三人揃えばいいってもんじゃない (ネコ削ぎ)
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はじめに
そして彼は違う世界の人間として生まれ変わることになった。
そして彼は違う世界の人間の人生を自分のものとした。
そして彼女はこの世界の異物となることになった。
旅行バスの事故。
山間部を走行中カーブを曲がり切れずガードレールを突き破って転落。
乗車していた人はわずか一名を除いて死亡。
残った一名も風前の灯であった。
街中ならばいざ知らず、ここは車の通りの少ない山の中。奇跡が起きない限りは助かることなんてありえはしない。
「でもでも奇跡か悪戯か作為的なものか。私がやってきちゃいました」
やってきたのは一人の女性。
美人の仲間でありながら目の下の隈で十点減点それでもいまだに美人カテゴリー上位に君臨する女性の恰好は青色のエプロンドレスとウサ耳カチューシャ。山の中というシチュエーションのせいで不思議の国から夢もへったくれもない現実世界に迷い込んでしまった可哀そうなアリスにしか見えない。
「生存者発見。へっへっへ。どうしてくれようかな」
ぴょこぴょことひっくり返ってぐしゃりと潰れたバスに近づく。もちろん119番通報なんてやってない。
女性はバスから投げ出された乗客の中で唯一息のある少女を見下ろす。
「おーい。生きてるかい。どうせ生きているんだろうけど生きてるかい?」
生体反応を確認しているのでハズレはない。徐々に反応が弱まっていくが、今は生きているので問題ないのだ。
女性はしゃがむ。少女の後頭部を突いて反応を窺う。
「あと……五分」
それが少女の絶望までの時間か。
「でも五分も大事なので起きちゃう」
時間延長。少女は首だけ動かして状況を確認する。
うつ伏せにに倒れる身体。ただごとではないバスの惨状。あちこちで野宿している人たち。さっきまで山道をバスが走っていた事実。
結論。
「異世界転生!?」
「全然違うよ」
「え、じゃあなんでお姉さんは不思議の世界の女の子と同じ格好をして」
「趣味だよ。キミがボロボロの服を着てあちこちから過剰摂取したイチゴシロップを噴き出しているのと同じくらいの趣味だよ」
「ごめんなさい。私イチゴ嫌いなの」
「人生の半分にも満たない程度の損しているよ。それが原因じゃない」
「うう。イチゴ残しただけなのに」
項垂れる少女。血が止まらないのでピンチだった。
女性は応急救護の知識もなければ怪我人を見たら放っておけない義に熱い人でもないので放置。
「私は篠ノ之束」
とりあえず名乗る。ここ最近で一気に有名になった自身の名前を。または個人を識別するための文字を。
少女は目を見開いて束を見つめる。なにせ世界で指名手配されている天才博士が目の前にいるのだ。人生遊んで暮らせる懸賞金をかけられた存在を前にして平凡でいられるわけがない。
「博士。自首しましょ。それで円満解決です」
世界中が篠ノ之束の知識と技術を欲している。自首すればその処遇を巡って新たな争いが起こることは想像に難くない。
束も純粋無垢とは言い切れない少女の命をかけた説得を受けて心動かされるほど純粋じゃないので自首は当然却下。
「また今度ね」
絶対にない今度。
「それよりも自分の状況分かっているのかな」
簡単に言うと死にかけ。
「めちゃくちゃ痛いです。死にそうなくらい痛いです」
「若干秒読み入っている気がする」
「死んだら本当に異世界転生できるのかな。確かトラックじゃないと駄目な気が」
「異世界が原始時代レベルの文明だったらヤバイよね」
「……助けて。早く病院に連れていって」
「おっと。そいつは無理な相談だ。病院なんて行ったら風邪移されちゃうじゃない」
「お母さん!! お父さん!! 今日だけは急いで病院に行きたいよ!!」
病院なんて大嫌いだ。
束は健康優良児だったので病院など行ったことない。仮に怪我や病気になっても自分の力で治せる。
「周り見れば分かると思うけど。キミ以外に生きている奴なんていないよ」
少女が助かったのは奇跡だ。死んでもおかしくない中でサイコロの出目が良かったのか一人助かった。
もしくは一人運が悪くて苦しまずに死ぬことができず、このまま痛みを抱えたまま時間をかけて死ぬだけか。
そんなこと分からないまま少女は周りを見る。
父親と母親を見つけて止まる。動く気配はない。首がおかしい方向に曲がっている。いくら子供であっても理解できる。
「……うん。なんで生きていないんだろ」
ぽつりと呟く少女。頭の中に浮かぶのは今までの生活。両親に褒められ叱られ呆れられ愛された日々。きっと戻ってこない幸せ。
「なんで……生きていないんだよ」
事故に巻き込まれたとしても、他の誰が死んだとしても両親だけでも生きててくれればよかった。そうすればいくらでもやり直すことができた。
悔しそうに涙を堪える少女を前にして、空気が読めない倫理観が緩い常識がない束をしても沈黙するしかなかった。
しかし束には目的があるのでいつまでもだんまりを決め込む時間の無駄はしたくない。少女にかける言葉を吟味して口を開く。
「笑えばいいと思うよ」
空気も倫理観も常識をおぼつかない人間に無理をさせてはならないのだ。
「こんな時どんな顔して笑えばいいか分からないよ」
そして少女は笑う気でいる始末。とりあえずゲラゲラ笑ってみた。
「よしよし。じゃあ雰囲気も明るくなったところで本題に入りますか」
束は両腕を大きく広げた。
「キミはついている。命を助けてあげちゃうぜ」
篠ノ之束。学校の授業はテキトー、自動車免許はなく、赤十字の研修を受けた経験もない。応急救護処置のイロハの欠片も分からない。
そんな彼女が人を救おうと言うのだ。いまだ119番通報は行っていない。
「またまた、どうせお高いんでしょ?」
「今回はサプライズ価格。十日で一割の利子だけで結構です」
「詐欺と変わらない。そして値段が分からないところが怖いです」
「怖がることはない。キミはただ目の前に差し出された手を握ればいいのだ。後は私が何とかしよう」
「無理。無理。油に塗れて汚いです。絶対にお断りです」
「ええい。キミも死にかけなら聞き分けたまえ。それにこれは荏胡麻油だ。身体に良いんだよ」
「荏胡麻油を手にべったりつける状況が知りたいですけど……いい、何も言わないであげます。だって私は両親が死んでちょっぴりセンチですから」
もはや両親の死など遥か過去の話といわんばかりのドライさ。少女を語る上で欠かせない要素である。語り部などいないが。
ただし、束が目をつける程度には人間性に問題があるのは確かだ。現に束は仲間でも見つけたのは嬉しそうな顔をしている。
「そうか。じゃあ手厚く保護しなくちゃね」
少年は自分の境遇を呪った。呪って呪って呪ってどうにもならないから諦めた。
常に世間に吹く風に抵抗せずに流される生き方をしてきたのだ。今更になって抗う気力はない。
「やれやれ。家に帰って寝たい」
周りを見渡しても女子女子女子。ほぼどこを見ても女子ばかりで脳みそが沸騰して爆発しそうだ。悲惨な結果を防ぐ為に沸騰しきることはないが。
異性の視線があると緊張するし、自分をよく見せようと飾り立てるのだが異性の目が多すぎれば暴力と変わらない。
少年は消極的でやる気のない草食系男子なので、女子と付き合ったことなど人生で一回もない。遠目に女子を眺めることはあっても、自分から話しかけることもなければ近づくこともない。とても広いパーソナルスペースを持つ彼には、手を伸ばせば触れられる距離まで浸食してくる女子の猛威は毒でしかなかった。
結論、吐きそうだった。
「マジでなんなの。虐めなの。虐待じゃんか」
バレないように突っ伏して呟く。聞かれたら不味い。読唇術使える奴がいるかもしれないのだ。
女子怖い。女子らしい陰湿な虐めとかあるかもしれない。そう思うと今すぐ教室から出ていきたい。
しかし、少年には唯一の仲間と言ってもいい存在がいる。
織斑一夏だ。
この女子だらけの狭い檻の中で防波堤の役割を担ってくれそうなイケメン男子。背も高いし、スポーツやってたのか身体もしっかりしている。
イケメンとか死ねばいいのに、と思わなくもないのだが、今はデコイとして重宝させてもらおうと少年は内心で微笑んだ。
「皆さん揃ってますね」
無駄に胸のデカい、おそらくこの教室の誰よりも立派なものを持った童顔な教師がやってきた。あまりに子供っぽい見た目をしているので制服を着れば生徒に混じれるけど、あの胸が邪魔をする。
山田真耶を名乗る教師があれこれと言っているが、教室は静まり返っていて聞いているのかどうか分からない。とりあえず少年は聞いているので誰も聞いてないということはない。
それよりも女子の関心は三つに分かれていて、とても教師の言葉に耳を傾ける余裕などない。
その一人である織斑一夏が自己紹介を求められて立ち上がる。注がれる視線。少年も流れで視線を送る。
少年の目から見てもやはり織斑一夏はイケメンだった。どこに出しても恥ずかしくないイケメン。入れ食いなんじゃないだろうか。
少年の勝ち目はゼロに近い。少年だって顔は悪いわけではない。身体つきも少々肉付きが足りない気がするがそこまで酷いわけでもない。
問題は彼自身が放つ陰気。積極的に身体から放たれる消極的なオーラが全てを台無しにしているのだ。ちなみに本人に自覚ありかつそれを問題としてない問題がある。
「誰が三国志の英雄か!!」
担任の暴力に沈む織斑一夏。下手人は姉である織斑千冬。さすが姉弟。血がつながっているせいか遠慮がない。
「で、お前も真面に自己紹介できないか」
少年もまた暴力に沈んだ。
織斑千冬は教師として厳格に挑んでいるのだ。ISという兵器を生半可な気持ちで扱うなどあってはならないと。
だから生徒には体罰も辞さない。PTAが怖くて戦ができるか。学園長が怖くて教鞭が振るえるか。ネットの評判が怖くて悪いか。
織斑千冬に逆らうことは即暴力繋がる。抗うことで何かを得られるわけでもないのだから、少年は一も二もなく立ち上がって自己紹介を始めた。
嫌いな学校行事其の一は自己紹介。
どうせ興味持たれてないだろう。
何を話しても意味なさそう。
特技って言っても大したことじゃないし、もっと上手な人もいるし。
結論、何を話せばいいのか分からない。
「はじめまして」
しかし、恐怖の権化が目を光らせている以上は無理矢理にでも吐き出すしかない。
「
自分の名前が好きではない。
神喰真人。
中学校時代は虐めの対象とされる名前だった。
何故なら漢字の並び的に中二病だったから。
神を喰らう真の人。痛い。しかも両親は真人の部分をマジンと読むことできるように付けたという。
神を喰らう魔人。
真相を聞いた時に真人が両親を尊敬することをやめたのは自然の摂理だった。
とにかく、彼は自分の苗字と名前の悪辣なコンビネーションが大嫌いだ。
しかしだ。世の中には上には上がいるかもしれないし、同志と呼んで差し支えない者がいることもある。
それはクラスの自己紹介も終盤。真人からすればどれも興味の沸かない詰まらない時間の中で、座席から立ち上がったおそらく女子に周囲の空気が一変する。
立ち上がった生徒に織斑千冬も一旦口を開いて何を言えばいいか分からなくなって閉じていた。
まずは容姿は異質だった。というか容姿が異質過ぎてそれ以外の情報が一切入ってこない。
学園指定の制服は肌を見せることを拒絶しているかのように手首も足元も首すらも覆い隠し、フードを被り犬なのか狐なのか分からない生き物のお面で顔すらも隠していた。肌は一切見えず、それどころか素顔も不明なのでそもそも女子かどうかも判断不能。
一応胸の慎ましい膨らみが確認できるが詰め物すれば誤魔化せるので判断材料にはなりえない。ちなみに本物のソレであれば真人のストライクゾーンなのだが。
「皆サンハジメマシテ。今日カラ一年間皆サント一緒ニ学ンデイケルコトヲ嬉シク思イマス」
最後の判断材料になり得る声に至ってはボイスチェンジャーでも使っているのかテレビの声を変えてお送りしていますな声質だった。もはや誰でもいいじゃんと真人は思った。
「
こうして新しい一年がスタートするのだった。
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1
剣道少女は憤っている。
もちろん、世間の不条理さ不平等さに憤っているわけではない。彼女に他者を思いやる余裕なんてない。
少女がちらりと視線を向ける。対象は世界で一番目にISを動かした男子とか世間的な肩書きよりも自分の唯一の幼馴染である織斑一夏。
カッコよくなった。贔屓目あるけどカッコよくなっていた。イケメン過ぎて急に競争率高くなった気がするけどカッコよくなっていた。
自己紹介では醜態を晒していたけど見方変えればチャームポイントとなる。少女的にはもうちょっとしっかりしてほしいのだが。
授業でもどこか上の空かつ挙動不審気味で、実は参考書を資源提供してしまい読んでいなかったところはさすがにチャームポイントでもないし、少女じゃなくてもしっかりしてほしいと思う。
しかし、参考書を捨てて授業についていけてない幼馴染(気になる異性)が困っているとなれば、少女が救いの手を差し伸べるのは当然のこと。
けして二人きりになって甘いひと時を過ごしたいという欲望が大半を占めていることなどない。
授業と授業の間のインターバル。
短い時間ではあるが、少女は別れて久しい幼馴染へと突撃した。
結果は惨敗。
「ひ、久しぶりだな一夏」
久しぶりに面と向かって幼馴染の名前を呼ぶ。内心ドキドキものだ。
「え? ああ、箒。久しぶり、居たんだ」
心此処にあらず。一夏はぼんやりとしていた。
「なんだその腑抜けぶりは」
まさか、織斑千冬に叩かれて回路が異常をきたしてしまったのか。
もしそうなら剣道ばかりに打ち込み過ぎた箒には打つ手がない。正直、一夏ほどではないが授業がきつかった。
シャキッとしろ、と箒は思った。あと、居て悪いかとも思った。
「ま、まぁいい。お前も環境が変わって戸惑っているのだろう」
できる女は理解があるものだ。
「んん。それよりも久しぶりに再会した幼馴染に何か言うことはないのか」
例えば、可愛くなったとか綺麗なったとか付き合ってくれとか結婚してくれとか。
「束さん元気?」
篠ノ之束。
篠ノ之箒の姉。
世界をひっくり返した天才。
篠ノ之箒の生活すらもひっくり返した天災。
捕まればいいのにと常々思っている。
嫌な奴のことを思い出した。
ひとまず一夏をぶっ叩いた。乙女心が分かっていない罰だ。
「あの人のことなど関係ないだろ!」
「家族だから関係ないってことはないだろ」
「あんな人家族でもなんでもない。いい、この話は終わりだ。不愉快になる」
「なぁ、箒」
「なんだ?」
「あのお面つけている人なんだけどさ」
もう一回ぶっ叩いた。
「痛いぞ」
一夏が睨みつける。
箒は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
さっきから別の女の話ばかり。箒としては自分に興味が向いていない幼馴染に苛立つ。男とは大きい方が好きと聞いていたのに。
話題に上がった少女は他の女子と混ざって談笑していた。びっくりするほど馴染んでいた。
馴染むな、と箒は世の理不尽さに悪態をつきたかった。こっちは水と油レベルで馴染めてないと泣きそうにもなった。
「今のお前に他の女子を気にする暇などない。まずはしっかりと授業についていけるようにならねばならんだろう。そ、そこでだな……そのだな……一つ提案があるわけでな」
提案の内容など言わずもがな。
「あのお面の人だけど、確か神野奇跡とか言ってたよな」
そして一夏が食いつかないのも言わずもがな。
「聞け聞け聞けい!! 今は私が話している最中であろうが!!」
「……悪い。なんか話してたっけか?」
声量が小さくて一夏には聞こえていなかった。
「くっ、何でもない!! それよりあのお面女か。確かに神野奇跡と言っていたぞ。それがどうした」
「箒はどうもしないのか?」
どうもしない。
さすがにそう切り捨てることはできない。
一夏が引っ掛かりを覚えたように、箒もまた少なくない引っ掛かりを感じていた。
「しかし……お前もニュースを見たなら知っているはずだぞ」
「ああ、そうだな。でも名前の通りに奇跡が起きていたとしても不思議じゃないだろ」
「奇跡など起きん。そんな不確かなもの当てになるものか。現実を受け止めろ」
「……受け止められるかよ」
「あのバス事故は全員が亡くなっている。一人の例外もなくだ。全員分の死体が確認されたんだぞ」
「損傷が酷くて本人か分からなかった死体があったってニュースで言ってたんだぞ。可能性あるだろ」
「ない。乗客の人数が一致していた」
昔のことで熱くなる一夏に冷静に返す箒。内心では過去に囚われて、目の前の胸の大きい魅力的で献身的な幼馴染を無視するのよくない絶対と思いつつ。
だからこそ一夏を捕らえて離さない過去の遺物を取り払う必要がある。これは篠ノ之神社の人間として幼馴染として将来の妻として箒が解決しなければならない宿命だ。
「神野奇跡。確かに私たちの知っている名前だ。だが知っている名前だから知っている人物とは限らないだろう。同性同名という奇跡もある」
授業が始まったので話は終わる。
相変わらず一夏は挙動不審で授業についていけてなかった。
情けないと思いつつも箒も油断すれば置いて行かれてしまう。授業中は箒も真剣に説明を聞く。
インターバルの時間が訪れれば、箒はまたも一夏の席へと向かおうとする。
しかし一夏の元には先に金髪女子がいた。
金髪女子の声がよく通るので、何を話しているかは教室中に知れ渡る。
要約すれば、男がISを動かすことが気に食わなかったようだ。
箒にしてみればどうでもいい。
大事なのは短いインターバルに一夏との距離を縮めることだけ。長らく会えなかったことで生じた溝を埋めなければならないのだ。
「邪魔だ。あっちに行け」
箒がギロリと睨みつければ金髪女子はたじろぐ。
「くっ。いいですこと。わたくしは貴方のことを認めませんわ。覚えておいでなさい」
小悪党のように逃げる金髪女子。
そして金髪女子から黒髪巨乳幼馴染になる。
「情けないぞ一夏。ああも言われて男として恥ずかしくはないのか」
攻め手が変更になっただけだった。
目の前ではイケメン男子。
そして目の前には巨乳美少女。
行われているのは説教。
仲が良いのは一目瞭然。
幼馴染さながらの気安さから、おそらく幼馴染と思われる。もしくは絶対に幼馴染だ。
美少女で巨乳な幼馴染を持っているなんて一般男子からしてみれば嫉妬の対象にしかならないし、その上説教されている。ご褒美以外の何物でもない。
しかし神喰真人はたとえ幼馴染と言えどあまり干渉されたくないと思う人種だ。
人生はさざ波のように緩く、人間関係はほどほどに仲良ければよし。中学時代の友達の連絡先なんて知らなくても生きていける。
結論、一夏に同情したくなった。鬱陶しい幼馴染を持って大変そうだと。
そしてインターバルの時間になると向けられる興味の目線に胃が爆発しそうだった。実際に爆発したら人体の摩訶不思議を経験することになりそうだが、現実に胃が爆発することはないので、気分の問題だった。
「なんなのよ」
机に突っ伏して誰にも聞かれないように呟く。今は誰か分からない奴がアレコレと男は馬鹿だ軟弱だIS学園に相応しくないと大声で文句を言っているからよい隠れ蓑だ。
関わりたくない女子が教室にいるらしい。
真人は真面に自己紹介を聞いていない。だから文句を垂れている女子の正体が分からない。
教室内で名前と姿が一致しているのは織斑一夏と神野奇跡の二人だけ。後はクラスメイトだってことしか分からない。
中でも神野奇跡はインパクトが凄すぎて忘れられない。
全身を覆い隠した姿は怪しいの一言に尽きる。
そんな神野は早々に仲良くなった癒し系女子とその周辺たちと談笑していた。
仲良くなってる。普通に溶け込んでる。電子音声がやけに目立つ。
俺だけ人生ハードモードじゃん、と真人は絶望した。
インターバルが終われば更なる絶望が真人を襲う。
「そういえばクラス代表を決めなければならないな」
織斑千冬が授業開始と共に告げたのはクラス委員みたいな存在を決めるということだ。
基本的にクラス委員は時間ばかり束縛されて面倒で誰もやりたくないものだ。たまにリーダーシップを遺憾なく発揮する人が自首的に拝命することもあるが、基本的に誰かが選ばれることを願って沈黙するのが恒例だ。
真人は息を殺して気配も殺して存在すらも殺してやり過ごそうとする。オーバーキル気味だがまだ足りていない気がしてならない。
「自薦他薦は問わん。他薦された者に拒否権はないからそのつもりでな」
「はい、織斑くんがいいと思います」
「私も賛成です」
「神喰サンモイイト思イマス」
「やっぱりクラスの顔になるから織斑さんが一番の適任者だと思います」
「ふむ。織斑に神喰か。ほかに誰かいないか」
電子音声の悪魔によって表舞台に引き摺り出されてしまった。
真人絶望に沈みたいが沈んだら出席簿アタックに沈むので沈めない。
マジか、と思った。
ふざけんなよ、とも思った。
思わず神野を見る。
何故か手を振られた。違う、全然嬉しくないし余計なことすんなと言いたいだけだ。
拒否権なし。最悪な状況。真人に回避する術はない。
残された道は何かしらの方法で一夏にクラス委員の役割を押し付けることだけ。
「ちょっと待ってくれよ千冬姉!!」
「織斑先生と呼べ。そして待つことはない。自薦他薦は問わないと言った。さらに拒否権はないとな。諦めて受け入れろ」
「ちょっとお待ちください!!」
「待たんと言ったがな。オルコット、何か言いたげじゃないか」
織斑千冬と一夏のやりとりに割って入る金髪女子。その顔は屈辱と怒りで彩られていた。
「ええ、ええ。わたくしがこんな極東にやってきたというのに、クラス代表を物珍しいというだけの男にやらせるなど納得できませんわ。クラス代表は実力のある者がなるのが当然。だというのにそこの男二人は道理を弁えずに受け入れようとしているじゃありませんか。もう少し頭の方がしっかりしているのでしたら自ら辞退してわたくしに譲り渡すべきじゃなくって」
べらべらと喋る。不満たらたらと自己陶酔が過ぎる。
じゃあ自薦すればいいのに、と真人は思った。口に出したら大変な展開になりそうなので黙っているが。
しかし、真人が黙ったところで黙ってられない奴もいる。
ソイツは勢いよく立ち上がるなり金髪女子に噛みつき始めた。
「だったら立候補すればいいだろ。実力があるとか当然とか平然と言えるんなら」
次鋒織斑一夏行きます。
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2
「織斑くん、本気で言ってるの?」
「男が強かったのは昔の話でしょ。今は男が女に勝つことなんて絶対に無理だよ」
「身の程を知らなすぎるよ」
「ふん。今ならまだ間に合いますわ。泣いて土下座するのならハンデの一つも差し上げましてよ」
「ソレダケシテモハンデ一ツシカ貰エナイノ?」
「男に二言はないぜ。そっちこそ謝るなら今の内だぞ」
「さすが織斑先生の弟さん。そこに痺れる憧れる」
「良い台詞だね、感動的だね、だが無意味だね」
「独りで熱くなってやがる」
「その後、彼の姿を見た者は誰もいなかった」
クラス代表がその時間の内に決まることはなかった。
その場で決まらなかったことにホッとした真人。
クラス委員は時間ばかり取られ面倒ごとばかり与えられる厄介な立場だ。内申点の欲しい生徒やリーダーシップを発揮する生徒、奉仕の精神逞しい生徒くらいしか求めない。真人などその三つのどれにも当てはまらないので嫌でしかなかった。
しかし、候補の一人に挙げられてしまった。
幸いなことに一夏と彼を囃し立てるクラスメイト達と納得いかないと騒ぎ立てるオルコットのおかげで、真人が注目されることはなかった。
なかったが、やはり完全に意識の外へと置かれることはなく、来週行われるクラス代表決定戦から名前が消えるなどなかった。
残念過ぎる。授業中ということもあり静かにゆっくりと机に突っ伏す。もちろん織斑千冬が背を向けた時に。さすがに正面切って受講態度を崩す真似はできない。彼だって友達は惜しくなくとも命は惜しい。
全ての原因でもある神野に対しても心の中で文句を言うのが精いっぱいだ。とても顔合わせて文句を言いに行く度胸はない。目立つし、袋叩きにあいそうだし。
仕方なく、当日ギリギリまで試合がなくなることを願って生きていくしかない。こういう時に限ってキャンセルが起きることなんてないが。
淡い希望を抱きながら一日の授業を乗り切る。
一夏は参考書を捨てたことで予習してきていなかった。真人が見るに授業中は常に頭を抱えていた。
対して、真人は特に問題なく授業を乗り切って見せた。ISに関する知識はかなり専門的な部分が多いので学ぶことに時間がかかったが、それでも覚えきれないものでもなかった。
小さい頃から頭は良かった。両親から天才だともてはやされるくらいには。
真人自身学ぶことには抵抗ない。だから学べるだけ。
ISの知識も学んでも無駄にはならないと思ったから覚えきっただけ。
それにIS学園に入学することになってしまった以上は、ISについて知る必要もある。
授業から解放されたので寮に戻って復習。
特別やるべきこともないし、なにより周囲は異性ばかりで真人の精神はガリガリと削られていくばかりだ。
寮ならば異性の目はなくなる。自室に籠っていればいい。食事の時は仕方がないが、そこは妥協点とするしかない。
さっそく自室へと入る。
「ア、オ帰リナサイ」
部屋の中には怪しいの一言で表せる神野奇跡がベッドにちょこんと座っていた。
寮の部屋割りについて、一夏と同室か一人部屋になると思っていた真人。現実は非情である。
謎を孕んだ女子であり、真人をクラス代表戦へと引き摺り込んだ元凶。何をするでもなくベッドに大人しく座っているだけだった。
暫く見つめ合い。
犬だか狐だか分からない生物のお面のせいで表情は読めない。
かくいう真人も気だるげな顔を崩さずにいるので表情が読めない。
しかし表情はともかくとして内心は冷や汗ものである。
何故に男子の部屋に女子がいるのか。
何故にその女子は最も素性の知れない神野なのか。
何故に待ち伏せするかのように部屋で待っているのか。
考えろ真人。考えればきっとわかる。
戦いというものは相手の裏を読むのが大事だ。男子は男子で相部屋になると思わせておいて裏をかいたに違いない。
真人と一夏を別々にするのは兵力分散させて各子撃破するためだろう。よほどできる軍師がついているのだろうか。
とにかく結論、やられる前にやれ。
そもそもお面なんてあからさまに怪しい物をつけているのが真人的に最も気になる。
古来より顔を隠しているキャラは大きな決意を秘めているか復讐者かのどちらかだ。そして大体敵であることが多い。
仮面キャラの在り方を察した。
真人のドロップキック。
しかし神野には当たらなかった。
めげずに二度目のドロップキック。
しかし神野には当たらなかった。
「当タラナケレバドウトイウコトハナイデス」
ひらりひらりと躱す神野。
何度もドロップキックを放つ真人は着地失敗で腰を強打。攻撃を断念。
「なんで同じ部屋なんだよ」
無理矢理入学させられた学園には女子ばかりで興味の視線が監視のように真人を動きを見ていた。息のつまる状況も部屋に帰れば開放されるかと思えば、経部屋の中にも女子。異性ばかりの空間は羨ましいことではなく地獄以外の何物でもない。
「ソレハ男女ガ一ツ屋根ノ下デ寝ルコトデ起キル一夜ノ過チヲ期待シテイルカラデハナイデショウカ」
「最悪なシチュエーションを御望みだな。マジで期待しているとか言わないよね」
「今ハシテマセンヨ。コレカラ一年間ハ一緒ノ部屋デ過ゴスノデスカラ」
「いずれあるみたいな言い方止めろ」
「ツレナイデス。貴方モ選バレタノデスカラ自信ヲ持ッテイイト思イマス」
「選ばれたって言ったって偶々だぞ。織斑が見つかった流れで行われた検査で反応あっただけさ」
「ソレヲ選バレルト言イマス」
神野が胸を張る。何故かは不明。真人には理解できない理由がありそうだ。
「本当ニ選バレレバ何モカモ良イ方向ニ進ンデイキマスヨ」
「目立つことはいいことないさ。選ばれるって目立つことに繋がるだろ。注目浴びて喜ぶなんて気が知れないさ」
「選バレルコトハ目立ツト違イマスヨ。選バレルコトハ世界ガ変ワルトイウコトデス」
世界が変わる。
分からない話でもないと真人は思った。
この世界に落ちて今までの世界が変わったし、IS適性検査に受かってしまったが故にまたもや世界が変わった。
そして神野が言う選ばれるということでまた世界が変わる。
世界とはころころと変わるものなのか、と真人は首を傾げるしかなかった。
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