なんで異世界勇者の俺よりも嫁と娘の方が強いの......? (北極狐2018)
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プロローグ

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場所は酒場、そして時刻は真昼間、こんな時間に酒を煽るのはアル中か暇人、もしくはただのゴミ。

そんなところにこの世界では珍しい黒髪黒目の男性がいた。

ボサボサの黒髪、生気を感じられない顔、死んだ魚の目、どこからどう見てもただのダメ人間。

 

「やっぱり労働とか間違ってるよな」

 

訂正ーーろくでなしだった。

 

「だよな、働くとか間違ってるよな」

 

そしてこの男に賛同する元労働者30歳もろくでなしで間違えない。

もう一度言おう、今の時間は昼間、つまり労働者は働き、魔術師は研究し、学生は学院へと行くであろう時間。

この二人だけでなく他にも数人ギャハハと騒ぎながら店員にセクハラする男どもが数人、ある一種の地獄絵図。

 

「俺はな、人生我欲に従うべきだと思うんだよ」

 

ゲップとゲップし尻を掻いてから屁を一つ。

気にしないように隣に座る男は下卑たように笑い青年の肩に腕をかけた。

 

「マコトの旦那、あんたとは気があうぜ、働くなんて人生の浪費だよな」

 

「だな、俺の元職場なんて給料ゼロ、年休ゼロ、年棒があるわけでも、支援金があるわけでも無いクソ職業だった。俺みたいな勤勉な労働者が損するなんておかしーよな」

 

二人の前には飲み終わったであろう酒瓶が三つ、間違いなく飲み終わっている、一滴たりとも残っていない。

男はポンポンとマコトと呼ばれた男の背中を叩いた。

 

「わかるぜ、わかるよあんたの気持ち、家に帰れば嫁がいつになったら仕事見つけるんだとか、娘がどう思ってるのかとか、男は辛いな」

 

「うちなんて娘は暴言吐くし、すぐに手が出るんだ。あれは嫁に行けないな、妹の方は優しい良い子なのに...」

 

「そりゃあ辛いな、お前のとこの嫁さんはまぁあれだがうちよりはましだろ」

 

「いやいや、まだ働けとか急かしてくるようだったら良いんだが...な?」

 

「だよなぁ...」

 

間違いなく疲れた三十路のおっさん達の愚痴会話であった。

マコトと呼ばれた男はまだ見た目は二十代ぐらいで若いが男の方は無精髭を生やし中年のビール腹のおっさんである。

二人は暗くなった空気を誤魔化すように酒を大声で注文、虚しい背中は哀愁漂うろくでも無いものだった。

 

「こんにちわ」

 

刹那、酒場に鈴の音のような美しい声が響いた。

陰気臭いおっさんだらけの酒場に入ってきたのは一人の女性、姿風貌から20代だろうか。

雪すら欺くような白銀の髪に白色の濁りない雲を連想させる真っ白な肌。

翡翠のような双眼は美しい木々を象徴するように輝いている。

その肢体は柔らかさを感じさせ出るとこは出ていて締まるとこは締まっている、だがそのバランスは素晴らしく一種の芸術品か何かを疑う姿、慈母のような優しい雰囲気を漂わせている。

彼女の周りだけ陰気臭い酒場が小綺麗な社交界の会場のように輝いて見えた。

 

「ほら、嫁さんが迎えにきたぞマコトの旦那」

 

「じゃあなおっさん、またな...仕事探せよ」

 

「おう...善処するよ...おーい、酒遅いぞー!」

 

「結局飲むのかよ」

 

同情するように吐息を吐いたマコトの代わりに料金を支払った女性は笑顔で彼の隣に立った。

 

「ユイ、俺働くよ...」

 

「マコトさんは働かなくて良いんですよ?もう働いたじゃないですか」

 

と、慈母のような優しい微笑みで言う。

説教するでもなく肯定するでもなく、寧ろ働かなくていいと来た。

マコトは昔からやりたいことやって働かずに生きていたいとは常日頃二十四時間言ってはいたが精神的に辛いのだ。

子供だっているのに無職、これはまずいという危機感が確かにマコトにあった。

 

「いい加減無職ってまずいだろ?食っちゃ寝て食っちゃ寝て、気が向いたら酒場で麦茶飲むって...いい加減娘を見返してやらなきゃな、それに学院に行かせてやるための費用があるしなぁ」

 

「だから働かなくても」

 

「ありがたいけどやめて!?俺そろそろ働くから明日から本気出すから!」

 

絶対にやらないの同義語を吐いて情けなさにマコトは地面に突っ伏した。

 

「マコトさん働いたら勝手に死んで何処かに行っちゃいませんか?」

 

しゃがみこんで訝しげな顔でユイと呼ばれた女性は問いかける。

 

「大丈夫だから本当、日銭稼ぐぐらいの職業で死ぬはずないでしょ!?」

 

「なら良いです、もしそうなった場合は働かせませんから」

 

「そんなこと言うのお前が初めてだよ...せめて働けクソニートって言ってくれよ、なんかもう罪悪感が肯定から産まれるって言う自体に精神的に死にそうなんだが」

 

「罪悪感を感じる必要なんてないんですよ、私が働けばーー」

 

「すみません本当に働くのでやめてください、なんかものすごく自分が惨めに思えてきました」

 

嫁に働かせて自分は昼間から麦茶、完全に間違っているとマコトは強く思う。

日本にいる両親が見れば失望するだろうし説教されるだろう。

ただでさえ、こっちの世界での家庭でも長女が絶賛反抗期だと言うのにこれ以上下に行くわけには行かない。

 

「よーし明日から本気出して仕事探すぞー!!」

 

家庭内の空気を改善するためにマコトは立ち上がり、叫んだ。

そして周りの非労働者から見れば日常茶飯事であった。

この会話を月に数十回はこの酒場でしていて今のところ彼は就職できていない、その上ユイの全力肯定によってダメ人間となり、また罪悪感を感じ仕事を探すと言う魔のループに陥っていた。

要するにダメな無職でろくでなしである。

 

 

 

 

 

信条誠(シンジョウマコト)、4人家族の主である。

二人の娘に綺麗な嫁をもち、リア充爆ぜろリストに載る一人の人間だ。

彼は正真正銘根っこからの日本人である。

労働というふた文字に従い社会のために尽くす、自分だけができる仕事。

そう考えて働くこと二年、不幸にも消息を絶ち骨一つ残さず何処かへと消えた都市伝説でもある。

彼がその間何をしていたか知る人間はいないし、そもそも知り合いが少ないので話し相手だっていない。

百年後の今では趣味を優先し労働を放り投げるダメ人間だが一応昔は働いていたのである。

 

 

 

昼食を食べ終えて次女の娘ーーユキを連れてマコトは海沿いを歩いていた。

毎日毎日同じことの繰り返し、何かをやるわけでもなく時間を浪費、こんなことではいけないと心の底から思い始めている。

マコトにとって労働というのは年中無休の儀積に駆られて辞めれないクソみたいなものだ。

なので労働というふた文字はマコトの中では五本の指に入る嫌な単語の一つだ。

こうやって海沿いを歩くのはマコトにとって日本を思い出すたった一つのものであり見るたびに今自分が何処にいるかを再確認させてくる。

美しき青い海に水平線へと続く真っ白な雲、手を伸ばせば届きそうなそれは絶対に届かない。

潮風が鼻をくすぐり、海の匂いーー生命のスープの匂いが香る。

異世界でも、日本でも、海はただひたすら広く、生命が始まった場所。

 

マコトは少女の手を引きながら右肩に数匹の魚を下げて石畳の上を歩く。

少女は母親に似たのだろうか白髪で黒い両目の賢そうな姿だ。

父親としての威厳とかを考え娘の進路を聞こうとマコトは誘ったのだ。

 

「ユキ、学校どこ行くんだ?魔術学院か、それとも教会の学校?」

 

「魔術学院...私魔術好き、とっても楽しい」

 

小さく笑って雪はぎゅっと手を握る。

長女の方に父親らしいことをしてやれなかったと考えているマコトはそれを嬉しく思う。

 

「あそこの学院入学試験の難易度高いらしいけど大丈夫か?」

 

「お母さんが魔術得意だし、お父さんが数式教えてくれるから多分大丈夫」

 

「もし何かわからないことがあったら俺か母さんに聞いてくれ、答えられる範囲で答える」

 

「あそこの学院の入学試験で模擬戦っていうのがあるの...魔術は好きだけど戦うの苦手でできるかわからない」

 

「模擬戦って怪我とかしないのか?大丈夫か?」

 

「姉さん曰く七星位の魔術師が判定して止めるんだって、もし怪我しても回復術の先生がいて、跡一つ残さず治してくれるって言ってた」

 

星の数だけ魔術の才があるこの世界では星の数ほど力があるという事。

最大は八、だがそれは特例であり通常は七が最大なのだ。

マコトはそれだけの魔術師がいるなら大丈夫だろうなと、内心ホッとして胸を撫で下ろした。

 

「それなら良いんだがやっぱり心配だな、模擬戦って今の時代のルールはわからないからな...」

 

「お父さんが若い頃はどうだったの?」

 

無垢な笑顔で問いかけてくるがマコトのギラギラハートに大ダメージ。

 

「おっお父さんはまだ若いからな?俺が学生ーーというかそういう事やってた時は模擬戦は生きてたら良いねって感じだったんだ」

 

「え?模擬戦でしょ?」

 

「だがな、お家争いとか色々あった結果相手が敵対してる貴族とかだと顔焼こうとしたり、最悪の場合命を奪ったり、まぁロクでもないものだったよ」

 

「昔は大変だったんだね」

 

「だな、そういえば父さん働こうと思うんだけどどう思う?」

 

「ニート辞めるの?」

 

「おい何処でそんな言葉...俺か、そうだ、俺は働くのだ」

 

「でも普段から労働は勤勉な馬鹿がやることだってーー」

 

「父さんは大好きな娘と嫁のためにお金稼ぐの、分かったか?」

 

「...わかったけど無茶しちゃダメだよ?あとお母さん泣かせちゃダメ」

 

「ちょっと待て、ユイ泣いてたのか?いつ?」

 

自分が帰ってきたとき以外彼女が泣いていたのを見たことがない、それぐらいユイは強くて脆い事をマコトは知ってる。

だからもう二度と一人にはしないとマコトは心に誓ったのだ。

なのに、なのに泣いていたという事を知らなかった。

その事実を聞いてマコトは自分が情けなくてしょうがなく感じた。

 

「お父さんが遅れて帰ってきたときにお母さんが居なくなったって泣いてたの」

 

「すまん」

 

「私じゃなくてお母さんに謝って」

 

「わかった、本当にありがとな、ユキ」

 

「パパとママのためだから、いつまでも一緒にいようね?」

 

無垢な笑みとは裏腹に含みのある言い方にマコトは一瞬思案するがその笑顔が掻き消してマコトは笑った。

可愛いは正義、この笑顔のために、この笑顔を守るために働らかなければいけないとマコトは強く思った。

 




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幼馴染

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ヘタリア帝国の北東に位置する魔術都市タートスは海に面した一大都市である。

海に面しているということもあり流通は盛んで人の行き来が絶えない活気のある街で様々な種族が入り混じり王都とは違い特に差別などの無い最も平和な街であり世界でも五本の指に入る難攻不落の街でもある。

その理由は一重に魔術学院タートスという学び舎があるからであった。

様々な資源が流通する都市に学院を構え早数十年、未知の魔法を研究するために欠かせない素材を求め世界から何十人もの魔術師がこの学院に滞在しているのだ。

強力な魔術師が大量にいる学院を狙うのはただの実験台に使われたいどMの愚か者か、血に飢えたバトルジャンキーである。

そんなカオスの闇鍋ーーいや由緒正しき学園の映えある校長室で一つの悲鳴が響いた。

 

「マコト君、君生きてたの!?」

 

叫び声をあげたのは若い女性だ。

空色の髪に傷一つない肌、間違いなく美人の部類に入る一人の女性。

おかしな八つの星が描かれたとんがり帽、魔導師の白ローブに身を包んだ八星位の魔導師だ。

 

腰を抜かし幽霊でも見たような顔で尻餅をついている姿はどこからどう見てもドジっ子、流石の反応にマコトは傷つき、苦笑いを浮かべた。

 

「飯田さん酷すぎでしょ...反応はわかるけど流石に帰ってきた人間に対して生きてたの!?(ドン引き)はないでしょ?」

 

「いやだって君死んだでしょ?百年前に死んだでしょ?ね?」

 

「ねじゃねぇよ!?百九年前だよ、少しは労ったらどうだよ!?」

 

「労うも何も...ははん、さては幻術で誰かが私を騙そうとしてるのね?」

 

「クマさんパンツのクラスメイトなんてって痛っ物投げんな!」

 

女性ーー元クラスメイトである飯田美雨(イイダミウ)に涙目で分厚い魔道書を投げつけられ命中、マコトは頭を抑えた。

 

「で、それで私の立場わかる?こんな簡単に会える相手じゃないのよ?」

 

本人確認が済んだところで彼女はお茶とクッキーを取り出しマコトに問いかけた。

 

「わかってるよ、筆頭中二病の女性だろ?痛い詩を書いて数式で誤魔化して魔法を使うっていう」

 

詠唱(オープン)彗星よーー」

 

「やめろ物騒な呪文唱えんな!?」

 

据わった目で指先を向ける彼女にマコトは迷わず両手を挙げた。

 

「あらあら、どうせ中二病の詩よ?何も起きる訳ないじゃない?」

 

「その痛い詩を唱えたらどうせ雷鳴の龍とか電撃とか、あとあと火炎とかでてくんだろ!?」

 

本当になるから笑えないとマコトは思う。

こんな一定の句に数式さえあればいくらでも魔術を使えるなんてふざけてる。

ひとまず席に座りなおしマコトはクッキーを貪る。

上質な素材を使ってるのか中々味が良い、お土産に買っていきたいところだ。

そのためにも給料を得なければいけない。

きちんと飲み込んでから紅茶を喉に流し込んだ。

 

「で、わかってるかだっけか?わかってるよ、物凄く偉くなったんだろ?」

 

「そうよ、そうよ。私今魔術省のこの国の魔術総合管理者なのよ」

 

「うん、二文字でどうぞ」

 

「ボスよ」

 

「おけ、それを理解してるから敢えてお前のとこにきたんだよ」

 

「そう、どういう要件?友達だし私ができる事ならなんでもやってあげるわ」

 

ふふーんとドヤ顔で言い切る彼女と裏腹にマコトは録音装置を起動しておいたスマホの画面を見せつける。

彼女はジト目で表示されている停止マークと録音の二文字に一言。

 

「ねぇねぇ、私友達よね?なぜ言質をとったのかしら?」

 

「ふっバカだな、言質を取ったからにはお前は断らない断れない!!」

 

「いっいったいなにをしたいのよ、面倒だし聞いてあげるわ」

 

「話が早いな、俺に仕事をくれ」

 

たっぷり数秒静止しどんな要求が来るかと身構えていた彼女は間の抜けた声を出す。

 

「...はい?」

 

「いやだから仕事プリーズ、俺働きたいんだよ」

 

「えっと、待って、詠唱(オープン)思考解読(リード)

 

中級魔法『思考解読(リード)』思考を読む魔術だ。

嘘を付いてればアバウトでわかるし何を考えているのかだってわかる。

その魔法を使ってマコトの脳内を除いた彼女は口を閉じた。

この魔法は大体のことを読めたり、仲の良い相手であれば過去だって覗ける。

今回は後者、洗いざらいマコトの記憶と考えが流れ込み、膨大な情報にミウは口元を抑える。

 

「おい、大丈夫か?ほらみろ、中二病を思い出すからあれほどやめろと...」

 

やれやれといった様子のマコトの袖をミウは震える手で掴み口を開く。

 

「ごめんなさい...本当にごめんなさい」

 

「どうしたよいきなり、で、仕事もらえたりする?出来るだけ楽な仕事が良いんだが」

 

「わかった、わかったわ、でもお金が欲しいんだったら私がいくらでも出すわ」

 

目深くかぶった帽子のせいで表情がうかがえずマコトは頭を掻く。

どうして周りの人間はここまでのことをするのだろうか、働かなくて良いだとか金はいくらでもやるだとか。

実際働きたくは無いし死ぬほど嫌なのだが仲が悪い長女と仲直りしたい。

あくまでその手段として働きたいのだ。

 

「おいおい、お前も俺の嫁みたいなこというなよ。俺は自分で働いてお金を稼ぎたいんだよ。それじゃなきゃ娘を見返せないからな」

 

「きょっ、今日は帰って、お願いだから。明日行くから、約束するから」

 

不快感に苛まれるように今にも吐き出しそうな体を引き止めミウは強く袖を引いた。

体調不良なのだろうかとマコトは推測し最後のクッキーを飲み込み部屋を出た。

 

「じゃあな。調子悪いんだったら休めよ?」

 

念のためにドアを閉じるときに言っておく。

気遣いは日本人の美徳だ、この一言が結構印象を変えるとマコトは強く思う。

 

マコトが部屋を出たと同時にミウは抑えていた吐き気を止められなくなり由緒正しき校長室に嘔吐物がぶちまけられた。

 

 

 

仕事が手に入り嬉々とした表情でマコトは家に帰った。

これで晴れて糞ニート卒業というわけだ。

素晴らしきかな社会人、これで非社会適合者をやめ凛とした社会人へと変わる。

 

「ただいまー!」

 

笑顔で扉を開くとバタバタという騒がしい足音とともに小さな銀色の塊が腹部に突進してくる。

慣れた動作で鳩尾に飛び込む少女を空中で回転させ勢いを殺し抱っこ。

歳が歳なので結構な重さがあるがスキルで頑張ってマコトは抱き上げた。

 

「お帰り、お父さん」

 

「おう、良い子にしてたか?」

 

「うん、お父さんはお仕事見つかった?」

 

「もちろんだ、お父さんはお仕事紹介で恥をかかない人間になったんだぞ」

 

「お父さんが無職って書いたら笑われちゃう。お父さんがみんなに笑われてるの悔しい」

 

「ごめんな本当。これからはお父さんみんなが羨ましがるような人間になるからな」

 

マコトが優しく頭を撫でるとぎゅっとユキは手を握った。

靴を脱いで抱えたままリビングに入ると見知った顔が一つ。

エルフ耳に金髪、渋い雰囲気を醸し出す老人。

百年前と全く姿が変わっていないのは一重に彼の種族がエルフという長命の種だというのが理由だろうかとマコトは推測する。

だがそれでも、百年前の知り合いとの再会は嬉しかった。

 

「エリック、久しぶりだな」

 

「マコト...」

 

約百十年ぶりの再会、男と男の再会。

エリックと呼ばれた老人はマコトに近づきーー

 

「マコト、くたばったんじゃなかったのか!?」

 

思い切り尻餅をついてドン引きされた。

眉間を揉みほぐしマコトは吐息を吐いて深呼吸。

 

「生きてるからな?所でエリック、てめぇ人の嫁にちょっかい出してないだろうな?」

 

「やるわけ無いだろう。エルフの伝統として将来を誓い合った相手にしか体を許してはいけないからな!」

 

まだ怯えたようにマコトが一歩近づくたびに彼は後ずさる。

嗜虐心がくすぐられ愉悦心がにっこりするが話が進まないのでしょうがなく近くのコップを手にとって投げるとエリックはキャッチしコップとこちらを順番に見渡した。

ここまで人が幽霊に怯えるのはただ単に侵食、つまりは幽霊に体を乗っ取られたり殺されたり、呪われたり。

野良幽霊がそういう事をしているので幽霊には世知辛い世の中なのだ。

だが世間一般では幽霊は物理的な干渉は不可能、物を持つことができないので今のコップがそのサイン。

安心したようにエリックは深い吐息を吐いた。

 

「ユイ、今帰ったぞ」

 

「おかえりなさい、お仕事見つかりました?」

 

若草色のエプロンをつけて紅茶を淹れる後ろ姿はとても柔らかい雰囲気を作り出している。

 

「喜べ、無事仕事をもらえることになった」

 

「...死にーー」

 

「ませんよ?死ぬわけ無いだろ冗談抜きで。心配しすぎだよ、もう流石に帰ってこないっていうのは無いから」

 

非は自分にあるのはマコトだってわかってる。

百年近く死んだという事実を残して消えていたのだ、それも娘が生まれて一番大変な時期をユイ一人でやらせてしまった。

差別が少なからずあるこの世界でどれだけ大変だったかわからない。

 

「ごほんっ、マコト、お前は仕事を探してるのか?」

 

「そうだが、もうーー」

 

「そうかそうか、なら仕事を頼みたいんだが」

 

「いや人の話聞けよこのハゲ。そのツルッツルの額に落書きすんぞ?」

 

「はっはっは、面白い冗談だ、依頼報酬はきちんと払おう。結構な額を出すから安心してくれ、この紙に全部書いておいたからあとはよろしくな」

 

シュパッと敬礼しリビングの窓を蹴破り外にとびだした。

着地する際に足を捻ったらしい、その姿は哀愁漂い、アホらしかった。

いくら図太いと言われるマコトでもここまで一方的な押し付けに流石に涙目だった。

 

「おっおい、ちょっと待てや」

 

「とぅ!!さらばだ!!」

 

「おーい!!」

 

マントを翻し魔術によって転移、完全に姿が消えたのを見てマコトは深く、本当に深くため息を吐いた。

 

「お父さんため息は運が逃げるよ?」

 

「だな、流石にそこまでやばいやつじゃ無いだろ...」

 

伏せてある紙を持ち上げて娘にも見えるように広げるとそこには確かに『回復薬100個の納品』と書かれていた。

 

「お父さん」

 

ピクピクとその膨大すぎる数に震えながら娘が襟を引っ張る。

回復薬一個の値段は日本円で一万円、百個なんて百万。

その納品数が多すぎるのが問題なのだ。

 

「なぁ、エリック次来たらすぐに呼んでくれよ、ぶん殴るから」

 

「はい、わかりました。それでその依頼受けるんですか?」

 

「まぁ...報酬が気になるからやろうと思う」

 

依頼内容と理由、その他諸々の書類の下に報酬と書かれた二文字がある。

報酬は指輪の在り処、その情報と書かれている。

マコトはゆっくりと自身の薬指を見てからユイの手を見る。

彼女の薬指には自分がプレゼントした安物の指輪が嵌められている、だが自分の分、肌身離さず持っていた指輪はここには無い。

なんとしてでもマコトは取り返したい、そのためにさまざまな事をしたが今のところ砂浜からアリの死骸を探すような作業、まず見つかりっこ無い。

だからこそこの情報というのは今喉から手が出るほど欲しい。

 

「まっ、回復薬があればいいんだろうしな」

 

「手伝います」

 

回復薬は市販で買うには高すぎるが作るとなるとそこまででも無い。

薬品の製造に長けたエルフと錬成術を合わせればきっと早く終わるはず。

その合間に仕事やればいいだろうとマコトは拳を握りしめ決めた。




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お仕事

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婚約指輪ーーそう指輪だ。

婚儀を申し込んだ際に形として渡す一つの証。

婚約指輪を渡すというのは一つの通過事例である、そして一部の人間はそれを墓まで持っていく一つのキーアイテム。

それは一種のステータスであり、それは一種の素晴らしき装飾品。

持っていないということは紛失、もしくは大事に仕舞っているという事。

 

だがーーだが持っていればそれは一つのイメージを他人に植えつけられる。

人妻、絶対に手を出してはいけない存在へと変わる。

ナンパだって消せるし周りの人間からも一目置かれる。

 

『あっもう結婚してるのか』

 

こうなるのだ。

全ての場においてそれは最強の武器へとなり得る。

 

だがーーだがだがもし片方の人間がそれを無くしたら。

例えば旦那か嫁がそれをなくした場合浮気を示唆することにもなるし家庭内の空気が泥泥して家庭崩壊へと陥る。

 

だからこそ、だからこそマコトはなんとしてでも指輪を取り戻さなければいけない。

例えそれが安値で売り払われて地球の反対側にあろうと、例えそれが数億円の価値になっていようと、たとえそれが災龍の巣にあろうと、絶対に取り返さなければいけないのだ。

その為の情報ならばどんな手段を使ってでも手に入れる、それが常識。

 

「で、仕事はなんだね?ん?」

 

「どうしてそう偉そうなのよ...」

 

魔導師の服ではなく少女然としたワンピースにロングスカートを着たミウは溜息を吐いた。

昨日校長室でファーストインパクトを起こして数時間後、十分な睡眠をとってから手頃な仕事を自ら発注しそれを偽装、依頼人を部下にやらせわざわざ名前も隠して一つの依頼書を作り出したのだ。

依頼書を見てマコトは露骨に顔をしかめる。

 

「なぁ、俺普通の定職が欲しいんだが、こういう冒険者的なやつじゃなくて」

 

「ここの報酬見てみて、特別報酬として教員免許が与えられるわ、つまり定職につく為の踏み台よ」

 

尚先日議会を権力とコネで突如開始し魔法省をねじ伏せこの依頼を作ったのだ。

教員免許というのは学院を卒業したものに平等に与えられるものでありこのような形で発行することはまず無い。

そこを自身の立場を利用し貴族を丸め込みこの特別報酬を作ったのだ。

それを理解しているわけでは無いがジト目でマコトはミウを見つめる。

 

「これ怪しく無いか?胡散臭い」

 

「そんなことないわよ!私がコネで依頼持ってきたのよ!安全に決まってるじゃない!」

 

「まさか昨日クッキー全部食べた腹いせか?でもお前太ったしって痛っちょっと待てや、離せばわかる!?」

 

「せっかく私が仕事を持ってきてあげたのにその対応は何、文句言わず早く受け取ってサインなさい、さもなくばこの家が灰燼に化す事になるわ...」

 

虚ろな目でまくし立てるミウにマコトは無言でサインを書き終え渡した。

確かに確認しミウは本当の要件を脳裏に浮かべ頬を赤く染める。

 

「そっそれでこの依頼が終わったらだけど一緒に...その」

 

「その?って頬赤いな、熱でもあんのか?」

 

無自覚にも手の平をミウの額につけてマコトは思案する。

若干微熱があるが問題はない、よってセーフ。

 

「『いきなりなにするのよぉぉぉぉぉ!!』」

 

器用にも文句で魔法を起動し彼女の指先から風船状の水の球体が放たれマコトの鳩尾に命中、勢いよく壁に激突しゲホッと息を吐いた。

幾ら丈夫とはいえ無意識にかなりの魔力を込められた水弾を放たれ胃液がこみ上げる。

 

「えっちょっとごめん、ほんとごめん、『詠唱(オープン)回復(ヒール)』」

 

淡い緑の光がマコトの体を包み身体を癒して行く。

死者でも復活できるレベルの回復魔術を注がれマコトは痛みが完全に引いていくのを感じた。

無論すぐに浮かび上がる一つの言葉はこう。

 

「てめぇふざけんな殺す気か!?まじめに死ぬかと思ったぞ、三途の川でお婆ちゃんがニコニコ手を振ってたぞ!?」

 

「ごめん本当にごめん、そこまで強くやる気はなかったし本当にごめん」

 

「ごめんで許されたら警察いるかよ!?常識的に市街地が魔術ブッパとかおかしいからな!!」

 

「もうそんなに言わないでよぉ!私だって反省してるの、だから許して、ねぇ!?」

 

ミウはヤケクソ気味にマコトの襟を掴み涙目で押しては引っ張り押しては引っ張り、涙で顔が崩れせっかくの化粧が台無しである。

また別の意味で込み上げてくる胃液を押し返しマコトはコンマ数秒の速さで上着を脱いで後ろに下がる。

 

「いいか、許してやるから止まれ、マジでそれ以上やられたら俺死ぬぞ?」

 

「なんで死ぬとかいうのよぉ!!」

 

「めんどくせぇなおまえ!?なんか情緒不安定すぎないかてめぇ!?」

 

「てめぇって友人に言う言葉じゃないわよ!昔みたいにみっちゃんって呼んでよねぇ!最近みんな結婚してるのよ、わたしだけ、えっまだ(・・)独身ですか?美人なのにって言われたくないのよ!美人て思うならあんたが結婚しなさいよって話でしょ!?」

 

そうそれはアラサー(128歳)の泣き言、とても聞くに耐えない言葉だった。

 

「うわっ酒臭っお前飲酒してんな!?弱いなら飲むなよ!酒は飲んでも飲まれるなって言うだろ!!」

 

「うわーんまこっちゃんが虐めるー!!」

 

ミウはわんわん泣き声をあげてボロボロと涙が溢れ出す。

床に女の子座りで座って子供のように泣き叫ぶ彼女に最強の魔導師という言葉は完全に一致しなかった。

 

「ほんとお前何言おうとしたんだよ...とりあえず一回水飲んで寝ろ、ほら早く立て」

 

「ヤルなら優しくお願い...」

 

「アホなこと言ってないでとっとと寝ろ...本当酒に飲まれるのいい例だよこの反面教師め」

 

「いじわるいわないでぇ...」

 

ミウは呂律すら回らず今マコトに鴨か何かのように肩に下げられている事に気づいていない。

下の話をされ若干異性という面でマコトは否応無く彼女を意識してしまう。

幾ら既婚とはいえミウは発育がかなり良い方でボンキュッボンといって差し支えない、肩にぶら下げたせいでその艶かしい肢体が体に密着し体温が直に伝わってくる。

 

「いかんいかん、一体俺は幼馴染に何考えてんだ...」

 

自分は妻帯者であり娘もいるということを強く心に誓う。

そもそも親身になって相談にも乗ってくれた友人をそういう目で見るのは失礼ではないか。

 

マコトは早る心拍が通常運行に戻るのを感じて深呼吸してから彼女を今は家を空けている長女のベッドに寝かせた。

 

「ごめんねぇ...まこっちゃん...ごめんねぇ...」

 

譫言(うわごと)を放つミウをどうしたものかとマコトは頭を掻く。

 

「一体どうしたんだか...とりあえず依頼とか整理してスケジュール組んで...」

 

マコトは予定を脳内で洗い出しながらベッドの傍から立ち上がるが服を引っ張られ振り返る。

無意識なのかわざとなのか強く服を握られて動きようがない。

本当に本当に心の底から溜息を吐いてマコトはベッドの近くに座った。

確かに昔馴染みの友人を心配させていたのだから少しは気遣ってやっても良いだろう。

欠伸をしながら近くの本を手に取りマコトは時間を潰すこととした。

 

 

 

ガシャリと瓶が入った手編み鞄が部屋の前に落とされた。

幸い丈夫にできているのでヒビが入ることも壊れる事もない。

だがガチャリと確かにユイの心にヒビが入った。

夫が何処にいるかと家の中を探してみればスヤスヤと別の綺麗な美女と長女のベッドで一緒に寝ているのだ、それも豊満な胸に抱かれ満足げな表情をマコトは浮かべている。

 

どんな状況かは一目瞭然、浮気である。

 

「...百歳も歳とっちゃったらおばさんですもんね...やっぱり若い子が好きなんですよね...」

 

喪失感を確かに胸に感じ同時に寂しさを感じユイは俯く。

家を出て行くことを考えベッドに近づきマコトの顔を覗き込むと一切の邪な感情は見えなかった。

踵を返し、部屋を出ようとするがマコトは無意識に手を伸ばしユイの服を引っ張る。

 

「しょうがないですね...」

 

若干自分を求められた事が嬉しくてユイは近くの椅子に座る。

しょうがない、ほんの少し待って事情を聞くのだ、短絡的な行動が夫婦の溝を作ってしまうとどこかの恋愛小説が言っていた筈だ。

冷静にユイは考察し、フサフサとマコトの髪で遊び始めた。

 

 

「ただいま!!」

 

元気な声が玄関に響く、うちの次女であるユキだ。

元気一杯に今日も幼稚園を楽しんできたのだ。

靴をすぐに脱いで何時も通りリビングに飛び込み両親の姿を探すが見つからず首をかしげる。

天性の魔法の才で魔力の反応を感知し母親の居場所を突き止めると彼女の姉ーーつまりこの家の長女の部屋に飛び込んだ。

 

すぐに視界に入ったのは川の字で眠る3人の大人の姿だ。

全員高校生から大学生の中間あたりの体格なので一つのベッドでは若干寝苦しそうだ。

ニカっとユキは笑って眠る母親と父親の間に飛び込んだ。

 




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言い訳

事情を説明し事故だという事を理解させれたところでマコトは正座を解いた。

 

「あくまで事故だったという事で浮気ではないんですね?」

 

「いや、そもそもおっちょこちょいの幼馴染と結婚とかそういうのをするわけないだろ?」

 

「ですよね、やっぱりそうですよね...良かったです」

 

ホッと胸をなでおろしユイは瓶を鞄から取り出し始めた。

作り出した回復薬を収納、保存しておくための容器を買いに行ってもらったのだ。

回復薬は錬成術と魔法を掛け合わせれば幾らでも生成できるが瓶は別、良質なガラスを生成するための砂は取りに行けないので本来聖水を入れるための瓶を中古屋で買い集めてもらったのだ。

未だ状況を飲み込めないミウはユイとその膝の上でクッキーを食べるユキを見て静止する。

 

「ねぇ...この綺麗な人って誰なのまこっちゃん?」

 

「そういえば紹介してなかったな、彼女は城の奴隷だったエルフのユイで俺の嫁だ。でそっちが次女のユキ、九歳だ」

 

「嫁...娘...結婚してたの?」

 

「百年前にな、てか今思ったんだけどお前なんでまだJKの身長身体なの?もう百九年経ってるんだぜ?」

 

ミウはエルフでもなければ竜種でもない、只の元の世界の人間の少女だったはずだ。

平均寿命は80数歳の日本人女性の彼女が百九年の年月を超えた今未だJKの姿なのはおかしい。

 

「それなら簡単よ、魔術で細胞の劣化と記憶域の解放を行なったのよ」

 

誇らしげに胸を張るがマコトは魔法に関して詳しくはない。

 

「わかりやすく頼む」

 

「要するに若い姿を魔法で維持してるわけ」

 

「そういえば良いんだよそう言えば、魔法とか俺理解したくないからな」

 

「まだシンジが言ったこと根に持ってるの?」

 

かつてのクラスメイトの名前ーーマコトは露骨に不機嫌そうに耳をほじって深い溜息を吐いた。

 

「勇者サマの睾丸潰れねぇかなぁ」

 

できるならばヒロインポジの人間に男根切られて睾丸踏み潰されて欲しい。

男としてもっとも辛い事をマコトは切に願った。

なぜ勇者ならば女を侍らせて良いのだろうか、しかも全員狂気的に惚れているときている。

毎日ヤリまくってどうせ幸せハーレム天国を味わったのだろう。

 

「睾丸ってやっぱり根に持ってるのね...流石にやりすぎだったのは理解するけど百年経っても憎まれるなんて可哀想ね」

 

「憎んでるわけないだろ?なんで俺が勇者サマなんかを考えて生きていかなきゃいかないんだか。ただちょっとムカつくイケメン顔が浮かんだからつい癖で睾丸潰れろって言っただけだ、存在自体忘れてたよ」

 

事実ここ九年は育児とか指輪探しで忙しすぎてマコトはあんな憎ったらしい顔と存在自体考えないようにしていたのだ。

 

「でだ、この依頼だけどありがとな、丁度いい」

 

マコトは植物採取の依頼を見てミウに心の底から感謝した。

回復薬を作るために雑草を集めたかったし今の森林の環境も知りたい、そして何より魔導免許が持つ税の免除の権利に街への入場料の免除もありがたい。

この依頼は一石二鳥どころか一石三鳥だ。

 

「べっ別に良いわよ、幼馴染の為だしあんな辛い事があったならもう戦いたくないでしょ?」

 

「ん?戦うってあれか...いや別に魔王との殴り合いで死ぬほど苦しかったけどあんな奴がうじゃうじゃいるわけじゃないし戦うっていうのを嫌ってもない」

 

確かに魔王戦はマコトは死ぬほど辛かったと、今思い出すだけでも吐きそうになるぐらい酷かったと思う。

戦闘中に四肢がもげた回数は計り知れないし眼球が潰されたり、全身を焼き焦がされたり、時に下半身を消し飛ばされた事だってある。

死ぬほどの致命傷を錬成術の固有スキルでカバーしたがそれでも無理があった。

もう二度と身体中が潰れる感覚は味わいたくない。

あんな苦しみ勇者サマが受けるべきでモブキャラの自分が受けるものではないのだ。

 

「本当若いって愚かだよな...」

 

状況など諸々に流されて魔王と戦うとかいう勇者みたいなことをやった自分をマコトは嘲笑した。

 

「すごいおっさん臭いわよ。今何歳よ?」

 

「二十歳と百八ヶ月だ。まだピチピチの二十代だな」

 

「そうですね、マコトさんはまだ若いですよ」

 

「いやそれって二十九歳でしょ?それに貴女も突っ込んで良いのよそれ...」

 

全面肯定にミウは思わずツッコミを入れる。

「いいか?年齢なんてさほど問題ではないんだよ、一番重要なのか心の若さだ。オーストラリアとかだと80代のおばあちゃんが80いくつの旦那とビキニ選んで海で着てるんだぜ?あれぐらいの方が精神的に健康だよ」

 

「出たわねオーストラリア自慢、それとこれとでは話が違うわ」

 

「自慢じゃねぇよ、お前の心並みに狭い考えを改めてーー」

 

「『詠唱(オープン)雷神よーー』」

 

「あー本当にお前は心が広いなぁ!!なんて寛大でいいやつなんだろうか!!部下に愛されるタイプの人間だわ本当!!」

 

ミウの指先に尋常では無い魔力が蓄積されて行きマコトは青ざめた表情で両手を上に挙げて降参の意をしめしつつ大袈裟な動作で語る。

なんていう暴力、これでは脅迫と変わらない。

ひどい言論統制だ。

 

「ねぇねぇお母さんお父さんはなんで大声出してるの?」

 

クイッとユイの裾を引っ張ってユキは首をかしげる。

 

「気にしたらダメよ...瓶洗うついでに水魔法覚えましょうか」

 

「わかった!私頑張る!」

 

二人を気にせず彼女らは瓶の準備をするようだ。

魔法を使えば大分作業は捗るし楽になる、何より井戸まで水を汲みに行く手間がない。

現在では魔道具の水道があれば幾らでも水を出せるのだが魔道具なので値段が高い、一部の裕福な家庭のみが所有しているというのが現状だ。

もちろんマコトの家は裕福とはお世辞にも言えないのでまだ買ってない。

 

「そうだ、ミウ。お前の転移魔法でここの森まで送ってくれよ、確か使えたよな?」

 

「使えるけど私この後忙しいから行きだけよ?帰りは自力で帰って」

 

「了解、ちょっと準備するから数分待っててくれ」

 

依頼はできる限り早くに終わらせる、これがこの世界での常識だ。

あまりにも時間がかかりすぎるとクエストは塩漬けクエストとなり他の依頼書の下に埋もれて行く。

その場合依頼者も報酬を取り下げてクエストをなかったことにしたりするのだ。

だから早めに終わらせるのが重要だ。

 

自身の部屋からかなり大型の麻袋を二つと身代わり石を数個ポケットに入れてリビングに戻った。

回復薬百個分の素材なのでかなりの量が必要なのだ。

麻袋一杯に入れて二つ、合計数十キログラム分の雑草や葉っぱ、木の枝が必要だ。

本来ならば回復薬は薬草からしか生成できない、だが錬成術を使うとあら簡単、雑草自体の性質を書き換え上質な薬草に変更できるのだ。

なのでわざわざ大量の薬草を見つける必要はないし楽な仕事だ。

 

「じゃあ俺を東のエルプスの森まで送ってくれよ」

 

「お父さん、私も行きたい」

 

「いや、何か出るかもしれないし子供を連れて行きたくないんだよ」

 

魔物が出れば自分のことで手一杯になってしまい周りの安全まで保証できないかもしれない。

だが納得してないのかユキは頬を膨らませ抗議する。

 

「お姉ちゃんがお父さん強いって言ってたもん、それにもし危なくなっても私魔法使えるもん」

 

「あーうん...」

 

はてさてどう説得したものかとマコトは思案し口を噤む。

子供にリスクマネージメントなんてできないしそれを言ったところで納得させれない。

悩み果てたマコトを見てユイはユキを後ろから抱っこした。

 

「ユキはお母さんを手伝ってくれないの?」

 

「えっと、私は...」

 

「瓶を洗うの大変だから可愛い娘に手伝って欲しいな」

 

「お手伝い?」

 

「そうお手伝い、ついでに水魔法とかも覚えましょうね」

 

「うんわかった、お母さんのお手伝いする!」

 

手を組んで感謝を伝えマコトはミウに向き直る。

 

「じゃあ行くわよ、『詠唱(オープン)転移(テレポート)』」

 

足元に発生した魔法陣が二人を照らし極光の中に二人の姿が消えて行った。



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悪ふざけ

鼻腔をくすぐる森林の匂い、腐葉土が漂わせる土の匂いがその場所を理解させる。

光が完全に消え両眼を見開くと背の高い木々に見下ろされる。

マコトは柔らかい土を踏みしめ思えばこの森に来るのも数百年ぶりだと思った。

最後に来たのは確か海洋に湧いた竜種(ドラゴン)の討伐の際にこの街に訪れたのだ。

結局クソ勇者サマが俺tueeeして倒してたしそもそも人気が無い自分の立場なんてなかった。

若干グレて抜け出そうとしてこの森に来たのだったか。

 

「じゃあ私は帰るわね、この後議会があるから...」

 

「?あぁ、だけどなんでお前震えてるんだ?」

 

ガタガタガタと某ブルーベリーモンスターゲーに出てくるモブキャラのようにそれはそれは震えていた。

顔も若干青ざめていて今すぐにでも家に帰って暖かお布団に突入したい顔だ。

 

「なんでもないわ、なんでもないわ」

 

「なんでちょっと歌風なんだよ...さてはお前虫が苦手か?」

 

「そんなことある訳ないじゃないバカじゃないのこの大魔導士である私が今更虫ごときに恐れをなす訳ないでしょ!?ハハハハハ!!」

 

「そうかそうか、そりゃあ尊敬される大魔導士だし大丈夫なんだよな、おっと足が滑った!?」

 

蹴り上げられた柔らかい土の中にはカブトムシの幼虫が数匹。

一寸の狂いもなく変態的な精度で綺麗な軌道を描いて落下する幼虫達、もちろん落下地点はミウの頭上。

完全に悪ノリ、小学生並みの嫌がらせ、この男精神年齢ガキンチョだった。

 

「『いやぁあぁっぁぁぁぁぁぁ!!』」

 

ほぼ無意識に起動された装填魔術。

前もって魔道具やアクセサリーに込められた術式と魔力が魔術の速攻発動を可能とする。

現界するは半径数十メートルはある大火の火球、周囲の木々を焼き焦がすほどの熱量を放つ魔法。

火魔法五星位の火炎魔法『ネフ・ファイア』

それは容赦なく発射され森を墨に変えながら遥か上空へと飛んで行った。

無論虫たちは一欠けも残さず大気へと消えた。

ここまでのオーバーキルを想定していなかったマコトはこっそりと木の裏へと身を潜め潜伏スキルを発動。

 

「どこ...!!どこに消えたの...!!」

 

「(やべぇ、ここまでブチギレるとは思っていなかった)」

 

若干血走った目で周りを睨むミウの姿にマコトは恐怖心を抱く。

間違いなく今出たら消し炭にされる、最悪氷結魔法でかき氷だ。

マコトはどうにか穏便に事を終わらせる方法はないものかと思案するも背後から感じる魔力反応に全力で飛ぶ。

 

刹那自身が隠れていた大樹が一瞬で氷結し崩れ去った。

水魔法六星位の氷結魔法『ネフ・アイス』。

対象を氷漬けにし一撃で崩壊させる上位の氷魔法。

通常ならば数時間かけて行われる儀式によって繰り出される大軍魔法。

希少な魔法石を触媒にして行われるであろう大型魔術がお手軽に血走った目で発動されていた。

 

まずい、本当にまずいとマコトは思う。

悪ふざけが過ぎた自覚はある、だがここまでブチギレて魔王軍幹部を殺すのかってレベルの行動をするとは考えていなかった。

 

「おい!すまんかったからちょっとーー」

 

「そこね!『時間差起動(タイマー)ネフ・アイス・バレット』」

 

指定され変革された氷結魔術は弾丸状の氷を空中に生み出し、ノータイムで偏差を込めて放たれた。

超集中ーー普通は人生に一度しか味合わないような物、つまり走馬灯である。

マコトは数百回魔王戦で死を体験し走馬灯を見続けた結果超集中という能力を手に入れた。

死を直感した脳が数百倍の速さで稼働し三%の活動限界を超えて使われる固有能力。

誰もが使えるがその入手条件が死亡なので誰も持たない、いやもっても数秒走馬灯に使われてその人物は死に至る。

最早一種の固有能力といってもいいそれを使い弾丸の軌道を予測、魔力操作によって強化された身体は通常の数倍の力を得る。

そして体を、四肢を全ての弾丸が当たらない地点へと移動。

 

「コマ◯チ!!」

 

そうそれは綺麗なコ◯ネチであった。

胸ポケットに入っていた身代わり石がマコトの身体の代わりに崩壊、胸ポケットが砂だらけになった。

数百キロを超える弾丸が全て嘘のように木々へと突き刺さり、その全てを凍結、崩壊させた。

 

「はぁ...!!はぁ...!!ゴキブリね...」

 

「いやそれゴキブリに失礼...じゃなかった、一回落ち着け本当、殺意高過ぎ」

 

「半殺しにしようとしてるのだから殺意が高いのはあたりまえでしょ?」

 

「本当にすまんって、多分メイビーもうやらないから」

 

絶対にやらないとは言っていない。

 

「それどっちも同じ意味、もう一回同じ事をやる気なの?」

 

「いや、マジでやめてくれ、身代わり石が切れたら冗談抜きで俺死ぬから...もう年取ったんだよ...」

 

「あっれっれー?自称ピチピチの二十代がこんなんでへばってるのかしら?」

 

「わかりやすい煽り文句だな、そういえば百歳超えた飯田さんは随分息切れしてるようですねぇ!」

 

はぁ...はぁ...悲しいことに歳をとった二人は息を整えるのに必死で口を閉じた。

なんとも悲しい戦いだ、それも全く意味が無い。

ここはどちらかが折れなければいけない、結婚生活で培った経験を生かしマコトは深呼吸。

 

「すまんかった、もうやらんから...はぁ...この無為な争いを止めようぜ...?」

 

「そっそうね、私が全面的に悪くなかったけどそこまでいうなら許してあげるわ...はぁ...」

 

ピクピクと二人は魔力欠乏症に顔を歪ませて戦いは終わった。

 

 

 

 

 

「うーん、雑草多すぎだなここ」

 

マコトは森をある程度抜けた場所へと目を向ける、そこには一面緑色の草原が長く続いていた。

ちなみに全て雑草である。

雑草が生え過ぎていて周りの木々が弱ってるように見える。

この世界の雑草は本当に雑草で名前も雑草なのだ。

日本の場合雑草は一部の要らない花や草、勝手に生えてきたもの全般をさすがこの世界には雑草という名の植物がある。

名の通り雑種雑食その上繁殖性能が高いときた。

しかも水を地下から吸い上げて周りの木々が弱り根の短い植物類は例外なく枯れる。

これが原因か周りの薬草などはほぼ全て低ランクの酷い状態、とても売れるようなものでは無い。

 

「これ全部毟るか...森がダメになっちまうし...」

 

マコトは本当に気怠げにため息を吐いた。

全て回復薬にすることはできない、というか作っても売る方法がないし、道具屋に行っても安く買い叩かれてしまう。

必要分は百個、麻袋二袋分、それ以上は要らないのだ。。

なのでこれは完全なるボランティア精神の何かになってしまうわけだ。

 

「さてとっ、『詠唱(オープン)再現(リユーズ)錬成(スミス)

 

マコトが使用した錬成術により地面が揺れて雑草の根が土によって上へ上へと押し出され、全てが大地に露出する。

雑草のセオリーとしては根をとらなければ延々に湧き続けるのだ。

なので錬成術によって根っこを引っ張り出して全て回収、錬成することで上質な薬草に変えて雑草を撲滅する。

 

この森の栄養は雑草によってかなりの量が吸い上げられたと思っていいだろう、それを再生するためにはーー

 

「って、何考えてんだ俺。そこまでやる義理ないだろ...」

 

ボランティアじゃあるまいし、それはタダ働きになる、マコトが一番嫌いな言葉だ。

だが確かユイとの初デートもここだったし何より娘に胸を張って仕事したと言えるような事をしたい。

たっぷり三十秒ほど思案しマコトは義理でできる限りのことをやる事とした。

 

「まずは回復薬の分を回収っと」

 

錬成によって土が手の形になり雑草を大雑把に掴み取る。

集中して動かして麻袋に突っ込んでいく。

一部の使えない、変質できない部分は全て腐敗させ土にほうり捨てる。

多少なりとも栄養になるし錬成術で腐敗させて仕舞えば速攻の栄養になる。

 

「あとは全部変質だな...他の冒険者も取りに来るだろうし」

 

タダ働き糞食らえとマコトは嘆く。

そもそもこれだって勇者サマの所為だろう、つまり自分は尻拭いさせられてるわけだ。

結果として雑草が増えたのも、結果として回復薬の素材である薬草が減ったのも、結果としてエルフが森から追い払われたのも。

 

魔王軍とか言って人は山を荒らして薬草を獲り尽くした、だが誰もそれを直そうとも改善しようともしなかった。

その結果が手入れされずに雑草によって枯らされた山々の数々。

結局人間はどこたりとも成長していないとマコトは心から思った。

何の為に自分は無茶をしたんだかと本当に自分にも呆れた。

 

 

 

 

マコトが自然に無償奉仕している頃、初老の老人ーーエリックは暗がりで魔道具を起動した。

天海の瞳と呼ばれる魔道具は使用するのを難しいとは言われているが魔法に長けたエルフであるエリックには造作もない。

彼は周囲を確認して魔道具へと魔力を注ぐ。

藍色に輝いた魔道具に吹き込むように言葉を放つ。

 

「こちらの準備は完了しました...次の段階に計画を移行する時です」

 

『そう、わかったわ。回復薬が十分あれば計画は完成する』

 

女性の声が魔道具から溢れ彼は若干ーー少しだけ残念そうに口を閉じる。

騙すようで悪いと彼も思う。

数百年前に自分を認めて助け合った仲である友人を裏切るような訳ではない。

決して、決して裏切らないと心に決めて魔道具を切る。

これは裏切りでは無いのだ。

 

「今はこれで良い。今はこれで良いんだ」

 

全て、全ては彼の為、大切な友人に恩を返すのだ。

エリックはマントを翻し暗闇へと消えて行った。







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間抜け

「重い...怠い...」

 

合計数十キロの薬草化した雑草が詰まった袋を担ぎ街へと向けてマコトは歩いていた。

無償で自然奉仕したせいで魔力はほぼ無いしかといって迎えに来てもらうのは行き違いになったりするかもしれなくとダメだ。

よって歩きで家に帰ることとなったマコトは悪態をつきながらダラダラと、それはもう怠そうに山道を歩いていた。

 

「ちっ...ミウのせいでほぼ全部身代わり石使っちまったし...全部あいつのせいか...」

 

その原因は誰なんだというツッコミをする人間は無論ここにはいない。

居るのは三十路に突入しようとしてる哀れなおっさんだけだ。

 

「そもそも全部勇者サマのせいじゃねぇか...糞食らえ...」

 

マコトは王都に飾ってあった銅像を思い出し深い、それは深いため息を吐いた。

正確には自分以外のこちらの世界に召喚された人間の銅像が街の至る所に飾られているのだ。

例えば回復士であった山田愛(ヤマダアイ)のの銅像は医療院の前へ、練成士であった梶山洞爺(カジヤマトウヤ)の銅像は鍛治街のトレードマークとして飾られている。

だが、だが自分の銅像だけは何処にもない、自分以外にも活躍せずに影の薄かった人間はいた、だがそれら全員は職業に関連する場所に銅像が保管されている。

桜木町の交差点まで探しに行ってはいないが無いものは無いのだ。

 

今は遠い元の世界ーー日本に想いを馳せマコトは色々と考えた。

病弱だった妹はどうなったのか、好きな漫画であるハンター×バンカーの新刊は何冊出たのか、新劇場版エヴ◯ンゲリオンは完結したのか。

思い出すたびに見たかったものややりきれなかったのもばかりが鮮明に記憶の海から浮上してくる。

後悔というのはやったもの、やれなかったものに関してするのだ。

マコトはこれだけ後悔しているが異世界に来たことを後悔してはいないと思った。

この世界に来なければユイにも会えなかったしユキに会うこともなかった、長女であるアイも今は何処にいるのかはわからないが大切な家族であることに違いはない。

誰がなんと言おうと今の自分は幸せで前に歩いているのだ。

帰ったら今後の事をきちんと家族と話し合おうとマコトは決めた。

 

 

 

 

立ち込める暗雲の中から雷鳴が落ちた。

場所は王都の王城ーー数百年続く神聖なるヘタリア帝国を守るこの国の王族が住まう場所。

白色に塗り固められた城壁に守られる王城は侵入者を許した事はなく鉄壁を文字通り体現している。

その城に雷が落ちるのを誰もが確かに見た。

それは伝説や童話のように、それは物語の序章のように。

極光が城を満たし暗雲が完全に晴れるとそこには昔と変わらぬ王城が有った。

もし目に天性の才があるものが見れば王城に出現した魔力に両眼を疑い、自身の気の狂いを疑うかーー童話を開くかのどちらかだ。

 

ーー『ヘタリアの勇者』

この童話は数百年続く中で勇者が召喚されるたびに書き加えられていく伝記である。

この国に生まれた人間、いやこの世界に生まれた人間ならば誰もが枕元で親御に囁かれた物語。

数十の物語に構成された童話の冒頭は等しく全て同じ。

 

ーーある初春の一日目ーー暗雲が立ち込め王城に雷が落ちた、それは勇者がこの世界を救うために召喚された証。

 

今の季節は春の始め、年中温かいタートスと違って凍えるような雪が降り積もる季節が終わり温かくなりはじめた日だった。

 

王城内の召喚の間と呼ばれる一室には数人の魔導師が立ち成功か否かを疑い、魔法陣中央を睨む。

誰もが疲労を色濃く浮かべどれだけの魔力消費量かが察して知れる。

一人足りとも未熟な人間などいないし誰もがこの国で名を馳せた大魔導師達だった。

だがその魔導師が数人集まって尚この疲労量ーー間違いなく成功したという感覚が彼らにあった。

 

煙幕が晴れた時、魔法陣の中央には一人の美麗な少女が佇んでいた。

明かりが彼女の艶かしく長い黒髪を照らし、病的なまでもの白色の肌を映し出す。

魔法陣から注ぎ込まれた魔力によって付与されたステータス魔法が確かに彼女に作用していた。

常人ならばステータス魔法など持ってはいないが異世界から召喚された人間に対して強制的に付与し、それが勇者を不老に、人の枠が外れた存在へと変える。

 

「えっと...」

 

黒髪の少女は状況についていけず首を傾げあたりを見回す。

彼女が困惑している事を理解したのか彼女と同い年程の少女が彼女に近づく。

 

「ヘタリアへようこそ勇者様...どうかこの国をーー」

 

「嫌ですよ...どうして働かなければいけないんですか?」

 

即答だった、その上質問ときた。

 

「え?」

 

「だから私がどうして働かなければいけないんですかって」

 

残念ながら労働の二文字は彼女の辞書になかったようだ。

かなり落ち着いてる上に冷静に論破しようとしてくる彼女に負けないよう少女は一瞬でどうやって戦わせようか考える。

ここで少女は童話を思い出す、ある童話、この国で一番有名な童話。

勇者達が難色を示していても結局引き受ける例の言葉。

 

「それはこの国の人間がーー」

 

「苦しんでようが可哀想だなーとか残念だなーとかぐらいしか思いませんよ?」

 

義責に駆られるどころか投げやりレベルの他人事のようだ。

ここまできて少女の堪忍袋がプッチンと切れる。

 

「普通可愛いお姫様が助けてって言ったら助けるのが常識でしょ貴女!?それに可哀想だなーってどうしてそこまで他人事なのよこの...このろくでなし!!」

 

ブチギれて息も絶え絶えで少女はまくし立てる。

 

「まず言わせてもらいますが貴女は元の世界に帰れません、残念でした。帰りたかったらなんとしてでもある人物を見つけなければいけません!」

 

圧倒されていた黒髪の少女は一度手を挙げて少女をインターセプト。

早口でまくし立てて相手に承諾させるのは相手を丸め込む為のセオリー。

つまりこのまま聞いているだけではいけないと彼女は察して止めたのだ。

 

「私は貴女に協力する義理はありません、私がこの世界を救う義理はありません、そしてお姫様がいくら可愛かろうが私ロリコンなので同い年かそれ以上は全部ババアです...ドゥーユーアンダースタンド?」

 

本当に憎ったらしくうざったく少女は言った。

おまけに頭を人差し指で叩いてクルクルパーと一回、煽る気でしかない。

 

「帰りたいでしょ!?家に帰りたいんだったら協力しないと食べ物も水も何もあげませんから!」

 

「おっと食料責めですか、なら私はこの城抜け出して盗賊潰して遊びに行きましょうかね!」

 

少女はさきほどから体内から溢れ出す力を感じ、自分が強くなった事を理解した。

何より両目は見えるし両耳は聞こえる、そして何より声が出る。

つまり病や体の欠損が全て回復したに違いない。

それにこれほどの強さがあれば食料を奪っていくのも簡単だろう。

若干最低最悪の考えをしながら少女は悪役のように笑う。

 

まずい、こんな状態になるはずではなかったというのが王女の見解だ。

勇者といえばこちらを助けてくれるものだと思っていた、だがここまで自己しか考えず突っ走らない人間が来るとは想定していなかった。

 

自身の有利を確立してから少女はこう言う。

 

「もし私を働かせたかったらケモ耳ロリっ子(過去に何かあった系なら尚良い)を渡す事ですね!それぐらいするんだったら働いてやっても良いですけど!」

 

我欲丸出しで高笑いする少女とは裏腹に王女はフフフと不敵に笑い始める。

もっと貴女何言ってるんですか!?とか貴女頭おかしい!?などの言葉で批判されると思っていたのにこの壊れた人形のような笑い方。

 

「いいでしょう...獣人がご所望なら集めてあげますよ...ふふふふふ」

 

「えっ...ちょっ...」

 

「その代わり絶対に働いてもらいますからね...二十四時間休みなしで全力で働かせますからね」

 

「ちょっと待ってください流石にそれはーー」

 

「もう言質取りました!アリス神の名の下にこれを契約とす!!」

 

王女の右手に魔導書(スクロール)が現れ若草色に光り輝く。

一瞬で文字が書類に書かれていき王女は満足げにそれを懐にしまった。

熱心な信者である聖女のみが使える伝説の秘技、神の名の下に約束は絶対守らせると言う物。

これが生成されたと言うことは少女がこの約束を果たさなければ罰が常時発動すると言う何が聖女だって言うスキルだ。

 

なんとなく何をやったか察して少女は王女に手を伸ばす。

 

「私は信条桜(シンジョウサクラ)、貴女のお名前は?」

 

先ほどまでのふざけた態度が嘘のように少女は令嬢のように柔らかく微笑み右手を差し出す。

コロリと変わった態度に王女は警戒を解き右手を伸ばす。

 

「私はヘタリア帝国の第一王女、エヒト=マキナ=アルマリアです」

 

互いの自己紹介がすみ、世界ーー次元共通の挨拶である握手を交わした瞬間。

少女は本気で手を握りしめる。

先ほどから湧き上がる力を活かすのは今しかしないと考え王女の柔らかな絹のような肌に指を食い込ませ泣かせてやろうとゲスい事を考えるが一刻の王女ーー昔から勇者との間に子を設け戦闘ができる血統を創り出してきた王族の娘、負けじと全力で握りしめる。

 

「ははは、こちらの国の挨拶は随分と強いんですね!」

 

「フフフ、そう言う貴女の国の握手は随分と強いんですね!」

 

美少女二人がにっこりと微笑み合いギリギリと手を握る力を強めていく。

この二人引くところを知らないガキンチョだった。

方や王族として相手が負けることしかしなかった特級貴族、方や病院で人生の大半を過ごした少女。

この二人が自身の負けを認めるかといえば否、決して認めることは無い。

 

「「ハハハハハハハハハ...ハッ」」

 

二人は笑いあって勢いよく足を踏みつけた。

 

 

 



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信条桜、彼女はありふれた病人である。

ちょっと両目と声帯の機能を失って十分に生活できず、臓器すら十分に動かず医療器具に繋がれて生きてきた少女。

彼女は一度たりとも病院から出た覚えがなかった、記憶に残っているのはラノベを読み聞かせる兄の姿と何時も親身になって接してくれる看護師さんと、私を死なせてやるべきだという親族だ。

延々に近い時間に感じたが学校の帰りにいつも寄ってラノベを読み聞かせてくれた兄の横顔を忘れた事はなかった。

物語は全て荒唐無稽ーー異世界に主人公が行く話が多かった。

どの主人公も絶望する事はあれど決して諦めず人生を生きていく彼らの姿に少女はよく憧れた。

兄がクラスメイト毎行方不明となり姿を消して数週間、兄の財産を全て奪った母の妹である叔母が桜を死なせる事を承諾した。

そして看護師の方が涙ぐむ中酸素を送り込む機械を外そうとしたその時。

部屋は翡翠色の極光に包まれ目を開いたときには異世界にいた。

彼女が異世界で幸せになれるのかと聞かれればーーイエスでありノーだ。

 

だが少なくとも彼女は今幼女の体を弄ってニヤニヤと笑っていた。

膝の上に乗せた狼人族の少女を撫でる撫でる撫でる。

 

「あぁ〜良いわ、本当良いわ」

 

こしょこしょこしょこしょ

 

「そっそこは...ひゃっ...だっだめ...」

 

「ここが良いのかー?もう可愛いなもうー!」

 

ーー救国の勇者は今、幼女をハスハスしていた。

王都に住む全ての人間が歓喜の涙を流し勇者の召喚を両手を上げて喜んだ筈なのに...その勇者は今ロリコンとしての常識である神聖なる物触るべからず(イエスロリータノータッチ)を破りケモ耳を撫で回しケモ耳尻尾をなでなでと。

この勇者、間違いなくろくでなしであった。

 

部屋に入った王女は心の底から呆れてため息を吐いた。

 

「貴女...ちょっとは勇者としての自覚を...」

 

「あーもう可愛いなーもう。艶かしい声を出しちゃってー!」

 

無視、ガン無視である。

ジャストイグノアリング、ただ無視をしてるだけ。

物凄い失礼な態度に王女は本日十三度目の溜息を吐いた。

 

「働かなければその亜人を取り上げますよ...?」

 

「亜人じゃありませんよ、狼っ子なので...てか待って、貴女お名前ある?」

 

もし名前があるならばそれを尊重しなければいけない、常識的な判断をして桜は頭を撫でる。

少女は首を傾げ...静かに首を振った。

 

「私...生まれたときに売られて、お母さんが誰かすらわからない...」

 

グスンと鼻をすすってポロリと少女の両目から涙が零れ落ち始める。

 

「あーもう泣かないで...そっその名前つけても大丈夫?」

 

「うん」

 

小さかったが地獄耳並みとなった桜は聞き逃さなかった。

素早く思考しアイデアを出す。

この少女の毛並みは燻んだ灰色のように見える...だが先ほどから手入れしていてわかったのだがこの子は汚れているだけで純白の毛並みをしている。物で例えるのなら勿忘草のようなほんの少し青がかった白色。

実物を見た事はないが言葉として聞いたことがある。

そして狼、狼は英語でウルフ、ダメだ可愛くない。

 

白...?いや安易すぎる...狼も絡めたいどうせなら名前に絡めたい。

狼の読み方はろうとおおかみ...結局考えがまとまらず安易な答えを桜の脳ははじき出した。

 

「貴女の名前は今日からミハクね。狼のみに白色の白、すっごい安着だけど良い...?」

 

流石に自信がないのだろう、桜はおずおずと少女に聞いた。

彼女とは裏腹に少女はミハクという単語を数回呟く。

 

「うん、ミハクが良い」

 

「あぁ...良かった、精神的に辛い...将来この子がキラキラネームとか言われたらどうしよう」

 

「きらきらねーむ?」

 

「痛い名前ってことですよ、改名まっしぐら的な」

 

「名前を変えるの?」

 

名前を持てなかった少女は理解できないという様子で首をかしげる。

少女にとってーーミクにとっては名前はとても大切で人生で初めてもらった物なのだ。

それを変えてしまうというのが理解できないようだ。

 

「残念なことにね、まぁあくまで他人だから。親と子供だって他人、腹から生まれたとしてもそれは分身でもなければなんでもない、ただの他人よ。だから名前だって他人からの贈り物だから変える権利がある...と思う」

 

「よくわからない、お姉ちゃんは全員他人だと思うの?」

 

「そのお姉ちゃんっていうのものすごく萌えるんですけど...できるなら桜お姉ちゃんで」

 

「ねぇねぇ、桜お姉ちゃん、桜お姉ちゃんは全員他人だと思うの?」

 

話をすり替えようとしていたのを賢く察してーーというか童心的にそれを理解できずに少女は言った。

桜は頭を掻いて数秒思案してから結論を出す。

 

「兄以外は他人ですね、兄さんは家族です」

 

「かぞく?」

 

「一番大切な人ってことですよ、今の今まで自分の命を繋いでくれたのは兄さんだし自分を救おうと必死になってくれたのも兄さん、だから兄さんは家族だって言える」

 

神妙な顔で桜は呟く。

もう消えて居なくなってしまったたった一人の家族を脳裏に浮かべ両目を閉じた。

居ないものはいない、消えてしまったら帰ってこない、彼はどこを探そうが見つからない。

たった一言が言えなかったことが後悔として胸に重くのし掛かっている。

感謝ーーたった一言日頃の感謝を伝えられなかった。

 

「桜お姉ちゃんにはお兄ちゃんがいるの?」

 

「ですよ、数歳年上の真面目な人でした。困ってる人がいたらどんなことがあっても助けるし、傷ついた人がいたら親身になって助けてあげれる。そんなとても優しくて真面目な兄さんでした」

 

「でした?今は?」

 

「もう居ませんよ...で、王女様何か用ですか?」

 

「やっと返事しましたね...ところで気になったんですけど貴女のお兄さんの名前ってマコトーーだったりします?」

 

「よくわかりましたね、私の兄の名前は信条誠、あっ浮気しまくって最後刺された男とは違いますからね?」

 

「ははは、びっくりた。まさか勇者の一人と貴女の兄が同姓同名だったとはね」

 

「そこ詳しく、ちょっともっと説明よろしくお願いします」

 

「え?だから勇者にシンジョウマコトっていう人がいてこの国で知らない人は居ないわよ?」

 

「だーかーらー、もっと詳しく。早く説明早よ」

 

「わっわかったわよ...百九年前にこの国に召喚された一人で魔王を倒して世界を救った人よ?さぞかし素晴らしい人だったに違いないわ!」

 

伝説上の誰かに憧れるように王女は想いを馳せる。

きっと物凄いイケメンで強かったに違いない、いく先々で人々を救い一人で魔王を倒した伝説の人。

あぁきっと物凄い真面目で優しい人だったのだろうと王女は確信した。

 

 

一方その頃、そのさぞかし真面目で優しい勇者とやらは山道で倒れている少女を無視して居た。

マコトは特に問題もなく麻袋を担ぎ歩いて居たのだが道端に転がる人影を見て目を逸らしたのだ。

 

「ぜったい面倒ごとだな...関わりたくねぇ」

 

これは彼が通り過ぎる際言った言葉だ。

 

「たしけてくらひゃい...!!」

 

キラーんと少女の両目が光通り過ぎる人影ーー誠に向けて放たれた。

 

「あーあー聞こえないー!!黙って気絶しとけよ真面目に...」

 

「あーその辺に困った女の子を助けてくれる優しい人いないかなー!!」

 

態とらしく本当に態とらしく少女は叫び声をあげる。

しかもあざとくさぞかしか弱そうにうるっと両目を潤ませてマコトを見上げる。

だからこそ本当にマコトは溜息を吐いて唾を近くの木に吐いた。

 

「てめぇ全然元気だろ、ぜってぇ助けとか必要ねぇな!?子供の遊びに付き合ってる暇はないんだ、じゃあな」

 

「ここは事情を訪ねるのが普通でしょ!?」

 

がっしり右足を掴まれて動きを止める。

振り払ってもいい、だがマコトも幼女を蹴り飛ばすほどの鬼ではない。

 

「うるせぇ!?俺の経験則上割と元気な倒れてるやつは大体面倒なやつなんだよ!!」

 

「そう言わないで助けてくださいよぉ!」

 

「その口調も嫌いだし最後によぉとかねぇとかいうキャラは大体裏があってめちゃくちゃ頭良いヤベェやつなんだよ!!」

 

「そんなぁ...そうだ!もっもしぃ、私を助けてくれたらぁ、体を好きにしていいですよ♡」

 

「はぁ?お前バカか、こんなガキに手を出したら犯罪者だ。それにこんな乳臭いガキに手ぇ出すかよ、嫁がいるしガキに欲情するわけないだろ...」

 

とは言いつつきっちり少女の容姿は確認する。

子供にしては凹凸のある体、その上に性癖どストライクの白色美少女。

だがーーだがやはりユイには一億光年歩及ばないと心の底から思った。

何よりマコトはロリコンではない、幼女に興奮するような人種ではないのだ。

例えば知り合いがロリコン発言しても

 

『あっうん、まぁ好き嫌いは人それぞれだもんな』

 

と言うような人間なのだ。

つまり決して性癖で差別するわけではないのだ。

 

「あっれー?この舐め回すような視線...もしかして私に欲情ーー」

 

「してるって思うほど頭沸いてるのか?いい精神科を勧めてやるよ」

 

「あらやだっまたまたー!」

 

「俺の国の社会人の常識として面倒なものはすべて見て見ぬ振りだ、俺もその一部なんで無視させてもらう」

 

ズリズリと少女が引っ付いたままマコトは歩き始めるが少女は小さく泣き声をあげながら必死にしがみつく姿は大変哀愁漂う。

娘と同じ髪色ということも相まってマコトの心臓にキリキリする痛みが走った。

 

そしてマコトはマリアナ海溝並みに深く溜息を吐いた。

人助けなんて糞食らえ、損しかしない慈善事業はバカのやる事。

だがもしも長女が見て居たら本当に冷めた目で見られる事だろう。

そうこれは決してこのガキのために働くのではない、自分のために働くのだとマコトは心に言い聞かせて停止した。

 

「三十文字以内で事情を説明しろクソガキ」

 

「クソガキじゃなくてメイリーですよ♡、気軽にメリメリとか呼んでください!」

 

「ほうほう、頭を地面にメリメリされたいんだなわかったわかった」

 

眉間に皺を寄せたマコトは冗談抜きに足を上げる。

 

「すみませんすみません!!実はお父さんが大怪我して居て怪我を治してもらえればと!」

 

「は...?」

 

「なんですかその何言ってるんだこいつって目」

 

「動かしてないだろうな?下手に頭を打った状態で動かしたら最悪死ぬ、患者はーーなんだそのニヤニヤした目、キモいぞ」

 

生暖かい目と言うべきか、そのような目をしてニヤニヤとメイリーと名乗った少女は笑う。

 

「いえいえ、洞窟に匿っています、一切動かして居ません。どうか...どうかお父さんを助けでください」

 

涙目でだがたしかに助けを手に入れられた喜びにメイリーは涙ぐんで祈るように両手を組んだ。

たっぷり礼金を請求することを誓いマコトは少女に促されるまま山道を逸れて歩き始めた。



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詐欺

メイリーに連れられマコトは険しい斜面に出来た小さな足場を慎重に歩き洞窟の入り口を発見した。

岩が入り組んでいて直上にある木々によって完全に隠れている、正面から見てもただの岩場、だが斜めから見れば確かに入り口のある洞窟となる。

 

「こっちです」

 

「おっおう」

 

メイリーが迷わず潜った穴をマコトは潜る。

腰ほどの高さの洞窟で這わなければとても通れないような小さな穴だ。

正面の真っ白なスカートから覗く純白パンツを追ってマコトは歩を進める。

マコトは正直に一つの事を思う、パンツが可愛くないと。

ロリコンではないがこの世界の下着はすべて日本の下位互換ーーつまり微妙な時系列の本当に囲うだけの布なのだ。

これではパンチラしても興奮しない、むしろ冷める。

 

「はぁ...」

 

「どうしたんですかぁ?もしかしてぇ、私の下着が気になってしょうがないんですかぁ?」

 

甘ったるい口調にマコトはまたしても一つ溜息。

 

「そうだよ...お前下着そんなんで良いの?なんか女子ってもっと可愛いやつがいいんじゃないのか?」

 

完全なる無地、レースどころか模様すら無い只の布。

誰がこれに興奮するのだろうかとマコトは真面目な考察を始める。

確かに一部の人間にとってはいいのだろうがそれでもこんな物日本ではあまり見ない。

つまりこの世界では下着産業がまだ出来ていないということだろう。

 

「下着を本当に見てたんですねぇ...エッチですねぇ」

 

「あ?あまり調子に乗ってるとくまさんパンツを送り付けんぞガキンチョ」

 

「やだ何それ、随分と可愛いですねぇ」

 

「やっぱガキンチョじゃねぇか...」

 

くまさんパンツで喜ぶのかとマコトはツッコミを入れた。

そしてこんな話を幼女に対して言ってる自分が変質者にしか見えず溜息を吐いた。

狭い空間を数分歩くと段々と天井が高くなり、立って歩けるほどの高さに変わった。

息苦しさが消えてマコトは深呼吸し辺りを見回す。

 

所々に人工物らしき石レンガが組まれ謎の赤色の模様が描かれている。

どこかで見覚えがあるはずだがなかなか記憶から出てこない、この書体を絶対に何処かで見たことがあるはずなのだ。

王城で図書を漁っていた時か?

もしくは国立図書に篭っていた時か?

だがやはりどこでどの本だったかが綺麗に思い出せない。

 

「こっちですよぉ!」

 

立ち止まっていたマコトに少女が呼びかける。

ひとまず一つ持って帰るために錬成術で穴を開け書体の一部をポケットに入れた。

後でミウに送り付けて調べてもらえばいいだろう、自分では一切調べる気がないマコトは早足で少女の後ろを追う。

知りたいと調べたいは違うのだ、面倒だし。

 

歩を進めるごとに血の匂いが鼻につき自然と歩が早まる。

ここまで臭うということはかなりの出血量、下手をすれば間違いなく出血多量で死んでしまうほどの血。

 

実際マコトは怪我をしていると聞いて骨折やその辺の俗に言う歩けない状態を指していると考えていた。

だから無事な子供が人に助けを求め運び出してもらい街へと降りる、それが冒険者たちにとっても常識であり誰もがやることだ。

 

スキルの暗視ーーそして移動速度高速化を掛けてマコトは通路を走り抜ける。

これは間違いなく洞窟では無い、それは壁に埋め込まれた煉瓦、いや土で埋もれた煉瓦等を見れば一目でわかる。

最後に来た時は何も分からなかった、いや何も無いただの山田と考えていたが恐らく遺跡などの建造物で間違いない。

血の跡を伝い頭上から光が溢れるドーム状の場へと辿り着いた。

 

中央に祭壇らしき構造物があり頭上を埋め尽くす程の魔法陣、所々が欠けて古ぼけている事からもう既に起動しないものだとわかる。

おそらくそれが理由で前回ユイと来た時は探知できなかったのだろう。

 

血の匂いを頼りに歩を進めるが怪我人が見つからない。

そもそも今この状況がおかしいのではないかとマコトは考える。

そのような重傷者がここ(・・)まで移動するか?

入り口あたりから分かりやすく血の跡があった、つまり数百メートルの距離を満身創痍の怪我人が歩いて移動するかと言う話。

状況に流され、冷静な常識的思考を欠いていた事を自覚しマコトは振り返る。

歩いてきたであろう通路では無い場所からメイリーを名乗った少女は現れた。

つまりこの血の跡を辿る以外の道で最短ルートがあったと言う事、そしてそれをこいつが知っていたと言う事実。

ここまで状況が揃えば彼女の狙いも自ずとわかる。

 

「俺を嵌めたな?」

 

そう言うと同時に少女は口元を歪める。

先程の容姿端麗な可愛らしく、それでいてうざったい少女はゆっくりと口を開く。

 

「『燃えろ』」

 

一言で繰り出された火炎が出入り口を完全に塞ぎ退路を消して無くす。

間違いなく袋の鼠、間違いなく悪意あって嵌めてきてる。

 

「答える気がないんだったら当ててやろう、お前どうせーー」

 

「ネオ魔王軍幹部、吸血鬼(ヴァンパイア)のメイリー。まさか私の正体に気づいていたとわ、さすが勇者ーーなぜ顔を逸らすんですか?」

 

ドッキリをしにきた宿屋の娘だろうと言おうとしたマコトはごほんっと一つ咳を。

そして冷静に深呼吸。

 

「もっちろん知ってたさ、逃げ道をなくしたのはそっちだぜ?」

 

「汗すごいですけどそこまで暑いですか...?」

 

「ばっきゃろう、バトルジャンキー的なアレだ、戦いへの興奮ってやつだ!」

 

ビシッとめちゃくちゃ命の危険を感じて冷や汗を垂らすマコトはドヤ顔で言い切った。

 

「ふふふ、ですが戦う前に一つ選択肢をあげましょう」

 

「洗濯機をあげる?お前いいやつだな!」

 

「何言ってるんですか?貴方をネオ魔王軍幹部として迎えにきました」

 

「あんだってぇ?すみませんぅぼくぅ、ちょっとぉわかりませんぅ」

 

態と先ほどまでの彼女の口調を真似してマコトは煽る。

実際冷静に考えてみると戦ったら死ぬ可能性大、そうマコトの感が告げていた。

吸血種の女王個体であるのは間違えない、つまり他と比べて尋常ではないほどの戦闘力と再生能力を誇る一人であるのは間違えない。

そして今の自分は骨の隅から隅までがズタボロの死にかけの折れ欠けた枝のような人間だ。

ろくに戦えないし本気を出しても魔力切れと体が壊れてご愁傷様になることは間違えない。

ならば今自分がどうすればいいか速攻で考え一つの方法を思いつく。

 

「魔王軍幹部の座を手に入れるチャンスですよ?」

 

「すみませんねぇ、最近耳が遠くって」

 

「さっきまで普通に会話してたでしょあなた!?」

 

「ちょっともっとゆっくり大声で」

 

「いっ良いでしょう、貴方を魔王軍に招待しにきました、今くれば魔王軍幹部の座を貴方にーー」

 

「あんだってぇ!?お前の本気はそんなもんか!ほらもっと大きな声で、早よ!クイック!」

 

ピクリと魔王軍幹部を名乗るメイリーは眉間に皺を寄せるが冷静に考察する。

相手は先代魔王を倒した伝説の勇者、もしここで戦闘になれば自分に勝ち目はない。

伝説によれば勇者にとって数キロメートルは一瞬で移動できる距離らしい、ならば今の自分は追い込んだのではなく追い込まれたことになる。

なのになぜ攻撃してこないか?

 

ーー簡単だ、どうせ嬲ろうと考えているに違いない。

自身の容姿に絶対的自信がある、先ほどもあぁやって引きずって来たではないか。

つまりこの勇者は生粋のサディスト、自分を追い込んで楽しんでいる。

 

冷や汗を一つ垂らし出来るだけ刺激しないように言葉を選ぶ。

 

「私は!ネオ魔王軍からきました!メイリーです!」

 

「ほらもっと大きな声で、さぁさぁ!!」

 

「わーターしーは!!魔王軍からきた!!」

 

「ネオが抜けてんぞガキンチョ、ほらしっかりしろよ本当」

 

「やってられますかこんな事!!」

 

バシッと地面を踏みつけて少女は吐き捨てた。

マコトはさっと空からの光で時刻を確認。

まだだ、まだ早い。

 

マコトは錬成術を起動しその場にさっと机と椅子を作る。

警戒し近づかない少女へ手招きしさっとゲンド◯ポーズをとった

 

「さて、私がゼー...じゃなかった、ネオ魔王軍に入って得する事はあるのか?」

 

「今なぜゼ◯レって言おうとしたんですか?そもそもなんですかそれ?」

 

「ほらっ言ってみろよ、俺が入ったら得する事、弊社が自分を勧誘する理由を三行以内で説明しなさい、はいどうぞ!」

 

机を強く叩く姿はさながら圧迫面接の面接官のようだ。

ビクビクと震えながら少女は口を開く。

 

「あっ貴方がネオ魔王軍に入る事で年中休みになります!」

 

「あぁ!?どうして年中無休なのか言ってみろよ、どうせ時と場合で変わりますっだろあぁ?」

 

「変わりませんよ、貴方は大賢者との戦いまで温存することになりますから」

 

「ちょっと待て、大賢者って誰だ?」

 

聞いたことのない単語にマコトは耳を疑う。

一瞬職業のことかと考えたがそのような名前の職業見たことも聞いたこともない。

そして魔王軍という存在と敵対する存在である者。

 

「大賢者は大賢者ですよ、かつての勇者達が世界を統べるこの世界の中心、人理の防衛機構」

 

「おい待て、勇者達って生きてるのか?もう百年ちょっと経ってるんだぞ、人の平均寿命はせいぜい八十年ちょっとだ」

 

「貴方が言いますか?...勇者は数人を除いて全員浮遊島に行ったとか。それを撃破し得るのは同じ勇者であるあなーー」

 

「よーし!次会ったら潰れない程度にゴールデンボールを蹴っ飛ばしてやらなきゃ」

 

「ゴールデンボールって...」

 

「言わせんなよ恥ずかしい、無論超電磁砲の横についた二つの電力庫に決まってるだろ

 

「乙女に向かって何を...」

 

「さっきまでわたしおぉすきにしていいですよぉとか言ってたガキが言うことかよ」

 

「あっあれは人間は皆私の美貌の前では欲情して何もできないからで」

 

「いやガキがそう言う売春もどきのことやるなよ」

 

説教がましくマコトは言うが少女は真面目な顔で切り出す。

 

「ところで話を戻しますが魔王軍に来てください」

 

「あーそういえば吸血鬼って血を吸わなきゃ生きていけないのかー?」

 

「なんですいきなり、吸血鬼は魂を吸って生きてるんです。だから魔王軍にーー」

 

「そういえばお前はなんで魔王軍にいるんだ?」

 

「貴方、話を逸らす気ね...まぁいいでしょう、これは今の話と関係あります。我々吸血鬼は魂を吸わなければ生きていけません、ですが人間は強くなりすぎて魔物をほぼほぼ殲滅、弱い魔物は消えてしまいました」

 

そう言って語られたのは現吸血鬼の現状だった。

過去には弱い魔物がいてそれを吸血、魂の摂取を行い生きて来たが人が強くなりすぎて弱い魔物が根こそぎ絶滅したそうだ。

吸血鬼は水に弱く大海を渡ることが出来ず、弱い魔物がいるかもしれない新天地にいけない。

人間を襲えば魔導師や聖騎士、さまざまな強い人間が魔物狩りと称し殺害を行ってくる。

そうなれば一家が芋づる式に襲われ殺されるとの事。

だから人間を襲うことも禁じられ、その所有物となった家畜を襲うことも禁止されたのこと。

結局食っていく道をなくした吸血鬼は滅びの一途を辿っていること。

 

「だから私は魔王軍に入って人類を減らし、魔物を増やさなければいけないんです」

 

「いや重いって...てか...あぁそっか」

 

「何納得してるんですか?」

 

「いや、人間と共存できないかなと考えたが信頼できねーよなって思って」

 

魂が含まれているの定義がわからないが生存エネルギー、生命という単位で考えればR18展開的な白濁液を摂取することでサキュバス式生存方法を確立できる。

だがそんなことを望むわけないしなにより誇り高い(であろう)吸血種には言えたことではない。

それに家族を大量に殺された彼女らが今更人間を信じるかと言われれば否だ。

 

「ってかまたしても勇者サマの尻拭いかよ」

 

「いや魔王を倒したのは貴方ですから貴方の責任では?」

 

「違う、魔王を倒さなければいけなくなったのも勇者サマのせいなんだよ実際」

 

ふらっと死んだ魚の目でマコトは笑う。

数百年前に何もできないと馬鹿にされた挙句頑張ったら猿真似とか言われたのだ。

大分心が荒んだ覚えがマコトにはあった。

 

「なぁ、本当なんで人は働くんだと思う?」

 

「なんですかその哲学的な発言に見せかけたダメ人間の自己肯定の常套句」

 

「長い、突っ込みが長い。良いか?俺が魔王と半強制的に戦わされたのは全部勇者のせいだ、良いか?when you see the brave, you have to kick his (規制音)(勇者を見たら(ピー)を蹴り飛ばせ)だ。あいつ八又してんだぜ、刺されろって話」

 

そうそれは愚痴だった、切実な愚痴だ。

宿に泊まった時もクラスメイト全員分の部屋ではなく複数人で相部屋だ。

そして勇者様はクラスの美少女と王女を毎日アワビの踊り食いしてたわけだ。

ミウも何度も口説かれたようだが毎回笑顔でノーと言ったらしい。

それに隣の部屋から艶かしいクラスメイトの喘ぎ声が聞こえた時は宿ごと消し飛ばしてやろうとも思った。

 

「ひでぇよな、神様はどうしてこんな理不尽な世界にしたんだろうかねぇ...」

 

正直者が損する世界というよりかは生まれながらのヒエラルキーによって優劣が決まる世界にマコトは見える。

顔がいいものはそれだけでステータスだし、地の頭がいいものはそれだけでその後の勉学が左右される、親が毒親か否かで子供の考えたかや未来が変わる。

考えるだけ馬鹿らしいとマコトは溜息を吐き、眼前の少女へと目を向ける。

 

「本当にお前は苦労してるんだな」

 

なぜか同情できて、なぜか可哀想に見えて無意識に少女の頭に手を伸ばした。

だがパシッと掴まれて手が止められる。

 

「今時撫でて惚れる女は少ないですよ?」

 

「いや知ってるよ...むなもんイケメンの特権だろ。ただ単に子供に見えただけで他意はない」

 

「ところで入るんですか?入らないんですか?どうするんですか?」

 

吸血鬼が持つ二つの真紅の瞳が暗闇で光る。

時刻は黄昏時、差し込んでいた陽の光は完全に消えた。

にっこりとマコトは笑ってわしゃわしゃと彼女の頭を無理やり撫でた。

 

「何するんですかあなた!?」

 

「じゃあなガキンチョ、さいなら」

 

「だからガキじゃないってーー!!」

 

抗議するように手を伸ばす吸血っ子の頭上が爆音とともに爆ぜた。

土塊と煉瓦がズタボロに崩れ降り注ぐ。

マコトは勝手(・・)に風が弾いてく瓦礫の中を真後ろに飛ぶ。

それら全て魔法による繊細な操作、マコトが右手を頭上に挙げると月光に輝く白色の手が引っ張り上げ俗に言うお姫様抱っこをした。

 

月光に照らされた女性の姿はさながら肖像画のような美しさを放っていた。

 

「ナイスタイミングユイ!いやー本当助かった」

 

我が家恒例の午後六時以降まで帰って来なければユイが数百キロメートル圏内を検索、魔力探知で場所を割り出しマコトの居場所へ飛ぶ。

そして何かが起きていればーー無論推して知るべしだ。

だが...

 

「マコトさん、遅れるって時は連絡するって約束ですよね」

 

目が笑っていない、口は笑っているが完全に目が笑っていない。

冷酷な笑みが背筋を凍らせてくる。

 

「すみません本当すみませんでした」

 

自身の非を全面的に認めてマコトは謝罪の言葉を口にした。

なるべく早く彼女の両目にハイライト先生が帰ってきて欲しいのだ、怖い。

ものすごく恐ろしい、端の見えぬジャングルのような濃緑色。

怖い、恐ろしい、帰ってきた際に殴りあい宇宙した時並みに恐ろしい。

ぶん殴りあいの結果仲直りできたのだがーーまぁ過去の話だ。

嫌な思い出は忘れるのが常識、ただ教訓は覚えている。

嫁がブチ切れたら素直に謝る、これ常識。

 

「じゃあ帰りましょうね、今夜は寝かせませんよ」

 

「ひゃい」

 

眼下で瓦礫を必死に避けて涙目で逃げる吸血鬼は完全に無視だ。

マコトはさりげなく手を振って上空へと飛んだ。

 

「覚えてなさいねー!!」

 

ぎゃーぎゃーっと自称吸血鬼の魔王軍幹部は叫んだ。

 



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問いただし

「ではいんたびゅーを開始します」

 

真っ暗に閉ざされた部屋に座らされたマコトは魔道具の光に顔を照らされる。

先日の自称魔王軍幹部との接敵(おふざけ)から帰るとすぐに服を脱がされ風呂に入れられ食事を渡されあったかいお布団で寝かされたのだ。

そして朝六時ぐらいに起きて水を飲んでいたらこのような状況になった。

 

信条家には一つの暗黙のルールがある。

まず一つ目にマコトは六時前に家に帰るか連絡をよこさなければいけない。

そして二つ目は五つの段階に分けられた家庭内危機、そして一つ目のルールが破られた時が四段階目のヤヴァイ事態だ、主にマコトが。

 

今の状況は明らかに尋問か何か、慣れないカタカナ日本語を使うユイをマコトは微笑ましく見守る。

 

「貴方の誤ちをお答えください」

 

なるほど、一番最初の問題はとてもベーシックなものだとマコトは思った。

マコトの辞書には反省の二文字は無いので同じ過ちはいくらでも繰り返すし同じ方法で騙されても毎回わざとハマる。

どれを言われているのかわからないがまず一番の問題をマコトは言うこととした。

 

「百年間帰らなかった事」

 

「いっいや、それはマコトさんにも事情があったのでもう良いんです、すみません気を遣わせて」

 

「いや本当こっちもすまん、もっと考えて行動すべきだった」

 

日本人であるマコトに相手を気遣って優しくしてあげたいと思うユイ、この二人が喧嘩した場合それは喧嘩ではなく謝り合いへと変わる。

話の脱線を理解したユイは脱線した思考のまま口を開く。

 

「...この話はやめましょう、次です。貴方の奥さんの好きな所は?」

 

「誰にでも優しくしてやれる所、ダメな時は叱ってくれる所、本当に辛い人間を助けてやれる強さ、こんな俺を好きになってくれた事も全部好きだな」

 

即答ーー一切の迷いもなくマコトは返答した。

優しさに飢えていたマコトは強いて言うならユイを自分よりも優先して考えていた。

誰一人として優しくしてくれず、誰一人として存在を認めてくれず、誰一人として信用してくれなかったあの頃に手を差し伸べて大丈夫の一言をかけてくれた。

それだけでマコトは大分救われた。

異世界に来て初めて優しさというのに触れて醜くも泣き疲れて眠ってしまった。

その後も本音で無事に戻ってきたことを安心してくれた、自分を気にしてくれた。

 

全て、全ての行動が今のマコトを作り出してると言っても過言ではなかった。

 

「ん?どうした?」

 

「なっなんでもありません。貴方は奥さんを何番目に好きですか?」

 

そうこの問題が一番難しい。

答えは決まっている家族だ。

だが娘と嫁、どちらかを順番づけして選べと言われればそれは不可能。

この問題を聞かれたときどう返答するかでマコトは三日徹夜して答えを導き出した。

 

「世界で一番好きだな」

 

「マコトさん、とりあえず好きって言っておけば良いと思ってませんか?」

 

「な訳ないだろ?百九年前に今までの感謝とか好きだって事を伝えられなかったことが本気で嫌だったんだ」

 

「でも私が寝込みを襲った時はーー」

 

「いや童貞さんに何言ってるのさ、こんな美人でそれも一番好きな女性が寝込みに入ってきて行為をしようとしてきたらされるがままになるでしょ...」

 

「びっ美人さんてそんなおべっか言っても夕飯は増えませんよ!」

 

顔を真っ赤にして目を逸らす姿をマコトはにこやかに見る。

こう言う時間、本当に平和でくだらないことを楽しくできる時間、自分が馬鹿やったのは多分この時間を味わいたかったのだとマコトは思った。

 

「まっまぁ百歩譲ってお昼にはマコトさんが好きな卵焼きを作ります、楽しみにしててください」

 

「(ありがとう)可愛い尊い」

 

心の声と言葉が入れ替わってマコトは真顔で言う。

尊いと言う言葉を作った人間は天才であり、やはり可愛いを絶対正義と定義した某ライトノベルは最高だと思う。

 

「真面目にやってくださいよ...じゃあ最後に一つ。マコトさんは私を恨んでませんか?」

 

想像の斜め上をいく質問にマコトはたっぷり三秒硬直し条件反射で口を開く。

 

「は?」

 

「すみません、変なこと言っちゃいました。忘れてください」

 

「いや、すまんすまん。真面目な質問だよな、どう思ってそう聞いたんだ?」

 

「その、私が寝込みを襲ってしまったからマコトさんが頑張りすぎて死んじゃったのかなって思って」

 

心の底から申し訳なさそうに俯くユイにマコトは全力で笑いを堪える。

今笑えば完全に話が台無しだ、この誤解は今解いとく必要がある。

 

「あのな、俺はユイが居てくれたおかげで今も生きてる。恨むなんてないし寧ろ感謝してもしたりないぐらいだ。お前があの時シタから俺はアイに会えたんだし、ユキにも会えた、そして何よりユイに嫌われてないってわかって本当に嬉しかったんだ」

 

どんなに優しくされてもそれが本当か疑心暗鬼になっていた、だがその愛情を感じてマコトは自分が成長できたと思っていた。

 

「人間誰が友達かわからないように、誰が好きで誰に好かれてるかなんてわかんないもんなんだよ。特に友人なんて自分が思っていても相手がそう思ってるとは限らない、かといって恋人だったらわかるってわけじゃないし今こうやってユイと夫婦として一緒に生きていけることが何より幸せだと思える。それが事実で現実の結果として俺は今本当に幸せ者だ」

 

「大分病気でしたもんね、マコトさん」

 

「病気ってなんの話だよ、俺生まれてこのかた一度たりとも病気にかかったことないぞ、記憶の中では」

 

「いや本当は誰もが成長過程でその病気を克服するんですよ。誰が自分に好意をを向けてくれてるのか分からず疑心暗鬼になってしまう、愛し方も愛情の受け取り方もわからない、そんな思春期の若い子だけが患う病気ですね」

 

「はっ違いないな...てか俺さっきからめちゃくちゃ恥ずかしい事口走ってる気がするんだが」

 

状況に流され愛してるだとか幸せだとか、世界で一番好きだとか。

マコトの脳裏に隠された黒歴史ノートに一ページの追筆が確かになされた。

確かに言えなかったことを後悔したし恥ずかしがること自体失礼だとも思うがやはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 

「良いんですよ、人間言葉で伝えないとわからないことの方が多いんですから」

 

「もう殴り合って伝えることは伝えたもんな」

 

「忘れてください...」

 

「いや本当最後の言葉を録音して寝る前に聞きたいぐらいだわ」

 

「やめてください...」

 

「そして街中で嫁に対する愛を叫びたいレベル」

 

「本当にやめてください!!ご近所さんにただでさえそういう(・・・・)感じで見られてるんですしこれ以上近所のお姉さん方にニヤニヤ顔でシモの話をされるのは複雑なんですよ!」

 

「おっご近所さんと仲良くやれてるなんて...さすが良くできた嫁、というか働きすぎてないか?家事変わろうか?一応一人暮らしだったから出来るし」

 

「大丈夫ですよ、それよりも薬草どうしたんですか?」

 

薬草、それは薬剤となる植物。

マコトが自然奉仕してちょこっととって帰ろうとしたもの。

結局怪我人がいると聞いて血相を変えて行ってしまってすっかり木の幹に隠したのを忘れていた。

 

「やっべ...ちょっと取りに行きたいんだが...その...」

 

先日も思ったのだが確か一番最初に二人で出かけたのはあの森だったはず。

それで情に動かされて森の再生活動なんか誰にも感知されない馬鹿なことをしてしまったのだ。

そして最近二人で出かけたことが無いことをマコトはちょっと考えていた。

はっきり言って夫婦になったまでは良い、二人の合意の上で解り合って本当に好きでしたのだ。だがいろいろ忙しくそういうのを一度しかできていない。

普通のカップルとかそういう感じの事をやってみたいとマコトは心の片隅で確かに考えていた。

だがこうやって面と向かって話すとなると妙に気恥ずかしくなる。

今自分はデートを人生で初めて誘おうとしているのだ。

考えろ信条マコト、推定二十九歳非童貞。

 

「そっその!」

 

「はいなんですか?」

 

この笑顔、絶対バレてる。

今までさまざまな顔を見てきたマコトには確かにわかった、自分が何を言おうとしてるのか彼女にはモロバレだと。

 

「デッデー...出掛けないか!?」

 

最後に日和ったな、マコトにはそんな声がどこからか聞こえた気がした。

デートというのは男女が一緒に二人で出かけるというもの、ならば出掛けるで正しいのだ。

わざわざデートというから恥ずかしいのであって出掛けるといえばそこまででもーー

 

ぐいっと顔を近くに寄せたユイの整った顔に心拍が早くなりマコトの思考は完全に途切れる。

 

「顔真っ赤ですよ、マコトさん」

 

「うっうるしゃいわい!!」

 

この嫁にはまだ勝てないとマコトはつくづく思った。



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会話

マコトとユイの二人がリア充爆ぜろ生活をしている時、彼らの妹に当たる桜は渋々ミハクを膝に乗せながら王女の話を聞いていた。

あの後も二十四時間ミハクを愛でて風呂に入れてなどなどニヤニヤ顔でこなしていた桜はふと一言言ったのだ。

 

『そういえば、魔王死んだのになんで私召喚されてるんですかー?』

 

読み聞かせがてら童話をミハクに読ませている際そう呟いたのだ。

童話の内容は簡単、現れた魔王が王女をさらったり国を攻撃したところで国は勇者を召喚する。

だが今魔王は存在していない、それが今この世界での常識。

信条マコトーー勇者が魔王を倒してから数十年、魔王は現れず世界には平和が続いている。

代々魔王は百年周期で現れることから災害と同じように扱われる。

何を目的に人に敵対するのかもわからないし何を目的に人と戦うのかもわからない。

だが一つ言えることは全ての魔王が総じて人類を滅ぼそうと動いたということ。

八人の幹部に四人の四天王なるものを作り自身は王座に座る魔王。

全ての物語においてこれは常識、というか絶対に現れるものだ。

 

最初の四天王は勇者にやられて他の四天王が奴は四天王の中でも最弱...ここまでがセオリー。

 

百九年たった今魔王はもう現れないというのが人類の考えることだ。

 

それなのになぜ自分が召喚されたのか、勇者として異世界に呼ばれたのが彼女には理解できなかった。

 

「そうですよ!働くのがその奴隷を貴方に譲渡する条件です!さぁ、働きましょう今すぐに!」

 

嬉々とした王女は興奮気味に桜に顔を寄せる。

丸く人差し指を曲げてデコピンを放つと王女の額にクリティカルヒット、涙目で数歩後ずさった。

 

「ひっ酷い...私が何をしたというんですか」

 

「異世界に召喚したこともそうですけど結構ありません?私そろそろ死んで楽になるって時に異世界に召喚されて働けとか言われてるんですが」

 

「貴女は私たちが召喚したことで生きていられるんですよ!お礼を言われてもいいぐらいです!」

 

「だから、誰が生かしてほしい、生きたいと言いましたか?」

 

「なっ貴女死にたいとか言うんですか?まだ生きてるのにそんな神様に報わないような事を...!」

 

「だから、私はもう死ねるところだったんですよ。生きる意味もそんなに無いのに勝手に異世界に召喚されて勝手に働く事を決められて、はっきり言って迷惑です」

 

桜にとっての世界は兄の読むラノベと兄が言う作り話。

兄に友人がいない事だってわかってたし、楽しい学校生活を送っているとは思えなかった。

それでも兄の口から語られる話は本当に楽しくて喜んで聞いていた。

例え嘘だったとしても自分が楽しまずに文句を言えば兄が傷つくこともわかってたし自分が生かされていることだってわかっていた。

そうやって自分が生きていることで兄が多少なりとも救われてる、生きる意義を見出してくれていたと思っていた。

 

「だけどもう兄さんもいないし生きて何になるんですか?はっきり言って叔母さんおっとクソババアが私の呼吸器を外そうとしてた時も嫌じゃありませんでした」

 

「一概に貴女が間違ってるとは王女の私は...言ったら多分人としてダメだとも思うんですよ。だけど貴女の態度はイラっする、折角救われたんだし人生楽しんだらどうですか?」

 

生まれつき恵まれた環境で望んだもの全てを手にしてきた自分が彼女に対して何か言う権利は無いと、言ってはいけないと王女は思った。

何より自分によく似た、どことなく似ている彼女がこのような態度をとることに若干、かなり胸のどこかがざわめいた。

この不快感が今はまだわからないが心地よいものでは無いと言うのが確かに理解できた。

 

「私には世界のため、国のため尽力すると言う生きる目的があります。だから貴女とは違う、けれど何か楽しみを見つけてほしいです」

 

「自己中ですね、流石王女」

 

「王女は何処の国も自己中心的な方ばかりですよ。なんなら生きる意味を与えてあげましょうか?」

 

ふふふと不敵に王女は笑う。

 

「ていうかそれ本末転倒でしょう?生きる意味って他人に与えられるものですか?」

 

「欲しいんだったらあげますよ。それに亜人ーーいや、ミハク。貴女は今、なんのために生きてるんですか?」

 

王女は言い方を改めて少女に生きる意味を問う。

賢い少女は重要な話題だと悟り少し思案してから桜の手を掴む。

 

「私は勇者様の為になりたい。私を見つけてくださった第一王女殿下の為に生きたい」

 

狼人族の特徴である丸くくっきりとした赤い瞳が真っ直ぐに王女へと向き細長く毛の塊のような尻尾がふんわりと床に垂れた。

狼人族である彼女にとってそれは忠誠を示すサインであり王女もそれを理解し静かに目を合わせ意思疎通が成された。

 

だがそんな空気をぶち壊すように桜は柔らかい少女の手をにぎにぎと優しく撫で回し頬を白色の頬に擦り付けて王族が使うような高級シャンプーで洗われふわふわとなった髪を撫でる。

 

「あーもう可愛いですねー可愛すぎて失神しそう、ミハクちゃん天使マジ天使」

 

恍惚とした表情で桜は少女を撫で回す、鬱陶しいと普通なら思うのだがその暖かさに少女は感情表現が上手くできずされるがままに桜の胸に頭を預けた。

 

王女はやはり思う。

生きる理由なんて言葉にする必要性はないんだと。

少なくとも今勇者ーーいや、ひとりの少女が幼い子供と戯れている。

これが本当は最も正しいものではないのだろうかと思った。

本当に素晴らしい光景だが一度手を叩き意識を自身に向けた。

 

「さて、質問の答えですが貴女を召喚した理由は一つ、賢者の命令であるシンジョウマコトの捜索です。彼がいなければ世界が滅びるとかなんとか」

 

「...待ってください、どうして世界が滅ぶんですか?というか明らかに話のスケールがでかいのと、その賢者とやらが信用できないのと、信条マコトはもう死んでるはずなのに...どうすればいいんですか!?」

 

サイレントノイズ並みの矛盾に桜は頭を抱えて文句を言った。

まず最初に世界が滅ぶと言う事、何故世界が滅ぶのか具体的な説明がなされてない、そして世界が滅ぶにしても最もな原因の魔王は信条マコトと共に死んでいる。

そう、信条マコトは魔王と戦って死んでいるはず。

ならば今になって何故信条マコトを探すのか、それが桜には理解できなかった。

だが無機物的な目で王女は続ける。

 

「知りません、私も流石に賢者様方の言っている事を全て理解できるわけではありません。ですがそれが必要ならば協力するのが私達王族の役目であり人類の義務です」

 

「全く見ず知らずの賢者とかに貴女は命を捧げるんですか?馬鹿ですか?死ぬんですか?」

 

今日も桜の煽り文句は絶好調である。

彼女にとってそれは耳コピで歌詞なしで魂のル◯ランを歌えと言われるのと同義、まずできるきがしなかった。

 

「拒否権はないですし、それが仕事です。その奴隷を取り上げられたくなかったらーー」

 

「それ以上言うと冗談抜きで怒りますよ?とりあえずわかりました、仕事はしましょう、その兄さーー信条マコトさんを探せばいいんですよね?」

 

「私も同行しますし、その奴隷も戦闘員として優秀です、使ってください」

 

「本人の許諾なしにそう言う決定嫌いですね、クソババアみたいでイライラします。ミハクは私についてきてくれる?」

 

「うん、お姉ちゃんについてく」

 

はにかみ笑いで桜を見上げ上目遣いで少女は言った。

N◯地雷で吹き飛ばされたのかと言うレベルで桜は地面を転げまわり数秒間悶絶したあとはぁはぁと息を荒げながらミハクを抱っこする。

 

「うん、今のもう一回言って、もっと甘えた感じで」

 

「おっお姉ちゃんについてく、大好きだから」

 

「あぁもうこの子可愛すぎでしょ、本当になんなんですかもう。王女さん、とっとと家出兄貴を探しに生きましょう!桜木町の交差点とか新聞見れば行けるでしょ!」

 

ハイテンションで宣言する桜。

迷わずミハクの右手を優しく握り立ち上がる。

だがやはり最後の方の日本人(それも30代後半にしか通じない)ジョークに困惑し王女は首をかしげる。

 

「桜木町ってどこですか!?これだから勇者の言うことは!」

 

だが無視、通じないとお互いが理解してるので何も言わない、ただ呆れたようにと息を吐くだけ。

廊下を走りながらも器用に言い争いを続ける二人を見て少女は心の底から嬉しそうに笑う。

 

「お姉ちゃん達楽しそう、私も嬉しい」

 

と、子供ながらに感想をこぼしたのであった。

 

 

 

 

かつて古代の遺跡の中央に位置した古代城があった大地は魔力濃度が高すぎて防御魔法を重ねがけしても入れないと噂される禁忌の地だ。

過去の古代文明が滅びた際魔力が放出され世界に溢れ出したとか、神の怒りを買って人類が滅ぼされたとか、説は絶えない。

その中のどれが本物だとかは関係ないし本人達だって未知の土地というのを好奇心で定義づけているだけにすぎない。

最近は神様がヤッた結果魔力が溢れすぎて白濁色の液体が城を真っ白に染めたとかいう説も学会で発表されたレベルだ。

 

そう噂される場所で本来誰一人として存在しないであろう場所で、一人の青年が新しく作られた(・・・・・・・・・・)窓から地平線の果てを眺めた。

黒髪の青年は苦虫を噛み潰したような顔で城を覆うように描かれた魔法陣に舌打ちしその両手を握りしめた。

 

「信条、あいつは一体どこにいるんだ...」

 

その男はそういうと二十八人の仲間達へと振り返った。

誰もかれもが同じローブを羽織り各々の道具を携えている。

それは剣であったり扇であったり、はたまたナイフであったりと特色様々な道具を持ち彼等彼女等は佇む。

道具たちは全て国宝級の代物であり街ではまず見かけないような一品だ。

そして男が持つコンパス、その針は荒ぶる様に回転しぐるぐると回る。

本来なら願いを叶える万能の願望機、それですら特定できない男の居場所。

 

だがそれでも、それだからこそ彼とその仲間たちは期待しながらしばらくの時を待つこととした。

反応がなかったあの頃とは違う、今はそれがある。

生きているということだけがわかっただけでも十分な収穫、計画はもう一歩前へと進んだ。

そうして三十人のクラスメイト達は欠けた一人を探すため各々の能力を活かすため何処かへと移動した。

 

 



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親友

街中の道を抜けて大通りの間にそびえる西洋の建物の隙間に生じた裏通りをマコトは歩く。

魔導都市と言っても学園があると言うだけで他国との交流が深かった一都市に過ぎない。

他国から伝わった建築技術や建材、設計思想などが合わさった結果この都市は雑に組み上げられた積み木のような都市だ。

商店街を歩いたと思えばいつのまにか屋根上の裏道へと出ていたり、表通りを通りまっすぐに港へと向かおうとしてもいつのまにか逆方向の裏山に出ていることもある。

立体的に重なり合った迷路と言っても差し支えないめちゃくちゃな都市がこの魔導都市だ。

現地人でも道に迷うような道の攻略法は多々あるがどれも人間にはできない超人的なものばかりだ。

親切にもどの店に行けばいいのか、それだけが書かれた地図ならどこでも売っている、だがそれによって道が全て違うほどこの都市はめちゃくちゃだった。

中央に行けば行くほど、それはさらに難解な迷路へと変わる。

 

そんな裏路地、それも一番迷いやすい中央街を歩きながらマコトは見知った道をあるていた。

初期から存在する建物や道は記憶に強く残っており迷いようがない、ここ数十年で増築が重なってわけがわからなくなっているが百年前通りの道は変わらない。

マコトはアキバーと書かれた看板のバーに入ると廃れた店内が目に入った。

バーテンである老婆はすでに泥酔しておりカウンターに突っ伏して眠っていた。

その前で冷水をチビチビと飲むエリックにマコトは話しかけた。

 

「おいエリック、例の件だが終わったぞ」

 

「あぁ...有難い。後日受け取りに行く、明後日の午後は空いてるよな?」

 

「もちろん、クソニートをなめるなよ?年中無業だ」

 

「自慢にならないぞそれ。それとクエストの報酬の情報だがここで話す」

 

それがマコトがわざわざここまで来た理由の一つだ。

理由はわからない、だが依頼書にはこの場所に来るように指示されて言た。

つまり人前で話せないことか誰かに知られてはまずいことだ。

誰にも知られ営内場所で確実に安全が保証された場所でなければ話せないような物らしい。

 

マコトは冷水を頼むと明らかにしゅわしゅわと泡を吐くビールが出された。

未成年ではないがシラフでいた方がいいだろう。

 

「お前が最後の戦いーーというか魔王戦の時にしたことを覚えてるか?」

 

「覚えてるぞ。魔力操作とか固有スキル使って魔王を殴り殺した、これで終わりだ」

 

その間に数百回死んで生き返ってを繰り返して脳筋戦法をマコトはした。

 

「相変わらず聞くだけで頭が痛くなる。そこは普通聖剣とかを使うもんだろ?」

 

「お前善良な日本人が卓越した剣技とか持ってると思うか?」

 

「無いな、それでも殴り殺すなんて選択肢想像すらできないんだが」

 

「まぁその話は置いといて指輪はどこだ?」

 

とても大切なもので失ってはいけないもの、心の底から失いたく無いもの。

その指輪の居場所が心の底から知りたかった。

子宝と嫁の次に最も大事なもの、見つけたいと思う。

 

「指輪なんだが、ちょっと面倒な場所にあってな」

 

「面倒な場所?」

 

「そうだ、多分この世界で二番目に侵入が不可能な場所だ」

 

「そこは何処だ?」

 

「なぁマコト、俺はお前になるべくなら言いたく無いんだよ」

 

真剣な顔で問いかけるマコトに本当に嫌そうにエリックは言った。

理解できないと言う風にマコトは文句を言う。

 

「あれは大事なものなんだ、一体何処にある?」

 

「お前に教えたら絶対に取りに行くだろ?」

 

「俺のもんだ、誰のとこにあろうと力づくでも奪ってやる」

 

「だから言いたく無いんだよ、俺はお前に幸せになってもらいたいんだ」

 

そう言うエリックの顔からは嘘の色は見えなかった。

マコトはそれが本音だと理解した、だから数歩下がり距離を置く。

まさかエリックにそんな趣味があったなどまったくもってマコトは想像していなかった。

 

「エリック、俺既婚者だしホモ的な趣味は...」

 

「何を勘違いしてるんだよ」

 

ジト目でエリックは問う。

一体何を言っているんだとでもいいたげだ。

 

「人間が幸せになってほしいとか言うときは恋情混じりの事が多いんだよ」

 

「馬鹿言うな、俺はお前に友人として、人として真っ当な幸せを掴んでほしいだけだ」

 

エリックにとってそれはとても重要な事だった。

昔に親身になって助けてくれたマコトは一種の命の恩人、返しきれないぐらいの音があると思っている。

誰が言おうとこれは彼にとって一番守るべき事項であった。

真面目な雰囲気を察してマコトは口を閉じる。

 

「本当に指輪はまた別のものを探してアレは諦めろ。行ったところで命がいくらあっても足りない。今十分幸せならその幸せを噛み締めて生きろ」

 

「あー、うん、何言ってるのかはわかった」

 

マコトはエリックが心の底から心配してくれているのを理解し、照れたのか頬を掻いて顔を逸らす。

 

「な?そうだ、いい温泉宿を知ってる、そこに家族全員で行ってこい」

 

そう言ってエリックはポケットからチケットを取り出す。

そこには家族全員分の温泉宿の無料券と書かれていた。

つまり自分を説得するために彼はわざわざこれをもってきてくれたと言う事。

マコトは自分をここまで考えてくれる友人がいたことに心から感謝した。

それでもーーやはり諦めきれなかった。

そもそもはなから諦める気などさらさら無かった。

チケットをエリックの前に返しマコトは口を開く。

 

「エリック、本当に気遣ってくれるのは感謝する。ていうか本当に嬉しいし、お前みたいなやつと知り合えて本当に心の底から良かったとも思ってる。だけどあの指輪だけは絶対に取り返さなきゃいけないんだ」

 

「それはーー今の幸せよりも重要か?」

 

殺し文句に近い言葉を言われて尚マコトの決心は揺るがない。

人生諦めは楽だが後に後悔はしたく無い。

それが一度死んで理解した事であり、二度と同じような気分になりたく無かった。

だからこそーー

 

「俺は絶対に指輪を取り返す。絶対後悔したく無いあのときやっておけば良かっただとか、どうしてやらなかっただとか、そう言う後悔は墓まで絶対に持ってかない」

 

エリックはマコトの両眼を見て強い意思を感じて口を閉じる。

嫌なことには関わりたく無い、極力面倒ごとから逃げたい、そう日常的に言うマコトがこう言いだしたら聞かないことだって知っていた。

だがエリックも引くに引けなかった。

数百年前と同じでもしここで行かせて仕舞えばもう二度と戻ってこないかもしれない、そんな不安感に襲われた。

 

「ダメだ、本当にダメなんだよ」

 

「頼む。ここで諦めて後悔したく無いんだ」

 

「理解してる、そう言う意味だって、なんでそうやって言うかだってわかってる。だからこそダメなんだ」

 

頭を抱えてエリックは絞り出すように言った。

過去にマコトと魔王との戦いが起きたのは全てエリックのやったことだ。

マコトに強く頼まれにスパイ活動をしていたエリックは友人の為に魔王の居場所を教えた。

それが確かな情報だと言う確信もあった、きっと強くなったマコトなら、彼ならできるかもしれないと考えて送り出した。

 

だがその結果彼は死亡し百年と少し帰ることはなかった。

幾度となく自分を責めた、なぜ送り出した、なぜ教えてしまったと。

一人の大切な友人を無くしエリックは彼の為に、手向としてエルフと人間の和解の架け橋として活動し続けた。

マコトが帰ったことを聞いた時、思わず変な声を出した上にその姿を見た時だって大人気なく泣いてしまった。

 

だからこそとエリックは思う。

 

「お前にもう死んでほしく無い」

 

「俺が死ぬって場合によるだろ。教えてもらって検討する。平和的な方法を考える。やる前から諦めるのは得意だが今回ばかりはそうも行かない」

 

さらっとろくでなし発言をして尚マコトは下がらない。

 

「...どうしてもか?」

 

「どうしてもだ。どうか俺を苦しめないでくれよ」

 

何時もはダラダラとした締まらない顔をしているマコトが今は真面目な顔で百九年前のようにエリックを見つめて言った。

ここまで言って下がらなければマコトが折れないこともエリックは良く知ってる。

一度ユイとマコトが結婚することを考えてると言った際も種族間の寿命の違いを考えマコトを苦しめない為にエリックはそれを否定した。

その時も数時間に渡る説得をした、もちろん前例はあるのでそれら全てをあげて結末と仮定、その証拠を提示し、本当に必死に説得した。

だがそれでもマコトは折れずにユイと付き合ってため息を吐いたのをエリックは今でも鮮明に覚えている。

 

本当に嫌そうに、露骨に不機嫌な様子でエリックは溜息を吐いて懐から紙を取り出す。

マコトはそれを受け取り目を通していく。

 

「王城の宝物庫って...マジか」

 

「国宝として保存されている。大賢者達もそれを絶対に死守するよう全ての国家に命じているぐらいだ」

 

「その大賢者って勇者ーーつまりクソシンジとか、三十一人の召喚されたクラスメイトの俺とミウを除いた二十九人全員を指しての言葉か?」

 

「そうだな。お前が死んでから、いや、魔王が倒されてから世界の為にできることをしたいと言って世界の運営をしてる」

 

「良く知ってるんだな。そういえばなんでミウは行かなかったんだ?」

 

ほぼ全てのクラスメイトが行ったのなら彼女だっていくはず、そう考えた上でマコトは質問した。

だがエリックは首を捻り顎に手を当てて思案する。

 

「ミウって誰だ?」

 

「いや、イイダミウ、ほら体型の良い俺の幼馴染の空色の髪の奴だ」

 

「空色?一体なんの話をしてるんだ?」

 

まったくもって理解できないと言う風にエリックは疑うようにマコトに視線を向ける。

 

「だから...お前会ったことなかったっけ?」

 

「いや、お前の幼馴染でこちらの世界に召喚された人物。該当する人間は居ない」

 

「居るって、何言ってんだお前?相当酔ってんじゃねぇの?」

 

ジト目で酒瓶を見るがラベルを良く見ると麦茶と書いてある。

なんとも紛らわしい瓶である。

 

「すまん、調べてみる事にする。わかり次第報告させてもらう」

 

「あぁ、そう言う事で良いよもう。じゃあな、うちの長女に会ったら達者でなって言っておいてくれ」

 

渋い顔で飲んでいた麦茶をエリックは思い切りカウンターに吹き出しゴホッゴホッと咽せる。

怪しいその反応にマコトは訝しげにエリックを睨む。

 

「なぁ、お前本当はうちの娘と何か接点があるんじゃないか?」

 

「無いな。言いがかりはやめてくれ」

 

キリッとエリックは誤魔化す。

バリバリある、はっきりってめちゃくちゃある、この前だって路地裏で連絡を取っていた。

 

「まっ、体調に気を使えって言っておいてくれよ」

 

今回ばかりは見逃してやろうとマコトは寛大な心で言い放ち店を出た。

 

そろそろ自分も店を出るかと立ち上がるがカウンターで眠るおばちゃんがエリックの裾を引っ張る。

 

「お代、ますたーのおすすめが一本とお冷だから三百万ね」

 

「え?」

 

法外な値段にエリックは完全に静止する。

だがおばちゃんは笑顔でガハハと笑う。

 

「いやーこんなお金持ちの人が来るなんてね...」

 

「ちょっお冷はあっちの」

 

「付けと言う制度はうちには無いんだよ、じゃあ払ってね」

 

確かに金はある、ふつうにエリックはそれほどの金額ぐらいなら持ってる、というかぴったいそれぐらいを持ってる。

だが、これは別の用途に使うものであって...

 

「もしかして払えないって言うんじゃ無いだろうね...」

 

老婆に右手に集中していく魔力は明らかに異常、戦えば怪我を負わされかねない程。

大人しくエリックは金貨が入った袋をカウンターに置き畜生と言って店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

男二人が密会をしているその頃、ネオ魔王軍幹部である吸血鬼の女王、メイリーは真面目に思案していた。

ほかの魔王候補と争う為にはまだ自分も、仲間達も弱すぎる。

自分にかの勇者が組みいることとなれば形勢は逆転しほかの種族を出し抜いて魔王の座を手に入れる事になるだろう。

その魔王を争う戦争の参加者の証である血の跡が右手に現れたところまでは良い。

全ての種族、一種族内で最も強い者にこの証は与えられる。

まず参加権は手にしたわけだ。

 

「だけどほかの候補に勝てるか...」

 

やはりどう考えても勝てる確率は無いに等しい、勝てない可能性の方が高すぎる。

なんとしてでも勝たなければいけないのにどうしたら良いのだろうか。

 

「王女様...」

 

暗い部屋に一人の老婆が入った。

その背には肩翼の黒い翼が確かに生えている。

吸血鬼の証拠であり、少女、メイリーが最も信頼する同族だった。

 

「何?私を笑いに来たの?」

 

皮肉げに少女は笑うが老婆は首を振った。

先日の勧誘に失敗したことを彼女には伝えてあるのだ。

 

「メイリー様、この私に妙案があります。まずは是非このワンピースを着てください...」

 

そう言って彼女が取り出したのは白を基調としたフリルが可愛らしくついた女性服だ。

今の彼女の大きさには合わないが姿などいくらでも変えられる、身長や成長具合は吸血鬼の特性として変幻自在だ。

だが、それはわかるのだがメイリーはこめかみを押さえ補佐に一言。

 

「それ、何に使うか聞いて良いかしら...?」

 

「ハニートラップです!!」

 

ドンっと強い押しで老婆は叫ぶ。

グイグイと少女に歩み寄りながら鼻息を荒げ可愛らしく清楚なワンピースを広げる。

 

「ごめんちょっと何言ってるのかわからないわかりたく無い」

 

「男なんて可愛い異性に好きと言われたらコロっと落ちるんです!さぁ、今すぐこの服を着て相手の名前を囁きながら愛を叫ぶんです!」

 

「何言ってるの、相手既婚者よ?それにあの女性...間違いなく強い」

 

頭上から月に照らされながら舞い降りた一人の女を思い出し悔しげにメイリーは呟く。

間違いなくあの時自分は相手の慈悲によって救われた、一瞬で自分が殺された可能性だってある、抵抗できたかは本当にわからない。

あの人を怒らせれば何が起こるか本当にわからない。

 

「男はハーレムに弱いんです、誰しも可愛い子に言い寄られればコロっと行くんです」

 

「でっでもそんな淫らなことを...」

 

「今更誇りとか言ってられません!一族全ての命がかかってるんです、行きますよ!」

 

「わっわかったから服を引っ張らないで!」

 

服を勝手に脱がそうと動かす老婆にメイリーは必死に叫んだ。

結局着替えて年齢を20代に設定、長くなった髪を三つ編みに結わき自分ながらかなり可愛いな、と心の端で思った。

 

「可愛いですよ...後はこれです」

 

そう言って老婆が取り出したのは耐久度が切れかけの髪飾り。

結構強めの衝撃でも起きれば壊れてしまうほどの耐久にした一品だ。

首を傾げメイリーはそれを観察する。

 

「さぁ、これを付けて態とらしく曲がり道でぶつかって髪飾りを落とすんです!そして壊れた髪飾りを見て勇者様が新しいのを買ってやるという流れです!」

 

「あの勇者がそんなことするとは思えないのだけれど」

 

「恋愛の基本は信用と信頼です!信じなくてどうするんですか!」

 

「そっそうね、信用と信頼ものね...」

 

「さぁもっと準備しましょう!」

 

老婆が興奮気味に服を揃えに鼻歌を歌いながら屋敷の廊下を駆けていく。

そうして陽は落ちて吸血鬼の時間は始まるのであった。



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面倒

悲しみのない自由な空へ行きたいと思いながらペンギンは空を眺める。

そう勝手に妄想し同情しマコトは涙する。

 

「めんどくせぇ...」

 

こうやってわけのわからない想像をしながらダラダラとソファーにマコトは転がる。

先日知らされた指輪の在り処はズバリ王城の宝物庫。

王族の血を持つもの以外が開けられないという筋金入りのご都合金庫だ。

その上警備はこの世界で生まれた勇者達が守っているときた。

ここ百年で発生した勇者は八人。

それも今現在生きている勇者は四人で四功勇者と呼ばれているらしい。

剣に特化した剣の勇者、魔法に特化した魔星勇者、弓に特化した弓の勇者、そして最後に拳法に特化した酒の勇者。

拳法に特化した勇者は拳の勇者と呼ばれていたのだが酒を年がら年中飲んでいるため酒の勇者と呼ばれているらしい。

王都を護衛するこの四勇者を突破、もしくは回避しなんとしてでも王城の金庫に辿り着かなければ指輪は取り返せない。

 

「無理ゲーを通り越して鬼畜ゲーだろ」

 

見つかったら殺されること間違いなし、その上最近は異世界から召喚された聖勇者もいるらしい。

レベルがまだ上がってないとは思うが厄介なことこの上ない。

つまり五人の勇者、それも高レベルの世界最強を五人も倒さなければいけない。

 

そして今の自分の戦闘力はたったの1。

とっておきの超集中を使っても勝てるかどうかは微妙、いくら見えても体が追いつかなければ回避はできない。

最悪の場合リミッター解除すればいける可能性もあるがそれをやればまず動けなくなる、つまり倒したところで捕獲されるなり、逮捕されるなり、まぁ帰れるはずがない。

 

「クソゲー臭がプンプンする、裸縛りで罠禁止プレイしてるようなもんだろ」

 

勝てない戦いとはまさにこの事、十中八九活路はない。

 

そう言いながらマコトは天を仰ぎはぁっとため息を吐く。

今日の天気は曇り、ジメジメとした感じで雨が降ればマコトにとっては最高の天候だ。

日本にいた頃の推し艦の名前に雨という字が入ってた事もあり雨は嫌いじゃない。

 

だがこうやって珍しく港近くの喫茶でダラダラとコーヒー一杯で居座る迷惑な客をしてるのには理由があった。

 

胸ポケットから手紙を取り出しマコトは若干ニヤニヤしながら開くとそこには綺麗な字で

 

『もしよかったら海岸沿いのカフェテルアでお会いできませんでしょうか?』

 

それもハートマークの印刷、多分塗ったのだろう、赤いハートが描かれている。

この妻帯者、嫁がいるくせにこんなキャバ嬢でもやらないような勧誘に乗って店に来たのである。

 

「いやー本当モテる男は辛いわー」

 

ニヤニヤとマコトはだらしなく口元を緩め手紙を眺める。

そしてふとした拍子に手紙が裏返り何か書かれていて見てみると、そこには

 

『愛しのメイリーより』

 

と自称魔王軍幹部の名前が書かれていた。

直ぐにマコトの額から冷や汗が垂れる。

今の自分は身代わり石を念のための三つしか持っていない。

これが壊れれば自分は間違いなく命を落とすだろう。

 

「やっべぇ...逃げよ」

 

そそくさと勘定を置いて立ち上がり手紙を置いて逃げようとするがマコトの方を女性が掴む。

 

「どこに行こうというんですか?」

 

「バ◯ス!!」

 

「なんですかそれ?それにしても来てくれたんですね、勇者さん」

 

「あー聞こえねぇー人違いだー!つうか目潰しの呪文作動しろよ、もしくは浮遊島が落ちるとかさー!!」

 

あーだこーだと文句を垂れてマコトは踵を帰し逃げようとするが謎の女性の爪がめり込み、止まる。

やばい、本気でやばいとマコトは思う。

さっと振り返ると白色のフリルがついた大変可愛らしいワンピースを着たマコトの性癖ドストライクの女性がいた。

貧乳でお世辞にも成長が良いとは言えないが身長もある程度あるし何より濁りのない雲のような白色の肌にルビーのような真紅の瞳が美しく輝いている。

マコトはつい見惚れて足を止める。

 

「今日は大事な話があってきたんです、せめて事情ぐらい聞いてください」

 

「ファーストリー、俺雑魚、セカンドリー、俺三十路一歩手前、サードリー、俺戦えない、ゼアフォー俺魔王軍とか無理絶対」

 

支離滅裂な英語で儚い抵抗をするがそれは下位装備でイベントミラボレ◯スを行っているようなもの、つまりムダだ。

 

この抵抗はメイリーだって想定していた。

ここで顔を真っ赤にしながらも老婆に教わったある戦略を取る。

そっとマコトの腕に自分の腕を絡め上目遣いで水魔法で少し濡らした両目でマコトを見る。

 

「お願いだから、話を聞いてください」

 

なんとも同情を誘い、その上エロ仕掛けも含んだその技に無意識にマコトは頷いていた。

 

 

 

 

ある程度の説明を聞きながらケーキを二つ注文、あとコーヒーのおかわりをマコトは少女の奢りで注文しダラダラと説明を聞いた。

まず魔王を決める聖戦があるという事、魔王決めるのに聖戦なのかよとかいうツッコミはしない。

確実に勝つために最弱陣営の吸血鬼に助力が欲しいと。

他の陣営も力をつけてる中全てを覆すほどの力を持つ者を誘いたいと。

で、なにをおもったのか過去の経歴だけを見てマコトを誘ったらしい。

たしかに童話にはすっごい格好良く楽に魔王を倒したことになっているが実際は数百回の死亡を繰り返し四肢を何十回も捥がれながら切り続けたという格好よさのかけらもない酷い戦いだ。

それにその反動で百年近く死んでいる者として死人として消えていたのだ。

その時の副作用、というか反動なのかマコトはほぼ戦えるような体では無い。

 

「で、俺にその魔王決定戦とやらに参加しろと?聖杯戦◯かよ」

 

「その聖杯◯争が何かはわからないけど、勝たなければいけないのよ」

 

「俺重い話苦手だからパスして良い?」

 

「パスさせませんし、逃げさせませんよ?」

 

がっしりと右腕を掴まれて逃げ道を消される、もし本気で来られたらマコトに抵抗する力はない。

だが当の吸血姫、メイリーは心の中で冷や汗を物凄くかいていた。

今つい腕を掴んでしまったが相手が機嫌を損ねれば殺されるのは自分、かつて魔神とすら呼ばれた魔王を倒したような化け物。

 

「「((下手な事したら殺される...!!))」」

 

この時二人の考えは一致した。

まさかメイリーは勇者がスライムすら倒せないほど弱体化してるとは思えないし、マコトだって相手がこっちをものすごく警戒してるとも思わない。

見事な勘違いがここに出来た。

 

「貴方にだってメリットがあります」

 

事情を説明し相手にとって得する話を出す、交渉のセオリーだ。

メイリーは落ち着いて深呼吸し声を捻り出す。

声が上ずってないか不安で心拍が島風のように早くなる。

 

「メリットも何も俺が勝てた場合の話だろ?」

 

「そうです、魔王となった暁には聖杯、無二の願望機が出現します」

 

「それ絶対呪われてるだろ俺知ってるよ」

 

「呪いって何言ってるんですか?もしそれを手に入れられれば吸血鬼の一族を全て作り変え魂を吸わずとも生きていける体に変えます。そして人類を減らし、魔物を増やす、そうすれば安定した食料が約束される」

 

「都合よく行くわけないだろ?そもそも吸血鬼の一族を作り変えるってそんな事可能なのか?」

 

「はい、現に貴方が倒した魔王が願った、世界一強くなりたいという願いは成就されましたし」

 

「でも俺に倒されてるじゃん」

 

あんな方法を正式に戦ったとは言えない、あんなのただのゾンビ戦法だ。

そこを理解はしているがマコトという人間に殺されている時点でその聖杯とやらの価値が結構怪しい。

 

「貴方が倒せたのは女神の力ですよ、確か...あった」

 

鞄から一冊の童話を取り出し少女は物語の中盤を開く。

そこには森に佇む美しい女神に願う知らんイケメンの姿が。

マコトは眉間にしわを寄せて顔を逸らす。

童話とは言えシンジの姿が描かれてるのは大変不快だとマコトは思う。

あの時邪な気持ちがあるとかで試練を突破できなかったのは誰だという話

 

そんなことも知らず興奮気味にメイリーは語る。

 

「ここで勇者は生命の女神と契約し一種の不死の体を手に入れたとされています。彼女に渡された剣は神聖なる力を放つとか、おそらくそれが魔王を殺したのでしょう!」

 

「神聖な力ってあれ普通に相手を死んだことにするって世界に定義付ける剣だぞ?女神曰くその能力を使うと少なからず反動があるとは言ってたがまさかなぁ...」

 

まさかズタボロになった挙句百年自身も死んだことが定義づけられるとはマコトも思っていなかった。

それに何かしてくれたのか自分は今こうやって生きている、というか生き返っている。

あの女神には生き返ってから会っていない、もし会ったら礼の一つでも言いたいとマコトは思う。

 

「とりあえずそれを抜きにしても貴方は強いでしょ?」

 

「だから、俺今弱いんだって。俺の嫁の方が数百倍強い」

 

「そんな謙遜を...」

 

「もしかしたらどうにかできるかもしれないが結局の話俺がそこまでして戦う意味がない」

 

「それでも、もしも聖杯を手にすることができれば吸血鬼を変化させた残りの魔力で元の世界に帰れるかもしれないじゃないですか!」

 

「あのなぁ、俺がいつもとの世界に帰りたいって言ったよ?」

 

「生まれ故郷です、帰りたいはずです」

 

絶対にそうだという風に少女は言う。

だが、マコトからすればそんなことどうでも良かった。

食事はこちらの世界でもなんとかして作り出せるし、元の世界に帰ったところで無職の子連れの行方不明者だ。

わざわざ戻る意味がマコトには見つからない。

自分の身を親身になって心配するエリックやミウ、嫁のユイ、次女のユキ、そして長女のアイ。

彼ら全てを忘れてまで日本で生きていく意味はあるのだろうか。

 

「残念ながら俺は帰りたくないな。ダラダラと子供の成長を見守って夜はユイの胸の中で寝れたらそれで満足だ」

 

「じゃあ貴方のご両親は!?家族がいるはずでしょ!?」

 

「俺の家族は昔から今まで妹とユイ、ユキにアイ、それで全員だ。それ以外は家族じゃない」

 

「でっでも...」

 

「でもでもデモクラシーじゃねぇよ。いいか?俺の両親はどっちも毒親だ、ろくでなしのクソ野郎達だ。妹を捨てて逃げた母に金を残して消えた父親、俺は愛されたことだってないしあいつらを親だと思ったこともない」

 

珍しく怒気を放ちながらマコトはかなり強めに言い放つ。

一体どれだけ自分と妹が苦しんだがわからない、全て、全てあいつらのせいだ。

現に今も妹がどうなってるかわからない、おそらく自分が消えて数日でクソババアが嘘泣きをしながら呼吸器を取りはずしたことだろう。

つまり自分は何も妹にしてやれなかった、その上最後すら一緒にいてやれなかった。

どれだけクソな兄貴なのかとマコトはテーブルを叩く。

ビクッと周りの客が喧嘩か?とマコトを見る。

 

「その、すみません」

 

怒鳴り声に萎縮しメイリーは普通に涙目になった。

今の今まで大事に育てられてきたため理不尽に怒られる経験が無かったのだ。

今にも泣き出しそうな彼女に慌ててマコトは口を開く。

 

「ってすまんすまん、ついつい感情的になっちまった。てか痛ぇな、それとお前に協力するって話だが受けてやってもいい、そのかわり俺の方の案件も手伝ってくれ」

 

理不尽に怒った事と、もしかしたらという可能性を考えマコトはそう言った。

その一言に本当に嬉しそうにメイリーは立ち上がる。

 

「本当ですか!?嘘じゃないですよね!!」

 

「勿論だ、その代わり約束は守れよ?」

 

「はい、私にできることならなんでもします...ってそれなんですか?」

 

「これは便利な録音機というやつだ。お前が言ったことが確かにここに記録されている」

 

悪い顔だ、ものすごく悪い顔だ。

強いて言うなら犯罪者顔、平気な顔でいたいけな少女を騙す酷いやつの顔をしている。

困惑したようにメイリーは首をかしげる。

協力するのならそれに見返りをあたえるのは当然のこと、すぐにマコトが自分の裏切りを警戒していることを理解したからこその困惑だ。

 

「じゃあ、王都に向かうぞ」

 

「えぇ!?どういうことですか!?」

 

「ちょっと王都の金庫に忍び込んで指輪を取り返しにいくんだよ、お前の力を頼りにしてるぞ」

 

「待ってください!ちょっとぉ!」

 

悲鳴じみた声を上げるメイリーとは裏腹にマコトは笑顔で立ち上がり勘定を机の上に置いた。

ケーキ代は結構値が張るがしょうがない、必要経費として割り切りマコトは店を出る。

その後ろを親を追う子のようにメイリーは駆けて追った。

 



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は?

白色の防壁が守る歴史深き神聖な王城では動きやすい服といえどある程度小洒落たものを着て王女は少女、桜の前に立つ。

厳格な雰囲気を漂わせながら彼女は歴史の教科書を開きクイッと教育速度上昇の加護がつけられた眼鏡のポジを修正する。

 

「ではまず、歴史の授業から始めますね」

 

「せんせー質問があります」

 

今日も今日とて膝上に白銀の少女、ミハクを膝に乗せた桜は本当に面倒くさそうに右手を挙げた。

もう既に何をいうのか大体察して王女は返答する。

 

「まだ何も言ってないんですが...なんですか?」

 

「私が必要なのは今勉強は勉強でも戦闘に関する勉強じゃないんですか?」

 

「あっ、そういう事ですか。安心してください、この後四時間の歴史の勉強の後八時間の戦闘訓練、五時間の武器指南書、二時間の適正聖剣選択作業が待ってます」

 

てっきりふざけた質問かと思っていたのだが結構まともで王女はそう言った。

だがそれを聞いた桜は顔を真っ青にして首を振る。

 

「いや待ってくださいそれ十九時間ですよ!?まだ朝とはいえ七時を超えてるはずです、徹夜しろと!?」

 

「私も、殿下がおかしいと思う」

 

ボソッとミハクもそれを援護する。

だが何を勘違いしたのか無垢な笑顔で王女は笑う。

 

「疲れることを気にしてるんだったら全快薬があるのでいくら疲れようが復活できます!」

 

「そういうことをいってるんじゃないんですよ、この無理なスケジュールを組んだのはどこの馬鹿ですか!?」

 

「私ですが、前の勇者はこなしてました!つまり貴方にだってできるはずです!」

 

「一体どこをどう勘違いしたらそう考えるようになるんですか!?馬鹿なんですか?馬鹿なんですよね?」

 

「馬鹿馬鹿言ってる人が馬鹿なんですよ!じゃあ何がおかしいか説明してください!」

 

全くもって理解不能という風に王女は言う。

だあがやはり元日本人ということもあって桜は堂々とこう言う。

 

「労働基準法で過度な労働は禁じられてます!その上その全快なんちゃらがいくら体力を元に戻せても精神面の疲労は治せないでしょ?だからダメなんですよ。それに無理を続けたら心がポッキリ行きますし」

 

「でっでも、シンジョウマコトは努力家でそれぐらいやったと...」

 

ちらっと教科書用に持ってきた童話を彼女は見る。

心底呆れたように桜は溜息を吐いて頭を掻く。

兄と同姓同名の人物が百数年前にいたのかもしれない、もしそれが兄だったとしたら十中八九そんな馬鹿みたいなことーー

 

「ダメだ言えない...やりかねない」

 

かつて入院費を手に入れるためにリアルに血塗れになったり泥水をすすってまで雇用をぶん取り高校を卒業できる最低日数を計算、うまく管理し働き続けたのが兄である。

とても真面目で素晴らしいが馬鹿な兄だったと今更ながらに桜は思った。

 

「ですよ、シンジョウマコトは他の勇者に比べてステータスが低かったんですが、努力でそれを補って全力で頑張ったんです。そして最後は仲間が王都を防衛してる間に魔王城に単独乗り込み魔王を倒す...格好いいですよね!」

 

過去の英雄を神聖視するように王女は興奮混じりに言った。

子供が御伽噺(おとぎばなし)に出てくる英雄に憧れるように一人の少女である王女もまた、伝説の英雄というのに憧れていた。

その英雄に憧れて今まで彼女は鍛錬を積んできたのだ。

いつか彼のような英雄となり世界を守れるようになりたいと。

少女が願ってしまうのはある意味当然の事で、こういう話は十中八九最も残念な形で現実は現れる。

 

そう、少女が憧れる勇者は今修羅場の中心にいた。

浮気をするかのようにマコトと一見仲睦まじそうに話していた大人の姿のメイリー、二人の姿を買い物帰りにみかけたユイの第一声がこれだ。

 

「浮気ですか、そうですか...」

 

右手に魔法陣を構築しながらそう言ったのだ。

すぐに魔力反応に気づきマコトとメイリーはアイコンタクトで理解し合う。

ヤベェと。

 

「おっおい、そんなことできるわけないだろ!子供の事を考えろ!」

 

微妙に演技がかった芝居でマコトは叫ぶ。

その一声でメイリーは話の展開を予想、返事を脳内で作り上げた。

 

「お願いします、娘が可哀想で...」

 

態とらしく口調も変えてメイリーは涙ぐみながらマコトの腕をしおらしい様子で掴む。

なんとも哀愁漂う姿にマコトはほくそ笑む、完璧な演技、これなら騙せる。

嬉々とした調子でマコトは口を開く。

 

「お前の子供が母親と離されたらどう思うか分かってるのか!?」

 

「ですが、今はこれ以外方法が無いんです...」

 

「くっそ、仕方ねぇなぁ?子供を預かればいいんだな?」

 

「すみません...」

 

申し訳なさそうにメイリーは謝罪の言葉を述べる。

本当に心のそこからマコトを信用してるユイはこう思う。

 

「(なんであんな演技をしてるのかしら?)」

 

モロバレである、騙すどころか見透かされている上にユイはさらに考察を重ねる。

自分にマコトさんが嘘をつくことは本当に少ないと思う、ならば何故今マコトさんが自分を騙そうと嘘をついているのか。

だが引っかかるのは女性の容姿、自分とよく似た銀髪に、体格は子供のようだがある程度身長はある。

相違点は眼の色、彼女は真っ赤な赤色だ、そして自分は翡翠色。

浮気という点を考えたが...ありえないとは言い切れない。

だが冷静に考えれば今マコトさんは子供を預かる約束をしたということ、それが事実として起これば浮気の可能性は消えるだろう。

 

ユイは一度深呼吸し、正妻の余裕を持って二人に近づいた。

 

「おっおうユイ、こんなところで奇遇だな!」

 

冷や汗を滝のように流しながらマコトはさも突然あったかのように言った。

 

「こんなところで何してるんですか?それとそちらの女性は...?」

 

「あっあれだ、百九年前にあったガキンチョの子孫だ、吸血鬼らしい」

 

ぽろっと嘘をついてマコトはあははと笑った。

なんとも苦しい言い訳だ、だがマコトはたしかに百年前にはきちんとした勇者をしていたので一応整合性はある。

出来るだけ喋らないようにしようと決めて俯きながらメイリーは無言を貫く。

 

「夫がお世話になっております、()のユイです」

 

「はっはじめまして...メルルと申します」

 

マコトは内心俺妹かよっとツッコミを入れるが顔には出さない。

敢えて嫁を強調して言ったユイの意図を賢く察してマコトはユイの隣に立った。

 

「それでなんの話をしてたんですか?」

 

「はっはい...うちの子供を預かって欲しくて...」

 

「それはどうしてですか?預ける正当な理由は?」

 

「そっその...」

 

ちらっとマコトに視線を送り助け舟を求める。

素早く察してマコトは真剣な顔で口を開く。

 

「今吸血鬼に世知辛い世の中らしくてな、今他の種族に迫害されてて危険だから子供を預かって欲しいんだとさ。昔に助けてやるって言ったし子供を預かるぐらいやってやってもいいかなって思って」

 

「はい...」

 

「そのお子さんはどこですか?家族の元に置いてきたんですか?」

 

「はい...」

 

怪しすぎる二人を訝しげに見てユイはある程度の考察を固めた。

普段から働きたく無いとか、色々と文句を言って面倒ごとから逃げるマコトさんがこんな慈善事業をやるはずがない。

もしやるとしてももっとごねまくって何かしら理由づけしてからやるぐらい捻くれているはず。

ならばこの状況はおかしい。

ユイはフッと笑ってメイリーに微笑みかける。

その口は笑っているが目が笑っていない、そんなやばい表情を見てメイリーは固まる。

 

「その子供、マコトさんとの子供ですか?」

 

「「へ?」」

 

七十度違うベクトルの質問にマコトとメイリーは間の抜けた声を出した。

ゆらゆらとユイの右手の上で蜃気楼のように風魔法が限界する。

風魔法、『エア シャット』ネーミングセンスが相変わらず糞なのは置いといてこの魔法はやばい、どれぐらいやばいかといえば裸縛りでイベントミラボレア◯ソロをするぐらいやばい。

この魔法の特性は指定した部分の大気を完全に遮断し一種の超圧力場を作る事だ。

その空間に指を突っ込めば一瞬で圧力で潰れ、文字通り消滅する。

そんな超圧力場を出現させた理由は一重に脅しである。

 

「ユイ、考えてみろよ。美人がいたらついつい見てエッロとか思うけどそういう事を嫁がいるのにやるわけないだろ?」

 

「エッロとは思うんですか最低ね」

 

ジト目で思わずメイリーがツッコミを入れる。

 

「うっせぇ、既婚者だろうとめちゃくちゃ美人がいたらついつい見ちゃうもんなんだよ」

 

「随分と仲睦まじいですね...」

 

未だに誤解してるのかユイは二人を交互に見てそう呟いた。

 

「本当に何を勘違いしてるのか知らんが...というか勘違いさせるような行動をして悪かった、そこは謝る」

 

悪かった理由をきちんと述べそれに対する正しい謝罪を述べる。

まだ九年だが謝罪をしても何に謝ってるの!?と言われて返答できなければそれはただのとりあえず謝っといたになる。

それが相手の怒りの炎に油を注ぐこととなる。

 

「こいつの本名はメイリー、吸血鬼の種族を代理してる奴だ。頼られてしこっちの要件もやってもらうってことで話し合った相手だ」

 

「つまりさっきのやつは全部嘘ですね?」

 

「そうだ、すまん。嘘をついて悪かった」

 

「そういえば良いんですよ最初から...下手に誤魔化そうとするから疑ってしまうんです」

 

「でもあなた私のエロ仕掛けにかかってたじゃない」

 

やはりジト目で淡々とメイリーは述べる。

なんとなく不誠実なのが気に食わなかったのだ。

もともとあの呼び出しだってこないものとしてメイリーは考えていた、だが鼻の下を伸ばしてやってきたこの勇者さまにどれだけ呆れた事か。

 

「なっな訳ないだろ?ああやって糞ガキが売春もどきの事すんじゃねぇよ、同人誌じゃあるまいし」

 

「なっここに来て逆ギレね!?怒るよ!?」

 

「ギャーギャー喚いてるからその年で白髪なんだよ可哀想になぁ」

 

「これは地毛よ!?人間の髪の毛と違って吸血鬼は年を追うごとに髪の毛が赤くなってくんの、老人になると真っ赤よ真っ赤、貴方達の老けないと神聖なる真白になれない髪と一緒にしないで!」

 

「お前さりげなく人類ディスったろ、髪の毛は全人類が求める物なんだよ!特に四十代から五十代、髪の毛が薄くなり始めた時に悲しみとともにぽとりぽとりと落ちてくんだよ!それで色々試しても減ってく髪に絶望し、人は病むんだ!」

 

何時も病院であったエロ同人収集が趣味の田中さん...惜しい人を亡くした。

彼は日々減っていく髪の毛とどのエロ同人が素晴らしかったかを熱く高校生に語るダメ人間だったが容体が変わってコロリと死んでいた。

今思ったのだが禿げたのは自慰行為を勤しんでいたからだと思う。

確かアレをやる時に髪の毛が抜ける成分が出るのではなかったか。

 

「マコトさんはまだ黒いです、つまり後数百年は生きれますね!」

 

「いやいやどういう理屈ですかユイさん?俺一応人間なんですけど...」

 

可愛らしい笑顔で言われたがマコトだって人間平均寿命八十幾つの脆弱な生命体だ、ドラゴンとかに比べれば寿命は数億分の一だしエルフに比べれば数千分の一、とてもこの世界では弱い種族だ。

ユイは今百二十九歳、つまり後数百年は生き続けなければいけなくなる。

 

「ともかく!貴方の旦那借りてきますね!」

 

メイリーがそう叫ぶと同時に地面に前以て用意されていたのか魔法陣が展開される。

 

「「は?」」

 

「『転移(テレポート)』」

 

メイリーが高難易度の難しい呪文を詠唱、それと同時にマコトとメイリーの姿は消えた。

数秒たっぷり静止し、ユイはこう呟く。

 

「...蝙蝠狩りがエルフの趣味だって事を教えてあげませんといけませんね」

 

周囲の鳥達が一斉に逃げ出す様な殺気を漂わせユイはにっこりと笑う。

転移したマコトがどれだけユイがブチギレてるのかなど知る由もなかった。



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14話

胃の中身がひっくり返る様な不快感とともに転移の光が消えて石畳の上に叩き出される。

転移の際の不快感や転移後の体制などは基本術者の能力に依存する。

つまりメイリーはお世辞にも最強の魔術師とは言えないわけだ。

実際のところ転移魔術を使用できるだけで一流だし、天性の才能があるわけだ。

マコトは服に付いた埃を払って周りを見回すと豪華な建築物が並んでいた。

場所は裏路地、人通りの少ない一本道で曲がり道となっており大通りからではこちらの姿は見えない。

 

「で、誘拐犯兼合法ロリ、ここはどこだ?」

 

「王都」

 

ぼそっとドレスを適当に直した吸血鬼は呟いた。

 

「まじかよ...で、何が目的だ?俺の目的は確かにここだがお前の目的はなんだ?」

 

自分の目的を説明した覚えはないしこの吸血鬼が語る狙いはほかの候補者を潰す事だ。

マコトはすぐに察して溜息を吐いた。

王都に候補者とやらがいると考えるのが自然、今のクソザコナメクジな自分が出くわしたら詰みなわけだ。

 

「...歩きながら話しましょう、何か必要なものがあるなら言ってください」

 

「あぁ、まず最初にお前は服を直してくれ、パンツが丸見えだ、色気ないけど」

 

じーっとマコトの視線は真っ直ぐにメイリーのパンツへと行く。

やはりただの布切れだがそれでもやはり“女性が”着ているということで心拍が速まる。

 

裏路地にパチンッと乾いた音が響いた。

 

 

 

 

「さて、まずは拠点を手に入れましょう」

 

頬を物理的に赤く染められたマコトは適当に頷く。

ヒリヒリとする頬が地味に痛い、その上紅葉型の跡なので周りからの視線が痛い。

先ほどから通行人が自分たちの噂をしているということが簡単にわかる状態だった。

王都の町並みは昔と変わらず落ちついた様子で相変わらず慌ただしく人が行き交っていた。

馬車が中央を忙しなくかけその周囲の歩道を人が歩く、この制度は車オタの高山小路(タカヤマコウジ)が日本と同じ様な道路の仕組みを取り入れれないのかと考えた物だ。

結局見送ったのだが今はきちんと使われてるらしい。

 

「何ぼーっとしてるのよ?早く行くわよ」

 

「はいはい、俺のオススメは三番街の宿屋だな、あそこはミートパイが美味い」

 

「それどこ情報...というかいつ情報よ、百年前でしょ?」

 

「一回来てんだよ、おっちゃんに挨拶もしときたいしそこにしないか?」

 

マコトが百年経って目を覚ましたときに自分を助けてくれたのがおっちゃんだ。

嫁に逃げられ、娘を一人で育てるシングルファザー、腕っ節も良くクマを殴り殺す様な人だ、安全性もある。

若干疑う様にマコトを睨んで少し思案し、少女は頷いた。

 

「いいでしょう、それと戦闘に必要な物を買いに行きます」

 

「ん?吸血鬼ってなんかバフ道具てか魔道具の為の魔法適正あったか?」

 

「舐めないでよね、私は本気で戦えば竜種の一体や二体余裕で倒せるから」

 

「あー、竜種な、某クソ勇者サマが大袈裟な技で切り殺してた無害な生物か」

 

この世界では竜種はとても温厚で優しい生物である。

物語では姫をさらったり家畜を食い漁ったり、まぁ色々と悪行が綴られているがこの世界の竜種はただの好々爺だ。

自然を愛し、自然と共に生きる、生物が永らえる為の大自然を救う事を使命とした種族。

森を荒らすことには特に怒りを覚えない、森が壊されるのもまた自然のサイクルの一つであるからだ。

だがそれが過剰に、ほかの生物を脅かすレベルになると竜種は怒りを孕みその種族を攻撃する。

 

そのときにこう質問する。

 

『お前は生きる意味があると思うか?』

 

特に歳を追った龍が言う言葉だ。

ここで生きる意味を示そうが示すまいが言う言葉によって運命が決まる。

龍が自身への愛の無さ、周りへの不信、心根が優しいかどうかで龍はそれを生かすべきかどうかを考える。

一度自分も味わったことがあるのでマコトは感慨深そうに呟き、唇を噛んだ。

 

「あーあー、本当にシンジ睾丸潰されて馬車で引き摺られれば良いのに」

 

「いきなり何言ってるのよ、さぁ行くわよ!」

 

「わかってるよ...そうやってキーキーしてるから白髪なんだよ」

 

「言ったわよね?吸血鬼は銀髪を誇りにする種族なの、決して老化の影響じゃないの」

 

その一言にマコトは適当な返事をしようとして口を閉じる。

今こいつはなんと言ったと。

 

「お前吸血鬼はって言ったか!?」

 

逃がさないと言う風に両肩を掴みしっかりとマコトはメイリーの両目を見る。

今確かにこいつはこう言ったはずだ、吸血鬼は銀髪を誇りにする。

つまり吸血鬼は一般的に銀髪を持つはずだ、それじゃなきゃ誇りとか言うはずがない。

と言うことは吸血鬼はーー

 

「いっ言ったわよね、吸血鬼は銀髪を誇りにするって...」

 

「よーし!吸血鬼を救おうじゃないか?ん?ほら、早く歩け、吸血鬼の明るい未来のために!」

 

マコトは我に大義ありと言う風に高らかと叫ぶ。

銀髪、そうそれは現実ではありえない一種の神秘的な髪色、一般的にはブロンドの色素が薄いものを銀髪と呼ぶこともあるがそれは違う。

マコトが思う最も素晴らしい髪色の一つだ。

 

そんな事を知らないメイリーからすればグダグダと文句を並べていた人間が突如自分の種族を救う宣言をしたわけだ、無論困惑する。

 

「ちょっとどうしていきなりやる気出すの!?」

 

「君ー?銀髪羽根っ子が俺を待ってるんだ、助ける以外に選択肢ないだろ?」

 

「あなた妻帯者よね!?」

 

「うっさい、可愛いは正義だ!銀髪、それは宇宙の至宝、世界最高の遺産、救わなければいけない!」

 

「ちょっ、そんな大声出さないでよ!周りの人が、あの夫婦...って感じで見てるじゃない!勇者さんと言えどそんな扱いされるのは嫌よ!」

 

「うるせえ!救ってやるって言ってんだから程々に手助けして、それっぽい雰囲気を作って助けられろよ!?」

 

「さり気なく結構働けって言ってません!?」

 

「うるさいよ!勇者とか言ってるけどな、犠牲を出したら、勇者のくせに...勇者がいたのに...とか言うのおかしいだろ、その上自分たちはお前らが助けろとか言うしとっととくたばるか手助けしろよ屑どもって話。まぁ要するに働かざるもの食うべからず、生きるべからずって事だ。ってやばいそれじゃあ俺死ぬじゃん...」

 

「何一人で文句言って極論言って自滅してるのよ?」

 

「助かりたいって叫ぶだけのやつは嫌いだ、助かりたい、なら助かるぐらい強くなってそれの為に最善の事をしよう、それぐらい考えるやつだったらまぁ救われてしかるべき、文句を言うのだってわかる。だが何もしてない奴が神がいないんだー才能はないんだーつってんのがムカつく」

 

「それを本人たちに言えば良いでしょう?」

 

「このぼっち、オーウエイズアローンか、人間関係が小さなコミュニティにいる自称ぼっちではない奴が言えた話じゃない」

 

「そこまで言う必要ないわよね!?」

 

「あるね、完全なる八つ当たりだけどあるね、主に俺のストレス発散のために。俺は努力はしたさ、それはもうラノベ主人公並みに、そのお陰で生きていけたんだよ。ただ話し合いにおいて努力、それは通用しないんだよ、相手が同じ価値観を持って話してないし、自分が被害者と考える奴らには何を言っても無駄なんだよ。何が助けてやったのに、勇者がもっと努力しなかったからだぁ!?ざけんじゃねぇよ、文句言うなら電マのように震えてる腕を剣に伸ばすでもしてどうにかしろよ、ばっっっかじゃねぇの」

 

「これって全部鬱憤を晴らすための八つ当たりだったんですか...?」

 

おずおずと色々と察したメイリーが聞くと逆に不機嫌そうに眉間に皺を寄せるマコトは首を傾げる。

 

「?それ以外に何があるんだ?」

 

「はぁ...あなたと会話してると疲れます」

 

「お前が英雄ぶって何かをして文句を言ってくる奴ら、まぁ理解できずに現状に文句を言う奴らが居た時に心がポッキーしないために言ってやってんだよ」

 

「私はあなたと違って人望があるのでそんなことにはなりませんよ!」

 

「はいはいそうですねー、自称非ぼっちはすごいですねーはいはい」

 

これだから自称ぼっちは、とマコトは思う。

ぼっちと言うのは理解できない人種の中に叩き込まれてやっと作られるものである。

なのに理解させられると考えているとかアホくさい。

マコトは思い切り頭皮を掻いて不快感を吹き飛ばすように叫ぶ。

 

「腹一杯ミートパイ食うぞ!!」

 

「だからどうしてそうなるんですか!?」

 

「言霊って言ってな、文句とか悪口言ってると気分が落ちんだよ。なんかあいつらがヘラヘラしてる時に俺がストレス受けるのは間違ってるよってこの話おしまい、とっとと宿屋行って腹壊すレベルでミートパイ食ってやる!」

 

「あなたについていける気がしません」

 

「まっ俺がスペシャルだからついていけるわけないだろうな」

 

「わざっとらしくいってるのが腹たつ、それもこう言う反応が欲しいから言ってるんでしょ?でもミートパイ美味しそう」

 

「はっはっは」

 

フンっと割と容赦無くメイリーは笑うマコトの脛を蹴っ飛ばした。

 



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15話

宿屋に入ってまず最初にマコトはこう叫んだ。

 

『ミートパイくれ』

 

宿屋の予約を入れるでもなく、空きを確認するでもなくただ一言飯をくれ。

流石の店主もお前かぁ...と察した表情で厨房に入り数分後には皿いっぱいに載せられたミートパイを持ってきた。

香ばしい肉の匂いに上手い具合に焼かれた生地、昔と変わらず作られた最高の一品。

マコトは世辞抜きにこのミートパイが宇宙一美味いと心の底から思った。

口の中に含んだ瞬間あふれんばかりの肉汁が口を満たしサクサクとした生地の表面にもっちりとした中、ものすごく美味い。

 

「うめぇ...うめぇ...」

 

「大袈裟じゃないですか...?」

 

「お前も食えよ、宇宙一寛大な俺が別けてやろう」

 

ドヤ顔でマコトは切り分けた一切れを皿の上に乗せてメイリーの前に出す。

 

「料金私持ちですがね、ですが要りませんよ。吸血鬼は基本霊魂を食べてるんでそれ以外からは本当に微量しか摂取できないので無駄ですよ」

 

「それが銀髪っ子が滅びかけてる理由だっけか?」

 

「吸血鬼です。それと...今日魔法使いすぎて魔力が切れかかってるので後で...その」

 

「エロ展開か?18禁は厳禁だぞ?」

 

吸血鬼といえばソッチ系の物だろう、分かる。

マコト的にこれはあくまで救命活動なのでセーフなのだ、決してエロではない。

つまりこれはエロ展開ではないのではないだろうかとマコトは理論を脳内で固める。

 

「いや違うな、これは18禁ではない」

 

そう、誰が人工呼吸を性的として批判する?誰が善良な市民を救う行為を18禁と呼ぶ?

 

「これはあくまで救命行為なので18禁でもなければエロでもない!!」

 

「あなたは大声で何言ってるのよこのロリコン!ナニを考えてるか知らないけどそんなことやらないから」

 

周りに座ってた客がじろっとマコトとメイリーを見る。

視線が集中してる事に気付きマコトは若干申し訳なさそうな顔を浮かべる。

やはり根は真面目なのだろうとメイリーは若干マコトを見直した。

 

「おいおい、お前が大声を出したせいで周りの人がびっくりしてるじゃないか、全くこれだからガキンチョは...」

 

「あなたでしょ!?九割ぐらいあなたでしょ!?」

 

前言撤回、このろくでなし最低だ。

メイリーの中で普通と少し上ぐらいだった好感度も急降下だ。

 

だがそんなこともいざ知らずマコトはヘラヘラと笑いながら立ち上がってペコペコと謝り始める。

 

「すみませんねぇ、うちの子が、後で言っておくんで...」

 

「本当に今すぐにでもぶん殴りたいはその笑顔!」

 

「こらっ、今言ったばかりでしょうが!しょうがない子ねぇ」

 

「いい加減にしないと怒りますよ...?」

 

割と冗談抜きで殺気を放つメイリーは一度置いといてマコトは一度フォークを置いておっちゃんにちょいちょいと手を振る。

本当に露骨に嫌そうにおっちゃんはマコトの前に立つ。

 

「まっ、ガキンチョ弄るのは置いといておっちゃん、泊まりたいんだが部屋空いてるか?」

 

「この一文無しが、タダで泊まれる宿はないぜ?」

 

「残念だったな。今日は財布を持ってきた」

 

「誇りもねぇのか兄ちゃん、女に奢らせるなんてよ」

 

「はっ、俺は真の男女平等主義者だ、理由のない暴力は容赦のないヤクザキックを返す。そして女だからって奢ってはいけないという差別もしない」

 

そうそれは某ク◯マさんのように。

ちょっと足が滑って女の顔にドロップキックを喰らわせられるのだ。

マコトだって鬼じゃないので痛みの記憶だけを残して外傷は全て治す。

奢るのが男の専売特許ではないとマコトは言いたい。

たしかに所得が男性の方が多い事もある、だがそれはそれこれはこれ。

男に一方的に払えというのはわがままであるbyマコト(あくまで個人の意見です)というテロップも入れておく。

 

「で、何しに来たんだ?」

 

「だから今日は客として宿借りに来たんだよ、値引きしてくれ」

 

「店に堂々と値引きしてくれとかいうアホは十割増しで十分だ」

 

「冗談が通じねぇな、てか十割増しってぼったくりじゃねぇか!?」

 

「じゃあここはまけて二割り増しだな」

 

「増えてるぞおい、全然値引きしてねぇ」

 

「うちは定価でしか商売しねぇんだよ。払えないんだったら出てきな、おかえりはあちらから」

 

そう言って親父は態とらしくゴミ箱を指差す。

 

「俺の家はゴミ箱じゃねぇよ!?まぁいい、おいメイリー要件はどれぐらいで終わる?」

 

「二週間あれば十分よ、あなたの用事は知らないけど適当に加算しといてよ」

 

二週間でこいつの要件である他の候補者を潰せると考えているのかとマコトは勘繰る視線を向ける。

二週間以内で倒せる確信があるのか二週間で何かしらが起きるのか。

例えば二週間後、二週間以内にそいつらが王都を攻めると言うのなら話はわかる。

やってきた候補者を堂々と叩き潰せばいいのだから。

できるだけの準備を整えていくのだから余程の自信があるのか自分に過度の期待をしてるのか。

よくわからないがとりあえず言えることは一つ。

これ絶対面倒くさいやつだと。

 

最初は指輪を取り返すと言う目的だったのが聖杯戦◯もどきに巻き込まれてる。

もしその候補者とやらを倒すのに加担すれば自分は他の奴らにも目をつけられる。

要するに 面倒ごとしか発生しない、それでいて王城に侵入するのに果たして本当にメイリーの助けが必要かと言う話。

はっきり言って損しかないだろう。

 

「なぁなぁメイリー、やっぱこの話なかったことでダメか...?」

 

「?どうして?やるって言ったじゃない、そのかわり貴方の要件も手伝うって」

 

「はっきり言ってお前に協力するデメリットこそあれどメリットが皆無なんだよ。最悪肉壁ぐらいしか使えねぇし」

 

「なっまさか今になってやっぱなしはダメです、許しません」

 

「いやマジで本当にお前の力を借りるよりイイダさんとかユイの力を借りた方が数十倍楽な気がすんだよ」

 

方や八星位の魔導師、方やエルフ最強と謳われた七星位に相当する力を持ったエルフ。

どう考えても吸血鬼のポンコツ王女では釣り合わないと言う話だ。

その上降りかかる火の粉が多すぎてメリットはマイナスに近い。

マコトからしてみれば理不尽な選択肢をノリで選んでしまったと言うことだ。

 

「約束は約束よ、破ってはダメ」

 

「はぁ...なぁもし俺がお前を助けたら何が貰えるわけ?明らかにお前の手助けじゃ釣り合わないんだが」

 

「貞操を重んじる吸血鬼に何を要求する気ですか?」

 

「うっせぇこのエロヴァンパイア、エロフと一緒に同人誌のおかずになる気かよ」

 

もう既になってるのをマコトは知ってるがあえて言わない。

エロヴァンパイアよりもいい言い方がある気がしてならない。

エロフという呼び方を思いついた人間はおそらく天才だろうとマコトは称賛の声を心の中で送った。

 

「エルフなんかと一緒にしないで、あんな野蛮な木々が凶化して歩いてるような奴ら...怖すぎよ」

 

「それにな、18禁展開はNGだ。ガキがませた事言ってんじゃねぇよ」

 

「ませてません、それに私は19です、もう子供じゃないわ」

 

「子供じゃないって言うのが子供の証だ」

 

「そう言う貴方だって数年私より長生きしてるぐらいで偉そうじゃない」

 

「若く見られるが俺実際百二十九歳でね...」

 

「その百年空白でしょ」

 

「それでも俺の方が年上、とりあえず老害の言う事は聞いとけ」

 

マコトはそう言って会話を終えて最後の一切れを口の中に突っ込んだ。

むっしゃむっしゃと噛んでいる途中で話が終わったと見たおっちゃんが口を開く。

 

「で、お二人さん、泊まるのか泊まんないのか早く決めてくれないか?こっちだって暇じゃないんだ」

 

「二週間一部屋でお願いします」

 

「だからあれほど18禁展開はNGだと」

 

「ちっ違うわよ、節約よ節約、資金は節約して使うのが普通よ!」

 

「建前ですねわかります...まぁいいやそれで、おっちゃんよろしく」

 

「これから毎日憎ったらしいその顔を見なくちゃいけねぇのか...」

 

本当にだるそうにおっちゃんは呟き眉間を揉みほぐした。

 

 

ちなみにこのおっちゃんとマコトが会ったのは九年前である。

その日がおっちゃんの厄日として刻まれたのは言わずもがな、一生忘れられない最悪の二週間を彼は過ごしたのだ。

 

それはある暖かい春の二週目あたり、近くの魔物を狩りクエストをこなすために冒険者たちが宿に泊まりに来る一番の稼ぎどきだった。

おっちゃんはいつも通り早くに起きて食事の支度をして一度外に出た。

彼の日課は朝にシンジョウマコトと言う名の英雄の石像を見る事で始まる。

祖父が嬉しそうに話していた伝説上の勇者、彼はとても誇らしそうに英雄の話をしていた。

うちの宿の看板メニューであるミートパイも勇者が気に入ったものらしい。

 

そんな縁もあって商売繁盛を石像に願っているのだ。

 

そしていつも通り踵を返して今日も仕事を頑張ろうと両腕を伸ばした時背後から異様な音が聞こえた。

 

不運にもおっちゃんはその時振り返ってみてしまったのだ。

先ほどまで決死の覚悟を顔に浮かべ手に乗せた指輪を眺めていたはずの石像が動き始めたのだ。

コロンと彼の手から指輪が落ちた。

異常な音を立てて両腕が動いた。

石が人肌へと変わるように両足が動き始めた。

その異様な光景に口を開いてみていると遂に石像は一人の人間へと変わったのだ。

異常事態におっちゃんは口をパクパクと開いたり開けたりを繰り返し、こう言った。

 

「勇者...?」

 

童話に出てくる黒髪黒目の男、それがいま眼前にいた。

 

「おい!ここはどこだ、今、今何日で、どれぐらいに日数が経った!!」

 

おっちゃんの姿を見た勇者は目に見えぬ速さで接近し胸ぐらを掴む。

突然の事態に目を白黒させながらもおっちゃんはこう呟いた。

 

「何が...貴方は...」

 

「早く教え...」

 

鬼気迫る表情で迫ってきた男は突如口の端から血を垂らして地面に突っ伏した。

石畳の合間を縫うように血液が流れ男はいまにも死にそうな様子で呟いた。

 

「ユイ...」

 

これが勇者と宿屋の親父の出会いであった。

 



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16話

「いいですか?これは天壁の壁よ。越えてはいけないわ、良いですね!」

 

ベッドに女の子座りしたメイリーがマコトに強めに言った。

このポンコツ吸血鬼、ベッドを二つ入れてもらおうと思っていたのだが資金面が危うすぎて辞めたのだ。

かといってマコトは下半身に忠実な獣、襲われかねない。

そこでわざわざ結界を張ってベッドに座っているのだ。

 

ちなみにマコトはゴロゴロと地面に転がっている。

残念ながらソファーなどない、元勇者それも差別されていたマコトは結構扱いが酷かった。

他の勇者が良いベッドで一人一部屋で寝ていたりする中、マコトは倉庫を部屋として渡されるのも慣れている。

なので地面に転がってひんやりとした地面を布団に腕を枕にして寝るのも良くやったので慣れている。

 

「流石にガキを襲わねぇよ、あいにくと俺にそんな性壁はない」

 

「性癖って...やっぱりあなたは危険ね、絶対に跨がないでね!こっちに来たらダメですからね!」

 

「はいはい、ガキンチョはとっとと寝ろ」

 

適当にあしらってマコトは腕を枕にして両目を閉じた。

家の普通のベッドにひんやりとしたユイが懐かしい、全人類母性には勝てないのだ、本当に安心できて良く眠れる。

何故今俺はこんな場所でゴロゴロしてるのだろうか。

 

せっかく魔王だって倒して世界だって平和にできる限りでしたはずなのに何故俺は今こんな場所で雑魚寝してるのだ。

ただでさえ次女の入学の申請とか準備したりしないといけないのに。

考えるだけでマコトは頭痛を覚えて溜息を吐いた。

 

今日は早く寝て明日に備えようと考えマコトは寝る準備を始める。

まず全力で寝ることだけを考える。

呼吸を整えて考えるのをやめる、そうすれば勝手に寝付いている。

 

マコトが騎士団の団長に教わった速攻の睡眠術。

戦場とかでは特に睡眠時間が限られるのでどれだけ睡眠を取れるかが重要になる。

 

すぐにマコトの意識が泥の中に沈むように思考が沈んでいく。

そして睡眠状態に入ろうといったタイミングで少女の呻き声が聞こえマコトの目が冴えた。

寝言だろうかとマコトは耳を澄ませる。

 

「お母さん...お父さん...」

 

苦しそうに呻き声を上げ胸を抑える彼女の姿を見てマコトは本当に面倒そうに溜息を吐いた。

 

「やっぱガキじゃねぇか...」

 

盛大に溜息を吐いてマコトは枕元のメモ帳を手に取る。

錬成術と魔術を掛け合わせ一時的な加護を付与した紙を作り出した。

安眠の効果が付与された紙を折り紙飛行機型にしメイリーが眠るベッドの下にマコトは投げた。

暗殺者という職業から模範した隠蔽術により紙飛行機は結界を悠々と越えてベッドの下に入り込み加護が少女に影響を与える。

直ぐに加護が悪夢を打ち消し安眠へと誘う。

 

これはあくまでミートパイの礼と理由をつけてマコトは今度こそ寝た。

明日から忙しくなるし疲れられてるのも困る。

それにほんの少し、ほんの少しだけ昔の自分に似ているようでマコトはとても気がかりなのだ。

面倒なことには変わりないが大人として助けてやっても良いだろう。

マコトは目を閉じて今度こそ眠りに入った。

 



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17話

「まず作戦を説明するわ」

 

むっしゃむっしゃとミートパイを食べながらマコトは頷く。

借りた部屋に置かれた小さな机に数枚の写真を貼りつけてメイリーは一枚の色男を指差す。

クルンクルンした茶髪の男、すらっとした体型に金色のセンスのない弓を持っている。

世の中では弓の勇者と呼ばれる英雄の一人、知る人ぞ知る大英雄様だ。

マコトは心の底から溜息を吐いた、イケメンが多すぎる。

異世界滅べと。

 

だがそんなことも知らずにメイリーは他の写真も集めて並べた。

 

「今回の目的は候補者の一人を暗殺することよ。こいつら全てがその候補者よ」

 

「ん?何言ってんだお前?」

 

半眼でマコトはメイリーを見る。

数枚の写真全てを指差して言っているのだ、誰を言っているのだ。

アバウトすぎて意味不明、何を言ってるのか理解不能である。

だがかえってきたのは深いため息が一つ、そして束となった写真だ。

 

「この写真全てが候補者よ。名前はダビン、侵食型と言えばわかる?」

 

侵食、インベード。

他人を浸して犯していく最悪なタイプの攻撃の型だ。

一度侵食されて周りの人間を傷つけてしまったので良く覚えている。

その間の記憶は無く、結果的に周りが傷ついた結果が残る。

 

机に並べられた写真の数々には街中で見かけた人間も含まれている。

その上豪傑と名高い冒険者や勇者すらいる。

もし、もし全員が全員侵食されてるとなれば事態は最悪に近い。

流石に笑えないとマコトは苦笑いを浮かべる。

 

「...冗談だよな?」

 

「冗談だったら私は苦労しないわよ。王都の半数以上が侵食被害にあっているわ、本体の居場所すらつかめていない今手出しはできない。その上拳の勇者を除いた全ての勇者が既に侵食済みかわからない、拳の勇者はまぁ無いわね」

 

「詰んでね?俺そこまで強く無いぞ?本当に冗談抜きでチーター数人相手にしたら死ぬぞ?」

 

「だから準備をするのよ。犯人の居場所を見つける方法はいくらでもあるわ、侵食型の亜人には特徴があるのよ。まず奴らには肉体っていうものが存在しない」

 

「魂魄の本体がいるんだろ?」

 

「そうよ、その本体を見つけ出してぶっ潰す」

 

闘志滾る双眼がマコトへと向く。

その自信満々な様子にマコトはニコッと笑う。

最も厄介なタイプの相手にこれほどの自身、何かしら確実な方法があるのだろう。

 

「で、方法は?」

 

マコトの問いにメイリーは頬に冷や汗を垂らしながら横を向く。

完全にノープランですねわかります。マコトは遠い目をして思考を一時的にシャットダウンする。

マコトはすぐに笑って方法を脳内で精査していく。

侵食型の亜人の特徴は良く覚えている。

本人の魂を封印に近い状態で押さえ込みその空いたスペースに本体が自身の断片を埋め込む。

魂の入ってない人形となった肉体を操作するのはいとも簡単、魂の本体がなかろうと断片で操作できる。

その上余計な我欲や思考が混ざっていないのでその体の最大の力を発揮でき本来なら強くなる。

 

マコトが侵食された時が特例すぎただけだ。

ステータスは貧弱、能力はゴミに近く魔法適性も無いに等しい、その上唯一の取り柄である生徒という職業の技能である模範。

そして技能ですら無い魔力操作、それによって使われる身体強化。

これら全てを合わせてマコトはいっぱしに戦える。

本気の勇者の腹パンできるレベルでは戦える。

全て魂が覚えこんだものであり、決してこの世界にきてすぐに使えるようになったものではな。

 

つまり、クソザコステータスのマコトが侵食されてそれらの小細工が使えなくなった場合...

 

ーースライム以下、クソザコナメクジ。

簡単に鎮圧されブチギレたユイによって欠片すら残さず消滅させられたらしい。

 

情報はある、王宮図書館で掻き集めた知識が情報となって脳裏を過る。

 

超集中によってここまでの思考はたったの一秒にも満たない。

 

総じて一つの結論がスパコンを超えた脳によって弾き出される。

 

「あっ簡単じゃねぇか、全員気絶させればいいだろ」

 

「貴方は何を言ってるのよ?」

 

突然呟いたマコトにメイリーが問いかける。

一つ策を思いついたマコトが考えついた最適解を上手く説明する為に言葉を選ぶ。

 

「まず最初にだが侵食型は気絶してる人間を侵食できない」

 

「そうなの?」

 

「あぁ、気絶っていうのは魂がシャットされてるんだよ。だから全員を気絶させた状態で動いてるのが侵食された人間だ」

 

「それを分けれても不利なことに変わりはないし、そもそも勝てないわ」

 

大変常識的な判断、そもそも全員を気絶させることすら荒唐無稽な話。

それなのにできる可能性を考えて尚無理だと断じ少女は問いかける。

マコトは悪そうな笑みを浮かべて写真を数枚取る。

 

「侵食型には支配力っていうのがある。傀儡にした人間の重要性によって侵食した者が優先度を決めれる、それによって拘束力は高くなる。今日通りかかった道に本来いるはずのチンピラが街を歩いていた」

 

超集中と記憶力という技能によって通行人全ての顔をリストアップし通った裏通りを張り込んでるチンピラの姿を見出す。

近道だと考える人間をカモにする彼らがなぜ居ないか、なぜ意味もなく道路をきちんとした姿勢で歩いていたのか。

そう命令されたとしたらあのアホくさい猫背のないきちんとした姿も納得できる。

つまりこの写真の中に居るありふれた住人達は優先度が低いと言える。

 

「その中に特異的な行動をしてる人間が黒、いなければ優先度が低い人間に紛れてる可能性は無くなる。そして侵食型の本体の目的がわかればどこに居るかどの人間に本体があるかわかる」

 

「...目的は多分成り上がりよ?」

 

「どういう事だ?」

 

「侵食型の亜人っていうのは代々王族を乗っ取ったりして生きているのよ。権力者になれば種族の安全も保証されるし、まぁ要するに偉くなりたいのよ」

 

「でもそれ無理だろ?ていうかそんな事を目的にしてるんだったら既に国が滅んでるだろ」

 

「無理なのよ。王族は勇者と交配したり、まぁ精神耐性とか色々な耐性があるのよ。その上身体中を魔術耐性とか洗脳耐性、魔術道具で守ってるから不可能。その上侵食は至近距離じゃないと無理、今こんな事態になってるのがおかしいのよ」

 

「じゃあ狙いは王族って事か、なら本体は男だな」

 

「どういう事?」

 

「いやだってこの国王女しかいないだろ?だからそれに近づくのは男が得策だ、それも勇者のどれかが怪しい」

 

「いやでも女性に侵食してる可能性は?」

 

「無いだろ、メリットが無いに等しい。いくら女と言えど王族の、それも魔術道具を全て外して精神性が弱ってる時、そんな場合に近くにいるのは誰だ?」

 

「あっそういう意味の男ね」

 

「色恋沙汰には弱いんだよ。王女って腹黒い事もあるが箱入り娘パターンがある、そういう奴は大体勇者とか、そんなものに憧れるんだよ」

 

「勇者もそこまで親しくなれるの?」

 

「なれる。勇者っていうのは国からしたら最高戦力、大事な大事な王族の護衛には適任だ。王城に全員纏めてるのもそれが理由だな、だから俺が侵食する側だったら勇者を侵食する」

 

机に置かれた弓、魔法、剣、それと拳の勇者の写真を手に持つ。

 

「で、これが詰んでる理由だ」

 

「あぁ...そういうことね、勇者四人と戦うのは無理があるわね」

 

「その上最近召喚された勇者だっている、だからどうする事もできないんだよなぁ...」

 

彼我の戦力差は絶大、その上計画を敢行できる程の戦力がない。

本当にチェックまでの計画は出来るがそのための駒が足りない。

どう足掻こうと今二人では不可能に等しい。

 

ーーそう二人ならば。

 

「で、ユイ、どう思う?」

 

部屋の隅に向けてマコトは語りかける。

その突然の奇行にメイリーが目を丸くするが直ぐに歪み始めた空間にメイリーは口を閉じた。

避けた空間から本来何もない開いたスペースへとユイが舞い降りる。

右手には鎌を、左手には十字架とニンニクを。

信条家の洗濯物干しに使われていた鎌なのだが実際は結構やばかったりする。

ユイはにっこりと笑って目にも留まらぬ速さでメイリーの首に鎌を掛けた。

ケンカを売る相手を間違えたと心の底から、人としての本能がそう囁く。

 

「マコトさんは蝙蝠に協力するんですか?」

 

「まぁな、ガキンチョが一人で突っ走ってくたばるのもアレだし、亜人に好き勝手やられて思い出の場所が汚されるっていうのもムカつく」

 

「そうですか...蝙蝠さん蝙蝠さん、ニンニクと十字架どっちが良いですか?」

 

「どっちも嫌なんだけど...本当に許してください...」

 

メイリーは完全に怯えきって敬語を使い始めた。

いくら人外の再生能力があろうと鎌にかけられた能力は確実にヤバイ。

吸血鬼としての本能が警鐘を鳴らす程の一品、間違いなくタダでは済まない。

 

「まじめに許してやってくれ。ガキンチョを放っとけなかったんだよ」

 

「娘を放っておくのに、ですか?」

 

「本当にすみません許してください」

 

世にも珍しい吸血鬼と大英雄と呼ばれた勇者の土下座姿。

街の人間が彼らが何者で何をやってるのか理解したら卒倒するだろう。

本当に心の底からしょうがないという風にユイはため息を吐いた。

 

「マコトさんを誘拐したのは死刑ですけどそれよりも恩人がいる王都が攻撃されるのも許せませんし...私も協力させていただきます」

 

「助かる、まじめにユイがいれば話が進む。準備が終わったら王城に潜入すんぞ」

 

「王城って敵がいるかもしれないのに危険よ、あなた何考えてるの!?」

 

「はいはいうっさい、ところで身代わり石持ってきてくれましたかね...?」

 

「もちろんですよ、必要になるって思ったので身代わりのミサンガ持ってきました」

 

「さすがうちの嫁、話がわかる」

 

マコトはユイが取り出したミサンガを取り腕に通す。

魔力糸で繋がれた身代わり石がキラリと日光を反射して輝く。

未だ話についていけないのかメイリーは首を傾げる。

 

「説明しなさいよ、どうする気なの?」

 

そう、マコトは計画を思いついてしまった。

それはーー

 

「王女を誘拐する」

 

プランH、ハイエ◯ス作戦である。

 

「は?」

 

思わずメイリーは間の抜けた声を出した。

誘拐、キッズナップ、拐うのである。

やれやれといった様子でマコトは口を開く。

 

「だから王女を誘拐する」

 

「ちょっと...えっ、どうする気で?」

 

「王城に乗り込んで王女を拐って指輪をいただく。そうすれば王族を狙うダビンは追ってくるはずだ」

 

「でも勇者を倒すのは不可能って」

 

「場合による、ケースバイケース」

 

「確証は?」

 

未だできると思えない、可能ですらないとすら思う彼女は最もな意見だ。

この計画は一言で片付けるなら勇者撲滅作戦、ポロリもあるよ、だ。

 

「ある、転移魔法を使って一人一人ゲスい方法で潰す」

 

「...頭痛しかしないんですが」

 

「だろうな。下準備が必要だし、それを全部やってもいけるか分からん」

 

「無茶って知ってます?辞書貸しましょうか?」

 

「煽るなよ、勝ちたいんだろ?」

 

「まぁそうだけど...」

 

「なら今はできる事をやれよ、こうやって写真かき集めたりして下準備ぐらいできるんだから、やるべきことぐらいできるだろ」

 

「わかったわよ、だいぶ無茶だし不可能に近いけど...」

 

「不可能なんてないさ」

 

ドヤ顔で決めたマコトの肩を優しくユイが触れる。

刹那流れてくるは疲労回復魔法、それもかなり高位の効果があるやつ。

 

「えっとユイさん何してるんですかね?」

 

思わずマコトが敬語で問いかける。

だがひたすらユイは笑顔を貫く。

 

「マコトさんマコトさん、疲れてるんですよね?そうやって格好つけるのあまり似合わないですよ、黒歴史ってやつになるんじゃ...?」

 

「ユイ、やめてマジで」

 

「ドヤ顔で言ってる姿はまるでシンジさんのようでした、撮影したのは我が家の家宝に」

 

「冗談抜きでやめてください」

 

平身低頭、迷わず土下座。

少し調子に乗ってみただけ、決してそんなナルシストなわけではない。

マコトはただ単にちょっとシンジの真似事をしてみたかっただけなのだ。

少し格好つけて言ってみる、いう人間によって黒歴史にしかならない物。

そっとマコトは顔を上げるとゴミを見る目のメイリーと何故か楽しそうに笑うユイがいた。

絶対に許さないとマコトは心に誓いシンジとダビンとやらを恨んだ。

 



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18話

「いやちょっと...」

 

そう言って桜は逃げようとするが超高速で先回りされ一向に解放されない。

場所は王城の中庭近くの廊下、陽の射す陽気な1日の始まりのはずだった。

そう、信条桜は人生初のナンパにあっていた。

本からの知識でしか知らないが心の底から面倒くさいと桜は思っていた。

 

面倒臭がられていると知らない好青年風の男はにっこりと笑う。

金華草のような金色のブロンド髪に透き通った青い双眼。

まさしく美青年、絵に描いたようなイケメン。

だが鬱陶しすぎて桜内の独断と偏見と経験で語る好感度はマイナスに振り切っていた。

 

「お恥ずかしがりのようだ、頬を赤く染めて可愛らしい」

 

「いっいえ、その私の友人を探していまして」

 

「ご一緒しましょう」

 

「いいえ結構です、城の内装は暗記しているので道に迷うこともありませんし。なので結構です」

 

「勇者としての私の直感におまかせください、すぐに探し人を見つけて差し上げましょう」

 

「へぇ...そんなに凄いんですか」

 

もう既に返答が投げやり、だがそれを露骨に示すほど常識無しではない。

一つアイデアが脳裏に浮かび桜は心の底からにっこりと笑う。

 

「えぇもちろん、探し出して見せましょう」

 

ゲスい考え浮かんでることに気づかず弓の勇者はにっこりと女性を骨抜きにする笑顔を浮かべて言った。

 

「ならば信条誠を見つけて来てください」

 

心の中で桜はドヤ顔を浮かべる。

かぐや姫戦法とさりげなく名付けて彼女はそれはもう良いとこの令嬢か何かのように微笑んだ。

少なくとも美人の部類に入りそれも伝説の英雄が持つような黒髪黒目、この国の人間でその容姿に憧れぬ人間などいないその容姿。

ズキューンと弓の勇者のハートに矢が刺さった、だがしてやったりと思っている桜はそれに気づかない。

 

「もっもし私が彼を発見したら褒美をください」

 

こうして彼が敬語を使うのにも意味がある。

この国は階級社会、貴族などもいるような世の中。

特権階級である王族の次に偉いのが異世界の勇者だ。

異世界から召喚され神聖なる女神の力を与えられた人間、つまり御神体のように崇められるわけである。

 

その共通点は黒髪黒目、黒目といっても焦げ茶の色彩。

その次に権力があるのが彼ら勇者だ。

この世界で生まれた勇者になるべくして生まれた人間。

なのでこうして彼は桜に褒美を願ったのである。

 

「いいですよ?お好きにどうぞ」

 

「お好きに...とはなんでもという事でしょうか?」

 

「私にできる限りの話ですけどね」

 

もうほぼ話を理解せずにいい加減に話してる桜は気づいていない、この事を後で盛大に公開することとなるとは。

この時弓の勇者は心に命に代えても見つけ出して見せると考えた事を桜が知るのはほんの数週間後である。

桜に丁寧にお辞儀をして弓の勇者は自室に跳ぶ。

文字通り中庭から上空に飛び上がり城の壁を超人のように駆け上がって行った。

 

「なんでもありですね...」

 

ぼそっと桜は呟いて自分を呼ぶ王女の声の方向に駆け出した。

 

 

 

規則的に並ぶ王都の屋根上、綺麗に作り上げられた直上を全力で男が走る。

弓の勇者、クオニル=ムニエルは屋根上を駆けていた。

走れムニエル、全力で走れ。

彼は栄光なる異世界勇者である桜様と会話した後人探しの任についた。

大賢者に言い伝えられた事と内容は一緒、彼は思わず頬を緩め走る。

 

『私にできる事なら何でもしますわ』

 

考えるだけで頬が盛大に緩み身体中に力が溢れ出る。

体の要所要所を守るように作り上げられたミスリル製の鎧に国に伝えられる宝具である天弓、完全にフル装備での出撃だ。

彼の直感が確かにこう言っている。

信条誠は実在する人物であると、そして今も生きていると。

子供の頃枕元で聞かされた伝説の英雄、興奮せざるを得なかった。

 

「それにしても最近は治安が良いですね」

 

軒並み犯罪率が減っているので喜ばしい事なのだがムニエルの中でなにかが引っかかっていた。

 

勇者が王城を守護している為、犯罪率が低いのか。

憲兵隊が近年治安警備を努力した事で犯罪率が減ったのか。

 

極端に減ったのはここ最近数ヶ月、調べれば調べるほど不可解な点が出てこない。

だからこそ気持ち悪いとムニエルは思う。

 

「あの男怪しいですね...」

 

黒髪黒目の男、ビクビクとしながらガクガクと震えている。

同じ黒髪黒目と言えども桜様とは違うとムニエルは理解している。

勇者の伝説は有名すぎて黒髪に染める男は結構いるし、その男がろくでなしやダメな人間だと失望を隠せない。

 

脚力を生かし弓の勇者は弧を描き宙を舞う。

家の壁を蹴り空中三角飛びを市民に披露しながら男の前へと飛び降りる。

果物屋の近くで座っているので店側も迷惑しているだろう。

 

「君、こんなところでなにをしているんだい?」

 

「怖い怖い人混み怖いまじ怖いまるで人がゴミのようだ」

 

その男は軽く発狂していた。

まずガタブルガタブルとめちゃくちゃ震えている。

ムニエルはその異常性に気づき青年の額に手を当てると体温が冷えて行っている。

 

「大丈夫か君、どうしたんだい?」

 

「怖い怖い怖い怖いイケメン滅べ」

 

「取り敢えず近衛兵に引き渡しますか...」

 

明らかに異常な雰囲気、しょうがないと行った様子で弓の勇者は嫌な顔一つせず青年を肩に乗せる。

筋力値が完全に常人とは違う彼は簡単に肩に成人男性を座らせて歩き出す。

 

「貴方はどこから来たんですか?」

 

「怖い怖い人混み怖い怖い」

 

「しょうがないですよね、王都は人が多いですから」

 

ガタガタ震える見ず知らずの男に対しての神対応、これぞ勇者である。

しかも一切考えていない、自分の印象を良くしようとか考えずにこれだけのイケメン力。

だが相変わらず青年の震えは止まらない。

 

ムニエルには青年がどれだけの事を経験したのかわからない。

これだけ人に怯えるということはよほどのことがあったに違いない。

 

「私は一応勇者なので誰も危害を加えられませんよ」

 

安心させるための一言だが逆効果なのか青年の震えが加速したように感じられた。

 

「マコトさーん!!」

 

たったったっと白髪の女性が人混みを掻き分けてこちらに駆けてくる。

ムニエルは視線を素早く察して彼女が探してるのがこの青年だというのを素早く理解した。

 

「良かったですね、連れの人が見つかって」

 

肩の上に乗せた青年を静かに降ろしてムニエルは青年に優しく微笑む。

女性も彼の姿を見て安心したのか本当にホッとしたような顔をして立ち止まった。

 

「すみません、うちのマコトさんが。大丈夫ですか?」

 

「ユっユイ...?」

 

青年のハイライトの消えた両眼に静かに真っ白な光が灯る。

ひしっと両手を突き出して両手を触れ合う二人を訝しげに見ながら弓の勇者は何故か直感が囁きかけてきてここで止まれと言っている。

 

「もうマコトさん、今度は迷子になっちゃダメですからね?」

 

「あぁ...わかったもう二度と離さない...人混み怖い」

 

「まったく、今度こそ気をつけてくださいね」

 

マコトの極度の対人恐怖症、主に家族以外と十二時間以上一緒にいて人混みの中を歩いた際に発動する物だ。

家族と一緒にいたりすると家族ニウムを補充できて大丈夫なのだが王都のような人混みを歩いていてはすぐに切れる。

従って迷子の迷子のマコトは充電が切れたスマホ状態だったのだ。

 

やれやれといった様子だが確かに信頼関係が二人の間にある事が垣間見得た。

もし自分が桜様に言われたらとムニエルは妄想し、すぐに考えを振り切る。

あんな幼子をあやすような姿、まるで童子の頃に母にしてもらった時のよう。

白髪の女性が漂わせる独特の雰囲気もあるのだが安心感がある。

 

先ほどまで生まれたての子鹿のようだった青年が嘘のように笑顔になり、微笑み立ち上がった。

しっかりと手を握ってる所から二人の中の良さが理解できた。

 

「さーってと、あんた、ありがとな。めちゃくちゃ助かった」

 

「ありがとうございます、うちの夫が迷惑をかけて。..」

 

「いえいえ、ではご幸せに」

 

そう言ってムニエルは踵を返し信条誠探しを続けようと考え飛ぼうとするが肩を掴まれて振り返る。

 

「一応次会った時に礼したいから名前教えてくれよ」

 

「私はクオニル家の正式な後継者、ムニエルです」

 

「俺はシンジョウマコト、しがないフリーターだ」

 

互いに握手を交わし人付き合いのいい笑いを二人は浮かべる。

そして手を離しムニエルは今度こそ行こうと考えるがその名前が引っかかり足を止める。

シンジョウマコト...信条誠...

 

「働かなくて良いと私は言っているんですが...ちっとも聞いてくれないんですよ」

 

「いやだから変な罪悪感が来るからやめて...」

 

もしかしたら、もしかして。

そんな可能性を考えてムニエルは振り返りマコトと呼ばれた青年の手を取った。

突然の行動に青年は困惑したのか疑うようにこちらを見てくる。

 

「貴方を連れて行かせてもらいます。『リターン』!!」

 

超高級品である転移魔法石を使用しマコトと弓の勇者二人が光に包まれる。

そして前回と同じくユイは手を伸ばしたどり着く前に彼らの姿は何処かへと消えた。

そこにはポツンと取り残されたユイだけが残されていた。

 

どうしてこう私ばかりこんな目に...

怒り露わにユイは右手を強く握りしめてにっこりと笑う。

いつだって笑顔は大事だ、マコトさんも好きだと言っていた、つまり笑顔は大事だ。

 

「悪い子供は成敗しないといけませんね」

 

割と冗談抜きでキレたユイは空中に手を伸ばし鎌を取り出す。

誰にも見えないような高速で鎌は振られ歪んだ空間の中に彼女の姿は何処かへと消えた。

 



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19話

今の自分の心情を例えるならクーラーからゴキブリが十匹降ってきたときのような気分だとマコトは思う。

要するに最悪、発狂しかねない最悪のイベント。

しかも時と場合によっては地獄となる、例えば夜にそれが起きれば無数のゴキブリが部屋を徘徊し寝てる顔の上を歩く不快感、考えるだけでも地獄である。

 

だから自分がこんな豪勢な部屋でイケメンを睨みつけるのも致し方のない話なのだ。

道に迷い人混みに流され対人恐怖症を再発した自分を助けてもらったのは別に良い、感謝するべき事だ。

だが誘拐されるのは想定外、お話にならない。

 

「で、誘拐犯。いや鮭のムニエル、どういうつもりですかね?」

 

「すみません、突然連れてきてしまって...」

 

申し訳なさそうに謝罪されるが欲しいのは謝罪ではない、ただ元いた場所に帰して欲しいだけだ。

マコトは露骨に嫌そうな顔をして部屋のドアを開く。

見慣れた形状のドアがここがどこかを知らせてくるが嫌な予感しかしない。

 

開かれたドアの先には延々と続くのではないかと思うほどの廊下に美しい真紅の装飾、そして花が開いたかのような形状のシャンデリアが部屋を照らす。

白亜の壁は美しく壮大で頑丈さを言わずもがな示している。

窓から覗くは広大な街、美しく計画的に作られた王都が広がっていた。

この見覚えのある廊下に街を全て見渡せるほどの高所。

 

よって導き出される答えは簡単、ここは王城であろう。

 

「クソが...まぁ手間が省けたと考えたらいいのか...?」

 

「信条さん、この部屋は自由に使って良いですよ。今回王城へ招いた理由ですがあなたを探してる方がいるのです」

 

とても温厚な言い方だが聞くだけで吐き気がしてくる。

このお前の事情知らん俺の要件をやれ、そう言われている気がするのだ。

異世界に召喚されたのだって理不尽であるし選択肢を無くしてくるのは異世界の定石。

 

「はいはい...こっちの事情は御構い無しってパターンですね、さすが異世界糞食らえ」

 

「...機嫌を損ねてしまったのならすみません」

 

「良いよ別に、ただイラっときて隕石でも落ちてこねーかなーとか思ってるだけだから」

 

「それは普通に怒ってるのでは?」

 

「気にすんな。とりあえずとっとと用事を済まそう、誰が俺を探してるって?」

 

「大賢者の方々と異世界から召喚された勇者様がお探しです」

 

大賢者と異世界の勇者が何故自分を探してるのか思い当たる節はない。

一度その話は置いておきマコトはまず第一の確認としてこの弓の勇者が洗脳を受けてるのかを確認する。

彼の両眼の瞳孔は普通、人間らしく動いてごく通常だ、傀儡となっている人間は一切瞳孔が動かない。

生気が感じられないのだ。

まずは勇者が一人白という事で安心感が誠の心に芽生えた。

 

「じゃあとっとと用事を終えよう、どこに行けば良い?」

 

「この時間なら中庭で戦闘訓練をしているでしょう、お邪魔するのも行けませんし見学しましょうか」

 

「いやお前ら知ってるか知らんが見学する人間がいるだけで大分焦るもんだぞ...?」

 

「勇者様ですし大丈夫ですよ」

 

「勇者だって人間だよ...」

 

魔物を前に漏らしてしまった勇者サマを思い出し思わずマコトは零した。

魔王軍幹部に睨まれてちびったシンジはいい思い出、腹を抱えて笑ったものだ。

 

 

 

弓の勇者に連れられる事数分、廊下を抜けて大通路に出て中庭へと足を踏み入れた。

中庭とは言われているがかなりの広さがあり学校の校庭ぐらいはあるだろう。

様々な美しい木々が植えられる庭園に訓練のため設置された芝生。

よく見ると女騎士らしき女性に高校生ぐらいの少女が二人、そして近くで座っている銀髪のケモ耳少女。

どうやら剣技の技能を入手しようとしてるらしい。

ステータス魔法の項目の一つにあるのだが技能というのは一定数の経験を積むと表示される能力である。

決して特定の条件を満たせば超一流の剣技を振るうことができるようになるわけではない。

異世界だってそこまでご都合主義ではないのだ。

 

「どうですか?お美しいでしょう?」

 

弓の勇者が賛同を求めるが当のマコトは両眼を水魔法で洗い幻覚魔法の類を疑ってディスペルを続けていた。

理由は簡単、数百年前にアチラの世界に置いてきたはずの妹が目の前にいるのだ。

それに病人であったはずの彼女が今は元気に笑いながら木製の訓練剣を振り回している、あっ女騎士に注意された。

 

「なぁ、俺の頬つねってくれよ」

 

「いっいいですけどあなたちょっと大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ問題しかない、俺の脳が侵されてんのか両眼が燃えたのか、とりあえず頬抓ってくれ」

 

奇行の数々を理解できずにムニエルはマコトの頬を引きちぎらない程度に優しく引っ張る。

普通に痛くてマコトは涙目になり現実を実感する。

 

「本当に...桜なのか?」

 

「勇者様のお名前を知っていましたか、そうです、彼女が正規勇者の桜様です」

 

「まだその制度あんのな、桜...桜って同姓同名の全く同じ容姿の別人...なのか?」

 

なんせ百年が経っているのだ、人の寿命はせいぜい八十年、百年も経てば命を落とすのが道理であり世界のルールだ。

それなのに何故彼女がここにいるのか、何故彼女が今もまだ生きているのか、何故彼女が今笑って動けているのか。

わからない事だらけで脳が考えすぎて突然吐き気が胃の奥から込み上げてくる。

マコトはそっと座り込んで両眼をそっと閉じて深呼吸を一つ。

あれは別人であって桜とは違う他人である。

そう無理やり脳に理解させてマコトは立ち上がった。

 

「どうやら演習をやるそうです、これなら協力できますし行きましょうか」

 

「あぁ、そうだな。俺も勇者サマを見てみたいしな」

 

「では行きましょう」

 

弓の勇者の後ろをマコトは一歩一歩思い濁りの中を歩くような感覚を味わいながら歩んでいく。

たったの数十メートルの距離ですら今は程遠く感じてしまう。

後ろめたさに足を引き摺られ後方においてきたはずの’妹を助けるために努力する自分‘の世界と歩き続けた‘異世界での自分と信頼できる人を守るための努力’のぬかるんだ泥道を振り返らないと誓ったはずなのに今後ろに行くことを強いられているような気にさせられる。

 

動けないマコトを訝しげにみてムニエルは歩き出す。

妹が両眼を見えていなかったことを思い出しマコトは恐る恐る歩き出した。

最悪赤の他人扱いされても構わない、妹ならば余計にそう願ってしまった。

本当の家族を放り捨てて異世界という別の場所で自分は幸せそうに家族を作り上げている。

それがとても酷く最低な事をしたという自覚が確かにあった。

 

ムニエルが女騎士と話をつけてマコトに手招きする。

 

「彼が桜様が探していたシンジョウマコトさんです」

 

「はい、自分は英雄に憧れた(・・・・・・)母親が同じ名前をつけたんですよ。おそらく別人をお探しではないのでしょうか?」

 

口から出た嘘、聴覚しかなかった妹では見た目では自分の正体がわからない。

結局嘘を使い現実から、自分の罪悪感から逃げ出したマコトは最もそれっぽい嘘をついた。

 

「こんにちわ、私は信条桜です。この国にはシンジョウマコトという名前の方が多いんですか?」

 

「そうよ、大英雄であるシンジョウマコトの名前を付けるのは結構あるわよ」

 

別人だと判断したのか知りもしない姿のシンジョウマコトを探す桜は困惑したように首を傾げる。

 

「王女さん、この人どうしましょう...」

 

「どうしましょうも何も...弓の勇者、何故彼をここに連れてきたのですか?」

 

「桜様と大賢者様のご命令でシンジョウマコトなる人物を捜索したのです」

 

「それでこの人を連れてきたと?」

 

「私の直感に従ったまでです、今まで外れたことがないでしょう?」

 

「そうですけれど...桜、何か兄だとわかる方法は?」

 

「ですね...ラノベを知ってますか?」

 

「なんですかそれは?」

 

二度目の嘘。

 

「病院費は高くつきますよね」

 

「さぁ?生まれてこのかた病院に行ったことがないのでわかりません」

 

三度目の嘘。

 

「兄さん、妹が健康で嬉しいですか?」

 

「兄ではありませんよ。もしいたとしても魔法で健康など帰れますし」

 

四度目の嘘。

 

「では、最後の質問です。貴方はーー貴方は家族が好きですか?」

 

「自分よりも、他の何に比べても好きです」

 

四度の嘘に一つの真実。

それを確かに聴き終えた桜はゆっくりと俯いて顔を逸らした。

静かに何か呟いた後に桜はいつも通りの笑顔で王女へと向き直る。

 

「迷惑をかけたのでしばらく泊めてあげても良いですか?」

 

「良いわよ?部屋は空いているし、勝手に連れてきてしまったのだから」

 

話が勝手に進みマコトは断ろうとするが何故か桜と王女は仲良く話してるのをみて雰囲気を壊す事ができなかった。

 



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20話

超集中、超高速すら視認できるほどの集中力を得られる人体的な特異技能。

人として経験し再現できるものでありステータスには表示されない物の一つだ。

使用するのに魔力は必要ないし大して疲れない、その上なかなか使い勝手がいい。

マコトは無数に飛び交い光を纏う弓の数々を超集中で視認、身体強化すら使わず避けていた。

なぜか理不尽にも始められた死闘によって戦わざるを得なくなった結果見て避けるをただひたすら続けているだけの事。

ここまできて被弾はゼロ、掠ることすら一度も無い。

 

「それにしても勇者って弱くなったんだなぁ...」

 

ヒョイっと右腹部を狙って放たれたライトニングアーツを回避、その飛んだ先を狙って放たれた屈折矢があり得ない軌道を描き九十度針路を変更し頭部を穿つように飛んだのをヒョイっと屈んで回避。

昔森で襲ってきたエルフの弓部隊に比べて練度も低いを通り越して微妙だとマコトは思う。

 

「どうして当たらないのですか!?」

 

ムニエルが民間人であるマコトへと勝負を挑んだのは可能性を潰すためだ。

大賢者に命じられたシンジョウマコトの捜索、超直感という固有技能を所持する弓の勇者に命じられた天命。

なんせ同姓同名が多く名前から探していたらきりが無い。

だが大賢者はそれすら疑い死闘を命じたのだ。

 

大賢者であるシンジは結構過去のことを根に持っていたりする。

過去に実質誰一人倒す事ができなかった魔王を倒した最弱の勇者、元からいつのまにか追い抜かされていることには気づいていた、ただそれを認めたくなかった。

 

そして弓の勇者であるムニエルは防御結界の中でこちらのよす

 

そんな私情も混ざってのこの死闘は側から見れば異常な光景であり迷惑なものでもあった。

まず流れ弓が王城の壁を穿ち破壊するのと庭師が毎朝丹精込めて作り上げる芝生が事もあろう土ごと吹き飛ばす暴挙、それに数カ国から取り寄せられた美しい花々の庭園は流れ弓によってめちゃくちゃな災害跡と化していた。

 

「ムニエル、これ絶対無駄な争いだし止めようぜ?」

 

「認められません...私のプライドが、我が家の威光を汚すような真似は出来ない」

 

死闘で敵を倒せなかった挙句敵の温情で命を救われ降参を迫られたとなれば家に泥を塗ることとなる。

 

と、いうことも理解していたのだがマコトには致命的な欠点がある。

まず一つ目に身代わり石を無為に使いたく無いというのが一つ、魔力不足の状態で侵食されかねないというのが一つ。そして相手を仕留め切る事ができないというのも一つ。

どれだけの強さかわからない敵に対して行動不能になるのは愚の愚、そんな定石の元に一見煽ってるかのような光景となってしまっていた。

 

「早よ降参しろ!」

 

「しません!」

 

「ぶっ飛ばすぞてめぇ、俺のマジカルクリティカルミラクルパンチ(三十路)で吹き飛ばすぞ!!」

 

「それならそれで本望です!!」

 

「めんどくせぇとっとと降参しろよ!」

 

「それはそちらがするべきです!」

 

「じゃあ降参、俺の負けだ!」

 

審判である女騎士にマコトが言うが反応は芳しく無い。

 

「勝負を汚すような勝者が敗北を認めるという行為を私としては認められない」

 

「ふざけんな!?どうしろって言うんだよ!」

 

「僕を仕留めるか...貴方が敗北するか、そのどちらかです」

 

意を決したような顔でムニエルは叫ぶ、その姿は堂々としていて戦士としては百点なのかもしれないが心の底からマコトはこう叫びたい欲求にかられる。

 

めんどくっさ!?と。

 

そう考えながらも直線上に放たれる弓を回避しようと横に飛ぶが足が何かにぶつかり転げる。

直ぐに地を蹴り飛び上がると転げた位置に数十本の矢が突き刺さった。

ふと付近を見回すと辺り一面に放たれた矢が刺さり足の踏み場もないような状態となっていた。

弓の素材は銀魔鋼鉄、地に深く刺さった長矢が通常の筋力で折れるようなものではなかった。

 

刹那、通路の屋根上から矢を放っていたムニエルから莫大な魔力が放出される。

先程から魔法を纏わせた弓技を使い続けたムニエルの残存魔力全てを叩き込むような必殺技とも取れる技。

 

「これで終わりです...!!『ライトニングアーツ』」

 

超集中を使って尚高速で迫る速弓。

空を切り裂き数十メートルの距離を一瞬で消しとばし眼前へと矢が迫る。

 

残りの身代わり石の数は十二、今使ってしまえば切り札が減ってしまう。

だが切り札を切らなければ今死んでしまう。

死闘では相手を殺すこともルール上では神聖なる決闘として許可される。

思考内で全力で溜息を吐きマコトは魔力操作の第一段階を解放した。

本来放出するしかないはずの魔力を身体に停滞させる魔力操作、東方の秘術(らしい)『開花』が発動しマコトの身体能力が数十倍へと跳ね上がる。

 

一閃、魔力を纏った光線と変わらぬほどの矢がマコトの手中で止められる。

今残りある魔力で戦える時間は数十秒、それを過ぎれば身代わり石が三分ごとに減っていく。

 

本来ならば確定的ではない不確定要素を元に戦闘行為を行うのは愚行である。

だが先ほどからの攻撃でムニエルのレベルを予測、絶対不可避の弱点を狙ってマコトは駆け出す。

地を蹴りマコトの体が宙に弧を描き屋根上に構える弓の勇者の頭上へと飛んだ。

もう既に視認すらできない速度で移動するマコトに対し十割の直感で頭上へと矢を放ち自身の命の危険を感じ半強制的に、矢を放つ反動を利用し横に飛ぶ。

 

完璧な動作、もはや一種の絶技に至るほどの精密射撃がマコトの頭部を消しとばし宙にマコトの胴が飛んだ。

 

次の瞬間股間を押し潰されるかのような痛みが走りムニエルは完全に気を失った。

男の急所は勇者だろうと変わらないのであった。

その犯人であるマコトは小さく呟く。

 

「そりゃあ変態軌道したら直感もそっちを追うよな」

 

そう言ってムニエルの背後から股間に蹴りを入れたマコトは隠蔽を解除し溜息を吐いた。

 

職業:忍者の技能を職業:生徒の技能である模範でコピー、忍者の技能である影分身を使用し分身体に上空に飛翔させ自身も人蹴りで前方へと飛翔、ムニエルの直感と目が頭上へと飛んだ影を追う中マコトは通路の屋根を下から蹴り飛ばし破壊、遮蔽音によって音は消え、隠蔽を使用したマコトは前のめりに飛んだムニエルの男の急所を身体強化してギリギリ壊れない程度で蹴り上げたたのだ。

 

そしてちょうど限界である三十秒が過ぎてマコトは胡座をかいた。

魔力の過剰使用で頭がガンガンと痛み身体中が倦怠感に襲われるがなんとか身代わり石は一つも割れていない。

 

戦闘に要した時間は五分、最後あたりの戦闘を身損ねた女騎士は状況を把握するために屋根上に飛んだ。

 

「死闘のルールでは相手が気絶したら無条件降伏させる権利が勝者にある、俺の勝ちで終わりだ」

 

「まさか勇者を倒してしまうとは...」

 

「勇者って言ったって人間だし負けるときは負けるもんだぞ?」

 

「そういうものなのですか」

 

「そういうものなのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンジョウマコトが見つかっただってぇ!?」

 

窓際で夜の闇に輝く町の光を見ている途中聞かされた驚きの知らせに黒髪の青年は両目を見開く。

 

「うるさい、見つかったらしいわ。弓の子が負けたみたいだし多分本人」

 

「信条...本当に生きていたのか」

 

「これでやっと次のステップに進めるわ、で、どうやって彼を説得する気?」

 

黒髪の女がそう質問するとどこかわかりきったような顔で男は笑う。

 

「説得も何も事情を説明したら協力するさ、あいつの事だし俺の言った事なら無言で聞くはずだ」

 

確信めいた気で彼はそう呟き不敵に笑う。

そんなクラスメイトのリーダーに向けて一つ女は忠告する。

 

「貴方が思うほど信条君の意思は弱くないわよ?」

 

「いいや、あいつなら従うさ」

 

「どこからその自信がくるんだか...」

 

本当に呆れたように女は呟き、深く深く溜息を吐いた。

過去にあれほどのことがあったのに未だ慢心してるクラスメイトに対してと、百年経った今でもまだ戦ってる馬鹿なクラスメイトに対するものだ。

 

「...信条君は幸せなのかしら?」

 

ふと湧いた疑問を呟くがその質問に答えるものなどいなかった。

全てやり遂げて結局最後に彼にハッピーエンドは待っていたのか。

それだけが心に疑問として残り彼女は静かに首を振った。

 

「考えるのは馬鹿らしいわね」

 

「おーい、行くぞ!」

 

間の抜けた声に女は呆れたように吐息を吐いた。

 

「はいはい、これだからナルシストさんはせっかちなんだから」

 

「いちいち馬鹿にすんだよ」

 

「魔王軍幹部の前でちびったくせに」

 

ガシャんっと突然の言葉に青年が階段を滑り落ちてイタタタ...とぶつけた頭を掻く。

 

数分ほど歩き遺跡城の中央に前以て準備されていた魔法陣の中心へと足を踏み入れる。

二人は進入が不可となっている古代遺跡から王都へと転移呪文を唱えた。

極光が一帯を満たし金切り音のようなものを立てて術式は阻害された。

 

「何が起きてるんだ!?」

 

「わからないわよ、あちら側から阻害されてる...としか思えないわね」

 

魔法陣に触れて苦々しげに女は呟く。

この異常事態に青年ーーシンジは訝しげに魔法陣を見て疑問を抱く。

 

「古代文明の遺産に手を出せるほどの者がいたか?」

 

「心当たりはないけれど現実として魔法陣が使えないわ、つまり阻害か拒絶されてる。王都に異常があったのかも」

 

「もしかしたら例の件の影響か?それだったら面倒だな」

 

心当たりがあるのか男は面倒そうに呟いた。

彼が行ったことを理解してる女はその可能性を考える。

すぐに計画を変更し脳内でスケジュールを組むと魔法陣の移動先変更が最優先事項として浮かんだ。

 

「そうかもしれないわね、とりあえず付近に向かいましょう」

 

そう言って女は術式の改変を開始する。

信頼しきったシンジは欠伸を一つ、惰眠をむさぼるように地べた転がり両目を閉じた。



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21話

与えられた自室で桜と王女は紅茶を啜りながらひと時の休息を得ていた。

お茶菓子を紅茶に浸けてムシャムシャと貪る桜はふと零す。

 

「兄さんって馬鹿ですよね」

 

彼女からすれば数ヶ月ぶりに再会した家族、その兄貴を馬鹿にしていた。

静かに上品に紅茶を啜っていた王女はカップを置いた。

 

「しょうがないでしょ...というか本当にまだ生きていたなんて。百年前の大英雄よ?夢見たい」

 

少しうっとりしたように半ば夢のような事態に少女は夢見心地で呟いた。

枕元で日夜囁かれるような英雄記の主人公ーーその人物に会えたのだ。

この国の恩人であり世界の救世主、全人類に安定をもたらした英雄。

すべての国の等しい認識であり彼が行った救われた人間も多く戦後の外交では大分友好的な態度で戦後処理が行われたらしい。

文字通り物語の主人公である人間に出会うなど人生で二度はないだろう。

 

「聞きたいことが山ほどありますがその前に本当に生きてて良かったです」

 

「お兄さんでしたっけ?貴女なんで嘘をついてるってわかった時に抱きついたり、感動の再会をしなかったの?」

 

「馬鹿ですか?王女も馬鹿ですか?兄だっていうのは声一つで分かりましたが四度も嘘をつかれたんです。何か事情があってしかるべきで面倒臭いことを考えてるに違いありません」

 

嘘が色で可視化できるようになる魔道具であるネックレスを外し桜は残念そうに、少し寂しそうに呟いた。

何故兄が自分を避けるのか、やはり自分は嫌われていたのか、やはり自分が兄にとっては荷物でしかなかったのか。

自分が生きているのは一重に兄の努力である、だがそれが死ぬ程働いて苦しんでまで行っていたことだって知っている。

家族だから仕方なくそうやっていたのかもしれない、自分はただお荷物で兄の学校生活を潰すような事をしていたのかもしれない。

それらの事もあってとても桜は問い詰める事が出来なかった。

 

「本当に馬鹿なのは私かもしれませんね」

 

「?幼女趣味の疑いはあれど馬鹿ではないわ」

 

堂々とロリコンでしょ?と言われるが桜は呆れたように溜息を吐いて紅茶を啜った。

気づいてはいないが高い経験値を含んだ大樹の葉から作られた紅茶である。

飲むだけでレベルが上がる優れものだ。

 

「これだからぼっちは...人間の心っていうのは複雑なんですよ」

 

「難しいですね、私には理解できませんよ」

 

「もっと人の心っていうのをわかった方がこの先やってけますよ」

 

「善処しますよ」

 

「やらないんですねわかります」

 

そうして静かに隣室で眠るシンジョウマコトの姿を思い浮かべ二人は別々の方向の考えを進めた。

桜は兄が自分をどう思っているか、どう考えているかで困惑し、理解できずに悶々と考えを連ねた。

王女はこの城の一部屋で眠るのが伝説の勇者ということに憧れを抱きある妄想がふと脳内に現れた。

未だ精神的に幼いが成熟したように喋る彼女にとって考えることは一つ。

勇者伝記の二次創作として描かれた童話の一つの話。

 

普段なら王女をさらうのは龍の役目、古今東西ではそのイメージが定着してるが現実とはかけ離れていて実感があまり湧かない。

 

だがその二次創作の童話は王女を勇者が攫うのだ。

大賢者が描いたその物語はとても美しく儚い物語だった。

 

幼い頃に大賢者に貰った宝物である童話本を開き王女は少し読んだ後妄想を脳内から振り払って静かに童話本を置いた。

 

これはあくまで創作物であり現実ではない、そう再確認し来るであろう大賢者の為の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

「あー眠い、これだから戦闘は嫌なんだよ...体の節々が痛いし筋肉痛がひどい」

 

王城の天井(・・)を重力に逆らい地に頭を向けて歩きながらマコトは静かに呟いた。

本来の目的である指輪を取り返す為の作戦を決行したのだ。

数日前に吸血鬼を利用し王城へと侵入する予定だったのだが弓の勇者のお陰で結果的に侵入できた上に大分楽に宝物庫へと迎える。

 

正直マコトはもっと危険でヤバイと思っていたのだが結局の所拍子抜けだった。

エリックが言うほど危険でもなければ命の危険性は感じない。

勇者だって昔と比べれば弱すぎて話にならない。

 

結論から言えば今マコトは慢心していた。

慢心ダメ絶対、このルールを破った際に起こるのは一つ、その事を忘れたマコトに待っているのはなんであろうがろくなことではないのだ。

 

職業:開拓者の技能である地図を模範、脳内に浮かび上がる城の大雑把な地図から場所を予想しマコトは歩を進める。

 

今までで一番慎重といっても過言ではないぐらいの警戒心を常に抱きながら気配探知魔法すら使っての行動だった。

 

歩く事数十分、王城の宝物庫の入り口がある王女の寝室の入り口まで到達した。

 

職業:忍者の技能である聞き耳を模範、少女二人の姦しい話し声を聞いてマコトは溜息を吐いた。

二人だろうと人がいるだけで侵入の難易度が結構変わってくる。

 

物理的な破壊なら可能だがそのような事をすればバレかねないしかといって錬成術や魔法も壁に対しては完全無効化されてしまう。

この城は一種の魔道具、完全に魔術と技能が通じない絶壁となっているのだ。

一度マコトは遮音を使い掘り進むことも考えたがどちらにしろ部屋の中からしか宝物庫に侵入できない。

 

城の最上部に近い王女の部屋は一見、いや普通にかなりの大きさのある国庫、宝物庫があるとは誰一人として考えない。

だがここは魔術と剣の世界であってたまに常識が通じない世界であるのだ。

それを示すように王女の部屋の暖炉の奥にはこの世界のどこかにある宝物庫への転移魔術が組まれているのだ。

 

何か騒ぎを起こす事を考えるがそれは選択肢に入らないだろーーう?

 

ちょっと待てとマコトは心の中でツッコミを入れる。

今この城、もしくは王都のどこかに候補者のダビンがいるらしい。

それをあぶりだす手段は少なく本体の居場所はとてもじゃないが予測できない。

 

この城の人間はほぼ全て傀儡となっていないと言うのがマコトの見解だ。

侵食型の進行が見られれば国は容赦なく犯人探しを始める。

そうなればいくらバレにくいと言っても見つけ出すことは可能、なのでそんなリスクを背負ってまでやるはずがない。

市民のかなりの数が傀儡となっているのは調査済み、ガクブル震えて市民を見ていたマコトは技能を使い違和感を探し回っていた。

その際にわかったのが傀儡化されてる人間はゾンビと変わらないと言うことだ。

 

つまり侵食型の本体は人として動いてる誰かとなる。

あの吸血鬼が違和感のある傀儡化された人間であってその本体ではない。

 

騒ぎを起こせば少なからずダビンとやらは行動せざるを得なくなる。

 

「(考えろ!!考えるんだ!!)」

 

どうにかして最適解があるはずなのだ。

なんとか、何か決定的な事をできれば侵食型の本体を潰せるかもしれないのだ。

 

一先ずマコトは小走りで自室へと戻って行った。

致命的に自分の計画性の無さと知識の無さを理解し誰かの助けの必要性を理解した。

 

こうしてマコトの城での一日目が終了した。

 

 

 

 



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22話

煌びやかな装飾、美しく彩られた大窓から光が王座の間に溢れ王女の美しいドレスを照らす。

年相応である王女の体は起伏がある程度あり未成熟の果実のような魅惑的な雰囲気を醸し出し、万人を魅了するような姿であった。

これが間違いなく王族の一人である彼女の本来の姿であり、王と王子が遠征に出ている際の王城を仕切る一人の最高権力者の立ち振る舞い。

王座に座り眼前に跪くマコトに視線を落とした。

 

「顔を上げよ」

 

「...」

 

沈黙、周りの人間は両目を閉じて静かに王族の言の葉を聞く凛とした姿に疑問を覚えることはなかった。

だからといって顔を上げろと王女殿下が申されておるのに聞かぬとはある一種の拘りと言うか、誇りを感じさせられる。

 

尚実際はただ眠っているのである!!

 

「まぁ良いだろう...そのまま聞くが良い勇者よ」

 

「...」

 

返事はない、ただ眠っているようだ!!

騎士達は微動だにせず沈黙を守り王女の言葉を聞き入れるその姿に感動を覚えた。

 

だがただ眠っているのである!!

 

広い王座の間の中央に敷かれたレッドカーペットの中央に位置するマコトが眠っているという事をわかる人間などいないのだ。

 

「今王都を謎の結界が閉ざしている、なんとも忌むべき事態だ。犯人が誰だかわからぬ今これを正すことができない。王都の騎士団が動いてはいるのだがとても敵を見つけられず王都の封印結界を解除することができないのだ。そこで勇者である貴方に頼みたいことがある」

 

「...」

 

「この犯人を見つけ出し、この封印結界を解除してほしい!!」

 

「...」

 

「報酬は出そう、百年前に国に奉仕した伝説の勇者にこのような事を頼むのもどうかと思う。だが今はお前に頼ることしかできない。やってくれるか?」

 

「...」

 

王女の問いかけにマコトは沈黙を守って返した

沈黙は是なり、満足そうに王女は頷き安堵したように吐息を吐いた。

 

「異世界から召喚された勇者と協力すると良い。まだレベルは低いが助けにはなるだろう」

 

となりに立つ桜に合図するとゆっくりと彼女は歩き出す。

先日桜と王女の二人で話し合った結果この結論に至ったのである。

 

何故か見ず知らずのふりをするマコトと兄に嫌われているのではないかとビクビクしている二人を一緒に一つの事を解決させる。

そもそも今回の案件は別にマコトと桜が解決する必要性は無いに等しい。

今現在大賢者である二人の男女がこの王都に向けて足を運んでいるとの情報が入った、二人もいれば国をほろぼせるとすら言われるかの大賢者が居れば事態は解決できるはずだ。

よって主な目的は二人の仲直りというか関係性の修復なのだ。

 

王女は今の今まで周りに特別扱いされて、自身を他人と同等とは考えたこともなかった。

だが桜は自身を友人として接してくれた、そのことが嬉しかった。

決して口には出さないし、言う気もないが彼女なりに友人を気遣っての行動であった。

 

桜はマコトの隣に立ち彼が立ち上がるのを少々待つが一向に動く気配が無い。

 

何を勘違いしたのか王女はこほんと咳払いをしてからマコトに一言。

 

「勇者よ、顔を上げて任に励むが良い!!さぁ行くのだ勇者よ」

 

人生で言ってみたいセリフNo.2、勇者伝記の国王のセリフを少々照れながらも叫んだ。

そしてその大声にマコトの超小型鼻提灯が破れて眼を覚ます。

 

ん...?どうして自分はここにいるんだ?

 

朝起きてから執事に王女が正式な場での面会を所望してるから着替えて云々カンヌン。

面倒になり自身に催眠魔法をぽいっと一発、魔法のセンスのないマコトは間違って命令を聞いてそれにそれ相応の返事をする催眠、ではなくある程度動いて数十秒止まった時に快眠を始める術式にしてしまったのである。

 

どうやら話は終わってるようだとマコトは経験則から判断冷静に立ち上がり、朧げな意識で出口に向けて歩いていく。

ドアの装飾絶対無駄だよなとか考えながら首を少し上に上げてマコトは歩く。

 

あれほど素晴らしい体制で歩く人間を見たことがない!と、騎士の間でマコトの評判が跳ね上がったのは言うまでもない。

そんな事を完全に眠っていたマコトが知る由もなかった。

 

「兄さん、まずどこに行くんですか?」

 

「兄さんって...あぁ、そっか。もう気づいてんのか」

 

この反応は間違いなく身バレしている、王族は確か真偽を確かめるための魔道具も持っていたはずだ。

そう察してマコトは誤魔化すのをやめて大きく心の中でため息を吐いた。

四度嘘をついた後ではどう反応をすれば、どう会話をすれば良いかわからない。

元はと言えば自分が嘘をついたのが原因であるし自業自得と言われればそれまでなのだがなんとも会話のしにくさがある。

 

「なぁ、桜」

 

「なんですか?」

 

「ぶっちゃけシリアスで話す?ギャグ路線で話す?」

 

思いっきりぶっちゃける事にした。

 

「...兄さんには失望しましたよ」

 

「こんな逃げ道を使う俺もだいぶ自分に失望してる」

 

「ていうかギャグ路線って何ですか?ふざけて話せと?」

 

流石に呆れて、というかなんとも言えないといった感じで桜は問いかけた。

なんせ先日まで悶々と考え続けていた疑問である、それをその当の本人に、ぶっちゃけギャグかシリアスどっちで行く?なんてふざけた質問されればこうなるのも当然である。

これにはきちんとマコトにも考えがあった、普段から考えなしに行動して損してるが今回ばかりはそうもいかないのだ。

 

「個人的にはどう思ってるかとか拗れる前に話したいと思う」

 

「拗れる前...ですか?」

 

「寝る前にすこし考えたんだ時間が解決してくれるって...」

 

はるか過去を覗くようにマコトは遠い眼をしてそう呟いた。

その横顔は人生の経験則というのを深く語る老人のような姿は何故か哀愁と貫禄が漂っていた。

 

「で、寝て少し考えたんだが俺時間を開けて何か解決するって思って解決した事なかったわ」

 

「結局ふざけた方向性で行くんですね」

 

「だから久しぶりに兄妹水入らずで話そうぜ?」

 

「良いですけど...良いんですけど昨日私が悩んだのはなんだったんですか!?」

 

「さぁ?」

 

「さぁ?じゃないですよ、蹴り飛ばしますよ?」

 

「さぁやれ、存分にやってくれ!足がちゃんと動くんだな!俺は嬉しいし大歓迎だ!」

 

肢体が満足に動かせなかった妹が今両手両足を動かし元気に声を出している。

その事実が先に脳内に出てきて自分が一体どれだけ変態発言してるかなどマコトは知らない。

流石にここまで兄がこのような態度を取るとは思わず頬を赤く染めて羞恥とか、怒りとか、様々な感情が入り乱れて一つの結論の元から一つの行動を実行した。

 

「兄さんのばかー!!」

 

そう、逃走である。

王城の廊下を小綺麗な執事やメイド達が歩く中桜は全力疾走で逃げた。

勇者でもある彼女にとっての走行速度は異常、ものすごく早いのだ。

 

そして魔力操作で理論値最高の走行速度を出せるマコトが追いつけない道理などないのだ。

かつてマコトが超高速で斬撃を加えて逃げる魔王軍諜報部隊の兎人を追跡するために作り出した追跡特化状態である開花・走、ネーミングセンスのないマコトが日中夜考えるに考えて作った名前だ。

この世界で最高速とすら呼ばれる猫獣人の速獣と呼ばれる走る事に特化した一部種族を超えた速さを開花・走はできた。

 

つまりはレベルの低い桜の逃げ足など冗談か何かのようにマコトは笑顔で桜の走る先に一瞬で移動、笑いながら腕を広げる。

 

圧倒的走行速度で走る桜がぶつかれば間違いなく衝撃によって弾き飛ばされ怪我は免れない。

 

なので調理室からくすねたライムの実、体内の魔力生成器官を刺激し一定時間だけ魔力を通常を超えて生成する木の実である、それを奥歯で噛んで液体を飲み込むとマコトの体に魔力が溢れ、開花によって消費された魔力が一時的に回復。

 

迷わず魔力を操り変化、マコトの身体中に魔力の防壁が展開、他全ての能力を削ぎ落とし守りに完全特化させた型である開花・守。

 

かつて防具の意味を成さない防御力貫通型の槍を持つ幹部と戦った際に身体中が貫かれ瀕死の重傷を負いヤケクソで防御した結果生まれた型である。

機動力および攻撃力を完全に度外視しているために集団戦でしか戦えないようなぼっちに辛い能力である。

 

尚、驚くべき事にかつて魔王軍幹部と戦うために生み出された生きるための手段が今は妹を追いかけるために使用されていた。

天国か地獄かどっちかで魔王軍幹部のデュラハンと諜報のバイルが泣いているような気がした。

 

両手を広げたマコトに勢いを殺しきれず桜は飛び込み素早い判断で怪我をさせないようマコトは後ろに少し飛び地面にマコトが叩きつけられる感じで完全に停止した。

 

「いやー兄ちゃん嬉しいぞー!妹が抱きついてきてくれるなんて」

 

プルプルと何が起きたか理解はできないが兄がバカみたいなことをしたと理解した桜はなんとも言えない顔でマコトの上に跨りながら力なくポンポンとマコトの腹部を叩いた。

 

ニヤニヤ笑いが止まらず思わずマコトは吹き出した。

 

「何笑ってるんですか!!」

 

「いや、本当にどうでも良い事に悩んでたなって」

 

「勝手に納得して勝手に頷かないでください!」

 

「昔は昔で今は今って話だよ」

 

「一体何が言いたいんですか...?」

 

もういい、ヤケクソだ。

そういった感じで桜は質問した。

 

「誰もが未来はーーっていうがその未来の人間にとってそれは今日でしかなくて、言っていたのは変えられない過去、いるのは常に今であってそこに過去も未来も無い」

 

「怪しい宗教でも入ったんですか?」

 

「こっちの世界の詩人の言葉だよ、そのかわいそうな目で見るのをやめろ!中二病でもねぇ!」

 

「で、言いたいのはそれだけですか?」

 

「あっあと少し報告することがある」

 

「なんでしょう?」

 

「あー...驚くなよ?ユイ、出てきてくれ(・・・・・・・・)

 

「兄さん等々中二びょ....おっぅ!?」

 

虚空に話しかける兄にツッコミを入れようとした桜は首元の匂いを嗅がれ数十歩下がった。

誰が言うまでもなく、ヒュッと何処かに鎌をしまったユイさんである。

うーんと少し悩んだ後納得したように手を叩いた。

 

「匂い的にマコトさんの家族です!つまり妹さんですね?」

 

どう言う判断方法なのかとか、どこから現れたのかとか、様々なツッコミが吹き荒れるがそれよりも一番の問題は美人の女性が兄を名前で親しげに呼ぶ事。

明らかにべったりしてる、見るからにべったりしている。

後ろから思いっきり抱きしめている。

あわあわと魚のように口を開いたり閉じたり、マコトは恥ずかしそうに頬を掻いてから呟く。

 

「嫁と...娘が出来ました」

 

「よ....む...?へあっと...」

 

こうして桜は意識の手綱を迷わず手放したのであった。

 



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23話

酷な話というのは誰にでも人生一度は訪れる。

望んでいなかろうが望まなかろうが誰にでも理不尽に訪れる抵抗できない不条理によって心身が削れ壊れていく。

何をどうしようが、誰がどうしようが変わらないし、人が悲しもうが恨もうが、結局の所最後には誰かの損と、誰かの得で終わる。

 

いつ誰がそれを許容しなければいけないと決めたという話である。

 

少女はそれを許容できず、疑問を持ち続けた。

自身の父親は何故居ないのか。

何故母が父の遺品を見て涙を溜めなければいけないのだろうか。

何故、何故何故ーー

 

どうして家はこんなにも寂しくて、笑っているけど笑っていない母親がいて、耳を馬鹿にする人がいて、父親が、他の家族には絶対にいるはずの父親が家にいないのだろうか?

 

自立して数十年たち理解したのはエルフだからと差別する人間もいれば過去の英雄の仲間だからと興味本位で近づいてくる人間もいて、誰一人として私を一人の人間としてみる人間は居なかったのである。

そうして少女の百年は簡単に過ぎ、いつの日からか家族というのを求めて歩き始めていた。

母親がいて父親がいる、そうして家族全員が食卓を囲み笑って仕事仲間がどうとか、学校がどうとか、そんな小さくて素晴らしい幸せ。

 

少女は隠蔽のフードを目深く被り、母親がよく歌った曲を鼻歌まじりに陽気に歌う。

王都の裏路地に似つかわしくない白銀のローブに身を包み燻んだ黒色の髪の毛を揺らしながら笑う。

そんな少女を哀れむように金髪の老人は両目を細める。

 

「アイ、本当に良いのか?」

 

「エリック?今更後悔してるのかい?」

 

くるっと周り不敵に笑いながら少女は呟いた。

童女のような微笑みは万人を振り向かせる魅力があるがそれよりも濁りきった両眼は本来の翡翠石のような輝きは無く吸い込まれそうな威圧感があった。

やれややれと行った様子でエリックと呼ばれた男は戯けたように笑う。

 

「ーーそんなわけないだろう?」

 

「そうだよね、僕が間違ってるはずがないもんね。君が僕に協力してくれて助かったよ」

 

「当たり前だろう?同胞でもありエルフの王家の血筋、協力するべきだろう?」

 

「そこは持って敬意を持って呼んでくれないかな?」

 

それが王族に対する口調か、と。

 

「はいはい、お嬢様はご機嫌が麗しいご様子でしがない用心棒の私は大変嬉しい限りです」

 

あまりにもわざとらしい口調に少女は不満そうに唇を尖らせて石畳の濃い灰色の上を歩く遊びを始めた。

 

「気持ち悪い」

 

「そりゃあ悪うござんした」

 

一つに小瓶を懐に隠しエリックは少女の後ろをついて行く。

小瓶の中身は彼女らの計画を効率よく進めるための一つのコマであり仲間でもある。

スライム状の液体が未知の世界を疑うように体を動かし、恐れをなしたのかエリックの赤いコートの色に変色した。

 

少女は確かに感じる気配に笑いながら心の底から嬉しそうに頬を赤く染めた。

 

「お父さんに早く会いたいなぁ...」

 

大通りへと二入は静かに歩き出した。

 



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24話

マコトが王城の門を通り大通りへと下る無駄に長い階段が視界に入った。

欠伸をしながら歩いていたマコトは足元を見ていなくて思いっきり足を滑らせ前回転するように階段を滑り落ち始める。

 

「兄さん何やってるんですか!?」

 

流石の桜も兄が寝ぼけて階段を数百弾以上ある階段を転げ落ちていく様に両目を見開く。

だが何を勘違いしたのか門を守る騎士は別の意味で両目を見開いた。

 

「この一瞬で移動するなんて...一体どこに消えたんだ...流石勇者」

 

たしかに角度的にマコトが一瞬で姿を消したように見えるだろう、実際は転んだのだが。

王城で噂になっている伝説の勇者の帰還と言われていることもありそのような勘違いが発生した。

騎士は妙に感心したように声を漏らすが桜は突っ込むのを忘れ階段を駆け下りていく。

結局マコトは楽でいいわ...とか呟きながら回転を続け中間地点の平坦な場所でユイが慌てて飛び出して抱えて停止、服の埃を払って立ち上がった。

 

技能の高速移動を使ってまで桜は駆け下りてマコトの隣に立ち迷わずチョップを脳天に叩き落とした。

 

「バカですかバカなんですよね!?」

 

「おいおい兄に向かってバカとはなんだ、せめてドジっ子と呼んでくれ」

 

「全ドジっ子に謝ってください!」

 

「そうですよマコトさん、洗濯物を汚さないでください」

 

「ツッコミどころが違いますよ!?」

 

拭き拭きと甲斐甲斐しくマコトの頬についた泥を拭いているユイに桜はツッコミを入れた。

桜の落ち着いた雰囲気とやらはもう既に北風にさらわれたようだ、ゼーハーゼーハー吐息を吐いて溜息を吐いた。

マコトは昨日悶々と悩んだせいで寝不足で非常識的に地面に座って空を見上げた。

無限に広がるかのような青空には似合わぬ光輪が上空に浮かんでいる。

そこから鉄格子が広がるかのように光の線が王都全体を包んでいるのが見えた。

魔力探知からも莫大な魔力が光輪から感じられその量に溜息しか吐けなかった。

 

「クソゲーすぎんだろ」

 

「あの光輪昨日まではありませんでしたよ、夜に突然魔術式が起動して発生しました」

 

「つまりユイ、あれは神様がどうとかではなく魔術なんだな?」

 

神とか女神の悪戯であった場合解く方法はない、だが魔術を使われているのならば、と問いかける。

 

「はい。間違い無く。隠蔽されてますが王都中に設置された魔術陣があの結界を起動しています」

 

「で、どうしてまだ解いてないんだ?」

 

ここまで知っているのなら魔術を十八番とするエルフの最強格である彼女が解いていないのは不自然、さくっと解いてお茶の間の笑い話にするはずなのだ。

彼女は申し訳なさそうに口を開いた。

 

「実はこの魔法陣が厄介で下手な事をすれば起動しかねないんですよ」

 

「どういうことだ?」

 

「魔術の定石は知ってますよね?教えましたし。魔法陣の全てに完全自動起動式(オートリスポンサー)が用意されていたんです。それもとびきり強力なやつで手を出せば有無を言わさず大魔術を起動、手を出さなくても時間で起動、本来なら触媒を用意して無理やり解除するところなんですがあれほど強力なものを解く触媒が王都内にない事も確認しています」

 

「つまり詰んでるのか?」

 

「いえ、昨日寝る間も惜しんで魔術の全容を把握したんですが、どうやら魔力を吸い取り空撃を放つ術式らしいんですよ」

 

「空撃って本当ですか!?

 

「空撃ってあれか、あの無駄に高威力で防ぎきれない集団起動式か」

 

対軍破壊魔法と言われるほどの莫大な時間と術式、魔力をかけて行われる非現実的な魔術。

その中でももっとも高威力とされる空撃は年一つほどなら破壊できる術式とされて研究も全て禁忌とされるものだ。

本来そんなものが今も存在してるのかすら怪しいほどのもの。

だが実際に今起動し天空に光輪を描き今か今かと魔力を吸い上げている。

 

「タイムリミットは?」

 

「規模にもよりますけど約三日ですね、長いです」

 

三日、七十二時間今日はもう日が登っていることから六十時間ぐらいと考えればいいだろう。

長いしようで短く、短いようで長い微妙な時間。

マコトは冷静にスマホのスケジューラーに書き込んでいく。

状態と書かれた場所をタップしユイに問いかける。

 

「切れたか?」

 

「鎌使って切れますけどそれをやると自動的に光の壁が狭まるようです」

 

「やったんだな」

 

ユイは目をそらす。

狭まったということは円が狭まったということだ。

その分生存範囲が狭まったとも言える。

 

「取り敢えず術式の本体を見つけるぞ、魔術陣があるんだったらメインの魔術式もあるはずだ」

 

「どういうことですか?」

 

まだ魔術というのを理解していない桜が問いかけた。

 

「魔法陣ていうのは一つの魔法陣で起動するのと複数の魔法陣が本体の魔術式をサポートして起こす大魔術の二つがある。魔法ならば確実にあるはずで、それを先に解術してしまえば魔法は起こせない」

 

「面倒ですね」

 

「面倒だな」

 

「本当に仲がいいですね...」

 

若干羨むように桜は呟いた。

マコトは素早くスマホにまずやることという事を書く。

そして素早いタイプで魔術によって動くスマホにこう書き込んだ。

 

『結界を解術する』

 

スマホをポケットに仕舞いマコトは立ち上がる。

本体の魔術式を改良するか変更、もしくは絶縁する事で魔術の作動を阻止する。

それに最悪ユイに抱えてもらって壁の外まで強制的に切って出ればいい。

二人ぐらいなら別に問題ではーー

 

ここまできて忘れてたことが一つ脳裏に浮かんだ。

 

「あっ!?そうだメイリーどこ行った?ユイ、最後まで一緒にいたはずだよな?」

 

「あらあらうふふ...」

 

マコトから全力で目を逸らしてユイはウフフと温厚そうに笑う。

 

「放ったらかしたんだな」

 

「で、兄さんまずどこに行くんですか?」

 

「メイリーとっ捕まえて情報を吐かせる。十中八九何か知ってるはずだ...でも先に魔術陣の確認だ」

 

あそこまで入念な調査をしといてこの王都に事前に用意された魔法陣に気づかない筈がない。

つまり知ってて放置した可能性がある。

鼻から信頼してなかったマコトは頭を掻く。

 

「じゃあ行くか...よろしく」

 

素早い動きでマコトはユイの背中に覆いかぶさるように乗っかった。

流石にその動作に桜はジト目を向ける。

 

「兄さんいくら仲が良いからって突然抱きつかれたら鬱陶しいとか思われますよ?」

 

「ほれ、とっととユイに掴まれ、じゃなきゃ置いてかれるか落ちるぞ?」

 

「えっどう言うこと...?」

 

「あぁもう遅い、早よ」

 

丸太か何かを持つようにマコトは右手で桜の腹部に手を回して抱きかかえる。

突然の事態に両目を丸くするが突然空中に現れた鎌にも困惑した。

ユイは笑顔で鎌を何もない空中に向けて振り下ろし、倒れこむように飛び込んだ。

 

 

 

 

 

何もないはずの裏路地に三人の男女が落ちた。

ヒョイっとユイは華麗に着地し、マコトは身体能力を生かし着地しようとし湿った地面に足を滑らせ転び、抱えられていた桜はマコトをクッションにして立ち上がった。

イテテとマコトは頭を掻きながらも辺りを見回して状況を確認、特に何の問題もない吐き気以外は。

 

「本当酔うな、これ」

 

何も切れない鎌で空間を切って押し出される圧力を利用、狙った地点を切って吐き出されるという無茶も無茶なめちゃくちゃな転移法だ。

物質を切れない鎌の使い道が頭がおかしいとマコトは思う。

これでも術式を組んで道を組めるから出来ることで自分がやっても地面にめり込むか空中に飛び出るか、最悪空間に閉じ込められるとすら思う。

 

立ち上がり三人は裏路地を数分歩き、何もないただの壁に足を向け一歩踏み出す。

瞬間ユイの姿が消え空間が波紋を立てて揺れる。

魔術的な隠蔽、その典型的な状況だ。

ビクビクとチキンしている桜の手を取って二人は壁に踏み出した。

 

隠蔽されたであろう裏路地は突き当りのようで誰一人来ないであろう一本道であった。

暗く少し生臭い只の裏路地、だがその奥に見えるは緋色の魔法陣。

マコトはかつて患っていた悲しい病を思い出し別の意味で胃を痛めた。

 

「マコトさん、これが魔術陣です」

 

「うっげ趣味悪いな、左右対称で六角形なのがまたはじめてのまほうじんって感じがして胃が痛い」

 

「六角形なのは理由があるっていいましたよね?」

 

「だけど致命的にダサいんだよ...まぁテンプレで使いやすいっていうのはわかるんだよ」

 

最も安定してる形として初級魔術で使われるような術式ではほぼ全てで使われているのだ。

一度その話を置いといて外部端末であろうこの魔術陣に手を触れマコトは鑑定士の技能:観察を生徒の技能で模範、魔術陣の解読に掛かった。

ほぼ無意識に使っていない左手をユイに向けて差し出し、阿吽の呼吸でユイがその手を掴み魔力を送り込む。

ただでさえ魔力容量が低いマコトにとって身代わり石があってやっと戦えるのに、こうやって解析などの長時間魔力を使用する作業は向いていない。

足りない魔力をユイがカバーし他のクラスメイトの能力全てを模範できるマコトが全技能を使い解析を続ける。

ユイが既に解読をある程度終えているため今やっているのは本体の術式の座標を大雑把に魔力の流れから割り出しているのだ。

魔力が向いている方向を調べ強さを考えて上手く本体術式を探し出す作業。

いくら介入出来ずとも眺めて観察をすることはできる、本体術式を破壊すればいくら発動しても発射の砲台がないようなもの、撃てなければそれは無意味である。

超集中を始めたマコトはただひたすら流れる情報を掴み取り必要な情報を見る。

普段のおちゃらけたふざけた態度は消え失せ集中に全神経を使う一人の人間がいた。

 

その光景をただ見続けることしかできない桜は近くの地面に座り込み二人を眺めることとした。

 



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25話

爆裂。

噴煙が舞い視界を埋め尽くすほどの火炎が道を閉ざす。

致命の一撃、相手を仕留めるために放たれた火炎魔法は裏路地を焼き尽くし、術者である少女は辺りの民家への火移りを気にすることなく魔法を放っていく。

間違いなく一般人であれば身体中の皮膚細胞が焼き尽くされ炭へと変わるほどの業火、常人では耐えられないほどの痛みがその人物を消し潰すほどの熱量。

だがそれでも銀髪の少女は足りないという風に火炎弾を放ち表通りに逃げようと傷だらけの足を引きずる。

 

だがその足取りを物理的に止めるように彼女の両足目掛け鋭利な氷柱が高速で飛び肉を切り裂き少女は地べたに這い蹲る。

 

「どこに逃げるのかな?」

 

女の声が裏路地に響き先程まで吹き溢れていた大火の炎は消滅し燻んだ黒髪の女が笑う。

嘲笑うかのようにニコニコと微笑みながら寄ってくる姿は恐ろしく、ゆっくりと進められる歩は死へのカウントダウンのように聞こえた。

 

「くっ...『ライトニング』」

 

雷鳴が空を翔ける。

高威力、高速度の雷魔法であるライトニングは精密な狙いで放たれ女の脳天に命中した。

だが何もなかったかのように女は笑う。

 

「だーかーらー、僕にはほとんど効かないって。蝙蝠如きがエルフに勝てるとか思わない事だね」

 

「何が目的...とは聞くまでもないわね」

 

自身の手の甲にある血の跡、そして女の右手の甲に描かれた血の跡、間違いなく他の候補者。

全てにおいて負けている自分がこの状況を切り抜けられる道理など無い。

両足は既に動かない、魔力は枯渇寸前、右肩から先の感覚はもう既に無い。

吸血鬼が持つ再生能力も霊魂を摂取していないせいで碌に使えない。

つまりここまで来て詰んだという事だ。

誰にも救われる事だって無い、こんな裏路地に入ってくる物好きだっていない。

入ってきたところで砕氷に体を貫かれて死ぬか風で切り刻まれるか、どちらにしろ勝てる道理など無い。

 

「じゃあ特に恨みはないけど死んでね」

 

黒髪の女の右手に風が集中し始める。

トドメを刺す気になった、つまりはこの苦しいのもやっと終わる。

ここで自分は死んで種族引っくるめて絶滅。

考えうる限りでの最悪の可能性であり、その結末へと一歩一歩確かに進んでいっている。

 

風切り音と共に両目を静かに閉じて吸血鬼の少女の意識は完全に暗転した。

 

女は少女の横に座り込み懐から小瓶を取り出す。

紫色の液体が中で生物的に蠢く姿は気持ち悪く吐き気を感じさせるような歪さがあった。

 

だがふと女は小瓶の蓋を取るのをやめて少女の匂いを嗅ぐと訝しげに首を傾げる。

 

「...どうしてお父さんの匂いがするのかな?」

 

ただ一言そう溢してどーしてかなーとか、なんでかなーとか、小さな子供のように独り言を呟きながら首を更に傾げる。

 

彼女の横に老人が飛び降りて、苦々しげに唾を飲み込み少女を見下ろした。

面識は無いが親友が気にかけていた相手であり、まだ小さな子供。

誰も彼もが自由に生きれるはずの世界になったはずなのに今またこのようなことが起きている。

かつては自分もその世界を夢見て協力したはずなのに、今はその殺人の片棒を担いでいる。

誰が悪いのかなど聞くまでも無い、自分だ。

参加すると決めた時点で自分には責任がある、それを理解している。

 

「すぐに終わらせよう」

 

「わかったよ、君はせっかちだな」

 

少女を観察していた女を止めて老人は回復薬が詰まった瓶を半ば強引に少女の口に流し込んだ。

虫の息、絶命まで秒読みであった少女の命が一時的に繋ぎとめられ呼吸をゆっくりと、だが穏やかに再開した。

 

「早く置いてね、時間ないから」

 

「わかってる、急かすな」

 

老人は麻袋を地面に置いて袋の中から回復薬がたっぷりと詰まった瓶を慎重に並べて行く。

 

ーー大丈夫、これは友人の為だ。

 

男はまた自分に言い聞かせて一つ、また一つと瓶を置いて行き数分もすれば辺りは回復薬に満たされた。

 

「じゃあ始めるよ。エリックは急いで逃げてね」

 

「後で合流しよう」

 

「その辺で死なないでね」

 

「心配してるのか?」

 

「駒を無駄に使い捨てるのは愚策だよ?」

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

所詮自分は駒でしかない、命じられたことを忠実に行う一人、だがそれで良い。

エリックは笑って瓶を入れていた麻袋を担ぎ身体強化魔法を自身にかける。

 

「じゃあ後で合流しよう」

 

「早よいってよ、始めるから」

 

ひょいひょいっと紫の小瓶を女は揺らす。

深いため息を吐いてエリックは屋根上へと駆け上がった。

 

それとほぼ同時、数秒変わらぬタイミングで女は小瓶を開き、中の紫色の液体を少女の胸の上にそっと落とした。

薄く笑って女は空へと飛び出しその場を離れた。

 

一生命体であるスライム状の’何か‘は蠢いて辺りを伺うように震える。

そして外の世界への第一歩を踏み出した何かは一つの違和感を覚える。

人が本来空腹と呼ぶ感情、それを知らずに覚えた‘何か’は先ず自分が乗せられた肉を見た。

まだ温かみがあってとても柔らかそうな血肉、上質な布が包んだ素晴らしい食べ物。

表面を溶かしながら段々と’何か‘は少女を貪り、吸収していく。

 

シャク

 

霊魂を貪り、血肉を味わうという感覚を覚えながら’何か‘は食していく。

 

数分もすれば少女の姿はそこから消えて大きな水溜りだけができてた。

味、感情を霊魂から覚えた何かは空腹感を感じ辺りを見回す。

もっと美味しいものがあるはずだ。

体を震わせることで’何か‘は動き出し辺りに並べられた回復薬を飲み更に成長を重ねて静かに裏路地を動き、新たな食べ物を探し動き出した。

 

そして’何か‘は行き交う人々を見て笑う、口は無いがたしかに幸福感を味わう。

こんなに美味しい物が溢れている、なんて楽しいんだろう。

 

飢餓に飢えた紫色の’何か‘が街中へと解き放たれた。

 

それとほぼ同時のタイミングで十分かけて行われた解析は終了しマコトは倦怠感と共に立ち上がった。

 

「解析が終わったんだが、この術式の本体は城だ」

 

「城って...まさか間者が居たんですか?」

 

「だろうな。今掴んでる情報で判断するなら今の状況は推測できた内の一つだな

 

侵食型のダビンという亜人、それが存在しだれかを侵食したという事は既に知っていた情報だ。

つまり前もって入念に準備した計画をダビンが始めたという事となる。

城に仕掛ける意味、魔術陣を守る意味、そしてわざわざ空撃という大魔法を放つ意味。

これら全てを擦り合わせて目的を考える。

 

もしかしてという可能性、確証はないがありえるかもしれない一つの狙い。

 

「...なぁユイ、城の耐久ってどれぐらいだ?」

 

「...流石に空撃一発で消し飛びますよ?跡形も残らず」

 

「敵の狙いは宝物庫だと思う」

 

転移魔法によって行けるはずのこの世界のどこかにある王国の宝物庫。

それがあれば空撃を放とうが自分だけは逃げ切れる。

王都の戦力がほぼ炭に変わる上に街は壊滅的被害を受けて復興に力を裂かなければいけなくなる。

そのために必要なのは金、資金だ。

いくら人を動かすためには金が必要で復興のための資材は国が負担しなければいけない。

 

そんな時に国家の資金がなければどうなる。

年々他国との外交を勇者という戦力を持って押さえつけていた国家の戦力が全て消え資金もなくなり市民の被害もでかい。

他国が侵略に乗り出すこともあるだろうし復興支援と称して自国の戦力を進駐させて抵抗という選択肢を刈り取ることだってできる。

 

そうなれば候補者であるダビンにとっては得しかないわけだ。

人類は人類で争い、その間に自分たちの魔王を決める戦争を続けられその後の人類を攻める時も有利にできる。

 

「これが狙いだとすれば情報を流したのか...?」

 

「罠だったってことですか?」

 

「他の候補者である人間をおびき出して始末するっていうのがおまけだったらダビンってやつ策士だな」

 

情報を流し釣られた他の候補者を街もろとも消し飛ばす。

なるほど、そうすれば更に楽に進められる。

 

危機感を抱いた桜が考察に耽るマコトの肩を掴む。

 

「兄さん、どうするんですか?もう時間はありませんよ」

 

「ダビンを宝物庫に入る前に始末する。そして王城にある本体の魔術式を完膚なきまでに壊す」

 

「ですがマコトさん、壊すと言ってもどうやって?もう私の魔力も解析のために使い果たしてしまいましたし、マコトさんだって枯渇寸前でしょ?」

 

「身代わり石が後12個あるけど足りねぇな...魔力回復の為の薬品を掻き集めてなんとしてでも止めるか」

 

「なら兄さん、メイリーさんという方を探してみるのは?」

 

「だな。一回合流して話を擦り合わせよう」

 

それにしてもほんの少し放ったらかしていたが泣いてはいないだろうか。

完全に子供としかメイリーを見ていないマコトはそんな風に考えて思わず笑みをこぼした。

どことなく抜けているメイリーはどのような反応をするのだろうか。

少し楽しみになってマコトはこの状況下でも諦めずに笑えた。



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26話

「ーー事態は最悪です」

 

王城へと戻り王女が放った第一声がそれだった。

深刻な顔でこの世の終わりでも見るように王家の少女は力なく落ち込む。

窓から外を見れば王都を守る防壁の西門周りは全て紫色の液体のような‘何か’に満たされて結晶のような物の中で都市が溶け去っていくのが確かに見えた。

逃げ纏う人々は次々に飲まれじっくりと食事を楽しむかのように捕食されていく。

間違いなく地獄絵図、王女がこのような顔をするのも頷けた。

天空には依然として空撃の光輪が浮かび地上には謎の液体生物が都市を飲み込んでいく。

着々と終わりに向かっているのが見えた。

 

「ユイさん...貴女ならこの結界の外へと出れる、違いますか?」

 

「出れますよ、ですが私に触れられる人数が限界です」

 

「十分です。直ぐに勇者一行を招集しこの結界の外へ逃がします、これから放たれるであろう天撃であの生物が殺し切れれば良いのですが」

 

最高戦力を守り逃がして次に備える。

例え王都を破棄しようと抑止力ともなっている勇者が一度に失われるのは不味い。

だからこそ運びきれるだけの人数を逃がしこの国の後を考える。

それが今の最善手と彼女が判断した。

 

「なぁ、なんで戦わないんだ?」

 

ボソッと胡座をかいて干しイカを食べていたマコトがそう呟いた。

家が海に面している為偶に釣りに行って魚を釣ったりタコを釣ったり、それを乾燥させおやつとして持ち歩いているのだ。

衛生上は完璧、加護をわざわざかけた布に包んでいる為腐ることもない。

人類の叡智ここに極まれり...完全に無駄な使い道である。

 

「勝てないからです」

 

「試したのか?」

 

「試しました。勇者一行の遠距離武器による攻撃での殲滅を図りましたが直ぐに再生されてしまいとても殺しきれない」

 

もう既に手を尽くしての判断。

その上での覚悟、この国を考えた最良の選択を少女は選んだ。

 

ーーだが、だからこそマコトは自分を指差した。

 

「俺、まだ試してない」

 

ドヤ顔、自信満々な顔でマコトは呟いた、軽くナルシストが入っている。

ただ格好をつけているのではない、他の勇者の能力を合わせて戦えばどうにかあの‘何か’を倒せるのかもしれない。

今になってもまだマコトは諦めてなかった。

 

と、格好をつけるマコトの裾をユイがちょいちょいと引っ張りマコトは横を向く。

 

「マコトさんマコトさん、格好つけるのは良いですけどイカを食いながらだと老人ぽくてあまり格好良くありません」

 

「やめてよね人が格好つけてるのにそういうツッコミを入れるの」

 

「それでも私は反対...というか意味のない攻撃で無茶をするのは嫌だって言ってませんでした?あと誰かの為に戦うのはクソとか、責任転嫁うざいとか、勇者なんて死ねば良いのに、とか言って反対的じゃないですか、どういう風の吹き回しですか?」

 

「そりゃあ王都の裏街を守る為だろ、後市民とミートパイの為」

 

王都の裏街...世の中の影とすら言われてるような場所。

亜人差別が抜けない王国が静かに無視をして黙認するこの国の闇。

奴隷取引から売春、はたまた亜人の肉だって食品として売られてるような場所。

マコトが年中金欠な理由はそこに売り払われたエルフや羽根っ子、鳥人族を買って故郷に返すという恩返しをしてる為だ。

ただの偽善と言われればそれまでだが、過去に鳥人族や亜人に救われたマコトのせめてもの恩返し、また奴隷として取られないようにユイとの協力で悪意のある者が進入できない結界も村や集落に張っている。

 

なのに謎の生物に全て飲まれて全滅しました、だ?

とても認められない、確かに奴隷商人が死ぬのは心の底から喜ぶべき事だがそいつらを殺すために亜人を見捨てるのは何かが違う。

 

「だからやれるだけのことやって戦おうぜ?つうかそもそも賢者とかどこにいるんだよ、こういう時に対処しやがれってんだ」

 

「賢者様は今結界を解こうとしてるようですが下手に干渉すれば起動しかねないと、触媒の準備などを始めたようです」

 

「始めたって遅えよ、集め終わる前に天撃かスライムでおじゃんだよ...って待てよ、ユイ、一回外に出て賢者を抱えて来ることはできるか?」

 

一度出て賢者を抱えて中に入れれば全て解決ではないか?

珍しくうっかり忘れるとこを気づいたマコトがそう呟いた。

だがユイは頬を膨らまして顔を逸らす。

 

「...マコトさんとその家族なら良いですけどそれ以外に肌を触れられるのは嫌です」

 

「あのぉ...緊急事態なんですけど」

 

流石に理由が理由で王女はそう呟いた。

だがユイはにっこりと笑みを浮かべる。

 

「私からしたら家族と同族と、マコトさんの知り合いが生きてればそれで良いので人間の王都が亡ぼうが、人類が存亡の危機に瀕しようが関係ないんですよ」

 

「いやユイ?流石に食事とかもあるから...」

 

「お好きな業者を保護しましょう」

 

「うんわかった、この話止めよう、絶対闇が深くなる」

 

さらっと人類亡ぼうが関係ねぇよと笑顔で言うユイに若干恐れをなしてマコトは言った。

しかもほんとうに実行できるあたり恐ろしい。

 

「取り敢えず時間はある。あのスライムを解析してみて解決法を見つけよう」

 

「でもマコトさんなら錬成とか再生とか、回復とか合わせてあのスライム崩壊させられないんですか?」

 

「できるんですか!?」

 

崩壊させるだけ(・・・・・・・)ならできるがもう既に人が食われてる。あの魔物に飲まれた人間を引っ張り出して助けるのは崩壊させるだけじゃダメだ」

 

おそらく残りの身代わり石を使って開花を二回使えば行って帰るはできる事をマコトは知っている。

一度だけ触れて身体中を錬成の分解、再構築の過程で分解だけすればあれぐらいのスライムだったら崩壊できると経験上から言える。

そうすれば晴れてスライムを撃破し他の市民の平和を守れるわけだ。

 

マコトの言ってる事の意味を理解し一を切り捨てる考えを固めた王女は強く座を握りながら叫ぶ。

 

「ですがあれを倒せなければ王都は終わるんですよ!?市民だってこの国のためなら喜んで死ぬはずです!」

 

今既に飲まれた数百人の為に目の前の人間は対処しようとしない。

解決法があるのにそれを実行しない、それを王女は堪らなく理解できなかった。

 

「馬鹿言ってんじゃねぇ。貴族とか王族が飲まれてたらお前ら血相変えて助けるくせに市民数十名数百、数千になった瞬間簡単に切り捨てる」

 

過去に病魔が蔓延した時は速攻で隔離して助けると言う事を考えなかった。

未知の病だから、もう救えないからと理由をつけて隔離し人ごと病魔を葬り去った。

それで数万人が死んで他の数万人は生き残った。

王族の一人がその病にかかった瞬間国は総力を挙げて解決に乗り出して結局解決はできたが全てもう遅く死人が出た後だった。

絶対にそれが正しいとマコトは思わない。

 

「私はもう覚悟を決めました、彼ら彼女らを見殺しにした罪は私が背負うと」

 

「覚悟とかいう言葉を使うんじゃねぇ、そんなの覚悟じゃなくてただの諦めだ、思考停止して引き延ばす方法だけしか考えてない。まだ試してもいないのに全部諦めて自分が未来永劫背負うだ?ふざけんじゃねぇよ鬱陶しい」

 

「子供のようなわがままはやめてください」

 

「わがままだろうが屁理屈だろうが諦めて全部無くすよりはマシだ。一を切り捨てて九九を救うのに納得しない、理解はできるがな。それが全て試して考え込んで出た結論なら俺は否定しない、権利無いし。だがまだ可能性はある、質量保存の法則に従って食われた人間の構成物質、霊魂はまだあのスライムの中にあるはずだ、助けられる可能性がある」

 

「もし失敗したら?貴方が失敗したらどうする気ですか?もし貴方が失敗してスライムが進行を進めて国を飲み込んだら?もし貴方が失敗して王都の結界から出れなくなったら?どうせ貴女は信条さんが死んだらすぐに消えるんでしょ?」

 

ユイに向けて王女は言うが心底理解できないと言う風に首を傾げた。

 

「死なせませんよ?ダメそうだったら抱えて逃げます」

 

「逃げた後は王族や勇者を助けますか?」

 

「嫌ですよ?見ず知らずの人間に触られるのは本当に嫌なので」

 

「そんな我儘を...」

 

「エルフですからそう言う誓いもあるんですよ」

 

王女は溜息を吐き、静かに右手をあげると辺りに待機していた騎士達が剣の切っ先をマコトとユイへと向ける。

出入り口を塞ぐように展開された騎士たちの狙いは説得のための時間稼ぎだろう。

誰もかれもが冴えない顔をしてこちらに武器を向けている、悪意は無いが業務上仕方ないと言ったところとマコトは推測する。

 

「じゃあな王女、ちょっとは成長しろよ?」

 

もっと人に優しくして根気強く諦めという単語を鼻で笑うぐらいがこの国の王族として相応しいとマコトは思う。

自分をコテンパンにぶちのめして説教したのも当時の王女だったしグレた時に叱責したのは国王だった。

個人的にそこまで恨みもないしむしろ恩を感じているので一言の助言だ。

 

「捕らえなさい!!」

 

剣を携え騎士がよってくる中マコトは迷わずユイを抱えて倒れこむように前へ体重を向ける。

たった一瞬の加速を生むためだけの開花・速、魔力消費量を抑えた簡易バージョン。

騎士たちが退路を塞ぐように剣を横に向け盾で囲もうと歩く騎士たちを超集中で行動予測、そして一歩踏み込み騎士たちの隙間を抜けて窓を蹴破り王座の間を飛び出した。

 

一時的な加速で飛び出した二人の体は重力に従い空中に弧を描きゆっくりと落ちていく。

阿吽の呼吸でマコトが空中で体制を変えユイは地へと手を伸ばす。

 

「『ネフ・レラ』」

 

上位の風魔法である『ネフ・レラ』が発動し地面のすんでのところで竜巻のように風が舞い起こる。

本来魔力消費の激しいはずの高位の風魔法をバネ代わりに使う荒技。

下手をすれば勢いよく地面とキスして終わりだし、魔力の保有量が少ない、例えばマコトのような人間が使えば一発で魔力が切れて空中で気を失いついでに命も失うだろう。

風魔法に適性のあるユイからすれば慣れ親しんだ物の一つ、魔術に特化したエルフだからこそできる芸当。

 

爆発的なまでの風が二人の体を宙に飛ばし風の勢いのまま街の上へと飛ぶ。

 

ここでまたユイが小さく風魔法を手元で起こし体制を変え着地へと適した物に変える。

 

ぐんぐんと迫る屋根に向けてマコトは両足を向けて開花・守を脚のみに末端発動、鉄の杭のように硬くなったマコトの両足が屋根上の瓦を踏み壊し停止。

一瞬で王城の最上部に近い部屋から眼下の街に飛び降りたマコトは額の汗を拭い一言。

 

「窓の修理代いくらだろ...」

 

精巧に作られた窓の値段はいくらになるのだろうか、これが今最も問題だった。

ポンと優しくユイは肩を叩き笑う。

 

「正当防衛ですよ、正当防衛」

 

「だよな、俺悪くないよな」

 

「それはさておき早く行きましょう

 

「へいへい、鎌での移動は出来ないか?」

 

「魔力の温存をしておきたいです、開花での移動か風魔法の移動、わたし的にどっちかがいいと思います」

 

「了解、俺まだ身代わり石あるし開花での移動にしよう」

 

そう言って運びやすい様に抱え直すが指先が豊満な胸に当たる。

完全なミス、全くもって下心のない行動だった。

頬を少し赤く染めてユイは柔らかくマコトの手の甲を抓る。

 

「マコトさんのえっち」

 

「おい待て、これは不可抗力だ!」

 

「乙女の胸に触っておいてなんですかその言いようは!!ヤルんだったら時と場所を考えてって言ってるんです!」

 

「んなもんわかるか!?もういいや、取り敢えず移動するぞ」

 

なんとも間の抜けた感じでマコトは開花・速を使い屋根上を駆け出した。

天撃までの制限時間は二日と数時間、スライムの進行速度は思ったよりも遅い。

スライムを撃滅、人を救い出して天撃をキャンセル、上手くいけば簡単に終わる、そうマコトは判断した。

両足に力を込めマコトは屋根を飛び移りながらスライム状の何かに向けて走った。



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27話

真っ暗な空間、油の中に落とされた水の様に剥離され、ポツリと二人の少女が佇んでいた。

ここがどこだかわからないがとても寂しい場所だとわかって自分も、彼女もおそらく迷子だと思った。

ごく自然に、迷った少女を手助けするために白髪の少女は小さな子供に手を差し伸べる。

こちらを伺う様に小さな少女はこちらを見上げて様子を伺う様に私の手を見て、ゆっくりとその手を取った。

この暗い空間に簡単に消えてしまいそうな黒い少女、身長は自分よりも数十センチ低いぐらいだろうか。

特徴を挙げるとすれば地に付くほどの長い黒髪に何かを探す様な濁った目。

 

「貴女、迷子なの?」

 

「ううん」

 

恐らく否定。

パッと少女は手を離して黒い空間を独りでに駆けていく。

少女が歩いた地面は何故かとても色鮮やかでとても尊い物に見えた。

踏みつけるのを偲ぶほどそれは綺麗で少し躊躇してしまうが少女は足早に暗い空間を走っていく。

何かを探している様で少女は違うなぁ、とかこれでもない、とか立ち止まる度に言っては歩き出し、言っては止まり。

 

「何か探してるの?」

 

私が問いかけると少女はにっこりと笑って振り返る。

 

「ゆーささん、まこと」

 

ゆーさ?

小さな子供らしく不確かな発音で少女は言った。

それが何かが気になったが少女がにっこりと笑っているので気にしなくていいかと思った。

思いかえせば自分は何故ここにいるのか、たしかに女に殺されたはずで...だが少なくとも自分は生きている。

兎も角自分は早く彼にーー

 

「誰だっけ」

 

彼とは誰だっただろうか。

とても捻くれていてうざったいぐらいの調子者でそれでいて助けを求める人間がいれば怪しかろうが付いて行ってしまう様な人。

突然現れた吸血鬼にもきちんと人として接して助けようとしてくれた人。

こっそりと悪夢を見た私を助けてくれていた、まるで父親の様な人。

 

「誰だったっけ」

 

とても大切だったはずなのに、何故か名前も、その姿も脳裏に浮かばない。

薄っすらと、だが確かに人の姿は見える。

 

忘れてしまってはいけないと考えれば考えるほど頭痛が激しくなっていく。

 

服を引かれていつのまにか眼前に立っていた少女へと目を向けると彼女はにこりと笑って口を開く。

 

「ここおを、おしえて」

 

心、感情、気持ち、誰もが持つであろう一つの測定不能な物の一つでありとても複雑で形容しがたい物。

誰もが感情を持つから相手を理解し合えるし、憎めるし、助け合える。

そんな心をこの子供は知らないのだろうか。

 

「心っていうのは好きとか嫌いとか、楽しいとか憎いとかの想いよ」

 

「おもいー?」

 

「そうよ、貴女も他の人と話したりすればわかるわよ」

 

「おはなし?」

 

思わず首を傾げて困惑する少女が微笑ましくてクスリと笑みをこぼす。

 

「ねぇ、貴女の名前は何?」

 

会話の基本、名前を知らなければ相手に話しかけることもし難いし、友人関係を築く際に必須の物。

少女は沈黙し俯いた様子で腹部に顔を押し付けてくる。

 

「もしかして名前が無いの?」

 

「わたし、おなまえない」

 

「お名前...それは大変ね、親御さんはどうしたの?」

 

少女は首を振る。

これは困った、小さな子供が親御さんもいない中一人でいるなんて危ない。

今まで両親が死んでしまったとか、色々な事情があって親がいない子供を見ていた。

何もやってやれなかったが今なら何かできるかもしれない。

ここまで今自分自身に自信があるのが不思議でしょうがない。

なるべく優しく少女の頭を撫でて怖がらせない様に笑顔を見せる。

 

「じゃあ一緒にお名前考える?」

 

「おなまえくれるの?」

 

「うーん、私名前付けがお世辞にも良いとは言えないから一緒に考えるじゃダメ?」

 

「うん、いっしょにかんがえる」

 

「何がいいかしら、やっぱり将来周りの子供に笑われない様なきちんとした名前をつけてやらないといけないし...」

 

困った、一緒に考えようとか言っておいて案が全く無い。

こういう時に限ってあの人間は居ないしどうしたものか。

確か二人子供がいると言っていたし名前付けも慣れてるはず、居ればだいぶ楽なのに。

というか、ここまで考えてし信用している人間なのに名前も顔も浮かばない。

 

「おねえちゃんのなまえはなに?」

 

「私はメイリーよ」

 

「じゃあわたしもめいりーがいい」

 

「流石に同じ名前はどうかと思うのだけど、ここは無難に二文字以上四文字以内で...」

 

本当に難しい、一体自分の親は名前をどうつけたのだろうか。

相手の将来のこととかも考えるととても心配とか人間関係とか色々考えてしまって案が浮かばない。

そんな中少女は心から嬉しそうに向日葵の様な満面の笑みを浮かべた。

 

「なんでかむねがふわふわする!」

 

「それは多分楽しいって事ね。多分貴女は名前を考えるのを楽しんでるのよ。難しいけど...」

 

ここにきて一つ良い方が思いついた。

過去の英雄の名前を付けるのはどうだろうか。

とても良くある話だし周りからも変な目で見られない、むしろ好ましい反応が返ってくる。

自分は吸血鬼だが人間の勇者とかも結構好きで名前も覚えたのだ。

正規勇者のシンジに魔導師の葵、他にも結構あって物語の締めを括る勇者の名前はーー

 

「いてて...頭が痛い」

 

どうしても名前が出てこない。

 

「だいじょーぶ?」

 

「大丈夫よ、ありがとね。ごめんなさい、ちょっと休んでも良い?」

 

「いいよ、おねんねする?」

 

「あはは、確かに疲れたしもう寝たい」

 

そもそもどうして私はここまで疲れてるのだろう。

なんのために頑張ってたんだろう、誰のために頑張っていたんだろう、どうしてここまで頑張ったんだろう。

 

どうして、どうして私は今悲しんでいるんだろう(・・・・・・・・・)

 

何か大切なものがあったはずだ、自分の命を投げ打ってでも助けようとした何か、その何かがわからない。

 

「おねえちゃんなにしてるの?これなに?」

 

少女がそっと目元の涙を拭って訝しげに眺めた。

 

「それは涙よ、悲しい時に出るのよ」

 

「ねぇ、わたしもそれでるかな?」

 

「出るわよ、いつかきっと」

 

「そっか」

 

もう疲れ果てて何も考えられなくなって、眼前に現れたとても見覚えのあるベッドに横たわり一度目を閉じた。

 

ふわり、ふわりと紙飛行機が宙を舞いベッドの下に落ちて行く。

小さな少女が手に入れた記憶の破片、そこから取り出した一つの思い出。

本心から、未だに扱い方のわからない感情、わからないことばかりの少女は吸血姫を放っとけないと思った。

 

「おやすみ、おねえちゃん。はぁ...わたしもねむいや」

 

それはそうと、生まれたばかりの少女にとって空腹を満たすために食事を続け満腹になった今、摂取した霊魂から睡眠、夢を見るという行為を覚えて朧げな両目をこすりメイリーが眠るベッドへと入り込んだ。

 

こうして二人の少女は微睡みの中へと落ちて行った。

 



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