魔法科高校の第三魔法使い (揖蒜 亜衣)
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第1章:入学編
第1話:再会


 俺は真っ白い世界で目覚めた。

 ああ。死んだのか。不思議とそう自覚した。おそらくは先ほど乗っていた飛行機が墜落でもしたのだろうか。

 なんの感慨もなく淡々と現実を受け入れる。神様がいる場所が実在するのは驚きだったが、つまらない人生の最後の笑い話にはちょうどいい。

 

 不意に目の前に黄金が現れた。いや、違う。

 

 金の杯が現れた。

 

 俺はおもわず手を伸ばした。その指先が杯に触れた瞬間__________

 

 目の前が真っ暗な泥に包まれ悲しみ憎しみ辛い何もかも押し流されて痛い憎い殺す賛美せよ恐怖を何もわからなくなって

 

「ッ!ハァハァッ!」

 目が覚めた。

 

 ここは……?

 見慣れた天井だ。ここは、俺の部屋?/◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 俺の名前はなんだ?_____幾年(いくとせ) 何時日(いつか)/◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 俺は何者だ?_____今年の春から魔法科高校の二科に入学する。/◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 そして思い出した。俺は事故で死んで、あの杯に触れて泥が溢れて___________?

 

 それを思い出した途端、たくさんの情報が流れ込んできた。聖杯とサーヴァントについて、魔法について。

 聖杯については戸惑ったが、あって困る代物じゃないらしい。泥については書かれていなかったが多分大丈夫だろう。

 

 そして何より大事なことだが、俺は死んでいなかった。事故もなかった。

 夢の中で別な自分が事故にあっただけだ。

 別な自分。前世の自分。あの夢以来、記憶がつながった。

 昔の俺は飛行機事故で死んだらしい。その昔の俺の記憶を引き継いだ。人格に異変はない。今の俺は俺だ。ただ、前世の記憶の中に興味深いモノがあり興味は尽きない。

 これらを丸一週間かけてじっくり確認した。

 まだまだ調べたいことはあるがそれらは後でゆっくり確認しよう。今はそれよりも大事なことがある。

 

 今日は、魔法科高校の入学式だ。

 

 

 俺は真新しい制服の袖に腕を通す。その肩に立花はない。

 俺は二科生だ。前世の記憶が戻るのが受験が終わる前なら良かったのだが、それを言っても栓がない。

 

 二科生でも努力次第では魔法大学への道はある。今の目標はそこだ。

 

 

 入学試験以来の第一高校。俺は入学式を前に緊張する。()()()は俺のことを覚えているだろうか?

 

 入学式が始まり、今年の主席が挨拶を行った。彼女が現れた瞬間に皆が息を呑んだ。それぐらいに彼女の見た目は美しかったのだから。

 けれど、生憎と俺の苦手なタイプだったりした。陶磁器の人形ってイマイチ好きになれないんだよな...。作り物感が強すぎて。

 

 入学式が終わると、俺は自分の教室へと向かった。席は自由。早速一番後ろの窓際を陣取る。

 その後はガイダンスが送られてきて、今日はおしまいだ。

 

 結局、その日は()()()に声をかけられなかった。

 

 翌日、授業開始日。

 俺は早速自分の体に起こった異常を自覚した。

 干渉力、キャパシティ、想子総量が軒並み上がっている。

 問題は発動時間ぐらいだが、俺の魔法演算領域は特殊なので仕方ない。

「幾年、だったか?」

「何か用か?えっと...司波だったか」

「司波達也だ。幾年のさっきの魔法について聞きたい事があるんだが」

「ああ。答えられる範囲なら」

「幾年の魔法力なら一科でも十分通用すると思うんだが。確か筆記も上位10位以内だったと思う。それなのに何故二科に?」

 ...つまり俺の手抜きを疑ったと。

 まあ、確かに急成長というには無茶だしな。

「少し事情があって試験当日全力が出せなかったんだ。試験が終わって数週間経ってやっと本調子に戻った。絶賛リハビリ中だよ」

「そうだったのか...。すまない。邪魔をした」

「気にすんな。俺も何か聞かれるのは分かってたからな」

 それで会話は終わり、互いに練習に戻った。

 俺と司波達也はこれだけの関係になる筈だった。

 

 数日後の昼。俺は未だに()()()に話しかけれずにいた。

 さらには友人を作り損ねた。これが致命的だった。

 友人は大事だ。テスト勉強や問題の融通が利く。さらには進学時もアドバイスをし合える。

 ミスったぁ...

 今日も一人寂しく昼食かと思いつつ学食へ向かう。

 トレーを持って適当な席に腰掛ける。隣のテーブルには司波グループが固まっている。

 あの無愛想な司波にグループが出来るのに俺ってやつは...

 一人暗澹たる気持ちになっていると、不意にどこかで聞いた声がした。

 誰だったか...。周りを見渡すと、たまたま司波グループの女子の一人と目があった。彼女は無表情にこちらをじっと見つめてきたので思わず目を逸らした。

 すると彼女はなぜかこちらに向かって歩いてきた。え?何か俺やった⁉︎

 俺が慌てていると司波たちもこちらを向いている。急いで席を外そうとすると服の袖をぎゅっと掴まれた。

「あ、アノー。僕何かやりました...?」

 冷や汗を流しながらぎこちなく振り返ると、無言で彼女が立っていた。

「どちら様で...」

 すると彼女の無表情の中に僅かに苛立ちが混ざった。これ不味い不味い不味い!

「最低」

「すみませんすみません僕が悪かったです」

 食堂中が注目する中俺は完全に絶望していた。

 _____俺の高校生活終わった\(^q^)/

「幼馴染みを忘れるなんて、酷い」

「え?」

 そう言われて彼女を改めてよく見てみる。確かにどこかであったことがある。とても大切な名前だったはずだけど...

「もしかして、雫?」

「久しぶり、何時日」

 いつも無表情な幼馴染みが滅多にない笑顔を見せた。

 

 こうして、俺は幼馴染みと4年ぶりの再会を果たしたのだった。



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第2話:姉なるもの

「それじゃあ、雫と幾年くんは生まれたときからずっと一緒だったんですね」

「うん。お母さん同士が親友で、産まれた病院も一緒」

 楽しそうに話す雫を見て少し驚いた。こいつ、こんなに明るかったか?いや、まだ他と比べれば無表情だけど昔よりかは大分明るくなっている。

「雫、明るくなったな」

「やっぱり長く付き合ってるとそういうのわかるんだ」

 俺の二つ隣に座っている女子から茶々が入る。確か千葉だったか?

「まあ、慣れればわかるな。よく見れば昔とあまり変わってなかったし。もっと変わっているものと思ってた」

 どことは言わないがな。

「身長も伸びたよ」

「それでも小さいのに変わりはないだろ」

「何時日こそ性格がまるで成長してない」

「はっ。帰国子女を舐めるなよ。これでもUSNA帰りだ。昔とは違う」

「まじかよ。幾年って海外留学してたのか」

 これは西城か。大げさに驚いているが俺は簡単に種明かしをする。

「叔父がハーフなんだ。あっちに住んでいて家の都合であっちに引き取られることになったんだが、俺の意思で日本に帰ってきた」

「自分の意思でか?USNAの教育機関も悪くはないと思うが」

 これは司波。確かに司波の言う通り悪くはないところだったが、俺は中2から第一高校を目標に勉強してきた。

 その過程でUSNAへ行ったが、別に留学や定住の意思はない。

 それを話すと今度は千葉が食いついてきた。

「ふーん。第一高校によっぽど思い入れがあるみたいだけど何か理由でもあるの?例えば...憧れの先輩とか?」

「...そうなの?」

「違う!あれは先輩とか言うよりは姉みたいなものだ」

 再び不機嫌になった雫の視線から逃れようとしてつい口が滑ってしまった。

 千葉が明らかに面白がっている。ついでに光井も興味ありげな様子でこちらを見ている。

「俺のことはいいだろう。それより雫が今まで何をしていたかを...」

「それ、誰?」

 強引な話題転換に失敗してさらに冷たい視線を浴びる。こうなるとテコでも動かないからな...

 恨みがましい目線で千葉を見るがそっぽを向いて口笛を吹いている。いつか絶対し返してやる...

 周囲を見渡すが司波を除く皆が興味津々と見つめている。

「司波、悪いが用事ができた。席を外す」

「私たちも食べ終わっていることですしそろそろ席を外しましょう」

 強引な離脱をすかさず司波さんが封殺してきた。司波に目で抗議するが諦めろと返された。薄情者しかいねぇ...

「言っておくが、本人には言いに行くなよ。多分忘れられてるからな」

「そうなのですか?」

「あら。片思い?健気じゃない」

「片思いでもチャンスはありますよ!」

 司波さん、千葉、光井の台詞に頭を抱える。こいつら何か勘違いしていないか?

「いいか。あの人は片思いとかそんな大層なものじゃない。しょっちゅうイタズラを仕掛けてくる横暴でどこか抜けてる姉みたいなもんだ」

「随分と仲良かったんだな。それならあっちが気付いてないだけじゃないのか?」

 西城の言う可能性も考えてはいるが、あっちから話しかけられたら何言われるかわかったものじゃない。

「それで、結局誰?」

 雫の最後通牒に俺は観念して白状する。

 

「七草真由美。俺が小6から中1までの2年間勉強を教わった相手だ」

 

 途端に皆が沈黙する。俺が慌てていると雫がガシッと腕を掴んだ。

「何時日。話したいことがあるから放課後私の家に来て」

「いや、もともとそのつもりだったけど...。腕放してくれ」

 ギリギリと締め上げられる腕を見て当分無理だと諦める。

「いや、驚いた。まさか七草会長とはな」

「私も驚きました。ですが、言われてみれば七草会長の特徴と一致しますね」

 そういえば司波さんは主席入学だから生徒会入りしたんだったか。

「深雪、幾年くんに紹介してあげなよ。幾年くんから行くなら問題ないでしょ?」

「それもそうだな!ほら、善は急げだぜ。今から行けば十分話せるだろ」

「そうね。今ならまだ生徒会室にいるはずだわ。幾年君、こっちよ」

「司波兄!こいつらを止めろ!」

「すまないが諦めてくれ」

 この時の司波の顔を見て確信した。こいつは真由美ねぇのオモチャにされている。恐らくは道連れにしようとしている...!

 煽った主犯格の西城と千葉はニヤニヤしながら俺を見送った。雫は不承不承腕を放し、光井と何か話し込んでいた。

 

 

「ここが生徒会室です。少し待っていてくださいね」

 司波さんが部屋の中に入った隙にひっそりと逃げ出す。

 足音が聞こえるとは思わないが癖でゆっくりと扉から離れていく。

ジリジリ後退していると部屋の中から慌てた声と足音がした。

「司波さん!彼が逃げようとしてるわ!」

「えっ!?」

「クソッ!バレた!」

 ダッシュに切り替えて逃げようとすると目の前を巌のような人に塞がれた。

「す、すみません!」

「あまり廊下は走るな」

「あっ!十文字くん。捕まえてくれたのね。ありがとう」

 十文字⁉︎これがあの十文字克人か⁉︎

「少し注意をしただけだ。彼は何かトラブルを起こしたのか?」

「いえ。昔の知り合いよ」

「知らない。散々俺をオモチャにしてきた姉なるものなんで知らない」

「........お前も被害者か」

 この妙に実感のこもった台詞で十文字先輩も被害者と理解した。

「失礼ね。私はただスキンシップの一つとしてからかってただけよ」

「マルチスコープ使って追跡するのもスキンシップ?」

「何時日くんが逃げようとするからでしょ。コホン。...それじゃあ改めて、入学おめでとう。何時日くん」

「ありがと。真由美ねぇ」

 真由美ねぇが昔みたいに俺の髪をワシャワシャと撫でると俺の目の位置が真由美ねぇより高くなっていた。

 それで少しだけ気が晴れた。



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第3話:義姉と義弟

真由美ねぇに確保された俺は観念して生徒会室に連行された。どうせ逃げてもマルチスコープで追跡されるからだ。

「ほう。彼が噂の義弟くんか。」

部屋に入ると早速3年の先輩から興味深げに観察された。

先輩は渡辺摩利と名乗った。先輩はこの学校の風紀委員長を務めていて司波の上司に当たるらしい。

「いつも真由美ねぇがお世話になってます。」

「いやいや。こちらこそ真由美には助けてもらってるよ。」

「何か変なことしたりいたずらしてますよね?」

「まあな。だが皆とっくに適応したさ。」

「なんで摩利は何時日くんの台詞に突っ込まないの!?」

真由美ねぇが頬を膨らましているが完全に自業自得だ。

「日頃の行いだろ。中学からまるで成長してないし。」

「あっ⁉︎今私の触れてはいけないところに触れたわね⁉︎何時日くんの馬鹿っ!デリカシー皆無!あーちゃんも何か言って!」

「わ、私は会長はすごいって知ってますよ⁉︎いろんな人を手玉に取ったり!」

「日頃の行いが丸分かりだな。」

「あーちゃん⁉︎」

「す、すみません〜⁉︎」

まあ、激変されていても俺が困っていただろうから少し安心した。

 

それからしばらく真由美ねぇと生徒会メンバーで机を囲み昔話に花を咲かせた。

「そもそも、会長と幾年はどういうきっかけで知り合ったんですか?」

「何時日くんが私を守ってくれたことがきっかけね。護衛の人がたまたま少ない時を狙われて人質にされかけたら何時日くんが不意打ちで助け出してくれたの。」

「なるほど。会長にとって幾年くんはナイトだったんですね。」

司波さんの不穏な台詞に、真由美ねぇは案の定顔を真っ赤に染めていた。一方の俺は黒歴史を発掘された気分だ。

「あんなの黒歴史だ。今ならもっとうまくやる。大体背後から石を投げて振り向かせるなんて今時小学生ですらやらないようなことを...」

「それでも上手くいったんだから上々じゃない。下策で結果を出すのは上策で結果を出すよりすごいことよ。」

「私も同意だな。過程だけ見れば失敗かもしれないが結果はここに真由美が居る。それだけで十分だろう。」

「...ありがとうございます。」

この生徒会はやりにくい...。話しているだけですぐに先輩達におもちゃにされそうな感じが特に。

 

しばらくして、ふと真由美ねぇが思い出したように口を開いた。

「何時日くん。久しぶりに私の家に来ない?妹達も喜ぶと思うの。」

するとそれを聞いた渡辺先輩がやや呆れたようにため息をつく。

「君は七草と家ぐるみ付き合いがあるのか。」

「真由美ねぇの一件で家に招かれてからですね。弘一さんにはよくしてもらいました。」

「幾年くんをうちの養子に取ろうとしたこともあったわね。父がとても興味を持って一度聞いてみたんだけれど。」

真由美ねぇがやれやれとばかりに首をすくめる。まるで聞き分けの悪い弟に苦労させられたと言わんばかりに。

「まさか、断ったのか?」

「ええ。」

当時はまだ祖母が存命で祖母の家に住んでいた俺は断った。それでも気を悪くせずに親身に接してくれたのは感謝している。

「信じられないな。君は権力に興味はないのかい?」

「俺は権力者を裏で操ったり混乱させたりしてそれを鑑賞する方が好きですね。」

「なるほどな...。真由美の性格が大分移っている。」

「...元からですよ。」

俺がため息をついて時計を確認すると授業開始まであと10分ほどだった。

「それでは、俺はこれで失礼します。真由美ねぇ、ごめんけど今日は先約があるから明日でいい?」

「...先約って誰?お友達なら私も一緒に」

「過保護だから止めろ。真由美ねぇには関係ないから。」

「なっ...!待ちなさい何時日くん!年上に対してそんな口の聞き方は」「はいはいもう少し背を伸ばしてから言おうかペッタン娘」

 

「」

 

あ、ヤベ。つい口を滑らせた。

 

俺は自らの失言を悟り背後から悲鳴と騒音が響き渡る中、戦略的撤退を決め込み教室へと逃げ去った。



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第4話:幼馴染みは攻略対象に入らない

皆様大変お待たせいたしました。
結局夏休み一話しか投稿してないし...

今回は雫のキャラがブレブレかもしれませんすみません。
一応、主人公も雫もお互いの前で気を許して口調が昔に戻ったり柔らかくなったりする...という設定でお読みください。
ではでは、どうぞ。


 丸一日真由美ねぇからの追撃を振り切った俺は、雫に連れられて数年ぶりの北山邸を訪れていた。

「何時日、今お父さんたちを呼んでくるからちょっと待ってて。」

 雫が奥の部屋に2人を呼びに行っている間、俺は居間で待たされた。内装は流行に合わせて変化しているが不思議と雰囲気はあまり変わっていない。昔よく遊びに来ていた頃からまるで変わらない空気に懐かしさに包まれる。

 

「何時日。どうしたの?」

 ちょうどそのとき雫が潮さんたちをつれて戻ってきた。

「少し懐かしくなってた。最後に来たのが小5だったからな...」

「何時日は全然背が伸びてないから最初は分からなかった。」

「雫こそ、昔と変わってないじゃん。」

 互いに軽口を叩き合い、俺は潮さんの方を向いた。

「お久しぶりです。潮さん。4年ぶりぐらいですかね?」

「それぐらいかな...?何時日君も大きくなった。高校入学おめでとう。学校でも雫と仲良くしてやってくれ。」

「はい。ありがとうございます。光井とも再会したので、一緒に仲良くするつもりです。」

「あらあら。何時日君、すっかり礼儀が板に付いたわね。すっかり高校生じゃない。」

「紅音さんも相変わらずお綺麗で。記憶のままですね。」

「お世辞まで上手くなって...。七草で教えてもらったのかしら?」

 軽いジャブを食らったりするのもご愛嬌だ。紅音さんなら仕掛けてくるのは読めていた。

「いえ。ここで学んだことを七草で実践しただけです。」

 だから余裕を持って対応出来た。企業連合の情報網なら国内では常に見張られていると言っていいしな。

 

 それから四人でお茶をしながら四年間のことを話した。特にアメリカ行きは三人とも驚いていたが無事に帰ってこれたことを喜んでくれた。

 一方で、俺が二科生だったことは三人とも意外な様子だった。俺自身そこまで大した才能はなかったんだがな...。魔法領域が特殊なだけで。

「何時日なら絶対一科レベルの実力はあると思う。」

「調子が悪かったんだ。運も実力だ。

 そもそも、古式魔法と現代魔法の中間でいろいろやりにくいんだよ。ガンドとかルーン魔術なんて特に...」

「むしろ日本でそんな魔法が使えるのは何時日しかいないよ。何時日ならきっとすごい魔法師になれる。」

「...ありがとよ。雫。」

 照れ隠しにぶっきらぼうに伝えると雫はそっと微笑みを浮かべた。まるで昔に戻ったかのように。

 

 しかしその空気は潮さんの一言でぶち壊された。

 

「さて、何時日君。この後はもちろん泊まっていくだろう?部屋なら昔と変わらず用意してあるよ。」

「う"ぇ"⁉︎いや、女子の家に行って朝帰りって色々まずいんじゃ...」

「何時日君なら雫を安心して任せられるんだけどねぇ。」

「何言ってるんですか⁉︎雫も何か言ってよ!」

 思わず口調が崩れかけ、雫の方を振り向くとやけに顔を赤くして俯いていた。

「わ、私は、その、何時日なら...」

 何かもごもご言っていたが気まずいことこの上ない。ここは早々に撤退_____

「ああ、何時日君の制服なら今から取りに行かせよう。荷物も持ってくる。明日はここから学校に行くといい。その方が雫も喜ぶだろう。」

 既に退路は塞がれていた。

「...分かりました。」

「よかったよ。では、鍵を貸してもらえるかな?」

 

「ゴメンね、何時日。急に泊まることになって...」

「いや、雫の家に泊まるのも久々だしな。楽しみだよ。」

 追撃を恐れた俺たちは雫の部屋に場所を変えて他愛ない話に花を咲かせていた。

「私も何時日と一緒に泊まれて嬉しいよ。」

「う、うん...。調子狂うな...」

 終始笑顔(幼馴染み基準)の雫に俺が戸惑っていると、紅茶を注ぎ足しながらなんでもないことのように仕掛けてきた。

「ところで、何時日に一つ聞きたいことがあるんだ。」

「な、何?」

「七草会長とはどういう関係?」

 急に圧を増した雫から後ずさるように距離をとるが、立ったまま無表情で距離を詰めてくる。

 幼馴染みの観点から言わしてもらえれば、マジギレしていらっしゃる。

 

「な、なあ。話し合おう。話せば分かる。」

「うん。全部話して。その上で無罪か有罪(ギルティ)か決めるから。」

「分かった分かりました全部話します!」

「嘘ついたら何時日の昔のことみんなにバラすから、嘘はつかないでね。...まず、七草会長とはどうやって知り合ったの?」

「真由美ねぇが反魔法師派に襲われてるのを助けて...痛っ!ちょっ、なんで蹴るのさ!」

「何時日は自覚が足りてない。もう少し節度を持って行動するべきだよ。何時日の天然ジゴロ。」

「何言ってるの⁉︎タンマ!ごめんなさいスミマセ...痛い痛いっ!」

 

 その後様々な交換条件と引き換えに尋問から解放され、怒涛の一日は終わりを告げた。

 

 明日学校休む...。もうやだよぉ...



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第5話:そして、幾年何時日は目を閉じた。

大変間が空いてすみません。
今回と次回は真由美回!そして一向に進まない本編...
戦闘まだか...


 憂鬱だ。

 

 空が青い。ポストが赤い。

 

 そして何より同じキャビネットに雫と乗っている。

 

 嗚呼、憂鬱だ。

 

 不意にムニュッと頬を抓れられた。

「今、失礼なこと考えてた。」

「雫はなんとも思わないのかよ。周りからなんて言われるかわかったものじゃないぞ。」

「何時日となら大丈夫。」

「ああはいそうですか。...どうなっても知らないからな?」

 

 駅に着いて直ぐに雫から離れようとしたが無言で着いてきた。こんなことで全力で走るのも大人気ないので俺は諦めて歩調を合わせる。

 

(客観的に)2人仲良く歩いていると司波兄妹(馬鹿ップル)を見つけた。

「司波、おはよう」

「深雪、おはよう」

 

 俺が司波に声を掛けて雫が司波達の方を向いた瞬間に全力疾走をきめた。

 

 だって俺高校生だし?

 

 校門が遠目に見えるところまで来るとクラスメイトの西城レオンハルトに声をかけられた。

「ん?どうしたんだ幾年。そんなに焦って。」

「西城か...。悪い。金持ちちびっこお嬢様に絡まれてな。」

「幾年。後ろ見ろ後ろ。」

「えっ...雫⁉︎早くないか⁉︎」

 背後を振り向くと怒髪天をついた(幼馴染み基準)雫が立っていた。

「西城くん。捕まえてくれてありがとう。」

「おう。どーせ幾年が北山を怒らせるようなことしたんだろ?」

「出会って昨日の今日で随分な言い草だな。」

「クラスじゃお前が生徒会長を真っ平らだのちびっこだの言ったって噂だぜ?」

「事実じゃないか。」

「そういうところだと思うぜ?」

 西城が呆れたように首を振るが、トップの短所を指摘したら追跡とかソ連も真っ青の言論統制だぞ。

「それじゃ、あとはお二人さんでよろしくやってくれ。」.

「待て西城。その言い方だと俺と雫が...」

「うん。ありがとう。」

 薄情にも西城は俺の言い分を無視してさっさと歩いて行ってしまった。

 

「なあ、雫。昔は俺の方が上だったよな?一体4年間で何があったんだよ。」

「昔から私が上だったよ。もう忘れた?」

「ほーう?体育も身長も友達の数も俺の方が上だったよな?今ならワンチャン魔法力でも勝てる自信があるぞ何なら今ここで...」

「5歳の頃、お泊まりした翌朝何時日が泣きついてきて________」

「よし分かった俺の負けだ」

 昔の話を出してくるのはずるいだろ...

 

 結局、雫と二人で登校して周囲にあらぬ誤解を与えたのは言うまでもない。

 

 

 昼休み。

 

「幾年って北山さんとどんな関係なんだ?」

 周囲から雫との関係について沢山尋ねられた。

「雫とは単なる昔馴染みだよ。親同士が仲が良かっただけだ。」

 これを何度繰り返しても信じて貰えない。

 流石に面倒くさくなって昼飯を食いに席を立った。

 その時、教室の後ろのドアが開き一人の女子生徒が入ってきた。

「何時日くん?ちょっといいかしら。」

「ゲッ!真由美ねぇ...」

「昨日、北山さんの家に泊まりに行ったって聞いたけど、本当なの?」

 

 その瞬間、教室中の雰囲気が変わった。

 

 女子の家に遊びに行き泊まり。しかも相手は幼馴染み。朝は二人で登校。

 

 なるほど。俺への当て付けか。

 

 あの毒舌女!後でぶん殴ってやる!

 

 

「それが?」

 しかし内心を見せずに真由美ねぇを見つめ返す。すると逆に気圧されたのかやけにしどろもどろになり始めた。

「と、年頃の男女が家に泊まって朝帰りなんてはしたないでしょ⁉︎」

「特大ブーメラン投げるなぁ...。真由美ねぇこそ人のこと言えないじゃん。」

「な!?わ、分かったわ。ここだと人が多いから生徒会室で話し合いましょう。」

「やだよ。面倒くさい。それにこれから雫達と昼飯。」

「何時日くんに拒否権はないわよ。 これは生徒会長命令です。」

「弾劾裁判って規定にある?」

 それでも真由美ねぇは俺がのらりくらりと躱すのを徹底的に追い詰めてくる。

「...仕方ないか。司波。悪いが伝言を頼む。」

「ああ。分かった。」

 こうして俺はめでたくクラスから腫れ物扱いを受けました。

 ちくしょうめ。

 

 

 そして生徒会室にて。

 

「何時日くんはいつからこんな不良になったのかしら...」

「どうした発育不良会長?」

「なっ!?何時日くん!女性にその台詞はセクハラよ!」

「ごめんごめん。なんとかグラマー(笑)だっけ?」

「何時日くん!」

 

 俺が真由美ねぇを煽り続けて真由美ねぇが過剰に反応するのを生徒会の面々が遠巻きに見ていた。

 

「会長にあんな話し方ができる人がいるなんて...」

 中条先輩が感心半分呆れ半分に呟いた。

「会長はああ見えて自分の体にコンプレックスがありますから」

「しかしそこを容赦なく突く幾年も大概だな...」

 市原先輩と渡辺先輩は劇を眺める観客のように解説していた。

 

「幾年!それ以上はやめろ。会長も困っているだろう!」

「はんぞー君?」

 その時1人の先輩が割って入った。若干狙っていた節が見えたので早速利用させて貰おう。

「初めまして、先輩。真由美ねぇがまた変なあだ名をつけてるみたいですみません。」

「あ、ああ。いつも言っているんだがなかなか直してもらえなくてな...」

「俺も何時日でうぃるくんにされかけましたから。必死に抵抗して逃げ切りましたが。」

「...ちなみにどうやって回避したんだ?」

 よし。あともう少しで落ちる。

 確信した俺はここぞとばかりにもう一押しをする。

「真由美ねぇね下の名前を呼び捨てにすればいいんです。そうすればあっさり折れましたよ。」

「な、なに!?いや、それは流石に...」

「いいんですか?このままだと卒アルにもはんぞー君が永久に残りますよ?」

「む、むぅ...」

 いい兆候だ。押せ押せあと一押し!

「頑張ってください!真由美ねぇならそこまで後は引きません。今がチャンスです!」

「今が、チャンス...。ま、真由________」

「よしそこまで。幾年。なかなかに面白かったがもうそこまでにしてやってくれ。服部が可哀想だ」

 ギリギリで渡辺先輩が介入してくれた。さっきから笑いを必死にこらえていたのでこうしてくれるとは分かっていた。

 一方で先輩は顔を真っ青にして真由美ねぇに頭を下げていた。

「す、すみません会長!なんと言えばいいか、これは...」

「大丈夫よ。はんぞー君。そこまで気にしてないからはんぞー君は心配しないでね?はんぞー君ならきっと踏みとどまってくれると信じてたから。ね?はんぞー君?」

 おこだった。まじでおこだった。

 真っ黒な真由美ねぇに恐れをなした先輩は逃げるように生徒会室を去って行った。...あっ、名前聞き忘れた。

 

「それじゃあ、俺もそろそろ次の授業があるし。」

 さりげなく生徒会室を出ようとすると肩をガシッと掴まれた。

「何時日くん。今日の夜、予定空いてるかしら?」

「ごめん、今日も雫の家に泊ま_______」

「父や妹たちが何時日くんに夕食をご馳走したいって言ってるの。」

「雫の家で晩御________」

「空いてるわよね?」

「いや、そのまぁいろいろ予定が________」

 

「 空 い て る わ よ ね?」

 

「はい...」

 

 俺はもはや頷く以外に選択肢はなかった。これが十師族の本気...

 後ろで中条先輩が小さくなってカタカタ震えているのを見つけ、この後の自分を想像して背筋を震わせた。



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第6話:七草家の人々(Ⅰ)

長らくお待たせしてすみません。
受験前これが最後の投稿になります。次回は3月に投稿予定です。


 その日の夕方、俺は真由美ねぇの家を訪ねていた。

 雫には頭を下げて必死に謝り倒して貸し一で手を打ってもらった。後が怖い...

 

 尤も、後のことより今のことだ。真由美ねぇは生徒会の業務で後から来る。それまでに香澄と泉美を味方につけなければ。

「泉美、香澄。少し頼みがある」

「なに?またお姉ちゃんをおこらせたの?」

「何時日さんも懲りませんね」

 早速香澄たちに呆れられたが気にしている暇などない。

「言いたいことは山ほどあるが今回はガチめにヤバイ。魔弾の射手を弾くのも限度があるしな」

「そもそも、普通はお姉ちゃんの魔弾の射手は弾けないよ...?音速のドライアイスの弾丸を跳弾で弾くとかホント器用だよね」

「確か3キロ以内なら絶対に外さないんでしたっけ?魔法なしでその実力なら国防軍から引っ張りだこなのでは?」

「ヤダよめんどくさい。俺は自由が好きなんだよ。軍に入ったらお終いだって」

 毎度のやりとりに辟易しながらもひたすらに拝み倒す。そしていつもどうり香澄と泉美は協力してくれた。

「代わりに今度跳弾狙撃教えてね。ボクも出来ればやってみたいんだ」

「私もお願いしますね」

「...一応言っておくが完全に感覚派だからな?まともに教えらないんだよ」

 

「だだいま」

 

 ________真由美ねぇが帰ってきた。作戦開始だ。

 俺は別室に隠れて聞き耳をたてる。

 

「お姉ちゃん、また何時日さんと喧嘩したの? 何時日さんが凄い怯えてたけど」

「...いい?今回は私は関係ないの。先輩に対して礼を失していたから怒っているだけよ」

「だけどこれから食事なのにギスギスした雰囲気はイヤではないですか?ここは一先ず水に流して落ち着いて話し合った方がいいのではないでしょうか」

「そうそう。多分、お姉ちゃんと久々に話せてテンションが上がってるんだよきっと」

「……何時日くんがそんなこと言ってたの?」

「実は何時日さん、お姉様と同じ高校に通うためにUSNAから戻ったんですよ。お姉さまには内緒にしてくれと頼まれたので黙っていましたけれどお父様も含めて皆知っています」

 

 ここでその件をバラすのか...。背に腹はかえられ無いし仕方ないと割り切ろう。

 

「......何時日くん、魔法技能なら一科生クラスなのに二科生なのよ。おまけにまた何か隠し玉があるみたいだし...。もしかしたらほんとに?」

「そうだよ。きっとお姉ちゃんに並ぶために努力してきたんだよ」

 真由美ねぇはしばらく沈黙すると諦めたようにため息をついた。

「明日、はんぞーくんに謝るのなら私からはこれ以上何も言わないわ。それでいい?何時日くん」

 

 バレていた。そう。当然ながらマルチスコープを前に潜伏などアサシンでも無ければ不可能だ。

 なので途中から気配遮断を解除してちょうど今聞き耳を立て始めた風を装った。

 そして目論見通り騙されてくれた真由美ねぇに感謝しつつ俺はそっと香澄たちにガッツポーズをした。

 

 その後、弘一さんの帰りが遅くなると連絡が入り四人で先に食べることになり居間で食卓を囲んでいた。

「最近お姉ちゃんが急にお弁当を作るようになったんだよね。この煮物もお姉ちゃんが作ったやつ」

 香澄が食卓に上がった料理の一品を指す。言われてみれば、確かにこれだけ他のとは盛り付けが違った。

「へぇ。真由美ねぇも成長したんだな。ん...少し味付けが濃いな。もう少し薄めにしたらどうだ?」

「もういっそのこと何時日さんにお弁当を作ってもらえばいいのでは?」

 泉美が真由美ねぇをバッサリ切り捨てるような発言をして真由美ねぇが石になった。

 が、この程度は日常茶飯事だったので今更気にはしない。女子力の代わりに女子力(権力)を得たのが真由美ねぇだから。

 食事もひと段落すると俺は気になっていたことを切り出した。

「それより真由美ねぇ。司波が風紀委員とか何考えてんだ?悪手の中でも最悪の一手だろ。場合によれば二科と一科に警察権が分裂するまであるんだぞ?」

「私は良いアイデアだと思うわよ。二科生と一科生の格差をなくしつつ意識を変えれる。それに達也くんは風紀委員に必要なスキルを持ってるから」

「……いまいち分からないけど分かったことにする。尤も、司波に戦闘スキルがあればの話だが」

「それなら大丈夫よ。はんぞーくんを模擬戦で倒したから。摩利と生徒会のメンバーで確認したわ」

 どうやら真由美ねぇは司波に全幅の信頼を寄せているようだ。だが、今の俺からすれば司波は精々中の上程度にしか見えない。比較対象がおかしいのは理解しているがどうしても納得がいかない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……何時日くん。対抗意識は分かるけれど無謀すぎるわ。彼、かなり奥の手がありそうだもの」

「それならこっちも同じだ。こと戦闘に関してなら尚更な」

 しばらく悩む様子を見せると真由美ねぇは渋々頷いた。

「分かったわ。それなら明日、勧誘期間の巡回が終わったら模擬戦をしましょう。それでハッキリするはずよね?」

「サンキュー真由美ねぇ!」

 約束を取り付けて浮かれ気味な俺を嗜めるように真由美ねぇは軽く溜息をついた。

「ほんっと、何時日くんはバーサーカーよね……」

「今更だろ?」

 真由美ねぇは頭痛を堪えるかのように頭を抱え、俺はゲラゲラと笑ってゲンコツを食らった。

 

 明日に備えてさっさと帰る事にして、真由美ねぇの家をお暇し雫の家へと帰る。

 と、ドアを開けると仁王立ちした雫が待っていた。

「何時日。昨日から私のことを蔑ろにしすぎだと思う」

 開口一番俺への糾弾が始まった。あまりに珍しい怒涛の台詞。それ程に怒りが激しいのか。

「いや。ほら、俺って他人の感情が分かんないからさ……」

「だからポーズでも叩いたりしたんだよ」

「まあ、実際は痛くなかったけどさ?別に俺も雫のことを軽んじてるわけじゃなくて。真由美ねぇに明日の司波戦の件もあるし出来れば明日以降がいいんだけど」

「待って。達也さんと戦うの?なんで?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

「雫には悪いとは思ってるけどさ。俺のことなら分かってくれるかなーって」

「ほのかが心配。達也さんに惹かれてるみたいだから」

「マジで!?いや予想外……でもないか。エレメントの血筋ならあれぐらいの性格がちょうどいいか」

「何時日」

 雫が厳しい声でそれ以上を止めた。

 俺の性分の悪さは理解してくれてるから警告で済んでいるが、そうでなければ絶交だろう。

「まぁ、もう決まった話だし。明日に備えて早く寝るよ」

「お風呂は?」

「あっちで入ってきた」

「…………そう」

 それだけ言って雫はさっさと自室に戻って行った。俺も自室に戻りプランを考える。とは言え既に初手から3手先までは決まっている。

 あとは奥の手をどこまで使うかだが……

 

「一先ずは小出しにして投影からか」

 

 右手に構築した短刀を握りしめて俺は溢れる嗤いを噛み殺した。



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第7話:悪意の使徒

ある少年の話をしよう。

 

彼は悪意に、殺意に、敵意に満ちていた。

だから彼に善悪はあれど、それは普通とは乖離していた。しすぎていた。

 

『自らが悪たることを良しと笑う。おおよそ幼児の思考ではない。』

彼を見たとある大人はそう、恐れおののいた。

 

けれども。彼にとって家族同然の少女は変わらぬ関係を築き上げた。

『何時日は悪い子だけど、悪人じゃないから』

そう言って手を握った少女がいた。

 

だからこそ、彼はそれを嗤い、その思いを裏切るかのような行動を繰り返した。

 

そして、抑え切れない飢えを満たすため。

 

 

 

その日の放課後、俺は司波兄と真由美ねえたちと向き合っていた。

「決闘なら、俺は別にかまいません。」

「...本当にごめんなさい。次からは私がきつく言っておくから。」

 

真由美姉が司波兄に頭を下げるのを俺は他人事のように見ていた。

「確認したいことがあるんですが

 

手始めに司波の実力を測ろうか。

瞬時に接近して想子の波を放った司波に対して、俺は後ろに飛び退きつつ膨大な魔力を放出する。

 

今の俺は聖杯から直接魔力を引き出せる。ゆえに、俺は事実上無尽蔵に魔法が行使できる体質になっていた。

だからこそ、高々三角波など力業で簡単に押し流せてしまう。

「っ!」

膨大な魔力の波で逆に押し返されて司波にわずかな表情の変化が走る。

 

しかし、それでも司波は止まらなかった。

即座に拳を防ぐ。

油断したせいか、或いは司波が規格外なのか。

掌底の衝撃を殺しきれずに後ろに軽く吹き飛ばされる。

魔法式を介さない近接武器攻撃は禁止のルールがある以上、普通の投影は使えない。故に俺は払い蹴りで大きく距離を取ることで回避した。

 

ここまで、司波は驚きこそすれど的確に対処をしてきた。

 だが、それもここまでだ。

 

 

「全投影、一斉掃射!」

 

威力をギリギリまで絞り投影を放つ。寧ろ威力調整に9割の集中力を割いて贋作の雨を降らせる。

「待て!それは過剰攻撃だ!」

「いいえ。大丈夫ですよ」

 

贋作は司波を貫く直前に自壊しその結果のみが残される。

「情報強化、なの?」

「…あれは意図的に過剰強化して使い捨てたように見えました」

「相手に触れる前に自壊して仕舞えば魔法式のみの攻撃になるからルールには抵触しないという訳か…。だが一歩間違えれば司波もただでは済まないだろう。」

「今は大丈夫よ。何時日くんが威力調整に全力を尽くしているから。けれどここから反撃を受けた際には、直ぐに動けるようにしなきゃいけないわね」

 

生徒会三人の考察を聞き流しながら俺は再度想子の波を放った。

今度は明確に範囲を絞らずに爆発的に拡散させる。

司波の放った魔法式は完成する前に押し流されて不発に終わる。

そうしているうちにもどんどん魔力を増幅して放ち続ける。手持ちがオーバーキルな以上、意識を奪うのが手っ取り早いと判断したからだ。

 

司波が僅かに顔をしかめ司波さんの方を見やる。

 

司波妹はふらつきこそしていないが顔色は悪い。

と、同時に同伴していた中条先輩がふらつき始める。

 

まずい、と思った時にはすでに手遅れだった。

中条先輩が倒れ、司波さんがしゃがみ込む。

そして渡辺先輩の声が響き____

 

「幾年何時日。危険行為により失格だ。」

 

俺はあっさりと負けてしまった。

 

 

「何時日くん!」

その後はもう悲惨なものだった。

中条先輩を保健室に運び込み、司波さんの介抱を司波にまかせ、俺は生徒会室で真由美姉から叱責を受けていた。

 

「なんなのあれは!あれだけの想子を放出したら周囲に被害が出ることぐらいわかったはずでしょう!それに何時日くんもただじゃすまなかったのかもしれないのよ!?」

「いやー、俺もまさか卒倒までするとは思わなくて...。あの程度ならぎりぎり耐えれる範疇___」

「ギリギリ迄持ち込むこと自体がダメなんでしょ!?それに、何時日くんは自分の心配はしてないの!?」

「あー、その件なんだけど、絶対にオフレコで頼むんだけどさ...」

 

俺は真由美ねえに簡単に今の状態を説明した。聖杯の件は伏せて単純に想子がほぼ無尽蔵に保有される体質になったとだけ伝える。

すると案の定真由美ねえは絶句した様子で口元を震わせた

「それって」

「俺にもよくわかんないけどさ、入学までにだいぶん制御の練習はしてるから暴発はしないよ。せいぜい人より余剰想子が多くなる程度。」

「本当に、大丈夫なの?今からでも検査してもらったほうが___」

「真由美ねえ」

「...ごめんなさい。でも、何かあったらすぐに報せて。」

「わかったよ。それに、あの意志を持った想子?ってやつもよくわかんないし、当分は控えておく。」

 

生徒会室を出た俺は真っ先に保健室に向かい司波達に謝りに行った。

「すまなかった。まさかあそこまで影響が出るとは思わなかったんだ。」

「私は大丈夫ですよ。それに中条先輩も意識がなかったのはほんの一瞬だけだったようです。後遺症の心配もないそうですよ。」

「そうか...。それならよかった。司波も、本当に済まない。」

「幾年に悪気があったわけじゃないのはわかっている。深雪も無事だったんだ。深雪がいいというならおれはそれでいいよ。」

「...何かあったら雫を通して言ってくれ。可能な限り力になる。」

「分かった。俺はこの後レオたちと合流するが幾年はどうする」

「いささか気まずいんだが、雫に引っ張られるのが目に見えてるからな...。俺も行く」

俺は苦り切った表情で返しその様子を見て司波さんは苦笑した。

「それから、俺のことは達也でいい。」

「じゃあ俺のことも何時日でいい。これからよろしく頼む。達也。」

「ああ。よろしく頼む。何時日。」

 

握手を交わした達也の手は、軍人のように武骨に鍛えられた手だった。

 



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第8話:When done it.(Ⅰ)


遅れを取り戻すつもりで書きあがり次第どんどん投稿していくつもりです。今後ともどうぞよろしくお願いします。

最近イラストの練習を始めたので、今後出来が良ければいくつか押絵として載せるかもしれません


 俺たちは雫と合流した後、俺の昔話を種に盛り上がっていた。

 ...俺としては何としても止めてしまいたいところだったが、都度誰かに邪魔をされてずるずると黒歴史を暴露され続けた。

 

 ___帰りたい。

 

 心を無にして嵐が過ぎ去るのをじっと待つ。やがてようやく俺の過去話はひと段落して最近の近況に話題が移った。それぞれどの部活動に所属するか、あるいは所属したかを報告しあう。

「何時日は部活動はするの?」

「いま検討中。適当に射撃でもいいかと思ったけど敷地が足りないしな。」

「敷地が足りない?」

 俺と雫の話に興味を示したのは意外にも達也だった。

「ああ。俺は狙撃がメインでな。それも市街戦に特化したタイプの。」

「昔から遠くのものを狙って当てるのは得意だった。昔言ってたキャンプではよく飛んでる野鳥を石で打ち落としてた」

「途中からは体の狙った部位に当てることに切り替えてたな。あれはなかなか楽しかった。鳥をさばいて調理したりもしたし。」

「随分と器用だな。次の動きや風向きを計算に入れないといけない分見た目よりも難しいだろう。まして部位を狙うなんてなおさらだ。」

「おや?随分詳しいな。もしかして同類か?」

 やはりというか日常生活ではなじみのないことに強い反応を示すあたり家柄は普通じゃないのだろう。

 ____尤も、魔法科高校では普通の家柄を探すほうが難しい。皆何かしらの魔法技能を用いた職業に就いた親を持っているのだから世間一般で見れば普通の家庭なんてまるでいない。

 だからこの時も俺は特に気にすることはせず、ただ軍務関係の家柄なのだろうと解釈した。

「いや、少し馴染みがあってな。」

「そうか。」

 そしてこの話はここで終わった。はずだった。

「ところで何時日。夏になったら___」

「あ!そろそろ時間だな。悪い。俺はこの後用事があるんだそれじゃなみんなまた明日!」

 自分の分の会計を手早く済ませると俺は脱兎として逃げ出した。こういう時電子マネー式は便利だな、と前世の記憶が掘り起こされる。前世の俺は何かと巻き込まれやすい性質だったのだろうか?

 

 雫がいないことを確認して自宅にたどり着くとほっと安堵のため息が出た。思えば自宅に戻るのも数日ぶりだ。

 俺は早々に用事を済ませるべく仮想端末のメールを開いた。

 するとそこには___ズラッと並ぶ同じ差出人からの安否を尋ねるメールがたまっていた。

「これは、そうとうお怒りだな...」

 今から気が重くなりながらも丁寧な謝罪と弁解を並べすぐに送信する。時差の関係で返信は今日の夜中...

そう思っていたらすぐに新着メールの着信音が鳴る。びくっとして恐る恐るメールをのぞいてみると...

『今からそちらに連絡をかけるわ。ちゃんと許可も取ったので。』

 早ええええええ!!!

 怖い!毎度のことながら怖いよこいつ!

 震えながらじりじりと後ずさりをしているとビデオ通話の着信を知らせる音が鳴り響いた。

 俺の手は震えて受信を拒むが3コール内にでなければ余計に怒られるのは目に見えている。

 諦めて通話を取り___USNA(あちら側)の親友に声をかける。

 

「...久しぶり。リーナ」

 

「ハイ、イツカ。しばらく連絡がなかったけれど元気そうで安心したわ」

 たいそうお怒りであった。怒髪天であった。激おこ(死語)であった。

「よしまず話をしよう。話せばわかる。だからそのCADをしまうんだ!」

魔法に物理的距離は関係ない。それでなくとも死亡フラグが立ってるんだこっちは!

「冗談よ。まずは改めて、魔法科高校に入学おめでとう。イツカ。」

「ありがとう。こっちは何人か友達もできたし今のところはうまくいってるよ。」

「ならよかった。ところでイツカ。一つ聞きたいことがあるんだけれど。」

「あ、ああ。どうしたんだ?」

 

「この二日間、どうして連絡くれなかったの?毎日メールするって約束だったでしょう?」

 

 あーーーーーぁうーーーーーーーーん

 

 必死に言い訳を探す。ここで雫の家に泊まったなんて言ったら数少ない親友すらなくしてしまう!

 

「入学のいろいろで忙しかったんだ。それにほら、友達もできたし」

「それってワタシより大事なの?」

 表情はそのかわいい顔をわずかに膨らませて拗ねているだけのように見える。はたから見ればとてもかわいいだけのものだろう。

 だが、その瞳が笑っていなかった。というか笑い事じゃなかった。ハイライト消えてる!ハイライトさん仕事して!

「いやいや!まさかリーナが一番大事だよ本当に!だけどちょーっとやむを得ない事情というか俺としても苦渋の決断で断腸の思いで日夜苦悩を重ねて誠心誠意お詫びの謝罪を致そうと___」

「イツカ」

「はい」

「全部。正直に話して?」

「アッハイ...」

 

 

 ここ2日間の全てを洗いざらい白状させられた俺は椅子の上に正座して小さくなっていた。画面なんて到底見れたものじゃない。

 そこには、魔王がいた。二つにくくった金髪が逆立ち背後霊でもいそうなほどゴゴゴゴゴゴと音を立てている。

「イツカって浮気癖があったのね。知らなかった。」

「いや待ってくれ誤解だ!あの二人とも断じてそういう関係じゃない!誓って本当!」

「でも幼馴染とは昔ごっこ遊びでって」

「遊びは遊び!本気じゃない!」

「この流れで聞くとますます最低に聞こえるわね」

「ああ俺もそう思ってたところだよチクショウ!」

「それじゃあ。」

 リーナは腕組みをして俺に判決を下す裁判官のような重みで告げた。

「今後絶対、あの二人と踏み込んだ中にならないって誓える?」

「.........」

「誓える?」

「いや、ちょっと待ってほしい。そういうのはいささか早計というか」

「ワタシのことが一番大事って言ってたのはうそだったの?」

「それは本当だけど未来は誰にもわからないっていうか万が一のことがあった時のための保険というかね?せっかく花の高校生なんだし一度は青春ってやつを体験したくですね?」

「それで二人もキープするの?両方とも高嶺の花なのに?本当に堕とせるの?」

「厳しい現実を突きつけないでくれえ!!!」

 最低の目論見もリーナの一言で現実に帰らされる。

 俺だってわかってますよ!こんな見た目じゃ彼女なんて一生できやしないことぐらい!寄ってくるのは変わった趣味の連中だけ!でもせめて...高校生生活で一度は彼女が欲し「イツカ?」

 リーナは憐れむような喜ぶような表情で告げた。

「ここは潔くあきらめたほうがいいと思うわよ?それに...」

「それに?」

「っ!イイエ、何でもないわ。それよりもイツカまだお説教は終わってないわよ!」

「ええ...いやそろそろこっちは晩御飯の準備を...」

『ピンポーン』

 玄関のチャイムを鳴らす音がした。

 ドアの向こうの相手を確認するとそこには幼馴染が立っていた。

 ここだけ聞けばラブコメの導入なんだがな!?生憎とこのままだとしゅらばらから俺がバラバラにされる未来しか見えない!

 考えろ考えろ...

「何時日?いないの?」

「イツカ?出なくていいの?」

 考えろ考えろ考えろ!何としても生き抜くために!

 

 そして俺の出した結論は____

 

黄金衝撃(ゴールデンスパーク)!!!」

 

 膨大な電流を流しブレーカーを落とすこと...!

 

「ふう、これで安心...ってうわあ仮想端末が!」

 当然のことながら電子機器から発火しあわや大火災になりかけた。

「急いで危ないところを凍てつかせろ!疾走・精霊眼球(ヴィイ・ヴィイ・ヴィイ)!」

 宝具で弱点を炙り出し瞬く間に凍てつかせることで火災報知機が作動する前に何とか食い止めることができた。

 

「.........」

 

 惨憺たる状況となった自室を後にして俺はにこやかに雫を出迎える。

「悪いな雫。遅くなってそれよりしばらくの間そっちに泊ってもいいか?久しぶりに昔みたいに仲良くしてみないか?」

「...何があったかは聞かないから、必要なものだけまとめて。今お父さんを呼ぶから。」

「...助かる。」

 

 こうしてこれからの一か月ほどを雫の家で過ごすことになり完全に誤解が定着してしまうのであった...



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第9話:革命と嘲笑


そういえば劣等生のアニメ、10月に延期になってますが間に合うといいんですが...。
あと、雫不在の期間なのがつらい。代わりにリーナが出るので差し引きゼロですが...
薄い本増えろ(別名義でなんか出すかも)


 弔鐘を鳴らせ。総べては喜劇に、最期に悲劇を。

 

 

 部屋の修繕にはかなりの時間がかかると言われた。幸いにしてデータはクラウド上に保管していたため無事だったがハードがことごとく死んでしまったらしい。まあ、宝具の雷を受ければ当然なのだが。

 そんなわけで俺は再び雫の家に泊まることになった。しかも今度は長期間だ。もはや誤解は避けられまい。ここは潔く切り替えてもっと楽しいことを考えよう。

「それでは、USNAの叔父方にも連絡は済ませたんだね?」

「はい。叔父からはご迷惑をおかけするがよろしくお願いしますと言伝を預かりました。」

「気にすることはないさ。君は私たちの息子のようなものだからね。」

「ありがとうございます。これからしばらくお世話になります。」

 俺は潮さんに頭を下げた。彼は笑ってこれからしばらくの間の生活に必要なものを買いそろえると言ってくれたがそこはさすがに丁重に遠慮した。そこまで面倒を見てもらうわけにはいかない。

「幸い、臨時の端末は用意してあったのでしばらくはそちらを使います。スペックは落ちますが実用には耐えるので。」

「そうかい。では、今日はもうゆっくりと休むといい。色々疲れただろうからね。」

「ありがとうございます。では、おやすみなさい。」

 応接間を後にした俺は部屋の外で待っていた雫と目が合った。風呂上りなのか頬は僅かに蒸気して髪も少し湿っていた。

「どれぐらいかかりそうなの?」

「半月から1か月。」

「じゃあ、当分は一緒だね。」

「...何なら合わせてもいいけど。」

「わかった。じゃあ、部長に伝えておく。」

 幼馴染特有の主語を省いた短い会話で互いの言いたいことがわかる。もともとの俺は雫に似て非常に無口だったが傍を離れて数年間で必要に駆られて話すようになった。

 だがこうして雫の前では特に気を使う必要もないので気を抜いて話せる。それだけでも得難い存在だった。

「結局、負けちゃったんだね。」

「ああ。まさか反則負けなんてな。不甲斐ない。」

「でも、少し、ほっとした。」

「...悪かったよ。」

「ううん。気にしてないよ。何時日なら達也さんとも互角以上だって思ってたから。」

「それは光栄だな、次はぜひ実戦でやりあいたいところだが。」

「ほのかがいるからダメ。」

「えー。」

 まるで昔に戻ったみたいに会話を続ける。それは雫の部屋に場所を移しても続いた。

 その日は夜遅くまで話続け、翌日は危うく寝坊しかけてしまった

 

「...というわけでやむを得ない状況なんだ。部屋が復旧次第すぐに出る予定だし俺は悪くない。」

「そういう問題じゃないでしょう!?男女が一つ屋根の下で当面寝泊まりだなんて...!」

「何を想像したか知らないけどあの無駄に広い家でわざわざ同じ部屋で寝るわけないだろ。それよりも兄弟でアレな達也たちのほうがよっぽどやばい。」

 放課後、真由美ねえに呼び出され生徒会室に入ると猛然と詰問された。こちらとしても苦渋の決断のため納得いかない。

 そのままいつも通りのらりくらりとかわし続けていると、突如音割れした爆音が部屋に響き渡った。

 

 

「全校生徒の皆さん!僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!」

 

 

「なかなか愉快な人たちみたいだけど、真由美ねえは何か知ってる?」

「いいえ。今から先生方のところへ行ってくるわ!」

「じゃあ俺は現場に行ってくるよ。数はわからないけど妨害がないとも限らないしな。」

「そうね...。何時日くんお願い。私もすぐに向かうわ。」

 退屈しのぎにはなりそうな火種を見つけて俺は久しぶりに気分が良かった。場合によってはガソリンを投下してもいいと思えるぐらいには。

 

現場に着くとすでに達也たちが到着していた。

「鍵を持って立て籠もりね...。随分と荒っぽいことで。強行突破する?」

 ガンドの照準を途に向けると達也がそれを制した。

「いや、俺が直接話をつけます。」

「できるのか?」

「中にいる生徒の一人の連絡先があります。」

「と、言うとあの放送をしていた女子生徒の?意外と抜け目ないのな。」

 俺が茶化すと予想どおり司波さんが反応を示した。

「お兄様?後で詳しく聞かせてもらえますか?」

 俺はざまあみろと笑いをこらえ扉から照準を外した。

 

 そのあとは達也の謀略通り、のこのこと釣られた生徒たちを風紀委員が制圧していった。

 騙しただの騙されただのわめく先輩を心の内で嘲笑しながら俺は彼女ににこやかに声をかけた。

「ところで壬生先輩。少しお話があるのですが。」

「何かしら。あなたは...風紀委員ではないようだけど。」

「俺は会長の付き添いの幾年何時日です。先輩と同じ二科生です。」

「そう。それで、話って何かしら?」

 

 この退屈な日常に飽き飽きしていた俺は、壬生紗耶香という火種にガソリンを注ぐことにした。

 

「先輩たちの考えに興味を持ちました。ぜひ、協力させていただきたいのですが。」

 

「何時日くん!?」

「悪い、真由美ねえ。俺は今回こっち側だから。」

 ___まあ、死にはしないよ。

「よろしくお願いします。幾年くん。私はこれから協議に行くけれど...」

「もちろん俺も出席しますよ。協力者ですからね。」

 絶句する真由美ねえから視線を外し壬生先輩と握手をする。

 その視線はどこか空虚で、どこかをまっすぐに見つめていた。

 

 だからこそ。

 

 彼女はどこまでも愉快な喜劇になるのだ。

 



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第10話:しかして彼は裏切らない

「それでは、公開討論会は明後日開催するということでいいかしら?」

「私は構いません。幾年君はどう思う?」

「俺も賛成です。今日のインパクトが風化しないうちにロビー活動を打っておきたいですから。」

 会議室にて、俺は真由美ねえたちと意見のすり合わせをしていた。しかしその席は机を挟んで向かい合うような配置。すなわち真由美ねえに対立する側として出席している。

 壬生先輩は俺のことを信用に足ると判断したのか、それとも人が足りないのか俺をあっさりと同志として扱った。そのほうが都合がいいので俺は特に波風を立てず会議に参加していた。

「では、今日はこれで解散とする。各自、明後日と公開討論まで準備をするように。」

 十文字先輩の一言で会議は終了となり壬生先輩の後に続いて席を立つと、真由美ねえが俺を呼び止めた。

「何時日くん!...本当に、同盟に参加するの?」

「ああ。だからしばらくはそっちにもいかないようにするからそのつもりで頼む。」

「.........。」

「じゃあ、俺はこれから用事があるから。」

 俺に手を伸ばした真由美ねえに背を向け、俺は会議室を退出した。

 

「...よかったの?会長とは知り合いだったみたいだけれど。」

「構いませんよ。心配してくれてありがとうございます。」

 壬生先輩が気づかわし気にこちらを見やった。その目はやはりどこか虚ろだった。

(精神干渉系、かな。USNA(あっち)でみたことあるのと雰囲気がおなじだ。)

「そうだ、幾年君に紹介したい人がいるんだけど...。放課後空いてるかな?」

「大丈夫ですよ。ちなみに、どういう人なのか教えてもらえますか?」

「ええ。司主将のお兄さんよ。大きなグループのリーダーで今回もいろいろと助言してくれたりしてるわ。」

「すごい人なんですね。ぜひお会いさせてください。」

 あきれるほど単純な洗脳に嗤いをこらえるのが大変だった。こんな簡単に騙されても気づかないものなのか。気づかないんだろうなあ...

 

 

「何時日。同盟に参加したって聞いたけど、本当?」

 放課後。校門前で壬生先輩を待っていると後ろから雫に声をかけられた。

「ああ。なかなか面白そうだろ?差罰撤廃を目指す、有志同盟だぜ?しかも裏に組織が後援で付いてるときた。こんな愉快なイベントが入学そうそうあるなんてラッキーだよ。」

 雫は少し眉を顰めた。

「何時日はどうしたいの?」

「うーん。とりあえず雫たちには被害が出ないようにするよ。俺はあくまでスパイを兼ねた立ち回りの予定だから。十中八九テロリスト集団が出てくるだろうからあとで伝える情報を真由美ねえと司波に流してくれ。あとは討論会当日に図書館に近づかないようにそれとなく噂を流してもらえるか。企業連合の情報網も使えると助かる。今回はあくまでとっかかりにすぎないから。」

 雫はため息を一つ吐くとやれやれと言わんばかりに首を振った。

「うん。わかった。できるだけやってみる。」

「頼んだ。終わったら前言った店でなんか御馳走する。」

「...うん。楽しみにしてる。」

 

 ちょうどその時、遠くから壬生先輩が走ってくるのが見えた。俺は雫に目配せをすると、雫はうなずいて部活をしに走り去った。

「ごめんなさい。少し打ち合わせが長引いちゃって...」

「構いませんよ。むしろ壬生先輩が出てきてよかったんですか?リーダーなのでは?」

「討論はほかの人たちが出る予定。私は裏方ね。」

「そうなんですか。もっと前面に出て動く人だと思ってました。」

「私はそこまで弁の立つ方じゃないから。適材適所ね。」

「では、ご期待に沿えるよう頑張ります。」

「そうね。私たちも全力で手伝うから。それじゃあ、行きましょう。」

 

 

 全廃に案内されたビルに入りしばらく待たされると、話をつけてきた壬生先輩が戻ってきた。どうやら直接面会できるとのことだった。

「それじゃあ、私は外で待ってるから。」

「先輩は一緒に来ないんですか?」

「私はほかにやることがあるから...。終わったら声をかけてくれたら家の近くまで送っていくわ。」

「そこまでしてもらうわけには...。正直雫が怖いです」

「もしかして北山さんと、その、同棲しているって噂本当だったの...?」

「同棲というか自宅でボヤ騒ぎがあったので頼れる親戚はUSNAにしかいないので雫のお父さんのご厚意に甘えているだけです。復旧したら出ていきますよ。」

「そ、そうなの。私は特に気にしていないわよ?同学年に婚約してるカップルもいるわけだし...。けど、さすがに正式なお付き合いもなしにそういった関係って珍しかったから。」

 どうやらなかなかにうぶな性格らしい。これは少しからかってみようか。

「そうなんですか...。中学生のころ七草会長の家に何度も泊まりに行ったことがあるので普通だと思っていました。これからは気を付けます。」

「え?え!?さ、七草会長の家に、泊まり?それも何度も!?」

目に見えて慌てふためく先輩を見て少し満足した俺は案内された部屋の扉に手をかけた。

「それではまた後で。壬生先輩。」

「う、うん。あとでね。」

 

 

「ようこそ。幾年何時日君。私は君を歓迎するよ。」

「それはどうも。」

 室内にいたのは眼鏡をかけた20代の男だった。これがブランシェ日本支部のリーダー、か。

「私は司一。君たちの協力者だ。そして...君たちを有効利用する選ばれた存在だ!」

 

 かれが眼鏡をはずすと、その両目が怪しく光った。

 そして俺の意識は薄れていって________

 



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