西住姉妹の幼馴染 (テクニクティクス)
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1話

海原に浮かぶ大洗学園艦。そこで新しい日常を送ろうとする少女。

焼きたてのパンの匂いに笑顔を見せ地元では見かけなかったコンビニに気を取られて、電柱にぶつかって痛みでうずくまる。そこへ声が掛けられる。

 

「あの……大丈夫ですか?」

「あ、その、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」

「それは良かった……。あれ、もしかして君、みほちゃんじゃないのか?」

「え……?」

 

自分の名を呼ばれて思わず顔を上げて相手の顔を見る。

学生服を着た男子がみほのことを見ているが、どこか見覚えがあるような印象を感じる。

朧気ながら幼い頃近所に住んでいた仲のいい男の子のことを思い出し、おずおずと口に出す。

 

「あの、もしかして貴方、鹿島 葵くんですか?」

「うん、そう! 中学二年の春までは近所にずっと住んでてよく遊んでたね」

「わぁ……! 葵くん急に転校しちゃったから、連絡先も教えてもらえなくてちょっと寂しかったんだよ? 今はここの学校に通ってるの?」

「女子学園付属校の共学科にね。……っと、これ以上話してると遅刻しちゃうか。とりあえず連絡先と住所教えるから後で家に来てよ。いろいろ話したいこともあるし」

「うん。お邪魔させてもらうね」

 

二人は通学路を並んで歩んでいき、先に校舎に着いた葵はみほを見送り、まったく知り合いのいないところに意外な人との再会で少し気持ちが明るくなったみほだった。

 

 

 

 

「えっと……ここでいいんだよね」

 

放課後教えられた住所にやってくると落ち着いた雰囲気のある建物があり、店の看板として「青雷亭」という文字が掲げられている。

外窓から中を伺うと、どうやらカフェのようだがこの印象だと喫茶店といった方が合うかもしれない。

眺めていても仕方がないとドアを開けて中に入ると、備え付けのドアベルが鳴りカウンターでカップを拭いている葵がこちらを見た。

 

「いらっしゃい。来てくれたんだみほちゃん」

「うん。ここ、葵くんの家なんだよね? 熊本に居た頃は普通の家だったから驚いちゃった」

「父さん母さんの夢だったらしくてね、喫茶兼洋食屋をするのが。ここでいい物件見つけたから移住したんだって。さて、みほちゃんはコーヒー派? それとも紅茶派?」

 

カウンター席に座ったみほが紅茶を頼むと、葵は慣れた手つきで茶葉をティーポットに入れて、熱湯を注ぐ。

十分に葉が開いたのを見計らいカップに赤銅色をした香しい紅茶を淹れる。

 

「お待たせしました。どうぞ」

「いただきます」

 

角砂糖を入れて、スプーンでかき混ぜてゆっくりと口に運ぶ。いい香りに優しい渋みが心を和ませる。

半分くらいお茶を残して、ソーサーの上にカップを戻し、一息ついたところに葵が声をかける。

 

「みほちゃんが大洗に転校してきたのは……あの試合が原因だよね」

 

全国大会決勝戦、尚且つ名門校黒森峰が十連覇するかどうかの偉業に挑む最中に事は起こる。

みほの乗るフラッグ車の前の車両が、敵の砲撃により足場を崩されて天候の悪化で濁流と化した川の中へ沈んでいった。

それを見た彼女はなりふり構わず落ちた戦車の搭乗員を助けようとして……結果フラッグ車を撃破されてしまい黒森峰は敗北した。

その後の学園内での彼女への対応は予想はつく。

俯いてカップの水面を覗き込んでいるみほに葵は口を開いた。

 

「俺もあの時の試合は見てたんだ。それで、ひとつ言いたいことがある」

「…………っ」

「落ちた戦車に乗ってた人達が心配だからって、救命胴衣とかも付けずに飛び込んだりしちゃだめだよ! 俺、みほちゃんが流されて死んじゃうんじゃないかと凄く心配したんだからね!」

 

散々投げかけられた侮蔑の言葉。それとは違うものに思わず顔を上げると本気でみほのことを心配してる少年の顔があった。

 

「え、だってわたしの勝手な行動で、十連覇の偉業を無くしちゃって、みんなわたしを責めて……」

「そりゃあ、大事な試合だったかもしれないけど戦車道だって相手と戦争してるわけじゃないでしょ。人命を優先するのは問題じゃないよ。ただ、運営委員とか審判員に連絡して一時中断とかして救助活動する手段もあったはずだから、もうちょっと落ち着いて行動してほしかったな。……でも無事で本当によかった」

 

幼馴染の無事な姿にほっとした表情を見せ、葵の柔らかな笑顔を見たみほの頬へ涙が伝う。

 

「え……な、なんでだろ、今になって……ご、ごめん、涙、止まらない……」

 

ぽろぽろと涙を流すみほへ、そっとハンカチが差し出されそれを受け取って顔を覆う。

二人きりの喫茶店の中で時折みほのしゃくりあげる声が響き、落ち着くまで穏やかに葵は待ち続けた。

 

「……ごめんなさい、ハンカチ汚しちゃったね。後で洗って返すね」

「いいよ、そんな気にしなくても」

「だめ。私の方が気にするの」

 

目元を赤くしたみほが朗らかに笑う。

完全にわだかまりが消えたわけではないが、折り合いはついたのか素の屈託のない笑顔を見せてくれる。

 

「葵、お客さん来ているの? ……あら、みほちゃんじゃない!」

「こんにちは、夏さん。お邪魔してます」

「あらあら、久しぶりね。しほさんは元気している?」

 

調理場から姿を現したのは葵の母親である鹿島 夏だ。

みほの母でもあるしほも十分若く見えるが、夏は知らない人が見たら女子大生と見間違うほどに若い風貌をしている。

そして二人とも同級生で黒森峰で戦車道を嗜む戦友だった。

ただ私生活でも西住流なしほと、戦車を降りればあらあらうふふと優しいお姉さんと化す夏。

デコボコな二人だが気の合うとこも多く、夏のおかけで周囲と上手く潤滑して「鬼の西住、菩薩の鹿島」と揶揄されることもあった。

大学は別の道に進み、戦車道からも遠ざかってしまった夏だが、しほとは時折SNS等で連絡を取っていて友人関係は続いている。

 

「そう、大洗女子学園に転校してきたのね。葵も近くに通っているからまた仲良くしてあげてね」

 

そう言ってまた調理場へ戻る夏と入れ替わりに、カウンターへ戻ってきた葵はみほの前へケーキが乗った皿を置く。

 

「あの、葵くん、これは……?」

「おごり。まだ母さんの腕には及ばないけど、俺の手作りだから気にしないで食べて」

 

綺麗にきつね色に焼きあがったベイクドチーズケーキをフォークで切り取り口へ運ぶ。

濃厚なチーズの味が口内へ広がり、思わず頬が緩んでしまう。

 

「まぁ、いろいろ大変だろうけど子供の頃みたいにまたよろしく頼むね、みほちゃん」

「こちらこそよろしくね、葵くん」

 

ここしばらくは、心からの笑顔を浮かべることを忘れてしまっていたみほだが、懐かしい幼馴染との再会に元気を貰っていた。

 

 

 

 

昼休み、校内放送で呼び出しを受けた葵は会議室の一室で大洗女子学園の生徒会役員の杏たちと対面していた。

話の内容として、復活させた戦車道の補佐を受け持ってほしいと。

 

「部活動ではなく選択科目として履修するものだから、ちゃんと単位は取得できる。付属校の方はまだ選択されていないだろう? 昨今の少子化に伴い交流も少なくなった両校の親睦を深めることにも繋がるのだから悪い話ではないはずだ」

「そういうわけだから、よろしく頼むよ鹿島くん?」

 

冷静に話を進める河嶋と静かに会長の傍で直立する小山、そして一番軽い印象を受ける杏。

だが、この昼行燈に見える会長こそ何より切れると感じ取っていた。

 

「……俺を勧誘したからといって彼女が戦車道を選ぶとは限りませんよ」

「んー? 誰のことを言ってるのかな?」

 

細められた目の奥に仄暗い光を見て、へたにごねると誰かに迷惑がかかる予感がする。

溜息をついてしぶしぶといった体で誘いを受ける。

 

「分かりました。こちらもまったくの素人ですのでろくな補佐は出来ないと思いますがよろしくお願いいたします」

「あんがとね。ああ、それと西住ちゃんはもう戦車道履修選んでるから安心して」

 

ある意味はめられた感は拭えないが、仕方がないと受け入れ自分の出来ることはやっていこうと気を引き締めた。

 

後日、戦車道発足含め使用車両を見つける際に、顔合わせとして全員の前に立った。

女子校の中に一人の男子、黒一点ということで初めは驚かれたが、付属校の生徒で交流の足掛けとして来ていると知られてからはそこまで気負う子は居なくなる。

ただ、普段のノリとして見つけた車両の錆び、汚れ落としとして洗車を行うのに、体操着を濡らして下着が透けているのにも気にしないのが思春期男子にはつらい。

ツッコミの鬼の副会長もこんな気持ちだったのかなー、鈍感王なワンサマーや青春ブタ野郎なら気にもしないんだろうなーと雑念入り混じりつつ車体を必死にこすり続けた。

そして遠目から彼に熱い視線を送る武部沙織。タオルを鉢巻きにして上半身裸になって額に汗する姿にときめいている。

 

「ねぇねぇ、みぽりん! 彼、結構格好よくない!? どうしよう、付き合ってる人とかいるか聞いてみようかな!」

「あはは……」

 

 

 

その帰り、武部と五十鈴、新しい友人として秋山を連れ、みほは彼の家、青雷亭を訪れていた。

 

「ここが、葵くんの家なんだよ」

「はぁぁ……、ここだったのでありますか……」

「秋山さんは知ってたの?」

「知っているというか、隠れた名店という感じでありまして、昼の喫茶店、夜間の洋食もかなり美味しいらしくリピーターと口コミが凄いであります。私も憧れはありましたが一度も入ったことはなくて」

 

ドアを開けると心地よいベルの音が響き、エプロン姿の葵が皆を出迎える。

 

「いらっしゃい。今は空いているから好きなテーブル席に座って」

「ありがとうね。今日遊びに誘おうかと思ったら早めに帰っちゃってたけど、家の手伝いのためだったんだ」

「手伝いというか、バイトのシフトのようなものかな。小遣いの上乗せにもなるし、俺も好きでやってるから」

 

席に座り、メニューとお冷を受け取りおすすめのケーキセットを注文する。

しばらくして、コーヒーと紅茶、スフレケーキが全員の前へ配膳される。

紅茶も美味しかったが、コーヒーも苦みと酸味が程よく調和してケーキとの相性もいい。

ふわふわのスフレケーキはフォークを当てるとすんなり切ることができ、口の中で容易く蕩けて芳醇な甘みが広がる。

みほも優花里も全員幸せな顔をして、ケーキを楽しんでいると、ことりとテーブルに新しいケーキが置かれる。

 

「え? あの、これ注文していないんだけど……」

「ああ、これは自作のケーキでお客様には出せなくて。ただ、感想を貰いたくて友達なら遠慮なく食べてもらえるでしょ?」

 

小さく切り分けられたティラミスケーキを各自口に運ぶ。コーヒーシロップが程よく染みたスポンジに丹念に練りこまれたマスカルポーネチーズの相性はいい。

手作りと知らなければ市販品と言われても信じてしまいそう。

 

「うわぁ……! 凄く美味しい! 言われなければ普通にシェフが作ったとか思うよ」

「これは、素晴らしいですわ。お代わりを頂きたいくらいですわ」

「うん、美味しいよ。でも、いつも奢ってもらってばかりだと悪いよ、何かお返しするけど」

 

沙織や華の称賛を貰って喜びつつ、みほの申し訳なさそうな言葉に葵は理由を話す。

 

「実はさ、腕を磨く一連としていろんな料理やデザートを作ってるんだけど、せっかくの料理も一人で食べきるのは大変でさ。感想貰いたいってのも嘘じゃないんだけど、調理は楽しいし、いずれはここで跡を継げるようになりたくて頑張ってるんだ」

 

付属校を卒業したら、専門に進み調理師免許を得て父の伝手を頼りしばらく腕を鍛え、青雷亭の跡を継ぐのが夢と語る。

調理場の方へ戻っていく葵に対して、沙織は眩しいものを見るような視線を向けていた。

 

「もう進路とかしっかり決めてるんだね、鹿島くん。なんか憧れちゃうなぁ」

「そのための努力も怠らないとはなかなかな人柄ですな、鹿島殿は」

「ところで、みほさんは彼とは幼馴染と仰ってましたが、いつからの付き合いなのでしょうか?」

「なら丁度いいものがあるから、皆さんでご覧になってちょうだいな」

「うわぁ!? な、夏さん!?」

 

急に姿を現した夏に驚きつつ、差し出された小さなアルバムをみほは受け取り、みんなに見えるようにテーブルの上で開く。

そこには、幼稚園年長くらいの歳だろうか、今より小さいみほと葵が揃って写っていた。

昔はかなりヤンチャだったというが、この写真では仲良く手を繋ぎカメラに向かって二人とも笑顔を見せている。

 

「やだ! みぽりん可愛い!」

「まぁ、お二人ともこんな小さい頃からのお友達なのですね」

「西住殿も可愛らしいですが、小っちゃい鹿島殿もギャップがあって可愛いです!」

「な、なんか照れちゃうな……」

 

沢山の写真には仲良さげに遊んでいる二人に、若かりししほの姿と、今と全然変わらない夏の姿も写っている。

その中の一枚にビニールプールで遊ぶみほと葵の傍に、水鉄砲を持ったみほにそっくりな少女が居た。

 

「西住殿、このどこか瓜二つな子はどなたですか?」

「あ、これはね、私のお姉ちゃん」

 

袂を分かってしまったとはいえ、前ほどの苦手意識や辛さは若干薄れた。

戦車道を続けていけば出会うことは必然だが、その時にはちゃんと話ができるといいなと思う。

話し込んでしまったせいで少しずつ客層が増えてきた。

夕飯もどうだと誘われたがそろそろご迷惑になるから帰ると、みほたちは青雷亭を後にする。

 

「はぁ~、みぽりんが恋愛強者だったとは思わなかったな~」

「さ、沙織さん、私と葵くんはそんな関係じゃ……」

「でも、私から見て十分心を許している印象がありましたわ」

「自分も結構お似合いだと思いますけど」

「だ、だからぁ……、もうこの話はお終い!」

 

 

 

発掘した戦車に組み分けをして、模擬戦を行い新たな操縦士として沙織の友人、冷泉麻子を加えたみほの四号戦車が勝利を収める。

みほは沙織たちとチームとしてやっていくことになった。

練習終了後、大きなバスケットを持った葵が現れて大洗戦車道チームを労う。

 

「お疲れ様。みんな頑張ってちょっと小腹が空いてるかと思って、サンドイッチ作ってきてあるから食べてほしいな」

 

渡されたサンドイッチは新鮮なレタスとフライドチキンが厚切りのバゲットに挟まれている。

かぶりつけば、しゃきしゃきな触感にジューシーな鶏肉のうま味が溢れ、ピリッとした香辛料がよく効いていて脂っこさを抑えてくれる。

程よい酸味が口の中をさっぱりとさせてくれる冷たいレモネードも、疲れた体に活力を入れてくれる。

皆にこにこと笑顔を浮かべ、流行に敏い一年生たちは有名店の手作りと聞いて更に喜びを表して、友達に自慢しようとも言っている。

 

「鹿島殿も自然に受け入れられてよかったでありますね」

「うん、そうだね」

「おーい、鹿島ー。サンドイッチのお代わりってないのか?」

「もー、麻子ったらあんまり食べ過ぎると太るよ」

「麻子さん。鹿島さんからお代わり頂いてきましたからこれをどうぞ」

 

補佐というより戦車道メンバーの兵站係といったポジションに収まった葵。

そんなこんなで大洗戦車道部は発足した。



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2話

大洗戦車道部が発足して初めての練習試合。全国の強豪校のひとつ、聖グロリアーナに胸を貸してもらえることになった。

みほ以外は戦車に乗ることすら初めてなメンバー。歯牙にも掛けられず撃破されて、最後のみほ達の奮戦であと一歩というところでチャーチルと相打ち、四号のフラッグが上がり大洗の負けが決まった。

それなりに奮闘はしたが負けは負け。親善試合で負けた場合のペナルティとしてあんこう踊りをすることに。

 

「あー、うん。ごめん、目の毒としか言えない」

「うぅうぅぅー……、知ってる人に見られるのが一番恥ずかしいよぉ」

「に、西住殿。あんまり押さないでください。わ、私も恥ずかしいんですから」

 

麗しい女子校生たち、しかもその中の一人は幼馴染で体のラインがくっきりと浮き出るピンク色のタイツを着ているのだ。

否が応でも胸や腰に視線がちらちらと向かい、先ほどまで落ち着いていたみほも優花里の背後に隠れようとして、彼女も胸を腕で隠して照れている。

 

「こらー! こういう時は席を外すのか紳士なんだよ、あっち行った行った」

 

沙織に追われて葵はその場から離れ、試合を見に来た観客たちと一緒にあんこう踊りを見る。

ぐるぐる目で必死に踊るみほと一瞬視線が交差すると、今度は茹蛸みたいに真っ赤になってしまった姿に笑顔を返した。

 

 

 

場面は変わって、小さなテーブルにダージリン、オレンジペコ、アッサムが席に着きアフタヌーンティーを楽しんでいる。

聖グロリアーナでは普段の日常だが、唯一違うのは給仕を葵が承っていることだろう。

急なお願いにも関わらず親善試合を快く引き受けてくれた彼女たちをそのまま返すわけにはと、お茶に誘ったのがきっかけ。

最初はナンパの類かと警戒していたペコとアッサムだが、せっかくの好意を無にするのは淑女にあるまじき行為とダージリンが言うのでついていったのだ。

しかし、そこら辺のカフェではなく野外に小じんまりとしつつ正統なイングリッシュティータイムを演出している机を見せられて、流石のダージリンも驚いた模様。

お茶請けのスコーンからクッキー、サンドイッチ、紅茶まで全て葵が作って給仕しているのは言うまでもない。

 

「ふふっ、最初はちょっとしたカフェで親睦を深めるつもりだと思っていたのですが、これはなかなかなサプライズですわね」

「紅茶に関してもきちんと正しい手順をなぞって淹れてありますし、このスコーン……凄く口に合います」

「グロリアーナでもここまできちんと出来る人はなかなか居ません。素晴らしいです」

「お褒めの言葉、恐悦至極にございます」

 

ダージリンのカップに新しく淹れた紅茶を注ぐと、優し気な笑みを返してくれた。

 

「本日はお忙しい中、ありがとうございます。まだまだ弱輩なチームですが、また一緒に戦えることを期待しています」

「ひとつ、聞かせてほしいのだけれど、あなたがこういうことを行うのには……隊長さんが関係あるのかしら?」

「ええ、まぁ。俺も、試合中は全力でぶつかり合ったとしても、終わってしまえば健闘を称えあえる。そういう関係が望ましいと、そんな道も在っていいと思っています」

「そう。いいお話を聞かせてもらえて嬉しかったわ。これ、西住さんに渡して置いてもらえるかしら? それと鹿島さん、貴方にはこちらを」

 

綺麗に包装された箱を二つダージリンから手渡され、葵は自分たちの学園艦へ帰っていく彼女たちを見送った。

 

 

 

出港ギリギリに戻ってきたみほたちにダージリンからの贈り物を手渡す。

その中身はティーカップと手紙が入っていて『今回の試合はとても楽しかったわ、今度は公式戦で雌雄を決しましょう』と書かれていた。

 

「凄いです! 聖グロリアーナは好敵手と認めた相手にしか紅茶を送らないとか!」

「そうなんだ」

「……ん? これが西住殿宛てだとしたら、そちらの箱はいったい?」

「ちょっと開けてみるから待って」

 

一回り大きな箱を開けてみると、そこには真っ白で澄んだ色をしたティーポットに銀の茶さじと手紙が収まっている。

『今回のお茶会はとても有意義なものでした。またご一緒したいと存じます。その際には鹿島さんにペコの淹れたお茶を振舞いますわ』と書かれた手紙を読むと、慎重な手つきで茶器を取り出す。

 

「うわぁ……これ、ボーンチャイナだ。相当な高級品なんだけど。大切に使わせてもらおう」

「ねぇ、葵くん? なんでダージリンさんから別口でものを貰ってるの?」

「ん? 試合後にちょっと彼女たちを労っていただけなんだけど……み、みほちゃん? お、怒ってる?」

「おこってないよー、葵くんの勘違いだよー、うふふ」

 

言葉とは裏腹に笑みを浮かべているのに、目の奥が笑っていない。

 

「西住殿、意外と怖いところがありますね。試合中、取り乱したりとかしないのでこういうことでも動じない人かと思ってたのでありますが」

「戦車から降りれば、普通の女子校生ってことだ」

 

妙な重圧オーラを出しながら、ぴったりと葵の傍にいるみほにそんな感想を漏らす優花里と麻子だった。

 

 

 

 

公式戦の抽選会にやってきたみほたち。一回戦で当たるサンダース大学付属高校も強豪と名高いところで苦戦は免れそうにない。それでも、当たる以上は全力で戦おうと意気込みを見せる。

抽選会の帰りに優花里の要望に付き合って、戦車喫茶に寄ってケーキを食べることにする。

呼び鈴が戦車の砲撃音だったり、土嚢が床に積まれていたり、注文品がミニドラゴンワゴンでテーブルにやってくるなどとマニアには垂涎ものらしい。

可愛らしく戦車の形に作られたケーキを口に運ぶのだが、みんなの表情が若干鈍い。

 

「うん……これはこれで美味しいんだけど、鹿島くんのを食べなれてると何か物足りなく感じちゃう」

「私たちの舌も順調に調教されているということだな」

「なんか人聞きの悪いことを冷泉さんに言われている気がする……」

 

 

 

「――副隊長?」

 

そんな中急に響いた固い声。視線を向けると黒森峰の制服を着た二人の姿が。

そのうちの一人は葵もよく知る人物だった。

 

「ああ――元でしたね」

 

侮蔑の意思を全く隠さずに話しかける長い銀髪の少女、逸見 エリカと鉄面皮でみほを見る彼女の姉、まほ。

 

「まだ、戦車道をやっているとは思わなかった」

 

冷たい言葉に身をすくませるみほ。彼女を庇うように勢いよく優花里は立ち上がる。

 

「あの、お言葉ですが! あの試合でのみほさんの判断は、間違っていませんでした!」

「部外者は口を出さないでほしいわね」

 

冷たく切り返され、項垂れる優花里。まほに促されてエリカはその場を後にするが振り返りながら更なる当て擦りを言い放つ。

 

「一回戦はサンダース付属と当たるんでしょう? 無様な戦い方をして、西住流の名を汚さない事ね」

「何よ、その言い方!」

「あまりにも失礼じゃ……!」

「……ちょっといいですか?」

 

かなり攻撃的な台詞に沙織と華も立ち上がるが、それよりも先に葵がエリカの前に進み出ていた。

 

「なによ、アンタ」

「大洗女子学園付属校の交流生としてここの戦車道部の補佐をさせてもらっている鹿島 葵と言います」

「で? 部外者は引っ込んでいてと言ったはずだけど」

「戦車道に関しては素人もいいところで、確かに部外者です。ですが、みほの友人として言わせてもらうのなら明らかにやりすぎかと。みほはずっと苦しんでいました。

 勝利のために多少の犠牲を強いるのはいい。

 だが、敗北の原因となった人間をいつまでも虐げ続けるのも許されると?

 それがあなたの戦車道なら――そんなもの、その辺の狗にでも喰わせてしまえ」

「――ッ!」

「葵くんっ!」

 

激昂し、胸倉をつかみ上げて殺気の籠った目で睨みつけるエリカに対し、一歩も引く気はないと冷徹な視線を返す葵。

一触即発な状況で緊迫した空気が流れるなか、静かな声が響いた。

 

「そこまでにしておけ、エリカ」

「た、隊長……」

「悪いが、先に船の方へ戻っておいてくれないか」

 

ゆっくりと掴んだ手を放し、葵へ恨みがましい視線を送った後エリカは外へと出て行った。

そして彼と向き合ったまほは、幾分か険の取れた声色で口を開いた。

 

「久しぶりだな。元気していたか」

「そうですね、まほ……さん」

「ああ。みほ、少し彼と話をしたいんだが、借りていってもいいか?」

「え、あ、うん……」

 

心配そうな視線を送る沙織たちに心配いらないと、手を振り返して葵はまほの後についていった。

 

 

 

先ほどの場所からしばらく離れた場所にある公園。二つ缶コーヒーを手に戻ってきたまほは一つを葵に渡してベンチに並んで座る。

 

「本当に懐かしいな。急にいなくなってしまったから驚いたぞ」

「連絡も出来ずにすみませんでした、まほさん」

「……お姉ちゃんだ」

「あの……」

「お姉ちゃんなんだが」

 

どうにもこの呼び方が気に入らないようで、何かを求めるような表情でこちらを見てくる。

気恥ずかしさがあるが、話が進まなくてはどうにもならない。仕方ないと軽く息を吐いて口を開く。

 

「……まほねぇ」

「うん、はやり葵にはそう呼んでもらわないとすっきりしない」

「結構恥ずかしいんだけど、この呼び方さ」

「何を言う、小さい頃は私のことをまほねぇ、まほねぇと呼んでくっついてきたじゃないか。

 まほねぇ、またみほがいじめたーと半べそかいて抱きついてきたのは誰だった?」

「ごめんなさい、許してください」

 

軽く口元を緩めているが、彼女とも長い付き合いだ。内心ではかなり喜んでいるのが分かる。

缶コーヒーの中身を飲み、一息ついてからまほが話し出した。

 

「私としては、みほの行動は悪いものだとは言えない。だが、西住流としては許されないことだった」

 

幼い頃から仲のいい姉妹のことは葵もよく知っている。だからこそ、まほの苦しみも分かってしまう。

西住流の次代当主として期待され、現に黒森峰戦車道の隊長を任されている彼女が個人的な理由で妹を庇うことは無理だった。

身を切るような思いで、みほへ非情な態度をとった結果が今の状況を生んだとも言える。

 

「もし、お前が居なくならずにずっと傍にいてくれたなら、みほも思い詰めることもなかっただろうな」

「いや、少なからずこういうことにはなっていたと思うよ。みほには黒森峰に居るだけで、ずっと針の筵に座らされてるような状態で、家にも外にも味方は居なかったんじゃあ、最悪……壊れちゃってたよ」

「だから、今のみほが笑顔を見せてくれたことは素直に嬉しい。戦車道を再び始めるとは思わなかったが」

 

その道に関しては先ほど言った通りに素人、流派の重みやお家騒動とか言われても遠い世界のことにしか思えない。何より国内外に多数の門下生がいる西住流本家の娘が出奔して、別の学園で戦車道をするなどへたすれば、勘当すらありえる。

 

「流派とか家元などのそちら関係は俺の方が何も出来ないから、まほねぇに頼るしかないんだけど……親子間断絶、永久追放みたいなのだけは避けてほしいよ」

「私なりにお母様へ譲歩や陳情等は頑張ってみるつもりだ。……あまり暗い話ばかりも何だな、そちらでのみほの様子はどうだ? 葵も転校後何をしてたのかも知りたい。それに何故みほをちゃん付けで呼んでいる? 昔みたいにみほと呼んでやればいいではないか」

「う……、な、何か気恥ずかしくてつい」

「もうちゃん付け呼びする歳でもあるまい。その辺りも聞かせてもらおう」

 

それからは、離れていた期間を埋めていくように話が弾み、みほのことや葵のことを聞き喜んだり驚いたり(葵やみほじゃないと気付かないが)ころころ表情を変え楽しそうに話を続けた。

しかしこれ以上は連絡船の出港時間に間に合わなくなってしまう。名残惜し気に二人は席を立った。

 

「みほに伝えておいてくれないか? 再び戦車道の道を行くのならば、全力を持って立ち塞がり叩き潰す。だが、みほのことはずっと心配をしていた。お前の味方になってやることができなくてすまなかった……と」

「分かった、伝えておく。……俺の方も、さっきの人へ伝言お願いできるかな? ついこちらもかっとなって言い返してしまいました、申し訳ありません。冷静に対処すべきだったのに、みほが苦しんでいるのにそれを気にもしない態度に我を忘れてしまって。お互い水に流すことは出来ないでしょうか? ……と」

 

伝言をお互いに託し別れる……となる前にまほは再び葵の元へ戻ってきて、おもむろに彼を抱きしめた。

 

「ま、まほねぇ!?」

「いかんいかん、忘れるところだった」

 

幼い頃からの愛情表現なのか、よく彼女は弟扱いしていた葵を抱きしめることがあった。

身長の小さい頃はまほの胸に顔を埋められ、発育が早くて柔らかで豊満な双房に甘い女の子の匂いがするので気持ちよくもあり恥ずかしくもあった。

しかも嫌がって逃げると傍目に見てもかなり落ち込むので仕方なしに受け入れ、理性を総動員して耐えていた。

 

「……随分大きくなったな」

「まだこれやるんだ」

「当然だ、お姉ちゃんの特権だからな」

 

今は身長も伸び、抱きしめているまほは葵の肩口に顔を寄せている状態だ。

あれから更にたわわに実った胸が押し付けられると、下の方に血が巡り始めてかなり気まずいが、義理のお姉ちゃんはまったく気にしていない。

 

「……ふぅ、久しぶりに元気をたっぷり貰えた気がする」

 

十分に堪能したのか、密着した身体を離すと妙につやつやとしている。

弟成分を目一杯補給したまほは、これからは連絡先も知ったことだから気遣うことなく連絡をくれと言い残して去っていった。

 

 

 

学園艦に戻る連絡船の甲板に葵とみほは並んで海原を見つめていた。

先ほどのまほとの会話内容を彼女に伝えていく。

 

「熊本にある実家に、みほちゃんの部屋そのままに残してあるって」

「そっか……、教えてくれてありがとうね」

 

幾分かほっとしたような表情をして、はにかんだみほ。

西住という名が大きく重く私生活にも影響し、尚且つ母子、姉妹共に不器用過ぎて上手くコミュニケーションが取れてないとつくづく実感する。

肉親ですらこんな状況、自分の母親である夏も、同級生時代はしほと周囲の関係構築に相当苦労したんじゃないかと。

物思いにふけっていると不意に小さくて柔らかな手が、自分の手のひらに重ねられ優しく繋がれる。

頬を桜色に染めて、少しずつ傍に近づいていく。

肩を寄せ合い、言葉なく波をかき分ける音だけが響くのも何だか悪くない。

が、もっと近づこうとしたみほが軽く鼻を引くつかせると、じっと葵の目を見つめ始めた。

 

「ねぇ、葵くん。どうしてお姉ちゃんの匂いがするの?」

「えっ!? それはずっとまほねぇと会ってたから……って、まほねぇ香水とかつけてなかったけど何で分かるの?」

「分かるよぉ、お姉ちゃんの匂いくらい。でも、ただ話してただけじゃこんな強く残らない……まさか」

 

車長やっているときより数段切れのある洞察力に、恋慕道の西住流コワイ! と慄いていると背中に手を回したみほがぎゅっと抱きしめてくる。

 

「うん、やっぱり……お姉ちゃん、まだあれ葵くんにするんだ」

 

少し前のまほが抱き着いたのと寸分違わぬ精度で、ぴったりと身を寄せてくるみほ。

結構似ている姉妹でも、差異は必ずある。

まほの方が肉付きもよく包容感は強いが、みほの姉より少し華奢っぽい体つきもこれはこれで悪くなく、そして胸部装甲は甲乙つけられない。

異性に対するところだけ西住流じゃなくてもいいと思うのに。

そこへ生徒会メンバーの杏たちと優花里が現れて、手を上げて何かを言いかけるが気まずそうに口を閉じた。

 

「あー……、西住ちゃんに発破かけようと思ってたんだけど、恐らく聞き流されるねこりゃ。ごゆっくり~」

「し、失礼するであります……」

 

助けてと目で訴えても、我関せずと杏と桃は踵を返すし、柚子と優花里も申し訳なさそうに彼女らの後に続く。残されたのは、RPGなら回復音が鳴り続いてそうなみほと、抱き枕状態の葵。

 

「ふわぁ……、これボコのおっきなぬいぐるみと同じくらい癒される……はふぅ」

「ねぇ、もうそろそろ離れてもいいんじゃないかな?」

「まだー。お姉ちゃん、ずっとこの良さ知ってたのずるいなぁ……」

 

恍惚な表情を浮かべてすりすりされると、気持ちいい反面男子にとって拷問に近く、みほの香りが強く感じられるのも辛い。

結局、学園艦に到着するまでみほが離してくれることはなかった。




ちょっぴり病みっぽいところもあるみほ、ありだと思います


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3話

「由々しき事態です。早急に何かしらの対策が必要です」

 

皆でよく行く青雷亭ではなくファーストフードのテーブルで、急に重い口調で話し始めたみほ。

 

「そ、それはいったい何なのですか西住殿?」

「公式戦で戦った後の慰労会で、他校の隊長さんと葵くんが仲良くなりすぎなのが……」

 

その言葉が出た途端に、皆の肩から力が抜ける。

グロリアーナとの親善試合後に参加選手を労ったことで、試合には力になれないからと杏に嘆願。

都合が良ければ試合後に慰労会を葵が主催者として腕を振るう許可を得た。

 

 

 

サンダース、アンツィオ高校を破り快進撃を続けている大洗女子学園。

だがある意味では別の情報もいろいろ飛び交っている。

サンダース戦後、向こうに合わせたミートスパ、がっつりとしたピザ、ステーキにハンバーガー等をバイキング形式で提供しアリサはやけ食い、クールさは失わずとも食べるペースが早いナオミに他メンバーも会食を楽しんでくれている模様。

 

「ありがとうね、こんないいパーティまで開いてくれるなんて。でも、美味し過ぎてちょっと困っちゃうかな。最近お腹周りがちょっと悩みの種だし。ここなんか特に」

 

ケイが葵の手を取り、脇腹をおもむろに触らせて驚いているのに対し、サンダースだとこれくらいのボディタッチは日常とのこと。実際のところ女性同士ではやっても、異性だと普通は躊躇するか触らせないという中略は入るが。

 

アンツィオ戦後は、向こうが大規模な宴会を開催する中、葵は一品もので挑んだ。

ナンっぽく薄焼きにした無発酵のパンに、刻みバジルの爽やかな香りとラム酒を隠し味にしたお手製ジャムを乗せて出品。普段食べなれない品の物珍しさに客が殺到し、目の回る忙しさで調理する。

料理が捌ける頃には戦車道の試合より白熱した屋台担当のペパロニと健闘を称える握手を交わす。

その後、申し訳なさそうにアンチョビがやってきた。

 

「……なんか、すまなかったな。試合より熱中してしまって」

「いえいえ、そんなことないです。あ、そういえばこれアンチョビさんにプレゼントします。日持ちはしないので早めに食べきってください」

「お、おお! ありがとう。これ結構美味しかったよ、うふふ」

 

先ほどのジャムを大瓶に詰めて彼女に渡す。頬を緩めて何度も列に並び返していたので相当お気に入りな様子。

ウキウキとしているアンチョビに葵はふと思いついたことを伝える。

 

「よかったら、レシピも渡しましょうか? 材料やハーブを変えると肉の焼き物ソースとしても美味しくできますよ」

「な、何だかお世話になってばかりですまないな。……こちらの得意料理のレシピと交換ってことでどうだ?」

 

 

 

「あの後、アンツィオの隊長さんとID交換して連絡取ってるらしいね」

「それ以外でも戦車道SNSで、大洗と戦った後に出される料理が美味しいって話題がかなり流れているであります」

「基本的に戦車道に取り組んでいる学校は女子校が多いですし、出会いもそんな無い中人当りの良い鹿島さんと接したらまぁ悪い印象は持たれないかと……」

「だから困ってるんだよぉ……」

 

などと軽い愚痴みたいなものをこぼしていたみほだったが、店舗の外を葵が通りすがりその隣に仲良さげに話をしている女生徒を捉えた。思わず立ち上がり、角を曲がって行ったのを見逃さずカバンを掴んだ。

 

「に、西住殿!?」

「ごめん、私ちょっと先に失礼するね」

 

慌てて店から出て、気づかれないように後を付けていくと中型の書店内に入っていくのを見た。

みほも店内に侵入するが、そこまで混んではいないのに二人の姿が見当たらない。

 

「みぽりん、急に出ていっちゃうから驚いたよ」

 

心配になってみほを追ってきた優花里たちが合流すると、聞き覚えの無い声がかけられる。

 

「なにか、私に御用でしょうか?」

 

どこか大洗の制服に似た格好の先程葵の隣にいた少女がみほたちの後ろに立っていた。

背の高さは低め、どちらかというと小柄な体形で軽く笑みを浮かべてこちらを見ている。

だが、その微笑みはまったく良い印象を与えてはこない。

まるで自分の内面を見透かすような、昏く重みを感じる視線。

捉えどころの無いという点では継続高校の隊長を思い出すが、目の前の彼女は深淵や蛇、底の無い沼のようでヘタすれば飲み込まれそう。

何か言葉を返そうと思いながらも口を開けないみほへ、ふと思い出したかのように少女は話しかけた。

 

「おや、貴女は西住みほさんじゃないですか。ということは一緒に居られる方たちは確かあんこうチームの皆さんですね。これは失礼したしました。私は大洗女子学園付属校共学科、二年生の忍野 薫と言います。うちの葵がお世話になっております」

 

今までの重苦しい雰囲気をさっぱりと無くし、ぺこりとお辞儀をする。そこへ本が入った袋を持った葵が姿を現す。

 

「おい、忍野。勝手にいなくなるから探したぞ。あれ、みほちゃんに武部さんたちもどうしてここに?」

「つい今しがたお会いしたのですよ。ところでお目当てのえっちな写真集は買えましたか」

「ばっ!? そんなの制服着たまま買うわけないだろうが! 普通の文庫本しか買ってねぇよ」

「持っていることは否定しないのですね。ちなみにお気に入りは西住姉妹そっくりなモデルさんの……」

「よし分かった。今すぐその口、物理的に閉じさせてやる」

 

丁々発止なやり取りに呆けてしまったみほたち。薫に誘われるまま、今度は違う場所に移動し小規模なモールのフードコートの一角でテーブルに集まって親睦を深めるように話を始めた。

 

「ふーん、凄く生徒数が多いってわけじゃないけどそれなりの人数は居るんだ」

「それでも私たちの学校に比べると少ないでありますよ」

「普通は別の学園艦か大洗本校、もしくは陸の学校に行きますからね。好き好んで残るようなメンツですから、実際かなり濃いですよ我が校の生徒は」

 

沙織や優花里の疑問に対し、付属校の自慢というか恥部みたいな事件を喜々として話す薫。

 

曰く、科学部の新入生が「科学とは爆発です」など宣い、ニトログリセリンを調合し始めるも部長含め誰も止めず、むしろ探求心こそ科学者の本質と言って悪乗りの結果暴発。軽いボヤ騒ぎを起こす。

 

華道部が新しい生け花をと意気込んだはいいが、熱帯系で取りそろえた結果、はっきり言ってグロいとしか言えず、しかも痛烈な悪臭を放つので一日持たずに撤去焼却処分。

 

廃棄王とスクラップ・クイーンのあだ名を持つ部長、副部長が率いる工作部の連中がジャンク品をかき集め、戦車道の公式戦に参加できるほどにレストアしたシャーマンイージーエイトを作ったなど。

 

「そのレストアしたシャーマンを譲っていただくわけには……」

「申し訳ありませんが、次の購入資金にするためすでに売り払ってしまっていまして」

「今はT29にIS-3のレストア中だよな。ガレージでそんな戦車っぽいジャンク品直してるの見かけたし」

「いずれ計画止まりや珍戦車も甦らすと言ってますし、大型イ号戦車の設計図を黒板に張り付けていましたね。どこで入手して来たのやら」

 

付属校へやって来ているはずの大洗の交流女子生徒は、生徒会預かりでいろいろやってもらっているということ。

だが、この混沌を凝縮し更に煮詰めたような学校の中心部である生徒会所属。

超のつく変人の佐山会長に、黒というより闇といった方が近いえぐみのある副会長の忍野、守銭奴の千川会計に、唯一の癒しだがどこか感性がズレている新庄書記と悪魔も逃げ出すような場所だ。

順調に我が校に馴染んでいっているので教育のし甲斐があると笑う薫に、もう普通の女子学生には戻れないのだなと名も知らぬ子に黙祷を捧げる。

 

「皆さん、これも何かの縁です。IDとメールアドレスを交換しましょう。彼一人だけだと連絡がつかないこともありますし、こちらの行事で遅れる際に報告ができますから」

 

あんこうチームの面々と連絡先を交換し、そろそろ解散しようとするが薫は葵だけを呼び止めた。

 

「すみません、ちょっと二人きりで話がしたいのでもう少しだけ葵をお借りします。学校に関する話なので心配はいりません」

 

みほたちが立ち去ってしばらくは警戒しているのか、話を切り出そうとしない。

 

「……で、俺だけ残したってことはみほちゃんたちには聞かせたくない話なんだな?」

「察しが早くて助かります。何故急に大洗女子学園が戦車道を復活させたか、裏付けが出来たのでその話を」

 

書類を渡され、軽く目を通しただけでもそれなりのショックはある内容がつらつらと書き連ねてあった。

学園艦統合の煽りを受け一年後に大洗女子学園は廃校予定で、それを覆すために戦車道の全国大会で優勝することが存続の条件になっているそう。

 

「ですが、あまりに手際が杜撰過ぎるんですよ」

 

たった一年後に廃校させるなんて学生はもちろん、教職員の転校先はどうするのか。

杏会長等生徒会が黙殺しているのかもしれないが、みほたちの様子から一般生徒がそれを知っている気配がまったくない。

 

更には同時に廃艦する線も濃厚だが、それこそ住人達の移転先は?

斡旋するだろうとはいえ、葵の家や秋山さんの実家等自営業の方も学園艦には多くいるのに、そうそう移転先がみつかるものだろうか。

様々な議論を繰り返して決議するべきなのに、住人にも周知が徹底されていない感がある。どうにもきな臭い。

 

「……父さんや母さんが自治会とかでそういう議題あがったとか言ったことないぞ」

「子供に心配させないため話さないという配慮もあるかもしれませんがね。はぁ……。こちらももう少し踏み込んでみます。杏さん程じゃないとしても、私もこの学校と艦が好きですから。学生だからと舐められているのなら、少し痛い目に遭ったとしても仕方ないでしょう」

 

くれぐれも本校の戦車道履修の皆さんには漏らさないようにと釘を刺して、薫は去って行った。

 

 

 

 

 

 

準決勝のプラウダ高校戦、相手の策に引っ掛かり廃屋の中へ追い込まれ包囲される。

カチューシャからの降伏通知を突き付けられ、追い詰められたことにより桃がつい大洗女子学園が廃校の危機にあることを漏らしてしまう。

もしここで敗退するようであれば、確実に取り潰されてしまうだろう。皆が絶望する中まだ負けたわけじゃないと告げるみほ。

やれることはやっていこうと気負うことなく励ます。

各々が修理や偵察に出ていき、情報を集め作戦を立てていく。

しかし、天候は悪化していき持久戦に陥ることなど考えてもいないので、簡単なスープくらいしか備蓄も無い。

流石に全体の士気は低下していく中、桃からみほへ何とかして士気を高めろと無茶ぶりを要求される。

どうしようか悩んでいると、不意に携帯に着信が入り画面を確認すると葵からのメールが。

 

<<今から救援に向かう。持ちこたえてくれ>>

 

たった一行そう書かれた内容に、首をかしげてしまう。そこへ天井からロープが投げ込まれる。

何事かと優花里たちが集まってくると、ロープを伝い音を立てずに何者かが中央へ降り立った。

大きなリュックを背負った謎の人物が口元を覆う布を取り去ると、皆の見知った顔が現れる。

 

「か、鹿島殿!? どうしてここに!?」

「いやはや、かなり吹雪いてきて視界は悪くなる一方だけど潜入はしやすいね」

 

身体に付いた雪を軽くはたくと、みほのパンツァージャケットの襟元へ手を伸ばす。

襟裏から取り除いたそれは小型の収音マイクのようだった。

 

「1年生の時に忍道履修しておいた際の装備が役に立ったよ。中継映像だけじゃ詳しい状況は分かりにくいし」

「そ、そうなんだ」

「西住殿、普通の忍道だと思わない方がいいであります。あの”付属校”がやるのですから」

 

優花里の言う通り、学園艦の艦尾から艦首に向けて密書を持った教員をパルクールで追いかけつつ奪取するのは基礎。

キーピックを使ったものからダイヤル錠、タッチパネル型キーロックの解除、心理戦等の座学など普通に工作員として活躍できるほどに濃密に教え込まれている。

特別講師として招かれた畑先生と土井先生は本物の忍者特務らしいとの噂もあり、素手と命綱のみで学園艦の底部から外壁を登りきる等の訓練を済ませた履修生徒たちは吹雪に紛れて潜入、廃屋の二階部分へよじ登るくらいは朝飯前なのだろう。

今度は武部の携帯の方へ何かが受信したようだが、内容を見て思わず吹き出してしまった彼女に視線が集まる。

 

「うふっ、ふふふ……っ、こ、これ、鹿島くんだよね?」

「沙織さん何を見て……ぷっ!?」

「なんか嫌な予感するんだけど……げっ」

 

受信メールに添付されていた写真には、黒尽くめな所謂怪盗と呼ばれるような衣装に身を包んでしっかりとポーズをとっている葵の姿が。送信者の忍野はタイトルに「面白そうな雰囲気があったので、忍道履修中の葵の格好を送ります」と。

他にも某暗殺教団の白いフードを被った格好の写真までついている始末。変装、仮装も一応やらされているが薫がこの写真をまだ持っていたとは思っていなかった。

流石に今回は灰色の雪上迷彩色のスニーキングスーツを着用している。

 

「葵くん、今度この衣装着ているところ見せてね」

「えぇ……、まぁいいけど……」

 

和やかな空気が生まれ、リュックの中身を取り出し始める葵。防寒用のアルミシートに懐炉を渡し、マドレーヌなどの焼き菓子の詰め合わせに、バーナーでホットチョコレートを作り皆に配る。

冷えた体にいい香りの温かなチョコレートが優しく染みわたり、元気を取り戻させてくれる。

全員の士気が復活し始める中、葵とみほは四号の後ろで並んで座っていた。

 

「なんか、また葵くんに助けられちゃったね」

「試合自体には俺は何も出来ないからね。ここまで頑張ってこれたのはみほちゃんの力だよ」

「……どうして、こんなにも手助けしてくれるの?」

 

軽く考え込むしぐさをして、ほほ笑みながら葵はみほへ言葉を返す。

 

「みほちゃんの笑顔が見たいから」

 

物心ついた頃からずっと一緒にいた幼馴染。

幼い時分はかなりやんちゃで泣かされることもあったけれど、本当は心優しいみほ。

そんな彼女も本格的に戦車道の訓練を始めた時から、少しずつ笑顔が消えていく。

勝利することを絶対主義に掲げ、味方の犠牲も厭わない西住流にみほの性格では苦痛なことが多かった。

段々と諦めに似た、まるで張り付けたかのような笑顔を浮かべ、心からはしゃいだ笑顔はアルバムの中にしか残っていない。

出来れば彼女の支えになってまた本心から笑えるようになってほしいと願っていたが、自分は彼女の前から去ってしまった。

偶然の再会を果たし、ここ大洗で再び戦車道に携わるようになったが、仲間と共に頑張る姿はみほ本来の明るい性格を取り戻していた。

 

「やっぱり、その優しい笑顔がみほちゃんには一番似合ってるよ。微力だけど、大洗のみんなが頑張れるよう頑張っているだけ」

「そんなことないよ。私がまた頑張れるようになれたのは……」

 

久しぶりの再会の時、葵に言われたこと。暗く光の無い中を彷徨っているなか優しく手を差し伸べられた気がした。

生徒会室に呼ばれ、無理やり戦車道を履修させられる際に沙織や華が庇ってくれたことも嬉しかったが、心の奥に揺らがない大切なものはすでに貰っていた。だからこそ、もう迷うことなく全員と共にここまでやってこれたと思う。

今も隣に座っている、小さい頃からの友達――いや、もう一歩進んでもいいのかも。

 

「ねぇ、葵くん。チョコがついちゃってるよ」

「え、どこ?」

「取ってあげるから、じっとしててね」

 

柔らかく温かな手がそっと頬に充てられる。静かに瞼を閉じて、みほは優しく葵と唇を合わせる。

何が起きたのか分からず、固まってしまっている葵から、ゆっくりと名残惜し気に唇を離すみほ。

 

「……えへへ、チョコの味がするね」

「え、あ、その……み、みほちゃん」

「ちゃん付けはやめてほしいかな……」

「……みほ」

「うん」

 

落ち着きを取り戻した葵は、自然とみほの肩を掴んで抱き寄せていた。軽く見上げるようにこちらを見つめる潤んだ瞳。

桃色で柔らかそうな瑞々しい唇が、先ほど重なっていたとは思えないくらい魅力的に映る。

防寒着の上からでも、お互いの鼓動が大きく響いて感じてしまう。

女の子らしい甘い香りと、独特の男性の匂いを互いに感じている。

みほも葵も背中に腕を回してぎゅっと密着し、このまま時が止まってくれたかのように強く抱きしめあって――

 

 

「おーい、西住ー! どこにいるー?」

 

 

急に桃から呼び出され、慌てて身を離す。真っ赤に顔を染めて転びそうになりながら小走りで向かう。

 

「は、はい! ここにいます!」

 

心臓が口から飛び出してしまいそうなほど強く響いているのを感じている。

再びやってきたプラウダの使者に、降伏はせず最後まで戦い抜くと告げる。

全員が各々の戦車に乗り込み始めるなか、葵は頑張ってくれと強く願いながら音もなく壁を駆け上り窓から外へと消え去った。

みほはまだ淡く温かさが残る気がする唇をそっと指で撫でて、ぽつりとつぶやく。

 

「負けられない理由が、もうひとつ出来ちゃった……」

 

 

 

逆転劇を制し、プラウダを打ち破った大洗女子学園。

両者を労うために用意されたのはなんと、野菜たっぷりの味噌煮込みうどん。

かぼちゃや芋系、玉ねぎがとろとろになるまでじっくり煮込まれて、冷え切った身体を芯から温めてくれる。

好き嫌いの多いカチューシャが、珍しくこの料理を気に入りうちの学校の方へ来なさいと無茶ぶりを発揮するなどいろいろあった。

学園艦に戻ると、連絡を取り合ったわけでもないのにみほが白い息を吐きながら葵を待っていた。

 

「葵くん、途中まで一緒に帰ろう?」

「それはいいけれど、寒くなかった? 大丈夫?」

「全然平気。……手、繋いでくれたらもっと大丈夫」

 

差し出された手に自分の手を重ねて指を絡ませる。冷たい手にじんわりと自分の熱が伝わっていく。

お互い言葉を発することはなくても、それが苦にならず居心地のいい空気を感じる。

視線が合うとはにかむ様な笑みを浮かべるみほと、同じように微笑みを返しながら二人はゆったりと家路を行く。



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4話

 

プラウダに勝利し、いよいよ決勝戦にまで駒を進めた大洗。

相手はあの強豪「黒森峰」。出来うることはやったとしても勝てる見込みはゼロに近い。

それでも戦わずに逃げることはしないし、廃校撤回のためにも負けられない。

普段の練習にも熱が入った。

 

 

 

だが、緊張の糸を張り詰めたままでは大事なところで切れてしまうかもしれない。

決勝の舞台、東富士演習場に行く前の最後の休みに連絡船へ乗り、関東の某港町へとやってきた。

一応はデートということになるので、船を降りるまでは出会わないようにしてきた。

 

「お、おまたせ」

「大丈夫、今来たところだから……同じ船に乗ってるのだから待つことないよね」

 

そう言って苦笑しあう葵とみほ。空色のワンピースに白のカーディガンとみほらしく可憐な衣装に心を和ませる。

自然に手を繋いで街へと繰り出していく。

あの試合の後、みほを呼ぶ際には愛称を付けると反応してくれず、他の皆がいるところでみほと呼ぶはめになった。

甘酸っぱい感じのする二人に、噂好きな女子校生である皆は分かりやすく食いついた。

 

「あの時の武部さん、本当に怖かった……」

「鬼気迫るものがあったよね」

 

他愛もない会話を続け、屈託なく笑ってくれるみほに葵も和む。

街中を腕を組んで歩いていると、ショーウィンドウに飾られている純白のドレスが目に映る。

 

「やっぱりみほも、こういう花嫁衣裳に興味はあるの?」

「それはあるよ。お母さんは神前式で和装だったってことを菊代さんから聞いたけど」

 

戦車道の本家な西住家なら、しきたりや来賓などで軽々しくは選ぶことも出来なかったかもしれない。

ただ、みほやまほの場合ならドレスも着物もどちらも似合いそうだとは思う。

そこへ式場係員の人が二人の傍へやってきた。

 

「もしかして、こういう衣装に興味がおありですか? よろしければ無料体験も行っていますから是非」

「えっ!? あの、私たちまだ学生で……早すぎるんじゃないかと」

「そんな重く考えなくて構いませんよ。興味を持ってもらうだけでもいいのですから」

「それじゃあ、せっかくだしちょっと試していこうか」

 

若干頬を赤く染めて、促されるままみほと葵は式場内へ案内された。

新郎新婦の衣装に着替えるため、別々の部屋へと別れて燕尾服に着替えた葵は、海の見えるチャペルでみほを待つ。

天気も良く遠くまで海原が見渡せる。学園艦なら見慣れた光景ではあるが、こういう特別な場所だとまた違う気がする。

スタッフに声を掛けられて後ろを振り向くと、扉から純白のドレスに身を包んだみほが。

大きく肩口が開いていて、胸元も見えている。ベールを被り、しっかりと顔を見ることは出来ないが照れているのは何となく察する。

 

「ど、どうかな……おかしくない?」

 

しばらく何も言えずに、みほを見続けてしまった葵は彼女の言葉に気を取り戻し、慌てながら口を開く。

 

「あっ、ご、ごめん……。あまりに、き、綺麗だったから」

「あうぅ……、余計恥ずかしくなってきた」

 

しずしずと葵の傍までやってくるとしっかりと見つめてくる。

ベールを捲ると自然に仕上げたメイクと艶やかなリップをしたみほに、うるさいほどに鼓動が高鳴るのを感じる。

このまま時が止まってしまったかのようにお互いどきどきしながら、固まっているとスタッフに声を掛けられる。

 

「二人とも凄くお似合いですわ。よろしければ、お写真を撮ってお渡しできますがいかが致します?」

「はっ、はい! お願いします!」

 

力強く返事を返し、途端に湯気を出しそうなほど真っ赤になったみほ。そんな彼女だからこそ、逆に落ち着くことができた。

ブーケを手渡されて、ぴったりと寄り添ってカメラへ視線を向ける。

その後、着替えを終えホールでお茶を飲みながら現像を待って、出来上がった写真を受け取る。

立派な冊子に映る二人は本当に今結婚したと思えるほど合っていて、優しく微笑みあう姿が見る人を和ませそうだ。

 

「この写真、広報とかに使ってもいいかって言われたけどいいよね?」

「俺は別に構わないかな」

 

余程のことでもない限り大丈夫だろう、そう考えて大事に写真をバッグにしまった。

 

 

 

その後、一緒に映画館へと向かう。

超大作や話題の新作はやってはいなかったが、とりあえず気になった作品を選んだら、思い切り笑えて、ちょっぴり泣ける、予想より十分楽しめたコメディ作品を堪能した。

途中のグッズ売り場には、さまざまなキャラクター商品が並べられて、鉄男等のアメコミヒーローからちょっとブサ可愛いといったものも取りそろえている。

その中でひっそりと影に隠れるように居たキャラを目ざとく見つける葵。

 

「みほ、ちょっと待ってて」

「うん、いいけど何か欲しいものあった?」

 

一つだけ売れ残るみたいにあったそれをレジに持っていき会計を済ませる。

そして、みほの前に今手に入れたキーホルダーを差し出す。

 

「これ、好きだったよね。プレゼント」

「わぁ……、ボコだぁ!」

 

包帯ぐるぐる巻きのクマのぬいぐるみを見て、きらきらと顔を輝かせるみほ。

小さい子向けなキャラクターだが如何せん内容がマニアックなので、他キャラに比べると人気は……。

それでもみほのようなディープなファンが居るので、完全には忘れ去られないといったキャラである。

 

「あ、これ私も持ってないシークレットのだ! ありがとう葵くん、大切にするね」

 

ぎゅっと手の中に握りしめて、微笑む彼女に見つけられてよかったと心底思う。

カフェへ行き、お互いの季節限定パフェを分けて味見したのはいいが、間接キスをしていることに気づいて、顔を赤らめて挙動不審になったりと、学園艦に帰るまで目一杯デートを楽しんだのだった。

 

 

 

後日、授業も終わりさぁ、戦車道の練習だという時に慌てて沙織がみほの傍へ駆けてきた。

バッグの中から雑誌を取り出して付箋の張ってあるページを即座に開く。

 

「みみみ、みぽりん! これ、どういうこと!?」

「た、武部さん落ち着いて、いったい何が……」

 

差し出された雑誌のページを見てみると、ついこの間二人で撮った式場での写真が大きく載せられていた。

式場のリニューアルオープンと銘打たれてはいるものの、まさかこんなでかでかと広報に使われるとは思わなかった。

添えられた文には、二人はまだ学生ではあるものの、新婚そのものと言っていい程のお似合い具合で、幸せそうな彼女の表情が新しい門出とリニューアルに相応しいから採用したとのこと。

 

「ま、まさか……が、学生結婚!? 早すぎるよみぽりん!」

「これはこの間、一緒に出掛けた時にお試しとして撮っただけの写真で、まだそこまでは……」

 

不意に携帯が震えて、何気なく差出人を見ると件の当事者の一人である葵からのメール。

そこにはただ一言。<<たすけt>>

何があったと驚いていると、すぐさま薫から追伸メールが来た。

 

『すみません。おそらく西住さんも巻き込まれてるかと思いますが、あの二人の写真がこちらでもバレまして。うちの外道……バカ騒ぎが好きな連中が葵を攫って尋問……話を聞きたいと言ってますので、今日はそちらへ向かうことが出来ないかと。五体満足で返しますのでそこは心配なく』

 

冷や汗を垂らしながら、沙織に連れられて校庭へ向かうみほ。

華も結構わくわくしているし、優花里は軽く混乱しているのが分かる程のぐるぐるな瞳状態。

おそらく自分の方も今日はまともな練習は出来ずに、質問責めだろうなと苦笑いをしてしまった。

 

しかも、見計らったかのように練習後、SNSで今まで試合をした各校の隊長たちからの怒涛の質問がみほの元へ。

驚いたのはどこで聞いたのか、まほからも通知があり『みほ、こういう大事なことはちゃんとお母様とお父様に知らせないといけないぞ』と、どこかとぼけて勘違いしている状態。誰よりも一番必死に誤解を解くのに苦労したのだった。

 

 

 

 

 

 

『黒森峰、フラッグ車、行動不能! よって、大洗女子学園の勝利!!』

 

その放送が響き渡った一瞬の後に大歓声があがる。ついに、大洗が黒森峰を撃破し全国大会優勝を成しえたのだ。

今年発足したばかりの学校が名門の強豪校を打ち破るという歴史的快挙。湧かないなずもない。

お互いが全力を出し切って勝ち得たもの。今までずっと気を張り詰めていたみほは四号戦車から降りる際にふらついてしまう。

それをあんこうチームの皆が支えてくれ、チームメイトが涙目で迎えてくれた。

あの角谷会長ですら、涙を浮かべて抱擁してくれたのだ。感極まり桃など大泣き状態。

後、一時間もせずに表彰式が始まるだろう。

黒森峰の選手たちが離れた場所に居たので、そちらに歩み寄った。

 

「お姉ちゃん」

「みほ……。完敗だな」

 

差し出された姉の手を握り返す。

 

「西住流とは違う戦い方で、しっかりと勝ちを得たんだ。もっと胸を張れ」

「そうかな?」

「そうとも」

 

黒森峰では見ることが出来なかった姉の柔らかな笑顔。

みほの方も自然と頬が緩んで笑みを返すことが出来た。

 

「私、見つけたよ」

「うん?」

「私の戦車道!」

「ああ、そうだな」

 

「そして……大切な人も」

「それは知っている」

「えへへ……」

 

 

 

優勝旗を掲げ表彰台に立つ大洗の戦車道メンバー。観戦に来てくれた観客たちからの熱い拍手。

遠目にはしほの姿もあったようだ。

自動車部は今日中に戦車を完全に直すため徹夜するつもりだし、他の皆も熱気冷めやらずといった風でまだ騒ぎ足りないらしい。

だが、一番の功労者であるみほ自体が疲れてしまって休みたいというので、あんこうチームは先に宿泊施設に戻ってもいいと許可を貰えた。

 

もうすぐ地平へと太陽が沈み切りそうな黄昏時。影の功労者の元へやってきていたみほ。

 

「お疲れ様」

「葵くんも、今までありがとう。貴方が支えてくれたおかげでここまでこれたんだよ」

「俺がやったことなんて、ほんの小さな手助けだけだし、自分の戦車道を見つけて頑張ってきたみほが一番強い」

「それでも、私がもう一度戦車道に向き合えるきっかけを作ってくれたのは、あの時の葵くんだもの」

 

頬が赤く染まっているのは決して夕日だけが原因ではないだろう。

軽く深呼吸をして、高鳴る鼓動に声が震えてしまわないかちょっとだけ不安。

一騎打ちの時より遥かに緊張している自分に、苦笑してしまう。

 

「……葵くん、わたし、あなたのことが好きです。これからも、ずっと一緒にいてください」

「俺も、みほのこと大事に思ってる。どうか俺と付き合ってください」

 

受け入れられた嬉しさと極度の緊張で、みほはその場にぺたんと腰を落としてしまう。

急に力が抜けたように崩れ落ちる彼女に慌てて駆け寄るが、朗らかに頬を緩めている。

 

「だ、大丈夫!?」

「あ、あはは……ごめん、腰が抜けちゃったみたい。試合中ずっと踏ん張ってたのもあるけど」

 

何とか力を入れて立ち上がろうとするみほの前に、大きな背中が差し出された。

 

「無理しなくていいよ。背負ってあげるから。今日はもう休んでいいんでしょ?」

「え、あ、だ、大丈夫だよ! もう少ししたら立てるから!」

「……いや?」

 

ぶんぶんと首を振って、葵の背に負ぶさる。軽々と立ち上がる彼にやっぱりこういうところは男の子なんだなと。

温かな背中と仄かな男の匂いに、どきどきもするが心地のいい揺れるリズムに瞼が重くなる。

無意識に頬を擦り寄せて、くしくしとするだけで温かく心の奥底から満たされる。

安心しきってしまったみほは葵に背負われたまま、安らかな寝息を立て始めた。

 

 

 

宿のあんこうチームの部屋の前まで来ると、熟睡しきっているみほを揺すって目を覚まさせる。

 

「部屋、着いたよ」

「うぅん……、あ、ごめん。私寝ちゃってたんだ。いろいろ話したかったのに」

「結構初めの頃から生返事だったけどね。話しかけても「うん」って眠そうな返事ばかりだったし」

「あう……」

 

みほは自分の部屋へと戻ろうとする葵の袖を、無意識に摘まんで離さない。

困ったように顔を見返すと、どうしても行っちゃうの? と子犬のように寂しげな顔をしている。

 

「俺の部屋、来る?」

「……っ、うん!」

 

 

 

そして今、葵の部屋の前で沙織と優花里がまごまごとしている。

 

「ど、どうしよう!? みぽりんと鹿島くん、先に戻ってるって聞いたけど二人とも一緒の部屋にいて帰ってこないし!」

「お、落ち着いてください武部殿」

「ままま、まさか大人の階段昇ってるとか!? そんな場面に出くわしたとか気まずいなんてもんじゃないよ!」

 

恋愛脳が暴走してぶんぶんと頭を振る沙織と落ち着かせるために苦労している優花里に、華と麻子も合流する。

やれやれと溜息をついた麻子は、あっさりとドアノブに手をかけた。

 

「こんなところでおおっぴらにやるほど馬鹿じゃないだろう。お邪魔するぞ」

 

開いたドアの先には、布団が敷かれてして二人の頭が並んで横になっている。

一瞬本当に求愛行為を……? と戦慄したが、服を脱ぎ散らかしているわけでもなく、仲良く一緒の布団で安らかに眠っている姿を見て安心する。

胸元へ顔を寄せ幸せそうに眠っているみほと、彼女を抱いて同じく寝息を立てている葵。

ほんわかしたムードについ和んでしまう沙織たち。

 

「ああ、もうみぽりんったらジャケットも脱がないで……」

「でもこのままにしておいてあげたい気持ちもあるのです」

「なら、私たちが部屋を移ってここで過ごせばよろしいのでは?」

「ちょうど人数分の布団は押し入れに用意されているぞ」

 

全員シャワーを浴びて、パジャマに着替えて葵の部屋へ貴重品だけ持って再集合。

起こさないように声を小さくして、あんこうチームの女子会が静かに始まった。

 

「表彰台に鹿島殿を呼べなかったのは残念であります」

「彼はただのマネージャーみたいな裏方職ですから、仕方ないというのもありますが」

「それでも葵には結構助けられたな。私も登校中にお世話になったことがある」

「麻子、それって……」

 

何回か、ふらふらと通学路を寝ぼけたままで危なげに歩いている麻子を、急いで校門まで送り届けたことがあるらしい。

それ以外にもちらほらと話していくうちに気づく、地味に活躍している縁の下の力持ち的な存在。

 

「うちは女子校だから、出会いってあんまりないじゃん? もしかしたらラブロマンスとかあったらいいなーと思ったんだけど」

「ずーっとみほさん一筋でしたものね」

「でも、何か応援したくなってしまうお二人なんですよね」

 

そこに「みほ……」「葵くん……」とお互いの名を寝言で呼んで再び寄り添い合う二人に微笑んでしまう。

疲れも限界に達してきたのか、夜更かしな麻子もうつらうつらし始めている。

電気を消し、各々が眠りの園へと旅立っていった。

 

 

 

次の日、大洗に戻って来た皆だが、一人だけ顔を両手で抑えて耳まで真っ赤にして湯気を噴く者がいた。

 

「み、みぽりん。ほら元気出して?」

「かーしまー。西住ちゃんどうしたの?」

「その、昨日鹿島のやつと同衾して朝まで寝てしまったようで……。いや、如何わしいことはしてないと同部屋に居たあんこうチームの証言は得てます!」

 

年頃の女の子が、シャワーも浴びず試合後の格好のまま恋人と一緒に寝てしまったのだ。

目が覚めて、初めは葵の寝顔を見れて嬉しいとぽややんな感想を抱いていたが、覚醒していくにつれ自分の状況に気づき慌てだす。

起こさないように抜け出そうとしたら、葵に抱き留められて首筋に顔を埋められた。

 

「みほの匂いがする……」

「ぴっ!?」

 

そう嬉しそうに言われて嬉しさと恥ずかしさが入り混じった感情が爆発して、再起動まで時間がかかった。

何とか抜け出しシャワーと一応制服を着替え直しはしたが、あーやうーと言った言葉にならない言語しか出てこない。

起きだした沙織たちに助けを借りて、部屋を綺麗にして自室に戻りはしたが葵とは恥ずかしくて顔を合わせられていない。

 

「まー、やっちゃったものはしょうがないね。そうだ、凱旋終わったら今度はみんなで女子会するから」

「えっ!?」

「ふっふー。昨日のことも含め、まだまだ西住ちゃんと鹿島くんのこといろいろ知りたいからね」

 

この笑顔の時の会長の誘いは断れない。それでも、葵と一緒ならそれでもいいかと思えるようになった。

 

「なら、葵くんも一緒じゃないと嫌です」

「おや、言うようになったね」

「はいっ! 戦車道と同じくらい、私の大事な人ですから!」

 

これからも、ずっと、お互い支え合い、時には喧嘩もして、すれ違いもするだろう。

だとしても、自分の傍にいて欲しいとそう思える人。

戦車道に向き合えるきっかけとなった――いちばん、わたしの大好きなあなた。

 



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