ドラゴンクエストM〜英雄の軌跡〜 (翠晶 秋)
しおりを挟む

初めてのドラクエ

 

「お?これ新作だよなぁ。なんで余ってんの」

 

それは、中古のゲームを買おうとしたときだった。

『新作ゲームコーナー!』のところにあったソフトを何気なく覗いたとき、とあるゲームが目に入ったのだ。

 

「ドラゴンクエストねぇ……」

 

俺は大抵アクションゲームばっかやってて、ドラクエみたいなターン制のゲームは進行が遅くてあんまやらなかったんだよな。

ほら、『〇〇の攻撃!△△に11ダメージ!』とか。

めんどくさいったらありゃしない。

 

「……いやでもしかし、評判の……。うぬ……」

 

友人のゲーム好き、奏治(そうじ)の話によれば最新作は面白そうらしい。

アバターメイクシステムに装備のマップ反映、探索範囲の広いオープンワールド制に豊富なクエストが魅力だとか。

まあ本人はその幼馴染みの凛さんと失踪中なんだけどね。

みんなも覚えてないみたいだし、ホントどこに行ったんだか。

 

「値段もお手軽……。ここいらで一つ手を出して見るか……?」

 

オタク特有の優柔不断で悩んでいると、ぽんと肩に手を置かれた。

振り向くと頰に指が突きつけられた。

 

「引っかかった!引っかかった!いやー、ホントお前って警戒心ないのな、浩輝(ひろき)

「…………」

「あ、怒った?わりーわりー。でも、そんな浩輝もカワイイぜ?アタシが保証してやらあ」

「そんなこと保証されたくねえよ」

 

カラカラと笑う少女の名は空九里(からくり)

剣道部所属、俺と同じ若草(わかくさ)高の生徒。

昔は素行が悪かったが故に、あんまり絡みたくない相手だ。

 

「空九里はどうしてここに?」

「えー、昔みたいにミツホって呼んでくれよー」

「……光穂。どうして君がここに」

「アタシは見ての通り、ゲーム買いに来たんだぜ」

 

そう言って手を広げる光穂の背中には、小さめのリュックサックと竹刀袋が。

 

「部活帰りに?」

「そ。部活帰りに」

「…………」

「さあて、時間も遅いけどあるかなー……って、あった!ドラクエの最新作!……ん?浩輝もドラクエ買うの?こーいうのやるタイプだっけ?」

「いや、最新作なのに余ってるから手に取っただけ。買わねえよ」

「買えよもったいない!今回は素晴らしいんだぜ!アバターメイクシステムに……」

「聴いた、聴いたから。もういいから、それ」

 

耳にタコができる。

ただでさえ奏治が演説のように聴かせてきたのに、光穂のも聴かされたらたまらない。

 

「え、そうなのか?なぁんだ。……しかし、浩輝が持ってるのも含めてあと二本か。ギリギリだったな」

「お前、こういうのやるんだな、意外。……ってか金は?金欠でイラついてるってクラスの女子が言ってたけど」

「校舎裏にいるやつらから強請(もら)った」

「カツアゲじゃねえか」

 

変わらねえ。こいつはいつまでたっても中学生だ。

身長、胸共に幼き頃のまま……。

 

「……?なんか知らねえけど、気に入らねえ目だ。斬る」

「通報するぞ」

「ダイヤル押す前に墓に送ってやるからな」

 

中学生の頃に交わしたような気がするやりとりをしながら、俺たちの意識は再びドラクエへと向いていった。

「しっかしなあ」と、光穂が切り出す。

 

「本当に買う気ねぇの?いい作品だぞ?スクエニもやる気出してる」

「知らんわ」

「マルチプレイも出来るんだぞ?」

「ドラクエに手を出してる友達知らねえよ」

「レベル上げ、手伝ってあげるぞ?」

「そーいうチマチマしたのが苦手なんだって」

 

どうにか買わせようとする光穂と、どうにか買うまいとする俺。

やがて、本当に俺に買う気が無いと悟ったのか、光穂は、

 

「そっかあ……」

 

と肩をす落とすと、一人寂しくカウンターに向かっていった。

やがて買い終わったのか、カウンターから戻ってきてすれ違うときに「今度感想聞かせるからな……」と去っていった。

 

光穂のあんな顔、久しぶりにみた。

いつも笑ってるくせに。

そんなにユーザーを増やしたかったのか?

いやでも、俺が光穂の誘いを断ったことなんて山ほどあるし───。

 

…………。

 

 

 

 

買ってしまった……!

パッケージを置こうとするたびになぜかしょんぼりした光穂の顔がよぎりついつい買ってしまった……。

あぁ、さらばアクションシューティング。俺は一つのゲームを最後までやる派だから、しばらくはやらなくなるだろう。

 

ディスクを本体に入れ、ゲームを起動する。

携帯ゲーム機ながらテレビの大画面でもできる優れものだ。

 

起動すると派手なラッパの音と共にムービーが流れる。

何回か聞いたことのある有名なテーマ曲。

冒険の書───セーブデータを作ると、キャラメイク画面に移った。

髪型、顔のパーツ等……細かいところまで設定できるらしい。

オンラインではなくローカルマルチらしいから、顔バレの心配はない。なるべくリアルと同じ造形にしよう。

名前は……『ヒロ』、と。

 

五分後、ようやく出来た。髪色は同じように黒だが、目の色を金色に変えてみた。

結構違和感あるな……とも思うが、まぁそれでも構わないだろう。どうせゲームである。

 

アバターメイクを終えると簡単なチュートリアルが始まった。

やはりコマンド制か。スピーディーじゃない。

 

「『これでチュートリアルは終了です』……。こんな丁寧なのか?奏治の話だとチュートリアルは話口調じゃないはずだけど」

 

変わったのか……そう考えていると、ゲームの画面が突然光り出した。

だっ、大分ハデな演出だな。てかまぶしっ、うわ───

 

 

『これでチュートリアルは終了です。引き続き、ドラゴンクエストの()()をお楽しみください。』

 

 

 

 

苦しい。

息が出来ない。

脳が酸素を求めて覚醒し、俺は液体の中でもがいた。

 

「かぼっ……ごぼっ……」

 

突然のことに混乱し、ちゃんとした判断ができない。

服が濡れて体にまとわりつき、どんどん体が沈んでいく。

ここで、死ぬのか……。ゲームしてたはずなのに……なんで……。

 

もがく俺の視界に最後に移ったのは、慌てた様子でこちらを指差す少女の姿だった。

 

 

 

 

──────…………。

 

 

 

 

知らない天井だ。

ゆっくりと身を起こすと、今俺が寝ていたベッドがぎしと鳴った。

もしかしなくても、助けてもらったのだろう。

 

視線を落とすと、俺の部屋の布団よりクオリティの低い毛布と、俺のものではない服。

平凡な村人って感じだ。

だとすると元から着ていた服はどうなったか……。そっとベッドから抜け出し、軽く体を動かしてみる。

ちょっと体が重い程度か。

伸びをしていると扉が開き、最後にみた少女が飛び込んできた。

 

「あーっ!ちょっと、ダメだよ!勝手に動いちゃ!キミ、丸2日も寝ていたんだよ!?」

「……?キミが俺を助けてくれたのか?」

「私は見つけただけなんだけどね。あの日、キミが川で溺れててびっくりしたよ。村の人じゃないよね。どうして溺れてたの?」

「いや、俺にも何がなんだか……。この服ありがとう。お兄さんか誰かの?」

「え?キミが着てたやつだよ?」

 

一瞬理解が出来なくなる。

は?え?じゃあ俺の着ていた服は?

 

「俺ジャージ着てたよな?赤色の服」

「じゃーじ?……うーん、見つけた時にはその格好だったから……流されちゃったのかも?」

「こんなインナーも着ていないはずなんだけど……」

「う、うーん……?まあとにかく、お腹減ったでしょ?今ご飯持ってくるから、待ってて」

「あっ、おい」

 

少女は部屋を飛び出してとたとたと階段を降りていってしまった。

……この間に状況を整理しよう。

俺は、何らかの理由で川に転落し、それを彼女に助けて貰った。

いつのまにか服は着替えさせられて未知のものを着させられている。

わかってはいたけど、情報が少なすぎる。

窓でもあれば外の様子が見られるんだけど……。

 

「ただいま!今日のお昼に作ってたグラタンなんだけど……なんか受け付けない食べ物ってある?」

「アレルギーのこと?」

「あれるぎー……が何かはわからないけど、背中が痒くなったり、妙にごほごほしたり」

「アレルギーだな。アレルギーならなんもないよ」

「よかった。これ食べて。今窓開けるね」

 

少女は壁に向かうと壁の合間に指を差し込んだ。

蝶番の扉が開き、爽やかな風が吹き込んでくる。

……それ窓だったのか。

 

「んーっ。いい天気。洗濯物スグに乾きそう!」

「…………」

 

やたらとうめえグラタンを頬張りながら考える。

いったい俺はどうしてしまったのか。

俺は家でゲームをしていたはずだ。それが、こんな爽やかな風の吹くところに来るなんて。

俺が知らないうちにここに来た理由を現実的に考えるとするならば……。

 

ゲーム→寝落ち→夢遊病→川に転落→今に至る

 

無いな。

夢遊病ってただ歩くだけじゃないのか?

だったら扉を開けて階段を降りて着替えて……なんてことはできないはず。

しかし、他に考えられることなんて───スプーンが器の底を突いた。

 

「ご馳走さま。美味しかったよ」

「お粗末さま。へへ、人に自分の料理を食べて貰うなんてことあんまりなかったから少し恥ずかしいな」

「キミが作ったのか?これ。売っているものだと思ってた」

「売ってる料理なんて高くて買えないよ。でも、ありがとう。それくらい美味しかったってことでしょ?」

「うん。レストランで出せるレベルだ」

 

少女は俺から容器を回収するとコップの水を追加して微笑んだ。

 

「私はキッカ。キミの第1発見者」

「俺はひろ───」

 

言いかけた所で、外から甲高い叫び声が聞こえた。

慌てて窓から身を乗り出すと、村の中心にズッキーニの化け物が村人に槍を突きつけているのが見えた。

 

「あれは!?」

「魔物だ……どうして!?いつも聖水を振りまいて魔物にはこの村が見えなくなっているはずなのに!」

「聖す……」

 

聞いたことのある単語に引っかかる。

それに、この世には魔物なんていない。

あのズッキーニも、取り扱い説明書に載っていた。

───ドラゴンクエストの世界観。

 

「襲われてるのはケニスおじさんだ……用心棒の冒険者はどこに!?」

「アレ、ピンチなのか?」

「私たちは冒険者と違って戦闘経験がないんだ……武器があっても、魔物と戦うなんて……」

「戦えないのか?」

「戦闘経験がないから……。キミもそこでじっとしてて……ってもういない!?」

 

俺は飛び出していた。

階段から飛び降り、直感で見つけた玄関を開け、外に飛び出す。

壁に立てかけてあった棒を掴みとり、そのまま駆け出す。

 

『ひのきのぼう』

 

「ううぅぅぅうううらああああああ!!」

「!?」

 

思い切り叩きつけた棒は中腹から真っ二つに折れ、青い粒子になって俺の手から消えた。

だがそれなりのダメージは負わせられたはず。

残る武器は己の体のみ。あいにく俺は武術を嗜んでいない。

突き出される槍を体をそらして避け、なんとかソレを掴む。

 

「逃げて!」

「お、おう!助かった!」

 

拮抗状態になり、槍の先が向いているこちらの方が勝率は低い。

槍の長さも考えると、キックも届かない。

どうにか───

 

「踏み込め、ボウズ!」

「っ、あああああ!」

 

聞こえた声の言う通りにして一歩踏み込めば、ズッキーニの化け物の後ろからくすんだ金髪のおじさんが現れ、その背中を切り裂いた。

一撃で葬ったのか、ズッキーニの体が青い粒子となって消えていく。

俺の手にあった鉄っぽい槍は姿を変えていき、竹の槍になった。切り口が門松のようにニッコリしてて縁起がよい。

 

「ふう……よく頑張ったな。ボウズ、君は強いな」

「へへ…まあ、どうも」

「見ない顔だな。旅人か?」

「……というよりは、遭難者……と言いますか……川に転落したらしくて、気がついたらここに」

「キミ!」

 

びくりと肩を震わせる。

恐る恐る振り返ると、頰を膨らませたキッカがこっちに歩いてきた。

そのままぶつくさと文句を垂れながら俺の体をチェックしていく。

 

「お、おい。別に傷なんてない……」

「じっとしてて。まったくもう、心配したんだから」

「へ〜……。ボウズはキッカちゃんの彼氏だったのか」

「なっ、ちょっ、ええ!?ち、違いますよアーニーさん!私は彼の第1発見者です!」

「恋の第1発見者?」

「殴りますよ?」

「ごめんて」

 

アーニーと呼ばれた冒険者がキッカをからかう。

顔を真っ赤にしたキッカがまくしたてるも、飄々と受け流している。

うんうん、思春期の女の子は勝手に彼氏とか言われるの嫌だもんな。

 

「んでボウズ。武器折れちまったけどいいのか?」

「いいんです!この人には戦わせません!」

「……って言ってるけど?」

「……正直、少し不安です」「ちょっ!?」

「へぇ。なんでだ?」「アーニーさん!」

「帰る方法を探したいんです。そのためには、旅をしないと……」「……っ」

「……そうか。ボウズみたいな勇敢なやつがこの村を出るのは惜しいと思うが……」

 

アーニーは頭をぼりぼりと掻くと自分が持っていた剣を俺に差し出した。

 

「持ってけ。旅をするには丁度いいだろ」

「……ありがとう」

 

『どうのつるぎ』

 

赤茶色の剣と鞘を貰う。背中に背負うとずっしりとした重みが無性に安心感を与えてくれる。

 

「だっ、ダメだよ!キミ、2日も寝ていたんだよ!?それに外には魔物がいっぱいだし、危険だよ!」

「キッカちゃん、止めてやるな。時には男を見送ってやるのが、良い女というものだ」

「嫌だ!良い女じゃなくて良いから行かないで!」

 

涙目で引き止めてくるキッカ。

喚きながら懇願する姿が、小さい頃の光穂と妙に重なって……。

 

「えーと……アーニー、さん?」

「ん?」

「キッカもこう言ってますし、助けてもらった恩返しが出来るまで、この辺りで稼ぐ事にします」

「ふ〜ん……?そっか。わかった!」

「魔物を倒して稼げたらって思うんです」

「魔物ぉ?へえ、勇気あるじゃねえか」

 

アーニーはさっきのズッキーニの魔物がいた辺りに落ちた銅貨を拾う。

その数、四枚。

 

「この通り、この辺の魔物は落とすゴールドが少ない。それでも、やるのか?」

「農業するより楽そうだからですかね」

 

目を丸くしたアーニーはその後笑うと、右手を差し出してきた。

ぎゅっとその手を握り返す。

 

「改めて、俺はアーニー。タメ口で構わない。よろしくな、()()()のボウズ」

「ぼ……俺はヒロだ。よろしくアーニー」

「最初のうちは戦闘の指南をしてやる。村の外に出るときは俺も連れてけよ」

 

この間、キッカはずっと「そういうことじゃないんだけどなあ……」と頰を膨らませていた。

 

そして半月が経った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意と涙

 

「ただいまキッカ」

「お帰りヒロ!……って、ケガしてるじゃん!手当するからこっち来て!」

「いや、これくらい大丈夫」

 

村の周りでモンスターを倒しまくって、ある程度お金を稼げて来た。

家庭菜園で使える作物を増やし、朝に農業、昼に魔物狩りをして資金を稼ぐ。

居候の身なのだからお金を払おうかと思ったが、キッカはまったくお金を受け取ろうとしない。

どうしたもんだか。

 

「でも……」

「それなら、今日覚えたコレを使おう。『ホイミ』」

 

腕に出来た傷を手のひらで隠し、魔法を発動させる。

手をどかすと、ズッキーニの槍でちょこっと裂かれた傷はもう無くなっていた。

 

「え……?ヒロ、魔法覚えたの?」

「うん。といっても、教会のシスターには敵わないけど」

「でも凄いよ……。そのままでも強いのに、回復魔法まで覚えちゃうんだもん」

「強いって……まだ足りないよ。アーニーさんに勝てるようにならないと、旅は出来っこない」

 

魔物を倒していてわかった。

この世界、意外と命がけだ。

魔物は世界中に生息して所構わず子孫を増やすが、人間はそうはいかない。

成長スピード人間と違って早く、その日見逃したベビーパンサーが翌日キラーパンサーになって追いかけられたこともある。

 

『どうのつるぎ』

 

この世界に来てアーニーさんに貰ってからずっと使い続けてる剣だ。

劣化が激しく、一度鍛冶屋に打ち直して貰ったほど。

アーニーさんは新しく買ったらしい『兵士のつるぎ』を見せて来て、「もういっそのこと兵士のつるぎ買っちまえよ」なんて言ってたけど、そっちの方が安上がりだとしても俺は打ち直しを選択するかな。

 

「……やっぱり、旅に行く気は変わらないんだ?」

「うん。ここで過ごすのは楽しいけど、やっぱり故郷に帰りたいしね。それに、いい加減独り立ちしないとキッカにも悪いし」

「私は構わないっていつも言ってるじゃん!」

「でも、なんか申し訳なくなる。男ってのは、そういう生き物なんだよ」

「……っ。わかんない。男って」

 

キッカは洗い物を残して階段を駆け上がり、自室に閉じこもってしまった。

……どうしたもんかな。

旅には出たい、けどキッカがあそこまで止める理由がわからない。

俺は居候だ。キッカも貯金を見直してうんうん唸っていたし、俺は早急に居なくなるべきだ。

 

どうにも居た堪れない気持ちになって、家を出る。

夜風が衣服を煽り、髪の毛が揺れた。

 

「いらっしゃい───ヒロじゃないか、よく来たな」

「おやっさん、少し商品見せてもらっていいかな」

「どうした改まって。別にいいよ、ヒロには魔物の素材とかやくそうとか、色々と卸してもらってるからな」

 

この村の人はみんな親切だ。

俺はただ、恩返しがしたくて魔物を狩っているというのに。

魔物の素材だって、そっちが買い取ってるんじゃないか。取引なのだから感謝される言われはないはず。

 

『やくそう』『5G』

『キメラのつばさ』『15G』

 

ここの道具屋の商品は安い。

魔物狩りで遠くに行って商人に話しかけられたとき驚いた。

やくそうは10Gで売っているし、せいすいに関してはシスターの作るものほど透き通ってない。

シスターは基本無料でせいすいをくれるし、お金に困った時だけ、格安の15Gで売ってくれる。

 

この辺りの魔物だとスライムが一番多いし、スライム一匹につき2、3G。

一番お金を落とすドラキーは8G。

かなりお得だ。

 

そんな中、値段の割に汎用性の高い、お得な商品がある。

 

『兵士のつるぎ』『150G』

 

どうのつるぎよりも攻撃力が高く、売るときは80Gで売れる。さらに軽い。

コレを持ったら旅の始まりとも唄われる剣で、村のみんなもだいたいこの剣を背負って村を出るという。

そして、現在の所持金。

 

『382G』

 

とっくのとうに買える。

これなら剣だけでなく、盾やぼうぐまで揃えられそうだ。

 

……旅、か。

どこから行けばいいのかわからないし、そもそもこの世界の住人じゃない俺が、果たして旅なんてできるのだろうか。

でも、やってみないと始まらないし……。

いっそのこと、ここで暮らそうなんて考えが頭をよぎる。

でもダメだ。光穂を置いて来た。

家族も心配だ、いまだ行方が知れない奏治や凛だって……。

 

……もしかして。

この世界に奏治や凛がいる?

だとしたら、合流すれば……!

 

……。

いや、へんな勘ぐりはよそう。

俺は運がよかった。

魔物が弱い地域にたまたま来ただけで、奏治や凛までもがそうとは思わない。

 

もしも、奏治たちが、魔物が強い地域に送られたとしたら。

………想像もしたくない。

 

「……本当にどうしたんだヒロ?それ欲しいのか?」

「えっ?ああ、ごめん。ちょっと考え事をね」

「まあいいが……キッカちゃんを泣かすようなことだけはやめろよ」

「……うん。わかった」

「キッカちゃんは良い子だよなあ。美人だし、面倒見が良いし。ウチの息子の嫁に来て欲しいとこだが……お前がいるからなぁ」

 

俺がいるから?

あぁ、成る程。

キッカの居候になってる俺がいるから、キッカがどこかへ行きづらいって話か。

 

「大丈夫ですよ。近いうちに旅に出ようと思うので、そのときに嫁に迎えれば」

「…………はぁ?」

 

え、なんすか。

 

「……そんな素振り見せないキッカちゃんもキッカちゃんだけど……察してやれよ」

「だから、居候の俺がいるからキッカが嫁に行けないって話ですよね?だったら早めに俺が出れば……」

「バカヤロウっ!」

 

理不尽だろ!?

おやっさんの雷はメチャクチャ怖いので逃げるように店を出る。

結局兵士のつるぎは買えなかったな。

 

どうしたもんかな。

とりあえずは、キッカに最初に案内されたところ。

村を見渡せる高台に、行ってみるとしようか。

 

 

 

 

「ホントに、バカ……」

 

少女は枕を濡らしていた。

胸が締め付けられるような感覚に、抱えた枕を強く抱いてしまう。

 

父親は魔物狩りに出て帰って来なくなり、母親は病に侵され目の前で動かなくなった。

そして不運にも、初恋の人ですらこの村を離れるという。

 

支えという支えが全てなくなり、整理しきれなくなった行き場のない感情が、雫となってこぼれ落ちる。

 

「行かないでよ、ヒロぉ……」

 

父親のくれた強かさ。

母親のくれた明るさ。

それらで固めるには、キッカの負担は少々大きすぎた。

今に思えば、と今まで溜め込んできた感情が一気に流れ出す。

 

最初に会ったときは単純に心配だった。

魔物に木の棒一本で立ち向かうところに強かさを感じた。

周りを巻き込んで笑う姿に明るさを感じた。

農業を始めると、魔物を倒すと言った、なにかを成し遂げようとする姿勢に───ときめきを感じた。

 

半月。

それだけで、十分に成長したと思う。

料理の腕を上げ、農業の知恵を蓄え、子供の扱い方も彼と一緒に学んだ。

それもこれも、彼をこの場に留めるため。思い入れのある場所にさせるため。

 

今までの頑張りが泡になりかけていることを身近に感じ、少女は一人、泣くのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勇者の紋章

この村はいい村だ。

俺を暖かく出迎えてくれた。

だからこそ、この村に迷惑をかけるわけにはいかないんだ。

早く出れば、そして強くなってたくさん稼げば、この村に貢献できる。

 

「空が綺麗だな」

 

星々が瞬く夜空は、地球のものとは違ってとても美しく輝いていた。

 

「もっと強くならなくちゃ」

 

左拳を握り、夜空に掲げる。

キラリと、流れ星が一筋流れた。

この手が、いつか栄光を手にできたら───。

 

「……?」

 

掲げた俺の手の甲に、うっすらと何かが浮かび上がっている。

なんだろ……うっ!?

 

「あつっ、熱ッ!!な、なんだこれ!?いてててててて!!」

 

焼けるような痛みを覚え、必死に手の甲を払う。

それでも痛みは収まらず、痛みが消える頃には───。

 

「なんだこれ。鳥……?」

 

鳥のような模様が、焼きついていた。

コレあれだ、ゲームのパッケージに書かれてたやつだ。

CMで主人公が持ってた剣のモチーフにもなってた。

 

「いや、ホントになんだこれ。紋章ってか?」

 

もしも呪いとかだったら怖いな。

ドラキーが使ってきた睡眠魔法の怖さはよく知ってる。

村のシスターに相談してみよう。

 

 

 

 

「シスター」

「ようこそ迷える子羊よ。こんな夜更けにどんなご用ですか?」

「さっき高台に登ってたら左手にこんなん出てきたんだけど、呪いかなんかだと怖いから一応解呪の魔法かけてくれる?」

 

教会に入ってすぐさま、左手を見せる。

こんな夜更けに悪いとは思うけど、それでも自分の身が大切なんだ。ごめんシスター。

 

「あらあら……みせてごらんなさいな。左手に……これは紋章、かしら?」

「それっぽいんだけどね……正体不明だから」

「どこかで見覚えがあります。少し待ってて下さい、調べて来ますから……」

「頼むよ」

 

シスターが自室へ引っ込む。

手持ち無沙汰になった俺は適当に座り、両手を組んで神に祈る。

教会に来た時はいっつもこうしてる。

こうすることでなんかこう……大丈夫って感じがする。

 

「俺、これからどうなるのかな……。この紋章、害の無い物だといいな」

 

パッケージに書いてあったんだから悪いものでは無いだろうけど……なんにせよ、心配だ。

あ、あとそれと……。

 

「……キッカと仲直りできますように。キッカに災難が降りかかりませんように」

 

もう少しで旅に出るんだ、それくらいは。

ってかさっきから騒がしいなシスターの部屋。なんかあったのかな?

 

 

「ヒロ!」

「シスター。どうだった?」

「今すぐ村長の家へお行きなさい。あなたは───」

 

 

「───勇者です!」

 

 

勇者?

 

「勇者?」

「ゆうしゃ」

「ゆうしゃ?」

「ん。勇者」

「俺が?」

「あなたが」

「はえー……」

 

信じられませんな。

でも本当だとしたらこれは強くなれるチャンス。

勇者って主人公っぽいしお金も貰える……よな?

 

「とにかくはやく来てください!」

「うわっちょ、シスター、少し待ってよ!」

 

シスターに手を引かれて村長の家へ急ぐ。

村長は村の事を一番に考えている。

お金に左右されない、理想の村長だ。

もちろん、夜間の対応もしている。

 

「村長!」

「シスターか?どうした?」

「この子に……勇者の紋章がっ!」

「なんだと!?」

 

いつもは物腰柔らかな村長の顔がこわばる。

左手を優しく握られ、その目が紋章を見つめた。

 

「シスター、これは本当に……?」

「ええ。伝承の物とそっくりです。ヒロは、もしかしたら本当に……」

「ううんむ。……ヒロ、事態がうまく飲み込めんといった顔だな。それも仕方ない」

 

村長が本棚から一冊の本を取り出し、俺の目の前に差し出す。

それは、見覚えのあるものだった。

 

「この村の子供ならみんな知っとる絵本だ。ヒロも、ときたま子供に読み聞かせをしてくれただろう」

「ええ、はい」

 

勇者に選ばれたロトという青年が、魔王を倒しにいくお話。

魔王はとてつもなく強く、古代兵器【ソー・ジーキ】に行く手を阻まれながらも、ロトは魔王を倒す。

倒された魔王は言った。

 

『もし わしの みかたになれば せかいの はんぶんを おまえに やろう』

 

……ここで絵本は終わる。

シスターや村長が言うには、『この後の展開を子供に考えさせる』らしいのだが……実話らしいので勇者はきっと断ったのだろう。

そうでなければ、この世は魔物で溢れかえり、こんな村は壊滅状態だ。

 

「あぁ……だいたい察しました。先祖帰りとかそんなんですか」

「いや違う」

 

違うのかよ!

考えりゃそりゃそうか。地球出身の俺の先祖がロトなんて、絶対にありえないだろう。次元の壁があるしな。

 

「この話には続きがある。勇者はとてつもない力を持っていた。それこそ、英雄1000人分くらい」

「いっせんにんぶん」

「勇者はな。自分の人生が終わるそのとき、自分の力を世界中に散らせたのだ。そして、幸運にもその力を授かる事が出来た人間は……新たな勇者となる」

 

新たな勇者。

ロトの力を受け継いだ者。

 

「マジか……」

「この紋章はいつ?」

「ついさっき」

「なるほど。今でこそ大した変化は見られないが、そのうち勇者として力が発現し始めるだろう。その前に、まずはそうだな、王国に行くといい。勇者を血眼になって探しているらしいぞ」

「嫌な予感しかしないんですけど」

「案ずるな、勇者は旅をするのが仕事だ。王国の使い物になるわけでもない。……まあ、本人にも心の準備は必要か。今日は帰りなさい」

「……はい」

 

手の甲を見つめながら村長宅を出る。

俺が、勇者。

王国に行って、旅をする。

 

……念願の旅だ。

でも、なんだろう、この……胸に穴が空いたような気分は。

 

「俺は、自分が考えている以上にこの村が好きだったのかも?」

 

自嘲気味に呟く。

ホントは行きたくないのに、目の前にぶら下げられたニンジンだけを見て、キッカを泣かせた。

最悪だ。

 

「……んだ、またヒロじゃねえか。どしたんだ」

「おやっさん。決めた。買うよ、この剣」

「……そうか。ついに出るんだな、旅に」

「うん、出るよ。チャンスが来たんだ。勇者になった、これで、たくさんお金を稼いで、この村に貢献できるよ。今度は、俺が恩返しする番だ」

「勇者、か。わかった。『兵士のつるぎ』、150Gだ」

 

まけてはくれないのか、なんて軽口を叩いてお金を払う。

おやっさんは「当たり前だろ」と笑った後、急にしんみりしだして、

 

「……そっか。これをお前に言うのも、もう最後なんだな」

「よせやい。もしかしたらひょっこり帰って来てなんか買ってくかもしれないだろ」

「そうだな。よし、言うぞ。……ここで装備していくかい?」

 

 

 

 

 

「……ああ!!」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

独白と涙

 

少女は泣き疲れて眠っていた。

しかしそれは、下の階層から聞こえてくる物音に起こされた。

 

「……帰ってきたんだ」

 

お腹を空かせて夜食を求めてはいないか、まさか村の外に出て魔物に怪我を負わされていないかと、一抹の不安が少女を襲う。

だが、立ち上がる気力がない。笑顔など出せそうにない。

今の自分にただできるのは、枕を抱きしめて泣きじゃくるのみ。

それが不甲斐なくて、情けなくて。

 

もしヒロがこの村を出るときも、泣く事しかできなかったら───?

 

怖かった。

自分には彼の旅についていく力はない。

近所のいたずらっ子にも「おれがもつよ!」なんて言われて、重かった瓶を軽々と運ばれたのだから。

 

どうにか行動に移さなきゃ。

行かないでって言わなきゃ。

でもそれができなくて、歯がゆくて───。

 

『キッカ』

「ッ!?」

『……返事はしなくていいから、聞いて欲しいんだ』

 

ドアの向こうに、彼がいる。

 

『俺さ、勇者になったよ』

「……?」

『絵本で出てきた勇者。これで、俺も旅に出る大義名分が出来た』

「………………」

『兵士のつるぎも買ったんだ。お金も少しならある。旅には……いつでも、出られる』

「………………」

『明日出るよ』

「……っ」

『キッカに迷惑かけたくないし。だから……さ』

「…………」

『今まで、ありがとう』

「ッ……」

『え?寝てるとか無いよね?これ独り言だったらだいぶ恥ずかしいんだけど』

 

誤魔化すような声。

少女は、扉を開けていた。

 

「あ……キッカ」

「っ!」

「ちょ!?」

 

ヒロの胸に飛び込んだ。

暖かい少年の体温が、服を通して伝わってくる。

 

「……行かないで」

「……キッカ」

「ずっと一緒に暮らそうよ!危険なことしないでよ!どこにも行かないでよ!心配させないでよぉ!」

「あの、な。キッカ、俺はその、勇者で……」

「勇者になったから何?なんで旅に出ないといけないの?」

「それは……」

「わかんないよ!ヒロの言ってることが、全然わかんないよ!」

 

自分の発言が、ヒロをこの上なく困らせていることはわかっている。

しかし、それ以上に、ヒロが遠くへ行ってしまうことが怖かった。

 

「キッカ」

 

不意に、上から声が投げかけられる。

 

「信じられないかもしれないけど、俺、この世の生まれじゃないんだ」

「え……?」

「あ、アンデッドとかそういう意味じゃなくてな。こう……異次元というか、別世界というか……。とにかく、この世で生を受けたわけじゃないんだ」

「…………?」

「だからその、この村でどれだけ調べても、多分、帰る方法は見つからない」

「だったら……!」

「でも、ここで燻ってるわけにもいかない」

 

見上げた少年の顔は、複雑な感情を宿していた。

 

「俺は、帰らなきゃいけない。まだあっちでやり残したことが沢山あるんだ。だから、あっちに帰ってから、ここに住むよ」

「帰れる方法なんてあるかどうか分からないじゃん……」

「行く方法があったんだから、帰れる方法もある。もし、あっちに行って戻ってこれなくても、そのときはあっちで方法を探すよ」

「でも……」

「大丈夫。大丈夫だから」

 

頭に、手が乗せられた。

大きなその手が頭を撫でる感触は、いつ以来だったか。

父親がよく自分にやってくれた、キッカを落ち着かせるための行動。

それが懐かしくて。

 

「うう……ああ……」

「大丈夫」

 

少女は、再び泣き出してしまった。

 

「ぜっだい……帰ってぐる……」

「うん。約束。もしかしたら冒険に行き詰まったとき、息抜きにここに来るかもしれないよ?」

「待ってる……待ってるがら……」

「うん。……うん」

 

一晩中、少女は泣いた。

おんおんと、泣き疲れて眠るまで泣いた。

少年は、いつまでも泣く少女をただひたすらに抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夜があけた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅立ちと道

 

スカンッ。

スカコンッ。

 

ヒノキの棒が振られる度、硬い音が響く。

片方が上段から振り下ろし、片方は即座に体を落として上に棒を構え、攻撃を防ぐ。

すかさずジャンプ。

跳ねあげられた腕が棒を離した瞬間、俺の棒が相手の喉元に吸い込まれた。

 

「そこまで!」

 

寸止め。

アーニーに、勝った。

 

「ッッッしゃおらァ!」

「マジか……負けた……!」

 

旅立ちの前にアーニーと一手、打ち合わせてもらった。

みんなに実力を見せつけて、旅に出ても大丈夫と分からせるため。

俺はカバンと剣を背負い、みんなを見渡す。

 

「アーニーに勝ったんなら、大丈夫でしょ?」

「……そうだな。きっと、大丈夫だ」

「元気でやれよ!」

「すぐ帰って来てもいいんだからね?」

「ヒロちゃんは良い子だったのに……寂しくなるわねぇ」

「ま、お前さんがそこまでやるなら、止める義理はないわな」

 

村のみんなが俺の肩を叩く。

心地よい痛み。

村のおじさんが馬を引いてきた。手伝いで何度か世話をした馬だ。

 

「こいつは村一番の器量良しだ。覚えてるだろ?」

「え!?良いんですか!?」

「なつき具合を見ると、ヒロのところがいいんだろ」

「……っ、ありがとうございます! っておい、くすぐったいって」

 

頰を俺に擦り付ける白い馬。名前はまだない。

大切にしよう。しばらくの相棒だ。

「それと」と村のみんなが一斉に道を開けた。

 

「ヒロ」

 

キッカだった。

モーセが割った海を進むように、キッカはこちらに歩み寄ってくる。

 

「行ってらっしゃい」

 

差し出された手は震えていた。

……無理してるだろうに。

 

「うん。行ってきます」

「!」

 

手を掴むと同時に引き寄せ、ぎゅっとハグする。

精神を安定させるのはハグが良いって聴いた。

……村人が盛り上がる。やめろよ、そんなんじゃないって。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

「うん。元気でね」

「まずは王都───アルスデンまで行ってくる。旅のお土産、たくさん持ってくるから」

「うん。ずっと、待ってるから」

 

馬に騎乗し、村から出る。

名残惜しいな……。

色んなことがあった。子供のお守りをやったり、魔物を倒して稼いだり。

せいすいを振りまいて魔物の目から村を隠したり。

後ろを振り返れば、まだみんなが手を振ってくれていた。

 

「まぁ、悪くはなかった。それどころか楽しかったよ」

「ぶるうう」

「わかってる。……いくぞ!」

 

手綱を引けば、馬が歩き出した。

小石を無視し、土を踏み固め。

魔物狩りの遠征で来れる範囲を超え、橋を渡り。

 

のどかな風景に流れる川で水を飲んで休憩し。

 

「……ん? っと、魔物か」

 

弓を構えた小さな魔物、リリパットをぶん殴って泣かせて。

空を見上げて雲を眺めた。

山を迂回して麓を通り、キッカの作ってくれたおにぎりと干し肉の携帯食料を食べ。

遠くの方に、ようやくお城が見えてきた。

 

「見えた……あれが、王都アルスデン」

「ぶるる」

「……よし。いくぞ」

 

なんだかちょっぴりテンションが上がり、パッカラパッカラ蹄を鳴らして王都に近づいていく。

王都にいくついでにキャラバンの人からリンゴを譲り受け、『王都にリンゴを届けろ!』なんてクエストを受けて進みゆく。

 

そして……。

 

「ここから先はアルスデン領だ。要件は?」

「えっと、観光と旅の仲間探し、あとアリアンテつて人にリンゴを届けにきました。クエスト承諾書もあります」

「よし、通っていいぞ」

 

王都アルスデンに、ようやく足を踏み入れた。

 

この国の城壁は分厚いレンガ造りになっている。

中心にある噴水がアーチを描き、子供が行儀悪くも楽しそうに噴水に足を抜き挿ししている。

第一印象としては、笑顔の絶えない良い街。

馬の手綱を引っ張りながらキョロキョロと辺りを見渡す。

 

アリアンテさん家は……ここかな。

ドアに直接ついているベルを鳴らす。

しばらくして褐色肌のなんか……戦士風のスレンダーなお姉さんが出てきた。

 

「んあ……?どちら様だ、アンタ?」

 

下着姿で。

 

「あ、う、デットリって人から、リンゴを届けてくれって頼まれまして……」

「あーはいはい! お、ご苦労様だなぁ。クエスト承諾書、あるかい?」

「はい、ここに」

「どーもどーも……どうする? クエストの報酬」

「へ?」

「なんでもいいぞ。クエストの報酬、用意してないんだ。だから、お前が望むもんをくれてやろう」

 

とりあえず服を着てください。

たゆんと揺れる二つの丘に目がいく中、アリアンテさんはボサボサの銀髪を揺らして目を細める。

 

「そのなりは旅人ってカンジか? 宿屋はとったか?」

「いえ、まだ」

「じゃあウチ泊まってけ!」

「へ?」

「この時期は宿屋が混雑するんだ。ウチの空き部屋を使えば、そのまま王都でなんやかやできるぞ!」

 

なんやかんやって……。

でも、本当に宿屋が混雑しているのならありがたい。

ここはひとつ、ご厚意に甘えるとしよう。

 

「じゃあ、お願いします」

「おうよ。こう見えて、アタシも昔は旅人やってたんだ。なんか相談あったら聞きなね。ハイこれ部屋の鍵」

「あ、どうも」

「んじゃあ部屋に案内するぞ。入ってこい」

「その前に服を着てくださいよ!」

 

王都アルスデンは、思ったよりも大変な場所だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王都と欲望

 

「王城ってどうやっていくんです?」

「は?みりゃわかんだろ、あぁ行って、まっすぐどーんって行くんだよ」

 

なるほど、わからん。

俺はアリアンテさん───今度はちゃんと服を着ている───に部屋の設備を説明してもらいながら、ふと思った疑問を口にした。

勇者であると証明するために、王城に行く必要がある。

 

「観光ならオススメしないぞ。今は勇者がどうのって警備を厳重にしてるからな。勇者候補だっていうヤツがめちゃくちゃいるんだ、これが。おかげで連日うるさいったらありゃしない」

「なるほど……ギルドみたいなのは?」

「ギルドぉ?……あぁ、酒場のことか。なんでだ?」

「一緒に旅をする仲間を探したくって」

「仲間探しか!今ならルイーダっていう仲間探しのプロがいるぜ。ルイーダさんは人と人との相性を一瞬で見抜く人なんだ。……実年齢は不明。美魔女だよ、あの人は」

 

美魔女……。

アリアンテさんも十分美人な気がするけれど。

「ギルドへの道は少し入り組んでるからな」と、アリアンテさんが地図を描いてくれる。

まぁ確かに、王城は門から入ってすぐの大通りに直結してるからなぁ。

パレードとかやるんだろうか。

 

「ほらよ」

「ありがとうございます」

「そんじゃ、あとは自由にしな。アタシはちょっと用事があるから、寝るも歩くも好きにしな」

「はい」

 

そう言ってアリアンテさんは居間に戻って服の上から胸当てや籠手を着け、小さなオノを持って出て行った。

借りた自分の部屋に戻り、ベッドに座って一息つく。

屋根裏部屋だ。意外と不便はしなさそう。

窓には緑のカーテンがあったり、収納箱が横に並んで圧迫感をなくしていたり……アリアンテさんが掃除ができる人だという事はわかった。

 

「窓の外にはレンガ造りの建物。並べられた壺。……ドラゴンクエストの、世界」

 

清々しいようなもやもやするような。

……うん。ずっと考えていたって仕方ない。

まずは王城に行ってみよう!!

 

 

 

 

「今は王城には入れないぞ」

 

はぁ!?

 

「や、だって勇者を探してるって……」

「あぁ、勇者候補の人?勇者候補として入れるのは昼だ。また明日来い」

「は、はぁ……わかりました……」

 

警備が厳重になってるって、そういうことか。

出鼻を挫かれ、王城を後にする。

じゃあもう魔物狩りしかやることない……あぁ、魔物狩り。

 

「俺の剣よりも強い武器あるかな」

 

王都ってくらいなんだから、もしかしたら俺の剣よりも良いものがあるかもしれない。

防具も揃えたいし、一度行ってみたい。

……場所は聞いてないけど、多分大通りに面してるんじゃないだろうか。

 

振り返ると、城下町が見えた。

王城までは階段になっているから、高低差があるんだな。

……意外と良い眺めじゃないか。

村ののどかな景色も悪くはないけど、栄えている国を見るのも悪くない。

 

階段を降りながら考える。

元の世界に帰る方法を探すなんて、絶対に長旅になる。

だったら、色んな景色を見るのを趣味にして旅をすれば、長旅も苦にならないんじゃなかろうか。

……カメラ欲しいなぁ!!

 

そんなことを考えている間に、武器屋らしきものを見つけた。

うん。看板に『武器屋』って大文字で書いてあるしね、普通気付くよね。

 

「いらっしゃいませー」

 

のんびりとした声。女の人だ。

 

店先に置いてある剣を何気なく見る。

俺は今のところ他の武器は使えないからね。

 

『兵士のつるぎ』

『レイピア』

『ひのきのぼう』

 

お、このレイピアっての良いじゃないか。

本当は説明書にあった『てつのつるぎ』ってのが欲しかったんだけど……てか『てつのつるぎ』が鉄でできてるんなら『兵士のつるぎ』は何でできてんの?もしかして兵士……いや、よそう。怖い怖い。

 

で、レイピアの値段は……?

 

『レイピア』『320G』

 

高ぇ!!

 

待てよ?今の所持金が32G +リリパットを倒した5Gで37G。

兵士のつるぎは80Gで売れるから、売ったとすると所持金は117G。

足りねぇ……!!

 

これは……魔物を倒すしか道はなさそうだ。

待ってろよ、王都の魔物!

日暮れまでに狩り尽くしてやるかんな!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

経験と新武器

 

「俺の邪魔をするなァーッ!!」

 

連打連打連打連打連打ァーッ!

斬る、斬る、叩き斬る!

 

野を駆け林を抜け、目につく魔物を片っ端から切り裂いていく。

おかげでウハウハだぜ!

度重なる成長───レベルアップの恩恵か、ここらへんの魔物も一撃で葬れるようになってきた。

 

「ヒーハーッ!!」

 

この辺りで一番金を落とすのは……

 

『ドロザラー』

『リリパット』

『ドラキー』

 

ドロザラー、貴様だッ!!

あそーれ!

 

「ふふふリリパット……新しく覚えたコレの実験台にしてやるよ!『メラ』!!」

 

指先から蝋燭の火ほどの小さな炎が飛び出る。

炎はリリパットに直撃すると、リリパットは白眼を剥きながら青い粒子になった。

新魔法メラ。ちっちゃい炎を敵一体に飛ばす魔法。

使い方次第で面白くなりそうだ。

 

「キキーッ!」

「おっと」

 

お前を忘れていた。

やっぱり戦闘中は油断ならないな。

気を引き締めないと。

 

青い粒子の中から小銭が浮き出てくる。

相変わらずよくわからないシステムだこと。

魔物はこんなにも弱いのに、どうして狩るような者がいないのだろうか。

 

肩の力を抜いて空を見ると、そこには既に茜色に染まった空が見受けられた。

あっやば、早めに帰らないと。

武器屋、まだ開いてるよね……。

 

森から出て、夕暮れの平原を駆ける。

もちろんすれ違ったモンスターを狩るのも忘れない。

ちょっとずつ重くなっていく金貨の重みが堪らんのですよ。

 

城下の門を抜ける。

息を整えながら武器屋に……って思ったけど、やっぱりもう遅いからやってないかな。

昼に候補ができるらしいから、明日の朝にでも武器屋に寄ればいい話だ。

 

今日のところは家に帰って、ぐっすりすやすやが一番だ。

扉を開けると、既に帰っていたのか、アリアンテさんがチェストプレートを外しているところだった。

 

「おぉーお帰りヒロ。早速だが後ろの金具取ってくんねえか」

「え、あ、はい」

 

アリアンテさんの後ろに回ってチェストプレートの金具を外して行く。

 

「あ、ブラとれた」

「ッ!?す、すみません!」

「いいっての。多分最初っから外れてたんだと思うぞー」

 

…………。

この人がおかしいんだよな?普通、外されたら怒るよな?

精神力をすり減らしながら最後の金具を外す。

 

「あんがとな。……ところでよ、今日は狩に出てて金が多く入ったんだが……いっちょ酒場、いかねえか?」

「酒場、ですか」

「んお?お前もう16は行ってるだろ」

「まぁ、はい」

「おし、その年齢なら自己責任で飲めるな!酒場いくぞ酒場!」

「え、ちょ、えええええ!?」

 

手を引かれて家を出る。

アリアンテさんはすぐ近くのゴミ捨て場を人目見て首を傾げたが、何かあったのだろうか。

 

「ここにな、ホームレスの冒険者がいたんだよなぁ」

「はぁ」

「あいつも誘おうと思ったんだが……いねぇならしょうがねぇ、行くぞ」

「あちょ、ホント自由なんだから……」

 

歩いて行ったアリアンテさんを追おうとしたとき、何故か頭痛がした。

左手の甲もなんだかチリチリする。

なんだろう、ここに何かある、もしくはあったのだろうか。

……知らね。

 

 

 

 

飲めや歌えや、旅人の憩い。

王都の酒場は劇場と繋がっているため広い!

 

「ここが酒場ってやつかぁ……」

「お前んとこの村には酒場が無かったのか?楽しくねぇ街だなぁ!!」

 

うーん?

子供が多かったから目立たないようにしてただけで、本当はどこかにあったのかも。

すれ違ったじいさんから鼻をつくアルコールの香りが漂っていたことを覚えている。

 

「まぁ今は関係ねぇ!まずは酒飲みな!」

「あ、え、俺は未成年……」

「未成年が酒飲んじゃいけないとはだぁれも言ってねぇだろ!」

「言ってるんだけどなぁ……?」

 

なに?

ドラクエの世界と地球では法律が違うの?

……そりゃそうか。

なんだか罪悪感があるけど、ここは飲む他にあるまい。

 

「おいそこのお嬢ー!!こっちにエール二つくれ!!」

「かしこまりましたーっ」

 

手の甲をさする。

チリチリとした感覚は消えていた。

なんだったんだ、アレは……?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

酒場と浪漫

 

ぼんやりと明かりが光っている。

 

「ぷぁっ!!うっめェなぁ!」

「苦い……」

「なんだ、酒飲んだことねぇのか!いいか、酒は飲んでも呑まれるな、だぞ!」

「べろんべろんのアリアンテさんがそれ言いますか」

 

アリアンテさんがいろんな人達と杯を交わしている。

どうやらアリアンテさんは有名人らしい。

 

「アリアンテ、お前しばらくの間どこに行ってた!」

「ちょいと魔王退治にな!」

「そりゃすげぇ!」

「「うはははははは!」」

 

え、魔王退治?

アリアンテさん勇者なの?

 

「なーに呆けた顔してんだ!ジョーダンだ、ジョーダン!ちょいとここを離れてたからな!」

「あっ、冗談……」

 

この雰囲気嫌い。

アリアンテさんから逃げるようにテーブルを離れ、よろよろとカウンターに寄りかかって大きく息を吐く。

ふぅ。

……幼い頃に酔ったいとこのおじさんに絡まれたことを思い出す。これが大人の付き合いってやつだろうか。

 

「ボウヤ、ここはあなたみたいなのが来るところじゃ無いわよ?」

「えっ」

「ふふっ、テンプレートが過ぎたかしら?」

 

振り返ると、大人の色気をムンムンと放出する青い髪の女性が。

 

「ルイーダって言うの。あなたは?」

「あ、へ、ヒロって言います」

「ヒロ。ヒロ、いい名前ね。見たところ新米の旅人って感じかしら……」

「おうルイーダ!!そうだった、ルイーダ、こいつに仲間を紹介してくれ!」

「言われなくても探してるわよ、まったく……」

 

ルイーダさんは頬に手を当ててしばらく考えるような仕草をしてみせ、次に酒場を見渡すとなぜか首を傾げた。

ちょっと待って、仲間がいないとか言うのはさすがに悲しい。

と、そんな俺の心中を察してくれたのか、ルイーダさんは苦笑しながら手を振った。

 

「さすがに仲間がいないなんてのは無いわよ。ただ、今はここにいないみたいね。少し前まではあの子も仲間を探してずっとここにいたのだけど……」

「あ、仲間候補がいるなら気長に待ちます」

「そうしてくれると助かるわ。あの子、あなた以外に良いパーティーになれそうな子が見つからなかったのよね」

 

互いにパーティー候補は他に無し、か。

ルイーダさんを疑うわけではないが、本当に最良なパーティー候補などいるのだろうか。我、異世界人ぞ?

まぁいるのならありがたい。

 

「ヒロ、仲間は見つかったか?」

「今はここにいないみたいでくっさ!酒くさ!!」

「おいおい、乙女になんてこと言うんだぁ?」

「アリアンテが乙女だってよ!」

「どっちかってぇと魔物サイドだろーが!」

「んだとこらぁ?」

 

アリアンテさんは再び酒飲みの間に割って入っていく。

どうやら腕相撲をするみたいだ。

俺、これどうやって対応したら良いんだろう……。

 

「ごめんなさいね。あの子、呑んだら全財産果たすまで働かずに呑みきるタイプの子なのよ。だから一ヶ月に一回くらいしかこの国にこないの。雇われ兵として各地を転々としてるのね」

「なるほど」

「結構良い働きをするみたいよ?あの子に感謝した村や町がこの酒場にあの子当てにいろんなものが送られたりしてね……」

 

だからリンゴ配達のクエストが……。

アリアンテさんを見ながら手に持った杯の中身を再度舐める。うん、苦い。

 

「こら。お酒はまだ早いんじゃないの?」

「飲める年齢らしいんですけどね」

「体がまだ成熟してないのよ。ほら、今日の所はあの子連れて帰りなさいな。このままじゃあの子、三日後にまたこの国を離れるわよ」

「家に住まわせてくれてるのって留守番代わりって意味か!!アリアンテさん、早く帰りますよ!」

 

テーブルの端を掴んで離そうとしないアリアンテさんの襟首を掴んで引っ張っていく。

旅に出ようとしてるのにこの国で留守番として定住とかシャレにならない。

「やらぁ!まだのむ!」と半分寝ていて最早ろれつも回ってないアリアンテさんを背負い、酒場のみんなに頭を下げる。

 

「じゃあ、もう帰ります!お先失礼します!」

「おう!また来な彼氏!」

「彼氏じゃありません!」

「律儀じゃのー!!」

 

いらつく!

笑い声の鳴り響く酒場を逃げるように出て、すっかり人気(ひとけ)も無くなってしまった道を歩く。

こんな夜は考え事に最適だ。……考えることなんて無いけど。

ひんやりとした空気が肌を刺す。

背中ですやすやと寝息を立てるアリアンテさん。当分起きそうに無い。

お、フード……外套だ。地球でこんな真夜中に着てたらご用だされるな。

……地球、ねぇ。帰れるのかしら。

 

「……っ?」

 

手の甲が痛む。頭も痛い。

勇者の紋章がヒリヒリと熱を発していた。

なんだよう、ゴミ捨て場の時といい今といい。

何かの合図なのだろうか?それとも行動の制限があって、それ以上は行動を許さない、とか?

まだまだ謎だ、勇者の紋章。

 

まぁ、明日城に行けばなにかわかるかもしれない。

 

それまでは、深く考えないようにしよう。ファンタジーな世界では考えるだけ無駄な気がする。

 

「アリアンテさん、家に着きましたよ、鍵をください」

「うえきばちのしたー」

「植木鉢……あ、あった」

 

こんな隠し方する人初めて見たわ。そもそも木、枯れてるじゃないか。さてはこの人水をあげてないな?

家に入ってアリアンテさんをソファに寝かせる。部屋にはさすがに入れないからな。

戸締まりを確認、アリアンテさんにタオルケットはかけた、よし、安全安心。

 

「おやすみなさい」

 

一言、アリアンテさんに断ってから、俺はランタンの灯を吹き消した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王城と厳選

「おはようございま……寝てる」

 

早朝というわけでもないけど……まだ睡眠が深いようだ。そりゃ昨日あれだけ飲んでたらそうなるか。

たしか王城が開かれるのはお昼だったはず。だったら王城付近で買い食いでもしながら待つとしようかな。

 

「それじゃ、アリアンテさん、行ってきます」

 

剣も下げ、とりあえず全財産の3分の1を持って家を出る。

もしも離れることになっても宿代として受け取ってもらえばいいし、一応何があってもいいようにしている。

勇者とは、そういうもんだ。……といっても、絵本で得たくらいの知識しかないけれど。

 

まだ日も登りかけている頃、爽やかな風を肺いっぱいに吸い込む。

いい朝だ。

 

やっぱりこの国はいい。表現こそできないけれど、雰囲気がいいんだよ。

売り出されているクズ野菜のスープを片手に啜りつつ、王城への歩みを進める、

ちなみに武器屋は開いてなかった。開いている時間帯が書いてないのは不親切だ。

あ、こんな道あったんだ。昼までは時間あるし寄り道は……いやよそう、迷子になったらおしまいだもんな。

 

さて、そろそろ王城なんだけど……うっわあ、思ったよりも人が溢れている……。

勇者候補ってこんないるの?これが毎日?一千人とか比じゃないと思うんだが……。

 

ドン。

 

「おっと、すみませ……」

「…………」

「あっ……」

 

スープが……マントに……。

振り返った大柄の男は取り外したビショビショのマント見つめると、次に俺を頭のてっぺんから足の爪先まで睨めつけるように眺める。

無表情だ。怒ってんのか気にしてないのかわかんない。

 

「……貴様、勇者に立候補するのか?」

「えぇ、はい、まぁ」

「なんだその無礼な態度は!この方をどなたを心得る!」

 

ほげ。なんか偉い人だったん?

 

「王国直属騎士のローグ様なるぞ!」

「うわぁ……」

 

職場の上司的な人やんけ。

お付きの兵士っぽい人が腰の剣に手をかける。

 

「いやその、田舎から来たもんで……それに、ウチの村に来たらなんの権力もない人ですし……」

「あ゛!?」

「あっ、いや、すみません!正論で殴ってすみません!」

「舐めてんのかお前!」

 

違うんです、怒らせる気は全くないんです……!

いやもうマジプレミっすわ。

 

「どうしますか、ローグ様。首を飛ばしますか?」

 

俺首飛ばされるんすか。

 

「……いや、貴様も勇者に立候補するのだろう?もしも本物の勇者であった場合、こいつと共に私の首も飛ぶ。今は捨ておけ」

「いやほんとマジすいません」

「ローグ様の慈悲だぞ。命拾いしたな」

「はい、ほんと。お世話になっております……」

 

ぶわああああああああ!!

よかった俺、今世紀最大のミスやらかしたから最悪人生終わるかと思った!!

それこそ村のみんなに顔向けできない。もっとも、向ける顔はすでに晒し首になってたかもしれないけれど。

 

「…………」

 

し、視線が……。

そこまで偉かったんだあの人。信じられないって目で見て来る。

 

ぐうううううう。

 

「…………は?」

「は、あは、ははは……」

 

踏んだり蹴ったりだよもう。

そういえばスープだって3分の1程度しか飲めてない。当然お腹は減る。

スープはひっくり返ったし、楽しみに残しておいた一本のソーセージは地に落ちている。

……はぁ。

 

「幸先悪いなぁ……」

「あー、あー、諸君!」

 

あ、始まりました?もう少し早ければあんなことには……。

 

「遠く、もしくは近くから遥々ごくろうだった!これより、王城で選定された騎士による、勇者選別を行う!形式は面接を第一次選考とし、二次選考は兵士との模擬戦となる!最後に残った者が勇者として認定され、我が主の王城で働くことを許可される!」

 

辺りを見渡す。

勇者多いなぁ。

湧き立つ者、不安そうな者、首を傾げている者、フードや兜でそもそも顔が見えない者。

勇者、多いなぁ……。

 

「門を通る際、門番から番号札を受け取れ!少しでも怪しい行動をしたら直属の魔法使いが直ちに押さえ込む!」

 

スクランブル交差点のように一気に流れ出す人の波の中、流されないように踏ん張りながら番号札を受け取る。

あっ、後ろに針がついてる。ワッペンみたいな感じだろうか。

『128』と書かれた札を胸に貼り付け、「120〜129」と書かれた看板の元へ向かう。どうやら十人単位で面接するらしい。

あ、あの人マントに札をかけてる。127だから俺はこの人の後ろか……いやだいぶ強面だな、話しかけるのはやめておこう。

 

「あの……」

 

それにしてもやはり量が多い。番号札はいったいいくつまであるんだろう。

見える範囲では500くらいか……面接官も大変だ。

 

「も、もしもし……」

 

女もいる。斧を担いでいるアリアンテさんスタイルの人もいるし、杖を握りしめている人もいる。

うっわ、お爺さんまで勇者に立候補したのか。もし選定を潜り抜けたとしても、その年で最前線はキツイと思うけどなぁ。

 

「む、無視……?……うわっ」

 

おっと、背中に軽めの感触。

振り返ると俺より頭ひとつ分小さい身長のつむじが見えた。

顔を上げたその人は艶やかな髪と大きな瞳を持っており、なんだか庇護欲の湧く少女って感じだ。

 

「あっ、すみません」

「さっきからずっと話しかけてたんですけど……」

 

うわぁ。やりやがったよ。

今日は厄日だわ。

 

「すみません気づかなくって……それで、なんですか?」

「あの、僕」

 

ほう。僕とな。

巷で人気の僕っ娘とかいうのだろうか。

 

「あ。先に行っておきますと僕は男ですからね」

「ッスゥ───……」

「やっぱり女の子だと思ってましたか……?えと、その、128番ですよね?僕、129番のコルと言うんです。よろしくお願いします」

「……あぁ、どうも……」

 

礼儀正しく彼女……じゃない、彼は頭を下げる。

胸には129の札。

 

「僕、田舎からやってきて、それでちょっと、話し相手が欲しかったんです」

「あぁ、それわかる。微妙に気まずいよな」

「はい、ピリピリしてるというか……」

 

コルは自分の村をどうにか支えるため、勇者に立候補したらしい。

根本は俺とよく似ている。大物になってキッカに恩返しがしたい……っていう。

それから色んなことを話した。今までの環境や経験が似ている俺たちは意気投合し、待ち時間の間すっかり話し込んでいた。

……俺が異世界からやってきたよそ者であることは伏せておいた。コルには関係ないし、嫌われたら嫌だから。

 

「それで、どうなったんですか!」

「おっちゃんがしみじみと言ったんだよ。『ここで装備していくかい?』って」

「わぁ!もしかしたら最後になるかもしれないやりとりに決意と渋さを感じます!」

「んで、そこで買った剣がこれね。本当はこの国の武器屋でレイピアを買いたかったんだけど、武器屋が開いてなくって」

 

今は『兵士のつるぎ』は背中に背負っている。

行列に並ぶとき、腰からカチャカチャしてたら邪魔になることを学んだからなぁ。

腰に挿す時はどちらかというと、狭い森の中や家の中を歩くとき。どちらも邪魔ではあるが、何かあったときに抜きやすい。それと抜刀術みたいにカウンターをするのに都合がいい。

 

「なるほど。それじゃあ、ヒロさんは剣士だから……せんしやバトルマスターなどの前衛職タイプなんですね」

「うん。ついこの前メラって魔法を覚えたから遠距離攻撃もできなくはないし」

「死角なしですね!」

「そういうコルは何をメインに使ってるんだ?……って言っても、だいぶ前から見えてはいたけど」

 

コルの背中に背負われているのは、コルの身長分と少しかさ増しした程度の長さの槍がこさえられている。

 

「僕は……その、そうりょです!ホイミなど回復魔法が使えます!」

「へぇ、ホイミかぁ」

「手を切って実演してみせますか?」

「あ、いや、いいよ、魔法を使おうとして万が一にも怪しまれたら怖いし」

 

コルは「それもそうですね」とナイフをしまった。

 

「ホイミだったら俺も覚えてるんだけど、俺のとコルのじゃ効力が違うわけだよな」

「そうですね。熟練度に左右されますし」

 

このドラクエが異端なのかは知らないが、魔法は熟練度に沿って効力が決まるようだ。

会ってきた人たちは全員魔法を使ってなかったから初めて知った。コルとは今後とも良い関係を続けていきたい。

 

「しかし、剣が使えて、攻撃魔法に加えて回復魔法も使えるなんて、本当に御伽噺の勇者みたいですね!」

「勇者の定義がなんなのかによるけどな。俺は、なんか印があるって村長に教えてもらって来たんだけど、コルはなんかあるのか?」

「印……ですか。いえ、僕は……その、恥ずかしながらそんな印はないんです。勇者を騙りに来た、と言いますか」

「……まぁ、大半がそうなんだろうなぁ」

 

辺りを見渡すも、俺と同じように左手に紋章が付いている人はいない。中には数人紋章が付いている人も見えるが、パチモンくさかったり模様が違ったりしている。

 

「俺のも本物かどうかわからないからさ、ダメ元で来たんだ」

 

村長を疑ってるわけでは無いけれど、ここまでみんな揃いも揃って騙りに来てると、自分も勇者とかではなく別の存在なのでは無いかという疑念が生まれてしまう。

ま、違ったら違ったで村に帰ってみんなと暮らせばよろしかろうて。

旅をするのは諦めて、キッカと畑でも耕して。

 

「そうですか……受かるといいですね!」

「そっちもな」

「120番から129番!ついてこい!」

「おし。そろそろいくか!」

「はい!」

 

 

 

 

「帰っていいです」

 

───おっとよく言ってることが理解できませんがあのその。

 

「……128番?128番、聞こえていますか?帰っていいと言ったんです」

 

視線を横に逸らす。

青ざめているコルと目があった。

 

「こら、目を逸らさない。お帰りの会場はあちらになります。他の者はその場に残って、後から来る兵士に付いて行ってください」

「「「「「「「「あ、はい」」」」」」」」

 

気まず……。

面接で手を晒してくださいとか言われたから自信満々に見せたら俺の手を見た途端に「やわで無骨すぎる手ですね」とか邪険にされたんだが?

なんだよそれ、面接でもなんでもねぇ第一印象じゃねえか。

 

「歩くのが遅い!」

「わかってますよ!!!!もう……」

 

兵士に怒鳴られて俺だけ違う道を進む。

コルが心配そうにこちらを見ているので手を振ってやる。

コル、頑張りな……就職おめでとう。

 

長い長い廊下を進んでいく。

 

「この先を右に曲がれ。一見ただの壁だが一つだけ出っ張っているところを押し込むと仕掛けが作動して外に出られる」

「あ、はい……すみません、ご迷惑をおかけしました」

「……あ、いや、その……言い方はキツかったもしれないが、俺とて人の子……。その、この先苦労もあるかもしれないけど、頑張れよ」

 

なんだ、この兵士さんいい人じゃん。

ここから先は兵士さんはついてこれないらしい。他の人との区別は「さん」付けするかしないかにしよう。

えっと、進む。で、分かれ道を右にすすむ……お、壁じゃん壁。

 

……ねえこれ左に進んだら何かあるとかない?

兵士さんに見つからないようにUターンし、そのまま進んでいく。

と、思った通り宝箱がおありじゃないですか。

 

……。ま、宝箱の一つくらいええやろ!手間賃や手間賃!

カギ開いてるし。無用心だから警告だな、盗まれるぞ、と。

あそーれ。

 

なんだこれ?メダル?

 

微妙に小さいなぁ……ポケットサイズだし、なんか損した気分。

まあいいや、引き返しましょ。

で、なに?壁の出っ張ってるところ?

押す。

 

おっと浮遊感。

 

景色が上に上がっていく。

 

「落ああぁぁ……」

 

人間不信になりそう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

牢獄と冷や飯

「俺は無実だああああああ!」

「っるせぇぞ!!地上に声は届かねえんだから諦めろ!!」

「だからってこんなとこに入れるこたねえだろがぁ!」

 

兵士が鉄の柵の向こうで怒鳴る。

対して俺も怒鳴った。

だってそうだろ?就職活動してたらいきなり牢にぶちこまれたんだから。

冤罪もいいとこだ。

 

「……はぁ……いい加減教えてくれよ。どうして俺は牢にぶちこまれてるんだよ。言っとくけど俺落とし穴に落とされただけの被害者だからな?しかも、落とし穴を落ちた先が牢獄だなんて」

「俺は職務を全うする」

「くそう、職があるやつは羨ましいぜ。全うする職があるってどんな気持ちなんだよ」

「黙れ」

「…………」

 

誠に解せぬ。

牢はところどころ岩肌が露出してるし、なんだか生臭いし、最悪だ。

牢に扉がない環境だから持ってた剣とかの荷物がこちら側にあるのは救いだけれど……どのみち、バッグの中に食料が入ってない以上、この先ほど出されたカッチカチのパンとべちゃべちゃのスープを食べるしかあるまい。

いやおかしいだろ、素材の質が悪くてもこうはならんぞ。だれが料理したんだ、女将を呼べや。

 

っていうかさっきから左手がひりひりする。どこか擦ったかこれは?

 

ダメ元でコインを牢の向こうに投げてみる。

 

「あっ☆お金がそっちに行っちゃった☆」

「言っとくが買収は効かないぞ」

「釣れねぇ兵士!」

「王国兵士がそう簡単に釣れてたまるか」

 

いやあ……真面目に聞くけど本当に俺が何したって言うんだよぉ……。

 

「交代だぞ」

「あぁ、頼んだ」

「アッ兵士さん!兵士さんじゃないですか!」

「……ここにいるやつ全員兵士だけどな。まぁ、合ってはいるな、うん」

 

交代でやって来たのはあのとき優しい言葉をかけてくれた兵士さんだった。

ジョンと名付けよう。

 

「それでジョンさん」

「ウィリアムだ」

 

ウィリアムでした。

 

「ウィリアムさん。こっから出してくんね?」

「ダメだ」

「頼むよウィリアムっち〜」

「ダメだって……。お前を出したら俺の首が飛ぶ。我が身には変えられないよ」

「クソォ!」

 

俺のクソォ!が地下にこだました。

結構広いんですねこの洞窟。これは牢から出られても脱出が困難だぞぉ。

 

「ウィリアムっち、なんで俺が犯罪者扱いされてるのか教えてくんね?」

「……まぁ、そのくらいはいいだろう。理由はな、お前が本物の勇者だからだとさ」

「は?」

「詳しいことを一般兵の俺が知るわけないからあんま深くは聞くなよ。……で、お前は左手に紋章があるだろ。ちょっと見せてみろ」

「お、おう」

 

左手を牢の隙間から差し出すと、ウィリアムっちはまじまじと俺の手の甲の紋章を見つめた。

 

「へぇ……これが」

「で、続きプリーズ」

「あぁ、そんで、その紋章があんのが本物の勇者なんだと。勇者は伝説上で各地に己の力を分散させて、勇者をたくさん生み出したってあるだろ。その伝説の通り、左手に紋章を持ったやつがこの王城にめちゃくちゃ来るんだよ。で、彼らは全員、素人でもベテラン兵士を凌駕する力を持っていた。驚くことに、その力は全員均等な力の割り振りだったっていうんだよ。まるで、何かの欠片だって言うかのようにな」

「その欠片ってのが勇者ロトの力ってことか?」

「研究班はそう踏んでるがな。で、その勇者ロトの欠片を受けついだ勇者の子たちは、この王城でそれはもう【特別な待遇】をうけているらしい」

「特別な待遇?」

「そこまでは俺も知らないけどな。魔王討伐の前線に駆り出されているのか、この地下室みたいな秘密の場所で特訓を受けているのか」

 

なるほど〜。

ってことは、牢に来たのは応急処置で、そこまで酷い目に遭うわけじゃないのかな。

いや違うな、高待遇する相手にこんな不味い飯渡さんな、高確率で奴隷行きですな。

 

「察したか。俺も、勇者は何かしらの被害を受けていると考えてる。一般兵がこんなこと考えたところで、何が変わるってわけじゃないんだがな」

「くっそう、いい国だと思ったのに」

「人の苦痛なしで成り立つ『いい国』なんて存在しねえよ。これ、気休め程度だが食べとけ」

 

あっリンゴ。

 

「ウィリアムっち〜!!」

「さっきからそのウィリアムっちってなんなんだよ!?」

 

それから───

 

 

三日が過ぎた。

 

 

体力は衰え、ストレスで髪の毛がよく抜け落ちる。

回復魔法で頭皮のダメージは癒せるっぽいけど、さすがに退屈だし(つら)い。

ウィリアムっちがそれからも質の良い差し入れをくれたおかげで、食に関しては幸い困ってない。

お金さえ渡せば、ウィリアムっちが好きなものを差し入れてくれる。いい人だよあんたホントに。

けど、かの聖人ウィリアムも扉のない牢獄の衛生面はどうしようもできないらしい。

洗剤があっても水が無いから体を洗えない。

便は部屋の片隅にあるから異臭がすごい。

 

もう限界だ。

調べてみてわかったのは、このオリは魔法による不思議な力で固定されているただの棒らしい。

魔法さえ解除できれば、ただ地面に埋まっている棒と大差ないようだ。

それと、左手がチリチリしてる原因は、勇者の紋章と勇者の紋章とが引き合っているからのようだ。

勇者がいた場所に力の残滓が残って、他の勇者の紋章に影響を及ぼすらしい。

ウィリアムっち曰く、この牢から前の勇者が出て行ったのは四日前。

今朝確認したらチリチリが収まっていたので、力の残滓が残るのは一週間程度。

 

「ってことはゴミ捨て場には、一週間以内に俺とは別の勇者がいた……?」

「なに独り言やってんだ?」

「ウィリアムっち」

「今日でお前は釈放らしい。お偉いさんが来るみたいだから気を付けろよ」

「わかった」

 

ウィリアムっちが陰に消えていく。

しばらくすると、ガシャンガシャンという音を鳴らすたくさんの兵士を引き連れて、一人のご老人がやってきた。

 

「……汚いですねぇ」

「おかげさまで。全身痒くて仕方ないよ」

「あなたの処遇が決まりました。落とし穴に落とされて三日間放置してすみませんね」

 

あっちは俺が、ウィリアムっち経由でさまざまなことを知っているのを知らない。

あっちからすれば、俺は面接落とされて、落とし穴にも落とされたまま三日間放置された哀れな村人ってことか。

 

「ホントに……で、どこいくんです」

「ついてくればわかります」

 

老人が手をかざすとオリの魔法が解け、兵士が棒を抱えて出口を作った。

 

「さあ、こちらへ。荷物も重いでしょうから預けて良いですよ」

 

これはだいぶ怪しくなった。

剣も預かられたし、こちらに抵抗の術は無くなったわけだ。

ナチュラルに刀狩りするじゃん。

 

長い廊下をなるべく覚えようとキョロキョロしながら歩くと、老人がおかしそうに笑う。

なにがおかしいんだよ、こっちは着々と脱走の準備進めてんねんぞ。

せめて剣でも腰に下げられればいいのに……チラリと荷物持ちの兵士を見ると、貼り付けた笑顔でこちらを見つめてきた。

怖いよぉキッカ助けてぇ。

 

ピリッ。

 

「ッ」

「おや、どうかなさいましたか」

「いえ、なにも。虫にでも刺されたのだと思います」

 

左手の甲が痛い。

チリチリと焼けるような痛みが、一歩踏み出すたびに少しずつ強くなっていく。

間違いない。クロだ。紋章が痛いってことは、近くに勇者がいることになる。

……牢獄に直通しているこの地下に!

 

「さ、この扉の向こうです」

 

ギィと扉が開く。

部屋の内側から、青白い光が漏れ出し、眩しくて目を瞑った俺は……。

 

「……ッ!!」

 

首を締められているような息苦しさに、膝をついた。

紋章が今までにない強さの光と痛みを放っている。

体の内側から何かが吸い取られるような感覚に息を荒くして耐えていると、後ろから笑い声が聞こえてきた。

 

「くくく……アッハッハッハッハ!!また鴨が釣れた!!勇者はどうも人を信じすぎるきらいがあるらしい!!アハハハハハ!!」

「ぐ……っ、が……っ!!」

「勇者の紋章の力は素晴らしい!!勇者が死ぬほどのダメージを与えられたとき、一度だけ体力や気力を全回復する能力!それを応用、利用した私の頭脳も天ッッッ才だぁ!!」

「このっ……く、そ、ジジィ……ッ!!」

 

左手の甲の痛みに耐え、死力を尽くして辺りを見渡す。

手錠を付けられた勇者が、同じく手の甲から光を漏らしながら痛みにのたうちまわっているのが視界に入った。

白目を剥きながら力を吸い取られている者も見える。

 

「この手枷を付ければ魔法は使えなくなり、無抵抗のエネルギー源となる……!勇者を1人捕まえただけで、勇者が勇者を呼び、エネルギーが満ちていく!!これなら術者1人で大魔法を行使することもできる!!フハッ、フハハハハ!!!」

 

老人が笑いながら近づいてくる。

手錠に鍵を近づけると、鍵はぐにゃぐにゃと形を変え、手錠の鍵穴にハマる形になっていた。

 

あぁ、もうダメだ。

この老人は……ダメだ。

 

「あがっ……ぐ……っ!!」

「痛い……痛いよ……!」

「…………っ!!」

 

たくさんいるからって、勇者を資源みたいに扱って!!

許されるか。

まかり通るか。

何のために強くなったかって、こいつらの道具として長持ちするためじゃない。

リッカの笑顔のため。

そして生き行く人々のため!!

 

「『メ……ラ』……ッ!!」

「ばっ!?」

 

老人の法衣に直撃したメラはすぐに燃え広がり、老人の顔に冷や汗が浮かぶ。

できた。一瞬の隙。

抜かれていく力を全身に張り巡らせ、思い切りタックルをかました。

 

「ぐほぉ!?」

「法士様!」

 

よろけた老人を横目に俺は再度踏ん張って地面を蹴り、フルプレートメイルの兵士を蹴り倒した。

あと6、7人くらいか!

回し蹴りでまた1人兵士を攻撃し、身につけていたケープをぶん投げて相手側の視界を覆った。

 

地面に落ちたソレを掴み、ほかの勇者のもとへ。

手錠を力ずくで外そうとするが、外れない。

使い方はわからないけど、これで……。

 

「はああああ!!」

「ッ!!」

 

ぴりっと首筋が焼けるような感覚。その場で横に飛び出して地面を転がるように攻撃を躱す。

兵士には、このエネルギー吸収の魔法は効いてないんだよな……圧倒的なアウェーだ。

俺は拘束されなかったとはいえ、今も魔法で勇者の力を吸い取られ続けている。正直辛い。

ガタガタ抜かして震えるふとももを殴りつけ、動かす。

 

剣が使えないなら、素手で。

相手は槍を装備している。

大丈夫。この世界に来て最初に戦ったズッキーニャと同じ容量でいなせばいける。

 

「はぁ……はぁ……!」

「囲め!出口を塞げ!」

 

老人は起き上がりそうにない。そりゃ老人なんだから起き上がるには時間がいる。

……クソッ、いつまで状況分析しているつもりだよ俺!見てるだけじゃ物事は進まねえんだよ!!

 

「『メラ』ァ!」

「ぬおっ!?」

 

指先から炎を出し、威嚇。

魔物は倒せるけど、フルプレートに効いてるかと言われたらそうじゃない。

そもそも、俺の目的は脱出じゃない。

 

「……法士様!」

「鍵が、まほうのカギが!!」

 

老人が地面にすがって何かを探している。

兵士の突き出してきた槍の中腹を掴み、勢いを利用して鎧の腹部に発勁をする。

痛い。素人に発勁はやはり打てなかった。

けど、これで大丈夫なはず。

脱力する体に正直に、膝を落とす。

兵士の顔が意地悪く歪んだ。勝利と思ったのか。

 

俺は信じた。

先程、まほうのカギを渡した「勇者」を。

 

「『とうこんうち』ィ!!!!」

「ッがぁっ!?」

 

かぁん、と小気味良い音が響く。

見上げると、そこに拳を突き出した勇者がいた。

依然、左の手から光が漏れ出てはいるが。

 

「せんきゅ!助かった!」

「鍵を渡されなかったら永遠に餌のまんまだ。礼は足らないくらいだ……よッ!!」

「へぐあっ!?」

 

先程どれだけ頑張っても倒せなかった兵士たちを拳を一つでなぎ倒していく勇者。

その間に、俺は再び鍵を回収して他の勇者たちの手錠を開けていく。

意識を失った者もいる。1人たりとも残して逃げるわけにはいかない。

 

「逃げて!」

「っ、『ステルス』!」

 

目の前の勇者の姿が消えた。

……というか、めちゃくちゃ目立たなくなった。

 

「助かった!」

「これで戦える……」

「もうやだよぉぉぉ!!」

 

次々に解放されていく勇者たちが、兵士たちの包囲網を破っていく。

気絶している勇者は他の勇者が背負ってくれているようだ。

 

「全員の鍵を開けた!逃げるぞ!」

「に、逃がしません……!『メラミ』!」

 

どうやら立ち上がっていたらしい老人の掌から火の玉が放たれた。

ストレートに投げられた火球を身を捻って避けると、背後の壁に当たって小爆発を起こした。

あ、あんなのモロに食らったらひとたまりもねぇ!

 

「あなただけは許しません……首吊り獄門、磔刑に処します!」

「それじゃあ、裁判官を殺す他ないかなっ!」

「『メラミ』!」

 

2撃目のメラミ。

全員部屋から逃げたから、もう周りのことを気にする必要はなくなったってことか。

地面を蹴って少し先の位置に飛び込むように避ける。

全員逃げたから、先程のように勇者の助けは得られない。

ここで、俺が老人をどうにかしなきゃ……。

 

「……ぐっ!!」

 

気合でなんとか保ってきたけど、やっぱり体が重い!

避けるだけじゃジリ貧。体力を抜かれ続けている俺の方が不利だ。

法衣は厚そうだし、全力を使い果たしたへなちょこキックじゃあダメージはさほど与えられそうにない。

だったら、なけなしの魔力を絞って!

 

「『メラ』!」

「『ヒャダルコ』」

 

飛ばしたライター程度の火は、突然現れた氷柱に呑まれて消えた。

そんなのアリかよ!?ずるいだろ火に氷は!!

けど、隙はできたか?だいたい大技にはチャージ時間が生まれるものだろう!

 

「『ヒャダルコ』」

「くっそぉ!!」

 

右足が氷に包まれ、身動きが取れなくなる。

ごめんキッカ、俺、これで終わりっぽいわ……。

 

「隙アリぃ!!」

「なっ!?」

 

突然、何もない空間から先程助けた勇者が姿を現した。

がちゃりと、老人の腕から音が鳴る。

それは、先程老人が「魔法を封じ込める」と言っていた手錠だった。

勿論鍵は、俺のポケットの中にある。

 

「…………」(老人と目が合う)

「…………?」(ステルスしていた勇者と目が合う)

「「…………!!」」(勇者と思考がリンクした)

 

「「よっしゃあリンチだ!!」」

 

この間に一時間も経ってないけど、形勢は逆転勝利、老人は魔法が使えない老いた体のまま!

勝ち確を察した俺たちはそれぞれ老人をボコボコにするために拳を構える。

その様子を見た老人が脂汗を流しながらこちらを見上げてきた。

 

「ふ、そんなことをしていていいんですか?すぐに増援が駆けつけますよ……」

「……確かに、気絶してる兵士の数が1人足りないな」

「逃したね、これは」

「その通り。じきに逃げた勇者も捕まるでしょう、そうなったら……あなたたちの死刑は免れぬはずです」

「「じゃあ一発殴っとくか」」

「ふぐっ!!」

 

ステルスの勇者は顔面に、俺は背中にそれぞれ蹴りを入れ、早々にその場を離れる。

まほうのカギって言ってたこの紫色の鍵が大量生産されてるものでない限り、あの手錠も外れないだろうし。

 

「バラバラになって逃げるか!?」

「いや、俺の特技に追尾ができるものがある。他の勇者たちに何かあって捕まってない限りは、合流を目指した方がいい!」

「わかった、ついていくよ」

 

チリチリと光を放つ紋章が、今度は痛みではなくやんわりと優しい光を放つ。

もしかして、あの体力吸収の部屋を抜けたからか?

まあ、おかげで走ることに集中できるのはありがたいけど。

あーあ。これじゃ犯罪者だよ、もう……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逃亡と合流

暗い廊下をただひたすらに走る。

体が鈍ってて最初は走りづらかったけど、今はトップスピードを維持できるくらいには慣れている。

不思議と息も上がらない。

隣にいるステルスをしていた勇者も同じようで、しきりに左手の紋章を見ていた。

……もしかして、勇者の紋章を持った人が近くにいると共鳴して体力が上がるとか?

元は1人の力を分割したものだって物語には描かれていたし、その線もあるのかも。

分かれ道に差し掛かり、どちらへいくのか聞こうと立ち止まるとステルス勇者が青ざめる。

 

「……!一旦隠れろ!お前はその岩の向こう!」

「っし!」

 

ステルス勇者は気配を消して壁に張り付き、ステルスができない俺は洞窟の岩の陰に身を隠す。

カシャカシャと鎧が動く音が聞こえる。

フルプレートの騎士みたいな感じではない。普通の一般兵か。このまま別の道に行ってくれるといいけど……。

……となると、もう一般兵が出るまで話が広がっている。

城から脱出しても、城下町で逃げ切れるかどうか……。

 

「…………そこにいるのはわかっているぞ。岩の向こうだな」

 

低い声で、言葉を投げかけられる。

ステルス勇者が「戦うか?」とこちらを見てきたので、首を振って答える。

バレている俺が戦う。その隙に、逃げろ。

 

「ッ、フゥ───」

 

深くため息をつき、覚悟を決める。

相手はただの兵士……推測だけれど、一般兵なら戦える自信はある。

連戦で厳しいけれど、ここで隠れてても仲間を呼ばれるだけだ。

 

岩陰から這い出す。

臨戦態勢を取った俺の視界に映ったのは、よく見知った顔だった。

 

「……お前」

「……ウィリアム」

「逃げ出したって話は聞いたぜ。一般兵にも御触れが出てる。捕まえれば報償金も出るそうだ」

「…………」

「悪いことは言わない。今のお前は、本当に犯罪者だ。おとなしく、出向して……ああくそッ」

 

くしゃりと顔を歪めたウィリアムは腰の剣を俺に投げた。

そしてそのまま分かれ道の、俺たちが向かっていた反対側の道へ歩いて行き、大声を上げた。

 

「こっちにいたぞォ!!」

 

ウィリアムっち……!

お前最高だよ!!

恐らく近くにいたであろう兵士たちが、全員見当違いの方向に進んでいく。

 

「遠目だけど見た限り、そっち側は分かれ道が多いみたいだ。他の勇者たちがそっちに行かなくてよかったな。捜索にも時間がかかる」

「よし。先を急ごう」

 

剣を……『兵士のつるぎ』を帯刀する。

兵士って、そういうことかよ。ありがたく使わせてもらうよ、ウィリアムっち。

背負った剣の重みで獲物が戻ったことに安心しながら走ると、ステルス勇者が足を止めた。

 

「どうしたねん!」

「魔物だ。俺はナイフがないからお前が相手してくれ」

「わかった。すぐに追うから先に行っててくれ!」

「……頼んだぞ!」

 

すらりと抜いた剣は程よい重さで、よく使い込まれていて体重が上手く沈み込む。

暗闇から出てくるのは……合計、五匹!!

 

「おりゃあっ!!」

 

一息に、スライムに剣を叩きつけ、直角に滑らせて返す刀でドラキーを両断する。

そのままバットのように遠心力を使って残りのドラキーを一掃した。

戦闘終了。一気に青い粒子になって消え去った。

 

「……強ぇ……」

「何笑ってんだ、早く行かないと……ん?」

「どうした?」

「いや、なんか新しいスキルを覚えたっぽくて……」

「どんな?」

 

ドラゴン斬り。

たぶん、ドラゴン相手に効果のある剣技なんだろうけど……あの、「とうこんうち」のようなものだろうか?

 

「ドラゴン倒すやつかな」

「へぇ。いいじゃないか。じゃあドラゴン出てきたら頼むぞ」

「城の地下にドラゴンって……いるわけないだろ」

「まぁ、それも確かに」

 

剣を納刀し、再び走り出す。

本当にこの勇者がいて助かった。入り組んだ道は、俺一人じゃ勇者たちを追えなかっただろうから。

やがて走っていくと、だんだん近くなっていると言う。

そのまま走るとやがて光が見えてきて……

 

「おわぁ……」

「すげえ光景だ……」

 

この洞窟は、どうやら王城の階段の横に繋がっていたらしい。

俺が王城に行こうとしていたときに、城下町を見下ろしていた階段だ。

人の流れが激しい。これなら人に紛れて逃げられるかも。

縁を掴んで腕力だけで体を引き揚げ、無事に階段に登ることに成功。

兵士が団体で走り回っている。捜索しているのか?

 

「痕跡がここで別れてる。俺たちもここで別れよう」

「わかった。捕まるんじゃねえぞ」

「そっちもな」

 

ステルス勇者と別れて、全力で駆け下りる。

持っているのは剣だけ。まずは外套のようなものを手に入れないと。

さすがに全員には顔が割れてないと思うけど……。

 

とにかく、できることは逃げること。

路地裏を通って、隠れつつ大通りの様子を伺う。

うーん、普通に兵士いるし、通るのは無理かもしれない。

ってことは、この国から出るには一度大通りから離れて、壁に梯子でもかけて行くしかないんだろうな。

酒場に向かいながら考える。

さてさて、どうしたものか……っと、あそこに兵士が。

あっこっちくる!どうしよう、どこに隠れ……もうこれしかない!

 

一番手近にあった扉……酒場の扉に手をかける。

なるべく迷惑はかけたくなかったんだけどなぁ……。

 

「おうにいちゃん!あいつならいないぜ!」

「あぁ、今日はアリアンテさんを探しに来たんじゃないので……」

「ほー、ってことは飲みに来たのか!!っし、一杯なら奢るぜい!」

「そ、それも違くて……」

 

店の中央まで行きながらどうにか隠れる場所を探す。

酒樽付近まで歩いたとき、酒場の扉が開かれた。

 

「おい貴様ら!ここに勇者は来なかったか!!!」

「…………あ?」

「城にいた勇者が脱走した!勇者は計13名!!1人でも捕まえたものには多額の報酬を払う!!」

 

体を縮こませる。

……あの人たちが、俺が勇者だってことに気付いていなければいいけど……。

 

「あんなあ、兵士のぼっちゃんよ」

「俺たちは傭兵みたいな仕事してるが、それでもプライド持ってんだよ」

「脱走されたってことは、そっち側に責任があんじゃないのかねぇ!?」

「な、何を言っている貴様ら!とにかく、勇者は来ていないんだな!?」

「知らね。勇者がどんなやつかもわからねえでな」

「……チッ」

 

た、助かったぁぁぁ!!!

この人たちが俺の正体に気付いてなくてよかった!

 

「どうやら安堵しているようだけれど」

「っ、ルイーダさん」

「あなたに相性ピッタリな仲間、今ならいるわよ?」

 

仲間。

俺は、仲間を連れて良いのだろうか?

きっと国からは追われるだろう。その仲間も、犯罪者扱いされるはず。

 

「ルイーダさん、俺、仲間は」

「いらないの?……でも、もう話を通しちゃったのよね。一度で良いから、話して見なさいな」

 

そうしてルイーダさんが指差した方向を見ると、そこには立派なトランプタワーが建てられていた。

その足元に、唇をかみつつ集中している女の子が一人。

は、話しかけづれぇ!!

いつ話しかけようか迷っていると、こちらの視線に気づいたのか顔を上げ、そこで集中が切れて、

 

「ああああああっ!?」

「ご、ごめん……」

 

美しく建てられた紙の塔は、無情にも崩れ去った。

涙目でトランプを回収する女の子の金髪が揺れ、麻のマント……ローブにかかる。

1番の特徴は、その金髪に似合わないウサギのカチューシャがぐっさりと刺さっていることだ。

……この子が、相性ピッタリの子、かぁ……。

 

「あの……」

「えっ、はい」

「相席してもいいかなぁ……?」

「……?あっ、ルイーダさんが言っていた!!どうぞどうぞ、ええ!」

 

ガタガタと椅子を持ってきた女の子に礼を言いつつ、女の子の真正面に座る。

 

「あ、遊び人……で良いんでしょうか……ピナって言います」

「あ……えっと、ヒロです。職業はなんと言えばいいのかな」

「…………」

「…………」

 

気まずい雰囲気が流れる。

気にもしないでがやがやと騒ぐ傭兵たち。

そんななか、俺がどうにかしようと口を開くと。

 

「ご趣味は何を……?」

 

そんな言葉しか出てこなかった。

お見合いじゃないんだから。

 

「ひ、一人遊びしてました……」

 

答えるのかよ。

 

「一人遊び?」

「はい。私、遊び人のくせに、その、はっちゃけることとかできなくて」

「遊び人ってそういうことするの?」

「……あ、うーん……しているイメージは、ありますけど」

 

なるほど、だからかろうじて遊び人要素がカチューシャ()に。

まぁ確かに遊び人ってギャルっぽいイメージあるもんな。

いまのピナは遊び人ってよりも世間知らずのお嬢様って感じ。

 

「あ、あの」

「あっ、うん、なに?」

「よければ、パーティを組みませんか?ルイーダさんの紹介ですし、相性は……たぶん」

 

……それは。

 

「ちょっと、難しいかな」

「っ、なんで、ですか?」

「……これを見て」

 

左手の甲を差し出す。

光はもう治っていて、火傷のあとのように素の色に戻っている紋章があった。

ピナはまじまじとそれを見つめると、説明を求めるようにこちらに視線を上げた。

 

「勇者の紋章ってやつでさ。さっきの兵士が言ってた通り、今、逃亡者なんだよね。だから、ピナ……ちゃんも、犯罪者になっちゃう」

「…………」

「ルイーダさんがせっかく紹介してくれたけど、俺は……ピナちゃんのパーティメンバーには、なれないよ」

「………………」

「……あれ?ピナちゃん?もしもーし?」

 

ぽけーとしているピナちゃん。聞いてる?

 

「勇者」

「うん」

「すごいじゃないですか」

「うん?」

「ご一緒させてください」

「ちょちょちょ、ちょっと待って、話聞いてた?」

 

目をキラキラとさせ、こちらの手を握るピナちゃんが、テンション高めに語り出す。

 

「だって勇者なんですよね。御伽噺の世界の人じゃないですか」

「や、だから、国に追われてるんだって、勇者関係なく」

「でもそれって、ここの王様からの視点ですよね」

「っ」

「ここの王様は勇者様のことをよく思ってないかもしれませんけど、他のところは違うかもしれません。少なくとも……私は。だから、ご一緒させて欲しいんです」

 

何を言ってるんだろうこの子は。

うれしさと困惑がぐるぐると回り、とりあえず視線を机の木目に落とす。

確かに、この国の王様の偏見というか固定観念というか、とにかく勇者を悪と言っているのは王様───もっと正確に言えば、老人のみ。

 

「……害になると思ったら、俺を捨ててすぐ逃げること」

「はい?……はい」

 

なにいってんのコイツ、みたいな目で見られた。

まったくもって解せない。

 

「それじゃあ、パーティ成立ということで!!」

「……うん、まぁ……うん……」

 

この子、将来大丈夫だろうか。

悪い人に騙されたりしないかな……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仲間と脱出

ピナはまだことの重大さを理解していないのか……?

真面目な表情をしているが、まったくもって真面目な雰囲気が出てない!

なんかその、子供がスパイごっこという名のかくれんぼしてるみたいな……。

 

「ピナさん。ほんとに、僕一人で大丈夫ですから……」

「はい!私も大丈夫です!」

「話聞いてるかなぁ!?」

「勇者に会ったら信用しろって、両親にも言われてますから!」

「それ子供の時の話だったりしない?」

 

この子、アホの子だ……!

路地裏から表の様子を確認しつつ移動していくも、行く先々で兵士がうろついている。

もうかなり顔も出回っている……と思う。何より……。

 

「勇者軍!出動!」

「「「「「おおおおおおおおっ!」」」」」

 

先に選ばれたであろう勇者候補の皆様が捜索隊に加わった!

中にはほんのちょっとだけ覚えてる顔もいるし、このままじゃこの国を埋める勢いだぞ!

 

「ピナさん、少し離れてください」

「い、いやです!」

「…………」

 

そんなやる気満々な顔で言われても。

ピナさんはひょこりと壁の向こうに顔を出し、左右を確認すると手招きをした。

 

「私が先に行きます。私はまだ指名手配されてませんから……」

「なんでそこまでしてくれるのさ!自分の命が惜しく無いの!?」

「……それは……うまく表現はできないですけど……とにかく、ヒロさんについていったら何か変わるかもっていう、その……直感です!」

 

直感かよ……。

とはいえど。

今のこの状況で、先導してくれる存在があるのはありがたいことこの上ない。

ピナさんと別れるかどうかは、まずはこの国を無事に出てから考えよう……。

 

「ヒロさんこっちへ!」

「わかった」

 

ピナさんの指示や観察力はとても優秀で、一度も兵士と鉢合わせることなく、順調に進めている。

 

「このままスラム……の方まで行けば、ゴミ処理用の通路があるはず……です!」

「頼もしい!」

「い、いえ、私はそんな……」

 

なぁんでこのタイミングで謙遜するかね。わからん。

とりあえずは、この剣を人間の血で染めることがなくて助かった。

戦う覚悟はしてるけど、正直まだ怖いから……。

 

悪臭のするスラムは、兵士ではなく傭兵がうろついていた。

王のお抱えの兵士がゴミの臭いをつけてきたらクビにされるかもわからんからだろう。

運がいい。

傭兵はスラムに慣れてる代わりに、あんまり人の顔を覚えない。

それに、向こうは俺たちがスラムに隠れてはいても脱出しようなんて考えもしないだろう。

だ、と、す、れ、ば……。

 

「こっちです。ここを通れば、ゴミ捨て場に出ます」

「……協力ありがとう、ピナさん」

「お役に立てて光栄です!」

 

つくづく遊び人らしくない人だ……。

 

「それじゃ、ピナさん。俺はいくよ」

「……?はい」

「ピナさんはちゃんとこの街で平和に暮らして。勘だろうとなんだろうと、こんな指名手配されたやつについていくのはダメだ」

「…………そうですか?」

「そうだよ。勇者だろうとなんだろうと絶対ついてきちゃダメ。……本当は俺だってピナさんと一緒に行きたかったけど、指名手配が終わってから。安心して。ほとぼりが冷めたら、また来るよ」

「……そうですね。私たちは、相性ピッタリなんですから!また、会えますよね!なら……待ってます」

「うん」

 

ピナさんに別れを告げる。

ここから先は、どうなるかわからない。だったら、ピナさんがついてくるべきじゃない。

 

「絶対帰ってきてくださいね……」

「……うん」

 

俺はフードのずれを直して、ダストシュートへと向き直る。

……帰ってくる気は、ない。

帰って来ても、ピナさんは巻き込まない。

アリアンテさんも、ルイーダさんも。───コルも。

 

「それじゃ」

「はい。御武運を」

 

俺は、ダストシュートの暗闇の中へと飛び出した───!!

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

臭い。

 

しばらくの間、滑り台を滑り続けた。

ゴミを詰めた袋をシュウーッしてただけのようで、幸い滑り台自体にゴミが付着しているようなことはなかったが……。

その先がねぇ?

捨てたまま放置されてるからか、野生動物が革製の袋を食い破ってゴミが凄いことになってる。

クッションができたと言えばそれでいいかもしれんが綺麗好きな日本人が許すわけねぇだろ!!

 

はぁ……。

まぁ、かなり高い位置から落下して傷一つないなんて、そんな奇跡二度もない。

よし、武器も大丈夫。それじゃ、気を取り直して改めて兵士から逃げるための冒険に───。

 

「あたっ、あいたたっ、わぁ〜っ……」

 

バサッ!!

 

…………。

 

「いたた……おしり打っちゃった……」

「ピナさん!?」




ピナのキャラ、書いてて分かったけどすっげえ扱いづらい


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。