オーバーロード 骨と珍獣とスライムと (逆真)
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プロローグ

性懲りもなくこういう新連載を始めてみる今日この頃。


 ユグドラシルというゲームのタイトルがある。

 

 いわゆるDMMO-RPGであり、かつてとんでもない人気を博していた。

 

 2126年に配信されたこのゲームは自由度の高いゲームであり、爆発的な人気を誇っていた。DMMO-RPGといえばユグドラシル、と言われた時期さえあった。多彩な職業、広大なエリア、いくらでも手を加えられる外装。狙って作らない限り、性能などが被ることはまずない。

 

 しかし、盛者必衰。

 

 2138年の某日に、このゲームは十二年の歴史に幕を下ろすことになった。発見されなかったシステムや使用されることのなかったアイテムを多く残したまま。……『そんな隠しシステム分かるか!』というものが多くあるため、ユーザーというか運営側にも多くの問題があるのだが。幾度となくプレイヤーから糞運営・糞制作と罵られるだけのことはある。サーバーがパンクするほどメールが届いたことだってあったのだ。

 

 残り時間はあと僅か。ユグドラシルの最後の日、プレイヤーたちの過ごし方は様々だ。花火を上げるもの。運営やプレイヤーが最後に公開したとっておきの情報を見るもの。久々にログインしてギルド拠点を見て回るもの。もう過去のものだと、最後に立ち会わずに去るもの。

 

 ユグドラシル最難関の攻略難度だと言われるダンジョン、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド拠点、ナザリック地下大墳墓も同じように最後の日を迎えていた。

 

 第九階層『ロイヤルスイート』にある一室『円卓』。大きな円卓があるのだが、空席が目立つ。というか、ほとんど空席だった。

 

 そこに、豪華な漆黒のローブを来た骸骨の姿をした魔法詠唱者――死の支配者(オーバーロード)とタールのような漆黒のスライム――古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の姿があった。どちらもダンジョンで見かければ手ごわいモンスターだが、彼らはNPCではない。モンスターの姿をした、異形種のプレイヤーである。

 

「ほんと、久しぶりですね、ヘロヘロさん」

 

 死の支配者(オーバーロード)が口を開く。口を開くと言っても、ユグドラシルに表情が変化するシステムは備わっていないため、その骸骨の顎が動くことはないのだが。

 

 

 この死の支配者(オーバーロード)こそが、ユグドラシル全盛期において十大ギルドの一角を担ったアインズ・ウール・ゴウンのギルド長にして最古参メンバーのひとり、『モモンガ』である。

 

「いや、本当におひさーでした」

 

 応じた古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)――ヘロヘロもまたアインズ・ウール・ゴウンのメンバーだ。もっとも、転職を気にゲームから遠のいてしまったため、ログインするのは二年ぶりだ。

 

 つまり、久しぶりの会話だ。そして、おそらくは最後の会話となる。ユグドラシル2でも始まればまた会えるかもしれないが、そのような話は聞いたことがない。

 

 会話の内容はほとんどヘロヘロの仕事の愚痴だったが、モモンガには別に文句も不満もなかった。ギルドメンバーの条件のひとつとして、社会人であることが定められているためだ。

 

 やがて会話がひと段落すると、ヘロヘロが申し訳なさそうに言う。

 

「眠気がやばいので、僕はそろそろ……」

「ゆっくり休んでください」

「でも、意外でしたよ。ナザリックがまだ残っていたなんて――」

「……っ」

 

 ヘロヘロが去り際に言ったその言葉に、モモンガは僅かに思うところがあった。だが、表情が変化することはない以上、その感情は声に出さない限りは伝わらない。

 

 最後なのだ。自分がつまらないことを言って、嫌な別れになって欲しくない。そう思ったモモンガは黙って見送ることにした。

 

 せっかくなのだから最後までいてくれ、という言葉を飲み込んで。

 

「――せっかくなんだし、最後まで残っていったらどうですか?」

 

 と、円卓にモモンガでもヘロヘロでもない第三者の声が響いた。

 

 ヘロヘロは押しかけていたログアウトのボタンの手を止め、声のする方を見た。モモンガも同じようにすると、そこには“人の形をした獣”がいた。

 

 黒髪のロン毛で、二十歳前後の男性。普通の人間にしか見えないが、彼も異形種である。形態変化というギミックによって、人間形態になっているだけだ。

 

「ヘロヘロさん、お久しぶり。元気してたー?」

 

 親しみを感じさせる軽快な挨拶を向けられたヘロヘロより先に、モモンガが相手の名前を呼ぶ。

 

「ポッケさん!」

「うわ、懐かしい。ポッケさんだ」

 

 ポケット・ビスケット。アインズ・ウール・ゴウン四十二番目にして最後の加入メンバーである。

 

「くっくくー。そういうヘロヘロさんこそ懐かしいじゃないですか」

「うわ、相変わらず下手くそな笑い方ですね」

「放っておいてくださいよ」

 

 久しぶりにログインしたヘロヘロであったが、ギルド長であるモモンガだけではなくポケットのこともちゃんと覚えていた。最後の加入メンバーということもあるが、彼は色々と印象に残りやすかったのだ。その加入経緯やビルド構築のおかげで。笑い方が下手なことは聞くまで忘れていたが。

 

「遅れて申しわけない。こんなギリギリにログインするつもりじゃなかったんだけど、後輩がポカやらかしまして。その後始末に付き合っていたらこんな時間になっちゃいまして」

「いえいえ。サービス終了までに間に合ったんですからいいですよ」

「そうですか? てか、ヘロヘロさんだけ? 他のメンバーは?」

「引退していない他のお二人も来てくれたんですけど、忙しいみたいでもう帰りました」

「えー。薄情ですね。ぼくとモモンガさんで今日までギルド拠点を守っていたっていうのに。最新参の俺はともかく、ギルド長が待っていたっていうのに。くっくくー」

 

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーは、引退したメンバーも含めて四十二人。そのうち引退していないのが、この場にいる三人とすでにモモンガに挨拶だけしてログアウトした二人だけだ。そして、ヘロヘロとログアウトした二人は年単位でログインすることがなかった。モモンガとポケットだけで今日までこのナザリックを経営してきたのだ。ほとんど惰性だったが。

 

「……もう、帰り辛いですね」

「い、いえ。いいですよ、ヘロヘロさん。お疲れなのはわかっていますから。ポッケさんの嫌味に付き合わず、どうぞログアウトしてごゆっくり熟睡してください」

 

 ギルド長からの言葉を受けて、ヘロヘロはむしろ眠い身体に鞭を打つことにした。

 

「いえ、モモンガさん。ポッケさんの言うとおり、せっかくなんで最後まで残ってみようと思います」

「ヘロヘロさん、残ってくれるのは嬉しいですけど無理しなくてもいいんですよ?」

「はっはっは。嬉しいなら仕方ないですね。ギルド長をぬか喜びさせるのもしのびないですし」

 

 表情は変わらなくとも、声の変化は分かる。ここまで明るくなってしまったら、後には引けない。眠いのはいつもと一緒だ。もう少しだけ付き合うとしよう。

 

「ありがとうございます、ヘロヘロさん! いやー、流石にギルド長とふたりきりは寂しいので。で、モモンガさん、これからどうします?」

 

 ポケットが言いたいのは、「どこで最後の瞬間を迎えるか」ということだろう。モモンガは少し考えて、提案した。

 

「このまま誰か来るのを待ってもいいんですが、せっかくですから、玉座に行きませんか?」

「あ、いいですね」

「異議なし」

 

 アインズ・ウール・ゴウンには、上も下もない。ギルド長という立場もあくまでまとめ役であり、行動は多数決を常とする。賛成三、反対なし。サービス終了は第十階層の玉座で迎えることになった。

 

「あ、そうだ。それこそ最後なんですし、それ、持っていきましょうよ」

「それ?」

「どれです?」

「あれですよ、あれ。我らがギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』です」

 

 円卓の席から立ち上がったモモンガは部屋に飾ってある杖に目を向ける。

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。ヘルメス神の杖ケリュケイオンをモチーフにしたギルド武器。モモンガに合わせて作られた武器でありながら、ただの一度もその力を振るうことがなかった。

 

「有給取ったり素材集めで奥さんと喧嘩した人もいましたっけ」

「そうそう、懐かしい」

「それ初耳ですね」

「ああ、ポッケさんが加入した時には完成していましたからね」

「そのあたりの思い出を共有できないのは、新参者の哀しいところですね」

 

 ポケット・ビスケットは最後に加入したメンバーであるが、その時期は大きな活動がほとんど終わった時期だった。クランだった時代の苦労も、ギルド拠点を手に入れた興奮も、ギルド武器を完成させた達成感も、ワールドアイテムを収集した満足感も、大侵攻を返り討ちにした全能感も知らない。

 

 ――ユグドラシル最悪最強のギルドの御旗の下で、戦争がしたい。

 

 中堅ギルドに所属していたプレイヤーがワールドアイテムを手土産にそんなことを言って、このアインズ・ウール・ゴウンに加入して、最後まで残った。今日という今日まで、あの大侵攻の再来を信じ続けて、何も得ることはなかった。

 

 モモンガは一瞬ギルド武器に手を伸ばそうとして、止める。皆の努力の結晶を自分の意思で勝手に持ち出していいのか悩んでいるのだろう。

 

「ヘロヘロさん。完成に一ミリも関わっていない俺が言うのもあれなんですが、ぼくはあれを持ったモモンガさんの魔王っぽい姿が見たいです」

「奇遇ですね、ポッケさん。私も見たいです」

「ギルド長。持ち出しに二票です」

「……ずるいですよ、ポッケさん」

 

 その気遣いを嬉しく思いながら、モモンガはスタッフに手を取った。

 

「行こうか、ギルドの証よ、いや、我がギルドの証よ」

 

 歩き出す骸骨の姿をした魔王。それに従うのは、スライムと人型の獣。ユグドラシル一のDQNギルド、アインズ・ウール・ゴウン最後の活動の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の最奥部、玉座までの道中で、いくらかの同行者ができた。と言っても、他のメンバーがログインしたわけでもないし、他ギルドのプレイヤーが侵入してきたわけでもない。

 

 ギルド拠点に配置されたNPCたちだ。基本的に同じ場所にいるか、同じエリアを巡回しているだけだが、命令コマンドで同行させることが可能なのだ。

 

 執事長のセバス・チャン。戦闘メイド・プレアデスの六人。そして、道中でエンカウントした一般メイドたちを手当たり次第に。なお、メイドたちを同行させようと言い出したのはヘロヘロだ。というのも、ナザリックの一般メイド四十一人の三分の一はヘロヘロの作ったNPCだからだ。プレアデスのひとり、ソリュシャン・イプシロンもヘロヘロの作品である。

 

「……こうして久々に自信作のメイドたちを見ると、こみ上げてくるものがありますね」

「このメイド狂スライムめ」

「うるさいですよ、キレ芸珍獣。メイド最高でしょう。……こうなると、ホワイトブリムさんやク・ドゥ・グラースさんにも会いたかったですかね……」

 

 ヘロヘロが出した名前は、残りのメイドの三分の二を作ったメンバーだ。ヘロヘロと同じくメイド好きで、特にホワイトブリムは「メイド服こそ俺の全て!」「メイド服は決戦兵器」と豪語するほどのメイド服好きで、現在はメイドが出る漫画を連載しているらしい。

 

 自分が作ったメイドだけではなくメイド全てを連れて行くのは、そんな二人への友情の示し方だろうか。単にメイドがいっぱいな方が幸せだとかそんな理由かもしれないが。

 

 それなり以上に同行者が増えていきつつも、玉座の間の厳かな扉の前に到着する。

 

 引退した悪戯好きなメンバーの罠に警戒しながらも、モモンガが扉を開く。

 

 三メートル以上の扉が開放されて広がるのは、ナザリックで最も手の込んだ部屋。白を基調とした壁、豪華なシャンデリアにギルドメンバー四十二人の旗。そして、真紅の絨毯の先にある水晶で出来た玉座であるワールドアイテム"諸王の玉座"。

 

 自然と目に入るのは、その玉座の隣に佇むひとりの美女。ナザリック地下大墳墓守護者統括という設定を与えられたNPCのアルベドである。メイドたちの設定を覚えていないモモンガやポケットであったが、この絶世の美女の存在は覚えていた。

 

 人型ではあるが、頭部のヤギのような角と腰から生えた漆黒の翼が彼女が明確に人間ではないことを証明している。種族は悪魔。確かサキュバスだったはずだ。翼が黒だからこそ白いドレスがよく映えている。また、その手にはワールドアイテムの真なる無(ギンヌンガガプ)が――

 

「あれ? 何でアルベドが真なる無(ギンヌンガガプ)を――?」

 

 あのワールドアイテムは基本的に、専用のアイテムであるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがなければいけない宝物殿の奥にあるはずだ。当然、個人の判断での持ち出しは厳禁だ。

 

 ワールドアイテムを常時所持することが許されているのはギルドメンバーを合わせても三名。ギルド長のモモンガ。ギルド加入時の手土産をそのまま所持することが許されたポケット。そして、第八階層の要のひとりであるNPCだけだ。

 

 この場に真なる無(ギンヌンガガプ)があることを、ほとんど毎日ログインしていたモモンガもポケットも知らなかった。つまり、ギルドメンバーの誰かが独断で彼女に装備させたことになる。

 

 そこまで考えに至って、モモンガはポケットを見た。モモンガとポケットがワールドアイテムの所在について知らないことを知らなかったヘロヘロは反応が遅れた。

 

「――――――あぁんのぉ、タブラ野郎がぁあああああぁあああアァァ!!!」

 

 叫んだ。

 

 最新参者のメンバーは、ギルドでもそれなりの立場にあった先輩メンバーに対して、罵声を吐き出した。

 

「糞が、糞が、糞がああああ! あ、あのタコ、あのタコ、軟体動物! クトゥルフ野郎! 勝手に持ち出してんじゃねえぞ、馬鹿が! あぁん!? 何だ、微妙に似合ってんのが腹立つな!」

 

 タブラ・スマラグディナ。古株メンバーのひとりでもあり、ギルド拠点のギミック担当者のひとりでもあり、大錬金術師と呼ばれた高魔法火力のプレイヤーであり、神話やホラーの愛好者でもあり、アルベドの製作者でもあり、ギルドメンバーの多くに敬意を払っていたポケット・ビスケットが最も嫌っていた男でもある。

 

 なお、タブラの方はポケットのことを嫌っているどころか妙に好感度が高かった。自分が嫌いな相手が、自分を嫌ってくれるとは限らない良い例だった。自分が好いている相手が、自分を好きになってくれるとは限らない例とも言えたが。

 

 ギルドメンバーがログインしていた頃、タブラがポケットの地雷を踏んで怒らせるのはよくあることだった。これでも、戦士職最強と魔法職最強ほど空気が悪くなるわけではないのでまだマシだったが。

 

「どうどう。落ち着いてください、キレ芸珍獣」

「誰がキレ芸珍獣だ、この骸骨め! アンタもあのタコの味方か? まさかグルかこの野郎!」

 

 はっきりと激情が伝わってくる声だが、表情がデフォルトの無表情なのが逆にシュールだ。こみ上げてくる謎の笑いに耐えながら言葉を返す。

 

「違いますよ。俺だって初めて知りました、あれがここにあるのは。……というか、タブラさんだとは限りませんよ――」

「わざわざワールドアイテムを無断で持ち出して他人のNPCに装備させんのか!?」

「ですねー」

 

 そんな会話を続けながらも、モモンガ一行は玉座へと足を進める。

 

「何より腹立つのが、あの野郎がここに来たのに挨拶もなかったことだよ。ここに来たなら、『あいつ』を見ているはずでしょう! 円卓に顔を出して感想のひとつくらい言いやがれってんだ!」

 

 そう言われて、モモンガは視線を『それ』に移す。

 

 玉座への絨毯の途中に、ぽつんとひとりの少女が立っていた。金髪碧眼で、年齢は十代後半。軍服を着ており、その両手は武骨な二丁拳銃を構えている。

 

「ああ。娘を自慢したかったんですね」

「なるほどー。あれ、ポッケさんのNPCですね」

 

 ヘロヘロは記憶を巡らすが、ポケット・ビスケットのNPCはレベル五十の剣士がいたはずだ。それ以上詳しくは覚えていない。

 

「容量がまだ余っていましたからね。暇だったんで、一年前くらいに作ったんですよ。ギルド長に一応の許可は戴きましたし」

「へー。あんまり時間もないですから詳しく聞けませんけど、どんな娘なんです?」

「名前はアリス・マグナ。レベル百、種族は天使、職業はアサシンをベースにガンナーを混ぜてます。カルマ値は高めで属性は善。役職は守護者統括補佐ってところです」

「めっちゃアルベドを意識しているじゃないですか。ポッケさん、さてはタブラさんのこと大好きですね?」

「大嫌いですよ。初対面から今日までね。……こいつもちょっとだけ移動させましょうか。付き従え」

 

 ついに玉座の前に到着する一行。

 

 モモンガはNPCたちに待機の命令を出すと、玉座に腰かけた。ヘロヘロとポケットもその横に控える。ついでにアリスもその横に並べる。自然と記念撮影をしようと言う運びになって、右からヘロヘロ、アルベド、モモンガ、ポケット、アリスという並びになった。確認してみたが、思ったよりも魔王と四天王になっていた。

 

「ヘロヘロさん。いつだったかペロロンチーノさんやぶくぶく茶釜さん、やまいこさんとやった魔王軍四天王ごっこを思い出しませんか?」

「ありましたね、そんなことありましたね。たっちさんに勇者役をやってもらったんですよね」

「そうそう! ヘロヘロさんと茶釜さんで女勇者の装備を溶かすスライムで被ってたんですよね」

「だからあの姉弟はスライムに対する偏見が過ぎますって!」

「寂しい。会話に入れなくて寂しい」

 

 ポケットの無常の訴えに、二人は苦笑を漏らす。

 

「すいません、ポッケさん。ふわあ……。ところで、そのアリスちゃん? はどんな設定なんですか?」

「よくぞ聞いてくれました、ヘロヘロさん!」

 

 だいぶ声が眠そうになっているヘロヘロ。そのことに気づいたからこそ、力を入れて語りだす。

 

「神は細部に宿ると言います。フレーバーテキストの設定だからってぼくは手なんて抜きませんよ。そして、あのタコ野郎のように女子にビッチなんて設定をつけたりはしない!」

「え?」

 

 思わずアルベドを見るモモンガ。タブラが制作したNPCはあと二体いるため、そちらのことを言っている可能性もあったがポケットの冷たい声がそれを否定した。

 

「無駄に長いテキストの最後の部分見てみてくださいよ」

「どれどれ……うわ、長っ」

 

 本当に長かった。無駄かどうかはともかく、とにかく長々とした設定だ。限界ギリギリまで書かれているのだろう。そして、最後の一文が「ちなみにビッチである。」だった。

 

「これはひどい」

「タブラさんらしい、です、けど……むにゃ」

「でしょ? あの野郎、何がギャップ萌えだ。サキュバスがビッチで何のギャップがあるんだ!」

「そこにツッコミを入れます?」

「当たり前でしょ! だいたいですね、ギャップ萌えってのはマイナスっぽい印象からプラスに向けてのものを言うと思うんですよ。文芸少女が戦闘狂とか、冷静沈着な無表情女騎士がぬいぐるみを好きとか」

「ああ、アリスの設定が大体検討つきました、ね、すやぁ…………」

「ビッチ設定もそうですけど、形態変化もなぁ。いやこの点に関しては、珍獣とか合体事故キメラとかツギハギ怪獣とか言われるぼくが言えた義理じゃないのは分かるけど、仮にも女子をあんなゴリラに――」

 

 完全に寝落ちモードに入りつつあるヘロヘロと、タブラへの悪態という体裁の評価が止まらないポケットは、モモンガが悪戯心でギルド武器の力を使用したことに気づかなかった。

 

「流石にビッチ設定はな」

 

 ギルド武器の力を使用して、モモンガはアルベドの設定の最後の一文を削除した。ギルドメンバーのNPCを勝手にいじることに多少の罪悪感がないわけではないが、様々な要因がモモンガの指を動かした。今日が最後だという思い切りと、ポケットの言葉への同意と、勝手にワールドアイテムを動かした癖にこの場にいないタブラへの少しだけの憎悪だ。

 

「でも消すとちょっと物足りないな……。あ、そうだ」

 

 ここでふとポケットとアリスを見て思いつき、軽い気持ちで書き込んだ。

 

「これで良しっと」

「――モモンガさん、聞いてます?」

「あ、はい、何ですか?」

 

 あと数分で何の意味もなくなる悪戯だったが、モモンガは反射的に隠してしまった。

 

「ヘロヘロさん、完全に寝落ちしちゃいましたけど」

「え? あ、あー」

「むにゃむにゃ。明日には必ず……」

 

 元々、眠気が限界でログアウトしようとしたところを引き留めたのだ。当然と言えば当然だ。

 

「寝かしてあげましょう。これ以上、ワガママに付き合ってもらうのも悪いです」

「モモンガさんのそういうとこ、損だとは思うけど好きだったよ」

「何です気色悪い」

「傷つくな。泣くよ? くっくくー」

 

 下手くそな笑いが、冗談半分であることを明確に告げてくる。

 

 苦笑いで返しておくと、サービス終了まであと一分を切っていることに気づく。

 

「もうこんな時間ですか」

「うわ、カウントダウンすべきじゃん、これ」

 

 何ともしまらない最後になってしまった。それでも、決して悪い終わりではないようだ。来てくれたメンバーは期待していたよりはずっと少ないが、自分ひとりで終わる可能性だってあったことを考えるとずっと良い。それこそ、ポケット・ビスケットのリアルでの残業がもう少し長引いていたらヘロヘロだって帰った可能性がある。ポケットのような引き留める言葉が出たとは思えない。逆に、ポケットが残業しなければ先に帰った二人も引き留めてくれたのではないかという思いもある。

 

 考えても仕方がないことだ。

 

「ポッケさん、ありがとうございました」

「その言葉だけで過ぎた報酬ですよ。偉大なるギルド長に礼を言われるような働きをした覚えはありませにょ」

「にょ?」

「……失礼。噛みました」

 

 これは本気で恥ずかしがっている奴だと察したモモンガはそれ以上指摘しないことにした。どうせ最後にかっこいい別れの言葉を言おうとして無駄に緊張してしまった結果だろう。

 

「働き云々なら、俺は貴方に何もあげられなかった」

「そんなことありませんが?」

「貴方が望むような大きな戦いは、結局一度もありませんでしたからね」

 

 ポケット・ビスケットは大侵攻後に加入した唯一のメンバーだ。そして、あの大侵攻こそが彼がアインズ・ウール・ゴウンに加入した理由でもあり原因でもある。第二次大連合が組まれることはなかった。このサービス終了の最終日だけが最後の希望だったのに。

 

 23:59:50

 

「本当に、ありがとうございました」

「こちらこそ、ギルド長。では、縁が合ったらまた会いましょう」

 

 00:00:00



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新展開

 00:00:05

 

「――う、ん?」

「あー、終わっちゃ、ったあ、あ?」

「すやぁ……」

 

 すぐさま異変に気付くモモンガとポケット。ヘロヘロは寝たままだ。

 

 時計を再確認するモモンガ。サービス終了時間が過ぎていることを確認すると、ポケットの方を見る。

 

「……どうやら、我らが糞運営はやってくれたようですね」

「みたいですね」

 

 サーバー延期かよ、と内心で罵倒する二人。

 

 起きるのが延期するのは分かるが、落ちるのは延期するとはどういうことだ。メンテナンス開始が遅れたことなどなかった癖に。最後の最後にこんな大失敗をしてくれるとは何という糞運営。

 

 顔を合わせて苦笑をする二人だったが、ここで違和感に気づく。ポケットはぼんやりと、モモンガははっきりと。

 

 あれ? 顔、動いてねえ? と。

 

「どうなさいましたか、モモンガ様。ポケット・ビスケット様」

「如何されたでありますか? 良ければ小官にご命令を」

 

 両サイドから聞こえてきた声に、二人はそれぞれ近い方に振り返る。

 

「いま喋ったのは、アルベドか?」

「はい。左様でございます、モモンガ様」

「君なのか、アリス?」

「肯定であります、我が創造主ポケット・ビスケット様」

 

 NPCが動いている。それも明らかにプログラミングの範疇を超えた反応を返している。

 

 再度顔を見合わせるモモンガとポケット。そして、未だに夢の中に落ちているスライムに視線を移す。

 

「ヘロヘロさん! 起きてください!」

「緊急事態で、いづぅ!」

 

 揺さぶろうとヘロヘロの身体に触れた途端、ポケットはその手を引っ込めた。激痛を感じる手のひらを見れば、手の皮が火で炙ったように爛れていた。

 

「え、待ってください、ポッケさん。いま、痛いって言いました?」

「そうですけど。見てくださいよ、これで痛くないわけないでしょう。うわ、えぐい。何という強酸……。いやごめん冗談抜きで痛い。救急箱!」

「もう一度確認しますけど、痛いって言いました? ヘロヘロさんに触って?」

「だからそう、言っている、じゃ、ない、です……か?」

 

 仮想現実であるはずのユグドラシルで、痛覚がある? それも明確な激痛を感じているだと? この肉が爛れた嫌な臭いも現実のものか?

 

 困惑と混乱で激痛すら忘れかけたポケットだったが、すぐ隣の少女の声で現実に引き戻される。――この現状を現実というのならばという話だが。

 

「うぎゃあああああああ!? 何やっているでありますか、ポケット様! えっと、ここにいるメンバーだと……ルプスレギナ殿、回復! 急いで回復魔法をかけるであります!」

「は、はい! 直ちに!」

「――いや、必要ない」

 

 まさかと思いつつ、ポケットは自らの特殊技術を発動させる。

 

「特殊技術発動、自己再生」

 

 自身のHPを回復するというシンプルな能力の特殊技術だ。状態異常を含めたものまで回復する上位互換の能力がいくつかあるが、一日の使用限度数が多いためそれなりに使用する特殊技術だ。

 

 爛れた皮膚が再生され、元の綺麗な手に戻る。痛みも消えた。手のひらの開閉を繰り返し、機能に問題がないことを確認する。

 

「うむ。問題なし」

 

 問題しかない状況で何を言っているのだろうと、自嘲する。

 

 と、ここで流石に騒ぎのせいでヘロヘロが起きる。

 

「ふわぁ、何ですか。うるさいですね。……あ! もしかしてサービス終了まで秒読みですか?」

「そうですね。時計を見てください」

「…………時間すぎてません? 落ちるの延期とかマヌケすぎでしょ」

「そうですね。ついでに回りも見てください」

「は? 周りって……」

「お目覚めでございますか、ヘロヘロ様!」

 

 目を覚ました様子のヘロヘロの目に入ったのは、彼に創造されたソリュシャン・イプシロンだ。

 

「ソリュシャン……?」

 

 名前を呼ばれた途端、彼女の顔色が変わった――ような気がした。実際はスライムなので変わるはずがない。

 

「はい、貴方様に創造されたソリュシャン・イプシロンでございます。御身のご帰還、心よりお待ちしておりました!」

 

 その声には明確な喜悦が込められていた。そして、「帰還」という言葉。このことから、少なくとも彼女には記憶があるということだ。ヘロヘロがいたという記憶と、ヘロヘロがしばらくいなかったという記憶が。

 

 ポケットは改めて周囲を確認する。

 

 場所はナザリック地下大墳墓第十階層の玉座の間。壁の色や配置されたオブジェなどに変化は見られない。次にこの場にいる者。モモンガ。ヘロヘロ。そして、この場に配置されたNPCであるアルベドとアリス。そして、サービス終了直前にこの部屋に連れてきた執事やメイドたち。

 

「あの、何がどうなっているんですか、モモンガさん。ポッケさん。これは夢、なんですか?」

「ヘロヘロさん。それにポッケさん」

「何です、モモンガさん」

「とりあえず、俺に任せてもらっていいですか?」

「お願いします」

「以下同文」

「――セバス・チャン!」

「はっ!」

 

 鋼の如き執事がモモンガの声に反応する。

 

「異常事態が発生している可能性がある。戦闘メイドの一人をつれて大墳墓から出て周辺地理を確認せよ。知的生物がいた場合は友好的に交渉してここまで連れてこい。もし帰還が困難になった場合、プレアデスに情報を持って帰らせろ」

 

(何その喋り方!?)

(魔王ロールだ!)

 

 ギルメン二人が内心でツッコミを入れるが、執事はその様が極当然とばかりに受け入れる。

 

「かしこまりました。直ちにご命令を実行します」

「プレアデスよ。セバスについていく一人を除き、他のメンバーは第九階層の守護に行け」

「承知しました、我が主よ!」

 

 全員が同じタイミングで了解したように聞こえたが、一瞬だけ、誰かの声がズレていたことにポケットは気づいた。ソリュシャンだろうか。聞き分けられたからではなく、状況的にそう推測しただけだが。

 

「一般メイドたちは第九階層に戻り、通常の業務に戻れ。アルベド! アリス!」

「はい、モモンガ様」

「アルベドは第四と第八を除く階層守護者に、第六階層の闘技場に来るように伝えろ。時間は一時間後だ。アリスは第九階層に異常がないかを確認せよ」

「かしこまりした、御方」

「御意に、であります」

 

 

 

 

 

 

「状況を整理しましょう」

「整理? 分かりました。一文で簡潔にまとめましょう。『ゲームが現実化した』」

 

 その言葉に、諦めたような笑いが満ちた。

 

「……やっぱりそうなります?」

「これがやっぱり夢か幻覚だとか、違法なバーチャル実験が開始されたとかではない限りは」

「ですよねー」

 

 場所は相変わらずナザリック地下大墳墓玉座の間。NPCたちをすべて追い出して、アインズ・ウール・ゴウン最後の三人となったものたちは顔を合わせる。

 

「では、改めて状況を整理しましょう。お二人とも、気づきを一人ずつ言ってみましょう。ゲームの差とかそんな感じのものを。第一に、GMコールができません。というか、コンソールが開きません」

「では、私から。私がゲームで創造したNPCたちが、メイドたちが動いていました。あれはプログラムの動きじゃないです。不可能です。彼女たちは間違いなく、生きています」

「では、次はぼく。魔法や特殊技術が使えます。コマンド入力とかじゃなくて、不思議パワー的なアレで」

「不思議パワーって何ですか……。まあ、そうとしか言いようがないんですが」

 

 その後簡単な実験を行い、いくつかの現実が見えてきた。

 

 ゲーム内ではありえなかった痛覚や嗅覚があるという点だ。視覚の映像によって脳の錯覚が起きていると考えるにはリアルすぎる。アイテムボックスから果物を取り出してかじってみたが、味覚があった。

 

 加えて、どうやら魔法を使用すると精神的に負担を感じる。これが「MPが減少している」状態なのだろう。

 

 魔法や特殊技術だけではなくアイテムも効果を発揮するようだ。

 

 常時発動型の特殊技術――パッシブの切り替えが自身の意志で自由になっている。

 

 同士討ち――フレンドリーファイアが解禁されている。

 

 情報系の魔法でギルドメンバーや交流のあったプレイヤーとの連絡を試みたが、成功しなかった。

 

 明らかに人間の身体ではなくなったモモンガとヘロヘロだが、その身体を動かすことに不都合はない。また、モモンガは感情がある一定の領域に達すると強制的に鎮静化される。これはアンデッドの精神抑制の特性が現実化したものだと思われる。

 

 姿形こそ普通の人間と変わらないポケットだが、その正体はまぎれもない異形種。それも五メートルの巨体だ。ポケットは形態変化にいくつかの条件があるため簡単には試せないが、「質量」はどうなるのかという問題がある。現在は見た目相応の体重しかないようだが、形態を変えたら体重は増えるのか変化しないのか。変化するのだとしたら、その質量分はどこから持ってきているのか。

 

「あ、モモンガさんのアンデッドの特性が精神にも現れているって話で思いついたんだけど」

「どうしました?」

「いまのところ、ゲームが現実化したと思われるじゃないですか」

「そうですね」

「NPCたちもデータとしてじゃなくて一個の生命としてそこにいるじゃないですか。オートマトンやアンデッドを生物としてカウントするかどうかは別として。本人たちは、ゲームが現実化したという認識はなかったぽっいですけど」

「何が言いたいんですか、ポッケさん」

「いや、ほら、ぼくたちの種族の内面的特性の問題もあるんだけど――というか、ぼくたちの書いたNPCたちのフレーバーテキストってどうなっているのかなってね?」

「え……?」

「はい?」

 

 モモンガは背中に冷や汗が流れる感覚がした。実際は汗腺も肉もないのでそんな感覚はしないのだが、人間であった頃の残滓がそう錯覚させたのだろうか。

 

「え、は、ちょ、ちょっと、待ちましょうか。じゃあ何ですか? 俺のパンドラズ・アクターが俺の設定したまま――あの当時俺がかっこいいと思って設定したままの性格をしているってことですか?」

「だってぼくの作ったアリスはぼくが設定したとおり『であります!』って口調だったよ?」

「確かモモンガさんのNPCって敬礼とかドイツ語とか……」

「この問題は後にしません?」

「まあ、この後第六階層に集めた守護者たちと話すんでしょう? それで明らかになるんじゃないです? まあ、ぼくはほとんど覚えてないんですけど」

「それは私もですよ。第六階層って姉と弟のどっちが階層守護者でしたっけ?」

「どっちも階層守護者ですよ。逆に、第一から第三まではペロロンさんのNPCがひとりでやっていて……名前なんでしたっけ?」

「シャルティアですよ。シャルティア・ブラッドフォールン」

「それだ」

 

 モモンガが設定の話を後回しにしたのは、単に自分のNPCに関しての問題があったわけではない。

 

 モモンガには言えなかった。まさか、アルベドの設定を書き換えたなどと。しかもその内容が『アリスと仲良しである』などと、よりにもよってタブラを嫌っていたポケットには言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 一通りの話が終わり、ギルドの指輪の力を使用して、第六階層へと転移した三人。

 

「仮に、ですけど、NPCに襲われたらどうします?」

「もしそうなったら逃げの一手です。お二人ともいいですね?」

「了解です。さっきのアルベドやソリュシャンの様子を見るに、それはないような気がしますけどね」

「油断は禁物ですよ」

 

 ナザリック地下第墳墓は全十層からなるダンジョンであり、第六階層はジャングルになっている。森や湖もあるが、何と言ってもこの闘技場が一番の見所だろう。

 

 そして、三人を最初に出迎えたのはこの階層守護者たちだった。

 

「ようこそ、モモンガ様! ポケット・ビスケット様! ヘロヘロ様!」

「よ、ようこそいらっしゃいました」

 

 動きやすそうな男装の少女アウラ・ベラ・フィオーラと、杖を持った女装の少年マーレ・ベロ・フィオーレ。共にエルフの派生種族である闇妖精であり、人間でいえば十歳程度だ。男装あるいは女装なのは製作者であるぶくぶく茶釜の趣味である。

 

「ヘロヘロ様! お久しぶりでございます!」

「お、お久しぶりでございます」

「はい、お久しぶりですね」

 

 久々のギルメンとの再会を喜ぶ二人。

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのテストという名目で色々している内に、全ての階層守護者がそろった。

 

 第一階層から第三階層の守護者、銀髪の美少女吸血鬼、シャルティア・ブラッドフォールン。実は、最初の階層守護者である彼女こそが全守護者の中で最強スペックを誇るガチビルドだ。総合的な数値で見た場合、彼女の性能は頭ひとつ抜けている。

 

 第四階層の守護者は巨大ゴーレムであり、厳密にはNPCではないため、この場には呼んでいない。ゲームが現実化した以上、あれにも意識がある可能性はあるがわざわざ呼び出して確かめる必要もない。

 

 第五階層守護者、ブルーライトの巨大な昆虫、コキュートス。魔法剣士。フレーバーテキストでは、武人としての面が強調されていたはずだ。

 

 第七階層守護者、スーツを着た悪魔、デミウルゴス。ナザリック随一の頭脳を持つひとり。

 

 第八階層守護者はその特性上、ここには呼べなかった。緊急事態に備えるという意味でだ。

 

 第九階層と第十階層には階層守護者がいないが、守護者統括のアルベドとその補佐であるアリスがそれに該当すると言える。

 

 彼らは揃うとまるであらかじめ練習していたかのように、彼らは一直線上に並び、臣下の礼をする。

 

「御命令を、御方。階層守護者各員、いかなる難行といえども全身全霊を以って遂行します。創造主たる至高の四十一人の御方々――アインズ・ウール・ゴウンの方々に恥じない働きを誓います!」

『誓います!』

 

 それを受けての三人の反応はひとつ。

 

 何、こいつら。重っ。

 

 モモンガは暗黒のオーラを発動させてしまい、ヘロヘロも冷や汗のように酸が湧き出て、ポケットは変な表情をしないために自身の腕をつねった。



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守護者

 重苦しい忠義の儀式の後、外に偵察に出ていたセバスが帰還した。

 

 彼の口から、驚愕の事態が判明する。

 

 なんと、現在ナザリックが存在している場所は本来あるべき沼地ではなく、草原だという。しかも付近で確認できた生物は知性もなく脆弱な小動物ばかりだという。空は綺麗な夜空が広がっているという。

 

 つまり、ゲームであるユグドラシルが現実化した、という単純な話ではなさそうだ。現実化した上で不明な土地に転移されたなど意味不明だが。

 

 守護者一同に確認したが、彼らはこの異変に気付いていなかったらしい。各階層にも異常はない。更に付け加えるなら、ゲームであった時の仕様の変化――同士討ちの解禁なども自覚していなかった模様だ。

 

 ひとまずの危険はなさそうではあるが、ここがどこか分からず敵性存在がどこにいるか分からないため、ナザリックの隠蔽が決定。上空には幻術をかけ、壁部分はマーレの魔法で大量の土で隠すことも決定した。アルベドとデミウルゴスによる警備体制の一時期的な変更も決定された。

 

 隠蔽が完成したら、調査が必要になってくるだろう。

 

 NPCたちが自分たちに敵意どころか重すぎる忠義を持っていると認識できたところで、モモンガは彼らに最後に問いを投げかけた。自分たち――ギルドメンバーのことをどう思っているのか、と。

 

 返答は、ギルド長であるモモンガは勿論のことしばらくログインしていなかったヘロヘロや最新参であるポケットでさえ「誰のことを言っているんだ?」と言いたくなるような過剰な評価だった。

 

 骨しかないモモンガやスライムであるため表情が分かりづらいヘロヘロと違い、ポケットは自分の感情が顔に出ないようにするのが大変だった。痛みで誤魔化そうと腕をつねっていたのはバレていないだろうか。

 

 三人だけで話し合いをするためと言い残して、指輪の力で転移するモモンガたち。それを忠義の姿勢を崩さぬままNPCたちは見送った。

 

 

 

 

 

 

 至高の御方々の気配の余韻を味わいつつ、最初に口を開いたのはアリスだった。

 

「――とりあえず、初対面な方が多いでありますし自己紹介をさせてもらうであります」

 

 先ほどは忠義の儀式のために脱いでいた帽子を再度被り、敬礼とともに名乗る。

 

「ポケット・ビスケット様に創造されし天使、アリス・マグナであります。役職は守護者統括補佐。よろしくお願いするであります。皆さまのことは承知しております故、其方からは不要であります。時間もありませんので」

 

 その名乗りを受けて、彼女の顔を知らなかった者は納得の顔色を浮かべる。

 

「成程。貴女がそうでしたか」

 

 一年ほど前に、守護者統括補佐という立場で創造されたNPCがいたことは知っていた。しかし実際に逢うのは初めてだ。今日まで面識があったのは、同じ玉座の間に配置されていたアルベドだけだ。

 

「そう、この子は私の可愛い補佐官よ」

「あぁん? 突然何言い出してんだ、てめえ」

 

 何故か仲の良い友達を紹介するような態度のアルベドに、アリスは自らに課せられた設定を忘れるほどに表情を一変させた。

 

「もう、アリスったら照れ屋なんだから」

「おまえマジぶっ殺すぞ」

 

 このやり取りだけでこの場にいる誰もが理解した。知恵者であるデミウルゴスから諸事情につきしゃがんだままのシャルティアまで全員が理解した。

 

 この二人がお互いに向ける感情には猛烈な温度差があると。

 

 よって、これからの作業に支障が出ないように、デミウルゴスは強引に話題を変えることにした。

 

「このような事態ではあるが――久々にモモンガ様やポケット・ビスケット様以外の御方の姿を拝見できたのは喜ばしいことだ」

「そ、そうですね! ヘロヘロ様がご帰還されていたなんて……」

「ウム。コノヨウナ事態デナケレバ催シ物ガアルベキナノダガ」

 

 現在が至高の御方々でも詳細不明な異常事態であることは確かだが、その一点においてはどうしても声が弾んでしまう。

 

「……ところで、シャルティア。君はどうしてしゃがんだままなのですか?」

 

 デミウルゴスからの質問を受けて、シャルティアは恥ずかしそうに答える。

 

「その、忠義を誓った時にモモンガ様がすごい気配を放ったじゃありんせん? それで、その、下着がまずいことになってありんすの」

 

 それを聞いて、事情を察せられないマーレ以外が微妙な表情を浮かべる。

 

 アルベドに至っては「このビッチ」と罵倒を吐き出し始末だ。そして、そこから始まるひどすぎるキャットファイト。

 

「この大口ゴリラ!」

「偽乳ヤツメウナギ!」

 

 デミウルゴスは同じ女性ということでアウラに丸投げしてコキュートスやマーレと闘技場の端に避難した。しれっとアリスもついていく。

 

「個人的には結果がどうなるか興味のあるところです。ナザリックの将来という意味で」

 

 幼い故にデミウルゴスの言いたいことが察せられないマーレはきょとんと首を傾げるが、アリスは納得したように帽子のつばを上げる。

 

「どちらかがモモンガ様の後継を生み出せれば良い、という意味でありますな? 万が一、残られたお二方――ヘロヘロ様が帰還されたので御三方でありますか――が他の御方々のように御隠れになった時、我々が忠義を捧げられる御方を残していただければ良い、と」

「ええ。補佐官殿は頭が回るようで助かります。」

「デミウルゴス! ソレハ不敬ダ!」

 

 根っからの武人であるコキュートスは臣下にあるまじき発言だと、悪魔を糾弾する。

 

「ソウナラヌヨウニ、ヨリ一層ノ忠義ヲ捧ゲルベキデハナイカ?」

「無論、私もそのことは理解しているとも。しかし、モモンガ様――だけではなく、ヘロヘロ様やポケット様のご子息にも忠誠を尽くしたくはないかね?」

「ムウ。ソレハ確カニ憧レル」

 

 コキュートスの脳裏に「じい! 遊んで!」とせがむご子息やご息女の姿が浮かび上がる。

 

「素晴ラシイ。素晴ラシイ光景ダ。オオ、ボッチャマ。遊ブノモ良イデスガ今ハ稽古ノ時間デスゾ。イケマセヌ。私ガ御父上ニ叱ラレテシマイマス……」

「コキュートス殿。戻ってくるであります」

 

 しかしアリスの声が届かないようで、コキュートスは恍惚とした様子で未来のお世継ぎの妄想に耽る。冷静になるまで放っておこうと判断したアリスであったが、自分もこの話題には興味がある。

 

「と言っても、モモンガ様はアンデッド、ヘロヘロ様はスライムでありますからな。御三方の中で『種』があるのはポケット様だけであります。お世継ぎを作っていただくというのなら、我が創造主が一番の有力候補ということになりましょうな」

「確かに。一理あるね。ちなみにだが、アリス。君は未だにあそこで争っている二人ならばどちらがモモンガ様のお妃に相応しいと思うかね?」

 

 質問しているが予想はついている。先ほどのアルベドとのやり取りを見る限り、アリスはアルベドのことを非常に嫌っている。ならば必然的にシャルティアの名前か、あるいは別のNPCの名前を挙げるはずだ。

 

「統括殿の方であります」

「……意外ですね。アルベドのことは嫌っているように見えていましたが」

「嫌っているだけで低く評価しているわけではないでありますから。アンデッドの生殖能力をどうにかできる手段さえ見つかれば、『胎盤』として優秀な方がお妃になるべきでありましょう。側室の子がお世継ぎでも問題がないと言えばないのでありますが、『どちらかと言えば』という話でありますから」

「面白い意見ですね」

 

 それに、といやらしい笑みを浮かべて、アリスはこう付け加えた。

 

「統括殿が寿退社したら小官が守護者統括の任を命じられるかもしれないので。不敬な思惑であるとは自覚しておりますが――小官は、そうあるべしと生み出されたのでありますから」

 

 

 

 

 

 

「あいつら、マジだ」

 

 第九階層の円卓の座ったモモンガから、絞り出すような独白が吐き出された。

 

 ヘロヘロとポケットも無言を貫くことでそれに同意する。

 

「……現実逃避に酒でも飲みます?」

「ポッケさん、俺が舌も喉も胃袋も肝臓もないアンデッドだって知ってますよね?」

 

 ユグドラシルにおいて、アンデッドを含む一部の異形種は「飲食不要」である。逆説的に食材系アイテムによる強化も得られないため一長一短だったが、現実化したいま、「飲食不可」というデメリットになったと考えるべきなのだろうか。

 

 暴飲暴食は避けるべきだが、ポケットの言う通り、思いっきり酔いたい気分なのだ。そうはいかないのだが。状況的にも、身体的にも。

 

「それで、これからどうします?」

 

 モモンガの問いが、単に情報を集めるためにどうするかという目先に関してではないことは察することができた。

 

「いまの内に、聞いておきます。二人とも、元の世界に戻りたいですか?」

「うーん。それ言われると、現状では即答しづらいんですが……」

 

 ブラック企業勤めだったヘロヘロ。現状はそれから解放されたと言えなくもないが、果たしてそれが良いことなのかはわからない。ブラック企業の社畜だった方が良いと思えるような事態がこれから発生する可能性だって決して低くないのだ。

 

 対して、ポケットは軽い感じで答えた。

 

「ぼくは、このまま戻れないなら戻れないでいいかな。恋人もいねえし、戻っても楽しいことなんてないし。不謹慎だけどこの状況にわくわくしている自分がいる。十分だけ戻れる権利があったら戻りたいけど」

「その心は?」

「自宅のパソコンのデータを処分したい」

 

 あー、と納得するモモンガとヘロヘロ。二人も同意見だった。

 

「というか、これが漫画やアニメでよくある異世界転移ものなら、どういうパターンなんでしょうね?」

「どういうパターンとは?」

「いわゆる異世界転移ものってのは、主人公が身体丸ごと異世界に飛ばされるわけですよ。でも、ここにあるのって究極的には()()()()()()()()()()()()()わけじゃないですか。果たして、リアルでのぼくたちの身体は消えているのか。消えてはいないが意識を失った状態なのか。脳死状態なのか。それとも、普通に動いているのか」

「ああ、スワンプマンってやつですか」

 

 スワンプマン。いわゆる思考実験の例題だ。曰く、ある男が人知れず落雷で死んだ。しかし、死んだ男の近くにあった沼に雷が落ち、どういう因果か男と寸分変わらぬ生物――スワンプマンが誕生した。この生物は見かけも知識も記憶もすべて死んだ男と同一だ。男の死も生物の誕生も誰も目撃していない。スワンプマンは男の代わりに彼の家や職場で生き続ける。

 

 さて、スワンプマンと男は別人と言えるだろうか?

 

「この場合、スワンプマンはここにいるぼくたちの方だけどね。案外、ここにいるのは『ゲームキャラクターになってしまった人間』ではなく、『自分を人間だったと思い込んでいるモンスター』なのかもしれませんよ」

 

 口にしてみて、ポケットは其方の可能性の方が高いのではないかと思う。根拠はNPCたちの反応くらいなものだが。

 

「でも現実に戻れない以上は」

「それを確認する手段はありません」

 

 それこそ考えても意味のないことかもしれないが。

 

「……ヘロヘロさん。帰りたいなら今のうちに言ってくださいよ。帰ろうとした貴方を引き留めた負い目が、ぼくにはあるんですから」

「気にしないでいいですよ?」

「気軽にそういうこと言わない方がいいですって。それで後から恨み言言われても、ぼくは逆切れしますからね」

「うーん。そう言われると」

 

 モモンガが手を叩く。骨の手でどうなっているのか分からないが、良い音が円卓に響いた。

 

「この話題は一旦保留にしましょう。答えを出すのは、ちょっと早かったかもしれません」

「いや、勘違いしないでくださいね。私だってほとんど答えは出ているようなものなんですから……そういうモモンガさんはどうなんですか?」

「……正直、俺もポッケさんと同じですね。会いたい家族も友人もいません」

 

 再び会いたい者がいるとすれば、それは他ならぬアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーだけだ。

 

「とりあえず差し当たっては、NPCたちの重すぎる忠義にどう対応するかですね……」

「一般人には辛すぎる問題ですね」

「あいつら、どうしてぼくたちをあんなに高評価しているんでしょうか?」



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NPC

 昨日の夜から、何やら気配がざわめいている。自分が創造されて二年以上経過しているが、このようなことは随分と久しいように思う。

 

「……侵入者、ってわけでもなさそうだが」

 

 ナザリック地下大墳墓第五階層『氷河』の中にある領域の一つ、『水竜の古巣』にて、彼は僅かな期待を覚えながらそう呟いた。静謐たる洞窟内には、小さな呟きであってもよく反響する。

 

 この『水竜の古巣』の領域守護者シュラである。和装の剣士で、その腰には二本の刀を帯びている。その顔はひょっとこの面で隠されているため表情は窺えない。

 

「さて、俺の出番はあるのかな。あるといいな。くっくくー」

 

 おそらくはないのだろうと半ば諦めつつも、実際のところ何が起きたのは気になる。オブジェクトとして配置されてある巨大な竜の骨に腰かけて、侵入者でも来ないかと待ちわびる。ちゃきちゃき、と刀の鯉口を鳴らす。

 

 彼の創造主はかの大侵攻後にギルドに加入したため、必然的にシュラ自身も大侵攻を知らない。それどころか、彼が創造されてから侵入者が第五階層まで来た回数など数えるほどしかない。直接侵入者と対峙した経験など皆無だ。

 

 戦闘狂の剣客として想像された彼からしてみれば、自分の経歴は恥ずべきものだ。せめて第一階層に配置されていれば事情は違ったのだろうが。

 

 しばらくして、誰かが領域に足を踏み入れたのを察知する。だが、侵入者ではないことを理解したため鯉口を鳴らすのも止めて腰を上げる。

 

 直属の上司である第五階層守護者コキュートスも含めて、この領域には滅多に誰も足を運ばない。まして至高の御方々が立ち寄ってくれたことなど数えるほどだ。だからこそ、久しぶりの来客がこの御方であることが心底意外だった。

 

 相手の姿が見えると同時に、その場に跪く。

 

「ようこそ我が領域においでくださいました、我が創造主ポケット・ビスケット様」

「……おう」

 

 ユグドラシルにおいて最も偉大なる存在、アインズ・ウール・ゴウン至高の四十二人の御一方、ポケット・ビスケット。シュラの創造主であり、最も忠義を向けるべき存在だ。

 

 微妙に浮かない声だが、何か粗相をしてしまったのだろうか。もしそうならば自害の許可を得なければならない。

 

 だが、ポケットが不機嫌になった様子はない。不機嫌でこそないが、微妙に困ったような探るような調子で話しかけてくる。

 

「えーと、その、元気してたか?」

「はい、息災でございます。ポケット様は?」

「ぼく? ぼくは別に問題ないよ、うん」

 

 シュラは胸から湧き上がる歓喜を抑えるのに必死だった。自らの創造主がここまで自分に言葉をかけてくれたことなど、生まれた時くらいだったからだ。

 

「……そろそろ、小官も名乗っていいでありますかな?」

 

 御方の存在感に気を取られていて、シュラは初めてその少女の存在に気づいた。まだ「女」と呼ぶには一歩届かない程度の年齢で、軍服を着ている。

 

「はじめましてでありますな、兄上」

 

 その美少女を見て、シュラは、俺より強い、と察した。一撃だけなら入れられるな、とも思ったが。

 

「小官はアリス・マグナ。ポケット様の被造物にして恐れ多くもナザリック地下大墳墓守護者統括補佐という役職を命じられているであります」

「成程。貴様が俺の妹か」

 

 そういう存在がいることは知っていた。誰に教えてもらうでもなく、ある日突然、そういう存在が造られたと認識できたのだ。別に会いたいとは思わなかった。そのような機能はシュラには備わっていない。否、持つべきではないと設定されているのだ。

 

 この身体は、一本の刃であるべきだ。ただ合理的に敵を斬るためだけの武器。殺せる相手は殺す。殺せない相手なら一秒を稼ぐ。それ以上の機能はこの生命に求められていないことを、シュラは実感している。

 

 故に、このような可愛らしい妹相手でも庇護欲を覚えることなど有り得ないのだ。

 

「その通りであります」

 

 守護者統括補佐ということは、あの非常に性格の悪い大口ゴリラの直属の部下ということか。我が妹ながら不憫なことだ。御方々の采配である以上、とやかく言うつもりはないが。それに、そのような行いは自分に与えられた役割に反する。

 

「それで、ポケット・ビスケット様。本日はどのようなご用向きでございましょうか。俺は――何を切り捨てればよろしいので?」

「物騒だな。ぼくの子だけあって物騒だな」

 

 子などと、不相応な呼び方だ。この身はレベル五十。いくらでも替えの利くガラクタだというのに。

 

「ちょっとナザリックに面倒な事態が発生していてね。色々と見て回っているのさ。何ならこれからおまえも同席するか?」

「よ、よろしいので?」

「ああ。せっかくだからな。ちなみに次はニグレドのいる――」

「あ、じゃあいいです。俺はここで待機しております」

 

 その反応に、ポケットは何とも言えない顔をする。先程の物騒な発言の方がまだマシだったとばかりに。おそらく自分も同じような顔をしているんだろうな、とシュラは思う。しかし仕方がない。あの鬼女に逢いたくないのは本心からであり、それを隠してはならないという設定を持っているのだから。これで相手がモモンガなど他の御方ならば話は違ったかもしれないが、他ならぬ創造主だ。設定を無視する方が不敬である。

 

「すごいな。何だ、おまえ。すごいな」

「何だと言われたら御身の被造物に他なりませんが」

「そういうことを聞いているんじゃないよ」

 

 眉間にしわを寄せるポケットは上を仰ぐ。アリスやシュラもそれに倣えば、鍾乳洞風に加工した天井が目に入る。

 

「ま、いっか。じゃあ次会える時を楽しみにしているぞ」

「御意に」

「ああ、それとひょっとしたら、おまえに刃を振るってもらう機会があるかもだから」

「ほう?」

 

 その言葉を受けて、シュラはひょっとこの仮面を外す。そこには獰猛な笑みを浮かべられていた。彼の種族は悪魔だが、悪辣さや狡猾さよりも凶暴さに重視が置かれた設定となっている。デミウルゴスもよく笑みを浮かべる方だが、シュラの笑顔はそれとはまったく別ベクトルの質を持つ。

 

「それは楽しみですね、いえ、本当に。――ああ、できれば戦争がしたいところです。惨殺したいですね。虐殺したいですね。鏖殺したいですね。この刃の赴くままに」

 

 そんな我が子の顔を見て、ポケットは割と理不尽な命令を出した。

 

「……シュラ。おまえ、これからは極力意味もないのに仮面を外すな。絶対に」

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓が謎の地に転移してから三日が経過した。

 

 その間に、ギルメン三人によるいくつかの取り決めができた。

 

 その中にNPCのことは信頼する、という項目がある。当然と言えば当然だ。初対面のようなものとはいえ、彼らはギルドメンバーの残してくれた財産にして、長年ナザリックに仕えてきた従僕。信頼しない方が不義理というものだろう。……問題があるとすれば、その忠義が重すぎるという点だが。

 

 少し部屋から部屋に移るだけで大名行列よろしく御供がついてくる。しかもリアルでは縁のなかった美女や屈強な怪物が一般市民である自分たちに付き従っているのだ。プレッシャーが半端ない。

 

 初日や二日目はそれなりに楽しめたように思う。滅多にない経験であり、自分が偉くなったように思えたからだ。しかし――三日目にして疲れてきた。

 

「でも口にはできないよな……」

「ポケット様。何かおっしゃいましたか?」

 

 メイドからの質問で、自分が独り言を言っていたことに気づくポケット。うっかりしていた。とんでもないことを口走る前に気を引き締めなければならない。

 

「何でもないよー。ポケット様は何も言ってないよー。くっくくー」

 

 場所はナザリック地下大墳墓の第九階層にあるポケットの自室だ。ギルドメンバーにはひとりずつ、ホテルのロイヤルスイートを思わせる自室がある。ここで事務仕事をしているのだが、ポケットは挫けそうになっていた。

 

 内心で項垂れながら、ポケットは書類をめくる。デミウルゴスが提出してきたナザリックの警備変更に関する書類だ。正直、ゲームで対プレイヤーを仮想敵とするのとは勝手が違い過ぎるため、これで良いのかと言われても分かりませんとしか言いようがない。

 

 ギルドの頭脳担当のぷにっと萌えや最年長の死獣天朱雀がいれば多少は意見が聞けたかもしれないが、生憎どちらもいない。

 

「かしこまりました。御用があれば何なりと」

「ん。至高の御方、ね」

 

 どうやらNPCたちにとって、ギルドメンバーとは神に等しい存在のようだ。故に「至高」だの「偉大」だのという言葉をつける。

 

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウン。『九人の自殺点』と蔑称されたクランから始まった伝説。ユグドラシルの最盛期、たった四十一人で十大ギルドに数えられた最悪最強のギルド。サービス史上最大の千五百人からなる大連合を返り討ちにしたチート集団。確かに、『ゲーム』と『リアル』を知らないNPCたちにとっては崇拝すべき存在なのかもしれない。

 

 ポケットは自分がその一員としてふさわしいかと言われたら首を横に振るう。加入時期が大侵攻の後であり、しかも最後の加入メンバーだったからだ。かつて別のギルドに属していたが、所属年数で言えば其方の方が長い。一応、幹部の末席を穢していたほどだ。

 

 だが、ポケットはある事情からギルドを脱退した。当時所属していたギルドのギルド長と幹部四人とのPvP五連戦に勝利し、ワールドアイテムの所有権を簒奪。それを手土産にアインズ・ウール・ゴウンに入った。自分から加入要請を出したのではなく、ギルド脱退を知ったウルベルトからスカウトされたのだ。どうやら前々から目をつけていたらしい。ほとんど二つ返事で加入が決定した。今思えば、ヤケクソだったのだろう。

 

(ま、超賢いって設定のデミウルゴスが提出してきたんだから多分いいんだろう。信頼してますよ、ウルベルトさん。貴方と貴方の息子をね)

 

 無責任かもしれないが、仕方ない。正直、何が正解かなど分からない。NPCに幻滅されないように頑張ろうとモモンガは言っていたが、いつまで続ければいいのだろうか。

 

「NPCと言えば、ヘロヘロさんだ」

 

 何でも、ヘロヘロの創造したメイドたちはソリュシャンを始めとしてヘロヘロにべったりらしい。そして、ヘロヘロ自身も満更でもなさそうだった。メイド好きが自分の作った理想のメイドたちにあれだけ愛されているのだから当然の反応と言えば当然だった。

 

 メイドたちも父親と二年ぶりに出会えたのだから甘えたいのだろう。空白を埋めるように傍を離れない。ヘロヘロもそれを望んでいるし、モモンガも赦してしまったため文句を言える者はいない。……正直、その様子を見て寂寥感を出しているNPCもいるので気を使って欲しいとは思うのだが。

 

 近親相姦は時間の問題かもしれない。

 

「ままならないなぁ」

 

 反対に、モモンガは自分の制作したNPC、パンドラズ・アクターとの距離を掴み兼ねているようだった。黒歴史だし。ドイツ語や敬礼に悩まされているようだった。埴輪顔の癖にやたらかっこつけた言い回しをするのも痛いそうだ。他人からして痛々しいのだ。製作者からしたらより一層だろう。

 

 軍服は恰好いいという一点において、ポケットは同意するが。だからこそアリスの装備も銃との相性も合わせて軍服にしたのだ。パンドラズ・アクターがネオナチ風なのに対し、アリス・マグナは明治時代の日本軍風なのだが。

 

 ちなみに、そのアリスはすぐ傍に控えている。ポケットが使っているのとは違う小さな机の上で、書類の整理を手伝ってもらっている。正直自分よりこの娘の方が優秀なんじゃないかと思う。アルベドに対抗して賢い設定にした覚えがある。

 

 ポケットはどちらかと言えば、モモンガ寄りだ。シュラもそうだが、アリスもまあまあな黒歴史だ。突然あんな大きな息子と娘ができても、対応が分からない。昔の所属していたギルドではNPCは作らなかった。そもそも、正しい親子関係の姿というやつはよくわからない。貧困層にはよくある話だが、両親は小学校の頃に他界している。かなり薄れている両親との記憶を呼び起こし、何をすれば最適なのかを考える。

 

 と、そこで頭に電話がつながったような感覚がした。

 

 連絡に使用される魔法のひとつ、伝言(メッセージ)だ。何度か実験してこの感覚を知っていたポケットはすぐにそれに応じる。

 

『ポッケさん』

 

 相手はモモンガだった。

 

「こちら、ポケット・ビスケット。何ですか、モモンガさん」

『いまナザリックの外に出ているんですけど』

「何それ初耳。やめてよ、ひとりだけ抜け駆けするの」

『はっはっは、すいません。気分転換がてらね』

 

 何があるか分からないから慎重になれと言ったくせに。おそらくちゃんと護衛はつけているのだろう。これで近衛をつけずに出ていたとかだったらぶん殴る。

 

『星空が見えます。素晴らしいなんて言葉じゃ片付けられない星空が』

 

 星空と聞いて連想するのは、第六階層だ。自然を愛したブルー・プラネットの自信作。だが、所詮は紛い物。モモンガが見ているであろう星空は、ブルー・プラネットが見たかったものとは厳密には違うのだろうが、間違いなく彼が見てみたいものだろう。

 

『宝石箱みたいです』

「うーん。ポエミーなラジオみたいなんですが、それは」

 

 落ち着いた声なのに確かな興奮を孕んでいる。モモンガはアンデッドの特性で感情が一定ラインを超えると強制的に落ち着くため、そのせいなのかもしれない。つまり、それだけ綺麗なものを見ているということだ。

 

 ポケットも俄然見てみたくなった。

 

『そうかもしれないな。いや、私だけで独占すべきではないな。我らアインズ・ウール・ゴウンの皆で持つべきものかもしれない』

「は?」

『と、すいません。いまのは傍にいるデミウルゴスに対してです』

 

 魔王ロールもあったのだろうが、どんなことを言われたらそんな臭いセリフが出てくるのやら。そして、モモンガとデミウルゴスとの会話は続いているようで、ポケットにもモモンガの言葉が伝わってくる。

 

『まだこの世界での私達の立ち位置も分からないのに、そのようなことを言うのは危険だぞ? だけど、そうだな。世界征服なんて面白いかもしれないな』

「――――世界征服?」

 

 モモンガがデミウルゴスに向けたのであろうその言葉。何かの軽い冗談だとは理解できたが、デミウルゴスが本気にしないといいのだが。流石に分かるとは思うのだが、ここ数日で実感させられたNPCの忠誠心・狂信から考えると笑えない冗談かもしれない。

 

 まして、ユグドラシル最悪の魔王と称されたモモンガが口にしてしまったのだ。仮に他のギルドのプレイヤーも現実化しているのだとしたら、あまり聞いて欲しくない戯言だ。

 

 そういえば、モモンガはネーミングセンスがない印象が強かったが、ジョークのセンスもなかったのだった。たっち・みーから思い出話で聞いた「異形種動物園」は何の冗談かと思った。

 

「でも、やってみたいよな。世界とは言わないが、せめて国くらいは潰してみたいもんだ。ぼくは戦争がしたくて四十二人目になったんだから」

 

 くっくくー、と冗談めいて言うポケットだったが、失念していたと言っていい。彼の言葉を聞く者がすぐ傍にいたことを。デミウルゴスが本気にしないかと心配する一方で、自分の発言に気を配っていなかった。

 

 つい先ほど、独り言には気をつけようと自戒したばかりだというのに。



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もう貴方はいない

 星空が綺麗だという連絡を受けてから数時間、デミウルゴスが例の警備体制変更の是非を尋ねにきた。そんなこと聞かれても、ポケットには良し悪しが分からない。モモンガとヘロヘロも同じである。警察官であったたっち・みーがいてくれれば参考になる意見がいたかもしれないが、彼もいない。

 

 知恵者のデミウルゴスが考えたんだから大丈夫なんじゃないかな、と軽く目を通しただけで判子を押すことにした。

 

「デミウルゴス。確認してみたけど、君の出した案で間違いない。警備体制はしばらくこれで行ってくださ、んん、くれ」

「はっ! かしこまりました!」

 

 実際のところ、仮想敵は自分たちと同じように現実化したユグドラシルプレイヤーやユグドラシル産のモンスターだ。流石にこのナザリックだけが現実化したと考えるのは都合が良すぎる、あるいは悪すぎる。全盛期の――四十二人のメンバーがいた頃ならば上位十大ギルドが相手でもない限りは撃退できる自信がある。しかし、ギルドメンバーは三人しかいない。NPCと意思疎通が可能になったと言っても、それは仮想敵のプレイヤーも同じ。むしろ同士討ちなどの仕様の変更によって、以前と戦い方を変える必要がある。

 

 果たして、現在のナザリックではどの程度の相手ならば戦えるのか。

 

 ここで改めて、ポケットは自らのアバターである『ポケット・ビスケット』という存在について思い返してみせる。

 

 アインズ・ウール・ゴウンに所属する前のギルドの時点で、ポケット・ビスケットのビルド構築と戦法はほぼ完成されていた。

 

 ユグドラシルにおいて、プレイヤーのレベル上限は百。人間種は職業レベルだけなのだが、亜人種と異形種は職業レベル以外にも種族レベルが与えられる。一つの種族または職業の上限は十五であり、レベル百ならば最低でも七つの職業を持つことになる。バランス良く様々な職業を持つよりも、一つの職業に特化したレベル構築の方がレアで強力な上位職業を得られる傾向にあった。

 

 ポケット・ビスケットのレベルは百のカンストで、種族三十五、職業六十五で構成されている。種族は混合魔獣(キマイラ)をベースに、ジャバウォックやゲリュオンという種族で構築されている。職業はデミウルゴスと同じモンスター系がベースで、精神系魔法詠唱者を混ぜてある。

 

 魔法の修得数は二百四十。一般的なレベル百魔法職が三百であることを考えると少なめだが、その大半が支援魔法と回復魔法だ。直接的な攻撃魔法は二割もないだろう。超位魔法も似たようなものだ。だが、ポケットの強みは特殊技術であるため問題はない。『ワールド』系の職業には及ばないものの、切り札中の切り札、最強の高火力技もある。

 

 チーム戦では回復役とサブアタッカーを兼任する形だった。強化魔法もそれなりに使えたため、高火力勢の支援に徹した。高性能というよりは便利なタイプ。チームを組むことが多かったメンバーは、それこそ目の前にいるデミウルゴスの製作者ウルベルト・アレイン・オードルや大嫌いなタブラ・スマラグディナだった気がする。戦士職では、紙装甲の武人建御雷や弐式炎雷か。別に防御役だったわけではないが。

 

 単騎での戦い方は、かなり特殊な部類だ。ある意味において、勝ち方がほぼ固定されており、対策がしやすい。そのため、ギルド内でもPvPの成績は悪い方だ。まあ、勝つことが目的のビルド構築ではないため、問題はなかったのだが。

 

 とにかく、ポケット・ビスケットはいくつかの鬼札を持つものの、ユグドラシルでは弱い部類だった。

 

 デミウルゴスは階層守護者の中では弱い部類だが、ポケットの基本スペックもデミウルゴスと大差ない。HPと特殊能力のバランスを変えたらかなり近くになるか。

 

 モモンガとヘロヘロの戦闘能力についても思い返してみる。

 

 モモンガは魔法の修得数が段違いだ。それに、魔法のコンボも上手い。ギルド武器や彼専用のワールドアイテムの使用も考えれば、上位プレイヤーにも後れを取らない。しかし、死霊系魔法職ばかりを修得した遊びのビルドであるため、基本的なスペックはガチ勢と比べたら一歩劣る。

 

 ヘロヘロの場合は更に特殊だ。彼は武器破壊に特化している。非常にプレイヤー泣かせの能力ではあるが、それ故に直接的な火力は控えめだ。

 

 仮に敵が集団だった場合、ギルメン三人は支援に回り、守護者の中ではタイマン最強であるシャルティアや意外と魔法火力の高いマーレに主軸となってもらった方が無難だろうか。戦いとは数値だけでは決まらないものだが、カタログスペックは重要である。

 

(戦闘面でもそうだけど、普段からしてなぁ)

 

 アンデッドやスライムになって根本的な身体構造が変わった二人ほどではないが、ポケットも自分の身体の変化に気づいていた。人間だった頃よりも身体がイメージより動くし、五感も鋭くなった気がする。

 

 そもそも、この身体もあくまで一つの形態に過ぎない。人の姿は仮初であり、怪物としての姿こそが本性だ。ポケットはまだ二つ変身を持っている。「悪役怪人」と言われた半異形形態と、「合体事故怪獣」と言われた完全異形形態である。特殊な職業で変身に条件をつけているため、おいそれと変身はできないのだが、一度なってみる必要があるかもしれない。

 

 そこまで考えたあたりで、モモンガから遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で周囲を探索しているが操作に苦戦しているので見に来てくれという連絡があったので彼の自室に向かうことになった。ついでだったのでデミウルゴスも連れて行くことにした。

 

「待っていましたよ、ポッケさん」

「うん、お待たせしました」

 

 モモンガの部屋に入ると、そこには大きな鏡を前にしたモモンガと傍に控える執事セバスの姿があった。

 

 モモンガの使用しているアイテムは、指定したポイントを見る能力を有するものだ。低位の対情報系魔法で妨害されるため、微妙系アイテムに数えられるものだ。しかし、今の状況では大変役に立つ。

 

「とりあえず、外の景色を出すところまでは成功してるんですけど、座標を合わせるのがうまくいかなくてですね」

 

 鏡を見れば、そこには映画や仮想現実でしか見たことがない草原が広がっていた。確かに、ナザリック地下大墳墓のあったヘルヘイムとは縁遠い光景だ。これは俄然、外に出るのが楽しみになってきた。草木の知識などないが、見る者が見ればこの草原だけで気候風土を言い当ててみせるのだろう。

 

(ブルー・プラネットさんがいてくれたらな……)

 

 と、ポケットはここで部屋の中を見渡す。

 

「ポッケさん? どうかしましたか?」

「ヘロヘロさんは? てっきりいるものかと」

「いえ、メイドたちとイチャイチャしているのを邪魔するのも悪いかと思いまして」

 

 腫れ物に触るような口調だったため、ポケットの口からも苦笑いが零れる。

 

 対して、傍でそれを聞いていたセバスが眉を小さく吊り上げる。

 

「申し訳ございません、モモンガ様。ポケット様。創造主の帰還で彼女たちも浮かれているようです。私からきつく言っておきますのでどうかご容赦を」

 

 どうやら本気で頭を下げている執事長に、逆に此方が申し訳なくなるモモンガとポケットだったが、彼らが口を開く前にデミウルゴスがセバスに反論した。

 

「おや、セバス。今の発言は不敬ではないかね。彼女たちはヘロヘロ様に望まれて奉仕している。まして、ヘロヘロ様は二年ぶりのご帰還なのだ。その間に創造主への忠誠心が色褪せていないことを証明しているのだから、とやかく言うことは無粋ではないか?」

 

 それを受けて、セバスの空気も微妙に変わる。微妙でこそあったが、はっきりと分かる程度には変わった。

 

 ……何故か、声音も口調も違うのに、この空気には覚えがあった。

 

「何を言うのですか、デミウルゴス様」

「様付けは不要だよ。同じ御方々にお仕えする者同士、我々は対等なのだから。むしろここには御方がお二人もいらっしゃるのだ。私如きに様を付ける方が不敬と言うものだ」

「では、そのように。……改めて、デミウルゴス。彼女たちは普段から御方々にこれ以上ないほどの忠義を働いております。だからこそ、このように彼女たちの存在が御方の行動の邪魔になっていることを私は憂いているのです。ましてこのような非常時に」

「非常時だからこそだよ、セバス。油断大敵ではあるが、ゆとりも大事だ。彼女たちは別に仕事を怠っているわけではないのだろう? まして御方々がそれを容認されている。何の問題があるのか。それとも何かね? 君は戦闘員ではない一般メイドたちの働きがナザリックの防衛力に影響するとでも? この私が計画し、先程ポケット様から問題ないと保証していただいた警備計画にそれほどの穴があるとでも言いたいのかね?」

「御方の保証がなくとも貴方の能力は信頼しておりますよ、デミウルゴス。そうではなく私は心構えの問題を――」

「く、くっくくー」

 

 笑い声を上げる機能を持たない生物が無理やり人の笑い方を真似たような歪な声が、口論に熱中する二人の耳に入った。

 

 その笑い方がポケット・ビスケットのものであることを知る二人ははっとした。

 

「御方々様の前で、失礼しました!」

「愚かな行為をお見せして申し訳ありません!」

 

 慌てて、謝罪としての深いお辞儀をモモンガとポケットに向けるデミウルゴスとセバス。おそらくポケットが笑ったのは二人の醜態に呆れてしまったのだろう。しかしその反応は非常に不可解なものであった。

 

「──あははは!!」

「くっくくっくくー!」

 

 怒るでもなく呆れるでもなく、上機嫌に笑う二人の姿がそこにあった。表情筋の存在しないモモンガでさえ愉快でたまらないといった様子が明確に伝わるほどだった。

 

「構わないとも。許す、許すぞ! そうだ! そうやって喧嘩をしないとな、あははは」

「くっくくー、仲が悪いとは聞いていたけど、そこまで悪いのかよ……。長い付き合いだろうにたけのこときのこでそこまで……くっくくー!」

「ああ、ポッケさんが入ったばっかりの頃の話ですね! あはははは! てか、ポッケさん本当笑い方下手くそ!」

「そうそう! 笑い方を治した方がいいってたっちさんが言って、ウルベルトさんがこれがぼくの良さだって、人をダシにするなよな、くっくくー!」

 

 セバスとデミウルゴスを置き去りにして、上機嫌な二人。御方にお叱りを受けるようではないと理解し、こっそりと安堵する執事長と第七階層守護者。

 

 だが、突如として糸が切れたようにモモンガの笑いが止まる。

 

「あはは……ちっ、楽しさも抑制されるか……」

「くっく……存外不便だね、それ。やっぱり一時的にでも人間化できる手段があった方がいいですかね。一緒にご飯食べたいですし」

 

 モモンガの落ち着きにつられて笑いを止めたポケットはやるせないといった態度で肩を竦めた。そして、先程から忘れていた遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)の表面に軽く触れてみる。

 

「てか、これを動かすのが目的だったんですよね。案外、こうシュッとすれば――」

 

 指でスライドさせるようにすると、そこには明らかに人工物らしき家が見えた。予期せぬ発見に、喜びより戸惑いの方が大きかった。

 

「……とりあえず民家発見ですか?」

「みたい、ですね……。作りからして中世ってところですか?」

 

 人工物と言っても、コンクリートでもアスファルトでもない。ファンタジーや歴史の創作物でよく見る中世ヨーロッパ式の農家だ。一つや二つではない。それほど大規模ではないが農村。知的生命体の存在を確認できたわけだ。始めての情報源となる。

 

「おめでとうございます、モモンガ様。ポケット様。このセバス、さすがとしか申し上げようがありません!」

「流石は御方々でございます。すぐさまこの村を調査するシモベを厳選します――おや?」

 

 デミウルゴスが怪訝な声を上げたため、映像の方に目を移すが、様子がおかしい。人々の動きが妙に忙しないのだ。

 

「……祭りか?」

「いえ、これは違います」

 

 セバスの言う通り、これは祭りでも獣でもない。人間による、人間の虐殺だった。騎士のような格好をした者達が村人らしき者達を殺して回っている。村人が逃げ回り、騎士がそれを追いかけて斬り殺す。

 

「ちっ!」

 

 モモンガは骨だけの顔で舌打ちをする。この村にはもう価値がない。襲撃しているのが山賊ならばともかく騎士ということは、この襲撃は国あるいはそれに準ずる組織が絡んでいる可能性が高い。右も左も分からない異世界で国を敵に回すなど論外だ。まして、この映像の騎士たちがレベル百である可能性だってある。レベルも能力も未知の存在を敵にするほど、モモンガは傲慢でも考えなしでもない。

 

 モモンガの手が滑り、映像が変わる。騎士と村人がもみ合っていて、二人の騎士が村人をはがそうとしている場面だった。村人は無理矢理引き離されると、両手を持って立たされ、何度も何度も剣が突き立てられる。致命傷だろう。もう助からない。そんな地面に倒れた村人と、モモンガは目が合ったような気がした。そして、彼が死に際に紡いだ言葉が聞こえたような気がした。

 

 ――娘達をお願いします。

 

「どう致しますか?」

「見捨てる。助ける価値も意味もない」

「え?」

 

 セバスの問いに対するモモンガの返答に、ポケットは心底意外そうな声を上げる。そして、隣にいたデミウルゴスに訊ねる。

 

「デミウルゴス。おまえはどう思う?」

「モモンガ様のおっしゃる通り、見捨てるべきかと。あのような下賤な人間に、御身の慈悲を向ける価値などないかと」

「そっか……」

 

 ポケットの口は一見すると普通の人間のような外見である。だが、歯の形状や羅列は明らかに人間のものではないし、限界まで広げたら耳まで裂けているのだ。そんな口から、はぁ、と意味深な溜め息が吐き出される。

 

「ポッケさん?」

「ポケット様?」

「……いや、何でもないさ」

 

 ポケットは何故か自分自身の顔を指さす。

 

「何だよ。期待させやがって。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 かと思えば、口を大きく開けて、そのまま人差し指を突っ込む。

 

 

 

 ――つまんねえなぁ。

 

 

 

 そう言って、自らの人差し指を噛み千切った。



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カルネ村の救世主

(何だ、あのバケモノは)

 

 ロンデス・ディ・グランプは、神に祈った。今こそ敬虔なる使徒であるロンデスをその加護で救うべきではないかと祈りを捧げた。もっとも、手を合わせることも天を仰ぐこともできなかった。

 

 あのバケモノを前にして一瞬でも隙を見せることなど、できるはずがなかった。横を見る余裕などないが、他の隊員たちも同じだろう。

 

「■■――、■■■―――――っ」

 

 怪物から大きな音が発せられる。鳴き声なのだろうが、音しか表現のしようがないものだったのだ。聞いたことがないというのもあったが、それ以上に生物らしさというものを感じなかった。まるで激流だ。

 

(どうして、こんなことに!)

 

 彼はスレイン法国の兵士である。現在、ある極秘任務に参加中だった。内容はバハルス帝国の兵士に扮してリ・エスティーゼ王国の村を襲撃するというものだ。詳しいことは聞かされていないが、どうやら自分たちは囮で、おびき寄せられた『誰か』を別動隊が仕留めるようだ。自分たちはその『誰か』によって殺されないように上手くやるだけで良かったはずだった。

 

 すでに幾つかの村を襲った。村人をあらかた殺し、家に錬金油をぶちまけて焼く。わざと数人生かすのは、おびき寄せられた集団の戦力を割くためだ。都市や他の村に避難するとしても、モンスターや盗賊に襲われる危険のある村人だけで避難するのは非常に危険だ。

 

 今回の村もこれまでと同じように終わるはずだった。

 

 途中までは上手くいっていたのだ。これまでと同じようになっていたはずだった。強い村人がいたわけではない。村に盗賊対策の罠があったわけではない。隊の中に急に体調が崩したものがいたわけではない。

 

 ただ、何の脈絡も予兆もなく、このバケモノが出現したのだ。

 

 バケモノは突如として出現したかと思えば、何人かの仲間が倒れた。何が起きたのかはわからなかったが、あのバケモノが何かをしたことは明白だった。

 

「■■■■■■―――――っ!!!」

 

 バケモノがまた吠えた。地響きのような揺らぎを錯覚する。そう、錯覚だ。錯覚のはずだ。一個の生物が咆哮を上げた程度で、大地が動くはずがない。そんなことがあっていいわけがない。

 

(神よ。御身がおわすならば、あのバケモノを退け給え。敬虔なる使徒であるわが身を救い給え、それともあんな――あんな滅茶苦茶な体の構造をした生物の存在を許すというのですか――!)

 

 バケモノの容姿を一言で説明することは難しい。本当に、バケモノとしか形容のしようがない身体をしているのだ。正確に伝えようと思えば言葉にはできるが、随分と長々しくなってしまうだろう。生き残って誰かに説明しても信じてもらえないかもしれない。

 

「お、お前達! あの化け物を近づけさせるなぁ!」

 

 そう叫ぶのは、隊長のベリュースだ。箔を付けるために隊に参加し、隊長に抜擢された資産家のボンボン。戦闘能力も人格もカスであり、隊の誰からも嫌われていた。

 

「俺は、こんな場所で死んでいい人間じゃない! おまえら、時間を稼げ! 俺の盾になるんだぁ!」

「■■■■■■」

 

 そんなベリュースの声が耳障りだったのか、バケモノの()()()()()が彼を見た。そして、《上の右腕》を上げたかと思えば、次の瞬間、べちゃりと嫌な音がした。

 

「い、いぎゃあああああああああああああああああああ!!」

 

 響く渡るベリュースの悲鳴。村の中央に集めた村人の息を飲む音が聞こえる。悲鳴すら上げられないほど、衝撃的な光景が広がっているのか。

 

 バケモノから目を逸らすべきではない、という本能の警告を無視して、ロンデスはベリュースの方を見た。直後見なければよかったと後悔した。

 

「いたい、いたい! た、たすけて、た、たすけ、お、おかね、あげますおかねあげますあげましゅからから、いぎゃあああああああああああああああああああ!」

 

 そこにあったのは、地面に倒れて必死に命乞いをするベリュースの姿。ただし、ロンデスの予想とは全く違った姿だった。()()()()だったのだ。どこも出血していないようだったのだ。みっともなく倒れて泣き叫ぶベリュースの姿があった。まるで打ち上げられた魚のようだ。

 

 滑稽な姿ではあったが笑う気にはなれなかった。当然だ。どうしてああなったのかは分からないが、次は自分かもしれないのだから。怪物の方向に視線を戻す。

 

「■■■■■」

 

 ベリュースを見たのは本当に一瞬だ。瞬き一つできるかどうか。

 

 なのにどうして、この怪物は自分の目の前にいるのだろうか。

 

「は、はは」

 

 乾いた笑いが出る。怪物の持つすべての目と、目が合ってしまった。

 

「■■■■■■―――――っ!!!」

 

 耳が裂けるほどの巨大な咆哮を受けて、ロンデスの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

「そこまでにしておいけ、我が友ポケット・ビスケット」

 

 突然の声に、誰もが其方を見た。意識があるものは全員だ。戦意など消滅している兵士も、生きた嵐に怯えている村人も、埒外の怪物でさえも。

 

 空中に、漆黒のローブを着た謎の人物がいた。顔を怪しげな仮面で隠しており、露出は零。おそらくは男性で、魔法詠唱者なのだろう。空中に浮かんでいるのも魔法なのだろう。

 

「■■――、■■■―――――っ」

 

 怪物が唸り声を上げる。

 

「不服か? だがこれ以上の勝手は許さん。お互い、不本意なことをすることになるぞ」

「■■■■」

 

 怪物は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、その場に胡坐をかいた。複数の尾が大地を叩く音に身震いしてしまう。どう見ても、あの魔法詠唱者はこの怪物と意思疎通をしている。

 

 魔法詠唱者は意識のある手近な兵士の下にゆっくり降りてくる。おそらくは敵であろう存在が接近しているというのに兵士は動けずにいた。あの怪物と同じくらいの脅威だと理解できたからだ。自然災害相手に剣一本でどうしろというのだ。兵士が動けずにいると、魔法詠唱者は器用にその兜をはぎ取る。

 

「諸君らには生きて帰ってもらう――そして諸君らの上司、いや、飼い主に伝えろ」

 

 ――この辺りで騒ぎを起こすな。騒ぐようなら今度はお前達の国に死を告げにいく。

 

「行け。そして確実に主人に伝えろ」

 

 顎でしゃくると兵士達は文字通り転がるように一目散に走り出す。大地に倒されている兵士などに構っている余裕はない。倒れているだけで意識のある兵士もそれなりにいるのだが、やはり構う暇はない。

 

 魔法詠唱者は兵士たちの姿が完全に見えなくなると、広場に固まっていた村人たちに視線を向けた。

 

「さて、もう安全だ」

「あ、貴方は?」

 

 村人の代表らしき男性の視線は、魔法詠唱者と怪物を行ったり来たりしている。

 

「私の名はアインズ。アインズ・ウール・ゴウン。この村が襲われているのが見えたので助けにきた。……奴のことが気になっているようだが心配するな。恐ろしい外見だが、あの……あの、あの、えーと、何と言えばいいんだ? ドラゴン擬きは本人も嫌がるしな……。種族的には獣っていうのが正しいんだけど獣には見えないよな……」

 

 魔法詠唱者――アインズは怪物を指差すが、何と呼称してよいか分からず迷っているようだった。気持ちは分かる。後に今日村に起きたことを説明しろと言われたとして、あの怪物の詳細を伝えるのはかなり難しそうだ。というか、見ながらでなければ説明など不可能だろう。明日には細部を忘れてしまいそうだ。

 

「と、とにかく、あれには理性と知性があり、この村を襲う意志はない。私共々、この村の住人を取って食おうなどという考えはないのだよ。純粋に好意で助けに来ただけだ」

 

 それでも村人の警戒が解けないため、アインズはもう一押しすることにした。

 

「とはいえ、ただと言うわけではない。村人の生き残った人数にかけただけの金をもらいたいのだが?」

 

 村人達の顔に、金銭的に心もとないという色が浮かぶが、その分だけ懐疑的な色は薄れていた。金銭的な目的があったという世俗的な心が逆に警戒心を解かせたのだ。

 

 村人の警戒が解けたところで、アインズは周囲に散らばった兵士たちを見る。意識がある者も何人かいるようだが動けないようだ。その理由を察したアインズは怪物を見る。勝手に暴走した同胞を。

 

「生きているのは四人か。結果オーライですから今回だけ許しますよ。にしても、相変わらずごちゃごちゃしてんなぁ、あの形態」

 

 アインズが何やら呟くが独り言だったらしく、村人たちには聞こえなかった。

 

「……報酬の話をする前に、この騎士たちの処分をしていいだろうか?」

「しょ、処分ですか? まだ生きている者もいるようですが」

「この騎士たちはアレに呪いをかけられました。詳しくは話せませんが、このままにしておけば皆さまにも危害を及ぼす可能性があります」

「ええ!?」

 

 村人からは驚愕と恐怖の声が上がる。意識がある兵士はこれからの未来を予見して逃げようとするがやはり身体が動かない。

 

「だからこそ当方で処分いたします。この件に関しての料金の請求はありませんのでご安心を。子どももいますから別の場所で済ませてきますね」

 

 アインズがそう言うと、怪物が立ち上がった。村人たちは反射的に震えてしまうが、目的は村人ではなく倒れた騎士たちだった。騎士――全身鎧を着た騎士のひとりを軽々と片手で持ち上げると、肩に乗せる。残った騎士たちも手に持つ。

 

 怯える村人を一瞥した後、大きな足音を立てながら森の中へと進んでいった。

 

「すぐに戻ってきますので」

 

 アインズも怪物に続く。

 

 村人たちはほぼ一斉に腰を抜かした。

 

「な、何だったんだ、あのバケモノ。帝国の騎士の方がまだマシだ……」

「ほら、聞こえたらどうする? 人間より耳がいいかもしれんぞ」

「た、たべられなくてよかった」

「あの真っ黒なのは魔法使いなんだろうけど、アレは本当に何なんだ? あの魔法使いが支配しているのか?」

「まさか! あんなの、人がどうにかできるものなのか?」

 

 足音も聞こえてこなくなり、アインズの姿が見えなくなったことで村人たちは口々に怪物への恐怖を口にした。

 

「というか、本当にアレは何だったんだ?」

「何だったんだと言われてねぇ……」

「あんな動物見たことがない。いや本当に生物なのか? 伝説に聞く森の賢王でももっとまともな姿をしているはずだぞ」

 

 この開拓村カルネ村のすぐ近くには、『森の賢王』と呼ばれる伝説の魔獣の縄張りがある。森の賢王は白銀の毛皮で、蛇の尾を持つ大魔獣と言われる。

 

 だが、あの怪物はそのようなシンプルな言葉では語れない。強いて言うならドラゴンが近いかもしれないが、ドラゴンもあんな生物と一緒にされたくないだろう。無理やり簡単にまとめるならば、『様々な動物の人形をバラバラにして、それを子どもが滅茶苦茶に繋ぎ合わせた巨大な怪獣』という感じか。

 

 とにかく、あの何とも形容しがたい怪獣と怪しげな魔法詠唱者がこの村の恩人になってしまったことは確かなようだ。



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汝は人なりや?

 カルネ村のすぐ近くの森の中。そこには、二つの人影があった。モモンガとポケットである。石に腰かけて項垂れているポケットを、立っているモモンガが上から見下ろしている形だ。

 

「ぼくは、また、やってしまった……」

「ポッケさん」

「……分かってます。反省中ですので」

 

 騎士達を転移でナザリックに届けた後、モモンガはポケットを糾弾していた。

 

「何から謝ったらいいか分かりませんけど、すみません」

「ええ、本当にやってくれましたね、この珍獣」

「返す言葉もありません……」

 

 本気で落ち込んでいるようなのでこれ以上は追及しないことにした。一回凹んだら長いのだ、このおぞましい怪獣は。

 

 完全異形形態を解除して人間形態になっているからこそ、その落ち込みようも伝わってくる。気持ちは許していないが、得るものもあった以上、これ以上の追及は後で良いだろう。

 

「でも久しぶりに見ると、本当ごちゃごちゃしてましたね」

「まあ、俺はあの外装のおかげで有名になったようなもんですから」

 

 アインズ・ウール・ゴウンに入る前から、ポケット・ビスケットの名前は有名だった。ワールドアイテムを持つ上位ギルドの幹部だったというのもあるが、最大の要因は完全異形形態の姿だ。

 

 ユグドラシルにおいて、プレイヤーのアバターの外装を好きにいじれる。無論、ある程度の条件はある。例えば、ネフィリムという種族があるがこの種族の外装はどのようにしても醜くなってしまう。試したことはないが、人間の外装でエルフのように耳を長くすることもドワーフのような胴長短足にすることもできないはずだ。

 

 だが、ポケット・ビスケットの種族はキマイラだ。キマイラは元々バフォメットのデータから派生したモンスターだが、そのキマイラから派生したモンスターが種族ごとに個性豊かな見た目なのだ。キマイラロードや魚のキマイラにいたっては全く別のモンスターに見える。早い話、外装のいじれる範囲が広い。それを利用して、ポケットは自らのアバター外装を徹底的に改造した。気持ち悪いくらいに。

 

 その結果が、先程の合体事故キメラだ。外見の説明は何というか、一言で説明しづらい。「まるで〇〇のようだ」という一文では説明できない。

 

 まず体のサイズだが、首の長さを含まればコキュートスより一回り大きい。頭が三つあり、中央の首は額から雷型の一本角を生やした黄金の竜であり、右の首はとさかのある真っ赤な鳥、左の首はサンゴ礁のような角を持つ亀となっている。なお首のサイズは全て違い、右、左、中央の順番で長い。腕は四本で、上部右腕は虎の獣人、上部左腕は蟲王、下部両腕は巨人と竜人のデータを混ぜたものらしい。腰から膝までは類人猿のそれなのだが、足先は象のようになっている。翼は全身を覆えるほどに巨大で、左が緋色、右が藍色だ。尾は五本だが、すべてオーソドックスな蛇で色も深緑に統一されている。胴体はキマイラロードとジャバウォックとゲリュオンが無理やり繋がっているが、境目には手術痕のような縫い目が見られる。

 

 現実どころかゲーム内ですらここまで混沌としたモンスターは稀だ。様々な動物の模型をバラバラにして適当に接着剤でくっつけたような生命体なのだ。

 

 昔のギルドでは『偽竜』と呼ばれていたらしいが、ぶっちゃけ、こんな混沌とした生物がドラゴンな訳がない。恐ろしい生物には違いないが、威厳も何もあったものではない。

 

「どうせぼくなんて長年いたギルドから逃げたクソ野郎ですよ。悪かったですね、コバンザメに成り下がったドラゴンもどきで」

 

 キレ芸珍獣などと仲間から揶揄されたことも多々あったが、怒りよりも後悔の方が素が出やすいのが彼の面白いところだ。案外、本当はタブラのこともそんなに嫌いではないのかもしれない。

 

「てか、モモンガさん。それ嫉妬マスクじゃないですか」

「このあたりではアンデッドは好意的にみられていないようなので隠しておくべきかと思いまして」

「仮面くらい他にあったでしょう……」

「自分のNPCにひょっとこ被せている貴方に仮面についてとやかく言われたくありませんよ」

「それ言われると弱いけど。じゃあ、さっきの名乗りは何ですか?」

 

 村人や騎士たちの前で、モモンガは「アインズ・ウール・ゴウン」と名乗った。集団の代表として組織の名前を出したというよりは、明らかに個人の名前として名乗ったといった感じだったが。

 

「ギルドの仲間たちが集まってくれるサインになってくれたらと思いまして」

「敵も群がってきそうだけどねえ」

 

 ポケットに言われてその可能性を失念していたことに気づくモモンガだったが、背後に誰かが来たことを理解して会話を打ち切る。その正体は敵ではなかった。

 

「お待たせいたしました、モモンガ様。ポケット様」

 

 そこにはデミウルゴスとセバスの姿があった。おそらくデミウルゴスの転移魔法で一緒に来たのだろう。彼らの後ろには透明化や隠密に特化したモンスターの姿もある。

 

「これから村の襲撃を行うということでよろしいでしょうか?」

「……デミウルゴス。我々は騎士に襲われていた村を救いに来たのだ。我々が村を襲ってどうする?」

「はっ! 申し訳ございません!」

 

 大げさに頭を下げるデミウルゴスに対して、モモンガは気にするなと手をかざす。

 

「良い。良くはないのだが、今後はそのような勘違いをしないようにな。毎回こうして撤回が可能な段階で確認できるとは限らないのだから」

「はっ!」

「私はこれからこの先に結界で保護している少女たちを回収してくる。この村の住人で最初に助けたのだが、素顔を見られたため記憶をいじる必要性が出てきた。魔法が上手く利いてくれればよいが」

「素顔を、でございますか?」

「ああ。どうやらこの村には人間種――それも人間しかいないようでな。アンデッドは好まれないらしい。当たり前だが、ポッケさんを見て悲鳴を上げていたしな。いや、ポッケさんの方は他の村人にも見られたから変える必要はないんだが私の方はそうもいかないからな」

 

 まずいものを見られたのならば処分してしまえばいいのに、と考えたデミウルゴスだったが、それを口に出すのは憚られた。御方の考えに口を出すなど下僕にあるまじき行為だ。そもそも、こんな人間の村を助ける必要がどこにあるのかデミウルゴスには分からなかった。

 

 何より分からないのは、この村に転移する前のポケット・ビスケットの言葉だ。

 

「記憶の書き換えに成功したら村の住人から近隣の情報を教えてもらうつもりだ。情報はできるだけ多面的に欲しいからな」

「先程生きた騎士たちをナザリックに送ったようですが、あれらを尋問してしまえば良いのでは?」

「暴力で無理やり出した情報もいいが、感謝から来る無防備な情報も必要だろう?」

 

 デミウルゴスは理解する。そこまで見越して御方は行動されたのだと。そして、それを瞬時に理解できなかったらこそ「つまらない」などと言われてしまったのだと。

 

「後ろのシモベたちは村人に見つからないように村周辺に配置して待機だ。そしてセバス。共に来い。この中ではおまえが一番人間に見える」

「かしこまりました」

「この世界にも魔法というものはあるらしいから、私は旅の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンと名乗ってある。おまえはその従者ということにしてくれ。名前は――別に偽る必要はないか。ポッケさんは――一時的に召喚したモンスターということにでもしておくかな」

「承知しました」

「それとデミウルゴスは、この賢者モードになっている珍獣を見張っておいてくれ」

「賢者モードでございますか?」

 

 至高の御方々がデミウルゴスやアルベドなど足元にも及ばない賢者であることは明白なことのはずだ。それに、形態というならば今のポケットは人間形態と言うべきなのだが。

 

「……ごほん! 今のは忘れてくれ。とにかく、ポッケさんを見ておいてくれ」

「はっ! 一命に賭けて!」

 

 モモンガとセバス、連れて来た隠密特化のシモベたちがいなくなると、ポケットはゆっくりを頭を上げた。

 

「デミウルゴス」

「はっ!」

「ごめんなさい」

 

 ポケットは再度頭を下げる。と言っても、先程とは頭を下げている意味が違う。先程まではただの姿勢だったが、いまはデミウルゴスに謝罪をしているのだ。

 

「お、おやめください! ポケット様! 私如きに頭を下げるなど!」

 

 デミウルゴスは慌てるが、ポケットは頭を上げるわけにはいかなかった。自らの失言と暴走を本気で恥じているからこその謝罪だった。

 

 謝罪の言葉を重ねようとしたが、人間形態であっても人間であった頃より遥かに鋭い五感が第三者の存在を捉えた。モモンガやヘロヘロの次の次くらいにはよく知っている相手だ。

 

「ポケット様。それ以上はむしろデミウルゴスを苦しめてしまうであります。我らが支配者が、下僕風情に頭を下げるなどおやめください。御身にこのような言葉を向けるなど不敬でありますが、その行為自体が失礼であります」

 

 顔を上げればそこには、金髪碧眼の軍服少女。ポケット・ビスケットが制作したNPCのアリス・マグナがいた。

 

「お聞きかもしれませんが、ヘロヘロ様にはご連絡済みであります。御方はナザリックにて騎士の仲間が来たときに備えて待機するそうであります」

「いや、初耳。……失礼、か」

「はい。失礼であります」

「そっか……。むしろ偉そうに開き直った方がいいのかな……」

「さっさとそうしろと言っているんであります、このポンコツ創造主」

「アリス! 守護者統括補佐だからと言って御方に何と言う口の利き方を――」

「いや、これはぼく――俺が悪いから」

 

 よっこいしょ、と腰かけていた石から腰を上げるポケット。

 

「今から村に行くのはやめた方がいいかな。モモンガさんが何しているか分からないから、呼ばれるまで待とう」

「それがよろしいかと」

「了解であります」

 

 

 

 

 

 

『やっちゃいましたねー、ポッケさん』

「ええ、やっちゃいましたとも、ヘロヘロさん」

『さっきモモンガさんが送ってきた騎士たちは五大最悪たちに拷問してもらうことにしました』

「左様ですか」

『拷問ってワードに無反応とは。やっぱりポッケさんも人間に対して心が動かなくなりました?』

「ん? まあ、言われてみればそうですね。あれ? 騎士に殺されている無辜の民を見たら助けたいと思う程度には、人間性あるはずなんですけど」

『やっぱりですか。ちらっとモモンガさんとも話してみたんですけど同じみたいですね。でも丸っきり種族の影響を受けるかって言われたらそうでもないみたいで。私はスライムですからほとんど無関心で正しいんですけど、生命を憎むアンデッドのモモンガさんは別に人間や他の生物を殺そうとは思っていないみたいですから』

「生きる者を憎むなら、ぼくとか転移初日に殺されてますよ。形も人間ですしね」

『ちなみに、キマイラの種族的特徴としては人間をみたら食欲とかわくんですか?』

「え? 食べませんよ。加工食品しか知らない世代には気持ち悪いだけじゃん。血とか生肉って」

『自分の指を噛み切った人のセリフじゃないですよ』

「もうぼくは人じゃありませーん。人の形をした獣だよ」

『明るく振る舞ってますけど、結構凹んでるんですね』

「うるせえ、メイドスキースライム」

 

 

 

 

 

 

 モモンガが村人から収穫した情報は驚きのものだった。

 

 元々考えていた可能性ではあったが、この世界はユグドラシルではないらしい。

 

 このカルネ村が属するリ・エスティーゼ王国。バハルス帝国。スレイン法国。全て聞き覚えのない地名だ。そして、村人たちもユグドラシルやヘルヘイムという地名に覚えはないらしい。通貨すらユグドラシルとは異なる。

 

 歴史を聞いてみても、リアルとは全く異なる模様だ。六百年前の六大神。五百年前の八欲王。二百年前の十三英雄。

 

 そして、村人と会話して気づいたことだったが、彼らは日本語を話していない。しかし自分たちには日本語に聞こえる。どうやらこの世界にある何かしらの力が自動的に翻訳してくれるらしい。

 

 魔法の存在はあるらしい。しかし、このような辺境の村では時々魔法詠唱者が立ち寄るだけで、使い手などいないとのこと。素質があったとしても修得できる環境でもないらしい。

 

 他に興味深いことと言えば、この森の近くに縄張りを持つという森の賢王だろうか。どうやらカルネ村はその魔獣の縄張りの近くにあるおかげで野獣による被害をほとんど受けたことがなかったらしい。村の周辺に獣除けの柵すらないのはそのためだ。

 

 騎士たちに殺された村人の埋葬も終わり、アインズことモモンガは村長に挨拶だけして帰ろうとした頃、新たな問題が発生した。

 

 再び、騎士らしき集団が村に近づいてくるのが目撃されたらしい。

 

「もう報復に来たか。基地が近くにあるのか? で、そいつらは捕まえる? それとも潰す? ぼくはどっちでも出来ますよ」

 

 その連絡を受けたポケットは特に逡巡することなく提案するが、モモンガは却下する。

 

『ダメですから。騎士の仲間だとは限りませんし。あと、ポッケさんはモンスターの召喚を暫く控えてください。特にさっきみたいなのは』

「えー」

『えー、じゃないですから。あれは俺やNPCたちの心臓に悪いんですよ。急に指を噛み切って何かと思いましたよ』

「いやー、同士討ちが解禁されているってことは自傷行為が可能になったってことだからさ。ひょっとしたらできるかなと思ったら案の定」

 

 当たり前の話だが、ユグドラシルでは自分の肉体を傷つけるなど専用のスキルやアイテムのデメリットでしかできなかったことだ。そして、ポケットの戦い方において被ダメージの量やタイミングは非常に大きな意味を持つ。戦略のキーとしてではなく戦術のトリガーとして。

 

『この野郎。その場でもうしばらく待機しておいてください。こっちにはセバスもいますし、何かあればすっ飛んで来てくれたらいいので』

「了解」

 

 しばらくして再びモモンガから連絡が入る。

 

 どうやら村に接近してきた集団は襲撃してきた者たちとは別の者たちだそうだ。

 

 リ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。それが今回の集団のリーダーらしい。こんな辺境の村の村長でも顔は知らなくても名前だけは知っているくらいには有名人のようだった。

 

 何でもこの周辺の村々は謎の騎士の集団に度々襲われていたらしく、そのために王都からガゼフ率いる戦士団が派遣されたとのこと。なお、モモンガの見立てでは正規の騎士団というよりは歴戦の傭兵たちを思わせる装備だそうだ。

 

 ガゼフたちに先程の騎士団について説明しようとしたところで新たな問題が発生。というか、ポケットたちもそれは感知していた。アイテムや特殊技術で隠れているため相手は此方に気づいていないようだが、ポケットたちはしかとその存在を確認している。

 

『――この村を包囲している神官らしき連中が召喚している天使なんですが』

「見覚えあるよね」

 

 第三位階の召喚魔法で召喚可能な天使、炎の上位天使。ユグドラシルのモンスターだ。第三位階の召喚モンスターなどレベル百のモモンガやポケットの敵ではないが、問題なのはユグドラシルのモンスターが存在していたということだ。

 

 つい先程、『リアルともユグドラシルとも違う異世界である』という結論が出たばかりであるこのタイミングで。ユグドラシルでない世界にユグドラシルのモンスターがいるという矛盾。果たして、あの天使は在来種と見るべきか、外来種と考えるべきか。外来種ならば持ち込んだのは、プレイヤーか?

 

 戦士長ガゼフ曰く、相手はスレイン法国の特殊工作部隊である可能性が高いという話だ。つまり、村長たちは先程の騎士たちは鎧から帝国の騎士だと思っているらしいが、こうなれば偽装していた法国の工作員だったと考える方が妥当かもしれない。

 

 つまり、プレイヤーがいるかもしれないスレイン法国とひと悶着してしまったと思うべきか。

 

『戦士長からは協力を要請されましたが断りました。まあ、しばらく様子を見て俺でも倒せそうなら助けに行くつもりですけど』

「……戦士長とやらの首を出せば、関係を皮一枚で繋げるかもしれませんよ? 突っ走ったぼくが言えたことじゃありませんけど、謝罪のタイミングは今だけかも」

 

 息を飲むような間があった。モモンガに喉はないのが人間だった頃の残滓がその真似をさせたと察した。

 

『俺は、俺たちは困った人がいたら助けるだけです。それは当たり前のことですからね。当たり前のことをしたのに謝る道理はないでしょう?』

 

 ――誰かが困っていたら助けるのは当たり前!

 

「たっちさんか」

 

 ユグドラシル最強の戦士のひとり、たっち・みー。アインズ・ウール・ゴウンに入る前も入った後も何度か挑んだものの、一度も勝てなかった。そんな男が度々口にしていた、らしい。

 

「モモンガさん。責任を取るわけじゃないですけど、連中を潰すのはぼくがやっていいですか? 正直、片手くらいしか殺してないから消化不良です」

『ダメです』

「けち」




ショートカットできる場面はショートカットする方向で。


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陽光聖典

オリ至高の一人称を変更することにしました。
すでに投稿した話も随時直していきます。


 結局、ポケット・ビスケットに許されたのは『見ていること』だけだった。

 

 マジックアイテムで気配を消して、特等席での観戦を選んだ。無論、同じように気配を消しているデミウルゴスやシモベたちが護衛についたが。彼らとしては万が一に備えてマジックアイテムで遠方から観察するだけにして欲しいようだったが、無理を言った。

 

 見届けたいと思ったからだ。理解したいと考えたからだ。

 

 王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフは法国の特殊部隊――後に六色聖典の陽光聖典と判明――に特攻する道を選んだ。人数でも質でも負けている以上、勝てない。辺境の村の人間など見捨てて、逃げるという選択肢だってあったはずだ。この場で最も命の価値が高いのは戦士長なのだ。彼には村人よりも自分を優先する権利と義務があったというのに、それを無視した。

 

 王国の戦士として無辜の民を守る。

 

 理屈や感情は分かるが、共感はできない。愚かだと笑うことは簡単だ。輝かしいと目が眩むが、自分には出来ないとも思う。ポケットにとって一番大事なのはいつだって自分だった。大切にしてきたのは自分だけだった。

 

 モモンガ――もとい、アインズが後方に控えていることなど理由にならない。村人は助かるかもしれないが、彼に出番があった時、ガゼフは死んでいる。

 

 何故だ。何故、自分より他人を優先できる。何の利益がある。何の欲望で動いている。何の感情がおまえを前に進ませる?

 

 俺は――ぼくはどうしてそうじゃない?

 

 もしもおまえのようならば――あのギルドから置いていかれずに済んだか?

 

「始まったようであります」

 

 考え事をしている間に、戦士団と法国の部隊が交戦を開始する。戦士たちは騎馬で突撃していくが、対する神官たちは天使を召喚したり遠距離魔法を放ったりして距離を詰めさせない。直接的な攻撃だけではなく状態異常も使っているようだ。

 

 その様子を見ていたデミウルゴスは少し困ったように言う。

 

「あれは――もしや劇か何かでしょうか? 先程からあの神官たちが使っているのは第三位階が精々。あのリーダー格らしき男も第四位階程度しか使えないと見ました。戦士たちの方も、命がけの戦いをしているにしては随分とゆっくり走りますね。まさかあれが全力なのでしょうか。あの戦士長なる男はそれなりに腕が立つのですよね。それもここまで手間をかけて殺す必要があるほどに」

「お粗末すぎるでありますな。御方がご観覧するには、見世物としては」

 

 戦士たちが神官の魔法や天使にやられ、戦士長自身も満身創痍になった時、彼らの姿が一斉に消えた。代わりに出現したのは黒衣の魔法使い。モモンガによる転移である。戦士たちは今頃村だろう。

 

「まさか、いくら相手が魔法の使えない戦士とはいえ、転移妨害もしていなかったのですか? アイテムによる転移も有り得たでしょうに。これはこれは……」

「用意できなかった。とも考えられるでありますよ」

「ん? 何で神官、モモンガさんが転移させたのを嘘だと言っているんだ? まあ、幻術の可能性もあるけど戦いの邪魔になることを考えたら転移させる方が確実だろう」

「これまでの程度の低さを考えますと、あれほどの人数を同時に転移できる魔法を知らないのでは?」

「くっくくー。まっさかー」

 

 周囲に展開していた天使がモモンガを攻撃する。だが、第三位階で召喚された天使では彼にダメージを与えることはできない。常時発動型特殊技術によって、レベル六十以下の攻撃は完全無効化されるのだ。

 

「……低級な天使風情がモモンガ様の玉体に傷をつけようなど、身の程知らずな」

「やはりあの程度の神官、小官たちでぶっ殺した方が良かったのでは? わざわざ御身が出る必要など――」

「実際に試したいことが色々あるんだろうさ」

 

 神官たちは思い思いの魔法をぶつけるが、それも無効化される。神官たちに動揺を通り越して恐怖が見えてきた。

 

「こうなれば仕方がない。お前達、時間を稼げ! 最高位天使を召喚する!」

 

 このままではまずいと判断したのか、何やらリーダー格の神官が懐から水晶玉のようなものを取り出す。ポケットにはそれに見覚えがあった。

 

 人間だった頃よりも格段に性能を上げた視覚とユグドラシルの知識が、男の取り出した水晶玉の正体を見破った。

 

「魔法封じの水晶か。あの色だと、超位魔法ではないみたいだけど」

「撃つでありますか?」

 

 アリスの手には彼女の身長ほどもある巨大な狙撃銃が構えられた。二丁拳銃を主装備と設定されたアリスだが、遠距離射撃も問題なく可能だ。制作当時のポケットからすればほとんどフレーバーだったが、こうして拝めるとは思っていなかった。

 

「いや、いいよ。召喚された天使が熾天使もしくは智天使だったら頭を撃ち抜け。未知の天使だった場合、データが欲しいからしばらく様子見。以上」

「了解であります」

 

 寝そべって狙撃姿勢になったアリスを見ながら、やっぱ少女×銃は正義だぜー、と内心で嘯いている間に神官のリーダーが天使を召喚する。

 

「見よ! 最高位天使の尊い姿を! 威光の主天使」

 

 それは光輝く翼の集合体だった。足や頭がないにも関わらず、それが聖なるものであると見る者に感じさせるほどの聖なる存在感があった。その姿を見て、神官たちに勝利への絶対的確信が宿ったのが分かった。

 

 対して、ポケットはひどいものを見たとばかりに手で顔を覆った。

 

「あの、ポケット様? 熾天使でも智天使でも未知のモンスターでもないでありますが、どうするであります? モモンガ様も落胆されているようですし、終わらせちゃうでありますか?」

「うん。いいでしょ。合図もないから手出し無用で」

 

 その後、モモンガがわざと主天使の一撃を受けたものの、予想通りほとんど無傷。「ダメージはある」程度のものだった。対して、主天使はモモンガの放った魔法で一撃で消滅。攻撃性・耐久性ともに、ポケットたちの知る主天使と大差はないようだった。

 

 天使が消滅した後、大きく空間が割れる不思議な光景が出現する。その光景はすぐに戻ったが、ポケットには何となく察しがついていた。

 

「遠方から監視するタイプの魔法に、モモンガさんの探知対策が発動したってところか? うーん。あの人がどの魔法をセットしていたかは分からないが、覗き見した連中はどうなったことやら」

 

 神官たちの所属しているというスレイン法国の可能性が高いが、その一方で知らない第三勢力の可能性も捨てられない。自分たちは何も知らないのだから。この世界について、まだまだ素人だ。小さな村の村長から聞けた情報だけで何かを知ったつもりになるのは愚かすぎるだろう。

 

 そのためにも情報である。一般常識は勿論、国家やプレイヤーについても知りたいところだ。

 

 秘密工作部隊の隊長格とは、一体どれだけの秘密を持っているのだろうか?

 

「あ、合図だ。でもあの状態じゃ心も完全に折れているし、抵抗は最小限で済むかな。でも油断は大敵ということで。あいつらとっ捕まえてナザリックに帰るよ」

「かしこまりました」

「了解であります」

 

 

 

 

 

 

 陽光聖典との戦いの後、第九階層のモモンガの自室、部屋の主であるモモンガの他にヘロヘロとポケットも集まっていた。転移後からは必ずシモベが控えるようになっていたのだが、一時的に三人だけにしてもらっている。

 

「知識の共有もしておきたいんですが、最初に、勝手に突っ走った珍獣の裁判を行いたいと思います。被告、ポケット・ビスケットは前に」

「ぼくは悪くない」

「反省したんじゃなかったんですか!」

「したけど忘れた」

 

 悪びれずに言うポケットを見て、ヘロヘロが挙手する。

 

「モモンガ裁判長! 被告には反省の色が見えません。これは謹慎三日が妥当だと思われるのですがどうでしょうか!」

「ヘロヘロ検事の案を採用します。被告を謹慎三日の刑に処します。執行猶予は認められませんので今度こそ反省するように」

「お二人とも、裁判ごっこはいいんですけど知識が適当すぎません?」

「たっちさんがいてくれたらもうちょっとまともになったんでしょうけど」

「警察官って裁判に立ち会うんですか?」

 

 裁判のやり方こそぐだぐだしていたが、謹慎三日はどうやら本当のようだ。ポケットは早々に諦めた。正直、部屋から出られないだけでこの数日と生活は変わらないような気がする。第二階層の某領域に放り込まれるわけでもあるまい。

 

「では本題に入りましょう」

「この世界が――ユグドラシルでもリアルでもない未知の異世界であるという点について、ですね」

「お二人が出ている間に図書館や百科事典で確認しましたが、お聞きした地名はユグドラシルにはありませんでした。似たような名前ならないこともないんですが、リアルの方にも該当はありません」

「陽光聖典でしたっけ? 彼らからの情報待ちってことですか」

 

 困ったなぁ、と三者三様のポーズを取る至高の御方々。

 

「これからの基本方針ですけど、しばらくは情報収集になります」

 

 情報はどのような時代や地域であっても武器になる。何せ自分たちは一般常識すら知らないのだ。下手をしなくても寒村の幼児よりも世間知らずと言える。無知を解決しないことには、近くにあるエ・ランテルという都市に行くことも躊躇われる。

 

「ナザリックの強化も必要になってくると思いますよ。今は部外者に見つかっていないみたいですけど、いつ誰と敵対するか分からないですから」

 

 つい先程、スレイン法国と矛を交えたばかりだ。この世界独自の勢力を敵に回す場合も考えられるが、自分たちと同じユグドラシルプレイヤーと敵対する可能性も非常に高い。DQNギルドとして悪名高かったアインズ・ウール・ゴウンだ。ゲーム内でのあれこれを持ち出されることは想像に難くない。

 

「今はそうでもないけど、今後のために金と物資は調達できるルートを確保したいですね。ナザリックの維持費も馬鹿にならないですから」

 

 ギルドメンバーのほとんどがログインしなくなってから、モモンガやポケットはサービス終了までギルドの維持費確保に勤しんでいた。貧乏性が幸いして、全盛期からほとんど目減りしていない。しかし有限には違いない。補充しなければいつかはなくなる。この近辺でユグドラシル金貨は扱っていないようだが、それは別に問題ではない。何らかの資源を半永久的に確保すれば、エクスチェンジボックスというアイテムで金貨に換金できるのだ。

 

「俺としては、どこかの国の後ろ盾が欲しいんですが」

「ぶっちゃけ、私たちの今の立場って政治的にはかなり危ういですよね。戦士長暗殺に関わったこともそうですけど、これって法律的には不法滞在になっちゃいますから」

「あー、そっか。王国の土地なんですっけ、ここ」

 

 建物のレベルが中世であった以上、権力のレベルも中世であると考えるのは強引だ。発展した政治と未発達な政治の違いなど低学歴で一般人の三人にはちっともわからないが。

 

「王に近い立場なようですし、戦士長を助けた恩でこの土地の所有権を認められませんかね」

「どうなんでしょ。微妙なところですよね」

 

 モモンガが戦士長から聞いた話では、戦士長を殺そうとしたのはスレイン法国の完全な独断というわけではなく、王国貴族からの妨害もあったらしい。つまり、戦士長を殺そうとするほど疎む勢力が国内にあるという意味である。現実に戦士長の暗殺が成功しかけたことを考えれば、戦士長への恩というのは期待以上の価値はないかもしれない。

 

 戦士長レベルが最大戦力ならば問題ない。だが、王国がナザリックに匹敵する戦力を持っていないという証明はできない。少なくとも今のところは。土地の不法占拠を理由に攻撃されても、大義は王国の方にあるのだ。

 

「……ここで決議を取りたいと思います」

 

 モモンガの真剣な声に、二人も身構える。

 

「仮にナザリックを超える戦力、敗北が不可避だと想定される相手がナザリックを襲撃した場合、自分やNPCたちの生命を最優先とし、ナザリックは破棄します。異議はありますか?」

「異議なんてあるはずありませんよ。何事も我が身が大切です。いまは、娘たちもいますけどね」

「同じく。破棄した後、ちゃんと準備して奪い返すんでしょ?」

「当然です」

 

 言い淀むことなく答えるモモンガを見て、流石は我らがギルド長であると感心するヘロヘロとポケット。

 

「NPCと言えば確認したいんだけどさ。アルベドのことについて」

「ぎくっ」

「あいつ、妙にぼくやヘロヘロさんよりモモンガさんとの距離が近いような気がするんだよね。シャルティアみたいにネクロフィリアの設定なんてなかったはずなんだけど」

「んー、何ででしょうね?」

「距離的にはそう――ヘロヘロさんとメイドたちに似ているような気がしないでもない」

「え? でも、アルベドの製作者はタブラさんですよね」

「ええ。でもここで一度考えて欲しいんですけど、『製作者』ってのはどの範囲を示すんでしょうか。名前を考えたら? 外装を描いたら? 種族や職業のレベルを定めたら? それとも――フレーバーテキストを書き込んだら?」

「…………」

「ここ数日観察して確定したんですけど、フレーバーテキストやカルマ値って結構NPCの人格に影響を与えるみたいなんですよね。無理な設定は破棄されますけど、極力実現しようとはしているみたいで。矛盾は良いように都合が合わされると言いますか」

「………………」

「ちなみに、コンソールが出ない今は分かりませんが、ゲーム時代だとギルド武器って他人のNPCの設定を書き換えられたような気がするんですけど」

「……………………」

「うちのアリスがね、アルベドがうざいって言うんですよ。何かこっちが嫌っているはずなのに馴れ馴れしいと。……これモモンガさんにも言ってなかったんですが、アリスの設定にははっきりと書き込んでいるはずなんですよ。『アルベドとの仲は最悪である』って」

「…………………………………………」

「当然ですけどアルベドにアリスとの仲に関する設定はありません。転移直前、モモンガさんと一緒にアルベドの設定は見ていますが新たに書き込まれた形跡はありませんでした。全部は見ていませんが、新しい設定である以上最後に書き加えられているべきですよね。だが、最後の一文は『ちなみにビッチである』のままだった」

「…………………………………………………………」

「仮に――仮にですけど、誰かがこの一文を削除したとしましょう。その誰かがせっかくなので、消した一文と同じくらいの長さの設定を付け加えたとしても不自然じゃないですよね。あれはあれで奇跡のバランスだったので、腹立たしいですが」

「………………………………………………………………」

「アルベドの方に? 『アリスと仲良しである』みたいな文章が書かれていた場合、アルベドの認識では自分はアリスと仲良くなるから? 馴れ馴れしかったりするのかなーって」

「……ポッケさん、何気に賢かったんですね」

「ヘロヘロ裁判長、犯人が遠回しにゲロりました」

「判決はタブラ検事が帰ってくるまで保留にしておきましょう」

「えー。二重の意味で、えー」




正直、叙事詩レベルで設定が書き込まれているアルベドの一文を足したくらいで何がどう変わるかなんて検証のしようがないですが、本作においてはアルベドがモモンガに向ける感情は創造主レベルってことにします。厳密には創造主ではないので、サキュバスの特性も合わせて恋愛方向に傾いているってことで。


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目覚めたら

この小説の更新を待っていた人はいるんだろうかと思いつつも投稿
すまねえ。ビーストの方も書きたいんだが筆が進まない


 すっごい寝た気がする。

 

 やべえ。絶対寝過ごしたわ、これ。

 

「…………いま、何時だ?」

 

 睡眠に満足して目を覚ましたのはいつ以来だろうか。視界がぼやけたままで、回復にはまだ数秒を要する。いつにも増して寝起きが悪いな。全く開けない瞼の隙間から光が入っているところを考えると、明かりをつけっぱなしで眠ったらしい。

 

 寝ぼけ眼の自己主張がすごすぎて瞬きも満足にできない。

 

 というか、いま、本当に何時だ。えーと、四時起きのはずだったけど。タイマー仕掛け忘れてたか? 体内時計がいつもの習慣で起こしてくれたなら問題ないんだけど、時計を確認するのが怖いな。なんか日にちの感覚がないな。今日って何月何日の何曜日だっけ。日曜日でないのは確かなはずだけど。

 

 眠気はすごいけど、やけに身体が軽いな。ここ数日激しかったはずの腰痛を感じない。肩も軽い。まさかハイになったか? 肩こりや腰痛ってハイになるんだっけ? なったとしても、それって大丈夫なやつ? 病院に行かないといけないやつ? マジかよ。有給取るしかないかなー。取れないだろうなー。これ以上働いたら死ぬ? 死ねば? って言われるのがオチだ。

 

 夢の世界に戻ろうとする精神を仕切りなおすために、上半身だけを起こして腰を捻ってみる。……あれ? 本当に腰の痛みが引いているな。いつもだったらバキバキ言うはずなんだけど。

 

 おっかしなーと思いながら頭をかく。ん? 髪の毛伸びた? この間、切ったばかりのはずなんだけど勘違いかな? ひょっとしてまだ眠ってんのかな。

 

「おはようございます、であります」

 

 意を決して瞼を開けるのと、突然の声に反応して其方を向くのはほぼ同時だった。

 

「あれ? カナ、来てたっけ?」

「ポケット様。誰でありますか、カナって」

 

 最愛から最も遠い女がわけのわからないことを言っている。いつもと声や口調が違うような気もするし、いつもより小さいような気がするが、気のせいだろう。何だったら顔も違うような気もするけど、いまこの部屋の鍵を持っているのはぼく自身とカナだけのはずだから、これはきっとカナだろう。寝ぼけているにもほどがある。

 

「リアルでハンドルネームで呼ぶなよ。いつも言っているだろう。リアルとゲームをごっちゃにするのは、ぼくがギルドを抜けてから無しにするって約束したでしょ」

 

 ポケット・ビスケット。ぼくがユグドラシルというゲームにおいて使っていたハンドルネームだ。ユグドラシルのサービス自体もう終わるから意味のない名前になるけど……あれ? もう終わったんだっけ? 結局、今日の日付はいつなんだか。

 

 モモンガさんとヘロヘロさんと玉座の間で……どんな感じに終わったんだっけ?

 

「あー、やっぱり鍵を渡すんじゃなかったかな。勝手に上がるんじゃねえよ」

「小官の話を聞いて欲しいであります、ポケット様」

「はいはい。髪をすけってんだろう。ほら、いつまでもベッドのそばに突っ立ってないでさっさと上がりなよ。いつもだったら許可してもないのに上がってくるくせに」

 

 何時か確認できていないけど、この「寝た感」から考えて遅刻は間違いない。もう諦めよ。クビになっても仕方ないね。年貢の納め時というか念仏の唱え時かなあ。

 

「これは……なるようにするしかないでありますな」

 

 カナがベッドの上に上がってくる。いつもより大人しい動きだけどどうしたんだろうか。通常なら『もう、これだからボケスケは! 早くしてよ』とか言うはずなんだけど。……ん? カナが上がったのにベッドのスペースに余裕があるような。寝ている間に、ぼくたち人類は小型化に成功したのか?

 

 視界と意識がはっきりしないまま、手探りで枕近くに置いてある櫛を探す。あれー? ないぞ。いつもこのあたりにテレビ用のリモコンと一緒にペン立てにまとめてんだけど。左手をぶんぶんと振り回すが、何かに当たる手応えがない。ぼくのベッドの大きさを考えるに、ペン立てどころか壁に当たってもおかしくないんだけど。

 

 さっきから色々と変だな、と改めて思いながら空いている右手でカナの髪を軽くすく。手櫛は髪を痛めるから、あくまでも形を軽く整えるためだけに。……カナの髪は長い方だが、ここまで長かったっけ? あと、金髪に染めてたっけ? 髪の艶がいつもより格段に良いような……。

 

「って、カナじゃなくてアリスじゃん」

 

 リアルの姉じゃなくてゲームでの娘だった。

 

「そうでありますけど」

「えーと、ちょっと待って。混乱している」

「了解であります」

 

 よし、深呼吸。状況を理解しろ。寝る前のことを思い出せ。意識を覚醒させろ、頭を回せ。思考して思考して思考しろ。論理を組み立て、選択を提示して、行動を決定しろ。可能性を考慮して安全性を確保して危険性を排除しろ。言葉を拾え、判断材料を引き出せ。

 

 ああ、そうだった。ぼくは――俺は、もうあのリアルにはいないんだった。

 

 ……よし、落ち着いた。まずは、アイテムボックスから櫛を出そう。

 

「とりあえず、このまま髪の毛いじってもいいかな?」

「御方が望むなら問題などないであります」

「希望の髪型とかあるかい?」

「お任せであります」

 

 それが一番困るんだよ。

 

 カナ――姉もよく言っていたけどさ。

 

 

 

 

 

 

 DMMO-RPGの代名詞的人気を誇ったオンラインゲーム『ユグドラシル』の最終日、ぼく――『牧場啓介』あるいは『ポケット・ビスケット』は異世界転移に巻き込まれた。『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバー、モモンガさんやヘロヘロさんとともに。

 

 いわゆる異世界転移、と言われたら微妙に違う。何せ現実の生身じゃなくてゲームのキャラクターとしての姿で異世界に来たのだから。モモンガさんやヘロヘロさんもユグドラシルのプレイヤーとしての姿での転移だった。モモンガさんがスケルトン系の最上級種である『死の支配者』、ヘロヘロさんがスライムの最上級種『古き漆黒の粘体』である。そしてぼくは――キマイラ系の最上級種『ゲリュオン』である。

 

 ユグドラシルのゲーム内のプレイヤーとして転移し、ゲーム内で作ったNPCやギルド拠点も現実化したのだが、この異世界がゲームのユグドラシルが現実化したわけではないようだ。地名や特殊技術等の法則からもそれは明らかだ。

 

 当然だが、あの汚染と腐敗と格差に満ちた『リアル』の世界でもない。環境汚染の気配は微塵もなく、科学文明すらまともに発達していない。ファンタジー小説で定番の、剣と魔法の世界のようだ。王国の姫を攫った魔王はいないようだが、ドラゴンはいるらしい。

 

 しかしユグドラシルと全く無縁の世界でもなさそうだ。先日『不幸な遭遇』の結果出くわした神官たちが、ユグドラシルと同じ魔法を使用していたからだ。

 

 モモンガさんやヘロヘロさんとの話し合いの結果、プレイヤーや周辺国家の情報収集とギルド拠点の戦力強化が主な行動方針となる。それから、資金集めもあったか。ギルド拠点の維持もあるけど、外部勢力との交渉において金ってのはわかりやすい指標だ。それこそ、このナザリック地下大墳墓、そしてアインズ・ウール・ゴウンのこの世界での立ち位置の確定化が一番ってことかな。

 

 どっかの国の後ろ盾が欲しいけど。

 

「やっぱり、ポニーテールかサイドテールだなぁ。ツインテールもいいんだけど、アリスには微妙に似合わないっぽい。あ、三つ編みも試していいかな?」

「どうぞであります」

 

 アリス・マグナ。ナザリック地下大墳墓最新にして最後のNPC。我が娘。性癖をこれでもかと詰め込んだ存在ではあるが、まさか自分の意志で動き出すとは。

 

 ……あんまり実感ないんだよね。子どもができたというよりは、手足が一本増えたくらいの感じだ。一本じゃなくて二本……もとい、ひとりじゃなくて二人の子どもができたわけだけど。

 

 まあ、ヘロヘロさんは自分の制作したメイドたちとイチャイチャしているらしいけどさ。メイドスキーがメイドハーレムを現実のものとしてしまった。まだヤってはいないみたいだけど、正直時間の問題だと思う。情報収集と戦力強化が落ち着いたら、祝言を上げないとね。

 

 NPCと言えば……モモンガさんの方は結構難しいらしいな。宝物殿の領域守護者、パンドラズ・アクター。ギルドメンバー全員に変身し、型落ちとはいえ、その能力を行使できるという。

 

 正直、パンドラズ・アクターは、ゲーム時代ではあまり脅威とは言えない存在だった。ギルドメンバーの能力を模倣できると言っても、ワールド・チャンピオンのような特別な職業の能力は使えないし、非戦闘員のメンバーも多かった。それに、四十人以上のプレイヤーの能力をNPCというコンピューターが使いこなせるかと言われたら微妙だからだ。

 

 現実化した今では、彼ほど重宝する者もいないけど。商人系や生産職の能力はありがたい。武器破壊特化の修行僧のヘロヘロさんを筆頭に、ぼくもモモンガさんも戦闘主体のビルド構築だからな。生産職を持つNPCもそれなりにいるが、専門に特化しているもんな。

 

 だが、あれには性格上の問題がある。性格というか立ち振る舞いというか言動というか。傍から見る分には面白いのだが。あまり長く話すと鬱陶しい。有体に言って、うざい。

 

 パンドラズ・アクターを制作した時のモモンガさんは何を思っていたんだか。

 

「やっぱり髪が長いと、三つ編みが映えるね。うん、可愛い。ぼくの娘、天使かよ」

「お忘れですか? 小官は元から天使でありますが」

「そうだった」

 

 寝ぼけていたとはいえ、何故、アリスをカナと間違えたのだろうか。見た目を似せた覚えはないし、実際似ていないはずなのだが。

 

 アリスを制作するにあたって、アルベドの対極を目指したはずだが、そこにカナの片鱗を込めた記憶などない。ないはずなのだ。あのタブラ野郎と姉に共通点などなかったと思うけど。

 

 まあ、アリス・マグナって名前の語感は、カナのハンドルネームを参考にしたんだけど。

 

 カナ。姉。ただの姉ではなく、親子ほども歳の離れた姉。それも腹違い。ユグドラシルを始めたきっかけは姉だった。生まれる前から一緒だった。ぼくが、あのギルドを抜ける日までは。

 

 同類だと思っていた姉は、同属だと考えていた女は、家族だと信じていた人は、ぼくとは全く違う生き物だった。

 

 もう二度と出会えないであろうが、そこに寂しさはない。いや、ちょっと違うか。あの姉がいない寂しさと、あの姉がいない解放感は等価値だ。一寸の狂いもないほどに。だから、カナに逢えないという痛みは、カナに逢わなくていいという歓喜が打ち消している。

 

 家族ってのは一般的にいたら嬉しいものだとは知っているけど、ぼくの家族は一般的じゃなかった。鬱陶しいだけの重りだった。清々するとまでは言わないが、苦いものもないのは事実だ。

 

 カナはぼくを置いていった。物理的に出ていったのはぼくの方だが、精神的には置き去りにされた。ついていけなくなった。

 

 カナ。おまえを忘れてぼくは生きる。……だからこそ気になるんだよな。リアルのぼくはどうなっているのか。死体になっているのか。消滅しているのか。それとも、哲学的ゾンビみたいに動き回っているのか。そんなぼくを見て、カナは何を思うのか。

 

 あー、それよりも、パソコンの方が気になる。もし現実世界からいなくなるパターンの異世界転移だった場合、カナは確実にぼくのパソコンを見ることになる。パスワード? あの姉にそんなもの役に立つわけねえって! ちょっとでいいからリアルに戻ってデータ消してえ。見られたら困るものが大量にあるんだよ。十八禁的な意味でもそうじゃない意味でも。

 

「よし、完成」

 

 見事な三つ編みが完成した。ふふ、我ながら上出来。

 

 アリスは姿見の前に立つと、頭を振るう。三つ編みが揺れる様子を見て満足げな声を出した。

 

「おおー。今日はこれで一日を過ごすであります」

 

 娘。改めて、娘ねえ? それに、息子がいる。嫁さんより早く娘や息子ができるとは。しかもぼくの種から生まれたのに実の子たちという、非常に解説に困る存在。

 

 恋愛経験はそれなりにあるが、いずれも上手くいかなかった。具体的には過去三人の女性と交際経験があるんだけど、その三人全員に浮気された。ぼく、嫉妬マスクは毎年分持っているんだよね。クリスマスの度に恋人であるはずの女性から『ごめんなさい、急な仕事が入って……』という嘘をつかれていたから。

 

 結構、大事にしていたつもりだったんだけど。ぼくの何がダメだったのだろう……。全部? 全部かな。顔は母親似だからそれなりだったと思うんだけど。

 

 別れの言葉は全員が『もう私に貴方は要らないの』だった。せめて『もう好きじゃないの』って言ってよ!

 

 そして、その三人全員が問題の浮気相手と結婚している。あんな振り方した男に結婚式の招待状を送るの本当にどうかしてる。確か、三人目の式はリアルにいたら来月出席する予定だったんだよな……あれ? よく考えたら、よく考えなくても、むしろぼくが浮気相手で、浮気相手だと思っていた男性は普通に本命だったのでは? 今更気づかなくてもいいことに気づいて、ちょっと泣けてきた。

 

「あれ? ポケット様、どうして泣いているでありますか?」

「お腹が減りすぎて泣けてきた」

 

 我ながらなんてバカバカしい嘘だと思ったが、愛しい娘は鵜呑みにしてくれた。実際腹は減っている。飲食不要の指輪は外している。寝る前に風呂に入る時に外してそれっきりだ。

 

「では、朝餉にするでありますか? すぐに料理長に連絡するであります!」

「そうしよう」

「ごはんにするでありますか? パンにするでありますか? それとも、シ・リ・ア・ル?」

「和食で」

 

 ちゃんとした朝飯は、カナと暮らしていた部屋を出て行ってからかな。カナがちゃんとした食事を作っていたわけではなく、カナのためにぼくがちゃんとした食事を作っていたからだ。一人暮らしだとなー、飯作るのって面倒くさいんだよね。頑張って作っても誰も美味しいって言ってくれないし。本来、ぼくって生の食品って触りたくない人間だし。滅多に手に入らなかったけど、生肉って気持ち悪すぎない?

 

 ……ああ、そうだ。

 

 誰かが作ってくれた食事なんて、生まれて初めてかもしれない。

 

 母親を始めとして、ぼくの人生には料理ができる人間がぼく以外にいなかったからなあ。

 

「そういえば、何でおまえはぼくの枕元に?」

「寝顔を見るため、もとい、寝ずの番であります」

 

 ぼくの寝顔見て何が楽しいの? カナじゃあるまいし。

 

 

 

 

 

 

 陽光聖典によるカルネ村襲撃及び戦士長暗殺未遂事件の翌朝、アインズ・ウール・ゴウンと改名したばかりのモモンガは同士ポケット・ビスケットの部屋を訪れた。今後の話し合いのためである。後程、ヘロヘロもこの部屋にやってくる予定だ。

 

 わざわざポケットの部屋に集合するのは、彼が謹慎中という名目だからだ。

 

 そういえばポッケさんの部屋に入るのはすごく久しぶりだな、と思いながらポケットの部屋に入ったアインズ――なお、部屋のドアはメイドが開けた。支配者は自分でドアを開けることも許されないらしい――は、部屋に入るなり食事中だったポケットを見て絶句した。

 

「…………」

「あ、モモンガさん――もとい、アインズさん。おはようございます。思ったより早かったですね」

 

 言いながら、ポケットは卵焼きを頬張る。湯気が出ているところを見るに熱々なのだろうが全く気にしている様子がない。肉体が異形化したことで熱に対する耐性でも上がったのだろうか。

 

 そんなことはどうでもいい。彼の前に広がるとても美味しそうかつ豪華な和風朝食を見て食事のできない身体が恨めしくなったが、それもどうでもいい。食事の量がどう見ても一人前ではないが、それもどうでもいい。

 

「……ポッケさん」

「何ですか、アインズさん。朝の挨拶もなしに、真面目なトーンで」

 

 モモンガの様子に食事の手を止めるポケット。

 

「あ、そうですね。おはようございます」

「おはようございます、アインズさん」

「いえ、ポッケさんやヘロヘロさんはモモンガでいいですよ。NPCたちにはアインズと呼ばせるつもりですけど」

「成程。では改めまして、モモンガさん。何でしょうか? 見ての通り、ぼく、食事の最中なんですけど」

「言いにくいことですけど最初に言っておきますね? アンタ――――めっちゃ食べ方汚いな!」

 

 ビシイ! と効果音がつきそうな勢いでポケットを指差すモモンガ。

 

 対して、ポケットは少し恥ずかしそうに口を拭う。

 

「仕方ないじゃないですか……。食べにくいんですよ、口裂けなもんで。頬からボロボロこぼれるんですよ」

「限度があるでしょうが!」

「骨だけのモモンガさんにはぼくの苦労が分からない」

 

 開き直ったのか、食事を再開する。何らかの魚の塩焼きを皿ごと持ち上げて、口に放り込むように食べていた。人間の食べ方ではないし、贔屓目に見ても文明社会で育った者の食べ方ではない。完全に動物の食べ方である。あと、めっちゃクチャクチャ聞こえてくる。

 

「いや、せめてNPCの目があるんですけど取り繕いません?」

「え? 何で?」

 

 逆に不思議そうな顔をするポケットを見て、モモンガは自分が間違っているように錯覚しそうになった。無論、ポケット本人はどこ吹く風といった様子で空になった茶碗をメイドに差し出した。

 

「おかわり。大盛りで」

「かしこまりました」

「何事もなかったかのように食事を再開どころか延長するんじゃない」

「モモンガさん。自分が食べられないからってぼくにあたらないでくれます?」

「心臓潰すぞ、クソ珍獣が」

 

 こわーい、と全く本気にしていないポケットだが、しばし考えるように唸る。

 

「……実はさ、モモンガさんを、というかアンデッドやゴーレムみたいな異形種を一時的に人間化する手段ならないわけじゃないんだよ」

「え? マジですか? 一時的にって、どのくらい?」

「十秒だけ」

「十秒!?」

 

 ほとんど一瞬だった。ゆっくり食事などできそうにない。全くできないわけではないだろうが、じっくり咀嚼する余裕すらない。

 

「ぼくの取得している特殊技術に『人体封印』ってのがあってさ。対異形種限定の特殊技術ね。まあ、早い話、人間化させることで一部の特殊技術や耐性を無効化するって技なんですよ」

「そんな特殊技術があったんですか? ポッケさんが使っているの見たことないですけど」

 

 それこそ、このギルドには異形種のプレイヤーしかいなかったのだから、ギルメンとのPvPで使用しそうなものだが。異形種であることに由来する特殊技術や特性の無効化はかなり強い能力のはずだ。

 

「……使用条件がクソなんだよ。まず、通常打撃に込めて発動しないといけないので効果範囲が狭い。他の特殊技術や魔法と併用不可。フィールドが晴れじゃないと使用不可、使用毎に所持している金貨がランダムに減少する、おまけに効果時間も長くならないし、ちょっとの耐性ではじかれやすいし。封じられるのは異形種に由来する能力のみだから動きが封じられるわけでもステータスが下がるわけでもない。持続時間が短くても、下位魔法の方が使い勝手がいいくらいです。取得していたこと自体、今朝まで忘れていましたしね」

 

 取得した理由も、何かの職業か特殊技術の取得条件だったように記憶している。それが何だったかまでは思い出せないが。つまり、かなり昔の話だ。

 

 アインズ・ウール・ゴウンではなく、以前のギルド――『メルヘン大連盟』の黎明期の頃まで遡る必要があるだろう。

 

「理解しました。……とりあえず、一回だけ試してもらっていいですか?」

「いいですけど……さっきも言ったけど室内だと使えないよ?」

「あ、フィールドが晴れって、時間や天候的な意味だけじゃなくてダンジョン内でも使えないってことですか」

「ここで試してもいいけど、きっと、モモンガさんを『こいつ~』って指でつくだけで終わるよ?」

「やめろ、気色悪い! そういうのはアルベドで間に合っています!」

「だからノリ悪いって」

「そんなんだから彼女できる度に浮気されるんですよ。過去の恋人さんたちも、そのノリがうざかったんじゃないですか?」

「………………………………そうですね」

「ガチ凹みやめてくださいよ。本当、そういうところですよ」

 

 

 

 

 

 

「あら、アリスじゃない! 奇遇ね」

「げえ! アルベド! 何でここにいるでありますかぁ!」

「アインズ様に報告することがあるのよ。一度お部屋に向かったんだけど、そうしたらポケット様の部屋にいらっしゃると言うから」

「うえー。予定変更であります……。ポケット様への報告より先にデミウルゴス殿と打ち合わせをするであります」

「そんなに嫌そうな声出さないでよ。親友でしょ、私たち」

「親友!!? 小官と、貴官が!?? はあぁあ!?!? 寝言は死んでから言うであります!」

「もう、アリスったら。寝言は寝て言うものでしょう?」

「そういう話をしているんじゃねえんであります! うがー!」

「どうどう」

「小官、馬じゃねえんでありますけど! 貴官のバイコーンじゃあるまいし!」

「世間話は置いておいて」

「いまの、世間話だったんでありますか? 小官の殺意、世間的なものじゃなかったと思うんでありますけど、ねえ? 守護者統括殿には伝わらなかったでありますか?」

「ねえ、アリス。私だけしかいないのだし、とりあえず――――その演技はやめていいんじゃないかしら?」

「……………………何のことでありましょうな、って言えたら楽だったんだけどよぉ」

「そっちも好きよ」

「あっそ。俺様――小官はおまえのことが嫌いでありますよ」

「それでね、アリス」

「スルー? 普通、この演技でも建前でもない純粋な嫌悪感、スルーする? 演技しているのは設定だけど、おまえを嫌いなのは別に振りじゃねえよ?」

「私、モモンガ様とナザリックを捨てた四十人を抹殺しようと思っているの。協力しない?」

「しない」

「ちょっとは悩んでちょうだい。せめて動揺してちょうだい」

「えー」

「そんな淡白な反応を返されるとは思ってなかったわ」

「だってそんなの無駄だ、無駄。時間の無駄なんだよ。現実に帰ってきているヘロヘロ様はともかくとして、他の三十九人なんか『かもしれない』程度の存在だろうが。そもそも、ユグドラシルじゃないこの世界にいるか怪しい。小官の頭脳に、そんな無駄使いの余裕なんかねえんんだよ」

「じゃあ、私のこの思惑を、密告も邪魔もしないということ?」

「アルベド。おまえ、一つ勘違いしてるわ」

「え?」

「小官はな、おまえと違って知らないんだよ。なーんにも知らねえから、なーんも感情がない。持って生まれてくるようにも願われなかった。声も顔も知らない元・支配者どもなんざ、どーでもいいわ。興味も関心も殺意も敬意もねえよ。帰ってきたヘロヘロ様も例外じゃねえさ。ナザリックの者はアインズ・ウール・ゴウンに忠誠を尽くす? 知るか、ボケ。俺様の王は、ポケット・ビスケットただ一人だ。ポケット様がいなくなったら他の誰かに忠誠を尽くすのも吝かじゃねえけど、ナザリックにいねえのなら俺様からそいつらに向けての興味もねえよ。ま、精々さ――」

 

 ――ナザリックより選んだ場所で、幸せになってりゃいいんじゃねーの?



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