木曜シンデレラガールズ劇場・HEAT (七歩)
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追跡痕

 東京都内の幹線道路は、今日も渋滞していた。

「チッ。前の運転手、ちゃんと目を開いて運転してるのかしら。私が後ろにいるというのに、ゆずらないなんて生意気だわ」

 ジュエル輸送者の運転席で眉間にシワを寄せながら、財前時子は吐き捨てるように言った。ハンドルをこつこつと指先で叩き、今にもアクセルを踏み込んで前方に並ぶ車両を押しつぶして進もうかと本気で考えていた。

「まぁまぁ。急いだって忙しくなるだけだし、ゆっくり行こうよ! ドーナツもまだまだあるよ!」

 助手席の椎名法子は満面の笑みを浮かべ、時子の口元にドーナツを押し付ける。時子はそっぽをむいてドーナツをかわした。

「もういいわよ、ドーナツは。あんたと組まされるたびに一生分食べさせられて、もううんざりだわ」

「えへへ! ドーナツおいしいもんね! 何回生まれ変わってもドーナツ食べられるなんて素敵じゃないかな? 最高だよね!」

 話が通じないのはいつものことで、時子もなんだかんだと慣れてきてしまっている自分が嫌になっていた。しかし、仕事だから仕方がない。これでも彼女は優秀なのだと、運んでいる荷物の主が言っていたが、 自分以外はすべて気に食わないし、ましてジュエルなど集めて悦に入っている輩など好むはずもなかった。早く積荷を運び終えてエステにでも行こう。時子はこころに決めた。

 法子がもう何個目かわからないドーナツを口にしようとした時、突然車体が揺れた。

「アン?」

 車内に警報が響くが、さほど大きな揺れではなかった。バックミラーに目をやると、不自然に後続の車が接近している。

「もしかして追突されちゃった?」

「チッ、下手くそはこれだから嫌ね。かまわないから行くわよ」

「ええ? いいの?」

「馬鹿な豚にいちいちかまっていたらいつになっても到着しないわよ。金庫のロックに問題はないし、バンパーがへこんだとしても下民の安物ででしょう? かまう必要はないわ」

 時子はかまわずアクセルを踏み込んだが、また車体が揺れた。今度は前方の車が急停車し、自動ブレーキが作動し停車したのだった。車内の警報はさらに大きく響く。自動ブレーキは作動したが、止まりきれずに多少接触したらしい。

「……いらつかせるわね」

 時子の眉間のしわがより深くなる。車を降りて運転手の顔をひっぱたいてやりたかったが、仮にもジュエル輸送中だった。安易に降りるわけにはいかない。などと考えていると、ぶつけられた前方の車から、サングラスを掛けた女がふたり、足早に降りてきた。

 女たちはつかつかと時子たちの車に近づいてくる。両手には、女が持つにはあまりに無骨な突撃銃が握られていた。

「法子! 伏せなさい!」

 時子はとっさに法子に覆いかぶさり、身を低くする、とともにけたたましい銃撃音が響き渡った。

 突撃銃から輸送者に容赦なく打ち込まれる大型の弾丸の嵐は、フロントガラスを粉々に叩き割る。

「時子さん! 時子さん!」

 ふたりの女はフロントライト、車輪もろもと徹底的に破壊しつくすと、発砲を止めて空になった弾倉を投棄した。

「時子さん! ああ……、血が……っ」

 自分を守ろうとかばった時子の身体から、ぬるりとした血液が法子の手のひらを赤く染めた。時子の額には脂汗が浮かび、法子もみたことのない苦悶の表情を浮かべていた。

「……何してるの。早く、銃を……」

 はっとした法子は急いでダッシュボードに手を伸ばした。しかし、襲撃者の手際は満身創痍の彼女たちにはあまりに洗練されていた。

「おっとっとー。動いちゃだめだよー」

 破壊された輸送者のボンネットに飛び乗った金髪の女が、人ひとりに向けるにはあまりに巨大な自動拳銃の銃口を法子の額へ向けた。

「すぐに終わるからさー、大人しくしててよー」

「ちょっと、そっちの女、怪我してるんじゃないの?」

 金髪の女と同じくサングラスに地味な作業着で身を包んだ短髪の女が、金属製のハサミのような工具で乱暴に運転席のドアをこじ開けた。

 短髪の女は唸る時子の様体を軽く診ると、金髪の女を睨みつけた。

「出血してる。運転手は撃つなって言ったでしょ?」

「私じゃないよー。奏ちゃんのが当たったんじゃない?」

「名前を呼ばないでって言ったでしょ?」

 短髪の女は懐から拳銃を取り出し、法子へ向けた。

「大人しくしていてくれれば、こっちもさっさと消えるから。ね?」

 艶めかしい声色とは裏腹に、黙っていろ、というどす黒い意志を法子は叩きつけられた。本来ならば命をかけても積荷を守らなければならないのかもしれない。しかし、銃口を突きつけるこの女の迫力は、法子とははるか別世界の生き物なのだということを理解させられるものだった。女は腰につけていたレシーバーを口元に当て、

「しくじったわ。あと四十秒以内でお願い」

 と、まだいるのであろう仲間に告げた。

『せかさんといてー。こっちも美嘉ちゃんが悪戦苦闘中なんよ。あ、そこのおにーやん、下手なことせんとさっさと逃げとき。死にますえ』

 恐怖と極度の緊張に、法子は自分の心音が大きく鳴り響くのを感じた。車両の後方から、チリチリと何か弾ける音と、金属の焼ける匂いがする。法子は後部金庫が破られているのだと悟った。

「……豚ども、ずいぶん手際が悪いじゃない」

 時子が低く唸るように声をあげた。

「時子さん! だめだよ話したら!」

「うるさいわよ……、法子……。こんな豚に屈してどうするの……」

「わーお。ボロボロなのに元気だねー」

 金髪の女は地面の虫を弄るように、銃口を時子の頭にこすりつけた。

「やめなさい。挑発にのらないで」

「だってさー、見てよこの瞳。ぞくぞくしちゃうよね。ほらほら、こういう時は命乞いするもんだよ?」

 時子は女のこあまりに純粋な瞳を、鼻で笑った。

 瞬間、女は引き金を引いた。

「時子さん!」

「フレデリカ!」

 フレデリカと呼ばれた女は無表情でこと切れた時子を見つめていた。

「この女嫌いにだったんだもん」

「……っ! よくも時子さんをおおお!」

 法子は怒りのまま、ダッシュボードから拳銃を取り出し、フレデリカに向けた。もはや菓子を笑顔で頬張る彼女はなく、殺意に満ちた指先は引き金を引くことに迷いがなく、奏では気圧され、生存本能のままに法子を撃った。

『なんか銃声聞こえたけど? 大丈夫?』

「……なるべく早く済ませて頂戴」

 奏は乱暴にレシーバーの電源を落とすと、フレデリカの胸ぐらをつかみ、ボンネットに叩きつけた。

「私、言ったわよね? 何があっても『ルールは絶対』、『余計なことはするな』って」

 フレデリカは、怯えるどころか、にたりと笑みを浮かべた。

 ひとつ前の計画の際に、長年組んでいたしくじり、欠員となった。フレデリカにも言ったとおり、彼女ルールを守らなかった。奏たちはなんとか逃げ切ったが、しくじった仲間のために払わなければならない代償は容易いものではなかった。

 あの時から、なんとなくケチがついたような予感がしていた。フレデリカを新たな仲間として紹介された時も、本来なら気に食わないと突っぱねる相手だった。ただ、作戦遂行の絶好の機会を逃すことを恐れ、焦ってしまった。

 結果がこれだった。殺害はどんな理由があろうと余計なものがついて回る。だから、できる限り避けなければならなかった。

「奏ちゃん」

 フレデリカを押さえつけたまま、今にも殺さんばかりの剣幕であった奏を止めたのは、輸送車の金庫から目的のものを手に入れ終えた周子と美嘉だった。

「ごめん! 外の鍵より中の鍵に手間取って……、何? 殺しちゃったの?」

「……ええ、ごめんなさい。でも、証拠を残す訳にはいかないわ」

「どっちみちやばいじゃん。さっさとずらかろ。はい、これ」

 美嘉は頬の汗を拭いながら、奏に輸送車の金庫から手に入れた紙の束を手渡した。麻薬組織のマネーロンダリングで、近頃荒稼ぎしていると噂になっていた土屋亜子の保有する無記名証券。彼女はこれに多額の保険をかけていた。業界では金回しの申し子と言われる彼女から金を引き出すには、金がいる。人質や脅しでは意味がないのだ。

 奏は無記名証券を確認すると、バッグにしまう。代わりに爆薬の点火装置を取り出した。

「確認したわ。全員、作戦通り各自移動、しばらく身を隠して。これの現金化のめどがたったら、連絡するわ」

「そのまま自分だけ美味しい思いしようなんて考えてないよね?」

 フレデリカがケラケラと笑う。

「もしその気配があったら、私を殺していいわよ」

「楽しみだなぁ」

「つまらんことせんと、はよ散ろうや」

 奏は軽く頷き、彼女の「じゃあ、解散」の一声に、メンバーそれぞれがばらばらの方向へと去っていく。

 遠くからサイレンの音が聞こえる。誰かが通報したのか、騒ぎを聞きつけたのか。どのみち自分も逃げなければならないのは確かだった。

 輸送車の運転席で息絶えたふたりの亡骸を一瞥すると、奏は足早に現場から離れた。

 程よく離れたところで、握りしめた起爆装置のスイッチを押す。残した奏と週子たちの車両に取り付けてあった爆薬が炸裂し、周囲を黒煙が包んだ。



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