今走り出せば、届くはずこの思い (ザミエル(旧翔斗))
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出会い―ガールミーツ???―

リハビリ作です。



―――次は、ツツジ台、ツツジ台。お出口は、左側です。

 

 

 

「……やば、もう着くじゃん」

 

 イヤホンから流れる音楽に紛れる様に微かに聞こえてきたアナウンスの音から電車が目的地に着く事を察して少女『西條(さいじょう)律歌(りつか)』は読み耽っていた小説を鞄の中に仕舞い、スマートフォンを操作して無線イヤホンから聞こえる音楽を止めると上着のポケットに入れて立ち上がり、網棚に置いていたカバンを肩から下げた。

 ドアが開く音が響き、座席から若干の駆け足で降りた彼女はドアを通り抜けると同時に横風に吹かれ、肩甲骨付近まで伸ばしている黒髪が顔面を覆うように視界を遮るのに眉を顰める。

髪の毛を手で押さえ、耳に掛けようと指を動かした時、彼女の瞳が髪の隙間から赤を捉えて、目を奪われた。

 

 何よりも目に付く赤。

 紅と表現するには明るすぎる、されど真っ赤というには暗めの短い赤い髪。少しキツイ印象を抱かせる髪色とは対照的なたれ目気味の深い海の底の様な青い瞳。ぼんやりとしていたような表情を浮かべていた童顔で小柄な少年が学生服に身を包んで立っていた。

 

 向かいホームに立っていたそんな少年の姿から何故か目を離せなくて、ジッと見つめている内に相手も気付いたのかバッチリと目が合う。

 

「―――ぁ」

 

 少しの気まずさに口から音を零しながら、きょとんとした表情を見せる少年から視線をずらした律歌だが、スグに偶然だろうと前を向いて。

 その瞬間に目の前のホームを急行列車が通過していく。

 

「痛っ」

 

 風に煽られた髪が再び視界を奪って、目に当たりかけた瞬間に反射的に閉じて数秒。パシパシと瞬きを繰り返して再び前を向くと既に少年の姿は無くなっていた。

 

「……あれ。さっきの電車急行だし、まだ来てないよね?」

 

 疑問を少しだけ口から零して首を傾げて数秒。まあいいか、自分には関係ない事だし。と、律歌は考える事を放棄して駅から出る為に歩き始めた。

 

「えーっと……東口はこっちで」

 

 改札を抜けてからスマートフォンを取り出して、地図アプリを開いて自分の位置と目的地を照らし合わせて確認をする。

 

「……駅近らしいけど、中2の娘が初めて行くんだから迎えくらい越してよ。パパのバカ」

 

 五分も掛からず目的地―――パパの家に着くという話だけれど、住所と地図だけ渡されても困るよ。と、此処に来る前の事を改めて思い直した律歌は家に着いたら絶対に文句を言ってやろうと思いつつ、地図と目の前の道を照らし合わせて歩き始める。

 

 慣れない道のり、未知の道。

どこもかしこも新鮮な真新しさを目に映しながら歩く律歌はこれから住む事になる街がどういう場所なのかと少しでも情報を入れようと周囲を見回しながら進む。

 が、数分としないうちに飽きを感じてやめた。

 

「全然変わり映えしないなぁ、ここ」

 

 格子状に整然と高層建築の建物が並ぶ光景がひたすら続いている。まるで出来の悪い作り物を見てる様な気がして、律歌は息を吐いた。

 

「こんな街にこれから住む事になるのかぁ……なんか憂鬱」

 

 口にした憂鬱の気持ちが本当にこの街に住む事に対してなのか、あるいは十五年近く生きてきた中で数える程しか顔を合わせていないパパと暮らす事に対してなのか、あるいはその両方なのか。律歌には分からなかった。

 

 

 

 

 

―――……

 

 

 

 

 

「……此処、だよね」

 

 五分少々で到着した目的地、これから住む事になる『星雲荘』という名前のマンションを前にして律歌は確認を兼ねて口にした。

 スマートフォンに表示されている名前と一致している事は分かっていたけれど、それでも気後れしてしまうのは目の前のマンションが一目でわかる高級マンションだったからか。

 

「……本当に此処であってるのかなぁ」

 

 間違っていないと機械に告げられても内側から滲み出る不安を小さく零しながら律歌は止まっていても始まらないと中に入る。

 エントランスにある操作パネルにパパから聞かされていた番号を入力して扉が開くのを見て安堵の息を吐いた後、エレベーターに乗って十秒程上に上がり、エレベーターを降りて直の位置にある階の案内を見て部屋の番号を見つけて部屋の前に立つ。

 備え付けのインターホンに指を添えて一呼吸、ボタンを押した。

 

 

 

「――――――」

 

 

 

 反応はない。

 分かり切っていたことだけれど、少しだけ心が沈んだ様な気持ちになるのを自覚しながら律歌はカバンの中に仕舞っていた鍵を取り出してロックを外し、部屋の中に入る。

 

「……お邪魔します」

 

 暗い玄関の灯りを付け、部屋の中に入ると広さに少しだけ面喰い、キョロキョロと見渡した後、机の上に紙が一枚置かれているのを見つけた。

 

「『急に仕事が入った。すまない』……メールで送った内容と殆ど変わらない事をわざわざ紙に書いておかなくてもいいのに」

 

 呆れの溜息を一つ零しながら室内のゴミ箱に捨て、意識を切り替えて室内を探索する。

 台所、居間、洗面所、お手洗いなどの場所を一通り確認した後、律歌の部屋と書かれたプレートが掛けられた部屋を見つけて中に入る。

 

「あ、結構いいかも」

 

 青を基調としたベッドと机、それに箪笥が置いてある部屋の中、あらかじめ荷物を入れて送っていた段ボール箱を尻目にざっと見渡した所感を呟きつつカバンを置いて、ベッドの近くの窓を開ける。

 程よい日当たりと風に目を細めつつ、街を一望出来るそれに少しだけ沈んでいた気分が向上するのを感じながらとりあえずやるべき事として最低限の荷解きをしなきゃと思い立ち、頬を軽くパチンと叩いて気合いを入れた。

 

「よし、やりますか」

 

 呟きながら段ボールに手を伸ばし、およそ半刻。

 

「……飽きた」

 

 最低限、服を箪笥の中に仕舞った所で律歌はそう呟いてベッドの上に寝そべった。

 そのままゴロゴロと寝転がり、端末を弄りながら少しだけ時間を費やす。

 

「……学校までの道も確認しなきゃ、か。ああもう、面倒くさいなぁ」

 

 溜息を吐きながらもやらないと更に面倒くさい事になると言い聞かせて律歌は立ち上がり、端末をバッグに放り込んでイヤホンを耳に着けて部屋を出る。

 

「確か学校は駅の西口側らしいから、十分くらいかかるかなぁ」

 

 腕時計に目を向ければもう間もなく夕方に近い時間。道にコンビニ(セブン21)があればよって肉まんでも買って食べてもいいかもしれない。

 そう思いつつ玄関の扉を開けて、鍵をしっかりと閉め、エレベーターへと向かう。

 その途中にふと視線が隣のネームプレートに向かった。

 

「……今度挨拶に向かわなきゃだなぁ」

 

 やる事が増えた事にまた一つ言葉を零しつつ律歌は駅へと戻る道を歩み始めた。

 

 

 

 

 

―――……

 

 

 

 

 

 出来の悪い作り物の様な東口側とは違い、駅を挟んで西口側の町並みは親近感を抱く町並みだった。

 雑多な店がいくつも並ぶ横丁の様な商店街、途中見つけたコンビニに足を運んで肉まんを買い、外で食べてゴミ箱に捨ててから歩く事を再開する。

 途中、休日であるはずなのに学生服で駅へと向かう人影を見かけて部活帰りだろうかと言葉を零しながら学生服の人が歩く道を逆走する。

 

「―――そういえば、あの子もここの学生服だ」

 

 道を歩きながらふと駅での事を思い出す。赤い髪の少年も同じ制服を着ていた事を。

 ひょっとしたら、同学年で同じクラスになるかもしれない。

 

「だとしたらちょっと気まずいなぁ…」

 

 別に何か悪い事をした訳ではないけれどそう呟いて、溜息がまた零れる。幾度目かわからない溜息が癖になっている事に良くない傾向だとぼやきつつ、学校に到着したところで時計を確認。

 途中コンビニに寄った事を加味しても20分程度である事を確認して、朝はちょっと寝坊できるなと喜ぶ。

 

「帰る……ついでにもう少しだけ街を探索しよっと」

 

 まだ夕刻。

 17時をもうそろそろ回る頃。

 ちょっとのんびり歩いて18時過ぎても問題ないだろう。

 そういえば今日の夕飯はどうすればいいんだろうか。

 

 そんな取り留めのない事を考えながら踵を返して再び歩く。

 

 

 

 意識的に家に帰るのを遅らせている事と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 律歌がそれに気付けたのは、日が暮れてもうそろそろ19時を回ろうかという頃になってからだった。

 

「……あれ、なんで私こんなところに?」

 

 

 

 思い返す。

 学校から駅へと向かっていた筈だった。

 少し道を変えて一応東側へと渡ったはずだった。

 そこから更に少し別の方向に進んで、それで。

 

 

 

今いるのは薄暗い路地裏だった。

 

 

 

「……疲れてるのかな」

 

 明らかにおかしい。

感じる違和感に気持ち悪さを抱きつつ、それでも偶然だと言い聞かせるように疲れているからだと口にする。

 道を間違えただけだと自分に言い聞かせながら鞄の中の端末を取り出し、道案内アプリを立ち上げてマンションへの道を開こうとして。

 

 

 

―――ぐじゅりと、音が鳴った。

 

 

 

「―――っ」

 

 びくりと身体を震わせて周囲を見回す。

 何もない。

 安堵の溜息、本当に?

 疑念が鎌首をもたげ、目を凝らす。

……何も、ない。

 だけど心に芽生えた恐怖は拭えない。

 

「早く……早く帰ろう」

 

 アプリに住所を打ち込みながら、とりあえず路地裏を出ようと歩き始める。

 

 

 

―――ぐじゅりと音が鳴り、足に液体が掛かったと感じた。

 

 

 

「冷たっ!?」

 

 飛びのくようにバッとその場を離れて、一拍置いて疑念が恐怖に変わりつつあるのを自覚する。

 

 ここ最近雨は降っていないし、水場も近くにない筈。

 

 なのになぜ水が急に足に飛ぶのか。

 なぜぐじゅりという音は止まらないのか。

 なぜ、この液体は灯りで照らせば肌色という気味の悪い色で粘質なのか。

 そして近づいてくるぐじゅり、ぐじゅりという音は何なのか。

 

「ぁ―――逃げなきゃ」

 

 好奇心が猫を殺すように相手を見極める判断ではなく、恐怖が一周回って冷静な判断を呼び起こし、それに従って律歌はわき目も降らず走り始める。

 

「―――っは、っは、っは……っ!」

 

 余り走るという事をした事がなかった身体はスグに呼吸が乱れていく。

 履いている靴も運動用のそれではない事が拍車を掛けて余り速度は出ない。

 それでも我武者羅に走り抜け、運よく路地裏から大通りへと出れそうな場所を発見しラストスパートと言わんばかりに走る。

 あそこ迄行けばどうにかなると信じて走り。

 

 

 

 

 

―――ぐじゅりという音が響いて、足に粘質の何かが絡まった。

 

 

 

 

 

「うわ、ぁ!?」

 

強く引っ張られる足。

 当然、バランスを崩して倒れ込み、その拍子に手に持っていた端末を目の前へと落としてしまう。

 

「いた……ぃっ」

 

 傷みに悶え、目から涙を滲ませながら喉からこぼれ出た悲鳴はひゅっと限界を超えた恐怖に引っ込み、ガクガクと身体が震えて動かなくなる。

 殆ど暗く見えない視界の中に、それを見つけてしまったから。

 

 足に絡みつく粘質のそれは触手。

 肉質感の溢れる肌色のそれの大本はまるでナメクジにギザギザの歯が付いた様な化物で、体長5mを超える様な大型の異形。

 

 ぞわぞわと生理的嫌悪感と生命の危機を感じさせるソレを、律歌は知っていた。

 

「あ、か、か―――『怪獣』」

 

 怪獣。

 この地球に()()のように現れる化物。

 

 ある時は空から。

 

 ある時は海から。

 

 ある時は地中から現れ、この世界の人々の命を脅かすモノの総称。

 

 地球平和連合『TPC』という組織が日夜様々な場所で現れるソレを倒している事はこの地球では常識である。

 全世界に満遍なく出現するその異形を倒す為に世界各地には警戒網が張り巡らされており、もしも怪獣の反応を検知したのであればすぐさま街にアラートが鳴る事もまた常識である。

 

 

 

 だからこそ、()()()()()()()()

 まるで警戒網を無効化する術をしているのか、はたまた完全に新種でデータにない存在だからアラートがならないのか。

 そんな考察をする余裕も猶予も、当然律歌にはなかった。

 

 

 

「いやっ……いやっ!」

 

 

 

 ぐじゅりと触手が絡めとる様に律歌を引っ張る。

 悲鳴を上げる律歌だがその声を聞き届けるモノは怪獣だけであり、虚しく木霊する。

 アラートがならない以上防衛隊の出動も見込めないという客観的な現実も認めてしまっているからこそ、胸に広がる絶望に支配されそうになりながら律歌はもがく。

 

「いやっ……いやだ……死にたくない」

 

 周囲の何かにしがみつけないかと必死にあがきながら、それを楽しむかのようにジワリジワリと引っ張っていく怪獣の触手に絡め捕られながら。

 律歌は混乱の極みの中で必死に生きる術を探していた。

 

 死にたくない。

 死ねない。

 私はまだ死にたくない。

 やりたい事、したい事がまだいっぱいある。

 パパとも話さなきゃだし、まだ、まだ、まだ―――――!

 

「諦めたく、ない!」

 

 口から洩れる言葉が木霊する。

 しかし何も起きる事はなくゆっくりと足を掴んでいた触手が胴体へと伸び、きつく締めて律歌の身体を持ち上げる。

 

「――――ぁ」

 

 ぐちゅりと、粘質な音を立てながらナメクジの様な怪獣の牙の生えた前面が開き、どうしようもない先を律歌の脳は思い描いた。

 

「―――っ」

 

 パクパクと口が開く。

 恐怖で引きつった喉からは掠れた音しか出ない。

 ピンチで、ピンチで、どうにもこうにもならない絶体絶命。

 もう駄目だと完全に心が折れて最後の時になったと理解して、律歌は目を閉じ。

 

 

 

―――強く引っ張られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 身体を引き裂く痛みはない。

 強く引っ張られる感覚はあったものの想像していた最後はいつまでたっても訪れない。

 この期に及んでまだ恐怖を重ねてくるのだろうかと動く思考は判断する。

 それを間違いだと感じたのは、瞼越しに強い光を浴びていると理解した瞬間だった。

 

「これ、は―――?」

 

 開いた眼に映るのは自分を包む、触手ではない光の帯。

 緩やかに解けるソレに、重力に従って落ちたのは銀の大地。

 曲がり、迫ってくるソレが指だと気付けたのは五本だから。

 

「なに、コレ―――」

 

 茫然と呟きながら前を向いた先には怪獣が数メートル離れた場所まで後退している上に、何処か小さく見える。

 現実に追い付かない思考が唯周囲を見渡す事を選択し、上を見上げた律歌は光る二つの眼を見た。

 

 

 

「――――――銀色の、巨人」

 

 

 

 菩薩の様な表情を見せるそれは、胸に横に走る赤い紋章を持った銀の巨人。

 茫然と呟いた律歌の声に巨人はゆっくりと頷いた。

 

 

 

―――それが、私にとっての全ての始まりだった。

 




需要があって気が向けば続きます。


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