帰蝶が男で何が悪い (けんさん&コハク)
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帰蝶

 帰蝶が男でも是非もないよね☆




 俺には生前の記憶がある、いわゆる転生というのをした人間だ。

 しかしどうやって死んだのかは覚えていないし、なぜ転生したのかもわからない。

 記憶だって突然ふっと湧いて出るように思い出したのだ。

 生前の記憶が戻る前までの俺は泣き虫だったが、記憶が戻った今では一切泣かなくなった。

 そのせいで今世の父は立派になったと喜んでいたが、母からは気味悪がられてしまった。

 それでも直接何かをしてくるわけでもなく、俺もそんな母を特に気にすることもなかった。

 

 俺の家はそれなりの上流階級のお家で、安泰の将来を約束されていた。

 将来は静かな田舎に家を建てて、嫁さんと子供を貰って静かに暮らしたい。

 

 ………そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 

 俺が生まれたのは戦争があっちこっちで行われている戦国時代のど真ん中。

 そんな時代にある上流階級のお家と言えば長男は家を継いで戦争に、女は勢力を広げるためにどこかの家に嫁がされる。

 俺は長男だし、このままではいつか家を継いで戦争に駆り出される。

 まぁ俺将来は大将だし?家も結構大きいからなんだかんだ生き残れるんじゃね?

 そんな甘い考えは7歳の頃に初めて見た戦場の風景で一切合切振り払われた。

 

 平原を埋め尽くすほどの大人数が武器を片手に敵を切り裂く。

 戦国時代では当たり前の風景。

 ふとそんな風景の中、戦場のど真ん中で光り輝く一人の人間が現れた。

 そいつがあっという間に数百の人間を切り裂いたかと思えば、剣をいくつも持った人間がそいつを倒した。

 

 その時俺は気づいた。

 ここは俺がいたのとは別の世界で、ここではアニメのように不思議パワーを持つ人間がいる事を。

 いずれは上流階級のお家に生まれた俺もその不思議パワーを使う人間達と戦わなくてはならないと。

 現に戦いに巻き込まれた人間が紙くずのように空に飛んでいるように、いつか俺もああなるという事。

 

 あれ?普通に俺死ぬんじゃね?

 

 そう考えた俺は父に頼み込んで寺へと修行に出る事になった。寺にいる間は戦争云々には巻き込まれず、上手くいけば僧として道を進めるからだ。

 元々この時代では子供が寺へと修行に行くなどは当たり前のように行われている。普通は長男以外の次男から下の男が行くものだが、勉学のためだと言えば簡単に了承してもらえた。

 

 そうして父に連れられたのは小さくも大きくも無い、ごく一般的な寺。

 出迎えてくれたのは綺麗なお姉さんだった。所々に黒メッシュが入った絹の糸のような綺麗な白髪。僧侶の服に包まれながらもはっきりとわかるほどスタイルのいい体。宝石のような金色の瞳をした今まで見た女性の中でも一番美しいと言える女性。

 名前を長尾景虎、通称お虎さんという女性らしい。

 

 お虎さんは俺を笑顔で迎えてくれた。その際父が複雑そうな顔をしていたが、俺に気をつけるようにとだけ告げて家へと帰ってしまった。

 不思議に思ったが、寺を案内するお虎さんについて行く内に父の助言はすっかりと忘れていた。

 

 その夜、案内された部屋で明日からの事を考えていると、お虎さんから自室に来るようにと伝言が回ってきた。

 明日からの事を話すのかと思った俺はすぐさまお虎さんの部屋へと足を運んだ。

 お虎さんの自室についた瞬間、俺はお虎さんに襲われた。

 

 ………性的な意味で。

 

 案内されている間、変にボディタッチが多いなとは思っていたが、まさか7歳の子供を襲うとは思っていなかった。

 おそらく父が言っていたのは(お虎さんはショタコンだから)気をつけるように、だったのだ。

 その日俺は朝まで寝かせてもらえなかった。

 

 次の日、げっそりとした俺とは裏腹に、ツヤツヤしているお虎さんになぜ襲ったのかを聞いてみると……

 

「特に理由はありません。

 ただ其方が『人間らしかったから』でしょうか?」

 

 と言われた。

 それから俺はお虎さんに兵法、軍略、文字の読み書き、毘沙門天への祈り方、他にも様々な事を学んだ。その代わり俺は数週間に一度、お虎さんの相手をするという契約を結んだ。

 

 数年後、最初は何処か人外じみた所があったお虎さんは、最初の頃よりは『人間』というものが分かる人になっていた。俺はというとお虎さんにボコボコにされつつもそれなりに強くなったと思う。

 毘沙門天の加護もお虎さんに付けてもらったし、これで戦場に出てもそう簡単に死なないと思う。

 そう思った矢先、父から家に帰ってくるようにとの手紙が届いた。

 何でも今、俺の家がある美濃があの織田信長の父に当たる織田信秀に攻め込まれるかもしれないから、俺を相手の血族と結婚させるので戻ってこい、らしい。

 

 これにキレたのはお虎さん。

 織田と美濃を滅ぼしてでも其方は行かせないと物騒な事を言い始めたお虎さんを宥めつつ、了承の手紙を書いて父に送った。

 なんとかお虎さんを説得した俺だったが、美濃へと戻る代わりにいくつかの約束事を交わした。

 

 一つ、月に一度は手紙を送る事

 二つ、年に2度お虎さんに会いに行く事

 三つ、辛くなったらお虎さんの元に帰る事

 四つ、俺が怪我をした場合織田か美濃へと攻め込み俺を奪い去ってその地を滅ぼすがその際に邪魔を一切しない事

 五つ、以上の約束を決して破らない事

 

 この五つを約束した。

 何か一つでも破ったら俺を連れ去り、牢に閉じ込めるなり鎖で繋ぐなりするらしい。

 そんな馬鹿なと思ったが、お虎さんの目はたまにみる闇を抱えたヤバい目をしていた。

 

 数週間後、美濃からの使者が到着した。

 お虎さんと別れを惜しみつつも、向かった先は美濃ではなく織田家がある尾張。

 尾張に着くと休む暇もなく織田家へと直行した。出迎えてくれた織田信秀は意外と人当たりがいい叔父様で、俺が来た事を大層喜んでくれた。

 何でも俺の婚姻相手は大層なうつけ者*1らしく、俺以外そいつと結婚したいなんて輩は見つからなかったらしい。

 

 正直俺も自分から言い出したことでは無いのだが、あまりの喜びように何も言えなくなってしまった。

 ふと俺の中で嫌な予感がよぎった。

 織田家においてうつけ者と呼ばれるのは織田信長が最も有名である。しかしまさか男の俺を信長の婿に、なんて馬鹿な事を考えそうな人でもないし、謎は深まるばかりだった。

 

 婚姻相手に会わせてやると言われて連れてこられたのは城下町。どうやら俺の嫁さんはよく城下町の子供と石合戦というのをやっているらしい。

 

 見つけたのは長い黒髪を後ろに結った少年のような少女。その顔は美少女と言って差し支えないが、体の至る所に石が当たったのか青痣が出来ており、うつけ者という言葉が何故かしっくりと来るような子だった。

 

「お前が俺の婿になるとかいう物好きか!

 俺の名前は織田吉法師、尾張一のうつけ者よ!」

 

 そう言って笑っている吉法師との出会いは、俺にとって人生のターニングポイントとなった。

 数年後、幼名だった吉法師は名前を変え、織田信長という名前になった。

 正直予想はしていたが、やはり実際に言われるとかなり驚いてしまった。

 つまり俺は信長の正妻となるので濃姫、又の名を帰蝶として余生を過ごすことになった。

 

 信長と一緒にいる生活は刺激がありつつも楽しいものだった。

 

 弟の信勝くんはシスコンだが良い子だったし、森くん*2は犬みたいに懐いてくれた。

 柴田さんは戦場ではススメェ!しか言わなかったがメチャクチャ強いおじちゃんで、猿くん*3は本当にお猿さんみたいな見た目だったし、義妹のお市ちゃんは気品のある綺麗な人であった。

 

 寺を出るときに約束したお虎さんへの手紙が信長に見つかってしまい、夫婦喧嘩の末にお虎さんが出てきて危うく織田軍とお虎さん率いる上杉軍との戦争にまでなりかけたこともあった。

 

 何より驚いたのはこの世界は型月の世界、つまりはFateの中の世界であったという事だ。

 成長した信長を見てピンときた。

 だがそれも今となってはどうだって良い事だった。それほど俺は幸せだったのだ。

 

 子供も生まれた。

 子供はもちろん信長が産んだのだが、まだ子供が腹の中にいる時には信長の代わりに仮面を被った俺が信長のフリをして戦争に出た。

 もちろん幹部の皆は気づいていただろうが、何も言わずについて来てくれた。

 

 幸せだった。

 皆と一緒に居られて。

 信長と結婚できて。

 お虎さんと会えて。

 本当に幸せだった。

 

 

 だがやはり歴史の修正力なのか、織田信長の最期は決まっていた。

 明智光秀率いる言わば反織田軍が俺と信長が居る本能寺に攻め込んできた。

 反織田軍の勢力は一万。それに対し俺たち織田勢は僧侶を入れてもせいぜい百人。

 勝てる訳がなかった。

 

 だが俺たちは諦めず無我夢中で戦った。

 その結果、反織田軍は俺たち百人に対して数千の兵士を失った。

 

 しかし織田勢も残すところはもう俺と蘭丸くんと信長の三人。他は反織田軍に討伐された。

 そんな絶望的な状況でも、信長は笑っていた。

 死ぬ間際に魔王が嘆いていたら、今まで殺して来た者共に笑われてしまうからだそうだ。

 

 信長は、最後まで織田信長だった。

 毘沙門天の加護を持っていた俺は、信長と共に死ぬ事は出来なかった。

 だが、ちょうど良かった。

 まだやり残した事があったからだ。

 

 

「明智……光秀ーーー!!!」

 

 

 昔から光秀の事が好きになれなかった。

 もちろん将来信長を裏切る事を知っていた、というのもあったが、光秀を嫌いだった理由はそれだけでは無かった。

 

 アイツは織田信長を狂信していた。

 信長という一個人の人間では無く、織田信長という存在そのものに狂信していたのだ。

 アイツは織田信長という存在を信じるが故に信長という一人の人間を裏切った。

 そんなくだらない理由で、アイツは俺の信長を死にまで追いやった。

 

 

 いや、理由なんてもはやどうだっていい。

 

 アイツを殺せるなら今はどうだって良い。

 

 

 敵の本陣のど真ん中にいた光秀に、俺は戦いを挑んだ。邪魔をする兵士は片っ端から切り捨て、光秀の所まで辿り着いたのだ。

 光秀は多少の抵抗はしたが、最終的には俺に首をはねられた。

 様々な表情が入り乱ったあいつの頭が飛んでいく。それを見ていた兵士も恐怖に怯えた顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 ………そうだった、忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らも信長を裏切ったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから先の事はよく覚えていない。

 気がつけば辺り一面に広がる血と、血の元となったと思われる屍達。

 少し離れた所では揉みくちゃになっている反織田軍が逃げ帰って行くのが見えた。

 反織田軍は全員が恐怖で歪んだ顔をしており、我先にと他者を押しのけ醜い逃走をしていた。

 

 ハハッ、なんてこたぁ無い。

 

 

 

 

「ザマァみやがれ裏切り者共が」

 

 

 

 

 そう呟きながら、俺は膝から崩れ落ち、その生涯を終えた。

 

 

 

 

 

 

 本能寺の変

 

 1582年に起こったこの事件は、日本における最悪の事件として日本を含めた様々な国の多くの人々に知られる事になる。

 

 天元10年6月2日

 

 天下統一を間近に控えた織田信長は、家臣明智光秀の勧めで本能寺にて戦の休憩を取っていた。

 織田信長は家臣を殆ど連れることなく、正妻の帰蝶を含めた百人しか本能寺に残る事を許さなかった。

 

 深夜

 虫も寝静まる静かな夜に、明智光秀率いる1万の兵士が織田信長が居る本能寺へと向かった。

 そして本能寺へと火を放ち、織田信長及びその部下百人の皆殺しを命じた。織田信長率いる百人の兵士は、その20倍にもなる2千人以上を返り討ちに合わせたと考えられている。

 しかしその健闘虚しく、その日明智光秀は自身の主人である織田信長を討伐せしめた。

 

 

 これで終いと思った明智光秀はその場から去ろうとするが、事件はそれで終わらなかった。

 

 

 織田信長の正妻である帰蝶がたった一人で、残る七千人も居る明智軍へと勝負を挑んだのだ。

 薙刀一本で戦いに挑んでくる帰蝶を明智光秀は笑ったが、なんと帰蝶は五百を超える兵士をたった一人で殺したのだ。

 焦る明智光秀だったが、もう時すでに遅し。

 明智光秀は帰蝶に首を刎ねられ、討ち死にした。

 突然大将を殺されて混乱する明智軍に帰蝶は容赦をする事はなかった。

 

 結局明智軍が撤退したのは、自軍の兵士を帰蝶に千人近く殺された後だった。

 明智軍の多くは帰蝶の事がトラウマになったのか、大半の人間が兵士を引退して中には薙刀を持った化け物に襲われる、などの幻覚を見て発狂するものも少なくなかったらしい。

 本能寺の変から1日が経過した早朝に柴田勝家が駆けつけたが、まさにそこは地獄絵図だったという。

 

 辺り一面に広がる血の池。

 地面を覆い尽くすほどの屍。

 何度も戦を経験した柴田勝家でさえ嘔吐くほどの血の匂い。

 その中央でボロボロになった薙刀を抱えた着物の人、帰蝶が頭だけになっていた明智光秀の顔に短刀を刺していた。

 

 まさに地獄

 

 そうとしか言い表せないその場だったが、最悪はその後すぐに起こってしまった。

 

 合計3000人以上の死者をすぐに片付ける事は当時の混乱していた軍では出来ず、その亡骸を処理できたのは本能寺の変からおよそ三週間が経過していた。

 その間に死体の腐敗は進み続け、処理を行った人間の3割が死体から疫病を移されてしまい、さらにその死骸の肉を食ったカラスを媒介して本能寺周辺の村々にまで疫病は広がったと言われている。

 

 井戸の水にまで感染してより多くの被害を出した疫病の被害者は本能寺の死者と合わせて数十万とも言われている。

 更に血の池となった本能寺周辺は数百年たった後の時代まで血の跡が消える事なく残り続け、その場所を『帰蝶の地獄池』と呼び人々は恐れた。

 

 まさに最悪の歴史とも言える本能寺の変だが、一方で一部の歴史ファンからは絶大な人気を誇る話としても有名である。

 何十年と共に生きた織田信長を目の前で殺された帰蝶。帰蝶は薙刀片手に数千の敵に向かい、最後には仇を討てたのだ。

 この話は聞く者によって様々な感想を抱く話だったが、皆一様にして帰蝶の信長への愛を感じたという。

 

 故に本能寺の変は長い歴史の間、様々な憶測をされながらも長きに渡り語り継がれたのだった。

 

 

*1馬鹿者

*2森長可

*3羽柴秀吉




 景虎を出した理由?
 好きだからに決まってんだろ!


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帰蝶と景虎

 ヤンデレ、恋の相手死亡、仇がいない。

 何も起きないはずがなく………




 帰蝶、又の名を濃姫。

 

 桜のようなピンク色の髪に、スレンダーな身体。その顔は道を通れば人々が目を向けるほどに美しかったという。

 そんな帰蝶の首には女性であるにも関わらず大きな傷跡があった。

 服装は薄着を好み、他の大名の妻とは違い何枚もの着物を着ることは無かった。それどころかたまに大名の妻とは思えないようなみすぼらしい格好をしていた事もあるらしい。

 幼少の名前は未だに分かっておらず、名が無かったのではとも言われている。

 そんな帰蝶は休みの日には夫である織田信長と共に城下町へと出かけていた。その際に帰蝶は男装を、信長は女装をして誰にも分からないように城下町を楽しんでいた。

 なお好きな物は信長と答えるほどの愛夫家であったとも言われている。

 

 

 この人物の死は良くも悪くも戦国時代に大きな影響を及ぼした。

 

 

 帰蝶は幼少を越後にある毘沙門天を祀る寺で過ごした。そこで出会ったのが長尾景虎、後にその名を上杉謙信とする戦国時代の顔とも言える存在である。

 

 そもそも帰蝶が寺に入る事になったきっかけは帰蝶が6歳の頃、泣き虫だった彼女が突如人が変わったかの様に大人しく、一切泣かない子供になったのが発端だった。

 それを見た帰蝶の父である斎藤道三は立派になったと大層喜んだらしいが、母である小見の方は帰蝶に悪霊が取り憑いたと言って気味悪がった。

 

 そこで小見の方は斎藤道三に帰蝶を何処かの寺に連れて行ってくれと頼み込んだ。

 妻の要望とはいえ、流石に悩み込んだ道三だったが、帰蝶本人も寺に行きたいと言い出したので仕方なく寺へと住まわせる事になった。

 

 しかしそこで問題が生じた。

 斎藤道三といえば美濃のマムシと呼ばれるほどの人物で、その娘ともなれば下手な寺に入れたら最後、斎藤道三の首を狙うものが攫って行ってしまう可能性があったのだ。

 

 道三は悩んだ。

 本来であれば彼が幼少の頃に世話になった妙覚寺に向かうのが筋というものだが、お世辞にも妙覚寺は忍びなどが来ても安心な場所とはとてもではないが言えない。

 かと言って別の寺なら大丈夫かと言われても、基本的には妙覚寺と同じようなものばかりで、そもそも寺で住む事自体が難しい状態だった。

 

 そんな時、一人の若者が道三に考えがあると進言して来た。

 その若者の名は通称十兵衛、後に織田信長を殺し、帰蝶に首を刎ねられる事になる明智光秀その人である。

 

 光秀の考えは、当時16歳にして多くの兵士を連れた豪族達の軍を少数の手勢で返り討ちに遭わせたとして注目されていた長尾家の次男、長尾景虎が住んでいる寺に向かわせる。

 もしも寺で住み込み始めた帰蝶を誘拐すれば、斎藤家だけでなく長尾家も敵に回すという事。

 それが分からぬ馬鹿はいないであろう。

 ………といった内容だった。

 

 光秀の考えに賛同する道三だったが、誘拐とは別の不安が押し寄せたという。

 道三は長尾景虎が人間離れした瞳をしており、身内でさえ気味悪がり寺に押し込めるような人物であると聞いていたからだ。

 そんな男の元に帰蝶を送っても良いものかと悩みながらも、越後に使いを送り返事を待った。

 景虎からの返事は喜んで歓迎する、であった。

 

 道三は美濃を光秀や他の幹部達に任せ、帰蝶を連れて越後に向かった。寺に着いた二人を景虎は歓迎したが、実際に景虎を見た道三は噂以上の気味の悪さを感じ取った。

 闇が見える瞳。明らかに不自然な笑い方。それこそ人ならざる者が人の血肉を纏い、その上から皮を被せたと言っても信じてしまいそうになるほどだった。

 何より気味が悪かったのは、そんな得体の知れない景虎に帰蝶が酷く懐いたからだという。

 

 念のために帰蝶に気をつけるようにとの旨を伝え、そのまま美濃に帰った道三だったが、帰蝶が織田家に嫁ぐまでは帰蝶が無事かどうか心配で夜も眠れぬ日もあったという。

 

 

 

 

 しかし道三の心配は空振りに終わる事になった。

 

 幼き頃の帰蝶は景虎からありったけの知識と技術を学び、真面目に修行に取り組む帰蝶を景虎はひどく気に入ったという。

 いつしか2人は惹かれあい、一夜を共にする程の仲にまで発展していた。

 

 そんな順風満帆な人生を送っていた2人にある日、事件が起きる。帰蝶がとある豪族に雇われた忍びに誘拐されたのだ。

 すぐに景虎によって救助された帰蝶だったが、その際に首に小さな傷が出来てしまった。

 それを見た景虎は何を思ったのか、持っていた短刀で首の傷を上書きするように切り裂いた。

 跡が残るように切った景虎は「やはり其方は何者か分からない者に付けられた傷よりも、私に付けられた傷の方がよく似合う」と言ったらしく、その時帰蝶は景虎に対して初めて恐怖心を抱く事になったという。

 結局首の傷は跡になってしまうが、その傷を帰蝶は気に入っていたという。

 

 その数日後、忍びと忍びを手配した豪族の家の数十人もの人間が突如として消え失せた。

 その日を境にその豪族の家からそう離れていない場所から謎の肉片が見つかるといった事件が起こるそうだが、真相は未だに分かっていない。

 

 

 ちなみに景虎は肴に塩を舐めながら酒を飲むという飲み方を好んでいたようだが、それを聞いた帰蝶が景虎にその飲み方を止めるように叱ったそうだ。

 景虎は帰蝶が言うならと正月と誕生日以外はその飲み方をしないと約束して、渋々その飲み方を止めた。

 後の時代になって、帰蝶がもしもここで景虎のこの飲み方を止めていなければ、景虎は歴史よりも早く脳出血によって死んでいた可能性が高いと言うことが分かっている。

 

 

 その後齢11歳となった帰蝶は道三からの命令で尾張にある織田家へと嫁ぐ事になるのだが、景虎は帰蝶を織田家に嫁がせることをひどく嫌った。

 なんとか説得する帰蝶に対して、景虎は五つの約束事を帰蝶に交わさせた。

 帰蝶はそれを了承し、自身が没するその時まで生涯その約束を破ることは無かったという。

 そんな帰蝶を景虎は生涯を終えるその時まで愛し続け、いつかは帰蝶と共に人生を過ごす事を夢見ていた。故に越後の大名という高い身分でありながら景虎は側室だけでなく、正妻が居たこともない。

 そして帰蝶以外の誰とも一夜を共にしなかった事からもその一途な想いが伺える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、むしろその一途で強すぎた想いが景虎を自害という形で終わりを迎えさせたのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本能寺の変から一週間後、最後の手紙と共に帰蝶の訃報*1が景虎に伝わった。その時の景虎の錯乱の様子は酷いものだったという。

 

 顔は幽鬼が如く青白くなり、目からは滝の様な涙が流れ、気を失う様に倒れ込んだ。

 それから数日後、目を覚ました景虎は目につくもの全てを破壊し尽くした。自分の物だろうと部下であろうと、帰蝶との思い出の品以外は全てを破壊していった。

 ようやく落ち着いたかと思えば今度は酒に溺れ、最終的には別人のようになっていたという。

 

 

 本能寺の変から二週間後、大将を失いバラバラになっていたはずの明智軍は明智光秀の息子である明智光慶が纏め上げ、新生明智軍として名乗りを上げた。中国攻めから急遽帰還した羽柴秀吉は自身と共に新生明智軍の討伐をして欲しいと景虎に持ち掛けた。

 明智軍に怒りや憎しみ、恨み辛みが溜まっていた景虎はこの頼みを承諾した。だがその際、景虎は秀吉に力を貸す代わりの見返りを求めた。

 

 景虎が求めた見返りとは金品や明智軍の持つ土地などではなく、柴田勝家が回収した帰蝶の遺体を景虎に渡す事であった。

 

 秀吉は景虎がどれほど帰蝶を愛していたか、そして幼少期の帰蝶と景虎との関係性を知っていたため、渋々ながらもこの頼みを承諾した。

 

 

 

 本能寺の変から一ヶ月後の天正10年7月2日

 

 

 

 明智軍一万六千人に対し、羽柴軍と景虎率いる上杉軍は倍以上の四万人で戦った。

 結果は羽柴・上杉軍の圧勝。

 最後は景虎が明智光慶の首を取る形で戦争は終結した……かに思われた。

 

 景虎は戦争終結後に明智軍の中にいる本能寺の変に参加していた人間三千人を後日、全員斬首。

 残りの四千人は新生明智軍の幹部を拷問して居場所を聞き出し、その内の三千人以上を見つけ出して殺した。

 敵に塩を送るという言葉を生んだ程のお人好しであった景虎とは思えない程の惨虐な行い。

 しかもその者達全員を殺した際、景虎は楽しげに笑っていたと言われている。

 

 その後秀吉から帰蝶の遺体を受け取った景虎は、遺体を帰蝶と共に過ごした寺に運び込んだ。

 寺に居た僧の話によれば、景虎は帰蝶の遺体を部屋へと連れ込み、何かを延々と話しかけていたという。

 

 そしてその数日後、景虎は自害した。

 

 自害に使用されたのは幼少期の帰蝶が過ごしていた部屋だったが、そこには目を疑う様な光景が広がっていた。

 

 床一面に帰蝶から景虎に送られた手紙の数々と、帰蝶が寺に来るたび持ってきたお土産が散らばっており、机の上には景虎が死ぬ直前に書いたと思われる文が一つ。

 部屋の中央で帰蝶の遺体を抱きしめながら自身に短刀を突き刺して死んでいる景虎。

 文には帰蝶との思い出と帰蝶を守らなかった信長への罵詈雑言、そして助けに行けなかった事を謝罪する様な文字が書き殴られていた。

 帰蝶からの手紙は景虎と帰蝶の血で汚れ、現代にまで残されている手紙に血が付いていない物は一つとしてない。

 

 帰蝶の死は織田信長亡き後、天下に最も近いと言われた上杉謙信というビッグネームを自害にまで追いやる原因となったのだ。

 

 景虎亡き後の上杉軍は養子である上杉景勝が受け継いだが、血で血を洗う様な内乱が起こり上杉軍はそのまま衰弱していった。

 この上杉景勝だが、帰蝶の事を母上と呼んでいた事が分かっているため、実は景勝は養子ではなく景虎と帰蝶の間にできた子供なのではないかと言われている。

 

 

 

 その後二人の遺体は、寺の僧達によって手厚く供養され、同じ墓に入れられた。

 景虎は死後になってようやく晩年まで思い焦がれていた帰蝶と共に居るという夢を叶える事が出来たのだ。

 

 

 ………かに思われた。

 

 

 2人の墓が作られてから1年が過ぎた頃、越後で墓荒らしが出没するようになった。その墓荒らしは2人が眠る墓にも目をつけ、何故か帰蝶の遺体だけを盗みだし他に入れられていた金品には一切手をつけずに逃げたという。

 墓荒らしの犯人探しには秀吉も協力したが、結局犯人も帰蝶の遺体も見つかる事は無かった。犯人は本能寺の変の生き残りで帰蝶に恨みがあって盗み出したとも、犯人は元織田家の人間で未だに見つかっていない織田信長の首と共に埋葬したのだとも言われているが真相は分かっていない。

 

 ただ、景虎の2人で居たいという小さな願いは永遠に叶う事が無くなってしまったのだ。

 

 

 

 

 景虎は最後まで帰蝶の事を愛していた。

 たとえ歪んだ愛と言われても、景虎は帰蝶を愛し続け、そんな景虎を帰蝶も受け入れた。

 

 

 

 

 

 2人が死後、今度こそ一緒に居られるのかどうかは誰も知らない物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “あぁ、帰蝶よ。

 もしも死後の世界があると言うのならば私はどんな手段を使ってでもそなたを見つけ出してみせる。

 信長がまた私達の邪魔をすると言うのならば、私はアレを殺してみせます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから次に会ったその時は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度こそ私を選んでくれますよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

*1ふほう───死亡の報せ




 文字数4444文字

 ……呪われてんのかな?


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帰蝶と信長

 一体いつから──帰蝶がまともな人間だと錯覚していた?




 帰蝶とは不思議な人物である。

 

 眉目秀麗。

 身長はその時代にしては高身長な170㎝。

 桜色の美しい髪は三つ編みにされ、顔の左側にサイドテールの様にぶら下げられていた。

 着物は滅多に着なかったとされているが、天皇や将軍の元へと行く際は雪の模様が描かれた真っ白な着物を着ていたと言われている。

 武具の扱いに長けており、その中でも薙刀を好んで使っていた事が文献から分かっているが、それにしては手足が力仕事をしない女性の様に華奢で細かったという。

 

 その性格は物静かではあるが、よく笑う女性。

 人を決して裏切らず、一度した約束は相手が破るまでは絶対に守りきる様な人物であった。

 その性格故か織田軍にいた森可成の次男、森長可は帰蝶の事をいたく気に入り、信長ですら御しきれなかった長可が決して帰蝶の言葉を無下にする事はなかったらしい。

 

 こんな話がある。

 その日長可は信長の命により帰蝶を京まで護送する任に当たっていた。

 途中山賊などの邪魔が入りながらもそれら全てを長可は全滅させ、無事帰蝶を目的地である京にまで送り届けた。

 

 そのまま京に入ろうとした長可達だったが、京の役人達が馬に乗っていた帰蝶に馬から降りて欲しいと言ってきた。

 当時出入りの激しかった京では、出来るだけ事故が起きない様にと乗馬での出入りは禁止とされていたのだ。

 

 当然これに激怒した長可は持っていた槍を使い、京の役人達を斬り殺そうとした。

 しかしその時、帰蝶がたった一言止めただけで長可は役人を斬り殺すのを中断した。

 誰の命令であっても問答無用で人を殺す長可がたった一言で止められたのだ。

 その後帰蝶は馬を降りてそのまま京に入っていったらしいが、この話から長可の主人は信長ではなく帰蝶だったのではないかと考えられている。

 

 

 長可だけではなく、織田軍での帰蝶という人物を慕う人間は何人もいたと考えられている。

 その1人が織田信長の実の弟にして信長に幾度となく謀反を起こした人物、織田信勝である。

 

 信勝は幼少からうつけと言われ忌み嫌われてきた信長と違い、家臣から支持を得て次期織田家当主と信じられていた人物であった。

 当初の信勝は帰蝶を信長と同じうつけ者と考えていたが、次第にその人柄に惹かれ、最後には2人だけで茶の湯を飲む間柄にまでなっていたらしい。

 信勝と帰蝶がその場で何を話していたのかは知られていないが、それでも信勝が帰蝶を義理の姉として見ていなかったのは事実である。

 信勝が裏切ったのも織田家の当主になれなかったからではなく、帰蝶を手に入れたかったからではないかと言われている。

 

 

 織田軍の人間には優しく接していた帰蝶だったが、織田軍の中で唯一心を開かなかった人物がいる。

 

 それこそが幼少の頃から帰蝶の行く先々に現れている男、明智光秀である。

 誰であろうと分け隔てなく接した帰蝶だったが、光秀に対してだけは冷淡な態度を取っていた。

 それこそ誰かの仇と言わんばかりに帰蝶は光秀を嫌っていたらしい。

 それこそ信長が光秀を気に入っていなければ殺していたのではないかと織田軍で噂される程度には嫌っていた。

 それでも織田軍の家臣としての光秀に最低限の会話やお土産などの贈り物をしていた事からも帰蝶の性格が伺える。

 

 

 そんな帰蝶は夫である織田信長を心の底から愛していたと言われている。

 2人が出会ったのは帰蝶が11歳、信長は吉法師と名乗っていた12歳の頃である。

 

 当時帰蝶の父である美濃の城主、斎藤道三は信長の父である尾張の城主、織田信秀に攻め込まれるかもしれないという状態にまで追い込まれていた。

 その危機を脱する為に、道三は信秀に自身の娘である帰蝶を差し出すので美濃に攻めるのは止めてくれと提案したのだった。

 信秀は自身の息子である吉法師が未だに嫁を見つけていない事を気にしていたため、喜んでこの提案を受け入れた。

 

 

 提案を受け入れてもらえた道三はその日の内に越後にいる帰蝶に尾張の織田家に嫁ぐようにとの手紙を出した。

 帰蝶から帰ってきた返事は喜んで織田家に嫁ぐという内容であった。

 一番恐れていた長尾景虎も帰蝶が説得して渋々ながらも分かってもらえたという事が手紙には書かれており、これで一安心と考えた道三は城の自室で部下と共に酒を飲むのであった。

 

 

 しかし翌日に妻である小見の方が会いに行くと、道三とその部下達は部屋で何者かに殺されていたのだった。

 ある者は四肢を切られて出血多量で死に、ある者は首を切り落とされ、ある者は両目をえぐり取られていたという。

 

 その中でも最も残酷な殺され方をされたであろう人物は、斎藤道三その人であった。

 

 四肢は完全に潰れて骨が剥き出しの状態になり、腹からは臓物が飛び出しており、全身余す事なく切り刻まれていた。

 顔はそれよりも酷く、妻である小見の方でも一体誰の遺体なのかわからない状態にまでなっていたという。

 

 

 その日から美濃の兵士が総出で犯人を探したが、結局誰が犯人なのか分からず仕舞いで終わってしまった。

 とある兵士の話によれば白髪の綺麗な僧侶が城に入って行くところを見たというが、何処を探してもその様な人物は見つからなかった為、見間違いという結果で終わった。

 

 結局その後、美濃は道三の息子にして帰蝶の兄弟である義龍が家督を奪い取ったのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 

 帰蝶と吉法師が出会ったのはその事件から数日が経ったある日のことであった。

 帰蝶が信秀に連れられ、城下で町の子供達と石合戦*1をしていた吉法師と出会ったのが始まりであった。

 2人は最初こそギスギスしていたようだが、そのうち互いの事を愛し始めていた。

 

 当時の信長はうつけと言われていたにもかかわらず帰蝶はそんな信長が家督を継ぎ天下を取ると本気で信じており、信長は一切の味方が居なかった自分に初めて出来た味方、そして心の拠り所として帰蝶を依存する程までに愛したのだという。

 数年後には城内では常に2人で行動するようになっていたと言われている。

 

 

 そんな仲睦まじい2人は、人生の中で一度だけ夫婦喧嘩をした事がある。

 原因は帰蝶が長尾景虎と交わした五つの約束であった。

 

 五つの約束には手紙を毎月送り、年に2度は会いに来るというものがあった。

 約束通り帰蝶は年に2度以上は景虎がいる越後へと足を運び、毎月忘れずに手紙を送っていた。

 それに気がついた信長は景虎に手紙を出そうとしていた帰蝶を問いただし、幼少の頃の事や景虎と誓った五つの約束を知る事になった。

 

 信長は激怒した。

 しかも出会った当時からあった帰蝶の首の傷が景虎に付けられたものだと知るとその怒りはヒートアップしていった。

 幸いその場は羽柴秀吉によってひとまず話は終わったのだったが、なんとその数日後に景虎率いる上杉軍が尾張に攻め込むという情報が織田家に流れ込んできた。

 景虎はとある筋から帰蝶と信長の大喧嘩を耳にし、帰蝶を信長の元に置いておくのは不安だと帰蝶を奪いにきたのだ。

 元々景虎は自身から帰蝶を連れ去った信長の事をひどく嫌っており、もしも帰蝶と何かしらの問題を起こしたらすぐにでも連れ戻す計画を立てていたのだった。

 

 これに焦った織田軍は戦うか降伏するかで意見が分かれてしまった。

 当時の織田軍では上杉軍と戦ったとしても、とてもではないが勝ち目なんて無かったのだ。

 故に降伏したいと言う家臣が多く出てしまい、織田家は未曾有の大混乱へと陥った。

 

 

 しかし結局戦は起こる事がなかった。

 

 

 帰蝶がその混乱に乗じてたった1人で景虎に会いに行ったのだ。

 

 それから一週間後、上杉軍が織田軍に攻め入る事を中止した事が判明した。

 これに喜ぶ織田軍だったが、その中で信長だけは一切の喜びを見せなかった。

 信長は帰蝶が織田軍のために景虎の元へと行ってしまったと考えたのだ。

 

 信長は深く後悔した。

 今まで隣にいるのが当たり前だった帰蝶がいなくなり、初めてその存在の大きさに気がついたのだ。

 帰蝶がいないストレスで追い詰められた信長の様子はあまりにも酷かったという。

 

 数日間、一切の睡眠と食事を取らなかった信長の顔はやつれ、目には大きな隈ができ、まるで何かに取り憑かれたように事務作業に没頭していた。

 元々幼少の頃から帰蝶を依存するほど愛していた信長にとって、帰蝶が居ないという事実は耐え難いものであった。

 悲しみに明け暮れた信長は今にも自害しそうな程になるまで追い詰められたと言われている。

 

 あの第六天魔王とまで恐れられた人物がそうなる程まで、信長という人物の中で帰蝶という存在は大きすぎたのだった。

 

 

 それからまた一週間後、帰蝶が織田軍に帰ってきた。

 帰蝶は景虎に戦をしないよう説得した後、景虎の願いで数日間越後で休暇を取っていたのだった。

 帰蝶が帰ってきた事に安堵した信長は帰蝶に謝罪して、そのまま倒れ込んだ。

 信長のやつれた顔と倒れこむ瞬間を見た帰蝶は驚き、景虎との約束を黙っていた事を反省して信長に謝罪した。

 謝罪と共に信長と帰蝶は互いの事を一生愛し続けると誓い合ったと言われている。

 それから数日間、信長と帰蝶の2人は一切離れる事なく生活していたという。

 

 

 その後2人の間には信忠、信雄、信孝という三人の息子が生まれた。

 

 だが時代が時代なため帰蝶が三人の子供を産むまでの間にも戦いはあった。

 その戦いの際に、信長は何故か顔と頭を覆えるほどのカラスの仮面を身に付けていたという。

 何故そのような仮面を付けていたのかは定かではないが、帰蝶の安産を祈願していたのではないかと言われている。

 

 しかしとある織田軍の兵士が残した文書の中に、仮面を被った信長の髪の毛はいつもの黒ではなく、まるでサクラのような髪が見え隠れしていたとされている。

 織田軍で桜色の髪といえば一番に思い浮かぶのは帰蝶であるが、その時帰蝶は城にて子供を産んでいたためありえない。

 

 だがもし帰蝶が男で信長が女であると考えれば、信長に化けた帰蝶が子供を産んでいる信長の為に戦場へ行ったと筋が通る。

 この事から帰蝶男説と信長女説があるが、流石に突拍子がなさ過ぎるので、知っている者は多くとも信じる者は少ない。

 

 

 

 

 

 

 

 信長と帰蝶は理想の夫婦と言われ幸せに暮らしていたが、そんな幸せもそう長くは続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 天正10年6月2日

 

 

 

 本能寺の変にて信長が家臣、明智光秀によって自害にまで追いやられてしまう。

 

 

 

 光秀が何故このタイミングで信長を裏切ったかは分かっていない。自身が天下を取るために裏切ったとも、明智家の安泰を手に入れるために信長を裏切ったとも言われている。

 

 

 本能寺の変の数日前、帰蝶は景虎宛に最後の手紙を送っていた。

 その手紙はほとんどが景虎の血により消えかけているが、最後の数行は翻訳できる程度に残っていた。

 そこには明智光秀が裏切る可能性の事が書かれており、そこから帰蝶が光秀に心を許さなかった理由はいずれ光秀が裏切る事を予想していたからではないかと言われている。

 

 

 

 未だに帰蝶の盗まれた遺体と信長の首は発見されていない。それどころか信長の見つかっていたはずの胴体の遺体まで現代には残されていない。

 それだけではない、帰蝶と信長の2人の思い出の品すらも現代に残された物は少ないのだ。

 記録では窃盗に入られた際に盗まれたとされているが、それにしては同じ部屋に置いていたとされている金品には一切手がつけられていない事からもその奇妙さが伺える。

 

 

 だが本能寺の変から数年後、とある場所で奇妙な遺体が発見される事になる。

 着物を着た遺体が首と胴体が離れている骸骨を抱きしめていたのだ。

 その遺体はガラクタとしか言いようがない物に囲まれており、まだ所々肉が付いているソレはまるで笑っているかのような顔つきであったとされている。

 

 その噂を聞いた羽柴秀吉は帰蝶と信長の遺体だと考え、すぐに兵を送り込みその遺体を回収しようとした。

 しかし秀吉の兵が現地に到着した時にはもうすでに遺体は消えており、ガラクタも残されていなかった。

 いくら探しても2人の遺体は見つからず、秀吉の兵はそのまま帰っていく事になる。

 

 

 その年からだ、この国のありとあらゆる場所で骸骨を抱えた着物の白骨死体が発見されるようになったのは。

 

 

 山や平原、果ては人里にまで現れるようになったその遺体は、何百年も経った現代でも発見される事が年に数回あるのだ。

 織田軍の残党兵の子孫が誰も見つからない場所を探して様々な場所に植えているとも、2人で静かに過ごしたい帰蝶が動く屍となって静寂な地を求めているとも言われているが真実はどうか分からない。

 

 

 

 

 

 

 だがその噂が立つ程までに帰蝶は信長を、信長は帰蝶を愛していたのだ。

 2人は互いに依存し、その依存を2人は心地よく感じて受け入れていた。

 

 

 

 2人が死後の世界でまた夫婦として一緒に居られるのか、それは誰にも分からない事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “うるさい、ここもうるさい

 俺は2人で一緒に静かな場所に居たいんだ。

 静かな場所を見つけたらお虎さんも連れてきて3人で静かに暮らしたいんだ。

 邪魔をするな!

 

 

 

 

 

 ようやく静かな場所を見つけた。

 ここなら2人で静かに過ごせる。

 お虎さんは、ごめん今は眠たくて動けそうに無い。でもすぐに取り戻しにいくから、待っていて。

 

 

 

 

 

 

 信長、お前を守れなかった俺だが、もしも次の生があるのなら次こそはお前を守ってみせる。

 

 それが夫としての俺の務めだ。

 

 

 

 

 

 

 もしもまた光秀やお前を裏切った奴らが現れたとしたら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次こそは全員に復讐してみせる

 

 

 

 だから、お前は俺をもう一度愛してくれるよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1雪合戦の石バージョン



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明智光秀1

何?前回の投稿から二ヶ月以上期間が開いてて投稿しずらい?

それは評価を気にして投稿しようか迷っていたからだよ。

逆に考えるんだ、投稿し(あげ)ちゃってもいいさと。





 “明智光秀”

 

 生い立ちや家族構成に始まり、友人関係、思想、その名前が本名だったのかすらも未だに分かっていない謎の男。

 彼の半生は謎で出来ていると言っても過言ではない。

 幼少期から青年期までの資料は一切発見されておらず、信頼性の高い同時代史料からも判明することなく不詳であるのだ。

 光秀という人物の事がはっきり記されているのも織田家に入ってからのことだが、それすらも曖昧ときている。

 

 何よりの謎が“本能寺の変”で自身の主君であったはずの織田信長に謀反を起こし、長年にわたり支えてきた帰蝶でさえも裏切ったことである。

 明智光秀という男は織田夫妻、特に帰蝶に対して入れ込んでいたという事が分かっている。

 それなのに光秀は帰蝶が居ると分かっている本能寺に火を放ち、あまつさえ死にまで追いやったのだ。

 

 本能寺の変での光秀の行動は諸説あり、権力に目が眩んだから殺した、何か個人的な恨みがあったから殺したのだ、などと尤もらしい仮説が歴史学者達によって立てられてきたが結局何が正解なのかは分からずにいた。

 光秀本人も本能寺の変の最中に帰蝶の手によって殺害されているため、それらしい資料が発見される事はないだろうと考えられてきた。

 

 ほんの数ヶ月前までは。

 

 数ヶ月前のある日、とある歴史学者が明智光秀の事が記された手記の様なものを発見したとの発表があった。

 発見されたのは美濃の国*1の山奥にある小さな廃村。その廃村の中で最も大きな館の中に隠されるように置かれていたのを偶然発見したと意気揚々に語っていた。

 発見されたその手記は全部で数十冊にも上り、そこには今まで隠されていた明智光秀の半生や思想、そしてなぜ本能寺の変にて帰蝶と織田信長を殺害したのかその動機まで書かれていた。

 

 

 それと同時に、今まで知られていなかった明智光秀という男の歪んだ人物像が浮かび上がってきた。

 

 

 

 

 

 明智光秀は大永6年(1526年)に父・明智光綱と遊女との間に明智家の長男として生まれた。

 明智家は清和源氏の土岐氏の支流に当たる一家であり、当時の一般家庭よりは多少地位が高い家系ではあったが、他の土岐氏支流の家と比べると少々見劣りする程度のものであった。

 それでも明智家は土岐氏から小さな村を与えられ、それを仕切る立場として平和に暮らしていた。

 

 そんな明智家の当主であった明智光綱には光秀の母とは違うお牧という妻がいた。

 2人は籍を入れて早十何年と経過していたのだが、なかなか2人の間には子供が生まれてこなかった。

 当時の時点で光綱の歳は35を超えており、2人は明智家の人間から早急に跡取りになる子供を作れという圧力をかけられながら毎日を過ごしていた。

 そんな状態が続いていた折、光綱が息抜きとして行った店の遊女を産ませてしまい誕生したのが光秀であった。

 

 

 当然、明智家は混乱した。

 何処の馬の骨とも分からない遊女が当主の正妻を差し置いて子供、それも女ではなく長男を産んでしまったとあれば無理もない。

 揉めに揉めた明智家ではいつしか光秀を処分するべきだという人間と、このまま育てるべきだという人間の二つに割れてしまっていた。

 

 そんな中、事の発端である光綱は我関せずを貫き続けており、自身が原因で明智家が崩壊寸前であるにも関わらず自身には非が無いと言い続けた。

 それどころかまだ1歳程度の光秀とその母親に全ての非があると言い始め、遊郭から買い取った光秀の母親を自身の保身の為に斬首して村の中央で晒し首にした。

 光秀はまだ子供だからという理由から殺されることはなかったが、母親の生首を目の前に突きつけられ、光綱から毎日の様に暴力を振るわれていたという。

 そんな当主の非道で残忍な行いを見た明智家の人間の中から光秀の味方をしようとする人間は現れず、どれだけ光秀がボロボロになろうとも見て見ぬ振りをする事がいつしか暗黙の了解として村全体にまで広がっていた。

 

 そんな明智家の中でも、1人だけ光秀の味方をする人間がいた。

 当主である光綱に多少の口出しが出来、尚且つ光秀に多大な罪悪感を抱いていた人物。

 

 光綱の正妻であったお牧である。

 

 お牧は自身の夫が犯した罪を少しでも償う様に光秀を愛した。たとえ夫に殴られようとも、側室や明智家の人間達から白い目で見られようとも、光秀をまるで我が子の様に愛した。

 それが光秀に対する贖罪であるかの様にひたすら光秀の味方であり続けたと記されている。

 その甲斐あってか、最初はまるで死骸の様に冷たい表情しかしなかった光秀がお牧の前では笑みを浮かべる程になっていた。

 そして光秀はある日を境にお牧の事を母と呼び始め、そんな光秀をお牧はより一層愛していたという。

 

 いつしか2人でこの家を出て行こう、そして光綱の手が届かない所で一緒に幸せに生きて行こう。

 そう指切りをした2人はたとえどんな苦痛であろうとも支え合おうと誓い合い、たとえどんなに暴力を振るわれていようと約束を思い出して耐え続けた。

 

 

 しかし、2人のそんなささやかな約束が叶えられる事は無かった。

 

 

 とある日の夜、光秀の10歳の誕生日会をひっそりと行っていた光秀とお牧だったが、やけに興奮している光綱にお牧が呼ばれた為に誕生日会は一旦中止となり、すぐに戻ってくると光秀に言い残したお牧はすぐに光綱のいる部屋へと向かっていった。

 

 部屋に着くと中には何やら部屋の中央で蹲っている光綱とボロボロになっている光綱の側近しか居らず、何故か甘ったるい匂いが部屋中に充満していた。

 その匂いを不審に思いながらも正体に気が付かなかったお牧は蹲る光綱を心配して駆け寄った。

 

 次の瞬間、光綱はお牧へと襲いかかり隠し持っていた小刀でお牧の心臓部を突き刺した。

 

 何度も何度も何度も、執拗に小刀を突き刺し事切れた後であろうともお構い無しに小刀を振るい続けた。

 お牧の綺麗だった桜色の髪は血で染まり、美しかった青い瞳は段々と白く濁っていった。

 絹の様に滑らかだったその玉肌に凶刃を突き刺す度、光綱は意味の分からない言葉を叫び続けていた。

 

 部屋中が血塗れになった頃、最早元が何の生き物であったのか分からなくなる程にぐちゃぐちゃにされたお牧を見て光綱は落ち着きを取り戻した。

 しかし落ち着こうともその凶行は留まること無く、次は肉片になってしまったお牧の肉を喰らい始めた。

 

 おまき、美味い、おまき、旨い、おまき、うまい。

 

 譫言の様にそう言い続ける光綱の様子は明らかに正常なものでは無かった。

 散らばった人肉を掻き集めながら喰らい、手ですくった血を啜り血で濡れた白い骨をしゃぶる。

 高笑いをしながら妻であったソレを光綱は幸せそうに喰らい続けた。

 近くに控えていた側近は産まれたての小鹿の様に全身を震わせ、ただひたすらに自身が標的にされない様にと神に祈り続けていた。

 目を瞑って生贄となった女だけで満足してくれとひたすら神に祈り続けていた。

 

 だからこそ気が付かなかったのだろう。

 

 

 

 

 廊下から部屋の中を覗き見ている子供が居たことに。

 

 

 

 それはいつまで経っても帰ってこないお牧を心配して様子を見に来た光秀だった。

 しかし部屋に来てみればそこには自身の母の名を呟きながら何かの肉片を貪り食う自身の父親と、それを見て震えている父の側近。

 自身の母の姿は何処にも見当たらなかった。

 

 賢かった光秀はそれだけで全てを理解した。

 あの肉片は自身の母の物なのだと。

 自身の最愛の母は血の繋がった自身の父親に切り刻まれて喰われているのだと。

 

 父の手からこぼれ落ちた白く濁った青い瞳がコロコロと光秀の傍まで転がってきた。

 その瞳は先程まで生きていたあの母の優しい瞳とは思えない、恐怖と絶望で染まった虚無の瞳であった。

 

 その瞳と目が合った瞬間、光秀は泣き叫びたい気持ちを押し殺してその場から逃げ出した。

 

 光秀はただひたすらに走った。

 山を越えて川を渡り草原を走り抜けた。

 母を殺したあの男の手が届かない所まで逃げる為に、自分を探せない場所まで逃げる為に。

 肺が焼けつくように痛み、何も履いていない足が血塗れになろうとも走り続けた。

 そうして何里かを走り抜けた後、虫の鳴く声すら聞こえてこない静かな草原で光秀は立ち止まった。

 

 そして

 

 

 

 

 光秀は生まれて初めて涙を流し、最愛の母の名を叫んだ。

 

 

 

 光秀は母を愛していた。

 母親として、人として、女性として。

 自身の目の前で血の繋がった女を殺されたその日から、母は自分を守ってくれた。

 精神を病み、笑顔を作ることすら出来なかった気味の悪い自分を蔑む事なく愛してくれた。 

 何年も、何年も、何年も。

 たとえどんなに苦痛であろうとも、たとえどんなに悲しい時であろうとも、母は常に支えてくれた。

 だから光秀は耐え続けられた。

 どんなに暴力を振るわれようとも、どんなに罵声を浴びせられようとも、どんなに寂しかろうとも耐え続けた。

 最後には母が自分を抱きしめてくれると知っていたから。

 それなのに、返しきれない恩をもらったというのに、自身はまだ何も与える事が出来なかったというのに。

 母は死んでしまったのだ。

 

 何故母が犠牲にならねばいけないんだ。

 何故あの父のせいで母が殺されなくてはならないのだ。

 何故他の人間ではなく自分の母なのだ。

 何故殺されたのが自分ではないのか。

 

 どれだけ考えても答えは見つからない。

 

 一つだけ分かっている事はこれから先、どれだけ求めようとも、どれだけ焦がれようとも、どれだけ恩を返したいと思っても

 

 

 

 

 もう二度と最愛の母とは会う事は出来ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 光秀は泣き続けた、母を思い。

 

 光秀は嘆き続けた、母の死を。

 

 光秀は叫び続けた、母の名を。

 

 

 しかし、それに応えてくれる優しい母はもう何処にも居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涙が枯れるまで泣き続けた光秀は血塗れの足を引き摺りながら当ても無く歩き始めた。

 最愛の人を亡くし、生きる希望が無くなったとしても歩き続けなくてはならなかった。

 あの白濁した瞳が頭の中にこびり付いて離れない。

 あの瞳から“生きろ”と言われている気がした。

 そんなありもしない幻想に自笑しながらも、光秀が足を止めることは決して無かったのだった。

*1現在の岐阜県




お待たせしました
短いし自信ないけどごめんなさい


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