しゅがーはぁととのスウィーティーな日常 (水羊羹)
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しゅがーはぁととのスウィーティーな日常

「……はっ? すまん、もう一回言ってくれないか?」

 

 とある居酒屋。

 尋ね返した俺の言葉を聞いて、目の前に座る女性は呷っていたビールジョッキを置く。

 

「だーかーらー、アイドルになったんだって☆」

「誰が?」

「はぁとが」

「…………マジ?」

「マジのマジの大マジ☆ 撮影エキストラをした帰りに346プロのプロデューサーに会ってさ。それで、君のカワイさにときめきました! ぜひ、我がプロダクションでアイドルになってください! なーんて声をかけられちゃったんだー。いやー、美少女は辛いな☆」

 

 ………………マジか。

 よりにもよって、奇人が服を着て歩いているようなこいつが、アイドル。

 

「……」

「お? どしたどしたー? ようやく、はぁとのカワイさに時代が追いついたのに感涙しているのか? このこのー☆ 中々殊勝な心がけじゃないか。はぁと的に今のはポイント高いぞ☆」

 

 ……む、無理! 

 これ以上、我慢できない! 

 

「ブァハハハハハハハハッ! マジかッ! マジかよッ! あの佐藤が、何回もエキストラを追い出されてる佐藤がアイドルとかッ!! やべぇよ! おかしすぎて笑い止まらねぇ! ブハハハハハハハ!」

「……おーい? それはどういう意味かなー? かな?」

 

 机をバンバン叩いている俺を見て、佐藤が頬をひくつかせている。

 

「だって、だってよ……あの佐藤だぞ? 大学でも教授にスウィーティーアタックして廊下に立たされていたあの佐藤だぞ!? バケツを持って立つとか、今どきの小学生もしないって!」

「あれははぁと悪くないもん☆ 教授がはぁとをいびってくるから……じゃなくてっ。もしかしなくとも、君ははぁとをバカにしているのかな?」

 

 額に青筋を浮かばせた佐藤が、指を鳴らしていた。

 流石にこれ以上笑うと、シャレにならないぐらい怒りそうだ。

 太ももをつねりながら、どうにか感情を落ち着かせる。

 

「ひー、ひー。ぷくく……いや、ほんとすまん。でも、仕方ないだろ? お前がアイドルになるなんて思わなかったんだから」

「えー? はぁとならアイドルになるのは当然だろ☆ てか、はぁとの言葉は嘘だと思わないんだな?」

「そりゃまあ、佐藤だからな。お前って、昔から嘘だけはつかないし」

「わかってるじゃん☆ ちゃんとはぁとのことをわかってくれて、はぁとは嬉しいぞ☆」

「というか、さっきはスルーしてたんだけど。346プロってマジ? あそこは天下のプロダクションだぞ?」

「ふふん、凄いだろ☆ サインを貰うなら今のうちだからなっ」

「いや、サインはいらないわ」

「なんでだよ☆」

 

 ビシッとツッコミを入れた佐藤は、摘みを食べてビールを飲む。

 

「それにしても、お前がアイドルねー」

「んぐっ……ぷはぁ! ビールが美味い! まあ、はぁと自身もびっくりはしてるよ。人生、なにが起こるかわからないものだな〜」

「まったくだよ。で、いつデビューするんだ?」

「んー。わかんね☆」

「わからないのかよ!」

 

 テヘペロする佐藤に突っ込むと、口を尖らせてむくれる様子を見せる。

 

「だってだってプロデューサーがさー。まずは各レッスンを終えてからデビューすることになりますって言ってきてさー。言ってることはわかってるけど、はぁと的にはぱぱっとデビューして、はぁとのちょーカワイイところとかセクシーなところを見せたいのにっ」

「そりゃ仕方ないだろ。佐藤はアイドルに関しては素人なんだから」

「デビューしたいの! デビューしーたーいーのー!」

「わかったから暴れるなって! 周りが見てるだろ!」

「あ、いっけね☆」

 

 子供のようにジタバタしていた佐藤は、額に拳を当てて舌を覗かせる。

 こんなやつでも、見てくれは整っているから様になっているのがムカつく。

 たしかに、黙っていればアイドルに相応しい容姿をしているだろう。黙っていれば。

 

「はぁ……」

「おいおい。なんだかはぁとに失礼なことを考えているため息だなー?」

「よくわかってるじゃないか。佐藤がアイドルなんて世も末だなって」

「かっちーん☆ いくら女神のような慈愛の心があるはぁとでも、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだぞ☆ 激おこプンプンはぁとなんてな♪」

「うわ古っ。ちょっと、やめてくれよ。お前がそんな死語を使っていたら、同い年の俺もおじさんみたいに思われるだろ」

「……ぶっ飛ばす☆」

「ば、やめろ!? なんだその構えは手を握るなアイドルらしくお淑やかにだな──」

 

 結局、佐藤の腰の入った正拳突きを喰らった俺は、トイレに駆け込んで嘔吐しまくるのだった。

 そんな俺の姿を見て、ゲラゲラ笑うあいつがアイドルとかありえない、と思いながら。

 

 


 

 

「……なにしてんの?」

 

 佐藤からアイドルデビューしたという衝撃的ニュースを聞いてから、数日後。

 件の新米アイドルに呼ばれたので、暇つぶしに彼女の家までやってきたはいいのだが。

 なぜか、佐藤は床に倒れていた。うつ伏せで。

 

 俺の声に気がついたのか、のろのろと顔を上げた佐藤が儚く微笑む。

 

「待ってたぞ☆」

「いや、なに今にも死にそうなカエルみたいな顔をしてんの?」

「おいっ。カエル呼ばわりは失礼──いだだだ!」

 

 頬を膨らませた佐藤が立ち上がると、そう叫びながら椅子に座り込んだ。

 向かいの席に着席しながら、思わず呆れ顔が出る。

 

「もしかして、筋肉痛か?」

「あったりー……実は昨日、初レッスンがあって」

「それで、はしゃぎ過ぎた結果肉体を酷使してしまったと」

「うぐっ。なんでわかったし。もしや、はぁとのファン? いやぁん☆ デビュー前にファンを獲得しちゃうはぁとって、アイドルの才能ありありのあり?」

「いや、メールで『ごっめーん! 今日だけでいいから、ご飯恵んでくれね?』とか来たら大体わかるだろ」

「……ぴゅー」

 

 ジト目で追求すれば、目をそらした佐藤が下手くそな口笛を吹いていた。

 

 はぁ……。

 別に、ご飯ぐらい用意してやるのに。

 変なところで義理堅い佐藤は、俺に頼んだことが後ろめたいのだろう。

 わざわざ来てもらって、申し訳ないって。

 そういう部分があるから、こいつは信頼できるんだが。

 

「簡単な物しか作れないけど、それでもいいか?」

「え? いや、コンビニ弁当とかでもいいんだけど」

「アホかお前は」

「いたぁい!? ちょ、はぁとの柔肌を突っつくとかなにするんだよ☆」

 

 睨んでくる佐藤を見て、思わずため息をついてしまう。

 

「佐藤、お前って今はなんだ?」

「そりゃもちろん、ちょーカワイくてちょーセクシーなアイドル☆」

「アイドル見習いな。アイドルって、歌とかダンスとかで凄い体を動かすだろ? 実際、佐藤は初レッスンで筋肉痛になっているし」

「うっ……」

「まあ、それは置いといて」

「おい──いたっ!?」

 

 突っ込もうとして腕を動かしたせいで、痛みがやってきてぷるぷるしている佐藤。

 ……こいつは、大人しくすることができないのか。

 

「とにかく、アイドルは体が資本の職業だ。だから、コンビニ弁当なんて栄養が偏るものじゃなくて、ちゃんとした物を食べなきゃやってけないだろ」

「なるほどな。理屈はわかったけど……意外だったぞ☆」

「ん? なにがだ?」

「そんなにあなたがアイドルに詳しかったなんて♪」

「……別に、たまたまだよ。たまたま」

「ふぅ〜ん?」

「なんだよ、ニヤニヤして」

「べぇっつにー。はぁとのために勉強してくれたなんて思ってないぞ☆」

「なっ!?」

 

 こ、こいつはなにを言っているんだ。

 俺はただ、こいつの世話をする346プロダクションに同情して、少しでもこいつが迷惑にならないようにしようとしただけで。

 

「うふふー♪ はぁとのはぁとがキュンッとしちゃうかも☆」

「それはやめてくれ。気持ち悪いから」

「おいっ」

「……はぁ。まあ、いいや。とりあえず、今から買い物をしてくるから、大人しくしておけよ」

「よろしくお願いしまぁ〜す」

「ったく、本当にわかってるのかよ……」

 

 肩を落として呆れながら、俺は近くのスーパーに向かうのだった。

 

 

 ***

 

 

 無事に買い物を済ませ、台所を借りて料理を作り終えた。

 テーブルに並ぶ料理を見て、佐藤は意外そうな顔をする。

 

「へー。美味そうじゃん☆」

「まあ、一人暮らししてるからな。家で料理する時もあるし」

「マジ? 独身男性って、みんなコンビニ弁当かと思ってた」

「どんな偏見だよ……」

 

 二人で両手を合わせ、

 

『いただきます』

 

 その際、痛そうに腕を震わせる佐藤だった。

 

「うぅ……ねね、食べさせて」

「自分で食え」

「んもぅ、つれないぞ☆」

 

 残念そうな表情を浮かべた佐藤は、四苦八苦しながら料理を食べる。

 

「どうだ? 一応、いつもより味付けは薄くしてみたんだが」

「んー……普通?」

「普通かよっ」

「冗談だって☆ うん、まあまあ美味しいんじゃない?」

「食べられそうなら良かった」

「まあ大味なのは間違いないんだけど」

「うるせえ。独身男性の大雑把な味付け舐めんな」

 

 軽口を叩いているうちに無事に食べ終え、食後のお茶を片手に雑談タイム。

 湯のみ片手に頬を緩ませている佐藤に、気になっていることを尋ねる。

 

「で、アイドルやっていけそうなのか?」

「あったりまえだっちゅーの☆ トップアイドル目指して、これからもレッスンの猛特訓はするぞ☆」

「筋肉痛の状態で言われてもなぁ……」

「おいおい、忘れてるのかなー? はぁとははぁとなんだけど〜?」

「ああ、うん。お前がアイドルになりたかったのは知ってるけどさ」

「わかってんじゃん☆ そういうことで、はぁとは諦めないから」

 

 珍しく、真剣な顔で見つめてくる佐藤。

 目は口ほどに物を言うとは有名だが、まさにその通り。彼女の瞳の中では、アイドルに対する情熱がメラメラと燃えていた。

 

「別に、佐藤のアイドルデビューを止めるつもりなんてないからな」

「そうなの? なーんだ、真面目モードになって損した☆ はぁとのシリアス成分を返して☆ 返せ☆」

「おいおい、またそうやって暴れると──」

「いたぁいっ!」

「──はぁ。言わんこっちゃない」

 

 身を乗り出した反動で筋肉痛が響き、見悶えている佐藤にため息をつく。

 こいつは、どうしてこうも残念なのか。たしかに色物枠としてはアイドルに相応しいが、正直なんで佐藤をスカウトしたのか不思議で堪らない。

 

「お、おぉ……そこ、そこに湿布が置いてあるから、取って」

「わかったから、大人しくしておけよ!」

「はぁ〜い☆」

「ったく、見ていて危なかっしいんだからよ」

 

 もう一度ため息をついた俺は、薬箱の方に向かうのだった。

 

 


 

 

「……さて。こうして、佐藤に呼ばれたのはいいんだけど」

「うんうん、よく来てくれたな☆」

 

 佐藤に料理を作ってから、しばらく時が経ち。

 またこうして呼ばれたので、居酒屋で顔を合わせたのは良かったのだが。

 

 佐藤の手元に置いてある紙に目を向ける。

 どうやら、俺が呼ばれたのはあれが原因みたいだけど。

 

「それ、なんだ?」

「ふっふっふー、よくぞ聞いてくれたっ。これこそは、つい先日完成した、はぁとのアイドルプロフィールなのだー☆」

「へー。もうできたのか。プロフィールってあれだろ? 346プロダクションのサイトに載っているアイドル達の情報」

「そそ☆ はぁとも宣材写真を撮ったからさ、プロデューサーに頼んで資料を貰ったんだよね。実際サイトに公開されるのは数日後だから、これを見るのはあなたが初めてなんだぞ☆ ね、ね。嬉しい? はぁとのプロフィールを最初に見られて嬉しい?」

「いや、別に。割かしどうでもいい」

「いやぁん、冷たい反応☆ もう、女の子相手にそんなこと言ったら傷つくぞ☆」

「女の子? お前が?」

 

 思わず鼻で笑うと、佐藤の目尻がぴくぴくと痙攣。

 

「ぶっ飛ばされたいのか☆」

「ああ、すまんすまん。今のは佐藤は立派なアイドルだったな。そりゃあ女の子だったわ」

「……なんか釈然としないんだけどぉ」

「それより、そのプロフィールを見せてくれるんだろ?」

「むぅ。ムカつくから一発殴らせて☆」

「嫌だよ」

「ちぇっ……はい、どーぞ」

 

 投げやりに渡されたプロフィールを受け取る。

 片手でビールを飲みながら見ようとしたのだが、顔写真を見て思わず吹いてしまう。

 

「ぶっ!? ごほっ、ごほっ」

「おいおい、大丈夫かー?」

「ごほっ、ごほっ……な、なんだよこの写真。アイドルというより、ただの顔芸じゃん」

「あー、それ? ほら、はぁとって結構崖っぷちじゃん? だから、できることならなんでもやろうと思ってな☆」

「それにしたって、これは酷すぎるだろ……」

 

 擬音にすると、「ぎゃぎゃぎゃーんっ♪」や「ぷんぷーん☆」という音が聞こえてきそうな写真だった。

 控えめに言って、どこかの芸人みたいなはっちゃけ具合だ。

 

「お前、アイドルになる気あんの?」

「あるに決まってるじゃん☆ それに、しゅがーはぁとはスウィーティーじゃないとビターすぎちゃうし。むしろ、これぐらいがちょうどいい的な?」

「……まあ、佐藤が納得してるならいいや。それで、肝心のプロフィールなんだけど」

「どうどう? 中々面白いだろ☆」

 

 目を輝かせる佐藤の言葉通り、彼女のプロフィールはかなり変わっていた。

 名前は本名の佐藤心だったのに、それ以外が概ね普通じゃない。

 

「身長は166せんちめぇとるみたいだけど……なんでひらがな?」

「そっちの方がカワイイから?」

「体重がダイエットちゅうきろぐらむぅなのは?」

「乙女のマル秘情報だからに決まってんだろ☆」

「スリーサイズがぼんっ、きゅっ、ぼんっ♪ ってのも?」

「だってぇ、アイドルにリアルな数字なんていらないじゃん? ファンも見たくないだろうしぃ。スウィーティーな夢を見せるべきなんだよ☆」

 

 いつものテヘペロをしている佐藤を見て、思わず自分の額に手を置いてしまう。

 そんな俺の様子に、彼女は不服そうにしている。

 

「はぁ……まあ、俺はプロデューサーじゃないからとやかく言わないけど」

「なんだよ☆ なにか言いたそうじゃん?」

「いやだってよ。百歩譲ってスリーサイズまではいいとして、誕生日の3月10日ってなんだよ。お前の誕生日は、7月22日だろ?」

「そこはほら、はぁとの苗字とかけた感じ?」

「星座に至ってはかに座じゃなくて、しゅが座とか……。血液型の水飴入り練乳ってなんだよ。糖尿病になるわ!」

「調子に乗っちゃった☆」

 

 やっぱり、バカだろこいつ。

 なんて言うか、愛されバカというか。なんだかんだ憎めないアホというか。

 とにかく、こいつをアイドルプロデュースしているプロデューサーは、大変そうだ。

 

「今度、神社で祈っておくか」

「ん? 神社がどったの?」

「いや、なんでもない。で、本当にこのプロフィールを載せるつもりなのか?」

「いやまぁ、そっちのプロフィールは没になったんだけど」

「没なのかよっ!」

「ナイスリアクション☆ それを待ってたぞ☆」

「くそっ……その憎たらしい笑顔を殴りたい」

「こわぁい☆」

 

 わざとらしく自分の体を抱き寄せたあと、佐藤は新たな紙をこっちに渡してくる。

 

「これが本物?」

「そういうこと。と言っても、そんなに変わってないんだけど☆」

「どれどれ……ふーん、身長とかの表記が普通になっているし、誕生日なんかも本当のを記載しているのな」

「ぶぅーぶぅー! 別にしゅが座でもいいじゃんー!」

「いやそれはダメだろ……ん?」

「どしたどした?」

 

 二つのプロフィールを見比べていると、あることに気がついた。

 首を傾げている佐藤に、そのことを聞いてみる。

 

「どっちのも、年齢は本当のことを書いているんだな」

 

 がっくり。

 俺の言葉を聞いた佐藤が、肩を落として項垂れた。

 

「あ、うん……だって、そこは現実だしね」

「あ、うん。なんかごめん」

「いいんだよ〜。事実だし」

 

 佐藤がいつもの佐藤じゃない。

 語尾がウザったくなっていないし、まるで上司のセクハラに疲れたOLみたいだ。

 ……佐藤が、そんな普通の雰囲気を出せるとは。

 

「ま、まあ。年齢なんて些細な問題だろ? それに、世の中にはサバを読むアイドルとかもいるみたいだし、それに比べたら正直に書く佐藤は偉いと思うぞ?」

「……今、なんて言った?」

「ん? 佐藤は偉いって」

「その前!」

「えーっと、世の中にはサバを読むアイドルがいるみたいって」

「そ・れ・だ☆」

「は?」

 

 急に元気になると、きゃるるーんっと指を振る佐藤。

 明らかに碌でもないことを企んでいる顔をしていて、なんだか頭が痛くなってきた。

 

「たまには良いことを言うじゃん☆ そうだよな、年齢のサバ読みをしたっていいよな☆ そうすれば、はぁとのアイドル活動の年数も比例して増えそうだし? いやぁん、はぁとってば天才? さいかわビジュアルに加えて、最強頭脳も携えているとか☆」

「あー、あれだ。プロデューサーに聞いておけよ」

「わかってるって☆ うふ、はぁとにはスウィーティーな明日が待っている!」

 

 酔いが回ってきたのか、二割増でウザい佐藤がビールジョッキを掲げる。

 

「……まあ、無駄だと思うけど」

「ん〜? なんか言ったか〜?」

「別に、なんでも。束の間の幸せを味わっておけって感じだよ」

「しゅがしゅがー! すーうぃーてぃー!」

「こいつ聞いちゃいねぇ……」

 

 ケラケラと笑っている佐藤を見て、本当にアイドルとしてやっていけるのか不安になるのだった。

 

 


 

 

「へー。ここが佐藤が出るドラマ現場か」

 

 最近、佐藤が初仕事すると聞いて、気になって来てしまった。

 撮影日は平日だったのだが、有給消化にちょうど良かったというのもある。

 というか、こういう時でもないと、あんまり有給使わないからな……俺。

 

 っと、野次馬がいる。

 どうやら、あそこが撮影現場みたいだ。

 足早に向かって、佐藤の姿を探してみる。

 

「お、いたいた。相変わらず、あいつは目立つな」

 

 立ち位置的にモブ役っぽいが、真剣に周囲の確認をしていた。

 ……そういえば、アイドル活動している佐藤を見るのは、初めてだったか。

 

「おい、あの子見てみろよ。結構可愛くね?」

「お、ほんとだ。見たことないけど、新人俳優かな?」

「あいつは新米アイドルですよ。346プロダクション所属の」

 

 隣で佐藤を指して会話していたので、思わず口を挟んでしまった。

 俺の言葉を聞いた男性二人は、感心した素振りで彼女を見やる。

 

「へー、そうなんですか。346と言えば、アイドルで有名ですもんね」

「オレはあの子が好きだわ。島村卯月ちゃん。笑顔が可愛くて癒されるわー」

「オレは高垣楓さんかなあ。あの人って綺麗なのに面白いから、見ていて飽きないし。あなたは誰か好きなアイドルはいますか?」

「え? 俺ですか?」

 

 咄嗟に答えようとしたが、言葉が出てこない。

 以前346プロダクションについては調べたから、所属アイドルはある程度知っている。

 だから名前自体は思い浮かぶ。けれど、それを言うのはなんか違う気がしたのだ。

 

 口を噤む俺を見て勘違いしたのか、男性達は納得した顔で佐藤を見る。

 

「あー、あなたはあの新人アイドルを推しているんですね」

「あ、いや、そういうわけじゃなくて」

「まあ、たしかに可愛いですもんね。後でプロフィール見ておこう」

「いや、だから……」

「お、そろそろ撮影が始まるみたいですね。雑談はこのぐらいにしておきましょう」

 

 どうしよう。

 弁明する間もなく、なぜか佐藤推しにされてしまった。

 あいつは大学時代からの腐れ縁で、別に推しているわけじゃないのに。

 

 もう一度説明しようとした時、撮影現場が一気に動き出す。

 撮影が始まったようだ。

 どうやら、佐藤はナンパされる役のようで、男性に声をかけられている。

 

「やだー☆ もしかしてナンパ? まぁ、悪い気はしないかな♪ 心は18歳だもん♪ ピチピチの……」

「ぶふっ!?」

「カットカットカットォー!」

 

 無理した声に、無理のある設定。ついでにあざとすぎる表情。

 あまりにもあんまりな佐藤の演技に、吹くのを堪えきれなかった。

 見れば、さっき話した男性二人も、口元に手を当てて笑うのを我慢している。

 

「ちょ、ちょっとあの子面白すぎるでしょ……!」

「色物? 色物枠アイドルなの? やべぇ、ますますプロフィールが気になってきた」

「くくく……あれ、明らかに監督に怒られていますよね。そりゃあ、あれじゃあ怒られちゃいますよ」

 

 初仕事だから、緊張でもしているのだろうか。

 いや、佐藤に限ってそれはないな。どうせ、こっちの方が面白いだとか、目立つだとか、そんな感じの理由に違いない。

 

 しばらく監督と話し合っていた佐藤は、不意に真面目な顔になる。

 その表情を見て、目が離せなくってしまう。

 

「へー。なんて言っているかは聞こえないけど、いい表情してる」

「だな。さっきとは別人だ。……彼女、アイドルとして大成するかも」

「お、監督からもオッケーを貰ったみたいじゃん」

 

 二人の声を聞きながら、俺は驚きを隠せないでいた。

 まさか、あの佐藤が。ふざけた言動ばかりしている彼女が、あんなに真剣になれるなんて。

 佐藤がアイドルを真面目にしているのは知っていたけど、想像以上だ。

 

 なんだろうな。

 あいつを見ていると……そう、カッコいい。年齢的にも厳しいのに、恥ずかしがらず、自分を偽らず、やりたいように思うがままやる姿が。

 

 別に、アイドルに対して思うところはそんなになかった。せいぜいが、佐藤がいるから少しだけ気になる程度。

 でも、あいつの頑張りを知ると、改めてアイドルに興味が湧く。

 ……今度、アルバムでも買ってみるか。

 

 それからも、俺は佐藤の演技する姿をずっと見ていたのだった。

 

 

 ***

 

 

 夕方頃。

 ドラマ撮影も終わり、現場は解散した。

 話していた二人もいなくなっていて、佐藤はロケバスに戻っているだろう。

 そんな中、俺は人通りが寂しくなった街のベンチに座っていた。

 

「……凄かったな」

 

 演じることに関しては素人だから、演技の善し悪しについてはわからない。

 それでも、佐藤のひたむきさは伝わってきていた。

 

 あれが、アイドルなんだな。

 歌ったり踊ったりするだけじゃなくて、演じたりもするマルチな職業。

 知識では知っていても、実感するとまた違った感想を持つ。

 

「あー。なんか、価値観が壊れた気分」

「──なーにが、壊れたって?」

「うわっ!?」

 

 夕日を見上げていたら、視界にいきなり佐藤が現れて驚いてしまった。

 ズレ落ちそうになる体を支えて見回すと、ニヤニヤ笑っている彼女がいた。

 

「おっつスウィーティー☆」

「な、なな、なんでお前がここに!」

「それはこっちのセリフだぞ♪ たしかに仕事場所は教えたけど、まさかいるなんてな☆」

「お、俺は暇つぶしに来ただけだよ。それで、お前はなんでここに。もう帰ったんじゃ」

「んーと、実は見かけたから、プロデューサーに待ってもらうように頼んだってワケ。ほら、あそこにプロデューサーがいるでしょ?」

 

 佐藤の指す方向を追えば、頭を下げてくるスーツ姿の男性がいた。

 思わず立ち上がって返礼する俺の背中を、佐藤がバシバシと叩いてくる。

 

「硬いかたいって☆ そんな構えなくても、プロデューサーはいい人だからさ」

「べ、別に構えてなんかないし」

「んー? そうかなー?」

「そ、それで! 佐藤がここにいる理由はわかったけど、わざわざ俺のところまで来た理由は?」

「あ、それ? それは簡単☆ ね、ね。今日のはぁと、どうだった?」

 

 座り直した俺の隣に腰を下ろした佐藤が、キラキラした目線で尋ねてきた。

 それから目をそらしながら、曖昧に頷く。

 

「うんまあ、良かったんじゃないか?」

「えー? それだけ? んだよもー。つまらない回答だな☆」

「うるせえ。俺が演技についてわかるわけないだろ」

「それもそっか☆」

 

 俺から視線を切って、空を見上げる佐藤。

 足をぷらぷらとさせながら、少し嬉しそうな口調で告げる。

 

「実はさ、今日のカントク。はぁとをエキストラから追い出したカントクだったんだ」

「そうなのか。それにしては、今日はなんだかんだ上手くいっていたようだけど」

「そりゃま、はぁとだし? とーぜんでしょ☆」

「まあ、見ていた感じ結構怒られてもいたみたいだけどさ」

「それは言うなって☆ ……まあ、そんな感じでさ。この仕事がきっかけでプロデューサーにも出会えたし、色々と思い出深いってワケ☆」

 

 なんだか、佐藤がいつもと違う感じに見える。

 夕日の赤色を帯びているその横顔は、どこか大人びた表情を湛えていた。

 いつもより、歳相応に感じるというか。

 

「なるほどなぁ。まあ、実入りのいい仕事だったのなら良かったんじゃないか?」

「はぁとはどんな仕事が来てもやり遂げるけどな♪」

「はいはいっと……あ、佐藤。そろそろ時間っぽいぞ。プロデューサーが手招きしてる」

「おっと、もうこんな時間。それじゃ、プロデューサーのところに戻りますか☆」

 

 ぴょんっと立ち上がった佐藤は、振り返って指を二本立てる。

 

「最後に、二つだけ言いたいことがあるんだけど、なにかわかるよな?」

「いや、俺が佐藤の気持ちなんてわかるわけないじゃん」

「それだよ、そ・れ☆」

「は?」

 

 俺に指を突きつけると、少し怒った表情で佐藤が続ける。

 

「前々から思ってたんだけど、はぁとははぁとなんだから佐藤って呼んじゃダメなんだぞ☆」

「いやだって、佐藤ってのは大学時代からの呼び方で」

「はぁとな☆ は・ぁ・と☆」

「うぜぇ……今更直すの違和感あるし嫌だよ」

「直せよ☆」

「わかったわかった。気が向いたらな」

「ちぇっ。まあ、今はそれでいっか♪」

「それで、二つ目ってのはなんだ?」

 

 この分だと、どうせまたくだらないことなのだろう。

 そう考えていた俺の顔を覗き込んだ佐藤が、今まで見たことのない淑やかな表情で微笑む。

 

「──今日、見に来てくれて、ありがとな」

「……えっ?」

「それじゃ、言うことは言ったし、はぁとは華麗に去るのでした♪ アデュー☆」

 

 呆然とする俺を置いて、佐藤はスキップしながら去っていった。

 

「今のって……」

 

 気がつけば、動悸が速くなる胸を抑えている俺がいた。

 手のひらから伝わる心臓の鼓動が、いつもよりうるさい。

 

 あいつのあんな顔、初めて見たな。

 なんていうか、いつもはウザいという感じなのに、今のは可愛いというか、綺麗だったというか。

 いやいや、ないない。あいつに限って、綺麗とかないだろ。

 

 頭を振って思考をリセットしようとするも、佐藤の笑顔が離れない。

 あれは、錯覚。目の錯覚。綺麗と思ったのは気のせいで、俗に言う不良が子犬を助けて偉いと同じ理論で。

 ……つまり、ギャップ萌え? 

 

「ははは。ないわ」

 

 冷静になった俺は、ベンチから立ち上がる。

 

「さて、帰るか」

 

 熱くなった顔を冷ますために、手で仰ぎながら帰路に着いている途中。

 CDショップを見つけ、思わず立ち止まってしまう。

 

「……346プロ、か」

 

 ま、俺ぐらいはあいつを応援してやらなきゃ、可哀想だもんな。

 ついでに、他のアイドルも知っておくか。

 

 零れ落ちた笑みを自覚したまま、俺はショップに足を踏み入れるのだった。

 

 


 

 

 佐藤が初仕事を終えてから、時が流れ。

 件のドラマが放送されて人々の目に止まったのか、新たに仕事が増えるようになったらしい。

 最近、忙しいとか嬉しそうにボヤいていた。

 

 ただまあ、俺にとってあいつはアイドルのしゅがーはぁとではなく、大学時代からの腐れ縁の佐藤心だ。

 それは今後も変わらない。だから、改まってアイドルとして見ることはないだろう。

 

「おっつスウィーティー☆ ちゃんと来たようで偉いぞ♪」

「何様だよ……。で、なんか今日は俺達の他に一緒に飲む仲間を呼んだとか言っていたけど、誰だ?」

「えーっと、楓さんと瑞樹ちゃんだな☆ 菜々パイセンは断られちゃった」

「はっ? え、え? ちょい待って。その二人って、もしかしなくとも高垣楓さんと川島瑞樹さん? やべぇ、どうしよどうしよヤバいよめちゃくちゃ緊張してきた!? ちょ、ちょっと家に戻って着替えてきていいか?」

「……はぁとも立派なアイドルなんだけどなー?」

「いやだって、お前は佐藤だし?」

「よーし、今日こそぶっ飛ばす☆」

 

 やっぱり、あれだな。

 佐藤はどこまで行っても佐藤で、こうしてふざけ合う飲み仲間。

 それが、俺達の関係だ。

 

 拳を振り上げる佐藤逃げながら、変わらない日常を噛み締めるのだった。

 

「とりゃ☆」

「ぐふっ……お、お前……」

「おら、さっさと行くぞ☆ というか、無理矢理連れていく☆」

 

 ……こいつがアイドルとは、やっぱり思えないのだった。

 

 

 

 

 




デレステのアイドルコミュを元にした、こんな知り合いがいたらというお話でした。
コミュを見返すと、はぁとは語尾に「☆」がつく割合がとても多く、その辺の匙加減が物凄く難しかったです。
あとは話し方も独特なので、大変でした。


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