどか、ほむら、さやかの三人は同時に顔を向ける。

 揺れる茂。ただの小動物だろうが、思わず固まってしまった三人。

 やがて茂から出てきたのは、

 黄色とオレンジ色が入り混じったような、軟体生物。もぞもぞと動き出したその体には、硬そうな甲羅が背負われていた。黒いつぶらな瞳。小さすぎて口が見えないのだろうか。

 だが、そのアンバランスさが。

 

「か、可愛い……」

 

 まどかが思わず目をキラキラさせながら言った。

 さやかが「これ可愛いか?」と驚いているが、可愛いものは可愛い。

 まどかはそう思い、謎生物を抱き上げようとする。

 その時、

 

「っ! 危ない!」

「へ?」

 

 油断した。

 目の前の謎生物より放たれた触手が、まどかに突き刺さろうとしていたのだ。

 ほむらに突き飛ばさなければ危なかった。

 謎生物___それが聖杯戦争の参加者であることなど、同じく参加者であるほむらが知る由もない___が、その肉体を大きく震わせる。

 地べたを這う動きをしていた謎生物が、静かに浮かび上がっていく。背負った甲羅が背中となり、その足となる無数の触手が広がっていく。

 可愛らしい顔はそのまま。

 だが、無数の触手が夕焼けの中、鎌首をもたげる。

 

「これは……!?」

 

 その正体は分からない。

 確かなことはただ一つ。

 その怪物___サーヴァント、ムーンキャンサー___が、明確な殺意を持って、まどかたちを攻撃してきたことだった。



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脅威 ムーンキャンサー

そろそろ分かる人は、今回の話でムーンキャンサーの正体ばれるかな……?


 ムーンキャンサーの触手が、ほむら、まどか、さやかの三人に襲い掛かる。

 ほむらはまどかを抱き寄せ、ジャンプ。

 同時にさやかの体も、大量の水に包まれていく。再びマーメイドの姿となり、レイピアで触手を切り弾いた。

 

「なんなのこいつっ!?」

 

 続けさまにマーメイドはその足元に水を発生、ムーンキャンサーに接近した。

 

「はあっ!」

 

 マーメイドが繰り出した突撃は、そのままムーンキャンサーの中心を突き刺す。

 そのまま大きく体を曲げたムーンキャンサーは、森の奥に投げ飛ばされた。

 

「二人とも、平気?」

「う、うん。ありがとう……」

 

 礼を言うまどかに対し、ほむらはマーメイドへの警戒を強める。着地したほむらが、背中に回したまどかを遠ざからせた。

 

「……ファントム……」

「マーメイドって名前があるんだけど。まあ、ぶっちゃけ美樹さやかのままがいいけど」

「ファントムの名前なんて知ったことではないわ」

「せめてさやかちゃんって呼んでくれないかなぁ!?」

 

 ほむらは冷たく言い放ち、迫る触手へ銃弾を撃ち込んでいく。

 一方のマーメイドも、動くたびに水が流れ、触手に応対していく。彼女が動けば動くだけ、ムーンキャンサーを追い詰めていく実感がある。

 

「あなた、参加者よね……?」

 

 だが、ほむらの問いに怪物は答えない。言葉を口にする機能もないそれは、返答することもなくマーメイドへ触手を伸ばしてくる。切り落としながら、マーメイドは怪物がまどかから遠ざかるように、木々の間を飛び回る。

 

「このっ!」

 

 マーメイドの周囲に発生した無数のレイピアが、その指示により一斉にムーンキャンサーへ放たれる。

 細い外見とは裏腹に、機動力のない怪物は、その剣を全てその体で受けていく。

 だが、全く手応えがない。マーメイドはその様子を怪訝に思いながら、魚のような下半身で宙を泳いでいく。

 やがて、怪物はその口にあたる部分より、黄色の光線を発射する。

 超音波にも近い音量のそれは、マーメイドの脇を掠め、木を縦に切断した。

 

「……っ!」

 

 その切れ味に戦慄しながらも、マーメイドは両手にレイピアを持ち、身構える。

 

「転校生!」

「くっ……!」

 

 マーメイドの声に、ほむらは応じる。

 投げられたスモークグレネード。それは、ムーンキャンサーに命中と同時に爆発。その周囲を白い霧で覆いつくす。

 視界を奪った。

 それを狙ったほむらの行動だった。

 だが。

 

「転校生! 危ない!」

 

 その言葉の意味を、ほむらは理解できなかった。

 煙の中に見える、ムーンキャンサーの影。マシンガンを連射し、ムーンキャンサーを蜂の巣にしていく。

 だが、その長い触手が地面を伝って、自身の背後に回り込んでいたことに、気付くことはできなかった。

 

「っ!」

 

 マシンガンを握る手を掴まれ、重火器を落とす。重い金属が落ちる音とともに、ほむらの体は高く振り上げられていった。

 

「ほむらちゃん!」

 

 まどかが心配する声が聞こえる。

 だが、ムーンキャンサーの触手は、すでにほむらへ容赦する気など失せている。

 その中の、特に太い触手が、身動きが取れないほむらの腹に突き刺さった。

 

「がはっ……!」

 

 悲鳴とともに、ほむらの口から血が吐き出される。

 だが、触手の真骨頂はそれだけではない。

 

「これは……!?」

 

 その能力に、ほむらは目を見張った。

 吸いつくされていくのだ。肉の触手を通じて、血が。肉が。

 その度に、ほむらの体から力が抜けていく。やがてそれは、ほむらの生命力さえも吸い出していく。間違いなく、致死量の血液がほむらの体から去っていった。

 

「転校生!」

 

 地上のマーメイドが、ほむらを救出しようと無数の水の弾丸を発射した。

 だがそれも、ムーンキャンサーが操る触手の前に、次々と液体の攻撃は撃ち落されていく。

 だが。

 

「悪いわね……私はこれ程度では、死ねないのよ……!」

 

 干からびていく腕が。肌が。全身が。だんだんと壊死していく。

 ただ、その目だけは乾いていくことはなかった。

 体を捻り、左手の盾から取り出した手榴弾。それを放ろうとしたが、目ざとくそれを阻止しようとしたムーンキャンサーは、残った触手でほむらを締め上げる。

 だがもう遅い。

 にやりと笑みを浮かべたほむらは、口で手榴弾の留め金を外し、自らの体に打ち付けた。

 

「__________________」

 

 ほむらの体が爆発に包まれると同時に、まどかの悲痛な叫びが聞こえる。

 だが、ほむらの目的は果たした。

 爆炎から抜けたのは、ボロボロになったほむら。

 何度も体を震わし、死んでいなければおかしい状態になりながらも、ほむらは改めて森林を見上げた。

 見滝原公園。見滝原の都心部有数の自然保護区であるこの場所は、当然野生動物たちも多く生息している。

 

「っ!」

 

 犬。猫。兎。そのほか、様々な小動物たち。

 その体が、あちらこちらに横たわっている。ほむらが見慣れた姿と比較して、明らかに肉付きが少ない。

 それはまさに、今のほむらの体と同じ状態だった。

 

「干からびている……!? ……っ!」

 

 転がって追撃の触手を避けると同時に、ほむらはポケットから小さく黒いオブジェを取り出した。ほむらの右手に埋め込まれている宝石に当てることで、紫の輝きが黒いオブジェに吸収されていく。

 光の量に応じて、ほむらの体がだんだんと回復していく。

 これでまた戦える、と銃を掴むほむら。

 だが、その間、ほむらを見下ろすムーンキャンサーは、突然首を回した。

 

「あれっ!?」

 

 背後から忍び寄り、レイピアを放ったマーメイドの攻撃さえも掻い潜った軟体生物の怪物。その狙いは、この場において、もっとも仕留めやすい獲物。

 唯一の非戦闘員。

 鹿目まどか。

 

「まどかっ!」

「やばいっ!」

 

 ほむらが叫び、マーメイドが水となりムーンキャンサーへ跳ぶ。

 だが、間に合わない。このままでは、まどかが自分や周囲の動物たちと同じように、ムーンキャンサーの餌食になってしまう。

 

 

___時間操作が使えれば___

 

 もう、ほむらに迷いの時間はなかった。

 動けない体。その右手が光り輝く。黒と紫の光とともに、その白い手首に刻まれた紋様、その一部が消滅した。

 

「来なさい……! キャスター!」

 

 それは、令呪。

 聖杯戦争における、サーヴァントへの絶対命令権。

 僅か三回のみ与えられたものながら、たとえ不可能な事象であろうともサーヴァントが行う。

 そして今。

 彼女の残る二回の内、一回が消費された。

 すると、青々しい緑の世界に、闇が訪れる。

 時刻よりも一足早い闇の降臨に、怪物もまた動揺を見せた。

 

「まどかを守りなさい!」

 

 すると、闇は柱となり、ムーンキャンサーの前に立ちふさがる。その勢いに煽られた怪物はたじろき、そのまま離れていく。

 やがて闇の柱は霧散し、その姿が露わとなっていく。

 漆黒の甲冑と、その背中から伸びる四枚の翼が特徴の女性。腰まで長い銀髪が靡き、その鋭い深紅の眼差しは、ムーンキャンサーをじっと見据えていた。

 キャスター。

 それは、聖杯戦争におけるサーヴァントのクラスの一つ。

 ほむらが参加者である証であるサーヴァント、キャスターは、怪物へその手を向けた。

 突然の出現に、ムーンキャンサーは驚いているようだった。その口から、超高音の光線が放たれる。

 だがそれは、キャスターには通用しない。彼女が伸ばした右手より、黒い魔法陣が描かれる。それは、真っ直ぐ飛ぶはずの光線を、無数の残滓として弾いたのだ。

 

「キャスター! 奴を潰しなさい!」

 

 ほむらの命令に従い、キャスターの目がより吊り上がる。

 すると、闇が収束しその手より放たれていく。

 それはムーンキャンサーにとっても危険と判断されたのだろう。

 キャスターから逃げるように離れながら、再び黄色の光線が発射される。離れた場所にいるほむらからしても、その高音に聴覚が異常を訴える。

 

「これは……?」

 

 その正体は、彼女もまた理解できていないのだろう。黒い光線でその攻撃を飲み込みながら、キャスターは疑問符を浮かべている。

 ムーンキャンサーは、次に触手を放つ。

 並みの生物であれば、即死は免れないそれ。

 だがキャスターは、焦ることもなく呪文を唱えた。

 

「ディアボリックエミッション」

 

 キャスターが両手を広げる。すると、黒い闇の球体がみるみるうちに広がっていく。

 闇のそれは、森を飲み込みながら、ムーンキャンサーの触手を飲み込み、焼き焦がしていく。

 

「キャスター! まどかを……!」

 

 ほむらは動けなくなっているまどかを指差す。

 このままでは、闇がまどかも飲み込んでしまう。それを理解したのか、キャスターは一瞥と同時に、ディアボリックエミッションを打ち消す。

 その隙を、謎の怪物が見逃すはずがない。

 音速に等しい速度で、怪物は接近。

 

「っ!」

 

 もうキャスターの魔法は間に合わない。

 キャスターは腕を盾にして、キャスターの触手を防御した。すると触手はキャスターを殴り飛ばし、そのまま木々の合間に投げ込んだ。

 

「キャスター!」

「……っ!」

 

 ほむらが悲鳴を上げる。

 だが、彼女の心配など、サーヴァントである彼女には不要だった。

 薙ぎ倒された木々を動かし、浮遊するキャスターに傷などない。

 

「お前は……何者だ?」

 

 キャスターが、ムーンキャンサーを睨む。彼女はさらに、すぐそばに分厚い本___魔導書を浮かび上がらせる。

 そして。

 魔導書が、一瞬だけ光を灯す。

 開かれたページの光は、ムーンキャンサーの周囲より魔法陣を展開、鎖が出現し、ムーンキャンサーを縛り上げた。

 そして。

 

「咎人たちに、滅びの時を」

 

 その言葉に、怪物は顔を上げる。

 暗がりに支配されている時間帯。宵闇が訪れるはずの自然の摂理が、桃色の光によって掻き消される。

 

「星よ集え 全てを撃ち抜く光となれ」

 

 桃色の星は渦を巻き、収束していく。そのままキャスターの手元に集っていくそれは、やがて大きな星となる。

 すると、怪物は、その危険性を理解したのか、上空へ飛んで行く。高速する鎖を引きちぎり、ほむらも驚くほどの速度で小さくなっていく怪物は、もうほむらには目視できない。

 だがそれは、キャスターには関係ない。

 

「スターライトブレイカー」

 

 キャスターより放たれる、桃色の光線。

 それは、逃げ出したムーンキャンサーを飲み込み、その体を爆発させる。

 

「やったの……?」

 

 ほむらの問いに、キャスターは首を振った。

 

「手応えがない……逃がしました」

「そう……」

 

 ほむらは、続いてまどかを見返す。

 元に戻ったさやかに肩を貸すまどか。彼女は、恐れが混じった表情でムーンキャンサーが去っていった夕焼け空を見上げていた。

 

 

 

「ムーンキャンサー!」

 

 いない。

 

「どこ!?」

 

 いない。

 どこにもいない。

 

「トレギア! ムーンキャンサーはどこにいるの!?」

 

 慣れない森を歩きながら、アカネは怒鳴った。

 その背後をゆっくりとした歩調で歩く霧崎は、板チョコをポリポリと食べながらため息をつく。

 

「私に分かるわけないじゃないか。君が手綱を外したからこうなったんだよ?」

「ムーンキャンサーが勝手に走ったんじゃん! 私悪くないよ!」

「やれやれ……聞き分けのない」

「もう嫌だ! 歩きたくない疲れた帰りたい!」

 

 アカネはしゃがんで駄々をこねた。

 生い茂った森の中だというのに、アカネのその行動には一切躊躇いがなかった。汚れや泥が付着するが、アカネは構わず寝転がる。

 

「もう……こんなことなら、もっと怪獣一杯作っていればよかったな」

「おいおい、もうムーンキャンサーを諦めちゃうのかい? あれは良い怪獣だ」

「知らないよ。私の言うこと聞かない怪獣なんて……そうだ!」

 

 途端に、アカネの表情が明るくなる。

 

「怪獣に探させればいいんだ! ムーンキャンサーを!」



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ゴーレム、頑張りました

GW!
なのに難しくて、時間かかってます!


「はあ……」

 

 自分が通ると、高確率で雨が降る。

 そんなジンクスとも呼ぶべきものに悩んできた紗夜は、見滝原公園の遊歩道で足を止めていた。

 風紀委員であると同時に、弓道部でもある氷川紗夜。

 数日前に依頼した生徒の捜索を中断し、紗夜は日常に戻ることとなった。弓道の夏の大会に向けて、これから練習に向かうところで、土砂降りの歓迎を受けた。

 ただでさえ冷える中、家に帰るには見滝原公園を突っ切った方が速い。そう考えて、折りたたみ傘を携えて遊歩道を歩いていたのだが。

 もう足を止めて、数分になる。もうすでに公園を通らなかった方が早く帰宅できただろう。

 それでも、紗夜が足を止めた理由。公園の屋根が付いているベンチ、通称東屋と呼ばれる場所の内側。

 そこにまだ年端もいかなそうな子供がいたからだ。不健康そうな白髪の少年は、身にまとった布切れだけを纏い、野良犬のように素手で捨てられていた残飯らしきものを貪っていた。

 

「……」

 

 数秒唖然として彼を見つめていた紗夜はやがてポケットに来るバイブ音に反応する。取り出したスマホには、妹の名前が記されてあった。

 だが紗夜は、それに出ることよりも少年を観察することを優先した。

 紗夜は静かに東屋の中に入る。少年が弁当の中を粗方食べ終えた後、彼は紗夜を見上げた。

 

「傘……いりますか?」

 

 紗夜の問いに対して、少年は何も答えない。ただ、寒い空気の中、獣の唸り声のような音が少年から聞こえてきた。

 

「……あっ」

 

 思わず微笑んだ紗夜は、自らの学生カバンを下ろす。その中から、水色の弁当袋を取り出した。紗夜が今日の昼食のために用意したものだった。

 

「これ、食べますか?」

 

 紗夜の問いに、少年の目の色が変わった。

 

 少年が紗夜の弁当箱に手を伸ばそうと、這う。

 だが、雨音だけのその空間に、突如として着信音が鳴り響いた。

 一度は自分のものかと思ったが、自分のものとは全く異なる音。

 すると、少年は立ち上がり、布切れの中からスマホを取り出した。

 それに耳を充てながら、少年は歩き去っていく。

 

「スマホ……持ってたのね……」

 

 唖然としながら、紗夜はそんな彼を見送った。

 雨の先で、少年の通話の声など、聞こえるはずもなかった。

 

「ムーンキャンサーは見つからない。もうこの場所にはいない。……分かった」

 

 

 

「ハルトさんハルトさん!」

 

 ある日。

 仕事が終わり着替えているとき、可奈美が興奮した様子で男子更衣室(・・・・・)に入って来た。

 

「すごいすごいすごいよ!」

 

 可奈美は鼻息を荒くして、ハルトに手招きをしている。彼女はぴょんぴょんと跳ね、やがてその明るい顔が凍り付いていく。

 その理由。ハルトも苦笑いしながらそれを説明する。

 

「や、やあ。可奈美ちゃん。俺今、着替え中……」

「きゃっ!」

 

 可奈美ちゃんにしては可愛い声だな、とハルトは思った。

 顔を真っ赤にしながら、可奈美は両手で顔を覆っている。見ていないかと思えば、指の合間からチラチラと明らかに覗き見ている。

 

「えっと……可奈美ちゃん?」

「見てない。私、何も見てないよ?」

「いや、見てるの分かってるから。指の合間から目見えてるから」

「見てない。見てないよ?」

 

 と言いつつも、可奈美はその場から動こうとしない。

 

「……俺の下着姿とか、見てて楽しい?」

「見てないから……!」

「よく見るよく聞くよく感じ取るがキャッチコピーの可奈美ちゃんが何言ってるの」

「だってえ~」

「とりあえず着替えたいんだけど……可奈美ちゃん、ドア閉じてもらってもいい?」

「じーっ」

「か、可奈美ちゃん」

「ハッ!」

 

 可奈美は自分の顔がハルトの体に釘付けになっていることに気付き、慌ててドアを閉めた。

 

「せ、セクハラだよ!」

「いやさっきから何で俺が怒られてるの!?」

 

 だが、可奈美は顔を真っ赤にしながらドアを閉め、ドタドタと音を鳴らしながら二階へ駆けあがっていった。

 ハルトは改めて、ロッカーから私服を取り出し、慣れた革ジャンを羽織る。

 そろそろ季節的にこの革ジャンはしまわないといけないかなと思いながら、ハルトは可奈美が待つ二階へ向かった。

 途中の廊下で、これからバータイムのお勤めとなるラビットハウスオーナー、香風タカヒロとすれ違う。

 

「お疲れ様です。オーナー」

「お疲れ様。ハルト君」

 

 ハルトの会釈に、タカヒロはにこやかに返した。

 

「なにやら可奈美君が焦った様子だったけど、何かあったのかい?」

「いえ、何も! 何もないです!」

 

 ハルトは背筋を伸ばしながら、急ぎ足で階段を駆け上っていく。

 

「可奈美ちゃん」

「あ、ハルトさん……」

 

 可奈美は、ハルトの顔を見るなり、「ええっと……」と人差し指同士を突き合わせる。

 ハルトはそれを見て、「うーん」とわざとらしい声を上げた。

 

「俺一人が見られるってのも不公平だし、可奈美ちゃんにも脱いでもらうしかないかな?」

「えええええっ!? こ、今度こそセクハラだよ!」

 

 可奈美はさらに顔を赤くする。

 恥ずかしさのあまり、彼女は手に持った手拭いを投げつけた。ハルトの目元に投げつけられたそれに「ぐおっ!」と悲鳴を上げながら、それを取る。

 

「……可奈美ちゃん、もしかしてこれってさっきまで鍛錬したあと汗を……」

「うわあああああっ! 投げるもの間違えた!」

 

 可奈美は階段から飛び降り、ハルトの手から手拭いを奪い取る。

 さらに茹蛸(ゆでだこ)のように赤い顔で、可奈美は手拭いを抱き寄せる。

 

「や、やっぱりセクハラだよ!」

「そんな、ひどいっ! さっき思いっきり俺の大事なものを見られたのに!」

「えっ……ええっ……!?」

 

 ハルトの反撃は想定していなかったのか、可奈美は目を白黒させた。

 ハルトは得意げになって続ける。

 

「昨今は男女平等って謳われているのに、こういう時」

「ハ~ル~ト~さ~ん……!」

 

 可奈美が呪ったような声で訴えかける。

 ハルトは笑顔で誤魔化しながら、頬をかく。

 

「可奈美ちゃんも結構、可愛いところあるんだね」

「ひどいっ! ……って、その為に呼びに行ったんじゃないんだよ! ハルトさん、こっちこっち!」

 

 可奈美はハルト手を引き、いつも使っている部屋のドアを開けた。

 見慣れた、ラビットハウスでハルトが借りている寝室。太陽の光が差し込むそれは、もはやハルトにとって親しい場所になっている。

 だが、一か所だけ、ハルトにとって見知らぬものが置かれていた。

 

「これは……?」

 

 箱。

 黒い側面と、その中心には赤いルビーを思わせる装飾。どこから調達したのか、金色の装飾の中心に埋め込まれたルビーの宝石は、とても美しく思える。

 触ってみると、それは木や石でできたものとは違うように見える。この材質は、おそらくハルトが持ち合わせている魔法石。

 

「すごいでしょ! ゴーレムちゃんが作ったんだよ!」

 

 可奈美が箱に顔を近づける。

 すると、箱の蓋が開く。無数の穴が開いた上蓋の底に気を取られていると、箱の中にいた使い魔、バイオレットゴーレムの存在に気付くのに遅れた。

 

「ゴーレムが作ったの?」

 

 ハルトの問いに、ゴーレムが両腕を上げながら応える。

 

「すごいよね! ハルトさんの指輪の箱だよ! ほら、指輪を入れて入れて!」

「う、うん」

 

 ハルトは試しに、ホルスターに付いているルビーの指輪を外す。折角ならばと、ハルトは上蓋の底に付いている窪みに指輪を嵌めた。カチッという音とともに、指輪は上蓋にぴったりと収まった。

 

「おお、いいね。これ」

「でしょ!」

「でも……」

 

 ハルトはキラキラした顔の可奈美、頭をクルクルと回転させ続けるゴーレムを見比べながら頬をかいた。

 

「ぶっちゃけ、指輪ってピンポイントに必要になるから、ここに収納しておくことができない……」

 

 可奈美とゴーレムが同時に凍り付いた。

 

「まあ、寝るときとかの収納は便利だけどね」

 

 ハルトはすぐさまフォローする。

 

「ほら、指輪って基本的には自作だからさ。新しい指輪を作るとき、結構整理整頓できるのは助かるかも」

 

 すると、可奈美は目を輝かせ、ゴーレムもクルクルと頭を回転させた。

 

「やった! ほら、ゴーレムちゃんも、これきっと、喜んでるよ!」

「確かに楽しそうだよね」

 

 ハルトは上蓋からルビーの指輪を取り外す。そのまま手慣れた動きで腰のホルスターに戻し、洋服ダンスにかけてあるヘルメットを手に取った。

 

「ハルトさん? こんな時間にどこ行くの?」

「見滝原南」

 

 あっさりと答えたハルトの言葉に、可奈美は顔を青くした。

 

「何を言っているの? 今見滝原南に言ったら、今度こそフォーリナーと本気の戦いになっちゃうよ?」

 

 フォーリナー。

 あの美しくも危険なサーヴァント。蒼井晶に辿り着くには、彼女との戦いを避けては通れない。

 

「確かにそうだけど、でも蒼井晶のことが心配だし」

「でも、彼女のことは紗夜さんだって諦めるしかないって話してたよ? 依頼だって取り下げるって言ってたのに、どうして?」

「……蒼井晶は、聖杯戦争の参加者から生き残ったんだ。ちゃんと、元の生活に戻してあげたいよ。たとえ、またフォーリナーと戦うことになったとしても。……可奈美ちゃんは来ないでね。これはあくまで、俺の我儘でしかないから」

「ううん、私も行くよ」

 

 すでに私服に着替えて戻って来た可奈美が、千鳥を持ってハルトの前に立つ。

 

「可奈美ちゃん……」

「私だって参加者だよ。ハルトさんと同じくらい、この戦いを止めたいって思ってるよ」

 

 可奈美はハルトへ千鳥を突き出す。間近に見る彼女の愛刀は、紅の鞘が良く目立つ。

 

「もう一度言うけど、これはあくまで俺の我儘でしかない」

「だったら、付いて行きたいっていうのも私の我儘だよ」

 

 可奈美が言い切った。

 だが、ハルトはそれでもと首を振る。

 

「……俺がここにいない間、ファントムが来るかもしれない。特にガルーダは、可奈美ちゃんに懐いているし」

「それは……」

「可奈美ちゃんは一人でも十分強いでしょ? だから……俺は蒼井晶を助けたいから、こっちは任せたいんだ」

「……うん、分かったよ」

 

 可奈美は渋々頷いた。



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バイクが壊れた

 見滝原南。

 大きな川に断絶され、秩序も経済も全くないその地域。

 前回は近くにある橋から可奈美、紗夜、リゲルとともに訪れた。

 今回はハルトただ一人。

 輸送用の通路から降り立ち、ハルトは見滝原南を一望し、空を見上げた。

 青空が紅に染まる時間。今回おそらく遭遇することになるであろうフォーリナーが得意とする時間帯。

 

「時間はあまりないよね……」

 

 ハルトは息を吐き、アクセルを入れる。

 道路交通法などもないこの場所は、たとえ狭い道であろうともバイクの走行を咎める者はいない。

 蒼井晶の拠点の場所は覚えている。

 廃墟となったスーパー。

 建物の壁にマシンウィンガーを停め、ヘルメットを外す。

 そのままハルトは砕かれたガラス片を踏む音を聞きながら、ハルトは暗くなったスーパーに足を踏み入れた。

 

『ライト プリーズ』

 

 光の魔法で、スーパーのフロア全体を照らしていく。

 二階への入り口であるエスカレーターは、前回のフォーリナーとの戦闘で半壊している。ジャンプで破損個所をスキップしながら、ハルトは二階へ上がっていく。

 

「でも、入口がこんな壊れたところで住み続けるわけないよね……」

 

 ハルトはそう言いながら、二階で再び光の魔法を使った。明るくなったフロア、そのバックヤードに入る。

 だが。

 

「まあ……いないよね」

 

 蒼井晶の私物があった場所には、もう彼女のものがない。

 用具や着替えがなく、彼女がいた形跡も無くなっている。

 

「……どうやって探したものかな」

 

 ハルトはスーパーを後にしながらマシンウィンガーに跨った。

 

「そもそもこれ以上のアテがないな。どうしたものか……」

 

 ハルトは再びバイクを走らせるが、見つけられるのは浮浪者やゴロツキのみ。

 やがて、夜の闇が濃くなっていく。

 その時。

 

「ひゃっひゃっひゃ」

 

 それは、男の笑い声。

 ハルトを囲む、三人の男たち。顔には黄色の刺青らしきものが刻まれており、それにより印象がかなり変わってくる。

 男たちはハルトを吟味するように睨み、やがてマシンウィンガーに目を留めた。

 

「おうおうおう。イカしたバイクなんか乗ってきちゃってよお!」

「えらいハリキリボーイがやって来たじゃねえか!」

「ハリキリボーイって……」

 

 なかなか耳に馴染まない言葉に、ハルトは戸惑う。

 だが、ハルトを取り囲んだ男たちは続ける。

 

「コイツは金になるぜ!」

「関係ねえ! 身ぐるみ引っぺがしちまえ!」

「ヒャッハアアアアア!」

「っ!」

 

 言葉にならない叫び声を上げながら、男たちはハルトへ迫って来た。

 ハルトは急いでマシンウィンガーから降り、男たちに応戦する。

 回し蹴りを中心とした格闘。的確に男たちの意識を刈り取れる箇所を蹴り、全員が地に伏せた。

 

「……ふう。前回紗夜さんが来た時こんな奴らに遭遇しなくてよかった……」

 

 ハルトは気絶した彼らを見下ろしながら、改めてマシンウィンガーに跨る。

 前回蒼井晶と遭遇したスーパーがもぬけの殻だった以上、

 

「今日は止めた方が良かったかな……?」

 

 そう言っていると、やがてハルトはやがてブレーキを踏んだ。

 

「今度は何だ?」

 

 廃墟の背後に感じる気配。

 それは、人。人。人。

 それぞれがローブを纏いながら、ゾンビのような呻き声を上げていた。

 

「な、何?」

「ここは、わたくしたちの土地」

 

 ローブを纏った人々の内一人が、語りかけるような口調で発言する。

 

「ここを通りたいのでしたら、通行料を払ってもらいましょう」

「通行料? そんなの、何で?」

「ええ。そうですね……そのバイクを頂きましょうか?」

 

 彼の一言で、ローブの人々は徐々にハルトとの距離を詰めていく。

 ローブとは表現しているものの、その実は衣服などではない。何度も使い続けたのだろう、汚れや色が重なっている。

 

「ダメなら服でも金でもいいですよ?」

「どうせなら両方頂きましょう」

 

 丁寧な言葉遣いの裏に、必死さが顕れる。

 やがて彼らは、やがてじりじりとハルトとマシンウィンガーに触れようとする。

 

「ちょ、ちょっと!」

「バイク……バイク!」

「よこせええええ……」

「コイツがあれば、金だ……金になるうううううう!」

 

 彼らは亡者のように、ハルトに群がって来る。

 ハルトはバイクの上から彼らを蹴り飛ばし、アクセルを再び噴かせる。

 金の亡者たちから逃げ、ハルトは大きく息を吐いた。

 バイクをウィリーし、瓦礫を台に飛び上がった。

 春の冷たい空気を貫き、ハルトは一気に息を吸い込む。

 

「っ!」

 

 大きな音を立てながら、マシンウィンガーが着地する。スプリングの勢いに体を揺られながら、ハルトはカーブしながら静止する。

 ゾンビのようにジャンプ台の向こうで群がっていく人々を見上げ、ハルトは急いでマシンウィンガーを走らせようとする。

 だが。

 

「……あれ?」

 

 おかしい。

 ハルトは、何度もマシンウィンガーのアクセルを入れる。

 エンジンを吹かす手応え返って来るが、マシンウィンガーが動く気配がない。

 

「もしかして……壊れた?」

 

 マシンウィンガーは、市販品ではない。

 ハルトの魔力を動力に動く、ウィザード専用のマシン。

 おそらく魔法石を使えば修復できるだろうが、夜の、それも浮浪者が元気に狙ってくるこの地にいるのは危険すぎる。

 

「最悪だ……!」

 

 ハルトは慌ててマシンウィンガーを押して、道を外れる。浮浪者たちからは見えない路地に隠れてから、一度マシンウィンガーを倒す。

 

『ライト プリーズ』

 

 暗闇でお馴染み光の魔法で、マシンウィンガーを照らす。さらに、光がある間に、エンジンの蓋を開いた。

 

「ゲホッゲホッ……」

 

 エンジンから吹き出した黒い煙に、ハルトはむせ込んだ。

 顔が黒ずむ不快感を覚えながら、さらに指輪を使う。

 

『コネクト プリーズ』

 

 発動した魔法陣を、ラビットハウスの自室に繋げる。自室に置いてあるメンテナンス器具ケースを取り出し、その蓋を開いた。

 

「早くメンテ澄まさないと、探す時間も少ないのに……」

『ライト プリーズ』

 

 再び光の魔法で、マシンウィンガーの調子を確かめる。

 だが、時間制限がある僅かな明かりの中でマシンウィンガーを見下ろしても何も分からない。

 

「困ったな……」

「ハルトさんッ!」

 

 頭を掻いていると、後ろから明るい声がかけられた。

 振り向けば、明るい笑顔の少女がハルトへ膝を折っていた。

 

「やっほーッ! 」

「響ちゃん!? こんなところで何してるの?」

 

 手にしたペンチを、思わず取りこぼした。

 立花響。

 ハルトと同じく、聖杯戦争の参加者の一人。マスターであるハルトとは異なり、サーヴァントとして参加している。クラスはランサー、そのマスターはハルトと同じく魔法使いだが、近くには見当たらない。

 

「人助けだよッ!」

 

 響はにっこりと答えた。

 

「人助けって、こんなところで?」

「えへへッ!」

「しかもこんな時間に?」

「まあねッ!」

 

 響は胸を張って答えた。

 すでに夕刻を回り、空から青が完全に抜けきっている。普通の町でさえ、あえて出歩く時間ではないのに、治安が悪いこの場所だと、尚更不安になる。

 

「何でこんなところで?」

「困ってる人を助けているうちに、気付いたらこっちに来ちゃったんだよッ!」

「そうはならんやろ……」

「ところがどっこいなったんですッ!」

 

 響が満面の笑顔で答えた。彼女はそのままハルトの隣にしゃがみ、一緒にマシンウィンガーのエンジンを見下ろす。

 

「それで、どうしたのハルトさん?」

「ああ……なんか、バイクが動かなくなっちゃってさ」

 

 ハルトはペンチを拾い上げ、作業に戻る。

 各ネジを調整し、中に埋め込まれている魔石を調整する。

 

「うわあ……何やってるの?」

「魔力の調節だよ。マシンウィンガーって、ウィザードの魔法で動いてるから」

「へ、へえ……」

 

 目を白黒させながら頭から煙が昇っている。

 だが、ハルトは何度も魔力を調整するが、マシンウィンガーは一向に直らない。油を刺しても、出力を動かしても何も起こらない。

 

「わ、わたしは手伝おうか?」

「ありがとう。それじゃあ、エンジンの中枢部にあるアメジストの魔法石に潤滑油を通した後エメラルド鉱石の隣にあるピストンの錆をふき取ってトルマリン魔法石に魔力を注いでガーネットのシリンダーをチェックしてサードオニキスとシリマナイトのクランクシャフトの動きを確認してアズライトのコンロッドがちゃんと物理的に回転するかを見てもらってネフライトの吸排気バルブが魔力を放出できてるか確かめてもらっていい?」

「待って待って待ってッ!」

 

 ハルトの注文に、響は大慌てでストップをかける。

 

「横文字ばっかりでわかんないよッ! いつからハルトさんは外国人になったのッ!?」

「まあまあ」

 

 ハルトはそう言いながら、今自分が言った作業工程を一通りこなしていく。

 だが、それでもマシンウィンガーは息を吹き返さない。その上、周囲もますます暗くなっていく。

 いよいよ時間が無くなっていくと困り果ててきた時。

 

「故障ですか?」

 

 背後から尋ねてきたのは、壮年の男性。

 黒い衣服に身を包んだ人物。

 夜であってもサングラスを付けた男性は、手慣れた動きでサングラスを外した。あまりにも似合いすぎて、ハルトは一瞬彼が役者か何かかとさえ思ってしまった。

 

「少し、見せていただいても?」

「は、はあ……」

 

 ハルトは静かに頷いた。

 彼は屈み、マシンウィンガーの機関部を調べ始めた。

 

「なるほど。特殊なバイクですね。改造のようだ」

「まあ、いろいろありまして……まあ、もらい物なんですけど」

「ほう……」

 

 機関部のパーツに埋まる魔法石。

 一般人にはあまり見られたくないものだが、彼はそれには気に留めることもなく、外れているパーツを目ざとく発見した。

 微笑した男性は引っ張り出したチューブを、彼の私物であるライターの炎であぶり、再び接続させる。

 

「すご……」

「何をどうやってるのかさっぱりだよ」

 

 ハルトの隣で、響が頭をフラフラと揺らしている。

 

「これで大丈夫だと思いますよ」

「はい」

 

 男性に言われ、ハルトはアクセルを入れる。

 すると、さっきまで何もなかったアクセルが、エンジンの音を響かせた。

 

「本当だ! ありがとうございます!」

 

 ハルトのお礼に、男性は笑顔で応える。

 

「この辺りは危険です。よければ、安全な場所までご案内しますよ」

「ありがとうございます!」

 

 ハルトは背後で這い寄って来る人々を振り返りながら言った。

 男性は頷き、ハルトと響を導いていく。

 そんな彼を見送りながら、響は手を叩いた。

 

「凄い人ッ! この場所では珍しく優しい人だねッ!」

「君は何の役にも立たなかったけどね。それより、早く行くよ」

「はわわッ!」

 

 置いて行かれそうになった響は、慌ててハルトと男性を追いかけていった。




可奈美「ハルトさん大丈夫かな……?」
友奈「心配だよね。でも、元参加者を助けようとしてるんでしょ?」
可奈美「うん……」
友奈「でも、たまたまだけど、可奈美ちゃんまで見滝原南に行ってたらファントム退治も大変だったよ」
可奈美「そうだね……ガルちゃんが来ても誰も気付かなかっただろうし」
友奈「そうだね。あ、ゲートの人……大丈夫?」
???「はい……ありがとうございます。えっと……刀使(とじ)さんですか?」
可奈美「そうだよ! あ、でも私のことは内緒でお願いね?」
???「は、はい……」
???2「見つけたみい!」
可奈美「みい?」
友奈「強烈な口癖の女の子が来ちゃったね」
???2「いつまでこんなところで油売ってるみい? 休憩はとっくに終わってるみい!」
???「は、はい!」
可奈美「運動系の部活?」
友奈「今丁度春休みだから、こういう練習も一杯あるよね」
???「休憩は一時間に1分みい!」
???「ええっ!」
可奈美「想像以上にブラックな部活だった!」
友奈「アイドルなんだ!」
???「アイドル目指してます。KiRaReってグループです」
???2「そうだみい! 折角だから、この人たちにもステージを見てもらうみい! こういう時こそ、ファンを増やすみい!」
???「わ、分かりました! 助けてくれたお礼に、楽しんでください!」



____KiRaKiRa輝く 太陽よりまぶしく まっすぐなヒカリで見えそう___



可奈美「すごいすごい!」
友奈「二人とも息ピッタリ!」
可奈美「これはきっと、ぱーふぇくとでえたーなるっていうものなのかな?」
友奈「違うよ! こういうことが、えもーしょなるでせんせーしょなるなハードコアって言うんだよ!」
???「二人とも意味分かってないみい……」
可奈美「こ、こちらが今回のアニメ、Re:ステージ! ドリームデイズ♪!」
友奈「2019年7月から9月まで放送していたアニメだね! アイドルを目指すKiRaReの物語!」
可奈美「アイドルのお姉ちゃんとのコンプレックスから再起して、アイドルの祭典、プリズムステージを目指すアニメだね」
友奈「例のシーンは公式名称だよ! でも、他にもいいシーンがいっぱいあるからね!


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見滝原南の医者

「あったかいもの、どうぞ」

 

 男性からコップを受け取り、ハルトは会釈、響は礼を言った。

 

「あったかいもの、どうも」

 

 ハルトと響が案内してもらったのは、廃病院だった。

 周辺の建物と比べて、破損が酷い。天井が無くなっており、夜風が吹き込んでくる。

 ハルトと響が腰かけているのは、そんな病室の一つだった。壁があちこち破損しており、ベッドも中の綿が飛び出している。

 そんな乱雑となっている部屋なのに、ただ一つだけ整頓されていた。

 メスや針などの医療器具。それだけは、ほんの僅かな乱れも許されずに、診察台に安置されていた。

 

「医者……なんですか?」

「多少医学の知識があるだけですよ」

 

 男性___医者は、静かに答えた。それ以上の言葉を語ることなく、彼はサングラスを外した。

 

「それで、君たちは人を探しているとのことだったね」

「響ちゃんは違います。探しているのは俺です」

 

 ハルトが補足する。

 スマホに保存しておいた蒼井晶の画像を出し、医者へ渡した。

 

「彼女は……」

「蒼井晶。ご存じありませんか?」

「……」

 

 医者は顎をしゃくり、蒼井晶の画像を睨みつけている。やがてゆっくりと、彼は口を開いた。

 

「確かに知っているが、私にお伝えすることは……」

「失礼いたしますわ。お医者様」

 

 突然、甘美な声が院内に走った。

 その声を耳にした途端、ハルトは反射的に立ち上がる。

 同時に、部屋の扉として機能しているシーツがめくられ、女性が姿を現した。

 声を聞いてもしやと思った。外見は大分異なるが、あの面妖な雰囲気ともすれば。

 

「フォーリナー!」

 

 あの時とは服装も髪形も違う。

 どこかの学校の制服に、左目をその長い髪で隠しているが間違いない。

 蒼井晶、第二のサーヴァント。フォーリナー。

 フォーリナーは「あらあら」とハルトの姿を見て微笑する。

 

「まさかお医者様のところに、ウィザード……あなたとお会いすることになるとは」

「俺は戦いに来たんじゃない。蒼井晶を連れ戻しに来たんだ」

「連れ戻しに? きひっ……きひひひひひひっ!」

 

 フォーリナーが不気味な笑い声を上げた。

 

「連れ戻してどうするおつもりですの? もうこのまま、聖杯戦争に参加しないでくださいとでもお願いするおつもりですか?」

 

 フォーリナーはさらにきひひっと肩を震わせる。

 

「もう手遅れですわ。わたくしというサーヴァントを召喚した時点で、彼女は戻れない」

 

 口を大きく歪めたフォーリナーは、その目を大きく見開く。

 風もなく浮かび上がる彼女の前髪。そうして顕れる彼女の金色の右眼は、空気を凍り付かせる。睨まれただけで、ハルトは動けなくなった。

 

「それとも……」

 

 フォーリナーは制服姿のまま、どこからともなく銃を取り出した。彼女はそれを自らのこめかみに当て、口をさらに大きく歪ませた。

 

「今、ここで、やり合うのがご所望で?」

「やめなさい」

 

 だがそれは、医者の一言で遮られる。

 フォーリナーの動きを止めた医者は、「やれやれ」と煙草を取り出した。

 あまり見かけない銘柄のそれにライターを付け、医者は静かに吹かす。

 

「君のさきほどの質問だが……私は彼女の傷を治療する依頼を受けた」

 

 ふうっ、と煙草の煙を吐きながら、医者は答えた。昇っていく煙を見送りながら、医者はフォーリナーへ尋ねた。

 

「彼女の容体は?」

「ええ。ええ。もう痛みも退いたそうですわ。で・も? 麻酔もなしに手術を行うとは、中々にえげつないですわね」

「この見滝原南の地に麻酔はない。だが、私の手にかかれば確実に治療できる」

「ええ。ええ。でも、マスターも大分おかしくなりましたわ。戯言ばかりいうようになりましたわ」

「ずれそれも元に戻る。安心しなさい、時崎狂三(ときさきくるみ)

 

 時崎狂三(ときさきくるみ)

 それが、フォーリナーの真名。

 一人、息を深く吸い込み、ハルトはその名前を脳裏に刻み込んだ。

 ハルトは立ち上る。

 

「顔が治ったなら、もう見滝原に戻ればいいじゃないか。それこそ、モデルの仕事でもなんでも戻ればいい。何も無理に聖杯戦争を続けるつもりなんて……」

「忘れましたのウィザード?」

 

 ハルトへ、フォーリナーこと狂三が顔を近づける。

 口を大きく歪めた彼女の笑い声は、またしてもハルトと、隣の響に強く届いた。

 

「彼女の願いは、氷川日菜の破滅。聖杯戦争に参加している限り、彼女を見滝原に戻すのは危険では?」

「それは……っ!」

 

 ハルトは言葉に詰まる。

 すでに狂三は、ハルトから隣の響へ視線を移している。彼女は響を品定めするように睨み、やがて「きひひっ!」と笑みを浮かべる。

 

「初めまして、ランサー。フォーリナーのサーヴァント。時崎狂三と申しますわ。どうぞお見知りおきを。お医者様に免じて、この場は見逃してあげますわ」

「……あなたも参加者なんだよね?」

 

 狂三へ、響は問いかけた。

 あっさりと、狂三は「ええ」とその事実を認めた。

 響は続ける。

 

「だったら、その願いはなんなの? もしかしたら、わたしたち、手を取り合えるかもしれないよ? こんな戦いを続けなくても、きっと願いだってかなえられるよッ!」

「……幸せ者ですわね。ランサー」

 

 狂三は目を細める。

 彼女の眼差しは、みるみるうちに冷めていった。

 

「この世界ではどうしても叶わない願い……と言っても?」

「え」

 

 ハルトは言葉を失った。

 狂三は続ける。

 

「ええ。ええ! 戦いを止めてもいいですわよ? あなたが、わたくしの願いを叶えてくれるのなら……あの方に会わせてくれるのなら!」

 

 彼女は顔を大きく歪める。

 

「そんなことができますの? ランサー。わたくしと同様、本来の世界を追放され、見滝原という牢獄に閉じ込められたあなたが、わたくしを助けることができますの?」

「それは……」

 

 サーヴァントが、見滝原に到達する前の世界。

 つまり、彼女たちが本来いるべき世界のことである。

 響が以前、彼女にとって大切な者への未練を乗り越えられたのは、本当に偶然だ。

 

「ウィザード。それにランサー。ええ、ええ。戦いなんてやめてあげてもいいですわ。わたくしをあの方に会わせてくれるのなら……!」

 

 元の世界。

 そんな願い、ハルトたちに叶えられるわけがない。

 黙るほか選択肢のないハルトと響に、狂三は鼻を鳴らした。

 

「結局人の善意なんて、大したものがないのですから、仕方ありませんわね。……それではお医者様。こちらを」

 

 狂三は感謝を述べながら机に紙袋を置いた。

 

「金か……もう私には必要ないが」

「いいえ。お忘れですか? この見滝原南では、金銀よりも物の方にこそ価値があるのですから……」

「食料か……感謝する」

 

 袋を閉じた医者は、そのままそれを部屋の奥の倉庫に収納した。

 

「君も、あのバイクは隠した方がいい。この地の者は、盗みをはたらくことが多い。野ざらしにしてはいけない」

 

 その一言に、ハルトはぞっとした。

 物音をたてずに立ち、静かに外のマシンウィンガーのもとへ向かう。

 

「……よかった」

 

 無事に置いてあるマシンウィンガーに安堵する。コネクトの魔法で黒い合羽を引っ張り出し、マシンウィンガーに被せた。

 

「バイクで来るなんて、とんだ不用心ですわね」

 

 そんなハルトの背後に、狂三が回り込んでいる。

 心臓が口から飛び出ないように装いながら、ハルトはマシンウィンガーに背中を押し付ける。

 

「えっと……狂三、で、いいんだよね?」

「お好きにどうぞ? ウィザード」

 

 狂三は両手を腰で組みながら、姿勢を低くする。

 

「それにしても、貴方も物好きですわね? 蒼井晶のような危険人物をそこまで必死に守ろうとするなんて」

「……俺の信条は、人を助けることだから。たとえ犯罪紛いをした人であっても……」

「あらあら。ご立派ですこと」

 

 クスクスとほほ笑む狂三。

 彼女はそのまま、ハルトへ背を向けた。

 

「またマスターを引き戻そうというのなら……分かっていますわね?」

 

 狂三がさらに顔を近づける。

 彼女の赤い眼に、ハルトの険しい顔が映る。

 

「……また、わたくしと戦うことになりますわよ?」

「俺は人を……一人でも多くを守るために戦ってる。蒼井晶も含めて。もし、サーヴァントのアンタが自分のために蒼井晶やほかの誰かを傷付けるなら、俺はアンタとだって戦える。それこそ、全力で」

「へえ……」

 

 狂三は静かに唇を舐め、ハルトの首に手を当てた。

 

「きひひひひっ……! 人間を守る? 貴方が? その仮面で?」

「……っ!」

 

 ハルトはその一言で血相を変える。

 取り出したウィザーソードガンで、狂三へその銃口を向ける。

 だが同時に、狂三も同じ行動をとっていた。彼女は取り出した西洋銃を、ハルトの顔に押し当てていた。

 数秒、二人の間に沈黙が流れる。

 だがやがて、狂三の方が噴き出す。

 

「きひっ! きひひひひひひひっ!」

 

 狂三が、口を大きく歪めて笑い出す。

 彼女は「冗談ですわ」と銃を下げた。

 

「あなたのことは監督役から色々と聞いておりますわ、ウィザード。わたくしの願いを叶えるために……せいぜい利用させていただきましょうか?」

「……」

 

 ハルトは何も言わない。

 やがて狂三は、微笑を絶やすことなく、徐々に後ろに下がっていく。彼女の姿は、瞬時に黒い夜の闇に溶けていった。

 

「は、ハルトさん、大丈夫?」

 

 突然の響の声にハルトは飛び上がる。

 

「響ちゃん? いつからいたの?」

「割と最初からいたよ?」

「あ、そうだったの? 全然気づかなかった」

「ひどいッ!」

 

 ハルトの反応に、響は口を尖らせる。

 

「でも、あの人……狂三ちゃんがフォーリナーなんだね。やっぱり、わたしは手を伸ばしたいよ」

「……そうだね」

 

 それ以上は、今は何も言うことはできない。

 やがて、ハルトと響は、医者から声をかけられた。

 

「二人とも。この場所を夜遅くに歩くのは危険だ。今夜はここで泊って行きなさい」

 

 

 

「見つけたよ。ムーンキャンサー」

 

 見滝原南。

 ハルトと響が医者のもとで休息の時間を取っていた時。

 静かに歩むトレギアは、目的のサーヴァントを見つけていた。

 言葉を発しないサーヴァント、ムーンキャンサー。

 全身の触手をバラバラに放ち、疲れ果てたかのように息をひそめていたその生命体、その触手の先端をゆっくりと踏みつける。

 

「ふうん……反応なしか」

 

 トレギアはムーンキャンサーの首を掴む。軟体生物を思わせるその体は、もはや生気もない。

 

「さて。このままマスターのもとへ連れて帰ってもいいが……それだけだと面白くないな」

 

 左手でムーンキャンサーの首根っこを掴み、右手で指をさす。

 トレギアの指から赤い雷が迸り、ムーンキャンサーへ注がれていく。

 数回の痙攣を繰り返す異形のサーヴァント。やがてムーンキャンサーの全身は、徐々に変化していく。あたかも哺乳類の胎生を表すかのように、徐々に腹は巨大化していく。

 やがて、その腹を突き破って出てくるのは、翼。牙。

 言ってしまえば、怪鳥と呼ぶのが相応しいだろう。

 矢じりの形をした頭部と、雄々しく広がる翼。赤茶色の肉体は、空気に触れた瞬間、瞬時に巨大化していく。もともと雛程度の大きさだったのが、人間にも近しい大きさに。

 怪鳥は翼竜のように、翼で地面を這う。

 全身を濡らす液体が乾ききったころには、すでに怪鳥はトレギアへその赤い眼差しを向けていた。トレギアの姿を視界に入れるや否や、怪鳥は即座に攻撃に転じてきた。

 

「おおっ……危ない危ない」

 

 トレギアを食らいつこうと、怪鳥が攻撃を繰り返してくる。だが、トレギアは右手で怪鳥の矢じりのような頭部を掴んだ。

 

「マスターにはムーンキャンサーの回収を命じられたが……こっちの方が面白そうだ」

 

 トレギアは腕を振り、怪鳥を薙ぎ倒す。即座に両腕に赤い雷を迸らせ、怪鳥へ放った。

 怪獣を暴走させる能力を持つ光線。

 それにより、怪鳥の赤い瞳がさらに充血する。

 やがて、ギャオ、ギャオ、と。

 夜の見滝原南に、捕食者(怪鳥)の唸り声が響き渡った。



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怪鳥

「ありがとうございました」

「ありがとうございましたッ!」

 

 ハルトと響は、医者へ礼を言って病院を出た。

 手を振って病院に戻る医者を後ろ目に、ハルトと響は治ったマシンウィンガーに跨った。

 朝焼けの時間帯。まだ太陽が昇りきっていないが、医者のところに長居するのも忍びない。

 そう判断したハルトは、眠気が冷めてない夜明けに彼のもとから出発することにした。

 医者になけなしの現金を渡したハルトは、そのまま見滝原南の大地を駆けていく。

 

「ハルトさんは今日どうするの?」

 

 マシンウィンガーの上で、ハルトの背中にしがみつく響が尋ねた。

 

「……変わらないよ。蒼井晶を探す」

「昨日、狂三ちゃんにあんなに忠告されたのに?」

「うん」

 

 ハルトは深く頷いた。

 

「それにフォーリナー……時崎狂三があの医者の所に来たってことは、そのマスターである蒼井晶だって近くにいるんじゃないかな」

「そうだけど……」

 

 響は、眉を八の字にしている。

 

「蒼井晶って人を助けたいのは分かるけど……でも、そのために狂三ちゃんと戦うことになるのは嫌だよ。やっぱり、手を繋げるのを諦めたくない」

「……」

「ハルトさんがいつも、誰かを助けるために頑張ってるのは知ってるけど……でも、救えない人を切り捨てるくらいなら、わたしは最初から誰一人としても諦めたくないよ」

「前も言ったけど、響ちゃんは、そうやって人を守ればいい。俺は……」

 

 ハルトはマシンウィンガーのハンドルを握る力を強める。

 

「多くの人を守れるためだったら、俺はどんな泥だって被るって決めているんだ」

「泥……」

「……ごめん。あまり詳しくは言えないかな」

「そうなんだ……」

 

 ハルトの意見に、響は静かに口を噤んだ。

 しばらく、響は何も言葉を発することはなかった。

 そして、あらかた周囲を探しただろうかと感じ始めた時。

 

「待ってハルトさんッ!」

 

 響の声が、耳を刺す。

 

「止まってくださいッ!」

 

 ブレーキを踏んだ。

 マシンウィンガーが静止し、響はマシンウィンガーから飛び降りた。

 

「君、どうしたのッ!?」

 

 響が駆け寄った先。

 無数のごみ袋が積みあがる場所で、紫の布が投げ捨てられていたのだ。

 布。だが、ただの布とは思えない。

 中心にふっくらと膨らみがある。そして、布の端には、薄灰色の毛むくじゃらが見て取れた。

 

「大丈夫ッ!?」

 

 響は、その布に話しかけ、剥ぎ取った。

 布の下には、少年の姿が横たわっていた。あの薄灰色は、少年の髪のようだった。

 

「ねえ、大丈夫?」

 

 響が彼の肩を揺らす。だが、少年の反応は言葉ではなく呻き声。

 青ざめている表情に、ハルトもマシンウィンガーを降りる。

 

「響ちゃん、ちょっと診せて! ……これ」

 

 唇に手を当て、額から体温を測る。

 

「衰弱してる……」

「どうしよう……? ちょっとだけだけど食料はあるよ?」

「そんなものだけじゃ足りないでしょ」

 

 ハルトは、少年を背負う。

 おそらく九、十歳くらいの少年。だが、ハルトの背中にのしかかった重さは、明らかに平均のそれを下回っていた。

 

「ハルトさん?」

「軽い……急いであの医者のところに連れて行こう」

「うん」

 

 響を下ろしたまま、ハルトはマシンウィンガーに跨る。バイクの車輪を百八十度転回させ、走らせる。

 方角は合っているはずだと祈りながら、ハルトはバイクを急がせるが、見覚えのある場所には辿り着けない。

 

「……ねえ、ハルトさん」

 

 響がおそるおそる尋ねた。

 少年を挟んで、ハルトの後ろに座っている響。一人用のマシンウィンガーに三人乗りという定員オーバーだが、響は気にしない。

 

「何?」

「なんか、皆すごい勢いで走ってない?」

 

 響の言葉に、ハルトは初めて周囲を見渡した。

 誰も彼もが、鬼気迫る表情で走っている。中には、走って来た方を振り返る者もいる。

 

「確かに、みんな何かから逃げてる?」

「何から逃げてるんだろう?」

 

 やがて、逃げる男性のうち一人がハルトに掴みかかって来た。ボロボロの服装と長いひげから、まさに浮浪者といった風貌の彼は、目を見張りながらハルトを見上げた。

 

「どうしたの?」

 

 だが、ハルトにしがみつく男性は、ハルトへ訴えた。

 

「鳥だ! 鳥だ!」

「「鳥?」」

 

 鳥と聞いて、ハルトと響は同時に野鳥公園の光景を思い浮かべた。実際、ハルトがよく訪れる見滝原公園はバードウォッチングのスポットとしても人気である。

 そして。

 奥の建物、その天井が弾け飛んだ。

 

「ひ、ひいいいいいいいい!」

「待って下さい! 一体何が……」

 

 だが、男性はもうハルトの声が届かないほど遠くなっている。

 彼から情報を仕入れることを諦めたハルトは、改めて彼が逃げてきた方向を見やる。

 そして。

 

「な、何だあれ!?」

 

 鳥。

 そう呼ぶべきなのだろうか。羽毛がなく、牙がある鳥などいないが、赤いその体は、あたかも返り血で染まったかのようだった。人間とそう大差ない大きさのそれだが、

 そして。

 その凶悪そうな牙に挟まる、ぐにゃりと柔らかい肉片。それを見た瞬間、ハルトと響はぞっとする。

 肉片を丸飲みした鳥___もはや、鳥と呼ぶのもおかしい。怪鳥と呼称すべきだろう___は、その赤い眼で周囲を見渡す。

 ほとんどの人々が逃げ切ったこの場所。残っている獲物は、たった二人。

 ハルトと響(残った獲物)を睨み、吠えた。

 おおよそ鳥類と想像付かない生物。血がべっとりと付着した牙が、否が応でも目に入る

 

 そして。

 

「来る!」

 

 ギャオ、という鳴き声とともに、怪鳥は飛び上がった。一瞬だけ上昇し、マッハにも迫る速度でハルトたちを喰らおうと攻めてくる。

 

「変身!」

 

 ハルトは急いで、エメラルドの指輪で変身。

 緑の風が、怪鳥のスピードを殺し、上空へ押し返す。同時に風のウィザードとなり、ウィザーソードガンを身構えた。

 

「ハルトさんッ!」

「こっちは俺が何とかする。響ちゃん、その子をお願い!」

「うんッ!」

 

 響が少年を背負って行くのを見送るのと同時に、ウィザードは風に乗って上昇していく。

 ウィザードを敵と見定めた怪鳥は、そのままその牙で食らいついてくる。

 ウィザーソードガンを振り上げ、刃と牙が激突する。ウィザードと怪鳥、両者の蹴りが同時に互いへ命中。大きくその体をのけ反らせた。

 

「くっ……」

 

 ウィザードは体を回転させながら体勢を立て直す。

 だが、怪鳥はすぐさま攻撃を続ける。

 その翼を広げ、何度もウィザードへ突撃してくる怪鳥。相手の攻撃を一つ一つ銀の剣で防ぎ、受け流していく。

 

「なんて素早さだ……一瞬だけでも、アイツの動きを止められれば……」

 

 ウィザードはソードガンをガンモードに切り替え、怪鳥へ発砲した。

 無数の銀の弾丸が、魔力制御された軌道をもって怪鳥へ降り注いでいく。

 だが、怪鳥は運動性能を遺憾なく発揮し、銃弾を掻い潜っていく。対象を見失った銃弾は、撤去されない瓦礫に命中し、火花を散らしていく。

 怪鳥は再びウィザードへ迫る。

 応戦することを諦めたウィザードは、別の手段として右手の指輪を入れ替える。

 

『バインド プリーズ』

 

 魔法陣より放たれた無数の鎖が、怪鳥を捕えようとする。だが、機敏な動きの怪鳥は、それを全て回避し、ウィザードとの距離を詰める。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 風の防壁が、怪鳥の動きを止める。その時、怪鳥が痙攣した。

 

「え……!?」

 

 さきほどまでの機敏な動きからは一転、苦しみもがいている。

 それは、丁度朝日が昇る時間。

 東から顔を出す太陽が、怪鳥の視界を奪っていく。

 

「今だ!」

『ハリケーン スラッシュストライク』

 

 ウィザードは、即座にウィザーソードガンに緑の指輪をウィザーソードガンに読み込ませる。

 ウィザーソードガンの刃が薙がれるのと同時に、緑の風が吹き荒れる。

 怪鳥を巻き込み、竜巻となって上昇していくそれは、やがて怪鳥の体を細切れに切り裂いていった。

 

「やった……」

 

 ウィザードはそのまま、地上に降りて行こうとする。

 だが。

 また、聞こえてきた。

 ギャオ、ギャオという雄たけびが。

 それも二重に。

 ウィザードが振り向くと、そこには、二体の怪鳥が牙を向けていたのだ。

 

「っ!」

 

 体勢を変えるがもう遅い。

 二体の怪鳥は、迷わずウィザードの両腕にかぶりついた。

 ウィザードのローブを貫通し、肉体にそれぞれ大きな威力の刃が貫いてくる。

 

「ぐっ……!」

 

 さらに、怪鳥たちは猛烈な力でウィザードの両腕を引きちぎろうとしてくる。

 

「ハルトさんッ! 『Balwisyall Nescell』

 

 地上より、黄色の歌が聞こえてくる。

 やがて、眩い光が怪鳥たちの視界を覆い、その動きを大きく鈍らせた。

 

『gungnir tron』

 

 光とともに、響がウィザードの前に躍り出る。

 響の姿は、さっきまでの黄色と白の服装ではない。黄色をメインとした武装。両腕には大きな籠手が装備され、その首からは白いマフラーがたなびいている。

 

「たあッ!」

 

 上空の響は、即座に攻撃に移る。二度のかかと落としで、二体の怪鳥を叩き落とした。

 

「我流・翔空降破ッ!」

 

 さらに、響は即座に空中から落下。

 腰に装着されたブースターが火を噴き、彼女の勢いを増していく。

 二体の怪鳥へまとめて放たれた拳。

 だが。

 怪鳥の口から、空気が震えだす。無数の光が、二体の怪鳥の口へ集まっていく。やがて、その口からは、黄色の可視化光線が発射された。

 

「だとしてもおおおおおッ!」

 

 響は発破とともに、地上への速度を速める。

 ウィザードが知る響ならば、このまま光線を掻きわけながら進んでいくだろう。

 確かに、響の拳により、怪鳥たちの攻撃は真っ二つに割れ、響の両耳を掠めた。

 すると、響の動きが傾く。怪鳥たちとは見当違いの場所へ落ちていき、そのまま地面にクレーターを作り上げた。

 

「うっ……」

 

 地上の響は、頭を抑えながら混乱している。ガングニールの変身が瞬時に解かれてしまう。

 

「響ちゃん! どうして変身が……」

 

 だが、ウィザードは驚いてはいられない。

 二体の怪鳥が、脅威から餌にランクアップした響へ食らいつこうとする。

 ウィザードは急いで響へ降下していく。さらに、逆方向へ向き、ウィザーソードガンを逆噴射させる。

 

『ハリケーン シューティングストライク』

 

 風の魔力による逆噴射で、風のウィザードの機動力を増す。

 それは怪鳥たちを先回りし、響の前に降り立つ。

 

 もう魔法を使うのは間に合わない。

 ウィザーソードガンとともに、ウィザードは二体の怪鳥を迎え撃とうと身構える。

 そして。

 

「ああああああああああああああああああっ!」

 

 紫の光が、ウィザードの背後から差し込んでくる。

 その正体を確認する必要はない。

 すでに、同じく紫の物体が、ウィザードの頭上を走ったからだ。

 巨体を誇る紫の物体。四肢のみが人間の共通点であり、そのまま二体の怪鳥の頭を掴み、そのまま地面に叩きつける。

 紫の巨体……紫の怪物と言った方がいいだろう。

 がっちりとした肉体に、無数の細かい発光器官やディティールが作り込まれている。さらに、その頭部には紫のゴーグルが付けられており、無機質さを感じさせる。

 二体の怪鳥はそれぞれグエッと悲鳴を上げるが、紫の怪物はそのまま容赦なく動きを続ける。

 両腕に拳を固め、その脳天へ叩きつける。

 だが、即座に復活した二体の怪鳥は、それぞれ上空へ退避した。

 

「逃がすか!」

 

 紫の怪物は、そのまま怪鳥の内一体の足を掴み、再び地面に叩きつける。

 背骨を強烈に叩きつけられた怪鳥は痙攣。その時、紫の怪物は怪鳥をマジマジと見下ろすが、首を振った。

 

「違う……お前じゃない!」

 

 紫の怪物は吐き捨てて、怪鳥の上に馬乗りになる。

 さらに、その全身の発光部位が紫の光を灯していく。

 そして。

 ほぼゼロ距離で、発光部位より無数の光弾が発射された。至近距離からの無数の攻撃。

 華奢な体形の怪鳥がそれに耐えることなどできず、悲鳴と共に爆発していった。

 

「すご……」

 

 ウィザードが、茫然と呟いた。

 だが、怪鳥はまだ最後の一体がいる。爆発し、飛び散った仲間の肉片を咥えた怪鳥。その目的は、仇討ちか、それとも捕食か。

 最後の怪鳥は、紫の怪物へ襲い掛かろうと軌道を描く。

 だが。

 完全に夜が明けた。

 東の地平線より昇る太陽が、ほんのわずかに残されていた闇の世界を掻き消していく。

 すると、怪鳥はその動きを止めた。バサバサと慌てながら、上昇、どこかへ飛び去って行く。

 

「……いなくなった……」

 

 ウィザードは、第一の脅威が去ったことを確認し、第二の脅威である紫の怪物を見つめる。

 

「君は……何者だ?」

 

 あの怪鳥に、「お前は違う」と言っていた。

 つまり、目的は別のなにか。

 そして、会話が___意思の疎通が可能なのかもしれないということ。

 ウィザードがその疑問を抱くのと同時に、紫の怪物の体が、白い気体に覆われていく。

 そして、気体が消滅すると同時に、紫の怪物の姿が大きく変化していた。

 紫の巨体を持つ怪物から。

 先ほど、響とともに保護した少年へ。

 

「う、嘘……ッ!?」

 

 響も言葉を失う。

 少年はハルトたちに目をくれることもなく、その場で倒れた。



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ガンバルクイナ

 目を開けた。

 それまでは穏やかな寝顔だったのに、その赤い眼が覚醒した途端に、その表情が険しくなった。

 

「気が付いた?」

 

 ハルトが声をかけたのは、先ほど、紫の怪物に変身していた少年。

 紫の髪とボロボロの布切れが特徴の彼は、ハルトが背負い、そのまま病院に連れて来られていた。

 あの医者は、Uターンしてきたハルト達を見て最初は怪訝な顔をしていたが、ハルトが背負ってきた少年の姿を見て一転、病室に迎え入れてくれた。

 布団を蹴り飛ばした少年は体を起こす。だが、即座に痛みによって体の動きを震わせているが、それ以上にハルトと響への警戒を強めている。

 

「うっ……!」

「だ、大丈夫ッ!?」

 

 彼の動きに、響が駆け寄った。彼女は心配そうに少年を見下ろし、

 

「よかった……大丈夫そうだねッ! お医者さんを呼んでくる!」

 

 響はそう言って、病室を飛び出した。

 

「騒がしいな……」

 

 ハルトは響を見送り、静かに病室に入る。

 獣のように牙を向く少年が、ハルトを獣のような目つきで睨んでいる。

 

「大丈夫。大丈夫」

 

 ハルトは両手を上げて、敵意がないことを示す。

 そのまま一歩ずつ少年に近づき、腰を曲げる。

 少年と目線を合わせ、指輪を発動させる。

 

『コネクト プリーズ』

 

 魔法陣に手を入れる。ラビットハウスの自室に安置してある

 

『こんにちは』

 

 ハルトが引っ張り出した、黄色の人形。鳥をゆるキャラの形に落とし込んだそれ。腹部の赤いハートマークが特徴のそれに右手を入れて、少年にパペットマペットの人形を向き合わせる。

 

『こんにちは。怖くないよ?』

 

 ハルトは決して口を動かさない。だが、普段とは異なる声色を放った。

 腹話術。

 ラビットハウスでチノが行っているのを参考に習得したが、実演するのは初めてだ。

 明るい声でハルトは続ける。

 

『ボクはガンバルクイナ! よろしくね!』

「うううう……」

 

 だが、少年は唸り声を収めない。

 腕でガンバルクイナ人形を爪で引っ搔こうとするが、ハルトは人形を上げてそれを避ける。

 

「おおっと……『大丈夫だよ。ボクは君と友達になりたいんだ』」

 

 あくまでガンバルクイナの声を維持したまま、ハルトは会話を続ける。

 

『大丈夫。ボク悪い鳥じゃないよ?』

 

 ガンバルクイナの腕を伸ばし、少年に握手を促す。

 少年は口をぽかんと開けながら、手を伸ばす。ガンバルクイナの手を通して、ハルトの指先を揺らす。

 ハルトはほほ笑みながら、ガンバルクイナを通じて少年と握手を続ける。

 

『お腹が空いたの? これ食べようよ』

 

 ハルトは響から預かった菓子パンを取り出し、ガンバルクイナに持たせた。ガンバルクイナを上手く操作し、両手で菓子パンを持たせる。

 少年はしばらく菓子パンとガンバルクイナ、そしてハルトの顔を見比べる。

 やがて恐る恐る菓子パンの包みを剥がし、頬張る少年。

 ハルトは安心して、ガンバルクイナの腹話術を再開した。

 

『仲良くなるにはまずお名前から! 君のお名前は何て言うの?』

 

 ガンバルクイナが、両手を上げて尋ねる。

 少年は顔を険しくしたまま、小さな声で呟いた。

 

「……アンチ」

「アンチ?」

 

 変わった名前だな、という印象を抱いたハルトは、思わず地声で反応してしまった。一瞬アンチと名乗った少年が顔を上げてハルトを見上げるが、すぐさまハルトはガンバルクイナの声に戻る。

 

『そうなんだ! よろしくね! アンチくん!』

 

 誤魔化すように、ガンバルクイナの両腕でアンチの右腕と握手する。アンチは驚いた表情をして固まりながら、腕をガンバルクイナのなすがままに上下していた。

 その時。

 

「ほら! 先生!」

 

 響の声で、ハルトとアンチのやりとりが中断された。

 入り口を見れば、響が医者を連れてきていた。今朝この病院を出発したとき、そしてついさっきアンチを連れてきたときと同じく、サングラスを着けている医者。

 

「元気になったのかな? よかったよッ!」

 

 響の声に、またしても少年、アンチは警戒を示す。彼はそのままベットから壁に張り付き、菓子パンを胸に抱えた。

 

「あっ! 響ちゃん、タイミング悪い……」

 

 ハルトは頭を掻く。

 

「へ? どうしたの?」

「いや、何でもない……」

 

 ハルトはそれ以上の言及を避けて、腹話術を続ける。

 

『ボク、友達が欲しいんだ。一緒にお話ししてくれないかな?』

「本当ッ!」

 

 ガンバルクイナのセリフに、響が歓喜した。

 気が散るな、と思っても口に出さず、ハルトはガンバルクイナのロールプレイを続ける。

 

「嬉しいねッ!」

 

 響は、そう言ってガンバルクイナの腕と握手をする。ハルトはガンバルクイナの腕を通じながら、あきれ顔を浮かべる。

 響がガンバルクイナの手を放すが、なぜかその拍子に、ガンバルクイナのパペットマペットが吹き飛んでしまった。

 

「あッ!」

「……響ちゃん、君が夢中になってどうするさ……」

「ご、ごめん……」

 

 響は頭を掻く。

 だが、彼女のアイスブレイクは結果的には役に立ったようだ。

 アンチと名乗った少年は、すでにガンバルクイナではなくハルトの顔を見上げている。

 ハルトは彼と目線を合わせて、ほほ笑む。

 

「アンチ君、でいいよね?」

 

 ハルトの問いに、少年___アンチは頷いた。

 

「俺は松菜ハルト。こっちの女の子は立花響ちゃん。俺たちは君に危害を加えたりしないよ。大丈夫。……まあ、ちょっと教えて欲しいことはあるけどね」

 

 ハルトの紹介に、響は「どーもッ!」と元気に手を上げた。

 だが、その話が続けられるよりも前に、医者が手をだして中断する。

 

「先に診断をさせてください。お話があるならばその後に」

 

 医者はそう言い、ハルトと少年の間に立つ。彼はそのまま少年を寝かしつける。

 

「容体はどうですか?」

 

 医者はサングラスを外し、ポケットに収納する。

 少年の体に検査機を当て、他にも何度も触れ、容体を確かめていく。

 

「……何も問題ないでしょう。もし何かあれば、ご連絡いただければと」

 

 医者はそれだけ言い残し、立ち去る。彼がそのまま事務所に入っていったのを見送り、ハルトは首を傾げた。

 

「ええっと……何かお礼とかした方がいいのかな?」

「さっきちょっとだけ話したんだけど、そのまま帰っていいって言ってたよ。……でも」

 

 響は眉をひそめながら、アンチへ振り返る。

 

「ねえ、君どこから来たの? お父さんやお母さんは?」

 

 響がしゃがんで、アンチよりも低い目線で語りかける。

 アンチはしばらく響を見つめ、やがて口を開いた。

 

「……アイツを、探している」

「アイツ?」

「ムーンキャンサー……」

「ムーンキャンサー? 何それ?」

 

 響が首を傾げながら、アンチに顔を近づけた。

 

「……俺も、分からない。とにかく、俺はムーンキャンサーを探している」

「分からないものを探している? なんで探しているのかな?」

「分からない……俺は、そう命令された。だから探してる」

「命令?」

 

 こんな小さな子が? と、ハルトは疑問を浮かべた。

 それよりも先に響がハルトに振り向いた。

 

「ねえハルトさん、ムーンキャンサーって何だろ?」

「直訳すると……月の……蟹座(cancer)? 何かのモノかな?」

「モノ?」

「たとえば、思い出のキーホルダーとか。多分、月とか蟹の形をしたものなんじゃない?」

 

 アンチが探しているものを推論している間にも、アンチはローブを纏い直す。

 そのまま窓から病室を抜け出そうとするアンチ。

 

「待ってッ!」

 

 だが、そんな彼の手を、響が掴んだ。

 

「探し物だったら、わたしたちも手伝うよ? ね、ハルトさんッ!」

「え? 俺、蒼井晶を探したいんだけど」

「でも、この子のことだって放っておけないよ?」

 

 ハルトと響の意見が食い違っている。

 その間に、アンチは響の腕を振り払い、そのまま窓の外へ走り去っていく。

 

「あッ! 待ってッ!」

「いや、響ちゃんこそ待ってよ!」

 

 だが、ハルトが呼び止める間もなく、響もアンチを追いかけて出ていった。

 

「ああもう……あの子も気になるし、でも蒼井晶を追いかけたいし、一体どうすればいいんだよ……!」

 

 ハルトは毒づきながら、二人を追いかけようとガラスのない窓に足をかける。その時。

 

「一つだけ、言わせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 それは、事務所に戻ったはずの医者からの言葉だった。

 サングラスを胸ポケットからのぞかせたままの彼は、静かにハルトへ語った。

 

キャンサー(cancer)という単語には、蟹という単語の他にも、癌という意味があります」

「癌? 癌って……病気の?」

「ええ。ムーンキャンサーを直訳すれば、月の癌と読み替えることもできますよ」

「月の癌……? それだと、ますます意味が分からないな」

「まあ、十中八九私の推論は外れているでしょうが。中年の戯言と聞き流してください」

「いえ……ありがとうございます」

 

 ハルトは医者に礼をして、響とアンチの後を追いかけて、窓から飛び出していった。

 

 そんなハルトの後ろ姿を見つめながら、医者は静かに、しまったサングラスを再びかけた。

 

 

 

 見滝原南。

 廃墟の一角の、建物の内部。

 ハルトたちがアンチを保護していた頃、ハルトたちと戦い、唯一の生き残りである怪鳥は、陽の光が届かない室内で静かにその身を屈ませていた。

 この廃墟の住民も粗方腹に放り込み、体も十分休ませた。

 やがて時が経つと、その肉体に変化が起き始めた。

 メキメキと骨格が揺れ動き、肉体が膨れ始める。

 人間に等しい大きさのそれは、人より二回り上の大きさに成長していく。皮膚が突き破られ、その内側から新たな表皮が顔を覗かせる。

 そして。

 凶悪なその鳴き声を、怪鳥は昼の空へ轟かせた。



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情報収集

ここ最近ペースが落ちている……お待たせして申し訳ありません


 響とアンチに追いついたハルトは、改めて今行うことを振り返る。

 見滝原南にて、行わなければならないこと。

 

・蒼井晶を連れ戻す

・アンチのムーンキャンサーなるもの探し

 

「これ一日で終わらせろとか本気で言ってる?」

 

 ハルトはため息をついた。

 

「片や参加者でただでさえ説得が難しい、片や探し物の手がかりさえないって……なんとか明日のシフトまでに間に合えばいいんだけどな」

「ハルトさん、明日仕事?」

「うん。念のため、昨日の夜から今日一日にかけて開けておいたんだけどね。……何はともあれ、まずは情報を集めなきゃいけないよね」

「情報って、どうするの?」

「どうするって……こういう場所で人を集めるなんて、これしかないでしょ」

 

 ハルトはそう言って、指輪を発動させる。

 

『コネクト プリーズ』

 

 赤い魔法陣から取り出したのは、黒い筒。三つの大きさの異なる筒を並べ、さらに小道具も取り出していく。

 

「何をやってるの?」

「俺が出来るのは大道芸だけだから。それじゃ響ちゃん。今回はちょっと大規模なやつをやるから、アシスタントお願い」

「アシスタントッ!? 楽しそうッ!」

「アシスタントでそんな感想をもらえるとは思わなかったよ」

 

 ハルトはほほ笑みながら、息を吐く。

 

「それでは皆様! お仕事とお急ぎでない方は是非ご覧あれ! わたくし、見滝原のマジシャンこと松菜ハルトによる大道芸ショーの開催です!」

「ハルトさんいつの間にそんなかっこいい二つ名が付いたの?」

「……自称です」

 

 ハルトは咳払いをして、司会を続ける。一連の流れで、通行人の何人かはハルトたちへ目をうつしているが、ほとんどの人は目もくれない。数少ない客も、足を止めたのは数秒だけで、すぐに立ち去ってしまう。

 

「さあ、それでは皆様。こちらに並べてあります三つの筒。そして、その上にこの板!」

 

 三つの筒。それぞれ異なる大きさのそれを、縦に積み重ねていく。円形の上に円形という都合上、不安定なことその上ない。

 さらにハルトは、足場として長い木の板を筒の上に設置した。当然簡単に揺れるため、安定とは程遠い。

 

「よし。さあ、イッツショータイム!」

 

 ハルトはその言葉と共に、木の板に飛び乗った。

 大きさがバラバラの円筒と木の板。そこに飛び乗ったハルトは、数回両腕でバランスを取り、ようやく安定した。

 

「よし……響ちゃん、そこにあるやつ、こっちに投げてくれない?」

「そこにあるやつ……このピンですか?」

「そう、それ」

「おっけー」

 

 響は二つのピンをハルトに投げ渡す。ハルトはそれを同時に受け取り、それぞれジャグリングを始める。

 

「ありがとう。それじゃあ、三つ目もお願い」

「ほいッ!」

 

 響は笑顔で三つ目のピンを投げ渡す。

 足場の悪い場所での、三本ピンのジャグリング。だが、虚ろな目で行き交う見滝原南の人々は、誰もハルトを見て、足を止めることはなかった。

 

「……誰も見てくれないね」

「まあ、この程度じゃそうかもね。……ん?」

「おお……」

 

 だが、ただ一人。

 アンチが目を輝かせてハルトの芸を見上げていた。さっきの彼の、猟犬のような

 この子が見てくれるだけでもいいか。

 

「さあ、続いてお見せしますのは……」

「あら? ウィザード」

 

 その甘美な声に、ハルトは思わずバランスを崩した。

 ただでさえ不安定な足場で、集中できなければ維持できるはずがない。そのまま足場の板と筒を崩し、空中に投げ出される。

 

「うわっ!」

「あだッ!」

 

 空中で足を振りもがく。だが、その拍子に筒を蹴り飛ばし、そのまま響の頭に命中してしまった。そのまま大きなたんこぶを作り、響は仰向けに地面に伸びてしまった。

 

「いつつ……何?」

 

 腰をかくハルトは、声をかけてきた女性を見上げる。

 昨夜、病院で現れた、どこかの高校の制服を纏った片目の女性。

 彼女は「あらあら」とほほ笑みながら、ハルトを見下ろしている。

 

「時崎……狂三!」

「まだこの地にいらっしゃいましたのね。ウィザード」

 

 彼女は冷ややかな眼差しでハルトを見下ろす。

 

「それにしても、まさかこんな曲芸をしているなんて……変わった趣味ですわね。どんな曲芸を見せてくれますの?」

 

 狂三はほくそ笑む。

 

「……まさか、君が来てくれるなんて思わなかったよ」

「あら? 何の話ですか? ……それにしても、まだこの場にいるなんて。昨日見逃したのは、あくまでお医者様に免じて。もう一度言いますわ。この見滝原南を去りなさい。それとも、この大勢の人の前で聖杯戦争を始めましょうか?」

 

 彼女は答えないハルトに向けて吹き出し、流れるようにハルトを、そしてランサーである響を睨み。

 ただ一人。ハルトの次の出し物を楽しみに待っているアンチを捉えた。

 

「……あら?」

 

 狂三の声に、アンチが振り向く。

 見れば、アンチの険しかった表情が、徐々に怯えていくではないか。なぜかと思えば、狂三がまるで亡霊のように静かにアンチに近づいているのだ。

 

「な、何!?」

「あらあらあら。可愛いですわ。可愛いですわ」

 

 背後に回り込んだ狂三は、ゆっくりとアンチの顎を撫でる。

 

「や、やめろ!」

 

 抵抗するが、体格的にも狂三の方が上。

 やがて首をがっちりとホールドする狂三に、アンチはもがき始めた。

 

「きひひひっ! 可愛いですわ。可愛いですわ。ここまでくると、食べてしまいたいくらいですわ!」

「……っ!」

 

 その言葉に恐怖を感じたアンチは、顔を真っ青にする。

 

「狂三ちゃんッ! だめだよ、アンチ君嫌がってるッ!」

 

 それ以上は見ていられなくなった響が、狂三を止める。彼女の腕を解き、アンチを背中に回す。

 

「きひっ、きひひひひっ……」

 

 ほほ笑みながら、狂三はまたアンチに近づく。唇を舐めた彼女が、またアンチを狙っているようだったので、ハルトは大道芸の再開を中断し、狂三の前に割り込んだ。

 

「時崎狂三。聞きたいことがある……」

「マスターの場所はお答えいたしませんわ」

 

 それは予測できていた。

 ハルトは彼女の機嫌を損ねないように、言葉を選ぶ。

 

「この子の探し物を探しているんだ」

「探し物?」

 

 その言葉に、狂三は首を傾げた。

 ハルトの説明は、響が引き継いだ。

 

「ムーンキャンサーってものを探しているらしいんだけど、狂三ちゃん知らない?」

「ムーンキャンサー……? 知りませんわね。何ですの?」

「俺たちも知らないんだ。そうか……もう少し情報を集めないとね」

「お待ちください。ウィザード」

 

 大道芸に戻ろうとするハルトを、狂三が呼び止めた。

 

「貴方は、そのムーンキャンサーがどういうものか分からないのに、探しておりますの?」

「さあ? 月の蟹って言うんだから、蟹のペンダントとかじゃないか?」

「……そうですわね」

 

 ハルトの返答に、狂三は目を反らした。

 

「どうしたの?」

「いいえ。何でもありませんわ」

 

 狂三は次に、胸元に抱きかかえるアンチの頭を撫で始めた。

 

「ええ。ええ。……ウィザード」

 

 狂三は、静かに長い前髪をかき上げた。露わになった彼女の金色の左目が、アンチを見下ろしている。

 数秒アンチを見下ろした狂三。やがて、じっとハルトを見つめ。

 

「……人間ではありませんわね?」

「っ!」

「……この子のことですわ」

 

 一瞬目を細めた狂三は、かき上げた手を放し、再びアンチの頭を撫でる。彼のつむじ部分を手で搔きまわしながら、目を歪めた。

 

「ええ。ええ。間違いありませんわ」

 

 その言葉に、アンチは狂三の手を振り払う。そのまま彼はおぼつかない足取りでハルトの小道具を蹴り飛ばし、狂三と向かい合う。獣のように歯をむき出しに、敵意を見せている。

 

「アンチ君!」

「ああああああっ!」

 

 ハルトが止める間もなく、アンチが狂三に飛び掛かる。

 狂三はほくそ笑みながら、アンチの腕を受け流す。

 

「あらあら。きひひっ」

 

 狂三は再びアンチの背後に回り込み、その肩を上から抑える。

 動きを止められたアンチは、その頬に触れる狂三の顔に、顔を引きつらせる。

 狂三はそのまま、アンチの両腕に手を絡ませる。

 

「……令呪はなし……」

「いい加減にしてよ」

 

 どんどんエスカレートしていく狂三を、ハルトは引き剥がした。

 

「きひひひひひひっ」

 

 ハルトに引き離された狂三は、次に響に語り掛ける。

 

「驚きましたわね。ウィザード。それにランサー。戦わない選択をする方々は、たとえ化け物と相手でも手を組むということでしょうか?」

「それは……」

「何もおかしくないよッ!」

 

 だが、ハルトが言葉を探している間に、響が割って入る。

 

「そうだよ。狂三ちゃんが言う通り、アンチ君は人間じゃないかもしれない。でもッ! だとしても、手を取り合うことはできるッ! あなたとだってッ!」

「本当にうざったいですわ、ランサー」

 

 不快感を露わにした狂三は、響の手へ銃口を押し当てた。

 体を硬直させた響へ、狂三は金色の左目を大きく見開いた。

 

「ッ!」

「人間は、自らとは異なる存在を恐れるのでしょう?」

「だとしても……わたしは、そんなことはないって言い張りたい。わたしは、誰であっても……狂三ちゃん。あなたとも手を繋ぎたい」

「綺麗ごとを……! 言いましたわよね? わたくしの願いは、この世界では叶えられない。他に選択肢はないのですから」

 

 狂三はケタケタと笑い出す。

 しばらく狂三を見上げていたアンチは、やがて問いただす。

 

「俺は、ムーンキャンサーを探している」

「ええ。さっき聞きましたわ」

「お前は、知らないのか?」

 

 アンチの問いに、狂三は首を振る。

 

「いいえ。心当たりなんてありませんわ。全く」

 

 目を細めた狂三。

 アンチは落ち込んだようで、顔を俯かせた。ほとんど表情が変わらないが、彼の目が、もっと探さないとと語っている。

 

「ねえ、本当にムーンキャンサーって何か聞いていないの? ほら、こんな形のモノとか。俺たちも手伝いたいんだけど、何かが分からないと難しいよ」

「分からない……」

 

 ハルトの問いにも、アンチは首を振る。

 すると、狂三はアンチの前に屈みこんだ。アンチの前髪をかき上げ、自らも前髪を上げた。

 彼女はその金色の眼でアンチの目を覗き込む。そして、アンチの額に、銃に見立てた指を当てた。

 

「お、おい……」

「きひひっ、ご安心を。参加者でない者に手を上げるつもりはありませんわ。邪魔をしない限りは」

 

 狂三はそのまま、小声でそれを唱えた。

 

刻々帝(ザフキエル)一〇の弾(ユッド)

「……?」

 

 ザフキエル。

 彼女が能力を使うたびに、その名称を唱えていた。だが今回は生身で、しかも自らの指を使って能力を発動させている。あの時計の霊体さえ出現していない。

 どんな効果が表れているのか、ハルトと響にはさっぱりわからない。当のアンチも狂三の指を見上げてポカンとしている。

 だが、ただ一人。狂三は、やがて「きひひひっ」と肩を震わせ、その手に銃を握った。

 

「危ないっ!」

 

 ほとんど反射的行動。

 ハルトは狂三の銃口を蹴り上げ、割り込んだ。

 

「お前……一体なんのつもりだ!?」

「あら? きひひひっ……あなたこそなんのつもりですのウィザード? ……ねえ?」

「ッ……」

 

 ハルトは唇を噛み、指輪を取り出す。銀のベルトにかざし、『ドライバーオン』の音声とともに銀のベルトが出現する。

 

「きひっ! ええ、ええ! いいですわよウィザード」

 

 狂三はまた前髪をかき上げる。その時計のような形をした金色の眼がハルトを睨み、さらにその瞳に刻まれた時計の針が威嚇のように回転していく。

 

「お人よしとは思っていましたけど、ええ……ええ……! ランサーよりは話が分かるそうですわね! そうですわ、そうですわ! 気に入らないのなら、戦いましょう? ええ、ええ。戦いましょう? わたくしたちは元より敵同士なのですから。そちらの子も、ただの怪物ならまだしも……ねえ?」

 

 再び狂三の古銃より、銃弾が放たれる。が、同時にハルトが銃を蹴り上げ、銃弾が遥か天空へ反らしていった。

 だが、上空へ逸れていった弾丸。それは。

 上空の何かに命中した。

 

「……ん?」

 

 刹那、目を吊り上げたアンチが上空を見上げた。

 太陽に目を細めたハルトは、ようやく狂三の銃弾が当たったらしきものを見つける。

 黒い点にしか思えない、上空のそれ。ハルトと狂三も、それぞれの敵意を収めて空を見上げる。

 みるみるうちに大きくなっていくそれは、だんだんとそのシルエットがハッキリとしてくる。

 矢じりの形をした頭部と、矢のように細く真っすぐな体。その両側より広がる大きな翼は、鳥かコウモリを思わせる。

 それは、上空で向きを変えた。矢じりらしき部分を地上に向けたそれ。

 

「危ないッ!」

 

 響が叫んで、アンチを抱きかかえる。

 同時に、ハルトとウィザードも飛び退き、同時にハルトの大道芸グッズを大きな質量の物体が押しつぶした。

 

「あ、アイツは……!」

 

 その赤い眼を見た途端、ハルトは血の気が引いた。

 数時間前、ハルトたちを襲った三体の怪鳥。

 ウィザードであるハルトと怪物となったアンチにより、最後の一体になった怪鳥。

 赤く、矢じりの頭部を掲げ、青空に響き渡る嘶きを上げ、怪鳥はハルトと狂三に襲い掛かってきた。



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怪鳥の脅威

「危ない!」

 

 ハルトは叫んで、響を突き飛ばす。そのまま生身のまま、ハルトは怪鳥の牙を受け流す。そのまま、ハルトと怪鳥は生身で格闘となっていく。

 

『コネクト プリーズ』

 

 ハルトは大急ぎで指輪を発動。変身よりも優先させた空間湾曲の魔法で、ウィザーソードガンを取り出し、振り回すことによって怪鳥の噛みつきを遠ざけた。

 

「ハルトさんッ!」

 

 響もすぐさまハルトに加勢した。中国拳法のような構えを取り、狂暴な牙を向ける怪鳥の顎を殴り上げた。

 

「ありがとう響ちゃん! よし……!」

『グラビティ プリーズ』

 

 怯んだ隙に、ハルトはすさかず重力の魔法を発動。

 怪鳥の頭上に発生した魔法陣は、地上の何倍もの重力を発生させた。飛翔機能を兼ね備える都合上、その重力に耐えうるほど怪鳥の体は強靭ではなく、そのままべたりと地面に張り付いた。

 

「変身!」

『Balwixyall Nescell gungnir tron』

『フレイム プリーズ』

 

 ハルトと響が、同時にそれぞれのアイテムを起動させる。

 赤と黄の光が、それぞれ魔法陣と旋律となり、二人を包んでいく。

 怪鳥が重力の重みから解放されるのと同時に、ウィザードと響はそれぞれ身構えた。

 翼を足のようにしながら、怪鳥はウィザードへ食らいついてくる。

 ウィザードはソードガンで怪鳥を牽制し、距離を保つ。

 

「コイツ、さっきよりも体が大きくなってる……! それに、目に遮光板みたいものまで……やっぱりさっきまでは、光が苦手だったのか!?」

「だとしてもッ!」

 

 響の真っすぐな格闘技が、怪鳥の身体を打ち付けていく。演舞をしているかのような動きで、どんどん怪鳥は殴られ、追い詰められていく。

 

「よし……!」

 

 響が作ったチャンス。

 ウィザードは、さらにウィザーソードガンを突き刺す。怪鳥の体から火花を散らしながら、ウィザードと響はどんどん怪鳥を追い詰めていく。

 成長した怪鳥は確かに脅威ではあるが、ウィザードにとって太刀打ちできない相手ではない。華麗なる剣技と足技によって、だんだんとウィザードは怪鳥を追い詰めていく。

 トドメの一撃。

 ウィザードはホルスターに手を伸ばし、切り札の指輪を取り出す。

 キックストライクの指輪。それを右手に付けようとするが、それは一瞬遅かった。

 怪鳥の一際大きな唸り声とともに、その両翼が振るわれた。

 吹き荒れる強い風圧に、ウィザードの指輪が吹き飛んだ。さらに、即座に飛び上がった怪鳥は、その口から空気を振るわせる。

 そして、口から放たれる、黄色の光線。ウィザードと響は同時に散開し、命中を避けた。

 

「うッ……」

 

 掠めた。

 確かに、怪鳥の光線は掠めた。

 それなのに、響の動きは大きく制限され、そのまま倒れ込んでいく。彼女の姿は、そのまま生身に戻ってしまった。

 

「響ちゃん!?」

 

 刹那、怪鳥の食欲にまみれた目線が、響に集中する。

 再び光の光線を放ち、響の前に立ちはだかったウィザードの体に命中。大きく火花を散らし、ウィザードは弾き飛ばされた。

 

「ぐっ……」

「ハルトさん!」

「大丈夫……それより、響ちゃんの方が……」

「さっきと同じだ……アイツがあの光線を出すと、ガングニールの調子がおかしくなる」

「あらあら。大変ですわね、戦わない選択をした参加者は」

 

 立ち上ろうとするウィザードへ、狂三が鼻を鳴らす。

 ウィザードは起き上がりながら、狂三を睨む。

 

「手伝ってくれるとありがたいんだけど……」

「きひひっ……それでわたくしに何か利点が? あの化け物があなたがたを倒してくれたらそれでよし、そうでなくても手をこまねいているだけであなた方の力を見れるのですから。そこまでのメリットを捨てて協力する理由もありませんわ。まあ、これくらいは手伝ってあげますわ」

 

 狂三はそう言って、銀色の物体をウィザードへ投げ渡す。

 今しがた吹き飛ばされた指輪をホルスターにしまい直したところで、狂三が指差す。

 

「前を」

 

 よだれを垂らしながらの怪鳥が、すでに目と鼻の先に迫っている。

 ウィザードは両腕で怪鳥の顎、上下を防いだ。

 

「ぐっ……!」

 

 その首を蹴り飛ばし、怪鳥は地面を転がった。

 地べたで吠える怪鳥は、いまだにダメージから回復していない響へ狙いをシフト。

 

「……ッ!」

「しまった!」

 

 慌てるウィザード。怪鳥は何度も吠えながら、食欲にまみれた目付きで生身の響を狙う。

 何とか響の前に間に合わせたウィザードは、体勢もそのまま、指輪を発動させた。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 ウィザードが足を蹴り上げる。

 魔法陣を通じて巨大化したかかと落としが、怪鳥を頭上から踏み潰そうとする。

 だが、それよりも先に怪鳥の口から黄色の光線が吐かれた。

 響を一瞬で生身に逆戻りさせた光線が、ウィザードの右足を貫通した。あまりの痛みに、ウィザードはバランスを崩して倒れる。

 

「ぐあっ!」

 

 ウィザードは右足を抑えながら悶える。

 貫通した光線を、怪鳥は再びウィザードへ放とうとしている。

 そのとき。

 

「邪魔だああああああああっ!」

 

 アンチが叫ぶ。

 彼の目と口が紫に光だし、ウィザードの頭上を通って怪鳥に飛び掛かっていく。

 そして、紫の光によって、彼の体が変わっていく。

 細く、小さい体のアンチは、太く、大きな肉体となり、怪鳥を殴り飛ばした。

 

「アンチ君!」

「はああああっ!」

 

 ウィザードが驚いている間にも、アンチが怪鳥へ何度も殴りかかっていく。

 怪鳥も最初の方では牙と爪で応戦していたが、やがて押されていき、翼をはためかせて離れていく。

 怪鳥は少し飛んだところから、何度も細切れに黄色の光線を放ちだす。

 アンチは右腕でそれをガード。すると、光線が走った箇所から、大きく火花が散る。

 さらに、怪鳥は再びアンチに接近。その鉤爪を用いて、アンチの頭部を斬りつけていく。

 

「このっ!」

 

 だが、アンチもただではやられはしない。

 その肘に付いた刃で、怪鳥の足を斬りつける。

 悲鳴を上げた怪鳥は、一時的にアンチから距離を置いた。

 だが、再び接近してきた怪鳥が、何度も足蹴りを繰り返す。

 

「これでも食らえ!」

 

 アンチは、その口から黄色の光を放つ。

 怪鳥が何度も発射している光線と同じものを発射し、怪鳥の頬を切る。

 たまらず離れようとする怪鳥。だが。

 

「逃がすか!」

 

 叫んだアンチは、その右足を掴んだ。逃げられなくなった怪鳥はバタバタと羽ばたかせて抵抗するが、逃げられない。何度も怪鳥の光線がアンチの体を痛めつけるが、アンチは決して離さない。

 やがて、光線がアンチから逸れていく。

 怪鳥の光線はアンチではなく、アンチに捕らわれた右足を切断した。

 自らの片足を切断した怪鳥は、一度空高く上昇。すぐさま下降し、アンチの背後に回り込む。アンチが攻撃するよりも早く、その首根っこをもう片方の足で掴む。

 

「アンチ君!」

 

 助けに行こうとするウィザード。

 だが、足に走る痛みがそれを阻む。

 だんだん怪鳥の羽ばたきが大きくなっていく。

 もう間に合わない。

 空高く持ち上げられたアンチはもがくが、がっしりと背中に食い込んだ足から解放されることはない。

 

「放せ!」

 

 だが、怪鳥はみるみるうちに遠くなっていく。

 やがて、ある程度の高さに及んだ怪鳥は、高度上昇を止める。一気に急降下、そのまま地面にアンチの巨体を叩きつけた。

 大きな土煙とともに、アンチが地面に埋め込まれている。土煙が収まったころには、生身に戻ったアンチが全身を痙攣させていた。

 

「アンチ君!」

 

 足はまだ痛む。

 だがウィザードは、体に鞭打ちながら走り出す。アンチの上に立ち、銀の銃剣を盾にした。

 怪鳥の光線が銀の刃に反射され、数本に割かれていく。それは瓦礫を切り裂き、見事に切り刻まれていった。

 

「はあ、はあ……」

 

 もう限界だ。

 ウィザードの変身が解かれてしまう。

 だが、まだ食欲が盛んな怪鳥はハルトを見て、捕食対象としたのだろうか。吠えながら、ハルトを食らおうと迫って来る。

 ウィザーソードガンをガンモードにして、銃弾で応戦する。確かにそれは怪鳥の体を痛めつけていくが、その勢いを殺すには至らない。

 そして。

 ハルトの前に、別の人影が割り込んできた。

 怪鳥の勢いを活かしたまま、投げ飛ばす。

 グエッと怪鳥に悲鳴を上げさせたその人物は。

 

「……さっきの医者?」

 

 昨夜からさきほどまでにかけて世話になった、あの医者である。

 サングラスを着けたままの彼は、静かに怪鳥を見つめる。そして、倒れたままのアンチや耳を抑える響を見渡した。

 そして、ウィザーソードガンが霧散させた、怪鳥の光線跡……光線によって切り裂かれた瓦礫を見下ろした。

 

「なるほど……」

 

 怪鳥が光線で切断した瓦礫を撫でながら、医者はサングラスを外した。

 

「ものの見事に切断されている。まるで超音波メスのようだ」

「超音波メス……? つまり、音ってこと……?」

 

 ならば、響が極端に怪鳥と相性が悪いのは、彼女の歌のエネルギーが乱されたということだろうか、とハルトは推測した。

 

「医療用の技術としても活用されているが、こんな攻撃を行える生物がいるとは驚いた」

 

 分析を終えた医者はそれだけで怪鳥へ視線を戻す。

 

「危ないですよ……! ここにいたら……!」

「問題ありませんよ。もとより、私はこの手で人々を守るために生かされているのですから」

 

 医者はそう言って、自らの右腕を撫でる。

 何かを語りかけるかのように、右腕を数回叩いた後。

 両腕を組み、腰に下ろす。

 すると彼の腰に、銀色のベルトが生えてくる(・・・・・)。バックル部分が緑色の宝石となっているそれは、体内からの生成物ということもあって、より一層の生々しい印象を与えた。

 そして。

 

「……変身」

 

 静かに告げられる、医者の一言。同時に、右腕を前に突き出していく彼の体。

 すると、彼の体に変化が訪れる。

 肉体が変化していく音とともに、その体が緑の体色となる。

 

「え」

 

 その姿に、ウィザードと響は言葉を失う。

 バッタにも見える、その異形。

 屈強な腕と足、その肩甲骨のあたりから風になびくオレンジ色のマフラー。

 

 その、人間がその体を変質できる者。ハルトがそれまで見知った人物の中で、それができる者の共通する特徴は少ない。

 

「参加者……なのか?」

「いいえ。彼は処刑人ですわ」

 

 ハルトの言葉に、ずっと姿勢を変えない狂三が応えた。

 

「処刑人が……何で?」

「彼はもともと生にも執着していないようですわ。最初から聖杯戦争の刺客として動くつもりはなく、この地で闇医者として動いている……医師免許もなさそうなのに、人を救うことに尽力するなんて、物好きな処刑人もいたものですわ」

「そんな処刑人がいたのか……」

「彼の名は木野薫。またの名を……」

 

 医者だったバッタの異形は、「すぅ……」と息を吸い込む。そのまま、構えを動かした。

 狂三が語る、バッタの異形。

 その名も。

 

「アナザーアギト」

 

 アナザーアギト。

 静かに。だが確かにはっきりと。

 力を感じさせる歩みで、バッタの異形、アナザーアギトは怪鳥に近づいていく。

 「ギャオ、ギャオ」と嘶いた怪鳥は、出現した新たな脅威としてアナザーアギトを認識したのだろう。滑空してくる怪鳥に対し、アナザーアギトは上段蹴りで突き落とす。

 静かに構えをしながら、アナザーアギトは再び立ち上がる怪鳥を睨む。

 怪鳥は数回の嘶きとともに、アナザーアギトへ滑空してきた。

 アナザーアギトは腰を落とし、怪鳥の頸と胴体を掴む。そのまま投げ飛ばすと、怪鳥は自らの制御以上の速度に対応できず、そのまま瓦礫の山に激突した。

 

「す、すごい……」

 

 その技量の高さに、ハルトは言葉を失う。

 アナザーアギトは一瞬だけハルトを一瞥して、すぐさま怪鳥との戦闘に乗り出す。

 怪鳥はすぐさま瓦礫から抜け出し、アナザーアギトを睨む。恨めしそうに吠え、その口にはまた空気の振動が生じていった。

 遠距離戦法に切り替えたのか。

 そんなハルトの推測を正しいと証明するように、怪鳥の口から黄色の光線が放たれていく。

 空気の振動である音が刃となったそれは、武器を一切持たないアナザーアギトへ一方的な攻撃となる。

 援護しようとするが、まだ足の痛みが引いていない。

 ハルトはハンカチで急ごしらえの包帯を作り、出血箇所を結んで止血する。

 だが、ハルトが真に注目すべきは、アナザーアギトの回避能力だった。

 アナザーアギトは左右に転じ、遠距離からの怪鳥の攻撃を無力化していたのだ。

 さらに、転がったのと同時に、いつの間にかその手には鎖が握られていた。

 地面から拾った人類の発明品を頭上で回転させ、怪鳥へ放る。

 真っすぐに怪鳥の頸に巻き付いた鎖。

 悲鳴を上げた怪鳥は、そのまま鎖に引かれ、一気にアナザーアギトへ引き寄せられていく

 そして、その怪鳥に合わせ、アナザーアギトは右腕を引き込んだ。

 

「とうっ!」

 

 放たれる、緑のパンチ(アサルトパンチ)

 その実際は、ただのパンチ。それだけのはずなのに、的確に怪鳥の胸元を命中させ、大きく殴り飛ばした。

 カエルが潰されたような悲鳴を上げた怪鳥は地面を転がる。

 

「……すぅうううう……」

 

 アナザーアギトは深く息を吐き、再び右腕を突き立てる。

 立ち上った怪鳥。その口は空気を震わし、再び超音波メスを吐き出そうとしている。

 それに対し、アナザーアギトの口元が動く。

 口を覆うクラッシャーが引き、彼の全身にエネルギーが行き渡った。

 すると、その足元にも変化が訪れる。足元に浮かび上がる、緑の紋章。アナザーアギトが構えを続けていくごとに、それは彼の右足に集約されていく。

 やがて、一筋の風が吹く。アナザーアギトの両肩から伸びる。オレンジのマフラーが靡いた。

 そして。

 

「とうっ!」

 

 飛び上がったアナザーアギト。見事な跳び蹴りの体勢で、それは怪鳥へ流れていく。

 一方、怪鳥もまた黄色の光線を吐く。

 だがそれは、アナザーアギトの足により軌道を反らされ、アナザーアギトの頬を切る。

 そのままアナザーアギトの蹴りは、怪鳥の喉元に命中、大きく弾き飛ばされた。

 数回バウンドした怪鳥は、やがてよろよろとしながらも立ち上がる。

 そして。

 蹴られた顔が千切れ落ちた。

 顔が無くなった頸から、最後に吐かれるはずだった黄色い光線が天井高く伸びていく。

 声なき断末魔。

 それを最後に、怪鳥はその身を仰向けに倒すと同時に爆発。

 狂暴な怪鳥は、その身を炎の中に包んでいったのだった。



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可能性

「……すごい……」

 

 ウィザードのような、何か際立った能力があったわけではない。

 全て、際限なく強化された肉体から繰り出された技である。

 そんな達人的な技量を持つアナザーアギトは、静かにアンチに歩み寄る。

 

「大丈夫か?」

 

 アナザーアギトは、その体を緑の光に包ませていく。

 生身に戻った医者___その名前は、狂三によれば木野薫___は、静かにアンチを見下ろした。

 改めてサングラスを着けなおし、傷だらけのアンチを助け起こした。

 

「大丈夫か?」

「あ、ああ……お前は、一体……?」

 

 アンチが、どこかしら怯えた表情を見せている。

 だが薫は笑みを見せたまま、その問に答えた。

 

「名乗るほどの者でも……しがないただの闇医者です」

 

 彼はサングラスでその目を隠したまま、アンチを見下ろしている。

 次に、薫は狂三へ手を伸ばす。白い紙袋が握られたそれを、薫はそのまま、狂三へ持ってきたものを渡す。

 

「蒼井さんへの薬です。材料が手に入りましたので。お渡しに参りました」

「あら。わざわざご丁寧にどうも」

 

 笑顔を顔に張りつけたように、狂三は応じた。

 薫は続ける。

 

「毎日、朝と夜に服用してください。傷の治療の際、体への負担を和らげる効能があります」

「あらあら。ご丁寧に」

 

 狂三はスカートのすそを摘まみ上げる。

 薫の手から薬を受け取った狂三は、そのまま彼に背を向ける。

 

「ま、待って!」

 

 彼女が去ろうとしている気配を感じたハルトは、慌てて彼女を呼び止める。

 

「君が、戦ってでも叶えたい願いって……何なの?」

 

 ハルトの問いに、狂三は静かに振り返る。顔を歪め、背中を大きく反らした彼女の前髪がふわりと揺れ、その金色の眼がハルトを睨んだ。

 

「きひっ、きひひひひひひっ!」

 

 独特な高笑いをする狂三。彼女はそのまま、右手を口元にあてた。

 

「昨日も言った通り、見滝原という牢獄では決して叶うことのない願いですわ」

「あの方って言ってたよね。それって……」

 

 本来の世界に、会いたい人がいるってこと?

 そう聞きださなければならないはずなのに、その言葉が出てこなかった。

 狂三は怪鳥の爆破片を拾い上げ、足踏みをする。

 

「それではウィザード。また、遠くないうちに会いましょう?」

 

 その時、狂三の周囲だけが夜となる。

 暗い影が彼女の足元と周囲を包み、彼女の体が沈んでいく。

 

「わたくしと貴方がたの道が混じらることは決してない……決して」

 

 それだけを言い残し、狂三の姿が影の中に落ちていった。やがて影が消え去った時には、最初から狂三はそこにいなかったかのように、影も形もなくなっていた。

 

「……」

「ハルトさん、大丈夫?」

「うん。平気。それよりアンチ君のムーンキャンサー探しを続けよう。相変わらず何を探しているのかさっぱり見当つかないけど」

「探すのは私が引き受けましょう」

 

 薫が手を上げて制した。

 

「え……いいんですか?」

「ええ。君たちはこの地(見滝原南)の者ではない。これ以上、この地で苦労を負うことはないでしょう」

「でも……」

「仮に今日見つからなかったとしても、五時ごろにはこの少年を家に帰しましょう。……参加者でもあり、見滝原の人間でもある君たちがここにいてはならない」

「ハルトさん」

 

 それでもと言い張ろうとするハルトの袖を、響が引っ張った。

 

「大丈夫だよ。お医者さんを信用しよう?」

「信用していないわけじゃないよ。ただ……アンチ君だけじゃなくて、蒼井晶のこともあるし……」

「わたしも蒼井晶……ちゃん? のことは心配だけど、少なくとも狂三ちゃんは、今は戦うつもりはないんだし……色々立て直した後、またあらためて来ようよ」

「……分かった」

 

 渋々ながら。

 マシンウィンガーに跨ったハルトは、響を乗せて、ハイウェイに乗り込み、見滝原本土に戻っていった。

 

 

 

 ムーンキャンサー。

 薫がゆっくりとその後に続いてくる気配を感じながら、アンチは見滝原南のあちこちを探し回っていた。

 ゴミ箱を漁り、廃墟の中を巡り。

 ハルトたちと約束した夕方近くになっても、ムーンキャンサーは見つからなかった。

 

「そろそろ時間だ」

 

 サングラスを外さないままの薫が告げた。

 

「この辺りで切り上げようか」

「だが……俺はムーンキャンサーを探すために生まれた。見つけないと……」

「むう……」

 

 アンチの言葉に、薫は喉を唸らせた。

 その時。

 

「やあ。アンチ君」

 

 その声に、アンチと薫は動きを止めた。

 振り向けば、そこには___道化がいた。

 左右を白と黒に分かれた服を着用し、髪には蒼いメッシュが走っている。にやりと笑みを顔に張りつけた彼は、右手に風船を持ちながらアンチへ手を振っていた。

 

「知り合いか?」

「……お前は……」

「おや? 忘れちゃったのかい? 私だよ、霧崎だ」

 

 霧崎と名乗った彼は、胸に手を当てながら屈みこんだ。

 アンチは彼を見て、反射的に薫の背後に隠れる。それを見た薫は、静かに尋ねる。

 

「保護者という訳ではなさそうだが……?」

「ひどいなあ……私はれっきとした、その子の保護者ですよ?」

 

 霧崎はにやにやと笑みを絶やさない。風船を持った手を放し、彼が持っていた赤い風船が飛んで行く。その中で、彼は懐から蒼い棒状のものを取り出した。

 彼はその端に仕組まれているスイッチを押した。

 すると、棒状のそれは左右に展開される。中心にほどこされていた金色の十字が解き放たれ、そのベネチアンマスクが姿を現わす。

 それを頭に付けた男。すると、ベネチアンマスクから蒼い闇が溢れ出し、道化としての霧崎の姿を作り変えていった。

 銀の異星人の顔に、闇の仮面を張りつけたそれは。

 

「トレギア……」

 

 アンチは後ずさる。

 トレギアという名前を数回口に含んだ薫は、アンチの前に立った。

 

「この気配……サーヴァント、参加者か」

「ええ」

 

 トレギアはクスクスとほほ笑む。

 

「その反応を察するに、貴方も聖杯戦争の関係者のようだ。まあ、今回はその子を渡してくれれば見逃してあげますよ?」

 

 トレギアは腰で手を組みながら言った。

 薫は静かにサングラスを外し、胸ポケットに収納した。

 

「他人の家庭事情に口を挟む気はないが……君は少し、信用できない」

「ひどいなあ……」

 

 トレギアはクスクスと笑いながら、体を歪める。即座に彼は右手を薫に向け、手から蒼い閃光がアンチへ迫っていく。

 だが。

 

「変身」

 

 薫は即座に緑の光を全身に宿らせる。

 人間としての身体を全く別の有機物に作り変えていくそれは、やがて光と闇の神の戦いにより、人間に与えられた超能力、アナザーアギトへ生まれ変わらせていく。

 変身終了、即座にアナザーアギトが繰り出した緑のアサルトパンチにより、蒼い雷が弾け飛ぶ。

 

「へえ……」

 

 アナザーアギトの姿を吟味しているトレギアは、やがて顎を撫でた。

 

「なるほど。処刑人かな」

「捨てた名だ」

 

 アナザーアギトは身構えながら応える。

 

「だが、君がもしこの少年に危害を加えるのならば、私も手加減するつもりはない」

「へえ……なら、処刑人。この私を処刑してみなよ。それが、君のルールだろう?」

 

 トレギアはそう言って、蒼い閃光を放った。

 アナザーアギトはアンチを抱え、回避する。被弾箇所が弾け跳び、石片がアンチの頬を切った。

 

「逃げなさい」

 

 アナザーアギトはアンチを下ろして言いつける。

 

「……お前は?」

「君が逃げる時間くらいは稼ごう」

 

 アナザーアギトはそして、右腕を突き立てる。

 トレギアはしばらく顎を掻きむしり、アナザーアギトを指差した。

 

「君も物好きだねえ。ただの怪物を守ろうとするなんて」

「私はもともと死んだ身だ。ならば、今を生きる者のための力になるべきだろう」

「へえ……」

 

 トレギアは肩を鳴らしながら、その右手に赤い雷を迸らせた。

 トレラアルティガイザー。これまで数々の命を奪い、これからもそれを続ける予定の技ア。その構えを解くことなく、トレギアは尋ねた。

 

「処刑人が、ただの怪獣を庇おうとするのかい? 随分と物好きじゃないか」

「……ふん」

 

 アナザーアギトが、その異形の顔の下でほほ笑んだ。

 そして、今まさにトレギアの手から闇の光線が放たれようと、腕を動かした時。

 

「……おいおい……出てきちゃうのかい……?」

 

 突如として、トレギアは腕の閃光を収めた。

 トレギアは続けて、その名前を口にした。

 

「まだ君の出番じゃないんだけどなあ……

___ムーンキャンサー___」

 

 ムーンキャンサー。

 その名前に、アンチはじっとその視線をトレギアの目線の先に移す。

 瓦礫の影からのっそりと現れた、蝸牛を思わせる軟体。その背中には、これまた蝸牛に似た甲羅を背負っており、つぶらな瞳を持つ顔付きから可愛らしさを想起させた。

 

「あれが……ムーンキャンサー……」

 

 あんなものを探していたのか、とアンチは心の中で呟いた。

 ムーンキャンサーは顔を上げてトレギア、アナザーアギト、そしてアンチの順番で姿を確認していく。やがて何を思ったのか、ムーンキャンサーは、その触手を縦横無尽に振り回しはじめた。

 アンチとアナザーアギトどころか、トレギアまで巻き込むその攻撃に、全員は被弾、それぞれがダメージを負った。

 

「ぐっ……」

「へえ……」

 

 トレギアは、傷を負った右腕を撫でながらムーンキャンサーを見つめていた。

 

「やはり凄いね……これでまだ成長途中だというのだから、本当に末恐ろしいものだよ」

「むぅ……」

 

 ムーンキャンサーは、当面の敵としてアナザーアギトを選んだ。無数の触手を一束にして放つ。

 それに対してアナザーアギトは手刀を振り下ろし、それを地面に叩き落とした。大きく地面ではねた触手の束を、即座にアナザーアギトはまとめて掴む。

 

「むううううっ!」

 

 アナザーアギトはその剛腕をもってムーンキャンサーを触手から引き上げ、そのまま投げ飛ばす。身動きが取れない空中へ放られたムーンキャンサーを見上げたアンチは、アナザーアギトの顔に付いているクラッシャーが引き上げられたことに気付いた。

 構えると同時に、アナザーアギトの足に集約されていく緑色のエネルギー。全て吸収しきったところで、アナザーアギトは飛び上がり、蹴りを放つ。

 怪鳥を倒したほどの力を持つアサルトキック。

 だがそれは、ムーンキャンサーに届くことはなかった。

 触手を翼のように広げ、その間に淡い色の幕を張る。まるで水の中にいるかのように揺れ動くそれは、夕陽を反射して虹色の光を反射している。

 途端に上昇し、ムーンキャンサーはアサルトキックの軌道から逸れた。

 さらに、ムーンキャンサーはその口をアナザーアギトの背中に向ける。

 先ほど怪鳥が見せたものと同じ、超音波メスが吐き出された。それはアナザーアギトの背中を直撃し、赤い血しぶきを散らす。

 そのまま、ムーンキャンサーは空を泳ぐ。落下中のアナザーアギトのバランスを崩し、何度もその体でアナザーアギトの体を切り裂いていく。

 

「ぐおおおっ!」

 

 アナザーアギトの悲鳴、その直上より黄色の光線を放つ。

 そのまま切り裂かれ、地面に落下、大きな土煙を舞い上げたアナザーアギト。

 アンチは助けに行こうとするが、その前にトレギアが立ちはだかった。

 

「っ!」

「おいおい。そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。何も取って食おうというわけじゃないんだ。ムーンキャンサーを見つけたんだ。もうマスターのもとに戻ってもいいんじゃないか?」

「……っ!」

 

 息を呑むアンチ。

 トレギアの手が、徐々にアンチの顔に覆いかぶさろうとして迫る。逃げられないアンチは、ただトレギアの手に掴まれる時を待つしかない。

 だが。

 

「とうっ!」

 

 トレギアの背後から、緑のアサルトキックが襲い来る。

 トレギアは蒼の閃光を鞭のように振るい、アサルトキックを振り落とす。

 地面に落ちたアナザーアギトの胸を、トレギアは踏みつけた。

 

「はははっ! 終わりだ……」

「やめろおおおおおっ!」

 

 だが、叫んだアンチがトレギアの腰にしがみつく。

 紫の光とともに巨大な怪物となったアンチは、そのままアナザーアギトから退かせ、拳を振るった。

 

「おいおい……邪魔しないでくれよ、アンチ君」

「お前、なぜここに?」

「別に。私もムーンキャンサーを探すように命令されたんだよ。まあ、君が予想以上に役立たずだろうなとは思ったが」

 

 トレギアは、即座にアンチへ蒼い雷光、トレラアルティガを放つ。その巨体に命中され、アンチの体が爆発。生身で投げ出されたアンチへ、トレギアはトドメを刺そうと蒼い闇を溢れ出させる。

 だが、即座にアナザーアギトがその腕を掴み、上へ向けさせる。

 暴発したトレラアルティガイザーは、そのまま上空に漂うムーンキャンサーに命中。その軟体を爆発させ、そのまま瓦礫の中へ落ちていった。

 そのまま、アナザーアギトとトレギアは組み合う。

 だが、怪鳥、ムーンキャンサーに続いて、トレギアとの戦闘。しかも、近接特化のアナザーアギトにとって、トレギアは難しい相手である。

 体を反らしてアナザーアギトの回し蹴りを避けたところで、蒼い雷がアナザーアギトの体を貫く。

 地面を引きづられたアナザーアギトは、アンチの前で動きを止めた。

 

「……君が、なぜムーンキャンサーを探していたのか、その理由を問いただすつもりはない」

 

 アナザーアギトは、静かにアンチへ振り向いた。

 立派にたなびいていた彼のマフラーもズタズタに引き裂かれており、あちらこちらも傷だらけである。彼はもう、立っていることすら難しいはずである。

 だが、アナザーアギトはそれでも、アンチへ語ることを辞めなかった。

 

「君は、ムーンキャンサー……あの化け物を探すために生まれたと言っていたな」

「ああ。俺は怪獣だ……ムーンキャンサーを探すために生まれたんだ」

「ああ。だが、それを行うのは君自身でしかない」

 

 すでにアナザーアギトの目には、もう光はない。

 

「例え君がどんな境遇であろうとも……どんな出自であろうとも……それを決めるのは、君自身だ。可能性を狭めるのも、広めるのも……全て……自分自身だ」

 

 アナザーアギトがそこまで言ったところで、彼の口から血が吐き出された。

 緑のボディを赤く染め上げていくそれに、アンチは思わず顔を伏せる。

 アナザーアギトの胸を貫通する、トレギアの腕。だが、それでもアナザーアギトは言葉を紡ぐのを止めない。

 

「だから……君は……自分の意思で……生き___

 

 それ以上の声を、アンチは聞き取れなかった。

 アナザーアギトの体が、緑の粒子となって消えていく。

 

「あっ……」

 

 アンチは思わず、アナザーアギトへ手を伸ばした。だが、アナザーアギトに手が届くよりも先に、バッタを思わせる異形の形は消失していった。

 

「おいおい……何を言っていたんだか……」

 

 トレギアは、アナザーアギトを貫いた腕を振った。

 やがてトレギアは、改めてアンチを睨んだ。

 

「さあ……次は君だ。人と触れ合いすぎた怪獣には禄なことがないと相場が決まっているからね」

 

 トレギアの赤い眼が光り、光線が放たれる。

 アンチは両腕で顔を守りながら、その身を転がし、赤い光線から逃げる。急いで起き上がり、トレギアの次の動きに備えようとするが、アンチの目の前にあるのは虚空だけ。

 

「おや。誰を探しているのかな?」

 

 突如として、顎を撫でられる感触。

 

「しまっ……!」

 

 振り向いたがもう遅い。

 背後のトレギアの爪より発せられた赤い刃が、至近距離でアンチの体を切り裂いた。

 

「ぐああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 とくに、アンチの右目。瞼の上から強烈に与えられた痛みに、アンチは悲鳴を上げた。

 そのまま崩れたアンチへ、トレギアが手心を加えるはずもない。

 

「終わりだ。トレラアルティガイザー」

 

 トレギアの両手に、蒼い雷が閃く。

 この状態で、それを食らえば命はない。

 アンチは急いで立ち上がり、慌てて逃げ出す。

 

「くそおおおおおおっ!」

 

 アンチが自らに発破をかけた。

 怪獣としての身体能力は、たとえ重傷を負っていようと、人智を越えた運動性能を保証する。三画跳びの要領で壁を伝い、建物の上へ上昇。そのままアンチは、一目散に見滝原南の地を離れていった。

 

 

 

「ふうん……まあいいか」

 

 トレギアは自らの仮面に手を取る。

 外すと同時に、ピエロ___霧崎の姿に戻っていく。ムーンキャンサーへ振り返りながら、板チョコを取り出す。

 

「さて。ムーンキャンサーも見つけたことだし、どうしたものかな……」

 

 板チョコの包みを取り払い、霧崎はポリポリと板チョコを頬張りだした。

 やがて包み紙を投げ捨てた霧崎は、にやりと笑みを浮かべた。

 

「そうだ……」

 

 夕陽が西の空に沈み、赤い空が暗くなる。

 闇に染まっていく空間の中で、霧崎の笑みは、より影が濃くなり。

 その足元に広がるシルエットは、トレギアのまま変わりなかった。




ちなみにムーンキャンサーは原作ではこの段階で戦っていないので、姿と設定からの設定です


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勇者部活動

「真司さ~ん!」

 

 見滝原の奥の方には、大きな山が広がっている。

 以前ハルトたちが戦い、山火事になってしまった箇所があるようだが、その近辺ならば、まだまだ遊歩道などがある。

 三月という季節なのも相まって、あちこちで桜が咲き始めている。そんな美しい場所に、城戸真司(きどしんじ)は同居人とやってきていた。

 だが。

 

「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ……」

 

 真司は息を上げながら、見滝原の山道を見上げた。

 小川の傍の桜道は確かに美しいが、今はそれ以上に険しさが真司を襲う。

 

「真司さん! 大丈夫?」

 

 そんな真司に駆け寄って来る、花のような明るい表情を見せる少女。

 結城友奈(ゆうきゆうな)

 真司とともに生活している、自身の半分くらいの年齢の少女は、膝を曲げた真司と顔の高さを合わせた。

 

「さ、最近、運動不足だから、山登りも、一苦労だぜ……」

「大丈夫! なせば大抵何とかなる! ほら真司さん! もうちょっと頑張ろう!」

 

 友奈は真司の手を引き、走り出す。

 

「今日の勇者部は、山でのごみ掃除のお手伝いだよ! このあと頑張らなきゃだから、ここでへばっていられないよ!」

 

 友奈はそう言って、真司に手を伸ばす。

 

「分かってるけど……っていうか、すごいよな勇者部……」

 

 真司は彼女の手を握り返し、そのまま引っ張ってもらった。体の重心が歩くのには不適切な箇所に移動するのを感じながら、真司は友奈から視線を逸らす。

 山間いから一望できる、見滝原の街並み。

 見滝原の街並みを眺めながら、真司は両手で伸びをする。

 

「あっ……! こ、腰が……!」

「真司さん、大丈夫?」

「あ、ああ……何とか」

 

 だが、

 

 

「ふう……!」

 

 汗を拭う友奈。爽やかな表情で

 

「ようやく着いたよ!」

 

 爽やかな声で友奈が指差すその場所。

 見滝原という枠内に辛うじて入るのは、真司と友奈の生存がその証拠となる。

 友奈は真司の顔を覗き込みながら、笑顔を見せた。

 

「すっきりしたね! 真司さん」

「そうだな」

 

 キラキラの笑顔の友奈とは対照的に、真司はげっそりとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「噂?」

「……ああ。すっげえ怖え噂だ」

 

 真司は幽霊を表現するように、両手を顔のそばでぶら下げる。

 

「何でもここ、出る、らしいぜ?」

「……」

 

 それに答えを察したのか、友奈の顔が青くなっていく。

 だが真司は、さっきまでの仕返しにとばかりに話を続けた。

 

「バイト先の友達から聞いたんだけどよ。満月の日の夜十二時、ここに来ると、あるはずのない人形が……」

「わわわわっ! そういうの駄目駄目!」

 

 友奈はそう叫んで、真司の肩を抑える。

 真司はほほ笑みながら、肩を鳴らした。

 

「さて。それで、今日はここで何をするんだ?」

「ゴミ拾いだよ。ほら、山って結構ポイ捨て多いでしょ?」

「ああ、確かにな」

 

 真司は頷いてキャンプ場を見渡した。

 一見するとのどかな緑の広場でも、あちらこちらに風情を台無しにする無機物が放置されている。

 ビニール袋、食品容器、バーベキューセット、エトセトラ……。

 

「確かにこりゃひどいな……」

「で、わたしのバイト先の店長の友達の妹の隣に住んでいる人が、結構自然保護に力を入れているんだって。それでわたし(勇者部)に声がかかったんだよ」

「それってもはやただの他人じゃねえか!」

「時間もそろそろだし、来るんじゃないかな?」

 

 友奈は真司の腕時計を確認する。

 そろそろ太陽が南中する時間に、真司はまた伸びをした。

 そのとき。

 

「にゃー」

「猫だ!」

 

 友奈の声に、真司は振り向いた。

 友奈の視線の先には、じっとと友奈を見つめる猫。

 友奈は「ほーら、こっちおいで~」と手招きをしている。

 猫は「にゃー」とジト目を浮かべてそっぽを向いた。

 

「あれ? おかしいな、来ないよ?」

「猫じゃらしでも使えばいいんじゃないか?」

「うーん、近くにないな……あれ?」

 

 猫は友奈の手に前足を押し当てる。すると、友奈が「わああっ!」と顔を明るくした。

 すぐに猫は友奈から離れ、走っていく。だが、見失うほどの距離を引き離すよりも先に、猫は足を止めて振り向いた。

 

「どうしたんだろ?」

 

 猫はまた、友奈に近づく。数回友奈の周囲を回転したあと、また離れていく。

 

「もしかして、付いてこいって言ってるんじゃないか?」

「そうなの? 猫ちゃん」

 

 友奈の問いかけに、猫は「にゃー」と答えるだけ。

 そして。

 

「待って下さい、チトさん!」

 

 その声が、猫の動きを止めた。

 やがて、山道から、女性が姿を現す。

 

「あ、友奈さん! 遅れてごめんなさい」

 

 山道に適した服装に身を包んだ彼女は、髪に手を当ててほほ笑んだ。

 大人びた印象の強い彼女だが、誤魔化し笑いには幼さを残していた。

 その姿を見て、友奈も彼女に駆け寄った。

 

「ううん! 大丈夫だよ! ほら、ちゃんと手伝ってくれる人も連れてきたし!」

「城戸真司。よろしくな!」

 

 真司の挨拶に、彼女は「はい」と応じた。

 

「この度はありがとうございます。依頼人の木幡真琴(こわたまこと)です」

 

 高校生だろうか。

 まだあどけなさが残る笑顔だったが、随分と大人びた印象を受けた。

 真琴と名乗った少女は、自らの肩に飛び乗った黒猫___チトさんに手を当てた。

 

「こちらはチトさんです。よろしくお願いしますね」

「よろしくな。その猫、すっごい懐いているんだな」

「いえいえ。懐いているとか、そういうわけではないんです」

 

 真琴がそう言うと、チトさんなる猫は、彼女の頭上に飛び乗った。そのまま真司へ「にゃー」と鳴いた。

 

「遅れてごめんなさい、だそうです」

「そこまで言ってること分かんの!?」

「はい。でも、本当に困った山道でしたね。遭難するかと思いました」

そうなん(・・・・)だ……あっ」

 

 発言の直後に、友奈は顔を真っ赤にして自らの口を覆った。

 だが真琴はさほど気にすることもなく、頭上のチトの頭を撫でた。

 

「本当に

 

 

「ここの山道……一本道だったよな?」

「うん。真琴ちゃん、どこで迷ったの?」

「ええ?

 

「ミラーワールドにでも入ってたのか?」

 

 

 

 

 真琴はそう言いながら、持っている手提げ袋からゴミ袋を取り出した。

 

「さあ! それでは早速始めていきましょう!」

「おーっ!」

 

 真琴の宣言に、友奈も高らかに応じた。

 真司も真琴からゴミ袋とゴミ手袋を受け取り、「っしゃあ!」と気合を入れた。

 

「それじゃあ、始めようぜ。……と言ってもどこから始めるかな」

 

 真司はそう言って周囲を見渡す。レジャーとして人気がある登山だけあって、この見滝原山に来る人は多い。だが、人数が多くなれば、それだけ問題も顕在化してくるもの。

 心無い人々が捨てていったゴミが無数に散乱しており、ざっと見ただけでも、とても三人の人手で片付く量ではない。

 だが、真琴は「いえいえ」と手を振った。

 

「そこは問題ありません」

 

 不安げな表情を見せる真司へ、真琴が息を鳴らした。

 

「こういうものを一か所に集める、秘策があるんです!」

「秘策?」

「はい! 実はなんと! 私、魔女なんです!」

「え?」

 

 その単語を聞いて、真司の思考が止まった。知り合いであるはずの友奈もまた、真顔を浮かべている。

 だが、胸を張った真琴は続けた。

 

「私の手にかかれば、このようなごみ掃除なんて、お茶の子さいさいです! ……何ですかチトさん」

 

 チトさんが、真琴へにゃーにゃーと言っている。

 相槌を打っている真琴を見て、真司は思わず尋ねた。

 

「な、なあ。もしかして、猫が何言ってるのか分かるのか?」

「はい。魔女ですから、使い魔の言うことは分かりますよ」

「おお、なんか魔女っぽい!」

 

 友奈が思わず拍手をしている。一方真司の口からは、「ていうか、ここまでやるんなら俺たち必要あったか?」と言う感想だけしか出てこなかった。

 真琴は二人に礼を言って、準備を始める。

 怪しげなナプキンを敷き、チョークで魔法陣を描く。ポーチの中から無数の種類を収めたビンを取り出し、数摘まみずつ指定した場所に配置していく。

 季節に似合わない黒いローブを羽織った彼女は。

 

「なんかますます魔女っぽいね!」

「俺たちの知り合いの魔法使いはエセっぽく思えてきたぜ!」

 

 この時、見滝原のどこかで、真司たちの知り合いのエセ魔法使いはくしゃみをした。

 そして、目の前の本物の魔女は薬品と薬品を調合し始める。

 

「これ、どっちかって言うと化学実験じゃね……?」

「魔法の力ってすごい!」

「俺たちのすぐ近くにも魔法使いいるけどな」

「そうなんですか!?」

 

 薬品を調合している最中の真琴が振り返った。

 

「うん! 魔法使う時、すっごい変な音で歌うんだよ!」

「歌って魔法を使えるんですか? すごいです! お姉ちゃんからはそんな魔法聞いたことないです」

「あれってなんで魔法使えるんだろうな」

「後日、是非会わせて下さい!」

 

 目をキラキラさせながら、真琴が真司に顔を寄せた。

 真司は了承して、彼女の背後の薬品に目をやった。

 途端、調合中の薬品の色合いが一転して紫となった瞬間を目撃してしまった。

 

「わわっ! 真琴ちゃん真琴ちゃん! 前! 前見て! 薬がっ!」

「ほえ?」

 

 とぼけた表情の真琴が、紫になった薬を見て真っ青になった。

 

「はわわわっ!」

 

 慌て出した真琴は、懐から布を取り出し、煙を煽る。

 

「いけませんいけません! このままだと……」

「このままだと?」

「色んな虫が湧いてくるんです!」

「何でそんなデメリットあるやつを使った!?」

 

 真司が悲鳴を上げている間にも、まさにそのデメリットが発生していた。

 山というだけあって、無数の虫たちがその姿を現わす。

 緑で覆われた芝を染め上げていくような虫の大群は、そのまま何を目的としているのか、魔女の薬品に群がっていく。

 

「に、逃げて下さい!」

「うわああああああああああっ!」

「わあああああああああああっ!」

 

 真司と友奈は声を重ねて悲鳴を上げた。

 何とか虫たちから逃げ切り(その際真琴が用意した薬品類はすべて持っていかれた)、踏み荒らされた芝生だけが残された。

 

「……し、失敗しちゃいました」

「これ、結局魔法とか使わないで普通に片付けた方が速かったんじゃない?」

「言わないでください……!」

 

 真琴は目を瞑って耳を塞いだ。

 

「まあまあ。ほら、普通のごみ袋持ってきたから。やっぱり人の手でやってこそのゴミ掃除だろ!」

 

 真司はそう言って、リュックから持ってきたゴミ袋を取り出す。友奈と真琴にそれぞれ渡し、右手を掲げた。

 

「よおし! やるか!」

「お、おお!」

「挽回します……!」

 

 友奈と真琴も、それぞれ気合を入れてゴミを集めに山の中へ繰り出していったのだ。




真司「よし……この辺は結構片付いたな」
真琴「ええ。ありがとうございます」
真司「にしても魔法なんてすごかったな。いつもあんなのやってるのか?」
真琴「はい。まだ見習いなんです。みなさん、色んなところで修行しているんですよ」
真司「そうなんだ……結構いるのか?」
真琴「もう数も少なくなっていますけど、いますよ」
真司「そうだよ、こういうのだよ魔法使いってのは! ハルトみたいなトンチキ詠唱より、もっと神秘的な奴だよ!」
真琴「お、お知り合いの魔法使いの方がどんな方かは分かりませんけど……そんな変な魔法なんですか?」
真司「もう、シャバシャバ言うんだぜ」
真琴「シャバシャバですか……?」
真司「……なあ、魔法使いって、沢山いるんだよな? あ、真琴ちゃんの界隈の魔法使いな」
真琴「ええ。さっきも言いましたけど、あちこちにいますよ」
真司「それで俺たちが知らないってことは、もしかして魔女って存在は、秘密にされてるのか?」
真琴「そうですね。魔女は、家族や親戚といった関係者以外には……( ゚д゚)ハッ!」
真司「おいおい今更かよ! 大丈夫か? 俺たち、消されちゃったりしないか?」
真琴「だだ、大丈夫です! 多分……」



___シャンランランラン 空を 飛んでこの街を見渡すの みんなといると違って見える 不思議なくらいに___



真琴「そんな私たち魔女の生活を描いた、ふらいんぐうぃっちです」
真司「2016年の4月から6月放送のアニメだぜ」
真琴「青森県弘前市を舞台に、多種多様な魔法使いや魔女さんたち、他にも色んな人との生活を繰り広げています」
真司「毎回毎回不審者が出てくるのなんだこれ……ていうか、今回は箒に乗らないんだね」
真琴「あれ股に食い込んで痛いんですよ」
真司「抑えない抑えない。……あれ? 友奈ちゃん? 友奈ちゃん、どこ行った?」


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いらない

「ほいほいっと!」

 

 缶や菓子袋といったゴミ類を次々と入れていく友奈。軽やかな動きで、次々と回収していく。トングを駆使し、ビニール袋がどんどんゴミの見本市となっていった。

 周辺が粗方片付いたところで、友奈は「ふう」と汗を拭った。

 そして、気付いた。

 

「……あれ?」

 

 さっきまでの芝生だらけの場所だったのに、いつの間にか斜面に来ている。

 ゴミ掃除に夢中で気付かなかったようだ。

 夕陽が差し込めないほどの密林に場所を移しており、真司や真琴の姿は友奈の視界にはいない。

 

「うーん、夢中になって遭難するところだった……早く戻らないと」

 

 まだやって来た道は分かる。

 背を向けて元の場所に戻ろうとすると、すぐ近の物音に足を止めた。

 友奈以外の何者かが、草木を踏み潰す音。

 

「どこ……? どこにいるの……?」

 

 その正体は、友奈から数メートル離れたところにあった。

 友奈よりも少し年上らしき、眼鏡をかけた少女。春先だというのに、その服装は室内に引きこもっているような印象を与えた。彼女の表情に笑顔はなく、むしろやつれているようにも見える。目の光も、まるで何も見ていないようで、それでもその足取りは間違いなくどこか一点を目指していた。

 

「どこ……? ムーンキャンサー……? どこにいるの……?」

 

 何度も何度も右へ左へ。やがて木の根に足を躓かせ、少女はその場に倒れ込んだ。

 

「ああっ!」

 

 友奈は思わず駆け寄る。ゴミ袋を近くの木に置いて、少女の肩に手を置いた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「うるさい……!」

 

 少女は友奈の顔を見ることなく突き飛ばす。だが、ほとんど日光など浴びていなさそうなその白い腕では、無数に活動を続けてきた友奈の体を動かすことは適わない。

 目の下に隈を作り、血走った目で友奈を睨みつけている少女。頬は痩せこけており、肌も白い。埃によって塗り潰された眼鏡も相まって、彼女はまさに不健康という単語が服を着て歩いているようだった。

 

「放っておいて」

 

 少女は冷たく言い放ち、そのまま歩き去ろうとしている。山道を外れ、雑木林の中に入ろうとする彼女を見て、友奈は慌てて追いかける。

 

「待って! 山道の外は危ないよ!」

 

 友奈はジャンプして草木を飛び越え、少女の前に回り込む。だが、その勢い余って、友奈は転倒してしまった。

 

「痛っ!」

「……うざ」

 

 友奈を見下ろす眼鏡の少女。彼女は目を細め、そのまま先に行こうとしている。

 

「あっ! だから待ってって!」

 

 友奈は慌てて追いかける。服に張り付いた草木を払いながら、眼鏡の少女を掴まえようと手を伸ばす。

 だが、それを払いのけた少女は、そのまま道なき道を進んでいく。

 

「それはダメだよ! 山道は危ないんだよ! ちゃんと道順を守って!」

「……」

「ちゃんと準備もして、アレコレ用意しないと!」

「うるさい」

 

 吐き捨てた少女は、そのまま山の奥へ進もうとする。だが、それで放っておくことはできない。

 その時。

 

「アンチ君……?」

 

 少女は足を止めた。

 彼女の目線の先から、木陰から紫のローブが姿を現した。

 少女よりも、友奈よりもさらに背が低いその身長。

 アンチ、と呼んでいいのだろうか。彼は、目深に被ったローブで少女を見つめていた。

 少女はため息をついて、少年に近づく。

 

「何? ムーンキャンサーは見つかったの?」

 

 少女の問いに、アンチは大股で少女へ近づいていく。

 

「助けに来た」

「……はあ?」

 

 少女は顔を歪める。

 アンチは続ける。

 

「ムーンキャンサーを見つけた」

「えっ!」

 

 その一言に、少女は表情を明るくする。

 だが、続くアンチの言葉に即座に暗くなった。

 

「だが、アイツをお前にはもう合わせない。アイツは危険だ」

 

 少年はそう言って、フードを脱いだ。

 白い髪に友奈の目が奪われるのはほんの一瞬。彼の顔を見て、友奈は口を覆った。

 

「あっ!」

 

 右目に強烈なまでに存在感を走らせる傷跡。大きく彼の世界の半分を潰したその傷に、友奈は思わず口を覆った。

 

「君……目が……っ!」

「どうしたのそれ」

「トレギアにやられた。それにムーンキャンサー……アイツは危ない。だから……!」

 

 アンチがそこまで言った瞬間、少女はアンチへスマホを投げつける。

 全く抵抗しない少年の顔面に、平面の機械が殴りつけられた。

 

「ちょっと待って!」

 

 少年を無視して進もうとする少女の前に、友奈は立ち塞がる。

 

「そういうの、良くないよ!」

 

 友奈はスマホを拾い上げて、少女に押し付ける。

 

「はい,! ちゃんとこの子に謝って!」

「……ほんっと何こいつ」

 

 少女は不機嫌な顔を隠そうともせず、友奈を睨む。友奈の手からスマホを引ったくり、友奈の肩を押し飛ばす。

 だが、友奈は引き下がることもなく食い下がった。

 

「物を投げるのも、人を傷つけるのもいけないことだよ! だから、謝って! ね、君も痛かったでしょ?」

「俺は……」

「どうでもいい! そいつ、もういらない!」

「いらないって……」

 

 その言葉に、友奈は唖然とした。

 

「弟でしょ? 何でそんなこと言えるの!?」

「弟じゃない! こんな失敗作の怪獣なんて!」

 

 少女は友奈を突き飛ばし、アンチの肩を押し飛ばす。

 転がっていったアンチは、そのまま少し斜面を落ちていく。木の幹に激突し、ようやく止まった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 友奈はアンチを助け起こす。だが、痛みに顔を歪めるアンチは右腕を抑えている。友奈はローブをめくり、腫れあがったアンチの腕を撫でた。

 

「ひどい……なんでこんなことをするの!」

「うるさい! そいつが欲しいなら上げるよ!」

「待て! 新条アカネ! うっ……」

 

 追いかけようとするアンチだが、腕の痛みに体勢を崩した。

 新条アカネ。

 思わずアンチの口から現れたその名前が、友奈の口に反芻された。

 

「もう……消えて!」

 

 アカネはまた、スマホを振り上げる。またしてもアンチに投げつけられるが、今度は友奈がそれをキャッチ。

 

「消えてって……何でそんなことを言うの!?」

 

 友奈は目を大きく見開いてアカネの両肩を掴む。

 

「アンチ君とどんな関係かは知らないけど、家族でも友達でも、消えてとか、いらないとか……」

「さっきから五月蠅い! 何なのアンタ!」

 

 アカネが両肩にかかった友奈の腕を振り落とし、そのまま突き飛ばす。

 何度も同じ手を食らわないよう、友奈はあらかじめ腰に力を入れておいた。

 武術によって鍛えられた体幹は、アカネの突き飛ばしを反作用によって跳ね返し、逆に彼女がしりもちをついた。

 

「あ、大丈夫?」

 

 思わず友奈は手を伸ばした。

 そのまま、アカネが手を掴んでくれれば引っ張り上げようとしていたが、アカネは逆に友奈の手を叩き払った。

 

「えっ……!?」

「……殺す……!」

 

 今の転倒で、アカネの眼鏡が外れている。

 裸眼で見る彼女の表情には、怒りが込められていた。

 そして、それ以上に、友奈はショックを受けていた。

 今叩かれた彼女の腕。色白の肌色のはずなのに、黒い紋様が刻まれているように見えたのだ。目の錯覚だと。そう、思いたかったのに。

 冷たい目をした少女は自力で立ち上がり、静かに右手を付きだした。ゆっくりと袖が落ち。

 彼女の右手に、改めて、黒い刺青がその姿を現した。

 どこか、ベネチアンマスクを連想させる模様。それを見た途端、友奈は反射的にその名前を口走った。

 

「れ……令呪っ!?」

「……トレギアッ!」

 

 アカネが叫ぶ。

 令呪。それは、聖杯戦争の参加者にのみ所有を許された、呪いの紋章。三画ある令呪、その一画が蒼い光とともに消失。その魔力が消費され、発動していく。

 すると、蒼い闇が彼女の背後から突きあがって来た。

 あたかも柱のように高く、竜巻のように渦を巻き。

 やがて、その中心に赤い眼が輝く。

 そして、闇を切り裂き現れたのは。

 

「あなたは……トレギアっ!」

 

 その姿に友奈は叫んだ。

 フェイカーのサーヴァント、ウルトラマントレギア。

 闇の仮面が特徴の彼は、友奈の姿を見下ろす。

 

「やあ、セイヴァー……何の用だい? マスター」

 

 マスター。

 その言葉から、友奈はさらにぞっとした。

 これまで幾度となく友奈たち___友奈自身が実際に対面したのは一度だけだが___を苦しめてきたサーヴァント。今、令呪を使って彼が呼び出されたということは。

 彼女こそが、トレギアのマスターだということになる。

 

「わざわざ貴重な令呪を使ったんだ。よっぽどの要件なんだろう?」

「殺して! アンチを殺して! アンチ君も……そこの生意気な奴も!」

「!」

「へえ……マスターの命令となれば仕方がない。悪く思わないでくれよ!」

 

 命令を受けて、即効性のもつトレギアの雷撃が、友奈を襲う。

 だが。

 それが友奈に辿り着くよりも早く、友奈の前に白い小動物が現れていた。

 牛鬼。

 アカネの追跡を請け負っていた牛鬼が、その体より桃色の花の形をした防壁を張っていた。トレギアの雷撃を霧散させ、そのまま友奈と並び立つ。

 

「行くよ、牛鬼!」

 

 友奈は即座に、スマホに表示されたボタンを押す。すると、友奈のスマホから無数の花びらが舞い上がり、山一面を彩った。

 もともと周囲にある桜の景色に、さらなる桃色の花びらが増えていく。この場を写真に収めれば、友奈本来の美しさも相まって、きっと絵画のような芸術になれただろう。

 そして。

 ウインクを合図に、友奈の姿が変わっていく。桃色の花びらが重なり、やがて白く染まっていく。友奈の髪形も大きく伸び、長く桃色のポニーテールとなっていく。最後に前髪に髪留めが付けられ、その変身は完了する。

 

「讃州中学二年勇者部、結城友奈! 行きます!」

 

 花びらが舞い散る中、友奈は跳び上がる。

 体を回転させながら、トレギアへ裏拳を叩き込む。

 トレギアは背中を曲げてそれを避ける。

 

「おいおい……前に戦った時に学んでいないのかい? キミの攻撃は私に届かない」

「そんなことない! なせば大抵なんとかなる!」

「ふうん……アレが聖杯戦争の参加者……」

 

 眼鏡を着けなおしたアカネから光のない目で見られながらも、友奈は武術を駆使し、トレギアの腕を弾き上げ、裏拳を見舞った。

 だが、友奈の攻撃一つ一つをトレギアは柔軟に回避する。さらに、トレラアルティガで友奈を引き離し、怯んだところに爪で空間を赤く切り裂く技、トレラテムノーを放つ。

 友奈の腕から桃色の防壁が発生したが、トレギアの斬撃は障壁を貫通し、友奈の体から火花を散らした。

 その勢いにより、友奈は森から突き飛ばされ、遊歩道に転がり出た。

 休日の散歩道。人が少ないはずもなく、周囲の人々の注目は一瞬で友奈に集まった。

 さらに、頭上に追撃してきたトレギア。彼は容赦なく蒼い雷撃を溜め込み、放った。

 

「いけない!」

 

 雷という、不規則な動きを持つそれ。周辺に桜の形をしたバリアを張り、周囲の人々の被弾を防いだ。

 代わりに、自らの防御が疎かになる。反射された雷、そして直接友奈を狙った雷。

 二つは友奈の体の各所を貫通し、焼き焦がす。

 

「ぐっ!」

 

 痛みに顔を歪め、バリアが消える。

 

「逃げて! ……皆!」

 

 友奈の声に、人々は蜘蛛を散らすように逃げていく。

 

「どいつもこいつも自分よりも人をと……」

 

 トレギアは顎を掻きむしりながら、友奈を見下ろす。

 

「イライラする……!」

 

 そして、トレギアは友奈へ急降下してきた。

 友奈は身構え、前に踏み出す。腰の入ったパンチでトレギアを迎え撃つ。

 だが、トレギアはストレートの友奈の拳を掻い潜り、その首を掴み、上空へ連れて行った。

 

「しまっ……!」

「前の時にも分かっていただろう? 君とランサーの二人がかりでも、私には勝てないと」

 

 友奈はバタバタと蹴って抵抗する。

 だが体格差から、友奈の蹴りはトレギアに届かない。

 さらに、トレギアは友奈を締め上げるのは右手だけで、左手から蒼い雷撃が放たれた。

 

「ぐあああああああっ!」

 

 至近距離からの雷撃が、友奈の全身から火花を散らす。

 ようやく、雷撃が収まった。

 友奈の全身を焼き焦がすトレギアの腕を再び掴み、引き離させようとする。だが、またすさかずトレギアはほぼゼロ距離の雷撃を友奈の全身に浴びせ、友奈の体は今度こそ力が抜けた。

 

「あっ……!」

「終わりだ。セイヴァー……」

 

 そして、トレギアはゆっくりと右手を離す。

 重力に捕らわれ、友奈の体が落下していく。さらに、追撃として放たれるトレラアルティガイザーが、友奈を地面に加速していく。

 

「ぐっ……あああああああああっ!」

 

 友奈は発破をかけ、落ちながらも両腕を突き出す。より大きく張られた桃色の防壁。だがそれでも、トレラアルティガイザーの威力は絶大。桃色の防壁を越えて、友奈に与えられるダメージは大きかった。

 そのまま、強い勢いで地面に激突した友奈。その体は隕石のように加速し、山の斜面にクレーターを刻み込んだ。

 

「あがっ……!」

 

 友奈の纏う勇者システムごと、その体内器官に衝撃を与えたそれは、友奈の変身を解除させ、動きさえ難しくなっていった。

 牛鬼も友奈の隣で横たわっており、全身をべったりと地面に投げ出していた。

 

「牛鬼……!」

 

 体を動かすだけでも痛い。

 そして頭上では、すでに二度目のトレラアルティガイザーの発射準備を整えたトレギア。生身の友奈がそれを受ければ、間違いなく命はない。

 そして。

 

「________」

 

 突如、上空より響いてくる龍の咆哮。

 同時に、赤い影が、友奈の盾となり、トレラアルティガイザーを受けきった。

 そのまま地面に落ちたものの、赤い影は再び天空へ舞い上がる。

 この世界には、明らかに不似合いなそれ。

 その名は。

 

「ドラグレッダー!」

 

 無双龍ドラグレッダー。

 なめらかな動きをしながらトレギアへ威嚇する赤い龍。

 そして。

 

「友奈ちゃん!」

 

 その姿を見て、友奈は顔を輝かせた。

 城戸真司が、友奈の前に駆け付けてきたのだ。



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吠え猛る山

「友奈ちゃん!」

 

 その声は、友奈にとっては僥倖だった。

 赤い龍。金色の眼差しと炎のような赤い胴体は、うねりながらトレギアの前に立ちはだかった。

 そして。

 ドラグレッダーとともに現れた、青いダウンジャケットを着た青年。

 城戸真司。

 

「友奈ちゃん、大丈夫?」

「う、うん……!」

 

 彼に助け起こされた友奈は、顔を輝かせる。

 真司は頷いて、トレギアへ向き直った。

 

「お前……トレギアっ!?」

「やあ、ライダー」

 

 トレギアは真司を指差す。いやらしく指を回し、

 

「君もここに来ていたんだね。全く……殺し合いの聖杯戦争に、よくそんなにつるめるね」

「そもそも、こんな戦い間違ってる! だから、俺が……俺たちが止めてやる!」

 

 真司は吐き捨てて、腰から黒い長方形を取り出した。手のひらサイズの小さなそれの中心には、金色の龍の顔をあしらったエンブレムが太陽の光をはね返していた。

 すると、どこからともなく銀のベルトが飛来、真司の腰に装着される。それを一顧だにせず、真司は右腕を真っすぐ斜めに伸ばした。

 そして。

 

「変身!」

 

 真司は高らかに宣言。エンブレム___カードデッキを、ベルトの中心にある窪みにセットした。

 すると、ベルトが起動。

 無数の鏡像が真司の姿に重なり、だんだんと立体となっていく。

 そして真司の姿は、鏡の騎士へと変わっていった。赤いライダースーツの上に乗せた、銀と黒の鎧。中世の騎士のような鎧兜の目元には、赤い魂がありありと現れていた。

 仮面ライダー龍騎。

 その名を持つ騎士は、左手に付けた籠手、ドラグバイザーを口元に近づけた。

 

「っしゃあっ!」

 

 気合を入れた龍騎は、トレギアへファイティングポーズを取る。

 

「面倒だな……マスター」

「はい、トレギア」

 

 ため息をついた少女が、人形を取り出した。どこにしまっていたのかと言いたくなる、白い人形。紙粘土で精巧にできたようなそれを、少女は躊躇なく放り投げた。

 トレギアの目が赤く発光し、右手を翳す。すると、

 

「インスタンス アブリアクション」

 

 蒼い光が放たれるそれ。

 トレギアの手から流れていくエネルギーはぐんぐんと白い人形が色を染め上げていく。

 やがて、人間大の大きさになった人形は、唸り声を上げた。

 

「「!?」」

 

 色が付き、生命のように躍動を始める、人形だったもの。

 周囲の木々を薙ぎ倒し、大地に巨木のごとく君臨する足。それは木々を飲み込み、森の上で新たな山となる。

 巨大な質量。それは、轟音を鳴らしながら動き出す。上下に分かれていく亀裂が、生物における口部分だと理解するのには時間がかかった。

 

「な、何だあれ!?」

 

 龍騎の悲鳴も心底理解できる。

 友奈の記憶をたどっても、あれほど巨大な怪物(バーテックス)と対峙したことはない。

 ゴーヤベックという名の怪物は、そのまま口を開き、吠えた。

 

「友奈ちゃん!」

 

 龍騎は慌てて友奈に覆いかぶさる。龍騎の鎧に無数の岩石が降り注ぎ、その体を大きく揺らしていく。

 

「真司さん!?」

「大丈夫……!」

 

 ようやく落石の雨が収まった。

 龍騎は起き上がり、こちらを見下ろすゴーヤベックを見返した。

 

「何てデカさだ……!」

「踏み潰して!」

 

 アカネの命令に、ゴーヤベックは動く。

 山の上に山が乗っていると錯覚してしまう中、友奈はゴーヤベックの足元にいるアンチの姿に血相を変える。

 

「アンチ君!」

 

 踏み潰される。

 そう考えた友奈は、大急ぎでアンチの前に立ち、その槌のような足へスマホを向けた。

 花びらのエフェクトとともに牛鬼が、その質量を防ぐ。だが、だんだんと圧されていき、友奈の足も地面を削る。

 

「うっ……!」

「友奈ちゃん! この……!」

『ストライクベント』

 

 背後で、龍騎がカードを装填している。彼の右手に装備された、龍の頭部の形をした武器。ドラグクローの口元に、炎が集っていく。

 ドラグクローの動きに合わせて、ドラグレッダーもまた動く。ドラグクローの炎とドラグレッダーの炎が同時に吐き出され、ゴーヤベックの足を燃やしていった。

 苦手であろう炎に、ゴーヤベックは後ずさりし出した。燃える足を振り回し、暴れる。

 

「友奈ちゃん、大丈夫か?」

「うん。あ、危ない!」

 

 友奈は叫んだ。

 トレギアのマスターであるアカネは、今も変わらずトレギアのすぐ近くに佇んでいる。巨大な足が踏み鳴らす場所であり、今にも潰されてしまわないか心配になる。

 友奈は彼女の救出に向かおうとするが、その前にゴーヤベックの柱と見紛う足が友奈を止める。

 さらにゴーヤベックが、その牙で友奈と龍騎を食らいつくそうとする。

 その直前、龍騎は友奈をお姫様抱っこで飛び退く。友奈は一瞬唖然としていたが、すぐさま我に返り、龍騎の腕から降りた。

 そして。

 改めてスマホを取り出した友奈へ、ゴーヤベックが吠えた。

 

「うっ!」

「な、なんて衝撃だ……!」

 

 ゴーヤベックの咆哮は、山が吠えているのとほとんど同義。

 重圧を持った空気が友奈たちの上から圧し掛かって来たのだ。

 さらに、ゴーヤベックの体が動く。

 生身の友奈と装甲の龍騎を木々ごと食らい尽くそうとするが、龍騎は急いで友奈を抱えて退避する。

 

「大丈夫か、友奈ちゃん……」

「うん……うっ!」

 

 体の痛みがまだ抜けない。

 友奈は龍騎より下ろされて、ゴーヤベックの体を見上げる。

 ゴーヤベックは、何度も友奈たちへその牙を突き立てる。

 友奈たちが死に物狂いでゴーヤベックの攻撃から退避しているとき、トレギアの声が聞こえてきた。

 

「マスター」

 

 トレギアが森の奥の方を指差している。

 苛立つように、アカネはトレギアを振り向いた。

 

「何!?」

「いたよ。あれ」

「あれ……っ!」

 

 その時、アカネの目の色が変わる。

 友奈には、彼女の視線の先……森の中で、何かが蠢く姿が。そして、茂が揺れる場面さえ見えた。

 

「ムーンキャンサー!」

 

 その表情は鬼気迫るものだった。

 さっきまでのやつれた顔とは真逆に目を輝かせ、そのまま、アカネが走っていく。

 蠢いた何か。それが、彼女がこの山奥に来た目的に違いない。

 追いかけようとした友奈だったが、その前に無数の落石が遮った。

 下あごの影だけでも、友奈を覆いつくすほどの巨大さ。それが振動を繰り返せば、その体から無数の落石が落ちていく。

 だが。

 

「友奈ちゃん! これ持って行って!」

『ガードベント』

 

 龍騎が、その左手のドラグバイザーを鳴らす。

 彼の手に、ドラグレッダーの胸を模した盾、ドラグシールドが握られる。龍騎は即座にドラグシールドを投げ、友奈の頭上に迫った落石を弾き飛ばした。

 

「た、助かった……ありがとう真司さん!」

 

 友奈は落ちたドラグシールドを拾い上げ、傘のように頭上に当てる。

 ドラグシールドの特別な防御力が、友奈への落石を次々と防いでいく。

 だが、衝撃を殺しきれず、友奈は何度も後ずさる。

 その最中、友奈の目が捉えた。

 アンチが、落石の雨を掻い潜りながらアカネを追いかけていくのを。

 

「待って! アンチ君!」

 

 友奈はドラグシールドを握る力を強めながらアンチの背中を追いかけだす。

 落石が何度も友奈の頭、肩、足を打ち付ける。だが足を止めることなく、ただ。

 気になる怪獣の少年の後に続いて、茂の中へ入っていった。

 

 

 

 ゴーヤベックの落石を避けた龍騎は、友奈が消えていった茂を見つめた。

 追いかけようとするが、ゴーヤベックの落石に足が止まる。頭上で口をゆっくりと開けるその姿を見て、龍騎はゴーヤベックを倒すことを優先しようと決意した。

 巨体を見上げ、龍騎は改めて「っしゃあ!」と気合を入れる。

 

「さっさとやっちゃうぞ!」

 

 龍騎はそう言って、腰のカードデッキからカードを引き抜いた。

 カードデッキと同じ紋章が印されたそれを、龍騎はドラグバイザーに装填した。

 

『ファイナルベント』

 

 だが、即座にゴーヤベックの体から無数の岩石が降り注いできた。

 だが、赤い龍の体が、無数の岩石を流し、砕いていく。

 無双龍ドラグレッダー。それは、柔軟な動きとともに、龍騎の周囲を旋回していく。

 同時に、龍騎もまた両手を前に突き出し、そこから姿勢を低くし、頭上を舞う赤き龍へ舞を捧げる。

 そこからジャンプし、高いところからキックをするのが龍騎の必殺技、ドラゴンライダーキック。

 だが今回、龍騎の頭上にはゴーヤベックの巨大な顎が傘となった。

 しかし、そんなもので龍騎は止まらない。龍の咆哮とともに、龍騎は上昇していく。炎の拳とともにゴーヤベックの顎を砕き、貫いていく。

 そして。

 

「はああああああああっ!」

 

 龍騎は体を捻らせ、ゴーヤベックへ足を向けた。さらに、回転を続けるドラグレッダーもまた、その大口を龍騎の背中に沿わせる。

 

「だああああああああっ!」

 

 ドラグレッダーの口から吐かれる炎が、龍騎の体を包んでいく。右足に集約していく炎とともに、赤き龍もともにゴーヤベックへ突き進む。

 人馬一体ならぬ、人龍一体となった龍騎の必殺技、ドラゴンライダーキック。

 それを飲み込んだゴーヤベック。だが、これまで逃げられたものがいない龍の蹴りが、岩石の牢獄程度で防ぎきれるはずがない。

 ゴーヤベックの閉じた口から、炎が溢れ出す。それは、口どころかゴーヤベックの全身から噴き出ていく。

 やがて、山を思わせる怪物は、その体を火山と化す。

 爆発とともに噴火を思わせる火柱が見滝原山にそびえたち、無数の燃える岩石が降り注いでいく。

 そして、その中に立つのは。

 勝利の咆哮を上げるドラグレッダーを従えた、鏡の仮面騎士(ライダー)龍騎。

 

 

 

 誰もいない山道。

 できたばかりの獣道を下り、アカネはようやくたどり着いた。

 

「ムーンキャンサー……!」

 

 ようやく見つけた。

 トレギアに唆されて召喚した第二のサーヴァント。それは、疲れ果てたかのように触手を地面に投げ出し、その体も力なくへこたれている。

 その軟体生物を思わせる体を投げ出し、ミイラのように乾こうとしている。

 

「ムーンキャンサーっ!」

 

 アカネはムーンキャンサーの頭に触れた。

 柔らかい手触りに心地よさを感じながら、ムーンキャンサーの顔を持ち上げる。

 抵抗することもなく、ムーンキャンサーは顔をアカネに動かされていく。そのつぶらな瞳は、何を考えているのか分からない。

 ムーンキャンサーの顔を胸に抱き留めたアカネ。

 ムーンキャンサーは数回その頭部でアカネの体を撫でていく。やがて鎌首を持ち上げたムーンキャンサーは、その体を浮かせていく。

 やがて、ボコッボコッと、その体が変化していく。

 肩の部分が震え、そこからそれぞれのパーツが生成されていく。夕日に照らされたムーンキャンサー。その半透明な体は、太陽の光をプリズム状に反射させ、虹色の美しさを見せていく。

 触手を広げ、より大きく見せていくその体に、アカネは思わずため息をついた。

 

「ムーンキャンサー……熱いよ……」

 

 アカネは静かに、シャツのボタンに指を触れた。

 一つ。また一つ。

 白いボタンを外し、だんだんと柔肌が露わになっていく。鎖骨、腹、臍。女性としては異性を引き付けるプロポーションだが、今この場にはムーンキャンサーしかいない。アカネの白い肌が夕日によって色が変わっていく。白い下着姿を自ら以外が目にする機会など、金輪際ないだろう。

 ムーンキャンサーはしばらく顔を傾けた後、その触手を静かにアカネへ泳がせた。

 触手は抱擁のようにアカネの体を掴まえ、そのままムーンキャンサーへ引き寄せていく。アカネの体がムーンキャンサーへ近づくごとに、触手が、どんどん増えていく。

 一本一本がアカネの体を締め付け、巻き付けていく。

 ムーンキャンサーの触手がアカネの肌に触れるたびに、アカネの神経は過敏に反応し、表情が強張ってしまう。

 やがてムーンキャンサーは接吻のように顔を傾けると、全ての触手が集まり、やがて繭となってアカネを包んでいった。



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生きていていい

「アンチ君!」

 

 追いついた。

 アカネを追いかけていったアンチの手を掴み、彼の動きを止めた。

 

「待って! 危ないよ!」

「っ……!」

 

 ギロリと友奈を睨むアンチ。彼は動きを止め、やがて急ぐ足を直立させた。

 友奈は安心して、その手を放す。

 

「これ以上は危険だからね。お姉ちゃんは、わたしに任せて!」

 

 友奈は目線の高さをアンチに合わせてほほ笑む。

 アンチは片方だけしかない赤い眼で友奈を睨む。

 

「新条アカネは……姉じゃない」

「お姉ちゃんじゃない?」

 

 そういえば、と友奈は、先ほどのアカネの発言を思い出した。

 いらない、使えない。

 果たして肉親に使う言葉だろうか。

 そう考えている間に、アンチはその目を赤く光らせる。

 そして。

 

「俺は……俺はやはり、怪獣だっ!」

 

 その言葉と共に、紫の閃光が友奈の視界を塗りつぶしていく。

 一瞬友奈の視神経をブラックアウトさせてしまうほどの強さに、友奈はバランスを崩す。両目を抑え、ようやく目が慣れてきたとき、目の前にいたアンチの姿は変貌していた。

 

「アンチ君!?」

 

 その姿を、友奈は二度見する。

 さきほどまでの華奢な体を持つアンチとは裏腹に、広い肩幅を持つ生命体。紫の体と赤いゴーグルを付けた怪物が、その場にいた。

 怪物の赤い眼に映る友奈の姿。自らが驚いている表情が友奈を見返している。

 

「もしかして……アンチ君!?」

「俺は怪獣だ……このまま怪獣として生きるしかないんだ!」

「何を言っているの!?」

 

 だが、その問答にアンチは答えない。

 その巨腕を放ち、友奈を圧し潰そうとする。

 

「っ!」

 

 友奈はアンチの動きを見切り、その腕を受け流す。

 友奈の隣に立っていた大きな木を殴り砕くその威力に、友奈は目を大きく見開く。

 

「なんて威力……!」

「はあっ!」

 

 さらに、アンチの攻撃は続く。

 友奈へ向けた手のひら。その危険性を察知した友奈は、大きく回避。

 すると、その手から黄色の光線___見滝原南に現れた怪鳥の超音波メスと全く同じもの___が放たれた。

 巨木の幹を切断するそれは、友奈の視線を一瞬釘付けにする。

 さらに、アンチは続けて攻撃してくる。

 

「はああああああっ!」

「うわっ!」

 

 友奈の目と鼻の先をアンチの腕が掠める。その余波が友奈の顔面に吹き付けられ、友奈は思わず目を閉じる。

 

「うっ……!」

 

 視界が一瞬闇に包まれ、友奈は数回足を取られる。森という足場の悪さを思い出し、友奈は青ざめた。

 だが、アンチがその分かりやすい隙を見逃すはずがない。

 始まる、ラッシュともとれる猛攻。だがそれが、友奈に届くことはなかった。

 

「牛鬼!」

 

 友奈の前に立つ牛鬼。

 花の形をした桃色の盾で防御する牛鬼だが、トレギアとの戦いのダメージがまだ残っている。アンチを弾き返すと同時に、牛鬼の体が力なく落下する。

 牛鬼をキャッチする友奈。全身がズタボロの牛鬼を見て、変身に協力してもらう体力がないことを察する。

 だが、牛鬼の心配にそこまで時間を割くことは許されなかった。

 すでにアンチの拳が、生身の友奈の目と鼻の先に迫っていた。

 友奈に少しでも格闘技術が欠けていれば、友奈の体は背後の木の幹と同じように粉々になっていたに違いない。

 友奈は格闘技のセンスを駆使し、アンチの攻撃を紙一重で回避し続ける。

 さらに、アンチの攻撃一つ一つに対し、生身ながらも反撃を加えていく。拳でくればその肘へ、蹴りでくるならばその膝へ。

 真っ向勝負では敵わないならばと、少ない力で反撃を加えていく。

 

「なぜだ……なぜ、俺の攻撃が届かない!?」

 

 アンチはさらに、その肩幅を広げる。

 すると、肩からミサイルらしきものが発射された。

 木々を爆散させていくミサイルたち。それは、友奈への道をこじ開け、友奈の体を破壊しようとしていく。

 

「っ!」

 

 友奈はバク転でミサイルの雨を回避、さらに全速力で周囲を回り、アンチから離れる。

 見つけた巨木の裏に隠れる。他の木々に比べて頑丈なそれは、友奈をミサイルの雨から守る。

 

「はあ、はあっ!」

 

 アンチの息を切らす声が聞こえてきた。

 友奈は木陰から様子を窺う。

 アンチは膝を折って、友奈を睨んでいる。

 

「新条アカネの命令だ……俺は、お前を倒す!」

「命令……」

 

 友奈は唇を噛みしめ、駆け出す。

 アンチの腕を掻い潜り、一気に接近。腰の入った拳をアンチの腹へねじ込んだ。

 

「効かないぞ、その程度!」

 

 アンチに対し、友奈は左右の構えを入れかえる。

 戦いの代償として、今の友奈には右耳の感覚がない。嗅覚もない。

 だからこそ、残った感覚は常人よりも研ぎ澄まされている。

 アンチの拳を受け流し、そのまま彼の腕を抱える。そして大きく足を広げ、

 

「だあああああああああああっ!」

 

 アンチは叫び、手刀を振り下ろす。

 友奈は背中を傾けて手刀をギリギリで回避、さらに腕を全身で掴む。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 

 友奈は雄たけびとともに、アンチを放り投げる。僅かながらに勇者の加護を生身の体に流したそれは、圧倒的な質量差を覆し、アンチを当て身投げ。

 背中から押し倒されたアンチは、そのまま重力に従い斜面を転がり落ちていく。数回木々にピンボールのように跳ねたアンチは、体を地面に張りつけることでようやく止まった。

 

「アンチ君!」

 

 アンチを追いかけるように斜面を降りてきた友奈。だが、起き上がったアンチは即座に友奈へ敵意を向けてきた。

 赤く光る眼差しとともに繰り出される格闘。

 だが、これまで格闘で鍛えてきた友奈の動体視力はアンチの動きを完全に見切る。卓越した動きですべてよける。

 

「せいやっ!」

 

 生身のまま。

 友奈の正拳突きは、アンチの巨体、その数少ない急所である腹を貫いた。

 関節部分を的確に撃ち抜いた友奈の攻撃に、アンチは大きく後ずさりをした。

 

「なぜだ……!?」

 

 引き続き攻撃を再開するアンチ。

 だが、どのような手段をもってしても、結果は変わらない。全て友奈の技術によって防がれ、逆にアンチがダメージを負ってしまう。

 

「なぜ人間のお前の攻撃が俺に通じて、俺の攻撃が通じないんだ!?」

 

 焦燥感に駆られていくアンチは、目に見えて動きが読みやすくなっていく。

 やがて友奈はしゃがみ、その頭上をアンチの腕がかすめる。

 そして。

 

「牛鬼!」

 

 限界が近い牛鬼。その残り少ない能力を発動させた。

 すでに友奈の全身を勇者服に変身させる余力はない。だからこそ、その右腕のみを変身させた。

 

「勇者……」

 

 桃色の光が溢れ出す。

 桜吹雪の中で、勇者は拳を握った。

 

「アッパーっ!」

 

 そして突き上げる拳。

 右腕だけが変身させたアッパーが、アンチの下あごに炸裂する。

 大きな威力を示したそれは、アンチの巨体を殴り飛ばし、そのまま地面に大の字で伸ばした。

 

「なっ……!」

 

 右腕を除いて、生身のままの友奈。

 彼女の、たった一度の反撃で、怪獣であるアンチはその体が砕かれていく。彼はその事実を受け止められないように、唖然としている。

 

「なぜだ……なぜなんだ……!」

 

 片目だけで、空を仰いで呟くアンチ。

 

「俺は……新条アカネの命令に従えないのか……結局俺は……トレギアと、ムーンキャンサーを止めることなんて」

 

___もしかして、俺って、生きてたらいけなかったの⁉
 

父さんの言ったとおり、生きていたらいけなかったの___

 

 その言葉は、心のどこかで、友奈に突き刺さったままだった。

 あの大雨の日。生きる事を許されなかった少年の姿が、アンチの姿にフラッシュバックする。

 だから、あの時()には言えなかった言葉を、友奈はアンチに向けた。

 

「大丈夫。いいんだよ。だってアンチ君は、生きているんだから」

「生きている……?」

「そう。それに、アンチ君はあんなこと言われてたけど、それでもお姉ちゃん……アカネちゃんのことが心配なんでしょ?」

「……ああ」

 

 頷いたアンチ。

 彼はようやく、友奈の手を握り返した。

 友奈はにっこりとしながらアンチを助け起こす。友奈は数回アンチの体に付いた土埃を払い、尋ねる。

 

「だからさ。精一杯、頑張って生きようよ。そうすれば、きっと……いいことだって、あると思うよ」

「……結局、決めるのは自分自身だということか」

「うん。それに、それを選ぶことさえ出来なかった子を、わたしは知ってる」

 

 友奈は続ける。

 

「でもその子が生きた証は、今でも残ってる」

「……どこに?」

 

 アンチの聞き返しに、友奈は「ほら」と町の方へ促した。

 見滝原の山から一望できる、見滝原の街並み。色とりどりの町々が、夕焼けの光を反射して輝いていた。

 

「この街全てだよ。あの子は、誰からも受け入れられなかったけど、それでもたった一人の大切な人が好きだった町を守ったんだ。たとえ生まれがどんなところでも……君の正体がなんだって関係ないよ」

「……俺は……!」

「だから、上手く言えないけど……あの怪獣が君の正体だったとしても、それを呪って考えることを辞めちゃだめだよ。君にだってきっと、君が動きたいようにできるはずだよ」

「俺は……っ!」

 

 友奈に知る由などない。

 ほんの数日前、彼がとある聖杯に呼び出された戦士に言われた一言が、彼の胸中に去来していることに。

 アンチが顔を落としている時。

 その気配に、友奈は背筋を震わせた。

 

「危ないっ!」

 

 ノータイムで、友奈はアンチを押し倒した。すると、友奈とアンチの首があったところを切り裂いた。左右の木々が切断され、音を立てて倒れていく。

 

「何……これ?」

 

 友奈は顔を真っ青にして、一瞬にして切り株になった木々を見返す。

 そして、発生した場所。

 山の斜面、その少し先の部分。夕日が差し込むその箇所に、一か所だけ、自然にはあり得ない光景が広がっていた。

 それは___

 

「ムーンキャンサー!? 何でここに!?」

「ムーンキャンサー?」

 

 それはつい先ほど、アカネとアンチが問答していた中心の存在。

 ムーンキャンサーなるものはまだここからは遠く、友奈には視認できない。

 だが。

 

「何か……いる……!」

 

 自然の結晶である、見滝原山。

 その、さらに自然の神秘を詰め込んだ、うっそうとした洞窟。発光体などなさそうなその空間に、不自然に光る何かが見えた。

 

「あれは何?」

 

 だが、その問いの答えは、アンチの移動。

 これまた人智を越えた動きで、一気に山を駆け下りていく。

 

「アンチ君! 待って!」

 

 友奈も、すでにボロボロの体に鞭を打ってアンチを追いかけていく。

 決して陽の光が射さないその場所は、入った瞬間の湿気と寒気で、友奈は呼吸の感覚が変わった。

 そして。

 

「あれが……ムーンキャンサー?」

 

 洞窟の壁にへばりつく、美しく青く輝くその生命体。

 心臓のように胎動する、青い球体。

 そして、その半透明の球体の中にいるそれを見て、友奈は青ざめた。

 その半透明な球体の中に、いたのだ。

 アンチと深い関わりを持つ少女。すでに意識はなく、ぐったりとした体つきで全身をムーンキャンサーの体組織にへばりつけられている。

 トレギアのマスター、新条アカネが。



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捕らわれのマスター

最近凄まじく暑いですね……


「アカネちゃん!」

 

 捕縛されているアカネの姿を見るや否や、友奈はムーンキャンサーの身体に触れた。

 水を個体に固めたかのように柔らかく、掴みどころのないそれは、友奈の腕力を完全に否定していく。

 

「何これ!?」

 

 両手で、友奈はムーンキャンサーの腹を掴む。だが、あまりにも滑りやすいそれを友奈が破ることはできなかった。

 

 そして、自らの体に接触する友奈を、ムーンキャンサーは放っておくはずがない。ゆっくりとその鎌首をもたげ、友奈の姿を見下ろした。

 その黄色く、つぶらな瞳を持つムーンキャンサー。だが、すでにそれはアカネを取り込んだ影響が始まっていた。丸みを帯びた頭部はだんだんと後頭部が尖っていき、より刺々しくなっていく。

 

「っ!」

 

 ムーンキャンサーの視線に、友奈は即座に飛び退く。同時に、ムーンキャンサーの口から黄色の光線が発射される。

 鼓膜を揺さぶるような光線が、友奈が立っていた場所を切り裂いていく。

 さらに、ムーンキャンサーは追撃とばかりに友奈を睨む。

 

「!」

 

 ムーンキャンサーの無言の悪意。

 それは、生身の友奈への光線という形で現れた。

 だが。

 

「……っああああああ!」

 

 その叫び声は、洞窟入り口のアンチから。

 紫の怪獣となった彼は、友奈の頭上を飛び越えて、ムーンキャンサーの前に立つ。超音波メスを切り払い、そのままムーンキャンサーに掴みかかった。

 

「新条アカネを、放せ!」

 

 アンチは、その剛腕で連続パンチを放つ。ムーンキャンサーどころか、洞窟全体を揺らす衝撃がムーンキャンサーに与えられるが、それでもムーンキャンサーは揺らぐことはない。

 無数の触手が、アンチの背後に忍び寄る。

 

「アンチ君!」

 

 友奈が呼びかけるがもう遅い。

 アンチの四肢とはらに巻き付いた触手が、彼を縛り上げていく。

 ムーンキャンサーはそのままアンチを天井に叩きつけ、続け様に地面に叩き落とす。

 

「がはっ……!」

 

 あっさりと生身に戻されたアンチ。

 ムーンキャンサーは、アンチにトドメを刺そうと触手を持ち上げている。

 アンチを貫こうとする触手。

 だがそれは、その前に割り込んだ友奈の体を貫いた。

 

「がっ!」

 

 体に走る痛み。

 だが、例えそれが致命傷だったとしても、友奈の体が死ぬことはない。

 牛鬼___友奈の世界、その根元の力である神樹の力は未だに残っている。如何なる脅威が友奈を襲おうと、死ぬことは許されない。

 

「お前……なんで助けた?」

 

 だが、そんなことを知らないアンチは信じられないような顔をして友奈を見上げる。

 平気、と友奈がほほ笑むと同時に、友奈の全身に無数の痛みと脱力感が襲った。

 勇者の衣を貫通して、ムーンキャンサーの触手が友奈の体に針を通していたのだ。

 そして、静かに振り向いて、友奈はぞっとした。

 ムーンキャンサーの触手、その内部に赤い液体が流動していた。

 友奈の血液が、抜き取られている。

 その事実に青ざめた友奈は、慌てて背中の触手を引きちぎる。

 痛みを感じ、貧血により友奈は大きく揺れ動く。さらに、ムーンキャンサーは友奈へ無数の触手を放ってきた。

 友奈を切り殺そうとする、ムーンキャンサーの触手。その攻撃一つ一つを、神樹の力である桃色の光で防いでいく。

 しばらくして、ムーンキャンサーは触手による攻撃を収める。

 異形の者同士、何かシンパシーを感じたのか、ムーンキャンサーと牛鬼は睨み合っていた。

 

「牛鬼……! 変身いける?」

 

 友奈は右肩を抑えながら、スマホの牛鬼に確認する。

 牛鬼は友奈に応えるように頷く。同時に、スマホから無数の花びらが舞い上がった。

 友奈がスマホのボタンを押すのと、ムーンキャンサーが再び光線を発射するのは同時だった。

 音速の光線は、友奈が変身する際に放たれる光の花々によって阻まれ、霧散する。洞窟内に反射される光は、そのまま洞窟の岩石を切り裂いていく。

 勇者の姿に変身を完了させた友奈は、そのまま身構えて突進。アカネが捕らえられている腹部を避けて、その上部のムーンキャンサーの頭部へ拳を向けた。

 

「勇者パンチ!」

 

 桃色の花びらとともに、友奈の主力技がムーンキャンサーに炸裂する。

 ムーンキャンサーの軟体とした頭部が大きく跳ねる。

 だが、アカネを捕えたままのムーンキャンサーの腹に影響はない。

 友奈は歯を食いしばり、再び勇者パンチを身構える。

 だが。

 

「っ!」

 

 友奈は勇者パンチを即座に中断、アンチの前で両腕を交差させる。

 両腕の間に半透明な花びらが咲き、大きな盾となる。同時に、そんな花びらへ、蒼い雷が飛んできた。

 

「ぐっ……!」

 

 防御を貫通して、友奈を圧す雷撃。

 花びらの防御が、雷と同時に消失、少しふらふらとしながらも、その雷撃の発生源を睨む。

 

「今の……!」

「おいおい……邪魔は止めてくれよ、セイヴァー」

 

 ムーンキャンサーの背後に現れる蒼い闇。

 

「トレギア!」

 

 その姿に、友奈とアンチは警戒する。

 蒼い闇のサーヴァント、トレギアは、即座に腕に暗い雷をチャージ。暗い洞窟内で、即効性を持つトレギアのトレラケイルボスが、友奈の体を吹き飛ばす。

 友奈はそのまま、アンチの前に転がり出る。

 唇を震わせるアンチは、ずっとムーンキャンサーの胎内のアカネから目を離せない。

 友奈はアンチを洞窟の外側へ押しやり、叫ぶ。

 

「トレギア……っ! アカネちゃんは、あなたのマスターでしょ!? 友達じゃないの!? 大切な人じゃないの!?」

「おいおい……私にとっての大切な人というのは……」

 

 そこまで言って、トレギアは沈黙を選んだ。

 その流れの中断に、友奈は一瞬目が点になる。

 トレギアは首を振り、再びトレラケイルボスを放つ。

 友奈はジャンプして蒼い雷撃を避ける。

 低い天井、その岩壁に張り付いた友奈は、そのまま直下のトレギアへかかと落とし。

 

「だあっ!」

 

 だが、トレギアは手を振り、友奈の反撃を弾き飛ばす。

 

「ぐっ……!」

 

 さらに、トレギアのうねるような雷の動きに、友奈は地面に投げ出されてしまった。

 やはり友奈とトレギアの相性は最悪。

 それを証明するかのように、一日に二度、トレギアに敗れてしまった。

 

「おいおい……無駄なことなのに、よくやるよね君も……」

 

 さらに、トレギアもまた攻撃の手を緩めることはない。

 鞭のように伸びていくトレラケイルボス。反撃しようとする友奈の手足を次々と封じ、だんだんと友奈を追い詰めていく。

 

「っ! こうなったら、満開でっ……!」

 

 友奈は、弾かれながらも、その右腕を盗み見る。

 桃色の光が溜まりかけているが、まだ足りない。

大急ぎで 二人を相手に、だんだんじり貧になっていく。その時。

 吠える唸り声。

 赤い龍、ドラグレッダーが狭い洞窟内の中にその姿を現した。

 友奈とアンチを守るようにその体を盾とし、二人の体を包む。

 トレギアのトレラケイルボスは、その赤い体に阻まれ、友奈たちに届くことはなかった。

 そして。

 

「友奈ちゃん!」

 

 ドラグレッダーがいるならば、彼がいるのもまた同義。

 城戸真司が、息を切らしながら洞窟の中に飛び込んできていた。

 

「大丈夫か!? それに、その子さっきの……」

「うん……真司さん、前!」

 

 引き攣った顔で、友奈は前を指差した。

 真司へその爪で襲い掛かって来るトレギア。

 真司は慌ててドラグセイバーを手に、トレギアの攻撃をいなしていく。

 そのまま蹴りでトレギアの腕を弾いた真司は、「だああああっ!」とドラグセイバーでその体を切り裂いた。

 

「真司さん!」

 

 トレギアをムーンキャンサーのところまで離して、真司は友奈に手を差し伸べる。

 

「ほら、まだ立てるか?」

「うん。ありがとう」

 

 友奈は真司の手を握り返す。

 

「ライダー……」

 

 真司の姿に、友奈とトレギアは真逆の反応を示す。

 

「友奈ちゃん、大丈夫か?」

「うん!」

 

 真司に助け起こされた友奈は、フラフラとしながらも体勢を保つ。

 真司は頷いて、トレギアを睨む。

 

「トレギア……!」

「へえ……ライダー、ゴーヤベックを倒してきたんだ」

 

 トレギアは真司の姿を見て舌を巻く。

 

「ああ……中々のデカブツだったぜ」

「へえ……」

 

 トレギアはゆっくりと首を回した。

 

「それはそれは……君に派遣しておいて正解だったかな?」

 

 真司は静かに、ムーンキャンサーに捕らわれているアカネを見上げた。

 さっきから何度もムーンキャンサーと戦っているが、皮肉にもムーンキャンサーの防御力により、アカネは外の戦闘を知る由がなかった。

 

「トレギア……紗夜さんをひどい目に遭わせて、コヒメちゃんを誘拐して、今度はその子か!?」

「おいおい……いいだろう別に」

 

 トレギアは続いて肩を鳴らす。

 

「君には関係のないことだろう?」

 

 その言葉に、真司は更に顔を歪める。

 友奈は真司に並び立つ。すると、真司は静かに告げた。

 

「友奈ちゃん、トレギアは俺が食い止める。あの子のことは、頼んだぜ」

「分かった!」

 

 真司はそして、ポケットに入れている龍のエンブレムを翳した。

 

「止めてみせる……お前が引き起こした、この戦いを!」

 

 すると、どこかの鏡像から、それは現れた。銀のベルト、Vバックル。それが装着されると同時に、真司は右手を斜めに真っすぐ伸ばす。

 そして。

 

「変身!」

 

 虚空より重なる鏡像。

 暗い洞窟内を、鏡の反射する光が照らしていく。

 赤い仮面騎士、龍騎。

 闇が支配する洞窟内を、炎の光が照らし出していった。



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救出

「だああっ!」

 

 龍騎はドラグセイバーを握り直し、トレギアへ挑む。

 龍騎がトレギアと直接対峙したのは、これで二回目だった。前回は見滝原ドームでの戦いであり、結局彼の手のひらの上で踊らされていた。

 

「だっ!」

 

 前回と同様、龍騎の攻撃はトレギアには当たらない。

 それどころか、トレギアの爪はドラグセイバーの合間を縫って龍騎の鎧を貫いていく。

 火花が何度も散り、龍騎はだんだんと追い詰められていく。

 

「おいおい……君たちは誰も彼も直進しかできないのかい?」

 

 トレギアは蹴りでドラグセイバーを持つ龍騎の腕を蹴り飛ばす。回転しながら、ドラグセイバーは龍騎の手を離れ、洞窟の奥へ滑っていった。

 

「しまっ……!」

 

 龍騎が唖然とするがもう遅い。

 トレギアは洞窟の空中に浮かび上がり、その体を回転させる。あまりの速さに、あたかも円錐のように見えてくるトレギアの姿に、龍騎はその危険性を察知した。

 

「やべっ!」

 

 龍騎は急いでベルトのカードデッキから青いカードを取り出す。即座にドラグバイザーに装填、その黄色の目が光を灯した。

 

『ガードベント』

 

 すると、龍騎の両腕に二つの赤い盾が装備される。

 ドラグレッダーの手足を模した盾、ドラグシールド。それを並べ合わせると同時に、トレギアの攻撃、ギアギダージによって粉々に破壊された。

 

「っ!」

「ははは、どうした?」

 

 ガードの無くなった龍騎へ、トレギアの攻撃が重なる。

 龍騎は素手でトレギアの攻撃を防御し、その腹へタックル。トレギアはバランスを崩すが、即座にトレラアルティガで応戦。

 

「うおっ!?」

 

 龍騎は体を反らしてその光線を避ける。

 その右肩をかすった蒼い光線から来る痛みを押し殺し、龍騎はさらにトレギアへドロップキック。

 少しは効果があったようだ。

 そのまま龍騎は、得意の格闘戦に持ち込んでいく。連続パンチにより、トレギアは直接防御をせざるを得なくなっていく。

 最後に、横殴り。

 トレギアに命中したそれは、大きくトレギアを地面に投げ転がした。

 

 

 

 龍騎がトレギアと戦っている間に、友奈とアンチはムーンキャンサーに辿り着く。

 

「アカネちゃん!」

「……」

 

 友奈はアンチと共に、巨大な腹を掴んで引きちぎろうとする。だが、液体状になっているそれは、やはり掴むことさえできない。

 

「どうしよう……? どうすれば助けられるんだろう……?」

「ううっ……!」

 

 歯をむき出しにしながら、アンチも必死にムーンキャンサーの繭を破ろうとしている。

 だが、体力を使い果たした彼に変身能力はない。ただの少年となったアンチに、異能の力の塊であるムーンキャンサーを破ることはできない。

 

「だったら……ばくれつ! 勇者パンチ!」

 

 友奈は腰を入れたパンチをムーンキャンサーの腹に放つ。

 花びらが舞い、あらゆる敵への切り札となった技が炸裂する。命中と同時に、桃色の花びらが大きく花開く。

 だが、先ほどと同じく、衝撃を完全に吸収され、ムーンキャンサーには何一つダメージを与えられなかった。

 それどころか、ムーンキャンサーは再び友奈を見下ろしている。

 そして、放たれる触手。それに捕縛されれば、友奈の体液を吸収しようとすることはもう知っている。

 友奈は一つ一つの触手を弾き返しながら、さらにアンチを背中でムーンキャンサーから引き離していく。

 さらに、ムーンキャンサーの口から超音波メスが放たれた。

 あれは、勇者パンチで相殺できる。

 先ほどと同じく、超音波メスは友奈の拳によって四方八方に霧散する。

 だが今度は、ムーンキャンサーも他の手段を講じていた。

 その触手の先端に生成されていくのは、超音波メスではなく、紅蓮の火球。

 それまでのムーンキャンサーが使ってきた技とは一転、素早さを犠牲に威力を上げたそれ。

 

「勇者パンチ!」

 

 すでに避けることは不可能。

 花びらのエフェクトとともに、勇者の拳は火球を相殺していく。

 だが、だんだんと花びらは砕かれていく。やがて完全に搔き消えた花びらととともに、火球は、友奈の勇者服を無造作に焼き尽くし、破壊していく。

 

「がはっ!」

 

 例え勇者服に守られていたとしても、神黄の加護が残っている友奈以外の人間であれば命はなかっただろう。

 視界がぼんやりとしながら、友奈はムーンキャンサーを睨む。

 薄れていく視界の中で、二か所、赤い光が灯っていた。

 先ほどの火球。しかも今度は、それは二つも生成されている。その温度は太陽の表面温度さえも上回る。炎はプラズマと化し、友奈を骨も残さず蒸発させるつもりだろう。

 その時。

 ぼやけていく視界の中、友奈はムーンキャンサーの近くに落ちている光を見つけた。

 

「……っ!」

 

 迷っている暇はない。

 友奈は転がって、ムーンキャンサーの火球を回避。洞窟の壁面が大きく蒸発し、巨大なクレーターが洞窟内に広がった。

 背中が熱風に煽られ、爛れる痛みを受けながらも、友奈はそのまま光に手を伸ばし、その円筒を掴んだ。

 

「これは……!」

 

 肩に圧し掛かる重さ。

 それは間違いなく、龍騎の手から離れたドラグセイバーだった。

 ダメージはまだ残っている。視界は戻らない。動きも鈍い。

 だが、チャンスは今しかない。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 

 友奈は自らを奮い立たせるように声を荒げる。

 ドラグセイバーを振るい、友奈は駆け出した。

 無数の超音波メスを掻い潜り、スライディングによりムーンキャンサーへ急接近。

 舞い上がる花びらとともに、友奈はドラグセイバーに力を込める。

 

「勇者斬り!」

 

 体を回転させたと同時に、その刃を走らせた。

 それは、ムーンキャンサーの抵抗として繰り出された触手を一瞬のもとに切り捨てる。さらに、ムーンキャンサーの腹……どんどんと浸食されていくアカネの周囲の繭を切り裂いた。繭の中に溜まった液体が、切り裂かれた口から滝のように流れだす。

 全ての液体が抜け切り、その体内には、外から見えていた通り、アカネが無数の触手に絡まれていた。

 さらに友奈は、ドラグセイバーで触手を切断、落ちてきたアカネの体を受け止めた。

 ムーンキャンサーより引きずり出し、残った触手を引きちぎる。ブチブチと音を立てながら、触手は次々と地面に落ちていく。

 

「大丈夫!?」

 

 友奈の上に倒れ込むアカネ。最後に残った触手を引き剥がし、肩を貸して立ち上がる。

 

「真司さん! やったよ! もう助け出した!」

「ああ!」

 

 友奈の声に、トレギアと戦い続ける龍騎は頷いた。彼はトレギアを足払いして、トレギアを洞窟の底へ転がしていく。

 

「何っ!?」

「へへっ! 悪いな、これ以上戦っている暇はないんだ! 友奈ちゃん!」

「うん! アンチ君も!」

 

 友奈はアンチを先に促し、アカネを背負いながら、洞窟から抜け出していく。そのあとに龍騎は、洞窟の入り口に立つ。

 

「逃がさないよ」

 

 トレギアが龍騎を追跡してきた。

 だが、龍騎は丁度トレギアが躍りかかったタイミングで回転蹴りを放つ。それはトレギアの顔面に直撃し、彼を再び洞窟の中に転がり返す。

 

「よしっ! ドラグレッダー!」

『ストライクベント』

 

 ドラグバイザーの電子音に、ドラグレッダーは呼応する。

 装備したドラグクローを引き、その周囲をドラグレッダーが旋回する。

 

「はああ……だあああっ!」

 

 ドラグクローとドラグレッダー。二つの口から放たれた炎が混じり合い、より大きな炎となる。それは洞窟の入り口を粉砕した。無数の瓦礫が落下し、あっという間に積みあがる。やがてそれは、洞窟の入り口を完全に封鎖した。

 

 

 

「まさか……この私が……」

 

 ムーンキャンサーとともに閉じ込められた。

 そんな状況だというのに、トレギアに焦りはなかった。

 不意打ちを許してしまったがトレギアの力があれば、こんな岩々など簡単に破壊できる。

 その両腕にトレラアルディガイザーを溜めようとするが。

 

「……ん?」

 

 技の発動プロセス。

 両腕を上げたところで、その動きを止めた。

 背後のムーンキャンサーより、異様な気配を感じたのだ。

 だんだんと、ムーンキャンサーの胎動が大きくなっていく。アカネがいなくなったというのに、その体は早送り再生をしているように大きくなっていく。

 

「おいおい……」

 

 トレラアルディガイザーの腕を止め、じっくりとムーンキャンサーを観察することにした。

 ムーンキャンサーの首がだんだんと長くなり、その頭部はより尖っていく。

 その体もまた巨大化していく。すぐにもトレギアの体を圧し潰さんとしていくそれは、やがて洞窟を破壊した。

 崩落の合間を縫って、落石より脱出するトレギア。

 振り向き見上げると、先ほどまでのムーンキャンサーとは全く異なる姿となっていた。辛うじて頭部の形にいままでのムーンキャンサーの形は残っているが、オレンジの体色は完全に消失している。赤い筋肉質の肉体を、銀色の外骨格が覆っている。

 

「これが……ムーンキャンサーの……本当の姿か……!」

 

 ムーンキャンサーは吠える。

 そして、音速以上のスピードで、それは上空へ空飛高く飛翔していった。



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アカネ保護

 ヴィラ・ローザ見滝原。

 聖杯によって見滝原に召喚された友奈と真司が格安で借りている物件だ。

 そんな見慣れたボロアパートを見上げながら、真司が友奈に尋ねた。

 

「これ、誘拐じゃないよな……?」

 

 彼は背負ったアカネを振り向きながら呟いた。

 友奈は心配そうに、気を失ったままのアカネを見やる。

 真っ青な顔のまま、アカネは動かない。道中何度か彼女の生存が不安になったが、彼女の背中が上下しているところを何度も確認していた。

 

「アンチ君も、休んで行って……あれ?」

 

 その時、友奈は気付いた。

 いつの間にか、アンチの姿が見えなくなっている。

 

「どこ行ったんだろ、アンチ君?」

 

 キョロキョロと周囲を見渡すが、彼の姿はどこにもない。烏が鳴く時間帯、子供だから家に帰ったのかななどという考えさえ過ぎってしまう。

 

「へ? あれ、確かに」

 

 真司も、友奈の言葉によって、アンチがいなくなっていることに気付いたようだ。彼は一度アカネを背負い直し、友奈と同じくアンチを探す。

 だが、紫のローブを纏った少年の姿はどこにもない。

 

「うーん……でも、お姉ちゃんは今こっちにいるのに……そもそも、アカネちゃんを本当はどこに送ればいいのかも分からないのに……結局、警察に通報……ってわけにはいかないんだよね」

 

 友奈はスマホを見下ろしながら言った。

 いつでもアカネのことを警察に連絡してもいいが、トレギアが絡んでいる以上、下手にアカネを関わらせてしまえば、より多くの人に危険が及ぶ可能性がある。何より。

 

「うん……わたしたちのこと、えっと……餃子キカンに聞かれちゃいけないんでしょ?」

「ぎ、餃子? 友奈ちゃん、そんなに餃子食べたかったのか?」

「ち、違うよ! ほら、警察とか、消防とか……」

「ああ! 教会キカン……あれ?」

「行政機関ですか?」

 

 その言葉は、友奈の背後からだった。

 いつの間にやってきたのだろうか。

 友奈を完全に覆いつくせるほどの紫の巨体。友奈の肩幅を大きく上回る紫の帽子の下の肌色で、友奈はようやくそれが婦人だと気付く。

 

「こ、こんにちは。美輝さん」

「ええ。こんにちは友奈さん」

 

 志波美輝(しばみき)

 このアパートの管理人であり、その外見や素性に至るまで全てが謎の女性である。

 その目に妖しい光を灯しながら、彼女は真司が背負う少女を見つめた。

 

「ああ、えっと……その……」

 

 どこから聞かれていたのだろうか。

 友奈は目を点にしながら、あたふたと腕を振る。

 だが、そんな友奈の姿を見ながら、美輝はほほ笑んだ。

 

「何も心配することはありませんよ」

 

 彼女は「おほほ」と笑い声を上げた。

 

「行政に頼めない人なんて、この寮では珍しくないですから。時々いるんですよ。様々な事情があって、行政に頼れない方も……」

「あ、あはは……」

 

 友奈と真司はそれぞれ身を強張らせて苦笑いを浮かべる。

 だが、美魔女はにたりと笑む。

 

「どんな事情があろうとも、詮索してはいけない。それは、このアパートにおける裏ルールですよ?」

「た、助かるぜ」

 

 真司は安堵の息を付いた。

 そのまま去っていく美輝を見送り、友奈と真司は勢いよく顔を見合わせた。

 

「よ、よかった~……」

「取りあえず、これならここにアカネちゃんを保護していても怪しまれずに済みそうだな」

 

 美輝が自らの部屋に戻っていったのを見届けた真司は、ゆっくりとアパートの階段を昇り始める。友奈も彼に続いて階段を昇り出す。アカネの体を支えながら真司はやがて二階の踊り場に辿り着いた。

 そのまま、借りているドアを開け、部屋に戻る。今朝この部屋を発つ時と比べれば、ゴミ掃除をしに行ったら女の子を連れ帰ることになった二人。

 別れ際の真琴も当然驚いていたが、「元気になれるお薬です」ということで、巾着を渡された。中を確認してみると、茶や黒といったおどろおどろしいものが見えたため、友奈は真司とともにその封を切ることは決してないと心に誓った。

 

「うっし……それじゃあ、まあまずはアカネちゃんを休ませないとな」

「ちょっと待ってて。それじゃあ、わたしの布団を用意するね」

 

 友奈はそう言って、襖を開ける。格安の中古で購入した布団を取り出し、手慣れた流れで敷いていく。

 掛布団を用意したところで、真司は友奈を布団に寝かせた。

 

「なんかこうしてみると、ますます誘拐っぽいよな」

「だ、大丈夫だよ! 第一、あの洞窟ででそのまま置いていった方が危ないよ! それに、山田とこの時間今寒いし!」

「でも、親御さん心配してるだろうしな……友奈ちゃん、この子の持ち物になんか連絡できるものない?」

「うーん、携帯電話でもあればなあ……」

 

 友奈は掛け布団をかけようとする手を止め、彼女のポケットを探る。だが、この時代の誰もが持つ電子機器は見当たらなかった。

 

「ないかも……おかしいな」

 

 友奈はスマホを探している最中、彼女の右手に触れた。その手首に触れ、持ちあげてみる。

 

「令呪……」

 

 それは、彼女が聖杯戦争の参加者という証である呪印。だが、それを一目見た途端に、違和感を覚えた。

 

「令呪……なんか、大きくない?」

「ああ」

 

 真司もそれに同意した。

 友奈の記憶にある令呪。可奈美やハルトといったマスターたちの令呪と比べると、それはまるで二つの令呪が上下に重なっているようにも思えた。

 

「多分、トレギアのはこっちだよな?」

 

 真司は手首に付いている令呪を指差す。どことなくトレギアの仮面を連想させる形をしており、場所も他のマスターたちと同じだった。

 

「そうだと思うけど……じゃあこっちのは何だろうな?」

 

 真司は、二の腕に至るまでに伸びている令呪を指差した。正六角形が無数に組み合わさったような形のそれ。真っ先に亀の甲羅を思い出した友奈だが、それを口にすることはなかった。

 

「それとも……あのムーンキャンサーってのが、もしかしてサーヴァントなのかな?」

「ムーンキャンサーが?」

 

 真司は額を睨み上げた。

 

「あんなのがサーヴァントなのか? そもそも、ムーンキャンサーって何だよ?」

 

 真司が顎をしゃくった。

 

「あの化け物の名前か? それとも、サーヴァントだってんなら、それがクラスなのか?」

「そうなんじゃないのかな?」

「だって、サーヴァントのクラスって、分かりやすい名前ばっかだったじゃないか?」

 

 真司の指摘に、友奈は思い返す。

 今いるサーヴァントと、これまで戦ってきたサーヴァント。

 セイバー(煉獄杏寿郎)ランサー(立花響)ライダー(城戸真司)、キャスター、アサシン(アカメ)バーサーカー(千翼)

 セイヴァー(結城友奈)アヴェンジャー(スイムスイム)ガンナー(リゲル)フェイカー(ウルトラマントレギア)エンジェル(ブラジラ)

 そして、友奈がまだ出会ったことのないが、その存在だけは連絡を受けたフォーリナー(時崎狂三)

 真司は続けた。

 

「上手く言えないけど、そんなに長い名前じゃないじゃんか。クラス名って」

「うーん……カタカナばっかりだから、わたしには違いがよく分からないなあ」

「英語がまるでダメな俺だって分かるぜ? だって、ムーンキャンサーのムーンって月だろ? キャンサーで二単語だぜ?」

「凄い発想だった! わたしには思いつかないよ!」

「へ、へへっ! 俺だって頭いいところあるんだぜ?」

 

 真司は赤面になりながら鼻を擦った。

 

「何より、サーヴァントって一人までだろ? いくらなんでも、一人が二人のサーヴァントと契約しているなんて……」

 

 真司はそこまで言って、口を閉ざした。

 やがて友奈に聞こえないぐらいの小声で、その口を動かす。

 

「いやまさかそんな、浅倉みたいなこと……」

「……真司さん?」

「あ、悪い。何でもない。結局、詳しいことは今はこの子が目を覚ますまでどうしようもないな」

 

 真司はそう言って、冷蔵庫を開けた。

 

「うっし。ありあわせの材料で餃子一人前くらいは作れるな」

「ああっ! 真司さんがまた餃子を布教しようとしてる!? 今回は、わたしがうどんをご馳走するよ!」

 

 友奈が真司の前に立ちふさがる。

 

「大丈夫! 今度はわたしがうどんをご馳走する番だよ!」

 

 友奈はそう言って、台所の収納からそれを取り出した。

 うどんのパック。袋が潰れる音とともに、友奈はそれを台所のまな板に置いた。

 その時。

 

「うっ……」

 

 聞こえてくる、アカネの苦悶の声。振り向くと、気を失っているアカネがゆっくりと首を振っていた。全身から汗を吹き出しながらもがいている。

 真司は彼女を見下ろしながら、頭を掻きむしる。

 

「何か、すげえ汗出てるぞ! どうすんだ?」

「分からないよ! もしかしてさっき、ムーンキャンサーに何かされたんじゃ……!」

「クソッ! なんで色々知ってそうな子が真っ先に帰っちゃうんだよ……!」

 

 真司は嘆きながら、部屋の中を左右に歩き回りだした。

 友奈はアカネの傍で腰を落とす。

 どんどんアカネの汗が増えていく。そして、汗の量が増えるのに比例して、アカネの表情の苦悶が増していく。

 

「と、とりあえず拭こう! こういうのは、まず拭けばいい気がする!」

 

 友奈はアカネの額に乗せたタオルを掴み、再び水道で濡らす。絞り、余分な水分を押し出した。

 即座にアカネの顔の汗を拭きとったが、それでも彼女の容体は変わらない。

 友奈は掛布団を開き、彼女の襟元のボタンに手をかける。だが、即座にその手を止めた。

 

「……あ」

「ん?」

 

 絞ったと同時に、友奈は凍り付いた顔で真司を見つめた。

 

「し、真司さん! 今からアカネちゃんの体を拭くから!」

「お、おう……?」

「だから! ちょっと、ここにいたらまずいよ!」

「へ? ……て、ああっ!」

 

 合点がいった真司は、慌てて立ち上がる。

 

「わ、悪い!」

「本当だよ!」

 

 友奈は顔を赤くしながら叫んだ。

 

 

 

 友奈はアカネにべっとりとつく汗を拭いとる。だが、どれだけ拭っても汗は切れない。

 シャツを襟元から下まで開き、引き続き汗を拭きとっていく。

 その中で、アカネの胸元にそれを見つけた。

 

「これは……?」

 

 アカネの首から下げられているペンダント。彼女が文字通り肌身離さずに所持しているそれは、果たして量産品とは思えない神聖な雰囲気を宿していた。

 それは勾玉と呼ばれる、古来日本の伝統品。友奈は彼女の首から、そのペンダントを外してみた。

 

「何だろう……これ?」

 

 石でできた勾玉だが、それは明らかに自然の石とはまた別のもので作られていた。アカネの体温に触れて温まっていたはずなのに、それは氷のように冷たかった。

 その時。

 

「うわっ! 牛鬼!? どうしたの!?」

 

 友奈は反射的に両手で勾玉を挟んで掲げた。

 スマホから飛び出してきた白い妖精、牛鬼が友奈の手から勾玉を奪い取ろうとしていた。

 単純に見たい程度の好奇心ではない。無表情なのに、牛鬼の雰囲気からはその勾玉を破壊しようとする意図が感じられた。

 さらに、牛鬼は友奈の手を引っ張り___それも、今までの牛鬼からは想像もつかないほど強い力で___、その手から勾玉を取り上げる。

 

「あっ!」

 

 牛鬼は勾玉を掲げ、そのまま流れるように床に叩き落とす。

 すると、小さな勾玉は、いとも簡単に砕け散った。

 

「ああっ!」

 

 人の物を勝手に壊した。

 牛鬼を持ち上げ、友奈は勾玉の残骸たちに伏せた。

 

「牛鬼……! なんてことを! 人の物を勝手に壊しちゃダメなんだよ!」

 

 友奈はそう、牛鬼を叱りつけた。

 

「ん? どうした?」

 

 すると、騒ぎを聞きつけた真司が、ドアを開いて様子を窺っていた。

 当然中にいるのは、友奈、牛鬼、そして友奈によって服を脱がされているアカネ。

 

「うわあああああああっ! 真司さん、何で入ってきちゃうの!?」

 

 友奈はそう言って、思わず濡れたタオル(アカネの汗を拭きとっている最中の)を真司へ投げつける。

 投げながらも見事な形でそれは大きく開き、「バチン!」と大きな音を立てて真司の顔に張り付く。

 

「あ」

 

 投げてしまったらもう後の祭り。

 水の勢いを乗せた友奈の一撃は、あっという間に真司の意識を刈り取り、その場で気絶させてしまった。

 

「し、真司さあああああああん!」

 

 友奈の悲鳴が、アパートの中に響いていった。




コウスケ「ああ……春休みだっつうのに、何で大学に行くことになるんだか」
コウスケ「ん?」
???「あ」
コウスケ「お、星野みやこじゃねえか。久しぶりじゃねえか」
みやこ「おお、唐突なフルネーム呼び」
コウスケ「どうした? とうとう退学になったか」
みやこ「いや、普通に単位取得してるし」
コウスケ「……お前退学していなかったのか」
みやこ「してないよ?」
コウスケ「にしてもお前、前に比べて良く喋るようになったな。前は全然大学で喋ったことねえのに」
みやこ「そ、そうかな? それじゃあわたし、もう行くから」
コウスケ「ああ。じゃあな……ん?」
???「みゃー姉どこだー?」
コウスケ「こ、子供? おい、どうした?」
???「みゃー姉はどこだ?」
コウスケ「みゃー姉って誰だ?」
みやこ「ひなた!?」
コウスケ「お前の妹かよ!」



___あなたのすぐそばにいるよ 気ままな天使たち 雨ふりさびしい時には 笑顔で手を叩こう!___



コウスケ「お、カンペが出てきた……私に天使が舞い降りた! が今回のアニメか」
コウスケ「2019年1月から3月まで放送していたアニメだな」
コウスケ「校門でやってるように、引きこもり大学生の星野みやこが、妹のひなたちゃんと、その友達の白咲花ちゃんや姫坂乃愛ちゃんと交流していく……と。小さな女の子ばかりだな」
みやこ「待って!」
コウスケ「うおっ! びっくりした」
みやこ「もっと紹介するべきことがありますよ……!」
コウスケ「な、なに……?」
みやこ「それは……いつの間にかわたしの背後にいる……」
???「みやこさん……」
みやこ「この松本よおおおおおおおおおおおっ!」
コウスケ「ホラーじゃねえよなこれ!?」


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公私混同

「はい。ラビットハウスです。はい、出前ですね」

 

 可奈美が電話に耳をかけながら、メモを取り始めた。

 カウンターのこの場所からだと、彼女の一生懸命動く後ろ姿が微笑ましく思える。

 ハルトは欠伸をかみ殺しながら、ラビットハウスの外に目をやる。

 春。まだ今年の桜の開花宣言はされていないが、今日にいたるまでにポツポツと桜の開花そのものは目にしていた。だが、今日この降りしきる雨の中だと、おそらく明日には桜はほとんど残っていないだろう。

 

「出前か……じゃあ、俺が行くことになるのかな?」

 

 ハルトはそう言いながら、腰からコネクトの指輪を取り出す。

 雨の日ということもあって、わざわざラビットハウスなどという喫茶店には来ないのだろう。

 そんなことを考えていると、店のベルが鳴った。

 

「いらっしゃいませ」

 

 ハルトは即座に欠伸を止め、笑顔を見せた。だが、入って来た客を見て、ハルトはすぐに笑顔を真顔に変えた。

 

「……よっ!」

「お前かよ」

 

 多田コウスケ。

 ハルトや可奈美と同じく、聖杯戦争の参加者の一人。数日前にハルトが見滝原南で時を共にした響のマスターでもあり、このラビットハウスにも定期的に訪れている。

 

「お、今日人いねえのか」

「うるさいよ。カウンター前でいいよね?」

「おお」

 

 コウスケは頷いて、ハルトの前に腰を落とす。

 

「この前は響が世話になったそうだな」

「ああ、見滝原南のアレね」

「ああ、それってこの前の?」

 

 可奈美が話に入ってきた。

 

「可奈美ちゃん。電話は出前?」

「うん。チノちゃんに伝えてきたよ。ココアちゃんと張り切って作るってさ」

「分かった。それじゃ、俺が行くんだね」

「うん。でも、ちょっと時間かかるってさ。それでさ、今の話ってこの前ハルトさんが二日間かけて蒼井晶ちゃんを探してたときの話だよね?」

 

 蒼井晶。

 一度は聖杯戦争から脱落したのに、自らもう一度参加を選んだ少女。

 フォーリナー、時崎狂三と呼ばれるサーヴァントと契約し、当然その情報は仲間内では共有している。

 

「俺自身はどちらかと言うと響ちゃんに助けてもらった側なんだけどね。響ちゃんには本当に助かったよ」

「ああ、皆まで言うな。同じこと響にも言われたんだ。お前ら揃いも揃って謙遜しすぎじゃねえか?」

「そうかな?」

 

 でも実際そうだったんだから仕方ないじゃん、とハルトは付け加えた。

 アンチのことは余計な心配事として響と相談して伏せることにしたが、見滝原南に現れた怪鳥のことは包み隠さずに伝えてある。

 

「あはは……それよりハルトさん、コウスケさんの注文取ろうよ」

「ああ、そうだね。何頼む?」

「ああ……いつもの」

「どれだよ」

「アイスコーヒーだね!」

 

 ハルトの困惑を、可奈美が引き継いだ。

 笑顔を浮かべながらスタスタとカウンターの奥へ戻っていく。

 コウスケはコーヒーを淹れる可奈美の後ろ姿を眺めながら、にやりと笑みを浮かべた。

 

「なあ、ハルト」

「何?」

「可奈美って結構可愛いよな」

「いきなりだね」

 

 ハルトもコウスケと同じく可奈美の後ろ姿へ目をやりながら呟いた。

 可奈美の赤いラビットハウスの制服は、元々このラビットハウスに備え付けてあったものだった。聞けば、ココアの母親が友達のためにと無数に用意していたらしい。

 

「なあ、なあ」

 

 コウスケがにししと白い歯を見せながら、口元を抑える。

 

「お前、可奈美となんか間違いとかねえのか?」

「何期待してんの」

「お前そりゃ、同じ屋根の下で暮らしていて、何もねえなんてことはねえだろ?」

 

 間違い。間違い。

 

「……間違い!?」

 

 ようやくその言葉の意味を理解したハルトは、器官に水を入れてしまった。

 咳き込み、大きく背中を正した。

 

「びっくりした……何を言い出すかと思えば……そんなの、ないよ」

「お前マジかよ!?」

 

 コウスケはカウンターを叩いた。

 

「お前実は、世の中の男子が夢見る生活をしてるって自覚ねえな?」

「夢見る生活?」

「はいコウスケさん! アイスコーヒー」

 

 可奈美がコウスケが座るカウンターにアイスコーヒーを置いた。

 

「何? 何の話してるの?」

 

 至近距離にいたのに、話を聞いていなかったのか、彼女はぐいっと顔をハルトとコウスケの間に埋め込んできた。

 ハルトは手を振り、

 

「いや、何でもないよ? 別に……」

「何でもないってことはねえじゃねえか? 丁度いい」

 

 逃げようとするハルトの首を、コウスケがフックで引っ掻ける。

 小さく「グエッ!」と悲鳴を上げるハルトだが、コウスケは構わない。

 

「ぶっちゃけお前、ハルトのことどう思ってんの?」

「へ?」

「ストレートすぎるだろ! その反応次第で今後の俺と可奈美ちゃんの関係にヒビが入る可能性だってあるのに!」

「どうって……大好きだよ?」

「おおっ!」

 

 コウスケがさらに身を乗り出す。

 

「だって、いつも剣術の鍛錬に付き合ってくれるし! ハルトさんの剣にはいつもビックリだよ! やっぱり、魔法が混じって来ると普通の剣術とは全く違う引き出しがあるよね! この前の鍛錬の時も、色々……」

「だああああああっ!」

 

 可奈美が少しでも剣に関することを語り出したら止まらない。

 それを理解しているコウスケは、話を中断させるためにカウンターへヘッドバッド。

 大きな音が立つとともに、可奈美は体をずらして驚愕の表情を浮かべた。

 

「うわっ! 急にどうしたの?」

「カウンターを壊さないでね」

「そうじゃねえだろ!」

 

 悲痛な叫びを上げるコウスケ。

 

「なあ! ハルト!」

「何?」

「可奈美といい響といいあと友奈といい! 何でオレたちの周りの女子はこうも色気や浮いた話がねえんだよ!」

「ココアちゃんやチノちゃんも無さそうだしね」

「?」

 

 可奈美がはてなマークを浮かべている。

 

「あれ? 私、コウスケさんの質問に答えたよね? 私、ハルトさんのこと大好きだよ?」

「うん、ありがとう。でもそれはコウスケが望む答えじゃないってことは間違いないね」

「だああああああああっ!」

 

 再びどころか、コウスケは何度もヘッドバッドを繰り返す。

 

「もっとよぉ! 今時の若者らしく、もうちったあ浮いた話の一つや二つねえのかよ!?」

「俺たちに求められても困るよ」

 

 ハルトは可奈美と顔を見合わせる。

 可奈美は何が何だか理解していなさそうな顔でハルトを見返す。

 

「第一、お前だって響ちゃんとの共同生活長いでしょ? お前だってこそ、響ちゃんとなんかないの? ……そもそもサーヴァントとそういうのっていいのか?」

「バッカ言ってんじゃねえ! 響は確かに色々相棒としてはいいんだけどよ。こういう女って見方をすると……」

 

 コウスケが手で何かを示している。だが、ジェスチャーでは何も伝わらず、ハルトは「何?」と促した。

 

「響といると、全然女といると思えねえんだよ!」

「可奈美ちゃんもそんなタイプだと思うけど」

 

 ハルトは可奈美へ視線を流す。

 

「可奈美ちゃんも花より団子派だよね。……そういえば、刀使ってそういう浮いた話ないの?」

「浮いた話……?」

 

 そもそもそういう単語にさえ心当たりがない、という表情をしている可奈美に、ハルトは思わず噴き出した。

 そのとき、店の奥から新たな店員が姿を現す。

 水色の長髪が特徴の少女。現在ラビットハウスのシフトにいるメンバーの中では最も長らく働いているが、その外見は他の誰よりも幼く見える。

 ラビットハウスの看板娘であるチノは、ハルトを見上げながら言った。

 

「ハルトさん、注文のランチ出来ました。出前をお願いします」

「ああ、了解」

 

 ハルトは頷いてキッチンへ向かう。

 厨房に置かれているアルミ製の出前箱。その中にしっかりと保温材と注文のメニューが入っていることを確認し、抱え上げた。

 

「それじゃ、行ってくる……」

「コウスケさん、響さんはいないんですか?」

 

 出前箱に備えてある紐を伸ばし、肩にかけたところで、そんな会話が聞こえてきた。

 ハルトが目線を投げれば、チノがコウスケへ詰め寄っている。

 

「き、今日は来ねえよ。アイツに会いたいのか?」

「ええ……! とても!」

 

 チノの目がキラキラしている。決して他の人には見せないであろう彼女の表情を発動させる条件はただ一つ。

 

「相変わらず響ちゃんにお熱だね」

 

 ハルトは思わず微笑んだ。

 ハルトと可奈美が聖杯戦争に参加した最初の戦いで、チノは響に助けられた。その時、彼女は響に、同性ながら惚れてしまったようだった。

 

「アイツ今日はバイトだ。貧乏学生にアイツを養う余裕なんてねえよ」

「響ちゃんもバイトしているんだ」

「何のバイト?」

 

 可奈美も興味を持って尋ねた。

 コウスケはチノの顔を抑えながら、ため息をついた。

 

「コンビニだとよ。何でも、父親もコンビニで働いていたとかなんとか」

「どんな家庭事情だったんだろ?」

「さあな?」

「どちらですか? 響さん、どちらのコンビニで働いているんですか?」

 

 知って何するつもりだ、とハルトは尋ねる口を閉じた。

 すでにコウスケから響のバイト先を聞き出したチノは、可奈美へ振り返った。

 

「可奈美さん!」

「どうしたの?」

「私今日、シフトを離れます!」

「う、うん……え?」

 

 その時、可奈美の目が点になる。

 チノは引き続き、ハルトとコウスケに頼む。

 

「コウスケさん! 響さんのところに連れて行ってください! ハルトさんは、私をバイクに乗せて行ってください!」

「公私混同ってレベルじゃないな……」

「あはは……まあ、私はいいよ。どっちにしろ、この雨じゃ人も来なさそうだし」

 

 可奈美の快諾に、チノはぱあっと顔を輝かせた。

 

「ありがとうございます可奈美さん! そうと決まれば、早速行動です!」

「せめて出前を優先させてくれないかな……響ちゃんのバイト先ってどこ?」

「見滝原博物館の近くのコンビニだぜ」

「あー……」

 

 響と、見滝原博物館。

 それは、響が中心になって行われた聖杯戦争の一幕をいやでも連想させる。

 だが、そんな裏事情などを知らないチノは、水色の傘を持って店頭に立った。いつの間に用意したのか、同じく水色の合羽を着用している。

 

「こうして見ると、本当にチノちゃんって中学生には見えないよね」

「だよな。小学生には全然見えねえぜ」

「可奈美ちゃんはチノちゃんと同い年だったっけ?」

「同い年だよ」

 

 店から出ていったチノを見送りながら、可奈美は答えた。

 

「今年で中三。……私は今休学中だし、ラビットハウスでは16歳ってことにしてるけど」

「ああ……」

 

 ハルトは苦笑いを浮かべた。出前箱を背中に背負い、雨具を着込んで店の入り口に立つ。

 

「それじゃ、俺もそろそろ出前に行ってくるね」

「うん。気を付けてね」

「それじゃ、オレも帰ろうかねえ」

 

 コウスケは可奈美にコーヒー代を渡して、ハルトに続こうとする。

 

「何だ、もう帰るのか?」

「結局面白い話はなかったしな。お前に響の礼を言うのが目的だったしな」

 

 コウスケはそう言って、ハルトに続いてラビットハウスを出る。黒い雨模様を見上げ、「ああ……」とため息を付いた。

 

「傘、持ってきてねえんだよな……」

「予備のレインコート持ってこようか?」

「マジ? 助かるぜ」

「まあ、すぐにレインコートは回収したいから、見滝原公園に行く前に出前終わらせることになるけどいいよね?」

「ああ。全然ありがてえ」

 

 そうして、ハルトはコウスケに出前箱を背負わせ、二人乗りのマシンウィンガーで出前先へ行くこととなったのだ。




ココア「あれ? チノちゃんは?」
可奈美「あ、ココアちゃん。さっき出ていったよ?」
ココア「ええっ!? どこに?」
可奈美「響ちゃんのバイト先。コンビニバイト始めたんだって」
ココア「うう……妹が、響ちゃんにどんどん傾いていくよ……」
可奈美(もう手遅れな気がする……)

チリーン

可奈美「あ、いらっしゃいませ!」
???1「ああもうっ! やっぱり雨降ってきちゃったじゃない!」
???2「はむ。いっぱい走った。もう疲れた」
???3「わにゃ、ごめんね二人とも。ちゃんと天気予報見てなかったから……」
???1「仕方ないわよ。えっと、喫茶店に飛び込んできちゃったけど……」
可奈美「いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ」
???1「ど、どうすんのよ? だれか、お金持ってきてる?」
???3「ご、ごめんなさい。すぐに出ますので……」
ココア「可愛い! 新しい妹たちが三人もやって来たよ!」
可奈美「ココアちゃん! 初めてのお客さんにいきなり抱き着かないで! あ、驚かせちゃってごめんね。えっと……」
???123「「「……!」」」
可奈美「ココアちゃん、ものすっごく警戒されてるよ!」
ココア「ええ……? でも、可愛い妹たちが……」
可奈美「これ以上警戒されるよりも先にアニメ紹介どうぞ!」



___羽ばたきのバースデイ 行けるよね 未来へとFly High ホラ目合わせて 笑いあったら Go!___



可奈美「天使の3P! あ、ビックリマークまでが正式名称だよ」
ココア「2017年の7月から9月まで放送していたアニメだよ! 可愛い三人の妹たちが……」
可奈美「妹じゃなくて、三人の女の子だよ!」
ココア「バンド活動をしていくアニメだよ!」
可奈美「失意の中に会った主人公、貫井響(ぬくいきょう)くんが、彼女たちと触れ合うことでだんだん気力を取り戻していくアニメだよ!」
ココア「女の子たち三人も、リトルウィングという孤児院で一生懸命に生きている! うん、やっぱり妹にしたい!」
可奈美「ココアちゃん今回なんかヤバイ! あ、大丈夫だよ三人とも。私がいるから、ココアちゃんには手を出させないようにするからね?」
???3「う、うにゃ……」
???2「はむ。通報はしない」
???1「まあ、のぞみの美貌に惹かれるのも無理ないわね!」
可奈美「こっちもこっちで逞しい人多いね」


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出前

「ふう……」

 

 雨合羽を畳んだハルトとコウスケは、それぞれ出前の注文があった場所に辿り着いた。

 ラビットハウスから少し離れた川岸に位置している大きなマンション。長らくその地に根付いているらしく、少しヒビが入りながらも、それは地域の人々から長らく愛されているようにも感じる。

 

「やっと着いたか……」

「ここまで雨が強いとバイクでも面倒になるもんだな」

 

 ハルトに続いて、マシンウィンガーから降りるコウスケ。

 背負った出前箱が揺れないように支える彼は、ハルトに続いてマンションのエントランスに入って来た。

 

「あれ? 停電かな」

 

 エントランスに一歩足を踏み入れた途端に、ハルトの口からその一言が漏れ出た。

 外の雨の気温がそのままエントランスの中に伝わっているような感覚。体が寒さに痙攣を覚えるが、構わずに管理室の窓口へ向かう。

 

「こんにちは。ラビットハウスです。出前で来ました」

 

 管理室の内部へ声をかけるが、返答はない。しばらくしてからカウンターに設置されているベルを鳴らし、管理人の姿を待つ。

 だが。

 

「……来ないな」

「見回りじゃねえの?」

「だったら、立て看板とか置いてよさそうなものだけどなあ」

 

 ハルトはカウンターから中を見渡す。

 だが、電気が切れた管理人室は、もぬけの殻だった。だが、監視カメラのモニターだけは何故か動いており、遠目ながらエントランスにいるコウスケの姿まで見えている。

 

「仕方ない……とりあえず、先に荷物を届けよう。このままじゃ、出前が冷めちゃうし。後で帰ってきたら、謝るしかないかな」

 

 ハルトはそう言いながら、管理室入り口に置かれている来客名簿に自らの名前を書き記す。

 

「これで良し。宛名は……うわ、可奈美ちゃん部屋番号聞き忘れてる」

 

 取り出したメモには、住所と名前、メニューの三つは記されていたが、住所にはマンション名だけで、部屋番号の記載はない。

 

「コウスケ。悪いけど、名前探してくれない? 日野原さんって名前だから」

「あ~あ~分かってる。 皆まで言うな」

 

 コウスケはせっせと、郵便受けを探し始める。

 ハルトは探す彼の後ろでスマホを操作し、可奈美へ連絡を入れた。

 

『もしもし』

「あ、可奈美ちゃん。今少しいい?」

『どうしたの?』

「今回の出前さ、もしかして部屋番号聞き忘れてない?」

『あれ? ごめん、私、メモに書いてなかったっけ?』

「書いてなかったよ。これ、やっぱり聞いていないパターンだね」

 

 ハルトは頭を掻く。

 

「まあいいや。名前は分かってるから、虱潰しに探してみるよ」

『ごめん!』

 

 ハルトがスマホを切ったところで、コウスケから声がかかる。

 

「いたぜ!」

「お、いた?」

「ホレ、これだろ? 七〇一の新条さん」

「日野原さんだよ! 誰だよ新条さん」

「ああ、日野原さん、日野原さんな……七〇二だな」

「隣じゃん。お前絶対わざと間違えただろ」

 

 出前先の番号をハルトも確認する。念のために他の部屋の名前も確認したが、同じく日野原姓の住民はいないようだった。

 

「よし。それじゃ、行こうか……あ」

「どうした?」

「停電ってことは、やっぱりエレベーターは……」

 

 ハルトは肩をぐったりと落とした。

 エントランスのすぐ後ろに設置してあるエレベーター。一階に全て控えてあるが、ハルトがボタンを押しても反応はない。

 

「まあ、やっぱり動かないよね」

「ああ。……お客さん何階だっけ?」

「七階」

「ってことは……」

 

 コウスケの顔が青くなる。

 ハルトは「諦めて」と彼の肩に手を置いた。

 

「階段しかないね」

「だあああっメンドクセエ! ……なんってな?」

「何そのどや顔」

「普通の奴ならそうだろうけどよ? オレたちは違う。な?」

 

 コウスケはそう言って、指輪を見せつける。

 

「なって……まさか、エレベーターが使えないから変身しろってこと?」

「折角魔法使いなんだから、有効活用しようぜ。出前だって時間経っちまうと冷めちまうって、お前が言ったんだろ?」

「まあ、一理あるね。でも、見られたらそれこそ面倒だよ?」

「パッと行けばいいんだよ。ほら、行こうぜ」

 

 コウスケがそう言って、ハルトの腰に勝手に手を伸ばす。

 持ち主の許可もなく、勝手にエメラルドの指輪を取り出した彼は、「ほれ」とハルトに指輪を投げ渡す。

 

『ドライバー オン』

 

 そう言いながら、すでにコウスケは腰にベルトを発生させている。

 ビーストドライバー。

 彼が持つ、彼の異能を象徴する道具。

 

「まあ、いいけど」

 

 ハルトはそう言って、常に右手に備え付けてある指輪を腰に当てた。

 

『ドライバーオン プリーズ』

「こんなしょうもない理由で変身するなんてこと……あったわ最近」

「何したんだよ」

「魔法の実験に失敗した。変身」

「何だよそれすっげえ気になる変~身」

『ハリケーン プリーズ』

『L I O N ライオーン ファルコ ゴー ファ ファ ファ ファルコ』

 

 二色の風が魔法陣となり、ハルトとコウスケの体を貫いていく。

 ウィザードとビースト ファルコマント。

 それぞれ風の能力を持った魔法使いは、中庭を飛び上がり、一気に七階に着地した。

 

「ふう……そういやオレの場合変身しなくても良かったな。さ、ちゃちゃっと終わらせようぜ。ところで、何だよしょうもない最近の変身って」

「それ聞きたいの?」

 

 それぞれが廊下に立つと同時に、変身が解除される。

 たかが階段を昇る代わりの魔力消費は、思った以上に体力を持っていった。

 

「いや、あの……この前、新しい指輪作ったんだよ。そしたらそれが、変な魔法というか……暴発したというかなんというか……」

「ほう。暴発。何の魔法なんだよ」

「強烈な臭いの魔法」

「うわ。それ何に使うんだよ?」

「用途募集中。それより、早く済ませてしまおう」

 

 七〇二号室は、ハルトたちが降り立った場所のすぐ近くにあった。

 コウスケも出前箱を下ろしたのを見て、ハルトは呼び鈴を押す。

 だが、電気のない呼び鈴など動くはずもなく、ハルトはドアをノックした。

 

「こんにちは。ラビットハウスです。ご注文のランチお届けに参りました」

 

 ハルトは言うが、返事はない。

 もう一度、ノックと呼びかけ。だが、ノック音とハルトの声が響くだけで、他には何の音もなかった。

 

「留守か?」

「出前を取って留守って……まあ、たまにいるけどさ」

 

 ハルトは口を尖らせた。

 

「まあ、このマンションだけ停電しているみたいだし、外に出ているのも無理ないけど」

「その割には、オレたちここに来るまでの間に誰とも会わなかったじゃねえか」

「確かに……」

 

 そもそも、とハルトは考えなおした。

 可奈美がラビットハウスで電話を受けたのは三十分前。

 つまり、三十分前はまだ停電になっていなかった可能性が高い。

 

「三十分間だったら、そんなに遠くまで離れないと思うけどな。そもそもそれだったら、携帯で連絡くれそうなものだし」

「さっき可奈美に電話してたろ? キャンセル連絡はねえんだよな?」

「そうなんだよね。どうしたものかな……ん?」

「どした?」

 

 ハルトはそこで、異変に気付いた。

 築年数はおそらく十年から二十年ほどのマンション。そんなに傷むはずのないのに、あちらこちらの壁に亀裂が入っている。ところどころには大穴も開いており、とてもではないが生活しやすいとは思えない。

 

「何か、嫌な予感がするな……日野原さん? 日野原さん!」

 

 冷や汗が止まらない。力強くドアを叩くが、返事はなかった。

 

「おいおい、なんか焦りすぎじゃねえか?」

「杞憂だといいんだけど……なあ、コウスケ。このマンション、ちょっと傷みすぎじゃないか?」

「そうか?」

 

 やがて。

 

「……えっ?」

 

 ドアが外れた。

 力を入れていたとはいえ、人間の拳で果たしてドアが壊れるだろうか。

 傾いたドアが、やがてハルトの方へ倒れてくる。慌てて避けたハルトは、コウスケと顔を見合わせる。

 

「これ……一体……」

「おいハルト。見ろよ、アレ」

 

 コウスケが室内を指差した。

 玄関から見える室内の様子に、ハルトは言葉を失った。

 

「何だこれ……?」

 

 それは、果たして人が住む場所なのだろうか。

 全ての家具が、原型さえもとどめないほどに破壊されている。もはや粉みじんとも形容できるそれ。

 それは、内側から何かが膨張して押しつぶしたかのようだった。家具家電が内側の圧力で外側に潰れており、中には火花を散らしているものもある。

 

「おい、これどうなってんだ?」

「俺だって知りたいよ……お邪魔します」

 

 ハルトは靴を脱いで、静かに廊下を踏みしめる。靴下を伝って、無数の木材の破片の感覚がハルトを貫く。

 靴を履き直し、ハルトは再び廊下を歩いていく。時折ガラス片を踏み潰す音が聞こえ、靴下だった場合の危険性を訴えた。

 

「おい、何だこの臭い」

 

 ハルトに続いてコウスケも、部屋に入ってくる。不快感を隠しもせず、静かに足を進めている。

 廊下を通過し、リビングルームに足を踏み入れるハルト。壁に付けてあるスイッチを押すが、天井の蛍光灯が光ることはない。

 

「……ねえ、このマンション、そもそも停電なんてしてないんじゃないか? これ……」

「壊されてるとしか言えねえよな?」

 

 コウスケが天井を見上げながら言った。

 彼の目線を追いかければ、蛍光灯もまた粉々に押し砕かれており、天井もへこんでいる。内側から相当強い圧力をかけない限り出来ない所業である。

 

「一体何があったんだ?」

「少なくとも、俺が知ってる範囲だと、ここまで壊せるのは人間とファントムくらいだよ」

 

 ハルトは割れた花瓶を見ながら断言する。

 部屋の壁も、たまたま破壊の牙を逃れた柱くらいしか残っていない。

 

「お前、あえて避けてるだろ」

 

 箪笥だったらしき瓦礫を撫でながら、コウスケは吐き捨てた。

 

「……何?」

「ファントムは確かに絶望を振りまく危険な奴らだが、ここまで過剰な破壊はしねえ。一番分かってんじゃねえか?」

「……」

「十中八九。参加者だろ。オレたちと同じ」

「……」

 

 ハルトは唇を噛んだ。

 だが、コウスケは続ける。

 

「忘れてねえだろ? サーヴァントのルールの一つに、人間を食らえばその分強くなれる。さっき他でもねえお前が、ここの異変に気付いてんだろ。ここに来るまでの間に、人っ子一人見た記憶がねえ。それなのに、壊された壁は見た。……なあ、これやべえんじゃねえか?」

「……」

 

 否定の言葉が出てこない。

 そして。

 ハルトの前に、それは落ちてきた。

 木製かと思われた、茶色の物体。

 二本の長い部位がだらんと伸びており、その間には長い糸が無作為に伸びている。その間の丸い部位には、白い球体が二つ埋め込まれている。

 それは……

 人体___ミイラ。

 

「うわっ!」

 

 その姿に、ハルトとコウスケは同時に悲鳴を上げた。

 生気が抜けた目でハルトたちを見返すミイラ。服装や髪形から、中年女性のようだ。

 そして。

 

「もしかして……出前を注文した日野原さんって、この人……?」

「ま、マジか……? おい、待てよ。お前が可奈美から出前受け取ったの、そんなに前じゃねえよな?」

「……一時間も経ってない」

「つうことは……」

 

 コウスケが言いたいことは、ハルトにも分かっている。

 その時、どこかで物音が聞こえた。破壊された家具が倒れたのか、壁が崩れたのか。

 ハルトは、静かに彼女(・・)の腕に触れてみる。ミイラの水分が抜けきった体は。

 

「……まだ温かい」

「はあッ!?」

 

 その事実に、コウスケも青ざめる。

 さらに、物音は続く。

 破壊された机から食器類が落ち、数少ない無事だった部類が割れる。そんな音が、立て続けに発生している。

 

「何か……嫌な予感がするんだが」

「奇遇だね。俺もだよ」

 

 そう言いながら、ハルトは指輪をベルトに読み込ませる。

 

『コネクト プリーズ』

 

 見慣れた魔法陣より、銀色の銃剣、ウィザーソードガンを引き出す。同時にコウスケもその腰に付くベルトに手を当て、その中より武器を召喚した。

 ダイスサーベル。持ち手のすぐ上にサイコロが内蔵されており、彼の魔力を引き出す能力を持つ。

 そして。

 

「何か、いる……!」

 

 ハルトの視界、その端に何かが映った。

 太く、長い柔軟な動きをする生物的な何か。

 瓦礫と化した家具をすり潰しながら、それはピタッと動きを止めた。やがてハルトたちを見定めるかのごとく、うねり、その体を持ち上げた。

 

「なんだあれ……?」

 

 筋肉繊維のようにも見えるそれ。紅色の筋の集合体が、じわじわと持ち上がっていく。

 触手。

 そうとしか言いようがない。細長く、鞭のようにしなるそれと、その先端には銀の部位が備わっていた。

 

「なあ、これ……」

「こんな異常事態にある、異常なもの……もう、間違えようがないでしょ」

 

 そして、それ以上の言及は許されない。

 先端を蛇の首のように持ち上げた触手は、そのままハルトとコウスケに襲い掛かって来たのだから。



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触手の猛攻

「来たっ!」

「ぜっ!」

 

 ウィザーソードガンとダイスサーベルが、それぞれ触手を弾き返す。だが、たった二本だけだというのに、みるみるうちに追い込まれていく。

 触手はそれぞれ読み切れない動きをしながら、二人を部屋の対角線上に追いやっていく。

 

「おいこれ、本当に不味いんじゃねえのか!?」

「俺もなんかそんな気がする……! っ!」

『バインド プリーズ』

 

 魔法陣より発射される無数の鎖は、触手を捕え、縛り上げる。

 

「よし!」

「サンキューハルト! 次はオレだッ!」

『バッファ ゴー』

 

 コウスケは息巻いて、指輪を装填。

 赤い指輪は、彼の背中に牛の装飾とマントをもたらす。

 勢いを付けての体当たり。牛の力を秘めたそれは、触手に打撃、大きく打ち倒した。

 

「うっしゃあっ!」

「……! いや、ダメだ!」

『エクステンド プリーズ』

 

 触手が、まだ動いている。

 いち早く指輪の能力を発動させ、腕を伸縮自在に動かす能力を得て、コウスケの足を引っ張る。同時に、自力で捕縛の魔法より脱出した触手が、コウスケがいた空間を貫いた。

 

「あ、危ねえ……」

 

 コウスケが青い顔を浮かべる。

 ハルトは彼を隣に下ろし、目を合わせる。

 互いに頷き、それぞれベルトに指輪を当てた。

 

『ドライバーオン プリーズ』

『ドライバーオン』

 

 それぞれの詠唱とともに、二人の腰にベルトが現れる。

 ハルトには銀の。そしてコウスケには古代の。

 ハルトは即座にベルトの端についているつまみを動かす。すると、銀のベルト、ウィザードライバーのバックル部分が反転し、詠唱を開始する。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「変身!」

「変~身!」

 

 ハルトのルビーの指輪にカバーがかけられると同時に、コウスケが両手を回転させる。彼はそのまま、獣の顔をした指輪をベルトの左側のソケットに装填した。

 そのままソケットを捩じると、バックルに内蔵されているカラクリが動く。

 カラクリはそのまま、バックルの扉を開けた。扉より、獣の顔が現れる。金色のライオンの顔は、そのまま『オープン』と叫んだ。

 それこそがコウスケのベルト、ビーストドライバーの本当の姿である。

 

『L・I・O・N ライオン』

『フレイム プリーズ ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 赤と金。二つの魔法陣。

 それは、ハルトがウィザードに変身するのと同様、コウスケを金色の魔法使いに書き換えていく。

 ビースト。

 ライオンの顔をした古の魔法使いは、ウィザードとともに相槌を打つ。

 

「行くよ!」

「ああっ!」

 

 ウィザードとビーストは、それぞれの武器を起動させた。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 ウィザーソードガンの手のオブジェ、そしてダイスサーベルのスロット。一から六の数字をランダムに表示させるダイスサーベルへ、ビーストは右手に付けたままの指輪を装填する。

 

『フレイム スラッシュストライク』

『5 バッファ セイバーストライク』

 

 炎と猛牛。

 二つの赤い斬撃が、それぞれに対立する触手へ放たれる。炎と五体の牛たちの大暴れにより、触手たちの動きが封じられていく。

 だが、触手は即座に体勢を立て直し、またウィザードたちへ攻め立てていく。

 

『ランド プリーズ』

 

 だが、ウィザードは即座にトパーズの指輪を使用。

 ウィザードの足元より、黄色の魔法陣が現れた。

 

『ド ド ド ド ド ドン ドン ド ド ドン』

 

 魔法陣はゆっくりと地上からウィザードの体を上昇していく。赤から黄へとその姿を変え、機動性、および魔法の能力を犠牲に、物理能力に秀でた形態。その最も得意とする魔法は。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 防御の魔法。

 触手の前に発生した分厚い土壁。

 頑丈さが取り柄のそれは、触手に貫通される。だが、その動きを食い止めることができた。

 だが、即座に触手の先端が開く。まるで口のような造形をしている先端から、黄色の光線が放たれる。

 

「っ!」

 

 ウィザードは慌てて回避。発射された黄色の光線が室内を切り刻むのを見て、ウィザードはデジャヴを感じた。

 

「これ……見滝原南にいた、あの怪鳥と同じ……!?」

 

 光線の音は、あの超音波メスと全く同じものに思える。

 ウィザードは改めて触手を睨み、同時に数日前遭遇した赤い怪鳥を思い浮かべた。

 攻撃手段そのものは共通している。だが、怪鳥と触手。両者の形状に共通点が皆無である。

 

「ハルト! ぼさっとしてるんじゃねえ!」

 

 怒鳴られたことによって、ウィザードは我に返る。同時に、ウィザードを薙ぎ倒そうとした触手に蹴りを放ち、相打ちとなってバランスを崩しかける。

 一方、ビーストは右手に指輪を付け替える。

 

『カメレオン ゴー カ カ カ カメレオン』

 

 黄緑色の魔法陣とともに、ビーストの右肩にカメレオンのオブジェが装備される。

 長い舌が伸び、それは触手を打ち付けていく。

 だが、その間にウィザードは気付くことがなかった。触手のうち一本が、その背後に回ったことに。

 

「しまっ……!」

 

 ウィザードが気付くももう遅い。足を縛り上げた触手は、そのままウィザードを床へ叩き落とした。そのまま無数の床を貫き、ウィザードはどんどん下降していく。

 もう何階まで落とされただろうか。

 瓦礫を退け、ウィザードは周囲を見渡す。

 この部屋も、ウィザードたちが入った部屋と同じく踏み荒らされていた。

 色とりどりの家具だったのであろう物体が、これまた同じく原型を残さないほどに破壊されている。割れた窓から差し込む夕日が、部屋の惨状をより一層際立たせていた。

 そして、なにより。

 部屋の主と思しきミイラもまた、木材だったものの下敷きとなっていた。

 

「……っ!」

 

 ウィザード仮面の下で唇を噛み、今落とされてきた天井を見上げた。

 ビーストが戦っている階から、トンネルのように開けられた穴。そこから見える部屋には、どれ一つとして無事だと思える部屋が見つからない。

 おそらく、他の部屋もここと同じく、犠牲になっているのだろう。

 その時。

 

「ワン! ワン!」

「うわっ! い、犬!?」

 

 ウィザードの足元で、吠える愛玩動物の姿。

 柴犬が、ウィザードへ唸り声を上げながら、ミイラの足元にその姿を現したのだ。

 

「数少ない……生存者か」

 

 ウィザードは犬に接近する。

 だが、犬はその場から動かない。何度も何度も、すぐ背後で倒れているミイラ___おそらく飼い主___を守ろうとしていた。

 

「っ!」

 

 そして、ウィザードを追いかけて、それは現れる。

 触手。

 筋肉質の塊は、ウィザードを突き飛ばし、無力な餌()へ放たれた。

 

「やめろぉ!」

 

 ウィザードは叫ぶが、もう間に合わない。

 犬に巻き付いた触手の先端が、犬の体に突き刺さる。犬が悲鳴を上げると、ぐったりとその体から力が抜けた。

 

「っ!」

 

 ウィザードが、仮面の下で顔を歪ませた。

 ウィザードの前に落ちてきた、犬だったもの。白と茶色の愛らしい色合いは、生気のない黒一色となっていたのだ。

 

「そんな……」

 

 犬の体液を吸収しきった触手は、そのまま天井に空いた穴から戻っていく。

 

「待て!」

 

 ウィザードはジャンプして、触手を追いかける。

 土から風となったウィザードは、ジャンプで数フロアを飛び上がり、ビーストが戦う七階に戻って来た。

 

「はああっ!」

 

 着地と同時に、ウィザードは触手を斬り弾く。

 だが、ウィザードとビーストの攻撃に対して、触手たちの攻撃能力は下がることがない。

 

「埒が明かねえ! ハルト! 一気に決めるぞ!」

 

 ビーストの合図に、ウィザードは右手の指輪を入れ替える。

 ウィザードが指輪をベルトに読み込ませるのと同時に、ビーストも変身の時に使った指輪を再びソケットに装填していた。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

『ゴー キックストライク』

 

 そして発動する、それぞれの最強の魔法。

 そのまま、両者の右足に宿る風と獣の力。

 それは、群がる触手を弾き飛ばし、爆発させる。

 爆炎が晴れたころには、もう、触手の姿は、床に空いた大穴に消えていた。

 

「倒した……のか?」

 

 ビーストは、大穴を覗き込みながら呟いた。

 ウィザードも、彼に続く。

 

「そもそも、アイツは何だったんだ? この事件の犯人だってことには間違いないと思うけど」

 

 ウィザードは先ほどの犬のことを思い出した。

 あの触手が、犬を瞬時にミイラにした。体液を吸い上げる能力など、人間が食らえばと考えるだけでおぞましい。

 

「つうことは、どっちにしろ奴をしっかりとやっつけねえといけねえわけだ」

「……一度降りて、追いかけてみよう」

「そうだな。そうするしかねえよな」

『ファルコ ゴー ファ ファ ファ ファルコ』

 

 ビーストも頷いて、オレンジの魔法を発動した。

 オレンジの風が彼の方に、ハヤブサのオブジェを付ける。

 風を纏いながら、飛び上がった二人。

 だが。

 

「な、何だ!?」

 

 その異変がマンション全体に走る。

 揺れ。

 だが、それは地震のような自然現象ではない。

 どんどん震源が近づいてくるそれ。

 

「おいおいおい! これやべえんじゃねえのか!?」

 

 ビーストの言葉に、ウィザードも頷く。

 もう、マンションも持たない。グラグラという揺れと、部屋中に走る亀裂。

 そして。

 背後の室内の景色が、変わった。

 壁や床を突き抜けたのは、銀色の生物。

 

「なっ!?」

「コイツが、触手の本体かっ!? こんなデカブツが、マンションに物理的に潜んでいたってのか!?」

 

 生物___その巨体から、もう怪物と呼称するのが相応しい___が、胎動を始める。

 頭部らしきところに、黄色の球体。そして、それを円錐のように、銀色の骨格が覆っている。

 

「___」

 

 その顔を見た時、一瞬。ほんの一瞬。

 見滝原南で遭遇した怪鳥と、その顔の形が似ていると、ウィザードは思ってしまった。

 怪物が、唸り声を上げながらその球体を光らせる。

 ウィザードとビーストが反応する間もなく、怪物が叫ぶ。

 超音波にも匹敵する音声に、三半規管が狂いだす。

 そして。

 怪物___ムーンキャンサー。

 その特徴である触手から、あらゆる角度へ超音波メスが放たれた。

 戦場である普通のマンションを、無数に貫く黄色い光線。そんな攻撃を受ければ、普通の建造物が絶えられるはずもない。

 コンクリートのマンションは、溶けるようにゆっくりと崩壊していった。



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残骸と悪夢

リバイス最終回! 一年間ありがとうございました!
そして、ギーツ……これから一年間お願いします!


「ぐっ……!」

 

 瓦礫を押し倒す。

 自らの体を圧迫していたコンクリートを押しのけたハルトは、立ち上がると同時に倒れた。

 

「ゲホッゲホッ!」

 

 口から血を吐きながら、ハルトは咳き込んだ。

 もう一度立ち上がろうとするが、痛みで体のバランスを崩し、コンクリート片の上を転がり落ちた。

 

「ぐあ……っ!」

 

 落下したところで、さらに下がったところにあるコンクリート片に打撲する。

 全身の痛みに悶えながら、仰向けになった体は夜空を見上げる。

 満月の夜空を仰ぎながら、ハルトは無理矢理体を起こす。そこでようやく、自分が瓦礫の上に出てきたことに気付いた。

 

「これは……?」

 

 周囲を見れば、そこが出前で訪れたマンションであることに間違いはない。

 だが、大型マンションの姿は影も形も無くなっていた。あるのは、巨大な瓦礫の塊。ハルトは、その中から抜け出してきたのだ。

 そして。

 

「……っ!」

 

 それは、いた。

 触手の怪物(ムーンキャンサー)

 マンションに住んでいた住民たちを殺害し、ハルトとコウスケを追い詰めた怪物。

 それは、その目らしき黄色の器官で、ハルトを見下ろしていた。

 その巨体は、おそらく百メートル近くはあるだろうか。その黄色く発光する器官が、ゆっくりとハルトへ近づいてくる。

 

「……っ!」

 

 腕が。足が。体のあらゆる部位が、動かない。

 それは痛みによるものか。それとも、恐怖によるものか。

 呼吸すら忘れたハルトには、魔法を使うことも、ましてや変身することもできない。

 一方、怪物は、すでにハルトのことを敵だとすら認識していない。

 むっくりと体を起こしたムーンキャンサーは、そのまま天を見上げる。

 それにより、ようやくムーンキャンサーの身体、その全容が見えた。

 オレンジ色の柔らかな触手が無数に絡み合い、攻勢していくその胴体。それを、銀色の外骨格が包み込んでいる。胸には複数の青い結晶体が雨粒を散らしては輝いており、その中央にはさらに一際美しい宝石のような部位があった。

 まるで人間のような体形をしているが、その触手、および外骨格の肩部分にある突起がその印象を覆す。

 そして。

 雨空の合間から見えてくる月。

 ムーンキャンサーは、その触手を広げる。すると、触手と触手の間に虹色の幕が張られ、それはだんだんと大きくなっていく。

 あたかも翼のように広がっていく触手と幕。

 強烈な突風が雨風を吹き飛ばし、ハルトは思わず屈む。

 そして、ムーンキャンサーは。

 雨の夜空へ飛び上がっていった。

 

 

 

「……はあっ! はあっ!」

 

 ようやくハルトが呼吸を取り戻した時、すでに全身が雨に濡れ、冷え切っていた。

 

「コウスケ……? コウスケ! おい!」

 

 火の手も少なくない中、ハルトはともにムーンキャンサーと戦った仲間の名前を呼ぶ。

 だが、その声はただ夕焼けの中に反芻するだけだった。

 コウスケだけではない。

 マンションの住民が、誰一人としてその姿を現さない。

 誰でもいい。生き残りはいないか。まだ、ハルトが助けるのに間に合う生き残りは。

 触手の怪物の襲撃を潜り抜け、マンションの崩落に巻き込まれても、生き残りはいないか。

 

「……っ!」

 

 いるわけがない。

 ハルトはその事実に、力なく膝を折った。

 より強くなっていく雨。空を見上げていると、ハルトの視界がだんだんとぼやけていった。

 

 

 

___違う……_____じゃない!___

_______はどこ!? _____を返して!___

 

 暗い、雨。崩落した建造物の中、ただ一人泣き叫ぶ少年。

 そして、瓦礫の中から、顔を覗かせる少女。

 

 

 

「あああああああああっ!」

 

 ハルトは記憶を振り払う。

 

「違う……違う違う! 俺は何もやってない! 俺じゃないんだ……俺じゃ……! いや、俺が……俺がやったんだ……!」

 

 膝を折ったハルト。すると、ビチャリと水の音が鳴った。

 だんだんと過去の光景と類似していく。

 崩壊した建物。火。そして、体を凍てつかせる雨。

 だが。

 何かが落ちる音がして、ハルトは我に返った。

 内側からどかされた瓦礫。そして、その中から現れたのは。

 金色の指輪を付けた手。

 

「コウスケ!」

 

 ハルトは即座にその手を掴む。

 左手で引きながら、右手で指輪を発動。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 ハルトは魔法により、腕を巨大化。その腕の周囲にある瓦礫を退けた。

 

「コウスケ!? 大丈夫か!?」

 

 瓦礫を粗方片付けると、呻き声を上げながらも、命に別状が無さそうなコウスケの姿があった。

 頭から血を流しながらも、ビーストという異能の力によって生存能力を高めたコウスケ。彼を引っ張り出したハルトは、そのままコウスケを横にする。

 

「悪ぃ……これ以上は無理だ」

 

 コウスケが苦しそうに答える。

 ビーストという鎧に守られてはいたものの、ムーンキャンサーの猛攻とマンションの質量に襲われた彼が五体満足で生き延びたのは奇跡に等しい。

 だが、あちらこちらがすでに満身創痍となっており、これ以上の戦いを望むのは無理というものだろう。

 

「お前……まだ、動けるのか?」

「あ、ああ……」

 

 頷いたと同時に、ハルトの全身が痛みを訴えた。

 体勢が維持できなくなり、コウスケの前で崩れる。だが、すぐさまに肩を奮い立たせた。

 

「奴は……」

 

 ハルトは唇を噛みながら、ムーンキャンサーが飛び去って行った方角を睨む。

 すでにあの巨体は、雨雲の向こう側へその姿を消している。

 あれ(・・)が聖杯戦争とどう関係しているのか、ハルトには分からない。だが、見滝原の外に出られる者であれば、尚更危険であろう。

 だが、目の前のコウスケを放っても置けない。

 ハルトはコウスケを背負おうと身をかがめ、腕を掴む。

 だがコウスケは、そんなハルトを突き飛ばした。

 

「オレのことはいい……! それより、奴を追え!」

「でも……」

「いいから行け!」

 

 コウスケはハルトの襟首を掴みながら怒鳴った。

 

「アイツをこのまま野放しにしておくのはまずいだろ!」

「……去年の中学校の時とは違う。今のお前を放っては……」

「皆まで言うなよ」

 

 コウスケが白い歯を見せる。

 額から流れる血が、彼の歯を赤く染めており、それだけでその爽やかな印象が大きく変わって来る。

 

「……分かったよ……! せめて、安全なところまで運ぶからな」

 

 ハルトはコウスケを背負い、マンションの瓦礫の山から川へ向かって降りていく。

 川岸の公園。雨の影響で誰もいない野球場、そのベンチにコウスケを寝かせた。

 

「奴を倒したら、すぐに戻って来るからな。待っていてよ」

「皆まで言うな。幸い雨だ。この血を洗い流したら、一人で帰るぜ」

「……何かあったら、すぐに連絡してよ」」

 ハルトはコウスケに念を押し、指輪を発動させた。

 

『コネクト プリーズ』

 

 発動する魔法陣。

 同時に全身を痛みが襲うが、それでも無理矢理その手を魔法陣に突っ込む。崩壊したマンションのすぐ近くに停車してあったマシンウィンガーを引っ張り出し、すぐに跨る。

 そのまま、アクセルを入れるハルト。

 後ろ髪を引かれる思いを感じながら、ハルトは騒ぎが大きい方へと急いでいった。

 

 

 

「やべえ……割と真面目に頭がボーっとしてきた……」

 

 ハルトを見送ったコウスケは、ベンチで横になりながら、額に手のひらを当てた。

 

「悪ぃ響……あの化け物を止めてくれ……!」

 

 もう立つことさえままならない。

 雨に流れていく血の味を感じながら、コウスケはその右手を持ち上げた。

 

「令呪を使うぜ……オレはこれ以上、もう戦えそうにねえ……」

 

 三画の令呪。

 ムーと呼ばれる太古の遺跡で一回使い。

 そして、今回。

 残り二回の命令権、その内一回が行使された。

 

 

 

 同時刻。

 

「何あれ……!?」

 

 ラビットハウスを飛び出した可奈美。

 誰も彼もが騒ぎ立て、上空を見上げている。そして、その巨大さ、全身から体にひりつくその禍々しさに、誰もが恐怖を浮かべている。

 上空を泳ぐ、虹色の怪物。翼が不自然なまでに揺らめき、それが飛行能力を備えているとは思えない。

 一度空高く舞い上がった怪物は、地上近くに高度を落とし、可奈美たちがいる地上近くを滑空。

 その突風は木組みの街のガラスを粉砕し、可奈美をはじめ人々の体を吹き飛ばしていく。

 

「うわわっ!」

 

 体が飛ばされながらも、ラビットハウス二階の窓の縁を掴まえる。

 可奈美はそのままラビットハウスの中に転がり込み(そこはハルトの部屋だった)、大急ぎで自室の御刀、千鳥と、目覚めの鈴祓いを掴み取る。

 可奈美はそのまま、自室の窓から外へ飛び出す。

 ジャンプと同時に、鈴祓いを鳴らした。

 

 

 

「あれって……まさか、ムーンキャンサー!?」

 

 アルバイトを終え、アカネの手助けに戻ろうとしていた友奈。

 一瞬上空のその美しさに見惚れたが、その危険性は誰よりも知っている。

 同時に、以前ムーンキャンサーと戦った際、関わった者たちの顔が友奈の脳裏を過ぎった。

 真司は、アカネは。

 行方不明のアンチは。

 あらゆる嫌な想像が友奈の脳内を駆け巡る。

 だが、それを振り切るように首を左右に振った。

 右耳、嗅覚。次はどこか。

 そんな細事を気にすることなく、友奈は駆け出す。

 

 

 

「コウスケさん……? 奴を止めろって……あれのことッ!?」

 

 チノと別れた響は、体に走った命令に従って急ぐ。

 コウスケが令呪を通じての命令は、どこにいるのかも分からない怪物へ、響の足を運んでいく。

 そして、いた。

 上空を泳ぐ怪物、ムーンキャンサー。そのの巨体が滑空するたびに、建物が壊されていく。

 コウスケの令呪が響に与えたのは、完全なるリミッターの解除。

 宝具___サーヴァントの切り札でさえも、使うことが許されていた。

 響は首から下げられていたペンダントを掴む。

 

 

 

 そして。

 

「祭祀礼装・禊!」

「満開!」

『Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl』

 

 三つの光が、夜空のムーンキャンサーへと迫っていった。



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邪神降臨

六章はそもそも、今回の話の元ネタを原作で見たところから始まりました。
今まではサーヴァントのクラスから合うキャラを探していましたが、今回は逆に、このキャラを出したいから、ムーンキャンサーをあてはめました。原作のこのシーンを見ていただければ、ムーンキャンサーだって感じます。

そして、ムーンキャンサーの原作、特に今回のシーンは、特撮好きの方には是非見ていただきたいです


 満天の夜空。

 雲海を突き破り、満月の夜空にそれは現れた。

 大きな翼を広げた、天女。見る者の息を奪うようなそれは、空を泳いで移動する。

 ゆっくりと、音もなく。あたかも水の中を泳ぐそれは、雲を切って進んでいく。

 サーヴァント ムーンキャンサー。

 新条アカネが召喚した、第二のサーヴァント。

 それは、マスターである新条アカネを求めて、見滝原の上空を泳いでいく。

 見滝原と呼ばれる街を見下ろすムーンキャンサー。その特異なる出自を持った身体能力は、ムーンキャンサーに最強の五感を与えてくる。

 

「待って!」

 

 その後を追いかける、三つの光。

 ムーンキャンサーは、静かにそれに振り向いた。

 紅、桃、黄の光。

 それは自らと同じ、聖杯戦争の参加者。クラスも名前も知る由のない参加者。

 祭祀礼装、満開、絶唱。

 それぞれが用いる最大戦力で、三人の参加者はムーンキャンサーに相対しながら宙に浮いていた。

 

「あなたは……一体何?」

「これは、参加者なの?」

「ムーンキャンサー……っ!」

 

 三者三様の反応を見せる参加者達。

 唯一、ムーンキャンサーを知るのは、花びらを舞わせ、巨大な腕の装備を持つサーヴァント、セイヴァーである勇者。

 そして、残りの二体の敵を睨み、その正体も理解した。

 セイヴァーのマスター。その正体は刀使であると、聖杯によりインプットされた知識が語る。

 もう一人、白と黄の姿を持つランサーのサーヴァント。奏者と呼ばれる、自らの出自にも通じる聖遺物と呼ばれるものの力。

 勇者へ、二人の参加者は目線を向けている。

 

「友奈ちゃん、アイツのこと何か知ってるの?」

「……昨日、戦ったんだよ。トレギアのマスターを取り込んでいたけど、助けて今はわたしたちの家にいるはずなんだけど……」

「トレギアのマスター!?」

 

 えその言葉に、強く振り向く刀使。

 だが、それ以上、彼女たちの会話を許す道理はない。

 ムーンキャンサーの触手より放たれた超音波メスが、彼女たちの会話を斬り落とす。

 

「とにかく、まずはアイツを止めよう……!」

 

 刀使は白い衣装を振り払う。

 巫女服を思わせる形をしているのに、どこにその力があるのだろうか。超音波メスは裾に阻まれ、霧散していく。

 

「よし……! 祭祀礼装なら、アイツの攻撃も防げる……!」

 

 刀使はさらに、ムーンキャンサーへ接近してくる。三人の中で特にスピードに秀でた刀使は、そのままその赤い刃を振るう。

 

「迅位斬!」

 

 無数の触手を掻い潜り、ムーンキャンサーの身体へ赤い斬撃を放った刀使。彼女のその斬撃は、ムーンキャンサーの動きを鈍らせたが、それはほんの少しだけ。

 ムーンキャンサーはすぐさま、胸元にいる小さな刀使を見下ろす。無数の触手が、一斉に超音波メスを放った。

 だが。

 

「させない!」

 

 それを防ぐのは、勇者。

 巨大な腕を盾にして、超音波メスを防ぐ勇者。

 またしても彼女に阻まれたムーンキャンサーの攻撃。即座に、夜空は桜の花びらに支配された。

 

「満開! 勇者パアアアアンチ!」

 

 無数の花びらの中から、勇者が巨腕の拳を放つ。

 それはムーンキャンサーの顔面に命中。大きくその顔を揺らし、雲海に落ちていく。

 だが、それはまだムーンキャンサーへのダメージにはなっていない。そのまま雲海へ方向を定め、一気に急降下していく。

 

「あっ!」

「待って!」

 

 三人の参加者は、ムーンキャンサーを追って雲海を飛び込んできた。

 雲海の下となれば、そこにあるのは当然見滝原の街並み。

 その直上を滑空するムーンキャンサー。自らを驚愕と恐怖の表情とともに見上げる小さい人間たちを見下ろしながら、ムーンキャンサーは摩天楼の中を突き進んでいく。

 ムーンキャンサー速度はマッハ9を誇る。その動きを中心にソニックブームが発生、見滝原のビル群のガラスを破壊し、町に破片の雨を降らせていく。

 

「いけない!」

「嘘でしょッ!」

「危ない!」

 

 刀使、奏者、勇者が口々に叫ぶ。

 彼女たちは落ちていく窓ガラスの下に先に入り、その身を挺してガラスの雨から人々を庇っている。

 

「ねえ! どうしてこんなことするの!? 話し合えば、私達だって協力できるかもしれない! お願いだから、話してよ!」

 

 ガラスの雨を一身に受けながら、奏者が訴える。

 だが、ムーンキャンサーは耳を貸さない。再び雲海を抜け、上空へ舞い戻る。

 

「逃がさない!」

 

 そのすぐ後を追随する刀使。少し遅れて、奏者と勇者もそれに続く。

 ムーンキャンサーは身を翻して刀使の斬撃を避け、急直下。勇者の装備に体当たりでダメージを与え、奏者に真っすぐ向かっていく。

 奏者は、両腕のシリンダーを解放させる。

 彼女の後方へ長く伸びていくシリンダー。それは、引き金のように、ムーンキャンサーとの接触と同時に伸縮された。

 

「我流・特大撃槍!」

 

 奏者が繰り出した、最大威力の拳。かつては月の欠片を破壊することにさえも貢献したその力は、ムーンキャンサーを弾き返し、その進撃を食い止めた。

 

「ねえ! あなた、参加者なの? 目的があるなら、協力するから攻撃を止めてッ!」

「響ちゃん! ダメだよ!」

 

 ムーンキャンサーは、奏者へ反撃として、その触手より火球を吐き出した。

 高温のあまりプラズマと化した火球は、奏者の前に割り込んだ勇者の拳によって打ち砕かれる。

 

「話が通じる相手じゃない! ここは、戦うしかないよ!」

 

 さらに、満開によって装備している剛腕の攻撃。ムーンキャンサーの巨体であっても、無視できない大きさの拳。それは、何度もムーンキャンサーとぶつかり合い、やがて触手によって薙ぎ払われた。

 

「友奈ちゃん!」

 

 飛ばされていく勇者を、刀使が受け止める。

 二人を一網打尽にしようとムーンキャンサーは触手を放つが、その前に刀使が再びその剣を赤く染め上げる。

 

「太阿之剣!」

 

 赤い光が、オーラとなってその剣の刀身を伸ばしていく。それは、ムーンキャンサーの大きさにも匹敵するほどのものとなり、ムーンキャンサーの触手を切り裂いていく。

 即座に触手は再生され、ムーンキャンサーはさらに刀使へ攻撃を加えていく。

 体勢を立て直していない刀使は、そのまま触手の打撃を受け、弾かれる。

 

「可奈美ちゃん! やるしかない……ッ!」

 

 右腕を突き上げる奏者。

 彼女を包む唄が右腕に集い、その形を変貌させていく。

 拳を、より鋭く、より長い槍へ。

 

「我流・超級撃槍烈破ッ!」

 

 まさにランサー。彼女のクラスの名前に違わぬ勢いで、それはムーンキャンサーが防御として繰り出した触手の壁を貫く。

 ムーンキャンサーは痛みから声を上げるが、致命的とは程遠い。

 一度天に翻り、再び奏者へ牙を向ける。黄色の超音波メスを集中的に放ったが、またしても勇者がその巨大な腕で防御する。

 超音波メスが一切通じない勇者。それを確認したムーンキャンサーは、優先的に倒す対象を勇者に切り替えた。

 

「友奈ちゃん! 危ない!」

 

 勇者を守ろうとする刀使。振り抜くその刀に、虹色の光が集っていく。

 

「無双神名斬!」

 

 彼女の剣より放たれる、虹色の斬撃。

 無数の斬撃を内包するそれ。一目見た途端、ムーンキャンサーはその脅威を認識し、上空へ回避。

 刀使の頭上を横切り、一気に勇者に肉薄する。

 

「っ!」

 

 勇者は歯を食いしばりながらも、拳でムーンキャンサーと応戦してくる。

 大きな質量同士がぶつかり合い、夜空に打撃音が響き渡る。 だんだんとムーンキャンサーが優勢になっていく。

 

「「友奈ちゃん!」」

 

 勇者の救援に駆け付ける刀使と奏者。

 彼女たちの気配を察したムーンキャンサーは、触手で勇者を掴まえる。そのまま二人に勇者を投げつけると、その巨大な腕に刀使と奏者がぶつかり、その動きが止まる。

 その隙に、ムーンキャンサーは触手の先端を開いた。

 生成されていく火球。それは、太陽の表面温度さえも突破し、プラズマとなる。

 放たれる、二つのプラズマ火球。

 刀使が再び虹色の斬撃を放ち、火球の威力を減らすが、それでも彼女たちを焼き尽くすことができる威力であることに変わりはない。

 三人の表情が火球に照らされて絶望が露わになった途端。

 夜の空を、より暗い闇の柱が立ちはだかった。

 突然の色の変化に、ムーンキャンサーもまた驚きを示す。

 闇は、やがてプラズマ火球を吸収していく。

 そして、闇が晴れた時。その場に、それがいた。

 

「キャスター……さん!」

 

 それは、彼女たちのうち誰の声だったのか。

 夜よりも尚深い闇を体に纏わせた参加者、キャスターの姿がそこにはあった。

 これまで戦ってきた参加者の中で、まだ成長前だったとはいえ唯一ムーンキャンサーが敗戦を喫した相手。

 彼女はムーンキャンサーを油断なく見つめながら、背後の三人の参加者たちへ告げた。

 

「お前たちは下がれ」

 

 キャスターの登場により、ムーンキャンサーに緊張が走る。

 漆黒の翼を広げる甲冑の彼女は、一度縮めた腕を広げる。すると、漆黒の闇が彼女の両手から放たれていく。

 ムーンキャンサーは大きく触手の膜を広げ、その起動能力でキャスターの攻撃を回避。そのまま、キャスターへすべての触手を向けた。

 一方キャスターも遅れてはいない。最初の触手を後退して回避し、その傍らに浮かぶ本がページを開く。

 ページに現れる赤い魔法陣。どことなく恐竜の顔を模した模様のそれが顕現すると同時に、キャスターの正面にも同じく赤い魔法陣が出現した。

 

「ジェノサイドブレイザー」

 

 魔法陣が恐竜の頭部の形へと歪んでいく。

 それは、その口から巨大な炎を放ち、夜の雲海を赤く染め上げる。ムーンキャンサーもプラズマ火球を数発放ち、彼女の攻撃と相殺させた。

 燃え広がっていく炎。

 刀使、奏者、勇者。そしてキャスター。敵対している参加者たちの姿が、炎の影に見えなくなっていく。

 やがて空一面を覆っていく炎が、視界そのものを埋め尽くすころ。

 ムーンキャンサーは、目的を優先させることにした。

 そのまま、雲海に下降していくムーンキャンサー。その目的地は、この聖杯戦争の舞台である見滝原の中心、見滝原中央駅。

 人々が集まる夜の中心街に、巨大なサーヴァントは降臨したのだ。

 

 

 

___その日、見滝原上空に現れた謎の巨大生物。それは、満月の光を受けながら、オーロラのような光を地上に齎した。その大量に撮影された映像、写真。その色合いの美しさから、虹の女神と同じ名を与えられた。すなわち、その正式名称は___

 

 

 

___邪神イリス___



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ぶっ壊したい

「あれ? 開いてる……?」

 

 アパートのドアノブに鍵を差し込んでも、開錠音が鳴らない。そのまま開けると、アカネが眠る布団が敷かれる1Kの部屋が目に飛び込んできた。

 

「友奈ちゃん? いないのか?」

 

 部屋に入った真司は、同居人の不在に眉を顰める。

 換気が行き通った室内には、寝息を立てるアカネの姿しかいない。昨夜からずっと眠り通している彼女の傍に歩みながら、真司は友奈の姿を探し続ける。

 

「今日バイトじゃなかったよな……? アカネちゃんを置いて一体どこに行ったんだ?」

 

 隠れられるような場所もないアパートの一室。真司はアカネの額に置いてあるタオルを回収し、水道の蛇口から水で冷め直す。

 再びアカネの額にタオルを乗せる。すると、突然の冷たいものが頭に乗った影響か、驚いた表情でアカネが飛び起きた。

 

「うおっ!」

 

 タオルを手に持ったまま、真司は尻餅をついた。宙を舞ったタオルはそのまま真司の頭に乗り、冷や水を被った感触に真司は二度怯む。

 アカネは左右を見渡し、自分が見たこともない場所にいることを認識した。完全な警戒の表情を浮かべ、掛布団を握りながら真司を睨んでいる。

 

「……誰?」

 

 裸眼だからか、それとも警戒によるものか。アカネは目を細めて、真司を凝視している。

 

「あ、驚かせてごめんな。俺は城戸真司。えっと……アカネちゃん、でいいんだよね?」

 

 だが、アカネは微動だにしない。より一層掛布団を力強く握りしめながら、真司へ投げる目力を強めている。

 真司はアカネの傍に置いてある眼鏡を拾い上げ、彼女に手渡した。

 

「ほら、眼鏡。これ無いと見えにくいだろ?」

「……」

 

 アカネは恐る恐る、真司から眼鏡を受け取った。ゆっくりと眼鏡のフックを開き、着用する。

 

「……誰?」

「ああ、そっか。面と面では会ってなかったっけ」

 

 真司はほほ笑みながら懐から龍騎のカードデッキを取り出す。

 龍のエンブレムを見た途端、アカネは掛布団を放り捨て、壁に張り付く。

 

「サーヴァント……!」

「ああ、落ち着いて落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから」

 

 真司はカードデッキをしまって、両手を上げた。攻撃の意志はないことを訴えるが、それでアカネは警戒をやめるはずがない。

 

「トレギア! トレギアっ!」

 

 アカネは叫ぶ。

 だが、フェイカーのサーヴァントが姿を現すことはない。

 反射的にカードデッキを掲げて、腰にVバックルを出現させた真司だったが、闇の仮面が出てくる気配がないことを確認すると、カードデッキを再びポケットにしまい直した。

 だが。

 

「令呪!」

 

 アカネは、右手を突き上げる。

 三画全てが残る手首の令呪、その上の手の甲には、三分の一が欠けた仮面の形をした令呪が刻まれていた。

 トレギアのものだと思われる令呪は、再び蒼い光を放ちだす。

 

「今すぐここに来て! サーヴァントが……うっ!」

 

 だが蒼い光は、時間が経つごとにどんどん弱まっていく。やがて完全に光が消失し、ただの黒い刺青と化した令呪を見下ろし、アカネは悲鳴を上げた。

 

「トレギア! どうして!? 何で!? 令呪って、何よりも優先じゃないの……!?」

「だから大丈夫だって!」

 

 真司はもう一度訴える。カードデッキを床に放り、足でアカネのもとへ蹴り流す。

 

「ほら! これで俺は何も出来ないから! な? だから、安心してって」

「……」

 

 アカネは令呪がある手首を掴みながら真司へ警戒の視線を送り続ける。

 真司は苦笑いを浮かべながら、コホンと咳払いをする。

 

「えっと、ほら。俺たち昨日はバチバチしてたから、自己紹介もしてなかっただろ? ほら、メシ食いながら話そうぜ」

 

 真司は冷蔵庫の中から作り置きしてあった餃子を取り出す。中古で購入した電子レンジに入れて、あっという間に焼き上げる。

 

「出来たぜ。コイツでも食って、腹割って話そうじゃねえか」

 

 だが、アカネの表情に変化はない。

 困り果てた真司は頭を掻き、餃子を盛った皿を畳の上に置いた。

 

「俺は城戸真司。それとも、ライダーのサーヴァントって言った方がいいかな? 得意料理はこの通り餃子だ。ほら。うまいぜ?」

 

 食器入れから箸を二膳取り出し、片方を皿に置く。もう片方で餃子を掴み、食べてみせる。

 毒など入っていない。それを証明するように、真司は置かれている餃子を一つ、食して見せた。

 アカネはそれでも、真司を睨み続けている。

 やがて息を吐いたアカネは、「で」と言葉を発した。

 

「何が目的? そもそも、何で私の名前知ってんの?」

「そりゃ友奈ちゃん……あ……俺と一緒にいたあの女の子から聞いた」

「そもそも何でそっちは名前知って……アンチ君かぁ」

 

 アカネは頭を抑えて項垂れた。

 

「あの子本当に邪魔だったなあ……作る必要なかったじゃん」

 

 アカネはそう言って、観念したかのごとくしゃがみ込んだ。

 

「ちょ、ちょっとどうしたの?」

「何かもうどうでもいいって言うか……何もかも上手くいかなくて、もういいやってなった」

「もういいやって……」

「トレギアは私の令呪に反応してくれないし、肝心のムーンキャンサーは私の手に入らないし、結局私自身は敵のサーヴァントに掴まっちゃって……もうどうでもいいやって

 

 首を傾けたアカネは、光のない目で真司を見上げる。

 

「もう煮るなり焼くなり好きにすればいいじゃん。綺麗ごと言ってさ……どうせ私を殺すことが目的なんでしょ?」

「そんなことしないよ。第一、それが目的だったら君をここまで連れてきたりしないし」

 

 真司はカードデッキを回収しながら苦笑した。

 

「俺の目的はただ一つ。こんな、聖杯戦争だなんてバカみたいな戦いを止めること。それだけだよ」

「はあ? 何それ」

 

 真司の言葉に、アカネは嫌悪感を露わにした。

 

「せっかく何でも願いが叶うのに、それを辞めさせようだなんて馬鹿みたいじゃん」

「……じゃあ、君の願いは何なのさ」

 

 むっとなった真司は、アカネに問いただした。

 アカネは静かに立ち上がり、窓際へ移動する。窓から見える見滝原の景色を眺める彼女は、静かに告げた。

 

「……い」

「へ?」

 

 ほとんど聞き取れない、

 だが、真司が耳を傾けたタイミングで、アカネは怒鳴り散らした。

 

「ぶっ壊したいの! この世界を……全部!」

 

 アカネは思い切りアパートの壁を叩く。

 だが、白くひ弱な彼女の拳では、たとえ老朽化したアパートであっても傷一つ付けることはできない。

 だが、アカネは続ける。

 

「何もかも……私の想い通りにならないこの世界を全部」

「思い通りにならないって……!」

「外は怖いし、中は狭いし、願い叶えるのは面倒だし、トレギアは勝手にどこかに行くし!」

 

 だんだんとアカネの声が大きくなっていく。

 

「おばちゃんは気安く話しかけてくるし、犬は怖いし管理人は睨んでくるし! こんなの嫌だから、壊すんだよ!」

 

 一度叫びきったアカネは、ぐったりと肩から力を抜いた。

 

「トレギアが現れた時は嬉しかった……! これで、私の怪獣たちに世界を壊してもらえる……!」

「何だよそれ……ただの我儘じゃないか」

 

 真司は頭が痛くなった。

 同時に、脳裏には別の___見滝原ではない(・・・・)デスゲームが思い出された。

 同じく、思い通りにならない世界を何度も壊し(やり直し)続けたデスゲーム。

 

「いくら自分にとって都合が悪いからって……それじゃ、本当にゲームと同じじゃないか! この世界は、お前のものじゃないんだぞ!」

「うっさい!」

 

 アカネは真司を突き飛ばし、そのまま駆けだしていく。

 

「あ、待って!」

 

 真司は慌てて、その後を追いかけていった。

 アパートを出て、陽が沈んだ夜の街を走っていく。

 だが、アパートを出てすぐに真司を迎えたのは。

 

「おい、何だアレ!?」

 

 突然聞こえてきた、誰かの一声。

 夜空の遥か上空。真司とアカネがつられて空を見上げれば、静かな夜空にオレンジの光が見えた。

 

「何だ……? あれ」

 

 真司が目を凝らす。

 星々を隠す、強烈な光。それは、だんだん大きくなっていく。

 それは、発光体が近づいていることであって……

 

「あ、危ない!」

 

 真司は慌ててアカネを抱きしめ、しゃがませる。

 すると、降下してきた発光体が、地面すれすれを滑空し、再び上昇していった。突風により、瓦礫が少し動き、真司たちも踏ん張り、髪が乱れる。

 

「な、何だあれ……あっ!」

 

 さらに、上空に浮遊する巨大なオレンジを追いかける、三つの光があった。

 真司の頭上を通過した三つの光。それはよく見れば、人の形をしており、さらに目を凝らして見ると、その顔が真司にとってなじみ深い顔だと判明した。

 

「友奈ちゃん! 可奈美ちゃんに響ちゃん! ってことは、アイツは……」

 

 参加者。

 そして、良く目を凝らしてあの謎の参加者を睨めば、そのディティールには真司も見覚えがあった。

 それは同時に、アカネにもまた同じ感覚を覚えさせた。

「ムーンキャンサー……!」

 

 見滝原山で戦った、ムーンキャンサー。

 真名、邪神イリス。

 やがて、イリスを始め友奈たちが雲の上へ昇っていく。見えなくなった雲の上では、それぞれの戦いが続いているのだろう。時折、自然の空にはあり得ない光の色が雲の裏で瞬いている。

 真司はアカネと雨雲を見比べる。

 だが、アカネはすぐさま真司の元から離れ、そのまま走り去っていく。

 

「待ってアカネちゃん!」

 

 追いかけようとするが、あの細身のどこにそんな力があるのだろうか。

 あっという間に真司は、アカネを見失った。

 そのタイミングで、またしてもイリスが戦闘を行っている音が上空から轟く。

 

「ああもうっ!」

 

 真司は近くのカーブミラーに向けて、龍騎のカードデッキを向ける。

 すると、鏡の中の真司の姿に、銀のベルトが装着された。Vバックルの名を持つそれ。

 さらに、真司は右手を斜めに掲げ、宣言した。

 

「変身!」

 

 無数の鏡像が真司に重なり、龍騎となる。「っしゃあ!」と意気込んだ龍騎は、一歩踏み込んだところで動きを止めた。

 カーブミラーに飛び込むことで、鏡の中の異世界、ミラーワールドに転移する。

 ミラーワールドに置かれている龍騎のバイク、ライドシューター。巨大なマシンに乗りこんだ龍騎は、現実世界のムーンキャンサーの位置に合わせて、ミラーワールドを移動していった。



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見滝原中央駅崩壊

 ムーンキャンサー。真名、邪神イリス。

 女神の名前にそぐわず、見る者を魅了する美しさを全身に浮かび上がらせながら、それは見滝原の夜空を滑っていく。

 その目的地は、見滝原の中心地、見滝原中央。その駅ビルは、見滝原でも五本の指に入るほどの巨大建造物として、見滝原の象徴としても栄えている。

 音もなく、その屋上に着地したイリス。

 その重量に、見滝原中央駅の駅ビルはきしみ音を立てるが、イリスは構うことはない。

 全身から雨による雫を垂らしながら、イリスは静かに見滝原の街を眺める。

 やがて、イリスはその咆哮を上げた。クジラの鳴き声にも似たそれは、見滝原全土に行き渡る。

 だが、イリスが望んだ反応はない。イリスはより完全な姿を求め、融合相手を探していたのだ。

 あの少女が持っていたはずの勾玉。本来であれば、それを通じて彼女を操ることができたのだが、異世界における神の樹が遣わした妖精によって粉々にされたことはイリスが知る由もなかった。

 逃げ惑う人間たちには目もくれることもなく、イリスは見滝原の街並みに目を光らせる。

 そして___見つけた。

 この見滝原中央駅から少し離れた場所で、ライダーのサーヴァントと一緒にいる。離れているが、イリスの速度であればあっという間に到達できる。

 今まさに向かおうとするその時。

 イリスに追いつくほどの速度を持つ刀使が、その斬撃をイリスへ飛ばしていたのだった。

 

 

 

「無双神鳴斬!」

 

 可奈美の虹色の刃が、夜空を彩っていく。

 祭祀礼装によって強化された可奈美の主力技が、イリスの体を切り裂いていく。

 だが、ヤマタノオロチを倒したこの技でさえも、イリスの驚異的な再生能力の前ではほとんど役に立たない。

 即座に回復し、再び可奈美へ触手を放つ。

 

「っ!」

 

 可奈美は減速して触手から離れる。体を回転させ、迫って来る触手を全て弾き返す。

 さらに、可奈美はさらなる速度で動く。

 イリスの触手を全て切り裂き、その本体にも何度も斬撃を与えていく。

 その巨体からすれば大したダメージではないだろうが、こちらに注意を向ける事には成功した。

 イリスは可奈美へ集中して触手を放つ。もはや可奈美の体で間に通って避けることさえも許されないほどの密度。

 だが。

 

「よく見る、よく聞く、よく感じ取る!」

 

 可奈美は、次々に狙ってくる触手を次々に弾き返していく。さらに、顎下から隙を狙う触手に対しては、体を大きく反らしてバラバラに動く触手を避け切る、さらに、時折千鳥を振り回し、周囲の太い触手を次々と切り裂いていく。

 さらに、のけ反った触手に飛び乗り、そのまま駆ける。一気にイリス本体へ辿り着き、その巨体を次々に切り裂いていく。

 イリスの悲鳴を耳にしながらも、可奈美はさらにその巨体を足場にジャンプ。イリスの頭上より、千鳥で斬りつけた。

 無論、それも威力は足りない。イリスにとっては、蚊ほども感じないだろう。

 だが。

 

「っ!」

 

 イリスは、完全に可奈美へ敵意を向けている。

 

「こっちだよ!」

 

 少なくとも、イリスを人口密集地から引き離すことは出来るかもしれない。

 

「行くよ、迅位斬!」

 

 可奈美の千鳥から、雨粒を切り裂く刃が放たれる。

 イリスは触手の間に虹色の幕を張り、可奈美の攻撃を防いだ。

 切り取られ、飛んで行く触手たち。それらを見送りながらも、可奈美はさらにイリスへ接近。

 

「可奈美ちゃんッ!」

「遅れてごめん!」

 

 そして、イリスの頭上より、友奈と響がその姿を現わす。二人はその巨大な拳で、イリスの両肩を叩く。

 いきなりの不意打ちに、イリスは体勢を崩す。その隙に、可奈美はイリスの首へ日本刀を振り下ろす。

 だが、まだ有効打には程遠い。

 起き上がったイリスは、全身より音波を放つ。

 体に集まっていく可奈美、響、友奈を同時に吹き飛ばすそれは、三人を近隣のビルの屋上に墜落させた。

 

「ぐっ……」

 

 イリスはそのまま、可奈美が墜落したビルの屋上へ、触手の雨を降らせる。

 だが。

 触手の先に、無数の漆黒の魔法陣が現れた。

 それは、触手を数か所に分けて拘束し、その動きを封じている。それを行っているのは、上空のキャスター。

 

「キャスターさん!」

 

 可奈美は驚く。

 キャスターはさらに、拘束した触手を動かす。

 伸ばすよりも早く動かしたそれは、イリスを見滝原中央駅の駅ビル屋上に投げ戻した。

 イリスの重量を受け、一部が潰れる駅ビルの屋上。

 さらにキャスターは、右手を頭上に掲げた。

 彼女の傍らの本が勢いよくめくられ、ページを示す。漆黒の魔法陣が記されるそれ。

 それは、彼女が幾度となく広範囲へ攻撃を放ってきたものだった。

 

「ディアボリックエミッション」

 

 通常ならばより広い空間ごと攻撃していくものだが、今回はそれを収束。キャスターの手のひらから球体状に大きくなっていくそれを、キャスターはイリスへ叩き落とす。

 

「えっ!?」

「待ってキャスターさん!」

「まだ中に人がッ!」

 

 後ろの三人が口々に叫んでいる。

 だが、キャスターはどうやらその言葉に従うよりもイリスへの攻撃を優先したようだ。

 ディアボリックエミッションに圧され、イリスの体が見滝原中央駅の駅ビル、その屋上から落ちていく。

 見滝原中央駅の駅ビルは、高さも広さも大きい。イリスの体は、そのまま天井を突き破り、

駅ビルの吹き抜け、そのフロアに激突する。

 破壊されたコンクリートの欠片が、雨のように施設内に降り出していく。あちらこちらに散らばる小さき者たちを圧し潰さんと落ちていく。

 

「「いけないっ(ッ)!」」

 

 敵を目の前にして、愚かにも奏者と勇者は敵であるイリスではなく、下に散らばる人間たちのもとへ駆けつける。

 それぞれが、巨大になった腕で瓦礫から人間たちを庇う。

 

「友奈ちゃん、響ちゃん! 急ごう!」

「うんッ!」

「そうだね!」

 

 イリスが落ちていった天井の穴から、可奈美、響、友奈は次々に突入していく。

 中心が吹き抜けとなり、各階のテナント店舗が一望できる構造の見滝原中央駅の駅ビル。

 その中心で、イリスは落ちながらもキャスターと光線を打ち合っている。

 それぞれが、人間など容易く破壊できる威力を持つ。一撃一撃が発射されるたびに、誰かが命を落としかねない。

 

「みんな、早く逃げて!」

 

 可奈美は両者の流れ弾を相殺させながら叫ぶ。

 地上階に降り立った可奈美は、そのまま吹き抜けの中心から全フロアを見渡す。

 目を凝らすと、可奈美の目が緑色の光を帯びていく。途端に、可奈美の五感は研ぎ澄まされ、壁の向こうであっても視認することができた。

 

「……! 友奈ちゃん! そこのフロア、洋服屋の試着室に二人! 上の本屋に三人いる!」

「ここに? 任せて!」

「響ちゃん! 最上階の玩具屋と、向かいのオーディオ屋にそれぞれ二人ずついる!」

「了解ッ!」

 

 響と友奈は、それぞれ可奈美の指示に従い、それぞれの店舗に突入する。

 煙が立ち込めるたびに、数秒で彼女たちは要救助者を連れ出し、外へ逃がしていく。

 可奈美はその場に立ち止まったまま、さらに続ける。

 

「友奈ちゃん! 響ちゃん! 二人とも、それで全員だよ!」

「オッケーッ!」

 

 絶唱と満開。それぞれ共通する巨大な腕に、より多くの人々を乗せ、二人のサーヴァントは地上の入り口へ降り立つ。

 それぞれから降りた人々は、助けてくれた者へ礼を言い、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

「お前……その力は?」

 

 可奈美の隣に降り立ったキャスターが、祭祀礼装を目深く凝視した。

 

「あの素早さ……通常の刀使では、到達しえないもの……一体何だ?」

「えへへ。これは尊敬する人から受け継いだ、私の新しい力だよ!」

 

 可奈美は笑顔で応える。

 さらに、響、友奈も可奈美の隣に並ぶ。

 三人は顔を合わせて、頷き合う。

 そして。

 屋内という狭い領域の中で、イリスは参加者達を潰そうと、再び唸り声を上げたのだった。



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ジグソーパズル

 反対車線は、逃げる人々でごった返している。本来は逆走となる車線にも、逃げようとする車で渋滞になっていた。

 車の間を縫いながらマシンウィンガーを駆るハルトは、イリスの姿を見上げていた。

 ムーンキャンサーのサーヴァント、イリス。その巨体が着地場所として選んだ見滝原中央駅周辺までは、まだ距離がある。それなのに、もうその姿が見えている。

 

「さっきと比べて、明らかに巨大化してる……!」

 

 その危険性を肌で感じ、ハルトはアクセルをさらに強くする。

 イリスは、上空で何か小さな光と戦っているようにも見える。紅、黄、桃、黒。それぞれ、心当たりがある色。

 ハルトはさらに、アクセルを強める。やがて反対車線も渋滞が無くなり、逃げ去ろうとする人々だけになっていく。

 その時。

 ハルトの目は、反対車線側の歩道で、人々とは逆に見滝原中央駅側へ走っている人の姿を捉えた。

 薄紫のシャツに、黒紫の上着を羽織った少女。彼女は、ハルトの前を走り、すぐに追い抜かされている。

 

「君!」

 

 ハルトはバイクを浮かせ、反対車線に飛び移る。免許がどれだけ減点されるのだろうか気になるが、構わずその人物___眼鏡をした少女へ向かった。

 

「ちょっと待って!」

 

 ハルトはマシンウィンガーを停車させ、少女の前に立ちふさがる。

 

「あっちは危ないよ! 速く逃げて!」

「……っ!」

 

 だが、少女は舌打ちをして、ハルトを睨む。ハルトを無視して見滝原中央駅への足を止めない少女の手を、ハルトは捕まえた。

 

「どこ行くの!? あっちは危ないよ!」

「アンタには関係ないでしょ! 邪魔しないでよ!」

 

 少女はハルトの手を振りほどこうと抵抗する。

 だが、虚弱な腕の彼女は、ハルトを振りほどくことなどできず、数回暴れるがやがて諦めたように抵抗を辞めた。

 唇をきっと噛みながら、彼女はハルトを睨みつける。

 

「いいから。ほら、逃げるよ……」

「うっざい!」

 

 ハルトが掴んでいるのは、彼女の左腕。殴りかかろうとうする彼女の右腕だが、ハルトは難なくその手首を受け止めた。

 そして、それは嫌でも気づいてしまう。

 雨でぬれた衣服によって張り付いた肌。少しのずれで、その下にある刺青のようなものが見えてしまった。

 それは、ハルトの右手にもあるものと同様の、紋様が、

 

「令呪……!? 嘘、君が……!?」

 

 思わずハルトの力が抜けた。

 その隙を少女は見逃さず、ハルトの腕を振りほどく。

 そのまま彼女は、見滝原中央駅の方角へ走っていった。

 見慣れた道を追いかけるものの、人混みを器用に掻い潜っている彼女はどんどん離れていく。

 

「待って!」

 

 だが、追いかけたいハルトの心情とは裏腹に、見滝原中央駅から逃げようとする人々の波により、ハルトは進めなくなる。

 その時。

 

「うわああああああああああああっ!」

「っ!」

 

 降って来る、巨大な瓦礫。

 ハルトは人々の前に割り込み、ウィザーソードガンを取り出す。

 

『ハリケーン シューティングストライク』

 

 雨粒を吹き飛ばしながら、緑の魔力の弾が瓦礫を砕く。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 さらに、細かく落ちてくる破片を防御の魔法で防ぎながら、ハルトは人々に呼びかける。

 

「みんな、逃げて!」

 

 誰もが、自ら足を止めていたことを忘れていたのだろう。

 人々は一瞬の茫然の後、即座に逃走を再開する。

 ハルトは彼らを見送りながら、少女を___見滝原中央駅への道を急ぐ。

 だが。

 

「っ!」

 

 暗い暗雲の中から、闇の雷が現れる。

 ハルトは指輪に付けたままの防御の魔法でそれを防ぎ、そのまま吹き飛ばされた。

 

「これは……トレギア……!」

「やあ。ハルト君」

 

 白と黒のツートンカラー。

 すぐ隣の車道___渋滞により、ほとんどの人が車を乗り捨てたその道の中に、彼の姿があった。

 霧崎。

 トレギアが人間として活動する姿のそれが、ハルトの動きを完全に静止させた。

 

「この姿の時は、霧崎と呼んでくれ。そう言ったじゃないか、ハルト君」

 

 白と黒のツートンカラーが特徴的な霧崎は、ただ茫然と見滝原駅を見上げている。

 傘を持たず、どんどん濡れていくハルトとは真逆に、霧崎の傘は雨を弾いていく。その代わり、彼は月の光を浴びることなく、暗いままの体を見せていた。

 

「お前がいるってことは……あれは、お前の息がかかってるのか!?」

 

 ハルトはイリスと霧崎を見比べながら怒鳴った。

 だが、霧崎は首を振った。

 

「いやいや。まさか、ここまで強くなるとは思わなかったよ」

 

 霧崎は自らの頭を小突いた。

 

「色々活動するにあたって面白そうだったから、マスターに令呪を与えて召喚させたが……まさか、ムーンキャンサーの力が私の計算を越えるほどだとは思わなかったね」

「ムーンキャンサー……? あれが……?」

 

 その名は、ハルトも以前聞いたことがあった。

 見滝原南にて出会った、アンチという名の少年。彼が血眼になって探していたものの名前もまた、ムーンキャンサーだった。

 

「アンチ君、なんであんなものを……?」

「監督役には言ったが……ハルト君、君はジグソーパズルをやったことはあるかい?」

「……?」

「どうやらないようだね。是非、あれをやってみることをお勧めするよ」

 

 霧崎は傘を傾けた。

 彼の特徴的な青いメッシュが見えてくると、否が応でもハルトは警戒してしまう。

 霧崎は続けた。

 

「あれは本当にいい地球の発明品だよ。バラバラのピースを組み合わせて初めて画が完成する。ピースのままだと、どんな完成品ができるのか全く分からない」

「何が言いたい?」

「ハルト君。君も、ムーンキャンサーも。全て、私のピースだということだ」

 

 霧崎はそう言って、傘を閉じた。

 投げ捨てられたこうもり傘は、停車してあるマシンウィンガーにぶつかり、そのまま地面に投げ捨てられた。

 

「ムーンキャンサーの力は計算外だが、それでパズルがどのような画になるのか、なおさら楽しみになってくる」

 

 やがて、見滝原中央駅の内部から発光が見られる。その内部から、轟音が離れたこの場所まで響いてくる。

 

「ムーンキャンサーがどれだけ暴れようが、結局私の目的には変わりないからね」

「お前の目的……願い……」

 

 ハルトは、やがてその考えに至る。

 マスター、サーヴァント。

 全ての参加者が聖杯戦争に参加する行動原理。

 霧崎は、口元を吊り上げた。

 

「この世には、光も闇も……善も悪もない。だからこそ、誰もが望む混沌の世界を……! 誰もが善悪のない世界にする……そんなところかな?」

「そんな世界にして、何になるっていうんだ……」

 

 ハルトは首を振った。

 

「誰も幸せにならない世界じゃないか……っ!」

「別に。そうだね……」

 

 霧崎は、目を細めながらイリスがいる見滝原中央駅を眺める。

 いや、彼の目は、何も捉えてなどいない。駅の方角の虚空を見つめている。

 そうとしか、ハルトには思えなかった。

 

「どうだっていいんだ。ただ私は、そうして世界を壊したいだけなんだから」

 

 霧崎は空を見上げた。

 見上げる月。雨雲の合間に見える、白く美しい衛星を見て、霧崎の目に光が宿ったように見えた。

 

「この世界なら、()の目も届かないだろうしね」

「アンタの身勝手な破滅願望なんて、止めてみせる……! 今、ここで!」

 

 ハルトはそう言いながら、ドライバーオンの指輪を使った。

 銀色のベルトが、ハルトの腰に装着される。ベルトを操作し、変身待機状態にさせた途端、霧崎の手から再び黒い稲妻が放たれる。

 

「っ!」

 

 変身を中断し、三度防御の魔法。

 ダメージは防げたが、衝撃を全て殺しきれず、体に走った痛みに膝を折った。

 

「ぐっ……!」

「おやおや……もうどこかで戦ってきたのかい? ボロボロじゃないか。そんな体で、よくもまあ戦おうとするね」

 

 そのまま、霧崎はアイマスクを取り出す。すでに解放済みのそれを見ながら、ハルトはベルトを起動させた。

 雨が、どんどん強くなる。雨音によって、ウィザードライバーの詠唱が全く聞こえなくなっていた。

 

「変身」

 

 霧崎がトレギアへ変貌するのと、魔法陣によってウィザードの姿が現れるのは同時だった。

 宝石の体を輝かせながら、ウィザードはコネクトの指輪でウィザーソードガンを取り出す。

 そして。

 ウィザードとトレギアは、同時に地を蹴った。

 ウィザーソードガンとトレギアの爪。それぞれが火花を散らしながら、互いへの殺意を高めていく。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 発動する巨大化の魔法。

 ウィザードが足で踏みつけようとすると、巨大な足がトレギアを襲う。

 だが、トレギアにそんな単純な攻撃は通用しない。軽やかな動きでそれを避け、さらにその爪から放たれる斬撃でウィザードの体から火花を散らす。

 

「ぐっ……!」

 

 体を弾かれながらも、ウィザーソードガンをガンモードに切り替えたウィザードは、そのままトレギアへ発砲。

 トレギアの腕を一瞬鈍らせたうちに、ウィザードはソードガンを再びソードモードに戻す。トレギアに接近し、ウィザーソードガンでトレギアの体に斬撃を加えていく。流れるように蹴り入れ、トレギアにもダメージが蓄積していく。

 

『フレイム スラッシュストライク』

 

 発動したウィザーソードガンの魔法。ウィザードを濡らしていく雨を一瞬にして蒸発させるそれを、ウィザードは振るった。

 炎の演舞は、そのまま雨のカーテンを切り開きながら、トレギアへ向かっていく。

 だが、トレギアもそれ程度で倒せるはずがない。

 トレギアはその体を闇に包み、姿を消す。

 即座にウィザードの背後に回り込み、その爪で背中を切り裂こうとしてくる。

 だが、これまで何度もトレギアと戦ってきたウィザードには、それは読めていた。ウィザーソードガンを背中に回し、彼の爪を防御する。

 そのままトレギアを突き飛ばし、トレギアと向かい合う。

 

「へえ……私とやり合うのも慣れてきたのかな?」

「そりゃここまで何度も戦ったら慣れるよ……!」

「へえ……」

 

 トレラアルティガイザーを準備し始めるトレギア。

 ウィザードは雨を利用しようと、ルビーの指輪とサファイアの指輪を入れかえる。

 ウィザードライバーに手をかけようとしたその時。

 

「トレギアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 雨音を突っ切り、それ(・・)は二人の間に割り込んできた。

 ウィザードの視界をそのシルエットで覆いつくすそれに、ウィザードは完全に動きが停止した。

 割り込んできた影は、そのまま即座にトレギアを殴りつける。

 突然の攻撃にトレギアは対応しきれず、大きく体を殴り飛ばされてしまった。

 

「君は……?」

 

 ウィザードへ振り向いた、その巨大な影。

 轟く雷鳴により、その姿をウィザードに露わにしたそれは。

 

「アンチ君!?」

 

 アンチ。

 見滝原南で出会い、闇医者である木野薫が保護したはずの怪獣少年。その、怪獣としての姿が、そこにはあった。



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怪獣

 アンチがウィザードの目の前に、再びその姿を現した。

 雷鳴とともに、夜が一瞬光に満たされる。

 闇の中から、紫の姿が浮かび上がる。

 

「アンチ君……どうしてここに?」

 

 あの医者はどうした、とウィザードは続けようとしたが、それよりも先にアンチがトレギアへ挑んでいく。

 まるで武器庫のように、無数のミサイルが全身から発射されていく。

 トレギアは右手を振る。すると、黒い雷が鞭のように発射され、全てのミサイルを打ち落とす。

 爆炎の中、アンチは即座にトレギアへ飛び込む。

 片腕だけで、トレギアの体を握りつぶせそうな手を伸ばしていくが、トレギアは闇となって消滅してそれを回避。アンチの背後から、その目から赤い怪光線を放つ。

 背中が破裂したアンチは、そのまま前のめりに倒れ込む。

 

「アンチ君!」

 

 これ以上は好き勝手にさせられない。

 ウィザードは銀の銃を発砲し、トレギアの攻撃を妨害。即座にソードモードに変形させ、アンチの背中を飛び越えてトレギアへ攻め入る。

 銀の刃を何度も振るうものの、トレギアは簡単に回避する。

 だが、今度は先ほどまでとは違う。トレギアの背後に回り込んだアンチが、その逃げ場を封じていく。

 前後からそれぞれバラバラの動きをしてトレギアを挟み込む両者。

 だがトレギアの回避能力は、ウィザードとアンチの攻撃能力を上回っていた。両腕をそれぞれ別々の動きをしながら、ウィザードとアンチを受け流していく。

 トレギアはさらに、体を捻って回転。その爪から発生した赤い斬撃が、ウィザードとアンチの体から火花を散らす。

 

「ぐっ……!」

 

 ウィザードは痛みに堪えながら、すでに左手に付け替えてあったサファイアの指輪を発動させる。

 

『ウォーター プリーズ』

 

 雨の中、ウィザードの炎が水に書き換えられていく。

 環境に合わせた水のウィザードは、その青いスカートをはためかせる。

 

『リキッド プリーズ』

 

 この状況で使われる液状化の魔法は、普段のそれとは全く異なる性質を持つ。

 トレギアの手から放たれる黒い雷撃に対し、ウィザードは体を液状化させてそれを回避。地上の水たまりを伝い、瞬時にトレギアの背後に出現。

 

「何!?」

「はあっ!」

 

 青い斬撃が、トレギアの体を数回にわたって切り裂いていく。さらに、回転蹴りでトレギアを地面に引き倒す。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド ウォーター スラッシュストライク』

 

 そのまま、ウィザードはソードガンにサファイアの指輪を読み込ませる。

 水の魔法陣が、幾重にもウィザーソードガンを包み、更には無数の雨粒を吸収し、普段のスラッシュストライク以上の青を見せていく。

 

「だああああああっ!」

 

 横に振るわれる、水の刃。だが、即座に起き上がったトレギアは体を反らしてそれを回避。

 だが。

 

「逃がさん!」

 

 雨を切り裂くスラッシュストライクを、アンチが握り掴む(・・・・)。スラッシュストライクの勢いを殺すことなく、アンチはその場で身を捻り、スラッシュストライクを投影する。

 その際、青い弧は、アンチの紫のエネルギーを内包していく。

 青と紫、二色のスラッシュストライクは、そのまま背後からトレギアの肩口を切り裂く。

 被弾して爆発。怯んだトレギアは、ウィザードの方に傾いた。

 その隙に。

 

『フレイム スラッシュストライク』

『ランド スラッシュストライク』

 

 水のウィザードのみが扱える、異なる属性同士の必殺技の兼ね合い。

 火と土。二つの斬撃が、倒れていくトレギアの体を切り裂いた。魔力で出来た土を火が溶かし、マグマとなり、即座にそれを雨が冷ましていく。

 それぞれの相乗効果によってあがった威力のそれは、トレギアに着実にダメージを与えていく。

 

「トレギアアアアアアアアアアッ!」

 

 さらに、アンチが追い打ちを狙う。

 ウィザードを突き飛ばしながら、トレギアの顔面を押し倒す。

 アスファルトを砕くほどの力でトレギアを地面に叩きつけるが、地面とアンチの腕に挟まれたトレギアの姿は闇と化し、雨の中に溶けていく。

 

「何っ!」

 

 アンチの腕は、そのままアスファルトを叩き壊した。そのまま立ち上がり、トレギアの姿を探しているが、ウィザードも完全に彼の姿を見失った。

 

「トレラアルティガ!」

 

 それは、アンチのすぐ背後。

 暗闇の中から見せる赤い瞳から、それがトレギアだと理解したウィザードは、ウィザーソードガンで発砲。銀の銃弾がアンチを避け、トレラアルティガを準備していた腕に命中。その射線が反れ、虚空の空へと上昇していく黒い雷。

 トレギアは即座にアンチから飛び退き、両腕を大きく広げた。

 

「トレラアルティガイザー」

 

 腕の中心部に現れる、五個の赤い点。

 それは、トレギアの最強の力を指し示す。

 それに対応するべきものは、ウィザードが持つ最強の力。

 ウィザードにおける基本形態、火のウィザード。フレイムスタイルだけが使える、最強の技。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 それを合図に、ウィザードの足元に大きな魔法陣が出現する。魔法陣から供給される魔力が、右足に紅蓮の炎を宿らせる。

 ウィザードはそのまま、バク転とともに大きくジャンプ。そのまま、トレギアへ蹴りを放つ。

 

「だああああああああっ!」

 

 雨粒を蒸発させながら、トレラアルティガイザーに当たっていくストライクウィザード。

 赤と蒼。炎と雷。

 夜の雨という暗い世界を吹き飛ばし、駅前に小さな昼間を作り上げる力の激突。対照的な二つの力が見滝原の嵐の中でより大きな爆発を引き起こす。

 ウィザード、トレギア、そしてアンチを巻き込むそれは、三人それぞれの異能の力を解除させ、水が張った道路に放り投げた。

 

「ぐっ……」

 

 体が地面に接触した瞬間、我慢していたイリスとの戦いの傷が再び疼く。

 全身に走る痛みに身を屈め、吐血。

 

「おやおや……思っていたより重傷みたいだね……」

 

 笑みを浮かべた霧崎。

 傘を刺し、そのまま、ハルトとアンチに最後の一撃を与えようと近づいてくる。

 だが。

 

「……っ!」

 

 突如として、霧崎は顔を歪める。

 数歩、その場で足踏みをした霧崎は、その手から傘を手放してしまう。そのまま風によって傘がどこかへ流されていったと同時に、霧崎は膝を折った。

 

「な……に……?」

 

 霧崎がここまで驚いた表情は見たことがない。余裕を崩し、振りつける雨に容赦なく体を濡らされていく。

 

「まさか……ここまで追い詰められるなんてね……!」

「新条アカネをどうするつもりだ! トレギア!」

 

 ハルトよりもいち早く起き上がった人間態のアンチが、霧崎へ怒鳴る。

 その口より放たれた、知らぬ名前に、ハルトは思わず眉を顰めた。

 

「新条アカネって……もしかして、さっき駅に走っていったあの女の子か!?」

 

 令呪を持っていた、あの眼鏡の少女。

 ならばと、ハルトは見滝原中央駅を見上げた。

 あのムーンキャンサーのマスターが彼女なのだろうか。そして同時に、トレギアのマスターでもあるのだろう。

 霧崎は「やれやれ」と首を振り、

 

「アンチ君……君はどうやら、彼女のことを全く理解していないようだね」

「何!?」

 

 歯をむき出しにするアンチに対し、霧崎は冷笑する。

 

「彼女が求めるのは、思いやってくれる優しい存在じゃないよ。彼女が求めるのは……この世界全てを破壊してくれる、怪獣だけだよ」

「俺は怪獣だ!」

 

 だが、霧崎の言葉を奪ったアンチに対し、霧崎は大笑いを始めた。ごうごうと振り続ける雨の中にも関わらず、彼のその笑い声だけは強く響いた。

 

「怪獣! 怪獣! アンチ君、君は、今の自分が怪獣だと!?」

 

 大きく顔を歪める霧崎。人間にはとても出来ない恐ろしい表情に、ハルトは思わず背筋を震わせる。

 

「君はもう、怪獣とは言えないしね」

「何? ……うっ」

 

 アンチは突然の痛みに、右腕を抑えた。

 霧崎は続ける。

 

「怪獣は、そうやって誰かを助けようとしないからねえ。人に寄りそうことも、思いやることもない。怪獣を求める新条アカネが、君を受け入れるのかな?」

 

 霧崎の言葉に、アンチは表情を固まらせる。

 霧崎は続けた。

 

「彼女はもう、君には興味はないよ。ムーンキャンサー……彼女の第二のサーヴァントである怪獣にゾッコンさ」

「だから……」

「だから助けるのかい? ひたすらに破壊を求める彼女を?」

 

 霧崎の背後に、雷が鳴る。

 

「アンチ君……たとえ君が彼女を救ったとしても、彼女が君に感謝することはない……それどころか、むしろ逆上するんじゃないのかい?」

「それは……」

 

 徐々に落ち込んでいくアンチ。

 だが、ハルトはそんな彼の肩に手を置いた。

 

「そんなの、君が決めればいいよ」

「お前……!」

 

 ハルトはそのまま、アンチを背に押し出す。

 霧崎に向かい合ったハルトは、そのまま告げた。

 

「その子……新条アカネ、だったっけ? アンチ君が助けたいと思えば助ければいいし、その気がないなら、俺が助ける。トレギア、お前がそこで邪魔をする義理なんてどこにもない」

「へえ。悪い怪獣の味方をするのかい? ハルト君」

 

 月が雲に隠れ、霧崎の姿が影の中に包まれていく。一瞬そのシルエットが、トレギアのものとなった。

 

「ファントムだなんて化け物を片っ端から退治している君が、そんな人形から作られた怪獣を庇うのかい?」

「……本当の悪意を判別するべきなのは、人間かどうかじゃない。その心がどうかだ」

 

 そう言いながら、ハルトはこの聖杯戦争で戦ってきた者たちのことを思い出していた。

 人間でありながら、愛憎によって狂い、もう一人の(アナザー)ウィザードとなった我妻由乃。

 怪物として生まれながらも、ハルトと近しい仲になり、ハルトが自ら手を下したクトリ。

 クトリの育ての親であり、人間でありながら世界をアマゾンの世界に作り変えようとしたフラダリ。

 この世界に根強く残る荒魂でありながら、人間との共存を願う少女、コヒメ。

 

「たとえ人でなくても、悪意がない奴だったら俺は守る。人間でも、悪意があるなら……命は奪わないけど、改めさせる。お前なんかに……誰かの運命を決めさせたりしない!」

「へえ……」

 

 影となり、彼の蒼い目だけが光る中、霧崎の声はだんだんと消えていった。

 

「まあいいさ。なら、行ってごらん? 彼女はおそらく、このままムーンキャンサーとの融合を望むだろう。ライダーたちに邪魔されてしまったが、このまま彼女がムーンキャンサーと融合すれば、ムーンキャンサーは完全体となる」

「完全体?」

「そう……アンチ君、君は果たして、新条アカネを助けるべきなのかどうなのか、その時に決めればいいさ」

 

 その言葉を最後に、月明りがその場を照らす。

 だがすでに、霧崎の姿はどこにもいなくなっていた。

 ハルトは霧崎がいた場所を凝視しながら、アンチを見下ろす。

 

「……行こう、アンチ君。あの子を助けに行こう」」

 

 目を吊り上げたままのアンチは、ハルトの言葉に頷いた。

 そして。

 ハルトとアンチは、未だに燃え盛る見滝原中央駅への道を急いだ。

 



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私だけ?

___どうせアニメ化する___


 イリスとの戦いは続く。

 それぞれ最強の力を発揮している。可奈美の祭祀礼装は、かつて見滝原を聖杯戦争の地に選ばせた要因であるヤマタノオロチを倒した実績を持ち、響の絶唱に関しては古代大陸、ムーにおいて逆転の一手を担った。友奈の絶唱も、見滝原を恐怖に陥れたアマゾン事件の時に活躍したりと、どれ一つとっても決して少ない戦力ではない。

 さらに今回は、キャスターの遠距離からの攻撃も止まっていない。

 可奈美が知る限り、たった一人の参加者相手に、ここまでの過剰戦力になったことはない。

 それでも、イリスは倒れない。

 あらゆる攻撃をうけても、即座にその体を再生させる。そして、決して軽視できない攻撃で反撃してくる。

 

「これじゃあキリがない……!」

 

 可奈美は肩で息をしながら呟く。

 たった今、イリスの触手を切り捨てた直後から再生されていたところだった。もう何度心が折れかけたことか、響と友奈も最初ほどの動きの機敏さは無くなっており、その表情には疲労が露わになってきている。

 だが一方、文字通り化け物じみた体力を持つイリスには、疲労の文字が見えない。変わらぬ動きで、プラズマ火球を精製していく。

 

『ストライクベント』

 

 その時、その電子音声に、三人___特に友奈___が顔を明るめた。

 

「だりゃあああああああああっ!」

 

 どこからともなく飛んでくる火炎。それは、プラズマ火球を発射しようとする触手の先端に命中、その照射口を大きく歪め、プラズマ火球は可奈美たちのはるか頭上の壁を砕いた。

 

「皆! 大丈夫か!?」

 

 その声とともに、可奈美たちの前に降り立つ赤い龍の影。

 ライダーのサーヴァント、龍騎。その右腕に龍の頭を装備しながら着地した彼は、巨大なイリスを見上げながら呟く。

 

「アイツ……昨日のアレだよな?」

「うん……色んなところも似てるし、ムーンキャンサーだよね?」

 

 友奈が満開の武装を支えに立ち上りながら、龍騎に並ぶ。

 

「さっきもその名前言ってたけど、それ、ハルトさんがこの前言っていたような……?」

「アンチ君は、何であんなのを探していたのッ!? でも、見滝原南にいるんじゃなかったのッ!? なんでここにッ!?」

「響ちゃんも知ってるの? ムーンキャンサーって……え? もしかして、知らないの私だけ!?」

 

 だが、イリスはそれ以上の会話を許さない。

 遅いかかる、巨体のイリス。

 可奈美は龍騎と並び、可奈美はその体の写シを真紅に染めていく。

 

「太阿之剣!」

「だああああああああああっ!」

 

 斬撃と火炎弾。二つのそれは混ざり合い、より大きな赤となってイリスに命中。その高熱で、イリスの体の至る所が燃え上がっていく。

 

「よしっ!」

 

 可奈美が拳を握る。

 さらに、響と友奈は互いに相槌を打って、飛び上がる。絶唱と満開の力により通常時とは比べものにならないほどの機動力を持つ二人は、左右からイリスを挟み込んだ。

 

「我流・特大激槍!」

「満開! 勇者パンチ!」

 

 二人の手には、それぞれ巨大な槍と拳が生成されていく。それぞれのより強い力は、イリスの胴体を同時に貫いた。

 イリスは悲鳴を上げる。だが、即座にその傷も再生されていき、逆に現れた触手が二人を薙ぎ払う。

 

「まだまだだよ!」

 

 だが、そんな中でも、友奈の声は大きく響く。

 イリスの触手を殴り飛ばし、その頭上に跳び上がる。

 

「もう一発! 満開勇者パーーーーーンチ!」

 

 イリスの頭を握りつぶせるほどの、巨大な銀色の腕。友奈の意志の通りに動くそれだったが、それよりも先にイリスは体を捻る。

 さらに、まだそんな運動能力があったのかと驚愕したくなるほどイリスはその足を蹴り上げた。

 友奈の満開による装備を破壊し、友奈をそのまま響の隣に叩き落とすイリス。

 イリスは更に、胸の結晶体より光を放つ。

 一瞬、参加者たちはその光に目を奪われる。

 即座にイリスの体内より、黄色の液体が噴射された。

 これまでの音や炎とは全く異なる、質量を持ったそれ。瞬時にイリスを覆い、可奈美たちの攻撃は泡状の液体に阻まれ、本体に通じない。

 

「何これ!?」

 

 それどころか、液体は可奈美の千鳥、響と友奈の拳に張り付き、さらには周囲の駅ビル構内にも広がっていく。徐々に広がるそれは、可奈美たちの力を奪い、イリスの体に燃え続ける炎を消火していく。

 

「取れないよ、これ!」

「これは一体……熱っ!」

 

 それは、響の悲鳴。

 泡状の液体が、響のガングニールの装甲を溶かそうとしているのだ。実際、まだフォニックゲインと呼ばれるエネルギーが盾となっているのだろう。

 

「これもしかして……!?」

「私たちの力を吸い取ってるよ!」

 

 可奈美も、その正体に気付いて慌てて千鳥の泡を切り払う。

 だが、泡はすでに駅ビル構内を埋め尽くさんとばかりに広がっていく。乗り捨てられた電車車両は液体によって浮かび上がり、ホームに設置されていた物は転がっていく。すでに、一歩動けば、相当な量の液体がこびりついてしまうほどに、駅構内は液で充満していた

 

「これじゃあ動けない!」

 

 だが、そうやってハンデを背負うのは、可奈美たちだけ。

 自由に動けるイリスは、より攻撃の手を強めてくる。より広範囲の空間を触手が占めていく。

 動きを封じられた三人は、そのまま黄色の超音波メスをまともに受けてしまった。

 人間だろうが鉄骨だろうが、容易く切断できる威力のそれ。三人は吹き飛び、黄色の液体の中に飛び込んでしまう。

 

「うわっ!」

「がああああッ!」

「うう……っ!」

 

 今度こそ完全に破壊されていく、友奈の満開による巨腕。

 その破片が飛び散る中、可奈美と響も、それぞれ祭祀礼装と絶唱による強化形態の姿が解かれ、写シとガングニールの通常形態に戻っていた。

 

「くっ……そんな……!」

 

 祭祀礼装のデメリット、急激な疲労が体を襲う。

 膝を折り、どんどん溢れていく液体の中動けなくなる可奈美。だがそれでも、液体の向こうの仲間たちへ声をかける。

 

「友奈ちゃん、響ちゃん! 大丈夫?」

「うん……まだ、大丈夫だよ!」

「へいきへっちゃら……ッ!」

 

 だが、その言葉とは裏腹に、三人は動けないでいた。

 

「これはやばいぜ……!」

 

 龍騎はそう言って、腰のカードデッキからカードを引き抜く。

 自らの力の根源である龍のカード。それを、左腕のドラグバイザーに装填した。

 

『アドベント』

 

 ドラグバイザーの黄色の目の部分が発光し、その機能を発動。

 イリスが見滝原中央駅に入って来る際に開けた穴から、赤い龍、ドラグレッダーがその姿を現わす。

 ドラグレッダーは咆哮を上げながら、イリスへ火炎弾を放つ。数回の炎を浴びてイリスが怯んだ隙に、ドラグレッダーは契約主である龍騎、およびその近くにいる可奈美たちへ咆哮を上げた。

 その熱気は、イリスが放った黄色の液体を蒸発させていく。

 

「よし……っ!? あれは……!」

 

 再び戦おうとする龍騎。だがその時、彼の目はイリスとは別の個所を見つめていた。

 

「真司さん? どうしたの?」

「悪いみんな! ここを任せていいか?」

「え!? このタイミングで!?」

 

 龍騎の発言に可奈美は目を点にする。

 だが、そうしている間にも、龍騎は数回にわたってジャンプ。フロアの手すりを足場に、より高層階へ上昇していく。

 いったいなぜ、という疑問を持った可奈美たち三人。だが、その中で特に視力に優れた可奈美は、龍騎の行動の原因を視認した。

 

「あの子は……!?」

 

 最上階から、手すりからこちらを見下ろす人影が見えた。薄紫の髪をした、眼鏡の少女。可奈美が見知らぬ少女を追って、龍騎は燃え続ける駅ビルの中に消えていった。

 

「可奈美ちゃん、どうしたの? 真司さんはどうして?」

 

 かけよる友奈。彼女もまた可奈美と同じく、龍騎が昇って行った方向を見上げている。

 可奈美は右腕を抑えながら答えた。

 

「何か、女の子がいた……多分、真司さんはその子を助けに行ったんだと思うけど」

「女の子って……もしかして、アカネちゃん!?」

「また私が知らない情報だけど……眼鏡の女の子で合ってる?」

「うん! その子が、トレギアのマスターだよ!」

 

 トレギアのマスター。

 そういえばと、可奈美は先ほど言われたその単語を思い出す。

 友奈と響は、同時に龍騎を追いかけようと踏み込む。だが、イリスの超音波メスが二人を同時に貫いた。

 

「友奈ちゃん! 響ちゃん!」

 

 背後の壁まで吹き飛んでいく二人に呼びかけた可奈美の目前で、イリスが触手の先端を開く。

 

「ディアボリックエミッション」

 

 だが、事態は安息を求めない。

 頭上から、キャスターの声がそれを告げる。

 広がっていく球体が、イリスに被弾し、火花を散らしていくが、それでもイリスへのダメージは少ない。

 イリスは体を大きく捻らせて、無数の触手でキャスターの体を薙ぐ。

 その余りの速さに、キャスターは魔法陣でそれをガード。だが、魔法陣ごとキャスターは吹き飛ばされ、地面に追突。さらに、その上に無数のコンクリート片が雨のように降り注いでいく。

 

「キャスターさん!」

 

 可奈美が叫ぶ。

 だが、彼女の心配をしている場合ではなかった。

 祭祀礼装を失い、写シの防御力のみでは耐えられない威力のプラズマ火球。

 それが、可奈美の目の前でどんどん大きくなっていった。

 

「あ……あ……っ!」

 

 徐々に大きくなる火球。その赤い光に照らされ、可奈美たちの体が、赤一色になる。

 そして。

 

___どうか安寧な記憶を___

 

 それは、突然の変化。

 天井から覗ける雨模様に発生する、空間の歪み。雨のカーテンに、一か所だけ穴が開いた。

 そこから落ちてきたのは、黒い六つの機械。それぞれひし形に近い形をしており、それぞれの内部は赤い輝きを灯していた。

 それぞれ、合計六つの機械は、そのまま可奈美たちの前に広がっていく。それぞれの間には水色の光が走り、正六角形を描き出す。

 その内側は、それぞれの対角線の合間を白い光が行き交う。

 プラズマ火球が命中、高温がぶあっと可奈美を包んでいくが、その火炎弾は決して可奈美に届くことはない。

 そして。

 プラズマ火球が、可奈美の目と鼻の先で打ち消されていく。

 火の残滓の中、可奈美の前に音もなく着地した者。それは。

 

「大丈夫?」

 

 ボブカットで髪を切り揃えた、くりくりとした目の少女。

 彼女は笑顔を浮かべて、可奈美へ手を差し伸べた。



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怪獣じゃない

「真司!」

 

 その呼びかけに、真司は足を止めた。

 見ると、真司がよく知る人物がこちらに走ってきていた。

 松菜ハルト。

 聖杯戦争における、自らのパートナー。さらに、彼の後ろには例の少年がいた。

 

「ハルト! ……それに、アンチ!?」

「アンチ君を知ってるの?」

 

 ハルトは真司に尋ねる。

 頷いたハルトは、アンチの目線に合わせるように腰を屈める。

 

「ああ……昨日、トレギアと戦った時に出会った」

「昨日って……そういうことは連絡してよ……」

「ゴメンって。色々あって忘れてたんだ」

 

 真司は謝りながら、アンチへ尋ねる。

 

「昨日なんでいきなりいなくなったんだよ……いや、それよりも、君がいるってことは、やっぱりさっきのは……」

「新条アカネは、おそらくここにいる……」

「新条アカネって……」

 

 ハルトは、口を一の字に結びながら、アンチを見下ろしている。

 真司は「ああ」と頷き。

 

「昨日俺と友奈ちゃんが保護した女の子だ」

「それって、トレギアのマスターっていう子だよね?」

「ああ。昨日保護した時、彼女の手を友奈ちゃんが見た。皆の令呪と比べて、明らかに多かったんだ」

 

 真司が、ガラケーに記録した写真を見せる。

 アカネの手の写真に、ハルトが息を呑んだ。

 ガラケーには、アカネが気絶している間に撮影した、彼女の令呪が表示されている。もともとトレギアのものとして使用されたのであろう、残り一画の令呪。それに加えて、手の甲から二の腕部分までに

 

「やっぱり、さっきのあの子が……トレギアのマスターだったんだ……!」

 

 この、見滝原中央駅に来るまでの間に出会ったあの少女の腕に刻まれていた、二の腕まで届くほどの令呪が、真司の携帯電話に写されていた。

 ハルトは、この聖杯戦争において、まだ令呪を使っていない。

 つまり、彼の手に刻まれている龍の紋章は、三画全て残っている。

 それよりも多い令呪の保持事態が、ルール上ありえないのだ。

 その時。

 

「新条……アカネ!」

 

 それは、アンチ。

 片目しかないアンチが、燃える不自由な視界の中、上の階を走るアカネの姿を捉えたのだ。

 

「あそこか!」

「行こう! 真司!」

 

 真司は呼びかけられ、ハルトに続いて燃えていくエスカレーターを駆け上がっていく。

 途中、いくつもの瓦礫に道を阻まれながらも、半分途切れたエスカレーターに飛び乗り、そのまま昇っていく。

 やがて、数段のフロアを昇り切り、駅ビルの中央広場に辿り着く。

 友奈たちがイリス戦う場所の余波により半壊したその場所で、とうとうその少女の姿があった。

 

「アカネちゃん!」

「新条アカネ!」

 

 真司とアンチの叫び声に、件の少女は足を止める。

 ゆっくりと顔を傾け、アカネは振り向いた。

 

「……アンチ君」

「さっきの子……あの子が、トレギアのマスター……!」

 

 隣で、ハルトも細々と声を上げた。

 

「アンチ君、何?」

「ここは危険だ。出るぞ」

「その必要はないよ」

 

 天井から降って来た言葉とともに、黒い雷が炸裂する。

 真司は慌ててアンチを引き寄せて自らの背中を盾にし、さらにそれより前にハルトが立ちはだかり、指輪を発動させた。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 赤い魔法陣が黒い雷とせめぎ合う。相打ちしたものの、ハルトは数回よろめいた。

 

「お、おいハルト! 大丈夫か!?」

「ま、まだ大丈夫……っ!」

 

 ハルトは歯を食いしばりながら、雷の発生源を見上げる。

 そして彼は、呟いた。

 

「トレギア……」

 

 その名前を耳にした途端、真司もまた顔を上げた。

 破壊されていく天井に、蒼い闇、ウルトラマントレギアがゆっくりと降りていく姿があった。

 

「やあ、ハルト君……」

 

 トレギアは広場に着地し、ハルトを指差す。

 

「やはりここに来たね。もう体も限界なのに、大変だねえ」

「トレギア。知り合い?」

 

 心底興味無さそうに、アカネが口を動かす。

 トレギアは肩を窄めながら答えた。

 

「ああ。知り合いさ。随分と長い三t年…宿敵さ」

「ふうん……」

 

 アカネはつまらなさそうに首を振った。

 ほんの昨日、確実に真司とアカネは会っている。それなのに、アカネは頑なに真司のことを認識しようとしていない。

 

「どうでもいいけど、参加者なんでしょ? だったらさっさと倒してよ、トレギア」

「ああ。そうしようか……ならマスター……君は、ムーンキャンサーのところに行こうか」

「うん」

 

「行くな……! 新条アカネ……!」

「うるさいよ」

 

 だが、必死なアンチにも、アカネは冷たく突き放つ。

 だがアンチは、すでに駆けだしている。真司とハルトが止める間もなく、彼はアカネの腕を掴んだ。

 

「なぜ俺に命を与えた?」

 

 アンチはきっと睨み上げる。

 だが、遠目の真司からは、それは親にすがる幼い子供のようにも見えた。

 そして、母親は容赦なくその手を振り払う。

 

「君はもう怪獣じゃないよ」

 

 冷たい目で、彼女はそのままアンチを突き飛ばす。

 

「怪獣は人の気持ちを読んだりしない……」

 

 アカネの口からその言葉を耳にした途端、ハルトは反射的にトレギアを見上げる。

 彼女と似たようなことを、トレギアも言っていた。それは偶然か否か。

 アカネは続ける。

 

「なんで君は私を助けようとしてたの? 怪獣はね、人に寄り添おうとしないんだよ? 人の幸せを奪ってくれる、それが怪獣」

 

 近くで何かが落ちた。

 瓦礫が落下したのか。焼かれた粉塵が、真司たちとアカネたちの間に走る。

 アカネは続ける。

 

「私はそんな、人みたいな怪獣は好きじゃない」

「俺は……」

「ほら、その目。人間みたいな目してる。そんな見ないでよ……どこにでも……好きなところに行きなよ」

 

 火事ですっかり熱くなっているのに、アカネのその言葉だけは、とても冷たく感じられた。

 だが、アンチの表情は変わらない。

 じっとアカネとトレギアを見つめ、やがて口から流れる血を拭い取った。

 

「トレギア……!」

「さあ、ムーンキャンサーのもとへ向かいな、マスター」

「待って!」

「おっと」

 

 だが、足を踏み出したハルトの背後に、トレギアが回り込む。

 ハルトと真司が反応するよりも速く、トレギアの爪が空間を切り裂く。それぞれ転がった二人へ、トレギアは嘲笑う。

 

「ほらほら。どうしたどうした?」

「トレギアアアアア!」

 

 怪獣の姿となったアンチが、トレギアへ飛び掛かる。

 だが、トレギアの目から赤い破壊光線の光が現れる。連鎖的にアンチの体を爆発させるそれは、アンチの外装を破壊し、生身のアンチを投げ出させる。

 

「ハルト! 俺たちも行くぜ!」

「うん!」

 

 真司とハルトは、同時に変身の準備をする。

 それぞれ鏡と銀のベルトを腰に出現させるが、その前にトレギアは二人を手で制する。

 

「ここで君たちと遊んであげてもいいけど……折角なら、マスターを見届けたいかな」

 

 トレギアはそう言って、背後の壁へ黒い電撃を放つ。

 壁が破壊され、大きな穴が開く。そして壁の向こう側では、ムーンキャンサーの上半身が姿を現した。

 

「ムーンキャンサー!」

「アイツは……!」

 

 その姿に、ハルトは体を抑え出した。体に痛みがあるのか、顔を強張らせている。

 

「ハルト、どうした?」

「何でもない……それより、行くよ。アンチ君は下がってて」

「……」

 

 ハルトの指示に、アンチは逆らうことなく俯いた。

 自らが力になれないことを理解しているのか、彼はそのまま数歩下がる。

 そして、真司とハルトは共に声を合わせた。

 

「「変身!」」

『フレイム プリーズ』

 

 ウィザードライバーが赤い魔法陣を発生させるのと同時に、真司もまたVバックルにカードデッキを装填する。

 

『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 周囲の炎を吸収していく赤い魔法陣。

 発生と同時に、無数の鏡像が真司にも集まっていく。

 やがて変身が完了した龍騎とウィザード。

 それぞれの目を赤く光らせ、龍騎はカードデッキから剣のイラストが描かれたカードを引き抜く。

 

『ソードベント』

『コネクト プリーズ』

 

 ウィザードも同時に、指輪で銀の銃剣を入手。

 トレギアを通り抜け、そのままフロアの壊れた箇所からジャンプ。

 二人の赤は、こちらに気付いたイリスへ、同時に剣を振り下ろした。

 その巨体の胸を、それぞれ一直線に斬り降ろし、一階に着地する。

 

「コイツ、昨日戦った時よりも絶対にデカくなってる……」

 

 龍騎がそう呟くやいなや、イリスは龍騎とウィザードへ敵意を向ける。

 龍騎、ウィザード。両者にとっても危険を嫌と言うほど味わってきた超音波メス。

 それが、雨のように降り注がれていく。

 だが。

 

「どうか……守って!」

 

 それは、全く聞き覚えのない声。

 そして、六つの機械のパーツが二人の前に割り込んできた。それぞれ指定された配置に並び、正六角形を描き出す。

 その間に透明なエネルギーを走らせたそれは、盾となり、超音波メスを防いだ。

 

「え」

「何だ?」

「大丈夫ですか?」

 

 そして、バリアを作った機械は、纏まって龍騎たちの横に逸れていく。それは、歩いてきた少女の腰に収まった。

 

「……君は?」

 

 龍騎は思わず尋ねた。

 ボブカットに切りそろえた、学生服の少女。大人しそうな顔つきの彼女は、にっこりと胸に手を当てた。

 

「はい。蒼井は、蒼井えりかと申します。シールダーのサーヴァントです」

「新しい参加者!」

 

 新しいサーヴァント。

 その存在に、隣のウィザードは反射的にウィザーソードガンを身構えてしまう。

 だが。

 

「大丈夫だよ、ハルトさん……」

 

 警戒を強めるウィザードの手を抑える者がいた。

 それは、可奈美。

 ラビットハウスの制服のままの彼女だったが、すでに傷だらけになっており、息も絶え絶えになっていた。

 

「この子は、敵じゃないよ……」

「本当に?」

 

 ウィザードはまだ警戒が解けないようだ。

 そんなウィザードへ、今度は変身が解けた友奈が話しかける。

 彼女も可奈美に負けず劣らず傷だらけになっており、首元で束ねていた髪も解かれていた。

 

「本当だよ。この子、えりかちゃんが何度も助けてくれたんだよ!」

「本当か? よかったなハルト! 戦うつもりがない参加者だぜ!」

 

 友奈の言葉に、龍騎はウィザードの肩にしがみついて飛び跳ねる。

 だが、ウィザードは龍騎の腕を振りほどき、シールダーのサーヴァント、蒼井えりかを睨み続ける。

 しかし。

 

「みんなッ! ムーンキャンサーがッ!」

 

 響の声に、ウィザードたちは一斉に顔を上げる。

 ムーンキャンサーは再び、地上の参加者たちに超音波メスを放とうとしている。

 だが。

 

「危ない!」

 

 蒼井えりか。

 彼女は、シールダーとしての特色を遺憾なく発揮した。

 六つの機械は、再びバリアを張り、超音波メスを吸収する。

 突破できないと判断したムーンキャンサーは、触手で横から薙ぎ払う。

 蒼井えりかの能力であるバリアは機械の六つのパーツを弾き飛ばし、全ての防御を消滅させた。

 そして放たれるのは、超音波メスなど比べものにならない威力を誇る、プラズマ火球。

 

「もう一度っ!」

「俺も手伝う!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 大急ぎで盾を回収した蒼井えりかに続いて、ウィザードが防御の魔法を展開。六角形の防御の奥で発生した魔法陣を大きくし、龍騎とえりか、そして倒れている友奈、可奈美、響まで包み込む。

 だが。

 プラズマ火球の威力は絶大。

 中途半端な蒼井えりかの防御とウィザードの魔法陣。両方を一度に破壊し___龍騎はすさかずガードベントでみんなの前に立つ___、参加者たちを炎の波に包み込んでいく。

 

「うわあああああああああああああっ!」

 

 響き渡る全員の悲鳴。

 龍騎とウィザードも変身を解除され、生身となって友奈たちとともに吹き飛ばされる。

 

「ぐはっ……!」

 

 真司は血を吐きながら、背中にめり込んだ瓦礫を退ける。

 だが、イリスはすでに真司達へトドメを刺そうと顔を近づけてくる。

 友奈も、ハルトも。可奈美も響も、蒼井えりかでさえも、今は動ける状態ではない。

 その時。

 

「……ムーンキャンサー……」

 

 その小声。

 声量としてはとるにたらないもの。だがその声には、並々ならぬ感情が含まれていた。

 

「しまった……!」

 

 ホーム全体を見渡せるその踊り場に、アカネの姿があった。遮蔽物など何もないその場で、アカネはイリスの巨体を見上げている。

 うるさい敵を片付けたイリスも、足元にいるアカネを見下ろす。腰を曲げ、アカネが胸の位置になるまで体を下げた。

 やがて、その体に埋め込まれた発光器官がオレンジ色の光を灯し出していく。

 暖かくも冷たいその光は、アカネを、そして真司たちの目を奪う。

 

「アカネちゃん!」

 

 真司は手を伸ばす。

 だが、大して接点のない敵の、ましてや死にかけの声など彼女に届くはずもない。

 

「ムーンキャンサー……」

 

 アカネが小さく、その名を呟く。

 もう、手で触れられるほど、彼女とイリスの距離は近づいている。

 そして。

 

 イリスの胸元の水晶のような器官が発光する。

 オレンジ色の光が駅の炎を掻き消し、世界全てをオレンジに染め上げていく。

 オレンジはやがて、青く変化していく。

 アカネの姿が青に照らされると同時に、イリスの腹が開かれた。オレンジ色の花がイリスの腹部に現れた、と錯覚すると同時に、それは周囲の空気ごとアカネを吸い込んでいく。

 その変貌には、アカネさえも驚き、恐怖を見せる。

 

「やめろおおおおおおおおお!」

 

 そう叫ぶのはアンチ。

 怪獣の姿となり、アカネへ手を伸ばすが、それはイリスの触手が許さない。

 すでに満身創痍の体が触手を貫き、そのまま瓦礫の山の中に落ちる。

 

「ううっ……!」

 

 呻き声を上げるアカネ。彼女はイリスから逃げるように手を伸ばすが、もう遅い。

 人智を越えた怪物の能力。それが、ただの少女が逃げ切れるはずもなく。

 アカネは、イリスの体内に吸い込まれていった。

 吸引が収まったとき。

 すでにフェイカー、ムーンキャンサーのマスターは、イリスの体内に取り込まれていた。

 否。

 

「……融合した……」

 

 ハルトの声が、真司の耳に強く残った。



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助けよう

「ハルトさん!」

 

 その声に、ハルトは我に返る。

 マスターであるアカネとの融合を果たしたイリス。

 それが、すでに超音波メスを発射しようとしている。

 すでにハルトも、声を発した可奈美も、まだ動けない。

 だが。

 

「シールドトルネード!」

 

 シールダーのサーヴァント、蒼井えりかが叫ぶ。

 盾になった六つの機械が、弧となって触手の先端を弾く。あらぬ方向へと向けられた触手の先端より超音波メスが発射され、駅の壁を貫く。

 

「皆さん!」

 

 彼女はさらに、六つの機械を目の前で束ね、正六角形を作り出す。

 超音波メスならば安定して防げるその力は、超音波メスを霧散させていく。

 

「君は……」

 

 参加者同士、戦うつもりはないのか。

 参加者と知りながら、積極的に庇う彼女の姿を見て、ハルトは警戒を解いていく。

 だが。

 

「ぐっ……!」

 

 彼女の口からは、辛そうな声が漏れ出していた。

 シールダーのサーヴァントといえど、彼女はすでに限界に近づいていたのだろう。イリスの猛攻に、だんだんシールダーの盾が揺らいでいるように見える。

 それは、イリスにも察知出来ていることなのだろう。イリスはその触手を全て持ち上げ、一気にえりかの防壁を貫こうとしている。

 ハルトは、彼女の援護のためにウィザーソードガンを持ち上げる。だが、銀の銃を握った途端、腕に負った傷により、ウィザーソードガンを取りこぼしてしまった。

 

「しまっ……!」

 

 顔を真っ青にするハルト。

 だが、イリスの触手がえりかを貫くよりも早く、青い光線がイリスの死角を穿った。

 大した威力ではない。だが、イリスの絶対優位を一瞬だけ揺るがせるのには十分だった。

 そして、その攻撃を行った者が、駅ビルの屋上より室内へ着地する。

 

「何をしているの、ウィザード?」

 

 ハルトの前に降り立ったのは、長い金髪。

 数週間前にも、共に見滝原南に向かった、聖杯戦争の参加者。

 

「リゲル!?」

 

 ガンナーのサーヴァント、リゲル。

 長く美しい金髪をなびかせながら、リゲルはハルトを助け起こした。

 

「リゲル……!? どうしてここに……!?」

「あれだけデカいのが暴れていれば、嫌でも目に入るわよ」

 

 リゲルの肩を借りながら、ハルトはイリスを見上げた。

 見滝原中央駅という狭い空間を、我が物顔で支配する異形の怪物。

 そんなイリスを見上げながら、リゲルは唇を噛む。

 

「イリス……虹の女神の名前を与えるには、ちょっと邪悪すぎるんじゃないかしら?」

「イリス?」

「奴の姿を見た街の人々が、そう呼び出したのよ。翼が虹色に輝いて見えるって」

「へ、へえ……っ!」

 

 そこまで言ったところで、ハルトは血相を変えてリゲルを突き飛ばす。

 音速の九倍の速度で、イリスの触手が、リゲルがいた空間を引き裂いていた。

 予測できなかったリゲルは、青ざめた表情をしており、ハルトは息を吐いた。

 

「助けてくれてありがとう。一応これで、今の借りを返したってことでいいかな?」

「……ええ」

 

 リゲルは不機嫌そうに頷いた。

 

「でも、あまり長々と話している暇はなさそうよ」

 

 リゲルの忠告通り、イリスは、新たな乱入者を見定めて、触手より超音波メスを放っている。

 

「また来た!」

「大丈夫です! 蒼井が守ります!」

 

 ハルトとリゲルの前に、えりかが立つ。

 六つの機械を展開し、盾となるそれは、イリスの超音波メスを安定して受けることが出来た。

 だが、えりかの防御圏外にいる可奈美、響、友奈を守る者はいない。

 

「写シ!」

 

 可奈美が大急ぎで千鳥を抜き、体を白い霊体に包み込む。

 彼女特有の異常な動体視力が、音速で走る光線を斬り落としていく。

 

「可奈美ちゃん!」

「大丈夫……うっ!」

 

 だが、彼女の疲労は、可奈美の能力を大きく引き落としていた。

 数回の防御ののち、可奈美の肩を超音波メスが貫く。膝を折った可奈美を庇おうと、ハルトは急いだ。

 だが、イリスの攻撃の方が速い。

 凄まじい高音を持つそれ。

 だが。

 

刻々帝(ザフキエル) 七の弾(ザイン)

 

 イリスの二本の触手に、その銃弾が命中した。

 すると、触手の動きが見てわかるほどに遅くなる。発射された音速の光線も、可奈美が響と友奈に助け出されるほどの速度に低下している。

 

「今のは……」

 

 その力は、強烈にハルトの脳裏に刻み込まれている。

 その正体は……

 

「きひひっ……! 何やら楽しそうなパーティですわね?」

 

 上のフロアからよく響く声を発するその女性。

 オレンジのドレスを着こなす彼女は、それぞれ長さの異なる銃を肩に乗せながら続けた。

 

「わたくしも、混ぜてくださいませ?」

「お前は……!」

「狂三ちゃん!」

 

 可奈美がその名を叫ぶ。

 一度は聖杯戦争より脱落した、アヴェンジャーのマスターが再契約したフォーリナーのサーヴァント。

 彼女は口を吊り上げながら、手すりに寄りかかる。

 

「きひひひひっ! あらあら。見覚えのある顔がちらほらと……」

 

 だが、そんな彼女の声は、イリスの物理攻撃に阻まれる。

 無数の触手を一度に叩きつけたが、それよりも先に狂三は加速、攻撃を回避し、可奈美の前に降り立った。

 

「お久しぶりですわ。セイヴァーのマスター……」

「狂三ちゃん!」

 

 だが、狂気を表にする狂三へ、響と友奈に支えられる可奈美が呼びかけた。

 狂三は可奈美、そして彼女の右腕を支える響へ視線をやる。

 

「ウィザードに、ガンナー……前回お会いした皆様もおそろいで……あの化け物は、相当な手練れのようですわね……」

 

 金色の眼で、狂三はイリスを見上げる。

 

「まさか、セイヴァーのマスターまで苦戦するとは……もう一人のわたくしを倒したあの力を使わないのですの?」

「あはは、もう祭祀礼装を使ったんだけど、倒せなかったんだよね」

「……あの力でも倒せない参加者、ということですの?」

 

 狂三は眉をひそめた。

 どんどん増えてくる敵対勢力の存在に、イリスは静観することを選んだようだ。

 触手を蠢かせながら、こちらを見下ろすイリス。

 その巨体へ、リゲルがゴーグルを通して目を細めた。

 

「これは……奴の体内にいる、アイツのマスターだけど……どんどん同化していってる」

「同化?」

 

 ハルトの疑問に、リゲルは頷いた。

 

「このままだと、奴の一部になるってことよ。多分、ムーンキャンサーの目的はそれね。マスターと完全に融合して、その生命エネルギーを永遠の苗床(なえどころ)とするってところかしら?」

「苗床?」

「ええ。奴はメスって言い方でいいわね。身体構造の作りから、単体生殖の可能性が高い。多分、同類の生物を一日もあれば沢山生み出せるわね」

「奴と同型の生物を、無数に現れるっていうのか……?」

 

 ハルトは知る由がなかった。

 以前、響、アンチとともに見滝原南で戦った怪鳥型の生物。

 それこそが、イリスと同じ遺伝子を持つ生物であり、イリスが大量に生み出そうとしているものだったのだ。

 

「残念だけど、あのマスターを始末するしかないわね」

 

 リゲルが告げた非情な結論に、ハルトと真司は顔を引きつらせた。

 だが、リゲルは続ける。

 

「奴のフルスペックは、マスターの生命力を吸収して発揮しているわ。マスターを始末すれば、おそらく奴は今以上の脅威にはならない」

「でも……どっちかだけを助けるなんて、絶対間違ってる」

 

 真司は言い張った。

 

「俺は、誰の命も諦めたくない。リゲル、アンタの言ってることは正しいんだろうけど……でも、それは認められない。認めたら……」

 

 真司はそこで言葉を濁した。

 彼が小声で「結局運命を……変えられないってことじゃないか……」と呟いていたのを、ハルトは確かに聞いた。

 

「……予め言っておくわ」

 

 リゲルの声が、少し冷たくなる。

 それが、あまりにも無謀であることを、彼女の美しくも鋭い目が語っていた。

 

「奴のマスターの命を諦めれば、純粋にムーンキャンサーを倒すことだけで、この騒ぎは終わる。でも助けるとなると、話は別よ」

「待って下さい」

 

 リゲルに、ぴしゃりと苦言を呈する者。

 それは、えりか。

 さきほどまで活躍していた盾を羽衣のように畳み、腰に装着している彼女は、リゲルの目を真っすぐに見つめた。

 

「あの中に、人がいるんですか?」

「人と言っても、マスターよ? 貴女もサーヴァント……参加者なら、奴を始末するほうが都合がいいでしょ?」

「それでも、助けようよ」

 

 その声は、友奈。

 可奈美を支える彼女は、髪留めが千切られており、大きく乱れていて、一見別人にも見える。

 

「わたしは、助けたい! アカネちゃんを……あの子を助けないと、アンチ君だって悲しむよ!」

「アンチくんって……」

 

 ハルトは、戦場となっている駅ビルと離れた駅改札口付近を見返す。

 ハルトの指示を守り、こちらを見守っているアンチの姿がそこにはあった。

 その視線に気付いた友奈も、アンチの姿を捉える。

 

「わたしもッ! 伸ばせる手を伸ばさなかったら、後で絶対に後悔するッ! だから、生きるのを諦めさせたくないッ!」

 

 響も賛同する。

 リゲルは、更に顔を歪めた。

 

「ランサー。貴女の強さは知ってるわ。でも、奴はそれ以上に強い。それこそ、ラ・ムーにも負けるとも劣らないほどに。今ざっとここにいる人たちのデータを収集したし、そもそもムー大陸での件でアンタたちのスペックは大体分かってるわ。それでも、全員が協力したとしても、アイツに勝てる可能性はまだ少ない。もう一度言うけど、ただ倒すだけでも奇跡でもないといけないのに、さらに救出になると、余計に可能性が下がるわよ」

 

 だが、ハルトはそれでも頷いた。

 ハルトだけではない。可奈美たちや真司も、当然という顔を浮かべていた。

 

「きひひっ……とんだお人よしが揃っているようですわね」

 

 嘲笑交じりに、狂三がほほ笑んだ。

 

「ええ、ええ。ガンナー。貴女の意見は間違っていませんわ。何一つ。ただ、倒すにしろ助けるにしろ、全員の同意がないと難しいでしょうね」

「……」

 

 リゲルは大きくため息を付く。

 

「ここで私一人が反対してもイリスには勝てないし……いいわよ」

「リゲル……!」

「ただし!」

 

 ハルトが感謝を示すよりも先に、リゲルの砲台がその顔に向けられた。

 

「助けられないと判断したら、容赦しないこと。いいわね?」

「ああ。それでいい。俺たちも、全力で助けるから。ね」

 

 ハルトは、可奈美達に振り替える。

 すでに祭祀礼装、満開、絶唱という切り札を使い果たした三人。それぞれ通常の戦闘形態しか戦えず、さらにキャスターの心強い援護も期待できない。

 それでも答えは変わらない。

 

「アンタたち……本当に、底抜けのお人よしばかりね」

「仕方ありませんわね? そうでもなければ、聖杯戦争を止めるなんて馬鹿げた発想になりませんもの」

 

 狂三の一言に、リゲルは観念したように天を仰いだ。

 そして。

 

「行こう! あの子を、助けよう!」

 

 ハルトの言葉に、誰もが頷いた。



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超遺伝子獣

「変身!」

「変身!」

 

 ウィザードと龍騎。

 それぞれの変身が完了した。

 龍騎が「っしゃあ!」と気合を入れると同時に、ウィザード、龍騎、可奈美、友奈、響はそれぞれ駆け出した。

 さらに、狂三は影へ潜り、リゲルとえりかはそれぞれ飛翔した。

 一方、イリスの体にも変化が生じる。その胸に埋め込まれた結晶のような器官が青く発光。すると、その体を突き破り、同じく青い生物がその肌を突き破って出てきた。

 ギャオ、ギャオ、と産声を上げる生物たち。

 矢じりのような頭部と、左右に大きく広がる翼をもつそれ。その姿を見た途端、ウィザードと響、そして奥の安全地帯で見守るアンチの表情に戦慄が走る。

 

「見滝原南にいた……」

「怪鳥……ッ!」

 

 怪鳥たちは、目下の獲物たちを見定めると、それぞれ猛スピードで急降下。それぞれ狂った目つきで参加者達へ襲い掛かる。

 

「来るよ!」

 

 可奈美の叫び声に、ウィザードは我に返る。

 襲い来る怪鳥たち。ウィザードはソードガンで斬りつけるものの、頑丈な肉体を持つ怪鳥たちは以前以上に頑丈になっていた。

 

「コイツら、イリスと同じ体の作りをしているわ!」

「子供ってこと!?」

 

 怪鳥を地面に叩き落とし、トドメにかかと落としを見舞う友奈が聞き返す。彼女の右足は怪鳥の矢じり型の頭部を粉砕し、青の体は動かなくなった。

 リゲルは右手に持った剣で怪鳥の腹部を刺す。悲鳴を上げて動けなくなっていく怪鳥の体を分析し、叫び声を上げた。

 

「違うわ! これは……むしろ、コイツが通常……っ!」

「リゲル、後ろ!」

 

 ウィザードがソードガンを発砲する。

 リゲルの背後から、彼女を捕食しようとするもう一体の怪鳥。銀の弾丸を弾きながらリゲルを食らおうとするが___

 

刻々帝(ザフキエル) 二の弾(ベート)

 

 発射された弾丸が、怪鳥の体を穿つ。すると、怪鳥の動きが一気に鈍り、その速度が低下した。

 影から現れた狂三が、リゲルと背中を合わせる。種類が異なる拳銃の威力では、怪鳥を倒せない。

 だが、ならばと狂三は、その拳銃を無数に打ち鳴らす。怪鳥の体を破壊するほどの数を増やしたそれは、やがて怪鳥を蜂の巣にした。

 

「続きをどうぞ。ガンナー」

「……フン」

 

 リゲルは怪鳥の腹を貫通した剣を放り捨てる。

 

「むしろ、イリスが変異体よ。この遺伝子配列……コイツラもまともとは思えないわね。染色体が一対しかないのだから」

「何言ってるのかわけわかんねえよ!」

 

 龍騎が二体の怪鳥を相手に、ドラグセイバーで奮闘していた。だが、イリスの近くで戦っていることもあって、イリスの超音波メスも遅いかかってくる。

 

「危ない!」

 

 えりかが叫ぶ。

 彼女の盾は、イリスの超音波メスをはね返し、怪鳥一体の体を真っ二つにした。

 

「シールダー……!」

「はい。それで、この鳥たちは一体何なんですか?」

 

 えりかの問いに、リゲルは一瞬だけ躊躇を見せる。だがその間にも、怪鳥はどんどん群がって来る。

 

「リゲル! 今は、敵だの味方だの考えている場合じゃないでしょ!」

『コネクト プリーズ』

 

 ウィザードは空間湾曲の魔法を発動し、マシンウィンガーを呼び出す。即座に乗車したウィザードは、そのままリゲルへ牙を向ける怪鳥を轢き飛ばし、その脳天をウィザーソードガンで叩き割る。

 

「何か分かったなら、話してよ! 俺たちも、リゲルのことは命がけで助けるから!」

「この状況で、よくもそんなことを……」

「リゲルさん、つまり、この生物は進化の歴史を辿っていないということですか?」

 

 えりかが怪鳥を頬り投げ、再び盾で両断した。さらに、盾を円状にすることで、その中心より光線を放ち、別の怪鳥の胴体に穴を開ける。

 リゲルは「ええ、そうよ……」と頷き。

 

「言ってしまえば、最強の遺伝子を持つ生物ね。聖杯戦争も、何でこんな奴を選んだのよ……!」

 

 リゲルは吐き捨てながら、背後の怪鳥へ砲弾を発射する。光の柱となったそれは、怪鳥を押しのけながら上昇。天井付近で爆発した。

 

「もし奴を名付けるなら、超遺伝子獣とでも呼ぼうかしら?」

「ギャオギャオ言ってるからギャオスでいいんじゃないかな?」

「こんな時に名前なんてどうだっていいよ!」

 

 参加者の誰かが名付けた、ギャオスという名前。

 ウィザードは突っ込みながら、マシンウィンガーの位置を調整、イリスへ向かった。

 

「ハルトさん!」

 

 さらに、無数の怪鳥たちを切り刻んだ可奈美もまた、マシンウィンガーに並走する。

 

「行こう!」

「ああ!」

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 ウィザーソードガンの手の形をしたパーツが光る。ウィザードはそのまま、マシンウィンガーのアクセルを強めた。

 マシンウィンガーは、イリスの体を伝ってどんどん上昇していく。肩口から飛び出したウィザードは、そのままマシンウィンガーから飛び降り、さらにウィザーソードガンにルビーの指輪を押し当てる。

 ウィザードの銀の刃に走る、赤い炎の魔力。

 可奈美もまた、ウィザードに合わせて体を真紅に染め上げる。

 

『フレイム スラッシュストライク』

「太阿之剣!」

 

 二つの赤い刃が、そのままイリスの肩を切り裂いた。

 だが、それぞれは小さな爆発をイリスに刻んだのみで、大きなダメージは見積もれない。それどころか、攻撃の隙に、無数のギャオスたちが殺到してきた。

 

「くっ……!」

「我流・星流撃槍!」

 

 だが、ギャオスたちを、黄色の槍が薙ぎ払う。

 一気に怪物たちを薙ぎ払った響は、そのまま着地し、今なおイリスから発生し続けるギャオスの群れを睨み上げる。

 

「ハルトさん……あいつら、前に見滝原南で戦った時よりも強くなってません?」

「ああ、それは俺もうすうす感じてた。強いというより、打たれ強くなってる」

 

 ウィザード、可奈美、響はそれぞれ背中を合わせながら、天井を所せましと埋め尽くすギャオスの群れを見上げる。

 

「ハルトさん、響ちゃん。前に戦ったなら、倒し方とか分からない?」

 

 肩で呼吸しながら、可奈美が尋ねる。

 ウィザードと響は眉をひそめながら目を合わせた。

 

「前に戦った奴は、素早かったけど正直脆かった。スラッシュストライクでアッサリ斬れたから、コイツらと一緒だと考えるのは危険じゃないかな」

 

 やがてギャオスたちは、それぞれ凶悪な目つきをしながらウィザードたちを襲う。

 それぞれと格闘しているときでも、イリスの援護射撃が止まることはない。たとえ配下たちを巻き込んだとしても、黄色の光線は次々とウィザードたちを襲い、ボロボロのコンクリートをさらに傷物にしていく。

 さらに、ギャオスのうち何体かは、地上へ降り立ち、その翼を前足のように駆使しながら近づいてくる。

 

刻々帝(ザフキエル) 七の弾(ザイン)

 

 唱えられる、オレンジの銃。

 弾丸が命中したギャオスたちは、全て動きが止まる。

 

「あらあら」

 

 上のフロアでよりかかったままの狂三が、笑みを浮かべたままウィザードたちを見下ろしている。露出した肩に何度も長い銃を当てながら、その金色の眼で参加者たちを見下ろしている。

 

「ムーンキャンサーに届く前に、雑兵たちにやられて壊滅してしまいそうですわね。ウィザード」

「だったら少しは手伝ってよ!」

 

 ウィザードはそう叫びながら、再びスラッシュストライクを発動させる。

 同時に隣にやってきた龍騎も腰を落とし、ドラグセイバーから赤い炎が沸き上がって来た。

 二つの赤い斬撃により、ギャオスたちが次々に爆発していく。

 だが、まだその数に底は見えない。

 ウィザードがげんなりとしている一方、龍騎はドラグセイバーを左手に持ち替えて、新たなカードをデッキから引き抜く。

 

『ストライクベント』

 

 掲げた右腕に装備されたドラグクロー。同時に、天井に空いた穴より赤い影、ドラグレッダーが飛来する。

 ドラグレッダーは天井の穴の縁を旋回。穴から外に出ようとするギャオスたちをその体で薙ぎ払いながら、龍騎の動きを窺っている。

 

「ハルト! 手伝ってくれ!」

「分かった!」

『ビッグ プリーズ』

 

 昇竜突破が発動する前に、龍騎、そしてドラグレッダーの前に魔法陣が現れた。

 そして、龍騎がドラグクローを突き上げるのと同時に、ドラグレッダー口から火炎を吐き出した。

 ウィザードの助力により、巨大になったドラグレッダーとドラグクローの炎。ギャオスの大群を挟み込む炎の牙は、一口で全てのギャオスを飲み込み、轟音とともに一気に焼き尽くした。

 

「ふう……」

 

 肩を撫で下ろした龍騎は、イリスへ振り替える。

 

「なあ、ハルト……ムーンキャンサーの目的って……」

「あの怪鳥……ギャオスを、大量に世に放つことだろうね。その能力はもともと持ってるみたいだし、言ってしまえば、奴の願いは召喚された時点で叶ってるってことになるね」

「間違いないわね」

 

 続けるのは、着地したリゲル。

 彼女は、イリスの分析を続けながら言った。

 

「さっきも言ったけど、イリスとマスターの同化は、こうしてギャオスと戦っている間にもどんどん進んでる。助けると一口に言っても、相当大変よ」

「分かってるよ。もともと、楽に助けられるとは思ってないから」

 

 次々と落ちてくるギャオスの死骸を茫然と眺めながら、ウィザードは再びウィザーソードガンを構えなおした。



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タイムリミット

 龍騎の活躍により、ギャオスは一掃された。

 だが、まだイリスにはギャオスを産み出すことは可能なようだ。

 イリスの腹を突き破り、産声を上げる怪鳥たちは、参加者、建物の物々を差別なしに食い荒らそうとしていく。

 

「また出てきた……!」

「でも、さっきより出てくるペースが少ないよ!」

 

 可奈美がギャオスの翼を両断しながらウィザードに応える。

 

「さっき、リゲルさんが融合して完全体になるって言ってたよね! きっと、まだ融合が完了してないんだよ!」

「タイムリミットはまだあるのか……」

「それほど長くはないでしょうけどね」

 

 冷徹に、リゲルが分析している。

 

「ギャオスがさっきの数出てきたら、時間的に見ても間に合わないわ。奴がギャオスを大量発生させるよりも先にマスターを引っぺがしなさい」

「だったらやっぱり……」

 

 ウィザードは、ホルスターから指輪を取り出した。

 心に入り込む魔法、エンゲージ。これならば、イリスの中からアカネを連れ出すことが出来るかもしれない。

 

「行って! ハルトさん!」

 

 ギャオスを左右に両断しながら、可奈美が叫んだ。

 

「ギャオスは私たちが何とかするから!」

 

 彼女の隣には、同じくギャオスたちを引き受ける、龍騎、響、友奈の姿があった。

 それぞれギャオスの攻撃を受けて体はボロボロとなっており、龍騎に至ってはギャオスの超音波メスによって、ドラグセイバーとドラグシールドをどこかに失っていた。

 

「可奈美ちゃん……! みんな、ありがとう!」

「こっちはわたしたちに任せて!」

「へいき、へっちゃらだよッ!」

「ハルト! 頼んだぜ! この戦いを終わらせてくれ!」

「ああ! リゲル、行くよ!」

 

 頷いたリゲルとともに、ウィザードは駆け出す。

 少なくない数のギャオスたちが、それぞれ超音波メスを放つ。

 だが、それらは全て、ウィザード達の前に現れたえりかの盾に弾かれていく。

 

「蒼井が盾になります!」

 

 彼女はそのまま、盾を円状に回転させ、ギャオスたちを切り裂いていく。

 さらに、少し進めば別のギャオスたちが待ち受けている。

 だが、地面を四つん這いになりながら接近してくるギャオスたちへ、紫の流星群が降り注いだ。

 ウィザードとリゲルの足を止めるほどの威力のそれ。

 

「サーヴァントならば……オレが倒す!」

 

 その声に、ウィザードは大きく振り向いた。

 破壊されたフロアの一角に、拳を突き出したままの姿勢の男がいた。

 黒い服装と、紫のゴーグル。胸元に刻まれた古代文字がその象徴。

 

「ブライ……いや、ソロ!」

 

 ソロ。

 古代ムー大陸の生き残りにして、サーヴァントを持つことを拒否した上で聖杯戦争に参加している者。

 そして今、超古代文明、ムーの戦士、ブライとなっていた。

 

「生きていたのか……」

「何で、ここに……ッ!?」

 

 ウィザードと響は、目を見開いてブライを見上げる。

 だが彼はウィザードたちを一瞥し、鼻を鳴らす。

 そして。

 

「ラプラス!」

 

 ブライは天高く手を掲げる。

 すると、灰色の影が出現し、彼の手に収まる。大きな弧を描いた刃が特徴のそれは、まさに生きた剣。

 ブライはそのまま飛び上がる。力を込めてラプラスソードを振り下ろし、地面から紫のエネルギーが跳ね返るブライブレイクは、地を這うギャオスたちを砕き払う。

 

「アイツも協力してくれるのか……?」

「あれは協力と言えるの?」

 

 ウィザードとリゲルは剣でギャオスを斬り倒しながら、イリスへの道を急ぐ。

 

「そろそろ決めるわ!」

 

 もう残り少しというところで、リゲルは足を止めてゴーグルで確認、砲台から小さな光線を放つ。

 明らかに威力が足りていないそれは、真っ直ぐイリスの胸元___イリスの、六つの発光器官がある箇所に命中した。

 

「あそこよ! 奴のマスターはあそこにいる!」

「よし! はあっ!」

 

 ウィザードが投影したウィザーソードガン。それは深々と、リゲルが提示したイリスの胸元……丁度、アカネが吸い込まれたあたり……に突き刺さった。

 

「よし。助けに行くよ、リゲル!」

「……フン。もう、アンタの味方になるのはこりごりよ」

 

 リゲルは鼻を鳴らし、砲台と剣を構える。

 だが、最も近づいた敵ということもあって、イリスの全触手がウィザードたちを狙う。

 

刻々帝(ザフキエル) 七の弾(ザイン)

 

 だが、その全ての触手がその時を止めた。

 その力。ウィザードにも、覚えがあった。

 

「時崎……狂三!」

 

 フォーリナーのサーヴァント、狂三の銃弾。時を止める力は、イリスにも通用していた。

 だが、時を止めることが出来るのはそう長くないだろう。

 それを証明するように、すぐにイリスの動きが再開されていく。だが、まだ動きが鈍い間に、ウィザードとリゲルはイリスへの距離を大きく縮めた。

 

「わたくしが出来ることは、どうやらここまでのようですわね?」

 

 離れたフロアで、狂三はウィザードとリゲルをにやりと眺めていた。

 

「あとは貴方がたにお任せしましょう……もし、生き残れたら、また会いましょう?」

 

 彼女はウィザードを一瞥し、そのまま夜の闇の中へ消えていった。

 

「……ありがとう!」

 

 時が止まったとはいえ、その間はほんのわずか。

 火のウィザードは両足を合わせ、そのままジャンプ。

 だが、イリスの無事な触手が、ウィザードとリゲルを狙い集中してくる。

 

「リゲル! 俺に掴まって!」

 

 ウィザードが差し出した手を、リゲルは「ええいっ!」と掴む。

 リゲルを抱き寄せ、ウィザードは体を捩じる。飛行能力を持つリゲルの存在により安定した火のウィザードは、そのまま迫る触手たちを切り弾く。

 リゲルの砲台の援助も相まって、触手はウィザードたちを襲うのを防いでいる。だが、イリス本体に近づくほど、触手の猛攻を抑え切れなくなっていく。 

 やがて触手が、ウィザードとリゲルの二人を叩き落とす。地上で引き離された二人へ、追撃のギャオスが狙う。

 

「リゲル!」

「この……っ!」

 

 砲台を盾にして、ギャオスの牙を防いでいるリゲルだが、いつまでも持つことはない。ウィザードが救援に向かおうとしても、また無数のギャオスがウィザードを襲う。

 可奈美たちも、それぞれギャオスやリゲルの相手で手一杯だ。

 その時。

 あと少しでリゲルへ届くところで、ギャオスの体が地べたに張り付いた。

 ギャオスの肉体へ、容赦なく刃が突き刺さる。標本となったギャオスの心臓部を、トドメとばかりに一際大きな刃が貫いた。

 

「……?」

 

 命を拾ったリゲル自身、何が起こったのかを認識するまで数秒の時を要した。

 そして、リゲルの前に舞い降りたのは、黒。

 黒いローブと、青く逆立った頭髪。その顔は包帯に巻かれており、赤く光る眼差しの他、その表情を判別することが出来なかった。

 それは。

 

「新しい……サーヴァント!?」

「フン?」

 

 その答えは、驚くほど低い男性声だった。

 包帯の中から、彼はその赤い眼を光らせる。その両腕から伸びる短い刃でギャオスの首を切り、その死を完全なものにした。

 だがその行為は、イリス及びギャオスたちへの完全な敵対行為とみなされる。

 ギャオスたちはリゲル、そして可奈美たちから新たなサーヴァントへその欲望の牙を向けた。

 黒ローブのサーヴァントは大きく身を翻す。同時に、その両腕の刃をギャオスたちに向けた。刃から放たれた無数の赤い光が、ギャオスたちを次々に肉片へと変えていく。さらに、俊足の動きで生き残ったギャオスたちも次々と弱点を付いて行く。

 着地と同時に、彼は腕を組んだ。

 

「……マスターからの依頼は果たした」

「……っ!」

 

 簡潔な言葉と共に、彼はローブを大きくはためかせた。

 すると、その姿はあっという間に消失。あたかも何もなかったかのようにいなくなった。

 一瞬唖然とするウィザード。だがすぐに我に返ったウィザードは、茫然としていたリゲルへ呼びかける。

 

「リゲル!」

「はっ!」

 

 我に返ったリゲルは頷く。

 

「ええ、今しかないわ! ギャオスがいなくなった今なら、奴のマスターに接触できる!」

「よしっ!」

 

 ウィザードはジャンプし、リゲルの手を掴む。

 リゲルはそのまま、ウィザードを連れて上昇する。

 即座に彼女の姿はカードとなり、ウィザードの手に握られる。

 

「行くぞ! リゲル!」

 

 リゲルだったカードより、青い光が放たれる。

 

『オーバーブースト!』

 

 リゲルがウィザードに齎す、青の世界の力。

 リゲルが付けていた翼の形をした装甲が、ウィザードの背中に装備される。投げ捨てたウィザーソードガンの代わりに、リゲルの砲台が装備された。

 そして、ウィザードの目の前を覆う、リゲルのゴーグル。

 熱源探知に切り替わったゴーグルには、イリスに取り込まれたアカネの姿がハッキリと視認できた。

 

「あれか!」

 

 ウィザードの腰に着いたブースターが火を噴く。

 風のウィザードにも匹敵する勢いで、ウィザードはイリスへ接近。触手を掻い潜り、やがてイリスの胸元へ接近。

 

『ルパッチマジックタッチゴー』

 

 もう、目と鼻の先になったところで、ウィザードはベルトを起動。

 同時に、リゲルの砲弾で、イリスの胸元を打つ。表面の肉片を削ぎ落し、その肉を露わにした。

 

『今よ! ウィザード!』

「ああ!」

 

 ウィザードは即座に、右手にエンゲージリングを持ち……

 

「させないよ、ハルト君」

 

 正面から、ウィザードの頭を掴まえる手が現れた。

 トレギア。

 蒼い混沌が、そのままウィザードの体に打撃を与えてくる。

 

『うわああああっ!』

 

 火花を散らすウィザード。さらに、オーバーブーストによりウィザードに装備されていたリゲルが、装備を解除したままウィザードから吹き飛ばされていく。

 

「リゲル! この……!」

 

 トレラアルティガの中でも、ウィザードは無理矢理指輪をベルトに読み込ませる。指にはめることなく、そのままドライバーは魔法を発動させた。

 

『エンゲージ プリーズ』

「いっけえええええええええええ!」

 

 即座にそれを、イリスの腹に投げ込んだ。

 対象者の心へ入る魔法を可能にするエンゲージ。

 それは、イリスの体に突き刺さった瞬間、魔法陣がその体内より現れる。

 心に入り込む力を持つエンゲージ。だが、発動に成功したところで、ウィザードの体もまたトレギアの奔流によって流されていく。

 完全に離れ切るよりも先に、ウィザードはイリスの傷口へエンゲージリングを投げた。傷口が再生していくよりも一コマ早く、エンゲージリングはイリスの体に埋まり、その内部に通じる魔法陣を開いた。

 

「よし!」

「あれは……」

 

 トレギアは怪訝な顔を浮かべながら、狙いをウィザードからイリスの体に埋まったエンゲージリングに変更する。

 

「その指輪には、前にもお世話になったよね。氷川紗夜を私から奪ってくれた、忌まわしい指輪だ」

 

 トレギアはそう言って、その腕に暗い雷を迸らせた。

 

「させない!」

 

 発射されようとする、トレラアルティガイザー。

 だがウィザードは、それよりも早く、トレギアの腕を掴み、狙いを魔法陣から反らさせた。

 発射されたトレラアルティガイザーは、そのまま周囲のイリスの体を破壊していく。だが、魔法陣は未だに健在。

 

「邪魔をするな……ウィザード!」

「それはこっちのセリフだ!」

 

 ウィザードは決してトレギアの腕を離さない。そのまま取っ組み合ったトレギアは、ウィザードに腕を握られたまま、トレラアルティガを放つ。

 ほぼゼロ距離で発射された黒い閃光は、そのままウィザードの体から火花を散らす。だがそれでも、ウィザードは手を放すことはなかった。

 

「ぐっ……」

 

 トレギアの攻撃に耐えながら、ウィザードは横目でエンゲージの魔法陣を盗み見る。

 開いた入口だったが、ウィザードの魔力供給が途絶えたため、今にも消えそうなほどに点滅している。

 

「真司! 可奈美ちゃん!」

 

 ハルトは呼びかける。

 だが、当の二人も、そして響、友奈、えりかもまた、ギャオス及びイリスの触手と格闘している。

 とてもウィザードの望みを達成できる状況ではない。

 

「君の希望は……どうやら、ここで壊れるようだね」

「だったら、お前を倒した後、もう一回やればいい!」

 

 ウィザードはさらにトレギアに顔を近づける。

 トレラアルティガによって体のあちこちから火花を散らしながらも、膝蹴りでトレギアに小さなダメージを何度も重ね、やがて彼の姿勢は崩れていく。

 イリスの体を足場にしてジャンプ。

 そして。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

「トレラアルティガイザー!」

 

 至近距離からの必殺技同士の激突。

 ウィザードは、持てる魔力全てを駆使し、両足で連続蹴りを放つ。トレギアも、永続的な闇の雷撃で応戦し、両者の間には力の残滓が次々と飛び散っていく。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

「あああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 それぞれに少なからずのダメージが入りながら、やがて両者は落ちていく。駅の床を砕き、さらに地下街まで落ちていき。

 瓦礫の山と化した最下層の駐車場に着くまでに、ウィザードはエンゲージの魔法陣が消えるのを確かに見た。



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”UNION”

 水の中にいるような浮遊感。

 髪がふわりと浮かび上がり、ぼやけた裸眼が捉えた世界が、アカネの視界となる。

 

「……!」

 

 視界が明らかになるやいなや、アカネの表情に安堵が浮かび上がる。

 アカネにとって安楽の世界。

 ゴミ袋によって満たされた、自室。いくつもの棚に整列された怪獣たちの模型は、一つ一つがアカネの思い入れの深いものだ。

 足元に敷き詰められた、無数のゴミ袋。誰もがゴミだと切り捨てるこのゴミ袋一つ一つさえも、アカネにとっては宝物だ。

 そんなアカネの全てで満たされて、ほとんど少ない足場を縫うように、アカネは進んでいく。

 いつも使っている作業台。パソコンと作業板を眺め、背後のショーケースと、無数の怪獣の人形を眺めている、

 そして。

 脳に走ったのは、過去、現在。そして未来の光景。

 

「___何?___」

 

 

 

___過去___

 

 

 

 これまで、アカネに友人はいなかった。

 一番好きなものは怪獣。趣味も怪獣。生きがいも怪獣。

 おそらく生まれた時から今に至るまで、怪獣が一番好きだった。

 だが、そんなアカネを理解してくれる人は、これまで一人も現れなかった。両親もまた、アカネを理解することが出来なかった。

 結局生まれ故郷を離れ、見滝原の地で一人暮らしを始めた。生活資金は、株で作り上げることができたが、学校に行くことは(つい)ぞなかった。やがて、マンションの住民にも、噂話の対象になっていった。学校に行っていない子、不良少女、引きこもり。噂好きのおばさんにも困り果てていた。

 ある日、アカネの前に現れた、蒼い仮面トレギア。その時の光景が、アカネの目の前に蘇る。

 

「こ、これは……?」

 

 そう呟くのは、アカネの前のもう一人のアカネ。

 トレギアを召喚した時の再現をしているのだろう、とアカネは俯瞰しながらそう思った。

 いつもの作業台に座りながら、教えられた呪文を唱えたアカネが、目を大きく見開いている。

 

『うぷぷ。ウルトラマンだあ! コイツはアタリだね!』

 

 そう宣うのは、アカネを聖杯戦争に誘った妖精。

 白と黒の模様をした、パンダとはまた別のクマの形をした妖精だった。大きさはアカネの膝までの大きさのそれは、ゆっくりと立ち上がるトレギアを見て歓喜の表情を浮かべていた。

 

『まさか、あのウルトラ族をサーヴァントとして呼び出すとはね』

 

 そう呟くのは、クマの妖精と並んでいる猫のような姿の妖精。白をベースとした姿だが、体の至る所には桃色の模様が入っている。だがそれ以上に、『きゅっぷい』と首を鳴らす動作からセリフを言っている間まで、決して表情を動かすことがないのが不気味だった。

 

『君はこれで、この聖杯戦争に参加することとなる。最後の一人になるまで、生き残ってくれたまえ』

『まっ! ウルトラマンがサーヴァントなんだから、楽勝だろうけどね! ほら、この前キュゥべえ君が迎え入れちゃった……なんだっけ?』

『ウィザードのことかい?』

『そうそう! 僕のお気に入りのアサシンを倒しちゃったからさあ……頼むよ? ウルトラマン』

 

 クマの妖精がトレギアへグイっと顔を向ける。

 召喚されたばかりのトレギアはゆっくりと立ち上がりながら、肩を払った。

 

「やめてくれ。ウルトラマンだったのなんて……昔の話さ」

 

 トレギアは妖精たちを一瞥した後、過去のアカネへ指を伸ばした。

 

「初めまして、マスター。私はフェイカーのサーヴァント、トレギア。君の願いを叶えにやって来た」

 

 そう。これが、トレギアとの初めての出会いだった。

 彼もまた、アカネと同じく怪獣に理解のある者だった。アカネが作った人形に命を吹き込み、人間大とはいえ怪獣で人々を襲うことも可能だった。

 だがしばらくの間は、トレギアの進言により、聖杯戦争に表立っての参加は避けていた。

 そして昨年の十一月。あの雨の日、見滝原の病院から始まったパンデミックで人々が怪物になる事件が起こったとき、アカネは心底沸き起こった。

 トレギアは静観を決めていたが、そんなことは関係ないとばかりに、アカネはワクワクしていた。

 怪獣ではなく怪人と言った方が正確だが、それでも人々は阿鼻叫喚の地獄に突き落とされていた。

 だが、それは即座に収まった。犠牲者は決して少なくないが、それでも見滝原を怪物の町にすることはできない。アカネは大きく落胆し、しばらくトレギアにも八つ当たりをしていた。

 その後も、怪物が大量発生する出来事はあった。

 蘇った超古代の大陸が、数多の電波で作られた怪物たちを見滝原に放った。彼らは、その数を武器に人々を襲い、今度こそアカネが望んだ怪獣による破壊が見れると期待した。

 だがその期待は、他でもない聖杯戦争の運営自体に邪魔された。

 

『これから、聖杯戦争の会場は、見滝原からムー大陸に移動しま~す! 参加者の皆様は、ムー大陸に移動するから、十秒で荷物の準備をしてね♡』

 

 暴れる怪獣たちを見物している最中に響く、クマの妖精の声。

 それにより、アカネは、銀のカーテンによって上空の古代大陸へ連れ攫われた。

 トレギアともはぐれてしまい、たった一人、古代大陸の中を彷徨ったアカネは、その時ばかりは死を覚悟した。

 幸い古代遺跡の中で、アカネには何も起こらなかったものの、その時気付いた。

 

___結局私の味方は、誰もいなかったのかな___

 

 

 

___現在___

 

 

 

 それは、イリスの記憶。

 この世界に召喚されたイリスは、新たな世界の情報を得ようと、アカネの手綱を引きちぎった。そのまま森に隠れ、あらゆる場所を調査し、次々にそこに住まう生物たちの体へ触手を突き刺した。

 イリスの触手が捕らえた生物たちは、すぐにその体液を吸収され、干乾びていく。だがそれらは全て、人間が気にも留めない被害でしかなく、イリスの隠密行動は全て成功に終わった。

 そして、ある程度の成長が完了したイリスは、マスターであるアカネに呼びかけた。

 結果、見滝原山に訪れたアカネ。あとはアカネと融合すれば、イリスは完全なる生物へと成長する。そのはずだった。

 だが、イリスと同じく、聖杯戦争のサーヴァント二人、そしてアカネが作り上げた怪獣によって、それは阻まれた。融合の途中でアカネは引き剥がされ、イリスの思惑よりも成長が遅くなることとなった。

 融合が中途半端で中断させられたイリスは、すぐにアカネを求めて住居であるマンションへ飛来した。

 その時、建物の中に入り、その触手をマンション全体に張り巡らせる。その際、見かけた人間は全て抹殺していく。

 アカネが知る、中年女性も、無精ひげも、管理人も。

 誰もが怯え、慄き、イリスの触手によってその体の色を失っていく。

 その後やって来た二人の魔法使いも、イリスは容易く退けた。

 だが、それでもアカネは見つからない。

 イリスはやがて、聖杯戦争の舞台である見滝原の中心地、見滝原中央駅へ向かい、もう一度アカネへ呼びかけた。

 そして今、アカネはイリスが望んだとおり、イリスとの融合を図ったのだ。

 

 

 

___未来___

 

 

 

 アカネと完全に融合した、イリスの圧倒的な力。

 それは、全ての参加者をいとも簡単に薙ぎ払った。

 ウィザードや龍騎は爆発して消滅。可奈美や響、友奈といった異能の力を持つ者たちは、体液を吸い取られてミイラとなる。

 それ以外にも、無数の参加者たちがイリス一体を相手に戦っていく。だが、あらゆる参加者たちも、イリス、そして、ギャオスの物量差によって敗北し、その血肉を喰い尽くされていく。

 そして、とうとう聖杯戦争はイリスの勝利に終わる。

 目の前に、無数の聖杯戦争参加者達が命を賭けてでも追い求める万能の願望器である聖杯が現れた。黄金の光を放つそれ。美しいはずなのに、なぜか見るだけで不気味な印象を抱かせる。

 

「私は許さない……!」

 

 この世界の全てを。

 アカネ(イリス)が叶える願いは、破滅。

 聖杯戦争の舞台エリアという枷が外れたイリスは、そのまま全世界へ侵攻する。人間たちの抵抗も虚しく、災いの影、ギャオスたちとともに、イリスは世界の全てを食らいつくす。

 男も女も、老いも子供も。

 動物も、植物も。海も。何もかも。

 そして、誰もいなくなった世界で。ただ一人。イリスの一部となったアカネは死ぬことも出来ず、永遠にそれを眺めていた。

 

「やめて……」

 

 その光景に、アカネはそれしか言えなかった。

 こんな破滅を願っていたわけじゃない。ただ、今の生活が、世界が、自分が嫌だった。それだけだったのに。

 だが、その願いを聞き届ける者はいない。

 永遠の、孤独。永遠の、虚無。

 何もない、退屈だけが支配する世界を、永遠の寿命を手に入れたアカネは、ただ一人で眺めていることしかできなかった。

 

 

 

「助けて……!」

 

 溺れるような感覚。虚無の世界。

 これが、永遠に続いていくという恐怖。

 イリスの核たる眼が、嘲笑うようにアカネを見下ろしていた。複雑に絡み合った器官だが、その中心部にある瞳は、別の生命体だとはっきり認識できる。その目、おそらくイリスの意識本体だろう。その目が細まった。瞼が震え、アカネを嗤う。

 

 

 

 そして。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「……っくはっ!」

 

 口に溜まったイリスの体液を吐き出す。

 全身に重くのしかかる重力。全身を冷やす外気。だが、細い目で、悪い視界でも、その姿が誰だか認識できる。

 

「……なんで君なんかに……」

 

 アカネは、ほとんど聞こえない声で呟いた。

 アカネを引っ張り上げたその人物はボロボロの姿で、だけどもはっきりとした右目で、アカネを見ていた。

 少し、アカネの口元が笑む。

 

「ホントにキミは失敗作だね」

「ああ。俺はお前が作った失敗作だ」

 

 アンチ。

 怪獣にして怪獣ではないアンチは、表情を一切変えないまま言った。

 アカネとアンチの足元にも薄っすらと残っていた魔法陣が、とうとう完全に消滅した。

 

「だから。お前を、あの退屈な世界から、救いに来た」



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三つの光

 イリスの感情を、可奈美達が読み取ることは出来ない。

 だが、見滝原を揺らすイリスは、明らかに怒りを露わにしているように見えた。

 よくもアカネを奪ってくれたなと、よくも邪魔をしてくれたな、と。

 アカネを背負うアンチは、未だにイリスの腹の上。自らの体であろうと、例えマスターが巻き込まれようともお構いなしに、触手を打ち放つ。

 

「アンチ君!」

「危ない!」

 

 友奈を追い越し、可奈美はアンチの前に回り込む。

 迅位の速度でアンチの前に割り込み、襲い来る触手を斬り弾いた。

 

「友奈ちゃん!」

「うん!」

 

 可奈美に続いて友奈もイリスの体を駆け上がる。

 

「アンチ君、大丈夫?」

「俺はいい。それよりも、新条アカネを……」

「うん」

「アカネちゃんはわたしがッ!」

 

 友奈とともに並んだ響が、アカネを引き受けた。

 

「ありがとう響ちゃん! 可奈美ちゃん、こっちはもういいよ!」

「うん!」

 

 イリスの触手を捌き切った可奈美の背後で、アンチとアカネを抱えた二人が飛び降りる。

 可奈美は太阿之剣で独楽のように回転、迫る触手を引き離した。

 ジャンプしながら体を捻り、着地した可奈美は、イリスの足元にある大穴を見下ろした。

 

「ハルトさん……」

 

 トレギアとともに落ちていったその名を口にしながら、可奈美はその無事を祈り、イリスを見上げた。

 すでにアカネを失ったイリスには、ギャオスを繁殖させる能力はない。アカネとの三度目の融合を図り、安全地帯へと離れていくアンチたちへ進もうとして来る。

 可奈美はそんなイリスへ千鳥を向けた。

 

「みんな! ……行くよ!」

「っしゃあ!」

「うん!」

「はいッ!」

「了解!」

 

 可奈美の掛け声に、龍騎、友奈、響、えりかは応える。

 

『ファイナルベント』

 

 この戦いを終わらせる。

 龍騎が持つ最大の力が発動した。

 それとともに、龍騎はドラグレッダーへの舞を開始する。

 両手を突き出し、同時に右へ両腕を組みかえる。

 すると、イリスはその危機察知能力を発揮した。

 全ての触手を、龍騎に向けている。

 だが、龍騎の前に可奈美、響、友奈が立ちはだかる。

 

「太阿之剣!」

「我流・星流撃槍!」

「勇者パンチ!」

 

 三人の主力技が発動する。

 触手を弾き返し、そのまま三人はイリスへ飛び掛かる。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!」

「だああありゃああああああッ!」

「根性おおおおおおおおおおお!」

 

 可奈美、響、友奈の三人は、どんどんその力を強めていく。

 徐々に押されていく巨大なサーヴァントは、やがて押されていく。

 だが、それだけではまだイリスは倒れない。吠え、触手と口から超音波メスを打ち鳴らす。

 あちらこちらに超音波メスが突き刺さり、それは壁を、参加者を、当然今イリスを攻撃する三人の体にも強くのしかかる。

 

「ぐうううっ!」

「だとしてもッ!」

「なせば大抵、なんとかなる!」

 

 三人は更に叫ぶ。

 やがて、三人の力は、イリスを駅ビルの壁へ押し付ける。

 大きな轟音を轟かせ、イリスはぐったりと力が抜けた。

 だが、イリスの超音波メスもまた、可奈美たちに多大なダメージを与えた。

 可奈美、響、友奈もそれぞれ生身に戻って倒れ込む。

 

「シールドレイ!」

「ブライナックル!」

 

 だが、そこに閃く、青と紫の攻撃。

 光と拳が、二方向からイリスへ注がれていく。

 

「ありがとうございます!」

「……フン」

 

 えりかの感謝へ、ブライは見向きもしない。

 彼はただ、手にしたラプラスソードを、イリスに向けて投影した。

 

「ダンシングソード!」

 

 まさに名前の通り、ラプラスソードは生きた剣として、的確にイリスの触手の動きを弾き阻んでいく。

 ならばとばかりに、イリスはその口から超音波メスを放つ。

 

「チッ……」

 

 ジャンプで避けたブライは、そのまま上のフロアへ移動。

 そしてそれは、イリスの目を完全に龍騎から離させることに成功していた。

 

「真司さん……!」

「あとは……!」

「お願いッ!」

「しゃあっ!」

 

 役目を果たした三人に応じる龍騎。

 (ドラグレッダー)へ捧げる舞を終えた龍騎は、両足を合わせて飛び上がった。

 体を回転させながら、龍騎はイリスへ跳び蹴りの姿勢を取る。同時に、ドラグレッダーもまた、その背へ炎の息を吐きかけていく。

 もうそれを防ぐのは無理だと、イリスも判断したのだろう。

 先ほど飛行の時のも使用した、触手の間に張られる虹色の幕。それを最大限に広げたイリスは、それを無数に重ねる。

 

「だああああああああああああああああああああああっ!」

 

 そして発動する、ドラゴンライダーキック。イリスの虹色の幕に命中したそれは、これまでの中で最大の爆発を引き起こす。

 駅ビルが、内側から破壊されていく。

 もはや壁が残っている方が少ないほどに破壊されつくした建物。

 そして。

 

「嘘だろ……!?」

 

 これまで、誰一人として生きて帰った者がいない、ドラゴンライダーキック。

 その触手を犠牲にすることで、イリスは生き残っていた。

 だが、龍騎の攻撃によって、イリスの触手は全て焼き切られている。その再生能力をもってしても、未だに完治には時間がかかるのだろう。

 

「こうなったら……うっ!」

「真司さん!」

 

 もう一歩踏み出そうとした龍騎だが、倒れ込んでしまった。龍騎はそのまま、その身を鏡のように砕かれていき、真司に戻ってしまう。

 それは、可奈美たちも同じだった。

 可奈美は写シが張れず、響も唱を維持することが出来ず、友奈の花びらも散り、えりかの盾もその機能を停止してしまった。

 そして、イリスはまだ、戦う力が残っている。焼き切れた触手も徐々に再生を始めており、あと数秒もすれば決死のドラゴンライダーキックさえもなかったことにされてしまうだろう。

 そして、生身の参加者たちへ、その口に超音波メスが準備されていく。

 

「そんな……ここまで来て……!」

 

 絶望に打ちひしがれる可奈美たち。

 だが。

 

「いや、十分だ」

 

 その声は、キャスター。

 イリスの猛攻により、数多の瓦礫の下敷きとなり、身動きが取れなくなっていたはずの彼女は、いつの間にか脱出し、イリスの頭上に回り込んでいた。天井の彼女の背後には、丁度雲間から月が浮かび上がっていた。

 そして、そんな夜天の元に浮かぶキャスター。

 彼女の傍らに浮かぶ本が、そのページを開いた。それが発動する魔法は。

 

「夜天の光に……祝福を」

 

 キャスターが、あたかも鏡写しのように分裂していく。同じ影が、合計三人。

 三人のキャスターは、同時にその赤い眼を開き、イリスを見下ろす。

 それぞれ右手を突き出した彼女たちは、ただ静かに告げた。

 

「咎人達にに滅びの光を」

 

 中心のキャスターの手に、桃色の魔法陣が浮かび上がる。同時に、左右のキャスターの手にもそれぞれ、黄、白の魔法陣が発生していた。

 だが、距離が開いているということもあって、地上の参加者には桃色の魔法陣の詠唱しか聞き取れない。

 

「星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ」

「……! これは……!」

 

 可奈美は気付いた。

 自らの体から、千鳥の力がどんどんキャスターに吸収されていくことに。

 それは可奈美だけではない。

 響からは、黄色い唄のフォニックゲインが。

 友奈からは、桃色の花びらの形をした神樹の力が。

 真司からは、鏡の破片を連想させる赤いミラーワールドの力が。

 リゲルからは、青い粒子状の、ゼクスのリソースが。

 その他、えりかやブライ、この場にいないウィザードや狂三、乱入したサーヴァントの力の残滓さえも、キャスターは集めていく。

 

「なんなの……この膨大なエネルギーは……!?」

 

 リゲルは、残ったリソースでキャスターの魔法を分析する。

 だが、その表示されたエネルギーに、彼女は目を大きく見開いている。

 

「貫け、閃光」

 

 やがてキャスターの元に集まった力は、それぞれ桃、黄、白の光となり、それぞれの魔法陣を描き出す。

 キャスターの色とはまた異なる色の魔法陣。それぞれの頂点に円形を描いた三角形の魔法陣から、それは放たれた。

 

「スターライト……」

「プラズマザンバー……」

「ラグナロク……」

 

 三人のキャスターは、同時に……そして一斉に、唱えた。

 

「ブレイカー」

 

 桃、黄、白。

 三色の光は、それぞれ極太の光線となり、イリスへ発射された。

 触手がまだ再生中のイリスに、それを防ぐ手立てなどない。

 

「___________」

 

 大きく上がるのは、イリスの悲鳴。

 しばらくイリスは耐えていたが、それでもキャスターの光線は底が知れない。その巨体が耐えられる限界を突破するまで、時間はかからなかった。

 イリスの体は、三つの光線に満たされ、内側から破裂、爆発。見滝原中央駅の全てを炎で充満させ、あらゆるガラスが砕け散っていく。

 

「皆さん!」

 

 皆の前に立ち、その盾で衝撃を防いでくれるえりか。

 それでも可奈美たちは全員伏せて、来る衝撃から身を守る。

 見滝原中央駅と呼ばれる場所が、大きく震えた後、バラバラに落ちていくのはイリスの破片。その音に気付いて、可奈美は顔を上げた。

 イリスの破片の雨の中、音もなく降り立つキャスター。

 一人に戻った彼女は、肩に付着した汚れを振り払い、イリスの肉片を拾い上げた。無造作にそれを放り投げると、それは白紙を開いた傍らの本に吸い込まれていく。

 やがて、白紙のページには、イリスの触手の形をしたマークが記入された。

 

「収集完了」

 

 何事もなかったかのように、キャスターは呟く。

 そしてそれは。

 いずれ、可奈美たちが越えなければならない敵が、より強くなったことを意味していた。



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蒼い悪魔の終演

龍騎参戦……だと!?


「ぐっ……」

 

 瓦礫を退けたハルトは、フラフラになりながらも立ち上る。

 イリスより落ちてきたウィザードとトレギアは、至近距離で互いに必殺技をそれぞれに押し付け合いながら落ちてきた。

 至近距離のトレラアルティガイザーを何度も受け、ハルトの体力はほとんど限界になっていた。全身のいたるところが出血し、左肩の感覚が時折失われ、さらに視界さえもぼやけることがある。

 

「かなり落ちてきたな……」

 

 ハルトは左肩を抑えながら、目を擦る。切れかかっている蛍光灯の光を頼りに、落ちてきた穴を見上げた。

 イリスの姿が見えなくなるほどの深さ。ほとんどの車が瓦礫で潰された駐車場で、ハルトは再び変身しようと指輪に手を伸ばす。

 だが。

 

「……指輪が、ない……」

 

 トレギアとの戦闘中に、ホルスターが破壊されたのか。

 変身用指輪も、魔法用指輪も全て、ハルトの周りから無くなっている。瓦礫の合間を探そうにも、視界の悪さと瓦礫の密度により、思うように進まない。

 

「ウィザード……!」

 

 その声に、ハルトは身構えた。

 瓦礫を押しのけて現れるトレギア。

 

「まさか、君と二人きりになるとはね……」

 

 トレギアはそう言って、その両腕にトレラアルティガイザーを身構える。

 ウィザードに変身出来ない今、あの技を受けるのはまずいと、ハルトは回避に動こうとする。だが、踏み出した足がハルト自身の体重を支えられない。痛みにバランスを崩し、その場で蹲ってしまった。

 

「しまっ……」

 

 咄嗟に身構えるが、生身の人間が果たしてトレギアの攻撃に耐えられるだろうか。

 だが。

 

「……?」

 

 その事態に、ハルトは困惑を浮かべた。

 両手を大きく上げたまま、トレギアは動かない。やがて思い出したかのように、その全身からは火花が飛び散り出した。

 見てはっきりとわかるほどの、ストライクウィザードの魔法陣。彼の体に無数に刻まれる魔法陣から、それは連続的な爆発を引き起こす。

 そうして、大きく倒れ込んだトレギアは、全身が大きくボロボロになっていた。

 

「バカな……!」

 

 全ての装備が次々と砕け、やがてその特徴である仮面にも大きくヒビが入っていく。

 

「そんな……っ!」

 

 トレギアは自らの面を抑える。仮面が落ちていくのを防ぐように必死で食いつないでいるが、素手で割れた仮面を抑えられるはずがない。

 やがて彼の抵抗も虚しく、仮面の亀裂はどんどん大きくなっていく。すぐに中心から真っ二つに割れた仮面、トレギアアイは落ちていった。同時に、内包されていた怪物の力も霧散し、消滅していった。

 

「あ……ああっ……!」

 

 トレギアが悲鳴を上げるごとに、彼の体から、仮面の力が抜けていく。

 深い蒼も、黒い体の武装も。何もかもが、空気の中に溶け出していく。

 そしてトレギアは、その姿を、暗い闇の蒼から、清廉な水色へと変わっていった。その姿を、ハルトは一度だけ見たことがあった。

 かつて、可奈美とともに地下での戦いに赴いた時、彼は一時的に彼が全ての力を失ったのだ。彼が内側に秘めていた強大な怪物、グリムド。それをセイバーのサーヴァント、煉獄杏寿郎が討伐した際、一時的に力を失ったトレギアがこの姿(アーリースタイル)になったのだ。

 

「その姿は……」

「これは……!? 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!」

 

 トレギアは叫び、狂い、両腕を大きく振る。

 水色の彼の腕から放たれた斬撃が、瓦礫の山を破砕し、爆発を生じさせていく。

 

「見るな! 見るなああ! 今の私を、見るなあああああああああああっ!」

 

 いつになく感情的に、トレギアは叫ぶ。

 今までいやらしく正確に攻撃してきた彼にしては珍しく、見境ない攻撃。吹き飛ぶ瓦礫は、ハルトよりもむしろトレギア自身を傷付けていく。

 

「ぐっ……トレギア……お前、自分の姿がそんなに嫌いなのか……?」

 

 それを見た途端、ハルトの頭にコンプレックスという単語が思い浮かんだ。

 自分で自分を嫌う理由は様々にあるが、なぜか彼はそれを抱いていたのではないかと思えてしまった。

 

「お前……以前、紗夜さんを狙ったのって、それが理由……?」

「よくもやってくれたね……ハルト君……!」

 

 トレギアはそう言って、ハルトを睨む。

 その水色の丸い目は、綺麗な色合いではあるが、今は怒りに滲み、濁っているようにも見えた。

 ハルトの推測が当たっているかは分からない。だが、彼の事情に関わらず、このままトレギアを放置することはできない。

 ハルトは汗を拭い、息を吐く。肩を強く叩き、外れかかっていた肩を元に戻す。

 そして。

 

「トレギア……もう、終わらせよう……お前のやってきたことも……お前の苦しみも……全て……!」

 

 バチバチと燃える音が響く中、ハルトのはっきりとした声はトレギアにも届いたのだろうか。

 ハルトは大きく息を吸い、駆け出す。

 トレギアの無差別な攻撃に対し、ハルトはスライディング、バク転を始めとした動きでトレギアの攻撃を回避し、その距離を急速に縮めていく。

 

「松菜ハルトオオオオオオ!」

 

 吠えるトレギア。

 もう、永遠にあの仮面を付けることはないであろう、彼本来の顔。

 水色の瞳は、もう今までのような陰湿さなどない。ただ、真っ直ぐハルトへ怒りを向けるだけだった。

 一方、ハルトには、指輪もなければソードガンもない。残っている魔力を活用する手段がまるでなく、ただ純粋な体だけで戦わなければならない。

 ハルトの蹴りと、トレギアの手刀。

 二つがぶつかり合い、互いに絶妙なバランスでそれぞれを支え合う。

 

「終わらないよ……永遠に……!」

 

 ハルトとトレギアはその姿勢のまま、しばらく睨み合う。

 耳が痛くなるほどの沈黙。

 煙と陽炎により、トレギアの姿が薄っすらとし、またはっきりとする。繰り返される中、ハルトとトレギアは沈黙を貫く。

 そして。

 

「はあああああっ!」

「ああああああっ!」

 

 ハルトとトレギアは、同時に次の手を繰り出す。ハルトのメインは蹴り、一方のトレギアは手刀。

 

「はあっ!」

 

 指輪の魔法使い、ウィザードとして長らく戦ってきたからこそ、足蹴りを中心とした戦い方が染みついていた。

 一方のトレギアは、戦闘能力こそは高いものの、肉弾戦事態には慣れていない。生身の人間が相手とはいえ、すぐに圧倒されていく。

 

「ぐあっ!」

 

 とうとう、ハルトの足蹴りがトレギアの腹を貫いた。

 怯んだトレギアへ、ハルトはさらに蹴りを続ける。連続蹴りの末、ハルトはトレギアの胸を足場に跳び上がり、バク転。

 

「だああああああっ!」

 

 その流れで体を回転させ、ストライクウィザードと同じ要領で跳び蹴りを放つ。

 トレギアの胸に炸裂した蹴りが、彼を大きくのけ反らす。もしも今ストライクウィザードを使えればと唇を噛み、ハルトはジャンプで飛び退いた。

 ハルトが飛びのいた地点を、トレギアの手から放たれた閃光が切り裂く。

 

「今までのトレギアの攻撃とは全然違う……!」

「まだだ……まだだっ!」

 

 さらに、トレギアの攻撃は続く。

 これまでの仮面を付けたトレギアの攻撃は、蒼く暗い雷や、禍々しい斬撃などが多かった。

 だが、仮面のないトレギアの攻撃は、水色の光線がメインとなっていた。

 

「来る!」

 

 ハルトはバク転を繰り返し、それを避ける。ハルトの周囲に着弾した光線は、そのまま爆発していくが、決してハルトに命中することはない。

 業を煮やしたトレギアは、ジャンプ。物理法則では理解できない飛行能力で、一気にハルトへ接近。

 

「っ!」

 

 バク転から直立したハルトは、慌ててトレギアの腕を掴む。

 ハルトの顔を狙った腕をそのまま放り投げ、ハルトはさらに回転蹴りでトレギアとの距離を引き離した。

 

「攻め手がない……」

 

 ハルトは息を切らしながら思わず呟いた。

 仮面の力を失ったものの、トレギアには種族由来の豊富な技が取り揃っている。

 だが、指輪を持たない生身のハルトには、トレギアを倒す手段が……。

 

「……」

「どうしたんだい? 松菜ハルト君!」

 

 トレギアの手に、円盤の形をした光が現れる。円周はギザギザにできており、まるで(のこぎり)を円形にしたようだった。

 放たれた、光輪(こうりん)。避けたハルトの背後にあった瓦礫を粉々にしたその威力に慄きながらも、ハルトはトレギアの次に注意する。

 だが、すでにトレギアはすでにその準備を終えていた。

 

「はあっ!」

 

 トレギアの手から放たれた水色の光弾。低威力の代わりに即効性に優れたそれは、ハルトの体を弾き飛ばし、瓦礫の中に放られた。

 

「がはっ……!」

 

 痛みに血を吐くハルト。

 トレギアはさらに、追撃とばかりに、直接ハルトを叩こうとする。その腕でハルトの胸を貫こうとし、ハルトはギリギリで転がり避けた。

 アスファルトに全身を打ち付け、ハルトの視界がさらに揺らぐが、一瞬その目が瓦礫の合間に光るものを捉えた。

 

「これは……?」

 

 その詳細がハッキリとしない。

 それでもハルトは、その光へ手を伸ばした。

 掴んだそれ。ハルトに返って来るその手触りは、ハルトが欲して止まなかったもの。

 

「指輪……!」

 

 今この手にある、たった一つの切り札。

 その指輪を掴み、考えるよりも先に指にはめ、腰のベルトに通した。

 ハルトにも分からない、発動した魔法。体を魔法陣で包むその魔法は。

 

『スメル プリーズ』

 

 臭気の魔法。

 他ならぬハルト自身、使い道が分からないと断じた魔法だが、それは今。

 

「う……ぐっ……ああああああああっ!」

 

 目と鼻の先に接近したトレギアの直接攻撃を鈍らせ、それどころかよろめかせた。

 突然の嗅覚へ訴えるそれへ、トレギアは自らの顔を掴ませ、大きく振りまわさせた。

 

「地球人風情がああああああああっ!」

 

 逆上したトレギアだが、すでに逆転の芽は立っていた。

 指輪がない現在、ハルトが持ち得る最大の戦力は、ただのパンチ。

 だが、それは互いに満身創痍のこの状況下では、絶大な威力を発揮した。

 トレギアの顔面を大きく歪め、そのまま殴り飛ばす。

 頬を殴り飛ばし、トレギアを数回跳ねさせたそれは、ハルトの腕さえも動けなくさせていた。

 

「はあ……はあっ……はあッ……!」

 

 少しずつ、ハルトの息を吐く音が大きくなっていく。ゆっくりとハルトは顔を上げ、

 

___その赤い眼で、トレギアを睨む___

 

「これで……終わらせる……!」

 

 ふらふらの体で、そのまま駆けだす。

 そして。

 

「はあっ!」

 

 短い叫びとともに、ハルトの腕がトレギアの胸に突き刺さった。

 ウィザード、そして……

 残った魔力を込めた一撃。

 トレギアの胸に点灯する、カラータイマーと呼ばれる発光器官。ウルトラマンの命と呼んで差し支えない器官を、ハルトの腕は貫いていた。

 

「ぐはっ!」

 

 トレギアが悲鳴を上げた。

 胸を貫かれた彼は、そのままハルトの肩へ顔を持たれかけさせた。

 手に残る、手応え。トレギアという生命体の命を貫いた感覚が、ハルトの腕にはっきりと残る。硬い表情のまま、ハルトは目だけでトレギアの倒れる頭部を見下ろした。

 

「そうか……そういうことか……!」

 

 消え入りそうな声で、トレギアはハルトへ顔を向ける。ゆっくりと。首の角度一度一度に時間をかけ、ハルトの肩口に頭を乗せたトレギアはハルトの眼を見返していた。あまりにも近く、もう、彼の息使いさえも聞こえてくる。

 トレギアは弱々しく、ハルトの頬に手を触れた。

 

「ようやく分かったよ……君のこと」

「何?」

「そうか……ようやく確信が持てたよ……もっと早く知りたかったなあ……」

「……」

 

 トレギアの指が、ハルトの頬を通じて目を指差す。

 トレギアの水色の瞳には、ハルト自身の顔が映っていた。

 

「いつまで黙っているつもりなのかな? ハルトくん……いや……」

 

 それ以上、トレギアは何を言おうとしたのだろうか。

 ただ。

 トレギアは、ハルトを突き飛ばした。それにより、彼の胸を貫通していたハルトの腕は抜き取られる。

 ぽっかりと胸に大きな穴が開いたトレギア。その穴から光のエネルギーを零しながらも、トレギアは言葉を綴り続けた。

 

「ハルト君……君たちの絆は……簡単に壊れる。他でもない、君の手によって……」

「……っ!」

 

 ハルトは果たしてどんな表情をしているのだろうか。

 自分でもわからなくなっている顔を見ながら、トレギアは天を仰いだ。

 静まり返った天井。そして、地上へ続く穴はそのまま駅ビルの天井さえも貫いて、夜空の星空まで見える。

 そして。

 

「見ているかNo.6! お前は確かに、私の全てを防いだ! お前の息子に、私は敗れた! だが、この世界はどうだ!?」

 

 廃墟と化した見滝原中央駅。

 その中で、トレギアの声がただ響いていた。星空の誰か(・・)へ、トレギアはメッセージを続ける。

 

「光の国から遥か遠いこの世界で! 私は……! 光を消したぞ! いずれこの世界は、永遠の混沌に閉ざされる……! この……っ! _____の手で!」

 

 やがてトレギアの全身に、バチバチと火花が大きくなっていく。水色の火花が、どんどん大きくなっていく。

 そして。

 

「私の勝ちだ……! タロ……_____________

 

 聖杯戦争を狂わせてきた、ハルトたちの宿敵。

 フェイカーのサーヴァント、ウルトラマントレギアは。

 背後に倒れ、爆発。

 怨敵のハルトの手で、この聖杯戦争から消え去った。



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エピローグ

第六章完!
ほとんど一年間をかけて作り上げました! 読んでいただき、ありがとうございます!


「……はっ!」

 

 ハルトは目を開いた。

 見慣れた天井。それがラビットハウスの天井だと気付くのに、時間は大して必要なかった。

 

「ハルトさん!」

「ハルト!」

 

 その声に首を動かせば、ハルトの顔を覗き込む可奈美と真司の顔が飛び込んで来た。

 

「可奈美ちゃん……真司……」

 

 意識をしないまま、ハルトはその名を口にする。

 だが、言い終えるか言い終えないかの内に、二人がハルトに抱き着いてきた。

 

「うわっ! ちょ、ちょっと!」

「ハルトさん、良かったよおおおおおおっ!」

「お前、よく無事だったなああああああああ!」

 

 可奈美と真司は、同時にハルトに抱き着く。

 二人の遠慮ない行動は、ハルトの傷ついた体に堪える。

 

「痛っ! いだだだだだっ! 二人とも、離れて!」

 

 ハルトは抵抗しながら二人の後頭部を叩くが、どれだけ抵抗しても二人は放さない。

 ようやく響が二人をハルトから引き離したが、肝心の彼女も二人に続きたくてうずうずしている様子だった。

 響も同じように飛びついてくる前に、ハルトは話を切り出す。

 

「俺、どれだけ寝てた?」

「三日だよ」

 

 響が答える。それに伴って、可奈美が口を開いた。

 

「ムーンキャンサー……邪神イリスが、見滝原中央駅を壊して、もう皆大騒ぎだったんだよ」

「ああ。見滝原で一番デカい駅が無くなって、もう町も大混乱だ」

 

 真司も続いた。

 ハルトはそうなのか、と窓にかかったカーテンを開く。ラビットハウスの窓から眺められる木組みの街の景色。だが確かに、その往来を行き来する人々は、どこか忙しなく見えた。

 

「それにしてもハルト、お前も無事で良かったぜ」

 

 そう声をかけてきたのは、コウスケ。

 イリスとマンションでの戦いを経験した彼は、見方によってはハルト以上の重傷に見えた。全身の至る所をミイラと見紛うほどの包帯で覆い、右腕をギプスで固定した彼は、左手を上げた。

 

「よっ」

「コウスケ……お前、その怪我……」

「皆まで言うな。マンションに潰されたんだ。これだけで済んでラッキーだと思うぜ」

 

 ギプスの腕を見せながら、コウスケはほほ笑んだ。

 

「お前もかなりの無茶したんだってな?」

「まあ、今回はかなり無茶した部類かも」

「皆まで言うな。そうして負った怪我は男の勲章だって、死んだ爺ちゃんが言ってた」

「へ、へえ……」

 

 ハルトは「勲章って……」と小さく呟く。

 次に、落ち着いた真司が「なあなあ」と、ハルトの顔を覗き込んできた。

 

「トレギアは逃げたのか?」

 

 コウスケの問いに、ハルトは押し黙った。その右手を見下ろし、やがて拳を握る。

 

「いや。トレギアは……現れないよ。もう、二度と……」

 

 ハルトは、自らの右手を抑える。

 あの時、トレギアの命を奪ったその感覚は、まだ手にはっきりと残っている。

 数秒。その沈黙で、皆はそれを理解した。

 

「お前……」

「……ふうっ」

 

 ハルトは見上げて、大きくため息をつく。ラビットハウスの蛍光灯を目を細めながら見上げていると、ふと見滝原中央駅での出来事が思い起こされた。

 

「……! そうだ、あの子……! トレギアのマスターの……アカネちゃん、だったっけ? 彼女はどうなったの?」

 

 ハルトの質問に、仲間たちは互いに顔を見合わせる。

 

「あの子は……」

 

 

 

 ハルトは、仲間たちが看てくれている。

 だから友奈は今、アンチ、アカネの見送りに来ていた。

 見滝原東駅。中央駅が使用できない今、見滝原で一番大きなターミナル駅は、この駅ということになる。

 この場所では見たことないくらいの人ごみの中、時計台のところで、友奈はアンチ、そして彼女の生みの親であるアカネとともにいた。

 

「……アンチ君、大丈夫?」

「ああ」

 

 片目を失ったままのアンチは、友奈に答える。

 怪獣といえども、失った目を取り戻すことはできない。右目を包帯にしたまま、アンチは友奈を見返している。

 

「お前には感謝している」

 

 表情にはほとんど変化がない。

 それでも、彼の感謝を友奈は親身に感じていた。

 

「お前が俺を助けた。だから俺が、新条アカネを助けることができた」

「えへへ。ありがとう」

 

 友奈はにっこりとほほ笑みながら、アンチの頭を撫でる。

 

「そういえば結局、アンチ君のこと、わたしあんまり知らないままだったね。もう少し、アンチ君のこと教えて欲しかったかも」

「それは次の機会にしなさい」

 

 ピシャリと、その声が友奈とアンチに刺さる。

 振り向けば、ガンナーのサーヴァント、リゲルが腕を組んだまま歩いてきていた。彼女の傍らには、そのマスターである少女もいる。

 

「えっと……鈴音(れいん)ちゃん、でいいんだよね?」

「はい。結城友奈さん」

 

 柏木鈴音と自己紹介した少女。

 おそらく友奈と同年代であろう少女は、友奈とともにいるアンチ、およびその背後で立っているアカネへ、それを手渡した。

 

「私が手配したのはここまでです」

 

 鈴音(れいん)が手渡したそれ。アカネがその封筒の中を確認すると、中から長方形の紙が出てきた。

 裏が真っ暗のそれは、行先が見滝原から遥か遠くに指定されたチケットだった。

 

「これは……?」

「新幹線のチケットです。新条アカネさん」

 

 鈴音へ、アカネは怪訝な顔を浮かべた。

 

「見滝原を出ていくように言われた時も思ったけど、どうして私が見滝原を出て行かないといけないの? もう参加者じゃないのに」

「理由は三つ。一つ、貴女の自宅は、ムーンキャンサー……イリスによって、マンションごと破壊されてしまったこと。チケットの行先は、貴女のご両親のところです。話もつけてあります」

「……どうやってそれを」

 

 アカネの疑問に対し、鈴音はリゲルを見上げた。

 髪を靡き上げたリゲルを見ながら、鈴音は説明した。

 

「私のサーヴァントは情報戦においては、おそらくこの聖杯戦争で最強でしょう。貴女の身元を割り出し、学校関係者を装って話を付けました。アンチ(あなたの怪獣)も、身寄りが無くなった弟分だと。ご両親も、快く承諾していただきました」

「フン……」

「二つ。フェイカーとムーンキャンサー、二つのサーヴァントの令呪という膨大な魔力を秘めたあなたが、他の参加者に狙われないとも限らない。全て使い果たしたならまだしも、ほとんど使い切っていない貴女は、他の参加者からしてみれば、ノーリスクの魔力の保存食ですから」

「俺がいるぞ」

「そうですね。イリスとの決戦前に力尽きた貴方が、今後現れる化け物じみた能力者が多いサーヴァント、何人に食い下がれるかは見物ですね」

 

 鈴音の一言で、アンチは口を閉ざした。

 そんな怪獣の少年を見ないまま、鈴音は三本指を立てた。

 

「そして三つ目にして、最大の理由。令呪を残したままサーヴァントを失い、生き残ったマスターが、新たなサーヴァントと契約する事例がありました。参加者である時点で、私たちも、そこのセイヴァーも……誰もが、自らを有利にするために動きます。これ以上、余計な敵を増やしたくないんですよ」

「……」

 

 その一言で、アカネは事を理解したようだった。

 トドメとばかりに、鈴音は最後に付け加えた。

 

「貴女が両親との間にどのような呵責があったのかなんて興味もありませんし、知りたいとも思いません。ただ、貴女には、当たり前の生活を送ることができます。聖杯戦争からドロップアウトする権利があるんです。ならば一度、再スタートを切ることだってできるはずですよ」

「お迎えが来たわよ」

 

 リゲルが語りかけた。

 友奈が見上げれば、駅の電光掲示板に、見滝原発、隣町である風見野へ向かう電車のアナウンスが記されていた。

 風見野から、新幹線に乗れば、遠く離れた地で、アカネは両親とともに暮らすこととなる。

 持ち物を何一つ持たないまま、アカネは改札へ向かう。

 アンチもアカネの後ろを付いて行こうと、一歩踏み出す。

 二人は一度友奈たちに振り返り、そのまま改札の中へ姿を消した。

 それを見送った友奈は、誰に聞かれることもなく、呟いた。

 

「今度は……助けてあげられたよ……千翼(ちひろ)くん……」

 

 

 

次回予___

 

 

 

 ラビットハウスの呼び鈴が鳴る。

 

「いらっしゃいませ」

 

 ハルトはいつも通りの挨拶を告げた。

 イリスの事件から、一週間の時が過ぎた。

 騒がしかったイリス事件の爪痕も、今や見滝原中央駅一帯の再開発計画として、大きな再スタートを切っていた。

 まだ怪我による痛みは残っているが、もういつものラビットハウスの業務を行えるほどには回復している。

 そして今回入って来たのは、ハルトよりも少し年上らしき男性。赤いスーツの上に黒いコートを着ており、、背が高く、整った顔付きが特徴。彼が歩くだけで、その場はモデルの撮影会になるのではないかと感じられた。

 店内をぐるりと見渡した彼へ、ハルトは声をかけた。

 

「お好きな席へどうぞ」

「ああ」

 

 ハルトの案内に、男性は手頃な席へ腰を落とす。

 やがて、首にかけたこれまた赤いカメラで、店内の写真を撮り始めた。

 カメラには詳しくないハルトだったが、二眼レフ、という単語を思い浮かべたところ、そのカメラがハルトの姿を捉えた。

 

「あの……店内はいいですけど、店員の撮影はお控え願えませんか?」

 

 すると男は、顔を上げてハルトを見上げる。

 そして。

 

「ウィザード……か」

「え?」

 

 ハルトは耳を疑う。

 これまでの経験上、名前ではなくウィザードと呼んでくるのは、ほとんどが敵だった。

 だが、ハルトは聞き間違いだと祈りながら、言葉を改める。

 

「あの……以前どこかで会いました?」

「どうかな?」

 

 ハルトの問いに、男はあやふやな返事しかしない。その長い足を回して立ち上がり、ハルトの肩を叩く。

 

「まあ、近いうちにまた会うことになるだろう」

「会うって……」

 

 その意図が掴めず、ハルトは目を点にした。

 そのまま男は、にやりと笑みを浮かべたままハルトへ背を向ける。

 

「じゃあな……ウィザード」

「聞き間違いじゃない……アンタ、まさか参加者!?」

 

 だが、それ以上のハルトの発言の時間はなかった。

 すでに男は、ラビットハウスの扉から出て行っており、呼び鈴が虚しく「チリン」と鳴り響いていた。




恒例通り、登場人物紹介をした後に、7章行きます!


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登場人物紹介 6章終了時点

2022年、果たして何回ガメラ3を見たのだろうか……
この一年間、読んでいただきありがとうございました!


オリキャラ

 

「トレギア……もう、終わらせよう……お前のやってきたことも……お前の苦しみも……全て……!」

 

・松菜ハルト/仮面ライダーウィザード

 

 主人公であり、ライダーのマスター。

 今回は、敵であるトレギアが主役であるため、これまでに比べて出番は比較的少なめ。

 紗夜より、ドロップアウトしたマスターである蒼井晶の捜索を依頼されるが、彼女が新たに召喚したサーヴァントである時崎狂三、そしてトレギアによって妨害されてしまう。

 その後は、蒼井晶の手がかりを探しながらラビットハウスでのバイトの日々を送っていたが、ある日、出前先のマンションで邪神イリスと遭遇、マンションの崩落に巻き込まれて重傷を負ってしまう。

 それでも無理矢理体を動かし、邪神イリスが暴れる見滝原中央駅へ赴き、イリスと、そしてトレギアとの決戦に割り込む。

 イリスの強大な力とトレギアの攻撃により、ウィザードへの変身アイテムを紛失してしまい、面を失ったとはいえトレギアと一対一の対決になるものの、辛くも勝利、トレギアとの三か月に渡る長い戦いに決着を着けた。

 

「オレのことはいい……! それより、奴を追え!」

 

・多田コウスケ/仮面ライダービースト

 

 ランサーのマスター。

 ラビットハウスを訪れていたところ、急な雨によって、ハルトに出前配達の後、送ってもらうことになった。

 だがその際訪れたマンションはアカネが住むマンションであり、イリスと遭遇。ハルトとともに変身して挑むものの、マンションの下敷きとなってしまう。

 ビーストに変身できていたことにより命を拾ったものの、今回はそれで戦闘不能となった。

 その際響に令呪を使って命令したため、残り令呪はあと一画。

 

 

 

ウルトラマンタイガ

 

「ハルト君……君たちの絆は……簡単に壊れる。他でもない、君の手によって……」

 

・ウルトラマントレギア/霧崎

 

 今回のメインヴィランである、フェイカーのサーヴァント。

 かつての根城である見滝原南へ、ただの散歩(ギャオスの実験場選び)のために訪れていたが、以前融合経験がある紗夜を発見、再び彼女の体を乗っ取る。

 だが、ウィザード、可奈美、リゲル、そして時崎狂三によって防がれてしまう。その際、リゲルとは舞台裏で交戦経験があることが判明した。

 その後、新条アカネにイリスを育てさせようとするが失敗し、逃げられてしまう。アカネが作り出した新たな怪獣、アンチの様子を見に見滝原南を訪れていた際、アナザーアギトを排除。

 そしてようやく、見滝原山でアカネとイリスを引き合わせる。その際、友奈と真司の妨害に遭う。一時的にはアカネとイリスの融合に成功したが、すぐに奪い返され、洞窟に閉じ込められてしまう。だが、すぐにイリスの開けた穴より脱出。

 遅れて見滝原南での決戦に参加し、イリスの妨害を図るウィザードたちと交戦。

 ウィザードとともにイリスの体から転げ落ちたまま、そのトレギアアイを損失。

 本来の姿(アーリースタイル)になり、生身のハルトとの最後の戦いに臨む。

 だが、その力のほとんどをトレギアアイに頼っていたトレギアは、生身とはいえウィザードの魔力を持つハルトに勝つことは出来ず、ウルトラマンの心臓部であるカラータイマーを貫かれ、今度こそ本当に消滅してしまう。

 六章は序盤の蒼井晶探しを含めて、終始トレギアが多かれ少なかれ暗躍していたため、今回の主役といってもいいのかもしれない。

 

 

 

SSSS.GRIDMAN

 

「ぶっ壊したいの! この世界を……全部!」

 

・新条アカネ

 

 4章から存在そのものは示唆され、今回初登場したトレギアのマスター。

 常日頃から日常全てに不満を持っており、それが溢れ出した形でマスターとなった。

 原作と異なり、アレクシスの助力はない。そのため、原作とは違い引きこもりとなっている。

 トレギアに言われるがまま、移植された令呪からイリスを召喚した。

 だが、一切命令を聞いてくれないイリスに業を煮やしてトレギアに八つ当たりしてしまう。

 その後、イリスを探すための怪獣であるアンチを産み出すものの、成果が一切上がらない現状にさらに腹を立てた。

 そのままイリスに呼応されるまま、見滝原山を訪れ、そのままイリスに取り込まれてしまう。

 だが、すぐに友奈に救出され、彼女たちのアパートに保護される。

 そのまま脱走、再び見滝原中央駅に佇むイリスの元へ向かい、自ら取り込まれる。

 だが、融合中に本性を現したイリスに恐怖したところで、自ら失敗作と断じたアンチに救出された。

 最終的には、これ以上聖杯戦争に巻き込まれないために、見滝原の地を後にした。

 

「だから。お前を、あの退屈な世界から、救いに来た」

 

・アンチ

 

 アンチを探すために、アカネが生み出した怪獣。

 人間態を持ち、イリス捜索の時は人間の姿で活動する。

 当初は見滝原公園でイリスを探していたが見つからず、経緯は不明ながら見滝原南にその場を変えた。

 そこでハルト、響と出会い、同時にギャオスとも戦闘になる。その際、助けてくれた木野薫に恩義を感じながらも、イリスを探すという使命を忘れることはなかった。

 だが、トレギアが容赦なくアナザーアギトを抹殺する姿を見て、その本性を察し、アカネへ警告しようとする。

 だが、トレギアの猛攻に敗れて負傷、右目を失ってしまう。

 それでもアカネを助けようと、見滝原山でアカネの説得に入るが、もはやトレギアとイリスに洗脳されきった彼女へアンチの声が届くはずもなく、みすみす融合されてしまう。

 その場にいたサーヴァントたちによってアカネは危機を脱したものの、アンチはアカネを彼らに任せてトレギアを探すことにしていた。

 見滝原中央駅の決戦の際は、戦闘能力のなさにより見守ることとなったが、ウィザードが作り上げたエンゲージの魔法陣に自ら飛び込み、アカネの救出に成功した。

 その後は、アカネの弟分として、アカネとともに見滝原を去っていった。

 

 

 

刀使ノ巫女

 

「だって私たち、聖杯戦争を止めるために動いているんだもん。ここでそんなことしたら、聖杯戦争に賛成しちゃうことになっちゃうじゃん」

 

・衛藤可奈美

 

 毎度お馴染み、セイヴァーのマスター。

 レッドガルーダだけでなく、今回初登場したバイオレットゴーレムにも気に入られている。

 前回の戦いにより、祭祀礼装の力を得ており、今回もその力を遺憾なく発揮。

 見滝原南での狂三との戦いの際、時と影を操る彼女の猛攻でさえも凌ぎ、逆に戦闘不能まで追い詰めており、イリス相手であっても、友奈、響とともに夜の空中戦を繰り広げた。

 だが、同時にデメリットも大きく表に出ており、体力を非常に多く消耗することが判明した。見滝原南では狂三の助力抜きではほとんど身動きが取れず、見滝原中央駅での際はもう祭祀礼装は使えなくなっていた。

 見滝原南での狂三との戦闘の際には、リゲルとオーバーブーストを行い、融合形態を披露している。可奈美の素早さとリゲルの分析能力により、トレギアから紗夜を救い出すことに成功した。

 

 

 

戦姫絶唱シンフォギア

 

「だったら、その願いはなんなの? もしかしたら、わたしたち、手を取り合えるかもしれないよ? こんな戦いを続けなくても、きっと願いだってかなえられるよッ!」

 

・立花響

 

 ランサーのサーヴァント。

 趣味の人助けを続けていたら、いつの間にか見滝原南に訪れてしまい、そのままハルトと合流した。

 その日は木野薫の家に泊まり、そこでアンチと出会う。

 翌日、アンチとともにムーンキャンサー(イリス)を探すことになり、そこでギャオスと遭遇、討伐した。

 その後は、イリスとの空中戦を経て、見滝原中央駅での決戦となる。

 

 

 

結城友奈は勇者である

 

「はい! ちゃんとこの子に謝って!」

 

・結城友奈

 

 セイヴァーのサーヴァント。

 真司とともにボランティアの手伝いとして見滝原山を訪れたところで、イリスとの戦いに巻き込まれる。

 二章での千翼との一件から、アンチのことを強く気にかけており、肩入れも大きい。

 その後、彼の懇願のもと、イリスの腹からアカネを救出した。その際、牛鬼がイリスの勾玉を破壊しており、イリスがアカネを見失うきっかけとなった。

 翌日は満開し、イリスとの空中戦、さらに見滝原中央駅での決戦まで戦う。

 それでもずっとアンチのことを心配しており、彼が見滝原を出ていくのを見送った。

 

 

 

仮面ライダー龍騎

 

「俺は、誰の命も諦めたくない。リゲル、アンタの言ってることは正しいんだろうけど……でも、それは認められない。認めたら……」

 

城戸真司/仮面ライダー龍騎

 

 ライダーのサーヴァント。

 友奈とともにボランティアのために見滝原山を訪れ、そこから今回の戦いに巻き込まれていく。

 全体的に友奈のサポートを行うことが多く、彼女がアンチを追いかける際も、巨大な怪物の相手を一人で引き受けた。

 さらに、彼女にドラグシールド、ドラグセイバーを託すなど、アカネを助け出す手助けを行った。

 友奈たちがイリスと空中戦を行っている頃、アカネが目を覚ます場面に遭遇する。だが、イリスの危険性を察知し、龍騎に変身してその後を追いかける。

 見滝原中央駅に着いた途端、ハルト、アンチ、そしてトレギアと遭遇。アカネを止めようとするが、結局彼女がイリスと融合することは止められなかった。

 その後は、他の参加者と共にイリス、ギャオスとの戦いを続ける。

 とうとうドラゴンライダーキックで仕留めきれなかったが、イリスの触手を破壊し尽くし、キャスターがイリスへトドメを刺すアシストをした。

 

 

 

魔法少女まどか☆マギカ

 

「あれは……人魚の魔女……? 違う……でも、似てる……」

 

・暁美ほむら

 

 キャスターのサーヴァント。

 まどかがイリスに襲われた時、どこからともなく現われ、さやかとともにイリスと戦うこととなった。

 だが、幼体ながらイリスには敵わず、令呪を使用してキャスターを召喚することとなる。

 ちなみに、一章序盤でも令呪を使っているため、ほむらの残り令呪は一画となった。

 イリスが去った後は、さやかがファントムだと知って警戒心を露わにしていた。

 

 

 

「仮にあたしが美樹さやかでないとして。外見も記憶も感情も、全部美樹さやかと同じ。これって、はたして本物のわたしと言えないのかな?」

 

・美樹さやか/マーメイド

 

 ファントムになってしまった少女。

 見滝原公園の森でファントムになり、イリスと応戦。その際、まどかとほむらの二人に、自らの正体が発覚してしまう。

 

 

 

・鹿目まどか

 

 一般人ながら膨大な魔力を持つ少女。

 アカネを助けようとしたところを逆恨みされ、イリスを差し向けられる。

 その時さやかの正体を知ってしまい、ショックを受けた。

 

 

 

???

 

「お前たちは下がれ」

 

・???

 

 キャスターのサーヴァント。

 今回もいつも通り、無双している。

 今回は、イリスに襲われるほむらが、まどかを守るために令呪を使い召喚する形で登場。これにより、ほむらの令呪は残り一画となってしまった。

 まだ幼体とはいえ、イリスを一人で圧倒するほどの実力を見せつけるが、危険を察知したイリスに逃げられてしまう。

 その後は、イリスと戦う可奈美たちの前に再登場。

 完全体となったイリス相手でも優位に立ち振る舞うが、少し消耗したところで、瓦礫の下敷きになり、戦線を離脱してしまう。

 だが戦闘不能とは程遠く、他の参加者たちがイリスと戦っている間に最強魔法のチャージを終え、イリスでさえも耐えられないほどの収束魔法を放ち、ムーンキャンサーのサーヴァントを終わらせた。

 

 

 

Z/X

 

「アンタたち……本当に、底抜けのお人よしばかりね」

 

・ソードスナイパー リゲル

 

 ガンナーのサーヴァント。

 かつてムー大陸の騒動の際、ハルトたちに力を貸していたが、長い沈黙の末に再登場(4章の出番は活躍とは言わない)

 登場早々にして、マスターである鈴音に望まぬ来客対応させられたり、念願の掃除ができると思ったら令呪を無駄遣いされた挙句に掃除用具を破壊させられる等と、相変わらずの苦労人ぶり。

 見滝原南で蒼井晶探しを手伝った際は、その分析能力でトレギアの中に紗夜が捕らわれていることを瞬時に見抜き、可奈美とオーバーブーストして、紗夜を救出する糸口となった。

 終盤の見滝原南での決戦時にも応援に駆け付け、巨体であるイリスにアカネが取り込まれていることを即座に見抜いた。

 その後も、秀でた分析能力でウィザードたちをサポート。

 総じて、六章全体の中でトップクラスの活躍をしていた。

 

 

 

ダーウィンズゲーム

 

「令呪を持って命じます。リゲル! 掃除を終了! 終了してください!」

 

・柏木鈴音(レイン)

 

 ガンナーのマスターの少女。

 紗夜の依頼を達成するために、可奈美が依頼した少女。

 人類が忌み嫌う節足動物が跋扈する部屋で生活を行っており、そこで監視カメラをハッキング、晶が見滝原南にいることを突き止めた。

 イリスとの決戦後は、アカネが見滝原から出ていくように根回しを行った。

 

 

 

WIXOSS

 

「日菜を潰そうとしたらさ……自分がモデルなんかやってやれる顔じゃなくなっちゃった…キヒッ ねえ、これ面白くね?」

 

・蒼井晶

 

 元、アヴェンジャーのマスター。

 アヴェンジャーであるスイムスイムに顔を傷付けられ、モデルの仕事を続けられなくなり、見滝原南に流れ着いた。

 経緯は不明ながら、そのままフォーリナーのサーヴァントである狂三と契約し、再び聖杯戦争の舞台に舞い戻って来た。

 

 

 

デート・ア・ライブ

 

「ええ。ええ! 戦いを止めてもいいですわよ? あなたが、わたくしの願いを叶えてくれるのなら……あの方に会わせてくれるのなら!」

 

・時崎狂三

 

 蒼井晶が新たに契約した、フォーリナーのサーヴァント。

 見滝原南を訪れたハルト達の前に現れ、そのまま交戦。影に潜み、異なる時間流からの攻撃により、ウィザードを難なく撃破する。

 その後現れた可奈美により、分身は倒されるものの、今度は本体としてウィザードたちに銃口を向けられる。

 だが、その場に現れたトレギアには敵意を向け、可奈美の体力を回復させるという助太刀を行った。

 定期的に医者である木野薫の元を訪れており、晶の治療薬をもらっていた。

 イリスとの決戦時にも駆けつけ、ところどころでイリスの動きを鈍らせる役割を担った。

 

 

 

ヘブンバーンズレッド

 

___どうか安寧な記憶を___

 

・蒼井えりか

 

 今回初登場のシールダーのサーヴァント。

 初めての、アニメ、特撮以外が原作のキャラクター。

 見滝原中央駅での決戦時、可奈美、響、友奈を助けに現れた。

 その後は、見滝原中央駅から離れることなく、ウィザードたちのサポートをし続けた。

 

 

 

Bang Dream!

 

・氷川紗夜

 

 元マスターで、現在甘兎庵で住み込みバイトをしている少女。

 自身が通う学校で、参加者でもある生徒の蒼井晶が行方不明となったため、ハルトへ捜索の依頼を行った。

 依頼の際見滝原南にまで着いて行ったが、蒼井晶や時崎狂三に襲われ、さらにはトレギアに再度体を乗っ取られてしまった。その際は、可奈美とリゲルによって助けられた。

 その後、雨の日に見滝原公園で、アンチとすれ違う。

 

 

 

流星のロックマン

 

・ソロ/ブライ

 

 サーヴァントなしで聖杯戦争に参加するムー大陸の戦士。

 見滝原中央駅での決戦時、ギャオスたちの大群に苦戦する参加者たちへ、助太刀に入る。

 

 

 

???

 

「死せる定めのはかなきものが 身の程を忘れ 栄華を謳うとき 其は天を揺るがし 地を砕き 摂理の怒りを知らしむる 必定たる滅びの具現」

 

・???

 

 見滝原南にて祈りを捧げていた司祭。

 献身の名のもと、ハルトたちへ晶の居場所を教えた。

 

 

 

???

 

・???

 

 ウィザードの前に現れた、黒いローブのサーヴァント(?)。

 襲い掛かるギャオスたちを磔にし、イリスの妨害を防いだ。

 

 

 

ガメラ

 

___その日、見滝原上空に現れた謎の巨大生物。それは、満月の光を受けながら、オーロラのような光を地上に齎した。その大量に撮影された映像、写真。その色合いの美しさから、虹の女神と同じ名を与えられた。すなわち、その正式名称は___

 

・邪神イリス

 

 トレギアがアカネに植え付けた令呪によって召喚された、ムーンキャンサーのサーヴァント。その願いは世界を破滅させることであり、終盤アカネが垣間見た夢では、イリスから大量のギャオスを生成し、世界の全てを喰い尽くすイメージが流れた。

 昭和版ギャオスと同じく、黄色の液体を放出する能力も体得しており、可奈美たちの力を奪っていた。

 原作と同じく、卵の状態からスタートする。

 アカネの、日常的な悩みと恨みに呼応して成長を続けるが、他の生物から遺伝子を吸い上げる性質に従い、アカネの元から離れてしまう。

 その後、見滝原公園ではほむら、さやかと交戦。戦闘能力がないまどかを狙うが、ほむらが召喚したキャスターに阻まれ、撤退。

 その後は見滝原山で潜伏、マスターであるアカネを見滝原山へ呼び寄せたが、運悪く友奈と真司という二人のサーヴァントと鉢合わせてしまい、さらにはアカネが自らを探させるために生み出したアンチが敵対してしまう。だが、すでにイリスの呼びかけによって操られたアカネは、自らの意志でイリスとの融合を図り、イリスも洞窟でそれに応じていたが、友奈によって奪還されてしまう。

 本来ならば勾玉を通じて、アカネを操ることができるのだが、この時点で勾玉は友奈の妖精である牛鬼に破壊されており、探し出さなくてはならなくなった。

 その後、アカネを探し求めて、住んでいたマンションに向かい、住民を全滅させる。その際やってきたウィザード、ビーストと交戦するも、難なく撃退。

 そのまま、アカネを探して見滝原中央駅を訪れるが、その道中で可奈美、響、友奈、キャスターと空中戦を展開。参加者の中でも上位の実力を持つにも関わらず、四人を歯牙にかけることもなかった。

 見滝原中央駅からアカネを探そうとしていたが、可奈美とキャスターの追撃で駅ビルの中で参加者たちと戦うこととなる。

 その後、後から参戦したウィザード、龍騎、狂三、えりか、ブライ、初登場のサーヴァントとも戦うが、決して劣ることはなかった。

 さらに、アカネを取り込んだことで、ギャオスハイパーを無限に生み出す能力を得る。

 そのまま参加者たちを追い詰めていくが、最終的にキャスターによる3発の最大収束魔法により、内部より破裂した。

 

・ギャオス/ギャオスハイパー

 

 イリスが本来あるべき遺伝子を持った場合の怪獣。

 平成三部作のギャオスを参考にしており、それぞれ原典と同じく、超音波メスと獰猛な植生を武器にしている。

 ギャオスは見滝原南に三体出現、それぞれウィザード、アンチ、アナザーアギトによって討伐された。

 イリスはギャオスハイパーを無尽蔵に生み出すことを目的にしており、その為にアカネとの融合を図っていた。今回も駅ビル内に無数に生み出されていたが、参加者たちにより全て葬られた。




トレギアのマスターは最初から、アカネにしようと決まっていました。
イリスもサーヴァントにしたいなと考えていたところ、そういえばトレギア紗夜の令呪奪っているじゃん! という偶然があったので、アカネは二体のサーヴァントを持つことになりました!


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7章
プロローグ


7章スタート!
今年中にどこまで進めるかな……


 家族が死んだ。

 それが、初めての記憶だった。

 だけど、それが自分の家族だなんて、はっきりとはしなかった。

 ただ、焼き焦げた二つの体が自分の父と母と呼ぶべき存在だということは、忘却した記憶が語り掛けていた。

 

「……○○○……」

 

 自然と、その名前が口から出てきた。

 それが誰なのか。顔も見たことがないのに、自然と体が動いていた。

 燃える瓦礫を一つ一つ取り去る。焼けるような熱さが手を打つが、それでも手は止まらなかった。

 煤とガスに咳き込みながら、とにかく瓦礫を退かせる。

 

「○○○! ○○○!」

 

 その名前を呼び続けるも、どこからも聞こえてこない。

 ただ、雨の音だけが返事を返してくれた。

 

「○○○! ○○○!」

「お兄ちゃん……?」

 

 聞こえた。

 薄っすらだが、兄という自らの立ち位置を求める声。

 声が聞こえてくる場所は間違いない。

 急いで、そっちに向かう。

 熱され、熱くなった廃材たち。それを小さな手で退けながら、探す。探す。

 そして。

 

「いた!」

 

 少女。年下で幼い彼女は、下半身をひねりながら見上げていた。

 

「〇〇〇! 大丈夫!?」

 

 妹を抱え上げようとする。だが、瓦礫に挟まれた彼女を持ち上げることは不可能。

 すぐに瓦礫を退けようとする。だが未発達の手足では、重い瓦礫を指一本動かすことも叶わない。

 

「そんな……! 〇〇〇! 〇〇〇!」

 

 呼びかけるが、妹の薄っすらとした意識は、目に光を灯さない。

 どうすればいいのか分からない。ただ茫然と、妹の頬に手を当てる。熱い炎、冷たい雨。二つの温度が混じり合い、もう手に温度の感覚が分からなかった。

 そして。

 

「違う……〇〇〇〇〇じゃない……!」

「!?」

 

 妹の顔には、明らかに拒絶を示していた。

 妹に突き飛ばされ、ショックのあまり一瞬だけ茫然としてしまう。だが妹は、それでも兄である自分を否定する。

 

「〇〇〇〇〇はどこ!? 〇〇〇〇〇を返して!」

 

 その答えは持っている。

 だが、その真実を告げることはできなかった。

 やがて、妹の上に圧し掛かる瓦礫が、ゴロゴロと音を立てていく。音の結果がどうなるのかなど、火を見るよりも明らかだった。

 

「危ない!」

 

 妹の上に覆いかぶさり、妹を守ろうとした。

 だが。

 

「いやっ! 来ないでっ!」

 

 妹が、瓦礫を投げて拒絶した。

 瓦礫に挟まれて動けないのに。

 それはあまりにもショックで、動きを止めた。

 その間にも、瓦礫はそのバランスをどんどん崩していく。

 

「〇〇〇! 〇〇〇!」

 

 その名を叫ぶ。だが、妹の目は、冷たく強く、拒絶する。

 崩れていく瓦礫は、妹をその命ごと奪い。

 冷たい雨の中、幼い兄は全てを失った。



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魔法使いでありんす

七章スタート!
ここからまた始まります! 今年中にどこまでいけるかな……?


「ぎゃっははははー!」

 

 下品な笑い声が響きわたる。

 見滝原と呼ばれるその街。中央近くのその通りは、平日の昼間ながら、多くの人々が行き交う。

 桜が咲き始める季節。暖かいその街を闊歩するのは、人間ではなく怪物だった。

 

「さあ、絶望するでありんす! そして、新たなファントムを産み出すでありんす!」

 

 そう叫ぶのは、闊歩する異形の怪物。

 

「このファントム、ブラウニー様がお通りでありんす!」

 

 ブラウニー。

 北欧の民間伝承に登場する妖精と同じ名を持つそれは、スキップをしながら、その手に持った槍であちらこちらを破壊していく。自動販売機が真っ二つになり、建物に大きな穴が開いた。

 その茶色の体を覆う無数の毛を揺らしながら、ブラウニーは叫んだ。

 

「さあ、行くでありんす! グール共!」

 

 そうしてブラウニーが放り投げたのは、無数の石。

 だが、地面に接触した小石たちは、途端に紫のオーラを纏う。やがて人型になっていくそれら。それぞれが無表情でぎこちない動きをしながら、槍を振り回し、破壊を広めていく。

 それはグールと呼ばれる下級ファントムたち。それぞれ角ばった動きで、扇状に広がっていく。

 グールたちはそれぞれ町のあらゆる設備を破壊していく彼ら。逃げる人々を眺めながら、ブラウニーは満足げに頷いた。

 

「さあ! 絶望しファントムを……ぐおっ!」

 

 だが、それ以上の言葉を続ける前に、ブラウニーはバランスを崩した。

 頭部に炸裂する火花。それは、ブラウニーだけでなく、グールたちにも例外なく火花を散らしていく。

 

「な、何でありんす?」

 

 次々に倒れていくグールたちを見て、ブラウニーは目を丸くした。

 だが、異変は続く。

 雪崩のように倒れていくグールたちに、ブラウニーはあせあせと頭を抱えた。

 そして、見た。その正体を。

 

「何でありんす……これは?」

 

 ブラウニーが拾い上げた、グールを倒した原因。指に挟まるそれは、銀で出来た弾丸だった。

 

「こんなものが、どこから?」

 

 だが、その言葉と同時に、発砲音が轟いた。

 顔を上げれば、確かにどこからか飛んでくる銃弾が、グールたちに命中していっている。それはさらに、生き物のような弾道を見せ、的確にグールの首元に火花を咲かせる。

 そしてとうとう、その発生源が現れた。

 銀の銃。陽の光を煌びやかに反射するそれは、一瞬ブラウニーの視界を遮った。

 現れたのは。

 

「人間……?」

 

 二十歳前後の青年。

 春の季節に合わせた、赤い半袖の上着を着た彼。その表情は柔らかい笑みを浮かべているものの、その目は強く、鋭くブラウニーを睨んでいた。

 

「な、何者でありんす? ただの人間が、どうしてグールたちを……?」

「魔法使い、かな?」

「ま、魔法使いでありんす? 気取ってて、む、ムカつくでありんす……グール共!」

 

 ブラウニーの号令に、グールたちは一斉に青年、魔法使いへ襲い掛かる。

 魔法使いは銀の銃、その銃身を立たせた。そして、収められていた刃を引き出し、その銃口を覆わせる。

 銃と剣。二つを兼ね備えた機能を持つ銀の武器、その名をウィザーソードガンと呼ぶ。

 魔法使いはそのまま、ウィザーソードガンを振るい、グールたちを斬り倒していく。

 さらに魔法使いは、腰のホルスターから何かを取り出した。

 指輪だとブラウニーが認識できたのは、魔法使いがそれを右手中指に付けたからだ。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 魔法使いはすさかず、それをベルトのバックルに当てる。

 ウィザーソードガンと同様、手のひらの形をしたそれ。指輪を読み込むと、赤い魔法陣が出現し、魔法使いは即座にそこに手を突っ込む。

 すると、魔法陣を通じた手が、通常の何倍もの大きさに巨大化。そのまま、群れ成すグールたちを圧し潰す。

 

「ハルトさん!」

 

 その時、ファントムたちが襲う場に似合わぬ可愛らしい声が響いてきた。

 ウィザーソードガンで切り裂いていく魔法使いは、その声に一度動きを止めた。

 

「待ってよハルトさん……! まさか、私より速いなんて思わなかった……」

「ごめんごめん。先に戦ってたよ、可奈美(かなみ)ちゃん」

 

 魔法使い。どうやらその名前は、ハルトというようだ。

 一方の今駆けつけてきた少女。手に持った桃色の棒で、襲い来るグールたちを薙ぎ払う彼女は、可奈美というらしい。

 蹴りでグールを打ち倒したハルトが、可奈美と並ぶ。右手の指輪を外し、新たな指輪を___ベルト、ソードガンと同じ、手の形をした指輪をバックルに当てた。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 すると、その指輪を起点とし、左右に銀でできたベルトが装着される。ハルトはそのまま、ベルトの左右にあるつまみを操作する。

 すると。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 ベルト内部の機構が操作され、中心にある手の形をしたバックルがその向きを変える。それに連動して、ベルト___ウィザードライバーは、リズムに合わせた詠唱を始めた。

 同時に、ハルトに並ぶ少女、衛藤可奈美(えとうかなみ)もまたその手に持った棒を腰に着ける。

 桃色の桜の柄がプリントされたそれ。その先端を引き出すことにより、見るも美しい日本刀___御刀(おかたな)が現れた。

 

「行くよ、千鳥(ちどり)!」

 

 可奈美はそう叫ぶと同時に、不意打ちを狙ったグールを切り裂いた。

 倒れ、爆発するグールの爆炎の中、ブラウニーは二人が同時に宣言するのを見た。

 

「変身!」

「写シ!」

『フレイム プリーズ』

 

 ハルトが指輪をベルトに当てることで、その真の機能が解放される。

 

『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 指輪から発生するのは、赤い魔法陣。伸ばしたハルトの左手から、彼の体を作り変えていく。

 やがて魔法陣がハルトの体を通過した時には、もはや元々の彼___松菜(まつな)ハルトと呼ぶのは相応しくない。黒いローブを全身に包み、顔と胸には、赤いルビーで覆われている。魔法の言葉が記された肩口のアーマーと、腰に無数に付けられた指輪が特徴のそれは、ハルトだった彼をより一層目立たせていた。

 今のハルトは……

 指輪の魔法使い、ウィザード。

 一方、可奈美の体にもまた変化が訪れていた。

 全身が霊体へと置き換わり、その全身が白い光に包まれる。彼女をはじめとした、刀使(とじ)と呼ばれる者たちの異能、写シ。

 

「な、何でありんす?」

 

 突然の人間らしからぬ変化に、ブラウニーは戸惑いを見せる。

 ウィザードは返答の代わりに、再びウィザーソードガンをガンモードに戻す。

 発砲される銀の銃弾。その威力は、生身の時とは比較できないほどに上昇しており、ブラウニーに決して小さくないダメージを与えていく。

 

「な、何事でありんす!? お前たち、一体何者でありんす!?」

「何者かって聞かれると、こう答えるしかないかな?」

 

 ウィザードは再度、ウィザーソードガンをソードモードへ。ローブをはためかせて、ブラウニーに接近、その刃を振り下ろした。

 

「ファントムを倒す、魔法使いだよ」

「面倒でありんすなあ……!」

 

 ブラウニーは槍で応戦。

 銀の剣で槍を受け止めたウィザードは、ブラウニーの槍を切り崩し、蹴りで距離を置いた。

 そのままバク転でジャンプし、ブラウニーから離れていく。

 

「逃がさないでありんす!」

 

 ブラウニーは息巻いて、ジャンプで宙にいるウィザードへ槍を突き刺そうとする。

 だが槍は、即座に大きな金属音とともに弾かれる。衝撃のあまり、ブラウニーは目を白黒させた。

 

「何事でありんす!?」

「私のことを忘れてない?」

 

 そう。

 変化が大きいウィザードに気を取られ、少女、可奈美がいなくなっていたことに一切気付けなかった。

 背を低くしてブラウニーの槍を切り上げた可奈美。よく見れば、周囲にあれだけ展開していたグールたちがいなくなっていた。

 

「まさか、あれだけの数のグールたちを、たった一瞬で倒したっていうんでありんすか!?」

 

 驚きながらも、ブラウニーは力一杯槍を振り下ろす。

 だが、可奈美は見事な動きでブラウニーの槍を紙一重で避ける。それどころか、彼女の刃がブラウニーの胸元を切り裂いた。

 

「ぐあっ!」

 

 怯んだブラウニー。

 さらに追撃として、上空から着地してきたウィザードの剣がブラウニーを盾に切り裂く。

 

「ひ、ひいいいっ!」

 

 悲鳴を上げるブラウニー。

 続いて、ウィザードはウィザーソードガンに取り付けられている手の形をしたオブジェを開いた。

 掌部分に刻まれた魔法陣が光を放ちながら、それはまた他と同じく詠唱を開始した。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

「ま、また何かするつもりでありんすね……こ、こうなったら……!」

 

 ブラウニーは、ウィザードと可奈美を同時に指さす。

 すると、途端に二人の動きが止まった。

 あたかも金縛りを受けたかのように、指一本動くことが出来なくなる。

 かかった、とブラウニーは笑む。

 

「ほいっとでありんす!」

 

 ウィザードに向けた指を可奈美へ、可奈美に向けた指をウィザードへ移し替える。

 すると、二人の体が少しだけ浮かび上がった。

 まるで幽体離脱のように、ウィザードと可奈美から、それぞれの姿___ウィザードの場合は変身者である松菜ハルトだが___が、透けた状態で浮かび上がる。まさに幽霊のように浮く二人の霊体は、そのまま円を描くように、魔法使いのものが刀使へ、刀使のものが魔法使いへと憑依していく。

 

「よし、成功でありんす!」

「待て!」

 

 可奈美(・・・)の声を無視しながら、ブラウニーは近くの建物、その屋上に跳び乗る。そのままブラウニーは、ウィザードたちを一瞥することなく飛び去って行った。

 

 

 

「逃げられちゃったね……」

 

 ウィザード(・・・・)は呟き、その体が赤い魔法陣によって包まれていく。

 それは、変身解除。松菜ハルトの姿に戻り、腰に手を当てた。

 

「それにしても、槍術かあ……中々見ないけど、でも、剣術とも似ているところがあって面白いね! もっと受けていたら、楽しかったかも!」

「相変わらずの剣術ばっかりだな……そういえば最近、あんまり剣同士で戦う機会もないよね」

 

 可奈美(・・・)はそう回想した。

 

「最近はずっとトレギアに苦しめられてきたし、他の参加者たちも、剣を使う人はいなかったからね」

「ハルトさんにコウスケさん、真司さんがたまに鍛錬に付き合ってくれるけど、それぐらいだからね。最後に剣術を見たのは、煉獄さんぐらいかな」

 

 ハルト(・・・)はそう言って、伸びをする。

 

「う~ん、なんかさっきの金縛りを受けてから、なんか違和感あるなあ……何て言うか、見えない高台に乗った感じ」

「金縛りの影響で、平衡感覚が狂ったんじゃない?……さて、買い足しに戻ろうか」

 

 可奈美(・・・)ハルト(・・・)を見下ろした。その目線が下半身にしか行かないことに違和感を覚え、顔を上げた可奈美(・・・)

 

「あれ? 何で()が目の前にいるんだ?」

 

 可奈美(・・・)は、目の前にいる松菜ハルトと目を合わせる。

 本来鏡の中でしか対面したことがないはずの姿に、可奈美(・・・)は自らの顔、腕、体に手を触れた。

 それを見て、ハルト(・・・)もまたその異常性を理解したのだろう。()もまた、自身の体各部位に触れ……

 

「うわっ! なんか付いてる!」

「やかましい! それよりこれって……」

 

 可奈美(・・・)は鋭く叫んで、深呼吸。

 そして。

 

「もしかして……」

「私たち……」

 

 顔を震わせる二人。

 それぞれ互いに指差し。

 

「「入れ替わってるうううううううううううううううう!?」」

 

 天まで届く悲鳴を上げた。




コウスケ「さあって、そろそろ春休みも終わりかあ……」
響「コウスケさんも進級だね?」
コウスケ「おうよ!」
響「進級できたんだねッ!」
コウスケ「おい! オレこう見えても結構優秀なんだぜ? なんたって、考古学者の卵なんてゼミじゃ評判だからな!」
響「すごいッ!」
コウスケ「だーっはっはっは! ……まあ、春休みは何の活動もできねえんだけどな」
響「あー……聖杯戦争とか、あのイリスってサーヴァントとか色々あったもんね」
コウスケ「春休みのほとんどがリハビリで終わっちまったしよ。ったく、この骨折がなけりゃ、もうちとは楽しい大学生活を送れたのになあ」
響「名誉の負傷だねッ!」
コウスケ「明るい声で言うなや!」
響「でも、コウスケさんそれでもへいきへっちゃらだよねッ!」
コウスケ「それはオレが自分で言うことであってお前の主観で決めるもんじゃねえ!」
響「でもだいぶ良くなったよね。やっぱり魔法使いだからかな?」
コウスケ「みなまで言うな。このベルトのことだって、オレもまだよく分かってねえんだ。変身してなくてもオレに力が注がれててもおかしくねえ」
響「おお、わたしの世界でいうと聖遺物みたいだね……お?」
コウスケ「どした?」
響「なんだろ、あれ……?」
???「新店舗開店します! よろしくお願いします!」
響「あ、どうも」
コウスケ「チラシか?」
響「そうだね。えっと……うさぎ小屋本舗?」
コウスケ「ラビットハウスとテーマただ被りじゃねえか!」
響「へえ、でも面白そうだよ! 色んな漫画やアニメを見ながらお茶だって!」
コウスケ「マルチタスク感すげえ! 場所は……結構ラビットハウスに近いな」
響「行ってみようよッ!」
コウスケ「お前興味あるのかよ……んじゃ、道すがら今回のアニメ紹介もやっちまいますかね」



___信じるものがあって 守りたいものがあるから 私は強くなれる 昨日の自分を超えて___



コウスケ「ぱすてるメモリーズ!」
響「2019年の1月から3月まで放送していたアニメだね!」
コウスケ「無数の作中作が、ウイルスによって皆の思い出から消えていく世界、泉水たち思い人が、思い出の力メモリアでウイルスと戦っていくぜ」
響「ごちうさとか、色んなアニメを少し作り変えた作品世界も魅力だよね!」
コウスケ「どことなく原作に似か寄らせながら、アレンジも加えているのも特徴だな」
響「毎回違うジャンルに行くから、バラエティ豊かだよッ!」
コウスケ「まあ、分かりやすく言うと……」
???「おっと、それ以上はいけない」
コウスケ「うわっ! 誰だお前!?」
???「通りすがりの……これ以上は、本編のお楽しみってやつだ」
コウスケ「まだ本格登場してない先行キャラがメタ発言するんじゃねえ!」


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入れ替わり

「よし、それじゃ一回整理しようか」

 

 ラビットハウス。

 見滝原と呼ばれる街の西部。木組みの街と呼ばれる地区に、その隠れ家のような喫茶店はあった。

 松菜ハルトと衛藤可奈美の両名は、それぞれそこで住み込みの従業員として働いており、現在の生活の拠点としていた。

 

「こうなった原因は、間違いなくあのファントムの金縛りだよね」

 

 自意識は衛藤可奈美である、松菜ハルトが確認する。彼女___彼(?)は顎に手を当てながら、天井を睨み上げていた。

 

「ほら、成功とか言ってたし。あの時までは、私はまだ私だったと思うし」

「間違いないだろうね。全く、本当に面倒な能力だな……」

 

 同じく、自意識松菜ハルト体衛藤可奈美は同意した。

 可奈美(ハルト)は買い足ししてきた食料を指定された箇所に入れ、ラビットハウスのカウンター席に深く腰を落とす。

 

「こういうのは大体原因であるファントムを倒せば元に戻るけど……あのブラウニーってファントムを探そうにも、人間態さえ分からないからなあ」

「それはそうだけど……その……ハルトさん」

「何?」

「ガニ股やめて……」

 

 ハルト(可奈美)が顔に手を当てながら懇願する。

 可奈美(ハルト)が顔を見下ろすと、確かに今、美濃関学院の制服を着たままの可奈美は、深くカウンター席に大きく股を広げて座っている。目の前のハルト(可奈美)からは、直接下着が見えてしまうのだろう。

 

「ああ、これか……ごめん」

 

 ハルト(可奈美)の指摘に従って、可奈美(ハルト)は足を閉じた。

 

「にしても、よくよく考えれば、このスカートって奴はどうにも落ち着かないなあ……なんかヒラヒラして」

「ハルトさん、揺らさないで!」

 

 ハルト(可奈美)はそう叫んで、可奈美(ハルト)の肩を掴む。

 

「中身はハルトさんでも、それは私の体だからね! そういうことは、しないでね!」

「か、可奈美ちゃん……」

「何?」

 

 間近に迫る自分の顔という怪奇現象を味わいながら、可奈美(ハルト)は冷や汗を流す。

 その最中、可奈美(ハルト)の口から出たのは……

 

「案外そういう女の子っぽいところ気にするんだね」

「私だって気にするよ!」

 

 ハルト(可奈美)はそう叫んで、頬を膨らませる。本来の可奈美だったら可愛らしかったのだろうが、今はハルトの体になっているので、青年が年甲斐もなく拗ねているということになってしまっていた。

 その時、チリンとラビットハウスの扉が開く。

 いらっしゃい、と反射的に口にしそうになった可奈美(ハルト)だったが、来客の姿を見て口を閉じる。

 

「あ、ガルちゃん」

 

 ハルト(可奈美)が呟く。

 全身がプラスチックでできた赤い鳥。

 ウィザード、松菜ハルトの使い魔であるプラモンスター、レッドガルーダ。一瞬だけ可奈美(ハルト)の肩に止まったガルーダだったが、すぐに首を傾げ、背後のハルト(可奈美)を見つめる。

 

「え? 嘘、ガルーダお前、見分け付くの?」

 

 ガルーダはしばらく二人の上空を旋回し、やがてハルトの手元に降り立つ。

 ハルトの体。可奈美の精神がある方に。

 

「すごいすごい! ガルちゃん、私のこと分かるんだ!」

「何でだよおおおおおお!?」

 

 可奈美(ハルト)は机を叩いて嘆く。

 

「可奈美ちゃんの姿になっても、俺より可奈美ちゃんに懐くんだな……!」

「えへへ」

 

 ハルト(可奈美)はガルーダと戯れながら笑顔を見せた。

 

「すごいねガルちゃん。もしかして、分かる人には分かるのかな?」

「まさか……いや、そんなわけないよね」

 

 可奈美(ハルト)は困惑しながら、他の使い魔たちのことを思い浮かべた。

 

「このあと、試しにゴーレムにも可奈美ちゃんが見分け付くかやってみる?」

「えへへ。もし私だって見分け付いたらどうしよう?」

「もしかして煽ってる? これでゴーレムが見分け付かなかったら、今度一回シフトタダ働きでもしてもらおうかな?」

「いいよ! 面白そう!」

 

 ハルト(可奈美)は満面の笑みを浮かべた。

 可奈美(ハルト)は羽ばたくガルーダを両手でキャッチ。そのまま、流れるようにガルーダの胸元に付いている指輪を外した。

 すると、ガルーダの体は瞬時に薄くなっていく。すぐに残っているのは、可奈美(ハルト)の手に残る赤い指輪だけとなった。

 

「はい、可奈美ちゃん。多分今はガルーダを呼ぶ必要はないけど、必要に応じて召喚して」

「う、うん……」

 

 投げ渡されたガルーダの指輪を、ハルト(可奈美)は両手でキャッチ。

 

「そういえば、指輪ってこうやって使うのであってるよね?」

 

 ハルト(可奈美)は受け取った指輪をそのまま右手に嵌める。そのまま、腰のベルトに当てると。

 

『ガルーダ プリーズ』

「おおっ! やっぱり出た!」

「今俺が解除した意味ねえ!」

 

 可奈美(ハルト)が叫んでいる間にも、ランナーが分離。再びプラモンスター、レッドガルーダを形作っていく。

 

「おおっ! 憧れの魔法が使えた!」

「ああ、憧れていたんだ……」

 

 可奈美(ハルト)はジト目でハルト(可奈美)を見つめる。

 ハルト(可奈美)が指輪を収納すると、ガルーダの形を作ろうとしていたプラモデルが消失していく。

 

「他の魔法はどんなのかな?」

「今やる必要はないでしょ。あとで俺が見てあげるから、それまでは我慢して」

「ぶー……」

 

 ハルト(可奈美)は口を尖らせる。

 

「……それ、可奈美ちゃんが可奈美ちゃんの体でやるから可愛いのであって、俺の体がやってるのを見てもイライラするだけだな」

「酷いっ! あとそれ、自分に向かって言ってるよ!」

「まあ……今のハルトは可奈美ちゃんだからね。……自分で何言ってるのか分かんなくなってきた」

 

 可奈美(ハルト)は顔を抑えた。

 

「とにかく、今の俺たちは、他のみんなには知られない方がいいよ」

「何で? 友奈ちゃんたちに協力してもらおうよ」

「友奈ちゃんや真司たちに伝えると、なんかややこしいことになりそうだしなあ。ココアちゃんたちに伝えると、俺たちが戦ってることまで説明しなくちゃいけなくなりそうだから、ここは絶対だよ」

「ココアちゃんたちの方は分かってるけど……」

 

 ハルト(可奈美)がそれ以上言うよりも先に、再び店の呼び鈴が鳴った。

 

「いらっしゃいませ」

 

 体が入れ替わっているからといって、仕事を無下(むげ)にはできない。

 可奈美(ハルト)は振り向いて、手慣れた挨拶をする。

 だが、店に入って来たのは客ではなかった。

 高校生と中学生の少女たち。姉妹のように体を密着させた二人は、それぞれ学校の制服を着用しながら入って来た。

 

「可奈美ちゃん! ハルトさん! ただいま!」

「ただいま戻りました」

 

 それは、今さっき二人の会話に出てきた人物たちだった。

 保登心愛(ほとココア)香風智乃(かふうチノ)。それぞれこのラビットハウスで、ハルト、可奈美よりも長く生活しており、チノに至っては、ここの店主の娘でもある。

 

「ココアちゃんにチノちゃん。お帰りなさい!」

「おおっ! ハルトさん、なんか今日は明るいね!」

 

 ハルトの体の中に可奈美の精神が入っていることなどいざ知らないであろうココアは、そのままハルト(可奈美)とハイタッチ。

 

「それに、ただいま! 可奈美ちゃん!」

「うわっ!」

 

 ココアは笑顔で、可奈美(ハルト)へ飛びつく。

 先ほどとは真逆に、可奈美の体にハルトの精神が宿っていることなど、当然ココアは認知していない。

 

「そ、そういえば可奈美ちゃん、しょっちゅうココアちゃんに抱き着かれてたっけ……?」

 

 可奈美(ハルト)はそう言いながら、ココアを引き離す。

 

「えっと……今日は早いね。始業式なんだっけ?」

「そうなの! 今日から私とチノちゃんは進級したんだよ!」

「あ、そうだよね……そうだよね!」

 

 ハルト(可奈美)は一瞬顔に影が入るが、すぐに元気にココアの隣に並ぶ。

 

「進級おめでとう! ココアちゃんは二年生になったんだよね」

「そうなの! チノちゃんは中学三年生だから、来年からは一緒に通えるね!」

 

 可奈美(ハルト)は、そんな二人を見守りながら、少しずつ後ずさりをしていく。

 だが。

 

「可奈美さん、どちらへ?」

 

 捕まった。

 ココアの妹分(妹じゃありません)であるチノが、すでにラビットハウスの制服を着て先回りしていた。

 

「どこって、私はここに……」

「あれ? 何でハルトさんが答えてるの?」

「ん? あっ!」

 

 ハルト(可奈美)は慌てて口を抑える。

 

「えっと……! その、間違えちゃった! あはは……!」

 

 明らかに苦しい言い訳をしている自分の姿に、俺そんな可愛い喋り方しないよ、と心の中で呟きながら、可奈美(ハルト)はココアとチノにどうすれば怪しまれないか考えを巡らせる。

 だが。

 

「そっかあ! たまにあるよね! 可奈美ちゃん、今日はこれから一緒のシフトだね!」

 

 その考えは不要だったようだ。

 ココアは可奈美(ハルト)の腕を大きく振りながら、喜びを示している。

 苦笑いを浮かべながら、可奈美(ハルト)はココアの手を振りほどく。

 

「そ、そうだねそれじゃ、お……私は、早く着替えてこないとね!」

「え」

 

 可奈美(ハルト)のその発言に、ハルト(可奈美)は血相を変える。席を飛び出し、可奈美(ハルト)の手を掴んで奥の厨房に連れ込んだ。

 

「き、着替えって……! ハルトさん、私の体で……!?」

「この際仕方ないよ。なるべく、俺たちはいつも通りにすごさないといけない。どこで二人に様子がおかしいとバレるか分からないからね?」

「う、うん。それは分かってる」

「運が悪いことに、これから可奈美ちゃんはシフト入っていたでしょ? つまり、俺がこれからシフトに入るから、可奈美ちゃんはいつも通りの俺と同じことをやって」

「いつものハルトさんって……」

 

 ハルト(可奈美)が目を泳がせている。近づいた自分の顔と向き合うというのも不思議な気分だと感じながら、可奈美(ハルト)は続けた。

 

「大丈夫。可奈美ちゃん、人を見る観察眼は本当に凄いから。自信を持って」

「わ、分かったから……」

 

 ハルト(可奈美)はもじもじと体を捻らせている。

 可奈美(ハルト)はその理由を察する。

 

「まあ、可奈美ちゃんの年頃の女の子が、自分の着替えを他人にさせられるっていうのが辛いのは分かるけど、今は緊急事態だからね。俺も目を瞑るようにするから」

「そうじゃなくて……」

「何? あ、俺の行動? 俺、丁度今指輪作っていたところだったんだ。道具とかは全部机の上に置いてあるけど、この際何もしなくていいよ。部屋から出なければ、こっちでココアちゃんたちには作業中って言っておくから」

「だから……その……!」

 

 ハルト(可奈美)は、顔を真っ赤にして切り出した。

 

「トイレ……行きたい……!」

 

 新年度が始まったばかりのこの日。

 肉体的にも精神的にも。

 衛藤可奈美という少女は、乙女として大事な何かを失った。




ほむら「今日の夕飯は……」
キャスター「マスター」
ほむら「何?」
キャスター「ここの所、偏食が続いています。たまには、栄養価の高い物を」
ほむら「いつも思うけど、サーヴァントがそれを気にする必要はあるのかしら?」
キャスター「栄養失調でマスターが倒れることがあれば、聖杯戦争も不利になります」
ほむら「デスゲームの死因が栄養失調……」
キャスター「今回は雑煮は避けるべきでしょう」
ほむら「説明したわよね……? ()がいつ来るか分からないのよ。栄養補給の時間さえ惜しいのよ」
キャスター「貴女が倒れた方が時間の無駄であろうに……」
ほむら「ふん……」
キャスター「こういうものとか、いいのでは?」
ほむら「トマト?」
キャスター「必要なら、料理しましょうか?」
ほむら「サーヴァントが手料理を振る舞うって……? まあいいわ、好きにしなさい」
キャスター「では……」
???「あっ」
キャスター「むっ」
ほむら「……まさか最後のトマトを取り合うことになるとは」
???「もしかして、君もトマト好きなの!?」
キャスター「別に好きという訳では……」
ほむら「世にも珍しいトマトからの仲ね」
キャスター「フン」
???「トマトから育む友情! そういうわけで、今回はこちら!」
ほむら「誰が友情よ」



___今日だって最高の 未来に変わってく 昨日の涙さえ誇れる場所になるから___



キャスター「ビビッドレッドオペレーション」
ほむら「2013年1月から3月放送のアニメね」
???「夢のエネルギー、示現エンジンを狙う謎の敵、アローンとの戦いを描いた、友情の物語!」
ほむら「この黒騎れいとかいう子、何となく私に似てるわね」
キャスター「主人公の一色あかねが、ドッキングと呼ばれる合体で、力を飛躍的に向上させるのが持ち味だ」
???「さあ! トマトを食べて、友達になろうよ!」
ほむら「妖怪トマト縁結び……!」


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プレーンシュガー

 可奈美と体が入れ替わったと言っても、ラビットハウスの業務自体は変わらない。

 ランチタイムを終え、可奈美の体で動くことにも慣れてきたところで、可奈美(ハルト)は一息つきながらラビットハウスのカウンター席に腰を落とした。

 

「お疲れ様だね、可奈美ちゃん」

 

 ココアに肩を叩かれることで、可奈美(ハルト)はようやくそれが自分に向けられた発言だと気付いた。

 

「ココ……あれ? 可奈美ちゃん、ココアちゃんのことなんて呼んでたっけ?」

「どうしたの可奈美ちゃん?」

「あ……えっと……」

 

 いつの間にか、可奈美(ハルト)の目が泳ぐ。必死に平静さを保とうとカウンター席を雑巾で何度も磨いていると、机が輝いてきた。

 

「な、何でもないよ。お姉ちゃん」

「! 可奈美ちゃんが……お姉ちゃんって……お姉ちゃんって呼んだ!」

(普段は呼んでいなかったのか……!)

 

 可奈美(ハルト)は戸惑いながら、脳内にあったイメージを訂正する。

 

「そ、それよりもお客さんも落ち着いてきたし、そろそろ休憩しない?」

 

 可奈美(ハルト)はフロアを見渡しながら提案する。

 先ほどの始業式帰りの高校生たちが去り、ディナータイムまでの間は客足が遠のいている。今、店内に腰を落とす客の姿はなかった。

 

「そうだね! あ、可奈美ちゃんはお昼食べた? ハルトさんも呼んで、一緒に食べようよ!」

「う」

 

 ココアの提案に、可奈美(ハルト)は言葉に詰まった。

 出来る事であれば、入れ替わっている現状、ココアたちとの接触はなるべく避けた方がいいだろう。

 だが、そんな可奈美(ハルト)の懸念などいざ知らず、ココアは上の階のハルトを呼びに行こうとする。

 

「ああっ! 待ってココアちゃん!」

「どうしたの?」

「ハルトさんは今、なんかの作業に集中しているみたいだから! 邪魔しない方がいいと思うよ!」

 

 精一杯、可奈美の声色を真似てみた。だが。

 

「じゃあ、コーヒーでも持って行ってあげようよ!」

(ありがたいけど逆効果だった~!)

 

 可奈美(ハルト)は頭を抱えた。

 だが、丁度その時呼び鈴が鳴り、ココアが反転した。

 

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃい!」

「いらっしゃいませ」

 

 ココアに遅れて、可奈美(ハルト)とチノも挨拶する。

 入って来たのは、顔に馴染みのある、年の離れた男女の二人組だった。

 

「こんちわー!」

「ちわー!」

 

 茶色の天然パーマの若い男性と、可奈美やチノと同じ年齢層の少女。他人同士でつるむ機会が少ないであろう二人であるが、二人はまるで兄妹かのように息を合わせた笑顔を見せていた。

 その名を、可奈美の体に宿るハルトの精神は、しっかりと理解していた。

 

「真司……さんに、友奈ちゃん。いらっしゃい」

 

 城戸真司(きどしんじ)。そして、結城友奈(ゆうきゆうな)

 それぞれ、ハルトと真司が命を預けて戦う仲間たちである。

 

「おっす可奈美ちゃん! 差し入れ持ってきたぜ!」

 

 真司はそう言って、手に持っていた紙袋をカウンター席に置いた。

 身を乗り出したココアは、目をキラキラさせながら真司を見上げる。

 

「わあ! ありがとう真司さん!」

「おう! ココアちゃんも、チノちゃんと仲良く分けてくれ」

「うん! それに、友奈ちゃんもありがとう!」

「わーい! ココアお姉ちゃん!」

 

 ココアが勢いよく友奈に抱き着く。友奈も笑顔でそれに答え、彼女に抱き返している。

 素直だなあ、と感心しながら、可奈美(ハルト)は紙袋を開けた。

 中には、プレーンシュガーと呼ばれる種類のドーナッツが八個、入っていた。

 

「……これ、どうしたの? 凄く高そうだけど」

「バイト先の先輩が、お得意さんからもらってきたんだよ。で、新しい店の商品として、色んな人から感想を教えて欲しいって」

「へえ……それじゃあ、早速皆で頂こうか」

 

 可奈美(ハルト)は食器棚を開き、皿を取り出す。キッチンにかけてあったステンレスのトングを手にし、八個のプレーンシュガーを盛りつける。

 

「はい。ココアちゃんとチノちゃんも、手を洗ってから食べてね」

「ありがとう! 可奈美ちゃんも食べよう!」

「いや、俺……私は……」

 

 可奈美(ハルト)は答えをあやふやにしようとするが、そんな可奈美(ハルト)の背後にチノが回り込む。

 

「ハルトさんは食べないんですか」

「上に……あっ」

 

 しまった。さっき、あれほどココアを止めようとしていたのに。

 可奈美(ハルト)が後悔するもののもう遅い。可奈美(ハルト)が一歩踏み出したころには、すでにココアが廊下から階段を駆け上がっていた。

 

「ココアちゃん! 待っ……」

「ハルトさん! 真司さんが差し入れ持ってきてくれたよ!」

 

 ココアの元気な声が、本来自分の自室であるはずのドアを叩く。

 慌ただしいノック音の末、その扉が開き、本来の自分の姿、松菜ハルト(衛藤可奈美)が姿を現わす。

 

「どうしたの?」

「ハルトさん! 真司さんが、差し入れ持ってきてくれたよ! 一緒に食べよう!」

「本当!? うわー、なんだろ!?」

 

 俺そんなに目を輝かせたりしないよ、と可奈美(ハルト)は頭を抱えた。

 そんな可奈美(ハルト)の気苦労など露知らず、ココアはハルト(可奈美)を連れて一階に降りる。

 その際、ココアは一階の踊り場に立つ可奈美(ハルト)へ声をかけた。

 

「可奈美ちゃん、どうしたの?」

「う、ううん。何でもないよ」

 

 可奈美(ハルト)は誤魔化し、本来の自らの体へアイコンタクトを図る。

 

(可奈美ちゃん、分かってくれ……)

(うん! 大丈夫!)

 

 可奈美(ハルト)のアイコンタクトに対し、ハルト(可奈美)はサムズアップを返す。

 その表情を見て、可奈美(ハルト)は確信した。

 

(あ、これ全然伝わってないな)

 

 

 

 真司、友奈、チノが待つホール。

 二つのテーブル席を繋ぎ合わせた席に座る彼らの中心には、先ほど可奈美(ハルト)が盛り付けたプレーンシュガーの大皿が置かれていた。

 

「おおっ! すごい美味しそう! どうしたのこれ!?」

 

 ハルト(可奈美)は目を輝かせた。

 すると、真司が「へへっ!」と鼻を擦る。

 

「バイト先でもらってきたんだ。感想を教えて欲しいんだってよ」

「おおっ! それじゃあ、早速頂こうよ!」

 

 ハルト(可奈美)は笑顔で手を合わせる。そしてそのまま、プレーンシュガーを掴み取った。

 

「いっただきまー……す?」

 

 即、手づかみで口に運ぶハルト(可奈美)。だが、一噛み一噛みしていくたびに、その表情が陰っていく。

 確実に舌の中で味覚を発揮させるものの、ハルト(可奈美)の疑念は晴れなかった。

 

「どうした?」

「何か、味が薄いような?」

 

 真司の疑問に、ハルト(可奈美)は苦言を呈する。

 真司は「そんなことないだろ?」と、自分の分のプレーンシュガーを取る。

 そのまま彼が口にすると、その口元が綻んだ。

 

「うん、うまいぜ! やっぱりここのはすげえぜ!」

「わたしもいただきます!」

 

 真司に続いて、友奈もプレーンシュガーを頬張る。

 

「うん! おいしい! 可奈美ちゃんも…………可奈美ちゃん……?」

 

 友奈はそこまで言いかけて、口を噤んだ。

 彼女の隣に座る、衛藤可奈美。静かに、何も語らず、その目からは涙が流れていた。

 

「ハルトさん……?」

 

 ハルト(可奈美)は、その反応に目を白黒させていた。

 ただ、何も言わず。可奈美(ハルト)は一口ずつ、プレーンシュガーを口に含んでいく。小麦の欠片を一つ一つ食していくごとに、その目に涙が浮かんでいく。

 

「ハルトさん……どうしたの?」

 

 ハルト(可奈美)の声は聞こえていない。

 可奈美(ハルト)はただひたすらに、プレーンシュガーを頬張っていく。それも可能な限り小さく、細かく。

 少しでもその味覚を味わうように。

 

「ハルトさん……?」

「可奈美ちゃん、そんなにこのドーナツ好きだったのか! こりゃ、大好評だって教えてやらねえとな!」

 

 ハルト(可奈美)の声は、やがて真司の大声に塗り潰された。

 だが、今の可奈美(ハルト)には届いていない。ただ、無心にプレーンシュガーを小突いていく。やがて最後の一欠片が無くなったころ、可奈美(ハルト)は名残惜しそうにその指元を見下ろしていた。

 

「ハルトさん……?」

 

 もう一度、ハルト(可奈美)が恐る恐る声をかける。

 ようやく我に返ったのか、可奈美(ハルト)ははっとして顔を上げた。

 

「あ、俺……つい……」

「可奈美ちゃん!」

 

 素で出てきたその一人称をハルト(可奈美)が咎める。

 自らのミスに気付いた可奈美(ハルト)は、慌てて「あ、あはは!」と笑いだす。

 そんな可奈美(ハルト)へ、友奈が顔を近づけた。

 

「美味しかったね、可奈美ちゃん! ねえ、今度このお店一緒に行こうよ! 今度真司さんが割引券もらってくるらしいから!」

「そんなに気に入ったなら、この余った分も食うか?」

 

 真司はそう言って、残りを指差す。

 礼を言った可奈美(ハルト)は、それを受け取り、今度は大きく口を開けてかぶりつく。ほんの二、三口で、プレーンシュガーは可奈美の胃袋へ消えていった。

 

「す、すげえ……」

 

 真司が舌を巻く一方で、可奈美(ハルト)は名残惜しそうに指元を見下ろしていた。

「可奈美さん、すごい食欲でしたね」

 

 小さな口で一生懸命プレーンシュガーを頂きながら、チノが呟く。

 可奈美(ハルト)は目を泳がせながら、最後の一つにも手を伸ばす。

 他の面子の温かい目の中、最後の一個は、当然の如く可奈美(ハルト)の胃袋に消え。

 ハルトの精神に宿る可奈美は、戻った等分燃焼をしなければいけないなと感じた。




響「さあ、今日も人助けだよッ!」
響「ん? 何だろ、今日は何かのイベントかな?」
???「おお、これは凄い! 凄いぞ!」
響「あ、すみません、これって何の集まりなんですか?」
???「今日はツインテールの集まりだ!」
響「ツインテール? あれ、あそこにミスコンって……」
???「ここの人たち、皆凄いツインテールをしている!」
響「う、うん。そうだね。あ、あの子調ちゃんにスゴイ似てるッ!」
???2「おお、いる! いるぞ! 極上のツインテールが!」
響「うわッ! 何ッ!? 変な怪人が現れたッ!」
???1「現れたな! エレメリアン!」
響「下がってッ! ここはわたしが……」
???「テイルオン!」
響「へ、変身したーッ! というか、女の子に変身した!」
テイルレッド「ツインテールの戦士、テイルレッドだ!」
エレメリアン「現れたなテイルレッド!」
テイルレッド「こんなところまで現れやがって!」
エレメリアン「だが、もう遅い! この俺が、この場のツインテール属性を全て奪いつくしてくれる!」
テイルレッド「そうはさせるか!」
響「ええっと、これ、わたしも参加した方がいいのかな? Ball……」
テイルレッド「オーラピラー!」
エレメリアン「ぬうっ! う、動けん……!」
響「テイルレッドちゃんの腕から出た光で、相手が動けなくなってる!」
テイルレッド「グランドブレイザー!」
エレメリアン「ぬおおおおおおおおおおおおっ!」
響「凄い斬撃ッ!」
エレメリアン「素晴らしい……もっと……もっとツインテールの海に埋もれたかったあああああああああ!」ドカーン
響「断末魔の叫びそれでいいのッ!?」
テイルレッド「ふう……」
響「あ、あなたは一体……?」
テイルレッド「俺は……その前に!」



___Tell me why キミに問いたい そのアツい情熱の進化 そうキミがキミである存在が語るミラクル___



テイルレッド「今回のアニメは、俺、ツインテールになります!」
響「今やるのッ!? 2014年の10月から12月まで放送していたアニメだよッ! 内容は……大体今やってた感じ」
テイルレッド「皆の属性力を狙う侵略者、アルティメギルから、俺たちツインテイルズが皆を守るぜ!」
響「でも、あの怪人の発言、ところどころおかしかったような……」
テイルレッド「アルティメギルは大体そうだぜ!」
響「また会えるかな?」
テイルレッド「あなたが、ツインテールを愛する限り」ワープ
響「あ、行っちゃった……」


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明晰夢

「……夢?」

 

 自覚があるということは、明晰夢というものなのだろうか。

 ハルト___今は可奈美の体だが___は、周囲の景色を見ながらそう思った。

 どこかの神社だろうか。長い登り階段と、それの門である大きな社。うっすらと霧で包まれたその場所は、ハルトには見覚えのないところだった。

 

「夢にしては殺風景すぎないかなここ。折角可奈美ちゃんの体なんだから、もうちょっと楽しい夢とか見たかったかも」

 

 まあ、彼女の見る夢など、剣のことばかりになりそうだが。と、ハルトは思い直した。 

 ならば、どこかに剣でも転がっているのだろうか。そう思いなおしたハルトだが、見渡す限り石のブロックばかりで、剣などどこにもない。

 誰もいない社。目覚めるまですることもなく、ハルトは階段に腰を下ろした。

 

「ふう……」

 

 大変な一日だった。

 可奈美と体が入れ替わり、様々な不便を経験した。

 それぞれ不意の会話から、不信感を何度も持たれ、トイレや風呂など性差によって勝手が分からない。願わくば、一連の出来事全てが夢の出来事であってほしいくらいだ。

 

「あれ? 可奈美じゃないの?」

 

 そんな声が、階段の上の方から聞こえてきた。

 見上げれば、髪を後ろでまとめた女性が降りてくるところだった。紫でぼさぼさの髪と、何者にも負けることはないという自信が表に出ている顔。黒いセーラー服から、中学生か高校生くらいだろうかとハルトは思った。

 

「えっと……誰? 俺の夢なのに、知らない人が出てきた」

「俺の夢? 可奈美の夢じゃないの?」

 

 女性は手に持った剣を左右の手で投げ合いながら尋ねた。

 剣を見て、ハルトは「ああ、これやっぱり本来可奈美ちゃんの夢か」と納得する。

 

「今、ちょっと色々あって体と精神が入れ替わっているんです。今は、俺の体に可奈美ちゃんが入ってます」

「へー。今時はそんなことも起こるんだ。すごいね」

 

 女性はまた剣を左右でキャッチボールする。何となくその剣を見ていたら、自然とハルトの口からその言葉が出てきた。

 

「……千鳥?」

「お? 知ってるの?」

 

 女性が目を大きくした。

 ハルトは頷く。

 

「まあ、可奈美ちゃんとは短い付き合いでもないし。何となく、そう思っただけだけど」

「おお。いいねいいね。よし、気に入った」

 

 女性はうんうんと頷きながら、千鳥を抜いた。

 

「ねえ。立ち合い……勝負しようよ」

「え?」

「アンタも剣の腕はあるんでしょ?」

「剣っていうか……俺の場合魔法だけど」

「知ってる知ってる」

 

 女性はまた剣をパスしながら言った。

 

「魔法使いさんでしょ? 可奈美から話は聞いてるよ。松菜ハルト君。強いんでしょ?」

「うーん、正直可奈美ちゃんからすればそこまで俺強いってわけでもないと思うんだけど」

「そんなことないよ。ほら、構えて構えて」

 

 女性は千鳥の剣先を向けながら促した。

 

「久しぶりに滾ってきた。アンタの力、見せてよ」

「……手加減なし、ってことでいい?」

 

 ハルトは指輪を付けながら言った。その指輪をベルトのバックル、その手のひらの形をした部分に読ませる。すると。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 電子音声とともに、腰に銀でできたベルトが出現する。舌を巻く女性の前で、ハルトはベルトのつまみを動かす。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 思わず口ずさんでしまいそうな音声とともに、ハルトは左手にルビーの指輪を嵌める。備え付けられているカバーを被せ、宣言した。

 

「変身!」

『フレイム プリーズ ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 指輪より発生した魔法陣が、そのままハルトの姿を書き換えていく。

 本来の持ち主であるハルトに、今のみ身を移すことができる、赤い指輪の魔法使い、ウィザード。

 

「おお! これがウィザード! カッコイイね!」

 

 女性が称賛する。ウィザードはさらに、空間湾曲の指輪を使い、魔法陣より銀の銃を引っ張り出した。

 

『コネクト プリーズ』

 

 ウィザードの手に馴染む銀の銃剣(ウィザーソードガン)。その刃先を指で触れながら、ウィザードは尋ねる。

 

「それで? どうやって勝負を決めるの?」

「いいんじゃない? 普通に戦闘不能で。どうせ夢なんだし」

 

 女性は千鳥を手の合間でパスし、その手首を回す。千鳥が大きく円を描き、「ほらほら」と促した。

 

「どうせって……あ、自己紹介してなかったね。改めて、俺は松菜ハルト。お姉さんは?」

「お? 何? もしかしてナンパされてる?」

「じゃなくて。単に、名前聞いておきたいだけだよ。剣術の世界には、そういう礼儀とかないの? 知らないけど」

「あるよ。藤原美奈都(ふじわらみなと)。よろしく」

「美奈都ちゃんね。じゃあ、行くよ」

「ちゃん?」

 

 女性改め美奈都は、鼻を掻いた。

 

「やめてよ。ちゃんなんて柄じゃないし」

「リゲルみたいなこと言うなあ……じゃあ美奈都」

「うん……可奈美だったらここで師匠って言ってくれるんだけど……今はそれでいっか。じゃあ、行くよ! ハルト!」

 

 美奈都の合図で、ウィザードもソードガンとともに、美奈都へ挑んだ。

 回転しながらの、ウィザードの銃撃。牽制技としての有用性はかなり高いが。

 

「ほっ! よっ!」

 

 掛け声とともに、美奈都の刃が横切る。彼女の千鳥が斬った空間の後には、ポロポロと銀の銃弾が落ちていた。

 

「……やっぱりとんでもないな、刀使ってのは」

「そう?」

 

 美奈都はすでにウィザードの目と鼻の先に迫っていた。

 ウィザードは即座にソードガンに仕組まれていた刃を展開し、銃身を立てる。銃から剣となって美奈都へ反撃するが、美奈都はそれを当然受け止める。

 

「はっ!」

 

 さらに続く、ウィザードの蹴り。体を回転させながらの、美しいとも取れる動き方。

 だが美奈都は、いとも簡単にそれを受け流して見せる。さらに、美奈都はそこから千鳥による反撃を開始する。

 ウィザードは体勢を立て直し、防御態勢。だが、素早い連撃にどんどんウィザードは追い込まれていく。

 

「っ!」

 

 ウィザードは、美奈都の攻撃を受け止めることを諦め、飛びのいた。

 

「すごいな……剣のレベルが違いすぎる……」

「へへっ、ありがとう!」

 

 美奈都は肩に千鳥を当て、満面の笑みを見せた。

 ウィザードはホルスターに手を伸ばし、新たな指輪を取り出しながら尋ねた。

 

「さっきも言ったけど、俺は魔法使いだから。剣以外の攻撃も、してもいいよね?」

「どうぞ?」

 

 美奈都は剣で指しながら答えた。

 そして。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 巨大化した剣は、ほんの一か所の弱点を突かれて崩壊し。

 

『フレイム シューティングストライク』

 

 炎の銃弾はアッサリと切り開かれた。

 

「ほらほら。本気って、こんなもん?」

 

 美奈都は千鳥を肩にかけながら挑発する。

 

「じゃあ次は、こっちの番かな?」

 

 刀使の動き、迅位と呼ばれる異能。

 その速度は、ウィザードも重々承知している。

 すぐ目の前に現れた美奈都。

 ウィザードは反射的にウィザーソードガンで応戦するものの、その速度相手では、ウィザードは止まっているも同然。何度もその身を切り裂かれ大きく火花を散らし、ウィザードは倒れた。

 

「だったら……!」

 

 起き上がりながら、ウィザードは新たな魔法を発動させた。

 

『ウォーター プリーズ スイ~スイースイースイ~』

 

 中腰のウィザードの体を青い魔法陣が通過する。力を落とした代わりに、魔力に秀でる水のウィザードは、新たに指輪を入れ替える。

 

『バインド プリーズ』

 

 改めて発生した、無数の水の鎖。

 

「へえ、色々あるんだ、ねっ!」

 

 美奈都は千鳥を一振り。すると、水の鎖は発泡スチロールのごとく粉々になった。

 

「すごっ……」

 

 ウィザードが舌を巻いている内に、美奈都はまた迫って来る。

 水のウィザードは、即、専用魔法を選択した。

 

『リキッド プリーズ』

 

 発動したのは、液状化の魔法。

 まさに言葉通り、ウィザードの体は固体から液体へその姿を変える。液体となれば、当然美奈都の斬撃も通用しない。彼女の斬撃を一つ受けるたびに、ウィザードの液体の体は一時的にその体を崩し、また元に戻っていく。

 

「はあっ!」

 

 逆に、ウィザードの斬撃は明確な刃となり、美奈都を斬り弾いていく。

 写シと呼ばれる刀使の能力が、美奈都へのダメージを肩代わりする。

 

「いい剣だね!」

 

 美奈都は斬られた肩口を抑えながら、笑みを浮かべる。

 

「ほらほら。次は?」

「折角だし、どしどしリクエストにお答えしましょうかね」

『ライト プリーズ』

 

 閃光。目潰しとなった光に、美奈都は目をつぶった。

 

「よし!」

 

 ウィザードはその隙に、攻勢に入る。

 だが、目の利かないはずの美奈都は、ウィザードの剣を的確に防御した。

 

「……驚き通り越して呆れてきたよ」

「そりゃどうも。もう目も慣れてきたよ」

 

 美奈都は目を擦りながら言った。

 

「さすがに魔法使いを名乗るだけあってトリッキーだね。次はどんなものかな?」

「こんなものだよ」

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 

 水のウィザードの最強技。氷の波動を放つ。

 だが。

 

「おお、冷たいの来たね!」

 

 美奈都は地面に千鳥で斬りつける。切り出したブロックを足蹴りでウィザードへ放つと、ブロックは氷に閉ざされ、そのままウィザードの腕を叩く。

 

「痛っ!」

「隙あり!」

 

 さらに、攻めてくる美奈都。

 ウィザードは距離を取りながら、サファイアとエメラルドを入れ替える。

 

『ハリケーン プリーズ フー フー フーフー フーフー』

「おお、やっぱり飛べるんだ」

 

 風のウィザードとなり、空中へ回避するウィザードを見上げながら、美奈都は呟いた。

 

「そりゃ、魔法使いだからね」

 

 ウィザードはさらに、魔法の指輪を使った。

 

『チョーイイネ サンダー サイコー』

 

 その魔法は、雷鳴。

 魔法陣という雷雲より降り注ぐ雷が、神社の境内に容赦なく炸裂していく。

 

「おお、これはすごいね!」

 

 だが、そういう美奈都は、目まぐるしい動きで雷を回避する。あたかも雷という固形物を避けて通るように、その動きに無駄はない。

 

「だったら……!」

『エクステンド プリーズ』

 

 攻撃力よりも、範囲を優先するべき。そう判断したウィザードは、体を回転させた。伸縮の魔法により長大な攻撃範囲となった風の斬撃は、コマのように回転しながら美奈都を襲う。

 だが、美奈都の表情に不安はない。

 襲ってくる風の刃一つ一つを、余さず打ち返していく。

 

「ほらほら! そろそろこっちからも行くよ!」

 

 美奈都はそう言って、千鳥を持ち直す。

 風のウィザードの優位性。それは、機動力と速度。だがそれでも、刀使の速度には敵わない。

 何度か打ち合ったウィザードは、ウィザーソードガンの手のオブジェを開きながら、美奈都の剣を防御する。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

「お? また何かするのかな?」

 

 美奈都はウィザーソードガンへの力を強めながら、ウィザードの次の手を待つ。

 ウィザードはそのまま、エメラルドの指輪を読み込ませる。

 

『ハリケーン スラッシュストライク』

 

 攻撃の予備動作として、ウィザードは一度緑の刃を振って、美奈都を引き離す。

 刹那、切り裂く風を纏わせた刃を、ウィザードは解き放った。

 

「へえ……」

 

 舌を巻いた美奈都は、そのまま千鳥を握り直す。

 そして。

 

「うりゃああああああああああ!」

 

 風の刃を、千鳥で斬り落としていく。

 風の刃は、文字通り見えない刃。一迅一迅が刃物となり、相手を切り刻むものだが、美奈都はそんな見えない刃を全て斬り伏せていたのだ。

 

「そんな……! 風のウィザードじゃ、相性が悪すぎる……!」

「そろそろこっちから行こうかな?」

 

 美奈都は両手で千鳥をパスし、挑みだす。

 彼女の本領が発揮される。

 その危険性を察知したウィザードは、大急ぎで左手の指輪を入れ替える。

 

『ランド プリーズ ドッドッ ド ド ド ドンッドンッ ドッドッドン』

 

 飛び退くと同時に、発生した魔法陣を通過する。エメラルドの宝石がトパーズに入れ替わる。さらに、攻撃してくる美奈都に対し、その攻撃を鈍らせるという判断を下した。

 

『チョーイイネ グラビティ サイコー』

 

 地面に発生した魔法陣が、重力操作を可能にする。

 ウィザードを除いた神社の境内が、通常とは比べ物にならない重力に支配される。

 

「うおっ! これはすごい……!」

 

 美奈都のスピードがゼロとなる。重力に折れた美奈都は、そのまま膝を折った。

 

「ごめんね。このまま終わらせる!」

『ランド シューティングストライク』

 

 黄色の銃撃が、動けない美奈都へ飛んで行く。

 

「いい戦術だね!」

 

 そう言いながら、美奈都は土の弾丸を切り裂く。破裂した地の魔法は、そのまま爆発。

 さらに、美奈都の千鳥は、そのまま重力の魔法陣へ突き刺さる。雷光とともに魔法陣に亀裂が走り、破裂する。

 

「何!?」

「私考案のすごい技、見せてあげる!」

「来る……!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 ウィザードの最大防御の土の壁。それを美奈都の方向に三枚はり、体勢を整える。

 だが千鳥を構え、ウィザードを見定める美奈都は、笑っていた。

 そして、美奈都の足が、境内を蹴る。

 

「無心烈閃!」

 

 直線状に切り裂く斬撃。

 それにより、土壁の大半は立ち消えた。

 

「嘘……っ!」

 

 さらに、美奈都の攻撃は続く。トパーズの鎧から火花が散り、力に秀でたウィザードが倒れ込む。

 さらに、二発目。傾いていくウィザードの体へ、逆方向から美奈都の斬撃が襲う。

 三発目、四発目。次々と襲い掛かる斬撃に、ウィザードは踊らせるように体を流すことしかできなかった。

 そして、最後の一発。美奈都が、全身に力を込めて放つ突き技。

 だが。

 

「見切ったっ!」

 

 最後の一撃。

 ウィザードはウィザーソードガンを、その一点に立たせる。

 美奈都の最大の一撃。だがそれは、腕をもぎ取られそうな衝撃を代償に、美奈都の剣を受け流すことが出来た。

 

「おおっ……!」

 

 驚きを顔に表す美奈都。

 土から火へ戻ったウィザードは、そのまま美奈都の懐に潜り込む。そのまま体を反転させ、美奈都を蹴り上げる。

 

「うわっ!」

 

 両腕を交差させて防御したものの、ウィザードの蹴りがそのまま美奈都を上空へ飛ばす。

 

「これで終わりだ!」

 

 ウィザードはそのまま、その指輪を入れかえる。

 それは、決して人に使うことがなかった魔法。だが、彼女に対してこれを使わないのは、失礼にあたると判断した魔法。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

「おお……! 本気が来た……!」

 

 空中で体を捻り、迎撃態勢を取る美奈都。

 そんな彼女を見上げながら、ウィザードは足元に発生した魔法陣へ足を広げる。右足に火の魔力が集約していくのと同時にジャンプ。

 一方、興奮を隠すことのない美奈都は、その写シを赤く染めていく。

 それはまさに、可奈美の主力技、太阿之剣を放つときの動作とよく似ていた。

 

「だあああああああああああああああああっ!」

「火砕迅風撃!」

 

 美奈都の一撃。

 全力を刀身に乗せた一撃。それは、空中でキックストライクと激突し、爆発。

 大きくたちこめていく煙の中。

 

「ぐはっ!」

 

 変身解除(・・・・)したハルトが、地面に落ちる。

 同時に、着地した美奈都がハルトを見下ろした。彼女の腕には、キックストライクで付けた焦げ跡が残っており、彼女に少なからずのダメージを与えていた。

 

「いやー、強かったね」

 

 だが、そんなダメージを全く顧みることもなく、美奈都は笑顔を見せる。

 

「私の勝ち! で、いいよね?」

「それ以外の結果だったらむしろ反発していたよ」

 

 ハルトは持ち上げかけた首を倒す。

 夢の中だというのに、ずっと疲労感が抜けない。息も絶え絶えになり、意識が朦朧としてくる。

 

「あれ……? この夢も、終わりか……?」

「ありがとうね! 魔法使いと立ち合いするなんて初めてだったから、本当に新鮮だった!」

「そりゃよかった。満足していただけたようで」

 

 ハルトの視界がだんだん朧げになっていく。瞼が重くなり、今にも閉ざされようとするとき。

 

「あ、そうそう……」

 

 美奈都は、顎に指を当てた。

 彼女は腰を曲げ、ハルトの頭上に顔を持ってきた。

 

「私、結構剣で人と対話したりするからさ。相手のこと、分かったりするんだ?」

「……?」

 

 何がいいたいのだろう。そんな疑問がハルトの中に湧いてくるのと同時に、美奈都の表情が変わった。

 

「で。アンタはいつまで隠しておくわけ?」

___いつまで黙っているつもりなのかな?___

 

 何で、あの蒼い宿敵のことを思い出す。

 ハルトがもう一度瞬きをした時にはすでに。

 可奈美の体となり、ベッドから飛び起きたところだったのだから。

 

「……」

 

 可奈美の体のまま、ハルトの精神は頭を抱える。

 もう、夢で出会ったあの少女を、思い出せないのだから。







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人の着替えの場所なんて分かるわけない

「……」

 

 可奈美(ハルト)は、静かに自らの胸を掴む。

 誰だったかは分からない。だが、夢で出会った人物の言葉が、胸に突き刺さっていた。

 ただ。

 

「……思い出せない……」

 

 何を言われたのか。誰に言われたのか。

 ただ、薄れゆく意識の中、その言葉に強く衝撃を受けた記憶はある。

 

「……何だったんだっけ……?」

 

 ただの夢とは思えない感覚に、可奈美(ハルト)はベッドから降りられなくなっていた。

 だがすぐに、ドアが鳴る。

 

「ハルトさん! ハルトさん!」

 

 聞こえてくるのは、本来は自分の肉声。

 いつもとは異なる感覚に少しだけ違和感を覚えながら、可奈美(ハルト)はドアを開く。

 

「ハルトさん! 外! 出よう!」

 

 ハルト(可奈美)可奈美(ハルト)の体にしがみつく。

 

「おはよう、どうしたの? 何でこんな、朝早くに……?」

 

 可奈美(ハルト)は目を動かして目覚まし時計を見やる。

 朝六時。

 

「六時!?」

 

 朝番のシフトが入っているならばまだしも、今日は確か可奈美のシフトは夕方だった記憶がある。そして、本来自分の体であるハルトは、逆に午前がシフトではなかったか。

 

「何で起こすのさ……色々整理していて眠いんだけど……」

「マラソン行くよ!」

「ま……マラソン!?」

 

 ハルト(可奈美)は勢いよく手を叩く。

 

「ほらほら! 剣術も体術も日々の鍛錬が大事! 入れ替わったからってサボっちゃうと、一気に体がなまっちゃうよ! 特に今の私の体はそっちなんだから!」

「中身は俺だから、無駄に疲れるんだけど……」

「私もやるから! ハルトさんもやるの!」

 

 ハルト(可奈美)はねだるように、可奈美(ハルト)の肩を揺らす。本来であれば微笑ましいものなのだろうが、姿見鏡に映っているのは、長身の青年が華奢な少女を無理矢理ベッドから起こそうとしているというどの観点からしても誤解を生みそうなものだった。

 

「分かった! 分かったよ!」

 

 ココアたちが起きてくるよりも先に、可奈美(ハルト)は跳び起きた。

 

「ふう……」

「あれ? ハルトさん、パジャマに着替えてないの?」

「ん?」

 

 可奈美(ハルト)は、自らの身を見下ろした。

 今の服装は、昨日、ラビットハウスのシフトを終えて着替えた可奈美の私服そのままであり、寝間着にはなっていなかった。

 

「え? 嘘、ハルトさん、私の服ずっと着てたってこと?」

「そんなに驚くことないでしょ」

「驚くよ! なんか……その……」

「言っておくけど、今は俺が可奈美ちゃんで、そっちがハルトだからね? イヤらしい発想をするのはその点を考慮した上でお願いね?」

「……」

 

 ハルト(可奈美)が顔を赤くする。

 

「何を考えていたんだか……」

「で、でもっ! その……やっぱり着替えて欲しいというか……ほら、一日中同じ服ってそれはそれで嫌っていうか……」

「それはいいけど……可奈美ちゃん、この部屋をしっかり見てくれない?」

 

 可奈美(ハルト)は、衛藤可奈美に割り当てられた部屋を一望させる。

 ベッドと最低限の部屋。住み込みの従業員へ貸し与えられる物としては破格の1Kの部屋だが、窓の近くには可奈美の衣類が山を作り上げており、あまり触りたくない。

 

「どれに着替えろっていうのさ? いろいろ服と下着が同じ山にあるから、触るの遠慮してたんだけど」

「え? それは……」

 

 ハルト(可奈美)はノータイムで服の山から、別の服を取り出した。

 美濃関学院の制服、慣れ親しんだ剣道着のような白と黒の普段着、中心に白く「ねろ♡」と書かれた黒い部屋着の合間から、水色のパジャマが現れた。

 

「これ」

「どこにあったんだそれ」

「最初からここにあったよ?」

「いや気付けないよ!」

 

 可奈美(ハルト)は白目を剥いて叫んだ。

 

「えっと……それで、今日俺はどの服を着ればいいの?」

「? いつも通りこれだけど?」

「これ……あ、いつもの私服ね」

 

 可奈美(ハルト)がそれを受け取ろうとベッドから降りる。一歩足を進めたところで。

 

「痛っ!」

「どうしたの?」

「何か踏んだ……」

 

 可奈美(ハルト)が足を抑える。

 何か、硬い金属製の感触が足裏から訴えてくる。短い持ち手の上には、クリスマスツリーのように無数の鈴が取り付けられている。

 鈴祓いと呼ばれる神具だが、可奈美が所有しているそれは、能力、入手経路ともに普通の鈴祓いとは異なり。

 

「可奈美ちゃあああああああああああああああああああん!」

 

 可奈美(ハルト)は叫んだ。

 

「な、何!?」

「これ無造作に投げ捨てちゃいけない奴! 千鳥と同じくらい大事にしなくちゃいけない奴!」

「だ、だからこうやって、いつも外に出る服と一緒に置いているじゃん!」

「よく見れば千鳥も一緒に投げ捨てられてるし! いや、昨日この部屋で寝ていて気付かなかった俺も悪いんだけど!」

「とにかく、着替えて着替えて!」

 

 ハルト(可奈美)は、目を閉じながら私服を差し向ける。

 可奈美(ハルト)はその服を受け取りながら、ジト目を浮かべる。

 

「可奈美ちゃん、逃避行していた時とか、ここに来るまで旅してた時とか、服どうしてたの? 同じ服ずっと着てたんじゃないの?」

「あの時は___姫和ちゃんが一緒だったり、独りだったりであんまり気にしかなかったけど…………ああもう!」

 

 ハルト(可奈美)は地団太を踏み、首に立てかけてあったタオルを掴んで可奈美(ハルト)へ投げつける。

 本来自分の汗が染みついたタオルを、女子中学生の体で感じる。

 

「……何この超上級者プレイ」

「ハルトさん! いいから早く着替えよう! 私が着替えさせるから、目を瞑っていてね!」

「……分かったよ」

 

 可奈美(ハルト)は目を瞑り、バンザイと両腕を上げた。

 

「……今、二十歳近くの男性が目を瞑っている女子中学生を着替えさせているっていう言い逃れできない絵面か……」

「ハルトさん今日なんか変態チックじゃない?」

「たまにはそういうことを言いたい時だってあるよ」

「サイテー」

 

 ハルト(可奈美)は「よし」と手を叩いた。

 

「もう目を開けていいよ」

「……うん」

 

 私服となった可奈美(ハルト)は、自らの体を見下ろした。

 白と黒のバランスが整った服装。

 可奈美(ハルト)が数回ストレッチをしたところで、ハルト(可奈美)は声をかける。

 

「ねえねえ! 速く行こう! 朝の鍛錬!」

「朝食も取ってないのに?」

「だって……ハルトさん、黙ってたでしょ?」

 

 可奈美(ハルト)可奈美(ハルト)へ顔を近づけた。

 

「黙ってたって何を?」

「ハルトさん、実は味覚オンチ(・・・・・)だったんだね! 昨日のプレーンシュガーとか、晩御飯とか、ほとんど味感じなかったよ!」

「……! あ……ああ……ごめん、先に行っておくべきだったね」

 

 可奈美(ハルト)は逡巡して、逆にハルト(可奈美)の肩を回して外に促す。

 

「ほらほら、ランニング行くんでしょ? 早く行こう!」

「ハルトさん? いきなりどうしたの? さっきまでやりたがってなかったのに! むしろ誘ったの私の方だよ!」

「いいからいいから!」

 

 可奈美(ハルト)はそれ以上ハルト(可奈美)が何かを口走らせることなく、ラビットハウスの一回に降りて行った。

 

 

 

 見滝原公園。

 見滝原と呼ばれるこの街の中心部にあるその場所は、ハルトも可奈美も、頻繁に訪れる場所だった。

 だが今日、見滝原公園から見える景色には、見覚えのないものが一つ。

 噴水広場から見えるはずの、巨大な見滝原中央駅。特徴的な巨大な建物が、工事中となっていたのだ。

 

「……」

 

 ハルト(可奈美)のペースに合わせ、息を吐きながらじっとそれを見つめている。

 

「気になる?」

 

 前を走るハルト(可奈美)もまた、同じ方向を見ながら尋ねた。

 

「……まあね。流石に、見滝原の中心地が前回の戦場になったからね……」

 

 前回の戦場。

 邪神イリスと呼ばれる最強の敵と、ウルトラマントレギアという因縁の敵。

 その二つの敵と戦い、ハルトたちが辛くも勝利した地。

 

「だんだん、どこもかしこも聖杯戦争が色濃くなってきたね……」

 

 聖杯戦争。

 それは、この見滝原の地で行われている、たった一つの願いをかけて殺し合う、魔術師(マスター)たちの殺し合い。

 参加者(マスター)たちはそれぞれサーヴァントと呼ばれる異世界の英霊を召喚し、最後の一人になるまで殺し合う。そして、最後の生き残りに対しては、万能の願望器たる聖杯が願いを叶える。

 ハルトは真司と、可奈美は友奈と、それぞれマスター、サーヴァントの契約をしており、ともにこの聖杯戦争を戦い抜いている。

 

「ハルトさんは、結局今も蒼井晶ちゃんを探しているの?」

 

 見滝原公園の湖。

 一度は干上がったこともあるその場所を眺めながら、隣のハルト(可奈美)は尋ねてきた。

 蒼井晶。サーヴァントを失い、一度は聖杯戦争から脱落した参加者だが、最近別のサーァントと契約し、その姿を現したのだ。

 

「……いや。今の彼女は、多分何言っても聞かないでしょ。それに、彼女にはサーヴァント……時崎狂三がいるからさ。だから今は、同じ蒼井でも別の人を探しているんだ」

「別の人?」

「うん。蒼井えりか」

 

 それは、ほんの先日、この見滝原中央駅で出会った参加者だった。

 邪神イリスの苛烈な攻撃より、ハルトたちを助けてくれた少女。彼女がいたことで、こちらの被害も少なく済んだ。

 

「確かにあの子は、敵にはならないと思うけど……」

「だから一度、接触したいんだよね。あの時はイリスと戦っていたから、話す機会もなかったし」

「でも、手がかりある?」

 

 ハルト(可奈美)の問いに、可奈美(ハルト)は両手を伸ばした。

 

「いや。場所が近いからこの公園には何度か訪れているんだけど、流石に見つからないな」

 

 可奈美(ハルト)はそう言って、遊歩道を歩く人々へ目をやる。

 老若男女、様々な年代の人々がいるが、可奈美(ハルト)が探している女子高生の姿はない。

 

「正直顔どころかシルエットも覚えているかどうか怪しいんだけどね」

 

 探しても探しても、ほんの数週間前見かけたあの少女の姿はない。

 やがて。

 

「うわっ!」

「おい! どこ見てんだ! うん!」

 

 ぶつかった。

 可奈美(ハルト)の視界は、黒。

 やがてそれが、ぶつかった相手の上着だったことを理解した。遠くなれば、その黒い上着に無数の赤い雲が描かれているものだと気付いた。

 そして、その持ち主。長い金髪が特長の男だった。右目を長い前髪で覆い隠し、その額には紋章に大きな傷が刻まれている。

 

「あ、ごめんなさい」

「ったく。気を付けろ。オイラの機嫌を損ねるんじゃねえ! うん!」

 

 男はそう言って、帽子のように大きな三度笠を被る。下に伸びる飾り物が非常に多く、その視界を遮ってしまわないか心配になってしまう。

 そしてその時。

 可奈美の動体視力が、可奈美(ハルト)にその情報を与えてしまったのだろう。

 

「手に……口……」

「……! お前……!」

 

 男は、可奈美(ハルト)の異常に気付いたようだった。一瞬動きを止めた彼は……

 

「さあ! 死の恐怖におびえて絶望するでありんす!」

「ハルトさん!」

 

 ハルト(可奈美)が、可奈美(ハルト)の襟首をつかんで引き寄せる。

 同時に、金髪の男もその場を飛び退いた。

 すると、その場を灰色の槍が貫く。

 無数のグールたちが、その場に破壊と絶望を振りまいていたのだ。

 そしてその中心は。

 

「「ブラウニー!」」

 

 可奈美(ハルト)ハルト(可奈美)が同時に叫ぶ。

 

「ん? お、お前らは……!」

 

 ハルトと可奈美の体と精神を入れ替えた元凶は、二人を見定めると、頭を掻いた。

 

「まさか、またお前らに会うなんて……ついてないでありんす」

「今度こそ倒させてもらうよ! おかげで私の色んなものが失われているんだからね!」

 

 ハルト(可奈美)はそう言って、腰へ手を伸ばす。

 

「っとと、そうだ。今は私、ハルトさんだった」

 

 一度は抜刀の動作をするものの、ハルト(可奈美)はすぐに改めて腰のホルスターへ手を伸ばした。

 それを、木陰に潜んだ金髪の男はじっと見つめていた。

 

「えっと、これがベルトの指輪で……」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ハルト(可奈美)が恐る恐るベルトに指輪を翳した。

 すると、腰のベルトが反応し、その本当の姿である銀のベルト、ウィザードライバーが出現れる。

 

「おおっ! で、このあとは変身用指輪でいいんだよね!」

「そうだよ。どれを使ってもいいけど、様子見の時はフレイムを使うことが多いかな」

「よっし! えっと、ベルトはこれで……」

 

 ハルト(可奈美)は確認しながら、ウィザードライバーのハンドオーサーを押す。

 すると、バックルの向きが反転し、中心から光が灯されていく。魔法詠唱を短縮させたそれは。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「おおっ! 来た来た来た来たあああああ! これだよこれ! シャバドゥビダッチヘンシーン!」

『シャバドゥビダッチヘンシーン』

「シャバドゥビダッチヘンシーン!」

「歌わなくて早く変身して」

「ええ、勿体ないなあ」

 

 ハルト(可奈美)は声を上げながら、指輪のカバーを被せ。

 

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 ハルト(可奈美)がベルトにルビーの指輪を翳すと、赤い炎の魔法陣が出現する。

 

「おお、来た来た来たああああ! ヒー! ヒー!」

『ヒー ヒー』

「ヒーヒーヒー!」

『ヒーヒーヒー』

「副音声言わなくていいからね!」

「変身叶った! 変身叶ったよ!」

 

 ハルト(可奈美)は大喜びをしながら、その姿をウィザードへ変身させた。



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爆発の美学

 ウィザードが動いているのを見るのは、こんな感じなのか。

 可奈美(ハルト)はそう思いながら、腰に付けられた千鳥を下ろす。鞘から抜き取っても、それはあくまでただの日本刀。

 

「……俺写シのやり方分からないから戦えないじゃん」

「大丈夫だよ!」

 

 口を尖らせるハルト(可奈美)へ、ウィザードは頷いた。

 

「私だって戦える! ……ウィザーソードガンってどうやってだしてたっけ?」

「コネクトオオオオオ!」

 

 ハルト(可奈美)は叫びながら、ウィザードのホルスターからコネクトの指輪を取り出す。

 

「大丈夫? 俺の指輪、どれがどれだか分かる?」

 

 ハルト(可奈美)はそう言いながら、コネクトの指輪をウィザードへ手渡した。

 

「これ俺が一番よく使ってる指輪だとおもうんだけどなあ」

「ぎゃははは! なんて無様でありんす!」

 

 そんなハルト(可奈美)とウィザードのやりとりを見ながら、腹を抱えて爆笑していた。

 ウィザードはぎこちない動きで、ハンドオーサーを操作する。

 

『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』

「えっと、これで……」

『コネクト プリーズ』

「この際だから教えておくけど、実は指輪に付けなくても魔法は使えるからね。参考までに」

「え? それじゃ、指輪の魔法使いって通り名……」

「ファントムが勝手に言い広めただけだからね」

「そうだったんだ……」

 

 ウィザードはコネクトで発生した魔法陣に手を突っ込む。あの魔法陣は今、無意識であれば自室のウィザーソードガンに合わせてある。

 そのままウィザーソードガンを取り出したウィザードは、即座にソードモードに変更させた。

 周りにどんどん湧いてくるグールたちへ、ウィザードは両手でウィザーソードガンを構える。

 

「さてと。折角ウィザードになったけど、魔法はあまり使え無さそうだね。私は私らしく、剣術で勝負だよ!」

 

 ウィザードはそう言って、まさに型にはまった動きでグールたちを斬り捌いていく。

 

「おお……ウィザードがあんな堅実な動きをしていくのって、新鮮」

 

 剣道のような構えをしたまま、ウィザードは襲ってくるグールたち一体一体を的確な動きで斬り倒していく。

 だが、グールたちが近くで見ているだけの可奈美(ハルト)を放っておくはずがない。

 

 

「能力が使えない刀使って、ただの可愛い女の子じゃないか!」

「ハルトさん! それ、どういう意味!?」

 

 ウィザードのツッコミを無視しながら、可奈美(ハルト)は千鳥でグールたちに応戦する。

 だが、写シを使わない状態の御刀は、ただの特別な素材で出来た刃こぼれしない日本刀でしかない。

 スカートに構わず、足技を豊富に交わらせながら、可奈美(ハルト)は次々にグールを薙ぎ倒していく。

 手首で千鳥を回転させながら、グールたちを切り裂いていく。

 だが。

 

「先に、お前を絶望させてやるでありんす!」

 

 ブラウニーは、槍で可奈美(ハルト)を先に狙うことにしたようだ。

 可奈美(ハルト)は千鳥で槍を弾き、距離を置く。

 

「可奈美ちゃん! こっちに!」

「うん!」

 

 ウィザードは剣術で複数のグールたちを斬り倒しながら、可奈美(ハルト)の援護に入る。

 

「ハルトさん!」

 

 ウィザードはソードガンでブラウニーの槍を弾く。そのまま、剣道のような姿勢をしながら、ブラウニーとの距離を保つ。

 

「えっと、たしかこうやるんだよね?」

 

 ウィザードは恐る恐るウィザーソードガンの手のオブジェを開く。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

「これは変身に使うやつそのまま使えるから便利だよね」

 

 ウィザードは、そのままルビーの指輪をソードガンに読み込ませる。

 

『フレイム シューティングストライク』

 

 並みのファントムであればあっさりと倒せる威力のスラッシュストライク。

 だが、危機回避を選んだブラウニーは、その場を飛び退く。

 そのまま空間を切り裂いた赤い斬撃は、奥で固まっていたグールたちを爆発させた。

 

「避けられた……!」

「いい爆発でありんす! でも、そんな破壊ぐらい、こっちだって出来るでありんすよ!」

「爆発だと……?」

 

 その時。

 木陰より、金髪の男が顔を覗かせる。

 

「あの人……!」

「逃げてなかったの……!?」

 

 可奈美(ハルト)とウィザードは、ともに驚愕する。

 金髪の男は、長い前髪を抑えながら、笑みを浮かべる。

 

「だせえなあ。それ程度の爆発」

「危ないですよ! 逃げてください!」

 

 ウィザードが叫ぶ。

 金髪の男はウィザードの言葉を無視しながら、その左目で強くブラウニーを睨む。

 

「化け物。お前、面白いことを言ったな? 爆発だぁ?」

「何でありんすか? お前は。絶望したいなら、順番待ちでありんすよ?」

「本物の爆発ってものを教えてやるよ」

 

 金髪の男は腰のポーチから何かを取り出し、地面に投げつける。

 すると、その地点から白い煙が立ち込めていく。

 煙から現れたのは、白い鳥。

 金髪の男は、その背中に飛び乗り、同時に鳥は羽ばたきだす。

 

「どうだい? この芸術的造形は?」

 

 彼を乗せた鳥は、そのままブラウニーの頭上へ飛翔。

 

「まずは小手調べだ。うん!」

 

 鳥が通過した上空。そこには、白い点が三つ残されていた。

 自由落下により、徐々にブラウニーのもとへ落ちていくそれ。一度、白い煙に包まれ、それは、三匹の蜘蛛の粘土細工となった。

 

「な、何でありんす!? この変なのは!?」

「変なのはねえだろ……やっぱりバカは芸術ってものを分かってねえなあ……」

 

 金髪の男は、両手を組んだ。

 人差し指だけを立てた、真っ先に忍者の印が連想されるそれ。

 そして。

 

「芸術は……爆発だ!」

 

 上空の金髪の男が叫ぶ。

 すると、ブラウニーの体に張り付いた蜘蛛の粘土たちは爆発。

 

「ぎゃああああああああああああ!」

 

 ブラウニーが悲鳴を上げながら、地面を転がる。

 

「な、何!?」

「何が起こったんだ!?」

 

 可奈美(ハルト)とウィザードは、ともに戸惑いを浮かべた。

 だが、起き上がったブラウニーは、その敵意を金髪の男へ向ける。

 

「いきなり何をするでありんす! もう謝ったって許さないでありんす!」

「へえ、化け物は良く吠えるねえ……だが、アレ程度での爆発なんて、オイラは認められない。うん!」

「どこにキレているんだアイツ……」

 

 可奈美(ハルト)はそう呆れるが、更に金髪の男の攻撃は続く。

 続いて彼が投げた粘土。それは、小型の鳥となり、素早くブラウニーに被弾していく。

 

「ぐっ……でも……!」

 

 だが、ブラウニーがただやられているだけのはずがない。

 槍で突き返し、それは見事に金髪の男が乗り物としている鳥の右翼に命中。貫通させた、

 落下し、爆発する鳥。

 だが、すでに乗っていた鳥を乗り捨てていた。

 上空で体を回転させながら、彼は腕を組んだ。

 すると、予め投げられていた、中型の鳥が命を吹き込まれる。

 さらに、複数の粘土細工が鳥へその姿を変え、弾道ミサイルのようにブラウニーに炸裂。

 

「これ以上は……許さないでありんす!」

 

 怒りに顔を赤くしたブラウニーの槍から、白い雷光が放たれる。

 それは、金髪の男の胸を的確に貫く。間違いなく、急所を貫かれている。

 

「あっ!」

 

 ウィザードが声を上げる。

 ブラウニーは、すぐ槍を抜き。

 

「全く。ムカつくもんだから、絶望どころか、つい殺してしまったでありんす」

 

 鳥から落下し、音を立てた金髪の男。

 駆け寄った可奈美(ハルト)が、金髪の男の肩を掴む。

 

「これは……粘土……?」

「何!?」

 

 可奈美(ハルト)の言葉に、ブラウニーは驚愕を露わにする。

 

「変わり身は、忍者の基本ってな。うん」

 

 それは、頭上から。

 また別の巨大な鳥の背に乗る、金髪の男。彼は、今度は大量の粘土を投げつけてきた。

 

「ひ、ひいいいいっ!」

「オイラの芸術から、逃げられると思っているのか? うん」

 

 逃げ出そうとするブラウニーへ、金髪の男は追撃を仕掛けてくる。

 逃げるファントム、その背中へ容赦なく突き刺さっていく爆撃。地面に投げ出されたブラウニーを見下ろしながら、彼はさらに粘土を練り出した。

 

「っ!」

「体に教えてやるよ……」

 

 彼はそう言うと、両手に生成した白い粘土を放る。

 軽いパス程度に投げられた、ただの粘土の塊。それは、瞬時に煙を放ち、同時に蜘蛛となってブラウニーの頭部に張り付く。

 

「離すでありんす!」

 

 彼が手のひらから出したのは、またしても蜘蛛。

 だが、蜘蛛は彼の手にあるものだけではない。夥しい数の白い粘土製の蜘蛛が、ブラウニーの周囲に配置されていた。

 

「本当の芸術ってのをよ……!」

 

 にやり、と笑む金髪の男。

 無数の蜘蛛たちは、そのままブラウニーに張り付いていく。

 

「ひ、ひいいいっ! 離れるでありんす!」

「蟲爆喝砕っ!」

 

 金髪の男が唱える。

 すると、ブラウニーに張り付いた蜘蛛たちが次々に爆発。

 果たして、どの段階でブラウニーの命が断たれたのかは分からない。

 人形のように踊りながら、宙へ飛んで行くブラウニーの体は、みるみるうちに破壊されていく。やがて最後には、木端微塵。蜘蛛の爆発とともに、消滅した。

 

「まさに……儚く散りゆく一瞬の美。……うん」

 

 金髪の男が満足そうに頷き、ウィザードと可奈美(・・・)を見下ろす。

 あまりにも一方的な破壊。

 

「ハルトさん……」

 

 それは、可奈美(・・・)の声。

 姿が戻っている。元のウィザードになっている。

 ウィザードも可奈美も、本来の戦闘態勢に戻ることができたのは。

 

「お前たちにも、芸術を教えてやる! うん!」

 

 金髪の男が、こちらにも鳥の粘土を投げてきてからだった。



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芸術鑑賞はお静かに

「!」

 

 ドカン、と爆発が空気を揺らす。

 回避したウィザードと可奈美。それぞれ、自らの体の感覚を確かめた。

 

「体が戻ってる……!」

「アイツがファントムを倒したからか……?」

 

 ウィザードはそれを確かめ、さらに金髪の男が続ける攻撃に備える。

 白い鳥が、何度もウィザードたちへ襲い来る。

 

「可奈美ちゃん! 俺の後ろに!」

『ディフェンド プリーズ』

「う、うん!」

 

 これがウィザードの本来の魔法の出の速さ。

 可奈美がウィザードの後ろに移動するや否や、発動した炎の防壁が、鳥の爆発を防いだ。

 

「ほう……見たところ、お前たちも摩訶不思議な力を使うようだな……うん」

 

 金髪の男は、粘土の鳥から決して降りることはなく、ウィザードたちを見下ろしている。

 

「この街には、さっきの化け物といい、お前たちのような力を持つ者といい、平和ボケしている世界には不釣り合いな能力者がいる。どうやら、聖杯戦争って奴の力は、どこまでも大きいらしいねえ……うん」

「聖杯戦争のことを知っているということは……お前も参加者……!」

 

 ウィザードは警戒を露わにする。

 金髪の男は口を吊り上げながら、笑みを続ける。

 

「芸術家として、ちゃんとこの世には名前を覚えてもらいたいもんだ。デイダラだ。うん」

 

 デイダラ。

 彼はそう名乗ると、またポーチに手を入れる。

 

「小手調べだ。そろそろ歯応えがある参加者に会わねえと、このままオイラが勝ち残っちまうぞ! うん!」

「何だ……!? あの手……!?」

 

 彼が粘土を放つ手。その中に、ウィザードは確かに口のようなものを見た。

 

「そらそらァ!」

 

 デイダラが放った粘土は、鳥。

 だが、先ほどまで武器として使われたものよりは大きく、彼が乗るものよりは小さい。

 次は本気の攻撃ということだろうか。

 

「行くよ! 千鳥!」

 

 可奈美は愛刀、千鳥の名を叫ぶ。

 彼女の異能である写シの能力が、本来の持ち主に発動された。

 白いオーラが可奈美の体を包み、そのまま上昇。迫ってくる鳥を両断し、爆発させた。

 だが、可奈美の速度は爆発のタイムラグを超えている。粘土から爆炎が上がるころには、すでに可奈美はデイダラの目の前、鳥の上に降り立っていた。

 

「千鳥だと……?」

 

 デイダラは耳を疑う様子を見せる。

 

「可奈美ちゃん!」

「分かってる! あの爆発を引き起こしているのは、あの腰の奴でしょ!」

「チィ!」

 

 可奈美の手が伸びる。

 抜群の反射神経を持つ彼女に、デイダラは敵わないようだった。

 可奈美がポーチを掴むところを、デイダラはむざむざ見過ごすことしかできなかった。

 

「取れない……?」

「勝手に触るんじゃねえこのガキ!」

 

 デイダラは肘打ちで、可奈美の首筋を叩く。

 だが、痛みに堪えながらも、可奈美はその手を放さない。

 だが。

 

「これは……」

「また粘土……!」

 

 さっきまで生きて動いていたように見えたデイダラは、全てが真っ白に変わっていた。

 それどころか、デイダラが掴んでいた腕もまた粘土と化しており、完全に可奈美は動けなくなっている。

 

「そんな見え透いた弱点、対策しないわけねえだろ! バアアアカ!」

 

 その声は、可奈美の足元から聞こえてきた。

 見れば、彼女の足元___鳥の内部から、デイダラがその体を抜き出していた。

 デイダラはそのまま、可奈美の足を掴む。

 

「ぐっ……!」

「このままオイラの芸術を味わいな! うん!」

 

 デイダラはそう言って、その口から白い粘土を吐き出した。

 可奈美の体を埋め尽くしていく白い粘土。あれが爆発すればという想像に、ウィザードは行動を急いだ。

 

「可奈美ちゃん!」

『ウォーター プリーズ』

 

 すぐさま水のウィザードとなり、ウィザーソードガンの手の部分を開く。

 

「爆発物だったら……」

『ウォーター シューティングストライク』

「コイツで消火だ!」

 

 ウィザードの銃口より、水の魔力を凝縮した弾丸が放たれる。

 可奈美ごと、それは粘土に命中。大きく湿らせていく。

 粘土は水による凝固で、その拡大が止まる。その隙に、ウィザードはさらに指輪を入れかえる。

 

『エクステンド プリーズ』

「掴まって!」

 

 さらに発動する伸縮の魔法。

 それは、粘土の中から可奈美を掴まえ、粘土の中から抜き出していく。

 

「いい手だ、だが……」

 

 粘土を噛み切ったデイダラは、そのまま上空へジャンプ。即、手で印を結んだ。

 すると、空中の粘土の塊は、煙とともにその形状を変化。

 より大型の鳥となり、空中の可奈美へ向かっていく。

 

「なっ!?」

「オイラの爆発は、水遁なんかじゃ消せねえぜ! うん!」

 

 鳥の人形に、見てはっきりとわかるほどのエネルギーが溜まっていく。

 さきほどまでの爆発の規模。小型であれだけの破壊力を発揮したそれが、あの大きさになったことを考慮するだけでぞっとする。

 

「だったら……!」

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 

 反射的に、ウィザードは氷の魔法を発動させた。

 水のウィザード最強の魔法は、発生した魔法陣より強烈な冷気を発生させ、そのまま鳥の人形を凍結させていく。

 

「喝っ!」

 

 デイダラが唱えると、氷に閉ざされた粘土が爆発。

 氷が内側からの圧力に耐え切れずに粉々に砕け、日光に反射されて虹色に煌めく。

 

「いいねえ! 即興にしてはなかなかのアートじゃねえか! うん」

「次だ!」

 

 ウィザードは即座に指輪を入れ替える。

 

『ハリケーン プリーズ』

 

 爆煙を吹き飛ばす、緑の風。

 エメラルドのウィザードは、氷と粘土片を吹き飛ばしながら、残った爆煙を晴らしていく。

 

「チャクラの感じが変わった……どうやら奴は、任意の性質変化になれるようみたいだな……うん」

 

 そんなウィザードを見下ろすデイダラは、表情をピクリとも動かすことがなかった。

 その前髪が風により靡き、小さなカメラのようなものが右目に装着されているのが分かる。

 

『コピー プリーズ』

「なるほどな……奴がさっきから使っている術のカラクリは、あの指輪にあるのか……」

 

 ウィザードが発動した複製の魔法。

 風のウィザードの姿が二人、四人と倍になり、四つの銃口から銀の銃弾が放たれていく。

 デイダラが放った粘土の鳥たちは、次々に銀の銃弾により爆発していくが、デイダラはそれに表情を歪めることはない。

 ウィザードの分身たちが消えたところで、デイダラはまたポーチに手を入れる。

 

「分身……いや、影分身か……千鳥といい、色々とムカつく記憶を思い出させてくれるぜ、うん」

「このままだとこっちもジリ貧だな……戦闘不能にとどめるだけとはいえ、あんなに爆発物をばらまく相手にどうすればいいものかな……」

「要は、あのポーチの粘土を使えなくすればいいんだよ。今度は、取り上げるんじゃなくて、千鳥で切り取る方向で!」

「またアイツの本体が粘土と入れ替わっていなければいいけどね……」

「……あっ! そうだ!」

 

 可奈美は、思い出したように千鳥の底を叩く。

 

「ハルトさん! あの魔法、使ってみてよ!」

「あの魔法?」

「私が作った指輪! ホルスターに付いてるよ!」

「え? 結局指輪作っちゃったの!?」

 

 ウィザードは驚愕しながら、ホルスターに付いている指輪を一つ一つ確認していく。

 そして。

 

「これか!」

 

 見つけた。

 この中で唯一、ウィザードが作った記憶がない指輪。右手に嵌めたそれを、即座に起動させた。

 だが。

 

『エラー』

「へ?」

 

 だが、ウィザードライバーから返ってくるのは、エラー音。

 魔力切れにでもならない限り、聞いたことのない音声に、ウィザードは言葉を失う。

 

『エラー』

「嘘!? ちゃんとゴーレムちゃんの指示通りに作ったよ!」

「よそ見とは、余裕だなあ! うん!」

 

 そして、当然その隙をデイダラが逃すはずもない。

 無数の小さな鳥たちが、ウィザードたちを爆撃していく。

 

「ぐっ……」

 

 爆炎に傷つきながらも、ウィザードは可奈美がくれた指輪を、別のものと入れ替えた。

 これは、確実に発動できる。そう確信しながら、ウィザードはハンドオーサーを操作した。

 

『ルパッチマジックタッチ ゴー チョーイイネ キックストライク サイコー』

「さあ、オイラの芸術をもっと味わうがいい! 芸術は爆発だ!」

「芸術鑑賞は静かにってのがマナーなんだけど!」

 

 吹き荒れる突風。

 デイダラの爆発を吹き飛ばす風が、ウィザードの右足に集っていく。

 それを見たデイダラの表情に、ようやく変化が見れた。

 

「何だ……!? チャクラ(・・・・)が右足に集まって……」

 

 デイダラが唇を噛むのと同時に、ウィザードは天高く駆け上がる。

 緑の風は、そのままデイダラを捕縛し、竜巻の中に閉じ込める。

 緑のストライクウィザードが、そのままデイダラへ向かっていく。殺しはしないよう、少しだけ急所を外すようにするが。

 

「舐めるな!」

 

 デイダラはジャンプ。乗っていた鳥、そして数体の新たに生成した大型の鳥をウィザードへ差し向けた。

 

「だあああああああああああああっ!」

 

 そのまま、ストライクウィザードは通過。

 一瞬の沈黙の末、鳥たちは次々と風に切り裂かれ、爆発していった。

 

「なっ……!」

「はあっ!」

 

 粘土たちへ使ったことで、想定以上に十分威力は軽減された。

 ただのキックとなった風のストライクウィザードは、そのままデイダラの胸に命中。

 

「がはっ!」

 

 吐血したデイダラは、そのまま地面に追突した。

 着地したウィザードは、その勢いのまま、体を一度回転させ、その姿を見つめる。

 

「やった……!」

「ハルトさん!」

 

 可奈美はウィザードに駆け寄った後、デイダラへ接近する。

 

「これ、預からせてもらうね!」

 

 倒れたデイダラのポーチを取り上げ、抵抗しようとする彼へ千鳥を向ける。

 

「ぐっ……!」

「私達は、あなたと戦いたいんじゃないよ。ただ、話がしたいだけ」

 

 千鳥をデイダラの首元に付きつけながら、可奈美は続けた。

 

「私は、衛藤可奈美。あなたと同じ、聖杯戦争の参加者だよ」

「ケッ……! 倒した相手に自己紹介か? 願いが叶うんだ。とっとと殺せばいいだろ」

「そんなつもりはないよ。私達は、聖杯戦争を止めるために戦うんだから」

「……甘ちゃんじゃねえか。うん」

「そういうアンタは、何のために戦っているんだ?」

 

 ウィザードは変身を解除しながら、デイダラに歩み寄った。

 丸一日ぶりの松菜ハルトの体に安堵を覚えながらも、ハルトはデイダラへ手を差し伸べる。

 

「聖杯なんかに頼らなくても、俺たちは力になれる。これ以上の戦いはもう、無意味だよ」

「……下らねえ」

 

 デイダラはそう呟いて。顔を上げる。

 彼はそのまま、一気にハルトへ接近。

 

「ぐっ!」

 

 彼の蹴りを腹に受け、ハルトはそのまま地面を転がる。

 

「デイダラさん!?」

「オイラの願いを聞きてえんだって!?」

 

 さらに、デイダラはノータイムで粘土を放り投げる。

 可奈美はギリギリのところで写しを張り直したことで、致命傷を避けた。だが、防御で差し出した両腕が爆発で傷つき、そのまま地面を転がった。

 デイダラはその隙に、可奈美から離れる。

 ポーチから粘土を取り出したデイダラは、それを直接口に運び、食らう。

 

「な、何をして……」

「可奈美ちゃん! 離れて!」

 

 ハルトの叫び声に、可奈美は反射的に離れる。

 手にした粘土を喰い終えたデイダラの肉体は、だんだんと肥大化していく。ゴキッゴキッと、肉体の組織が破壊されるような音も聞こえてくる。

 

「オイラの究極芸術だ……味わえ!」

「まさか……自爆するつもりか!?」

 

 さっきまでの彼の爆発に対する思い入れから、それは容易に想像付く。

 粘土ではなく、彼自身の自爆。

 果たして、この公園から、人がいる範囲まで届く可能性があるのかどうか。

 ハルトは変身する時間さえも惜しく、手に付いたままの指輪をそのままベルトにかざした。

 

「間に合ってくれ……!」

『キックストライク プリーズ』

 

 赤い魔法陣から力を供給されながら、ハルトは走る。

 デイダラの懐に潜り込み、その顎を蹴り上げる。

 魔力によって底上げされた能力により、デイダラの体は宙へ浮く。

 

「悪いけど、自爆するなら一人でやってくれ!」

 

 地面の魔法陣の助力をバネに、ハルトは大きくジャンプ。デイダラの体を何度も蹴り上げ、被害の少ない上空へ持ち上げていく。

 

「だったら……お前だけでも道連れだ! うん!」

「しまっ……!」

 

 デイダラは、ハルトの右足を掴まえながら叫ぶ。

 そして。

 

「オイラの芸術は……!」

「……!」

 

 一瞬。

 ハルトの眼が赤くなり。

 

「ハルトさん!」

「爆発だ!」

 

 デイダラは、逃げ場のない空中で大きな体で、ハルトに覆いかぶさり。

 爆発した。

 

 

 

 爆発の影響は大きく、地上の可奈美は爆風に顔を覆った。

 

「ハルトさん!」

 

 悲鳴を上げながら、可奈美は焼け焦げた粘土片を拾い上げる。

 触るだけで熱さが残る粘土片に、可奈美はイヤな想像が過ぎる。

 だが。

 

「ぐはっ!」

 

 聞こえてくる、肉体が落ちてくる音。

 見れば、全身を火傷したハルトの姿があった。

 

「ハルトさん!?」

 

 彼が普段から使っていた革ジャンは、原型が残らないほどになっており、あちらこちらの皮がむけている。

 

「大丈夫!?」

「可奈美ちゃん……うん、平気……デイダラは……?」

「……」

 

 可奈美は顔を反らす。

 ハルトは頭上を見上げる。

 爆炎の残滓が残る上空。それを見ながら、ハルトは静かに唇を噛んだ。

 

「結局……こうなるのか……」

 

 爆煙が晴れ。

 もう、自爆したデイダラは、姿どころか肉片一つ残っていなかった。



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人魚姫の夢

実は六章で一番禍根を残したのはこの組でした


 どこか遠くで、爆発が聞こえた気がした。

 鹿目まどかは、一瞬だけ意識を別のところへと持って行っていた。

 見滝原中学の最終学年、三年生としての幕あけを昨日終え、今日、ようやく捕まえた。

 

「さやかちゃん!」

 

 まどかの呼びかけに、親友である美樹さやかは足を止めた。

 

「おおっ! まどか!」

 

 ようやく話しかける機会がもてた。

 青いボブカットがトレードマークの少女、美樹さやか。彼女はまどかの声に、笑顔で答えた。

 

「何々? どうしたの?」

 

 あくまで、今までと変わらない笑顔。

 だが、それを見るまどかは、言葉一つ一つを考えながら口を動かしていた。

 

「さやかちゃん……その……」

「いやあ、春休み終わっちゃったねえ。今日の授業もなかなか大変だったし……ねえ、気分転換にどっか遊びに行かない?」

 

 だが、それ以上のまどかの言葉を、さやかが防いだ。

 頷く以外の行動をとれなかったまどかは、そのまま彼女に付いて行こうとするが。

 

「待ちなさい。美樹さやか」

 

 その呼びかけに、彼女は足を止めた。

 その声の主は、まどかにももう分かる。まどかの肩を掴み、そのまま脇に押しのける彼女は。

 

「ほむらちゃん……」

 

 その、黒く長い髪が真っ先に目を引く彼女の名は、暁美ほむら。

 常日頃、いつもまどかの近くにいる印象を持つ彼女。クールビューティという言葉が似合う彼女だが、その手にしているのは、中学校には似合わない拳銃。

 

「おお、転校生! ……いや、もう転校生っていうのもおかしいか。もう半年も経ってるんだもんね」

 

 銃口を向けられているのに、平然としているさやか。銃口と笑顔のギャップに、まどかは頭が痛くなった。

 

「美樹さやか。貴女に聞きたいことがある」

 

 冷淡に、声のトーンを落としたまま、ほむらはさやかを睨む。

 

「貴女は……ファントムなの?」

「……ほむらちゃん……!」

 

 それは、まどかも気になっていた問いだった。

 ファントム。

 それは、ゲートと呼ばれる魔力を秘めた人間の絶望を食らい、生まれ出でる怪人。

 まどかもこれまで幾度となく襲われ、知り合いの指輪の魔法使いに助けてもらったことがある。

 そして、つい先日。春休みのある日、さやかがまどかの目の前で、そんなファントムに変貌したのだ。

 だが、さやかは顔をピクリとも動かさず、ほむらを見つめている。

 

「それ、あたしが口で言わないといけないの?」

 

 表情は笑顔のまま。だが、彼女がほむらを見つめる眼差しは、間違いなく冷たいものとなっていた。

 

「前も言ったでしょ? 美樹さやかの人格も、記憶も、全部持ってる。あたし自身、美樹さやかのつもりだって。それにほら、人を絶望させてファントムを増やそうなんて思ってないし。それで、何か問題ある?」

 

 さやかはそう言って、ゆっくりとほむらの拳銃、その銃身に触れる。

 驚いたほむらは、慌てて拳銃を引っ込めた。

 

「ほむらちゃん?」

「……やられたわ」

「え? ……!」

 

 そこで、まどかはほむらの銃の異常に気付いた。

 さやかに触れられた部分が濡れている。彼女の手を見比べれば、確かに彼女の手のひらから、雫が滴っている。

 

「……普通の水なら、発砲に問題ない……けど」

「なら、試してみる?」

「……!」

 

 さやかの挑発に乗ったほむらは、そのままさやかへ向けて引き金を引く。

 だが、銃は無情にも、空打ちの音を響かせるだけだった。

 

「ファントムのあたしの水が、ただの水なわけないでしょ?」

「……」

 

 ほむらは銃を盾に入れて収納し、また新たな拳銃を引っ張り出した。

 

「おお、さすがの四次元ポケット」

「私なんか、相手にしていないって感じね」

「まあね」

 

 さやかの瞳が、サファイアのような輝きを宿す。

 人間離れしたその美しさに、まどかは思わず息を呑んだ。

 

「……私が貴女を相手取るのに、一人で来ると思う?」

 

 ほむらの落ちた声に、さやかの眉が吊り上がる。

 

「ああ、あの黒い女の人? あの人連れてくるのはずるいよ」

「……キャスターは使わない。それに、この学校には、私以外にも参加者がいるのよ」

「参加者?」

「……聖杯戦争の?」

 

 まどかが呟くのと同時に、その足音が人のいない廊下に響く。

 さやかの背後から、新たな人物が姿を現したのだ。

 

「確かアンタは……」

「隣のクラスの柏木さん、だよね?」

 

 まどかがさやかの言葉を引き継ぐ。

 三人と同じく、見滝原中学の制服を纏った彼女。黒いボブカットに切りそろえた髪を揺らす彼女、柏木鈴音(かしわぎレイン)の特徴は、その左目のほくろだろう。半年前の同級生が引き起こした事件の時は欠席していた彼女は、静かにさやかを凝視していた。

 

「……暁美さんから、おおよその事情は聞いています」

「へえ……サーヴァントを呼ばずに、同級生を頼るんだ。あたしも舐められたもんだね」

「暁美さんのサーヴァントは、何をするにも規模が大きすぎますから」

「……アンタも参加者だったんだ」

 

 さやかは冷たい目を鈴音へ向けた。

 そのまま、さやかが正面から鈴音へ向き直ろうとすると。

 

「動かないで」

 

 冷たい声が、廊下を支配した。

 まどかの位置からだと、それまでほむらとさやかが壁になって見えなかった。

 いつの間にか、見知らぬ女性が、腕にある砲台をさやかの背中に突き付けている。

 長い金髪と長身長。まどかにとっては、憧れの眼差しでしか見れない女性が、さやかへ殺意を向けていた。

 

「少しでも変な動きをしたら、撃つわ」

「おお、怖い怖い」

 

 にやりと笑みを浮かべるさやか。

 すると、彼女の顔に変化が現れる。

 彼女の顔に、うっすらと浮かび上がる紋様。吹奏楽器のベル部分が並んでいるようなデザインの顔が重なる。

 

「さやかちゃん……!」

 

 夢ではなかった。夢であってほしかった。

 まどかが軟体生物を思わせる怪物に襲われた時、さやかが見せたその姿。あの人魚を思わせる異形へ、さやかが変身したのだ。

 それは。

 

「ファントムに……どうして、さやかちゃんが……?」

「また? どうしてってそりゃ当然、絶望したからだけど?」

 

 あまりにもけろっと答えるさやかに、まどかは一瞬言葉を失う。

 親友と絶望。二つの、全く遠いワードを結び付ける要素。

 まどかがその答えを連想させるのに、時間はかからなかった。

 

「上条君……?」

「上条恭介が亡くなったのは去年の十一月よね……? 五か月前からファントムに?」

「そもそも……あたしがこうなったのも、恭介が死んだのも、アンタ達参加者のせいでしょ?」

 

 その声は、本当にさやかのものだったのか。

 彼女の手に、青い雫が発生する。それは、一粒が無数となり、縦長の水柱となる。一度さやかがその水滴を振り切ると、それは鋭く長いレイピアとなる。

 

「「っ!」」

 

 さやかの体から敵意。それは、まどかさえも感じられた。

 さやかを左右にはさむほむらとリゲルは、それぞれ飛び退く。

 まどかを抱きかかえたほむらの跳躍。それぞれ着地すると同時に、さやかの体が発生した渦に包まれていく。

 

「ひっどいもんだよ、ファントムの体って」

 

 渦が消え、現れたファントム、マーメイド。

 先述した金管楽器が並んだような頭部。青いマント。そして名前の通り、人魚のような足。細く綺麗な腕は、動くたびにしなり、流れる水を連想させる。

 マーメイドは指揮棒のようなレイピアを持ち上げながら続ける。

 

味覚(・・)も嗅覚もないし、視界の色も若干薄く見える。特に鮮やかになるのは、誰かが絶望を感じた時だけ。普通に生きているだけでも、気が狂いそうになるよ?」

「っ!」

 

 リゲルが発砲。

 彼女の砲台から放たれたのは、銃弾ではなく青い光線。

 それに対して、マーメイドはレイピアを振る。その剣先に水が迸り、正面からリゲルの光線を打ち弾いた。

 マーメイドはそのまま静かに着地。だが、地面につま先が触れた途端、彼女の体は変化する。

 固体から、液体へ。

 床に潜った(・・・)

 

「何……!?」

 

 驚くほむら。

 徐々に廊下の中に沁み込んでいくマーメイドは、その最中であっても言葉を止めない。

 

「アンタ達の身勝手な戦いのせいで、あたしはこんな化け物にされた。ねえ、哀れじゃない? それともアンタ達にとっては、あたしなんかどうでもいいんだね……そりゃ、自分の願いのために他人を蹴落とすんだもんね」

「「……!」」

 

 マーメイドが言い終わるのと、その全身が完全に液体になるのは同時だった。

 強張った顔を浮かべるほむらと鈴音。

 対してリゲルは、その両目にゴーグルを装着し、マーメイドが消えた足元を観測していた。

 

「暁美ほむら! 後ろよ!」

「! まどか!」

 

 ほむらの背後には、動いていないまどかがそのままいた。

 その言葉が正しいというように、まどかはすぐ背後で動く気配を感じた。

 

「まどかァ……まどかは、今でもあたしを友達だって認めてくれるかな?」

 

 髪から水を流しながら、ゆっくりと起き上がっていくさやか。目を大きく見開き、さらに高く吊り上げた表情に、まどかは一瞬、さやかから後ずさりしてしまった。

 

「……ねえ? 何、その顔」

「え?」

「もしかして、怖いの? あたしがさ」

「!」

 

 その言葉に、まどかは開いた口が塞がらなかった。

 そして、自らが拒絶を示す手をさやかへ伸ばしていたことに気付き、慌てて手を引っ込める。

 その手を見下ろしながら、さやかは俯く。彼女の顔を通り、顎から落ちていく水滴。

 決してその目は通らないその水は、地面に落ちては即座に蒸発していく。

 

「そっか……人間じゃないあたしは、怖いんだ……」

「そんなこと……」

 

 それを否定しようとするまどか。

 だが、それ以上の言葉が紡がれるよりも先に、彼女のレイピアが首元へ突き刺さる。

 

「ヒッ……!」

「じゃあさ。あたしと同じになってみなよ」

 

 さやかの顔が、前髪に覆われて見えない。

 ほむらも、リゲルも、斜線上にまどかがいる以上、下手な手出しはできない。さやかの一挙手一投足を、固唾を飲んで見守っていた。

 

「そんな顔したって認めたくないならさ、絶望して、あたしと同じファントムになってよ……! 友達が怪物になったって絶望してよ!」

「……!」

 

 叫んださやかは、やがて静かに体を起こす。

 

「無理だよね……当然だよね。あたしは所詮、アンタにとってはそれくらいの存在だもんね!」

「ちが……」

 

 まどかは、反射的にさやかへ足を動かす。だが、そんなまどかの腕を、ほむらが掴んで止めた。

 さやかは、その体を再び液体に変えていく。ビチャビチャと水音を立てながら、その体を溶かしていく。

 

「さやかちゃん……」

「まどか……あたしたち……もう、友達やめよう」

 

 さやかはそう言い残し、コンクリートの廊下の中に消えていった。

 しばらくそれを見つめていたリゲルは、ゴーグルに手を当てながら告げる。

 

「反応なし……彼女はもう、この学校からは離脱したようね」

 

 その声が、しばらくまどかの耳から離れなかった。




真司「お疲れ様でしたー」
真司「さってと。今日はまかないのおかげで昼の腹も膨れたし、今夜は友奈ちゃんに食わせるものだけでいいかな」
真司「お?」
怪人「我は秘密結社アガスティアの怪人! この世界は、我々の物だ!」
真司「な、何だあれ!?」
白衣の女性「フッフッフ……今回は、いつもヒーローたちに邪魔されていない見滝原へわざわざ足を運んできたのよ! この街を拠点に、新しい土台を作り上げるのよ!」
真司「世界征服!? そんなことはさせないぜ! 変身!」
龍騎「っしゃあ!」
白衣の女性「何あれ!? まさか、この街にもヒーローがいたの!?」
怪人「邪魔はさせねえぜ!」
龍騎「くっ! この!」
ビシッバシッ\ソードベント/\アドベント/
怪人「ぐあっ……!」
白衣の女性「な、なんてこと……我がアガスティアの怪人が、こんな見知らぬヒーローに……!?」
龍騎「怪人は許さねえぜ!」\ファイナルベント/
龍騎「はああ……だあああああああ!」
怪人「ぎゃああああああああああああ!」
白衣の女性「そ、そんな……」
龍騎「お前たちの好きにはさせないぜ!」
白衣の女性「フッ……いいわ。なら、高々に宣言させてもらうわ! あなたを、私達の宿敵として認めさせてやるわよ!」バサッ



___いつも BA-RI-BA-RI-BA-RI 立ち向かって そうGI-RI-GI-RI-GI-RI-食いしばって 君は”絶対諦めない”それがチカラさ 大切なSpecial force___



白衣の女性「アガスティア所属、怪人開発部の黒井津よ!」
龍騎「アガスティア……!?」
黒井津「2022年の1月から4月、全国放送されてたわね……普段の主な敵は剣神ブレイダーだけど、正直企業あるあるのことが悪の組織でも同じことをやってる印象が強かったけど……」
龍騎「あ、悪の組織も大変なんだな……」
黒井津「他にも、全国あちこちで、悪の組織とご当地ヒーローが戦っている世界観よ……って、何言わせんのよ!」
龍騎「そっちが勝手に言ったんだろ!」
黒井津「顔は覚えたわ! 覚えてなさい!」ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ
龍騎「あ! 逃げやがった!」


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見滝原大学

 久しぶりの自分の体。

 なかなか体験しない心の声に、ハルトは思わず笑みが漏れた。

 ほんの二日間、可奈美と体が入れ替わっていただけなのに、そんな印象を持つ自分に思わず吹き出してしまう。

 ハルトは肺に空気を多く吸い込み、青空を見上げた。

 

「久しぶりに来たけど……結構、変わったんだな」

 

 ラビットハウスとは少し離れたその地区。

 川岸に近いその場所に、ハルトは静かに花を置いた。

 かつては大きな病院があったその場所。

 今は、再開発として大型の建物が建造中のようだが、その前にある慰霊碑を、ハルトは静かに見下ろしていた。

 

___見滝原中央病院 慰霊碑___

 

「……」

 

 しばらく無言を貫くハルト。

 やがて。

 

「ハルトさん……?」

 

 その声に、ハルトは振り向いた。

 真っ先に目に入ったのは、桃色。

 本人のトレードマークと同じくらい、桃色の少女。結城友奈が、ハルトが置いたものと似たような花を持っていた。

 

「友奈ちゃん? どうしたの?」

「うん……色々一段落したし、今日お休みをもらったから、ちょっと会いに来たくなったんだよ」

 

 友奈はそう言って、ハルトが置いた花束の隣に自身が持ってきた花を置いた。

 静かに慰霊碑の前で手を合わせ、目を閉じる友奈。

 

「……友奈ちゃんは、時々来てるの?」

「たまにね。ハルトさんは?」

「俺は……あまり。可奈美ちゃんは時々来てるみたいだけど」

 

 ハルトはそう言いながら、慰霊碑に刻まれている名前のところに手を触れる。黒い石で作られた名簿に、所せましと名前が並んでいたが。

 

「孤児や、戸籍のない子の名前はないか……」

「でも……きっとここで、わたしたちのことを見ているよ」

 

 友奈は静かに、だけど力強く言った。

 その言葉を受けたハルトは、静かに顔を下げ、やがて立ち上がった。

 

「……もう、行こうかな。友奈ちゃんは?」

「うん……わたしもそろそろかな」

 

 友奈は頷いて、改めて慰霊碑へ手を合わせる。

 

「それじゃ、また来るね」

「俺も……また来るよ」

 

 ハルトも小さく慰霊碑へ語り掛ける。

 友奈とともに慰霊碑を後にしたハルトは、外の駐輪場に停めてあったマシンウィンガーのハンドルを手にする。

 

「友奈ちゃん、この後どうするの? よかったら送ろうか?」

 

 座席を開き、中から予備のヘルメットを取り出した。

 

「ありがとう! だったら、このままラビットハウスに行きたい!」

 

 両手でヘルメットを受け取った友奈は、そのままハルトの背中にしがみつく。

 

「はい。大体十分くらいかな」

 

 ハルトはそう言って、マシンウィンガーにアクセルを入れる。

 あの雨の日、この道路を急いだ記憶が嫌でも蘇ってくる。

 それを思い出さないように、ハルトは話題を探った。

 やがて、見滝原中央駅だった場所に到着した。目の前の信号機を待っているとき、ふとハルトは、工事中の見滝原中央駅再開発の場所を見上げていた。

 

「そういえばさ、友奈ちゃん」

「何?」

「この前一緒にイリスと戦ったシールダーの子、覚えてる?」

「えりかちゃん?」

 

 友奈は、あっさりとその名を口にした。

 

「うん! 覚えてるよ!」

「今さ、なるべく味方になってくれそうな参加者を探しているんだけど……その蒼井えりかちゃんががどこにいるか知らない?」

 

 丁度、信号が青に変わった。

 ハルトが無意識にアクセルを入れるのと同時に、友奈が無邪気に答えた。

 

「知ってるよ!」

「知ってるの!?」

 

 アクセルを入れたばかりで、尚且つ列の先頭車両。

 バランスを崩したマシンウィンガーが、左右に不安定に揺れた。

 

「うおおおっ!」

「あわわわっ!」

 

 交通事故にならないように必死でハンドルをコントロールしながら、ハルトはなんとかマシンウィンガーを元の軌道に戻す。その際、友奈も必死にハルトの背中にしがみついていた。

 

「は、ハルトさん! 安全運転だよ!」

「ご、ごめん! 驚いたもんでつい……」

 

 ハルトはそう口走り、車道から逸れ、縁石に停車した。

 

「それで、蒼井えりかちゃんは一体どこに?」

「えっと……」

 

 ハルトに促され、友奈は顎に手を当てる。

 

「確か……そう! 見滝原大学!」

「見滝原大学って……確か、コウスケが通ってるところだよね?」

「そうそう、そこだよ! この前新聞配達に近くを通ったとき、挨拶したよ!」

 

 見滝原大学。

 国内有数の私立大学。あまり近くに行ったことはないが、新しい手がかりに違いはない。

 

「確か、見滝原北の方だよね……ここからだと少し遠そうだな……」

 

 時間帯を考えれば、今は大学生が一番多いだろう。今からならば、手がかりを集められるかもしれない。

 

「ごめん友奈ちゃん、俺やっぱり今から見滝原大学に行くよ。ここからラビットハウスに行くとなると……」

 

 だがハルトは、そこで見滝原中央駅の工事現場を見て口を閉じた。

 邪神イリスとの主戦場となった、見滝原中央駅。巨大な怪物を大きな駅ビルの中で戦闘を行えば、当然全てが終われば残るのは廃墟だけ。結局駅ビル全体を建て直すこととなり、見滝原中央駅を使う路線は今大混乱のただなかにいた。

 

「大丈夫だよ! わたし、歩いていくから!」

 

 友奈はマシンウィンガーから降りて、ハルトへヘルメットを返した。

 それを受け取ったハルトは、自らのヘルメットのシールドを外した。

 

「ごめんねいきなり。でもここからだったら、隣の駅から……」

「折角だもん。この街を歩いていくよ。お金もないし」

「思ってたよりも生々しい……」

 

 ハルトは苦笑しながら、友奈に渡していたヘルメットをシートの下に収納。

 

「じゃ、俺は行くね。また」

 

 ハルトと友奈はそれぞれ手を振り合い、それぞれの行先へ急いだ。

 

 

 

 見滝原大学。

 見滝原の中でも特に都心部である見滝原北、その中でも見滝原中央よりの場所に、その大学はあった。

 

「これが……学校? でかい……」

 

 日本中からも学生が集まるだけあって、そのキャンパスも広大だった、

 大きな校門から、長いスロープが敷地中心まで続いている。スロープの左右には、木々や植え付けが配備されており、見滝原公園にも匹敵する緑の濃度がある。そこからさらに左右に入って行けば、それぞれ多種多様な建物が所せましとならんでおり、その合間を色とりどりの学生たちが行き交っている。

 

「おお、皆活き活きしているなあ」

 

 希望にあふれた表情を見せる学生たち。

 彼らに眩しさを感じながら、ハルトはぶらぶらとキャンパス内を歩き回る。

 

「そろそろ終わるころなのかな?」

 

 春の夕方までまだ時間がある。にもかかわらず、この人数ということは、もう授業はないのだろうか。

 その時。

 

「そこのお兄さん」

 

 背後から、ハルトを呼び止める声があった。

 振り向けば、そこにはハルトと同い年くらいの青年の姿があった。

 ただ、呼び止めてきた男性の恰好はハルトの目を奪うものがあった。軍隊用のヘルメットを黄色に染め上げたらしきその頭部から、あり得ないほどに長い金髪が、ツタのようにその体を包んでいる。だが、その声からしてそれは明らかに男性。

 コスプレ、という言葉がハルトの中に湧いてきた。

 

「察するに君は新入生だね! いかがかな? 我が現代視覚文化研究会に興味ないかい?」

「現代……何?」

 

 ハルトは思わず聞き返してしまった。

 その選択を、ハルトはすぐさま後悔することとなる。

 

「現代視覚文化研究会とはッ! マンガ、アニメ、コスプレ、その他諸々を総括する最強のサークルとして……」

「ああ、悪い。コイツ、オレのとこでもう面倒見てんだ。他当たってくれ」

 

 その時。

 彼との間に、別の学生が割り込んできた。

 ボサボサの髪と、大学に似合わない大きなバックパックを背負っているそれを見た途端、ハルトは安堵のため息を漏らした。

 割り込んできた学生は、そのままハルトの手を掴んでその場を離れる。

 恨めしそうに睨む謎の名称サークルの眼差しを背中に受けながら、ハルトと学生はそのまま通路を外れ、近くの建物、その裏口に回り込んだ。

 

「ありがとう。助かったよ」

「ったく。四月のこの時期に大学に来るんじゃねえよ。新歓受けるに決まってんじゃねえか」

「まさか、あんなに過激だったとは露知らず……」

 

 ハルトも息を吐きながら、助けてくれた学生を見上げる。

 真っ先に目に入った、彼の手に刻まれた黒い刺青。令呪。

 ハルトのものと比べ、三分の一の大きさまで小さくなったそれは、彼___多田コウスケが聖杯戦争の参加者である証だった。

 

「お前、何でこんなところに?」

「人探し。それより、もう体は大丈夫そうだね」

 

 姿勢を正したハルトは、コウスケの腕を指差す。

 先月、ハルトとコウスケはとあるマンションで崩落に巻き込まれた。その後、動けなくなるほどの重傷を負い、ハルトの見舞いに来た時も、骨折は治っていなかった。

 

「ああ。なんとか完全復活したぜ。魔法使いの体様々だな」

「そ……そうだね」

 

 ハルトは歯切れ悪く答え、話を続ける。

 

「ねえ、ここに探している人がいるって聞いてきたんだけど」

「あ? 誰を?」

「蒼井えりかちゃんって女の子なんだけど、知ってる?」

「蒼井えりか? 聞いたことねえな。知ってるのは名前だけか? 大学って人数多いから、同じ年に入学した奴でさえ名前分かんねえよ」

 

 コウスケの返答に、ハルトは肩を落とした。

 

「そっか……地道に足で探すしかないか」

「っつうか、誰だよそれ。彼女か?」

「いや。聖杯戦争の参加者」

 

 ハルトの返答に、コウスケは顔をしかめた。

 

「はあ? おいおい、冗談だろ? この大学にも聖杯戦争の参加者がいるのかよ」

「むしろこんだけ人数がいるんだから、お前の他にも参加者の一人や二人いるほうが自然でしょうよ」

 

 ハルトはそう言って、指輪を取り出す。

 

「まあいいや。だったら、足で探すしかないか」

『ユニコーン プリーズ』

 

 ハルトが指輪をベルトにかざす。

 すると、目の前にプラスチックのランナーが出現した。それは自動的に分解され、プラモデルを作り上げるように形作られていく。

 やがて一角獣(ユニコーン)の姿となったプラモデル。その胸部に指輪を嵌めることで、プラモンスター、ブルーユニコーンが命を吹き込まれる。

 

「ユニコーン。この大学のどこかに、蒼井えりかちゃんがいるかもしれない。探してくれないかな?」

 

 着地したユニコーンは、いななきとともに大学の敷地内を駆けていく。

 手のひらサイズしかないユニコーンに気を向ける者などおらず、ユニコーンの姿はそのまま学生たちの中に見えなくなった。

 

「オレも手伝おうか」

『グリフォン ゴー』

 

 コウスケは、そう言いながら、指輪を発動していた。

 彼の傍には、緑のプラモンスターがその姿を現す。

 グリーングリフォンの名を持つプラモンスターは、ユニコーンを追いかけるようにスロープの上を滑空していく。

 

「助かるよ。時間とかいいの?」

「オレは今日はもう終わりだしな。構わねえぜ。それより、お前にここをウロウロされる方が不安だぜ。その蒼井えりかって奴が危険かもしれねえしな」

「彼女はそんな危険はないんじゃないかな」

 

 ハルトはイリス戦で出会った彼女のことを思い出す。

 

「シールダーのサーヴァント……多分、名前からして盾がメインなんだろうけど、あまりこっちに敵意は向けてなかったから」

「ああ、オレも響から聞いたぜ。オレもちったあ興味あるけどよ。あの時は、あのムーンキャンサーっつうやべえ奴がいたから協力してくれただけじゃねえのか?」

「疑り深いな」

「慎重と言え。さて。いい機会だし、待ってる間、聞きてえことがあるんだが」

 

 コウスケは、ハルトのベルトを指差した。

 

「お前さ、そのベルトどこで手に入れた?」

「ベルト? ウィザードライバーのこと?」

 

 ハルトは腰のバックルを指差す。

 手の形をしたバックルは、この状態でも魔法を使うことが出来る便利な存在である。

 

「ああ」

「教えてもいいけど、それだったら先にそっちは? どこでビーストのベルトを手に入れたの?」

 

 それは、前々から気になっていたこと。

 ハルトの魔法のベルト、ウィザードライバーと似通った部分も多いそれは、ハルトの目をくぎ付けにした。

 コウスケは「ああ」と自らのバックルを撫でた。

 

「前に遺跡でな。考古学の実地調査の時拾ったんだ」

「実地調査で手に入れたものを身に付けるなよ……手入れとか出来んの?」

「ああ。こんな感じにな」

 

 コウスケは指輪をバックルにかざした。聞き慣れた『ドライバーオン』の音声とともにベルトが出現すると、コウスケはそれを取り外して見せる。

 

「……おおっ!」

「コイツのことを調べる時とか、こうやって外してんだぜ」

 

 コウスケはそう言って、ビーストドライバーをハルトへ手渡す。

 

「おお、ありがとう」

 

 ハルトは実際にビーストドライバーを受け取る。

 初めて手にするビーストドライバー。手でその物体を撫でまわしてみるが、一見やはり金属製の物にしか見えない。

 

「で、結局これって何なのかは分かったの?」

「うんにゃ。何も分かんねえ」

 

 コウスケは肩を窄めた。

 

「んで、去年の夏からの付き合いになるな」

 

 去年の夏。

 ハルトが見滝原に来る、ほんの少し前だ。

 改めて、ハルトは自らのベルトに触れる。

 

「俺がベルトを手に入れたのは……」

「おおい! ちょっと待て!」

 

 話そうとしたハルトを、コウスケが遮る。

 見ればコウスケは、スロープの方を指差している。そこには、ユニコーンとグリフォンが大慌てで走ってきていた。

 

「もしかして……もう見つかったの?」

 

 ハルトの質問に、二体のプラモンスターは肯定するように嘶く。

 ハルトとコウスケは顔を見合わせ、大急ぎでプラモンスターたちが誘導する方へ向かった。

 そして。

 

___息を吸い込んでいざ参りましょう___

 

 聞こえてきた。歌声が。

 小さく、儚く。だけれどもその底では根強さを感じるその曲が。

 

___そこはステージで命賭し___

 

 本来ならば、ハイテンポの激しい曲だったのだろう。

 それを、ゆっくりとバラード調にアレンジしたそれは、よりしっとりとハルトの耳に残る。

 

___君を忘れても ぼくは連れてくよ___

 

 それは間違いなくサビだろう。

 大学のキャンパス、その一画。新歓という年に一度の大仕事の手を止めて、誰もがそのゲリラ演奏を見守っている。

 

___孤独の果て 虚数の海 時が止まってしまっても___

 

 果たしてその歌詞は、どのような意図で作られたのか。

 ハルトにもコウスケにも、それを知る由はない。

 

___待つのは天国? それとも地獄かな?___

___この心臓を捧げてもいい___

___君と燃え尽きるのなら___

 

 一瞬、ギターを弾く彼女の手が止まる。

 そして、息を大きく吸い込み、最後の一節を口にした。

 

___芽吹く生命に祝福あげる___

 

 長い、一節。

 ふうっと彼女が息を吐き切ると、

 

「あ、ありがとうございます」

 

 嬉しそうに、そして恥ずかしそうに、演奏者は頭を下げた。

 すると、水を割ったように、拍手喝采が沸き上がる。

 その中心。この歌を演奏していた彼女こそ。

 

「蒼井……えりか……!」




___プラモンスターに誘導される途中___
ハルト「そういや、さっきの勧誘してくるあのサークル、何だったんだ?」
コウスケ「あ? ああ、げんしけんのことか?」
ハルト「げんしけん?」



___今日の悲しみよ 過ぎ去ってゆけ天気雨! 二の足 二の舞 一夜一夜に夢見頃___



コウスケ「正式名称はたしか、()()覚文化()究会、略してげんしけん」
ハルト「いや、そうは訳さないだろ……」
コウスケ「アニメとかマンガとかコスプレとか、かなり幅広く活動しているらしいぜ? 今年のコミケにも参加するとか聞いたな」
ハルト「お前なんでそこまで情報通なんだよ」
コウスケ「あちこち話聞いているからな。この前ガンプラとかやってたし」
ハルト「今だとそのワード出せないね」
コウスケ「2004年の10月から12月、2007年の10月から12月、んでもって2013年の7月から9月は、部員全員がそろって声変わりしたって話だぜ」
ハルト「何その珍現象」


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変な客

「ふあぁ……」

 

 大きな欠伸。

 本来の体であることを噛みしめながら、可奈美は誰もいないラビットハウスのホールを見渡した。

 昼食時は多少人がいたが、ピークタイムを過ぎた平日は退屈そのものであった。

 

「疲れてるね、可奈美ちゃん」

 

 にやにやと机で座っているのは、可奈美より年上の少女。

 可奈美と同じく明るい顔をした少女。黄色のシャツと、褐色の髪が特徴の立花響は、注文していた定食を平らげ、満足気に背もたれに寄りかかった。

 

「そうだね……昨日まで色々と大変だったから」

 

 可奈美はカウンターに突っ伏しながら言った。

 

「わたしでよかったら、話聞くよ?」

「ありがとう響ちゃん。でも……」

「でも?」

「ごめん、ちょっと……というか、かなり恥ずかしいかな」

 

 可奈美は頬をかいた。

 

「ええ~? ちょっと気になるなあ」

「いやあ、それは……」

 

 可奈美が返答に困っていると、その頭上にふわふわとした感覚が乗った。

 目を上げれば、ラビットハウスの看板ウサギ、ティッピーが可奈美の頭上でくつろいでいた。

 

「ティッピーティッピー、こっちにおいでー」

 

 響がティッピーへ人差し指を向けた。

 そのまま、催眠術を行うように人差し指を回すと、ティッピーは「ううう……」と掠れたような声を上げながら響へ近づいていく。

 そんなティッピーの頭に手を乗せた響。すると、すぐにその表情が緩んだ。

 

「うわ~……もふもふだ……」

「だよね! 分かる!」

 

 可奈美は同意して、後ろからティッピーの体を撫でる。

 前後双方から撫でられながら、ティッピーは笑顔を見せる。

 

「チノちゃんはいつも、このティッピーを頭に乗せてるんだよね?」

「うん。あと、チノちゃんはティッピーですっごい腹話術もできるよ」

「腹話術かあ」

 

 響はティッピーを抱え、自らの前に置く。数回頭を撫でた後、自分の口を手で隠した。

 

「わ……わしはティッピーじゃ」

「響ちゃん、こっちから口動いてるの丸わかりだよ」

「ええッ!? つまり、出来てないってこと? うーん……腹話術って難しい……」

 

 響は左右からわしわしとティッピーを撫でまわす。

 一瞬、チノの腹話術音声が「ふわああああ」と悶えるような声が聞こえたが、まだ学校の彼女がここにいるわけがないと、可奈美は考えなおす。

 その時、ラビットハウスの呼び鈴が鳴った。

 可奈美の体には、剣術の教えがいやというほど染みこまれている。同じように、ラビットハウスでの接客術も身に染みていた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 可奈美は元気よく挨拶。

 響も、可奈美が接客している間は口を挟んだりしない。静かに、やってきた客へ振り向いていた。

 やってきたのは、背の高い青年だった。

 首からマゼンタカラーのポケットカメラをぶら下げており、入店したと同時に店内を見渡している。

 

「お好きな席へどうぞ」

「……」

 

 可奈美が案内すると、青年は窓近くのテーブル席に腰を落とした。

 可奈美は流れるようにメニュー表を渡す。

 

「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」

「うさぎ……とでも言えばいいのかな?」

 

 青年はカウンターを指差しながら言った。

 響がカウンターの定位置にティッピーを置き直しており、ティッピーはなされるがままにボーっと青年を見つめていた。

 

「申し訳ありません。非売品です」

 

 チノがココアと初対面の時も、同じ対応をしていたらしい。可奈美は、チノと同じ対応をしてみるが、青年は、分かっていた返答だとでもいうように、次の言葉を紡ぐ。

 

「コーヒー一杯注文すれば一回撫でられる、とか言うのか?」

「そもそもそんなサービスはやってないんだけど……」

「うわ……変な人来ちゃったね」

 

 響の同情の視線を感じながら、可奈美は接客応対を続ける。

 

「あの、ご注文を……」

「コーヒー」

「コーヒーって……」

 

 アイス? ホット?

 それを聞きただそうとするよりも先に、青年は可奈美に手のひらを向けた。

 

「おっと待て。折角だ。俺が最高のコーヒーってものを作ってやる。ありがたく思え」

 

 ポケットに手を入れた青年は、その長い足を駆使して立ち上がる。そのまま彼は、我が物顔でカウンター奥の厨房に入っていく。

 

「すごい変な人だ」

 

 響の声が最後にそう付け加える。

 

「ああ! お客様! 困ります!」

 

 止めようとする可奈美をすり抜け、青年はそのままカウンター内部の厨房へ足を踏み入れた。

 その際可奈美をカウンターから引き出し、我が物顔で厨房に入った。

 

「ふわああああああ!」

「うるさい」

 

 突然の見慣れぬ侵入者に悲鳴を上げるティッピーの頭を鷲掴みにし、青年は豆を焙煎する。あっという間にコーヒーを作り終え、背後の棚からティーカップを取り出し、注ぐ。

 

「出来たぜ」

 

 彼はそう言って、コーヒーをカウンターに置く。

 それは。

 

「何……?」

「これ……?」

 

 カウンターに座り直した可奈美は、響と声を合わせる。

 いつ使うのだろうかと疑問に抱いていた大きめのカップ。その中心を、白いクリームで中心を縦断。その左右に、目のように大きなすだちを乗せている。

 

「もしかして……キャラ弁?」

 

 だが、判断材料が少ない。

 特徴としては、その目に無数の白いクリームが縦断していることだろうか。

 

「の……飲んでみる?」

「まあ、作ってくれたし……」

 

 可奈美と響は顔を見合わせ、それを口に含む。

 そして。

 

「……あれ? もしかしてこれ、意外とあり?」

「うんッ! コーヒーの苦みが、ぎゅぎゅってされてる!」

「さすがは俺。どんなコーヒーでも最高の一品に仕立て上げる」

 

 青年はそう言いながら、予めポッドにあったコーヒーを淹れる。

 それを口にすると、驚いた表情を浮かべた。

 

「……これ美味いな」

「あ、それはこのお店のマスターが淹れたコーヒーです」

「マスター……香風タカヒロか?」

「知り合いですか?」

「……ふん」

 

 青年はコーヒーを飲み干し、シンクにティーカップを入れる。

 

「ま、俺の方が上手く入れられるがな」

 

 彼はそのまま、可奈美へ手を振りながらラビットハウスを出ていく。

 可奈美はそれを見送りながら、少しずつキャラ弁ならぬキャラコーヒーを飲んでいく。

 

「おお、これ、凄いボリュームあるね……ゆっくり飲んでいこう」

「……あれ? 可奈美ちゃん、いいの? お代もらわなくて」

「ん? まあ、これは作ってもらったとはいえ、飲んでいるのは私だし……私が後で支払うよ」

「そうじゃなくてッ! あっちッ!」

 

 響が指さすのは、青年が飲み干した、タカヒロ特性のコーヒーカップ。

 あれは確かに店の在庫であり、それを口にしたのは間違いなくあの青年。彼は今、そのままラビットハウスを立ち去った。

 つまり。

 

「……食い逃げだあああああああ!」

 

 

 

「ふむ……」

 

 古びた教会。

 見滝原の一角にあるその場所に、男は立っていた。

 男と言っても、ただの一般人ではない。中年の男性ではあるが、その古めかしいローブは、邪悪な魔法使いを連想させる。ゆっくりと顔を覆っていたフードを外し、蓄えた口ひげを撫でる。

 静かに教会の中を歩み、講壇で彼は足を止めた。

 

「これが……聖杯戦争の参加者か」

 

 講壇の上に無造作に置かれているのは、カード。

 タロットカードを思わせる縦長のカードたちは、それぞれ騎士や戦士など、さまざまなイラストが描かれていた。どれ一つとして同じものはなく、その足元にはそのイラストの者を示す英単語___例えば、車輪の乗り物に乗る者であれば、「Rider」と記されていた。

 クラスカード。聖杯戦争のサーヴァント、そのクラスを示す魔道具である。

 やがて男は、その中から一枚のカードを取り出す。天秤と剣を持った人物が、落ち着いて目を閉じており、その足元には「Ruler」と記されていた。

 

「ルーラー……なるほど」

 

 男は唇を舐めながら頷いた。

 

「聖杯そのものが呼び出す、聖杯戦争を進めるためのサーヴァント……私は、そういうことか?」

『そうだね』

『こんなモンまで呼ばねえといかねえほど、今回の聖杯戦争はひっ迫してんのかねえ?」

『うぷぷ。コエムシ君。認めようよ、どんな状況も。ボクはワックワクのドッキドキで楽しみだよ!』

 

 そう、声なき声で口々に返答するのは、三体の小さな妖精たち。

 それぞれ白い体が特徴だが、その詳細は全く異なる。

 猫かウサギのような、桃色の差し色の妖精。

 ネズミ国のような頭部が、体より大きな妖精。

 左右それぞれ白と黒に分かれた、クマの妖精。

 

『単純に、聖杯がその存在を必要と判断しただけだよ』

 

 それは、三体の中心にいる猫の妖精が答えた。

 キュゥべえ。

 この聖杯戦争に、多くの参加者を招き入れたその妖精は、その大きな尾を捻らせた。

 

『どうやら戦わない選択をしようとする参加者が増えているようだからね……』

『うぷぷ。君たちが参加者を見る目がないからだよ!』

 

 そう、他の妖精をからかうのは、白黒のクマの妖精。

 名は体を現わす。その体にそぐわぬモノクロのクマ、モノクマの名を持つその妖精は、口を大きく広げて笑い出す。

 

『ボクの参加者は、みーんなしっかり殺し合ってるよ! 何人かは、順調に参加者殺戮数上位に躍り出てるよ!』

『すげえな先輩……』

 

 自慢気なモノクマへ、ネズミ国を連想させる妖精は横目を向けた。

 

『ま、戦わねえ参加者はオレ様が順次粛清しているけどよ……にしても、まだ参加者増えるのか?』

『君も分かっているだろう?』

 

 キュゥべえの最後の一言。それで、コエムシは押し黙る。

 キュゥべえはそうして、男へ向き直った。

 

『ルーラー。君は、今回の聖杯戦争における調停役だ。便宜上僕がマスターという形になるかな』

「ふん」

 

 ルーラーと呼ばれた男は、カードを次々に手にとっては机に戻していく。

 

「セイバーにバーサーカー、アサシン……召喚される時、聖杯戦争のルールは頭にインプットされたが……有用なクラスも脱落が多いようだ……ん?」

 

 ふと、ルーラーはそのカードに手を止めた。

 それは、執事服を着た悪魔が描かれていた。その背中には白い翼が生え、内側が赤いローブを着こなしている。そのクラスを表わす足元に書かれていたのは。

 

「プリテンダー?」

『そんなサーヴァント見出してたか?』

 

 コエムシの疑問に、モノクマは首を傾げた。

 

『ボクはそんな憶えはないよ? キュゥべえ?』

『……いや。僕でもないね』

『またセイバーの時みたいに、オレ様たちが見出すよりも先に召喚までやっちまったのか?』

 

 コエムシの声をキュゥべえは無視し、改めてルーラーに命令する。

 

『ルーラー。聖杯戦争の調停者として、君に命令しよう。そのプリテンダーというサーヴァントを調べてくれ』

 

 

 

 見滝原大学の象徴的な存在。

 それは、入口近くにある時計塔である。

 神聖な雰囲気を醸し出す時計塔だが、講義の時間はあまり人が寄り付かず、メンテナンスの作業員の他は、人が立ち入ることは多くない。

 その時計塔の屋上、時計部分の目と鼻の先で、ハルトたちはやってきた。

 

「それで、私に用とは何でしょう? ウィザードさん」

 

 見滝原の街を一望できる手すりを背に、えりかは尋ねた。

 春の温かくも涼しい風を受けながら、ハルトは頬をこすった。

 

「ウィザードさんって……それ、名前じゃないんだけど」

「あれ? あの金髪の綺麗な人にそう呼ばれていたから、そういう名前なのかなと」

「可奈美ちゃんたちもいたよね、あの場……ハルト。松菜ハルトだよ。よろしくね」

「オレは多田コウスケってんだ! コイツと同じ、魔法使いやってるぜ」

 

 ハルトの自己紹介に便乗して、コウスケも名乗る、

 肩に乗りかかって来たコウスケの腕を振り落としたところで、えりかも名乗った。

 

「改めて、蒼井は、蒼井えりかです。シールダーのサーヴァントをやっています」

「君は……何で、聖杯戦争に参加しているの?」

 

 ハルトがそれを口にした途端、空気が凍り付いた。

 えりかは口をしかめ、目元を暗くした。

 

「……分かりません。蒼井には、願いも……分かりません」

 

 嘘ではないと願いたい。

 時計塔の風を受け、えりかの髪が靡く。

 左腕を抑える彼女は、静かに首を振る。

 

「もしかしたら……私が死ぬ直前に思った、あのことを、聖杯が叶えようとしたのかもしれません」

「……あのこと?」

「大した事じゃないです。それこそ本当に……その気になれば、今からでも叶えられる、そんなことです」

 

 彼女の言葉が続くたびに、その尾尻が小さくなっていく。

 ハルトはしばらくえりかを見つめ、口にした。

 

「俺は戦いを止めたい。こんな、他の人たちを傷付けながら続いていく聖杯戦争を。それは、ここのコウスケや、この前一緒にイリスと戦った皆だって同じだよ。君はどう?」

「私は……」

 

 えりかが答えようとした、その時。

 空気が、爆音に震えた。

 

「何だ?」

 

 発生源は、大学の近く。広場がある場所から、煙が上がっている。

 

「……何かあったな」

 

 ハルトとコウスケは顔を合わせ。

 大急ぎで時計塔を降りて行った。



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マゼンタの戦士

今回から数話に渡るシーンは、それこそウィザード放送当時から作りたかったシーンの一つです


「あー! いた! 食い逃げ!」

 

 可奈美は指さす。

 ラビットハウスがある木組みの街と呼ばれる地区にある広場で、青年は振り向いた。

 

「待ってッ! 可奈美ちゃんッ!」

 

 追いかけてきた響も、可奈美に並ぶ。

 青年は二人を一瞥し、ため息を付く。

 

「なんだ。こんなところまで付いてきたのか」

「当たり前です! お金! 払ってください!」

 

 可奈美は詰め寄る。

 だが青年は、平然とした表情で街を指差す。

 

「俺より、あれ。いいのか?」

「何ですか?」

 

 可奈美と響は怪訝な表情で彼の指先へ目を移す。

 そこには。

 

「さあ、絶望してファントムを生み出せ!」

 

 ファントム。

 ゲートの全てを喰い尽くして生まれる生命体。これまでも幾度となく可奈美と響の前に現れてきた怪物。

 今回のそれは、上下に大きな角と顎を持つ者。

 先日ブラウニーを倒したばかりなのに、と唇を噛みながら、可奈美は愛刀、千鳥を抜く。

 

「片っ端から絶望させろ!」

「そうはさせない!」

 

 可奈美はそう言って、千鳥を振り上げる。

 ファントムはその斬撃を避け、可奈美を見据える。

 

「邪魔をする気か……なら、お前から絶望してもらう……!」

 

 ファントムはそう言って、無数のグールたちをけしかけてくる。

 可奈美は響と背中を合わせ、周囲のグールたちを警戒する。

 

「仕方ない……あの! 私たちから離れないでくださいね!」

「……」

 

 可奈美の言葉に、青年は全く表情を変えない。

 少しむっとしながらも、可奈美は繰り返す。

 

「いいですね!?」

「はいはい」

 

 青年は肩を窄めた。

 可奈美と響は、それぞれ背中を合わせる。可奈美が千鳥を抜くと、その音が乾いた空に響き渡る。

 そして、襲い来るグールの槍。

 可奈美は千鳥でそれを受け流し、同時に響が蹴りでグールを反撃。

 だが、グールたちの波は収まらない。

 

「可奈美ちゃん!」

 

 可奈美の背後から襲おうとするグールを、飛び掛かった響が殴り飛ばす。

 

「ありがとう、響ちゃん!」

「うん!」

 

 背中合わせになった可奈美と響を取り囲むグールの群れ。

 それを見ながら、二人は同時にその力を発動させた。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

「写シ!」

 

 可奈美と響は、同時にそれぞれの力を解放する。

 

 可奈美の全身を白い霊体が覆うのと時を同じく、響の体を黄色の唄のエネルギー(フォニックゲイン)が包み込む、やがて、無数の機械パーツが取り付けられ、SG-03 ガングニールのシンフォギアを纏う。

 

「ぶっ飛ばすッ!」

 

 響は叫ぶと同時に、両手の拳を突き合わせる。そのまま、響はラッシュでグールたちを蹴散らしていく。

 

「よし、私も!」

 

 可奈美の千鳥が、太陽光を反射させる。

 そのまま、刀使の素早さで、次々とグールたちを切り刻んでいく。

 

「おのれ……かかれ! かかれ!」

 

 ファントムはグールたちにさらに命令する。

 動きが鈍いものの、グールたちの槍は確かに脅威。だが、そんなグールたちの背後に。

 

 巨大な桃色の花が咲いた。

 

「勇者パアアアアンチ!」

 

 その声とともに、グールの群れが砕け散る。

 そして、可奈美と響の前に着地していたのは。

 

「「友奈ちゃん!」」

 

 桃色の独特な衣装を身に纏った、ポニーテールの少女、結城友奈。彼女は地面に拳を埋め込んだ体勢から立ち上がり、可奈美たちへ声をかける。

 

「ラビットハウスへ向かってたら、なんかすごいことになってたよ!」

 

 友奈はそう言って、グールたちとの戦いに参加する。

 卓越した武道の動きで、次から次へとグールたちを薙ぎ倒していく。

 

「可奈美ちゃん、一体どうなってるの!?」

「説明は後だよ! まずはファントムたちをやっつけよう!」

「了解ッ! 可奈美ちゃん、グールたちはわたしと友奈ちゃんでッ!」

 

 グールを他のグールたちへ投げつけた響が叫ぶ。

 友奈は頷いてそれに応じ、可奈美へ頷いた。

 

「うん、ファントムは私が!」

 

 可奈美は敵の中心であるファントムへ千鳥の刃先を向ける。

 だが。

 

「ファントム……ね」

 

 あの食い逃げの青年が、胸元のカメラでファントムを撮影している。数回シャッター音が鳴り、やがてポケットに再び手を入れる。

 

「危ないですよ!」

「友奈ちゃんッ! その人は……」

「その人を安全なところに! あ、でもできれば私の目が届くところに!」

 

 割って入って来たグールを叩き切りながら、可奈美は叫ぶ。

 だが青年は、逃げるどころか逆に戦場の中に歩いてきた。時折近づくグールたちがいるが、それに対しては蹴りで距離を引き離し、やがてため息を付いた。

 

「ファントム……強力な魔力を持つ人間、ゲートが絶望した時、その全てを喰い尽くして生まれる怪人……」

「危ないですよ! 逃げて下さい! あ、でもやっぱり逃げないで! お金払って!」

 

 青年は鼻で笑い、そのまま慣れた手つきで、上着の中から何かを取り出した。

 彼が懐から取り出すのは、ピンク(・・・)色のカメラ型のもの。複数の紋章が円形に刻まれたそれを腰に当てると、その端より長い帯が生えてくる。それは腰を一巡し、ベルトとなった。

 

「え?」

「何あれ……?」

「ベルト?」

 

 可奈美、響、友奈は口々に疑問を浮かべる。

 だが青年は構うことなく、どこからかカードを取り出した。上下にバーコードが記されたカード。何かの戦士が描かれた面をケプリに向け、青年は宣言した。

 

「変身」

 

 カードを裏返し、そのままカメラ型ベルトに装填。

 すると、そのベルトより、ガイダンスボイスが流れた。

 

『カメンライド ディケイド』

 

 すると、彼の周囲に半透明な人型が現れる。それが無数に重なり、やがてベルトから七枚のカード状のものが飛び出す。カード型のそれは、バーコードを思わせる配置で頭に突き刺さり、そこからピンク……否、マゼンタ色のエネルギーが全身に染み渡り、その姿の変身が完了した。

 

「ディケイド……?」

「なにあれ? ピンク?」

「マゼンタだ」

 

 ディケイドなる彼は、手を二度叩き、腰に付けられた白い板を外す。その四辺に仕込まれたパーツを展開し、それは剣の姿となる。

 剣の刃部分を左手で撫でて、ディケイドは駆け出した。

 

「ん? 何だお前?」

 

 ファントム、個体名称ケプリ。体を傾ける彼は、そのままディケイドの剣___ライドブッカーの刃を受けた。

 

「ぎゃあああああああっ! 何するんだお前!?」

 

 だがディケイドは、ケプリのその言葉を無視した。

 数回の斬撃により、火花を散らしたケプリはそのまま地面を転がる。

 

「ファントムなら、迷わずにこれだな」

 

 ディケイドは即座に、新たなカードを取り出す。そのカードに描かれた絵柄は、一目見ただけで可奈美に馴染みのあるものだと分かった。

 

「え!? あれ……」

 

 驚く可奈美。だがディケイドはそのまま、カードをベルトに差し込んだ。

 

『カメンライド ウィザード』

 

 その音声とともに、ベルトから可奈美が良く知る魔法陣が現れる。赤い炎を宿すそれは、ディケイドを通過し、その姿を変えていく。

 

『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

「ウィザードッ!?」

 

 響の驚愕に、可奈美も頷いた。

 間違いない。今のディケイドは、ウィザードの姿そのもの。

 だが、可奈美が見慣れたウィザードとは決定的に違う点がある。腰に付いている、ウィザードを象徴するベルト、ウィザードライバー。だがそれは、今マゼンタ色のカメラ、ディケイドライバーとなっている。

 言うなれば、ディケイドウィザードといったところ。

 ディケイドウィザードは、これまた可奈美が良く知る銀の銃剣、ウィザーソードガンを構えた。

 

「来い」

 

 ディケイドウィザードはウィザーソードガンを撫でる。逆上したケプリは、大あごを鳴らしながら攻めていく。

 だがディケイドウィザードは、優雅にケプリの逆襲を流し、逆にウィザーソードガンで斬りつけていく。

 

「おのれ! この魔法使い、強い!」

「魔法使い? 違うな」

 

 ディケイドウィザードはウィザーソードガンを撫で、振った右腕でケプリを殴り飛ばす。

 

「!?」

 

 ウィザードが拳を振るう姿を見たことがない。目を丸くした可奈美に構うことなく、ディケイドウィザードは次の手を打つ。

 

「破壊者だ」

 

 取り出すのは、新たなカード。先ほど使ったものと同じく、ウィザードが描かれたもの。だがそのイラストは、火ではなく、水。

 

『フォームライド ウィザード ウォーター』

 

 ディケイドライバーから出現する青い魔法陣。それは頭上からゆっくりと降りていき、水のウィザードの姿へ書き換わっていく。

 

『スイ~スイ~スイ~スイ~』

 

 水のディケイドウィザード。彼はさらに、次のカードを挿入した。

 

『アタックライド ライト』

 

 その効力は、ウィザードのライトと同じ。

 眩い光が、可奈美たちとケプリの視界を奪う。

 その隙に何度も斬撃を放つディケイドウィザード。全身から火花を散らしたケプリは倒れ、そのまま転がった。

 

「目がっ……目があああああッ!」

「終わりにしてやる」

 

 水から火に戻ったディケイドウィザードはドスが効いた声でそう告げる。

 新たなカード。それは、ウィザードのクレストマークが描かれており、吸い込まれるようにディケイドウィザードのベルトに差し込まれた。

 

『ファイナルアタックライド ウィ ウィ ウィ ウィザード』

「お、お前ら! 俺を守れ!」

 

 ケプリが、慌ててグールを召喚する。蠢く下級ファントムたちは、ケプリの命令に従い、ケプリの前に肉体バリケードをくみ上げていく。

 一方、ディケイドウィザードの足元に出現する魔法陣。それは、その右足に集約していく。

 そこまでは可奈美が良く知るストライクウィザード。だが、ここから先は可奈美が知らないストライクウィザード。

 大股でグールたちに近づくウィザードモドキは、そのまま一気に上段蹴り。魔法陣が追いかけるように錯覚する勢いで、グールの防衛網を蹴り貫いた。

 爆発と同時に吹き飛ばされるケプリ。

 さらに、ディケイドウィザードがそのベルトを開くと、ウィザードの変身が解除され、もとのディケイドの姿に戻った。

 

「今度こそ、終わりにしてやる」

 

 ディケイドはそう言って、また別のカードを取り出す。

 今度は、ディケイドの顔にも近い紋章が描かれたカード。それを反転させ、ベルトに差し込む。

 すると。

 

『ファイナルアタックライド ディ ディ ディ ディケイド』

 

 ディケイド本来の必殺技。

 それは、十枚のカードの形をしたエネルギーがディケイドとケプリの間に出現させた。

 ディケイドは同時にジャンプし、カードのエネルギーもまた同じく上昇、ケプリまでの間の道筋となる。

 

「でりゃああああああああっ!」

 

 右足を突き出した蹴り。それは、カードのエネルギーを通過するごとに威力を増していく。

 その名も。

ディメンションキック

 

「があっ!」

 

 蹴り飛ばされたケプリは、そのまま倒れるとともに爆発。

 

 そしてその爆発は、広場から遠く離れた、見滝原大学の時計塔からも見えた。

 

「えっと……」

 

 ディケイド。

 全く未知の存在へ、可奈美は近づいた。

 

「あの……その……」

「ありがとう! すっごく強いんだね!」

 

 可奈美の前に、友奈が回り込んだ。

 彼女は笑顔でディケイドを見上げ、その手を取る。

 

「わたし、結城友奈! 好きな……」

「食べ物はうどん、とか言うんだろ? 結城友奈」

「え? どうしてそれを……?」

 

 驚いた友奈が、思わず手を放している。

 ディケイドはそのまま、響を見る。

 

「お前も、まだ色々と手を繋ぎ続けていると見える。……小日向未来(こひなたみく)はいないのか」

未来(みく)を知っているの?」

 

 ディケイドは響の言葉に耳を貸さず、可奈美へ目を向ける。

 

「そして衛藤可奈美……だいたいわかった」

「……え?」

 

 可奈美が目を丸くするのと同時に、反射神経が訴えた。

 防御態勢。

 無意識に立てた千鳥が、ライドブッカーを受け止めていた。可奈美は目を大きく開きながら、その行動に驚く。

 

「な、何!?」

「また立ち合いやろうって、お前が言ったんだろ。相手してやる」

「「可奈美ちゃん!」ッ!」

 

 響と友奈が、同時に割り込もうとする。

 だが。

 

『アタックライド スラッシュ』

 

 ディケイドは、新たなカードをベルトに装填。振り向きざまに、ライドブッカーで響と友奈を斬りつけた。

 すると、刃はその切れ味を増す。あたかも剣が分裂したように、一度の刃で何度も火花を散らしている。

 倒れた二人を見て、可奈美は叫んだ。

 

「友奈ちゃん! 響ちゃん! どうしてこんなことを……!?」

 

 だが、ディケイドは聞く耳を持たない。

 そのまま、ディケイドは攻撃回数を積み重ねていく。

 一撃に数回の斬撃を入れてくる独特の剣術に、可奈美はだんだんと顔を明るくしていく。

 

「すごい……! 何、この剣術……!?」

 

 見たことがない、独特な剣捌き。

 可奈美はディケイドの剣を受けながら、目を輝かせた。

 

「でも、これならどう? 迅位!」

 

 それは、可奈美の超加速能力。

 刀使の能力の一つ。御刀に宿る力により、この世とは隔離された世界の力を身に宿らせ、異なる時間流で行動できる能力。

 それは、流石に切れ味を増したディケイドの剣でも捉えることは出来ず、逆に彼の体に火花を散らし、よろめかせた。

 ディケイドは斬られた箇所を抑えながら、数歩下がる。

 

「やるな……」

 

 ディケイドはそう言って、新たなカードを取り出す。

 それは、ウィザードとは全く異なる___仮面ライダーと呼ばれる戦士が描かれたカードだった。

 

「変身」




リイマジですよ。カタカナの名前「ハルト」ですよ?


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カメンライド

この話がやりたかった……!


 無機質な機械の顔をしたそのカードを、ディケイドはベルトに差し込んだ。

 

『カメンライド ファイズ』

 

 すると、再びその姿が書き換わっていく。

 ディケイドの体の各部位に赤い閃光が形となり、やがて機械の体となる。

 それは、人間と異形の共存のために戦う救世主、ファイズ。それを模したディケイドファイズと呼ばれる姿だった。

 変化に警戒する可奈美に対し、ディケイドファイズはまた新たなカードを引き出す。

 

「付き合ってやる。十秒間だけな」

 

 ディケイドファイズは、そう言ってそのカードを反転させ、ベルトに装填する。

 

『フォームライド ファイズ アクセル』

 

 すると、ディケイドファイズの胸元の装甲が開く。パーツは上下逆さまになり、その中にある中核が露わになる。その黄色の目も深紅にそまり、メインカラーも赤から銀へ変わっていく。

 ファイズ アクセルフォーム。

 新たな姿に変わったディケイドファイズはそのまま、右腕に付く腕時計のスイッチを押す。

 

『スタートアップ』

 

 スイッチの起動と同時に、ディケイドファイズの姿が消える。

 

「消えた!?」

「違う……これは、高速移動!」

 

 驚く友奈。今ディケイドの姿は可奈美にしか見えていない。

 ディケイドファイズの斬撃を受け流した可奈美は、叫ぶ。

 

「迅位!」

 

 すると、再び可奈美は加速する。

 可奈美とディケイド、両者は全く異なる原理で、共に超高速空間へ突入した。一瞬の中で無数の剣を響かせ、互いに肉薄、お互いに剣と剣で語り合う。

 だが、先に通常の時間流に取り落とされたのは。

 

「うわっ!」

「可奈美ちゃんッ!?」

 

 可奈美だった。

 響に助け起こされるものの、すでに写シが切れた可奈美は、ディケイドに敗北したことを意味している。

 

『リフォメーション』

 

 一方、元の姿に戻るディケイドファイズ。彼は、手にファイズエッジと呼ばれる武器を手に、可奈美へ歩み寄って来る。

 

「可奈美ちゃん!」

 

 そんなディケイドファイズへ、友奈が攻め込む。可奈美と響を飛び越え、格闘技でファイズエッジを叩き落とす。

 そのまま、友奈とディケイドファイズは格闘戦にもつれ込む。響もまた可奈美から離れ、友奈に加勢した。

 

「やるな。結城友奈。また随分とうどんをたらふく食ったとみえる」

「だから、何でそのことを!?」

 

 ディケイドファイズは友奈の足を掴み、そのまま響とともに投げ飛ばす。

 その後、ディケイドファイズは自らの頬を指差した。

 

「ここ。残ってるぞ」

「なっ!?」

「なぜそこで食べ残しッ!?」

 

 ディケイドファイズの指摘に、友奈は顔を真っ赤にして頬を拭う。

 そうしている間にも、ディケイドファイズは次にクワガタを模した戦士のカードを取り出した。

 

「拳には拳で抵抗するか」

『カメンライド クウガ』

「だあああああッ!」

 

 響と友奈。二人の拳が同時に放たれた時、ディケイドファイズもまた右手左足で迎え撃つ。

 すると、それぞれの両手がはね返したと同時に、そこからその姿が変わっていく。

 友奈への右手は、赤い拳。

 響への蹴りは、黒い足。

 二人を掌底で跳ね返したと同時に、ディケイドファイズの体は筋肉で作られた剛体になる。

 そして、顔まで変わった。

 それは、人々の笑顔を守るため、自らの笑顔と引き換えに超古代の危険民族と戦った超古代の戦士、クウガ。

 ディケイドが模したそれは、ディケイドクウガと呼ばれる。

 

「また姿が変わった!?」

「行くぜ」

 

 ディケイドクウガは両手を叩き、友奈へ踏み込む。

 

「来る! 勇者はああああ! 根性!」

 

 ディケイドクウガと友奈の拳がぶつかる。

 

「勇者パァーンチ!」

「ハァッ!」

 

 友奈とディケイドクウガの拳が激突する。それぞれが花びらと炎をまき散らしながら、ともに相打ちとなる。

 

「やるな」

「まだまだ行くよ! 響ちゃん!」

「うんッ!」

 

 友奈と響は、ともに格闘技でディケイドクウガへ挑んでいく。

 二人のサーヴァントを相手にしているというのに、ディケイドクウガは一歩も劣っていない。響を投げ飛ばし、友奈の拳を受け流し、ホールドする。

 

「この世界のお前も、やはり腕は立つな」

「この世界のわたし……? 一体何を言って……?」

 

 だがディケイドクウガはそれに応えず、次のカードを取り出した。

 

『フォームライド クウガ タイタン』

 

 

邪悪なるものあらば鋼の鎧を身に付け、地割れの如く邪悪を切り裂く戦士あり

 

 その力は、地の力。ホールドした友奈を蹴り飛ばし、炎のごとく真紅の体を持つディケイドクウガは、みるみるうちにその姿を変えていく。赤いマイティフォームより、銀と紫のタイタンフォームへ。

 

「イメージできるもの……コイツでいいか」

 

 ディケイドクウガは、足元に落ちている木の枝を拾い上げる。

 すると、ディケイドクウガの手に宿る力___モーフィングパワーが起動した。

 木の枝を構成する元素が、クウガの力により書き換えられていく。どこにでもある木の枝は、神秘の古代の大剣、タイタンソードにその姿を変えた。

 

「また変わった!?」

「でも、まだわたしたちは止まらない!」

 

 響の発破に、友奈も頷く。

 二人のサーヴァントが、並んで同時に拳を放った。

 岩をも砕くその剛力。

 だが、歩いたままのディケイドクウガの体は、その衝撃をあっさりとはね返した。

 

「何だ? カでも刺さったか?」

 

 ディケイドクウガは殴られた箇所を払う。続けてディケイドクウガはタイタンソードを構え、友奈へ斬りつけた。

 火花を散らした友奈は、悲鳴を上げながら転がり、その姿を花びらを散らし尽くす。

 

「友奈ちゃんッ! このっ……ッ!」

 

 奮い立った響は、格闘技でディケイドクウガへ殴りかかる。

 タイタンフォームのもつ強靭な肉体でそれを防ぎながら、ディケイドクウガはまた新たなカードを取り出した。

 

『カメンライド オーズ』

 

 ベルトに装填することによって発生する、丸い紋章。

 

『タ   バ』

 

 赤、黄、緑。それぞれ鷹、虎、バッタが描かれた三つのエネルギーが円形に収まり、ディケイドクウガの体に装着される。

 すると、彼の姿に変化が訪れる。

 銀という単色の戦士の姿が、黒をベースとした、赤、黄、緑の三色という派手な姿へ。

 欲望のメダルを力に変える、古代錬金術によって生み出された戦士、オーズ。

 さしずめ、ディケイドオーズ。

 

「さあ、来い。立花響」

 

 ディケイドオーズは響へ手招きした。

 響は構えを解かずに、ディケイドオーズへ問いかける。

 

「ねえ、これ一体何のためにわたしたち戦ってるのッ!? 話し合えば、きっと戦わずに済む方法だって見つけられるよッ!」

「あいにく、俺はむしろ戦ってみたいと思ってな。色々入り混じった世界は珍しくないが、ここまで多いのはそうそうない」

「言ってること……全ッ然分かりませんッ!」

 

 響は突撃。

 ディケイドオーズはその腕に装着される鉤爪、トラクローを展開し、響の攻撃を受け流した。

 数回の格闘の末、蹴りでディケイドオーズを引き離した響は、更に胸のガングニールに触れた。

 

「手を繋ぐ……なら、これだ」

『フォームライド オーズ タジャドル』

 

 響が胸のガングニールを取り外すと同時に、ディケイドはまた新たなカードを装填。

 すると、ディケイドオーズの目の前に、さきほどと同じく、生物の力を宿した赤いエネルギー___鷹、孔雀、コンドル___が発生し、重なり合う。するとそれは、不死鳥のごとき姿となり、ディケイドオーズに重なる。

 

『タ ジャ ドル』

 

 真紅の姿。

 タジャドルコンボ。赤いただのメダルの塊が、生きたいという欲望と死ぬという願いを見出した姿を写生したものが、響へ炎を放つ。

 燃え盛る炎。孔雀の形をした尾羽から放たれたその爆発に、響は飲み込まれていく。

 だが。

 

「抜剣!」

 

 その中で、響の姿も同じく変化していた。

 黄色を基調とした装備が、黒一色に染まっているのだ。

 それまでの響とは比べものにならないほどの運動能力で、響はディケイドオーズへ接近する。

 ディケイドオーズも赤い翼を広げ、飛翔。上空より、左手の赤い円盤、タジャスピナーを向け、炎弾を放った。

 爆発によって響の動きが封じられる。その間にも、ディケイドオーズはカードを追加した。

 

『ファイナルアタックライド オ オ オ オーズ』

「はああああああああっ!」

 

 ディケイドオーズの足が変化する。

 コンドルレッグの名を持つ部位。まさに猛禽類が獲物を捕らえるように、両足が上下に割かれ、響へ炎の襲撃を与えようとする。

 

「だとしてもッ! 我流・打々炎爆拳ッ!」

 

 向かってくるディケイドオーズに対し、響は両腕に力を込める。すると、拳は炎を燃え上がり、それを突き飛ばす。

 無数の拳が、そのまま真っすぐ飛んで行く。だがディケイドオーズは、その機動力で炎の雨を掻い潜る。

 そして、今にも響とゼロ距離になる寸前。

 

「シュート!」

 

 どこからともなく飛んできた青い交戦が、ディケイドのキックの威力を軽減する。

 だがそれでも、響へのダメージは小さくない。

 

「うわあああああああッ!」

 

 爆発とともに、響は転がり倒れる。生身に戻った響は、もう立ち上がることさえ出来なかった。

 だが、ディケイドオーズの目は、すでに響から二人の乱入者へ移っていた。

 

「リゲル……それに、暁美ほむらか……」

 

 互いに離れた位置からの狙撃。人魚のファントムを追いかけてきた二人は、それぞれ明らかに敵意を向けていた。

 

「新たな参加者……?」

「令呪は残り一画……関係ないわ」

「次はお前らか。……来い」

 

 ディケイドオーズは先に、接近してくるほむらへ向き合う。

 ほむらは、左手の円盤型の盾で突っ込んでいく。

 一方、ディケイドオーズもまたタジャスピナーで応戦する。

 二つの円盤がぶつかり、互いに反発。

 その際、衝撃によってほむらの武器が宙を舞う。

 

「なっ……!」

「今っ!」

 

 そう叫ぶのは、リゲル。

 斜線上のほむらごと、青い光線で貫こうとする彼女。だが、それよりも先に、ディケイドオーズは別のカードを装填していた。

 

『カメンライド ゼロワン』

 

 同時に、ディケイドたちは爆発。

 その姿は見えなくなった。

 

「よし、やった……?」

 

 爆炎へ、リゲルが眉を顰める。

 その理由は。

 

「人工知能には人工知能ってな」

 

 ほむらごとディケイドオーズを守る、バッタ型の3Dモデル。

 それは、大きくうねると、その体をバラバラに分解し、それぞれ指定されたようにディケイドオーズに吸収されていく。

 

『A jump to the sky turns to a rider kick』

 

 すると、欲望の姿は無機質な姿へ変わっていく。

 バッタの外壁骨格を黒いライダースーツに張り付けた、人工知能と、人々の笑顔のために夢を追いかけて戦う戦士ゼロワン。

 ディケイドゼロワン。それは、黄緑色の閃光を周囲に走らせながら、リゲルのサーチから逃げるように宙を泳いでいく。

 

「そんな……!? 私の攻撃が、当たらない?」

 

 そう、感嘆の声を漏らしたリゲルのすぐ背後に、ディケイドゼロワンはいた。

 

「はっ!」

 

 振り向くも反応が遅れたリゲルは、ディケイドゼロワンの蹴りを銃身で受ける。跳躍に特化した足は、そのままリゲルを屋上より突き飛ばす。

 

「っ!」

「終わりだ」

 

 ディケイドゼロワンは、手に持った黒いアタッシュケースを上下に開く。

 アタッシュケースはその中心で分割されており、ネジを軸に接続されると剣となる。

 ディケイドゼロワンはそのアタッシュカリバーと呼ばれる武器を振り上げ、一気に振り落とす。

 

「そんなっ!」

 

 主力武器を弾き落とされたリゲルは、そのままジャンプ。急いで剣を精製し、アタッシュカリバーと切り結ぶ。

 

「しまっ……!」

 

 リゲルは慌てて砲台を再生産。それを防御のために盾にした。

 だが、ディケイドゼロワンはすでにカードを装填していた。

 

『ファイナルアタックライド ゼ ゼ ゼ ゼロワン』

 

 ディケイドゼロワンの右足が、二又に分かれる。機械で出来たバッタの足の形をしたそれは、そのままリゲルの砲台を破壊した。

 

 

 

 

 

 グインパクト

 

 ディケイドゼロワンの一撃は、その勢いを止めることなく、リゲルの肉体に命中。リゲルはそのまま、地面に激突した。

 

「お前で最後かな? 暁美ほむら」

「何で私の名前を?」

 

 ほむらが身構えるのと同時に、ディケイドゼロワンはまた新たなカードを取り出す。オレンジのデザインを盛り込んだ武士。

 かつて、聖杯戦争が処刑人として送り込んできた刺客にも似た姿のそれ。禁断の果実を求め、友と、ライバルと、そして自らの弱さと戦ったそれは。

 

『カメンライド 鎧武』

『花道 オンステージ』

 

 発砲されたほむらの銃弾を防御するのは、ディケイドゼロワンの頭上に落ちてきた巨大なオレンジ。

 それは、ディケイドゼロワンの頭部に突き刺さると、開花する。オレンジの部位一つ一つが折り畳み、鎧となり、ディケイドゼロワンはディケイド鎧武と呼ばれる姿となる。

 

「さあ、行くぜ」

 

 ディケイド鎧武は手に持った二本の剣___無双セイバーと大橙丸をこすり合わせる。

 

「いくつの姿になるというの……?」

 

 ほむらはそう言って、銃を連射。

 だがディケイド鎧武は、銃弾を次々と切り捨てていく。

 

「っ!」

 

 驚いたほむらの両腕、その銃を斬り飛ばしたディケイド鎧武。

 

「終わりだ」

「ブライナックル!」

 

 だが、ディケイド鎧武が何かをするよりも先に、どこからともなく紫の雨が降り注ぐ。

 爆発により、変身を解除したほむらがその場に倒れるが、ディケイド鎧武は、その剣で自らに到達しようとするそれを全て斬り弾いていた。

 そして、その犯人として、その場に着地した者。

 漆黒のボディと、紫の煙となっている右手の男。その紫のゴーグルの奥には、冷たい目が輝いている。

 起き上がろうとする響が、その姿に真っ先に目を見開いた。

 

「ブライッ!?」

 

 ブライ。超古代文明、ムーの生き残りであるソロの戦闘のための姿。

 ブライは響を一瞥するだけで、独特の形をした生きた剣、ラプラスソードを構える。

 

「ブライか……なら、コイツで行くか」

『カメンライド フォーゼ』

 

 次にベルトから発生するのは、白いエネルギー体。

 宇宙飛行士をモチーフに、ロケットのような顔をしたそれは、宇宙の力、コズミックエナジーを友情の力で束ねて使う戦士、フォーゼ。それを落とし込んだ、ディケイドフォーゼだった。

 

「宇宙キタ……ってな」

「宇宙だと?」

「……この世界では、出会っていないのか」

 

 ディケイドフォーゼは両手を叩いて、そのままブライへ挑んでいく。

 それぞれ徒手空拳が数回交差され、ブライのラプラスソードが唸る。

 ディケイドフォーゼはジャンプ。背中に仕込まれたモジュールが唸り、空中へ浮かんでいく。

 

「ダンシングソード!」

 

 ブライがラプラスソードを投影する。

 ラプラスソード(生きた剣)はキリキリと回転しながら、空中のディケイドフォーゼ、とくにその首元を狙う。

 

『アタックライド ロケット』

 

 だがディケイドフォーゼは、予めこの状況を読んでいたようだった。新しいカードを問題なさそうに読み込ませると、ディケイドフォーゼの腕にオレンジ色のロケットが装備された。

 

「今度はロケット……!」

 

 ディケイドフォーゼはロケットの推進力で、ラプラスソードの攻撃を回避。回転蹴りで、ラプラスソードは地面に突き刺さった。

 

「次はこっちの番だ」

『フォームライド フォーゼ ロケット』

 

 ノータイムで、ディケイドフォーゼは次のカードを装填。

 白いボディに、コズミックエナジーが集まっていく。そして変化していくその姿。両腕にロケットを装備したオレンジのボディ、ロケットステイツ。

 さらに、ディケイドフォーゼは、手にしたカードをそのままベルトに装填した。

 

『ファイナルアタックライド フォ フォ フォ フォーゼ』

「これは……?」

「おいおい、何なんだよこれ!?」

 

 その時、その声に可奈美は顔を明るくさせた。

 ハルトとコウスケ。そして、その後ろに付いてくるシールダーの少女、蒼井えりか。

 彼らが到着したころには、すでに竜巻となったディケイドフォーゼが、ブライを吹き飛ばしていた。

 

「ソロ!」

「アイツは、ムーの生き残りの奴じゃねえか……」

 

 ブライの変身を解除し、生身となった青年。

 これまで可奈美たちにとって強力な敵として立ちはだかって来たムー文明の生き残り、ソロが、地に伏せている。

 

「バカな……!」

「ライダーきりもみクラッシャー……ってな」

 

 一方ディケイドフォーゼは、ソロに目を落とすことなく、ハルトとコウスケに目を移す。

 

「次から次へと……蒼井えりかと……残り二人は初めて見る顔だな」

 

 ディケイドフォーゼは二人を睨み、ディケイドライバーを開く。

 すると、ディケイドライバーのスロットからフォーゼのカードが飛び出し、消滅していく。それに伴い、彼の姿は本来のディケイドの姿に戻っていった。

 

「皆! 大丈夫?」

「響!」

 

 ハルトは可奈美を、コウスケは響をそれぞれ助け起こす。

 

「ハルトさん……」

「アイツは……一体何だ?」

「こんなことできる奴、参加者しかいねえだろ!」

 

 コウスケは響と友奈に肩を貸しながらそう叫ぶ。

 可奈美は顔を拭いながら応える。

 

「分からない……一体、何者なの……?」

「ここまで多いと、そろそろ趣向を変えてもいいかもな」

 

 ディケイドはそう言って、ディケイドライバーを開く。

 腰のライドブッカーを開き、その中からまた別のカードを取り出す。

 それは。

 これまで使われた仮面ライダーのカードではなく。

 炎色の髪と、灼炎のような眼をした少女のカードだった。

 

「変身」




ちなみに今回の対戦カード、全部何かしらの意図なり共通点なりがあります。
いくつ分かるかな……?


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カメンライド 2

今回は、前回とは打って変わって、特に法則性はありません!


「可奈美ちゃん、大丈夫?」

「う、うん……」

 

 頷いた可奈美を下がらせ、ハルトはマゼンタの戦士を見つめる。

 

「何なんだ、アイツは……?」

「確か、あのベルトがディケイドとか言ってたけど……?」

「ディケイド?」

 

 その名を聞いて、ハルトは顔を強張らせた。

 

「……アイツが……世界の破壊者?」

「ハルト? 知ってるのか?」

「……あれ? どこで聞いたんだっけ……?」

 

 ハルトは、頭に覚えのある記憶を辿ろうとする。

 

___ディケイド。いずれ、この世界にも現れる___

 

 この記憶は……

 

 だが、思い出すよりも先に、ディケイドがカードをベルトに装填し、そのガイダンスボイスが鳴り響く。ハルトの物思いは、それによって完全に遮断された。

 

『カメンライド シャナ』

 

 それは、炎の髪を巻きちらす、灼熱の眼を持った少女の姿。

 紅世の徒(ぐぜのともがら)より人々の存在の力を守り続けたフレイムヘイズ、シャナのコピー。

 ディケイドシャナとでもいうべきそれは、縮んだに近いほどの長さを誇る剣を構えた。

 

「……!」

「か、可愛い女の子に変身しやがったぞ」

 

 ハルトとコウスケは、共に目を大きく見開く。

 

「さあ、来い」

 

 ディケイドシャナの挑発。それに応じ、ハルトは腰から指輪を取り出した。

 

「何が何だか全然分からないけど……でも、やるしかなさそうだね」

「皆まで言うな! おい、えりかもいいな?」

「は、はい!」

 

 背後のえりかも頷く。彼女がスマホを取り出すのと同時に、ハルトとコウスケは共に指輪を手に付けた。

 

「変身!」

「変~身!」

___どうか安寧な記憶を___

『フレイム プリーズ ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

『セット オープン L I O N ライオン』

 

 えりかの頭上の空間に、突如として穴が開く。ワームホールと呼ぶべきその現象は、その中心に黒い六つの機械部品を出現させた。

 それは、静かにえりかの腰へ降下していく。

 ウィザードとビースト、二人の魔法使いがそれぞれの武器を手にしたときには、えりかもその防具___セラフをその身に付けていた。

 

「行くよ、皆!」

「ああ!」

「来い……!」

 

 ウィザーソードガンとダイスサーベル。それぞれあらゆる敵との戦いにおいて、重要な役割を果たしてきた武器が、ディケイドシャナの刀___贄殿遮那(にえとののしゃな)と交差する。

 

「速え……!」

 

 ビーストが毒づく。

 可奈美のような別次元の素早さではないが、見える動きの最大限の速度に、ウィザードとビーストの剣は常にギリギリのところで躱されてしまう。

 さらに、燃える髪をなびかせながら、ディケイドシャナはその刀でウィザードたちを同時に切り裂く。

 ウィザードたちがバランスを崩したと同時に、ディケイドシャナは新たなカードを装填する。

 

『アタックライド 飛焔』

 

 そして発生する、ディケイドシャナの頭上の炎の目。そこから、近接とは真逆の遠距離の炎が放たれた。炎で作られた腕が、ウィザードたちを圧し潰そうとする。

 

「避けるぞコウスケ!」

「皆まで言うな!」

『ハリケーン プリーズ』

『ファルコ ゴー』

 

 二人の魔法使いは、即座に空中専用の指輪を使用。

 エメラルドと隼の力で、それぞれ空中へ駆けあがり、それぞれの炎の腕から逃れる。

 炎の翼を持って、二人を追いかけるディケイドシャナ。

 

「次はこいつだ」

 

 次に彼が手にしたカードは、打って変わって少年が描かれている。

 飛翔能力を持つシャナ以上に、ディケイドが選択したそれは。

 

『カメンライド 一夏』

 

 空を緋色に染め上げる炎は、一転して白い機械を纏った少年となる。

 黒髪の少年の姿をしているが、纏う純白の機械には目を見張るものがある。男性ながら唯一IS(インフィニット・ストラトス)を起動できる少年、織斑一夏の姿をしているディケイド、ディケイド一夏。

 彼は手にした長い剣___白式___を構え、ウィザードたちへ接近してくる。

 そのままウィザード、ビースト、ディケイド一夏は、空中で何度も激突を繰り返す。

 緑とオレンジと白の軌跡は、地上の可奈美達にとっては流星のようにも見えただろう。

 

『チョーイイネ サンダー サイコー』

 

 ウィザードは急いで指輪を発動。

 発生した魔法陣より、緑の雷光がディケイド一夏を狙う。

 だが。

 

「はあああああああっ!」

 

 ディケイド一夏の叫び声。

 同時に振り抜かれた、光の刃白式(びゃくしき)。機械から真っすぐ伸びたその刃は、魔力をエネルギーに変換した雷さえも両断し、魔法陣ごと切り裂いていた。

 

「なっ……!?」

 

 驚くウィザード。

 だが、それでディケイド一夏の接近が止まるわけではない。

 白式が、そのままウィザードの頭上で振り下ろされる。

 

「ハルト!」

 

 だが、隣のビーストがウィザードを突き飛ばす。そのままダイスサーベルで白式を受け流し、逆にディケイド一夏へ蹴りを入れた。

 

「ぐっ……」

 

 防御したディケイド一夏は、そのまま高度を落とす。

 

「ふん」

 

 鼻を鳴らし、即座に別のカードを装填した。

 

『カメンライド あかね』

 

 白い少年の姿は、どこからともなく飛んできた赤い機械部品に手足を包まれていく。そして、一瞬の瞬きの間に、ディケイド一夏の姿は、短いツインテールの赤い少女の姿に変わっていた。

 その手に巨大な赤いブーメランを握るその姿に、ウィザードは思わずつぶやく。

 

「一体いくつの姿になれるんだ……?」

「さあな? お前はいくつ引っ張り出せるかな?」

 

 示現エンジンと呼ばれる無限のエネルギーを守るために、友情を胸に戦う少女、一色あかね。その姿を映しとったディケイドあかねは、手に持ったブーメラン型の武器、ネイキッドラングを肩にかける。

 

「行くぜ」

 

 ディケイドあかねはにやりと笑み、そのブーメランを投げる。

 キリキリと回転しながらウィザードを狙うが、それはあっさりと打ち弾かれた。

 

「さらに、コイツはサービスだ」

 

 ディケイドあかねはそう言って、別のカードを取り出す。

 

『フォームライド あかね ブルー』

 

 すると、ディケイドあかねの色が赤から青に変わっていく。

 さらに、別人としか思えない体の変化。さらに、ネイキッドラングはその形を大きく変え、ハンマーとなっていく。

 

「……へ?」

「どんどんいくぜ」

 

 ビビッドブルー。

 二人の友情を合わせたものと同じ姿であるそれは、その手にした巨大なハンマーを振り上げる。

 振り下ろされる、巨大なハンマー(ビビッドインパクト)。それが来る前に、ウィザードは新たな魔法を発動させる。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 使用された風の壁。

 風で作られた強固な壁だったが、それは膨大な質量に圧し潰され、その背後にいたウィザードとビーストを地面に叩き落とした。

 土煙を上げるウィザードとビースト。それを見て、着地したディケイドあかねは、次のカードを取り出した。

 

『バッファ ゴー』

「しゃらくせえ!」

 

 だが、それよりも早く土煙を切り、猛牛のマントを付けたビーストが突進する。

 もうすぐ、ディケイドあかねの体に激突する。その直前で。

 

『カメンライド サイタマ』

 

 ディケイドの姿が、新たな人物のそれとなっている。

 黄色の全身タイツと赤いマント。特徴のない顔と、腰のディケイドライバーの他は子供でもイラストが描けそうな姿になったそれ。

 サイタマと呼ばれる筋トレの覇者は、変哲もないカウンターパンチをしようと身構える。

 それを見たウィザードは、直感した。

 終わりだと。

 彼が拳を振るうだけだが、なぜか危険性を感じた。

 

「コウスケ!」

『バインド プリーズ』

 

 ウィザードは咄嗟に拘束の指輪を使い、風で出来た鎖を発生、ビーストを掴み、放る。

 静止したビーストの目の前で空を切る、ディケイドさいたまの拳。

 ただ、空を切る。それだけだったが、その風圧を受けたウィザードは仮面の下で顔を真っ青にする。

 

「お、おいハルト……パンチ一発にちょっとオーバーじゃねえの?」

 

 風の鎖で地面に頭から叩きつけられたビーストは不満を口にした。

 

「何か、危ない気がして……」

「……フン」

 

 ディケイドさいたまは鼻を鳴らし、新しいカードを引っ張り出した。

 

『カメンライド デンジ』

 

 そのカードを装填すると、ディケイドさいたまの胸に小さな赤い紐が現れる。

 それを引っ張ると、ディケイドさいたまの頭部に変化が訪れる。その頭皮を突き破り、チェーンソーの刃が顔を見せた。

 

「……また凄まじいものに……」

「なんじゃありゃ……バケモンじゃねえか」

「チェーンソーの悪魔……らしいぜ?」

 

 世に蔓延る悪魔を討伐するデビルハンター。その一人、デンジが宿すチェーンソーの悪魔との契約の証をコピーしたそのディケイドデンジは、腕から生えてくるチェーンソーを振るう。

 

「今度はこっちだ!」

『ランド プリーズ』

 

 風から土へ。

 このウィザードの防御力は、先ほどの風の比ではない。

 

『ディフェンド』

 

 風と土の違い。

 それは、土でできた防御の壁の強固さだった。

 だが。

 

「お前が壁を作り、俺が破壊する……」

 

 それは、ディケイドデンジのチェーンソー一振りに、アッサリと崩された。

 

「な……っ!?」

 

 ウィザードの防御力を越えた破壊力。慌ててウィザードは、再度防御の魔法を発動した。

 連続して発動する、土の壁。だが、生成されるそばから、土の壁は切り崩されていく。

 

「無限ループが完成したなあ!?」

「させません!」

 

 だが、それは突如の乱入者に阻まれる。

 えりかが、ディケイドデンジのチェーンソー、その刃先に盾を割り込ませ、その軌道を地面へ反らしたのだ。

 地面に刺さったチェーンソー。それを見下ろしたままのディケイドデンジは舌を巻いてえりかを見る。

 

「蒼井えりか……なら、これだな」

「……!」

 

 えりかの表情が、明らかに変わった。

 ディケイドデンジが見せたカード。それは、迷いなく腰のディケイドライバーに差し込まれ。

 

「俺の伝説は、ここから始まる……ってな」

『カメンライド 月歌(ルカ)

 

 出現する、ワームホール。

 それは、えりかが出現させたものと全く同じもの。だが、その中心に現れるのは、えりかの盾型セラフとは全く別の物。

 二本一組、黄銅色の剣が、静かにディケイドデンジの手に舞い降りる。

 いや、手にしたのはまた新たなディケイドの姿だった。青い制服を着こなす、長い前髪に左目を隠した少女。

 そしてそれは、えりかにとって最も強い想いを抱く相手。

 

茅森(かやもり)さん……」

 

 ディケイド月歌は、茫然としていたえりかへ、その二本の剣で斬りかかる。えりかは慌ててその腰の機械をその前面に押し出す。六角形を描くその機械の合間に、非物質の盾が発生し、ディケイド月歌の剣は狙いを逸れた。

 

「ほう……」

「茅森さん……ではないことは分かっています! シールドレイ!」

 

 そして、放たれる光。だが、リーチが短いのもあって、ディケイド月歌は体を反らしてえりかの反撃を避けた。

 

「一気に終わらせてやる……」

 

 ディケイド月歌が取り出したカード。細いいくつもの線が交差し、どことなく「A」とも読めるクレストマークのカードを、ディケイド月歌はディケイドライバーに装填した。

 

『ファイナルアタックライド 月 月 月 月歌』

「! いけない!」

 

 その言葉を聞いた途端、えりかは足を止める。

 ウィザードとビーストの前に立ち、その防御を可能な限り広げた。まるで天使の翼が彼女の背中から現れたような幻覚を、ウィザードは目撃する。

 

「エンジェル・ウィン……」

「遅い!」

 

 えりかが大規模な防御を張るよりも一手素早く、ディケイド月歌の斬撃が彼女の体に届く。

 

「がっ……!」

「えりかちゃん!」

 

 えりかが大きく体を歪めた直後に、巨大な防壁は完成した。これ以降の攻撃は、彼女の防御を貫通しない限り届かない。

 だが。

 

「もう……手遅れだ」

 

 高速で全方向からの斬撃。ディケイド月歌の攻撃が行われるたびに、彼女の盾が移動し、その攻撃を防ぐ。だが、展開しきれていない以上、その余波のダメージがえりかを襲い続けている。

 そして、ディケイド月歌は着地。えりかに背を向けると同時に。

 

「きゃああああっ!」

 

 爆発。

 夢幻泡影と呼ばれる技により、えりかはセラフを解除し、崩れ落ちた。

 

「えりかちゃん!」

「アイツ、やっぱりやべえぞ!」

 

 ビーストはそう言いながら、新たな指輪を付け直す。

 ウィザードも、えりかを助け起こしながら、また新たな指輪を付け直した。それと同時にディケイドもまた別のカードをディケイドライバーに装填した。

 

『ウォーター プリーズ』

『ドルフィン ゴー』

『カメンライド 吹雪』

 

 青と紫。二つの水属性が魔法使いたちを変化させるのと同じく、ディケイド月歌の周囲から、どことなく戦艦の武装を思い起こさせるパーツが飛び出した。

 それは、彼の腕に装着される。だが、装着したのは、青い学生服の月歌の姿ではない。セーラー服の少女。

 艦娘(かんむす)と呼ばれる、深海棲艦(深海より迫る脅威)に抵抗しうる力を持つ者の一人、特型駆逐艦一番艦吹雪。そのコピー、ディケイド吹雪は、右手の射出口をウィザードたちへ向ける。

 

『リキッド プリーズ』

「来るなら来やがれ!」

「そうさせてもらおう」

 

 ディケイド吹雪の返答と同時に、彼の射出口が火を噴く。

 だが、それよりも先にウィザードとビーストの体は液状化。地面を水のように潜伏し、潜っていく。

 追いかけるディケイド吹雪。

 一見ただの少女の姿をしているが、その移動方法に足は使わない。アスファルトを滑走していくディケイド吹雪の足元には、時折波のような水しぶきが散り上がる。

 

「行くぜ!」

 

 ビーストが叫び、アスファルトから飛び出す。固体を貫通し、泳げるその能力に対し、ディケイド吹雪は低姿勢を取る。

 歩行では決して出来ない、低体勢のままの移動により、ディケイド吹雪はビーストのラッシュを避け切った。

 

「遅い!」

 

 ビーストの腹に当てられた、ディケイド吹雪の砲台。

 

「なっ!?」

「食らえ!」

 

 それは、ゼロ距離の砲撃。乾いた空気に響く発射音は、ビーストを吹き飛ばし、地面という海の中に撃沈させた。

 

「コウスケ!」

 

 ウィザードはディケイド吹雪の背後に飛び上がる。そのままウィザーソードガンを振り下ろす。

 それは防御によって出された砲台を切り裂き、そのままディケイド吹雪を蹴り飛ばした。

 両足で支えたディケイド吹雪へ、ウィザードは即座に追撃の指輪を発動する。

 

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

「お前よりによって今それ使うなよ!」

 

 地面の中から、ビーストが叫ぶ。

 ウィザードはそれを無視しながら、右手を地面に叩きつける。広がっていく青い魔法陣とともに、氷の柱が突き上がっていく。

 ディケイド吹雪はひたすらに動き回りながら、氷を避ける。

 だがやがて、その右足を氷が捕らえた。

 

「何!?」

「よし!」

 

 そのまま氷が、ディケイド吹雪を飲み込もうとしていく。

 ディケイド吹雪は、完全に氷に閉ざされた。そう、思ったが。

 

『カメンライド シンラ』

 

 ディケイド吹雪の足が、炎に包まれる。ジェット噴射のように炎が発射され、氷の発射台を砕き、新たなディケイドが空へ上がっていく。

 黒い消防服を纏った、ギザギザの歯が特徴の少年。それは、人体発火現象により、(ほむら)ビトとなった怪物たちから人々を守るヒーローを志す少年、森羅日下部(しんらくさかべ)を模したディケイドシンラである。

 ディケイドシンラは体を捻りながら、ウィザードへ蹴りを放つ。炎を宿した裸足の蹴りは、水のウィザードを地面にめり込ませる。

 そのまま空中へ離脱しようとするディケイドシンラ。だが。

 

『カメレオン ゴー』

「逃がさねえぜ!」

 

 ビーストの肩に装備された、カメレオンの甲冑。その口から発射された長い舌が、ディケイシンラの右足を掴んだ。

 

「うっし! 続けて……!」

 

 ビーストは即座に、手にしたダイスサーベルのサイコロを回転させる。右手のカメレオンの指輪でダイスを止めると。

 

『5 カメレオン セイバーストライク』

「上出来だ! オラァ!」

 

 ビーストがダイスサーベルを振ると、五体のカメレオンの幻影が出現。

 それは、逃げられないディケイドシンラへ容赦なく体当たりを行い、爆発。ディケイドシンラは爆炎とともに墜落した。

 

「うっし!」

「やったのか……?」

 

 やがて、晴れていく煙。

 そして、その中からは。

 新たな姿のディケイド___白い、魔法少女のような姿をした少女___がいた。

 茶髪のツインテール。白に、ところどころ青で彩られた衣装。その左手には、長い金の錫杖が握られており、先端には桃色の球体が取り付けられている。

 

「まだやれんのか……」

「コウスケ」

 

 ウィザードは水から火へと戻り、最後の指輪へ手を伸ばす。

 

「これ以上続けるのは、こっちに不利だよ。……決めよう」

「だな」

 

 ビーストは頷き、変身時にも使った指輪を再度ビーストドライバーに装填する。

 同時に、ウィザードもまた指輪を発動。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

『ゴー キックストライク ミックス カメレオン』

『ファイナルアタックライド _ _ _ ___』

 

 ディケイドのそのカードのガイダンスボイスが、こちらの指輪の詠唱と被って聞こえなかった。

 だが。

 

「あの光……!」

「おいおい、あれってまさか……」

 

 魔法少女のディケイドの前に起こるその現象に、ウィザードとビーストは共に絶句した。

 空間に散らばる、参加者たちの戦いの残滓。

 刀使(可奈美)の写シ、奏者()のフォニックゲイン、勇者(友奈)の神樹の力、ゼクス(リゲル)のリソース、魔法少女(ほむら)の魔法少女の力、ブライ(ソロ)のムーの力、セラフ部隊(えりか)のセラフの力。

 それらのエネルギーが、桃色の光となって魔法少女のディケイドに集まっていく。同じく桃色の魔法陣が光を吸収し、大きく、より大きな球体を作り上げていく。

 

 驚いているのは、ウィザードとビーストだけではない。

 可奈美、響、友奈も。

 ほむら、リゲル、ソロも、えりかも。

 

 それは、あらゆる聖杯戦争の局面で、大きな転換を作り上げた技。ウィザードのキックストライクを赤子の手のようにひねり、コンクリートに潜っていた敵対者(スイムスイム)を戦闘不能にし、最凶のサーヴァント(邪神イリス)さえも仕留めた技に相違ない。

 それと全く同一のものが。

 魔法少女のディケイドから放たれた。

 真っすぐウィザードとビーストを飲み込もうとする光が伸びていく、その時。

 全く同じ桃色の光が、別方向から放たれた。

 両者は空中でぶつかり合い、やがて対消滅。

 その余波で、ウィザード、ビーストは倒れ、それぞれ変身を解除してしまう。

 ディケイドもまた、本来のディケイドの姿となり、着地。突然の邪魔者の姿を求めて、顔を上げている。

 そして。

 空中には、漆黒の翼を広げる、銀髪の女性がいた。手を伸ばしたままの彼女は、その赤い瞳で、地上のほむらを、そしてハルト、コウスケ、ディケイドを見下ろした。

 間違いなく、今ディケイドを止めたのは、彼女だろう。

 その名は。

 

「キャスター……!」

 

 見滝原における聖杯戦争。

 その最強格の力を誇る、キャスターのサーヴァント。

 彼女こそが、ディケイドが放った最強の魔法(スターライトブレイカー)を、同じ魔法で打ち消したのだった。




記録してはいませんけど、今までで一話の文字数一番多かったのではないでしょうか……?


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平行世界

「へえ。アンタもやるのか?」

 

 ディケイドはライドブッカーをキャスターへ向けながら言った。

 キャスターはほとんど表情を変えずに、その手をディケイドへ向ける。

 

「シュート」

 

 無情に放たれる、漆黒の光線。ディケイドの前のアスファルトを砕きながら、それはどんどんディケイドへ距離を詰めていく。

 避けたディケイドは、即座にライドブッカーからカードを取り出した。

 

『アタックライド スラッシュ』

 

 可奈美へも使用した、ディケイドのカード。それは、一太刀だけで複数の斬撃を持つ。

 一気にキャスターへ接近、そのマゼンタの刃を振り下ろした。

 一方キャスターも、左手の籠手でライドブッカーをガード。甲高い音が響き渡る。

 

 キャスターは膝を付いたままのほむらを見下ろし、

 

 

「この場を双方無傷で終わらせられる。それでは不満か?」

 

 キャスターの両手に、光と闇の球体がそれぞれ現れる。それはみるみるうちに大きく成長し、二つの間で雷光が行き来する。

 それを見上げていたディケイドは、大きく肩を落とし。

 

「俺はな」

 

 そのカードを取り出した

 ディケイド自身のクレストマークが描かれたそのカード。それをディケイドライバーに装填。すると、無情なガイダンスボイスはそれを知らせた。

 

『ファイナルアタックライド』

「命令されるのが一番嫌いなんだよ……!」

 

 あとは、ディケイドライバーのフックを閉じるだけ。

 ディケイドライバーから流れる待機音声が、それを見守るハルトたちへ不安を煽る。

 数秒、キャスターとディケイドの間に沈黙が流れる。

 やがて。

 

「……ふん。止めだな」

 

 ディケイドは、先にそう言った。ディケイドライバーを開き、装填していたファイナルアタックライドのカードを引っ張り出す。そのままディケイドライバーを放置することで、彼の変身は解除、もとの青年の姿に戻った。

 

「賢明な判断だ」

 

 キャスターはふわりと音もなく着地した。彼女もまた、翼を収め、顔の赤い紋様が消えていく。

 ハルトたちの前には滅多に見せない、キャスターの非戦闘時の姿。その美しさに一瞬見惚れるが、すぐにハルトはディケイドの正体である青年に目を移す。

 すらりと伸びた高身長と、首から下げたピンク___マゼンタのポケットカメラが特徴の彼は、静かに非戦闘の姿のキャスターを撮影する。

 それは、数日前にラビットハウスに訪れた客でもあった。

 

「お前も……俺が知っているお前とは違うようだな」

「お前は何者だ?」

 

 キャスターが冷たく問いただす。

 彼女の隣に立ったハルトもまた、彼が答えるのを待った。

 彼はにやりと笑みを崩さないまま、その名を口にした。

 

「人に名を尋ねるときは、自分から名乗るものだぜ?」

「……私は……」

「知っている。尋ねはしたが、別にお前はいい」

 

 青年は、キャスターの名乗りを手で制する。そして、ハルト、そしてコウスケへ向き直った。

 

「俺が知りたいのは、お前たち二人だ」

「俺たち?」

「何でオレたちだけなんだ?」

 

 コウスケの問いに、青年は肩を鳴らした。

 

「他の奴らは全員知っている。何なら、ウィザードとビーストもな。だが、お前たちだけは知らない」

「でも、私はあなたと会った覚えはありませんよ?」

 

 腕を抑えながら、えりかが言った。

 彼女の腰についていたセラフは、いつのまにか無くなっており、セラフがある間点灯していた彼女の服の一部も、その光を失っている。

 青年は鼻を鳴らす。

 

「さっきも言ったが、俺はお前たちを知っているぞ。蒼井えりか」

「!」

「何なら、セラフ部隊の真実もな……」

「セラフ部隊の真実……?」

「もっとも、この世界にはもう関係ないことのようだがな」

 

 ぽかんとした顔のえりか。

 士はそれ以上えりかに構わず、起き上がった者たちへ顔を向けた。

 

「他の奴も当ててやろうか?」

「わ、なんか怖いんだけど……」

 

 可奈美はそう言って、千鳥を抱き寄せる。

 士は何てことなさそうに、可奈美へ口を開いた。

 

「衛藤可奈美。美濃関学院中等部二年。御刀、千鳥に選ばれた刀使で、底なしの剣術バカ」

「何で知ってるの!?」

「前に会った時は、別れ際にまた立ち合いしようとか言われたんだがな」

 

 目を白黒させる可奈美に構うことなく、士は続ける。

 

「次はお前だ、立花響」

「ちょっと待ってまだ心の準備がッ!」

「シンフォギア、ガングニールの奏者、立花響。国連直轄の秘密組織、S.O.N.G所属。敵であっても手を繋ぐことを信条としている、趣味は人助けのお人よし」

「ご、ご名答……ッ!」

 

 唖然とする響。

 だが士は、ため息を付きながら続けた。

 

「もっとも、小日向未来がいない場所にいるとは思わなかったがな」

 

 小日向未来。

 その名は、ハルトにとっても覚えがあった。

 昨年末、響の記憶より作られた彼女の最も大切な敵が、そんな名前ではなかったか。

 

「結城友奈」

「わたしのことも知ってるの!?」

 

 次の標的にされた友奈が口を抑えた。

 士は頷き、すらすらと彼女の内情を語っていく。

 

「讃州中学二年の勇者部。うどんと武術が好きで、勇者部活動で人助けでもしてるんだろ?」

「すごい! 当たってる!」

 

 友奈はパチパチと拍手をした。

 

「各務原あずみのゼクス、リゲルに……キュゥべえと契約した魔法少女、暁美ほむら。それに、超古代電波文明、ムーの末裔ソロ……」

「何でも知っているんだな……逆にそこまで知っていてなんで俺たちのことは知らないんだよ」

 

 凄いを通り越してため息になる。

 そんな経験を珍しいなと感じながら、ハルトはため息を付いた。

 

「……松菜ハルト。指輪の魔法使い、ウィザードをやっている」

「おいハルト、お前何普通に名乗ってるんだよ」

 

 コウスケがハルトの肩を掴む。だがハルトは彼の腕を振り払い、耳打ちした。

 

「仕方ないだろ。今の俺たちには、あのディケイドに対する情報が何もないんだ。アイツのことを少しでも知りたい」

「……まあ、一理あるか」

 

 コウスケは渋々承諾した。

 

「オレは多田コウスケだ。オレも、指輪の魔法使い、ビーストだぜ」

「指輪の魔法使い……だが、やはり仮面ライダーか」

「仮面……ライダー?」

 

 聞き覚えのない単語に、ハルトは聞き直す。

 いや、正確には、一度だけ聞き覚えがあった。確か、ハルトのサーヴァントである真司___龍騎が召喚された時、自らを仮面ライダーと名乗っていなかったか。

 青年は、首からぶら下げているピンクのカメラを手に取る。そのネジを回し、やがてハルトとコウスケの二人へレンズを向けながら、その名を告げた。

 

門矢士(かどやつかさ)

 

 士。

 その名を持つ彼が、カメラのシャッターを押すのと同時に、さらにもう一言、付け加えた。

 

「世界の……破壊者だ」

「破壊者……やっぱり、聞き覚えがある……!」

 

 だが、思い出そうとするハルトの前で、コウスケは士に詰め寄る。

 

「破壊者だァ!? ってことはお前、オレ達のこの世界をぶっ壊そうってのか!?」

「コウスケさん、落ち着いてッ!」

 

 コウスケを止める響。

 だが、それで冷静になれるコウスケではない。

 

「いきなり襲い掛かって来て、それはねえだろ!? お前、参加者じゃねえのか!?」

 

 士の胸倉を掴むコウスケ。だが士は、表情一つ変えることなく、その手を払いのけた。

 

「参加者? 何のだ?」

「これに決まってんだろ!」

 

 コウスケは、自らの右手に刻まれた黒い紋章を見せつける。

 元々あったのは、巨大なフォニックゲインの紋章だったが、今はその三分の二が消失し、右上の部分だけしか残っていない。

 

「……令呪か?」

 

 士の口から真っ先に出てくるその言葉。

 その単語を知っているという事実に、ハルトたちは愕然とした。

 

「令呪を知っているってことは……」

「やっぱりお前も参加者だったんじゃねえか!」

「だからコウスケさん落ち着いてッ!」

 

 より一層、コウスケが士への警戒を強める。

 

「だいたいわかった……これは、聖杯戦争だな? そういえば、お前アイツをキャスターと呼んでいたな……」

 

 士は自らの右手を見下ろしながら頷いた。

 

「なら、お前らも聖杯戦争に参加しているのか?」

「聖杯戦争まで知っているのか?」

「ああ。いくつかの世界でも、どいつもこいつも血なまぐさい殺し合いをしていたからな……で? 今回はどこの魔術協会が絡んでいるんだ? あと、今回の御三家はどいつだ?」

「御三家……?」

「遠坂間桐アインツベルンのことだが……そんなことも知らないのか……それとも、いないのか?」

 

 士はそう言って、自らの右手を見下ろす。

 

「聖杯戦争か……どうやら、それが俺の役割らしいな……」

「役割?」

 

 聞き返す友奈。

 士が友奈を含め、ハルトたちに見せつけたのは。

 右手。その手の甲に刻まれていたのは、彼が先ほどまで変身していた、ディケイドのクレストマーク。

 それが意味するもの。ハルトたちの顔が一気に引き攣る。

 

「プリテンダーのマスターにしてサーヴァント。それが、この世界での俺の役割のようだ」

 

 険しくなったハルトたち。だがすぐに、士が言った言葉を汲み取り、疑問符を浮かべた。

 

「マスターにして……サーヴァント?」

「おい、一体どういうことだ?」

「何だっていい……」

 

 それは、ソロの声。

 全身が傷だらけの状態ながら、彼は手にしたラプラスソードを士へ向けた。

 

「参加者なら……オレの敵だ!」

 

 彼は、手にしたラプラスソードで、士へ振り上げる。

 士は即座に手にしたライドブッカーを展開、ラプラスソードを受け流す。

 

「お前がすぐに俺を敵だとみなすのは知っていた」

 

 だが、士は手慣れた剣捌きでラプラスソードをいなしていく。

 それぞれの実力は拮抗していたが、それでも焦りを見せるソロの方が劣勢にも見えた。

 

「チッ……!」

 

 苛立ちを露わにしていくソロは、やがて大きくラプラスソードを振る。

 発生した紫の衝撃波が士を狙うが、士は体を大きく捻らせ、その攻撃を避ける。

 

「だが、どうやらお前たちは全員、俺が知っている奴らとは多かれ少なかれ違いがあるようだ!」

 

 士はそう言って、ソロへ手を伸ばす。

 すると、彼の前に銀色のオーロラが出現する。まるでソロの前に壁のように出現したそれを見て、ハルトは思わず口を動かした。

 

「あれって……コエムシが処刑人を召喚するときの!」

「マジかよ!」

 

 コウスケも同じく驚く。

 銀色のオーロラは、ソロの前後に出現。オーロラに飛び込んだ士がソロの背後に出現、そのまま蹴り飛ばした。

 

「なっ……!?」

 

 ソロの二度目の敗北。

 士はそのままライドブッカーを折り畳み、手を叩いた。

 

「安心しろ。参加者だが、特に叶える願いも持ち合わせていない。この世界での俺の役割が終わったら、また別の世界に行くつもりだ」

「参加者が見滝原の外に出たら、強制的に死ぬぞ!」

「そんなもの、俺には通用しない」

「……平行世界から来た、とでもいうの?」

 

 ずっと黙っていたリゲルが、口を開いた。

 バトルドレスと呼ばれる彼女の戦闘服は、先の戦闘により傷ついており、変身を解除し、生身のまま剣を士へ向けている。

 士は鼻を鳴らしながら、手をポケットに入れた。

 

「この中ではお前にだけは突っ込まれたくないな。青の世界からブラックポイントを経由してきた、お前にだけは」

「……」

「なぜ、私たちのことをそこまで知っているの……?」

 

 今度は、ほむら。

 彼女が左手に付けている盾にヒビが入り、武器の出し入れが出来ないように見える。

 

「そして、私たちのことをどこまで知っているの?」

「何なら、もう少し詳しく解説してやろうか、暁美ほむら。鹿目まどかを救うため魔法少女になり、ワル……」

「もういいわ」

 

 士がそれ以上の情報開示を、ほむらが止める。

 

「私のことも知っているようね……平行世界……ね」

 

 ほむらは少し腑に落ちたように、表情を和らげる。

 

「まさか……別時空の私たちに会ったとでもいうの?」

「そんなところだ……と言ったら、信じるか?」

 

 士はにやりと笑みを浮かべながら、そのまま歩み去ろうとする。

 キャスターの横を素通りした彼。

 

「ま、待って!」

 

 ハルトは追いかけようと駆け出す。だがその目の前に、ライドブッカーの銃口が当てられた。

 

「……!」

「そんなに焦るな。どうせまたすぐに会えるさ。この聖杯戦争、俺も少し混ぜてもらうからな」

「……お前は結局、一体何者なんだ……?」

 

 ハルトの問いに、士はライドブッカーをしまい直す。

 にっと笑みを浮かべ。

 

「通りすがりの仮面ライダーだ」

 

 

 

「……ディケイド……!」

 

 物陰から、士を見つめる影。

 それは、協会にて、聖杯戦争の監視役より命令を受けたサーヴァント。

 ルーラーのクラスを持つ彼は、その目で彼___仮面ライダーディケイド、門矢士を睨んでいた。

 

「まさか、奴もこの世界に呼ばれたというのか……」

 

 歯ぎしりを繰り返しながら、(ルーラー)は影に身をひそめる。

 

「それにウィザード……! 奴とは違うようだが、ウィザードまでいるのか……! さて、どうしたものか……」




真司「ハッ!」
紗夜「どうかしましたか?」
真司「なんか、メインキャラ大集合なのに一人だけ省かれているとかいう不憫な目に遭わされている気がする!」
紗夜「いきなり何を言っているんですか……?」
真司「ああ、ごめんごめん。それで、何だっけ紗夜ちゃん?」
紗夜「はい。その……城戸さんは、インターネットとか詳しいんですか?」
真司「いやあ、それが思ってたよりもからっきしでさあ。俺が生きていた時と今じゃ、全然環境が違っててさあ。追いつくのだけでも大変なんだよなあ」
紗夜「そうですか……」
真司「どうしたの?」
紗夜「いいえ、忘れてください」
真司「ハルトじゃなくて俺に聞いてきたってことは、なんか俺なら協力できそうなんだろ? 言って見なよ。力になるから」
紗夜「いいえ……」
紗夜(言えない……! 最近ネトゲに熱中して誰か仲間が欲しくなったなんて……! こんなこと、松菜さんには知られたくない……!)
真司「紗夜ちゃん?」
紗夜「な、何でもありません! それより、今日のアニメどうぞ!」


___華やいだ灯りで 未来照らし導く夢と光 なぞるように触れたいんだ___



紗夜「ぶっ!」
真司「紗夜ちゃんが倒れた!」
紗夜「何でこのタイミングでこのアニメ……」
真司「おおい! あ、カンペが落ちてきた……今回のは、ネト充のススメ!」
紗夜「2017年の10月から12月放送のアニメです……」
真司「会社を辞めて自称エリートニートになった盛岡森子さんが、ネナベプレイしていたら、リリィって女の子と出会い、そこからリアルもネットもどんどん生活が変わっていくってアニメだぜ! で、これと紗夜さんが爆発していることに何の関係が?」
紗夜「ネトゲから……色々繋がるなんて……羨ましすぎます……!」
真司「紗夜さん! しっかりしろ! 紗夜さん! ……ちなみに紗夜さんが仲間欲しがってるネトゲって何?」
紗夜「……これです」スマホ画面
真司「おおっ! これ、無料でプレイできんの!? すげえ!」←当時無料プレイなんて少なかった人


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豪華な朝食

 目覚めは最悪。

 ディケイド___門矢士と名乗ったあの青年との出会いの翌日、大あくびをしたハルトは、窓を開けながらそう思った。

 あの後士は、ハルトたちの前から姿を消した。探している内にほむら、キャスター、ソロ、リゲルもいなくなり、結局途中解散となったのだ。

 

「うわ、寒っ……」

 

 窓から入って来た春風に体を震わせながら、ハルトは肩を鳴らし、スマホを手に取る。

 

「……メッセージか」

 

 通話アプリには、真司からのメッセージが表示されていた。唯一ディケイドと遭遇していない彼に、情報共有のために友奈からの言伝てとアプリによるメッセージで伝えているのだが、その内容が。

 

『そいつ、本当に仮面ライダーって名乗ってたのか!?』

「どこに反応しているんだよ……」

 

 ハルトはそう言って欠伸をかみ殺す。

 

「真司も仮面ライダーって名乗ってたけど……何だよ、仮面ライダーって……」

 

 ハルトは体を捻り、自室のドアを開ける。

 

「あ、ハルトさん……おはよう」

「可奈美ちゃん、おはよう。今日は珍しくねぼ……う?」

 

 廊下での挨拶の途中で、ハルトは言葉を失った。

 この時期の可奈美がよくピンク色のパジャマを使用することは知っている。だが今回、瞼を擦りながらやってくる可奈美は、寝相がわるかったのか、パジャマのボタンがほとんど開かれており、彼女の健康的な肌が露わになっている。腰からズボンもまたひざ下まで下ろされており、その白い下着がどうしてもハルトの目を奪っていく。

 極めつけに手にしたのが人形だったら可愛かったのだろうが、彼女が引きずっているのはあろうことか日本刀の千鳥。

 下手なことを言ってしまえば、どうなるかと考えるとぞっとしながら、ハルトは深呼吸する。

 

「……すぅ……はあ……」

 

 数回、頭の中で回避運動をシミュレートする。

 そして。

 

「可奈美ちゃん」

「ん?」

「朝からさ、その……朝だからかな。相当無防備な姿になってるよ?」

「むぼうび?」

 

 半開きの口からよだれを垂らしながら、可奈美はハルトの指先を目で追いかける。そして、自らのあられもない姿に驚く。徐々に赤くなっていく可奈美は、自身の身体とハルトを見比べ。

 

「な、なんでえええええ!?」

 

 千鳥に抱き着いたまま、可奈美は自室へ勢いよく戻った。バタンとドアが大きな音を立てて、やがてドタバタと彼女が転倒する音が連続してきた。

 

「可奈美ちゃんが寝坊なんて珍しいな」

「お、おはようハルトさん……!」

 

 可奈美は固まった笑顔で、ハルトの前に戻って来た。

 慌てるあまり、着替えも済ませていたようだった。朝食前に、見慣れた私服で戻ってきた彼女は、先ほどのことをなかったことにしようとしているようだった。

 

「さ、さあ早く降りよう今すぐ行こう今日も一日頑張っていこう!」

「すごい早口でまくし立てるじゃん」

「いいのいいの! さあさあさあ!」

 

 可奈美はハルトの背中を押しながら、階段を下りていく可奈美。躓かないように注意しながら、ハルトは一階に降りてきた。

 

「おはようございます。可奈美さん、ハルトさん」

 

 二人を出迎えたのは、チノの挨拶だった。

 こちらへ戸惑ったような表情で振り向いた彼女へ、ハルトと可奈美も挨拶を返す。

 

「おはよう、チノちゃん」

「ハルトさん……これ、見てください……」

 

 チノはそう言って、机の上へ視線を促す。

 ハルトが彼女に促されるように見る前に、可奈美が先に感想を口にした。

 

「すごい!」

 

 そう。凄い。

 全て、可奈美のその一言に集約されていた。

 見たことのないような料理が、所せましと並べられている。高級そうなハンバーグ、どこから仕入れてきたのかと言いたくなる魚料理。溢れる新鮮さで光を放っているサラダ。どれもこれも見ているだけで目を覆いたくなるような光景に、ハルトも目を細めた。

 

「な、何だこれ……?」

「これ……もしかしてっ!?」

 

 可奈美は慌てて二階に戻り、スマホを取り出す。

 すぐさま戻って来て、スマホと朝食を見比べる。

 

「どうしたの可奈美ちゃん」

「これ……やっぱりキャビアじゃない!?」

「ええ。間違いないと思います」

 

 可奈美の発言に、チノが頷いた。

 

「それにこっちは、フォアグラとトリュフです!」

「すごいっ! 世界三大珍味が揃ってる! それにこれは……!?」

 

 可奈美が、身近な位置に置かれていた皿を持ち上げた。金色の液体に浸されたそれは。

 

「これ、フカヒレじゃない!?」

「本当ですか!? 私、初めて見ました……」

「何で……?」

 

 この食卓に並べられているものが、自らのバイト代何か月分だろうかと思うと、頭が痛くなった。

 だが、可奈美とチノはそんな考慮を放棄していた。目の色を輝かせながら、世界三大珍味に夢中になっている。

 

「えっと、今日の朝ごはん担当って……」

「ココアさんです」

 

 チノがパクパクと料理を口に運びながら答えた。所謂シイタケ目を浮かべる。

 

「ココアさん、こんなに素晴らしい朝食を作れるんですね。今日ばかりは、お姉ちゃんって呼んであげましょう」

「普段から呼んであげたら喜ぶんじゃない?」

「それは仕事を覚えてからです」

 

 チノは満足げに頬をほころばせる。

 その時、

 

「寝坊した!」

 

 バタンと音を立てて、彼女は入って来た。

 本日の朝食当番。この高級食のオンパレードを作ったと目されていたココアが、血相を変えてリビングルームに入って来た。

 

「ごめん皆、朝ごはん今から作る……」

 

 だがココアは、すでに目の前に並べられている食卓を見て。

 

「私またリストラだああああああああ!」

 

 悲鳴とともに項垂れた。

 彼女のこのリアクションも、定期的に見るなあと思いながら、ハルトはハムエッグを口に入れる。

 

「あれ? ココアちゃん?」

「全く……寝坊だなんて、本当に仕方のないココアさんです」

 

 可奈美は、口にスプーンを入れながらココアを見つめている。

 ハルトも、おそらく彼女と同じことを考えている。

 

「やっぱりココアちゃんじゃなかったんだね」

「それじゃあ、この料理、誰が作ってくれたんだろ? マスター?」

「それしか考えられませんけど……でも、特に今日はお祝いする日でもありませんし、ここまでの朝食を振る舞う理由がありません。何より……」

「ラビットハウスに、ここまでの量の料理を作るストックはないはずだよ」

 

 チノの推測に、ハルトも頷いた。

 その時、キッチンより別の人物が現れた。

 背の高い、男性。

 ラビットハウスにおける男性は自分を除けば、今話題に出た店主である香風タカヒロしかいないはずではないか、と思っていると、男性は身に付けたエプロンを畳み始めた。

 

「皆さん、どうぞ。私からの、ほんの気持ちです。いつも皆さんにはお世話になっていますから、本日は朝食をサービスさせていただきました」

「朝食って……これ、朝食ってレベルじゃないでしょ……」

 

 ハルトは絶句するが、にっこりとほほ笑んだ見知らぬ男性はそれ以外の感想を待つことなくリビングルームから出ていった。

 

「ああ、ちょっと……!」

「ねえねえハルトさん! これ美味しいよ! これ、食べたことある?」

 

 呼び止めようとしたハルトの袖を、可奈美が引っ張った。

 すでに食卓に着いている可奈美は、世界が誇る料理に舌鼓を打っている。ココアとチノも、それぞれ目を輝かせながら、次々と高級料理を口にしていく。

 

「あ、ああ……そうだね」

「そうだよ! これ、本当に美味しい! 舞衣ちゃんもいつもこういう料理食べているのかな?」

「きっとリゼちゃんも、いつもこういうの一杯食べてるんだよ! ね、チノちゃん!」

「ええ。またこの料理をいただきたいです」

「金持ちの知り合いだからってみんなまさか毎回食べているなんてそんなわけ……」

 

 ハルトはそう言いながら、あまりの味覚に何も考えられなくなっていく同居人たちを眺める。

 すでにうっとりとトリップしてしまったチノ。先ほどまでは冷静な方だった彼女も、もはやひたすらに高級料理を口に運ぶ人形と化してしまっていた。

 そのままハルトは、これまで味わったことのない嚙み心地を味わった。

 味はしなかった。

 

「ハルトさん、ハルトさん!」

 

 世界三大珍味を粗方味わった可奈美は、満足そうに椅子によりかかった。

 

「美味しかったね。ハルトさんは何が一番美味しかった?」

「え? ……あはは……これかな?」

 

 ハルトは無造作に残っている皿を指差す。「そうだよねえ」と机に突っ伏した可奈美。彼女はそのまま、味わいを楽しんでいるココアとチノも可奈美と同じく骨抜きになっていた。

 

「みんな、大丈夫?」

「大丈夫~。お姉さんに任せなさい」

 

 いつも誇らしげに豪語するココアのセリフだが、今回は中身がスカスカに抜けている。

 ハルトは自分の皿をまとめ、ついでに真ん中で食べ終わっている皿も回収。全て厨房に持っていった。

 

「……おかしいな。あんな豪勢な料理、どこから作ったんだろ……?」

 

 未だに残った皿を片付けられるのはいつなのだろうかと考えながら、ハルトは手際よく皿洗いを終わらせる。

 食器類を全て食器台に収納し、手を拭いたハルト。

 ラビットハウスの備蓄倉庫、その中の食糧事情はハルトも大体把握している。如何せん、食料の仕入れを主に行っているのは、バイクに乗れるハルトなのだ。今回の料理の原材料など、どれ一つとして入荷した覚えはない。

 ハルトがグルグルと思考を回転させていくことなど露知らず、三人はゆっくりと食事をしていく。あの量を終わらせると、朝食が昼食になってしまうのではないだろうか。

 最後にそんなことを考えながら、ハルトは階段を登り、自室へ戻る。

 

「さて、今日行くべき場所は……」

 

 ハルトはスマホの地図アプリを起動し、見滝原の全体地図を呼び起こす。

 見滝原は、東西南北にそれぞれ大きな特色がある。

 ラビットハウスがある木組みの街、それは人々が集まる見滝原西に位置している。

 反対方向である見滝原東には、大きなビジネス街が広がっており、見滝原全体の経済の大部分を担っている。

 見滝原の観光名所である、見滝原ドームや見滝原タワー、市役所などの中枢施設は見滝原北に集中している。

 そして、見滝原南。その、川によって孤立したその場は、かつては工場として栄えていたらしいが、企業が撤退した今は無法者たちが集まる場所となっている。

 

「また見滝原南に行くか? 蒼井晶説得を一人でやるのも少し難しいよな」

 

 ハルトは着替えながら、スマホ画面の地図を見落とした。

 

「大道芸での情報収集も最近頭打ちになってきた感はあるしな……」

 

 店主のタカヒロから譲られた上着を着て、机の上に置いてあるウィザードへの指輪が入ったケースへ手を伸ばす。

 そして。

 ハルトの手が、虚空を泳ぐ。

 

「……あれ?」

 

 使い魔の一体、バイオレットゴーレムが作り上げた指輪専用の箱がない。

 

「ゴーレム? ゴーレム、指輪どっかに持って行っちゃったの?」

 

 ハルトは部屋内へ声を響かせるが、紫の使い魔からの返事はない。

 待てど暮らせど、探し回っても、ハルトの生命線たる指輪は一つも見つからない。

 やがてその結論に辿り着いたハルトは、現実を否定するように頭を振る。

 

「……いやいや、まだそうと決まったわけでは……えっと、こういうときは……素数でも数えるか? 2,3,5,7,11,13,17……」

 

 次は何だったかと強く目を閉じたハルトは、もう一度机の上を見る。

 窓の近くに設置してある机。その上には、やはり何も置かれていない。

 つまり。

 

「ああああああああああああああああああ!」

「何!? 今の声!?」

 

 ハルトの悲鳴に、可奈美が血相を変えて飛び込んできた。

 彼女の口元には高級料理の食い残しが付着していたが、ハルトは可奈美の顔を見ることなく、部屋をかき乱す。

 

「ない! ないんだよ!」

「ないって、何が?」

 

 可奈美がハルトの肩から頭を覗かせた。

 ハルトは急いで振り向く。すると、位置が近いのもあって、可奈美とハルトは額をぶつけた。

 

「ぐあっ!」

「痛っ!」

 

 ハルトと可奈美は、同時に額を抑えた。

 

「いっつ……どうしたのハルトさん?」

「そ、そうだ! 痛がっている場合じゃない! ないんだよ!」

「さっきからないって、何が?」

「指輪! 指輪がどこにもないっ!」

「え? 指輪? 指輪って……指輪!?」

 

 事の重大さを遅れて理解した可奈美もまた、同じように叫んだ。

 

「指輪って、ウィザードの指輪だよね!? 何で!?」

「俺が聞きたいよ!」

 

 そう叫びながら、ハルトはもう一度部屋の中をぐるりと見渡す。

 

「ほら! ここに、あの箱が置いてあったんだよ」

 

 ハルトはそう言って、備え付けの机を指差す。

 そこには、先月ゴーレムが作った指輪専用のケースが置かれていたはずだった。だが今、閉まっている窓から差し込む太陽光の下には、何も置かれていない。

 

「今朝起きた時はあったと思うんだけど……」

「ハルトさん、今日今までなにしてたっけ?」

 

 可奈美の言葉に、ハルトは記憶をたどる。

 

「何って、これといったことなんてしてないよ? 朝起きて、歯磨いて、朝食食って……」

 

 その時、ハルトは凍り付く。

 いつもとは違う、今朝だけの出来事。

 高級料理と。

 

「あの男だああああああっ!」

 

 今朝、朝食を提供した青年の顔を思い出したハルトは、勢いよく部屋を飛び出した。




友奈「よーし! 真司さん、今日も元気にこの川を走るよ!」
真司「友奈ちゃん、待って! もう、走ってる!」
友奈「あはははは! 春に走るのって気持ちいいね!」
真司「気持ちいいわけ……ん? こっ……これは!」
友奈「あれ? どうしたの? 真司さ……」
真司「うおおおおおおおおおおおおおっ! エロ本見っけえええええ!」
友奈「ダメだよ真司さん! 拾ったものはお巡りさんに!」
真司「許してくれ友奈ちゃん! 男には、抗えない誘惑ってやつがああああ!」
友奈「ダメだよ! それに、何でこの女の人、堂々と裸見せつけてるの!?」←顔真っ赤
真司「この世界に来てから、職場以外だと年下の女の子ばっかりだから、俺だって同年代の子との出会いが欲しいんじゃアアアアア!」
友奈「だからダメだって! 色んな意味で!」

___ドカン!___

真司、友奈「「!?」」
怪人?「キショッショッショ!」
真司「な、何だあの怪人は!?」
怪人?「エッチなものは、どんどん規制していくッショ!」ビーム
真司「うわっ!」手放したエロ本にビーム命中
真司「ぬああああああああああああっ! 極上のお宝本が、ただの文字ばっかりの本に!」
友奈「本って元々そういうものでは?」
キセイ蟲「キッショッショッショ! こうして、全人類から性欲を無くし、緩やかに地球侵略をしてやるうううう!」
真司「許せねえええええええ! 変身!」
龍騎「っしゃあああああああ!」
友奈「真司さんが今までで一番気合いの入った変身をした!」
キセイ蟲「キッショッショ! お前なんか、敵じゃないッショ!」
龍騎「誰かが言っていた……」
キセイ蟲「ッショ?」
龍騎「ヒーローは、HとEROで出来ていると!」
友奈「すべてのヒーローに謝って欲しいかも」
龍騎「うおおおおおおおおおおっ!」ソードベント
キセイ蟲「キッショッショオオオオオ!」ビシッバシッ!
友奈「……はい、こんな感じに戦うアニメがあるみたいだよ」



___愛を力にして 闘えヒーロー Woh Oh! 燃やせ もっと 恋の火 「スキ」って感情は奇跡 魂の(きらめ)き___



友奈「ド級編隊エグゼロス!」
キセイ蟲「ッショッショ! 2020年の7月から9月まで、壮絶な戦いをしていたッショ!」
龍騎「このっ!」
友奈「こんな敵キャラである、キセイ蟲から人々を守るために戦う、五人の高校生の物語! ……なんだけど、何でこの人たち攻撃のたびに服が破けちゃうのかな……?」
龍騎「そこに! ロマンが! あるからだ!」ストライクベント
キセイ蟲「ぎゃああああああああああ! 熱いッショ!」
友奈「真司さんが、だんだんエグゼロスのみんなと同じになってきてるような……何か、嫌な予感がする」
龍騎「うおおおおおおおおおっ!」
キセイ蟲「ぎゃああああああ!」
友奈「あ、あと、メインヒロインの雲母(きらら)ちゃんが本当に可愛いよ!」
龍騎「はあああああ……」ファイナルベント
キセイ蟲「キッショッショ……!?」
友奈「それから、それからえっと……えっと……」
龍騎「だあああああああああああっ!」ドラゴンライダーキック
キセイ蟲「キッショッショ~!」爆発
真司「……ふう……」全裸
友奈「いやあああああああああああ! やっぱり影響受けて真司さんが全裸になってるうううううううう!」


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泥棒

「ああ? どうした?」

 

 ラビットハウスを飛び出したまずハルトが訪れたのは、見滝原公園。

 何かと戦場になることが多いこの場所に無意識に来てしまうことに自己嫌悪しながら、目の前のテントから顔を覗かせた青年は怪訝な顔を浮かべた。

 

「悪いコウスケ! 怪しい奴見なかったか!?」

「ああ? 怪しい奴?」

 

 コウスケは欠伸をしながら返す。

 

「朝っぱらから大騒ぎしているお前が一番怪しいんじゃねえの?」

「そういうボケはいらないから!」

「何だよ。折角の休みなんだから、のんびりさせてくれよ」

「テント生活の奴がのんびりって何だよ……? じゃなかった!」

 

 ハルトは咳払いをして、話を続ける。

 

「盗まれたんだよ! ウィザードの指輪!」

 

 ハルトはそう言って、腰のホルスターを見せつける。

 普段は色とりどりの指輪が設置されていたホルスター。だが今は悲しいかな、指輪の位置には空洞しかない。

 

「お前、管理がなってねえだろ?」

「泥棒に入られたんだよ! 今朝ラビットハウスに来た男に!」

「泥棒? 指輪泥棒……ってことは、そのうちオレのも盗もうとかしたりすんのか?」

「可能性はあるよね」

 

 ハルトは頷いた。

 コウスケは面倒そうに頭を掻き、「だあああっ!」と叫んだ。

 

「だったら、オレの指輪貸してやるよ。今協力できねえんだ」

「何で?」

「オレ今から大学のダチと会う約束があるからなあ」

「俺の指輪の方が大事じゃないの!?」

「いやこっちのプライベートだって大事だろ!」

 

 コウスケはそう叫び、彼の指輪を差し出した。ハヤブサが描かれたオレンジの指輪。

 それを掲げながら、

 

「……俺、この指輪使えるの?」

「オレは一応変身してない状態でも使えんぞ?」

 

 コウスケはそう言いながら、イルカの指輪をベルトに差し込んだ。閉じた扉の形をしたバックル、その端に接続されているソケットが指輪を読み込み、彼の背中に紫の魔法陣を発生させた。

 

『ドルフィン ゴー』

 

 魔法陣がコウスケの背中に装備させる、紫のマント。彼の脊髄にはさらにイルカの装飾も装備されている。

 

「簡易的だけど、魔法だって使えるぜ。こんな風にな」

 

 コウスケが足踏みすると同時に、その体は公園の底に沈む。あたかもそこが水面であったかのように水しぶきが舞い、ハルトの背後にコウスケが跳びあがった。

 

「ふうん……まあ、貸してくれるならありがたく使わせてもらおうかな」

 

 ハルトはそう言って、ハヤブサの指輪を見下ろす。

 右手に付けて、そのままバックルにかざした。

 すると。

 

『ビースト プリーズ』

 

 すると、ハルトの背後にオレンジ色の魔法陣が出現する。

 それはハルトの肩に触れると、オレンジ色のマントと、ハヤブサの彫刻を生み出した。

 

「これは……」

「そのマントを摘まんで動かせば、空飛べるぜ」

「そう? どれどれ……」

 

 ハルトはマントの端を動かす。

 すると、魔力を込めた風が吹き始め、ハルトの体が上昇し始める。

 

「おおっ!」

「泥棒探すのには便利だろ? 響にも手伝うように言っておくぜ」

「ありがとう!」

 

 ハルトは礼を言って、滑空。

 ハヤブサの魔法により、索敵範囲が大幅に増えた。

 見滝原の街を回りながら、ハルトは今朝の男を探す。

 顔が覚えていられる自信がないが、それでもなけなしの記憶を頼りに、あの男の姿を探す。

 公園から出て、見滝原中央のビル群の合間を探し、西の木組みの街地区を見渡し。やがて、他の地区にも探索の目を光らせていった。

 

 

 

「……見つけた!」

 

 いた。

 見滝原西、木組みの街地区から離れた、とある川岸。

 そこに、あの泥棒はいた。

 ベンチに腰掛け、満足そうに指輪の箱を開けている彼。その前に着地し、同時にハヤブサのマントは消滅した。

 

「お前! さっきの……!」

「なんだい?」

 

 ハルトの声に、泥棒は振り向く。

 彼はしばらくハルトの顔を見つめていたが、やがて思い出したかのように「ああ!」と叫んだ。

 

「やあ。お宝は頂いたよ?」

 

 泥棒はそう言いながら、ウィザードリングを収納した箱を指からぶら下げる。

 

「もう十分でしょ。そろそろ俺の指輪を返してもらうよ」

「そう言われて返す泥棒はいないよ」

 

 泥棒はそう言って、手に持った何かを回転させた。

 それは、青い銃。シアンカラーの本体に、白、黒、金の装飾が施されたそれは、他では見ない泥棒のオンリーワンのものに思えた。

 彼はそのまま、ハルトの足元に発砲、ハルトの動きを止める。

 

「銃……! しまった、こんなことならウィザーソードガンを持ってくればよかった……!」

 

 普段ウィザーソードガンを取り出すのに使っているコネクトの指輪は、今、あの箱の中だ。

 すると、箱が勝手に開いた。中から指輪が散らばり、ゴーレムもまたその中から投げ出された。

 

「ゴーレム!」

「おいおい、邪魔しないでくれたまえ」

 

 駆け寄ろうとするハルトよりも先に、泥棒がゴーレムの頭を摘まみ上げる。

 首が回転する機構が逆に作用し、体が回転している。

 泥棒は顔を反らしながら、面倒そうな顔をした。

 

「これはいらないかなあ。返すよ」

「なっ!?」

 

 泥棒はそう言って、ゴーレムを放り投げた。

 ハルトは慌てて両手を差し出し、ゴーレムをキャッチ。

 ゴーレムは、ハルトの顔を見て、喜ぶように両手を上げて顔を回す。

 

「大丈夫だゴーレム。もう怖くないからな」

 

 ハルトはゴーレムの頭を撫でた後、頭の指輪を叩く。

 すると、ゴーレムはその体を消失させ、頭部の指輪だけになった。指輪をポケットに入れたハルトは、散らばった指輪を回収し、全て箱に入れ直した泥棒を睨む。

 

「お前……! 俺の指輪を盗んでどうするつもりだ!?」

「別にいいじゃないか。僕のコレクションさ」

「コレクション? 冗談じゃない! 俺の指輪を返せ!」

「ハルトさん!」

 

 その声に、ハルトは振り向いた。

 

「響ちゃん!」

 

 それは、立花響。

 ランサーのサーヴァントは、ハルトと泥棒の二人を見る。

 

「コウスケさんから大体の事情は聞いたよッ! 手伝うよッ!」

「手伝うっていうか、もう犯人見つけてるんだけど……」

 

 ハルトはそう言って泥棒を指差す。

 泥棒は、ハルトではなく響を見つめ、口角を吊り上げた。

 

「立花響……つまり、ガングニールか。なるほど、それもいいお宝だね」

 

 泥棒はそう言いながら、懐よりカードを取り出した。

 青い戦士がアップで描かれたカード。そのカードデザインは、どことなくあの___ディケイドが使うカードとよく似ていた。

 泥棒はそれを、銃の側面にあるスロットに装填する。

 

『カメンライド』

 

 カードの存在によって拡張した銃身。そして浮かび上がるのは、無数の縦線が並んだクレストマーク。

 そして、カメンライドという音声。つい昨日同じものを聞いたことがあるハルトに、嫌な予感が走った。

 銃口を空へ向けた泥棒は。

 叫んだ。

 

「変身」

『ディエンド』

 

 アナウンスボイスとともに、泥棒は引き金を引いた。

 すると、発生した青いエネルギーがカードの形となり、黒いボディとなった泥棒へ突き刺さる。カードのエネルギーより青い色が全身に行き渡り、その姿は青と黒の戦士となる。

 

「……ディエンド?」

「ディケイドに似ているような……? 仲間かな?」

「へえ……士とは面識があるんだね」

 

 ディエンドはそう言いながら、その銃を響へ向けた。

 

「僕の邪魔をしないでくれたまえ」

「だめだよッ! 泥棒はよくないから、ハルトさんに指輪を返してッ!」

 

 響が叫んだ。

 だが、ディエンドがその言葉を聞く道理はない。

 容赦なく発砲してきたディエンドの銃、ディエンドライバー。

 それをバックステップで避けた響は、それを口にした。

 

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 

 それは、唄。

 彼女の首から下げられる赤い首飾りが黄色に発光し、その体を包んでいく。

 そして、響の体に一つ一つ装備されていくそれは。

 シンフォギア ガングニール。

 演舞を舞いながら、響はその変身を完了した。

 

「シンフォギア……見るのはなかなか久しぶりだね」

「へ? シンフォギアを知ってる?」

「このパターンデジャヴが……」

 

 思わぬディエンドの発言に、響はきょとんとした。

 ハルトはさらに、警戒を深めた。

 

「お前、一体何者なんだ?」

「僕はただの……通りすがりの怪盗さ。立花響……君のことは知ってるよ?」

「やっぱりこのパターンッ!?」

「まあ、僕が知っているのは、君ではあって君ではない。あの時は取り逃したけど、改めて君のガングニールをもらおうかな」

 

 ディエンドはそう言って、カードを引っ張り出した。

 それは、ディケイドが使っていたカードと同じ規格のカード。それを、変身の時に使った銃、ディエンドライバーへ差し込む。

 

『カメンライド カイザ』

 

 さらにもう一枚。別のカードをディエンドライバーに装填すると、また別のクレストマークが銃に浮かび上がる。

 

『カメンライド スペクター』

 

 ディエンドがその銃口を響に向けて放つ。すると、先ほどと似た、無数の虚像が現れる。マゼンタ、シアン、イエローの三原色が重なり、それは実体となっていく。

 やがて現れたのは、χ(カイ)の記号を頭に刻んだ戦士。黒をメインにしたアーマーに、黄色のアクセントを入れたそれは、とても特異なデザインをしている。χの顔の合間の紫が、彼をより紫がメインと主張させている。

 そしてもう一体。黒い素体をベースに、水色のアクセントが入っている。フードを脱いだそれは、鬼のような形相で響を見返していた。

 それぞれの名を、カイザ、スペクターと呼ぶ。

 

「な、なんか出てきたッ!?」

「さあ、いってらっしゃい。僕の人形たち」

 

 ディエンドの命令とともに、二人の仮面ライダーは響へと接近していった。



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”限界突破 G-beat”

 カイザは襟を摘まみ、首を回す。

 その手に持つのは、Xの形をした銃。

 カイザブレイガンと呼ばれるその引き金を引くと、黄色の光線が発射された。

 バク転で避ける響は、即座にカイザへ接近、

 

「な、何ッ!?」

 

 響は驚いて、カイザの腕を受け止める。彼の手に握られていた巨大なχ(カイ)の文字を象った武器、その刃が、響の肩を焼いた。

 

「っ!」

 

 その痛みに、響は顔を歪めた。

 カイザの攻撃はまだ続く。カイザブレイガンを振り回す彼に対し、響はカイザブレイガンに接触しないようにその手首を掴んだ。

 手首を軸に組み合いながら、響とカイザは格闘を続ける。

 だが、そこにに、スペクターもまた肉弾戦を挑んでくる。

 

「くッ……!」

 

 カイザから手を放し、バク転した響は、そのままスペクターの拳を足場にジャンプ。着地した響は、そのまま地面に足を強くめり込ませた。

 すると、出現する巨大な土の隆起。それを蹴り上げ、カイザ、スペクターめがけて蹴り飛ばす。

 

「我流・烈衝流星脚!」

 

 岩石を押すことで、ともに一つの流星となった響。

 一方、スペクターはガンガンハンドと呼ばれる長銃を用意していた。

 その中心部、目の彫刻が刻まれたその部分を、スペクターのベルト、ゴーストドライバーの目の部分が、それぞれアイコンタクトとなる。

 

『ダイカイガン ガンガンミロー ガンガンミロー』

 

 すると、その銃口に青いエネルギーが溜まっていく。

 

『オメガ スパーク』

 

 発射される、青い光線。

 それは岩石を破壊し、その奥にいた響を空中に投げ出した。

 

「なッ……!」

 

 驚く響へ、さらにカイザが追撃の斬撃を放つ。

 響は反射的に体を捻り、カイザブレイガンの本体を蹴り飛ばす。さらに、無防備になったカイザへかかと落としを放つ。

 地面に墜落したカイザを見届けた響は、腕のシリンダーを解放した。

 

「我流・撃槍烈破」

 

 背中のブースターが火を噴く。一気にスペクターへ接近、その体へ拳を埋め込もうとする。

 吹き飛んだスペクターは、カイザとともにディエンドのもとへ転がっていった。

 ディエンドは二人にそれぞれ目をやりながら、頷いた。

 

「やっぱり厄介な力だね、ガングニール」

 

 ディエンドは数回ディエンドライバーを手で叩きながら、やがてそのカードを取り出した。

 

「なかなかに楽しませてもらえそうだけど、君のガングニールや、その他のシンフォギアの力はもう見ている。そろそろ頂こうかな」

『アタックライド クロスアタック』

 

 ディエンドはそう言って、カードを装填する。

 すると、彼が召喚したライダーたちが、それぞれのアイテムに手を伸ばした。

 

『エクシード チャージ』

 

 カイザは腰に付いているベルト、その携帯電話らしきものを開く。その中のボタンを押すと、その機能が解放される。

 携帯電話から黄色のエネルギーがカイザの体のラインを伝っていく。それはやがて、彼の手のカイザブレイガンに到達。カイザはそのまま、カイザブレイガンの銃口を響に向け、発砲。

 すると、黄のエネルギーが、そのまま響に命中。

 

「なッ!?」

 

 命中と同時に網目状になったエネルギーは、そのまま響の体を拘束。

 黄色に輝くカイザブレイガンを手にしたカイザが、今にも突進しようと身構えている。

 さらに。

 

『ダイカイガン スペクター オメガドライブ』

 

 スペクターがゴーストドライバーのレバーを引く。

 すると、ゴーストドライバーが瞬きを行い、その目に表示されるマークが入れ替わる。

 すると、スペクターの背後に青いマークが現れる。何らかの呪術的な要素も見て取れるそれからは、青いエネルギーがスペクターの右足に注がれていく。

 

「響ちゃん! ……っ!」

 

 これ以上は黙ってみていられない。

 ハルトは唇を噛みしめ。そして。

 

「やるしか……ない……っ!」

 

 響の前に立ち、二人の仮面ライダーの攻撃から盾になるように立つ。

 そして一瞬、その目が……

 

「ハルトさんッ! 大丈夫! こんなの……」

 

 響は全身を震わせる。

 

「へいき、へっちゃらですッ!」

 

 響は大声とともに、その全身に流れるフォニックゲインが高鳴っていく。それは響の白い装甲部分さえも黄色に染め上げ、やがて全身の拘束を引きちぎる。

 

「だりゃああああああああああああッ!」

 

 響はそのまま、カイザとスペクターへ拳を握り、放つ。二人を同時に拳の圧で吹き飛ばし、転がした響は、黄色のマフラーを靡かせる。

 そして、彼女の体という楽器は、口笛を鳴らす。静かな世界、その音だけが響いていた。

 胸の歌が、始まった。

 

 ___一点突破の決意の右手 私と云う音響く中で___
 

 

 スペクターがガンガンハンドの銃身で斬りつけてくる。

 響はそれを避けながら、歌を続けていく。

 

 ___「何故?どうして?」の先を 背負える勇気を___
 

 

 さらに、背後からカイザがカイザブレイガンで斬りつけてくる。

 背中から火花が弾かれ、その動きが一瞬鈍る。だが、すぐに振り向きざま、ガンガンハンドを弾き飛ばす。

 

 ___迷いは…ないさ 拳に包んだ___
 

 

 カイザとスペクターに挟まれながらも、響は腰を落としたまま身構える。

 

 ___勇め(Let’s shout)どんなんだって一直線で___
 

 

 天高くジャンプした響。

 

 ___届け(Let’s shout)ありったけファイト一発でダイブ___
 

 

 そのまま、垂直落下で、地面を砕く。

 退避したカイザとスペクターがいた場所は、地面の隆起が貫いていた。

 

 ___ぶち抜く(壁を)ぶっこむ(ハート)___
 

 

 カイザとスペクターは、再び格闘戦を挑んでくる。

 だが響は、卓越した動きで二人の行動を予測。

 

 ___胸の歌がある限り___
 

 

 背中を曲げて、胴体を仰向けに反らす。

 その顔面をかするように、カイザブレイガンとガンガンハンドが横切っていく。

 

 ___正義(信じ)握り(締めて)___
 

 

 そのまま、二つの武器を掴んだ響は、体を回転させて二つの武器の上に躍り出て、

 

 ___自分色に咲き立つ花になれ___
 

 

 そして響は、自らにこう付け加えた。

 

 ___HEROじゃなく___
 

 

 そして。

 握った拳が、炸裂する。

 

「高鳴れッ!」

 

___G-beat!___

 

 その勢いで、拳をカイザの腹に食い込ませる。体をくの字に曲げたカイザは、そのまま上空へ吹き飛んでいく。

 

 ___メーターを___
 

 

「ガンとッ!」

 

___G-beat!___

 

 続いて、響の回転蹴りが、後ろから襲ってきたスペクターの顎を打ち上げる。

 

 ___振り切れ___
 

 

 並んで響を睨む二人の仮面ライダー。

 正位で立ち戻った響は、一節だけそこで歌い切り。

 

 ___この両手で この歌で 守り切ってやる!___
 

 

 両手の拳をそれぞれ握り合わせる。足を大きく広げ、腰を落とし。

 

「貫けッ!」

 

___G-beat!___

 

 そして、ミサイルのように接近した響。両手の掌底で、カイザとスペクターを弾き飛ばし。

 

 ___信念を___
 

 

「燃えろッ!」

 

 ディエンド本体へも、拳を放った。

 

___G-beat!___

 

『アタックライド バリア』

 

 ディエンドは防御のカードを発動。

 その目の前に、青い壁が出現した。半透明のそれは、響の拳がそれ以上進むことを許さない。

 だが、威力は殺しきれないようだった。

 そのまま地面を引きずったディエンドは、そのマスクの下できっと驚いているだろう。

 

 ___激しく___
 

 

 一節で、息を吐いた響。静と動、二つの呼吸を分ける響は、一瞬の静に身を預ける。

 そして、反撃してくるカイザとスペクター。

 それぞれ、黄色と青の光をその右足に宿らせていく。

 ゴルドスマッシュとオメガドライブ。二つのライダーキックが、響へ迫っていくが・

 

 ___限界なんて…いらないッ知らないッ____
 

 

 カイザとスペクターが至近距離になった瞬間、響は動へ転じる。

 身体を後ろに傾けることで、二つのライダーキックを皮一枚で避ける。

 

 ___絶対ッ!___
 

 

 そして、がら空きになった二人の懐へ、響の拳が炸裂する。空へ浮かび上がった二人よりも先に、響がジャンプ。

 

 ___繋ぎ離さない___
 

 

 最後の一節と同時に、響は両足で仮面ライダーたちを蹴り落とす。地面にめり込んでいく仮面ライダーは、土煙とともに消滅。

 

「やったッ!」

 

 着地した響は、そのままディエンドを見つめる。

 

「さあ、終わったよッ! ハルトさんの指輪を返して!」

 

 響はそう言って、ディエンドへ手を伸ばす。

 あとは、ディエンドがその手に指輪の箱を渡せば、全て終わる。そう、ハルトも思っていたのだが。

 

『ファイナルアタックライド ディ ディ ディ ディエンド』

 

 それが、ディエンドの返答。

 響が仮面ライダーたちと戦っている間に、その準備を終わらせていたディエンド。すでに彼のディエンドライバーの銃口からは、響に向けて無数のカードの形をしたエネルギーが筒状に作り上げられていた。

 そして、発射されるディエンドの必殺技。

 

ディメンションシュート

 

 それは、ガングニールの装甲を破壊し尽くし、響が悲鳴を上げた。

 

「響ちゃん!」

「がはッ!」

 

 生身となった響が、そのままゴロゴロと地面を転がる。

 彼女を助け起こしたハルトは、そのままディエンドを睨んだ。

 

「お前……っ!」

「悪いね。折角のお宝だから、頂いていくよ?」

「ふざけるな!」

 

 そして。

 一瞬、ハルトを中心とした周囲が陽炎として揺れ出していく。

 

「……君は……」

「そこまでだ。海東」

 

 その時、あの声が聞こえた。

 門矢士。

 特徴であるマゼンタのカメラを手にぶら下げながら、彼は大股で歩いてきていた。

 

「やあ、士」

 

 それを見た途端、ディエンドの声色が変わった。ディエンドの姿が三原色に分かれ、元の泥棒の姿が露わになる。

 

「お前もこの世界に来ていたんだな。海東」

「君がいるなら、どこにだって付いて行くよ? 士」

「海東……?」

「おや。そういえば、名乗ってなかったね」

 

 海東と呼ばれた泥棒は、帽子を被りなおした。

 

海東大樹(かいとうだいき)。そこの彼と同じく、通りすがりの仮面ライダーだよ。よろしく」

「……ディケイド以上に、アンタとはあんまりよろしくしたくない……」

 

 響に肩を貸すハルトは、小声で呟く。

 だが、海東は笑みを崩さない。

 

「そう言わないでくれたまえ。同じライダー同士、仲良くしようじゃないか」

 

 そう言いながら、海東は手でピストルを作り、ハルトへ発砲の仕草をする。

 本気でウィザーソードガンを持ってきて生身の彼に発砲してもいいだろうか、と考えてしまったハルトは、息を吐きだして落ち着かせた。

 士はそんな海東を見て、胸元の宝箱を指差した。

 

「いいから、盗んだものを返しておけ。この世界は、色々と見てみる価値がある」

「へえ? どんな価値かな?」

 

 海東の返答に、士は面倒そうに首を振った。

 

「おや、教えてくれないのかい?」

「お前に言っても分からないしな」

「へえ……」

 

 海東は口を歪める。

 やがて、ハルトと響を見て。

 

「まあいいさ。士がそう言うなら、この指輪は一度返しておくよ」

「!」

「感謝したまえ。僕の寛大さにね」

 

 海東はそう言って、指輪の箱を放り投げる。両手でキャッチしたハルトは、慌てて中を確認する。

 どうやら、指輪は全て手元に戻ったようだ。安堵の息を吐くハルトは、ゴーレムの指輪もその中に入れた。

 

「また会おう。それじゃね」

 

 海東は指でまたハルトを指差す。その指が、何となくハルトの胸元の指輪ケースを指しているように見えて、ハルトは箱を抱きしめた。

 海東はそのまま、どこかへ去っていく。

 彼を見送った士もまた、ハルトに背を向けてどこかへ歩いていく。

 そんな士の後姿を見送りながら、ハルトはビーストウィザードリングを握った手を響へ押し付けた。

 

「響ちゃん、ありがとう。これ、コウスケに返しておいて」

「えッ? あ、これコウスケさんの指輪……返しておいてって、ハルトさんは?」

「俺は、アイツらを追いかける」

「ええッ!?」

 

 驚く響。

 だがハルトは、それ以上彼女に構うことはない。

 即座にコネクトの指輪を掴み取り、必要な指輪をホルスターに収納した後、指輪を発動。

 

『コネクト プリーズ』

 

 大きな荷物である指輪の箱をコネクトの魔法陣に収納したハルトは、そのまま士を追いかけていった。



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異世界の聖杯戦争

お待たせしました!


「……なんで付いてくる?」

 

 士は振り向いた。

 慌ててハルトは近くの電柱に隠れる。だが、隠密行動など向いていないハルトが隠れ切ることなどできない。

 隠れ切ることを諦めたハルトは、やがて電柱からその姿を現した。

 

「お前、一体どこに行くつもりだ?」

「さあな? この世界を色々見て回るつもりだが?」

 

 士は、首からぶら下げたマゼンタカラーのポケットカメラを手で弄びながら答えた。

 

「世界を見るって何だよ……? アンタ、プリテンダーだってこの前自分で言ってたじゃないか」

「ああ。これのことか」

 

 士は手の令呪を見せつけた。

 それは、昨日見たものと同じ、ディケイドのマーク。士の手に刻まれたそれを鬱陶しそうに見下ろす彼へ、ハルトは続ける。

 

「アンタ、マスター兼サーヴァントって言ってたよね……一体どういうことだ?」

「言っただろ。通りすがりの仮面ライダーだ」

「俺が聞いてるのはそう言うことじゃないよ!」

 

 ハルトは声を荒げた。

 近くを通りがかった人が驚いた目線を投げるが、ハルトは構わない。

 

「俺たちの敵なの? それとも味方なの?」

「さあな? あいにく俺は聖杯戦争のルールには縛られない。まあ、適当に過ごしてまた適当に次の世界へ旅を続けるさ」

「次の世界?」

 

 その言葉に、ハルトは疑問符を浮かべる。

 

「そういえば、前も別の世界とかなんとか言ってたけど……」

「そうだな……そういえば、俺からも一つ、お前に質問をしようか」

 

 士はハルトから目を離し、歩き出す。

 ハルトは慌てて彼に追随するが、今度は士はハルトを振り切るつもりはないようだ。

 

「俺のことを知っているみたいなことを言っていたが……誰から聞いた? 大体見当はつくが」

「……」

 

 その質問に、ハルトは足を止めた。頭に手を当て、少しだけ黙りこくる。

 

「……それは……分からない」

 

 ゆっくりと首を振ったハルト。だが、少しずつそれを思い出してきた。

 

「何か、言われた気がするんだ。随分前に……」

「……大体分かった」

 

 士はそれ以上の言葉を待つことなく、大股で進んでいく。

 

「ちょ、ちょっと待って! 話はまだ終わってない!」

「似たようなパターンは前にもあった。大方、前もって張っておいた伏兵なんだろうが、その後はどうやら回収を忘れていたようだ」

「勝手に一人で納得しないでよ! 俺にも分かるように説明して……痛っ!」

 

 だが、突然立ち止まった士の背中にぶつかったハルトは、そのままよろける。

 

「……もう何!?」

「お前、そういえば聖杯戦争の参加者、なんだよな?」

「……そうだけど?」

「お人好しそうな顔をしていて、お前もいっちょ前に願いのために戦っているということか……サーヴァントが身近にいないのはあまり見ないがな」

「……俺に願いなんてない」

 

 ハルトは声を荒げた。

 

「願いなんてない。俺はただ、この戦いを止めたいだけだよ」

「本当にそうか? 本当はお前も、聖杯に叶えて欲しい願いがあるんじゃないのか?」

「無いよ。そんなもの……」

 

 いい切るハルト。

 だが、士は笑みを浮かべたまま、大空を仰いだ。

 

「お前……見返りもなしに、こんな戦いを止めるとか言っているのか?」

「そうだよ。俺は人を守るために魔法使いになったんだ。誰かを傷付けてまで叶えたい願いなんてない」

「……かつて。聖杯戦争に参加した男がいた」

「……?」

 

 士は、どことなく懐かしそうな顔を浮かべた。

 

「そいつにも、願いはいらないと言っていたな。実際、奴は異常なまでに他人に手を差し伸べていた。それこそ、聖杯戦争の最中であろうとな。お前は……そこまで、壊れた異常者か?」

「……何が言いたいの?」

「ここの聖杯の詳細は知らないが……お前も、願ったんだろ? 聖杯に……お前の願いを。聖杯に……何かの願いを代償にした戦いに参加する奴は、ほぼどいつもこいつも他の奴の命を顧みない奴ばかりだ」

「……アンタは、ここ以外の聖杯戦争も、知っているの?」

「ああ」

 

 あっけなく。当然のように。

 士は答えた。

 懐のポケットに手を伸ばし、それを取り出した。

 それは、士がこれまで訪れた世界で、彼が撮影した写真だろう。どれもこれもピンボケしており、どこかの一瞬を写真に切り取ったものではない。どちらかというと、それぞれの箇所で撮影した写真の一部一部を切り分けて合成したもののうようにも思える。

 

「他のところも……そうだな。中々に過酷だったな」

「……」

 

 束の一枚目。青い女性の西洋騎士を中心に、合計七人の参加者___おそらくサーヴァントが、別々の方向へそれぞれの武器を向けている。煌めく涙が星になるような美しい一枚絵に、ハルトは一瞬息を呑んだ。

 二枚目。二人の幼い少女が、七枚の舞うカードの中で、必死の表情で何かを求めている。二人の少女の内一人___黒髪の少女は、どことなく泣いているようにも見える。

 そのほかにも、士が写真の束をめくるたびに、また新しい聖杯戦争が姿を見せては、また入れ替わっていく。

 

「これが全部……聖杯戦争なのか……!」

「ああ。全て、別の世界のな」

 

 江戸時代らしきものの他にも、まだまだ聖杯戦争の写真は残っている。

 だが士は、その束を懐に収納し直した。

 

「アンタは……聖杯戦争のことを、どこまで……?」

「久しぶりだな。魔法使い」

 

 その粗暴な声に、ハルトは口を閉じた。

 突然割り込んできた声。

 無精ひげを生やした男性。もう春ですっかり暖かくなったというのに、赤いストールを首に巻く彼は、全身を温めることに余念がないように見える。

 あまり見たことがない、その人物。だが、その声には覚えがあった。

 

「フェニックス……!」

「また遊ぼうぜ?」

 

 にやりと笑みを浮かべた彼の顔に、不気味な紋様が現れる。それを見た途端、ハルトは身構える。

 燃え上がる、男の体。炎とともに、その肉体は形から変質していく。丸みが特徴的な人間が、炎を形に収めた不死鳥の姿に。

 

「ファントムか……」

 

 士が呟く。

 炎のファントム、フェニックス。その深紅の体を持つ彼は、手にした大剣、カタストロフをハルトへ振り下ろす。

 

『コネクト プリーズ』

 

 ハルトは大急ぎでコネクトの指輪を発動し、中からウィザーソードガンを引っ張り出す。

 ウィザーソードガンが、コネクトを寸でのところで受け止める。火花が散るが、ハルトは何とか防ぐことが出来た。

 

「お前……前に真司が倒したって聞いたけど……」

「残念だったな魔法使い……てめえを倒すまでは、俺は死ねねえんだよ」

 

 フェニックスはそう吐き捨て、そのままもう一度カタストロフを振り上げる。

 今度は避けられない。そう判断したハルトは体を反らし、カタストロフをそのまま地面にめり込ませる。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 その隙に、ハルトは大急ぎで銀のベルト、ウィザードライバーを腰に展開した。ノータイムで、ハルトはウィザードライバーのつまみを動かす。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 変身詠唱が鳴り響く最中、フェニックスは再びカタストロフを振り上げる。その手元を両足で蹴り飛ばしながら、ウィザードは指輪を発動させる。

 

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 現れる、赤い魔法陣。

 それは、ルビーの指輪から発生し、フェニックスの丁度は以後に静止した。

 ゆっくりとハルトに近づいてくる赤い魔法陣に向け、ハルトは急ぐ。その肩を跳び箱の要領で乗り越え、体を回転させながら赤い魔法陣を潜り抜ける。

 

『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 変身成功。

 着地と同時にウィザードとなり、即座にフェニックスへ足払い。

 地面に倒れたフェニックスを見て、ウィザードはバク転により距離を取る。

 

「お前の戦闘パターンはもう見切ってる……!」

 

 ウィザードはそう言って、ウィザーソードガンでカタストロフと切り結ぶ。やがて、カタストロフを蹴り上げるウィザードは、そのまま両足で跳び蹴りし、カタストロフを弾き飛ばした。

 

「よし!」

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 ウィザードは即座に、ウィザーソードガンの手を開く。同時に、フェニックスの手から炎の鳥が放たれる。

 ウィザードはバク転でフェニックスの攻撃をかわし、同時にルビーの指輪をウィザーソードガンに押し当てた。

 

『フレイム スラッシュストライク』

「焼き切れろ!」

 

 赤い魔法陣が絶え間なくウィザーソードガンの刃に走る。炎で瞬時に威力を上げたそれは、振り抜くと同時にフェニックスの身体を切り裂く。

 

「ぐああああああああっ!」

 

 炎による爆発。

 一気にフェニックスは、灰塵と化し爆発するが。

 

「……なあんてな?」

 

 爆炎の中で、灰や塵がどんどん集まり、それは形を作り上げていく。

 再生したフェニックスの上半身が、同じく再形成されたカタストロフを振り下ろしている。不意打ちにウィザードは防御が間に合わず、そのままそのルビーの身体から火花を散らす。

 

「ぐっ……!」

 

 転がったウィザードは、即座に指輪を入れかえる。

 

「こんなに速く復活するのか……!」

『ウォーター プリーズ』

「オレは蘇るたびに強くなる。そして、再生する……テメエらをぶっ潰すまで、何度でも蘇えるぜ」

『スイ~スイ~スイ~スイ~』

 

 サファイアの魔法陣が、ウィザードを水のものに作り変えていく。即座にウィザーソードガンをガンモードに組み換え、ハンドオーサーを起動。

 

『キャモナシューティングシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

「そんなチャチな水程度で、オレの炎が消せるかよ」

 

 吐き捨てるフェニックスを無視しながら、ウィザードは再びウィザーソードガンに変身に使った指輪を押し当てる。

 

『ウォーター シューティングストライク』

 

 そして集い出す、水の魔法。ウィザーソードガンの銃口に形成された青い銃弾を、ウィザードは即座に打ち出す。

 だが。

 

『アタックライド ブラスト』

 

 無数の散弾が、横からウィザードを打ち弾く。

 全身に蓄積したダメージにより、変身を解除したハルトは、再び倒れ込んだ。

 

「な、何……?」

 

 ハルトを妨害した者。

 それは、戦いの最中に変身を終えていたディケイドだった。

 ガンモードにしたライドブッカーを向けながら、徐々にハルトに近づいてくる。

 

「お前……何のつもりだ?」

 

 だがディケイドは、ハルトの問いに答えることはなく、ライドブッカーをソードモードに組み替える。

 歩調を崩さないまま、彼はハルトを通過。そのまま、フェニックスに近づく。

 

「ああ? テメエ、ナニモンだ?」

 

 睨みつけるフェニックスだが、ディケイドは容赦なくライドブッカーでフェニックスを切り裂く。

 遅れて反撃しようとするフェニックス。

 だがそれよりも素早く、ディケイドはライドブッカーをガンモードに変形し直す。間髪入れない銃撃に、フェニックスは徐々に後ずさりしていく。

 

「アンタ……何のつもりだ!?」

 

 ライドブッカーを腰に収納し直したディケイドへ、ハルトは詰め寄る。

 ディケイドは首を動かすことなく、それに応えた。

 

「人を守ると言っていたな?」

「……それが何?」

「じゃあ、アレはなんだ?」

 

 ディケイドはそう言って、それを指差す。

 フェニックスがいた場所の奥。シューティングストライクがフェニックスを倒そうとしていたその場所に。

 

 泣き崩れている女の子がいた。

 

「……!」

 

 その姿を見た途端、ハルトの顔から血の気が引く。

 もし、あのままシューティングストライクを放っていれば、あの子供も間違いなく巻き込んでいただろう。

 

「テメエらまとめて消し炭にしてやる!」

 

 怒鳴り声を響かせる、フェニックス。

 炎が竜巻の形で巻き上がりながら、ハルトへ近づいてくる。

 だが。

 

『アタックライド スラッシュ』

 

 ライドブッカーが、無数の刃に分裂する。それは炎の竜巻を切り裂き、そのまま霧散させていく。

 炎の残滓の中、ディケイドは静かにハルトへ振り向いた。

 

「立て。仮面ライダーウィザード」



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太陽

このお話を作ったのは2023年4月です。念のため


「まだまだぶっ壊したりねえ!」

 

 叫ぶフェニックス。

 その翼が大きく揺らぎ、羽根のように炎の鳥がそこから飛び立つ。

 ハルトを狙う炎の鳥たち。だが、ディケイドは別のカードをすでに発動していた。

 

『アタックライド バリア』

 

 すると、ディケイドの前にマゼンタ色のバリアが発生した。円状に回転するそれは、生身のハルトをフェニックスの攻撃から庇った。

 

「お前……何で、助けたんだ? 俺の敵じゃないのか?」

「お前がどこまで頭の狂った奴なのか、見てみたくなっただけだ」

「……あっそう!」

 

 ハルトは息を吐き、ウィザードライバーのつまみを操作する。

 

「俺も、他の世界の聖杯戦争にいた人と同じかどうかを見定めたいわけね」

「そんなところだ」

「だったら見ていなよ」

 

 ハルトは、すでに左手に付けられているルビーの指輪を掲げる。

 

「アンタの望み通り、俺がこの戦いを止めるからさ! 変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 立ち上ったハルトは、ルビーの指輪を再度使用し、フレイムスタイルになる。

 ウィザーソードガンを再び手にしたウィザードは、同じくカタストロフを構えたフェニックスと打ち合う。

 両者とも、剣の斬撃に赤い軌跡を宿らせる。走る炎の斬撃は、それぞれ相手に向けて互いの刃から逸れて、それぞれに火花を散らす。

 

「やるじゃねえか……なら、これならどうだ!?」

 

 フェニックスの翼が、再び業火を高めていく。

 その両肩より、炎の翼が広がり始める。彼の身長にも匹敵する大きさの翼は、周囲の花々に炎を着火させ、桜の花々たちに炎の彩を与える。

 そのままそれは、ウィザードとディケイド、それぞれを挟み込むようにそびえる。

 

「しまった……これじゃ動けない!」

「フン」

 

 ディケイドはライドブッカーを撫でる。

 

「ならここからが……ハイライトだ」

 

 ディケイドはそう言って、そのカードをディケイドライバーに装填する。

 それは。

 

『カメンライド ギーツ』

 

 ディケイドの左右に、白と赤、それぞれ上半身と下半身のような形のパーツが現れる。ディケイドの背中にも出現した円形の機構が、左右に伸ばしたマジックハンドで、それぞれのパーツを掴む。

 

『デュアル オン マグナム ブースト レディ ファイト』

 

 そして、パーツがディケイドに引き寄せられ、その変身が完了する。

 その名はギーツ。

 キツネを模した、白い仮面ライダー。その姿を写し取ったディケイドギーツは、手に持った白い銃、マグナムシューター40Xを回転させる。

 そして。

 

「はあっ!」

 

 その赤い下半身、足のところに取り付けられているバイクのマフラーのような機構が火を噴いた。

 炎を纏ったその蹴りは、フェニックスの炎とぶつかり合い、互いに霧散。消滅していく。

 

「何!? ……このキツネ野郎!」

 

 フェニックスの手から、無数の火の鳥がディケイドギーツに狙いを変える。

 だが、ディケイドギーツは手を大きく振る。

 その最中、引き金のところに指をかけ、マグナムシューター40が回転。その最中だろうと、しっかりと発砲し、炎の鳥たちは明確に撃ち落されていった。

 

「すごい……」

「まだだ」

 

 ディケイドギーツは更に、その左腕も伸ばす。

 すると、左腕に仕組まれていた機能が解放。袖の部分がめくり上がり、新たな仕込み銃が顔を見せる。

 マグナムシューター40Xと仕込み銃(アーマードガン)。二つの銃から連続的に発射される銃弾は、フェニックスの全身を容赦なく蜂の巣にしていく。

 大きく後退したフェニックス。特に傷むのであろう胸部分を抑えながら、舌打ちする。

 

「覚えてろよ、このピンク……次は必ず八つ裂きにしてやる!」

 

 背を見せ、空へと飛翔するフェニックス。

 

「逃がさない!」

 

 ウィザードはホルスターからエメラルドの指輪を取り出し、ハリケーンスタイルで追いかけようとする。だが、元の姿に戻ったディケイドが手で制した。

 

「何?」

「折角だ。こっちの方が面白そうだ」

 

 ディケイドはそう言いながら、いつの間にか手にしていたそのカードをウィザードに見せつける。左下半分にはウィザードが描かれており、その右上半分には……

 

「それは……!」

『ファイナルフォームライド ウィ ウィ ウィ ウィザード』

 

 そのカードを入れたディケイドは、そのままウィザードの背後に回り込む。

 

「ちょっとくすぐったいぞ」

「ちょっとって……? う、うわっ!」

 

 ウィザードが準備する間もなく、その感覚はウィザードを襲った。

 全身がだんだんと変形(・・)していく。手足が本来とは真逆の方向に傾き、その頭には魔力で作られた、ワニのような頭部が装着される。

 そうして、ウィザードが変形したそれ。

 それは、とある別の世界におけるウィザードが、力の根源としている強大な魔力である、魔力の塊、ウィザードラゴンの姿をしていた。

 ウィザードがディケイドの助力によって変身したそれは、ウィザードウィザードラゴンとなる。

 

「これは……! この姿は……!」

 

 ウィザードウィザードラゴンは、その赤い眼でディケイドを睨む。

 

「お前……何でこの姿を……!?」

「どうした?」

 

 ディケイドは何てこと無さそうに首を傾げる。

 ウィザードウィザードラゴンは、しばらくディケイドを見つめた後、俯く。

 

「いや……何でもない」

「ふん。行くぞ」

「……うん!」

 

 ウィザードウィザードラゴンは吠え、その翼を羽ばたかせる。上空のフェニックスへ猛スピードで飛翔し、その上を取る。

 

「な、何だこの怪物は!?」

「……! ……はあっ!」

 

 少し体を震わせたウィザードウィザードラゴンは、体を縦に回転させ、その尾でフェニックスを叩き落とす。

 大きく地面へ高度を落としたフェニックスへ、さらにウィザードウィザードラゴンはその肩に食らいつく。

 

「ぐああああああああっ! 放せ! 放しやがれ!」

 

 フェニックスは悲鳴を上げ、カタストロフの柄でウィザードウィザードラゴンの頭を叩く。炎を散らすそれは、ウィザードウィザードラゴンにも痛みを与えていくが、そのまま地表に突き落とす。

 

「はあっ!」

 

 そして地上に待ち受けていたディケイド。丁度彼の頭上に落ちてきたフェニックスへ、ライドブッカーの刀身が切り裂く。

 切り裂いたマゼンタの斬撃は、フェニックスの炎の翼を掻き消す。

 

「クソ……クソがああああああああああっ!」

 

 声を荒げたフェニックスは、また大きな翼を再生させる。

 そのまま炎の翼の抱擁で、ディケイドを焼き尽くそうとするが。

 

「________」

 

 吠え猛るウィザードウィザードラゴン。その雄々しき翼により、フェニックスの炎は吹き消されていった。

 

「バカな!?」

「終わりだ!」

 

 一時的に、ウィザードウィザードラゴンの変形が解除される。

 元のフレイムスタイルになったウィザードは、着地と同時にその指輪を発動させる。

 同時に、ディケイドもまた最強のカードをディケイドライバーに差し込む。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

『ファイナルアタックライド ディ ディ ディ ディケイド』

「はああ……!」

 

 地面に広がった魔法陣からの魔力により、力を入れる右足に炎が宿る。

 そのままバク転を繰り返しながら、フェニックスへ放たれるストライクウィザード。

 一方ディケイドもまた、十枚のカード型のエネルギーがその目の前に出現する。

 フェニックスへの道となったそれは、ディメンションキックの威力を高めていく。

 

「だあああああああああああああっ!」

「やあああああああああああああっ!」

 

 二つのライダーキックが、同時にフェニックスに炸裂。爆発に爆発が重なったそれは、より一層大きな破壊を巻き起こし、フェニックスの体を粉々に破壊していく。

 だが。

 

「言っただろうが……」

 

 すでに、蘇りつつあるフェニックス。

 その灰塵から、腕が。顔が。元通りの形となってきていた。

 

「何度倒されようが関係ねえ……オレは不死身のフェニックスだ……魔法使いも、ピンクのテメエも八つ裂きにするまで、何度でも……」

「悪いが、その時が来ることは永遠にない」

「何?」

「お前の倒し方は知ってる。無論、その方法もな」

 

 ディケイドはすでに、そのカードを取り出していた。

 フェニックスを倒せるであろうカード。それは。

 

『ファイナルアタックライド ウィ ウィ ウィ ウィザード』

 

 ディケイドの力が、ウィザードにさらに作用していく。

 再びウィザードウィザードラゴンに変形。その尾で、体を形成途中のフェニックスを上空に弾き飛ばす。

 

「ぐあああああああああっ! て、テメエ、一体何を……!?」

 

 どんどん上がっていくフェニックスを見上げながら、ウィザードウィザードラゴンとディケイドは、互いにアイコンタクトを取る。

 そして、共に飛び上がった。

 ディケイドの前に入るウィザードウィザードラゴン。そして、その体勢を変更すると、首、両前足がそれぞれ三又に分かれ、変形していく。

 翼を折りたたみ、尾を収納。

 すると、その形はまるで、巨大な龍の足にも見えた。

 

「はああああああ!」

 

 雄たけびを上げるディケイド。その右足蹴りは、龍の足となったウィザードウィザードラゴンと一体となり、赤い炎を巻き上げながらフェニックスを蹴り飛ばす。

 

 ディケイドストライク。

 

 その衝撃は、元の形に戻ろうとするフェニックスの身体を瞬時に崩壊させた。

 そのまま、またしても再生し始めていくフェニックスの身体。

 だが、形は形勢されていくものの、それはどんどん空の彼方へと追い出されていく。

 

 

 

 やがて、大気圏を越え、地球を越え。ようやく体が再生したころには、フェニックスはすでに太陽の重力の中にいた。

 

「何……!?」

 

 体と同じく再生した炎の翼で、太陽からの脱出を図るフェニックス。だが、地球とは比較にならないほどの巨大な星である太陽からフェニックスが逃げることなどできない。あっという間に太陽に飲まれたフェニックスは、再びその体が太陽の重力場に砕かれ、再生する。だが。

 

「これは……!?」

 

 フェニックスは、自らの手を見下ろす。摂氏数千度という宇宙の星は、フェニックスの体の破壊を繰り返し、フェニックスは、同じ名を持つ幻獣と同じく、太陽とともにその時を永遠に過ごすのだった。

 

 

 

「……」

 

 変身を解除し、ハルトは、同じくディケイドの変身を解いた士を見つめる。

 

「お前……」

 

 なんてことない顔のまま、ハルトを見返す士。

 ハルトは確信した。

 彼はおそらく、これまで出会ってきた者の中で、最も強い者であると。

 そして、この聖杯戦争を終わらせられ得るのもまた、彼であると。

 

「……また会おう。じゃあな」

 

 何てことも無さそうに。

 士はそれだけ言いのし、どこかへ歩み去っていった。

 信用していいのは分からない。だが。

 もう、彼を追いかける気力は失せていた。



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お宝

「邪魔するよ」

 

 海東は、軽い足取りでその場所に足を踏み入れた。

 廃墟となっている教会。見滝原の外れにあるその場所こそが、海東の目的地だった。

 

『おい。何者だ?』

 

 ステップする海東の脳に、直接声が響いた。

 だが海東は驚くことなく、足を止めた。

 

「へえ、この声は……確かに聖杯が置かれているのは間違いなさそうだね」

『何者だって聞いてんだよ』

 

 姿が見えないが、声だけは継続している。

 海東はディエンドライバーを回転させながら取り出した。

 そして、教会の中心部。割れている部分が多いステンドグラスへその銃口を向けた。

 

「まずは君から、その姿を見せたまえ。僕の自己紹介は、その後だ」

『……ケッ!』

 

 舌打ちをするような反応とともに、その姿は現れた。

 

『……オラ、見せてやったぜ』

「へえ、コエムシか」

 

 ディエンドライバーを下ろすことなく、海東はその名前を言い当てる。

 巨大な頭と、それに見合わない小さな胴体。夢の国のマスコットにも似た頭部のシルエットの特徴は、海東も理解していた。

 

「なら、ココペリはいるのかい?」

『……何でココペリの事を知っていやがる? テメエと会った記憶はねえんだが?』

「ふん。まあそんなことはどうでもいい。士が言っていたこの世界のお宝を、早く僕に渡したまえ」

『お宝だァ?』

「そう。この世界のお宝……聖杯をね」

 

 にやりと笑みを浮かべた海東は、そのままディエンドライバーを連射。

 教会の座席を破壊していくディエンドライバーの銃弾。避けていくコエムシは舌打ちをした。

 

『聖杯が欲しけりゃ聖杯戦争に参加しやがれクソ野郎』

「そんな面倒なことはしたくないね。いいから早く渡したまえ」

『ムカつくぜ……行け! 俺様の処刑人!』

 

 コエムシが叫ぶと、銀色のオーロラが現れる。

 海東にとってもよく知るその能力。他の世界を繋げるその能力に、海東は舌を巻いた。

 

「へえ、その力、どこで手に入れたんだい?」

『教えてやる義理はねえ!』

 

 コエムシが叫ぶと同時に、オーロラからは、金色の剣士が現れた。

 赤い、ボロボロのマントを背中に付けた、赤く禍々しい頭部が特徴のそれ。黒のアンダースーツに、銀のアーマーを取り付けた彼は、手にした同じく金色の大剣を掲げる。

 

「どうやらあなたを倒せば、私は神に近づけるようだ……倒させてもらいましょうか?」

「仮面ライダーソロモンか」

 

 海東は鼻を鳴らし、ディエンドライバーを回転させながら取り出す。

 カードをそのスロットに差し込み、ディエンドライバーを天高く掲げた。

 

「変身!」

『カメンライド ディエンド』

 

 無数の虚像が重なり、ディエンドの姿となる海東。

 

「ほう……お前も仮面ライダーか……」

 

 ソロモンは首をひねりながら肩で笑う。

 ディエンドはディエンドライバーの銃身を手で叩いた後、動き出す。

 高速移動により、ソロモンの背後に回り込み、ディエンドライバーの銃身で殴りかかるが、ソロモンはその全てを受け流し、その大剣で応戦する。

 

 だが。

 

「まあまあ待て。ソロモン」

 

 その声に、ディエンドとソロモンは動きを止める。

 電気さえ灯ることのないその教会で、コツコツと足音が聞こえてきた。

 やがてステンドグラスから差し込む月明りに、その人物の姿が浮き彫りになっていく。

 それは、怪しげなローブの男性。目深に被ったフードを外し、無精ひげを生やした中年がその顔を見せた。

 

「君は……確か……」

『何のつもりだ? アマダム……』

 

 コエムシは苛立たし気に首を震わせる。

 アマダム。

 その名を聞いて、ディエンドはピンときた。

 かつて、士が訪れたとある魔法石の中の世界。そこで、怪人たちを支配していたという存在が。

 

「確か、アマダムという名前だったね……」

「ディエンド……ディケイドの仲間の仮面ライダーか」

「仲間?」

 

 ディエンドは、その銃口をアマダムへ向ける。

 

「止してくれたまえ。彼との仲はそんないいものじゃない」

「五月蠅いですね……」

 

 だが、水を差されたソロモンは穏やかに終われない。

 顔を左右に揺らしながら、ソロモンはその大剣をアマダムに向ける。

 

「私の……邪魔をするな!」

 

 叫び出したソロモンは、大剣をアマダムへ振り上げる。だが。

 

「処刑人ごときが、ルーラーに逆らうな!」

 

 アマダムはそう叫んで、ソロモンに手を伸ばす。

 すると、新たな銀のオーロラが発生。ソロモンの前に立ちふさがる。

 

「な、何!?」

「引っ込め」

 

 ソロモンが吐き捨てると同時に、オーロラがソロモンを包み込む。

 アマダムへの罵詈雑言を飛ばすソロモンだったが、オーロラが通過すると、その声が全く聞こえなくなり、オーロラの存在とともにソロモンの姿もまた消滅していった。

 数秒だけソロモンがいなくなった空間を見つめ、ディエンドはアマダムを見つめ直した。

 

「……君は、僕の邪魔をしないのかな?」

「フン? どうかな?」

 

 アマダムは笑みを浮かべたままディエンドを睨む。

 ディエンドは数秒アマダムの笑みを睨み返し、やがてディエンドライバーを向けた。

 同時に、アマダムも手をディエンドに向ける。発砲されたディエンドライバーの銃弾は、アマダムの手のところでその動きを止め、空中で静止した。

 

「随分といきなりな奴よのう」

「生憎、僕は気が長くなくてね。コエムシでないなら君でも構わない。早く聖杯を渡したまえ」

「おやおや……少しのゆとりくらい、持ってもいいものじゃけんのう?」

 

 そのままアマダムは、腕を振る。

 すると、念動力に支えられた銃弾は、そのまま教会の座席に炸裂。一部の座席は、それで粉々に砕けていった。

 ディエンドはそれに対してリアクションすることもなく、ディエンドライバーを撫でる。

 

「早く聖杯が欲しいんだ。どちらでもいい。早く出したまえ」

 

 その言葉に、アマダムは眉を吊り上げる。「そうじゃの……」と考え込むような仕草に、コエムシが声を荒げた。

 

『おいアマダム! テメエ何勝手に話進めていやがる!? いいわけねえだろ!』

「悪いのう、コエムシ。余は、お主らに協力する義理はないのでな?」

『ルーラーとして召喚してんだぞ……!?』

「我のマスターはあくまで聖杯そのものであってお前ではない……失せろ」

 

 アマダムはそう言って、ディエンドへ向けていた手をコエムシに当てる。

 

『ぐおッ!? な、何だ……!?」

 

 すると、その手からまたしても念力が発生。風のように煽られ、コエムシの身体が吹き飛んで行った。

 

「ほう……」

「さて、ディエンド。私はルーラーのサーヴァント。他の参加者より、この聖杯戦争においては、聖杯に近い位置にいる」

 

 アマダムはそう言いながら、ディエンドに歩み寄っていく。

 

「もし、お前が私に協力するというのならば、聖杯を貴様にくれてやることも考えなくはない」

「遠まわしな言い方だね。素直に僕に渡すと言いたまえ」

 

 ディエンドは、またディエンドライバーをアマダムの手に押し当てる。

 

「無論、簡単に渡すわけにはいかん。私の要求は……分かるか?」

「参加者の始末かい? 楽勝だね」

 

 ディエンドはそう言いながら、ディエンドライバーを叩く。

 すると。

 ガチャン、と音を立てて教会の扉が開く。

 

「海東!」

 

 現れたのは、門矢士。

 見慣れたスーツ姿に、ディエンドは内心躍らせた。

 

「やあ、士」

「ディケイド………!」

 

 現れた乱入者に、アマダムは苦々しい顔を浮かべた。

 ディエンドを、そしてアマダムを認識した士は、一気に顔を強張らせる。

 

「お前は……!」

「久しぶりだのうディケイド。お前たちにやられた恨み、忘れずにおけるか……」

 

 憎々しい表情で士を睨む。

 すると、士は手慣れた手つきでディケイドライバーを取り出し、腰に装着する。両手でディケイドライバーを開き、そのカードを取り出す。

 

「変身!」

『カメンライド ディケイド』

 

 即座に変身したディケイドは、ライドブッカーでアマダムに斬りかかる。

 だが、その足は、地面に被弾する弾丸によって止められる。

 ディエンドが、ディケイドを妨害していたのだ。

 

「海東! アマダムに何を吹き込まれた!?」

「さあ?」

 

 答えないディエンドへ、アマダムは語りかける。

 

「ディエンド。条件は二つ」

 

 指を二本立てるアマダム。彼に振り向きながら、ディエンドはその答えを顎で促した。

 

「一つ。ディケイドを倒せ。そして二つ。ウィザードを倒せ。だ」

「いいだろう」

「海東!」

 

 声をより尖らせるディケイド。

 だが、ディエンドはそれを聞かない。その銃口は、これまで苦楽を共にしてきたディケイドに向けられていた。

 

「というわけだ。悪く思わないでくれたまえ。士」

 

 発砲されるディエンドライバー。

 ソードモードにしたライドブッカーでディエンドの攻撃を防いだディケイドは、大きく肩を落とす。

 そして、しばらく無言でディエンドを見つめた後、ディケイドライバーで斬りかかっていった。

 

「嬉しいね、士。また君は、僕だけを見てくれている」

『アタックライド スラッシュ』

 

 ディケイドはディエンドの軽口に答えることなく、カードをディケイドライバーに装填した。

 ライドブッカーの刃が平行に増え、その威力を増す。一気にディエンドの体を切り裂いたそれは、一撃だけでは収まらない。起き上がりかけのディエンドを蹴り飛ばし、ディケイドのクレストマークが描かれたカードを取り出す。

 

「面倒だ。少し黙っていろ」

『ファイナルアタックライド』

 

 容赦なくカードを差し込んだディケイド。

 ディケイドはディエンドを___そしてその奥、祭壇に立つアマダムを睨んだ。

 

『ディ ディ ディ ディケイド』

 

 ディケイドライバーを閉じ、その力を容赦なく発揮させた。

 発生する、十枚のカード型のエネルギー。

 だが。

 

「甘いよ士」

『ファイナルアタックライド ディ ディ ディ ディエンド』

 

 いつの間に、カードをディエンドライバーに装填していたのだろうか。

 ディエンドライバーを振るだけで、それはディケイドよりも一足先にその機能を発動した。

 ディケイドがディメンションキックを発動し、十枚のカードのエネルギーが並び始めたころには、すでにディエンドのカード型のエネルギーがすでに道を完成させていた。

 そして発射される、ディメンションシュート。

 まだ数枚しか通過していないディケイドの攻撃を打ち砕くのに十分な威力のそれは、ディケイドのキックをディケイドごと破壊し、その姿を士に引き戻してしまう。

 

「さあ? まずは一つ。ディケイドを倒して見せたよ?」

「フン……」

 

 アマダムは鼻を鳴らし、士に近づく。

 そのまま士の襟を掴み上げた。

 

「ぐっ……」

「哀れよのう、ディケイド……あの時このわしをコケにしおって」

「フン……前に会った時にはそんな喋り方じゃなかっただろ? 自分のキャラくらい、安定させろよ」

「減らず口を……」

 

 それ以上、士の発言を封じるように、アマダムの拳が士の腹に炸裂する。

 吐血した士は、がっくりとその意識を失っていた。

 

「それじゃ、次はウィザードだね」

 

 ディエンドの変身を解除した海東は、じっと士の後ろ姿を見つめていた。

 

「倒しはしたが……そこまで傷つけないでくれたまえ」

 

 海東の言葉に、アマダムは不快そうに鼻を鳴らす。

 

「お前の知ったことか。それともやはり、仲間が痛むのは見て辛いかい?」

「そんな理由じゃないさ。ただ……」

 

 海東は静かに、気を失った士へその指を銃のように刺した。

 

「彼の最期を飾るのは、この僕だ。それだけは、くれぐれも忘れないでくれたまえ」



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誕生日

まさか連休中に作ったお話が全部没になるとは……
作り直していたら遅れました!


 あと数十分で陽が昇る、誰もいない厨房。

 すでにバータイムも終わり、店主であるタカヒロも体を休めているその時間。ハルトは前もって、朝準備の当番をこの日に指定していた。

 

「ん……っ!」

 

 軽くストレッチをしたハルトは、てきぱきと準備を終わらせる。在庫に問題がないことを確認し、食器類のメンテナンスを終え、皿洗いも残りがないことをチェックする。

 

「よし……」

 

 手を拭いたハルトは、これ以上の仕事はないと、厨房から奥のリビングルームに戻る。

 店主であるタカヒロは、自らの分の食器も片付けており、改めてハルトがする仕事も残っていない。

 ラビットハウスの住民用の皿を食器棚から取り出し、台所に置く。その足で、ハルトは冷蔵庫の扉を開けた。

 昨夜遅く。誰にも見つからないように買ってきたそれを取り出すハルト。白い箱を開封すると、その中からはショートケーキの一切れ___と、その上に白い、封筒状に折りたたまれた手紙が姿を現した。

 

「……!」

 

 開けた途端、ハルトは驚愕を露わにした。

 

『誕生日おめでとう ハルト君』

「粋すぎるよ、タカヒロさん」

 

 思わぬサプライズに、ハルトは思わず笑みを零す。

 店主のタカヒロが入れたバースデーカードを懐にしまい直したハルトは、彼が眠っている二階を見上げ、頭を下げる。

 ハルトがこの日に朝のシフトを希望したその理由。それは、この日が松菜ハルトの誕生日に他ならない。だが、タカヒロ以外から、祝いを受け取ることはないだろう。

 なにしろ履歴書でハルトの個人情報を知っている店主以外、誰にも誕生日だと話していないのだから。

 同じく買っておいた蝋燭を、ショートケーキの上に突き刺す。テーブルに置いたケーキの前に座り、ライターで火を点灯。

 

「……」

 

 蝋燭に照らされながら、誰もいない台所でハルトは静かに祝いの言葉を述べた。

 

「お誕生日おめでとう……松菜ハルト(・・・・・)

 

 ハルトはそう言って、点灯した蝋燭を吹き消す。

 蝋燭を外し、ナイフとフォークで、一人で食べるには少し大きなケーキを切り分け、少しずつ食べていく。

 味はしない。いつも通り。

 

「……ん?」

 

 ほとんど小声。

 だがそれは、明確にハルトの傍から聞こえてきた。

 

「みんな……」

 

 レッドガルーダ、ブルーユニコーン、バイオレットゴーレム。

 見回りから戻って来た使い魔たちが、小さな声で歩み寄って来た。

 

「お前たちも食べるか? ……って、食べるわけないか」

 

 ハルトはそう言いながらも分け皿を持ってきて、それぞれの使い魔に少しずつケーキを分け与える。

 ユニコーン、ゴーレムは、それぞれ食べるような動作を行う。だが、ケーキのホイップクリームがその口部分に付着するだけで、決してケーキの量が減ることはない。

 ハルトはほほ笑みながら、机に置かれているティッシュボックスから、数枚のティッシュを取り出し、使い魔たちの傍に置く。

 

「終わったら拭いておいてね」

 

 ハルトはそう言いながら、またケーキを口に運ぶ。

 その時、全くケーキを口にしていない使い魔、ガルーダはハルトの肩に乗った。

 

「ガルーダ? どうしたの?」

 

 ガルーダは何かを訴えるように、ハルトの目を見返している。やがて数秒の沈黙の後、二階を見上げた。

 ガルーダが何を示しているのか。それを察したハルトは、ため息を付いた。

 

「できるわけないよ。……そんなこと」

 

 すると、ガルーダの声が少しだけ窄められる。

 何を言いたいか察したハルトは、続けた。

 

「分かるでしょ……怖いんだよ」

 

 するとその言葉に、ユニコーンが鳴いた。ケーキから口を離し、ハルトを見上げている。

 

「……いいんだよ。お前たちだけが知ってくれていれば」

 

 お前たち。

 だが、そのうちゴーレムは、何も分からないというように首を振りながらハルトを見上げていた。

 

「そっか……ゴーレムは知らないよね」

 

 ハルトはガルーダ、ユニコーンと目を合わせながら、ほほ笑んだ。

 そして。

 

「他の皆には秘密……」

 

 ゴン ゴン

 

 それ以上の言葉は、ハルトの口が閉ざしてしまった。

 見れば、朝方の空をバックに、唯一見回りの仕事を買ってくれたクラーケンが窓ガラスを叩いていた。

 

「クラーケン! 祝いに来てくれ……」

 

 顔を輝かせながら、ハルトは窓を開けた。

 ハルトの元に戻って来たクラーケンは、慌てたようにハルトへ何かを訴えている。

 

「お祝いに戻って来た……わけじゃないよね」

 

 ハルトの判断を肯定するように、クラーケンは上下に揺れる。

 表情を強張らせたハルトは、背後の使い魔たちへ振り向いた。

 

「ガルーダ。お前も一緒に来て。ユニコーン、洗い物お願い。ゴーレムはユニコーンを手伝ってあげて」

 

 ユニコーンとガルーダは了解とばかりにそれぞれ声を上げる。

 ユニコーンとゴーレムがそれぞれ皿を流し台に持っていったことをしり目に、ハルトは魔法を発動。

 

『コネクト プリーズ』

 

 発生した魔法陣より取り出したマシンウィンガーに跨り、ハルトは朝方の見滝原を急ぐ。

 そうしてクラーケンが案内したのは、見滝原のとある路地。

 プラモンスターに誘導されたりでもしない限り、ハルトが訪れることはないであろうその場所で、甲高い音がハルトの耳を貫いた。

 

「銃声!」

 

 音の発生源は、ハルトの聴覚が訴えている。マシンウィンガーのハンドルを切り、狭い路地を駆け抜けていく。

 ほどなく銃声があったらしき場所に近づいたころ。

 

___刻々帝(ザフキエル)___

 

「!」

 

 昇りかける太陽の元、それは確かに聞こえてきた。

 マシンウィンガーを止め、ハルトはぽつりと呟く。

 

「ザフキエル……」

 

 確かにそう聞こえた。

 それはつまり、見知った強敵(彼女)がすぐ近くにいるということ。

 

「時崎狂三……!」

 

 ガルーダと頷き合い、クラーケンを先導させる。

 角を曲がり、暗い道に、彼女はいた。

 

 時崎狂三。

 フォーリナーにして、見滝原南に潜んでいる、蒼井晶のサーヴァント。

 彼女もハルトの存在に気付き、口角を吊り上げた。

 

「あら? あらあらあら。こんばんはウィザード……いいえ。この場合はおはようの方がよろしいのでしょうか。きひひッ!」

 

 狂三は肩を震わせながら、ハルトの存在を迎え入れる。

 黒とオレンジのドレスと、両手に持つ、それぞれ異なる種類の古い銃。左右異なる長さのツインテールと、何よりも目を引くのは金色の時計盤の形をした左目だった。

 ハルトは、警戒心を隠すことができないまま、指輪に手を伸ばす。

 

「何でアンタがここ(見滝原)に? ……もしかして、蒼井晶も、こっちに戻って来たの?」

 

 ハルトの記憶が正しければ、彼女はスラム街となっている、見滝原南を根城にしていた。高速道路と大きな川を隔てたこの場所にきたのは、何か理由があるのかと邪推してしまう。

 だが、ハルトの脳裏を嘲笑うように、狂三は「きひひっ!」と独特な笑い声を上げた。

 

「まさか。ええ、まさか。見滝原南の参加者は人斬り以外始末しましたし、願いを叶えるために、先に他の方々に聖杯戦争から退場を願っているだけですわ」

 

 狂三はそう言いながら、足元に転がっている男性の襟首を掴む。

 

「退場を願ってるって……」

「ええ。こうして」

 

 男性の胸元へ銃口を突き付けた彼女は、そのままトリガーを引く。

 

「やめ……!」

 

 助けようとするが、とても間に合わない。

 ゼロ距離で打ち込まれた銃弾は、そのまま男性の心臓を貫通。

 短い悲鳴。それを最期に、男性の身体は徐々に霧状に霧散し、消えていった。

 死体が残らない。それはつまり、彼がサーヴァントだったことを意味している。

 

「……っ!」

「これ程度の力でしたのね……全く、いい食事にもありつけませんわね」

「アンタ……なんてことを……!」

「なんてこと? 当然ではありませんか? これは聖杯戦争。生き残る者と退場する者。参加者のわたくし達には、そのどちらかの運命しかありえませんわ」

 

 狂三はそう言って、その長く、古めかしい銃をハルトに向けた。

 

「そしてそれは当然……」

 

 彼女のハルトを睨む目線が冷たくなる。

 それは、殺意。

 

「あなたも例外ではありませんことよ? ウィザード……」

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 即座に発動した変身の指輪。

 赤い魔法陣を正面に発生させることで、狂三が同時に発射した銃弾を弾いた。

 

「きひひっ!」

 

 口を大きく歪めた狂三が、そのまま突撃してくる。

 

『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 ルビーのウィザードへ変身を終え、コネクトによりウィザーソードガンを手にする。

 牽制の意味を込めて、彼女の足元に発砲。だが、ジャンプで避けた狂三は、そのまま長い銃を近接武器のように振るった。

 ウィザーソードガンを即座にソードモードにし、ウィザードはそれに対応する。

 銀と鉄がぶつかり合う音が、朝方の空へ響き渡った。



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乱入

 狂三の武器は、それぞれ長さの異なる古い銃。

 彼女の体術も相まって、近距離線であろうが、彼女が脅威であることに変わりない。

 

『エクステンド プリーズ』

 

 ウィザーソードガンの手のオブジェに指輪を読み込ませ、ウィザーソードガンを鞭状の材質に作り変え、大きく振るう。

 すると、軌道が読みにくいウィザーソードガンが、狂三を切り裂こうと動く。

 上空にジャンプして逃げた狂三は、二本の銃をウィザードへ向けて発砲。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 だが、防御壁を発動させたウィザードには通じない。

 炎の壁が、彼女の銃弾を溶かし尽くしていく。その間に、ウィザードはウィザーソードガンに次の指輪を読み込ませた。

 

『コピー プリーズ』

 

 魔法陣から現れた、もう一本のウィザーソードガン。

 炎の防壁が消えるのと同時に、ウィザードは二本のウィザーソードガンを連射した。

 

「嬉しいですわ。嬉しいですわ! 今回は、全力で戦ってくださるのね!」

 

 狂三もまた、二丁の銃を打ち鳴らす。

 合計四丁の銃は、それぞれの銃弾を最大限に引き出し合い、ウィザードと狂三の間では、無数の銃弾が金属音を奏で合っていた。

 

「でも残念ですわ。ねえ?」

「くっ!」

 

 警戒していた通りの展開になってしまった。

 ウィザードの足元に現れる、白い手。具体的な効果は分からないが、受けないに越したことはない。

 飛び退き、ビルを伝いながら、ウィザードは屋上に着地。だが、狂三はすぐ背後に影から現れる。

 

「逃がしませんわ? 刻々帝(ザフキエル)

 

 彼女の背後に現れる時計盤。

 それは、彼女の能力行使の合図。二時を示すローマ数字より、赤黒のエネルギーが彼女の銃に注がれていく。

 

二の弾(ベート)

『スモール プリーズ』

 

 その弾丸を受ければ、ウィザードの動きが遅くなる。

 体を縮小させることで弾丸からは避けられたが、狂三は第二打として、自らのこめかみに銃口を当てている。

 

一の弾(アレフ)

 

 その能力は加速。

 元の大きさに戻ったウィザードへ、跳び蹴りを放ってくる狂三。ハイヒールを腕でガードしながら、ウィザードは彼女の背中を蹴り上げる。

 

「きひひっ!」

 

 だが、空中でも彼女は華麗な身のこなしを見せた。

 左手の銃を宙へ放り投げ、ウィザードの足蹴りを手で掴む。左手だけで体を支えながら、右手の銃をウィザードの顔面に突き付ける。

 

「綺麗な宝石……砕いて差し上げますわ」

 

 顔面ゼロ距離で発射される銃弾。

 ウィザードはギリギリのところで首を反らし、ルビーの仮面に傷が付く。

 

「あら残念。綺麗な宝石が砕けるところ、見たかったですわね」

 

 再び左手を起点にジャンプ、上空で放り投げた銃をキャッチ。

 

「生憎、この面の宝石を作るのもそれなりに大変なのよ。そう簡単には割らせられないかな」

 

 ウィザードは両方のウィザーソードガンの手の部品を開く。

 

『『キャモナシューティングシェイクハンド キャモナシューティングシェイクハンド』』

「くっ!」

 

 足元に連射されていく狂三の銃弾をバックステップで回避しながら、ルビーの指輪を挟み込むように、二つのウィザーソードガンの手のひらを読み込ませる。

 

『『フレイム シューティングストライク』』

 

 二つの銃口に、炎が宿る。

 身動きが取れない上空を狙うのは常套手段だが、果たして狂三には通用しない。

 より濃い影。夜の闇と、朝型の太陽が、より長い影を作り上げている。

 

「この時間帯だと、あっちが有利か……」

「きひひっ!」

 

 再び襲ってくる狂三の凶弾。

 前回と同じ指輪を、ウィザードは即座に発動させた。

 

『ライト プリーズ』

「同じ手は食らいませんわ」

 

 だが、すでに狂三は対策済みだった。

 光が溢れるのと同時に、彼女の背後に並ぶ時計盤。

 

刻々帝(ザフキエル) 四の弾(ダレット)

 

 自らのこめかみに打ち込んだその銃弾は、対象の時間を巻き戻すことが出来る。

 彼女の視界を覆う残像を、目を巻き戻すことにより打ち消す。問題なくなった狂三は、引き続き銃口を発射させる。

 

「やっぱりこれはもう効かないか……!」

 

 ウィザードはコピーした方のウィザーソードガンをソードモードにして、狂三へ投影。回転しながら、それは左手の銃を弾き飛ばした。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 腕が使えなくなっている間に、さらにウィザードは魔法を追加。

 ウィザードライバーにではなく、ウィザーソードガンの手を閉じ、すぐに開く。

 

『フレイム スラッシュストライク』

 

 大きな刃に走る炎。

 振り下ろされた、柱のような太さの刃が、笑みを顔に張りつけたままの狂三へ振り下ろされ___

 

 その瞬間を境に。

 この空間全てが静止したようだった

 

「っ!?」

「!」

 

 朝日へ立つ鳥たちも空中で動きを止め、写真のように翼を広げたまま空中に貼り付けられている。

 

「何だ……これは?」

「……」

 

 狂三も、ほとんど顔を動かさない。

 彼女とウィザード、それぞれ体が何やらモザイクにかかるように、体の部分部分が揺れている。

 

「悪いね、この勝負中断させてもらうよ」

 

 それは、乱入者の声。

 ウィザードは、ルビーの面の下で目だけを動かし、その正体を確認する。

 無警戒で歩いてくる、その正体は……

 

「ディエンド……! またお前か……!」

 

 ディエンド。

 シアンカラーが特徴の彼は、手を伸ばしたまま、ウィザードへ歩いてきていた。

 

「ふう、やっぱり便利だね。さて、ウィザード。君に恨みはないが、少し一緒に来てもらおうか」

「何を言って……」

 

 拒否を示そうとするが、体が動かない。

 そして。

 

「抵抗されるのも面倒だ」

 

 ディケイドの姿が、ウィザードの死角に消える。背後にディエンドの気配を感じながらも、全く動けない。

 そして、残酷にも聴覚だけは、問題なくはたらいていたのだ。

『ファイナルアタックライド』を告げる聴覚が。

 

「少し、動けなくなってもらおうかな」

「! がっ!」

 

 背中から受ける、ディメンションシュート。

 ウィザードの変身を解除させ、静止の束縛からも解放されたハルトは、地面に転げ落ちた。

 

「がはっ!」

 

 ウィザーソードガンを取りこぼしたハルト。その背中を、ディエンドは踏みつける。

 

「ぐっ!」

「君に会いたがってる人がいるんだ。一緒に来たまえ」

「ディエンド……お前たちは、一体何がしたいんだ!?」

「僕は僕が欲しいお宝を手に入れる。君が交換条件になっているだけだよ」

 

 生身の体に、再びディエンドの足が突き刺さる。

 肉体の限界を超えた痛みに、ハルトは意識を手放した。

 

 

 

「よっと」

 

 ディエンドが、気絶したハルトを肩にかけた。すると、彼の懐から、白い紙が零れ落ちていく。

 落ちた紙に目を落とすことなく去ろうとするディエンドだが、その前にと狂三は冷たい声を上げた。

 

「お待ちなさい」

 

 狂三は同時に発砲。それはディエンドライバーで防がれたが、ディエンドは足を止め、狂三へ目線を投げた。

 

「驚いたな。このタイムジャッカーの力は、そう簡単に解除できるものではないんだけど」

「時間操作系の能力ですわね? それでしたら、わたくしに通用するはずもありませんわ」

 

 ディエンドの時間支配から逃れた狂三が、冷たい目でディエンドへ銃口を向けていた。

 今、時の精霊を操る力の象徴である左目は、針を回転させている。それにより、時間停止の中であろうとも、狂三は通常の時間流と同じく動くことが出来るのだ。

 

「わたくしの邪魔をした罪は重いですわよ」

「……確かに、君になら通じなくてもおかしくないか、時崎狂三。君の相手をするのは疲れるんだが」

「わたくしを……?」

「知っているさ。識別名(コードネーム)ナイトメアの精霊、時崎狂三」

 

 ディエンドは肩を落とし、作業的にカードを取り出す。

 

「悪いけどここは、逃げさせてもらうよ」

『アタックライド インビジブル』

 

 発動したのは透明化の魔法。

 すると、ディエンドの姿はみるみるうちに消えていく。

 一瞬で消失したディエンド。狂三は意識を足元の影に向け、彼を探そうとするが。

 

「……逃げ足の速いことで」

 

 いない。

 その結果に落胆しながら、狂三は周囲を見渡す。

 消化不良。このまま帰るまでに、参加者を二、三人始末しようかと考えていた時、すぐ近くに光る物が見えた。

 

「これは……」

 

 それは、銀。

 ウィザーソードガン。ウィザードが見せたように、銃身を折り曲げると、確かに刃が飛び出し、ソードモードにも変形した。

 

「あらあら……これは、いい拾い物をした、ということになりますわね」

 

 このまま持って帰って、自身の戦力にしてもいいが。

 再び影に潜ろうとしたところで、狂三はその動きを止めた。

 

「そういえば、これは何ですの?」

 

 ウィザーソードガンの傍ら。

 松菜ハルトのもう一つの落とし物である紙。封筒のように折りたたまれたそれを開くと、丁寧な『お誕生日おめでとう ハルト君』の文字が現れた。

 

「あらあらあら。お手紙ですわね……彼、お誕生日に誘拐されたんですの? 全くついてないですわね」

 

 狂三はひらひらと手紙を振り、懐に収納する。そのまま一度、ウィザーソードガンを見下ろし。

 

「きひひっ、少し面白いことをしてみましょうか」

 

 狂三はウィザーソードガンを顔の高さに持ち上げ、銃口を押し当てる。

 

刻々帝(ザフキエル) 一〇の弾(ユッド)

 

 そして、ウィザーソードガンの銃身へ発射される。

 刻々帝(ザフキエル) その十番目の弾丸の能力は回顧。撃ち抜いた対象が持つ記憶をたどることを可能にするのだ。

 そしてそれは、相手が無機物だろうが関係なく作用する。

 

「松菜ハルトさん。あなたの記憶を見せてもらいますわ。ウィザードの弱点でも探し……ん?」

 

 狂三はそこで、首を傾げた。金の時計盤が刻まれた目の針は、時間の逆戻りを示すよう、ずっと反時計回りを繰り返している。

 そして。

 

「……これは……!?」

 

 目を大きく見開き、狂三はウィザーソードガンを胸元に下ろす。

 ウィザーソードガンを見下ろしながら、狂三は呟いた。

 

「松菜ハルト……あなたは、一体……?」



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攫われたハルト

「ハルトさん、出ないなあ……」

 

 可奈美は口を尖らせながら、スマホをポケットにしまった。

 朝起きてから、ハルトの姿がない。

 今朝の朝食当番であり、その用意もしっかり終えられていたことから、少なくとも朝方にはラビットハウスにいたことが推測できる。

 だが、今は影も形もない。

 ココアとチノは学校に行き、タカヒロは休んでいるこの時間。

 本来今日はハルトと二人体制なのに、時間になっても彼は戻ってこない。

 

「ハルトさん、まだ……?」

 

 口を尖らせながら、可奈美はカウンター席に座り込む。

 スマホのメッセージにはいまだに既読も付かず、何かあったのではないかと不安さえ襲ってくる。

 

「あ、ユニちゃんにゴーレムちゃん。……心配だよね」

 

 ハルトの使い魔たち。

 そのうち、ガルーダとクラーケンが見当たらない。いつもの通り、ファントムや参加者を探しているのだろうか。

 

「そういえばユニちゃん、いつもラビットハウスじゃなくてもハルトさんのところに来てるよね? ハルトさんがいる場所、分かるの?」

 

 可奈美の問いに、ユニコーンは困ったように首をひねった。

 不安を押し切るように、三回目の掃除を終えたころ、ラビットハウスのベルが鳴った。

 

「いらっしゃいませ!」

「あらあら。本当にいましたのね。衛藤可奈美さん」

「あなたは……!」

 

 来客の姿に、可奈美は思わず身構える。

 一見、平日の日中には似つかわしくない女子高生。

 長い髪を二房に分けて前に出すその姿は、可奈美は初めて見る。だが、その長い前髪で隠れている左目に薄っすらと見える金色の眼から、可奈美は以前戦った参加者のことを思い出した。

 

「狂三ちゃん……?」

「きひひっ! あらあら、一度戦っただけなのに、覚えていただけて嬉しいですわ」

 

 制服姿の狂三はスカートをたくし上げ、お嬢様のように頭を下げる。

 

「どうしたの?」

 

 仕事中は、千鳥が手元にない数少ない時間である。

 可奈美は懐に手を伸ばす彼女の一挙手一投足を注意していた。

 やがて彼女が取り出したのは、銃。

 だが、狂三自身が戦闘で使う古めかしい銃ではない。銀で作られたそれは、可奈美もよく知るものだった。

 

「それって……!」

「今、これの持ち主は行方不明ではなくて?」

 

 狂三はトリガーに指を通してウィザーソードガンをぶら下げる。ゆらゆらと揺れるそれを、可奈美は驚愕の眼差しで見つめた。

 

「狂三ちゃんが、なんでそれを持ってるの……?」

 

 同時に、ユニコーンがその角を狂三に向けている。

 警戒を見せるユニコーンは、そのまま突撃を放ってくる。

 だが。

 

刻々帝(ザフキエル) 二の弾(ベート)

 

 即、ユニコーンへ発砲された銃弾。

 それはユニコーンの動きを極限まで遅くさせ、空中に固定した。

 

「ユニちゃん!」

「あらあらあら。折角落とし物を拾ってあげたのに、あんまりではありません? そうそう、こちらは拾い物としていただきますけど、こっちは返して差し上げますわ」

 

 狂三はそう言って、折りたたまれた手紙を手渡す。

 受け取った可奈美がそれを開くと、『お誕生日おめでとう ハルト君』という綺麗な文字が現れた。

 

「誕生日って……ハルトさん、今日誕生日だったの!?」

「……まあ、知らせていないでしょうね」

 

 狂三は小声で呟く。

 可奈美は頭を抑えながら、狂三へ詰め寄った。

 

「何があったの? ハルトさんに、何かあったの?」

「さあ? 答える義理なんてありませんが……そうですわね」

 

 狂三はにやりと笑みを浮かべ、ウィザーソードガンを可奈美へ向けた。

 

「!」

「わたくしが勝ったら、教えて差し上げますわ。賭け金(ベット)は可奈美さん、あなたの命で……いかが?」

「いいよ。やろう」

 

 可奈美は顔を強張らせる。

 すると、大きく口角を吊り上げた狂三は、その全身から赤黒い光が溢れ出していく。

 狂三を包み込んでいくそれは、やがて彼女をオレンジのドレスに仕上げていく。

 

「……っ!」

 

 この姿の狂三を、可奈美は知っている。

 黒とオレンジのツートンカラーのドレスを着こなし、左右非対称のツインテールは前髪で左目を隠すことなくたくし上げている。

 口角を高く吊り上げながら、狂三は銃口を可奈美へ向けていた。

 

「さあ、まずは刀を手にするまで、生き延びられますかね?」

「……!」

 

 千鳥を取ってくるのを待つつもりはない。

 その意図を汲み取った可奈美は、バク転と同時にウィザーソードガンを蹴り上げる。

 思わぬ方向へと腕を動かされた狂三は笑みを張り付けたまま動かない。

 そのまま、大急ぎで、バックヤードへ続くドアを開けようとするが。

 

「おっす、ハルト! いるか?」

 

 突然の来客ベルによって、狂三が入口へ銃口を向けた。

 

「いけない!」

 

 可奈美は足を止め、狂三を飛び越えて入口に割り込む。ウィザーソードガンを蹴り飛ばし、入って来た客の前に立つ。

 

「ごめんなさい、今取り込み中で……真司さん!?」

「お、可奈美ちゃん。どうしたんだ、そんな必死そうな顔をして」

 

 驚いた表情を見せるのは、城戸真司だった。

 彼は可奈美と、銃口を向ける狂三を見比べて驚いた。

 

「あっ! ええっと……この前、ムーンキャンサーと戦った時に助けてくれた人!」

「城戸真司……ライダーのサーヴァント、ですわね?」

 

 真司と狂三に面識はない。

 接点そのものは、今真司が言った通り、邪神イリス(ムーンキャンサー)と戦った時同じ場所にいただけだ。

 

「いいですわ。いいですわ! この街は本当に参加者であふれていますのね!」

「おい、ちょっとこれって……!」

 

 狂三がトリガーにかける指に力が入る。

 だが真司は、咄嗟にポケットからカードデッキを取り出し、その中からカードを抜き取る。

 

「ドラグレッダー!」

 

 銃声。

 だが、それよりも大きな咆哮が響いた。

 ラビットハウスの窓ガラスより現れる赤い影。ドラグレッダーは、向かいの窓へ飛び込む道中、その長い体で銃弾を弾いていた。

 

「あらあら……」

「おい、何のつもりだ!?」

「何のつもりも何も……? わたくしたちは聖杯戦争の参加者同士。殺し合うのが当然ですわ?」

「結局……アンタもそうなのかよ……!」

 

 真司は唇を噛む。

 

「戦わないってことは、できないのかよ!」

「当然ですわ、ライダー。わたくしたちは願いのためにこの世界に召喚され、願いのために命がけで戦う。あなたにも願いがあるのではなくて?」

 

 狂三の問いに、真司は堂々と答えた。

 

「ああ。俺にも願いはあるさ」

「やはり……!」

「俺は……こんな、戦いを終わらせる! 聖杯戦争を終わらせることだけが、俺の願いだ!」

 

 そう叫んで、真司はカードデッキを突き出す。

 すると、窓ガラスより銀のベルト(Vバックル)が出現、真司の腰に装着された。

 

「……俺は戦いを止める。そのために、この聖杯戦争に参加したんだ!」

「矛盾してますわね」

 

 狂三は吐き捨てる。

 

「戦いを止めるために戦う? どうしてそんな頭の悪い結論に達するのでしょうか?」

「俺、バカだからな。一年間あれこれ考えても、結局答えなんて、他になかったんだよ」

 

 一年間。

 その単語に、可奈美は疑問符を浮かべた。

 ハルトが真司を召喚したのは、昨年の秋。春の今に至るまで、まだ半年しか経っていない。

 それなのに、なぜ一年なのだろうか。

 疑問に思った可奈美のことなど、真司は気にすることもなかった。

 

「変身!」

 

 右手を斜めに突き伸ばし、ベルトに装填。

 無数の鏡像が真司に重なり、赤い仮面ライダー、龍騎へと変身を遂げる。

 

「っしゃあ!」

 

 気合を入れた龍騎は、身構える。

 

「闘いたいなら、俺が相手になってやる!」

「あらあら……」

 

 首を振った狂三は、口角を吊り上げる。

 

《/darkorange》「刻々帝(ザフキエル)

 

 狂三の言葉により出現する、ローマ数字が刻まれた時計盤。ラビットハウスの天井にも届かんとするそれは、大きくその存在感を放つ。

 時計盤の数字、そのどれかから赤黒いエネルギーが狂三の銃に注がれようとする、

 そのとき。

 赤い魔法陣が出現した。

 どう見てもウィザードの魔法陣のそれ。

 狂三の傍に出現したその中心からは、黒い手が出現する。

 

「あれは……!」

「ハルトさん!」

 

 中指に指輪を嵌め込んだ手。明らかにウィザードのものである手。

 そしてその手は、きっとコネクトの魔法でここに繋がったのだろう。

 ウィザードの手は、真っ直ぐ狂三が持つウィザーソードガンを掴み、彼女の手から取り上げ、魔法陣の奥へ引き込んでいった。

 

「ま、待って! ハルトさん!」

 

 叫んでももう遅い。

 ウィザーソードガンを奪っていった魔法陣は、そのまま消失。その空間には、もう何も残っていなかった。

 

「コネクト……それに、ウィザードの手っていうことは、今はハルトさん、戦っているんだ!」

「そうなりますわね」

 

 冷淡に頷く狂三。

 カードデッキを外し、龍騎の変身を解除した真司も、青ざめた表情で可奈美を見下ろした。

 

「なあ、ハルトは今どこにいるんだ? そもそもアイツ、今日シフトじゃないのか?」

「探さなきゃ!」

 

 店を飛び出した可奈美。だが、その前に、影を伝って回り込んだ狂三が割り込む。

 

「まあまあお待ちになって、可奈美さん。どこを探すおつもりですか?」

「どこって……とにかく、片っ端から!」

 

 可奈美は狂三を押しのけようとする。だが、狂三は可奈美の腕を掴み、そのまま地面に押し付けた。

 

「うわっ!」

「お待ちになってと言っているじゃないですか。刀も持たないあなたに、一体何ができますの?」

「……!」

「可奈美ちゃん!」

 

 真司も遅れて駆け寄る。

 だが、それ以上の接近を狂三は許さない。手にした長い銃を、生身の真司に突き付ける。

 

「……っ!」

「動かないでくださいまし、ライダー」

 

 言われた通り、真司は体を硬直させた。

 

「あらあらあら……さて、いかがいたしましょうか」

 

 その時。

 ハルトの使い魔___ガルーダが、狂三へ体当たりを続けてくる。

 突然の小さな乱入者にペースを乱された狂三は、そのまま可奈美から離れる。

 

「何なんですのこれは!?」

「ガルちゃん!」

 

 ガルーダは可奈美の姿を認めると、すぐに可奈美にすり寄って来た。

 

「どうしたの? もしかして、こんな時にファントム!?」

 

 可奈美の声に、ガルーダは首を振る。

 さらに、続けてクラーケンもガルーダに追随する。可奈美と真司の前でガルーダと並び、狂三に対峙している。

 

「ガルちゃんに、クラちゃん……!」

「あら……あらあら、きひひっ!」

 

 狂三は二体のプラモンスターを見て笑い出す。

 

「そういえば、その二匹もいましたわね、ウィザードが攫われた時に」

「!?」

「攫われたって……ハルトがか!?」

 

 その事実に、真司が目を白黒させている。

 彼はそのまま、ガルーダとクラーケンに詰め寄った。

 

「なあ! それじゃ、ハルトがどこにいるのか知っているのか!?」

 

 頷いたガルーダとクラーケン。だが、それぞれが道案内しようとした途端、その体を構成するプラスチックが消滅した。

 

「え!?」

 

 目を大きく見開き、可奈美は慌てて手を伸ばす。可奈美の手のひらに落ちてきたのは、二体の指輪だけだった。

 

「そんな……ここで魔力切れだなんて……」

 

 二つの指輪を見下ろしながら、可奈美は打ちひしがれた。

 すると、狂三がクラーケンの指輪を摘まみ上げる。

 

「狂三ちゃん!」

「おい、返せ!」

 

 真司がタックルで指輪を取り返そうとするものの、体を回転させて真司を避けた狂三。

 彼女はそのまま、銃をクラーケンの指輪に直接押し当てた。

 

「ダメ!」

《darkorange》「刻々帝(ザフキエル) 一〇の弾(ユッド)

 

 可奈美が止めるのも間に合わず、狂三の引き金が引かれる。

 だが、指輪にはいかなる衝撃もない。

 唖然としている可奈美と真司へ、狂三は高笑いをし出した。

 

「ご安心ください。ユッドは対象が持つ記憶を伝える弾。それそのものにはダメージはありませんわ」

「記憶……」

「ええ。この子たちは、ウィザードがどこにいるか知っているのでしょう? なら、わたくしが読み取って差し上げますわ」

 

 狂三はそう言いながら、指輪を自らの右手に___丁度、ハルトがしているのと同じように中指に付ける。

 

「……まあ、わたくし以外がこれの記憶を見るのも、酷でしょうし」

「狂三ちゃん?」

「きひひっ!」

 

 大きく目を見開いた狂三。その時計盤の形をしている金色の左目が、強く印象に残る。

 

「なるほど……見滝原山のふもとにある川原___以前、ムー大陸関係の遺跡があった場所の近くにある廃教会のようですわね」

「ムーの遺跡!? それだったら……!」

「響ちゃんとコウスケさんが場所を知ってるはず!」

 

 可奈美と真司は頷き合う。

 可奈美は二階に駆け込み、一分も立たないうちに美濃関学院の制服に着替え、千鳥を携えて戻って来た。

 

「助けに行くんですの?」

「当たり前だよ! 場所を教えてくれてありがとう、狂三ちゃん!」

「助かったぜ! あ、あと、アンタももう参加者同士の戦いはやめろよな! 可奈美ちゃん、乗って!」

 

 真司が一言だけ釘を刺しながら、スクーターに跨る。そのまま、真司がアクセルを入れると、可奈美は、真司とともに見滝原公園にいるコウスケ、響のランサー組のところまで急いだ。

 

 

 

 誰もいなくなった店内で。

 狂三は、静かにラビットハウスへ背を向けた。

 

「せめて、後悔のないことを祈りますわ」

 

 そう言いながら、去り際に玄関の標識を「Close」に切り替えたのだった。



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監督役のサーヴァント

「ぐっ!」

 

 目が覚めたのと、地面に落とされたのは同時だった。

 見覚えのある床を見下ろしながら、ハルトは自分がいる場所を確認する。

 

「ここは……教会か?」

 

 聖杯戦争の監督役が集う教会。見滝原の僻地にあるこの場所は、ハルト自身、何度も足を運んだことがあった。

 いや、とハルトは考えを否定する。

 訪れたことがある教会とは、細部が異なっている。破壊されている箇所もハルトの記憶にあるものとは一致せず、割れたステンドグラスから見える外の景色も見滝原の街並みではない。

 

「何でこんなところに……あれ?」

 

 体が動かない。

 見下ろせば、ハルトの両腕両足は縄で縛られていた。ゴロゴロと体を転がすこと以上の動作ができないほど、縄はハルトへの拘束具の役割をしっかりと果している。

 

「見て分からないかい? 拘束させてもらっているだけだよ」

 

 ハルトの目の前でしゃがむのは、件の元凶である海東。

 彼は笑みのまま、顎で中央の祭壇を見るように促す。

 

「さあ、連れてきてあげたよ。約束通り、お宝を渡したまえ」

 

 海東の視線の先。

 その先には、見たことのない中年くらいの男性が、祭壇の机に腰かけていた。

 

「ご苦労やな。ディエンド。ほんま、感謝するで」

 

 関西弁独特の発音をしながら、手にした扇子で自分を仰ぐ中年。

 だが、聖杯戦争の中心であるこの場所にいる彼が、ただの中年であるはずがない。

 

「お前は……? 参加者か?」

「せや。ルーラーのサーヴァント、アマダムちゅうねん」

「アマダム?」

 

 体を少し起こしたハルト。拘束されている手を動かし、なんとかホルスターの指輪に手を伸ばすものの、ホルスターに指輪はない。

 

「っ!」

『バカが。捕虜の武器なんざ、取り上げるに決まってんだろうが』

 

 その声は、空気の振動ではない。

 脳内に直接訴えるそれは、ハルトにとってはもう分かり切った相手だった。

 

「コエムシ……!」

『無様だな、ウィザード』

 

 コエムシ。

 見滝原の聖杯戦争を管理する運営、その三体の妖精のうち一体。

 大きなネズミのような頭部と、ぶら下がる小さい胴体を持つその妖精は、手にしたルビーの指輪を見せつける。

 

「それは……!」

『探し物はこれだろ? 悪ィな。これはもうオレ様たちのもんだ』

「なあ、そろそろウチの自己紹介に戻らせてくれへんか?」

 

 となりのコエムシへ、アマダムと名乗った中年が口を尖らせる。

 コエムシはヘラヘラと笑いながら、アマダムへ続きを促した。

 

「どこまで話したかいな……? せやせや。ウチはな。かつてウィザードに破れた、魔法使いやで」

「ウィザードに……敗れた?」

 

 その言葉を、ハルトは反芻させた。

 

「アンタを倒したことないはずだけど? そもそも、初対面でしょ」

「おまんのことあらへんわ。おまんと同じ、ウィザードにやられたんや」

「何言っているんだ?」

 

 眉をひそめながら、ハルトはアマダムを睨む。

 だがアマダムはハルトの視線に応じることなく、自らの指を撫でた。

 

「ほんまにひどい目に遭ったで。ウチらの自由への出発がダメにされたんやからな」

「自由?」

「……こっちの話や」

 

 アマダムは笑みを浮かべたまま、コエムシの手からルビーの指輪を取り上げる。

 

『ああ、オイコラ!』

「ウィザード。指輪のないお前など、赤子の手を捻るよりも簡単に潰せるんや。さてさて、どないしよ」

「ちょっと待ちたまえ」

 

 指輪を手玉にしながら歩き回るアマダムの前に、海東が立ちはだかった。

 

「彼を渡す前に、約束を果たしてもらおうかな」

「なんや、ディエンド」

「交換条件は果たしたよ? ディケイドとウィザードたったね? ほら、二人はこうして僕が倒し、捕らえた。約束通り、聖杯を渡してもらおうか」

「面倒やなあ。なあ、マスター。どないんしょ」

 

 アマダムは大きく首を振った。

 すると、何時の間にいたのだろうか。祭壇には、コエムシの隣にもう一体の妖精がいたのだ。

 

『どうして君はそうやってできもしない口約束をしてしまうんだい?』

 

 それは、四足歩行の妖精。

 白い胴体と、ところどころに入る桃色の模様。赤い瞳が埋め込まれた顔には、一切表情が動くことがないそれを、ハルトは良く知っている。

 

「キュゥべえ!」

『やあ、ウィザード。まさか本当に連れてくるとは思わなかったよ』

 

 キュゥべえ。

 ハルトや可奈美などを聖杯戦争に招き入れた監督役である。

 愛らしい外見をしているが、見滝原で行われているこの聖杯戦争の監督役、その中心であり、幾度となくハルトたちの前に現れては、脅威を作り上げてきた。

 キュゥべえはコエムシと同じく、声なき声で首を振った。

 

『悪いね、ウィザード。僕たち監督役がここまで一参加者に関わるのは褒められた行動ではないんだけど、今回は僕のサーヴァントがどうしても君に会いたいと言って聞かなくてね』

「お前のサーヴァント?」

 

 ハルトは驚いて、アマダムとキュゥべえを交互に見やる。

 キュゥべえはしばらくアマダムを見やり、その大きな尾をハルトへ見せつける。

 果たしてそこには、ハルトの右手にあるものと同じように、令呪が刻まれていたのだ。

 

「キュゥべえ……お前……!」

『ルーラーは通常のサーヴァントとは違う』

 

 ハルトの疑問を遮るように、キュゥべえは説明した。

 

『聖杯そのものが召喚したサーヴァントだよ』

「聖杯そのものが……!?」

『ルーラーは、調停役のサーヴァント。聖杯戦争の異常を正すために存在し、君たちにもない様々な権限を持つ。まあ、便宜上僕がマスターになるけどね』

「そろそろいいかな?」

 

 じれったいとばかりに、海東はキュゥべえへディエンドライバーの銃口を向けている。

 

「キュゥべえ。どうやら君が監督役のリーダーのようだね? 早く聖杯を渡したまえ」

「おーっほっほっほ」

 

 詰め寄る海東へ、アマダムは笑ってごまかしている。

 何も言わないキュゥべえを見て、海東は頷いた。

 

「なるほど。なら、僕は僕のやり方で聖杯を頂くとしよう。なにしろ、価値あるお宝だ」

「お? 裏切るんか? お?」

「先に約束を破ったのは君じゃないか。今回は交渉決裂。悪いけど、ウィザードというカードは、まだ取っておこうかな」

 

 そして海東は、ディエンドライバーにカードを装填した。

 

「変身」

『カメンライド ディエンド』

 

 発生する無数の虚像が海東に重なり、ディエンドへの変身が成されていく。

 彼はすぐさま別のカードを取り出し、ディエンドライバーに装填。

 

『アタックライド ブラスト』

「……! ちょっと待って!」

 

 ハルトが斜線上にいるのに、全く考慮しないディエンドの攻撃。

 慌てて転がり、雨のように教会内を破壊するディエンドの攻撃を回避する。

 そして、その銃弾は、ハルトを縛る縄を器用に焼き切っていた。

 

「やった!」

 

 幸運に恵まれたハルトは、そのまま教会の座席に身をひそめる。

 ディエンドの銃弾によって破壊された祭壇より飛び退いた監督役たちは、それぞれ別々の座席に飛び乗る。

 

『やれやれ。ディエンド。こちらの口約束にも非はあるが……君を野放しにするメリットはどうやらなさそうだ』

 

 キュゥべえは光る眼で冷たく宣言する。キュゥべえが首を動かし、その目先に入ったコエムシは、更に笑みを大きくした。

 

『なら、こっちもそれなりの戦力を持ってきてもいいよなあ、先輩?』

『君の好きにすればいいさ』

『はい先輩の許可いただきましたァ! 新人処刑人のお出ましだゴラァ!』

 

 宣言したコエムシの背後に、銀のオーロラが現れる。

 今まで幾度となく、処刑人の登場を告げてきたそれを見ると、ハルトはどうしても警戒してしまう。

 そして、オーロラから現れるのは。

 

「お前は……!」

 

 門矢士。

 つい昨日、ともにフェニックスを倒した彼が、目の下に大きなクマを作って突っ立っていた。

 

『すでに彼も僕たちの傘下だ。ルーラー』

「分かってるで」

 

 アマダムは頷き、右手の甲冑を外す。

 果たして彼の右手に刻まれているのは、令呪。

 サーヴァントである彼に、なぜ令呪が。という疑問よりも先に、ハルトにあったのは。

 

「何であんなに……!?」

 

 その手に刻まれているのは、もはや大きな刺青かと見紛うほどの大量の刻印。

 それぞれが別々に少し離れていることから、別個の令呪なのだと認識できる。

 

『ルーラーは、その名の通り調停者。全てのサーヴァントに対する絶対命令権を有するのさ』

「何だって……!? 絶対命令権って……それじゃあまるで」

『そう。ルーラーは、全てのサーヴァントに対する令呪を持つ』

「そんな……! それじゃ、他の参加者に勝ち目なんてないじゃないか……!」

 

 ハルトの痛恨の訴えに従う道理もない。

 アマダムは、手に刻まれた無数の令呪の一角___おそらく、プリテンダーに対応するものを消費し、命令した。

 

「さあ、ディケイドよ! 我に従い、ウィザードを滅ぼせ!」

 

 果たして、アマダムの指示に従い、士はディケイドライバーを腰に巻き付ける。

 そして。

 

「変身」

『カメンライド ディケイド』

 

 士は、機械的にカードを取り出し、ディケイドライバーに装填。見慣れた流れで、ディケイドへ変身を遂げた。

 だが、そのディケイドは、ハルトが知るディケイドとは少し異なっている。

 その緑の目が吊り上がり、頭部の緑だった角は、紫に変色している。

 その名は。

 ディケイド激情態。

 

「……!」

 

 ハルトの背筋を走るのは、敵意。

 ディケイドはソードモードのライドブッカーを撫でると、その音がより一層、ハルトへ危険を訴えた。



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二人の処刑人

「……ダメだね」

 

 ディケイド激情態。本来のディケイドの目を歪めたその姿の彼は、じっとハルトとディエンドを睨んでいる。

 ディエンドはやがて大きくため息を付いて続ける。

 

「こんな士じゃ、僕を満足させられないよ」

『ケッ! 言ってろ! アナザーパラドクス! メタルビルド! お前らも出番だ!』

 

 コエムシの命令により、銀のオーロラがその背後に出現。

 そして現れる、二人の処刑人。

 それぞれ、ほとんどが黒一色で染め上げられた仮面ライダーたち。

 何かのゲームのキャラクターのように、デフォルメされたような顔と造形をしているが、その一方、黒で構成されることにより、どこか心のない無機質さを醸し出す、アナザーパラドクス。

 そして、まさに戦争兵器だと体現しているかのように、冷たい鋼鉄のボディを持つ、戦車の形を両目に付けた、メタルビルド。

 

「スリリングなゲームを始めようぜ」

「面白い。さあ、戦争だ」

 

 ディケイドと合わせ、合計三人の処刑人たちは、各々の武器を構え、ディエンドへ飛び掛かる。

 三人の猛攻をディエンドライバーで応戦しながら、ディエンドはカードを取り出した。

 

「こういうごちゃごちゃしてくるのはあまり好きじゃないんだ」

『カメンライド パラドクス グリス』

 

 ディエンドがカードを読み込ませると、ディエンドライバーが別の仮面ライダーを召喚。

 パラドクス、グリス。

 それぞれ、処刑人たちと因縁のある相手である。

 

「士にはこれだね」

『カメンライド クウガ キバーラ』

 

 そして、ディケイドの前に立つのは、また二人の仮面ライダー。

 ディケイドも一度は変身して見せたことのある、赤い超古代の戦士、クウガ。それと、白いコウモリの女性の姿をした、キバーラ。

 それぞれ、関係の深い相手と取っ組み合う。

 幻影たちがそれぞれ戦っているのを見届けて、ディエンドは最後に新たなカードを使用する。

 

『アタックライド インビジブル』

「あとは任せたよ」

 

 それは、透明化のカード。

 見えなくなったディエンドは、足音もない。おそらく、戦線離脱したのだろう。

 だがディエンドがいなくなっても、それぞれ三か所で格闘が繰り広げられれば、狭い教会の中など破壊されていく。

 廃墟はより一層傷付いていく。座席は破壊され、柱は砕け、天井近くのパイプオルガンは落下する。

 

「ぐっ!」

 

 パイプオルガンが大きな音を立てて落下する。

 粉塵に顔を覆いながら、ハルトは顔を上げる。

 合計七人の攻撃が容赦なく降り注ぐ中、ハルトは自らの指輪を持つコエムシを睨む。

 

『ハハッ! いいぜ! やれやれ!』

 

 戦う仮面ライダーたちへ野次を飛ばしながら、コエムシは鑑賞している。近づくハルトには気付いていない。

 完全に、コエムシの死角。

 果たして、少しだけ首を傾けているキュゥべえは気付いているのだろうか。

 

『そこだ! やれ!』

 

 気付いていない。

 そう確信したハルトは、やがて様子を窺い、完全にコエムシが観戦にのめり込んだタイミングで動き出した。

 

「……今だっ!」

『なあっ!? オイコラウィザード! 何しやがる!?』

 

 コエムシへ横殴りで指輪を奪い帰すハルト。突然の奇襲に対応できず、コエムシは慌てて指輪を抑えた。

 

「返せ! 俺の指輪!」

 

 小さいのに、どこにこんな力があるんだと叫びたくなるほどの抵抗を見せるコエムシ。

 

『アタックライド スラッシュ』

 

 そして、ここは戦場。

 ディケイドが放った斬撃。クウガとキバーラを消滅させたその流れ弾も、容赦なくハルトたちを襲う。

 

『ぐわっ!』

 

 爆風に煽られ、コエムシは吹き飛ぶ。さらに、それはアマダムにもおよび、彼が奪い取っていたルビーの指輪もまた吹き飛ぶ。

 それにより、奪われた指輪が全て地面に散らばった。

 ハルトはすぐに転がり、すぐそばに落ちた指輪を手にする。

 

「よし! コネクトだ!」

 

 手にした指輪に笑みを零しながら、ハルトは回収したコネクトの指輪を右手に取り付ける。

 

『コネクト プリーズ』

 

 発動した魔法により、まずはドライバーオンの指輪へ繋げる。

 

「おい、よそ見すんなよ」

 

 だが、その背後には、いつの間にかアナザーパラドクスが回り込んでいた。

 その手にしたゲーム機の形をした武器、バグバイザーⅡで斬りかかるが、ハルトはその手首を抑え、チェーンソーのようなその刃を防ぐ。

 

「ぐっ!」

「フン」

 

 アナザーパラドクスは鼻で笑い、その腹を蹴り飛ばす。

 無防備のまま、椅子を圧し潰したハルト。さらに、落ちたところには、すでにメタルビルドが足を蹴り上げて待っていた。

 

「死ね」

 

 シンプルな一言を告げながら、戦車のように重い足を蹴り落とすメタルビルド。

 ハルトは慌てて起きあがりながら、指輪を腰に当てた。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ウィザードライバーを生成。

 だが、いつの間にか因縁の敵の幻影(パラドクスとグリス)を破壊した二人の処刑人は、明らかにハルトを抹殺対象にしている。

 

「処刑人が、一気に大勢攻めてくるなんて……」

『ここはオレ様たち運営の本拠地の一つだ。処刑人が山ほど待機しているなんて当然だろうが』

「ごもっとも……」

『コネクト プリーズ』

 

 ハルトはすぐに、手にした指輪を発動。

 あちらこちらに散らばった指輪を即座に回収。腰のホルスターに収めたところで、ハンドオーサーを動かした。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 ハルトがウィザードライバーを起動させると同時に、アナザーパラドクスがその武器に付いているAボタンを押し、前後を入れかえる。

 

『ガッチャーン……』

「これで……ゲームオーバーだ」

 

 アナザーパラドクスはビームガンモードとなったそれを発砲。

 ジャンプで避けると同時にハルトはルビーの指輪を左手に取り付ける。

 

「変身!」

『フレイム プリーズ』

 

 空中で翻りながら、ハルトは魔法陣をくぐる。着地したときには、すでにウィザードへの変身を完了させていた。

 

『コネクト プリーズ』

 

 再度発動した魔法。それは魔法陣からウィザーソードガンを___ラビットハウスにいる狂三の手から___回収した。

 

『チィ……変身を許しちまったか。今までお前の抹殺には散々失敗してきたが、そろそろ年貢の納め時だ! アナザーパラドクス! メタルビルド! 徹底的にやれ!』

 

 コエムシの命令に、二人は、それぞれの武器___バグバイザーⅡとドリルクラッシャー___で、ウィザードに挑みかかる。

 

「ぐっ……!」

 

 それぞれの攻撃をウィザーソードガンで受け流し、教会の真ん中に転がり込む。

 だが、二人の処刑人の攻撃は止むことはない。

 

『ガッチャーン……』

「おいおい……まさかの難易度アップかよ? 面白くなりそうだ」

 

 再びチェーンソーモードとなったバグバイザーⅡで斬りかかってくるアナザーパラドクス。ウィザードはウィザーソードガンで防ぎ、そのまま斬り合う。

 だが。

 

「甘い」

「ぐあっ!?」

 

 がら空きになっている背後から、メタルビルドのドリルクラッシャーがウィザードの背中を切り裂く。

 散った火花とともにダメージにのけ反ったウィザードは、そのまま正面からメタルビルドのドリルによる突きを受ける。

 より大きなダメージとともに吹き飛ばされたウィザード。すぐに起き上がりながら、メタルビルドを睨む。

 

「卑怯だぞ……」

「戦いに、卑怯も綺麗もない」

「いいねえアンタ。今回は最高のゲームになりそうだ」

 

 メタルビルドの肩を叩くアナザーパラドクス。

 そして、また襲い掛かってくる処刑人たち。

 まともにやり合うのは不利。そう判断したウィザードは、まずはアナザーパラドクスのチェーンソーを受け止める。

 

「おいおい、そんなんじゃこのゲームには勝てないぜ?」

 

 アナザーパラドクスは挑発する。

 ウィザードはその言葉には耳を貸さず、蹴りでメタルビルドのドリルクラッシャーに対応する。

 だが、数回蹴りによってドリルを反らされたメタルビルドは、やがてウィザードの体を直接貫こうとする。

 

「今しかない!」

 

 ウィザードはドリルを見据えて、アナザーパラドクスのバグバイザーⅡをドリルクラッシャーへ受け流す。

 二人の処刑人の武器が、それぞれぶつかり合う。反発し合い、弾かれた二人へ、即座に指輪を発動した。

 

「よし! 今だ!」

『ビッグ プリーズ』

 

 威力よりも即効性の方が重要な局面。

 そう判断したウィザードは、蹴りを巨大化させ、二人の処刑人をステンドグラス両隣の壁まで蹴り飛ばす。ある程度距離が開いたところで、ウィザーソードガンの手を開く。

 

『フレイム シューティングストライク』

 

 炎の銃弾。起き上がろうとした二人の処刑人に対し、ウィザードはすぐに引き金を引いた。それは二体の処刑人を飲み込み教会の外まで追い出していく。

 だが。

 

「ぐあっ!」

 

 背後からの斬撃に、ウィザードは倒れ込む。

 襲ってきたのは、ディケイド。

 

「どうした? まだ終わっていないぞ」

 

 そう。敵は処刑人たちだけではない。

 洗脳されたディケイドが、ライドブッカーを撫でながらウィザードへ歩み寄っていく。

 さらに、ウィザードが開けた穴の近くにはアマダムも控えている。処刑人たちも、シューティングストライクだけでは倒しきれていないだろう。

 

「これ以上は分が悪すぎる……撤退するしかない!」

 

 そう判断したウィザードは、即動いた。

 

『ハリケーン プリーズ』

 

 椅子を吹き飛ばす勢いの風を纏いながら、ウィザードはさらにエメラルド最大の魔法を発動する。

 

『チョーイイネ サンダー サイコー』

 

 雷の魔法が、教会の内部を次々に雷撃。

 土煙が教会の内側に充満していく中、ウィザードは緑の風を纏い、入口を通り、教会から飛び去って行った。

 



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希望じゃない

「はあ、はあ……!」

 

 傷ついた体を引きずりながら、ハルトは現在地を見渡した。

 風のウィザードになって教会を飛び出し、降り立った場所は、ハルトが思っていた所とは違う。

 

「あれ? ここ、こんなところだったか?」

 

 これまで幾度となく、監督役との接触の場所として訪れた教会は、見滝原の街、その外れにあった。同じく廃墟ではあったが、

 だが今回の教会があった場所は、離れて少し飛んでも、町とは言えない場所だった。今限界まで逃げ切って倒れた場所も、山の中腹にある川岸の荒野だった。

 

「いつもの教会じゃなかったのか……?」

「どうやら彼らは、同じ教会をいくつも作り出していたようだね」

 

 その声に、ハルトは振り返る。

 ハルトと同じく、体に赤い傷を作っている海東が、ディエンドライバーを手からぶら下げながら歩み寄ってきていた。

 

「アンタは……海東、だよね?」

「やあ。ウィザード。いや、ハルト君と呼んでもいいのかな」

「……誰のせいでこうなったと思ってるのさ」

 

 ハルトは目を吊り上げる。

 だが、海東はハルトの反応など意に介さずに笑みを絶やさない。

 

「さて。この事態だ。士を助けるために、君も協力したまえ」

「今俺珍しく人の事を殴りたいって思ってるよ」

 

 ハルトは恨めし気に言いながら、息を吐いて自らを落ち着かせる。

 

「その事態っていうのは誰のせいでなってると思うの?」

「まあまあ。落ち着きたまえ。僕も彼らに騙されたんだ。お互い被害者じゃないか」

「アンタを被害者呼ばわりは出来ないと思うんだけど」

 

 ハルトは文句を言いながらも、大きくため息を付いた。

 手に付いた指輪を収納したコネクトと入れ替え、発動させる。

 

『コネクト プリーズ』

「おや? どこに行くんだい?」

 

 マシンウィンガーを取り出したところで、海東が尋ねる。

 ヘルメットを被り、マシンウィンガーに乗ったハルトはぶっきらぼうに答えた。

 

「戻るんだよ。ラビットハウスに」

「僕も乗せて行ってくれないかい?」

 

 海東は、顔に笑顔を張り付けたままだった。

 むっとしながらハルトは、座席から予備ヘルメットを取り出す。数回ヘルメットを手に叩きつけたハルトは、そのまま海東へ差し出す。

 

「ありがとう、ハルト君」

「少しは反省してよ」

 

 だが、ハルトの小言などどこ吹く風とばかりにヘルメットを受け取った海東は、ヘルメットを被ってマシンウィンガーの後ろに座り込む。

 

「さあ、早くしたまえ。こんなところからはおさらばしようじゃないか」

 

 ハルトへ発車を促す海東。ハルトはため息を付いて、マシンウィンガーに跨ろうとする。

 だがその時。

 

「ハルト!」

 

 ハルトの名を呼ぶ声が聞こえた。

 ハルトは足を止め、振り返る。すると、森からボロボロの姿で、ハルトにとってよく見知った青年が走ってきていた。

 

「ぜえ、はあ……やっと……見つけたぜ」

「真司!?」

 

 城戸真司。

 ハルトが召喚した、ライダーのサーヴァント。衣替えで購入したと言っていた中古の服装で、彼は息を絶え絶えに山道にやってきていた。

 

「よかった、無事だったか……!」

「何でここに……?」

「皆で見滝原山中を探し回ってたんだ。可奈美ちゃんもすごい心配してるぜ」

「見滝原山?」

 

 真司の言葉を聞いて驚いて、改めて周囲を見渡す。

 よく見れば、近くの川には見覚えがある。以前、ムーの遺跡にコウスケ、ほむら、キャスターと訪れた時、この場所にも足を運んだことがある。

 そう思い返せば、確かに荒野にも見覚えがある。荒野だと思っていたこの場所は、以前ムーの力によって暴走したほむらが焼き尽くした森ではなかったか。

 

「ここ、見滝原山だったのか……随分と遠くに連れて来られたな」

「俺は龍騎になって、ミラーワールド経由で来たからな。多分、可奈美ちゃんもすぐに追いつくよ」

「そんなに?」

「ああ。ここのことはコウスケや響ちゃんから聞いて、二人と、あと友奈ちゃんも探してるぜ」

「何か随分と大事(おおごと)になってる……」

 

 ハルトは戸惑いながら、海東からヘルメットを取り上げる。

 

「おやおや。君は城戸真司……仮面ライダー龍騎か」

 

 ヘルメットを取られた海東は真司を見ながら頷いた。

 海東の存在に気付いた真司は、きょとんとした顔で海東を見つめる。

 

「えっと……どこかで会ったか? 俺は初めましてな気がするんだけど」

「気にしないでくれたまえ。それより、まさか僕が知る仮面ライダーもいるとは」

「あっれ? 会ったことあったかな?」

 

 真司は思い出せずに頭を掻く。

 海東はそれ以上真司へ意識を割くことなく、発射を促す。

 

「それよりもさあ、早く出発したまえ」

「俺早くこの人から離れたいんだけど」

 

 ハルトはジト目で海東を睨む。

 海東は「やれやれ」と首をふり、足を大きく翻し、マシンウィンガーから降りる。やがて手を銃の形にして真司へ向ける。

 

「龍騎。そういえば、君が持っているカードデッキもいいお宝だよね」

「な、何だよ?」

 

 真司はポケットの中のカードデッキを守るように抑える。

 だが海東は気にすることなく、飄々とした態度を続けていた。

 

「いいお宝、是非僕のコレクションに加えたいな」

「いきなり何言い出してるんだよアンタ!? や、やらないぞ!」

 

 海東の泥棒宣言に、真司は驚く。

 

「さあ、どうしてくれようか」

「おいアンタ、さっきまで仲間のディケイドにあれこれやられた直後だよね?」

 

 真司を庇うように、ハルトはその前に立つ。

 

「少しは懲りたらどうなの? アンタがキュゥべえたちの口車に乗らなければ、こんなことにはならなかったんじゃない?」

「あいにく、僕は誰かに縛られはしない。僕は常に、自分の望みのために動いているのさ」

「……結局、アンタもそういう口か」

 

 ハルトはウィザーソードガンの銃口を海東に向けた。

 同時に、海東もハルトの銃口に応じるように、ディエンドライバーを突き出す。

 

「僕に銃口を向ける意味、分かっているのかな?」

「ああ」

「僕の見立てでは、君は戦いに反対派だと思っていたよ? 聖杯戦争に限らず、願いをかけたバトルロワイアルには、大体一人はいるんだよ。戦いを止めたいという参加者が。城戸真司をサーヴァントにしているくらいだし」

「戦いは止めたいよ。でも俺は、そのために全員が仲良しこよしにできるとは思ってない」

 

 その手にした銃の引き金に力を入れられる。少しでも海東が変な動きをすれば撃つと、全身で語っていた。

 

誰か(大勢の人々)を守るためだったら、俺は参加者と戦える。それに準ずる危険な奴でもね。たとえその命や願いを奪うことになるとしても、俺はやるよ」

「驚いた。そのためなら、参加者の命を奪うことも厭わないと」

「……そうだよ」

「ハルト……」

 

 背後で、真司がハルトへ複雑な視線を送っている。

 それを受けながらもハルトは、決して彼を振り返ることはしない。彼が、ハルトとは違うスタンスだということは分かっている。

 

「真司。俺は、アンタほど優しくなれない。もう二人、参加者の命を奪ってる。多くの人々を守るためにも、俺は止まれないんだ」

「へえ。ウィザード……希望の魔法使いの言葉とは思えないね」

 

 海東は一度、ディエンドライバ―を回転させ、また銃口の照準をハルトに当てる。

 ハルトは一切ウィザーソードガンを動かさずに答えた。

 

「俺は希望の魔法使いなんかじゃない。人を守るために、もう手段を選んでなんていられない。アンタが宝探しをするのは勝手だよ。でもそのせいで、聖杯戦争を掻きまわして、誰かが傷つくなら、俺は全力でアンタを倒す」

 

 ハルトがそう吐き捨てたその時。

 地面に、無数の銃弾が炸裂する。

 ハルトと海東、そして真司は、同時によろめく。

 その銃弾を放ったのは。

 

「おや。嬉しいね。僕を追いかけてきてくれたのかい、士?」

 

 手を広げて歓迎する海東の視線の先。

 ライドブッカーを銃の形にして歩いてきている、士がそこにはいた。

 

「もう追いついてきたのか……!」

 

 アマダムの洗脳は解けていないのであろう士。彼は歩調を変えず、海東に接近。

 喜ぶ海東だったが、士は何も言わずに海東の頬を殴打。転がった海東は、砂利の音を立てながら士を見上げる。

 

「おいおい、いきなりあんまりじゃないか、士」

 

 殴られた部分を抑えるが、士は海東を見ることもない。洗脳された彼は、ずっとハルトと真司を睨んでいた。

 

「ハルト、アイツも参加者か……?」

「ああ。ソロと同じ、一人で参加しているんだって」

「それじゃあ、ソロと同じ……戦いに参加しているのか……!?」

「いや、今のアイツは洗脳されてる。それさえ解ければ、戦う相手じゃないよ」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ハルトはそう言いながら、ウィザードライバーを腰に出現させる。

 

「だから、戦うのは今だけ。殴って正気に戻せれば、もう戦うことはないだろうから」

「そっか……よし! だったら俺もやってやるぜ!」

 

 頷いた真司もまた、カードデッキを掲げる。すると、彼の戦いの象徴であるVバックルが、その腰に装着された。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「「変身!」」

 

 ハルトと真司は同時にそれぞれのベルトに、戦いの力を作用させる。魔法陣と鏡像が、その持ち主を生身の人間から、仮面ライダーへと作り変えていく。

 

『フレイム プリーズ ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 

 そうして完了する、ウィザードと龍騎への変身。

 

「っしゃあ!」

 

 気合を入れる龍騎を横目で見ながら、ウィザードは士の動きを静観する。

 士はしばらくウィザードと龍騎を睨み、ディケイドライバーを取り出した。

 ディケイドライバーが腰に巻き付くと同時に、カード___ではなく、別のアイテムを手にした。

 分厚いスマートフォンにも見えるそれ。ディケイドを思わせるマゼンタカラーのその内部に、士はIDカードを差し込んだ。

 そして。

 

『クウガ アギト 龍騎 555 ブレイド 響鬼 カブト 電王 キバ』

 

 士は次々とその画面に記される紋章をタッチしていく。

 腰に付けたディケイドライバー、そのメイン部分であるマゼンタのカメラ部分を取り外し、それを右腰に付け替えた士はその機械___ケータッチを、ベルトの中心部分に装着した。

 そして。

 

「変身」

『ファイナルカメンライド ディケイド』

 

 すると、士の姿が新たなディケイドの姿へとなっていく。

 それまでのディケイドがマゼンタをメインとしたものならば、今のディケイドは黒い下地に銀をメインにしたもの。

 だが、なによりも目立つのは、その胸部分。ディケイドがそれまで使用したもの、使用していなかったもの。合計九枚の仮面ライダー___驚いたことに、その中には龍騎のカードもある___が並んでいた。

 

「何だ、あの姿……?」

 

 ウィザードが思わず言葉を失うほど、そのディケイドの姿は奇天烈なものだった。

 ディケイド コンプリートフォーム。

 その頭部にも付くディケイドのカードが、それが数多くの仮面ライダーを網羅する姿だと示していた。



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ライダー図鑑

 マゼンタと銀の色合い。そして何より、その外見。

 思わず二度見してしまいそうになるが、ディケイドがライドブッカーを撫でる音で、ウィザードは正気を取り戻す。

 

「はあっ!」

 

 彼が振り下ろしてきたライドブッカーをウィザーソードガンで受け流し、ウィザードは怒鳴った。

 

「おい、アンタホントに意識ないのか!?」

 

 ウィザードの叫びに、ディケイドは答えない。

 何度も振り下ろされるライドブッカーを受けながら、ウィザードもまた反撃する。

 だが、ディケイドはいとも簡単に防御し、やがて蹴りでウィザードを蹴り飛ばす。

 バランスを建て直し、着地したウィザード。ディケイドはその間にも、龍騎へ斬りかかっている。

 

『ソードベント』

 

 一方、龍騎は咄嗟に召喚したドラグセイバーでそれを防御。

 ディケイドはそれでも容赦なく斬撃を加えていくが、龍騎はその全てを防御していく。

 

「おい! 返事ぐらいしろよ!」

 

 龍騎も叫ぶが、ディケイドに反応はない。

 

「このっ!」

 

 振り下ろされたライドブッカーをドラグセイバーで受け止めた龍騎は、急いで別のカードを取り出し、ドラグバイザーに装填。

 

『ストライクベント』

 

 ドラグセイバーを左手に持ち替え、空いた右手に装着されるドラグレッダーの頭部型の籠手。

 その口部分に炎を宿らせながら、龍騎はそれをディケイドの胸元に強打した。

 寸でのところで、左腕で防御したものの、その打撃力は高く、ディケイドを一気に龍騎から引き離す。

 

「ありがとう真司!」

 

 ウィザードは防御から体勢を戻す途中のディケイドへ、すぐさまウィザーソードガンで反撃。

 だが、すぐさまディケイドはウィザーソードガンを蹴り上げた。宙を舞うウィザーソードガン。だが、すぐさまジャンプした龍騎がそれをキャッチ。そのまま着地と同時に、ドラグセイバーと合わせた二本でディケイドを斬りつけた。

 火花が散ったが、それでもディケイドはさして大きなダメージも無さそうで、慣れた手つきでベルトの紋章、その一つをタッチする。

 

『ブレイド ファイナルカメンライド キング』

 

 すると、ディケイドの胸に並ぶカードが、全てめくられ、同じカードに変わっていく。

 そして、そのカードに描かれている、さらに雄大な姿が、ディケイドの隣にも出現した。

 

「何か、出てきた……」

 

 それは、不死の怪物になってでも、親友の暴走を止めた戦士、仮面ライダー(ブレイド) 黄金の王(キングフォーム)

 カテゴリーキングと呼ばれる怪物の力と、全ての不死の怪物たちをその身に融合させたもの。その力は凄まじく、変身者を人間から不死身の怪物にしてしまうほどだった。

 

「あれは……仮面ライダーか……?」

「真司、来るぞ!」

 

 ウィザードは叫ぶ。

 龍騎は頷き、カードを装填。

 

『ガードベント』

 

 両腕にドラグシールドを構え、来る攻撃に備える。

 

『ファイナルアタックライド ブ ブ ブ ブレイド』

 

 ブレイドの動きは、完全にディケイドのそれをトレースしている。

 カードを右腰のディケイドライバー本体に装填し、そのまま作動させる。

 両者は同じように胸元でそれぞれの剣を構える。すると、二人と龍騎の間に、五枚のカード型のエネルギーが現れた。

 トランプカードのエネルギー両断するように、ディケイドとブレイドはそれぞれ剣を振り下ろす。龍騎へ進んでいく斬撃は、カードのエネルギーを通過するごとに威力をまし、それはドラグシールドを破壊。そのまま、龍騎を切り裂き、爆炎に包んでいく。

 

「ぐああああああああああああっ!」

「真司!」

 

 爆炎の中から、真司の姿で投げ出されている。

 ウィザードは真司を助け起こそうとするが、すでにディケイドは次の手を打っていた。

 

『響鬼 ファイナルカメンライド アームド』

 

 同じように、ディケイドは別の紋章をタッチする。

 すると、ブレイドは消失し、代わりに深紅の鬼が出現した。同時に彼の身体に付いているカードもまた深紅の鬼に差し変わっていく。

 出現した鬼、響鬼(ヒビキ)。肉体を極限まで鍛えることで、古来より伝わる大自然の驚異とさえ渡り合うことを許された鬼が、より自らの体を鍛え抜くことで装甲声刃(アームドセイバー)によって最強の力を得た姿、アームド響鬼。

 

「問答無用か……!」

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 開始する詠唱。

 ウィザードはそのルビーの指輪をウィザーソードガンに当てる。

 すると、ルビーの指輪から伝う魔法が、ウィザーソードガン本体の刃に移っていく。

 

『フレイム スラッシュストライク ヒーヒーヒーヒー』

 

 幾度となくウィザードの戦況を覆してきた、ウィザードの主力技の一つ。

 十字を描いた炎の刃は、そのままディケイドと響鬼へ向かっていく。

 だが。

 

『ファイナルアタックライド ヒ ヒ ヒ 響鬼』

 

 ディケイドが間髪入れずに、響鬼のクレストマークが描かれた腰のディケイドライバーに装填される。

 すると、ウィザードの火以上の炎が、鬼の刃に宿る。ディケイドの剣にも同等の炎が走り、やがて二つの刃は、全く同じ動きでウィザードへ振るわれる。

 ウィザードは一本。ディケイドは二本。

 質と量、ともにディケイドが上。

 あっさりとウィザードのスラッシュストライクは切り消され、その刃はウィザードへも降り注がれていく。

 火の魔法よりも強い質量を持つ刃が、そのままウィザードの体を徹底的に切り刻んでいく。ルビーの装甲は剥がれ、生身となったハルトは地面を転がった。

 

「がっ……!」

 

 全身が痛みで鈍る。

 消滅していく響鬼に目をやることなく、ディケイドはハルトたちへ近づいてきた。

 それこそが、世界の破壊者、ディケイド。銀色のディケイドは、ハルトの首元にライドブッカーの刃先を突き付けた。

 

「その意気じゃディケイド! これでトドメじゃ」

 

 その声は、ディケイドの背後から聞こえてくる。

 いつの間にやって来たのだろうか。黒いローブに身を包んだアマダムが、興奮気味に歩んできていた。

 あれはどこの言葉だ、とハルトが思うのも束の間。

 ディケイドは一瞬だけ横目でアマダムを見て、ライドブッカーからカードを取り出す。

 ディケイドのクレストマークが描かれたそれ。それを見た途端、ハルトは息を呑んだ。

 

『ファイナルアタックライド ディ ディ ディ ディケイド』

「……っ!」

 

 強く息を吸い、はっきりと目を開けるハルト。

 ライドブッカーに宿る、十枚のカードエネルギー。それが切れ味を増し、生身のハルトに振り下ろされる___直前でディケイドは足を翻し、振り下ろされた剣。その刃の軌跡はまっすぐ、観戦を決め込んでいたアマダムへ飛んで行く。

 アマダムは右手を真っすぐ伸ばす。それはディケイドの刃に対して十分な防御となり、刃は爆発とともに霧散する。

 

「何の真似じゃ? ディケイド……」

 

 ゆっくりと手を下ろしながら、アマダムは問いただす。

 ディケイドは肩を回しながら答えた。

 

「最初からお前の洗脳なんて受けていない。この聖杯戦争の運営側を、少し見てみたかっただけだ」

「何じゃ? サーヴァントが、令呪に逆らうんか!」

「生憎、ディケイドの力はそんなものに縛られることはない。それに俺は、もとより召喚されたサーヴァントでもないしな」

 

 ディケイドは首を回した。

 

「お前らの聖杯が勝手に俺の手に令呪を刻んだからこうなった。結果、俺がプリテンダーのサーヴァント兼マスターなったが」

『ファイナルカメンライド クウガ アルティメット』

 

 言いながら、ディケイドはケータッチの別の紋章を押す。

 すると、ディケイドの胸に付くカードがめくられ、カードと同じ戦士の幻影が出現する。

 黒の凄まじき戦士、クウガ アルティメットフォーム。

 黒い体には、金色の血管が全身に走っており、凶悪そうな外見。まさに太陽を覆い隠す、究極の闇を思わせる体だが、皆の笑顔と青空を守るために、涙を隠すために被った仮面の目だけは、理性を保っているかのように、人間の温かい血と同じ色をしていた。

 

「もう十分だろう? 借りは返すぜ」

『ファイナルアタックライド ク ク ク クウガ』

 

 ディケイドはそのまま、右腰のディケイドライバーにカードを装填する。

 すると、ディケイドとクウガの右手に、赤く燃え上がる炎が発生する。いや、炎などというありふれた自然現象ではない。それは、分子そのものの構成を変形させ、結果として燃焼が残る、プラズマ化の現象である。

 

「いけん!」

 

 クウガの危険性を察知したアマダム。

 だが、そんな彼の抵抗を許すはずもなく、クウガの自然着火能力は、アマダムごと周囲の荒野に炎を巻き起こす。

 爆発に次ぐ爆発。やがてそれは、ハルトたちの視界一面を焼き尽くし、焼土としていった。



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悪の軍団

 鎮火するまで、多少の時間がかかった。

 小石が溶解するほどの事態に、ハルトと真司は唖然とする以外の手立てがなかった。

 クウガが消滅し、ディケイドはしばらく自らが焼き尽くした焦げ跡を眺めていた。やがてベルトについているケータッチを外し、一度見たらもう忘れられないディケイドの姿はフィルムの虚像となり消失。本来の姿である士に戻った。

 

「アンタ……洗脳されてなかったのか……何であんな騙すようなことを……?」

 

 ポケットに手を入れたままの士に、ハルトは問い詰めた。

 士は鼻を鳴らし、振り返る。

 

「言っただろ。聖杯戦争がどんなものか見てみたいだけだと。まあ、さすがにあの教会に安置されている、なんてことはなかったがな」

 

 詰まらなさそうに、士は足を何処かへ向けた。だが、その前に海東が立ちふさがる。

 

「待ちたまえ、士」

 

 ディエンドライバーを向ける海東。銃口を向けられながらも、士は大して驚く様子も見せずに「またか」とため息を付いた。

 

「海東……このパターン、前にもあったぞ」

「いいじゃないか。僕は君の追っかけだ。だが……君のやり方は、やっぱり気に食わないね」

「そもそも追っかけてくれと頼んだ記憶はない」

 

 ぶっきらぼうに吐き捨てて、海東とは別方向へ進もうとする士。だがどうやら彼は、海東が纏わりつくせいで上手く進めないらしい。

 そんな二人を見ながら、真司はハルトに耳打ちした。

 

「なあ、ハルト。あの二人、なんかあんまり仲間って感じがしないな」

「俺に言われてもなあ……そういえば真司、この前連絡したとき、仮面ライダーって名前に結構反応してたよね?」

「ああ」

 

 真司は苦笑した。そんな彼へ、ハルトは尋ねる。

 

「結局、その仮面ライダーってのは何?」

「ああ……仮面ライダーっていうのは……その……」

 

 真司はなにやら言葉を濁している。

 

「上手く言えないけど、俺が知ってる仮面ライダーと、二人が言ってる仮面ライダーってのは、何か違う気がする」

「違う?」

 

 ハルトが首を傾げていると、声が飛んできた。

 

「ハルトさん!」

 

 振り向けば、それは可奈美だった。

 見滝原山の荒野、そこに面する森から飛び出してきた、美濃関学院の制服を纏った可奈美は、手にした千鳥とともに、あっという間に森からハルトの目の前まで接近した。

 

「ハルトさん!」

「可奈美ちゃん? ……って、ストップストップ!」

 

 ハルトは慌てて可奈美を静止させようと両手を突き出す。

 だが、刀使の銃弾に匹敵する速度はそう急には止まれない。可奈美の両手がハルトの肩に触れた時には、すでに彼女の勢いは弾丸となり、ハルトの腹に頭突きという形になった。

 

「ぐはっ!? か、可奈美ちゃん……!」

 

 そのまま倒れ、白目を剥いたハルトへ、可奈美は安心したように息を吐く。

 

「ハルトさん、無事でよかったよお……」

「たった今無事じゃなくなったけどね……」

「だってぇ……ハルトさん、朝からいなくなっちゃうんだもん……朝の鍛錬から帰ってきてもいないから、何かあったのかなって……」

「大丈夫。大丈夫だから……!」

 

 泣き出しそうになる可奈美に弱りながら、ハルトは起き上がる。

 

「可奈美ちゃんも来てくれたんだ……」

「だって……」

 

 しゃがみ込みながら、ハルトの膝を掴む可奈美。

 ハルトは可奈美を起こし、何とか泣き止んでもらおうと話題を考えた。

 

「真司から聞いたんだけど、他の皆も探してくれてるんだって?」

「うん! あ、ハルトさんが見つかったことを皆に伝えなきゃ!」

 

 可奈美はそう言って、全員のグループトークに投稿する。

 早朝、クラーケンからの連絡でラビットハウスを飛び出してきたハルトは、今スマホを持っていない。どんなやりとりが行われていたのか、ハルトには知る由もない。

 

「あ、みんなこっち来るって」

「本当? わざわざそんなことしなくても……」

「まあまあ、気にすんなって。それより、合流したら早く戻ろうぜ。ハルトお前、今日誕生日なんだろ?」

 

 肩を抱いてきた真司のその言葉に、ハルトは顔を一瞬強張らせた。

 

「あれ……? なんで真司がそれを?」

「だって、可奈美ちゃんがさっき言ってたから」

「可奈美ちゃんにもそれ伝えた覚えが……?」

「あ、ごめん! もしかしてあまり知られたくなかった?」

 

 ハルトの反応に、可奈美は手を合わせた。

 

「タカヒロさんからの手紙、勝手に読んじゃって」

 

 手紙。

 反射的にハルトは、上着の懐に触れる。

 

「落としてたのか……でも、俺の誕生日何て気にしなくていいのに……」

「ダメ! お祝いしたいよ! 真司さんだってそうでしょ?」

「ああ! もちろんだぜ!」

 

 可奈美の言葉に、真司も同意する。

 

「これでハルトも二十歳だよな! パーティーはパァーっとビール飲もうぜビール!」

「それは真司さんとコウスケさんだけしか楽しめないじゃん! みんなで楽しく剣技会とかやろうよ!」

「それこそ可奈美ちゃんだけしか楽しめないじゃねえか!」

 

 可奈美と真司が楽しそうに言い合っている。

 二人を眺めながら、ハルトは恐る恐る声をかける。

 

「あ、ね、ねえ。別にパーティーなんてしなくていいよ。それより、早くラビットハウスに戻ろうよ。俺今日シフトだし、このままお店開けておくのも心配だからさ」

「ダメだよ! ちゃんとみんなでお祝い、やろうよ!」

「そうだぜハルト。そもそも何でそんなに誕生日なんて隠してるんだ?」

 

 可奈美の質問に、ハルトは固まったまま返事が出来ない。

 だが、それ以上可奈美たちからの追及は来なかった。

 

「……ひぃひぃ……」

 

 その時。

 その声に、ハルトたちに緊張が走る。

 アマダム。

 情けない声を上げた彼は、銀色のオーロラから転がるようにその姿を現した。

 

「お前……無事だったのか!」

「もう……いやじゃ……」

 

 アマダムはそう言って、士を睨む。

 

「おのれディケイド……こうなったら、もう奥の手を使うしかないじゃけん……」

 

 アマダムはそう言って、腕を掲げる。

 

「出でよ、我が悪の軍団たちよ!」

 

 アマダムの号令とともに、荒野には変化が現れた。

 より大きな銀色のオーロラ。それが通過すると、今度はより多くの邪悪な存在がその場にいたのだ。

 

「あれは……!?」

 

 ハルト、可奈美、真司が同時に警戒する。

 現れたのは、無数の悪意。

 それぞれの世界において、世界を脅かしてきた悪の化身。それぞれ特有の姿をしている怪物たちは、どれ一つとして同じ異形はいない。

 グロンギ、アンノウン、オルフェノク、アンデッド、魔化魍、ワーム、イマジン、ファンガイア、ドーパント、ヤミー、ゾディアーツ、インベス、ロイミュード、眼魔、バグスター、スマッシュ、ヒューマギア、メギド、デッドマン、ジャマト……

 それぞれが声を上げながら、ゾンビのようにハルトたちへ歩み寄ってくる。

 

「またこのパターンか……可奈美ちゃん! 真司! 行くよ!」

「ああ!」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ハルトの号令とともに、真司がカードデッキを突き出す。

 すると、やはり見慣れたVバックルが彼の腰に装着された。真司はそのまま、右腕を

 

「「変身!」」

「写シ!」

『フレイム プリーズ』

「っしゃあ!」

 

 龍騎はいつもと同じように、自ら気合を入れる。

 千鳥とドラグセイバーが左右の視界に入るの同じく、ウィザードは背後に控える士と海東へ尋ねた。

 

「アンタたちも、戦ってくれるのか?」

「どっちにしろ、アマダムは以前倒した奴だ。落とし前は付けるさ」

 

 士は即座にディケイドライバーを腰に付ける。歩み、ウィザードの隣に出ながら、海東にも促す。

 

「お前も来い海東。後始末だ」

「嫌だなあ士」

 

 だが、士に対する海東の返事はあっさりしたものだった。

 

「今の僕に戦う理由があるのかい? お宝も手に入りそうにないのに」

「……まあ、そうだよな。変身」

『カメンライド ディケイド』

 

 そうして、士の体はディケイドの虚像に包まれていく。

 変身を終え、手を叩いた士は、ライドブッカーを撫でる。

 襲い来る、軍団たち。

 

「来る!」

 

 まず、ウィザードへ斬りかかって来たのは、人工知能搭載人型AIヒューマギアの一体、ベローサマギア。

 その、カマキリにも似た鎌をウィザーソードガンで受け止め、鍔迫り合いとなる。

 そのまま、ベローサマギアは何度も緑の斬撃を放ってくる。

 

「うわっ!?」

 

 周囲に爆発を引き起こすベローサマギアの斬撃。飛び退いたウィザードは、バク転を繰り返しながらその斬撃を交わし続け、やがてウィザーソードガンをガンモードに切り替えて発砲。

 銀の弾丸は斬撃を反れ、ベローサマギアの胸部に集中して火花を散らしていく。動きを大きく鈍らせたベローサマギアへ、ウィザードは銃を剣に変形させ、容赦なくベローサマギアの体を切り裂いていく。

 隣では、可奈美が本の魔人(メギド)、カリュブディスと対峙していた。

 カリュブディスの体が大きく開き、その体内からはツタのような口が飛び出している。それは可奈美の捕食を目論むが、可奈美は自慢のスピードを駆使してそれを躱し、反撃のチャンスを窺っている。

 可奈美の体を捕えようとするカリュブディスの口を切り刻みながら、可奈美はだんだんとカリュブディスに接近していく。

 

「やあっ!」

 

 赤い斬撃となって、カリュブディスの長い口を切り開いていく。

 そのまま、折り重なった口を足場にカリュブディスの頭上へ飛翔。長いリーチの斬撃が、カリュブディスの体を上から下まで火花を走らせていく。

 そしてもう一体の怪人は、人が内に宿す悪魔、デッドマン。長い首が自慢のブラキオデッドマンの暴走を、龍騎が食い止めていた。

 

「この……っ!」

 

 長い首には、チェーンソーのような刃が走っており、取っ組み合うごとに、龍騎の体がチェーンソーの刃に切り裂かれていく。

 

「くそっ、どうするんだよ!」

 

 龍騎は肩に抉られた傷を抑えながら、カードデッキに触れる。

 

「……っ!」

 

 そして、龍騎は顔を上げた。

 また襲い掛かってくるブラキオデッドマン。入れ替わりを続けるブラキオデッドマンの刃に対し、龍騎はカードをドラグバイザーに装填した。

 

『ソードベント』

 

 召喚されるドラグセイバー。縦長の胴体を横殴りで倒し、チェーンソーの刃、その端のところにドラグセイバーの刃先を差し込む。

 チェーンソーの流れが阻まれ、悪魔の体に動作不良が発生する。

 

『フレイム スラッシュストライク』

「迅位斬!」

『ストライクベント』

 

 三人のそれぞれの決め技が、三体の怪物を大きく転がす。

 赤い炎と斬撃にあぶられた三体。だが、まだ体力は残っているようで、再びウィザードたちへ迫り出す。

 だが。

 

『バッファ ゴー バッファ バ バ バ バッファ』

「我流・撃槍衝打ッ!」

「勇者パンチ!」

 

 猛牛、激槍、そして桃色の拳が、横殴るように三体の怪人たちに炸裂していった。

 すでにウィザードたちとの戦闘で消耗している彼らが、更なる攻撃に耐えられるはずもない。

 ビースト、響、友奈。

 普段からよく知る者たちの攻撃が、それぞれ怪人たちを爆発させていく。

 

「よぉハルト! 誘拐されたって聞いたけど、結構元気そうじゃねえか!」

 

 ビーストは手を上げながら、ウィザードの肩を叩く。

 

「コウスケ……それに皆も!」

「心配したんだよッ!」

「無事でよかった!」

 

 響と友奈もそれぞれウィザードの姿を見て喜ぶ。

 

「あ、ああ……」

「可奈美ちゃんも真司さんもお疲れ様……ああっ!」

 

 友奈は、ディケイドの姿を見て響の腕を掴む。

 

「あなたは、この前の!」

「ええっと……ディケイドッ!」

「ふん」

「ああ、大丈夫大丈夫! 今はもう味方だから。ね?」

 

 全く自らの弁明をしようとしないディケイドの間を取り持とうと、ウィザードは説明する。

 だが、ディケイドは全く取り合おうとしない。友奈と響を全く無視しながら、一番前に現れた敵___聖杯戦争同様、願いをかけた戦い(デザイアグランプリ)(ジャマト)の一体、ダンクルオステウスジャマトを切り裂いた。

 

「さっさと終わらせるぞ」

 

 ディケイドはそう言いながら、自らの紋章が描かれたカードを取り出している。

 ダンクルオステウスジャマトは吠え、その手に持つ大剣を地面に突き刺す。すると、まさに古代魚、ダンクルオステウスのような生物が地面より出現、その大きな口でディケイドを食らい尽くそうとする。

 だが。

 

『ファイナルアタックライド ディ ディ ディ ディケイド』

 

 発動したディメンションキックには、全く歯が立たない。

 ディケイドの蹴りは、巨大な古代魚ごとダンクルオステウスジャマトを蹴り貫き、両者を同時に爆発させる。

 さらに、なだれ込んでくる悪の軍団。アマダムは、その最奥部で高みの見物を決め込んでいる。

 ディケイドは手を叩き、顎でウィザードへ促す。

 

「おい。行くぞ」

「ああ!」



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ファイナルフォームライド

参加者「ひゃっはああああ! このまま、町の人間共から魔力を吸い尽くせば、俺が聖杯戦争の勝者じゃ!」
ほむら「あれは……サーヴァント!?」
参加者「おお? その手にあるのは令呪か? マスターか。だがどうやら、残り令呪も少なそうだな」
ほむら「くっ……! キャスターは呼べない……!」
参加者「ほれほれ、逃げろ逃げろ!」
???「待ちなさい!」
参加者「ほばァ!? いきなりの飛び蹴り!?」
ほむら「何!?」
???「いつもニコニコ這いよる混沌ニャルラトホテプ です♡」
ほむら「は? は?」
ニャル子「あ、本名はちゃんと他にありますよ? ただ本名は地球人では発音できませんので、ここは通称ニャル子で」
ほむら「あなたは……参加者?」
ニャル子「参加者? あ、もしかしてこれコミケとかのイベントですか? それならすみません邪魔しちゃいました~。それともあれですか? あなた、魔法少女衣装にするなら、もうちょっと派手な方がいいですね。フリルとかヒラヒラとかつけましょうよもっと!」
ほむら「ちょっと……」
参加者「無視すんなやゴラァ!」
ニャル子「おおっと危ない! なるほどなるほど」
ほむら「今の一瞬で何がなるほどなの?」
ニャル子「戦わなければ生き残れない! な世界観で、そんでアンタは「か、勘違いしないでね! アンタを倒すのはアタシなんだから!」なポジションを貫こうとしてもすぐに絆されちゃう遠坂さん系ツンデレ女子ってことですね! そしてそこの参加者は、特に理由のないモブ!」
参加者「んだとゴラァ!」
ニャル子「強い言葉を吐くなよ三下ァ! 弱く見えるぞ!」
ほむら「貴女も武器はそのバールみたいなものなの?」
ニャル子「名状しがたいバールのようなもの! これが私のメインウェポン! 財団Bさん、是非DX玩具で発売見当お願いします!」
ほむら「あなたは一体は?」
ニャル子「はーい、毎回恒例紹介タイム来ました! 普段なら日常回の本編後に挟まれるのに、怒涛の本編大戦前に割り込んできた私は!」



___太陽なんか 眩しくって 闇の方が無限です(どきどき) 太陽なんか 眩しくって 闇のほうがす・て・き(にゃんだ~)___



ニャル子「這いよれニャル子さん! 2012年4-6月、2013年4月ー6月に番組ジャックをさせていただきました!」
ほむら「番組ジャック言わない!」
ニャル子「さあ、盛大に通りすがりのニャルラトホテプ! ここからは私のショータイムがキター! お前の罪を数えて慎重にお縄に向かってノーコンティニューでひとっ走り付き合ってから命燃やせよ! QED!」
ほむら「いろいろ混じってる!」
参加者「コイツやべえ!」
ニャル子「さあ、それでは頭をリセットして本編開始しましょう! BGMは"Ride the wind"をかけてくださいね! ジャスコをウォーキング!」


 並んでいる敵は、全てディケイドにとって見覚えがある。

 目の前にいるモールイマジンなど、その最たる一体だ。

 かつて、時の運行を守る仮面ライダーとともに戦ったのを皮切りに、幾度となく復活するイマジンの代表例だ。

 三体のモールイマジンが同時に襲ってくる。それぞれ斧、爪、ドリルの形をした腕の攻撃だが、ディケイドはそれを全てライドブッカーで受け流していく。

 

「何度でも倒してやる」

 

 ディケイドはそれぞれの武器を弾き上げ、その流れでモールイマジンたちを次々と切り裂いていく。

 

『アタックライド スラッシュ』

 

 そして発生する、平行する斬撃。それは、一撃だけで無数の回数の威力を誇り、モールイマジンたちの体がズタズタに引き裂かれ、三体同時に爆発する。

 爆炎を潜り抜け、剣を交えるのはアンノウン、スコーピオンロード。赤い蠍の形をした騎士は、ひたすらに後頭部の尾でディケイドを突き刺そうとするが、ディケイドは左手でその尾を掴む。

 

「これを刺されたら、体内に冷たい石を挿入されるんだったな」

 

 ディケイドは吐き捨て、尾を切り捨てる。

 火花とともに怯んでいくスコーピオンロード。さらに、背後からは機械生命体(ロイミュード)の一体、ソードロイミュードもまた攻めてくる。

 ディケイドはスコーピオンロードの手から蠍の姿が彫り込まれた盾を蹴り飛ばし、ソードロイミュードの剣と相殺させる。

 両断され、落ちていく盾。それが音を鳴らすと同時に、ディケイドは二体の怪人を切り裂いた。

 同時に爆発する、スコーピオンロードとソードロイミュード。

 そのまま岩を飛び越えると、そこには響がいた。

 

「あッ! ディケイド……じゃなくて、ええっと確か……士さんッ!」

「響か……」

 

 シンフォギア、ガングニールの奏者、立花響。

 鉄球で肉体を構成している、二体の怪物と敵対している彼女は、その自慢の拳であろうと相手には通じなかった。

 

「あれは……ドーパントにゾディアーツ……」

 

 地球の記憶を肉体に埋め込んだ怪人、ドーパント。そのうち、暴力の記憶を内包した怪人、バイオレンスドーパント。

 もう一体は、星座の力を込めた怪人ゾディアーツ。神話の武神、オリオン座の力を秘めたオリオンゾディアーツが、手にした棍棒を響へ振り下ろしていた。

 響はバク転でディケイドと並ぶ。彼女は、二体の怪人へ身構えながらディケイドに首を向ける。

 

「ねえ、ちょっと手伝ってくれない? 意外とこの二体、硬いよッ!」

「そうだな……後ろから、もう一体硬いの来てるぞ」

 

 ディケイドはそう言って、ライドブッカーで響の背後を切り裂く。

 響へ不意打ちを企てていたのは、平面な体の怪人。宇宙エネルギーのための戦争兵器(スマッシュ)の一体、プレススマッシュ。平面な体のあちらこちらに、強靭な圧力を誇るその怪人だが、転がった直後は起き上がるのに苦戦していた。

 

「行くぞ。響」

「うんッ!」

 

 ディケイドと響は、同時に拳を引く。

 同時に放つ拳が、それぞれバイオレンスドーパントとオリオンゾディアーツを殴り飛ばす。

 さらに、ディケイドは新たなカードを取り出した。青一色のバックに、左上には響が。右下には、白く大きな機械の腕が記されている。

 それを迷いなくディケイドライバーに挿入する。

 すると。

 

『ファイナルフォームライド ヒ ヒ ヒ 響』

「ちょっとくすぐったいぞ」

 

 ディケイドはそう言って、響の背中を触る。

 

「へ?」

 

 突然背後に回られても、響は反応できない。だが、すぐに「うっ!」という悲鳴とともに、響の体が震えた。

 そして、その肉体が回転する。手足を伸ばし、折り畳み。頭と手足が、それぞれ指に、胴体は掌となり。銀の部品が追加されたそれは、やがて巨大な拳になっていった。

 

「か、体が変わったッ!? これって、S2CAの拳ッ!?」

 

 拳に変形した響は、驚愕の声を上げた。

 だが、ディケイドはそんなことを気にすることもなく、拳となった響を振り回す。

 バイオレンスドーパント、オリオンゾディアーツ、プレススマッシュ。合計三体の怪人を掴み、一か所に投げ飛ばす。

 倒れ込んだところで、ディケイドは響のフォニックゲインが記されたカードを装填した。

 

『ファイナルアタックライド ヒ ヒ ヒ 響』

「はああああああ……」

 

 溢れ出す、七色の光。渦を巻きながら、光はヒビキS2CAに集まっていく。

 そのまま放たれる拳。合計七個のシンフォギアにも匹敵するその光は、三体の怪人を飲み込み、そのまま爆発させる。

 三体を倒したことを確認したディケイドは、そのままヒビキS2CAを放り投げる。

 

「……フン!」

「使い終わったら投げ捨てッ!?」

 

 響の悲鳴を無視して、ディケイドはさらに進んでいく。

 ライドブッカーを駆使しながら、次々と敵を切り裂き、友奈のもとへと。

 

「勇者は……根性おおおおおおっ!」

 

 死した人間が、進化することで変貌するオルフェノク。その一体、エレファントオルフェノクが強化した突進態で、友奈を踏みつけていた。

 友奈は、全力でエレファントオルフェノクの重量に堪えており、歯を食いしばっている。

 ディケイドはライドブッカーをガンモードに切り替え、エレファントオルフェノクの巨体に弾丸を打ち込む。

 横やりで体を大きく傾かせたエレファントオルフェノク。その重心が揺れたことで、友奈はその足裏を大きく殴り飛ばし、踏みつけから脱出した。

 

「ありがとう! 助かったよ!」

「随分と大きかったな」

「大丈夫! わたしたちならやれるよ!」

 

 友奈が意気込む。

 だが、巨大な敵はエレファントオルフェノクだけではない。

 大自然が生み出した脅威、魔化魍。妖怪とも形容される、ツチグモも隣に並んでいる。

 そしてさらには、緑色の龍まで現れた。

 あらゆる星や世界を侵食するヘルヘイム。その木の実に体を乗っ取られたインベスの一体、セイリュウインベス。

 

「……さ、流石に大きいの三体は厳しいかな?」

 

 苦笑する友奈に対し、ディケイドはその手にしたカードを手で揺らす。

 

「安心しろ。そういう時の対策は大体決まっている」

「へ? なにそれ?」

 

 友奈はディケイドに駆け寄り、ディケイドが指に挟むカードを見る。

 響のときと同じく、上左半分には友奈、右下には友奈が満開時に纏う両の剛腕が描かれているそれを、ディケイドはディケイドドライバーに装填した。

 

『ファイナルフォームライド ユ ユ ユ 友奈』

「ちょっとくすぐったいぞ」

「え? くすぐるの?」

 

 友奈は反射的に自分の体を抱いている。

 だが、ディケイドは友奈の肩を叩き、背中を向かせる。そのまま両手を当てると、友奈の体がさらに大きく反応する。

 

「あっ……! これホントにちょっとくすぐったい!」

 

 そして、友奈の体が揺らぐ。両足が大きく広げられ、腕と重なり、その先端に大きな手が装着される。

 それはまさに、友奈が満開の時に武装する腕そのものだった。

 

「うわっ! おったまびっくり!」

 

 満開の剛腕となった友奈の悲鳴。

 それに対し、ツチグモが大きな口を開けながら攻めてくる。

 巨大な蜘蛛という、見る人が見れば悲鳴をあげる状態でも、ディケイドは構わない。

 ユウナ満開となった装備を背中に付け、ディケイドは応戦。巨大な拳が、ツチグモの虎のような顔面を潰し、殴り飛ばす。

 さらに上空から襲い掛かる、セイリュウインベス。

 だがユウナ満開の機動力を駆使し、ディケイドはセイリュウインベスの上を取る。巨大なユウナ満開は拳を握り合わせ、セイリュウインベスを吐き出した光線ごと叩きつける。

 セイリュウインベスの巨体は、そのままエレファントオルフェノクとツチグモの体を圧し潰した。その隙に、ディケイドはトドメを取り出す。

 

「このまま決めるぞ」

「うん!」

『ファイナルアタックライド ユ ユ ユ 友奈』

 

 装填されたカードに記されるのは、桜の紋章。装填されると同時に、ディケイドの周囲に無数の花びらが舞う。

 竜巻の花びらの中、ディケイドは急速直下。桃色に輝くユウナ満開、その両拳を放った。

 三体の怪物を貫くそれ。花びらが舞う大きな爆発とともに、三体の怪物は消滅し、その場にはふらふらになった友奈だけが取り残された。

 ディケイドは着地し、べつの怪人たちを求めて移動する。

 その頭上では、幾度と火花が散っていた。

 

「ん?」

 

 足を止めて凝視すれば、そこでは異次元の速度の戦いが展開されていた。

 高速で展開される、剣と刃の打ち合い。

 青いエビ型の地球外生命体(ワーム)、キャマラスワーム。青く、常に鳴いているその怪人は、戦いの神と呼ばれる相手さえも倒したことがあると聞く。

 それは今、可奈美とともに高速の世界で何度も火花を散らしていた。長い腕から放たれる光の攻撃だが、可奈美は器用にキャマラスワームの腕を受け止めた。

 やがて可奈美は、蹴りでキャマラスワームを高速の時間流から追い出した。

 

「迅位斬!」

 

 ディケイドと同じ世界で転がったキャマラスワームは、その体を上下、赤い閃きによって両断、甲高い悲鳴を上げて爆発する。

 だが、彼女の背後には、すでに新手の怪人たちが可奈美へ襲い掛かっている。

 

「ふん!」

 

 眼魔世界と呼ばれる異世界の怪人眼魔の一体、刀眼魔。腕を剣と一体化させたそれをライドブッカーで受け止めたディケイドは、そのまま刀眼魔を蹴り飛ばす。

 

「ありがとう! えっと、ディケイドって呼ぶのも変だよね。名前、もう一回教えて!」

「門矢士だ。別に覚えなくてもいい」

「ええ? 覚えるよ! あ、危ない!」

 

 そう言いながら、可奈美はディケイドを突き飛ばす。

 地中よりサメのように襲い掛かる欲望の怪人、ヤミー。サメの姿をしたサメヤミーが、可奈美の千鳥とぶつかり合った。

 火花とともに、ヤミーの体からメダルが飛び散る。

 

「よし!」

「さっさと終わらせるか」

 

 可奈美の背後に追いついたディケイドは、当たり前のようにカードをディケイドライバーに差し込んだ。

 

『ファイナルフォームライド カ カ カ 可奈美』

「ちょっとくすぐったいぞ」

 

 響、友奈と同じように、ディケイドは可奈美の背中に手を当てる。

 

「ん? うおおお!?」

 

 すると、写シを纏った可奈美の体が変化する。

 千鳥を先端に、全身を小さく、細く折りたたむ。

 千鳥と合わせて剣となった可奈美___カナミ千鳥を、ディケイドは手にした。

 

「すごい! 私、剣になっちゃった!」

 

 剣になりながらも、可奈美は叫ぶ。

 

「はしゃぐな」

「だって剣だよ! 夢にまで見た、剣になりたいって夢叶っちゃったんだ!」

 

 可奈美は興奮を抑えられないようで、剣の形になりながらも大きく震えている。

 ディケイドはライドブッカーとカナミ千鳥を振るい、怪人たちを大きく切り飛ばす。

 

『ファイナルアタックライド カ カ カ カナミ』

 

 ディケイドライバーに表示される、美濃関学院の校章。

 すると、ディケイドの体が赤い光に包まれていく。ディケイド専用の写シとなったそれは、ディケイドに高次元の速度を齎した。

 目にも止まらぬ素早さで、刀眼魔とサメヤミーを切り刻み、爆発させた。

 爆発とともにカナミ千鳥から手を放す。すると、剣はもとの可奈美の姿にもどった。

 

「うおっとと……す、すごいすごい! もう一回やって! もう一回剣になりたい!」

 

 可奈美は飛び跳ねながら、ディケイドにまくし立てる。

 だがディケイドは、可奈美を押しのけながら、次へ急ぐ。

 

「だあっ!」

 

 次にディケイドが駆けつけてきたのは、龍騎の戦場。

 不死身の怪人、アンデッドの一体、ディアーアンデッド。

 ライフエナジーを吸う怪物ファンガイア、ゼブラファンガイア。

 そして、ゲーム世界より現れたウイルス、バグスターのモータスバグスター。

 三体に囲まれながらも、龍騎はドラグセイバーで何とか応戦していた。

 ディアーアンデッドは、鹿の角の形をした頭部から、雷を発生させている。龍騎の周囲を爆発させながら、モータスバグスターが高速移動で龍騎への攻撃のサポートをしている。

 さらに、ゼブラファンガイアは、反撃できない龍騎へ追撃していく。

 ドラグセイバーを取りこぼしながら転がる龍騎へ、ディケイドは襟を引っ張り立たせる。

 

「うおおっ……お、お前……」

「行くぞ」

 

 ディケイドはそう言いながら、カードを取り出す。

 

『ファイナルアタックライド リュ リュ リュ 龍騎』

 

 龍騎の紋章が、ディケイドライバーに浮かび上がる。

 すると、強制的に召喚されたドラグシールドが、龍騎の両肩に装備された。

 

「え? こ、これは……?」

 

 龍騎はドラグセイバーを拾い上げながら驚愕する。

 だがディケイドは、それに応えることなく、手順を再開する。

 龍騎の胸を押す。すると、倒れかけた龍騎の体が、大きく変形していった。

 首が胴体に収納され、両足は左右に裂かれ、その表面を赤いパーツが包んでいく。

 ドラグセイバーが尾に、召喚されたドラグクローが頭部に。その姿は紛れもなく。

 

「ど、ドラグレッダー!? 俺が!?」

 

 まさに契約モンスター、ドラグレッダーそのもの。

 リュウキドラグレッダーは、そのまま三体の怪人を尾のドラグセイバーで弾き飛ばす。

 三体の動きが取れなくなったのを見計らい、ディケイドは龍騎の紋章が描かれたカードをディケイドライバーに差し込む。

 

『ファイナルアタックライド リュ リュ リュ 龍騎』

 

 それは、まさに龍騎のファイナルベントと同質。

 リュウキドラグレッダーはディケイドを中心に回転。跳躍したディケイドは体を捻りながら、空中で跳び蹴りの体勢を取る。

 龍騎のドラゴンライダーキックに酷似した、ディケイドドラグーン。

 それは三体の怪人を巨大な爆発に包み、粉砕していく。

 

 

 

 マシンウィンガーが、大きくアクセルを入れる。

 同じくバイクに乗ったバッタ型の怪人と並走する。周囲の怪人たちを蹴散らしながら、決して平坦ではない道で揺れ動いていく。

 お互いにそれぞれのマシンをぶつけ合い、互いのバランスを奪っていく。

 

「やるな。お前は、あらたなゲゲルの一人目だ」

 

 並走、時折バイクの前輪で踏みつけしようとしながら、怪人は鼻を鳴らす。

 ウィザードはブレーキをかけて前輪を止め、後輪を浮かせ、怪人へタイヤで反撃する。

 バイクにダメージを受け、着地した怪人は、ウィザードを睨む。

 

「ゴゼバ キョグギンサギザザ……ゴ・バダー・バ ザ!」

「アイツ、さっき日本語喋ってなかったか……?」

 

 何を言っているのかは分からない。

 だが、彼が強調していた、ゴ・バダー・バというのが、名前なのだろう。

 少なくとも、彼をあのバイク___バギブソンから引き離さないといけない。

 

『ウォーター プリーズ』

 

 再び前輪で踏みつけてくるバダー。

 ウィザードは体勢を低くしてマシンウィンガーを走らせ、同時に水の魔法陣をくぐる。

 水のウィザードとなり、より柔軟性に特化した形態でバダーの背後に回り込む。

 

『ライト プリーズ』

 

 さらに発動した強い光。

 すると、振り向いたバダーは強く怯む。その隙に、ウィザードは追撃として蹴りを放った。

 バイクから蹴り落とされたバダー。

 同じくバイクから飛び降りたウィザードは、そのままバダーと組み合う。

 ウィザードの肘と、バダーの拳。その上、互いに発達した蹴りが、筋肉の打撃音を奏でていく。

 

「ボセグギランリントバ!」

 

 格闘を繰り返しながら、やがてバダーはウィザードの頭上を回転してジャンプ。愛車(バギブソン)の元へ戻ろうとする。

 

「逃がさないっ!」

『バインド プリーズ』

 

 魔力に優れる水の形態なのが幸いした。

 水で作られた鎖は、頭上のバダーを拘束、そのまま地面に落とす。

 

『ウォーター スラッシュストライク』

 

 そのままトドメを刺そうと、水の刃を振り下ろす。

 だが、バダーの特異な反射神経は、拘束されながらの回避運動を可能にした。上半身だけを捻ってよけ、そのまま倒れた自身のバイクに飛び乗る。

 

「ダギブゼベジャジャブゾヅベデジャス」

 

 彼の土俵に戻られた。

 ウィザードは再びフレイムスタイルに戻り、マシンウィンガーに跨り直す。

 

「仕方ない……だったら望み通り、バイクで勝負だ!」

 

 ウィザードはそう叫んで、マシンウィンガーのアクセルを入れる。

 バダーはすでにバイクを発車させており、もうウィザードとの距離がほとんどない。

 ウィザードはすぐに隣の岩を足場に、マシンウィンガーを浮かせる。上空でマシンウィンガーを反転させ、前輪でバギブソンのボディにアタックする。

 

「……っ!」

 

 バダーはアタックされた部位を振り抜き、再びバギブソンを走らせる。

 一度大きく離れ、旋回したバダー。

 だが、ウィザードはより切り立った岩場を伝い、バダーの上を取る。大きな音とともにバギブソンの動きが鈍り、そのボディから故障のような煙が上がり始めた。

 

「!?」

 

 驚くバダー。

 さらに、ウィザードは反転、岩を駆け上がり飛び上がる。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 マシンウィンガーの座席に立ち、発動した赤いウィザードの最強技。

 

「だあああああああああああっ!」

 

 マシンウィンガーを足場に放つ蹴り。

 魔法陣を通じ、ウィザードの右足にはだんだんと赤いエネルギーが集まっていく。

 蹴りはそのまま、バダーをバギブソンごと踏み潰す。

 

「ボゾグ……! ボゾグ……!」

 

 バダーはウィザードの右足を掴み、呪いながら叫ぶ。

 だが。

 バダーの全身に刻印された魔法陣から、その全身にエネルギーが撃ち込まれていく。

 そして。

 

 バダーは、大きく爆発。

 周囲の怪人たちを巻き込みながら、その姿は炎となって消滅していった。



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聖杯

「うっしゃあ! カチコミじゃああああ!」

 

 ビーストがそう宣言して、教会の扉を蹴り開けた。

 ダイスサーベルを片手に、大きくジャンプし、荒れ果てた教会に跳び入る。

 あとから続いて、ウィザードやディケイドといった仲間たちも、教会内になだれ込んでいった。

 

「いない……」

 

 ウィザードは、教会の中を見渡しながらそう呟く。

 アマダムが召喚した悪の軍団とやらを全滅させたものの、その中にアマダムはいなかった。

 もし彼が拠点に逃げ帰ったとすればここだろうかと考えてきてみたものの、アマダムの影は影も形もない。

 

「ハルト、本当にここなのか?」

「うん。間違いないよ」

 

 ビーストの変身を解除しながら、コウスケは尋ねる。

 同じく変身を解除しながら、ハルトは頷いた。

 洗脳されたふりをしていたディケイドや、二人の処刑人がディエンドと戦った跡は、まだ残っている。ハルトが身を隠した座席も残っているし、二人の処刑人を吹き飛ばしたことで割れたステンドグラスも変わりない。

 

「アマダムどころか、キュゥべえたちもいないね……」

「逃げられたか?」

 

 ディケイドがディケイドライバーを開いた。

 左右に分かれ消えていく虚像。士は手にポケットを突っ込みながら、割れたガラス片を踏む。

 その時。

 

「逃げた? 何を言っておる……」

 

 どこからともなく、アマダムの声が響いた。

 ハルトたちの間に緊張が走る。途端に、教会のドアが大きな音を立てて閉まった。

 

「嘘ッ!?」

「閉じ込められちゃったよ!」

 

 響と友奈が慌ててドアを叩くものの、この中でトップレベルに力がある二人の拳でも、扉はびくともしない。

 

「じゃあ、腕だけ勇者パンチ!」

 

 友奈は簡易的に右腕に勇者の力を発現、桃色の拳を放つ。だが、ボロボロの見た目であるにもかかわらず、微動だにしない。

 

「おい、これって罠じゃないか?」

 

 真司が危惧したことは正しいと、全員が内心で考えたのだろう。

 やがて、教会に更なる異変が発生する。

 それは、銀のオーロラ。

 

「今度は何ッ!?」

 

 響が扉から振り向きながら叫ぶ。

 今までは処刑人の登場やムー大陸への移動など、局所的なところでしかお目にかからなかったそれは、ディケイドとアマダムが現れてから、頻繁に目にするようになった。

 それは、あっという間に教会の空間を埋め尽くし、ハルトたちを別の場所へと移動させた。

 

「今度はどこだ?」

 

 見渡す限り、暗い洞窟の中。

 参加者が生きて居られるのだから、見滝原のどこかなのだろう。深く、暗い洞窟であるそこは、太陽の光さえも届かない。

 だが、目が慣れてくれば、その場にあるものも大体把握できる。

 この場所の空間、その大半を埋め尽くすのは、黒い、泥の塊だった。泥を細く高く固め上げ、その頂上部分では、泥が皿のように薄く広く広がっている。

 そして、その頂点部分には、黒い太陽が闇の光で洞窟内を照らし出し、見るだけで不安に駆られていく。

 

「いらっしゃい、いらっしゃーい」

 

 その声は、アマダム。

 ハルトたちは全員身構える。

 見れば、泥の物体の裏から、その姿が歩み出ていた。

 

「ようこそ、聖杯戦争の中枢部へ」

「中枢?」

 

 士が首を傾げる。

 

「ここは教会ではなさそうだが?」

「のほほのほ~! あの教会は、あくまで参加者との接点用。見滝原のあちこちにあるのよーん」

 

 いつのまにか扇子を手にしたアマダムは、小躍りしながらハルトたちを挑発する。

 

「本当はこっち。この大聖杯から、各教会へ魔力を伝えているの。だから言うなればここは、聖杯戦争の運営本部よ~」

「運営本部……大聖杯って……まさか……!」

 

 そのキーワードを頼りに、ハルトは泥の塊を見つめる。

 歪な形で、この空間の中心を陣取るそれ。優雅さなど欠片も感じさせないデザインだが、その天辺で暗い光を放つ球体は、どことなく神秘性さえも感じた。

 

「これが……聖杯……!?」

 

 聖杯戦争そのもののきっかけ。

 そして、全ての参加者が奪い合う、万能の願望器。命を奪い合い、多くの参加者がすでにその命を散らしている現状を引き起こした元凶。

 だが、その姿はハルトが想像していたものとは大きく異なる。栄光を表わすように、金で作られた盃を想像していただけに、目の前の泥の塊が聖杯だとは受け入れがたかった。

 

「俺たちは……こんなものを巡って戦っていたというのか?」

 

 ハルトは言葉を失う。

 それは、ハルトだけではない。可奈美やコウスケも。そして、聖杯によってこの世界に連れて来られたサーヴァントである真司、友奈、響も同様であった。

 

「こんなものが本当に、どんな願いでも叶えてくれるの?」

 

 その問いかけは、友奈の口から出てきていた。

 アマダムは扇子を閉じる。口元だけ隠しても、いやらしい笑みははっきりと見えた。

 

「そうよ~。男は度胸、女は愛嬌。オカマは最強、聖杯は願望。結城友奈。あなたたちがこの世界にいる奇跡それ自体が証拠よ~ん」

「そんなド派手なアジトに、わざわざオレたちを連れてくるたぁ、どういう了見だ?」

 

 コウスケが吠える。

 

「運営側だろうが何だろうが、参加者七人を一人で相手取るとかいう無茶を企んでるわけじゃねえだろ?」

「ご名答じゃよーん、ビースト」

 

 アマダムはビーストを指した指を回す。

 

「私は~。聖杯戦争そのものから召喚されたルーラーのサーヴァント」

 

 両腕を広げ、聖杯の直下で体を回転させた。

 

「つまーり! 聖杯に蓄積された英霊たちの分、パワーアッッッップもできるのーん!」

 

 洞窟内に響く声。

 やがて、聖杯の盃部分にある球体から、妖しい光が強くなっていく。

 

「こんな風にね!」

 

 アマダムの号令とともに、聖杯から無数の触手が放たれる。

 

「!?」

 

 ハルトはウィザーソードガンで迎撃。銀の銃弾で、触手を弾いていくが、泥は足元からも広がっていく。

 

「うそッ!?」

 

 聖杯からあふれ出た泥は、触れてしまった者を離さない。

 首や体を締め上げる痛みが、体を貫いていく。

 

「コイツ、オレたちから魔力を吸い取っていやがる!」

 

 コウスケの叫び声で、ハルトは首を巻き付く触手を見落とす。

 赤青緑黄。ウィザードの魔力を示す色が、それぞれ触手を通じて聖杯へ、そしてそれを通じてアマダムに注がれていく。

 

「斬れない……!」

「だとしても……ッ!」

「勇者は……根性……っ!」

 

 可奈美、響、友奈もまたそれぞれ触手と格闘している。紅、黄、桃色のエネルギーがそれぞれ彼女たちからも奪われていく。

 

「だったら……ドラグレッダー!」

 

 赤いエネルギーが奪い取られていく真司は、カードデッキからドラグレッダーのカードを取り出す。

 すると、地下空間にどこからともなく赤い龍、ドラグレッダーが出現する。

 ドラグレッダーは吠えながら聖杯の周囲を旋回し、その口から炎を吐き出す。

 だが、泥の塊のように見える聖杯は、ドラグレッダーの炎を受け付けない。

 

「ドラグレッダー! みんなを助けてくれ!」

 

 真司の命令に、ドラグレッダーは攻撃対象を変更する。尾にあるドラグセイバーを振るい、ハルトたちの首を絞め上げる触手を一気に切断する。

 

「ふむぅ……面倒じゃのう……ドラグレッダー」

 

 アマダムはにやりと笑みを浮かべながら、その手をドラグレッダーへ向ける。

 すると、参加者を束縛していた触手が一斉にドラグレッダーへ向けられる。

 

「ドラグレッダー!」

 

 真司が叫ぶ。

 ドラグレッダーの巨体が、黒い触手に次々と絡め捕られていく。そのまま地面に墜落したドラグレッダーは、苦しそうに声を呻いていた。

 

「「「変身!」」」

 

 だが、ドラグレッダーが時間を稼いでくれた。

 ハルト、コウスケ、真司の三人はそれぞれのアイテムを使い、変身。アマダムへ挑みかかっていく。

 

「ふん」

 

 三人の攻撃に対し、アマダムは長いローブの袖を振り回して受け流していく。その間に、可奈美、響、友奈の三人は、聖杯本体へ挑みかかっていく。

 写シ、唄、勇者服をそれぞれ纏い、同時に聖杯へ飛び上がった。

 

「太阿之剣!」

「我流・撃槍衝打ッ!」

「勇者パンチ!」

 

 紅、黄、桃それぞれの攻撃が聖杯に命中する。

 だが、巨大な聖杯には明らかに規模が足りない。その上、聖杯を覆う泥が衝撃を吸収し、聖杯はまったく傷ついた様子もない。

 

「効かない……!」

「無駄無駄無駄じゃ! 聖杯は、参加者に破壊することなどできんのじゃ!」

 

 アマダムは大笑いする。

 やがて、聖杯から伸びた触手は、アマダムに集中して注がれていった。

 怪しい宗教団体のようなローブは、光を浴びるごとに、どんどん変わっていく。

 やがて、アマダムのその姿は、中年男性のものから変貌していく。

 灰色の、仮面を被った悪魔。胸や肩を灰色の骨格で覆っており、その肉体をより強固なものにしていった。

 

「前にも見たな……その姿は」

「さあ、聖杯の目の前で果てるのだ!」

 

 士が鼻を鳴らす一方、怪人態のアマダムは、その手に光弾を発生させ、放った。

 地下空間を埋め尽くしていく爆炎。

 

「くっ……迅位!」

 

 だが、煙を横切り、まずアマダムへ攻撃を行ったのは、可奈美だった。

 千鳥の素早い切っ先が、アマダムの体を切り裂こうとする。

 だが、ウィザードたちの目にも止まらない速度にもかかわらず、それはアマダムの目に捉えられていた。

 全てが避け切られ、逆に可奈美は胸にアマダムの蹴りを受けた。

 

「ぐっ……!」

 

 蹴り飛ばされ、大きく後退される可奈美。

 彼女が着地するのと同時に、今度はビーストと響が接敵した。

 

「うおらァ!」

 

 ビーストがダイスサーベルで突くが、アマダムはそれを全て受け流していく。

 すばしっこく動き回るが、アマダムの隣には、すでに響が回り込んでいた。

 姿勢を引くし、その顎へ拳を殴り上げる。

 

「だりゃあああああああああッ!」

「見切れているわ!」

 

 顎を引いてそれも交わしたアマダムは、ビーストの腕を掴み、そのまま響へ投げつける。

 

「うわっ!」

「ええッ!?」

「まとめてドーン!」

 

 ビーストと響へ、手から発生した光弾を直接ぶつける。

 爆発とともに吹き飛んだ二人と入れ替わり、ウィザード、龍騎、友奈が今度は接近戦を仕掛ける。

 ウィザーソードガンとドラグセイバーを避け、正面から行く友奈の拳。

 

「読めているぞ!」

 

 友奈の肘を殴打し、その拳は地面に墜落。

 桃色の花びらが、暗い地面に咲く。ウィザードと龍騎は一時的に足を止め、足場の安定を優先せざるを得なかった。

 そして、その隙にアマダムは腕を大きく横切らせる。

 斬撃となったそれは、三人の体から火花を散らし、大きく吹き飛ばす。

 

「つ、強い……」

 

 起き上がりながら、ウィザードは毒づく。

 そして。

 

『ケータッチ 21』

「俺も行くか」

(ダブル) OOO(オーズ) フォーゼ ウィザード 鎧武(ガイム) ドライブ ゴースト エグゼイド ビルド ジオウ ゼロワン』

 

 ディケイドは、先刻とは異なるケータッチを取り出していた。

 画面に大きく21と象られたそれに記された紋章を次々とタッチし、それをディケイドライバーの中心と入れ替えた。

 

『ファイナルカメンライド ディケイド コンプリート 21』

 

 そうして、ディケイドは更なる姿に変身した。

 コンプリートフォーム21。

 先ほど使われたコンプリートフォーム以上のカードを背中のマントに貼り付けたその姿は、一度見たらもう忘れられないだろう。

 

『ファイナルアタックライド ディ ディ ディ ディエンド』

 

 ディケイドは、いつの間にか手にしたディエンドライバーを向ける。

ディエンドのものと同じディメンションシュートが放たれた。

 それはまず、アマダムへ放たれる。

 だが、アマダムは両腕でディメンションシュートをガードし、やがて上方へ受け流す。聖杯へ注がれたディメンションシュートだが、次元を超える一撃でさえ、聖杯に有効打は与えられない。

 

『ファイナルアタックライド ディ ディ ディ ディケイド』

 

 だが、ディケイドはすさかずそのカードを発動させた。

 空中で浮かび上がったディケイドとアマダムの間に、発生する、無数のカードで作られたトンネル。そのエネルギーが全てディケイドの右足に集中し、アマダムへ向かっていく。

 だが。

 

「ディケイド……お前の思い通りにはさせんぞ!」

 

 アマダムが叫ぶ。

 すると、聖杯はより多くの泥を放出する。

 それは壁となり、アマダムの前に立つ。ディケイドの強化ディメンションキックを受け止めたそれは、逆にディケイドへ大きな波となり、その体を弾き飛ばした。

 変身が解除された士は、ダメージとともに地面に転がった。

 

「ぎゃっはははーい! ざまみろ~! やり返しじゃ~い!」

 

 怪人態のまま小躍りするアマダム。

 

「更~に? 聖杯のすぐ近くだと強化されたものだと、三人のサーヴァントへ同時にこんなこともできるのじゃ!」

 

 アマダムはそう言って、右腕を掲げた。

 すると、彼の右腕に無数に刻まれた令呪、そのうち三つが輝きだす。

 

「さあ! ライダー! ランサー! セイヴァーよ! 我が声に従え!」

 

 すると、龍騎たちの体が大きく震えた。

 

「うっ……!」

「ぐッ……!」

「何これ……!?」

 

 龍騎、響、友奈はそれぞれ頭を抑える。それぞれやがて体制を崩し、汗を吹き出しながら、駆け寄ってくるマスターを見上げる。

 

「真司! しっかりしろ! 真司!」

「どうしたの友奈ちゃん!」

「おい、何だってんだよ!? 響、皆まで聞いてやるからなんとか言えよ!」

 

 ウィザード、可奈美、ビーストはそれぞれのサーヴァントを助け起こそうとする。

 

「「「うあああああああああああああああああっ!」」」

 

 だが、サーヴァントたちは悲鳴を上げてのたうち回る。

 やがて、大きく動きながら、マスターの元を離れ、聖杯に……アマダムに並んだ。

 

「まさか……これって」

「そう。ウィザード、お前にはもう見せただろう? ルーラーは統制者。全てのサーヴァントの令呪を持つのだ!」

「でも、さっき簡単に……」

「ディケイドなんて知らん知らん! あんなのはただの例外! こうなるのが正しいの!」

 

 地団太を踏むアマダム。

 そして。

 

「嘘……だろ」

「コウスケさん、まずいよわたし……ッ!」

「可奈美ちゃん、逃げて!」

 

 震える手をしながら、彼らは自らのマスターに牙を向く。

 そして。

 

 龍騎はウィザードへ。

 友奈は可奈美へ。

 響はビーストへ。

 サーヴァントたちは、それぞれのマスターへ、牙を向けた。



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クロスオブファイア

とうとう、この一連の話を投稿するときが来たか……


「ハルト……逃げろ!」

 

 ドラグセイバーを向け、少しふらつきながら、龍騎はウィザードへ斬りかかって来た。

 ウィザードはウィザーソードガンで受け止め、龍騎へ訴える。

 

「真司! しっかりして!」

「ダメだハルト! 体が……いうことを聞かない!」

 

 龍騎はドラグセイバーを振り上げる。

 ウィザードは龍騎の手首を掴み、ドラグセイバーの動きを止める。

 

「こんなの……どうすれば……!?」

「ぬほほほほほほ!」

 

 怪人態のアマダムは、手を大きく叩いた。

 

「僕ちゃんはルーラー! つまり統制者! さっきも言ったでしょウィザード。他のサーヴァントなんて、僕ちゃんのいう通り!」

「これが、全員分あるのか……!」

「そのとーり! ほーれほーれ! これ、参加者全員分の令呪! これがあるから、サーヴァントはみーんな、僕ちゃんの思いのままだよ!」

「ディケイドにアッサリ破られたのは例外なだけで、その能力自体は本物なのか……!」

「ねえ、令呪で命令されているってことは、令呪で命令すれば止まるんじゃない?」

 

 離れたところで、可奈美は友奈の拳を受け流しながら、自身の令呪を見下ろす。

 彼女の友奈への令呪。それは、友奈召喚の際に詠唱の代わりに消費され、残り二画。

 ビーストが持つ令呪。ラ・ムーや邪神イリスへの切札として使用され、残り一画。

 つまり。

 

「だったら、俺が試してみる!」

 

 ウィザードはそう言って、ウィザーソードガンを左手に持ち替える。

 握った右手を突き上げ、その手に刻まれる令呪が赤く光り出す。

 召喚手順も正式な呪文を経ており、一度として龍騎に令呪を使った命令をしたことがないウィザードには、まだ三画の令呪が残っている。

 

「頼む、真司……正気に戻ってくれ!」

 

 それは、令呪を使った命令。ウィザードの手に刻まれる龍騎の紋章、その一画が赤い輝きを放っていく。

 だが。

 

「無駄無駄無駄無駄じゃァ!」

 

 アマダムが叫ぶ。

 すると、まるで令呪からの繋がりを拒絶するように、赤い光が掻き消えてしまった。

 

「えっ!?」

「こっちは聖杯戦争の統制者! そっちはただの参加者! 運営の方が偉いこれ常識!」

「ハルト! 逃げろ!」

 

 いつの間にドラグクローを装備したのだろう。

 ドラグクローの口に炎を溜め、放つ龍騎。

 ウィザードは回避するが、その目の前に、龍騎がドラグクローを投げつけてきた。

 

「!」

 

 思わぬ障害物に、ウィザードは足を止める。

 だが、そうして動きが止まったウィザードへ、龍騎のドラグセイバーが容赦なく斬りつけられた。

 

「ぐっ!」

「ハルト! 大丈夫か!?」

「攻撃している相手に心配されるのすっごい変な気分なんだけど」

 

 ウィザードそう言って、龍騎の腕を受け止める。その中、他の仲間たちの様子も盗み見た。

 

「友奈ちゃん! 目を覚まして!」

 

 友奈の徒手空拳を全て避け切る可奈美。

 千鳥で友奈を傷付けてしまわないように気を付けながら、時折その拳を素手で受け流している。

 

「ごめん可奈美ちゃん! あ、次は回し蹴りだ!」

「うん!」

 

 友奈は、自らの身体の動きを前もって可奈美に伝えている。可奈美の反射神経や素早さも相まって、あの状態であれば、可奈美が被弾する心配はないだろう。

 一方のランサー組は。

 

「大丈夫? コウスケさん、近くにいるよね?」

 

 不安そうな響。

 一見、彼女の周辺には、マスターであるビーストの姿がない。

 だが、時折意図的響の装甲が、最低限の火花を上げている。

 カメレオンの指輪を使って気配を消し、響が別のところに加勢しようとするところで、ビーストがわざと攻撃し、響の行動を抑えているのだろう。

 

「妙にクレバーな戦術やってるなアイツ」

「ハルト、こっちを見ろ!」

 

 龍騎が叫ぶ。

 ウィザードはドラグセイバーを避け、大きくジャンプ。

 さらに、攻撃の手を緩める気配のない龍騎へ、魔法を発動した。

 

「少し、大人しくしていて!」

『バインド プリーズ』

 

 放たれた鎖が、龍騎の手足を縛り上げる。

 さらに、そのままウィザードはバインドの力を強める。最初はそれでも動こうとしていた龍騎だったが、鎖が増えていく毎にどんどんやがて動きが収まっていった。

 

「うっ……よし、いいぞハルト! そのまま俺を抑えておいてくれ!」

「自分で言うなら頼むから少しじっとしていてよ……!」

 

 ウィザードはそう釘を刺し、アマダムへ挑みかかる。

 だが。

 

「ぬほほほほーい! やれ!」

「わわっ!」

「体が勝手にッ!?」

 

 アマダムの命令に、それぞれのマスターと戦っていた響と友奈が突然足を方向転換する。

 即座にウィザードとアマダムの間に割って入り、それぞれ腰を低くしている。

 

「ハルトさん、危ない!」

「避けてッ!」

「うおっ!?」

 

 攻撃から回避へ。

 ウィザードは、背中を大きく反らし、二人の拳がウィザードの顎を掠める。

 

「やっぱりこの子たち、敵に回すと危ない……!」

『ディフェンド プリーズ』

 

 ウィザードが大急ぎで炎の防壁を作り上げるものの、炎の壁は二人の拳によって粉々に砕け散る。

 

「うわっ! いつもの勇者パンチになっちゃうよ!」

「自分の力が憎いッ!」

 

 友奈と響は、自らの拳を見下ろしながら、ウィザードへ拳を突き上げてくる。

 だが、その前に、紅い影が割り込む。

 

「友奈ちゃん響ちゃん、ごめん! 迅位斬!」

 

 紅い写シを纏った可奈美は、謝罪と同時に二人のサーヴァントを一薙ぎにする。

 床へ投げ出された二人を、即ビーストがカメレオンの舌で拘束する。

 

「っしゃあ! 響友奈! 動かないでくれよ!」

「うん!」

「ありがとうコウスケさんッ!」

「よし! 可奈美ちゃん、真司をお願い!」

「う、うん!」

 

 可奈美は頷いて、鎖で縛られている龍騎にしがみつく。

 同時に、ウィザードはバインドにかける魔力を解除し、次の一撃に魔力を込めた。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 ウィザードの足元に、赤い魔法陣が浮かび上がる。

 両足を肩幅に開き、その右足に赤い炎の魔力が込められていく。

 

「だあああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 放たれるストライクウィザード。

 それは、聖杯の前で静止しているアマダムへ直接叩き込まれた。

 彼が反射的に防御として出したのは、右腕。

 それは、無数の令呪が刻み込まれた右腕だった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 赤い炎とともに、徐々に押されていくアマダム。

 やがてストライクウィザードは、アマダムの右腕を爆発させる。令呪を右腕ごと掻き消したそれは、その効果をサーヴァントたちから解放した。

 

「腕が……腕があああああああああああああああ!」

「これで……真司たちを操ることはできない!」

 

 肩で呼吸しながら、ウィザードはアマダムを睨む。

 だが、発狂していたアマダムは、突然落ち着きを取り戻す。焦った動きをしていたのに、水を打ったように体を静止させた彼は、顔のみをもとの中年男性の姿に戻し、大きく口元を吊り上げた。

 

「それはどうかな? 所詮、借り物の力で戦っているお前たちが、根源である聖杯に敵うかな?」

「根源?」

 

 その言葉に、ウィザードは首を傾げる。

 体の自由を取り戻したサーヴァントたちも、可奈美、ビースト、再変身したディケイドとともにウィザードと並ぶ。

 

「おや? 知らないのぉ~? しょうがないなあ? 折角だし、お前たちの力全部、敵からの借り物の力だって、優しい優しい僕ちゃんが教えてやろうかな~?」

「何……!?」

 

 吟味するような目つきのアマダムは、一人一人睨んでいく。

 アマダムが顎を指で数回叩く。やがて、適当な手つきで「お前」と響を指さした。

 

「わ、わたしッ!?」

「シンフォギアシステム。聖遺物を用いるその力、同じく聖遺物であるソロモンの杖もまた、ノイズの力の根源と言っても過言ではないだろう?」

「そ、それは……」

 

 響がショックを受けたように目を反らす。

 さきほどまでのふざけた口調とは打って変わって、冷たく冷淡な言い方に、ウィザードは内心驚いていた。

 さらに、そのままアマダムは続ける。

 

「バーテックス。天の神より遣わされたそれは、神樹とよばれる神によって生まれる勇者とは何が違う? 結城友奈よ」

「ち……違う……よ」

 

 さらに、アマダムは可奈美にも口を開く。

 

「そもそも、珠鋼から御刀などを作り上げなければ、荒魂など生まれなかったのではないか? 御刀と荒魂は、いわば兄弟……なのだろう?」

「っ……!」

 

 真実を突いたアマダムの発言に、可奈美は唇を噛んだ。

 次の指は、龍騎へ。

 

「龍騎よ。そのカードデッキの力も、ミラーワールド由来の力関連全ても、神崎士郎が齎したものだろう?」

「正確には、唯衣ちゃんだけどな……」

 

 仮面の下では、きっと苦虫を嚙潰したような顔をしているだろう。

 アマダムは続ける。

 

「悪から派生した力……お前たちが持つ力の根源……これを……クロスオブファイアという」

 

 アマダムは両手の錫杖を交差させた。

 

「炎の十字架。悪から生まれたという、罪の証……」

 

 アマダムの顔が、再び怪人態へとなっていく。

 手にした錫杖を投げ捨て、聖杯の触手を全身に突き刺させながら、アマダムは左手を向けた。

 

「右腕の代わりに……お前たちの力も……全ての根源である聖杯側である我が……も~らおう」



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さて……さて……


 爆発。

 聖杯が安置されている聖杯の間を吹き飛ばし、ウィザード達は元の荒野に投げ出された。

 殺風景な場所で転がったウィザードたちは、じりじりと歩み寄ってくるアマダムを見上げる。

 彼の破壊された右腕が、聖杯によって真新しいものに付け替えられていた。

 灰色だったアマダムの体とは変わり、金色の腕となったそれは、アマダムの他の部分とは異なり、凶悪な爪が飛び出ている。

 

「流石、運営側のサーヴァントだけあって、滅茶苦茶じゃねえか?」

 

 真っ先に起き上がったビーストはダイスサーベルを回転させた。

 

『5 ドルフィン セイバーストライク』

「コネ持ってる奴は、違えなァ!」

 

 五体の紫のイルカの幻影が、地面を泳ぎながらアマダムへ迫る。

 だが、その全てをアマダムの爪が切り裂く。

 そのまま、大きく空を割いた斬撃は、ビーストの体を切り飛ばし、変身を解除させて転がす。

 

「コウスケ! このぉ!」

「ふん」

『アタックライド スラッシュ』

 

 龍騎とディケイドは同時に斬撃を放つ。

 だが、アマダムはあっさりとジャンプと同時に回避。

 

「温いわァ! リングも、カードも! お前たちの力、全部吸い尽くしてやる!」

 

 その頭上から、爪で切り裂き、龍騎とディケイドを変身解除まで追い込んだ。

 

「だああああああああああっ!」

「うおりゃあああああああッ!」

「やああああああああああっ!」

 

 可奈美、響、友奈。

 それぞれ三方向から攻め入る彼女たち。

 だが。

 

「残念無念! 小娘どもォ!」

 

 響と友奈の拳を受け止め、そのまま蹴りで可奈美の千鳥を受け止める。そのまま飛び上がることで、バランスを崩した三人。

 

「お前たちも、この炎の十字架の例外ではないわァ!」

 

 頭上から光の弾を放つアマダム。一気に霧散したそれは、可奈美たちの足場に着弾、地面が大きく爆発していく。

 

「「「うわああああああッ!」」」

 

 可奈美、響、友奈の三人はそれぞれ大きく宙を舞う。

 

「みんなっ!」

「案ずるなウィザード。次はお前だ」

 

 金色に輝く爪を向けながら、アマダムは宣言する。

 ウィザードはルビーとサファイアの指輪を入れかえながら、駆け出した。

 

『ウォーター プリーズ スイ~スイ~スイ~スイ~』

 

 魔力に秀でた水のウィザード。

 水のウィザードは、アマダムの爪を避け、魔法を発動させた。

 

『ライト プリーズ』

 

 突然、アマダムの目を潰す光。

 だが、アマダムにそんなこけおどしは通用しない。

 頭部を覆った甲冑は、そのままアマダムの視界を刺す光を遮り、ウィザードの体に刃を突き付ける。

 

『リキッド プリーズ』

 

 だが、それに対応するのは水のウィザード最大の特色である魔法。

 体を液状化させることで、爪の攻撃を無力化するが。

 

「無駄ァ!」

 

 アマダムの全身が眩く発光。

 光に含まれる熱により、水のウィザードは一気に吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐっ……だったら……!」

『ハリケーン プリーズ フー フー フーフー フーフー』

 

 風の力を纏ったエメラルドの指輪。風属性となったウィザードは、一気に上昇。ヒットアンドアウェイ戦法で、アマダムへ攻撃を繰り返していく。

 だが。

 

「アイキャンフライ!」

 

 アマダムは両足を揃えてジャンプし、すぐに風のウィザードに接敵。

 

「速……!」

「お前が遅いんじゃい!」

 

 ソードガンの反撃も抑え、かかと落としでウィザードは空中から突き落とされた。

 

「ライダーキック!」

 

 ウィザードが地面に叩きつけられると同時に、アマダムの追撃が迫る。

 ウィザードやディケイド、龍騎。

 その仮面ライダーと呼ばれる者の系譜を最初に作り上げた者と同じ、風の蹴りである。

 

『ランド プリーズ ド ド ド ド ド ドン ドン ド ド ドン』

 

 その脅威を前に、ウィザードは急いで土のウィザードへ変化。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 防御力に秀でる形態と魔法。

 だがその組み合わせをもってしても、アマダムの攻撃を防ぎ切ることはできない。

 アマダムの飛び蹴りは、土の壁を紙のように破り、そのままウィザードにも直撃。

 吹き飛んだウィザードは変身を解除するまでに追い詰められていった。

 

「ぐあっ……!」

 

 さらに、残った指輪___変身用のウィザードリングも、地面に散らばっていく。

 それを拾い上げるアマダム。

 

「ウィザードには恨みがある。お前で晴らさせてもらおう」

「な……に……?」

 

 起き上がりながら、ハルトはアマダムを睨む。

 にやりと笑みを浮かべるアマダムは、その手に指輪___ハルトから奪ったルビーの指輪を見せつけた。

 

「教えてやろう……ウィザードリングの本当の使い方を」

 

 そして。

 

「出でよウィザード」

 

 ルビーの指輪に輝きが始まる。ハルトにとっても馴染みの深い、フレイムスタイルの輝き。

 その魔法陣が自分以外の者が発生させるのを、ハルトは初めて見た。

 見慣れた、変身の時の魔法陣が、アマダムの前に出現。

 やがて、魔法陣が人の形となり、質量を持っていく。

 

「まさか」

 

 そんなことはありえない。だが、実際に起こってしまった。

 魔法陣は、ウィザードフレイムスタイルその人となってしまったのだ。

 さらに、そのウィザードを中心とするように、水、風、土のウィザードも現れる。

 四体のウィザードが、それぞれ並び立ったのだった。

 

「な……に……!?」

「そんな……っ! ウィザードが……敵……!?」

 

 可奈美も、驚きの表情を隠せない。

 一方、笑みを絶やさないアマダムは、フレイムスタイルのウィザードの顎を撫でた。

 

「どうだ? 昨日までの自分が敵になる気分は? なかなかない経験だと思うぞ?」

「お前……どうして?」

「言っただろう? クロスオブファイアと。貴様が持つ力は、内に眠る怪人(ファントム)の力だろう? ならば、本来あるように、人類を脅かす脅威として使うのが筋というもの」

 

 アマダムはそう言って、号令をかけた。

 

「さあ……やれ! ウィザードたちよ!」

 

 すると、四人のウィザードは、それぞれ手にしたウィザーソードガンで襲い掛かる。特に、サブの三形態は背後の仲間たちを狙うものの、フレイムスタイルはハルトへ襲い掛かってくる。

 

「!」

 

 全ての指輪を奪われたハルトに、ウィザードへ対抗する手段はない。

 必死に銀の剣を避けるが、蹴りが胸元に炸裂する。

 

「うっ……!」

「ハルトさん!」

 

 ハルトへトドメを刺そうとするフレイムスタイル。そのウィザーソードガンを、割り込んできた可奈美が千鳥で受け止めた。

 

「可奈美ちゃん!」

「大丈夫。こんな偽物……ハルトさんの剣に比べたら、何も伝わってこないよ!」

 

 そう言って、可奈美はフレイムスタイルと切り結ぶ。

 何度も音が響いてくるが、ハルトには援護に行くことさえ出来ない。

 魔力が抜かれたハルトの体は、体力も多く奪い去っており、立ち上ることすら難しかった。

 残り三体のウィザードたちも、それぞれ戦いを開始している。

 

「このっ!」

 

 ウォータースタイルは龍騎、友奈と。

 

「ふん」

 

 ハリケーンスタイルはディケイドと。

 

「ハルト! 逃げろ!」

 

 ランドスタイルはビースト、響と。

 それぞれ火花を散らしていく。

 だが四体のウィザードたちがコピーしたのは外見だけではなかった。それぞれがバラバラの動きで指輪を取り出し、発動させる。

 

『ビッグ プリーズ』

『リキッド プリーズ』

『バインド プリーズ』

『ディフェンド プリーズ』

 

 可奈美を巨大な腕が弾き飛ばし。

 液体の体となって龍騎と友奈を打ち倒し。

 風の鎖がディケイドの動きを阻害し。

 土の壁がビーストと響の攻撃を防いだ。

 

「そんな……!」

 

 自らの姿が、仲間たちをどんどん追い詰めていく。

 その事実に、ハルトは目を伏せる。

 だが、すぐさま可奈美の悲鳴に顔を上げた。

 そして飛び込んできた光景に、ハルトは目を疑った。

 フレイムスタイルのウィザードに、可奈美が膝を折っている。

 これまで可奈美とは、何度も戦闘を繰り返してきた。剣という戦いの領域では、可奈美に太刀打ちすることは困難だった。

 それなのに、自分が入っていない偽物のウィザードが、可奈美を倒している。

 

「我が作り上げたウィザード達には、我の力で能力も底上げ済みじゃ……どうやら、そこの小娘程度では、相手にもならないようじゃ……」

 

 アマダムは余裕の表情を浮かべながら、可奈美に歩み寄っていく。

 

「このっ!」

 

 苦し紛れの可奈美の斬撃を、アマダムは手首を掴むことで防ぎ、そのまま首を絞め上げる。

 

「う……ぐっ……」

「可奈美ちゃん!」

 

 徐々に彼女の身体から力が抜けていく。逆に、アマダムが可奈美を持ち上げる力が強まっていく。可奈美の足が地面から離れ、蹴りで抵抗するが、アマダムには全く効果がない。

 

「可奈美ちゃん! うっ!」

 

 再びフレイムスタイルがハルトへ牙を向く。

 腹を蹴り、膝打ちで地面に突き落とす。さらに、その背中を強く踏みつけてきた。

 

「か……はっ……!」

 

 背中から圧迫するウィザードの足。だが、地面との挟み撃ちになりながらも、ハルトは可奈美へ手を伸ばす。だが、全身の傷と、ウィザードフレイムスタイルのせいで、これ以上動けない。

 そうしている間にも、可奈美はどんどん吐く息が細くなっていく。バタバタと動かす足も、だんだん弱っていく。

 

「ぬわっはははははは! いい! これはいい! ウィザードが苦悶の表情でおじゃる!」

「や……め……ろ……! アマダム……!」

 

 可奈美の顔が、どんどん弱っていく。薄ら目になりながらも、ハルトへ手を伸ばしてきた。

 向けた手は遥か遠く、とても届かない。

 

「やめろ……! やめろ……!」

「絶望しろウィザード。その苦痛の顔を、もっと我に見せておくれ!」

「あ……っ がっ……」

 

 アマダムが、可奈美の首をどんどん持ち上げていく。

 苦悶の声を漏らす可奈美。アマダムを蹴って抵抗する足から、だんだんと力が抜けていく。その手から千鳥が零れ、甲高い音が響いた。

 

 そして。

 

 

黒い目が、赤く光った。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 赤い、何か(・・)が、地上を走った。

 

 指輪のない、生身のハルト。

 その全身より、赤いオーラが放たれる。

 それは、背中に乗るフレイムを放り投げ、誰もが戦いを中断させ、大きく後退させるほどのものであった。

 

「な、何だ?」

 

 おちゃらけた口調をなくしたアマダムもこちらを凝視している。

 その中で、ハルトはゆらりと立ち上がった。

 そのオーラと同じ色調の文様が、ハルトの顔に浮かび上がる。

 それを見て、可奈美は薄ら目を大きく開き、アマダムは口をガタガタと震わせる。

 

「まさか……貴様……!」

 

 

 

「うおおおおおおおおアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

 

 ハルトの咆哮。そして、変わっていく。

 人間の、道具の使用に特化した手が、爪が伸び、狩りを目的とした剛腕に。

 足が、直立歩行のものより、膝を落とし、重量を支えることを目的とした柱に。

 背中を突き破る、雄々しくも美しい翼と、その下にともに現れる尾。

 そしてハルトの顔は、人間の平べったいものより徐々に尖り始めていく。口は伸び、目は吊り上がり、そしてその頭部には角が生えてくる。変わった頭部を支えるように、その首は長く伸びていく。

 

「ラアアアアアアアアアッ!」

 

 それはまさに、神話の時代より蘇ったドラゴン。

 その正体は。

 

「ウィザード……貴様まさか、ファントムそのものだったというのか……!?」

「ハルトさんが……ファントム……?」

 

 可奈美が細目で呟く。だが、締め上げる首により、やがてその体がだらんと力を失った。

 そしてファントムは……ハルトは……

 

「ええいっ! だが、所詮はファントム! 一体増えたところで、こちらにはウィザードがいる! やれ!」

 

 アマダムの命令に従い、フレイムスタイルのウィザードは即座に魔法を発動させた。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 ハルトが、数多くのファントムを屠って来た炎のキックストライク。

 足元に赤い魔法陣を浮かべて放たれる、ストライクウィザード。これまでの実績から、それはハルトが変身したファントムを一撃で葬ることが出来るだろう。

 だが。

 ハルトだったファントムの背中の突起が、赤く輝く。あたかも火山が噴火するように、熱エネルギーを溜めていくそれは、やがてそのドラゴンの口元にも熱エネルギーが溜まっていく。

 そして、口から直線状に放たれるのは、熱エネルギーを直線にした光線。

 それは、ストライクウィザードごと、火のウィザードを爆発させる。

 爆炎の中から零れ落ちる、ルビーのウィザードリング。

 だが、ハルト(ファントム)はその回収よりも先に、残りのウィザードたちを蹴散らすことを優先した。

 赤い双眸が、向かってくる三人のウィザードを捉える。

 その足が、地面を砕き。

 雄々しき尾が、その体を支える(アンカー)となり。

 再び、背中の突起が赤い光を放つ。すると、周囲の大気がその熱によって揺らぎ、ハルト(ファントム)が立つ地表が溶けだしていく。

 そして。

 放たれる放射熱線。それは三人のウィザードを一瞬で飲み込み、蒸発。もとの指輪に戻してしまう。

 次の狙いは、アマダム本体。

 

「があああああああああああああああああああああああッ!」

 

 ゆっくりと振り向いたハルト(ファントム)は、咆哮を上げる。

 

「がはっ!」

 

 胸を貫いた、アマダムの槍。

 すると、徐々にそこからハルト(ファントム)の力が抜けていく。やがて、人間の姿に戻ったハルトは、理解した。

 

「これ……まさか……!」

 

 さっき言っていた、力の根源(クロスオブファイア)

 それを抜き取る力が、この槍にもあるのだと、ハルトは理解する。

 

「よい、よいぞよいぞウィザード!」

 

 アマダムは怪物の姿から人間態になり、顔を近づける。

 

「仲間に隠し、自分に隠してきた化け物だったというわけだな、お前は!」

 

 挑発するように舌を出し、大きく笑みを露わにするアマダム。

 

「さあ、このまま惨めに消え去るがいい、ウィザード!」

 

 そして、アマダムの右手に光の弾が生成されていく。ゼロ距離でぶつけようと、徐々に大きくなっていくそれ。

 

「どうかな」

 

 だが。

 赤い眼(・・・)のハルトは、にやりと笑みを浮かべていた。

 そして、左右に破れていく上着。露わになった、ハルトの背中には。

 ファントムとしてのハルトの背にあった、背びれの突起が生えていた。

 

「お前……ファントムの力を、部分的に……!」

「もう遅い!」

 

 すでに背の突起はチャージを終え、ハルトの口には、炎はすでに溜まりきっている。

 ハルトが叫ぶと同時に、赤い熱線が発射。それは、アマダムの体を大きく後退させ、そのまま壁に激突させた。

 

「はあ、はあ……」

 

 膝を折ったハルトは、肩に突き刺さったままの槍の先端を抜き捨てる。口を拭い、冷静にアマダムの現状を見据えていた。

 

「倒しきれないか……」

 

 爆炎の中に、むっくりと起き上がるアマダムの姿が見える。

 

「ぐぐ……驚いたぞ、ウィザード」

 

 アマダムは、あちらこちらに大きなダメージを負っていた。怪人態の姿は破壊し尽くされ、人間態になりつつも、その纏っていたローブもボロボロになっている。

 念動力により、落ちていたウィザードリングを回収したアマダムは、大きく叫んだ。

 

「人間を守る仮面ライダーのお前が! 人間を滅ぼす悪だったということだな!」

「……」

 

 ハルトは何も答えない。

 やがて静かに、熱さが残る口元を拭った。

 

「仮面ライダーってのは知らないけど……人間を滅ぼす悪ってのは、まあそうだね」

「認めるのか! これぞまさにクロスオブファイア! 貴様の力は悪の力! 永遠の十字架を背負った悪の化身!」

 

 アマダムは笑みを絶やさぬまま、手を広げる。

 すると、彼の背後に銀色のオーロラが現れた。

 

「また会おうウィザード。我が下僕(しもべ)になるなら、歓迎するぞ」

「好きに言ってなよ」

 

 ハルトは吐き捨てた。

 やがて、アマダムの姿はオーロラに消えていく。

 敵がいなくなったところで、ハルトは後ろを振り向いた。

 咳き込みながら、友奈に肩を借りている可奈美。茫然としているコウスケと響。

 そして、何も珍しくないと言いたげな表情をしている士。

 

「ハルト……お前……」

 

 そして駆け寄ろうとしてきたのは、真司。

 彼はハルトの肩を叩こうと手を伸ばすが、ハルトはその手を払いのけた。

 

「ハルト……?」

「……ごめん」

「ごめんって……何謝ってるんだよ?」

 

 だが、ハルトは何も言わない。

 真司は続けた。

 

「なあ? お前ももう大丈夫だろ? もう帰ろうぜ?」

 

 もう、誰の言葉も聞きたくない。

 ハルトは、静かに真司を___そして、皆を見返す。

 静かにファントムの力を足にためたハルトは。

 

「ごめんね。皆」

 

 膝を曲げる。

 すると、一部だけファントムになったハルトは、そのジャンプ力で、その場を大きく離れていく。

 

「ハルトさん……」

 

 それを見て、可奈美は友奈から離れる。

 ふらふらになりながら真司のところまで足を進め。

 そして、彼女の声だけが、離れていくハルトの耳に残った。

 

「ハルトさああああああああああああん!」




伏線は各章に張ってあります


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松菜ハルト

___これを君に___

 

 それは、果たして何年前だっただろうか。

 どこかの廃墟。

 雨が降りしきる中、その男が前置きなく現れた。

 彼は、銀の板のようなものをハルトに差し出してきたのだ。

 

「何?」

___君には、魔法使いになる資格がある。このベルトを使い、世界を救え___

「……いらない。そんなものが無くても、俺は十分に戦える」

___ファントムの君が守るには限度がある。分かっているだろう?___

 

 男の指摘に、ハルトは自らの手を見下ろした。

 先の戦闘。誰かを絶望させようとしていた同族を殺した手だが、受けた傷は大きく、今こうして右腕も傷ついていた。

 

___ディケイド___

「?」

 

 突然男が口にした謎の単語。

 ハルトの反応を見た男が、ニタリと笑みを強くした。

 

___いずれ、この世界にも現れる。たかが(・・・)ファントムごときに倒せると思うのか?___

「……」

 

 その言葉にむっとしたハルトは、大股で男に近づく。

 

「俺じゃ倒せないとでも?」

 

 ハルトは、脅すように腕だけを怪物のものに変身させる。その鉤爪を男の首元に付きつけるが、彼は少しも動じない。

 

___ああ。倒せんさ。だからこれを……世界を救うための力だ___

 

 男はそう言って、ハルトの胸元へその板を押し付ける。

 中心に手のような形のオブジェが取り付けられたそれ。

 ハルトは怪物の手のまま、その物品を手にする。

 これがハルトと、長年の相棒となるベルト、ウィザードライバーとの出会いだった。

 

 

 

「……懐かしいことを思い出したな」

 

 ハルトはそう言いながら、腰に付いているベルトに手を触れる。

 待機状態のウィザードライバー。一見、手のひらの形をしたバックルだが、それは指輪を介して、ウィザードライバーそのものに変身する。

 あの日、それを腰に付けた瞬間から、ハルトはドラゴンではなく、ウィザードとなった。

 だが今、その時から使い続けてきた指輪は一つもない。

 木陰で仮眠を取ったハルトは、回復した体を確認するように腕を動かす。

 ついさっきまで、胸元に開いていた風穴。それはすでに完治していた。

 その時、体が空腹を告げた。

 

「腹……減ったな……」

 

 だが幸いにも、数歩進んだだけで、ハルトは河原にぶつかった。

 川の中を見下ろせば、涼しそうに川魚が泳いでいる。

 赤い眼となったハルトは、その腕だけを怪物のものに変化させる。

 熊が魚を取るように、ハルトは鋭い鉤爪を川の中に叩き込む。

 すると、掬い上げられた魚は、ハルトの背後に落ちてくる。柔らかい水中から硬い河原に出た魚へ、木の棒でトドメを刺す。

 全身をファントムに変え、口から炎を吐き、空中で魚を炙る。

 あっという間に焼き魚になったそれ。熱さを感じながらも尾びれを掴み、人間の姿に戻ったハルトは頬張る。

 

「……こういう、野宿専用の食事も久しぶりだな。味は感じないけど」

 

 ファントムには、味覚がない。

 タンパク質が分解されアミノ酸が発生しようが、ハルトにとっては殺菌作用以上の変化はない。

 そう、これまでも。見滝原の仲間たちと食事を取り囲んだ時も、みんなが美味しいと舌鼓を打った時も、ハルトだけはその意味が理解できなかったのだ。

 やがて、焼き魚を全て平らげ、骨を川に流したハルトは、あてもなく川の上流へ足を向ける。

 

「……あ、あった」

 

 別段それを探していたわけではない。

 だが、足元にある白い石のうち一つには、底面が綺麗に水平に磨かれたものがあったのだ。

 それを拾い上げたハルトは、何となく投げてみる。

 水を切る石は、やがて川の中心で沈んでいく。

 水面に波紋を作ったその地点を見つめていたハルトは、やがてその水面が浮かび上がっていくことに気付く。

 

「あれは……?」

 

 水面はやがて人の形となり、ハルトのよく知る顔を象っていく。

 

「やっほー。魔法使いさん」

 

 美樹さやか。

 見滝原中学の制服のままの彼女は、静かにハルトに近づいていく。

 

「さやかちゃん……何でこんな山の中に?」

「ただの散歩だよ。放課後の散歩。学校に残っていると、まどかや転校生に掴まって面倒なこと聞かれそうだし」

 

 面倒なこと。

 彼女が友人であるはずのまどかと関わりを避けている理由が、考えるよりも先にその答えが浮かび上がってしまった。

 

「もしかして……まどかちゃんとほむらちゃんに、ファントムであることが……」

「バレちゃったんだよね、あたしたちの秘密」

 

 さやかの声が、途端に冷たくなった。

 さやかが絶望し、生み出されたファントム、マーメイド。

 その姿が、よりにもよって彼女の友に知られてしまったのか。

 

「魔法使いさんはすごいなあ。よっぽど隠し事が巧かったんだね」

 

 さやかはそう言いながら、川から足を踏み出す。

 一歩だけ、川原を湿らせたあと、彼女の足場は完全に乾ききっていた。

 

「なるほどね。やっとわかったよ。なんでアンタが、妙にあたしに接してきたのか……」

「……」

 

 彼女の言葉に、ハルトは黙っていた。

 さやかは首を静かに振る。

 

「同族だったからでしょ? アンタもあたしと同じ、ファントムだった」

「そうだよ」

「それにしてもひどいね。アンタ、ずっとファントムを倒して旅をしてきたんでしょ?」

「……」

「どんな気持ちだったの? 人間のフリをしながら同族を倒すのって? それとも……」

 

 その時。

 ハルトの首元に、冷たいものが当てられる。

 さやかの手に、水で作られたレイピアが握られていた。水を滴らせるそれは、さやか自身の体から水を吸い出し、そのまま新たな剣先を形成していく。

 

「本当に、よく半年近くも隠していられたよね。ずっとファントムの力を封印してきたの?」

「いや……実は、結構使ってたよ。ファントムの力」

「へえ?」

 

 さやかが眉を吊り上げた。

 ハルトは続ける。

 

「見滝原中学で、あの結界が出来た時も……ファントムの力で突破した」

「ああ、あの時」

 

 結界。

 それは、アサシンのマスター、我妻由乃が、奪い取ったウィザードの力で作り上げたもの。見滝原中学全体を支配したそれは、学校どころか見滝原全土を混乱に陥れた。

 

「それに、さやかちゃんがファントムになる直前……俺、指輪全部落とした状態で、アマゾン達に食われかけてたんだ。それを、ファントムになって全員焼き殺した」

 

 人が変貌した人食いの怪物、アマゾン。

 事件の中心地である見滝原中央病院に突入した時、指輪のホルダーが破壊され、一時的にウィザードに変身出来なくなったことがあった。さらに、そのタイミングでアマゾンたちのラッシュにも見舞われ、手足に食らいつかれ、どうしようもなくなった時。

 ドラゴンのファントムとなり、フロアごとアマゾンたちを焼き尽くしたのだ。

 

「……ゲート(魔力を持つ人間)が深く絶望した時、その心から体を食い破り、ファントムが生まれる」

 

 唐突に、さやかがそれを口にした。

 一瞬その理由を考えたハルトは、すぐに察した。

 

「そう。正確には、ゲートが強く絶望した時、近くに膨大な魔力の塊(ファントム)がいれば……体内で生まれたファントムが、ファントムの魔力と共鳴して、宿主を食らって表に出てくる」

「あたしが絶望したのは、目の前で恭介がアマゾンになって絶望したから」

 

 あの時のことを、さやかも思い出している。

 ハルトは頷いた。

 

「……そう。だから君は、俺が絶望させたからファントムになったようなもんだよ」

「そういう言い方は止めてよ。アンタがいなかったら、あたしは恭介に殺されてたんだから。結果的には、ファントムになるしか、生き延びる未来はなかった」

 

 だがさやかは、手にしたレイピアを決して上げることはない。

 それどころか、彼女の表情は「続けて」と促しているように見える。

 

「……ムー大陸での戦いでは、俺は魔力切れに陥った。だから、ファントムの力を発揮して、宇宙人……バングレイを倒した」

「ああ……どおりで」

 

 さやかは納得したように頷いた。

 

「あの時さ、地上にもムー大陸のこと流れていたんだよね。何でボスが入れ替わったんだろうって思ったよ」

「ああ、バングレイとブラジラのことは地上でも流れてたんだっけ」

 

 ムー大陸での戦いが、どのように人々に思われていたのかを知ったのは、地上に戻って少し経ってからだった。

 地上に強制的に戻されたあと、周囲が響の応援をしているのに困惑していたのを思い出した。

 

「あと、トレギアと戦ってた時も、俺はファントムの力を使った」

「トレギア……あの仮面野郎のことか」

 

 そう。

 宿敵、トレギアが見滝原ドームに現れた時。その場にいたアイドル、氷川日菜を守るためには、変身では間に合わないことがあった。幸い日菜からは煙に隠れていたことと、それ以上にショッキングなことがあったから、彼女の記憶には残らなかったようだ。

 そしてもう一度。

 

「そうだよ。だから、俺の手には、トレギアの命を奪った時の感覚が、まだ残ってる」

 

 トレギアへトドメを刺した時。ハルトの右腕は、ドラゴンの腕となっていた。生身では成し得ない破壊力をもって、トレギアの心臓を貫いたのだ。

 

___君たちの絆は……簡単に壊れる。他でもない、君の手によって___

 

 あの時、トレギアは最期に、ハルトへそう言い残した。この怪物の力を見て、そう断じたのだろう。

 ほんの翌月にそれが現実になるとは、ハルトも夢にも思わなかった。

 

「だからかな……」

「ん?」

「コヒメちゃんは俺の正体に薄々勘付いていたみたいだけど」

 

 コヒメ。

 人との共存の可能性を持つ怪異、荒魂。

 人の心を持つ彼女は、人の心の動きを察せられるようだった。

 だからコヒメは、ハルトの事を「なんか変」だと言ったのだろう。

 

「ふーん……」

 

 さやかは、やがてレイピアをハルトの首筋から外した。彼女のレイピアからは、滴っていた水が飛び散り、レイピアそのものも水滴となって地面に散っていった。

 

「それじゃ、お仲間たちは誰も気付かなかったんだ」

「そうだね。俺からも、誰にも言わなかったから」

 

 だが、一度。もしかしたら、怪しまれてしまうと危惧してしまう時があった。

 ファントムには、味覚がない。

 だから、可奈美と体が入れ替わった時怪しまれないかと不安だったが、彼女はそれとハルトの正体には繋がらなかったようだった。

 

「つまり、人間のフリをしていたと……あたしと同じじゃん」

 

 さやかはそう言って、レイピアを掻き消す。

 彼女はさらに、その顔にファントムの紋様を浮かび上がらせる。

 

「ねえ、魔法使いさん。それじゃ、アンタが人間じゃなくなったのって、何時なの?」

「俺が……(ドラゴン)ってファントムが生まれたのは、十年前……松菜ハルトが十歳の時だよ」

 

 十歳。

 それが、松菜ハルトがドラゴンになったときのことだった。

 正確に言えば。

 

「その時が、松菜ハルトが……亡くなった時」

「……」

 

 さやかは、その言葉に目を細めた。

 

「前も言ったけど……あたしは、今のあたしが美樹さやかから変わったつもりはないよ」

「こっちこそ、前にも言ったよ……人間のままファントムになるなんてありえない。松菜ハルトって人間も、美樹さやかって女の子も……もう……」

「あたしは美樹さやかの記憶もあるし、自分でもファントムであること以上に、美樹さやかって人間だと思っているけど?」

「違うんだよ」

 

 ハルトは言い切った。

 赤い眼になったハルトは、目を細め、自らの顔にファントムの紋様を浮かび上がらせた。

 

「俺にも、松菜ハルトの記憶はあるし、時々人間だって思うことだってある。でも違うんだよ……」

 

 ハルトは首を振りながら、その体を変貌させる。

 灰色の頭部、黄色の頬が特徴のドラゴンの頭部。

 それは、ハルトが人間ではないことを残酷なまでに事実の証明となっていた。

 

「俺は、松菜ハルトじゃない。松菜ハルトは、俺が生まれたと同時に死んだんだ」

「見滝原に来たのは、松菜ハルトの皮を被ったファントムだったと」

 

 さやかは顎に手を当てながら頷いた。

 

「そんなシリアス背景あるのに、よく大道芸人なんてやってたね。ちょっとしたサイコパス?」

「それは……」

 

 ハルトは口を噤んだ。

 やがて、その重い口を開く。

 

「ファントムだったら分かるでしょ? 俺たちは、人が笑顔になると気が滅入る。逆に、不幸な人間や絶望した人間の傍にいると高揚する。もうファントムになって半年近くになるんだ。人の笑顔が、苦痛になることがあるって分かるでしょ」

「つまり……」

「自分を否定するためだよ」

 

 ハルトは腰を曲げて再び小石を拾い上げる。そのまま川へ近づき、投げる。

 水切りしていく石は、今度は川の反対側まで届いた。

 

「人の笑顔を見ると、俺は苦しい。でも、自分でそれが楽しい、気分がいいって思うことにしている。そうして、自分がファントムであることを否定しているんだ」

「……」

 

 さやかは目を細めた。

 

「なるほどね……そして、自分でも多くのファントムを倒してきた……グレムリンを強く否定してたのは、アンタ自身が……」

「俺が人間じゃないからだよ。だから、君が人間だとも、俺は思わない」

「……そ。まあ、アンタがあたしをどう思おうが勝手だけど……」

 

 さやかは自分の手を見下ろした。

 

「ファントムが元の人間のままであることはありえない、か……」

 

 さやかはそれを何度も反芻させながら、静かに川へ歩み出した。

 

「さやかちゃん?」

「あたしは、自分がファントム、マーメイドである以上に美樹さやかだと思ってる。でも、こう思うのはあくまであたしというファントムが美樹さやかの記憶を持っているからなの?」

「……そんなの、分からないよ」

 

 ハルトは唇を噛んだ。

 

「真実は誰にも分からない。多分、君本人でも……でも……俺は君を人間だと見なすことは出来ない。肯定したら……」

 

 ハルトは拳を握った。

 だが、さやかにハルトの返事を聞くつもりはないようだった。彼女の体は水となり、川の一部となり、そのままハルトの認識から外れていった。

 だがそれでも、ハルトは空虚の中へ告げた。

 

「俺が……松菜ハルト(・・・・・)であることを認めることになる。松菜ハルトの死が、なかったことになる……」



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 荒野。

 ここも、かつては採掘場だったのだろうか。打ち捨てられた重機たちを眺めながら、ハルトは歩いていた。砂利を踏む音だけが、今のハルトの音だった。

 

「……まだ冷えるな……」

 

 春先でも、夜だからだろう。

 静かに腕を抱きながら、ハルトは息を吐く。

 

「見滝原からは出られない……もうラビットハウスにも戻れない……荷物は……全部、ラビットハウスか……せめてコネクトだけでも残っていたらな」

 

 とにかく、まずは荷物をまとめなければと考えたが、腰に手を伸ばしても、ホルダーには指輪が付けられていない。

 朝、何も持たずに飛び出したまま、見滝原の山に締め出されてしまったのだ。

 

「いっその事、これからは見滝原の山に伝わる伝説の怪物、って触れ込みで生きるのも悪くないかな」

 

 ハルトは自らのドラゴンの姿を思い起こしながらほほ笑んだ。

 先ほど川で捕った魚を考えれば、それなりに食料については問題ないだろう。あとは、見滝原に来る前までの旅でのノウハウを活かせば、山の中で生きるのも現実的になる。

 だが、そんな沈黙が長く続くはずがなかった。

 ハルトの足の先に、例の銀のオーロラが現れる。

 

『よお、ウィザード』

 

 オーロラから現れたのは、先ほど逃れてきた聖杯戦争の監督役。

 頭と胴体の等身比率が傾いているそれは、何度見ても不気味さを

 

「コエムシ……」

『昼ぶりだな、ウィザード』

「ウィザード……か……」

 

 その呼び名に、ハルトは自嘲気味にほほ笑んだ。

 

『あ? 何だよ』

「今の俺に……ウィザードって呼ばれる価値、ないでしょ」

『ケッ』

 

 吐き捨てたコエムシは、興味なさそうに続ける。

 

『別にテメエがウィザードだろうが松菜ハルトだろうが……はたまた化け物だろうが、オレ様にはどうでもいいんだよ』

「……」

『わざわざオレ様が来た理由は分かってんだろ?』

 

 コエムシはそう言って、その背後に銀のオーロラを出現させる。

 今日一日であのオーロラを見るのは二度目か、とハルトはどこか他人事のように感じていた。

 

「……やれよ。俺を殺しに来たんだろ」

『何だよ、張り合いがねえな』

 

 ハルトを見ながら、コエムシは詰まらなさそうに呟く。

 

『まあ、構わねえけどな……今度はしっかりと始末してやるぜ』

 

 やがて、オーロラから新たな人物が出現した。

 それは、白い初老の紳士だった。背の高く、白いスーツを見事に渋く着こなす彼は、周囲の採掘場を見渡しながら呟いた。

 

「……ここは?」

『おめでとう。お前は選ばれたんだ』

「選ばれた? お前……何者だ?」

 

 紳士は白い帽子を手で抑えながら問いかける。

 コエムシは体を左右に揺らしながら答えた。

 

『オレ様はコエムシ。お前を蘇らせた天使様だ』

「天使? とてもそうには見えないが?」

『天使様は天使の顔して現れねえもんさ』

「……」

 

 ハルトは、投げやりに立ち上がる。

 ふらふらとしながら、ハルトはようやく紳士の顔を見つめた。

 ハルトの知り合いを比べれば、おそらくタカヒロよりも年上だろう。

 

『じゃ、頼むぜ名探偵さんよ。しっかりと依頼をこなしてくれよな』

 

 スカルはコエムシとハルトを交互に見やる。

 そして、コエムシよりも前に歩み出て、ハルトを見つめた。

 

「何やらよくわからんが……どうやら俺は、お前と戦わなければならないらしい……」

「の、ようだね」

 

 どこか他人事のように、ハルトは吐き捨てる。

 スカルは静かにハルトを見つめたまま動かない。

 

「……何もしたくない、といった顔をしているな」

「色々あってね」

 

 ハルトはそう言って、再び手を広げる。

 

「ほら。抵抗しないから。煮るなり焼くなり好きにしてよ」

「……未来ある若者を傷付けるのは後ろめたいのだが……」

『ああ、安心しろ。アイツは人間ですらねえから』

 

 コエムシはそう言って、その無機質な目をハルトへ向けた。

 

『なあ? バケモン(・・・・)?』

 

 バケモン。

 それは、明らかにハルトを指した言葉だった。

 

「化け物……か」

 

 赤い眼となったハルトは自嘲する。

 

「そうだね……ご紹介の通り、俺は人間じゃないよ。だから、何も……遠慮する必要もないよ」

 

 ハルトは顔にファントムの紋様を浮かび上がらせる。

 赤い眼のみならず、変化の兆しを見せるその体。これを人間だと思う者はいないだろう。

 

「もう……どうでもいいんだ。これを知られてしまった以上、もう俺の居場所はどこにもない」

「……自分を憐れむな……」

 

 帽子のツバ、その切れ目から紳士はハルトを見つめる。やがて、彼は帽子に手を当て、ゆっくりと目深に下げた。

 

「___一つ、俺はいつも傍にいる仲間の心の闇を知らなかった。

 ___二つ。戦う決断が一瞬鈍った。

 ___三つ。そのせいで街を泣かせた」

「……?」

 

 突然の彼の独白に、ハルトは唖然とした。

 だが、紳士は続けた。

 

「これが俺の罪だ」

「罪……」

 

 彼はそのまま、黒い何かを取り出す。

 ほとんどが黒一色で出来た機械で、その中心から右側には赤い部品が取り付けられている。

 それは、紳士の腰に装着されると、その腰を一回りするベルトとなる。

 

「俺は自分の罪を数えたぜ……」

 

 追加で取り出したのは、USBメモリ。

 その中心部分には、大きくSという文字が描かれる。横向きの頭蓋骨なのに、それがSにも読めるのは素晴らしいデザインだと言えるだろう。

 彼がそのUSBの先端に取り付けられているスイッチを押すと、『スカル』と音声が流れた。

 

「変身」

『スカル』

 

 彼は帽子を脱ぎながら、そのメモリを腰のベルト___その名もロストドライバー___のスロットに差し込み、倒す。すると、黒い風とともに、紳士の顔に黒い紋様が浮かび上がる。ICチップのような形の紋様だが、その形を把握する前に、彼の顔が白い骸骨へと変わっていった。

 

「俺の名はスカル」

 

 そして、そのプロセスの最後。紳士の頭が骸骨の仮面になると同時に、その眉元から頭頂部にかけてS字型の傷が入った。

 そしてその傷を隠すように、彼___スカルは白い帽子を被りなおす。

 

「さあ、お前の罪を……数えろ」

 

 それはきっと、彼がそれまで数えきれないほど問いかけてきた言葉なのだろう。

 その右手に指され、ハルトはいつの間にか口が動いていた。

 

「俺の……罪……俺は……!」

「何だ?」

 

 スカルは一歩も動かない。ただ、ハルトの言葉を待っている。

 

「俺は……俺は……っ!」

「言いたくないか?」

 

 スカルはじっとハルトから目を離さない。

 風が吹き、彼の首元に巻き付くボロボロのマフラーが浮かび上がった。

 

「言いたくないのならば、それはお前の勝手だ。だが、男ならば。自らの過ちは認めるものであって、憐れむのではない」

「過ち……か」

 

 その単語を口に含みながら、ハルトは自嘲する。

 

「今更数えられないな……」

「……」

「俺が人間を食い破った怪物だってことを、皆に黙ってたんだ……まさか、すぐ隣に人間の敵がいるなんて思わないでしょ?」

「……」

 

 スカルは、少しだけ顔を傾けた。背後のコエムシを見やったのだろう。

 ハルトは続ける。

 

「皆に言わずに、騙して……それで俺は、笑顔って仮面を付け続けていたんだ!」

「……」

「俺は、もうみんなの元にはいられない……この罪を、俺は生きている限り背負い続けないといけない……だから、俺はみんなとは袂を分かったんだ!」

「……この世界に、完璧な者などいない。お前は、誰かに自分を完璧だと思わせたいんじゃないのか?」

「そんなんじゃない! 俺は……」

『おいおいおい! スカル! お前何やってんだ!』

 

 コエムシが横からスカルを糾弾した。

 

『お前俺様の話分かってんのか? お前、生き返られるんだぞ? コイツを殺せば、娘に会えるんだぞ? お前の娘は、今旦那とキャッキャウフフなことで、孫までいるんだぜ? 会いてえんだろ?』

「黙れ」

 

 スカルは首を少しだけ動かしてコエムシに言った。すると、その圧でコエムシは口を閉じる。

 

「俺は今、自分がなすべきことをするだけだ」

『あ? ああ、何だ。ちゃんと分かってんだな? ならいいんだよ。さっさとアイツを殺せ』

 

 だが、スカルはコエムシを無視してハルトを凝視する。

 

「……お前。名前は?」

「松……いや」

 

 ハルトは首を振った。

 その顔にファントムの紋様を浮かび上がらせながら、ハルトはその名を告げた。

 

「ドラゴン」

「……その名を、お前は仲間に言ったのか?」

「言ってない」

「ならば、その名を言ってみろ。それを、お前の仲間たちにも伝えろ」

「……!」

「それで離れるのならば、それはお前の仲間ではない。そして、そんな者たちしか縋れないのならば、お前はここで、俺の命の糧となる。だが、」

 

 スカルは帽子を目深にかぶる。

 

「お前がそれを仲間だと言い、伝える覚悟があるのなら___そう、決断できるのなら___まずは俺の前で数えろ。お前の……罪は何だ?」

 

 罪。

 その言葉を胸で繰り返しながら、ハルトは逡巡する。

 だが、スカルは付け加える。

 

「ここには俺とお前しかいない。ここで何を言ったところで、何も問題はないだろう」

『おい、オレ様がいるだろうが!』

「黙れ」

 

 スカルはその一言で、コエムシを沈黙させる。

 いたたまれなくなったコエムシは、体を震わせながら、発生したオーロラにその姿を晦ました。

 

「俺は……」

 

 コエムシに目を配ることなく、ハルトは続ける。

 

「俺はずっと隠してきた……! 自分が人間じゃない、怪物だってことを……みんなから拒絶されるのが怖くて、言い出せなかった……!」

「……」

クトリちゃん(親しくなった女の子)が、実は怪物だったと知ったとき……心の底で、実は……ホッとしていた……! あの子を看取った時、悲しかったのはきっと……同類だったから……!」

「……」

「俺がいたから、さやかちゃん(ある女の子)は俺と同じ怪物になってしまった……! ファントムになるのは、近くにファントムがいた時にゲートが絶望した時……あの時、俺がいて止められなかったから、さやかちゃんはファントムになってしまったんだ!」

「……」

「今回も、俺は、みんなを巻き込んでしまった……可奈美ちゃんはケガまでして……俺は、どうすればいいのか分からない! どんな顔をしてみんなに会えばいいんだ!?」

「それはお前が自分で見つけるしかない。……小僧」

 

 スカルは、少しだけこちらに歩み寄る。風が吹き、スカルのマフラーがなびいた。

 

「もし、お前が仲間たちを信頼したいと思うのならば、それを俺にぶつけてみろ。ただの死人である俺程度を倒す覚悟を見せろ」

「……スカル」

「お前の罪は分かった。ならば、今度はその償いをしろ。その第一歩が、俺を超えることだ」

 

 風が吹く。

 それは、ハルトの手を引く。

 前へ。

 スカルの方へ。

 そして、スカルは告げた。

 

「男の仕事の八割は決断だ。そこから先はおまけみたいなもんだ」

「……そうだね」

 

 スカルの言葉にうなずき、ハルトは腕を交差させる。その顔には文様が浮かび上がり、肉体が変質していく。

 人ならざる翼。牙。爪。

 左右に雄々しく広げ、その鋭い部位を突き立てる。人間には出せない唸り声を空気に轟かせ、全身より赤い血潮を炎として迸らせる。

 ファントム、ドラゴンは、スカルへ叫んだ。

 

「行くぞ、スカル!」

「全力で来い」




最初に決まった処刑人は、ダークカブトでもルパンでもなく、スカルだったりする


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"Nobody's perfect"

 スカルマグナム。

 その黒い銃は、無数の銃弾を一気に発射した。

 ドラゴンはその雄々しい尾を振るい、銃弾を一気に薙ぎ払う。

 ドラゴンの背中の突起が赤く発光、その口から、紅い炎の光線が放たれた。

 

「とぅ!」

 

 大きくジャンプしたスカルは、そのままドラゴンの頭上を飛び越える。

 振り向いたドラゴンへ、そのままキックで蹴り飛ばした。

 

「ぐっ……」

 

 ドラゴンは怯みながら、再び背中の突起が発光する。

 今度は、威力よりも即効性を重視するように、低威力ながらも連射可能なものを発射。

 

「はあっ!」

 

 赤い弾丸を無数に放つ。

 だがスカルは、前転して回避。彼の体がスクロールした後で、爆発が連続的に続いていく。

 放射光線とスカルマグナム。二つの遠距離攻撃は、それぞれ空中と地上を走りながら走り続ける。

 やがて、スカルの姿が爆炎の中に消える。

 足を止めたドラゴンは、いずれ爆炎の中から現れるであろうスカルへ燃え上がる背中の突起を用意する。

 だが。

 

「……いない?」

 

 爆炎が薄くなっても、スカルはその姿を現さない。

 柱のように足を固定させながら、ドラゴンはその姿を探る。

 そして、その気配は……。

 

「……上かっ!」

「とうっ!」

 

 ドラゴンの予想通り、頭上から飛び降りてきたスカル。

 彼のかかと落としが、ドラゴンが後退した地面に炸裂する。

 

「すごい気配の殺し方だな。……戦闘経験が豊富なのか」

「これでも長年、故郷の街を守ってきていてな」

 

 スカルはスカルマグナムを構える。

 彼の引き金が引かれるよりも先に、ドラゴンは大きな翼を広げ、飛び上がる。

 スカルマグナムを避けながら頭上へ移動、吠えると空気が震えた。

 

「ほう……」

 

 スカルは帽子に手を当てながら、ドラゴンを見上げている。

 ドラゴンの背中から、赤い光が発光。口の中に灼熱の光が宿り、大きな光線が降り注いでいく。

 

「とうっ!」

 

 だが、スカルは身軽にそれを避けていく。

 

「素早いな……だったら……!」

 

 彼の動きを先読みしたドラゴンは、スカルではなくその行く先へ熱線を当てる。

 やがて、砂利を溶かすほどに熱せられた大地は、やがて陽炎を作り上げていく。

 

「ほう……」

 

 スカルは足を止め、熱線を吸収していく地面を凝視している。

 そうしている間にも、ドラゴンはさらに熱線を放ち続ける。

 光線はやがて、スカルの前後左右。

 すぐに、スカルの周囲の地面はマグマのように溶けだしていく。

 

「逃げ道を塞ぎ、その灼熱で相手の体力を削っていく……か」

「その通り。そして、この地獄を受けて、自由に動けた奴はいない」

 

 ドラゴンは静かに告げた。

 その時間をかければかけるほど、スカルは消耗していく。

 だが、それでも上空のドラゴンを狙うスカルマグナムの正確さは衰えない。

 

「お前……疲れてないのか……!?」

「ああ。変身するというのは、少しの間死ぬということだ。……少なくとも俺の場合はな」

 

 スカルはそう言って、ベルトに差し込まれているメモリを抜き取る。

 

「? どういう意味だ?」

「……お前が気にする必要はない。言ったはずだ。お前がするべきなのは、死人(・・)である俺に勝つことだとな」

 

 スカルが指を動かす。すると、再びメモリのスイッチより『スカル』という音声が流れ、スカルはそれをスカルマグナムに装填した。

 

『スカル マキシマムドライブ』

 

 スカルマグナムの銃身を組み上げ、その銃弾を発射する。

 白く、濃縮された銃弾は、ドラゴンの翼を撃ち抜き、小さな爆発を引き起こした。

 

「ぐあっ!」

 

 体を回転させながら墜落するドラゴン。だが、それでも一矢報いようとスカルへ向かう。

 ドラゴンは落下の勢いを利用し、その爪でスカルを攻撃。それは、スカルマグナムを弾き飛ばした。

 

「よし! これであの銃は封じた!」

「それだけで……勝てるか?」

 

 スカルは鼻を鳴らし、徒手空拳を挑んでくる。

 ドラゴンは発達した四肢で対応するが、卓越した戦闘能力を持つスカルに、ドラゴンはだんだんと追い詰められていく。

 だが、ドラゴンにとってスカルへの優位性は、翼と巨大な尾。

 スカルの拳を受け流した直後、ドラゴンは体を回転させる。

 すると、大きな尾はスカルの胴体を大きく弾き飛ばす。

 地上を離れたスカルへ、ドラゴンは腰を大きく低くした。

 

「む?」

 

 ドラゴンの動きに警戒したスカルが、落下しながらも体勢を立て直す。

 翼を大きく広げたドラゴンは、その右手の爪へ魔力を注ぎ込む。

 すると、爪が大きく成長し、より鋭さが増していく。

 

「だあっ!」

 

 翼の勢いも込めて、弾丸のようなスピードでスカルへ突っ込んでいくドラゴン。

 剣となったその爪は、鋭い突撃となりスカルの心臓を貫こうとする。

 大きく飛び散った火花。一瞬、スカルの体から力が抜けたように見えたが。

 

「……冷たい」

 

 貫いた手を、ドラゴンは見下ろした。

 人間特有の体温が、全く感じられない。

 

「まさか……アンタ……!」

 

 一瞬の沈黙。

 だが、スカルは突然とその体に力を取り戻した。

 ドラゴンの手首を掴み、ゆっくりと顔を上げた。

 

「甘い」

 

 冷たく告げるスカル。

 彼の胸元の肋骨型のパーツが左右に開く。

 すると、その心臓部分から紫の炎が溢れ出す。

 

「な、何だ!? これ!?」

「言ったはずだ。変身するのは……死ぬことだと」

 

 彼の胸から発生する炎は、やがてドラゴンとスカルの間に集まっていく。

 冷たい炎は、髑髏の形となり、吠える。発生した衝撃が、ドラゴンを大きく後退させた。

 

「ぐっ……」

 

 折れた爪。

 両腕で防御したドラゴンは、スカルを睨み上げた。

 

「さあ、正念場だ」

「スカル……」

「そろそろ終わりにしよう……お前の他にも、まだあの世から見守らなければならない奴がいるからな」

 

 スカルはメモリを引き抜き、そのスイッチを押した。

 

『スカル』

 

 そのままメモリを、ベルトの腰に付いているスロットに差し込む。

 収納ケースかと思ったが、そこにも同じようにスイッチが設置されており、それを押すと、メモリからガイダンスボイスが流れた。

 

『スカル マキシマムドライブ』

「さあ、来い!」

「……うん!」

 

 ドラゴンは頷いた。

 スカルの前の髑髏は、そのまま空中に浮かび上がっていく。

 それを見上げながら、ドラゴンは両腕を交差させる。同時に、背中の突起が、この上なく赤く発光した。

 背中の赤は、徐々にその濃度を上げていく。赤はやがて色合いを強めていき、やがて白くなっていく。

 一方スカルは、髑髏とともに飛び上がる。紫の髑髏を、ドラゴンに向けて蹴り飛ばした。

 髑髏がだんだんと巨大化しながら、ドラゴンへ迫っていく。

 やがて、目と鼻の先になったとき、ドラゴンは口を最大限までに開いた。

 そして、発射される青白い光線。

 それは、紫の骸骨をドラゴンの寸前で食い止めた。

 

「うっ……ぐ……っ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ドラゴンは声を荒げる。

 地面を支える足が、強く埋め込まれる。全身により力を込めることで、より光線が太くなっていく。

 

 そして。

 

「そうだ。それでいい」

 

 激しい破壊音の中、スカルのそんな声が聞こえた。

 白い光線が、紫の髑髏を押し返していく。

 決して力を緩めることはない髑髏。だが、だんだんと上回っていく白い光線は、スカルの傍で髑髏を掻き消した。

 そうしてスカルの姿は、白い光線に飲み込まれる。

 その黒い姿が、白一色に染まり、爆発の中に消えていった。

 

 

 

 ドサッと、重い音が鳴り響く。

 爆炎の中から、スカルが落下したのだ。

 仰向けになったスカルへ、ドラゴンは駆け寄った。

 

「スカル!」

 

 走りながら、ドラゴンはその姿をハルトに戻していく。

 あちらこちら体が痛むが、それでもハルトはスカルへ手を伸ばす。だがスカルは、その手を制した。

 

「行け」

「でも……」

 

 起き上がるスカル。

 だが、彼の姿はとても無事とは言い切れない。

 バチバチと胸のアーマーからは火花が散り、その骸骨の顔にもひびが入っている。

 だがスカルは、帽子を外し、ハルトへ向き直る。すると、彼の骸骨の仮面だけが粉々に消失し、元の渋い男性の顔になった。

 

「気にするな。何度も言っているが、俺はもとより死人だ。娘と孫に会えないのは残念だが、死んだ俺にできることは、今を生きるお前の力になることだけだ」

「でも……スカル……アンタは……」

 

 だが、ハルトにはそれ以上かける言葉が見つからなかった。

 そんなハルトへ、スカルは言葉をかけた。

 

「お前……名は?」

「俺は……」

 

 ハルトは、右手を抑える。

 数回、深呼吸を重ねた後。

 

「松菜ハルト。そして(・・・)……ドラゴン」

「……良い名だ」

 

 スカルは帽子を被り直し、ハルトに背を向ける。すると、首から下の部分もまた砕け、元の白い紳士服が露わになった。

 

「さあ。仲間に会いに行け。お前のことを、しっかり伝えろ。お前が、本当の仲間を得るために」

「……ありがとう」

 

 

 

 果たして今の体は、あとどれくらい持つのだろうか。こうして使命を放棄して歩いているのに、あの自称天使が現れないということは、それほど長くはもたないのだろう。

 そんなことを考えながら、ただずっと山道を歩いている。

 すでに偽りの力で蘇った体は、あちらこちらに異常が来ている。白いスーツの下に隠した体は破片のようにヒビが入り、中から一部が欠け落ちていく。

 だが気分がいい。鼻歌でも歌おうか。

 

「あ、あの!」

 

 その時。

 山道の反対側から、少女が走って来た。

 最後に会った娘よりは年上だが、送られてきた最後の写真を並べたらおそらく同じ年代に見えるだろう。ボブカットの茶髪と、黒いリボンで結んだお下げが特徴だが、その手に持った日本刀らしき長物には少し驚いた。

 彼女はこちらを見上げて尋ねた。

 

「男の人、見ませんでした? 私より年上で、革ジャンを着ていて……背は、これくらい!」

 

 少女は、自分より頭一つ上に手を掲げる。

 

「可奈美ちゃん! 待ってくれ!」

 

 そして、少女の後を追いかけてくる青年。

 こちらは、茶髪のウェーブが特徴の若い男だった。少女とはかなり年が離れているように見える。肩で呼吸しながら、彼もまたこちらを見上げる。

 

「はあ、はあ……! あ、えっと、どうも! あの、人を探しているんです! 男の人で……」

「真司さん、今私が伝えた!」

「ああ、そう……」

 

 落ち着きのない二人を見ながら、口に笑みを浮かべた。

 

「……ああ。見たよ」

「本当!?」

「ど、どこで!?」

 

 その答えに、少女と青年は目を輝かせた。

 

「この先の、山の中腹にいた。早く行けば、会えるだろう」

「ありがとう!」

「っしゃあ! あ、サンキューな!」

 

 二人は、礼を言って、指した方向へ駆けだしていった。

 その内、少女の方は凄まじい運動神経を見せている。

 あっという間に青年を振り切り、一瞬で見えなくなった。

 

「あ、可奈美ちゃん! 待ってくれ!」

 

 青年の叫び。

 そして、二人に遅れてもう一人。黒いスーツと赤系統のシャツを着た青年もまた、彼らの後を追うように大股で歩いている。

 首からカメラを下げた青年は、すれ違いざまに振り替えった。

 

「……お前……っ!」

「どうした?」

 

 だが、首からカメラを下げた青年は何も言わない。

 やがて首を振り、

 

「……いや。そんなわけないか」

「……どこかで……会ったか?」

「さあな? だが……あんたには、感謝を伝えなければならない……そんな気がする」

 

 カメラを下げた青年はそれだけ言って、二人の後を追いかけていった。

 白い帽子を目深に被り。

 

「何だ。いるじゃないか」

 

 安心したうにほほ笑む。

 そして。

 見上げた時、桜の花が風によって揺れていた。

 桜の花びらが少しずつ散っていくが、それと同じように、自らの体が少しずつ崩れていくのが見えた。

 

「春か……そういえば、俺にも孫ができた、らしいな……」

 

 ならば、桜が似合う名前だろうか。丁度、自らの娘が季節の名前を取り入れているのと同じように。

 

「どんな名前だろうな……せめて、名前くらいは知りたかった」

 

 そうして、目深になった景色が、罪を数える探偵の、最期の一言となった。

 

 だが、消える最期の瞬間まで、は鼻歌を続けた。

 

___さぁおまえの罪を数え___

___魂に 踏みとどまれ___

___愛する者を守るために___

___立ち向かえばいい___

___立ち向かっていけばいい___



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本気の勝負

 見つけた。

 すでに太陽が高く上るころ。

 昨日から一晩にかけてずっと探していたから、可奈美の全身には疲労が蓄積し、真っ直ぐ歩くのも難しくなっていた。

 

「ハルトさん……」

 

 松菜ハルト。半年も一緒にいたのに、何一つ彼のことは分からなかった。

 

「……可奈美ちゃん」

 

 ハルトは可奈美を真っすぐ見据えながら言った。

 山道。周囲が相変わらず春の緑に囲まれたその場所で、今坂道の上の方にいる彼もまた、戸惑いながら風下の可奈美を見下ろしている。彼の方が可奈美や仲間たちを探していたのか、それとも逃げるように彷徨っていたのかは分からないが、顔を見た途端、彼は戸惑ったような表情を浮かべていた。

 

「可奈美ちゃん……俺は……」

 

 何かを伝えようとしているハルト。

 だが彼の口は、おそらくその意思を反映していない。

 少しだけ、沈黙が流れる。

 二人をそれぞれ風が囲み、それぞれを押し出しているようだった。

 特にハルトの方は、ようやく何か言葉を紡ごうとしている。だが、やがて口を噤み、口を開いた。

 

「……一人で来たの?」

「え? あれ? 真司さんと士さんは……」

 

 可奈美は振り返る。

 だが、ともに白い紳士と出会った二人の姿はなかった。

 

「あちゃ……私、二人を振り切ってきちゃったみたい」

「何やってるのさ……」

 

 ハルトは苦笑した。

 可奈美も苦笑して、ハルトの顔を正面から見つめた。

 

「……ハルトさん、そういえばいつもそんな笑顔だよね」

「え? どういうこと?」

「……」

 

 可奈美はハルトの反応に答えず、空を見上げた。

 眩しい太陽に、可奈美は思わず目を細める。

 

「ねえ。私、半年も一緒にいたのに、ハルトさんのこと、全然知らないね」

「そうかな?」

 

 ハルトの声は、いつもの飄々とした声色が覆われていた。彼の「そうかも……」という継ぎ足しに、可奈美は思わず噴き出す。

 

「まあ、教えられるわけないしね……こんな出自」

「私達のこと……信用していなかったの?」

「……そうかも。でも、可奈美ちゃんはうすうす感づいていたんじゃない?」

 

 ハルトの言葉に、可奈美はほほ笑んだ。

 

「まあ、ちょっとおかしいなとは思ったよ。入れ替わった時も、なんかおかしかったし。味覚もなかったし。それに何より」

 

 可奈美が沈黙を発する。

 

「ハルトさんの笑顔、いつも陰ってるように思えてならなかったから」

「……そっか」

 

 ハルトは頷いた。

 

「でも、ハルトさんがファントムだったとは思わなかった……分かるわけないじゃん」

 

 可奈美はそう言いながら、千鳥を強く握る。

 

「でも、悔しいなあ……」

「悔しい?」

「私、剣で相手のこと、大抵は理解できる自信があったんだ。ハルトさんが、私たちに何か隠してるのも、何となく分かってた。けどそれでも……それでも、肝心なことは何も分からなかった」

「……」

 

 ハルトも、可奈美の視線を追って空を見上げる。

 眩い太陽に手を掲げているが、彼が太陽を見つめる赤い眼は、全く細まることはなかった。

 

「昔……俺は……松菜ハルトっていう人間は、家で起こった火事で生き残った。多分、両親が助けたんだと思う」

「……」

 

 ハルトが自らの手の甲を見下ろした。令呪が刻まれた右手。そして、その先の指。これまではウィザードリングがあったそこには、今はもう何もない。

 

「焼け残った家。それに、助からない妹の姿を見て。それで、松菜ハルトは絶望して、俺というファントムを生み出して、その命を落とした。それで、俺の姿を見た妹は、俺を拒絶しながら死んでいった」

 

 ハルトは目を閉じる。

 

___お兄ちゃんはどこ!? お兄ちゃんを返して!___

 

「今でも思い出すよ。焼けた瓦礫に、埋まった妹。兄かと思ったら、怪物になってしまった俺を見て拒絶した彼女を。そして、そのまま絶望しながら死んじゃった妹のことも。そして何より……」

 

 ハルトは、自らの腕を掴んだ。

 

「その絶望が、たまらなく心地良いと感じてしまった自分の(ファントム)本性を」

「……」

「たった一人で俺は、ファントムを倒すファントムとして、旅を続けてきた。そして……」

 

 ハルトは腰をさする。昨日までウィザードライバーがあったそこには、今はただの革製のベルトしかない。

 

「この力をもらったんだ。あの時俺にこれを渡した男性のことは、今でもどこの誰なのか分からない。そのまま、旅を続けて……今に至る」

「そうなんだ……」

 

 可奈美はじっと皮のベルトを見つめる。ウィザードライバーの唯一の名残は、その手の形をしたバックルだけだった。

 

「ハルトさん、妹いたんだ。あ、もしかして、私に結構似てたりとか?」

「まさか。全然似てないよ。妹___コヨミっていうんだけど、どちらかというと、大人しい子だったから。可奈美ちゃんみたいに、元気に走り回るなんてことしなかったし」

「そ、そうなんだ……そこは似てるって言って欲しかったな」

 

 可奈美は苦笑した。

 数秒経ってから、可奈美はまた切り出した。

 

「ハルトさんは、さ。後悔しているの? ファントムになったこと」

「……」

 

 ハルトは首を振った。

 

「ファントムが、人間の心を持ったままファントムになるなんてありえない。ドラゴンってファントムがこの世に現れた時点で、松菜ハルトは死んだ」

 

 ハルトは、そのまま右腕を掴んだ。

 

「俺は……松菜ハルトじゃない。俺は、ドラゴン。ファントム、ドラゴンだ」

 

 その事実。

 ある程度は覚悟していたものの、可奈美は腹の底で何かが蠢くのを感じた。

 

「……やっぱり、すごいな。こんなこと、誰かに言うの、すっごいビクビクしてる」

 

 ハルトはそう独白した。

 見れば、彼の足は短く震えており、言葉を一つ一つ口にするのさえ遅かった。

 

「俺……さ。今度みんなと会った時、言おうって……自分がファントムだってちゃんと言おうとしてたんだけど、やっぱダメだな。どうしても……隠したいよ」

 

 前回見たのはいつのことだったろうか?

 ハルトが、苦しんでいる。泣いている。

 いつも飄々としていて、余裕を示すハルトが、言葉一つ一つを絞り出そうとしているように見える。

 

「……うん」

 

 相槌を打つ以外の対応が思いつかない。

 ハルトは、決して可奈美と目を合わせない。そんな彼へ、ハルトは少しずつ近づいていった。

 

「俺は、今の自分を許せない。人の命を奪った自分が。松菜ハルトって名前の子供を殺して、のうのうと生きている自分が」

「……初めて。かな」

 

 ハルトの右肩に、可奈美は同じく右肩を当てる。

 お互いに反対方向を向きながら、ただ右肩だけが、お互いの温もりを感じていた。

 

「ハルトさんが、自分のことを教えてくれたの」

「そう、だね」

 

 ハルトは頷いた。

 可奈美は目を細めながら、両腕でハルトの右腕に触れる。

 

「それじゃあ、ファントムのハルトさん……でも、今まで沢山のファントムと出会ってきたけど、ハルトさんは全然、他のファントムと違うよね」

「何も変わらない。俺も、俺以外のファントムも……」

 

 ハルトの声が震えていく。

 

「ファントムは、人の絶望から、宿主の人間を食らって生まれてくる……希望を持って生きる人を見るだけで、俺は苦しくなった。家族も、友達や恋人も……! 俺が大道芸を始めたのも、人々に一瞬でも笑って欲しいからだよ」

「……」

 

 今まで、可奈美は何度も、ハルトの芸を見てきた。

 その最中、人々は笑顔になり、希望を感じた時もあった。

 その時、果たしてどれだけの不快感が彼を襲ったのだろう。

 そしてそれは、彼がファントムであるという他ならない証拠でもある。そしてそれを、可奈美……否、誰も一度もそれを感じなかった。

 

「そこも、ハルトさんがファントムって事実に関係しているんだね。多分……これ以上、私が何を言っても、ハルトさんの心は晴れないと思う」

 

 可奈美はぼそりと呟いた。

 

「でもさ。全部、私が知ってるハルトさんだよ」

 

 一瞬、ハルトと可奈美の間に沈黙が流れる。

 可奈美は、体を動かして、ハルトから離れる。元いた、坂の下へ向けて歩き出していった。

 

「一緒にラビットハウスで暮らす日々も、本当に楽しかった。これはきっと、本物の松菜ハルト君じゃない。今私の目の前にいるハルトさんがいたからだよ」

 

 可奈美は、元いた場所で、足を止める。ゆっくり振り向き、ハルトを真っすぐ見上げる。

 

「チノちゃんたちの学校を守ったのも、アマゾンの事件を止めたのも。ムー大陸を食い止められたのも。紗夜さんを守ったのだって、コヒメちゃんを助けたのだって、ハルトさんがいなかったら、きっと難しかった。それに、アカネちゃんをトレギアから解放したのだって。全部……全部! 今私の目の前にいるハルトさんがいたからだからだよ!」

 

 可奈美は真っ直ぐハルトを見上げた。

 

「それは絶対、松菜ハルト()じゃできない! 私が知ってる、ドラゴンのファントムである、ウィザードでもある、ハルトさんだからだよ! きっと私は、ハルト(

)じゃ笑顔になれない! 私が笑顔になれるのも、ハルトさんだからだよ! だから……」

 

 可奈美の体が震えだす。声が小さくなりながらも、可奈美は続けた。

 

「だから……自分をそんな風に言うのはやめようよ。生きている自分を、許してよ。私が大好きな松菜ハルトさんを、否定しないでよ」

「……ごめん」

 

 ハルトは首を振った。

 

「だったら……」

 

 ハルトが否定しようとする前に、可奈美は千鳥を抜く。いつもの手に馴染む刀の重さが、可奈美の体に沁みていった。

 千鳥を抜刀するときに聞こえてくる、金属同士が擦れる音。あまりにも今までの可奈美が知るものが少ないこの状況で、唯一可奈美がよく知る音だけが、可奈美を正気へつなぎとめているようにも感じた。

 その音を背負いながら、可奈美は語りかけた。

 

「だったら、戦おうよ。本気の私と。本気のハルトさんで」

 

 右手には千鳥を。

 左手には、鈴祓いを。

 それは、可奈美が本当の意味で全力を出すことを意味していた。

 ハルトも目を細めながら、大きく息を吐く。

 

「……君だったら、やっぱりそういうこと言うよね」

「うん。私は、言葉での対話より、剣を通しての会話の方がやりやすいから。私は、ハルトさんのことをもっと知りたい。もっと知るには、ぶつかり合うのが一番だから」

「それがたとえ……ファントムの俺でも?」

 

 赤い眼のハルト。その顔に、模様が浮かび上がる。人間のものではない、怪物の文様。

 

「うん。……ハルトさん。私は、いつだって……たとえハルトさんがどんな存在(ファントム)だったとしても。ずっと、ハルトさんの味方だよ」

 

 可奈美が言葉を紡いでいる最中でも、ハルトの紋様は、ゆっくりと顔から全身へ行き渡っていく。

 やがてハルトの背中を突き破り、大きな翼が羽ばたくのと同時に、可奈美は宣言した。

 

「だから。これは、そのための本気の勝負」

「今の俺は、手加減なんてできない。君を……殺すつもりでやる」

「うん。いいよ。本気じゃないと、対話なんてできないから」

 

 やがて、見慣れたハルトの顔が消えていく。

 ドラゴンの禍々しい姿が、可奈美の前に現れる。

 アマダムと戦っていた時はあまりしっかりと見れなかったが、対峙していると、その威圧感に息ができなくなる。

 巨大な翼。

 獰猛そうな爪。

 全てを蹴散らす尾。

 そして、山のように連なる背の突起から続く大顎。

 これが本物のハルトだと受け入れたい。受け入れてみせる。

 

「だから」

 

 だからこそ。

 

「私は今、本気で戦う!」

 

 そして始まる、舞。

 フレーズ一つ一つに動きを止め、鈴祓いを十分に鳴らす。その回数が積みあがるごとに、その輝きが増していく。

 光は集うと、物質となっていく。それは和の巫女服となり、重なっていく。

 頭に金色の装飾が付き、やがてその変身が完了する。

 その名は。

 

祭祀礼装(さいしれいそう)(みそぎ)

 

 可奈美が手にした最強の力にして、此度の聖杯戦争、その重要な局面を終わらせた力。

 千鳥を大きく振ると同時に溢れた光が弾け、新たなその姿、祭祀礼装となった。



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お誕生日おめでとう

可奈美の誕生日にこの話を投稿で来たことを、とても嬉しく思います


 不自然な突風にあおられ、桜の花びらが次々に大空へ舞い上がっていく。

 祭祀礼装には、飛行能力が備わっている。可奈美はドラゴンとともに、空中へ駆けあがり、激突する。

 お互いに反発し、空中で停止する可奈美とドラゴン。

 

「行くよ……ハルトさん!」

 

 可奈美は、千鳥を突き出す。

 ドラゴンは一度大きく吠え、全身から赤い炎が噴き出していく。

 それは、大きな翼での動きで、可奈美へ接近していく。

 そのまま、爪を立てるドラゴンの突撃を受け流し、可奈美はさらにその胸元へ千鳥を滑らせる。

 だが。

 

「そう来ると思ったよ!」

 

 ドラゴンは、自らの体への反撃を、尾で防ぐ。可奈美の腕を掴み、大きく持ち上げ、力強く突き落とす。

 

「くっ!」

 

 可奈美は空中で体勢を立て直し、木々の合間を滑空していく。

 

「迅位斬!」

 

 可奈美は振り向き、飛行を続けながら赤い斬撃を放つ。

 祭祀礼装の補助で遠距離攻撃となった斬撃が、ドラゴンへ少しずつダメージを蓄積していく。

 

「グッ……だったら!」

 

 ドラゴンは一度翼を折りたたむ。そして、大きく広げた。

 すると、周囲から赤い波が放たれる。すると、可奈美の赤い斬撃が掻き消され、そのまま可奈美を地上へ突き落とした。

 

「うっ!」

 

 可奈美は両腕で身を守るが、そのまま木々を薙ぎ倒し、地面に埋め込まれた。

 

「うう……ん?」

 

 木に埋まっていた体を突き起こした可奈美は、頭上の青空が赤く染まっていることに気付いた。

 

「はあああ……っ!」

 

 ドラゴンの背中の突起が、赤く発光している。

 その口に広がる赤い炎は、まるで太陽のような力強さを感じる。

 

「だああああああああああああああああああっ!」

 

 頭上のドラゴンの口から、赤い熱線が放たれた。

 可奈美はギリギリで足を塞ぐ幹を斬り落とし、回避。間一髪で、可奈美が埋め込まれていた木々は蒸発した。

 だが、ドラゴンはすぐに熱線を準備。可奈美を追いかけるように熱線を投げてきた。

 別次元の素早さで可奈美は避け続けるが、赤い眼の彼は、それでも素早さを感知できるのか、明らかに自分がいた場所に狙いを付けている。

 ようやく撒いた、と木陰に隠れた可奈美は、静かに目を瞑った。

 

___心眼(しんがん)___

 

 すると、可奈美の視界がゼロとなる。

 代わりに、可奈美の五感は大きく球形に広がっていった。

 視界ではない、感覚からの情報取得。

 視界に頼るしかないドラゴンには察知できない、一方的な知覚。

 だが、心眼が察知したのは、今まさに死角にいる可奈美へ放射熱線を放とうとしているドラゴンの姿だった。

 

「気付かれてる!」

 

 可奈美は迅位の加速で、その場から退避。

 同時に、隠れていた木陰が粉々となり、クレーターが出来上がる。

 相手の攻撃を受けて返す、新陰流は通じない。

 そう判断した可奈美は、両足を揃えて飛び上がる。ドラゴンの光線を旋回しながら回避し、徐々にドラゴンへ接近。

 あっという間に懐に飛び込んだ可奈美は、千鳥を振り抜く。

 

「やあっ!」

 

 彼女の剣に対し、ドラゴンは両手で盾を作る。

 剣と爪が、大きな音を響かせ、そのまま鍔迫り合いとなる。

 その中、可奈美はドラゴンの顔を___その眼を見つめた。

 赤い、ドラゴンの眼。

 震えながらも、しっかりと可奈美を見返すその眼の奥に、可奈美は何か湧き上がるものを感じた。

 

「ハルトさん……」

 

 可奈美は目を細める。

 赤いドラゴンの眼に映る自分の姿。

 果たして彼は、今までどんな気持ちで可奈美たちと接してきたのだろうか。

 皆で楽しく談笑しているときも。本当は苦しんでいたのだろうか。

 可奈美はドラゴンの手首を掴み、それを軸に体を回転させる。

 ドラゴンの頭上に上がり、右手に持った千鳥を大きく伸ばす。

 

「太阿之剣!」

 

 深紅の刃が、ドラゴンの頭上から下される。

 ドラゴンは全身に大きく火花を散らしながらも、その大きな翼をはためかせ、体勢を保つ。

 

「はああ……!」

 

 ドラゴンの口から、絞り出るような声が聞こえてくる。

 すると、足場から突然の熱さが突き刺さってくる。

 可奈美は足を滑らせ、一瞬転落。すぐさまバランスを建て直し、ドラゴンの目の前で浮遊する。

 

「っ!」

 

 目の前で、ドラゴンが大きく口を開けている。

 口の中、彼の体内に通じる喉には、眩い炎が発生している。

 可奈美は体を捻って、上下を入れかえる。ドラゴンの顎を蹴り上げ、無理矢理それを閉ざす。

 吐き出されるはずだった炎は、細く伸び、彼の体内を焼き焦がしていく。

 

「ぐっ……!」

「意外と自分の攻撃でも、効くものなんだね!」

「そりゃ、普段これだけの量浴びることないから……ねっ!」

 

 振り下ろされる鉤爪。

 可奈美はそれを紙一重で避け、千鳥で反撃。

 数回の激突ののち、可奈美はドラゴンから離れる。滞空したまま、可奈美はドラゴンの移動と並行していく。

 途中、空中で何度も衝突を繰り返す。千鳥と爪、牙、尾、炎が昼の世界に星を作り上げる。

 可奈美は途中、急停止。頭上へと急上昇し、千鳥を掲げた。

 するとその剣に、虹色の光が集っていく。

 これは、本気の勝負。

 だからこそ、可奈美も本気で臨まなければならない。それがかつて、見滝原の地下に眠る怪物を倒した技でも、容赦なく使う。

 

「無双神鳴斬!」

 

 体を捻りながら、可奈美が千鳥を振る。

 すると、弧を描きながら、可奈美の斬撃がドラゴンへ飛んで行く。

 それに対し、ドラゴンは急降下。

 その鉤爪が、強く地面を打ち付ける。

 すると、ドラゴンの体が一瞬で地中へ消える。地面を大きく抉るものの、地中深くのドラゴンには届かない。

 

「避けられた……!」

 

 その事実を受け入れるよりも早く、地中のドラゴンは飛び出す。地面から一気に急上昇、可奈美の背後に飛び上がる。

 

「速っ……!」

「はあ!」

 

 ドラゴンは体を大きく回転。

 巨大な尾に強く打ち付けられ、可奈美は地面に墜落。地面に接触した途端、頭上より熱線の追撃が襲う。

 

「くっ……!」

 

 体をバウンドさせた可奈美は、バク転して一度退避する。丁度可奈美の足場だったところに、ドラゴンの熱線が連射されていく。

 溶けだした地表を見下ろしながら、可奈美はドラゴンの様子を窺う。

 

「凄い威力……!」

「降参するなら今のうちだよ?」

「まさか。ハルトさんこそ、私のスピードに着いてこれる?」

 

 可奈美はそう言って、その異常なまでの加速を見せつけた。

 刀使が御刀より行使する、別次元の速度移動、迅位。さらに、今度は祭祀礼装の助力による加速も加えていく。

 それは、ドラゴンの眼には捉えられないだろう。

 可奈美は幾度となく斬撃を積み重ねていき、その体にダメージを重ねていく。

 

「ぐっ……!」

 

 ドラゴンが呻く。可奈美の斬撃が命中するたびにその体からは火花が散っている。

 だが。

 

「……があああああああああああああああああああああっ!」

「うわあああ!?」

 

 ドラゴンの全身から迸る赤い波動。

 それは、可奈美を吹き飛ばし、木々を薙ぎ倒す。

 

「まだまだっ!」

 

 可奈美が起き上がるよりも先に、ドラゴンが両手を地面に押し当てる。

 すると、全身が途端に重くなる。

 重力が、可奈美の頭上からのしかかって来たのだ。

 

「うっ……!? これは……ウィザードの魔法と同じ……!?」

 

 あまりの重量に、可奈美はバランスを崩し、ドラゴンと変わらない時間流に突き出される。

 

「うっ……!?」

 

 動けない。

 その間に、ドラゴンはその右足を強く地面に突き刺した。

 

「な、何!?」

 

 あたかもアンカーのように、その体を支える右足。

 さらに、左足もまた同じように地面に深く突き刺さっていく。

 その雄々しい尾を地面に叩きつけたドラゴンは、ゆっくりとその体を直立させた。

 その背筋が、赤く染まっていく。

 もう見慣れた、赤い放射熱線。

 だが、その勢いが明らかにこれまでと異なっている。

 

「あれは……」

 

 可奈美は言葉を失う。

 ドラゴンの口に集まっていく、赤い光。その濃度は今までより濃く、時間をかけるたびに燃え上がっていく周囲に、その威力が嫌でも分かってくる。

 やがて、ドラゴンの重力による拘束が解かれる。

 火力に集中したということを理解した時には、すでに可奈美は回避できない。

 ドラゴンの放射熱線は、そして容赦なくその口から吐きだされる。可奈美の小柄な体を祭祀礼装ごと飲みつくしたそれ。

 

「う……ぐあああああああああああああ!?」

 

 写シと祭祀礼装。

 二重の防壁を体にしているのにも関わらず、それはいとも簡単に消し炭にされていく。

 解除された祭祀礼装。さらに、写シを解除され、転がった可奈美はそのまま吐血した。

 

「がはっ!」

 

 全身、肌という肌が、焼き焦がされたような感覚に襲われる。

 体が震えるほどの痛みを感じながら、可奈美はドラゴンを見上げる。

 口から煙を吐きながら、ドラゴンはこちらを見下ろしている。

 一歩、また一歩と歩み寄りながら、ドラゴンはその爪を振り上げた。

 

「っ!」

 

 可奈美はすぐそばに落とした千鳥を拾い上げ、ドラゴンの爪を受け流す。

 

「へえ……まだ元気そうだね」

「まだまだ……戦えるよ!」

 

 可奈美は左手で地面を突き飛ばし、起き上がる勢いとともに千鳥で切り裂く。

 多少怯んだが、ドラゴンの圧倒的優勢には変わらない。

 再びの突撃。

 可奈美は大きく避け、千鳥を構える。

 

「はあ、はあ……! 写シ!」

 

 可奈美は叫ぶ。

 すると、千鳥の力により、可奈美の体を白い霊体が包む。

 だが、写シは即消失、可奈美の体は生身に戻ってしまう。

 

「え? そんな……写シ!」

 

 可奈美はもう一度と、全身に力を込める。

 再び白い霊体が身を包むが、それは数秒ですぐに解かれてしまう。

 

「そんな……どうして……!?」

「可奈美ちゃん自身の体が、もう持たないんじゃないの?」

 

 ドラゴンの問いかけに、可奈美は息を呑んだ。

 祭祀礼装・禊。

 刀使として驚異的な力を齎すが、その代償として、可奈美の体力の大部分を奪う。以前も、敵の目の前で倒れたことがあった。

 その上、まともにドラゴンの凄まじい熱戦を食らっている。まだ立てる方が奇跡だろう。

 

「終わらせようか……可奈美ちゃん」

 

 ドラゴンの右腕に、赤い光が宿っていく。

 そのまま、生身の可奈美へ放たれる突撃。可奈美は持前の反射神経でそれを防御するが、防ぎ切れなかった威力は容赦なく可奈美を襲う。

 

「うわっ!」

 

 可奈美の肉体に容赦なく打ち付けていく魔力の暴力。全身に切り傷を作りながら、大きく地面を跳ねる。

 

「がはっ!」

 

 意識が遠くなり、くらくらする。

 ドラゴンの姿が、暗い瞼に挟まれては薄くなっていく。

 

「嫌だ……」

 

 ふと。

 その言葉が、唐突に可奈美の口から突いて出てきた。

 

「可奈美ちゃん?」

「嫌だよ……ハルトさん……!」

 

 可奈美は顔を下げながら言った。視界が前髪に隠れ、ドラゴンの姿を直視できない。

 動きが朦朧とする中で立ち上る可奈美。

 

「ハルトさんと……本当のハルトさんと分かり合うことないままなんて……終わりにしたくないよ……!」

「……俺は、ファントムだ」

 

 ドラゴンの背びれがまた発光。

 赤い炎が、その口に宿る。

 

「人の希望を……否定する……!」

 

 そして、発射。

 生身の可奈美へ真っすぐ向かう熱線。

 もう、疲弊し切った可奈美。やがて倒れ込むように体を傾けた可奈美は、大きく腰を下げ、熱線を避けた。

 背中に焼けるような痛みが走る。だが、顔を歪める体力さえも残っていない。

 

「……だから……よく見る、よく聞く、よく感じ取る……」

 

 可奈美の声は、ほとんど誰にも聞き取れないもの。ほとんど意識のない状態ながらも、千鳥を握る手だけには力が強く入っていた。

 

『可奈美……可奈美!』

___……!___

『ほら! まだまだ頑張って!』

 

 誰かが、可奈美の背中を強く押した気がする。

 ふらふらの体が、大きく低く体勢を下げる。

 背中に、熱線の熱さがかする。鋭い熱さに顔を歪めながら、可奈美はドラゴンへ接近。

 

「やあっ!」

 

 振り抜き、その肉体を切り裂く。

 大きく身を歪めたドラゴンへ、さらに追撃としてもう一発。

 先読みしたドラゴンがその腕で防ぐが、まだドラゴンへの攻撃は終わらない。

 全身を使っての突撃。ドラゴンの前後左右、どこからも攻撃の手を加えていくことで、よりドラゴンの体を切り刻んでいく。

 

「この動きは……!?」

 

 驚いたドラゴン。

 その口が、どことなく、可奈美の母の名を綴ったようにも見えた。

 可奈美は動きを止め、大きくジャンプ。自らの全体重を持って、千鳥を振り下ろす。

 

「無心烈閃」

 

 小さな声で、可奈美の口はその技名を宣言した。

 縦に大きく切り裂いた斬撃。その勢いとともに、可奈美は上空へ大きく跳び上がり、一気に降下とともに千鳥を振り下ろす。だが、同時にドラゴンもまた、最短のチャージによる熱線で迎え撃つ。

 それぞれ同時に命中。可奈美は痛みと熱さを受けながらも、大きくドラゴンの体を切り裂いた。

 ドラゴンの足元で、千鳥を振り下ろしたままの体勢の可奈美。可奈美の視界に移るドラゴンの足は、徐々にハルトのものに変わっていく。

 

「俺……手加減なんてしてなかったんだけどな」

 

 そして、重い音。

 それが、可奈美の体が奏でた音だったのか。ハルトが倒れた音だったのかは分からない。

 ただ。

 どこからだろうか。

 可奈美の意識は、そこで途切れた。

 

 

 

「……はっ!」

 

 目を覚ました途端、可奈美の目を、南中高度の太陽が直撃した。

 すぐさま目を反らすと同時に、可奈美は直前の記憶を探る。

 

「……ハルトさん!」

「何?」

 

 体を起こした可奈美は、すぐ背後から聞こえてきたハルトの声に振り向く。

 すぐそばにあった、ハルトの顔。そして彼の体勢を見て、可奈美は今まで、彼の膝の上で倒れたことを理解する。

 

「あ……私……」

「勝ちだよ。可奈美ちゃんの」

 

 何か言おうとしていたのに、ハルトのその一言だけで、可奈美は全てを忘れた。

 「え? ……え?」と、戸惑っていると、ハルトは繰り返した。

 

「だから、可奈美ちゃんの勝ち」

「私の……私が、勝ったの?」

「そうだよ」

 

 ハルトの返答に、可奈美は再び体から力が抜けた。そのまま倒れ込んでいくと、ハルトの膝元に頭が落ちた。

 

「私が……よかったよお……」

 

 太陽が眩しい。

 可奈美は目元を右腕で覆いながら声を絞り出した。

 

「可奈美ちゃん……何で、ここまで俺に?」

「だって……まだまだ、ハルトさんのこと、全然知らないんだもん。今度こそ……本当のハルトさんのこと、知りたいよ」

 

 その言葉に、ハルトは何も答えない。

 やがて彼は、大きく息を吸い込んで、その場で寝転がった。

 

「ハルトさん?」

「何でかな……俺、いいのかな……? こんな、ファントムなのに……」

「ファントムでも人間でも関係ないよ。私は……ハルトさんといたい。知りたい。ハルトさんは違うの?」

 

 可奈美は上半身の体を起こす。可奈美と入れ替わって地面に横になったハルトは、可奈美と同じように右腕を目元に当てていた。

 

「もう一回、同じことを言うよ。自分のことを認めてあげようよ。ハルト君が亡くなってしまったことを忘れようなんて言わないけど、私は……私達は、ハルトさんが大好きだよ。だから、ハルトさんも……自分のこと、少しは大事にしてあげてよ」

 

 その言葉に、ハルトは動かない。目を隠しながら、口元を歪ませている。

 

「ねえ、ハルトさん。ハルトさんは……もしかして、寂しかったんじゃないの?」

「寂しい? 俺が?」

 

 その言葉は、自分でも何で出てきたのかが分からない。

 ただ、可奈美の腕が……指先が触れる千鳥から伝えられている気がする。

 可奈美はその直感を信じながら、その言葉を信じる。

 

「うん。……私達と、美味しいって気持ちや、楽しいって想いを共有出来ないのが……寂しかったのかなって」

 

 千鳥から、熱をもらっている。何かから勇気をもらうことを感じながら、可奈美は続けた。

 

「でも、それも教えてよ。ハルトさんの気持ちも全部。皆で、ハルトさんのことを支えてあげるから。だから……」

「……皆と同じになれないのが寂しい……か……確かにね。もしかして……」

 

 突然ハルトの声色が、冷静になる。体を起こしたハルトは、どこか遠くを見つめていた。

 突然の落差に驚きながら、可奈美は彼の言葉の続きに耳を傾ける。

 

「俺の願いは……俺が、聖杯戦争で叶えたい願いって……人間になることじゃないのか……?」

「人間に……なりたい?」

 

 可奈美の問いに、ハルトは放心したように可奈美を見つめる。やがて頷き。

 

「うん。そうだね。俺……皆と同じ、人間になりたかったんだ……」

 

 ハルトは体を震わせる。

 右手に刻まれた令呪を握り締め、自らの手をつねり出している。

 だが、そんな彼の肩を、可奈美は抱きしめた。

 

「大丈夫。もう、寂しくないから。私たちが、ずっとそばにいるよ」

 

 ぎゅっと、締める力を強める可奈美。

 ハルトの体は、温かい。人間のそれと、何も変わらない。

 

「……はははははっ! あっはははははははは!」

 

 ハルトの大きな笑い声が響く。

 これまで聞いたことがないような彼の笑い声に、可奈美は目を丸くした。

 やがて落ち着いたハルトは、顔を背ける。

 

「そっか……俺、結構寂しかったのかな……」

「ハルトさん……」

 

 手を放し、先に立った可奈美。ハルトへ手を伸ばすと、彼はその手に触れようとして、止まった。

 

「あ……」

「……だから、もう独りじゃないよ」

 

 可奈美はそう言って、ハルトの手を握り返す。小さな力で、身長の高いハルトを引き起こした。

 

「ハルトさん」

 

 どんな顔をしているのか。どんな格好をしているのかは分からない。

 ただ、可奈美はこれだけを言った。

 

「お誕生日、おめでとう」

「……もう、昨日だよ」



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ウィザードという名の仮面

「ハルト!」

 

 真司の声が聞こえた。

 動けなくなった可奈美を背負ったハルトは、下山ルートを探して彷徨っていた。

 足を止めたハルトは、後ろから走ってくる真司と士の姿を認めた。

 

「真司に……士……」

「ああ、良かった! 無事だった! 可奈美ちゃんも一緒だったんだな」

 

 真司はハルトと可奈美を交互に見ながら安堵した。

 見れば、彼の頭には無数の葉が張り付いており、衣服にも泥や汚れが付いている。徹夜で探してくれたのだろうか。

 

「真司……心配、かけちゃったかな」

「気にすんな気にすんな!」

 

 真司は笑顔で、ハルトを小突く。

 

「そりゃ、色々ビックリだったけどよ。俺はお前がいい奴だって知ってるしな。戦いを止めようとしている奴に、悪い奴はいない!」

 

 真司は堂々と言い切る。彼の言葉に救われながら、ハルトは鼻をこする。

 

「その……ごめんね。今まで隠してて」

「いいっていいって! そんなの、誰だってそうだろ。な?」

 

 真司はそう言って士に同意を求める。

 士は表情を動かさず、ハルトを見下ろしている。

 

「少し、気が晴れたように見えるな?」

 

 士の問いに、ハルトはむずがゆくなった。

 

「そう……見えるかな?」

「ああ」

 

 士は頷いたまま、ポケットに手を入れた。

 

「お前……そういえば、仮面ライダーって名前を知らないんだったな」

「そうだけど……」

 

 士は、ハルトへの説明よりも先に真司へ顔を向けた。

 

「先に城戸真司。お前にとって、仮面ライダーってのは……何だ?」

「俺にとっての仮面ライダー……俺の世界では、仮面ライダーは、このカードデッキを持つ奴の事……ライダーのことだ」

 

 真司はそう言って、カードデッキを取り出す。

 

「このカードデッキ……俺がいた世界では、この聖杯戦争に似た戦いが……ライダーバトルが行われていたんだ」

「ライダーバトル……?」

 

 その不穏な響きに、ハルトは顔をしかめた。

 

「たった一つの願いをかけて……ライダー同士で戦う。その戦いに選ばれた奴が、仮面ライダーだ」

「「……!」」

 

 真司のカミングアウトに、ハルトと可奈美は同時に息を呑んだ。

 

「それって……まさに聖杯戦争みたいじゃないか……!」

「真司さんは、ある意味聖杯戦争の経験者ってこと……!?」

「そう、なるのかな……?」

 

 真司は苦笑しながら答えた。

 

「真司の場合は若干特異だが……多くの世界で、仮面ライダーは存在する」

「多くの世界で?」

「そう。あえて敵の___悪の力を使ってでも___悪から生まれた炎の十字架(クロスオブファイア)の力があろうとも、人類の自由のために戦う。それが仮面ライダーだ」

 

 クロスオブファイアがあろうとも。

 ハルトが持つウィザードの力。その多くは、ファントムであることに由来する大量の魔力が礎でもある。

 

「ハルト。お前にとっての仮面ライダーは何だ?」

「俺にとっては……」

「おじゃるおじゃるおじゃる~!」

 

 その声に、ハルトたちは顔を強張らせる。

 銀色のオーロラとともに現れたアマダム。ローブに身を包んだ彼は、扇子を手にしながら踊っている。

 

「アマダム……」

「探したぞ、ウィザード。いや、もうその名で呼ぶのもおこがましいか。松菜ハルト否……ただのファントム」

 

 アマダムは意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「お前……結構しつこいな」

「言っただろう? ウィザードには恨みがあると……同じドラゴンのファントムであり、ハルトの名を持つお前は逃さんよ?」

 

 何を言っているのか、ハルト、可奈美、真司は分からない。

 ただ一人、士だけが険しい顔でアマダムを見ていた。

 

「さあ、完全に回復した……本来のお前以上の力を持ったウィザードが……お前たちの敵だ」

 

 アマダムはそう言って、ウィザードリングを掲げる。

 火、水、風、土。

 四属性の魔法陣が、それぞれ変身者のいないウィザードを作り出す。

 フレイム、ウォーター、ハリケーン、ランド。

 四人のウィザードは、それぞれウィザーソードガンを構える。

 

「さあ、ウィザードよ。本来の変身者いいや……! ファントムを、その手で葬れ!」

「やってやる! なあ、ハルト!」

 

 気合を入れてカードデッキを突き出す真司。

 だがハルトは、彼の前に手を伸ばす。

 

「ハルト?」

「俺がやる。手を出さないで」

 

 ハルトはそう言いながら、数歩前に出る。

 

「ハルト? でも……」

「やらせてやれ」

 

 それは、士。

 彼は、それでもと前に出た真司の肩を掴む。

 

「これはきっと、奴にとっての試練なんだ」

「試練って……」

「松菜ハルトは、これまでウィザードという仮面を被ってファントムの正体を隠してきた。今アイツは、これまでお前たちとの壁にしていた仮面を割ろうとしているんだ」

「仮面……」

 

 士はそのまま、可奈美の隣に並ぶ。一度可奈美へ目配せして、ハルトへ叫んだ。

 

「行け! 松菜ハルト! お前が、本当のお前を見つけるために!」

「ありがとう……!」

 

 ハルトは士に感謝し、四体のウィザードを見つめる。

 ルビー、サファイア、エメラルド、トパーズ。

 四体のウィザードが並ぶという壮観に、ハルトは大きく息を呑んだ。

 

「ウィザードたちは……昨日までの俺は、俺が乗り越える」

 

 ハルトがファントムである事実、その象徴たる赤い眼。

 やがて赤い眼は、全身へファントムの紋様を走らせていく。

 全身が赤い光に包まれ、その体が変わっていく。

 腕に巨大な鉤爪が生え、翼を大きく広げる。背中に大きな突起が加えられ、大きくなったドラゴンの頭部が大きく吠えた。

 それが、戦いの開幕合図。

 四体のウィザードが、それぞれ向かってくる。

 ドラゴンの代名詞である、赤い熱戦。それを、四体がまとまっているところへ発射する。

 ウィザードたちはそれぞれ散開して放射熱線を避ける。爆発した地点より発生した土煙が、舞い上がる。

 スピードに優れるハリケーン、ウォーター。そしてさらに、フレイムの順番で襲い掛かってくる。

 風、水、火の斬撃が順番にドラゴンを襲う。味方としては心強かった攻撃も、今やドラゴンを始末するための敵意でしかない。

 風と水をそれぞれ爪で受け止め、そのあとに狙う火を尾で受け止める。

 火のウィザードとドラゴンは互いに弾かれ、大きく弾む。

 そこへ、一手遅れてきた土のウィザードがソードガンを突き刺す。

 

「!?」

 

 胸から火花を散らしながら、ドラゴンは吹き飛ぶ。翼を使って体勢を立て直すが、すでに風のウィザードが頭上に迫っている。

 

『ハリケーン スラッシュストライク』

 

 風のウィザードは、すでにウィザーソードガンに風の魔力を集めている。

 その斬撃の脅威は、他の誰よりも一番理解している。

 ドラゴンは大きく羽ばたき、上空へ飛翔。下降する風とともに大空へ飛翔、ハリケーンもその後を追いかける。

 ドラゴンは即体を捻り、ハリケーンの周囲を旋回する。

 すると、その翼から突風が発生。それは円を描き、竜巻となる。

 風のウィザードが自らをコントロールできなくなるほどの突風。風のウィザードの、魔力をどう使って風を操っているかは、ドラゴンが一番よく理解している。

 そのリズムをかき乱し、風のウィザードをどんどん上昇させていく。

 

(らい)っ!」

 

 ドラゴンは両手を掲げて叫ぶ。

 すると、竜巻の頂上より、緑の雷が閃いた。

 何重にも降り注ぐ雷。徹底的な雷が、抵抗として伸ばされた雷ごと、風のウィザードを爆発させた。

 

「次!」

 

 エメラルドの指輪が落ち、ドラゴンが地上へ体勢を向けるのと同時に、今度は水のウィザードが迎撃。

 

『ウォーター シューティングストライク』

 

 水の弾丸をすれすれで避けたドラゴンは、そのまま爪で水のウィザードの胴体を突き刺す。だが。

 

「……まあ、そうだよね」

 

 手応えが全くない。

 液体になった体が、一瞬で地面に散らばった。すぐに足元に、水のウィザードの上半身がソードガンで斬りつけてくる。

 

「やっぱこれ、相手にすると厄介だな!」

 

 足を引っ込めたドラゴンは、即座に背中の突起を発光。

 赤い光と共に、その口から熱線で水のウィザードを迎撃する。

 だが、素早く避けた水のウィザードには当たらない。だが。

 やがて、水のウィザードは熱せられた地面の熱量により、リキッドの魔法が強制的に加除される。

 

「まあ、弱点も当然分かってるんだけど」

 

 ドラゴンはそう言って、尾を振るう。地面に大きく打ち付けると、打ち付けられた箇所から氷が発生していく。

 氷柱(つらら)となったそれは、反撃の間を与えることなく水のウィザードを氷に閉じ込め、サファイアの指輪に戻していく。

 

「これで……うっ!」

 

 水のウィザードを封じた途端、今度は火と土のウィザードが同時にドラゴンの背中を斬りつけてきた。

 大きくのけ反ったドラゴンは、爪で反撃。

 だが。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 土のウィザードの強みである、鉄壁の守り。

 土の壁により、ドラゴンの腕は完全に拘束されてしまった。

 

『バインド プリーズ』

 

 さらに、土のウィザードは拘束の手を加える。土でできた鎖が、ドラゴンの体を縛り上げていく。

 

「ぐっ……!」

 

 やはり硬い。

 そうしている間に、残り二体のウィザードたちがそれぞれ次の指輪を発動しようとしている。

 

「そうは……させない!」

 

 ドラゴンは、その背びれに赤い光を灯す。

 急激な温度上昇により、空気が震えだす。すると、ドラゴンを縛る鎖が、その背びれ部分が崩れ落ちていく。

 土に含まれる水分が蒸発し、形状を保持できなくなったのだ。

 さらに、本来は口から放たれる放射熱線。だが今回、それはドラゴン自身の体内から全身へ放出させた。

 すると、土の鎖は、その熱量に煽られて粉々に砕け散る。

 すさかず、ドラゴンは両手を地面に打ち付ける。

 すると、土のウィザードへ、強い重力がのしかかる。地べたへ張り付いたウィザードへ、ドラゴンは爪を振るった。

 すると、爪から走る刃が、土のウィザードを切り飛ばし、トパーズの指輪を残して消滅させた。

 

「最後は……お前だ!」

 

 これまで、もっとも変身した回数が多く___それだけ、隠れ蓑になってくれた姿であり、最も乗り越えるべき壁。

 フレイムスタイル。

 

『ビック プリーズ』

 

 発動した巨大化の魔法。手がドラゴンを圧し潰そうとして来るが、ドラゴンはそれを尾で弾き飛ばす。

 だが、火のウィザードにとって、それはあくまで囮でしかない。ゆっくりと取り出し、右手に付けた指輪は。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 ウィザードを象徴する指輪。

 それも、アマダムの力によって相当強化されているのだろう。

 ウィザードの足元に展開される魔法陣。そこから、その右足に赤い炎の魔力が充填されていく。

 ウィザードはそのまま、アクロバットに前転しながらドラゴンへ迫ってくる。やがて大きく跳び上がり、ウィザードへ跳び蹴りを構える。

 だが、その動きも、命中するまでの時間もドラゴンには分かっている。

 赤く発光する背びれから、その口元にも赤い光が集いだす。

 そして、ストライクウィザードと激突する放射熱線。アマダムの強化の恩恵もあって、昨日とは違い、上空で接戦となっている。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 やがて、その接戦はドラゴンが優勢になっていく。

 徐々に押されていくウィザード。やがて放射熱線はストライクウィザードを打ち破り、ウィザードそのものを焼き尽くしていった。

 そして、ルビーの指輪だけがその場に残されていた。

 

「終わったぞ……」

 

 ハルトに戻り、大きく息を付いた。

 赤い眼はそのままで、ハルト右手を高く突き上げる。

 すると、落ちた指輪たちがハルトの魔力に呼応し、それぞれの光を灯しながら、ハルトの頭上に集まっていく。

 

「させぬ! ウィザードリングは私のものだァ!」

 

 だが、それに対してアマダムも指輪へ手を伸ばす。

 一時的に、ハルトの頭上で動きを止めた指輪たちだったが、それはすぐに、ハルトの手元に収まった。

 

「な、何!?」

「……」

 

 ハルトは無言のまま、掌に並ぶ四つのウィザードリングを見下ろす。ドラゴンの力を使って回収した指輪たちは、慣れた光でハルトを見返していた。

 

「俺は……ウィザードは今まで、俺がファントムであることを隠すための仮面でもあった」

 

 緩やかに四つの指輪を握り締めるハルト。

 

「今まで、ドラゴンの力を使うこともなく、これだけだった。皆にどんな形でも、知られたくなかったから……」

 

 ウィザードリングたちが、太陽の光を反射してハルトに返事をしている。はたして彼らが意思をもっていれば、一体なんて答えるのだろうか。

 

「でも……」

 

 今度は、ハルトはぎゅっと強く指輪を握り締める。擦り合う音が聞こえながらも、ハルトはゆっくりと、力強く告げた。

 

「俺は……俺は全てを認めて前に進む! 今まで隠してきた自分も! 背負ってきた罪も! そして何より、俺自身(ドラゴン)を受け入れる! たとえ怪物だとしても、俺は自分を信じて人間を守る! それが俺の……仮面ライダーウィザードの……just the beginning(始まり)だ!」

 

 その時。

 ハルトは、その手が熱くなるのを感じた。

 見下ろし、奪い返した四つの指輪を見下ろす。四色の色に輝くウィザードの指輪。それは光とともに変化していく。

 

「……!」

 

 ウィザードリングが、ハルトのドラゴンの魔力を吸収している。相反するはずの魔力が、ハルトの手の上で一つに融合し、進化を促しているのだ。

 やがて、指輪たちの装飾が金色に彩られ、目の部分が分厚くなっていく。それぞれの輝きが増し、より美しさを宿していった。

 

「……これが、ウィザードの……本当の姿だったのか」

 

 ハルトは、四つの指輪の一つ___ルビーの指輪を掴み、左手中指に嵌める。同時に右手に、普段から使っている指輪を嵌め、腰にかざした。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 腰に生じた銀のベルト。触れてみると、馴染む手触りが帰ってくる。ハルトの皮膚とベルトが、完全に呼応しあっている。

 

「行くよウィザード。今度こそ……本当の意味で、俺と一緒に戦ってくれ!」

 

 ハルトはそのままベルトの端に付いているつまみを操作する。ベルトの機構が動き、バックルの向きが変更された。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 流れる、呪文詠唱。

 何の感情もわかないほど聞き飽きたはずの音なのに、今はそれがとても心地いい。

 思わず、ハルトの口元に笑みが浮かぶ。

 

「変身!」

 

 左手のルビーの指輪にカバーをかぶせると同時に、赤い眼となったハルト。顔にファントムの紋様を浮かび上がらせ、告げた。

 ハルトの魔法使いとしての姿、ウィザード。だが今は、ハルト自身のドラゴンの力も混じり合っている。

 魔法使いとファントム。二つの力が混ざったそれは。

 

『フレイム ドラゴン』

 

 ハルトが大きく左腕を振る。

 真紅の指輪より発生した魔法陣が、徐々に大きくなり、アマダムの攻撃の盾となる。

 そしてそれはゆっくりとハルトの姿に重なる。

 すると、ハルトの体よりファントムの魔力が赤いドラゴンの幻影となって飛び出す。

 それはハルトの体を旋回、その魔力を改めてその身に纏わせる。

 やがて、全身から燃え盛る炎。

 紅蓮の魔法陣が、これまでのウィザードの姿から進化させていく。

 

『ボー ボー ボーボーボー』

 

 炎の魔法が、ウィザードの体に定着する。紅蓮のローブを纏う、新しいウィザード。ドラゴンの顔が胸元に浮かび上がり、これまでのウィザードと大きく印象を変えていく。

 それは。

 

「過去から目を反らすのは……もう、終わりにしよう」

 

 ウィザード フレイムドラゴン。



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"just the beginning"

初期はドラゴンスタイル使わない路線でしたけど……
やっぱりここまできたらドラゴンスタイルにならないと!


 深紅のウィザード。

 ローブ全体に至るまでに、深紅の魔力がその体色を染め上げるほどに強くなっている。

 そしてその胸元には、ウィザードとドラゴンが同一存在であることを示すように、ドラゴンの眼を施した装甲が付けられている。

 

「フレイムドラゴン……だと……?」

 

 その姿を見て、アマダムは驚く。

 

「そんな姿で、この私に……勝てるものか!」

 

 アマダムは右手に巨大な鉤爪を生成した。

 大きく振るい、ウィザードへ斬りかかるアマダム。

 ウィザードはそれを避け、回転蹴りを加える。

 一瞬よろめくアマダム。さらにウィザードは、肘を中心とした格闘でアマダムに攻め入る。

 

「やあっ!」

 

 大きく振るわれた蹴りが、アマダムの脳天に炸裂。

 だが、それ程度でアマダムの優位は変わらない。素早い動きで振るわれた鉤爪は、あちらこちらに大きな傷跡を刻み込んでいく。

 だが、それを見るウィザードは、そのルビーの面の下に赤い眼を光らせる。

 その瞬間、ウィザードの動きが機敏になる。

 腰を低くして、爪を頭上に通過させる。

 

「はあっ!」

 

 その動きは、今までのウィザードと比べて機敏。

 ファントムの力を全身に宿したそれは、大きく上昇した素早さでアマダムを翻弄する。

 

『コネクト プリーズ』

 

 攻撃を続けながら、ウィザードは手慣れた動きで指輪を発動。

 偽物が落としたウィザーソードガンを回収し、アマダムが反応するよりも先にその背中を切り裂く。

 

「ぐおっ!?」

「まだまだ!」

 

 ウィザードは、アマダムの鉤爪を掻い潜りながら、連続でアマダムの体を切り裂いていく。火花を散らしながら悶えるアマダムへ、ウィザードはソードガンの手のオブジェを開いた。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 開いた掌から、ウィザーソードガンの待機音声が流れてくる。

 新たに作り直されたルビーの指輪で、ウィザーソードガンの手と握手。

 

『フレイム スラッシュストライク』

 

 これまでのスラッシュストライクとは比較にならない勢いの炎の量。

 赤は色濃く紅蓮となり、そのままウィザードは剣を振り下ろした。

 

『ボー ボー ボー ボー』

 

 炎はこれまで通り、刃が飛んで行く。

 だが、剣の軌跡は、その形がドラゴンの頭部を模した形となっていく。ドラゴンの唸り声を上げながら飛ぶそれは、アマダムが反撃として発射した光弾を飲み込みながら、だんだんとアマダムへ迫っていく。

 

「しゃらくさい!」

 

 光弾によって軽減した威力の刃は、アマダムの鉤爪で掻き消されてしまう。

 だが、すでにウィザードは走り出しており、新たな指輪を発動させていた。

 

『コピー プリーズ』

 

 ソードガンへ複製の魔法を使用。左手にも持ったウィザーソードガンで、二本の剣で同時にアマダムへ斬りかかる。

 演舞のように舞いながら、そのすべてのフレーズにおいて的確にアマダムの体を切り裂いていくが、アマダムが反撃として出した光の弾が、ウィザーソードガンを弾き飛ばす。

 

「!」

 

 隙を掴んだアマダムが、その鉤爪でウィザードの体を切り裂いていく。

 

「ひっ! ひひひひひッ!」

 

 優勢になった途端、アマダムは笑い声を上げた。

 

「所詮はフレイムドラゴン! 私に敵うはずもない程度の能力、勝さるはずがない!」

 

 アマダムはさらに力強く攻撃をしてくる。

 体から何度も火花を散らしたウィザードへ、さらにアマダムはトドメとばかりに光弾を発射。

 だが。

 

「はああ……!」

 

 その前に、ウィザードの手には炎が沸き上がる。

 指輪を使わずに発生した炎。その腕を振るうと、炎が光弾ごとアマダムを吹き飛ばした。

 

「何!?」

 

 驚くアマダム。

 ウィザードは更に、両手で大きく円を描きながら、合わせた手で突き放す。

 放たれた炎が大きく放射され、アマダムの全身を焼き尽くしていく。

 

「何だ、今の攻撃は……!? 指輪を使わないウィザードの攻撃だと……」

「この姿は、ウィザードだけじゃない……」

 

 放った体勢から、直立に戻りながら、ウィザードは言い放つ。

 

「ウィザードと、ファントム。二つの力を融合させた姿だ!」

「ぬぬぬ……!」

 

 アマダムは再び光弾を連射する。

 それに対し、ウィザードの面がまた赤く輝く。

 

「はあああっ!」

 

 赤い炎が描いた円から、さらに炎が噴出。

 火山のような噴射に、さらにアマダムは地面を転がった。

 

「ば、バカな……!?」

 

 転がったアマダムが、ウィザードを驚愕の目で見つめている。

 

「べ、別個体とはいえ、フレイムドラゴンごときに……この私が……っ!?」

「次、行くよ……!」

 

 ウィザードは魔法の指輪へ手を触れようとするが、突如としてその動きが止まる。

 

「……?」

 

 ホルスターに近づけた手が、何かの異変を察知した。

 ウィザードはその反応を頼りに、指輪を手に取った。

 

「ようやくこの魔法が使えるってことだね」

 

 それは、これまでウィザードが使うことができなかった、新しい指輪。

 ウィザードは、その指輪を右手に付けた。

 

___これを作ったのは、体が入れ替わった時の可奈美だったな___

 

 ずっと手を握り、祈っている可奈美。彼女へ仮面の下で感謝しながら、ウィザードはベルトの音声を再び鳴らす。

 

『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』

「何かのきっかけが必要だったのかな……」

 

 ウィザードは二度、指輪と可奈美を交互に見やる。

 全く分からないこの指輪。だが、今はそれが何よりも一番の魔法だと感じられた。

 

『チョーイイネ スペシャル サイコー』

 

 魔法陣が体を通過し、その効力をウィザードの体に表していく。

 フレイムドラゴンへの変身と同じように、ウィザードの体からドラゴンの幻影が飛び出し、その体に再び取り込まれる。

 (ウィザード)に宿るドラゴン()この声(指輪によって)目醒めた(呼び起こされた)のは、ドラゴンの頭。胸から現れたドラゴンの頭部は、ウィザードの意思とは独立して吠える。

 ウィザードは、足をステップさせる。すると魔力の作用によって、ウィザードの体は音もなく浮かび上がる。

 

「だあああああああああっ!」

 

 ウィザードの胸から生える龍の顔から、炎が吐き出される。

 それは、これまでのウィザードが持ち合わせていたあらゆる魔法よりも強力な炎。抵抗しようとしてきたアマダムを焼き尽くす。

 

「ぎゃああああああああああっ!」

 

 炎の奔流。

 それは、アマダムの体を焼き付くし、次々と焼き消していく。体を徐々に灰化させ、やがて爆発させていった。

 アマダムの体が炎に包まれていく。それを見届けたウィザードは、静かに着地した。

 

 

 

「はあ……はあ……」

 

 ウィザードの体を赤い魔法陣が通過し、松菜ハルトの姿に戻る。

 膝を抱えながら、ハルトはアマダムがいた場所を見つめていた。

 

「やった……のか?」

 

 すでに、その姿がないアマダム。

 残り火だけが、焦げ跡に火を灯していた。

 

「ハルトさん!」

 

 その声は、可奈美。

 ハルトの体を押し倒し、抱き着いてきた彼女は、顔を胸に埋めてきた。

 

「よかった! よかったよお!」

「か、可奈美ちゃん……」

「う、うん。よかった。よかったから離れて。なんか、色んなものが付いちゃうから」

「だって……!」

 

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、可奈美は顔を上げた。

 

「ハルトさんが、私の知ってるハルトさんで……!」

「うん。そうだね」

 

 ハルトは可奈美の頭を撫でて、一度引き離す。息を整えながら、アマダムがいなくなった。

 

「仮面ライダー……か」

 

 ハルトはその言葉を再び口にする。

 もとより仮面ライダーを名乗る真司と士に向き直るハルトは、赤い眼から戻すことなく続けた。

 

「いいよ。やるよ。仮面ライダー。皆の希望を守るために」

「ハルト……! ああ! お前も今日から仮面ライダーだ!」

 

 真司は自らの拳を叩き、ハルトの肩を叩いた。

 

「ああ。改めて……これからもよろしくね、真司!」

「っしゃあ! 仮面ライダー同士、力を合わせよう!」

 

 大喜びの表情の真司。彼と拳を突き合わせ、ハルトは大きく息を吐いた。

 

「ま……まだだ……」

 

 その時。

 その声に、ハルト、可奈美、真司、士は一斉に顔を強張らせる。

 さっきまで消滅していたアマダムが、ボロボロの人間態で、その姿を現していた。

 

「お前、無事だったのか……!」

 

 ハルトはそう言って警戒する。すぐに指輪を出せるところに手を伸ばすが、アマダムが前のめりに倒れ込むのを見て、動きを止めた。

 

「……アマダム……?」

「私は……まだ……!」

 

 すると、アマダムの周囲にどす黒い魔力が集まり出していく。見えないはずのものが、あまりの濃度で黒く見えるほどになったそれは、次々にアマダムの体に吸い込まれていく。

 

「何、これ!?」

「これは……魔力!?」

 

 ハルトはその黒い流れを見ながらそう断じた。

 

「多分、自然界にある魔力……いわゆるマナを吸収しているのか……!」

 

 やがて、アマダムの体が次々と濃い魔力で大きくなっていく。

 そして。

 

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 そして、膨大な魔力を肉体とし、異形となったアマダムが吠える。

 さきほどまでの怪人態とはまた違う、見上げるほどの巨大な姿。その肩より雄々しき翼を広げ、吠え猛るドラゴン。ハルトのファントム態と同じく、西洋の邪竜とも呼ぶべきその怪物は、左右二枚ずつ、四枚の翼を大きく広げた。

 

「あれは……!?」

「なんてこった……!」

 

 真司と士が言葉を失う。

 アマダムの大きな咆哮は、山と空気を震わせた。



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希望

 ドラゴンと化したアマダムは、その四枚の翼を大きく広げた。

 竜巻のように荒れ狂う魔力の風が、大地と空間を切り裂いていく。

 

「うわっ!?」

 

 大きく吹き飛ばされるハルト達へ、さらにアマダムは吠える。

 

「うわっ! 熱つつつ!」

 

 ハルトを支える真司は、燃える炎に煽られながら悲鳴を上げる。

 

「真司! 前!」

 

 ハルトは慌てて叫ぶ。

 黒い風を生身の二人に放つアマダム。

 だが、その前に金色の影が立ちはだかり、黒い風を一気に浴びる。

 

「ぐあっ!」

「コウスケ!?」

 

 吹き飛ぶビーストは、地面を転がりながら変身が解除される。

 額から血を流しながらも、彼はすぐに立ち上がった。

 

「痛ってえ……おいハルト、大丈夫か?」

「いや、俺よりもお前の方が大丈夫かよ!?」

 

 ハルトは突っ込みながらアマダムを見上げる。

 

「まさか、(アマダム)にこんな隠し種があったとはな」

 

 一方、士はライドブッカーを発砲しながら呟いた。

 一瞬アマダムは動きを怯ませるものの、すぐに士へ翼からの風の刃で攻撃している。

 

「くっ!」

 

 士を集中的に狙った攻撃には、さすがに彼も抵抗できない。

 即座に手にしたディケイドライバーへ、カードを差し込んだ。

 

『アタックライド バリア』

 

 発生したマゼンタのバリアが、士への直接命中を避ける。

 だが、近くに命中し、バリアごと吹き飛ばす衝撃を防ぐことは出来ず、岩肌に激突した士はライドブッカーを取りこぼした。

 邪魔者を片付けたアマダムが、無防備な参加者たちへ光線を放とうとしているが。

 

「だとしてもッ!」

「勇者は根性!」

 

 ハルトたちの脇を通り過ぎ、二人のサーヴァントがアマダムへ駆けていく。

 

「響ちゃん! 友奈ちゃん!」

 

 見知った二人は、そのままアマダムの胴体へ飛びついていく。

 人並外れた怪力が強みでもある二人に押されるものの、アマダムは地面に足を付けることで二人の推進力を無力化した。

 

「我流・撃槍烈破ッ!」

「勇者パンチ!」

 

 黄色と桃色の拳となり、押し返す一撃が突撃となっていく。

 響と友奈。拳を武器としている二人は、ハルトの前に着地。それぞれ拳を突き出しながらアマダムを見上げる。

 

「あれ、何なのッ!? ノイズ……?」

「もしかして、新しいバーテックス!?」

 

 響と友奈はそれぞれ叫ぶ。

 両者が知り得ることのない怪物は、大きな咆哮で二人の動きを封じる。

 

「ぐっ……ッ! だとしても……ッ!」

「勇者は……根性!」

 

 咆哮による圧に逆らいながら、響と友奈は共に飛び上がる。互いに空中で足を合わせ、左右にジャンプ。それぞれ岩肌を足場に、別方向から一気にアマダムに肉薄。

 

「だりゃああああああああああッ!」

「うおりゃあああああああああっ!」

 

 左右からの拳。

 だが、数歩後ずさりするだけで、アマダムは強い腕で響と友奈を薙ぎ払った。

 あまりにも強い力で地面に投げ落とされ、二人は生身になってしまった。

 

「先にお前たちから始末してやる!」

「友奈ちゃん!」

「響!」

 

 響と友奈を圧し潰そうとするアマダムに対し、可奈美とコウスケがそれぞれ動く。

 可奈美は肩を貸し、コウスケはカメレオンの魔法で伸ばした舌を響に巻き付け、引き寄せる。

 二人が安全圏に離脱した直後に、その場に大きなアマダムの手形が刻まれる。

 

「友奈ちゃん、響ちゃん! 二人とも大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ真司さん」

「よかった、可奈美ちゃんハルトさんと合流できたんだねッ!」

 

 友奈と響。

 二人とも、あの場で自分の正体を目撃している。

 ハルトは一瞬だけ二人から顔を背けるが、それぞれ直立した二人は、ハルトに駆け寄った。

 

「ハルトさん、大丈夫だよッ! ハルトさんの正体がファントムでも、わたしは手を伸ばしたいッ!」

「うん! でも、ちゃんとわたしたちにも教えて欲しかったよ! 困ったら相談!」

 

 二人はぐいっとハルトへ顔を近づけた。

 ハルトは二人を一度押しのけ、落ち着かせる。

 

「二人とも、ありがとね。あと、ゴメン。黙ってて」

「へいきへっちゃらッ! これからだよッ!」

「改めてよろしくね! ハルトさん!」

 

 響と友奈は、それぞれ笑顔を見せた。

 先のアマダムの戦闘以外でも、体のあちこちに泥や汚れが付着している。きっと彼女たちも可奈美たちと同様、一晩中山を駆け回り、ハルトを探していくれていたのだろう。

 

「でも、まずはアイツをやっつけなくちゃね」

 

 友奈はドラゴンとなったアマダムを見上げながら断言した。

 アマダムは、口から黒い光線を吐きながら、周囲を破壊していく。

 

「ウィザード……ウィザード……ォォ!」

 

 呪うような声のアマダム。

 そんな邪竜へ、友奈は指さした。

 

「ねえ、あれってもしかして……アマダム?」

「ええッ!? あんなドラゴンみたいな姿になっちゃうのッ!?」

 

 目の前のアマダムは、だんだんと吐く炎の量を増やしていく。

 もともと何もない荒野だったその場所は、やがて黒い炎が占める割合が大きくなっていく。

 やがてアマダムは、両手を地面に押し付け、口を大きく開く。隕石のように次々と地面に叩きつけられる熱弾から巻き起こる炎は、ハルトたちへ高温の大気を押し付けた。

 

「ぐっ……!」

 

 倒れ込むハルト。

 その頭上には、すでに チャージを完了したアマダムの顔があった。

 

「まずい……!」

 

 ハルトは赤い眼で、アマダムを見上げる。

 そして、吐き出されようとする光線___は、突如ハルトたちの頭上から発射された青い光線によって消失した。

 

「ぬおっ!?」

 

 バランスを崩したアマダムは、数歩後ずさる。

 

「何だ!?」

 

 アマダムの行動を防いだ青い銃撃。

 それは、近くの崖の上から行われたものだった。

 

「海東……!」

 

 士が呟く。

 仮面ライダーディエンド、海東大樹。

 崖の上でにやりと笑みを浮かべたままの彼は、手にしたディエンドライバーを回転させる。

 

「やあ、士。どうやらお疲れのようだね?」

「何しに来た?」

「そうイライラしないでくれたまえ。折角君の力になってあげようとしたんだから」

「ディエンド……! 裏切るのか、キサマ!」

 

 巨体のアマダムも、崖の上のディエンドを睨みながら叫んだ。

 だが海東は悪びれる様子もなく、鼻を鳴らした。

 

「裏切る? 嫌だな。僕はあくまで、僕のために動いていただけだよ。ただ……」

 

 海東は目を細めながらアマダムを睨む。

 

「汚されてしまった大聖杯ほど厄介なものはない。この世界のお宝は、諦めるしかなさそうだね」

 

 海東はそう言いながら、アマダムの翼へ発砲。

 大きく揺らいだアマダムは、言葉にならない叫び声を上げていた。

 

「だけど、君は少し面倒だと判断させてもらうよ。始末しようかな」

「……」

 

 士が苦虫を潰したような顔で顔をしかめる。

 だが、何もなかったかのように、海東は肩を窄めた。

 

「だから、そう怒らないでくれたまえ。折角、他の参加者を連れてきたんだから」

「他の参加者?」

「がああああああああああっ!」

 

 今度は、アマダムは速射性の高い光線を吐いた。

 変身や魔法の隙などないその攻撃は、ハルトたちの前に割り込んできた六つの機械、その間に発生した見えない盾に防がれた。

 

「これは……!」

「松菜さん!」

 

 その声に、ハルトは安心感を覚えた。

 ワープのように、目の前に青い閃光とともに出現した、蒼井えりか。

 彼女はハルトに駆け寄り、アマダムと対峙する。

 

「えりかちゃん!?」

「海東さんから事情は大体聞きました! このままでは、見滝原が危ないって! 蒼井、力になります!」

 

 胸元に拳を固め、力むえりか。

 そして、海東が連れてきた助っ人は彼女だけではない。

 海東の隣に次々と並び立つ参加者たち。

 

「悪いわね。まどかを危険に晒す要素を排除するためなら、私はどんな手でも使うわ」

「今回は協力してあげる。マスターの命令でもあるし……」

「フン……ムーの力以外に、オレが負けるはずがない」

「アブラミー様だ! オレ様は強い!」

「ほむらちゃん! リゲル! ソロ……! それに……!」

 

 彼女たちに並ぶ、ローブの男。

 以前邪神イリスと戦った時、一瞬だけ力を貸してくれたサーヴァントだということは、ハルトもよく覚えている。

 

「あの人は、ムーの……!」

 

 唯一、来てくれた者の中で面識がない、アブラミーと名乗った人物。

 それは、可奈美が知っているようだった。

 

「何人来ようが、参加者共など敵ではない! そして……」

 

 アマダムは、その凶悪な眼をハルトに向ける。

 

「所詮、悪は悪! 怪物に、変わることなどできん! 松菜ハルト……貴様も所詮ファントムでしかない!」

「違う」

 

 その時。

 ピシャリと、士が言い放つ。

 その瞬間、彼の言葉以外の、全ての音が止まった。

 

「ある男が言っていた。自分が、最後の希望だと……」

 

 彼はそのまま、ハルトの前に立つ。

 

「だがそいつは、特別な存在ではない。ただの人間が、ただの事件に巻き込まれ、超常の力を手にした」

 

 誰のことだろう。

 そう、ハルトが考えている間にも、士の言葉は続く。

 

「ここにも、同じように自らを奮い立たせ、他の誰かのために戦う男がいる。奴とは真逆に、怪物という特別な存在でありながら、普通の人間を装い、人間のために戦う男が」

 

 士の語気は、とても強い。

 聞くだけで、あたかも彼に圧倒されるようだった。

 

「お前にこの男を止めることはできない。アイツ(・・・)と同じく、誰かのために必死で戦う、誰かのために自らの苦しみに仮面を付けて笑顔を見せるコイツにはな! そうやって、誰かの笑顔を守ることを……」

 

 士は、少しだけハルトへ振り向く。

 

「希望って、言うんだ」

「希望……」

 

 その言葉は、ハルトの正体(ファントム)とは真逆の言葉。

 だが同時に、ハルト(ドラゴン)の本質でもあるように思えた。

 

「黙れ……っ!」

 

 アマダムは、吠える。

 あれだけ大きな姿になったのに、怒鳴る彼の姿には、どことなく人間態の姿さえも浮かび上がって見えた。

 

「おのれディケイド! お前は一体、何なんだ!?」

 

 その言葉を受けて、士はにやりと笑みを浮かべた。

 ディケイドが描かれたカードを取り出し、堂々と返す。

 

 それは、何十何百何千、彼が訪れた全ての世界で、悪へ向けて放った言葉だった。

 

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ! 変身!」

 

 士がカードをディケイドライバーに装填するのと同じく、ハルトもまた指輪の装飾を下ろす。それが次々に広まり、その場にいる全員がその力を発動させた。

 

「変身!」

「変身!」

「変~身!」

「写シ!」

「Balwisyall nescell gungnir tron」

「行くよ、牛鬼!」

「……行くわよ」

「イグニッション!」

「どうか、安寧な記憶を」

「電波変換!」

 

 聖杯戦争の参加者たちは、同時にそれぞれの変身が開始される。

 ウィザードの巨大な魔法陣が発生。それは、参加者たち全員を覆いつくしていく。

 それが、全体の変身を促すように通過した時。

 その場は、ウィザード フレイムドラゴンを中心に。

 多くの参加者たちが並んでいた。

 

「行くよ……皆!」

 

 ウィザードとともに。

 全ての参加者は、アマダムへ駆けだしていった。



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変身

『コネクト プリーズ』

『ソードベント』

 

 ウィザーソードガンとドラグセイバーを目の前で交差させ、先陣を切る。

 

「行くよ! 真司!」

「っしゃあ!」

 

 気合を入れた龍騎が先行、そのすぐ後ろをウィザードが追いかける。

 同時に飛び上がった二人の仮面ライダー。アマダムドラゴン態が振り下ろした腕と同時に、空中で激突。

 

「ぐっ!」

「うおっ!」

 

 空中に投げ出されるウィザードと龍騎。それぞれ体を翻しながら着地した二人は、さらに次の手を打った。

 

『ストライクベント』

 

 龍騎に装備されたドラグクローから、炎があふれ出る。

 その隣では、ウィザードの手から炎が舞う。それが円を描くと、炎が一気に噴き出す。

 二つの炎は混ざり合い、より大きな炎となってアマダムを飲み込んでいく。

 だが、それに対してアマダムも黒い炎で対抗。せめぎ合う二つの炎はやがて消滅し合い、残り火が舞う。

 そしてその中を、巨大な筋肉の塊が駆け抜ける。

 

「お、おい!」

「オレ様はアブラミー! 世界征服のために、お前には消えてもらうぜ!」

 

 アブラミー。

 そう名乗ったサーヴァントは、大きく跳び上がり、その頭上から拳を放った。

 

()すこいプレス!」

 

 だが、アマダムはそれ以上早く顔を上げる。アブラミーの胴体を突き上げるほどの速度のそれは、そのままアブラミーを吹き飛ばした。

 

「ぬああああああああああああにいいいいいいいいいい!?」

 

 そのまま天空へ星となったアブラミーへ目もくれることなく、アマダムはさらにその翼を強く羽ばたかせる。

 空中に浮かび始めたアマダムは、そのまま参加者達の頭上を滑空。

 

「ぐっ……!」

 

 風圧によって、参加者たちはドミノ倒しのように倒れていく。

 しかし、巨体のアマダムは気付かなかった。

 その進路上に、手榴弾が並んでいることに。

 アマダムが触れると同時に爆発していく手榴弾。悲鳴を上げながら、アマダムは墜落した。

 

「貴様か……!」

 

 アマダムの目線の先。

 離れた崖の上で、髪を靡かせるほむらの姿があった。

 

「キャスターのマスター……! サーヴァントがいない貴様など……!」

「そのサーヴァントがいない最弱マスターにダメージを負わせられたのはどこの誰かしら?」

 

 ほむらは吐き捨てて、ハンドガンを発砲。アマダムのこめかみに当て、動きを怯ませる。

 

「ブライナックル!」

 

 さらに別方向より、紫の拳が雨となってアマダムを打ち付ける。

 あちらこちらに煙を昇らせながら、アマダムは悲鳴を上げる。

 

「貴様……!」

 

 アマダムが見上げたのは、ブライ。

 空中で見えない何かに乗るムーの戦士は、紫に燃える右手を掲げていた。

 

「ムー以外の力は、オレが破壊する……!」

「ぬあああああああああああっ!」

 

 吠えるアマダム。

 そんな怪物をみ詰めながら、ディケイドは隣のディエンドの肩を叩く。

 

「海東。お前、今回は面倒ごとしか起こしていないんだから、少しは協力しろ」

「酷いなあ士。僕はいつだって、君の味方をしてあげているじゃないか」

「言ってろ」

 

 互いに軽口を叩き合い、ディケイドはケータッチをセット。

 瞬時にコンプリートフォームになったディケイドは、ディエンドの顔が描かれたカードを右腰のディケイドライバーに装填する。

 

「行くぞ」

 

 指で二度、カードの端を叩き、ディケイドはそれをベルト右に付けたディケイドライバーに装填した。

 

『ファイナルアタックライド ディ ディ ディ ディエンド』

 

 ライドブッカーをガンモードにしたディケイド。すると、その胸に付けられているカードが全てディエンドのカードに差し替えられていく。

 二人は全く同じように、それぞれの銃を持ち上げ、同じタイミングで引き金を引く。

 すると、アマダムが反撃として発射した光線を押し切り、そのままアマダム本体にも命中、大きなダメージを与えた。

 

「私たちも行くよ! 友奈ちゃん! 響ちゃん!」

 

 それに続くのは、可奈美。

 左右を共に走る響と友奈は、ともに頷いた。

 

「うんッ!」

押忍(おっす)!」

 

 可奈美、響、友奈は同時に飛び上がる。それぞれアマダムの体を伝い、ダメージを与えながら目の前に躍り出る。

 

「うおおおおおおおおおっ!」

「だりゃあああああああッ!」

「やあああああああああっ!」

 

 剣と拳。

 三つの攻撃手段は、それぞれアマダムの機動力を奪っていく。

 

「おのれ……おのれえええええええええ!」

 

 全身から火花を散らしながらも、アマダムは叫ぶ。

 すると、その口から今度は巨大な岩石型の光線を吐き出す。

 空中へと打ち出されたそれは、大きく爆発。小さな岩石片となって降り注がれていく。

 

「うわっ!」

 

 その攻撃能力は、やはりその規模に比例する。

 無数の隕石となったアマダムの攻撃は、周囲を破壊し尽くしていく。爆発に重なる爆発により、誰も彼もが爆発に煽られ、吹き飛んでいく。

 

「ひっ……! ひはははははッ!」

 

 笑い出したアマダムは、さらに破壊を振りまく。

 

「粉々に砕け散れ!」

 

 さらに、アマダムは一際大きな隕石を打ち出す。

 荒野一体を破壊し尽しかねない規模の隕石。

 だが。

 

「そうは、させません!」

 

 そう叫んで空中へ浮かび上がるのは、えりか。

 祈りを捧げるように手を組み、その手を前に突き出す。

 すると、彼女の左右の肩から伸びる三つずつ、計六つの機械___その名はshooting star___が、それぞれ天使の翼のように広がる。

 それは正面で六角形を描き、その中心でセラフのエネルギーによる盾を作り出す。

 するとその盾は、隕石を受け止め、むしろその頑丈さによって隕石を破壊する。

 目を見開いたアマダム。だが。

 

「甘いわ」

 

 すぐ背後に、リゲルが回り込んでいた。

 

「何……!? あれほどの数の攻撃を……!」

「アレ程度の数の隕石、弾道計算も容易いわ。シールダーに夢中で私に気付かなかったようね」

 

 そう言って、アマダムの背中に砲台の銃口を押し当てる。

 

「シュート!」

 

 ゼロ距離で発射される青い光線。背後から押し出されたアマダムだったが、その勢いを利用して上空へ滑空。

 

「逃がさねえ……お前はここで落とす!」

 

 だが、すでにファルコマントを付けたビーストが上空へ先回りしていた。

 アマダムよりも幾分か高い高度へ上昇し、指輪を発動。

 

『バッファ ゴー バッバ バ バ バ バッファ』

 

 赤い闘牛のマントに書き換わったと同時に、ビーストは自由落下の勢いを利用してアマダムへと突撃。

 脳天からの衝撃に耐えられず、アマダムは地面へ落下。大きな土煙を巻き起こした。

 

「参加者共……!」

 

 煙の中から、アマダムがその姿を現す。

 だが、すでに龍騎が次の一手を___自らの紋章が描かれたカードをドラグバイザーに装填していた。

 

『ファイナルベント』

「はああ……!」

 

 龍騎が、両腕を伸ばす。同時に、咆哮とともにドラグレッダーが龍騎の周囲を旋回。

 ドラグレッダーへの舞を捧げ、大ジャンプ。

 

「だああああああああああああああああっ!」

 

 体を回転させ、紅蓮の炎に包まれた(ドラゴンライダー)キックが放たれる。それは、アマダムの顔面に命中、大きくのけ反らせた。

 

「行くよッ! ソロッ!」

「フン……!」

 

 響とブライが、それぞれ拳を固める。黄色と紫の光がそれぞれの腕に宿り、同時に飛び上がる。

 

「ふざけるなあああああああああ!」

 

 叫んだアマダム。その口から発射された光線が、響とブライを飲み込んだ。だが、二人の突進する拳はそれを掻きわけ、やがて完全に打ち破る。

 

「だりゃあああああああああああああああああッ!」

「ふんっ!」

 

 二人の拳はそのままアマダムの胸元に叩き込まれ、貫通する。

 続いて、アマダムの周囲に青いパネルが表示されては消えていく。

 

「終わりよ」

 

 やがて、青の世界の技術が、この地に降臨する。

 青い光が何重もの球を描き、その中心でリゲルが砲弾を放った。

 

「シャイニングブリッツバースト!」

 

 青い光線は、そのままアマダムの右ひざに命中。

 バランスを崩したアマダムの目の前に、桜の花びらが舞う。

 

「勇者……」

 

 アマダムの目の前に現れた、友奈。

 

「パアアアアンチ!」

 

 友奈の強力な一撃は、アマダムの体をくの字に曲げる。

 

「よくもおおおおお!」

 

 アマダムは全身から竜巻を走らせ、その両腕から光弾を放つ。

 空中の友奈には、逃げる場などない。それを狙っての攻撃だろう。

 だが。

 

「蒼井が盾になります!」

 

 それを許さないえりか。Shooting starが六角形を描き、青い盾を作り上げる。

 それは友奈への攻撃を防ぎ、光弾と竜巻を上空へ霧散させた。

 

『ファイナルアタックライド ディ ディ ディ ディエンド』

「太阿之剣!」

 

 アマダムは一瞬、反応に遅れた。

 赤い斬撃と青い光線。背後からのその攻撃は、アマダムの翼を切り飛ばし、地面に落とした。

 

「ぬあああああああああああっ!」

 

 地面をかき乱しながら、その長い腕を振るう。

 誰も近づけなくなるような勢いのそれ。

 だが。

 

刻々帝(ザフキエル) 二の弾(ベート)

 

 飛来する銃弾。

 それは、アマダムの動きを遅くし、反撃を阻む。

 

「何……!?」

 

 それは、すぐ近くの崖の上。

 だが、その銃口はすでに、岩陰の中に消えていった。

 

『ゴー キックストライク』

 

 その一瞬の動きの静止があれば、逆転には十分。

 黄色の魔力を足に溜め込んだビーストの飛び蹴りが、アマダムを背後から前に突き飛ばし、アマダムの体勢を崩す。

 そして、無数の影。

 ローブのサーヴァントが、アマダムの全身を切り刻んでいく。全身や翼。欠落を生じさせるその刃に、アマダムは大きく怯んだが。

 

「だ、だが無駄だ……! こんなもの、聖杯の力ですぐに再生を……!?」

 

 そう言って、アマダムの全身に黒い霧が包む。そこから、その体が治癒していくのだろうが。

 

「な、なんだ……? 聖杯の力が……封じられている?」

 

 アマダムは切り傷と、ローブのサーヴァントを交互に見やる。

 肉体のほとんどを包帯で隠したサーヴァントは、自らの腕に取り付けている刃を見せつけるように掲げた。

 

「き、貴様アアアアアア!」

 

 逆上したアマダムは、大きく地面を踏み荒らすが。

 いつ仕掛けたのだろう。

 その足元には、地雷が設置されていたのだ。それに気付かず、強く踏んでしまったアマダム。それがトリガーとなり、大きな爆発が生じる。

 爆発に次ぐ爆発。それは、アマダムを満身創痍にするのに十分だった。

 

「ふん……」

 

 そして、そんなアマダムを背にして、ほむらが髪をかき上げる。

 

 そして。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

『ファイナルアタックライド ディ ディ ディ ディケイド』

 

 ウィザードとディケイドが、同時に最強の技を発動させた。

 出現した魔法陣とカードのエネルギーが重なり、無数の道となりアマダムへ向かう。

 

「行くぞ。ハルト」

「うん」

 

 ウィザードは深紅のマントを翻し、腰を低くする。

 ディケイドとともにバク転を繰り返し、そのまま上空へ跳びあがった。

 

「だああああああああああああっ!」

「はああああああああああああっ!」

 

 上空で跳び蹴りの体勢を取りながら、ウィザードとディケイドは十枚の魔法陣をくぐる。魔法陣を一つ越えるごとに、ウィザードとディケイドのライダーキックが威力を増していく。

 やがて、ストライクウィザードとディメンションキックはそれぞれアマダムの胸元に命中。少しずつ、アマダムを押し出していく。

 

「ぐぬぬ……まだだ、仮面ライダー共! お前たちに……お前たちにだけは……」

 

 抵抗しながら、アマダムはその周囲へ黒い風を飛ばしていく。爆発が広がっていくが、仮面ライダーたちは込める力を落とさない。

 

「はあああああああああああああっ!」

「やあああああああああああああっ!」

 

 二人のライダーキックを受けながらも、拮抗するアマダム。だが。

 

「バカな……また……この私が……!? お前たちと、同じ石から生まれたはずなのに……何が違うと……

「簡単なことだ」

 

 ライダーキックをしながら、ディケイドは吐き捨てる。

 

「お前は、変身(・・)できなかった。それだけだ」

「変身……だと……!?」

「ハルトは、自らを受け入れ、変わることを決心した。お前はそれができなかった。同じ怪人でも、その違いが何よりも大きかったんだ!」

「ぬ……ぐぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 その言葉を最期に。

 アマダム___聖杯戦争が作り出した、調停者ルーラーは。

 爆発とともに、見滝原から消滅した。



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エピローグ

七章完結!
ウィザード放映時に考えた話の一つがようやく完成してよかった!


『……驚いたね』

 

 断崖の上。

 打ち滅ぼされたアマダムを見下ろしながら、キュゥべえは呟いた。

 

『まさか本当に、アマダムを倒されるなんてね』

『しかも、何だあの参加者の数!?』

 

 キュゥべえの隣では、コエムシも声を荒げている。

 

『アレ、全体の何割ぐらいだよ? あんなに結託されちゃ、聖杯戦争も成り立たねえぜ!』

『生き残りをかけた戦いであれば、結託するのも自然じゃないかな? 生物が生存競争のために群れるものだよ?』

 

 そう言いながら、キュゥべえはじっとウィザードを見下ろす。

 

『……』

『おや? キュゥべえ君、ウィザードをじっと見つめてどうしたの?』

 

 その赤い目を見上げながら、モノクマが大きな笑みを浮かべる。

 

『そんなに見つめちゃって、お熱いねえ。恋かな?』

『キュゥべえ先輩!?』

 

 モノクマとコエムシの言葉があっても、キュゥべえは視線を動かさなかった。

 

『おいおい、先輩。どうしたんだよ?』

『……別に。行くよ。ここの拠点は破棄しよう』

 

 

 

「うっ……」

「おお、あぶねえっ!」

 

 倒れかけたハルトを、真司が支えた。

 

「お疲れ。ハルト」

「うん。今回は、本当に疲れた……」

 

 ハルトは苦笑する。

 真司はにっこりと笑みながら、ハルトの頬をぐりぐりと拳で押し当てる。

 

「ああ。マジでな。お前、すっげえボロボロじゃねえか」

「そりゃそうでしょ。昨日からずっと外だよ」

 

 真司から離れたハルトは、自らの体を見下ろした。

 

「あ、そういえば俺、昨日も今日もシフトじゃん……やばい、言い訳どうしよう……」

「ハルトさん!」

 

 ハルトがそれを言い終えるよりも先に、体に茶色が飛び込んでくる。頭突きに近いタックルをした可奈美が、ハルトに再び抱き着いてきたのだ。

 

「もう……もう……! 一人じゃないよ! 寂しくないよ!」

「分かってる……分かってるよ!」

「本当に? 本当に分かったの!?」

「だから、分かったから! もう皆から逃げ出したりしないよ! もう……自分からも……」

 

 可奈美を落ち着かせたハルトは、協力してくれた者たちを見渡す。

 

「本当に……皆、ありがとう……!」

 

 コウスケはサムズアップをし。

 響は安堵の息を吐き。

 友奈は手を振っている。

 えりかも合わせて駆け寄ってきており、大なり小なりハルトへ笑顔を向けていた。

 

「ハルトさん」

 

 ハルトから離れた可奈美が、改めて言う。

 

「何度でも言うよ。ハルトさんは、一人じゃない。ハルトさんの重荷も、運命も。とっても重そう。重そうだから……私……ううん、私達に、半分持たせて」

 

 

 

 ハルトが仲間たちに囲まれて騒いでいるのを眺めながら、士はほほ笑む。

 やがて背を向け、歩み出すと、声をかけられた。

 

「行くのかい? 士」

 

 それは、海東。

 彼もまた手を組みながら、士の動向を見守っている。

 足を止めた士は、面倒そうにため息を付いて海東を見つめる。

 

「お前……付いてくるなよ」

「いいじゃないか。僕は君の追っかけだ。どの世界でも、共にいようじゃないか」

「はあ」

 

 士はため息を付く。

 

「そういえば、お前この世界のお宝はいいのか? 案の定聖杯は汚れていたわけだが、他に探せばいいだろ」

「いや……元より、お宝は見つけていたよ」

 

 海東はそう言って、ハルトたちを見返す。

 

「どれだけ世界が巡ったとしても変わらない絆。それがこの世界のお宝でいいんじゃないか?」

「……お前、何か悪い物でも食べたか?」

 

 士は冷めた目をして尋ねる。

 

「そんな詩的なことを言う奴だったか?」

「たまには僕も、そんなことを言うよ」

「気持ち悪いな。それに何より……そういう絆とか、お前嫌いじゃなかったか?」

「好きじゃないが……嫌いでもないよ」

 

 海東は笑みを浮かべたまま、手で作った銃で士の額へ発砲。

 

「この世界のお宝は奪えないから……次に君が訪れる世界のお宝を頂くよ」

「ふん」

 

 呆れた士は、右手を大きく振った。

 すると、マゼンタの光が士の右手を包む。すると、刻まれた令呪をマゼンタのヴェールが覆っていく。

 やがて、それはマゼンタのオーラとともに消失。首を回したところで、海東はまた口を開いた。

 

「それより士。次はどの世界に行くんだい?」

 

 ずっと嫌な顔をして、士は動かない。やがて手を上げると、目の前に銀色のオーロラが現れた。

 このオーロラをくぐれば、この世界と別れることになる。そのまま、まだ見ぬ別世界へ___

 

「士!」

 

 背後からの呼びかけに、士は足を止めた。

 仲間たちに囲まれながら、ハルトが口元に手を当てながら大きな声で叫んでいる。

 

「ありがとう! アンタのおかげで、俺は……!」

「俺は何もしていない。立ち直ったのはお前が自分でやったことだ」

 

 士はそう言って、オーロラへ視線を移す。

 だが、それでもハルトの声は途切れなかった。

 

「それでも言わせてくれ! アンタがいなかったら、俺は今の自分の目標も分からなかった。もしかしたら、このままダラダラと、今まで皆に正体を隠していたことに対して引け目を感じていまま生きていくことになったかもしれない」

 

 ハルトは、さらに続ける。

 

「俺は、自分の罪を受け入れる。そしていつか、この命が……松菜ハルトに胸張って、生き切ったって言えるその時まで……!」

 

 ハルトは振り返る。

 真司、可奈美、コウスケ、響、友奈。

 少し離れたところにいるえりか。

 すでに立ち去ろうとしている、ほむら、リゲル、ソロ。

 彼らへ、そしてこの世界から去る士たちへ、ハルトは宣言した。

 

「この絶望ばかりの聖杯戦争を止める……! そして、皆の希望になってみせる……!」

 

 ハルトは、進化して装着したままの指輪を見下ろす。

 手を上げ進みながら、彼はハルトの言葉に耳を傾ける。

 

「俺はファントムで……ウィザードで……仮面ライダーだ!」

 

 士は手を振る。

 決してハルトを振り返ることもなく、そのままオーロラの中へ消えていった。

 

 

 

次回予告

 

「ハルトさんが……一番張り切ってる……!」

「アートじゃねえな! 芸術は爆発だろ! うん!」

「人間になりたいお前が、そんな怪物になってどうするんだ!?」

「まあそれでも___君自身が敗北を望むのなら、仕方ないね」

「物事は常に流転するもの。私とて、南にずっといるわけではありません」

「君は何回切り刻めば死ぬのかね?」

「ヤマタノオロチ……!」

「この汚れた世界を浄化する!」

「ダチだからこそ……! ダチの間違いは、オレが止めんだよ!」

「随分と勘がいいですね。私は好きですよ。君のような優秀な子は」




いつも通り、キャラ紹介をした後で八章に入ります!
ただ、多分数週間くらいは時間空けます


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登場人物紹介 7章終了時点

今回の話、正確にはディケイドが登場するというところは、それこそウィザード放映時に考えていました。
現実にウィザード最終回にディケイドが登場したときは、本家がやってくれたと大喜びしました。
ちなみに、ハルトがファントムだっていうことは、2章ぐらいまで結構悩んでいましたが、3章で確定させました。今見返すと、1章とか若干ファントムじゃなさそうな感じになっていますね

この投稿を行った日は、そんなウィザードの最終回10周年らしいです。可奈美の誕生日もそうですけど、それぞれの記念日に相応しい話を投稿できたことを、嬉しく思います


オリキャラ

 

「俺は……俺は全てを認めて前に進む! 今まで隠してきた自分も! 背負ってきた罪も! そして何より、俺自身(ドラゴン)を受け入れる! たとえ怪物だとしても、俺は自分を信じて人間を守る! それが俺の……仮面ライダーウィザードの……just the beginning(始まり)だ!」

 

・松菜ハルト/仮面ライダーウィザード

 

 主人公。そして、七章にしてようやくの章の主役にして、ライダーのマスター。

 序盤にファントムにより、体の中身が入れ替わってしまうという災難に見舞われる。

 その際、可奈美の体になったが、夢の中で彼女の母親である藤原美奈都と出会う。彼女の要望もあり、立ち合いとなるが敵うことはなかった。

 トレギアを倒して少し落ち着いたということで、見滝原中央病院の跡地へ手向けに訪れた後、前回のイリス戦で助太刀に入ってくれたえりかを探しに見滝原大学を訪れる。

 ディケイドとの初戦の時は、多彩なアニメキャラにカメンライドするディケイドと戦ったが、最後キャスターが使うものと同じ必殺技に破れる。

 その後、海東に指輪を奪われる災難に見舞われた後、ファントム フェニックス相手にディケイドと共闘することになる。戦闘時、ディケイドの力(ファイナルフォームライド)により、ウィザードウィザードラゴンに姿を変え、太陽へフェニックスを放る。

 誰にも言っていないことだったが、四月のある日は、ハルトの誕生日でもあった。伝えてあったのはタカヒロのみだったため、彼より誕生日カードを受け取った直後、プラモンスターより時崎狂三の存在を伝えられ、急いで移動する。

 狂三との戦闘の最中、ディエンドの横やりにより、戦闘不能。聖杯戦争、監督役の前に連れて行かれる。

 処刑人たちの猛攻に自力で脱出、洗脳の演技をしていたディケイドも退け、聖杯の前でアマダムと戦闘を行う。

 その中、指輪を全て奪われ、絶体絶命のピンチに陥るが……

 

「俺が……松菜ハルト(・・・・・)であることを認めることになる。松菜ハルトの死が、なかったことになる……」

 

・ドラゴン

 

 今回にしてようやく明かされた、松菜ハルトの正体。それはファントムであり、これまで見滝原で戦ってきた。必然的に、本物の松菜ハルトは今まで登場したこともない故人ということになる。実際、松菜ハルトは十年も前に亡くなっており、ハルトはファントムでありながら十年近く戦ってきた。また、ファントムには味覚がないため、今までハルトはあらゆる食事において味を感じていなかった。そのため、可奈美と体が入れ替わった際、初めて美味しいというものを感じ、大いに感動している。

 松菜ハルトが絶望し、ハルトというファントムを生み出したのは、火災の中で両親の死を見てから。そして同じく、妹のコヨミも、ハルトの正体を察し、絶望して命を落とした。

 (おおやけ)になるまで、ハルトの正体を知っていたのは、時系列順でトレギア、美奈都、狂三の三人のみ。

 大きな翼と雄々しい四肢を持つ人型のドラゴンであり、その背中に大きく突き出た背びれが特徴。背びれが赤く発光すると、その口から強大な熱線を放つ。

 また、ファントムとして長く生存しているため、原作では数少ない描写しかなかった人間態のままファントムの力を行使することも可能。また部分変化も可能であり、六章ではトレギアを腕だけファントムにして倒していた。

 これまで正体が怪物だということを隠していたということもあって、仲間たちからも逃げ出す。その最中、同じく人間の心を持ったファントムであるさやかへ、自身の来歴やファントムであるが故の行動を打ち明かす。

 そうして心の中がぐちゃぐちゃになったまま、処刑人スカルとの戦闘となる。

 だが、スカルとの戦いの中、彼によって、もう一度改めて仲間たちと向き合う決意をする。

 そしてその後、本気の可奈美と対決。彼女に敗北すると同時に、ハルトの全てを打ち明ける。また、真司や仲間たちにも受け入れられていることを実感し、ファントムであることを受け入れ、奪われた指輪を取り戻す。

 そして、ファントムの魔力と指輪の魔力が組み合わさり、フレイムスタイルがフレイムドラゴンへと進化した。

 

「ああ、悪い。コイツ、オレのとこでもう面倒見てんだ。他当たってくれ」

 

・多田コウスケ/仮面ライダービースト

 

 ランサーのマスター。

 見滝原大学の学生であり、今回は大学から初登場。

 蒼井えりかを探すハルトを案内し、ギターをしている彼女と会う。

 その後、そのままディケイドと初遭遇。ウィザードとともに、数多のアニメキャラにカメンライドするディケイドと戦った。

 また、海東がハルトの指輪を奪った際は、響へハルトの手助けをするように指示していた。

 ハルトが誘拐された時も手を貸し、正体判明後も全く変わることはなかった。

 

 

 

刀使ノ巫女

 

「私は、いつだって……たとえハルトさんがどんな存在(ファントム)だったとしても。ずっと、ハルトさんの味方だよ」

 

・衛藤可奈美

 

 セイヴァーのマスター。

 開始早々ハルトと体が入れ替わってしまい、乙女として大切なものを色々と失う羽目となる。ハルトの味覚がないことをこの時知ったが、特に大きい問題とは感じなかった。

 ディケイドとの戦闘時は、高速移動繋がりでディケイドファイズと対戦。

 後日、ハルトがディエンドに攫われた際、狂三が持ってきたウィザーソードガンを受け取る。その際、ウィザーソードガンが魔法陣を通じて回収されたのを見て、彼が戦闘中だと察知する。

 ハルトと合流後は、アマダムとの戦闘にも参加。その際、偽物のウィザードに追い詰められ、ハルトがドラゴンの姿になるきっかけとなってしまう。

 離れていったハルトを必死で探し当てた後は、彼と一対一で決死の勝負を行う。本気で殺しにかかってくるドラゴンに対し、可奈美は祭祀礼装で立ち向かう。お互いに全力での戦いだったが、僅差で可奈美の勝利に終わり、ハルトと本当の意味で打ち解け合った。

 その後は、仲間たちとともにアマダムとの決戦に臨む。

 

「私の勝ち! で、いいよね?」

 

・藤原美奈都

 

 可奈美の母。故人。実は二章にも少しだけ登場していたりする。

 可奈美と体が入れ替わったハルトが、可奈美の夢の中で出会った少女。この夢の詳しい事情は刀使ノ巫女原作参照。

 可奈美に負けず劣らずの戦闘狂ぶりを発揮し、その実力はウィザード四形態を歯牙にもかけないほど。

 詳しくは口にしないが、一戦しただけでハルトの正体に気付いた模様。

 

 

 

仮面ライダー龍騎

 

「なあ? お前ももう大丈夫だろ? もう帰ろうぜ?」

 

・城戸真司/仮面ライダー龍騎

 

 ライダーのサーヴァント。

 ハルトと可奈美の体が入れ替わった時、呑気に差し入れとしてプレーンシュガーを持ってきた。ハルトにとってはこれが大きな感情の動きとなったのは、真司の知る由ではなかった。

 ハルトが攫われた際、真っ先に彼の救援に駆け付けたが、その時洗脳されたふりをしていたディケイドとも戦闘になってしまう。

 同じカードライダーである、ブレイドのファイナルカメンライドに破れる。

 その後、洗脳が解除されたディケイドとともに、聖杯戦争の中枢へともに入り込んでいく。

 ハルトの正体がドラゴンだと判明した時、真っ先に彼へ手を差し伸べた。

 可奈美と同様、ハルトを深く心配していたが、可奈美と違って速度はないので、ハルトとの決戦は彼女に譲ることとなった。

 ハルトと可奈美の決戦後も、ずっとハルトの味方でい続けた。

 

 

 

仮面ライダーディケイド

 

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ!」

 

・門矢士/仮面ライダーディケイド

 

 プリテンダーのマスター兼サーヴァント。聖杯から召喚されたわけでもない、異世界からの来訪と同時にマスターとなり、サーヴァントも令呪を弄って自らを兼用させた。この時点でもう聖杯戦争のルールを破壊している。おのれディケイド。

 前回の次回予告を破壊したところから初登場。

 アニメ原作のレギュラー陣とは仮面ライダー、仮面ライダーキャラとはアニメキャラにカメンライドして、全て圧倒。そのままキャスターと対峙したのち、行方をくらます。

 その後、ディエンドの仲裁とフェニックスの討伐に手を貸した後、聖杯戦争の監督役の場所へ潜入。だが、ディエンドの邪魔もあり、キュゥべえたちに洗脳され、ウィザードたちの前に立ちはだかる。

 洗脳されたふりをしてウィザードたちと敵対し、アマダムが油断しきったところで彼に牙を向く。

 その後はウィザード達と共に聖杯の中枢での戦闘に参加。

 そこで、ハルトの正体を知るが、これまで多くの世界での経験からか、ほとんど驚くことはなかった。

 翌日、追いついたハルトへ仮面ライダーについて語る。

 そのまま、対峙したアマダムへ、お決まりのセリフを言い放ち、この世界もまた通りすがることとなった。

 今回はジオウを終えた後のネオディケイドライバーを使用しており(ディケイドライバー呼称のみ)、激情態、コンプリート、コンプリート21にも変身可能。また、1号ライダーのみならず、各アニメ作品の主人公にもカメンライド可能であり、さらにウィザードと龍騎以外にも、可奈美、響、友奈にもファイナルフォームライドを行った。

 

「僕の邪魔をしないでくれたまえ」

 

・海東大樹/仮面ライダーディエンド

 

 自称士の追いかけ。

 相手が朝食に夢中になっている隙に盗み出す旧来の手口で、今回はハルトの指輪を盗み出す。

 追いかけて来たハルトを追い払うためにカイザとスペクターを差し向けるが、ハルトに手を差し伸べた響によって妨害される。

 その後、目的であるこの世界のお宝___聖杯を奪い取ろうとするが、アマダムにより約束を反故にされてしまう。

 これにより、運営側を裏切り、比較的アマダムの事態解決に協力的な参加者を集め、全員でアマダムへの反旗を翻す。

 最後は士とともに、この世界から去っていった。

 

 

 

戦姫絶唱シンフォギア

 

「ねえ、これ一体何のためにわたしたち戦ってるのッ!? 話し合えば、きっと戦わずに済む方法だって見つけられるよッ!」

 

・立花響

 

 ランサーのサーヴァント。

 ディケイドとは、同じ古の歌を唄う道具で変身するアイテム繋がりで、ディケイドオーズと。そして、手を繋ぐ繋がりでタジャドルと対戦。

 その後、ハルトから指輪を盗み出したディエンドとも対戦。彼が召喚したカイザ、スペクターを撃破する。

 ハルトの誕生日では、舞台裏でハルトが攫われたことで、彼を探索していた模様。合流後は、共にアマダム、聖杯と戦い、ディケイドによるファイナルフォームライドにも変形した。

 ハルトの正体がファントムだと知った後も、もともとファントムとの共存を語ったこともあって、驚きはしたものの葛藤もなく受け入れた。

 

 

 

結城友奈は勇者である

 

「でも……きっとここで、わたしたちのことを見ているよ」

 

・結城友奈

 

 セイヴァーのサーヴァント。

 見滝原病院に、時々手向けに来ており、今回はたまたまハルトと遭遇した。

 初変身が同じく部分的なところから始まったところから、ディケイド戦ではクウガと対戦。武術だけに限れば友奈に軍配が上がったが、タイタンフォームになったディケイドに破れる。

 ハルトが誘拐されたとき、合流した後、ハルトの正体にも直面する。だが、少しも戸惑うことはなく、翌日にかけて、ハルトの味方であり続けた。

 

 

 

魔法少女まどか☆マギカ

 

「上条恭介が亡くなったのは去年の十一月よね……? 五か月前からファントムに?」

 

・暁美ほむら

 

 キャスターのマスター。

 前回の邪神イリスとの戦いを経て、さやかがファントムであることを追求するが、逃げられてしまう。

 彼女を追う最中、ディケイドと遭遇。まどかにとっての脅威になるとして、リゲルとともに戦うことになる。ディケイドとは、同じく過酷な運命を歩むこととなる鎧武と戦うこととなった。

 アマダムの決戦時にも、まどかの脅威に成り得るとして協力した。

 

・鹿目まどか

 

 改めて、さやかがファントムだという事実に驚愕していた。

 

「そんな顔したって認めたくないならさ、絶望して、あたしと同じファントムになってよ……! 友達が怪物になったって絶望してよ!」

・美樹さやか/マーメイド

 

 ファントムになってしまった美樹さやか。

 ほむら、キャスター、鈴音、リゲルに追い詰められるが、逃げ切ることに成功する。

 その後、表舞台からは隠れていたが、ハルトの正体が判明したところに偶然居合わせる。ハルトの正体から考えれば、必然的にハルトにとって境遇が一番近しい人物ということになる。

 

『ルーラーは、調停役のサーヴァント。聖杯戦争の異常を正すために存在し、君たちにもない様々な権限を持つ。まあ、便宜上僕がマスターになるけどね』

 

・キュゥべえ

 

 聖杯戦争の監督役にして、ルーラーのマスター。

 ディエンドとアマダムの約束には全く関与しておらず、ディケイドに関しても接触するつもりは皆無だった。

 アマダムとの関わりもほとんどなく、それぞれスタンドプレーで活動していた。

 アマダムがハルトを攫った際、その指輪をじっと見つめていたが……?

 

 

 

???

 

「この場を双方無傷で終わらせられる。それでは不満か?」

 

・???

 

 キャスターのサーヴァント。

 さやかの正体糾弾の時にその場に居合わせた。

 その後、ディケイドが〇〇〇にカメンライドし、トドメを刺そうとしたとき、同じ技で相殺させる形で現れる。

 ほむらの令呪が残り一画しかなく、呼び出しが不可能になっているため、アマダムとの決戦には不参加。

 

 

 

Z/X

 

・リゲル

 

 ガンナーのマスター。

 ほむらに協力して、さやかを追い詰めた。

 その後、ディケイドとは、人工知能繋がりでゼロワンと対戦。

 アマダムの決戦にも駆けつけた。

 

 

 

ダーウィンズゲーム

 

・柏木鈴音(れいん)

 

 ガンナーのマスター。

 見滝原中学で、まどかやほむらたちとは別のクラス。

 今回、ほむらに頼まれて、さやかの尋問に協力した。

 

 

 

ヘブンバーンズレッド

 

「その気になれば、今からでも叶えられる、そんなことです」

 

・蒼井えりか

 

 前回、イリスとの決戦時に助け船を出してくれたシールダーのサーヴァント。

 普段は見滝原大学にいるようで、コウスケや友奈は前々からその居場所を知っていた。

 戦いに消極的な参加者を探していたハルトと関わることで、ディケイドとの戦いにも参加する。自らの原作の主人公である月歌に変身したディケイドと戦うこととなったが、それが偽物なのだとしっかりと理解していた。だが、防御が間に合わずに敗れる。

 アマダムの決戦時には、イリス戦と同じように駆け付けた。

 

 

 

デートアライブ

 

「せめて、後悔のないことを祈りますわ」

 

・時崎狂三

 

 フォーリナーのサーヴァント。

 深夜に参加者狩りを行っていたところ、ウィザードと遭遇。そのまま戦うことになるが、夜遅くという地の利もあり、戦闘を有利に進めていた。

 だが、ディエンドの横やりによって、戦闘は中断。取り残されたウィザーソードガンへ能力を使い、その正体をいち早く察知した。

 それによって、存命キャラの中で唯一ハルトの正体を知った。

 同時に、妹を失った過去と、十年間孤独の中戦い続けてきたことを知り、戦う気が失せてウィザーソードガンを可奈美へ返却した。

 アマダムとの決戦時、人知れず刻々帝(ザフキエル)でサポートした。

 

 

 

流星のロックマン

 

・ソロ/ブライ

 

 ムーの戦士にして、一人で聖杯戦争に参加している。

 最強の敵の気配を感じ取り、ディケイドとの戦いに参加する。別世界にて、絆と宇宙の力を使う戦士と戦っている縁からか、フォーゼと対決。

 同じく、アマダムの強さを察知し、ムーの誇りとして戦いを挑んだ。

 

 

 

NARUTO

 

「お前たちにも、芸術を教えてやる! うん!」

 

・デイダラ

 

 クラス不明の参加者。

 ハルトと可奈美の体が入れ替わってしまった時に、その元凶であるファントムと戦っていた時に遭遇。

 その爆発能力でファントムを下し、ハルトたちを元の体に戻したが、今度はその牙をハルトたちへ向ける。

 最終的に、ウィザードに追い詰められ、自爆した……が?

 

 

 

コロッケ!

 

・アブラミー

 

 正体不明の参加者。

 アマダムとの決戦時にやって来た。そして吹き飛ばされた。

 

 

 

???

 

・???

 

 以前イリス戦で一瞬助太刀してもらった黒いローブと包帯が特徴の参加者。。今回も、アマダムへ致命傷を与え、それが回復することを封じた。

 

 

 

ぼくらの

 

『探し物はこれだろ? 悪ィな。これはもうオレ様たちのもんだ』

 

・コエムシ

 

 聖杯戦争監督役の一人。

 教会に侵入してきた海東へ、処刑人で対応する。その後、アマダムが勝手に海東との聖杯の交渉を進めてしまうので、怒りを露わにした。

 後日、ディエンドにより囚われたハルトより、ウィザードリングを奪い取る。機嫌よくなって洗脳したディケイドと処刑人二人を差し向けるが、隙を付いたハルトに指輪を奪い返されてしまう。

 その後、一人になったハルトへ新たな処刑人を差し向けるが、逆にその処刑人によってハルトが再起のきっかけを得てしまった。

 これまでは各章ごとに一人の処刑人だったが、今回は聖杯戦争の中枢部が舞台になったこともあって、ソロモン、アナザーパラドクス、メタルビルド、スカルと四人の処刑人を繰り出してきている。

 

 

 

ダンガンロンパ

 

『ボクの参加者は、みーんなしっかり殺し合ってるよ! 何人かは、順調に参加者殺戮数上位に躍り出てるよ!』

 

・モノクマ

 

 聖杯戦争の監督役の一人。

 

 

 

仮面ライダーウィザード

 

「ウィザードには恨みがある。お前で晴らさせてもらおう」

 

・アマダム

 

 今回のメインヴィランである、ルーラーのサーヴァント。

 原典仮面ライダーウィザードにて、ウィザードとディケイドによって敗れた来歴があるため、ウィザードを強く恨んでいる。奇しくも、ディケイドの来訪時に召喚されたので、ウィザードとディケイドの両方をまとめて始末するように画策する。

 もっとも、ウィザードはアマダムを倒した本人ではないのだが、同じウィザードを倒すことができればいい模様。

 ルーラーの特権として、他のサーヴァントを操る分の令呪を持っている。

 当初はディケイドを洗脳し、敵として差し向けたが、彼によってそれは破られてしまった。だがディケイドのみが例外なだけで、龍騎、響、友奈の三人を同時に洗脳し、ウィザードたちを苦しめた。

 ウィザードのキックストライクにより、令呪が全て失われるが、今度は聖杯そのものから力を吸収する。力の根源、クロスオブファイアの力をその身に入れることで、怪人態となる。奪い取ったウィザードリングで四体のウィザードを僕にしながら、全員を追い詰めていく。

 一度はドラゴンとなったハルトによって撤退したが、翌日また攻め入る。

 四体のウィザードを奪い返され、フレイムドラゴンへ進化したウィザードに一時は敗れるが、奥の手でもあるドラゴンの姿に変貌。

 だが今度は、集まった参加者の連続必殺技と、ストライクウィザード、ディメンションキックの合わせ技によって完全に破壊された。

 登場のたびにキャラがことなり、別々の方言を使っていた。

 




さて、それでは次回ですけど……
少しお休みしてから、8章に入りましょう!


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第8章
一か月遅れの誕生日


一か月、お待たせしました!
今日から8章開幕です!


「お誕生日おめでとう!」

 

 クラッカーが鳴る音が、何重にも響く。

 そのサプライズに、松菜(まつな)ハルトは大きく怯んだ。

 

「うわっ! みんなどうしたの!?」

 

 今日の出前を終えたハルトは、そのまま住み込みの職場であるラビットハウスに戻ってきていた。

 特製のバイク(マシンウィンガー)を停車させ、出前の荷物を指定されている場所に収納し終えたハルトは、そのまま店内ホールに戻ってきていた。

 だがそこで、突然のお祝い。ホールの中心に大きく飾り付けられた『ハルトさん お誕生日おめでとう!』というアーチの文字に、ハルトは一瞬唖然とした。

 

「誕生日って……俺、誕生日先月だけど?」

「そうだけど! ほら、誕生日の時それどころじゃなかったから! 今日はみんなでお祝いしたいんだよ!」

 

 元気が服を着たような少女、衛藤可奈美(えとうかなみ)。彼女はそう言いながら、ハルトの手を掴み、そのまま店内へ引き込んでいく。

 そう、ハルトの誕生日。先月下旬のその日が、本来の松菜ハルトの生誕日だった。

 だがその日、ハルトにとってとても大きな戦いがあった。

 聖杯戦争。この見滝原において行われる、願いをかけた殺し合い。その参加者であり、運営が放った刺客でもあるルーラーのサーヴァント、アマダムが巻き起こした戦いがあったのだ。

 そしてその日、ハルトは初めて可奈美たちの前に、その正体を現した。

 絶望した人間の魔力を食らい、生まれ出でる怪物ファントム。ハルト自身が、これまで戦ってきた宿敵と同じ生命体だったことを知られたことで、ハルトは大きく動揺してしまった。

 その後、自らを見つめ直し、骸骨の姿の敵や可奈美の助力、異世界の来訪者からの励ましもあって、何とか自らを受け入れることができたのだ。

 だが、その戦いの期間、ハルトたちはラビットハウスには無断での戦いとなった。欠席になった分、月末は仕事に忙殺され、そのまま時が過ぎていった。

 五月初頭の大型連休に至っては、このラビットハウスも繁忙期となり、ハルトもずっと制服のまま一日を過ごすことが多かった。

 その後、ラビットハウスの面々で旅行に行く話も持ち上がったが、ハルトと可奈美は残ると言い張ることで、落ち着いたのは誕生日から半月近く経った今になってしまった。

 

「そうだよ! だから、今日は私たちが徹底的におもてなしさせてもらうよ!」

 

 そう元気に叫ぶのは、ハルトと同じくラビットハウスで住み込みのバイトをしている保登心愛(ほとココア)。ハルトよりも少し先にラビットハウスで下宿を始めた明るい少女は、クルクルと回転しながらハルトの左手を掴み、可奈美とともにホールの中央に引き込んでいく。

 

「おおい、ちょっと!」

「いいからいいから!」

 

 笑顔のまま、可奈美とココアはホールの中心に近い席へハルトを引っ張っていく。

 

「すみません。ハルトさん。しょうがないココアさんですから、付き合ってあげてください」

 

 ココアの隣でそう言うのは、このラビットハウスの看板娘、香風智乃(かふうチノ)

 あまり気乗りしないようなことを口にしながらも、楽しんでいそうな表情からは、祝いたいという気持ちが表に出ているようにも見えた。

 

「改めて、ハルトさん、お誕生日おめでとうございます」

「嬉しいけど……」

 

 ハルトはそう言いながら店内を見渡す。

 すっかりハルトの誕生日パーティ一色に染まったラビットハウス店内。他の客にとって迷惑にならないかと考えたが、店内に自分たち以外の人影はなかった。

 

「これ……もしかして貸し切り?」

「今日はハルトさんの誕生日パーティだからね! たっくさんお祝いするためだよ! もちろん、チノちゃんのお父さんもオッケーしてくれたよ!」

 

 ココアがそう言いながら、ハルトを真ん中の席へ案内する。背中を押す彼女は、元気に足を運びながら、椅子に座らせた。

 ハルトが腰を落とすと同時に、ココアが椅子を押す。すぐにココアがその場から退く気配がすると、また別の人物がハルトの後ろに並んだ。

 

「お! おおっ! おおっ……」

 

 それが誰か、と確認するよりも先に、ハルトの口から声が漏れ出る。

 

「ハルトさん、肩凝ってるね!」

 

 背後からの声が指し示す通り、ハルトの肩が揉みしだかれていく。

 

「お、これ、は、友、奈、ちゃん……?」

 

 笑顔でハルトの肩を揉んでいくのは、結城友奈(ゆうきゆうな)

 可奈美の相棒として長らく聖杯戦争を戦い続けている彼女は、鍛えた腕でハルトの肩甲骨周りの筋肉を柔らかくしていく。回数が重なっていく毎に、ハルトの顔がだんだんと和らげていく。

 

「なんか、すっごい……友奈ちゃん、こう……おう、こういうの……慣れてる?」

「真司さんやおじいちゃんおばあちゃんにもやってるからね。これも勇者部活動の一つだよ!」

「なんだか、だんだん、体から、力が……」

 

 へなへなになったハルトは、そのまま机に突っ伏す。

 やり切った友奈がみんなの拍手を受けているのを背後で感じながら、ハルトは力なく起き上がった。

 

「友奈ちゃんすごいね。体が軽くなった感じがする」

「次はわたしだよッ!」

 

 友奈に負けず劣らず、明るい声が続く。

 立花響(たちばなひびき)

 彼女は、厨房より出てきてハルトの前に皿を置く。

 

「ハルトさん、味があんまり分からないんでしょ? だから、美味しくて辛いものを一杯用意してきたよッ!」

 

 彼女が言う通り、並べられたのはどれも赤々しい。

 キムチや麻婆豆腐、辛そうなラーメンなど、見るだけで目が痛くなる食べ物が行列を成している。

 

「な、何これ?」

「知ってるハルトさん? 辛い物って実は、痛覚から来ているんだよ? だから、一緒に食べよう!」

「一緒にって、こんなに?」

「何々? ハルトさん、辛いもの好きなの?」

 

 ココアが身を乗り出す。

 ハルトがそれに答えるよりも先に、響が「そうだよッ!」と口走る。

 

「ねッ! ハルトさんッ!」

「いや、俺そもそも辛い物食べたことないんだけど」

「いいからいいからッ! さあ、いっただきまーすッ! 一緒に食べるよ!」

 

 彼女が「こんな風にッ!」とばかりに、激辛ラーメンを啜る。即座にその辛さに悶えるが、ハルトは目を細めながらキムチを掴む。

 

「だから俺味覚ないから、こんなのなにも感じな……いッ!?」

 

 余裕な口調だったハルトだが、キムチを口に入れた途端、目を見開いて口を抑える。

 舌の奥で炎が広がるような感覚を覚えながら、思わず手で机を叩く。

 誰かがコップ一杯の水を目の前に置く。

 それを引っ掴んだハルトは、勢いに任せてそれを喉に流し込む。

 

「はあ、はあ……! な、何今の? これが美味しいってヤツなのか?」

「美味しいよねッ!」

 

 唇を真っ赤にしながら、響がサムズアップをしてきた。

 

「……これが美味しいっていうんなら、俺もう一生人間と分かり合えないかも」

「え? でも、私もこういう辛い物好きだよ」

 

 いつの間にハルトの隣に座ったのか、可奈美はそう言ってぐつぐつの辛そうな汁物をすする。

 

「うん! 美味しい!」

「嘘でしょ」

「ホント! はい! 私からはこれ!」

 

 可奈美はそう言って、膝に乗せていたそれをハルトに差し出した。

 反射的にハルトがそれを受け取ると、紙袋特有の音がハルトに返ってくる。

 

「え? これって……」

「誕生日プレゼントだよ! 私達みんなで選んだんだよ!」

「プレゼント……?」

 

 その概念そのものを忘れていたハルトは、ゆっくりとそれを開封すると。その中から赤い布地が姿を見せた。

 

「ほら、もう春も終わりだし、ハルトさんの革ジャンも前の戦いで使えなくなっちゃったから。みんなで選んだんだよ!」

 

 可奈美の言葉に、ハルトは顔が熱くなる。プレゼントを取り出し、目の前で広げてみると、それは黒い夏用の上着だった。

 以前ハルトが使っていた長袖の皮ジャンにも近いデザインの半袖。通気性に優れているそれは、夏でも上着として相応しそうだ。

 

「……」

 

 ハルトは、上着を見ながら言葉を失う。

 

「あれ? ハルトさん? どうしたの? あんまりうれしくなかった?」

「そうじゃなくて……その……誕生日プレゼントなんて、初めてだったから……」

 

 ハルトは声を震わせながら言った。

 すると、可奈美はより一層顔を明るくする。

 

「着てみてよ!」

「うんうんッ!」

「そうだよ!」

 

 響、友奈も賛同する。

 頷いたハルトは、もともと薄い赤のインナーシャツに、黒い上着を袖に通す。通気性も保証されている上にそれを着てみると、今まで着ていた革ジャンと同じ雰囲気になっていた。

 パンパンと、しわを無くすように服を伸ばす。

 

「似合う似合う!」

「うんッ! ハルトさんかっこいいよッ!」

 

 口々に褒めてくれる皆。

 彼女たちの言葉がお世辞ではないのは、その目を見れば分かる。

 

「松菜さん、本当に似合ってますよ」

 

 にっこりとほほ笑む、ボブカットの少女。一見すると地味な印象を抱くが、その笑顔はとても眩しい。

 

「えりかちゃん……!? 来てくれたの!?」

「はい!」

 

 蒼井えりか。

 この中ではもっとも最近に出会った少女。

 これまで何度も危険から助けてくれた彼女は、礼儀正しく頭を下げる。

 

「多田さんにご紹介頂きました。本日はお誕生日おめでとうございます」

「ありがとう。本当は先月何だけどね」

 

 ハルトは鼻をこする。

 

「そういえば、その肝心のコウスケは? あと、真司の姿もなさそうだけど……」

「ああ、二人だったら……」

 

 可奈美は遠慮がちな顔を浮かべながら、指差す。

 ハルトは振り返ろうとするが、それよりも先に背後から何かがぶつかった。

 

「よぉハルト! お前、二十歳になったんだろ!? だったらさあ、酒も一緒に飲めるってもんだぜ!」

 

 それは、ハルトの相棒、城戸真司(きどしんじ)だった。

 ともに聖杯戦争を戦い抜く宿命を背負う、頼れる相棒。だが今やその面影はなく、ウェーブかかった茶髪が特徴の青年は、頬を真っ赤にしながらハルトへビール瓶を押し付けてきた。

 

「ちょ、真司? もしかして酔っ払ってるのか?」

「大人の嗜みだぜぃ?」

 

 真司はハルトの肩に顔を乗せながら、ずっと笑みを浮かべている。

 

「ほらハルト、ビールビール!」

「耳元でギャーギャー騒がないで!」

 

 ハルトの抗議をどこ吹く風とばかりに、真司は続ける。

 

「行こうぜ! 飲んで騒ごうぜ!」

「わわッ! コウスケさん、少しは真っ直ぐにッ!」

 

 響の悲鳴。

 奥を見れば、千鳥足の多田(ただ)コウスケが響に支えられながらもこちらに歩み寄ってきている。

 

「コウスケまで酔ってるの!?」

 

 おそらくそうなのだろう。

 ハルトが帰ってくる前から酒を飲んだと思われる二人は、顔を真っ赤にしながら声がだんだんと大きくなっていく。

 

「「ビール! ビール! ビール! ビール!」」

 

 真司とコウスケは二人で息を合わせて騒ぎ出す。

 

「いや、俺ビールは……」

「何言ってるんだよ。二十歳といったらビールだろうが。それにお前、ファン……」

「「ファン?」」

「「「わー!」」」

 

 コウスケが滑らせかけた口を、可奈美、響、友奈が同時に塞ぐ。

 首を傾げるココアとチノ。

 だが、貸し切りにしていることを幸いにと大声で叫び出す成人男性二人に(なんとビックリ、コウスケは三人を振り切った)推され、ハルトは人生初の缶ビールに触れる。

 恐る恐るかんぬきを開く。すると、空気が発泡する音と共に、白い泡が溢れ出していく。

 

「こ、これがビール……酒か……」

「ハルトさん、あまり無理しない方が……」

 

 冷や汗をかく響。

 

「あ……ああ。そうだね」

 

 ハルトは生唾を飲み、その縁に口を付ける。

 ひんやりと冷えた触覚を伝えられながら、ハルトはゆっくりと金色の液体を喉に流し込んでいく。

 ゴクッゴクッと音とともに、半分ほど飲んだところで、ハルトは缶ビールを机に置いた。

 

「うっ……!」

 

 口を抑えるハルト。

 顔の表皮のすぐ下が何やらかき乱されていくような感覚に襲われたハルトは、頭を振りながら残りのビールを口にする。

 

「ハルトさん? 大丈夫?」

 

 これは誰の声だろうか。

 缶ビールを飲み切ったハルトは、大きく空気を吸い込み。

 その目が、赤く染まっていく。

 

「え?」

「あれ?」

「お?」

「嘘?」

「へ?」

 

 いつの間にか。

 ハルトの背に、薄っすらと背びれが浮かび上がる。それも、そこそこ発光し始めている背びれが。

 酔いが醒めたコウスケと真司を含め、五人の顔が青くなる。

 

「がああああああああああああっ!」

 

 怒号とともに、ハルトは空間へ息を吐きだした。

 凄まじい勢いの息は、空間を震わせるほどで、やがて急激に熱せられた温度は炎さえもあるように見えた。

 

「うおおおおお!? ハルトさん、口から火を噴いているみたいに!」

「凄い一発芸です……! 私も、これを出来るようになりたいです」

「「「「「わああああああああああああああああああああああッ!」」」」」

 

 ハルトの正体を知らない二人(ココアとチノ)は呑気なことを口にする一方、その正体を知る者たち(可奈美、真司、響、コウスケ、友奈)は慌てて手をあたふたさせる。

 

「あ、違うのチノちゃんココアちゃん! これは……その……」

「今度ハルトさんがやろうとしている大道芸! 酔っ払っちゃって、今やっちゃってるんだよ!」

「道具もなしにやっているんですか!? すごいです、ハルトさん」

 

 可奈美の失言は、より大きな好奇心をチノに掻き立てさせた。

 

「ぐるああああああああああっ!」

 

 やがて、ハルトの顔に、邪悪な龍の紋様が浮かび上がっていく。

 体内の魔力がアルコールに反応し暴走。徐々に肉体が変化していく。

 

「あ……」

 

 最初に気付いたのは誰だったのだろうか。

 ハルトの背中にはうっすらと翼が生え、その体は黒と銀の頑丈なものへと変化していく。

 そしてその顔は、爬虫類を思わせる___

 

「ハルトさんがこれまで隠してきたファントムが、お酒だけであっさりいいいいいい!?」

 

 可奈美が叫ぶ。

 味覚のないハルトはこの日。

 永遠の禁酒を誓ったのだ。



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お掃除してたらいいことあったよ

新章スタート当初から難航しています……
気長にお楽しみください!


「う……これが二日酔いってやつか……」

 

 皿洗いの手を止め、ハルトは口を抑える。

 誕生日は、結局主役のハルトが倒れてしまったことでお開きになってしまった。ハルトが気付いた時にはすでに日を跨いでおり、折角の誕生日パーティもあやふやになってしまったのだ。

 寝て起きてもまだ体から酒が抜けた感覚がない。ここに来るまでに、立っているだけで何度も立ち眩みに襲われた。

 

「ハルトさん、もうお酒は止めた方がいいね」

 

 可奈美が苦笑いをしながらはたきを振る。

 しっかりと掃除をしている彼女だが、可奈美が掃除をしているのを見るたびに、この仕事ではしっかりと掃除するのに、その努力の一部だけでも自室にはむけてくれないだろうかと思ってしまう。

 

「俺もう絶対に酒は飲まないから。絶対。一生」

 

 ハルトはそう誓いながら、力を込めて皿を磨く。普段以上の勢いで汚れが落ちる感覚がする。

 

「人間はあんなの何で美味しい美味しいって言ってるんだ……?」

「お前そういえば味覚ねえんだったな?」

 

 笑いながらそう言うのは、ハルトに酒を飲ませた元凶の一人。

 大学の講義が早々に終わったらしいコウスケは、ラビットハウスのカウンター席で肘を付いていた。

 

「ま、酒が上手くねえって言われているようじゃまだガキの舌だってことだ」

「お前、あんなのが美味しいって感じるの? 信用できないよ……」

 

 ハルトはそう言いながら、作業を続ける。

 

「うーん、お母さんは昔、特にビールを美味しそうに飲んでたけどなあ」

 

 可奈美は天井を仰ぐ。

 

「え? じゃあもしかして、可奈美ちゃんも将来お酒をガブガブ飲むようになるの?」

「さあ? でも、ちょっと楽しみかも」

「……俺にはもう人間そのものが分かんなくなってきた。もうファントムとして生きていった方がよかったりして」

「ブラックジョークが過ぎるぜ」

 

 コウスケはそう言いながら、注文してあったコーヒーを口にする。

 

「ハルトさんがまた人間不信になっちゃうよ……前回の戦いで得た経験が一瞬で意味なくなっちゃった」

 

 可奈美が苦笑する。

 前回の戦い。

 それは聖杯戦争における、ルーラー(統制者)の戦い。

 ハルトと同じ名を持つ者を恨むルーラー、アマダムの策略により、ハルトたちは大いに追い詰められた。結果、ハルトはずっと隠していた自らが怪物だという正体を明かし、仲間たちから離れてしまった。

 だが、可奈美の尽力と、異世界の来訪者による力説により、仲間の中に復帰したのだ。

 

「そういえば、士は今どこにいるんだろ……」

 

 ハルトは、遠い目をしながら窓の外を見上げる。

 異世界の来訪者、門矢士。またの名を、仮面ライダーディケイド。

 ハルトに仮面ライダーの異名を与えた恩人である彼は、どうやら異世界から異世界を渡り歩いているようで、すでにこの世界にはもう存在しない。

 

「さあな? ま、アイツなら元気にやってんだろ」

 

 コウスケはそう言いながら手を伸ばす。

 

「アイツ、オレが知ってる範囲では最強の参加者だったんじゃねえか?」

「そうだな……」

 

 コウスケの言葉に、ハルトは思わずこれまで出会ってきた中で、最強クラスの聖杯戦争参加者を思い浮かべる。

 まず真っ先に思い浮かんだのは、キャスター。

 出会ってからかなりの時間が経つのに、未だにその名を明かしていない。

 広範囲へ黒い魔法で攻撃するのと、対峙した敵の能力をコピーできる彼女が敗北する姿を、ハルトは一度として目撃していない。

 次に、トレギア。

 フェイカーのサーヴァントであり、ハルトと最も長い期間敵対し続けていた相手である。人の弱みを利用して、幾度となくハルトたちを追い詰めてきた。

 最後に、邪神イリス。

 ムーンキャンサーのサーヴァントであり、見滝原中央駅を押しつぶし、文字通り火の海に変えた怪物。可奈美たちがキャスターと手を組んだ上でも、まだ決定打にならないほどの強敵。

 もし、士が彼らと戦うことになったとしても、いい勝負になりそうなイメージがある。

 

「そうだね。もしまた士さんに会えたら、私もお礼言いたいかも」

 

 そう言いながら座席の雑巾がけを続ける可奈美。

 だが、ハルトは見逃していない。そう言う可奈美の目は、ギラギラとした戦いを欲している目だと。

 

「……可奈美ちゃん、士に負けたんだっけ?」

「うん! でも、士さん本当に凄かったんだよ! もう色んな姿に変身して、その度に剣術が変わっていくのが本当にすごくて! 私の時はなんか迅位のスピードに追い付いてこれたし、もう___」

「ああ、分かってる分かってるよ!」

 

 剣について語り出したら止まらない。

 それが、衛藤可奈美という少女の個性である。キッチンでコウスケと顔を合わせても、彼女の剣術語りは止まらない。

 

「で、酒の話は冗談として。お前はどうなんだよ、あれから」

 

 コウスケの問いに、ハルトは肩を窄めた。

 

「どうって……どうもしてないよ」

「ああ、聞き方変えるわ。今でも人間になりてえか? 寂しかったんだろ」

 

 その問いには、ハルトは即答できなかった。

 未だに語り続ける可奈美を見つめながら、ハルトは静かに答える。

 

「今は……そこまででもないな」

 

 ペラペラと話を続ける可奈美。

 だが、ハルトは強く記憶している。

 あの日、彼女が命懸けでハルトを孤独から救い出してくれたことを。

 

「そっか。なら、よかった」

 

 それ以上は野暮だと自分で判断したのだろうか。

 コウスケはそれ以上言及することなく、ほほ笑みながらコーヒーを口にする。

 その時、ラビットハウスの呼び鈴が鳴る。

 

「「いらっしゃいませ」」

 

 ハルトと可奈美が同時に挨拶する。

 だが、入って来たのは客ではない。

 

「ただいま! 可奈美ちゃん! ハルトさん!」

 

 学校から帰って来たココア。

 彼女は可奈美の姿を認めると、一気に彼女へ抱き着いた。

 

「うわっ! おかえりココアちゃん!」

 

 可奈美も驚くのは一瞬で、頬ずりをしてくるココアを受け入れている。

 

「私の可愛い妹!」

「わーい!」

「ココアさん……やっぱりとんでもない節操なしです」

 

 呆れた表情をしながらココアに続いて入って来たのは、チノだった。

 彼女はココアの袖を引っ張る。

 

「ココアさん。制服のままですよ。汚さないうちに着替えますよ」

「チノちゃん……これってもしかして、ジェラシー!?」

 

 袖を引っ張られながら、ココアは目をキラキラさせる。

 

「大丈夫だよチノちゃん! 私にとっては、チノちゃんも大事な妹だからね!」

 

 ココアは可奈美を抱えたまま、チノも抱く。二人をまとめて抱きしめる彼女に対し、可奈美は喜んでいるがチノは手で抵抗していた。

 

「おお、ココアすげえ器用だな」

「仕事は不器用だけどね」

 

 ハルトはそう言って、最後の皿を洗い終える。

 

「よし。これで終わり。あとはお前のコップだけだな」

「? ああ、コイツか。もうちょいゆっくり飲ませろよ」

「別に急かしたりしてない。……そういえば、昨日はえりかちゃんも呼んでくれてありがとね」

「ん? ああ」

 

 コウスケは頷いた。

 昨日来てくれた人の中で唯一、蒼井えりかのことだけ、ハルトは良く知らない。

 見滝原大学にいることが確認できたが、彼女の素性や願いなどはほとんど分かっていない。

 

「アイツも楽しんでいたみたいだからよかったぜ」

「だね。前からも分かっていたけど、何より彼女が聖杯戦争に参戦派じゃないってわかったのが一番よかったよ」

 

 ハルトは安堵の息を吐いた。

 

「あとは、彼女のマスターだよね。何かしらない?」

「うんにゃ。オレもアイツのマスターは知らねえんだ。まあ、いつも大学にいるから、お前が前に言ったとおり、大学の人間なのは間違いねえだろうが」

「学生のサーヴァントだったとして、常に大学にいるとは考えにくいけど、かといって教授も常に大学にいるわけではないだろうし……可能性としては、事務員が一番高かったりするのかな」

「何なら直接聞いてやろうか?」

 

 コウスケはスマホに登録されている『蒼井えりか』の名前を見せつける。

 

「連絡先!?」

「ああ。当然、オレは交換済みだぜ」

「それを早く言って!」

 

 ハルトは思わず声を荒げた。

 

「それだったら、どこかで彼女のマスターに会いに行きたいな。また改めてさ」

「だな。取りあえず、蒼井とマスターの予定聞いとくぜ。どっかで話せねえか」

 

 コウスケがポチポチとメッセージを送っている一方、可奈美がどんどん掃除を進めていく。

 彼女は壁に飾られている額縁を外し、雑巾で拭き始める。すると、額縁から何かが零れ落ちた。

 

「あれ?」

 

 一度額縁を元に戻し、落ちた物を拾い上げる可奈美。

 

「何だろ? これ」

「どうしたの?」

「こんなところに何か入っていたんだけど」

 

 可奈美はそれを広げた。

 古びた四つ折り紙。右下には地図らしきものが残りの三面には、それぞれ別々の記号が記されている。

 覗き込むココアも、可奈美と同様疑問符を浮かべていた。

 

「地図と……これは、お店のマーク?」

「ラビットハウスと……あ、これって紗夜さんが働いているお店」

 

 マークに検討を付けた可奈美。ココアが「きっと甘兎庵だね」と補足し、改めて紙を分析する。

 直線による図形が無数に記入されており、見滝原___特に、この木組みの街地区の地図にも見える。

 

「ちょいっとオレも拝見……コイツは……シストの地図だな」

 

 コウスケが覗き込みながら言った。

 

「シスト?」

「地図に宝物があるだろ? ほら、ここ」

 

 コウスケはそう言って、地図の一点を指差す。

 

「この地図を作った奴が、ここにあらかじめ宝物を置いておくんだ。んで、地図を持った奴が宝物の中身を自分のものと交換して、また地図をどこかに隠す。まあ、木組みの街じゃたまにある文化だって有名だぜ? ま、宝探しだな」

「お前はやったことあるのか?」

「昔ダチん家行った時にな」

 

 コウスケは懐かしむように頭の後ろで手を組む。

 

「実家は見滝原じゃねえけど、ダチがこっちに住んでたからな。ちょくちょく遊びに来てたぜ」

「チノちゃんはやったことあるのかな?」

「ありますよ」

 

 チノが、そう言いながらホールへ降りてくる。

 私服に着替えた彼女は、可奈美が手にする地図を見下ろす。

 

「懐かしいですね。街にいくつ地図が隠されているんでしょう?」

「そんなに沢山あるのか……」

「ま、そりゃそうだろ」

 

 コウスケが苦笑する。

 

「木組みの街だと、恒例行事みてえなもんなんだろ? 昔から喫茶店を営んでいるんだ。やってねえ方が驚きだぜ」

「この街では、みんなやったことあるんだ……私も、やってみたい」

 

 ココアが泣きだしそうな顔で呟いた。

 

「へえ、いいじゃん。可奈美ちゃんも行ってきなよ」

 

 ハルトはそう言って、可奈美が手にしている雑巾を取り上げる。

 

「後は俺がやっておくから」

「ダメ! ハルトさんもやろうよ!」

「え? いや、俺もう大人だし……」

「いやいや、ハルトさんにも参加してもらうよ!」

 

 可奈美だけではなく、ココアもまたハルトの背中を押す。

 

「ちょ、ココアちゃんまで……!」

「そうですね。私も、このシストに少し興味があります」

 

 チノはココアの頬に頭を押し付けながら呟く。ココアが目を輝かせているが、それに構わずにチノは続ける。

 

「今度、皆で行きましょう」

「いいの? また別の日になるよ?」

「全然! そっちの方が楽しいよ!」

「私も! ハルトさん、一緒に行こうよ!」

 

 可奈美がハルトの肩を揺らす。

 二人に強く押されたハルトは困り果て。

 後日、シストに行く約束を交わすのだった。




響「美味しいよ~! 寄って行って見て行って!」
キャスター「……ランサー?」
響「キャスターさんッ!? 何でここにッ!?」
キャスター「マスターは放っておけば何も食べないものでな。私が立つしかない」
響「へ、へえ……」
キャスター「お前はここで日雇いか?」
響「ちゃんとしたアルバイトだよッ! コウスケさんに注意されたんだよね、そろそろバイトくらいしてくれって……」
キャスター「……近頃のサーヴァント、全員働いているな」
響「友奈ちゃんは新聞配達、真司さんはファストフードだよね? キャスターさんは?」
キャスター「マスターの指示だ。色々と調査している」
響「調査? ……あッ! そろそろ時間だッ!」
キャスター「時間?」
響「そうッ! はい、この半額シールを張るとあら不思議ッ!」



___賭けろPRIDE 死ぬまでオオカミ 負け犬に成る つもりはない___



キャスター「……何だこれは? 弁当を狙う客たちの動きがおかしい……」
響「これこそ、聖杯戦争にも匹敵する、半額弁当争奪戦ッ!」
キャスター「まさか、タイムセールの弁当を狙っているのか? こんな時間帯に?」
響「そうだよッ! ここは狼って呼ばれてる人たちが拳と拳を交えて、己の拳を賭けて戦っているんだよッ!」
キャスター「バカな……」
響「かくいう私も、非番の日はよく参加しているよッ! でも、氷結の魔女って人には結構相打ちになってるんだよッ!」
キャスター「お前ほどの武術の才を極めている者が同格の一般人……?」
響「これこそ、ベン・トーッ! 特に2011年10月から12月までは熾烈を極めていたんだってッ!」
キャスター「重ねて聞くが、何故奴らはここまで苛烈な戦いをしているんだ?」
響「キャスターさん、それは当然だよ……ッ! だって、お弁当は……聖杯戦争以上の戦いだからッ!」
キャスター「参加者の……しかも、反対派とは思えない発想だが……」
響「拳でぶつかり、そこからその人のことが分かるッ!これぞ、青春ッ!」
キャスター「ほう……面白い」
響「キャスターさん?」
キャスター「手加減してやる……私も、参加させてもらおうか……!」
響「わーッ! キャスターさんがッ! 他の人たちを一瞬で蹴散らしたッ!」


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シスト

「さあ! 宝物を見つけよう!」

「おおっ!」

 

 号令を上げるココアへ、可奈美が大きく頷く。

 シストの地図を発見した数日後。

 学校を終えたココアたちと合流し、ハルトと可奈美はそれぞれ私服で訪れていた。

 可奈美たちから誕生日プレゼントということで受け取った上着。あれから外出するときは、ほとんどこの上着を着用している。

 

「ココアさん、少し落ち着いてください」

 

 チノが宥める。

 興奮したココアは、目を輝かせながらコピーしてきた地図を広げた。

 ラビットハウスで悠久の時を共にしてきた地図は、少し手荒に使ってしまえばあっという間に粉々になってしまいそうで、手にするだけで神経を使う。

 そのため、今回は写真で撮影したものをプリントして持ってきていたのだ。

 

「それで、宝物はこの地図に書かれているところにあるんだね」

 

 ハルトは地図を覗き込む。

 スタート地点だと思われるラビットハウスや、目印になっているのであろう甘兎庵。

 

「はい。それで、その中にある宝物と、自分で用意した宝物を交換するんです」

「宝物かあ……何があるのか、すっごいワクワクするね!」

 

 可奈美が胸元で拳を握る。

 

「それで、皆は何か交換する宝物はあるの? 俺はこれだけど」

 

 ハルトはそう言って、手製の指輪を差し出した。

 以前、指輪を作ろうとした際にできた失敗作。魔法の力は宿っていない。だが、プラスチック製の指輪にも見えるから、玩具の指輪程度の役割は果たせるだろう。

 一瞬可奈美がぎょっとしたが、咳払いをして自分のものを取り出した。

 

「私はこれ! 手製の剣だよ!」

 

 それは、手のひらサイズの剣の模型だった。

 材料は粘土だろうか。可奈美が手作りしたのだろうが、ところどころ拙い曲線が混じっているが、一見はミニチュアの剣に見える。

 

「すごい拘り……」

 

 持ち手や柄には、若干粗削りではある。だが、その刀身部分だけは直線的に造形されており、もしや本物の剣で研いだのではと感じてしまった。

 

「可愛いね! これ、可奈美ちゃんが作ったの?」

「うん! それで、ココアちゃんは?」

「ティッピーの抜け毛で作った分身ティッピー!」

 

 ココアはそう言って、指二本に挟んだ毛玉を見せつける。

 

(他人からしたら一番反応に困るやつだ……)

 

 ハルトは思ったことを飲み込んで、チノへ視線を移す。

 

「チノちゃんは?」

「これです。難破船のボトルシップです」

 

 そう言って、チノは手のひらサイズのボトルを見せた。

 中には、とても細かく作られた難破船があり、荒れた海の中で航海を続けていた。

 

「細かっ! これ、チノちゃんが作ったの?」

「はい」

「チノちゃん、ボトルシップ大好きだからね」

「他にもパズルや小型チェスも考えました」

「老後も安心の趣味だね」

 

 ハルトは「ほーっ」と感心して、チノのボトルシップを見つめる。

 青い水面に白い波と、海を表現する条件を軽く満たしているそれは、果たして何で出来ているのかが気になってきたハルト。むしろ持ってきた指輪を彼女の難破船と交換したい欲求に駆られてしまう。

 

「そういえば、こういうの作ってるって言ってたね。もはや匠の技に見えてくる」

「さあ! それじゃあ早速、探しに行こう! シストスタートだよ!」

 

 

 

「全然全くこれっぽっちも分かんないよ!」

 

 可奈美が叫んだ。

 かれこれ三十分も木組みの街を練り歩いているが、地図が指し示す場所に辿り着かない。

 ラビットハウスをスタート地点として、木組みの街を隅から隅まで進む。だが、地図に記されている次の目印が見当たらない。

 

「ブロックが…三つ、四つ……」

 

 通過するブロックを何度も数え、ハルトは「やっぱりここだよね」と選んだ通路で足を止める。

 

「でも、この通路行き止まりなんだよね……ねえ、チノちゃん。これってどこのことかわかる?」

「甘兎庵以外の手がかりが書かれていないので分かりません……」

 

 ハルトへ、チノが答える。

 木組みの街生まれの彼女でさえ、地図の地形にピンとこないようだった。

 

「地図の配置から、この辺りだと思うんですけど……」

「甘兎庵とラビットハウスから見て北側でしょ? これでいいはずなんだけどね」

「私もちょっといい?」

 

 可奈美が声をかける。

 ハルトは「はい」と、地図を手渡す。

 

「……あれ? ハルトさん、これ、こっちじゃない?」

 

 可奈美は何度か地図と通路を見比べ、全く別の方角を指差す。

 

「え? そっち?」

「うん。だって、ここがこうで、あれがあの建物でしょ?」

 

 可奈美は地図に一際大きく書かれているブロックと、少し離れた建物を指し示した。

 ハルトは目を見開きながら可奈美が手にする地図を見下ろす。

 ハルトから手渡された時の都合から、ハルトが見ていた時から九十度傾いている。

 

「この地図、上が北じゃないの!?」

「うん。私もちょっとわからなかったけど、こっちから見た方が、ラビットハウスからだと分かりやすくない?」

「地図って、東西南北方角が決まっているものだと……」

「でも確かに、子供が描いたものですからね」

 

 チノはそう言って、可奈美が下した地図に視線を落とす。

 

「可奈美さんの話が正しいとすると、むしろ甘兎庵とは逆方面ですね」

「……ってことは、甘兎庵のマーク、そもそも目印でもないの!?」

「これまた子供が作ったものだから、好きなお店のマークを書き入れたんですね。ちょっと可愛いです」

 

 チノがくすりとほほ笑む。

 

「それだとすると、もしかしてスタート地点のラビットハウス自体が気まぐれで描いたものである可能性まで浮上してくるんだけど……」

「それは大丈夫ですよ。地形から、ラビットハウスは間違ってなさそうですから」

 

 チノが補足した。

 危うく当てのない旅になるところだったハルトはほっと胸を撫で下ろす。

 

「それにしても、何でウチの額縁にシストの地図なんてあったのかな?」

 

 ココアが頬に指を当てながら呟いた。

 チノが「そうですね」と少し考えだす。

 

「現物はかなり古かったですし、あの絵が置かれたときに入れられたのでしょう」

「でも、私たちあの絵何度も掃除しているよ? よっぽど固定されていたんだね」

「そうですね。父に聞いたところ、あの絵は祖父が若いときに書いたそうです。もしかしたら、祖父の代のシストなのかもしれません」

「それじゃあ、もしかしたら何十年も前の人たちの宝物があるのかもしれないね!」

「何十年も前の人たちか……」

 

 ハルトはココアの言葉を繰り返す。

 

「それは確かにロマンを感じるね。もしかしたら、今じゃ手に入らないお宝があったりして」

「そう考えると、ますます楽しみになって来たね! これまで止まっていた分、取り戻すよ!」

「あ、待ってココアちゃん!」

 

 先にぐいぐいと急ごうとするココアを、ハルトが止める。

 

「これ……もしかして、道じゃなくて川なんじゃない?」

「ええ!?」

 

 ハルトの指摘に、ココアは口をあんぐりと開けた。

 

「だって、よく見たらここ通路が塞がってるし。丁度逆側に川があるじゃん」

「え? でも、この道を追いかけてみれば……」

「子供の地図ですから……」

 

 少し口をきっと結びながら、チノが擁護に走る。

 つまり、これから先はこれを書いた推定少年期のチノの祖父の間違いも考慮しながら進まなければならないということになる。店のマークのみならず、地形までも。

 

「だったら、あっちが……いや、でも形が違う……それとも、この縮尺ミスも子供の勘違いで済ませていいのか?」

 

 ハルトはぶつぶつと地図を見ながら周囲を探す。

 やがて走り出し、壁にぶつかってはまた別の方向へ足を回転させる。

 

「いや、こっちには確か……だから、この形の場所の候補は……」

「ハルトさん……一番張り切ってる……!」

 

 ハルトを見ながら、ココアが唖然とする。

 

「とても楽しそうですね」

「うん! 今までは、私たちにちょっと遠慮しているみたいだったもんね!」

 

 ココアとチノの反応に、ハルトは足を止めた。

 そんなハルトの袖を、可奈美が引っ張った。

 

「ハルトさんハルトさん。良かったね、前から変わったって」

「……そうだね」

 

 ハルトはほほ笑む。

 ココアとチノ。

 聖杯戦争に決して関わることのない彼女たちは、それぞれ他愛のない話をしている。

 

「……やっぱり、二人には隠しておくの? ファントムのこと」

「そうだね」

 

 ハルトは静かに頷く。

 やがてココアは叫び出し、チノに抱き着いている。チノが呆れた顔をしながらココアを抑えているが、満更でもないようで、それほど強くは抵抗してない。

 

「二人……というより、聖杯戦争に関わりのない人にとって、俺はただの喫茶店の店員だよ」

「そうだね。私も刀使じゃなくて、ただのサバ読みのフリーターだからね」

 

 実年齢十四歳、ラビットハウスの経歴書記載年齢十六歳の可奈美が言った。

 

「そろそろ行くよ、二人とも」

 

 ハルトが声をかけると、二人は慌ててハルトへ駆け寄ってくる。

 

「うん! 行こう!」

「ココアさん、ちゃんと探してください」

「まあまあ。折角だし、ゆっくりやろうよ」

 

 ハルトは改めて地図の道に指を当てる。何度も今いる道と地図の道の形を確認し、やがて「こっちだ」と急ぎ足で曲がり角を曲がる。

 そのとき。

 

「きゃっ!」

 

 丁度、曲がり角から来ようとしていた人物とぶつかりかける。倒れかけた相手の手を取り、何とか支える。

 

「ご、ごめんなさい!」

「こちらこそ……松菜さん?」

 

 自らの苗字が呼ばれると同時に、相手の長いウェーブかかった髪が手首に触れる。

 

「紗夜さん?」

 

 聖杯戦争の元参加者、氷川紗夜。

 ラビットハウス付近にある甘味処で住み込みのバイトをしている少女。

 もう少しでハルトの背丈に届きそうなほどの長身の彼女は、その長い前髪をくるくると指で弄び始めた。

 

「お、お久しぶりです」

「そうだね、久しぶり。元気?」

「は、はい……」

 

 彼女は、ハルトと目を合わせてくれない。一方、彼女の視線は逃げるように可奈美やココア、チノに注がれていた。

 

「保登さんに衛藤さんも……ここで何を?」

「シストだよ!」

 

 ココアが明るくハルトが持つ地図を指差す。

 

「私たちやったことなかったから、チノちゃんに可奈美ちゃん、ハルトさんと一緒に回ってるの!」

「シスト、ですか……」

 

 紗夜は顎に手を当てながら頷いた。

 

「紗夜さんはやったことある?」

「幼い頃に何度か……でも、日菜がすぐに見つけるから、経験と呼べるほどではありませんね」

「ああ……」

 

 彼女の返答に頷きながら、ハルトは紗夜の妹を思い浮かべた。紗夜と同じ顔ながら、紗夜とは真逆に明るさが服を着たような少女、氷川日菜。彼女ならば、子供向けの謎解きなどあっという間に解けるだろう。

 そんなハルトと紗夜の間に、ココアが顔を入れた。

 

「ねえ! 紗夜ちゃんも一緒にシストに参加しようよ!」

 

 明るい笑顔のココア。そんな笑顔に迫られれば、きっと紗夜もはっきりと断りを突っぱねることはできないだろう。

 

「まあ、今日は急ぎの予定もないですし……夕方までに帰れればいいですよ」

「やった!」

 

 手を叩くココアが、紗夜に抱き着く。

 

「それで、場所はここなんだけど、紗夜さん分かる?」

 

 ココアがハルトの手にある地図を引っ張り、紗夜の目の前に押し出す。

 少し考えた紗夜は、「そうですね」と頷いた。

 

「まあ、見当は付きますけど……しかし、参加するなら、私も宝物が必要ですね。何かあったかしら……?」

 

 紗夜はそう言いながら、自らの腰に付けたポーチを探る。やがて、ゴソゴソと中を掻きまわしていた彼女は、「ありました」と何かを取り出した。

 

「それは?」

「ピックです」

 

 紗夜が手にしているのは、黒い三角形に近い形をしたプラスチックだった。とても小さなそれは、ハルトには全く見当の付かない物だった。

 

「ピック?」

「なにそれ?」

 

 ハルトと可奈美が同時に首を傾げた。

 

「ピックって、ギターのピック?」

 

 ココアが紗夜の指を覗き込みながら尋ねた。

 

「ギターのピック?」

「ほら、ギターって、鳴らす時手に小さいパーツをもってやるでしょ? あれ、ピックって言うんだよ」

「……ギターって、指でやっているんじゃないんだ」

 

 ハルトは自らの無知を思い知りながら、紗夜のピックに手を伸ばしてみる。

 紗夜からピックを借りたハルトは、その表裏を眺めてみる。

 

「ギターって、これで奏でるんだね。それじゃ、音楽好きな人とかにとってはお宝かも」

 

 紗夜へピックを返しながら、ハルトは頷いた。

 受け取った紗夜は、ピックをポーチに入れ直す。

 

「松菜さん、少し変わりましたか?」

「へ?」

 

 その問いに、ハルトは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 

「そう?」

「どうしてでしょう……何か、明るくなったような……?」

 

 紗夜の発言に、ハルトはどこか胸の内が熱くなるような感じがした。

 表情が変わってしまう前に、ハルトは口走る。

 

「そ、それじゃあ紗夜さんを加えて、シスト再開といこっか!」

 

 誤魔化した。

 そんな顔をしているのは、クスクスと肩を揺らす可奈美だけだった。




ハルト「さてと。それじゃあ、この道はこのまま真っすぐでいいのかな」
ココア「あ!」
ハルト「お? 何か手がかりが……」
ココア「美味しそうな和菓子屋があるよ!」
ハルト「っておおい! 寄り道候補かい! しかもこれ、和菓子じゃなくて洋菓子じゃない?」
可奈美「これは見逃せないね!」
ハルト「今じゃなくても良くない?」
チノ「全く。ココアさんも可奈美さんも仕方ないですね」
ハルト「そうだよねえ。
チノ「敵情視察です。早速入りましょう」
ハルト「……チノちゃん結構ココアちゃんに似てるとこあるよね」
チノ「え」
ココア「わあああ……チノちゃああああん!」ムギュッ
チノ「やめてください、抱き着かないでください」
可奈美「私もー!」ギュッ
ハルト「おしくらまんじゅう……で、行くの? 行かないの?」
三人「「「行く!」」きます!」
ハルト「猛烈な勢いで息合ってる……じゃ、入るよ。えっと、ストレイキャッツか……何の猫だ?」
ココア「私達はウサギ代表として、猫ちゃんに挑戦だよ!」

___チリーン___



???「いらっしゃいませ」



___はっぴい にゅう にゃあ はじめまして キミにあげる 最初のオーバーラン 逃げるから 追い掛けて まぁるい世界___ 



ハルト「すごい耳に残るBGMだな」
可奈美「このお店のテーマソングかな?」
???「まあ、そんなところです。ご注文はいかがいたしますか?」
ココア「ウサ……猫ちゃんで!」
???「ああ、それでしたら……」
ハルト「いるの!?」
???2「二回死ね!」
ハルト「うわビックリした!」
???「ああ、すみません。ウチの店員がモノに当たり散らしているんです」
ハルト「な、なんてやりすぎな……」
???「素直じゃないひとなんで。あ、そうそうそろそろ紹介か」
ハルト「無理矢理路線変更したな……」
???「迷い猫オーバーラン! 2010年の4月から6月放送!」
ハルト「こんな洋菓子店に勤める二人の幼馴染と、拾われてきた猫みたいな女の子の話か……」
???2「百回死ね!」
???「そしてこれは、その幼馴染が本当に怒った時の声です」
ハルト「古き良きツンデレ……」


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ホビットの穴

今年ももう終わりか……割と苦戦してますが、年内もうちょっと投稿します


「はむっ!」

「おいひい!」

「はい」

 

 三人の少女たちは、笑顔でそれを頬張る。

 プレーンシュガー。洋菓子店でテイクアウトしたそれを、彼女たちは次々に味わっている。

 

「結局寄り道しちゃったね。随分色々と」

 

 ハルトは三人が美味しそうに食べているのを眺めながら、自らもその砂糖菓子を口にする。

 ざらざらとした口触り。

 どれだけ人間に近づこうとしたとしても、怪人、ファントムである事実がある以上、彼女たちと美味しいという気持ちを共有するのは難しい。ざらざらとした下触りから、砂利を飲み込んでいるようだった。

 

「ハルトさん……」

「大丈夫。これが甘くておいしいことは知ってるから」

 

 かつて、可奈美と体が入れ替わったとき。これまでの一生で一度のみ、ハルトは味覚を味わった。それが、真司が差し入れてくれたこのプレーンシュガーだった。

 もう、あの味覚を味わうことはできない。

 それを改めて受け止めたハルトは、味のない砂利団子を全て平らげた。

 丁度それと等しいくらいの時、チノが足を止めた。

 

「……ここですね」

 

 地図を見下ろしながら、チノはその場を探り当てた。

 そこは、長い塀が並ぶ細道。地図によれば、この場所が宝物のゴール地点らしい。

 結局、ラビットハウスと甘兎庵の目印も、大して役に立たなかった。方角が分からない中、子供の記憶を頼りに描かれた地図を地形だけで判別しながら来るのは骨が折れた。

 

「この穴を通るの?」

「結構小さいね」

 

 可奈美とココアは、穴を覗き込みながら言った。

 

「ここから入るとどこに行けるの?」

「すぐに宝物の場所らしいけど、越えた先の詳細が大きな点で潰されて分からないかな」

 

 ハルトはチノが持つ地図を覗き込みながら答えた。

 

「よっぽど興奮して描いたんだろうね。周囲の地形を塗りつぶすレベルでゴール地点書いてるし」

「そうですね。それにしてもこの穴、おじいちゃんの時からずっとあったものでしょうか?」

 

 チノは静かに屈む。

 彼女の長い髪がもう少しで地面に付こうとするレベルで姿勢を低くしないと潜れないレベルだった。

 

「そうなんじゃないかな? この穴をくぐっていくこと以外のことは想定してなさそうだし、この地図を描いた子、この目的地には毎回この穴を通っていたみたいだね」

 

 ハルトがそう分析している間にも、チノは腕の力を駆使し、穴を通り抜けていった。彼女の足までが塀の向こうへ吸い込まれていった直後、彼女の声が届いてきた。

 

「こっちも裏路地です。でも、そっちの道よりもかなり狭いですね」

「一体何の用途で作られた道なんだよ」

 

 ハルトは頭を抱える。

 

「きっと、昔の人たちの遊び心で作られたんだね!」

「かなり狭い通路ですけど、ここからすぐでしたね。皆さんも早く」

「分かった! 待っててねチノちゃん!」

 

 ココアが元気に抜け穴をくぐろうとする。だが、狭い回廊でココアが屈むことはどうやら難しいらしい。今度は通路に反って屈んでみるものの、それでも今度は塀の向こう側とぶつかってしまったようで、立てなくなってしまった。

 

「あ、あれ? 意外と体がつっかえちゃう……」

「え? そう? 私がやってみてもいい?」

 

 ココアに代わって、可奈美が名乗り出る。四つん這いとなり、肩の少しから穴に入っていく。ハルトがもう一度目を反らす瞬間、彼女の姿もまた穴の奥へ入っていった。

 

「うん、意外と入れる」

「なんで可奈美ちゃんはオッケー!?」

「可奈美ちゃんが通れるんなら、体格も近いココアちゃんもいけるんじゃない?」

「そのはずなんだけど……あ、あれれ……?」

 

 確かに、体格はほとんど等しい。

 だが、またしても抜け穴につっかえたのか、ココアは肩から先には入れないようだった。

 

「そんな……!? 私と可奈美ちゃんの、一体何が違うというの……!?」

「まあ、常日頃から剣術修行している可奈美ちゃんと、日々ラビットハウスの業務で鍛えているとはいえ、普通の学生のココアちゃんじゃあねえ。多少は柔軟性に差は出るでしょうよ」

 

 ハルトはそう分析する。その場から退いたココアに代わり、両手で抜け穴の大きさを測る。

 

「これは……確かに狭いね。ココアちゃんが無理なら、俺と紗夜さんも無理かな」

「「ええっ!?」」

 

 壁を挟んで、両側から可奈美とココアが同時に声を上げた。

 ハルトの隣で膝を折った紗夜も頷いた。

 

「そうですね。私では、この穴は潜れません」

「どれどれ……やっぱこりゃ無理か……そっか……ここまできて無理かァ……!」

 

 ハルトはもう一度自分の体で試し、その事実を再確認する。

 屈もうとすると、背後の壁に挟まれ、身動きが取れなくなる。よしんば屈めたとしても、今度はすぐ先にある通路との狭間で起き上がれなくなりそうだ。

 

「ここまで来て、無理だったかあ……」

「松菜さん、落ち込まないでください」

「そうだよ! もしかして、ここはホビットたちが通る道! 私達のためのルートがあるかもしれないよ!」

 

 項垂れるハルトを、ココアと紗夜が必死に慰める。

 

「他のルート……そうだね。他のルート探してみるしかないね」

 

 ハルトは頼るのを地図から自身の視覚へ変更する。

 この街のブロック自体はそう複雑な形をしているわけではない。少し遠回りをすれば、きっと可奈美とチノと合流できるだろう。

 

「いや、でも門前払いされちゃったのがちょっと残念」

「そう……ですね」

「チノちゃん! 可奈美ちゃん!」

 

 すると、ココアが塀の向こうの二人へ呼びかける。

 

「はい」

「なにー?」

 

 可奈美とチノは、それぞれ声を返した。

 

「待っててね! お姉ちゃんが、別の道から会いに行くからね!」

「はーい! 待ってるね!」

 

 可奈美が元気な声で答えた。

 

「さあ! ハルトさん紗夜ちゃん! 妹たちが待つ向こう側に急ぐよ!」

 

 チノはそう言いながら、ブロックを出ていく。

 彼女を追いかけ、ハルトと紗夜も彼女に続く。

 大きく道を回り、角を曲がり。

 ココアの目の前に出現したのは、灰色の顔。

 

「____」

「きゃあああああああああああああっ!?」

 

 灰色のそれが呻き声にも近い声を上げると、ココアがつんざくような悲鳴を上げる。

 一方、灰色のそれは、首を左右に揺らしながら、手にした槍をココアへ振り上げる。

 

「ココアちゃん!」

 

 顔を真っ青にしたハルトは、彼女へ駆けだし、その槍を素手で掴み、ココアの頭から反らす。

 

「はあっ!」

 

 同時に、一気に蹴りを放つ。バランスを崩し、裏路地より大通りへと転がった怪物を追いながら、ハルトも大通りに躍り出る。

 

「グール……」

「か、怪物……!」

 

 グール。

 それは、知能を持たない怪物。

 起き上がり、ハルトへ狙いを変えた怪物は、そのまま槍で突撃してくる。

 ウィザードは槍先を掴み、その頭部を蹴り飛ばす。

 一瞬目が赤くなったハルトの蹴りは、グールの頭から全身を砕く。

 

「やっぱりファントム……!」

 

 すぐ近くに、いた。

 黒い胴体の怪人。コウモリのように耳が大きく、石碑のような色味のそれは、胴体に刻み込まれた無数の目で獲物を探していた。

 

「片っ端から絶望させろ!」

 

 手にした剣を振り上げるファントム。

 魔力を持った人間、ゲートを絶望の末、自らと同じ怪物にしようと画策するそれは、周囲に灰色の下級ファントム、グールたちを従えながら、どんどん人々を追い立てる。

 

「待て!」

「待って! ハルトさん!」

 

 飛び出そうとするハルトを、ココアが止める。

 

「どこ行くの!? 危ないよ!」

「それは……まだ逃げてない人が……!」

「保登さん、大丈夫です。それより、私達も逃げましょう!」

 

 追いついてきた紗夜が、ココアの手を掴む。

 

「紗夜ちゃん! でも……」

「大丈夫です! 松菜さんも、逃げ際は分かっていますね?」

 

 紗夜とハルトの目が合う。彼女の目は、ハルトへ一点の曇りもなかった。

 

「……うん! もちろん! ココアちゃん、チノちゃんにはこっちに来ないように伝えておいて!」

 

 それ以上ココアの返答を待つことはない。

 紗夜がココアを元居た路地へ連れ戻していくのを横目で見送りながら、ハルトは腰のホルスターから指輪を取り外す。

 

『コネクト プリーズ』

 

 指輪は、即座にベルトのホルスターに押し当てられる。

 すると、発生された音声が魔術の詠唱となる。魔法陣が出現し、ハルトがそこに手を突っ込むと、その中から銀の銃が姿を現した。

 ハルトが体を大きく振るいながら発砲。すると、銀の銃弾がそれぞれ意思を持つかのように、グールたちを撃ち抜いていく。

 ウィザーソードガン。

 それを回転させながら肩にかけるころには、ファントムはすでに足を止め、ハルトへ目を向けていた。

 

「お前、一体何者だ!?」

「通りすがりの魔法使いだよ」

「魔法使い……? そうか、お前が指輪の魔法使いか!」

 

 ファントムは目をギラギラと輝かせる。

 

「こいつはいい。あの魔法使いを絶望させたとすれば、このアルゴス様も名があがるってもんだ」

 

 アルゴスと名乗ったファントムが、何度も頷く。

 

「できればね?」

 

 ハルトはそう言いながら、別の指輪を腰に押し当てる。

 すると、あらかじめ付けられた指輪がベルトに作用し、その魔法の力の断片が露わになる。

 

『ドライバーオン プリーズ』

 

 銀でできたその銀のベルト、ウィザードライバー。

 中心部に黒い掌を象ったバックル、その左右に付いているレバーを操作した。すると、ウィザードライバー内部に仕組まれている機構が操作される。

 すると、ウィザードライバーの手の形をしたバックルが反転する。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 ベルトより、流れるようなハイテンポな音声が流れていく。魔法の詠唱を本人に代わって行うシステムに構うことなく、ハルトは腰のホルスターからルビーの指輪が左手に取り付けられる。

 ルビーの指輪に下ろされるカバー。それはまるで、ルビーの顔のように見えるが、その中心部には赤い装飾も追加されていた。

 再びハルトの目が赤く染まり、その顔に薄っすらと人の道を外れた紋様が浮かび上がる。

 

「俺はもう……自分のことを自分自身に隠したりしない」

 

 内に秘めた魔力を半分露わにしながら、ハルトは叫んだ。

 

「変身!」

『フレイム ドラゴン』

 

 そして、指輪を当てるとともにベルトより発動する魔法。

 深紅の魔法陣が指輪より発生するのと同時に、ハルトの体から、赤いドラゴンの形をしたエネルギーが飛び出す。

 ドラゴンのエネルギーはハルトの体を旋回しながら、そのまま吸い込まれていく。

 同時に魔法陣がハルトの体を通過していく。

 

『ボー ボー ボーボーボー』

 

 ウィザード フレイムドラゴン。

 ルビーの仮面を付けた、ドラゴンの頭部を模した胸元が特徴のそれは、その深紅のローブを翻す。

 それが、進化した新たなウィザードの姿だった。



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冬への逆行

「行くよ……!」

 

 ウィザードは、銀の銃剣を構える。ウィザードライバーと同じく、手のオブジェが開く。

 

『キャモナシューティングシェイクハンド キャモナシューティングシェイクハンド』

 

 歌い出す銀の銃剣、ウィザーソードガン。即座に指輪を当てることで、魔法がウィザーソードガンに適用される。

 

『コピー プリーズ』

 

 魔力により複製されるウィザーソードガン。

 二本のウィザーソードガンを駆使し、ウィザードはグールたちの軍勢へ切り裂いていく。次々に火花を散らしながら、グールたちは次々に倒れていく。

 

「ちぃ……だったら!」

 

 アルゴスはその無数の目を光らせる。

 すると、その体から目が飛び出す。それらは素早い動きでウィザードの剣先を翻弄し、その中から紫の光線が放たれる。

 

「ぐっ……!」

 

 背中から散る火花。怯んだウィザードは、振り向きざまにウィザーソードガンを大きく振るう。

 斬撃が赤い軌跡を描き、その道中にあった目を一気に破壊する。さらに、ウィザーソードガンをガンモードに切り替え、次々に撃ち落していく。

 

「だが、まだグールはいくらでもいる……やれ!」

 

 アルゴスが宣言した通り、グールはいくらでも出てくる。次々に現れてはウィザードへ駆け込んでくる。

 ウィザーソードガンを下ろしたウィザードは、腕を左右に大きく広げる。

 

「はああ……っ!」

 

 円を描くように腕を回転させると、紅のローブのところより炎が迸る。それはそのまま、ウィザーソードガンへ注がれていく。するとウィザーソードガンの刃は、深紅の炎に満たされていく。

 

「だあああっ!」

 

 大きく振り降ろされる刃。

 するとそれは、二重の弧を描き、全てのグールを切り裂き、爆発させる。

 

「すごいなこれ……今までのスラッシュストライクくらいの威力じゃないか?」

 

 ウィザードはそう言いながら、ウィザーソードガンを見下ろした。

 だが、アルゴスもまた剣を構え、ウィザードへ斬りかかってきた。

 ウィザードはアルゴスの剣を受け流し、逆に二本の刃を交差させる。火花が散り、アルゴスは大きく後退していく。

 再びウィザードは、両手を大きく広げる。

 再び深紅のローブに、炎の魔力が宿る。

 今度はウィザーソードガンの刀身に集中していく魔力。

 斬撃の一つ一つに炎の残滓が残るほどの威力となるそれは、アルゴスやその援護として繰り出してきた眼球を斬り落としていく。

 

「正面では敵わない……!」

 

 アルゴスの判断は早い。

 彼はウィザードとの直接戦闘を諦め、すぐさま残ったグールたちへ号令を下す。

 

「グール共! 奴は無視しろ! とにかくゲートを絶望させろ!」

「えっ」

 

 アルゴスの声に従い、グールたちが一斉にウィザードから離れていく。

 彼らの目先は、まだ避難がなされていない地区。まだ脅威に晒されていない人々が、グールの姿を見るや否や逃げ出している。

 

「こっちに集中してよ!」

 

 ウィザードは大きくジャンプし、グールたちの前に飛び出る。振り向きざまに赤い斬撃で、数体のグールを爆発させた。

 

「こうなったら、新しい指輪の出番かな」

 

 ウィザードはそう言って、これまで指を通したことのない指輪を手にする。

 

『ルパッチマジックタッチゴー ルパッチマジックタッチゴー』

 

 ウィザードライバーが操作され、その手の向きが入れ替わる。

 魔法の発動条件である魔術詠唱がなされ、ウィザードが掲げた指輪の魔法が発動する。

 

『エキサイト プリーズ』

 

 新しく作り上げた魔法。

 魔法陣がウィザードの全身を覆い、その効力が発動する。

 魔力でみなぎるウィザードの体。それは、真逆の性質である筋肉によって作り変えられていく。

 果たしてそこには、上半身のみが巨大化したウィザードがいた。逆三角形のマッスルボディを誇る、強烈なインパクトを放つウィザードが。

 

「ええっと……こういうときは、こういうポーズすればいいのかな?」

 

 うろ覚えのサイドチェストを披露し、拳を固めてグールたちを叩き潰す。

 魔法(物理)の力が、次々とグールたちを拳の染みにしていく。ウィザードの張り手が、文字通り数体のグールたちをペラペラに押しつぶしていく。

 

「は……はは。凄いな、これ」

 

 魔力の効果が切れた。

 本来の姿のウィザードなのに、少し寂しく思える。

 折角最近強くなったのになあ、とウィザードは自らの赤いローブを振る。

 

「さて……最後はお前だけかな」

 

 ファントム、アルゴス。

 もう、先回りしてゲートを狙うことは難しいと認めたのだろう。そのすべての目が、ウィザードを向いている。

 

「さて……どの魔法で行こうか?」

 

 新たな指輪へ手を伸ばそうとしたとき、ウィザードはその手を止めた。

 

「え?」

 

 おかしい。

 そう感じたのは、ウィザードだけではないようだ。

 アルゴスも、たちまちに色を変えていく周囲に目を見張る。

 

「何だ? いきなり、冬に逆戻りしたのか?」

 

 そうとしか思えない。

 五月の大型連休も終わったというのに、体が震えを覚えるような気温になっていたのだ。

 やがて、寒さの象徴たるものが、視界に飛び込んでくる。

 

「……雪?」

 

 白く儚い気象現象に、ウィザードは思わず手を伸ばした。

 手のひらの一点を白く染め、瞬く間に溶けていくそれ。

 溶けていく雪の結晶を胸元に引き下ろすと同時に、今度は世界が白く染まり出す。

 足元が徐々に色を変え、温かい色を書き換えていく。木組みの街の花々しい世界が、一瞬で氷のオブジェに生まれ変わっていく。

 

「これは……!?」

「騒がしいな……」

 

 そして響く、低い女性の声。

 振り向けば、真っ先に兎のような長い耳が目に入った。

 それを生やすのは、兎ではなく人間。肩まで伸ばした白い髪と、同じく白と灰色の服装は、ローブと呼称していいのか疑問符が浮かぶ服装の女性。ところどころボロボロに擦り切れており、その先端部は擦れなどの汚れも溜まっていた。

 だからこそ、右腕に付けられているオレンジ色のマフラーがとても異彩を放っていた。

 鼻のところに深い切り傷___それは切り傷なのだろうか。カサブタにしては、とても光沢があるように見える___を走らせた彼女は、冷たい目でウィザードを、そしてアルゴスを睨む。

 

「……」

 

 ウィザードは思わず、ウィザーソードガンを下ろす。

 これまでの経験則から、ウィザードは知っている。

 今、この見滝原において、彼女のような目をした人物は、ウィザードと同じく……

 

「何だお前? わざわざ絶望しに来たのか?」

 

 どうやらアルゴスは、彼女の出現と現在の環境変化が結び付いていないらしい。

 手にした剣を女性に向けながら、再生した目がその身より飛び出す。さらに合わせて、魔力が込められた石を女性の周囲に投げつける。

 

「グール共!」

 

 アルゴスの掛け声とともに、魔石がグールへと成長する。それぞれ槍を構え、徐々に距離を詰めてくる。

 だが。

 

「私を絶望させるだと……?」

 

 彼女が言葉を一つ一つ紡ぐごとに、気温が下がっていく。

 

「やってみろ……」

 

 冷たく言い切る女性。

 すると、突如としてグールたちの動きが止まる。

 それぞれの体が氷に閉ざされ、氷像と化している彼らを一体一体一瞥した彼女は、自らの手に息をかける。

 

「ふう……」

 

 すると、その掌から手首に至るまで、氷の塊が生成されていく。

 美しい氷で作られた刃のそれを振るう。すると、藍色の閃光とともに、氷塊となったグールたちが一瞬で粉々に砕け散った。

 

「氷を……操れるのか……!」

 

 だが、彼女の肌は、不健康なまでに白い。

 あの能力は、自らにもダメージが大きいのではないか、と予感する間にも、彼女は走り出す。

 いや、彼女の動きそのものは歩行に過ぎない。だが、彼女が触れる地面が氷を張り、滑りながらウィザードとアルゴスへ接近してくる。

 

「っ! 来る!」

 

 彼女にとっては、ウィザードもファントムも敵であることに変わりない。

 ウィザードとアルゴスの間に入り、その刃で一閃。ウィザードとアルゴスに等しくその胸元を斬りつけた。

 

「ぐっ!」

「この……!」

 

 ウィザードとアルゴスは、共に防御。ともに腕から火花を散らしながらも、ダメージはごくわずか。

 

「ちぃ……魔法使いの次は氷女か! とんだ厄日だな!」

 

 アルゴスはそう叫び、目から光を放つ。

 フラッシュによる目潰しだったが、彼が何かの動きを見せるよりも早く、女性の目の前に氷の壁が生えてくる。

 それは光を霧散させ、その威力をゼロにしていく。

 さらに、氷の壁より真っすぐ氷柱が伸びる。ウィザードとアルゴスを串刺しにしようとするそれに対し、ウィザードは指輪を発動した。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 炎の魔力を込めた防御の魔法。

 すると炎が壁となり、氷柱が接触と同時に蒸発する。アルゴスはそれを利用し、ウィザードの背後で安全を確保している。

 

「……」

 

 じっと炎の壁を見つめる氷結の女性は、静かに手を伸ばす。

 すると、無数の氷弾が彼女の周囲に並び立つ。

 

「……なんじゃありゃ」

 

 ウィザードが思わず声を零す。

 伸ばした手が下ろされるのが合図となり、氷の弾丸が猛烈なスピードとともにウィザードとアルゴスへ降り注いでいく。

 今度はディフェンドの防御だけでは心もとない。そう判断したウィザードは、防壁を解除し、二本の(ウィザーソードガン)で氷の弾丸を斬り落とす。さらに、あふれ出る炎の魔力が、その余波で氷弾を焼き尽くしていく。

 一方のアルゴスも、上空へ無数の眼球を飛ばす。同じく無数の光が発射され、上空の氷と打ち合う。

 

「ぐっ!」

 

 ウィザードは地面を転がり、爆発の余波より離れる。

 同時に、ウィザーソードガンの手を開き、その魔法を発動させた。

 

『キャモナシューティングシェイクハンド キャモナシューティングシェイクハンド』

 

 ウィザーソードガンの詠唱。同時に、ルビーの指輪を押し当てる。

 

『フレイム シューティングストライク』

「はああああっ!」

 

 燃え盛る銃口を上空に向けて発射。

 すると、ドラゴンの形をした炎が銃口より発射される。それは大きく吠えながら、氷の雨を一気に蒸発させていく。

 

『ボー ボー ボー ボー』

 

 さらにウィザードは、ウィザーソードガンを振り下ろす。

 すると、銃口から繋がる炎の竜は、同時に地面へとその身を打ち付ける。

 アルゴスと氷結の女性を巻き込む炎。氷は瞬間的に昇華、アルゴスの眼球も一気に焼け落ちる。

 敵対する二人の動きが鈍っている今こそが勝機。そう判断したウィザードは、すぐに腰のホルスターの指輪を取り外す。

 氷結の女性以上にウィザードが狙うのは、当然。ファントムであるアルゴス。

 

「ちぃ……グール共!」

 

 アルゴスが助けを求めるように魔石を放る。

 そして現れるグールたち。だが、ウィザードへその刃を突き刺すよりも先に、その灰色の体が水色の水晶に閉ざされていく。

 

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

 その隙に発動した赤い魔法陣。

 ウィザードの足元に、深紅の魔法陣が発生する。その右足に炎の魔力を供給するそれは、氷結の女性が作り出した氷の世界を徐々に融解させていく。

 

「はあああああ……っ!」

 

 ウィザードは腰を大きく落とす。すると、地面に刻まれた魔法陣より、深紅の魔力が右足に注がれていく。

 両足をそろえて跳び上がるウィザード。その身を回転させながら、

 

 ウィザードの動きを横目で見つめながら、彼女は腕を大きく振るう。

 すると、ウィザードを妨害しようとするグールたちが一気に氷像と化していく。

 そしてその中心で凍えているアルゴスへ、ストライクウィザードが炸裂。

 

「ぐああああああああっ!」

 

 悲鳴を上げるアルゴス。

 アルゴスを中心に、引きおこる爆発。それは、氷像と化したグールたちを一気に粉々に消滅させた。



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氷結の白兎

 残る残滓が、空気中の冷気を少しずつ温めていく。

 だんだんと今の時期に相応しい温度に戻っていくころに、ウィザードライバーのハンドオーサーを操作する。

 それはスイッチとしての役割を果たす。魔法陣がウィザードを包み、変身を解除。ウィザーソードガンの本物のみを手にしたハルトの姿に戻っていく。

 

「君は……?」

 

 ハルトの問いに、彼女は答えない。しばらくハルトとファントムだった破片を見比べ、静かに口を開く。

 

「意味もなく片方に加担してしまったな」

 

 氷に閉ざされたグールの破片が、氷ごと解けていく。魔力の塊が消失し、虚無へと帰っていく。

 

「聖杯戦争の参加者同士の潰し合いだと思ったのだがな」

 

 聖杯戦争。

 その単語が出て来た時点で、確定してしまった。

 ハルトは項垂れるように天を仰ぎ、

 

「その口ぶりだと、君も聖杯戦争の参加者ってことだよね」

「お前もか」

 

 その言葉を最後に、ハルトと氷結の女性の間に沈黙が流れる。

 

「……ライダーのマスター、松菜ハルト。仮面ライダーウィザード」

「ウィザード……お前がか」

 

 すでにどこかでウィザードの名を聞いたことがあるのだろうか。

 彼女がハルトに手を伸ばすと、やはり氷の塊が生成される。

 鋭く研磨されたそれを浮遊させながら、彼女は名乗る。

 

「ゲートキーパー……と、名乗ればいいのだろうな?」

 

 彼女は静かに目を伏せる。

 

「ゲートキーパー……って、門番? そんなわけ分からないクラスまであるのか」

「私も門番になった覚えはないのだがな」

 

 彼女はそう言いながら、息を吐く。

 もう、周囲の気温は温かい。春を超え、これから夏に向かう準備をし始める季節だ。

 それなのに、彼女の周囲だけが冬を切り取ってその場に残している。

 

「安心しろ。聖杯戦争の魔術師よ」

 

 彼女の開いた目が、氷のごとく冷たくなった。

 すると、より一層周囲の気温が下がる。

 凍てつく空気が、また春を塗りつぶす。ハルトの吐く息さえも白くなり、体が震え出す。

 

「少しも苦しませぬように殺してやろう」

「優しい、とは言い難いね。それ」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ハルトは静かに、腰にウィザードライバーを出現させる。

 銀で出来たウィザードライバー。気温に電動され、触れるといつもに比べて冷たく感じる。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 詠唱される呪文とともに、ハルトは手にしたままのルビーの指輪をベルトに押し当てる。

 

「変身!」

『フレイム ドラゴン』

 

 変身のため、指輪から発生する魔法陣。

 同時に、ゲートキーパーの周囲より吹雪が広がる。

 さんさんと輝く太陽光を反射する白い景色を阻み、逆に押し返す炎の魔法陣。炎がある程度吹雪を押し切ったところで、ハルトは魔法陣を走り抜ける。

 

『ボー ボー ボーボーボー』

 

 再びその深紅のローブを身に付けた、ウィザード フレイムドラゴン。

 手に持ったままのウィザーソードガンを振り降ろし、彼女が壁として作り上げた氷を砕く。

 だがウィザードはすさかずウィザーソードガンをガンモードに切り替え、大きく腕を振る。

 無数に放たれる銀の銃弾は、大きな弧を描きながら、バラバラの方向からゲートキーパーへ向かっていく。

 

「……っ!」

 

 銀の弾丸の想定外な動きに、ゲートキーパーは目を見開く。

 だが彼女は、軽快な身のこなしで銃弾の往来を回避し切る。

 

「避け切った……」

「終わりか?」

「……挑発したんだから、後悔しないでよ」

 

 ウィザードは、更により一層多くの銃弾を放つ。

 まるで銀の壁のように、ゲートキーパーへ迫る銃弾。だが、眉一つ動かさないゲートキーパーの吹雪は、より強く吹き荒れる。

 すると、銀の銃弾の勢いがあっという間に凍結していく。雪化粧をした銃弾がポロポロと零れ、さらに今度はこちらの番だと、彼女が手を伸ばす。

 すると、吹雪が大きな唸り声を上げながらウィザードへ襲い来る。

 

『ビッグ プリーズ』

 

 それに対し、ウィザードは使い慣れた指輪を発動。

 炎の魔力が混ざった巨大化の魔法。魔法陣を貫通し、燃え上がる手が氷の竜巻を握りつぶす。

 

「はあっ!」

 

 魔法陣を通じて大きくなった腕が、ゲートキーパーを潰さんと叩き付けられる。

 

「……っ!」

 

 ゲートキーパーは手を掲げ、氷の柱を作り上げる。それは炎の腕を抑え、やがて押し返していく。

 

「すごい力……」

 

 元に戻した腕を振りながら、ウィザードは呟く。

 手のひらには氷の破片が張り付いており、振り落とすと同時に氷が舞った。

 

『バインド プリーズ』

 

 続く、拘束の魔法。

 地面に数個生成された魔法陣より炎の鎖が発生、それぞれが氷の柱を縛り、地面に突き落とす。

 

「……!」

 

 ほんの少し、ゲートキーパーの顔が歪む。

 さらに、ウィザードはウィザーソードガンの手のオブジェを開く。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

『フレイム スラッシュストライク』

 

 押し当てられるルビーの指輪。

 すると、ウィザーソードガンの刀身に深紅の魔力が宿る。

 十字を描く斬撃の軌跡。それは、大きく回転しながら、ゲートキーパーへ向かう。

 すると、斬撃は回転しながら、ゲートキーパーの氷の壁を切り崩していく。さらに、その余波は彼女の周囲の氷を溶かし、徐々に冬の木組みの街を春に戻していく。

 

「……!」

「行くよ……!」

 

 さらに、怯んでいる間に、ウィザードはゲートキーパーへ接近。

 彼女の息が刃となり、氷の剣となる。赤い軌跡を食い止める水色の氷は、そのまま銀の剣と打ち合いになる。

 

「っ!」

 

 やがて切り結んだ瞬間、彼女の目が見開かれる。

 氷の剣が一気に拡大、それはウィザーソードガンを瞬時に包み込んでいく。

 

「まずいっ!」

 

 その影響範囲を理解したウィザードは、即座に手を放す。

 すると、ウィザードの愛用武器は一気に氷に閉ざされ、勢いそのままに奥の壁まで吹き飛んで行った。

 さらに、ウィザードの顔面、丁度その目前で、ゲートキーパーが手を開く。

 

「くっ……!」

「凍えて眠れ」

「!」

 

 ウィザードは即、飛びのく。ウィザードがいた箇所が氷となり、人一人分の空気を閉じ込める。

 ゲートキーパーは続けて、氷の塊を小突く。

 すると、氷の塊は鳳仙花のように破裂。無数の弾丸となり、ウィザードの体を貫いた。

 

「ぐあっ!」

 

 大きく散った火花とともに、ウィザードは転がる。

 さらに、彼女の周囲に再び吹雪が発生。

 

「やばいっ!」

 

 新たな指輪を手にするものの、間に合わない。

 ウィザードの目前に迫った吹雪は、ウィザードの体を包み、凍結させた。

 

「しまった……!」

 

 今度こそ、ウィザードの体の大半が氷に閉じ込められてしまう。ウィザードの命であるウィザードライバーを全て閉ざし、右半身以外の全身が動けなくなってしまった。

 

「くっ……この……っ!」

 

 自由が利く右腕で氷部分を叩くが、極寒の氷は壁のように体への干渉を許さない。

 

「硬い……」

「終わりだ」

 

 動けなくなっている間に、ゲートキーパーの周囲に、より一層強い吹雪が集まっていく。

 彼女の腕から伸びる吹雪の竜巻は、強く振り下ろされていく。

 だが。

 

「うおおおおおおおおおおっ!」

 

 ウィザードは叫びながら、体内の魔力を大きく回転させる。

 それを特に、腰のウィザードライバー周辺に集中させることで、ウィザードライバーを覆う氷のみが溶け飛ぶ。

 即座にウィザードライバーを動かし、指にしてある指輪を発動させる。

 

『チョーイイネ スペシャル サイコー』

 

 それは、ウィザードが新たに手にした強さを持つ指輪。

 ウィザードの背後に出現した大きな魔法陣は、その体を通過すると同時に、巨大な炎の幻影を出現させる。

 ウィザードの周囲を回転するドラゴン型の炎は、拘束する氷を次々に溶かし破壊していく。完全にウィザードを氷の中から解放したドラゴンの幻影は、そのままウィザードの背後から頭を突っ込み、貫通した部分が実体となる。

 

「……っ!?」

 

 突如として出現した異変には、ゲートキーパーにも大きな警戒を抱かせる。

 大きく吠えたドラゴンへきっと口を食いしばった彼女は、力を込めて構える。

 すると、より巨大な氷塊が彼女の背後に生成されていく。やはり規模が大きくとも、それは彼女の意思に反映してウィザードへ迫る。

 それを見据えながら、ウィザードは足を軽くステップ。

 すると、その体がゆっくりと浮かび上がる。胸元のドラゴン、ドラゴスカルの口に、非にならないほどの強烈な炎が沸き上がっていく。

 足で軽くステップを踏む。

 すると、炎の余剰魔力により、ウィザードの体が少しずつ浮かび上がっていく。

 

「はああああああっ!」

 

 ドラゴンの口よりあふれ出す炎。

 冬の世界に出現した太陽のように、白を照らし出していくそれは、やがて吹雪を掻き消していく。

 それをじっと見守っていたゲートキーパーは、その手を広げる。すると、より大きな吹雪が、大きな咆哮とともにウィザードを襲う。

 そして吐き出されるドラゴブレス。

 強烈な炎と氷、大きな温度差が空間を満たしながらも、その二つはせめぎ合う。

 

「だあああああああああああっ!」

「……っ!」

 

 ほとんど同等の威力を誇る二つ。互いに足場に力を入れながらも、せめぎ合いは均衡を保つ。

 やがて。

 

「蝶……?」

 

 その異変に、ウィザードは思わず気が反れた。

 赤い炎と白い氷。二つの奔流の中に、突如として黒い蝶の群れが羽ばたきに割り入る。

 それは丁度、ゲートキーパーにとっても予想外の出来事らしく、彼女の目もまた点になっている。

 蝶の群れは、やがてウィザード、ゲートキーパーの間に満ちていく。

 そして、蝶たちは一気に爆発。

 突如の爆炎は、炎と氷をそれぞれの発生源である使用者ごと吹き飛ばす。

 

「ぐあっ!」

「うっ……!」

 

 爆発によって、ドラゴスカルを造り出す魔力が霧散してしまった。

 通常のフレイムドラゴンとなったウィザードと、手を引っ込めたゲートキーパー。

 互いに何が起こったのか理解が出来ていないところで、天より声が降って来た。

 

「ちょっと待ちたまえ、お二人さん」

 

 冷えた戦場に全く似つかわしくない妖艶な声。

 その声を見上げたウィザードが、変態だ、と真っ先に考えたのも無理はないであろう。

 蝶の形をした面をした男性。ぴっちりとタキシードを(こんなに寒くなっているのに)着こなしながら、近くのビルの高いところから声を高々と上げた。

 

「蝶☆サイコー!」

 

 見たくもない全身のシルエットがくっきりと浮かび上がってくる彼は、恥ずかしげもない笑顔で、ウィザードとゲートキーパーを見下ろしていた。



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変態紳士

あけましておめでとうございます!
今年も、Fate/WizarDragonknightをよろしくお願いいたします!


「この勝負、俺が預かる」

 

 蝶の面をした変態紳士は、クルクルと回転しながら、ウィザードとゲートキーパーの間に着地する。

 

「へ、変態だああああああああああああああああああああああ!」

 

 思わずウィザードが叫んだ。

 両腕を天に伸ばし、あたかもバレリーナのように全身を細く長く保ち、つま先立ちのままウィザードとゲートキーパーを流し目で見つめている。

 

「ひどいなあ、折角お見知りおきと思っていたのに」

「近づくな気色悪い!」

 

 普段絶対言わないようなことを口走る途端、ウィザードは思わず魔力の制御意識を身だし、その変身が解除された。

 だが、この変態は全く悪びれることなく自らの頬に手を当てる。

 

「失礼な。変態じゃないよ。仮に変態だったとしても、変態という名の紳士だよ」

「やっぱり変態じゃないか!」

「変態……」

 

 ハルトの評を、ゲートキーパーが繰り返す。氷のように鋭かった目は、まん丸に切り替えられており、先ほどまでの敵意は微塵も感じられなくなっている。

 

「変態……変態……?」

「ほらァ! さっきまでクールで冷徹っぽかったゲートキーパーが、なんか面白い顔になってる!」

「ふっ。この戦いを止めた、()停役ということだな」

「うっ……それを言われると……」

 

 何も言い返せない。

 この聖杯戦争を終わらせることを目的として動いている立場として、この変態紳士の行いには、敬意を表さなければならない。

 ハルトは変態へ言いたい言葉を飲み込む。

 

「ふむ。時に、君とそこのレディは、聖杯戦争の参加者ということで間違いないかな?」

 

 聖杯戦争、参加者。

 その二つのキーワードを同時に口にした時点で、もう確定だろう。

 

「お前も、参加者なのか……!」

「!」

 

 ハルトの確信に、ゲートキーパーも顔を顰める。

 彼女の周りの空気が、三度冬の到来を告げる。

 

「お前も戦士か。ならば……今すぐこの場で戦え……!」

 

 身構えた彼女の手から、氷の冷気が溢れ出す。その手から白い息吹となったそれは、変態紳士へ放たれようと……

 

「……っ!」

 

 突如として、ゲートキーパーの動きが止まった。彼女は自ら体を意識的に止めようとしているようにも見える。

 そして、その原因がようやくハルトの位置から見えた。

 彼女の周囲を、あの黒い蝶が舞っている。下手な動きをすれば、ゲートキーパーは至近距離から爆発を受けることになるだろう。

 

「ノンノン。今日は戦うつもりはないよ。話がしたくて来たんだ」

「話だと……」

 

 さらに、ゲートキーパーの周辺を舞う蝶の数がさらに増えていく。

 一匹、二匹。やがて彼女の白い衣装を黒く塗りつぶせるほどの蝶。

 これ以上この場での戦いに拘る必要はないと判断したのか、ゲートキーパーは手を下ろす。

 だが、彼女の周囲の空気が白くなっていく以上の変化がないことから、様子を窺っているだけだと判断できた。

 それは変態紳士も同じようで、自らの頬を撫でながら、指で別の方角を指差す。

 

「近くに行きつけの店があるんだ。場所を変えないか?」

 

 

 

 行きつけの店。

 その言葉を聞けば、まず思い浮かべるのは、人気のないバーや居酒屋、あるいは真逆に、会員制のレストラン等だろうか。これまでハルトが目を通したことがある物語でも時折登場している。

 だが。

 

「行きつけの店って言われて、ここを通されるとは思わないよ」

 

 そう言ってハルトは、自分の前でレジカウンターへ注文を行う変態紳士を見つめた。

 某有名ファストフード店。

 真司がバイトしている店で、変態紳士、ハルト、そしてゲートキーパーの順番で並ぶというシュールな光景に、冷や汗が止まらない。

 

「こちらでお召し上がりになりますか? それとも、テイクアウトで?」

「こちらで」

「ハイ どうぞごゆっくり……」

 

 そして今、変態紳士の前でがっくりと肩を落としているのは、桃色の髪の少女。

 彼女には見覚えがある。以前、アイドルイベントの舞台裏に潜入した時に遭遇した。まだ駆け出しアイドルということで、プライベートではアルバイトをしているのだろう。

 名前はなんだったかな、と思っていると、隣のレジから、より見慣れた店員が「お次でお並びのお客様こちらへ!」とハルトに呼びかける。

 

「おいハルト! 何なんだよ、あの変なタキシード仮面は!?」

 

 レジ打ちしながら尋ねてくる、自らのサーヴァントである真司。

 ハルトは財布を取り出しながら答えた。

 

「俺もよく知らないけど、参加者の可能性がある。色々聞き出そうと思って。後コーヒー単品でお願いします」

「何だって……! アイツ参加者なのか……? セットはいかがでしょう?」

「そう。真司がいる店を選んだのは、ある意味では不幸中の幸いかな? あ、コーヒーだけでいいです」

「分かった。俺もドラグレッダーを近くに待機させておくぜ……皆様でお食事なら、セットメニューがオススメです」

「助かるよ。あの謎仮面に戦うつもりはなさそうだけどね。あと俺常に金欠なんだからセットメニュー押し付けてこないでよ」

「ちぇっ……」

 

 真司は口をつぐんで、隣のレジを見つめる。

 すでに変態紳士は意気揚々と注文したハンバーガーセットを持って移動しており、続くゲートキーパーがメニュー表と睨み合っている。

 

「……あの子も、参加者なんだよな? ほいコーヒー」

「うん。さっきまで殺気凄かったんだけどね」

 

 たどたどしい口調で何かを注文しているゲートキーパー。明らかに外食に慣れていなさそうな彼女の代わりにコーヒーを注文し、そのまま戸惑いながらカップコーヒーを両手で持つ彼女を連れ、変態紳士が待つ座席を探す。

 

「お前、本当に聖杯戦争の参加者か?」

 

 二階への階段を登っている最中、ハルトのすぐ後ろを歩くゲートキーパーが問う。

 

「そうだよ。ほら、この通り。さっき俺にレジ打ちしてくれた店員がサーヴァントね」

 

 ハルトは自らの右手の甲を見せつけながら答えた。

 ハルトの右手に刻まれた、龍の顔の紋章。

 それこそが、ハルトが聖杯戦争の参加者、マスターである証。令呪と呼ばれる、この見滝原にいる魔力が高い人間に刻み付けられる、地獄の舞踏会への参加券。

 

「本来なら、お前とはどちらかが(たお)れるまで戦うはずなのだがな」

「俺はせいぜい君が戦闘不能になるところまでって思ってたけどね。二階じゃないのかよ……!」

 

 ぐるりと二階を探し終えたハルトは、そのままゲートキーパーへ「もう一階上だね」と連れて行く。

 

「……私を殺すつもりはなかったと?」

「言い訳らしく聞こえる?」

 

 階段の利点は、周囲を壁に囲まれること。この段差を昇っている間だけ、周囲に会話が漏れることはない。

 

「単純な疑問だ」

 

 彼女のその返答に、ハルトは足を止めた。

 すぐ後ろの段のゲートキーパーへ振り返り、彼女の次の言葉を待つ。

 

「願いを叶えるつもりがないなら、お前はなぜ聖杯戦争に参加している?」

「まあ、当然そう思うよね……」

「私が倒してきた参加者たちも、それぞれ願いを持って戦ってきた。だがお前は、奴の誘いに反対することもなく、なぜここまで付いてきた?」

「……俺の願いは、別に叶える必要もないから、かな?」

 

 ハルトは顔に薄い笑みを浮かべた。

 

「……叶える必要がない?」

「そう。叶える……理由もない」

 

 ハルトはそれ以上を語ることはない。

 あの変態仮面はどこだ、と三階を探る。

 そして。

 

「やあ♡ 待っていたよ」

 

 やはり視界に入れたくないタキシード仮面がそこにいた。

 二つあるテーブル席をつなげ、その長い両足をテーブルに乗せながら、全身で壁際の椅子にもたれかかっていた。

 

「……テーブル席の意味分かってる?」

「もちろん」

 

 にっこりと蝶の仮面の奥で笑みを見せる変態紳士。

 ハルトは彼の足をどけて、そのまま変態紳士の向かいに座る。続いて、ゲートキーパーもまたハルトの隣に腰を下ろした。

 

「おや? 君たちはそれだけかい? ここのハンバーガーは絶品だぞ」

 

 変態紳士は、二人のコーヒーを見下ろしながらポテトを摘まむ。

 だがハルトは彼の言葉を無視し、逆に尋ねた。

 

「行きつけの店じゃなかったの?」

「行きつけの店だよ? 三日前から」

「たった三日前からかよ!」

 

 その発言に叫びながら、ハルトは「はあ」とため息を付いた。

 

「この状況で、気軽に食べられるわけないでしょ。ましてや、君たちが他の人たちに危害を加えないとも限らないのに」

 

 ハルトは周囲を横目で見ながら言う。

 大型ファストフード店というだけあって、夕食には早い平日の夕方であっても、人は多い。

 真司がドラグレッダーを待機させていると言ってはくれたものの、いざとなればウィザードの力をもってして、どこまで守り切れるだろうか。

 

「さてと。聖杯戦争の参加者である君たち……君たちはには、色々と聞きたいことがある」

 

 変態紳士は組んだ手に顎を乗せる。

 ハルトはゲートキーパーの様子にも常に気を配りながら、「何を?」と変態紳士へ先を促す。

 

「何。ただの、興味さ」

「私達に何を聞きたい?」

 

 ゲートキーパーから警戒が失われることは決してない。

 だが、変態紳士は「ノンノン」と指を振る。

 

「そんなに怖い顔をしないでくれ。さっき言った通り、今日は戦うつもりはないんだから」

 

 おちゃらけたままの彼は、そう言ってハルトとゲートキーパーの前にポテトの山を移動させた。

 ハルトは警戒しながら一本取り、口に運ぶ。

 それを見ていたゲートキーパーも、それに続いた。

 

「折角の食事の場だ。ここは一つ、楽しく談笑でもしようじゃないか」

「まあ、戦いよりはマシか……」

 

 ハルトは頷いて、彼の言葉に耳を傾けることにした。

 一方ゲートキーパーは腕を組み、目を閉じる。どうやら静観を決めるようで、その後はあたかも氷像のように動かなくなった。

 

「オーケーオーケー。それでは早速、自己紹介から始めようか?」

 

 変態紳士は手を振りながら名乗った。

 

「改めて。俺は蝶人☆パピヨン。よろしく☆」

「パピヨン……」

「ノンノン。パピ♡ヨン♡。もっと愛を込めて」

 

 変態紳士(パピヨン)は、指を振って、「リピートアフターミー」とハルトに繰り返させる。

 

「パピ……ヨン……」

「もっと愛を込めて」

「パピ、ヨン……」

「もっと情熱的に!」

「パピ ヨン! ……なんか韓国人みたいになった」

「もっと美しく!」

「話を進めてくれ、パピヨン」

 

 眼を閉じたまま、ゲートキーパーが促す。

 

「ふむ。折角だから、俺の呼び何も拘って欲しいんだ♡ ほらほら☆愛を込めて」

パピヨン(・・・・)。これ以上無駄な時間を費やすのなら、問答無用で戦いになるが?」

 

 ゲートキーパーは見せつけるように、手にしたティッシュを氷漬けにする。ティッシュはプレートに置かれた瞬間、粉々に崩れていった。

 

「おお、おお。怖い怖い」

「私はそれほど気が長い方ではない。要件に入るか、氷漬けになるか。好きな方を選べ」

「俺は君たちと話がしたいだけさ。君たちがなぜ戦い、なぜ願いを聖杯などというオカルティズムに満ちたものに託すのか」

「そんな質問をして何になる?」

 

 ゲートキーパーは冷たく吐き捨てた。

 

「それで何かが変わるのか? 聖杯に疑問を抱いたところで、参加者である私たちは、それに願いを賭ける以外の道はないのだから」

「ノンノン。思考停止は愚か者の道だよ。万能の願望器。果たして本当にそんなものが存在するのか? あまりにもナンセンスじゃないか?」

「……」

 

 その発言に、ハルトは押し黙った。

 実際、ハルトは聖杯そのものを___少なくとも、聖杯戦争の運営が聖杯本体とみなしているものを目撃している。ルーラーのサーヴァントに力を与え、強大な敵となった過程をしっかりと目にしていた。

 

「それに答えるならば、聖杯が存在しないとは思えんな」

 

 だがハルトの意外にも、ゲートキーパーが一足先にパピヨンの疑問へ答えた。

 

「ほう? それはどうして?」

「……まあ、答えても不利にはならんか」

 

 ゲートキーパーは言葉を続けるよりも先に、自らの手を見下ろす。数回拳を握っては開き、その手を下ろす。

 

「私は病でな。本来はすでに死んでいる」

「病気……!」

「その私が、この別世界で、しかも病の症状が全くない状態でこうして立っている。それだけの力がある聖杯ならば、願いを叶える奇跡も起こせるのではないか?」

「なるほど。冷たい顔をしている割には、随分とロマンチストじゃないか♡ 君」

 

 パピヨンが顔を低くしてにやりとした顔でゲートキーパーへ迫る。

 一瞬彼女の周囲に氷が湧き出たようにも見えたが、机の上で翼を動かす蝶の存在に、彼女の冷気は収まった。

 

「……病。君の願いは、元々その病を治すことだったの?」

「……私の……願いは……」

 

 ハルトが思わず口に出た言葉。だがゲートキーパーは、反発することなく押し黙った。

 やがて彼女は、自らの首元に手を伸ばす。服の中に忍ばせてあったのは、銀色のペンダント(ロケット)

 ハルトもよく知る企業のロゴ入り。おそらくこの世界に来てから手に入れたものに、自らの手で中身を差し替えたものなのだろう。

 

「……家族に、また……」

 

 ほとんど聞き取れないほどの小声。

 だが、ハルトはその願いが、何となく聞こえた気がする。見えた気がする。

 

 家族に、また会いたいと。

 

「それで? 君たちは何て言うのかな? ああ、参加者としての登録名(クラス)じゃなくて、本名を教えてくれ☆ 俺も名乗ったのだから」

 

 パピヨンって本名なのかよ、と心の中でのツッコミを封じ込めたハルトは、隣のゲートキーパーの様子を窺う。彼女は無言を貫いているので、口を開くことにした。

 

「松菜ハルト。……仮面ライダーウィザードだよ」

「仮面ライダー……ウィザード……」

 

 パピヨンは頬を撫でながら、その言葉を口に含ませる。

 

「素敵☆な名前じゃないか。ウィザード……魔術師にピッタリの名前だ」

 

 パピヨンはそのまま、ゲートキーパーへ「君は?」と促す。

 だがゲートキーパーは彼には応えず、逆に聞き返す。

 

「お前はサーヴァントか? この世界の人間の姿にはとても見えないな」

 

 それには、パピヨンも口角を大きく上げる。

 

「俺は蝶人パピヨン。この見滝原に舞い降りし、美しき蝶さ☆」




店長「真司ぃ……」
真司「うおっ!? て、店長!?」
店長「さっきの不審者、お前の知り合いなんだってなァ?」
真司「ち、違いますよ! 知り合いなのはその次にいた奴であって……」
店長「お客様が迷惑しているんだ。何とかしろ!」
真司「そんな無茶苦茶な……」
彩「こ、怖かった……!」
真司「彩ちゃん、大丈夫か?」
彩「うん……でも、しっかり対応できたのは、私も成長しているってことだよね! 噛まずに言えたし!」
真司「いいぞ! このまま頑張ろうぜ!」
彩「うん! あ、お客さん! いらっしゃいませー!」



___なかよくしたいとホンキで思うのなら わたしのことをもっと ちゃんとわかってよ___




???「店員さん、注文お願いします!」筋肉ムキムキ眼帯のメイド
彩「」
メイド「お嬢様のために! ハンバーガーセットとダブルバーガーセットとチーズバーガーセットをそれぞれハッピーセット付きでお願いします!」
彩「はい……こちらでお召し上がりますか? それともテイクアウトで?」
メイド「ふむ。お嬢様は……もうすぐ来るか。こちらで」
彩「テンチョー!」
店長「彩……その……まあ、頑張れ」
メイド「お構いなく! もうすぐ愛しのお嬢様が参られますので! きっとお喜び頂けると思い、ここで待たせていただきます!」
彩「ひいいいいっ!」
真司「……はい、彩ちゃん。セット三つとハッピーセット出来たぜ」
彩「はい……」
メイド「なんと! 三つしっかり頂けるとは、サービスのいい! しばらく通おう!」
彩「」
真司「……これ、誰がこの人のアニメ紹介するの? あ、カンペ来た」
真司「うちのメイドがうざすぎる! 2018年10月から12月に放送していたってよ。軍人上がりの家政婦、鴨井つばめが、軍人時代に偶然見かけたミーシャに惚れこんで、一緒に仲良く(一方通行)暮らしていくコメディだそうだ」
メイド「アイ ラブ お嬢様!」
真司「でもこんなに圧が凄いと、そりゃ逃げたくなるよなあ……」


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見学者

「ハルトさん!」

 

 その声とともに肩を叩かれ、ハルトは振り向く。

 明るい顔付きの赤毛の少女が、にっこりとハルトの両肩に手を乗せていた。

 

「友奈ちゃん? 何でここに?」

「真司さんから呼ばれたんだよ。参加者がいるって……」

 

 結城友奈。

 ハルトが知るうち、最も純粋な参加者。

 そしてハルトが知るうち、最も不健全極まりない存在とは居合わせたくない参加者でもある。

 

「で、わたしもハルトさんに手伝って、戦いを止めるために来たんだよ!」

「それは嬉しいけど何で友奈ちゃんなんだよコウスケとか呼んで来いよ……!」

 

 小声で叫んでいる間にも、すでに友奈は変態紳士(パピヨン)をその目に入れてしまった。「きゃっ!」と短い悲鳴と共に目を両手で隠す。だが、彼女の指の合間からは友奈の目がばっちりとパピヨンの体を見つめている。

 

「わわ、すごい服装だよ!」

「む? よくわかるじゃないか☆ さあ、よくその目に焼き付けたまえ!」

 

 パピヨンはそういって、座席で立ち、両手を上げたセクシーポーズを見せつける。

 顔を真っ赤にしながら、ゆっくりと友奈が自らの顔の前に覆う手を外していく。

 

「友奈ちゃん見ちゃダメ!」

 

 ハルトは慌てて彼女の手を上から覆う。

 

「おいおい、折角の初対面なんだから、そういう無粋なことをするなよ」

「何でいきなり純粋無垢な子が壊されていくのを見せつけられなきゃいけないのさ」

 

 そう言いながらも、友奈は手を傾けてほんの僅かながら視界を確保している。

 ハルトが止めることも出来ず、彼女の純粋さが徐々に壊されていく。

 

「ああ、何でこんなことに……」

 

 頭を抱えるハルト。

 やがて慣れてきてしまったのか、友奈は落ち着いて、パピヨンとゲートキーパーを交互に見やる。

 

「蝶々のお面に、ウサギさん……」

 

 友奈はそう言いながら、ゲートキーパーと変態紳士(パピヨン)の二人を見比べる。

 

「お遊戯会?」

「違うよ?」

「おやおや。随分と大きな誤解だね」

「お前のせいだからっ!」

 

 この中で一番お遊戯会な衣装の変態紳士に噛みつきながら、ハルトは頭を抱える。

 

「あ、友奈ちゃんこっちに座りな。あんまりこの変質者の隣に座らせたくない」

 

 ハルトは立ち上がり、友奈をゲートキーパーの隣に促した。

 彼女と立ち代わり、ハルトはパピヨンの隣に腰を下ろす。

 

「ふん。君はどうやら、俺に相当近づきたいようだ」

「いや、友奈ちゃんがここに座るより、俺が座った方がいいって思っただけ」

 

 ハルトはそう言って、パピヨンを押す。奥に座った彼の隣に腰を掛けると、さっきまで隣だったゲートキーパーが目の前に来る。

 

「や、やあ。正面になると、なんか変な感じ」

「フン」

 

 ゲートキーパーは、ハルトとは一切顔を合わさない。だが、隣に体を曲げてきた友奈へはそうはいかない。

 

「隣いい?」

 

 声をかけてきた友奈へゲートキーパーはしばらく見つめ、頷く。

 「ありがとう!」と一礼した彼女は、正面のパピヨンの前に置かれた山盛りのポテトに目を輝かせる。

 

「わあ! 美味しそう! わたしも食べていい?」

「……好きにしろ」

 

 ゲートキーパーは、自らの前に置いてあるセットを友奈の前に動かす。

 

「わあい! いただきます!」

 

 友奈は手を合わせて、ポテトを数本口に運ぶ。笑顔のまま、友奈は感想を告げた。

 

「うーん、冷たい!」

「そりゃ時間経って冷めたからね」

 

 ハルトは頬杖を突く。

 一方友奈は、隣のゲートキーパーへ手を差し伸べた。

 

「わたしは結城友奈! 好きな食べ物はうどん! よろしくね!」

「……?」

 

 目を丸くしたゲートキーパーは、じっと友奈の手を見下ろしていた。

 

「お前……何のつもりだ?」

「何のつもりって?」

「お前も、聖杯戦争の参加者___戦士だろう?」

 

 その返答に、一瞬友奈の顔は凍り付く。だが、すぐに彼女への対話への欲求が勝ったのか、相槌を打つ。

 

「……うん。セイヴァーのサーヴァント、だよ」

「サーヴァント……」

 

 その言葉に、ゲートキーパーはより一層目元を険しくする。

 果たして空調の影響かそれとも彼女の能力か。ハルトは肌寒さに腕をさする。

 

「ならばお前は、この世界とは別の世界から、願いを持って召喚された、ということで間違いないな?」

「うん」

「なら、なぜ私に友好的に接しようとする?」

「……」

 

 ハルトが知る中で、最も戦いを止めたい意思が強いのは自身のサーヴァントである城戸真司。きっと彼の影響を受けて、友奈の中でも止めたい気持ちが強くなっているのだろう。

 そんなことを考えていると、パピヨンが「ほう……」とポテトを一本、摘まみ上げる。

 高く吊り上げたポテトを大きく開けた口の中にじっくりと入れた彼は、唇を舐めた後、組んだ手に顎を乗せる。

 

「先ほどの話の続きだが、聖杯戦争の参加者は、全員が欲深な者たちだと聞く。一見純真無垢だが……君もそうなのかな?」

「お前……っ!」

 

 ハルトは机を叩いてパピヨンを睨む。

 だが彼はどこ吹く風とばかりに、ハンバーガーを頬張る。

 ゲートキーパーも、パピヨンと同じ疑問を抱いている。そう証明するように、じっと友奈を見つめ、口を開いた。

 

「答えてくれ。結城友奈。お前は、聖杯に何を願う?」

「……うん……そうだね。わたしも欲深な参加者だよ」

「友奈ちゃん!」

 

 ハルトは友奈のその発言を遮ろうとするが、彼女はハルトを制する。

 

「いいんだよ。本当のことだから」

 

 友奈はそう言って、パピヨン___まだ彼の姿を目に入れるのは抵抗があるようで、顔は直視せずに尋ねた。

 

「あなたは……参加者、だよね。でも、令呪はなさそうだからサーヴァント?」

「俺かい? フン。あいにく、他人の情報を知るのは好きだが、自分の情報を明かすのは好きじゃないのでね」

 

 パピヨンは、勢いよくストローからコーラを吸い出していく。

 友奈は苦笑し、話を続けた。

 

「わたし、元々こことは別の世界にいたんだよ」

「……」

 

 二通りの沈黙。

 ゲートキーパーはあくまで、それは分かっていると。パピヨンは、「やはりそうなのか」という小声で。

 二人が見守る中、友奈の顔が少し陰った。

 

「それで、世界が怪物たちに全部食べられちゃって、友達もいなくなっちゃって。それで、わたしももうダメだってなった時、お願いしたんだ。もっと、皆と一緒にいられたらよかったのにって。そうしたら、気付いたらこの世界に……」

「欲深というには、随分と純粋な願いだな。誰しも世界を失うとなれば、その存続を願うだろう」

「こっちはもうかなり開示しているんだからさ。そろそろ、アンタの名前以外も教えてくれてもいいんじゃない?」

「ふむ……」

 

 パピヨンは顎をしゃくる。

 

「黙秘権を取らせてもらうよ」

「なっ……!」

 

 ハルトは自らの内側に沸々と苛立ちが積み重なっていくのを感じる。

 一方友奈は、ゲートキーパーだけでなくパピヨンにも目を向けた。

 

「……ねえ、蝶々……さん? で、いい?」

「パピ♡ ヨン♡ と、愛を込めて」

「じゃあパピちゃん!」

「パピ……」

「ちゃん?」

 

 友奈の呼称決定に、ハルトとゲートキーパーが同時に目を白黒させる。

 だが、友奈は次に隣に座るゲートキーパーへ目を向けた。

 

「パピちゃんと、あなたは何て言うの?」

「……」

「わたしは、友奈って呼んで欲しいな!」

 

 友奈はゲートキーパーに顔をぐんと近づける。

 顔を反らしたゲートキーパーだが、友奈は彼女の頬に触れ、顔を正面に向けさせる。

 

「っ!?」

「うわわっ! 顔冷たい! でもひんやりだよ……」

 

 一瞬、友奈の顔が歪む。だが彼女はすぐにほほ笑み、面と向かい合わせる。

 

「……お前!」

 

 ゲートキーパーの声色。明らかに、心配の念がこもっている。

 

「大丈夫だよ!」

 

 だが友奈は目を見開くゲートキーパーへ言い聞かせるように額を当てる。

 慌てて額を押し離したゲートキーパーは、驚いた目つきで友奈を見つめた。

 

「心配してくれるんだね」

「……っ!」

 

 ゲートキーパーは、腕で友奈の手と振り払う。離れた友奈がゲートキーパーに触れている部分を撫で始め、ハルトは彼女の身の異変に気付いた。

 友奈がゲートキーパーと触れていた部分が浅黒く腫れている。

 

「まさか……友奈ちゃん、それって……」

 

 凍傷。

 やはりと、ハルトはゲートキーパーとの戦闘中、彼女に触れたことを思い出す。確かに低い体温だと思ったが、それは凍傷を引き起こすほどに低いのか。

 

「うん、やっぱり。あなたはいい人だね」

 

 だが、友奈は凍傷になった部分を撫でながら安心したように言った。

 撫でていくたびに、ゆっくりと彼女の凍傷が治癒されていく。人間離れした回復能力に、ゲートキーパーとパピヨンの表情に少なからずの驚愕が混じる。

 

「あなたが言う言葉通りなら、わたしはやっつけなくちゃいけない相手でしょ? でも、心配してくれている。そんなあなただから、わたしは戦いたくない」

「……」

 

 ゲートキーパーはじっと友奈を見つめる。

 やがてゆっくりと息を吐き。

 

「名乗る気はない。だが……」

 

 少し沈黙を保ったゲートキーパーは、その言葉を口にした。

 

「フロストノヴァ。そう呼べ」

 

 フロストノヴァ。

 名乗る気はないと言った以上、それは本名ではないのだろう。

 だがそれでも、友奈を介して、彼女の心から少しは戦いの気力が削がれたような気がした。

 

「うーん! 美しい出会いに感謝を! そして、それを作り上げた俺も蝶イイネ☆最高☆」

「アンタがそれを言うなよ……」

 

 これから指輪を使うたびに嫌でも連想しそうだと頭を抱える。

 パピヨンは満足そうに頷き、ハルトを突き飛ばした。

 

「うおっ!?」

「今日はこれくらいで充分かな」

 

 パピヨンは立ち、そのままハルトがいた席を通り抜け、テーブル席から出る。

 

「充分って……」

「どういうこと?」

「?」

 

 ハルトと友奈が同時に尋ねる。

 パピヨンは腰に手を当て、背中を向けながら続ける。

 

「聖杯戦争……中々、面白そうではないか。益々興味が湧いた」

「……興味が湧いた……」

 

 フロストノヴァは、やはり姿勢を変えない。だが、目線だけを彼に動かしている。

 

「つまり、お前はまだ参加者ではないということか……」

「!」

「ええっ!?」

That’s right(正解)……」

 

 パピヨンは、口を大きく開いた。

 

「俺はそうだな……あくまで、見学者、と言ったところかな? 蝶愉快な参加者何人かから少しずつ話を集めているところだ」

「俺たちから聞きだしたのは、願いの具体例ってことか……」

「その通り! それに、サーヴァントが異世界の死者だということも今回の話ではっきりした。君の願いは分からないけど、ここまでくるともう不要なサンプルかなァ?」

「待って!」

 

 だが、そのまま進もうとする彼の前に、友奈が立ちふさがる。

 

「それじゃあ、聖杯戦争の見学をして、何が目的なの?」

「友奈。そんなこと、分かり切っているだろう」

 

 それに対し、回答するのはフロストノヴァ。

 

「お前も、聖杯戦争への参加を望んでいる。だろう?」

 

 彼女へのパピヨンの返答は、吊り上がった笑顔。

 その意味を確信すると共に、ハルトと友奈はより険しい表情を浮かべた。

 

「パピヨン……お前……!」

「他の参加者からの情報で、すでに分かっていることもある」

 

 ハルトの口を指でふさぎ、パピヨンは語った。

 

「見滝原中学の謎の空間、アマゾン、ムー大陸、見滝原ドーム崩壊、邪神イリス。これらも全て、君たち聖杯戦争の参加者の仕業なのだろう?」

「……っ!」

 

 仕業どころの話ではない。

 見滝原中学は、とある参加者が他ならぬハルト(ウィザード)の力を悪用した結果。

 アマゾンに至っては、準備期間のかなりの期間、発生源に通っていた。

 ムー大陸の発生を止められなかったのは、キーアイテム(オーパーツ)を奪われたハルトたちの落ち度もあり、見滝原ドームが崩壊した時も、ハルトは現場にいた。

 そして、邪神イリス。後に聞いた話をまとめれば、あのムーンキャンサーのサーヴァントの幼体期があの姿になるまで、ハルトを含めた誰かしらが討伐していれば、あの惨劇はなかっただろう。

 パピヨンは伸ばした指先に、黒い蝶を生成。

 

「君たちが独善的な願いのために好き勝手やっているんだ。俺も、蝶勝手な願いのために、蝶好き勝手させてもらおうじゃないか」

「そんな……っ!」

「いいだろう。戦士として、相手になってやる……」

 

 とうとう、フロストノヴァが動いた。

 席を立ち、パピヨンへ真っすぐに向き合う。

 

「それぞれの願いをかけて」

「いいねえ。俺も近いうちに参加資格を見つけるとするよ。監督役を掴まえれば、参加できるのだろう?」

「二人ともやめて! そんな戦い、意味ないよ!」

 

 二人の間で友奈が訴える。

 だが、闘争心がみなぎる二人は意に介さない。

 

「意味がないかどうか、最後の一人になったときに聖杯に聞けばいい」

「そうだな。現に私たちは聖杯によってここにいる」

「待て」

 

 だが。

 二人の間を、ハルトの冷たい声が刺す。

 それは、自分では思っていないほどの声色だったのだろうか。友奈のハルトへの目線は、一部恐怖さえ宿っているようにも見えた。

 

「いいよ。結局参加者は、誰も俺たちの話なんて聞いてくれないんだから……」

 

 ハルトの黒い目が、内包する魔力を露わにする。すると、黒は赤となり、その瞳孔の形が大きく変化していく。

 

「ハルトさん……! それは……!」

 

 その赤い眼に顔を真っ青にしたのは、その由来を知る友奈ただ一人だった。

 

「お前たちが、どうしても戦いたいんだったら……」

 

 ハルトは拳に付けたルビーの指輪を見せつける。

 

「だったら……俺が相手になる」

 

 ハルトは宣言する。

 

「俺が、アンタ達を止める。戦かう気力がなくなるまで、俺が相手するよ……!」

「とうとう本性を現したな。偽善者」

 

 パピヨンは大きく口を開いた。

 

「自らの邪魔になる参加者は、大義名分を得た状態で容赦なく始末するということだな? 自分の都合で、救う救わないを線引きするわけだ……」

「俺の目的は、この聖杯戦争を終わらせること。だから、戦いたいなら何度でも、お前たちが満足するまで相手になってやる」

「それはそれは……相当な自信があると見えるな」

 

 パピヨンは笑みを崩さない。

 

「何とでも言って。この街を守るためだったら、俺は偽善者だろうが、たとえ悪にだってなるよ」

「ほう」

 

 ハルトは胸に手を当てる。

 

「善だろうが悪だろうが、使う力は同じもの。偽善者だろうが何だろうが、俺はより多くの人を助けるために、参加者を犠牲にすることを厭わない」

「ハルトさん……」

 

 友奈は細い声でその名を口にした。

 

「松菜ハルト……」

 

 パピヨンはぐいっとハルトに顔を近づけた。

 

「一番嫌いなタイプだよ。君のような偽善者が」

「……っ!」

「!」

「は……っ! 牛鬼(ぎゅうき)!」

 

 パピヨンの頭上を舞う蝶が最初だろう。

 平和な店舗の一角で、蝶、そして炎、氷、少し遅れて桜の花びらがそれぞれ少しだけ湧き上がる。

 火災検知器が鳴らないギリギリの異能たちの緊張が、店内の空気を書き換えていった。

 そして、鏡の中から現実世界を見つめる龍の眼。

 この大型ファストフード店に、合計五人の聖杯戦争参加者が睨み合っていた。

 

「……いや、今は止めておこう」

 

 だが、パピヨンは開いた手を握って鼻を鳴らす。彼の蝶は、その拳に握りつぶされ、火花となって飛び散った。

 

「もとより今日は戦うつもりはないんだ。それに、どうせ()り合うなら、しっかりとパートナー(サーヴァント)を従えてからにしよう」

 

 パピヨンはそう言って、座席に背を向ける。

 

「……逃げるのか?」

 

 フロストノヴァの体から発生する冷気が、だんだんと強くなっていく。彼女の目線は、これまで友奈がアイスブレイクをしてきた彼女の目をあっという間に氷の温度へ戻ってしまった。

 彼女がほんの少し腕を振ると、数本の細く長い氷柱(つらら)が生成される。彼女の周囲でフワフワと浮かぶそれだが、すぐさま小さな蝶が氷柱に飛び乗り、小さな爆発をしていく。

 

「ここで俺に君が一方的な攻撃をしてきたとして。果たしてそこの二人は、どう動くかな?」

 

 パピヨンがハルトと友奈を指差す。

 

「無抵抗な俺との仲裁よりも、君への戦意喪失を狙うんじゃないかな? この狭い場所で、二人の参加者と戦うことになるよ?」

「……」

 

 パピヨンの挑発に、フロストノヴァはその矛先を収めた。

 

「ウーン。利口な判断☆」

 

 パピヨンはそう言って、下半身を左右に振りながら座席から離れていく。

 その際、「あ」と机の上を指差した。

 

「お盆片付けておいて」

 

 その後、ハルトと友奈が片付けている間、フロストノヴァもまたその姿を消していたのだった。




可奈美「」ソワソワ……
紗夜「衛藤さん、落ち着いてください」
可奈美「落ち着けないよ……だってハルトさん、今参加者二人と一緒にいるんでしょ?」
紗夜「私も心配ですけど、松菜さんがそんなに粗相をするとは思えませんし……」
可奈美「そうだけど……」
チノ「可奈美さんが帰ってきてから落ち着きませんね」
ココア「それがね、なんか怪物みたいなのが出て来たんだよ! それで、ハルトさんが避難手伝うって言って出て行っちゃって!」
チノ「また怪物ですか……最近多いですけど、ハルトさんは大丈夫なんですか?」
ココア「うん。ほら、連絡で無事なのはさっき来たんだけど……」
チノ「……よかったです」
ココア「本当、心配だよ。ねえ、可奈美ちゃん」
可奈美「う、うん……」
紗夜(二人の心配の元は別なのよね……)
可奈美「あ、連絡来た。……よかった、ハルトさん今友奈ちゃんと一緒に全部終わらせたって」
紗夜「つまり、聖杯戦争の戦いはなかった、ということですね」
可奈美「うん。……何か色々いつもとは違うみたいだけど」
ココア「あ、こっちにも来た! なんか、怪物騒ぎも何とかなったみたいだね!」
チノ「そうだったんですね。良かったです」
可奈美「……見学者、そんなのまでいるの……?」
紗夜「……この空気、変えた方がいいわね。本日のアニメ紹介、どうぞ!」



___風を切っていけ 生きていけ 飛竜の如く 創世(はじまり)が満ちるまま 伝説になれ___



紗夜「最弱無敗の神装機竜(バハムート)!」
可奈美「……あ、もう始まってる? これは2016年1月から3月までやってたアニメだよ!」
ココア「アイリちゃん可愛い! 妹になってくれないかな!」
チノ「ココアさんは年下だったら誰でもいいんですね……」
可奈美「王権を失った元王子様のルクス君が、王立士官学園で女の子に囲まれながらも機竜の戦闘とともに過ごしていくドタバタあり、バトルありなアニメだよ!」
紗夜「Yes。と言った方がいいですね。メインヒロインのこの現王女、戦闘よりもメカニック担当になっていることの方が多くないですか?」
ココア「そんなところも可愛いよ!」
チノ「ココアさんが暴走して、女の子みんな妹宣言しています!」


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ある日の見滝原大学

「んがァ……ピンチはチャンス……」

「……ろ……きろ……!」

「待ってろ……全員オレが食ってや……」

「起きろ! おい、コウスケ!」

「がッ!」

 

 その日、多田コウスケは突然の頭痛で目を覚ました。

 

「痛って……」

 

 コウスケは頭を抱えながら顔を上げる。頭を振りながら、ようやくそれが九十度の角を持つノートで脳天を叩かれたことによる痛みだと理解する。

 見滝原大学。

 国内有数の私立大学の一つであり、見滝原内外から多くの学生が足を運ぶ大学で、コウスケは今年の四月から三階生になっていた。

 退屈な講義はいつの間にか終了時刻を迎えており、すでに周囲の学生たちも次の講義へ移動を開始している。

 そして目の前にいるのは、コウスケの友人の一人。コウスケよりも年下ながら、コウスケ以上に老けた顔付の彼は、面倒くさそうにコウスケを見下ろしていた。

 

「何を倒れている? よもや昨夜は機関とやり合っていたわけでもあるまい」

「倫太郎……ちょっと何言ってるか分かんねえ」

 

 コウスケは合掌で礼を示しながら、そう呟く。キョロキョロと周囲を見渡し、その講義室には、コウスケの記憶よりも大幅に人数が減っていることに気付いた。

 

「もう終わったのか……悪ぃ、今の講義のノート後で写させてくれねえか?」

 

 倫太郎と呼ばれた青年は、剃る気配のないあごひげを撫でた。

 

「フン。貴様は休息の代償としてノートを取らなかっただけだ。俺は貴様とは違い、休息に当てることが出来る時間を退屈な講義に費やすことを選んだ。貴様の___」

「あー、そうだよな……皆まで言うな」

 

 彼からノートのコピーをもらうことは不可能。

 毎度毎度長々と話を続けるのが彼の欠点だとコウスケは思いながら、荷物をまとめた。

 

「次は……ああそうか。アイツの送迎があるんだ」

 

 コウスケはスマホを確認しながら呟く。

 倫太郎の「アイツ? よもや、機関の送り込んだエージェントか!」とのたまう戯れ言を無視し、「お前はどうするんだ?」と聞き返す。

 

「フン。今興味深い話を聞くアテがあるのでね。今日は失礼させてもらうよ」

 

 スタスタと立ち去っていく倫太郎を横目に、コウスケは寝落ちの代償をどうやって取り戻そうかと思考を張り巡らせた。

 

「コウスケのほかに同じ講義を受けてたやつ……誰かいたかな」

 

 そう言いながら、コウスケは腕時計を見下ろした。

 幸い、待ち合わせまでまだ時間がある。

 この後、ハルトがこの大学へ再度訪れてくる。彼の目的は、シールダーである蒼井えりかのマスターと出会うこと。

 コウスケがえりかに取り付けた約束から、彼女が自身のマスターとのアポイントを取り付けてくれたのだ。

 それまでに、何としてでもノートを補完しなければならない。

 コウスケは大学のキャンパスを歩き回り、見知った顔を探した。

 そして。

 

「お? 一ノ瀬?」

 

 すぐ隣に、その見知った顔を見つけた。

 今時珍しい三つ編みと眼鏡。二つの特徴が相まって、とても地味な印象を抱かせる彼女は、コウスケの前を横切り今まさに大学から出ようとしていた。

 

「多田さん?」

「よ、一ノ瀬。呼び止めて悪ィな。今いいか?」

「……何ですか?」

 

 小さな声には、明らかにコウスケへの警戒心が浮かび上がっている。

 あまり話したことないからな、と思いながらも、コウスケは手を合わせた。

 

「なあ、お前さっきまでオレと同じ講義受けてたよな? ほら、人類学の」

「受けてませんよ?」

「へ? でもオレ、お前を見かけたぜ?」

「プレ授業の話ですよねそれ?」

 

 一ノ瀬と呼び止められた女性は、呆れたようにため息を付いた。

 

「すみません、私これからバイトなので急ぎます」

「お、おお……」

 

 一ノ瀬はそう言って、そそくさとその場を立ち去ってしまった。唖然としながらそれを見送るコウスケは、「ぐああああ」と頭を掻く。

 

「マジかー……ラッキーだと思ったんだがな……ええい、次だ次!」

 

 コウスケは改めて次の知り合いを探す。

 

「伊織……は休みか。あとは……」

「多田君、何しているの」

 

 突如、誰かが腰をツンツンと指してきた。

 振り返るが、誰もいない。

 

「多田君、こっちこっち」

 

 その声は、下から聞こえてきた。

 何と、コウスケの腰ほどの背丈の女性がこちらを笑顔で見上げていた。

 

「お、シノアキじゃねえか」

「だからフルネームやめてって……」

 

 シノアキ。

 紛れもなく、本名が志野亜貴(しのあき)だからこそ、知り合い全員にそう呼ばれているのだが、彼女はそれを言われるたびに止めるように懇願している。だが、誰もそれを止めることはない上、彼女もそれほど本気で止めようとはしていないため、もはや恒例行事になっていた。

 

「それで、多田君何してるの?」

「ああ。さっきの講義のノートをコピらせてほしくてよ。誰かいねえかなって」

「さっき? 多田君、何受けていたの?」

「人類考古学」

 

 コウスケの返答に、シノアキは苦い顔を浮かべた。

 

「ああ、アレ大変だよね……教授の説明眠いんだもん」

「お? シノアキ、受けてたか? 頼む! ノート写させてくれ!」

「ゴメン、受けてたけど、それ去年の話なんだ……」

 

 シノアキは手を合わせた。

 

「去年……」

「後、私も眠ってノートほとんど取ってなかったから、単位も落としちゃったんだよね」

「なん……だと……っ!」

 

 ファントムを生み出しそうなほど絶望に沈みそうになったコウスケは、謝罪を繰り返す彼女を止めた後、また別のアテを探す度に出た。

 

「他の知り合い、他の知り合い……だあああっ! 次回小テストって前々から言ってたじゃねえか、何でオレ寝ちまったんだ……!」

 

 コウスケは思わず意識が飛んでしまった自分を恨みながら、隣の大学校舎へ入った。

 さきほどまでいた古い建物と異なり、最新設備が多段に盛り込まれたこの場所なら、他の知り合いも移動してきているかもしれない。

 一縷の望みを託しながら、コウスケは知った顔を周囲の学生と一致させようとした。

 そして。

 

「せんぱーいっ!」

「ウッ……」

 

 背後から飛んできた声に、背筋が凍った。

 

「何か、嫌な予感……」

「相変わらず辛気臭い顔してますね~! なんかあったんスか?」

 

 シノアキより辛うじて背が高い程度の女性が、背後からコウスケのリュックを叩いてきた。その笑顔は、見ようによっては人を煽っていると判断できる。

 

「宇崎……何でお前がここに?」

「何でってヒドイっすねえ。私は面白そうな顔を見つけたから駆け寄って来ただけっスよ?」

「今お前には用ねえんだよ。ほれ、シッシ」

「うわあ、折角こんなかわいい後輩が駆け寄って来たのに、そんな態度取っちゃうんスね。そんなんだから先輩には友達がいないんスよ」

「失敬な! ちゃんとおるわ!」

 

 宇崎という後輩の失礼な発言に、思わずコウスケも声が大きくなる。

 だが、ケラケラと笑う宇崎は意に介さず、そのまま設置されているエスカレーターに向かう。

 

「すんませんね先輩! 私これから講義なんで、今は先輩と遊んであげられないッス!」

「誰が遊んでやってるだよバーカバーカ!」

 

 だが宇崎は、コウスケの怒鳴り声を笑って流しながら、エスカレーターの上へ消えていった。

 無駄に体力を削られたコウスケは、明日だれかに頼もうかという考えに至る。

 ならばと、次の予定である待ち合わせの場所である大学の正門に向かおうと足を向け。

 

「……お?」

 

 コウスケは、その場で足を止めた。

 見滝原大学。

 先に述べた通り、それは国が誇る有名大学の一つ。なればこそ、そこにいるのは学生や教授、用務員であって、飛び級の天才でもなければ、年端も行かない子供がいるのはとても奇妙に見える。

 だからこそ。

 

「なあ、お前! みゃー(ねえ)知らないか?」

 

 まさに、そんな年端も行かない少女が目の前でコウスケへ尋ねてきたのは、レアケースだといって差し支えない。

 

 戸惑いながらコウスケは膝を曲げ、少女と目線を合わせる。

 

「みゃー(ねえ)? (ねえ)っていうからには、姉貴に会いに来たのか?」

「ああ!」

「あだ名じゃ分かんねえな。あー、姉ちゃんの名前、教えてくれねえか?」

「みゃー(ねえ)はみゃー(ねえ)だぞ!」

 

 少女は明るい笑顔でそう応じる。

 

「子供って分からねえ……!」

 

 コウスケは頭を抱え出す。

 とりあえず、自分の元にいても仕方ない。そう判断し、コウスケはこの少女を大学の事務局へ連れて行くことにした。幸い事務局はこの建物にある。

「みゃー姉はどこだ?」とテープレコーダーのように繰り返す彼女とともに事務局へ立ち入ったコウスケ。

 すると。

 

「あ」

「え?」

 

 そこには果たして、この後待ち合わせをする予定だったハルトの姿があった。

 

「ハルト? 何でお前ここに?」

「ちょっと予定よりも早く着いちゃったんだけど……」

 

 ハルトは困った目つきで、彼の傍らに目を落とす。

 ハルトの左手を握るのは、コウスケといるみゃー姉少女よりも幼い少女の姿だった。

 それを見て、コウスケは思わず口走る。

 

「ハルト……お前、まさか……」

「何かとんでもない誤解してないかお前」

 

 このまま警察へ通報しようかというところで、ハルトはコウスケを小突く。

 一方、ハルトの連れている子よりも少しお姉さんなみゃー姉少女は、好奇の目で少女の頭を撫でていた。

 

「何でも、『おいたん』?を迎えに来たらしい。で、道端で泣いていたからここに連れて来た」

「おいたん?」

「御覧の通り、まだ舌足らずな感じだからね。俺だけじゃどうしようもないから、ここに連れて来た。今のところこの子の名前しか分からないし」

「ひなだお!」

 

 ハルトが自分の話をしていることに気付いたのか、「ひな」らしき少女が元気よくコウスケに挨拶した。

 

「お前もかよ……オレも似たようなもんだ。オレの場合は姉貴だがな」

「ふうん……」

「よーしよし」

 

 みゃー姉少女に頭を撫でられ、どうやらひなは彼女に懐いたようだった。その腰に抱き着き、騒がしくなっている。

 その後、コウスケとハルトは事務員へそれぞれの事情を説明し、あとは向こうで引き継いでくれることとなった。

 最新の大学の建物を出て、コウスケが両腕を伸ばした時。

 

「……日本の大学生ってのは子持ちが基本なの?」

「んなわけねえだろ! オレだって初めて聞いたわ!」

 

 ハルトの大学への誤解がまた一つ、増えたのだった。




コウスケ「いいからさっさと行こうぜ」
ハルト「そうだね。……にしても、変な人多いんだね大学って」
コウスケ「何を言ってるんだお前は。この常識人の塊みてえなオレがいるだろうが」
ハルト「……まあ、人格だけ見ればまともか」
コウスケ「だけって何だよゴラ」
ハルト「魔法使いであること全般」
コウスケ「それを言うなって」
ハルト「それにしても、前来た時も思ったけど、大学って本当に大きいんだね。あの校舎一つで下手な小中高よりも大きいんじゃない?」
コウスケ「それは大学にもよるだろ。オレも昔色んなオープンキャンパスに行ったんだが、その辺はピンキリだぜ」
ハルト「へえ……」
コウスケ「お前も珍しいか?」
ハルト「そうだね。やっぱり、もしも松菜ハルトが生きていたらって、考えちゃうからかな……」
コウスケ「……悪い。変なこと聞いた」
ハルト「気にしないでよ。……大丈夫だから」
コウスケ「ああ……ん?」
ハルト「どうしたの?」
コウスケ「いや、アレ……」
ハルト「……中学生くらいの……女の子……? 大学って大学生以外の生徒もよく来るんだね」
コウスケ「普通はオープンキャンパスの時くらいだぞ!?」
???「あら失礼ね? これでも私大学生よ?」
コウスケ「マジ?」
???「まじまじ。ちょっとだけ飛び級してるだけだって」
コウスケ「すげえ」
ハルト「飛び級って現実にあるんだね……」
???「これでも、きちんと研究も色々やってるのよ?」
ハルト「研究?」
???「そう! 私の研究は……!」



___アリ!? ナシ!? ナシ!? アリ!? ついてる ついてない あれどっち? どっち? Trance,trance,trance___



???「あ、間違えた。これサビじゃない……」
ハルト「いや間違える部分ヒドイな!?」



___知らない何 壊れそうなアイデン貞貞 産まれたばかり a sense of wonder___



???「性転換!」
ハルト「飛び級の変態だああああああああああああ!」
コウスケ「おい、紹介しろよ。ああ……お兄ちゃんはおしまい……だってよ」
???「2023年の1月から3月のアニメです! 引きこもりのお兄ちゃんを、お兄ちゃん想いの妹の私、みはりが社会復帰のために矯正していくアニメです!」
コウスケ「強制(・・)的に性転換させてるじゃねえか!」
???「でもでも、今お兄ちゃん女子高生になってハーレム満喫中だよ?」
ハルト「やだこの飛び級の子怖い。マッドサイエンティストじゃん」
???「そんなこと言っちゃっていいの?」
コウスケ「あん?」
???「お兄ちゃんたちも、TS(性転換)させちゃうぞ?」
ハルト「やだこの子、参加者よりも怖い」


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教授で子持ちのマスター

シンフォギアXDがサ終してしまった……
これでこのSSのメインヒロイン三人のソシャゲが終了してしまったことに……


「あ! 松菜さん、多田さん! こちらです」

 

 蒼井えりかは、こちらに手を振って応じた。

 以前、彼女と最初に対話した大学の時計塔。その根元で、彼女はハルトたちを待っていてくれた。

 

「わざわざありがとう。待たせちゃったかな?」

「いいえ。全然平気ですよ」

 

 ハルトへ笑顔を向けながら、えりかは背後で腕組みしながら笑いかける。

 

「それにしても、やっぱり大学って大きいなあ」

「そうですね。この大学は、沢山の建物で出来ていますから」

 

 えりかは笑顔を見せながら、大学のキャンパスを進んでいく。

 丁度先日大型連休を終えたばかりの大学は、大勢の学生が溢れかえっていた。

 それぞれが嬉しそうだったり憂鬱そうだったりと様々な表情で、それぞれ語り合っていたり一人で黄昏ていたりしている。

 えりかの足は、すぐ近くの建物へ向かっている。

 

「蒼井のマスターも、松菜さんに会うのを楽しみにしています」

「そうなの? それは嬉しいね」

 

 えりかはガラス戸を押し開けて、ハルトとコウスケを先に通す。そのまま先導し、近くのエレベーターへ向かった。

 綺麗に管理の行き届いたその建物は、歩くたびにコツコツと音が響く。えりかがエレベーターの下ボタンを押し、そのまま地下深くの階層へ降りていく。

 

「地下なんだね」

「はい」

「地下ってどの研究室だったか?」

「すぐに判りますよ。着きました」

 

 エレベーターが開く。

 すると、地上階とは打って変わって、その衛生さがほとんど無くなっていた。

 まるで墓の中に広がる世界なのか、と思ってしまう。

 蛍光灯はひび割れ、少ない命の灯火のように光を作り上げている。建物内部の狭い通路と

 

 

「なんじゃごりゃ……」

 

 地下フロアに足を踏み出して、まず唖然としたのはコウスケだった。

 埃が舞うその状況で、

 

「これが、大学の研究室……? 随分と低予算な場所なんだね」

「普通はこんなんじゃねえんだがな」

 

 コウスケはそう言って、えりかを見やる。

 

「……本当にこの階で合ってんのか?」

「はい。このフロアですよ」

 

 この場がたとえ綺麗な場所でも変わらないような足取りで、えりかは進んでいく。

 ハルトとコウスケは顔を見合わせ、半信半疑ながら進んでいく。

 

「うおっ!」

 

 歩いてまだ数歩だというのに、コウスケが情けない悲鳴を上げた。ハルトの体にしがみつく彼を振りほどき、「何?」と呟く。

 

「何か、足元変なの通ったんだよ」

「……ネズミじゃないの?」

「あんなにデケえネズミがいるかっての……!」

「デカいネズミ?」

 

 ハルトはその言葉に疑問符を浮かべながら、さらに進んでいく。

 

「ああ、そうなんだよ! なんかこう……膝ぐらいまであるようなネズミが!」

「そんなのがこの日本にいるのか?」

「あの感触に間違いはねえっての!」

 

 コウスケの訴えを無視しながら進んでいく一行。

 そのまま数歩進んだところで。

 

「うおおおおっ!?」

「うわッ!」

 

 今度はハルトにも、コウスケが騒ぎ出した原因が分かった。

 暗闇の中から突如出現したコウモリの群れ。それが、ハルト、コウスケ、えりかの合間を縫って通路の奥へと移動していった。

 

「何だあれ……?」

「何で大学の施設内にコウモリが群生しているんだ……?」

 

 しかも、地下であるこの階層の出入り口は、ハルトたちが乗って来たエレベーターと、どこかにあるであろう非常階段のみ。果たしてコウモリが、餌を取りに外に出て、この場所に毎日往復できるものなのだろうか。

 だが、ハルトがそんな疑問を持っている間に、えりかが目的地に到着したようだ。その場にあるドアをノックすると、「どうぞ」と落ち着いた男性の声が聞こえてきた。

 

「蒼井、入ります」

 

 彼女はそう言って、ドアを開けた。

 彼女に続いて中に入ろうとすると、その隣でコウスケが「……オイオイ、マジかよ」と項垂れていた。

 

「どしたの?」

「ああ、よりにもよってだな」

 

 コウスケは壁に手を当てて寄りかかる。

 

「まさか、この大学のマスターが、ウチの大学で一番の偏屈教授だったとは……」

「偏屈? 今から会う人、知っているの?」

「直接会ったことはねえよ。あくまで噂程度だから、話し半分で聞いてほしいんだが」

 

 コウスケはそう言って、大きく息を吸い込んだ。

 

「聞いた話じゃ、奥さんにも逃げられるほど研究熱心らしいしぜ」

「ああ、本当にいるんだね。そういう人」

 

 これまでの教授という言葉から連想していた通りの人物らしい。

 これからの出会いに期待不安を抱きながら、ハルトは首を回す。

 

「……今更偏屈の一人や二人、変わらないって。参戦派でないなら、俺は構わないよ」

 

 これまで出会ってきた参加者。そのほとんどが、どう接すればいいのか、はたまたかつて正解だったのかは分からない。

 性格に問題の一つや二つあるくらいなら、まだかわいい物だと感じており、ハルトはえりかに続いて、ドアの隙間から顔を覗かせる。

 

「お邪魔しま……す」

 

 えりかに続いて、部屋の中を覗いたハルトは、その有様に口をあんぐりと開けた。

 さすがに部屋の中は、外とは違って廃墟のようにはなっていない。だがかび臭さは外とは変わらずに満ち足りており、人間ならばきっと不快感を露わにするのだろう。

 電気は点灯されているものの、点滅を繰り返し、狭い部屋の全貌を掴むのは一目では難しい。だがやがて、その六畳ほどの部屋のほとんどが、大量の書類と実験器具で満ちていることが判別できた。

 山のように部屋を占有するは、その部屋の間取りを明らかに変えるほどの量であり、見るだけで圧倒される。

 

「何これ……」

「あ! お客さん!」

 

 そして、この部屋で最初にハルトたちを迎えた、紙の山の背後からひょこっと現れた人物。それは、教授と呼ばれてまず連想するような壮年の男性ではない。

 まだ小学生かと思えるほど幼い少女。薄い紫色の髪を三つ編みのように纏め上げ、薄暗さの残る部屋から笑顔で現れた。

 

「また子供……この大学、子供多すぎない?」

「オレたちが遭遇しているのがレアケースの連続ってだけだ」

「……えりか、この人たちは?」

 

 少女はハルトの顔を珍しそうに眺めながら、えりかに尋ねた。

 えりかは笑顔のまま、少女へ膝を曲げた。

 

「この人は松菜ハルトさん。今日、お父さんとお話しようって約束をしていた人ですよ。お父さんを呼んできてくれませんか?」

「うん。ちょっと待っててね」

 

 少女はハルトたちに笑顔を見せた後、紙の山の中へ戻っていった。

 

「お父さーん。お客さんだよ!」

「……お父さん?」

「あの子のお父さんですよ。私のマスターです」

「まさかの子持ちマスター……」

「お父さーん!」

 

 紙の山の奥で奮闘する少女。

 やがて彼女は、黒く少し太い布切れを引っ張り出そうとしていた。

 いや、あれは布切れではない。

 彼女の「お父さん」の右腕だった。その分厚く黒い袖が、大きな布のように見えたのだ。

 やがてむっくりと姿を見せる、シールダーのマスター。その姿に、ハルトは言葉を失った。

 

「ああ、蒼井さん。お帰りなさい」

 

 聞こえてきた第一声は、落ち着いた男性の声。

 全身を黒いローブを覆った大男だが、その素顔は分からない。鉄のように冷たい仮面を面に付け、その中心には縦に走る線が仄かな紫の光を灯している。

 

「あれがマスター?」

 

 その姿に、ハルトは目を見開いた。

 仮面には覗き穴らしきものが見当たらない。果たしてどのような仕組みでハルト達を視認しているのだろうか。

 

「おやおや。君は……」

「……!」

 

 大男は、じっとハルトの顔を見下ろす。

 呆然としてしまったハルトは我に返り、じっと人の顔を見つめていたことへ謝罪しようとするが。

 

「ああ、失礼。この仮面ですか?」

 

 教授は自らの面を指差した。

 冷たいガラスのような仮面。黒一色の面は後頭部までを覆い、黒い服装と相まって、彼を人間から黒い何か別の生命体なのではないかと考えさせる。だが、彼が生きているというように、仮面の中心部には紫の縦線が走っており、それが彼の気持ちの動きを表わしているのか、ほんのわずかに紫の光が揺れる。

 彼が指で面を叩くたびに、コンッ、コンッと硬い音が鳴り響き、

 

「以前、事故で大怪我をしてしまいましてね。あまり人に見せられないものなのですよ」

「そう……なんですね」

 

 ハルトは頷いた。

 

「おいハルト、何ビビってんだよ」

「ビビッてないよ……」

 

 後ろから小突いてきたコウスケの手を振り払い、ハルトは続けた。

 

「えっと、教授、と呼んでもよろしいでしょうか?」

「ええ。事実、教授ですからね」

 

 教授は深く頷いた。やがて彼はハルトの目の前で、近くの棚から何やら書類を取り出し、何かを書き出し始める。

 

「ああ、失礼。まだ仕事が立て込んでいましてね。作業の手を止められませんので、そこは失礼しますよ」

「は、はあ……」

「蒼井さん。今日のこの後スケジュールを教えてくれませんか?」

「今日は十五時半から市長さんと打ち合わせです。十七時半からはリモートで生命神秘論応用の講義、二十時まで進化論の新論文を読む予定になっています」

 

 ハルトのすぐ近くで、えりかが散らばった書類を拾い上げながら応えた。

 スケジュールが記されているホワイトボードに目を一切くれず、ひたすら書類を集める彼女。ハルトがホワイトボードと照らし合わせると、彼女はその通り、教授の予定を全て的確に

 

「おやおや。そうでしたか。それでしたら、まだお話する時間はありそうですね」

 

 教授は壁にかかっている時計(下半分は積み上げられた書類に隠れて見えない)を見上げる。

 

「えりかちゃん凄いな……そんな細かい内容、よくスラスラ言えるね」

「ありがとうございます」

「本当にすげえ……そんな記憶力、オレにもあればなあ……」

 

 コウスケはえりかへ羨望の眼差しを浮かべた。

 

「ああ、お前今授業についていけてないんだっけ」

「さっきの講義、ノート取りそびれちまったからなあ……」

「どの科目ですか? 蒼井、教えられますよ」

「……マジ?」

 

 えりかのその言葉に、コウスケは顔を輝かせた。

 

「はい。蒼井、大学の講義にも興味があって、幾つか受講しているんです。もし多田さんが受けられなかったものを、私が受けていたら……」

「ありがてえ!」

 

 コウスケが泣き叫びながら、えりかを拝みだす。背負っていたリュックを下ろし、早速彼はえりかから寝過ごしたらしき講義の情報を聞き出している。

 

「おやおや。彼はどうやら、ここの学生のようですね」

 

 教授はほんの少しだけ首を動かしてコウスケを見ている。

 だが、それはほんの一瞬。

 

「多田コウスケ。蒼井さんとは、その紹介で出会いました」

「ほう……それでは、多田君と君が聖杯戦争の参加者というわけですね」

「はい。松菜ハルトです」

 

 ハルトは改めて名乗る。

 これまで出会ったマスターは、ほとんどが若者だった。

 目上の人物と関わるのはラビットハウスの店長や客以外だと中々いなかったので、少しだけ緊張が走る。

 

「おやおや。それでは、私を殺しに来たのでしょうか? その割には、ワザワザ事前にアポイントを取るとは、礼儀正しいですね」

「いえ、戦いたいのではないです」

 

 ハルトのその一言に、教授は動きを止める。

 

「戦いを止めに来たんです」

「おやおや。それはまた……蒼井さんから聞いた通りですね。戦いを止めるために奔走している参加者がいると」

「……」

 

 ハルトは少し押し黙った。やがて息を吸い、吐く。

 

「教授は、もう他の参加者と接触したんですか?」

「いいえ。蒼井さんが召喚されたのは確か……ムー大陸の騒ぎが終わって少ししてからでしょうか」

 

 教授は少し考えこむような仕草をして、彼の口(見えないが)は、雄弁に語り出す。

 

「何がトリガーとなった現象なのか、コエムシ(あの後現れた小動物)の説明でようやく納得しましたよ。まさか私に魔力などというオカルトじみた力が宿っていたとは」

「……貴方に、願いはないんですか?」

「願い、ですか」

 

 ハルトの問いに、教授は手を止めた。ゆっくりとハルトへ目を動かすその鉄仮面からは、彼の如何なる感情も読み取れない。

 

「そうですね……もし聖杯戦争の願いを叶えられる、というものが本当でしたら、精々生命の神秘を解き明かしたい、といったところでしょうか」

「生命の神秘?」

「ええ」

 

 そこで初めて、教授の声に感情が宿った。

 

「生命はどこから来て、どこへ向かうのか? なぜ生まれ、なぜ死んでいく? それは生命の分野でも、哲学の分野でも、長らく考えられてきたことです」

 

 その無機質な外見でありながら、この上ない有機的な話をする教授に、ハルトはアンバランスな気味の悪さを覚えた。

 

「なぜ、この命溢れる世界で、我々人類だけが命を弄ぶことが出来るのでしょう?」

「さ、さあ……」

 

 ハルトは肯定とも否定とも取れない返事をした。

 だがそれは、どうやら彼の神経を刺激させたようで、教授はぐいっとその面をハルトに近づける。

 

「今回の聖杯戦争の案件もそうです。魔力などという生物としては考えられない、ある意味では呪いが我々の中に存在していたことが、何よりも驚嘆するべきことです」

「は、はあ……」

 

 そんなこと、考えたこともなかった。

 もとよりハルトは、人間ではない。魔力の塊といっても差し支えないハルトにとって、その疑問はハルト自身(ファントム)の存在そのものへの疑問符に等しい。

 だが、そんなハルトの思考を捨て置き、教授は演説を続ける。

 

「ならば、この生物学を外れた力はどこから来たのでしょう? そしてそれは、人の手でどこまで大きくすることができるのか? そして、それを持つ生命とは何か? 私はその深淵を、どこまでも知りたいのですよ」

 

 無機質だった教授は、両手を大きく広げる。

 カーテンの合間から差し込む光が黒い彼の姿を包む。すると、その鎧を反射し、教授の姿が輝いて見えた。

 温もりのない鋼鉄の体と声だったのに、彼はこの一瞬のみ、活き活きと活力を得ていた。

 

「……失礼。少し、熱が入ってしまいましたね」

「お父さん、話長くてごめんね」

 

 教授が語り尽くしてスッキリしたところで、ハルトの袖をあの少女が引っ張る。

 

「あ、ああ。大丈夫だよ」

「まあ、そういう訳ですから、願いを叶えるための戦いなどに興味はありません。えりかさんを連れて行きたい時は、一言言っていただければ構いませんよ」

「蒼井を呼びましたか?」

 

 コウスケへ小さな講義をしているえりかが反応する。教授が彼女へ手で制すると、えりかは再びコウスケへの教鞭を取った。

 

「……いいんですか? 彼女には以前、とても助けられました。他の参加者を止める協力をしてもらえるのなら、頻繁に力を借りることになりますけど」

「私は偶然魔術師だっただけの身。願いを叶えられると言われましても困りますね。聖杯とやらに命の神秘を全て教えてくれと願うのも面白くありません」

 

 少なくとも、彼は聖杯戦争のために戦うことはない。

 その事実に安堵し、ハルトは「ありがとうございます」と教授に頭を下げた。

 

「ああ、そうだ。結梨(ゆり)。彼に私の連絡先を渡してください」

「分かった!」

 

 結梨(ゆり)

 それが、その少女の名前なのだろう。

 彼女は書類の山の中に潜り、すぐさま中から何かを手に戻って来た。

 

「ありがとう。……名刺?」

「失礼。携帯電話はどこかに埋もれてしまいましてね。時間がかかりますので、今日のところはこれで、私とのコネクションにして下さい」

「分かりました。……コネクションって何?」

「連絡先って意味ですね」

 

 えりかが伝えてくれた。

 彼女の前では、コウスケが目を輝かせながらノートを書き連ねている。

 

「よかったですね。松菜さん。これからは、蒼井も味方になります!」

「ありがとう……! 本当に心強いよ! 教授も、本当にありがとうございます!」

「ええ。これからもよろしく」

 

 教授はそう言って、手を差し伸べる。

 これ以上喜ばしいことがあるだろうか。

 ハルトはそう思いながら、教授の手を取る。彼の手の大きさに関心していたところで、背後からノック音が響き渡った。

 

「どうぞ」

 

 ハルトから手を放すと同時に、すぐさま無機質な声に戻った教授が告げる。

 すると、あの廃墟然とした廊下へのドアが開き、また別の来客が姿を現した。

 

「おや、おや。貴方でしたか」

 

 その姿を見て、教授が無表情に答えた。

 

「前の予定が少し早く終わったので、足を急がせてもらったのだが……困るかね?」

 

 ドアから入って来たのは、穏やかな笑みを絶やさない壮年の人物。ガッチリとした肉体は、ハルトやコウスケの筋肉量よりを大きく上回り、綺麗に整えられた口ひげと顔の彫りは、彼が長年多くの経験を身に付けてきたことを物語る。

 最大の特徴は、右目を覆う黒い眼帯。残る左目のみで、ハルトとコウスケの二人を一瞥する。

 

「おお、失礼。どうやら学生の相手をしているところだったかな?」

「いえ。彼は学生ではありません。今後私の手伝いをしていただく子ですよ」

「今後? 手伝い?」

 

 そんな話、聞いていないと訴えたハルト。だが教授、悪びれなくハルトへ視線を移した。

 

「ええ。同じ参加者の私のことが気になるのでしょう? ならば、色々と知ってもらえればと」

「これ、体のいい手伝い確定ってことじゃ……」

「おやおや。蒼井さんという私の護衛を、君のお仲間に加えてあげているのですから、私の手伝いもして頂かないと」

「……マジか……」

 

 唖然とするハルト。その前を横切り、壮年の男性がハルトへほほ笑みかけた。

 

「はっはっは。すまないね。アルバイトの面接途中に邪魔をしてしまって」

「いいえ」

「あ! おじさんこんにちは!」

 

 幼い子は強い。

 そんなことを想わせるように、結梨が壮年の男性へ駆け寄った。

 壮年の男性は笑みを浮かべ、結梨の頭を撫でる。

 

「久しぶりだね。結梨。これからまた、お父さんを借りるよ」

「うん! おじさん、今日もご飯食べていく?」

「はっはっは。いや、済まない。この後また仕事の予定があってね。ずっとはいられないんだ」

 

 結梨とやりとりする男性。

 そんな彼を見ている間に、念願の講義ノートを手に入れたコウスケが、えりかと戻って来た。

 

「よかったじゃねえかハルト。あの教授、敵にはならねえんだろ?」

「そうだね。えりかちゃんも、戦いを止めるためにこれからよろしく」

「はい!」

「教授、今日はありがとうございました。自分たちは、お先に失礼します」

「ええ。ああ、ハルトさん。呼び出しはしますので、これからどうぞよろしく」

「うっ……」

 

 これから仕事が増えるのか、とハルトは少しだけ項垂れた。

 できれば、少しでも手心を、と言おうとしたところで、ハルトは口を噤んだ。

 じっとこちらを見つめる、壮年の男性。

 見られているだけ。だが、先ほどとは違い、据わった目は決して笑っていない。繰り返し述べるが、動作としてはただ見られているだけ。

 

「……」

 

 ハルトは思わず、壮年の男性を見返す。

 見られているだけなのに。

 それだけなのに、何故。

 何故、ただの人間(・・・・・)にファントムであるハルトが気圧されるのだろう。




友奈「痛つつ……結構打ち身やっちゃったね……」
可奈美「そうだね。捻挫とかに利く薬とかないかな……」
響「友奈ちゃん、回復力すごいよねッ! わたしと可奈美ちゃんはこんなにボロボロなのにッ!」
友奈「えへへ。牛鬼のおかげ、かな?」
可奈美「でも、日々の鍛錬は大事だよ! これでまた、新しい剣術だって身に付くからね!」
響「うんッ! あとは、映画を見てご飯食べて寝るッ! 修行はこれでワンセットだよッ!」
友奈「響ちゃんの修行法は本当にすごいね! 次は何見るの?」
響「そうだね……やっぱり、アメリカの軍隊のアクション映画がいいねッ! 可奈美ちゃんは?」
可奈美「こんなのはどう?」
響「うわ、凄いマイナーなの……」
友奈「でも、ちょっと面白そうだね! これ、シリーズとか出てるの?」
可奈美「ううん。私が好きな映画、なぜかすぐに打ち切りになっちゃうんだよね……」
響 友奈「「ああ……」」
可奈美「その何か察したような顔やめて! あ、ねえねえ。薬局あるよ!」
響「あ、本当だッ! 折角だし、傷薬とか買っていこう! こんにちわ!」チリーン
???「いらっしゃいませ」
響「傷薬下さいッ!」
???「かしこまりました。少々お待ちください」
友奈「あ! ねえ、ここに何か書いてあるよ!」
可奈美「薬の買取と……これ、つまりここで買った容器を持ってくれば割引できるってこと?」
???「はい。大量生産品でなく、このお店で独自に作っているものでしたら。薬剤自体は、私が調合していますので、その方がお互いに安く手に入るんですよ」
可奈美「すごい! え、店員さんもしかして薬剤師なの?」
???「あと、店長でもありますよ!」
響「すごッ!? わたしたちとほとんど年が変わらないのにッ!?」
???「ありがとうございます。はい、こちら傷薬になります」
可奈美「ありがとう! それで、この容器を持ってきたら……」
???「お安くしますよ」
可奈美「すっごい助かる!」
友奈「よかったね二人とも! それでは、今回のアニメどうぞ!」



___今日から見えるよ小さい星 照らしててね胸の中を 泣いて笑って輝いて 仕事の前の深呼吸___



???「新米錬金術師の店舗経営! 2022年10月から12月放送です!」
友奈「その名の通り、新しい錬金術師のサラサちゃんが、こんな感じで田舎に出店していくお話だね!」
可奈美「結構毒舌!」
???「経営者なので、現実的に生きています」
響「このサービスは、原典でも行っているんだね」
???「商品を作るときの手間は、薬品よりも容器の方が大きかったりしますからね」
可奈美「ありがとう! これでまた、鍛錬頑張れるよ!」
???「今後とも御贔屓に~!」


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結梨

かなり遅れてしまって申し訳ありません……
リアルが忙しくなってきてしまった……


 ハルトの大学での手伝いは、翌日より早速始まった。

 朝起きて、まずはラビットハウスの当番や手伝いをこなす。その後、午前中はシフトとして業務に入り、夕方ごろにラビットハウスから見滝原大学へ移動。

 コウスケと合流し、その足で教授が待つ地下の研究室で、彼の手伝いを夜まで行う。

 そんな生活が、一週間続く。

 

「つ、疲れた……」

 

 大学のベンチで、ハルトはぐったりと座り込む。

 

「おう。マジでお疲れ」

 

 隣に腰かけたコウスケが、ハルトの肩をポンポンと叩いた。

 

「この一週間、お前マジで毎日大学来てたな」

「土日も関係ないとかどうなってるの教授職……?」

「大学はお前が知ってる学校とは違えからな。教授によっては、研究のために何泊でもする可能性だってあるわな」

 

 ハルトは「うへえ」と息を漏らし、天を仰ぐ。

 すでに太陽は沈んで久しい。これからハルトが眠りにつくまでの間にすることと言えば、夕食と入浴と歯磨きくらいだろう。

 

「大学って、小中高の延長線上だと思ってたけど、全然違うじゃん……」

「ああ、それオレも最初思ったぜ。授業___講義っつうんだけど、それも自分で選ぶんだ。同級生と受けるの全然違うなんてザラだぜ」

「そうなんだ……」

 

 ハルトは空返事をしながら、しばらく口を閉じる。

 

「あ! お兄ちゃんたちいた!」

 

 すると、大学のキャンパス内を明るい声が飛んできた。

 見ると、結梨がこちらへ駆け寄ってきていた。

 

「結梨ちゃん?」

「それにえりかも来たな」

 

 コウスケの言う通り、結梨の後ろにはえりかもゆっくりと歩いてきていた。

 

「松菜さんに多田さん。先ほどぶりです」

「どうしたの?」

「教授が、どうやら今日のリモートミーティングが長引くそうなので、私たちで別に晩御飯を食べることになったんです。ご一緒にいかがですか?」

「ああ! いいぜ。ハルトもどうだ?」

「そうだね。いいよ。その前に、可奈美ちゃんにも連絡しておかないと……」

 

 今日の夕食の当番を思い返し、ハルトは可奈美へ夕食を外食で済ます旨を伝えた。数分置いて、可奈美からの了承を受け取り、疲れた体に勢いをつけて立ち上がった。

 

「よし。俺も大丈夫。結梨ちゃんはどういうのが好きなの?」

「何でも好き!」

 

 元気に答えた結梨。

 ハルトとコウスケは互いに見合わせ、苦笑する。

 

「よし。それじゃあ、ちょっと外に行こうか。お父さんからはちゃんとオッケーもらった?」

「あ、それは蒼井が確認しています。料金も全員分蒼井が預かっているので、どこでも費用は気にしないでいいですよ」

「本当!?」

「そいつはありがてえ!」

 

 ハルトとコウスケは同時に目を輝かせた。

 

「それじゃあどこにするよ? この辺りには普通に旨い店も多い……ぜ?」

「どしたの?」

 

 そこまで言いかけたコウスケが、ハルトの顔を見て申し訳なさそうに顔をそむけた。

 

「悪い。お前への配慮が足りなかった……」

「……気にしないでよ。俺自身は今までずっとこうだったんだからさ。むしろ、変に気を使われる方が嫌だよ」

「ああ……」

 

 コウスケが身を固めながら頷いた。

 まあ、仕方ないよな、とはハルト自身も思う。

 ファントムであるこの肉体。味覚がなく、誰かが幸せだと感じる気持ちを共感することができない。一緒に食べた「美味しい」という感覚をハルトが知ることは、これまでも、そしてこれからも永劫ない。

 だが、ハルトはそんなことは気にせずに、結梨の前に屈んだ。

 

「それじゃあ、俺たちがいるお店に来る?」

「お店?」

 

 結梨が首を傾げた。

 

「そうそう。俺の友達も一杯いるから、結梨ちゃんも楽しいと思うよ」

「ラビットハウスか……確かに困ったときはあそこがいいかもな」

 

 コウスケが同意した。

 

「木組みの街だったら、電車で三十分もかからねえよな」

「そうだね。えりかちゃんもこの前来てくれてたし」

「はい。行きましょう!」

 

 えりかの同意も得られて、ハルトは改めて、これから四人で向かう旨を可奈美へ送信したのだった。

 

 

 

「結梨ちゃんいらっしゃい!」

 

 ラビットハウスの扉を開けた途端、ココアの明るい声が真っ先に出迎えた。

 明るい表情のまま、彼女はえりかと手を繋いでいる結梨のもとへ抱き着いてきた。

 

「初めまして! 私、保登心愛(ココア)! お姉ちゃんって呼んでね!」

「結梨です。お願いします、お姉ちゃん」

「わ、わわわ……!」

 

 素直な反応に、ココアの体が震えている。その腕が何度か空を泳ぎ、ハルトの袖を掴んだ。

 

「ハルトさんハルトさん、何この子……? すっごい可愛い……!」

「前話した、大学教授の娘さん。さっき自分で名前覚えてたじゃん」

「そうだけど……すっごく可愛い!」

 

 語彙力を失ったココアが、両手を広げて結梨へ飛び掛かる。

 だが、その身代わりとなったのは、結梨をその身に引き寄せたえりかだった。

 

「きゃああっ!」

「お? えりかちゃん! えりかちゃんモフモフ……」

「ほ、保登さん……!」

 

 標的が入れ替わったことに一瞬だけ驚いたココアだが、そのままえりかへ頬ずりを始めた。えりかは困った表情を見せながら、決して突き飛ばすことはしない。

 放っておいてもいいかと判断したハルトは、次にやってきた可奈美へ向き合う。

 

「お待たせ可奈美ちゃん。四人席なんだけど、空いてるかな?」

「ううん。ごめんねハルトさん。今日いつもよりも繁盛してて、空いてないんだよね」

 

 確かにと、ハルトはラビットハウス店内を見渡す。

 

「思っていたよりも人数多いな」

 

 夕食時だということもあり、家族連れやカップルが複数組いる。それぞれ笑顔溢れる食卓を囲み、ハルトにとっては眩しく、また居心地が悪く感じてしまう。

 そんな家族連れが多い中、ハルトにとって見覚えのある客の姿もある。

 

「おっ! ハルトにコウスケ! それにえりかちゃん!」

「こっちこっちッ!」

「一緒に食べよ!」

 

 真司、響、友奈の三人。

 テーブル席で、真司のみが向かい席に座っていたが、ハルトたちの姿を見て、友奈の隣に移動する。それに伴い、響と友奈が壁へ詰めた。

 

「……俺たちあそこの座席だね」

「だな。響の奴、ここでメシのつもりだったのか」

「あ、でも四人座れるかな?」

 

 可奈美が首を傾げた。

 コウスケが先に真司たちの向かい席に着き、壁際まで詰める。

 続いて、えりかが腰を掛けた。

 

「結梨ちゃん、こっち」

「うん!」

 

 えりかが膝の上を叩くと、その上に結梨がこちょんと乗った。

 

「「おおーっ!」」

 

 響と友奈が、同時に興味ありげに結梨を見つめる。

 

「か……」

「可愛いが過ぎる……ッ!」

 

 友奈、響がそれぞれ評する。

 結果的に一番通路側が開いたので、座席問題が解決したところで、ハルトは可奈美へ尋ねた。

 

「手伝おうか? 少なくとも結梨ちゃんが注文するのは俺が作るよ?」

「平気平気! 私に、ココアちゃんに、チノちゃん、あとチノちゃんのお父さん(タカヒロさん)も厨房にいるから」

 

 可奈美はそう言って、えりかの膝上の結梨へ話しかけた。

 

「私、衛藤可奈美! よろしくね!」

「初めまして。結梨です」

 

 結梨はペコリとお辞儀をする。礼儀正しい彼女へ、可奈美はにっこりとほほ笑む。

 

「うん! うん! 後でゆっくりお話ししようね!」

 

 可奈美はそう言って、厨房へ戻っていく。

 彼女を見送り、ハルトは落ち着いて通路側の席に腰を下ろした。

 同時に、真司が手を上げた。

 

「よっ! お疲れ。今日、例のバイトだったんだってな?」

 

 例のバイト。

 間違いなく、見滝原大学にて教授の手伝いとして駆り出されていることだろう。

 

「そうだよ。書類整理とか雑用とか色々大変だったよ」

「でもよかったじゃん。結構協力的なマスターだったんだろ?」

 

 真司がえりかを見ながら言った。

 響、友奈と談笑を繰り返す彼女は、とても敵意があるとは思えない。時折彼女は膝元の結梨の頭を撫で、その都度結梨はえりかへ体を寄せている。

 一方、隣のテーブルを片付けているチノは、じっと結梨に夢中になっている響をジト目で見つめていた。

 

「響さん……ちょっとは私のことを見てくれてもいいのに……」

「ん? チノちゃん何か言った?」

「何でもありません……」

 

 チノはぷいと向き、自らの業務に集中する。ハルトの目算が間違っていなければ、彼女はテーブルの同じところを何度もぐりぐりと磨いている。

 

「ウサギさん……?」

 

 結梨がふと呟いた。

 響と友奈の目線に気付かず、結梨の目線はチノの頭に静止している毛玉に向けられていた。

 それは、ラビットハウスの看板ウサギ、ティッピー。

 結梨の目線に気付き、少し怯えるように身の毛を逆立たせている。

 

「おっ! お目が高いねえ!」

 

 だが哀れ毛玉は、いつの間にかやって来たココアに捕まり、さっと結梨の前に差し出された。

 

「はい! 結梨ちゃん! もふもふしていいよ! 終わったら、私のことをお姉ちゃんって呼んでね!」

「ココアさん、仕事して下さい」

 

 チノはジト目でココアを見つめながら、テーブル掃除を終える。そのままティッピーを回収することなく、皿を片付けて厨房へ戻っていった。

 実質飼い主から許可をもらえたようなもので、結梨は両手でティッピーをわしわしと掴んでいく。彼女の手がティッピーの頭を変形させる度に、ティッピーからは「ふおおおおおっ!」と喘ぎ声のようなものが聞こえてくる。

 

「チノちゃんの腹話術、遠隔からでもできるの凄いな」

「え? これ、どう見てもこのウサギから聞こえるように思えるのですが!?」

 

 えりかのあり得ないツッコミをスルーしていると、真司がハルトに尋ねて来た。

 

「ハルト、もしかして……この子がマスターなのか?」

「ううん、この子のお父さんがマスターだよ。大学の教授」

「大学の教授で……子持ち……」

 

 真司はゆっくりと頷きながら額に手を当てる。

 

「真司? どうしたの?」

「いや、昔その特徴に当てはまる知り合いがいてさ、ちょっと大変だったことを思い出した」

「……? コウスケも言ってたけど、大学教授って偏屈な人ばっかりなんでしょ? よくあることだよきっと」

「可愛い! ねえねえハルトさん! この子本当に可愛い! このままラビットハウスの妹にしようよ!」

「チノちゃんはええんかい」

 

 思わずツッコミを入れたハルト。

 またその頃合に、丁度可奈美がお盆を手にハルトたちの席にやってきた。

 

「ココアちゃん、それはちょっとサイコパスじゃない?」

 

 可奈美は苦笑しながら、お冷を四つ、ハルトたちの前に置いた。

 

「チノちゃんが、ココアちゃんを呼んでるよ。早く厨房に来て欲しいって」

「はーい」

 

 ココアは名残惜しそうに結梨から離れていく。

 彼女を見送り、可奈美は盆から料理を手に取った。

 

「まあ、気持ちは分かるけどね。はい、響ちゃんにはウサギさんごはんセット大盛り」

「待ってましたッ!」

 

 可奈美は手にしたお盆に乗せた料理を、最奥の響から置いていく。

 

「友奈ちゃんはウサギさんうどんだよね」

「うどん! やっぱりこれだよね!」

「で、真司さんはウサギステーキだよね」

「おおっ! これこれ! ……ウサギさんステーキってメニューだけどホントにウサギなのかこれ?」

「違うけど、細かいことは企業秘密だよ」

 

 可奈美は悪戯ぽく微笑み、えりかと結梨の前にコップを置いた。

 

「はい、えりかちゃんと結梨ちゃんには私からサービスだよ。紅茶どうぞ」

「あ、はい。ありがとうございます。衛藤さん」

「ありがとう!」

 

 結梨は両手でコップを手にし、「フーフー」と息を吐きかける。ゆっくりと口にし、「温かい……」と安心したように言った。

 

「すみません! 注文お願いします!」

「はいただいま! それじゃ皆、また後で!」

 

 可奈美はまた忙しなく、他の座席へ注文を取りに行く。

 入れ替わりでやって来たチノが、盆に乗せて今度はハルトたちの料理を持ってきた。

 ガッツリとしたかつ丼を注文したコウスケ、カレーを頼んだえりかと結梨。一方ハルトに置かれたのは、簡単な豚汁だった。

 

「ハルトさん、それだけでいいんですか?」

「ああ。平気だよ。あんまりお腹空いてないから」

 

 ハルトはそう答えて、豚汁を啜る。

 やはり、味は感じない。それに伴い、美味しいという感覚を分け合う皆が、少し遠くに感じてしまう。

 

「お兄ちゃん?」

 

 突如、隣の結梨が丸い目でこちらを見上げてきた。

 

「どうしたの?」

「どうしたのって、何が?」

 

 手慣れた平静を装う顔。

 十年以上、怪物であることを隠して人間として生きてきたハルトにとって、これで誤魔化しが利かなかったものなど、そうそういない。

 だが。

 

「お兄ちゃん、ちょっとだけ寂しそうだから」

 

 その時。

 ハルト、真司、コウスケ、響、友奈。

 ハルトの正体を知る者たち(ファントム・ドラゴン)の間に、沈黙が走った。

 それは、ココアが再び結梨を妹にしようとしにくるまで続いた。



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服従させる魔法(アゼリューゼ)

創作は、他の何かしらの作品から着想や発想を得て作られると言う。
たとえそれが、自身が直接触れたことがない作品だったとしても、そこから着想を得た作品に、好きな作品があるのかもしれない。
そんなことを考えながら、素人ながら、偉大な先人様の冥福をお祈りいたします


「むにゃむにゃ………」

 

 えりかの背中で、結梨が穏やかな寝息を立てている。

 夜も遅くなったころ。

 ハルト、コウスケは、えりかと結梨の帰宅に付き添っていた。

 電車で見滝原北にある大学、その近くにあるアパート。そこが、彼女たちの住まいらしい。

 配置からして、駅から直接行くよりも大学を経由した方が近い。

 

「すっかりぐっすりだね」

 

 ハルトは結梨の寝顔を眺めながら呟く。

 えりかも彼女へほほ笑みながら、「はい」と頷いた。

 

「今日は本当にありがとうございます。結梨ちゃんもとても楽しそうでした」

「えりかちゃんは?」

「もちろん、蒼井も楽しめました!」

 

 彼女のこの笑顔が、偽りによって作られたものなど、果たして誰が言えようか。

 

「何か、えりかちゃん本当に結梨ちゃんのお姉ちゃんみたいだね」

「それココアとチノに聞かれたら発狂モンだな」

 

 コウスケのコメントを流し、ハルトはようやく見滝原大学に戻って来た。

 すっかりこの場所に通うようになったハルトだが、夜、人気のない時間帯にあの地下室に降りるのは未だに勇気が必要になる。

 そんな見滝原大学の校門。かなり年季が入ったその校門は、果たしてどれだけ多くの人々の人生の門出を祝ったのだろうか。

 

「夜の学校って、小中高どこでも不気味だけど、大学はその感覚若干薄れるね」

 

 ハルトはキャンパスを見渡しながら呟いた。

 校舎のほとんどが消灯している小中高とは異なり、大学の建物にはまだ明かりが灯っている。街灯の存在もあって、大学という施設というより、町にいる感覚になる。

 

「まあな。ゼミなんか、この時間までやることもあるし、サークル活動だってこの時間まで何かをすることも珍しくねえ。そもそも、一部の講義もこの時間にやってたりするしな」

「ふうん……」

 

 もう見慣れてきた見滝原大学のキャンパス。大学を彩る緑を眺めながら、ハルトたちは教授が待つ建物へと向かう。

 だが。

 

「……おい、何だあれ?」

 

 コウスケはふと、足を止めた。

 

「コウスケ? どうかした?」

「何か……コスプレみたいなのがいる」

 

 コウスケが指す先。なるほど確かにと、その場にはコスプレにしか見えない存在がいた。

 まず目を引くのは、ショッキングピンクな髪色。両側を複数の三つ編みにまとめて下ろしたその少女は、その顔付きも相まって、今えりかの背中で寝息を立てている結梨に近しい年齢に思える。

 そして何よりも目立つ、彼女の頭部。まるで鬼のような角が二本生えており、あたかもこの世界とは別物の雰囲気を醸し出している。

 植木周辺でしゃがんでは手にした天秤を振り、また別のところで同じ動作を繰り返す。

 

「何をしているんでしょう?」

 

 えりかも彼女のことが気になったのか、首を傾げている。

 

「大学ってよく飛び級とかあるんでしょ? あの子もその口じゃない?」

「あんな目立つ奴いたらオレだって普段から気付くわ。……参加者ってことねえよな?」

「有り得ないって言いきれないのが自分でも嫌だ」

 

 ハルトは最悪を想定する。『ドライバーオン』と鳴らしたベルトを上着で隠し、左手にはルビーの指輪を付けておく。万一の準備を終え、その人物___少女へと近づいた。

 

「あのー」

 

 ハルトの声に、少女はゆっくりと振り向いた。

 ガラスのように透き通り___そして何も見ていないような目。

 

「何を……しているんですか?」

 

 だが、少女は答えない。表情を一切変えることなく、ハルトたちがいる空間を眺めていた。

 ハルトが困っているその時。

 キャンパス中の植木という植木より、音が鳴り出した。

 

「何だ?」

 

 コウスケが警戒の声を上げる。

 同時に、むにゃむにゃとえりかの背の結梨が、目を覚ました。

 

「あれ? えりか、どうしたの?」

「結梨さん……!」

 

 えりかは結梨を下ろし、その守ように背後に回す。

 やがて、ざわざわと木々の動きが激しくなる。同時に、その土をかきわけ、緑色の手が灰出てきた。

 

「何だありゃ!?」

「ゾンビ……!?」

 

 そう。ゾンビ。

 生ける屍が、舗装のない箇所より這い出てきたのだ。それぞれ多種多様な服装を身に纏い、この場はまるでゾンビが通う大学だったのかと錯覚してしまうほど。

 そして、それを行っている術者は確認の必要すらない。

 

「ふふっ……」

 

 薄っすらと笑みを浮かべる、この少女に間違いない。

 

「コウスケ!」

「わーってるよ!」

『コネクト プリーズ』

 

 ハルトは即、ウィザーソードガンを手元に召喚。

 地面より抜け出て、ハルトたちへ一歩を踏み出そうとするゾンビたち。その脳天へ、銀の弾丸を放つ。

 

「大学って夜中になるとゾンビの楽園にでもなるのかよ……!」

「なるわけねえだろ!」

 

 コウスケはそう言いながら、ダイスサーベルでゾンビの頭を叩く。

 本来ならば殴打のつもりだったのだろうが、相手は動く腐敗体。脆くなったその首は、彼の腕であっさりともげ落ちた。

 

「……余計に気味悪くなったな」

「オレのせいかよっ!」

 

 コウスケは叫びながら、指輪をベルトに差し込む。

 

『ファルコ ゴー』

 

 彼の背中に装着される、ハヤブサのオーナメント。

 そこから伸びるマントを両手で掴み、コウスケはマントを羽ばたかせる。

 すると、オレンジの竜巻が発生。ゾンビたちを次々と飲み込み、一か所にまとめ上げていく。

 

「はああああっ!」

 

 すさかずハルトは赤い眼となり、その両手から炎が溢れ出す。

 オレンジの竜巻へ取り込み、その中に捕らわれているゾンビたちを一気に焼き焦がしていく。

 だが。

 

「無駄よ」

 

 ようやく、目の前の少女が口を開いた。

 

「やるなら、魔法を解除するか、全身を焼き尽くすくらいじゃないと。それ程度で動きは止まらないわ」

 

 ピンク髪の少女は、天秤を胸の高さにしながら続けた。

 すると、彼女の言葉通り、黒一色になったゾンビたちが再び動き出す。

 

「お前……!」

「その手、参加者のようね?」

「……っ!」

 

 彼女の目線の先は、当然ハルトの右手の令呪。

 ハルトは即座にウィザーソードガンをソードモードに切り替え、少女へその刃を振るう。

 だが冷笑しながら、彼女は飛び退く。

 ハルトと開いたその距離間を、ゾンビたちが一気に敷き詰めていく。

 

「まだ……」

「どんどん増えてます!」

 

 今度はえりかの叫び声。

 すでに腰に盾を装備した彼女の周囲にも、ゾンビが次々に現れている。結梨を庇いながら、その盾を回転させ、ゾンビたちを薙ぎ倒している。

 

「素晴らしいじゃない。ここ」

 

 少女は大学の建物を見渡しながら呟いた。

 

「ここまで死体が転がっているなんて。しかもご丁寧に、私の魔力で動かせる状態に残している。ここは実験施設なのかしら?」

「ここに……転がっている?」

 

 えりかが眉を顰める。

 だが少女は、手にした天秤をハルトへ向けた。

 すると、ゆっくりと、天秤は傾く。

 

「へえ……すごいじゃない。あなた、マスターにしては魔力があるのね」

「……っ!?」

 

 その途端、ハルトの体に異変が起こる。

 

「体が……動かない……!?」

「ハルト!? どうした!?」

「松菜さん!?」

 

 だが、ハルトの体は服従を示している。

 少女へ膝を折り、首を垂れていく。

 

「これは……!?」

「無駄よ。私にこれで勝てる奴なんて、そうそういないのだから」

 

 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、彼女はその手にした天秤を突き出す。

 片方に大きく傾いたそれ。もはや揺らぐ余地のないとばかりに、それは微動だにしない。

 

「ぐ……っ」

「だから無駄よ。マスターごときの魔力量で、どうにかなると思う?」

 

 彼女は、ゆっくりと天秤を振った。

 

服従させる魔法(アゼリューゼ)。私達の魂を乗せて、それが持つ魔力が大きい方が相手を操れる私の魔法。確かに参加者にしては多い方だけど、私にはとても敵わないわ」

「お前……も、参加者か……!」

「ネクロマンサーのサーヴァント、断頭台のアウラ。これからあなたは、未来永劫私の(しもべ)になってもらうわ」

「お前の好きには……させない!」

 

 ハルトはそう言って、顔を上げる。

 その眼は赤く、全身には膨大な魔力を走らせている。その様子に、アウラと名乗ったサーヴァントは一瞬驚きを露わにし出す。

 

「へえ……」

 

 ハルトの体は徐々に自由を奪い返していく。

 ゆっくりと。少しずつ。

 だが。

 

「いいじゃない。気に入ったわ。この世界での私のお気に入りにしてあげる」

 

 彼女は、手にした刃を振るい上げた。

 ウィザーソードガンで防御するのも間に合わず、それはハルトの首元に食い入る。

 

「ぐっ……!」

 

 アウラの腕を掴み、抵抗する。

 だが、彼女の術中にいる今、ファントムの魔力を駆使したところで、彼女へ抵抗できる力などたかが知れている。

 

「こんなものに……負けるか……!」

「あはっ! あははははっ! いいじゃない! ほらほら、もっと抵抗してみなさい!」

 

 赤い眼のハルトへ、アウラが声を上げた。

 

「ハルト! しっかりしろ!」

「シールドレイ!」

 

 横目では、コウスケとえりかがゾンビをかきわけてなんとか助けに入ろうとしているのが目に入った。

 だがゾンビたちの数は並みではなく、えりかの遠距離攻撃もゾンビの壁に阻まれて届かない。

 

「ぐっ……あああああっ!」

 

 刃がより深く、ハルトの首筋に食い込んでくる。

 

「頑張った頑張った。でも、たかが人間、その他化け物ごときに、私の魔力に勝てるわけないのよ」

 

 その言葉通り、たとえファントムの全力を使ったところで、おそらくアウラの魔力には太刀打ちできない。

 もう限界。

 そう、ハルトが感じた時。

 

「……ん?」

 

 一瞬、アウラの気が反れた。それで彼女の魔術が弱まるわけではないが。

 

「雪?」

 

 この初夏も近いこの時期に、雪。

 それは、決定的に大きな状況の変化ではないか。

 

「雪……」

 

 その存在を認識した途端、急激な吹雪がキャンパスを包んだ。

 ゾンビたちは瞬時に氷漬けとなり、砕ける。

 えりかが盾を大きく展開し、コウスケと結梨を守る。

 アウラは飛び退き、ハルトは拘束が解かれたと同時に全身から炎を発し、吹雪から全身を防御する。

 そして。

 

「……気に入らんな。アウラ」

 

 その声。

 自由になった体を支えながら、ハルトはその声がした方を見上げる。

 暗い夜の闇を、白く染め上げる女性。白いローブに身を包み、その頭上にウサギのような耳を生やしたその者は。

 

「あら。誰かと思えば、フロストノヴァじゃない」

 

 アウラは詰まらなさそうに吐き捨てる。

 フロストノヴァ。氷を操る、ゲートキーパーのサーヴァント。

 

「アウラ……ついに獣以下に成り下がったか」

 

 彼女は吐き捨てると、手を振るう。すると、彼女の手の先にいたゾンビたちが、一気に氷漬けとなる。

 さらに、彼女がもう一度腕を振ると、氷ごとゾンビたちが粉々に砕け散った。

 

「あら。怖い。随分と嫌われたものね。フロストノヴァ」

「好かれているとでも思ったのか?」

 

 フロストノヴァとアウラ。

 ほとんど表情を動かさずとも、二人の間には敵意という名の緊張が走っていた。

 

「いいえ。全然」

 

 アウラは無造作に天秤を向ける。

 当然の如く傾きだす天秤。

 だが。

 

「ふんっ!」

 

 放たれる氷。

 それは、彼女の手元を的確に穿ち、その天秤を氷の中に固定した。

 

「二度も同じ手が通じると思うのか?」

「チッ……」

 

 舌打ちをしたアウラ。

 この隙を逃す手はない。

 

『サンダー プリーズ』

 

 ウィザーソードガンに指輪を読み込ませることで、その刀身に雷を宿らせる。

 立ち上ると同時に放つ雷の斬撃。

 アウラは屈んで避け、ハルトやフロストノヴァから離れた。

 

「本当に面倒ね、あなた」

 

 アウラは氷漬けにされた天秤を見下ろしながら毒づいた。

 

「……まあいいわ。アゼリューゼは、これから新しい手駒を操ることはできないけど……すでに手中に落ちた者までは解放されない」

 

 「あなたはそうでもなさそうね」と、ハルトを見ながら呟いたアウラは、懐に天秤をしまった。

 

「でも諦めろよ」

 

 ゾンビを蹴り倒したコウスケが、ダイスサーベルをアウラに向けている。彼の隣には、結梨を傍に置いたままのえりかもいる。

 

「増えねえんだろ? なら、もう劣勢になることはあっても優勢にはならねえぜ?」

「どうかしら?」

 

 アウラが不敵な笑みを浮かべた直後、地面が揺れ出す。

 

「何だ……?」

「っ! ウィザード! 足元だ!」

 

 フロストノヴァが叫ぶ。

 彼女の言う通り、キャンパスの舗装された道路に大きな亀裂が走る。

 ハルトはフロストノヴァの指摘に従い、その場を飛び退く。同時にアスファルトが砕け、地の底より黒い長足が伸びた。

 

「ここ凄いわね。こんなものまでいるなんて」

 

 驚くハルト、コウスケ、エリカ、フロストノヴァ。そして怯える結梨。

 唯一、アウラだけが表情を変えない。

 

「何だ、コイツ……!?」

「さっきまで学生っぽいゾンビがいるのも大概おかしいがよ、何でこんな化け物まで……!?」

 

 コウスケは、もう一本伸びてきた白い足を見上げながら呟く。

 二本の黒い部位は、そのまま地の底に眠っていた胴体を引き上げる。だが、その胴体は、白い部位から連想できるものではない。

 茶色の胴体。その胴体を持つべき脊椎動物であれば、手足は合計四本。

 だが、今目の前にいるこのゾンビは、手足が合計六本あった。しかも、各腕はそれぞれの形状が異なっている。左右の前足二本は、今しがた目撃したそれぞれ黒をベースとした悪魔のような形。

 だが、それに続く中足___それとも腕と呼ぶべきか___は、左右それぞれが別の形をしている。左は節足動物のもの、左は白骨体のもの。それぞれ非対称な中足が、その生物をより一層と怪物然としていた。

 そして後足は、胴体とは異なり、白いオオカミのような形状をしていた。

 頭部には硬い兜が付けられており、その先端には鋭い角が生えている。

 そして、兜の切れ目の目には、やはり生気のない白い目が覗いていた。

 

「コウスケ……こんな生き物見たことないんだけど……」

「オレだってねえよ! 何だよコイツ!? まるで合成生物(キメラ)じゃねえか!」

「どうしてここにこんな怪物が……?」

 

 だが、吠え、猛る怪物のゾンビの前に、その疑問を解消することはできない。キメラのゾンビは、その体にアンバランスな四肢を駆使して迫ってくる。

 

『ホール プリーズ』

 

 ハルトは入れ替えた指輪を発動。

 新たに作りたての指輪の能力は、大穴を作ること。今回は、目の前に巨大な落とし穴を作り上げ、足を捕えられた怪物が唸っている。

 

「フロストノヴァ!」

 

 ハルトの声に呼応してくれたのかは分からない。

 共闘の必要性を感じたのか、フロストノヴァは手を翳し、キメラを薄い氷の中に閉じ込めた。

 だが、長くはもたないだろう。

 

「今のうちに変身するよ、コウスケ」

「ああ。ゾンビなのは気が引けるが、コイツ相手に配慮していられねえ!」

 

 コウスケは、右手に指輪を取り付けた。獣の顔を模したその指輪こそ、コウスケが持つ力そのもの。

 

『ドライバーオン』

 

 そして、彼が左手に予め装着されていた指輪が、腰に当てられる。

 すると、古代より伝わる扉を象ったバックルが、彼の腰に出現した。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 

 ハルトのウィザードライバーが変身詠唱を始めるのと同時に、コウスケが右手を天高く掲げる。

 ハルトもまた、左手のルビーの指輪、その装飾を下ろす。

 

「変身!」

「変~身!」

 

 ハルトのルビーの指輪。

 それと同時に、コウスケが獣の顔をした指輪をビーストドライバーのソケットに差し込む、それはネジのように回転され、彼のベルト、ビーストドライバーが開く。

 

『フレイム ドラゴン』

『セット オープン』

 

 ウィザードライバーがルビーの指輪を読み込み、魔法陣を展開するのと同じく、ビーストドライバーもまた、その内部構造に刻まれたライオンの顔より、魔法陣が飛び出した。

 

『ボー ボー ボーボーボー』

『L I O N ライオーン』

 

 そうして並び立つ、赤と金の魔法陣。

 炎と獣の力を内包するそれは、それぞれの持ち主の体を正面から通過していく。

 すると、それぞれの姿が大きく変化していく。

 炎を宿す指輪の魔法使い、ウィザード フレイムドラゴン。

 その隣に並び立つ、コウスケが変身した魔法使いこそが、古の魔法使い、ビースト。

 

「行くぜ!」

 

 ビーストは、自らの武器、ダイスサーベルを持つのと同時に、獣のゾンビは氷と大穴より解放。

 兜の下の生気のない目が、二人の魔法使いを捉えた。




ちなみにこの時期にこの話になったのはあくまで偶然ですからね?


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魔力量

 フロストノヴァ。

 その姿を初めて見るであろうビーストは、じっと彼女を見つめていた。

 やがて彼は、ウィザードへ小突く。

 

「おいハルト。アイツがフロストノヴァか?」

「ん? うん、そうだよ。コウスケは見るの初めてか」

 

 頷いたビーストは、もう一度フロストノヴァを見つめる。

 やがて彼は、ウィザードへ耳打ちした。

 

「目つき悪ィ女だな」

「やめなさい」

 

 ビーストのその一言に、フロストノヴァは不快感を露わにする。

 

「お前がビーストか……」

 

 フロストノヴァはその鋭い眼差しのまま、ビーストを一瞥する。

 

「ランサーのマスター、だったな?」

「オレも随分と有名になったもんだな。そろそろサインの一つもせがまれてもよくえねか?」

「何バカなことを言っているんだよ」

 

 ウィザードは隣のビーストを小突き返し、少し離れたところにいるえりかと結梨が巻き込まれない位置にいることを確認する。(えりかは結梨を抱き寄せ、「うぎッ!」と結梨が小さな悲鳴を上げた)

 

「よし……コウスケ、フロストノヴァ! 行くよ……!」

「ああ!」

 

 ウィザードとビーストはともに頷き合い、駆け出した。

 一方、その場から動かないフロストノヴァ。

 彼女の氷もウィザードとビーストとともに、キメラへ向かう。

 それに対し、キメラは大きく吠える。

 夜の大学を揺らす咆哮。腐敗した声帯からくるそれは、まさに地の底から聞こえてくる怨霊のようにも思えた。

 そして声の振動は、そのままフロストノヴァの氷を砕き、圧し潰す。

 

「っ!」

 

 背後から、フロストノヴァの息を呑む声が聞こえた。

 だがウィザードは構わず、キメラの頭上まで跳び上がる。

 

「はあああっ!」

 

 振り下ろされるウィザーソードガン。

 赤い残滓を残すそれは、キメラの頭部の兜と激突する。

 

「硬い……!」

 

 兜をはじめとした装飾品は、外部からの影響があれば、少なからずずれが生じる。

 だが、このキメラの兜はそれとは全く違う。

 兜が頭部の一部とでも言うように、それは全く動かない。

 まるで。

 

「兜が肉体と一つになってるみたいだな……」

 

 ウィザードがそんな感想を漏らしている間に、キメラの骨の腕がウィザードを叩き落とす。

 

「ぐっ!」

 

 身を翻し、着地したウィザード。入れ替わりに、ビーストがその首元を、杖状の武器、ダイスサーベルで貫く。

 

「オラァ!」

 

 だが、色が変色し、脆くなっているはずの肉体にも、ダイスサーベルの先端は刺さらない。

 

「ゾンビの癖に頑丈じゃねえか!」

 

 キメラは、足元のビーストをうっとおしそうに前足で振り払う。

 

「なら、これでも食らいやがれ!」

『2 ファルコ セイバーストライク』

 

 ダイスサーベル内部に仕組まれたダイスが指し示す2。

 現れたオレンジの魔法陣から、二体のハヤブサが出現、それぞれキメラへ向かう。

 だが。

 

「そんなチャチな魔力、敵じゃないわ」

 

 アウラが鼻で笑うように、キメラが翼を大きく動かす。

 すると、翼の軌跡が黄色の斬撃となり、二体のハヤブサを打ち落とす。

 

「だったらならもう一丁!」

 

 ビーストはもう一度、ダイスサーベルを発動した。

 

『5 ドルフィン セイバーストライク』

「あの武器、消費魔力の割には効果が運次第なのね……今回なんて、魔力消費のわりに高威力じゃない」

 

 アウラのコメントを聞き流しながら、ビーストが今度は紫の魔法陣を五つ出現させた。

 すると、魔法陣より出現した五体のイルカが、地中を泳ぎながらキメラへ向かっていく。

 だがそれも、キメラには通じない。

 兜の角を地面に突き刺すと、そこを中心に地面に大きな亀裂が走る。

 やがて地中を遊泳していたイルカたちは地より投げ出され、空気中で霧散していった。

 

「んなっ!」

「でも通じないわよ? そんな運任せの魔法なんて」

 

 アウラの冷笑。

 彼女を見上げながら、ウィザードはウィザーソードガンの手のオブジェを開いた。

 

『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』

 

 本人の代わりに呪文を詠唱するウィザーソードガン。

 そこに魔力が込められた指輪を読み込ませることで、簡易的に魔法が発動した。

 

『フレイム スラッシュストライク』

「はああああっ!」

 

 炎を纏い、遠距離を滑空するウィザーソードガンの刃先。

 だがキメラは、それ程度では揺るがない。

 白い眼でウィザードを睨み、その口から緑色の炎(ヒート・バイパー)で迎撃した。

 それは、スラッシュストライクの炎を飲み込みながら、ウィザードへ迫る。

 

『ディフェンド プリーズ』

 

 一方で発動する、炎の力を練り込んだ防壁。それは緑の炎と互いに衝突し、より大きな炎の渦となる。

 同じ炎であれば。

 ウィザードはソードガンで、浮かぶ深紅と緑の炎を突き刺す。

 すると、空中に浮遊する炎はウィザーソードガンに吸収されていく。それはやがて、深紅と緑の色合いとなり、ウィザードの面をそのコントラストで彩る。

 

「はああ……っ!」

 

 ウィザードは大きく息を吐く。

 振り下ろした刃が二色の炎を飛ばす。

 だが。

 キメラの背にある、天使と幻竜のような翼が大きく動く。

 すると、そこから凄まじい速度の風が舞い、それが集い、竜巻となる。

 

「嘘ォ!?」

 

 発生した竜巻は、跳ね返した炎を掻き消し、そのままウィザードたちへ迫ってくる。

 

「蒼井が防いで見せます!」

 

 だが、結梨の傍から離れないえりかが手を伸ばす。

 すると、彼女の円を描く六つの機械が、ウィザードたちの前で花のように開く。

 描かれた六角形が見えない防壁となり、竜巻を打ち消す。

 

「今です!」

「サンキューえりか!」

『3 バッファ セイバーストライク』

 

 三度振るわれるダイスサーベル。

 三つの赤い魔法陣より、三体の闘牛がその姿を現す。それぞれが力強い勢いを持ったまま、キメラへ迫る。

 一方、キメラも今度は左腕の虫のような腕を振るう。節足動物の形で牛たちを挟み込み、即座に両断していった。

 

「器用じゃねえか……!?」

「だったら……」

『チョーイイネ スペシャル サイコー』

 

 そしてウィザードが発動する、炎の最大魔法。

 ウィザードの胸元に生成されるドラゴンの頭部。

 周囲の氷を吹き飛ばす炎の息を吐きながら、それは口の中に炎を溜めだしていく。

 

「はああああっ!」

 

 フロストノヴァの氷を蒸発させながら放たれる火炎放射。

 だが、それに対して、キメラもまた赤い火炎放射で迎撃する。

 それぞれが膨大な威力を誇り、互いに相殺。

 大きな爆発が大学を飲み込んでいく。

 

「ぐっ……!」

「無様ね」

 

 苦戦を強いられるウィザードたちへ、アウラが冷笑する。

 

「そんな小さな魔力なんて、この怪物に勝てるわけないじゃない」

「そんなに魔力が大事だったら……」

 

 ウィザードはそう言って、ルビーの指輪をホルスターの指輪と差し替える。

 それは、アマダムとの決戦の時に変化した指輪の一つ。フレイムと同じく変化した、サファイアの指輪。

 ルビーと同じくドラゴンの力を宿したその指輪を、ウィザードライバーに読み込ませる。

 それは。

 

「これで抵抗してみることにするよ」

『ウォーター ドラゴン』

 

 そうして指輪より現れたのは、青い魔法陣。ウィザードに触れると、魔法陣よりドラゴンの幻影が飛び出した。

 

『ジャバジャババシャーン ザブンザブーン』

 

 ドラゴンの幻影は、ウィザードの深紅の炎を書き換えていくように、何度も何度もウィザードの周囲を旋回する。やがてウィザードの体に取り込まれると、その体は一転、水を示す青へとなる。

 それは青を越えた、瑠璃色のウィザード。

 ウィザード ウォータードラゴン。

 

「姿が変わった……?」

「面白いじゃない。確かに魔力の量が比べものにならないほどになってるけど、それで何が出来るのかしら?」

 

 ウィザードのスタイルチェンジを始めて目撃するフロストノヴァとアウラは、それぞれ驚嘆を口にする。

 同じく、青のウィザードが初見であるえりかも、ぽかーんと口を開けていた。

 

「増えたとは言っても、所詮それ程度。何が変わるっていうの?」

 

 キメラの頭部で腰を落とすアウラは、頬杖を突きながら尋ねた。

 

「さあね? 俺も初使用だから、これからのお楽しみだよ」

 

 ウィザードはそう言って、早速魔法用の指輪を付け替える。

 

『バインド プリーズ』

 

 発動した拘束の魔法。

 水で作られた鎖が、キメラの体を拘束する。

 そして、発動した数。それは、これまでのウィザード ウォータースタイルが発動させた鎖の比ではない。

 全身の至る所を鎖が締め付け、もはや生身の部分が見えなくなっている。

 

「すごい魔力量だな」

 

 さらに、ウィザードが手を地面に押し当てることで、鎖もキメラを地面に押し付けるように下がっていく。

 

「あら……」

 

 キメラから飛び降りたアウラ。

 

「確かに魔法そのものは大したものね。いいわ。そろそろこれの氷も溶けてきたし……」

 

 アウラが、自らの手に収まった天秤を見下ろす。フロストノヴァの氷がすでに小さくなっており、天秤の動きを阻害することはもうなくなっていた。

 そして、

 

服従させる(アゼリュー)……」

『ライト プリーズ』

 

 だがウィザードは、彼女の魔法が発動するよりも素早く指輪を発動。

 油断しきったアウラの目の前で、強化された光の魔法が発動した。

 

「何っ!? う……あああああああああああっ!」

 

 突然の光量。夜も相まって、急激な視界の変化に、アウラは目を抑える。

 その隙に、ウィザードは彼女の腹部を蹴り飛ばし、その手から天秤が零れ落ちる。

 それにより、彼女の魔法拘束力が弱まり、一瞬キメラの体から力が抜けた。

 その隙に、ウィザードはアウラへ接近、その手から天秤を蹴り飛ばす。

 

「よし!」

「やってくれるわね……」

 

 アウラはウィザードを睨む。だが、急激な明暗により彼女の視界ははっきりしていないのだろう。彼女の手はただ、虚空を掴んだだけだった。

 だが、それでキメラの動きが消えたわけではない。

 死骸の主であるアウラを守ろうと、キメラの骸の前足がウィザードを襲う。

 

『リキッド プリーズ』

 

 だが一手早く、水のウィザード十八番(おはこ)の魔法が発動した。

 液状化の魔法。文字通り、効果継続中はいかなる物理攻撃もウィザードには通用しない。

 キメラの攻撃は全てウィザードの体を通り抜け、そのまま問題なくウィザードはキメラから離れた。

 

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 

 そして発動する氷の魔法。

 これもまた、ドラゴンの力を得て強化されている。

 極寒の氷が魔法陣より放たれ、キメラの体を凍り付かせていく。

 だが。

 

「そうはさせないわ」

 

 視力を取り戻したアウラの手から、魔力が走る。

 たとえ服従の天秤がなかったとしても、彼女には人心掌握にたけた魔力が残っている。

 それは、彼女よりも魔力が遥かに少ないウィザードの魔法を大幅に弱める効力を発した。

 

「何……っ!?」

 

 魔法陣がみるみるうちに小さくなっていく。このままアウラの効力を受け続ければ、間違いなく魔法は消滅してしまうだろう。

 

「ぐっ……!」

 

 ウィザードは魔法陣に当てている右手に左手を重ねる。より氷の魔力を込めるが、それでもアウラによる魔力制限には敵わない。

 

「魔力で私に勝てるわけないじゃない。そんな微差程度の魔力変化で」

 

 アウラは笑みを見せたまま、ウィザードへ再び手を伸ばす。

 ウィザードの体を簡易的にでも乗っ取ろうとしているのだろう。

 だが。

 

「フロストノヴァ!?」

 

 突如として、ウィザードの背に置かれる手。

 フロストノヴァが、ウィザードの体にその冷気を注ぎ込んでいた。それは、ウィザード自身の水と氷の魔力と共鳴し合い、瑠璃色の体に白い冷気が帯び始めてもいた。

 

「同じ氷の能力なら、私の力を合わせられる……!」

「フロストノヴァ……あなた、聖杯戦争のルール忘れたの?」

「お前が生き残るより、ウィザードが生き残った方がまだ良い」

 

 フロストノヴァの冷気が、次々にウィザードの魔力に重ねがけされていく。

 二つの氷の累乗効果により、ウィザードの魔力は一時的に爆発的な増加を見せる。

 

「これは……!?」

 

 果たしてそれが、アウラの莫大な魔力に匹敵するかは分からない。

 だが少なくとも、目の前のキメラのゾンビを圧倒するには十分な量になっていることは間違いないようだ。

 キメラの全身は次々に凍り付き、体を震わしながらも白く染まっていく。

 

「!?」

 

 それは流石のアウラも危機感を覚えたのだろう。

 彼女は慌ててその場を飛び退き、氷の波の射程圏外へと避難する。

 同時に氷は、キメラを一気に氷の牢獄に閉ざす。

 

「……お前が何者なのか、何でこんなところでそんな姿でいたのかは知らない」

 

 ウィザードは静かに、仮面の下で目を閉じる。

 

「ただ一つだけ。眠ってくれ。どうか、安らかに……」

『チョーイイネ スペシャル サイコー』

 

 続けて発動する魔法。

 ウィザードの腰に青い魔法陣が発生する。それは、ドラゴスカルを召喚した魔法と同じように、青いドラゴンの幻影が魔法陣より召喚され、ウィザードの周囲を旋回する。

 幻影が再びウィザードの体に吸収されると、その腰に巨大な尾が召喚される。黒く雄々しい尾は、その力を示すかのように力強く地面を叩いた。

 

「はあああああああああああっ!」

 

 ウィザードは氷の上を滑り、一気にキメラへ肉薄。

 同時に体を大きく捻り、その尾を強くキメラの氷像に打ち付ける。

 氷と一体となっていたキメラ。それは、それまでの頑丈さが嘘のようにその破壊を受け入れた。

 全身がガラスのようにヒビが入り、すぐさまそれは全身へ走っていく。その体全てが粉砕され、氷を中心とした爆発が巻き起こる。キメラの体は氷片となり、雪のように大学のキャンパスへ飛び散っていった。

 

「驚いた」

 

 アウラは平然とした表情のまま、ウィザードとフロストノヴァを見つめる。

 

「すごいじゃない。あの化け物を倒すなんて」

「……死者を好き勝手に弄るお前を許さない……!」

 

 全身からあふれ出る水の魔力が、ウィザードの怒りを代弁する。左右に広げられた腕から怒涛の波のように溢れるそれが宙で孤を描き、アウラへ迫る。

 だが。

 

「そんな魔力。怖くないわ」

 

 その水は、アウラへは通じない。

 彼女の全身より放たれる白いオーラ。それは、水の奔流を押しのけ、周囲に霧散させた。

 

「なっ……!?」

「気付かなかったのかしら? 私の魔力に」

 

 アウラの表情は先ほどから一切変わらない。

 無表情ながら、彼女は話を続ける。

 

「赤い姿よりは多少は魔力が増えても、私には到底及ばないわね。ふふ……いつでもあなたを操れる……」

「……やってみろ……!」

 

 ウィザードはまだ出したままのドラゴテイルを強く地面に打ち付ける。

 力強い音が鳴り、その存在を誇示する尾。

 それを見つめていたアウラは、横目でビースト、フロストノヴァ、えりかを見やる。

 

「まあいいわ。また今度にしましょう」

 

 ウィザードたちへ背を向けた。

 

「……!」

「逃げんのか!」

 

 ビーストが怒鳴る。

 するとアウラは、笑みを浮かべたままゆっくりと振り向いた。

 

「追って来れば? どうなるか、分かると思うけど」

「……ッ!」

 

 すると、ビーストは押し黙る。彼も、アウラの追跡は賢明ではないと判断したのだろう。

 そのままアウラが悠然と大学を去っていくのを、ウィザードたちは見届けることしかできなかった。

 やがて彼女の気配が完全に消えたころ、ウィザードとビーストは同時に変身を解除した。

 

「……ふぅ……」

「クソ……面倒な敵が現れたもんだな」

 

 コウスケが毒づくのを聞き流しながら、ハルトはフロストノヴァへ駆け寄った。

 

「ありがとう。フロストノヴァ。おかげで助かったよ」

「……」

 

 だがフロストノヴァは何も答えない。

 ハルトへ背を向け、大学構内___おそらく別の大学出入り口___へ足を向けた。

 

「ああ、ちょっと!」

「フロストノヴァさん、ありがとうございます」

 

 フロストノヴァは、えりかの声で足を止めた。ゆっくりとえりかへ視線を動かすフロストノヴァは、やがて静かに口を開いた。

 

「勘違いするな。シールダー」

 

 フロストノヴァは、ようやく足を止めた。

 彼女はえりかを、そしてその背後にいるハルトたち(とついでに結梨)へ言い切った。

 

「戦士である限り、私たちは敵同士。今回はアウラを倒すことを優先させただけだ」

 

 その言葉を最後に、フロストノヴァは再び歩を進めた。

 今度はもうえりかも彼女を止めようとはしなかった。ただ、胸元に手を当てながら、その白い後ろ姿を見守っているだけだった。

 

「……なあ、コウスケ」

「んだよ」

 

 彼女を見送りながら、ハルトは顔を動かさずに口を開く。

 

私見(しけん)、言っていい?」

「……オレにもあるが、お先に」

 

 ハルトはゆっくりと頷いた。

 

「何でこの大学にあれだけの死体が埋まっていたのか、そして何であんな怪物がいたのか……この大学、結構ヤバイ奴がいるんじゃないの?」

「可能性はクソ高ェな。それともう一つ」

「うん」

「アウラは、ここの死体漁りが興味深いって言ってた。あのゾンビに驚いた様子もあるしな。つまり、普段はこの大学に来ることはねえっつうことだ」

「一方、フロストノヴァは当たり前のように大学にいた。それに、彼女の足取りに迷いもないから、多分大学の地図は頭に入ってる」

「つまり……」

 

 コウスケもハルトと同じ結論に達しているのだろう。

 ハルトの握る拳の力が強くなる。

 

「フロストノヴァのマスターは……」

「この大学にいるかもしれねえ……!」




実はウィザードの形態の中でウォータードラゴンが一番好きだったりします


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手がかり探し

結構遅れて申し訳ない……


 「大学に、フロストノヴァのマスターがいるのかもしれない」

 

 ハルトと共通して得たその懸念は、コウスケが大学にいる限り、永遠に頭から離れることはない。

 コウスケが見滝原大学の学生である限り、すれ違う学生が参加者(マスター)かもしれないという疑惑を拭うことができないため、同じ講義に出席する学生一人一人に警戒の念を抱かなくてはならない。

 

「ハルトの奴、探してみてくれとか簡単に言ってくれちゃいやがってよぉ……」

 

 午前の講義を終えたコウスケは、頭を掻きながら空を見上げる。

 フリーターとしての一面を持つハルトの場合、大学にいられる時間は教授の手伝いの夜だけ。昼間、もっとも学生が多い時間帯はコウスケが探すこととなる。

 だが。

 

「どっから探せってんだよ……このクソ広い大学を……」

 

 見滝原大学の在籍学生は一万人前後。その中で、フロストノヴァのマスターという特徴を持つのはたったの一人。

 しかも大学の講義はそのシステム上、同期の同じ学部生であったとしても、講義で出会うことなく在籍期間を終えることも珍しくない。

 そんな圧倒的母数からフロストノヴァのマスターを手がかりもなく探すのは雲を掴むような話だと感じ、コウスケは再び大きなため息を付いた。

 昼下がりの見滝原大学。昼食を終え、多くの学生が次の移動先を定めて足を動かしている最中、コウスケはキャンパスに設置されている椅子に腰を落としていた。

 

「あ! 先輩いたっす!」

 

 突然、そんなコウスケへかけられる声があった。

 見てみると、背が低くて髪が短いながら、活発そうな顔つきの女性が走り寄ってきていた。

 

「宇崎……若者はいいねえ」

「何ジジ臭いこと言ってるんスか先輩」

 

 宇崎は目を細める。

 一万分の一のマスターを見つけ当てる前に、一万分の一で面倒な後輩に見つかってしまった。

 そんなことを憂いているとは露知らず、宇崎は話を続ける。

 

「あ、それよりも先輩聞きました?」

「ああ? 何を?」

「昨日、見滝原大学(ここ)でなんでも怪物騒ぎがあったそうッスよ」

「……」

 

 怪物騒ぎ。

 疑いようもなく、ネクロマンサーのサーヴァントであるアウラとの一戦によるものだろう。

 夜間とはいえ、大学には研究室やサークル活動で帰宅が遅くなる者も多い。あの戦いに目撃者がいたところでおかしくはない。

 

「へ、へえ……?」

「何でもゾンビみたいだったって話ッスよ!? 最近あちこちで騒ぎが起こってますけど、とうとうここでも巻き込まれてしまいましたね! これは映画でも見て、ゾンビに襲われる対策立てなくちゃいけないッスね! 先輩んち行っていいッスか?」

「オレ今テント住みだからテレビなんざねえよ。っつーか、映画見て対策なんざ出来るわけねえだろうが。映画関係者に一人でも実在のゾンビを見たことあるやついんのかよ」

 

 そこまで言ったコウスケは、ふと誰かが映画と飯と寝ることで強くなれると豪語した存在がいたような気がした。

 「それに先輩!」と、宇崎はまだこの怪物騒ぎの話題を続けるつもりらしい。このまま話を続けられると、自らの戦いのことにも言及されるかもしれない。

 そう危機感を抱いたコウスケは、宇崎へ話を切り替えた。

 

「なあ、宇崎。……最近さ、周りに変わった奴いなかったか?」

「ん」

 

 コウスケの質問に、彼女は堂々とコウスケを指差す。

 

「先輩」

「オレじゃねえよ! つーか、そもそも失礼だろうが!」

「えー? だってー? 先輩って、不景気が服着て歩いているようなモンじゃないッスか?」

「お前のオレへの侮蔑のボキャブラリーどうなってるんだ……」

 

 コウスケは肩をぐったりと落とした。

 その時。

 

「多田君」

「お?」

 

 宇崎とは打って変わって、コウスケへ好意的な声が降りかかる。

 振り返れば、宇崎と大よそ近しい背丈の女子大生がコウスケへ手を振っていた。

 

「こんにちは。何しているの?」

「シノアキじゃねえか」

「シノアキはやめてよ」

 

 いつものやり取りをこなして、シノアキはコウスケへ歩み寄って来た。コウスケと宇崎の顔を見比べ、苦笑する。

 

「もしかして、お邪魔だった?」

「いや、行かないでくれ! 宇崎よりも天使なシノアキのがまだいて欲しいんだよ!」

「ひどいッスよ先輩!」

 

 去ろうとするシノアキを引き留めたコウスケは頭を掻いた。

 

「ああ……なんつーか、変なこと聞くけどよ。最近、周りに様子がおかしな奴いなかったか?」

「様子が変な人?」

 

 シノアキはオウム返しで聞き返す。

 

「どうしたの? 何でそんなざっくりな範囲の人を探しているの?」

「色々野暮用でよ。絶対に様子が変わるようなことが起こった奴を探してんだ」

「なんスか先輩!? もしかして彼女さんいたんスか!? 私とは遊びだったんスか!?」

「だああああああああ宇崎うるせぇッ! 今シノアキに聞いてんだからお前は引っ込めよシッシッ!」

 

 コウスケは手で宇崎を追い払おうとする。

 だがよりエスカレートした宇崎は、そのままコウスケの背後に回り、その首を絞め上げた。

 

「なんスか先輩! だったらこっちは、意地でも何してるか教えてもらうッスよ……!」

「あががががが! 首がッ! く、首がッ!」

「あはは……えっと……変な人、だよね?」

 

 シノアキは苦笑しながら、顎に指を当てる。

 

「いやシノアキ、教えてくれるのはありがてえんだが、その前に宇崎を止めてくれねえか……?」

 

 だがシノアキは一切助け船を出してくれない。コウスケの耳が体から「ゴキッ」という音を判別したのと同時に、シノアキが返答した。

 

「あっ! 変というか、変わった人ならいたよ」

「おっ? 何……いい加減放せ宇崎!」

「嫌ッス! 捨てられるッス!」

 

 より一層誤解が広まりそうなことを口走る宇崎を振りほどこうとしながら、シノアキに続きを促す。

 一瞬真顔になったシノアキは、一度咳払いをした。

 

「ほら、岡部君」

「シノアキすげえなお前、この状況で話続けられんのかよ」

「はは……」

 

 目を泳がせながら、シノアキは「ほら」と少し古びた学舎を指差す。

 

「さっきもあっちの方で何だか難しいこと言いながら走ってたよ」

「アイツの頭がおかしいのは前からだから気にしねえよ。それより、他に最近変わった奴いねえか?」

「うーん……」

 

 シノアキは目を細める。やがて彼女の頭に電灯がともった。

 

「なら、瀬川君は?」

「瀬川……ああ、祐太のことか?」

「うん! そう、瀬川祐太君。最近彼女さんが出来たころから、ちょっと変わってきてない?」

「ああ、アイツ彼女できたのか。確かに彼氏彼女が出来たら人は変わるっていうしな」

「それと、花園さん……知ってる?」

「花園? いや、知らねえな」

 

 コウスケは眉をひそめた。

 すると、代わりに宇崎が「ハイッ!」と挙手し、その余波でコウスケの頭が叩かれた。

 

「痛ッ!」

「私知ってるッス! 私と同じ一年ッスよ!」

「お前、手伸ばしてぶつけんじゃねえよ……! 一年っつーことは後輩か」

「多田君も見たことない? いつも大学にすごい恰好してくる人」

「大学意外と変な恰好の奴多いからなあ……」

「ダメッスね先輩、もっと色んな人に興味持って見ないと。ほら、眼帯ツインテの女の子っす」

「ああ、ゴスロリの奴か。見たことはあるな」

 

 コウスケは頷いた。

 

「あと私が知ってる範囲だと……あ、ちづるちゃんも最近変わったかな」

「ちづる……一之瀬か?」

「そうそう」

 

 コウスケに掴みかかろうとする宇崎の頭をホールドしながら、コウスケは尋ねた。

 

「最近アルバイト始めたって聞いたけど、なんか最近疲れてるのよく見るかな」

「疲れてる?」

 

 コウスケは首を傾げた。

 

「慢性的に疲れてるみたい。私もちょっと心配だけど、本人が大丈夫って言ってたからそれ以上は触れなかったなあ」

「ふんふん。他にはいたか?」

「うーん……変な人って範囲がざっくりすぎるからね」

 

 シノアキはこれ以上絞ってもなにも出てこないらしい。

 「そうか」と彼女へ感謝し、コウスケはとりあえず腕にしがみついている宇崎を振り払った。

 

「とりあえず、今の手がかりは瀬川に一之瀬に、その花園ってヤツか……瀬川には後で連絡飛ばすとして、一之瀬は今日いたかな」

「ちづるちゃんならさっき見かけたよ?」

「マジで?」

「マジっすか」

「……何でお前まで乗っかるんだよ」

 

 コウスケは宇崎の頭を上から押し、シノアキへ続きを促す。

 

「……今日はまだ講義があったはずだけど、大学から出て行ったんだよね」

「マジか……足取りは分かんねえよな」

「うん。ちづるちゃん、バイト先教えてくれないからね」

「なら、別日だな」

 

 コウスケはそう言って、シノアキへ「サンキュ」と礼を言った。

 

「瀬川はオレが連絡先持ってるから今日中に確認できるとして……問題はその花園か」

「その子に聞いてみたら?」

 

 シノアキが宇崎を見つめる。

 この中で唯一の一年である宇崎は、コウスケへ自らに注意を向けるようにまくし立てている。

 

「多田君も、あまりその子のことイジメちゃダメだよ?」

「そうッスよ先輩! 私みたいな後輩に構ってもらえるだけで幸せだと感じて欲しいッス」

「お前はいい加減に離れろおおおおおおおおおおおッ!」

「嫌ッス! さあさあ! 神戸を垂れて教えを乞うッス! 情報源は私ッスよ私!」

「……やっぱ花園とやらは後回しにしようかな」

「何でッスか!?」

 

 その後、コウスケはシノアキとともに騒ぐ宇崎の口を紡ぐのに数十分の時間を要し、終わったころにはコウスケは講義への遅刻が確定してしまった。




ハルト「……」
可奈美「ハルトさん」
ハルト「はっ! うわ、俺今寝てた?」
可奈美「なんかぼーっとしてたよ。大丈夫?」
ハルト「うん……ちょっと疲れてるかも」
可奈美「今日も夕方に大学に行くんでしょ?」
ハルト「うん。今日は休みたいけど、えりかちゃんのためだし……」
可奈美「頑張れハルトさん! はい、私のお昼ちょっと分けてあげる!」
友奈「ファイトだよ! ハルトさん!」
ハルト「ありがとう二人とも……実年齢中学生にご飯分けてもらってる俺情けないな」
可奈美「気にしない気にしない! ほら、こっちの片付けやっておくから!」
友奈「可奈美ちゃん、わたしも手伝うよ!」
可奈美「ありがとう! ハルトさんは休んでいて」
ハルト「優しさが染みる……あ、ちなみに読者に説明すると今はお昼時が終わって人がいない時間帯、俺と可奈美ちゃんで交互にご飯だけど、可奈美ちゃんのご飯はもう準備してあって、俺が先にカウンター席で頂いている形だよ。友奈ちゃんはいつも通り、ふらっと遊びに来た感じ」
可奈美「お昼すぎちゃったらあまり人来ないからねー」

___チャリーン

ハルト「とか言ってる間に来た!」
可奈美「いらっしゃいませ! 三名様ですね」
???「いえ、二人と一人です。こっちの人は別人です」
???2「これがツンデレね! そうなのね真白たん!」ぎゅ~
???「引っ付かないでください紅緒!」
ハルト「入口で三人のうち二人が暴れてる……」
???3「ごめんなさい、三人です」
可奈美「はい、それではこちらへどうぞ」
友奈「おお……なんか、ココアちゃんっぽいねあのお姉さん」
ハルト「ああ、分かる」
???3「あの子、わたしと似てる……?」
友奈「ねえねえ! それじゃあ今日は、あの三人のアニメだね!」
ハルト「そうなるね」
???3「姉さま、真白ちゃん」
???2「いよいよね……いよいよ私達の愛を叫びましょう真白たん!」
???「違います! それでは夜ノ森真白、歌います!」



___そうですカレーは大好物です ただ欲をいわせてもらえれば___


???2、3「「甘口がいいんでしょ」」
ハルト「そっちじゃねえ!」
???3「はっ! いけない! なぜかエンディングを歌ってた!」
???2「でも真白たんの歌ならオールオッケー!」
可奈美「あはは……」
友奈「それでは改めて、どうぞ!」



___あぁどうしよ 君を好きになっちゃうかなんて分からないけど 大切な人だなんてAh照れくさいかな___



ハルト「未確認で進行形!」
友奈「2014年の1月から3月まで放送していたアニメだよ!」
???2「私と真白たんの愛あふれるキャッキャウフフな……」
???「捏造ダメ絶対!」
???3「私、夜ノ森小紅が、許嫁(いいなずけ)の白夜くんと一緒に過ごしていく同居生活を描いた物語だよ!」
???2「ラブコメの波動を感じる……」鼻血
ハルト「うわ大丈夫ですか!?」
友奈「あ、あと、人間ではない日本古来の妖怪要素も沢山あるよ! ほらほら、お姉さんティッシュ!」
???2「小紅……? 小紅なの……?」
???3「姉さま錯乱してる! 貧血だよ!」


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