【短編】悪魔な白猫は純真過ぎる少女を守りたい (ウルハーツ)
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悪魔な白猫は純真過ぎる少女を守りたい

何となく思い付いて書いてしまった短編その5です。


「こねこ♪ こねこ♪ こねこねこ♪」

 

 駒王学園の制服を着た背の低い大凡高校生とは思えない1人の少女が適当に思い付いた歌を歌いながら笑顔で通学路を歩いていた。そんな彼女の姿に向けられる数々の視線はどれも温かいもの。そしてその視線の1つは彼女の真横から向けられるものもあった。

 

「ご機嫌、だね」

 

「うん! 実はね! 家のシロが昨日、ついに子供を産んだの! 可愛くて可愛くて……えへへ」

 

 少女よりも僅かに高い身長をし乍らもやはり高校生とは思えない程に幼い見た目をした白髪の少女、塔城 小猫。彼女は自分の隣で眩しさすら感じる程に綺麗で明るい笑顔を浮かべる同級生……杉村(すぎむら) (かなで)の言葉を聞いて納得する。奏の家は猫を飼っており、彼女がその猫を溺愛している事は知っていた。そんな猫に子供が生まれれば、それはもうご機嫌になって鼻歌を歌っても不思議では無い。納得しながらも、歌の内容が内容だけに気恥しさを感じる小猫。すると奏は少し小猫よりも前に立って振り返った。

 

「今度小猫も見に来て! すっごくすっごぉーく可愛いから!」

 

 奏の言葉に小猫は悩む様子も無く頷いて答える。それからご機嫌な彼女と歩き続ける間、小猫が向ける視線は周りと同じく優しいものだった。……そして駒王学園へ到着すれば、2人は同じ教室で授業を受ける。休み時間も基本的には一緒に過ごし、その日の内に今度が【今日】になるのは簡単な事であった。一応部活に入っていた小猫は最初に部長へ相談すると断りを入れ、休み時間に確認を終えた小猫。部長からは『友達との時間を大事にしなさい』とありがたい言葉を頂き、小猫は奏の家へ共に向かう。

 

「ただいま~! シロ~!」

 

 家へ到着してすぐ、奏は玄関で靴を脱いで真っ先に溺愛する猫の元へ向かい始める。自宅だからと気にしていない様子で乱雑に置かれる靴に小猫は溜息をつくと、自ら脱いだ靴も含めて揃えてから中へ。リビングに入った彼女の目の前に映ったのは、膝の上に平均的なサイズの猫を乗せてその周りに小さな小さな子猫が2匹集まる光景であった。……とても和やかでとても幸せそうで、小猫の心は一気に温まる。

 

「小猫! ここに座って!」

 

「? 分かった」

 

 奏に催促されて彼女の隣へ座る事になった小猫。奏は小猫が座る前に小さな猫を手で持ちあげ、座った彼女の膝上に乗せる。小さな声でみゃーみゃーと鳴きながら擦り寄る小さな猫の姿に小猫は言葉にならない程の何かを胸の内に感じ始めた。

 

「シロもこれでお母さんなんだね~。あれ? そう言えばお父さんって何処に居るんだろう?」

 

「……」

 

「子供ってお母さんだけで出来るのかな? ……? そもそも子供ってどうやって」

 

「そんな事より、この子達の名前。もう決めた?」

 

「あ、ううん。まだだよ。1匹は自分で決めるつもりだけど、もう1匹は小猫に付けて貰いたいの!」

 

「……私に?」

 

 話を逸らす事に成功した小猫は奏の言葉に首を傾げる。現在小猫の膝上には1匹の猫。もう1匹は奏の腕に抱かれており、親猫であるシロは優しく見守っている様であった。飼い主である奏は勿論の事、何度かお邪魔している小猫にも心を許している証である。

 

「う~ん、どんな名前にしようかな~? スフィンクスとか?」

 

「何でそうなるの…………」

 

 小猫は奏の候補を聞いて疑問に思いながら、両手で小さな猫を持ちあげてジッと見続け始める。それからしばらくの間名前について考えた2人。やがてそれが決まった時、奏は新しい名前を呼びながら3匹を同時に抱きしめる。まるで受け入れる様に鳴く猫達の姿に小猫は今朝同様に優しい目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とても可愛かったです。飼いたくなってしまう程に」

 

「そう。それは私も見て見たいわね」

 

 オカルト研究部。駒王学園にあるその部活に在籍する小猫は翌日、部長であるリアス・グレモリーや部員である姫島 朱乃に昨日の出来事を説明していた。休む為に1度話をした事もあり、猫を見に行った事は知っていた2人。小猫の説明と感想に余り変わらない表情の奥に僅かな笑みがある様に感じて、2人は彼女へ優しい目を向ける。

 

「彼女なら私と同じ教室に居ますよ」

 

「友達の貴女ならいざ知らず、初対面でいきなり『貴女の家で産まれた子猫を見せて?』何て流石に言えないわよ」

 

「? 部長は猫が見たいんですか?」

 

「え?」

 

「?」

 

 だが優しい目を向けていた2人は小猫の言葉に疑問を抱いた。まるで何かが噛み合っていない様な違和感。先程まで猫の話をしていたにも関わらず、まるでリアスが見たいと言ったのが猫である事に不思議そうな様子で聞き返した小猫。戸惑うリアスを前に今まで聞きに徹していた朱乃が口を開いた。

 

「小猫ちゃんは猫を見に行ったんですわよね?」

 

「はい、そうです」

 

「それで猫が可愛かったと」

 

「そうですね。猫も可愛かったです」

 

「……も?」

 

 小猫の言葉に再び疑問を抱いた2人。だがその疑問の答えは殆ど出ていた。唯、それを認めるには抵抗があるだけである。が、曖昧で終わらせるのも嫌だったリアスは到頭それを質問した。

 

「こ、小猫? 確認なのだけど……何を飼いたいと思ったの?」

 

「? 奏さんですが」

 

≪!?≫

 

 この日、リアスと朱乃は2人をお姉様と呼んで慕う駒王学園に在籍する生徒達にはとても見せられない程に間抜けな表情を浮かべる事になった。そしてその日以降、杉村 奏を見守る人物が時々現れる様になるのは当然の事なのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の事。新しい眷属と共にとある存在を滅する為にリアスは街の外れにある廃屋へ足を運んでいた。色々な秘密を抱えている彼女は街の住人達には気付かれない様にそれを行う必要があり、目的の存在を探そうとする。だが彼女が見つけるよりも先に気付いたのは小猫であった。

 

「……この匂い」

 

「小猫?」

 

 何かを匂いに気付いた様子の小猫が歩き始め、1人には出来ないと全員で彼女の後を追い始めるリアス。やがて小猫が身を屈めて何かの様子を伺う様な体勢になった事で、リアス達も同じ様に身を隠しながら小猫の見る視線の先を注目した。……そこに居たのは2人の人影。いや、1人は人とは到底呼べない姿をしていた。

 

「あれは、はぐれ悪魔バイサー! 一緒に居るのは……!? 奏ちゃん!?」

 

「そんな! 何で彼女がここに!? 今すぐ助けなければ!」

 

「待ってください」

 

 その正体に気付いた朱乃の言葉で飛び出そうとしたリアス。だが小猫はそれを制止する。リアスが滅そうとしている存在、それこそが今現在奏と一緒に居るバイサーであった。上半身は裸の女性だが、その下半身は四足歩行の獣。ケンタウロスとも呼称出来そうなその見た目は所謂人外であり、リアス達の元に届いている情報では残虐非道な存在だと伝わっていた。今すぐにでも助けなければ奏はバイサーに食べられる可能性が高い。そう思った故に、2人は行動しようとするが……小猫の行動に2人は戸惑わずにはいられなかった。

 

「何を言っているの!? 今すぐ助けないと彼女は!」

 

「よく観てください」

 

「え?」

 

 小猫の言葉でリアスは視線をもう1度1人と1体へ向ける。……そこにあったのは人間と人間を襲おうとしている悪魔。の様で色々と違う光景であった。

 

「美味そうだなぁ」

 

「うん! 美味しいよ! お馬さんも食べる?」

 

『にゃぁ~』

 

「お前、私を見て何も思わないのか?」

 

「? う~ん、足が速そう!」

 

「いや、そうじゃ無い。……何なんだ、この人間は」

 

「どうしたの? 何か辛いの? 辛い時は美味しいのを食べると良いんだよ? はい、お馬さんにもあげる!」

 

「何だ、これは?」

 

「プリンアラモード! 甘くて美味しいんだよ! はい、スプーン」

 

 人外であるバイサーは人間を食べる事もあった。いや、寧ろ好んで食べる事の方が多い。だが奏を見下ろしながら言った言葉に奏自身が怯えるどころか、手に持っていたカップの容器を前に笑顔で答えた。頭の上には小猫の名付けた小さな猫が乗っており、バイサーは目の前の出来事を前に困惑した様子を見せる。そしてまるで調子が狂うと苦い表情を浮かべれば、心配そうに声を掛けた奏が手にぶら下げていた袋から同じ容器とスプーンを取り出してバイサーへ渡し始める。

 

「お前の方が甘くて美味そうだがなぁ」

 

 バイサーはそう言いながら奏から容器とスプーンを受け取り、それを口にする。すると奏は彼女の隣に座り込んで同じ様に食べ掛けのプリンアラモードを食し始めた。逃げも怯えもしないその姿にバイサーは眉間に皺を寄せ、やがて馬の足を曲げて同じ様に座り込む。小さな少女と下半身が馬の女性では、座っていても大人と子供の以上の身長差があった。

 

「美味しいでしょ?」

 

「……あぁ」

 

「美味しく無いの?」

 

「あ、いや。う、美味い! 美味いぞ!?」

 

「そっか……えへへ、良かった!」

 

 笑顔で声を掛ける奏に美味しくとも微妙な表情を浮かべていたバイサー。だがその様子を前に不安そうな表情を奏が浮かべ始めれば、バイサーは思わず焦って彼女のご機嫌を取ってしまった。安心した様子で再び食べ始める奏を前に、バイサーは『何をやっているんだ、私は』と思わず自問自答する。……そこでようやく、今まで聞きに徹していた人物の1人が姿を見せた。

 

「奏さん」

 

「? あ、小猫! どうしたの、こんな所で!」

 

「それは此方の台詞。見たところ、買い物帰り……かな?」

 

「うん。寝る前にプリンが食べたくなって、家に無かったからコンビニに買いに行ったの。でも無くて遠くのコンビニまで行って、そしたらこの子が勝手に何処か行っちゃうんだもん。あ、でもそのお蔭で喋るお馬さんと会ったの!」

 

「……」

 

「……」

 

 見つめ合う小猫とバイサー。物陰で小猫に『待っていてください』と言われ、ハラハラしながら事の成り行きを見守っていたリアス達は奏がここまで来た経緯を理解する。簡単に纏めれば、買い物帰りに飛び出した飼い猫を追い掛けて迷い込んだのだ。しばらく見つめ合った小猫とバイサー。やがて小猫が視線を奏へ移すと、声を掛けた。

 

「もう真夜中。帰った方が良い」

 

「あ! 明日寝坊しちゃう。小猫も何してるかわからないけど、また明日学校でね!」

 

「ん。また明日」

 

「おい、人間。これは」

 

「それはお馬さんにあげる。バイバイ!」

 

 小猫の言葉を聞いて立ち上がった奏は手を振りながらその場を去ってしまう。そして残されたのはバイサーと小猫だけ。奏が居なくなった事で彼女の背後からリアス達も姿を見せ始め、バイサーは僅かに笑みを見せた。

 

「私を殺しに来たか」

 

「はぐれ悪魔バイサー。グレモリーの名の元に、貴女を滅するわ」

 

「……そうか」

 

 リアスの言葉にバイサーは怯える訳でも怒る訳でも無く、抵抗すら見せずに手元にあるプリンアラモードを見る。そしてスプーンで掬って口へ1回。その甘さを感じ乍ら、彼女は何かの感情を含んだ息を吐いた。

 

「可笑しな人間も居た者だ。……今まで人間を当たり前の様に食べて来た癖に、今更人間を考える私も可笑しいのかも知れないな」

 

「……」

 

 バイサーの言葉に誰も口を開く事は無かった。彼女はスプーンを床へ放り捨てて容器を口の上で逆さにする。当然重力に従って全てが彼女の口へ落ちて行き、一口で残りを食べてしまったバイサーは喉を鳴らしてそれを飲み込むとリアスへ視線を向けた。

 

「殺れ」

 

「……さようなら」

 

 彼女の言葉と同時にリアスは滅びの魔力と呼ばれるそれをバイサーへ向ける。……その日、はぐれ悪魔バイサーの討伐は完了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~あ」

 

「眠そう」

 

「う~ん。結局寝れたの2時過ぎだったんだもん。ふぁ~あ……うぅ、授業中に眠っちゃいそう」

 

「大丈夫。起こす」

 

「ぅん、ぉ願ぃ……すぅ……すぅ」

 

 翌日の駒王学園1年生の教室にて、眠そうに会話をする奏と話をしていた小猫は目の前で到頭話しながら寝付いてしまった奏の姿を前にジッとその様子を伺う。そして周囲を見れば他の生徒達と話をするクラスメイト達の姿。誰も自分を見ていないと理解した彼女はゆっくりと奏の頭に手を乗せて撫で始める。

 

「ぅ、ん……」

 

「……可愛い」

 

≪ぐはっ!≫

 

 実は見て無い様に見せ掛けていただけで2人を気にしていた生徒達は男女問わず一斉に口や鼻から愛を噴き出した。だが例え死にかけても小猫に見ている事がばれない様にする技術は素晴らしいもので、教員がやって来るその時まで小猫は奏の頭を撫で続ける。

 

『小猫。特に何かするつもりは無いけど、一応奏ちゃんの周囲に気を付けてあげて。1度でも世界の裏に関わった以上、何かに巻き込まれても可笑しく無いわ』

 

「絶対、守るから」




常時掲載

【Fantia】にも過去作を含めた作品を公開中。
没や話数のある新作等は、全話一括で読む事が出来ます。
https://fantia.jp/594910de58


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堕天使の少女は純真過ぎる少女の友で居たい

予想以上に評価やお気に入りを沢山貰えたので、調子に乗りました。今回、文字数が前回の倍なのでそこそこ長めです。……1話が高評価だと、続いた時に落胆されそうで結構怖い。


 塔城 小猫は悪魔である。詳細は省くが、現在の主であるリアスの悪魔として今の生活を送っている小猫。だが彼女が悪魔になる前、その身が人だったかと問われればそれは否である。……彼女は猫又と呼ばれる妖怪の類であり、人とは違う。故に彼女は普通の人間には出来ない事をする能力があった。

 

『娘達が生まれてからご主人の笑顔が更に増えた。今まで以上に、それはもう溢れる程に』

 

「そうですね。とっても、楽しそうです」

 

 現在、小猫は奏の家に来ていた。自分の座るソファの半分を贅沢に使って丸くなる奏の愛猫、シロと【会話】をし乍ら眺めるのは2匹の小さな猫とじゃれ合う奏の姿。つい先程までは一緒に隣り合って座っていたのだが、子猫の2匹が飛び出した事で奏がそれを追い掛けて今に至る。まるで奏を呼ぶ様に鳴き声を上げて走る猫達と、会話は出来ずとも『捕まえてごらん!』と言われたのを察した奏。その結果出来上がったのは、同じ部屋で永遠にぐるぐると回り続ける1人と2匹の光景であった。

 

『にしてもあの名前はどうかと思うな』

 

「ふにゃ!? 顔に飛び掛って来るなんて酷いよエリザベス! ってふぁ!? スフィンクス、耳、舐めちゃ、ふぁ、ふぁめ~!」

 

「……奏さんのセンスにつられてしまいました」

 

『まぁ、娘達は特に嫌がって居ない様だけど……私がシロなのにその娘がエリザベスとスフィンクスって可笑しいと思う』

 

「……」

 

 抗議する様に向けられるシロの視線から逃れる様に立ち上がった小猫は耳を舐められて力を失ったせいで横になった奏の元へ近づくと、スフィンクスに「駄目」とだけ言って引き剥がした後に奏を横抱きに抱えて戻り始める。小さな人間の身体を悪魔である小猫が持ち上げるのは簡単だった。目を回した様子の奏を座らせて横に座った小猫はジッとその顔を見つめ始める。

 

『何か、変な事考えて無い?』

 

「…………別に考えて無いです」

 

 冷たい視線を背中に受けた小猫は来訪した際に奏が用意した既に冷めてしまったお茶を啜る。一応小皿に羊羹が用意されていたが、既にそれは胃袋の中。少し寂しく感じた小猫は立ち上がると、一度その場を後にして……手に羊羹の入った袋を持って戻った。

 

『まるで自分の家の様に』

 

「私が用意した物ですから」

 

『……それもそうだね』

 

 小猫の言葉にシロは部屋を見渡した。他の家に行く事が殆ど無い為、シロにその違いを判別する事は出来ない。だが確実に分かるのは、家具以外の品々。食器や本などの一部は奏が用意したものでは無いと言う事。もう何度もここに訪れている小猫。泊まった事すらある為、奏が『面倒な物は置いて行って良いよ!』と許可したのである。故に杉村家のお菓子は殆ど小猫持参の物だった。

 

「ふぁ~……? 甘い匂い? お菓子!」

 

「戻った。食べる?」

 

「食べる!」

 

 羊羹の甘い匂いを感じて我に返った奏は小猫の言葉に笑顔で答える。するとそんな奏の両肩に小さな猫達が乗り始め、左右から奏の頬に頬擦りを始めた。奏には聞こえないが、小猫とシロには分かる。『もっと遊んで!』と言っているのだ。そして例え聞こえては居なくても、奏にもその意は伝わった。

 

「少し休憩して、それから! ね?」

 

『にゃぁ~お(こっちへおいで)』

 

 奏の言葉と共にシロが鳴きながら娘達を呼ぶ。2匹は母親の言葉に従って奏から離れ、そこで用意を終えた小猫が奏の隣に三度座る。……その後も続いたお茶会の様な時間は、空が茜色に染まるまで続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイスクリームの店前で1人の少女が涎を垂らしながらそれを物欲し気に眺めていた。金色の髪を左右で結んだその少女はお腹の音を鳴らし、やがてその場に座り込んでしまう。

 

「うぅ……腹が減ったッス」

 

 弱々しくそう呟いた少女。するとそんな彼女の傍に小さな影が出来る。人通りがあるその場所で影が動くのは不思議な事では無い。だが少女は目の前に出来た影が動かない事に気付いて不審に思い、振り返った。……そこに立っていたのは頭に1匹の猫を乗せた女の子。片手には色違いの丸いアイスを2つ載せた現在少女が欲するものがあり、もう片手にはカップに入った丸いアイスが1つ。女の子は笑顔でそれを差し出した。

 

「はい!」

 

「……え?」

 

「お腹空いてるんでしょ?」

 

「す、空いてるっすけど……何で」

 

「う~ん、美味しい物は笑顔で食べるから美味しいんだよ! そしてもっと笑顔になれるの。食べる時に食べられない人が居たら笑顔になれないから。そしたら美味しくなくなっちゃう。だからあげるの!」

 

 それは女の子なりの持論。だがその言葉と無垢な笑顔に邪な感情を欠片も感じなかった少女は恐る恐る女の子の差し出したアイスを受け取り、チラチラとその姿を確認しながらアイスをスプーンで掬って一口。……一瞬で警戒心の含まれた表情がアイスの様に蕩けていった。

 

「う、美味いッス……こんな美味いの、初めてで……うぅ」

 

「ふぇ? な、何で泣いちゃうの!? あわわ、どうしようスフィンクス!?」

 

『にゃ~?』

 

 少女はアイスの甘さと女の子の優しさに涙を流し始め、女の子……奏は予想外の出来事に慌て始めてしまう。呑気に鳴き声を上げるスフィンクスの声を聞いて奏がどうすれば良いか必死に考えようとした時、少女は目元を拭って立ち上がった。

 

「わ、悪かったッス。今のは嬉し泣きって奴だから気にしないで欲しいッス。……ここ最近、忙しかったせいで優しさってのを感じて無かったッスから」

 

「?」

 

 最後の声は小さかった故に奏の耳に届く事は無かった。が、それでも少女には何の問題も無かった。残ったアイスを食べる為にスプーンを動かす中、奏の頭上に居たスフィンクスが再び鳴き声を上げる。何事かと同時に2人で頭の上を見上げた後、少女は視線を下げてそれに気が付いた。

 

「ちょ! 溶けてる! 溶けてるッスよ!」

 

「へ? わぁ!? あわわわわ!」

 

 少女の手に有ったのはカップ。故に最悪溶けても問題無かったが、奏が持っていたのはコーンの上に2つを乗せたもの。故に常温の中では徐々に溶け始めており、気付いた頃には上の1個が落ちそうになっていた。奏は少女の言葉に慌てて気が付くと、落ちかけるそれを口で押える。開いた口よりも一回り大きかったそれは鼻に乗る様にして落下は免れる。が、奏は下手な身動きが取れなかった。

 

「ど、どぅしよぉ?」

 

「ちょっとそのまま頑張るッス! 今、カップ貰って来るッスから!」

 

 奏の状態に少女は慌て乍ら店内へ入り、店員へ事情を説明する。最初は訝し気な表情だった店員も少女が指差した先にあったガラス越しの光景に納得してカップを渡し、奏の元に戻った少女はそれを顔の傍へ近づける。

 

「ほら、ここに落とせば!」

 

「う、うん。えいっ!」

 

「……ぁ」

 

 少女の言葉に奏が顔を傾けた時、寄り掛かっていたアイスはカップの中へ……入る事無く縁に当たって地面へ落下した。何とも言えない沈黙が続く中、スフィンクスが奏の頭から降りてそれを舐め始める。そこで恐る恐る少女が顔を上げれば、今にも泣き出しそうな奏の姿が。そしてさっきと立場を逆転して、焦る少女の姿がそこに生まれる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小猫、1つ聞いて良い?」

 

「? 何でしょうか?」

 

「何で……何で貴女、奏ちゃんをここへ連れて来たのよ!?」

 

 そこはオカルト研究部と呼ばれる部活の集まりに使われる旧校舎の一室。だがその実態はリアス・グレモリーを主とした悪魔達の集まりであり、普段は人払いの結界等を使って関係者以外立ち入る事が出来ない様にしていた。が、今日この日普段は来られない筈である来訪者が現れる。それは奏であり、だが彼女が彼女の意思で来た訳では無い。現在彼女はすやすやと寝息を立てており、そんな彼女を連れて来たのは小猫である。

 

「奏さんがHRで寝てしまったので」

 

「……それだけ?」

 

「部長。まさか奏さんを1人、教室に残して来た方が良かったと思ってますか?」

 

 小猫の言葉にリアスと傍に居た朱乃は想像する。薄暗い教室に1人残った奏の様子を。……1つの想像は薄暗い教室の中で1人目を覚ました奏が徐々に不安を感じ始めて泣き出してしまうもの。そしてもう1つは1人なのを良い事に何処かの誰かが奏へ悪戯を始めるもの。それは徐々に過激になっていき、目覚めた後も……何方が何方の想像をしたかはさておき、2人は思う。奏を1人にはして置けないと。

 

「良くやったわ、小猫」

 

「えぇ。正しい選択ですわね」

 

「当然です」

 

 2人の称賛に何処となく誇らし気に答えた小猫。因みに実際奏が1人だった場合は寝てしまった事に慌て乍ら何事も無く帰宅するのだが、奏を見た目通りの幼い少女と思っている2人には分かる訳が無かった。そして分かっている筈の小猫は特に気にしない。唯自分の膝に頭を乗せて眠る奏の髪を手の平で感じれば、後悔等する筈も無かった。

 

「……そう言えば、部長。最近、奏さんから堕天使の香りがしました」

 

「何ですって……!」

 

「もしかしたら、堕天使と接触しているかも知れません」

 

「堕天使と。また私達の世界と関わってしまったかも知れないと言う事ですわね」

 

「はい。ですが、少し思っていたのと違うかも知れません」

 

「どう言う事?」

 

 小猫の言葉にリアスが聞き返す中、彼女は今日奏と話をしていた中で出た『新しい友達』についての説明を始める。語尾に『ッス』と付ける特徴があり、何でも一緒にアイスを食べた仲である事。学校には行っていない様で、最近忙しいせいかお腹を空かせていた事。また一緒にアイスを食べる約束をして、お互いに名前を名乗り合った事。その名を『ミッテルト』と言う事。

 

「ミッテルト……少なくともイッセーを殺した堕天使とは違う。でも関わりはあるかも知れないわね」

 

「奏ちゃんから近づいた様ですし、特に企みは無さそうですわ。それでも十分な警戒は必要ですけれど」

 

「……小猫。以前話をした様に1度関わった以上、何かに巻き込まれる可能性が高いわ。貴女は出来る限り奏ちゃんを守ってあげて」

 

「はい。奏さんは、私が守ります」

 

 元々決意していた小猫はリアスの命を受けて新たに決意する。そして少し考える仕草をした末、彼女は徐に口を開いた。

 

「一緒に住むにはどうすれば良いでしょうか?」

 

「……小猫、そこまでしなくて良いわ」

 

 リアスは以前小猫が奏へ抱いていた感情を思い出し、奏の身に別の意味で不安を感じ始める。だが小猫は特に気にした様子も無く奏を横抱きに抱えると、『家へ送って来ます』と告げて部室を後にした。扉が閉じる中、リアスと朱乃は互いに視線を合わせて会話する。

 

『大丈夫かしら?』

 

『大丈夫じゃ無いかも知れないわよ』

 

≪はぁ……≫

 

 2人の溜息が部室内に響き渡り、それを上書きする様に訪れた2人の男子が肩を落とす2人の姿に気付いて声を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1つ答えなさい。貴女達の中にミッテルトと言う名の堕天使は居るかしら?」

 

「ふっ。ミッテルトか……奴ならもう居ない」

 

「……何ですって?」

 

「レイナーレ様はミッテルトを追放した。下等な人間と友達になった等と、自慢げに話していたからな」

 

「そんな。それじゃあ今その子は……」

 

「さぁな。今頃何処に居るのか……どうなったのか」

 

「……」

 

 

 

 

 雨が降る公園の中、ミッテルトは1人傘も差さずに歩いていた。原因は自分が今まで居た場所を追いだされたからであり、その理由は人間と友達になったから。ミッテルトにとって同僚等は居たとしても、友達と言う存在は居なかった。だから彼女はそれが出来た日、自分の上司や仲間にそれを報告した。初めて出来た友達……それが嬉しくて。だが、それが原因で自分の居場所を失ってしまった彼女は絶望していた。そうして彷徨う様に訪れたその公園で、ミッテルトは1つのベンチを見つめる。

 

『ほら、泣き止めって。うちの返すッスから』

 

『ううん、大丈夫。それはミッテルトにあげたんだもん』

 

『そうッスけど……本当、腹減ってても泣いてる奴の前じゃ美味く無いッスね。そもそも、食べられないッス』

 

『にゃぁにゃぁ』

 

 それは数日前、友達が出来た日にアイスを落とした奏を連れて座ったベンチだった。『笑顔で食べるから美味しい』と言っておきながら泣いていた奏の姿に自分もアイスの味を余り感じられなくなって、だが泣き止んだ後に食べたアイスの甘さは絶妙で。ミッテルトはその時間がとても楽しかった。彼女を恨むのはお門違いであると分かっている。が、他に当たれる様な相手がミッテルトには居なかった。

 

 何処にも行き場が無い自分とその感情。ミッテルトはその場でしゃがみ込んでしまい、両手で顔を覆った。そしてしばらく雨に紛れて涙を流していた時、突然自分に当たっていた雨の勢いが弱まった事に気付いて顔を上げる。……そこに居たのは自分を見下ろす奏の姿だった。

 

「ミッテルト、大丈夫!?」

 

「何で……ここに居るッスか」

 

「シロ達のおやつが切れちゃったから。そしたら買いに行けって鳴くんだもん」

 

『にゃぁ!』

 

「スフィンクス……じゃ、無いッスね」

 

「この子はエリザベス。って、そんな事よりビショビショだよ! 早く着替えないと!」

 

 それは偶然なのか、必然なのか。ミッテルトと再び出会った奏。先程まで彼女にお門違いな恨みを感じていたミッテルトだが、実際に会って話をしてみればそんな恨みは霧が晴れるかの様に消えてしまう。唯純粋に自分を心配するその姿が、ミッテルトには嬉しかった。

 

「ミッテルトの家は何処なの?」

 

「……もう、無いッス」

 

「……え?」

 

「追い出されたんスよ。だから何処にも行くところが無いッス」

 

 傘も持ってない状況でミッテルトを1人にする選択肢は奏の中に無かった。だから一緒に家まで。そう思って聞いたつもりが、返って来た答えに彼女は困惑する。だがエリザベスの鳴き声で意を決した奏はミッテルトの手を取って無理矢理立たせ始めた。

 

「! 何するッスか」

 

「家に帰るの。ミッテルトも一緒に!」

 

「へ?」

 

「エリザベス、偶にはおやつ我慢出来るよね?」

 

『にゃ!』

 

 力強く頷いて肯定する猫の姿に奏はその頭を優しく撫でると、ミッテルトの手を引いて自宅へ足を進め始める。突然の事に困惑するミッテルトは、自分の手を握る奏の手を弱々しくも振り解こうと思えなかった。

 

 奏の家へ到着した時、ミッテルトはすぐに大きなバスタオルを渡された。そしてお風呂のお湯を沸かせてすぐに脱衣所へ押し込まれた彼女は奏に言われて冷えた身体を温める事にした。温まった後に脱衣所へ戻ればそこにはピンク色のパジャマ。それを着て脱衣所から出れば、今度は美味しそうな匂いがミッテルトの鼻孔を擽った。

 

「パパッとしか出来なかったけど、夕ご飯だよ!」

 

「奏、料理出来たんッスね。意外ッス」

 

「えへへ。ほら、食べて食べて!」

 

 ミッテルトの目の前にあったのはオムライス。ご丁寧に『みってると』とケチャップで書かれており、彼女は奏に急かされてスプーンを手にする。そして『み』の字を僅かに崩して口に入れれば、ケチャップと卵。そして中にあったケチャップライスの味を感じた。それは決して感動する程美味しかった訳では無い。言うならば人並みの味。が、ミッテルトは気付けば涙を流していた。

 

「あぅ、美味しく無かったの?」

 

「ち、違うッス。この前と同じ、嬉し泣きッスよ」

 

「そうなの? ミッテルト、何か食べる度に泣いてるね!」

 

「う、うるさいッス!」

 

 強い言葉で返しながら頬に涙を流してオムライスを口に入れるミッテルト。そんな姿を奏はテーブルに両肘を突け、左右両方で頬杖を突きながら笑顔で眺めていた。そして少しの間を置いて、奏は頬杖を止める。

 

「ねぇ、ミッテルト」

 

「……なんスか?」

 

「何があったかは分からないけど、行く場所が無いなら家に居ても大丈夫だよ」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中。既に奏が猫達と一緒に眠りについている中、同じ布団から抜け出した彼女は電気もついていないリビングで窓から外を見上げていた。既に雨も止んだ空に浮かぶ大きな月。それをジッと眺めて居た時、背後に感じた気配に彼女は溜息をついた。

 

「やっぱり、気付かれるッスよね。思ったより早かったッスけど」

 

「貴女がミッテルトさんですね」

 

 奏の家でありながら、そこには奏に連れて来られたミッテルト以外にも別の人物が立って居た。そしてミッテルトがその姿を見た時、少し予想外とばかりに僅か乍ら目を見開く。……彼女が来ると思っていた人物とは違ったのだ。

 

「この町は確かグレモリーの傘下ッスから、てっきりグレモリーが来ると思ってたッスけど……その必要も無いって事ッスか」

 

「部長には少し待って貰いました。……いくつか確認したい事があったので。今、この会話は聞かれていると思います」

 

「確認? うちにッスか?」

 

 ミッテルトは赤い髪をしたグレモリーの者。つまり、リアスが来ると思っていた。だが実際に来たのは白髪。しかも自分と同じ程に小柄で、だがその気配は明らかに悪魔な少女……小猫だった。故に自分には彼女自ら赴く価値も無いと判断された。と思ったミッテルト。だが小猫の言葉で眉を動かして訝し気な表情を浮かべる中、小猫は頷いて口を開いた。

 

「最初に聞きます。どうして貴女が奏さんの家に居るのですか?」

 

「あぁ、そう言う事ッスか。別に何もして無いッスよ。唯……唯助けられただけッス」

 

「……奏さんとはどう言う関係ですか?」

 

「? 変な事、聞くッスね。……人間と堕天使じゃ笑い話かも知れないッスけど、友達……っとうちは思ってるッス」

 

「これで最後です……貴女は生きたいですか?」

 

「愚問ッスね。……生きたいに決まってるじゃないッスか」

 

 その答えを合図に突然浮かび上がる魔法陣。そこから現れたのはミッテルトが来ると考えていたリアスだった。リアスは小猫へ「ご苦労様」と告げ、彼女は僅かに頷いて答えるだけ。ミッテルトは状況が分からず、だが今から何かが自分に起こる事だけは確信していた。

 

「堕天使ミッテルト。私は貴女が今ここに居る事を許さないわ」

 

「! 一思いに殺るッス。覚悟は出来てるッスよ」

 

「あら? 何時私が貴女を滅すと言ったかしら?」

 

「……へ?」

 

 リアスの言葉に覚悟を示すかの様に両手を開いたミッテルト。だがそれに返された言葉を聞いて彼女は呆気に取られてしまう。リアスの言った言葉をそのまま受け取るならば、彼女に自分を殺すつもりは無いと言っている様なもの。困惑する中、リアスは笑みを浮かべた。

 

「確かにこの地へ勝手に踏み入った事は許せないわ。でもね……貴女を消すと、悲しむ子が居るのよ」

 

「!」

 

「それに貴女は彼女達に生かされた身よ。投げ出すなんて許さないわ」

 

「生か、された……? 何の話ッスか?」

 

「貴女、気付いて無いのね」

 

 更なる困惑に苦しむミッテルトを前にリアスはやれやれと言った様子で頭を振ると、続けた。

 

「今回、貴女は堕天使レイナーレと共にこの地へやって来た。貴女達の目的は自分を見て貰う事。確かにレイナーレがアーシアの力を自分の物に出来た場合、皆が注目するでしょうね。彼女の部下である貴女達も同様に」

 

「……」

 

「でもそれは失敗に終わった。もう、彼女達はこの世に居ないわ。塵も残らずに、ね」

 

「なっ! 皆を、殺したッスか!」

 

「……えぇ」

 

 ミッテルトはリアスが肯定した事で拳を強く握り締め始める。叶うならば今すぐ彼女へ攻撃を仕掛けたいとすら思う。だが、それを出来ない理由が彼女の中には存在した。1つはここが奏の家である事。攻撃を加えれば例え敵わなくても戦いの跡が残る。それは奏に迷惑を掛けてしまい、恩を仇で返す様なものである。そしてもう1つ……彼女は先程の質問に答えた通り、今生きたいと思っていた。それは居場所を失っても自分を受け入れる存在が居たから。自分にはまだ、居場所があったから。

 

「情は人だけでなく、堕天使すらも変えるのね。今回で改めて理解したわ」

 

「何が言いたいッスか」

 

「断言してあげるわ。奏ちゃんに会う前の貴女なら、死を恐れずに私を攻撃していた。でも今それをしないのは死ぬのが怖いから。あの子と会えなくなるのが怖いからよ」

 

「!」

 

「奏ちゃんは貴女が消えればきっと悲しむわ。そして貴女も彼女と会えなくなるのは嫌。貴女は貴女の欲しがったもの(自分を見てくれる人)を自らの手で手に入れた。だからそれが分かった彼女達は貴女を今回の件と無関係にしようとした」

 

「そんな……」

 

 

『今日、友達が出来たッス! 人間ッスけど、一緒にアイス食べて、どうでも良い事を話して……凄い楽しかったッスよ!』

 

『そうか。それは、良かったな』

 

『あら? 何の話?』

 

『レイナーレ様! 実はッスね!』

 

 

 初めて出来た友達。それが嬉しくて話をしていた時、それを聞く仲間達の様子は優しいものだった。だからこそ沢山話をしたミッテルト。だがそれから数日した頃、突然人間と親しくした事を理由に追放されてしまった。その時自分へ向けられた目はとても冷たく感じたミッテルト。それが自分を守る為の行動だったなら……ミッテルトは思わず膝から崩れ落ちてしまう。

 

「堕天使カラワーナは最後まで勇ましく。堕天使レイナーレは自らを至高の堕天使と呼ぶに恥じぬ潔い終わり方だったわ」

 

「……うちはこれからどうなるッスか」

 

「それは貴女次第よ。やるべき事があるなら、それをやりなさい。……あの子と平和に過ごすのは、それからよ」

 

「!」

 

 リアスは消える間際まで仲間の為に戦おうとしたカラワーナと、敗北の末に自らその命を奪った元々は無関係だった少年へ謝罪をして消えたレイナーレの姿を思い出しながら告げる。その言葉を聞いた時、ミッテルトは突然背中から2対の翼を出現させた。それは彼女が人では無い堕天使である事の証明。リアスがそんな彼女を前に構える事はせず、ミッテルトは窓を開けると飛び出そうとして足を止めた。そして僅かに振り返り、リアス……では無くその後ろに立つ小猫へ視線を向ける。

 

「お前、奏の友達ッスね」

 

「はい」

 

「……奏の事、頼んだッス」

 

「奏さんは例え貴女に言われなくても、私が守ります」

 

 小猫の答えにミッテルトは僅かな笑みを浮かべ、羽根を撒き散らしながら飛び立ってしまう。その先が何処なのか、2人には察しがついていた。元々レイナーレを筆頭に行っていた事は彼女達の独断行動だった。今はこの世に居ないとしても、レイナーレの部下として報告や後始末。そして責任を取る必要がある。どれ程掛かるか定かでは無いが、それでも彼女は再び奏の前に現れる為に。飛び立ったのだ。

 

「さて、奏ちゃんに何て説明するべきかしらね?」

 

「そもそも部長は接点が無いので、私が誤魔化します」

 

「……そうね」

 

 出来ればこれを機に接点を。そんな事を内心僅か乍ら思っていたリアスは小猫の言葉に若干肩を落としながらもその通りだった為、頷いた。そして小猫を置いてリアスが居なくなれば、残された彼女は勝手知ったる奏の家で紙を1枚拝借。そこに文字を書いてミッテルトの書き置きに見せる事にした。内容は無難に急用が出来て起こすのが忍びないと思った為に書き置きにしたと始まり、無事に帰る場所の目途が立った事や、しばらく会えなくなる等と続ける。

 

「我ながら、良い出来です」

 

 適当に彼女の特徴である『ッス』を用いながら無事に完成させた小猫。それをリビングのテーブルに置いて、リアスの元に戻る……前に彼女は眠っているであろう奏の寝顔を拝む事にした。

 

「すぅ……すぅ……」

 

『……』

 

『……』

 

 奏の部屋には部屋の主である奏と彼女に寄り添うかの様に眠る2匹の小さな猫の姿があった。小猫は眠る姿に僅か乍ら微笑みを浮かべ、ふと気付く。猫が1匹居ない事に。

 

『誰かと思ったら君か。こんな夜中に何の用かな? ……そもそもどうやって入ったのかな? まさか、ご主人に何かするつもりじゃないだろうね?』

 

「シロ。まだ起きてたんですね。何かするつもりは無いです。ちょっと、見に来ただけなので」

 

 シロが起きていた事に驚きながら、起こさない様に小声で話し掛けた小猫は数回奏の頭を撫でてから部屋を後にする。そして家からも姿を消せば、奏の家は静寂が支配した。徐々に日が昇って行き、奏が目を覚ますその時まで。その静寂は続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからしばらくお別れなの。でも、きっとまた会えるよね!」

 

 教室にて、奏は新しく出来た友達と長い別れをする事になった事を小猫へ伝えていた。その友人が何処へ行ったのか、どんな理由で行ったのかを知っている小猫は嘘をつく事に多少罪悪感を感じ乍ら、彼女の話を聞き続ける。……すると奏は徐々に元気が無くなり、やがて寂しそうな表情を浮かべ始めた。

 

「折角仲良くなれたのに、すぐお別れする事になっちゃった」

 

「……仕方ない」

 

「うん。仕方ないの。分かってる。分かってるけど……」

 

「……」

 

 何時も元気な様子の奏だからこそ、その悲しそうな顔は貴重と言える。だが小猫はその顔を見ていたいとは思えなかった。どうにかしたいと思った小猫は少し悩んだ末、徐に片手を上げると……奏の頭に乗せて撫で始めた。何気に小猫が起きている奏の頭を撫でるのは初めての試みだった

 

「んっ、小猫?」

 

「よしよし」

 

「ふぁ……えへへ。これ、気持ち良いかも」

 

「元気出た?」

 

「うん! ありがとう、小猫!」

 

「ん」

 

 普段の笑顔でお礼を言う奏の姿に僅かながら優しい笑みを浮かべて頷いた小猫。そんな教室には以前同様に2人のやり取りを聞いて愛を溢れさせた者達が居るが、2人がそれを知る事は無かった。




今作は小猫ちゃんとの百合を書きたくて生まれたんですが、続けて見れば今回半分がミッテルトに。ドーナシークが居ない? 野郎に興味はありません。そして今後続くかも未定。思い付きと調子次第です。

タグに『友情』『ミッテルト』『原作死亡キャラ生存』を追加しました。


常時掲載

【Fantia】にも過去作を含めた作品を公開中。
没や話数のある新作等は、全話一括で読む事が出来ます。
https://fantia.jp/594910de58


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無限は友となり、聖剣使いは純真過ぎる少女を狙う

前回の投稿から4日。評価とお気に入りが約3倍近く増えれば、それは調子にも乗ると開き直ってみる。でもそろそろ思い付きにも限界が……結構無理矢理な部分もあるので、何卒優しい目で読んで貰えると嬉しいです。


「え! それじゃあしばらく会えなくなるの?」

 

「……うん。残念だけど」

 

 駒王学園1年生の教室。そこで奏は小猫が所属しているオカルト研究部の合宿に参加する為、数日の間登校出来なくなると告げられていた。殆ど学校では一緒に居る時間が多い2人。故に奏は小猫がしばらく居なくなってしまうと知り、明らかにしょんぼりしてしまう。そんな姿に小猫もまた残念そうに、だが主であるリアスの決定故に不参加は出来ない為、同じく元気を失う。

 

「オカルト研究部の合宿って、何をするの?」

 

「それは……色々」

 

「危ない事、しない?」

 

「ん。平気。唯、大変そうかも」

 

 そもそも合宿に行く目的は修業であり、強くなる為に鍛錬するとなれば疲れるのは当然。主の為にも、自分の為にも頑張りたいと思う一方で小猫は少しだけ遠い目をする。すると奏は少しだけ考える様に首を数回傾げた後、片手に握った拳を乗せて「そうだ!」と何か思い付いた様な仕草をする。

 

「行くのは明日?」

 

「うん。そうだけど」

 

「それじゃあ、明日行く前に家に来てよ!」

 

「?」

 

 奏の言葉に小猫は首を傾げるが、奏が何をするか説明する事は無かった。

 

 翌日。平日の朝にリアスへ断りを入れて奏の家へ向かった小猫。インターホンを押せば、微かに聞こえる足音と共にその扉が開かれる。まだパジャマ姿だった奏は眠そうに目を擦りながら、小猫を出迎えた。

 

「こねこ? ぉはよぅ……どぅしたの?」

 

「昨日、奏さんが朝に来てって言った筈」

 

「ふぇ? あ! そうだった! 今持って来るから少し待ってて!」

 

 寝ぼけた様子で話す奏の姿に多少込み上げる何かを感じ乍らも何時も通りに返した小猫。それを聞いてパッと目を開いた奏は急いだ様子で家の中へ戻って行く。そして少し時間を置いて、再び現れた奏の手には包みに覆われた大きな箱があった。それは稀に見る事のある重箱を包んだものの様にも見え、笑顔で差し出す奏の姿に小猫は首を傾げながらそれを受け取る。

 

「……これは?」

 

「えへへ! 今日のお弁当と、お菓子だよ!」

 

「! 手料理?」

 

「うん! 少し多めに入ってるから、一緒に行く友達と食べて! あ、お菓子は今日全部食べちゃ駄目だよ! 少しずつだからね!」

 

「ありがとう……それじゃあ、行ってくる」

 

「行ってらっしゃい!」

 

 小猫は受け取ったものの中身を聞いて思わず戦慄した。今まで一緒にお菓子を食べる事はあれど、奏の料理を食べた回数は片手の指で足りる程度。それはつまり彼女にとって奏の手料理が貴重であり、それを受け取れた事実に僅か乍ら身体が震え始めてすらいた。だが平静を装って奏に声を掛けて家を後にすれば、背後に掛かる声に小猫の胸の内は暖かくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小猫の居ない駒王学園での時間を終えた奏は頭にエリザベスを乗せて公園へ赴いていた。目的は傍にあるクレープのお店であり、無事に購入出来た奏は2つ並んだベンチに片方に座って口元にクリームを付け乍ら美味しそうにそれをほおばる。

 

「ん~! 美味しい!」

 

『にゃ~』

 

 意図せずして溢れる笑顔。それに反応する様にエリザベスも鳴いて答え、奏はクレープを食べ続ける。珍しく明るいながら余り人気のない公園はとても静かであり、半分程食べ終えた辺りで奏は何気なく左右を見回した。

 

「……」

 

「?」

 

 そして気付けば隣のベンチに1人の少女が座って居た事に気付いた。黒い髪を伸ばした少女。彼女はジッと奏を、奏の持つクレープを見つめ続けていた。どう見てもクレープに興味を持っている様子であり、奏は少女とクレープを何度か見た後に声を掛けた。

 

「クレープ、食べたいの?」

 

「クレープ?」

 

「うん、これの事。少し待ってね……はい!」

 

「……」

 

 奏は少女に自ら食べていたクレープの一部を千切り、包んであった紙を皿の様に広げて少女へ譲る。両手でそれを受け取った少女は奏とクレープに視線を何度か行き来させ、奏がまるで例を見せる様にクレープを口に入れて笑顔を見せれば、少女も真似る様にそれを口へ。

 

「……甘い」

 

「美味しいでしょ?」

 

「美味しい……ん、美味しい」

 

 口の中へ広がる甘みを感じてそのまま言葉にした少女は奏に言われてまるで初めて知るかの様に繰り返しながら頷いた。……元々半分だったクレープの一部を貰った為、少女が食べられるのは僅か。奏も食べ終えてしまい、少女は残った紙を見つめ続ける。

 

「流石に2個は食べ過ぎかな?」

 

『にゃ』

 

「……」

 

「……えへへ。半分だったら良いよね!」

 

『にゃ~ぁ』

 

 少女の姿に、そしてまだ食べ足りなかった自分に奏は考えた末、再びクレープを買いに向かった。まるで『やれやれ』とでも言う様に鳴くエリザベスを頭に今度は違う味を購入した奏は再びベンチへ。そして迷わずに今度は少女と同じベンチに座ると、最初から半分にされたクレープの片方を差し出した。

 

「はい、あげる!」

 

「……クレープ」

 

「さっきは苺だけど、今度は葡萄だよ! あ、バナナは最初から入ってるの!」

 

「苺? 葡萄? バナナ?」

 

「知らないの? えっとこれがね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレモリーの所有する別荘。そこは山の上にあり、現在小猫はリアスを主とした仲間達と共に訪れていた。目的は修業。各々を強化する為に鍛錬していた小猫達は時折休憩を入れながらも続け、夕食の時間を迎える。因みに昼食は用意されてしまい、小猫は奏のお弁当を食べそびれていた。故に昼食の際、夕食を少なめにして置くべきだと伝えていた小猫。当然他の面々は疑問に思い、夕食の時間でその理由を知る。

 

「これです」

 

「こ、これが奏ちゃんの手作りお弁当……っ!」

 

「小猫ちゃん、開けて見ましょう?」

 

「はい」

 

 リアスと朱乃は小猫が奏からお弁当を作って貰ったと知り、興味津々であった。小猫の取り出した包みの箱を前にリアスが緊張した面持ちで生唾を飲み、朱乃が何処かそわそわした様子で小猫に開ける事を催促する。小猫自身も中身が非常に気になっていた為、朱乃の言葉に頷いて彼女は包みの縛られた部分を解き始めた。……やがて包みから出て来たのはやはり重箱。3段になっており、小猫は一番上の蓋を開けた。

 

「これは……炊き込みご飯、ですね」

 

「小さめのおにぎりにしてあるわ。冷めてるのに良い香りもする」

 

「奏ちゃんは本当に料理が上手なのね」

 

 鼻を擽る美味しそうな香りに大変な修業の後だった事もあって、今すぐにでも手を伸ばしたくなった3人。だがそれを必死に堪えてリアスは小猫へ視線を向ける。それが言葉にされずとも次の段を見たいと言う催促だと分かった小猫は頷き返し、炊き込みご飯のおにぎりが入った段を退かした。そして見えて来るのは数種類のおかず。

 

「唐揚げに卵焼きは定番ね。でもこれは……?」

 

「どうやらネギをお肉で巻いてある見たいですわね。あ、じゃがいももあるわ」

 

「隅にあるのはホウレン草の胡麻和え……確かに、全部手が入ってますね」

 

 小猫は数種類のおかずがあれば、内少しは手を加えずに入れただけのものも交ざっていると思っていた。だが蓋を開けて見れば全てに奏の手が加わっており、作った時間も考えて彼女の心は奏に対する感謝の気持ちで一杯になった。

 

「最後の段は何が入ってるのかしら?」

 

「多分、お菓子だと思います。開けてみましょう」

 

 更に湧き上がる食欲をそれを上回る強い心で押さえ込み、リアスの言葉に小猫は最後の段を確認する。……そこに入っていたのは四角く切れ目の入った上は茶色く横は黄色いお菓子と、貝殻の様な見た目をした数色のお菓子が入っていた。

 

「カステラとマドレーヌ、ですわね」

 

「まさか、これも奏ちゃんが作ったの……?」

 

「可能性は高いです」

 

 最初の炊き込みご飯と同じ様に香り始める甘い香りに3人の口元が少々緩み始める。そこでようやく別の場所で夕食の時を待っていた仲間達の声が聞こえ、3人は目を見合わせて頷き合った後にそれを手に夕食を食べる為に全員と合流した。小猫の友達が作ったお弁当である事も当然説明して、お菓子以外を食べ始めた各々。自分達で用意した夕食も含めて食べ終わった時、奏を知る3人の表情はとても幸せそうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小猫達が修業に行ったのには当然理由があった。それはリアスの未来を掛けた戦いをする事であり、彼女達は自分達よりも明らかに強い相手と戦う為に修業へ行ったのだ。そしてその戦いを無事に終えた小猫は久しぶりに駒王学園へ登校していた。まだ奏は登校しておらず、だがそれもすぐにやって来る。教室へ現れた彼女は周りからの挨拶に笑顔で答え、小猫の姿を見ると同時に輝かしい程の笑顔を見せて駆け出す。たった数日だが、それでも彼女にとっては長かったのだろう。思わず後先考えずに小猫へ飛んだ奏。小猫は驚きながらもそれを受け止め、その場で数回回転して勢いを流した。

 

「お帰り! 小猫!」

 

「奏さん……ただいま」

 

 まるで感動の再会の様に見える2人に何故か周りが涙してハンカチで目元を拭う中、小猫は修業の間に起きた出来事を話せる範囲で説明する。お弁当の感想やリアス達がお礼を言いたがっている事も伝えれば、奏は安心した様に笑みを浮かべて「良かった!」と返した。

 

「あ、そうそう! また新しい友達が出来たんだ! 今度はクレープを一緒に食べたの!」

 

「! 新しい友達……」

 

 小猫の話が終わった時、今度は奏がここ数日であった出来事を説明する。そこで奏が言い出した内容に小猫は緊張した。前回新しい友達としてミッテルトが現れ、彼女は知らぬ内に堕天使と仲良くなっていた。自分と言う例もある中、何となく小猫は思い始めていたのだ。奏の友達は人間では無い可能性が高いと。仲良くなった経緯は彼女らしく、その友達の名前は聞いた時。彼女は笑顔でその名を答えた。

 

「オーフィスだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小猫達が帰って来て数日。奏は何時もの様に放課後、頭に今日はスフィンクスを乗せて外を歩いていた。今日は甘い物を食べに歩いているのではなく、家で待つ2匹とスフィンクスのおやつを買う為に出ていた奏。……そんな彼女の目に、余りにも非現実的で可笑しくて、可哀想な光景が映った。

 

「迷える子羊にお恵みを~!」

 

「私達にどうかご慈悲を~!」

 

 それは2人の怪しい恰好をした少女が所謂物乞いをする光景。道行く人々はその怪しさに近づこうとはせず、子供を連れた母親は見る事を止めさせて逃げる。が、何時もの様に過ごしていた奏は何時もの様に怪しさ等意に介さずに2人の元へ近づき始めた。必死にやめさせようとするスフィンクスの鳴き声も聞かずに。

 

「大丈夫?」

 

「ぁ……ごめんね、大丈夫よ」

 

「あぁ、だが出来れば食べ物を恵んで貰いたい……うぅ」

 

 最初に声を掛けられた事で驚いたのは栗色の髪をした少女だった。彼女は自分に声を掛けた奏の姿を見て何処か落胆した様に肩を落としながら、答える。……見た目が明らかに子供な奏に自分達の望むものを期待出来なかったのだろう。だがもう1人の青い髪をした少女は相手が子供でも構わないとばかりに奏へ答える。と同時に2人の腹部から空腹を知らせる音が響いた。そして2人は前のめりに倒れてしまう。

 

「わぁ! ど、どうしよう!? と、取り敢えず食べ物を持って来るね!」

 

 周りから見れば倒れた2人を見て逃げ出した少女にも見えただろう。だが少しの間を置いて奏は両手で茶色い袋を抱えて再び姿を見せる。そして倒れてしまった2人の傍へ近づくと、袋からそれを取り出して2人の前へ差し出した。甘い香りが2人の鼻へ届き、同時に顔を上げた2人は飛びつく様にそれを口へ。最初に感じた生地の食感と後に感じる餡子の甘味に2人の顔は文字通り蕩け始めた。

 

「はむっ。美味い。はむっ。こんな美味いものは。はむっ。生まれて初めてだ」

 

「はむっ。そうね。はむっ。鯛焼きなんてはむっ。何年ぶりかしら?」

 

「い、急いで食べると危ないよ?」

 

「? っ! うぐっ!」

 

「あわわわわ! えっとえっと、はいこれ!」

 

「! んぐっぐっぐ……ぷはぁ! た、助かった……」

 

 奏が持って来たのは鯛焼き。2人はそれを貪る様に食べ始め、青髪の少女が焦った余りに喉を突っかけてしまう。すると奏は同じ袋の中からお茶を出して渡し、少女はそれを飲む事で無事に事無きを得た。

 

「良かった~。鯛焼きだから喉が渇くと思って飲み物も用意したけど、正解だったね!」

 

『んにゃ!』

 

 頭に乗るスフィンクスと会話する様に話す奏。そんな彼女の姿を前に落ち着いた2人は思わず見つめ続けてしまう。最初は唯の通りすがりの子供だった。だが今は自分達の恩人であり、猫へ向ける無邪気な笑顔を前に思わず何方かが呟いてしまう。

 

「……天使だ……」

 

『にゃにゃにゃ!』

 

「あぅ。分かったよ~。あ、鯛焼きはまだ2個あるから食べて良いよ! それじゃあね!」

 

 だがその声はスフィンクスの鳴き声に妨害され、奏に届く事は無かった。元々おやつを買う為に出ていた為、『早く買いに行こう』と言いたいのだろう。奏はそれを察して残りの鯛焼きを2人の目の前に置き、その場を去った。2人は去って行く少女の後ろ姿を眺め、感謝をし乍ら残りの鯛焼きに手を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖剣と呼ばれる剣を巡る戦いに身を投じていた小猫。無事にその件が解決した後、彼女は1年生の教室で何時も通り奏と一緒に過ごしていた。だがその様子は明らかに疲れが残っており、奏はそれに気が付いた。

 

「小猫。疲れてるの?」

 

「……色々あった」

 

「そうなの? う~ん。あ、ちょっと頭下げて!」

 

「? こう?」

 

「うん。えへへ、よしよし」

 

「!?」

 

 過去に元気が無かった時、小猫の手で元気が出た奏はお返しをする様に小猫の頭を撫で始める。髪越しに感じる奏の柔らかい手と、その温かさに混じる優しさに小猫の疲れた心は瞬く間に癒されていく。だが同時に羞恥心も感じてしまい、僅か乍ら小猫の頬は赤く染まっていた。が、自身がされて恥ずかしさを感じなかった奏は小猫の羞恥心に気付かずにそれを続ける。

 

「これ、気持ち良いんだよ? 小猫はどう?」

 

「ん……気持ち、良い」

 

「良かった! それじゃあもっとしてあげるね!」

 

「ぁ……ぅ……」

 

 善意100%の奏に『恥ずかしいから止めて』と言える訳が無かった。周りを悶絶させながら授業が始まるその時まで撫でられ続けた小猫。その後休み時間の合間に話をしていた2人は途中、移動教室の為に教室を離れる事になった。クラスでは各々何でも小さな役割を決められており、次は小猫が少し早めに移動しなければいけない授業。故に別々で移動する事になった時、1人廊下を歩く奏の前にある生徒が立ち塞がった。

 

「少し良いか?」

 

「? あ、鯛焼きの人!」

 

 それは2年生であり、奏には見覚えのある人物だった。数日前にもう1人の少女と一緒に居た青髪の少女。鯛焼きをあげた相手であり、奏が覚えていた事を知って彼女はふっと笑みを浮かべる。

 

「私の名はゼノヴィアだ。君は杉村 奏。で合っているか?」

 

「うん! そうだよ! 鯛焼きの人……じゃ無くって、ゼノヴィアは先輩だったの? あ! じゃなくて、だったんですか?」

 

「無理に敬語を使わなくて良い。それと先輩になったのは今日からだ。転入したからな」

 

「そうなんだ! えっと、これからよろしくね!」

 

「あぁ。よろしく。ふふっ」

 

 ゼノヴィアは笑みを浮かべながら道を開け、奏は笑顔で手を振りながらその場を去って行った。そして1人残った彼女は遠ざかる背中を眺めながら1人呟く。

 

「良い。やはり悪魔になったからには、悪魔らしく行こうじゃないか。あぁ、私の天使。何時か必ず堕としてみせる」

 

 そんな彼女の呟きを聞く者は誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~!」

 

「お帰り」

 

「あれ? オーフィス!」

 

 学園での時間を終えて帰宅した奏を迎えたのはシロ達だけでは無かった。クレープを切っ掛けに友達になった少女、オーフィスがそこに居たのだ。何故家の中に居るのか疑問に思った奏が聞けば、彼女は一言。

 

「シロが入れてくれた」

 

「そっか!」

 

 もしこの場に別の人物が居れば、納得しないだろう。だが奏だけだった今この時、彼女の答えに奏は納得してしまう。そして一緒に中へ入り、一度洗面所で嗽手洗いをしてからリビングのソファに奏が座れば、その隣にオーフィスが座り込んだ。

 

「あ、この後友達が来るんだ! オーフィスにも紹介してあげるね!」

 

「奏の友達……我、楽しみ」

 

 実はこの後、小猫が来る予定だった為に奏はそう言って大きく両手を上に上げて伸びをする。すると彼女の身体にオーフィスが僅か乍ら体重を掛ける様に倒れ、更に頭や肩にエリザベスとスフィンクスが乗り始める。……実は奏がオーフィスとこうして一緒に家で寛ぐのは今回が初めてでは無い。小猫が居なかった数日間、何度か一緒に居たのだ。そして狙わずして小猫が来ない日に訪問する事が多く、今日初めてそれが重なる日となったのである。

 

「あ、来た! 皆、ちょっと退いてね!」

 

「ん……」

 

『にゃ~』

 

『んにゃ』

 

 部屋に響き渡るインターホンの音。奏は自分に重なる1人と2匹に退いて貰い、ソファから立ち上がって玄関へ向かい始める。そして足音を立て乍ら奏が戻ってくれば、その後ろには小猫の姿があった。

 

「! 貴女が」

 

「お前が、奏の友達?」

 

 奏は再びリビングから離れておやつの用意を始め、シロを残してエリザベスとスフィンクスも彼女の足元に。そうしてリビングで向かい合う2人はしばらく黙り続ける。が、やがて小猫が静かに口を開いた。

 

「よく分かりませんが、人間じゃ無い……ですね」

 

「お前、悪魔?」

 

「奏さんに何かするつもりなら、私が許しません」

 

「何もしない。我、傍に居たいから」

 

 お互いにお互いが人間で無いと分かった2人。本能が彼女に勝てないと告げて居ても、小猫は奏を守る為に彼女へ臆する事無く宣言した。が、返って来た答えに小猫は驚いた。そしてそんな彼女へオーフィスは言葉を続ける。

 

「我、静寂を求めてた。奏は静寂とは程遠い。でも、暖かい」

 

「……」

 

「奏と我は友達。奏の暖かさが、我は好き。だから、ここに居る」

 

 奏が常に本心を曝け出す様に、彼女もまた本心を曝け出していると確証は無くとも確信した小猫。無意識にしていた最大限の警戒をゆっくりと解いていき、彼女は奏が座るスペースを空けて同じソファに座り込んだ。するとお菓子を用意した奏が現れ、2人に催促されてその間へ。先程と同じ様にオーフィスが寄り掛かれば、それを見て小猫も寄り掛かり始めた。

 

「お菓子、食べる」

 

「今日はどら焼きですか」

 

「うん! あぅ、流石に重いよ~!」

 

 オーフィスの言葉に頷いて小猫が奏の持って来た皿を見れば、そこに載っていたどら焼きに手を伸ばした。すると2人が寄り掛かる奏にエリザベスとスフィンクスが群がり、2匹と2人に寄り掛かられる事になった奏。流石に全体重を掛けて居なくてもその小さな身体が支えられる重さには限界があり、声を上げるその姿に2人は寄り掛かるのを止めてどら焼きを食べ始める。2人が離れた事で動き易くなった奏。だが両肩に2匹を乗せ、膝に気付けばシロが座った状態ではどら焼きに手を伸ばせなかった。

 

「食べたいのに~!」

 

「仕方ない。あーん」

 

「ありがとう、小猫! はむっ!」

 

「むっ。我も……あーん」

 

「ふぉっとまっへぇ! むぐむぐ」

 

 見兼ねた小猫が奏の分のどら焼きを半分にしてから口元へ近づければ、笑顔でお礼を言ってそれに奏は齧りついた。そして幸せそうな表情を浮かべる姿を前にオーフィスは僅かな対抗心を燃やした様子で同じ様に残った半分を奏に近づける。が、まだ噛んでいる最中だった為にそれを口へ入れる事は出来なかった。

 

 その後、3匹の猫に乗られた奏は2人の協力を経てどら焼きを完食。日が暮れるまで静かで穏やかな優しい時間を過ごすのだった。




流石に原作の話に関わらないで続くにも限界が来てるので、もしも。【もしも】続く様なら原作を無視した日常話になる可能性が高いかと。まぁ、正直百合を書くならそっちの方が良い気も……所詮思い付きで生まれた話なので期待してはいけません。


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知らぬ間に純真過ぎる少女は他人の心を動かす

感想を貰って思い付き、何とか形に出来ました。正直、原作の崩壊も良いところ。そして原作知識の薄さが垣間見える。限界も……近いかもですね。


 駒王学園での1日を終えた奏は帰宅した後、以前ミッテルトに慰められたりオーフィスと出会ってクレープを共に食べた公園へ訪れていた。頭の上には1匹の小さな猫……スフィンクスが乗り、笑顔でベンチに座る奏の手にはコンビニ等で購入出来るプラスチック製のカップに入った白玉団子とフルーツの混ざったお菓子が。それにスプーンを伸ばしてフルーツと白玉を同時に口へ入れれば、溢れる様な奏の笑顔にチラホラと見える学生や子供連れの主婦達の殆どが優しい笑みを浮かべていた。

 

『にゃ?』

 

「? どうしたの、スフィンクス?」

 

『……』

 

 ふと何かに気付いた様子で鳴き声を上げたスフィンクスに気付いた奏が上目遣いをする様にして声を掛ければ、スフィンクスは何も答えずにジッと少し離れた場所を警戒する様に見つめ続ける。それを不思議に思った奏が視線を向ければ、そこは茂みの生い茂る場所。……そんな中に、僅か乍ら光る何かがそこにはあった。

 

「何だろう?」

 

「奏」

 

「ふぇ? あ、オーフィス!」

 

 気になった奏がカップを手に立ち上がった時、突然掛かった声に彼女は振り返った。声の先に居たのは自分の元へ近づいて来るオーフィスであり、奏は気にした事等すぐに忘れて笑顔で傍へ駆け寄った。そして一緒にお菓子を食べる中、僅かに光った何かは突然動き出すと同時にその場から姿を消してしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あうぅ……」

 

「痛む?」

 

「うぅ、大丈夫……ごめんね、小猫」

 

「私は平気。それより、ちゃんと冷やして」

 

 ある日の事。駒王学園で体育の授業に参加していた2人は保健室に来ていた。バレーボールの授業をしていた2人。だが同じクラスの生徒が勢いよく放ったスマッシュが明後日の方向へ飛んでしまい、運悪くその先に居た奏の後頭部へ命中。小さな身体は大きく動かされ、その勢いのまま今度はネットを張る為に立ててあった棒に額をぶつけてしまうと言う災難な目に遭ってしまったのだ。必死に謝り続ける生徒に痛みを必死に耐えて笑顔で『大丈夫だよ』と告げた奏。だが今にも泣きそうなその姿に小猫が保健室へ連れて行くと言って連れ出し、今に至るのである。

 

「もう、1人でも大丈夫だよ。小猫は戻らないと、何時までも抜け出してたら怒られちゃう」

 

「大丈夫、気にしないから」

 

「こっちが気にするの! ……えへへ、ありがとう。小猫」

 

「?」

 

「だって、ぶつかって思わず倒れちゃった時。少し離れてたのに誰よりも早く来てくれたから。何か、大事にされてる感じがして凄く嬉しかった!」

 

「! 大事、ですから。当然です」

 

 奏の言葉に小猫は少し赤くなる頬を感じ乍ら思わず視線を逸らして、それでも奏へ聞こえる様な声で答えた。すると氷の入った袋で頭を抑えていた奏は笑顔で小猫に視線を送る。見ずとも感じる奏の眩しさに小猫は思わず立ち上がると、道具を用意する為に開けた棚の戸等を閉め始める。そして本当に出来る事も無くなった為、奏の言う通りにその場を去る事にした。

 

「先生には説明しておく。今は痣とかが出来ない様にしっかり冷やして」

 

「うん、分かった。また後でね、小猫」

 

 注意に頷いて答える奏の姿を見て、小猫は保健室を後にした。保健室には奏1人だけとなり、彼女は窓の外に映る校庭の景色を眺め始めた。他のクラスが体育の授業で使っており、足の速い生徒等を見て羨ましく思ったりする中。突然奏の視界は柔らかい何かに覆われて真っ暗になってしまう。そして驚き戸惑う奏の耳元で、囁く様にそれをした犯人は声を掛けた。

 

「ふふっ、私は誰だ?」

 

「ふぁ! え、えっと……あ! ゼノヴィア先輩!」

 

 声と息で背筋に何かを感じ乍ら、奏は言われた言葉と声に思い出した。そして答えれば、視界を塞いでいた手が離れて奏は明るさを取り戻す。急いで振り返った奏の前には緑のメッシュを入れた青髪の先輩、体操着を着たゼノヴィアが立っていた。

 

「ふっ、先輩か。悪く無いな……頭を冷やしていると言う事はぶったのか?」

 

「うん、授業中に。でも小猫と一緒に来て急いで冷やしてるから応急処置はバッチリだよ!」

 

「なら良い。その綺麗な肌に傷があるのは私も我慢ならないからな」

 

「あぅ、もう! くすぐったいよ!」

 

 ゼノヴィアは奏の言葉を聞いて優しくその頬へ手を伸ばすと、大事な物を扱う様に触れ始めた。突然触られた事に驚きながらも嫌そうにしない奏だが、それに気を良くしたゼノヴィアが指を少し動かし始めれば流石に抗議する。奏の抗議を受けてゼノヴィアは不敵な笑みを浮かべながら手を離した。

 

「ゼノヴィア先輩はどうしてここに? 何処か怪我したの?」

 

「まぁ、そんなところだ。特に大きな怪我でも無いし、痛みもない。それに明日には治っているから問題も無い」

 

 ならどうしてここへ来たの? 何て奏は疑問にも思わない。唯彼女が思うのは『それなら良かった!』だけである。……実際のところ、ゼノヴィアは何処も怪我をしていなかった。唯、外で体育の授業に参加していたら保健室で自分達の授業を眺める奏の姿を見つけて抜け出して来ただけだった。そんな事とは露知らず、奏は小猫が先程閉めた棚の扉を開けてゼノヴィアへ声を掛けた。

 

「一応、応急処置はしないとね! どんな小さい傷でも、ばい菌は入るって先生が言ってたから!」

 

「……そうだな。なら、奏にお願いしよう」

 

「うん! それで、何処を怪我したの?」

 

「説明が難しい場所なんだ。奏、少しこっちへ来てくれ」

 

 片手で氷の入った袋を頭に乗せ乍ら、片手で包帯や消毒液等を持って話す奏の姿に何かを思いついた様子でゼノヴィアは答える。そして再び掛けられた問いに手招きをし乍ら奏を誘えば、そのまま彼女はゆっくりと何気ない仕草の様にとある場所へ近づき始めた。

 

「難しい場所って何処、ってうわぁ!」

 

 警戒心も無く包帯と消毒液を片手に持って近づいた奏。すると突然ゼノヴィアが片手でその小さな身体を抱えて一気に後ろへ振り返り、奏の身体を少々強めに押した。突然の事に抵抗も出来ずに押された奏はゼノヴィアの後ろにあったベッドへ落下。何が何だか分からずに驚き戸惑う中、僅かにミシミシと音を立てて奏の下からゼノヴィアが同じベッドへ乗り始める。

 

「ぜ、ゼノヴィア……先輩?」

 

「奏、私の怪我を処置してくれるんだろう? どうも胸の奥に傷がある様でな……見てくれるか?」

 

 ゼノヴィアは不敵な笑みを浮かべて奏の足元からにじり寄る様に近づき、体操服の上を徐に脱ぎ始める。下着が露わになる中、目の前の光景に奏が見せる反応は……首を傾げて『?』を頭の上に浮かべるものであった。

 

「胸の奥を怪我したの? どうすれば良いんだろう?」

 

「……」

 

「それにしても吃驚した! どうしてベッドに入ったの? あ! 寝れば治るの!?」

 

「……その通りだ。お願い出来るか?」

 

「うん、任せて! シロ達とは何時も一緒だし、小猫とも一緒に寝る事はあるから誰かと一緒に寝るのは慣れてるよ! 一緒に寝ると治る病気なんて聞いた事無いけど、それで治るなら大丈夫だね!」

 

 ゼノヴィアは期待していた。突然ベッドへ押し倒され、にじり寄る自分の姿にあたふたする奏の姿を。何をされそうになっているのかを言わずとも理解して恥ずかしそうに赤くなる姿を。だがゼノヴィアは奏の純真さを甘く見ていた。押し倒された意味を理解出来ず、比較的健全な解釈をしてしまった奏。今から教える様な流れにシフトを変える事も考えたゼノヴィアだが、本気で心配する奏の目に。自分が一緒に寝れば治ると信じて疑わず嬉しそうなその目にゼノヴィアは邪な事を言えなくなってしまう。……結局その後、授業が終わって休み時間を迎える時まで奏はゼノヴィアと共にベッドの上で横になって過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三大勢力による会談。それが行われる場所、駒王学園で小猫はリアスの下僕として参加していた。参加と言っても殆ど何かを語る事は無く、その流れを見ているだけ。最近、引きこもりの面倒を見る為に放課後の時間を奏と余り過ごせなくなって少々ご機嫌斜めの彼女はそれを見せずに事の成り行きを見守っていた。再会したとある人物と並びながら。

 

 会談の途中、突然それは起こる。会談の目的である和平を望まぬ者達によるテロ。そしてそれを行った集団に目星を付けていた堕天使の総督の言葉を聞いていた小猫はそのトップの名前が上がった時、驚き目を見開いた。

 

「オーフィス?」

 

「? 小猫?」

 

 思わず呟いたその名前。今の今まで殆ど喋っていなかった彼女の声は部屋に響き、全員が一斉に視線を向ける。

 

「小猫、知ってるッスか?」

 

「奏さんの友達でこの前出会った人に同じ名前の人がいます」

 

「何!? 奏って確か……」

 

 小猫の言葉に驚いた堕天使の総督は彼女の隣に立つ少女……ミッテルトへ視線を向ける。見られた事に驚きながらも何を聞いているのか分かった彼女は頷いて、再び小猫へ視線を向けた。全員の目が『知っている事を言え』と訴えており、小猫は自分の知るオーフィスについて説明する。人間では無い大きな力を感じる人物である事。静寂を求めて居た事。奏と友達になってから彼女の元へ遊びに来る事。最近、来る頻度が増えている事等を。そして最後に小猫は少々強めに告げる。

 

「私は彼女がテロを起こすと思えません」

 

「少し信じられないが、嘘って訳じゃ無さそうだな」

 

「会えるなら、会ってみるべきかも知れないね」

 

『お話の途中、失礼しますわ』

 

≪!?≫

 

 小猫の言葉を聞いて困惑しながらも頭を冷静にして考えようとする中、突然響き渡る女性の声に一同は警戒心を強める。すると突然部屋の中に浮かびあがる魔法陣。それは数人が見覚えのある紋様が描かれており、やがてそこから姿を見せたのは眼鏡を掛けた1人の女性。全員が最大限に警戒する中、彼女は掛けていた眼鏡を軽く指で上げてそのレンズを光らせる。

 

「旧魔王のレヴィアタン」

 

「カテレア・レヴィアタンと申します。早速ですが、大事な用件が2つありますわ。1つは……旧魔王派の者達の約半数が『禍の団』に協力する事を決めました」

 

「何だと!?」

 

「そんな! どうしてカテレアちゃん!?」

 

 彼女の言葉はその場に居るリアスの兄であり、現魔王でもある男性とその隣に居た同じく魔王である魔法少女の様な恰好をした女性を驚愕させる。そして後者の女性がまるで目の前に居るカテレアに問い掛けた時、彼女は片手を額に当てて首を横に振った。

 

「早とちりしないで頂戴。言った筈よ、約【半数】が協力する事に決めた。と」

 

「なら、君は……」

 

「私もつい先日まではあの者達と同じ様に協力してこの会談を潰すつもりでした……ここに居る全員を葬り、世界を変革させる為に。ですが、そんな事は無意味だと分かったのです。いいえ、そんな事をしてはいけないと」

 

 カテレアの言葉を聞いて彼女が敵か味方か分からなくなる一同。そんな全員を置いて、彼女は話を。語りを続けた。

 

「私が変わったのは正しくあの時。私達は無限の龍神、オーフィスを頭に力を得るつもりだった。でもオーフィスが突然現れなくなり、力を与えられなくなっては困ると思った私を含めた数人で彼女の足取りを追った先に……あの子は居た」

 

「……小猫、まさかかもッスよ」

 

「……」

 

「あの笑顔に。あの優しさに目を奪われて、彼女の生き方に。彼女が幸せそうに過ごす姿に惹かれた私達は気付いたのです。世界の良し悪しは人それぞれ。彼女の様に幸せを感じる生き方をすれば良いと!」

 

 話を聞いていた者達の殆どが呆然とした様子で両腕を広げて宣言するカテレアを見つめる中、言い切った彼女は腕を降ろして一呼吸。眼鏡のレンズを僅かに光らせて三度口を開いた。

 

「つまり一言で纏めれば、私達は貴方達の味方。と言う訳です。その証拠に……あの通り」

 

「! 誰か外で戦ってるわ!」

 

 窓の外へ視線を向けたカテレアに一同が同じ様に外を見れば、そこでは大人数での戦闘が行われていた。

 

「片方は禍の団。そしてもう片方は私達旧魔王派の半数と元々禍の団に協力していた者達です」

 

「凄い一方的な戦いに見えるけど、大丈夫なのかい?」

 

「私と同じ様に世界の変革を止め、彼女が幸せを感じる世界を守る為に禍の団から離れた者の大多数がここの襲撃を知って居た為に阻止しているのです。……今や禍の団は力ある者を失った言わば烏合の衆。ここへ襲撃するだけでも総力戦と言っている彼らを潰す事は簡単ですわ」

 

 宙を舞う人の姿を遠目に眺めながら語られるのは堕天使の総督が警戒していた禍の団の現状と末路。彼女の言う事が本当ならば、禍の団はここでお終いなのだろう。余りの状況に思わず飲み込まれそうな一同。そんな中、カテレアは部屋の中を見回して……小猫とその目を合わせた。突然歩き出せば、警戒する面々。リアスが小猫を守ろうと前に立つ中、カテレアは自らの豊満な胸の谷間に手を入れる。揺れる乳房に鼻の下を長く伸ばす男子が居る中、彼女がそこから取り出したのは色紙とペン。だがその量は谷間の中に入っているには物理的に不可能な量だった。

 

「禍の団についてはあくまでついで。私のもう1つの目的はこれです」

 

「こ、小猫に何をするつもり?」

 

「危害を加えたりはしません。唯、お願いがあるだけ。……塔城 小猫さん。私に、私達に杉村 奏ちゃんのサインを貰っては頂きませんか?」

 

「……はい?」

 

 色紙とペンを出した事で何となく察していたが、それでも聞き返さずにはいられなかった小猫。奏は唯の人間で一般人である。サインなど用意している筈も無く、だがカテレアはそれを承知した上でお願いをしていた。

 

「貴女が彼女の友達なのは既に調査済みです。どんな形でも問題ありません。彼女の字で、ここに『カテレアお姉ちゃんへ』と!」

 

 強い押しに思わず受け取ってしまった小猫。カテレアはお辞儀をしてお礼を言うと、彼女から距離を取って再び自分が現れた魔法陣の場所へ戻った。

 

「杉村 奏。イリナから少し聞きましたが、興味深い人物ですね」

 

「俺もやらかしちまった部下から少し聞いてるな」

 

「一体、どんな人物なんだい?」

 

 三大勢力の長達が気にし始める中、リアスは兄でもある魔王の男性に聞かれて少し考える仕草をする。この場に居る内、奏の事を知って居るのは数人。リアスを始め、彼女達は思うままに奏の印象を告げた。

 

「小さくて可愛いわ」

 

「友達思いの優しい子ですわね」

 

「お菓子が大好きッス」

 

「彼女こそが天使と言って良い」

 

「あの笑顔に私達は目を覚ます事が出来たのです」

 

「動物が好きで、猫を飼ってます。それと」

 

≪純真過ぎる子です(ッス)

 

 リアス、朱乃、ミッテルト、ゼノヴィア、カテレア、小猫の順で思い思いに話した末、最後に揃って言い切った言葉を聞いて少なくとも危険な存在では無いと確信した他の面々。寧ろそこまで言われる少女を見て見たいとすら思った堕天使の総督だが、彼の意を察したカテレアが眼鏡の縁に触れてレンズを光らせた。

 

「先に言っておきますが、奏ちゃんに手を出そうものなら私達が黙っていません。禍の団よりも大きな組織として、地の果てまでも追い詰めて……死んだ方がマシと思わせて差し上げます。宜しいですね?」

 

「お、おぅ」

 

 その冷徹な眼光に思わずたじろいだ堕天使の総督。気付けば外で行われていた戦いも終わっており、カテレアは何事も無かった様に魔法陣を使ってその場から去ってしまう。余りの流れに止める事も出来なかった一同。彼女が残したのは禍の団の現状と大量の色紙+ペン。小猫は偉い人達が話をする光景を眺めながら、どうやって奏に書いて貰うかを考え始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな感じかな?」

 

 奏の家にて。家の主である奏はテーブルに色紙を置いてペンを片手に隣で座る小猫とオーフィス、そして喜びの再会をした向かいに座るミッテルトに視線を向けた。彼女の言葉を聞いて3人が一斉に色紙を覗き込めば……『すぎむら かなで』と平仮名で書かれた上下左右に猫や蛇の絵が描かれていた。猫は大きな猫の傍に小さな猫が寄り添い、蛇はとても可愛らしく。それはまるでサインと言うよりもお絵かきした後の様であった。

 

「……そもそもサインに正解とかあるッスか?」

 

「我、知らない」

 

「私も知らないです。まぁ、でも良いんじゃないですか?」

 

 小猫は何となく、どんな酷いものが出来上がってもあのカテレアなら喜ぶ気がしていた。サインとしては微妙かも知れないが、奏が楽しんで書いている為に問題は無いと判断した小猫。次の色紙にも好きな様に、唯指定された名前と自分の名前だけは絶対に入れる様に奏へ言って差し出した。

 

「う~ん、う~ん」

 

「あれッスね。毎回違うッスから、何だかんだで世界に1枚だけのサインになるッスね」

 

「一枚だけ……奏。我にも書く」

 

 ミッテルトの言葉に身を乗り出して奏へ話し掛けるオーフィス。そんな姿を眺めながら小猫は傍らに用意してある色紙の量に溜息をついた。カテレアが用意した枚数は優に100枚を超えており、間違い無く10枚前後で奏に飽きが来ると小猫は分かっていた。会談の後、魔法少女のコスプレをした魔王様にも『カテレアちゃんのお願いを聞いてあげて?』と言われてしまった以上、奏に熟して貰う為にどうにかしたい小猫。特に期限は無いが、それでも何時取りに来るか分からない故にその心に余裕は無かった。

 

「小猫。小猫」

 

「何ですか、ミッテルトさん」

 

「このままじゃ多分奏は飽きるッス。ここは奏のやる気を出すものを用意するべきだと思うッス」

 

「奏さんのやる気を出すもの……あ」

 

 奏の好きな物と言えばお菓子等の甘い物。それを思い出した小猫は自分が持って来ているお菓子を思い出した。特にこれと言って特別な事は無い、食べ慣れたお菓子。それでも奏の気分を上げるには十分だが、何かが足りない気がした。……するとミッテルトは立ち上がる。

 

「奏、キッチン借りて良いっすか?」

 

「ふぇ? あ、うん。大丈夫だよ! あ、何か作るの?」

 

「頑張ってる奏にご褒美ッスよ。小猫も手伝うッス」

 

「……分かりました」

 

「我、どうする?」

 

「あ~、オーフィスは奏の手伝いをお願いするッス」

 

「分かった」

 

 小猫を連れてキッチンへ向かったミッテルト。2人と別れたところで小猫が料理を出来るのか尋ねれば、ミッテルトは不敵な笑みを浮かべて片腕を回しながら「任せるッス!」と自信有り気に答えた。

 

『次。女。ジャンヌ』

 

『えっと、ジャンヌお姉ちゃんへ』

 

『その次、また女。ルフェイ』

 

『待って待って! 1枚ずつやるから!』

 

「……早く作りましょう。奏さんが持ちません」

 

「そうッスね」

 

 ミッテルトと小猫は静かに会話していたが、奏とオーフィスの会話は2人よりも大きい且つ響きが良い事から2人の耳に届いた。先程まで小猫かミッテルトが手伝っていた為、オーフィスになった事で逆に負担が増えた様である。だがその声音は少し楽しそうで、奏の顔は見えずとも笑顔を浮かべているのを2人は察した。そして小猫はミッテルトと共にお菓子を作る為、道具を手にする。

 

 数分後、一時休憩を入れてミッテルトと小猫が作ったお菓子を食べる事にした4人。奏の膝上にはスフィンクスとエリザベスが舐める猫用のお菓子をちゅるちゅると食べており、足元ではシロが同じ様に猫用のおやつを食べる。そして奏は目の前に置かれたホットケーキに目を輝かせた。

 

「美味しそう!」

 

「食べて休憩したらまた頑張るッス!」

 

「持ってきたのは私達だから、最後まで手伝う」

 

「我も」

 

 買って来たホットケーキとは違う味付けは愛情なのか友情なのか。少なくともホットケーキを口に入れた奏の様子はその味に笑顔を浮かべており、小猫は少しホッとしながらミッテルトと目を合わせた。小さくガッツポーズをする彼女に頷き返し、食べ始めた小猫達。その後、再びサインを書く事になった奏は1枚として同じものの無いサインを30枚近く完成させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奏、折り入ってお願いがあるッス」

 

 サインを書くのを止めて外の空も暗くなり始めた頃、そろそろ帰ろうとしていた小猫はミッテルトが正座して奏の前に座る光景を前に首を傾げた。奏も同じ様にミッテルトが改まる姿に首を傾げており、オーフィスは猫達と興味無さげに戯れていた。

 

「一応あの時の問題が解決して、またこの街に住める様になったッス。でも前と同じで住む場所が無いッス」

 

「……」

 

「他に当てが無いッス。だからお願いッス! うちを、ここに居候させて欲しいッス!」

 

 小猫はミッテルトが話をする途中で何を言おうとしているか察してしまった。それは彼女にとって衝撃であり、言われた奏にとっても衝撃的な事だっただろう。だが奏は頭を下げるミッテルトの姿を前に傍へ近づくと、膝の上に置かれていた彼女の両手を握った。

 

「前に言った事、覚えてる? 行く場所が無いなら家に居ても大丈夫って、言ったでしょ? これからよろしくね! ミッテルト!」

 

「奏……ありがとうッス! これからよろしくお願いするッス!」

 

「むぎゅ!?」

 

 嘗ての言葉は今も有効だった様で、ミッテルトは嬉しさの余り奏の身体を抱きしめ始めた。小柄な自分よりも少々小さいその身体は簡単に腕の中に納まり、驚きながらも奏は笑みを浮かべてその背中に手を回すと同じ様にミッテルトの身体を抱きしめる。目の前の光景はとても心温まる光景と言って良いだろう。……だが、小猫の心は何処か複雑だった。そしてそんな彼女の心を更に刺激する様に今まで黙っていたオーフィスが奏の傍へ移動すると、服の裾を軽く引っ張って奏の意識を自分へ向けさせる。

 

「ミッテルト、ここに住む?」

 

「うん! これからミッテルトは家族になるの!」

 

「なら、我もここに住む。我、奏と家族になる」

 

「ふぇ? オーフィスは家があるんじゃないの?」

 

「寝る場所はある。でも、そこは我1人。……奏と会ってから、何時も寂しい」

 

「オーフィスも1人暮らしだったの?」

 

 ミッテルトと同じ様に住もうとし始めたオーフィス。今まで何処かは知らずとも帰っていた為、ミッテルトと違って帰る場所があると思っていた奏。それは間違いでは無いが、1人でそこに過ごしていると言ってから続けた『寂しい』と言う言葉はオーフィスの本心だった。今の今まで静かな場所に1人で居る事を望んだ彼女は、騒がしい奏の傍に居る様になった事で物足りなさを感じ始めていたのだ。1人で暮らしているのなら、誰かの許可を取る必要は無い。オーフィスが許可を取る相手は奏だけであり、言われた彼女は少し頭を動かして考える様な仕草をした後に笑顔を見せた。

 

「それじゃあオーフィスもこれから家族だね!」

 

「ん。我は奏と家族。ミッテルトとも家族」

 

「……奏さん。そんな簡単に決めちゃ駄目だと思う」

 

「大丈夫だよ! 他にはシロ達しか居ないもん。シロ達はここに居る皆と仲が良いから喧嘩する心配も無いよ!」

 

「あ、その、そう、じゃなくて……」

 

 瞬く間に進んでしまったミッテルトとオーフィスによる杉村家への移住。小猫は何処か焦りを感じ乍ら奏に声を掛けるが、考えたり嫌がったりするどころかこれから一緒に住む事にワクワクした様子の奏が笑顔で答えた事で何も言えなくなってしまう。……そして夜も深くなり始めた頃、何時もの様に帰宅する事になった小猫。ミッテルトとオーフィスも今日からでは無く、一応荷物を持って来ると言う体で一時的に奏の家を離れる中、リアスの元へ帰る為に行動する小猫は覚悟を決める。そして日付も変わった深夜。小猫はリアスに相談した。

 

「部長、奏さんの家に住みたいです。今すぐに」

 

「ちょっと待ちなさい、小猫」

 

 まだ本人の許可も貰わぬまま、以前よりも本気を感じさせる目で言い切った小猫の姿にリアスが頭を押さえるのは仕方の無い事であった。




もう4話も出来てしまったからには、連載にするべきかも知れないと思うこの頃。でも何度も言う様に続く保証が無い。もし続くなら前回の後書き通り日常的な話になりそう。もうここまで崩壊したら時系列とか気にしなくて良いかも……。百合が、百合が足りない。

タグに『原作崩壊』を追加しました。


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純真過ぎる少女は友達とプールで大はしゃぎする

原作が……息をしてない……。


 夏休み。長期休みの中で最も長い休みが駒王学園の生徒達に訪れた。当然奏や小猫も長い休みに入り、小猫はリアスに連れられて冥界へ行く事になっていた。が、それはつまり奏としばらく会えないという事。少し前の合宿へ行った際には寂しく思いながらも数日の別れをしていた小猫と奏。だが小猫が今回の冥界行きを聞かされた時、一番最初に頭の中に浮かんだのは焦りだった。あの頃と大きく違う事……つまり奏の家に居候する様になったミッテルトとオーフィスがその原因である。

 

「と言う事でお願いします、部長」

 

「魔法陣を奏ちゃんの家の傍に。って……小猫、本気?」

 

「はい。お願いします」

 

 故に彼女は主であるリアスへ頼んでいた。冥界から即奏の家へ転移する事の出来る魔法陣を設置して貰う為に。決して不可能では無いが、余り良い事でも無い為に戸惑うリアス。しかし小猫の目が言葉を言わずとも語っていた。……『しなければ着いて行きません』と。都合の良い事に奏の家から少し離れた場所には小さな森があり、魔法陣を隠して設置するには十分な環境がある。後はリアスの行動次第だった。

 

「……はぁ。仕方無いわね。それじゃあ用意するわ。但し、ちゃんと私が呼んだら戻ってきなさい。良いわね? 絶対、よ」

 

「了解です」

 

 リアスが一番危惧する事。それは小猫が大事な時に奏の家に入り浸って動かない事だった。故に念を押す様に約束を交わし、後日奏の家の傍にあった小さな森の中に人の目には見えない様にグレモリーの家の紋様が描かれた魔法陣が出来上がる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、小猫は冥界でカテレアと会っていた。小猫の手には何枚も重なった色紙があり、カテレアはそれを前に眼鏡越しに目を輝かせてハンカチを手に取る。そして貴重品を扱うかの様にそれを受け取った彼女は物理的に可笑しな形でそれを何処かにしまい、小猫へお礼を言って頭を下げた。その色紙はカテレアが小猫に頼んで奏に書いて貰ったサインであり、何回かに分けて小猫は出来上がった色紙をこうしてカテレアへ渡していたのだ。そしてこの日、最後の1枚が手渡された事で小猫は安堵する。

 

「大変でした。奏さん、途中で何時も飽きてしまうので」

 

「苦労をお掛けしましたね。ですがこれで、これからも私達は生きて行けます。冥界に戻ったらまずは額に入れて飾れる準備をしないと行けませんね」

 

「……殆ど唯の落書き何ですが」

 

 カテレアの持つ奏が書いたサインの色紙。それは殆どが誰かの名前と適当な絵や言葉で出来上がったいた。小猫からすれば唯の落書きにしか見えないが、カテレア達からすればお宝なのだろう。彼女の言葉に小猫は若干引きながら、大きな約束事が終わった事で自然と安堵する。

 

「あぁ、そうでした。実は無事に全てが終わったらこれをお渡しするつもりだったのです」

 

「? これは……チケット、ですか?」

 

 カテレアがふと思い出した様に胸の谷間に手を突っ込むと、そこから数枚の紙切れを出して小猫へ渡した。受け取った小猫がその紙を見れば、そこには『レヴィアタン・スイスイランド』と書かれていた。何となくそれがプールのチケットだと分かった小猫。だが場所を見れば明らかに冥界であり、奏を連れて行くのは明らかに難しい場所でもあった。

 

「今回の件のお礼……という訳では無いですが、是非奏ちゃんを連れて遊びに来て欲しいのです」

 

「奏さんは私が悪魔だと言う事も、ミッテルトさんやオーフィスさんが人じゃない事も知りません。冥界に連れて来るのは難しいと思います」

 

「……いや、何とかなるだろう」

 

 2人の会話に突然入って来たゼノヴィア。今の今まで小猫とカテレアは2人で話していたが、彼女と会う上でリアスが小猫だけを会わせる筈が無い。当然自分を始めとした下僕の悪魔達がこの場には勢ぞろいしており、話を聞いていた故に何とも言えない表情を浮かべていたリアス達はゼノヴィアが突然入った事で彼女へ視線を集中させた。

 

「彼女は疑う事を知らない。なら、少し心は痛むがそれを利用すれば良い」

 

 ゼノヴィアの言葉を機にカテレアと小猫は奏を冥界のプールへ連れて行くため、計画を立て始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奏さん、これを付けて」

 

「? アイマスク?」

 

 後日。冥界から奏の家へやって来た小猫はエリザベスとスフィンクスに乗られた状態の奏へ黒いアイマスクを差し出した。首を傾げてそれを受け取った時、傍に居たミッテルトが頷いて奏の上に乗る2匹の名前を呼ぶ。居候になって数日。共に過ごす事でエリザベスとスフィンクスに以前と比べてかなり懐かれていた彼女の声は、2匹を奏の上から降ろす事も何とか出来る様になっていた。

 

「うわぁ。真っ暗! 何にも見えない!」

 

「そう言う物ッスから。小猫、エリザベスとスフィンクスは連れて行くッスか?」

 

「いえ。流石に許可を貰えませんでした」

 

「許可? ねぇねぇ、何の話? 何するの?」

 

「ん。我も気になる」

 

 既にミッテルトは小猫から事情を聞かされていた故に協力していたが、オーフィスは奏同様に何も知らなかった。彼女の場合、知らせると簡単に口を滑らせる可能性があると考えたのだ。普段から稀に奏の知らない裏の言葉を軽々と口走る故、そう思われても仕方の無い事であった。

 

 ミッテルトがオーフィスに向けて口元に人差し指を当て乍ら静かにする様に見せ、その間に奏は小猫に片手を繋がれてソファから立ち上がっていた。その際小猫は手が離れない様に、僅か乍らの他意を込めて奏の指と指の間に自らの指を絡める様に握る。

 

「何処かに行くの?」

 

「お楽しみ……危ない事は無い。大丈夫」

 

「そっか! ふんふ~ん♪ 何だろう♪」

 

 手を繋がれたまま疑う様子も無く移動する奏の様子に小猫はゼノヴィアの予想通りだと思いながら家を出る。当然小猫達は奏にこの後何も予定が無い事も理解しており、奏に靴を履かせて外へ出た小猫はそのままリアスに頼んで設置して貰った魔法陣の元まで奏を連れて行った。……そして、奏を連れて転移した小猫達は予め打ち合わせしておいた通りの『迎え』と合流した。

 

「何かに乗るの?」

 

「うん。もうしばらく我慢して欲しい」

 

「分かった!」

 

「……奏はもう少し疑う事を覚えた方が良いッスね」

 

「あぁ、純真な奏ちゃんが私の目の前に! 触れたい、愛でたい、持ち帰りたい!」

 

「こいつ、危ない」

 

 既に場所は冥界。明らかに空の景色も違う世界で、奏は小猫に連れられて何かの乗り物に乗り込んだ。話し掛ければ帰って来る小猫の声に疑う様子も無く楽しそうに返事をする奏の姿を見てミッテルトが少々危機感を覚える中、迎えを用意して出迎えていたカテレアが合流。奏とは面識も無い為に小声で、だが今にも襲い掛かりそうな程に息を荒らげるその姿にオーフィスが僅か乍ら警戒し始める。

 

 しばらくの間、冥界で乗り物に揺られて視界を遮られ続けていた奏はやがて何処かへ着いた事で再び小猫に連れられて移動を開始する。その間、一緒に居たカテレアは急いで移動。目的地へ先に入るや否や、猛スピードでそこに居るスタッフへ声を掛けた。

 

「間もなく奏ちゃんが来ます! 全員、今すぐ配置に付きなさい!」

 

≪イエス、マム!≫

 

 彼女の登場にスタッフ達は一様に戦慄する。そして掛けられた声を合図として一斉に行動を開始した。因みにスタッフは全員女性である。……それから少しの間を置いて小猫に連れられながら現れたアイマスクを付ける奏を見た受付をするスタッフは緊張した面持ちでお辞儀をした。

 

「い、いらっしゃいませぇ!」

 

「これ、お願いするッス」

 

「4名様ですね。……まずは2階の談話室へどうぞ」

 

 少々声を裏返しながらもミッテルトが差し出したチケットを受け取った受付のスタッフは、カテレアの指示通りに4人を2階へ向かわせる。……『レヴィアタン・スイスイランド』は室内プールであり、全ては1階の巨大な一室に揃っていた。回るプールにウォータースライダー。10レーン分ある25mプール等々。そして2階には泳がない保護者や休憩する者がプールを見下ろせる談話室があり、奏にネタバラシをするに相応しい場所でもあった。

 

「着いた」

 

「奏さん、着いたから外して良い」

 

「良いの? それじゃあ…………ぁ」

 

 オーフィスの言葉に続いて小猫がアイマスクを外して良いと伝えれば、奏は自らの手でアイマスクを取って視界を取り戻す。そして見える人っ子1人居ない巨大なプールの光景にその目は輝き始めた。1歩1歩ガラスに近づき、やがて両手をつけてそれを見降ろした奏は振り返る。そこには優し気に微笑む小猫とミッテルトが。そして自分の隣には物珍しそうにプールを眺めるオーフィスの姿があった。

 

「おっきなプールだよ! 小猫! ミッテルト! オーフィス! 泳いで良いの!? 遊んで良いの!?」

 

「奏さんが頑張って色紙を書いたから、そのお礼に招待された」

 

「今日は思いっきり遊ぶッスよ!」

 

「奏、行く」

 

「うん! 小猫も行こう!」

 

「急がなくても、プールは逃げない」

 

 目を輝かせる奏は小猫とミッテルトの言葉を受け、オーフィスと共に走り出した。そしてミッテルトと小猫の手を片方ずつ握り、引っ張りながら1階へ降り始める。が、ここで1つ問題が発生する。奏は一切水着を用意していなかった。何も告げられずに来たのだから当然であり、更衣室の目の前に到着してそれに気付いた奏は「どうしよう?」と自分を連れて来た小猫達に声を掛けた。奏を連れて来るのに必死で同じ様に用意する事を忘れていた小猫達。すると、話を聞いていたスタッフの数名が突然4人の前に現れる。

 

「ここでは水着のレンタルもご用意しておりますよ!」

 

「うわぁ~、一杯あるよ!」

 

 音も無く現れたスタッフ達は沢山水着が掛かったそれを手に紹介する。すると奏は誰よりも早く近づいて水着を吟味し始める。と言っても本気で似合う似合わないを選ぶのではなく、可愛い物を探し始めただけだが。

 

「水着……初めて着るッスね」

 

「我も」

 

「学校の水着なら」

 

「なら皆で別々のを着てみようよ!」

 

 奏も小猫と同じ様に小中学校で授業時に着るスクール水着しか経験が無く、故に彼女の提案を受けて全員は頷いた。着慣れない水着を着るという事に多少不安を感じる小猫とミッテルトだが、恥ずかしがる要因の1つが今回無い事で特に抵抗を感じる事は無かった。

 

「広~い! でも、誰も居ないよ?」

 

「貸し切りだから、当然」

 

「貸し切りなの!? あんな天気も良いのに……良いのかな?」

 

 今回、自分達以外にお客は誰1人居ないのだ。カテレアが奏に自由で伸び伸びと遊んで欲しいが為に行った事であるが、実は今現在室内は全面的に撮影中である。奏は窓から見える『綺麗な青空』を見て自分達だけで広い場所を使う事に若干申し訳無さを感じ始めるも、オーフィスが手を引いて歩き出した事で楽しむ事を優先する。

 

 その頃、奏が眺めた窓の外では複数人の男性悪魔が協力して大きな画面を柱の影で支えていた。その画面には奏が普段から見る青空が映っており、そんな画面の反対側。実際の空は冥界らしく薄暗いものであった。窓を完全に隠せる程の画面を抱えるのは大変であり、男達の額には汗も見え始める。特に高い位置の窓を隠す為に肩車を連ねた一番下の人物に至っては危険な状態だ。が、それでも彼らは倒れない。……倒れられない。

 

「良いですか、何があっても奏ちゃんが気付かない様に画面を降ろしてはいけませんよ!」

 

≪わ、分かりました……カテレア様!≫

 

 全ては奏が楽しむ為に。彼らは今日、画面を落とす訳にはいかなかった。

 

 各々の水着を軽く紹介すれば、奏は上下フリルの付いた青を基調とした色彩のビキニ。小猫は白いハイネック型の水着。ミッテルトは黄色い三角ビキニであり、オーフィスはワンピース型の黒い水着であった。オーフィス以外は臍を出しており、彼女達の水着姿に。主に奏の水着姿に撮影班の数名が鼻血を流すが、そんな事を4人が知る訳も無い。

 

 学校でプールの授業を受ける際、必ず準備運動を行う。故に奏と小猫がうろ覚えでミッテルトとオーフィスに教え乍ら準備体操をしていた時、小猫は身体を反らせる体操でふと全員の胸を見た。ミッテルトは僅かに膨らむ程度でオーフィスは所謂ペッタンコ。自分も同じだが、小猫は奏の胸を見て目を見開いた。

 

「奏さん……胸が」

 

「胸? あ、うん! 最近、ちょっと大きくなって来たんだよ! まだちょっとだけど……もっと大きくなるかな?」

 

 決して奏の胸は大きい訳では無い。だがこの場に居る誰よりも膨らみが存在しており、まだまだ成長段階であるとその言葉から理解するには十分だった。無意識に自分よりも小さい故に胸の成長も無いと思っていた小猫にとって、それは一種の裏切り。丁度体操が終わった時、小猫はゆっくりと奏の傍へ近付き始める。

 

「ずるい。奏さん」

 

「ふぇ? こ、小猫!? んにゃ!?」

 

 奏の背後に立った小猫は突然後ろから奏の両胸に手を回し始めた。驚きの余り本物の小猫を差し置いて猫の様な悲鳴を上げた奏は勢い余ってその場を動き、回るプールの傍で足を滑らせる。当然彼女を襲った小猫も一緒に落ち、2人は一緒に回るプールへダイブした。

 

「何やってるッスか」

 

「飛び込み、駄目」

 

「ぷはぁ! 吃驚した~!」

 

「……ごめん」

 

 突然飛び込んだ様に見えたミッテルトとオーフィスが声を掛ける中、水面から顔を出した奏の姿に小猫が謝る。すると奏は申し訳なさそうな小猫の姿に笑みを浮かべ、泳いで小猫に突撃した。水の中故に威力はとても弱く、小猫は受け止める様に奏を抱きしめた。腕の中で顔を上げて笑みを浮かべた奏。

 

「えへへ……遊ぼ、小猫!」

 

「!……うん」

 

 欠片も怒った様子を見せずに遊びを誘う奏に小猫は頷いた。そしてミッテルトとオーフィスもプールへ入る中、スイスイと移動し始めた3人を追い掛けようとした小猫は……自分がまだ完全に泳げない事を思い出した。少し前、オカルト研究部の面々と共に駒王学園のプールを掃除してから遊んだ小猫。だが泳ぐ事が出来ず、泳ぎの練習をしていたものの、まだ完璧には程遠かった。

 

 徐々に離れて行く3人。何処か置いて行かれている様な気がした小猫は徐々に曲がって見えなくなってしまう3人に手を伸ばすが、届く事は無かった。そして1人になって自分が泳げない事に後悔と悔しさを感じ、水中で強く拳を握る。僅かに目元に自ら流した涙が溜まり始めた時、背後から来た衝撃にその涙が落ちる。

 

「小猫? どうしたの?」

 

「あ……その、私……泳げない、から」

 

「そうなの? じゃあ一緒にあれやろうよ!」

 

 結構な速さで一周したのか、戻って来た奏へ正直に泳げない事を告白した小猫。すると奏は首を傾げて聞き返した後、頷いて笑顔でウォータースライダーを指差した。

 

 階段を上り終え、滑り始めの場所へ到着した時。そこにはスタッフの女性が水着で1人だけ待機していた。貸し切りと言えど、監視員が居ない訳では無い。上って来る段階から気付いて居た為、現れた奏と小猫の姿を笑顔で出迎えたスタッフ。小猫が軽くお辞儀をして、奏が元気良く「お願いします!」と挨拶をすれば、念の為注意事項を聞かされて2人はスライダーに座り込む。小猫が奏を抱きしめる様な形で同時に滑る用意をして。

 

「それでは、行ってらっしゃいませ♪」

 

「行くよ」

 

「レッツゴー!」

 

 掛け声と共に小猫が足で自分を前に出せば、水の流れに乗って2人は滑り始める。回転する場所や曲がる場所で楽し気に悲鳴を上げる奏とは対照的に、小猫は楽し気ながらも一切悲鳴を上げずに奏の身体を少し強めに抱きしめた。……そして1分弱にも及ぶ滑りの末、2人は着水場に入る。その際、僅かに高さがあった事で2人は空中で離れて着水する。

 

「あはは! 楽しいね!」

 

「うん……良かった」

 

 心から楽しそうにする奏の言葉に頷き、奏を抱いていた手を眺める小猫。果たして彼女の感想がウォータースライダーに対してなのか、他の何かに対してなのか……それを知るのは本人だけである。

 

「奏。我も、やりたい」

 

「うん! オーフィスも一緒にやろう!」

 

「じゃあ、その次はうちッスね」

 

「順番に、です」

 

 その後、奏とオーフィス。小猫とミッテルトで1度。次に奏とミッテルト。小猫とオーフィスで行い、最後にミッテルトとオーフィスで滑り、全ペアの組み合わせが終了した事で4人はウォータースライダーから離れる。そして次に入ったのは回るプールでは無く、25mプールであった。普段であれば本気で泳ぎの練習をする人が数人は見える場所。だが貸し切りの今、4人以外には監視員の女性しか人が居なかった。

 

「わぷっ、ちょっと深い~!」

 

「奏さん、ギリギリだね」

 

「我もギリギリ」

 

「ははっ、小猫もうちも2人よりは背があるッスからね」

 

 25mプールは回るプールに比べて水深が深く、真っ直ぐに立って奏とオーフィスは口元が沈んでしまう高さだった。小猫とオーフィスは2人よりも僅かに大きい為、顎が水面に触れる程度。幸いだったのは奏もオーフィスもその場で泳いで浮く事が出来た為、溺れる心配は無い事である。

 

「こにぇこ、泳ぎのれんしゅぶ、しよぉ!」

 

「……大変そうッスね。あ、こんなのはどうッスか?」

 

 水中で足と手を動かして浮かびながら話そうとする奏だが、揺れる水面が口元に当たって真面な言葉が話せていなかった。そこでミッテルトは奏の腹部に手を回すと、抱きながら立つ事に。ミッテルトのお蔭で僅かに足元が浮いたまま、奏は水面から解放される。

 

「ふぅ、ありがとう!」

 

「どういたしましてッス。にしても奏、お肌ツヤツヤのプニプニッスね。触り心地が良いッス」

 

「わふぅ、くすぐったいよぉ!」

 

 ミッテルトのお蔭で普通に話す事が出来る様になり、お礼を言った奏。だがミッテルトが露わになった腹部などを突き始めた事で思わず空気を漏らし、奏は楽しそうにしながらも手でミッテルトの指先を防ぎ始める。それが楽しかったミッテルトは突くから撫でるに手の動きを移行し始め、徐々に奏の声音は種類を変え始めた。

 

「ん、ミッテルト……?」

 

「本当、気持ち良いッス」

 

「ひぅ!」

 

 まるで何かに憑りつかれたかの様に奏の身体を触れるから愛撫に変え始めたミッテルト。明らかに様子がおかしいと気付いた奏が声を掛ける中、その手が徐に胸の下を撫でた事で奏は可愛らしい悲鳴を上げた。そしてその声に調子付いたミッテルトが更に上へ手を移動させようとした時、奏の声に気付いたオーフィスが少し離れた位置から水中で素早く手を動かした。途端、強い水流が生きた様に正面の奏を避けて横からミッテルトに直撃。奏の身体が解放され、大きく揺れる水に流されてオーフィスの元へ辿り着いた。

 

「奏、平気?」

 

「う、うん。えへへ……何か分かんないけど身体がピリってして、恥ずかしかった」

 

「ミッテルトさん」

 

「ぶはぁ! ご、御免ッス! つい出来心って奴で……奏! 許して欲しいッス!」

 

「だ、大丈夫! 大丈夫だけど……あぅ~!」

 

「よしよし」

 

 オーフィスに無事保護され、頭を撫でられる奏の顔は比較的冷たいプールの中でも真っ赤だった。小猫から冷たい目を向けられ、必死で謝るミッテルトを許しながらも恥ずかしそうにするその姿は非常に稀な光景。故に小猫は責める事も忘れ、ミッテルトも焦りを忘れて奏の珍しい姿に言葉を失った。

 

 その後、照れ隠しの様に泳ぎ始めて離れ始めた奏。彼女を追う様にオーフィスが続き、小猫も泳がずに足を付けて追い始める。ミッテルトも遅れて我に返ると追い掛け始め、やがて恥ずかしさを忘れて楽しみだした奏を筆頭に巨大な25mプールでの壮大な鬼ごっこが始まる。

 

 追い掛け追われて水の抵抗を受け乍ら動き回った結果、疲れ切った奏達。2種類のプールの間にあった椅子に並んで座り、休憩を挟んでスタッフに出されたアイスやパフェなどの甘味を家と同じ様に楽しんだ後、元気を取り戻した奏は再びプールへ。……泳ぎに泳ぎ切った奏は当然疲れ切り、2度目の休憩と共に眠り始めてしまう。

 

「寝ちゃったッスね」

 

「ですね。……可愛い」

 

「……どうする?」

 

「大分遊んだッスからね。うちも流石に疲れたッス」

 

「帰りも隠さないと行けないので、このまま帰るのも手ですね」

 

 椅子に座って寝息を立てる奏を囲みながら3人が相談して居た時、突然聞こえるシャッター音に3人の視線が一斉に移動した。そこには少し離れた場所から高そうなカメラを手にした面積の少ないマイクロビキニ姿のカテレアが立っており、明らかにその姿は奏の寝顔を撮影した後だった。その証拠と言えるか定かでは無いが、現在彼女の顔は恍惚とした表情を浮かべて鼻から赤い液が流れる非常に残念なものだった。

 

「奏ちゃんを送るのなら、手伝いますわ」

 

「奏、着替えさせる」

 

「! それはつまり……」

 

「っ! そう、なるッスね」

 

 オーフィスの言葉に戦慄した2人。カテレアは撮影準備バッチリで待機しており、だがそれを流石に許せないと思った小猫がオーフィスへ何かを告げる。途端に彼女は一瞬でカテレアを。カテレアの持つカメラを鋭く睨み、そのレンズに罅が入った。

 

「なっ!?」

 

「奏の恥ずかしい写真、撮らせない」

 

「ぐっ……仕方ありません。ですがせめて、せめてこの目で!」

 

「……」

 

 カテレアの必死な懇願を見て思わず黙り込んでしまった小猫。本気な様子で明らかに引く気が無く、ミッテルトは目で語る。『諦めた方が良いッス』と。故に小猫は溜息をついて奏をお姫様抱っこの形で抱えると、更衣室へ移動し始めた。この場には他にも見ている人が居る為、当然の移動である。しかしそれが知らぬ内に撮影を阻止する事となった。

 

 更衣室で奏の使ったロッカーを開け、服を取り出して着替えさせる事にした小猫達。着替える際に当然乍ら裸は見ているが、まさか水着を脱がせて服を着せる事になるとは誰も思っていなかった。故に緊張した面持ちで奏の身体へ手を伸ばした小猫達。1人が支え、1人が持ち上げ、1人が着せて。不思議と寝入ってしまっていた奏が起きる気配は無く、やがて来る際の服装に戻った奏の周りはまるで殺人現場の如く鮮血に塗れていた。

 

「ふぅ……ふぅ……つ、疲れました」

 

「奏の裸、何でこんな刺激的なんッスか」

 

「あぁ、生きてて良かったわ……」

 

「何で3人、鼻から血を流す?」

 

≪気にしないでください(欲しいッス)

 

 血の原因である3人の鼻を見て首を傾げて質問するオーフィスに向けて同時に答えた3人。その後、来た道を眠った奏と共に帰る小猫達。その際、眠る奏に膝枕を交代でし続けたのは彼女達だけが知る事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ ~その頃のシロ達~

 

『お母さ~ん!』

 

『ご主人、いない!』

 

『何処かに連れて行かれたみたいだね。まぁ、心配は無いだろう』

 

『むぅ~、暇ー! 暇ー!』

 

『ご主人の上でゴロゴロしたい!』

 

『それで畳をゴロゴロしててもご主人は帰って来ないよ。大人しく……ん?』

 

『お母さん?』

 

『あ、外の猫だ~!』

 

『黒猫……私の知り合いじゃ無いね』

 

『ジッとこっちを見てるよ~?』

 

『あ、近づいて来た!』

 

『てきしゅう~! てきしゅう~! ご主人達が閉め忘れた窓から入って来た~!』

 

『静かに。……何の用かな?』

 

『別に。気になったから来ただけにゃん』

 

『まぁ、私達は何時だって気まぐれだから可笑しな理由じゃないと思うけど……何か目的があった様に見えるのは気のせいかい?』

 

『! 何でそう思ったのかにゃ?』

 

『ねぇねぇ、エリちゃん。あのお姉さん、言葉の最後に【にゃ】って付けてる!』

 

『だねだねスーちゃん。私達も付けた方が良いのかな~? にゃんにゃん♪』

 

『強いて言うなら猫の勘、かな。でもその様子だと間違い無い様だね。それで、何の様かな?』

 

『別にお前達に用は無いにゃ。唯……妹とあの子が過ごしてる家を見に来ただけにゃ』

 

『……妹、ね。何か違う気がしたけど、本当に違うのかな?』

 

『何が違うの~?』

 

『ご主人以外人じゃ無い事?』

 

『やっぱり気付いてたのにゃ』

 

『気配が違うからね。君の妹が誰かも何となく察しが付くけど、別に正体が何であれ私達には関係ない事だよ。ご主人が楽しく過ごせるなら、私が邪魔する理由は無いからね』

 

『ご主人~! まだ帰って来ないの~? にゃ~!』

 

『警戒心の無い猫達にゃ』

 

『ご主人の影響だろうね。基本家の中で外出の際はご主人と一緒。ご主人と一緒だと危ない目には不思議と遭わないからね』

 

『それは安心にゃ。……正直、色々聞きたい事があるにゃ』

 

『良いよ。私の知る事で良ければ、ね』

 

 暇になったエリザベスとスフィンクスは普段奏の眠る寝室のベッドでじゃれ合い、シロと黒猫の話は奏達が帰る寸前まで続いた。




アンケートがあるからって続くとは限りません。

流石に一人称無しに限界を感じたので、もしもの場合を見越して……です。正直1話しか考えずに生まれたので無くても良いかな? とか思ってたんですけど、ここまで続いてしまったので一応。


常時掲載

【Fantia】にも過去作を含めた作品を公開中。
没や話数のある新作等は、全話一括で読む事が出来ます。
https://fantia.jp/594910de58


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純真過ぎる少女は喧嘩して、聖剣使いと一夜を過ごす

タグに【オーフィス】・【ゼノヴィア】を追加しました。


「小猫の馬鹿! 大っ嫌い!」

 

「!?」

 

 ある日、ミッテルトが居候をしている奏の家に帰宅した時。突然聞こえて来る奏の怒鳴り声がその耳へ届いた。表情豊かな奏だが、ミッテルトは未だに彼女が怒った姿を見た事が無い。故にその怒りの声に驚き戸惑う中、リビングから走る足音が聞こえ始める。そして姿を見せたのは、先程怒鳴ったであろう奏。彼女はミッテルトに気付かず玄関で靴を履くと、ドアノブへ手を掛ける。薄っすらと、その目に涙を浮かべて。

 

「ちょ、奏! 何処に行くッスか!?」

 

 外は既に夕暮れを迎えており、今から外出は余り良いとは思えない。だがミッテルトの声も届かないのか、そのまま奏は家を飛び出してしまった。今すぐ追い掛けるべきか迷うも、原因がサッパリ分からないミッテルト。怒鳴り声に小猫の名前が含まれていた事から、彼女に何か関係があると察したミッテルトはまず小猫を問い質す為にリビングへ。

 

「小猫! 一体奏に何を……したッス……か?」

 

「……嫌い……奏さんが、私を嫌い……」

 

『にゃ~』

 

『にゃ~?』

 

「お帰り」

 

『にゃぁ』

 

 勢いよく入ったものの、目に映った光景にミッテルトの勢いには急ブレーキが掛かる。床に両手をついて四つん這いの体勢になったまま、小さな声でブツブツと呟く小猫の目に光は無い。明らかに奏から言われた言葉にショックを受けており、そんな彼女の周りをエリザベスとスフィンクスが回り続ける。そしてそんな光景を眺めながら平然とお菓子を食べるオーフィスと、彼女と同じソファで丸まっていたシロがミッテルトを出迎えた。

 

「えっと……何があったっスか? オーフィス」

 

「ん……小猫が奏の楽しみにしていたお菓子を知らずに食べた。奏、怒った。家出した」

 

「家出って……奏、ここ自分の家っスよ」

 

 奏から嫌われたと絶望する小猫の姿を尻目に、オーフィスから話を聞いたミッテルトは奏の行動に思わず頭を抱えた。理由も分かった事で、奏を探して説得しに行く為にリビングを出ようとするミッテルト。だが玄関へ行く前に、その足を止めて振り返らずに小猫へ彼女は告げた。

 

「落ち込むのは良いッスけど、それより奏を見つけて謝る方が良いっス」

 

「……そう、ですね」

 

 ミッテルトの言葉に何とか我に返った小猫は立ち上がり、彼女と共に奏を探す為に家を後にする。……一方、2人が探しに行くのを見ていたオーフィスは目を閉じて奏の傍に忍ばせた自分の眷属越しに彼女の様子を伺い始める。現在奏が居るのは自分と出会った公園のベンチ。既に泣き止んでいる様で、小猫へ言い過ぎたかもしれないと後悔し始めている様子だった。

 

『でも、小猫が悪いんだもん。ずっと楽しみにしてたのに……! でもでも、あんな言い方しなくても良かったかな……』

 

 だが再び思い出して頬を膨らませながら怒りを露わにし、また小猫への言葉に後悔を始める。同じ様な事が何度も繰り返される中、彼女の元へ1人の人影が近づき始めた。オーフィスは眷属越しに、その正体にすぐに気が付く事が出来る。

 

「……悪魔。でも、聖なる力も感じる」

 

『?』

 

 目を閉じて呟いたオーフィスの姿にシロが気付いて見つめる中、彼女の目に人影の姿がはっきりと映り始める。見えた最初の特徴は青い髪。性別は女性の様で、その服装は奏と小猫が普段着ている学校の制服と同じものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しいな、こんな時間に。何かあったのか?」

 

「ぁ……ゼノヴィア先輩!」

 

 奏が公園で出会ったのは、ゼノヴィアであった。偶然なのか故意なのか、その事実はゼノヴィアにしか分からない事。彼女の存在に気付いた奏がその名前を呼べば、ゼノヴィアは嬉しそうに微笑みながら同じベンチへ腰掛ける。

 

「泣いた後の様だな。何があった?」

 

「……友達がね。私の楽しみにしてた物を取っちゃったの」

 

「それは、辛いな」

 

「でもね! 業とじゃ無いんだよ。知らなかったって、言ってた。でも私、怒っちゃった。大っ嫌いって、言っちゃった……」

 

「なるほど。それで顔を会わせ辛いのか」

 

 ゼノヴィアは現在、小猫と同じリアスを主としている。当然部活も同じオカルト研究部であり、今までの生活の中で小猫と奏が近い関係性にある事も把握済み。故に、名前を出されずとも奏の言う友達が小猫である事は簡単に理解出来た。大事な物と言うのがどんな物かまでは分からないが、2人が喧嘩する程奏にとって重要な物だったのだと察する。

 

「だがこのままここに居続ける訳にもいかないだろう。帰った方が良いのではないか?」

 

「そう、だけど……」

 

 小猫が奏の家に入り浸っている事も知っている為、渋る奏の姿を見てゼノヴィアは納得した様に頷いた。

 

「仕方ない。奏、今日は私と一緒に過ごそう」

 

「? ゼノヴィア先輩と?」

 

「あぁ。家……は駄目だな。何処かで過ごして、明日謝れば良い。今はお互いに反省する時だ」

 

「……うん。ゼノヴィア先輩が良いなら、そうしよっかな」

 

「決まりだな」

 

 ゼノヴィアの提案を受け入れてベンチから立ち上がった奏の姿を見て、満足そうに頷きながらゼノヴィアも立ち上がる。彼女は今、自宅で鞄の中に入っている2冊の本……『友達を家に呼ぶ100の方法』と『子供の優しい慰め方』に感謝しながら、奏の手を自然と引いて公園を後にする。

 

 その後、ミッテルトと小猫が奏を探しに公園へやって来る。小猫の鼻が奏の匂いを嗅ぎつけたからだ。しかし彼女の匂いはベンチに濃く残っているものの、公園から外に出た形跡は無かった。まるでベンチで消えてしまったかの様に。その代わり、感じる謎の匂い。まるで匂いを妨害する様なその匂いのせいで、小猫は鼻による奏の捜索が出来なくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 家では無い場所で寝泊りするとなれば、その場所にも様々の種類がある。旅館やホテル。ホテルと言っても、ビジネスやカプセル等々。

 

「2人で明日の朝までで良いな」

 

「ホテル、初めて泊まる! ゼノヴィア先輩は?」

 

「私もそう多くは無い。特にこの種類のホテルは初めてだな」

 

「そうなの?」

 

「あぁ」

 

 受付の居ないロビーにて、端末を操作するゼノヴィアの傍で周囲を見回す奏。すると傍にあったエレベーターが到着し、その扉が開かれる。出て来たのは2人の男女。少し頬を赤らめた2人は足早に建物を後にする。少し女性の歩き方は不安定で、奏は怪我をしているのかと首を傾げた。

 

「支払いも済んだ。行くとしよう」

 

「あ、うん。あ! お金、どうしよう」

 

「ふっ、気にするな」

 

「……ありがとう、ゼノヴィア先輩」

 

 操作を終えて部屋を借りる事が出来たゼノヴィアが呼ぶ声に返事をして、奏は彼女と共にエレベーターへ乗り込む。そしてその中で自分が家を飛び出した故にお金を持っていない事を思い出した奏。だがゼノヴィアは笑みを浮かべて答え、原因を思い出して少し肩を落としながらも奏は彼女へお礼を告げた。

 

 到着した階で先行するゼノヴィアについて行けば、やがて入室した部屋は壁や明かりがピンクの派手な空間だった。部屋の半分以上を占める大きなベッドが置かれており、テーブルは隅に。ガラス越しの冷蔵庫も置かれていた。

 

「なるほど。飲みたい時は自販機の様に買えば良いのか」

 

「うぅ……」

 

「さっきも言っただろう? 気にするな。何か飲みたくなったら、遠慮なく言ってくれ」

 

「うん。今度、絶対に返すからね!」

 

 何でも奢られてばかりではいられない。必ず返す事を約束して、奏は部屋の中を眺め始める。すると、隣に部屋がある事に気付いた奏。しかしそこは鍵が掛かっているのか開けられず、首を傾げてしまう。

 

「ゼノヴィア先輩、ここには何があるの?」

 

「……さぁ、何だろうな。取り敢えずもう夜だ。まずは風呂に入るとしよう」

 

「あ、うん。ゼノヴィア先輩、先に入って良いよ!」

 

「いや、せっかくだ。一緒に入ろう」

 

「一緒に? あ、ホテルだとお風呂も広いの? 分かった! 背中、洗ってあげるね!」

 

 ゼノヴィアの提案を受け入れて、奏はお風呂場へ向かう。代えの服は用意していないが、バスローブが2人分用意されている為、お風呂上がりの服も問題は無かった。……何方も大人用の為、唯一の欠点は奏に大き過ぎる事である。

 

 同じ女性同士。しかも知らない間柄では無い為、奏はゼノヴィアを信頼していた。故に躊躇もせずに着ていた服を脱ぎ始める。そしてそんな様子をゼノヴィアは自分の服も脱ぎながら、ジッと目に焼き付けるが如く眺め続けていた。余りにも強い視線に気付いた奏が「どうしたの?」と質問すれば、ゼノヴィアは「綺麗な肌だな」とそれらしい理由を述べる。当然、奏は最後まで警戒する事は無かった。

 

「うわぁ! 広い! でも、思ったよりは広く無いかも」

 

「ホテルと言っても個室だからな。そこまで大きくは出来ないだろう」

 

「でも、私の家よりは十分に広いよ! あ、入浴剤も色々ある! 見た事無いのばっかり!」

 

「確かに色々あるな。…………よし、これを使って見るとしよう」

 

 裸にタオルを持った2人の声がお風呂場に反響する。ゼノヴィアは奏に言われて入浴剤を眺めた後、その効能やお湯の変化を見て使う物を決定する。普段はお目に掛かれない泡風呂等になる入浴剤もある中、ゼノヴィアが手に取ったのはこれまた一般の家庭では早々手にする事の無い効果のある入浴剤。予め張られていた湯の上で封を切り、粉を中へ落とす。楽しそうに入って行く粉を眺めた奏が両手でお湯を掻き回せば、すぐに効果が現れ始めた。

 

「あれ? 何か、水の感触が……ヌルヌルする!」

 

「面白そうだろう?」

 

「うん! あ、でも入ったら滑っちゃいそうだね! 気を付けないと」

 

 お湯の変化を楽しんだ後、軽くシャワーで身体を流してから一緒に湯船へ。浴槽は入浴剤を使われる事を見越して滑らない仕様になっているが、それでも不安だった奏はゼノヴィアと両手を繋いで浴槽へ入った。後に2人は同時に湯船へ身体を沈め始める。

 

「ふぅ~。えへへ、気持ち良いね!」

 

「あぁ、そうだな。……奏、こっちに」

 

「?」

 

 お互いに暖かい滑りのある湯に浸かり、心地良さを堪能。するとゼノヴィアが近づく様に手招きをした事で、奏は言われた通りに彼女へ近づいた。そして奏の身体にゼノヴィアの手が届く様になった途端、彼女は奏の身体を抱いて身体を反転させた後に自分の膝の上に座らせる。お湯の滑りが手助けをして、その手際はとても綺麗だった。

 

「わわっ! ゼノヴィア先輩?」

 

「この方がもっと気持ち良さそうだったからな。どうだ?」

 

「う、うん。ちょっと恥ずかしいけど……悪く無いかも」

 

 背中から抱きしめられる感覚。お腹に両手が回され、ゼノヴィアを肌で感じる状況に奏は少し照れながらも答える。だがやがてゼノヴィアへ身体を預ける様に背中をくっ付け、首元までお湯に浸かり始めた。

 

「……もしお姉ちゃんが居たら、こんな感じなのかな?」

 

「ふっ。お姉ちゃん、か……悪く無いな」

 

「えへへ。……ゼノヴィアお姉ちゃん!」

 

「!?」

 

 奏が顔を真上に上げて逆さのままゼノヴィアへ告げた途端、ゼノヴィアは驚いてすぐに顔を反らした。そして奏を抱いていた片手を外して自分の顔を押さえ始める。何かを堪える様な仕草に奏が驚く中、ゼノヴィアは小さく深呼吸をした。

 

「嫌、だった?」

 

「大丈夫だ。寧ろもっと呼んでくれて構わない。……いや、やっぱり今は止めてくれ」

 

 不安そうに聞く奏の言葉に顔を押さえたまま、強い目で答えたゼノヴィア。だが今ここでもう1度呼ばれれば、間違い無く抑えきれなくなった愛が噴き出すと確信して彼女は一時控える様に告げた。何でそうなったか分からない奏は首を傾げ、だが理解出来ないまま了承する。

 

「さて、身体を洗おうか」

 

「うん。さっきも言ったけど、背中洗ってあげるね!」

 

 浴槽から出て滑る水を一度シャワーで流した2人。まず初めに自分でも出来る頭を洗った後、身体を洗う時が来てゼノヴィアは思い付いた様に口を開いた。

 

「そうだ、奏。人の身体を洗った事はあるか?」

 

「え? う~ん、無いかも」

 

「なら、洗い方も知らないな。……良いか、まずは」

 

 人の身体の洗い方について、ゼノヴィアが説明を始める。……それは彼女が作り上げた彼女が得するための内容だが、当然知らない奏がそれに気付く訳も無かった。ゼノヴィアの説明を聞き終えた奏は、まず最初にゼノヴィア自身で身体の前面にボディーソープが広げ終わるのを待つ。そして

 

「よし、説明した通りに」

 

「うん! よいしょっと!」

 

 ゼノヴィアの合図を受けて、まず奏は自分の身体に。胸やお腹周りにボディーソープを広げる。そして全体に広がったのを確認してから、ゼノヴィアの身体に背中から抱き着き始めた。浴槽内に居た時とは逆になり、奏は「うんしょ、よいしょ」と声を出しながら自分の身体を使ってゼノヴィアの背中にボディーソープを広げ始めた。

 

「ん、これ、で、んんっ、良いの?」

 

「あぁ……良いぞ。凄く良い」

 

「んっ……ゼノヴィア先輩。本当にこれが、人の洗い方なの? 手でやった方が、早いと思う!」

 

「日本には裸の付き合い(突き合い)、と言う言葉があるだろう? これがその語源らしい」

 

「そうなんだ! それじゃあ、えい! えい!」

 

「うっ! ふぅ……あぁ、最高だ」

 

 何ともそれらしい説明をして、上手くゼノヴィアは奏を納得させる。説明を聞いて納得した奏は、自分の胸を使ってゼノヴィアの身体を突く様にパンパンと音を立てて更に広げ始める。想像していたよりも存在した奏の胸の感触を背中で感じて、恍惚とした表情を浮かべるゼノヴィア。だがその至福の時間も長くは続かず、到頭奏自身が十分にボディーソープが行き渡ったと思った事で終わりを迎える。

 

 ゼノヴィアの背中をシャワーで流し、次は奏の番。先程広げる為に使った前面をそのままに、今度はゼノヴィアが自らの身体で。胸で奏の背中に広げ始める。奏と違ってしっかりと実ったそれは、奏の背中を本当に突く様に触れる。するとゼノヴィアの胸が勢いよく滑り、奏の首元。その顔を後ろから挟んでしまった。

 

「んにゅ! ゼノヴィア先輩?」

 

「あぁ、すまない。つい胸が滑った」

 

「そっか。ビックリした!」

 

 そんなアクシデントもありながら、無事に身体を流し終えた2人。もう1度滑る浴槽に浸かって暖まった後、2人はお風呂から上がる事とした。

 

「はふぅ~、楽しいお風呂だったね!」

 

「そうだな。何か飲もう。やはり風呂上がりと言えば、コーヒー牛乳か?」

 

「コーヒー牛乳! 飲みたい!」

 

 手を上げて笑顔で答える奏を見て、ゼノヴィアは瓶に入ったコーヒー牛乳を2本購入。奏に1本渡し、2人は同時に封を開けて飲み始める。ちゃんと腰に手を当てて、お約束の様に2人は一気に1度で中身を全て飲み切った。

 

「ふぅ。一度やって見たかったんだ。なるほど、美味しいな」

 

「お風呂上がりだから特に美味しいんだよ!」

 

「祭りの屋台で買って食べるのと似た様なものか」

 

 奏の言葉に1人納得して、空き瓶を捨てたゼノヴィアはベッドの上に腰掛ける。奏も空き瓶を捨てた後に少し辺りを見回してから、同じベッドの上へ。

 

「この部屋、大きなベッドが1つしか無いんだね」

 

「その様だな。だがこの大きさなら、2人で寝ても問題無いだろう」

 

「そうだね! ……ふぁ~」

 

「ふっ、もう眠いか?」

 

「んっ……えへへ。お風呂場ではしゃぎ過ぎちゃったかも」

 

 欠伸をした奏は眼元の涙を拭って答える。既に外も真っ暗で、まだ少々寝るには早いが決して寝ても可笑しな時間帯では無い。だがゼノヴィアと初めてのお泊り故に、奏はまだ眠りたく無かった。だがそんな思いを遮る様に、ゼノヴィアは奏の肩に手を置いてゆっくり自分ごと倒れ始める。

 

「はぶっ。ゼノヴィア先輩?」

 

「眠いなら、寝れば良い。何なら私が子守歌でも歌おうか?」

 

「ううん、大丈夫。……お休み、ゼノヴィア……お姉ちゃん」

 

「……あぁ、お休み」

 

 眠る事を勧められて頑張って起きる気も無くなった奏は、そのまま静かに寝息を立て始める。そんな彼女の頭を撫でて少しの間静かに寝顔を堪能したゼノヴィアはやがてその額へ口付けを落とすと、奏の身体に布団を掛けてベッドから立ち上がる。そして奏が気になっていた部屋の扉の前に立ち、開けられなかったその扉を彼女は容易く開いた。

 

「……なるほど。色々あるな」

 

 彼女の視界に映るのは、様々な道具。普通に生活しているとお目に掛からない様な手錠や鞭。他にも色々あり、ゼノヴィアは適当に手で持って見てはそれを元の位置に戻した。

 

「使用は追加料金か。……私が彼女を墜とした暁には、こういうのも面白そうだ。……ふふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。朝を迎えた奏は特に何事も無くゼノヴィアと一緒にホテルを出た。晴天に恵まれ、眩しい陽の光を感じながら途中まで一緒に歩く事になった2人。やがて到着したのは、昨日出会った公園であった。

 

「もう、大丈夫そうだな」

 

「うん。友達に酷い事言っちゃったから、ちゃんと謝って仲直りする!」

 

「その意気だ。もしまた何かあったら、遠慮なく私を頼れ。何も無くても、また一緒に過ごそう」

 

「うん! ありがとう、ゼノヴィア先輩!」

 

 小猫と仲直りをする覚悟を決めて、ゼノヴィアにお礼を言ってから大きく手を振って奏は彼女と別れる。1人公園に残ったゼノヴィアがベンチに座って空を仰げば、そこへ入れ替わる様に血相を変えた小猫が現れた。

 

「はぁ、はぁ……ゼノヴィア先輩」

 

「小猫か。どうかしたか?」

 

「奏さんを見ませんでしたか? 昨日から、何処を探しても居ないんです」

 

「彼女なら、さっき家へ帰るのを見た。友達と仲直りする! と言ってな」

 

「っ! そうですか……すいません、ありがとうございます」

 

 ゼノヴィアの答えを聞いて目を見開いた後、お辞儀をして人間には見えない程の速さで小猫は公園を後にする。ふっ、と笑みを浮かべてそれを見送ったゼノヴィアは少しの間その場に居座った後、立ち上がって同じ様に公園を後にした。

 

 小猫はやっと奏が近くに居ると分かり、急いで帰路を進む。すると見慣れた後ろ姿が視界に映り、思わず一気に近づいた小猫は後ろからその身体を抱きしめてしまった。

 

「わぁ! な、なに? あ……小猫……?」

 

「奏さん。心配した。昨日からずっと探してた」

 

「昨日から!? あの、ごめんね」

 

「……ううん。無事でよかった。……奏さん。勝手に食べちゃって、ごめん」

 

「小猫……私も、大っ嫌いなんて言ってごめんね」

 

「っ! 嫌いじゃ、ない?」

 

「うん。大好きだよ」

 

 嫌いと言う言葉に反応するかの様に抱き締める腕を強くした小猫に、奏は笑顔で告げる。小猫はそれを聞いて隠した尻尾が強く揺れ動く様な感覚を感じながら、胸に巣食っていた不安が消えて行く様な気がした。そして2人は互いに手を繋いで、奏の家へ向かう帰路を歩き始める。……そんな光景を、少し離れた家の屋根の上でミッテルトは眺めていた。

 

「全く。堕天使騒がせな2人っスね。……仲直り出来て、良かったッス」

 

『お疲れ』

 

「うわぁ! オーフィスッスか。って、そんな事出来たら奏の居場所はすぐに掴めたんじゃ……」

 

『我、ずっと見てた。危ない目には、あってない』

 

「はぁ……。まぁ、取り敢えず一件落着ッスね」

 

 眷属と思われる蛇と話をしながら、2人を家で迎える為に空を飛んで先に帰宅したミッテルト。

 

 後日。奏は小猫から彼女が知らずに食べてしまったお菓子を渡され、無事に食べる事が出来るのであった。




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