【完結】Adieu au Héroes (たあたん)
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Prologue.

 夜の街に、けたたましいサイレンの音が響き渡る。

 

『琥珀ヶ丘町内、ポイントB-7にギャングラー出現。繰り返す、ポイントB-7にギャングラー出現──』

 

 

「入電あり……ギャングラーの攻撃によりビル3棟が倒壊!!」

「ッ、ダメだ現地の連中との連絡がつかない!」

「とにかく出動だ急げ!!」

 

 常軌を逸した狂騒の中で、個性に富んだ衣装を纏った男女が駆け抜けていく。彼らの向かう先はただひとつ、赤に染まる夜空の下──この平和の国にあってはならないはずの、戦場である。

 

 

 *

 

 

 

 ことの始まりは中国、軽慶市。『発光する赤児が産まれた』というニュースだった。

 以降各地で「超常」は発見され、いつしか「超常」は「日常」に、「架空(ゆめ)」は「現実」となった。

 世界総人口の約八割が何らかの「特異体質」である現在、"個性"を悪用する(ヴィラン)により混乱渦巻く世の中で、かつて誰もが空想し憧れた一つの職業が、脚光を浴びていた。そう、「ヒーロー」と呼ばれる職業である。

 

 

 ──"彼ら"がこの世界に存在しない()()()世界線であれば、このあらすじのままに物語を始めることができたのかもしれない。

 

 

 異世界より現れし異形の犯罪者集団、ギャングラー。

 常人より遥かに頑強な肉体と"個性"、そして残忍な性質を生まれながらにもつ彼らは、あらゆる世界の裏社会を牛耳ってきた。

 

 そして現在、我らが地球にも魔の手を伸ばしているのである──

 

 

「ぐぁああああッ!!」

 

 炎に包まれた街路の中心に、青年の痛々しい悲鳴が響く。

 声の主は吹き飛ばされ、コンクリートの地面に叩きつけられる。惜しげもなく晒された筋肉質な上半身は、あちこち擦りきれて血が滲んでいた。

 

「ぐ、うぅぅ……ッ」

「ッ、烈怒、頼雄斗……!」

 

 青年を呼ぶ僚友もまた、地面に俯せに倒れ伏している。

 鍛えた己の肉体と個性でヴィランと戦い、社会の安寧を守る──彼らこそ、そんな使命を帯びたヒーローたちだ。

 

 そんな彼らが束になってもなお、こうして一敗地に塗れる恐るべき悪魔──それこそが、ギャングラー。

 

「フハハハハ、この程度か! ヒーローが聞いて呆れるなァ!!」

「……ッ」

 

 その身に傷ひとつない怪物が、高らかに嘲う。その両腕から放たれる無数の爆弾が、四方八方を更なる火の海へと変えていく。

 

 ──自分たちの力では、こいつらに対して何もできない。何も……守れない。

 

「さァ、次はテメェらの番だ」

「……!」

 

 ギャングラーの標的が、いよいよ自分たちへと向けられる。拳を握りしめ、悔恨に身を震わせながら……青年は己の魂が死神に囚われゆくのを自覚していた。

 

「あばよ、ヒーロー」

 

 

 そのとき、

 

 

 突如として飛来したカードが、ギャングラーの背中に突き刺さった。

 

「痛でぇッ!?」慌ててそれを引き抜き、「だ、誰だァ!?」

 

 

「予告する」

 

 宵闇の中、まだ年若い少年の声が高らかに響き渡る。

 

「テメェのお宝──いただき殺すッ!!」

「!!」

 

 満月を背に、ビルの屋上を舞台とする3つのシルエット。

 

「テメェらまさか!?」

 

 ギャングラーが叫んだ瞬間、爆ぜる炎が彼らの姿を照らし出す。青、黄──そして、赤。

 

「快盗戦隊──」

 

「「「──ルパンレンジャー!」」」

 

 

 青年──烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎が意識を失う寸前に知覚した、最後の光景だった。

 



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#1 夜の隣で 1/3





 

 陽光の届かない、薄暗くじめりとした路地裏。そこにふたつ、少年の姿があった。ありきたりな詰襟姿であるところを見るに、地元の中学生だろうか。

 

──自分は、この光景を知っている。このあとに何が起こるのかも。

 

『そうだね……僕はヒーローにはなれない』

 

──やめろ、

 

『でもそれは、お互い様だろ?』

 

──やめろ……!

 

『かっちゃん、──きみは僕のヒーローじゃない』

 

 

『きみなんか、ヒーローじゃない……!』

 

──やめろ!!

 

 

 そして、凍てつく風が吹いた。

 

 

 *

 

 

 

 初春の朝。冷たいながらも爽やかな風が吹く往来は、行き交う人、人、人の姿で賑やかだ。

 

 その中にあって、異彩を放つ様相の青年がいた。服装や身体的特徴の問題ではない。この超常社会にあって、怪人のような姿をしていたり、そうでなくとも身体の一部が特殊な形状をしている者は大勢いるのだから。

 彼──切島鋭児郎が異質なのはただ一点、身体の露出した部分の多くを包帯やガーゼに覆われているためだ。新米プロヒーローである彼は、先日の激戦で重傷を負い、暫く入院生活を余儀なくされていた。それが今朝、ようやく退院することができた。

 

 激戦──ギャングラーとの。曲がりなりにも人間の犯罪者であるヴィランを遥かに凌ぐ、恐るべき敵であることに間違いはない。奴らとの戦闘で大怪我をして引退に追い込まれたり、犠牲となったヒーローがどれだけいるか。数日入院するだけで済んだ自分などはマシなほうだ。

 

 異形の侵略者たちに対する英雄の劣勢。当然社会も動揺したのだが、現在は一時期に比べれば安定している。――なぜか。

 

「ねえ、またルパンレンジャーがギャングラーやっつけたんだってよ!」

「!」

 

 すれ違う女子高生のことばに、思わず立ち止まる。

 

「ヤバイよね~カッコよくない?」

「快盗って名乗ってるけど、フツーにヒーローだよね」

「なんていうんだっけ……ヴィジなんとか?」

「でもさあ、」

 

「ヒーローなんかよりずっと頼りになるよね!」

「わかるー!」

 

 きゃっきゃとはしゃぎながら、歩き去っていく少女たち。

 彼女たちを責めることなどできないのはわかっている、実際にヒーローよりルパンレンジャーと名乗るヴィジランテが平和の守り手として機能している現実も。

 

「……ハァ」

 

 垂らしたままの赤髪を掻きつつ、鋭児郎はちらりと傍らを見遣った。噴水のある公園、ベンチでぼうっとしていれば少しは気も晴れるだろうか。

 

 そう考えて敷地に足を踏み入れた鋭児郎だったが……生憎、先客がいた。

 

 ベンチに背を預け、すうすうと寝息を立てる少年。大理石のような白皙に、淡い金髪。一瞬西洋人かと思ったが、その整った顔立ちは純日本人のそれである。

 

(子供……?なんでこんなとこで寝てんだ?)

 

 子供と言っても、自分よりやや年少──高校生になるかならないかくらいのようだが。

 いずれにせよ身なりも整っているので、ストリートチルドレンではなさそうだ。ただ、そうなるとスリに遭うなどの可能性も考えられて。

 

 起こすべきか否か迷っていると……不意に、少年の寝顔が歪んだ。

 

「っ、う……」

「!」

「……く、……やめ、ろ……」

 

 魘されている。悪夢を見ているのか。

 しかしこれで起こす理由ができた。鋭児郎は意を決し、少年の身体に触れた。

 

「おい、おいって……大丈夫か?」

「……、あ……?」

 

 揺さぶりながら声をかけていると、瞼に隠された少年の瞳が露になる。鋭児郎のそれより純度の高い、ピジョンブラッドのような赤。思わず息を呑んだ。

 

「……ンだ、あんた」

 

 目つきがにわかにきつくなる。警戒心を隠そうともしない表情と声音に、鋭児郎は苦笑した。自分もまだ、ついひと月前までは学生の身だったのだが。

 

「悪りィ、魘されてたみたいだったからよ」

「………」

「怪しいモンじゃねーって。これでも一応ヒーローやってんだ」

「……ヒーロー?」

「そ。期待の新星、"剛健ヒーロー・烈怒頼雄斗(レッドライオット)"!!……なんつって。知ってる?」

「知らん。ヒーローとか、興味ねえし」

「あ……そ、そう」

 

 鋭児郎は密かに肩を落とした。デビューして間もないとはいえ、学生時代からインターンなどで地道に実績を積み上げてきたつもりなのだが。

 

「チッ……」

「!」

 

 少年が舌打ちとともに唐突に立ち上がるものだから、鋭児郎は慌てて「ちょっと待った!」と押しとどめた。

 

「きみ、高校生くらいだろ?こんなとこで何やってたんだ?学校は……サボり?……もしかして、家出中とか?」

「関係ねえだろ」

「そりゃそうかもしれねえけど……ほっとけねえよ!ヒーローだっつったろ、俺」

「……チッ」

 

 二度目の舌打ち。柄の悪さゆえ図星と見た鋭児郎だったが、

 

「……高校は行ってねえ、近くのサ店で住み込みで働いてる。買い出しの途中に居眠りしてた」

「え……」

 

 意外やきちんとした答に、戸惑う。

 

「満足かよ、これで」

「あ、あー……そうだったのか。悪かったな……」

「フン」

 

 義務教育でないとはいえ高校に行っていないというのはなんらかの事情がありそうなものだが、流石にそこまでは追及できない。こちらに背を向けようとする少年を、これ以上留める手だてはなかった。

 

「あ……っと、気ィつけてな。近頃物騒だし」

「だろーな。ヒーローがンなケガしてるんじゃな」

「うっ……」

「ハッ、──じゃあな、お節介なオニーサン?」

 

 初めて笑顔を見せて──嘲笑ではあるが──、去っていく少年。複雑な思いを押し殺しつつ、鋭児郎は「じゃあなー!」といっぱいに手を振って見送った。態度は悪いが、非行に走るタイプには見えない。彼のような男にこそ一目置かれるヒーローにならなければと思った。

 

 

 このときの鋭児郎には知るよしもなかった。

 

 かの少年──爆豪勝己とは、これより幾度となく交錯する運命にあることを。

 

 

 *

 

 

 

 彼が働いているという喫茶店は、なるほどこの街に存在していた。

 

 "SALON DE THE JURER(サロン・ド・テ・ジュレ)"──閑静な高級住宅街のはずれに居を構える、フレンチ風カフェである。

 店名どおりの洒落た佇まいの店舗。営業時間中はそれなりに賑わうのだが、従業員は店長も含めてたった三人しかいない。

 

 それゆえ、従業員のひとりであるかの少女──麗日お茶子は忙しい開店準備に追われていた。

 

「あぁもうっ、パンケーキの用意が間に合わないよぉ!予約のお客さんに出さなあかんのに……」厨房から店内を振り向き、「ってか炎司さんも手伝ってよ!帳簿なんてあとにしてさ!」

 

 炎司と呼ばれた男の姿は、確かにテーブル席の片隅にあった。壮年ながら弛みなどまったく見えない鍛え上げられた肉体に、赤く尖った頭髪。帳簿を見下ろすその眼光は、眼鏡越しでも隠しきれないほどに鋭い。彼──轟炎司こそこの"ジュレ"の店長であった。と言ってもオーナーは別にいるので、いわゆる雇われの身なのだが。

 彼は顔を上げることもせず、すげなくお茶子に応じた。

 

「馬鹿を言うな、これも重要な仕事のひとつだ。経営を任されている以上はな」

「まあ、わかるけど~……」

「それに、我々のルールを忘れたか?」

 

 ふと、お茶子が作業の手を止める。

 

「──"自分のことは自分でなんとかする。むやみやたらと手助けしない"……でしょ?」

「わかっているなら、精々頑張るんだな」

「いじわるオヤジ……ハァ、」ため息をつきつつ、「ってか、爆豪くんはなんで帰ってこんのよもうっ!あんのサボり魔め!」

 

 スイーツはお茶子も作れるが、調理全般の担当は爆豪勝己なのだ。こういうときは手分けして準備に邁進するのがあるべき形だと考えるのは、ルールに抵触してはいまい。

 

 

 *

 

 

 

 ジュレから約1キロメートルほど離れたターミナル駅の目前に、国際特別警察機構──通称"国際警察"──日本支部の本署がそびえ立っている。

 

 フランスに本部を置く国際警察は、ギャングラーの出現を契機としてICPOから発展する形で発足した。加盟国国内においてはあらゆる超法規的活動が認められ、ギャングラーを始めとするあらゆる秩序を脅かすものたちに日夜対処している。その権限の大きさ、元々"ヴィラン受け取り係"と揶揄されてきた日本警察とのギャップもあり、未だヒーローを神聖視する日本国内での評価は必ずしも高くはないのだが……それはまた、別の話である。

 

 飯田天哉もまた、そんな国際警察に所属する若き警察官であった。飾り気のない眼鏡とかっちりとしたスーツはいかにも優等生的だが、その肉体は分厚く鍛え上げられている。人々を守るのだという強い意思が、その佇まいからは漂っていた。

 

 彼はこの日、新東京国際空港にいた。つい先日、完成したというギャングラーに対抗しうる新装備。対ギャングラーの最前線ともいえる日本支部に送られてくる手筈になっている。新装備の日本支部への運搬の護衛──それが彼に与えられた任務(ミッション)だった。

 

(対ギャングラーの新装備、果たしていかほどのものか。だが、これでようやく……!)

 

 気持ちが逸るのには、彼が正義感の強い警察官であること以外にも理由があった。思い返される、少年の日の記憶。挫折、再起、希望と絶望。──彼は最初から、警察官を目指していたわけではなかった。

 

 天哉が拳を握りしめていると、

 

「飯田!」

「!」

 

 はっと顔を上げると、同じくスーツ姿の女性が数人の男を引き連れてこちらへ歩いてくる。気心知れた待ち人の到来に、天哉は相好を崩した。

 

「おぉ……久しぶりだな、耳郎くん!」

「うん、おひさ」

 

 「でも変わんないね」とクールに微笑む女性。小柄ではあるが、鋭い目つき、イヤホンのように伸びた耳朶などどこかパンキッシュな雰囲気を醸し出している。彼女──耳郎響香もまた、国際警察の一員であり、天哉の同期でもあった。

 

「元気そうで何よりだ。今日はよろしく頼む」

「こちらこそ。何もないのが一番だけど……いざってときは、頼りにしてるからね」

「うむ、任せてくれ!」

 

 国際警察内においてもごく一部の関係者にしか知らされていない極秘任務。しかしながら、情報というものはどこから漏洩するかわからない。あるいは彼女らの持ってきた新装備をいまこの瞬間にでも奪取しようとしている者がいるかもしれないと、天哉は気を引き締めた。

 

 

 *

 

 

 

 思い思いに凶悪犯罪を行っていると考えられがちなギャングラーだが、彼らは緩やかながらも組織を形成しており、ゆえに"ボス"と呼ばれる存在を推戴していた。

 

──"ドグラニオ・ヤーブン"。小柄な身体を鎖で覆った、黄金の老紳士。しかし青く光る瞳のない双眸は冷たく周囲を睨めつけている。

 

 今日この日、異世界にあるドグラニオの屋敷では、彼の999回目の誕生日を祝う宴が催されていた。あらゆる異次元世界から奪った財をちりばめた部屋に、無数のギャングラー構成員がひしめき合っている。

 

「ボス。この度は999歳のお誕生日、おめでとうございます」

 

 蠱惑的な声で祝福のことばを投げかけるのは、"ゴーシュ・ル・メドゥ"。青を基調としたボディは言動ともども女性らしさを強調しているが、その頭部には目鼻らしきパーツが確認できず、触手のような鶏冠が大量に生え出でている。そのミスマッチが、あまりに不気味だ。

 そんな彼女がドグラニオの手にキスをしようとすると、強引に割り込んで阻む者がいた。緑色の鎧を纏った大柄な体躯、顔の中心を占めるぎょろりとした一つ目は、すべてドグラニオを守るためにある。"デストラ・マッジョ"──ドグラニオのボディーガードであり、同時に右腕として構成員らに指令を下す権限をも有する男である。

 

「ゴーシュ!ボスに気安く触れるな」

「構わんよデストラ」ドグラニオが宥める。「今日はめでたい日だ」

 

 ゴーシュの色目を受け入れつつ、右隣にデストラを侍らせ。ドグラニオは、静かながらよく通る声を張り上げた。

 

「俺がギャングラーをまとめて500年。脅して、奪って、殺しまくって……楽しい人生だったが少々飽きた。そこで──」

 

「──後継者を決めようと思う」

 

 そのひと言に、ギャングラーたちはにわかにざわつき出す。圧倒的な力とカリスマ性でトップに立っていたドグラニオ。彼が自らその座を譲ると発言したのだ。この瞬間、ただのめでたい誕生パーティは一同にとって歴史上の一大事へと変わった。

 

「条件はひとつ。人間界を掌握した奴が、次のボスだ」

 

 最も力のある奴に、このドグラニオ・ヤーブンが築いたすべてを譲ってやる──そう宣言して、老人は上機嫌にワインを煽る。ボスの座を狙う者たちが、思い思いに気炎を上げている──彼らがどのような立志伝、あるいは末路を見せてくれるのか。いまから愉しみで仕方がなかった。

 

 




各キャラクターに年齢差があります。


45歳 轟(父)
(世代の壁)
23歳 飯田&耳郎
18歳 切島
15歳 爆豪&麗日



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#1 夜の隣で 2/3

 爆豪勝己はリムジンに揺られていた。

 後部座席が向かい合う形になっており、運転席とは防音ガラスで遮られている。

 

「先日はご苦労様でした。おかげさまでまたひとつ、"ルパンコレクション"を取り戻すことができました」

 

 慇懃に礼を述べる、仕立てのいい燕尾服姿の男。……いや、男とは断定できない。声や体格は確かに男性のものだが、首から上は黒煙のような流動体となって漂っている。この個性社会にあっては"そういう異形型"であるというだけで、さほど奇怪な容姿ではないが。

 

 相対してシートにふんぞり返る勝己は、「フン」と鼻を鳴らしてそれに応じた。表向きの労いのことばになど、なんの価値もない。

 

 それよりも、黒煙男も発言した"ルパンコレクション"のことが脳内を占めていた。個性黎明期と呼ばれた彼方の時代、稀代の大怪盗として名を馳せたアルセーヌ・ルパンが、世界中から集めたという財宝の数々。ただの骨董品ではなく、それぞれ不思議な力を秘めている──ゆえに、邪なる者たちに使われては恐ろしい事態にもなりかねない。

 だが現実に、ルパンコレクションの多くはギャングラーによって奪われてしまっている。そのためにルパン家は傾き、現当主は臥せっている──

 

「ルパン家に仕える者として、このままでは偉大なる先祖に顔向けできませんので」

「──黒霧サンよォ」唐突に黒煙男の名を呼ぶ勝己。「あんたらの顔なんざどうでもいいんだよ。……例の約束、忘れたとは言わせねえからな」

「……フフ、勿論です」

 

「あなた方ルパンレンジャーの誓い(ジュレ)、踏みにじることも先祖の誇りに反しますので」

「……そうかよ。──つーか、そろそろ本題に入れや。わざわざ媚びへつらいに来たわけじゃねえだろ」

 

 言われるまでもなく、黒霧とて無論そうするつもりであった。

 

「国際警察に動きがありました。──本日フランス本部より、彼らが密かに入手していたルパンコレクションが運び込まれたようです、それも複数」

「!、……あの税金泥棒どもが?ルパンコレクションを?」

 

 快盗が警察を泥棒呼ばわりするとは。なかなかのブラックジョークだと愉快に思いつつ、黒霧は手にしたファイルを開いて見せた。

 

「しかも、同じく動きをつかんだらしいこのギャングラーも、コレクションを狙っているとか」

 

 ファイルに貼りつけられた二枚の写真。一方は目つきが悪いチンピラ風の男のものだが、もう一方には異形の怪人の姿が写し出されている。

 

「"ガラット・ナーゴ"。無差別に強盗を繰り返しては、周囲一帯をルパンコレクションの能力による火炎放射で焼き尽くしていく男です」

「……ふぅん」

 

 れっきとした凶悪犯罪なのだが、そんなギャングラーはごまんと見てきた勝己の反応は薄い。

 

「うまく行きゃ、コイツのとまとめて一気にコレクションを取り返せるってわけか。だが、国際警察に侵入するとなると……」

「その必要はありません。ルパンコレクションを乗せた便は、先ほど空港に到着したばかりだそうですから。そして空港から日本支部までの運搬ルートがこれです」ルートの記されたマップを示す。「ガラット・ナーゴの潜伏拠点が、このあたりにあります。襲撃があるならここかと」

「………」

 

 暫しマップを睨んでいた勝己は、じろりと視線を上げた。

 

「この情報、確かなんだろうな?」

「勿論です。情報源はお教えできませんが」

「ンなモンに興味ねえよ。──わーった、信用する」

「ありがとうございます。しかし、宜しいのですか?」

「?、何がだ」

「警察からコレクションを奪えば、ルパンレンジャーはヴィジランテではなくまごうことなきヴィランとして追われることになります。あなた方に、その覚悟はおありですか?」

「……ハッ」

 

 表向き気遣うような黒霧のことばを、勝己は鼻で笑った。

 

「こっちは最初(ハナ)ッからそのつもりでやってんだよ。ヴィジランテだろうがヴィランだろうがなんでもいいわ」

 

 己が望みのため、どこまでも突き進むだけ。勝己の目に迷いはなかった。であるならば、あとのふたりも。

 

「わかりました。──我々もあなた方を信頼していますよ、爆豪くん?」

「……フン」

 

 リムジンが停車する。黒霧に別れを告げることもなく、勝己は素早く地上に降り立った。

 

「………」

 

 一瞬、立ち止まる。たった一年前まで、自分がヴィランどころかヴィジランテになる未来さえ想像だにしていなかった。己にふさわしいと思っていた未来の姿は、ただひとつ──

 

 時間にして数秒。再び歩きだした彼の目前には、かのフレンチカフェがあった。扉を乱暴に押し開き、ずかずか入っていく。

 ウェイトレス姿で客を迎える準備をしていた麗日お茶子が「ああっ!」と声をあげる。

 

「ちょっと爆豪くん、どこで何してたん!?危うく予約のお客さん来るまでに準備終わらんとこだったよアホ!」

「誰がアホだ丸顔が。──ンなことより、」

 

「予約はキャンセルだ」

「は、……な、何言うとん!?」

 

 お茶子は困惑した。どこぞでサボるだけでは飽き足らなくなったのか、この男は。

 

──勝己の意図を察するのは、もうひとりのほうが機敏だった。

 

「"本業"か」

 

 奥からぬっと姿を現した炎司。相対する勝己は、唇の端を歪めてうなずいた。

 そんな男たちを、お茶子はクエスチョンマークを乱舞させながら見ていたのだが、

 

「……ああ~!」

 

 寸分遅れて、ようやく彼女も事態を察したのだった。

 

 

「ギャングラーのアジトは?」

「暮浜埠頭の近衛工場跡。国際警察の運搬車がそのすぐ近くを通りかかる」

「襲撃して誘い込む意図か」

「ねえ。ギャングラーと警察のコレクション、どっち先にゲットする?」

「ンなもん状況によるだろ」

「あえて順番をつけるなら後者が先だろう。ギャングラーはまたすぐにでも現れるだろうが、警察のコレクションは一度運び込まれてしまえば見つけるのも容易ではない」

 

 現地での行動計画を組み立てながら、衣服を着替えていく三人。お茶子が黄、炎司が青──そして勝己が赤。それぞれのパーソナルカラーを基調とした燕尾服にシルクハットを纏う。

 そして、目元を覆う仮面。見た目にはただのアイマスクであるが、これには装着者の容姿を認識しにくくする機能が備わっている。正体が露呈すれば当然活動もしにくくなる、表と裏の顔を使い分ける勝己たちには必須のアイテムだった。

 

「ハァ……いよいよ警察相手かぁ。後戻りできないなぁ、もう」

「戻りてぇんならここで降りりゃいいだろ。あばよ丸顔」

「ッ、いじわる!ココの男どもはどうしてこう……」

「おしゃべりはそれくらいにしろ、──行くぞ」

「チッ、命令すんなや」

 

 言い争いながらも、華麗な身のこなしで飛び出していく三人の快盗。ルパンコレクションを手に入れ、目的を果たす──その意志の固さにおいて、彼らは間違いなく結束していた。

 

 

 *

 

 

 

 切島鋭児郎は気晴らしのドライブに出かけていた。つい数週間前、免許を取得したばかりで、まだまだ運転も不慣れ。いっぱしの社会人……とりわけヒーローである以上車の運転くらいはマスターしておかなければと思い、休日はこうしてドライバーズシートに座っていることが多い。

 

 尤もデビューしたての財政状況ではマイカーを所有するなど夢のまた夢なので──購入だけならまだしも、駐車場代が馬鹿にならないのだ──、もっぱらレンタカーや先輩ヒーローの車を借りているのだが。

 

(買いてぇなぁマイカー……できればスポーツカーがいいな、色は赤で……)

 

 緩やかにアクセルを踏み込みつつ、理想の車種を思い浮かべる。雲ひとつない青空のもと、海岸線を颯爽と駆け抜ける己の姿──これ以上なく漢らしいではないか。

 そんな夢を叶えるためには、とにかく金をたくさん稼ぐ必要がある。職業ヒーローである以上、その一番の近道は活躍しまくること。

 

「……やっぱ、みんなを守ってこそだよな!!」

 

 それこそがヒーローの務めであり、鋭児郎の憧れた姿。シンプルに、またポジティブに物事を捉えるのが、彼の美徳であった。

 

「頑張るぜ!」なんてひとりでシャウトしつつ国道を走っていると、向かいから特徴的な意匠を施された車が走ってくる。鋭児郎は思わず「あ」と声をあげた。

 

(国際警察……)

 

 国際警察の略称である"G.S.P.O."の文字があしらわれたパトカーが、東京方面へ向け走っていく。

 ギャングラー相手にヒーローが後手後手に回っている一方で、国際警察は着々と奴らと戦うための準備を整えている。そのことについて思うところがないではなかったが……結果として人々の平和な暮らしを守ることができるのならば、是非とも積極的に協力していくべきだと鋭児郎は考えていた。縄張り争いなど、している場合ではないのだから。

 

 

 一方、パトカー内に座するふたりの若き警察官もまた、国際警察の在り方について考えていた。

 

「この新装備でギャングラーに対抗できるようになれば、ヒーローの皆さんにはヴィランに専念してもらえるようになる。そうすれば、社会の安寧を取り戻すことができるッ!」

「……アツいね相変わらず。勿論それが一番いいに決まってるけどさ……快盗におんぶに抱っこじゃ、いくらなんでもアレだし」

「!!」

 

 ハンドルを握る天哉の手に、にわかに力がこもる。

 

「当然だ!!快盗に頼るなどッ言語道断!!」

「ちょっ……どうどう。力むなよ運転中なんだから」

「ッ、……すまない」ため息を吐き出しつつ、「だが、奴らの存在を認めるわけにはいかない。ルールを逸脱しているのもそうだが、その力があまりにも大きすぎる」

「三人ぽっちでギャングラー倒しまくってるくらいだもんね」

「うむ。──あれほどの力がなんのルールにも縛られていない状況は……あまりに、危うい」

 

 その牙が自分たちや、無辜の人々に向けられたらどうなるか。ルパンレンジャーの目的が杳として知れない以上、彼らがギャングラーを凌ぐ脅威となる可能性だって考えられるのだ。

 

「ま、なんとかなるっしょ」耳郎が努めて明るい声を出す。「ギャングラーに対抗できるってことは、快盗とも互角に()りあえるってことだし」

「……そうだな、確かに」

 

 是非ともそれを為せるだけの人材に、新装備を使用してほしいものだ──その思いまでは、流石に口には出さなかった。国際警察の隊員は皆、優秀だ。

 気を取り直し、天哉が唇を引き結んだそのときだった。

 

 突然、車体が激しく揺れた。

 

「うわっ!?」

「ッ!?」

 

 衝動的にハンドルを大きく切りそうになりながらも、天哉はすんでのところでこらえた。視線を頭上にやれば、天井がわずかに凹んでいる。──何か重量のあるものが、落ちてきた?

 

 考えるまでもなかった。次の瞬間、逆さになった異形の存在がフロントガラスに這い出してきたからだ。

 

「!?」

「こいつ、ギャングラーの……!?」

 

 骸骨のような頭部に青いベレー帽を被り、左目からは銃弾が突き出している──兵士の成れの果てのごとき姿をしたそれは、耳郎の口にしかけたとおりギャングラーの戦闘員"ボーダマン"であった。

 通常のギャングラー構成員らに比べれば弱く、ヒーローはおろか通常の警察の装備でも対抗可能な存在ではある。しかしだからといって、油断すれば痛い目に遭う。

 

──ボーダマンは、原則として集団で行動する。今回もまた、例外ではなかった。

 

 前方だけでなく後方、そして両側面にまでボーダマンが張りつき、走行を妨害し始めたのだ。

 

「ッ、こいつらは一体……!」

「やっぱ、どっかから情報が漏れて──!」

 

 その重量と執拗な攻撃ゆえ、まともに進路をとることができない。それに──

 

「ッ!」

 

 是非もなしと、天哉はハンドルを左に切った。このまま国道を走り続けて、一般車両を巻き込むわけにはいかない。

 

 

 一方で、

 

「な、なんだよアレ……!?」

 

 ちょうど天哉たちとすれ違って間もない鋭児郎は、サイドミラー越しに視認してしまった。ボーダマンに群がられ、ほとんど車体を覆い隠されてしまったパトカー。それが側道に入り込んでいくのを。

 

(ギャングラーに襲われてる?……なんで?)

 

 理由など、考えてもわかるはずがない。

 ただ、

 

「だぁ~もうッ!!」

 

 強引に車をUターンさせ、パトカーの追跡を開始する。気づいてしまった以上、見て見ぬふりなどできるわけがない。

 

──ヒーロー、なのだから。

 

 

 



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#1 夜の隣で 3/3

かっちゃんと快盗の化学反応が想像以上だった。


 機材が打ち捨てられたまま、荒廃した近衛工場跡地。

 

 そこにギャングラー、ガラット・ナーゴの姿があった。どこぞから調達してきた椅子にふんぞり返り、周囲にボーダマンを侍らせるその姿はさながら城主のようだ。上手くいけば禅譲を受け天下を獲れるという状況下、彼の心は逸っていた。

 そこに、別のボーダマンが飛び込んでくる。その耳打ちを受け──ガラットは、上機嫌な笑い声をあげた。

 

「フハハハハ、そうかァ!国際警察の連中、引っ掛かったか!!」

 

 高揚のままに立ち上がる。その際に鋭く長く伸びた爪が不幸にも側近のボーダマンに直撃、昏倒させてしまったのだが、そんなことは気にも留めない。

 

「客は、このオレ直々にもてなしてやらねぇとな……」

 

 先の哀れなボーダマンを除いた配下を引き連れ、埠頭にまで"出陣"するガラット。

 その姿を、見下ろす者たちの姿があった。

 

「おー、ホントに出てきたギャングラー♪」

 

 双眼鏡を覗きつつ、口笛を吹くお茶子。すかさず背後から「へたくそ」と罵られる羽目になるのだが。

 

「うっさい、バカ豪!」

「……テメェから消し炭にしてやろうか?」

 

 睨みあう仮面の少年少女だったが、

 

「いい加減にせんか貴様ら」

「ッ!」

「あだッ!?」

 

 同じく仮面の壮年の男に揃って頭を叩かれる。父親ほどの年齢の彼には、果たしてそれ以上の威厳があった。

 

「奴が出てきたということは、国際警察が網にかかったのだろう。コレクションを確認できたところで、一気に奪いにかかるのが上策か」

「………」

 

 主要武装たる"VSチェンジャー"を構え、じっとその瞬間を窺う。当然ガラットの持つルパンコレクションもターゲットだ。

 と、そのとき些細な"想定外"が起きた。お茶子の肩に、ピタリと何かが付着する。

 

「ん?──ッ!?」

 

 刹那、彼女の頭は真っ白になった。茶色い翅が、パタパタとはためいている。

 

「がッ、蛾ァ──むぐっ!」

 

 思わぬ大敵の登場に大声を上げそうになったお茶子の口は、勝己の手によってすかさず押さえつけられた。

 

「デケェ声出すな、ボケ」

「ふぐむむむぅ……!」

 

 建物の屋上に身を潜めているとはいえ、大声を発すれば聞こえてしまいかねない。個体差はあれ、ギャングラーは五感においても常人よりすぐれている。

 

 そしてガラットの聴覚の鋭さは、彼らの予想を超えていた。

 

「──鼠がァ!!」

 

 唐突なシャウト。快盗たちがその意味を解するより早く、ボーダマンの銃口が突きつけられた。

 

 無数の銃声が響き渡り……三人のいた屋上で、爆発が起きる。

 

「ッ!」

 

 彼らもさるもの、不意打ちであっても死命を制されるような失敗はしない。すかさず地上に降り立ち、ターゲットと対峙する。

 

「そろそろお前らも来ると思ってたぜ、快盗どもォ!」

「うげっ……私たちの作戦、バレバレ?」

「漁夫の利狙いとはいかなかったか」

 

 ふたりが少なからず忸怩たる表情を浮かべる一方で、

 

「ハッ、どっちにしろブッ殺すつもりだったんだ。──やったらァ!!」

 

 好戦的な笑みを浮かべ、銃を構える勝己。これまでどこか厭世的な雰囲気を醸していた彼だが、その本性は獰猛そのもの。戦闘は、望むところ。

 

「お前らの首も貰ってやるぜ、──殺れェボーダマン!!」

 

 号令を受け、無数のボーダマンが一斉に銃撃を仕掛けてくる。

 三人の快盗は軽やかな跳躍とともに放たれる弾丸をかわし、着地を待たず反攻に転じる。光弾がボーダマンに直撃し、その身を撥ね飛ばす。

 

 武器の性能もさることながら、彼ら三人は快盗たるにふさわしい天性の身体能力をもち、それらを余すことなく引き出すための訓練を受けてきた。ゆえに生身であっても、ボーダマン程度にはまったくひけをとらない戦いぶりを見せつけている。

 

「チッ、しぶといじゃねえか!」

 

 業を煮やしたガラットが早くも動いた。彼の胸元で存在を主張する金庫が鈍い光を放ち、刹那のうちに両手から火炎が放たれる。

 

「きゃっ!?」

「ッ、コレクションの力か……」

 

 柱の陰に隠れて隙を窺う炎司とお茶子だが、炎は絶えることなく噴出し続ける。黒霧の言ったとおり、ルパンコレクションの力は悪に利用されれば恐るべき脅威となりうるのだ。

 

 ただ、彼らはガラットのもつコレクションの特性をあらかじめ知っている。ゆえに、

 

「好きなだけ燃やせやネコミミ野郎!!」

 

 ネコミミ!?とお茶子が内心でツッコミを入れているうちに、勝己は行動に打って出ていた。隠しもっていたトランプカードをひと息に投げつける。反射的にガラットが火炎を差し向けた途端、カードは風に吹かれて四方八方に散らばっていった。

 

「!?」

 

 それらすべてが燃やされた結果、自ら生み出した炎がガラットを包み込む。ルパンコレクションの作用により熱には耐性があるため、それだけでガラット自身がダメージを受けることはない。が、紅蓮が彼の視界を完全に塞いでしまうことまでは防ぎようがなかった。

 

「み、見えなくなっちゃった──」

 

 狼狽するガラット。敵は既に、彼の至近まで迫っていた。

 

「──捕まえたぁ!」

「!?」

 

 カードが燃え尽きると同時に、両腕にずしりと加わる重み。──左腕をお茶子が、右腕を炎司が、がっちりと拘束していた。

 

「今だ、コレクションを!」

「言われるまでもねえッ!!」

 

 VSチェンジャー、そしてルパンコレクションのひとつであるダイヤルファイターを携え、突撃を敢行する勝己。彼の鋭い双眸はガラット……ではなく、その胸元にある金庫を捉えて離さない。ギャングラーは皆、身体のどこかに金庫をもっており、そこにルパンコレクションを収納している。ダイヤルファイターを使用すれば、金庫の鍵を開けることができる──

 

「そうはイカの金時計よォ!!」

 

 刹那、ガラットの()()()()()

 

「な──ッ!?」

 

 咄嗟に動きを止める勝己。その判断は間違いなく正しかったが、ガラットに密着していたふたりに逃避のすべはなく。

 

「ぐッ!?」

「きゃあッ!!」

 

 振り払われただけでなく、さらに四本に増えた腕を使って強かに殴りつけられる。重い一撃を受けたふたりは、そのまま人質とされてしまった。

 

「ッ、丸顔、クソオヤジ!」

「おまえ仲間の呼び方酷ぇな……。まあいい、これでジ・エンドだ」

 

 「お前らのコレクションもよこせ」──冷酷なる要求。当然、ふたりの命と引き替えにということだろう。

 

「チッ……」

 

 舌打ちする勝己。後退した際、咄嗟に銃口を向けていたため、まったく無防備な状態を晒しているというわけではなかった。だが人質をとられている以上、発砲するどころか今すぐにでも銃を下ろさざるをえない──普通なら。

 

 しかし勝己は、いっこうに降参の意を示そうとはしない。

 

「?、早くそいつを投げてよこせ!コイツらがどうなってもいいのかァ?」

「………」

「オイ聞いてんのか!?」

 

 焦れたガラットががなると、ようやく勝己は口を開く──

 

「知るか」

「へ?」

 

「自分で助かれや!!」

 

 VSチェンジャーを下ろすのではなく……上げた。ガラットが呆けている間に、彼が背にしている建造物めがけて躊躇なくトリガーを引く。

 元々老朽化していた建物は、強力な光弾を受けてとどめを刺された。亀裂が一気に拡がり、耐えきれなかったコンクリートが無数の瓦礫となってガラットの脳天へと降りそそぐ。

 

「なァあああ──ッ!!?」

 

 想定外の事態、人質をとっていたことも災いし、瓦礫に呑み込まれるガラット。

 

──そう、人質がいるのだ。炎司とお茶子……ガラットに拘束されていたふたりもまた、当然巻き添えになった。

 

 地面を埋め尽くす、瓦礫の群れ。その光景をつくり出した張本人が立ち尽くしていると、音をたてて一部が吹き飛んだ。中から現れたのは──かの、異形の怪人。

 

「きっ貴様ァ……それでも人間かァ!?」

「ハッ、テメェがソレ言うんかよ」

 

 人間の"情"を知識としてもってはいるガラットを、鼻で嘲う勝己。どちらが悪なのかわかったものではない態度で、彼は続ける。

 

「この程度でくたばるような役立たず、要らねえんだよ。……それに、」

 

 

──取り戻すぞ、必ず。

 

──たとえ、誰が倒れたとしても……。

 

 

──残った奴が……願いをかなえる。

 

 

 そのときだった。

 

 ガラットの背後に積み上がっていた瓦礫片がにわかに浮き上がり、

 

 同時に、ルパンコレクションのそれにもひけをとらぬ猛火が舞った。

 

「うおっ!?」

 

 炎に耐性があるといえど、これには虚を突かれた。──まるで無重力下にあるかのごとく浮遊している瓦礫の群れ。その中心に不敵な笑みを浮かべて立つ、少女と壮年の男。

 

「お、お前ら……なんだそれはァ!?ルパンコレクションの能力じゃないな!?」

「──"個性"!知ってるでしょ?」

 

 そう、この世界の全人口のうち8割はなんらかの特異体質──"個性"をもっているのだ。轟炎司と麗日お茶子もまた、例外ではない。

 

 お茶子の個性"無重力(ゼロ・グラビティ)"によって崩れてきた瓦礫をわずかに浮かせて隙間をつくり、ガラットが勝己に釘付けになっているところで炎司の個性"ヘルフレイム"で攻撃を仕掛ける。淀みなくその一連を行える程度には、彼らには余裕があった。

 

「知ってたもん、どうせ助けてくれないって!」

「"自分のことは自分でなんとかする"、それが我々のルールだからな」

 

 ひらりと跳躍し、勝己を中心に並び立つ。三人の快盗──そのトライアングルを崩すには、ガラットでは力不足だった。

 

「わかったかネコミミ野郎、」

 

「遊びじゃねえ……命がけで快盗やってんだ!!」

 

 笑みを消し、勝己は叫ぶ。その表情は獰猛であると同時に、何かに縋りつくようでさえあった。

 

「行くぞテメェら──」

 

 

「「「──快盗チェンジ!!」」」

 

 咆哮すると同時に、VSチェンジャーの銃身に各々のもつダイヤルファイターをセットする。

 

『レッド!』

『ブルー!』

『イエロー!』

 

 ダイヤルを回し、

 

『0・1・0!』

『2・6・0!』

『1・1・6!』

 

『──マスカレイズ!快盗チェンジ!』

 

 プロセスを完了したことを示す電子音声が流れる……と同時に、トリガーを引く!

 

 刹那、三人の身体が光輝に包まれる。放たれたカード状の弾丸がブーメランのごとく彼らに命中──それぞれのパーソナルカラーと漆黒を基調とした、"快盗スーツ"へと変化する。

 そして"マスカレイズ"の発声どおり──首から上にもまた、シルクハットのような意匠が覆いかぶさった。それは頭部全体を包み込み、覆い隠すメットへと変化を遂げた。

 

 そして、

 

「ルパンレッド!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

「「「快盗戦隊──ルパンレンジャー!!」」」

 

 "ルパンレンジャー"としての名乗りを、堂々と彼らは挙げたのである。

 

「予告する、」

 

「テメェのお宝、いただき殺すッ!!」

 

 勝己──ルパンレッドの、烈しい宣戦布告。それは今まで幾多のギャングラーへと向けられ、為されてきたことだった。

 

 

──そして、死闘が始まる。

 

「「死ねぇッ!!」」

 

 ルパンレッドとガラット・ナーゴ、ふたりの声が重なる。同時に、銃撃と火炎。

 破壊力はガラットにやや分がある。しかし敏捷性においてはルパンレンジャーに軍配が上がった。

 それに、

 

「全体に目を配れないのでは二流だな」

「は、──グハァッ!?」

 

 いきなり目の前に現れたルパンブルーに、先ほどの意趣返しなのか強かに殴りつけられる。三人の中でも群を抜いて鍛え上げられた体躯から放たれる拳はあまりに重い。

 よろけるガラット。そこにブルーの肩を蹴る形で、ルパンイエローが跳躍してくる。

 

「厳しいなぁブルーは……そぉれっ!」

 

 頭上から、VSチェンジャーの掃射。降りそそぐ光の雨あられに、ガラットは望まぬダンスを踊らざるをえない。

 

「痛で、痛ででででッ!?こ、こんのォ~……ッ」

「まだ終わりじゃねえぞ!!」

「!?」

 

 イエローとは対照的に、スライディングで勢いよく滑り込んできたレッド。態勢も整えぬまま光弾を連射する。無茶苦茶といえば無茶苦茶な戦い方だが、ゼロ距離射撃が脅威であることに変わりはない。

 ただ、ガラットもやられっ放しではなかった。

 

「チィッ、舐めんなよクソガキがァ!!」

「!」

 

 ほんの一瞬がら空きになった背中めがけ、鋭い爪を振り下ろす。その一撃をまともに受けたレッドが、激痛にうめく──

 

「──なァんてな」

「ヌ……!?」

 

 爪を、鋭い鋼鉄の刃が防ぎきっていた。──"ルパンソード"。VSチェンジャーと並ぶ、ルパンレンジャーの主要武装である。

 

「おらァッ、死ねや!!」

「ぐはァッ!?」

 

 袈裟斬りにされ、あえなく地面を転がるガラット。レッドの言うように死にまでは届かないが、ほとんど一方的に翻弄されている状況下、彼の運命はもはや決していた。

 

「やる~!流石レッド♪」

「フン、たりめーだこんくらい」

「だろうな。……さあ、そろそろ本懐を遂げるぞ」

 

 VSチェンジャーからダイヤルファイターを外し、構える。今度こそ金庫を開け、ルパンコレクションを貰い受ける──

 

──そのとき、埠頭に車両が侵入してきた。周囲をボーダマンに埋め尽くされている。

 

 それはルパンコレクションを運搬する、国際警察のパトカーに違いなかった。乗車するふたりの警察官の懸命な抵抗により水際で踏ん張っていたが……ここまでだった。

 

 ボーダマンの振るった剣の一撃により、運転席側のドアがスライスされる。その刃が、車内に迫る──

 

「ッ!」

「飯田!」

 

 仲間の危機。響香はイヤホン状に伸びた耳朶を己の意志で差し向けた。ボーダマンの胴体に突き刺し、

 

 己の心音を、送り込む。

 

「グワァッ!?」

 

 悲鳴をあげ、転げ落ちるボーダマン。同時にパトカーはその場に急停車した。これ以上は逃げても仕方がないと判断したのだ。

 同時に、素早く外へ降り立つ。当然襲いかかってくるボーダマンたち。アタッシュケースを抱える響香を庇い、格闘する天哉。

 

 その姿を真っ先に認めたのは、ルパンレッドだった。

 

「!、あいつらサツの……」

 

──好都合だ。

 

 彼はもはや、ほとんど反射的に跳んでいた。

 

「ちょ、レッド!?」

「ソイツはテメェらでやれ!!」

「ッ、勝手な真似を……」

 

 かの少年の独断専行はいまに始まった話ではない。一刻も早くすべてのルパンコレクションを取り戻す──執念にも似たその意志を、貫くための行動。

 

 ただ、彼の場合は時に過激だった。──たとえばいま、この瞬間も。

 

 警察官らが至近距離で戦っているにもかかわらず、躊躇なくVSチェンジャーのトリガーを引いたのだ。放たれた光弾は見事ボーダマンを打ち倒した。しかし、

 

「ッ!」

「快盗……!」

 

 飛び散る火花。そこに敵意を察知し、結果的には救われた形となった天哉、響香はともに険しい表情を浮かべてレッドを睨む。

 対するレッドは、VSチェンジャーを構えたまま仁王立ちしている。銃口はなんの躊躇もなく、ふたりの善良なる警察官に突きつけられていて。

 

「よォ税金泥棒。あそこにいるギャングラーぶっ殺してやっから、そのコレクションよこせや」

「ッ、ふざけるな!!」天哉が怒鳴る。「これは正義を為すために必要な力だッ、貴様ら快盗などに渡して堪るものか!!」

 

 ルパンレンジャーが平和の守り手であるはずがない。こんなふうに、同じ人間相手にまで平気で銃口を向けているのが何よりの証拠だ。

 天哉に比べれば幾分か冷静に快盗を見ていた響香もまた、想いは同じだった。

 

「欲しけりゃ撃ちなよ。……国際警察は、たとえ地の果てまでもあんたらを追いかけて捕まえる。その覚悟があるならね」

「……ハッ、そうかよ。テメェらはほんと、口だけはご立派だよな」

 

 ぎちりと、グリップを握る手に力がこもる。

 

「覚悟なんざしてんだよ、とっくにな」

 

 そして、

 

 

──引き金が、引かれた。

 

 凶弾は、今度こそ罪なき者を標的として。主を、帰還不能点へ引きずり込もうとしていた──

 

 

 à suivre……

 

 



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#2 Jurer vs Justice 1/3

三つ巴の難しさをヒシヒシと感じました。


「覚悟なんざしてんだよ、とっくにな」

 

 ルパンレッドのVSマグナムから放たれた弾丸が、ふたりの警察官に容赦なく喰らいつこうとしている──

 

「……ッ、」

 

 天哉も響香も、死を覚悟していた。ボーダマンを一発で昏倒させる弾丸に身を貫かれれば、その運命からは逃げられない。

 

(……ここまでか)

 

 固く目を瞑る天哉。それから、永遠にも感じる一瞬が過ぎ。

 

「……?」

 

 予見していた衝撃と痛みは、まったく降りかかってこない。響香もまた同様で。

 恐る恐る目を開けたふたり。──眼前には、予想だにしていなかった光景があった。

 

「は……!?」

「きみは……!?」

 

 背中。この場には存在していなかったはずの青年のそれが、自分たちを庇うように広げられている──

 

「ッ、ぐ、……ってェ、」

 

 VSチェンジャーの光弾の直撃を受けてなお、彼は歯を食いしばってその場に立ち続けていた。すべては彼の"硬化"の、全力を尽くした結果だった。皮膚を鋼のように硬質化することであらゆる攻撃を弾き、同時にその打撃力を大きく強化する──

 

「!、アンタは……」

 

 ルパンレッド──勝己は、その姿に見覚えがあった。それも、たった数時間前の記憶。

 

「……ンで、こんな……」

「!」

 

 青年──切島鋭児郎の口が、不意に開かれる。

 そして、

 

「なんでこんなことすんだ……!オメーら、ヒーローじゃねえのかよ!?」

 

 悲鳴のような叫びだった。信じていたのだ、彼は。無資格ながら幾多のギャングラーと戦い、打ち倒してきたルパンレンジャー。他に目的があるにせよ、彼らとてかの怪物たちに苦しむ人々を救う意志はあるのだと考えていたのだ。ヴィジランテであっても、その志はヒーローなのだと。

 

 それなのに、こうして同じ人間に対してまで、平気で発砲する。以前、彼らに救われたことで感じていた恩義が、音をたてて崩れ去っていく。

 

「………」

 

 銃口こそ向けたまま……ルパンレッドは、沈黙していた。仮面に隠れたその表情を、誰も知ることはない。

 

──ガラット・ナーゴからルパンコレクションを奪おうと試みていたブルーとイエローにも、鋭児郎の悲壮な声はしかと届いていた。

 

「……ッ、」

「……ヒーロー……」

 

 その称号に、ふたりもまた思うところがあった。なぜなら、彼らもまた──

 

 

「なんだか知らねえが、テメェらまとめて闇の炎に抱かれて消えろォッ!!」

 

 ルパンレンジャーの動きがわずかに鈍ったのを好機と捉え、ガラットは乾坤一擲に打って出た。ルパンコレクション、その最大限のパワーを発揮した劫火を、辺り一面にばらまいたのだ。

 

「くっ……!」

 

 ルパンレンジャーの三人は咄嗟に身を翻して巻き添えを避けたが、国際警察のふたりと鋭児郎は反応が遅れた。

 さらに悪いことに、彼らのそばにはパトカーがあった。直撃した火炎はガソリンに反応し、爆発を起こす。

 

「──!」

「危ねえッ!!」

 

 鋭児郎が倒れたふたりを庇うように覆いかぶさる。灼熱がその背に襲いかかり、彼は苦痛にうめいた。

 

「ぐ、ぁ……ッ」

「!、きみ、そんな身体で……!」

 

 呆気にとられるふたり。鋭児郎は表情を歪めながら、八重歯を剥き出しにして笑ってみせた。

 

「一応、ヒーローなんで……駆け出しっスけど……」

「!、もしかして……烈怒頼雄斗?」

「うっす!」

 

 今朝の少年はともかく、一応は知ってもらえているようだ。こんな状況下ではあるが、鋭児郎はわずかばかり喜びを噛みしめた。

 

「……だとしても、すまない。巻き添えにしてしまって……」

「ンなのいいっスけど……この火、なんとかしねえと……ッ」

 

 パトカーへの引火により、彼らは炎の壁に閉じ込められたも同然の状況にある。このままでは三人とも焼死を免れない。ルパンレンジャーのように強化服でも纏っていればまだしも──

 

「……そうだ!」

 

 はっとした響香は、即座に行動に移った。アタッシュケースのロックを外し、開きにかかる。火炎に熱された影響で手を火傷してしまったが、そんなことは気にも留めなかった。

 

「ッ、これなら……!」

 

 ケースから姿を現したもの──ルパンレンジャーが所持しているのとまったく同じVSチェンジャーと、形態の異なるVSビークル。

 

「耳郎くん、それをどうする気だ……!?」

「決まってるだろ。使うんだ、ウチら三人で!」

「!」

 

 天哉は目を剥いたが、正直なところ彼の頭にもその考えは浮かんでいた。

 だが、それを口にすることに躊躇があった。自分たちの受けている命令は日本支部までの運搬であって、このような事態に際して使用許可まで受けているわけではない。百歩譲って自分たちはよしとして、国際警察の一員ではないこの赤髪の青年にまで──

 

 同期ゆえにその心情を察したのだろう、響香は声を張り上げた。

 

「迷ってる場合か、三人とも助かるにはそれしかない!……それともあんた、ウチらを命がけで庇ってくれたこの子、見捨てる気?」

「……!」

 

 見捨てる──ことばにすれば容易いその単語が、鋭いナイフのように天哉の胸に突き刺さる。自分たちよりも若年でありながら、まっすぐにヒーローの本懐を果たした青年。彼を、こんなところでみすみす死なせてはならない。

 

 何より天哉もまた、かつてはヒーローを志す身だった。すべての規則は、人々を守るためにある。ならば──

 

「……きみの言うとおりだ!俺はやる……やるぞ!!」

 

 一度決断した天哉の行動は素早かった。響香よりも先んじてVSチェンジャー、そして緑色をしたひときわ重武装のパトカー型VSビークルを掴みとる。

 その姿を見て、響香はフッと笑った。すぐに表情を引き締め、同じくVSチェンジャー……そして少し迷ったあと、ピンクのマシンを手にした。

 

「さあ、アンタも!」

「へ!?い、いやでも……俺まで使ったら流石にまずくねえか!?」

「初回起動には規定人数の三人が必要って仕様になってんの!ああいう連中に奪われた場合のために……」

 

 もっとも快盗も三人いるわけだから、あくまでもその場しのぎでしかないだろうが。

 

「そりゃ必要なら命だって懸けるよ、だけど生き残る方法があるならやるしかないだろ!さあ、早く!」

「……ッ、」

「──ウチらを救けてよ、ヒーロー!!」

「──!」

 

 "救けて"──ヒーローは何よりそのひと言に弱い。響香の目論見はこと鋭児郎に対しては完全に的中した。自分が躊躇していればここで三人とも死に、この武器はギャングラーかルパンレンジャーに奪われる。ならば──

 

 残るVSチェンジャー、そして真紅のビークルを手にして、鋭児郎は勢いよく立ち上がった。天哉も響香もそれに続く。

 炎はいよいよその勢いを増し、空気さえ灼いていく。

 

「ゲホ、ゲホ……ッ!」

「ッ、耳郎くん、しっかり……!」

「わかってる……!──さあ、行くよ!」

 

 

「「警察チェンジ!!」」

「あ……け、警察チェンジッ!!」

 

『1号!』

『2号!』

『3号!』

 

『──パトライズ!警察チェンジ!』

 

 

 VSビークル──"トリガーマシン"を合体させたVSチェンジャーの引き金を、決意を込めて引く三人──刹那、

 

 燃えさかるパトカーが断末魔の爆発を起こし、彼らは劫火に呑み込まれた。

 

 

「!、連中……くたばったか」

 

 ガラットとの戦闘を継続しつつ、ルパンレッドは一瞬爆発のほうを見遣った。ルパンコレクションはこれしきのことで消滅はしない、だが──

 

「余所見してんじゃねえ!!」

「ッ、しとらんわボケェッ!!」

 

 一閃する鋭い爪、対するルパンソード。激突の衝撃で、互いの身体が後方へ弾き飛ばされる。

 

「レッド!」

「チッ、しぶてぇわコイツ」

「貴様が勝手をするからだ。それにしても、彼らは……──!」

 

「おい、見ろ!」

「あ?──!」

 

 ルパンブルーが指差した先……渦を巻く劫火。中に閉じ込められた生命など燃え尽きていると思われたところに、三つの人影が浮かび上がったのだ。

 そして、

 

「うおおおおお──ッ!!」

 

 雄叫びとともに、()()()()()()()()

 

「!!」

 

 現れた者たち。つい先ほどまでとはまったく異なる姿でありながら、同一人物であることは考えるまでもなかった。

 

 桃、緑──そして赤。ルパンレンジャーに類似しているようで、まったく異なる姿をした戦士たち。

 

「よしっ、変身できた……!」

「おぉ……」

 

 桃のパトレン3号──響香と、緑の2号──天哉が感嘆する一方で、

 

「うわっ、な、なんだよこれぇ……!?」

 

 赤のパトレン1号に変身を遂げた鋭児郎は、しきりに強化服やメットに手を触れて当惑を露にしている。玩具のようなパトカー型のアイテムを銃に装填して引き金を引いただけで、このような変身を遂げてしまうなんて。──もしかして、快盗も?

 

「こ、国際警察って一体……」

「今さら尻込みしない!──さあ、行くよ!」

「ギャングラーを討ち、快盗を捕らえるんだ。協力してくれ!」

 

 新装備を使用した以上は、この場で脅威を取り除かなければ。強い意志で戦線に打って出る2号と3号。まだ状況を呑み込みきれていない1号は、やるしかないのだと自分に言い聞かせてあとを追うほかない。

 

 一方で彼らを迎え撃つ立場となったルパンレンジャーは、構えながらも驚きを隠せなかった。

 

「へ、変身しとるし……!」

「奴らもVSチェンジャーを……仕方あるまい、奪うぞ」

 

 この瞬間、混戦の開始が決定付けられた。

 

「うおおおおッ、おとなしくお縄につけ快盗め──ッ!!」

「ふん、粋がるなよ若造が!」

 

「さっきはよくもやってくれたな……いっぺんぶん殴らせろ!」

「ちょっ、あれはレッドが勝手に……あ~もうッ!!」

 

「すげえ、快盗と対等に……じゃあ俺も──ぐあっ!?」

 

 いきなり衝撃を受け、火花とともに吹っ飛ばされる1号。仕掛人は──言うまでもない、同じ赤の戦士だった。

 

「誰の許可得てコレクション使ってやがんだ、三流ヒーローが!!」

「ッ!」

 

 その罵声を聞いた瞬間、彼はこの快盗の冷酷な行為を思い出していた。心が煮え滾り、当惑は憤怒に塗り込められる。

 

「──ッ、アッタマ来た!!」

 

 地面を殴って立ち上がり、猛然と立ち向かっていく。猪突猛進のひと言、ルパンレッドは当然のごとく連続射撃でその勢いを削ごうとする。

 

「ンなモンに……負けるかよぉッ!!」

 

 ぶつかる光弾に耐えるべく、鋭児郎は己の個性を発動させた。強化スーツに覆われた彼自身の肉体が、鋼にも劣らぬほど硬質化する。

 生身であってもVSチェンジャーの光弾を受け止めるほどの防御力、"警察チェンジ"を遂げたいまの彼にはあらゆる攻撃が通用しない。

 

「チッ、」

 

 銃撃が通用しないとみるや、レッドは舌打ちとともにルパンソードを振りかざした。彼もまた、一歩も退くつもりはなかったのだ。

 

「とっととそれ、よこせや……!」

「ッ、ンでそんなに……!──けど、渡すわけにはいかねえッ!!」

 

 

 激突する快盗と警察──この状況下において、置き去りにされている人間……もといギャングラーが約一名いた。他でもない、ガラット・ナーゴである。

 

「け、警察まで変身しやがった……。チクショー、あのコレクション奪えりゃ俺も……」

 

 未練のあまり手を伸ばす仕草を見せるガラットだったが……そこに運悪くも流れ弾が飛んできたことで、彼の心は折れた。

 

「痛でッ!?──くそう、一時退却ゥ!!」

「!」

 

 わざわざ大声で叫んで逃走を開始したために、快盗も警察もガラットの存在を思い返した。

 

「ッ、ギャングラーが……!」

「くそ──」

 

「「──逃がさねぇッ!!」」

 

 最も近くにいたルパンレッドとパトレン1号が、同時にトリガーを引いた。

 

「ぐわぁッ!?」

 

 混ざりあったふたつの光弾は見事ガラットの背を直撃し、彼を転ばせることに成功した。

 

「っし──ぐあっ!?」

「手ぇ出すんじゃねえ!!」

「~~ッ、この野郎っ!!」

 

──ただ、いまの彼らに大同団結を求めるのは酷な話だった。ルパンレッドの過激な行動が主な要因ではあるが、ブルーとイエローも2号・3号に対して牽制を繰り返しているし、2号らもそれに対して応戦している。ガラットを利するだけとは、わかっていても……。

 

 ただ、だからといってガラットもただちに逃げられるわけではなかった。少しでも距離をとろうとすれば、それに気づいた快盗ないし警察から銃弾が飛んでくる。

 

「どうしろってんだよぉ……!」

 

 このまま戦場にとどまるしかないのか、それとも──

 

 そのときだった。

 

 不意に、季節に合わない冷たい風が吹きつける。同時に、埠頭を覆う冷気。戦いの熱に冒されていた六人も、この異常事態に気づいた。

 それはただの前兆に過ぎなかった。

 

「──ッ!?」

 

 快盗も警察も区別なく、猛吹雪が襲いかかる。大粒の氷結によって、一寸先の視界さえも塞がれてしまう。

 戸惑うのはガラットも同じだった。明らかに自然現象ではない出来事は、自身のもつルパンコレクションの固有能力とは明らかに異なるものだ。

 

「な、なんだこりゃ──うおっ!?」

 

 彼が何事かにうめき声をあげた直後、吹雪が止んだ。冷気は失せ、もとの春の陽気が還ってくる。

 

「な、なんだったんだ今のは……?」

「!、ギャングラーがいない……!」

 

 ガラットの姿が、まるで最初からそこに存在していなかったかのように消え失せていた。吹雪に紛れて遁走したにせよ、あまりに素早すぎる。

 当惑ばかりのパトレンジャーに対して、ルパンレンジャーは違った。──とりわけ、勝己は。

 

 彼の脳裏に、過去の記憶がフラッシュバックする。路地裏、氷結。その中に閉じ込められた、詰襟姿の少年。そして──

 

「~~ッ!!」

 

 猛然と駆け出そうとするルパンレッド。仲間も警察戦隊も一顧だにすらせず。

 しかしそのとき、彼の行く先からサイレン音が響いてきた。

 

「!、援軍か!」

「ッ、増援か……!」

 

 2号とブルーの声が重なる。国際警察の応援が来る……ガラットの逃亡も許したいま、ルパンレンジャーにとって戦闘の継続は好ましいものではなかった。

 

「イエロー、撤退だ。レッドを連れ戻すぞ」

「ラジャー!──はっ!」

 

 パトレンジャーの足下めがけて光弾を撃ち込んで動きを止めると、ふたりは俊敏に跳躍した。パトカーが迫るのにも構わず走り続けるレッドのもとに降り立ち、その腕を掴む。

 

「ッ、放せクソが!!さっきのアレは──」

「わかっている!だがいま追ったところで警察が邪魔だ、ここは仕切り直すべきだ」

「べきだ!ほら、行くよ!」

「チィッ……」

 

 そもそも追ったところで、追いつける可能性はないに等しい。頭の冷静な部分では理解していたのか、勝己はそれ以上抵抗しなかった。舌打ちしつつ──VSチェンジャーを、頭上めがけて構える。

 

『Get Set……飛べ!Ready……Go!!』

 

 そして、ダイヤルファイターを撃ち出す。玩具のようだったそれが一瞬のうちに巨大化し本物の銀翼へと変わる。ブルー、イエローもまたあとに続いた。

 

「ふっ!」

 

 今度は三人揃って跳躍し、それぞれの愛機に乗り込む。空を制した彼らを釘付けにする術は、何ものも持ってはいなかった。

 

──いや、

 

「もしや、これを使えば……」

 

 己のVSチェンジャーを見下ろす2号。快盗たちのそれと酷似したビークル、同じようにすればあるいは──

 しかし実際に行動に移ろうとしたところで、3号の手が彼を押しとどめた。

 

「……無理っぽいよ、いまは」

「なにっ?」

 

 3号──響香は既に悟っていた。駆けつけた応援。戦闘が続けば彼らは無論頼もしい友軍であっただろうが、終結してしまった以上は必ずしもそうではないのだ。

 

 

 自分たちはともかく、巻き込んでしまった若きルーキーヒーローをどのようにして守るか……早くも、頭の痛い問題だった。

 

 

 

 



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#2 Jurer vs Justice 2/3

 灯りのついていない会議室に、背広姿の男性がひとり座っている。暗闇の中に、ぼうっと浮かび上がる立体映像の光。人間のかたちをしたそれらは、明確な意志ある声を発した。

 

『パトレンジャーのテストは概ね成功のようだね』

「はい、件の快盗とも互角に立ち回ることができました。今後の戦果は十分に期待できるかと」

『それは重畳。……ですが、二名とともにVSチェンジャーを使用したという新人ヒーローはどう処遇すべきか』

『元々一名プロヒーローに参加してもらうことでヒーロー協会と話をつけていたんだ、候補として残してもいいんじゃないか?』

『経歴を見る限りでは悪くないかもな。下手に我が強いベテランをよこされるより、新人のほうがこちらとしても扱いやすい』

『いくらなんでも……。プロデビューひと月にもならない新人ですよ?事務所も本人も首を縦には振らないでしょう』

『どうかな?最近の若者は堅実だ、ウチの福利厚生に惹かれるかもよ』

『なんにせよ候補として残すぶんにはタダだ。彼の所属事務所の所長とは知己だ、私から声をかけておこう。どうだ?』

『『『異議なし』』』

 

『では今後も密に報告を頼むよ、──塚内管理官』

「……お任せを」

 

 消えゆくホログラムに対し、塚内直正は敬礼をもって応えたのだった。

 

 

 *

 

 

 

「クソがっ!!」

 

 ジュレの店内に、少年の罵声がこだました。

 

「サツのクソども、いっちょまえにVSチェンジャーなんざ手に入れやがって……!」

「………」

 

 婉曲のかけらもない罵倒に炎司は眉をひそめたが、口に出してまで注意はしなかった。実際、厄介に思っているのは彼もお茶子も同じなのだ。

 

「戦いぶりを見る限り、彼らの強化スーツの性能は我々と互角と言ってよかろう。ギャングラーを倒すのも……不可能ではあるまい」

「それは困る……よね」

「たりめーだ!」

 

 警察がギャングラーを倒す──あるいは、ルパンコレクションごと。それこそ最悪のケースと言うほかなかった。

 彼ら三人の使命は、すべてのルパンコレクションを集めること──それを為さなければ……誓いは、遂げられない。

 

「でもさ、」ぽつりと、お茶子。「だとしても……あの人たち撃ち殺そうとしたんは、やり過ぎとちゃうかな……」

「……あ゛?」

 

 勝己の表情がさらに険しく、翳の濃いものとなっていくさまをお茶子は目の当たりにした。予想できたことではあったが……。

 

「何甘っちょろいこと言っとんだテメェ……──邪魔なんだよアイツらは!!現にこんなことになっとるだろうが!!」

「そ、そうかもしれないけど!……人殺しにまでなるのは……流石にやだよ、私」

 

 お茶子の脳裏には、国際警察のふたりを庇って銃弾を浴びた、赤髪のヒーローのことばが反響していた。本当は、彼のように──

 

「ハッ」

 

 仲間の純な想いを、勝己は嘲笑ひとつで切り捨てた。

 

「そうだよなァ、テメェはコレクション取り戻せんでもなんとかなるもんな?」

「ッ!?、そんな言い方……!私はただ……」

「連中は俺らを邪魔しやがった……邪魔する奴は全員敵だ!!」

 

 「敵はブッ殺す」──喉が破れそうな勢いでがなり立てると、勝己はVSチェンジャーを手に店を飛び出していく。お茶子が呼び止めようとしたときにはもう、扉は叩きつけるように閉められていた。

 

「ああっ!ひとりでどうする気なん……もぉ」

「ガラットを探しに行くつもりだろう。いまは好きにさせておけ」

「……うん」

 

 小さく頷きつつ、

 

「……炎司さんは、どう思う?」

「国際警察のことか?」

「それもだし……。私、甘いんかな?やっぱり、ふたりとは違うから……」

「……さあな。甘いとすれば、それはおまえの性格の問題だろう」

 

 自ら淹れたコーヒーに口をつけつつ、炎司は続ける。

 

「邪魔者は敵、敵は撃つ。決して間違いではない。……だが奴は、己にそれを強いているようにも見える。まるで──」

「まるで?」

「いや……いずれにせよ、国際警察とはこれから幾度となく撃ち合うことになるだろう。命まで奪うかは別の話だが」

 

 

 *

 

 

 

 一方、国際警察。飯田天哉と耳郎響香、そして烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎は、日本支部内の一室にて歓迎を受けていた。

 

「飯田捜査官、耳郎捜査官……それに烈怒頼雄斗。ようこそ、警察戦隊へ」

 

「──管理官の塚内直正です、よろしく」

 

 自分たちよりひと回り以上年長の役職者が握手を求めてくる。状況についていけないまま、三人はそれに応じるほかなかった。

 

「道中大変な思いをさせてしまったが、まずは無事VSチェンジャーとトリガーマシンを持ち帰ってくれてほっとしている。これで警察戦隊も本格的に活動を開始できるよ」

「!、………」

 

 労いのことばは有り難かったが、そのまま受け取ってしまうわけにはいかなかった。

 

「……装備を無断で使用してしまい、大変申し訳ありませんでした」

「我々はどのような処分も受ける覚悟です!!……が、どうか彼には寛大なご処置を!彼は我々を危機から救ってくれたのです!」

 

 恩人であるこの青年ヒーローに、累を及ぼすわけにはいかない。天哉たちからすれば当然のことだったが、鋭児郎は複雑だった。彼らの気持ちを無下にするのは憚られたが、かといって自分だけなんのお咎めなしというのも男らしくないと感じていた。

 

 一方で審判の権利を与えられた管理官はというと、

 

「そもそも我々警察が彼を直接罰することは不可能だ。あるとすれば所属事務所への抗議くらいだが……救けてもらっておいてそんな恩知らずなこと、できるわけもない。個人的にはむしろ礼を言うよ、ありがとう」

「!、い、いやそんな……救けるのは、ヒーローとして当然っスから」

 

「それに!」と、鋭児郎は声を張り上げた。

 

「俺……自分も、おふたりに救けられたのは同じっス!」

「……ふむ、」

 

 今どき珍しいくらい好感をもてる若者だと、塚内は内心思った。発足当初からヒーローの領域を侵す宿命にある国際警察の一員となって久しいが、彼のようなヒーローが大成してくれれば嬉しい。

 

 同時に、ここにいるふたりも決して負けてはいないとも確信していた。

 

「飯田捜査官、耳郎捜査官。──きみたちふたりについての処遇は、私に一任されている」

「!」

「それは……どういう?」

 

 微妙な言い回しが引っ掛かった。"処分"なら、まだわかるが──

 

「こういうことだ」

 

 それだけ答えて、塚内はふたりに一枚ずつA4用紙を手渡した。極めて簡潔に書かれた文面は、彼らを驚愕させるにふさわしいもので。

 

──辞令、

 

「本日付けで、きみたちふたりに警察戦隊隊員の任を命ずる。改めて、よろしく頼む」

「!!」

 

 ふたりが唖然として声も出せないのをいいことに、塚内の視線は既に彼らには向いていなかった。

 

「それで、烈怒頼雄斗。きみにもひとつお願いがあるんだが」

「は、ハイ!俺にできることならなんでも!」

「そうか。じゃあ──」

 

 にこやかに告げられた"お願い"。そして鋭児郎はようやく理解した。

 

 己の運命もまた、激動を始めようとしているのだと。

 

 

 *

 

 

 

 爆豪勝己は街を彷徨っていた。

 表向きガラット・ナーゴを捜すという目的をもってはいるが、あてなどあるはずもない。ただあの勤務先兼根城にこもっていても鬱屈を溜め込むばかりだから、半ば自棄な気持ちで飛び出してきたというだけだ。

 

 雑踏、人混み。アジトを失ったガラットは、あるいはあえてこの中に紛れているかもしれない。仕組みは知るところではないが、奴らは人間の姿に擬態することができる。ゆえにその可能性もゼロではなかった。

 

 ただ、勝己の視線は人々ではなく、頭上に鎮座する街頭ビジョンに向けられていた。映し出された報道番組では、炎司よりも年長であろう評論家たちがギャングラー対策について語り合っている。議論の体を成してはいるが……彼らの根底にあるものは、どうやら共通しているらしかった。ヒーローと警察はギャングラーの前には無力であり、快盗を称するルパンレンジャーが結果的に平和の守り手となっている、と。

 

「……けっ」

 

(どいつもこいつも、知ったような口ききやがって)

 

 彼らにせよあの赤髪のヒーローにせよ、自分たちを義賊か何かだと思っているのか。

 

(俺はただ……取り戻すだけだ)

 

 それ以外、知ったことではない。他人の命も、平和も……己の未来さえも。

 

 

 勝己の脳裏に、一年前の光景が浮かぶ。薄汚れた路地裏、散らばる無数の氷の粒。現実離れした光景を前にして、へたり込む学生服姿の自分。

 

──ギャングラーにやられたのですね。

 

 気づけば、背後に燕尾服姿の男が立っていた。そのつぶやきに、茫然自失となっていた勝己の心は沸騰する。

 

──アンタ……ッ、何が起きたか知ってんのか!!?

 

 縋るような詰問に対する答は、後回しにされた。

 

──あなたに、良い報せがあります。

 

 差し出される、VSチェンジャーとダイヤルファイター。

 そして、かの男は言った。

 

──"ルパンコレクション"。すべて集めていただければ、我が主が、()()()()の願いを叶えます。

──!!

 

 

 それは爆豪勝己が、黒霧と出会い快盗戦隊ルパンレンジャーとなった日。

 

 そして今までの己を、路地裏のゴミ捨て場に置いてきた日でもあった。

 

 

 刹那、耳をつんざくような爆発音によって、勝己の意識は現実に引き戻された。

 

「!!」

 

 振り返る。──空が燃えている。悲鳴と怒号とが、断続的に響き渡る。

 

 雑踏がにわかに混沌の坩堝と化す中で、勝己はひとり口許を歪めていた。「ギャングラーだ」という、誰のものかわからない叫び声。ガラット・ナーゴが再び出現した──そんな確信が、彼の中に芽生える。

 

 誰が傷つこうが、己の願いさえかなえば構わない。それがあの日、自分の選んだ生き方だ。

 

(俺はヒーローじゃねえ、)

 

──快盗だ。

 

 

 走り出す勝己。やがて炎に包まれたビル群が見えてきたとき、彼の目の前に突如としてふたつの人影が降り立った。

 

「ひとりで行く気か、小僧?」

「!、テメェら……」

 

 青いタキシードを纏った大男と、黒と黄を基調としたドレスの少女。仮面とシルクハットで顔を隠してはいるが、彼らのそんな姿は嫌というほど目にしてきている。

 

「ハイ、これ!」

 

 少女──お茶子が歩み寄ってきて、綺麗に折り畳まれた赤いタキシードを差し出してくる。

 

「ふたりとはビミョーに目的違うかもだけどさ、私だって願いはかなえたいもん。一蓮托生!……ってヤツでしょ、私たち!」

「……丸顔、」

 

 暫しその顔を見下ろしていた勝己は……ややあって、ふんと鼻を鳴らした。そして、タキシードを奪うように受けとる。

 

「だったら精々、足引っ張んじゃねーぞ」

「んも~ッ、ホンマ性格悪っ!」

 

 ぷりぷり怒るお茶子の背中越しで、珍しく炎司が笑っていた。彼にとっては手落ちでしかなかったのか、それも刹那のことだったが。

 

 

 *

 

 

 

 ギャングラー出現の報に接した国際警察──警察戦隊もまた、真の初陣に臨もうとしていた。

 

「おのれギャングラーめ!今度こそ俺たちの手で……!」

 

 握ったハンドルが千切れそうなほど、掌に力を込める天哉。そんな彼を、助手席の響香が宥める──数時間前のリフレイン。

 

「どうどう、いまから熱くなりすぎんなって」

「ム……すまない。気持ちが昂ってしまっているようだ」

「わかるけどさ。──ってか、アンタも早く後ろ乗んな!」

 

「烈怒頼雄斗!」

「う、ウッス!」

 

 促されるまま後部座席に座る、鋭児郎。体育会系らしい応答をしつつも、その声音と表情には隠しきれない当惑が滲んでいる。

 

 なぜ彼が同行することになったのか──それは、塚内管理官の"お願い"によるものだった。

 

──もしまたギャングラーが出たら、もう一度一緒に戦ってほしい。

 

 数時間前の戦いでは、のっぴきならない状況ゆえそうした。しかし正式な警察戦隊の任務(ミッション)にまで、自分を参加させる意図はなんなのか?管理官は隊員の選任が完了していないからと言っていたが、わざわざ新米ヒーローに頼り続けることもないはずだ。

 

 鋭児郎の心中を察してか、正式な隊員となったふたりが声をかける。

 

「きみが戸惑うのもわかる」

「ウチらからしても、いつまでもアンタに手伝わせる意味はよくわかんないし。……でも、」

 

「意味不明だけど……不愉快ではないんだよね」

「!」

 

 反射的に顔を上げる鋭児郎。バックミラー越しに見えるふたりの表情は、明るかった。

 

「アンタと一緒に戦うの、なんつーか……初めてじゃない気がしたんだ」

「奇遇だな、俺もだ!」

 

 実のところ、鋭児郎もまたそんな感触を得ていた。彼らが口にするまでは、言語化できない不思議な感覚だったのだけれど。

 

「だから、きみの力を貸してくれ……。世界の平和を、守るために!」

「!!」

 

 世界の平和──いちヒーローとしてはやや重い、しかし望んでやまない理想。

 

 三人でなら、かなえられると鋭児郎も思った。

 

「──ウッス!」

 

(俺はヒーローだ)

 

 

 だからこそ、形なんて関係ない。守る、救ける……それがすべてだ。

 

 

 

 

 




塚内管理官は前作からの留任となりました。


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#2 Jurer vs Justice 3/3

ロボは次回に持ち越しになりました…。

オーレンジャーロボなんか8話まで出てこなかったしセーフ()


 鬱憤を晴らすように、ガラットは手当たり次第に火炎を撒き散らしていた。

 

「ザミーゴの野郎、恩売った気になりやがって……。こうなったら、全部まとめてぶっ壊してから奪いまくってやるぜぇ!!」

 

 そして、ゆくゆくは自分がギャングラーの頂点に立つのだ。

 夢想のままに続けられる高笑いは、前触れなく降ってきた弾丸によって途切れた。

 

「痛でッ!?」

「──自分からノコノコ出て来るたぁ、チョロくて有難ェわネコミミ野郎」

「!!」

 

 炎上するビルの上に悠々と立つ、三つの人影。仮面で正体を覆い隠したその姿は、ギャングラーにとっては天敵ともいえるもので。

 

「しつけえなァ快盗どもォ!!」

「これで最後にしてやる」

「アンタのお宝、いただき殺しちゃってね!」

 

 挑戦的な笑みを浮かべつつ、VSチェンジャーにダイヤルファイターを装填する三人。

 

「「「快盗チェンジ!!」」」

 

『レッド!』

『ブルー!』

『イエロー!』

 

『0・1・0!』

 

『マスカレイズ!──快盗チェンジ!』

 

 トリガーを、引く!

 

 カードの形をした弾丸は強化服となり、三人の全身を覆っていく。

 そして、

 

「ルパンレッド!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

「「「快盗戦隊──ルパンレンジャー!!」」」

 

 名乗りを挙げると同時に、彼らは炎をものともせず跳躍していた。その間にも銃口をガラットへ向け──撃つ。

 

「痛でででッ!?せ、せめて着地してから撃てやァッ!!」

「時間が勿体ねえだろうが!!」

「みみっち!」

「………」

 

 味方同士でもやり合いつつ、その実一気呵成に距離を詰めていくルパンレンジャー。VSチェンジャーによる銃撃を繰り返しながらも、あえてインファイトの距離にまで飛び込み、マントを翻しながら戦う──敵は撹乱され、まともに攻撃を放つことさえできない。

 ガラットの戦法は基本的に火炎放射頼みであるから、距離を詰められてしまうとかえって戦いにくくなる。快盗たちもまた、それを狙っていた。

 

「テメェらっ、纏わりつくんじゃねェ!!」

「お断りだブァーカ!!」

「このォ……あっ、そうだ!」

 

 こいつらが徹底的に撹乱を続けるというなら、こちらも意表を突いてやるまで!そんな思考に駆られたガラットは、三人の動きがわずかに鈍った一瞬の隙を突き、複腕を飛び出させた。

 

「!」

「死ねェ!」

 

 複腕からの火炎放射。しかし、

 

「馬鹿のひとつ覚えか、三流だな!」

 

 火炎をひらりとかわし、ガラットの懐に飛び込むブルー、イエロー。彼らの手にしたルパンソードが伸長し、マジックハンドの形状に変化していた。

 

「うおッ!?」

 

 マニピュレーターによって複腕を拘束され、さらにふたりがかりで残る腕を羽交い締めにされる。残念ながら、これ以上腕は増えない。

 狼狽えるガラット。真正面から、飛び込んでくるレッド。その手に握られたダイヤルファイターが、ガラットの金庫に触れる──

 

『2・1・5!』

 

 そして、閉ざされた金庫が開かれる。

 

「ルパンコレクション、貰った!!」

「ああッ、ドロボー!!」

「泥棒じゃなくて快盗!」

「……どちらでも構わんが」

 

 これで、快盗たちは目的の()()は達した。──そのとき、

 

 

「そこまでだッ、ギャングラーに快盗!!」

「!」

 

 にわかに響く勇ましい声……そして、銃声。

 咄嗟に手を放して退避したルパンブルーとイエロー。取り残されたガラットのみ光弾を浴びてしまい、その場に尻餅をついた。

 

 三つの人影。その姿を認めて、思わずイエローは「あれっ」と漏らした。

 

「警察……?なんでまだ、あのヒーローさん連れてるんだろ」

「………」

 

 当然、その理由を駆けつけた天哉たちが語ることはない。彼らにとってはもう、チームとしてこの戦いに臨むことが当然だったのだ。

 

「さあ行くよ!」耳郎が号令をかける。

「うむ!」

「ウッス!」

 

「「「警察チェンジ!!」」」

 

『1号!』

『2号!』

『3号!』

 

『パトライズ!──警察チェンジ!』

 

 VSチェンジャーに装填したトリガーマシンを、頭上めがけて──撃ち出す!

 

 放たれたそれらは警察手帳のようなオーラを生み出し、三人の身体を覆っていく。鋭児郎に赤、天哉に緑、響香に桃──三種類の、警察スーツ。

 彼らは今度こそ、明確な決意と覚悟をもってパトレンジャーへと変身を遂げたのだ。

 

「パトレン、1号ッ!!」

「パトレン2号!!」

「パトレン3号!」

 

「「「警察戦隊──パトレンジャー!!」」」

 

「国際警察の権限においてッ」

「──実力を行使する!!」

 

 宣戦布告の熱気冷めやらぬままに、パトレンジャーは堂々と参戦した。ガラットとルパンレンジャー……いずれも、攻撃対象として。

 

「うわっ、またぁ!?」

「おとなしく引っ込んでいれば、我々が片付けたものを……!」

「そういうわけにはいかないっての!」

「貴様らのような連中に、この世界の平和を任せておけるものか!!」

 

 ガラットを取り囲むようにしながら、撃ち合う快盗と警察。

 そこに飛び込む、赤。

 

「くだらねえ理想ばっか語ってんじゃねえッ!!」

「!」

 

 間近の2号めがけて、ルパンソードを振り下ろす──

 

──もうひとりの赤が、自らの腕で刃を受け止めた。

 

「ッ!」

「烈怒頼雄斗!」

「なんでもねえっス……こんくらい……!」

 

 警察スーツに加えて、"硬化"の個性を発動している──いまの鋭児郎を傷つけられるものが、この地球上にいくつ存在するか。

 ゼロ距離で睨みあったまま、彼は喉を震わせた。

 

「くだらねえ理想っつったな……。──だったらお前らは、なんのために戦ってんだ!なんのために、他人を傷つけてまでギャングラー(コイツら)と戦ってんだよ!?」

「……ッ」

 

 あまりにもまっすぐな声が。初めての邂逅のときと同じ、それは勝己の……否、快盗たちの胸の奥深くまでを抉るものだった。

 一瞬俯きかけたルパンレッド。しかし、

 

「テメェらになんざ、死んでも話すかよ……ッ!」

「ッ、そうかよ……!だったら──ッ!」

 

 1号の手に、パトレンジャー専用の特殊警棒"パトメガボー"が顕現する。

 ルパンソードのお返しとばかりに、レッドの胴体にそれを叩きつけた。

 

「ぐっ!?──ンのッ、クソが!!」

 

 後退させられつつも、悔し紛れにVSチェンジャーの引き金を引くレッド。硬化している1号に対してダメージを与えることはかなわなかったが、少なくともその執念を示すことには成功していた。

 

「ッ、平和だの正義だの……いい加減、聞き飽きてんだよ……!」

「そりゃ悪かったな……。でも俺たちは、何言われたって口を閉ざしたりはしねえ!」

 

「平和を守り、苦しんでる人たちを救ける──俺たちは、市民に誓ってヒーローやってんだっ!!」

「──!」

 

 そのことばに、レッドの動きが一瞬止まる。──と、そのとき。

 

「死ねェ赤いのォ!!」

 

 三つ巴からどうにか抜け出したガラットが、パトレン1号の背後から不意打ちを仕掛けた。四本の腕が、彼の脳天に振り下ろされる──

 

 刹那、ルパンレッドのVSチェンジャーが火を噴いた。

 

「ギャッ!?」

「!」

 

 吹っ飛ばされるガラット。ぎょっと振り向いた1号は、信じられないとばかりに即座に視線を戻した。──快盗が、俺を救けた?

 

「おまえ……」

「……付き合ってられっか!」

 

 これ以上の接触を忌避するかのように、燃え残ったビルの屋上めがけロープを射出、それに掴まって跳躍するレッド。

 

「レッド!?なんなのいきなり……」

「また勝手を……イエロー、我々も退くぞ」

 

 ガラットのルパンコレクションは既に奪取している。ここは退いても後があると考え、ふたりはレッドに従うことにした。

 

「ッ、また逃げるのか!?」

「一応の目的は達したのでな」

「悪いけど……またねっ!」

 

 ビルからビルへ、跳躍していく快盗たち。それと入れ替わるようにして、ガラットが襲いかかってくる。

 

「テメェらのコレクションよこせェェェ!!」

「ッ!」

 

 身構える2号。そこに3号が割って入り、

 

 メットから露出させたイヤホン型の耳朶を、ガラットの胴体に付着させた。

 

「喰らいなっ!!」

「!?、グギャアァッ!?」

 

 途端に耳をつんざくような爆音がガラットを襲い、彼はたちまちその場でのたうち回った。

 

「ふん……コレクション(こいつ)一辺倒だと思うなよ」

「……助かった、耳郎くん!」

「すげぇ、ヒーローやれますよ!」

 

 1号の何気ない称賛に、一瞬肩を強張らせつつ。それを気取られるより早く、3号は「ンな大したもんじゃないよ」とかぶりを振った。

 

「それよりチャンスだ、トドメを!」

「うむ!──ならば、これを使ってみよう!」

 

 2号がパトカーからアタッシュケースを引っ張ってくる。そこに仕舞われているのは、VSチェンジャー、トリガーマシンとともに支給されたアイテム。VSチェンジャーに装着することで一撃必殺の強力な光弾を放つことができるようになると塚内管理官から説明があったばかりだ。頑丈なギャングラーを相手に、これを使わない手はない。

 

 ケースを開き、拘束を外す──と、

 

『ふ~、やっと解放されたぜ!』

「!?」

 

 掴もうとした2号の手をすり抜け、ひとりでに翼を広げて浮遊するルパンコレクション。幻聴でないとするなら、いま響いた声も──

 

「まさか……オメーが喋ったのか?」

『トーゼン!オレの名はグッドストライカー!お前らにはグッと来たからな、手伝ってやるぜ~!』

 

 言うが早いか、グッドストライカーと自ら名乗ったコレクションは、1号のVSチェンジャーに半ば強引に取り付いた。

 

『グッドストライカー、突撃用意!』

 

 途端、驚くべきことが起きた。2号と3号の身体が光を放ち……その場から、消えうせたのだ。

 

「は……?」

 

 一体何が起きた?当惑すると同時に、全身を覆う奇妙な違和感。

 

『1号!』

 

 それもそのはず、1号のスーツに──

 

『2号!3号!』

 

 緑と桃の意匠が組み込まれている、つまり。

 

『一致団結!!』

「ゆ……」

 

「「「融合したぁぁぁ!!?」」」

 

 そういうことである。

 

「ど、どうなってんだこれ……!?」

「なんか汗くさ……」

「き、きちんと清潔にはしているぞ!」

 

 ひとつの身体に三つの魂。傍から見れば奇嬌な所作を行ってしまうのも無理からぬことである。ただ、これがグッドストライカーの能力のひとつであることには間違いなかった。"パトレンU号"──名付けるなら、そんなところであろうか。

 

「ひ、ヒヒヒヒヒィアハハハハッ!!な、なんッ、なんだそりゃあ……!」

「!」

 

 パトレンU号を目前で見て、堪えきれなかった"観客"がこの場には存在した。四本の腕で、しきりに自らの腹を叩いている。

 もとより、ある意味では彼のために変身した姿だ。そのことを思い出した三人の混乱は、自ずと鎮められた。

 

「……笑ってんじゃねえ!」

「は!?」

 

「「「イチゲキ──ストライクっ!!」」」

 

 『イチゲキストライク』と電子音声が繰り返され……ひときわ巨大な光弾が、周囲に激しい閃光を振り撒きながら放たれる。

 それは地表のコンクリートを発火させながら、獅子のごとき速さで獲物へ喰らいついていく。

 

「わ」

 

「笑いごとじゃねぇエエエエ──!!」

 

 それが断末魔となり、ガラット・ナーゴは火球に呑み込まれたのだった──

 

「よし……!ギャングラー、撃破だッ!!」

「……マジでここまで出来るとはね」

 

 燃えさかる爆炎。ギャングラーが跡形もなく吹き飛ぶのを見届け、静かな喜びを噛みしめるふたりの警察官。積年の望みを成就させる、ようやくそのスタートラインに立つことができたのだ。

 鋭児郎もまた、気持ちは同じだった。……ただ、それ以上に気がかりなことがあって。

 

「あのー、いいカンジなトコ申し訳ないんスけど……」

「ん?」

「どうしたんだい?」

 

「これ……もとに戻れるんスかね?」

 

「「あ」」

 

 そう、三人は未だU号のままだった。

 

 「もとに戻れ!」なんて念じてみたところで、何も起きない。まさか二度と戻れないのではないかと、悲観的な想像すら過ぎってしまうのだが。

 

『飛びます飛びます!』

「!?」

 

 いきなりVSチェンジャーから分離し、宣言どおり飛び立つグッドストライカー。と同時に、彼らの身体は何事もなかったかのようにもとに戻った。その際の衝撃で、三人揃って地面に叩きつけられる羽目にはなったが……。

 

「い、痛ってぇ……」

「!、お、おい、どこへ行くんだ!?」

『束縛はヤメテ!』

「ハァ!?」

 

 呆気にとられるパトレンジャーを尻目に、夕暮れに染まる空へ消えていくグッドストライカー。別れ際、『また会おうぜ~!』と再会を予見させる台詞が聞こえてきたことだけが唯一の救いか。

 

「……ンなわけあるか!!」

 

 3号の突っ込みが、虚しく響いた。

 

 

 *

 

 

 

 根城に帰還した快盗たちは、表向きの稼業である喫茶の開店準備をすすめていた。

 

「ハァ、一時はどうなるかと思ったけど……ちゃんとコレクション回収できてよかったね!」

 

 てきぱきとテーブルクロスを掛けつつ、サムズアップをしてみせるお茶子。もっとも彼女の仲間である男ふたりは、積極的なリアクションを返してくれるような殊勝な性格はしていない。

 

「………」

「………」

 

 それにしたって、ふたりして黙殺するのはあんまりだと思うのだが。ノリの良さそうな国際警察の男たち──片割れはヒーローだが──を思い出し、密かにため息をついた。

 

「それはそうと爆豪くん、なんで急に退くことにしたん?あんな毛嫌いしとったのに」

「……鬱陶しいからに決まってンだろ」

「えー……」

 

 お茶子が釈然としない思いに駆られていると、

 

「ふ……、あの新米のことばに絆されたか?」

 

 黙ってやりとりを聞いていた炎司が、独り言のように皮肉る。勝己の眦がくわっと吊り上がった。

 

「ざけんな!大体アンタ、他人のこと言えんのかよ」

「何を言うかと思えば……生憎、俺はそんなに青くない」

「ブルーなのに?」

「……つまんねえんだよ死ね丸顔!」

「そこまで言う!?」

 

 和ませるどころか、思いきり火の粉を浴びてしまった。

 やはりこの男ども、できればパトレンジャーとやらの男ふたりと交換してほしい……なんて密かに考えていると、今しがた"OPEN"の札を掛けたばかりの扉がドアベルを鳴らしながら開かれた。

 

「あっ、いらっしゃいま──」

 

 ぱっと営業スマイルを浮かべ、振り向くお茶子。しかし現れた客人の姿を認めて、その笑顔は凍りついた。

 

「え……!?」

「──!」

 

 勝己と炎司の表情もまた、一様に強張る。

 

 

 ──客人の正体はほかでもない、先ほどまで死闘を繰り広げていた宿敵。警察戦隊パトレンジャーの、三人だったのである。

 

 

 à suivre……

 

 

 

 

 




次回

「俺たちのワンチャンダイブ」



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#3 俺たちのワンチャンダイブ 1/3

パイロットが終わるとバトル以外のところで長くなってくる癖が出てます。




 それぞれの願いをかなえるため、ギャングラーと戦い続ける快盗戦隊ルパンレンジャー。

 

 彼らが表の顔として営んでいる喫茶店"ジュレ"に開店早々姿を現したのは……第二の宿敵となった、"警察戦隊パトレンジャー"の三人だった──

 

 

「う……うそ」

 

 思わずつぶやきを漏らすお茶子だったが、相手に聞こえない小声にとどめる程度の理性は残していた。

 

「……ッ」

 

 むしろ、三人を射殺さんばかりに睨みつけている勝己のほうが危険だ──と、炎司は内心憂えた。警察に気取られるような愚は犯してはいないはずだ、こちらから動いては藪蛇かもしれない。

 

 

──炎司の考えが正しかった。

 

 腰に装備したVSチェンジャーに手をかける……と見せかけ、

 

「三人で」

 

 指を"三"の形にして、そう告げる響香。背後に控える鋭児郎などは、もの珍しそうに店内を見回している。

 呆気にとられる少年たちふたりを尻目に、炎司は表面上は積極的に彼らを迎え入れた。

 

「いらっしゃいませ、こちらのお席へどうぞ」

「ありがとうございます。──ほら、アンタも来な」

「!、ウッス!」

 

 勧められるままに席に座る三人。随分とリラックスした様子である。物々しい雰囲気を感じたのは戦闘直後だからか、あるいは穿ちすぎか。

 

「ふ~……。今日はお疲れ烈怒頼雄斗、アンタのおかげで助かったよ」

「今日は俺たちの奢りだ。好きなだけ食べてくれたまえ!」

「い、いいんスか?あざす!」

 

 心底嬉しそうに目を輝かせる鋭児郎。ころころと変わる表情はまだまだ少年のようで、見る者に少なくとも悪い印象は与えない……ふつうなら。

 

「……チッ」

 

 爆豪勝己だけは、苛立たしげな表情を浮かべたままだ。少なくとも鋭児郎に対して好意を抱いている様子は微塵も感じられない……敵だからというだけでなく。

 その内心を敏く察しつつ、炎司は勝己の背中を軽く押しやった。腰掛けとはいえ、仕事はきっちりやってもらわねば困る。

 店長に促された以上は是非もないと、勝己は渋々進み出た。傍らに持ったメニュー表を、テーブルに――投げつける。

 

「ほれ、とっとと決めろや」

「なっ……き、キミ、その接客態度はさすがにどうなんだ!?」

 

 お客様は神様だなどと傲慢な思想は持ち合わせていないが、あまりに礼を失した勝己の態度を天哉は看過できなかった。「せめてメニュー表を投げるのはやめたまえ!」というのは、完全なる正論ではなかろうか。

 一方の勝己も、「ア゛ァ?」と凄むばかりで悪びれる気配など微塵もない。快盗と気取られていないにもかかわらず、あわや一触即発となりかかるが──

 

「落ち着きなって、飯田」

「ム……」

 

 意外にも、彼を押しとどめたのは響香だった。苦笑ぎみに天哉と勝己とを見比べつつ、続ける。

 

「ココ、食いレコのオススメに出てたんだけどさ。男の子のウェイターが無愛想なのが、むしろ味があっていいんだって」

「そ、そういうものなのか……?」

「まあ。……てっきりそういうキャラで売ってるのかと思ったら、ガチみたいだけど」

 

 どう考えても接客業には向いていないタイプなのではないか。端麗ながらどこか猛獣のような雰囲気を纏った容貌が功を奏してか、それすらも一定の集客に繋がっているようだが──天哉はいまいち釈然としない様子である──。

 

「大変失礼を致しました」炎司が店長として頭を垂れる。「教育不行き届きで、申し訳ございません」

「い、いえ!……あの、人違いでしたら申し訳ないのですが」

「?」

 

「あなたは、フレイムヒーロー・エンデヴァーでは?」

「!」

 

 響香と鋭児郎がはっと炎司の顔を見上げる。前置きをしつつも、訊いた天哉の表情は確信をうかがわせた。

 暫し是とも非とも言わず黙りこくっていた炎司だったが、

 

「……確かに、かつてはそう呼ばれていた時期もあった」

「!、では、やはり……」

「エンデヴァー……なんで、こんなところに……」

 

 戸惑いがちにつぶやく鋭児郎。エンデヴァーといえば、長らくビルボードチャートのトップクラスに名を刻み続けていたヒーローであり、ギャングラーにも対抗しうる数少ないヒーローのひとりであったのだ。

 それが一年前に突如として引退を表明、そのまま家族を残して自宅からも退去し、その後の消息は杳として知れなかった。

 

「もう引退の身です。いまの私はただの雇われ店長、エンデヴァーではありません」

「しかし……!」

 

 あなたがヒーローを続けていればという思いが、彼らにはあった。本人を目の前にしてはその想いを抑えられない。

 炎司としてはなにを言われても構わない、聞き流すつもりでいたのだが……。

 

「!」

 

 そのために気づいてしまった。さりげなく鋭児郎の横に立った勝己が、腰に提げたVSチェンジャーに手を伸ばそうとしていることに──

 

「勝己」

「!」

 

 名を呼ばれて、咄嗟に手を引っ込める勝己。内心胸を撫で下ろしつつ、炎司は厨房を指差した。

 

「調理担当はおまえだろう。そんなところに突っ立ってないで早く準備をせんか」

「……チッ、わーったよ」

 

 食い下がれば不自然に思われると悟ってか、勝己は踵を返して警察戦隊のもとから離れていく。状況を見守っていたお茶子が、密かに「セフセフ……」とつぶやいている。

 

「あっ、きみ──」

 

 何かに気づいた様子の鋭児郎が勝己を呼び止めようとする。──と同時に、響香の携帯が鳴った。

 

「はい耳郎。──!、わかりました、直ちに現場へ急行します」

「!」

 

 簡潔なやりとり。十秒と経たずに通話を終えると、響香は同僚たちを見遣った。

 

「ギャングラーによると思われる事件だ。犯人はもういないらしいけど、現場検証に参加してくれって」

「そうか……!ならばすぐ行こう!」

「えっ、あ、俺は……?」

「アンタも同行させろって!──すいません、また来ます!」

「……ええ、またのご来店をお待ちしております」

 

 迅雷のごとく店を飛び出していく三人。扉が閉まったところで、お茶子がべー、と舌を出した。

 

「来なくて結構!」

「………」

「にしても……やっぱり関係者にはバレちゃうもんなんやね。エンデヴァーだって」

「ああ……やはり用心するに越したことはなさそうだ」

 

 ゆえにいままでは、極力接客はせず裏で事務作業を行っていたのだ。元プロヒーローという肩書は、快盗稼業にはデメリットのほうが大きい。無論メリットもあるが。

 

「しかし、一日と経たずにか……。奴らの動きが妙に活発になりつつあるな」

「たまたまやない?」

「それに越したことはないがな」

 

 いずれにせよ、新たなギャングラーが現れたとなれば黒霧がすぐに飛んでくるだろう。外見どおり神出鬼没なのだ、あの男は。

 が、それを待てない少年がひとり、この場には存在した。

 

「!、ちょっ、爆豪くん……どこ行くん?」

「隠密偵察。あのモヤモブにタマ握られてんのは性に合わねえ」

「……小僧」

 

 炎司の静かな呼び掛けを無視し、勝己はさっさと店を出て行った。

 

「だ、大丈夫なんかな……?偵察はいいと思うけど……」

「………」

 

「威力偵察になる可能性は、十分に考えられますね」

「!」

 

 自分たち以外誰もいないはずの店内に、紳士然とした声が響く。ふたりは反射的に反応したが、心のうえでは驚愕はなかった。

 

「……個性なのか知らんが、突然現れるのはやめてもらいたいものだ」

「失礼。ですが、事は急を要しますので」

 

 口ぶりとは裏腹に、優雅にコーヒーを嗜む黒霧。彼が新たなギャングラーの情報を告げに来たことを察しつつ、炎司は己の憂慮を解消することを選択した。

 

「お茶子、ここはおまえに任せる。今度のギャングラーについて、逃さず聞いておけ」

「えっ……あ、ああ、爆豪くん追っかけるんやね!りょーかい!」

 

 無邪気に敬礼してみせるお茶子。炎司は内心いじらしい気持ちに駆られたが、それ以上は声をかけずにエプロンを外したのだった。

 

 

 *

 

 

 

 ギャングラーの犯行現場である住宅街に急行した鋭児郎たち。予想に反して、そこには大きな破壊の痕などはなかった。

 

──ただひとつ、真新しい住宅……であったと思われるもの。それが原型をとどめないほどに加工され、異形の彫像と化していることを除けば。

 

「た、建てて間もない我が家が……!まだ三十年もローンが残ってるのにぃぃぃ……!」

 

 さめざめ泣きながら項垂れるサラリーマン風の男性。その傍らにしゃがみ込み、鋭児郎はそっと肩に手を置いた。捜査においては素人も同然、できることは皆無。こうして被害者に寄り添うことが、この場で自分に与えられた役割だと心した。

 一方、プロの捜査官でもある天哉と響香は、彫像を見上げながら頭を働かせていた。

 

「家を彫像に変えてしまったのか……」

「あの彫像からして、確かにギャングラーっぽいけど。……この家一軒で終わりとは思えないね」

 

 ギャングラーの犯行は総じて派手で規模の大きいものへとエスカレートしていく傾向がある。と、すれば──

 

「オフィス街など、より大きく目立つ建造物がある場所を重点的に警備すべきかもしれないな……」

 

 天哉がつぶやき、響香がうなずく。──と、そこに鋭児郎も戻ってくる。

 

「やっぱり、パトレンジャーの出番……スよね?」

「うむ!いま少し付き合わせてしまうが……申し訳ない」

「謝んないでください!もう俺、チームのつもりでやってるんで!」

「……だね!」

 

 にしし、と尖った歯を見せて笑う鋭児郎。人好きするだけでなく、無条件に頼もしさを感じさせてくれる。新米とはいえ、やはり彼はプロヒーローだった。

 

 

 一方、規制線の外側。大勢の野次馬に紛れて、爆豪勝己もまた現場の様子を観察していた。

 ただ、

 

(チッ……こっからじゃ、なんもわかりゃしねえ)

 

 わかるのは、一戸建てが悪趣味な彫像に変えられてしまったという事実だけ。やはり黒霧の手を借りなければ、快盗として必要な情報は得られないか。

 

 ふと、テープの内側にいるパトレンジャーの面々の姿が目に入る。時折笑みをこぼしつつも、真剣に話し合っている三人。ただ市井の人々を守るのだという、固い信念がこの距離でも見てとれる。そんなことばかり、見えてしまう。

 

 

 鬱屈とした思いを抱えたまま、勝己は踵を返した。これ以上パトレンジャーの連中を見ていたくないという感情が勝ったのだが……皮肉にもこのとき、彼の背中を捉えた者がいた。

 

「!、あいつ……」

「どうした、烈怒頼雄斗?」

「あーいや……スンマセン、ちょっと外します!」

 

 一礼すると、鋭児郎もまた規制線を飛び出していく。唐突な行動に天哉たちは首をひねったが、制止まではしなかった。

 

 

 足早に夜道を歩く勝己。その背に「お~い!!」と威勢良く呼ぶ声が届いたのは、ほどなくしてのことだった。

 

「ッ!」

 

 嫌な予感に、思わず足が止まった。そのまま全速力で走って逃げなかったことをこれより長らく後悔する羽目になるとは、流石に予期できなかったが。

 恐る恐る振り向けば──大型犬よろしく駆け寄ってくるのは案の定、かの赤髪の新米ヒーローで。

 

「ふー……やっと追いついた。やっぱりさっきの店の子だったんだな」

「……チッ、なんか用?」

 

 多少なりとも猫を被るべきなのかもしれないが、勝己にはどうしてもそれができなかった。苛立ちが、露骨に表れてしまう。

 しかし鋭児郎は、不快感を示すこともなく笑顔のままだ。

 

「いや……奇遇だな、って思ってさ」

「奇遇?」

「だって俺ら、今朝会ってるだろ?」

「!、………」

 

 やはり、気づいていたか。己の容姿が記憶に残りやすいものであることは自覚している、勝己は内心ため息をついた。

 

「……さぁ?人違いじゃねーの」

 

 それでもそんな返答をするのは、ほとんど意地のようなもの。当然、鋭児郎が真に受けるはずもなく。

 

「なーんか嫌われちまったなぁ、俺……まあいいけどさ」頭を掻きつつ、「いやな。あの店で会えて、実はちょっとだけほっとしてんだ」

「……ほっとした?」

「ちゃんとまっとうに社会人やってんだなーって。疑ってたわけじゃねえけどさ……なんつーかきみ、15、6にしちゃミョーに厭世的っつーの?なげやりな感じがして」

「……へぇ、慧眼なことで」

 

 皮肉のつもりだったが、予想どおり通用しない。照れくさそうにはにかんでいる姿を見ると、胃の辺りがむかむかして仕方がなかった。

 

「まっとうに働いてようがなげやりな奴ぁいるし、毎日フラフラ遊び歩いてようがやる気だけはいっちょまえな奴もいるだろ。アンタは満員電車にすし詰めにされてるサラリーマン、いちいち心配してケツ追っかけてんのか?」

「それは……そうだな、悪かった。なんか勝手に舞い上がっちまって」

「は?」

「い、いや、こっちの話!」

 

 申し訳なさそうな笑みを浮かべながらも、これだけ敵愾心を剥き出しにしている自分を忌避しようともしない。馬鹿か、と罵倒が喉から出かかる。

 それと同時に──脳裏によぎる、一対の翠。

 

「……ッ」

「……どうした?」

 

 勝己が思わず息を詰めたことに気づいてか、苦笑が気遣わしげな表情へと変わる。それに対して応えるつもりなどないのは、ルパンレッドとしても民間人・爆豪勝己としても同じことだった。

 ただ、

 

「なぁアンタ、ヒーローなんだよな?」

「お、おう」

「なのに国際警察なんかと一緒にいんのかよ。転職でもすんの?」

 

 「国際警察のほうが割いいもんな」と、嘲るような口調で言い放つ。そんな理由で行動をともにしているわけでないことは、よく知っているけれど。

 

「いやぁ……成り行きで一時的に組むことになってよ。まぁ近々お役御免になるとは思うけど」

「………」

「ただな、ヒーローも警察も、きみたち市民を守ろうとしてるのは同じだ。その使命が果たせるなら……肩書とか立場とか、そんなん些細なことだと思うんだよな」

「……そうかよ」

 

 詰めた息を吐き出したときだった。

 

 

「勝己!」

 

 夜道に響き渡る成熟した男の声。勝己は反射的に振り返り、鋭児郎は「あ」と声をあげた。

 月明かりに浮かび上がる大男の姿。その鍛えあげられた身体つきに、濃紺のエプロンが妙に不釣り合いである。見知らぬ相手なら警戒するところだが、鋭児郎の記憶にはきちんと"ジュレの店長で、元トップヒーロー・エンデヴァー"というかの男の肩書が刻み込まれていた。

 

「営業中だぞ、店を抜け出して何をやっている」

「な、なんだよ仕事終わりとかじゃないのか?よくサボんなぁ……きみ」

「……チッ」

 

 朝のことは事実そうだからやむをえないが、今度のことはできるなら業務の一環だと主張したかった。無論、現実的には不可能なのだが。

 

「当店の者がご迷惑をおかけしました。こちらで引き取りますから、どうぞ職務にお戻りください」

「い、いやむしろこっちこそ無理矢理引き留めちゃったんで!……なんか変な感じっスね、あのエンデヴァーとこんなふうにお話しするなんて」

「……店でも申し上げましたが、いまはただの雇われ店長ですので」

 

 口調こそ丁寧だが、相手をパーソナルな部分に入り込ませまいとする頑なさは勝己以上だった。なまじ遥か年長者であるから、鋭児郎も引き下がるしかない。

 

「わかりました、お気をつけて。じゃ、またな──えーと……カツキくん?」

「……気安く呼ぶなや」

 

 苦笑とともに去っていく鋭児郎。その背が遠ざかり、ついには宵闇に消えたところで、炎司は口を開いた。

 

「流石にサシで手出しするほど愚かではなかったか」

「は?……たりめーだろ」

「店でもそうするのが当然だと思っていたのだがな」

 

 先ほど現れた際に見せた怒りの表情は、理由は別として演技ではなかったらしい。ジュレでVSチェンジャーを盗もうとした勝己の行動は、彼にとっては暴挙に他ならなかったのだ。

 

「あの場で盗んでバレないわけがない、下手をしたら俺たち全員破滅だ。そんなことも考慮できない人間とは組めない」

「………」

「……何を焦っている、小僧?」

 

 叱責に混じった問いかけに、勝己は血のにじむ勢いで拳を握りしめた。

 

「焦ってなんかねえッ!!俺は……っ」

「………」

「……アンタこそ、一日でも早く取り戻してぇとは思わねえのかよ。それとも何か、自分に反抗して家出した挙げ句、消えちまったバカ息子のことなんざどうでもよくなったんか?」

「……貴様、」

 

 強面に憤懣を滲ませる炎司。しかしそれを相手にぶつけるより先に、彼の脳裏にはとある少年の顔が過ぎっていた。"左側"の焼け爛れた端正な顔立ち、異なる宝石を埋め込んだかのようなオッドアイが、侮蔑と憎悪を込めて己を睨みつける。

 怒りは、いとも容易く萎んだ。

 

「だとしても俺には責任がある、曲がりなりにもヒーローであった者としての責任がな」

「………」

「必ず取り戻す。そのために……これ以上ひとつとして、過ちを犯すわけにはいかない」

 

 取り戻したい"バカ息子"──きっと彼は、いまの炎司を認めはしないだろうが。

 

「──帰るぞ。店に黒霧が来ている、明日から行動開始だ」

「……わーった」

 

 新たなギャングラーのもつルパンコレクション──次なる目標を与えられ、勝己はひとまず激情を抑え込んだ。父より年長の仲間を追い抜き足早に歩くのはもう、性癖のようなものだったけれど。

 

(……デク)

 

 

 もつれあう感情のままに。

 

 その夜、夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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#3 俺たちのワンチャンダイブ 2/3

ヒルトップ管理官のジム・カーター感は異常


 爆豪勝己には、持たざる者の気持ちが理解できなかった。

 なぜなら彼は、あらゆる資質において他人よりすぐれていたから。容貌も知能も、運動能力も……個性も。唯一欠点があるとすれば増長して烈しく独善的に育った性格くらいなものだが、当人はそれを欠点だなどとは認識していなかった。

 

 対して彼が"デク"と呼んだ幼なじみは、まるで名が体を表すかのごとく人より劣るこどもだった。挙げ句の果てには、個性さえもつことができなかった。"いっちゃんすごくない"奴。

 

 

 彼が己と同じ未来を夢想し、手を差し伸べ、ましてや対峙した瞬間。

 齢四歳にして、勝己は彼の友であることを放棄した。

 

 

──それから、十年。

 

「僕のノート……!返してよ、かっちゃんっ!!」

 

 多感な時期を迎えていたふたりの溝は、既に修復不可能なほどに広がっていた。

 

「ハッ……毎日毎日こんなくだらねぇもん作っちゃって。気持ち悪りィんだよ、ナードくん」

 

 "将来の為のヒーロー分析ノート"──そう書かれた大学ノートを汚物を持つように摘まみながら、嘲笑う。幼少期からつけているようで、そのナンバリングは既に二桁にも及んでいる。それは無個性でありながら、彼が未だにヒーローへの未練を断ちきれないまま進路を選ぶ時期にまで来てしまった証左にほかならない。

 

 現実的な目標としてヒーローを目指していた勝己にとって、デクの存在は目障りで仕方がなかった。ヒーロー養成の最高峰である雄英高校を、己と同じく志望していることがわかって、彼の憤懣は最高潮に達していた。いままでは内申を意識して実力行使は避けてきたけれど、今日は、ただでは帰さない──

 

「無個性の貧弱ナードがよォ、いつまで叶いもしねぇ夢見てんだ?雑魚は雑魚らしく日陰で縮こまって生きてろや」

「ッ、きみに関係ないだろ!?返せよ……ッ!」

「──ッ」

 

 無個性の、何もできない木偶の坊の分際で。

 

「なに命令してんだ……デクの分際で!!」

 

 激情のままに、勝己は己が個性を発動させていた。掌からニトロのような液体を分泌して放つ──"爆破"。威力は抑えたために消し炭になることはなかったが、表紙は焼け焦げ、見るも無残な有り様と化す。

 

「ああ……!」

 

 絶望に染まる表情。それを目の当たりにした途端、勝己の内心に渦巻く鬱屈は収まるどころか最高潮にまで達した。

 激情のままにノートを傍らのゴミ捨て場に投げ捨て、

 

「……そんなにヒーローになりたきゃいい方法があるぜ」

 

 

「来世は"個性"が宿ると信じて、屋上からの……ワンチャンダイブ!!」

「!!」

 

──いままで、"死ね""殺す"と罵ったことは数えきれないほどある。それに比べても随分と教唆的で取り返しのつかないことばであると、頭の片隅では理解していた。

 

 けれど、それがどうしたと思っていた。どうせコイツには、俺のことばなんてなにひとつ届かない。十年間ヒーロー目指すなと言い続けて、それでも視界をちらつき続けるこの路傍の石ころには。

 

 そう、信じて疑わなかったのに。

 

「……そうだね」

「は……?」

 

 デクの口からこぼれたことばは、聞き間違いでなければ肯定を意味するものだった。

 

「僕はきっと、ヒーローにはなれないだろうね」

「デク……?」

「でもね、かっちゃん」

 

「それは、お互い様だろ?」

「──!」

 

 ようやく気づいた。──対峙する少年のエメラルドグリーンが、昏く濁っていることに。

 

「かっちゃん、──きみは僕のヒーローじゃない」

 

「きみなんか、ヒーローじゃない……!」

 

 

──すごいなあ、かっちゃんは!ぼくも、かっちゃんみたいに……。

 

 幼い頃、あんなにも純粋に尊敬と親愛を表していた大きな瞳。

 それが、覆しようのない軽蔑に染まっている。ぞわりと背が震え、頭が真っ白になった。

 

 そして勝己は、デクの頬を力いっぱい殴りつけていた。幾分も小柄で頼りない身体は容易くバランスを崩す。

 

「消えろ……、」

 

「俺の前から消えろッ、二度とそのツラ見せんな!!」

 

 認めたくなかった。憤懣の裏側にある感情を。己の行為のために、デクにそれを打ち砕かれたことを。ゆえにこの瞬間だけは、本当にこの世からデクがいなくなればいいと思っていた。

 

 その願いは、かなえられた。

 

 なんの前触れもなく発生した突風は、春の陽気を吹き飛ばすほどに冷たくて。

 

「……ッ、」

 

 たまらず顔を背けた勝己。その一瞬……たった一瞬の間に、勝己は奈落に突き落とされていた。

 

「……は、……?」

 

 目の前にそびえ立つ、勝己の背丈ほどもある巨大な氷塊。何が起きたのか理解できなかった。

 

──デクは、その中に閉じ込められていた。

 

「デ……ク……?」

 

(なんだよ……これ……?)

 

 心臓がどくりと跳ね、喉が渇いていく。

 ことばにしえない感情のままに、勝己は氷塊へと手を伸ばそうとする。

 

 遅かった。

 

 何もかも、遅かったのだ。

 

 ぱき、と軽々とした音をたてて、氷に亀裂が走る。──そして、

 

「あ……」

 

 粉々に、砕け散った。

 

 散らばる無数の氷。だがそこに、デクの姿はなかった。あのあらぬ方向にねじれた緑髪も、卵型をした翠眼も、いかにもナードらしい大きな黄色いリュックも。彼がこの場に存在したのだという痕跡すら、何ひとつ。

 

「あ……あぁ………ッ」

 

 デクが……死んだ?

 

 目の前の光景をそのように理解した途端。もう風は吹いていないにもかかわらず、冷たい何かが足下から這い上がってくる。力が抜け、その場に膝をつく。

 そして、

 

「ああ、あ……あああああああ──ッ!!」

 

 

 生まれてはじめて、勝己は慟哭した。

 

 

 *

 

 

 

「………」

 

 ああ、またあの日の夢を見ていたのか。

 

 朝を迎えた瞬間、勝己の脳裏には再び"デク"のことばが過ぎっていた。「きみなんか、ヒーローじゃない」──

 

 虐めというよりほかにない行為を繰り返し、挙げ句には自殺教唆までした自分に対して、反撃としてはあまりに些細なもの。

 

 けれど、あの瞳……昔きらきら輝いていた翠眼を軽蔑と絶望に染めて、罵倒でなく、それを覆しようのない現実として告げていた。

 

──恐ろしかったのだ、俺は。デクに己を否定されるのが。

 なのに、

 

(……何やってんだろうな、俺)

 

 ヒーローであることを否定され、デクなんかいなくなればいいとあのときは本気で思っていたにもかかわらず。失ったその瞬間から、ヒーローを捨てて快盗に身を堕とした──取り戻すために。

 

「……デク、」

 

 真白い机にぽつんと置かれた、大学ノートを手にとる。表紙が焼け焦げ、刻まれたタイトルはおよそ判読しがたい状態。その文字を、そっと指でなぞる。

 

 謝罪したいわけではない。ましてや、そこからやり直すなんてことあるわけない。

 

 ただもう一度。もう一度だけ、会って話がしたかった。

 

 それ以外、何もない。

 

 

 何もない部屋に、勝己はひとり佇んでいた。

 

 

 *

 

 

 

 案外と遅い時間まで眠っていたらしい。

 身支度を整えた勝己が店に降りると、既に炎司とお茶子の姿がそこにはあった。

 

「おー、おはよう爆豪くん!」

「……はよ」

「今日は珍しくお寝坊さんやったねぇ。いつもは早起きして外でサボり寝してるのにぃ」

「けっ」

 

 にやにやしているお茶子を無視して、勝己はどかりと椅子に座り込んだ。隣の炎司は、珍しく何も言ってこない。

 

「それはそれとして……揃ったことだし、始めますか!」

「うむ」

 

 黒霧から与えられた情報を、お茶子は得意げに語りはじめた。

 

 

──同じ頃、異世界に存在するドグラニオ・ヤーブンの屋敷においても、動き出したギャングラーについて話題に上っていた。

 

「ナメーロ・バッチョ……俺の彫像作りとは、面白いことを考えたもんだ」

 

 ゆったりと椅子に腰かけ、つぶやくドグラニオ。その傍らに控えるふたりの配下の反応は、対照的なもので。

 

「まったく、いままで美術品の贋作を売り捌いていたやつがどう動くかと思えば」吐き捨てるデストラ。

「ふふっ……わかりやすい媚び、私はキライじゃないわ」ゴーシュは愉快そうだ。

 

 ドグラニオの反応は、どちらかといえば後者に近かった。

 

「俺も構わんぞ。方法はなんでもいい、結果がすべてだ」

 

 無論、彼が後継者と認めることと、構成員たちに認められることは別の話。その点においてまで、責任をもつつもりは毛頭なかった。

 

 

 *

 

 

 

「──以上、今回の標的(ターゲット)、ナメーロ・バッチョについてでした!」

 

 汗を拭きつつ、お茶子はどうにか独演会を終えた。途中容赦のない質問が飛んでくるものだから、必要以上の緊張を強いられる羽目になったのだ。それらを乗り越え頑張ったのに、「お疲れ様」のひと言もない薄情な男ども。やっぱりパトレンジャーの男たちのほうがいい……敵でさえなければ。

 

「アトリエが潜伏先か……」顎に手をやる炎司。「突入するのは簡単だが、そんな狭い場所で乱戦になると面倒だな」

「絶対来るもんね、警察のお三方……うち一名ヒーロー」

「……その前にコレクションぶんどりゃいいだけだろ」

 

 事もなげに言う勝己。それが世話ないのはそのとおりだが。

 

「ギャングラーの能力が情報どおりなら、それも容易いことではない」

「じゃあ警察もブッ殺しゃいいだろうが!」

「ちょっ……いきなりキレんといてよもう!」

 

 炎司は呆れたようにため息を吐き出すだけだった。それでますます頭に血が上りかけたのだが、

 

「小僧、よく考えろ。警察は必ず来る、ギャングラーと……我々快盗を追ってな」

「ッ、だから──」

 

「──だから、逆に使ってやればいい」

「!」

 

 先ほどのお茶子よろしく、ニヤリと笑う炎司。それは初めて見せる表情だった。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、国際警察日本支部──その一角に設置された警察戦隊の中から、まだ少年のいろを残した歓声が響いていた。

 

「うおぉぉ~……!」

 

 声の主は──新米ヒーロー・烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎。数日ぶりに髪をセットして逆立てた彼は、学生時代から苦楽をともにしているコスチュームではなく、濃紺と赤を基調とした制服を纏っていた。

 彼と並んで立つ飯田天哉、そして耳郎響香もまた同じく。デザインはほぼ同じだが、赤の部分はそれぞれ緑、桃に彩られている。──つまり、変身後のパーソナルカラーに擬せられていた。

 

「軽くて動きやすい……!それでいて頑丈にできているようだ!」

「それはいいけど……ピンクかぁ。いやわかっちゃいたけどさ」

 

 反応は三者三様。そこに「皆さんお似合いですよ!」と少女のような声を投げかけたのは、人間ではなく。制帽を被ったようなデザインの白いロボットだった。

 

「しっかし……国際警察がこんな最新型のサポートロボットまで持ってたなんてなぁ」

「ジム・カーターです、よろしく烈怒頼雄斗さん!」

「おう、よろしくな!」

 

 握手……しようにも相手には腕がない。どうしたものか迷っていたら、脇からいきなり飛び出してきた。普段は収納されているだけらしい。

 

「うんうん、なかなかチームらしくなってきたな。二日目でこれなら安心だ」

 

 満足げにうなずきつつ、茶を啜る塚内管理官。部屋の中央を陣取るデスクには、彼から供された茶菓子が置かれている。どこか牧歌的なムードは、鋭児郎にとっても望むところではあるが。

 

「……俺は全然いいんスけど、事務所から文句とか……ないっスよね?」

「ああ、いまのところね」

 

 新人ヒーローがギャングラーを倒すのに貢献したというのは、世論の厳しい目に晒されているヒーロー業界全体にとってはかすかながら光明となりうる事実だ。もっとも、一日一日手塩にかけて育成したいルーキーを手放すのは、短期間であれ痛手には変わりなく。

 上層部や塚内自身も裏で色々と根回しをしているの最中なのだが、わざわざ鋭児郎に伝えるようなことではなかった。

 

「立て続けに事件が起こってしまったからな。いままでにないことだ」

「これからもこんなことが続くなら……今回の事件、尚更早く解決しないと」

 

 パトレンジャーは三人しかいない。ギャングラーが同時多発的に行動を起こせば、対処が間に合わないことは必至なのだ。

 

「耳郎くんの言うとおりだ、ただ現状は手がかりがない。飯田くんの推察どおり、現状はオフィス街を中心に警備を──」

 

 塚内が指令を告げかけたときだった。──にわかに、ジム・カーターの頭部から突き出したパトランプが光り出したのは。

 

「うおッ、何!?」

「一般市民からの目撃情報ですっ!」

「ジム、聞かせてくれ」

 

──老人の声が、ジムから流れ出す。

 

『火ノ国町に"アトリエ・バッチョ"というギャラリーがあるんじゃが、そこに化け物が入っていくのを見たんじゃ。お巡りさん、なんとかしてくれんかのう……』

「!、アトリエ……。そこにギャングラーが?」

「今回の手口とも符合する……!──管理官」

「ああ」

 

「パトレンジャー、出動だ!」

「「「了解!!」」」

 

 鬨の声は、今度こそ完璧に揃えられた。

 

 

 一方、通報した張本人はというと。

 

「ふむ……こんなものだろう」

 

 スマートフォンを置き、ひと息つく──轟炎司。老人の声は、専用アプリとしてインストールされたボイスチェンジャーによって作られたものにすぎない。必要な道具はすべて、ルパン家から与えられているのである。

 

「炎司さん、演技なんてできたんや……意外」

「何を感心している。この程度は当然だ──それより、」

 

「これで警察がナメーロを炙り出してくれる。我々は快盗らしく、漁夫の利をいただくとしよう」

 

 快盗たちもまた、動き出した。

 

 



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#3 俺たちのワンチャンダイブ 3/3

 街はずれに存在するアトリエ・バッチョ。このアジト兼仕事場をよもや掴まれているなどとは思いもよらず、ギャングラー"ナメーロ・バッチョ"はひとり悦に入っていた。

 

「くくくっ……いいねいいねェ!ドグラニオ様の像、次はどこに建てようかねぇ……」

 

 かっぱらってきたデバイスで周辺のマップを表示し、選定作業をすすめる。果たして天哉の推理したとおり、ナメーロの狙いは高層ビル群に狙いをつけていた。それもひとつではなく、その場にあるものすべて。

 

 しかし次の瞬間、アトリエのドアはいとも容易く弾き飛ばされた。

 

「!!?」

 

「動くなッ、国際警察だ!!」

 

 勇ましい発声とともに飛び込んできたのは──飯田天哉。寸分遅れて耳郎響香、さらに切島鋭児郎もまた、別の出入口から突入してくる。三方向を囲まれ、理解が及ぶより先にナメーロは逃げ場を失っていた。

 

「ど、どうしてここが!?」

「警察の情報力舐めんなっての!──行くよふたりとも!」

「ああ!」

「ウッス!」

 

「「「──警察チェンジ!!」」」

 

 パトライズ──電子音声が流れると同時に、頭上めがけて引き金を引く三人。放たれた光の弾が彼らの身体を包み込む。そして、

 

 彼らは、パトレンジャーへと変身を遂げた。

 

「国際警察の権限において、」

「──実力を行使するッ!!」

「助っ人だけど……右に同じくっ!!」

 

 三色の戦士たちに銃口を向けられ、ナメーロは過剰なほどに背筋を震わせる。

 

「こ、この、この状況はぁ……ッ」

「………」

 

 

「──いいねぇ!」

「は?」

 

 大前提として、ここはナメーロの所有するアトリエであった。ガラット・ナーゴのように血の気が多いタイプではなくとも、彼はまぎれもないギャングラーのひとり。

 己のテリトリーに侵入者を想定したトラップを仕掛けてあるのは、当然のことだった。

 

 四方八方から毒々しいピンク色の粘液が噴き出してきたのは、彼らがその事実に気づくより寸分あとのことで。

 

「うわぁっ!?」

 

 全身にスコールのごとく降りそそぐそれらは、あっという間に固まって彼らの自由を奪っていく。うっかりバランスを崩してしまった1号などは、うつ伏せに尻だけを持ち上げた情けない姿勢で身動きがとれなくなってしまった。

 

「う、動けん……!」

「くそっ、こんな罠が……!」

「罠ですよぉ~、げしげしっ」

 

 反撃不可能な状態であるのをいいことに、突き出された1号の尻を小突くように蹴るナメーロ。肉体的には大したダメージではないが、精神面は別問題である。

 

「てめっ、この野郎……!」

「おぉ怖いねぇ~!じゃ、仕事があるからこの辺でぇ!」

 

 戯れもそこそこに、ナメーロは脱兎のごとくその場を逃げ出した。彼の目的はドグラニオの彫像をあちこちに作りまくること。パトレンジャーなどに用はないのだ。

 

「ミイラ取りがミイラとは、まさにこのこと~!くくくくくっ──痛でぇっ!!?」

 

 いきなり足下に焼けつくような痛みが走り、ナメーロは盛大にその場を転がった。まったくの不意打ちであった。

 

「へ~、やっぱり罠だったんだ!」

「!?」

 

 にわかに響く、いとけない少女の声。痛みを押して顔を上げたナメーロが見たのは、こちらに銃口を向ける覆面の男女の姿で。

 

「かっ、快盗!?……ということはまさか、警察(ヤツら)は囮かァ!?」

「ふ……そういうことだ」得意げに応じつつ、「どうだ小僧、なんとかとハサミは使いようだろう?」

「!、………」

 

 勝己は憮然とそっぽを向いたが、舌打ちをしたり反抗する気にはならなかった。一見邪魔でしかないものを、己の目的を果たすための糧とする──昔から、自分に致命的に欠けていたもの。

 

「さぁ、行こうぜぃふたりとも!」

 

 おどけつつ、発破をかけるお茶子。いつもなら「仕切んな!!」と怒鳴りつける勝己も珍しく口を開かぬまま、VSチェンジャーを構える。

 そして、

 

「「「──快盗チェンジ!!」」」

 

『レッド!』

『2・6・0!──マスカレイズ!』

『快盗チェンジ!』

 

 ダイヤルファイターを装填したVSチェンジャーから発射される、光のカード。三人を透過したそれらは、強化服となって全身を包み込む。そして頭部には、シルクハット状のオーラが覆いかぶさり──

 

「──ルパンレッド!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

「「「快盗戦隊──ルパンレンジャー!!」」」

 

 世間を騒がす快盗の姿へと、変身を遂げた。

 

「予告するッ!」

「貴様のお宝、貰い受ける!」

「~~ッ、ぼ、ボーダマンっ!」

 

 ナメーロの呼び声に応じ、どこからともなく集合してくるボーダマン。先手必勝とばかりに、彼らは躊躇なく銃撃を開始した。

 

「っとと!」

 

 重力に逆らって迫る、弾丸の雨あられ。しかし敏捷性に長けた快盗たちにとって、そんなものは脅威でもなんでもない。素早く飛び退き、ボーダマンらの視界から姿を消す。

 だが、それも一瞬のこと。

 

「おらっ、死ねぇ!!」

「!?」

 

 ロープを利用して宙を舞いながら、反撃の掃射を浴びせかけるルパンレッド。ボーダマンらが右往左往しているところに、ブルーとイエローが飛び降りてくる。

 

「邪魔だッ、失せろ!」

 

 ひらりとマントを翻しながら至近距離の敵を殴りつけ、開いた隙間から銃撃を繰り出す。壁を蹴って跳躍し、あるいは乱れぬ弧を描きながら。

 そんな彼らに一撃たりとも痛打を与えることができぬまま、ボーダマンはひとり残らず地に倒れ伏した。

 

「ふ~、片付いた♪」

「残るは貴様だけだ、ギャングラー」

「うぐぐ……ッ、これはまずいねぇ~……!」

 

 ナメーロは己が敏捷性に欠けることを自覚していた。サーカスのように華麗な戦いぶりを見せつけるルパンレンジャーとは明らかに相性が悪い、このままでは早晩ルパンコレクションも奪われてしまうだろう。

 

 

 異世界から戦況を見守るドグラニオたちも、その所感を共有していた。

 

「ナメーロめ、もう終わりか。呆気ない……」

 

 失望を露につぶやくデストラ・マッジョ。彼個人としては元々なんの期待もかけてはいなかったのだが、彼の主は違った。

 

「俺の銅像……アレひとつで終わりじゃあ肩透かしにも程があるな」

「所詮それまでの奴だったということでしょう」

「違いない。……が、これでは俺の気が収まらんのだよ」

 

 コツコツとテーブルを指で叩きつつ、ドグラニオは側に侍るもうひとりの配下に目配せをした。それを受け止め、彼女──ゴーシュは妖艶に笑う。

 

「でしたら私にお任せください、ボス。実験したいことがありますの」

 

 その手にはいつの間にか、彼女らギャングラーの身体に埋め込まれているものと同じ金庫が存在していた──

 

 

 *

 

 

 

 パトレンジャーは未だ、ナメーロの仕掛けた罠から抜け出せずにいた。

 

「ぐ……ッ、ぬ、けねぇ……ッ!」

 

 全身に力を込め、脱出を試みるパトレン1号。しかし元々の姿勢が姿勢であるから、傍目には臀部をひたすら上下させるという間抜けな動作にしか見えない。無論この場にそれを嘲う者はいないが。

 

 彼の仲間──2号と3号も、また捕らわれていることに変わりはないのだ。

 

「くそっ、せめて誰かひとりでも脱出できりゃ……!」

 

 雁字絡めの姿勢のまま、毒づく3号。だが指先一本を動かすことすらままならない状況では、それは不可能と言うほかない。

 

(応援を頼むしかないか……でも……)

 

 それを待っている間に、快盗が目的を果たしてしまうかもしれない。彼らにいいように利用されっ放しだなど到底許容できない。警察官としてのプライドがあった。

 

──そのとき、彼女の耳にエンジンのいななきのような音が飛び込んできた。

 

「!、飯田……?」

「……ッ、」

 

 その音は、2号──天哉の足下……ふくらはぎのあたりから響いている。それが"ような"ではなく正しくエンジン音であることを察すると同時に、響香は焦燥を覚えた。

 

「おい何してんだ!?まさか、個性使う気か!?」

「ッ、それならあるいはっ……脱出できるかもしれん……!」

「バカっ、ンなことしたらあんたは……!」

 

(なんなんだ……飯田さんの個性って?)

 

 それほど危険な個性なのだろうか。だとしたら……と鋭児郎が思う間もなく、天哉が雄叫びをあげた。

 

「う、うぅぅぅ……うおぉぉぉぉ──ッ!!」

 

 刹那、

 

──DRRRRRR!!

 

 生まれもったふくらはぎのエンジンもまた、絶叫した。巻き起こる旋風が、足を拘束していた粘液を吹き飛ばす。

 さらにその勢いがピークにある瞬間を逃さず、彼は両腕に全力を込めた。粘液が音をたてて剥がれていく。──彼の身体を、解放していく。

 

「ふ──ッ!」

 

 その後の行動も素早かった。すかさず仲間たちにVSチェンジャーを向け、引き金を引く。放たれる光弾は、彼らに纏わりつく粘液のみに命中、弾き飛ばした。

 

「うおッ、う、動ける……!あざっす、飯田さ──」

 

 喜びのままに顔をあげた鋭児郎が目の当たりにしたのは、

 

「ぐ……うぅ……ッ」

 

 その場に倒れ込む2号。露になったふくらはぎからは大量に出血し……緑のスーツを、真っ赤に染めていた。

 

「飯田っ!──あんた、なんて無茶を……」

「ッ、大丈夫……命にかかわるようなものではないからな……」

「そういう問題じゃ……──ッ、あんたもホント、ヒーロー馬鹿……」

 

 表向き呆れたような、しかしその内側から深い憐憫と共感の情を滲ませた響香の声音。それがひどく、鋭児郎の耳に残った。

 

 

 *

 

 

 

 ナメーロの戦いぶりは、従前の予想を裏切らないものだった。

 スピードを生かしてフィールドを舞うように戦うルパンレンジャーとは、そもそも相性が悪い。それにもまして屋外で戦闘に突入してしまったのだ、粘液によるトラップも用意していない。

 

「ぎゃあああ~!!」

 

 結果、彼はいま、取り囲まれた状態で地面を転がっていた。

 

「よ~し、追い詰めた!」

「年貢の納めどきだな、──レッド」

「チッ……わーっとるわ」

 

 気だるげに……しかし確実に殺気を発しながら、ナメーロにやおら迫っていくルパンレッド。彼の手により、ルパンコレクションは盗みとられる──この場にいる全員が、その近い未来を確実なものと思っていた。

 

 彼女──ゴーシュ・ル・メドゥが、姿を現すまでは。

 

「そろそろ始めましょうか……フフ、」

 

 金庫をするりと撫で、その場に置く。

 そして注射器のような形状のルパンコレクションを取り出すと、背中にある黄金の金庫を開き、双眼鏡型のコレクションと入れ換える。彼女は一般のギャングラー構成員とは異なり、複数のコレクションを所有しているのだ。

 

「──私の可愛いお宝さん、」

 

 

「ガラットを元気にしてあげて」

 

 背中の金庫が妖しく光り、後天的に融合させたジェネレータを介して彼女の腕にエネルギーを移していく。転がった金庫めがけて、彼女はそれを掌から放った。

 

 緑色の輝きに包み込まれた金庫がふわりと浮かび上がり、ビルの向こう側に消えていった。

 

 

 刹那、激震が周辺一帯を襲った。

 

「きゃっ!じ、地震!?」

「ッ、こんなときに……!」

 

 大願を阻む自然の悪戯に苛立つ快盗たち。しかしそれは程なく違和感へと変わった。

 

「違ぇ、これは……!」

 

 足音のような地響き。──刹那、ひときわ大きいビルが一瞬にして破壊された。

 

 そして現れる、巨大なる異形の影。

 

「あいつは……!?」

「なんで、倒したはずなのに……!」

 

 ルパンレンジャーが狼狽する一方で、

 

「ナメーロのおかげで棚ぼたね、」

 

「──ねぇ、ガラット?」

 

 ガラット・ナーゴ。昨日パトレンジャーによって粉砕されたはずの凶悪なギャングラーが、数十倍にも巨大化して地獄から舞い戻ったのだ──

 

 

 à suivre……

 

 

 

 




次回


「KAISER × KAISER」



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#4 KAISER × KAISER 1/3

巨大戦久々に書くのでだいぶ勝手を忘れてます。

昭和戦隊見てると15秒くらいやりあって即必殺技→チュドーンなパターンありますよね


 ギャングラー、ナメーロ・バッチョを追い詰め、いよいよ彼のもつルパンコレクションを手に入れようとしていた快盗戦隊ルパンレンジャー。

 しかしその裏で密かに姿を現したゴーシュ・ル・メドゥの手により、死んだはずのガラット・ナーゴが巨大な姿となって復活を遂げた──

 

 

「……ん?んんん?んんんんんん?」

 

 呆気にとられる小人たちを尻目に、頭上にクエスチョンマークを乱舞させる──巨大ガラット。一番何事か理解していないのは、彼自身のようだった。

 当然だろう。彼の記憶といえば、パトレンU号のイチゲキストライクを浴び、炎に包まれるところで終わっているのだ。

 

 そんな中、最も早く状況を把握したのは、元々ガラットと面識のあるナメーロであった。これは乾坤一擲の一手として使えると、彼は理解したのだ。

 

「おぉぉぉぉーい、ガラットぉ~!!」

「ん!?その声は……誰かと思えばナメーロじゃねえか!しかも快盗たちまで……ってか、なんでお前らンな小さくなってんだ?」

「お前がでかくなってるんだ!」

「マジで!?」

 

 周囲のビル群も自分より小さくなっているのを認めて、ガラットは「マジだ!」とポンと手を打った。

 

「そんなことよりガラット、早く快盗ども(コイツら)どうにかしてくれ!このままだと……マズイんだよねぇ~!」

「!」

 

 そのことばにはっとする快盗たち。早くルパンコレクションを奪わなければとナメーロに突撃しようとするが……遅かった。

 

「快盗ども……!俺のルパンコレクションを返せぇえええィ!!」

 

 ナメーロの援護というより、ガラット自身がルパンレンジャーに対して口にしたような恨みをもっていた。その烈しい感情を露にするように……四本の腕を一斉に、眼下めがけて叩きつける。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に跳躍する快盗たち。拳に押し潰されることは避けられたが、弾みで発生した突風により瓦礫ともども吹き飛ばされることとなった。

 一方で、思わぬ援軍の出現に弛みきっていたナメーロはというと、

 

「おまっ……俺をぶっ飛ばしてどうすんだぁぁぁぁ~~!!?」

 

 まったく回避行動をとらなかったせいで、至近距離に拳の風圧を受けてしまう。結果、天高く消し去られる羽目になったのだった──

 

 

「なんだ、アレ……!?」

 

 アトリエ・バッチョを脱出してきたパトレンジャーもまた、巨大化するガラットを目前にしていた。

 

「昨日ウチらが倒したギャングラー……だよな……?」

「何故、あんな巨大に……ぐぅ……ッ」

 

 うめく2号。ふくらはぎを負傷したために、彼は1号の肩を借りてどうにかここまで歩いてきた。

 

「飯田さん……大丈夫っすか?」

「ああ……。それより……ッ、奴をなんとかしなければ……!」

「……まあ、確かにね」

 

「──使ってみるか、"トリガーマシン"」

 

『位置について……用意!』VSチェンジャーの電子音声が唸りをあげる。『走れ!走れ!走れ!──出、()ーンッ!』

 

 VSチェンジャーの引き金を正面めがけて引く──と、射出された三機のトリガーマシンがたちまち巨大化していく。

 

「よし……ッ。すまないがふたりとも、支えてもらえないだろうか?」

「別にいいけど……休んでるって選択肢はないわけ?」

「ないわけではないが……できることはさせてくれ」

「……これ以上は無茶しねーでくださいよっ!」

 

 2号の両脇を支え、呼吸を合わせて跳躍──それぞれのマシンのコックピットに乗り込む。

 

『轟・音・爆・走!』

『百・発・百・中!』

『乱・擊・乱・打!』

 

 走り出す、トリガーマシン。ビルとビルの隙間を通り抜け、ガラットへと躍りかかっていく──

 

「!、なんだァ、テメェらは!?」

『国際警察だッ!!』

『昨日はどーも、まさか忘れてないだろうね?』

 

 彼らの声を聞いて、ガラットはさらに憤激した。己の命を奪ったパトレンジャーは快盗以上に許しがたい存在なのだ。

 

 警察マシンと巨大ギャングラーの衝突がはじまる。──となれば当然、地上にいる等身大の快盗たちは埒外の存在となって。

 

「……どうする?」

「奴はもうコレクションを持っていない。割り込んでも旨味はないな」

 

 己の意見を述べつつ、ブルーは隣に立つ赤の少年を見遣った。ただ快盗としての仕事を果たすだけなら撤退が当然だが、ギャングラーを倒すことに拘る彼がどう動くか。

 

「チッ、」

 

 舌打ちするところまでは予想どおりだったが……炎司の予想に反して、彼は戦場に背を向けた。

 

「……ふむ」

「帰るなら帰るって言ってほしいんやけどなぁ……まあいいけど」

 

──いずれにせよ、快盗たちは揃ってこの場を去ることを選んだのだった。

 

 

 そして、平和を守ることこそが目的であるパトレンジャーは、持ちうる力をすべて使って死闘を演じていた。

 

「うぉおおおおおッ!!」

 

 パイロットの雄叫びとともに、突撃していくトリガーマシン1号。当然ガラットの腕が迎撃のために伸びようとするが、彼はひとりではない。

 

「させるかっ!」

 

 トリガーマシン2号が傍らから迫る。その車体全部が大きく展開し、キャノン砲が姿を現す。ガラットの腕の付け根めがけて砲撃を開始するまでに時間は数秒とかからない。

 

「グワァッ!?」

 

 よろけるガラット。そこにすかさずトリガーマシン3号が接近し、

 

「喰らいなッ!!」

 

 2号同様に車体前部が変形し、巨大な警棒が飛び出す。 目にも止まらぬ速さでのピストン乱打に、激しい火花が散る。

 遂にたまらず、ガラットは大きく吹き飛ばされた。宙に浮いた巨体が大きな空き地めがけて墜落。大量の粉塵が舞い上がる。

 

「よし……っ!」

 

 快盗たちのように自由に飛び回ることはできないものの、流石はルパンコレクション。巨大ギャングラー相手にも互角で戦えるだけの性能はあるらしかった。

 ただし、決定的な問題がひとつだけあって。

 

『だが、奴を倒せるだけの決定打がないぞ……』

 

 そこがトリガーマシンの限界だった。巨大化したギャングラーを一撃で粉砕できるような武装があるわけではない。尤もギャングラー相手でなければ、街ひとつ制圧するくらい容易いのだが。

 

「だったらッ、とにかく攻めて攻めまくるしかないっスよ!!」

『わかりやすいね……そういうの、嫌いじゃないけど!』

 

 なんであれ、彼らに停滞という選択肢はなかった。前進を再開するトリガーマシン。

 一方のガラットは、息も絶え絶えになりながらようやく立ち上がったところだった。

 

「クソぉッ!こんなオモチャもどきなんぞに……!」

 

 吐き捨てるガラットだが、劣勢を覆す展望はない。巨大化したといえど、ルパンコレクションがないだけ戦闘力は大きく低下している。いまの彼は、既に看破されている四本腕のほかに戦うすべをもたないのだ。

 

──己が甦らせた男の醜態を、ゴーシュ・ル・メドゥはため息混じりに観察していた。

 

「せっかくチャンスをあげたっていうのに……実験台(サンプル)としては失格ね」

 

 ナメーロを生還させるという、ボス──ドグラニオの望みはかなえたのだ。このまま放っておいてもよかったが、どうせならもう少し己の知的好奇心を満たしたかった。

 

「仕方ないわね……」

 

 毒づきつつ、再びルパンコレクションを入れ替える。金庫にしまい直した、双眼鏡型のコレクション──その能力を使えば、生物非生物と問わず見たものを分析することができる。

 

 トリガーマシンのウィークポイントを探るつもりで目を光らせた──彼女の頭部に目にあたる意匠はないが──ゴーシュだったが、程なくして意外なものを彼女は見た。

 トリガーマシン2号──そのコックピットに座る緑の戦士は、脚からひどく出血している。

 

「あらあら……。そんな爆弾を抱えて戦場に出てくるなんてどういう頭をしてるのかしら。脳味噌をじっくりと見せてもらいたいわ」

 

 そこまでして自分たちギャングラーに立ち向かう理由を、ゴーシュは読めなかった。ちなみに「脳味噌を見てみたい」とは、なんの比喩でもない。彼女はギャングラーの中で科学者を生業としている──繰り返された残虐な実験は数知れない。

 

 ただひとまずは、ガラットのほうが優先だった。

 

「──ガラット!」

「!」

 

 突然の呼び声に、腰の引けぎみだったガラットは慌てて視線を下ろした。ビルの屋上に立つ異形の女の姿を認め、「げぇっ」と蛙のつぶれたような声を発する。

 

「ご、ゴーシュ……!てめぇなんでここに……」

「ご挨拶ね、私が甦らせてあげたっていうのに」

「何ィ!?」

「それより、二度も敗けたくないでしょう。緑を集中攻撃しなさい、そうすれば……ふふっ」

 

 一方的に伝えて、ゴーシュは踵を返した。ガラットが訊き返すより早く、その姿が忽然と消失する。

 

「チッ、あの女に借りつくっちまうとはよぉ……。──こうなりゃヤケだ、やってやるぜぇぇッ!!」

 

 再び四本腕を広げる。彼とゴーシュの間のやりとりを知らないパトレンジャーの面々は、怯まず攻撃を仕掛けようとしていたのだが、

 

「オラァッ!!」

「!?」

 

 ゴーシュの助言どおり、彼は四本すべてをトリガーマシン2号へと差し向けた。自分ひとりが集中攻撃を受けるとは予想していなかった天哉は、咄嗟に操縦桿を引いて回避行動をとる。

 しかしあまりに突然のことで、彼は目の前の攻撃をかわすこと以外に注意を払うことができなかった。

 

「!?、ぐッ、あ、あぁぁぁ……!?」

 

 どうにかやり過ごしてきたふくらはぎの傷が激痛を発し、天哉はたまらずうめいた。無線から、仲間たちの声が響く。

 

『飯田ッ!!』

『大丈夫っスか!?』

「ッ、く……う……っ」

 

「大丈夫だ」と答えたかったが、ことばにならない。それどころか変身を保てなくなり、その姿は一瞬にして元の飯田天哉に戻ってしまう。

 動きを止めるトリガーマシン2号。目論見が成就したことに気をよくしたガラットは、さらに激しい攻撃を加えようとする。

 

「……ッ!」

 

 シートからずり落ちそうになるなかで、天哉は思わず顔を背けた。操縦桿を握るだけの余力はもう、残されていない──

 

──そのときだった。

 

「飯田さんッ、──させるかぁあああッ!!」

 

 割り込んでくる、トリガーマシン1号。三機の中でも最も頑丈なその車体が、2号を庇いに割って入った。

 ただ頑丈とはいっても、決して無敵というわけではない。

 

『うわぁああああッ!?』

「烈怒頼雄斗っ!」

 

 吹っ飛ばされる真っ赤な車体。四本腕による殴打をもろに浴びれば、こうなるのは当然の帰結であった。

 

「ハハハハハッ、こんな簡単に形勢逆転できるなんてなァ!!」

 

 このまま警察戦隊を全滅させてやる──勢いに乗ったガラットだったが、慢心ゆえに肝心のまだ無事な"三機目"を視界から外してしまっていた。

 

「いい加減に──」

 

「──しろぉっ!!」

 

 雄々しい叫びとは不釣り合いな桃色の車体。その存在にガラットが気づいたときにはもう、巨大な警棒が目前に迫っていて。

 

「なんグハァッ!!?」

 

 幾度ものピストンがガラットのボディを打つ。その衝撃に耐えきれなかった身体はたちまち浮き上がり、ビル群を超えて吹っ飛ばされていく。

 そして、

 

「ああああ……、あ、青いぃぃぃ~!!?」

 

 紺碧の地表……否、海原。ガラットはその巨体すべてで、そこに飛び込んだ。たちまち膨大な水飛沫があがり、港湾部に降りそそぐ。

 それきりガラットが水面から顔を出すことはなかった。取り逃がしてしまった形にはなったが、それはパトレンジャーにとっても僥倖といえる結果で。

 

『飯田さんッ、大丈夫っスか!?』

『応答しろ、飯田!──飯田っ!!』

 

 鋭児郎と響香──ふたりの切羽詰まった声がこだまする、トリガーマシン2号のコックピット。その内部にあって、天哉は床に倒れ込むようにして気を失っていた。脚から流れる血は、とどまることを知らない。

 

 

『──贋者が』

 

 朦朧とした意識のなかに浮かんできたのは、悪夢のような過去の追憶だった。

 

 

 

 



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#4 KAISER × KAISER 2/3

 深夜の湾内に、一艘の船が浮かんでいた。漆黒の海面にライトを向けながら、ゆっくりと進んでいく。

 操舵士は……人間ではなかった。ボーダマンと呼ばれる、ギャングラー構成員に仕える戦闘員だ。

 

 そしてこの船の主は、ガラット・ナーゴの攻撃によっていっときお星様になりかけた芸術家のギャングラー、ナメーロ・バッチョであった。

 その自分を吹き飛ばした存在を、ナメーロは懸命に捜していた。

 

「おぉぉぉ~い、ガラットぉ~~!!」

 

 大声で呼び掛けるが、返ってくるのは静寂をわずかに彩る滞留の音ばかり。こんなことをもう何時間も続けている。

 

「ハァ、いないねぇ……」

 

 ため息をこぼすナメーロ。それでもあきらめていないのは、この捜索が自分自身のためになると考えているからだ。

 

 と、奏功の時は唐突に訪れた。

 

 ざばぁ、と大波をたてて、船の進行方向に現れる巨大な頭。闇にあっても映える猫耳のような頭部こそ、ナメーロの目当てにほかならなかった。

 

「おおっ、やっと出てきたなガラットぉ~!こんな汚ぇ海ン中で何やってたんだ?」

「ナメーロか……。何ってよォ、隠れてたに決まってんだろ!このでけぇ身体じゃ、地上にアジトなんざ作れねえからな」

 

 生き返ったはいいが、不便で仕方ない。もっとも手当たり次第に破壊を為すとなれば、一転こんな便利な身体もないのだが。

 

「つーか、オレになんか用か?」

「いやいや……昼間の暴れっぷり、いいねぇ~と思ってねぇ!」

 

 ナメーロの目的は、ドグラニオ・ヤーブンの巨像を造ること。だが間違いなく警察の邪魔が入るし、快盗もルパンコレクションを狙ってくる。

 しかし巨大ガラットが暴れていれば、彼らの注意は当然そちらに引き付けられる──

 

「ンだそりゃ、オレぁ囮かよ!?」

「ま、まあ有り体に言やぁ……でもよう、悪いようにはしねえって!これで俺がドグラニオ様の後継者に選ばれた日にゃあ、おまえのことだって……」

「………」

「なぁ頼むよガラット!俺たち友だちだろ~?」

 

 友だちと言ったって、遊び仲間程度の関係でしかないのだが。しかし一度は脱落したガラットにとり、ナメーロとの協力は旨味のない話ではなかった。

 結果、

 

「……いいぜナメーロ。手伝ってやっから、しっかり造りまくれよォ!」

「いいねいいねぇ!交渉成立だ!!」

 

 暗闇の中に、二匹の悪魔の哄笑が響き渡る。

 そんなこととはつゆ知らず、街は眠りに落ちようとしていたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 街が眠りにつく頃合いとなれど、国際警察はその庁舎ごと夜警の任を果たし続けていた。

 

 とりわけ、ギャングラーの再出現に備える警察戦隊パトレンジャーの面々。ただ本来三人であるべき彼らは、そのトライアングルの一角を欠いていた。

 

 医務室のベッドに横たわる、飯田天哉。個性を利用した治療が施され、その代償に消耗した体力を回復するために深い眠りについている。

 

 しかしなぜ、あんなことになってしまったのか。宿直を頼まれてタクティクスルームにひとり詰めていた鋭児郎の頭の中は、そんな疑問でいっぱいだった。

 デスクの一点を見下ろしたまま、どれだけ時間が経ったか。不意に扉が開き、既に馴染み深い存在となりつつある女性が姿を見せる。

 

「お疲れ烈怒頼雄斗。交代の時間だよ、休んできな」

「あ……うっす」

「あと……」不意に缶ジュースを差し出す。「これ、ついでだけど……よかったら」

 

 ぎこちない挙動を見るに、こうした気遣いをするのは不慣れなのだろう。不器用……しかし、この人は間違いなく優しいのだろうと鋭児郎は思った。

 

「あざっす!……あの、訊きたいことがあるんスけど」

「なに?……って、訊くまでもないか」

 

 「飯田のことでしょ」と続けつつ、鋭児郎の隣に腰掛ける。

 

「飯田さんの個性って……なんなんですか?脚からエンジン噴射してるみたいでしたけど……」

「……そのものズバリ"エンジン"らしいよ。ウチも直接見るのはあれが初めてだけど」

 

 一瞬の躊躇のあと──響香は、再び口を開いた。

 

「飯田はさ……元々、ヒーロー志望だったんだ。それも、あんたの通ってた雄英の先輩」

「え……」

「ああ心配しないで、あいつから"あんたになら話してもいい"って言われてるから」

 

 先んじてそんなフォローをするあたり、響香も既に鋭児郎の性格を理解しているらしい。

 

「"インゲニウム"……知ってるよね?」

「勿論っス!今どき珍しいくらい実直で、正義感の強いヒーローで……でも確か、"ヒーロー殺し"にやられて──」

 

 ヒーロー殺し──鋭児郎がまだ小学生の頃、各地に出没していた凶悪ヴィランの通称だ。彼は狂信ともいえる独自の信念をもとにヒーローの真贋を決めつけ、贋者と断じたヒーローたちを次々と殺害していった。

 インゲニウムと呼ばれたヒーローもまた……その標的となった。

 

「幸いにして一命はとりとめたけど、身体には重い障害が残った。ヒーローとしては当然……再起不能」

「……っスよね。でも、そのインゲニウムと飯田さんにどういう関係が?」

 

 ファンだったのか──まず思い浮かんだ可能性をそのままつぶやくと、響香がくすりと笑った。

 

「まあ正解っちゃ正解だけど。ただのファンじゃなしに……お兄さんなんだ、飯田の」

「え、えぇっ!?」

 

 飯田天晴(てんせい)──インゲニウムの本名だ。当然、鋭児郎はそこまでは知らなかった。

 

「!、そういやニュースでやってた……。インゲニウムの事件のしばらくあと、雄英の職場体験行事に来てたインゲニウムの弟がヒーロー殺しと交戦して……重傷を、負ったって……」

 

 弟もまた幸い一命をとりとめたというところまでは、報道があったと記憶している。ただそのあとのことは、ヒーロー殺し逮捕のニュースに埋もれてしまっていたと思う。

 しかし、彼の現在がここにあるということは。

 

「お兄さんよりはマシだけど……飯田も同じ。あいつの生命線だった"エンジン"に後遺症が残って、個性をまともに使えなくなった」

「それで……あきらめたんスか、ヒーローを?」

「うん。──"自業自得"……そう、あいつは言ってる」

「な、なんで!?」

 

 ヒーロー殺しに兄を貶められ、自身も前途を閉ざされた。それのどこが自業自得だというのか。

 

「飯田がヒーロー殺しと交戦したのはたまたまじゃなくて、故意。お兄さんの復讐をしようとしたんだってさ」

 

 義憤ではなく、憎悪に駆られて天哉は戦った。そんな彼をヒーロー殺しは"贋者"と断じたのだ。

 兄が贋者だなどとは、絶対に認めない。だが自分はどうなのか。あの男の言うとおりなのではないか。

 

 

(ごめんなさい……兄さん、)

 

(僕は……ヒーローにふさわしくなかった……)

 

 靄がかかったような意識下で、天哉は過去を懺悔していた。

 

 それでも彼はここにいる。

 

 

 警察官として、ここにいる。

 

 

 *

 

 

 

 麗日お茶子が丑三つ時という中途半端な時間に目を覚ますのは、日常にあっては極めて珍しいことだった。

 彼女はもともと眠りが深いほうで、一度寝ついてしまえば朝まで起きないことが多い。夜中に地震があって家族が騒いでいても、まったく気がつかなかった……なんていうこともあるくらいだ。

 ただ、快盗になってから……とりわけギャングラーを追っている間は、時折このようなことがある。緊張の糸が無意識に張り詰めたままだから、普段よりも眠りが浅くなっているのだろうか。

 

 いずれにせよ目が覚めてしまえばすぐには寝つけない。喉の渇きに襲われたお茶子は水でも飲もうと部屋を出たのだが、そのために階下に灯りがついていることに気づいてしまった。

 自分以外のどちらか、あるいは両方が起きている?店を閉めるときに確認したから、消し忘れではないはずだ。

 

(爆豪くん……かな?)

 

 昨日……パトレンジャーが現れてからの彼のことは妙に気にかかる。だから何ができるというわけでもないのだが、お茶子は一階へ降りることにした。

 

 残念ながらというべきか、このとき爆豪勝己は自室で熟睡していた。悪夢に魘されることはあれ、彼もまた眠りは深いほうなのだ。

 店に下りていたのはもうひとりの仲間──轟炎司だった。その強面は眼鏡をかけていても誤魔化しきれない。自覚はしつつも、気にとめず帳簿を睨んでいる。傍らにはそろばん。

 

(あ……)

 

 元ヒーローらしからぬ地道な姿は、お茶子に拭えない既視感を与えた。このような光景を見て、彼女は育ってきた。

 けれど──

 

「──眠れないのか?」

「!」

 

 こちらを見遣るでもなく、炎司はそう問いを発した。その声が妙にやさしいのもまた、お茶子の郷愁を煽る。

 

「ちょ、ちょっとね……目ぇ覚めちゃって」

「そうか」

「炎司さんは……こんな夜中まで、店長のお仕事?」

「うむ。こればかりはサボタージュできないからな」

 

 あくまでカモフラージュのために営業している店だが、実体がある以上はやるべきことはやらなければならない。まして、雇われ店長ともなれば。

 

「……こんなことをしていると、昔を思い出す」

「昔?」

「自前の事務所を立ち上げた頃だ。若造の身で無理をしたからな、事務員を雇うカネもなかった。経理も主立っては自分でやっていたんだ」

「そうなんや……」

 

 もう一年近い付き合いになるが、炎司の口からヒーロー時代の話を聞くのはおそらく初めてのことだった。これほど饒舌なことも。勝己のように露骨ではないが、この元ベテランヒーローも情勢の変転に思うところがあるのかもしれないとお茶子は推測した。

 

「主立ってってことは、手伝ってくれる人もいたん?奥さんとか」

「……妙なところで鋭いな、おまえは」

「ダテにめんどくさいオジサンと小僧のお守りしてませんよ~だ、ふふん」

 

 隣に座っておどけた口調で言えば、炎司は憮然とした表情を浮かべた。得意になりつつ……もしお互いにあるべき立場だったなら、こんな気安く話はできなかっただろうとも思う。

 

「うそうそ。ヒーローじゃないけど、ウチもそんな感じやったからわかるんよ。お父ちゃんが現場でがんばって、その間にお母ちゃんがお金の管理したり、従業員のみんなにお弁当作ってあげたり……」

「……土建屋だったか、おまえの実家は」

「うん!まあ今どき儲からんらしくて、苦労しとったけど……でも、楽しかったなぁ……」

 

 ささやかな幸福の肖像を、昨日のことのように思い出すことができる。お茶子もまた多くの子供たちの例に漏れずヒーローを夢見ていたのだけれど、己の個性を活かして家業を継ぐことも真剣に考えていた。

 そんなお茶子に両親は言った。「おまえが自分の夢を叶えてくれるほうが嬉しい」と──

 

 結局、そのどちらも捨てたためにいまがある。

 

「後悔しているか?快盗になったことを」

「まさか、自分で決めた結果だもん。……でもお父ちゃんお母ちゃんは……もちろん私が快盗やってるなんて夢にも思ってないだろうけど、高校にも行かず働いてるってだけで気に病んでるんだろうなぁとは思う。そんな必要、ないのにね」

「……親とはそういうものなんだろう。普通はな」

「そういうもんかぁ……。炎司さんは……ううん、やっぱなんでもない」立ち上がり、「ぼちぼち眠くなってきたし、そろそろ戻るねっ。おやすみなさ~い」

「……ああ、おやすみ」

 

 一度だけ振り返って微笑むと、お茶子はひょこひょこと階段を上っていく。娘といっても差し支えない年齢の少女だが、彼女にはずいぶん気遣われていると炎司は思った。

 

 炎司もまた、人の親だ。四人の子供がいて、誰ひとりとして苦労などさせたことがない……生活面では。

 だがヒーローとしての頂点、そんなものへの執心を捨てられなかった自分は、"普通の親"にはなれずじまいだった。

 

 

『おまえを親だなんて思ったことは一度もねえ』

 

『おまえの思い通りになるくらいなら……ヒーローなんざ、くそ食らえだ……!』

 

(……焦凍、)

 

 いま肩を並べて戦っている同志たちと、同い年の末の息子。彼には生まれながらにしてすべてを与え……代償に、母と希望と、そして未来を奪った。

 

 それを自覚していても、無意味に歳を重ねてしまった自分には、生き方を変えることなどできはしない。

 

 だから、これは罰だ。過ちと知ってなお変わることのできない人間は、どこまでも堕ちていくしかないのだから。

 

 

 *

 

 

 

 夜が明け、朝が訪れる。

 

 街が動き出すその瞬間を狙い澄ましたかのように──彼らは、動き出した。

 

 街の象徴とでもいうべきひときわ大きなビルが、突如としてその形を変える。それがドグラニオ・ヤーブンを模した彫像であるだなどと、居合わせた人々が知るよしもない。

 

「う~ん……いいねいいねぇ!やっぱり俺、天才だねぇ!」

 

 心の底から自らを称賛するナメーロ・バッチョ。

 天才の技を見せつけるには、ひとつやふたつ作ったくらいでは足りない。この周囲一帯のビルというビルをドグラニオ・ヤーブンの彫像へと変えるつもりで彼はいたが、その間に快盗か警察、あるいは両方の邪魔が入ることは予見できた。

 それゆえに、復活した"彼"と手を組んだのだ。

 

「オラァっ、踏み潰されたくなきゃ逃げろ人間どもォ!!」

 

 ナメーロとは対照的に、手当たり次第に暴れまわる巨大ガラット。とはいえなるべく建造物を壊さないようにというナメーロの意向に従っているのだが、当然本意ではなかった。

 

「ったくぅ、こんなんで本当にボスが喜ぶのかよ!?」

「いけるって!わざわざゴーシュ使っておまえを甦らせるくらいなんだからよ~!」

「けっ……」

 

 まあいい。快盗にせよ警察にせよ、"生前"の恨みがある。それを晴らすまで、あと少しの辛抱だ──

 

 

 *

 

 

 

「管理官!雄乃木町にギャングラー二体が出現しました!」

 

 ジム・カーターの甲高い声がタクティクスルームに響いた。弛みかけていた緊張の糸が、一気に張り詰める。

 

「昨日の二体か。耳郎くん、烈怒頼雄斗……ふたりだけの出動になるが、頼む」

「はい!」

「うっす!」

 

 と、ふたりが力強くうなずいたときだった。

 

「お待ちください!」

「!」

 

 緑と濃紺を基調とした制服をかっちりと着込んだ大柄な身体が、室内にずんずんと進入してきた。

 

「飯田……!」

「も、もう起きて大丈夫なんスか?」

「勿論だとも!──ですから管理官、私も出動させてください!」

 

 もう傷は癒えているし、治療に費やした体力もひと晩眠って取り戻した。胸を張って、飯田はそう主張する。

 対して、暫し口を開こうとしなかった塚内であったが、

 

「……いいだろう、許可する」

「ありがとうございます!」

 

 がばりと頭を下げる天哉。その勢いはなんら平時と変わらない。肉体はもちろん、精神の面でも。

 

「さあ……耳郎くん、烈怒頼雄斗!──行こう!!」

 

 うなずくふたり。──誰からともなく、VSチェンジャーを構える。

 

「「「警察チェンジ!!」」」

 

『1号!』

『2号!』

『3号!』

 

『パトライズ!──警察チェンジ!』

 

 VSチェンジャーとトリガーマシン──ルパンコレクション同士の力が重なりあい、三人の肉体を鮮烈なる強化服で包み込む。

 

「危険度の高い巨大ギャングラーの殲滅を優先してくれ。──では、パトレンジャー出動だ!」

「「「了解!!」」」

 

 人々の安寧を守る。

 

 その強い意志のもと、彼らは出陣の狼煙をあげた。

 



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#4 KAISER × KAISER 3/3

軽い気持ちでつけたサブタイトルで墓穴を掘り両カイザーを出さねばならず、文量が倍に。
ルパンの方は顔見せ程度ですが。


 異世界に聳える自らの屋敷において、ドグラニオ・ヤーブンはギャングラータッグの()()()()を楽しんでいた。

 

「まさかガラットを味方につけて暴れさせるとはな、ナメーロも想像以上に頑張るもんだ。──なぁ、ゴーシュ?」

「はい、ボス」意味深に笑いつつ、「期待以上の多彩なデータが取れそうですわ、ふふ」

 

 ふたりが上機嫌に振る舞う一方で、デストラ・マッジョの目はやはり厳しい。各々のギャングラーがどのように暴れようと自由だが、ドグラニオの後継者をめざすとなれば話は別だ。

 しかし、

 

(まあ、ボスがお楽しみならやむを得まいが……)

 

 いずれにせよ、そろそろ状況が動く頃だ。そんな彼の推測は見事に的中し、

 

 街をかき分け、トリガーマシン三機が姿を現した。

 

「ギャングラー!!これ以上の暴挙は我々が許さんッ!!」

 

 エメラルドグリーンに輝くトリガーマシン2号のコックピットで、パトレン2号──飯田天哉が勇ましく咆哮する。昨日の戦いでは怪我のために足を引っ張ってしまった。その雪辱、果たしてみせる──

 

 一方で、ガラットもまた復讐の炎を燃やしていた。

 

「性懲りもなく出てきやがったなァ、サツども!今度こそブッ殺してやるッ、オラァ!!」

 

 ガラットの四本の腕が展開し──そのすべてが、2号へと差し向けられる。昨日の成功体験が、ガラットの脳内には鮮烈に残っていた。

 だが現実には、天哉の怪我は既に治療済みだ。

 

「そう来ると思っていた!──ふっ!」

 

 操縦桿を滑らかに操作し、すべての拳をかわしきる。予想しえた攻撃を避けるなど、天哉とトリガーマシンの性能をもってすれば造作もないことだ。

 

「耳郎くん、烈怒頼雄斗!今だ!!」

『よっしゃあ!!』

 

 響香の応答をかき消すほどの歓喜の声が響いた。同時に、真っ赤なボディのトリガーマシン1号が勢いよく飛び出していく。

 

『おらぁッ!!』

「グワッ!?」

 

 体当たりによりよろけるガラット。そこにマゼンタカラーのトリガーマシン3号がすかさず接近し、警棒によるピストン攻撃を仕掛ける。

 しかしガラットも、昨日と同じ轍は踏まなかった。四本腕で身体を覆い、その場に踏ん張ってみせた。

 

「その程度の攻撃でぇ……このオレを殺せると思ってんじゃねぇぇッ!!」

 

 

 一方、地上にて。逃げ惑う人々も既に失せた中で、パトレンジャーとガラットの死闘を"低みの見物"と洒落込んでいる者がいた。

 

──勿体ぶるまでもあるまい。ナメーロ・バッチョである。

 

「う~ん……いいねいいねぇ、さっすがガラットぉ!」

 

 手を叩くナメーロ。彼の周囲にあるビルは皆、既にドグラニオの彫像へと変えられている。

 

「さぁてと、あといくつ創れるかなぁ♪」

「──残念だが、もうゼロだ」

「!?」

 

 にわかに響く声は、既にナメーロの耳にこびりついていた。

 

「で……出やがったなぁ、快盗!!」

 

 赤と青、黄──ただの盗人でないことを示すがごとき鮮やかな衣装を身に纏った三人が、再び姿を現した。

 

「テメェのコレクション……今度こそいただき殺す」

「だって!殺される前におとなしく渡してくれへん?」

「~~ッ、な、舐め腐ってるねェ……!いいか、昨日は遅れをとったけどなァ、二度もしてやられるナメーロ・バッチョじゃねえぞぉ!!」

「そうか。ならば、小僧の言うとおりにするしかないな」

 

 標的はナメーロのルパンコレクション。その奪取を目的としているうえは、彼らの意志は完全に一致している。それが彼ら三人の絆だ。──それ以外、何もいらない。

 

「「「──快盗チェンジ!!」」」

 

『0・1・0、マスカレイズ!──快盗チェンジ!』

 

 VSチェンジャーにダイヤルファイターを装填し──撃ち出す!

 銃口から放たれた仮面の意匠が全身を包み込み……快盗スーツへと、その形を変える。

 

 変化が収まりきらないうちに、三人は高台から飛び降りていた。「名乗りはナシかよ!?」と慌てるナメーロ。

 

「ま、まあいいねぇ……──ボーダマンっ、今度こそ叩きのめせェ!!」

 

 彼の号令により、どこからともなく集結するボーダマン。昨日かなりの数を掃討したはずだが、まだこれだけの数を従えていたのか。

 

「ンなモン関係ねえっ、まとめてぶっ殺ォす!!」

 

 某世紀末漫画であれば、「ヒャッハー」とでも続けていそうなルパンレッドの咆哮。戦っているときのこの少年は、普段とは打って変わって楽しそうだ。野蛮さは不変だが。

 

「……ふ、」

 

 切り込み隊長たる彼に続きつつ、ルパンブルーは密かに笑った。無論、気取られぬように。

 

 

 一方、トリガーマシンとガラット・ナーゴの戦いは熾烈を極めながら、互いに平行線を辿っていた。

 

「ハァ、ハァ……チョロチョロ動き回りやがってェ……!」

 

 息を切らしながら毒づくガラット。三機の見事な連携に、彼は翻弄されっぱなしだった。

 が、トリガーマシンを操るパトレンジャー三人もまた、焦燥に駆られつつあった。

 

「ッ、やっぱり決め手ナシか……」

 

 ぽつりとこぼす3号。やはりトリガーマシンの攻撃では、巨大ギャングラーに対して決定打にはならない。

 

「──それでもッ、このギャングラーが斃れるまで喰らいつく!それしかあるまい……!」

『飯田……』

「そうだ、そうだとも……。──僕はもう二度とあきらめない!市民を守るためなら、どんな困難が立ちはだかろうと屈しはしない!!」

『!!』

 

 2号──天哉の叫びは、仲間たちの情熱をも呼び起こし、燃えあがらせた。ヒーローだろうが警察官だろうが関係ない、人々を守る。それが彼ら三人の絆だ。──それ以外、何もいらない。

 

 そして彼らの意志に呼応するようにして、転機が訪れた。

 

『お前らのパッション、グッと来たぜ!』

「!?」

 

 にわかに響いた甲高い声は、コックピットにまで貫通するようにして届いた。この特徴的な声、聞き覚えがある──

 

『──オイラだよ、オ・イ・ラ!』

「うおッ!?」

 

 いきなり目の前に車とも戦闘機ともつかぬ小さな飛翔体が現れ、1号は思わず仰け反った。

 

「オメー確か……グッドストライカー?」

『おうさ!あいつ倒したいんだろ?また手伝ってやるぜ!』

「そ、そりゃ嬉しいけど……どうやって?」

 

 またパトレンU号に"融合"したところで、相手は巨大だ。イチゲキストライクが通用するとは、とても──

 

『騙されたと思って、またオイラを使ってみな!』

「!、よ~し、そこまで言うなら!」

 

 グッドストライカーに押し切られつつも、決断した1号は一昨日の戦闘よろしく彼をVSチェンジャーに装填した。コックピットのハッチを開き、露になった外部めがけて銃口を構える。

 

『位置について……用意!──出、()ーンッ!』

 

 トリガーを引き、撃ち出す──と、驚くべきことが起きた。

 

 トリガーマシン同様に、グッドストライカーもまた巨大化したのだ。

 

『一・撃・必・勝!』

「うおおッ、オメーも巨大化すんのかよ!?」

『そゆコト!さあお前ら、警察ガッタイムだ!』

「が、ガッタイム?」

 

 様子を伺っていた3号が唯一当惑の声を発したが、1号、そしてグッドストライカーの登場を待つまでもなく燃えていた2号にとっては、些細な造語など埒外のことだった。

 

『正義を掴みとろうぜぇ~!』

 

 グッドストライカーの号令を合図に、フォーメーションを組んだ四機が変形を開始する。

 グッドストライカーが胴体や脚といったメインパートを形成し、そこにトリガーマシンが合体していくことにより明確な人型が形成されていく。

 

──そう、人型だ。四駆の形をしていたマシンが寄り集まって、人型の有人機動兵器へと姿を変えようとしている。

 

 そしてついに、表れた頭部。エメラルドグリーンのツインアイが、ぎらりと輝きを放つ。

 

 グッドストライカー内の共同コックピットにて、パトレンジャーは叫んだ。

 

「「「完成──」」」

 

──"パトカイザー"。誕生を祝福されし、巨大ロボットの名である。

 

 

 *

 

 

 

 ナメーロと戦うルパンレンジャーの面々もまた、パトカイザーの降臨を目撃していた。

 

「け、警察のマシンがロボットになっちゃった……」

 

 思わず釘付けになるルパンイエロー。確かに驚くべきことだが……いまは戦闘の真っ只中だ。

 棒立ちになった隙を見逃さず、ボーダマンが彼女に襲いかかる──が、その攻撃が届くより早く、銃弾がその頭部を吹き飛ばした。

 

「!、あ……」

 

 我に返ったイエローが見たのは、VSチェンジャーを構えるブルーの姿。

 

「奴らのことより、自分の戦闘に集中しろ」

「あ、ありがとっ!……救けてくれて」

 

 後半は聞こえないようにつぶやいた。ルパンレンジャーは本来、助け合いを是とはしていない。

 

──が、それは力を合わせないこととは当然別である。

 

「一気にボーダマンを片付ける。──レッド、イエロー、来い!」

「おーけー!」

「命令すんなクソオヤジッ!」

 

 反応は対照的だが、伴う行動は寸分違わないものだった。踏ん張るブルーの肩を蹴り、一気呵成に跳躍する。

 そして、

 

「死ねぇッ!!」

「こわっ!?」

 

 やはりアクションは同じだった。高所から地上に銃口を向け……連射する。狙うは当然、ひしめくボーダマンの脳天。

 降り注ぐ弾丸の雨によって大勢が斃れ、生き残った少数も恐慌状態に陥る。そこにすかさず、ルパンソードを構えたブルーが迫った。

 

「ふ──ッ!」

 

 姿勢を低くして地面を滑走し、ボーダマンとボーダマンの間をすり抜けながらひとり残らず切り裂いていく。

 快盗スーツ越しにも誇示された筋骨逞しい肉体が、軽やかにマントを翻し──敵を、全滅させた。

 

「……さあ、あとは本丸だけだ」

 

 

 *

 

 

 

「死ねぇッ!!」

 

 奇しくもルパンレッドとまったく同じことを叫びながら、ガラット・ナーゴが四本腕を振り下ろす。

 が、相手はボーダマンなどではなく、ルパンコレクションが四つも寄り集まって誕生した"警察皇帝"である。

 

「もうその手は食わん!!」

 

 2号の操縦によって、常人を凌ぐ軽快な跳躍を見せるパトカイザー。巨体をビルとビルの間に滑り込ませ、地面を転がりながら腕の攻撃を避けていく。

 そして、そこからが彼の真骨頂だった。転がりながら左腕のトリガーキャノンを連射する。激しく動きながら、その狙いは正確のひと言。一発も外すことなくガラットのボディに命中させる。

 

「あ痛だだだだッ!?て、テメェェっ!!」

 

 逆上し、さらに乱暴な猛攻を仕掛けるガラット。街への被害など気にかけない──ギャングラーとしては当然と思われるが、彼は忘れていた。

 周囲のビル群は、ナメーロがつくり出したドグラニオの彫像……つまり、"守るべきもの"へと変わっているのだということを。

 

「バカヤロー!!」

「!?」

 

 いきなり足下から罵声が飛んできて、ガラットはぎょっとした。自分と比較して蟻ほどの大きさのナメーロが、頭から湯気をたてている。

 

「なんてヘタクソな戦い方だッ、周りを見てみやがれェェェ~!!」

「あァ!?なに言ってやが……」

 

 言われたとおりに周囲を見渡したところで、ガラットはようやく己の失態に気がついた。

 そこら中に存在したドグラニオの彫像が、ことごとく姿を消している……代わりに残された、瓦礫の山。

 

「……あ」

 

「「隙ありィ!」」

 

 二体のギャングラーの意識が戦闘から逸れた瞬間、警察も快盗も動いていた。

 

「グギャッ!?」

 

 パトカイザーの右腕のロッドがガラットに突き刺さり、

 

 ロープで両腕を縛りあげられたナメーロは、飛びかかってきたレッドにダイヤルファイターを叩きつけられていた。

 

『6・3・6!』

「あっ、ちょ──」

 

 制止の声も虚しく、あっさりと解錠される。開いた金庫に乱暴に手を突っ込み、ルパンコレクションを取り上げた。

 

「あぁ……でもちょっとキモチイぐへぁっ!!?」

「キメェんだよ死ね!!」

 

 用済みとばかりに蹴り飛ばされるのだった。

 

 

 パトカイザーとガラットの戦闘も、いよいよ決着へと向かう。

 

「さあ、とどめといこう!」

「うっす!!」

「りょーかい!」

 

 コックピット内で立ち上がり、VSチェンジャーを構える三人。その動作に同調するかのように、パトカイザーの肩のサイレンが光を放つ。

 

「パトカイザー、必殺!」

 

「「「──弾丸ストライクっ!!」」」

 

 全トリガーマシンのエネルギーが、右腕の警棒に集束していく。──集めたエネルギーを、すべてトリガーキャノンに充填する。

 

 そして──弾丸として放つ!

 

 疾風のごとく奔る光の塊。咄嗟に腕で受け止めようとしたガラットだったが、文字どおりの"必殺技"を前にしてはあまりに脆く。結果として、彼の胴体には風穴が開いていた。

 

「な……ナメーロ、あとヨロシク──!!」

 

 それが断末魔のことばとなった。倒れ伏したガラットは爆発を起こし、跡形もなく吹き飛んだのだった──

 

「っし!勝った!」

「ふぅ……あんた、こんなこともできるとはね」

「グッと来たぞ、グッドストライカー!」

 

 コックピットの中心部から飛び出す、ぬいぐるみのような形状になったグッドストライカーのコア。それが小刻みに身体を揺らしている、喜びを表現しているのだろう。

 

『オイラもお前らのバトル、グッと来たぜ!──でも、』

「?、──うおぉッ!?」

 

 突然、身体が浮くような感覚。

 彼らは、空中に投げ出されていた。

 

「うわあぁぁぁッ!?」

「が、合体を解除したのか!?どういうつもりだッ!?」

『オイラ、快盗にもグッと来ちまったんだ!』

「ハアァ!?」

 

 伸ばした手をすり抜け、飛んでいくグッドストライカー。パトレンジャーはむなしく地上へと墜ちていくのだった。

 

 

 そしてグッドストライカーは、ルパンレンジャーのもとに姿を現した。

 

『よう、快盗!』

「!、テメェ警察の……何しに来やがった?」

『オイラは警察じゃない、自由を愛する風来坊さ!気分がいいから、今度はお前らを手伝ってやるよ!』

「……へぇ」

 

 面白そうだ。珍しくそのような思いを抱いたレッドは、躊躇うことなく彼を手に取った。

 

「えっ、この子使うん?」

「物は試しだ」

 

 文句は受け付けないとばかりに言い切る。それでも普段なら、ブルーから小言が飛ぶのだが。

 

「ふ……。そうだな、試してみるか」

 

 やはり珍しいことにレッドに賛同するひと言が飛び出し、彼らの行動は決まった。

 VSチェンジャーにグッドストライカーを装填し、

 

『グッドストライカー!3・2・1──』

「行くぜ──!」

『──ACTION!』

 

 刹那、ルパンレッドの身体が光に包まれ──

 

「え……?」

「なんだと……」

 

(あ?)

 

 気がつけば、呆気にとられたような仲間たちのリアクション。彼らに目を向けたとき、それぞれの視界の端々に赤い影がよぎった。

 もう一度、しっかりと見遣る。──いずれにも、ルパンレッドの姿。ここに鏡はない。つまり。

 

「爆豪くんが……分裂した……」

「……この場合、分身というほうが適切だな」

 

 三体に増えたルパンレッド。そのいずれもが「キメェ……」とつぶやいている。分身といっても、そのすべてが"本物"としての意識を有しているらしい。

 

『へ~、快盗の場合は分身するのか!』愉快そうな声をあげるグッドストライカー。

「「「てめっ……知らねえで使わせたんか」」」

「ってか、警察の場合はどうなったん?」

『三人が融合した!』

「ゆ、融合!?」

 

 さらに呆気にとられるイエローを尻目に、勝己は密かにそれよりはマシかと思った。他人と融けあってひとつになるなど、想像しただけで怖気がする。

 

「「「チッ、とっとと奴ぶっ殺すぞ」」」

 

 ナメーロはもう満身創痍だ。ルパンコレクションも奪った以上、生かしておく理由はない。

 

 ブルー、イエロー、中心のレッドがVSチェンジャーを構える。残る左右のレッドはルパンソードを。"五人"での同時攻撃──それこそが彼らの必殺技だ。

 

『イタダキ……ストライクッ!!』

 

 VSチェンジャーの電子音声が流れると同時に──その一撃は、放たれた。

 光弾と、剣波。それらがひとつのエネルギーの塊となって、ナメーロに襲いかかっていく。

 

「よ、よよ、ヨロシクされたと言うのにィ──!!」

 

 というか、何をヨロシクされたのかもわからぬまま。ナメーロもまた、爆死を遂げたのだった──

 

 

 その光景を見届ける羽目になったドグラニオ・ヤーブンとその側近たちは、文字どおりのお通夜状態であった。ただし、ガラットとナメーロの死を悼んでのことでは当然ない。

 

「……俺の像が」

 

 せっかくの彫像が、ひとつ残らず破壊されてしまった──ドグラニオには、その事実にのみ落胆していたのだった。

 

 彼を気遣いつつ、デストラとゴーシュは密かに顔を見合わせた。

 

「そこまで楽しみにしていらっしゃったのか、ドグラニオ様……」

「そうみたいね。……ふふ、確かになかなかの出来だったわ」

 

 と、ここで「ゴーシュ」と声がかかった。

 

「若い野心に、もう一度チャンスを」

「は?しかし……」

「ああ、奴は失敗した。そういう後がない奴がどう足掻くかも、また見物じゃないか」

 

 くつくつと笑うドグラニオ。彼は早くも切り替えているらしかった。

 

「そういうことでしたら……ふふ、喜んで」

 

 ゴーシュにも、躊躇う理由はなく。

 数秒後には、彼女は人間世界に降りたっていた。

 

「私の可愛いお宝さん、」

 

「──ナメーロを元気にしてあげて」

 

 ルパンコレクションを発動し……そのエネルギーを、ナメーロの残骸である焦げた金庫へ注ぎ込む。

 その金庫を中心として、ナメーロは巨大化復活を遂げた。

 

「はっ!?す、スミマセンドグラニオ様ぁ!」

「……穴埋めはきっちりすることね」

 

 去っていくゴーシュ。残されたナメーロにはもう、遊んでいる余裕はなかった。

 

「こうなったら……テメェら快盗の首だけでも手土産にしてやるゥ!!」

 

 声を裏返して叫びながら、ナメーロはルパンレンジャーめがけて足を振り下ろした。

 それをひらりとかわしつつ、

 

「チッ、往生際の悪ィ……。──おいコウモリ野郎!」

『へっ?それ、オイラのことか!?』

「テメェの力がありゃ、俺らにも警察と同じことができんだよなァ?」

 

「だったら付き合えや。──行くぞ!」

「うむ」

「おーけー!」

 

 いったんグッドストライカーを放してダイヤルファイターを再装填し──即座に、撃ち出す。

 

 たちまち巨大化するダイヤルファイター。ブルー、イエロー、そしてグッドストライカーを掴んだレッドが、そのコックピットに乗り込んでいく。

 

『強引だなァおまえ……』

「うっせ。それより、どうすりゃいい?」

『さっきみたいにオイラを装填して、撃ち出せ!そしたらあとはオイラがやってやるよ!』

「そーか、よッ!」

 

 巨大ナメーロの粘液が飛んでくる。それをひらりとかわしつつ、レッドはグッドストライカーの指示を容れた。

 

『グッドストライカー!Get Set……飛べ!Ready……Go!!』

『行くぜ~、快盗ガッタイム!』

 

 合体シークエンスに入るマシン四機。しかし、先ほどのガラットの末路を見ているナメーロが何もしないはずがなかった。

 

「合体、よくないねぇ!!」

 

 隠しもっていた銃が火を噴いた。

 

「──!」

 

 マシンは既にグッドストライカーに任せてあった。操縦はきくが、反応が遅れ──

 

 刹那、マシン四機は爆炎に呑み込まれてしまった……。

 

「や、やった……倒した。快盗を倒したぞグハァッ!?」

 

 小躍りするのもつかの間、いきなり背中に衝撃を受けてつんのめるナメーロ。何事、と慌てて振り向けば──

 

 

──そこには、トリコロールに彩られた鋼鉄の巨人の姿があった。パトカイザー?いや、違う。

 

「"ルパンカイザー"、テメェがこの世で最後に聞く名前だァ!!」

 

 やけに揚々とした声でそう言い放つレッド。戦闘中で興奮しているのはいつものことだろうが、それにしても──

 

(……テンション高すぎない?)

(ふむ……)

 

 首を傾げるイエローに対し、ブルーは彼の心中を察したようだった。この場では何も言わず、黙って操縦桿を握る。

 

「ッ、ロボットなんて無骨!芸術性ゼロだァァァッ!!」

 

 やけっぱちの銃撃を繰り出すナメーロ。しかしそんなものがルパンカイザー相手に通用するはずがない。軽やかに跳躍し、お返しとばかりに右腕のガトリングが回転する。

 

「うぎゃぎゃぎゃぎゃッ、きょ、凶悪ゥ!?」

「快盗舐めんなオラァ!!」

 

 いやいやこの凶悪さは快盗というより強盗ではないか。切実にそう思うもつかの間、早くもルパンレンジャーは動いた。

 

「テメェに時間はやらねェ、とっとと死にさらせ!!」

 

 もう肝心要の目的は果たしたのだ、これ以上長引かせるつもりはなかった。

 一度コックピットに差し込んだVSチェンジャーを引き抜き、構える。

 パトカイザー同様、ルパンカイザーもまたパイロットたちの動作に同調する。その手の中に光が寄り集まり、巨大なVSチェンジャーのかたちを創り出す──

 

「オラァッ!!」

 

 そして引かれるトリガー。放たれる弾丸は……一発二発ではなかった。

 

『連射連射連射ァ!!』

 

 弾丸がナメーロの身体を食い破っていく中で、シャウトするグッドストライカー。そして、

 

『グッドストライカー連射!倒れちまえショット~!!』

 

 彼独特のセンスをもとに技が命名されると同時に……ナメーロの身体は、ついに四散していた。「最悪だねぇぇぇ!!?」という、断末魔とともに。

 

『ヒュ~、気分はサイコー!』

「………」

 

 コックピットの中心でぴょんぴょんと跳ねるグッドストライカー……らしきものに対して罵声を浴びせないあたり、勝己の機嫌は悪くないらしかった。少なくとも、ここ数日においては。

 

 

 *

 

 

 

 日没を目前に迎えた頃になって、黒霧がジュレを訪れた。

 

「ルパンコレクション回収、お疲れさまでした」

 

 受け取ったコレクションをアルバムの空白ページに触れさせる……と、なんとゆっくりと吸い込まれていくではないか。傍目には驚くべき光景だが、何度も目にしている快盗の面々にさしたる感慨はなかった。

 

「それより例の……喋るルパンコレクションのことだが」

「グッドストライカーですか、あれは我々の手には負えないコレクションでして。警察にコレクションが渡ったこととも、あるいは関係しているかもしれません」

 

 戦闘ののち、アデューと言い残していずこかへ飛び去ってしまったグッドストライカー。"自由な風来坊"の自称は確からしいと、お茶子が苦笑いを浮かべる。

 

「は~……まあでも、警察が持ったまんまよりはいいのかなぁ……」

 

 そうこぼしたときだった。噂をすればというべきか、からんころんとドアベルが鳴る。

 

「いらっしゃいま……あ」

 

 既に腐れ縁のようにさえ感じてしまう、パトレンジャーの面々の姿。当然、彼らのほうは夢にもそんなことは思っていないだろうが。

 

「一昨日はすいませんでした。三人、大丈夫ですか?」

「……ええ。──勝己、ご案内を」

「!、……チッ」舌打ちしつつも、「コチラニドーゾ」

 

 手近な席を指し示す。棒読みではあるが、少なくとも敵意はうかがわせない。鋭児郎が笑みを浮かべるのを無視してさっさと厨房に引っ込んでいく勝己。代わってお茶子がメニューを持っていく──特に決めたわけでもなく定着している役割分担である。

 

 それを受け取りつつ、天哉が口を開く。

 

「ようやくきみの歓迎会ができるな。遅くなってしまってすまなかった」

「いやそんな……事件続きだったんですし」謙遜しつつ、「あの……飯田さん、」

「なんだい?」

 

「耳郎さんから聞きました。飯田さん、元々はヒーロー目指してたって」

「!」

 

 一瞬目を見開いた天哉は、「そうか」とだけ応じた。鋭児郎がどういうつもりでいまその話を持ち出したのかは、聞いてみないとわからない。

 

「あの、今さらこんなこと言っても、しょうがないかもしれないんスけど……」

「………」

 

「飯田さんはッ、ニセモノなんかじゃない!……と、思います」

「!」

「……スンマセン、急に。でもそれだけは、どうしても言いたくて」

 

 いまの天哉は警察官だ。けれど市民を守ろうとするその姿勢は、間違いなく本物のヒーローだと思う。兄を汚され、憎悪に駆られた──だからなんだというのか。彼はまだ、たった15歳の子供だったのだ。

 鋭児郎の真摯な気持ちを察してか、天哉は笑った。

 

「ありがとう、烈怒頼雄斗。プロヒーローにはなれなかったが……俺はこれからも、市民を守る警察官であり続けるよ」

 

 

「市民を守る……か」

 

 いつの間にか厨房に"侵入"してきた炎司のつぶやきを耳許で聞き、勝己は盛大に顔をしかめた。

 

「入ってくんなや、聖域だぞ」

「店長の入れない聖域があってたまるか。……それより、黒霧がいない」

「いつものことだろ、神出鬼没」

 

 ああしてルパンコレクションの話をしていても、客が来ると忽然と姿を消してしまうのだ。そういう個性を持っているにせよ、あまりに鮮やかである。

 

「それにしても立派なものだな、パトレンジャーは。どこぞの小僧とは大違いだ」

「あーいうのがお好みかよ。じゃあ快盗やめて復帰すれば?連中、喜ぶんじゃねーの」

「なんだ、やきもちか?」

「ッ、ざっけんなクソオヤジ!」

 

 噛みついてくる勝己。──正直を言うと、こういう子供を相手にするのは未だ新鮮だった。失った末の息子も反抗的ではあったが、彼は自分を心の底から嫌悪していて、可能な限り視界にも入れたくない様子であったから。

 

「心配するな。"カイザー"に喜ぶ少年らしいセンスは嫌いじゃない」

「は?……~~ッ!!」

 

 一瞬ぽかんとしたあと、みるみるうちに顔を真っ赤にする勝己。「てんめぇ!!」と殴りかかってくる彼を軽くいなし、炎司は密やかに笑うのだった。

 

 

 à suivre……

 

 

 





次回


「鳴らない六弦」









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#5 鳴らない六弦 1/3

じろーちゃんといえば音楽、音楽といえば…ってことで、このエピソードになりました。

それに伴いオリジナルギャングラーも登場します。ごめんねラブルム。


 ヒーロー・烈怒頼雄斗こと、切島鋭児郎の朝は早い。

 

 正確には、ここ数日で急激に早くなったというべきか。彼は所属するヒーロー事務所ほど近くにアパートを借りて住んでいるのだが、偶発的に仮出向することになった国際警察日本支部からはかなり距離があるのだ。電車を乗り継いで数十分かけて出勤し、警察戦隊の業務をこなす日々。

 

「ふぁああ……」あくびをこぼしつつ、「っし、今日も頑張んねーとな!」

 

 拳を握り、己を鼓舞する。無論何事もなく一日が終わるに越したことはないが、相手とするギャングラーは未だ大量に潜伏している。その多大な脅威を取り除くためにも、彼は先頭に立つつもりでいた。

 

 最寄り駅から歩いて数分。日本支部庁舎の前までやってきた鋭児郎は、見知った女性の背中を発見した。通勤途中であるためか、警察戦隊の制服ではなく一般的なパンツスーツ姿だが。

 

「お、──耳郎さーん!」

 

 そこそこの大声で呼びかけるが……反応はない。鋭児郎は首を傾げた。彼女──耳郎響香とは既に良好な関係を築いていることもあり、無視されたとは微塵も考えない。お人好しな性分ゆえであるともいえる。

 いずれにせよ彼は躊躇なく駆け寄り、響香の肩を軽く叩いた。「きゃっ」と女性らしい声をあげて振り向く──刹那、耳に繋がった黒いコードが目に入った。

 

「あ……なんだ、烈怒頼雄斗か」イヤホンを外し、「おはよ」

「おはようございます!音楽聴いてたんスね」

「まあね。ひょっとして声かけてくれてた?気づかなくてごめん」

「いやぁそんな……──耳郎さん、休憩中とかもたまに何か聴いてますよね。どーいうのが好きなんスか?」

 

 人に訊くならまず自分からというポリシ──―というほどでもないが──のもと、「ちなみに俺は演歌派っス!」と続けると、響香が軽く噴き出した。

 

「な、なんかわかる気がすんなぁ……」

「硬派っスからね!」

「はは……ま、そういう意味じゃウチもイメージ通りかな」

 

 「ウチはロック派なんだ」と響香。ただし彼女の場合、その入れあげ方は一般的な趣味の範疇にはとどまらなかった。

 

「親が音楽関係の仕事しててさ。ウチもそっち目指して音大通ってたんだ。昔の話だけどね」

「えっ、すごいじゃないっスか!?」

 

 音楽に携わる仕事というのは、漠然とであれば憧れない人間のほうが少数なのではなかろうか。ただプロヒーロー以上に狭き門なのも事実であって──意外なチャレンジャーとしての側面に、鋭児郎は感心していた。

 しかしそうなると、当然浮かんでくる疑問があって。

 

「……でも、そんならどうして国際警察に?」

 

 音大と警察──明らかに、噛み合わない。

 が、ほどなく鋭児郎はしまったと思った。響香の表情に、一瞬翳が差したから。

 

「……色々、あってさ」

「あ……」

「ま、もっと小さい頃はヒーローにも憧れてたし。ヒーローやるには不向きな個性だから早々あきらめたけど」

 

 「逆に警察は天職かも」と、コード状に伸びた耳朶に触れる響香。彼女の個性"イヤホンジャック"の特性を鑑みれば、確かにそのとおりかもしれない。

 だがいかなる事情があるにせよ、彼女がふたつもの夢を手放したことに変わりはない……飯田天哉もそうだったように。

 

 その事実は、決して軽いものではなかった。

 

 

 *

 

 

 

「ねぇボス、ギタールが最近活きのいい人間を仕入れているんですって。実験に使いたいので買っていただけないかしら?」

 

 ドグラニオ・ヤーブンに対し猫なで声で己の要求を伝えるは、側近のひとりであるゴーシュ・ル・メドゥ。ギャングラー同士の取引にも当然金品が介在する。まして労働力に実験材料にと、万能に扱える知的生命体の売買ともなれば──

 

 と、ドグラニオとゴーシュの間に割り込む巨駆があった。──ドグラニオの腹心、デストラ・マッジョだ。

 

「おねだりなら相手を選べ、ゴーシュ。身の程を弁えろ」

「構わんよ、デストラ」

「!?、ボス……」

 

 ぎょっとするとともに、もしやボスは「構わんよ」が口癖になっているのでは?とデストラは要らぬ心配をした。当然、口には出さなかったが。

 

「我々に取引は付き物さ。ゴーシュの実験、ギャングラーの発展には役に立つ」

「ふふっ……ありがとうございます、ボス」

「………」

 

 「それにしても」と、ドグラニオはワインを煽りながら続けた。

 

「ギタール・クロウズか。ああいう変わり種に後を継がせるのも、面白そうだと思わないか?」

 

 尤も警察や快盗に葬り去られたガラット・ナーゴやナメーロ・バッチョと比較すると、彼はその意欲が薄いようなのが残念なところだった。

 

 

 *

 

 

 

 始業時刻を迎えて早々、警察戦隊のタクティクスルームは厳粛な空気に包まれていた。

 その中にあって、指揮官である塚内直正管理官が口火を切る。

 

「ここ数日の間に、複数の音楽関係者が消息を絶っていることが判明した」

「!」

 

 "音楽関係者"──そのことばに響香がとりわけ大きく反応する。先ほど彼女の過去を聞いたばかりの鋭児郎もまた、「え」と声をあげかけてしまった。

 

「質問をお許しいただけますでしょうか!?」挙手する天哉。

「元気だな……どうぞ」

「連続失踪事件とは確かに由々しき事態ですが、それが何故ギャングラーの仕業と判断されたのでしょうか?」

 

 対ギャングラー専門部隊であるパトレンジャーが動く以上、天哉の疑問はもっともである。

 当然、答は存在した。

 

「ある音楽大学のキャンパス内で、ギャングラーらしき姿を目撃したという複数の情報が入ってきている。失踪者の中でもその音大の関係者……とりわけ学生が最も多いことがわかったんだ」

「なるほど……失礼いたしました!」

 

 天哉が納得したところで、塚内は事務方ロボットであるジム・カーターに呼びかける。

 その指示に応じて、ジムがプロジェクションマップを展開した。

 

『ここがその音楽大学です!』

「!、え……ここって……」

 

 響香の動揺がさらに深まる。鋭児郎が訊くよりも早く、天哉が「そうか」と声をあげた。

 

「ここは確か、きみの在籍していた音大だったな」

「……うん」

「そ、そうなんスか!?」

 

 彼女にとって、あらゆる意味で深い思い入れがあるであろう場所。そこに潜むギャングラー。

 

 その顛末は、響香にとって苦いものになるのではないか──鋭児郎にはそんな予感があった。自分の平凡な勘など、的中しなければいいという願望とともに。

 

 

 *

 

 

 

 失踪者個々人についての捜査を天哉に任せ、響香と鋭児郎は件の音大へと向かった。

 

「烈怒頼雄斗……運転大丈夫?代わるよ」

「だ、大丈夫っス!休みんときは乗り回してるんで……」

 

 とはいえ、まだ免許を取得してふた月足らず。操作がおっかなびっくりになるのも無理からぬことであった。

 そんなことより、

 

「……なんか、ヤなギャングラーっスよね。耳郎さんの母校で事件起こすなんて」

「まあ、ね……」うなずきつつ、「でも、それ以上に不思議な感じもするな。あそこにはもう、一生行くことなんてないって思ってたから」

「耳郎さん……」

 

 ぼうっと助手席のシートに身を預けたまま、響香はぽつりとつぶやいた。

 

「……せめて、ちゃんと卒業したかったな」

 

 

──音大に到着したふたりは、早速情報収集を行うべく動き出した。

 響香の表情には未だ郷愁が残っているが、身のこなしにまで感情の揺らぎは表れていない。彼女は間違いなく、プロの捜査官であった。

 

「さてと……まずは地道に聞き込みするっきゃないな。行こう、烈怒頼雄斗」

「うっす!」

 

 それにしても、と鋭児郎は思う。キャンパスは広く、活気に溢れている。自身の母校である雄英高校もヒーロー科のほか普通科、経営科、サポート科とあり大学並みの規模と設備を備えていたが、やはり雰囲気からして異なる。

 

(キャンパスライフかぁ……。ちょっと憧れる……かも)

 

 プロヒーローという世人の憧憬を集める職業に就いていて、自身の立場には何も不満などないのだが。ヒーローを目指して一直線に進んできた鋭児郎にとって、この光景は新鮮そのもので。

 

「ッ、集中集中!漢らしくねえぜ鋭児郎!」

「?、どしたの急に?」

「あ……ハハ、スンマセン」

 

 互いに複雑な想いを抱えつつ、聞き込みという職務をこなしていく……が、

 

 

「……なかなかヒットしないっスね」

「そうだね……」

 

 行きかう学生たちは大勢いるから、数撃てば当たる……と思ったのだが。

 皆、学内にギャングラーが潜んでいるという噂を耳にしたことがあるというくらいで、具体的な情報をもっている者にはなかなか巡り会えない。

 

「ま、捜査ってのはそんなもんだよ。十人でダメなら百人、百人でダメなら千人ってね」

「おー……そういうの、なんか好きっス!」

「ふ……だと思ってた。さ、聞き込み再開するよ」

「うっす!」

 

 意気込んだふたりが動きだそうとしたときだった。

 

「!」

「?、耳郎さん……?」

「しっ!」

 

 突然表情を険しくして、周囲を見回す。耳を澄ましているようだが、鋭児郎には何も聞こえなかった。

 しかし次の瞬間、彼女はいきなり踵を返して走り出した。

 

「ちょっ、どうしたんスか!?」

「悲鳴だ、間違いない!急いで!」

「えぇっ……」

 

 やはり鋭児郎には聞き取れなかったが、響香を疑う理由もない。彼女のあとを追うのは当然だった。

 

 

 *

 

 

 

 響香の耳は正しかった。

 

 学内のはずれで、ギターを提げた青年が腰を抜かしている。怯えきったその瞳に映し出されるのは、人間にフクロウを掛け合わせたような異形の存在で。

 

「う……うわぁあああ!!」

 

 青年の個性なのだろう、その身から電撃が奔り、怪人に襲いかかる。が、怪人は鬱陶しげにそれを振り払うような仕草を見せるばかりで、まったくものともしていない。青年の表情がますます絶望に染まっていく。

 

──そのときだった。

 

 突如飛来したカード状のオブジェクトが、怪人の肩口を切り裂いていった。

 

「ッ!」

 

 うめき声をあげて後ずさる怪人。間髪入れず、頭上から声がかかる。

 

「やはりここに潜伏していたか、ギタール・クロウズ」

「!?」

 

 学舎を踏みつけるように立つ、三人のマスカレイド。怪人──ギタール・クロウズが「快盗か……!」と忌々しげな声を発すると同時に、彼らは白銀の銃を構えていた。

 

「「「快盗チェンジ!!」」」

 

『0・1・0!』

 

『マスカレイズ!──快盗チェンジ!』

 

 三人の快盗に仮面の意匠が覆い被さり……一瞬にして、彼らを変身させた。

 

「予告する──」

 

 

「テメェのお宝、いただき殺すッ!!」

 

 VSチェンジャーのトリガーを引きながら、マントを翻して跳躍する。一瞬にして標的との距離を詰めていく快盗戦隊ルパンレンジャー。

 舌打ちをこぼしたギタールもまた、巨大な鉤爪を振りかざして応戦する。静かなキャンパスのはずれはにわかに砂塵吹きすさぶ戦場と化した。

 

 直後、鋭児郎と響香もこの戦場に姿を現した。

 

「ギャングラーに快盗!?」

「ビンゴか……!──行くよ!」

「うっす!」

 

 VSチェンジャーを構え、

 

「「警察チェンジ!!」」

 

 "パトライズ"と電子音声が流れ──トリガーを引くと同時に、ふたりもまたパトレンジャーへと変身を遂げる。

 

「うおおおおおお──ッ!!」

 

 吶喊するふたり。快盗たちとの間に割り込むようにして、ギタールに攻撃を仕掛ける。

 しかしこの場には、ギャングラー当人以上に彼らに対して攻撃的な者がいて。

 

「オラァッ!!」

「うおッ!?」

 

 いきなり赤い拳が鼻先で風を切り、パトレン1号はぎょっとした。

 

「避けんなッ、死ねカス!!」

「てめっ……どんだけ俺ら目の敵にしてんだよ!?」

「俺の道にいんのが悪ィんだよ!!」

 

 なんたる傲慢な物言いだ、と鋭児郎は怒りを通り越して呆れ返った。これは快盗だからというより、この男の人格の問題だろう。

 いずれにせよ、はいそうですかとこの男の道からどいてやるわけにはいかない。自分たちにも為さねばならない使命がある。

 

「悪ィけど、俺らもコイツには用があんだよ!」

「拐われた人たちの居場所……とっとと吐かせる!」

「……!」

 

 刹那、レッドの動きがわずかに鈍る。それに気づいたのは、目の前にいる1号のみだったが。

 

(え、こいつ……?)

 

 そのとき、意図せず乱戦の主役となってしまったギタールが吐き捨てるように言った。

 

「貴様らの相手をするつもりはない……!」

「!」

 

 ガスマスクのような形状をした口の隙間から、どす黒いガスが噴出する。たちまち、ギタール自身の姿が覆い隠されていく──

 

 それだけではなかった。

 

「う゛……ッ、な、何これ……!」

 

 強烈な刺激臭にイエローがえずく。咄嗟にブルーが彼女を後方に引っ張り、避難させた。

 

「離れろ、神経ガスかもしれん。──ッ、」

 

 結局、彼らは包囲を解かざるをえず。ばら撒かれたガスに乗じて、ギタール・クロウズは姿を消してしまったのだった。

 

「ッ、くそっ、チャンスだったのに……!」

「………」

 

 パトレンジャーのふたりが悔しさを隠しきれない一方で、ルパンレンジャーはひと言も発せずに早々と退却を決めていた。標的のいない戦場になど、用はないとばかりに。

 ふたたび学舎に跳躍する彼らの背中に向かって、たまらず3号が叫んだ。

 

「待ちなよ!……せめて、あいつについて知ってること、なんか教えてよ」

「………」

 

 快盗が易々と情報を渡してくれるはずがない──そんなことはわかっていた。それでも一縷の望みにかけたいほどに、彼女は焦っていたのだ。

 しかし、その結果は意外なもので。

 

「……ルパンコレクションの能力だ」

「えっ……」

「コレクションの能力で、奴は人間をどっかに転送してる。わかってンのはそれだけだ」

 

 最後に舌打ちひとつ残して、レッドは屋根の向こうに消えた。ブルー、イエローとあとを追っていく。

 追撃……する気にはなれなかった。

 

「……なんか思うところあったんスかね、あいつ?」

「かもね……」

 

 ことば少なにうなずきつつ、響香は変身を解いた。ギタールは姿を消してしまったが、手がかりは目の前に残されている。襲われていた、やや軽薄そうな金髪の青年だ。エレキギターを提げているところを見るに、ここの学生に間違いないだろう。

 

「ねえ、あんた──」

 

 響香が声をかけようとした瞬間、青年が「あぁっ」と声をあげた。

 

「あの……耳郎響香さんっスよね!?」

「え……そ、そうだけど」

「やっぱり!マジかよすげぇ!」

 

 いきなりにじり寄ってきたかと思えば、むんずと両手を掴んでくる。振りほどくこともできず、響香は困惑するほかなかった。

 

 

 それがこの青年──上鳴電気との出逢いだった。

 

 

 




当初パトレン2号は上鳴を想像してたんですが、結局出せなかったのでココで救済。


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#5 鳴らない六弦 2/3

 快盗ルパンレッドこと、爆豪勝己は苛立っていた。

 

 素の状態で、学内に一人ぼっち。仲間たちに置いていかれてしまった恰好である。ギャングラーを捜したいが、人目の多い大学で勢揃いで動くのは得策ではないという炎司の意見が発端なのだが、これについてはまあ理解できた。

 

 問題は、残留者の選定プロセスにあった。

 

──爆豪くん、罰ゲームで居残り決定ね!

──ア゛ァ!?ンだ罰ゲームって!?

──ギャングラーの情報を警察に渡しただろう、我々になんの断りもなく。

 

──どうせ理由(わけ)を話すつもりはあるまい。訊かないでおいてやるから、尻拭いも自分でするんだな。

 

(クソが……!)

 

 図星。だからこそ余計に腹立たしかった。連中は今頃、のほほんと待機中という名のティータイムにでも興じているのだろう。無論そこに混ざりたいなどとは微塵も思わないが。

 

 

 一方、切島鋭児郎もまた構内をひとりで歩いていた。こちらは当然、罰ゲームなどではない。

 

「──つーわけで、耳郎さんは狙われてた上鳴ってヤツに付いてます」

『そうか……。しかし、学生時代の耳郎くんのファンとはな』

 

 インカムの向こうで、飯田天哉が感慨深げにつぶやく。

 

「ビックリしましたよマジで!そんな有名なギタリストだったんスね、耳郎さんって……」

『うむ。音楽については俺も不案内なので詳しくは知らないが、その道では将来を嘱望されていたそうだ。だが、事故があったとかで……』

「事故……」

 

 響香とは同期の天哉であるが、本人の口から詳細を聞いたことがあるわけではない。すべては噂だ。しかし「卒業くらいはしたかった」という車内でのつぶやきは、それを裏付けているように思われた。

 

『ともかく、俺はもう少し失踪者の周辺を洗ってみる。またギャングラーが現れたら連絡してくれ』

「わかりました!んじゃ、また!」

 

 通信を終え、ふうぅと息をつく。聞き込みは続けているが、やはりめぼしい情報は得られていない。それに、警察がいるとわかっていて再びのこのこ現れるだろうか?

 

(ま、だからって諦めるつもりはねーけどな!)

 

 一刻も早く失踪者の行方を掴まなければならないのだ。響香の言葉を思い返し、鋭児郎は己を奮い立たせた。

 

──のだが、

 

 歩きだそうとしたところで、すれ違った相手と肩がぶつかる。刹那、

 

「テメェどこに目ぇつけて歩いてんだ!?」

「!?」

 

 反射的に「わりィ」と発するよりも先んじた罵声。いっそ感心すらしながら相手を見遣った鋭児郎は、それが見知ったものであることに気づいて目を見開いた。

 

「うぇっ!?きみ、ジュレの……」

「!、げっ……」

 

 ぶつかった相手は、爆豪勝己その人だったのだ。

 

──蛙の潰れたような声を発した勝己のほうはというと、戦闘の興奮冷めやらぬ状態に身を任せて因縁をつけてしまったことを早くも後悔していた。まさかよりにもよって、相手が切島鋭児郎だとは。

 

 表向きは喫茶店の店員でしかない自分がこんなところにいるのは不自然だ。案の定、相手は怪訝な表情を浮かべている。

 

「偶然だなぁ……。でも、どうしてここに?」

「……ッ、」

「!、まさか──」

 

 

「……また、野次馬?」

「は?」

 

 絶体絶命かと思いきや、斜め上の勘違いをしてくれたらしい。この大学にギャングラーが潜伏しているという噂は、確かにSNS上などで広まりつつある。

 

「まあ……そんなとこ」

 

 勝己が小さくうなずくと、鋭児郎は「やっぱりかぁ……」と頭を抱えてみせた。

 

「好奇心旺盛なのはいいけど……あんまり危ないことに首突っ込むもんじゃねーぜ」

「けっ……」

 

「余計なお世話だ」──そう言いかけて、いや待てと思い直した。こいつは堂々とギャングラーの情報を得られる立場にある。この前の炎司の言葉──"なんとかとハサミは使いよう"──を鑑みれば、ここはむしろ。

 

「……じゃああんたが守ってくれよ、ヒーローのオニーサン?」

「へっ?」

 

 ぽかんと開いた口があまりにも間抜けだった。噴き出しそうになるのをこらえつつ、勝己は続ける。

 

「だってひと目くらい見てーもん、ギャングラー」

「あ、あのなぁ……。大体、一般市民連れ回すわけには……」

「あっそ。ヒーローなのにその一般市民見捨てんの?しかも未成年を」

「うっ……」

 

 そもそも素直に退去しない時点で何を言おうと理はないのだが、"見捨てる"というひと言にひどい衝撃を受けてしまった。その時点で、鋭児郎の負けだ。

 

「わかったよ……一緒に連れてってやるから。その代わり、もしギャングラーが出たらすぐ逃げてくれな」

「アザマース」

 

 心のこもらない謝辞を受け止めつつ、鋭児郎はこの平和ボケしている──ように振る舞っている──少年に対し、半ば愚痴るようにしてギャングラーの恐ろしさを語る。

 

「マジで怖ぇんだからなギャングラーって、俺らヒーローの個性もほとんど通用しねぇし」

「だろーな」

 

 そういや、と鋭児郎は手を叩いた。

 

「きみの個性ってどんなの?見た目ハデだし、実はスゲー個性もってたり?」

 

 それは純然たる興味でしかなかった。いかに強力な個性をもっていようが、いち民間人の少年を戦力にするつもりなど毛頭ないのだ。

 しかし、返ってきたのは予想だにしなかった答だった。

 

「……無ェよ」

「へ?」

「ムコセー。なんもできねー木偶の坊ってわけ」

「あ……そ、そっか……珍しいな。でも、木偶の坊なんて言うなよ。少なくとも俺、きみの作ったメシ美味ェと思ったぜ?」

 

 それだけで十分、"何かができている"ことにはなるまいか。鋭児郎は心の底からそう告げたが、勝己は目を伏せたままだった。

 

 

 *

 

 

 

「ひと目惚れ、だったんス」

 

 上鳴青年の唐突な告白に、響香は面食らっていた。

 彼はやはりというべきかここの一回生だった。狙われる心当たりはあるかなど、思い当たることはひととおり聴取したのだが……めぼしい成果は得られず。質問の弾も切れてしまったところで、冒頭のひと言である。

 

 響香が呆気にとられて何も言えずにいると、頬をぽりぽり掻きながら青年は続けた。

 

「中坊んとき、あなたがやってたバンドのライブをたまたま見たんです。それでなんつーか、ビビッと来ちゃって……俺も、あなたみたいにギターが弾きたいって思った」

「そう……なんだ」

 

 響香の脳裏に、張り詰めた六弦をひたむきにかき鳴らしていた頃の記憶が甦る。髪と同じ黄金色の瞳──軽薄そうな外見とは裏腹に無邪気に輝いているのを目の当たりにして、響香の手は無意識に青年の手を取っていた。

 

「………」

「え、あ、センパイ……?」

 

 指を絡ませるように握られ、顔を赤くする電気。が、響香の目は至って真剣だった。

 

「……昔のウチと、同じ指してる」

「え……マジっすか?」

「うん。──ねえ、よかったら弾いてみてよ」

「!」

 

 嬉しそうにうなずくと、電気は弦に指をかけた。

 

──音が、あふれる。

 

 当初はやや躊躇の感じられた演奏だったが、次第に波が整っていく。伏せられた瞼。覗く黄金色の瞳は、真剣そのもので。

 

 響香もまた、奏でられる音色を目を閉じて聴いていた。己が警察官であることも、それが過去に自分の弾いていた曲であることも……何もかも忘れて。いまこの瞬間だけは、彼女は純粋なるオーディエンスでしかなかった。

 

 

 気づけば、あっという間に数分が経ち。電気の指が、遂に終止符を奏でた。

 

「………」

 

 静かに目を開ける響香。再び、視線が交錯する。

 

「……どう、っスかね?」

「……うん、悪くなかった」不意に悪戯っぽい笑みを浮かべ、「ねえ。あんたって結構……おバカでしょ?」

「ウェッ!?」

 

 整った顔立ちが間抜けに崩れる。が、響香は何も、貶すためにそう言ったわけではなかった。

 

「それがいいんだよ。演奏にはね、時にはおバカになることも必要なの」

「そう……なんスか?」

「そうだよ。技術は努力で磨けるけど、それは才能だから」

 

「頑張んな、上鳴。あんたなら、ウチのことなんかすぐに超えられるよ」

「!」

 

 弦から離れた電気のしなやかな指が、わずかに震える。

 

「……うっす!まだまだ背中は遠いっスけど……俺、頑張ります!」

「ふふ……」

 

 響香が笑みをこぼしたときだった。不意に、教室の扉が開かれる。

 同時に、拍手の音。

 

「……Excellent!素晴らしい演奏だったぞッ、電気!」

「!」

 

 突然入り込んできた赤毛の男性は、電気のみならず響香にとっても縁深い人物だった。

 

「高宮先生……!」

「うん、久しぶりだな響香!」

 

 ファーストネーム呼びも、馴れ馴れしいとは思わない。彼はこの音大の教授であり、響香にとって恩師でもあったから。

 

「こちらこそご無沙汰してます。相変わらず熱血キャラですね……」

「ハハッ、よく言われる!おまえも元気そうで何よりだ、国際警察に入ったんだって?」

「ええまあ。それで今日は、捜査の関係で伺ったんですけど」

「ああ、聞いてるよ。ウチの学生も何人か失踪してる、協力できることがあったらなんでも言ってくれ!」

 

 キラリと白い歯を見せてウインクする高宮。ややキザな振る舞いだが、もとがハンサムなので違和感はない。響香はまた懐かしい気持ちになった。

 

「それは置いておいて……電気の演奏、良いだろう?こいつのことは元々目ぇかけてたんだが、憧れのセンパイに聴いてもらえてプルス・ウルトラできたみたいだな!」

「ちょっ、勘弁してくださいよ先生……」

「照れなくてもいいだろ!な、響香?」

「ハハ……」

 

 苦笑していると、さらに来訪者が続いた。──鋭児郎と、彼に伴われた勝己である。

 

「取り込み中スンマセーン……」

「あぁ烈怒頼雄斗……あれ、その子ジュレの……なんでここに?」

 

 そっぽを向いてしまった当人が説明する気ゼロなので、やむをえず鋭児郎が代行する羽目になった。もっとも、「野次馬ですって」で済んでしまうのだが。

 

「野次馬って……帰らせなよ……」

「いやぁハハ……おっしゃる通りなんスけどね……」

「……まあいいや。何か有力な情報はあった?」

「あー……すいません、まだ特には」

 

 そこで高宮の存在に気づき、鋭児郎は軽く会釈した。「どうもご丁寧に!」というやや過分な返答がくるが、かといって彼ら個人については関心の埒外らしく。

 

「パトレンジャー、だったか。重要な仕事を任されているんだな!」

「ええ、まあ」

「あんな事故のせいで夢を断たれて……それでも平和のために頑張っているなんて、きみは本当に素晴らしい教え子だ!俺も誇らしいよ、うん!」電気に向き直り、「おまえもこれからは彼女を見習うんだぞ、電気!」

 

「合コンばっかり行ってないでな!」といい笑顔で叱咤され、電気は蛙の潰れたような声を発した。

 

「じゃ、俺は授業があるのでそろそろ行くことにするぜ。聞きたいことがあったらいつでも連絡してくれよッ、それじゃな!」

 

 サムズアップとともに颯爽と去っていく高宮。響香の在籍当時、授業もこんな感じで締めていたのだが……相変わらずらしい。

 微笑ましく見送る一同。──ただひとりだけ、例外があった。

 

「………」

 

 爆豪勝己だけは、疑り深い眼差しを彼の背中に向けていたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 その後数時間に渡って警戒を続けたものの、いっこうにギャングラーが姿を見せる気配はなく。

 

 電気も合コンがあるとかで──早速高宮先生の言いつけを守っていないのはご愛嬌である──帰ってしまったので、彼を見送ったあとで鋭児郎たちもいったん本部に戻ることになった。

 

「結局出てきませんでしたね、ギャングラーの奴」

「まあ、ウチらが嗅ぎ回ってるってわかっててのこのこ現れたら間抜けもいいとこだしね。……にしても、」

 

 響香の視線がバックミラーを捉える。

 

「爆豪くんだっけ……。あんた、逆によく途中で帰らなかったね」

 

 最後までふたりに同行した勝己が、パトカーの後部座席をひとりで占領している。まさか大学に置いていくわけにもゆかず、管理官の許可を得てジュレまで送る羽目になったのだ。まったく悪びれる様子もなく、響香としては呆れるほかなかった。

 

 そのまま続く沈黙。もしや到着まで一度も口を開かないのではとさえ思われた勝己だったが、終焉の時は唐突に訪れた。

 

「なぁあんた、あの大学の出身なんだってな」

「そうだけど……」

「それがなんで警察?音楽はやめたのかよ」

「……好きでやめたわけじゃないよ。やりたくても、続けられなくなったから」

「事故っつってたな、あの熱血センセー」

 

 響香の過去について、勝己は珍しく興味をもっているらしい。終始冷たくあしらわれてきた鋭児郎としては複雑だったが、とても口を出せる雰囲気ではなくなりつつある。

 ややあって、

 

「……勿体ぶるようなことでもないか」

 

 観念したように独りごちると、響香は語りはじめた。己の過去に、何があったのか。

 

 

──激痛に苛まれる中で見た鮮烈な青空を、いまでも覚えている。

 

 当時、響香はオートバイで大学に通っていた。事故があった日も、彼女はバイクで帰宅途中だったのだ。当然、彼女は危険な運転をする性質ではない。また、過失があったわけでもなかった。

 

 ブレーキが、効かない。

 

 それは突発的な事態だった。停車どころかスピードを緩めることすらできず、焦った響香はバランスを崩してバイクごと転倒した。

 悪夢はそのあとに訪れた。折り悪く向かいから走ってきた車。その車輪が、彼女の右手に乗り上げて──

 

──う゛ぁああああああああッ!!

 

 

「……幸い、日常生活に支障がない程度には回復した。けど──」

 

 ギターの演奏のような、繊細な指遣いにはもう堪えられない。つまり響香は、ギタリストとしての生命を断たれてしまったのだ。

 

「そんな……ッ」

 

 ハンドルを握る鋭児郎の手が震える。ぎゅう、と革がつぶれる音を聴いて、響香は自嘲ぎみに笑った。

 

「そんな表情(かお)しないでよ。言ったでしょ、昔の話だって」

「それは……でも──」

 

「──なァ、」

 

 沈黙を保っていた勝己が、不意に声をあげる。

 

「それって、本当に事故?」

「へ?」間抜けな声を発する鋭児郎。

「だって変だろ、そんないきなりブレーキがかかんなくなるなんて。よっぽど整備サボってたンなら知らねーけど」

 

 鋭児郎ははっとした。助手席に座る響香の表情に拭い去れない翳が差したのを、彼は見逃さなかった。

 

「……証拠はね、何も出てこなかった」

 

 響香の答は、逆説的に"それ"を認めたようなものだった──何者かが、バイクに細工したという。

 

「ンなことされる心当たりは?」

「あるわけないよ……他人に恨まれるような生き方してきたつもりはないし。でも、ウチが無自覚なだけかもしれない……」

「怨恨ね……。そうとも限らねえんじゃねーの?」

「……じゃあ、何?」

 

 フッと、ため息を吐き出すように勝己は笑った。

 

 

「嫉妬、とか?」

 

 

 *

 

 

 

 ドアに臨時休業の札が掛けられた喫茶ジュレの店内で、快盗ふたりが仲間の帰還を待っていた。

 

「遅いなぁ爆豪くん……もう大学も流石に店じまいちゃうんかなぁ?」

「……大学によるが、21時頃まで授業をやっているところもあるようだぞ」

「えぇっ、ヤバくない……?」

「高校までと違って、フルタイムで授業があるわけではないからな」

「そうなんや……ってか詳しいね、炎司さん」

 

 炎司はふんと鼻を鳴らすばかりでそれ以上は語らなかったが、子息たちの影響だろうとお茶子は推測した。元プロヒーローとはいえ、対等に接しているこの男に自分より年長の子供が三人もいるというのは、未だに実感が湧かないが。

 

 噂をすればというべきか、前触れなくドアが開かれた。

 

「あっ、おかえり爆豪くん!」

「……おー」

 

 ふたりのいるホールを素通りし、厨房で冷蔵庫を漁る。見つけ出したペットボトルを気だるげに弄ぶ背中を見て、炎司はため息混じりに訊いた。

 

「日がな探りを入れていたんだ、成果はあったんだろうな?」

 

 今回の標的について、現状わかっていることは少ない。これまでのギャングラーに比べてよりディープに人間界に溶け込んでいるらしく、擬態した姿も判明していないのだ。

 

 ミネラルウォーターを煽ったあとで、勝己はそれに応じた。

 

「たりめーだ。奴が擬態した人間の目星はついたわ」

「おぉ~、誰なん?」

 

 カウンター越しに勝己が振り向く……舌打ち混じりに。

 

「テメェで考えろ、ブァーカ」

「ハァ!?」

 

 お茶子が呆気にとられているうちに、「もう寝る」と二階に駆け上がっていく。その間数秒、制止する暇もなかった。

 

「うわぁ……拗ねてる」

「まったく……」

 

 

 *

 

 

 

 一方、警察戦隊の面々もふたりとひとりに分かれて行動していたわけだが、こちらは正当な分業である以上後者が臍を曲げるはずもない。

 

 タクティクスルームにて、三人は今日の捜査結果について共有を行っていた。

 

「失踪者の自宅や関係先を回れるだけ回ってみたが、残念ながら確たる物証は出てこなかった」

「そう……まあ、相手はギャングラーだしね」

 

 ルパンコレクションの能力を利用して犯行を行っているのであれば、それも致し方ないと響香。

 ただ、天哉の報告には続きがあった。

 

「いや、手がかりがまったくなかったわけではないよ。──失踪者全員に、ひとつ共通点があったんだ」

「共通点?」

 

「さる人物との関わりだ」と、天哉。

 

「その男はきみたちが赴いた音楽大学の教授だ。仕事であったり、学生であればその男の講義を履修していたりと……なんらかの形で、接触があった可能性がある」

「!、それって……誰なの、一体?」

 

 かの音大の教授──その肩書きから彼女がまず連想したのはたったひとり。まさかと思っているところに、ジム・カーターがその男の顔写真をプロジェクションマップに映し出した。

 

 

──高宮、だった。

 

「……!」

「この人って……」

「ムッ、知り合いなのか?」

 

 知り合いどころか、響香の学生時代の恩師だ──鋭児郎がそう説明すると、流石に天哉も驚いた様子だった。

 

「そうか……しかし、まさかそんな人が──」

「ちょっと待ってよ!」響香が声を荒げる。「高宮先生は学生想いで、指導熱心で……大体、ちゃんとした経歴もある人だよ!?それがギャングラーなわけ……」

「お、落ち着け耳郎くん。その高宮という教授がギャングラーだとまでは言っていない、ただ参考人として浮上したというだけだ」

「でも……!」

 

 響香を宥める天哉。同期として付き合いの長いふたりだが、こんな逆転現象は初めてのことだった。

 

「飯田くんの言う通りだ」

 

 黙って隊員たちのやりとりを聞いていた塚内管理官が、初めて口を開いた。

 

「いずれにせよ、調べてみる必要はある。──ジム、高宮の身元を示す資料を集めてくれ。ギャングラーの擬態であるなら、不自然な点が見つかるかもしれない」

『了解しました!』

 

 早速動き出すジム。彼の電子頭脳は国際警察のネットワークに接続されており、蓄積された膨大なデータを収集することができる。

 

「そしてきみたちには、明日から高宮の周辺を洗ってもらいたいが──」

「………」

「納得できない者は外れてもらって構わない。……捜査に、私情は禁物だ」

 

 冷たく響く、管理官の命令。それは明らかな正論である以上、何者にも口を挟む余地はなかった。

 暫し立ち尽くしていた響香は、ややあって深々と頭を下げた。

 

「……少し、考えさせてください」

 

 そうとだけ告げて、ひとり部屋を出ていく。追いかけようとした鋭児郎だったが、それを天哉が制止した。

 

「いまはひとりにしてあげよう。彼女もプロだ、自分で判断するしかない」

「……そう、っスね」

 

 ただしそのための猶予は、そう長くはない──それは響香自身、よくわかっていることだった。

 

 

 



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#5 鳴らない六弦 3/3

炎炎ノ消防隊面白いですよね。

インフェルノのフルがカラオケにないのに次期OPは既にあるのが悲しい。


 翌日。

 

 母校である音大に、耳郎響香は再び足を踏み入れていた──単身。

 

「………」

 

 仲間には何も言わずここへ来た。ゆえに、彼女がひと晩かけて導きだした結論を知る者はいない。その背中も、何も語りはしないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 駐車場の片隅に駐められたオートバイ、そのすぐ脇に、しゃがみ込む男の姿があった。

 

 工具を手に、バイクに何か手を加えようとしている。そのルビー色の瞳は瞬きもなく見開かれ、尋常でない気迫さえ纏っていて。

 

 

「──何を……してるんですか、高宮先生」

「!」

 

 唐突に背後からかかった声。気配すら感じとれなかった高宮が反射的に振り返る。

 

──響香の姿が、そこにはあった。

 

「なんだ、響香じゃないか!おはよう!」

 

 まるで何もやましいことなどないかのように、高宮はぱっと笑顔を浮かべてみせる。

 

「バイクの調子が悪いみたいなんだ!そうだ響香、ちょっと診てくれないか?」

「それ、先生のバイクですか?」

「もちろん!」

 

 響香は密かに拳を握りしめた。──あぁ、もう決まりだ。

 

 

「うそ、」

「………」

「上鳴のでしょそれ。ウチ、昨日見ましたから」

 

 彼女は昨日、電気が大学を出るまでを見届けている。彼の愛車は響香が昔乗っていたものと同種のオートバイ、記憶に残らないはずがなかった。

 

「先生だったんですか?ウチの事故、仕組んだのは……」

 

 ゆらりと立ち上がる高宮。その顔にもはや笑みはない。

 

「なんで……なんでそんなこと……!」

 

 響香にはもう、尊敬していた恩師が見も知らぬ怪物としか思えなかった。いや、あるいはそれこそが事実かもしれない。だって、この男は──

 

「そうやって他人(ひと)に責任転嫁するなよ!!」

「は……?」

 

 いつものトーンで叫ばれた言葉を、響香はすぐには理解できなかった。

 

「おまえが悪いんだぜ響香!聞き分けのいい優秀な教え子だと思ってたのに、勝手に俺の才能を上回ってよう!電気の奴だってそうだ、まったくどいつもこいつも、先生怒りで身が震える毎日だぜ!!」

「何、言って……」

 

──嫉妬、とか?

 

 昨夜の勝己のひと言が不意に脳裏をよぎり、響香ははっとした。まさか、そんな理由で?

 

「だから、おまえみたいなヤツにはお仕置きをしてやるんだ。才能を二度と発揮できなくしてやる、命まではとらない!みじめに生きながらえたほうが、自分の罪を懺悔できるって寸法だぜ!」

 

 冷酷な本性を熱く語る──それを聞く者は響香だけではなかった。

 

「………」

 

 柱の陰で様子を伺っている、快盗姿の爆豪勝己。昨日の邂逅の時点で、彼は高宮の本性を見抜いていた。終始笑顔で元教え子や現教え子と接していたあの男の目には、情というものがまったく感じられなかった。邪悪、そのもの。

 

 そしてその邪悪な本性を、目に見える形で露にするときが来た。

 

「でも、もっと面白いことを思いついた!オレの能力で拐って仲間に売りつけるんだ、商売にもなるし一石二鳥だろう?だから──」

 

 刹那、高宮の身体が膨れあがり……弾けた。現れた中身は、フクロウに似た醜悪な怪物。

 

 高宮……否、ギタール・クロウズは、即座に己のもつルパンコレクションの能力を発動させた。感情の奔流に声も出せない響香の背後に、突如としてブラックホールが姿を表す。

 

「よりによって警察に成り下がったおまえのことも、売り飛ばしてやるぜぇ!!」

 

 ブラックホールの発する突風は、オートバイすら浮上させて吸い込む。当然、響香に抗えるわけがなかった。

 

「きゃぁああああ──!」

 

 漆黒の闇へ消えていく響香。それを見届けたうえで、ギタールも自らあとに続く。

 そして役目を果たしたブラックホールが閉じようとする瞬間に、勝己もまた動いた。軽やかに跳躍し、穴に飛び込む。彼の姿もまた消えた一秒後には、荒れ果てた駐車場は静寂のみを取り戻していたのだった。

 

 

 *

 

 

 

──響香。

 

 恩師の呼び声がいずこからか聞こえる。音量が大きすぎることもたまにはあるが、親身で温かな響きが響香は好きだった。

 

──響香、

 

 あぁ、でももう少しだけ。もう少しだけ、甘い過去の残像に……。

 

「起きろ響香ぁ!!」

「う゛あぁッ!?」

 

 背中に奔る衝撃──遅れて激痛。響香の意識は一瞬のうちに現実へと引き戻された。

 そう、現実──冷たい岩肌の上で、恩師と同じ声をした怪物に踏みつけられているという。

 

「いつまで寝てるんだよ!?おまえは売り物なんだから、自分の立場をわきまえなきゃダメだぜ!!」

「ぐ、うぅ……ッ」

 

 声ばかりでなく、特徴的な話し方まで何ひとつ変わらない。──もうわかっているのだ、この怪物こそ恩師の正体だったのだと。

 

 なんとか顔だけ上げれば、洞窟の奥に手足を拘束された人々の姿があった。すべて見知った顔……失踪者たちと一致している。

 

「……ッ、」

 

 なんとか、あの人たちだけでも救けなければ──思いとは裏腹に、ギタールの足にはますます力がこもっていく。

 

「なに抵抗しようとしてるんだよ!?一度裏切られちまったけど、オレはまだおまえのこと信頼してるんだぜ!頼むからこれ以上オレを悲しませないでくれよ!!」

「ふざ、けないで……!」

「おい返事が違うだろ!?」

「ぐぁ……ッ!」

 

──背骨を、折られる。流れる冷や汗とともに、そんな恐怖が全身を支配する。高宮は昔から、熱くなると周りが見えなくなるところがあった──それは演技でもなんでもない、ギタール・クロウズの本性そのままだったのだろう。だから、尚更……。

 

「先生の言うことが聞けない悪い子には、もういっぺんお仕置きだぁ──ッ!!」

「──!」

 

 刹那、

 

「ぐわッ!?」

 

 突然ギタールがうめき声をあげ、足もまた響香の身体から離れる。

 その身体には、赤いカードが突き刺さっていた。

 

「よォ、熱血クソ野郎」

「!」

 

 この声は──

 

「快盗……!?」

 

 なぜここに。この瞬間ばかりは、響香とギタールの疑問は一致していた。

 いずれにせよ、そんなものに応えてやるほど勝己はお人好しではない。

 

「テメェのお宝、今度こそいただき殺すッ、──快盗チェンジ!!」

 

 VSチェンジャーから放たれた光弾がギタールを弾き飛ばし、ブーメランのように帰ってきたかと思えば今度は勝己の全身を包み込む。

 そしてギタールに飛びかかったときには、彼は一瞬にしてルパンレッドに変身を遂げていた。

 

 一方で解放された響香は、痛みをこらえて起き上がるや囚われた人々に目を遣った。個人的感情よりも、いまは警察官として。

 彼らの拘束を解き、さらにVSチェンジャーで牢を破壊する。

 

「これでもう大丈夫。さ、早く逃げて!」

 

 響香の誘導により逃げ出す人々。しかし、ひとつ難点があった。途上にいるギタールが、それを黙って見逃すはずがないという。

 

「あっ、おい待てお前ら──」

「ピーピーわめくな耳障りなんだよ!」

 

 すかさずルパンレッドが攻撃を仕掛け、ギタールの挙動を阻む。そのおかげで、響香が身を挺すまでもなく彼らは洞窟から飛び出していった。

 

(こいつ……)

 

 それが意図したものかどうか、響香にはわからない。だが、結果は結果だ。

 唇が弛みかかるのを抑えて、響香はVSチェンジャーを構えた。

 

「警察……チェンジ!!」

『3号、パトライズ!』

 

 警察チェンジ、と電子音声がリピートし、響香の身体が桃と純白の装甲に包み込まれる。

 パトレン3号へと変身を遂げた彼女は、VSチェンジャーを構えた。銃口の向かう先では、ルパンレッドとギタールがなおも死闘を繰り広げている。

 

「………」

 

 快盗と、恩師という名のギャングラー。

 

 狙いは当然、後者だった。

 

「がッ!?」

 

 目の前の敵に注力していたギタールにとり、これは完全な不意打ちだったらしい。よろけたところに、すかさず駆け寄り──

 

「ふ──ッ!!」

 

 拳を、振りかぶった。

 

「ゴハァッ!!?」

 

 顔面に突き刺さった一撃は、そのままギタールを吹き飛ばすこととなった。彼は背中から岩壁に叩きつけられる。その威力はただの殴打というには強力だったのか、彼はすぐには起き上がれない。

 

 そう、それほどの一撃を放つほどの気迫を、いまの彼女は放っていた。傍らのルパンレッドが、思わず息を呑むくらいには。

 だが、

 

「……借りは返したよ」

「!」

 

 そのひと言で、レッドは彼女の意図を悟った。──そういうことなら、乗らない手はない。

 

 すかさず駆け寄ったレッド。起き上がろうとするギタールの胸を力いっぱい踏みつけると、腹部の金庫にダイヤルファイターを押し当てた。

 

『2・9・6!』

「あッ、おいやめ──」

 

 ギタールの意志とは関係なく、金庫は開かれてしまう。すかさずレッドの手が侵入り込み、コレクションを取り上げる──

 

「おまえ、返せよ!!」

「ヤだね。──オラァっ!!」

 

 追い討ちに思いきり蹴りつけ、飛び退く。もう用は済んだ、この場にいる意味はない。ないのだが……拳に力を込めたまま立ち尽くす3号を見ていると、不思議と撤退する気が失せた。

 

「く、くっそぉ……!」

「!」

 

 よろよろと立ち上がるギタール。金庫が半開きのままなのが実に滑稽だが、彼はまだあきらめてはいなかった。

 

「オレを舐めるんじゃねえぜッ、うおおおおおおお──!!」

 

 雄叫び。それはただの熱血ぶりの発露ではなかった。ギャングラーは皆、ルパンコレクションのほかに生来もつ特殊能力がある──人間たちの"個性"と同じく。

 

 ギタールにも当然それがあった。彼は自身の声を増幅し、聴く者に甚大なダメージを与える音響兵器とすることができる。

 

「ぐ……!」

「……ッ、」

 

 咄嗟に耳を塞ぐふたりだったが、ギタールの咆哮は手で押さえたくらいでは到底防げない。

 このままでは、聴覚中枢まで破壊されるのも時間の問題。この音に侵されたままでは身動きすらとれず、ふたりの抱く危機感は頂点に達しようとしていた。

 

 しかし、すんでのところで彼らは救われた。

 洞窟の外から飛んできた光弾がギタールに直撃したのだ。当然、シャウトは悲鳴へと変わってしまった。

 

「そこまでだッ、ギャングラー!!」

 

 入れ替わるように、勇ましい声。洞窟内に降り注ぐ陽光を背に立つふたつの影。それは、

 

「パトレン1号!!」

「パトレン、2号ッ!!」

 

 暗闇に打ち勝つ鮮烈な赤、あるいは緑を輝かせた、響香の仲間たちの姿だった。

 

「無事か、耳郎くん!?」

「飯田、烈怒頼雄斗……どうしてここが?」

「耳郎さんの携帯の位置情報、ジムに調べてもらったんス!」

 

 「スンマセン!」と手を合わせる1号。おかげで助かったのだから構わないが、それにしても早いと感じた。あるいは仲間たちには、自分がこういう行動に出ることは予想しえたのかもしれない。

 

「しかし、独りでよく保たせたな」

「え、独りって……」

 

 慌てて振り向けば、先ほどまでそこにいたはずのルパンレッドが忽然と姿を消していた。当然、ルパンコレクションもろとも。

 

「響香……ッ」

「!」

 

 名を呼ばれて、3号は恩師の存在を思い出した。恩師──ギタールは息も絶え絶えで目前に立ち塞がっている。縋るように、手を伸ばしてくる。

 

「………」一瞬の沈黙のあと、「ふたりとも……手ぇ貸して」

「……いいんスか?」

「ウチらの仕事は、ギャングラーを殲滅することだよ」

「!」

 

 あらゆる想いを込めた彼女の言葉。ならば仲間たちに、彼女を抑える権利などあるはずがない。

 

 

「……パトレン、3号!」

 

「「「警察戦隊、パトレンジャー!!」」」

 

「国際警察の権限において……実力を行使する!」

 

 

『お前らの覚悟、グッと来たぜ!』

 

 チームとしての名を名乗ると同時に、グッドストライカーが疾風のごとく現れる。予測はしていないまでも、既に彼を手にした経験のあるパトレンジャーは迷うことなくその到来を受け入れた。

 

『1号!2号!3号!』

 

『一致団結!!』

 

 1号のVSチェンジャーにグッドストライカーが取りつくと同時に、2号と3号の身体が光となって1号に"融合"する。

 

 融合──"パトレンU号"は、沈黙のままに銃口をギタールへと向けた。

 

「や、やめろ響香!オレを殺すことの意味がわかってるのか!?音楽界における大いなる損失になるぞ!?」

「………」

 

 自身が追い詰められていることをようやく自覚してか、ギタールはU号──主に元教え子──を説得しようとする。それでも銃を握る手が揺るがないとみるや、切り口を変えてきた。

 

「わかった、またギター弾けるようになりたいんだよな!?それならギャングラーのいい医者を紹介してやる、彼女の治療を受ければ元通りに弾くのなんて簡単だぜ!!」

「!、………」

 

 一瞬、指が引き金を離れかける。それを認めたギタールが胸を撫で下ろしかけた、刹那。

 

「……ウチはもう、警察官だから」

 

 つぶやきとともに、再び指に力がこもる。

 

『イチゲキ、ストライク!!』

 

 電子音声とともに、ひときわ巨大な光弾が放出される。それは一瞬にしてギタールに接触し、内側に捕らえることに成功した。閉じ込められた肉体に、膨大なエネルギーが容赦なく降り注ぐ。

 

「ぐ、がぁッ、ぎゃあああああああ!!?」

 

 灼熱の波動に、ギタールの生身が耐えきれるはずもなく。寸分のちに彼は大爆発を起こし、その身は粉々に四散したのだった──

 

「……任務、完了」

 

 それはどこまでも、静かな宣告だった。

 

 

 *

 

 

 

 唯一原型を残したギタールの金庫が、洞穴を飛び出してくさむらに転がっている。

 

 そこに、空間をねじ曲げるようにして"彼女"が現れた。──ゴーシュ・ル・メドゥだ。

 

「商品を逃がしたうえに逆に私を売ろうとするなんて、どうしようもないわね……まったく」忌々しげに毒を吐きつつ、「私の可愛いお宝さん。ギタールを元気にしてあげて」

 

 ルパンコレクションの波動を浴びた金庫がふわりと浮遊し、

 

「ウオオオオオオオオッ!!」

 

 ギタールは生前の姿そのままに復活を遂げた──ただし、何十倍にも巨大化した状態で。

 

「面目ないぜゴーシュっ、あとは任せろ!!」

「言われなくても帰るわよ……」

 

 冷たく言い捨てると、ゴーシュは夢幻のごとく一瞬にして姿を消してしまった。

 ギタールにしても、既にゴーシュに関心はない。

 

「よくも先生の命乞いを黙殺したな響香ァ!おまえだけは絶対に許さねえ!!」

「!」

 

 「踏み潰してやるゥ!!」という宣言どおり、洞窟から出てきたU号めがけて迫りくる巨大ギタール。"イチゲキストライク"は文字通り一撃必殺、短い間隔で連射はできない。

 

 彼らが動くより早く、ギタールの足が振り下ろされようとしている──

 

「死ねぇええええッ、警察~!!」

『テメェが死ね!!』

「!?、ぐわっ!」

 

 突如飛来した赤い飛行体が、果敢にもギタールに衝突する。彼がよろけたところですかさず距離をとり、砲弾を浴びせかける。

 

「あれは確か、快盗の……?」

 

 レッドダイヤルファイター。撤退したわけではなかったのかと響香は思った。彼はもう、目的を達しているはずなのだ。

 

 彼女の疑問には当然応えず、孤軍奮闘を続けるレッド。しかしギタールが雄叫びで反撃を開始すると、決め手に欠けるダイヤルファイターではいとも容易く押し返されてしまう。

 

「チッ……」

 

 焦れたレッドが舌打ちをこぼしたそのとき──ギタールの背中越しに、青と黄の二機が姿を現した。

 

「お待たせ~レッド『遅せェわカスども!!』……うわぁ」

「自分が勝手に飛び出したんだろうが……まったく」

 

 しかしいずれにせよ、これで役者は揃った。あとは──

 

『おいコウモリ野郎ッ、いつまでそこで見物してやがる!?』

「!」

『!、おおっと、オイラとしたことが……』

 

 パトレンジャー一同が制止する間もなかった。グッドストライカーはVSチェンジャーを離れ、空高くへ飛んでいく。同時に融合(U号)は解除され、三人はもとの姿に戻った。

 

「うわっ、あいつまた……」

「くっ、快盗め……!」

 

 男たちが遺憾を露にする一方で、

 

「……ま、任務完了っつっちゃったしね」

 

 響香だけは、憑き物が落ちたかのように飄々としていた。

 

 

『グッドストライカー!Get Set……飛べ!Ready……Go!!』

 

 ルパンレッドのVSチェンジャーから撃ち出されたグッドストライカーが、電子音声とともに巨大化していく。

 

『勝利を奪い取ろうぜッ、快盗ガッタイム!!』

 

 グッドストライカーを中心に、寄り集まっていくダイヤルファイター。ダイヤルが回転しながらそれぞれが人体のパーツの形へと変わっていく。

 そして、接合。グッドストライカーから人面が露になれば──いよいよ、快盗の王が誕生する。

 

『完成、ルパンカイザー!』

 

 その瞬間を告げる声とともに、コックピットの中心からぬいぐるみ型になったグッドストライカーが現れる。

 

『よう、またよろしくな!』

「……こっち見んな、コウモリ野郎」

『おまっ……いい加減名前で呼べよな~!?』

「やだ。長ェし」

『ムキ~!!』

 

 頭?から湯気をたてるグッドストライカー人形。見かねたイエローが、横から口を出した。

 

「じゃあ、"グッディ"なんてどう?」

『グッディ!?……グッと来たぜ!』

 

 こちらは気に入ったらしく、一転してはしゃぐ。──と、そのとき、業を煮やしたギタールが攻撃を仕掛けてきた。

 

「ッ!」

 

 不意打ちになるかと思われたが、ルパンカイザーは素早く身を翻してみせた──会話に参加しなかった一名のおかげで。

 

「……おしゃべりはそこまでだ。戦いに集中しろ」

「チッ……わぁっとるわ!」

 

 すかさず右腕のガトリングが火を噴く。銃弾の雨あられに悶えるギタールだが、それだけには終わらない。銃撃を続けながら、木々を掻き分けるように走る、走る、距離を詰める。

 そして、

 

「いっけぇ!!」

 

 イエローのかけ声とともに、左腕のノコが回転しながらギタールの胴体を切り裂いた。

 

「グハァッ!?」

 

 鮮血が噴き出す。人間だったらば致命傷になりかねない傷だが、ギャングラーは常人より遥かに頑丈だ。

 

「オレは……この程度であきらめないぜッ!──ウオオオオオオオオッ!!」

 

 再び発動する、切り札たるデスボイス。その激しさはマシンですら押し返す迫力があった。

 

「ッ、耳障りな……!」

「クソが──ウゼェんだよ!!」

 

 だが、快盗相手に風向きを変えるには程遠かった。押しやられかけたルパンカイザーが、レッドのがむしゃらな操縦で前進に転じる。一気に距離を詰め、

 

「ぐわばらぁッ!?」

 

 体当たり。その重量に負け、ギタールは木々をなぎ倒しながら吹き飛んでいく。

 確かに効果的な攻撃ではあったが、反動は当然にあるわけで。

 

「痛つつ~……乱暴やなぁもう」

「るせーわ。コウモリ野郎、トドメだ」

『………』

「おいコウモリ野郎!」

『……やだ』

「あ!?」

 

『グッディって呼んでくれなきゃやだ!』

 

 刹那、静寂に包まれるコックピット。思わず左右を仰いだレッドは、仲間たちの視線が己に集中していることに気がついた。

 

(……早くしろ)

(早くしろ!)

 

 念を、送られている。

 

「……ディ、」

『え?なんだって!?』

 

「グッディ!!トドメだっつってんだ!!」

『!、承ったぜ~!!』

 

 地面を蹴って跳躍するルパンカイザー。その機体が遥か高みにまで昇ったところで、三人はVSチェンジャーを構えて立ち上がる。

 

最期(おわり)だ──」

 

 ルパンカイザーの手の中に形成された巨大なVSチェンジャーから、無数の光弾が降り注ぐ。それらは一発も外れることなくギタールの身体を食い破っていく。

 そして──

 

『グッドストライカー連射ッ、倒れちまえショット~!!』

 

 弾が尽きたときには、立ち尽くすギタールの身体は蜂の巣になっていた。

 

「オレの、才能……誰よりも……」

 

 ゆっくりと地面に崩れ落ち──爆発。復活から数分のうちに、彼は再び爆発四散した。今度は、金庫ごと。

 

 

「……地獄の底でほざいてろ、熱血クソ野郎」

 

 ルパンカイザーの勇姿が、遮るもののない陽光を浴びて輝いていた。

 

 

 *

 

 

 

 数日後、響香は再びかの音大にいた。

 

「ほら、また同じとこで指使いがテキトーになってる!」

「む、ムズいっス……」

「泣き言言わない!もう一回!」

 

 上鳴電気の演奏が、空き教室に響く。指導なんて柄じゃないと自嘲しつつも、彼女は自らそれを買って出ていた。

 

「……うん、まあ良くなってきたかな」

「マジっすか?あざっす!」

 

 疲れが見えていたのが一転、ぱあっと表情を明るくする電気。──彼は、高宮は急遽海外の大学へ転籍になったと思っている。

 軽薄そうで実のところは純粋な感性をもっているこの青年には、今しばらく真実は告げられそうにない。

 

 響香が複雑な心持ちでいると、ふたりきりの教室のドアがにわかに開かれた。

 

「!、あんた……」

「……ども」

 

 爆豪勝己だった。

 どうしてまた、彼がここに──疑問を抱いたのはほんの一瞬だけだった。

 

 勝己と視線がすれ違った瞬間、響香は悟った。この少年は、すべて理解っている。理解って、ここに来たのだと。無論この時点では、彼があの赤い快盗の正体だなどとは知るよしもないが。

 

「おっ、おまえこの前いたヤツだよな?」何も知らない電気が親しげに声をかける。「ひょっとして、俺のファンになっちゃった系?」

「ンなワケねーだろアホかアホ面」

「あ、アホ面ぁ!?」

 

 明らかに年少の少年にアホ面呼ばわりされショックを受ける電気。ただ何も、勝己も彼を罵倒しに来たわけではなかった。

 

「……ま、聴いてやってもいいけどな」

「!」

 

 再び視線が交錯する。勝己の口許がわずかにゆがむのを認めて、響香もまた頬を弛めた。

 

 

──聴衆ふたりのがらんとした教室に流れる、インプロヴァイズ。何も知らないはずの青年のそれは、郷愁を色濃くにじませたもので。

 けれど……そのわずかな隙間から、きらりと光るものがあった。

 

 演奏を聴きながら、響香は思う。

 自らこの音色を奏でられないことなど、もう惜しくはない。

 

 これから先、この音色を守ってゆくことができるならば、それで十分だった。

 

 

 à suivre……

 

 

 





次回

「スカベンジャー」




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#6 スカベンジャー 1/3

戦隊ならではの1話完結個別回。1~4話の流れ的に連続ドラマ方式も考えたんですが、やっぱり戦隊はこうなります。

早くX出したいなぁ~。


 

 今さらながら、快盗戦隊ルパンレンジャーの面々は元締めのルパン家により、喫茶ジュレという職場を与えられている。

 

 それは世間の目を欺くと同時に、報酬を支払うためのカモフラージュでもあった。──つまり快盗たちは表向きの身分を利用し、快盗稼業の対価を堂々と得ているのである……給与という形で。

 

 以上のような前置きとなったのは、この日が彼らの給料日であり、それを心待ちにしていた者がひとりいたからだ。

 

 

「──あ、もしもしお母ちゃん?うん、今月も振り込んどいたよ。……もう、ええねんてそんな!お仕事、案外楽しいんやから。それより……お父ちゃんの具合、どう?」

 

 電話越しの母の言葉に、相槌を打ち続ける少女。その表情がわずかに沈んだものとなるが、往来をゆく人々は気にも留めない。

 

「……私のほうは大丈夫やから、お母ちゃんもあんま無理せんといてな。うん、うん……じゃあまた、来月ね」

 

 通話を終え、携帯電話を()()()。ふと傍らを見ると、登校途中なのだろうセーラー服の少女たちが、スマートフォンを手に楽しげにすれ違っていった。

 

「………」

 

 その姿を見送る少女の表情に、一瞬ほんのわずかな悲哀のいろが浮かぶ。

 

 

 彼女──麗日お茶子の人生は、ギャングラーによって狂わされたのだ。

 

 

 *

 

 

 

 そのギャングラー構成員のひとりが性懲りもなく、次代のボスの座を狙って動きだそうとしていた。

 

「~♪」

 

 わざわざ持ち込んだロッキングチェアを揺らしながら、口笛を吹く少年。あどけない容姿に相応しからぬ尊大な態度、その傍らにはふたりの女性が侍っている。彼女らの表情は一様に茫洋としており、感情という感情が削ぎ落とされてしまったかのようだった。

 

 彼は背もたれに身を預けたまま、幼いどんぐり眼でテーブルの向かいに座る異形の老人を見据えた。

 

「ご機嫌麗しゅうドグラニオ様、お会いできて嬉しいよ。ボスの座を引き継ぐ以上は、早くご挨拶しなきゃと思っていたからね」

 

 既に決定事項であるかのように言う少年。それに対し食ってかかったのは、ドグラニオの側近くに仕えるデストラ・マッジョだった。

 

「貴様、口のきき方をわきまえろ!大体なんだ、その姿は?誰が人間を連れ込んでいいと言った!?」

「……うるさいなあ、おまえになんか用はないよ」

「なんだと、貴様……!」

「──よさないか、デストラ」

「!」

 

 例によってデストラを制止しつつ、彼の主はくつくつと愉快げに喉を鳴らす。

 

「随分人間界を満喫しているようじゃないか、ルレッタ。で、おまえが人間界を掌握すると?」

「うん♪人間界を支配するのに、何も武力に頼る必要はないんだよ」

「ほう?」

 

 興味深げに身を乗り出すドグラニオ。その反応に満足した少年──ルレッタ・ゲロウは声高に己の計画を語った。子供の姿を()()()()()からこそ学べたこともある。他の粗野で浅慮な連中には、思いもよらない作戦だろう。

 

「満足させてあげるよ、絶対にね。だから──」

 

 刹那、少年の姿は椅子の上から消えていた。そして瞬きもしないうちに、ドグラニオの鼻先に蛙に似た醜悪な怪物の姿が現れる。デストラが止める間もなかった。

 

「ボクだけを見ていてよ……ドグラニオ様?」

「ッ、離れろ!!」

 

 慌てたデストラが引き剥がそうとするも、そうするまでもなく彼は跳躍して距離をとっていた。着地の瞬間にはもう、その姿は少年のそれに戻っていて。

 

「じゃ、行ってきま~す♪」

 

 目に光のない女性たちを引き連れ、ルレッタは颯爽とドグラニオの館をあとにする。残されたままのロッキングチェアが、彼の自信のほどを示していた。

 

 

 *

 

 

 

 国際警察のタクティクスユニット、警察戦隊パトレンジャー。表向きギャングラーが平静にしている中であっても、彼らに安息のときはない……無論、非番の日はあるが。

 

 この日は始業早々、管理官・塚内直正から重大な報告があった。

 

「ギタール・クロウズこと高宮隼人についての調査が完了した」

 

 黙っていれば壮年には見えない童顔の上司の言葉に、隊員たちの肩には自ずと力が入る。

 

「結論から言えば……彼の人間としての経歴に、偽造されたものはなかった」

「……!」

 

 え、と声を漏らしたのは、ヒーロー事務所から出向という形で籍を置いている切島鋭児郎だった。つまりギタールは、身分を偽ってあの大学に潜り込んだわけではなかったということだ。

 

「ジム、資料を」

『はい!』

 

 ジム・カーターが一同に書類を配っていく。そこには各方面から集められた情報がまとめてある。中には明らかに高宮の面影を残した少年の写真まで。

 

「……これを見る限り、高宮せんせ……高宮は、ギタールのつくり出した架空の人物ってワケじゃなさそうだね」

「まさか子供んときからギャングラー……なんて、ありえないっスもんね」

「ギャングラーがこの世界に現れたのはここ五、六年の話だからな……。しかし管理官、そうなるとギタール・クロウズは、この数年間のどこかで高宮とすり替わったということでしょうか?」

 

 高宮はあの若さで音大の教授を務めていただけあって、それなりの経歴を有している。ギタールも音楽に造詣はあったからその点は問題なかったかもしれないが、社会生活においてまったくボロを出さなかったとは考えにくい。

 

「きみの言う通りだ。……実は五年前、高宮はある日突然修行のため海外へ行くと言って数ヵ月間行方をくらましている。その間、知人とはSNS等でのみやりとりをしていたようだ。そして帰国後にはやや人が変わったようだったと、複数の関係者が証言している」

「不自然さを誤魔化すために暫く周囲との関係を絶っていたということか……。海外に何ヶ月もいると、感化されて言動が変化する例もないではないしな」

「でも、だとすると……本物の高宮さんは?」

 

 室内に、重苦しい沈黙が降りる。皆が想像している答は一致していたのだ。それも、最悪の──

 

 

 そのとき。間の悪いことに、ジムに装備されたサイレンがけたたましいアラート音を鳴らした。鋭児郎などは思わず「うおっ!?」と声をあげ、椅子からずり落ちそうになってしまう。

 

「どうした、ジム?」

『愛野谷町に、ギャングラー出現の通報ですッ!』

 

 先のようなありさまだった鋭児郎も含め、三人が一斉に立ち上がる。

 

「ッ、今はこちらが優先か……」

「あ、いっそのこと訊いてみるのはどうっスかね!?そのギャングラーに」

「確かに……訊くだけならタダだしね」

 

 気休めのような提案ではあったが、少なからず彼らの士気を高めるにはひと役買った。生命線ともいえるVSチェンジャーを携え、タクティクスルームを飛び出していく。

 

『皆さん、お気をつけて!』

「………」

 

 有言と不言。そこに違いはあれ、見送るひとりと一機の心情も一致していた。

 

 

 *

 

 

 

 麗日お茶子は目の前の光景に言葉を失っていた。

 

 朝イチで銀行を訪れ、ついでに買い出しも済ませてちょうどスーパーマーケットから出たところだった。すると独りぼっちで座り込んでいる男の子がいたので、迷子かと思って声をかけたのが始まりだった。

 

 結論からいえば、男の子は迷子などではなかった。母親は彼の目と鼻の先にいたのだ──ただし、奇妙な黒い塊を抱いて。

 それは球体から尻尾のような突起が生え出でたような形状をしており、幼少時代に近所の川で獲ってきたオタマジャクシを思い起こさせた。

 不審に思いながら母親に声をかけたお茶子だったが、返ってきたのは胡乱な視線だった。懐に抱いたオタマジャクシをまるで愛すべき我が子であるかのように扱いながら、そそくさと車に乗り込んでしまう。

 

──そんな光景が繰り広げられていたのは、スーパーマーケットの敷地内ばかりではなかった。

 

 街のあちこちで、オタマジャクシを抱いた父母らが我が子を置き去りにしていた。通行人らの異様なものを見る目どころか、子供たちの呼び声にさえまったく反応を示すことはない。

 

「何なん、これ……?」

 

 呆然とつぶやくお茶子。と、同じように辺りを窺っていた親子ももとに、あらぬ方向から黒い球体が飛んできて激突した。

 次の瞬間には、その親子も周囲と同じ末路を辿っていた。子供は放り出され、親は歪な肉塊を我が子と思い込んでいるようだった。

 

 よもやと思ったお茶子は、球体の飛んできた方向を仰ぎ見た。雑居ビルの、屋上。そこに異形の怪物の姿があったのだ。

 

「ギャングラー……!」

 

 反射的に飛び出そうとしたお茶子だったが、すんでのところで踏みとどまった。ルパンコレクションを奪取するためには、自分ひとりではあまりに心許ない。

 その場で携帯電話を取り出し、

 

「もしもし、炎司さん?………」

 

 

 一方、かのギャングラ──―ルレッタ・ゲロウは満足げに舌舐めずりをしていた。

 

「う~ん、イイ感じ♪この調子で、ボク以外のガキどもなんてみんな捨てられちゃえばいいんだ!」

 

 つぶやきというには喧しい声を発しつつ、己の肉体から生成した球体を弄ぶ。"スポーン・ボム"と名付けられたそれこそ、親子を引き裂く元凶そのものだった。

 

「さあてと、もういっちょ──」

 

 ボムを地上に投げつけようとしたルレッタだったが、刹那、手首に熱と衝撃が奔った。

 

「痛でッ!?」

 

 たまらず呻く。──それが銃撃によるものであることは、すぐにわかった。

 同時に、黄色と黒で全身を覆った仮面の少女(マスカレイド)がいきおい眼前に現れる。

 

「ゲッ、快盗……」

 

 直接相まみえたのはこれが初めてだったが、知識としてその存在を知ってはいた。何せ、既に幾人もの同輩が命もろともお宝を奪われているのだ。

 

「何ワケのわかんないことやってんの、ギャングラー!」

「ワケわかんない?ハハッ、想像力の欠如だね!」

「ッ!」

 

 ギャングラーを相手に会話を試みるだけ無駄だと、彼女──ルパンイエローは瞬時に戦闘態勢をとった。自分のすべきことは、第一にルパンコレクションを奪取すること。

 

「ふ──ッ!」

 

 今度は胴体に照準を定めて、VSチェンジャーのトリガーを引く。中距離からの射撃である以上は、彼女が外すことはもちろん、相手がかわしきることも至難のはず。

 

 刹那、彼の腹部に嵌め込まれた金庫が、鈍い輝きを放ち──

 

 

──弾丸が、ひとりでに逸れた。

 

「え……!?」

「ケロケロ、ボクには当たらないよぉ!!」

 

 嘯くと同時に、彼はくわっと口を開いた。隠されていた舌が一挙に伸び、イエローの眼前に迫る。

 

「きゃあぁっ!?」

 

 次の瞬間には、彼女はビルから叩き落とされていた。

 

「痛ッ、うぅ……!」

「ごめんねぇ、痛かった?」

 

 「でもキミが悪いんだよ、ボクの邪魔したから」と、ビル上から見下すようにしながら嘲うルレッタ。どこまでも人を喰ったような態度にイエローの腸は煮えくり返ったが、独りではやはり限界があった。

 

「ホントは戦うのめんどいんだけどなぁ……キミひとりなら簡単に片付きそうだし、どうしよっかなぁ」

 

 

「決ぃめた、ココで殺しとこっと!」

 

 冷酷な宣言とともに、容姿に似合わぬ軽やかな所作で飛び降りる。突き出した金色の瞳が、ぎょろりとイエローを睨みすえる。

 

「……ッ、」

 

 イエローはVSチェンジャーを握りしめて立ち上がった。当然、殺されてやるつもりなど微塵もない。それに……そろそろ、頃合いだろう。

 

「そこまでだッ、ギャングラー!!」

「!?」

 

 予想通り、来た。ただしその人物たちについては、予想とは異なっていて。

 

「げっ、お巡りさん……」

 

 今度はイエローのほうが蛙の潰れたような声を発してしまった。お巡りさんこと、警察戦隊パトレンジャー。ギャングラーだけでなく、自分たちとも対立する存在。

 

「快盗も!……ひとりか?」

「ちょうどいいじゃないっスか。さっさとギャングラー、倒しちゃいましょう!」

「……だね」

 

「国際警察の権限において、実力を行使するッ!!」

 

 宣言すると同時に、果敢に躍りかかっていく警察戦隊。対するナメーロも余裕を保ってそれを迎え撃つ。

 一方でイエローはというと、敵と敵が激突する状況に置いていかれ気味だった。

 

「う~、ど、どうしよう……」

 

 どさくさ紛れにルパンコレクションを奪いたいが、ルレッタの周囲はパトレンジャーにがっちり固められてしまっている。自分の実力でうまく滑り込めるかどうか。正直、自信は──

 

「……ッ、」

 

 躊躇を捨てきれずにいると、背後からふわりと風が吹いた。それは仲間の到来を告げるもので。

 

「おい丸顔ッ、何やってんだ!」

「あ、ふたりとも……」

 

 レッドが怒り気味に肩をはたいてくる。

 

「警察も来ている以上猶予はない。我々が撹乱する、懐に潜り込め」

「う、うん!」

 

 ブルーの冷静な命令に、一も二もなくうなずいた。四半世紀にも及ぶプロヒーローとしての経験は、やはり戦場における命綱に他ならないとお茶子は思う。ただ、あくまで便利なツール程度にしか思っていない勝己と異なり、自分がそれに甘えすぎていることを自覚もしていたが。

 

 が、戦闘を好かないだけあって、ルレッタは状況の変化に対して敏かった。快盗までが揃ってしまった以上、この戦いを続けることになんのメリットもない。

 

「全員、ボクのおタマちゃんの虜になっちゃえッ。そ~れッ!」

 

 金庫が再び輝きを放ち──同時に、複数のスポーン・ボムを頭上に投げつける。

 

「!」

 

 咄嗟にかわそうとする一同。しかしどうしてか、身体がうまく動かない。そうこうしているうちに、オタマジャクシたちが身体に接着し──

 

「う゛ッ!?」

 

 ずしりと身体に重くなり、たまらずその場にへたり込む──イエローを除いて。

 

「う、ぐ……!」

「お、重……ッ」

「ンだ、これ……!?」

 

「ちぇっ、5が出るかぁ……」腹をさすりながらつぶやく。「にしても全員()()()の効果が出るとはねぇ。ま、冴えない独り身くさい連中ばっかだし当然か、ケロケロ!」

「ッ、ンだとこら……!」

 

 唸りつつ、ルパンレッドが目配せしたのはイエローだった。いま動けるのがひとりである以上、援護ができなかろうが彼女が矢面に立つしかない。

 

 ただ、彼女は即座には動けなかった。いや躊躇というほど明確な停滞ではない、ほんの一瞬のラグだったのだが、ルレッタには十分な猶予だった。

 

「はいよっと!」

 

 今度は自身の足下にボムを投げつける。ようやくその名に違わぬ効果を発揮したというべきか、球体が弾けて小爆発を起こす。そしてそれは、ルレッタの姿を眩ましてしまった。

 

──逃げられた。

 

「あ……」

「ッ、クソがぁ!」

「……ここは、退くぞ」

 

 表向き冷静さを保ったブルーの言葉に、年少のふたりは従うほかなかった。いつものようにロープを出してひらりと跳躍するには身体が重すぎるので、足を引きずるようにして地道に走るという醜態を晒す羽目になるのだが。

 そして警察の面々はというと、追跡どころか起き上がることさえできず彼らを見送るほかなかった。

 

「ま、待て快盗……ぬうぅッ」

「つ、つぶれるゥ……!」

「あ、あのカエル野郎……ッ」

 

 三者三様だったが、とかく悔しがっていることだけは共通していた。

 

 

 



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#6 スカベンジャー 2/3

いよいよ明日からですね、4期。

デクとの相剋を乗り越えたアニメ(原作)かっちゃんがトップヒーローへの道を突き進んでいく一方で、拙作のかっちゃんは強くなればなるほど夢から離れていく。そんなかっちゃんが好きです。


 

 快盗、警察双方にある意味甚大な被害を与えたルレッタ・ゲロウは、人間界における己のアジトに凱旋していた。アジトといっても、これまでのギャングラーたちにみられるようないかにも人目につかない陰の場所というわけではない。閑静な住宅街の一角にある、ごくありふれた新築の一軒家だ。

 

 ダイニングの中心に置かれたふかふかのソファを、可愛らしい蛙顔の少年の姿で占領するルレッタ。やはり複数の女性たちを周囲に侍らせ、身体を撫でることを許している。

 

「う~ん、首尾は上々って感じかなぁ。ジャマな快盗と警察もあのザマだし、チョロいチョロい♪」

 

 ケロケロと愉快そうに笑っている。と、キッチンから磁器の皿を持った女性が恭しげな足取りでやってくる。彼女の目にも光はなく……その異常性を示すかのように、皿の上のショートケーキには苺の代わりに大きなトノサマバッタが乗せられていた。

 フォークでその破片を切り取り、長細い舌に乗せる。咀嚼する口が……ほどなく止まった。

 

「……もっと甘くしろって言っただろッ、使えねーなぁ!!」

 

 皿ごとケーキを投げつけ、さらに蹴り飛ばす。倒れ込んだ女性のそばで、よく磨かれた木製のフローリングが白い生クリームとバッタの死骸とで汚される。

 ルレッタが舌打ちしていると、窓を開けていないにもかかわらず風が吹き込んできた。それも自然のものとは思えない、冷たい風が。

 

 気づけば傍らに男が立っていた。寒々しい青いポンチョを身につけ、ソンブレロを目深に被ったその姿はいかにも常人のそれではなかった。

 

「あぁ、アンタか」ルレッタも彼を知っているらしかった。「ボクにピッタリな化けの皮をありがとう。おかげで人間界、サイコーに楽しめてるよ」

「………」

 

 男は何も答えない。が、構わず続ける。

 

「あぁそうだ、ボクがボスになったらアンタを右腕にしてあげるよ。あの小生意気なデストラじゃなくてね……」

 

 男はやはり、何も答えない。ただどこからともなく氷を取り出し、口に放り込む。

 

 

 がり、と、噛み砕く音が響いた。

 

 

 *

 

 

 

 イエローに引っ張られつつどうにかジュレへの帰還を果たしたルパンレンジャーの面々。イエロー……もとい麗日お茶子を除いてオタマジャクシ型の重りを背負った彼らを迎えたのは、首から上が靄のようになった男だった。

 

「お邪魔しています」

「黒霧……」

 

 優雅に紅茶を啜りつつ、一礼する黒霧。鍵はきちんと閉めて出たのだが、"ワープゲート"の個性をもつというこの男には関係ないのだった。

 

「おふたりとも災難でしたね、このようなことになってしまって。麗日さんだけでも無事だったのは不幸中の幸いでしたが」

「チッ……なんか用かよ?」

 

 よもや、本心なのかもわからない労いの言葉を吐くために訪れたのではあるまい。

 

「もちろん。ルレッタ・ゲロウの持つルパンコレクションについて、情報をお持ちしました」

 

 テーブルに広げられた、辞典のような巨大な書物。古びたそれは、すべてのルパンコレクションについて記されたルパン家の秘伝書とでも言うべきものであった。

 

「彼が所持しているのは、これ──」書物を指差す。「"転がる賽のように"である可能性が濃厚です」

「賽……サイコロ?」

 

 羊皮紙の絵も、一点の歪みもない立方体として描かれている。

 

「……形はなんでもいいが、一体どのような能力がある?」

「ひと言で申し上げれば、"確率操作"です」

「!」

 

 もしかして、とお茶子は思った。あの近距離で射撃を外してしまった際、ルレッタの金庫が光を放っていた。コレクションの能力で命中率を操作したと考えれば辻褄が合う。

 

「ただし、上を向いた目に基づいた効果しか発揮しません。6なら完全に思い通りの結果になりますが、数字が小さくなればなるほど効力は弱くなります」

「ふむ……そういえば奴は、これを我々に当てたあと"5が出た"と悔しがっていたな」

 

 あのとき出た目が"6"だったらば、お茶子もまたこのオタマジャクシを背負う羽目になっていたのだろう。だが、

 

「で、でもさっ!」努めて明るい声をあげるお茶子。「サイコロなら、狙い通りの目を出せるわけでもないでしょ?それなら──」

「……ンなテキトーなタマに見えっかよ、あいつが」

 

 終始不機嫌そうに黙りこくっていた勝己が、ここでぼそりとつぶやいた。

 

「……どういうこと?」

「金庫の中でどの目が上を向いているか、奴は推測のうえで能力を使っている……いや、どの目が出るかも計算して身体を動かしている。そういうことだろう」

 

 流石に炎司のほうが読みは鋭かった。黒霧もまた首肯しているつもりなのか、顔の靄が上下に揺れている。

 

「つまりこの……オタマジャクシのような物体は、奴自身の能力というわけか」

 

 ルレッタの言動と照らし合わせるに、子をもつ親はこのオタマジャクシを我が子と誤認する催眠をかけ──本当の我が子のことは認識できなくする──、そうでない者には単純に重石として機能するのだろう。

 納得のいく推測だったが……ここでふと、お茶子は疑問をもった。

 

「あれ?でも子供いたよね……炎司さんって」

「!」

 

 名指しされた壮年は一瞬目を丸くしたあと、やや気まずげに顔を伏せた。

 

「……俺の子供たちはもういい大人だ。こうして離れて暮らしてもいる。子供が自立している人間は催眠にかからないんだろう」

 

 いつも堂々としていて、すっぱり切り込んでくるような鋭さがある炎司にしては、やけに歯切れの悪い発言だ。

 薮蛇だったかと早くも後悔するお茶子だったが、もうひとりはまったく違っていた。

 

「へぇ……本当にそんだけかよ?」

「……何が言いたい」

「さあ?」

 

 睨みつける碧眼を、真正面から受けて立つ赤。いやな相剋である。どうしてこう、むやみに火種をばらまくのか。

 やむをえず、お茶子は話題を換えるために黒霧を利用することにした。

 

「そ、それよりさっ!ふたりともこんなだし、コレクション取り戻すには頭使わないと……だよね?」

「同意します」頷きつつ、「その点、皆さんのほうが知恵はおありでしょうが」

 

 つまり、戦術については関知しないということ。己の領分を外れる事柄にまで助け船を出さないという快盗の掟を、彼もまた遵守するらしかった。

 

「……確かにおまえの言う通りだ。作戦を考える必要がある、奴が動き出すまでにな」

「チッ……」

 

 舌打ちは、むしろ同意の証か。ひとまず意見がまとまったのはよかったが、爆豪勝己という少年の行動が一から十までお茶子の思い通りになるわけがなく。

 

「えっ、爆豪くんどこ行くん!?」

 

 彼がオタマジャクシ付きの背中を向けて奥へ引っ込もうとしたので、慌てて呼び止める。

 彼は振り返りすらせず、

 

「独りで考えさせろや」

「で、でも、話し合ったほうが……」

「知恵出し合うんなら絞ってからじゃねーと面倒くせーんだよ、わかれや」

「ええ~……え、炎司さん!」

 

 今度は炎司に助けを求めたのだが、彼も彼でつれなかった。

 

「……確かに、我々はこんな状態だ。今回ばかりは少し時間を貰おうか」

「………」

 

 険悪なムードを漂わせておきながら意見を一致させた男たちは、さっさと二階に上がっていってしまった。ひとり店舗スペースに取り残されたお茶子……いや、黒霧はまだ残っているのだが。

 

「では、あとはお任せします」

 

 こう言ってまさしく靄のように消えてしまうのだと、彼女は既に予期していたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 作戦を考えると言ってそれぞれ自室にこもった勝己と炎司だったが、何時間待っても彼らが姿を現すことはなく。

 

「……ハァ」

 

 すっかり陽の隠れた夜空を窓越しに見上げて、お茶子はため息をついた。幸か不幸か、ルレッタが再び現れる気配は今のところ、ない。

 彼女も彼女なりに頭を巡らせていたのだが、未だ有効と確信できる策は思い浮かばない。偏差値79とも言われる雄英高校を志望していただけあり、決して考えることが苦手なわけではない。ただ経験豊富な炎司、性格以外に欠点のない勝己に比べると、基本的に彼女はふつうの女の子なのだ。

 

 自分まで部屋にこもっていてはどん詰まりな気がして、お茶子は少し夜風に当たることにした。

 

 

 外に出てみると、周囲の雰囲気がいつもと違っていた。

 明確に何が、というわけではないのだ。ただお茶子は快盗になるための訓練をみっちり受けている。小さな違和感の正体を探らずにはいられなかった。

 

 そして、その答はすぐに見つかった。

 

「きみたち、何しとんの!?」

 

 思わず国言葉で声をあげると、ゴミ袋を漁っていた子供たちはびくりと肩を震わせた。男女の別はあるが、顔立ちがよく似ている。幼い兄妹のようだった。

 

 その手に店から出た生ゴミが握られているのを目の当たりにして、お茶子はぎょっとした。慌てて駆け寄り、半ば強引に引き剥がす。「はなせよ」と少年が喚くが、それを気にとめることはない。

 

「それ……まさか食べる気だったん!?なんで……」

 

 身なりもちゃんとしているし、生ゴミを漁るほど逼迫した生活をしている子供たちには見えない。そこまで考えて、お茶子ははっとした。

 

「だって、パパとママが……」

 

 今にも泣き出しそうな少女のつぶやきは、お茶子の推察を確信へと変えるものだった。──ルレッタ・ゲロウによって、彼らは親を奪われたのだ。

 

 生ゴミですら食糧と捉えるほどにお腹を空かせている。ふたりともまだ幼く、自炊もできなければコンビニ等で食べ物を買うための持ち合わせもないのだろう。

 

「………」

 

 "むやみに救けるな"──快盗の掟を借りた警鐘が脳内で鳴る。ただお茶子には名分があった。彼らがありつこうとした食事を──たとえ生ゴミであっても──取り上げたという。であるからには、代替の品を供することになんの問題があろうか。

 

「ちょっと待ってて。お菓子ならすぐ用意できるからさ!」

「!」

 

 兄妹が目を丸くしている間に、お茶子は店に舞い戻り、店頭に置かれたマカロンの箱を手にとった。持ち帰り用の売り物だが、数百円の代物だ。あとで自分の財布から償えばいいだろう。

 そう決意して再び店を出たお茶子だったが、そこにはたった三〇秒ほどの間に"第四の男"が姿を現していた。

 

「この近くの交番へ行きたまえ!きみたちのような子供を保護することを想定して、食事も用意してあるぞ!」

「!、あ……」

 

 背中に件のオタマジャクシを背負った大柄な青年が、子供たちを案内するように大袈裟に両手を振っている。紺地にパーソナルカラーとして緑をあしらった制服は、彼が警察戦隊の一員であることを示していた。

 

 

 *

 

 

 

「すまないな、こんなところまで付き合わせてしまって」

「い、いえ……」

 

 そう言ってホットココアを飯田天哉が勧めてくれるので、お茶子は頬をひくつかせながらそれを恭しくいただくしかなかった。

 

 角張った態度を崩せない天哉に子供たちが怯えてしまったので、彼らを交番へ連れていくためにお茶子も同行する羽目になったのだ。警察といっても日本警察、直接相まみえたことはないがどうしても敵地にいる気分になる。天哉にその気はなかろうが、"こんなところ"という物言いには内心全力で首肯したかった。

 

「だがおかげで助かったよ。何せ、こんなものを背負って駆けずり回っていたものだからな」

 

 否が応にも目に入ってくる巨大オタマジャクシ。仲間たちも同じものを背負わされていることを思うと、彼と遭遇したのが自分でよかったとお茶子は密かに胸を撫でおろすのだった。同時に、表向き取り繕うことも必要で。

 

「それって、ギャングラーにやられたんですか?」

 

 内心ではわかりきったことを訊く。

 

「うむ、既に報道されている通り子をもつ親に対しては一種の催眠効果があるようだが、そうでない者には単純に重圧をかけるようだ。しかも、どうやっても引き剥がせない」

「大変……ですね」

 

 言葉にすると他人事のようだったが、実際には真に迫った響きをもっていたことは言うまでもあるまい。

 天哉はというと、頷きかけ……ぶんぶんと首を横に振った。

 

「我々はいいんだ、こんなもの大したことはない。だが、子供たちは……」

 

 既に数十人もの子供たちが、親と引き離され心細い思いをしている。正義感の強い天哉にとって、決して許せることではなかった。

 

 いや……お茶子にとっても、そうだった。

 

「……大切な家族と離れ離れになるって、寂しいですよね。この歳になっても、そう思います」

「そういえば、きみも親元を離れてあの店で働いているんだったな」

 

 まだ15歳のお茶子がどのような思いでその生き方を選んだのか。きっと、自分がヒーローをあきらめたのと同じくらい重い決断だったのだろうと天哉は思う。それを単なる興味にしてはいけないと己を戒めつつも、やはり気になってしまうのが人間の性だった。

 お茶子にも、その気持ちがわかった。誰彼構わず受け入れられるわけではないけれど、この青年になら、と感じる。敵同士という立場上の問題より、彼の人間性への敬意が勝った。

 

 

「ギャングラーの、せいなんです」

 

 哀しみのこもった笑顔で、少女は告げた。

 

 

 お茶子の生家は小さな建設会社を営んでいた。この御時世、仕事は少なく暮らし向きは決して楽ではなかったが、それでも優しい両親や社員たちに囲まれ、彼女は幸福だった。

 ギャングラーの気まぐれな襲撃のために、父が大怪我を負うまでの話だが。

 

 幸いにして一命はとりとめたけれど、父は今でも車椅子から立ち上がれないばかりか、身体の内まで弱ってしまったのか入退院を繰り返している。この窮状に、お茶子は自分がもう夢を追いかける子供ではいられないのだと思った。

 

(なりたかったな……ヒーロー)

 

 そうして両親に、胸を張れるような形で楽をさせてあげたかった。けれど現実に、少女は既に誰にも誇れぬ快盗の身である。巨悪の蔓延る世界で、力なき者はささやかな幸せひとつ守れはしない。

 

 



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#6 スカベンジャー 3/3

ルレッタの人間体(蛙顔の少年)には実は明確なモデルがあります、原作に存在するキャラクターで。誰とは言いませんが……。


 自室にこもりきりだった勝己と炎司がジュレに降りてきたのは、いよいよ街が夜明けを迎えようかという頃だった。

 ふたりとも、目の下にうっすらと隈が浮かんでいる。ひけらかすまでもなく徹夜で考え込んでいたのだろうし、背中にあんな重石があっては眠るに眠れなかったろう。

 

 お茶子も寝てはいなかったが、といって戦術を練る暇もなかった。戦力部隊の一員であるにもかかわらず子供を保護して回る天哉を放っておけず、こんな時間になるまで付き合ってしまった。そんな事情を説明したら、ふたりにはすっかり呆れられたが仕方がない、元々頭脳面では水を開けられているのだ。

 

 それに。あとになって思えば、炎司はともかく勝己が怒らなかったのは、自身の立てた作戦にわずかながら後ろめたさがあったからかもしれなかった。

 

「……テメェの個性が要だ、丸顔」

「えっ……」

 

 かけられた言葉に、お茶子は呆けたように口を開いた。個性は役所に届け出ているものだから、快盗稼業とは致命的に相性が悪い。今までも緊急避難的に使用したことはあったが、作戦に組み込んでよいものなのか?

 炎司に視線を遣ると、彼はため息混じりにこめかみのあたりを押さえていた。掟破りを憂いているのかと思いきや、

 

「……考えることは同じか」

「へっ?」

 

 炎司のひと言で、お茶子が掟破りをすることは決定的になった。

 

 

 *

 

 

 

 ルレッタ・ゲロウは少年の姿のまま、怪しまれることもなく朝の街に降り立っていた。

 

「さぁてと、そろそろ活動再開しよっかな~?」

 

 ビルの屋上で、べろりと舌舐めずりをする。ここからなら街中にオタマジャクシをばらまくのも容易い。ルパンコレクション──"転がる賽のように"の能力があれば、ばらまいた分だけ命中してくれる。

 

「ボロいよなぁ、ケロケロ!」

「愉しそうだなァ、俺らも混ぜろや」

「!」

 

 いつの間にか、背後にひと組の少年少女の姿があった。タキシードあるいはドレス、仮面の姿で気取ってはいるが、赤いほうは自身の放ったオタマジャクシを背負っている。ルレッタの唇が歪んだ。

 

「おやまぁ、快盗さんじゃないですか。ボクは見ての通りただの子供ですよ、何かご用ですか?」

 

 肩をすくめてとぼけるルレッタだが、黒霧からあらかじめ情報提供を受けている快盗たちに通用するはずがない。変声期も迎えていない少年の姿をしていることも、彼ら……とりわけ爆豪勝己に対しては意味をなさないのだった。

 

「!」

 

 銃口を向けられたかと思えば、身構える間もなく引き金が引かれた。

 元々、動作自体は機敏といえないルレッタである。回避はもちろんのことコレクションを発動させるのも間に合わず、頬のあたりに被弾してしまう。

 

「ガッ!?」

 

 それは血を流させるばかりでなく、彼のまやかしの姿をなきものとするに十分だった。一瞬膨れあがった身体が弾け飛び、醜い蛙怪人の姿が露になる。

 

「ッ、マジかよ……!」

「………」

 

 勝己は何も答えなかった。ただ、今の発砲がすべてだとでも言わんばかりに。

 代わりに口を開いたのは──お茶子だった。

 

「……あなたに親と引き離された子供たちがいま、どんな思いをしてるかわかる?」

「ハァ?」

 

 首を傾げるルレッタ。対峙する少女の目に瞋恚が宿りつつあることに、彼は気がつかない。

 

「さみしくて、つらくて……お腹だってすくのに、ご飯をつくったり、買ってくれる人もいなくて……ゴミ袋まで漁ってる子供たちの気持ち、わかる?」

 

 あの子供たちは、泣いていなかった。泣くことになんの意味もないのだと、理解していたのだ。

 

「……許さない、」

 

「おまえだけは……絶対に許さない……!」

 

 ありふれた幸せを、当たり前の顔をして踏み潰していく化け物どもなど。

 

「許さないィ?」ルレッタが鼻を鳴らす。「じゃ、どうするって言うのサ?」

 

 そんなこと、決まっている。

 

「「快盗チェンジ!!」」

 

 その発声こそが答。ダイヤルファイターをVSチェンジャーに装填し、

 

『1・1・6!──マスカレイズ、快盗チェンジ!』

 

 電子音声が流れると同時に、引き金を引く。

 

 発射された光を纏い、彼らはルパンレンジャーへと変身を遂げたのだった。

 

「予告する──」

 

「テメェのお宝、」

「──いただき殺すッ!!」

 

 口上を途中から奪い取られたような形になったが、勝己は何も言わなかった。お茶子の想いを彼なりに慮ってくれたのだろうと思う。

 

 いずれにせよ、イエローは即座にルレッタめがけて光弾を撃ち込んだ。しかし二度目は既に読まれている、標的はルパンコレクションの能力を発動させた。

 弾丸がひとりでに逸れ、むなしく虚空へ消えていく。イエローは悔しい思いをしたが、とはいえ予想できないことではなかった。

 

「ケロケロ、当たらないっつーの!──でも……お返しっ!」

 

 くわっと口を開け、舌を突き出すルレッタ。十数メートルも伸びるだけでなく、そのスピードは弾丸にも匹敵する。

 それでもイエローは即座に回避行動をとったが、かのギャングラーが狙ったのは彼女ではなかった。

 

「ぐっ……!?」

 

 舌を叩きつけられ、撥ね飛ばされたのはレッドだった。ルレッタお手製のオタマジャクシを背負わされているために、彼は普段のように機敏には動けなかった。

 

「あ……レッド!?」

「ッ、……こんくらい、屁でもねェわ!」

 

 詰めた息を思いきり吐き出して、立ち上がるレッド。痛々しい姿だったが、気遣いなど彼は望んでいない。

 

「とっととコイツぶっ殺すぞ。あのクソオヤジが、()()()してるうちにな」

「……うん!」

 

 これから使うつもりである、個性。その瞬間を"彼ら"に見られるわけにはいかないからこそ、轟炎司はこの場にいないのだ。

 

 

 *

 

 

 

 ギャングラー出現の報を聞きつけ、パトレンジャーの面々もサイレンを鳴らして現場へ向かっていた。

 

「ッ、………」

 

 皆、当然のようにオタマジャクシを背負ったままである。気を抜くと立っていられない重量に苛まれてひと晩を過ごしたのだから、顔色はすぐれない。ましてそんな状態にもかかわらず、彼らが休んでいないことは飯田天哉の行動からも明らかだ。

 

 それでも、ギャングラー討伐の役割を他人に任せてしまうわけにはいかなかった。プロヒーローにも……まして、快盗になど。

 

 その快盗のうちのひとりが、突如として目の前に現れた。

 

「ッ!?」

 

 反射的にブレーキを踏む天哉。衝突は避けられたが、仮に停止が間に合わずとも彼は鍛えあげた肉体と青の快盗スーツの強度で耐えきってみせていただろう。

 ともあれ、三人はすぐさまパトカーから降り立った。「なんのつもりだ」と、天哉ががなりたてる。

 

 快盗──ルパンブルーは、冷笑をもってそれに応えた。

 

「今日ばかりは、お前たちに戦場を荒らされては困るのでな」

「なに……!」

「かかってこいヒヨッコども。正義を気取るならば、それに見合った実力を見せてみろ」

「!……上等じゃねえか!」

 

 鋭児郎は……否、彼らは揃って元ベテランヒーローの挑発に乗ってしまった。炎司がエンデヴァーのままで、これが模擬戦の類いであるならば、それは快いものであったかもしれないが。

 

「「「警察チェンジ!!」」」

 

 銃声が、響き渡る。次の瞬間には赤、緑、桃の装甲に身を包んだ戦力部隊が、青の快盗へと襲いかかっていた。

 

「ふ……ッ!」

 

 いつものようにひらりと身を翻す……というわけにはいかなかった。重石を背負っているのはブルーも同じなのだ。無論パトレンジャーとて普段より動きは緩慢なのだが、彼らの警察スーツはもとよりパワーと防御力を重視している。アドバンテージは、彼らにあった。

 

「そんな状態で……ッ、三人に勝てると思ってんの、おっさん!」

「言ってくれる……!」

 

 振り下ろされるパトメガボーをVSチェンジャーで受け止めつつ……ブルーは、不敵に笑う。

 

「言っただろう、お前たちを戦場へは行かせない。俺の目的は、それだけだ!」

 

 それさえ成せるなら、這いつくばり地を舐めることになろうとも構わない。勝利への渇望など、エンデヴァーの美名とともにとうに捨てたのだ。快盗である以上、そんなものは無意味なのだから。

 

 

 *

 

 

 

 快盗と子供じみたギャングラ──―大人不在の戦いは、後者の思い描いた通りに進んでいた。

 

「ッ!」

 

 素早くマントを翻しながら銃を連射するルパンイエローと、足を引きずるようにしながらルパンソードで接近戦を挑むレッド。だがルパンコレクションの能力を最大限に活用し続けるルレッタにとって、それらの攻撃はまったく脅威ではない。銃弾は勝手に逸れるし、オタマジャクシを背負わせたレッドの動きは緩慢に過ぎた。

 

「アハハハっ、なーに遊んでんだよ!?楽しい?楽しいの?うわぁっ、レベル低っ!」

「ッ、このクソガキが……!」

 

 本当にただの餓鬼なら拳骨の一発で済ませてやるところだが、相手はギャングラーだ。殺す、完膚なきまでにブッ殺す。

 そのためにも。

 

「ごめんねぇ……ボクはもう、飽きちゃったよ!!」

 

 ルレッタの舌がレッドの胸を叩く。彼が思わず身体をくの字に折ったところで、大量のオタマジャクシがレッドの身体に纏わりついた。

 

「が、ふッ!?」

 

 重量に耐えきれず、地に沈むレッド。その醜態を見下ろしてひとしきり嘲笑うと、残るイエローのことはまるっきり無視して踵を返した。彼女がいかに仕掛けてこようが、コレクションを使えば無力化できるのだからと。

 

「……ッ、」

 

 お茶子の腸は煮えくり返ったが、一方でこれはチャンスだとも思った。ルレッタが油断しきっている今なら、作戦を成功させられる。

 

 イエローは走り出した──ルレッタではなく、地に伏せたままのレッドめがけて。そればかりか、彼女は変身まで解除してしまった。手袋も邪魔だと、片方を無造作に脱ぎ捨てる。

 そして、

 

「爆豪くんッ、頼んだ!!」

 

 バトンを渡すかのように、その身体に触れた──

 

 

 悠然と立ち去ろうとしていたルレッタは、不意に頭上に影が差したことに気づいた。顔を上げて──戦慄する。

 

「な……!?」

「──よォ」

 

 ルパンレッドが、浮かんでいる。飛んでいるのではない。ふわふわと浮遊しているのだ。全身にオタマジャクシを抱えているにもかかわらず……いや、その有無に関係なくありえない光景だ。この重力化で。

 

「丸顔!!」

 

 叫び。刹那、

 

「解除!」

 

 レッドの身体が落下をはじめる。そのしなやかに鍛えられた肉体が、大量のオタマジャクシもろともルレッタに襲いかかった。

 

「ぐぎゃあッ!!?」

 

 その威力は、人間より遥かに頑丈なギャングラー相手にも痛烈なものだった。コンクリートとサンドイッチにされ、ルレッタは痛々しいうめき声をあげる。頭を思いきり打ちつけ、視界がぐらぐらと揺れた。

 

「て、めぇ……ッ」

「……はっ」

 

 仮面に隠され顔は見えない。しかしルレッタにはわかった──その表情は、悪魔のごとき獰猛な笑みをたたえていると。

 全身全霊でルレッタを押し潰したまま、レッドは彼の金庫にダイヤルファイターを押し当てた。

 

『9・1……3!』

 

 電子音声とともに解錠がなされ、ひとりでに金庫が開く。レッドは容赦なくそこに手を突っ込み、目的のものを取り出した。

 

「あッ!」

「ふん、──丸顔ッ!!」

 

 背後のお茶子めがけ、それを投げつける。手袋をしたままの左手でしっかりと受け止めると、彼女はべ、と舌を出した。

 

「ルパンコレクション、いただき!」

「!?」

 

 ルレッタの脳内は混沌に陥った。生命線ともいえるルパンコレクション、早く取り戻さなければ!しかしのしかかったままのレッドが邪魔だ。この重量をどかすのは容易ではない、それならば──

 

「……チィッ!」

 

 ルレッタはやむをえず、レッドに付着させたオタマジャクシの命を絶った。黒い塊がぼろぼろと転がり落ち、次の瞬間には白煙を残して消滅する。

 

「──!」

 

 思いもかけない僥倖だったが、レッドの対応は素早かった。ルレッタの舌に弾き飛ばされるより早く、転がって回避行動をとる。ルレッタにしてもこの場は自分の上から退かせればよく……何より彼の意識にはもう、お茶子の手の中にあるコレクションしかなかった。

 

「返せよッ、ボクの宝物!!」

「………」

 

「……お断りや!」

 

 お茶子の操るVSチェンジャーが、銃声を鳴らした。

 

 ルレッタの身体を光弾が貫いていく。それも一発では済まない。弾切れの心配がないゆえに、お茶子はただ無心になってトリガーを引いては放しを繰り返していた。

 

「ぐがあぁッ!?」

 

 たまらず仰け反るルレッタ。はずみで足を滑らせ、彼は屋上から墜落していく。その身が大気という牢獄に囚われたのを見逃すレッドではなかった。マントを翻し、なんの躊躇いもなく飛び降りていく。

 そして、

 

「死ねぇッ、クソガエル!!」

 

 ルパンソードを一閃──宙に浮いたままのルレッタの身体が二分される。次の瞬間には大きな爆発が起き……金庫を除いたあらゆるパーツが、粉々に吹き飛んだのだった。

 

 

 ルレッタの死は、未だ続いていたルパンブルーとパトレンジャーにも異変をもたらした。

 巨大なオタマジャクシを背負い、ずしりと重い身体で相剋を繰り広げる彼ら。状況を総合的にみるとブルーが圧倒的に不利なはずが、豊富な経験で若者揃いの警察を上手くいなしていたのだが。

 

「!、ム……」

 

 突如として、物理的に圧力をかけ続けていたオタマジャクシが消滅する。彼だけでなく、相対するパトレンジャーのそれも。

 

「うおッ!?き、消えた……?」

「……ということは、」

 

(ふ……、上手くいったか)

 

 ブルーの心に感激はなかった。未熟な少年少女といえど、彼らもまた快盗になるための訓練を積んできている。その程度、できて当然なのだ。

 

 

 一方、無造作に地面に転がる焦げた金庫。

 そのすぐそばに、"彼女"が姿を表した。

 

「こんな終わり方じゃあ、ボスどころか誰もあなたのことなんて見てくれないわね……ルレッタ」

 

 嘲りつつ、艶やかにほくそ笑む異形の女──ゴーシュ・ル・メドゥ。快盗とも警察とも撃ち合うつもりのない彼女が、戦場に現れる理由はひとつしかなかった。

 

「私の可愛いお宝さん、──ルレッタを元気にしてあげて」

 

 彼女のもつルパンコレクションの()()()がその能力を発揮する。そのエネルギーを注ぎ込まれた金庫はたちまち膨れあがり、

 

 ルレッタ自身をも巨大化、復活させたのだった。

 

「よくもボクを……ッ、ぶっ殺してやる!!」

「!」

 

 一度失った命を取り戻したことに対する当惑や歓喜よりも、仇である快盗に対する憎悪が勝っていた。即座に進軍を開始するルレッタ。

 その姿を認めて真っ先に動いたのは、快盗たちではなかった。

 

「このまま蚊帳の外でいられるものか……!──ふたりとも、行こう!」

「うっす!」

「了解!」

 

『位置について……用意!走れ!走れ!走れ!──出、()ーンッ!』

 

『轟・音・爆・走!』

『百・発・百・中!』

『乱・擊・乱・打!』

 

 射出されると同時に、巨大化していく三機のトリガーマシン。同時に跳躍したパトレンジャーは、内部に生成されたコックピットに乗り込んだ。

 それを見届けたうえで、軽くなった身体を楽しむかのようにブルーは身を翻した。程なくして、同じくこちらに向かっていた仲間たちと合流する。

 

「ブルー!大丈夫だった?」

「ふ……当然だ」

「……ンなことより、」ぶっきらぼうな声を発するレッド。「サツの連中、放っとく気かよ」

 

 視線をわずかに上へ滑らせれば、巨大なトリガーマシンが走り抜けていくところだった。さらにどこから飛んできたか、グッドストライカーの姿も。

 このまま獲物を掻っ浚われると思えば、彼が忌々しげにするのも理解できる。──が、快盗としての目的は既に果たしている。

 

「まぁ……おっきくなったのくらい、譲ってあげてもいいんじゃない?」

「ア゛ァ?」

「だってほら……適当にガス抜きしとかんと、あとで余計に絡まれるかもよ?」

 

 パトレンジャーの性質を考えると、苦しい言い分ではあるのだが……一応レッドは承服したらしい。何も言わずに踵を返す。

 ブルーともども彼の背中を追いつつ、イエローはふと、かの眼鏡の警察官の顔を思い出していた。

 

 

『警察ガッタイム!正義を掴みとろうぜ~!!』

 

 巨大化したグッドストライカーを中心に、三機のトリガーマシンが変形しながら寄り集まっていく。接合に次ぐ接合、それが明確な人型を形作るのは二度目のこと。

 

「完成──」

 

 その名も、

 

「──パトカイザー!!」

 

 

 皇帝の名を冠する機械仕掛けの巨人が、醜悪なる蛙の怪物の目前に降り立つ。

 

「そこまでだッ、ギャングラー!!」

 

 コックピット内から発せられたパイロットの声は、パトカイザーを通してかの化け物に届けられる。それに対して、

 

「警察……!──ジャマだぁぁッ!!」

 

 ヒステリックに叫びつつ。彼らを相手にするつもりなどなかったルレッタは、ルパンレッドに対してしたように、大量のオタマジャクシをパトカイザーめがけて投げつけた。いかに大出力のロボといえど、あれを受ければその重みに押し潰されてしまう。

 しかし、

 

「そうはさせるか!!」

 

 勇ましく叫んだ2号の操縦により、左腕のトリガーキャノンを連射するパトカイザー。放たれた弾丸はことごとくオタマジャクシを直撃し、撃ち落としていく。

 それだけには終わらない。砲撃はなおも続く──ルレッタ本体を標的にして。

 

「ぐぁあああああッ!?」

 

 姿に似合わぬボーイソプラノの悲鳴も、銃声にかき消される。もはや趨勢は決したと言ってもよかったが、ルレッタはあきらめが悪かった。無理矢理に舌を伸ばして、敵に叩きつけようとする。

 果たしてそれはパトカイザーの機体に命中した。思わぬ一撃に踏ん張る間もなく、後方に吹っ飛ばされる鋼鉄の巨人。

 

「ぐッ!?」

 

 当然、コックピット内にも強烈なGがかかる。だが所詮はそれまでだ。鍛えあげた肉体を強靭な警察スーツで包み込んだ彼らを傷つけるには、生半可にすぎた。

 

「こんなモン……ッ、むしろチャンスだぜ!!」

「うむ……!──グッドストライカー!」

『ラジャー!!』

 

 トリガーマシンのエネルギーが、右腕のピンクの警棒へと集束する。ルレッタの視線は当然そちらに注がれるが、そんなものは前座にすぎない。

 警棒からさらに、エネルギーはトリガーキャノンに移されるのだ。

 

「「「パトカイザー……弾丸、ストライクっ!!」」」

 

 放たれた巨大な光の弾丸は、まず伸びたままの舌を焼き尽くした。その灼熱に目を見開くルレッタだったが、幸か不幸か彼は痛みを感じることさえなかった。

 次の瞬間には、彼自身も焼き尽くされていたから。

 

「ち……くしょおぉぉぉぉッ!!」

 

 断末魔もつかの間、ルレッタは今度こそ跡形もなく爆散したのだった。

 

『ヒュ~、気分はサイコー!』

 

 グッドストライカーの歓声とともに、着地を遂げるパトカイザー。そのまま何メートルも後方へと滑走した機体は砂塵にまみれていたが、それでもなお燦然と輝いていた──

 

 

 *

 

 

 

 保護されていた子供たちが、洗脳から解放された親たちと抱き合っている。

 

 そんな光景を、麗日お茶子は遠巻きに眺めていた。あの中には、ジュレの店先にて生ゴミで腹を満たそうとしていた、かの幼い兄妹の姿もある。家に帰ればきっと、温かいご飯が彼らを待っていることだろう。

 

「………」

 

 お茶子の口許に、ほのかな笑みが浮かんだ。快盗は、自分たちだけのために戦っている。しかし結果的にでも子供たちの笑顔を守れたのなら、それを喜ぶ気持ちを持っていたっていいじゃないか。

 

──ふと、親子を送り出す一団の中に、パトレンジャーの面々の姿を見つけた。中でもひときわ大柄な、眼鏡の青年。

 

 こちらに気づいた彼が、笑顔を浮かべて手を振ってくる。お茶子もまた、遠慮がちにではあるが手を振り返した。彼は快盗を敵視しているけれど……いまこの瞬間くらいは、そうする資格が自分にもあると思いたかった。

 

 

 à suivre……

 

 






次回「侵入、国際警察」


「やっぱり……快盗なんて間違ってる!」
「俺たちは……これしかねェから快盗やってんだッ!!」





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#7 侵入、国際警察 1/3

リュウソウのコウとナダの関係性にデク&かっちゃんを連想した自分がいます。
相手が自分より優れていることを認めつつ、折れてしまうとああなるんだろうな…と思った。一方的に背中から切りつけたナダと異なり、当作品の二人は傷つけ合った結果こうなってるわけですが。


ガイソーグかっちゃんvsリュウソウレッドデク!(思いつき)


 

 薄暗い路地裏を、男が歩いている。だらしのない服装に不似合いなサングラス、歩き方も不自然に大股──風体が、明らかによくない。

 尤も、ただ単に柄が悪いだけならば……"彼ら"による捕捉を受けることはなかっただろう。

 

「間違いないな。──奴が"ブンドルト・ペギー"だ」

 

 手元にある写真と男を見比べつつ、つぶやく……轟炎司。彼、そして爆豪勝己と麗日お茶子のふたりは今、快盗としてギャングラーを追っていたのだった。

 

「罪状は連続強盗殺人、その後の逃げ足は極めて速いらしい」

「ルパンコレクションの能力……だよね」

「ハッ、久々にちったァ骨のある奴みてェだな」

 

 赤い仮面の少年──勝己の唇が、三日月型の弧を描く。この小僧にはこういうところがあると、炎司は密かに嘆息した。それでも猪突猛進というわけではなく、クレバーな思考をする点については評価しているのだ。ギャングラー相手にはそれを発揮してくれるから構わない、しかし警察が相手となると──

 

 ひとまず思考を収め、息を合わせて跳躍する三人。着地と同時に、ブンドルトを取り囲むように布陣する。

 

「よォ、ギャングラー」

「な……!?お前ら、快盗!?」

「ご名答!」

「知っているなら話は早い。さっさとルパンコレクションを置いて、立ち去れ」

 

 三方向からVSチェンジャーを突きつけられている状況下、ブンドルトはギリリと歯を鳴らす。無論言うことを聞く気は微塵もないが、迂闊に動けば銃口が火を噴くとわかっている。──だが、ルパンコレクションの能力なら!

 

「ジーッとしてても……トウッ!」

「!」

 

 ルパンコレクションの能力を発動させ、跳躍する──刹那、

 

「おらァッ!!」

「グガッ!?」

 

 勝己の放ったロープが右足に絡みつき、彼はあえなく地面に叩きつけられた。その衝撃で人間の身体が弾け飛び、甲冑を着たペンギンのような正体が露になる。

 

「テメェのコレクションの能力はわかってンだ。俺らから逃げられると思うなよ、クソペンギン」

「き、貴様ァ……!」

 

 どちらが悪かわからないような笑みを浮かべながら、ダイヤルファイターを構える勝己。仲間ふたりもそれに追随する。このまま戦闘が始まり……そして、彼らの望みがかなえられる。

 

 そんな確信が生まれた瞬間、不意に空間が歪んだ。

 

「!?」

 

 同時に、吹き付ける突風。三人がたまらず身構えた直後──ブンドルトの傍らに現れたブラックホールから、巨駆の怪人が姿を現した。

 

「何を遊んでいる、ブンドルト」

「で、デストラさん……!」

「ンだテメェ!」

 

 がなりたてた勝己を、その一つ目がぎょろりと睨みすえた。凄まじいプレッシャーに、身が震えそうになる。しかしそれと同時に、血が沸くような錯覚があった。

 

──両肩にひとつずつ……都合ふたつの金庫を、彼は持っていたのだ。

 

「デストラ・マッジョ。覚えなくて構わない、貴様らに用はないのでな」

「そうかよ……こっちにはあるわ!!」

 

 即座にVSチェンジャーを突きつけようとする。しかし意外にもそれを阻む者があった──炎司だ。

 

「よせ、小僧!……この敵は、普通とは違う」

「ア゛ァ!?何言って……」

 

 いつも通り喰ってかかろうとして……ぎょっとした。仮面越しの炎司の表情……いつもは冷静を通り越して冷徹そのもののそれが、明らかな焦燥に染まっている。元トップヒーローである彼が、それほどまでに警戒する相手。

 

 幸か不幸か、言葉通りデストラは彼らとぶつかる意欲をもってはいないようだった。

 

「ブンドルト、おまえには別の仕事を任せたはずだ。──来い」

「う、うっすー!」

 

 再び開いたブラックホールへと消えていく二体のギャングラー。炎司の反応からして、見送るほかないのは勝己も理解した。しかしそれでも、なんの成果も得ずに帰るつもりはなかった。

 ブンドルトが消える直前、勝己の投げた小さなオブジェクトがその背中に付着する。──今はせめて、それだけでも。

 

「……何、投げたん?」

「トーチョーキ」

 

 盗聴器──発信器という選択肢もあったが、まずはデストラの言っていた"別の仕事"がなんなのかが気になったのだ。それがわかれば、次の出現場所も読めるという考えもある。

 

「店戻んぞ、ここじゃ落ち着いて聞けやしねえからな」

「おー……久々に冷静な爆豪くんや」

「俺ぁいつでも冷静だクソが」

「いやウソつけぃ!」

「………」

 

 軽口を叩きつつ、迅速に撤収する少年たち。彼らの背中に続く炎司だったが、一度だけ後方を……ブラックホールのあった箇所を仰ぎ見る。

 デストラ・マッジョと名乗ったかのギャングラー。ヒーロー時代も含めた炎司の長い戦いの人生においても、あれほどの威圧感を発する敵は初めてだった。しかし自分たちの願いをかなえるためには、奴からもルパンコレクションを奪い取らなければならない。……ヒーローであることを捨てた自分たちに、果たしてそれができるだろうか。

 

 

 *

 

 

 

「新しいVSビークル?」

 

 もはや常の職場になりつつある警察戦隊のタクティクスルームにて、ルーキーヒーロー・烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎はそう訊き返していた。

 VSビークル──彼らパトレンジャーが使用しているトリガーマシン、ルパンレンジャーが利用するダイヤルファイターなどのマシン型ルパンコレクションの総称である。VSチェンジャーに装填することで強化スーツを装着させたり、必殺技を放つことができたり……挙げ句には数十メートル大に巨大化したりと様々な能力を発揮してくれる優れもので、パトレンジャーの生命線ともいえるわけだが。

 

「そうだ」塚内管理官が頷く。「先日、パリの本部から極秘裏に運び込まれてきたものだ。前回の反省もあって、ごく一部の人間にしか知らされていなかった……私もつい昨日聞かされたくらいだからな」

 

 一度運搬途中にギャングラーの襲撃を受けている以上、賢明な判断ではある。

 

「現状、きみたちは十分によくやってくれていると思う。しかしギャングラーの組織形態が不透明である以上、さらに強力な存在が現れる可能性を鑑み、戦力を増強するべきだと判断されたわけだ」

「戦力を増強ね……それは賛成ですけど。新しいVSビークルが配備されるってことは、このチームに増員があるってことですか?」

 

 三人いる快盗とギャングラー、両方を相手取って戦うわけだから、頭数はあったほうがいいのは間違いないが。

 

『いえ、変身に必要なVSチェンジャーは皆さんの持つ三丁しかありません』ジム・カーターが口を挟む。『あとは三丁、快盗が所持していますが……』

「……なるほど。頭数が欲しけりゃ、快盗捕まえるのが手っ取り早いってワケね」

「ギャングラー倒すより難易度高そうっスけどね……」

「確かに。だが、それでも成し遂げるのが我々の使命だ!」

 

 胸を張る天哉。彼に限らず鋭児郎にせよ響香にせよ、常に士気を高めあいながら職務に打ち込んでくれている。結成から日が浅いにもかかわらず──信頼感を覚えると同時に、この布陣が暫定的なものであることを塚内は残念に思った。わざわざ冷や水を浴びせることもないので、表には出さないが。

 

「ジムの言った通り、増員の予定は現状ない……が、使用できるトリガーマシンの追加は快盗に対してもギャングラーに対しても大きなアドバンテージになる。きみたちなら十分に使いこなせると、正直、期待している。がんばってくれ」

「「「──了解!」」」

 

 三人の声がぴしりと揃った。

 

 

 *

 

 

 

 ジュレに戻った快盗たちは、厳重に戸締まりをしたうえで盗聴作業に取りかかった。明るく開放的なつくりの喫茶店内、真剣な表情で身を寄せ合い、無骨な装置から聞こえてくる音声に耳を研ぎ澄ます少年少女と壮年の男の三人組。ミスマッチ極まりない光景ではあるが、指摘する者は誰もいなかった。

 

「よしっ、周波数の調整かんりょー!」

「……おー」

 

 雑音ばかりだったヘッドフォン越しの音が、徐々に鮮明に聞こえてくる。

 

──やがて、

 

『スンマセンっした、デストラさん!』

 

 いきなり聞こえてきたのは、ブンドルト・ペギーの威勢のいい声だった。この様子だと、まだ根幹のやりとりには至っていないようだ。

 

『構わん。それより、頼んだ仕事の算段はついているのか?』次いで、デストラの声。

『勿論でさァ。国際警察なんざ、オレの能力でチョチョイと侵入してやりますよ!』

『油断はするなよ、あの楼閣はパトレンジャーなどという戦力を擁している。取るに足らない連中だが、奴らに敗れた者がいることも事実だ』

 

『おまえの使命は、奴らが運び込んだというルパンコレクションの奪取にあることを忘れるな』

「……!」

 

 三人は思わず顔を見合わせた。──VSチェンジャーとトリガーマシンのほかにも、国際警察がルパンコレクションを入手している?

 

『わかってまさァ。人間どもはたいがい夜には休みます、国際警察も夜は手薄になるはずだ』

 

 日付が変わった午前0時ちょうど、作戦を決行する──ブンドルトの宣言を聞いて満足したのか、デストラの声が聞こえなくなった。その場を立ち去ったのだろう。

 

 暫くブンドルトのとりとめもない独り言が続くのを聞き届けたうえで、勝己はヘッドフォンを取り外した。ふぅ、と深いため息をつく。そして、

 

「……十分後だ」

「へ?」

 

 首を傾げるお茶子。それに対し、

 

「ブンドルトが国際警察に侵入した十分後、つまり0時10分に我々も侵入する。そう言いたいわけだな、小僧?」

「チッ、……おー」

 

 根っこの思考回路は似通っているためか、炎司の解釈は極めて正確だった。言い当てられた勝己がかえって不機嫌になるのはもう、様式美というほかないが。

 

「奴の言う通り、国際警察といえども深夜には手薄になる。無論宿直の人員はいるだろうが」

「さらにギャングラー侵入の混乱に乗じれば……ってことやね!」

 

 逆に言えば、そんな状況でもなければ国際警察への侵入など無謀もいいところ。この千載一遇の好機──漁夫の利は最大限に得なければと三人は思った。とりわけ爆豪勝己は。

 

(連中のチェンジャーとビークルも……奪い殺してやる)

 

 市民を、世界の平和を守るのだと心の底から宣言しているパトレンジャーの三人。彼らが普遍的に疑いようのない"正義"であることは認めている。

 だが、だとしても。──デクを取り戻す障害である以上、勝己にとっては悪でしかないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 ドグラニオの屋敷に帰還したデストラ。彼を迎えたのは主ではなく、近しいながら好ましからざる存在であるマッドサイエンティストの女だった。

 

「お帰りなさい。ドグラニオ様の腹心ともあろう方がどちらにお出かけだったのかしら?」

「……貴様には関係のないことだ」

 

 冷たくあしらいながら、かの異形の女が何も知らないと思うほど甘いデストラではない。

 

「昔の子分に何をやらせようというのかしら?ボスにまで内緒にして」

「この私がボスを裏切るとでも?」

 

 思わず嘲笑が込み上げる。そんなことは断じてありえない──心の底からそう断言する。

 ゴーシュとて、そんなことはわかっていた。本当のところは、純粋に興味があったのだ。ドグラニオの威容をいかにもり立てるか──その一点にしか関心のないようなデストラが、人間の手に渡っているルパンコレクションをどうしようというのか。

 

「いずれわかる」

 

 デストラの答は、ただそれだけだった。

 

 



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#7 侵入、国際警察 2/3

切島くんは銭湯とか好きそう。


 

「ふぃー……いい湯だったぜ」

 

 垂れた赤髪からほかほかと湯気を立てながら、鋭児郎は当直室に戻ってきた。

 警察戦隊では、平時における夜間は交代でひとりずつ庁内に詰めることと定められている。出向扱いになっている鋭児郎にはその義務はないのだが、これまで一度も拒否権を行使したことはなかった。ヒーロー事務所においても同様の役割はあったし、何よりまだまだひよっこの自分に良くしてくれる年長者たちの負担はできるだけ減らしたかったのだ。

 

──と言いつつ、役得があるのも否定はできない。

 

(スゲー豪華なんだよなぁ、ここの風呂)

 

 ふつう官公庁施設の入浴設備など、シャワールームがあれば上等だと思うのだが。ここはそこいらのスーパー銭湯に負けない広い浴場が用意されており、特に夜間は彼のような当直の職員で賑わっている。流石は世界を股にかける国際機関というべきか。

 そのスケールの違いに当初は圧倒されっぱなしだった鋭児郎だが、最近ではすっかり楽しみのひとつとなっていた。普段職務上では関わることの少ない他部署の職員たちとの、文字通りの裸の付き合い。職員の中でも最年少で人懐こい性格の彼は、異質な立場ながらも皆から可愛がられ、仲間として認められつつある。

 

「けど……まだ一ヶ月も経たねえんだよなぁ」

 

 長かったようで、あっという間でもあった。昔ながらの畳の上に腰を下ろしつつ、鋭児郎はこの一ヶ月弱を思い返す。

 

──初めは、偶発的な事故でしかなかった。

 

 ルパンレンジャーとギャングラー"ガラット・ナーゴ"の攻撃に晒された飯田天哉と耳郎響香を救けるため、彼らとともにパトレンジャーへと変身することになった。そのときはまだ、ガラットを倒せばお役御免のはずだったのだ。しかし短い間に事件が連続したということもあって、気づけばプロヒーローとしてよりパトレンジャーとしての活動期間のほうが長くなりつつある。それでも不思議と焦りはなかった。──ヴィランに立ち向かえるヒーローは大勢いるが、ギャングラーから人々を守れるのはパトレンジャーしかいないのだ。

 

(もう少し、ここにいてもいいかな)

 

 そんなふうに思いつつ、スマートフォンを手にとる。何事も起きない限り、当直はとかく暇なのだ。気の緩みは戒めるべきだが、ある程度はやむをえないだろう。何せ夜はまだまだ長い。ようやく、日付が変わろうとしている──

 

 その瞬間が訪れた直後、にわかに警報が鳴った。

 

「うおッ!?」

 

 けたたましいそれに、思わずスマートフォンを放り出してしまう。事件発生?──いや、違う。

 

『緊急警報発令、施設内に侵入者あり。繰り返す──』

「な……侵入者!?」

 

 この厳重な警備がなされた国際警察に?何者かはわからないが、いずれにせよ尋常な存在ではあるまい。

 即座に立ち上がった鋭児郎は、制服を羽織って当直室を飛び出した。たまたま廊下にいた職員──先ほど風呂で一緒になった男だった。鋭児郎の姿を認めて、彼の表情がわずかに安堵したものとなる。

 

「烈怒頼雄斗……!」

「な、何があったんスか?侵入者って……」

「わからない……だがおそらくギャングラーだ!」

「ギャングラー!?」

 

 確かにどんなヴィランよりも、得心がいく侵入者ではあるが。

 

「ッ、とにかく俺、行きます!」

 

 天哉も響香も既に退庁している。彼らに召集がかかって実際に駆けつけるまでの間、敵を食い止めるのが自分の役割だ。どんな目的があるにせよ、こちらの本拠地に殴り込みを駆けてくるような相手。実力には自信があるのだろうが──ならばなおのこと望むところだと、鋭児郎は己を奮い立たせた。

 

 

 *

 

 

 

 鋭児郎には知るよしもないことだが、侵入者はやはりブンドルト・ペギーだった。複数のポーダマンを引き連れ、施設内を我が物顔で闊歩している。当然、武装した警察官たちが行く手を阻もうとするが……彼らの力で足止めができるなら、パトレンジャーだけに戦闘を委ねることなどない。彼らはブンドルト自身には銃弾ひとつ撃ち込むことができず、ポーダマンによって掃討されてしまった。

 

「けっ、雑魚どもが!オレの邪魔したきゃゴーシュにでも改造してもらうんだな」

 

 嘲笑しつつ、風貌に不似合いな端末を取り出す。そこに表示されたのは──驚くべきことに、この日本支部内の図面だった。あるポイントに、赤い点が打たれている。

 

「ヘッ、着いた着いた。……ここかァ」

 

 

 鋭児郎は走っていた。行く先所々にギャングラーにやられた警官たちが倒れている。ヒーローとして、彼らを救護したい欲求が沸きたつのは避けられない。

 

「……ッ、」

 

 心を鬼にして、その感情を抑え込む。パトレンジャーの一員として、優先すべきはギャングラーを殲滅すること。──それを為すことが、これ以上の犠牲を出さないことにも繋がるのだ。

 

 広い庁舎内を、どれだけ走っただろう。体力自慢の彼も流石に息切れし始めた頃──にわかに、途上の部屋の扉が勢いよく倒れてきた。

 

「うわっ!?」

 

 咄嗟に身を転がし、足先一寸のところで扉をかわす。激しい衝突音とともに横たわったそれは、よく見れば穴だらけになっていた。それも、銃弾の形の。

 

「ヘヘヘヘッ、カンタンな仕事だったぜぇ」

「!!」

 

 下卑た声とともに姿を現すブンドルト、そして彼に従うボーダマンたち。片膝をついた姿勢のまま、鋭児郎はVSチェンジャーを手にとった。

 

「ギャングラー……!」

「ん?……なァんだ、誰かと思えばパトレンジャーじゃねえか!ひと足遅かったなァ」

「ンだと……!?」

 

 そこでようやく鋭児郎は気づいた。ブンドルトの手に、アタッシェケースがぶら下がっていることに。

 

「おまえ、それ……」

「あァ、お前らの持ってたルパンコレクションだよ」あっさり種明かしをする。「預からせてもらうぜ。オレたちギャングラーが持ってたほうが有効利用できるからなァ……ギャハハハッ!!」

「……!」

 

 つまりあのアタッシェケースの中にあるのは、間もなく警察戦隊に配備されるはずだったVSビークル?

 ブンドルトの目的を察すると同時に、鋭児郎の胸のうちに怒りの炎が湧きあがった。

 

「……返せ……!」

「アァン?」

「返せっつってんだッ、それはおまえみてェな野郎が使っていいモンじゃねえ!!」

 

 普段の陽気な彼を知る者が見れば、驚愕を禁じえないであろう激昂。並のヴィランが相手なら怯ませることができたかもしれないが、生憎相手は並のヒーローでは太刀打ちできないギャングラーだった。

 

「ヘッ、ヒーロー気取りのガキが。イキってんじゃねえよ!──ポーダマン、やっちまいな!!」

 

 ブンドルトの号令を受け、一斉に銃剣を構える取り巻きたち。それはこけ脅しなどではない──ゆえに、引き金が引かれるまでには寸分の猶予もない。

 

「ッ!」

 

 銃弾の到達までに、変身が間に合わない。半ば本能的にそれを察知した鋭児郎は、咄嗟に己が個性を発動させた。全身の皮膚がダイヤモンドのごとく硬化し、銃弾を弾いていく。ただ硬くなっただけに衝撃はよりダイレクトに伝わってくる。呻き声を噛み殺しながら、鋭児郎はトリガーマシンをVSチェンジャーに装填した。

 

「ッ、警察……チェンジ!!」

 

 絞り出すように叫び──引き金を、引く!

 

『1号、パトライズ!警察チェンジ!』

 

 電子音声が流れ、同時に銃口から放たれた光が鋭児郎の全身を包み込む。光は赤を基調とした"警察スーツ"へと姿を変え──鋭児郎を、パトレン1号と呼ばれる姿に変えたのだ。

 

 変身を遂げた鋭児郎はふ、と息を吐き出した。同時に硬化が解けるも、警察スーツはポーダマンの弾丸をことごとく弾いてくれる。

 お返しとばかりに、鋭児郎──1号はVSチェンジャーを彼らに向け、光弾を放った。その直撃を受けたポーダマンは悶絶し、倒れ伏していく。

 

(もうすぐ飯田さんたちが来る……。それまでに、雑魚だけでも!)

 

 

 *

 

 

 

「耳郎くん!!」

 

 息を切らしながら庁舎前にたどり着いた耳郎響香の耳に、慣れ親しんだ同僚の大声が飛び込んできた。

 振り向けば同じく全力疾走してきたのだろう、飯田天哉の姿。

 

「飯田……流石、早いね」

「きみこそ。烈怒頼雄斗が心配だ、急ごう!」

「……だね!」

 

 VSチェンジャーを構え、再び走り出すふたり。自分たちを冷ややかに見下ろす三つの影の存在など、思いも寄らない。

 

「チッ……連中もう来やがった」

 

 半ば習慣づいた舌打ちをこぼす──爆豪勝己。ブンドルトに続き、国際警察に侵入しようとしていた矢先だった。

 

「国際警察の単身寮はここから徒歩10分もかからんからな。迅速に動けばこんなものだろう」

「ッ、そーいうこたぁ先言えや!!」

「なんだ、知らなかったのか。敵を知ることは基本中の基本なんだがな」

「~~ッ!」

 

 あわや16歳と45歳のバトルが勃発──日常茶飯事ではあるが──というところで、麗日お茶子が半ば呆れぎみにそれを押しとどめた。

 

「も~、ケンカしとる場合?炎司さんも炎司さんで大人げないし……」

「……む」憮然としつつ、「まあ、いればいたで使いようもある」

「けっ、またそれかよ」

「………」

 

 流石に炎司はもうやり返さなかった。いつもこんなだが、いざというときの連携に不安はない。ヒーローというアイデンティティさえ棄ててきたことを思えば、反りが合わないくらいなんだと言うのか。

 

「じゃ、私たちも行こうぜぃ!」

「仕切んな丸顔!」

「ええやんたまには!」

 

 ともあれ、彼らもまた国際警察への侵入を図る──

 

 

 *

 

 

 

 パトレン1号の孤独な戦いは続いていた。逃げ遅れた職員たちを守り避難させつつ、ポーダマンを着実に減らしていく。

 そして、

 

「お、らぁッ!!」

 

 パトメガボーを力いっぱい叩きつけ、最後の一体を沈黙させた。

 

「っし……」

「調子に乗んなよクソガキぃッ!!」

「!」

 

 はっと振り向けば、目にも止まらぬ速さで跳躍を繰り返しながら、迫るブンドルトの姿。その手には魚を口から串刺しにしたかのような形状の剣──"ロングウオーソード"が握られている。

 咄嗟にパトメガボーを構え、刃を受け止める。その衝撃で、身体がずりずりと後退した。

 

「ッ、ぐ……!」

「ヘッ、せっかくだ……おまえのコレクションも頂いていくぜ!」

「ざっけんな……!」

 

 じりじりと、膠着状態が続く。もうすぐだ、もうすぐ。いや孤立無援だとしても、鋭児郎はあきらめるつもりなど微塵もなかった。不屈(アンブレイカブル)──技の名にまで採ったその心意気は、決して砕けることはない。

 

 そしてそれに応えるように、"彼ら"が来た。

 

「ぐほぁっ!?」

「!」

 

 突如体表に火花が散り、吹き飛ぶ──それでもアタッシェケースは手放さない──ブンドルト。鍔迫り合いから解放された1号が振り向くのと、カラーリングの異なる警察スーツを纏ったふたりが駆け寄ってくるのが同時だった。

 

「烈怒頼雄斗!」

「飯田さん……耳郎さん!」

 

 まだ出会って間もないが、既に強い信頼で結ばれている仲間たち。その鮮烈な緑と桃を見るだけで、激戦のさなかであっても笑みがこぼれる。

 

「チッ、もう揃いやがったか……!」

 

 早くも態勢を立て直し、舌打ちするブンドルト。厄介になったという気持ちはあるが、まさか自分が敗北するなどという危機感は微塵ももってはいなかった。

 そんな怪物と、警察戦隊は対峙する──

 

「──パトレン1号ッ!!」

「パトレン、2号!」

「パトレン3号!」

 

「「「警察戦隊、パトレンジャー!!」」」

 

「国際警察の権限において、実力を行使するッ!!」

 

 その口上を、鋭児郎は初めて自ら述べた。彼の心は既に、烈怒頼雄斗であると同時にパトレンジャーのパトレン1号なのだ。

 

「いくぜ──!」

 

 改めて、戦闘の火蓋が切って落とされた。

 VSチェンジャーで牽制射撃を行いつつ、一気に距離を詰めていく三人。弾丸をロングウオーソードで弾きながら迎え撃つブンドルトだが、敵が三人に増えたこともあって先ほどよりも苦しい様子だった。

 

「ッ、テメェら、なんぞにィ!」

「それはこっちの台詞だっての!」

「貴様らギャングラーなどに、VSビークルは絶対に渡さん!!」

 

 残念ながらというべきか、VSビークルは既にブンドルトの手に渡ってしまっている。しかし発想を逆転させれば、そのために片手が塞がり、彼の戦闘に支障をきたしているという事実がある。

 

(ヤツの気を逸らして、その隙にケース持ってる左手を狙えば……!)

 

「耳郎さん!」

「!」

 

 思い浮かんだ作戦を、そのまま3号に耳打ちする。発想を精査している猶予はないと思った。

 そして彼女も、それに乗った。

 

「OK、任せな!」

「あざす!」

 

 ブンドルトはというと、ただいまパトレン2号と鍔迫り合いを演じている。それでもまだ残るふたりを窺うだけの余裕をもってはいる。

 

「チィ、何か企んでやがるな……!」

「──ご名答、ってね!」

 

 言葉は悪いが2号は囮、当人もそれを承知していた。ふたりが動くまで、ブンドルトを抑える。

 そして、3号が動いた。両耳朶──先天的にイヤホンのような形状をしたそれを露出させ、標的の胴体にプラグを突き刺す。

 

「ッ!?」

 

 2号が離れる──と同時に、彼女は己の心音を送り込んだ。あとは……ガラット・ナーゴのときと同じく、である。

 

 悲鳴をあげながら、全身を痙攣させるブンドルト。それでもアタッシェケースを手放さない根性は見上げたものだが、それもここまで。

 

「ふ──ッ!」

 

 ブンドルトの左手首を狙い、1号が引き金を引く。

 

「グワァッ!?」

 

 果たして光弾は直撃し、ついにケースは宙を舞った。しかしその衝撃でロックが外れ、中身が露になってしまう。

 

「やべ……!」

 

 放り出されるふたつのVSビークル──"サイクロン"と、"バイカー"。焦りながらも、1号は飛んだ。二兎を追う者は一兎をも得ず。まずは、片方だけでも!

 その考えが功を奏してか、バイカーは彼の手中に収まった。残るサイクロンが音をたてて床に転がる。

 

「任せろ!」

 

 ひとりが取りこぼしても、仲間がいる。すかさず2号が獲りに動いた。ブンドルトは"イヤホンジャック"の後遺症から未だ立ち直れずにいる。パトレンジャーがふたつのVSビークルを奪還するのは、もはや疑いようのない確定事項となった──と、思われた。

 

 そのときだった。

 どこからともなく伸びたロープがサイクロンに巻きつき、引き上げていく。2号の手はむなしく空を切った。

 

「……!?」

 

 一体、何が起きたというのか?ブンドルトの伏兵がまだ潜んでいた?

 

──"潜んでいた"という部分については、正解だった。

 

「まずは一個、ゲットだね!」

 

 朗らかな少女の声とともに、降り立つ三つの影。三原色を分かちあった衣装の三人組は、鋭児郎たちにとって否が応なき因縁の存在だった。

 

「お、おめェら……!?」

「……よォ、警察にギャングラー」

 

「残りのお宝──完膚なきまでにいただき殺すッ!!」

 

 ルパンレッドの獰猛な叫びが、その場に響き渡った──

 

 

 



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#7 侵入、国際警察 3/3

原作のかっちゃんがどんどん大人になっていて嬉しい反面寂しい。

「君はヒーローになれる」から始まり色々なものを得て成長していくデクに対し、かっちゃんは引き算の成長なんですよね。何かをあきらめたり、失ったり…。


そんなかっちゃんをもっと追い込みたい!(ゲス顔)


 激闘は、三つ巴の様相を呈していた。

 

「おらァッ、そいつもよこせや!!」

 

 罵声とともに、赤へ襲いかかる赤。その標的はもうひとつのVSビークルに他ならない。

 無論、パトレンジャーの仲間たちがそれを黙って見ているはずもない。1号を守ろうと動く──が、

 

「ッ!?」

 

 足下に火花が散り、彼らは思わず硬直した。

 

「邪魔はやめてもらおうか」

「VSビークルもギャングラーのも、私たちがいただくんだから!」

「何を……!」

「邪魔はあんたたちだっての!」

 

 VSチェンジャーで寄せ付けないよう目論むルパンブルーとイエローに対し、パトメガボーで銃弾を防ぎつつ果敢に攻めにかかるパトレン2号と3号。レッドと1号は、互いの持つVSビークルを獲るか獲られるかという一進一退の一騎討ちを演じている。

 そして、台風の目と化しているブンドルト。彼はしばしぽつんと立ち尽くしていたのだが、

 

「……両方ともオレのモンだぁぁぁ~!!」

 

 いずれのルパンコレクションも奪わねばならないことに思い至り、ソードを振りかざしてふたりに斬りかかる。

 

「!」

 

 それに対するふたりの反応は、どうしてか息が合っていた。すかさず距離をとり、飛び込んできたブンドルトを囲むような陣形となる。

 そして、

 

「「お、らぁッ!!」」

 

 掛け声が──重なる。同時に突き出される、赤と赤の拳。それはブンドルトの両頬を見事に打ち貫いていた。

 

「ぐぼぉ……!?」

「寝てろや!!」

 

 さらに、ルパンレッドによって蹴り飛ばされる。甲冑を纏った身体が、情けなく地面を転がった。

 

「おっ、チャ~ンス!」

 

 胸の金庫ががら空きになっているのを認めて、すかさず接近しようとするルパンイエロー。しかしパトレンジャーを足止め中だったことが災いした。

 

「させるかっての!」

「きゃっ!?」

 

 3号の妨害を受け、近づくことができない。ブルーのほうも、相手が2号に変わるだけでほとんど同じ状況だった。

 そうこうしているうちに、頑丈さが取り柄のブンドルトは早くも立ち直った。しかし肉体はともかく、精神は両っ面を殴られたショックから覚めていない。

 

「も……もうイヤァァ!」

 

 もとより頼まれ仕事だったこともあり、早々に戦意を喪失した彼は恥も外聞もなく逃亡を選んだ。ルパンコレクション──"稲妻のように飛び跳ねる~Jack bondissant tel l’éclair~"を発動させ、壁を破壊しながら外に飛び出していく。

 

「ギャングラーが……!」

「ッ、逃がすか!」

 

 いかに快盗との対決に熱が入っていようとも、パトレンジャーにとって優先して殲滅すべきはギャングラー。2号と3号は即座に追跡を開始する。

 その背中を横目で見つつ、レッドは思わず舌打ちをこぼした。1号からはなんとしてもVSビークルを奪いたいが、パトレンジャーにブンドルトを殺されては取り返しがつかない。

 

「おいブルー、イエロー!とっととあのクソペンギン捕まえてこい!」

「!、……いや言い方」

「任せていいんだな?」

 

 確認しておきながらも、彼は返答を待つつもりはなかった。性格的にも能力的にも、尻込みするような少年ではない。

 直後、ブルーとイエローは壁に開けられた大穴から飛び出していった。彼らの敏捷性ならば、警察とブンドルトに追いつくことも容易いだろう。

 

「……さァて」

 

 ふたりを見送り、改めて自らの敵へと向き直る。彼もまた、こちらを野放しにするつもりはないようだった。

 

「おいヒーロー崩れ、テメェの持ってる"ソレ"もよこせや」

「……ッ」

 

 ヒーロー崩れ──烈怒頼雄斗が、ギリリと歯を食いしばるのがわかった。気をよくしたレッドは、さらに挑発めいた言葉を続ける。

 

「ソレは元々ルパン家のモンなんだぜ?今アンタが使ってンのもな」

「………」

「拾ったモンパクって勝手に使って……泥棒はアンタたちなんじゃねーの?なァ?」

 

 さあ、どう出るか。我を忘れて怒り狂えば、ここから一気にやりやすくなる。

 果たして1号の呼吸が荒くなった。VSチェンジャーを握る手に力がこもる。しかし──

 

「……そう言われちまったら、正直返す言葉がねえよ」

 

 だって鋭児郎は、何も知らないのだ。ルパンコレクションのことも、ルパンレンジャーのことも──

 

「だけど……ッ、これはギャングラーからみんなを守るために使える力なんだ!何と言われたって、渡すわけにはいかねえっ!!」

 

 血の滾るような咆哮とともに──発砲。半ば予期はできていたレッドは、ひらりとマントを翻してそれをかわした。

 

「チッ……」

 

 また、綺麗事を。かえってこちらが苛立ちを覚える羽目になってしまったと、レッドは銃弾をお見舞いし返した。──あとになって思えば、その程度は序の口でしかなかったのだが。

 

「うおおおおおッ!!」

 

 雄叫びとともに距離を詰めてくる1号。回廊のオブジェクトをうまく盾にしつつ、レッドは相手を懐には飛び込ませない。手が届く距離を支配するのは……自分だ。

 

「ハッ……どーしたよヒーロー崩れ。コイツを取り戻してぇんだろ?」

「バカにしやがって……!」

 

 追う純白の赤、逃げる漆黒の赤。しかしここは敵の本拠地であって、いつまでもそのような戦法が通用するとは思っていない。

 

 一計を案じたルパンレッドは突如急旋回し、曲がり角に逃げ込んだ。

 しめたと、鋭児郎は思った。そちらは行き止まりだ。ここに出向となって日は浅いが、空いた時間に庁舎内を歩き回ってある程度つくりは把握している。それがこんな形でアドバンテージとなるとは思ってもみなかったが。

 

「ここまでだッ!!」

 

 勇ましく叫びながら、自らもそこへ飛び込む──

 

「……あれ?」

 

 いない。鋭児郎が思い違いをしたわけではない、確かにそこは袋小路なのに。

 

「………」

 

 いや、姿が見えないだけかもしれないと思い直す。たとえば透明になる個性、ギミック──この御時世、なんだって考えられる。

 

「そこにいるんだろ……。惑わされねえぜッ!!」

 

 躊躇うことなく、目前の壁面めがけてトリガーを引く1号。放たれた光弾は……鉄筋に、穴を開けた。

 

「あ、あれ……!?」

 

 姿を消しているのではなく……本当に、いない?

 偏差値でいえば70代後半の雄英高校ヒーロー科を卒業しているだけあって、鋭児郎は愚鈍ではない。……ないが、策略に長けているかといえばそうではない。自分なりに捻り出した読みがものの見事に外れてしまえば、戸惑ってしまうのも無理はない。

 

 一方の勝己は……気が短いのとは裏腹に、そうした能力に極めて長けていた。相手の反応までも予測したうえで、意表を突いた場所に身を潜めていたのだ。

 それを鋭児郎に知らせたのは、足下から飛び出した一発の光弾だった。

 

「な……ぐあぁッ!?」

 

 それを皮切りに、大量の光弾が襲いかかる。咄嗟に硬化してダメージを抑えようとする1号だが、相手の狙いはただ不意打ちでダメージを与えることだけではなかった。

 

「!?、うわぁぁぁぁッ!」

 

 蜂の巣にされた床が、硬化した1号の重みに耐えかねて崩落する。コンクリート片もろとも地下階に誘われる赤。不幸中の幸いか、それほどの高さはなかったおかげでダメージは最小限に済んだが。

 

「待ってたぜ……崩落ヒーロー!」

「ッ!」

 

 歓喜めいた声とともに、ルパンレッドが一気に距離を詰めてくる。その手にあるサイクロン。こちらにはバイカー。

 

(いちか……バチか!)

 

「──うおりゃあッ!!」

 

 立ち上がった1号が放ったのは、捨て身の拳だった。その"身"が指すのは己の肉体ではなく……握って放さなかった、バイカー。

 今度はルパンレッドが意表を突かれた。ゆえに咄嗟に取り上げようと手を出したが、彼もまたVSチェンジャーとサイクロンで両手が塞がっている。

 

 結果──ぶつかり合ったビークル同士が、弾け飛んで落下した。サイクロンは1号の、バイカーはレッドの背後に。

 当のふたりはがっちり組み合うような姿勢となり、身動きがとれない。レッドはたまらず舌打ちを漏らした。

 

「チッ、とち狂った動きしやがって……!」

「……ッ」

 

 空いた左手同士がぎりぎりと力を込めあっている。単純なパワーでいえば、身体的にもスーツの性能的にも1号に軍配が上がるのだ。苛立ちが、さらに深まる。

 

「ウゼェんだよ……毎回毎回いい子ちゃんぶりやがって……!」

「ッ、俺はただ……自分のやりてェことやってるだけだ……ッ!」

「ハッ……おめでてーアタマだなァ!」

 

 嘲りを強調するかのような快盗の言葉。ひと月前の鋭児郎であれば、怒りしか覚えなかっただろう。けれど、あらゆる局面における彼らの行動を目の当たりにしてきた今は──

 

「ッ、本当に、そう思ってんのか……?」

「ア゛ァ……!?」

 

「おめェらだって本当は、守れるモンは守りてェって思ってんじゃねえのかよ……!」

「……!」

 

 息を呑む音が聞こえる。少なくともそれは、骨の髄まで邪悪に染まった者の反応ではなかった。

 

「なのにこんなこと……!もうやめろよ快盗なんて!こんなやり方、絶対間違ってる……!」

「……ッ」

 

「……あァ、そうかもな」

 

 鋭児郎は一瞬、呆気にとられて声も出せなかった。予想だにしない肯定の言葉は、今までの荒々しいルパンレッドとは別人のように静かで……寂しい響きを放っていた。

 

「けどな──」

 

──来世は"個性"が宿ると信じて、屋上からの……ワンチャンダイブ!!

 

──きみなんか、ヒーローじゃない……!

 

 

 そして、氷となって砕け散った──デク。

 

 

「俺たちはこれしか無ェから快盗やってんだ……!正論なんざ、クソ喰らえだ!!」

「な、ぐぁッ!?」

 

 一瞬の隙をレッドは逃さなかった。1号の頬を力いっぱい殴り飛ばし、よろけたその全身に光弾を叩き込む。今度は硬化する間もなく、衝撃に脳を揺らされた彼は膝を折った。

 

「ぐ、うぅ……ッ」

「……ンなやめさせてェんならよ、テメェらの持ってるコレクション全部よこせや……!」

 

 バイカーを拾い上げ、そう言い放つレッド。その絞り出すような声は、どこか苦しそうだと鋭児郎は思った。

 だが、そうであったとしても。

 

「──ッ!」

 

 死力を振り絞ってサイクロンを拾い上げ──VSチェンジャーに装填する。

 

「!、テメェ……!」

「俺だって……譲れねぇんだよ!!」

 

『サイクロン!』

 

 Go!──電子音声とともに撃ち出されたサイクロンが、たちまち巨大化していく。屋内で無茶苦茶だとは鋭児郎自身思ったが、幸いにして地下空間は広い。手段を選んではいられなかった。

 対するレッドも──対抗手段はひとつしかないと、理解していた。

 

「チィ……ッ、逃がすかよ!!」

 

 拾い上げたバイカーを装填し、

 

『バイカー!出、()ーン!!縦・横・無・尽!』

 

 その威勢のいい音声すら今は不愉快だったが、マシン相手にそれを露にしたところで無意味なのはわかっている。パトレン1号に続き、ルパンレッドもまたビークルに乗り込んだ。

 

 互いの矜持を賭けた、チェイスがはじまろうとしている。

 

 

 *

 

 

 

 逃げるブンドルト。追う快盗の青・黄と、警察の2号・3号。前者はルパンコレクションにより高い跳躍能力を獲得しており、後者は牽制し合いながらというハンディキャップがあるにもかかわらず、状況は膠着状態に陥っていた。

 

「こ、コイツらしつこいのよぉぉ……!」

 

 逃げ出したときもそうだが、なぜかおネエ言葉を発するブンドルト。普段は粗野で狂暴な人格を装っているが、本来の彼は極度にビビりな小心者。その性格が表に出てしまうと、どうしてか口調までこんなふうに変わってしまうのだ。いや口調ばかりでなく……動きまでへっぴり腰、ゆえにコレクションの能力も十分に活かせずにいる。

 

「……何アイツ、さっきから。ふざけてんの?」

 

 3号がそう吐き捨てるのも、無理からぬことであった。

 

「なんにせよ逃がさん……ここで絶対に倒す!」

「──その前に、コレクションは我々がいただく!」

「ッ!」

 

 三つ巴の衝突、あるいは逃避行。深夜の街で行われる終わりの見えない戦いは、しかし唐突に終局を告げる。

 

「そこまでだ」

 

 いかめしい声が響き、反射的に立ち止まる一同。──刹那、異様な気配が辺りに立ち込めた。

 

「!?──イエロー、伏せろ!!」

「え、きゃあっ!?」

 

 ルパンブルーが咄嗟にイエローを押し倒す。筋骨隆々とした壮年の男がいたいけな少女を……という構図は明らかに健全ではないが、無論ブルーにやましい気持ちなど微塵もない。

 

 次の瞬間、大量のミサイルが四方八方から飛んできて、一同に襲いかかった。

 

「なッ……ぐあああああ!?」

 

 なんの用意もしていなかった警察のふたりは、着弾したミサイルの爆発に吹き飛ばされる。直撃を受ければいかに警察スーツを纏っていようとも粉微塵になっていただろうから、それでも不幸中の幸いだったといえるが。

 何より哀れなのは、ブンドルトだった。

 

「何なのよ急にィィィ~!!?」

 

 彼もまたあえなく吹き飛ばされ……突っ込む先は、海。

 

「イヤァァァァ~!!」

 

 派手な水飛沫をあげながら、ブンドルトは漆黒の水底へ消えていった──

 

「ぐ、うぅ……ッ」

 

 吹き飛ばされたパトレンジャーのふたりは、大きなダメージを受けて焦げた匂いのする地面に倒れ伏していた。変身も解除されてしまっている。

 一方のルパンレンジャーは、予期して動いていただけに傷ついてはいなかったが──

 

「ッ、な、何なん今の……」

「………」

 

 イエローが困惑するのも無理はないとブルーは思った……が、彼はこの場でおそらく唯一、下手人の気配を感じていた。

 

(これはまさか、今朝の……?)

 

 脳裏をよぎる、一つ目の巨人の姿。姿を現さずとも発する凄まじい威圧感は、炎司の心に確信を植えつけていた。

 

 

──果たして炎司の察知したとおり、彼らに無差別攻撃を加えたのはデストラ・マッジョだった。数百メートル離れた陸橋から、その一つ目で獲物たちを見下ろしている。

 

「あの鉄クズめ……元々期待はしていなかったが、早々に逃げ出すとは」

 

 あっさりと仕事を放棄した元子分を罵ると、彼は視線を他へ移した。そこには、真に彼が標的しているモノたちが縦横無尽に駆け回る姿があって。

 

「まあいい。あとは私自身の手で成し遂げる」

 

 言うが早いか、デストラは種子のような形状をした巨大な弾丸を取り出した。その起動スイッチを押すと同時に、夜空めがけて投げつける──

 

「大きい顔をしていられるのもここまでだ。──警察に、快盗ども」

 

 

 *

 

 

 

 パトレン1号の搭乗するサイクロンダイヤルファイターとルパンレッドの奪ったトリガーマシンバイカーが、深夜の街で壮絶なチェイスを繰り広げていた。

 

 地上から攻撃を繰り出すバイカー。対してサイクロンは機体を右に左にと蛇行させて巧みにかわしていく。前者のパイロットが、たまらず舌打ちをこぼした。

 

「チッ、陸からじゃ当たんねえか……」

 

 対して、

 

「っし、これならいける……!」

 

 空を飛べるサイクロンを獲れたことは不幸中の幸いだと鋭児郎は思った。強いて言うなら飛行型を操るのは不慣れなのだが、それは相手とて同じはず。

 しかし、それでも快盗は一筋縄ではいかない相手だった。サイクロンの放つ攻撃もことごとくかわされてしまう。

 

 夜明けと決着、いずれが早いかとお互いが覚悟を決めた直後──デストラによる介入が、明確な姿かたちをとって顕現した。

 

「グォオオオオオオ……!」

「!?」

 

 突如彼らの目の前に現れる、溶岩の鎧を纏ったかのような異形の怪物。それは赤く光る眼で二機をぎろりと睨みつけると、唸り声とともに異形の腕を振り下ろしてきた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に回避しつつ──ギャングラーかと、揃って思う。まずもっては当然の予想だったが、違和感もあった。ギャングラーにしてはまったく知性を感じさせない挙動、それに身体のどこにも金庫が見当たらない。

 

「こいつ……ギャングラーじゃねぇのか?」

『Exactly~!』

「!」

 

 突如響いた甲高い声は、いつの間にかコックピットに侵入していた漆黒の翼が発したものだった。

 

「コウモリ野郎、テメェいつの間に……」

『どうも国際警察が騒がしいみたいだったからな~、面白そうだと思って来てみたのサ!それよりアイツ、どうやらギャングラーの使役してる擬似生命体みたいだな』

「………」

 

 なぜそんなことをこの蝙蝠が知っているのか──疑念はあったが、ここで追及しても詮無いことだと思った。それより、ギャングラーではない……ルパンコレクションも持っていないというなら、話は早い。

 

『──おいヒーロー崩れ!』

「!?」

 

 いきなりどぎつい通信が入ってきたため、パトレン1号は面食らってしまった。

 

『アイツ殺んぞ、手ぇ貸せや』

「~~ッ、……わかった!」

 

 優先すべきは街を破壊するギャングラ──―擬似生命体──。快盗である彼がそう認識しているならば、自分だって。そう思うと同時に、鋭児郎は先ほどの一騎討ちで己が放った言葉への確信を深めていた。

 

 

『グッドストライカー!Get Set……飛べ!Ready……Go!!』

 

 ルパンレッドのVSチェンジャーから射出されたグッドストライカーが、サイクロンとバイカーを凌ぐほどに巨大化する。

 

『警察と快盗のタッグ、グッと来たぜ!ガッタイムはないけど、オイラも張り切って戦うぜ~!』

 

 三機のVSビークルが、擬似生命体"ゴーラム"に立ち向かう。火力の面ではルパンカイザーやパトカイザーに劣るものの、機動力でいえば圧倒的に分がある。ゴーラムの攻撃をかわしつつ、着実に反攻を続けていくトリオ。

 

「……コイツ、見かけ倒しだな」

 

 仮面の裏側で、勝己が獰猛な笑みを浮かべた。性能差で勝った敵ならば──それは、獲物でしかない。

 

「おい、トドメ行くぞ」

『ラジャー!』

『おう!』

 

 ゴーラムの猛攻をかいくぐり、まずバイカーが距離を詰めていく。内蔵された巨大なヨーヨーが放たれ──戻っては、また放たれる。

 

「グオォ……!」

 

 うめき声をあげながら後退するゴーラム。すかさずサイクロンが頭上に迫り、

 

「っし、喰らえ!」

 

 1号のかけ声とともに、ローターの回転がさらに勢いを増す。周囲に撒き散らされた旋風はやがて竜巻となり、街を巻き込むことなく標的のみを閉じ込めるという技巧を為した。

 

「グォ……オオォ……!」

 

 身動きがとれないばかりか、次第にゴーラムの身体が浮き上がっていく。こうなってはもう、彼に逃げる術はない。

 そして、"彼"がトリだ。

 

「やれ、コウモリ野ろ……グッディ!」

『……いい心がけじゃねえか!いくぜ!』

 

 躊躇うことなく、竜巻めがけて突撃するグッドストライカー。そんなものに翻弄されないのだという自信が彼にはあった。

 

『グッドストライカー・カミカゼアタック!!』

「グォアァァァァ……!!?」

 

 そして──衝突。同時にゴーラムが断末魔の声をあげる。その身を鋭い嘴によって貫かれ、彼にはもう命はなかった。

 

 ほんの一瞬の硬直ののち、風穴の開いた部分から亀裂が奔る。それが全身に達した直後──ゴーラムの身体は、爆炎とともに粉々に砕け散ったのだった。

 

『気分はサイコ~!!』

「っしゃあ!」

「………」

 

 無邪気に喜ぶグッドストライカー……と、1号。前者は当然として、後者もルパンレッドに背中を許してしまっていた。今この瞬間から敵に戻ると決まっている、快盗に。

 

「……バァカ」

 

 

 刹那、後方から思いきり引っ張られるような振動が1号を襲った。

 

「うわぁッ!?」

 

 バイカーのヨーヨーが、サイクロンのコックピット付近を直撃した──その事実を察知したときにはもう、彼の身体は宙に投げ出されていた。

 そして主を失ったサイクロンは、みるみる縮小化してルパンレッドの手の中に収まった。

 

「ごくろう、お人好しのオニーサン」

 

 見下しきった口調でそう言ってのけると、彼はバイカーを反転させ、そのまま夜の街の中へ消えていったのだった──

 

 

 *

 

 

 

──数時間後

 

 夜明け前というまず喫茶店とは無縁な時間帯に、煌々と照らされたジュレの店内。

 座り込む壮年の男といたいけな少女を、柄のよくない少年が勝ち誇った表情で見下ろしている。その両手にはサイクロンとバイカー、ふたつのVSビークルが握られていた。

 

「……で、俺に何か言うことは?」

「………よくやった」

「ほぉ~。──丸顔?」

「や……役立たずでゴメンナサイ……」

「ハッ、よくデキマシタ」

 

 鼻を鳴らす少年に対し、男と少女は忸怩たる様子で沈黙することしかできない。──目標とするルパンコレクションを、彼、爆豪勝己はふたつも手に入れた。一方で轟炎司と麗日お茶子、ふたりがかりの収穫はゼロだったのだ。種々の条件が異なるとはいえ、反論できないのもやむをえない──

 

「……調子に乗るのは構わんが小僧、あのデストラとかいうギャングラー、かなり厄介だぞ」

 

 今回はミサイルとゴーラム投入で済んだが、彼が本格的にビークル奪取に動けばかなり厄介なことになる。直接ぶつかっていない勝己も、一応はその危機感を共有してはいた。

 

「わーっとるわ。……ま、なるようになんだろ」

 

 彼らしからぬ前向きな物言いをして、踵を返す勝己。行方知れずとなったブンドルトのことなど、まだ話し合うべきことはあるのだが。

 

「風呂入ってくる。覗くなよ、特に丸顔」

「なっ!?」

 

 べ、と舌を出して二階へ駆け上がっていく。その背姿を、ふたりは唖然と見送るほかなかった。

 

「の、覗くかバーカ!……まったくもう!」

「まあ、ようやくきっちり出し抜いたんだ。今くらいは浮かれさせてやろう」

 

 そういう子供の一面を、彼は自ら抑圧しながら生きているのだから。

 

──ふたりは、勝己が切島鋭児郎からぶつけられた言葉を知らなかった。

 

 

『もうやめろよ快盗なんて!こんなやり方、絶対間違ってる……!』

 

「……知ったような口きくんじゃねーよ、クソっ」

 

 真白い浴室の壁に、拳を叩きつける勝己。降り注ぐ湯の温かさとは裏腹に、彼の心は冷えきっていた。

 

 

 *

 

 

 

 少年の心に意図せず楔を打ち込んだ切島鋭児郎は、そうとも知らず国際警察庁舎の屋上に立ち尽くしていた。

 

「………」

 

 VSビークルは二台とも快盗に奪われ、ギャングラーには逃げられた。完全なる敗北──とりわけ前者の結果責任は、自分にある。

 そんな現実に対する悔しさは当然渦を巻いている。だが今は、それ以上に──

 

『俺たちはこれしか無ェから快盗やってんだ……!正論なんざ、クソ喰らえだ!!』

 

(あいつらは一体、何を抱えて戦ってんだ……?)

 

 考えてもわからない。答が出るはずなどなかった。風に吹かれて、鋭児郎の懊悩は深まっていく。

 

 

 昇る朝日はそれでも、残酷なまでに美しかった。

 

 

 à suivre……

 

 





次回「重なりあうもの」

「命に代えても市民を守る……!」
「それが、俺たちの絆だ!!」




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#8 重なりあうもの 1/3

 

──デストラ・マッジョ。

 

 ギャングラーの王たるドグラニオ・ヤーブンの腹心である彼は今、己が主の前に跪いていた。

 

「デストラ。おまえ、ブンドルトの奴を使って新たなコレクションを手に入れようとしたそうじゃないか」

「はっ……」

 

(あの女、余計な告げ口を……)

 

 恭しく頭を垂れつつ、こちらに探りを入れてきたゴーシュ・ル・メドゥの不気味な顔を思い出すデストラ。──忌々しい。

 

 だがドグラニオは、何も一の側近を疑っているわけではなかった。

 

「いいさ、別に咎めやしない。おまえは独自の考えで動き、結果として俺に最大限の利益をもたらす。昔っからそれでうまくやってきたんだ」

「……ありがとうございます、ボス」

「それよりもだ。情報源は……ザミーゴの奴か?」

「!」

 

 ドグラニオが興味をもったのは、むしろそちらのようだった。誤魔化す理由もない、デストラは静かに頷いた。

 

「はい、人間界で手広くやっているようです」

「ほう……」

 

 全身を覆う鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら、老人は血のいろをしたワインを煽った。

 

 

「あいつが俺の後継者に名乗りをあげりゃ、もっと面白くなるんだがな……」

 

 

 *

 

 

 

 この日、ジュレは空前の大繁盛ぶりだった。

 

 モーニングから客足が絶えず、テーブルは常に満杯。ウェイトレスである麗日お茶子ばかりか、店長を務める轟炎司もまたこのときばかりは──眼鏡で簡単に変装して──接客を行っていた。

 

「はぁぁぁ忙しい忙しい……!猫の手も借りたいよぉ……!」

「……そうだな」

「そんなときにもうっ、爆豪くんはま~たどこでサボっとんのかなぁ!?」

 

 彼女の言う通り……店内に、爆豪勝己の姿はどこにもなかった。恒例の買い出しに行ったきり、何時間経っても帰ってこないのである。

 

「決めつけてやるな、ブンドルトを捜している可能性もある」

「それ……本気度何%の発言?」

「……ゼロ」

 

 思わず噴き出すお茶子。小学生みたいな言い方をすると思ったが、流石に口には出さなかった。

 それより勝己がいないとなると、疑問に思われるだろう点がひとつ。調理は一体誰がやっているのか?

 

「サンドイッチセット、用意できました。3番テーブルに持っていってください」

「!、あぁうん。……手伝ってくれてありがとねっ、黒霧さん!」

 

 「どういたしまして」と慇懃に応じる黒霧。──いつものように情報提供に訪れた彼は、来客があるやまたいつものように帰ろうとしたのだが……そこを炎司に捕らえられて、これである。

 

「一応はここのオーナーなんだ、たまには現場で汗を流してもらわねばな」

「……仰せのままに、店長」

 

 そう言ってのける店長殿も、普段はカモフラージュの一環と言い張って表に出てこようとしないのだが。

 ここの関係者は誰も彼も労働を軽視しすぎだと、汗水垂らして働く両親のもとで生まれ育ったお茶子は真剣に思った。

 

 

 *

 

 

 

 一方、国際警察。

 神妙に立つ二名の隊員を、塚内管理官が気遣っているところだった。

 

「ふたりとも、まずは無事に復帰してくれて安心した。でも無理はしないようにね」

「……はっ!」

「ま、やれるだけやりますよ」

 

 飯田天哉と耳郎響香──いつもの調子ではあるが、彼らの身体にはまだ治療痕が残っていた。ブンドルト・ペギーの国際警察侵入に始まった一連の騒動は、まだ三日前のこと。直撃に近いミサイル攻撃を受けたふたりは、本当ならもう少しゆっくり療養させてやりたかった。

 

 塚内が内心でそんなことを思っていると、天哉が唐突に背筋を折った。

 

「……申し訳ありません、管理官!ギャングラーを逃がし……VSビークルも快盗に奪われてしまい……!」

「……飯田、」

 

「──ギャングラーも快盗も、次こそは必ず……!」

 

 拳を握りしめて、そう宣言する天哉。それはパトレンジャーの一員として、理想的な心構えだと思われた──表向きは。

 

「そりゃもちろん頑張ってはもらいたいが……重ねて言うけど、本当に無理はしないように。──ジム、」

『ハイハイ、なんでしょう!?』何やら忙しくしているジム・カーター。

「ブンドルト・ペギーは見つかりそうか?」

 

 ジムは今、膨大な防犯カメラのデータからブンドルト・ペギーを捜しているところだった。この三日間で奴の人間体は割れている。パトレンジャー以外の実働部隊もまた、そうして地道な努力を積み重ねているのだった。

 

『捜してますよ!集中してるんだから、邪魔しないでください!』

「お、おぉすまん。……一応上司なんだけどな、俺」

 

 ジムは自律思考能力をもっているが、口調が丁寧なのはあくまでそういうプログラムだからであり、実際のところそこまで礼儀を弁えているわけではないのだった。

 

「ハハ……あ、そういや烈怒頼雄斗は?」

「ああ、彼なら当直を終えて帰った。あれからずっと詰めさせてしまったからね、ブンドルトが見つかるまでは休ませるつもりだ」

 

 ここ三日間は療養に専念していたため、ふたりはあれから鋭児郎と顔を合わせていないのだ。ゆえに彼がどんな心持ちでいるかもわからない。

 

「気に病んでないといいんだけど……」

「………」

 

 響香の気遣いの言葉──流石に口には出さなかったが、それは無理な相談だろうなと塚内は思った。この三日間、鋭児郎はずっと思い詰めているようだったから。

 

 ただかの青年の心を真に沈めているものがなんなのか、塚内は知らないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 退庁した切島鋭児郎は、しかしまっすぐに帰宅することはなかった。

 

 缶コーヒーを片手に、ぼんやりとベンチに座り込む。その赤い瞳は何もない虚空の一点を見つめたまま、無意味に瞬きを繰り返している。

 鋭児郎の心にあるのは、快盗のことばかりだった。「これしか無いから快盗をやっている」と、絞り出すような声で告げたルパンレッド。彼らが心の底から望んで快盗に身を堕としたのでないとしたら、その目的は一体なんなのか。

 

──彼らには、そうしなければならない事情がある。

 

 鋭児郎の懊悩は、ますます深まっていくばかりだった。

 

 

 一方で、表の仕事をサボタージュ……もとい、のんびりとした買い出しに出かけていた爆豪勝己。

 なんの因果か彼は、鋭児郎のいる公園の前を通りがかってしまった。

 

「げっ……ヒーロー崩れ」

 

 うっかりその姿を視界に入れてしまい、盛大に顔を顰める。幸いにして、考え事をしている様子の相手はこちらに気づいていない。

 素早く踵を返そうとして……いや待てと思い直す。デジャブを感じたことはこの際無視した。

 

「あのクソペンギンの情報……引き出せるかもしれねえか」

 

 心底憎たらしい相手。だからこそ仮面をかぶってでも親しげにして、その実ボロ雑巾のように利用し尽くしてやる。そんな想像をすれば、ほんの少しだけ気持ちが晴れた。

 すたすたとベンチに歩み寄り、

 

「よォ、ヒーローのオニーサ──」

「──あぁもうわっかんねえぇぇう゛熱ぢッ!?」

「!?」

 

 いきなりの激発に、勝己は珍しくびくりと反応してしまった。鋭児郎のほうはというと弾みで缶コーヒーをこぼしてしまったらしい、太腿のあたりを押さえながら悶えている。

 

「あぁもうッ……ダメダメだなぁ、俺……」

 

 深々とため息をつきつつ、とぼとぼと駅の方向へ去っていく鋭児郎。齢18にして、その背中からは哀愁が漂っていた。

 

「……ンだよ、いっちょまえにウジウジしやがって」

 

 つぶやいた声は、自分の意図した以上にか細かった。その大きさも逞しさもまったく比べ物にならないというのに、どうしてか黄色いリュックを背負った、独りぼっちの小さな背中を思い出してしまう。勝己は暫し、その場から動くことができなかった。

 

 

 一方、最後まで勝己の存在に気づくことなく立ち去った鋭児郎。帰宅すべく電車に乗り込んだところで、携帯電話が振動した。

 

「!──はい、切島です」

『塚内だ、ブンドルト・ペギーの居所が特定できた』

「おっ、マジっすか?早かったっスね……」

『ジムは優秀だからね。まったく休ませてやれなくてすまないが……頼めるか?』

「もちろんス、すぐ戻ります!」

 

 快盗のことでぐるぐると悩み続けているところだったから、むしろ揚々と応じた。ギャングラー相手なら、心ゆくままに戦うことができる。

 通話を終えると同時に、発車を告げるアナウンスが流れてくる。他の乗客にスンマセンと謝りつつ、彼は扉が閉まるすんでのところで外に飛び出していった──

 

 

 *

 

 

 

 果たしてブンドルト・ペギーは、チンピラ風の男の姿でこそこそと移動を続けていた。ギャングラーの姿でなければ、一般市民に騒がれることもない。しばらくほとぼりを冷ませば、また元通りの犯罪三昧──まったく懲りていない実に浅はかな考えだが、それはすぐに打ち破られることになる。

 

「見つけたぞッ、ギャングラー!!」

「!?」

 

 突如勇ましい声がかかったかと思えば、既に見慣れた──見慣れたくはなかった──制服の三人組に取り囲まれる。

 

「げぇっ、ぱ、パトレンジャー!?どうしてここが……」

「国際警察の情報網、舐めんじゃないよ」

「今度こそ、貴様を討つ!!」

「な、何ィ!?……チッ、やれるモンならやってみろってんだ!!」

 

 人間の姿を自ら脱ぎ捨て、ブンドルトは甲冑を纏ったペンギン怪人という正体を現す。そこまで当然予測できていた三人は、すかさずトリガーマシンをVSチェンジャーに装填した。

 

「「「──警察チェンジ!!」」」

『警察チェンジ!』

 

 三人の発声と電子音声が重なりあう。同時にブンドルトがロングウオーソードを振るう。周囲に振り撒かれる剣波。なぎ倒されたオブジェクトが爆発を起こすのと同時に、彼らは変身を完了していた。

 

「ふ──ッ!」

 

 三方から銃撃を繰り出しつつ、一挙に距離を詰めていくパトレンジャー。ブンドルトは悪態をつきながら銃弾を捌いていくが、彼の実力では三人の連携には到底及ばない。甲冑が防御力のおかげで大きなダメージに繋がってはいないが。

 

「痛ぇなチクショウ、テメェらと戦ってもなんの得もねぇってのによう!」

「何……!」

「あーあ、どうせなら快盗がよかった……っぜぇ!!」

 

 斬擊が、最も近くにいたパトレン1号めがけて襲いかかる。その鋭い刃が、肩口から袈裟懸けにその身を切断する──とは、ならなかった。

 理由は言うまでもない、鋭児郎が自らの個性を発動させたためだ。

 

「な、何ィッ!?」

「こんな攻撃……俺には効かねえっ!!」

 

 硬化した身体で刃を受け止めたまま、力いっぱい拳を振りかぶる。奇しくも三日前よろしく頬を殴打が直撃し、ブンドルトは思いきり吹っ飛ばされた。

 

「ナイス、烈怒頼雄斗」

「っス、あざっす!」

「よし……このまま倒すぞ!」

 

 残念ながらグッドストライカーが現れる様子はないが、それでもやりようがないわけではない。攻めて攻めて、攻めまくって倒す!──それが警察のやり方だ。

 三人の本気を感じ取ったブンドルトは、いよいよ危機感を覚えた。どうにかこの場を切り抜けなければ──

 

「お、オイいいのか!?今オレを殺したら、快盗がキレて何すっかわかんねえぞ!アイツら、"コレ"にご執心みてぇだからな……!」

 

 己の金庫を指し、そう言い放つブンドルト。対する警察の返答は、

 

「くだらない命乞いを……!奴らの目的を遂げさせるつもりなど、いずれにせよ我々にはない!!」

 

 パトレン2号の、怒りの叫び。やや感情的にはなっているものの、その主張は従来と変わらない。少なくとも彼の仲間たちにとって、違和感のない言葉であるはずだった。

 しかし……鋭児郎の心は、この三日間で大きく変容していた。

 

「……ッ、」

 

 快盗たちは、ルパンコレクションを手に入れることを目的としている──今このギャングラーを討つことは、それを永遠に不可能とすることになりはしないか。

 迷う鋭児郎。それに気づいたのは、隣に立つ3号──響香だった。

 

「……烈怒頼雄斗?」

「………」

 

──そのとき、

 

「往生際が悪いわね、ブンドルト」

「──!」

 

 響く、澄んだ女性の声。同時にブンドルトの傍らにブラックホールが生成され……声からは想像もつかない、醜い異形の怪人が姿を現した。

 

「おまえは……!?」

「ゴーシュ!?」

 

 パトレンジャーとブンドルトの声が重なる。ゴーシュ・ル・メドゥ──デストラに続き、彼女もまた表舞台に姿を現したのだ。

 銃を向ける警察をまったく意に介さず、ゴーシュはその不気味な顔をブンドルトに向けた。

 

「ブンドルト、おまえに良いニュースと悪いニュースがあるの」

「なぬ!?なんだそりゃあ?」

「フフ……でもここじゃ落ち着いて話せないわね。移動しましょう?」

「ッ、させるか!」

 

 二度までもブンドルトを逃がすわけにはいかないと、焦燥のこもった弾丸を発砲する三人。しかしそれらを掌で容易く弾き、ゴーシュはブンドルトを連れてブラックホールへと消えていく──

 

「おのれ……!待てギャングラー!!」

 

 叫ぶ2号。そのふくらはぎのエンジンがドルルルと音をたてるのを聞いて、3号は我に返った。

 

「ちょっ……何する気だよ飯田!個性使ったら戦うどころじゃないだろ!?」

「ッ、しかし……!」

 

 少年の時分に蛮勇の代償として負った怪我の後遺症で、天哉は個性を使えない──無理に使えば傷口が開くことになる。それが現実になったのは、ついひと月ほど前のことだった。

 

──結局、幸か不幸か彼が個性を発動させることのないまま……ゴーシュとブンドルトは、ブラックホールともども姿を消したのだった。

 

 

 

 



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#8 重なりあうもの 2/3

ガッツだレッツラレッドライオット!

今回のアニアカをどちゃくそリピートしながら書きました。


 

 まんまと戦場から逃げおおせたゴーシュとブンドルトは、人気のない廃工場に転移していた。

 

「で……なんなんだよ、良いニュースと悪いニュースってのは?」

「さあ……どちらから聞きたいかしら?」

「どっちでもいいよ、勿体ぶんな!」

 

 仮にも命の恩人に対する言動としてはあまりに恩知らずといえるものだったが、ゴーシュはそれを不快に思うこともなかった。ただし彼女に慈悲の心など微塵もない──目の前の男など所詮、彼女にとっては実験台にすぎないのだから。

 

「じゃあ、悪いニュースから。……デストラがカンカンに怒ってるわよ、仕事放り出して敵前逃亡なんかするから」

「なっ!?」平静を失うブンドルト。「ほ、放り出したつもりなんか……ありゃ戦略的撤退だっての!」

「なんでもいいわよ、私は別に」

「~~ッ、じゃ、じゃあ良いニュースってのは?」

「フフ……」

 

 意味深に笑うゴーシュ。幾多の生物を切り刻んできたその手がす、と構えられ、ブンドルトは思わず息を呑んだ。

 

「──改造手術、興味はなくて?」

 

 

 *

 

 

 

「何でそう分からず屋なんだよ、あんたは!?」

 

 警察戦隊のタクティクス・ルームに、切島鋭児郎の怒声が響き渡る。その吊り上げられた眦が向けられた先には、負けじと睨み返す飯田天哉の姿があって。

 

「……一体どうしちまったんだ、彼らは?」

 

 皆を労おうとあらかじめ取り寄せておいた大福を手に戻ってきた塚内直正は、その光景にまずはただただ困惑するほかなかった。そこで、ため息混じりに傍観している響香に問いかけたのだが。

 

「まあ……意見の相違ってヤツですかね」

「意見の?」

 

 

──事は数分前に遡る。

 

 ブンドルトを逃がしてしまったことを殊更悔しがり、次こそなんとしても自分たちの手で倒してみせると息巻いていた天哉。

 その様子に耐えかねたように、鋭児郎がぽつりと言ったのだ。

 

「けど……快盗たちに何もさせないことが、本当に正しいことなんスかね……」

「……どういう意味だ?」

 

 天哉が唸るような声を発するのを聞いて、鋭児郎は我に返った。本当はこんなこと、口に出すつもりはなかったのだ。

 しかし相手の耳に入ってしまった以上はもう、撤回も誤魔化しもきかなかった。

 

「……うまく言えないんスけど、あいつらは多分、のっぴきならない事情を抱えて快盗やってるんだと思うんです。あいつらにはきっと、ルパンコレクションを手に入れなきゃなんねえ理由がある──」

「……確かに、ただの悪党にしちゃあ……ね」

 

 響香が小さくながらうなずく。彼女などは結果的にルパンレッドに助けられた経験があるから、鋭児郎の言い分も理解できるようだった。

 しかし、天哉は。

 

「──甘い!!」

 

 勢い激しく机を叩き、そう吠えた。目的のためなら人間相手でも銃口を向け……自分たちから、平和を守るための武器を奪い去った。潔癖な彼には、到底許せることではなかった。

 

「どんな事情を抱えていようが、奴らはれっきとした犯罪者だ!あの戦力も、行為も……!烈怒頼雄斗、きみは犯罪者を容認するつもりか!?」

「!?、な……」

 

 天哉がまっすぐな硬骨漢であることはとうに理解しているつもりだった。しかしここまで激しい拒否反応を示されるとは──鋭児郎ばかりか、付き合いの長い響香でさえ当惑しているありさまだ。

 だが、ルパンレッドの苦しげな声が未だ耳に残っている鋭児郎は、とても黙ってなどいられなかった。

 

「認めるとか認めないとか、そんな話じゃねえ!ただ力で押さえつけるだけじゃアイツらは止められねえって、そう思ったから……だから……!」

「それが甘いと言っているんだ!!事情があるというなら、逮捕して文字通り事情聴取をすればいいだけだ!奴らを野放しにしていい理由にはならない!!」

「野放しにするとは言ってねえよ!ただ、俺は──」

「僕にはそう聞こえた!快盗どころか、ギャングラーまでな!!」

「ンでそうなるんだよ!?」

 

 ふたりの言い争いに、結論は出ない。ただお互いの頭に血が昇っていく一方だった。

 

 

 そして怒りに我を忘れた鋭児郎が、ついに決定的なひと言を口にした。

 

「インゲニウムは……アンタのお兄さんは、そんな人じゃなかった……!」

「……!」

 

 一瞬、時が止まったかのような静寂が場を支配する。それで鋭児郎は火のついた心の中心が急速に冷えていくのを自覚した。──天哉は何より兄を敬愛し、その結果として自らヒーローへの途を絶ってしまったのだ。

 

「……わかっている、そんなこと」

 

「きみに言われなくても……そんなこと、僕自身よくわかっている……!」

「あ……」

 

 背中を向ける天哉。足はそのまま、タクティクス・ルームの外へと向けられる。

 

「……残念だ、烈怒頼雄斗。きみとは……上手くやっていけると思っていた」

「……ッ」

 

 大きな背中を心なしか丸め、去っていく天哉。悄然と言葉を失っている鋭児郎を気遣うように視線をやったあと、響香は彼を追っていく。

 一方、塚内は彼の肩を優しく叩いてやりつつも、再び検索作業に没頭しているジム・カーターのもとに歩み寄った。ここで行われていた諍いに対して、この事務用ロボットはまったく無頓着であった。

 

「ある意味流石だな……ジム。──どうだ?」

『がんばって捜してますぅ……。でももう、どこかに雲隠れしちゃった可能性が高いですよ』

「まあ……一度発見してしまった直後だからな」

 

 正直、可能性は限りなくゼロに近い。だがそれでも地道な捜査をあきらめてはならないと、塚内はジムを励ましたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 個性を失っても、常にきびきび行動する天哉は足が速い。

 すぐにあとを追った響香だったが、廊下にはもう彼の姿はなく──

 

(あいつのことだから、庁舎内にはいるだろうけど……)

 

 もしも自分が同じ立場だったら、どこへ行くか。響香は考える。外の空気を吸いたくなるだろうが、上述の通り職務中に庁舎を飛び出していくような男ではないだろう。

 

「となると……あそこか」

 

 ふぅ、とため息をついてから、響香は歩きだした。足を向けた先は──屋上。

 

 

 果たして天哉は、ぼうっとそこに立っていた。

 

「飯田」

「………」

 

 響香が来ることを予期していたのか、天哉は振り向くこともしない。今は放っておいてくれと、その背中が主張している。

 察しはしても、その意を汲み取ってやるつもりはさらさらなかった。

 

「確かに甘いのかもね、烈怒頼雄斗は」

「………」

「けどそんなの、最初からわかってたことじゃん。あの子の正義感ってのは、優しさからできてるんだって」

 

 悪を憎むことができないわけではない。ただその裏にあるものに、情をかけずにはいられない──優しさゆえに。

 

「あの子も、それが全面的に正しいと思ってるわけじゃない。悩んでるんだ、どうすればいいか……」

 

「──飯田。あんただって本当は、そうなんでしょ?」

「……ッ」

 

 天哉の拳に力がこもる。俯いた首が……ふるふると、かぶりを振った。

 

「僕は……迷いなどしない……!ギャングラーを倒し快盗を捕らえる、それ以上にどんな正しいことがあると言うんだ!?」

「………」

 

 頑なな天哉の心。響香は、そんな姿に既視感を覚えずにはいられなかった。

 

「なんか、昔に戻ったみたい」

「……昔?」

 

 初めて振り向く天哉。その硬質な顔立ちは、()()となんら変わっていない。

 

「警察学校、入りたてのとき。あんた、随分やさぐれてたし」

「やさぐれていたなんて……そんなこと」

 

 無論、不良少年と化してしまっていたというわけではない。ただ兄の復讐を成し遂げられず、それどころか自身も夢を断たれてしまい──当初の彼はとげとげしく、他人の些細な怠慢やミスを執拗に攻撃するようなところがあった。響香がフォローしていなければ、あわや暴力沙汰というくらい相手とヒートアップしたことも一度や二度ではなかったほどだ。

 

「……きみはあの頃、どうして僕を庇ってくれたんだ?」

 

 "イヤな奴"だったのは響香に対してだって変わらなかったと、自分だってそう思うのに。

 ふ、と、響香は静かに微笑んだ。

 

「だって、わかったから……あんたの気持ち」

「!、あ……」

 

 そうだ。響香も夢を断たれてここに来たのだと、天哉は思い出した。当初はそんなことも知らず、今にして思えば随分酷い言葉をぶつけてしまったこともあった。無論、とうに謝罪はしているが……思い返すと、今でも申し訳ない気持ちになる。

 

「飯田、きっとあんたは正しいよ。だから自分を曲げる必要はないと思う」

「えっ、いや……だが……」

 

 まさか自分の主張を後押しするようなことを言われるとは思わず、当惑する天哉。ただ、響香の言葉には続きがあった。

 

「でも……正しいだけじゃ、正義にはなれない」

「……!」

 

 そう告げて、響香は踵を返した。今度は天哉のほうが、彼女の背中を見送る側となってしまった──

 

 

 *

 

 

 

 昼どきを過ぎ、ジュレはようやく平穏を取り戻していた。客の引いた店内で、カウンター席に突っ伏すウェイトレスが約一名。

 

「く……くたびれたァァ……」

「……行儀が悪いぞ」

 

 軽く咎めつつ、本気でやめさせようとはしない轟店長は皿洗いに勤しんでいる。調理担当のピンチヒッターはこなしてくれた黒霧だったが、むやみに手助けしないという姿勢は貫徹している。皿洗いなら、炎司にもお茶子にもできるのだ。

 

「カモフラージュでやってるだけなのに大変やわぁ……。高校入ったらバイトするつもりやったけど、絶対両立できんかった……」

「雄英はそんな、甘いところではないからな」

「だよね~……ハァ」

 

 ため息をついていると、不意にドアベルが鳴った。すかさず立ち上がるお茶子。快盗としての訓練を受けているだけあって、だらけていたことを微塵も感じさせぬ身のこなしだったのだが。

 

「……たでーま」

「げぇっ、サボり魔!?」

 

 いちおう自覚はあるのか、渋面をつくるだけの爆豪勝己。仲間たちの冷たい視線をものともせず、彼はどかりと椅子に腰かけた。買い物袋は無造作にカウンターに置かれ、がさりと音をたてる。

 

「随分と長い買い出しだったな、本来の仕事までほっぽり出して」

「……チッ、"本来の仕事"ならしようとしたわ」

「えっ、何ナニ?」

 

 興味をもったらしいお茶子が身を乗り出してくるので、勝己は努めて得意げな表情を浮かべた。

 

「ヒーロー崩れの野郎が公園でしょぼくれてやがったからな。あのクソペンギンの情報、聞き出そうとしたんだわ」

「ほうほう、それでそれで?」

「……あの野郎、俺に気づかねえでどっか行きやがった」

 

 がくっと、お茶子が項垂れるのがわかる。炎司に至っては露骨にため息をついたので、勝己はかえって不愉快な思いをする羽目になってしまった。

 

「聞き出せなかったのでは意味がないな。少なくとも三時間以上もサボっていた言い訳にはならん」

「そーだそーだ!」

「ッ、テメェら……」

 

 それはそれは低い沸点に達しようとしたとき、再びドアベルの音。

 

「あ、いらっしゃいま──」

 

 刹那、三人の間に緊張が走った。その原因となっている青年はというと、そんなこと思いも寄らないとばかりに鬱いだ表情を浮かべているのだが。

 

「今……大丈夫っスか?」

「ええ。……おひとりですか?」

 

 炎司が訊くと、青年──切島鋭児郎は曖昧な笑みを浮かべ、うなずいた。

 

 

「──ほれ、水」

「ああ……」

 

 勝己が乱暴にコップを置くも、鋭児郎の反応は極めて薄いものだった。先ほど公園で見かけたときより、さらに落ち込んでいる様子。どうしてか胃のあたりがむかむかするのを、勝己は自覚せざるをえない。

 彼が渋い表情を浮かべていると、よくも悪くも邪気のないお茶子が声をかけた。

 

「烈怒頼雄斗さん、元気ないね……。何かあったん?」

「!、………」

 

 しまったと、鋭児郎は思った。元々感情が顔に出やすいタイプだと自覚はしているが、守るべき一般市民に心配されるようではヒーロー失格だ。自己嫌悪が、ますます深まる。

 とはいえ気取られてしまった以上はと、鋭児郎は思いきって口を開いた。

 

「実は……仲間とケンカしちまって」

「えぇっ、仲間って……飯田さん?それともイヤホンの人?」

「飯田さんのほう。なんつーか……意見の違いでさ」

「そうなんや……」

 

 ピンチヒッターのような立場で警察戦隊に入り込んでいる割には最初から随分と上手くやっているようだったが、流石に綻びが出たか。快盗としては嘲ってしまうような話であるのだが。

 

「警察も色々大変なんやね……。でも気にすることないですよ、このふたりなんかしょっちゅうやりあってるもん!炎司さんは大人げないし、爆豪くんはクソを下水で煮込んだような性格しとるから」

「………」

「テメェのボキャブラリーはなんだ丸顔ォ……!」

 

 唸る勝己を見るに、喧嘩をしているのは男たちだけではなさそうだと鋭児郎は思った。くすりと笑みがこぼれる。ただ自分の場合は、彼らとは違うのだ。

 

「俺なぁ……弾みであの人に酷ぇこと言っちまったんだ。本当はあの人の言うことが正しいって、わかってたのに」

「………」

「でも……それでも俺、自分を曲げられる気がしねーんだ。参っちまうよなぁ、ホント……」

 

 一度吐き出した弱音は、とどまることを知らない。それでも鋭児郎は、最後の最後はきちんと吹っ切れた笑顔でここを去ろうと決めていた。弱気なプロヒーローに対して彼らが抱くであろう不安、せめて尾を引かないようにしなければと。

 そのとき、返ってきた言葉。それはお茶子のかわいらしい声ではなく。

 

「ンなモン、曲げる必要なんかねーだろ」

「え……」

 

 そのぶっきらぼうな声が爆豪勝己のものだと認識するのに、数秒の時間を要した。

 彼はそっぽを向いていたが、言いっぱなしにするつもりはないようだった。

 

「譲れねーからケンカまでしたんだろうが。……ソレと酷ェこと言ったんは、別の話だろ」

「お、おう……」

「──ねえ烈怒頼雄斗さん」再び、お茶子。「意見が違うってのは、別に悪いことやないと思う。烈怒頼雄斗さんが悪いと思ったことを、ちゃんと謝ったらいいんと違うんかな」

「………」

 

 自分より年下の、少年少女の言葉。それがすとんと胸に落ちた。

 そうだ、そんな簡単なことだったんだ。

 

「……俺って」

「あ?」

 

「俺ってなっさけねぇぇぇぇ!!」

「!?」

 

 少年少女ばかりでなく、やや離れたところにいた炎司までもが目を丸くしている。それくらい唐突な叫びだった。

 

 店内にひとしきり声を轟かせたあと、鋭児郎はそれは深く息を吸い込んだ。そして、ぱあっと笑顔を浮かべる。

 

「……100パーおめェらの言う通りだ!サンキューな麗日、バクゴー!」

「……どーいたしまして!」

「けっ……呼び捨てかよ、馴れ馴れしい」

 

 勝己が吐き捨てるのと、鋭児郎の携帯が鳴るのが同時だった。

 

「!、はい切島。……わかりましたっ、すぐ向かいます!」

 

 来店したときの落ち込みようはどこへやら、鋭児郎は勢いよく立ち上がった。まだ注文もしていないことに気づいてか、すぐにばつの悪そうな表情を浮かべたのだが。

 

「あ、スンマセンなんも頼まなくて……。また来ますんで、今度は仲間も一緒で!」

「……ええ、お待ちしております」

 

 炎司の言葉にほっと胸を撫で下ろすと、鋭児郎は機敏に店を飛び出していった。

 それを見送りつつ、

 

「……煽るどころか、修復のチャンスを与えてしまったな」

「うぅっ……だってほっとけなかったんだもん。ねえ爆豪くん?」

「……仲間割れしてようがしまいが大して影響ねーだろ、雑魚は雑魚だ」

 

 パトレンジャーのことはこれまで油断ならない相手として扱ってきたのだ。勝己の言葉は強がりとしか思われなかったが、流石にそこまで指摘するほど炎司は粘着質ではなかった。

 

「まあいい。それより……我々も"本業"だ」

「だね!」

「あのクソペンギン……今度こそブッ殺す!」

 

 当然ブッ殺す前に、ルパンコレクションを手に入れるのだ。

 

 



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#8 重なりあうもの 3/3

 

 走る、鋭児郎。

 

『烈怒頼雄斗、今どこ?』響香からの連絡。

「えーっと……前に歓迎会やってもらったジュレって店の、すぐ近くの交差点のとこっス!」

『……ラッキー、ちょうど目の前だ』

「へ?」

 

 次の瞬間、サイレンを鳴らした特殊仕様のパトカーが目の前に横付けしてきた。

 

「うおっ!?」

「さ、乗って!」

 

 助手席から顔を出した響香の有無を言わさぬ言葉に、鋭児郎は頷く間もなく従うほかなかった。するりと後部座席に乗り込む。

 

 走り出すパトカー。運転手は──飯田天哉。

 

「………」

 

 暫し沈黙が流れる。どう切り出したものか……そもそもこの状況で切り出していいものか、鋭児郎は悩んだのだが。

 

「烈怒頼雄斗……いや、切島くん」

「!」

 

 名前で呼ばれたのは、初めてのことだった。

 

「意固地な言い方をしたことは僕の過ちだ、すまなかった。……だが僕はやはり、なんとしても快盗を逮捕したいと思う。そこは譲れない」

「………」

 

──譲れない、それは鋭児郎も同じだ。つい先ほどの、ジュレで働く少年たちの言葉を思い返す。

 

「俺も……お兄さんはそんな人じゃなかったなんて言ったことは、悪かったと思ってる」

「……構わない。僕は兄のようにはなれないんだ、それは受け入れなければならない事実だと思っている」

「………」

「きっと、長い年月がかかるだろうがな」

 

 それでも、天哉をあのとき傷つけてしまったこともまぎれもない事実だった。ゆえに鋭児郎は、もう一度「ごめん」とつぶやく。

 

 互いに歩み寄りたいと思っていても、それは容易いことではなかった。

 

 

 *

 

 

 

 街に出現したブンドルト・ペギーは、本能に身を任せるかのように暴れまわっていた。

 

「オラァッ、出てこい快盗!出てきてオレにルパンコレクションを献上しろォ!!」

「──いい加減にしろよ、ギャングラー!!」

「!」

 

 この声は、とブンドルトは思った。それは歓喜ではなく……辟易。

 

「動くなッ、国際警察だ!」

 

 VSチェンジャーを構え、叫ぶ天哉。しかし向けられた銃口に、ブンドルトが動じることはない。

 

「けっ、テメーらなんかお呼びじゃねーんだよ!」

「……奇遇だね、ウチらもそうだよ!」

「貴様の顔を見るのもこれで最後だ!──いくぞ!」

 

「「「警察チェンジ!!」」」

 

『1号!』

『2号!』

『3号!』

 

『パトライズ!──警察チェンジ!』

 

 トリガーマシンを装填し、撃ち出す──既に幾度も繰り返したプロセスにより、三人は警察スーツを纏うのだ。

 

「パトレン、1号!!」

「パトレン2号ッ!!」

「パトレン3号!」

 

「「「警察戦隊、パトレンジャー!」」」

 

──国際警察の権限において、実力を行使する。その口上を述べたのは他でもない、パトレン1号・切島鋭児郎だった。

 

 対するブンドルトは、どこからともなく無数のポーダマンを召喚した。

 

「やっちまえ!!」

 

 号令に応じ、銃撃を開始するポーダマン。警察スーツの防御力でそれらを弾きつつ、反撃に打って出るパトレンジャー。

 

 そこに、第三の戦士たちが姿を現した。

 

「「「──快盗チェンジ!!」」」

 

 叫びと、閃光。刹那ののちには、放たれた銃弾がポーダマンの過半数を弾き飛ばしていた。

 

「な……!?」

「待たせたなァ、クソペンギン!!」

 

「ルパンレッドォ!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

「「「快盗戦隊──ルパンレンジャー!!」」」

 

「予告したろ、お宝は完膚なきまでにいただき殺すってなァ!!」

「ヘン、忘れたなァそんなこと!」やり返すブンドルト。「テメーらこそ、奪ったコレクション返しやがれェ!!」

「返せって……元々あんたのじゃないでしょ!」

 

 ルパンコレクションは警察のものでも、ましてギャングラーのものでもない──それを持つべきはルパン家、そして彼らから力を与えられた自分たち快盗だ。

 

「オラァッ!!」

 

 両腕に装着したウイングソードを振るい、かまいたちを発生させるブンドルト。敵を寄せ付けないことを徹底した戦いぶりに、快盗たちは舌を巻く。

 

「奴め、新しい能力を得ているのか……」

「コレクションの力、じゃないよね……?」

「けっ、なんでもいいわ。あんなモン大したこたァねぇ!!」

 

 かまいたちをひらりとかわしつつ、ルパンレンジャーは果敢に切り込んでいく──

 

 その、一方で。

 

「ちっ、また三つ巴か……」

 

 ポーダマンをいなしつつ、ぼやく3号。こうなると結局、快盗の思い通りになってしまうか──

 

「……どうする、飯田?」

「!」

 

 仮面のために表情の見えない同僚に、彼女はあえて判断を仰いだ。己の矜持に、彼がどう向き合うか──そしてもうひとりの同僚が、それをどう受け止めるか。

 一瞬の静寂ののち、彼のVSチェンジャーがポーダマンの頭部を吹き飛ばして。

 

「……危険度の高いギャングラーを優先する!快盗は……そのあとだ」

「……!」

 

 表情が見えなくとも、1号──鋭児郎が目を丸くしているのがわかる。響香は笑みを漏らしかけたが、作戦行動中であることを思い出してこらえた。

 

「それでいい、烈怒頼雄斗?」

「………」一瞬の沈黙のあと、「……とりあえずは!」

 

 ブンドルトを、倒す──快盗にルパンコレクションを渡すかどうか、その結論はあえて出さなかった。警察の使命を遂行することで、三人は一致をみたのだ。

 だがそれを目ざとく察知した"もうひとりの赤"が、同じ赤へと飛びかかった。

 

「おらァ!!」

「ぐあっ!?」

 

 赤と赤が、もつれあう。そうして目の前の宿敵に馬乗りになって、ルパンレッドはVSチェンジャーを突きつける。

 

「この前はあんがとよヒーロー崩れ、今度こそ装備全部置いてけや!」

「ッ、おめェってヤツは……!」

 

 やはり、こいつらはこうなのだ。しかし鋭児郎の胸に失望はなかった。彼をここまで駆り立てるものを知りたいという思いが、膨らんでいくばかり。

 とはいえ相手がそれに応えるはずもなく。引き金が引かれようとした瞬間、

 

「切島くん!!」

 

 本名を呼ばれるのは二度目だった。同時に光弾がルパンレッドに襲いかかる。

 

「ッ!」

 

 自身が被食者にならんことを機敏に察知した彼は、1号を脅迫するのをあきらめて早々に飛び退く。その仮面は鋭く、緑の戦士を睨みつけていた。

 

「チッ……どうせなら三人まとめてかかってこいや、雑魚ども!!」

「何を……!」

 

 怒りに震える、銃把を握る拳。響香は彼が感情にまかせて己の宣言を覆してしまうのではないかと心配したが……その必要はなかった。

 

「烈怒頼雄斗!」再び、ヒーロー名。「ルパンレッドの相手はきみに任せたい。いいか?」

「!」

 

 問う声は、冷静さと思慮を存分に残すものだった。内容も。

 

「……っス!」

 

 はっきりと頷き、パトレン1号は敵の眼前に立ちふさがる。自分がこいつを抑えているうちに、仲間たちがブンドルトを倒しにかかる。まだルパンブルーとイエローもいるが、そちらも含めて彼らは引き受けてくれたのだ。

 

(だから俺も……全力でッ!!)

 

「──うぉおおおおおッ!!」

 

 雄叫びとともに、躍りかかる。当然ルパンレッドはVSチェンジャーで迎撃してくるが、1号にかわすつもりはなかった。"硬化"を発動させ、警察スーツの防御力と併せてすべて弾き返す。通常の被服だと皮膚が尖ったりもするせいで破れてしまうのだが──だからヒーローコスチュームは半裸なのである──、このスーツは耐えてくれるのがよかった。

 

「チッ……」

 

 舌打ちをこぼしつつ、迫る拳をひらりとかわすルパンレッド。警察、とりわけこの男はすぐに距離を詰めてくる……それが忌々しくて仕方がない、いつもいつも。

 

「……もう一回だけ訊くぜ。おめェらは一体、なんのために戦ってんだ!?打ち明けてくれりゃ、俺らなりに力になれるかもしれねぇ!」

「……ッ、」

 

 こういう、ところも。

 

「……死ね……!」

 

 絞り出すようなそれが、勝己の返答だった。

 

「……そうか、わかった」

 

「だったら俺も、もう迷わねえッ!!」

 

 それでも本当は、救けたい。そのためにこいつらに銃を向けるのだと、彼は決意した。

 

 

 *

 

 

 

 一方、例によって三つ巴の様相を呈している、もうひとつの戦闘。ルパンブルーとパトレン2号のインファイトに、ルパンイエローとパトレン3号の銃撃合戦。しかし彼ら彼女らの真の標的はギャングラーであって、それを忘れてしまうほどには頭に血が上っていない。

 

 このトリッキーな状況に、ブンドルトの苛立ちは頂点に達しようとしていた。

 

「テメェら……鬱陶しいんだよォ!!」

「!」

 

 両腕のウイングソードを、十字を描くように振るう。Xの形となったかまいたちが、獲物めがけて襲いかかる──

 

「ッ!」

 

 咄嗟に散開する四人。おかげで彼らは被弾を免れたが……その先には、一対一の戦いを繰り広げるルパンレッドとパトレン1号の姿があって。

 

「レッド!」

「烈怒頼雄斗!」

 

 イエローと3号の声が重なる。反応が早かったのは、快盗のほうだった。

 

「チィッ!」

 

 快盗スーツの性能を活かし、素早くマントを翻すレッド。一方の1号は、

 

──なぜか、そこから逃げようとはしなかった。

 

 むしろ大地を踏みしめるように両足に力を込め……硬化を、発動させた。

 

「──ぐうぅぅ……ッ!」

 

 鋭いかまいたちを、己の身ひとつで受け止める。しかしいかに強化スーツと鍛えあげられた肉体といえど、超常の怪人の……それも強化改造されたうえでの全力の一撃を、単身で御しきれるはずがない。

 

「バカっ、なに考えて……!」

「いや待て、あれを見るんだ」

 

 2号が指差した先──1号の、背中の向こう。

 

 建物の陰に、息を潜める数人の姿があった。

 

「民間人……!?逃げ遅れたのか……でも……」

 

 まったく気がつかなかった。姿が見えないのは致し方ないにせよ、音も。聴力にはすぐれていると、自認しているのに……。

 響香は唇を噛んだが、次の天哉の言葉で我に返った。

 

「ダメだ、あれではもたない……!」

 

 警察スーツに覆われて見えないが、鋭児郎の全身は今、それこそ"異形型"とみまごうばかりに硬質化していた。

 しかしその間は全身全霊で力み続けなければならない。ゆえに、限界は遠からずして訪れる──天哉には、それがわかったのだ。

 

(ならば……!)

 

 響香が走りだそうとしている。"走る"なら、自分のほうが。

 

「……すまない耳郎くん。また迷惑をかける」

「え……?」

 

──ふくらはぎが、唸りをあげた。

 

 

「ぐうぅぅぅ……ッ!!」

 

 駄目だ、耐えきれない──それは鋭児郎自身、嫌というほど自覚していることだった。既に全身の筋肉という筋肉が悲鳴をあげている。このままかまいたちの威力を殺しきれたとしても、その頃にはどれだけのダメージが積み重なっているか、想像もしたくなかった。

 

──ヒーローに、無理は禁物。無理をしてその場は任を成し遂げられたとしても、そこで再起不能になってしまえば……その先の未来で救けられるはずだった人を、救けられなくなってしまう。

 

 わかっている。だから決して賢いとはいえない頭で、自分なりに考えながらやってきたつもりだ。

 しかし今、今だけは──

 

(ここで、俺が退いちまったら……あの人たちが、100パー死ぬ……ッ!)

 

 そうとわかっているのに、無理をしないでいられるわけがないじゃないか。ゆえに、踏ん張り続けるパトレン1号。

 しかし無理を通し続ければ、自ずと限界にぶち当たる。

 

「ぐ、ぁ……くそ、おぉぉぉっ!!」

 

──撥ね飛ばされる。全身を鈍くも強烈な痛みに支配されながら、鋭児郎の心は絶望に染まっていた。

 

 しかし……彼の"無理"は、決して無駄ではなかった。

 

「うぉおおおおおッ!!」

 

 凄まじい速度で走り込んできた緑の影が、かまいたちの前に立ち塞がる。かなり勢いの弱まったそれを、パトメガボーで一閃。──旋風は、消失した。

 

「!、あ……」

 

 鋭児郎が、響香が、驚愕の声をあげる。

 "それ"を為したのは他でもない、パトレン2号──飯田天哉だったのだ。

 

「はぁ……はぁ……ッ、ぐ……!」

 

 息も絶え絶えでその場に膝を折る2号。理由は言うまでもあるまい……血に染まったふくらはぎが、すべてを物語っている。

 

「飯田……さん、あんた……」

 

 自身も倒れ伏したまま、呆然とその名を呼ぶ1号。

 ややあって、

 

「切島、くん……」

「……!」

 

 仮面越しにもわかる──天哉の角張った瞳が、まっすぐに自分を見つめている。

 

「僕たちには、相容れない部分がある……あるいは永遠に交わることがないかもしれない……。──だが、間違いなく重なりあうものもあるのだとわかった」

「………」

 

 それがなんなのか、鋭児郎にはもうわかっている。

 

(あぁ、そうだ)

 

 

「命に代えても市民を守る……!」

 

「「──それが、俺たちの絆だッ!!」」

 

 そう……最初からそれだけだった。それさえあれば、他には何もいらなかったのだ。

 

──その宣言を聞いていたのは、人の形をしたもの──ギャングラーも含めて──ばかりではなかった。

 

『ヒュ~、煮えたぎるような熱血!オイラ、グッと来ちまったぜ!』

 

 いつも通りぶらっと参上する漆黒の翼──グッドストライカー。しかしその行動は、普段のそれとは様相を異にしていた。

 まだ反応の途上だったルパンレッドの周囲を巻いたかと思うと、懐から"何か"を抜き去ったのだ。

 そして、

 

『パトレンジャー、コレを使いな!』

「うおっ!?」

 

 いきなりオブジェクトを投げ落とされ、狼狽しながらもそれをキャッチする1号。その、手の中にあったのは。

 

「これ……バイカー?」

 

 トリガーマシン"バイカー"。ルパンレッドが持っているはずのそれがグッドストライカーからもたらされたということは、つまり。

 

「……は?」

 

 懐を探るレッド。──当然、ない。

 

「はァああああああ!!?」当惑と憤怒の絶叫。これも当然である。「ゴルァァァァコウモリヤロォ!!テメェ何してくれてんだア゛ァ!!?」

『だってェ……あいつらにグッと来ちゃったんだもん!』

 

 そんな言い訳が通用するなら、この世に警察も快盗も必要ないのだ。

 次の瞬間、グッドストライカーはルパンブルーに握りしめられていた。

 

「今すぐこの場で解体してやろうか……!」

「信じられんわホンマ……」

『キャ~、ヤメテ許して~!』

 

 グッドストライカーに生命の危機が迫る一方で、パトレン1号は己を叱咤して立ち上がった。バイカーを託されたのだ、使わない手があろうか──あるはずがない。

 

「いくぜ……!」

『バイカー、パトライズ!警察ブースト!』

 

 その電子音声を耳にして、コウモリ野郎を徹底的にいたぶろうとしていた快盗ははっと我に返った。

 

「ッ、やべぇ……!」

 

 咄嗟に走り出すルパンレッド、次いでブルー。逃げ出そうとするブンドルトを捕まえ、金庫にダイヤルファイターを押しつける。

 

『0・2・8──!』

 

 解錠──と同時に、

 

『バイカー、撃退砲!!』

 

 放たれるホイール型の弾丸。本能的な危機に飛び退きそうになる身体を理性で抑え込み、中に鎮座していたルパンコレクションを取り上げる。

 

「っし──!」

 

 そして、離脱。それはほとんどコンマ数秒の戦いだった。翻ったルパンレッドのマントの端を焦がし、通過した弾丸は開きっぱなしの金庫の中へ──

 

「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!?」

 

 絶叫するブンドルト。他の体組織からは分離しているとはいえ、れっきとした体内を蹂躙されているのだ、彼の辿る末路は明らかだった。

 

 ホイールが加速度的に熱量をもって肥大化し……遂に、爆ぜる。ブンドルトの全身がバラバラに千切れ、焼き尽くされていく。唯一残ったひしゃげた金庫は、やはり彼らギャングラーのボディの中では最も頑丈な部位であった。

 

「任務……かん、りょ……う」

 

 構えを解いた1号が、どさりとくずおれたのはほどなくのことだった。3号が駆けつけ、咄嗟にその身体を支える──先ほどまでとは打って変わって、ふにゃふにゃに力の抜けた筋肉。彼は意識を失っていた……正確には、眠り込んでしまったというところか。

 

「ったく……ムチャするよ」

 

「飯田、あんたもね」

「……ふっ」

 

 座り込んだまま、天哉もまた息を弛めた。どれだけ意を違えようが、根幹をなすものは同じ──それを知ってさえいれば、他に何もいらないのだ。

 

 

 一方、してやられた形のルパンレンジャーは。

 

「レッド、コレクションは!?」

「……ギリ獲ったわ」

 

「セフセフ……」と胸を撫で下ろすイエロー。ただそれは、不幸中の幸いというほかなく。

 

「警察はあの状態……今なら取り戻せるぞ」

 

 確認するようにつぶやくルパンブルー。確かに、今まともに動けるのは3号だけだ。ならば、答は決まっているのだろうと思う。

 

「………」

 

 だが、不思議と獲りにいく気になれなかった。1号と2号──鋭児郎と天哉の、重なる声のリフレイン。それが頭の中から消え去るまでは、きっと。

 

──そうしているうちに、ゴーシュ・ル・メドゥが姿を現した。

 

「私の可愛いお宝さん、ブンドルトを元気にしてあげて……」

 

 どこか艶やかな口上とともに、怪物は己のルパンコレクションの能力を発動させる。

 エネルギーを注ぎ込まれた金庫が、ふわりと浮かび上がる。──そして、ブンドルトを蘇生させた。

 

 今さら言うまでもないが、ただ蘇生させるだけではない。彼の肉体は数十倍──周囲のビルなど優に越える大きさにまで、巨大化するのである。

 

「もうイヤァァァァァ……あれ?復活した?」

「……その口調、どうにかならないのかしら」

 

 ぼやきつつ、素早く姿を消すゴーシュ。それとほとんど同時に、復活ブンドルトは快盗と警察を獲物と見定めた。

 

「ヘヘヘヘ……テメェら、死にたくなかったらコレクションを差し出しなッ!おらァ!!」

「ッ!」

 

 脅迫と同時に、巨大なかまいたちがその場にいる者全員に襲いかかる。快盗は素早く身を翻して避けたが、三人中ふたりの動けない警察は吹き飛ばされてしまった。

 

「ッ、……快盗!」

「あ?」

「悪いけどヤツは頼むよ、ウチらこんなだし。……見返りはやれないけどね」

 

 バイカーを握りしめつつ、3号。普段なら、ふざけるなと一蹴しているところだったが。

 

「……チッ、テメェらのお恵みなんざ願い下げだわ」

 

 吐き捨てた言葉は、実質的には了承そのものだった。

 

「やむをえまい……やるか」

「グッディ、今度は私たちの味方してよ!?」

『わかってるって!いくぜー!』

 

 

『──Get Set……Ready Go!!』

 

 三機のダイヤルファイター、そしてグッドストライカー。続々と巨大化したマシンは、早くも次なるフェーズに移る。

 

『快盗ガッタイム!勝利を奪いとろうぜ~!』

 

 グッドストライカーを中心に、変形しながら人型の部位を形成していくマシンの群れ。──程なく群れではなく、それはひとつの個体として生まれ変わる。

 その名も、

 

『完成ッ、ルパンカイザー!!』

 

 快盗の皇帝──その名にふさわしい威容が、地上へと君臨した。

 

 

 *

 

 

 

「その図体ごと持ち帰ってやるゥゥゥ!!」

 

 健在のウイングソードを振りかざし、襲いかかるブンドルト。それを受け流しつつ、パイロットのひとりであるルパンレッドが悪役じみた笑い声をあげる。

 

「ハッ、テメェにンな大層なシゴトができんのかよ。このオカマペンギン!」

「オカっ……あ、甘く見てもらっちゃ困るぜェ!」

 

 再びかまいたちを炸裂させる──音速で迫るそれを、ルパンカイザーのスピードをもってしてもかわしきれない。胴体に炸裂し、火花とともに後退させられる。

 

「……ッ、」

『イヤァァ、オイラのつやつやお肌に傷がついちゃうぅ!』

「傷で済むんだ……」

「心配するな、あとでヤスリで磨いてやる」

『イヤァァァ!』

 

 漫才のような会話を聞き流しつつ、レッドは手元に残されたサイクロンダイヤルファイターを取り出した。

 

「──なら、コイツ使わせろや」

 

『Get Set!Ready──』顔面が開き、コックピットが露出する。『──Go!!』

 

 たちまち巨大化するサイクロン。その勢いを買ってブンドルトに体当たりをかますと、それは素早く旋回して帰ってきた。

 

『左腕、変わりまっす!』

 

 ルパンカイザーの左腕──イエローダイヤルファイターが分離し、サイクロンと交代する。

 

「かっ……換装したァ!?」

「っし……ブッ殺ォす!!」

 

 先端が展開し、プロペラがふたつに割れる。それはとりわけ重要な意味をもつ変形だった。

 

『グッとくる竜巻~!!』

 

 ぬいぐるみグッディの独特のセンスが光るシャウトとともに、ふたつのプロペラが干渉し合い……強烈な旋風を生み出した。それはブンドルトのかまいたちを一瞬にして跳ね返し、ブンドルト自身をも巻き上げることに成功した。

 

「お~、すっごい……。警察もトンでもないもの持ってくるよね」

「感心するのはあとだ。──小僧、」

「わぁってら。……じゃあな、クソペンギン!」

 

 立ち上がり、VSチェンジャーを構える三人。その動作に連動し、ルパンカイザー"サイクロン"は最後のシークエンスに突入する。

 両腕に最大のエネルギーを込め、

 

『グッドストライカー連射、吹き飛んじまえショット~!!』

 

 さらに勢いを増す旋風。同時に右腕のブルーダイヤルファイターが、機関銃のごとくエネルギー弾を放出──ことごとく、ブンドルトのボディを食い破っていく。

 

「だ、誰かぁ……誰かタスケテ!デストラさん、ゴーシュぅぅぅぅ!!」

 

 もはや、彼を助けようとする者はいなかった。いたとして、助けようがなかったが。

 次の瞬間には、今度こそ彼は跡形もなく消滅──行き先を失ったエネルギーが、爆炎を巻き起こしていたのだった。

 

『ヒュー、気分はサイコ……痛でッ!?』

「最ッ悪だわ……クソが」

「コレクションひとつ、警察に渡した罪は重いぞ……」

 

 男ふたりに唸られても、グッドストライカーは飄々としていた。

 

『ヤだな~、そんなカリカリするなって!そんじゃ、アデュー!』

「あ、おい──」

 

 刹那、分離。いずこかへ高速で去っていくグッドストライカーには追いつけない。舌打ちしつつ、ルパンレンジャーもまた帰還の途につく。

 

「……痛み分けか」

 

 ぼやきつつ、

 

(あの熱血ヒーロー崩れ……マジで厄介だな)

 

 あの男は自分たちと向き合う覚悟を固めたようだった。苦々しい思い。晴らすためには、願いをかなえるほかに方法はないのだった。

 

 

──見送る男の姿が、地上に在った。

 

「デストラの奴……せっかく情報くれてやったっていうのに」

 

 がり、と、氷を噛み砕く音が響く。彼は一体、何者なのか──その答は未だ、風に吹かれている。

 

 

 *

 

 

 

「これ、塚内管理官から差し入れ。仲良く半分こして食べろってさ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべて菓子折りを見せつける耳郎響香に、切島鋭児郎は思わず苦笑いを浮かべた。その隣のベッドでは、飯田天哉が憮然とした表情を浮かべている。

 身体を限界まで酷使した二人は、強制入院という処置が下された。それも、同室。隣同士。

 

「ぼ、俺はそんな、食べ物のことでケンカをするほど幼稚ではない……つもりだ!」

「ま、そりゃそうだろうけど。──あ、そうだ切島」

「ハイ……えっ?」

 

 天哉に続き、今度は響香にまで本名で呼ばれた。目を丸くする鋭児郎だったが、彼女の放った質問にはさらに肝を冷やした。

 

「あんた、あれからコイツにタメ口きいてんの?」

「ハァ!?」

 

 あれからというのは、ケンカをしてしまったときのことを指しているのか。冷や汗をかきつつ、鋭児郎はがばりと頭を下げた。

 

「す、スンマセンっした!生意気な口きいちまって……」

「……構わない」

「そうっスよね……え?」

 

 天哉はどうしてか笑顔だった。長幼の序には厳しそうな男であるにもかかわらず。

 

「俺は心の広いほうではないからな……普通なら、少なからず不愉快に思うところなんだが。どうしてだろう、きみが相手だとしっくりくるというか、それが当然のことであるような気さえしてくるんだ」

「飯田さん……」

「ねえ切島、」響香が続ける。「別に敬語じゃなくてもいいよ。歳は違うけど、一緒にチームを創ってきた仲間なんだしさ」

「あ……」

 

 仲間──どうしてだろう。ふたりにそう言われると、歓喜と同時に、懐かしいような気さえしてくる。天哉も響香も、同じ気持ちなのだろうか。

 で、あるならば。

 

「あんがとな、──飯田、耳郎!」

 

 

 朗らかな笑顔が、こぼれる裏で。

 

 

「ッ、しかし……!」

『これは決定事項だ、塚内管理官』

 

『烈怒頼雄斗に代わり、"彼"に正規のパトレン1号を任せる。──きみの采配に期待するよ』

「……ッ、」

 

 上層部から下った宣告に、塚内は唇を噛みしめていた──

 

 

 à suivre……

 

 

 




次回「1号の2号!?」

「皆さん……今までお世話になりましたッ!!」

「同じ"盗人"同士、よろしくするかい?」



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#9 1号の2号!? 1/3

戦隊史上最速のメンバー交代劇、二例目のレッド交代劇(棒読み)

さらば烈怒頼雄斗、キミのことは忘れない(棒読み)



 

「え、ええ~ッ!!?」

 

 国際警察日本支部内、警察戦隊のタクティクス・ルーム。時刻は午前8時ちょうど。そんな早い時間から切島鋭児郎が間抜けな声をあげるのも無理からぬ宣告が、唯一の上司である塚内直正管理官からなされていた。

 

「それ……マジなんですか?」

 

 口をぱくぱくさせてもう声も出せない鋭児郎に代わり、まだ幾分かは平静を保っている耳郎響香が訊く。尤も、塚内が"そんなこと"を冗談で告げるはずもなく、無意味な質問であることは間違いないのだが。

 

「……残念ながら、マジだ。烈怒頼雄斗には一週間後、所属事務所に戻ってもらう」

「そんな……」

 

 飯田天哉も絶句している。いや、元々は緊急措置として協力を依頼していただけにすぎず、遠からずしてこうなることはわかっていたのだ。ただ鋭児郎自身、パトレンジャーの職務を意気に感じていたし、チームとしての輪も先日の一件を通じて強固なものになっている。その矢先の通達だった。

 

「……もしかして、VSビークルを快盗に奪われちまったから?」

 

 先日のブンドルト・ペギーの一件の際、ルパンレンジャーに奪われた二台のVSビークル。うちトリガーマシンバイカーは──グッドストライカーの思わぬ援護により──取り返したが、サイクロンダイヤルファイターは奴らの手の中にあるままだ。

 直接の責任は、自分にある──ルパンレッドと直接対決に及んでいた鋭児郎はそう思っていて、だからこそ取り戻すと意気込んでいたのだが……上層部からの信頼は、既に失われていたのか。

 

 青ざめる鋭児郎だったが、塚内の答は否だった。

 

「いや、そういうわけじゃない。チーム内の事情は別にして、上層部(うえ)としてはあくまできみは暫定の1号……正規の隊員の選考も続けられていたんだ」

「……じゃあ、新しい1号が決まったってことっスか?」

「ああ」

「誰なんです?切島の後任……」

 

 複雑そうな表情を浮かべつつ、塚内は一枚の調書を取り出した。そこに載せられた写真、名前──それらすべて、彼ら三人の記憶にあるものだった。

 

 

 *

 

 

 

──一週間後 ジュレ

 

 快盗たちの隠れ蓑でありながら、周辺住民には知る人ぞ知る隠れた名店のように扱われつつあるこの喫茶店では、珍しい取り合わせで開店準備が行われていた。

 

「♪~」

 

 鼻歌混じりにテーブルクロスをかけていく麗日お茶子に、料理の仕込みをしている爆豪勝己。元トップヒーロー・エンデヴァーである店長の轟炎司は不在にしていた。その理由は至って単純である。

 

「残念やったねぇ爆豪くん、サボる口実とられちゃって!」

「……けっ」

 

 そう、店長は只今買い出しに出かけていた。勝己があまりにも帰ってこないものだから、ついに堪忍袋の緒が切れたというところか。あくまで本業は快盗であるから、どれだけ怠慢だろうがクビにはできない。表向き雇われ店長としては、頭の痛い問題だった。

 

「………」

 

 ただ、一年以上行動をともにしてきて、お茶子はこうも思うようになった。彼が"爆豪勝己"としての生活においてなげやりな行動ばかりをとるのは、あえてそうしている面もあるのではないかと。不良じみた言動の端々から滲む彼の本性は意外なほどにすれていなくて、それでいて繊細だ。彼はそんな自分を自ら傷つけながら、快盗であり続けている──

 

「……何さっきからジロジロ見てんだよ、丸顔」

「あ……」

 

 気づけば、勝己が探るような目つきでこちらを見据えている。繊細であるがゆえに、彼は他人の機微にも敏いのだ。感情が表に出やすいお茶子のような人間の心情など、すぐに察知されてしまう。

 見ていたこと自体は否定せず、彼女はその理由を誤魔化すことを選んだ。

 

「いやホラ……黒霧さん、どうしてサイクロンは私たちに預けたまんまなのかなーって」

「アァ?ンなモン、VSビークルだからに決まってんだろ」

 

 つまりはルパンレンジャーの即戦力として扱えるということ。実際、ルパンカイザー"サイクロン"は強大なパワーを発揮したのだ。

 

「でも、リスクもあるワケやし……警察に奪い返されるとか」

「……俺が連中に遅れをとるって言いてぇんか?」

 

 しまった、地雷を踏んでしまったか。勝己の表情がみるみる強張っていくのを目の当たりにして、お茶子は己の軽はずみな発言を悔いることになった。

 

 不意にドアが開き、人影が現れたのはそんな折だった。てっきり炎司が帰ってきたのだと思ったお茶子は、救けを求める顔でそちらを見やったのだが。

 

「!」

 

 そこに立っていたのは、炎司とは似ても似つかぬスーツ姿の細身の青年だった。金髪碧眼に垂れ目が特徴的な甘いマスクに、一瞬見とれかかるお茶子。しかし、

 

「……いらっしゃいませも無しかい、この店は?」

「えっ、あ、いいいらっしゃいませ……でも、まだ準備中なんですけど……」

「あれぇ?おかしいなぁ?」大仰に肩をすくめ、「外のプレート、ちゃんと"ouvrir"ってなってたんだけどなぁ?ご丁寧にフランス語で書いてあって、この僕が見間違えるとでも?」

「え、えっと……」

 

 おそらくは直し忘れだろう、腰かけなうえに少人数経営なのでそういう綻びはどうしても出てしまうのだ。

 

「いいわ、丸顔。もうコーヒーくらいなら出せる」

「!、あ……じゃあ、お席にご案内しまーす……」

「……やれやれ」

 

 ため息混じりについてくる青年。顔立ちから受けたさわやかな印象と、実際の性格はだいぶ異なるらしい──密かに嘆息しつつ。

 

(この人……どっかで見たことあるような)

 

 奇妙な既視感。その正体がなんなのか掴めぬまま、注文を承る。尤も今出せるのは飲み物くらいしかなく、青年もそのつもりだったようだが。

 これでようやくひと段落──と、思いきや。

 

「ここって、元エンデヴァーのやってる店なんだよね?姿が見えないけど」

「あ、ああ……炎司さ、店長なら買い出しに行ってますけど……」

「買い出し?元トップヒーローが?」片眉をあげ、「おやおや。これほどC'est la vie(人生そんなもん)って言葉が身に染みることもないね」

「……ッ、」

 

 哀れみか、嘲りか。いずれにせよ青年の人を喰ったような態度は、他人事でない以上お茶子には不愉快でしかなかった。

 

「朝っぱらから当てこすりたぁ、いいご身分だな」

 

 コーヒーメーカーからカップに液体を注ぎつつ、勝己が低く唸るようにつぶやく。室内の気温を何度も押し下げるような声だった。

 

「そういうアンタはどこの馬の骨なんだか」

「……どうやらエンデヴァーは教育も不得手なようだね。ま、息子を家出させてるんだから当然か」だめ押しに毒を吐きつつ、「僕は──」

 

 青年が己の身分を明かそうとしたとき、再びドアベルが鳴った。

 

「戻ったぞ」

「あ、炎司さん……」

 

 元トップヒーローの店長は、青年の顔を見るなり目を見開いていた。

 

「……きみは確か、雄英の」

「ええ。ご無沙汰しています、エンデヴァー」

 

 立ち上がり、慇懃に一礼する青年。先ほど馬鹿にしていたとは思えない豹変ぶりだが、その表情はどこか挑戦的だった。

 

「え……知り合いなん?」

「知り合いも何も……彼はプロヒーローだぞ、雄英出身のな」

「!」

 

 勝己もお茶子も、揃ってぽかんと口を開けていた。面識はないのに既視感があると思ったら。

 

「おっしゃる通り。コピーヒーロー"ファントムシーフ"……知らないのも無理はないかな。プロデビューから二年、ずっとフランスはパリで活動してきたし」

「………」

「しかしエンデヴァーにこんな辨えがあったとは、僕たち案外気が合うかもしれないな。いい店だと思いますよ、ちょっと接客に難がありますけど」

「……失礼があったのでしたら謝罪します」

 

 頭を下げる炎司だったが、それが形ばかりのものであるのは誰の目にも明らか。ただ、ファントムシーフを名乗った青年が気を悪くした様子はなかった。

 

「ま、これからは職場が近くになるので。たまに寄らせていただきますよ」

「事務所を移られたのですか?」

「いや。実は国際警察に出向することになりまして」

「!」

 

 三人の間に緊張が奔る。ヒーローが出向──どうしても今警察戦隊にいる赤髪の青年を連想する。

 お茶子が思いきって、その男の名を口に出した。

 

「ヒーローで出向っていえば、烈怒頼雄斗さんも今国際警察にいますよね!あの人もたまに来ますよ!」

「へぇ、彼がね」

 

 次いでファントムシーフの放った言葉は、衝撃的なものだった。

 

「その烈怒頼雄斗の後任として来たんだよ、僕は」

「……へ?」

 

 烈怒頼雄斗の、後任?──パトレン1号の?

 

「さて……モーニングコーヒーも堪能させてもらったし、そろそろ行こうかな」

「あ……」

 

 すたと立ち上がる若手ヒーロー。言われてみれば細身に見えて、その身のこなしはみっちりと鍛練されていることがわかる。

 わざわざクレジットカードで会計を済ませ、去り際──演技がかった態度で、彼はこう言い放った。

 

「これからは僕がギャングラーからあなた方を守ります。どうぞご安心を──民間人の皆さん?」

 

 最後のひと言は、明らかにひとりを標的としたものだった。

 

 

 *

 

 

 

 ファントムシーフこと物間寧人は嫌味な性格ではあるが、基本的に嘘つきではなかった──必要に応じてハッタリをかますことはあるが──。

 

 ジュレを辞してから半刻ののち。烈怒頼雄斗・切島鋭児郎の後任として、彼は警察戦隊のタクティクス・ルームに足を踏み入れていた。

 

「本日警察戦隊に着任となりました、物間寧人です。よろしくお願いします」

 

 警察の流儀に倣った敬礼に、びしっとした口調。性格のまずさばかりが目立つ青年だが、伊達にヒーローであるわけはなく、彼にはこうした真面目な一面もあった。これでも学生時代、クラスにおいては中心的な存在として皆から頼られることもあったのだ。

 

「管理官の塚内直正です。ファントムシーフ……いや、物間くん。歓迎するよ」

『私は事務用ロボットのジム・カーターです!』

「へえ、流石は国際警察。こんな最新鋭のロボットまで導入してるんですね」

 

 マニピュレーターと握手しつつ、感心を表す寧人。ジムは『それほどでも~』と恐縮している。

 

「そして……このふたりが、きみの同僚となるパトレンジャーのメンバーだ」

 

 天哉、響香が揃って前に進み出る。

 

「飯田天哉と申します、パトレン2号です!よろしくお願いします!」

「耳郎響香、3号です。よろしくね、ファントムシーフ」

「よろしく」

 

 少なくとも表向きは歓迎の笑みを浮かべるふたり。彼らとがっちり握手をして、最後に。

 

「そして、きみの前任。今日までパトレン1号を務めてくれた烈怒頼雄斗……切島鋭児郎くんだ」

「!」

 

 紹介された鋭児郎が居住まいを正す。──個人的な会話をしたことはほとんどないが、ふたりには面識があった。

 

「よ、よろしく頼んます!先輩!」

「よろしく。しかし、雄英の後輩から引き継ぎを受けることになるとはね……これもC'est la vieってヤツかな」

「……?」

 

 首を傾げる鋭児郎。彼にはフランス語の造詣がまったくと言っていいほどなかった。

 

「その引き継ぎだが、烈怒頼雄斗には復帰の準備もある。できるだけ速やかに……」

「!、お、俺は大丈夫っス丸一日使っても!そうだ先輩、施設の案内もしますよ。もう俺、全部覚えたんスから!」

「ふぅん。別に僕はどっちでもいいけど」

「ンなら行きましょう!早速!!」

「あ、おい……」

 

 挨拶もそこそこに、ぐいぐい寧人の背を押していく鋭児郎。その勢いの凄まじさに、一同は呆気にとられたまま見送るほかなかった。

 

「施設の案内なら、俺たちにでもできるんだが……」

「できるだけ長くここにいたいんでしょ。やること済んだら、もうお別れなんだし」

「そういうものか……」

 

 わずかひと月半ほどとはいえ、彼はこの警察戦隊にしっかりと根を張ってしまった。任務も、人員も。すっかり馴染んだこの庁舎から離れるのに、名残惜しく思わないはずがない。

 

「しかし……ファントムシーフか。ウワサだと、ちょっと性格に難ありみたいだけど」

「そうなのか?」

 

 計算高いとか、嫌味な性格だとか──聞くところによれば雄英時代、別クラスの問題児をわざと煽っては怒らせ、頻繁に衝突していたらしい。デビュー早々渡欧したのも、日本で引き取ってくれる事務所がなかったからだとまで言われている……流石にこれは眉唾だろうが。

 

「しかし、ヒーローとしての資質を疑われるような行動があったわけじゃない」口を挟む塚内。「反りの合う合わないはあるだろうが、上手く付き合ってやってほしい。……そういうものだからな、組織は」

「はっ……勿論です!」

「わかってます」

 

 いい大人だし、ましてこちらの方が年長者だ。爪弾きにするなんてありえない。ただしばらくはどうしても、内心では切島鋭児郎と比較してしまうだろうと思った。

 

 





補足事項:
切島が物間を先輩呼びしてますが、物間はハタチ(誕生日迎えて21?)設定です。飯田くん達よりは年下になります。

最初はキリシマンと同い年にするつもりだったんですが、あるシーンをやりたいがために成人させました。あとのお楽しみに!


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#9 1号の2号!? 2/3

 

 些末なことまで徹底的に引き継ぎを行い、すべてを伝えきった頃には空はすっかり夕暮れに染まっていた。

 ほとんど平常時の退庁時刻と変わらない頃合いまで粘った鋭児郎だったが、それでも別れの刻は目の前に迫っている。

 

「……じゃあ、俺はこれで」

 

 私服に着替え、今日までの仲間たちと向き合う鋭児郎。その赤い瞳は今にも決壊しそうなほどに潤んでいて、彼がこの地、人にもっていた情の深さを如実に示していた。

 

「元気でね、切島」

「どうか立派なヒーローになってくれ。僕たち、いつまでも応援しているから」

「耳郎、飯田……ありがとな」

 

 朝の寧人とのそれに負けない、固い握手をかわす。それは惜別であり、再会を誓いあうものでもあった。

 

「管理官とジムまで……わざわざ見送ってもらって、ありがとうございます」

「なに、当然だよ。──今はヒーロー公安委員会のほうでもギャングラー対策を進めている、きみとはいずれ共同戦線を張ることもあるかもしれない。その日を楽しみにしてるよ」

『そのときは私がバッチリサポートしますね!』

「……ウッス!」

 

 そして、最後に。

 

「物間先輩……あと、頼んます!」

「ああ、任せておいてよ」

 

 ドライな反応だったが、それでも鋭児郎には十分だった。信頼できる先達にあとを託せることに胸を撫でおろしつつ、改めて深々と背筋を折る。

 

「皆さん……本当に、今までお世話になりましたッ!!」

 

 

──そして切島鋭児郎は、国際警察を去ったのだった。

 

 

 *

 

 

 

 数日後、ジュレ。

 

 宿敵のひとりが去ろうとも、彼らの日常生活は何も変わらない。表向き、何度か来店したというだけの常連ともいえない客が異動したというだけだ。とりわけ因縁のあった爆豪勝己に限っては、どこか清々した様子だったが。

 

──ただし"裏の顔"にとっては、少なからず懸案と捉えるべき事柄であった。

 

「なるほど、ファントムシーフですか。ある意味順当な人事と言えるかもしれませんね」

「どういう意味だ、そりゃ」

 

 相変わらず黒い靄を波立たせつつ、勝己の半ば詰問に近い問いかけを受け止めるルパン家の代理人──黒霧。どうやってコーヒーを啜っているのか、そこそこの付き合いにはなるが未だに掴めない快盗たちである。

 

「彼はパリで活動していたでしょう。あの地には国際警察の本部もあります」

「日本のプロヒーローとは国際警察への親和性が違う、か」

 

 通常ヴィラン対策にはあまり関与していない──ヒーローと住み分けているともいえる──日本支部と異なり、総本山であるフランスでは国際警察の存在感が大きい。活動しているプロヒーローは皆、大なり小なり彼らと関係を繋ぎながら活動している。異邦人である物間寧人とて例外ではないだろう。

 

「だが、本部とコネがある程度で警察戦隊に抜擢されるとは思えんな」

「同感です。穿った見方をするなら、彼の個性が関係しているのかもしれませんね」

「あの人の、個性……」

 

「──"コピー"か」

 

 苦い表情でつぶやく炎司。コピ──―その写しとる対象は……他人の、個性だ。

 

「ええ。彼は触れた相手の個性をコピーすることができます」

「……俺らのも、か」

「!、そ、それって……」

「……快盗の個性が明らかにされかねない、ということだ」

 

 個性はある意味究極の個人情報だ。まして、それを全世界に晒して悪と戦っていた男がここにはいる。

 

「皆さん、これからは細心の注意を払って行動してください。現段階で正体が露呈すれば、今後の活動に大きな支障をきたしかねませんので」

「チッ、わぁってら。要するにそのモノマネ野郎をブチ殺しゃあいいだけの話だろ」

「いやそうは言っとらんやろ……しかもモノマネて、そのまんまやし」

 

 呆れぎみに突っ込むお茶子だが、勝己のラディカルな言動は今に始まったことではなかった。

 

「フ……とはいえ、皆さんに活動を控えていただくわけにもいきません」

「トーゼンだわ。──持ってきてんだろ、情報?」

「もちろんです。次のターゲットは、この男──」

 

 

──何があろうと、彼らに立ち止まることは許されない。

 

 

 *

 

 

 

 一方、ファントムシーフこと物間寧人を新たなパトレン1号として迎え、数日が経過した警察戦隊。

 

 表向きは順調に、しかしどこか違和感を抱えたままのチームに対し、いよいよ任務が舞い込んできた。

 

「二週間前から南久留間市のレストランで連続している蒸発事件だが……捜査の結果、ギャングラーの仕業であることが判明した」

 

 塚内管理官の言葉に、場の空気がぴりっと引き締まる。それは1号が鋭児郎であれ寧人であれ変わらない反応だった。

 

「ジム、映像を」

『はい!──こちらをご覧ください』

 

 映し出された立体映像──監視カメラのそれにしては随分主観的な視点から撮影されたものだった。

 レンズが捉えたのは、確かに異形の怪物だった。無論それだけでは"異形型"の人間であるという可能性もゼロではないのだが、左腕でその存在を主張する金庫の意匠が、彼の身分を示していた。

 

『現場に残されていたスマートフォンで撮影されたものです。防犯カメラはどの店でも壊されてしまっていたので、これが決定的な手がかりになりました!』

「へえ、その程度の知恵はあるヤツってことですか」

 

 寧人の事実確認。……なのだが、それまで嫌味ったらしく聞こえるのは穿ちすぎか。

 

「しかし……これだとギャングラーがどうやって市民を蒸発させているのか、見当もつきませんね」

 

 映像はギャングラーが向かってくるところで終わっている……厳密には続いてはいるのだが、端末を床に落としてしまったらしく画面が真っ暗だった。ただ、力業で外に連れ出しているのでないことは周辺の防犯カメラ映像からも明らか。──ルパンコレクションの能力か。

 

「いずれにせよ、これ以上の犯行は防がねばならない。ただ、このギャングラーの潜伏場所を掴むのも容易ではない」

「じゃあ、どうするんです?」

「決まってるさ、現地で捕まえるしかない」

『──ってわけで、コレです!』

 

 次にジムが表示したのは、ウェブサイトのある一ページ。レストランとおぼしき店名、店舗映像などが次々にスクロールされていく。これは……。

 

「……食いレコ?」首を傾げる響香。

『はい!襲撃された店の共通点を調べたところ、すべてこの食いレコのページ……"南久留間市のカップルで行きたいオススメレストラン10選"に掲載されていると判明しました!』

「まだ襲われていないレストランはあとひとつ、そこに網を張る。……ただ、急な話ということもあって、先方は営業の自粛に応じてくれなかった」

 

 つまり、国際警察の職員が扮するダミーの客で店内を固めるというわけにもいかず、何も知らない市民を守りながら戦わねばならないということ。

 

「まあ……しょうがないね。ギャングラーがいつ現れるか、決まってるわけでもなし」

「うむ、俺たちは俺たちでできることをやろう!」

 

 カップル向けのレストラン──ということは、とりうる手段はひとつ。

 ギャングラーがいつ現れるかわからないと、彼らは四半刻も経たぬうちに用意を整え動き出していたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 ヒーロー業務に戻った烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎は、警察戦隊の動きなど知るよしもなく地道なパトロールに勤しんでいた。各々の誇るコスチュームを纏い、街並みに目を光らせる。行きかう人々の中から悪の萌芽を見つけ出すのはもちろんのこと、そうして堂々とヒーローの存在をアピールすることで、ひとつの抑止にもなる──人間のヴィランに対しては。

 

「………」

「……おい……ット……」

「………………」

「おいって……」

 

「烈怒頼雄斗!!」

「!!」

 

 大声でヒーローネームを呼ばれて、鋭児郎はようやく我に返った。

 

「あ、す、スンマセン……何スか?」

「何スかじゃねえ、さっきから思い詰めたような顔しやがって!」

「う……マジスンマセン」

 

「ったく!」と唸る先輩ヒーロー。……なのだが、先輩というより兄とか血縁者なのではないかというくらい彼は鋭児郎によく似ていた。

 

「どうせアレだろ、警察戦隊が名残惜しいんだろ?デビューしてから半分以上はあそこにいんだもんな」

「い、いやそれは……その……」

「いーっていーって、俺たち思考回路まで似通ってんだろ?わかるからよ、その気持ち」

 

 ギャングラーと正面切って戦えるだけの力がなくなったこと。友誼を結び認めあった仲間たちが、ギャングラーと正面切って戦うことへの心配。──単純に、別れ別れになってしまったことへの寂しさ。あらゆる感情がない混ぜになり、鋭児郎はなかなか気持ちを切り替えることができずにいた。

 

「つーか、おめェの後釜がよりによって物間とはなぁ……不思議な巡り合わせだよな」

「あ……そっか、同級生っスもんね」

「おう!ホント、アイツには苦労させられたけど……でも、思い返してみると楽しかったんだよなぁ」

 

 よく似た三白眼が懐かしげに細められる。

 

「アイツ、だいぶアレな性格してっけど……ああ見えて仲間思いなとこもあっからよ。おめェとしちゃ複雑かもしんねーけど、きっとパトレンジャーでも上手くやると思うぜ」

「……そうっスね。いや、そうだったら俺も嬉しいっス!」

 

 それは心より出でた言葉だった。寧人が自分以上にパトレンジャーに溶け込み、活躍してくれる──それが一番いいことなのだ。

 であれば、自分は自分のなすべきことをしよう。鋭児郎は改めてそう決心したのだった。

 

 

 *

 

 

 

「メルグの奴、好き放題やっているようじゃないか」

 

 鷹揚だが冷酷さの滲むドグラニオ・ヤーブンの声が、屋敷内に響く。

 それを真正面から受け止めるデストラ・マッジョは、恭しく一礼しつつ応じた。

 

「は……。これからはコレクションのおかげでなんでも食べ放題だと喜んでおりました」

「確か前に襲った世界じゃ、征服の証に現地の生き物を食べていたのよね……色々な種類の。今度はヒトがメインターゲットみたいだけど……フフ」

 

 愉しげに笑うゴーシュ・ル・メドゥ。──彼ら全員、今回は高みの見物と洒落込むつもりであった。デストラもいったんはVSビークル奪取について様子見のつもりでいる。今動けば"メルグ"の邪魔になりかねない。

 

「今度はどんな珍味を届けてくれるかな。……正直、楽しみだ」

 

 

 *

 

 

 

 さて、メルグなるギャングラーが襲撃すると目された人気レストラン。

 インターネット上でオススメと目されているだけあって、平日でもランチタイムは満員御礼の様相を呈していた。やはりその大半は、カップルとおぼしき若い男女のペアだ。

 

 その中に、体格のよい眼鏡の男性と、ショートボブの女性の二人組がいた。男性は服装や佇まいが見るからに生真面目そうな印象を与える一方、女性のほうはややもすればパンキッシュな雰囲気を醸し出しており、カップルとしてはやや違和感のある取り合わせだった。

 

「………」

「……飯田、怖い顔しない。ただでさえあんた、威圧感パないんだから」

「ム……す、すまない。しかし、いつギャングラーが現れるかわからないから……」

「店の周りじゃ仲間がこっそり警戒してくれてるんだ、心の準備する時間くらいはあるよ」

「それは……まあ、確かにそうだな」

 

──そう、彼らはカップルなどではなかった。

 

 飯田天哉と耳郎響香。警察戦隊の一員である彼らは、ギャングラーの襲撃に備えカップルのふりをして待ち構える作戦を実行中であった。長時間居座ることになるわけだから、当然店から許可は得ている。渋々ひと席貸してくれた、という感じだが。

 

「ってわけで、飯田なに食べる?」

「!?、た、食べ……任務中だぞ!」

「お腹すいてきたし。何時間いることになるかわかんないのに、飲まず食わずなんていざってとき力が出ないでしょ」

「いや、しかし……」

「大体、何も頼まず居座るなんて営業妨害もいいとこだよ。ギャングラーよりはマシだろうけどさ」

「!、………」

 

 暫し葛藤を続けた天哉は……ややあって、結局メニュー表をテーブルの上に広げたのだった。

 

 

 がぶりと、パンが口いっぱいに頬張られる。

 もぐもぐと小麦粉の塊を咀嚼しながら、物間寧人はハンドルに肘で凭れかかった。行儀の悪いことこのうえないが、独りでパトカーに待機しているという状況ゆえの振る舞いだ。他人が見ている前では、間違ってもこんな崩れ方はしない……親しい友人などは例外にしても。

 

「日本の菓子パンは柔いなぁ……味なしでもフランスパンにしとくんだった」ぼやきつつ、「さて……()()もぼちぼち現れる頃だ」

 

 ごくりと嚥下を終えたあと、寧人の碧眼はさながら猛禽類のごとき鋭い光を放っていた。こんな大量生産品の菓子パンなど、彼にとっては前菜にすぎない。コースの主役となるべき獲物は自らの手で手に入れるのだという狩人の矜持が、その瞳に刻まれていた。

 

 

──その"獲物"が必ずしも仲間たちとは一致しないことも、彼にとっては大した問題ではないのだった。

 



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#9 1号の2号!? 3/3

黒霧ママのトンでもない正体が明らかになりましたね。

ココのルパン家に仕える黒霧さんは一体何者なんでしょうねぇ???????

[追記]
消化不良ぎみだったので次話サブタイトル変更しました。



 爆豪勝己ら快盗は華麗に、かつ人目につかないように移動を続けていた。

 

「止まれ」炎司の声がかかる。「──あれだ」

 

 炎司が指差した先にあったのは……かの、人気レストランの外観。駐車場は車でいっぱいになっており、店内を覗かずとも繁盛ぶりが伝わってくる。

 

「あれがギャングラーが狙ってるっていうお店?すごいなぁ……」

「うむ。……しかし、既に警察も嗅ぎつけていたようだな」

 

 炎司の視線の先には、店の周りに何気ない様子で張りついている人々の姿があった。傍目にはふつうの市民としか思われないが……四半世紀に渡るヒーロー経験を有する彼にかかれば、その表情や身体つきからある程度相手の身分が窺えてしまう。他人を疑ってかかることが正義である快盗にとって、重宝すべき能力だった。

 

「でも、パトレンジャーの人らはいなさげやね……」

「中で張ってんだろ、どうせ。あの脳味噌お花畑の連中、今ごろ呑気に昼メシ中かもな」

 

 図星であった。

 

「あとは彼らとの根比べだな、メルグ・アリータが現れるまでの……な」

「うぅ~、真冬とか真夏じゃなくてよかったよぉ」

「フン、別に四六時中見張ってろってんじゃねーんだ。それでもヨユーだわ」

 

 強がりを言わずにいられないのは彼の性だが、実際快盗はそういう極環境にじっと耐え続ける訓練も積んできている。ぬるま湯の国際警察などより忍耐力はあるのだという自負が、彼らにはあった。

 

「……にしても、ファントムシーフかぁ。どう思う?」

「どうって、何が」

「あの人、どう見たって烈怒頼雄斗さんとは全然タイプ違うし……どんなアプローチかけてくるか不安じゃない?」

「不安かはともかく……頭が回る男なのは確かだろうな」

 

 良くも悪くも直情径行、まっすぐな性格をしている切島鋭児郎とは異なり、彼は搦め手を駆使して成り上がった男だ。黒霧が危惧したようなことも、あの嫌味な笑顔の裏で考えているかもしれない。

 

「けっ。……だとしても、あの熱血ヒーローよか何万倍もマシだわ」

 

 盛大に顔をしかめながら、勝己はそう毒づいた。しかしその表情──不愉快というよりもどこか苦しげに、お茶子には見えた。

 

「爆豪くん……?」

 

──そのときだった。

 

「誰が誰よりマシだって?」

「!」

 

 少年のいろを残した嫌味ったらしい声が響き──直後、銃声。

 

「ッ!」

 

 持ち前の反射神経と身のこなしで、その場から飛び退く三人。同時に激しい火花が飛び散り、銃撃が行われたのだという事実を示した。

 

「やあ快盗の諸君……初めましてって、言うべきかな?」

「テメェ……!」

 

 既に因縁の対象となった、見慣れた濃紺と赤の制服──しかし首から上、風に揺れる柔らかな金髪は、それとはまったく不釣り合いに感じるもので。

 

「ファントムシーフ……!なんで……」

「なんでって……見かけたから挨拶したまでだよ。同じ快盗同士、よろしく……あぁ、どうせ長い付き合いにはならないだろうけど」

「……あァそうだな」

 

 笑みを浮かべ、同意を示す勝己──無論そこに親しみの心は微塵もなく、三日月型につり上げた口角は凄絶のひと言だった。

 

「どうせギャングラーがいつ現れるかもわからねぇんだ。コイツ片付けっぞ」

「……よかろう」

「独りで私たちに挑んできたこと、後悔するよ!」

 

「「「──快盗チェンジ!!」」」

 

 一斉にVSチェンジャーを構え、ダイヤルファイターを装填する三人。相手がまだ変身もしていない生身の人間であろうと、その動作に躊躇はない。

 

『0・1・0!──マスカレイズ!快盗チェンジ!』

 

 彼らの全身が光輝に包まれ……三原色を分けた快盗スーツが、一瞬のうちに装着される。

 

「……ルパンレッドォ!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

「「「快盗戦隊、ルパンレンジャー!!」」」

 

「予告する……テメェのお宝、いただき殺す!!」

 

 宣言するルパンレッドに対し、

 

「あぁヤダヤダ、こんな野蛮なヤツらに快盗名乗ってほしくないね」

「ア゛ァ!?」

「……ま、今の僕は警察でもあるわけだけど」

 

 不敵な笑みを浮かべたまま、寧人もまたVSチェンジャーを構えることで応じた。どちらかというと柔な印象を与える垂れ目が、再び猛禽類のような輝きを放つ。

 

『1号、パトライズ!』

「──警察、チェンジ」

 

 そして、物間寧人もまた変身を遂げる──

 

「……!」

 

 ルパンレンジャ──―とりわけレッドは息を呑んだ。体格のせいもあってか、そこに立つ仮面の戦士は切島鋭児郎のそれと寸分変わらない姿をしていた。わかっていたことではあったが……。

 

「パトレン1号……ふっ」

 

 やや気障にもとれる所作が、彼とはまったく別人であることを如実に示したのだが。

 

「国際警察の権限において、実力を行使する──!」

 

 口上を述べると同時に、銃撃を開始する寧人の変身した1号。流石に素早く動揺を収めたルパンレンジャーはマントを翻して光弾をかわし、三方に散った。

 

「相手は独りだ、散開するぞ」

「ラジャー!」

「チッ!」

 

 ブルーの指示に従い──レッドは断じて否定するだろうが──、三方向から銃撃を行いつつ距離を詰めていく快盗。一方のパトレン1号はパトメガボーを取り出し、器用に弾丸を弾いていく。

 

「おらァッ!」

「ッ!」

 

 そこに、ルパンソードを振り上げたレッドが襲いかかった。金属と金属がぶつかり合い、澄んだ打撃音が響く──ともすればそれは命を削る音だった。

 

「いっちょまえに防いでんじゃねえよコピペ野郎……!」

「は、防がないわけないだろ?ひょっとして馬鹿なのかなァ?」

「ア゛ァ!!?」

 

 生まれてこのかたされたことのない口擊に、少なからず頭に血が上る。それを敏く察知し、寧人は続けた。

 

「キミのことは烈怒頼雄斗から聞いてるよ、ルパンレッド。キミが至極マヌケなおかげでVSビークルの片割れを取り返せたってさぁ!」

「……!」

「ルーキーに足掬われてるようじゃ程度が知れるよねぇ、いっそコソ泥戦隊にでも改名すれば?」

 

 一瞬、ルパンレッドが動きを止めた。そして、

 

 

「……上等だゴラァアアアアアア!!!」

 

 噴火した。つい今までとは明らかに動きが変わり、猛獣の爪のごとく目の前の敵にルパンソードを叩きつけていく。パトメガボーを持つ1号も、これには防戦を強いられるほかない。

 しかし……状況に比して、彼には余裕があった。仮面の下では、笑みさえ浮かべていた。

 

「ハハハっ、野蛮だなぁ!それなら──」

 

「──キミの個性、さぞかしアブないんだろうなぁ」

「!」

 

 レッドがはっとしたときには、1号の手がその身に触れようとしていて──

 

「ッ!」

 

 刹那、銃撃が彼の手首を掠めた。

 

「挑発に乗るなレッド、いったん下がれ!」

「……チッ!」

 

 舌打ちしつつ、素早く後退する。一方で手甲から立ち上る白煙を払いつつ、1号は肩をすくめてみせた。

 

「流石、僕の個性についてもリサーチ済みってわけか」鼻を鳴らしつつ、「けど勘違いしないでほしいな、僕はキミらの素性になんか興味はないんだ」

「……何だと?」

 

「"それ"──全部まとめて、いただこうか」

「……!」

 

 彼が指差したのは──ルパンレンジャーの持つ、VSチェンジャーとダイヤルファイター。

 

「言っただろう、僕はファントムシーフ──」

 

「──"快盗"さ」

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃──天哉たちの潜入したレストランの賑わいは、阿鼻叫喚へと変わっていた。

 

「おらァッ、このメルグ・アリータ様が食事に来てやったぞぉ!!」

 

 下卑た声で叫びながら、テーブルを蹴り倒すギャングラ──―メルグ・アリータ。この不気味な怪物に出入口を塞がれ、逃げまどう人々は自ずと店の奥へと押し込められていく。

 

「お、お客様に手を出さないでください……!」

「ア゛ァ?」

 

 そこに震えながらも立ちふさがったシェフは、勇敢な男であると言うほかなかった。丹精込めて作った料理を、目の前の怪物に差し出す──

 

「ほぉ……凝った料理じゃねえか」くんくんとどこにあるかわからない鼻を動かし、「匂いも香ばしくて良い!シェフ、おまえなかなかいい腕してるようだな」

「え……あ、ありがとうございます……?」

 

 思わぬ称賛の言葉に、戸惑いながらも礼を述べてしまうシェフ。これは職業病といえるのか、どうか。

 

「でもなァ、」ともすればフレンドリーだった声色が、不意に低く唸るようなものに変わる。「オレが食いに来たのはこんなモンじゃねーんだなァ!!」

「!?」

 

 刹那、皿が力いっぱい払いのけられる。凄まじい勢いで壁にぶつかったそれは粉々に砕け散り、丁寧に盛りつけられていた料理が一瞬にして床に惨状を晒した。

 

「ようシェフ、オレのオーダーは……お前ら人間なんだよォ!!」

「ひぃぃ!?」

 

 メルグが文字通り牙を剥こうとし、シェフが悲鳴をあげたときだった。

 

「!?、ぐわっ!?」

 

 突然身体に衝撃と焼けつくような痛みが奔り、彼は火花とともに後方へ吹っ飛ばされた。

 

「な、なん──」

「そこまでだッ、ギャングラー!!」

 

 人間の──悲鳴ではなく、勇ましい声。同時に、シェフを庇うように進み出てきたひと組の男女の姿があった。

 

「奇遇だね、ウチらのオーダーもアンタだよ」

「な、何ィ!?テメェら誰だァ!?」

 

 言葉で答えてやってもよかったが──その時間までも惜しむように、彼らはVSチェンジャーを構えることでもって応じた。

 

「「──警察チェンジ!!」」

『2号!』

『3号!』

 

『パトライズ!──警察チェンジ!』

 

 そして──飯田天哉と耳郎響香は、パトレンジャーへと変身を遂げた。

 

「な……国際警察ゥ!?」

「ご名答!」

「貴様の動きを見切らせてもらった。これ以上、思い通りにはさせん!!」

 

 鋭い発声でギャングラーを威嚇しつつ、2号は守るべき人々のほうを振り向いた。

 

「皆さん、外に我々の仲間がいます。速やかかつ落ち着いてここを脱出してください!」

 

 打って変わって、落ち着いた声音で呼びかける。敵に対し発揮すべき敵意で、市民を怯えさせてはならない──ヒーローだった兄の背中から得た教訓。

 ふたりに庇われつつ、人々が順々に外へ逃げ出していく。シェフやウェイターがやや焦りながらも客を誘導しているあたり、本当に良いレストランなのだとふたりは思った。

 

「テメェらァ!!」一方で、憤激するメルグ。「オレの食事の邪魔しやがってェ……!!」

「食事……──!貴様、まさか今まで行方不明になった人たちは……」

「あァそうさ!ぜ~んぶ、ココにいるよォ!」

 

 己の腹を叩きながら、くつくつと嘲う。その良心の欠片もない──今さらだが──所作に、警察官たちの憤りもまた頂点に達した。

 

「……許さん!!」

 

 己のための憤懣と、市民のための義憤。抑えきれない激情をぶつけ合うがごとき、死闘が幕を開けた。

 

「うおおおおおおお!!」

「ウガアアアアアア!!」

 

──激突。

 

 

『──管理官、飯田さんと耳郎さんも戦闘に入りました!』

 

 ジム・カーターの言葉に、タクティクス・ルームで待機していた塚内の表情に一瞬、緊張が奔った。部下には実働隊員しかいない小所帯、混迷の状況下で判断を下せるのは塚内自身しかいない。

 

「わかった」応じ、「物間くん、聞こえるか?ギャングラーが現れた。至急向かってくれ」

 

 命令を受けた寧人──パトレン1号はというと、

 

「了解……と言いたいところですけど、こっちも快盗と戦りあってる真っ最中なんですよね!」

 

 そう、彼は独りで快盗三人を相手取って戦っていた。孤軍奮闘。有象無象のヴィラン相手なら多対一でも互角どころか翻弄できる自信のある寧人だが、快盗は手強い相手だった。

 

──彼にとっては幸か不幸か、快盗は敵の通信内容まできっちり聞きつけていた。

 

「メルグが釣れたか……」

「じゃあこの人ほっといて向かっちゃう?まぁ追いかけてくるだろうけど……」

 

 総勢六人と一体──大混戦になることは想像に難くない。

 

「……ギャングラーはテメェらふたりで片付けろや。コイツは俺がブッ潰す」

「おっ、いつものパターン?」

 

 相手のパトレン1号の中身が、烈怒頼雄斗かファントムシーフかという違いはあるが。

 

()()()()なよ?」

「ハッ、誰に言ってやがる。──とっとと行けやァ!!」

 

 仲間にがなると同時に、敵めがけて襲いかかるルパンレッド。翻るマントを視界の端に捉えながら、ブルーとイエローは踵を返した。

 

「とっとと死ねやコピペ野郎!!」

「ッ、な~んかいけ好かないな、キミ……!」

 

 コピペ野郎──誤りではないと自覚はしている寧人だが、こうも連呼されると流石に腹立たしいものがある。

 

「ちょうどいいや、同じ赤だし」

「ア゛ァ!?」

「……ファントムシーフには、快盗スーツのほうが合ってるよねぇ!!」

 

 鍔迫り合いの最中でも、一瞬の隙を突いてダイヤルファイターを奪い取ろうとしてくるパトレン1号・物間寧人。──快盗とか警察であるとかいう以前に、爆豪勝己はこの男から己と同じ匂いを嗅ぎとっていた。生まれながらにしての揺るぎなき補食者……食物連鎖の頂点にいる存在。そこから顛落することがあるなどとは、夢にも思っていない。

 

──しかし、

 

(俺のほうが……)

(僕のほうが……)

 

 

「「──上だ!!」」

 

 傲岸な自尊心だけは、疑いようもなく互角だった。

 

 

 *

 

 

 

 狭い店内を舞台に、1号を欠いたパトレンジャーとメルグ・アリータの戦いは続いていた。テーブルや柱など遮蔽物を互いに利用しつつ──後者はともかく、前者には店の破損という懸念もあったのだが。

 

(しかし……外へ出してしまうわけにはいかない!)

 

 周辺一帯は封鎖が進められているだろうが、それでも敵の逃走を許すリスクは格段に増すし、通行人や近隣住民に被害が及ぶ可能性だってある。なんとしても、この店内でカタをつけるよりほかにない。

 

「チッ、おいテメェら!」

 

 突然の呼びかけ。当然答える義理もないので、2号と3号は無視してパトメガボーを振るっていたのだが。

 

「テメェら、付き合ってんのか!?」

「!?」

「ハァ!?」

 

 まったく脈絡のない問いだった。少なくとも、ふたり──とりわけ天哉が動揺して武器を取り落としそうになってしまうほどには。

 

「つきあ……な、貴様は一体何を言っているんだ!?僕たちは同僚であり信頼できる仲間だッ、それ以上でもそれ以下でもない!!」

「じゃあ付き合ってねえのか!?」

「……だからそうだって言ってんじゃん……」

 

 天哉とは対照的に、呆れぎみに応じる響香。しかし一見出歯亀のようでしかない問いは、重要な意味をもっていて。

 

「ハァ~……じゃあ食っても美味くねえな」

「……何?」

 

 思いがけない言葉に、天哉は湯だった頭が急速に冷えていくのを自覚した。

 

「一番美味ェのはリア充カップルの踊り食いなんだよ、シェフだなんだはついで!テメェらみてぇな独り身の警察官なんざ、クソ不味くて食えたモンじゃねーや!」

「……!」

 

 とてつもない侮辱の言葉が放たれたが、ふたりにとって重要なのは事実の部分に他ならなかった。

 

「そんな理由で……罪もない人々を……!!」

「ヘッ、何が悪い?テメェらヒトだって、家畜殺して食ってんだろうがぁ!!」

 

 もっともらしく聞こえる、しかしその実深い論理などないのだろう反撃。であるから、天哉も響香もさらに反論を重ねる気は毛頭なかった。人間の在り方をこの怪物と議論することに意味はない。

 

「俺たちは……己の使命を果たすだけだッ!!」

 

 その叫びこそ、すべて。

 

 

──彼らも、また。

 

「グオッ!?」

「ッ!」

 

 無差別に襲いかかる熱と衝撃。そんなものをもたらすのは、"彼ら"を置いてほかにはいない。

 

「使命を果たすのは勝手だが……」

「私たちがお宝いただいたあとにしてよね!」

「ッ、快盗……!」

 

 いよいよ参戦した、ルパンブルーとイエロー。彼らは銃撃で警察を牽制しつつ、マントを翻してメルグに飛びかかっていく。

 

「チッ、今度は快盗か!お前らは付き合ってんのか!?」

「ハ、ハァ!?何言うとんの!!?」

「……それは犯罪だ」

 

 当然そんなわけはなく……しかし、メルグは己の空腹度合いがいっそう高まるのを自覚せざるをえなかった。元々この"ご馳走"を楽しむために、前日から何も食べずに耐え抜いたのだ。

 

(く、くッそォォ……もう我慢できねぇ……!)

 

 彼はもう、限界だった。

 

「ルパンコレクション……貰い受けるッ!!」

「その前に倒す!!」

「────」

 

 快盗と警察とが、それぞれの本懐を遂げるために迫りくる──刹那、

 

 

「ウガアアアアアア!!!」

 

 野獣の咆哮。と同時に、彼の腹ががばりと口を開けた。──ブラックホールのような暗黒空間から、触手が無数に飛び出してくる。

 

「ッ!?」

 

 互いを出し抜かねばという焦りもあって、完全に攻撃特化の姿勢でいた快盗と警察。彼ら四人に避ける術はなく、蠢く触手にその身を絡めとられてしまう。その運命は、もはや決したも同然だった。

 

「マズメシだが背に腹は代えられねえ、テメェら全員オレの養分になりやがれぇぇ!!」

「ぐ──!!?」

 

 肉厚な触手に巻きつかれている以上、彼らの抵抗はなんの意味もなさない。ひとり、またひとりと、ブラックホールの中に呑み込まれていく。

 

(ッ、レッド……!)

 

 

──その唯一の希望さえ呑み込むように、メルグ・アリータの腹は閉じられたのだった。

 

 

 à suivre……

 

 






「ルパンレッドォ!!」
「パトレン1号!」
「レッド、ライオット!!」


次回「紅蓮華」


「……赤ばっか!?」


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#10 紅蓮華 1/3

かっちゃん四連覇おめでとう!
前回から5000票も伸びての1位…ヤベエっすわ~(語彙力喪失)
その影に隠れちゃいますが、キリシマンもデク轟に次いでの4位はなかなかの好成績だと思いまする。

拙作では今後も愛を込めてかっちゃんを曇らせていくのでお付き合いオナシャス!!



 

 ルパンレッドとパトレン1号の一騎討ちは、いつ終わるとも知れず続けられていた。

 

「死ねぇッ!!」

「ふ──ッ!」

 

 VSチェンジャーによる銃撃戦も、ルパンソード&パトメガボーによる鍔迫り合いも、互いの得意とする戦法はすべてやり尽くした。それでも決着がつく気配すらない。ただ疲労ばかりが蓄積していく。

 

「はぁ、はぁ……ふぅ」

 

 呼吸を整えつつ、寧人は思う。この敵、やはり自分とは互角の実力をもっている──そこは率直に認めざるをえない。

 

(だけど……ガキだな)

 

 体格や身のこなし、声色。ルパンレッドを構成するすべての要素が、彼が自分より年若い少年であると告げている。

 そう、子供なのだ。子供がなぜ快盗などに身を堕としたのか……ヒーローとして気にかかるところではあるが。

 

「ま……それはそれ、これはこれだよね」

「!」

 

 トリガーマシンバイカーを取り出し──VSチェンジャーに装填する。その動作に、ルパンレッドは身を硬くした。寧人は一気に勝敗を決するつもりなのだ。

 ここで全力を出しきってしまうのは憚られたが……やむをえない。彼もまた、自らが所持するサイクロンダイヤルファイターに手を伸ばそうとする──

 

──刹那、

 

『物間くん、応答してくれ!』

「!」

 

 塚内管理官からの通信に、1号の手が止まる。

 

『飯田くんと耳郎くんが、ギャングラーに取り込まれた……快盗たちも』

「!、……わかりました。救出が優先、ですね」

『ああ……頼む』

 

 なんとしてもルパンレッドのVSチェンジャーとダイヤルファイターが欲しかった寧人だが、危機的状況にある仲間を放り出すほど分別がないわけではなかった。銃を下ろし、怪訝な様子の敵に対して声をかける。

 

「お仲間がやられたみたいだよ、こっちのもだけど」

「は……!?」

「じゃ、そういうわけだから」

 

 相手が呆気にとられている間に、パトカーに乗り込み発進する1号。──我に返ったレッドも、慌ててそのあとを追っていくが。

 

「……ッ、」

 

 その心は、少なからず波立っていた。

 

 

「──ふぅ~、腹ァ膨れちまったぜ……」

 

 腹部をさすりながら、レストランから悠々と姿を現すメルグ・アリータ。周囲は既に国際警察の実力部隊によって包囲されており、彼は銃を向けられているのだが……気にも留めていない様子だった。

 

「止まれ!止まらないと撃つぞ!!」

「ハァ~?好きにすればァ?」

「~ッ、撃て──!!」

 

 容赦のない銃撃が開始される……が、量産品の武器が通用するはずもない。鬱陶しげに銃弾を払いのけながら、メルグは深々とため息をついた。

 

「チッ、これ以上臭いメシ食いたかねぇんだよ。──テメェらで処理しろポーダマン!!」

 

 号令に応じ、どこからともなく集結する雑魚兵士たち。彼らもまた量産型だが……ギャングラーである以上、常人では太刀打ちできない力をもっている。

 

──蹂躙。

 

 銃撃のお返しによって陣形が崩れたところで、隊員たちに襲いかかるポーダマンの群れ。ほとんどリンチのような形でのなぶり殺し。その凄惨な光景を眺めつつ、メルグは嘲う。

 

「へへへッ、ルパンコレクションも持ってねえ人間が粋がんじゃないよ。──じゃあなァ!!」

 

 そして……悠々と姿を消す。もはや追跡どころではなく、ポーダマンによる一方的な虐殺ショウが開始されつつある。

 

「うぅ──ッ」

 

 散々に痛めつけた隊員のひとりに、いよいよとどめを刺そうとするポーダマン。ボロボロになった隊員にもはや抵抗する力は残っておらず、瞼を固く閉ざして現実から目を背けることしかできない。──彼の運命は、変わらない。

 

 ファントムシーフという、ヒーローの存在がなければ。

 

「ふ──ッ!」

 

 金属同士がぶつかる澄んだ音が響き、次の瞬間、ポーダマンは弾き飛ばされていた。

 

「……お待たせしました。まだ生きてますか?」

「!、パトレンジャー……!」

 

 今は赤の戦士、パトレン1号。未だ少年のいろを残した含みのある声を発しつつ、鮮やかに敵を叩き伏せていく。

 さらに、

 

「オラァァァッ、散れ雑魚ども!!」

 

 本来なら人助けを是としない快盗──ルパンレッドまでも参戦し、ポーダマンを蹴散らしている。何故か。

 無論、国際警察の面々を積極的に救援しようというのではなかった。

 

「オイコピペ野郎ッ、ギャングラーがいねぇじゃねえか!!」

「ッ、僕に言われてもね……。──ジム・カーター、ギャングラーは?」

『は、反応が消えてしまいました……!』

 

 ロボットのくせに随分と上擦った声でしゃべる。寧人の思考はかなり棘のあるものになっていたが、表には出さなかった。少なからず自分にも責任はあるのだ。

 

「……仕切り直しか。いったんそちらに戻る、ギャングラーの行き先のアナライズを頼むよ」

 

 とはいえまだポーダマンは残っている。迅速に決着をつけるべく、1号はバイカーを装填したままのVSチェンジャーを構えた。

 

『バイカー、パトライズ!警察ブースト!』砲身にエネルギーが集束し、『バイカー、撃退砲!』

 

 ルパンレッドがうまく一ヶ所に集めたポーダマンに、ギャングラーを一撃で粉砕する撃退砲が炸裂する。ポーダマン程度であれば、群れであっても末路は同じ。

 

 爆炎が落ち着いたときには、彼らは残骸ひとつ残さず消滅していた……そばにいたルパンレッドまでも──

 

「そんなワケないか」

 

 爆発に乗じて素早く逃げおおせたのだろう。見切りの早いガキだと、寧人は皮肉っぽくつぶやいた。尤も、そういうドライな思考回路にはむしろ親近感を覚えるのだが。

 

 

 *

 

 

 

 現在のパトレン1号である物間寧人が冷静に行動する一方で、居ても立ってもいられない前任者がいる。

 

「それ、本当なんスか……!?」

 

 言葉を失う新米ヒーロー・烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎。パトロールから戻った彼は、同僚たちが立ち話をしているところに出くわしてしまったのだ。内容は……警察及び快盗と、メルグ・アリータの交戦の顛末について。

 

「あ、ああ……新しいパトレン1号のファントムシーフと、ルパンレッドは無事だそうだが」

「国際警察の知人から聞いた話だ、間違いないよ」

「ッ、そんな……!」

 

 鋭児郎は思わず拳を握りしめていた。飯田天哉と耳郎響香、警察戦隊を離れようとも、ふたりが大切な仲間であることに変わりはない。その仲間が、現在進行形で危機に陥っている──

 

「~~ッ!」

 

 そう、彼は居ても立ってもいられなかった。素早く踵を返し、走り出そうとする──先輩ヒーローたちの制止は耳に入らない。

 

 しかし、そんな彼の前に物理的に立ち塞がる者がいた。

 

「どこへ行く気だ、烈怒頼雄斗?」

「──!」

 

「フォースカインド、さん……」

 

 四本腕の任侠ヒーロー。二つ名に違わぬ強面で対峙する彼こそ、鋭児郎が所属するヒーロー事務所の所長である。

 左目に走る傷痕も相俟って、じろりと睨みつけられるとそれだけで身体がすくみ上がってしまう。しかし鋭児郎はごくりと唾を呑み込み、呼吸を整えた。上司相手に尻込みなどしていられない。

 

「行かせてください……!国際警察に!」

「行ってどうする?おまえはもうパトレンジャーじゃねェ、ただの新米ヒーローなんだぞ」

「ッ、それは……」

 

 国際警察に馳せ参じたところで、自分に何ができるのか──フォースカインドの問いかけに対する答を、鋭児郎は持ち合わせてはいない。

 だが、それでも──

 

「……何ができるかはわかんねぇ、でも何かしようとすればできるかもしれねぇ!」何より、「この前まで一緒にがんばってきたダチが、ピンチなんだ!何かしなきゃいられねぇんス!わかってください、フォースカインドさん……!」

「………」

 

 フォースカインドは暫し沈黙していたが、

 

「……本来の仕事を放り出していくんだ、それ相応の覚悟はできてるんだろうな?」

「……!」

 

 ヒーローとしての仕事を──確かにそうだ。地道にヴィランから人々を守る、それは本来何より優先されるべきもの。

 けれど鋭児郎の肚は、既に決まっていた。

 

「……スンマセン……!」

 

 深々と一礼し、相手の傍らをすり抜けて飛び出していく。フォースカインドはもう引き留めなかった。振り向くこともせず、背中で若造の部下を見送るだけだ。

 

「いいんスか、行かせちまって?」

 

 様子を窺っていた鋭児郎に瓜二つの先輩ヒーローが声をかける。二歳ではあるが年長なことも手伝い、彼のほうが物腰は幾分落ち着いていた。

 

「止めても止まらんだろう、ああなっちまったら」

「……ま、そっスね」

 

 ダチを救ける──ヒーローである以前に"漢"としての、切島鋭児郎の矜持。同じような思考回路をもっている彼にも、それがよくわかった。

 

(飛び出したからには絶ッ対ダチ救けてこいよ……切島)

 

 本音を言えば、誰がどう見ても善人の後輩と、性格に難のある元同級生がどのような科学反応を見せるのか──そこが気になるところでもあった。

 

 

 *

 

 

 

「……だ、起きて……飯田、」

「ん……」

 

 身体をやおら揺さぶられて、パトレン2号──飯田天哉の意識は覚醒へと向かった。

 瞼を開ければ、こちらを見下ろす同僚女性の姿。記憶を一息に手繰り寄せる。

 

「ッ、俺たちは……一体」

 

 鈍く痛む頭を押さえながら、身体を起こす。周囲は薄暗いが、ややピンクがかった壁に四方を覆われていることがわかる。そして、どこからともなく噴き出す毒々しい色の霧。

 

「多分、あのギャングラーの腹ン中だ」

「!、ということは……」

 

「──あの霧は、消化液の類いだろうな」

「!」

 

 自分と同僚以外の人間の声に、天哉は驚愕とともに振り返った。──自分たち以外にあのとき呑み込まれたのは……快盗だけ。

 

 果たして、そこにはレッドを除くふたりの快盗の姿があった。ルパンブルーとルパンイエロー。彼らもまた、敵であることに変わりはない。咄嗟に銃口を向けようとするパトレン2号を、同僚が押しとどめた。

 

「待った。ここで戦りあってもしょうがないでしょ、まずは脱出する方法を考えないと」

「ム……そうだな、確かに」

 

 渋々VSチェンジャーを下ろす。快盗の側も意見は同じだったのか、敵対的な行動をとる様子はなく。

 

「ひと通り攻撃も加えてみたが、この肉壁には傷ひとつつけられなかった。ダイヤルファイターも不具合を起こしているしな……」

 

 VSビークルを巨大化させることで、メルグ・アリータの身体を内側から破壊して脱出する──そういう手段も使えないということになる。自分たちの力でどうこうするのは、至難の業と言うほかないようだった。

 

「……じゃあ、残った物間とそっちのレッドに頼るしかないってワケ?」

「そういうことになるな」

「ッ、他人任せとは……!」

 

 拳を握りしめる2号。──刹那、足下でしゅううと焼けつくような音が響いた。

 

「ッ!?」

 

 霧が、足下を侵しつつある。反射的に足を引っ込める……が、逃げ場などないことにすぐ思い至った。

 

「強化服を着ていなければ、我々はとっくに骨も残っていないだろうな」

「………」

 

 そう、自分たちは"喰われた"のだ。いつまで無事でいられるか……そう長く猶予はあるまい。

 ただ天哉の胸中では、生きながらにして消化されて死ぬことへの恐怖より、先んじて取り込まれた人々の顛末が悔しかった。救けることができなかった──明確な、敗北。

 

(飯田さん……)

 

 ルパンイエロ──―麗日お茶子はそんな彼に気をやるようなそぶりを見せたが、態度には出さなかった。快盗と警察、呉越同舟はありうるにしても、あくまで敵として振る舞わねばならないのだ。でなければ、つらくなるのは自分なのだから。

 

 

 *

 

 

 

 独り戻ったジュレの店内は、静寂に包まれていた。

 

 当然だ。客がいるはずもないし……同志たちが、先に戻っているはずもない。彼らは、ギャングラーに呑み込まれたのだ。

 

「………」

 

 シルクハットとマスクを乱雑にカウンターの上に投げ捨て、椅子に座り込む。

 

──きっと、まだ間に合う。救けられる。

 

 頭ではわかっているのに、身体が動かない。やり場のない焦燥──デクが目の前で砕け散ったあのときを、思い起こさせる感情。

 

「……あいつらが、使えねーだけじゃねえか……」

 

 つぶやいた言葉が、ひどく空疎に響いた──刹那、

 

「確かに、お二方の自己責任ですね」

「!」

 

 誰もいないはずの店内に、こだまするもうひとつの声。振り向けばそこには、頭部を黒い靄に覆われた男の姿。「黒霧、」と、勝己は彼の名前を──本名かは知らないが──呼んだ。

 

「しかしきみはそう切って捨てることができない。違いますか?」

「……俺は、」

「爆豪くん、きみはもっと己を知るべきです。自分が本当は、どういう人間なのか」

「ッ、……るせぇんだよ……!ンなこと、アンタには関係ねえだろうが!!」

 

 ようやく空気を震わせるような声が出た。そう、これが勝己のリアル──どういう人間かをはっきり示す姿じゃないか。そう思って、自嘲をこぼしそうになる。

 黒霧は不快を露にすることもなく、「出過ぎたことを申しました」と頭を下げた。そして、何事もなかったかのように会話を続ける。

 

「お二方を救ける方法はあります」

「……わぁっとるわ。奴のコレクション奪えば、嫌でも吐き出すっつー話だろ」

 

 いかにメルグ・アリータが化け物と言っても、自身とほぼ同じサイズの生物を丸呑みにできるのはルパンコレクション"胸いっぱいの愛を~Tout ton amour~"を持っているがゆえだ。奴はその能力で胃袋を拡張しているのである。

 

「アンタにゴチャゴチャ言われんでも、連中は引きずり出す。……どんな手を使ってでも」

 

 デクの夢を断つためにデクを貶め、デクを取り戻すために己の夢を断った──手段を選ばないというのは、なんとも自分らしいではないか。

 そんな勝己の想いを知ってか知らずか、黒霧は靄を揺らしてうなずいてみせた。

 

「よろしくお願いします。ルパンレンジャーは、かけがえのない存在ですので」

 

 空々しく言葉を響かせ、黒霧は自ら産み出した靄の中に消えていった。再び静寂に包まれる店内、しかし勝己の頭脳は既に回転を始めていた。

 

(ヤツはこれまで三日は開けてレストランを襲撃していた。食った人間を消化して、また腹が減るまで……)

 

 となれば、次の出現など待ってはいられない。当然潜伏先に夜襲を掛けるしかないわけだが、その手がかりはない。

 

(……いや、ひとつだけある)

 

 "奴ら"なら、あるいは。勝己にもはや躊躇はなかった。快盗などに身を堕としている時点で、プライドなど店の片隅に落ちている塵芥ほどの価値もないのだから。

 

 

 




キリシマンは本当はファットガム事務所に入れてやりたかったんですが、関西舞台にはしづらいのと、「瓜二つの先輩ヒーロー」が同じ事務所にいる設定にしたかったのでフォースカインドさんに出てきてもらいました。

当然、原作キリシマンとはまったく異なる学生生活だったはずなので、ファットガムとのかかわり方も違うものになっているハズです。


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#10 紅蓮華 2/3

 

 警察戦隊のタクティクス・ルームは、重苦しい沈黙に包まれていた。

 黙々とアナライズを続けるジム・カーター、机の上で手を組んで結果が出るのを待つ塚内管理官。そして、

 

「管理官も、一杯いかがですか?」

「……ああ、ありがとう」

 

 本場仕立てのエスプレッソコーヒーを差し出す物間寧人。彼の挙動は極めて冷静沈着で、仲間の命が刻一刻と失われつつあるという焦燥はまったくみられない。もはや若造ではない塚内は、それもまた性格の問題であると──良し悪しではなく──割り切っていたのだが。

 

「薄情なヤツだと思ってもらって結構ですよ」

「!」

 

 仮面のような笑みを貼りつけたまま、寧人がつぶやいた。

 

「烈怒頼雄斗なら、こういうとき居ても立ってもいられないんでしょうから」

「……まあ、彼ならな」そこは同意しつつ、「だが、きみだってふたりが死んでもいいと思ってるわけじゃないだろう」

 

 その問いに、寧人は無言を貫いた。いや彼の本心は極めてわかりやすいのだ、塚内のように世の中の表も裏も見尽くしてきた人間からすれば。

 

「彼らを救い出し、ギャングラーを倒せ……市民を守れ。俺がきみに求めるのはそれだけだ」

「……ま、ついでに快盗の装備も掻っ払ってきますよ。出来れば、ですけど」

 

 ついでと言いつつ、それが寧人の主目的であることも塚内は理解している。それを咎めるつもりはない。彼はれっきとしたプロヒーローで、優先順位を誤ることはない──

 

『管理官!!』

 

 不意にジム・カーターが大声をあげる。塚内、そして寧人もまた表情に緊張を走らせた。

 

『ギャングラーの現在地が割れました!南久留間市磯壁町の第四埠頭です』

「そうか……」

「ふぅん……早かったね。どうやって見つけたの?」

『市内の防犯カメラの映像を辿れば、私にかかればチョチョイのチョイです!』

 

 ここぞとばかりに胸を張るジムだったが、彼に称賛の言葉がかけられることはなかった。塚内らが彼をぞんざいに扱っているだとか、そういう話ではない──にわかに、室外が騒がしくなったのだ。

 ふたりが振り向くと同時に、扉が音をたてて開かれた。

 

「だからッ、ダメだって……!」

「ぬぅうううう……!!」

「──!」

 

 尖った赤髪は、数日前に離別したはずのもの──

 

「烈怒、頼雄斗……」

 

 塚内がそのヒーローネームをつぶやくのと、彼ががばりと頭を下げるのが同時だった。

 

「お久しぶりっス管理官、物間先輩!!」

「お、お久しぶり……じゃなくて、これは一体なんの騒ぎなんだ?」

「それが──」

 

 ここまで散々喚き散らしてきたため、粘り強く制止を続けていた職員は鋭児郎の意志をほとんど代弁できた。それを受け、塚内は困り顔になる。

 

「気持ちは嬉しいが……烈怒頼雄斗、きみはもう組織の一員じゃない。巻き込むわけにはいかない」

「ッ、わかってます!けど……」

「──それに、プロヒーローだって生身じゃそうそうギャングラーには敵わない。なのに、キミは一体何をしようって言うのかな?」

 

 寧人の容赦ない言葉は、残念ながらこの場にいる者たちの総意だった。鋭児郎自身、理路整然とした抗弁を持ち合わせているわけではない──むしろ、頷かざるをえない。

 だが、

 

「……それは、フォースカインドさん……ウチの所長にも言われたことです。でもッ、ダチのピンチを知って何もしねえなんてそんなのッ!俺の目指したヒーローじゃねえんだ!!」

「烈怒頼雄斗……」

「だからお願いします──俺も行かせてください!!」

 

 もう一度、深々と頭を下げる。彼の人柄を表すその行動は、塚内にとってはよく知るもの──否、寧人にとっても。

 

「……ほんとキミって、()()()そっくりだよなぁ」

 

 独りごちる。そして、

 

「いいんじゃないですか、管理官?」

「!」

 

 寧人の言葉に、塚内も鋭児郎も揃って目を丸くした。

 

「フォースカインドにも言われたのにココへ来たってことは、許可とは言わないまでも黙認はされてるってことでしょう。協力依頼を出したことにすれば、手続き上は問題ないんじゃないですか?」

「……まあ、手続き上はな」

 

 塚内が心配しているのは無論そんなことではないのだが、

 

「敵は雑魚兵士も繰り出してくるわけですし、独りだと流石に目配りしきれるかわかりません。サポーターがいても邪魔にはならないかと」

「………」

 

──隊員を独りで敵地に追いやらずに済むのなら、確かにそのほうがよかった。

 

「……わかった。烈怒頼雄斗、きみに物間隊員のサポートを依頼する」

「!!」

「あくまで後方支援に徹し、ギャングラーとの直接戦闘は避けてくれ。でないと……俺の首が飛ぶからな」

「う、ウッス!──ありがとうございますッ!!」

 

 三度目の低頭。本当なら、礼を言いたいのは塚内のほうだった。

 

 

 四半刻後、国際警察の専用パトカーが出庫していく。

 寧人がハンドルを握り、鋭児郎は助手席でじっと前を見据えている。ほどなく、後者がおずおずと口を開いた。

 

「物間先輩……ありがとうございます、俺を必要だって言ってくれて」

「……必要とまで言った覚えはないけどねぇ、いないよりはマシってだけで」

 

 それでもよかった。寧人が同行を後押ししてくれた事実そのものが、鋭児郎には嬉しかった。

 

(飯田……耳郎……。絶対、救け出すからな……!)

 

 グッと拳を握りしめる。その様を捉えた寧人の碧眼がわずかに揺れたが、その思うところは彼自身にしかわからない。

 

 

 ふたりの赤き戦士を乗せ、日没の街に飛び出していく車輌──そのあとを、密かに追う二輪があった。

 

「………」

 

 彼もまた、鋭児郎と同じ真紅の瞳をもっていた。──鋭児郎も寧人も彼とは面識がありながら、その追跡には気づかない。背後を気にしている余裕などなかったのだ。

 

 

 *

 

 

 

 時折響く汽笛の音、そのほかは静寂に包まれきった第四埠頭。

 しかしその倉庫の一角に、果たしてメルグ・アリータの姿はあった。椅子にふんぞり返り、何者かと言葉をかわしている。──対峙するは、人間の姿をした男。

 

「おまえもいい加減しつこいなザミーゴ。オレぁ化けの皮なんざいらねえっつってんのに」

 

 辟易を露にした言葉を発するメルグに対し、ザミーゴと呼ばれた青年は薄気味の悪い笑みを浮かべるばかり。様相に反して、彼らは補食者と被食者という関係にはないようだった。

 

「あまり人間を舐めないほうがいいと思うけどね。こちらが隠れているつもりでも、彼らは街に張り巡らせた情報網を駆使してどこまでも追ってくる」

「フン、そう簡単に見つかってたまるかよ。どうせ今日でココともおさらばするんだ、快盗も警察も消化してジ・エンドさ!」

 

 ふはははは、と下卑た高笑いをする怪物を、青年はため息混じりに見下ろした。ここまで言ってやったのは商売のためではあるが、半ば親切なのに。

 

──それを無下にしたツケは、驚くほど早くやってきた。

 

 にわかに、響く銃声。青年が寒々しい青いポンチョを翻すと同時に、メルグは後方へ吹っ飛ばされていた。

 

「痛でえッ!?な、なんだァ!?」

「──随分のんびりしてるねぇ、ギャングラー」

「!!」

 

 上階の通路に立っていたのは……金髪碧眼の、整った顔立ちの青年。細身を包む警察戦隊の制服は、己が何者なのか誇示するかのようだった。

 

「てめぇ、国際警察か!?」

「……ま、一応ね。ヒーローでもあるけど」

 

 「コピーヒーロー・ファントムシーフか」と、訳知り顔でつぶやいたのはザミーゴと呼ばれた男だった。同時に、

 

「あーあ……だから言ったのに」

 

 嘲るような言葉を残して、氷雪とともに姿を消す──メルグが反論に詰まった、およそ一瞬のできごとだった。

 

「ッ、……ふはははは!ご苦労なこったが、おまえ独りでオレに敵うと思ってるのか?"ココ"にいる奴らの二の舞になるのがオチだぜ!」

 

 コツコツと己の腹を叩くメルグ。悔し紛れの発言ではあったが、まったくの虚勢かといえばそうではない。天哉たちが呑み込まれてしまったのは事実なのだから。

 ただ、寧人はフンと鼻を鳴らしてそれに応じた。彼には"心強い"味方がいたのだ。

 

「独りじゃねえ!!」

 

 勇ましい声音とともに駆け込んできたのは、逞しい半裸を惜しげもなく晒した赤髪のヒーロ──―烈怒頼雄斗こと、切島鋭児郎。

 

「飯田と耳郎……俺の仲間を、返してもらう!」

「……面白ぇ!やれるもんならやってみろッ、行けぇポーダマン!!」

 

 号令に応じ、集結する戦闘員の群れ。昼間散々倒したのにまだこんなにいるのかと寧人は渋面をつくったが、すぐに笑顔の仮面を貼りつけ直した。

 

「やれやれ……ま、いいけどさ」

 

 どうせひと手間増えるだけだ──悪態をつきつつ、VSチェンジャーを構える。

 

「警察、チェンジ」

『1号、パトライズ!』

 

『──警察チェンジ!』

 

 電子音声による復唱と同時に、寧人は高架を蹴っていた。地上数メートルを躍動する青年の身体、そのまま墜落すればよくて大怪我は免れないが。

 

 次の瞬間、彼は警察スーツの装着を完了していた。──パトレン1号。常人からあらゆる身体能力が大幅に強化され、ギャングラーにも太刀打ちすることが可能となる。

 当然、華麗な着地など容易だった。それどころかラグなくVSチェンジャーを構え、ポーダマンの群れめがけて引き金を引く。最前列の兵隊が、ばたばたと倒れ伏す。

 

 しかし敵はまだまだ指折り数えきれないほどの大群だった。同族の屍を無情にも踏み越え、襲いくる。

 

「ちっ……」

 

 寧人は思わず舌打ちを漏らしていた。それなりにヴィランとの戦闘経験を積んできて、ひとつわかったことがある。交戦に際して一番厄介なのは、こういう死を恐れない手合いだ。強固な信念をもっていたり、逆に自らの意志をもたない存在──今回は、後者か。

 

「おらおら、囲んでフクロにしちまえ!」

 

 半ば歓声に近い声をあげるメルグ。彼はまだ余裕綽々といった様子だった。その腹の中では、着実に消化が進んでいる──天哉たちの肉体にいつ影響が出るともわからない以上、本当は一秒たりとも猶予はないのだ。

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 多勢に無勢の1号がそれでも着実に敵の数を減らしていると、いきなり雄叫びが迫ってきて、次の瞬間ポーダマン数体がまとめて吹き飛ばされていた。

 

「……烈怒頼雄斗……!」

「フーッ、フーッ……」

 

 獣じみた吐息で、低く構える鋭児郎。硬質化した皮膚のせいで、本当に猛獣の類いとしか思われない姿だった。

 しかし彼がそれと決定的に異なるのは──守護すべき対象、あるいはともに戦うべき仲間に対しては、いつだってその人好きする笑みを絶やさないこと。

 

「先輩、コイツらは俺に任せて!」

「!、おい、管理官から直接戦闘はするなって……」

「だから、あのギャングラーは頼んます!コイツらの攻撃くらい、俺の身体で跳ね返せるッ!」

「……!」

 

 言うが早いか、鋭児郎の身体は既に動いていた。ダイヤモンドのように硬質化した拳が、ポーダマンの身体を打ち貫く。

 流石に風穴を開けることまではかなわないものの、一撃を受けた怪人は遥か後方まで撥ね飛ばされ、そのままぴくりとも動かなくなった。

 

「ほら、ね!」

「……へぇ」

 

 寧人は思わず感心を露にしていた。"硬化"……一見すると地味な個性だが、地道に鍛えあげられた結果ここまでの力を発揮している。そんなところもやはり、同級生だった"彼"にそっくりなのだ。

 

「なら、少し借りるよ」

「へ──」

 

 ぽかんとした鋭児郎の肩に触れたあとで、パトレン1号は走り出した。援護があるといっても鋭児郎ひとりですべてカバーしきれるわけもないので、その身は容赦なく銃弾に晒される。しかし彼は微塵も怯む様子を見せない──警察スーツを纏っているとはいえ。なぜか。

 

 強化服に覆われているために外部からは確認しようがなかったが、彼の皮膚は今ガチガチに硬質化していた──切島鋭児郎と同じように。

 寧人は己の個性で、鋭児郎のそれを"コピー"したのだ。

 

「これはいいや、今ならミサイルぶつけられても死ぬ気がしないね!」

 

 もとより防御力にすぐれた警察スーツと合わせて、鬼に金棒だ──寧人は現状に少しばかり優越感を覚えつつ、メルグに飛びかかった。左手のVSチェンジャーで牽制しつつ、右手のパトメガボーを叩きつける。

 

「ッ!」

「さあて……腹ン中のもん吐き出すまで遊んであげるよ」

 

 やや醒めた振る舞いとは裏腹に、寧人の攻撃は獰猛さを孕んでいた。鼻白みつつも、メルグは強気に嘲り返す。

 

「へっ、生憎オレは折角食ったもんゲロしたことなんかねェんだよなァ……!」

「……ッ、」

「オレの胃袋はブラックホール、腹かっさばこうが中身取り出すなんてむりムリ無理!グァハハハハ!!」

 

 いちいち癇に障る奴だと寧人は思ったが、実際有効な手立てがあるわけではなかった。そもそも相手の能力を完全に理解しているわけではなかったから、事前に作戦プランを練ることもできなかったのだ。

 ならばやれることはひとつ、メルグを完膚なきまでに痛めつけて戦意を喪失させること。それを為すためパトレン1号はひたすら警棒を振るい、引き金を引いた。

 

「ッ、先輩……!」

 

 彼らしからぬ……と言えるほど親しくはないが、いずれにしてもイメージにそぐわぬがむしゃらな猛攻を続ける寧人を、鋭児郎は気遣った。早くポーダマンを殲滅して、援護に回らなければ。

 自身がぎりぎりの戦闘を繰り広げている中でも僚友に目配りするのはヒーローとして間違ってはいないが、時に弱点ともなりうる。──このときもまた、ポーダマンの銃撃が鋭児郎の身体を直撃した。

 

「ぐ……ッ!」

 

 幸いにして、硬化した皮膚を貫通することはなかった。しかし何度も弾丸を弾き返した肉体は、そろそろ限界を迎えつつある。硬化が保てなければ当然、鋭児郎の身体は常人のそれと変わらなくなる。

 

「結構なピンチだな……。けど、こんくれぇ自力で乗り切るのがヒーローってモンだぜ!!」

 

 ニィ、と八重歯を剥き出しにして笑う鋭児郎。危機的状況にあればあるほど、ヒーローは笑うんだ──どんな技術や知識よりも、何より教え込まれてきたヒーローとしての矜持。

 

「っし、行くぜぇ──!」

 

──そのとき頭上から、鋭児郎だけを避けるようにして光弾の雨あられが降り注いだ。

 

「!」

 

 ギャア、と短い断末魔をあげ、ばたばたと倒れていくポーダマンたち。鋭児郎の地道な努力を嘲笑うかのように、彼らは一瞬にして全滅した。

 呆然と見上げた先には──既に見慣れてしまった、赤と黒。

 

「あ……快盗!」

「よォ、楽しそうだな」

 

 相変わらず皮肉っぽい言葉を発しつつ、先ほどのパトレン1号よろしくひらりと跳躍する。

 

「おめェ……どうしてここに?」

「あ?ンなこたぁ決まってんだろ。──それよか残念だったなァ、自力で乗り切れなくてよ」

 

 聞かれていたのか。鋭児郎は少しばかり赤面したが、残念とは思わなかった。

 

「……いいよ、そんなの。それよりサンキューな、救けてくれて!」

「!、……チッ」

 

 人好きする笑みをぶつけられ、ルパンレッドは思わず目を背けた。この前は共闘しておきながら戦いが終わるや後ろから撃ってやったのに、この表情。馬鹿なのかコイツはと思うと同時に、その愚かしさが彼をヒーローたらしめているものであるともわかってしまった。それが余計に、苛立たしい。

 

──と、鋭児郎とは逆ベクトルに腹の立つ"現在の"パトレン1号が吹っ飛ばされてきた。

 

「あ……先輩!大丈夫っスか!?」

「痛、てて……まあなんとかね。キミの硬化も無限にもつわけじゃないか」ぼやきつつ、「……で、快盗?キミは性懲りもなくお宝を盗られに来たのかな?」

「ちょっ、先輩!?」

 

 何もこんなときに煽らなくても、と思う。他はともかく、ルパンレッドは相当気が短いのだ。今ここで、人間同士で争っている場合ではない──

 しかし鋭児郎の危惧に反して、レッドはフンと鼻を鳴らしただけだった。

 

「その前にやることあんだろ、コピペ野郎」

「……ハァ、相変わらずかわいげのないお子様だね」

 

 ため息混じりに立ち上がりつつ、1号はレッドと対峙するのではなく隣に並んだ。それは一時的であれ、各々の目的を果たすために手を組むことを示していて。

 

「だったら精々足を引っ張るなよ、快盗?」

「そりゃこっちの台詞だ。──テメェもな、ヒーロー崩れ」

「も、もう崩れじゃねえっての!……けど、こういうのも悪くねぇな!!」

 

 並ぶ赤、赤、赤。その目に痛い鮮烈さに、流石のメルグもたじろいだ。

 

「……赤ばっか!?」

「……──」

 

「──ルパンレッドォ!!」

「パトレン1号!」

「レッド、ライオット!!」

 

 

 レッド・スクワッド──そうとでも呼ぶべき即席チームが、今ここに誕生した。

 

 



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#10 紅蓮華 3/3

モノマくんの年齢をアッパー20にしたのはラストシーンのためでした。
たぶん今年最後の投稿になります。皆様よいお年を……。


劇場版、なんだアレ…なんなんだアレは……(語彙力喪失)
あんなもの見せられたらもう、かっちゃんとデクを描くしかないじゃねえかよ!


 

「うぉらぁぁッ!!」

 

 野獣のごとき咆哮とともに、ルパンソードを振り下ろすルパンレッド。

 すんでのところで刃をかわすメルグだが、今回の敵は単独ではない。一瞬動きが鈍ったところで、今度はパトレン1号や烈怒頼雄斗が警棒や己の拳といった武器で攻めたててくる。

 

 多対一の構図──真正面からのぶつかり合いではメルグの劣勢は明らかだったが、彼には切り札があった。

 

「背に腹は代えられねえッ!!」

 

 その腹部ががばりと開き、中から複数の触手が飛び出してくる。成人を絡めとり、引きずり込むにふさわしい長大さ。それが四駆のごとき高速で迫ってくる。──これが、勝己たちの仲間を呑み込んだのだ。

 

「ッ!」

 

 咄嗟にマントを翻し、触手を避けるルパンレッド。パトレン1号は警棒で触手を振り払いつつ、彼らほど素早くは動けない烈怒頼雄斗を庇っている。

 

「あ……す、スンマセン、あざす!」

「まぁ、いいよ。快盗のおかげで多少余裕ができたからね。それに──」

 

 本格的な衝突が行われる直前、ルパンレッドは「考えがある」と言った。それがなんなのか共有し連携に組み込むほどの猶予も信頼もないが、寧人は少なくとも彼を信用はしていた。"使えるヤツ"ではあると──

 

 一方のメルグはというと、機敏に避ける快盗より防御に徹している警察と生身のヒーローに標的を定めつつあった。逃げる敵をちょこまか追うより、動かない敵のほうが狙いやすい。そうして頭数を減らしてしまえば──セオリー通りといえばそれまでだが、決して愚考ではないはずだった。

 

「そんな警棒一本でぇッ、いつまでオレから逃げられるかなァ!?」

「ッ、さあ、どうかな……」

 

 悔しいがメルグの言う通り、パトレンジャーの装備をもってしてもギャングラーの猛攻に対しては防戦を強いられる。個性なる技能を得たといっても、人間のなんと脆弱なことか。

 しかしその脆さゆえ、知恵を絞って作り上げてきたのが人間の歴史である。異邦人であるこの異形の怪人たちには、そんなこと知るよしもない。

 

 そして食欲に頭脳の大部分を支配されているメルグ・アリータは、悲しいかな視野も狭窄ぎみだった。パトレン1号と烈怒頼雄斗を獲物と認識するがゆえに、残るひとりのことは次第に意識から遠のいていく。

 それが、致命的だった。

 

「おらァッ!!」

「グオッ!?」

 

 突然左腕がきつく締め上げられ、力いっぱい引っ張られる。何かと思えば、そこには真っ赤なロープが巻きついていて。

 そして迫る、赤と漆黒の影──ルパンレッド。拘束したメルグの左腕にある金庫に、思いきりダイヤルファイターを押し当てる。

 

『1・2・8!』

 

──解錠。そして、

 

「ルパンコレクション、確保ォ!!」

「なァァ!!?」

 

 流れるような早業だった。ランプ型のルパンコレクションを手に、目的を達したルパンレッドは素早く後退する。

 そして能力の源を失ったことで、メルグの身体には早くも異変が起きていた。

 

「グッ、い、胃がァ……ぐほっ、ガボッ、ゲボゴホォォッ!!?」

 

 耳を塞ぎたくなるようなうめき声とともに、メルグの口が人間ではありえないほど拡張される。

 そして──ヒトの形をしたモノが、幾つも吐き出されてきた。

 

「うわぁぁぁッ!!?」

「痛、つつ……──ここ、外?」

 

 常人にしては、妙にカラフルなその姿。それもそのはず、彼ら皆、それぞれのパーソナルカラーたる強化服で全身を覆っていた。

 

「飯田ッ、耳郎!!」

 

 そう叫んで、真っ先に四人……のうちふたりに駆け寄ったのは鋭児郎だった。

 

「よかった、無事で……!」

「切島くん……なぜ、きみが?」

「もしかして、ウチらのコト聞いて駆けつけてくれたとか?」

 

 ぶんぶんと頷く。その目尻に涙さえ浮かんでいるのを目の当たりにして、天哉と響香は顔を見合わせてくすりと笑った。立場が別れたところで、彼の気持ちはまったく変わらないのだ。

 

「………」

 

 そしてそんな三人の輪に加わることなく、現在のパトレン1号である寧人は様子を見守っていた。仮面に隠れたその表情がいかなるものなのか、隣に立つ勝己は一瞬気をやったがすぐに打ち消した。

 そして鋭児郎のような勢いはないものの、自身の仲間のもとに一歩を踏み出そうとしたのだが。

 

「う……ウググググゥ……!」

「!」

 

 唸り声とともに、メルグは早くも立ち直ろうとしていた。自身とほとんど変わらないサイズのオブジェクトを四つも吐き出したのだ、常人なら破裂して死んでいてもおかしくないところだが……流石にギャングラー、しぶとい。

 

「チッ」

 

 舌打ちをこぼしつつ、ルパンレッドは立ち止まった。ブルーとイエローが無事なのは見ていればわかるのだ、わざわざ駆け寄る必要もあるまい。

 そう己に言い聞かせ、懐からサイクロンダイヤルファイターを取り出す。寧人のパトレン1号とのタイマンでは果たせなかったが、今度は。

 

『──サイクロン!』

 

 3・1・9──ダイヤルを回し、その隠された力を目覚めさせる。

 

『サ・サ・サ・サイクロン!』

 

 サイクロンと合体したVSチェンジャーの銃口に、エネルギーが集束を開始する。同時に、レッドは声をあげた。

 

「おいブルー、イエロー!動けんなら手伝えや!!」

「!」

 

 半ば怒声に近い叫びをぶつけられたふたりは、先ほどのパトレンジャーよろしく顔を見合わせて苦笑するほかなかった。

 

「まったく~、よかったのひと言もないなんて!」

「……まあ、よかろう。俺たちに必要なものでもあるまい」

「まあそうなんだけど……ハァ」

 

 ため息をつきつつ、VSチェンジャーを構えて立ち上がるふたり。引き金を引くタイミングは寸分違わず合わせる──誰が命じるでもなく、彼らの心は一致していた。

 

『快盗ブースト──』

「死ねぇアリクイ野郎!!」

 

 それが合図となった。

 旋風の能力を得たレッドの銃からかまいたちのような緑色のエネルギーが放出され、そこにブルーとイエローの放った光弾が合わさることによってさらに勢いを増す。

 そしてかまいたちはまるで意志をもっているかのごとく、獲物めがけて突き進んでいく。あらゆる魂を刈り取る死に神の鎌、いかに頑丈なギャングラーといえど逃れるすべはない。

 

「ぐァアアアアア──!!」

 

 メルグ・アリータは光に呑み込まれ、五体を切り刻まれた。──爆発。

 

 その場には、ひしゃげた金庫のみが残されたのだった。

 

「へぇ……まあまあ使えンな、コレ」

 

 珍しく感心したように、ルパンレッドがつぶやいた。

 

 

──ギャングラーが爆死を賜ったとなると、必ずと言っていいほど姿を現す者がいる。

 

「珍味、楽しみにしてたのに」

「!」

 

 空間を歪めて出現する異形の女──ゴーシュ・ル・メドゥ。彼女は金庫のもとに歩み寄ると、そっと手をかざした。

 何をしでかすつもりなのか、この場にいる全員が嫌というほど理解している。ゆえに黙って見ているわけもなく、手の空いていたパトレン1号を皮切りに次々弾丸を叩き込んでいくのだが、

 

「無駄よ……そんなの」

 

──効いていない。

 

「私の可愛いお宝さん、メルグを元気にしてあげて……」

 

 彼女の持つルパンコレクションが力を発揮し、自ら改造した腕を通してエネルギーが金庫に注ぎ込まれる。濃縮された生命エネルギーを与えられた金庫は瞬く間に巨大化し、

 

「ウォオオオオッ、サンキュ~ゴーシュぅ!!」

 

 そして死したはずのメルグ自身も、金庫に合わせて高層ビル並みの巨大化を遂げた。

 いち倉庫がそれを受け入れきれるわけもなく、破壊された天井がにわかに崩落する。もっとも、ゴーシュの挙動を阻止できなかった時点でこうなることを悟っていた快盗も警察(+烈怒頼雄斗)も、素早く外へ避難していたため被害を受けることはなかった。

 

──直後、まるでこの瞬間を狙い澄ましていたかのように、"彼"が夜空をかき分けて飛んできた。

 

『グッドストライカーぶらっと参上!パトレンジャー、お前らの絆にグッと来ちまったぜ~!』

「!、ならば今日は俺たちの出番か……!」

「ヤツには散々世話ンなったんだ、借りは返してやんないとね」

 

 意気軒昂の2号と3号に対し、1号の反応は鈍かった。──それどころか、程なくして自ら変身を解除してしまったのだ。そして、

 

「キミ、やりなよ」

「へ!?」

 

 皆が唖然とする中で、寧人はVSチェンジャーとトリガーマシンを鋭児郎に押しつけた。

 

「やれって……そんな」

「グッドストライカーがグッと来たのは、キミたちの絆だろう?」

「!」

 

「だから、このほうがパトカイザーのポテンシャルを最大限に発揮できる。──そうだよね、グッドストライカー?」

『確かに、オイラが一番グッと来たのはソイツだなぁ!』

「……どうします、管理官?」

 

 見かねた3号が訊く。──と、暫しの沈黙のあとで答が返ってきた。

 

『やむをえない……許可する』

 

 言い訳などどうにでも立つ。今は確実に巨大メルグを倒すことが重要なのだ。

 管理官の判断を受けて、鋭児郎もまた肚を決めた。

 

「……警察チェンジっ!!」

『1号、パトライズ!』

 

──そして鋭児郎は、再びパトレン1号へと変身を遂げた。

 

「じゃ、あとは任せたよ烈怒頼雄斗」

「了解っス!先輩は安全なところに避難を!」

「言われなくても、そうするよ」

 

 機敏にその場を離れていく寧人。それを見届けるまでもなく、鋭児郎の変身した1号はトリガーマシンを装填した。

 

「っし……行こうぜ飯田、耳郎!グッドストライカー!」

 

 

『轟・音・爆・走!』

『百・発・百・中!』

『乱・擊・乱・打!』

『一・撃・必・勝!』

 

『いくぜ~、警察ガッタイム!』

 

 巨大化したトリガーマシンとグッドストライカーが、"ガッタイム"──合体によって、鋼鉄の巨人へと姿を変えていく。

 

『正義を掴みとろうぜ~!!』

「「「完成、パトカイザー!!」」」

 

 帝王の名を冠した巨人が、異界の怪物と対峙する──

 

 

「よしッ、切島くん!」

「撃って撃って撃ちまくれ!!」

「おうよ!!」

 

 三人の意気に合わせ、弾丸を連射しまくるパトカイザー。しかしメルグもさるもの、触手を駆使して弾丸を弾いていく。

 

「クソがっ、これ以上オレの食事を邪魔すんじゃねえ!!」

 

 さらにそのまま伸びてくる触手。銃撃を続けていたパトカイザーは離脱が間に合わず、絡めとられてしまう。

 

「……ッ!」

「このまま捻じ切ってやるゥ……!」

 

 ルパンコレクションを失っているため、天哉たちのように呑み込まれてしまう心配はない。だがそれを理解しているメルグは触手にギリギリと力を込め、パトカイザーのボディを打ち砕こうとしている。

 

 コックピットに火花が散る。早くも絶体絶命か……"切り札"がなければ。

 

「させるかよ……まだ俺らには"コレ"があるんだ!!」

 

 パトレン1号が力強く握りしめたのは、トリガーマシンバイカー。

 

『お~、やっちゃえやっちゃえー!』

 

 ぬいぐるみ状に姿を変えたグッドストライカーまでもがけしかけてくる。もはや、躊躇う理由などどこにもなかった。

 

「っし、いくぜ!」

『バイカー!位置について、用意……』

 

『出、動ーン!!』

 

 パトカイザーの頭部コックピットから射出されたバイカーが、みるみるうちに巨大化していく。

 

『縦・横・無・尽!』

 

 パトカイザーを拘束する触手の上を、バランスを崩すことなく直進していくバイカー。

 

「な、何ィグワァァッ!!?」

 

 当然対処など間に合いようはずもなく、突撃を受けて吹き飛ばされるメルグ。絡み付いた触手がことごとく解け、パトカイザーは晴れて自由の身となる。

 間髪入れず、グッドストライカーが叫んだ。

 

『右腕、変わりまっす!』

 

 トリガーマシン3号が分離し、入れ替わりにバイカーが新たな右腕となる。その挙動を確認するかのように大きく振り上げつつ、先端のヨーヨーを伸縮させるパトカイザー。

 

「「「完成──」」」

 

──パトカイザー"バイカー"。

 

 マゼンタを基調としたトリガーマシン3号が離れたことでより無骨な姿となった巨人は、勇敢に敵へ接近していく。

 一方のメルグもまた、触手を封じられたことで突撃を選んだ。尤も彼の場合、勇敢というよりは考えなしというほかないのだが。

 

 そう、肉弾戦ともなれば、いちギャングラーなどよりパトカイザーバイカーの馬力が圧倒的に勝るのだ。

 

 ホイールで思いきり殴りつけられ、仰け反ったところに左腕が叩きつけられる。反撃は一発も通らず、メルグはみるみるうちに劣勢へと追い込まれていく。

 

『よ~し、本気モードでいっちゃおうぜ!』

「おうよッ!」

 

 跳躍するパトカイザー。大きく距離をとったところで、右腕を構える──ヨーヨーが、射出される。

 

「グオオオオッ!?」

 

 何度も叩きのめされ、ついにメルグは身体をきりもみ状に回転させながら吹き飛ぶ。それを見た天哉が、嬉しそうにつぶやいた。

 

「警察とヨーヨーは、相性が良いのだな……!」

「えっ……あぁうん、そうかもね」

 

 わかるようでわからない発言だと響香は思ったが……あえて突っ込みは入れなかった。──そろそろ、潮時なのだ。

 

「お返しだ!」

 

 今度はヨーヨーをメルグの身体に巻きつけ、厳重に拘束する。先ほど自分がしていたように締めつけられ、メルグは骨を粉砕されるのではと恐怖した。

 尤もパトレンジャーは、そのようなスプラッタな手段をとるつもりは毛頭ない。きっちり、あとも残さずに殲滅する。

 

「「「パトカイザー、ロックアップストライクッ!!」」」

 

 シートから立ち上がり、三人同時にVSチェンジャーの引き金を引く。するとパトカイザーはメルグの身体を空中へと引っ張りあげ、銃口を突きつけた。

 

「!?、ギャアアアアアアッ!!?」

 

 容赦なく浴びせかけられる銃弾。拘束されている以上、彼に抵抗のすべはない。

 彼に唯一できることといえば、

 

「せめて……最後にデザートをォォォ……!」

 

 そう、未練のこもった断末魔を叫ぶこと。

 次の瞬間には、彼は高々と投げ飛ばされ……爆死を迎えたのだった。

 

「任務──」

「「「──完了!」」」

 

 三人の声が揃う。顔を見合せ、彼らは笑った。お互いに表情は隠れているけれど、気持ちはわかる。

 一方で、

 

「……なんだよ、しっくり来てるじゃないか」

 

 パトカイザーバイカーの勇姿を見上げ、寧人はぽつりとつぶやいたのだった。

 

 

 警察の勝利を、快盗たちもまた見届けていた。

 

「お~片付いた……。ハァ、これでひと安心やわぁ……」

「……まったく、久方ぶりに不愉快極まりないギャングラーだったな」

 

 お茶子はともかく、炎司までもが珍しく露骨に胸を撫でおろしていた。快盗スーツのおかげで身体に害はなかったが、精神的なものになると話は別である。メルグがさっさと倒されたことに喜ぶのも当然といえば当然なのだが、

 

「なぁにがひと安心なんだァ、オイ?」

「!」

 

 彼らにはまた別の、厄介な敵が存在していた。

 

「ば、爆豪くん……」

「テメェらよォ、俺になんか言うことはねェんかよ?」

「はぁ……助かった、礼を言う。これでいいか?」

 

 渋々炎司がそう応じると、勝己は汚物を目の前にぶら下げられたかのように盛大に顔をしかめて舌打ち、そのまま踵を返した。

 

「……朝メシ、何が食いてえ」

「えっ?」

 

 思わず訊き返してしまうのは、それが勝己の口から放たれることなどめったにない問いだったから。

 答を待たず、さっさと歩きだす勝己。炎司とお茶子は再び顔を見合せたあとで、その背中を追いかけていく。

 

「なんでもいいぞ」

「ア゛ァ!?なんでもいいが一番困ンだよ!!」

「じゃ、じゃあ……卵かけご飯?」

「ンな作り甲斐のねぇモン作らせる気か丸顔コラァ!!」

 

 

 *

 

 

 

「じゃ、短い間でしたけど……お世話様でした」

 

 タクティクス・ルームに響く、惜別の言葉。数日前にも聞かれたそれは、その数日前に迎え入れられたばかりの青年によって紡がれたものだった。

 

「こちらこそ、全力を尽くしてくれて感謝している。ありがとう」

「くッ……しかし残念だ、きみと親交を深める時間さえなく……!」

「……しょうがないよ、急な人事異動だっていうんじゃ」

 

──ファントムシーフこと物間寧人は早くも警察戦隊を脱退することになったが、国際警察への出向が解かれるわけではなかった。

 

 寧人と同じく出向という形でパリ本部に勤務していたベテランヒーローが、任務中に重傷を負って引退することになってしまった。その後任として、本部長クラス直々の指名を受けたのが寧人だったのだ。

 ただ、日本支部があっさりそれを承諾したのは、不在となるパトレン1号の後任も既に決定しているからだった。

 

「バトンは返すよ。──烈怒頼雄斗」

「う、ウッス!」

 

 緊張の面持ちでうなずく烈怒頼雄斗──切島鋭児郎。言うまでもなく、寧人の前任でもある。

 

「ま、近々またお会いしましょう。パリは遠いと皆さんお思いでしょうけど、案外そうでもないですから」

「ふ……、そうだな」微笑む塚内。「きみの今後の活躍、そしてまた一緒に戦える日が来ることを祈っている」

 

 ありきたりな惜別の辞だったが、その言葉は本心から来るものだった。皆に惜しまれながら、二人目のパトレン1号は颯爽と退場していく──

 

「……ジュレの三人、気をつけたほうがいいですよ」

「!」

 

 耳郎響香に対して、そんな耳打ちを残して。

 

 

「……物間くんは残念だったが、きみとまた戦えるのはとても嬉しい!切島くん、これからも一緒に頑張ろう!!」

「おう、よろしくな!ギャングラー殲滅まで、もう絶対ブレねえぜ!!」

「……そういえばいつの間にか仲良くなったな、きみたち。タメ口だし……」

 

 そんなことはつゆ知らぬ男たちが、賑々しく言葉をかわしあっている。暫し悩んだ響香だったが、ひとまずは喜ぶのが先だとその輪に入っていった。寧人のことを惜しむのと同じくらい、今は鋭児郎の帰還を喜びたかった。

 

 

 à suivre……

 

 

 

(Épilogue)

 

 

 歓楽街の片隅にある、小洒落たオーセンティックバー。

 本来落ち着いて酒を嗜むべきこの場所に、場にそぐわぬ酔い方をしている青年の姿があった。

 

「う゛うううう……ッ、ひぐッ、う、うぇ……!」

 

 顔を真っ赤にして、子供のように嗚咽を繰り返す。元々どちらかというと童顔に近い目鼻立ちだから、そんな状態だととても成人男性とは思えない──少なくとも同級生だとは思いたくない。それがこの酒席をともにする男の感想だった。

 

「物間ぁ……呑みすぎだって。もうその辺にしとけよ」

「う、うるさいよ……う゛う……ッ!きょうはのむんらよッ!」

「………」

 

 出会いが少年の時分であるがゆえに、素面では常に人を喰ったような態度の友人にこんな一面があるなどとは知りもしなかった。

 最初はただただ面食らうばかりだったが、今となっては慈しむ気持ちもある。毒舌な自信家というパーソナリティは、他人に弱音を晒すことをよしとしない。酒の力を借りなければ、発散できないのだろう。

 

「パトレンジャー、そんなにやりたかったのか?」

「……あたりまえ、じゃらいか……ッ」

 

 あぁ、これが本音か。男はふ、と口許を弛めた。それは当然、嘲笑などではない。

 

「ぼ、ぼくらって、ぎゃんぐらーからみんなをまもりたいっておもって、そしたらこくさいけいさつからこえかかって……!がんばろうっておもったけど、あいつら、もうれっどらいおっととちーむになってて……!ぼくじゃなくてあいつのほうがいいんだ、だってあいつ、すごくいいやつだから……!」

「物間……」

 

 その烈怒頼雄斗を後輩にもつ身として、寧人の言うことは理解できた。鋭児郎は裏表がなく、寧人のように他人に毒を吐くこともない。まっすぐな熱血漢で、それでいて自分なりに悩みを抱えていて──強者にも弱者にも寄り添える、そんな青年だ。寧人とどちらが好感がもてるかといえば、自ずと答は決まってしまうだろう。

 けれど男はこうも思うのだ。だからといって、寧人がチームに受け入れられなかったわけではないだろうと。

 

「けど、その烈怒頼雄斗が言ってたぜ。おめェとも一緒に戦えないのが、すげぇ残念だってさ」

「……!」

「アイツはお人好しだけど……性根のひん曲がってる漢らしくねえヤツのことは、絶対に好きにはなんねえよ」

 

「アイツがそう言うんだ。国際警察の連中だって、そう思ってンじゃねえかな」

「……てつ、てつ……」

 

 目を丸くして、鼻水まで垂らして……これ以上はないくらい子供じみた表情を浮かべていた寧人。いや、上には上があった。その碧眼がうるうると、涙によって覆われていく。

 そして、

 

「う゛わぁぁぁぁぁんッ、てつてつぅぅぅ~ッ!!」

「うおッ!?」

 

 いきなり抱きついてくるものだから、危うくバランスを崩しそうになった。というか屈強な体格がなければ確実に椅子から落下していた。

 

「てつてつ、すきだぁぁぁ~ッ!もうぼくにはおまえしかいない゛ぃぃぃ~!!」

「すっ……ハァ!?バッカおめェ、誤解されんだろーが!!」

 

 しかし寧人は離れるどころか、ますます身体を押しつけてくる。ほとほと困り果てつつ、おまえしかいないとまで言われて内心満更でもない気分になる同級生・鉄哲徹鐵なのだった。

 

 

──のちに週刊誌にスクープとして大々的に掲載され、やっぱり後悔する羽目になるのだが……それはまた、別のお話。

 

 

 






次回「快盗の正体」

「バクゴーたちが、快盗……?」

『気づかれたんだよ、お前らが快盗だって!』

『いつも俺様をこき使いやがって、許さねえぞぉ!!』



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#11 快盗の正体 1/3

短めですすみません。

大晦日~元旦にかけては劇場版ライダー観たりカラオケ行ったりしていましたが、インフル…あとは言わなくてもわかるな?


 

 烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎が警察戦隊に復帰──晴れて正式な出向となった──し、一週間ほどが経過したある日のこと。

 

「バクゴーたちが……快盗?」

 

 耳郎響香からもたらされた推測は、鋭児郎にとって耳を疑いたくなるようなものだった。突拍子もない言葉に、飯田天哉や塚内管理官も懐疑を露にしている。

 

「一体どうしたんだ……藪から棒に」

「何か気になることでもあったのか?」

 

 管理官の問いに、部下の女性捜査官はこくんと頷いた。

 

「この前……物間が去り際、耳打ちしてきたんです」

 

──ジュレの三人、気をつけたほうがいいですよ。

 

「あのときは意味がわからなかったけど、物間は性格アレでもむやみに民間人を誹謗するヤツじゃないし。それから、ずっと考えてて……」

「そういう結論に至ったと?」

「はい。……考えてみればあの三人と快盗、雰囲気がよく似てるんだ。なんで今まで疑わなかったのかってくらいに……」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」話についていけなかった鋭児郎がようやく口を挟んだ。「あいつらが快盗だなんて、そんなわけ……」

 

 天哉と言い争いになったときだって、彼らが修復のきっかけとなる言葉をかけてくれたのだ。彼らが快盗なら、そんなことをするわけがない。宿敵パトレンジャーが仲違いしていたほうが、都合が良いに決まっているのだから。

 

「こう言っちゃうとアレだけど……どっちも感触の話でしかない。ウチのも、切島のも」

「……確かに、いずれも証拠があるわけではないな。だが、どうする?」

 

 「いきなり逮捕して取り調べというわけにはいかないぞ」と、天哉。国際警察は世界を股にかけるだけあって超法規的な権限を多くもっているのだが、流石になんの証拠もなく民間人を逮捕拘留などできるわけがない。響香だってそんなことはわかっている。

 

「もちろん。大体、いきなり強行手段に出たって誤魔化されるに決まってるんだ。ここは、言い逃れできない証拠を掴むしかない。……ってわけで、ジム」

『ハイ、簡単に調べておきました!』

 

 待ってましたとばかりにジムがちょいちょいとコンピュータを操作するや、すぐさま立体モニターに映像が浮かび上がる。薄い金髪に獰猛な赤い瞳が特徴的な、詰襟姿の少年。鋭児郎たち全員、見知った顔だった。

 

──爆豪勝己、16歳。A型。身長172cm。

 

『折寺中学出身。両親あり、兄弟はいません。中学では生活態度良好、成績優秀。雄英高校ヒーロー科を志望していたとの情報もありますが、卒業後は進学せずSALON DE THE JURERにて住み込みで働きはじめています』

「気になるね……」

 

 確かに奇妙な経歴であり、響香がそうつぶやくのも無理はないが……鋭児郎は、別の部分が引っ掛かっていた。

 

「雄英志望?でもあいつ、初めて会ったとき"ヒーローとか興味ねえ"って……」

「……この経歴を見るに、快盗云々は兎も角も何事かあったのだろう、進学を断念せざるをえない出来事が。ジム、彼の家庭環境等に何か問題は?」

『特段確認されているものはありません!』

「!、もしかして……あいつ無個性らしいし、それで……」

 

 いかに他の才能にあふれていようと、無個性でヒーローを務めるのは困難──鋭児郎もまた、それは自明の理として認識していた。

 しかし、

 

『え?彼は無個性ではありませんよ』

「は!?」

 

 なんだって!?最大限見開かれた鋭児郎の目に、爆豪勝己のプロフィールの一番下──"個性"の欄が捉えられた。

 

「爆、破……?」

 

 何もできない木偶の坊どころか、直接戦闘においてはこれ以上ない強力な個性ではないか。

 

「ウソつかれたってこと?」

「う、う~ん……そうなるけど……。あ、で、でもッ、快盗だとしたら逆に本当のこと言うと思うぜ!?個性なんて調べりゃこうやってすぐわかるんだし、快盗やってるときは使わねえだろうし……」

「……まあ、それもそうだね」

 

 響香が渋々頷く一方で、

 

「折寺中学……聞き覚えがあるな」

「ご存知なのですか、管理官?」

「多分。……歳をとるとこれだからいけないな、思い出してみるから次に行ってくれ」

『了解しました!』

 

 続いて表示されたのは──轟炎司、45歳。AB型。身長195cm。個性"ヘルフレイム"。

 

『言わずと知れた元プロヒーロー・エンデヴァーですね。一年前に突如引退、直後に同店の店長に転職したようです』

「……やはり、改めて考えてみると特異な経歴だな」

「確かエンデヴァーって、一年前の集団失踪事件で息子がひとり行方不明になってたよな?」

「うん。ネットやマスコミなんかじゃ、それで自信喪失して引退したなんて言われてるけど……」

 

 だとしても、失踪から引退までの期間があまりに短すぎる。トップヒーローとしての権限と威光を利用すれば、日本警察はおろか国際警察までも大規模に動員することが可能なのに、そういう根回しをした形跡すらない。しかも、それでなんの縁もゆかりもない喫茶店で働いているというのはどういうことなのか?

 

──そのとき、不意に塚内が声をあげた。

 

「!、そうだ思い出した。爆豪勝己の在籍していた折寺中学でも、数人の生徒がその日に行方不明になっている」

「!!」

 

 つまりふたりとも、近しい人間──爆豪勝己については必ずしもそうとは言い切れないが──が失踪しているという共通点があるということ。

 

「じゃあ、麗日も……?」

 

 鋭児郎のつぶやきに合わせるように、セーラー服姿の少女の姿が映し出された。

 

──麗日お茶子、15歳。B型。身長156cm。個性"無重力(ゼロ・グラビティ)"

 

『露座柳中学卒業後、同店に就職。父が建設会社を経営していましたが、ギャングラーの襲撃により壊滅的被害を受け一年前に倒産。父本人も重傷を負い、現在も入退院を繰り返しているようです』

「……彼女もヒーローを目指して頑張っていたんだ。それを、家族を養うために単身働きに出てきて……くっ」

 

 拳を握りしめる天哉。その角張った瞳が、今にも泣き出しそうなほどに歪められている。ルレッタ・ゲロウの一件で、彼はお茶子と個人的に親しくなってしまっていた。

 良くも悪くもそうした人の機微を慮らないジムが、構わず続ける。

 

『ただ、彼女の周囲に失踪者は確認できていません』

「なら、三人の共通点とは言い切れないな……」

 

 現状、共通点はふたつ。現役プロヒーローないしヒーロー志望だったことと、それらから背を向けたこと。天哉と響香からすれば、むしろ自分たちとも通じるものを感じるところだった。

 

「プロフィールについてはこんなとこか……」

「……正直に言えば、彼女らを疑うようなことはしたくないな」

 

 立ち直った天哉がぽつりとつぶやく。しかし彼は、警察官としての本分を投げ出すつもりはなかった。

 

「だが、物間くんもきみも疑いをもったとなれば……はっきり白黒つける必要があるとも思う」

 

 「見張ろう、彼らを」──天哉の言葉で、パトレンジャーの次なる任務(ミッション)が決まった。

 

 

 *

 

 

 

 警察戦隊の動きを知るよしもない快盗戦隊ルパンレンジャーの面々は、ちょうどその頃全力で快盗活動に邁進していた。

 

『快盗ブースト!』

「まとめて、死ねぇ!!」

 

 三人のVSチェンジャーから同時に放たれた必殺の弾丸が、ひしめくポーダマンの群れに直撃する。起きる爆発。跡形もなく消滅するポーダマン。

 いや、一匹だけ難を逃れた者がいた。恐れをなした彼は、半ば腰を抜かしたような状態で逃げ出していく。

 

「あ、逃げた」

「待てやコラァ!!」

 

 当然、即座に追う三人。ポーダマンが入っていった曲がり角は袋小路だ、逃げられるはずがない。

 

──しかし、

 

「あ、あれ……?」

 

 袋小路に飛び込んだ三人は呆気にとられた。──ポーダマンの姿が、どこにもない。

 

「あいつ、どこ行きやがった……!?」

「うう~ッ、追い詰めたと思ったのに!」

「………」

 

 ひとしきり周囲を窺ってみるが、付近にポーダマンの気配は影も形もない。身を隠せる場所もなかった。

 

「ふむ……」

 

 考え込むルパンブルー。対して、若者たちの切り替えは早かった。

 

「……あのモヤモブの調べは確かか。なんかあンな、この辺」

「そうだね……いったん仕切り直しかなぁ」

 

 今日は"表向きの仕事"のほうに団体の予約が入っているのだ。手がかりが掴めそうならそちらは躊躇なくキャンセルするところだが……あまりそういうことを繰り返していると店が立ちゆかなくなる。一応はカモフラージュに有用な店であるので、客に対する最低限の誠意は必要なのだった。

 

 

──にも、かかわらず。

 

「もおぉ……!なんで爆豪くんはこんなときまでサボるかなぁぁ……!」

 

 コースメニューの皿を次々と客席に運びつつ、お茶子は独りごちていた。

 一緒に戻ってきた爆豪勝己は、予約のあったコースメニューを素早く仕上げると──そういうところはやはり才能マンなのだ──ちょっと二人が目を離した隙に忽然と姿を消してしまったのだ。彼の領分である調理は済ませているからまだいいが、これだけ大勢の客がいるのだからせめて待機しているのが筋というものではなかろうか。

 

「……言っても無駄だ、放っておけ」

「炎司さんがそうやって甘やかすから!」

「………」

 

 炎司の口から反論はなかった、自覚はあるのだろう。ただ、あまり言い過ぎると彼のトラウマを刺激しかねないことも理解はしているので、程々にして口をつぐんだが。

 

 彼女も、そして炎司も、接客に追われて"外からの監視者"に気づくことはなかった。

 

「………」

 

 双眼鏡を構え、店内の様子を窺うパンツスーツ姿の女性──耳郎響香。隣にはやはりかっちりしたスーツに着替えた飯田天哉が控えているが、大柄な彼はあまりに目立つのだった。

 

「耳郎くん……その、俺は邪魔ではないか?それに、あれだけ客がいる中でアクションを起こすとは思えないが」

「わかってる。客がいなくなってからが本番だよ」

「ふむ……そうだな」

 

 うなずきつつ、オレンジジュースを口にする天哉。もとは個性を使用するためのエネルギー源として重宝していたのだが、個性を──無理矢理にしか──使用できなくなった今も好物であることは変わらないのだった。

 

「さて……切島のほうはどうかな」

 

 

 同じ頃、爆豪勝己はつい数時間前にポーダマンと交戦していた濱ヶ崎浄水場に足を踏み入れていた。サボりの常習犯である彼だが、快盗稼業に対して一番熱心なのもまた、彼だった。

 

 彼の意図など知るよしもなく、密かに尾行している切島鋭児郎は疑惑の眼差しを向けていた。サボりにしても、こんな場所に来るものだろうか?

 

「………」

 

 かの袋小路にて、建物の壁をじっと睨みすえる勝己。──と、その服の中がぼこりと胎動した。

 

『おい!』

「うおッ!!?」

「!」

 

 いきなり勝己が大声をあげるものだから、鋭児郎は思わず飛び出しそうになってしまった。どうにか堪えたが。

 一方の勝己は、文字通りの闖入者に対して目を丸くしていた。

 

「てめッ……コウモリ野郎、どっから出てきて……つーか何勝手に入ってやがんだ!?」

『バカ、大声出すな!』

「ア゛ァ!!?」

『おまえ、国際警察に監視されてるぞ!』

「!」

 

 一瞬にして、勝己は口をつぐんだ。そして背後に神経を尖らせる。──黙っていても五月蝿い、赤髪の気配。

 小声で、グッドストライカーが続けた。

 

『気づかれたんだよ、お前らが快盗だって!』

「な……!?」

 

 それは彼にとって、死刑宣告にも等しい申し渡しだった。このまま捕まれば、何もかもが──

 

「……ッ」

 

 勝己は自身を戒めた。鋭児郎ひとりが自分についているなら、残りのふたりが何をしているのか……考えるまでもない。

 少し考えて、勝己はジュレの固定電話をコールした。二、三──機械的な呼び出し音が、もどかしい。

 ややあって、

 

『はいっ、お電話ありがとうございます。ジュレです!』

 

 愛らしい麗日お茶子の声。それをろくに聴くこともなく、勝己は「俺だ」と応じた。

 

『あ、爆豪くん!?まったくもう今どこに──』

「──"雨が降りそうだ"」

『……!?』

 

 お茶子が息を呑む。一方で鋭児郎は、勝己の言葉をそのまま捉えて空を見上げていた。確かに曇り空ではあるが。

 

 鋭児郎には知るよしもなかったが、それは快盗同士でしか通用しない暗号のひとつだった。──正体が露呈した。ルパンレッドはそう、仲間に伝えたのだ。

 

 



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#11 快盗の正体 2/3

2号を梅雨ちゃんにして男女比1:2にしても面白かったかなと今更思ったり。その場合3号はじろちゃんのままだとクールすぎるので、芦戸にするとか…

でも生真面目すぎて天然入ってる飯田くんが一番かわいいです()


 

 爆豪勝己が戻った頃には、ジュレに客の姿はなかった。迎えた仲間たちは、彼の不在を責めることはしない。最早、それどころではなくなってしまった──

 

「な、なんでバレてもうたん……?私たち、何か疑われるようなことしたっけ!?」

「……おおかた、あのファントムシーフだろう。お人好し揃いのパトレンジャーに自力で気づけるわけがない」

 

 炎司の推測はまさしく図星だった。ちなみに彼ら全員、パトレン1号が物間寧人から再び切島鋭児郎に交代したことは知っている。黒霧からもたらされる国際警察についての情報は、常に正確で素早いのだ。

 

「でも、ファントムシーフさんだって一回お茶しに来ただけなのに……」

「……ああ。だから多分、連中も確証をもってるワケじゃねえ」彼にしては落ち着いた口調で、勝己。「実力行使に出てこねえンだからな」

「そっか……」

 

 想定していた"最悪"よりはマシか。ただあくまでマシというだけで、厄介な事態であることに変わりはない。

 

「いつまで続ける気か知らんが……日常生活まで監視されては、活動に支障をきたしかねない」

「ッ、現在進行形できたしとるわ!ギャングラーのアジト見つけなきゃなんねえときに……!」

 

 そう、疑いが晴れるまで……などと冗長なことをやっている暇はないのだ。多少リスクを冒してでも、早急に潔白を証明しなければ。しかし現実に、潔白ではないわけで──

 

「手はある」

「!」

 

 宣言に、視線が集中する。

 

「お茶子。貴様確か、インゲニウムの弟と連絡先を交換していたな」

「え、あ、ああ……うん」

 

 ルレッタ・ゲロウの一件の際、何かの役に立つかもとお茶子から提案して容れられたのだ。天哉がああいう青年なので、無論やましいことは一切ない。

 

「ここへ呼べ」

「え……?」

「あ?」

 

 炎司は不敵な笑みを浮かべた。「攻撃は最大の防御だ」──エンデヴァーを名乗っていた時代から、一貫した信条だった。

 

 

 *

 

 

 

「とりあえず、今のところ怪しい動きはなしか……爆豪勝己以外は」

「そうだな……」

 

 耳郎響香と飯田天哉は、未だ店内の監視を続けていた。とはいえ、道路を挟んだ植え込みに身を潜めての監視である。窓越しにしか店内の様子を窺えないし、会話は当然聞き取れない。いや、響香の個性"イヤホンジャック"であればそれも可能なのだが……。

 

「会話を聴ければ一発なのだがな……」

「人目が多すぎる……ったく、そこまで考えてこの立地なんじゃないよな」

 

 ジュレの周囲は昼夜問わず人通りが多く、壁に耳をくっつけて盗聴などしていたら怪しまれるに決まっている。怪しまれるだけならまだいいが、日本警察に通報されてややこしい事態になったり、最悪のケースとして店内の面々に告げ口されれば元も子もない。ゆえにふたりは、個性を利用しない地道な捜査を行うほかないのだった。

 と、そこに"彼"が戻ってきた。

 

「わり、遅くなった!」

「あ……お疲れ、切島」

「本当に遅いぞ、何をしていたんだ!?」

 

 生真面目な天哉の叱責に、鋭児郎は心底申し訳なさそうに両手を合わせた。

 

「バクゴーのヤツ、バイクで移動してるもんだから……途中で見失っちまって」

「……まあいい。しかし彼は、浄水場などで一体何をしていたんだ?」

「わかんねえ……でも、ただサボってるって感じじゃなかった」

 

 やはり、怪しい──同時に、未だ確証は得られていない。

 とはいえ、監視を始めてまだ半日も経っていないのだ。粘り強くこれを続けていけば、いずれ尻尾を出すに違いない。

 

 鋭児郎と天哉にはまだ疑いたくない気持ちはあったものの、チームとしての行動方針が決まりかけた矢先。後者の携帯電話が、力強く振動した。

 

「すまない、……ム、これは……!」

「どうしたの?」

 

 天哉が隠す様子もないので、ふたりは揃って画面を覗き込んだ。表示されていたのはメッセージアプリ……新しいメッセージの差出人は、いま被疑者となっている少女だった。

 

──相談したいことがあるので、ジュレに来てもらえませんか?

 

「麗日……よりによってこのタイミングで……」

「まさか、監視に気づかれた……?」

 

 彼らが本当に快盗なら、その可能性は十分にある。

 

「くッ、ここはどう返事をすべきなんだ……!?万が一本当に困り事を抱えていたら、無下にするわけには……!」

 

 悩む天哉はどこまでも真剣だった。そういう青年なので、15歳の少女と連絡先を交換していることについてふたりとも何も言わない。

 いずれにせよ……お茶子の意図がなんであれ、こちらはただの警察官としてでなく、パトレンジャーとして動かねばならない。

 

「とりあえず、"明日行く。非番だから、何時でも大丈夫"って返事して」

「!、あ、ああ……わかった」

 

 響香の指示通りに返事を打ち込む。と、すぐに"既読"がついた。

 

──ありがとうございます!早めに準備しておくので、開店前ですけど9時くらいに来てもらえるとうれしいです!

 

 そして、かわいらしい小動物のスタンプ。そんなものを目の当たりにすると、罪悪感に胸が痛んだ。

 

「でもよ、明日店に行ってどうするんだ?まさか向こうも、飯田ひとり罠に引っかけようなんてワケでもねえだろうし……」

「作戦はこれから考える。ってわけでいったん本部に戻ろう、奴らが快盗なら、今日はもう尻尾を出さないだろうしね……」

 

──勝負は、明日。

 

 ジュレの壁を隔てた十メートルほどの距離で、快盗も警察も、そう心していた。

 

 

 *

 

 

 

 そして、刹那のうちに迎えた翌朝。

 

 切島鋭児郎はかの濱ヶ崎浄水場にいた。──どうしてか、ジム・カーターとともに。

 

『私はデスクワーク専門なんですが、本当に大丈夫でしょうか~?』

 

 頭に鉄の箱をくくりつけられたジムが、そう不安げな声を発する。普通のロボットと違って感情豊かな可愛らしい声をしているので、そういう意味でも鋭児郎の罪悪感は刺激されるのだった。

 ただ、

 

「大丈夫だって!ここにいる作業員は皆、国際警察の職員(俺たちの仲間)だもんよ。何かあればすぐ救けっから」

『うう~……わかりましたぁ』

 

 不承不承ながら頷くジムの肩──と思われる部位──をぽんぽんと叩いてやりつつ、鋭児郎はジュレのある方角を見遣った。

 

「そろそろ作戦開始か……。空振りに終わりゃ、いいんだけどな」

 

 鋭児郎のつぶやきは本来咎められるべきものだったかもしれないが……仲間たち、少なくとも飯田天哉は、間違いなく同意しただろう。

 

 

 同時刻。轟炎司と麗日お茶子は、緊張の面持ちで"敵"の襲来を待っていた。店の掛け時計を確認する。間もなく、午前9時ちょうど──

 

 そして、からんころんとドアベルが鳴った。

 

「──おはようございます!」

 

 非番──という設定──にもかかわらず、かっちりしたスーツ姿でやってきた飯田天哉。作戦だから……というわけではなく、警察官の立場で相談を受けるという事象が彼にフォーマルな服装を選ばせるのだ。しつこく繰り返すようだが、彼はそういう青年である。

 

「あ……い、いらっしゃい飯田さん!」

「申し訳ない。せっかくの休日に、わざわざウチのお茶子のために来ていただいて」

「お気になさらないでください。市民の皆さんの困り事を解決するのは、警察官たるものの責務ですので!」本音で語りつつ、探りを入れる。「そういえば……爆豪くんはいらっしゃらないのですか?」

「勝己なら体調不良で、上で休んでいます。何か御用ですか?」

「いえ……。では、失敬」

 

(確かに、彼のオートバイは駐輪してあったな)

 

 着席する天哉。同時に、窓の外に対し目配せをする。──そこには昨日と同様、隠れて様子を窺う響香の姿があって。

 

「耳郎から切島へ。飯田がジュレに到着、中には轟炎司と麗日お茶子のみ。爆豪勝己の姿は確認できない」

『──了解』

 

 通信を受けた鋭児郎は、離れた位置からジムに合図を送った。それを見たジムは──突如、作業員に扮した国際警察の職員らに、襲いかかっていく。

 

『オラオラぁッ、ひれ伏せ人間どもォ!!オレ様は最強最悪のギャングラー、テキ・カーターだぁ!!』

(最強最悪って……)

 

 似合わねえ──鋭児郎はそう思ったが、見守るほかなかった。既に賽は投げられたのだ。

 

 

 一方、コーヒーを供された飯田天哉もまた、小型インカムで逐一報告を受けつつ、表向き平静を保って席に座っていた。

 そうこうしているうちに、お茶子が向かいに着席する。──そう、"表向きは"相談を受けに来たのだ。

 

「それで、俺に相談したいこととは?」

「えっと、実は……」

 

 やや躊躇いがちに、お茶子が口を開こうとする。──刹那、携帯がぶるりと振動した。

 

「ム……すまない」端末を取り出し、「俺だ。──何?濱ヶ崎浄水場にギャングラーが!?」

「!」

「濱ヶ崎浄水場だな?わかった、すぐに行く」

 

 わざと繰り返し確認して、天哉は通話を打ち切った。同時に、勢いよく立ち上がり、背を折る。

 

「すまないッ、仕事が入ってしまった……!」

「あ、頭上げてください!ギャングラー出たんじゃしょうがないもん……」

「……ありがとう。任務が終わったらこちらから連絡する、それでは!」

 

 飛び出していく天哉。彼は浄水場には向かわず、そのまま響香と合流した。

 

「これで出てくりゃ、確定か」

「………」

 

 ジムを囮として、快盗を誘き出す──それがひと晩かけて考え出した、彼らの作戦だった。

 

 

 *

 

 

 

 作戦の主舞台である濱ヶ崎浄水場は、死屍累々の惨状を呈していた。

 あくまで警察戦隊によるお芝居が行われているだけなのに、なぜそんなことになっているのか──それは一機のロボットに起因する。

 

『オラオラオラぁ!!』

「うわぁあ!?」

 

 体当たりを受け、あるいはマニピュレータで投げ飛ばされてしまう国際警察の職員たち。──ジム・カーターの演技には、鬼気迫るものがあった。

 

『いつも俺様をこき使いやがって、許さねえぞぉ!!』

 

 演技……なのだろうか?

 

「あいつ……鬱憤溜まってんなぁ」

 

 これからは、もっと優しく接してやらなければ──鋭児郎が独りごちていると、不意に赤い翳が差した。

 

「楽しそうだなァ、俺らも混ぜろや」

「!」

 

 ジムが顔を上げる。──そこに立っていたのは、トリコロールを分け合った三人の快盗たち。

 

『か、快盗!?ホントに来ちゃった……いや!お、オホン!やいやい、何しに来やがったんでィ!?』

 

 何故に江戸っ子?そう突っ込む者は、残念ながらこの場にはいなかった。

 

「決まってンだろ」マントを翻し、地上に降りる。「テメェのお宝、いただき殺しに来たんだよ!」

 

 既に勝利を確信したかのような口調で、言い放つルパンレッド。ブルーとイエローは沈黙を守っているが、彼と同様、既に戦闘態勢をとっている。

 陰で見守る鋭児郎が、辛抱堪らないとばかりに仲間へ通信を入れた。

 

「飯田、耳郎。こっちに快盗が出た、そっちの動きは?」

『え!?……まだ、誰も出てきてない』

 

 ふたりの見守るジュレの様子に、特段の変化はなかった。事前に店の周囲を探ってみたが、わかる範囲で裏口などはなかったはずだ。

 

 そうこうしているうちに、ジムはじりじりと追い詰められていく。事務用ロボットである彼には、当然ながら戦闘能力はない。襲いかかられたら一瞬でスクラップにされかねない。

 

『ちょ、ちょ~っと待ったぁ!!』

 

 ゆえに、彼の電子頭脳が導き出した打開策は──

 

『オレ様のルパンコレクションが欲しければぁ……なぞなぞで勝負だ!!』

「あ?」

 

 なぞなぞ?鋭児郎もまた、響香たちと通信中であることも忘れて硬直してしまった。

 

『え~と、え~とぉ……よしこれだ。──最中(もなか)や饅頭ではくっつくのに、どら焼きではくっつかないものって、な~んだ!?』

 

 ひゅう、と冷たい風が吹く……間もなく初夏であるにもかかわらず。鋭児郎は内心、叫びたくなった。

 

(無理だってジム……!ンな子供騙し、快盗相手に……)

 

 彼らは今まで狡猾に、警察やギャングラーを出し抜いてきたのだ。なぞなぞなんて通用するわけがない。そんな鋭児郎の想定をも、彼らはあっさりと裏切ってくれた。

 

「最中……饅頭、どら焼き……」

 

 なんとその場に立ち止まり、三人揃って考え込みはじめたのだ。(考えんのかよ!?)──これも声に出さなかった自分を、鋭児郎は褒めてやりたかった。

 

 うんうん唸るルパンレンジャー一同。やがて彼らの視線が外れるや、ジムはこっそりとその場を離れ出した。快盗を誘き出すという、彼の役目は既に完了しているのだ。

 

 

 一方の耳郎響香と飯田天哉は作戦を変更、強硬策に打って出ようとしていた。

 

「仕方ない……踏み込むよ、飯田」

「ッ、ああ……!」

 

 本来こんなことはしたくないが……これでふたりの姿が確認できれば、もう疑わずに済む。期待と不安が拮抗する中で、ふたりの警察官はジュレに飛び込んだ。

 

──そして、

 

「え……!?」

「……!」

 

 果たして、ふたりの喫茶店従業員の姿はそこにあった。ぽかんとした表情で、響香たち闖入者を見つめている。

 

「あれ、どうしたんですか……ギャングラー倒しに行ったんじゃ?ってか、イヤホンの人まで……」

「……何かご用ですか?」

「いや……その、」

 

 天哉は答に窮した。忘れ物をしたとでも言いたいところだったが、響香が同行していることの説明がつかない。

 一方で、その響香は未だ疑いを捨てきってはいなかった。

 

「勝己くんは?」

「ですから、上で休んでいると……」

「確認させてください」すかさず言い放つ。

「お断りします」こちらもすかさず。「上はプライベートルームです。理由もなく他所様をお通しはしません」

「理由は言えませんけど、国際警察の権限があります」

 

 響香が言い募ったときだった。

 

「……るせーな、なにゴチャゴチャやってんだよ」

「……!」

 

 気だるげな少年の声に、階段を踏みしめる音。はっと顔を上げたふたりが目の当たりにしたのは、

 

「爆豪、勝己……」

 

 張本人だった。マスクで顔の半分は隠れているが、その紅い瞳は紛れもない。体調が悪いという事実を示すかのように、彼にしては猫背ぎみで、時々ゴホゴホと咳までこぼしている。

 

「勝己、この方々はおまえに用があるそうだ」

「ア゛ァ……?」

 

 炎司の口調にはたっぷりと皮肉がこもっていた。無理もない、国際警察の権限という強制を行おうとしたのだ。響香が言葉に詰まっていると、

 

「申し訳ないッ!!」

 

 天哉が、前触れなく頭を下げた。

 

「謝って許していただけることではないでしょうが、実は……」

 

 

 *

 

 

 

 なぞなぞに乗じて姿を消そうとしていたジムだったが、残念ながら快盗からは逃れられなかった。

 

「おいこのガラクタ野郎ッ、なぞなぞで勝負っつったンはどこの誰だァ!!?」

『ヒイィ!?』

 

 脱兎のごとく逃げ出すジム、追う快盗。状況が切迫する中で、鋭児郎は仲間たちに無線で説明を求めた。今動けば最悪の場合、これまでの作戦が水泡に帰すことになる。独断では突っ込めない。

 

『……切島、ごめん』

 

 返ってきたのは、響香の沈んだ声だった。

 

『三人ともジュレで確認した。快盗は……別人の可能性が、濃厚だ』

 

 まだ変装しているとか、他者を"変身"させる個性をもつ協力者がいるだとか、この超常社会で疑い続ければキリがない。しかし店内へ踏み込むという強制捜査まで行ってしまったのだ、これ以上無理をしてマスコミに訴えられたら大問題になりかねない。

 それにしても、である。

 

「飯田、あんたさぁ……一応まだ捜査対象相手に、全部ゲロって謝る?」

 

 呆れたように、響香。天哉はすべて話してしまったのだ──三人を快盗と疑っていたこと、そのために囮まで用意して捜査を行っていたこと。

 

「すまない……ただ、挫折しながらも一生懸命頑張っている彼らを疑うようなまねをしたんだ。有耶無耶にするなんて、僕には耐えられない」

 

 警察官として、その姿勢は適切か否か。しかし少なくとも、彼の真摯な謝罪が受け入れられたのは確かだ。轟炎司はむしろ鼻で嘲っている様子だったし、爆豪勝己に至っては心底どうでも良さそうだったが。

 

──そういうわけだから、鋭児郎がこれ以上隠れている必要もなくなった。

 

「っし!ならアイツら捕まえて、正体暴いてやるぜ!!」

 

 八重歯を剥き出しにして笑いつつ、VSチェンジャーを構えて飛び出していく。勝己たちが無実だった──願いが事実となった。それが、何より嬉しかった。

 

 

 一方で追う快盗からひたすらに逃げ回ったジムは、かのポーダマンが姿を消した袋小路にたどり着いていた。

 

『ハァ、ハァ……疲れた。いや私はロボットなので疲れませんけど』自分で自分に突っ込みつつ、『役目も終わりましたし、少し休憩──』

 

 そうつぶやいて、建物の壁に背を預ける──刹那、

 

『へ?』

 

 重みに合わせて回転した扉が、彼を暗闇に引きずり込んだのだった。

 

 



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#11 快盗の正体 3/3

 

 天哉たちをすごすごと退散させた──なんなら謝罪までさせた──ことで、ジュレの快盗たちはほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「ハァ……なんとかなったねえ」

「うむ。一度かけた疑いが晴れたんだ、これで暫くは捜査もないだろう」

 

 嫌疑をかけておきながら、誤りだった──そういう人間を再度疑うのは、まっさらな状態より余程難しいのだ。ましてパトレンジャーは程度の差はあれ人情家揃いだから、尚更。

 

「で……あなたはいつまでその恰好でいるつもりなんだ?──黒霧」

「ふ……」

 

 密やかな笑みを漏らした勝己は、己の耳のあたりに指をかけた。──刹那、べりべりと小気味のいい音をたてて、白皙が剥がれ落ちていく。

 途端に漏れ出したのは、漆黒の靄だった。市販のマスクごと剥がれた爆豪勝己の顔の下は、常人のそれではない。全体が靄に覆われ、一対の瞳だけが爛々と輝いている。

 

「ありがとー黒霧さん!おかげで助かったよ~……」

「お役に立てて何よりです」

「なかなかの名演技だったぞ。それにしても、まさか体格も何もかもが違う人間に変装できるとはな。本当にただの執事か?」

 

 表向き褒めつつ、その実探るような炎司の言葉。その意図するところを察しつつ、黒霧は煙に巻いた。

 

「傾いたとはいえ、我がルパン家にはまだ豊富な人材がおります。私も日々、皆さんのお役に立つべく学んでいるにすぎません」

「……ならばいいがな」

 

 まあ、今ここで黒霧とやりあっても仕方がない。作戦の成功は確定だが、まだすべてが終わったわけではない。勝己が帰ってくるまでが、作戦だ。

 

 

 *

 

 

 

 その爆豪勝己はというと、ジムの追跡を早々にあきらめ人気のない場所に退避していた。

 

「ま、こんなモンだろ」

 

 目の前で頷く、ルパンブルーとイエロー。ジュレにいる勝己が黒霧の変装だったなら、こちらにいるふたりは何者なのか。

 それも、答は簡単だった。それぞれが青と黄の衣装を捨て去れば、現れたのはデザインのまったく同じ赤、赤。

 

「「「……やっぱりキメェ」」」

 

 揃って心底忌々しげにつぶやいたかと思えば……三つのうち、ふたつのレッドの姿が消えうせる。残ったルパンレッドが、ため息代わりの舌打ちを漏らす──と、翼を広げたグッドストライカーが飛び上がってくる。

 

『おまえ、その反応はねぇだろ~!?せっかくオイラが協力してやったってのによう!』

 

──そう、彼はグッドストライカーの能力によりつくり出した分身に、ブルーとイエローのふりをさせたのだ。ジュレに三人揃っていて、快盗も三人揃っている……となれば、それ以上疑いようもあるまい。

 

「ハイハイごくろーさん。俺ぁもう帰る」

『帰るって、あのギャングラーはいいのか?』

「あんな鉄の箱乗っけただけのガラクタ、どこがギャングラーだよ。サツの連中、舐めくさりやがって」

 

 それ以上に、隠れているつもりでいたのだろうあのツンツン赤髪。あいつに隠密がまったく向いていないことはよくわかった。

 

 見つからないうちにと、その場を立ち去ろうとするルパンレッド。しかしその瞬間、いずこからか甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 

「この声……」

 

 さっきの、ギャングラーのふりをしていたロボットのものではないか。切島鋭児郎が付近で自分を探していることを考えれば黙殺してもよかったが……何かあると、勘が働いた。そして次の瞬間には、彼は走り出していた。

 

──そして、かの袋小路へ。

 

「……!」

 

 レッドは即座に異変に気づいた。なんの変哲もない側壁だったところに扉ができていて、その前に鉄の箱が捨て置かれているのだ。彼がただの少年でしかなかったとしても、それを見逃すほうがどうかしている。

 ただ、

 

「……なるほどなァ、そーいうことかよ」

 

 粗暴な言動とは裏腹に、彼は聡かった。かのポーダマンが消えた理由も、ジム・カーターがどんな状況に置かれているかも、この一瞬ですべて理解したのだ。

 前言撤回。ここで帰るのは勿体ないとばかりに、彼はその扉の向こうへ飛び込んでいった。内部は、打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた薄暗い空間。──剣呑な気配を、感じる。

 

 小部屋のような場所がある。さっと身を隠して様子を窺えば、そこには。

 

『やめろぉ~、ギャングラぁー!ぶっ飛ばすぞぉぉ~!!?』

 

 どこかで聞いたことのあるようなフレーズを必死に連呼する、ふざけた姿かたちのロボットの姿。彼は飾り気のない台の上に、ベルト状の紐で拘束されていた。周囲には、メスを持ったポーダマンの姿。さらに……鎖で縛られ脅かされている人々も。

 

(手術……?)

 

 一体、あのロボットをどうしようというのか。ルパンレッドがじっと様子を窺っていると、

 

「あら……とうとう見つかっちゃったのね」

「……!」

 

 妖艶な声。振り向いたレッドは、ポーダマンたちに発見されるのも構わず飛び退いた。同時にVSチェンジャーを突きつけるが、目の前の醜悪な化け物はたじろぐ様子もない。

 

「テメェ……」

「テメェとはご挨拶ね。──私はゴーシュ・ル・メドゥ、ギャングラー一のドクターよ」

 

 名前になど興味はない、ただここで何をしていたのかには当然関心があった。

 訊くまでもなく、ゴーシュは自ら口を開いた。

 

「せっかく楽しい楽しい人体実験を始めようと思ったのに……。それとも、あなたが改造させてくれるのかしら?」

「……チッ、ギャングラーっつーのはどいつもこいつも変態ばっかか、よっ!」

 

 ルパンレッドの存在を認識し、背後から襲いかかろうとしていたポーダマンを振り向くこともなく撃ち落とす。その瞬間、戦局の火蓋は切って落とされた。

 

「死ねや!!」

 

 ポーダマンをいなしつつ、ゴーシュにも仕掛ける……が、以前の戦闘でもそうだったように、彼女は通常攻撃などまったく相手にしていない。──こいつ、普通のギャングラーとは違う。強い。しかしそれでも、挑むのをやめるつもりは毛頭なかった。願いをかなえるためには、敵の強さなど関係ない。

 そうしてルパンレッドが鬼気迫る戦いぶりを演じていると、もうひとり、この血塗られた手術室に飛び込んでくる者があった。

 

「動くなッ、国際警察だ!!」

 

 まだ初々しい口上を叫ぶ──切島鋭児郎。彼を認識したポーダマンが襲いくる。が、彼は個性の"硬化"を発動させて敵の攻撃を弾きつつ、拘束された仲間のもとへ躊躇なく駆け抜けていく。

 

「ジム!!」

『あ……え、鋭児郎さぁん!』

「なんでこんな……何があった?」

『ぎゃ、ギャングラーに……!皆さんを救けてください!』

「え……──!」

 

 ジムの奥にいる囚われた人々の姿に気づき、鋭児郎は再び走り出していた──いったん、ジムを放置して。

 

『え、ええ~ッ!?私はァ!?』

 

 

 一方、ルパンレッドの孤独な死闘も続いていた。

 ポーダマンの数はかなり減らしていたが、本丸のゴーシュにはまったく相手にされていない状況が続く。妖艶に笑いながら光弾を飛ばしてくる……単純な攻撃のため避けるのは容易いが、明らかに遊ばれている。隔絶した戦力差をまざまざと感じとり、勝己はギリギリと歯を食いしばった。

 

「フフフ……見える、見えるわよ」

「ア゛ァ!!?」

「あなたのイイトコロもワルイトコロも、すべて……」

「チィッ、それがテメェのコレクションの能力かよ……!」

 

「どうかしら」と、ゴーシュは嗤う。

 

「それより……ほかのふたりも、見てみたいわね」

 

 言うが早いか、彼女は背中の金庫から双眼鏡型のルパンコレクションを取り出した。レッドが訝るのもつかの間、今度は注射器型のコレクションを金庫にしまい込む。

 

「テメェ、複数持ちか……!」

「フフ……」

 

 その問いに答えることなく、ゴーシュは緑色のエネルギー弾を複数発射した──ポーダマンらめがけて。

 ポーダマンたちが苦しみ出す……が、それも一瞬のことだった。彼らの身体がたちまち巨大化していく。やがて建物の屋根までも突き破られ、レッドは瓦礫をかわすことに注力せざるをえなくなった。

 

「ッ、あいつらも巨大化させられんのかよ……!」

「じゃあ……また今度遊びましょう、快盗さん?」

「!?、逃げんなクソが!!」

 

 今の彼に止められるはずもなく……ゴーシュはあっさりと、姿を消してしまった。

 

「……チッ!」

 

 巨大化したポーダマンとの戦いなど、戦果を望むべくもなく無駄でしかない。頭ではわかっていても、放り出して逃げることはできない。元々は、自分のまいた種でもあるのだから。

 

『Get Set……飛べ!Ready……Go!!』

 

──そして、レッドダイヤルファイターが巨大化する。

 

 

 *

 

 

 

 切島鋭児郎と無事に解放してもらったジム・カーターは、救出した市民の避難誘導を行っていた。

 

「こっちです、急いで!」

 

 振り返れば、暴れる巨大ポーダマンの群れ。こちらの存在に気づいているわけではなかろうが、どんどん迫ってくる。直接踏み潰されはしなくとも、余波で崩れる瓦礫が危ない。ジムに避難誘導を任せ、自分はトリガーマシンで戦闘に入るべきか──そう思ってVSチェンジャーを構えようとしたら、赤い戦闘機がポーダマンの群れに襲いかかった。

 

「……快盗……」

 

 鋭児郎は、思わず動きを止めてその雄飛を見つめていた。──彼らはジュレの三人ではなかった。しかし響香の言うように、どこか共通する雰囲気があるというのも同感する。

 

(おめェら……一体、何者なんだ?)

 

 答が、あるはずもなく。

 孤軍奮闘するレッドのもとに、ブルー・イエローが到着した。

 

『ごめんレッド、遅くなった!』

『ポーダマンが巨大化している?……事態が随分動いたようだな』

「……説明はあとだ。とっととコイツら、ブッ殺すぞ」

 

 それについては、ふたりに異論はなかった。レッドが巨大化させたグッドストライカーを中心に、フォーメーションが組まれる。

 

『今日はとことん快盗に協力するぜ~!快盗、ガッタイム!!』

 

 勝利を奪い取る──そんな号令のもとに、組み上げられていく鋼鉄の巨人。

 

──その名も、ルパンカイザー。

 

「オラァッ、とっとと死にさらせやァ!!」

 

 ギャングラー顔負けのパイロットの罵声とともに跳躍、ブルーダイヤルファイターの変形した右腕からガトリングをぶっぱなす快盗の帝王。ポーダマンたちの銃撃とは比較にならない猛攻に、彼らは往生際悪く逃げまどうことしかできない。

 

「こっちも、どうだッ!」

 

 かわいらしいイエローの声とは裏腹に、左腕から鋭く尖ったホイール状のエネルギー弾が放たれる。これも多くが回避するが、一体逃げきれずに全身を切り刻まれ、爆死を遂げた──

 

「チッ……一匹かよ」

「焦るな、何十体もいるわけじゃない。このまま潰していけば……ん?」

 

 残ったポーダマンたちが、ビルの陰に潜んでいる。それ自体は何も大したことではないが、彼らは寄り集まって何やら作戦会議と洒落込んでいるようだった。ギャングラーに操られるだけの戦闘人形だと思っていた彼らにそんな知能があったのかと、驚きもありつつ。どんな手を使って挑んでくるのか、お手並み拝見──そんな余裕さえあった。

 

 作戦会議が続くことおよそ三分。レッドがふぁ、と欠伸を噛み殺すのと、作戦を決めたポーダマンらが飛び出してくるのが同時だった。

 

「……あ?」

「え、えぇ……?」

「………」

 

──彼らが困惑するのも無理はなかった。

 

 ポーダマンらは、複数体が一体を神輿のように祭り上げる──有り体に言ってしまえば、騎馬戦のような態勢で挑んできたのだ。

 

「苦肉の策だな……」

 

 正直、ルパンブルーのつぶやきがすべてだった。やはりコイツら、まともなおつむはしていない。

 

「ハッ、わざわざ固まってくれてあんがとよォ!!」

 

 向けられた槍をあっさり払いのけると、左右の腕をがむしゃらに叩きつけるルパンカイザー。ポーダマンらの"苦肉の策"はあっさりと失敗に終わった。

 

『サイクロン!』VSチェンジャーにサイクロンダイヤルファイターを装填し、『Get Set!Ready……Go!!』──解き放つ。

 

 たちまち巨大化していくサイクロン。そして、

 

『左腕、変わりまっす!』

 

 変形し、イエローダイヤルファイターと入れ替わりに新たなルパンカイザーの左腕となる。──ルパンカイザーサイクロン。鋼鉄の巨人の一部となることで、VSビークルは真の力を発揮する。

 

『グッとくる竜巻~!!』

 

 司令塔であるグッドストライカーの号令により、左腕から放たれる緑色の竜巻。それらは容易くポーダマンを呑み込み、遥か天高くまで巻き上げてしまった。当然、騎馬戦形態を保てるわけもない。決着をつけるべく、三人はコックピット内で立ち上がった。

 

「終わりだ──」

 

『グッドストライカー連射、吹き飛んじまえショット~!!』

 

 竜巻の猛威が増す中で、右腕のガトリングが全弾撃ち尽くす勢いで火を噴く。空中のポーダマンらが蜂の巣になっていく。

 

──そして、ひときわ大きな爆発が起こる。遥か空中の劫火は、まるで夏の夜の花火のように鮮烈だった。

 

『永遠に……』

「……アデュー、ってか?」

『Oui!気分はサイコー!』

 

 あっさりと合体を解除し、飛び去るグッドストライカー。尤も、ルパンレンジャーもそれは同じだった。颯爽と飛び去る三機のマシン。パイロットたちは珍しくわずかなりとも安堵の気持ちでいたが、今回のことは防戦に成功したにすぎないことも理解している。

 

 何も、前に進んではいないのだ。

 

 

 *

 

 

 

「結局、快盗の正体はわからずじまいか……」

 

 タクティクス・ルームに帰還した耳郎響香は、塚内管理官自ら用意してくれた茶菓子をつまみながらそうごちた。自分の所感ばかりでなく、物間寧人の意見もあったがために、ほとんど確信に近い自信があったのだが──

 

「まあ、いいじゃないか。逮捕すれば正体はわかるんだ」

 

 そう応じる飯田天哉は、明らかにほっとした表情。とりわけ麗日お茶子の境遇について、彼はかなり肩入れしている。善良で家族思いな少女が、快盗であるなどとは思いたくもなかった。

 

「それに、」塚内が付け加える。「結果的にはギャングラーのアジトを潰し、市民を救出できた。結果オーライってことにしておこう」

「……ま、そうですね」

 

 響香とて、ジュレの三人が快盗でないほうがいいに決まっている。あの店には、できれば今後も通いたいのだから。

 それにしても──

 

「……さっきからあんたら、何やってんの?」

 

 彼女が呆れた視線を向ける先、応接スペースのソファに寝転ぶジムの身体を、鋭児郎は懸命に解していた。所謂、マッサージ。

 

「い、いやぁ……ジムも今日は頑張ってくれたし、たまには労ってやんねーとと思って」

『そうです!労ってください、崇め奉りなさい!』

「……一体何を言っているんだ、きみは……」

 

 大体、ロボットなのにマッサージが気持ちいいものなのか?率直な疑問であったが、馬鹿馬鹿しすぎて口に出す気も起きなかった。ただ大切な仲間であることも事実なので、管理官以下「お疲れ様」くらいの言葉はかけたが。

 

「あ、そういえば」ふと、鋭児郎。「ジム、あのなぞなぞの答ってなんだったんだ?」

『えっ、鋭児郎さんも考えてたんですか?』

「そりゃあ……」

 

 最中や饅頭ではくっつくのに、どら焼きではくっつかないもの──

 

『答は、CMのあと!』

「いや無ェから、CMとか」

『あうぅ』

 

 パトレンジャーが仲良く考え込んでいると、

 

「答は、"唇"だ」

「へ?」

 

 答の内容もさることながら、三人が驚いたのは回答の主が塚内管理官だったことだ。

 

「発音だよ。"どら焼き"って言うとき、唇はくっつかないだろう?」

「あ、ああ……確かに。でも、よくソッコーわかりましたね」

「なに、教えたのは俺だからな」

「!!?」

 

 今度こそ開いた口のふさがらない部下一同の前で、悠然とどら焼きを頬張る塚内なのだった。

 

 

 à suivre……

 

 

 






次回「オーヴァーラップ」

「今さら……会えませんわ」

「……会えなくなってからじゃ、遅ェんだよ」









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#12 オーヴァーラップ 1/3

3号候補はギリギリまでこの人を想定してました。耳郎ちゃんになったのは2号が飯田くんだからホラ、ファンキーさが欲しくて…。


 長らく続いた梅雨が終わり、じめりとした空気を残したまま季節は夏を迎えようとしていた。

 日の出も早まり、通勤ラッシュの時間帯には随分と気温も上昇している。──切島鋭児郎はぱたぱたとシャツの襟で扇ぎつつ、汗を拭った。

 

「暑っちいなぁ……」

 

 ただ、流石に快適とは言わないものの、鋭児郎は冬よりは夏のほうが好きだった。木々が緑に色づき、生命の息吹も最も活発になる季節。イベントごとも目白押しだ。

 やや気が早いが、かき氷でも食べたいな──そんなことを考えつつ歩を進めていると、傍らからがり、という小気味のいい音が聞こえてきた。

 

 ちらと視線を向ければ、すれ違うメキシカンな装いの男性の姿。彼はかき氷どころか、なんの飾り気もない氷そのものを噛み砕いていた。余程暑がりなのだろうか、それにしては見るからに暑苦しい恰好をしているが──

 

(……ま、変わったヤツも増えるんだよなぁ)

 

 苦笑を噛み殺しつつ、素通りした。確かに見かけには"変わったヤツ"でしかなく、鋭児郎が特別な意識をもつことがないのも、無理からぬことであった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、世間を騒がす快盗たちが根城としている喫茶店"ジュレ"。

 いつものように開店準備に勤しんでいる彼らのもとに、これまたいつものようにルパン家の執事がやって来たのだが。

 

「ギャングラーではない、だと?」

 

 いつもギャングラーの情報を持ってくる執事こと黒霧だったが、差し出された写真に写る女性について、彼は開口一番にギャングラーではないと告げたのだ。つまりは、正真正銘ただの人間?

 

「……この女が、ルパンコレクション持ってるっつーのか?」

「ええ。流石に慧眼ですね、きみは」

 

 心のこもらない賛辞に、勝己は盛大に渋面をつくった。こちらを乗せて上手く使ってやろうという意図を隠そうともしていない、まあそれはお互い様なのだが。

 

「彼女の提げているペンダント、おわかりになりますか?」

 

 わかるかと訊かれれば、わかるに決まっている。黄玉のようなそれは、よくよく見れば戦闘機にも似た形状をしている。──よく似たルパンコレクションが失われたままなのだと、黒霧はそう言うのだ。

 

「で、この女はどこの誰だよ」

「……どこかで会ったことがあるような気もするが」

「え、そうなん?」

 

 炎司には既視感があるようだった。その答は、聞いてみれば得心のいくもので。

 

「彼女は八百万百。八百万ジュエリー株式会社の代表取締役です」

「!、八百万って……もしかしてあの?」

「ンだよ、知ってんのか丸顔」

「いやいや爆豪くんこそ知らんの!?八百万っていえば──」

「──日本で五本の指に入る企業グループで、それらを束ねる創業者一族だ」

 

 そう言われれば勝己にだって聞き覚えはなくもない、ニュースや新聞等は同級生の中でも見聞きしているほうだった。ただ情報の取捨選択がシビアすぎるというだけで。

 

「彼女は現当主である八百万(はじめ)氏の孫娘にあたります。轟さんは、パーティーなどで顔合わせをされているのでは?」

「……おそらくな。八百万家主催のパーティーには何度か招待されている」

「うわっ、流石トップヒーロー……」

 

 プロヒーローもトップランカーともなると政財界と繋がりができるのか。お茶子は素直に感心したが、勝己は眉をひそめて聞き流していた。

 閑話休題。

 

「ってか、ギャングラー以外からもドロボ……いただいちゃうん?なんだかなぁ……」

「……テメェは快盗なんだと思ってンだ、丸顔」

「必要ならば躊躇なくそれを実行する、当然だろう。必要ならば、だがな」

 

 炎司がちらと黒霧を見遣る。──そう、快盗だからといって、盗みとる一辺倒である必要はないのだ。

 

「方法は皆さんにお任せします。まあ、穏便に事が運ぶならその方が良いでしょう」

 

 彼らが元プロヒーロー、あるいはヒーロー志望の少年少女であったことは、黒霧も十全に理解していた。

 

 

 *

 

 

 

 情報を預かれば、その後の快盗の動きは電光石火のごとく、である。半日も経たないうちに、彼らは快盗の衣裳を纏って八百万グループの所有するオフィスビル近くにまで足を運んでいた。

 

「うわ~……立派なビル。あんなところで社長さんやってるなんて、まだ若いのにすごいわぁ」

 

 双眼鏡片手に感心し通しのお茶子に対し、勝己は「けっ」と相変わらず素っ気ない様子。

 

「七光りなんだろ。見た目と血統でちやほやされてるだけの軽りィ神輿だわ、どーせ」

「……なんか爆豪くん、いつにも増して辛辣?」

「別にフツーだわ。ンなことより──」

 

 どのようにして彼女に接触するか。交渉するにせよ強行手段に打って出るにせよ、取り巻きは少なければ少ないほどいい。しかし代表取締役ともなれば、ひとりになるタイミングは自ずと限られてくる。

 

「帰宅時を狙う……とか?」

「それも手段のひとつではあるが、今日に限ってはやや困難だろうな」

「え、なんで?」

 

 訊かれるのを待っていたかのように、炎司は懐から一枚のチラシを取り出した。

 

「明日、八百万ジュエリー主催の宝石展が開催されるそうだ」

「チッ、準備でお忙しいってワケかよ」

 

 どう取り繕っても気の長いほうではない勝己。なんとしても今日中に接触したいと思っているところ、程なくして僥倖ともいえる出来事があった。尤もそれは大いなる試練のはじまりでもあるなどと、彼らには知るよしもないことだった。

 

 

 *

 

 

 

 快盗たちが時機を窺っている頃──八百万百は翌日に控えた宝石展の準備のため、炎司の推測通り慌ただしい日程をこなしていた。

 

「玉浦さん、午後の予定はどうなっていますの?」

「はい。13時30分から──」

 

 手帳に目を落としてスケジュールをつらつらと読み上げていく秘書。彼のほかにも、彼女は役員、さらには屈強なボディーガードに囲まれていた。それはひとり娘である彼女自身の重要性以上に、八百万の名の権威を示す光景で。

 

「………」

 

 夜まで分刻みのスケジュールに辟易する内心を押し殺しながら、百はそっと胸元のペンダントに触れた。これだけは、唯一の──

 

「──見つけたぜ、社長サン?」

「!」

 

 一行の前に、突如として立ち塞がる不敵な笑みを浮かべた男。清掃員の恰好をしているが……その言動は、害意を隠そうともしていない。ボディーガードたちが、百を庇うように前へ進み出る。

 その判断は、正しかった。

 

「貰い受けに来たぜ……その、ペンダントォ!!」

 

 男の身体が膨れあがり……弾け飛ぶ。露になった真の姿は、シカに似た異形の怪人──ギャングラー。

 

「!!?」

 

 驚愕と怯えがない混ぜになった表情を浮かべながらも、躊躇なく百を守りにかかるボディーガードたちは流石八百万家が雇っているだけの優秀な者たちだった。実際、人間の犯罪者──ヴィラン相手ならばその能力を十全に発揮することができただろうが、相手は並みのプロヒーローでは束になっても敵わないギャングラーだ。三十秒も経たないうちに全員がのされてしまう。

 

「う、うわああああ!」

 

 自棄になった秘書が手帳片手に飛びかかるが、結果は見えていた。殴り飛ばされた彼は、痛みを味わう間もなく夢の世界に旅立った。

 

「さあ社長サン、こうなりたくなかったらそのペンダントをよこしな!」

「……お断りしますわ!」

 

 ただ言葉で突っぱねるだけではなかった。彼女の個性は──"創造"。己の肉体から、生命体を除くあらゆる物質を創り出すことができる。彼女が選んだのは、スモークボールだった。

 

「うおッ!?」

 

 思いっきりそれを投げつけられ、ギャングラーの周囲を白煙が覆った。

 相手が視界を失っている隙にと、踵を返して逃げ出す百。のびている秘書らには申し訳ないが、ギャングラーの標的が自分ならこの場から引き剥がすほうが賢明だと判断したのだ。尤も、彼女がギャングラーの脅威に直面するのはこれが初めてだった。

 

「チィ……このブレッツ・アレニシカ様にこんなものが通用するかよ!」

 

 ギャングラ──―ブレッツの頭頂の角が妖しく光り……刹那、緑色の電撃が白煙を吹き飛ばした。

 

「!?」

 

 その勢いはとどまることを知らず、さらに百自身にまで襲いかかる。令嬢らしからぬ身のこなしでかわそうとするが……直撃こそ避けるも、わずかに掠めた部位から奔る衝撃に、彼女の筋肉は硬直した。

 

「ッ、うぅ……」

「その辺のオンナにしちゃいい動きするなァ。だが、オレに刃向かった代償は大きいぜ」

 

 迫るブレッツ。若き女社長に、抗するすべはない──

 

 そのとき、

 

「オラアァッ!!」

 

 なんの前触れもなくウィンドウが粉砕され、三つの影がオフィスに飛び込んできた。

 

「お前ら……快盗!?」

 

 予想だにしない事態に動きを止めるブレッツに対し、真っ先にブルーとイエローが襲いかかる。残るレッドは、痺れから回復しきれていない百を助け起こしにかかった。

 

「来い、逃げンぞ」

「あっ、待てこら!」

 

 逃げるふたり、追うブレッツ、阻むブルーとイエロー。もつれ合いながら、彼らはエレベーターホールにたどり着く。

 ボタンを押し、到着を待つ。その中途半端な時間が、レッドには焦れったくて仕方がなかった。ブレッツの抵抗が思ったより凄まじく、ブルーとイエローの妨害も完璧ではない。

 

 思わず扉を殴りつけようとした瞬間──来た。百を引きずって滑り込み、"閉"ボタンを押す。閉じていく扉、これでひと安心……と思いきや。

 

「くううッ、逃がすものかぁ──!」

 

 ブレッツは燃えた。心火を燃やした。ブルーとイエローの攻撃をかわし、閉じゆく白銀の箱に滑り込む──

 

「ッ、行かせるか!!」

 

 その足めがけてブルーとイエローが手を伸ばすが……届かない。あとわずかのところですり抜けてしまった。

 

「な……おいテメェら!!」

 

 当然ぶちギレるルパンレッド。「ごめん~!!」というルパンイエロー渾身の謝罪を最後に、むなしく扉が閉ざされた。

 

「~ッ、あぁもうっ、個性使えばあんなヤツ……!」

「……不甲斐ないな」

 

 過去にトップヒーローと呼ばれていても、個性を封じられればこんなものか。エンデヴァーの名の脆さを、炎司は嘲った。

 

──その一方で、快盗になってから……否、"あの日"から一度たりとも個性を使ったことのない赤い快盗は、狭いエレベーターの中で孤軍奮闘していた。

 

「チィ……ッ、あんのボンクラどもがぁ!!」

 

 仲間を罵りつつ、体積でみても数メートルほどしかない直方体の中を最大限動き回りながらブレッツに対抗する。しかも、百を守りながら。これが長々と続くならいずれ限界が来ていたかもしれないが、エレベーターが一階に到着するまでには一分もかからなかった。

 

──その頃、一階エントランスホールでは平和な時間が流れていた。行き交う社員たち。一応は彼らの流れを眺めつつ、すっかり気の抜けた様子の警備員。チン、とエレベーターが到着する音が響くのなんて、日常茶飯事もいいところなのだ。

 

 それが、

 

「死ね快盗!!」

「テメェが死ねぇ!!」

「──!!?」

 

 扉を吹っ飛ばし、飛び出してきたルパンレッドとブレッツ──そして、女社長。

 一瞬静まり返ったあと、状況を理解した人々が悲鳴とともに逃げ出していく。かの警備員はというと、

 

「こ、国際警察ですかッ?ギャングラーがグギャアッ!?」

 

 通報の途中で、哀れブレッツに突き飛ばされてしまった。尤もこのギャングラーの眼中には、ルパンレッドと八百万百の姿しかなかった。

 

「チッ……しつけェな」

「お互い様だンなもん!──快盗、お前らもどうせそいつのペンダント狙いなんだろ?正義ぶってんじゃねえよ!」

「えっ……」

 

 今まで大人しく背中に守られていた百が、汚いものを見るような目をレッドに向けた。思わず頭を掻きむしりたくなる。

 

「てんめェ……余計なこと言ってんじゃねえ!!」

 

 怒りは敵にぶつけるに限る。射撃と同時にルパンソードを振るいにかかるレッド。しかし彼とブレッツが死闘を繰り広げているうちに、百はいよいよ自力で逃走を図る。

 

「「クソが!」」

 

 奇しくも敵味方の絞り出した言葉が一致する。──ただ、双方とも手段は己の身ひとつではなかった。

 

「えぇいっ、──ポーダマン!」

 

 配下の雑魚戦闘員たちを召喚し、百の追跡にかからせるブレッツ。対するレッドのもとにも、同じくエレベーターを使って追ってきたのだろうブルーとイエローが合流した。

 

「テメェら──」

「……文句ならあとで聞く!」

「私たちでコイツから盗るから、レッドはペンダントお願い!」

「……チッ!」

 

 確かに、今優先すべきはそのふたつ。ブレッツは仲間に任せ、走り出すレッド──刹那、気絶した警備員の姿が目に入った。

 

「!、……へぇ」

 

 こいつは使える。どんなに苛ついていようとも、悪知恵はしっかり働くのが爆豪勝己という少年だった。

 

 

 そして、外では。

 

「国際警察の権限においてッ、実力を行使する!!」

 

 早くも駆けつけたパトレンジャーの面々が、ポーダマンの掃討にかかっていた。

 

「あれが、国際警察の……」

 

 暫しその戦いぶりに見とれてしまっていた百だったが……不意に腕を掴まれ、我に返った。

 

「お嬢様、こちらへ」

「え……は、はい」

 

 服装からして、会社の警備員か。"社長"でなく"お嬢様"と呼ばれたのは引っ掛かったが、百はかの男に素直に従う。

 

──それが自身の持つペンダントを狙う快盗であって、本当の服の持ち主はエントランスの片隅で身ぐるみ剥がされ気絶しているなどとは、知るよしもないことだった。

 

 

 *

 

 

 

 このときばかりは、パトレンジャーにごくろーさんと言ってやりたい勝己だった。尤も、「まんまと手助けしてくれて」との愚弄付きだが。

 おかげでターゲットとふたりきりになることができたばかりか、一定の信頼も勝ち取ることができたのだ。

 

「助かりましたわ……ありがとう」

「礼なんざ……お礼なんて結構です。仕事ですから」

 

 口調を努めて丁寧にしつつ、そう応じる。百は柔らかな笑みを浮かべつつ「それでも、ありがとう」と繰り返した。写真から受けた印象とは、随分と異なる。

 

「それにしても……貴方、随分とお若いのね」

「……ええまあ、よく言われます」

 

 それはそうだ、実年齢は未成年も未成年なのだから。長く化けているつもりもない、咄嗟の判断だったのだ。

 

「そんなことより災難でしたね、ギャングラーに襲われるなんて」

「……ええ。ギャングラーだけではありませんわ、快盗まで、このペンダントを狙っているなんて……」

 

 ぎゅっとペンダントを握りしめる百。事の深刻さに思いを致しているのか、唇がぎゅっと引き結ばれる。

 

「それ、高いんですか?」

「……どうでしょう。値打ちは、わかりませんわ」

「は?」

 

 思わず素に戻ってしまった。ただ、どこか物憂げな表情をしているのが目に留まった。ギャングラーや快盗に狙われていることとは、また別──過去への追憶か。

 

(……どうでもいいだろ、ンなこたぁ)

 

 この女とペンダントにどんなバックボーンがあろうが、自分には関係ない。そろそろ頃合いだと、勝己はわざと皮肉めいた笑みを浮かべてみせた。

 

「大事なものか知りませんけど、命には代えられないでしょう。手放したらどうです、ナンなら俺が買い取りましょうか?」

「えっ」

「コレ、どーぞ」

 

 目を丸くしている百に、押しつけた一枚の紙切れ。それは本来彼のようなティーンの少年が所持していることなどありえない、正真正銘の小切手だった。──今回のように人間がルパンコレクションを所有しているケースを想定し、ルパン家が彼らに与えたツールのひとつ、というわけだ。

 

「好きな金額、書いてください」

「……貴方、ただの警備員ではないわね。何者?」

 

 百が疑いの視線を向けてくる。まあ、この程度は想定の範囲内だ。演技をやめて、勝己はどかりとベンチに座り込んだ。

 

「とある金持ちの、パシリってとこ」

「!、そう……そういうこと」

 

「でしたらそのお金持ちに伝えてください。ヒーローならば、余ったお金は人助けに使いなさいと」

「あ?」

 

 これは想定外だった。このお嬢様は、お金持ちを誰と曲解しているのか。

 

「わたくしはもう、"彼"にお会いするつもりはありません……!」

「……ハァ」

 

「伝えてほしいならまず、その"彼"っつーのがどこの誰なのか教えてくださいよ──お嬢サマ?」

「え?」

 

 呆気にとられたような表情の百は、珍しく勝己の審美眼にかなった。

 




ってわけでヤオモモちゃんでした。年齢は飯田くん達と同じかちょっと上くらいを想定してます。八百万家については完全に捏造。親父さんは十(みつる)とかきっとそんな名前(原作で出てないよね?)


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#12 オーヴァーラップ 2/3

アニメは今週から文化祭編とのことですね。PVのかっちゃん、とてもたのしそう

ここの秋かっちゃんは多分ルパンマグナ…(それ以上はいけない


 

 警察戦隊のタクティクス・ルームにて、例によって飯田天哉が頭から湯気を立てていた。

 

「く……ッ、またしてもギャングラーも快盗も取り逃がしてしまった……!不覚!!」

 

 知らない者が見れば、大袈裟としか思われない感情表現。ただここにいる面々は彼が至って真面目だとわかっているので、苦笑するほかなかった。

 

「落ち着きなって飯田。あのギャングラーの目的はわかったんだし」

「女社長の持ってるペンダント、かぁ……」

 

 「スゲー高ぇのかな?」と心なしか目を輝かせている鋭児郎。捉え方はより純粋だが、彼の発想は勝己と変わらなかった。

 

「宝石強盗か……まあギャングラーらしいといえばらしいが。──ジム、八百万氏はどうなっている?」

『現在、知人のもとに身を隠しているそうです!それと、明日予定されていた宝石展示会は中止とのことで……』

「ふむ……」

 

 まあ、当然といえば当然だった。よりによって前日の襲撃ということで、気の毒としか言い様がないが──

 

「──いや、」

 

 不意に響香が声をあげた。

 

「開きましょう、展示会」

「え……」

 

 呆気にとられる鋭児郎と天哉だったが、彼女の上司はその意図を瞬時に理解していた。

 

「なるほど、ダミーの展示会か」

「ええ。ペンダントのダミーを作って大々的に宣伝し、ギャングラーを誘き出すんです」

「!、そうか……そうすりゃギャングラー倒せるし、八百万さんの安全も確保できるってワケだな!」

 

 「だが」と、天哉が懸念を述べる。

 

「ダミーとはいえ、客を入れないのは不自然だ。一般客の安全も確保しなければ……」

「もちろん。ウチら以外の職員も大勢入れて、いざってときの避難誘導が滞らないようにしよう」

「確かに……んじゃ、リハーサルも必要だな。早速準備に取りかかろうぜ!……あ、いいっスよね管理官?」

「──ああ。こちらで人手は確保しておくから、きみたちは出来ることから始めてくれ」

 

 「了解」の声が揃い、早速動き出す三人。部下の手がかからないのはいいことなのだが、少し寂しくもある──そんなことを考えてしまう自分はまだまだ未熟だと嘲いながら、塚内は備え付けの受話器を手にとった。

 

 

 *

 

 

 

 八百万百は、知人の家に身を隠している。確かにまったく嘘とは言い切れなかった、今日初めて邂逅した相手を知人と断言できるならば、だが。

 

 その知人こと爆豪勝己はというと、ただ今ブレッツを取り逃がしたお仲間ふたりに唸っている真っ最中だった。

 

「てめェら本ッ当に使えねぇなァ……!」

「……しょうがないやん、警察来ちゃったし」

「ア゛ァ!!?」

「ナンデモナイデス」

「けっ……特にクソ親父、あんたソレでトップヒーローだったンかよ。世も末だな」

「………」

 

 どうしてか炎司は眉ひとつ動かさなかった。こういう大人ぶった──実際大人も大人なのだが──対応が余計に腹立たしいのだ。自分の欲のために他者、それも家族を傷つけるような子供おとなだから、今ここにいるというのに。

 

──まあ、いい。最低限の目標はクリアした。八百万百が、今目の前にいる。

 

「……で、いい加減教えろやお嬢サマ。あの人っつーのは、ドコの誰なんだよ」

「………」

 

 それこそそんなに大事なことかと炎司もお茶子も思ったが、最初に百と接触したのは勝己だ。彼なりに考えがあるのだとしたら、今はお手並み拝見といくほかない。

 百のほうはというと、ややあって重い口を開いた。

 

「……"デューク・エリシオン"──ご存知ですか?」

「あ?」

「デビュー当初から地方の田舎町を巡業しているプロヒーローか」

 

 大仰なヒーローネームの割に随分と地道に活動している──というのは、今も昔も変わらぬ所感だった。知名度は低く、世間で話題になることも少ない。

 

「幼なじみなんです。ペンダントは、彼からいただきました」

「へぇ。で、何、会いたくないって?痴情のもつれでもあったンか?」

「ちょ、爆豪くん……」

 

 お茶子が慌てて失言を咎めようとするが、百は自嘲めいた笑みを浮かべるばかりだった。

 

「そんなんじゃありませんわ、親しくしていたのは幼い頃だけでしたもの。彼は優しくて、頑張り屋さんでしたけれど……何をやってもてんでダメで。でもそういうところがかわいくて……私が守ってさしあげなければと、そう思っていました」

「……!」

 

 勝己の様子がわずかに変わったことに気づくことなく、百は独白のように続ける。

 

「でも、成長するにつれて……他人に優しさを振り撒いてばかりで、自分が傷つくことを厭わないその姿が、疎ましく思えてきて──」

「──顔を見んのも、イヤになった?」

「えっ……」

 

 勝己は笑みを浮かべていた。今までの意地悪な笑みとは違う、ここまでの百と同じ、自嘲めいたものを。

 

「あんた、見るからに天は二物も三物も与えるってタイプだもんな。なんでも持ってる自分が、なんも持ってないソイツより劣ってるように思えたんだろ?」

「……貴方、他人の心を読める個性をお持ちですの?」

 

 それはまさしく図星という反応だった。

 

「ええ、きっとその通りですわ。子供だったとはいえ、浅はかで、思い上がりにも程がある……。どちらにせよ、私にヒーローは不似合いだったということですわね」

「……あんたも、ヒーロー志望だったンか」

「ええ。尤も私はひとり娘で、家業を継ぐよう厳命されていましたので……」

「………」

 

 黙り込んでしまった勝己。暫し静寂が続くものだから、気まずくなった──少しばかり甘酸っぱい匂いも嗅ぎとった──お茶子がたまらず声をあげる。

 

「その幼なじみのヒーローさんとは、いつから会ってないんですか?」

「……中学校の卒業式の日から、ですわね。このペンダントも、その日にいただきましたの」

 

 目を閉じれば、あの日の情景が鮮明に思い出される。卒業式のあと、もう久しく会話すらしていなかったというのに呼び出され、何かと思えばこれを半ば強引に押し付けられた。訊けば、彼の早くに亡くなった母親の形見だというではないか。

 

──受け取れませんわ!そんな大切なもの……もう、お会いすることもないのに。

 

──うん……そうだね。だからこれは、僕からの最後のお願い。

 

 「受け取ってよ、百ちゃん」──最後のお願いとまで言われては、流石に無下にはできなかった。ただそれだけのつもりだったのに、気づけば自分は未だにこのペンダントを身につけている。

 

「爆豪さんでしたわね、早とちりしてしまったことは謝罪しますわ。……何年経っても彼のことを意識してしまうなんて。私のほうから離れたのに、情けない限りですわね」

 

 別にそんなこと、謝られるようなことではなかった。ただ、

 

「──だったら、会えばいいんじゃねえの」

「え……?」

「そいつと。会えるうちに」

「そのようなこと……今さら会えませんわ。思い返せば、色々と酷いことも言ってしまいましたもの」

 

 優しい彼は何も言い返してこなかったが、きっと自分の言葉に傷ついたこともあったろう。それでもう十年近くもお互い接触がなくて、きっと彼にとって自分は想い出の中に住む存在でしかない。それもその殆どが、苦い記憶。

 

「それでもだ」なおも言い募る勝己。「……会えなくなってからじゃ、遅ェんだよ」

 

 掠れた声。夕陽を浴びたその背中がひどく寂しそうに見えたのは、きっと目の錯覚などではなかった。

 

 

 *

 

 

 

 そうして、夜も深まった頃。

 このまま何事もなく明日を迎えるばかりだと思われていたところに、サプライズニュースがもたらされた。

 

──八百万ジュエリー主催の宝石展に、社長……つまり百の所有するペンダントが、展示されることになったというのだ。

 

 人間に化けて潜伏中のブレッツ・アレニシカも、このニュースを捉えてほくそ笑んでいた。

 

「このタイミングでありがたい話だ。今度こそ奪い取ってやるぜ」

 

「──待ってなよ、デストラさん」

「………」

 

 佇むデストラ・マッジョ。ブレッツの行動は、彼が糸を引いていたのだ。尤もその割には、彼の反応は快いものではなかったが。

 

 

 一方でもう就寝の準備万端だったお茶子は、混乱の極みにあった。

 

「ええ~ッ、だって、ホンモノは八百万さんと一緒に私の部屋なのに!?」

「「素直か」」

 

 思わず声が揃ってしまったものだから、勝己も炎司も顔をしかめた。「この少女はやはり快盗に向いていない」という所感も共有していたのだが、殊更確認はしたくなかった。

 

「ブレッツは俺たちに任せろ。貴様は彼女のペンダントを」

「おー、……」

 

 良くも悪くも物事に対する是非のはっきりしている勝己にしては、妙に歯切れの悪い反応。その理由は、先ごろの八百万百とのやりとりを見ていれば考えるまでもない。

 

「デクくんのこと……思い出しちゃった?」

「ア゛?」

「い、いやだってほら!思うところ、あるみたいやったし……」

 

 表情にこそ不快を露にするが、それはいつものことだった。怒鳴り散らされるくらいお茶子は覚悟していたのだが。

 

「関係ねえ。アレがルパンコレクションなら……ぶん獲るだけだわ」

「……確かに、想い出の品ならカネでは動かんだろうしな」

 

 いずれにせよ、明日決着をつける──百のことも、ブレッツのことも。

 意気込む快盗たちだが、このときの彼らは憂愁にあてられていたのかもしれない。

 

 当の百が密かに話を聞いていたことに、誰も気がつかなかったのだ。

 

 

 *

 

 

 

 迎えた翌日。

 

 表向きは何事もなかったかのように、宝石展は開催されていた。当然かのペンダントに似せたダミーも展示されており、観覧客が興味深げに眺めている。

 

──その中に、パトレンジャーの面々の姿もあった。当然というべきか、彼らは制服を着ていない。鋭児郎は自前の私服、天哉はかっちりしたスーツ──彼にとっては殆ど私服のようなものだが──、響香は飾り気のないワンピースとばらばらの服装だ。見た目にはなんの共通性もない、面割れしていなければパトレンジャーとは気づかれないだろう。

 

 それにしても、と鋭児郎は思う。収集家なのか本職なのかわからないが、目利きの老紳士がかのペンダントのことを「見たことのない宝石だ」と呟いているのを耳にした。それをギャングラーが狙っている。

 

(なんかありそうだな……あのペンダント)

 

 無論、単に珍しい宝石だからということも考えられるが。

 

 そうして、宝石展が封切られておよそ四半刻後。──手ぐすね引いて待っていた招かれざる客が、満を持して来場した。

 

「おらッ、邪魔だ人間ども!!」

「!!?」

 

 威圧のつもりなのか、辺りのオブジェクトを蹴倒しながら現れた──ブレッツ・アレニシカ。その姿を目の当たりにした客が我先にと逃げ出していく中、彼は他に目もくれずペンダントのもとへ駆け寄った。拳で強化ガラスを粉々に叩き割り、目的を果たす──

 

「へっ、ペンダントはいただいグハァッ!?」

 

──と思いきや、横っ面を光弾で叩かれて吹っ飛ばされる。

 

「欲しけりゃどーぞ。ニセモノでよければだけど」

「な、何ィ!?お前らまさか……!」

 

 三方を囲む鋭児郎、天哉、響香。彼らはVSチェンジャーを構え、一斉にトリガーマシンを装填する。

 

「「「警察チェンジ!!」」」

『1号・2号・3号、パトライズ!──警察チェンジ!』

 

 引き金を引く──放出された光の束が、国際警察のシンボルマークとなって三人の身体を包み込んだ。そして、揃いの警察スーツが装着される。

 

「パトレン1号ッ!!」

「パトレン、2号!!」

「パトレン3号!」

 

「「「警察戦隊ッ、パトレンジャー!!」」」

 

「国際警察の権限において──」

「──実力を行使する!」

 

 有無を言わさぬ宣言とともに、彼らは躊躇なく屋内での戦闘を開始した。ここは表には出ていない国際警察の関連施設であるし、観覧客についてはあらかじめ配置しておいた職員によって迅速に避難が行われている。心置きなく戦うことができるのだ。

 

「チィ……ッ、罠だったのか!!」

「今さら気づいても遅いっての!」

「貴様は、ここで倒すッ!!」

 

「──その前に、ルパンコレクションは我々がいただく」

「!?」

 

 朗々と響く男の声。同時に下ろされたシャッターが突き破られ、青と黄の快盗が乱入してきた。

 

「警察の皆さん、ご苦労様でーす!」

「おかげでブレッツを捜す手間が省けた、感謝する」

「ッ、貴様ら……!」

 

 狙い澄ましたかのようにやってきた快盗たちは、パトレンジャーにとってもブレッツにとっても忌々しかった。それぞれが完全に反目し合っている以上、そこから先の戦闘は三つ巴となるしかありえないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方で、ルパンレッドこと爆豪勝己だけは静かな時を過ごしていた。仲間たちと取り決めた通り、ペンダントを入手すべく八百万百と行動をともにしていたのだ。

 

 彼女はというと、仕事が溜まっているからと会社に戻る最中だった。それも徒歩で。ジュレのことを勘繰られないよう取り計らってくれるというのは、率直にありがたい。

 

「あの……爆豪さん、もうこの辺りで結構ですわ。ひとりで戻れますので」

「あっそ。俺ぁ勝手についてってるだけだから」

 

 一応、嘘はついていない。

 

「そう……見かけによらず、お優しいのね」

「………」

 

 

「それとも──そんなにこのペンダントが欲しいのかしら、快盗さん?」

「!」

 

 一瞬目を丸くしかけた勝己だったが、即座に鼻を鳴らして「なんの話だよ」と取り繕った。尤もそれは無駄な足掻きだったのだが。

 

「昨夜、皆さんのお話を聞いてしまいましたの」

「……盗み聞きかよ。マナーのなってねーお嬢サマだな」

「ふふ……反論はいたしませんわ」

 

 快盗とわかっていても、即時なんらかの対応をとるつもりはない百だった。ただ、

 

「どうして、このペンダントが欲しいんですの?貴方は昨夜、これがルパンコレクションなら……と、おっしゃっていましたけれど」

「………」

「麗日さんがおっしゃっていた貴方の幼なじみと、何か関係があるの?」

 

 そこまで聞いていたのか。同志であるふたりにだって積極的には知らせていないこと、まして一期一会の他人と話すときが来るなんて。しかしこの女が相手だと、不思議とそれも仕方がないと思えた。

 

「……デクに、もう一度会って話がしたい」

「……!」

「ルパンコレクションをすべて集めりゃ、その願いはかなう。集められなきゃ、願いはかなわない」

 

 ただ、それだけ。たったそれだけの、シンプルな現実。

 

「馬鹿みてぇだろ?二度とそのツラ見せんなってぶん殴ったヤツにもう一度会うために、命がけで犯罪者やってンだぜ」

 

 「そんなクソ、俺ひとりで十分だろ」──そう言って笑う勝己の表情は、百にはあまりに哀しく映った。

 

「爆豪さん、あなたは……」

 

 百が何事か口を開きかけたときだった。

 

「見つけたぞ、八百万百」

「!」

 

 ふたりの目の前で、にわかに空間が歪み──発生したブラックホールから姿を現す、一つ目の巨駆。

 

「てめェ……一つ目野郎」

 

 ブンドルト・ペギーのときにも現れた……確か、デストラ・マッジョ。たった一度の遭遇ではあるが、あのときの炎司の常ならぬ反応から勝己の記憶にも戻っていた。彼曰く、普通とは違う敵──

 

「俺を知っている?……そうか貴様、快盗だな」

「……ッ、」

 

 見破られてしまったが、もとより抱えている苛立ちが深まるというだけのことだった。百にも既に看破されているのだ、この場での選択肢はひとつしかない。

 

「そのペンダント……いやルパンコレクションは俺が貰い受ける。せっかく釣った魚を横取りされる気分はどうだ?」

「おめでてーなァ……誰もてめェにやるなんっつってねえだろうが!!」VSチェンジャーを構え、「快盗チェンジ!!」

 

『0・1・0、マスカレイズ!快盗チェンジ!』

 

 勝己の全身が光に包まれ、次の瞬間にはルパンレッドへと変貌していた。

 

「予告する。……てめェに、宝は渡さねえッ!!」

 

 それは、血反吐を吐くような叫びだった。

 

 

 



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#12 オーヴァーラップ 3/3

OPのかっちゃんがエモすぎる

ここのかっちゃんはといえば、ああして世間の非難を浴びることさえ許されず、デクから受けた呪いに人知れず縛られながら生きていくのです。あな曇りたてまつる。


 勇猛に鯨波をあげたルパンレッドだったが、デストラとの戦闘、その実は逃げの一手だった。敵の身体から直接発射されるミサイル群から八百万百を守りつつ、ひたすらに駆け逃げる。

 

「愚劣な……先ほどの威勢はどうした、こそ泥め」

「……チィッ!」

 

 いつもならぶち切れているところだが、勝己は自身を戒めた。今の行動が快盗として最良の一手であるとデストラもわかっていて、そのうえで挑発しているのだ。

 

(最良っつっても……このままじゃ、ジリ貧か)

 

 デストラの放つミサイルの雨あられは、いつまで経っても弾切れの気配すら見せない。出し惜しみをしていないということは、あるいは無尽蔵なのかもしれない。であれば、いちかばちか。

 

「ッ、おいポニテ!」

「ポニ……は、はい!」

「あんた元ヒーロー志望だっつったな、運動神経には自信あンな!?」

「え、ええ……でも」

「なら話は早ぇ、──来い!」

 

 レッドは百の腕を引っ張り、マントを翻しながら陸橋から飛び降りた。ほぼ同時にデストラのミサイルが陸橋のあちこちに命中して、コンクリートを跡形もなく粉砕する。

 

「きゃああああ──」

 

 悲鳴をあげる百だったが、墜落など序の口だった。支柱の折れた橋の残骸が、容赦なく彼らに降り注ぐ。一計を案じたルパンレッドは百をお姫様抱っこの要領で抱えると、素早く傍らの地下駐車場に滑り込んだ。

 そして、殆ど寸分の間もなく追いかけてきた瓦礫の山が、外部と通ずる空間を塞いだ。

 

「チッ……」

 

 百を背中に庇いつつ、レッドはもはや癖になってしまっている舌打ちをこぼした。瓦礫などは問題ではない、VSチェンジャーで撃てば吹き飛ばすなどわけもないのだ。

 彼が憂いているのは、言うまでもなくデストラのこと。炎司の言葉は大袈裟ではなく……奴は、強い。今の絨毯爆撃など、小手調べでしかないのだろう。

 

「………」

 

 一方で百は、もちろん危機感もあったが、それ以上に目の前のルパンレッドの背中に思うところがあった。庇う、守る──そうした動作を徹底しているのは、ペンダントのためだけなのだろうか。

 

──あんた()、ヒーロー志望だったンか。

 

(そう……貴方も、そうなのね)

 

 百には、家の跡継ぎという"大義名分"があった。でもこの少年はきっと、純粋にヒーローのみを希求しながら、己の犯した罪に呪われてその望みを捨てたのだろう。

 

 この何もかも対照的だと思っていた少年に、百は初めて深い同感を覚えた。

 

「……やむを得ませんわね」

「あ?」

 

 振り返ったルパンレッドが見たのは、自らペンダントを首元から取る百の姿だった。

 

「差し上げますわ」

「……あんた」

「命には代えられませんわ。それに、やりたいこともできてしまいましたもの」

 

 やりたいこと──それがなんなのかなど、訊くだけ野暮というものだろう。

 

「これがお役に立つことを、願っていますわ」

「……そうかよ」

 

 差し出されたペンダントを、彼にしては遠慮がちな手つきで受けとる。百がフッと微笑むのがわかった。

 穏やかな瞬間。しかし、ここは戦場だった。瓦礫が外から粉砕され、サイクロプスのような怪人の姿が覗く。

 

「隠れても無駄だ……!」

「……ハッ、隠れたつもりなんてねェっての」

 

 これ見よがしにペンダントを手にぶら下げ、立ち上がるレッド。その意図は明白だった。

 

「用があンのはコレだろ。──かかって来いやァ!!」

 

 今度は一転、自ら攻めかかっていくレッド。素早く駆け回って撹乱するという得意の戦法は、この閉鎖空間にあっては通用しない。であれば、突破口は自ら切り開く──

 

「……生意気な!」

 

 対するデストラは、見かけ通りの頑丈さを誇っていた。射撃もルパンソードによる斬擊も、まともに通用しない。やはり、自分ひとりの今の実力で倒すことなど不可能──口惜しいが、わかっている。目的はひとつ、譲り受けたこのペンダントを守り抜くことだ。

 

「チィ……ッ!」

 

 青空の下に飛び出すことには成功したレッドは、相手の邀撃にまかせて地面を転がった。そうして距離をとり──VSチェンジャーに、ペンダントを押しつける。

 すると繋ぎとめられた宝石が、眩い光を放ちはじめた。

 

『──シザー!』

 

 電子音声。それとともに、ペンダントはその形状を大きく変えていた。戦闘機のミニチュアというべきか──勝己に言わせれば、ひと目でダイヤルファイターとわかる姿だ。

 

「っし……!」

 

 レッドは今日初めて歓喜の声を──ささやかだが──あげた。ダイヤルファイターなら、後生大事に守りながら戦うのではなく、攻めの一手として利用できる。早速とばかりに彼はVSチェンジャーに装填し、銃口をデストラに向けた。

 

「おら、行けぇッ!!」

『Get Set……Ready Go!』

 

 VSチェンジャーから射出されることで、ダイヤルファイターはその真価を発揮する。みるみる実物大にまで巨大化し、シザーはデストラをも弾き飛ばして天高く舞い上がった。

 同時に力いっぱい跳躍したルパンレッドは、コックピットへと滑り込んでみせた。

 

「ッ、小癪な……逃がすものか」

 

 この程度のことであきらめるつもりはないデストラだった。以前にも使用した種子のような弾丸、手にしたそれを彼方へ投げつけると、たちまちそれは歪な巨像へと姿を変える。

 

「ゆけ、ゴーラム」

「グォオオオオオ……!」

 

 ゴーラムにあとを任せ、立ち去るデストラ。それを見計らって、百も外へ出て来た。飛び去るシザーダイヤルファイター、あれがつい先ほどまで己の身につけていたペンダントだったとは。

 

「……さようなら、不思議な快盗さん」

 

 この先、あの少年の願いが叶ったとして。呪いから解かれた彼は、一度は捨てた夢を拾うことができるのだろうか。

 どうであったとしても、あの少年に幸福が訪れますように。そう、願わずにはいられなかった。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、パトレンジャーとレッドを除くルパンレンジャー、そしてブレッツ・アレニシカによる三つ巴の激闘が場所を移して続けられていた。

 

 青空に、緑の芝生が眩しい中庭。平時なら憩いの場になりうるであろうその場に響くのは銃声、剣戟の音。あるいは、

 

「死ねぇ人間ども!!」

 

 罵声とともに、角から電撃を放つブレッツ。それは中庭じゅう広範囲に広がり、言葉通り五人全員に襲いかかった。

 

「ッ!」

 

 ひらりとマントを翻し、雷をかわすルパンレンジャー。ずっとこんな調子で、接近がかなわない。

 

「あーもうっ、金庫に近づけない……!」

「焦るな、まだチャンスはある」

 

 一方で、仲間の援護をえて勇猛果敢に挑みかかる者がいた。この場には唯一の、赤い闘士。

 

「うおおおおおッ!!」

 

 電撃がぎりぎりのところに着弾する。直接当たっていなくとも熱と衝撃が伝播するが、持ち前の頑丈さで彼は耐え抜いた。

 そしてついに、電撃の範囲外である至近距離にまで詰め寄ることに成功した。そのままパトメガボーで叩きのめそうとするのだが、もとよりブレッツの電撃はルパンコレクションの能力である。生まれながらの武装として、鹿の角に似た刀──"シッカリバー"と名付けている──をふたつ、彼は所有していた。

 

「ッ!」

 

 がちゃんと重々しい音をたてて、鍔迫り合いが始まる。尤も敵は二刀流で、パトレン1号は警棒一本。元の筋力はほぼ互角だが、徐々に劣勢に追い込まれていくのは当然の帰結だった。

 

「切島くん!」

 

 2号──天哉の切羽詰まった声。気持ちはうれしい、が、大丈夫。勝機はある。

 1号は意地を張るのをやめ、腕からふっと力を抜いた。警棒の拘束から逃れたシッカリバーが、彼の身体を袈裟懸けに……とは、ならなかった。

 

「な、何ィ!?」

「へへっ……残念、だったな」

 

 1号の身体が、硬い。警察スーツに守られているとはいえ、それは尋常な硬さではなかった。切島鋭児郎の個性のことなど、ブレッツには知るよしもない。

 

「うぉらぁッ!!」

「グハッ!?」

 

 わざと身体を地面に横たえたかと思えば、足に力を込め、重力に逆らって蹴り上げる。その一撃はシッカリバーの片割れに命中し、弾き飛ばすことに成功した。

 慌てて残った片方を振るうブレッツだったが、それを見越して1号は素早く起き上がっていた。ひと振り対ひと振りなら、単純な力比べでも負けない自信があった。警察スーツの性能はもちろんのこと、元々鍛えに鍛えているのだから。

 

 実際、彼の目算に誤りはなかった。数秒ののちにはパトメガボーが残るひと振りを弾き飛ばし、敵を丸腰にすることに成功したのだ。

 

「ッッ!!」

 

 いよいよブレッツが焦るのがわかる、ただ戦意まで喪失したわけではないようで肉弾戦を仕掛けてくる。パトメガボーで叩きのめしてもいいが、ここは意表を突こうと思った。

 

「舐めんな人間がぁぁ!!」

 

 拳が迫ってくる。普通なら後方に退いてかわすところ……1号はあえて、その場に屈み込んだ。

 

「!?」

「"烈怒頼雄斗──」

 

「──安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)"!!」

 

 鋭児郎の全身が髪の毛一本に至るまで限界まで硬化する──ヒーローとしての、彼の必殺技。

 そうまでして彼が放ったのは、なんと頭突きだった。仲間たちさえも予測できないほど意外にも程がある攻撃だったが、さらに意外やこれが効果覿面だった。何せ、拳を振り上げていたせいで腹ががら空きになっていたのだ。

 

「ぐぎゃあああああ!!?」

 

 内臓がつぶれたかと錯覚するほどの激痛を受けながら、ブレッツは吹き飛ばされた。いや、常人だったらば本当にそうなっていただろうが、彼は頑丈なギャングラーだった。

 

「っし、これで……!」

 

 トリガーマシンバイカーを取り出し、VSチェンジャーを装填しようとしたところで──はっとする。ブレッツのルパンコレクションが快盗に奪われていない状況で、倒してしまっていいのか?ルパンブルーとイエローは、それぞれパトレン1号と2号に縫いとめられている。流石に、仲間に戦闘中止を呼びかけるほどにまで彼らに肩入れはできない。

 

 それでも彼が躊躇していると、腹を苦しそうに押さえながらもブレッツが起き上がろうとしつつあった。

 

「この……ッ、テメェら全員殺す──ッ!!」

「!」

 

 金庫が鈍い光を放ち、同時に角がスパークしはじめる。電撃はすぐに放出されることなく、膨大なエネルギーとして溜められているようであった。あんなモノが一挙に放出されたら、この場にいる全員の存否はもちろんだが、施設も倒壊しかねない。中にはまだ、国際警察の職員が残っているのだ。

 

(ッ、)

 

 そうだ、決めたのだもう迷わないと。どんな理由があろうと……快盗という間違った手段に拘泥している彼らに、おもねることなどしてはいけない。

 

「……ごめんな」

 

 それでも、届きはしない謝罪の言葉を口にして。

 

『バイカー、パトライズ!警察ブースト!』

 

 バイカーのエネルギーが、VSチェンジャーを通して銃口へ充填されていく。ブレッツのそれより、スピードは速い。

 そして、

 

「バイカー、撃退砲ッ!!」

 

 ホイールの形をした光弾が、放出された。

 

「ッ、しまった……!」

 

 パトレンジャーふたりを突き飛ばし、ブルーとイエローが走り出す。しかしもう遅かった。彼らの走力より、弾丸のほうが速いのだから。

 

 弾丸はブレッツの胴体に直撃し、一瞬の停滞のあとに大爆発を起こす。赤く揺らめく炎。その中に、かのギャングラーの姿はなかった。

 

「あ……」

 

 呆然と、立ち止まるふたり。振り撒かれる熱とは裏腹に、身体の芯が冷えきっていくのを止められない。

 

「ルパンコレクションが……」

 

 失われたルパンコレクション。──つまり、彼らの願いは。

 

「ここまでだ、快盗!!」

 

 VSチェンジャーを突きつけ、パトレン2号が勇ましい声をあげる。1号と3号も快盗の逮捕にシフトチェンジしたのは同じだった。尤も、彼らの声は捜査対象のふたりには届いていなかったが。

 

 こちらに背中を向けたまま立ち尽くす彼らにじり、と距離を詰めた瞬間、

 

「グォオオオオオ!!」

「!」

 

 飛び回るシザーダイヤルファイターに、それを追うゴーラムがこちらに迫ってきた。

 

「あのバケモノ、この前の……」

「マシンの方は見慣れないが……まさか」

 

 そのとき、彼らのもとにグッドストライカーが飛んできた。

 

『ありゃシザーダイヤルファイターだ!まさかまた会えるなんて~兄弟!』

「お、おう……グッドストライカー」

「ちょうどいい。手伝いな!」

『D'accord!……おっと、了解って意味な~!』

 

 鋭児郎は説明されて初めてわかったが、天哉と響香はパリに本部を置く国際警察の一員であるので、フランス語はあらかた理解できた。本部勤務の経験はないが。

 

──閑話休題。頷いた1号は、バイカーと入れ替えにグッドストライカーを装填。巨大戦のはじまりを告げる引き金を、空めがけて引いたのだった。

 

 

『一・撃・必・勝!』

『轟・音・爆・走!』

『百・発・百・中!』

『乱・擊・乱・打!』

 

 警察ガッタイム──もはや慣れてしまったシークエンスによって、顕現する鋼の巨人パトカイザー。

 

 しかしながら、かの皇帝には悲劇が待っていた。これから激戦を繰り広げようというのに、肝心要のグッドストライカーが縦横無尽に飛び回るシザーダイヤルファイターに気を取られているのが端緒となった。

 

『おぉ、やっぱり輝いてるぜシザー……!』

「ちょっ、グッドストライカー前見ろ前!」

『え?──ウワァアアア!?』

 

 見ると、標的を変えたゴーラムが迫っていた。操縦そのものはパトレンジャーの管轄だが、ボディの中心であるグッドストライカーが集中を欠いたぶんだけ機体のポテンシャルが落ちるのだ。

 結果、敵の攻撃をかわしきれなかったパトカイザーは大きく吹っ飛ばされていた。

 

「い゛ッ、てぇぇぇぇ……!」

「ッ、グッドストライカー、きみという奴は……!」

『あぁダメだ、今日のオイラは頭にお花が咲いている……!』

「しっかりしてよマジで……」

 

「……何やってんだ、アイツら」

 

 出て来て早々にやられメカと化してしまったパトカイザーを見下ろしながら、ルパンレッドは呆れがちにつぶやく。無論彼はコックピット内の事情など知るよしもないが、十中八九グッドストライカーが原因なのだろうことは察しがついた。

 

 まあいい、この場において自分は制空権を得ている。地上の皇帝は邪魔なだけだ、静かに醜態を晒していてくれればいい。

 実際、レッドはシザーダイヤルファイターを巧みに操ってゴーラムを翻弄していた。巨大かつ屈強な容貌に圧倒されがちだが、目の前の敵を攻撃することしか能がなく、実態はポーダマンに毛が生えたようなものだ。

 

「さァて……片付けるか」

 

 フンと鼻を鳴らしつつ、最終フェーズに入る。シザーのダイヤルががりがりと音をたてて回転し、

 

『ブレード&シザー!』

 

 シザーの上部から、巨大な刃をもった小型戦闘機が分離する。──ブレードダイヤルファイター。シザーはシザーだけでなく、ふたつのダイヤルファイターで構成されたVSビークルなのだ、矛盾しているようだが。

 

 巨大な刃をもつブレードと、巨大な鋏をもつシザー。その両機が左右から同時に攻撃を仕掛ける。混乱したゴーラムはまともに防御もできず、切り裂かれ、切り刻まれる。

 

「ハハハハハッ、死ねぇ!!」

 

 いよいよテンションの上がったルパンレッドは、猛攻に猛攻を重ねてついにゴーラムを破壊し尽くした。その身が爆発を起こし、粉々に四散する。

 それを見届けて、レッドは言った。

 

「アデュー、サツの雑魚ども」

 

 わざわざ警察を挑発したうえで、ブレードを呼び戻して飛び立つ。巨大戦ではいいところなしだったパトレンジャーの面々、脱力して見送るほかなかった……シザーの勇躍に見とれているグッドストライカーを除いては。

 

──見送るといえば、彼女もそうだった。

 

「………」

 

 携帯電話を取り出し、インターネットで調べた"デューク・エリシオン事務所"の番号をコールする。特定の活動地域をもたないヒーローらしく、登録されていたのは携帯のナンバーだった。緊張はするけれど、躊躇はない。

 

『はい、こちらデューク・エリシオンです。何かお困りですか?』

 

 ヒーローらしく、ぴりっと引き締まった声。およそ十年ぶりに聴くが、少年の時分よりは若干トーンが低くなっているようだった。

 

「ええ、とってもお困りですわ。助けてくださる?」

『え……その声、百ちゃん……?』

 

 前言撤回。素の声は、当時とあまり変わらないようだった。

 

『ひっ、久しぶり!困ってるって、何があったの……助けるって、いや、そりゃ僕が力になれるなら……あれだけど……』

 

 今物凄い田舎にいるし、とエリシオン。百はくすりと笑った。彼は相変わらず素直で、要領が悪いのだ。

 

「構いませんわ。今度お休みをいただいて、そちらに伺います。どちらにいらっしゃいますの?」

 

 緑に囲まれた田舎の片隅でふたり、ゆっくりと話をしよう──電話一本でそれが実現できることがどんなに幸福か、彼女は既に知っているのだ。

 

 

 *

 

 

 

 帰路を歩く爆豪勝己は、珍しく上機嫌だった。シザーダイヤルファイターをもてあそびながら、ほのかに笑みを浮かべる。

 首尾よくこれを手に入れることができたのもそうだが、彼が喜ばしいと感じていたのは百のことだ。彼女は、快盗にならざるをえなかった自分とは違う道を選んだ。それでいい。呪われながら生きていくのは、自分ひとりで十分なのだから。

 

 戻ったジュレには、既に灯りがついていた。

 

「たでーま。見ろよコレ、あのペンダント、VSビークルだったぜ」

 

 饒舌に声をかけるが、答は返ってこない。──そこでようやく気がついたが、炎司とお茶子は憔悴しきっている様子だった。

 

「……ンだよ、てめェら?」

「爆豪、くん……ごめん……」

「あ?……なんだ、まァたあのシカ野郎、取り逃がしたんか」

「……違うの……」

 

「……コレクションごと、警察にやられた」

「……は……?」

 

 その言葉の意味を、勝己は一瞬理解できなかった。しかし理解しようとしまいと、彼は既に奈落へと堕ちていたのだ。

 

 絶望という、奈落の底へと。

 

 

 à suivre……

 

 




次回「ノットオーヴァー」


「アイツを倒せば、デクは……!」

「まだ、終わっていない!」





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#13 ノットオーヴァー 1/3

思ったより筆が進みました。
1クール最後の山場回、がんばれかっちゃん、まけるなかっちゃん。


 

「……コレクションごと、警察にやられた」

 

 そのひと言に、爆豪勝己の頭は真っ白になった。

 

「……何、やってんだよ」

 

 気づけば勝己は、炎司の胸ぐらに掴みかかっていた。

 

「何やってんだよてめェら!!任せろっつったよなァ、ア゛ァ!!?」

「………」

 

 炎司には年長者としてのプライドがある、いくらなんでもここまでの振る舞いは許さないだろう、普段なら。

 それでも彼は、抵抗するそぶりさえ見せない。筋骨隆々とした身体からは、ぐったりと力が抜けたままだった。

 

 激した勝己が拳を振り上げる──と、それでも何もしない炎司自身の代わりに、お茶子が割り入ってきた。

 

「ごめん!!……爆豪くん、ごめんね……っ」

「………」

 

 勝己の手からも、だらんと力が抜けた。──無意味なのだ、もう。謝られても、吊し上げても。

 

「……終わりだな……」

 

 力なくそうつぶやいて、踵を返す。目的を遂げることが不可能になった以上、ここにとどまる意味はもうない。飛び出していく勝己を、仲間たちは追いかける気力もなかった。

 ただ、

 

「これで終わりなんて……ヤだよ……」

 

 お茶子のつぶやきだけが、むなしく店内にこだました。

 

 

 *

 

 

 

 ジュレを飛び出した勝己に、当然行くあてなどない。夜の街をふらふらと彷徨いながら、気づけば彼は高架橋の上にいた。自身の重みでフェンスががしゃんと音をたてるまで、そんなことにさえ気がつかなかった。

 

「………」

 

 見下ろす幹線道路は、行きかう車のヘッドライトで煌々と照らされていた。美しいが、どこか空々しい光景。

 

(ワンチャンダイブ、)

 

 不意によぎった言葉だった。

 

 握りしめたフェンスが、ぎしぎしと悲鳴をあげる。ここから飛び降りて個性も使わなかったら、身体能力の高い勝己であっても命にかかわる怪我を負うだろう。

 

 デクにはあんなことを言っておきながら、今まで自死なんて考えたことはなかった。でも、願いの遂げられないこの世界に生きていても意味はない。あの瞬間、もしかしたらデクもそう思ったのだろうか。あのとき凍てつく風が吹かなくても結末は同じだったのかもしれないとようやく思い至って、勝己の手は震えた。

 死ぬのはこわくない。ただ本当に来世があったとして、自分がそこにたどり着くには地獄で永い永い遍歴を積まねばならないだろうとも思う。天国へ逝けたであろうデクと違って。まあ、このまま無為に生きながらえても同じことなのだが。

 

「あれ、バクゴー?」

「!!」

 

 死への願望にとりつかれた勝己が顔を上げると、憎むべき仇敵の姿がそこにはあった。

 

「よう、こんなとこで何してんだ?またサボり?」

 

 こちらの気持ちなどつゆ知らず、切島鋭児郎は親しげに話しかけてくる。帰宅途中なのか、いつもの警察戦隊の制服ではなくワイシャツ姿だ。安物の。それを嘲う気力さえ、今の勝己にはなかった。

 

「……話しかけンな……。今あんたの顔は見たくねェんだよ……!」

 

 わざと肩をぶつけて、鋭児郎が今来た方向へと歩き出す。顔を見たくないどころか、本音を言えば忍ばせたVSチェンジャーで今すぐ撃ち殺してやりたいくらいには憤懣やるかたない。ただそうしてこの男を手にかければ、デクの夢見たものをますます踏みにじるような気がした。勝己にとっての仇敵は、鋭児郎以上に自分自身だった。

 

──だのに、この三つ年長の青年は無邪気にあとをついてくる。

 

「今日は一段と荒れてんなぁ……。なんかあったのか?」

「関係ねえだろ……とっとと失せろ」

「言ったろ、ヒーローなんだしほっとけねえよ。そんな顔して歩いてちゃ、よからぬ輩に絡まれるぜ。春先なんかもそうだけど、こういう季節も増えるからよ、変質者とか」

 

 うるさい、黙れ──そう罵ろうとしたときだった。

 

「そういや、昨日の朝だっけかな……メキシコっぽい服装で、氷そのまま噛み砕いてるヤツとすれ違ったの」

「……!」

 

 その言葉に、勝己の記憶は一年前に飛んだ。氷山ごとデクが砕け散った直後、確かに聞いた氷を噛み砕くような音。──そうだ、炎司も言っていた。息子を失ったあのとき、メキシコ風の装いの男とすれ違ったのだと。

 

「……そいつ、どこで見た?」

「へ?」

「いいから答えろッ、どこで見た!!?」

 

 胸ぐらを揺さぶって、詰問する。あまりの剣幕に押されてか、鋭児郎は一も二もなくその場所を教えてくれた。

 

 

 *

 

 

 

 空が白みはじめた頃、麗日お茶子と轟炎司は昨日ブレッツ・アレニシカが倒された国際警察関係の施設に忍び込んでいた。正確には、単身飛び出そうとしたお茶子に炎司が渋々着いていった、というところだが。

 

 そのお茶子はというと、ブレッツが爆死した芝生の上に這いつくばり、懸命に目を凝らしていた。少し離れて見守る炎司が、小さなため息をつく。

 

「お茶子……もういい。おまえがそこまでする必要はないだろう」

「あるよ!」這いつくばったまま、激しい返事がくる。「私だって、快盗なんだから……!それに、いくら爆発したっていったって、ルパンコレクションの欠片くらい落ちてるかもしれないもん。集めてくっつけたら、なんとかなるかも……!」

「……だが、現に一片も見つかっておらんだろう」

 

 そう、かれこれ四半刻は探しているのだが。もう少し明るくなってしまったら、それはそれでここに留まっているわけにもいかないのだ。ふたりは快盗姿ですらないのだから。

 

「ねえ……ちょっと引っ掛かってたんだけど、」

「どうした?」

「あのゴーシュってギャングラー、どうして出てこなかったんだろう?いつもならすぐ出てきて、巨大化させちゃうのに……」

「!」

 

 それは──確かにその通りだ。

 芽生えた疑念、それは鈍りきっていた炎司の頭脳を急速に回転させる。

 

(そもそも、ギャングラーの金庫は頑丈だ。ブンドルト・ペギーのときは金庫の中から爆発させられたにもかかわらず、原型をとどめた残骸が残っていた。しかし、今回は──)

 

「……お茶子!」

 

 ひとつの結論を見出だした炎司は、昂った声で言い放った。

 

「まだ……終わっていない!」

 

 

 *

 

 

 

(まだ、終わってねえ……!)

 

 すっかり夜も明けた頃、勝己は同じ言葉を胸に街を走っていた。無論、炎司たちとは異なる意味でだが。

 

──あいつを倒せば、たとえルパンコレクションが集められないとしても。

 

「さっきのヤツ、ヤバくなかった?」

「それな。なんで氷食いながら歩いてんだろ?」

 

 不意に耳に入った会話。はっと振り返れば、登校途中なのだろう同い年くらいの少年たちがきゃっきゃとはしゃぎ合っている。勝己は即座に踵を返した。

 

「おい!」

「え?──!」

 

 振り向いた学生たちの視界いっぱいに映ったのは、般若のような凶悪な面、そして爛々と輝く血のいろをした瞳だった。

 

「ソイツ、どこで見た?教えろや……!」

「ヒィ──ッ!」

 

 悲しいかな、彼を抑制できるものはこの場にはいなかった。

 

 

 *

 

 

 

「ううむ、今日も実にいい天気だ!」

 

 庁舎を出て開口一番、飯田天哉はそう声をあげて背筋を伸ばした。ギャングラーを倒した翌日、こんな快晴のもとに穏やかな一日となればいいと心から思う。警察官やヒーローが暇なのが、本来的には理想なのだから。

 

「あっ、飯田さ~ん!」

「ム、」

 

 呼びかけに振り向くと、手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる少女の姿。まろい頬と大きな卵形の双眸は、彼女を実年齢以上に幼く見せている。実年齢でいっても、天哉よりずいぶん年少なのだが。

 

「おお、麗日くんじゃないか。おはよう!」

「おはようございます」

 

 国際警察の前で彼女と会うのは初めてのことだった。いつもは彼女の働いている店に出向くばかりなのだ。

 

「今日はまた、こんなところにどうしたんだ?もしや、また何か相談事かい?」

「あっ、いえ……近くを通りかかったので、ちょっと国際警察の建物見てみたいな~って思って。──それより飯田さん、昨日もギャングラーと戦ったんですよね?守ってくれて、ありがとうございます」

「どういたしまして。だが、それが俺の職務だからな、当然のことをしたまでだ!」

 

 胸を張る天哉は、やはり心からパトレンジャーの仕事に誇りをもっているようだった。目を合わせるのがつらくなるお茶子だったが、快盗だって自分にとっては誇りをもてる稼業だと思い直し、改めて天哉の顔を見上げる。

 

「最近、ギャングラーっておっきくなりますよね?あれ、どうしてなんですか?」

「ああ……詳しくは話せないんだが、あれは──」

 

 答えられる範囲で答えようとしたとき──天哉の脳裏に浮かんだのは、昨日の戦闘だった。

 

(そういえば、昨日はなぜあの女ギャングラーが現れなかったんだ?)

 

 それに、いつもなら残っているはずの金庫の残骸もなかった。──ひとつの事実に思い至って、天哉は愕然とした。

 

「飯田さん?」

「──すまない麗日くんッ、すぐ戻らなければ!回答はまた今度としてくれ!」

 

 庁舎に駆け戻っていく天哉。"エンジン"の個性を使えなくとも、その走力は大したもの。

 背中を見送りつつ、お茶子は「ごめん飯田さんっ」と両手を合わせる。──今度こそ本懐を遂げるために、これから彼を……彼らを利用するのだ。

 

 

「──実はそれ、ウチも引っ掛かってたんだ」

 

 タクティクス・ルームに戻った天哉が湧いた疑念について話すと、耳郎響香もまたそう言って首肯した。

 

「確か、昨日の現場検証でもなんも出てきてなかったよな?遺留品とか……」続く、鋭児郎。

「ということは、まさか……」

 

「──あのギャングラー、ブレッツ・アレニシカは逃げ延びている可能性があるな」

 

 塚内管理官が、最後にそう引き継いだ。責任者である彼がそのように発言したということは即ち、それが警察戦隊としての結論になるということだ。

 

「ジム、あの施設から半径5キロ以内の防犯カメラの映像を確認してくれ。時間は昨日の正午以降だ」

『了解しました!』

 

 

 *

 

 

 

 快盗と警察が日を跨いでブレッツ生存を疑い出した一方で、彼の能力を知っているギャングラーの面々はそれを当然の事実として話していた。

 

「ブレッツの奴、お得意の技で逃げ延びたか」

 

 優雅にワインを傾けつつ、つぶやくギャングラーの首魁──ドグラニオ・ヤーブン。彼の傍には、例によって側近ふたりが侍っている。

 

「まあ、デストラに利用されるだけ利用されて死ぬんじゃ、可哀想ですものね」

「……勝手な行動をとって申し訳ありません、ボス」

 

 ゴーシュに対しては含むものがありながらも、デストラは主に向かって心底すまなそうに頭を垂れた。対するドグラニオは鷹揚だ。

 

「かまわんと言ったろう。快盗どもはあれで耳が早い、いちいち俺に伺いをたてていては遅れをとっちまうだろうからな」

「……はっ」

 

 実際、VSビークルは快盗の手に渡った。純粋な戦闘能力でいえば取るに足らないガキだったが、あの判断力と胆力はなかなかのものだ。本気で叩き潰すか、それとも──思案のしどころだった。

 

 

 *

 

 

 

 昼間でも人の寄りつかない、郊外の廃ビル。そこに爆豪勝己の姿があった。快盗活動用の燕尾服にシルクハット、正体を隠すための仮面。既に確信をもった彼は、戦いに臨む姿勢を誰にともなく明らかにしている。

 

 VSチェンジャーを構え、息を殺しながら廊下を進んでいく。──ややあって、聴こえはじめたのは口笛の音だった。その方向めがけて、迷わず歩を進める。

 

 いた。──見つけた。

 

「やっと会えたな……氷野郎」

 

 安楽椅子に座った男は、ひゅう、とまたひとつ口笛を吹いてみせた。

 

 



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#13 ノットオーヴァー 2/3

当作品とは直接関係なくて恐縮ですが、一昨日はクウガ&平成ライダー開始20周年でしたね。私のデビューは2000年2月13日だったのでまだ先ですが、いずれにせよもうそれだけの時が経ち、すっかり「歴史」になってしまったんだなぁ、と…

今は現役のヒロアカや、まだvsもあって新鮮なルパパトもいずれそうなっていくのだ…


 ようやく見つけた──デクの仇。

 彼がまずもって表したのは、人間に対する侮りの感情だった。

 

「おやおや、いけないなァ。人間がこんな所に来ちゃ」

 

 恰好から相手が快盗であることはわかっているだろうに、立ち上がろうともせずにこの言葉。いつもなら勝己の逆鱗に触れていただろうが、今日の彼は特段の反応を見せなかった。──彼の激情は、とうに天井に達していたのだ。

 

「一年前……てめェ、何した?覚えてねェとは言わせねえぞ」

「ん~……」

 

「呼吸?」

「……!」

「な~んて……ハハハハハッ」

 

 哄笑する青年に、勝己は淡々と銃を向けた。言葉をかわすのも、怒りを露にするのも無意味だとわかっていたから。

 しかしそれでも、相手のほうが上手だった。凍てつく風が頬を撫ぜたかと思えば、氷漬けになったシルクハットが吹き飛ばされる。床に落着したそれは、一瞬にして粉々に砕け散る──デクのように。

 

「ッ、」

「冗談も通じないのか、あぁ……サムい」

 

 氷のみで造りあげたかのような意匠の銃を構えながら、肩をすくめる青年。VSチェンジャーのグリップを握る手に力がこもるのが、勝己は自分でもわかった。

 

「……一年前もそのルパンコレクションの力で、デクを消したのか」

「でく?」首を傾げつつ、「つーか、そんなモノ持ってないよ。これは、オレ自身のチ・カ・ラ」

 

 怠そうに立ち上がると同時に、氷の銃を無造作に投げ捨てる。なるほどそれはシルクハット同様粉々に砕け散り、氷粒のみをその場に残した。

 

「人間を消すなんて簡単なもんさ。その"でく"ってヤツのこと、キミは人間扱いしてなかったみたいだけど」

「……!」

 

 なぜ、今の会話だけでそんなことがわかる?疑念とともに勝己の心臓は跳ねた。

 同時に、青年の身体が変化する。全身が氷に覆われたかと思えば、寒々しい色の外皮に覆われた怪物に。その姿は、まるで水妖のようでもあった。

 

 人間体の面影を残したテンガロンハットのような頭部を撫で、ザミーゴ・デルマは嗤った。

 

 

「──ザミーゴの奴、こんなところに呼び出しやがって……」

 

 掃除夫の男に化けたブレッツ・アレニシカは、かのアジトに向かいつつそうぼやいた。人間たちには死亡したと思い込ませ、まんまと逃げおおせた彼はすっかり無警戒になっている。とりわけ、人間たちの科学技術にはまったく無頓着であった。

 その結果、見事に足を掬われることになるのだが。

 

「動くなッ、国際警察だ!!」

「!?」

 

 まだ少年のいろを残した口上とともに、駆けつけてきたパトレンジャーの面々に背後からVSチェンジャーを突きつけられる。

 

「国際警察……!お前ら、なんでオレが生きてるって……」

「人間、あんま舐めんじゃないよ」

「どんなからくりを使ったのか知らないが……今度こそ殲滅するッ!!」

「チィィ……!」

 

 一度敗走したことは事実なので、ブレッツは焦った。しかしあれは一時的な撤退にすぎないのだと自分に言い聞かせ、擬態を解いてパトレンジャーに対峙する。

 対する三人も、

 

「「「警察チェンジ!!」」」

『1号、パトライズ!警察チェンジ!』

 

 警察スーツを装着、

 

「国際警察の権限において──」

「「「──実力を行使するッ!!」」」

 

 ブレッツ・アレニシカの放つ電撃をかわしながら、散開したパトレンジャーは一斉に飛びかかった。作戦はもう決まっている、付近の廃ビルへ追い込み、逃げ場を与えず倒すのだ。

 

 

──無論、その廃ビルの中で爆豪勝己とザミーゴ・デルマが対峙していることなどは知るよしもない。

 

「………」

 

 いつ終わるとも知れず続く、張り詰めた静寂。勝己は銃口を向けずVSチェンジャーを握りしめたままだが、ザミーゴはそれさえしていない。両手を宙で遊ばせているだけだ。

 

──その瞬間が訪れるのに、前兆はなかった。

 

 勝己がいよいよ銃口を突きつけようとすると同時に、空の金庫から氷の銃を生成するザミーゴ。しかし、互いに引き金を引くことはなかった。

 作戦通りブレッツを追い込むことにしたパトレンジャーが、彼もろとも乱入してきたのだ。

 

「!?」

「え……ギャングラーに快盗!?」

 

 勝己も鋭児郎──パトレン1号も、互いの姿を認めて驚愕するほかなかった。なんという偶然……いや、ブレッツはザミーゴに呼び出されてここに来たのだから、必然か。

 闖入者は、彼らだけではなかった。

 

「見つけてくれてありがと~!」

「今度こそコレクションは貰い受ける」

「何ィ!?」

「ッ、快盗!」

「てめェら……」

「えっ……?」

 

 互いが、互いがここにいることに驚きを隠せないでいる。この混沌とした状況を愉快に思ってか、ザミーゴは高らかに哄笑した。

 

 一方のブレッツはというと、「あぁもう何が何だか!」と自棄になって電撃を放った。狭い空間を稲光が走り回り、人間たちはいったんその場から退避せざるをえなくなる。当然、勝己も。

 しかしそのおかげで、唐突に現れた仲間たちと合流することができたのも事実だった。

 

「爆豪くん……なんでここに?」

「てめェらこそ……。つーか、なんであのシカ野郎が生きてる?」

「何故かは知らん……が、まだ終わっていなかったということだな」

 

 戦闘の様子を見遣りつつ、炎司。その奥では、肩をすくめたザミーゴが悠々と立ち去ろうとしていた。

 

「あのギャングラー、何なん?」

「……一年前、デクたちを消した野郎だ」

「何だと……!?」

 

 炎司は思わず目の前の少年に詰め寄った。

 

「貴様、ひとりで奴を追っていたのか!?」

「……俺しかいねェだろ」

 

 怒鳴り返すでもなく、勝己は静かにそう告げた。

 

「俺が氷野郎をブッ殺せば……全部、もとに戻せっかもしれねえ。だから奴は──俺に任せろ」

「小僧……」

 

 目の前の紅い瞳が、しずかに燃えている。そこに揺らめく炎は、常々彼が発露している瞋恚とは異なるもので。

 

「──わかった。ブレッツは今度こそ、俺たちが必ず」

「……爆豪くん。絶対、死なないでね」

「ア゛ァ?丸顔、誰にモノ言って──」

 

 最後までは、言葉にならなかった。仮面から覗くお茶子の瞳が真剣な煌めきを放っていると、気づいてしまったから。

 

「約束、だからね!」

「……おー」

 

 頷いたお茶子が、VSチェンジャーを目の前に差し出す。その行為の意味をたがえず受け取り、炎司、そして勝己もまた。

 そして、

 

『レッド!』

『ブルー!』

『イエロー!』

 

『マスカレイズ!』

 

「「「──快盗、チェンジ!!」」」

 

 

 悠々と立ち去ろうとしていたザミーゴは、背後から響く銃撃の音にひらりと身を翻した。

 

「……へぇ」

「………」

 

「──ルパンレッド!!」

 

 そして、パトレンジャーとブレッツの戦闘に割り込む彼らも。

 

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

「快盗戦隊──」

 

「「「──ルパンレンジャー!!」」」

 

 ザミーゴと対峙するルパンレッド、ブレッツやパトレンジャーと三つ巴の死闘を繰り広げるブルーとイエロー。彼らは別々の戦場にいて、それゆえ互いの声など届いているはずもない。

 

「予告する」

「あなたのお宝いただいて──」

 

「──てめェをブッ殺して、願いを遂げる!!」

 

 しかし彼らの叫びは、寸分のずれなく揃っていた。大切なものを取り戻したい──その願いはひとつ。ゆえに心もひとつなのだと、誰に誇るでもなく彼らは示したのだ。

 

 

 *

 

 

 

 ブレッツ・アレニシカを標的とした戦闘、今度は終始ルパンレンジャーのペースで進んでいた。昨日の戦闘では電撃を警戒するあまり後れをとった。その反省から彼らはとにかく懐に飛び込み、遮二無二コレクションを取り上げる作戦に出た。それが功を奏し、ブレッツは腰が引けぎみで電撃を有効に使用できていないのだった。

 

「はっ!」

「ッ!」

 

 邪魔をしようとする警察を、さらにイエローが妨害する。そして体術でブレッツを翻弄することに成功したブルーが、ついにダイヤルファイターを金庫に押しつける。

 

「なァ!?」

「よし……!」

 

 いよいよ解錠が始まろうかというときだった。

 スポンと何かが小気味よく抜けるような音とともに、ブレッツの背後からもう一体、ブレッツが現れたのだ。同時に、ブルーの目の前にいたブレッツは風に吹かれて崩れ去っていく。

 

「何……!?」

「フゥ、危ねえ危ねえ」

 

 一瞬、何が起きたか困惑するのは是非もなし、しかし様々なギャングラーと戦ってきている快盗たちはすぐに答を導き出した。──脱皮、あるいは分身か。

 

「……ふむ、昨日警察が倒したのはあの偽物だったというわけか」

「──ならば、脱皮する前に本体を倒すッ!!切島くん、耳郎くん!」

「おう!」

「ああ!」

 

 パトメガボーを手に、必殺の構えをとる三人。ブレッツは再び分身でかわそうとするが……これを最大にして最後の好機と捉えたルパンブルーは、咄嗟に彼をワイヤーで拘束した。

 

「ぐええッ、何しやがる!?」

「この程度で分身できなくなるのか、侘しいな。──イエロー、行け!」

 

 命じられるより前に、イエローは既に走り出していた。身動きのとれないブレッツの金庫にダイヤルファイターを押しつけ、

 

『3・8・8──!』

『ダメ・絶対斬り──!』

 

 気づけば、パトレンジャー三人が目前にまで迫っている。イエローは咄嗟に逃げ出すほかなく、それができないブレッツは見事にパトメガボー三連擊の直撃を受けた。

 

「ぐァあああああああ──!!」

 

 断末魔の絶叫とともに、ブレッツの身体が爆発四散する。ひしゃげ焼け焦げた金庫だけがその場に残されたことが、パトレンジャーが彼らの任務を遂げたという事実を示していた。

 では、俺たちの願いは──固唾を呑んで立ち尽くすルパンブルーの視界の端で、イエローがふううと息をついた。

 

「ぎりぎりセ~フ……ルパンコレクション、いただき!」

 

 彼女の手には、巨大な乾電池のようなオブジェクトが握られている。ブルーもまた、密かに息をついた。

 

「まったく、手こずらせてくれたものだ……」

 

 とはいえ、まだ戦いは終わっていない。パトレンジャーの標的は早くも自分たちに移っている。

 

 ただ、第二ラウンドが快盗vs警察とはなりえないことを、既に彼は予測していたが。

 

「私の可愛いお宝さん──」

「!」

 

 いつの間にか、姿を現していた──ゴーシュ・ル・メドゥ。彼女に対して生半可な攻撃は通用せず、それゆえ妨害もままならない。

 

「──ブレッツを、元気にしてあげて」

 

 そして、禍々しいエネルギーが放たれた。

 

 

 *

 

 

 

 愉しげな笑い声と、銃声。それらが同時に響き渡る度に、辺り一面が凍りついていく。

 

 ザミーゴ・デルマの手にする氷の銃。放たれる氷弾の標的とされたルパンレッド……爆豪勝己は、持ち前の身のこなしでそれらをかわし続けていたが。

 

「チィ……ッ!」

 

 この戦い、完全にザミーゴのペースだ。デストラやゴーシュと同じく、この敵は有象無象のギャングラーとは格が違う。

 

──それでも、尻込みなんてするわけがなかった。

 

「おらぁッ!!」

 

 懐に飛び込み、至近距離でヘッドショットを図る。しかしザミーゴは「おっとぉ」とおどけた声を発してあっさりと光弾を回避し、さらにはレッドを殴り飛ばした。

 

「ヘイヘイヘイっ!」

 

 銃を二丁にして、さらに大量の氷弾を撃ち込んでくる。

 

「ッ!」

 

 素早く床を滑走し、障害物を利用して間一髪逃げる。「踊れ踊れ」と、ザミーゴは心底この一方的な戦いを楽しんでいた。

 

(ッ、これ喰らったら、一発でお陀仏かよ……!)

 

 昨夜は死を考えていた勝己だが、"まだ終わっていない"ことがはっきりした今、絶対に死ぬわけにはいかなかった。絶対に、取り戻す。

 彼が撃ち返してきた光弾を余裕綽々とかわすザミーゴだったが、次の瞬間その身はワイヤーで拘束されていた。動き回りづらい屋内での戦闘ではもとより不利だ、それなら。

 

「オモテ出ろやぁッ!!」

 

 力いっぱい、ワイヤーごとザミーゴを投げ飛ばす。果たしてその身体は打ちっぱなしの壁を突き破り、レッドの意図通り青空の下に追い出された。

 とはいえ、彼の余裕はまったく変わらなかった。

 

「よいしょ、っと!」

「ッ!?」

 

 なんの苦労もなく着地したかと思えば、軽々と身体を揺らし──その挙動のみで、ワイヤーで繋がったルパンレッドを引きずり出したのだ。

 あっさり拘束を解き、地面を転がるルパンレッドに銃口を突きつけるザミーゴ。コンマ数秒のあとで、氷弾が放たれ──

 

「──ッ!」

 

 咄嗟に身を翻し、直撃を避けるレッド。が、避けられたのはあくまで直撃だった。マントをかすっただけで、氷弾は加速度的に侵食を開始する。これが身体にまで到達したらばもう取り返しがつかないのだと、彼は即座に悟った。

 

「ぐううう……!」

 

 空中で身体を回転させたのは、殆ど反射的な行動だった。同時に凍りついていくマントをVSチェンジャーで撃ち、氷もろとも砕いていく。咄嗟の機転が功を奏し、彼自身が凍りつくことはなかった。

 しかし危機は脱しても、劣勢を覆せるわけではない。身体の芯から冷えていくような感覚に、地面に倒れ落ちたレッドはすぐには起き上がることもできない。

 

「へえ。結構頭イイねえ、おまえ」

 

 ひゅう、と口笛を吹くザミーゴ。敵の奮戦ぶりを、そうでなくては張り合いがないとばかりに彼は楽しんでいた。

 

「でも……次はないぜ?」

「……!」

 

 二丁銃が、獲物を喰らわんと牙を煌めかせている。

 

「アディオ~ス」

 

 もう、逃げられない。

 

──ならば、

 

『シザー!』

 

(コイツに……賭ける!!)

 

 VSチェンジャーの引き金を引くと同時に、ルパンレッドの姿が氷山に覆われる。勝利を確信したザミーゴだったが、

 

『快盗ブースト!』

「!」

 

 勇ましく響く電子音声の直後、どこからともなく飛翔する巨大ブーメランが氷結を打ち砕いていく。そうしてザミーゴの眼前に、再びルパンレッドが現れた──シザーダイヤルファイターが変化した盾によって、彼は氷弾を弾き返したのだ。

 

「へぇ……」

 

 感嘆めいた声をあげるザミーゴ。対するルパンレッドもまた、不敵な笑みをもって応えた。

 

 

「本ッ当に俺が強ぇのは、こっからなんだよ……。──行くぜ氷野郎ッ!!」

 

 この切り札に、爆豪勝己は命運をかけるつもりでいた。

 

 

 

 

 



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#13 ノットオーヴァー 3/3

4DXスマァァァッシュかましてきました。

やっぱええなぁヒーローズライジング…二人のヒーローもよかったけど
ひとつ気になったのがデクの右腕は大丈夫?ってなことでした


 

「おらぁッ、行けえ!!」

 

 氷弾をシザーダイヤルファイター本体で跳ね返しつつ、ルパンレッドは背中に背負ったブーメランを投げつける。左手は本体で塞がっているので、右腕の筋力のみで扱うこととなる。そこは快盗としてはもちろんのこと、ヒーローを目指して子供の頃から鍛えてきた肉体だ。このルパンコレクションを扱うことなど造作もなかった。

 

「ッ、」

 

 標的となったザミーゴは当然ブーメランを撃ち落とそうとするが、高速回転しながら向かってくる飛翔体に命中をとるのは困難だった。もとより彼はスナイパーではなく、乱れ撃ちを得意とするガンマンというほうがふさわしい。

 

「Shit!」

 

 軽い調子で毒づきつつ、回避にシフトするザミーゴ。巨大なオブジェクトを避けることは彼にとって造作もないことだったが、銃弾などとは異なりブーメランは戻ってくる。尤も、それも折り込み済みのことではあったが。

 

「ひゅう♪」

「………」

 

 結局命中はとれず、ブーメランはむなしくルパンレッドのもとへ帰ってくる──それにしては、彼は静謐を保っていた。

 

「……ハッ」

 

 その仮面の下は、笑っていた。

 ブーメランはルパンレッドの寸前で再び弧を描き、さらにますますスピードを増してザミーゴに向かっていったのだ。

 

「何──」

 

 一瞬だが、初めてザミーゴの態度から余裕が失せた。咄嗟に身を翻した彼だったが、背中に鋭い痛みを覚えたのだ。

 見れば、首から伸びた触手が数本、斬り飛ばされていた。

 今度こそブーメランはルパンレッドの手に戻った。それを目の当たりにして、

 

「……ふ、くくく……。ははははは、ハハハハハハッ!!」

 

 ザミーゴは、高らかに笑っていた。

 

「いいねぇ……気に入ったぜ、おまえ」

 

 斬られた触手が一瞬にして再生していく。肉体の一部であっても、ルパンレッドがマントを破壊されるほどの感情の揺らぎもない。

 

「オレの名はザミーゴ・デルマ」

「!」

 

 再び氷弾が放たれる。まっすぐな軌道であるため防ぐのは容易だったが、ザミーゴは氷結で視界を塞がれた隙に姿を消していた。

 

「また会う日まで、覚えときな」

 

 その声は既に、彼方から響いている。──戦いは、終わってしまった。

 

「ッ、………」

 

 「待てや」と声を張り上げる余力もなく、レッドはその場に片膝をついた。悔しまぎれに目の前のコンクリートを殴りつけていると、駆け寄ってくる足音がふたつ。

 

「レッド!」

「……丸顔、クソ親父」

 

 相変わらず仲間に対して礼を失したあだ名だが、今日ばかりはか細く、罪悪感を孕んだ声色だとふたりには感じられた。

 

「あのギャングラーは?」

「……取り逃がした」

「えっ……」

「……貴様、」静かに詰め寄るブルー。「任せろと、言ったよな?」

「……言った……」

 

 俯いたままのレッドは、見守るイエローに言わせれば飼い主に叱られる仔犬のようだった。年長者のブルーには彼がどう見えているのか、冷徹なところのある彼は、それでも躊躇なくこの少年を詰るのだろうか。

 

──彼もまたその場に片膝をつき、半ば強引に視線を合わせた。

 

「……まったく、何をやっているんだ」

「!」

 

 今まで聞いたことのない、穏やかな声色だった。戸惑っている間に、腕を掴んで立ち上がらされる。その手つきはやや乱暴だったが、彼なりの気遣いが感じられた。

 と、イエローも隣にやってくる。

 

「大丈夫っ、ブレッツのコレクションは回収したから!」

「!、……あー、そうかよ」

 

 ブルーの腕を振り払い、一歩前に飛び出す。

 

 

「……あんがとよ」

 

 

 そうしなければこんなこと、言えそうもなかった。

 

「ば、爆豪くん今なんて……?」

「……ふっ、珍しいこともあるものだ」

「ッ、るせェ!!──それよかアイツ、とっとと殺んぞ」

 

 いつの間にか、巨大化したブレッツがこちらに接近している。それに比べれば豆粒ほどの大きさの快盗たちだが、既に勝利を前提に話をしていた。──そろそろ、"彼"もやってくる頃合いだ。

 

『グッドストライカー、ぶらっと参上~!』

 

 来た。

 

『見てたぜ~、冷たいけど熱い戦い!』

「そーかよ。じゃ、付き合えや」

『D'accord!』

 

 パトレンジャーと異なり、三人とも簡単なフランス語なら理解できる快盗たちだった。レッドがVSチェンジャーに彼を装填し、

 

『Get Set!Ready……Go!』

 

 グッドストライカーが、次いで三機のダイヤルファイターが巨大化していく。

 

『快盗ガッタイム!勝利を奪い取ろうぜ~!!』

 

 

──ブレッツの目前に、鋼鉄のボディの快盗皇帝(ルパンカイザー)が降臨した。

 

「チィっ、快盗のロボかァ……!」

「………」

 

 これまで彼と戦ったギャングラーで、生きて帰った者はいない。一計を案じたブレッツは、一気に決着をつけることにした。

 

「こうなりゃ必殺奥義、百体分身を見せてやる!!」

 

 言うが早いか、ブレッツの身体がなんと真っ二つに割れた。そこから分身が現れたかと思えば、また真っ二つに割れ……マトリョーシカのようなことを超速で繰り返し、彼は言葉に違わず己を百体にまで増殖させたのだった。

 

「ええッ、な、何なんこれ……?」

 

 ルパンカイザーのコックピットの中で、イエローが悲鳴じみた声をあげる。目の前に次々と降りてくるブレッツの群れ。脅威というより、なんとなく生理的嫌悪感を煽られるのだった。

 

「ただでさえ狭い国土にこのような……」

 

 ブルー……炎司はたまにこういうズレたことを言う。

 

 いちいち突っ込んでいてもキリがないので、レッドは「全部ブッ殺しゃあいいだけだろ」と彼なりにふたりを鼓舞した。グッドストライカーも同調してくれる。

 

「とはいえ、ルパンカイザーの武装ではな」

「あっ、そうだ爆豪くん!昨日ゲットしたヤツ使ってみるのは?」

「てめェに言われんでもそのつもりだわ」

 

 言葉に違わず、レッドは既にVSチェンジャーにシザーダイヤルファイターを装填していた。『Get Set……』の電子音声と同時に、ルパンカイザーの顔面がスライドして開いていく。

 

『──Ready Go!』

 

 空中めがけて引き金を引く──撃ち出されたシザーダイヤルファイターが、たちまち巨大化していく。

 

『ブレード&シザー!』

 

 シザーとブレードが分離するのと、ルパンカイザーの左腕が分離するのがほぼ同時。『左腕変わりまっす!』というグッドストライカーの音頭も、既に聞き慣れたものだった。

 

 シザーダイヤルファイターが新たな左腕となり、さらに、

 

『剣、持ちまっす!』

 

 右腕で、ブレードダイヤルファイターを握りしめる。

 

『完成、──』

 

──ルパンカイザー"ナイト"。

 

「けっ、快盗が騎士かよ」

 

 呆れたようにつぶやくレッドを尻目に、コックピットの中心から飛び出したグッドストライカーはシザー&ブレードとガッタイムできたことをひとり喜んでいる。真後ろにいるレッドからすると視界にちらついて邪魔なことこのうえないので、終いには手で押さえつけて黙らされる羽目になるのだが。

 

「さぁ……かかってこいやシカ野郎!!」

 

 挑発に乗り、一斉に向かってくる百体のブレッツ。電撃は当然もう使えないので、シッカリバーなるふざけた名前の剣で接近戦を挑むほかない。ただし皆ほとんど同じ動きをしていて、取り囲んで四方八方から襲いかかるだとか、てんでばらばらに動いて快盗たちを撹乱するだとか、戦術を凝らす知能もないのだ。ならばルパンカイザーナイトにとって、彼らはいい的でしかない。

 

 到達の度に斬り飛ばされ、斃れていくブレッツブレッツ、またブレッツ。シッカリバーの斬擊はシザーの盾に防がれるから、ルパンカイザーの側にはまったくと言っていいほどダメージが通らない。

 

 そんなことを何度か繰り返していたら、ブレッツはものの見事に自滅を選んでくれた。

 

「も、もうダメだぁ……!」

「おい本体ッ、中へ戻らせろぉ!!」

 

 恐れをなしたブレッツの分身たちが、後方で指揮をとるでもなく隠れていた本体に我先にと集中する。本体の上半身が強引に真っ二つにされ、分身たちが詰め込まれていく。

 

「ぐがああああっ、い、今さら戻れるかぁぁぁぁ!!?」

 

 身体が引きちぎれる寸前にまで拡げられ、絶叫するブレッツ。こんな状態では当然、戦闘を継続できるわけもない。

 

「……何やってんだ、アレ」

「中身は有象無象のヴィラン以下だな」

「それなら、まとめてスパンといっちゃおう!」

 

 自分の身可愛さから結果的に敵に塩を贈るような振る舞いをしてくれたのだ、その好機はきっちり活かしてやらねば。

 

 シザーダイヤルファイターの尾部を地面側に向け、エンジンを噴射するルパンカイザーナイト。その勢いに乗じ、空高く跳躍を遂げる。

 

「っし、いくぜ──」

 

 立ち上がる三人。ルパンカイザーナイトの必殺武器は剣だが、コックピットにおけるトリガーがVSチェンジャーであることに変わりはない。

 

『グッドストライカ──―ぶった斬っちまえスラ~ッシュ!!』

 

 身体を滑らかに空中回転させながら、ブレッツの頭上をとったルパンカイザー。そのまま上層から一番下──本体まで、鋭い両刃で斬り分けていく。

 

「ぎゃあああああああ!!」

 

 耳障りな悲鳴が一致する。と同時に、本体がひと言。

 

「全部まとめて倒されたァああああああ──!!」

 

 それが辞世の句となった。

 上層から順々に爆発が伝播し、それは巨大な炎の渦となって下手人ならぬ下手ロボットの身を赤く照らし出す。

 

「永遠に……アデュー」

(あ、それ言うんや……)

 

 機嫌にもよるのだろうが、爆豪勝己という少年、意外とノリが良いのである。そういう彼を見るのは愉快でもあるので、指摘はしない仲間たちだった。

 

『気分はサイコ~!アデュ~~』

 

 勝利宣言とともに、グッドストライカーは他のダイヤルファイターと一瞬にして分離した。目的を果たせば、戦場に留まり続ける意味はない。達成感と渇望相半ばするなかで、快盗たちは颯爽と去っていくのだった。

 

 

 *

 

 

 

 現場の後処理をそれ専門の部署に引き継ぎ、戦力部隊の面々は本部で小休止を許されていた。

 

「くうう……ッ、またしても快盗にいいようにされてしまった……!」

 

 例によって唇を噛んで悔しがっている隊員が一名、存在しているわけだが。

 

「……こんなこと言うのもアレだけど、飯田のこれも最早名物だよなぁ」

 

 苦笑いぎみに、響香。口惜しい気持ちは彼女にももちろんあるが、天哉が先に大袈裟な──本人は至って真面目なのだろうが──感情表現をするのと、彼ほどは快盗に対して強硬でないこともあって、こういう反応になるのだった。

 

「まあ、ギャングラーをまた一体排除できただけでもよしとしよう」和菓子を差し入れつつ、塚内。「結果的にヒントを与えてくれたジュレの彼女にも感謝しないとな」

「ッ、……仰る通りです。一度疑いまでかけてしまったにもかかわらず、彼女は……くううっ、やはり……とても良い子だ!!」

「はは……」

 

 苦笑しつつ、ちらりと時計を見遣る。もう昼どきだ。朝からハードに実戦をこなしたので、しきりに腹の虫が存在を主張している。

 

「感動するのもいいけど飯田、そろそろメシ行かないと食べ逃すよ」

「ムッ、そ、そうか。──管理官、私と耳郎くんは昼休憩をいただこうかと思いますが、よろしいでしょうか!?」

「どうぞ、どうぞ。切島くんが半休だし、できれば庁舎内からは出ないでもらえると助かるけど」

「もちろんです!それでは!!」

 

 びしっと敬礼して辞していく天哉と、飄々としている響香。警察官という型に当てはめるにはふたりとも個性的で、実に見ていて飽きない。そこに切島鋭児郎という"異分子"が混ざってチームはなんだかんだ上手くやっているのだから、人事の妙というのはあるものだと塚内は思った。

 

 

 *

 

 

 

 国際警察日本支部と徒歩で行き来できる程度の距離にある喫茶ジュレには、彼らの元締め……の代理人である黒霧が訪っていた。

 ブレッツ・アレニシカから回収したルパンコレクション──"電撃の嵐~L’Orage électrique~"を専用の台帳に収め、ぱたりと閉じる。この瞬間を迎えるまでが、快盗たちのひと仕事なのである。

 

「今回もご苦労様でした、シザー&ブレードビークルは皆さんでお使いください。それでは失礼……」

 

 こういうときの彼は特に事務的である。いつもなら皆で適当に見送るのだが、今日はお茶子が「あ」と声をあげる。

 

「黒霧さん、ザミーむぐう!?」

 

 言いかけたお茶子の口は、素早く塞がれてしまった。爆豪勝己によって。

 

「ザミー……何でしょう?」

「あー……お疲れっした、ザ・ミーティング」

「?、ええ、お疲れ様でした」

 

 苦しい誤魔化しではあったのだが、黒霧も多忙の身である。首を傾げながらも自らの個性でつくり出したワープゲートの向こうへ消えていった。

 

 ふぅ、とため息をつく男ふたり。一方で解放されたお茶子は、これでもかと口を尖らせた。

 

「もー、なんで隠すん!?ザミーゴのこと、黒霧さんならなんか知ってるかもしれないのに!」

「ハァ……前に言ったろーが」

 

 「あのモヤモブにタマ握られてんのは性に合わねえ」──確かにそう言っていたが、もう二ヶ月も前の話である。

 ただ、今度は炎司もこの少年と同意見のようで。

 

「ザミーゴのことは我々の切り札だ。黒霧に頼らず、息子たちを取り戻すための──」

「あぁ、そっか……。そうだよね」

 

 今はルパンコレクションをすべて奪還するという条件だが、今後万が一足元を見られないとも限らないのだ。黒霧や背後にあるルパン家の全貌を知らない以上、その可能性は排除できない。

 

「すまないな、お茶子。おまえにはメリットのない話かもしれないが」

「……うぅん。言ったでしょ、私だって快盗だもん」

 

 それぞれの願いのために、一蓮托生で茨の道を進んでいく──その決心はもう、欠片も揺らぐことはない。

 

 三人が視線をかわしあっていると、からんころんとドアベルが鳴った。用が無事済んだので、昼から店を開けていたのだ。

 

「いらっしゃいま──あっ」

「……こんちわ」

 

 所在なさげに会釈したのは、昨夜と同じスーツ姿の切島鋭児郎だった。

 

「独りなんスけど……いいっスか?」

「ええ。──勝己、」

「……おー」

 

 彼にしては神妙な表情で、客人に座席をすすめる勝己。ふたりの間に漂う雰囲気が妙にこそばゆいものであることに、炎司は気づいた。

 

「……ご注文は?」

「あー、アイスコーヒーと……腹減ってるから、なんか重いやつ」

「グリルチキンサンドでいいか?」

「じゃあ、それで」

 

 客と店員の事務的なやりとりだが、鋭児郎は頬が緩むのを誤魔化せなかった。

 

「……ンだよ」

「!、いやその~、ハハハ……」

「俺の機嫌、直ってるか見に来たんか?」

「!」

 

 図星、らしかった。

 

「流石、ヒーローサマはお節介なことで」

「そうだなぁ……でもさ、」

 

「今日は烈怒頼雄斗ってだけじゃなくて、切島鋭児郎として来たつもりなんだ、俺」

「!、………」

 

 その赤いつり目が親愛の情に満ちていることに気がついて、勝己はえも言われぬ思いに駆られた。不快──そうとは言い切れない感情であることだけは、確かだった。

 

「そーかよ。……好きにしろ、クソ髪」

 

 (今回は、プラマイゼロにしといてやる)──心のうちに、こぼれたつぶやき。彼らの願いを灰燼に帰そうとしたのはこの男だが、勝己の先走った自死を意図せず阻止し、新たな希望をやはり意図せず与えたのもこの切島鋭児郎だった。

 

 その鋭児郎はというと、

 

「へへっ、あんがとなバクゴ……ん?く、クソ髪っ?それ、俺のこと!?」

「他に誰がいんだよ、クソ髪」

 

 厨房からべ、と舌を出してみせる勝己。流石に酷くねぇかと抗議するも、かの少年はどこ吹く風。

 

「おめでと~烈怒頼雄斗さん!爆豪くんにあだ名つけてもらえたお客さんは初めてだよ!」

「ふ……」

 

 仲間たちもまた、こんな調子であった。

 

(……ま、いいか)

 

 勝己の本心は正直、まだ読めないところがある。けれども今日だけは、こんな自分の暑苦しいお節介を受け入れてくれた──今は、それで十分だ。

 

 

「ほれ、グリルチキンサンド1ダース」

「いやこんな頼んでねえって!!?」

「ヒーローならこんくれぇ食えやクソ髪ィ!!」

「理不尽!」

 

 ……やはり、嫌われてはいるのかもしれない。

 

 

 à suivre……

 

 





次回「挑めアンフィルム」


「女の子になっちまったぁぁぁぁ!!?」

「ズコ~っ!!」



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#14 挑めアンフィルム 1/3

切島♀のCVは喜多村英梨女史で…
どなたかと被ってるのはご愛嬌


 

──国際特別警察機構には、異世界犯罪者集団ギャングラーに対抗するため設立された戦力部隊がある。

 

 それが彼ら、警察戦隊パトレンジャーである。

 

 

 プロヒーロー"烈怒頼雄斗"の勇名をなげうち馳せ参じた、パトレン1号・切島鋭児郎!

 

「っし、行くぜ!」

 

 警察官の模範たるべき生真面目な硬骨漢、パトレン2号・飯田天哉!

 

「市民の安寧は、我々が守る!」

 

 そして紅一点、パンキッシュな言動の底には正義の魂、パトレン3号・耳郎響香!

 

「あんたらの好きにはさせないよ」

 

 

──警察戦隊パトレンジャー……Ready Go!!

 

 

 謎の黒衣の集団との格闘が今、はじまる。

 肉弾戦を得意とする鋭児郎に、警察学校で一通り武道の心得を習得している天哉と響香。彼ら三人のスタントは、本職顔負けだった。

 

 ……スタント?

 

 

「カ~ット!!」

 

 メガホンを持つ男の、威勢のいい声が響き渡った。

 

「ダメだよ~もっとカメラ意識してズバッとビシッとやってくれないとぉ!!」

「はいっ、スンマセン監督!!」

 

 がばりと頭を下げる鋭児郎の背後で、年長組は渋い表情を浮かべていた。

 

「ンなこと言われてもね……」

「………」

 

 人々の安全な暮らしを守るためなら、どんな些細で地道な捜査でもやる意気のふたりではあったが……流石に、"これ"は職分に含まれるのだろうかと疑問に思っていた。

 

 無理もない。

 

 

──彼らが今いるのは、撮影所だったのだ。

 

 

 *

 

 

 

 時は数日前に遡る。

 

「え、映画撮影……!?」

「……ですか?」

 

 呆気にとられる隊員たちの言葉に、塚内直正管理官は昼行灯ぶって応じた。

 

「ああ。世間における我々の評価は決して低くはない、これまでプロヒーローたちが手を焼いていたギャングラーに対処できているわけだからね」

「………」

 

 一応プロヒーローであることに変わりはない鋭児郎は複雑な表情を浮かべたが、本題はここからだった。

 

「が、それはパトレンジャー単体で見た場合の話だ。──ジム、」

『はい!こちらをご覧ください』

 

 モニターに表示される折れ線グラフや、付随する様々な数値。

 

『こちらはマスメディア・SNS等において、我々と快盗を取り上げたニュースや発言を数値化したものです』

 

 快盗を表す数値・グラフが、警察を表すそれを常々上回っていることが見てとれる。

 

『また、とあるマスメディアのアンケート調査では、"警察と快盗どちらが頼りになるか"という設問に対し有効回答者数の実に64パーセントが"快盗"と回答……ぷっ、し、しています』

(自分でウケんなよ……)

 

 くだらない駄洒落はともかくとして、

 

「……ま、というわけだ。活動期間に差があるとはいえ、このままでは我々の立場がない。そんな折、東快株式会社さんのほうからこの話が持ちかけられた」

「ハナシはわかりましたけど……だからって、なんでウチらが出演するなんてことに」

「耳郎くんの言う通りです!我々の使命はギャングラーを排除し人々を守ることッ、映画撮影などにかまけていては有事の際、対応に遅れをきたすおそれがあるのではないでしょうか!!?」

 

 背筋をびしっと伸ばし、部屋の外まで響き渡っているのではないかとおぼしき声量での主張。ただ、血の気の多い刑事が取り調べで犯人をどやしつけるあれとはまったく趣が違うから不思議だと塚内は思った。

 

「まあ、きみの言うことが正しい」

「ならば……!」

「が、これは日本支部内での決定事項だ。相手方の監督がきみたちを主演にしたいと言って聞かないし、どういうわけか上もノリノリだ。呑んでくれ」

「……ッ!」

 

 警察において、上からの命令は絶対だ。それは比較的風通しのよい国際警察であっても変わらない。塚内にここまで言わせるからには、天哉たちに拒否権はないのだ。

 だが、彼だけは違った。

 

「いいじゃねェか、やろうぜふたりとも!快盗に負けねえくらいカッケー映画、作ろうじゃねえか!!」

 

 切島鋭児郎だけは、積極的な態度でふたりを鼓舞したのだった。

 

 

 *

 

 

 

 警察戦隊が慣れない演技に四苦八苦する一方で、快盗戦隊の面々は今日も今日とて白昼堂々密談に及んでいた。

 

「コイツが今回のターゲットだ」

 

 テーブルの上に二枚の写真を投げ出す──爆豪勝己。そこに写し出されているのは、ギャングラーが所持していると思われるルパンコレクション。そして……"東快映画撮影所"と札の掲げられた建造物だった。

 

「モヤモブ曰く、この撮影所で怪我人が続出してるらしい」

「ふむ……その件にこのコレクションが関係している可能性がある、というわけか」炎司の応答。

「じゃあ、今回はギャングラーの情報はナシかぁ……」これはお茶子。

「たまにはてめェでイチから調べろっつーことだろ」

 

 それで確証もないのにリスクを冒せというのは、閉口するよりほかにないが。

 ただ、お茶子はわりあい積極的だった。

 

「でも、撮影所なら有名人に会えるかもよ?映画スターとか、美人女優とか!」

「ハッ!だとよ、"元"ユーメー人?」

「小僧……喧嘩ならいつでも買うぞ」

 

 勝己も炎司も、芸能人には引くほど興味がなかった。

 

 

 *

 

 

 

 なんだかんだ、撮影は順調に進行していた。

 

「て……テキ、ノ、アジトニハ、ぼっ、俺ヒトリデイク……」

「そんなッ!危険だッ!!」

「きり……え、鋭児郎の言う通りだ。う、ううウチらも行く……!」

 

 ……こんな調子で、だが。

 

 スタッフ一同が渋い表情で見守る中、鋭児郎はいっそう声を張り上げた。

 

「天哉ッ!俺たち、チームじゃねえかッ!!」

 

 そのとき、

 

「カァァァットォ!!」

 

 鋭児郎のそれに負けない、監督の声が響いた。

 

「ダメダメ!特にキミ!!」

「えっ、俺っスか!?」

「そうだよ、声張り上げればいいってモンじゃないのよお芝居は!」

 

 それは……素直に反省するしかない鋭児郎であった。

 

「あとは……う~ん、どうにも色気が足りんのよな~」

「い、色気……?」

 

 そんなもの、男である自分がどう出せというのか。もちろん男性にだってセックスアピールの概念はあるのだが、しきりに響香に目をやって唸っている監督──響香は当然不愉快をこらえている──が求めているのはどうも"華"の意味のようである。

 

 と、いきなり監督が「うわっ」と目を剥いた。監督だけではない、仲間たちも、他のスタッフも。

 

「?」

 

 首を傾げると、耳から項のあたりまでふわりと髪が撫でる感覚。──後れて、胸と股間に強烈な違和感。

 

 撮影現場の時が止まったようになっている状況下、鋭児郎はまず胸に手をやった。ふにゅ、と柔らかい感触。

 

「……ある」

 

 次いで、股間。

 

「ない……」

 

 それは、男としての象徴。──つまり自分は、切島鋭児郎は……。

 

「お、おお、」

 

 

「女の子になっちまったぁぁぁぁ!!?」

 

 

 *

 

 

 

「これはどうしたことなんだ、切島くんが女性になってしまうなど……」

 

 唖然と天哉がつぶやくのも無理はなかった。

 

 鋭児郎が女体化してしまったことにより、当然のことながら撮影は中断。当初は監督かスタッフの個性によるものかと思い、全員に聴取を行ったのだが……答は、否。無論、真実は全員の個性を照会してみるでもないとわからないが。

 

「とにかく、原因がわからないんじゃ撮影どころじゃない。管理官に連絡して、詳しい調査を──」

「──ちょーっと待った!」

 

 そうふたりの間に割り込んだのは、かの名監督だった。

 

「撮影は続けるぞ、面白いじゃないか」

「いや、しかし……!」

「映画にアクシデントは付き物!やると言ったらやる、やり通す!それがいちばん大事!!」

 

 監督の強硬姿勢にたじろぎつつ、なおも説得を試みるふたりだったが……刹那、相手方に意外すぎる援軍が現れてしまった。

 

「監督の言う通りよ!撮影を続けましょう!」

 

 やや鼻にかかったような、かわいらしいハスキーボイス。それは先ほど、たった一度だけ聴いた……"聴いてしまった"声だった。

 

 伸びた赤髪をさらりと靡かせ、迷いのない足取りでやってくるひとりの女性。ブラウスにタイトスカートという服装でなければ、その顔立ちはまだ少女のようだ。しかしまあ、童顔に不似合いな胸のメロンがごときふたつの膨らみが、これはまた……。

 

「うふっ♪」

 

 ウインクを決めてみせる鋭児郎。彼……いや彼女、すっかりキマっていた。

 呆気にとられる響香。天哉もまた同じ反応……否、

 

──ずぎゅうううううん!!

 

 胸を矢で射抜かれたような衝撃のあとに、甘く切ない痛みが天哉を襲った。心拍数が加速度的に上昇していくのが、自分でもわかる。

 

「か、可憐だ……!」

「……おい飯田」じろりと睨みつける響香。

「はっ!?い、いやすすすすまない……」

 

 ふたりが謎の修羅場に突入する一方で、チームをかき乱した鋭児郎は照れくさそうに笑っているのだった。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、快盗たちもまた撮影所内への侵入を遂げていた。

 建物の屋根や屋上を俊敏に伝い、移動を続けていく──と、当然の帰結として、彼らは忌々しいデザインの車輌を目の当たりにすることとなった。

 

「げげっ、あれって国際警察のパトカーちゃう……!?」

「ンだよ、アイツらもう来てんのか」

 

 ということはギャングラーが姿を見せたのか、それにしては騒ぎが起こっている風もないが。

 

「まさか……もう倒されてはいないだろうな」

「!」

 

 三人の脳裏に、つい先日のブレッツ・アレニシカの一件がよぎる。いくらザミーゴという"希望"を見つけたといえど、ルパンコレクションをすべて奪還することが至上命題であることに変わりはないのだ。

 

「チッ……急ぐぞ」

 

 パトカーの駐車してある建物内に、ダクトから侵入する。ここからは会話もない。小さな物音ひとつが命取りになる可能性があるためだ。

 

──それなのに、

 

「ダメよ~ダメダメ!絶対ダメ!!」

 

 妙にわざとらしい女性口調に、三人は不思議と気を引かれた。声はともかく、その喋りの癖のようなものに聞き覚えがあったのだ。

 

 そして快盗たちは、目を疑った。

 

「ひとりで行くなんて危険だわ~!」

 

 不自然なほどに女性らしさを強調した動作でそう叫んでいたのは、あれほど"漢"をアピールしていた新人ヒーロー・烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎だったのだ。

 さて、彼らの仲間たちはというと。

 

「えいじろ……えい、鋭子?……の言う通りだ、ウチらもい、行く……」

「しっ、シカシカシ……キミタチ、マデ、マキコム、ワケニハ」

 

 あらぬ方向を見つめながらロボットのような片言でしゃべる天哉に対し、鋭児郎……改め鋭子が詰め寄った。

 

「天哉さんッ!」

「!?」

 

 思わず後ずさりしていく天哉に対し、彼女は容赦しない。一歩下がれば一歩追い詰めていく。そうして筋骨逞しい生真面目な青年は、哀れ壁際まで追い込まれてしまった。

 

「アタシたち……チームじゃない……!」

 

 ほとんど密着に近い距離。と、ここで大問題が発生した。天哉の分厚い胴体に、鋭子の……こう、豊満な胸の膨らみが、しっかり触れあってしまっているのだ。

 

(き、切島くんッ、当たってる当たってる、当たっているってぇ……!)

 

 演技に没頭している鋭子の耳には、悲しいかな彼の小声は届かない。ああ、こうしているうちに頭に血が上っていく。この元・青年に対してそういう状態になったのは二度目だが、理由が違いすぎた。

 

「ぬぅうううおぉぉぉぉぉ……!!?」

 

 その末路として、天哉はこのような奇声をあげる羽目になった。棒読みはもう仕方がないと流していた監督も、流石にこれにはカットをかけようとしたのだが、

 

「ふっ、ハハハハハハハ!!!」

「!?」

 

 突如、響き渡る哄笑。──なんとこれ、爆豪勝己のものだった。

 

「なッ……ハハっ、ンだよアレ!きめェ!」

「あははははは、お腹っ、お腹痛い!」お茶子も追随。

「ばっ、馬鹿者、大声を出すな……ブフッ」炎司も耐えられなかった。

 

 既に事が終わっているかもしれないという焦燥感に苛まれながら進んできてみれば、明らかに女装というレベルではない姿の切島鋭児郎に迫られ、飯田天哉が奇声を発しているのを目撃したのだ。緊張と緩和の原理は、彼らにも容赦なく働いた。

 

──が、それが大ポカであるのは言うまでもないことだった。はっと我に返れば、スタッフ一同、出演者……つまり警察の面々までもが、じっとこちらを凝視している。

 

(あ、やっちゃった)

 

「──快盗ぉおおおおおおお!!」

 

 刹那、馬鹿者たちは眼下から昇りそそぐ光弾の雨あられに襲われていた。咄嗟に這いつくばって命中を避けるが、お世辞にも恰好いいとはいえない姿だ。

 

「ッ、ゴラァ丸顔ォ!!大口開けて笑ってんじゃねえよクソが!!」

「ハァ!?自分だって笑っとったやんこのバカツキ!!」

「ンだとゴラァ!!?」

「……やっている場合か!構えろ!」

 

 今度は流石に笑いもなかった。全身接地した姿勢のままVSチェンジャーを構え、ダイヤルファイターを装填する。そこからはいつものシークエンスである、しつこいようだがこんな姿勢でなければ。

 

『0・1・0、マスカレイズ!快盗チェンジ!』

 

 兎にも角にも、快盗チェンジを遂げた彼らは銃弾をかいくぐって脱出を遂げた。とはいえ追う側に邪魔するものは何もないから、外へ出たところで追いつかれるのも当然の帰結であった……ぞろぞろ着いてくる撮影陣はこの際ご愛嬌として。

 

「逃がさないよ!──警察チェンジ!」

『3号、パトライズ!警察チェンジ!』

 

 こちらもいつも通り、警察チェンジを遂げたパトレンジャー……が、1号の様子だけ明らかに普段とは異なっていた。

 性別の変化に合わせてか、3号と同じくわざわざスカートが生成されているし、何より。

 

「う……!」

「!、どうした切島!?」

 

 通常と異なる状態で装着したせいで、警察スーツに不具合が発生したのか?心配して声をかける響香だったが、

 

「む、胸がキツい……!」

「……は?」

 

 よくよく見れば……いや見るまでもなく、1号の胸元はぱっつぱつであった。警察スーツは身体にぴったりフィットする素材でできている。女性用下着も着けていない状態で、この胸の大きさでは余計に圧迫感があるのも無理はなかろう。

 だが鋭児郎は、そういう"大きさの程度"を考慮せずにこんなことをのたまうのだ。

 

「耳郎もいつも、こんな苦労してたんだな……!」

「……あ゛ぁ?」

 

 気遣ったつもりのひと言が、響香のコンプレックスを直撃した。結果、居合わせた者たちはこぞって、彼女から立ち上るどす黒いオーラを目撃する羽目になるのだった。

 

 



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#14 挑めアンフィルム 2/3

「快盗……!今日こそはお縄につかせてやる!」

 

 1号でも2号でもなく、いつもはクールな3号の宣戦布告を皮切りに戦闘が開始された。

 

 いつもなら赤同士・筋肉同士・女性同士の3on3になることが多いのだが、3号の猛威に恐れをなしたイエローが「烈怒頼雄斗さんに説教したる!」という無理のある理由でレッドと交代したため、やや変則的な対戦と相成っていた。

 ただまあ、イエローも言った以上はそのようにしていて。

 

「コラァ烈怒頼雄斗!女性相手になんちゅーこと言う!?バストサイズの話はたとえ親友親きょうだいでも厳禁なんやぁ!!!」

「えっ……あ、ご、ごめん……」

 

 こんな調子である。一方で、

 

「ええぃちょこまかと……!!」

 

 これでもかと弾丸をばらまきまくるパトレン3号。それらをかわしつつ、ルパンレッドはたまらず舌打ちをこぼした。

 

「チッ……八つ当たりかよ」

 

 鋭児郎♀が余計なことを言ってくれたおかげで、いい迷惑である。

 となると、平常運転なのは彼らふたりだけで。

 

「貴様ら……!なぜこのような場所に来た!?」

「フン、それはこちらの台詞だ。よもややあのような学芸会を見せられる羽目になるとは思わなかったぞ」

「……ッ!」

 

 否定できず鼻白む2号、自分の演技が学芸会レベルであることは自覚していた。

 それはともかく、快盗たちと遭遇したということは。

 

「まさか、ここにはギャングラーが──」

 

「──そのとーーーり!」

「!?」

 

 響き渡る甲高い声に、彼らは一斉に戦闘を中断して顔を上げた。──撮影所の屋根に、異形の怪人の姿がある。

 

「ギャングラー、やはり……!」

「ついにお出ましか……」

 

 孔雀の羽根のような派手な色をしたマントを妖しく光らせ、ギャングラーは嗤っている。

 

「ウヒョヒョヒョ、面白いことになってきましたねぇ。このピッチ・コックがさらに盛り上げてさしあげましょう──くじゃりんぱッ!」

 

 携行するサーベルの先端から、不思議な光波が放たれる。危機を察知して慌てて離脱したルパンレンジャー、パトメガボーで振り払うことを試みたパトレンジャー……それぞれの判断が、明暗を分けた。

 

「うわあああああ!!?」

 

 光は警棒で防げるような代物ではなく、パトレン2号と3号はそれをもろに浴びて吹き飛ばされたのだ。地面を転がっているうちに、彼らの肉体は既に変化してしまっていた。

 

 傷ついたわけではないので、即座に身を起こしたふたり……身体を襲うこれまでにない違和感に、まず恐る恐る胸元に手を伸ばす。

 

「ある……」

「……ない」

 

 次いで──股間。

 

「な、い……」

「あ、ある……」

 

──………。

 

 

「ぬぅお゛ぉぉぉぉぉぉ──ー!!?」

「う゛わぁああああああああッ!!?」

 

 奇声をあげて発狂するふたり。3号──響香に至っては、ブツを掴んでしまった手を汚れを払うように必死に振っている。その光景を目の当たりにしたルパンレッドが、「うげぇ」と蛙の潰れたような声をあげた。

 

「……きめェ……」

「避けて正解だったな……」

「……おー」

 

 初めて心底から共感しあう小僧とクソ親父であった。

 

「ッ、元に戻せぇええええええッ!!」

 

 哀れ性別を変えられてしまったふたりは、鬼気迫らんばかりの勢いでピッチ・コックへと向かっていく。最も重大なアイデンティティを喪失する羽目になったのだから当然といえば当然だ。

 しかしピッチ・コックには、まだ披露していない"隠し玉"があった。

 

「よっこらしょ♪」

 

 左肩の金庫が鈍い輝きを放ち、

 

「ズコ~っ!!」

 

 その場にいる者全員、まるでバナナの皮を踏んでしまったかのように綺麗に滑り転んでしまったのだ。

 

「い゛……な、何だこれは……!?」

「コレクションの能力か……」

「く、くだらない!」

 

 ピッチ・コックはまったく意に介していないようであった。元々彼は能力が象徴しているように愉快犯的性質の持ち主であって、相手を貶めることに喜びを見いだしている。

 

「ウヒョヒョヒョ、キミたちはカッコいい~映画よりB級コメディに向いているようですねぇ~」

「ンだとゴラァ!!」

「おぉ怖い、今のうちにスタコラサッサといきましょう。さよなら、さよなら、サヨナラ~!!」

 

 撮影所内に逃げ込んでいくピッチ・コック。呆気にとられていた一同の中で、一番早く動き出したのはパトレン1号だった。無情にも閉じられた扉に手をかけようとするが、

 

「生の戦じゃあああああああ!!」

「がぶッ!!?」

 

 いきなり内側から開かれた扉に顔面を強打され、弾き飛ばされる。そこには果たして撮影機材を取ってきたらしい監督以下スタッフ一同の姿があった。本物の戦闘を撮ろうと息巻いていた彼らだったが、悲しいかなそこにあったのは情けなく転がるパトレンジャーの姿。快盗たちは、早くも姿を消していた。

 

「……!」

 

 しかし、何かに気づいた監督の表情はぱあっと明るくなった。パトレン2号と3号──天哉と響香の姿が、警察スーツに覆われていてもわかるほど明らかに変貌していること。

 

「これは……イケる、イケるぞぉ!!」

「!?」

 

 嫌な予感しか覚えない、鋭児郎を除くパトレンジャーのふたり。

 一方でひとまず付近に身を潜めた快盗は、かの名監督を胡乱な目で見つめていた。

 

 

 *

 

 

 

 ピッチ・コックの目論見は、ギャングラーの首脳たちにも既に知られるところとなっていた。

 

「映画?」

「はっ。ドグラニオ様を称え、ギャングラーの恐ろしさを知らしめるプロパガンダ映画だとか」

 

 独自に入手したチラシを提示するデストラ・マッジョ。──そして、それを覗き込むゴーシュ・ル・メドゥ。

 

「ピッチ・コックも面白いことを考えるわね、ふふふっ」

「フン、くだらん!」

 

 そのようなことをせずとも、個性などという卑小な力しかもたぬ人間どもになど容易く恐怖と絶望を味わわせることができるではないか。良くも悪くも武闘派な思考をするデストラであったが、彼の主は違っていた。

 

「いいじゃないか」

「は?」

「完成が、楽しみだよ」

 

 チラシを手に、どこかうっとりした口調でドグラニオ・ヤーブンはつぶやいたのだった。

 

 

 *

 

 

 

「……で、切島」

 

 耳郎響香はこれまでの人生において最もオクターブの低い声を発した。機嫌が悪いという精神的な事情もあるが……最大の理由は、やはり肉体であった。

 

──ツーブロックに刈り込まれた髪、突き出した喉仏、細身だが筋肉質な身体つき。

 

 早い話、彼女は"彼"と呼ぶべき存在になってしまったのだ。

 より鋭さを増した瞳に睨みつけられた鋭児郎は、冷や汗を流しながら作り笑いを浮かべた。

 

「い……いやまあ、カッコいいぜ?男の、まあ今は女だけど……俺から見ても漢らしいっつーか……」

「嬉しくないっつの……!」

 

 先ほどの失言が余程腹に据えかねたのだろう。悪気はないんだけどと内心思う鋭児郎だったが、悪気がないから余計に問題なのだとは気づけなかった。

 

「落ち着きたまえ耳郎くん!人間の魅力というのは、そう一面的に捉えられるべきものではないぞ!」

「………」

 

 いつもとトーンの異なる大声に、鋭児郎と響香は一転して微妙な表情を浮かべて声の主を見た。言葉の内容云々ではない。

 

「飯田は……なんつーかその、あんま変わんねーな」

「ムッ、そうだろうか?自分としては違和感が大きいのだが……」

 

 それはまあ、外からは見えない部分の変化は大きいだろうが。

 ぱっと見の天哉は、恐ろしいほどに男のときと変化がないのだ。判別できる要素としては、長く伸びたのをわざわざ三つ編みにしている頭髪くらい。男だった鋭児郎よりさらに分厚く筋肉質な身体は……変わっていない。胸も盛り上がっているが、男だったときからしてそうなので脂肪なのか筋肉なのか判別がつかないのだった。

 

「しかし切島くん、事ここに至ってはやはり撮影どころではないぞ!」

「……わかってる。でも……ごめん、この映画、どうしても完成させてェんだ!」

「なんでそこまで……」

 

 天哉も響香も、いつになく真剣な鋭児郎に戸惑っていた。いや彼はいつだってまっすぐな好漢なのだが、ギャングラーのことがあってもなお映画にこだわるとは思わなかった。

 無論、鋭児郎はただのミーハーでこのような主張を続けているのではなかった。

 

「……だって、悔しいじゃねえか……。耳郎も飯田も、みんなを守るために必死で戦ってんのに。快盗のほうが頼られてるなんて」

 

 ぽつりぽつりと、鋭児郎は語りはじめた。

 

「俺、何があっても……ヒーローでなくたって、誰かを救けることをあきらめないおめェらのこと、スゲーカッコいいと思った。こういうヤツらがパトレンジャーなんだって、皆に知ってほしかったんだ」

「切島……」

「……そうだったのか」

 

 鋭児郎の想いはとても純粋で、一点の曇りもない。出会った当初からそれは変わらないものだった。

 

 天哉と響香が顔を見合わせて微笑んでいると、紙っぺらの束を持った監督がやってきた──妖しい笑みを浮かべて。

 

「台本書き換えたぞう!三人とも見た目変わっちゃったし最初からやり直す!」

「ウス、頑張りますッ!」

「ちが~うッ、もっとかわいく!」

「あっ、スンマセ……ゴメンナサ~イ!がんばりまあす」

 

 監督も鋭児郎も意気を上げている。天哉たちももう撮影を拒む気持ちはなかったが、それはそれとしてひとつの疑惑が膨らみつつあった。

 

「耳郎くん。あの監督、どう思う?」

「……いくら映画好きでもこの状況で撮影を続けようとするのは、」

「どう考えてもおかしい、な」

 

 撮影を続けながら、尻尾を出させる──鋭児郎には悪いが、そういう打算もあった。

 

「しかし、最初からというと──ぬうっ!?」

「うわ……」

 

 渡された台本を見下ろして、ふたりは盛大に顔を顰めたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 さて、クランクイン(再)。

 

 

──国際特別警察機構には、異世界犯罪者集団ギャングラーに対抗するため設立された戦力部隊がある。

 

 それが彼ら、警察戦隊パトレンジャーで……

 

 ……である?

 

──カメラに向かって歩いてくる三人組は、警察官とみるには異様な恰好をしていた。

 大きく背中の開いたスリップドレスを纏った赤髪の女性に、なぜかセーラー服を着た三つ編み眼鏡の筋骨隆々の女性。そして、どこの場末のホストだと言いたくなるようなギンギラギンにまったくさりげなくないスーツの目つきの鋭い男。

 

 パトレン1号・切島鋭児ろ……あ、鋭子ね、鋭子。

 

「いいわね?いくわよ!」

 

 パトレン2号・飯田天哉……てん……天!「天」と書いて「そら」と読む!

 

「おまんら、許さんぜよ!!」

 

 パトレン3号・耳郎響……響介!……これだけ何かしっくりくる!

 

「ギャングラーは残らずブッ潰す……!」

 

 ってなわけで警察戦隊パトレンジャー、改めてReady Go!襲いくる黒服の集団!……まあこんな感じの流れなのは、当初のシナリオ通りである。

 ただし性別が逆転しているわけであるから、アクションの方向性はまったく様変わりしてしまった。服装同様、とにかく型破りにいこうと監督・アクション監督が合意したのである。

 

 たとえば、鋭児郎。

 

「とりゃーっ」

 

 気の抜けてしまいそうな掛け声とともに黒服の攻撃を受け流したかと思えば、その頭をむんずと掴んで……こう、豊満な胸乳に押しつけるのである。ぐへへ。

 

 そして天哉はヨーヨーを武器に戦い、響香は風貌に違わぬ喧嘩殺法で勝負をキメている。数が大きくなるほどまともになる……とは言ってはいけない。彼らが悪いのではない、指示するほうが悪いのだ。

 

 そんなこんなでカメラを意識しつつ、無難にアクションをこなしていく面々。しかし次の瞬間、鋭児郎の頬を自然なものでない風が掠めた。

 

「へ……?」

 

 思わず素に戻った鋭児郎が目の当たりにしたのは、禍々しい形状の剣を手にした黒服の姿。頬に濡れた感触と、わずかな痛み。──まさか、本物?

 

 男は黒服を颯爽と脱ぎ捨て、その正体を露にした。人間では、なかった。

 

「うわぁッ、ギャングラー!!?」

「ッ!」

 

 他の黒服たちも同様だった。ポーダマンの姿を明らかにすると同時に、殺意のこもった攻撃が繰り出される。それらを咄嗟にかわしつつ、いなした三人は誰が号令をかけるでもなくスタッフたちを背にした。

 

「皆さん、速やかに避難してください!!」

「………」

 

 天哉がそう声をかけるが、スタッフたちはその場から動こうとしない。──刹那、殺気。

 よもやと思って振り返るのと、監督とカメラマンを除くスタッフたちがポーダマンの正体を表したのが同時だった。

 

「うおッ!?」

「ッ、全員グルかよ……!」

 

 十体を優に越えるポーダマンに取り囲まれる三人だが、さほどの危機感は覚えていなかった。撮影の都合でVSチェンジャーを装備したままだったことが幸いしたのだ。

 

『1号!2号!3号!──パトライズ!』

「「「警察チェンジ!!」」」

 

 三人の身体が光に包まれ、警察スーツが装着される。やはりというべきか、性別逆転仕様である。

 変身したパトレンジャーを相手に、ポーダマンの攻撃など束になっても通用しない。身体の違和感にも慣れはじめた彼らは、思い思いの戦いぶりで敵を殲滅していた。

 

 そんな光景を、逃げるどころか目を輝かせて観戦している者たちがいる。

 

「~~ッ、いい!いいねェ!もっともっとあげてこう!おいカメラ、ちゃんと撮れてるか!!?」

「イエッサー」

 

 数少ないポーダマンにならなかったふたり。ただ、それは敵でないことと同義ではない──特に、監督。

 

「やっぱりか……!」

「ッ、やはり監督がピッチ・コック……!」

 

 確信に至ったパトレン2号と3号は、相手が人間の姿を保っていてもなお躊躇することはなかった。倒したポーダマンを踏みつけにしたまま、VSチェンジャーを突きつける。

 そういう行動をとったのは、彼らだけではなかった。

 

「楽しそうだなァギャングラー、俺らも混ぜろや」

「えっ!?」

 

 どこからともなく現れたルパンレンジャーに三方を囲まれる。文字通り四面楚歌の状況に置かれて、初めて監督の顔から笑みが消えた。

 

「なっ……え!?お、俺がギャングラー!!?」

「ギャングラーが目の前に出現して、命の危険さえある状況で、」

「──普通の人間が、撮影を継続しようとはしまい」

 

 奇しくも意見を一致させたルパンブルーとパトレン3号は、その事実それ自体が忌々しいとばかりに銃を向け合った。他の面々はピッチ・コックと目された監督への注意を怠っていないので、特に支障はない。ないのだが──

 

 

「──ちょ~っと待ったぁ!!!」

 

 包囲に参加していない約一名の叫びが響き渡ったのは、そのときだった。

 

「?」

「切島くん……?」

 

 陣形をすり抜けて、つかつかと監督に歩み寄っていくパトレン1号。攻撃を仕掛けるにしても、VSチェンジャーも構えていないのは奇妙というほかない。

 監督が思わず身体を竦めていると、1号はそっと彼の肩に手を置いた。そして、

 

「ピッチ・コックの正体は……あいつだッ!」

 

 ビシッと効果音が炸裂しそうな勢いで指を突きつけた先には──レンズを覗き込む、カメラマンの姿があった。

 

「え?」

「は!?」

「なぜ!?」

 

 思い思いの反応だが、総じて懐疑的であることに違いはなかった。確かに逃げなかったのは監督と同じだが、淡々と仕事をしているようにしか見えないのに。

 

 しかし──自身が指し示されたことに気づいたカメラマンは、「ウヒョヒョヒョ」と聞き覚えのある下卑た笑い声をあげた。

 

「ア~ラ、バレちゃいましたか」

「!」

 

 おもむろに立ち上がったカメラマンは、その場でくるりと一回転してみせた。同時に、表皮が弾け飛ぶようにして正体である異形が露になる。

 

「ピッチ・コック……!」

「イエス!私こそこの映画の影の仕掛人、ギャングラーいちのヒットメーカー!人呼んで~……ピッチ・コッぐほぉ!?」

 

 言い終わらないうちに顔面に銃撃を受け、ピッチ・コックは情けなく後方へ弾き飛ばされた。

 

「……カ・イ・カ・ン」

 

 いつになく見事なヘッドショットを成し遂げたパトレン1号は、良くも悪くも一同の注目の的となった。

 

「き、切島くん……なぜ、奴がピッチ・コックだとわかったんだ?」

「それはなぁ……」少し考えたあと、「女の……カン?」

「……おえっ」

「これは一本取られたな……」

「ま、まあミスらなくてよかったってことで!」

「………」

 

 何はともあれ、

 

「ッ、……おい映画泥棒!予告する──てめェのお宝、いただき殺ォす!!」

 

 何かから意識を逸らすような激しい口上とともに、ピッチ・コックに襲いかかっていくルパンレンジャー。

 そして、彼らも。

 

「っし、ギャングラーを殲滅して、」

「元の姿に戻り、」

「そのうえで快盗を逮捕する!──行くぞっ!!」

 

 熱き三つ巴の戦い。

 

「……チェキ~~!!」

 

 監督のシャウトが、その火蓋となった。

 

 

 



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#14 挑めアンフィルム 3/3

快盗勢も性転換させてみたかったけどやめた
炎司さん…


 

 さて、監督垂涎の三つ巴対決はいつになく激しいものとなった。

 

 取り逃がすことのないようピッチ・コックを戦闘の中心に置きながら、快盗と警察の間でも火花を散らす。特に性別が同じになったことで、イエローvs2号・ブルーvs3号の対決はよりいっそう容赦のないものとなっている。

 

「ハッ、随分オトコラシイ姿になったんじゃねえの、ヒーロー崩れのお巡りサンよォ?」

「は?……ッ、皮肉かよ!?」

「ふぅん、馬鹿でもそんくれぇのこたぁわかんのかよ?」

「てめっ……こう見えても雄英卒なんだぞ!!」

 

 このふたりは男女の関係(?)になってもこんな調子であるが。ちなみに雄英高校ヒーロー科は偏差値79とも言われるので、学力試験をパスできる時点で間違いなく秀才の部類に入るはずなのだが、その割には……という人物が多々いる。

 閑話休題。

 

「ッ、そう言う割には、さっきから胸ばっか見てんじゃねーか!!」

「ア゛ァ!!?見とらんわ死ねカス!!」

 

 罵りつつ、実のところやりづらさを感じていたのも事実だった。胸の大きさなど死ぬほどどうでもいいが、うっかり触れそうになるときまりが悪い。いかに淡白といえど、勝己も思春期の少年であった。

 一方で鋭児郎のほうも、やはり互角の実力をもつルパンレッドを相手にしては万全の状態で戦いたい。そのためにはやはり、本来の性別に戻らなければなるまい。

 

(だったら──)

(──やるこたぁ、ひとつッ!!)

 

 一秒後、ふたりの赤はほとんど同時にピッチ・コックへと襲いかかっていた。二方向からの攻撃にかのギャングラーは一瞬たじろいだ様子を見せはしたものの、即座にのらりくらりと回避行動をとり始める。ギャングラーには珍しい好戦的でないタイプなだけあって、こういうところがかえって厄介だった。

 さらに、

 

「んもう~、こうしちゃるっ!」

「!」

 

 左肩の金庫が鈍い光を放つ。しまったと思ったときにはもう、

 

「ズコ~~ッ!?」

 

 その場にいる全員、見事に転けさせられてしまったのだった。

 

「ウッヒョッヒョッヒョ~!あー、たのし~♪」

「ッ、こいつ……!」

 

 馬鹿にしやがって!鋭児郎は憤ったが、攻守を重視した警察スーツ、そして己の個性では相性が悪いという自覚もあった。思わずそのことをつぶやくと、傍らの快盗が愉快そうに鼻を鳴らす。

 

「だったらそこでボケっと見てろや」

「!」

 

 言うが早いか、快盗たちは付近の建物めがけてワイヤーを射出した。フックで固定されたそれにぶら下がって宙を舞い、マントを翻しながら銃撃を繰り出す。慌てたピッチ・コックがルパンコレクションの能力を発動させるが、尻から地面にダイブしたのは警察一同だけだった。

 

「こ、これはぁ……空中では転ばすことができません!」

「それが狙いだもん、とりゃっ!」

「グハッ!?」

 

 急降下してきたルパンイエローのキックが炸裂し、ピッチ・コックがバランスを崩したところで落着したブルーが持ち前の腕力で彼を拘束する。誰が合図するでもなく為した見事な連携のトリを飾るのは、言うまでもなく彼だった。

 

「オラッ!」

「!?」

 

 金庫にダイヤルファイターを押しつけ、

 

『1・0・8──!』

 

 解錠。開いた金庫から、ホイールの形状をしたルパンコレクションを取り出した。

 

「ルパンコレクション、貰ったぜオラァ!!」

「グハァン!?」

 

 それと同時に容赦なくドロップキックをかますルパンレッドは、この場の誰よりもヒール役にふさわしいのだった。

 

「くうう~ッ!ならば、くじゃりんぱっ!」

 

 早くも立ち直ったピッチ・コックは起死回生をかけてあの性転換ビームを放った。当然、狙いは集まった快盗たち。しかし照準を合わせてからビームが射出されるまでのラグは、快盗たちに言わせればあまりに緩慢だった。素早く身を翻す彼らの後方には、警察たちがいて──

 

「うわあっ!?」

 

 光を浴び、吹き飛ばされる三人。しつこいようだが肉体ダメージはない攻撃だ、ただ性別を変えてしまうというだけで。

 つまり、

 

「お?」

 

 この感じは──胸を触り、股間を触る。あるべきものがあり、なくなるべきものはなくなっている。

 

「も」

「も、」

 

「「「戻ったぁぁぁぁ~~~!!」」」

 

 それは歓喜の叫びだった。ノリノリに見えた鋭児郎も含め、性別が違うというのは大いなるストレスだったのだ。解放感から、三人はいつも以上に軽快な所作で吶喊した。今度は性転換ビームを受けないよう、銃撃で牽制しつつ、一挙に距離を詰めていく。

 

「よくもコケにしてくれたな……!」

「許さんぜよ……あ、許さんぞ!!」

「イヤァァ、激し~っ!!」

 

 怒れる2号・3号の猛攻。サーベルひとつで対抗するには、やはりピッチ・コックの戦闘力は心もとなかった。

 そして、1号。彼はあえてわずかばかり距離をとり、パトメガボーを通常形態からメガホンモードに切り替えていた。

 

「おいピッチ・コック!カットだ!カ~ット!!」

「!?、アラヤダ!」

 

 カットがかかると動きを止めてしまう、映画クルーの悲しい性であった。

 

「っし、今だ飯田!耳郎!」

 

 隙だらけになったピッチ・コックの脳天めがけて、ふたりは力いっぱいパトメガボーを振り下ろした。当然、直撃。ピッチ・コックの頭上に、綺麗なお星様が舞った。

 

「お星様……ヒヨコ……ウヒョヒョヒョヒョ」

「切島くん!」

「おうよ!」

 

 油断してまた性転換ビームを喰らっては元も子もないので、彼らのアクションは疾風迅雷のひと言に尽きた。実際、2号が呼び掛けたときにはもう、1号はVSチェンジャーにトリガーマシンバイカーを装填していたのだから。

 

『バイカー、パトライズ!警察ブースト!』

「バイカー……撃退砲ッ!!」

 

 そして──放たれる。グロッキー状態のピッチ・コックに、向かってくる弾丸をかわす術があるはずもない。彼の命運は既に決していた。

 

「撃☆退されてしまったあああああああ──!!」

 

 断末魔。爆発。

 また「カ・イ・カ・ン」とやりそうになった鋭児郎であったが、もう男に戻っていることを思い出して口をつぐんだ。

 

 

 *

 

 

 

「………」

「完封、ですな」

 

 戦況の推移を見守っていた屋敷の面々は、構成員の大敗を見届けてなお淡々としていた。ピッチ・コックはもとより武闘派でないので、能力を封じられてしまえばこういう結果になることは目に見えていたのだ。

 となれば、今日はもうこれで終わりか。デストラのそんな予想に反して、彼らがボスは口を開いた。

 

「ゴーシュ、映画の完成に今一度チャンスを」

「は!?」

「わかりましたわ」

 

 あっさりと承諾して出ていくゴーシュとは対照的に、デストラは呆気にとられていた。チラシをまじまじ見つめるドグラニオを思わず二度見してしまう。自分の一つ目で見下ろすのは無礼かと思い直し、慌てて背中を向けたが。

 

「本当に楽しみにしていらっしゃったのか……」

 

 往年のドグラニオを知っているデストラとしては、胸中複雑であった。

 

 

 *

 

 

 

「ウッヒョッヒョッヒョ~、撮影再開といきますよぉ!」

 

 前触れもなく出現したゴーシュの手引きにより、倒されたはずのピッチ・コックは例によって巨大化復活を遂げた。

 

「ッ、またか……!」

「一気にケリつけるぜ!──来い、グッドストライカー!」

『呼ばれて飛び出て~、ぶらっと参上~!』

 

 鋭児郎の求めに応じて……というわけでは実際のところないのだろうが、グッドストライカーがやってきた。確かに来た。

 しかしながら、鋭児郎をはじめとするパトレンジャーの面々が彼と合流することはなかった。

 

「フンっ」

『うわぁお!?』

 

 飛翔の途上、ルパンレッドの手が彼を捕らえたのだ。

 

「サツどもにこれ以上カッコつけさせっかよクソが」

「よろしくねグッディ!」

『そんな、強引にぃ!』

 

 と言いつつ、強引に使われることが実はキライではないグッドストライカーである。抵抗することなくレッドのVSチェンジャーに納まり、意気揚々と射出されていくのだった。

 

 

『……ってわけで、勝利を奪いとろうぜ~!快盗、ガッタイム!』

 

 誕生、ルパンカイザー。グッドストライカーを含め四つのルパンコレクションが集った強力な鋼鉄の闘士である。

 対峙するピッチ・コックはというと、その屈強な体躯を前にむしろ映画魂が疼いているようだった。

 

「ウッヒョ、泣いても笑ってもクライマックスですよぉ~!」

 

 サーベルを突きつけてくる。ほとんど性転換ビームを放つことにしか使っていなかったが、武器としているからにはそれなりの腕はあるのだろうか。

 

「……てめェの土俵、乗ってやる」

 

 そして、完膚なきまでにブッ殺す。いつも通りの物騒な思考をもとに、ルパンレッドが選択したのは入手して間もないシザー&ブレードダイヤルファイターだった。

 

『左腕、変わりまっす!剣、持ちまっす!』

 

 イエローダイヤルファイターが分離し、シザーが代わる。右手にはブレード。剣と盾、快盗らしからぬ正統なる姿。

 

『完成、ルパンカイザーナイト!』

 

 騎士に扮した快盗は、撮影所群を足下に剣戟を開始した。ピッチ・コックのサーベルを盾で受け止め、すかさず大剣の一撃をお見舞いする。

 リーチの面ではピッチ・コックに分があった。リーチの面で、だけは。彼の細いサーベルでは、とてもではないがシザー本体が変形した盾を突き破れはしない。いや、仮に盾がなかったとしても、ルパンカイザーナイトの前には軽くあしらわれていただろう。

 

「けっ、こんなモンかよ」

「……何をわかりきったことを。最初から叩きのめすつもりだったんだろう」

「たりめーだ、わっ!」

 

 軽く斬りつけて後退させると、ブレードダイヤルファイターの翼を広げて勢いよく射出する。もとが戦闘機なのだから考えるまでもないのだが、こんな攻撃方法、予測できる者はそう多くはあるまい。まして、戦闘経験の少ないピッチ・コックでは。

 

「ウヒョッ!?……や、やりますねぇ!」

 

 一計を案じたピッチ・コックがとった手段は……恒例の"くじゃりんぱ"であった。ただし標的はルパンカイザー本体ではなく、飛来してくるブレード。しまった、より「何がしてえんだコイツ」と思ったが、同時に興味が湧いた。相手は無機物、何も起こらないのか。それとも──

 

 果たして、何かが起きた。確かに起きた。光に包まれたブレードダイヤルファイターの姿が様変わりしていたのだ。漆黒を基調としていたボディは、燃えるような赤とオレンジ色に。両翼は鈍器のように変形している──これは、ハンマー?

 

「え、ええ~……どういうこと?」

「武器にも性別がある……ということだろうな」

『イヤ~ン』

「きめェ」

 

 本日何度目か。

 

 いずれにせよ、姿が様変わりしてもブレード……改めハンマーダイヤルファイターが強力な武器であることに変わりはなかった。そのままピッチ・コックをぶっ叩きまくる。男になったのか女になったのかは知らないが、とかく動きが激しい。

 

「ウヒョッ、ウヒョッ、ウヒョヒョッ!?こ、これは!衝撃のラスト三分!?」

「三分もいるかよ、秒殺し殺したるわ!!」

 

 殺すを被せるという爆豪話法は、確かにクライマックスの合図だった。ハンマーを手元に戻し、構え直す。

 

「オラァっ、死ねぇ!!」

 

 ひとりでに動いて敵を叩いてくれる優れものだが、やはりルパンカイザーに持たせると威力が違う。何より敵を打ちのめす感触が機体を通じて伝わってくるので、血が滾る。

 そうこうしているうちに、秒など一瞬で過ぎる。戦場における時間経過は通常より圧倒的に速いのだ。

 

「小僧、そろそろ良かろう」

「わぁっとるわ。──いくぜっ!!」

 

 コックピットに接続していたVSチェンジャーを抜き取り、シートから立ち上がる。同時に、ルパンカイザーナイトがその場で回転を始める。

 

『グッドストライカー連打・グルグルヒッ飛べブッ飛べ~!!』

 

 その勢いのまま、ピッチ・コックに向かっていく。標的とされた彼はというと、

 

「ウヒョヒョッ、大どんでん返しを期待してぇ~!!」

 

 サーベル一本で向かっていく。が、あっさりサーベルを弾き飛ばされてしまう。その瞬間、この後の展開は完全に決定された。

 

「それでは次回にご期待くださいっ、サヨナラ。サヨナラ!サヨナラぁ~!!」

 

 勢いをつけたハンマーに全身を叩き潰され、天高く打ち上げられ──爆発。巨匠ピッチ・コック、哀れここでクランクアップである。

 

「永遠に……アデュー」

『キマってきたなぁ!そんじゃオイラも、アデュ~!』

 

 一瞬にしてルパンカイザーから分離し、飛び去っていくグッドストライカー。快盗たちもまた、何処かへ帰っていくのだった。

 

 

 *

 

 

 

 その後、主演俳優たちに手元のスタッフを虐殺された──語弊はあるが、紛うことなき事実だ──監督の、それでもあきらめない熱意によって、映画はどうにか完成へとこぎ着けた。程なく、試写フィルムが警察戦隊あてに送られてきたわけだが。

 

『……で、これが完成した映画ですが……』

 

 なんとも言えない声をあげるのは、珍しく事務作業以外に関心を示したジム・カーター。ストックしてあるかりんとうを齧る塚内管理官殿もまた、微妙な表情を浮かべていて。

 

「これは……なんというか、うん」

「うっわぁぁぁ……恥ずかしくて見てらんない……!」

 

 「こんなのが全国の映画館で流れるのかよ……」と響香が顔を伏せている。せめて単館上映にとどめてくれればいいと思いつつ、それだとこんな思いをして撮影に参加した意味もなくなるから難しいところだった。

 一方で、

 

「うむ……確かに拙いことは否めない……!映画第二弾の暁にはもっとレベルの高い演技ができるよう、努力しなくては!」

「……ハァ!?第二弾!?飯田あんた、全然乗り気じゃなかったのに……」

「いや当初はそうだったんだが、やってみると案外面白くてな!な、切島くん?」

「だろ、だろー!?」

 

 へへへ、と嬉しそうに笑う鋭児郎。彼は監督と意気投合していたし、筋がいいと褒められてもいた。プロヒーローの中にはCMからドラマ・映画出演を行い、中には本職顔負けの演技力を発揮する者もいる。鋭児郎にも或いはそんな未来があるのかもしれない。

 

「ハァ……」

 

 男どもをため息混じりに眺めていた響香は、画面に目を戻した瞬間思わず目を剥いていた。そこには、男と化した自分……"耳郎響介"が映し出されていたのである。

 

(こ、こんなのまで使うのかよ!?)

 

 あの監督、本当に……!今となっては撮影所まで怒りをぶつけにいく気力も湧かず、デスクに突っ伏すしかない響香だった。

 

 

──なお公開後、鋭児郎……というか烈怒頼雄斗には怪しい男性ファンが、響香には女性ファンが、天哉にはインターネットの匿名掲示板特製コラ画像が激増することになるのだが、それは暫し後の話である。

 

 

 à suivre……

 

 





次回「恋は錯綜中」

「遊園地デートだぁぁぁっ!!」

「遅れるなよ!」
「そっちこそ!」




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#15 恋は錯綜中 1/3

上鳴くんの「ばくごーのかっちゃんくーん」って呼び方が好きです(半ギレ)


 

 自ら退学した音楽大学に、数年越しに通いつめることになるとは思ってもみなかった。

 

 後輩の演奏を聴きながら、耳郎響香はぼんやりとそんなことを考えていた。目の前には、金髪に雷模様のメッシュが入った青年の姿。いくら音大生とはいえ、模範的なレベルで軽薄なビジュアルだと出会った当初は思ったものだが、うっかり口を滑らせたらばこれは地毛なんだと抗議されてしまった。まあその点については申し訳なかったが、実際外見通りの行動をとっているのだから閉口するほかあるまい。

 

「──どうっスかね、センパイ!?」

 

 ただ、目を輝かせて己の演奏の出来映えを尋ねてくる姿は、後輩としてはなかなかかわいいものだった。

 

「……うん、だいぶ良くなった。あとは逆に、どれだけ崩していけるかだね」

「崩す……っすか?」

 

 ようやく整った演奏を完遂できるようになったのに?首を傾げる青年に、響香は珍しく悪戯っぽい表情で教示した。

 

「ただ未熟なのと、しっかり技術を身につけたうえで緩急をつけるのは全然違うからね。ま、頑張んなよ──上鳴」

「……ハイ!」

 

 青年──上鳴電気は、嬉しそうに笑った。

 

 

 *

 

 

 

 諸兄は"音楽大学連続失踪事件"を記憶しているだろうか。音大教授・高宮隼人に化けていたギャングラー、ギタール・クロウズが才能ある学生はじめ関係者を拉致監禁、ゴーシュ・ル・メドゥに売り渡そうとしていた一件だ。そのギタールが次の標的と見定めていたのがこの一回生、上鳴電気だった。

 

 ギタールを倒したあと、響香は彼の代わりをなすかのように電気への指導を始めた。無論自身の職務もあるし、後任の教員だっているだろうから、そう頻繁にではないが……それでも、今日まで継続していることは紛れもない事実だった。

 

「センパイ、今日もありがとうございました!」

「いいって、どっちかっつーとウチの趣味みたいなモンだし」

 

 もう昔のようにはギターを弾けない自分の、捨ててしまった夢を託せる相手なのだ。その成長を傍で見守り、大切に育ててやりたいという気持ちは義務などではないのだ。無論、高宮の真相を未だに伝えていないという負い目はあるが、自分の欲目に比べればそう大きな感情ではない。

 

「そういや、今日はこれからバイト?……それとも、また合コンか?」

 

 電気の合コン好きはよく知っているので、茶化すように訊いた。まあ頻繁に参加しているということは、つまりそういうことなのだが。

 痛いところを突かれたと思ったのか、電気はどもりながら否定の意を示した。

 

「い、いやっ、たまには俺だってまっすぐ帰りますよ!特に、センパイに指導してもらった日には……」

「ふーん?」

「信じてくださいよマジで!」

 

 何をそんな必死になっているのかはともかく、響香がそんなことを問うたのは意地悪からだけではなかった。

 

「ま、いいや。お腹すいたし、たまにはご飯いくか」

「えっ……いいんスか!?」

「あ、奢り期待してんでしょ」

「い、いやそういうわけじゃあ……」

「まあそのつもりだけど。その代わり、店はこっちで決めていい?」

「もちろんす!」

 

 そこで響香は、再び悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「ちなみに、あんたの知ってるヤツが働いてる店なんだよね」

「俺の……知ってるヤツ?」

 

 

 *

 

 

 

 ディナータイムまっさかりの喫茶ジュレは、いつも通りそれなりに客足が伸びていた。一等地に店を構えているだけあって、さほど宣伝には力を入れていないにもかかわらず好んで来る客は多い。潰れる心配がなく──潰れそうになってもルパン家が援助してくれるのだろうが──、さりとて本業に支障が出ない程度には繁盛している。まあ、理想的な状態と言ってよいだろう。

 

 しかしながら、店の紅一点たる麗日お茶子は物憂げな表情で客席を見つめていた。密かにほぅ、とため息を漏らす。

 が、それは調理担当の少年に聞き咎められてしまった。

 

「何ため息なんざついてんだ丸顔が、真面目に働けや」

「……爆豪くんさあ、きみがそれ言う?」

 

 気が向いたときにしか働かないくせによく言うと、お茶子は唇を尖らせた。

 

「なぁんかさー、最近カップルのお客さん多いと思わない?」

「あ゛?……別に、客層なんざいちいち見とらんわ」

「まーそりゃそうか。はぁ……」

「ッ、だぁから働けやクソ顔!!」

「!?、……あとで覚えとけよ腐れ外道……!」

 

 勝己からプレートをひったくり、歩きだす。流石にもうため息はつかないが、心のもやもやが晴れることはなかった。彼女は悩んでいたのだ。

 

(いいなぁ……恋人)

 

 そう、お茶子も年頃の少女であった。常日頃から意識しているわけではないが、やはりカップルを見ると恋人が欲しいという欲求がこみ上げてきてしまうのだ。無論、希望通り雄英高校ヒーロー科に通えていたら忙しくてそれどころではなかったかもしれないが、交際とはならなくとも恋愛感情を抱くことのできる相手がいるだけでも幸せなことだと思う。身近にスペックの高い男性はいるが、それだけで好意をもつにはお茶子はまだ夢見がちな少女だった。

 一方で店長の轟炎司などは、最強の"仔"目当てに個性婚をした経歴をもつロマンチシズムとは対極にいる男だった。そんな彼が同じ業務をこなしているという事実には、人生の不条理というものを感じざるをえない。

 

 と、響香が電気を伴って来店したのはそんな折だった。

 

「いらっしゃ……あ、耳郎さん!」

「……ども。ふたり、大丈夫?」

「え、ええ……カウンターになっちゃいますけど、いいですか?」

「ウチはいいけど……上鳴、あんたは?」

「どこでもバッチコイっす!」

 

 今さら相手がパトレンジャーだからという警戒感はない。彼女がややどもったのは電気の顔を見たからだった。切島鋭児郎と同年代のようだが、彼のように同僚というふうには見えない。

 

(まさか……彼氏!?)

 

 身持ちの固そうな響香が、なんだか軽薄そうな男と!複雑な感情入り乱れる中お茶子はカウンター席にふたりを案内したのだが、そこで勝己と電気が同時に「あ」と声をあげた。

 

「おまえ、確か……爆豪?」

「……アホ面か」

「ちょっ、そのあだ名つらみなんですけどマジで!」

 

 電気がわざとらしくのけぞっているのを尻目に、お茶子は慌てて「知り合い!?」と訊いた。答えてくれたのは勝己ではなく響香だったが。

 

「ウチの昔いた音大の後輩なんだ。捜査の過程で知り合って、たまに練習の面倒みてやってんの」

「あ、ああ……なるほど」

 

 自分が飯田天哉と親しいように、勝己もよもや?と思ってしまったが、そういう事情ならとお茶子は自分を納得させた。ギタール・クロウズの一件、ほとんど関与はしていないが最低限の経緯は聞いている。勝己が多くを語るわけもないので、本当に最低限だが。

 

「まだやってたんか、ケーサツも案外ヒマなんだな。で、少しは聴けるモンになったかよ」

「なったなった!ナンならあとで弾いてやろーか?」

「クソみてぇな演奏だったらブッ殺す」

「物騒!」

 

(……なんか、仲よさげ?)

 

 意外やこのふたり、相性は悪くないようである──

 

 

 *

 

 

 

「ふぅー食った食った……。めっちゃ美味かった!」

 

 ふくれた腹をさすりながら、電気は満足げに声をあげた。彼の前には、綺麗に平らげられた皿が並んでいる。それらを供した少年はというと、満更でもなさそうに「そうかよ」と鼻を鳴らした。

 

「おまえ15、6だろ?よくこんな美味いメシ作れるよなぁ。俺なんかチンばっかよ?」

「ハッ、いい歳して情けねーなァ。こんなんレシピ通りに作りゃいいだけだっつーの」

「うわぉ、才能マ~ン……」

 

 大仰に肩をすくめつつ、電気はちら、と傍らを見やった。響香はちょうどデザートまで食べ終わったところで、ナプキンで上品に口元を拭っている。言動は男勝りなのに、彼女にはがさつなところがない。身体が資本の仕事だから女性としては量を食べるほうだが、所作はゆったりしていて女性らしいたおやかさを感じさせる。女友達は多いと自負している電気だが、彼女はそのうちの誰よりも──

 

「……上鳴、どうしたの?なんかついてる?」

「!、いや、別に……」

 

 電気が目を逸らすと、響香は「そう」と軽く流して立ち上がった。

 

「ちょっとお手洗い借りてくる」

「あー……ハイ」

 

 その背中を見送り──ため息をつく。安堵とも、落胆ともつかぬ物憂げな表情。そして髪と同じ明るい琥珀色の瞳が熱をもっていることに、お茶子は気づいてしまった。

 

 これはもしや。そう推測を立てた時点で、お茶子の行動は非常に素早かった。

 

「……ねぇ上鳴さん、ひょっとして耳郎さんのこと好きだったりする?」

「ひょぇっ!!?」

 

 完全に不意打ちだったのだろう、奇声を発して椅子からずり落ちそうになる電気。図星です、と全身で示したようなものだ。

 

「……俺、そんな分かりやすかった?」

「まぁー、オトシゴロの女のコとしては!」

 

 はは、と空疎な笑みがこぼれる。お茶子の言葉に反応して、というより、どこか自嘲めいた響きがあった。

 

「……どうしたの?」

「はは……ぶっちゃけ、100パー片想いなんだよなぁ絶対」

「えっ……」

 

 陽気な性格の電気は、まだ未成年ながら女性経験についてはそれなりに積んでいた。ゆえに、相手の女性が自分をどう思っているか……まったく眼中にないのか友達と認識されているのか、それとも好意をもたれているか、おおむね察することができた。響香はとても親身になってくれるが、五つ年下の学生など恋愛対象としてはみていないだろう。

 

 ただ、諦念めいた感情とは裏腹に、電気の気持ちはそう浅くはなかった。だからこそ容易には攻められない──今の関係を壊したくないから。

 電気の想いを察したお茶子はというと、

 

(け、健気ぇ……っ!)

 

 見るからに遊んでいそうなこの青年が片恋をし、どぎまぎと悩んでいる。その姿は年下であるお茶子の母性本能をくすぐるものだった。できれば彼のサポートをしてやりたいと思う。何かないか、何か──

 

(……せやっ!)

 

 閃いたお茶子は、躊躇なくそのアイデアを口に出していた。

 

「ねえ上鳴さんっ、ココはひとつギャップ萌え作戦といってみない!?」

「ぎゃ、ギャップ萌え……作戦?」

 

 首を傾げる電気の面前で、彼女はグッと親指を立ててみせた。

 

「一途ってことさ!」

 

 

 *

 

 

 

 電気たちが会計を済ませて帰る頃には、ピークタイムも大きく過ぎて閉店準備をする頃合いだった。

 テーブルを拭いたり、皿を洗ったりと各々片付け作業をするのだが、

 

「………」

「ゴラァ丸顔ォ!!」

「ヒッ!?」

 

 勝己の怒鳴り声を浴びて、お茶子はカウンターテーブルに携帯電話を取り落としてしまった。何年も大事に使っているのに!慌てて拾い上げる。

 

「も、もう怒鳴らんといてよ爆豪くん……!」

「怒鳴るわクソが、目の前で堂々と携帯いじりやがって!働け!」

「だからきみがそれ言う~……?」

 

 まあ、勝己は店にいさえすれば黙々と仕事をしているので、文句を言う資格はあるかもしれないが。

 

「……で、何見てたんだよ?」

「あっ、気になる?気になっちゃう系?」

「ッ!……あァ、アホ面絡みか」

 

 口調に苛立ってか再び怒鳴りつけようとした勝己だったが、それが上鳴電気の物真似と気づいて納得顔になった。このカウンター席でのふたりのやりとりには、勝己も密かに聞き耳を立てていたのだ。

 

「どうだったんだ?玉砕したンか?」

「ふふーん、それがねぇ……ほら」

 

 勝ち誇った顔で液晶を見せつける。そこには、

 

──『でんぴうまくいった(σゝω・)σ』

 

「アタマ悪ィ文面だな」

「それは言ってやるな……」

「はん。ま、よかったんじゃねーの」

 

 投げやりな応答だったが、それは一瞬場に静寂をもたらすほど衝撃的なものだった。炎司までもが手を止めてこちらを見ている。

 

「……ンだよ」

「な、なんか爆豪くん……上鳴さんには優しくない?気色悪い……」

「その頬っぺた煎餅にしてやろうか丸顔ォ?」

「うわぁ……」

 

 自分に対しては相変わらずこんなである。お茶子は少しばかり電気を羨ましく思った。

 とはいえ、意気投合(?)した青年の成功を祝福する程度には勝己も人の子なのだ。密かに微笑ましい気持ちになるお茶子だったが、

 

「アホ面に口説き落とされりゃあ、あの男に免疫なさそーなイヤホン女のことだ、骨抜きになるかもしんねーだろ。そうすりゃサツどもが雑魚くなるじゃねーか」

「……は?」

 

 つまりは何か、パトレンジャーの弱体化を目論んで電気を後押ししているということか?

 

「み、みみっちい……!」

「……ふっ、今に始まったことではなかろう」

「ンだとゴラァ!?」

 

 炎司が勝己とやりあってくれている間に、お茶子はそそくさと返信を打った。どこにいつ何時行くことにしたのか──それを聞き出すことが、彼女には必要だったのだ。

 

 

 *

 

 

 

 ひとりの青年の片恋というささやかながら微笑ましい事象に対して、異形の者たちは今日も人間世界の掌握を目論んで策動を続けている。

 

 彼女──ナイーヨ・カパジャーもそのひとりであった。あったのだが……。

 

「あら久しぶり、ナイーヨ・カパジャー。相変わらずセンスのない恰好ね」

「お久しぶりゴーシュ。そういう貴方こそ、見た目も中身もあたしより出来が悪いくせに、堂々とボスの傍に居座れる度胸は相変わらずねぇぇ……!」

 

 バチバチと火花が散る……どちらかというとゴーシュは冷たくあしらっているといった雰囲気なのだが。

 いずれにせよ女の争いに男は介入し難い。腕っぷしには自信のあるデストラでさえ戦々恐々と見守るしかないのだ。

 

「ハァ……ナイーヨ、用件を聞こうか?」

 

 結局、ドグラニオ・ヤーブンがため息混じりに声をかけることで争いに終止符を打った。

 ナイーヨはただの高慢な女ではなく、ギャングラーでは唯一のくノ一だった。ゆえに、ボスであるドグラニオへの忠誠心はデストラに負けず劣らずのものがある。すかさずその場に片膝をつき、頭を垂れた。

 

「ボス!忍びの者であるあたしは、後継者になる気はありません。ありませんが……!やっぱり、この女だけは気に入りません!」

「お、おぉ」

「人間界を掌握した暁には、この女を放逐してあたしをお傍に……!」

「愚かね」

「ッ、黙ってなさいよ!」

 

 再びゴーシュに食ってかかろうとしたところに、ドグラニオから声がかかった。

 

「構わんよ。俺の後継者はおまえが勝手に決めれば良い」

「!、ボス、それは……」

「勿論ナイーヨが人間界を掌握できた場合の話だよ、デストラ」

 

 そう釘を刺されてしまえば、デストラとしてもそれ以上は何も言えなくなる。元々、"人間界を掌握した者が次のボス"とドグラニオは明言しているのだ。あえて辞退し別人を立てるというのも、ありえない選択ではない。

 

「ありがとうございますボス!……ふんっ」

「………」

 

 ゴーシュに対して勝ち誇ったように胸を張ると、ナイーヨはドロンとその場から姿を消した。次に彼女が現れたのは、標的となった人間界で。

 

「人間どもの笑顔があふれる場所……壊すなら、まずはあそこね」

 

 その視線の先には、夜の闇に煌々と浮かび上がる観覧車があった──

 

 



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#15 恋は錯綜中 2/3

デクとかっちゃん仲直りプランその1
「自動車会社ペガサスに放り込む」

浦沢ワールドで正気を保っているためにはお互いを支えにするしかないのだ!




 

 数日後、朝。欠伸混じりに店に降りてきた勝己が目の当たりにしたのは、カウンター席で手持ち無沙汰げに本を捲っている我らが店長の姿だった。

 

「寝坊か。ヒーローを目指していた者とは思えん自堕落ぶりだな」

「……るせーな、もう目指してねーんだからいいだろ別に」毒づきつつ、「つーか今日、店は?」

「俺と貴様だけでは仕事にならんだろう」

「………」

 

 ならないことはないだろうと一瞬思ったが、そこまで強硬に主張するだけの自信が勝己にしては珍しくもてなかった。炎司は大人として振る舞えるだけまだマシだが、ふたり揃って接客スキルが乏しすぎる。

 

「で、丸顔のヤツぁいつ帰ってくるって?」

「……さあ。もしかすると夜になるかもしれないとは言っていたな」

「アイツ……丸一日使って出歯亀する気かよ」

 

 「しょうもねえ」とため息をつく勝己。けしかけたのは彼なのだが、数日のうちにそんなことは忘れてしまっていた。

 

 

 *

 

 

 

 上鳴電気は人を待っていた。表向きはスマートフォンを弄ってのんびり時間をつぶしているように見せつつ、その実そわそわと周囲に視線をさまよわせている。

 そんなことを何度も繰り返すことおよそ四半刻。行きかう人波の中に、こちらにやってくる目当ての女性の姿を認めることができた。

 

 努めて精悍な顔立ちを装いつつ、彼女の到来を待つ。勝己には"アホ面"と揶揄されるが、引き締めていれば整った顔立ちであることは自覚しているのだ、腹立たしいことに。

 とはいえ、相手の女性がそれで反応を見せる様子はなく。

 

「は、ハヨーっすセンパイ」

「おはよう、早いねあんた……。いつから待ってたの?」

「今来たとこっす……今」

 

 うそを言ったが、気を遣わせないためというより呆れられないためだった。今現在の時刻は合流予定の15分前なのだ、そんな時間に来てくれた響香を30分以上も待ちわびていたなんて、一体どれだけ逸っているんだという話になる。好意に気づいてもらえればそれはそれでいいが、下心と思われてしまうのは避けたかった。

 

「じゃ、もう行っちゃう系でいいっすか?まだ早いけど」

「もちろん。もう開いてるんだしね、遊園地」

 

 歩き出すふたり。彼らは人混みの中にいたが、彼らを密かに追尾する少女もまた人混みに紛れていた。髪を後ろでお団子にして目深にキャップをかぶり、少女にしてはやけにごつく角張った眼鏡をかけている。深い親交がある人が見れば即座に看破されてしまうかもしれないが、ちょっとした顔見知り程度ならまず気づかない──快盗ルパンイエローではなく麗日お茶子としての変装なので、それで十分だった。

 

 

 *

 

 

 

 休日の遊園地は、予想するまでもなく大勢の人、人、人でごった返している。

 

 その中にあって、電気が響香をエスコートする形でふたりは遊園地内を回っていった。ジェットコースターやフリーフォールといった絶叫マシンでとことん体力を費やしてストレスを吹き飛ばしつつ、遊園地に併設されている水族館や動物園で生物たちに癒される。動物園では馬人間のような異形型の職員が乗馬体験を担当していて、ふたりとも引きつった笑みを浮かべるほかなんて一幕もあった。

 そしてそれらの一部始終を、お茶子はばっちり見届けているというわけであった。

 

(おぉ~……なんか、まさしくデートって感じだ)

 

 最初はやや緊張ぎみだった電気も時間が経つにつれいつもの明るい振る舞いをみせているし、飯田天哉ほどでないにせよお堅い警察官という印象のあった響香も楽しそうにしているのがわかる。美男美女同士、お似合いのカップルだと誰もが思うだろう、今のふたりの姿を見れば。

 

「いいなぁ……」

 

 ぽつりと漏れたつぶやきに、思わず自嘲がこぼれる。たとえ好意をもてる相手が現れたとしても、快盗に恋愛が許されるのだろうか。今だけではない。これからずっと未来まで、その事実は影としてついて回るのだ。

 

(ヒーローになれない……だけじゃ、ないんだ)

 

 自分も勝己も、人生も後半に入っているであろう炎司も。彼らはきっと、そこまで覚悟をして快盗をやっているのだろうけれど。

 と、我に返ったお茶子は、電気と響香がお化け屋敷に入っていくのを見てぶんぶんと首を振った。今はふたりを見守り、応援する。そのためにここにいる。捨ててしまった自分の未来のことなど……後回しでいい。

 

 ふたりを追いかけ、独りお化け屋敷へ飛び込んでいくお茶子。しかしその行動を、一分と経たずに彼女は後悔させられることになる──この魔窟に潜む、亡霊たちによって。

 

 

 *

 

 

 

「そろそろいい頃合いだわね」

 

 遊園地の客入りがピークを迎えようとしているのを認めて、ナイーヨ・カパジャーはそう嘯いた。休日の昼過ぎ──この時を、彼女はじっと待ち続けていたのだ。

 

「手始めに……ハッ!バリバリ、バリア~!!」

 

 背中の金庫が鈍い輝きを放つ。刹那、彼女の全身から四方八方へと鎖が広がっていく。それらがドーム状の膜を形成し……消えた。

 

「痛たっ!?」

「うわっ、なんだこれ!?」

 

──否、消えたわけではなかった。透明な壁は厳然と広がり、人々の往来を阻んでいた。そう、遊園地は文字通りの出入り禁止地帯となってしまったのである。

 

 

 そんなこととはつゆ知らず、電気たちはお化け屋敷を楽しんでいた。暗くおどろおどろしい迷宮で、どこからともなく飛び出してくる亡霊たち。現実に迷い込んでしまったら心細さと恐怖のあまり発狂しかねない場所だが、これがアトラクションとなるとどうしてか人を誘うのである。皆、リスクは取りたくないがスリルは欲しいということか。

 

「お、あれ……動きそうじゃないすか?」

 

 行く先に壁に凭れかかるようにして立ち尽くす人影を認め、おもしろそうにつぶやく電気。一歩後ろを歩く響香に緊張が走るのを感じとって、彼は密かに笑みを浮かべた。

 

「別に……動くってわかってりゃどうってことないでしょ」

「ふ~ん?」

「な、なんだよ」

「いやぁ……べっつにぃ?あ、手ぇ繋ぎます?」

「いらないっつの……」

 

 いらないと言うならいらないのだろう。あえて食い下がりはせず、ゆっくりとかのオブジェクトへ歩み寄っていく。廃病院を模した廊下は一本道なので、いずれにしてもあのすぐ横を通っていかなければならない。

 

「………」

 

 身構えつつ、抜き足差し足で通過していくふたり。人間のかたちをしたオブジェクトはぴくりとも動かず、やや肩透かしな気分を味わったとき……"それ"は起きた。

 

「グオオオオオオオッ!!」

 

 獣じみた雄叫びとともに、壁をぶち壊して飛び出してくる白衣のゾンビ。あまりといえばあまりの事態に、ふたりの頭は真っ白になった。

 

「うおぉ「う゛わあああああああ──!!?」……えっ」

 

 自分の悲鳴など軽々とかき消すほどの絶叫に、電気は一瞬恐怖も忘れて呆気にとられた。それも一瞬のことで、数秒後には物凄い力に腕を引っ張られてその場から消え去っていたのだが。

 

「……あれ?」

 

 代わりに、幽霊役のスタッフが呆気にとられる羽目になった。暫しそのまま固まっていたらば後からやってきたお茶子と目が合ってしまい、物凄く気まずい雰囲気を生み出してしまうのだが、それも無理からぬことである。

 

 

「ハァ、ハァ……はぁぁぁぁ~……」

 

 病室を模したとおぼしき部屋へ逃げ込んで、響香は壁際に蹲るようにして肩を震わせていた。部屋に引きずり込まれた形の電気は、困り顔で彼女を見下ろすほかなかった。

 

「センパイ……お化け、ダメだったんすね。ギャングラーは平気なのに」

「ッ、わ、嘲いたきゃ嘲えよ……!」

「いや、そんな……言ってくれりゃよかったのに」

「言えるわけないだろ、こんな……恥ずかしい」

 

 こんな醜態を晒すくらいなら、恥を忍んで伝えておくべきだったかもしれないが。いずれにせよ後の祭りである。

 半ば無理矢理呼吸を整えて、響香は立ち上がった。

 

「……もう、平気だから。さっさと行こう」

「………」

 

 ぶっきらぼうに言い放つのは、あえてそうしているのだろうとわかった。大勢の人々を守るために戦っている女性。年少者である電気に弱みを見せたくないという気持ちは、正直理解できる。

 ただ──それでもと、思った。

 

「……大丈夫だよ」

「え……」

 

 唐突に右手を握り込まれ、響香は当惑を声に出した。わずかに視線を上げて見えた琥珀色の瞳が、ギターを弾いているときと同じ、真剣な光を帯びていて。

 

「俺が、守るから」

「………!」

 

 とくんと、胸が高鳴るのがわかった。同時に染み出した熱が、顔にまで上ってくる。

 

(な、何、これ……)

 

 響香ももう大人だ、こういう気持ちになったことが初めてというわけではない。しかしそれを、五つも年下の、まだ少年の域も出ていないような後輩に対して感じるとは。

 あふれ出した自身の気持ちを認められないほど響香は子供ではなかった。が、そのことと電気と気持ちを通じ合わせることとは別の話だった。

 

「……普段からそうやって女の子口説いてるんでしょ。ウチにまで、やめなよそういうの」

「……あー……」

 

 一瞬呆けたような表情を浮かべた電気は、直後空いている右手を目元に当てて天を仰いだ。てっきり「スンマセン」と心のこもらない謝罪を述べて話は終わりかと思ったのに、心底がっくり来ている様子なのだ。

 

「……何?」

「いや……普段の自分の行いをちょっとばかし後悔してるだけ……」

 

 なおも首を傾げる響香に対し、電気は改めて真剣な面持ちで向き直った。

 

「俺、可愛いとか好きとかは結構言っちゃうけど……守るだなんて、普段は恥ずかしくて言えないから」

 

 まして、国際警察のエリートたる女性相手に。

 それはつまり──そのくらい本気だということ。表情が声が、五感で感じとることのできるすべてが、如実にそれを示している。

 

「上鳴……ウチは、」

「いいよ、すぐに返事くれなくても。とりあえずはここ、さっさと出ようぜ」

 

 手を引かれ、歩き出す。彼の掌はじんわりと汗をかいていたけれど、嫌悪感はなかった。守る、という言葉も。

 ただ微かにはしる胸の痛みは、甘酸っぱさよりもほろ苦さを響香に味わわせていた。

 

──そのあとは言葉もなく、順路を黙々と歩き続ける。それでも幽霊が飛び出してくれば「きゃっ」と声をあげてしまう響香だったが、その度に電気がさっと身体を寄せて庇ってくれる。一度告白してしまったからには、もう行動を取り繕うつもりはないということなのだろう。

 

(こんなことになるなんて……)

 

 思ってもみなかった──と言えば、正直、嘘になる。容姿の諸々にコンプレックスのある響香だが、学生時代から異性に声をかけられることはあったし、高嶺の花でないからこそそれなりにもてるタイプなのだろうと自己分析もしていた。電気のような男なら、軽くちょっかいをかけてきてもおかしくないとは思っていたのだ。

 無論、そんなことをされたら思いきり叱り飛ばしてやる算段でいたのだが、遊園地デートという初々しいにも程がある提案をされて狼狽し、頷いてしまったのが運の尽きだったということか。自分の夢を託せる唯一無二の後輩というだけのつもりだったのだけれど。今までもこれからも。

 

 と、迷宮も七合目あたりの曲がり角に差し掛かったとき、いきなり飛び出してくる人影があった。

 

「ッ!?」

 

 もう何度目になるかわからない緊張に身を強張らせる響香だったが、今度のそれは今までとは様子が異なっていた。飛び出してきた幽霊はその場にばたりと倒れ伏し、苦しそうに唸っているのだ。

 

「た、たす……けて……」

「うわ……超迫真の演技」

 

 電気のつぶやきは自然な反応だったが、演技というにはどうにも違和感があった。まるで、本当に──

 

「ぎゃ、ギャングラーが……」

「……!」

 

 その瞬間、響香の表情が変わったことに電気は気づいた。それは、自分のギターをみてくれているときとも異なる……"警察官"としての顔。

 

「上鳴、あんたはここにいな」

「!?、いや、でも……」

「大丈夫、とりあえず様子見てくるだけだから。ウチが戻るまで待ってて!」

 

 有無を言わさず駆け出す響香の背中には、確かに頼もしさと気迫があった。彼女に待っていろと言われれば、そうするより他にないのだ。相手は幽霊などとは比較にならないほど恐ろしい、ギャングラーなのだから。

 それでも、

 

「守る、っつったんだけどな……」

 

 わかってはいても、それは割り切れない思いだった。

 

 

 *

 

 

 

『こちら耳郎、夢ヶ丘遊園地にてギャングラーが出現。至急応援を頼む!』

「!」

 

 休日のスタンバイということでのんびりした時間を過ごしていた切島鋭児郎は、響香からの通信を受けて即応した。

 

「わかった、すぐ向かう!飯田には俺から連絡入れとく」

『頼んだ』

 

 通信を終えると同時に、タクティクス・ルームから飛び出していく鋭児郎。自分がスタンバイのときでよかったと彼は思った。フォースカインドの事務所近くにアパートを借りているため、休日に家から駆けつけるには現場にもよるが時間がかかる可能性がある。その点、天哉は庁舎から徒歩5分の独身寮にいるのでいつでも駆けつけることができるのだ。

 

 その天哉はというと、干した洗濯物をベランダから取り込んでいる真っ最中だった。

 

「うむ、やはりこういう爽やかな日は洗濯物もよく乾くな!」

 

 家事ひとつでも相変わらず四角張った声をあげる青年である。が、それゆえ即応性は高かった。連絡を受けた一分後には、制服に着替えた彼も出撃していくこととなる。

 

 

 そして、仲間への連絡を済ませた響香は。

 

「動くなっ、国際警察だ!!」

 

 VSチェンジャー片手に、ギャングラーの面前に飛び出していた。電気に告げたことを躊躇なく反故にしてしまった形だが、最初からそのつもりだったわけではない。襲われていた人間を救けるためだ。

 

「ハァ?国際警察!?なんでいるのよっ、せっかくバリアまで張ったのに~!」

「ッ、ふざけた真似してくれたな!──警察チェンジ!」

 

 変身して勇猛に突撃しつつ、ギャングラ──―ナイーヨ・カパジャーの言葉の意味を考える。そのまま受けとるなら遊園地にバリアを張り巡らせたのだと解釈できたし、事実その通りだった。

 

(それじゃ、援護は期待できない……!)

 

 即ち、単独でナイーヨを倒さねばならないということ。トリガーマシンバイカーのような破壊力のある装備では正直厳しいが、やるしかない。

 

 至近距離から銃撃を炸裂させるパトレン3号に対し、ナイーヨは鎖鎌を振るって応戦する。狭い廊下での戦闘で互いに動きを制限されざるをえないが、そのぶん小柄な前者に分があった。銃撃に意識を向けさせておいて鋭い足払いを繰り出し、バランスを崩させる。

 そのまま脳天を撃ち抜こうとした瞬間、別方向から光弾が飛んできた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に飛び退く3号。直後、光弾は彼女のいた空間をすり抜け、壁の一部を粉砕する。

 

「──邪魔してごめんなさいっ!でも、お宝だけは確保させて!」

 

 銃を手に立っていたのは、響香とそう体格の変わらない少女だった。漆黒の衣装は普段のそれとは異なるが、黄色の仮面は見慣れたものだった。

 

(よかったぁ……仮面とVSチェンジャーだけは持ち歩いてて)

 

 少女──麗日お茶子は心中でそうつぶやいていた。衣装は裏のスタッフルームに置いてあったものを拝借してきたが、仮面だけは普段使っているものでないと意味がないのだから。

 

「ッ、快盗か……!」

「なっ、なんで快盗まで!?アンタたち、グル!?」

「ンなわけないだろ!」

 

 否定しつつ──響香の脳裏にひとつの方策が浮かんだ。おそらく飯田天哉であれば絶対に採用しないような策が。

 

「……いいよ、快盗」

「えっ……」

「その代わり、コイツ倒すの手伝えっ!」

 

 言うが早いか、再びナイーヨに飛びかかっていく3号。彼女から共闘を持ちかけられたことに戸惑いを隠せないお茶子だったが、それは願ってもない提案だった。

 

「……わかった!快盗チェンジっ!!」

 

 ルパンイエローへと変身を遂げる。これで2vs1。しかし彼女たちは、ナイーヨ・カパジャーの本当の恐ろしさを知らなかった。

 

 

 *

 

 

 

 偵察に行ったはずの響香がいつまで経っても戻ってこないことに、電気は焦れていた。彼女がパトレンジャーの一員であることは理解しているが、それでもサシでぶつかるにはギャングラーはあまりに手ごわい相手。小柄な彼女の身体がいとも容易くへし折られてしまう光景を、否定しきれない自分がいた。

 逃げてきたスタッフのひとりから状況を聞かされたのは、そんな折だった。

 

「き、きみも早く逃げるんだ!今、パトレンジャーと快盗がギャングラーと戦っているから……!」

「……!」

 

 快盗がいるというのは予想外だったが、やはり戦闘が発生しているという事実が電気の心に楔を打った。

 

(そうだよな、逃げるべきなんだ。俺に……何ができるわけでもないんだから)

 

 まあまあ強力な個性をもっているという自負はあるが、特別鍛えてきたわけでもない。プロヒーローたちでさえ抑え込まれるギャングラー相手に、歯が立つわけがないのだ。

 その事実を当然のものとして認めた電気は、自分でも意識しないうちに走り出していた。

 

「あっ、おいきみ!?そっちは……!」

 

 男の焦燥に駆られた声が耳に入る。──電気の足は、戦場へと向いていた。

 

(何もできねえってわかってる……でも……!)

 

 言葉にならない熱情が、彼を突き動かしていた。

 

 



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#15 恋は錯綜中 3/3

 

 連絡を受けておよそ四半刻。パトレンジャーのふたりは、夢ヶ丘遊園地の目前に到着した。

 

「ここか……」

「──こちら飯田、作戦ポイントへ到着。アナライズの結果を教えてくれ」

『了解!』ジム・カーターの応答。『肉眼では確認できませんが、ドーム状の障壁が遊園地を覆っているようです。まずそれを破壊しないと、内部への進入は不可能です!』

「我々の妨害と人々の逃走防止、一石二鳥のつもりか……!」

「ンなもん、俺の個性でブチ砕いてやる!」

 

 パトレン1号──鋭児郎が全身に力を込めると、呼応して皮膚が硬質化していく。強化服を突き破ることはないが、その身は鋭く尖った岩石に覆われたようになっていた。

 

 野次馬を退かし、バリアの前に立つ。呼吸を整え……拳を握りしめる。

 そして、

 

「──うぉらぁッ!!」

 

 思いきり、叩きつける!

 いけるか、と見守る天哉は思った。プロヒーローでもある鋭児郎の"硬化"はすぐれた個性だ。ギャングラーとの戦闘においても、攻守双方に役立ってきた。

 

 しかし、ルパンコレクションによってブーストがかけられたナイーヨの力はそれ以上のものだった。

 

「ぐあっ!?」

 

 身体にビリビリと衝撃が奔ったかと思えば、大きく後方に吹き飛ばされる。2号が咄嗟に受け止めてくれなければ、彼方へ消え去っていたかもしれない。

 

「大丈夫か、切島くん!?」

「痛てて……なんとか。でも、あのバリアやべぇ……」

「どうやら、受けた衝撃をそのまま押し返してくるようだな……」

 

 だが、バリアを破って突入するのはミッション遂行のための必要条件だ。鋭児郎のような打撃で駄目なら。

 

「切島くん、下がってくれ。VSチェンジャー(これ)でやってみる!」

「ッ、頼む!」

 

 1号が後退すると同時に、発砲する2号。光弾がバリアの表面でスパークし、火花が散る。ふたりはわずかな風圧を感じたが、それだけだった。

 

「やはり、これなら危険はなさそうだ」

「っし、なら一気に!」

 

 嬉々としてトリガーマシンバイカーを構えるパトレン1号。──その姿を、背後から密かに見つめている者たちがいた。

 

「チッ、連中先越しやがった」

「ふん、まだ逆転は可能だろう。あんなところで立ち往生しているんだからな」

 

 しかし、それももう終わろうとしている。完全な漁夫の利を得ることで連中をコケにしてやるのも一興だったが、確実に出し抜くためには手を貸してやるのも手だった。

 

『サイクロン!3・1・9──マスカレイズ!』

 

 "警察ブースト""快盗ブースト"──ふたつの音声が重なりあう。いずれかが先んじていれば、パトレンジャーも快盗の存在に気づけたかもしれない。

 いずれにせよ、発射されたふたつのエネルギー弾。同根であるそれらは惹かれあうように合流して融合し、より強度を増してバリアに接触する。暫くは互いに反発しあっていたものの、やがて表面にヒビが入りはじめる。そうなると、弾丸の威力が勝るのも時間の問題だった。

 

──そして、バリアは粉々に粉砕された。

 

「っし、……あれ?」

「むっ?」

 

 ここでようやく違和感を覚えたふたりだったが、時既に遅し。

 

「おらッ!」

「!?」

 

 頭上に影が差したかと思えば、いきなり脳天に衝撃を受けた。体幹のすぐれた彼らでなければその場に転ばされていただろう。

 

「いつまでもそこで突っ立ってろや、脳筋お巡りサン?」

「なっ……快盗!?」

 

 着地と同時に走り出す快盗らの姿を認めて、鋭児郎たちは先ほどの衝撃が頭を踏み台にされたことによるものだと悟った。同時に憤懣がこみ上げてくるのは、言うまでもないことで。

 

「~~ッ、あいつらぁ!!」

「追うぞ切島くん!!」

 

 このようなひと悶着はあれ……快盗も警察も、これで全員が遊園地への突入に成功した。

 

 

 *

 

 

 

 仮に彼らがバリアの破壊に手間取っていたならば、現在進行形で戦闘を続けているルパンイエロー・麗日お茶子とパトレン3号・耳郎響香はいよいよ絶体絶命の危機に陥っていただろう。

 それほどまでに、ナイーヨ・カパジャーは危険な女だった。

 

「闇忍法、影分身の術~!」

 

 鎖鎌を振り回すという攻守両得の詠唱方法によって、自らの分身をつくり出していくナイーヨ。それらは円陣を組むように広がり、ふたりを完全に包囲してしまった。

 

「ええ~っ!?」

「ッ、古典的な手を……!快盗、惑わされるなよ!」

「わ、わかってる、とにかく全部消せばいいんだもん!」

 

 対抗策として背中合わせになったふたりは、手当たり次第と言わんばかりに光弾を放ちはじめた。お化け屋敷の一室はさほど広さがあるわけではないので、これだけ数がいれば狙いをつけずとも命中はとれるのだ。

 実際、弾丸を受けたナイーヨの分身は霞か何かでできているらしく、弾丸を浴びるや否や一瞬にして消滅してしまう。ならばふたりで間断なく攻撃を続けていれば、こんな術時間稼ぎにしかならないと思った。

 

 そうして、思惑通りにナイーヨの姿は残りひとつにまで減る。──つまり、本物。

 

「これで、終わりだぁっ!!」

 

 容赦なく銃撃を浴びせかける。火花を散らし、倒れ込むナイーヨ。その瞬間までは、勝利を信じることができた。

 

「な……!?」

「え……!?」

 

 希望は打ち砕かれ、ふたりは唖然とすることしかできなかった。ナイーヨの身体が、いつの間にか木偶人形にすり替わっていたのだ。

 どうして、いつの間に。本物はどこに──目まぐるしくよぎる疑問は、どこからともなく飛来してきた鎖鎌の一撃によって寸断された。

 

「きゃああっ!?」

「!?、かいと──うあッ!?」

 

 鋭い刃に強化服を斬られ、凄まじい衝撃が全身を突き抜ける。倒れ込むと同時に、彼女たちは揃って変身解除に追い込まれてしまった。スーツの核となる構成部分を的確に切り裂かれてしまったために、大きなダメージでないにもかかわらず装着状態を保てなくなってしまったのだ。

 

「ッ、う……」

「私はあらゆる世界を股にかけて修行を積み、忍法を習得してきたの。おまえたちのような小娘じゃ鎖鎌の錆にもならないわ、アハハハハ!」

 

 嘲うナイーヨ。対する響香たちは、変身こそ解かれてはしまったがまだ余力を残していた。何より沸き立つ憤懣が、このままでは収まらない。

 

「快盗!」

「うんっ!」

 

 二方向に分かれて攻撃を仕掛けようと目論むふたりだったが、その動きは見切られていた。

 

「単純ねぇ!」

 

 鎖が意思をもっているかのようにふたりの腕に巻きつき、縛り上げてしまう。

 

「な……!?」

「うそっ!?」

 

 腕と腕が、鎖で繋がれてしまった。そうなれば当然二方向に分かれるなどできない。息を合わせれば正面から挑むことはできようが、もとより一時的に手を組んでいるにすぎない彼女たちにはどだい困難な話だった。

 

「ッ、なら……!」

 

 自由のきく左手で射撃を敢行する響香。お茶子もそれに倣った。もはや連携は不可能である以上は唯一とりうる手段であるのだが、ここまでふたりを翻弄してきたナイーヨを相手に通用するはずもない。

 

「フフフ、アハハハハっ!そんなものっ!」

 

 鎖鎌を振り回すことで、光弾を弾き返す。それどころか射撃と射撃の間隙を縫い、鎌の切っ先を差し向けてくるありさまだ。

 

──この戦場にたどり着いた上鳴電気が目の当たりにしたのは、まさしくそんな光景だった。

 

(お、追い詰められてんのか……!?)

 

 鼓動が速まるのを電気は自覚した。この戦いにおける敗北は、即ち死を意味する。それは遠からずして現実もものとなるだろう。

 

「ッ、!──………」

 

 たまらず物陰から飛び出そうとして……踏みとどまる。今、自分が出ていって何になるというのだ。響香を動揺させ、余計に劣勢へ追い込んでしまうのではないか。

 だが、彼女らの命の危機はすぐそばまで迫っていた。

 

「遊びは終わりよっ、闇忍法"鎌鼬"!」

 

 振り回される鎌から旋風が放たれる。それは当然銃撃で防げる類いのものではない、咄嗟にかわそうとするふたりだったが、やはりつながれた腕同士が邪魔してうまく動けなかった。

 そして、

 

「!?、うあぁっ!」

 

 風の刃が、響香の左肩を掠めた。肉が裂け、鮮血が噴き出す。倒れかかりそうになるのを、お茶子が咄嗟に支える。

 

「痛、ぐ……ッ」

「耳郎さんっ、大丈夫!?」

 

 そう訊くくらいしかお茶子にできることはなかった。無論、響香の受けた傷は浅いものではない。もし完全な直撃を受けていたら、肩から腕が千切れ飛んでいただろう。

 一方でナイーヨはというと、今の一撃で仕留めきれなかったことに地団駄を踏んでいた。

 

「あぁんもうっ、しぶといわねぇ!……」

 

 

「──でも、次で終わりよ……!」

 

 ナイーヨの瞳は忍びというより狩人、それも罠に捕らえた獲物に相対しているときのそれだった。彼女はもはや勝利を確信していたのだ。状況を鑑みれば、それは慢心とはいえないだろう。

 

 己の幕切れを悟った響香は、運命共同体となってしまった快盗に囁いた。

 

「ッ、快盗、ウチを盾にして逃げろ……」

「な、何言って……!?」

 

 警察は敵だ。しかしいくら敵であっても、他人を生け贄に差し出すようなことがお茶子にできるはずはなかった。──本当は、ヒーローになりたかったのだから。

 しかし、選ばなければ揃っての死あるのみとも理解していた。選べば、自分ひとりは助かる……可能性がある。ふたつにひとつ、そこに響香が助かる道はない。

 

「さあ──死ねぇ!!」

「!」

 

 ナイーヨがいよいよ鎖鎌を振り上げたときだった。

 

 

「──ざっけんなぁぁぁぁぁぁっ!!」

「!?」

 

 この場にはいないはずの、男の絶叫。驚きに動作が一瞬鈍った瞬間、ナイーヨは奔る雷に襲われていた。

 

「ぐううっ!?」

 

 たまらずよろけ、後退するナイーヨ。響香たちは一時的なりとも命を救われたわけだが、安堵より当惑が勝っていた。だって、電撃を操るのは──

 

「上鳴……!?あんた、なんで──」

「……ッ、」

 

 そこに立ち尽くす電気は、響香の問いに直接は応えなかった。ただ、

 

「俺の好きなひとに、何してくれてんだよ……化け物……!」

 

 その瞳には、わずかな恐怖とそれを押し込めるような瞋恚が宿っていた。そんなわけはないのに、まるで、ヒーローのように──

 

「……ふふっ」笑い出すナイーヨ。「ふふふふ、ふふ、ふふふふふふ……!」

 

「──邪魔してんじゃないわよぉっ!」

 

 癇癪を起こした彼女の鋒は、当然のごとく電気に向けられた。「逃げろ上鳴!」と響香が叫ぶが、ナイーヨに狙われた時点で一般人でしかない彼の運命は決まっていた。

 

「が──ッ!」

「あ……!」

 

 電気が──切り裂かれた。噴き出す血。倒れ伏す身体。

 

「上鳴ぃぃぃぃっ!!」

 

 悲鳴のような声で名を呼んで、響香は彼に駆け寄った。鎖で繋がれている相手がいることも忘れて。ただその少女は、不思議と枷になりはしなかった。彼女もまた「上鳴さんっ」と、彼の名前を呼んでいた。響香が呼んでいたからではなく、まるで以前から知っていたかのような自然な発声であることには、気がつかない。

 

「ッ、う、ぐ……っ」

 

 痛々しくうめく電気。出血は、腕からだった。腕から手の甲にかけて切り裂かれている。胴体を真っ二つにされかねなかったところ、すんでのところで避けたのだろう。だがそれでも、響香の顔から血の気が引いたのは変わらなかった。

 だって、自分と同じなのだ。腕を、手をやられた。その結果自分はギターを持てなくなって、彼に夢を託したのだ。それなのに、今度は、彼が……。

 

「あぁぁもうっ!どいつもこいつも、なんでビミョーにかわすのよぉ!とっくに三匹とも仕留めてるはずだったのにぃ!」

 

 なおも癇癪を続けているナイーヨ。外見とは裏腹の甲高い声が壁に反響して、耳をつんざく。忍びとしてはヒステリック極まりない騒ぎっぷりに、対する女たちの心は冷えた。

 

「……快盗……」

「……何?」

 

「──遅れるなよ」

 

 そのひと言、その瞳だけで十分だった。想いは同じだと、理解するまでもなかったのだ。

 

「……そっちこそ!」

 

 だから、そう応じた。応じながら、VSチェンジャーを構えていた。

 

「快盗チェンジ!」

「警察チェンジ!」

 

──そして再び、変身を遂げる。

 

「はっ、鎖で繋がれてるあんたたちなんて、変身したところで怖くもなんともないのよぉ!」

 

 ここまでの戦闘を思えば無理もないのだが、ナイーヨは完全に彼女らを侮っていた。ふたりまとめて切り裂いてしまおうと考えて、わざわざ至近距離まで誘い込んでから鎖鎌を横薙ぎに振るう。

 そして、彼女にとって予想だにしない事態が起きた。──ルパンイエローとパトレン3号が、まったく同じタイミングで跳躍してみせたのだ。

 

「な、何ィ!?」

 

 動揺を隠せないナイーヨ。わざと接近を許してしまったことが災いし、彼女は懐に入られてしまった。そうなってはもう、鎖鎌は特段有効性のある武器ではないし、忍法を詠唱する暇さえなくなってしまう。

 

 至近距離からのW銃撃を避けきれず、次第に追い詰められていく。それでもギャングラー特有の頑丈さで持ちこたえていた彼女だったが、すっかり余裕をなくしていたために自身の胸元に突き刺さった"それ"の存在に気づくのが遅れてしまった。

 

「な……何よこれ!?」

「………」

 

 それはパトレン3号の耳から伸びていた。生まれつき耳朶が変形した、イヤホンのようなコード。響香が己の個性を発揮するためのツール。地面や壁に差すことで彼方や別室の微細な音を聞き取ることができるのだが、攻撃にも使える。──こんなふうに。

 

「……あいつに"守る"って言われたときのウチの心音、あんたにも聴かせてやるよ」

 

 ナイーヨには何を言っているのか理解できなかった。ただ次の瞬間、身体で思い知る羽目になった。凄まじい爆音が、プラグを介して体内に流れ込んできたのだ。

 

「うぎゃああああああああ──!!?」

 

 耳をつんざくような悲鳴をあげるナイーヨだったが、その声は彼女自身には聞こえなかった。それすら打ち消すほどの響香の心音。常人が聴けば鼓膜どころかあらゆる耳の器官が破壊し尽くされるほど、それは激しいものだった。

 そのうちに心音が止み、ナイーヨの身体が崩れ落ちる。すかさずルパンイエローが鎖の限界まで動き、背後──金庫のあるほうに回り込んだ。

 

『9・0──4!』

「!?」

 

 我に返ったときにはもう遅い。金庫から、ルパンコレクションが取り上げられていた。

 

「ルパンコレクション、ゲット!」

「あ、か、返しなさいよぉ!」

 

 半ば強引に身体を動かそうとするナイーヨだったが、響香の心音攻撃のダメージから立ち直っていない状態では分が悪すぎた。ルパンイエローの回し蹴りが炸裂し、建物の外に追いやられる。

 悪いことは続く。転がり出たところに、ちょうどルパンレッドとブルー、次いで彼らを追ってきたパトレン1号と2号が駆けつけてしまったのだ。

 

「いたぞ、ギャングラーだ」

「見りゃわかるわ。散々手間かけさせやがって……!」

「……でも、なんかもうやられかけてねえ?」

「ということは、耳郎くんが──」

 

 そのときだった、ふたりの赤を呼ぶ声が同時に響いたのは。

 

「「サイクロン(バイカー)、貸して!」」

 

 突然の呼びかけは、彼らを揃って当惑させるに十分だった。というか、息がぴったり合いすぎだ。

 しかしルパンレッドはイエローがコレクションを回収したのを確認したし、パトレン1号からすればとどめが自分である必要は特にない。結局、彼女らの強い希望に押される形でそれぞれのビークルを投げ渡したのだった。

 

「よし……同時に行くよ、3号さん!」

「……ああ……!」

 

 タイミングを合わせることで、威力を最大限に高める──今この瞬間に限っては、彼女らにはそれができた。電気の照れくさそうな笑顔が、真剣な瞳が……そして、流した血潮が。それを、可能にさせていたのだ。

 

『快盗ブースト!』

『警察ブースト!』

 

「いけ──」

「──バイカー、撃退砲っ!!」

 

 同時に、引き金を引く。

 

「────」

 

 弾丸がぶつかる音、悲鳴、爆発音。それらすべてが、まるで無重力下のようにゼロになる。少なくとも彼女らふたりの耳には、届かなかった。

 

 ただ彼女たちの意識すべてが、上鳴電気のことで占められていたのだった。

 

 

 *

 

 

 

「ふむ、ナイーヨもやられたか……」

 

 ナイーヨの死を悟ったドグラニオ。普段ならゴーシュに命じて巨大化の指示を出すところなのだが、肝心の彼女の姿はどこにもなかった。

 

「ゴーシュめ、どこに行ったんだ!?これではナイーヨを巨大化させられん……!」

「………」

 

 ドグラニオの瞳が剣呑な光を帯びた……かと思いきや、

 

「ま、いないのなら仕方あるまい。今日はこれで終わりだな」

「は!?しかし……」

「ギャングラーは互助会ではないよ、デストラ?」

 

 そう言われてしまえば、デストラには返す言葉もなかった。ゴーシュといたずらに対立してしまったナイーヨに非があるといえば、それまでなのだ。

 

「ふぅ……私に借りを作るんじゃ嫌でしょう、ナイーヨ?」

 

 実際、いずこかへ去った彼女はこんなことをつぶやいていた。

 

 

 *

 

 

 

 ナイーヨが巨大化しなかったことは、間違いなく警察・快盗──とりわけ耳郎響香にとっては僥倖だった。上鳴電気をすぐさま病院へ運ぶことができたのだから。

 

──ただ当然、快盗である彼女に同行は許されない。戦いが終わり次第、早々に離脱を強いられてしまった。

 

「………」

「……何を苛々している、お茶子?」

 

 ジュレに帰ってからずっと落ち着かないお茶子に、流石にしびれを切らした炎司が問いかける。彼女から即応はなかった。が、

 

「あのアホ面のことかよ」

 

 アホ面と呼ぶ男との交流はお茶子以上にあることも手伝って、爆豪勝己には彼女の心情を察することができたらしい。うなずくお茶子を見る目に、少なくとも表向き感情はなかったが。

 

「そのことか。やむをえんだろう、あのまま病院へ同行するなど言わずもがな、突然見舞いに行くのも不自然だ。報道で名前が出るまでは待て」

「わかってる……けどさ」

 

 そう、わかっている。それが快盗という選んだ道なのだ、みじめだとは思わなかった。

 

 

 *

 

 

 

 数時間後。夜を迎えた大学病院のとある一室に、快活な声が響き渡っていた。

 

「いやぁ~死ぬかと思ったよマジで!あーいうときって、痛いっつーか熱ィんだなぁ」

 

 ベッドの上で笑う電気。しかし右腕に巻かれた白い包帯が、彼の言葉を生々しいものとして伝えている。

 

「でもま、心配しないでよセンパイ。痕は残っちゃうけど、後遺症とかは特にないらしいからさ。明日には退院できるって」

「………」

「いや~、にしてもギャングラーマジ怖ぇなぁ……ほんと、死ぬかと思っ──」

 

 最後まで言い切らないうちに、電気の頬を衝撃が襲った。目の前の女性の張り手が飛んできたのだと認識するまでに、さほどの時間はかからない。

 

「……この……」

 

「この、バカっ!!」

 

 それは病院という場所には不適当な大声であったと言わざるをえない。無論、響香もわかってはいた。わかっていても止められなかったのだ。

 

「あんたが命拾いしたのも、腕に後遺症が残んなかったのもっ、全部たまたま!運がよかっただけだ!!ンなこともわかんないで、人助けした気になってんじゃないよ!!」

「………」

 

 何も言わない電気。そんな彼の顔をまともに見られないまま、響香は怒鳴っていた。──ひとりの人間として、本当は感謝を伝えたい。だが警察官として、それをするわけにはいかなかったのだ。

 

 ゆえに電気は、ひとりの人間としての響香に幻滅するだろう。そう思っていた。

 

「……ごめん」

 

 だからそれは、思いもよらぬ謝罪の言葉だった。

 

「センパイにンなこと言わせちまって、反省はしてる」

「上鳴……?」

「でもさ……どんなにバカだなんだって言われても、俺、後悔だけは一生できないと思う」

 

 軽薄で、愚かであったとしても。好きな女を救けるために飛び出していける男でありたいと──その想いだけは、決して曲げることができない。上鳴電気とは、そういう男だった。

 

 

 *

 

 

 

 病院を出た響香を、仲間たちが待っていた。

 

「……飯田、切島。どうしたの?」

「迎えに来たんだ。塚内管理官が報告を待っている」

「ああ……そっか」

「管理官もひでーよなぁ、耳郎も怪我してんのに」

 

 冗談めかして上司を非難する鋭児郎だったが、その本心は別のところにあるようだった。電気のいる病室をちら、と見上げる瞳が、それを如実に物語っている。

 彼の気遣いを悟りながらも、響香はしずかにかぶりを振った。

 

「いいんだよ。ウチらは……警察官なんだから」

 

 いつかギャングラーを殲滅する日まではただ、それだけでいい。名残惜しむこともなく去りゆく響香の背中は、強さと誇りをまとっていた。

 

 

 à suivre……

 

 

 





次回「血風」

「頼りにしてるからね、烈怒頼雄斗!」
「おまえには、何も守れねェんだよ!」

「俺の座っている椅子は、そんなに安くない……!」



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#16 血風 1/3

書いててやっと気が付いたんですが元タイトルの「はりめぐらされた罠」って「針」とかけてるんですね

ニブいよ、ニブすぎるよ…


 

 切島鋭児郎にとって、それは思いもかけぬ再会だった。

 

「……切島?」

「!、あ……」

 

「芦、戸……」

 

 ピンク色の肌をもつ目の前の女性の姿に、鋭児郎は一瞬二の句が継げなくなった。尤も次の瞬間には、彼女は親しげに飛びついてきていた。

 

「うそ!久しぶり……でもないか、元気そうじゃん!」

「お、おう。おめェも変わんねえな」

「そりゃー三ヶ月やそこらじゃ変わんないっしょ~」

 

 明らかに旧友同士の再会、といった雰囲気。それはいいのだが、この場には彼らのほかに大勢のヒーローや警察官の姿があった。飯田天哉が咳払いでそのことを暗に示すと、慌てて離れるふたり。

 入れ替わりに、耳郎響香が耳打ちする。

 

「知り合いなの?」

「おう、同級生……雄英の」

「あぁ……なるほどね」

 

 響香も天哉も納得顔で頷いている。彼女──芦戸三奈はプロヒーローで、明らかに鋭児郎と同年代の風貌であるから、雄英高校の同級生同士という関係はなんの違和感もなく受け入れられたのだろう。

 

──彼女とはそれより以前からの知己であることは、あえて明らかにはしなかった。

 

 

 *

 

 

 

 事は数日前に遡る。

 

「──富原市八神町にある八神山に、ギャングラーが潜伏しているとの通報があった」

 

 すべては塚内管理官のこのような報告から始まった。八神山といえば、かのギタール・クロウズのアジトがあった場所でもある。

 

「詳しくはジム・カーターから。あと、よろしく」

『よろしくされましたので後を引き受けます!』

 

 曰く。リーダー格のギャングラーの姿は確認できていないものの、戦闘員ポーダマンが日に日にその数を増やしているのだという。それも、一ヶ所──八神山の中腹にある廃寺に集結していると。

 

「寺?そんなとこで何やってんだ?」

『現状、不明です。地元警察やプロヒーローも迂闊に踏み込めない状況が続いているので』

「そこでウチらの出番ってわけか……」

 

 まあ、ギャングラー絡みならパトレンジャーの出番……というのは自明の理なのだが。

 それから暫く調査が続けられ、集まったポーダマンの数が予想以上に多いことが判明──戦力差を鑑みて、管轄のヒーロー事務所と共同で作戦にあたることになった。

 

 それが、ふたりの再会に至る経緯である。

 

 

 *

 

 

 

 アライアンスが発足したとはいえ、即座に出撃できるわけではない。これまでにない大人数での作戦遂行であるから、時間をかけた綿密な準備が必要となる。

 

(スッゲーなぁ……)

 

 麓の公民館にて大勢が忙しく動き回っているさまを、鋭児郎は感心しきりで眺めていた。戦闘チームの最右翼である彼らパトレンジャーは、この段階ではあまり出る幕がないのだ。最初はそれでも何か手伝えることはないかとあれこれ声をかけて回っていたのだが、戦いに備えて力を蓄えてくれと逆に町いちばんの弁当屋やらパン屋やらに注文したという昼食を次々支給されてしまい、自分の腹が膨れるばかりという結果に陥ってしまった。

 

 いっそ隅っこのほうで筋トレでもしていようかと思っていると、耳慣れた愛らしい声が飛び込んできた。

 

「切島~!」

「!」

 

 部屋の外から手を振る芦戸三奈の姿を認めて、鋭児郎は彼女のもとへ足を踏み出していた。

 

 

「へ~、そんなことがあったんだぁ……」

「おー。おかげでまあ、学生んときのほうがよっぽどヒーロー活動してたっつー状態なんだけどよ」

 

 自身がパトレンジャーの一員に任命された経緯を話したあと、鋭児郎はそう自虐めいた冗談を飛ばした。案の定、三奈はからからと笑っている。

 

「でも、結構似合ってるよ?その制服」

「え、そ、そうかな?」

「うん、元気にやってるみたいでさ、安心したよ。チームの人たちとも仲良さそうだったし」

「まあ、な……。芦戸のほうは?」

「あたしはぼちぼちかな~。楽しいしやりがいもあるけど、たまーに学校が恋しくなるときがあるんだよねぇ」

「学校かぁ……色々あったもんなぁ」

「うん。ほんと、色々──」

 

 

「……あのふたり、なんか不思議な音がする」

 

 鋭児郎たちの姿を距離をとって眺めつつ、響香がそんなつぶやきを漏らしていた。

 

「不思議な音……とは?」訊く天哉。

「親密……なんだけど、ただ仲間とか友だちってだけじゃなくて……でも、恋人とかってわけでもない……なんなんだろう。初めてかも、この感じ」

「ふむ……」

 

 響香の所感は天哉にはときに理解しがたいのだが、それが彼女の鋭い感性によるものであることはよく知っている。鋭児郎と三奈が親しい友人であることに間違いはないだろうが、それ以上の浅からぬ絆が結ばれているということなのだろうか。

 

(あの雄英で三年間も切磋琢磨していれば、そういうこともあるか)

 

 自分はその十分の一の時間もヒーロー科にいられなかったが、当時の同級生たちの顔は鮮烈な記憶として残っている。プロヒーローとして在るべき道を進んでいる彼らが自分を覚えているかは、わからないが。

 

「……水を差すのは忍びないが、俺たちも彼女に挨拶をしておこう。一緒に戦うのだしな」

「あぁ、そうだね」

 

 そうして、ふたりも鋭児郎たちのもとへ歩み出そうとする──刹那、

 

 

 にわかに、地面が揺れた。

 

「うわ……!?」

「地震か!?だが、それにしては……」

 

「な、なんか変だな……揺れ方」

「……切島も、やっぱりそう思うんだ」

「え?」

「ちょうどギャングラーが現れた頃からなんだよ。1日に何度も、こんなふうに……」

 

 神妙な表情で山の方角を見上げる三奈。その言動は、この揺れと地鳴りが今回の一件と無関係でないことを示していた。

 

 

 *

 

 

 

 人間たちが戦力を集わせつつある一方で、ギャングラー"トゲーノ・エイブス"もまた己が計画遂行のために着々と準備を進めていた。

 

 その集大成として、彼はドグラニオ・ヤーブンのもとを訪れた。そして、このような話を持ちかけた──

 

「俺に、人間界まで見物に来いと?」

 

 要請に対して、ドグラニオは心外そうな声を発した。その反応はトゲーノにとって予想の範疇のもの、これまでのギャングラーをもとに考えれば、そうする価値を見いだせないのも無理はない。

 

「その通りです、ボス。屋敷にこもっているのも退屈でしょう、他の奴らとはひと味違うところをお見せしますよ」

「ほう?」

「トゲーノ、貴様……」

「何せ、オレはあなたの後継者になる男なんですからねぇ。ヘヘヘヘッ」

 

 デストラが威圧するのも無視し、自信たっぷりに下卑た笑い声をあげるトゲーノ。その自信には、己が実力のほかにも根拠があった。

 

「今回の計画のために、オレはあのオドード・マキシモフと手を組んだんですから」

「オドード?……ああ、あのクラッシュ・ブラザーズの?」ゴーシュのつぶやき。

 

 生物と非生物とにかかわらず、狙ったものはすべて叩き潰すと恐れられた兄弟──その名は、ギャングラーの間ではよく知られていた。

 

「それで、計画とは一体なんだ?」

「ヘヘッ、ヤツは復讐を……そしてオレは、ギャングの勲章を……。そう言えば、おわかりでしょう?」

 

 「間もなく舞台が整いますんで、お楽しみに」──そう言い残して、去っていくトゲーノ。その背中を見送るドグラニオの碧い瞳からは、いかなる感情も窺い知ることはできなかった。

 

 

 *

 

 

 

「──トゲーノ・エイブスは金で殺しを請け負う暗殺者。先手を取られるとなかなか厄介な相手です」

 

 複数枚の写真を資料代わりに、ターゲットとなるギャングラーについて説明する黒霧。その姿はもう、ジュレの日常風景となりつつあった。

 

「それで、コレクションの能力は?」

 

 落ち着き払った態度で訊く炎司。彼が本気で慌てるさまを一度は見てみたいものだと思いつつ、黒霧は応じた。

 

「それは──」

「は?」

 

 呆気にとられたのは少年たちだけだった。コーヒーカップの把手からミニ黒霧がにょき、と顔を出したのだ。

 

「身体を小さくすることができます」

 

 よくよく見れば、それは本物そっくりな布人形だったのだが。

 

「まあ、このような形で」

「……ふむ、厄介だな」

 

 小さくなられては金庫を開けられなくなってしまう──お茶子のぼやきに対し、黒霧は当然のようにこう返した。「小さくなられる前に回収してください」──と。

 

「チッ、簡単に言いやがって」

「難しいお願いなのは承知の上です。……まさか、自信がないと?」

「舐めんなヨユーだわ」

「………」

 

 炎司は密かに嘆息した。粗暴な振る舞いの割に物事をクレバーかつドライにみている勝己だが、自信家の常かノせられやすいところがある。まあ今回はいずれにせよやらざるをえないのだが、いつかこの男のような悪い大人に利用されてしまうのではないだろうか。

 

(……何を親のような心配をしているんだ、俺は)

 

 本当の我が子にさえ、「おまえなんか親じゃない」と言い捨てられるような男であるというのに。炎司の自嘲は、誰にも見咎められることはなかった。

 

 

 *

 

 

 

 数時間後、逢魔ヶ時。パトレンジャーの面々とプロヒーロー・pinkyこと芦戸三奈は八神山に潜入していた。ギャングラーの張り巡らせた罠の可能性も鑑みて、事前に地鳴りの出所を探るべきだ──本格的な戦闘となってから協力者となる大勢を危険に晒すのだけは、なんとしても避けねばならないのだから。ヒーロー相手でも、そういう意識はブレない彼らである。

 

 ではなぜ三奈が同行しているのかというと、案内役を自ら買って出たためだった。ギャングラーが占拠している廃寺とその周辺に近づけば、当然それだけ偶発的な戦闘が発生する確率は高まる。周辺一帯の地理と現況を熟知している彼女が同行することで、できるだけリスクを避けようという魂胆だった。

 

「この辺りまでかな……これ以上近づくのは危険かも」

「了解した。では耳郎くん、頼む」

「オーケー」

 

 パトカーを路肩に駐車し、後部座席から降りる響香。彼女はしゃがみ込むと同時に、耳朶のコードを接地させ、そこから伝わり来る音を聴く。その様子を見ながら、三奈は「う~ん……」と声を漏らした。

 

「どした?」

「いやさ、顔合わせしたときも思ったんだけど……な~んか前から知ってるような気がして」

「耳郎のこと?」

「うん、あとそっちの……飯田さんのことも」

 

 鋭児郎ははっとした。それは自分と彼らが出逢ったときも、お互いに感じていたものだったのだ。会ったことはないはずなのに、懐かしいような感覚──

 

「……なんで、なんだろうな」

 

 その答は、鋭児郎には出せなかった。当の三奈などはあまり深く考えていない様子で「不思議だよね~」などとつぶやいているが。

 

──と、そのとき響香が「見つけた……!」と声をあげた。

 

「やっぱり、下だ……。山の地下に何かがある」

「ふむ……」

 

 それだけ分かれば、ここに長居する理由はない。帰還すべく一同がさっさとパトカーに乗り込もうとした瞬間、男の悲鳴じみた声が辺り一帯に響いた。

 

「悲鳴……!?」

「行こう!」

 

 真っ先に走り出したのは、鋭児郎と三奈だった。それに天哉と響香が続く。

 程なくして彼らは、助けを求めながら駆け寄ってくる青年と遭遇することとなった。

 

「どうしたんスか!?」

「ぎゃ、ギャングラーが……!」

「え──」

 

 驚いている暇もなかった。直後、「待てぇ人間~!」と大声で叫びながら、異形の怪物が姿を現したのだ。

 

「にんげぇん、拾ったモンを返しやがれ~!」

「ひ、ヒイィ!」

「ッ、芦戸!その人を頼む」

「りょーかいっ、みんな気をつけてね!」

 

 青年を三奈に任せ、鋭児郎たちはVSチェンジャーを構える。見たところポーダマンを率いている様子はない。単独のギャングラーが相手なら、やはりパトレンジャーの領分だ。

 

「「「──警察チェンジ!!」」」

『1号・2号・3号!パトライズ!』

 

 警察チェンジ──三人の身体が光に包まれ、鮮やかに輝く警察スーツが装着される。

 

「パトレン、1号ッ!!」

「パトレン2号!!」

「パトレン3号!」

 

「「「警察戦隊──パトレンジャー!!」」」

 

「国際警察の権限において、実力を行使するッ!!」

 

 勇ましく口上を述べ、躍りかかっていくパトレンジャー。その背姿に、三奈は青年を庇いながらも見とれていた。

 

「あれが、パトレンジャー……」

 

──今の、切島(友人)の仕事。

 

 

 三方向に分かれて銃撃を仕掛けるパトレンジャー。対するギャングラーは躍起になって光弾をかわすばかりで、反撃してくる様子を見せない。

 消極的な態度は解せないものがあったが、直後、さらに不可解極まりない事態が起こった。

 

『隙ありィ!』

「!?」

 

 背後から響く声に、慌てて振り向き銃口を向ける1号。──しかし、そこには何者の姿もない。

 "それ"は、2号と3号の身にも起こった。

 

『こっちだァ!』

『見えないのかァ?』

『バカめ──』

『早くかかってこいよ!』

 

「ッ、なんなんだこれは……!──耳郎くん!」

「捜してるけど……ッ、音源が特定できない!」

 

 こんなことは初めてだった。混乱する一同。──そうこうしているうちに、ギャングラーはガードレールを飛び越えて崖下に姿を消してしまった。慌てて覗き込むも、眼下は広大な緑で覆われているばかりだ。

 

「森に逃げ込んだか……!」

「……あのギャングラー、今回の首謀者か……?」

 

 ポーダマンの集結している山中に現れたギャングラ──―普通に考えれば、そうとしか思われないが。

 それにしては燻る妙な違和感。その正体を掴めぬまま、三人は芦戸のもとへ駆け寄った。彼女の背後──パトカーの陰に身を潜めるようにして、青年がうずくまっている。

 

「あの……大丈夫ですか?お怪我は?」

「あ、は、ハイ……」ようやく顔を上げる。

「きみ、一体なぜギャングラーに追われていたんだ?拾ったものがどうとか言っていたが……」

「えっと、実は……」

 

 青年がポケットから何やら取り出し、見せつけてくる。その掌に乗せられたものは、

 

「え、……おもちゃ?」

 

 ドリルのついたミニカーのようなそれは、三奈……いや、ほとんどの人間からすればそのようにしか見えない。それも無理からぬことだった。

 ただ、鋭児郎たちは違っていて。

 

「これ……もしかして、VSビークル!?」

 

 そう──自分たちが普段から利用しているキーアイテム。それと類似した形状にみえる。

 

「こっ怖いのでっ、国際警察の皆さんに預けますっ!それでは!」

「えっ──」

 

 言うが早いか、一同を押し退けるようにして走り出す青年。まさしく脱兎のごとく、である。

 

「あっ、ちょ、ちょっと!麓まで送りますよ!?」

「結構でぇすっ、家が近くなので~!」

 

 サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ──凄まじい速度で道路を下り降りていく青年を、鋭児郎たちは呆然と見送ることしかできなかった。

 

「……速っ」

「あれならギャングラーからも逃げ切れたんじゃ……」

「こ、個性さえ使えれば僕もあれくらい……!」

 

 まあ──それはともかく、である。

 

「あの~……結局それ、なんなんですか?」

 

 怪訝そうな三奈の問いかけに、三人は思わず顔を見合わせた。この玩具のようなブツが巨大化してロボットの一部となる──などとは、余程想像力豊かな人間でもない限り、考えもつかないことだろう。

 

 

 



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#16 血風 2/3

キラメイレッドから溢れる折寺デクみ
デクとかっちゃんを同じ戦隊に放り込んでみたいところであります
名乗りポーズをデクと一緒に決めるかっちゃん、必殺バズーカを一緒に撃つかっちゃん、ロボを一緒に操縦するかっちゃん……3話くらいで憤死しそう


リュウソウ×十傑で普通に仲良し幼なじみとして描くのもいいかもしれませんね、トワとバンバポジションで。「まったく素直じゃないんだから、かっちゃんは」とか勝手知ったる風に言うデク、夢が広がりんぐ~(死語)


 

 やむをえず前線基地に戻った鋭児郎たちは、事の経緯を塚内管理官に報告した。

 

「ふむ……確かにルパンコレクションのようだな。早速、フランス本部に送るよう手配しておこう」

「よろしくお願いします。それと、地鳴りの件なんですが……」

 

 八神山──おそらくはギャングラーの占拠している廃寺の地下に何か、巨大なオブジェクトが埋まっている。それが具体的にどんなものかまではわからないが、少なくとも自然発生したものでない可能性が濃厚であると響香は告げた。

 

「……なるほど」

「──管理官、そうなると作戦の修正が必要なのではないでしょうか?奴らのトラップという可能性も十分に考えられます。もしもそうであるならば……同行するヒーローの皆さん方を、危険に晒すことにもなりかねないかと」

 

 天哉の述べた懸念は、パトレンジャー全員の総意でもあった。塚内もまた、彼らの意を汲んで首肯する。

 

「ああ。それがなんなのか掴まない限りは、いかに大人数でも……いや大人数だからこそ、迂闊には攻め込めない」

「でも、このままってワケにもいかないっスもんね……」

 

 どうしたものかと悩む警察戦隊の面々。その様子を傍で見守っていた三奈が、ぽつりとつぶやいた。

 

「直接見に行ければ早いのにねー」

「まあ、そりゃあ……」

 

 それが出来るならそうしている──鋭児郎がそう思ったのもつかの間、入手したVSビークルが目に入った。

 それで、思いついた……思いついてしまったのだ。

 

「そうか……それだ!」

「え?」

「どうしたんだ、切島くん?」

 

「これを使えば、地中に潜れるんじゃねえか!?」

「!」

 

 皆がはっとする。このVSビークル、他のトリガーマシンより小型だがドリルを装備している。これで地中を掘り進めば、埋もれている"何か"を確認することも容易いことではないか。

 確かに手っ取り早い方法だが、それはあらゆる懸念を考慮しない場合の話だ。当然、そのまま呑むわけにはいかない。

 

「それを使うのは調べてからにするべきだ。地中では、万一何かあっても救援に行けない。管理官として、きみたちの誰かにそんなリスキーな真似はさせられないよ」

「でも、詳しい調査は本部じゃないとできないんスよね?」

「……ああ」

 

 これから手続きをして、はるばる空路で本部へ送って、調査をして──戻ってくるまでに、果たして何日、何週間がかかるのか。その間、巣食うギャングラーも野放しのままで。

 

「この町の人たちは、もう何日もギャングラーに怯えて生活してます。一刻も早く奴らを排除して、皆さんが安心して暮らせる日常を取り戻さなきゃならないと思うんです」

 

 そのためなら、多少のリスクは覚悟しなければならないのではないか──ヒーローの血を感じさせる言葉だった。

 ただ、根幹をなす思想は同じであれ、警察官は巨大組織の一員だ。ヒーローのやり方をそっくりそのまま受容するわけにはいかないときもある。鋭児郎も、その点については理解している。

 

 ただ、それでも──

 

「お願いします管理官、俺に……俺にやらせてください!」

 

 深々と頭を下げる鋭児郎は既に走り出していて、もはや誰にも止めることはできなかった。

 

 

 *

 

 

 

 トゲーノ・エイブスは、拠点としている廃寺の堂内にて真白い毛むくじゃらの怪人と落ち合っていた。

 

「よォ、どうだい首尾は?」

「問題ない、おまえの指示通りだ」

 

「モフフフッ」と特徴的な含み笑いをこぼすその怪人こそ、ギャングラーに名の知られたクラッシュ・ブラザーズが片割れ、オドード・マキシモフだった。

 

「いよいよか……。いよいよ仇が討てるぜ!」

 

 仇──彼の脳裏に、数ヶ月前の惨事がよぎる。

 

 

 その日、彼と彼の兄であるアニダラ・マキシモフは、ある"お宝"を手に入れてこの八神山中に人知れず侵入していたのだ。

 

「モホホホッ!コイツらがありゃあ、これまで以上になんでも壊せるぜぇ!!」

「モフフフッ!後継者はオレたちクラッシュ・ブラザーズに決まりだなァ!!」

 

 確信を共有し、笑いあう兄弟ギャングラー。しかし彼らの夢はあまりに儚く脆いものだった。

 

「モフッ?」

 

 にわかに、頭上に差した影。それがなんなのか確認するより早く、目の前にいたアニダラが巨大な足によってぐしゃりと踏み潰された。

 

「あ……ああ……」

 

「兄貴ィイイイイイ~っ!!」

 

 その絶叫に応える者は、誰もいなかった。

 

 

──あとで調べてわかったことだが、兄を踏み潰したのはルパンレンジャーの操る巨大ロボット・ルパンカイザーだった。ギタール・クロウズとの戦闘の最中に起こった出来事だが、当然快盗たちにギタールとは別のギャングラーを殺害してしまったという意識はない。いわば偶発的な事故だ。

 

 しかし、オドードは憎悪を募らせた。復讐に燃えた。そして実行の機会を窺っていたところに、トゲーノが接触してきたのである。

 

「そろそろ連中も攻め込んでくる頃合いだ。さあて、どれだけ首を獲れるかな……」

「モフッ、オレは快盗どもをブッ殺せりゃあそれでいいけどな!」

 

 そうして、人間社会に巨大な爪痕を残す──それもまた、彼らの目的のひとつだった。

 

 

 *

 

 

 

 そして、迎えた決戦の朝。

 まだ山中が朝霧に覆われている中で、パトレン1号に変身した切島鋭児郎は宵より深い暗闇に覆われた地中へと独り突入を敢行しようとしていた。

 

「……っし」

 

 入手したVSビークル──トリガーマシンドリルを握る手に、力を込める。

 鋭児郎の熱意に圧され、塚内はドリルの使用を了承した。無論、万が一異変の兆候がみられたら即座に引き返すとの条件付きでだが。

 鋭児郎としては、これだけはどうしても譲れないことだったのだ。共闘してくれるヒーロ──―三奈たちに、ギャングラーとの対決以上のリスクをひとかけらでも背負わせるわけにはいかない。代わりに自身がリスクを背負うのは、パトレンジャーの一員だから。

 

──本当は、そのようなまっすぐな理由ではない。他人に恃んで安穏としている切島鋭児郎の存在を、認めたくないだけだ。それは仲間たちも与り知らぬ、鋭児郎の秘めたる思いだった。

 

「いくぜ鋭児郎……おめェは"漢"だ!」

 

『ドリル!位置について、用意──』ドリルをVSチェンジャーに装填し、『出、動ーン!』

 

『一・点・突・破!』──発射された車体が、他のVSビークルと同様に人を収容可能なサイズにまで巨大化する。同時に開くコックピット。パトレン1号の真紅の勇姿が、その内部に滑り込んだ。

 ドリルの先端が地面に突き刺さり、高速回転しながら地中へと掘り進んでいく。廃寺方面へ角度を調節しながら、彼は上司のもとへ通信を入れた。

 

『──管理官、地中に入りました!これから寺の地下に向かいますッ!』

「了解した。くれぐれも、約束は守れよ」

『わーってますって!』

 

 いつも通り威勢のいい応答だが、どうにも燻る不安を解消できない塚内だった。この町に来てからというもの、鋭児郎はどこか逸っているような印象を受ける。その原因を突き止めることができない以上、ただの所感でしかないのだが。

 

 そして、鋭児郎の心情を推し量ってばかりもいられなかった。今回は常の少数精鋭とは異なる、大勢に対する指揮命令をこなさなければならない。そちらに注力しなければ。

 

「よし……ではこれより、作戦を開始する。皆、よろしく頼む!」

 

 了解、と引き締まった声が返ってきて、部下ふたりを筆頭に皆が順々に出動していく。

 その中には当然、芦戸三奈の姿もあった。──鋭児郎が逸っていることには彼女も気づいていたし、もっと言えばその理由にも心当たりがあった。彼女は唯一、鋭児郎のヒーローになる以前を知る人間なのだから。

 

 

 *

 

 

 

 廃寺の境内には既に百体近いポーダマンがひしめきあっていた。トゲーノとオドードが協力してかき集めた現有の最大戦力。彼らは本気でパトレンジャー、そしてこの町の英雄たちを殲滅するつもりでいた。

 

「モフ~……モフゥ……モフフフ……兄貴、もうたべられないモフ……」

 

──その割に、涎を垂らしながら爆睡しているオドード・マキシモフであったが。

 

「モフゥ……モッフッフ……モフッ!?」

 

 彼は強制的に覚醒を促された。斥候を任せていたポーダマンによって。

 

「なんじゃコラぁ……あっ、」

 

 いかんいかんと自分を戒めたオドードは、起こしてきたポーダマンに対して紳士顔で「どうしたのかね?」と訊いた。

 

「モフモフ……モフッ、そうかそうか!来たかぁ!」

 

 待ち詫びたこのとき。オドードは嬉々として外に出た。既に陣形を整えている軍勢に対し、「お前らぁ!」と声をかける。

 

「人間どもがいよいよ攻めてくる、返り討ちにしてやるぞ~!モッフッフー!」

 

 鬨の声をあげつつ、ちらりと背後を見遣るオドード。鬱蒼とした森の中に一瞬光ったものの正体を、この男は知っていた。何日も待ち続けていた邀撃戦、策は練ってあるに決まっている。

 彼らにだって、そんなことはわかっている。それでも彼らは、危険を承知で戦地へ赴くのだ。

 

「──うおおおおおッ、我が物顔でここにいられるのも今日が最後だギャングラァァァァ!!!」

「ちょっ……もう少し落ち着けって飯田!」

 

 先陣を切ったのはやはりパトレンジャーのふたりだった。VSチェンジャーを手に銃撃を繰り返しながら敵中へ飛び込んでいく。その点ではいつもと変わらぬ流れだが、ふたりで相手をするにはポーダマンの数が尋常でない。

 だから、彼女たちに協力を依頼しているのだ。

 

「あたしたちも行くよ~ッ!!」

 

 少しラグがあってから、プロヒーローの面々も突撃する。空から、あるいは遠距離から攻撃を仕掛ける者もいる。

 芦戸三奈──否、pinkyもまた、勇敢に戦う者のひとりだ。

 

「アシッド、ショット!!」

 

 パトレンジャーとは異なり、自らの個性でつくり出した弾丸を掌から放つ。無論それは一般的な鉛弾でも、VSチェンジャーのような光弾でもない。──酸だ。

 彼女の個性はそのまま、"酸"。身体中からあらゆる濃度の溶解液を放つことができる。それはギャングラー相手にも十分な武器となった。

 

「おふたりさん、雑魚戦闘員はあたしたちに任せて~!!」

 

 ポーダマンを卒倒させつつ、叫ぶ三奈。ヒーローたちが戦闘員を抑えている間に、パトレンジャーが大将のギャングラーを討つ──そういう手筈だ。鋭児郎が不在という誤算はあるが、それでも彼らなら大丈夫と三奈は信じていた。鋭児郎が信頼している彼らなら。

 

 

「うわっ……なんか凄いことになっとる」

 

 麗日お茶子は思わずそうこぼしていた。双眼鏡のスコープの向こう、これまでに見たことのないような激しい戦模様を目の当たりにしての感想である。一方、彼女のお仲間の爆豪勝己はというと、

 

「けっ、関ヶ原ごっこかよ」

 

 こんな調子である。

 

「えー、関ヶ原とは限らないんちゃう?色々あるじゃん、桶狭間とか~本能寺の変とか!」

「本能寺は全然違げーだろ」

「だってホラ、お寺じゃん!」

「……歴史談義は帰ってからにしろ」

 

 ぴしゃりとふたりを黙らせると、炎司は自らも双眼鏡を覗き込んだ。ギャングラーの姿を捜し出すも、目当ての姿は発見できない。──そう、目当ての姿は。

 

「別のギャングラーがいる。レッド、イエロー、トゲーノは見つかりそうか?」

「……いねェな」

「えー……黒霧さんの情報が間違ってたってこと?」

 

 あるいは、トゲーノ・エイブスの性格を考えれば。

 そして数秒後にはもう、三人の快盗の姿はその場から消えていた。彼らの向かう先は──

 

 

 戦場に姿を見せていなかったトゲーノ・エイブスは、この闘争を仕組んだ者として計画を次なる段階へと進めようとしていた。そう、いかに大軍勢が自軍を圧倒していようともなんの問題もない。うってつけの獲物が増えたというだけだ。

 

「しっかり縛りつけておけよオドード。そいつら始末したら、おまえの手伝いもしてやるからよ……」

「──やはりそういうことか」

「!?」

 

 いきなり背後から声が響いて、トゲーノは慌てて振り返った。しかしそこには誰もいない。

 

「どこ見てやがる、シーチキン野郎」

 

 嘲うような声がもう一度響いて、ようやく出処がわかった。"彼ら"は、木の上に立っていたのだ。

 

「てめェら、快盗……!」

「どうも~」

「よォ、シーチキン野郎」

「……あれはどちらかというとシーアーチン……ウニだろうがな」

 

 彼らの会話などトゲーノの耳には入っていなかった。まさか快盗がこのタイミングで、自分の目の前に現れるとは。早くも計画が狂ってしまった。

 快盗たちにとっては無論、トゲーノの計画など知ったことではない。

 

「いくぜ……快盗チェンジ!!」

『レッド!0・1・0──マスカレイズ!』

 

『──快盗チェンジ!』

 

 銃口から光弾が放たれ、快盗たちを包み込んでいく。そして、

 

「ルパンレッドォ!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

「「「快盗戦隊──ルパンレンジャー!」」」

 

「予告する……!てめェのお宝、いただき殺ォすッ!!」

 

 ギャングラーが何を企んでいようが関係ない。彼らルパンレンジャーにとって、これはいつも通りの聖戦にすぎなかった。

 



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#16 血風 3/3

 

 切島鋭児郎にとって、地中深くを掘削しながら進むというのは初めての経験だった。ドリルに搭載されたシステムで現在位置はわかっているが、まったく変わらない景色に感覚が麻痺しかかる。

 

「しっかりしろってんだ、鋭児郎……!」

 

 視線を上へ向ける。そこには当然コックピットの天井しかないが、気持ちの問題だった。この上で、仲間たちが戦っている。

 

「っし、あとちょっと……!」

 

 己を叱咤し、速度を上げる。刹那、頭上の通気孔が鈍い光を放ったのだが、彼の目には入らない。気づいていれば個性で対処できていたかもしれないが、後の祭りだった。

 次の瞬間にはもう、巨大な針が数本、勢いよく発射されていたのだから。

 

「う゛ぐ……ッ!?」

 

 いずれにせよパトレン1号は、焼けつくような痛みと急速に広がる全身の倦怠感に襲われていた。鋭い針は警察スーツすら突き破り、鋭児郎の生身の背中に突き刺さっていたのだ。──そして、即効性の猛毒を全身に侵食させていく。

 

「ぐ、あ、あぁ……ッ!」

 

 力が抜けていくなかで、彼は警察スーツのパワーにモノを言わせてことごとく針を引き抜いた。確かに刺さったままでいるよりはマシな選択だったが、既に身体には大量の毒素が吸収されてしまっている。

 変身者の体力レベル低下を察知してか、まず頭部装甲が、わずかに後れてスーツ全体が消失する。変身が解け、露になった鋭児郎の頬からは既に血の気が引きはじめていた。

 

 

──パトレン1号の異変は、本部のジム・カーターを通じて塚内管理官にも伝えられていた。

 

『切島くんっ、応答しろ!何があった!?』

「ッ、管理、官……」

 

 塚内の切羽詰まった声が、薄れゆく意識をかろうじて踏みとどまらせた。気力を振り絞り、問いに応じる。尤も「針……毒が……」などと、断片的に伝えるのが精一杯だったが。

 それでも要点は伝わった。唸るような声。やはり罠だったのだと彼は後悔しているのだろう、自分をドリルに乗せて送り出したことを。その点については申し訳なく思ったが、もはや後の祭りだった。

 

『……まだ動けるか?』

「っス……なんとか……」

『わかった。意識があるうちに地上へ出るんだ、すぐに誰か救助に向かわせる』

「………」

『……切島くん?』

 

 塚内が訝しげな声を発する。喋れなくなったわけではない、まだその余力は残っている。

 

「……すんません、管理官……。俺、約束……破ります……っ」

『な……!?』

 

 約束──異変があったら即座に引き返すこと。それを破るということはつまり、戻らないと言っているに等しい。

 

──地上まで身体がもつかわからない。一方で、目的のオブジェクトはもう目と鼻の先にある。鋭児郎も考え無しなわけではなかった。

 

 だとしても、塚内に容認できるわけがない。終いには命令だとまで言い切って呼び戻すのだが、もはや鋭児郎の耳には届いていなかった。

 

(あいつらを、危険に晒すくらいなら……俺が……!)

 

 鋭児郎の脳裏に、過去のとある記憶が甦る。それだけが今の彼を支えていた。その記憶に意識を呑み込まれたときが、彼の最期(おわり)でもあるのだが。

 

 

 *

 

 

 

 鋭児郎が敵の罠にかかった──オドード・マキシモフとぶつかる2号と3号のもとにも、その報せが入った。

 

「なんだって……!?」

「ッ、切島……!」

 

 焦燥に駆られるふたりを他所に、「モッフッフッフ」と含み笑いを漏らすオドード。事態は彼らの計画通りに推移していたのだ。

 

「馬鹿な奴らだ。わざわざ金庫のナカ空にしてまで、コレクションくれてやったんだってことにも気づかねえで!」

「何……!」

「まさか、もう一体ギャングラーが……!?」

 

 そう──オドードが自らのコレクションを手放して計画に供した一方で、トゲーノはコレクションの力を利用した。身体を小さくしてドリルのコックピットに入り込み、毒針を仕掛けておいたのだ。

 

 これでもうパトレン1号は仕留めたも同然──そしてここにいる2号と3号、ヒーローども。こうして自分とポーダマンに引きつけられている間に、彼らも暗殺者トゲーノ・エイブスの凶弾によって斃れることになるのだ。

 

「モッフッフッフ──」

 

「──さぁ撃て……トゲーノぉぉぉ!!」

「!?」

 

 その叫びに、2号たちもまたはっとした。罠にかけられたのは、自分たちも?

 

 しかし結果的に、その危機感は杞憂に終わった。

 

「ぐわあああああっ!?」

 

 悲鳴とともに、戦場に吹っ飛ばされてきた異形。その姿を目の当たりにして、オドードは思わず顎が外れんばかりに驚愕していた。

 

「と、トゲーノぉ!?おまえ何やって……」

「──予告する、」

「!?」

 

 トゲーノを追い、戦場に現れる闖入者たち。

 

「本日二度目なんで、以下略」

「か、快盗……!?」

 

 快盗──ルパンレンジャー。

 

「ハッ、コイツらの計画ブチ壊しにしてやったわ」

「感謝してよね、お巡りさん!」

「ッ、貴様ら……!」

 

 悔しさを滲ませる一方で、2号は真剣に悩み始めた。「ここは礼を言っておくべきなのか……?」と、オドードとの戦闘が一時停止していることも相俟ってブツブツとつぶやいている。自分たちが結果的に助かったことは事実なのだから。

 一方でオドードは、相棒の不甲斐なさに憤懣やるかたない様子だった。

 

「おいおまえッ、何やってんだ!コレクションの能力使えば逃げられたろうが!」

 

 もちろん、トゲーノだってそうしようとはした。狙撃手としては高い能力を誇る一方で、白兵戦は不得手なのだ、彼は。

 しかし彼のもつルパンコレクション"スモール・ワールド~Le petit monde~"について把握しているルパンレンジャーは、取り囲んで攻撃を繰り返すことによって発動の暇を与えなかったのだ。そして、

 

『9・0・9──!』

 

「あとはてめェのコレクションだけだ……白モフ野郎!」

 

 トゲーノから奪ったコレクションをちらつかせつつ、宣言するルパンレッド。彼とイエローがオドードへ向かっていき、立ち上がろうとするトゲーノをブルーが地面に縫いつけた。

 

「がッ!て、てめェ……!」

「貴様はまだ寝ていろ。あとで処理してやる」

 

 

「おらぁッ、てめェもコレクションよこせやぁぁ!!」

「モフゥゥッ!」

 

 慌てて寺の堂内に逃げ込んでいくオドード。追う快盗、それをさらに追う警察。しかし飛び込んだところに、オドードの姿はなかった。

 

「チッ、かくれんぼかよ。とことんしょーもねえコンビだな」

「ッ、待て快盗!」

「ア゛ァ、邪魔すんなや救けてやったろーが!」

「そういう問題では……いやそうではなく!」

「しっ!」3号がふたりを止める。「ウチの個性なら、音で簡単に捜せる」

「おー、流石……」

 

 しかし、彼女が個性を使うより敵が先んじた。

 

『そんなことしても無駄だァ!』

「!?」

 

 その声は頭上から響いた。当然上を見る四人だが、そこにオドードが張りついたりはしていない。

 

『どこ見てる?こっちだこっち!』

『そっちじゃねえよ、こっちだ!』

『目ぇついてんのか?耳は飾りかァ!?』

『モッフッフッフ!』

 

 四方八方から響く嘲笑。快盗たちにとっては寝耳に水の事態だったが、警察にとってはそうでなかった。

 

「耳郎くん、これは昨日の……」

「……ああ、やっぱり奴の能力だったんだ」

 

 自身の声をあちこちから響かせて敵を撹乱する能力。しかし、何かトリックがあるはずだ。

 

「……声の出処を捜す!」

 

 今度こそ、響香は己の個性を発動させた。プラグを床に接地し、音の振動を辿っていく。その間、無防備になる彼女を2号──そしてルパンイエローと、彼女に促されたレッドもが護衛する形となる。快盗たちにとっても、敵の策を破るのは都合が良いに決まっているのだ。

 

──そして、

 

「そこだ!」

 

 一見何もない空間めがけて、彼女は引き金を引いた。発射された光弾は途中で何かにぶつかったかのようにはじけ、荒れ果てた堂内に美しい光の粒がちりばめられる。

 

「あ?……ンだ、今の」

「気になるなら見てきなよ、別に背中を撃ったりはしないからさ」

「けっ、どーだか」

 

 口ではそう毒づきながら、レッドはイエローとともに躊躇なく光の粒が落ちたあたりに向かった。そしてしゃがみ込み、埃っぽい床を眺める。

 

「ンだ……これ?」

「……毛玉?」

 

 白い──オドードの身体を包むそれと、同じもののように見えた。

 

「なるほど……自身の体毛を媒介として声を発していたわけか!」

 

(しまった、からくりがバレた……!)

 

 兄は亡く、特殊能力も看破された今、オドードは凡庸なギャングラーでしかない。トゲーノもあんな状況では、とても勝利のビジョンは見えなかった。

 

(ここはいったん逃げて、仕切り直しを……)

 

 幸い本体である自身はまだ見つかっていないからと、こっそり裏から逃げようとする。しかし後ずさった瞬間、バキッという小気味よい音とともに身体が沈んだ。

 

「モフゥッ!?な、なん──」

 

 下を見る。──床が抜けて、片足が嵌まっている。老朽化のうえ手入れもされていないから、オドードの重みに耐えられなかったのだろう。そんな、単純なことだ。

 戦いというのは、単純なことが命取りになるものだ。

 

「そこかァ、白モフヤロォ……」

「モフ……!?」

 

「──死ィねぇぇぇぇッ!!」

 

 次の瞬間、壁を突き破る形でオドードは外に追い出されていた。地面に転がったその身体を踏みつけにして、ルパンレッドが腹部の金庫にダイヤルファイターを押しつける。

 

『4・0・4──!』

「ルパンコレクション、貰っ……あ?」

 

 入っていない、何も。

 

「も、モッフッフッフ……残念だったな!オレのコレクションはもう手放しちまったよぉ!」

「……あァ、そーかよ」

 

 『サイクロン!』と、VSチェンジャーから無機質な機械音声が響く。

 

「なら、マジで死ねや」

 

 ルパンレッドの宣告は、それ以上に冷たかった。

 

 

 *

 

 

 

 プロヒーローとポーダマンの戦闘も、既に佳境に入ろうとしていた。

 

「よ~しっ、これで十体目!」

 

 酸で昏倒させたポーダマンを見下ろしつつ、揚々と声をあげる三奈。同僚の先輩ヒーローから「やるじゃないかpinky!」と声がかかる。それを嬉しく思う反面、ギャングラーがいかに恐ろしい相手かを再認識してもいた。

 

(雑魚戦闘員でも、こんなに強いなんて……)

 

 快盗やパトレンジャーは事もなげに倒しているが、自分たちでは一体一体の処理にかなり手間取ってしまった。若干だが負傷者も出ている。戦闘員でこれなのだから、あの異形の者たちはどれほど強力なのだろう。──切島は、そんな奴らと戦っている。

 

 その事実に思い至った三奈の視線の先に、異変が起こった。奇怪な空間の歪みが、拡がっていくのだ。

 

「……何、あれ?」

 

──そして、災禍が形をもって姿を現した。

 

「あら?せっかく来てあげたっていうのに、もう敗色濃厚みたいね。オドードもやられちゃってるし」

「トゲーノめ……調子に乗るからだ」

 

 オドードと手を組んだとはいえ、華々しい合戦をやろうだなんて考えがそもそもの間違いだったのだ。パトレンジャーの首を獲ろうというなら平時を狙って、なんの前触れもなく狙撃すればそれでよかった。要するに、彼は自信過剰だった──そう、デストラ・マッジョは思った。

 

 一方、屋敷にいるときと変わらず安楽椅子に身を預けている異形の老人は。

 

「……やれやれ」

 

 呆れたような口調の一方で、その碧い瞳が鋭い光を放ち──

 

 

 残すところはトゲーノの始末のみとなり、快盗には既に勝利ムードが漂っていた。ただ、パトレンジャーには仲間の危機という焦燥の原因がまだ残っていたが。

 

 そんな彼らを、不意に澄んだ空気が包んだ。気温が何℃も低下したかのような感覚。そしてあちこちに、きらきらと光る結晶が降り注ぐ。

 

「ッ、なんだ……?」

 

 若者たちが怪訝に思う一方で、トゲーノを文字通り足蹴にしていたルパンブルーはこれまでにないほどの怖気を感じていた。デストラと遭遇したときのそれより、遥かに強烈な──

 

「レッド、イエロー!逃げるぞ!」

「ア゛!?」

「え、何──」

「いいから来いッ、急げ!!」

 

 いつにない剣幕に、ふたりは是非もなく従った。元トップヒーローの威容は、何だかんだと少年たちにとっては重みがあるもの。

 そしてベテランの有無が、二大戦隊の命運を分けた。

 

──爆発。光の粒が丸ノコのような形を形成して地面に突き刺さった瞬間、爆発を起こしたのだ。それもひとつやふたつではない。廃寺を、一瞬にして紅蓮の劫火が覆い尽くした。

 

「きゃあああああ──」

 

 三奈たちヒーローもまた……例外ではなかった。

 

 

 *

 

 

 

 トゲーノ・エイブスもまた、爆発に巻き込まれて重傷を負っていた。ギャングラーゆえの強靭な肉体のおかげで、命に別状はなかったが。

 

 しかし彼にとって、本当の地獄はこれからだった。

 

「グゥ……な、何が起きて……」

「──トゲーノ・エイブス!」

「!?」

 

 敵のそれとは異なる老人の声に、トゲーノは反射的に身を震わせた。恐怖に駆られながら、恐る恐る視線を上げる。

 

「ぼ、ボス……!」

 

──こちらを冷たく見下ろす、ドグラニオ・ヤーブンの姿。

 

「……これはどういうことだ?他の奴らとひと味違うところを見せてくれるんじゃなかったのか?」

「ち、違うんですボス!こんなはずじゃ……そうだ、オドードのヤツが使えないから!」

「黙れ」

 

 氷河が砕けるような声だった。

 

「俺の座っている椅子は、そんなに安くない……!」

「……!」

 

 立ち上がったドグラニオは、纏う鎖を鳴らしながら踵を返した。「帰るぞ」と側近に告げて姿を消す。デストラは即座に従ったが、もうひとり──ゴーシュ・ル・メドゥはまだひと仕事行うつもりでいた。

 

「可哀想に、トゲーノの言う通り動いてあげたのにね。──私の可愛いお宝さん、そんなオドードを元気にしてあげて……」

 

 ひしゃげた金庫めがけて、ルパンコレクションのエネルギーが注ぎ込まれる。ひとりでに天高く浮かび上がった金庫は修復され、さらに燃え尽きたはずのオドードの肉体までもを再構成したのだ。

 

「モフ──ーッ!!」

「……ハァ、これでボスの機嫌が直るといいけど」

 

 ゴーシュもまた姿を消し、巨大オドードは死屍累々には目もくれずに快盗の姿を捜した。計画が水泡に帰した今、彼の頭には復讐しかなかった。

 

「出てこい快盗ゥ!!今度はこっちが踏み潰す番だァァ!!」

「……チッ、るせーなアイツ」

 

 森に身を隠しつつ、「俺らが何したっつーんだよ」と毒づくルパンレッド。ブルーの咄嗟の判断に従ったおかげで、彼らは辛うじて難を逃れることができた。しれでも快盗スーツのあちこちが焼け焦げている状態で、もう戦闘継続は困難なのだが。

 

「でも、あのまま放っておくわけには……」

「……警察が何とかするだろう、当人らに自覚があるならな」

「そんな……」

 

 逃げ遅れたパトレンジャーの面々がどうなっているか、炎司にだって想像はつくはずだ。それなのに──

 

 あの場にいなかった者の存在を、彼らは忘れていた。

 

「モフッ!?」

 

 揺れる大地。当然予期していなかった巨大オドードはバランスを崩しかけるが、次の瞬間、さらなる事態が彼に降りかかった。

 地中から飛び出してきた長大な脚が、胴体を直撃したのだ。

 

「モフ~~ッ!!?」

 

 吹っ飛ばされるオドード。同時にサイレンを鳴らしながら飛び出してくる、クレーン車のような巨大なマシン。

 

「あれは、VSビークル……!?」

「……乗ってンのは、クソ髪か?」

 

 そう──VSビークルを操れるのはもう、彼をおいて他にはいない。

 

「へへッ……あきらめねェで、正解、だったぜ……!」

 

 コックピットにて、切島鋭児郎は凄絶な笑みを浮かべていた。目の下には濃い隈が現れ、時折焼けつくような痛みが全身を襲う。毒素がいつ身体機能を破壊し尽くすかもわからない状況。

 

 それでも鋭児郎は、地中に埋まっていたものの正体であるこのトリガーマシンクレーンに望みをかけていた。本来ドリルとはひとつのマシンであり、合体することによって本来のパワーが発揮できる。これなら、たとえギャングラーが相手でも。

 

「あ、兄貴の形見を……!返せ──!」

 

 怒りの矛先を鋭児郎に向けるオドード。棍棒を振り回して襲いかかってくるのだが、力押しの勝負なら望むところだった。

 

「お、らぁッ!」

 

 クレーンの脚を一気に伸ばし、攻撃を仕掛ける。それをまともに胴体に受け、苦悶の声を漏らしながらも、オドードは一歩も退こうとはしない。

 

「コレクションを取り戻し、兄貴の仇をとってやるゥゥ……!」

「……ッ、」

 

 凄まじい執念に一瞬たじろぎかかるが、鋭児郎には自負があった。仇討ちなどよりもずっと重いものを背負っているのだという自負が。

 

「俺は絶ッ対、負けらんねえ……!」

 

 そして彼は、勝負に出た。

 クレーンのコアから飛び出すドリル。その鋭い先端がオドードに直撃し、これまでとは次元の異なるダメージを受けた彼はついに後退した。打撃がダメなら、刺突。烈怒頼雄斗としての戦い方にも合致している。

 

「がッ……ゲホッ、ゴホッ!!」

 

 突然何かが込み上げてきて、鋭児郎は激しい咳を繰り返した。押さえた手に、濡れた感触──血。

 

「ッ、長くはもたねえよな……もう……」

 

 ならば一気に、決着をつける!

 

 クレーンの先端のフックでオドードの襟首を掴み、持ち上げていく。モフモフの毛皮が彼に災いしたのだ。

 

「モフッ、は、はなせぇえええ~~ッ!?」

「………」

 

「──うぉおおおおおおおッ!!」

 

 最後の力を振り絞って、鋭児郎は雄叫びをあげた。吶喊するドリル。宙吊りにされたオドードの胴体ど真ん中に──突き刺さる。

 

 そしてその肉を、内臓を突き破り、彼の身体に風穴を開けたのだ。

 

「モ、モフ……あ、兄貴ぃ……ッ!」

「……わりィ、な」

 

 誰が相手かは知らないが、仇討ちを遂げさせてやれなくて。

 そしてオドードは、今度こそ跡形もなく爆散した。機体が地面に落着し、揺さぶられた鋭児郎はそのままシートからずり落ちそうになった。

 

「ッ、ぐ……」

 

 だが彼は、かすかな気力でそれに抗った。仲間たちと合流しなければ。ギャングラーは死んだのだからもう戦いは終わっているだろうが、彼らの状況は何もわからずにいるのだから。とりわけ、生身で参戦したプロヒーローの面々は。

 

 

──そう、鋭児郎は知らなかったのだ。戦場で、何が起きたのか。

 

「え……?」

 

 地上に降りた鋭児郎に、迎えてくれる仲間はひとりとしていなかった。

 炎の残滓が残る荒野に倒れ伏す、人、人、人。皆が深く傷つき、苦痛に呻いている。

 

「飯田、耳郎……芦戸……?」

 

 何故……何故、こんなことに。

 その疑問に答える者はなく、ただ流れ出した誰かの血が、鋭児郎の足を浸した。

 

「あ……あ……」

 

 それは絶望となって、鋭児郎の身体を這い上がってくる。

 

「あ……うぁ、ああ──」

 

 

「ああ……あ、ああああああ──ッ!!」

 

 慟哭は、むなしくも虚空へと消えていく。そして鋭児郎の意識もまた、闇へと閉ざされていった。

 

 

 à suivre……

 

 

 





次回「烈怒頼雄斗」

「今度こそ俺は、守れるヒーローに……!」

「「「完成、パトカイザーストロング!!」」」




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#17 烈怒頼雄斗 1/3

 

 猛毒に侵されながらも、入手したトリガーマシンクレーン&ドリルの力でオドード・マキシモフを討ち果たした切島鋭児郎。

 

 しかしたしかな勝利を手にしたはずの彼の目の前には、悪夢のような光景が広がっていた。

 

 倒れ伏している人、人、人。あまたのヒーロー、飯田天哉、耳郎響香──芦戸三奈。彼らの流した血が、廃寺の面影すらない荒野を赤く染めてゆく。

 

(なんで、)

 

(なんで、こんなことに)

 

「──おめェが、弱いからだよ」

「……!」

 

 冷たく響く少年の声。この戦場跡にいるはずのない存在。けれど鋭児郎は、焦燥のままに背後を振り返っていた。

 

──果たして、そこには鋭児郎より幾分か幼い学生服を着た少年の姿があった。鋭児郎と瓜二つの顔立ち、赤い瞳に三白眼。ただ顎のあたりまで伸びた頭髪は、吸い込まれそうな漆黒に染まっていた。

 

「違う……!俺は強くなったんだっ、おめェみたいに逃げたりしなかった!だから……!」

「じゃあ、これは何だよ?」

「……ッ!」

 

 鋭児郎が言葉を失うのを認めて、少年は冷たい笑みを浮かべた。

 

「何が烈怒頼雄斗だ、漢気だ。聞いて呆れちまうよ」

 

「鋭児郎、──おめェには、何も守れない」

 

 それは他でもない、封印してきた過去からの復讐だった。

 

 

 *

 

 

 

 様々な計器類に囲まれたベッドに、赤毛の青年が寝かされている。呼吸器に鼻と口とを覆われ、時折苦しげな呻き声を漏らしていた。

 

「──以上のような状況ですが、希望は捨てないでください」

 

 言葉とは裏腹な医者の重苦しい口調に、包帯まみれのふたり組は閉口した。そもそも快復に望みをかけねばならない時点で、度しがたい状況に違いないのだ。

 ただ最善は尽くしてくれているであろう医者に文句を言うのは筋違いだし、歩くのもやっとの身体ではその気力も湧かない。

 

 結局、去りゆく彼を見送ったあと、「くそっ」と毒づくのが精一杯だった。

 

「……切島……」

 

 集中治療室の中で生死の境をさまよっている仲間の姿を、彼ら──飯田天哉と耳郎響香は見守っていることしかできない。切島鋭児郎ほどの男が、こんなことで終るはずがないと自分たちに言い聞かせながら。

 

 

 *

 

 

 

 一方、身体的なダメージはほとんど受けずに済んだルパンレンジャーの面々は、戦闘の翌日にはジュレの通常営業を行っていた。姿を現したドグラニオ・ヤーブンのことは気にかかったが、その手の調査は雇い主の代理人である黒霧の役目だ。まあ、実際には別にそちらのプロがいるのかもしれないが知ったことではない。パトレンジャーやプロヒーローたちのこともまた然りである──表向きは。

 

 しかしながら、本来高校に通っている年齢の未成年組は朝から落ち着かない様子でニュースサイトとにらめっこしていたし、一応彼らの上司ということになっている轟炎司はそれを見て見ぬふりしながら業務を行っていた。昨日のことは、彼ら快盗に対しても少なからず楔を打ち込んでいたのである。

 そして、そんな彼らを本格的にかき乱す男が来店した。

 

「やあ、お久しぶりエンデヴァー。あ……今は店長さんって呼んだほうがいいかな?」

「……塚内、」

 

 塚内直正──警察戦隊の責任者その人である。炎司よりひと回りは若い、まだぎりぎり青年と称しても通用しそうな風貌ではあるが、その親しげな口調を見るに彼らは旧知の仲であるらしかった。

 

「炎司さん、お知り合い?」お茶子が訊く。

「……ああ。警察官だ、彼は」

 

 勝己もお茶子も内心は動揺したが、それを表に出さない程度の分別はあった。"エンデヴァー"の知己だというなら、対応は炎司に任せて様子を見ていればいい。

 だが、次に塚内が放った言葉には警戒を強めざるをえなくなった。

 

「警察官は警察官でも、国際のほうに異動(うつ)ったんだけどな。それで、部下がここに通いつめてるようだから来てみた」

「!、………」

 

 役職の入った名刺を受け取り、いよいよ炎司は渋面をつくった。尤も彼は不機嫌そうな表情のほうがスタンダードなので、塚内も不審には思わなかったようだが。

 

「ここの話はウチの連中から聞いてるよ。きみたちは……笑顔がかわいいウェイトレスの麗日お茶子さんに、絶品のモーニングセットを作る爆豪勝己くんだね、よろしく」

「よ、よろしくお願いしますっ」

「……っス」

 

 褒められるのはなんだかんだ満更でもないふたりである。とはいえいつまでも立ち話をしているのもどうかと、再び炎司が口を開いた。

 

「それで、今日は食事に来たというわけか?」

「ああ……そうしたいのは山々なんだけどね、今日はこっち」

 

 塚内が手に取ったのは、店頭販売している持ち帰り用のマカロンだった。

 

「昨日の戦闘で三人が負傷してね、これからお見舞いだ。もう報道もされてるし、知ってるかな」

「……ああ。烈怒頼雄斗は重体だと聞いたが」

「ギャングラーの毒にやられたからね、今のところ既存の解毒剤で対処するのが精一杯ってな状況だ。ま、命がけの仕事だからこういうこともあるが……」

 

 塚内の表情に一瞬翳が差した。炎司はともかく、少年たちが気づくより早くその痕跡までもが消え去っていたが。

 

「そうだ、麗日さんに爆豪くん。きみたちはウチの連中と個人的にも親しいと聞いてる、時間があったらで構わないからお見舞いに来てやってくれ。皆きっと喜ぶ」

「!」

 

 ふたりが是非を述べるまでもなく、塚内は金を置いてくるりと踵を返した。「おっと忘れてた」と立ち止まり、病院の名前を告げたうえで颯爽と去っていく。相変わらず掴みどころのない男だと、炎司が毒づいた。

 

「──それで、どうするんだ?」

「ア゛?何が」

「見舞いに決まっているだろう。気になっているんじゃないのか?」

 

 暫しの沈黙のあと、

 

「……私、行ってくる!」

 

 最低限の手荷物を引っ提げ、お茶子はジュレを飛び出していった。一方の勝己は俯き加減に厨房へ引っ込もうとしていたのだが、

 

「貴様は行かないのか?」

「……は、クソ髪がくたばろうがどうしようが知ったこっちゃねーわ」

 

 むしろ、邪魔な警察がひとり減って清々する──快盗としては正しい答かもしれないが、それにしてはあまりにか細い。自分自身に嘘をつけないこどもなのだ。

 いつもなら炎司も「そうか」で済ますところだが、今はどうにも目の前の少年が末の息子と同い年なのだという事実が刺さった。

 

「会えなくなってからでは、遅いのではなかったか?」

「……!」

 

 弾かれたように顔を上げる勝己。彼の脳裏には、快盗に身を堕としたあの路地裏のごみ溜めがよぎっていた。一緒にすんなと怒鳴り散らしてやりたかったが、言葉が出てこない。どうあっても彼は、勝己の心をかき乱す存在だった。

 

 

──そして数分後。店内に独り残された炎司は、帳簿を片手にため息をついていた。

 

「今日も臨時休業、か」

 

 予約が入っていないのが、不幸中の幸いだった。

 

 

 *

 

 

 

 八神町にほど近い工場址に、本来ありえない人影がふたつ存在していた。それも、異形の人影が。

 彼らが"ギャングラー"と呼ばれる異世界犯罪者集団の構成員であることは現代においては疑いようもないが、異様なのは一方がもう一方に土下座までして何かを頼み込んでいることだった。

 

「頼む……っ、なぁ頼むよデストラさん!」

「……ドグラニオ様はもうおまえの顔も見たくないと仰っている。俺もおまえごときにこれ以上関わりあいにはなりたくない」

「ンだと……あ、いやそう言わずに!」

 

 一瞬逆上しそうになりながらも、地面に頭を擦りつけるトゲーノ・エイブス。ドグラニオ・ヤーブンの無差別攻撃に巻き込まれて負傷した彼だったが、その後身体を引きずって逃げおおせることには成功した。そして起死回生を期すべく、ドグラニオの側近であるデストラ・マッジョに接触したのである。

 

 取りつくしまもない態度に終始しているデストラだったが、暗殺者として名を馳せるだけの射撃能力に限ってはトゲーノを評価していた。後継者としてふさわしいかはともかく、まだ使い途はある。それに、オドード・マキシモフとの関係も──

 

「ならばトゲーノ、クラッシュ・ブラザーズが所持していたコレクションについて知っていることをすべて話せ」

「!」

「そうすれば、もう一度チャンスをやる」

 

 左腕の金庫を開き、自身の持つルパンコレクションのひとつをちらつかせる。トゲーノにとっては喉から手が出るほど欲しい代物、彼に残された選択肢はひとつしかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 結局、少年快盗ふたり組は、仲良く連れだって病院を訪れる羽目になっていた。

 

「チッ……」

「爆豪くんさあ……何回舌打ちすれば気が済むん?」

「一億万回」

「いや小学生か!……ハァ。受付でどこの病室か訊いてくるから、ちょっと待ってて」

 

 しかしここは総合病院であって、見舞い客や初診の患者などで受付も混雑している。お茶子が目的を果たすまでには、十分近い時間を要してしまった。

 しかも彼女が戻ったときには、爆豪勝己の姿は忽然と消えていた。

 

「……案の定か!」

 

 今度は独りでツッコミをかましていると、

 

「おお、麗日くんじゃないか!」

「!」

 

 振り返ると、そこには体格のいい眼鏡の青年が立っていた。包帯まみれで。

 

「飯田さん……!こ、こんにちは」

「こんにちは!我々のお見舞いに来てくれたのか?」

「え、ええ、まあ。あの……どこか行くんですか?」

 

 入院しているはずなのに、入院着などではなく飾り気のないポロシャツを着て。彼にしてはラフな服装であることに違いはないが。

 

「うむ、無理を言って退院させてもらうことにしたんだ。せっかく来てくれたのに申し訳ないが……」

「ええっ!?ど、どうしてですか?そんなケガしてるのに……」

「と言っても、もうできる治療は済んでいるからな。あとは寝て治すだけだ、となれば病院でも自宅でもさして変わらない」

「でも……」

「それに元々、俺がいちばん軽症なんだ。万一の場合に、パトレンジャーが誰ひとり動けないというのでは市民の皆さんに顔向けできないからな!」

 

 お茶子は二の句が継げなくなった。ギャングラーとは、自分たち快盗だって戦える。平時ならそうはいかないというのもわかるが、こんなときくらい──と、思ってしまう。

 無論、もはやお茶子の正体を微塵も疑っていない天哉には、彼女の胸のうちを読みとることなどできない。

 

「では失礼……あ、マカロンとても美味しかったぞ!ありがとう!」

「!、………」

 

 負傷しているにもかかわらず、いつも通りのきびきびとした足取りで去っていく。今はその背中を見送ることしかできない現実に、ちくりと胸が痛んだ。

 

 

 *

 

 

 

 姿を消した爆豪勝己だったが、一応は病院内に留まっていた。お見舞いなどというきちんとした体裁をとって面会に行けば、あとで快復した鋭児郎が五月蝿いに決まっている。これはあくまで気晴らしの散歩の類いなのだと、自分に言い聞かせることで自尊心を保っていた。

 

 ひと通りぶらついて、その気がなくなったら帰る──そういうつもりで歩いていたのだが、どういう因果か彼は発見してしまったのだ。ガラス張りの仰々しい部屋に寝かされた切島鋭児郎と、それを見守る耳郎響香の姿を。

 その響香はというと、勝己の姿を認めるなり鳩が豆鉄砲食らったような間抜けな表情を浮かべていた。

 

「!、あ……爆豪、くん?」

「ムリにくん付けせんでいいわ。……ギャングラーの毒にやられたんだってな、アイツ」

 

 酸素マスクを被せられ、よく日に焼けた頬が青ざめきっている。表には出さなかったが、少なからず衝撃的な姿だった。殺しても死なないヤツだと思っていたので。

 

「で、助かりそうなんすか?」

「……希望は捨てるな、だってさ。絶対に助かるなら、そんなモン持つまでもないのにね」

「………」

 

 今まで死線をくぐり抜けてきたつもりでいたが、知っている人間がじわりじわりと死にゆく姿を見るのはこれが初めてだった。デクが目の前で消えたあのときとも異なる、形容しがたい気持ち。所詮は邪魔な敵だと自分に言い聞かせようとも、その度に鋭児郎の親愛に満ちた笑顔が思い浮かんで邪魔をする。

 

「無茶するんだよ。毒喰らったまま、任務を続けて……早く処置すれば、少しはましだったかもしれないのに」

「……ンで、そんなこと」

「詳しい経緯は話せないけど……ウチらを、危険に晒さないためなんだろうね。誰かを守るって使命のためなら、ブレーキなんてかけないで突っ走る。そういうヤツみたいだ、切島って。でも……」

 

 以前から、時折覚えていた小さな違和感。今回のことで、朧気ではあるがその正体がようやく掴めたような気がしていた。市民も、仲間も──皆を守り抜く。裏を返せば、それが為せないことに怯えているのではないか、と。

 

(何があったって言うんだよ、切島……)

 

 過去に、何かが。

 

 

「──あの~、」

「!」

 

 そんなふたりのもとへ姿を見せたのは、ピンク色の肌の大部分を包帯に覆われた女性であった。松葉杖までついていることから、響香以上に重傷であることがわかる。

 

「pinky……もう動いて平気なの?」

「お互いさまですよ~。……ねえ、そっちの子は?」

「爆豪勝己くん、ウチらが通ってる喫茶店の従業員」

「へ~、よろしくね!」

「……ドーモ」

 

 pinky──今回の作戦に参加したヒーローのひとりだったと勝己も記憶している。それ以上のことには一片の興味もなかったが、何しろ三奈は鋭児郎とは雄英の同級生同士を超える間柄だった。

 

「で、何か言いたげだったけど……どうしたの?」

「あ……ハイ、切島のことなんですけど。アイツが無茶するのって、昔のことがあるからだと思います」

 

 昔──雄英高校に在籍していた頃か?そう訊くと、三奈は静かにかぶりを振った。

 

「いえ。……実はあたしと切島、中学も一緒だったんです」

「!」

 

 こんなときでさえなければ、それは微笑ましい告白だった。ただ、鋭児郎のひとを守ることへの執着、そのルーツは間違いなく中学時代にあった。──齢14にして知ってしまったのだ、彼は。憧れとは程遠い、"守れない"自分への無力感と後悔を。

 

 



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#17 烈怒頼雄斗 2/3

音で殺りたい


 

 切島鋭児郎は逢魔ヶ時の路地に立ち尽くしていた。ありふれた雑居ビルが立ち並び、人々が往来する。特筆すべき点など何もない、ただ降り注ぐ夕陽の橙が唯一郷愁めいた彩りを与えている。

 

 その光景に、彼は見覚えがあった。

 

(なんで俺、こんなところに……?)

 

──そこは、鋭児郎が中学生までを過ごした故郷の街だった。たかだか三年と少ししか経過していないから当然かもしれないが、あの頃から時が止まったような風景。しかし懐かしさよりも、じとりと冷たい汗がにじむような、焦燥めいた気持ちが身体を支配している。

 

 呆然と周囲を見渡していると、不穏な喧騒が耳に届いた。ヒーローとしての性で、自然とそこに足が向く。

 

 そして──目の当たりにしてしまった。女子中学生ふたりが、一般的な成人のおよそ三倍もの背丈をもつ異形型の男に追い詰められているのを。

 

(あれは……!?)

 

 その光景もまた、鋭児郎にとっては既視感のあるものだった。自身が中学生のときに遭遇したのと、まったく同じ状況。あの少女たちも、男も。

 

「……ッ!」

 

 救けなければ、少女たちを。考えるまでもなく駆け出そうとするのに、足が縫いつけられたようにその場から動かない。

 思わず足下を見下ろすと、なんの変哲もないコンクリートの地面に己の影が映っていた。夕陽を背に、それは長く伸びている。普段意識することはないけれど、不自然ではない現象。

 

 しかし──真っ黒なシルエットの頭部に一対の赤目が現れて、鋭児郎はは、と息を詰めた。

 

「おめェが出ていって、何になる?」

 

 その声は、他でもない鋭児郎自身の声だった。今より少しばかり高い声でありながら、まるでものを知った大人のように冷めた口調で問いかけてくる。

 ああこれは夢なのだと、鋭児郎は悟った。目の前の光景も現実のものではなく、過去の記憶がフラッシュバックしたものにすぎないのだと。

 

 ならばなおのこと、飛び出さないわけにはいかない。足を縛りつける影に、懸命に抗う。夢幻の中にあっては、無意味な行動だったのだが。

 

「何になる……だと?──守るに決まってんだろっ、俺ぁヒーローなんだぞ!?」

 

 おめェとは違うと、自分の中の子供の部分が傷つくのも構わず鋭児郎は叫んだ。力を得た、勇敢さだって手に入れた。そうして今では、あのギャングラーにだって立ち向かうことができている。

 だが少年の鋭児郎は、それを真っ向からせせら笑うのだ。

 

「守れるのか、本当に?さっき見たモン、もう忘れちまったのか?」

「……ッ!」

 

 毒に侵された身体を押して戦って──その結果が、あのざまだ。

 

「だったら最初っから、何もしないほうがマシなんじゃねえの?」

 

 最初からあきらめてしまえばもう、あんな烈しい絶望に支配されることはなくなる。待っているのは本当にこれでいいのかと自問自答し続けるもどかしい焦燥の日々、しかし大多数の人間はそうやって生きているのだ。切島鋭児郎も、そんな凡人のひとりにすぎないのだというだけ。

 

「もう、いいだろ。おめェはよく頑張ったよ……烈怒頼雄斗」

「……!」

 

 その瞬間、鋭児郎は目を見開いていた。烈怒頼雄斗──憧れのヒーロー"紅頼雄斗(クリムゾンライオット)"にあやかり、自らつけた名前。

 

「……俺はヒーローだから、人々を守る……」

「……!」

 

 眼下の"影"が、目を見開く。時の止まった世界で、鋭児郎はなおも続けた。

 

「一度心に決めたなら、それに殉ずる。ただ、後悔のねぇ生き方……」

 

 それが。それが、俺の──

 

 

 *

 

 

 

 街に再び、トゲーノ・エイブスが出現した。

 案の定というべきか、警察や快盗の居どころに潜り込んで暗殺……などということはせず、道ゆく人々を堂々と狙撃することで騒ぎを起こし、目標を誘き寄せる──という手段をとっている。すべてはドグラニオ・ヤーブンに自らの手腕を見せつけるためだった。

 

「見ていてくださいボスっ、俺の実力を……!」

 

 巨大な毒針に身体を串刺しにされ、悶え苦しむ人々。わざと急所を外されているから、死によって苦痛から解放されることもできない。

 その中にあってただひとり、間一髪のところで針から逃れた者がいた。──買い出しに出掛けていた、轟炎司その人である。

 

「奴め、気でもふれたか?あるいは……」

 

 トゲーノの意図はともかく、既にルパンコレクションは奪った。快盗としては旨みのない戦いだ。普段ならパトレンジャー任せにするという選択肢もあるが、彼らは今動けないはずだ。何より、目の前で苦しみもがいているなんの罪もない一般市民たち。

 

(……俺はもう、ヒーローではないんだがな)

 

 それでも、放ってはおけなかった。

 

「快盗、チェンジ!」

『ブルー!2・6・0──マスカレイズ!』

 

 年齢を感じさせない鍛え上げられた身体が、濃い青を基調とした快盗スーツに包まれていく。マントを翻し、炎司──ルパンブルーは物陰から飛び出した。同時に、VSチェンジャーの引き金を引く。

 

「!」

 

 不意打ちの射撃は、見事にトゲーノの胴体に命中した。しかし彼の反応は極めて薄い。ルパンブルーの姿を認めて、せせら笑っているありさまだ。

 

「この距離では威力が足りんか……」

 

 一瞬思案したブルーだが、一秒後には全速力で走り出していた。届かないなら、近づけばいいだけ。シンプルな力押しは、エンデヴァー時代から得意とするところ。

 

「快盗、独りで出てくるたぁいい度胸だぜ。おまえも毒針の餌食にしてやる!」

 

 ライフルを用い、次々に毒針を撃ち出してくるトゲーノ。機敏にかわしつつ接近を試みるブルーだったが、かなりの距離が開いているにもかかわらず正確無比に喰らいついてくる毒針に二の足を踏んでいた。

 

(ッ、ヘルフレイムなら、こんなもの……!)

 

 劫火の壁で針を焼き尽くしながら、突き進む──いっさいの人目もなければそれも可だが、背後には毒針にやられた者はもちろんのこと難を逃れて逃げまどう人々もいる。正体が露呈するリスクはまだとれない。

 一方で敵を寄せつけない自身の腕に、トゲーノは酔いしれていた。

 

「新たなルパンコレクションを手に入れた俺の毒針はァ、今までの十倍は飛ぶ!近づけるモンなら近づいてみやがれェ!!」

「新たなコレクションだと……ふっ、ならばなおのこと、貴様を放っておくわけにはいかないな!」

 

 どこでどうやって手に入れたのか、出処が気にはかかったが──ならばもう一度、奪い取るのみ。余計な思考に囚われるほど、炎司は青くはなかった。

 

 

 *

 

 

 

「──爆豪、」

 

 ぼんやりと安楽椅子に腰かけていた爆豪勝己は、まだ遠慮がちな呼び声を聞いて我に返った。

 

「コーヒー飲む?」

「……いくら?」

「流石に奢らせてよ……結構年上なんだしさ」

「じゃあいらん、喉渇いてねえし」

「あぁ、そう……」

 

 ため息をつきつつ、パトレンジャーの紅一点は自販機のボタンを押した。がこんと音をたて、アルミ缶が落ちてくる。

 それを緩慢に拾い上げながら──響香は、訊いた。

 

「爆豪はさ、どう思った?切島のこと……」

「あの黒目のハナシかよ」

「黒目って……」

 

 身体的特徴をあだ名にするなら、ピンクの肌とか触覚とか他にそれらしいものがあるのではなかろうか。そんなことを口にしかけて、響香はこれはまずいと思い直した。勝己が当たり前のように言うものだから危うく毒されかかったが、三奈に対してあまりに失礼な話だ。

 

──切島少年は、己の個性がコンプレックスだった。ヒーローになりたいとは望みながら、自信がなかった。だから、不審者に絡まれている同級生を目の当たりにしても、何もできなかった。

 

 代わりに飛び出したのが、芦戸三奈だった。

 

「……別に、そんなモンじゃねーの」

「そんな言い方……」

 

 響香は己の眉間に皺が寄るのを自覚したが、勝己の言葉には続きがあった。

 

「アイツ、単純馬鹿に見えっけど……ああだこうだ考えちまうんだろ、実際は」

「!」

「強ぇんだから、前だけ見てりゃいいのによ」

 

 そういうヤツなら、自分に言い訳してまで見舞いに来ることなどなかった。鋭児郎の抱える弱さは、勝己にとってはトゲーノのそれに勝るとも劣らない猛毒だった。

 

(どっちかにしろや、クソカスが)

 

「──でも、」響香が口を開く。「そういうヤツだから……ヒーローなんだろうな」

 

 これまでも、これからも。

 

 それきり口をつぐんだふたり、室内にはつけっぱなしのテレビの賑々しい音声ばかりが流れる。しかし唐突にニュース速報のテロップと通知音が目に耳に入ってきて、ふたりは意識をそちらに引き寄せられた。

 

──日根野町二丁目に、ギャングラー出現。

 

「……!」

 

 反射的に立ち上がりかけて、勝己は己を抑えた。響香の前では、半ば道を踏み外しているだけの一般市民として振る舞わなければ。

 

 一方で警察官である彼女は、躊躇うことなく飛び出していった。それを止める義理はない。「馬鹿じゃねえの」と、己の空虚を紛らすために毒づくのが精々だった。

 

 

 病院を飛び出した響香は、まずもって飯田天哉に連絡をとろうとした。彼はスタンバイのために寮へ戻っている。ギャングラー出現を知れば、すぐに飛び出していくはずだ。現状、彼に迎えに来てもらうほかにない。──反対されるかもしれないが。

 それでも一歩も引かないつもりでスマートフォンに手を伸ばそうとすると、いずこからかサイレン音が近づいてくる。よもやとそちらへ向かうと、案の定発見したパトカーには"G.S.P.O."とあしらわれていて。

 

「耳郎くんっ、乗りたまえ!装備はひと通り持ってきた!」

「飯田……!」

 

 どうして──疑問を抱きつつも、響香はひとまず助手席に滑り込む。こんなときでも左右をきっちり確認したうえで、天哉は車輌を発進させる。

 走り出した車内で、改めて問いかける──と、

 

「ギャングラー出現の報を聞けば、間違いなくきみも出動しようとするのではないかと思ってな!」

「……ふぅん。ウチが怪我治すほう優先したらどうする気だったの?」

「!、あ、いやその……それがいちばん正しい選択だと思うし、ぼ、俺も推奨するつもりでいたわけではないが……」

 

 意地悪く訊いたとたん、しどろもどろになる。そういう場合を、そもそも想定していなかったのだろう──よくわかっているじゃないか。

 

「ま、こういう状況だしね……ウチらが打って出ないわけにはいかないでしょ」

「……うむ、きみならそう言うと思った」

 

 響香は自分より冷静にものごとを見ていて、決して無謀な行動はとらない人間だと天哉は理解している。

 そんな彼女が、やれる……生きて帰れると判断した。それは大いなる安心感を与えてくれる事実でもあった。

 

 

 *

 

 

 

 一対一の戦線は、未だ膠着状態が続いていた。トゲーノの銃撃に阻まれ、ある地点から一メートルたりとも接近を許されてはいないルパンブルー。が、それでも毒針の餌食になっていないのは彼の身体能力と経験ゆえだった。

 

(流石にもう厳しいか……)

 

 人並み外れた頑強な肉体も、流石に寄る年波の影響を受けつつはある。いや、それだって異常な体力であることに変わりはないのだが。

 これ以上ひとりでもたせるのは厳しい──そう感じていたところ、彼が隠れていたビルの屋上から仲間たちが飛び降りてきた。

 

「ブルー、大丈夫!?」

「……来たか、まあまあ早かったな」

「チッ、クソ急いだわ」

 

 実際、パトカーで向かっている響香たちよりいかにして早く到着したかは……彼らの企業秘密である。

 

「昨日のウニ野郎か。何とち狂ってんだ?」

「さあな。だが新たなルパンコレクションを入手したと自己申告してくれた、放っておくわけにはいくまい」

「!、じゃあ警察来る前に──」

「──ソッコーでいただき殺ォす!!」

 

 ほとんど同時に、ふたりは飛び出していた──快盗チェンジも終わりきらないうちに。

 

「おい待て、何を焦っている!?」

 

 無論、警察の邪魔が入らないに越したことはないが──そこまで考えて、炎司ははっとした。彼らは負傷したパトレンジャーと会ってきたのだ、その姿を目の当たりにして何を感じたか。

 

 ゆえに、彼らは焦っていた。無理をしてでも、短期決戦を望んでいたのだ。

 真正面から突っ込んでいくルパンレッドとイエロー。敵の戦術が変わらなければ、トゲーノも戦術を変えることはない。高台に陣取り、ひたすら銃撃を続ける。

 

「ッ!」

 

 そうなればふたりは、そう簡単には前に進めない。先のブルーと同様に横に、時には後退しながら針を避けるしかない。

 だがトゲーノは、慢心ゆえにシンプルな差異を見落としていた。──今度は標的が、ふたつに分かれているということだ。

 

 当然、狙いを分散させなければならなくなり、そのぶんひとりに対して割ける労力は半減する。次第に、接近を許していく。

 

「ほらほら~、こっちだよー!」

「このアマ、舐めやがって!」

 

 ルパンイエローの露骨な挑発もあって、トゲーノはまず彼女を仕留めることにした。多少は近づいてきているが、その分的は絞りやすい。

 肩先を掠める毒針にヒヤリとしながらも、イエローは自身の目論見が成功したと悟った。自分が囮になって、その隙にレッドが一挙に距離を詰める。

 

「ハッ、使えんじゃねえか丸顔!」

 

 流石に飛んでくる毒針はゼロではないが、脅威にはならない程度にまで激減している。このまま一気に……と行きたいところだったが、流石にそれを許すほどトゲーノも愚かではないだろう。となればと一計を案じ、レッドは階段に足をかけたところで進撃を止めた。そのまま寝転び、トゲーノの視界から姿を消す。

 そして、

 

『シザー!9・6・3──マスカレイズ!』

 

 一方、トゲーノはついにルパンイエローに狙いをつけていた。

 

「ちょこまか動き回りやがって……終わりだァっ!!」

「ッ!」

 

 発射される毒針──直撃コース。しかしイエローはあえて逃げなかった。あきらめたのではない。

 

『快盗、ブースト!』

「!?」

 

 戦闘機を模した巨大な盾が飛び出してきて、針を弾き返したのだ。

 

「ハッ、──てめェとは相性が良いみてーだぜ、ウニ野郎?」

「く、クソぉ……!」

 

 そこからは、一気に詰められるだけだった。懐に入り込まれ、ブレードダイヤルファイターで斬りかかられる。それをライフルの銃身で受け止めるも、重みにバランスを崩したところでシザーを叩きつけられ、地面に縫いつけられてしまった。さらにレッドはそのまま、抜け目なくライフルを蹴り飛ばす。

 

──そしてついに、金庫にレッドダイヤルファイターを接触させた。

 

『9・0──9!』

「ルパンコレクション、いただいたァ!!」

 

 金庫内に手を伸ばし、仕舞われていたコレクションに手を伸ばす──刹那、

 

「──がッ!?」

 

 手の甲に衝撃と鋭い痛みがはしり、レッドは思わず呻いた。それでも気力でコレクションは掴みとったが、バランスを崩し、そのまま階段を転げ落ちてしまう。

 

「かかったなァ!」

「ク、ソ、がぁ……っ!」

 

 毒針を強引に引き抜くと同時に、変身が解けてしまう。鋭児郎のときと同様、猛毒が急速に浸透して彼の体力を奪っていた。

 

「てめェ……っ、コレクションを囮に……!」

「快盗を始末するには、これがいちばん手っ取り早いからなァ!」

「……ッ!」

 

 頭上からライフルを突きつけられ、引き金が……というところで、仲間たちが慌てて駆けつけた。ブルーが勝己を助け起こし、イエローが飛びかかっていく。しかしそれは、ふたりの連携というわけではなかった。少なくとも、前者にとっては。

 

「何をしているイエロー!?今は退け、態勢を立て直すんだ!」

「でも、こいつ倒さなきゃ警察が……!」

 

 彼女だけではなかった。勝己までもが再び立ち上がり、戦闘復帰しようとしている。──炎司は愕然とした、彼らがここまで、警察に引き込まれていたとは。

 

「仲間割れは命取りだぜぇ!?」

「きゃっ!?」

 

 不意を打たれ、階段から突き落とされるイエロー。今度こそ凶弾が放たれるかと思われたそのとき、彼女を救ける、しかし決して望んではいない声が響いた。

 

「──動くなッ、国際警察だ!!」

「あ?」

 

 トゲーノに背後から銃口を突きつける、包帯まみれの警察官たち。

 

「飯田さん……!」

 

 来て、しまった。直接の脅威であるはずのトゲーノは、「来やがったなァ警察ども!」と意気軒昂だが。

 

「国際警察の権限において──」

「──実力を行使するッ、行くぞ!!」

 

「「警察チェンジ!!」」

『2号・3号!パトライズ!』

 

 天哉が緑、響香がピンクの警察スーツを装着──パトレンジャーへと変身を遂げる。

 

「飯田、フォーメーション!」

「うむ、任せろ!」

 

 吶喊する2号に自身のパトメガボーを投げ渡し、代わりにVSチェンジャーを受け取る。トゲーノの銃撃を彼が弾き返したところで、3号が跳躍──後方から反攻する。快盗とはまた異なる被弾を恐れない動きに、トゲーノは虚を突かれた。

 

「ぐ……ッ、て、てめェら……!」

「………」

 

 もはや、言葉はいらない。国際警察の権限において、実力を行使する──先ほど告げた、口上がすべてだ。

 

 

 *

 

 

 

 必死の治療の甲斐もあり、切島鋭児郎の容態は安定しつつあった。

 

「よかったですね、患者さん。なんとか持ち直してくれて」

「ええ、さすがヒーローね」

「ヒーロー?国際警察の方じゃないんですか?」

「出向だそうよ。本当は烈怒頼雄斗っていうプロヒーローなんだって」

 

 烈怒頼雄斗──その名を聞いた瞬間、鋭児郎の瞼がぴくりと動いたが、看護師たちは気づかない。

 

「それはそうと、ギャングラーがまた暴れてるみたい。救命の応援がかかるかもしれないって」

「飯田さんと耳郎さん、大丈夫でしょうか?まだ完治してないのに……」

 

 その会話を、鋭児郎は聞いていた。──意識を、取り戻したのだ。

 

 

 同じ頃、塚内直正は鋭児郎の病室に向かっていた。容態が安定して集中治療室から出られたと医師から報告を受けたので、様子を見に行こうとしていたのだ。ただ、まだ眠っていてくれたほうが望ましいとも思った。なぜなら、

 

「切島さんっ、まだ動いたら駄目ですよ!!」

「!」

 

 看護師の必死な叫び声を聞いて、塚内は走り出していた。

 程なく鋭児郎の病室前にたどり着く──と、そこには予想通りの光景があった。

 

「……何をしてるんだ?」

「あ……管理、官……」

 

 看護師たちの制止を振り切り、病室を飛び出そうとしている鋭児郎。その前に立ちはだかる彼の上司の姿に、彼女たちは安堵とばつの悪さが入り交じったような表情を浮かべていた。ギャングラーの話をしていたのを、たまたま目を覚ましたこの新米ヒーローに聞かれてしまった──そんなところだろうと塚内は推察したし、事実その通りだった。

 

 対峙する男の表情に一瞬気圧された様子を見せた鋭児郎だったが、すぐに意を決した様子で口を開いた。

 

「聞きました、またギャングラーが出て……飯田と耳郎が、出動したって……!」

「ああ、その通りだ。──で?きみはどうする気なの」

「どうするって……それは……」

 

 言いよどむあたり、後ろめたい気持ちはあるのだろう。

 

「俺も……出ます!」

「ダメだ」

「ッ、」

 

 自身の声が少なくとも部下には聞かせたことのないような容赦なく冷たいものとなってしまったことを、塚内は自覚した。軽く頭を振って、己を戒める。

 

「管理官として、許可できるわけがない。その身体で……」

「でも、飯田たちだって……!」

「彼らはセーフ、きみはアウト。状態が違うんだから、判断も変わるに決まってる。──命令だ、病室に戻れ」

「……!」

「きみは既に一度命令違反を犯している。その始末もしないうちに二度目……どうなるか、わかるよな?」

 

 こんな脅しつけるような言い方、したくはないに決まっている。半分は信頼関係を犠牲にしてでも部下を止めるため、もう半分は──

 

「……スンマセン!」

 

 深々と頭を下げた鋭児郎は、身体を引きずるようにして走り出した。塚内の横をすり抜けて。

 

「……やっぱりそうするよな、おまえたちヒーローは」

 

 乾いた笑いが、ひとりでにこぼれた。

 

 

 脇目もふらず進む鋭児郎だったが、途上、塚内よろしく自分の様子を見に来たのだろう芦戸三奈とすれ違った。

 

「え、切島!?目、覚めて……ってか、まさか戦いにいくの?」

 

 彼女の気遣わしげな声を聞いては、流石に立ち止まらざるをえない。だが、彼女ならわかってくれるはずだ。あのとき、まっすぐに飛び出していった三奈なら。

 

「芦戸。……俺、漢なんだよ。自分でも馬鹿だと思うけど、やっぱり漢なんだ。やらねェで後悔はしたくねえ……!」

「切島……そっか、そうだよね」

 

 そうつぶやいて、三奈は微笑んだ。その表情を目の当たりにして、ああ彼女も大人の女性になったのだと鋭児郎は感じた。

 

「頑張れ、烈怒頼雄斗!」

「……おう!」

 

 そして再び、走り出す。それからはもう二度と、立ち止まることはなかった。

 

 



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#17 烈怒頼雄斗 3/3

 

 トゲーノ・エイブスとの戦闘。先手を打つことには成功したパトレンジャーの両名であったが、その後は怪我が響き形勢不利に傾きつつあった。

 

「オラァっ!」

「ぐっ!?」

 

 ライフルの柄で強かに殴りつけられ、よろける2号。すかさず至近距離から毒針を撃ち込もうとするトゲーノだったが、前へ出てきた3号がそれを阻んだ。体当たりで銃口を逸らし、パトメガボーで殴りつける。その一撃は確かに命中をとったのだが、

 

「──ッ!?」

 

 叩きつけた際に伝わってくる反動に、彼女はたまらず武器を取り落としてしまった。警察スーツを装着しているとはいえ、戦闘の負担は着実に傷を蝕んでいたのだ。

 言うまでもなく、それは致命的な隙となった。トゲーノの手が3号の首元に伸び、締めあげる。

 

「ヘッ……ボスに喰らった攻撃のダメージが、まだ残ってるらしいなァ?」

「ぐ、うぅ……ッ」

「──耳郎くんを放せっ!」

 

 2号がふらつきながらも突撃すると、トゲーノは「わ~ったよォ!!」と返しながら3号を投げつけてきた。不意を突かれた2号は彼女を全身で受け止める羽目になり、まとめてその場に転がされてしまった。

 

「ヘヘッ、随分頑張ったみてーだがなぁ……死ねよ」

「……!」

 

 ふたりはもう限界だった。一方で手負いの勝己を抱えるルパンレンジャーは動かない。いやルパンイエローが動こうとしたのだが、それをブルーが強硬に制止したのだ。見舞いに行かせるべきではなかったと、彼は後悔していた。

 

 もはや邪魔者もなく、勝利を確信するトゲーノだったが……生憎とまたしても横槍が入った。──「待ちやがれ!」と、勇ましい声。

 そして、

 

『お・ま・た・せ~!オイラが来たからにはもう安心だぜ~!』

「おう……サンキューな、グッドストライカー……!」

「……切島……!?」

「ッ、なぜ来た!?きみはまだ動ける身体ではないだろう!?」

 

 仲間たちの焦燥に塗れた言葉に、鋭児郎は笑みを向けた。死相の浮かんだままのそれは、彼らが言葉を失うほど凄絶だったけれど。

 

「……ヒーロー、だからだよ……!」

「……!」

 

 人々を、仲間を守る。そのために来た。もしもそれが徒花のごとき選択でしかないとしても、手を伸ばすことをあきらめたくはない。

 それが、烈怒頼雄斗の流儀だ。

 

「……ならば、」やおら立ち上がる2号。「俺たちも、力を貸そう……!」

「……ああ。ウチら警察官だって、想いは同じだ!」

 

 燃え上がる。燃えさかる。その熱意を、熱量を、中心点に在るグッドストライカーはひしひしと感じていた。

 

『Très bien!今日の警察はいつもより熱いぜ!』

「おうよ……!いくぜ、警察チェンジ!!」

 

 幸か不幸か、鋭児郎の体調はぎりぎり装着に耐えうる程度にまでは快復していた。その全身を警察スーツが覆う。それでもふらつきそうになる身体を、仲間たちが咄嗟に支えた。

 

「ッ、あんがとなふたりとも……」

「……構わないさ。それよりその状態では、長くは保たないだろう?」

「……ああ……だから、一撃に賭ける!」

 

 ちょうど、グッドストライカーもいる。──最強の、切り札たる形態になることができる。

 

「U号か……でも、」

 

 完全に一体化するとなると、互いが毒を、怪我の痛みを引き受けることになる。それが肉体にどのような影響を及ぼすのかは想像もつかない。

 

「……せっかくグッドストライカーもいるんだ。やってみよう!」

「……ああ!」

 

 それでも彼らは動いた。絆の力でユナイトする三人、悪い結果になるはずがないと信じて。

 1号がVSチェンジャーにグッドストライカーを装填、

 

『1号・2号・3号!一致、団結!』

 

 1号のボディに仲間たちが吸い込まれ、左半身を緑が、右半身をピンクが覆っていく。融合──U号。

 

「ッ、痛……!」

 

 鋭児郎を襲う傷の痛み。一方で天哉と響香も、残る毒素に身体を蝕まれる感覚を味わっていた。

 だがその分、それぞれが元々抱えていた不調については分散され、緩和されることとなった。毒も怪我も、三人で分かち合えばさほどのものではない。

 

「さあ……年貢の納めどきだぜギャングラー!」

「ッ!」

 

 パトレンU号の放つ気迫に、トゲーノは圧倒されていた。敵の数はむしろ減ったにもかかわらず、一気に形勢をひっくり返されたかのような錯覚。

 

「チッ、どうかしてるぜお前ら!付き合ってられるかよ!」

 

 慢心しがちなトゲーノではあったが、引き際に関しては潔い一面もあった。不利を悟り、即座に逃げ出す。それは正しい判断ではあったが、戦闘から身を引いていたはずの快盗がよりにもよってここで割って入ってきた。ブレードダイヤルファイターを投げつけてくるという形で。

 

「ぐわあっ!?」

 

 快盗たちのことを半ば忘れていたトゲーノは、ブレードに身体を切り裂かれてその場に転がった。そのまま弧を描き、主のもとへ返っていく。

 

──投擲したのは、ルパンイエローだった。

 

「おまえ……」

「じゃ、あとよろしくね。お巡りさん!」

「あ、おい……!」

 

 呼びかけには応じず、仲間のもとへ戻っていくイエロー。ダイヤルファイターを借り受けた勝己はともかく、ブルーの反応は芳しくない。今日の彼は特に、警察への援護を良しとしていない様子だった。

 それでも、

 

「ギャングラーは倒さなきゃ、でしょ?」

「………」

 

 ルパンコレクションを手に入れて終わりではなく。それだけは、曲げてはいけない原則だと信じた。

 

 

 そしてその想いを汲み取ったパトレンU号は、いよいよその銃口を標的へと向けていた。

 

「もらったぜ……!」

 

「「「──イチゲキ、ストライクっ!!」」」

 

 グッドストライカーのエネルギーから生成された巨大な光弾が、トゲーノに襲いかかる。喰らいつく。そうなればもはや、彼に救われる途はない。

 

「ぐぎゃあああああああ~!!」

 

 そして絶叫とともに、彼の身体は粉々に砕け散り──

 

「……!」

 

 刹那U号は、身体がすっと軽くなるような感覚を覚えた。怪我の痛みはそのままだが、あのじわじわと全身を蝕まれるような息苦しさと倦怠感がない。

 

「毒が消えた……!」

 

 鋭児郎の──否、毒を受けて苦しんでいたすべての人々の。

 その中には無論、爆豪勝己も含まれている。あの熱血ヒーローめ、と、なんとも言えない表情で彼はこぼすのだった。

 

 

 *

 

 

 

 トゲーノの死に様は、ギャングラー幹部級の面々によっても見届けられていた。彼にルパンコレクションまでくれてやったデストラは露骨にがっかりした様子だったが、

 

「ボス、ラストチャンスをあげても?」

「……まあ、好きにすりゃいい」

 

 ゴーシュの提案に対し、ボスことドグラニオ・ヤーブンはため息混じりに了解を与えた。というより、彼はもうどうでもよかったのだ。法螺吹きのことなど。

 

──しかしいつものプロセスで巨大化復活を遂げた彼は、やはりポジティブシンキングの達人だった。

 

「ボスが許してくれたのか!?」

「……解釈はご自由に。じゃ、私はこれで」

 

 デストラの気持ちをわずかながら理解したゴーシュは、肩をすくめながらこの世界をあとにする。そして残された巨大トゲーノは、意気揚々と暴れ出した。

 

「ッ、またしても……!」

『心配することないぜ、俺がいるだろ~?』

「……だな!飯田、耳郎、まだいけるか?」

「まあ、ギリギリね」

「一気に決着をつけてしまおう!」

 

 そのために必要な戦力。グッドストライカー、そしてパトレンジャーの力の源たる三機のトリガーマシン。それらを、一斉に巨大化させる。

 

『轟・音・爆・走!』

『百・発・百・中!』

『乱・擊・乱・打!』

『一・撃・必・勝!』

 

『警察ガッタイム!正義を掴みとろうぜ~!!』

 

 グッドストライカーを中心として、人型の五体を形成していくビークル群。黒を基調としたボディが、緑とピンク、そして赤で彩られていく。

 

『完成っ、パトカイザー!!』

 

 地上に降り立つ鋼鉄の巨人、パトカイザー。サイレンの音色が、街に響き渡った。

 

 

 *

 

 

 

「機械相手に毒は通用しねえか……ならよォ!!」

 

 巨大化してもトゲーノの戦法は変わらない。ライフルを構え、とにかく撃つ!……ただ、放たれるのは毒針ではなく備蓄している炸裂弾だった。

 

「ッ!」

『痛てててて!』

 

 グッドストライカーのわめき声がコックピットに響く中で、パトレンジャーの面々は一計を案じた。こちらも射撃で応戦すれば、流れ弾で街に甚大な被害が出かねない。

 

「ッ、どうする?このまま突っ込むか……!?」

『それはヤメテ勘弁して~!』

「グッドストライカーはともかく、ウチらが保たないかも……っ」

 

 万全の状態ならともかく、ふたりは手負いなのだから。

 

「──だったら、こいつだ!」

 

 パトレン1号の手にあったのは、新たなVSビークル──トリガーマシンクレーン&ドリルだった。

 

『クレーン!位置について、用意……』

「い、けぇッ!!」

 

『──出、()──ン!!』

 

『伸・縮・自・在!』クレーンが巨大化し、『一・点・突・破!』ドリルがクレーン内部から飛び出す。

 

『おっ、ガッタイム!?』

「おうよ、頼むぜグッドストライカー!!」

『任せとけ~!』

 

 パトカイザーの右腕──トリガーマシン3号が分離し、クレーンが入れ替わりにボディと接続される。同時に、右手の先にドリルが。

 

『クレーン、くれ~。ドリルを借りる~!』グッドストライカーの駄洒落はこの際ご愛嬌として、「「「完成!パトカイザーストロング!!」」」

 

 文字通りの剛腕を手に入れたパトカイザー"ストロング"。その勇姿は、地上で見守る快盗たちの目にも届いていた。

 

「昨日のVSビークルか……」

「………」

 

 警察に取られてしまったという焦りはさほどなかった。いずれにせよ既にトリガーマシンとVSチェンジャーが複数渡っている、まとめて奪えばいいだけの話だ。

 それよりも、強靭さをもって弾丸をものともせず突き進むその姿は、パイロットのひとりでもある切島鋭児郎その人を彷彿とさせる。

 

(……烈怒、頼雄斗)

 

 呼んだことなどないけれども、勝己の脳内にはその名が鮮明に刻み込まれていた。

 

 

 銃弾を弾き返しながら前進するパトカイザーは、ある程度まで距離を詰めたところで右腕を振りかぶった。クレーンが激しく伸縮し、トゲーノを殴る。殴る。殴る!

 

「グハァッ!?」

 

 よろけるトゲーノだったが、さらに至近距離からドリルが襲いかかる。そしてその隙にクレーンがライフルを取り上げ、あっさりと丸腰にされてしまった。そうなるともう、彼にパトカイザーストロングと互角に立ち回れるだけの力は残されていない。

 

「よし、追い詰めた……!」

「一気にトドメだぁ!!」

 

 クレーンの先端部をがばりと開き、トゲーノの身体を挟み込む。──そのまま、吊り上げていく。

 

「は、放せっ、放せぇぇぇ!!」

『ヤダねったら~、ヤダね!』

 

 必殺、

 

「「「パトカイザー・ブレイクアップストライクっ!!」」」

 

 捕縛した標的を──ドリルで貫く!

 

「ぐわぁあああああッ!?こ、コイツは……シヴィ~~~!!?」

 

 どこかで聞いたような断末魔とともに、胴体に大穴を開けられたトゲーノは爆発四散──青空の一部を、紅蓮で覆い尽くした。

 

「任務、完了」

『気分はサイコ~!』

 

 

 *

 

 

 

「さて、切島隊員。きみに処分を言い渡す」

「ッ、」

 

 ごくりと唾を呑み込む鋭児郎。その背後では、天哉たちとジムが固唾を呑んで様子を見守っている。

 

 犯した二度の命令違反。その代償を支払うべきときが鋭児郎には訪れていた。厳粛な顔つきの塚内を見れば、それがいかほどの処分になるかはおおむね想像がつく。我ながら馬鹿をやったと思うが、己の信念を貫き通したのだ。後悔はない……寂しくはあるが。

 

 と、不意に管理官殿がデスクの引き出しから何かを取り出してきた。

 

「……と、その前にこれ」

「へっ?」

 

 鋭児郎が素っ頓狂な声を発するのは無理もなかった。茶色の、表面がちくちくとした毛に覆われた楕円形の物体。これはどう見ても……その、水回りを掃除するためのアレではなかろうか?

 

「タワシだ」

「あっ、やっぱり……つか、どーいうことなんスか!?」

 

 ここでジムが『あっ、私わかりました!』と声をあげた。

 

『データベースによると、これは国際警察日本支部伝統の懲戒、大浴場掃除の刑ではないでしょうか!?』

「そ、掃除……?それって──」

 

 そう、塚内が決めた処分は庁舎内にある大浴場の掃除だったのだ。免職も覚悟していた鋭児郎は、喜び以上に正直拍子抜けしてしまった。塚内管理官、あれほど怒っていたのになぜ?

 

「pinkyに感謝するんだな」

「芦戸、っスか……?」

「ああ、きみを漢にしてやってくれと彼女から何度も頭を下げられた。……18の女の子にそんなことされちゃあね」

 

 冗談めかして塚内は告げたが、三奈は真剣だった。ヒーローは己ひとりでヒーローたるのではない。高めあい、救けあうことで互いをヒーローたらしめるのだ。

 

「……よかったね、切島」

「今後もともに頑張ろう!だが管理官のお怒りも尤もだ、無理は禁物だぞ!」

「お、おう……!」

 

 仲間たちの言葉に頷きつつ、鋭児郎は友人の顔を思い浮かべていた。彼女には本当に、救けられてばかりだ。そして決して見返りを求めてはこない。──ならばこれからもヒーローとして、パトレンジャーとして……漢として。悪の手から、人々を守っていく。その姿を示し続けることこそが、彼女への恩返しになるのではないかと信じる。

 

──そして、塚内の話には続きがあった。

 

「それに、いいモノも貰ったしな」

「?」

 

 急に笑いを噛み殺したような表情になった彼は、「ジム、今転送した画像をモニタに表示してくれ」

『あ、ハイ、りょうか……えっ、コレですか?』

「?」

 

 困惑しながらも、言い付け通りに作業するジム。そうして画像が浮かび上がった途端、首を傾げていたパトレンジャーの面々は呆気にとられていた。

 

「!?」

「これは……」

「昔の……切島?」

 

 黒髪をべたっと垂らした、学生服姿の赤目の少年。幼くはあるが、鋭児郎そっくりである。弟……ではあるまい、肩を引き寄せて彼に顔を赤らめさせているのは、明らかに芦戸三奈その人だ。背景に桜が咲いており、ふたりとも丸い筒を持って写っているあたり卒業式の場景だろうか。

 

「切島くん、その髪は地毛ではなかったのだな!」

「……違和感すごいなあ」

「pinky曰く、高校デビューマンなんだそうな」

「う、うう……ッ」

 

 芦戸のヤツ、庇ってくれたとはいえそんなことを言いふらすなんて!彼女を軽く恨みつつ、鋭児郎は雄英高校入学時の彼女とのやりとりを思い出していた。

 

──ちゃんと切島の中で乗り越えられたら 、その時は教えてね。

 

──高校デビューマンって皆に言いふらすからさ!

 

 ……過去を乗り越えたのだろうか、自分は。

 

(でも、置き去りにはしねえ)

 

 あの頃の弱い自分を、いつまでも連れて前へ進む──乗り越えるというのは、つまりそういうことなのだ。鋭児郎の考えた、新しい烈怒頼雄斗の在り方だった。

 

 

 à suivre……

 

 

 





次回「毒虫」

「やれ、俺の身体だろうが遠慮はいらん」

「撃てるもんかよ、仲間だぞてめえの!」
「……だからだよ」





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#18 毒虫 1/3

地味にエンさん単独お当番回が今まで一回もなかったことに気付いてしまった…スマン新No.1ヒーローよ。あっ、そういや飯田くんもだ…初っ端エアロビじゃあまりにアレなのでもうすぐ無難な回を用意しますが。

私は基本的におじさん苦手なんですがヒロアカのおじさんキャラは好きです。


 

 先の戦闘における隊員たちの負傷も完全に癒え、ようやく通常運転に戻った警察戦隊。

 そのタクティクス・ルームにて、一同は"あるモノ"を取り囲むように見下ろしていた。

 

「クレーンビークルの隙間に、これが?」

 

 ひしゃげ焦げた銀色……だったのだろう数十センチ四方のオブジェクト。──どう見ても、ギャングラーたちの身体のどこかしらに埋め込まれている金庫そのものだった。

 

「ジム、科特研の分析の結果は?」

『それが……地球上には存在しない未知の金属でできているそうです。外部からの破壊は極めて困難ですが、内部からの衝撃には非常に脆いと』

「では、奴らを倒した際に木っ端微塵になるのは、金庫の内側が爆発するからか?」

「……そのあと金庫をもとに再生されるってことは、」

 

 この金庫こそギャングラーの本体──核となるパーツなのではないか?であれば外見的には異形型とそう変わらない怪人たちであっても、やはり人間とは異なるまったく未知の生命体であるということになる。まして、一度跡形もなく爆発四散しているにもかかわらず、数十メートル大にまで巨大化再生するのだ。

 

「まったく別の生き物、か……」

 

 塚内は密かに安堵の息を吐いた。突如として異世界より侵攻してきた、異形の犯罪者集団。彼らのもつ能力の数々には、世代を下るごとに人類に根付いていく異能──個性との類似を感じざるをえない。いつかの未来、膨れあがった力に呑み込まれた人類がああなるのではないかという漠然とした不安が、日増しに渦を巻いていたのだ。

 

 しかし彼ら警察戦隊の急務は、まず目の前の脅威に対処することに他ならない。──そう、今日も。

 

『!!、──南砺区にギャングラー出現との通報あり!』

 

 鳴り響くサイレンの音に、タクティクス・ルームの空気が一気に引き締まる。

 

「……パトレンジャー、出動せよ!」

「「「了解っ!!」」」

 

 

 *

 

 

 

「空~~前絶後のォォォォ!!お宝の力だぜぇぇぇぇイェエエエエエィ!!」

 

 ふざけたシャウトとともに身体を後ろに逸らせ、口から火球を吐きまくるエイに似たギャングラー。その名をマンタ・バヤーシという。結婚式場に突如として出現した彼は、ささやかながら幸福な誓いの時を無残にも炎上させていた。

 

「ジャスティースグボァッ!?」

 

 逃げまどう新郎新婦や参列者たちと入れ違いに光弾が飛んできて、顔面を撃たれた彼は慌てて身を起こして悶える羽目になる。彼が暴れ始めてから約三分後の出来事──迅速に出動したとはいえ、パトレンジャーがこんなに早く到着するわけがない。

 

「だ、誰だァ!!?」

「……世間を騒がす快盗、だ」

 

 そう、つまりそういうことであった。

 

「こっ、こんなに早く快盗に見つかるとはァ!?」

「間が悪ィんだよ、エイ野郎」

「せっかく炎司さんがフレンチおごってくれるところだったのに!珍しく!」

「……おまえは勝手についてきただけだろう。俺と小僧はメニューの研究に行くだけだ」

「~~ッ、だからってー!」

 

 偶然の遭遇であったせいか、快盗たちは気の弛みを律しきれていなかった──元ベテランヒーローであるルパンブルー・轟炎司も例外でなく。

 

「おっと、油断は禁物だぜィエ~~イ!!」

「きゃっ!?」

 

 マンタの両手──手と呼べるパーツは長く分厚い二本の爪しかなく、砲口のような穴が開いているだけだが──からふたつのエネルギー弾が放たれ、ルパンイエローとたまたま居合わせた鳩を直撃する。途端、両者はまるで蝋人形のように硬直する。

 

「イェ~イっ、変わるんジェーーーイ!!」

 

 そして……"彼女たち"に異変が起きた。

 

 イエローがぐるぐると喉を鳴らしながら奇嬌な所作で歩き回り出したかと思えば、鳩が「何これぇ!?」とわめき始めたのだ。

 

「入れ替え成功~イエーーーイ!!」

「入れ替えだァ!?てめェ……」

「イエーース!オレはあらゆるモノとモノの中身を入れ替えることができるのだぁーーー!!」

 

 厄介な能力だ、非人間……イエローのような鳩や、まして生物でないオブジェクトと入れ替えられたらなすすべがない。

 歯噛みするレッドだったが、ここでブルーが予想だにしないことを言い出した。

 

「フン、嘘を言うな。貴様ごときにそのような芸当ができるものか」

「は?」

 

 いきなり何を言い出すんだこのオヤジは?胡乱な目を向けるレッドだったが、轟炎司がなんの考えも根拠もなくそのようなことを言い出すわけもない。ひとまずは黙っていると、マンマはまんたと……もとい、マンタはまんまとノせられてくれた。

 

「何だとぅ~~~!?だったらもう一度やるから見とけっイェーーーイ!!」

 

 彼が「戻るんジェーーーイ!!」とやれば、再びお茶子と鳩の魂が入れ替わった。つまり、元通り。

 

「あっ、も、戻れた……!カモにされるとこだったよ~~……鳩なのに」

「黙れ死ね」

「そこまで言う!?」

 

 ……ともあれ、ブルーの咄嗟の機転が見事にピンチを帳消しにした。マンタはというと、「騙されたーーー!!」と叫びながらその場にうずくまっている。

 

 言い争っていたレッドとイエローは、それを隙と捉えて駆け寄り、マンタを拘束した。口喧嘩そのものは作戦でもなんでもない、ただ目的を達するための連携については群を抜いているのだ──彼ら快盗は。

 

「クソオヤジ!!」

「ブルー、お願い!」

「うむ……!」

 

 マンタの金庫は背中にある。ダイヤルファイターを当てれば、それで目的の8割方は達成だ。その瞬間を現実のものにすべく、ブルーは走り出す。

 

 しかし戦闘は始まったばかりで、マンタの体力は有り余っていた。彼は身体からエネルギーを放出し、その衝撃でふたりを弾き飛ばしてしまう。

 そして、

 

「おまえも~、変わるんジェーーーイ!!」

「ぐっ!?」

 

 エネルギー弾がブルーを直撃する。同時に背後の撮影用照明にも……が、ここで想定外の事態が起きた。

 照明にビームが反射され、なんとマンタ自身を直撃してしまったのだ。──ふたりが、入れ替わる。

 

「な、なんじゃこりゃーーー!!?」ルパンブルー(中身:マンタ・バヤーシ)ががに股でわめく。「こんな身体、ありえねぇーーー!!?」

「ッ、それはこちらの台詞だ!元に戻せ!!」

 

 怒りをあらわに自身の身体に飛びかかるマンタの姿をした炎司。その一撃はルパンブルーにクリーンヒットし、変身はあっさりと解除されてしまった。そのまま吹っ飛ばされて転がったところに……折悪く、パトレンジャーが到着する。

 

「あれは……エンデヴァー!?」

 

 そのエンデヴァーに、ギャングラーが襲いかかっている。事情を知らない以上、彼らにはそうとしか思われない。咄嗟に発砲し、マンタ……もとい炎司に光弾を直撃させてしまう。

 

「ぐッ!?」

 

 炎司が吹き飛んだところで、パトレンジャーの面々はすかさずマンタを庇いに入った。

 

「ご無事ですかエンデヴァー!?」

「え、えんでばあ?そ、それよりなんてことすんだィエェイ!?」

「えっ……」

 

 エンデヴァーらしからぬ口調に早速違和感を覚えるパトレンジャー。しかしそこにギャングラーの姿をした本当の炎司が飛びかかってくるものだから、当然三人がかりで迎撃にかかった。当然、"エンデヴァー"は後ろに下がらせて。今の彼はもうプロヒーローではなく、守るべきいち民間人なのだから。

 

「くっ……邪魔をするな!」

 

 一方、とにかく自分の身体を確保したい炎司。パトレンジャーと戦うこと自体に抵抗はないとはいえ、慣れないギャングラーの肉体をまともに動かすのは困難を極めた。三方向からの攻撃に対処できず、次第にダメージを負っていく。

 その光景を前に誰より憤慨していたのは、他ならぬマンタ・バヤーシ自身だった。

 

「お、お前らなんてことををを……!こうなりゃ、変わるんじぇ──」

 

 能力を発動させかけて、いや待てよと彼は思い直した。ただ今自分の身体は散々にやられている。今、元に戻ったりしたら──

 

「い、痛そうだぜィエェイ……!」

 

 怖じけづいたマンタは、炎司の身体でその場から逃げ出してしまった。パトレンジャーは小さな違和感を覚えたが、今はそうしてくれたほうが良いのも確かで。

 しかし、快盗たちにとっては違った。このままマンタ・バヤーシの身体ごと本当の炎司が葬り去られる──それだけは絶対に避けなければならない。

 

「ッ、クソがっ!!」

 

 こうなれば是非もないと、ルパンレッド・イエローは戦闘に介入することを決めた。パトレンジャーの攻撃を妨害し、炎司を庇うように立ち塞がる。当然、警察の面々には不可解な行動と映った。

 

「なっ……おめェらどういうつもりだよ!?」

「まさか、ギャングラーと手を組んだってワケ?」

「見損なったぞ!!……いや元々信頼していたわけではないが!」

 

 三者から問いただされて、レッドは辟易のあまり舌打ちをこぼした。マンタが逃げ去った以上、これ以上警察と事を構えてもメリットはない。

 

「……てめェらに話すことなんざねーわ!」

 

 VSチェンジャーで足下を撃ち、火花と白煙を散らして一瞬敵の視界を阻む。そうして快盗たちは、なんとかこの場から逃げおおせることに成功したのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、炎司の身体で逃亡したマンタだったが、自分の本来の肉体を置き去りにしてしまったことを早くも後悔していた。何せ人間の身体は、マンタのそれとはあまりに違いすぎた。

 

「な、なんなんだよこの身体ァ……!顎がジョリジョリするし、穴はねェし……なんか臭う気がするぜィエェイ……」

 

 炎司が聞いたら「俺は臭くない!!」と怒り狂いそうなことをのたまうマンタ。さっさと快盗から自分の身体を取り戻さねばと考えつつ、あの戦場に戻るのは躊躇われる。

 どうしたものかとふらふらしていると、不意に何かとぶつかった。同時に「きゃっ」と可愛らしい小さな悲鳴。

 

 慌てて振り返ると、そこには十代半ばの美少女が尻餅をついていた。

 

「痛たたた……」

「おっおい、大丈夫かィエィ?」

「あっはい、だいじょう──」

 

 こちらの顔を見た途端、少女の様子が変わった。元々大きな目を見開き、口をぱくぱくさせている。本来の姿ならともかく、人間と入れ替わっているのだから驚かれる筋合いはないはずなのだが。

 マンタは知らなかった。自分が入れ替わった相手は、かつて日本にその名を知らぬ者のない有名人であったことを。

 

「ま、まさかエンデヴァー!!?うっそマジ、チョーヤバイんですけど!」

「は?え、えん?」

「とっとりま写真~!」

 

 頭ふたつぶんも小柄な少女にぐい、と引き寄せられ、スマートフォンでぱしゃり。

 

「っしゃオラァマジこれ一生の宝物ォ!!あ、クラウドに保存してあとツウィッターとインスタグリムにもあげなきゃ使命感……!」

「??、ちょ、ちょっと待ておまえさっきからなんなんだ?こんなオッサンになに興奮してんだィエィ?」

「エンデヴァーはオッサンじゃないです!!」

「そのえんでばあってのはなんなんだよォ?」

「何って……あなた、フレイムヒーロー・エンデヴァーじゃないですか!!」

「フレイム……ヒーロー……?」

 

 エンデヴァーという固有名詞は知らずとも、マンタも"ヒーロー"については流石に認識している。快盗・警察の両戦隊を除けば、唯一ギャングラー相手に歯向かってくる存在なのだから。

 

(もしかしてルパンブルーって、ヒーローなのかイェイ……?)

 

 なぜヒーローが快盗なんかやっているのかは、この際どうでもいい。それよりもこれは利用できるとマンタは踏んだ。彼は馬鹿だが、考え無しではない。

 

「あ、あのなァ……オレ、実は今記憶喪失なんだぜィエィ……」

「えっ、き、記憶喪失!?どうして……」

「え、えっと……あ、そ、そうギャングラーにやられてな!うん!──ってわけで、その"えんでばあ"について詳しく教えてほしいんだぜイエーーーイ!!」

「こ、こんな、人格まで変わってしまわれて……!もちろん協力しますっ!あっ、そしたら女子ファンクラブのメンバーも召集しないとっ」

「女子……ファンクラブ!?」

 

 早速どこかへ電話をかけ始めた少女を尻目に、マンタは彼女の言葉を脳内で繰り返していた。

 

(ファンクラブってコトは、最初ッからオレに好意的な女のコがいっぱい……!?つまり、人生初のモテ期到来かイエェェイ!!?)

 

 それはマンタ・バヤーシではなく轟炎司……というよりフレイムヒーロー・エンデヴァーへの好意なのだが、ひとまずは自分がちやほやされているというだけで十分なのだった。

 

 



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#18 毒虫 2/3

キラメイジャー、及び小宮くん……ともかく状況が落ち着いて一刻も早く撮影再開できることを祈っております。


 

 見た目には完全に化け物になってしまった轟炎司は、ブルーシートを被せられて街中を疾走していた。当然前は見えないので、爆豪勝己と麗日お茶子に両脇を固められて、である。

 人目はあったがこの超常現代社会、どうにか勘繰られることなくジュレにまでたどり着いた。そこでいったんブルーシートを外し、中へ入ろうとする……のだが、

 

「い゛ッ!?」

 

 扉を通ろうとした途端、炎司は思わず情けないうめき声をあげていた。背中のヒレが横に広がっているせいで、扉に引っかかるのだ。それでも少年たちはぎゅうぎゅうと押し込もうとしてくるものだから、地味に痛くてたまらないのだ。

 

「むっ、無茶をするな貴様ら!」

「チッ、情けねェなクソオヤジ!……横にすりゃ通れるか?」

「……うむ」

 

 ……異形の怪人がカニ歩きで喫茶店に入るさまは、実にシュールであった。

 そのまま椅子に腰掛けようとした炎司であったが、これも背ビレが邪魔なことに気づいて断念した。渋々、床に座り込む。

 

「すまない……苦労をかけた」

「……チッ」

「いやぁ、苦労というか……」

 

 なんとも言えない空気に覆われるジュレの店内。しかしそれも長くは続かなかった。外からこちらに接近してくる声と足音が聞こえたかと思うと、窓越しに人影が浮かび上がったのだ。

 

「!」

 

 はっとした勝己とお茶子は、咄嗟に炎司をその場に寝そべらせ、上からブルーシートをかけた。それ以上の細かな偽装工作を行う猶予はなく、ドアは無情にも開かれる──

 

「こんちは!」

「ッ、ンだコラ今日は臨時休業だ勝手に入ってきてんじゃねえぞクソ髪ィ!!」

「へっ!?だ、だって開いてたし!」

「ちょっと待ってきみ、年長者に対しその口のきき方はないだろう!!敬語を使えとは今さら言わないが、せめてクソ髪はやめたまえ!!」

「飯田……どうどう」

 

 久しぶりに天哉を宥めつつ、響香が皆を代表するようにして前に進み出た。

 

「今日は客として来たわけじゃないんだ。エンデヴァー……店長さんはいる?」

「え、えっと……炎司さんになんのご用ですか?」

「実はさっきギャングラーが現れたんだけど、彼が襲われてて──」

「……あのクソオヤジなら、夏風邪で寝込んでっけど」

「そ、そうそう!店長がそんなだし、臨時休業なんですよー」

 

 鋭児郎たちは思わず顔を見合わせた。あの場にいたのは見間違えようのない轟炎司張本人だった。一体、どういうことなのか?

 そのとき、響香が唐突に「全員動くな!」と声をあげた。鋭児郎たちばかりでなく、勝己とお茶子も思わずその言葉に従ってしまう。なんの脈絡もない命令口調ほど、人は否が応なく聞いてしまうようだった。

 

 そして彼女は、徐に歩き出した。──ブルーシートに覆われた、謎の盛り上がり。視線はそこに注がれている。勝己たちは内心これ以上はないくらいに焦ったが、もはや固唾を呑んで見守る以外に途はない。

 そしてついに、響香がブルーシートと数十センチの距離にまで迫った。これを剥ぎ取られてしまえば一貫の終わり──まあギャングラーに脅されて占拠されたとでも言い張れば、最悪自分たちだけは助かるかもしれないが。

 

「………」

 

 響香が、ゆっくりと両手を振り上げ──

 

 

──パシッと、乾いた音が響いた。

 

「よし、確保」

「……?」

 

 首を傾げる一同に対し、振り返った響香は照れ臭そうな表情を浮かべる。

 

「蚊が飛んでたんだ、羽音が聴こえてさ」

「お、おー……なるほど」

 

 聴力にすぐれた彼女らしいアクション。それでいて恥ずかしそうにしているのもまた彼女らしい。

 拍子抜けする勝己とお茶子であったが、ここで響香が「そういえばこれ……」とブルーシートに目を向けたので、ふたりして慌てて間に割って入る羽目になった。どう考えても「これ何?」と続く流れだったからだ。

 

「触んな、山が崩れるだろーが!!」

「や、山?」

「えっと……そう、ゴミ!ゴミを固めて置いてあるから!ね、ナンならちょっと臭いでしょ?」

「……あ、ああ、そう」

 

 苦しい言い訳だったが、一応はパトレンジャーの面々も納得したらしい。以前のような嫌疑があるわけでもないので、炎司の在室を確認することもなく去っていく。それを見送ったうえで、今度こそきっちり鍵を閉める。

 

「せ、セフセフ……ハァ」

 

 どうにか誤魔化しきれた……多少は不審がられたかもしれないが。

 いずれにせよもう人目もないということで、炎司はブルーシートを剥いで立ち上がった。そして、

 

「……モドルンジェーイ」

 

──…。

 

──……。

 

──………。

 

 

 何も、起こらなかった。

 

「やはり駄目か……」

「ええ……そうすると、能力は炎司さんの身体に移ってるってこと?」

「正確にはあのギャングラーの精神に、ということだろう。原理は知らんが」

 

 つまりマンタを見つけ出して、解除を迫らなければならないということになる。尤も、捜すのはそう困難なことではないだろうが。

 

「しょーがねえな、捜してきてやるよ。あんたの身体」

 

 スマートフォン片手に、そう告げる勝己。「手のかかるおっさんだな」と悪態をつかれるのは不本意だったが、同時に彼の"悪徳でない部分"をまざまざと見た心持ちになった。

 

「……すまない、恩に着る。こぞ……勝己」

 

 素直に感謝の意を述べると、勝己はフンと鼻を鳴らして笑った。珍しいことに、それは嘲笑の類いではないように見えた。

 

 

 *

 

 

 

 マンタ・バヤーシはこの世の春を謳歌していた。

 エンデヴァー女子ファンクラブの会員だという十代から二十代前半の女性たちに囲まれ、ちやほやされる。こんな経験は未だかつてないことであった。

 

「ふへへ……」

 

 意識せずだらしない笑みを浮かべてしまう。──と、傍らから「エンデヴァーさぁん」と非難めいた声がかかり、彼は慌てて表情を引き締めた。

 

「ちょっとぉ、ちゃんと話聞いてますぅ?」

「き、聞いてた聞いてた!つまりオレ様は、押しも押されぬトップヒーローだったってハナシだろィエーイ?」

「ちょっと違いますけどぉ……だいたいそんな感じです」

 

 彼女らの話や動画サイトに残っていた活動映像などから、マンタは"この身体"についての知見を深めていた。当初は人間、それも中年男の身体なんてと忌々しく思ったが、案外と悪くないとも思いつつある。こうして少女たちに囲まれるという益もあることだし。

 

(ヘルふ……ふれ……何とかで悪さしまくるのもいいが、とりあえずは──)

 

「よーし、教えてくれたお礼に今日はこのままデートだイエェェイ!!」

「なんかこのエンデヴァー……解釈違い?」

「でも……」

「これはこれで楽しいかもー!」

 

「イエーーーイ!」と盛り上がる女たちとマンタ。そんなありさまで街を闊歩しているものだから、当然人目につく。まあエンデヴァーの特徴である炎の髭も一般人となった今は燃やしておらず、伊達眼鏡もかけているので彼女たちのようなフォロワーでもなければ気づく者はない。何より、エンデヴァーの引退からは一年以上もの歳月が経過している。

 

──ただそれでも、直接の面識がある者が彼の存在に気づかないはずがなかった。

 

「な、なぁ……あれってもしかしなくても……」

「……エンデヴァー、だね」

 

 そう、ギャングラー捜索を続けていたパトレンジャーの面々である。中身がマンタと入れ替わっているなどとは知るよしもない彼らからすれば、あのエンデヴァーが女の子に囲まれて遊び歩いているようにしか見えない。しかも、仮病でいたいけな少年少女たちを欺いて。

 響香は冷たい眼差しを向けるばかりだったが、天哉はそれにとどまらない。憤怒の表情を浮かべ元トップヒーローを睨みつけている。

 

「なんということを……!彼には妻子がいるはずだッ、離れて暮らしているとはいえあのような不貞は言語道断!!ここで待っていてくれ注意してくる!!」

「ちょっ、待て待て待て!」慌てて押し留める鋭児郎。「き、きっと疲れてんだって、エンデヴァーも……なんか明らかにいつもとテンション違うし」

 

 鋭児郎も一応社会人ではあるが、相手は親子ほども歳の離れた大人の中の大人である。しかもかつてはプロヒーローとして名を馳せていながら、息子が行方不明となり、引退して今ではまったくかすりもしない喫茶店の雇われ店長──気難しい従業員もいることだし、ストレスも少なからず蓄積しているのだろう。そこまで考えて、鋭児郎はたまらず目頭を押さえた。

 

「……ま、そっとしとくか」

 

 響香が率先して踵を返したので、男どもも一も二もなくそれに続いた。しかし彼らの耳にはしっかり届いていた──彼女の「サイテー」というつぶやきが。

 

 

 意図せずパトレンジャーにお目こぼししてもらえたマンタだったが、"彼"との遭遇は避けられなかった。

 

「おい」

「!」

 

 突如前に立ち塞がった見るからに柄の悪い少年。その紅い瞳は敵意を剥き出しにしている。心当たりのないマンタは首を傾げたが、少年の次のひと言がすべてを理解させた。

 

「ツラ貸せや、エイ野郎」

 

 快盗──ルパンレッドも、自分をそう呼んでいた。その共通点だけで十分だった。

 

 

 *

 

 

 

「こんなところに連れ込んで、いったいなんの用なんだィエェイ?」

 

 人気のない路地裏にやってきたところで、マンタは焦れたように目の前の少年に問いをぶつけた。無論、十中八九の見当はついているが。

 

「決まってンだろ」案の定、「元に戻せや。てめェもンなオヤジより自分の身体のほうがマシだろ」

「マシィ?失礼なヤツだぜィエィ」

 

 ギャングラー相手に不遜にも程がある物言いだと思いつつ、マンタはむしろ勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。この場の主導権を握っているのは、間違いなく自分なのだ。

 

「ヤダって言ったら?」

「ア゛?」

「最初はこんな身体と思ったがよォ、コイツ、ヒーローの"エンデヴァー"なんだってなァ?まさかの人生最高のモテ期到来だぜイエェェイ!!」

「……!」

 

 勝己は戦慄した。このギャングラー、炎司……つまりルパンブルーがエンデヴァーであったことを認識している。口ぶりからして元々プロヒーローの知識があったわけではなく、おおかたあの少女たちから聞いたのだろう。

 

「つーわけで、お断りだィエーーーイ!!」

「てめェ……!」

 

 詰め寄ろうとする勝己だったが、その歩は途中で阻まれた。彼が全身に劫火を纏ったのだ。

 

「"ヘルフレイム"ゥ!!」

 

 そのまま腹を空かせた肉食獣のように襲いかかってくる。咄嗟に横に転がって炎を避ける。直接触れることはなかったが、それでも伝わる灼熱が勝己の皮膚を粟立たせた。

 

 そして、その隙にマンタはルパンブルーへの変身を遂げていた。炎の中から飛び出してきた彼は勝己を素通りし、ワイヤーを付近のビルに伸ばして跳躍する。もとより正面から戦うつもりなど毛頭なかったのだ。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に銃口を向ける勝己。引き金を引こうと指に力を込めかけて……躊躇が生まれた。その一瞬のうちに、"ルパンブルー"の姿は視界から消え失せていた。

 

「……ッ、」

 

 言葉も、いつもの舌打ちさえなく。勝己は力なく銃を握る手を下ろした。──撃ったからと言って、止められたかはわからない。しかしそれでも撃つべきだったのだ。快盗で、あり続けるならば。

 

 

 *

 

 

 ダイヤルファイターが、軽快に数字を読み上げていく。

 

 その直後開いた金庫から、お茶子は徐にルパンコレクションを取り出した。

 

「ルパンコレクション、ゲット~……」

「……うむ」

 

 また目的の達成に一歩近づいたのだが、ふたりの声音に喜びは浮かばない。状況を鑑みれば当然のことなのだが。

 

 ともあれ球状のコレクションをしげしげと眺めていると、不意にがちゃりと鍵が回った。今、外から入ってこられるのはひとりしかいない。

 

「………」

「あ、爆豪くん……!」

 

 帰ってきた勝己。彼は「どうだった?」と訊いてくるお茶子をいったん無視すると、そのまま炎司のもとに歩み寄った。

 

「話がある、来いや」

「……いいだろう」

 

 勝己の声は明らかに沈んでいる。喜怒哀楽のうち"怒"の比重が明らかに大きい子供だと思っていたが、感情を抑えるのが不得手なのだ、そもそも。

 どうしてかそれを憎からず思う己に戸惑いながら、炎司は彼に従った。

 

 

 *

 

 

「ハッキリ言う。ヤツぁ元に戻る気はねーんだと」

 

 沈んではいても、こういう一切の誤魔化しをしない姿勢は美徳だと思う。その程度には、炎司も覚悟ができていた。

 

「そうか。……毒虫にでもなった気分だな」

「ンだ、そりゃ」

「カフカの"変身"、知らんのか?」

「知らねえ」

 

 「そうか」と、炎司は応じるにとどめた。グレゴール・ザムザという青年が、ある朝目覚めてみたら巨大な毒虫に"変身"してしまっていた──理由もわからず。不条理の極みのような、古い時代……それこそ個性が顕現する遥か昔の作品だ。若い勝己が知らないのも無理はなかった。

 

 自分もその毒虫のようなものだと、炎司は思う。人語を話せるのが唯一の救いか。

 

「撃つのを、躊躇ったか?」

「!」

 

 一瞬目を丸くしたあと、忌々しげに俯く勝己。それは彼にとっても不本意なことだったのだろう。いずれにしても気持ちは理解できる。

 

「仕方がない。……次は、撃て」

「いいンかよ……死ぬも同然だぞ」

「俺の身体なぞ、欲しければくれてやる。その代わり、ともに地獄へ落ちてもらうことにはなるが」

「………」

 

 毒虫と化したザムザはやがて家族からも見放され、汚れた部屋の片隅で独り朽ち果てていった。自分が同じ末路を辿るとしても、それは不条理などではない。誰を恃むこともなく、慈しむこともなく、力を追い求め続けた男には、十分ふさわしい終焉ではないか。

 

 長らく押し黙っていた勝己は、やがて「……わぁった」と絞り出すような声を発した。

 

「俺が……あんたの身体を撃つ」

「それでいい。……ただ、息子のことは」

「わぁっとるわ。デクの、ついでだけどな」

 

 かまわない。願いがかなうかかなわないか、ふたつにひとつしか道はないのだから。

 

 

 



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#18 毒虫 3/3

4期最終回を飾ったエンデヴァー、カッコよかったぜ…!



 

 轟炎司の身体を乗っ取ったマンタ・バヤーシは、人気のない工場地帯で待ちぼうけを喰っていた。元は炎司の持ち物であるスマートフォンを苛々と睨みつけている。

 

 どれだけの間そうしていただろうか。前触れなく、砂利を踏みしめる足音が耳に入った。

 

「!」

 

 顔を上げるマンタ。──こちらに向かって進んでくる、三つの人影……うちひとつは、怪物。

 

「やっと来たか、そっちから呼んだクセに散々待たせやがって……。いったい何の用なんだァ、──快盗ども?」

 

 快盗──ルパンレンジャー。その代表たる少年・爆豪勝己がマンタと対峙するように前に進み出た。

 

「決まってンだろ。てめェと殺りあいに来たんだよ」

「!、……三人か」

 

 厳つい顔立ちが悩ましげに歪んだ。振る舞いに反し、マンタには案外慎重な側面もあったのだ。尤も本来の身体のときは人間界では敵なしだったので、自信満々でいられたのだが。

 しかし、勝己はかぶりを振った。

 

「ンな年寄りの身体、俺ひとりで片付けたるわ」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、マンタ本体から取り上げたルパンコレクションを見せつける。と、相手の表情が目に見えて愉快そうなモノと変わった。

 

「へぇ、ちょうどいいぜ。この身体とコレクションの力ァ合わせたら、スゲーことになるんじゃねえかって思ってたんだイエーーーイ!!」

「………」

 

 マンタはすぐには変身しないつもりのようであった。全身から炎を噴き出すという、轟炎司生来の力を使って戦うつもりなのだ。確かにこの元トップヒーローの個性、並みのギャングラーなら羨望を抱かずにはいられないほどの破壊力を秘めている。その気持ちはわからないでもない。

 一方で勝己は、あくまで快盗として戦うつもりだった。VSチェンジャーにダイヤルファイターを装填し、キーを回す。

 

「……快盗、チェンジ」

 

 一瞬にして、ルパンレッドへと変わる。きつい顔立ちが真紅の仮面によって覆い隠され、静かに立ち尽くしている姿は普段の爆豪勝己とは別人のようだった。

 

 暫し流れる、風の音。そして、

 

「──イエェェェェイ!!!」

 

 奇声とともに放たれる獄炎。 予期はしていたが、その熱量は想像以上のものだった。距離を置いて対決を見守っているお茶子でさえ、思わず後ずさりせずにはいられないほどで。

 

「すご……っ!これが、エンデヴァーの力なんやね……」

「………」

 

 そう、元トップヒーローの力。言い換えれば、今となってはなんの役にも立たない力。

 

 いずれにせよ地上にいては灼熱から逃げきれないと判断したルパンレッドは、ワイヤーを駆使して空中を飛翔していた。そうして敵を撹乱しつつ、死角が生まれたところで急降下して反攻に打って出る。咄嗟にそんな作戦を考えていたのだが、それは一瞬にして打ち砕かれた。炎を纏ったマンタが目の前に飛んできたことで。

 

「!?、がぁッ!!」

 

 高熱を纏った拳を叩き込まれ、彼はなすすべもなく吹き飛ばされた。そのまま墜落させられ、砂塵を巻き起こしながら地面を転がる。

 

「爆豪くん……!」

「……勝己……」

 

 ルパンレッドに変身している勝己がこうも容易く一撃を喰らうとは。この勝負の行く末に不安を覚える仲間たちだったが、しかし手出しはできない。爆豪勝己という少年は、最後の最後まで自ら決めたことを曲げはしないのだ。

 

 一方のマンタは、不安どころか既に半ば勝利を確信していた。倒れたルパンレッドの背中を踏みつけ、嘲う。

 

「どうだァ、"エンデヴァー"の力は?オレもひと晩使って色々研究したんだぜィエェイ?」

 

 それゆえ、今の自分はエンデヴァー……トップヒーローの力をそのまま使えるのだと、彼はそう豪語している。

 

「クソが……っ、調子に乗んな!!」

「!」

 

 罵声のみならず、ルパンレッドは銃口を向けることでその慢心に応えた。笑みを消したマンタが慌てて飛び退いたところに、頬を銃弾が掠める。本当に掠めただけでなければ、頬肉をごっそりと削ぎとられていただろう。

 

「てめぇ……!」

 

 動揺するマンタ。今の反撃が急所を狙ったものであることは、彼にもわかった。

 やおら立ち上がるルパンレッド──その気迫は、本物。

 

 それを感じ取ったお茶子は、明らかに動揺していた。

 

「ば、爆豪くん……まさか本気で……?」

「………」

 

(……それでいい、勝己)

 

 昨夜、かわした約束。性格に少なからず欠陥はあれ、爆豪勝己という少年は約束を違えることはない。彼は一度決めたことは必ずやりとおすのだと、炎司は知っていた。

 

 焦ったマンタはがむしゃらにヘルフレイムを駆使し、敵を接近させまいとしている。精神的な有利不利は逆転しつつあるといえど、その猛威は衰えることを知らない。攻めあぐねるレッドだが、彼はもう焦ってはいなかった。好機は間もなく訪れると、知っていたから。

 

──そう……炎を発すれば、当然温度は上昇していく。外気だけでなく、その源……つまり、轟炎司の肉体も。

 

「ッ、……ハァ、ハァ……っ」

 

 顔が真っ赤になり、滝のような汗が流れる。息が上がる。体温は既に45℃を越えていた、通常の人間ならとうに死に至っているだろうが個性に合った体質と、長らく鍛練を積んできたことが彼の身体機能を保っている。が、それでも炎を扱う力が弱まっていくことに違いはない。

 

(ど、どうなってやがる……!?)

「……研究っつーのも、随分お粗末だったみてーだなァ?」

「!」

 

 嘲笑の声にはっとすれば、ルパンレッドがじりじりと距離を詰めてきている。勢いが失せつつあるとはいえ、まだ劫火と呼べるものが空間を支配しているというのに。

 

「てめェ……正気かィエェイ!?」

「……ハッ、」

 

「熱に強ぇのは、エンデヴァー(そいつ)だけじゃねえんだよ!!」

 

 炎をくぐり抜け、ルパンレッドはついに目前へと迫っていた。快盗スーツが焼け焦げ、マントに至っては半ば焼失している。そんな極限の状態でありながら、

 

──マンタの胸に、VSチェンジャーを突きつけていた。

 

「俺の、勝ちだな」

「……ッ、は、ハハっ」

 

 いかに屈強な元トップヒーローといえども所詮は生身の人間の身体だ。ゼロ距離から心臓を撃ち抜かれれば果ては死しかない。それでもマンタが笑うのは、ひとえに未だ勝算があるからだ。

 

「撃てるもんかよ……!仲間だぞてめえの!」

 

 仲間、をわざとねっとりした口調で告げる。これまで人間界に潜伏してきて、この世界のヒトどもは仲間や家族といった繋がりを殊更大事にするとマンタは理解していた。仲間の姿をした……否、肉体は仲間そのものなのだ、撃てるわけがない。そう、高を括っていた。

 しかし予想に反して、目の前の快盗はほんのわずかな動揺さえ覗かせることはなく。

 

「う、ウソだろ……仲間なんだろ!?」

「………」

 

「──だからだよ」

 

 仲間だからこそ──勝己は、引き金を引いた。

 

「もっ、モドルンジェェェイ!!」

 

 銃口が鈍い光を放った瞬間、マンタは己の能力を発動させた。精神が再び入れ替わり、互いに本来の宿主が身体に戻る。

 それは、快盗たちにとって最悪の結果だった。目を見開いたまま、炎司が徐に地面に倒れ込む──

 

「う、うそ……」

 

 そのさまを目の当たりにして、お茶子は呆然とするほかなかった。しかし絶望に浸っている暇もなく、隣にいた炎司……否、正真正銘のマンタ・バヤーシが襲いかかってくる。

 

「きゃああっ!」

「ッ、てめえのお仲間イカレてんなァ……まあいい、てめえらもとっとと片付けて跡目争いに復帰してやるぜィエェェイ!!」

 

 ギャングラーのパワーに押し込まれ、ろくに抵抗もできないお茶子。そんな彼女を救ったのは……ルパンレッドでは、なかった。

 

「うぎゃっ!」

 

 光弾がマンタを撥ね飛ばす。そう、光弾──それを放てる者がルパンレッドのほかにいるとすれば。

 

「そこまでにしてもらおうか」

「!?」

 

 なんでてめえが?──その問いが言葉にならないくらい、マンタは動揺していた。

 銃を構えていたのは、心臓を撃ち抜かれたはずのエンデヴァー……轟炎司だったのだ。

 

「てめェが元に戻るとしたら、死ぬ!ってときしかねえよなァ?」

「な、ま、まさかァ……!」

 

 己の右手を晒すレッド。──風穴が開き、流血している。そしてよくよく見れば、炎司の胸元も服が焦げていた。

 

「え、ええっ?手で受け止めたん!?」

 

 慌てて走ってきたお茶子が訊けば、さも当然のことのようにレッドが頷いた。

 

「ま、ぎりぎりの賭けだったけどな」

「ぎりぎりすぎるよ……それに爆豪くん、手……」

 

 勝己の個性がどんなものかは情報として知っているお茶子だった。いくら一年以上使っていなくとも、それを自ら潰すような真似を……。

 

「……そのうち治るわ。それに──」何か言いかけて、「とっととケリつけんぞ。丸顔、──エンデヴァー」

「……おーけー!」

「うむ……!」

 

『ブルー!2・6・0──マスカレイズ!』

 

「「──快盗チェンジ!!」」

 

 ふたりの身体が快盗スーツに包まれ、

 

 

「ルパンレッドォ!!」

「ルパン、ブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

 快盗戦隊──

 

「「「──ルパンレンジャー!!」」」

 

 華麗に名乗りを決めたところで、空の彼方から漆黒の翼が飛来してきた。

 

『グッドストライカーぶらっと参上~!アツい攻防、グッと来たぜ~!』

「だったら力ァ貸せや」

『Bien sûr!やるぜ~!』

 

 VSチェンジャーにグッドストライカー自身を装填し、構える。『グッドストライカー、3・2・1──』と電子音声がカウントダウンを行い、

 

『Action!』

 

 ルパンレッドが、三人に分身を遂げた。

 

「手加減はなしだ。──レッド、」

「わぁっとるわ、ほらよ」

 

 レッドの手からシザー&ブレードダイヤルファイターがブルーに、サイクロンダイヤルファイターがイエローに投げ渡される。どれもVSチェンジャーに装填すれば一撃でギャングラーを葬り去ることのできるもの、──快盗たちは手加減などするつもりはないのだ。

 

「さ、させるかイエーーーイ!!」

 

 流石にまずいと思ったのか、電撃を放って妨害にかかるマンタ。しかし武器の顕現を許してしまった以上、それは無意味な抵抗でしかない。

 

『シザー!』

 

 前面に出たルパンブルーがシザーを盾に、電撃を防ぎきってしまう。

 

「な、何ィ!?」

「俺たちの焔……見せてやる!」

 

 サイクロン、ブレード──そしてイタダキストライク。三つの快盗ブーストがひとつとなり、巨大なエネルギーの塊となってマンタを容赦なく呑み込んでいく。

 

「た、たすけ……ィエェェェェェイ──!!?」

 

 耐えきることなどできようはずもなく。マンタは金庫を残して跡形もなく消滅してしまった──爆炎とともに。

 

 しかし間髪入れず、"彼女"が姿を現す。

 

「マンタ……今度は女にうつつ抜かすんじゃないわよ」

 

 ゴーシュ・ル・メドゥ。彼女の所持するルパンコレクションの能力により、金庫の残骸にエネルギーが注ぎ込まれ──

 

「──復活ゥイェェェェイィィ!!!」

 

 街のビル群を優に越えるほどの巨体を得て復活したマンタ。その姿は、捜索を続けていたパトレンジャーの面々によっても目撃されていた。

 

「ギャングラー!?」

「なぜ巨大化を……」

 

 その原因はすぐにわかった。巨大マンタの目前に、快盗の巨大ロボット・ルパンカイザーが顕現したのだ。

 

「快盗が倒した、らしいね」

「マジか……手ぇ組んでたわけじゃなかったんだな」

 

 ただお宝を盗む対象としてだけでなく、ギャングラーに対し敵愾心を明確にしている快盗たち。天哉ではないが、そういう意味では信用してもいい連中なのだと、鋭児郎は改めて思った。

 

 

「イエーーーイ!!」

 

 先手必勝とばかりに電撃を放つ巨大マンタ。しかしルパンカイザーは横っ跳びでそれをかわし、右腕のガトリングを撃ち込んだ。

 

「痛てててて!!しっ、しかしこれならィエェェイ……!」

 

 マンタは奥の手を披露した。──飛んだのだ、ずばり。

 

「てめェ飛べんのかよ!?」

 

 ルパンレッドが思わずそう突っ込むのも無理はなかった。しかし空気が弛みかけたところに、マンタが四方八方から電撃を飛ばしてくる。流石にこれをかわしきることはできず、コックピットを震動が襲った。

 

「ぐ……っ」

「あ……炎司さん、大丈夫!?」

 

 炎司──ルパンブルーは既に満身創痍と言うほかない状態だった。身体を乗っ取っていたマンタが反動も考えずにヘルフレイムを乱発してくれたおかげで、体温は上昇したままだ。

 

「ッ、問題……無い!」

 

 それでも彼がそう言い放つのは、あまりに予想通りのこと。かつてエンデヴァーであり、それを抜きにしても圧倒的最年長者であるという矜持が彼を突き動かしている。

 しかしいずれにせよ、長期戦は避けたい。なんとか状況を打開しなければ──考えを巡らせていたらば、すぐにチャンスがやってきた。ルパンカイザーが弱ったとみたのか、マンタはわざわざ真正面から急降下してきたのだ。

 

「……アホかよ」

 

 次の瞬間、ルパンカイザーはガトリングを撃ち込みにかかっていた。弾丸に怯んでマンタの進撃が止まったところで、左腕──イエローダイヤルファイターの丸ノコで身体を切り刻む。

 

「ぐぎゃあああああっ!!?」

 

 一気に後方へ吹っ飛ばされるマンタ。完全に判断ミスだったわけだが、彼はすぐに立ち直った。その切り替えの早さもギャングラーのギャングラーたる所以なわけだが。

 

「こうなったらァ、ロボとビルの中身を入れ替えてやるぜィエェイ……!」

「!」

 

 構えをとろうとするマンタだったが、快盗たちは既にその手を読んでいた。すかさずブルー、イエローが、レッドから預かっていたダイヤルファイターを装填する。

 

「腕には腕だ。──行くぞ!」

 

『シザー!』

『サイクロン!』

 

『Get Set……Ready Go!!』

 

 巨大化した二機はマンタに突撃して"変わるんジェーイ"を妨害すると、そのままルパンカイザーの両腕となった。

 

『完成!ルパンカイザー"サイクロンナイト"~!』

 

 右腕をサイクロン、左腕をシザーが構成する新たなる騎士。グッドストライカーを基幹としている我らがVSビークルは、様々な組み合わせで合体することができるのだ。

 

 マンタの稚拙な作戦を完璧に叩き潰した以上、これ以上の戦闘継続には意味がない。──次は、マンタ自身を叩き潰す。

 

「決着をつけるぞ、グッドストライカー」

『Oui!いくぜ~!』

 

 サイクロンナイトの両腕に、エネルギーが充填されていく。

 そして、

 

『グッドストライカー・撃ち抜いちまえフラッシュ~!!』

 

 サイクロンから放たれた旋風がマンタを巻き上げ、身動きがとれなくなったところでブレードのエネルギー体がその身を容易く貫く。それはまぎれもない、致命的な一撃に他ならなかった。

 

「ぐァああああッ、こ、これじゃあ遺影になっちまうィエェェェェェイ──!」

 

 爆散。

 背を炎に照らされて、快盗の帝は美しく佇んでいた。数秒後には、グッドストライカーとダイヤルファイターに分離して颯爽と去っていったのだが。

 

 

 *

 

 

 

 針の筵とはまさにこのことかと、轟炎司は身につまされていた。

 

 マンタ・バヤーシを打ち倒したその翌日、開店早々ジュレに乗り込んできたパトレンジャーの面々。炎司は彼らによって問答無用で取り囲まれ、詰められていた。それも快盗疑惑に関係することではなく。

 

「ま、まあ……色々あるんでしょうし、たまには羽目外したくなるのはわかるんスけどね?」

「だからといって、妻子ある身でありながら複数の女性と遊び歩くなど!まして、仮病を使って!」

 

 炎司はぎりりと奥歯を噛んだ。己の身体を乗っ取ったマンタの所業については、昨夜のうちに勝己から嫌というほど聞かされている。なんならもういいと自室に逃げ込もうとしたのだが、階段をお茶子に塞がせてまで。

 

「なんですか、その不服そうなお顔は!何か申し開きがありますか!?」

 

 建物を震わせるような天哉の大声。取り調べには有用そうな威圧感を放ってはいるが、育ちのよさを隠しきれていないとも感じる。そういえばこの青年はあのインゲニウムの弟なのだ。

 そのお坊ちゃんに対し、元トップヒーローは、

 

「……誤解だ」

 

 そう返すのが、精一杯だった。

 

「誤解……ですか」冷たい目で見下ろしてくる響香。「浮気男って、たいがい最初はそう言うんですよね」

「ッ!」

 

 進退窮まった炎司は救いを求める視線を仲間の少年たちに送ったが、彼らはすかさず背中を向けてそれをかわした。腹立たしいことに、揃って肩を震わせているありさまだ。

 

(ギャングラーめ……!)

 

 許さん。駆逐してやる、一匹残らず。必ず!

 

 憤懣と屈辱に塗れた元トップヒーローは、改めてギャングラーを殲滅することを決意した。

 

 

 ……エンデヴァーガチ勢の少女たちの口の固さのおかげで、このことは世間に知られることなく闇に葬られたのが不幸中の幸いであった。

 

 

 à suivre……

 

 





次回「コレクションの秘密」

『オイラって、なんて罪なコレクション~!』


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#19 コレクションの秘密 1/3

小宮くん、退院おめでとう!このまま無事に復帰してくれることを祈るばかりです。


 

 ずず、と茶を啜る音が響く。

 

 国際警察日本支部に設置された対ギャングラー特務隊、警察戦隊パトレンジャー。その本拠となるタクティクス・ルームといえば常に厳粛な雰囲気に包まれていると思われるだろうが、実際にはどうにもひと癖ある──皆、善良かつ強い使命感をもっていることに疑いはないが──メンバーで構成されているわけで。

 

「ジム、ギャングラーの目撃情報は?」

 

 その中では常識人の耳郎響香が訊く。と、機械でできた身体の事務員がいそいそと立ち上がった。

 

『日本警察のほか各ヒーロー事務所からの情報も収集していますが、今のところ入ってきていません』

「そう……」

 

 ギャングラーの構成員総数は目下不明だが、これまで倒された者も含めると百体前後はこちらの世界に潜伏しているのではないかと言われている。もう少し正確な情報が欲しいとは常日頃思っているが、圧倒的な殺傷能力をもつギャングラーを相手には迂闊に近づけず、諜報も機能しがたいのが正直なところだった。

 

「ま、それでも何事もないに越したことはないさ。平和が一番」

 

 緑茶の独特の風味を楽しんでいた塚内管理官がのんびりとした口調でつぶやくものだから、響香は思わず苦笑いを浮かべた。この上司、切れ者には違いないのだが平時はわざと昼行灯らしく振る舞っているようなふしがあるのだ。

 

──と、外出していた隊員たちが帰ってきた。

 

「戻りましたっ!本日も異常ありません!」

「ああ、お疲れ様。飯田くん、切島くん」

 

 飯田天哉と切島鋭児郎──後者は正規の警察官ではなく、プロヒーロー・烈怒頼雄斗でありながら出向という扱いで警察戦隊に籍を置いている。それにしては当初から妙に馴染んでいたわけだが、本人の人徳以上に理屈では説明できない何かがあると響香は思う。しかも鋭児郎の友人であるヒーロー・pinkyこと芦戸三奈、果てはジュレの少年たちにも同じものを感じるのだ。

 それは何か、とても大切なものだと思われてならないのだが、さりとてどう結論付ければよいのかわからず宙ぶらりんのままだ。そうして結局は波まかせになっている。まあ、それもまた人生なのだと自分に言い聞かせて。

 

「異常ナシ、かぁ……。こういうときこそ、こっちからアクション起こせりゃいいんだけどな。快盗みてーに」

「ム……確かにな。奴らの情報網は侮れない」

国際警察(ウチら)以上に知り尽くしてるわけだしね。いったい、どんな組織がバックについてるんだか……」

 

 そしてその組織は、なぜ快盗たちにルパンコレクションを集めさせているのか。国際警察としては、そちらも追及しないわけにはいかない。やはりルパンレンジャーの逮捕も、早急に為さなければ──

 

 隊員たちを眺めつつ、塚内はフッと息を吐いた。内容もさることながら、若者たちが使命感を露にしているさまを見るのはなかなかに楽しい。自分も国際警察にやって来る数年前まではそうだったのだ。

 彼らの熱意に報いるべく管理官としてできることは沢山あるが、ひとまずは茶でも淹れてやろうか。そう思って腰を上げた矢先、

 

 突然、庁舎全体を激震が襲った。

 

「うおおっ!!?」

「なっ、何事だ!?」

 

 地震でないことはすぐにわかった。震動と同時に何か、瓦礫が地面に落下するような轟音が響いたからだ。この庁舎は耐震性にもすぐれているので、揺れはじめると同時に崩壊するなどありえない。

 とるものとりあえず窓から外に身を乗り出した一同が目の当たりにしたのは、とんでもない()だった。

 

「あれは……!?」

 

 もふもふとした漆黒の毛皮に覆われた身体。妖しく光る一対の瞳。全体としては羊に似ているが、人間のシルエットは残した異形の姿。……何より、国際警察の庁舎を越える巨体。

 

「あいつ、芦戸たちと一緒に戦ったときのギャングラーか……!?」

「……でも、色が違う。別個体?」

 

 オドード・マキシモフ──に瓜二つのギャングラー。彼が両戦隊に知られぬままルパンカイザーに踏み潰されて死んだオドードの兄、アニダラ・マキシモフであることなど当然知るよしもない。まして、なぜ突然巨大化復活を遂げたのか──

 

──それは、本人でさえも判然としていないことであった。

 

「こ、ここは……どこだ?俺は一体──」

 

 あちこちを見回しながら、街を構成するビルの群れのほとんどが自分より小さくなってしまっていることに困惑している。それは国際警察にとっては不幸中の幸いだった。彼が即座にアクションを起こしていたらば、庁舎は完全に破壊されてもおかしくなかったのだ、パトレンジャーもろとも。

 そうはならなかったことで、変身したパトレンジャー三人が庁舎の外に飛び出してきた。職員を避難させつつ、巨大アニダラの姿を見上げる。

 

「奴が状況を認識する前に排除するぞ!」

「ああ!」

「おう!」

 

 トリガーマシンを装填する三人。──と、そこに漆黒の翼もやって来た。

 

『グッドストライカーぶらっと参上~!なんだか大変なことになってるな!』

「おっ、よく来たグッドストライカー!協力してくれ!」

『えっ、何ナニこのあったかい感じ!?』

 

 頼られるとグッと来てしまう性質のグッドストライカーは、二つ返事でパトレンジャーへの助力を承諾した。というか元々、そのために飛来しているわけだが。

 

 

 そうして数秒後には、アニダラの面前にパトカイザーが立ちふさがっていた。

 

「あ?なんだァ、お前ら?」

「おめェが壊した建物で仕事してるモンだよ!」

 

 よくもやりやがってと、問答無用でアニダラに襲いかかるパトカイザー。左腕のトリガーキャノンで牽制しつつ、一気に距離を詰めて右腕のトリガーロッドを叩き込む。パトレンジャーにとってはよく慣れたオーソドックスな戦法だが、それゆえに効果も大きい。

 

「ッ、なんだか知らんが……このアニダラ様、売られた喧嘩は買う主義だあ!」

 

 棍棒を振りかぶってパトカイザーを下がらせると、アニダラは毛皮の隙間に潜ませたミサイルを発射してきた。他の露骨に怪物然としたギャングラーと比べれば愛らしさを感じさせなくもない彼だが、オドードともども名乗っていた破壊王クラッシュ・ブラザーズの称号は伊達ではない。その身は武器庫そのものなのだ。

 

 が、短期間のうちに対ギャングラーの戦闘経験を積んできたパトレンジャーの面々にとって、アニダラは特別な敵ではなかった。

 

「そんな攻撃!」

 

 機動力を活かして直線的に迫るミサイルを回避するパトカイザー。かなり余裕をもってかわされてしまったことにアニダラは驚いたが、次の瞬間、双方がさらに驚愕する事態が起こった。

 アニダラの胸元の金庫が鈍い光を放ったかと思えば、ミサイルが軌道を変えてパトカイザーの四方八方から喰らいついてきたのだ。

 

「ッ!?」

 

 予想だにしない攻撃だったが、それでもパトレンジャーは動いた。パトカイザーを後退させつつ、キャノンでミサイルを迎撃にかかる。それは十分迅速な対処だったのだが、ミサイルはまるで意思をもっているかのようにこちらの砲弾を避けながら迫ってくる。結局彼らは砲による撃墜をあきらめ、至近距離にまで潜り込まれたところをトリガーロッドで叩き落とす戦法に切り替えた。衝撃にコックピットが揺れるが、本体へのクリティカルヒットはない。元々頑丈なVSビークルだ、これならまだまだ戦える。

 

 だが、ここで突然グッドストライカーの様子がおかしくなった。『ま、まさか……!?』というつぶやき。明らかに焦っている。

 

「グッドストライカー?どうし──」

「切島くんっ、次が来る!」

「!」

 

 ミサイルはまだまだ飛んでくる、身を守りつつ、本体に対し射撃返しを敢行する。市街地ど真ん中での激しい銃撃戦、グッドストライカーが何事かわめいているが、気にかけている余裕はなかった。

 

『攻撃をやめて「負けるかぁぁぁぁぁ!!」イヤァァァ!?』

 

 彼の叫びは誰に聞き届けられるでもなくかき消される。このままではアニダラが倒されてしまう!慌てたグッドストライカーは、焦燥のあまり極めてラディカルな行動に出た。土壇場で、合体を強制解除してしまったのだ。

 

「なっ……何してくれてんだあああ!!?」

 

 自業自得……というにはあまりに無体な強制終了。これでアニダラは自由の身になってしまうかと思いきや、そうは問屋が卸さなかった。

 ルパンレンジャーの操るダイヤルファイターが三機、戦場に飛来したのである。

 

「快盗……!まさか、奴らが来たから合体を解除したのか!?」

 

 当たらずしも遠からず。

 

 いずれにせよ快盗たちが到着したことは、グッドストライカーにとって僥倖に違いなかった。

 

『快盗~!』

「チッ……おいコウモリ野郎、なんでコイツ巨大化してンだ!?警察が殺ったんか!?」

『いっいや、そんなコトは……それよりアイツの金庫、コレクション入ってるぜ!』

「!」

 

 つまり、コレクションごと爆死したわけではない?──疑問は残りつつも、当惑は一瞬にして吹き飛んだ。

 

「ええっ、ど、どうしよ……」

「戦いながら考えるほかあるまい。とにかく、合体だ」

 

『快盗、ガッタイム~!』

 

 完成、ルパンカイザー。空中で誕生した鋼の巨人は、標的めがけて一気に降下していく。

 

「モホッ!?こ、今度はなんだあ?」

 

 状況も掴めぬまま、次から次へと襲いかかってくる敵。困惑しつつも応戦する気満々でいるアニダラだが、ルパンカイザーは強力だ。サイクロンにシザー&ブレードというカードもある。このまま真正面から戦えば、勝負は見えている。

 

──しかし、彼らが撃ち合うことはなかった。

 

「モホッ!?」

 

 突然、アニダラの背後にブラックホールが現れた。その出現に気づくと同時に、彼の巨体はなんの抵抗もなく吸い込まれていってしまう。

 

「……!?」

 

 ルパンカイザーが着陸すると同時に、アニダラの姿は完全にかき消えていた。まるで最初から何事もなかったかのように、街は静寂を取り戻している。

 

「……どう、なっとるん?」

 

 そんなつぶやきのあと、待てど暮らせどアニダラが現れることはなかった。

 

 

 *

 

 

 

 ともかくも戦闘が終了してしまったので、パトレンジャーの面々はいったんタクティクス・ルームに戻った。破壊されたのは庁舎のごく一部だったので、崩壊の危険があるエリアを除いては通常通りに業務が再開されている。いつまたアニダラが現れるかわからない以上、やむをえない措置であった。

 

『突如現れた巨大ギャングラーは、科特研で保管していた残骸が巨大化したものと思われます』

 

 パトレンジャーが戦っている間にも、ジム・カーターによる情報収集と分析は進められていた。

 巨大化──つまり、ゴーシュ・ル・メドゥの仕業か?しかしそうなると、疑問が湧いてくる。

 

「奴が庁舎内に侵入したということか?」

『わかりません……調べたところセキュリティに異常はなく、侵入経路も不明です』

「っていうか、警備をかいくぐって侵入できたとして、どうしてギャングラーの残骸が科特研にあるってわかったんだ?……いや、そもそも知らなきゃ侵入しないか?」

 

 アニダラの残骸の所在を、ゴーシュはあらかじめ知っていた──そこから見えてくる事実は、ひとつ。

 

「──何者かが、情報を漏洩している」

「……!」

 

 塚内の口調には確信がこもっていた。ギャングラーの侵入といえば、以前にもあった。あのときのギャングラーも、極秘裏に本部から送られてきたVSビークルのことを知っていて、標的としていたのだ。

 

「その件についての調査はこちらでする。きみたちはきみたちの任務を……ギャングラーを倒せ」

 

 戦力部隊である以上、現段階でできることはそれしかない。──ただ、身内を疑いながら職務に当たらねばならないというのがつらかった。

 

 

 *

 

 

 

「やはり、奴の情報は正確だったな」

 

 鬱蒼と闇に包まれた森の中で、デストラ・マッジョは渋い口調でつぶやいた。彼の隣には、気だるげにため息をつくゴーシュ・ル・メドゥの姿もある。

 そして、

 

「復活させていただき、ありがとうございますっ」

 

 二体が豆粒ほどに見える巨体でありながら、恭しく頭を垂れるアニダラ・マキシモフ。彼はゴーシュの助力により彼らの根城たる世界に転移していたのだ。

 

「高くつくわよ、デストラ?」

「……わかっている。それよりアニダラ、金庫を開けてみろ」

「?、はい」

 

 唯々諾々と金庫のロックを解除する。開いた中身を認めて、デストラはフンと鼻を鳴らした。

 

「思った通りだ。──俺のコレクションをくれてやる。そいつを使えば、おまえの攻撃の命中率は飛躍的に上昇する。オドードの仇もとりやすくなるだろう」

「!」

 

 オドードの名を出した途端、アニダラの鼻息が目に見えて荒くなった。憤激と感謝が同時に現れる、忙しい奴だとデストラは思った。

 

「感謝しますっ、デストラさん!!」

 

 揚々といずこかへ去っていくアニダラ。その地響きを直に感じつつ、デストラは考え込むような仕草を見せる。当然、彼は善意の類いで動いているわけではない。

 

「自分のコレクションをあげちゃうなんて、豪気だこと。それとも、そんなに大事な実験ということかしら?」

「……ああ、これではっきりした。ルパンコレクションは元々、こちら側の世界で造られたものだ。()()()()()人間に使えるシロモノではない」

「じゃあ、快盗や警察が使っているのは?」

「………」

 

 

「──あの世界の人間が使えるように、何者かが手を加えたものだ」

 

 



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#19 コレクションの秘密 2/3

 

 異世界へ逃亡されてしまった以上、警察戦隊の情報網にアニダラが引っかかることはなかった。タクティクス・ルームにとどまったまま、隊員たちはじりじりとした焦燥の時間を過ごすよりほかにない状況が続く。

 

「──異世界に逃げたにしても、あんな忽然と消えるなんて……」

「やはり、奴の復活からして仕組まれていたと考えるべきか。だが……」

 

 巨大化復活させる以上の干渉をしてこなかったゴーシュが、なぜアニダラに対してはそれほどまでに手厚い支援を行うのか。背後にデストラがいるという事情は当然彼らにはわからないし、"ルパンコレクションの秘密を解明する"というその目的などもってのほかである。単純明快な欲望とはかけ離れた動きは、ただただ不気味だった。

 

 長期戦も覚悟しなければならないかと思い始めた矢先、唐突に事態は動いた。

 

『モホホホホホ……!』

「!?」

 

 突如、四方八方から響く笑い声。何事かと周囲を見渡していると、室内のモニタというモニタに漆黒の羊獣人の姿が映し出された。

 

「ギャングラー……!?」

「ジム、ハッキングか?」

『い、いえっ、ネットワークは正常です!』

 

 ならばギャングラーの能力か?そういえば白い奴──つまりオドードの能力も、毛玉を使って音声を自由に操るものだった。

 

『モホモホ、モホッ……あ、繋がった。モッホン!パトレンジャーに告ぐ、お前らに決闘を申し込む。今日の15時、因縁の八神山にて待つ!来なかったら、麓の街を……モ~ッホッホッホッホ!!』

 

 言いたいことだけ言って、アニダラの姿は高笑いとともに消え去ってしまった。モニタが正常に戻り、室内に静寂が訪れる。

 念のためセキュリティ・チームへ連絡して対策をとるようジムに指示すると、塚内は隊員たちに向き直った。

 

「……また罠という可能性も無いではない。ここはひとつ、こちらも策を講じる必要があるな」

「策、っスか?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべる管理官殿。元々童顔の持ち主であるだけに、そういう表情をしているとひと回りも年長の上司であることを危うく忘れてしまいそうだった。

 

「巨大化したギャングラーと真正面から戦うなら、パトカイザーが必要だ。だが、トリガーマシンはきみたちの手元にあるからいいとして、ひとつ課題がある」

「……グッドストライカー、ですか?」

「そうだ。彼は気まぐれなようだからな、こちらに味方してくれるとは限らない」

 

 ただでさえ、今は快盗のもとに身を寄せている可能性が高い。しかし三人とも万全な状態で、快盗たちに戦闘を委ねるなどありえない。彼らには警察としての矜持があった。

 

「快盗──彼らを利用する。今まで散々してやられてきたんだ、たまには意趣返しもいいだろう」

「意趣返し……」

 

 三人──とりわけ天哉は渋い表情を浮かべたが、塚内から具体的な作戦説明を受けて最後には了承せざるをえなかった。現状、切れるカードは少ない。その中にあって市民を守るという困難な使命を遂行せねばならないのだ、手段など選んではいられなかった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、グッドストライカーを一時的に手中に収めたルパンレンジャー。ジュレに引き取った彼らは、アニダラの持つルパンコレクションを奪取する方策を考えていた。

 

「でもあんなおっきい金庫から、どうやってコレクション取り出せばいいんだろ……?」

「別に、いつもと変わんねーだろ。ダイヤルファイターで鍵開けて、ルパンカイザーで()る」

「問題は、どうやってギャングラーを見つけ出すか……だな」

 

 と、そのとき、インテリアと格闘していたグッドストライカーが口を挟んできた。

 

『どうやってって、頑張って捜すしかないんじゃない~?』

「!、………」

「……呑気かよ」

 

 一同眉を潜めるが、このおしゃべりコレクションはそんなこと気にもとめない。『だってそれしかないだろ~?』とのんびり返してくる。勝己の眉間に、ますます皺が寄った。

 

「てめェ……前から思ってたけど、何がしてーんだよ」

『何って……オイラはただルパンコレクションを守るって使命を果たそうとしているだけさ』

「──じゃあなんでサツどもに味方してんだッ、ア゛ア!!?」

 

 いきなり勝己が怒号を発するものだから、グッドストライカーは思わず翼をすくめた。振動がシャンデリアをわずかに揺らす。

 

「ちょっと爆豪くん、そんな怒鳴らんでも……」

「……コイツが連中に味方したせいで、またコレクションぶっ壊されそうになったんだぞ。余程の理由が無きゃ、ただじゃおかねえ」

 

 言葉は荒々しいが、勝己の気持ちはお茶子にも……もちろん炎司にもわかった。コレクションを破壊された──結局未遂に終わったが──、その光景を目の当たりにした瞬間の、世界が音をたてて崩壊していくような絶望を思えば。

 この場に味方がいないとわかったグッドストライカーは、ばつが悪そうに『……だって、グッと来ちゃうんだもん』とつぶやく。もはや呆れしかなかった。

 

「ハッ、ンなこったろうと思ったわ。……くだらねえ」

『……!』

 

 漆黒の翼が、ぶるぶると震えはじめるのがわかった。

 

『な、なんだよ……自分たちばっか深刻になりやがって……』

「ア゛?」

『お、オイラだって……オイラだって~!』

 

 涙声で叫んだかと思うと、グッドストライカーはそのまま店を文字通り飛び出していってしまった。

 

「ああ、行っちゃった……」

「……チッ」

「仕様のない奴だ」

 

「──確かに、困ったものですね」

「!、………」

 

 いるはずのない四人目の声が背後から投げかけられたのだが……快盗たちにとって、それはもはや驚くべきことでもなんでもなかった。"彼"はおそらく自らの個性を利用して、いつも唐突に姿を現すのだ。

 

「黒霧か……いつでも神出鬼没だな」

「それはどうも」

 

 褒めてはいない。

 

「つーか、あのコウモリ野郎はなに考えてンだよ?」

「そうですね……」勝手に座席を占めつつ、「私の知る限りでは、アルセーヌ様の願いを守ろうとしているのかと」

「?、アルセーヌ、って……」

 

 自分たちの主筋……ルパン家の創始者である、稀代の大怪盗。そんなことは今さら聞くまでもないが。

 

「グッドストライカーは、大怪盗アルセーヌ・ルパンが自ら造り出したコレクションなのです」

「!」

 

 耳を傾けはじめた快盗たちに対して、黒霧は語った。アルセーヌは、収集したルパンコレクションの一部を人間でも使えるように改造した。その初めての成功例たるグッドストライカーを、それはそれは大切にしていたのだと。

 

──グッドストライカー、きみは他のコレクションを強くする、不思議な力をもっている。

 

──その力で、私のコレクションたちを守ってやってくれ。

 

 

 頼んだよ──

 

 

「……その願いが、いつの日にかグッドストライカーに意思をもたらした。そう聞いています」

「………」

「そっか……グッと来ちゃったんやね、アルセーヌさんの願いに」

 

 しみじみつぶやくお茶子。"グッと来る"は、彼の唯一無二のアイデンティティと言うべきものなのだろう。

 

「気分屋な厄介者ではありますが……あれはあれで、意思をもってしまったがゆえの苦しみを抱えているんですよ」

「……はっ。ンだよそれ」

 

 嘲るように息を吐いた勝己が、やおら椅子から立ち上がった。

 

「やっぱくだんねえわ、じゃあな」

「どちらへ行かれるので?」

「関係ねーだろ。……散歩だ散歩」

 

 素っ気なくそう言い捨てると、勝己は足早に店をあとにした。物言いもそうだが、こんなときに散歩?──仲間たちは、今さら咎めだてしようとは思わない。なぜなら、

 

「なんかもう……逆にわかりやすいなあ」

「ワンパターンだからな。さて、我々も出るか」

「ギャングラー見つけないとだもんね!──じゃあ黒霧さん、そういうわけで店番、よろしくね!」

「えっ……」

 

 もう帰るつもりでいた黒霧はたじろいだが、強かな快盗たちは彼の反応を見るでもなく飛び出していってしまう。残された黒霧は、椅子に掛けてあったエプロンを手に唸るほかなかった。

 

「店番……ですか……」

 

 店番とは、具体的に何をすれば良いのだろうか。そこそこ真剣に思い悩む黒霧なのだった。

 

 

 *

 

 

 

「とは、言ったものの……」

 

 街に繰り出したお茶子も悩んでいた。ギャングラーを見つけ出す手がかりは何もない。あの巨体だから、こんな街中にはいないだろうと推測が立つくらいだ。

 

「またインゲニウムの弟を使ってはどうだ?警察なら何か掴んでいるかもしれんぞ」

「それは……そうかもしれないけど……」

 

 ギャングラーの猛威に怯える一般市民を装えば、天哉は可能な限りの誠意を見せてくれることだろう。しかし彼を利用することに、お茶子は少なからず良心の呵責を覚えているようだった。

 

「……お茶子、」

 

 そんな彼女に炎司が何かを言いかけたそのとき、街頭ビジョンが無視できないニュースを伝えはじめた。

 

『──国際警察は本日午後3時、八神山にて警察戦隊パトレンジャーと巨大化したギャングラーが戦闘状態に入ると発表しました。そのため、八神山周辺の市町村には避難指示が発令されており……』

 

 

『あらゆるメディアを使って、この情報を流しています!』

 

 ジム・カーターの言葉に、塚内は満足げに頷いた。

 

「さて、あとは時間を待つだけだな」

「むうぅ……!確かにこれならば、市民の安全も図ることができる……!」

 

 快盗を利用するというのはどうにも気のすすまない様子の天哉であったが、結果として一石二鳥で事を進められている以上、認識を改めざるをえない。

 

「快盗、来るかな……」

 

 小声でつぶやく響香。それに対し、

 

「来るよ、絶対」

 

 鋭児郎がそう断言する。ルパンコレクションを所持したギャングラーを、彼らがみすみす逃すわけがない──それだけのものを、彼らは背負って戦っているのだから。

 

(それでも、俺は)

 

 密かに握られた拳。そこには迷いと決意とが交錯していた。

 

 

 *

 

 

 

 ギャングラーとは異なり、グッドストライカーの居所は杳として知れなかった。よりにもよって彼は飛べるので、地上の状況に関係なくどこへでも行けるのだ。

 

──だが、爆豪勝己はそれほど焦ってはいなかった。そう遠い場所には行っていないという確信がある。……グッドストライカーの抱えた想いを、知っているから。

 

 そもそもこれは昼下がりの散歩なのだと自分に言い訳をしながら、勝己は小高い丘に差し掛かっていた。眼下に住宅地の群れが見える。他者を見下ろす感覚というのは、物心ついた頃からどうにも心地良い。それが高じてわざわざ山に登るまでになったほどには。

 ただ別に、四六時中他人を物理的に見下していたいわけではない。そうしていれば、ヒーローを目指すのに邪魔な鬱屈を──忘れられるから。

 

「……やっぱりな」

 

 勝己と思考回路は異なるだろうが、果たしてグッドストライカーはそこにいた。ベンチに腰掛け……てはいないが、置物のように佇んでいたのだ。

 その隣──およそひとりぶんのスペースを空けて、勝己はどかりと座り込んだ。何も声はかけなかったが、足音で接近はわかっただろう。

 

 暫し続く沈黙。勝己がへの字に唇を引き結んでいると、堪えきれなくなったグッドストライカーがようやく言葉を発した。

 

『……な、何しに来たんだよ?』

「別に」

『別に、って……』

「………」

 

「……謝んねえからな、今さら」

 

 そう、今さら。今さら変わったところで、現実は何も変わらない。何もかもが手遅れだ。

 それでも勝己は、こうしてグッドストライカーを捜しに来た。

 

「おまえとアルセーヌの約束のこと……モヤモブから聞いた」

『モヤモブ?』

「あー……黒霧」

『あ~!』

 

 グッドストライカーがくすりと笑うのがわかった。

 

『なぁ、そういやお前ら、なんで快盗なんてやってるんだ?』

「は?……おまえ、何も聞いてないンかよ」

『お前ら以外、誰に聞くんだよ~?』

 

 そうだった。コイツと黒霧の仲は、決して良好とはいえないものなのだ。

 他人にそれを語ることに、今となっては抵抗もない。己が本分を再確認するいい機会にもなる──無論、片時も忘れたことなどはないが。

 

「……捨てちまったモンを、取り戻すためだ」

『捨てちまった……モン?いらないものだから、捨てたんじゃないのか?』

「ああ、そうだ。……そのはず、だった」

 

 蹴飛ばしても蹴飛ばしても視界の隅にちらつく、路傍の石ころ。しかしそれを失った瞬間、勝己は幼い頃より築きあげてきた将来設計が跡形もなく崩壊するような絶望を味わい、慟哭した。

 

「丸顔は違ェけどな、アイツは家族のためだから。……でももう、それ以外になんもねェのは同じだ」

 

 だから、残った"これ"だけは──勝己は握った拳をほどき、露になった掌を見下ろした。先の戦いで自ら負った傷痕が、未だ治りきっていない。勝己にとって手は、個性を使うためのいちばん大事な武器だ。ヒーローを目指していた頃なら、これを損じるような真似などありえなかった。

 

 グッドストライカーは、見たのだ。確かに自業自得かもしれない、自分の傲慢の報いを受けただけかもしれない。それでもなお、たった16歳で、自らを呪うように生きている少年の姿を。

 

『……カツキ……、』

 

 彼は初めて、少年の名をつぶやいた。

 

『オイラ、難しいコトはよくわかんないけど……おまえにはなんか、グッと来ちまった』

「……そうかよ」

 

 ぶっきらぼうな応答。しかし、その口元にはかすかな微笑みが浮かんでいる。彼のそんな表情を見るのもこれが初めてで……グッドストライカーの心に、形容しがたい感情が芽生えた。

 それになんと名前を付ければよいのか、彼にはわからない。ただ──

 

『今回はオイラ、最後までおまえに協力するぜ!』

「言ったな?」

「言ったさ!」

 

 勝己は立ち上がり、グッドストライカーは翼を広げて浮き上がった。さあ、戦いの時だ。

 

 



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#19 コレクションの秘密 3/3

地味に登場済みの全ビークルを出すことができたのとか、いろんな成果があった今回


 

 アニダラ・マキシモフは八神山中の採石場にて宿敵を待ち構えていた。50メートル近くはある体躯を隠す場所はなく、彼は堂々とその身を晒している。本当はどこかに隠れて、のこのこやってきたパトレンジャーに奇襲を仕掛けてやりたい……そういう気持ちがあったのも否定はできないが。

 

──ただ、まずもって現れたのはターゲットではなかった。

 

「おっ、いたいたギャングラー」

「警察の連中は……まだ来ていないようだな」

 

 そう、快盗たちである。別行動をとっていた爆豪勝己も合流している。一応は木陰に身を隠してはいるが、特段策を弄するつもりはなかった。

 

「なら、とっとと奪るぞ」

 

 目配せでタイミングを合わせ、一斉に飛び出していく。足音を聞いてか、アニダラは緩慢な動作で振り返った。

 

「あ~?なんだァ、お前ら。警察以外に用はない!」

 

 こちらを快盗と認識していないのか、この鬱陶しそうな反応。それならそれで、思い知らせてやるまでだが。

 

「てめェになくても、こっちにはあんだよ!──快盗チェンジ!!」

 

『レッド!──0・1・0!』

『ブルー!──2・6・2!』

『イエロー!──1・1・6!』

 

 ダイヤルを回し、

 

『マスカレイズ!快盗、チェンジ!』

 

 三人の快盗は、たちまちルパンレンジャーへと変身を遂げる──

 

 

「──ルパンレッドォ!!」

「ルパン、ブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

「「「快盗戦隊──ルパンレンジャー!!」」」

 

「なっ……貴様ら快盗!?」驚くアニダラ。

「ハッ、気づくのが遅ェわ。──グッディ!」

『Oui!やってやんよ~!』

 

 VSチェンジャーに自ら装填されようとするグッドストライカー。しかし、この瞬間を待ち構えている者がいた。

 

 その存在は、今しがたまでの隠密が嘘のように派手に飛び出してきた──地面から。

 

「なっ!?」

 

 ドリル&クレーンビークル。自分たちの手元にはない……つまり、警察の所有しているVSビークル。

 そこまで思考が回りきらないうちに、クレーンに吊り下げられたパトレン1号が急降下してきた。そのままグッドストライカーを取り上げ、再び上昇していく。

 

「悪ィな、ちょっと借りるぜ!」

「な……な……!」

 

 言葉も出ないルパンレッド。それは噴火の溜めにすぎないのだが。

 

「ッ、決闘の情報は我々を誘きだすためのものだったか……!」

「ああもうっ、警察のくせにずるい~!」

 

 憤る快盗たちを尻目に、パトレン1号・切島鋭児郎は捕らえたグッドストライカーをそのままVSチェンジャーに装填した。

 

『やっヤメテ~!?今のオイラは快盗の気分なの~!』

「すまんっ、力貸してくれ!」

 

 謝りつつ、有無を言わせず射出する。たちまち巨大化していくグッドストライカー、その背後にトリガーマシンのナンバーが続いた。

 

『ああ……身体が勝手に警察ガッタイムしてしまう……!許してルパンレンジャ~!』

「許すかクソが!!」

 

 そもそも、強制解除できるんだったら合体を拒否することだってできるんじゃないのか。そう思う勝己だったが、現実はとにかくグッドストライカーの意志のままならない状況に陥っている。ならば、いちかばちか。

 

『Get Set!Ready……Go!』

 

 レッドダイヤルファイターを巨大化させ、コックピットに搭乗する。間を置かずしてレッドは、合体シークエンスを開始しようとしているグッドストライカーのもとに突撃した。変形したかの喋るルパンコレクションのもとには、既にトリガーマシン2号と3号が接合している。最後に、1号が──

 

「オラァァッ!!」

「!?」

 

 そこに、レッドダイヤルファイターが強引に割り込んだ。衝突によって弾き飛ばされた1号は、同じ称号をもつパイロットをコックピットから投げ出してしまった。

 

「な、なんでだぁぁぁぁ!!?」

 

──ともあれ、こうしてルパンカイザーともパトカイザーとも呼べぬキメラのようなロボットが誕生した。

 

「ドーモ、お巡りサン?」

「な!?」

「ハァ!?」

 

 なぜ快盗がコックピットに!?状況をうまく呑み込めていないパトレン2号と3号は腰を抜かさんばかりに驚愕したが、次の瞬間には猛然とシートを蹴っていた。彼の居座りを認めるわけにはいかないのだ。

 

「快盗ッ、出て行け!!」

「逮捕してやる!」

「どっちだよ!統一しろや!!」

 

 煽りつつ、操縦桿を片手で握ったままふたりを迎え撃つルパンレッド。彼と主導権を握るグッドストライカーによって、ルパパトカイザー(仮称)はかろうじて姿勢を保つことができていた……まともな戦闘が行えるかは別の話だが。

 

 一方で地上に墜とされたパトレン1号には、怒りに燃えるあぶれた快盗が襲いかかっていた。

 

「貴様、よくも……!」

「ッ!」

 

 ルパンブルーの回し蹴りを咄嗟にかわし、お返しに拳を叩き込もうとする。いずれも格闘には自信がある。図らずも経験と若さの対決となったわけだが……正直、拮抗していた。

 

「「いつも、邪魔ばかりしやがって!!」」

「は、ハモってる……!」

 

 やはり(元)プロヒーロー同士ともなると思考回路まで似通ってくるのか。ただ問題は、この若手に対し意地を張っている場合ではないということである。

 

「も~……!──レッドお願い、なんとかしてぇ!!」

 

「──チッ、やったらぁ……!」

 

 左右から襲いくるパトレン2・3号をいなしつつ、ルパンレッドはどうにかチャンスを探る。幸か不幸かルパパトカイザー(仮称)は棒立ちの状態になっているので、アニダラは自分から向かってきてくれた。戸惑いながら、だが。

 

「何がなんだかわからんが……気に入らないモノはぶっ壊すのが俺さまの主義だぁぁ~!!」

「ッ!」

 

 前方の脅威を忘れてはいないレッドは、咄嗟にルパパトカイザー(仮称)右腕──つまりトリガーロッドを操作した。アニダラもまさかしっかり迎撃してくるとは思わなかったのか、警棒を強かに叩きつけられ吹っ飛ばされてしまった。

 

「痛でっ!?こ、こんのぉ!」

 

 しかしその程度で戦意喪失するわけもなく、むしろ憤激したアニダラは棍棒を手に再び迫ってくる。再びレッドが応戦しようとしたのだが、

 

「退け!!」

「うおっ!?」

 

 センターシートに居座るレッドを強引に押し退け、今度はパトレン2号が操縦の主導権を握った。連動するかのようにルパパトカイザー(仮称)の左腕が持ち上がり、トリガーキャノンの砲口をアニダラに突きつける。

 

「何ィぐぉほぉッ!!?」

 

 今度は弾丸のシャワーを浴びせかけられ、アニダラの棍棒は機体に届くことすらかなわなかった。哀れ、である。

 

「よしっ、やったぞ!耳郎くん、切島く……あっ」

 

 そういえばその赤、切島鋭児郎ではなく──

 

「用が済んだらどけや!!」

「ぐあっ!?」

 

 メインシートから蹴り出される2号。再びルパンレッドが主導権を握ろうとするも、憤懣やるかたないパトレンジャーはそれを許容しようとはしない。狭いコックピット内で銃撃、銃撃、銃撃。早い話が足の引っ張りあいである。

 一方のアニダラはというと、二度撃退されたことで接近戦は断念した。しかし彼にはまだミサイルという武器がある。一挙に放出し、まともに動けないルパパトカイザー(仮称)に差し向ける。

 

「チィッ!」

 

 姿勢制御は完全にグッドストライカーに委ね、レッドは先ほどパトレン2号が行ったようにトリガーキャノンでの迎撃を試みた。推力と質量をもち標的めがけて飛翔するミサイルは間違いなく脅威となりうる兵器だが、相手が高威力の重火器を所持していれば途上で撃ち落とされるリスクもある。そこを突くのがセオリーであることに間違いはないのだが、

 

「今の俺はァ……ひと味違うッ!!」

 

 そう、アニダラ・マキシモフはデストラ・マッジョよりルパンコレクションを与えられていた。その能力によって発射されたミサイルの挙動までも自由に操ることができるのだ。

 結果、トリガーキャノンはことごとくミサイル群を外した……というよりむしろ、かわされてしまった。先のパトカイザーはその対応策としてトリガーロッドによる撃墜に切り替えたわけだが、混沌の極みにあるルパパトカイザー(仮称)のコックピットからそのように巧みな操縦ができるわけもない。よって、全弾命中。

 

「うわぁあああっ!!?」

 

 衝撃にコックピットが激しく揺さぶられ、三人は揃ってバランスを崩した。アラート代わりにグッドストライカーの悲鳴が響く。

 そんな状況下にあって、比較的ダメージが少ないのはやはりルパンレッドだった。普段から三次元機動をこなしているので、三半規管が常人とは比較にならないほど鍛えられているのだ。

 

「寝てろやサツども!」

『シザー!』シザー&ブレードダイヤルファイターをVSチェンジャーに装填し、『Ready…Go!』

 

 発射されたシザー&ブレードはたちまち巨大化し、アニダラの不意を突いて金庫に取りつくことに成功した。

 

「何ィ!?」

『5・1──4!』

 

 こうなってはもはや、抵抗は意味をもたない。解錠が為され、すかさず詰め寄ったルパパトカイザー(仮称)によって扉が開かれる。

 

「ルパンコレクション、いただ……あ?」

 

 果たしてルパンコレクションはそこにあった。あったのだが、通常サイズで金庫の奥に転がっていたのだ。ルパパトカイザー(仮称)の両手では、取り出すのは困難──

 

「よーし、じゃあ私たちが!──ブルー!」

「わかっている!」

 

 格闘を続けていたパトレン1号にすかさず足払いをかけて隙をつくると、ふやりは崖を経由してアニダラの胸元にまで跳躍した。そこですかさずワイヤーを伸ばし、金庫の内部へ滑り込む。

 

「よ~し、成功っ!」

「ルパンコレクション、確保!」

 

 それを見届けたルパンレッドも、珍しく拳を握ってガッツポーズをとっていた。

 

「っし……!──グッディ、今だ!」

 

 レッドの合図を受けてグッドストライカーがとった行動は……合体解除。ただしパトカイザーにやったように全てバラバラにしてしまったわけではなく、レッドダイヤルファイターの部分……つまり胴体についてはそのまま、両腕のトリガーマシンを切り離したのだ。

 

「お、おのれ快盗ぉおおおお──ッ!!?」

 

 先の1号よろしく、墜落していく2号・3号。それを見届けるまでもなく、アニダラの金庫の中にいたルパンブルーとイエロー……後者がサイクロンダイヤルファイターを射出した。

 

「とうっ!」

「ふっ!」

 

 巨大化したサイクロンにふたり揃って乗り込み、一路腕のないルパンカイザーのもとへ翔ぶ。

 

『今度こそ~、快盗ガッタイム!』

「ッ、やられた……!」

 

 これでは快盗の独擅場ではないか──いや、まだだ。地上に取り残されたパトレン1号がすかさずトリガーマシンバイカーをVSチェンジャーに装填する。そして、

 

『バイカー、パトライズ!──出、動ーン!』

 

 巨大化したバイカーは彼を乗せて一気呵成に跳躍、なんとそのままルパンカイザーの腕部分の空間に張りつき、やってきたサイクロンを押し出した──自分がされたように。

 

「何──!?」

「うそぉ!!?」

 

 彼方へ飛ばされていくルパンブルー・イエロー。そうしてバイカーは右肩に接合、左腕となったシザー&ブレードとあわせて新たなるルパンカイザーの誕生となった。

 

『おお、ルパンカイザーにトリガーマシンがくっついた!』

「っしゃあ!」

「しゃあ、じゃねえわこの野郎!!何してくれてんだア゛ア!!?」

「おめェがやったのと同じことだよっ、なんか文句あっか!?」

「ありまくりだクソがぁ!!」

 

 言い争いになるのは当然、あわやコックピットをリングとした第二ラウンド勃発かというところで、アニダラが再びミサイルを発射してきた。

 

「「!!」」

 

 小競り合いをしていたふたりだが、その攻撃には──グッドストライカーの悲鳴を聞いたのもあるが──即座に反応した。すかさずシザーの盾を構え、衝撃から身を守る。それと同時に、右腕のバイカーからヨーヨーを射出した。

 

「モホッ!?」

 

 虚を突かれてよろけるアニダラ。なおもミサイルを発射するが、ルパンコレクションなしにはまっすぐにしか飛んでいかない。そんなもの、このルパンカイザー(名称未定)を前にはさしたる脅威にはならない。

 

『名称未定じゃ寂しいなァ……──あっ、いいの思いついちゃった!』

「……なんだよ?」レッドがどうでもよさそうに訊く。

『名付けて~……ルパンカイザー"トルーパー"!!』

 

 トルーパー─―騎兵。バイカーが合体しているからだろうか。実際に何かに騎乗しているわけではないので違和感はあるが、代案があるわけでもなかった。

 

「好きにしろや」

「ルパン……ま、いいか!んじゃ、名前が決まったとこでトドメといこうぜ!」

「てめェが仕切んな!いくぞグッディ!」

『おうよ~!』

 

 いよいよ必殺の構えをとるルパンカイザー"トルーパー"。手始めに右腕のヨーヨーを何度も叩きつけ、標的がバランスを崩したところでワイヤーを使って拘束する。

 そして、

 

「「──お、らぁッ!!」」

 

 息を合わせたわけではない。ただ、最短でギャングラーを倒すという心意気が完全に一致しているというだけ。

 いずれにせよ、トルーパーの馬力によってアニダラは天高く打ち上げられた。

 

「モホォオオオッ!!?」

 

『グッドストライカー・ぶっち斬りダイナミック~!!』

 

 口上とともに──シールドを投げつける!盾といえどもとはシザー、先端は鋭く尖っている。その尖った先端が、アニダラの腹部から頭上にかけてを勢いよく切り裂いた。

 

「こ、これは厳しいぃぃぃ!!?」

 

 その叫びが断末魔となって、アニダラの身体は空中で爆発、四散した。火だるまになった残骸が、周辺に降り注ぐ。その中心に、ルパンカイザートルーパーは佇んでいた。

 

「っし、任務かんりょ──うおおっ!?」

 

 それも一瞬のこと。喜ぶパトレン1号は合体解除によりバイカーごとその場に置き去りにされ、グッドストライカーやダイヤルファイターたちはそのままいずこかへ飛び去っていったのだった。

 

「い、痛ててて……」

『大丈夫か、切島くん!?』天哉の声。

「な、なんとか。……スマン、結局出し抜かれちまった」

『なに言ってんの、今日のはあんたの手柄だよ』これは響香。

 

 いずれにせよ、これで戦いは終わった。撤収の準備を始めるパトレンジャーは、密かに戦闘を見届けていたデストラ・マッジョの存在に気づくことはなかった。

 

 

 *

 

 

 

「あんなことのために自分のコレクションを無駄にするなんて、理解できませんわ」

 

 デストラの"実験"の顛末を見届けて、ゴーシュはそう毒づいた。ルパンコレクションはそれぞれが世界にふたつとない貴重なアイテムだ。あのように豪気な使い方をするのは通常のギャングラーではありえない。尤も彼は所有するコレクションの数、当人の素の実力ともに他の構成員とは隔絶しているので、思考回路がおよそ理解しがたいものになっているのもむべなるかな、であるが。

 

 唯一彼の理解者でもある主、ドグラニオ・ヤーブンはというと、上機嫌な様子でワイングラスを弄んでいた。

 

「デストラにはデストラの考えがあるのさ。面白いと思うぞ、俺はな」

 

 後継者候補たちが次々と一敗地に塗れている状況で、彼は別の楽しみを提供してくれている──当人は至って真剣だろうが──。

 これで野心もあれば完璧なのだがと、ドグラニオは独り渋い笑いを浮かべていた。

 

 

 *

 

 

 

 戦い終えて、帰路につく快盗たち。その傍らにはグッドストライカーの姿があった。これからは此方に全面的に味方してくれる──かと思いきや、

 

『いや~、快盗も警察もあんなにオイラを求めるとはねえ。なんか、すごくグッときちゃったよ~』

「……その物言いだと、今後も場合によっては警察につくと聞こえるが?」

『てへっ、バレちゃった?』

「えぇ~……そりゃないでしょ……」

 

 炎司とお茶子の冷たい視線を浴びて、わざとらしく身を震わせるグッドストライカー。『オイラって、罪なコレクション~』などとのたまっている。

 

『ま、オイラとお前らの使命はいっしょだ、また力合わせて戦おうぜ!じゃ、アデュ~!』

「あっ、ちょっと!……行っちゃった」

 

 彼方へ飛び去っていく漆黒の翼を不本意ながら見送りつつ、ふたりは爆豪勝己の顔を見やった。ジュレでのやりとりの際はあれほど怒っていたにもかかわらず、彼の表情は驚くほど凪いでいる。

 

「……ンだよ?」

「いやぁ……爆豪くん、グッディと仲直りしたんやね!」

「ハァ?別に、そもそも仲違いしてねーわ」

 

 そう──ただ、互いのことを知らなかっただけだ。言葉をかわしあって、わかりあうことができた。そんな単純な……一年前までの自分には、できなかったこと。

 

 "今さら"であったとしても、ひとつの進歩には違いない。ほんのひとときの喜びに、勝己は身を浸らせていた。

 

 

 à suivre……

 

 




次回「駆けろエメラルド」

「それでも私、走りたいの!」
「僕だって、走りたかった……!」







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#20 駆けろエメラルド 1/3

X登場前駆け込みで飯田くん初単独お当番回!

キラメイジャーも今大変な時…ということで、応援の意味も兼ねて。グリーン&ランナー繋がりでもあります。



 

 この日、喫茶ジュレは珍しく華やいだ雰囲気に包まれていた。

 

 その大本たりえているのは、客席の中央を占領するふたりの少女。一方はここのウェイトレス、おなじみ麗日お茶子。そしてもう一方は彼女より幾分か年長の女性。スタイルの良さはさることながら、身につけたアクセサリーや小物をエメラルドグリーンでまとめている。従業員ではない……とすれば、客しかありえないわけだが。

 

「え~、すごい!やっぱり瀬奈さん、超一流だ!」

「そんなことないよー。その超一流になるために、まだまだ頑張んなきゃって感じ」

 

 きゃっきゃとガールズトークに興じる彼女らを、男どもは離れた場所から見守っているほかなかった──えも言われぬような表情で。

 

「アイツも女だったんだな、知らんかったわ」

「小僧、言葉は刃物だ。気をつけて使え」

「わーっとるわ。で、あんたはどう思うよ」

「……右に同じく、だ」

 

 むさ苦しい中に良い意味で違和感なく溶け込んでいるお茶子だが、やはり歳の近い同性と話している姿は年頃の娘らしい柔らかさがある。それは決して悪いことではなく、彼女の愛らしさをより引き立たせている。いるのだが、同志として寝食をともにしている男どもが可笑しみを覚えるのも、むべなるかな。

 そもそもウェイトレスが客といつまでもおしゃべりしているのはいかがなものかという向きもあるが、まあ彼女以外には客もいないので……と思っていたら、からんころんとドアベルが鳴った。

 

「あ、いらっしゃいませ!」

 

 こういうとき、すかさず従業員に戻れるのはお茶子の美点である。ただ、迎えた客は内心歓迎しにくい相手で。

 

「おはようございます!」

「あ……飯田さん」

 

 飯田天哉──国際警察は警察戦隊に所属するパトレンジャーの一員。つまり、彼女たち快盗戦隊ルパンレンジャーの仇敵。それがなんの因果か、今や常連となってしまっている。

 

「やあ、おはよう麗日くん!」

「お、おはようございます。今日、お休みですか?」

「うむ、宿直明けでな。たまには少しゆっくりしようかと思ったんだ」

「へ~……あ、紹介するね瀬奈さん!こちら飯田さんって言って、なんとあのパトレンジャーなの!」

「えっ!?」思わず立ち上がる瀬奈。「すご~い!」

「いや、それほどのものでは……。麗日くんのご友人ですか?」

「まあ、そんなとこです。──あ、私、速見瀬奈っていいます」

「速見さんですか。……失礼ですが、どこかでお見かけしたような?」

 

 ここでお茶子が待ってましたとばかりにスマートフォンを取り出した。天哉が瀬奈に既視感を覚えるのも無理はない、彼女はその道では名の知れたひとなのだ。

 

「ふふん。瀬奈さんはこの通り、女子陸上界のスピードスターなのだ!」

 

 表示されたニュースサイトの画面──そこには速見瀬奈の名前と、"走るエメラルド"なる文言が躍っていた。後者は異名だろうか。

 

「そうか!道理で……いや、不見識で申し訳ない!」

 

 天哉ががばりと頭を下げるものだから、彼の硬骨漢ぶりを当然ながら知らない瀬奈は鼻白んだようだった。慌ててお茶子が間に入る。

 

「飯田さんっ、瀬奈さん引いちゃうから!」

「む……申し訳ない。悪癖でして」

「いえ……ふふっ、良い人なんですね。飯田さんって」

 

 笑顔がこぼれる。幸いにして悪印象は抱かれなかったようで、お茶子はほっとした。天哉が善良な青年であることは疑いようがない、たとえ陰では対立している相手であっても、それは疑いようのない事実だった。

 

「世界にはもっと速い人が大勢いるので。もっと頑張らなきゃです、私」と、不意にスマートフォンのアラームが鳴って、「!、あ……もう行かないと!じゃあまたね、お茶子ちゃん」

「あ、はい……頑張ってね瀬奈さん!」

 

 「ありがと」とウインクすると、手早く電子マネーで会計を済ませて瀬奈は店を飛び出していく。これから練習だ。──その前にジュレでティーブレークを嗜むのが、彼女の日課になっているのである。

 その姿を見送りつつ、天哉はしみじみとつぶやいた。

 

「走るエメラルド、か……。一度、その姿を拝んでみたいものだな」

 

 彼の脳裏に、幼き日に見た兄の姿がよぎった。ターボヒーロー・インゲニウム。救けを求める人々のもとへ、疾風のごとく駆けつける雄姿。それにあこがれ、自らもヒーローを志した。──"走る"という行為は、天哉の人生の中で常に特別なものだった。

 

 それをふいにしてしまったのは、ひとえに自身の未熟さなのだが。

 

「……コーヒー、いただけるかな?」

「!、あっはい、ただいま!──爆豪くん、お願い~!」

「おー」

 

 手慣れた様子で己が職分をすすめる少年たち。そういえば、彼らもヒーローを目指す子供たちだったのだ。それぞれの事情で夢を断たれながら、それでも彼らは生きている。

 せめて彼らの安寧を守りたい──ヒーローになれなくともそのために力を尽くせる自分は幸福なのだと、天哉は改めて思い直した。

 

 

 *

 

 

 

 街を横断するハイウェイ。その往来を、無数の車輌が行きかっている。ギャングラーやヴィラン──様々な脅威に晒されている社会であっても、そうした日常の風景は変わらない。

 

 その中にあって、追い越し車線を疾走する一台のスポーツカーがあった。時速は120キロを超えているだろうか。万が一にもハンドル操作を誤れば大事故に繋がりかねないような様相だが、車内には大音量の音楽が流れ、若い運転手と助手席に座る恋人とおぼしき女性は愉しげにリズムをとっている。

 

──しかし、そんな光景も長くは続かなかった。突然、後部座席のガラスが粉々に砕け散ったのだ。

 

「うおおっ!?」

「きゃあ!?」

 

 悲鳴をあげるふたり。何が起きたのか慌てて背後を確認しようとするが、揃ってそれは為されなかった。

 

 なぜなら次の瞬間には、車は爆発炎上して跡形もなく焼失していたからだ。

 はた迷惑なドライバーに対する制裁にしてもあまりに度が過ぎているが、その行為者は死した彼らでは比較にならないほど邪悪な存在だった。

 

「オレより速く走ってるのはどこのどいつだ~~ノ!!?」

 

 駆け抜ける一陣の疾風。それは惨劇をももたらすものだった。走行する車の窓から手当たり次第に爆発物を投げ込み、車体を跡形もなく破壊し尽くす──中にいる人間ともども。

 

「このジェンコ・コパミーノ様より速く走るヤツは、許さない~~ノ!!」

 

 派手なピンク色の外皮が劫火に照らし出される。それは曲がりなりにも人間のヴィランとは異なる大いなる脅威──そう、ギャングラーであった。

 

 

 *

 

 

 

 ギャングラーがもたらした事件の情報は、日本警察の所轄を通じて警察戦隊にもたらされる。情報化・自動化が進んでいる現代において、それが為されるまでには五分とかからない。

 

「──パトレンジャー、出動!ジムは大至急、駒神ICを封鎖するよう指示を出してくれ」

「了解っす!」

「了解!」

『了解しました!』

 

 塚内管理官の指示のもと、隊員たちがそれぞれの持ち場についていく。

 飯田天哉もまた、例外ではなかった。

 

「──ギャングラーが!?……了解いたしましたっ、すぐに現場へ向かいます!!」

 

 他に客がいなくなったこともあり、天哉は自ずから大声でそう応じた。良くも悪くも彼の生まれつきの性癖で、気をつけてはいてもなかなか治らないのだ。ただ大人になったので、配慮はできるようになりつつある。

 

「申し訳ない、お勘定をお願いします!!」

「は、はい!……気をつけてね、飯田さん」

「うむ、ありがとう!!」

 

 こんなときでも笑顔で謝意を述べると、天哉は出陣していった。見送るお茶子、その表情は──

 

「──今のは社交辞令か、お茶子?」

「えっ……」

 

 振り向いてみれば、炎司が渋い表情でこちらを見下ろしている。元トップヒーローは伊達ではない、久しく感じていなかった威圧感に冷や汗が流れた。

 

「奴ら……パトレンジャーは敵だ。わかっているな?」

「あ、当たり前やん……」

「なら良いが。──小僧、」

「わーっとるわ」

 

 その手にVSチェンジャーを構え、勝己はそう吐き捨てた。わかりきったことを言うなとは、言えなかった。

 

 

 *

 

 

 

 ハイウェイ内は阿鼻叫喚の様相を呈していた。先ほどまで普通に走っていた車輌はことごとく爆発炎上し、かろうじて脱出できた少数の人々が傷つき蹲っている。

 

 その惨劇の道の終着点──IC付近に、警官隊とプロヒーローによる布陣が敷かれていた。各々が持ちうる最大の力を発揮して、脅威に立ち向かう。この超常社会において、人々の安寧はそうやって守られてきた。

 およそ一世紀の時をかけて造り上げられてきたその体制は──ギャングラーという新たな脅威を前にしては、砂上の楼閣にすぎなかったのだ。

 

「ハハハハ、アハハハハハ!!神出鬼没、ジェンコ・コパミーノ様にはそんな攻撃当たらない~ノ!!」

 

 差し向けられた攻撃の数々を、目にも止まらぬ高速移動でかわしていくジェンコ。規格外のスピードと、同時に繰り出される爆弾の破壊力。

 

「な、なんて速さだ……!」

「あのスピードに対抗できるヒーローがいれば……!」

 

 皆がたまらず歯噛みしたときだった。

 

『あんたらじゃ無理だっつの、ヒーロー?』

「!」

 

 にわかに頭上から響く、少年の声。次いで、

 

『だから、あとは任せて~!』

 

 今度は可憐な少女の声。──にわかに、現代日本で見ることのあるはずがない戦闘機の群れが現れた。

 

「あ、あれはまさか……!?」

 

 赤・青・黄──それぞれが原色を基調とした機体から、同じ色のスーツに包まれたシルエットが降下してくる。

 既に知られたその姿。それでも彼らはあえて、その名を名乗った。

 

「ルパンレッドォ!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

「快盗戦隊──」

「「「──ルパンレンジャー!!」」」

 

「かっ、快盗!?空から来るなんて卑怯な~~ノ!!?」

 

 陸では無類の速さを誇るジェンコだが、障害物のない空を飛べるマシンとは流石に比べるべくもない。飛翔する翼は、彼のコンプレックスを直撃するものだった。

 

──そんなスピード狂ギャングラーの密かな心情を、ルパンレッドは見抜いた。そして彼は、ひとつ悪巧みを企てたのである。

 

「しょうがねえだろ?おまえの足が速すぎんだからよ」

「お?」

 

 ジェンコの自尊心を擽るひと言だが、それにはとどまらない。

 

「フツーじゃ俺らには追いつけねえんだわ……なァ?」

「!、……うむ、まったくもってその通りだ。風を切り裂き、見るものすべてを虜にする。スピードで貴様の右に出る者などいるまい」

「よっ、最速の男~」

 

 爆豪勝己という少年の性格をほんのさわりでも知っていたらば、彼が心からこのようなことを申し述べるはずがないことはすぐにわかっただろう。彼のプライドは大気圏よりも高く、仮に自分より上と認めざるをえない者が現れたならばそれに喰らいつこうとする。おべっかなど使うわけがないのだ。

 しかし、ジェンコは彼のことを快盗のひとりとしか認識していなかった。ゆえに、騙されたのだ。そして鼻高々、有頂天となっていたために、ルパンイエローの姿がいつの間にか消えていたことに気づけなかった。

 

『3・3──5!』

「えっ?」

 

 金庫の錠が解かれる音に我に返ったときには、懐に潜りこんでいたイエローが内部に手を突っ込んでいた。

 

「ルパンコレクション、いただきっ!」

「なあああっ!!?」

 

 速さの源であるコレクションを奪取され、ジェンコは悲鳴のような叫びをあげた。慌てて取り返そうと手を伸ばすもイエローは既にマントを翻して後退しており、さらには置き土産のごとく弾丸をプレゼントしてくれた。

 

「ぐぁはぁッ!!?」

「よ~し、最速ゲット!……だっけ?」

「おそらくな」

「ハッ、チョーシこいてんじゃねえよミジンコ野郎。コレクションに頼ってる分際でよォ」

「……!」

 

 痛烈な罵倒だった、ジェンコにとっては。生来の能力である爆弾の生成も破壊力には長けているが、彼自身はひたすらそれを投げつけるくらいしか能がないのだ。無論、それだけでも常人相手には十分な脅威ではあるが。

 

「さァて、最速ゲットの次は最速キルだ」

 

 容赦のないルパンレッドは、がっくり落ち込んでいるジェンコに銃口を向けた。別に戦いを長引かせる趣味はない、コレクションも回収したことだしさっさと事が済むほうが良いに決まっている。

 

 と、ここで彼らにとってのお邪魔虫が反対方向からやってきた。そう、パトレンジャーである。

 

「ギャングラー発見!……あ、快盗も!」

「連中、相変わらず嗅ぎ付けんのが早いな……」

 

 自分たちに負けじとカラフルなライバルの到着に快盗……というかルパンレッドは舌打ちをこぼしたが、取り立てて動揺することもなかった。出動は彼らのほうが先だったのだ、経路にアドバンテージがあったというだけで。

 

「チッ、どっちにしろもう終わりだ」

 

 サイクロンダイヤルファイターを取り出し、VSチェンジャーに装填する。それを目の当たりにしたパトレンジャーは驚愕した。

 

「えっ、もうトドメかよ!?」

「コレクションは回収済みか……!やむをえん、こちらも攻撃だ切島くん!」

「お、おうよ!」

 

 ギャングラーを討つ──警察の本分まで快盗に侵されてはたまったものではない。パトレン1号また、トリガーマシンバイカーに手をかけた。

 

『サイクロン!3・1・9──快盗ブースト!』

『バイカー、パトライズ!警察ブースト!』

「こ、これってまさか、絶体絶命な~~ノ!!?」

 

 生命の危機に、ジェンコは足りない頭を必死で回転させた。今までやられてきたギャングラーだってそれなりには粘ってきたのだ、こんなあっさりやられたら汚名しか残らない。

 

「ええい、こうなったらっ!」

 

 腹を決め──ボール型の爆弾を生成する。と同時に、双方向から必殺のエネルギー弾が発射された。

 

──刹那、ハイウェイ上空は劫火に染まった。

 

 

 

 

 

 



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#20 駆けろエメラルド 2/3

昨日昼休みにボーッとしてたら「爆走兄弟レッツ&ゴー×ウルトラマンR&B」という電波を受信した。受信しただけで終わりました。


 

 戦い終わって、未だ炎燻るハイウェイでは現場検証が行われていた。

 ただ、その場に残るパトレンジャーの面々の表情に事件が終わったという安堵感は微塵もない。犠牲者が出たことも無関係ではないが、それでも任務完了となれば多少なりともそういう気持ちが生まれるものなのだ。

 

「くそっ……あの状況から、取り逃がしちまうなんて」

 

 鋭児郎が苦々しげに吐き捨てる。──そう、ジェンコは倒されていなかった。爆炎の残滓の中に、彼の残骸はなかった。そして火薬の反応、つまり。

 

「爆弾をカモフラージュにして逃げ出したってワケか……」

「ッ、早く見つけ出さなければ……!」

 

 ルパンコレクションを快盗に奪われたならばある程度は弱っているかもしれないが、いつまた無差別爆破が再開されるかわからない。そういう凶悪な相手だから、なんとしても倒さなければならないのだ。

 

「……でも、また人間に擬態して潜伏してる可能性もあるワケだよな」

 

 そこがまた、難しいところだった。

 

 

 *

 

 

 

 鋭児郎の懸念した通り、果たしてジェンコ・コパミーノは人間態で逃走を続けていた。小柄でひ弱そうな、とりたててなんの特徴もない青年の姿。追っ手を巻くには最適かもしれないが、こういう容貌を好むギャングラーは少ない。日常生活において人間社会に溶け込めれば問題ないわけで、警察の追跡から逃げ回るなどということは最初から想定していない。

 

「ハァ、ハァ……速く走れない~~ノ。ちくしょう……っ」

 

 ルパンコレクションの力を借りなければ、ジェンコの走力はせいぜい常人並みがいいところだった。ギャングラーとしては鈍足もいいところである。それはまさしく彼のコンプレックスだった。だからこそ、己より速いものを破壊して回っていたのだ。

 ただコレクションを喪失したという現実とは、否が応なく向き合わざるをえない。車などに対抗心を抱いている場合では──

 

 そんな折、不意に炸裂音──銃声が響いた。パトレンジャーに発見されたかと肩をびくつかせたジェンコだったが、慌てて音源を捜した彼が目の当たりにしたのは彼の心を逆撫でするような光景だった。

 

 四肢が伸びやかに躍動している。──人間が、走っている。競いあうように……否、競いあって全力で。それはまさしく風を切るような疾走だった。

 

「な……な……!?」わなわなと身を震わすジェンコ。「なんで人間風情が、オレより速く走ってる~~ノ!!?」

 

 許せない許せない許せない!!激情に支配されたジェンコは、自らが逃亡中であることも忘れて正体を現した。

 

「コレクション抜きにしてもォ!人間がオレより速いなんて絶対許せない~~ノ!!」

 

 爆弾を生成し、トラックめがけて投げつける。そう、それはたった数秒のうちの出来事だった。

 

 

 *

 

 

 

『……以上のことから、国際警察ではギャングラーの標的が陸上競技場に移ったとみており──』

「……チッ」

 

 カウンターの椅子にふんぞり返ってニュース動画を見ていた爆豪勝己は、もう人生で何千、何万回目かもわからない舌打ちをこぼした。

 

「あいつも逃げてたなんて……倒したと思ったのに」

「爆弾を使って爆死したように見せ、炎にまぎれてハイウェイから飛び降りたのだろう。ある程度逃げたところで人間に擬態すれば、奴の人間態を把握していない警察には追跡のしようがない」

「……けっ、自分たちからチャチャ入れといて。情けねえ」

 

 とはいえルパンコレクションは入手し、快盗たちは第一の目的を既に達している状態である。このまま傍観を決め込んだとして、誰に咎められることもないのだが。

 

「瀬奈さん……大丈夫なんかな」

 

 親しい知人の身にも危険が迫っているとなれば、安穏としてはいられなかった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、ギャングラー追跡を担当部隊にまかせて帰庁したパトレンジャーの面々。安穏としていられない気持ちは当然、彼らのほうが遥かに上回っていた。

 

「ジム!ギャングラーの潜伏先はまだ特定できないのか!?」

『す、すみません!人間態は特定できたんですが、犯行後の行き先が掴めなくて……』

 

「──自分たちの元いた世界に、引っ込んでいる可能性もあるな」

「塚内管理官!」

 

 出ていた塚内管理官が入室してくる。隊員たちのように戦場に立つことはなくとも、汗をかくときは彼にもあるのだ。

 

「日本警察の所轄とも調整して、陸上競技場については事件解決まで閉鎖させることになった。狙われるとわかっていて放置しておくわけにもいかないからな」

「そりゃもちろんですけど……これで敵の出方はわからなくなりましたね」

 

 そもそも、なぜ最初はハイウェイを狙っておきながら、以降は陸上競技場を標的とするようになったのか。車とヒトという違いはあれど、"走る"場所であることは共通しているが──

 

「判明している奴の能力は、爆弾の生成と高速移動……だったな」

「ああ。で、コレクションを奪われたあとは爆弾しか使ってない」

 

 つまり、

 

「ルパンコレクションがなければ、奴は速く走ることができない。……悔しいんだろうな、それが」

 

 確信のこもった口調でつぶやく天哉。推測に推測を重ねた果ての憶測でしかないことは、彼自身よくわかっている。

 だが他ならぬ自分自身が、そういう忸怩たる思いを味わってきたのだ。

 

「しかし!だからといってこんなこと、絶対に許されるわけがないっ!!」

 

 言うまでもないこと。だとしても天哉は、ジェンコの身勝手を明確に否定せねばならなかった。かつて憎悪に囚われ、結果としてすべてを喪った自分と決別するためにも。

 

 彼が明確に義憤を露にしたとき、ジムのサイレンがかっと光り輝いた。次いで、けたたましい警報。

 

『!、通報です!』

「奴か?」

『はい……あ、でも出現ではありません!』

「……どういうこと?」

 

 首を傾げる一同に対し、ジムは予想だにしない事態の発生を報せてきた。

 

『明煌大学陸上競技部に、脅迫状……というか映像が届いたそうです。例のギャングラーから!』

「脅迫状って……管理官、大学には何も言ってないんスか?」

「いや……大学に限らず、学校にも練習の自粛要請は出してある。標的は場所ではなく人間かもしれないとは、こちらも考えていたからな」

「しかし、なぜ明煌大学だけに?」

 

 超常社会の訪れにより昔ほどメジャーでなくなったとはいえ、スポーツに力を入れている大学はそれなりにある。陸上競技もそうだ。

 

「それについては、たまたま奴の目に留まってしまったと考えるほかないだろう。明煌大学にはスター選手がいるからな」

「スター選手?」

「ああ、"走るエメラルド"と呼ばれている女子選手だ。名前は確か、速見……」

「……速見、瀬奈」

「!、飯田、知ってるの?」

 

 知っているなどというものではない。今朝……まさしく数時間前に出逢っているのだ。ひと言ふた言話をしただけといえばそれまでだが、その短い邂逅の中でもわかったことがある。それは──

 

「……行こう、明煌大学に!」

 

 

 *

 

 

 

 贅を尽くした自らの屋敷の中心で、ドグラニオ・ヤーブンは珍しく困惑した様子でいた。

 

「ジェンコの奴、随分と暴走しているみたいじゃあないか。一体どうしちまったんだ?」

「奴はもともと爆弾の破壊力をおいてはとりえのない男です。そのうえ小心者でありながら、自惚れは人一倍強い。ルパンコレクションを入手してからは、その性格がより顕著になっていたようです」

「ふぅむ。それで自分より速く走るモノを敵視していたというわけか」

 

 主の言葉に、デストラ・マッジョは一つ目を揺らしながら頷いた。

 

「で、コレクションを失って速く走れなくなったから、人間にまで敵愾心を抱くようになったと?」

「……情けない話ですが」

 

 "個性"ならまだしも、素の肉体の走力で負けている──確かに、あまりにも情けない。

 

「バカね。そんなに速く走りたいなら、私が切り刻んで改造してあげるのに。……どんな脚になっても知らないけど」

 

 マッドサイエンティストが何か言っているのは、この際放っておくとして。

 

「ま、確かに小さい動機なのは否定できないが……そういうヤツほど溜め込んでいる鬱憤は大きいモンさ。それが文字通り、ドカン!面白いじゃあないか」

 

 無論、ボスにふさわしいかは別の話だが。いずれにせよ楽しいショウには違いあるまいと、ドグラニオは嗤った。

 

 

 *

 

 

 

『──隠れてひと安心だなんて、そうはイカの禁漁区な~~ノ!何がスピードスターだ、走るエメラルドだ!オレより速いヤツは、ひとり残らず木っ端微塵にしてやる~~ノ!!』

 

 『覚悟しておけ』──吐き捨てるようなそのひと言を最後に、ジェンコ・コパミーノの姿はふつりと消え失せた。

 

「……以上が、ウチに送りつけられてきた映像です」

 

 重苦しい声で、監督の男性が告げた。

 

「やっぱり、飯田と管理官の推測通りか……」

「なんつー身勝手なヤツ……」

 

 もはや怒りを通り越して呆れを露にする鋭児郎。ただ相手には、その身勝手を惨劇へと昇華させるだけの余力があるのが問題だった。

 

「とりあえず、速見瀬奈を含めた部員を一ヶ所に集めよう。ふたりを護衛、ひとりを警らに振り分けるってことで管理官に上申してみようと思うけど、どう?」

「うむ……当面はそれがいいと俺も思う」

 

 鋭児郎も頷き、隊員間では合意を得られたということで響香が管理官へ連絡をとる。

 その様子を見守っていたらば、監督が「参ったなぁ……」と頭を抱えるのが目に入った。事がことなので、その反応も致し方なくはあるのだが……何か事情がありそうで。

 

 と、不意に部屋の扉が開いた。思わず身構える一同だったが、

 

「瀬奈?」

「………」

 

 そこに立っていたのは他でもない、速見瀬奈だった。愛らしい童顔にはジュレで会ったときのような朗らかさもなく、翳が差している──当然だが。

 

「どうしたんだ瀬奈、皆と部室で待ってるように言ったのに……」

 

 監督の問いには答えず、瀬奈はパトレンジャーの面々……とりわけ天哉の目前にまでやってきた。当惑が、懇願するような表情へと変わる。

 

「お願いしますっ、一刻も早くギャングラーを倒してください!できれば今日中に!」

「きょ、今日中?」

 

 いや勿論、手がかりさえ掴めればすぐにでも倒すが。

 瀬奈がそこまで逸るのには理由があった。

 

「今週末、記録会があるんです。このままじゃ追い込みの練習もできないし、もし長引いたりしたら記録会自体中止になっちゃうかもしれない!だから……」

「……そうなんスか?」

 

 鋭児郎に確認され、監督は遠慮がちに頷いた。「参った」には、よりによってこの大事な時期にという気持ちも込められていたのだろう。

 

「……守り通すってことは確約するし、全力は尽くす。けど、いつまでにとは約束できない」

「そんな……!」

 

 響香の言葉に、瀬奈の頬がわずかに紅潮する。情けないと思われても仕方ないが、彼女らパトレンジャーにとって何より重要なのは市民を守護すること。ギャングラー撃退はその実現のための手段にすぎない。

 重苦しい空気に包まれる室内。その沈黙を破ったのはやはり瀬奈だった。それが詰るような言葉であっても覚悟はしていたのだが、

 

「……じゃあ私、囮になります!」

「は!?何言って……」

「ギャングラー、私を名指ししてきたんだもん。私が堂々と走ってれば、絶対に出てきますよね?そこを皆さんにやっつけてもらうんです!」

 

 妙案だ、とばかりに笑みを浮かべる瀬奈。確かにパトレンジャーの面々の発想にはない策だったが、それは思いもつかないからではなくて。

 

「そのような……きみを危険に晒すようなこと、認められるわけがないだろう!?我々はきみたちを守るためにここにいるんだ!」

「でも、このままじゃ私だけじゃない、みんな走れない!……走りたいの!ギャングラーに狙われてても……ううん、狙われてるからこそ!負けたくないの!!」

「ッ!」

 

 天哉は思わず唇を噛んだ。瀬奈が冷静でないことは間違いない。しかし考え無しなのではない、その言葉には確かな信念も感じられた。

 もしも彼女がヒーローや同じ警察官であるならば、その想いを尊重し、危険な役割を担ってもらう──全力の支援が前提だが──こともありえただろう。だが、彼女はどこまで行っても民間人にすぎない。

 

「……一生、走れなくなったとしてもか?」

「……!」

 

 今度は瀬奈が言葉に詰まった。それに構わず、押し殺したような声で天哉は続ける。

 

「……ジュレで陸上のことを語っていたとき、きみの表情は煌めいていた。走ることが好きなのも、プライドをもっていることもよくわかる。だがそれでも、激情に駆られて無理をすればツケは必ず返ってくるんだ……自分自身の、その後の人生すべてにな」

 

 脹ら脛の古傷がじくりと痛む。それが錯覚でしかないことをわかっていても、天哉は眉根を寄せた。

 

「飯田……」

「………」

 

 彼の過去を知る仲間たちは、その屈強な背中に悲哀を感じずにはいられなかった。兄の仇をとれず、自らの夢を潰えさせてしまった。たった15歳だった、少年が。

 それがなければ天哉は今頃、いっぱしのプロヒーローとして戦場を駆けていたに違いない。──彼だって、走りたかったのだ。

 

 そのとき、鋭児郎の脳裏に稲妻が閃いた。

 

「……走ったら、いいんじゃね?」

「は?」

「なっ……何を言っているんだ、切島くん!?」

 

 天哉の表情が怒りと困惑に染まっていく。まあ、言葉だけ聞けばそういう反応になるのも無理はないだろう。誤解は解かなければ。

 

「切島、あんた……」

「いや、瀬奈さんじゃなしに」

 

 ニヤリと笑った鋭児郎は、とある人物を指差した。その人物は「ええっ」と驚愕の声をあげたのであったが──

 

 

 *

 

 

 

──と、いうわけで。

 

「頑張れよ~飯田!」

「……う、うむ……」

 

 頷きつつも、どこか釈然としない表情の飯田天哉。鋭児郎と彼、そして瀬奈の三人は大学の体育館に併設された屋内トラックに足を踏み入れていた。

 鋭児郎の作戦は単純明快、瀬奈の提案した囮作戦を採用しつつ、囮役を天哉に任せるというものだ。とはいえ天哉も本格的に走るのはかなりブランクがあるので、まずは予行演習をと考えた次第である。

 

「じゃあ瀬奈さん、ビシバシ指導してやってくれ!」

「わかりました!──じゃあ飯田さん、まずは50メートル、思いっきり走ってみてください」

「……よしっ」

 

 踏ん切りをつけ、スタートラインに立つ天哉。「位置について~用意っ!」と叫ぶのは鋭児郎、大声を出すのは大得意なのだ。天哉ほどではないが。

 そして、号砲代わりにホイッスルを鳴らす。──走り出す。次第にスピードが上がっていく。全力疾走、フォームは整っている。分厚い筋肉に包まれた四肢が機械のように規則正しく躍動しながら、トラックを進んでいく。

 

 たった50メートルの距離。終わりは刹那のうちに訪れた。再びホイッスルを鳴らし、ストップウォッチを見る。

 

「6秒54……」

「おお!……それって、速いんスか?」

「大したもんだよ!」

 

 目を輝かせた瀬奈は、息を整えている天哉のもとへ駆け寄っていった。

 

「飯田さん、すごい!細かいところはあれだけど、基本はできてるよ!」

「ム、そうか……。ブランクがあっても、身体は覚えているものなのだな」

「ブランクって……飯田さんも陸上やってたの?」

「……いや。ただ、"ターボヒーロー・インゲニウム"の弟だったというだけさ」

「えっ……」

 

 自嘲めいた笑顔は、すぐにいつもの明るい表情へと変わった。「さあ、その細かいところについて遠慮なく指導してくれ!」と胸を張っている。

 

(飯田……今のおめェ、すっげえ漢らしいぜ)

 

 彼がチームの仲間であることを、鋭児郎は何より誇らしく思った。

 

 



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#20 駆けろエメラルド 3/3

 

 翌早朝。キャップを目深に被り、マスクで顔の下半分を覆った青年が歩いていた。もはや言うまでもない、ジェンコ・コパミーノの擬態した姿である。

 

「グフフフ……待ってろよ瀬奈ちゅわ~~ん。もうすぐ木っ端微塵にしてあげる~~ノ」

 

 下卑た声で嘲うジェンコ。その瞳にはあらゆる負の感情が塗り固められた妄執が宿っている。ひと晩溜めに溜め込んで、既に我慢の限界だった。

 

──そんな折だった、付近から号砲の音が響いたのは。

 

「!、この音は……!?」

 

 走るエメラルドと呼ばれたスター選手までもが息を潜めている状況で、よもやと思いつつ。逸るジェンコの足は自ずとそちらに向けられていた。

 

 果たして、そこには陸上のトラックがあった。楕円に沿うように、屈強な体躯の青年が走っている。傍らには、先ほど鳴り響いたであろうピストルを持った男の姿。

 

「な、なんで平気で走ってる~~ノ……!?」

 

 これだけ皆が自粛自粛となっているときに!一瞬そんな思いがよぎったジェンコだったが、青年の走りっぷりを目の当たりにして思考が吹き飛んだ。

 

「は、速い……!?」

 

 ただ速いだけではない、美しく整ったフォーム。寸前を見据える引き締まった表情。どれをとっても非の打ち所のない姿で。

 

「おぉ~カッコいい……ハッ!?じゃなかった、許せない~~ノ!!」

 

 憤懣を燃え上がらせたジェンコは、感情のままに本性を露にした。眼下ではトラックを走り終えた青年が、スターターと何やら話をしている。

 

「ハァァァ……セィイイイ~~ッ!!」

 

 爆弾を生成し──砲丸投げの要領で、トラックめがけて投げつける!

 軽々と飛んでいった塊は、内部に大量の爆薬が詰め込まれている。接地した瞬間、その衝撃で──

 

 そして、爆炎と轟音とが周囲一帯を覆い尽くした。

 

「アハハハハハッ、ざまあみろな~~ノ!!」

 

 爽やかに走っていたあの青年、今頃は劫火の中心で消し炭同然となっていることだろう。そう確信して憚らないジェンコは、

 

──次の瞬間、焼けつくような痛みと衝撃とともに吹き飛ばされた。

 

「ンノ~~ッ!!?」

 

 その場をのたうち回るジェンコ。とはいえ彼はギャングラー、ダメージからの立ち直りも早い。

 慌てて態勢を戻した彼が見たのは、こちらに銃を向けて立つ女の姿。パンキッシュな風貌と、堅い雰囲気の隊服がミスマッチなようでその実強固な信念を感じさせる。

 

「おはよう。引っ掛かってくれてどうも、ギャングラー」

「な……お、おまえまさか、国際警察ゥ!?」

 

 引っ掛かったということは、まさか囮だったのか、奴らは?だが、だとすれば──

 

「ふ……フン!だったら作戦は失敗な~~ノ。囮は見事木っ端微塵にしてやった~~ノ!」

「誰が木っ端微塵だって!?」

「!!?」

 

 今度は男の声が響き、炎の中からふたつの影が飛び出してきた。

 

「な……お前らなんでェ!?」

 

 ジェンコが吃驚するのも無理はなかった。五体満足で現れてみせたのは、跡形もなく吹っ飛ばしたと確信していたランナーとスターターだったからだ。服のあちこちが煤けてはいるが、五体満足で目立った外傷もない。

 

「なんでって……俺らもコイツ、持ってるもんよ」

 

 そう言って、スターターはピストル……ではなくVSチェンジャーを取り出してみせた。彼だけではない、ごついランナーも。

 

「咄嗟に変身して、爆発に耐えたってワケだ!なんたって……パトレンジャーだからな!」

「う、ウソだァ!?お、おまえはともかく、そっちのヤツの走りは本物だった~~ノ!!」

「……本物だった、か」

 

 ランナー……否、飯田天哉は彼にしては珍しく勝ち気な笑みを浮かべた。

 

「貴様に何がわかる、と言いたいところだが……俺の走りは確かに、"本物"から受け継いだものだからな」

 

 脳裏に、ひと晩つきっきりで天哉のランを指導してくれた瀬奈の顔が浮かぶ。彼女の熱意に、プライドに応えるためにも。

 

「彼女には……一歩も近づかせん!!」

 

 そのために、戦うだけ。

 

「行くぞっ、──警察チェンジ!!」

『2号、パトライズ!』

 

 警察チェンジ──音声が繰り返され、引き金を引くことで放たれたエネルギー体が強化服のかたちをとって天哉たちの全身を包み込む。

 そして、

 

「パトレン、1号!!」

「パトレン2号ッ!!」

「パトレン3号!」

 

「「「警察戦隊──パトレンジャー!!」」」

 

「国際警察の権限においてッ、実力を!行使するッ!!」

 

 天哉──パトレン2号の威勢のいい大声に、ジェンコは露骨にたじろいだ。常人であれば圧倒されるのも無理はないが。

 

「~~ッ、ぽ、ポーダマン!!」

 

 彼の慌てぎみの号令を受け、どこに隠れていたのやらまったく同じ姿かたちをした兵隊が姿を現す。ハンドガンとナイフ装備で群れをなして襲ってくるさまは普段戦いに縁のない一般市民からすれば恐怖そのものだろうが、パトレンジャーにとってはただの有象無象にすぎない。

 

「よ~しッ、いくぞ!!」

「おうよ!!」

 

 普段以上に暑苦しい応酬を繰り広げながら、男たちが先陣を切る。そのさまを微笑ましく思いながら、響香もまたあとに続いた。

 ポーダマン隊は数にモノを言わせて三人を包囲する作戦に出たようだ。ぐるりと円陣を組み、まずは銃撃で怯ませ、そこですかさずナイフを持った者が襲いかかる。──当然、そんな戦法は即座に瓦解した。

 

「お前らのペースには乗せられねえっての!!」

 

 仲間を庇いに入る1号。強化服の下の肉体を"硬化"させ、彼は銃弾をことごとく弾き返した。

 そして仁王立ちをしている彼の両肩を蹴り、仲間たちは勢いよく跳躍した。頭上をとりつつ、地上めがけて光弾を掃射する。こうして半数近いポーダマンが地に倒れた。

 

「まだまだっ!」

 

 さらに着陸したところですかさずパトメガボーに持ち替え、残るポーダマンに剣戟もどきを挑む。彼らは混乱から総崩れになっており、最早ものの数ではない。

 

「や、ヤバい~~ノ……。全ッ然歯が立ってない~~ノ!」

 

 これでは一分と経たずして奴らが雪崩れ込んでくる。業を煮やしたジェンコは、なんの躊躇いもなく爆弾を生成した。そして勢いよく、前線めがけて投げつける!

 

「なっ!?」

「やべ……ふたりとも俺のそばに!」

 

 1号が咄嗟に仲間を庇ったところで……大爆発。

 その光景を見届けたジェンコは、すかさず踵を返して走り出した。

 

「今のうちに、爆破!爆破ッ!爆破ァ!!しまくってやる~~ノ!!」

 

 明煌大学には届かずとも、腹いせに街を爆破する──半ば自棄の思考であったが、実行されればどんな惨劇になるかは想像に難くない。

 

 不幸中の幸い、パトレンジャーの面々はまだ無事だった。

 

「痛ッ、でぇえええ……!だ、大丈夫かふたりとも……っ」

「ウチらは平気だよ……ありがと。それより、アイツ追わないと……!」

「………」

 

「──俺に、任せろ!!」

 

 

 パトレンジャーが人々の安寧を守るために戦っている一方で、彼らの戦いを密かに見守る者たちがいた。

 

「連中、苦戦しているようだな」

「………」

 

 ルパンレンジャー。第一の目的を達した彼らが、この戦場に現れた理由──

 

「やっぱり、私らがやるしか……!」

「待てや、丸顔」

「!」

 

 冷たい声音に反感を覚えたイエローだったが、レッドの視線は走り出した男に向けられていた。

 

「必要ねーよ。あの熱血クソメガネが、なんとかすんだろ」

 

 

「──うおおおおおおおッ!!」

 

 鍛え上げた四肢を躍動させ、疾走するパトレン2号。かつて夢をかなえるための力だった"エンジン"……自らの過ちで、失ってしまった力。

 だがそんなことは関係ない。個性がなくとも、肉体と信念はここにある。──そして兄から、瀬奈から受け継いだ走者としてのプライドも。

 

 自身の脚力に警察スーツの性能が合わさり、今の天哉は瀬奈ともども"走るエメラルド"と呼ぶにふさわしい男たりえていた。逃げるジェンコとの距離がみるみる詰まっていく。

 

「ウソっ!?もう追いついてきた~~ノ!?」

「当然だあっ!!」

 

 このままでは数秒のうちに止められてしまう!ならばとジェンコは走るのをやめ、2号と向き合う形に方向転換した。

 

「今度こそ、木っ端微塵にしてやる~~ノ!!」

 

 爆弾を生成し、迫りくる2号めがけて投げつけ──

 

「させるものかぁぁぁぁ──ッ!!」

 

 2号が、跳んだ。

 

「なぁグハァッ!!?」

 

 その巨駆の体当たりをまともに受け、ジェンコは大きく吹っ飛ばされた──爆弾とともに。

 そしてほどなく、爆発。プスプスと黒煙を漂わせながら、彼はボロ雑巾のように倒れていた。

 

「やったぞ!」

「おー、流石だぜ飯田!」

「陸上ってか、ラグビーみたいになってたけどね」

 

 駆けつけてきた仲間たちの称賛の言葉。──尤も、天哉を評価していたのは彼らだけではなかったが。

 

「おお……やるやん飯田さ、痛っ!?」

「なに褒めてんだてめェは」

「凄いもんは凄いんだもん!ってか殴ることないやろ!?」

「……まったく」

 

 ティーンふたりが痴話喧嘩を繰り広げていると、

 

『グッドストライカーぶらっと参上~!今日は警察、熱いなぁ~!』

「あ、グッディ!……今日は、あっちに手ぇ貸してもいいよ。コレクションはゲットしたし」

『おっ、ホントか?じゃあ遠慮なく~!』

 

 漆黒の翼が嬉々としてパトレンジャーのもとへ向かっていく。手助けを得た警察官たちはU号へと融合を遂げようとしている。それを認めていいものか轟炎司には量りかねたが、今回は黙認した。インゲニウム──知己である元プロヒーローの年の離れた弟、その奮戦に少なからず心動かされたのは否定しがたい事実だった。

 

 一方で、

 

「とどめだ、ギャングラー!」

 

「「「イチゲキ──ストライクっ!!」」」

 

 グッドストライカーからVSチェンジャーにエネルギーを充填し……巨大な弾丸として、放つ!

 もはや易々とは立ち直りがたいダメージを受けてしまったジェンコは、そのエネルギー弾になすすべなく呑み込まれていく──爆発。

 

 ひしゃげた金庫が土手を転がる。それが河川敷に投げ出されたところで、かのマッドギャングラーが姿を現した。

 

「私の可愛いお宝さん……ジェンコを元気にしてあげて」

 

 イチゲキストライクの破壊エネルギーとは対をなす蘇生のためのエネルギーが金庫に注ぎ込まれ──

 

「ヌゥオオオオオッ、このままじゃあ終われない~~ノ~~!!」

「!」

 

 もはやルーティーンとなってしまった巨大化復活。とはいえ、その脅威が相当なものであることに変わりはない。

 

「ッ、グッドストライカー!」

『おうよ!オイラ、今日はとことん警察の味方だぜ~!!』

 

 

──警察ガッタイム。巨大化したグッドストライカーを中心としたトリガーマシンナンバーズが、鋼鉄の巨人を形作ってゆく。

 テレビ中継を通じ、瀬奈もまたその光景を固唾を呑んで見守っていた。

 

(飯田さん……)

 

 昨夜のことを思い出す。走る天哉。その指導の合間に、鋭児郎に訊いたのだ──インゲニウムの弟だという彼に、いったい何があったのか。

 

『飯田は、元々ヒーロー目指してたんだ。お兄さんみたいなヒーローを』

 

『けど、お兄さんがヒーロー殺しに襲われて……』

 

──単身仇討ちに臨んだ天哉は重傷を負い、個性を使えない身体になった。

 

 

 それでも天哉は、正義の守り手であろうとし続けている。その姿は、兄に負けじと煌めいていると瀬奈には映った。

 

 

 *

 

 

 

「今度こそ、木っ端微塵にしてやる~~ノ!!」

 

 目の前に立ちはだかったパトカイザーに対し、いきなり爆弾を投げつける巨大ジェンコ。カイザーは左腕のキャノン砲でそれを撃ち落とす。しかし、まだまだとばかりに次々生成されては飛んでくる火薬の塊。やがて一発が撃墜が間に合わず機体に命中、爆発を起こした。

 

「ぐあああっ!?」

 

 倒れ込むパトカイザー。コックピットは激震に襲われ、パトレンジャーの面々は目の前のコンソールにしがみついて耐えるしかない。

 

「こんなの、何発も喰らったら……!」

「通常のパトカイザーではもたないか……!──ならばッ!」

「ああ……!」

 

 2号がバイカーを、1号がクレーン&ドリルを自らのVSチェンジャーに装填し──外部へ、射出する。

 

『腹くくったなぁ!パトカイザーも、両腕変わりまっす!』

 

 そう──ルパンカイザーサイクロンナイトよろしく、パトカイザーもまた両腕を換装したのだ。右腕にクレーン、左腕にバイカー……名付けて、

 

「「「パトカイザー"ストロングバイカー"!!」」」

 

「腕が変わったくらいでェ、オレの爆弾は防げない~~ノ!!」

 

 そう、相手が文字通り手を変えてきたからといえど、ジェンコのとる作戦はこれしかない。とにかく爆弾を生成し、投げまくる。

 

「そいつは、どうかなっ!」

 

 右腕のクレーンが胴体を庇う。再び爆発が起こる。

 

──しかし、ストロングバイカー本体がダメージを受けることはなかった。

 

『コイツは文字通り、ストロングだぜ~!』

「うむ。さあ、反撃だ!」

 

 天哉の号令に応じクレーンが、ドリルが、激しい攻勢に打って出る。いずれも"伸びる"武器のため、飛び道具でないにもかかわらず遠距離攻撃が可能なのだ。両手で、間断なく。

 

「痛だだだだだだぁ!?そそそそんなのアリな~~ノ!!?」

「大アリだ!いくぞ──」

 

「「「パトカイザー、リフトアップストライクっ!!」」」

 

 伸ばしたクレーンがジェンコを捕縛し、ワイヤーを全開まで伸ばして振り回しながら吊り上げる。

 

「目が、目が回る~~ノ!?」

 

 三半規管をやられ、吐き気を催すジェンコ。しかしその苦痛からは程なく解放された。

 バイカーから放たれたホイールが、彼の胴体を打ち砕いたのだ。

 

「ノォオォォォ……!?」

 

 放り出され、落下するジェンコ。もはや、彼の運命は決まっている。

 

「お、オレが……木っ端微塵になっちまった~~ノ……!」

 

 言葉通り、その身が粉々に爆発四散する──金庫もろとも。これでもう二度と、ジェンコ・コパミーノが劫火をもたらすことはなくなった。

 

「任務、完了!」

『気分はサイコ~!』

 

 いつも通りさっさとガッタイムを解き、グッドストライカーが飛び去っていく。トリガーマシンごと放り出されるのにももう、慣れたものだった。

 

 

 *

 

 

 

 週末、記録会は無事に開催された。

 

「位置について、用意──!」

 

 号砲が鳴り響き、選手たちが走り出す。横並びから最初に抜け出したのは……速見瀬奈。

 

「瀬奈さん、頑張れ~!」

「いいぞ、瀬奈くん!!」

 

 お茶子と天哉、ふたりの声援を浴びて走る、走る。走る瀬奈。そして、ゴールへ──

 

 程なくタイムが電光掲示板に表示される。彼女の、自己ベスト。つまり日本新記録更新を意味する数字に、観客席が沸いた。

 監督やチームメイトに囲まれ、笑顔を浮かべる瀬奈。彼女の視線が天哉たちのほうへ向けられる。

 

 サムズアップをする瀬奈に、天哉もまた同様にして応えた。走ることへの情熱と誇り──それこそがエメラルドを煌めかせているのだと、彼は誰よりも理解っていた。

 

 

 à suivre……

 

 

 

 

 

 

 

(Épilogue)

 

 夜の歓楽街の片隅でひっそりと営業している小さな酒場。一見なんの変哲もないその店に、異形の一つ目巨人の姿があった。

 

「こんなところに呼び出すとは……いったいなんの用だ、ザミーゴ?」

 

 周囲をぎょろりと睨めつけながら、目の前の青年を威圧する巨人──デストラ・マッジョ。対する青年──ザミーゴ・デルマはカウンター席に腰かけたまま、しきりにシェリーグラスを弄んでいる。

 

「たまには趣向を変えないと。それより、デストラさんも飲みなよ。何がいい?」

「必要ない。早く用件を言え」

 

 はっきり言って居心地の悪い場所だった。自分たちのほかにいるバーテンダーや客に至るまで、おそらくは正真正銘の人間ばかり。にもかかわらず突如として現れたギャングラーにパニックを起こす様子もない。ザミーゴ曰く、「そういう場所」らしいが──

 

「やれやれ……」肩をすくめつつ、「耳寄りな情報を仕入れたもんでね、お知らせしようかと思ってさ」

「耳寄りな情報……だと?」

 

 端正な顔立ちがニヤリと歪む。

 

「近々、快盗と警察……両方に大きな動きがある」

「両方に、だと?」

「そ。嵐が来る……なんて、言ってもいいかもね」

 

 

──嵐。

 

「さよなら、パリ。そしてただいま日本……ろくでもない俺の故郷」

 

 

 フランス・パリはエッフェル塔に立ち尽くす、影。その全身は、白銀に煌めいていた──

 

 






「誰だ……てめェ」


次回「ゲーム×スタート」


「――快盗、ルパンエックス」






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#21 ゲーム×スタート 1/3

ようやくここまで来た…!

ルパンエックス、登場!


 

 深夜の無人駅。郊外にぽつんと位置し、周囲に人気のないこの寂寥の地が、今夜に限っては狂騒に彩られていた。

 

 その中心に堂々と立つ、(ましら)のような異形の怪人。その胸元には金庫のような……もとい、そのものの意匠が埋め込まれている。それは彼がギャングラーの一員、ザルダン・ホウである証に相違なかった。

 

「待ちくたびれたぜ。警察やヒーローには連絡してねえだろうな?」

 

 彼が問いかけた先には、スーツ姿の中年男性の姿があった。アタッシュケースを提げた腕はぶるぶると震えている。額には脂汗が浮かんでいた。

 

「も、もちろんだ。約束のモノも持ってきた!だから、娘を……!」

「パパ!」

 

 ポーダマンに抱きかかえられた少女が涙声を発する。そのさまを認めながら露骨に鼻を鳴らすと、ザルダンは無言で顎をしゃくった。ポーダマンが男に近づき、アタッシュケースを取り上げる。中を改め、大量の札束が詰め込まれていることを確認すると、ザルダンのもとへ運んでいった。

 

「ハッ、確かに」

「こ、これでいいだろ!?娘を返してくれ!」

 

 逸るあまり身ひとつで娘のもとへ駆け寄ろうとする男。しかしその無謀の前にポーダマンたちが立ち塞がった。銃剣で顔面を打たれ、なすすべなく倒れ込む。「パパぁ!」と、娘の悲痛な声が響いた。

 

「返すわけねえだろ!お前らここで死ぬんだよォ!!」

「たっ頼む!せめて、せめて娘だけでも……!」

 

 額から血を流しながら懇願する父親の姿に、ザルダンの興奮は最高潮に達した。我が子を救うために何もかもかなぐり捨てておきながら、それが無駄な努力であったことを知った瞬間の絶望に染まった表情、たまらなく滑稽で愉快なのだ。

 

「じゃあ親子丼、イタダキマース!」

「……!」

 

 助けを求めることもできず、親子の命が消し去られようとした──刹那、

 

 彼方から、警笛の音が響いた。

 

「……?」

 

 線路を陣取っていたザルダン以下ギャングラーたちは、怪訝そうに顔を見合わせた。この時間、とうに終電を迎えているはずである──わざわざ時刻表を調べたのだ──。このような辺境の無人駅に、電車が通るわけがない。

 その思い込みゆえ、彼らは動くのが遅れてしまった。目の前に見たこともないような巨大列車が現れたときにはもう、手遅れだった。

 

「!!?」

 

 ザルダン自身はかろうじて逃げおおせたが、ポーダマンたちがその突撃によって吹き飛ばされ、尊くもなんともない犠牲に成り下がる。それを遂行することそのものが目的だったかのように、列車は火花を散らしながら減速し、程なく停車した。

 

「なっ、なななッ、なんだァ!?」

 

 ザルダンがただただ呆気にとられていると、ドアが開き、人間らしきシルエットが降り立ってくる。それは月明かりのほかにほとんど光源のないこの地にあっても燦然と輝き、姿を明らかにしていた。

 

「ハァ……こんな夜中にぞろぞろと。近所迷惑にも程がある」

「近所なんてねぇだろォ!?ってかおまえ、いったい何モンだ!」

「俺?俺はね──」

 

「──ルパンエックス。孤高に煌めく快盗……なんてな」

 

 わざとらしく肩を竦める白銀の快盗。その姿かたちとは裏腹に、口調はどこか気だるげ……ややもすれば厭世的ですらある。

 無論、ザルダンからすれば重要なのは相手の身分ひとつであった。

 

「はっはーん、貴様が世間を騒がせてるっていう快盗か。……このザルダン様と渡り合えると思ったら大間違いだァ!!」

 

 早速とばかりに、ザルダンはメインウェポンたる如意棒を振り回してルパンエックスに襲いかかった。先端部がボルトのような形状になっており、思いきり叩きつければ岩石をも粉々に砕くだけの硬度を誇る。彼は己の棒術に、鍛練に裏打ちされたがゆえの絶大な自信をもっていた。

 しかし──

 

「何、それ?」

「なッ……!?」

 

 エックスの胴体を包む鎧にあっさりと弾き返され、ザルダンは困惑した。

 

「ははっ、レベルが足りてないんじゃない?」

「チッ、舐めやがって……!」いったん距離をとりつつ、「だが遊びは終わりだ!このオレのルパンコレクションは生命力を上げ、パワーを倍増させることができるッ!そうなりゃ貴様も終わりだァ──!!」

「へー、そう」

 

 悦に入っていたザルダンは、ルパンエックスがするりと距離を詰めてきたことに気づけなかった。

 そして、気づけば。

 

『7・2──1!』

「へっ?」

「ルパンコレクション、回収っと」

 

 我に返ったときにはもう、力の源は敵の手中にあった。

 

「ウッキィ!?使う前に盗られてしもたぁ!?」

「ミッションクリア……ってわけで、入れ物はさっさと消えろよ」

「ッ、ウッキィィィ……!」

 

 いきり立つザルダンだが、このまま感情にまかせて戦ったところでこのルパンエックスを叩きのめせるビジョンは見えなかった。

 

「かくなるうえは!」

 

 くるりと踵を返し、敵に背中を見せるザルダン。逃走を企図した行動には間違いないが、その瞬間ルパンエックスはあることに気づいた。

 

「!、……おまえ、ステイタス・ダブル?」

 

 腹部に金庫のあるザルダンはもうひとつ、背中にも持っていたのだ。──デストラ・マッジョと同じく。

 ザルダンはもはやその言葉に反応することもなく、背中の金庫に保管したルパンコレクションの能力を発動させた。その身体が白煙……否、雲に包まれ、ふわりと浮かび上がる。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に攻撃を仕掛けるルパンエックスだが、雲はザルダンの肉体が変化したものらしく、一切の攻撃がすり抜けてしまう。そうこうしているうちに彼は高々と浮遊し、夜空へと消えていった。

 

「ハァ……ま、初戦はこんなもんか」

 

 気だるげに息を吐く。燦然と煌めくその鎧の下には、必ずしも明るい性情が隠れてはいないようだ。

 と、

 

「め、めぐみっ!」

「パパ!」

 

 視線の先では、恐怖から解放された父娘が涙ながらに抱き合っている。

 

「………」

 

 その姿を、白銀の快盗は沈黙のままに見つめていた。仮面に隠れたその表情は窺い知れず、それゆえに彼が何を思うのかも明らかにされることはない。

 ただ彼が踵を返そうとすると、背後から「あのっ!」と声がかかった。

 

「……なに?」

「たっ、救けていただいてありがとうございました……っ!」

「………」

 

「……ははっ」

 

 快盗が漏らしたのは、自嘲めいた笑いで。

 

「別にあんたらを救けに来たわけじゃない。お宝あるところ、快盗はいつでもどこでも現れるんだよ」

「!」

「じゃ……アデュー」

 

 そうつれなく返して、巨大列車に戻ろうとしたときだった。──パシャリ!フラッシュが、彼の背中を照らしたのだ。

 

「?」

「か、カッコいい~……!」

 

 振り返れば少女がこちらにスマートフォンを向けている。今のは写真を撮られたのか。理解した矢先、今度はパパを放り出して駆け寄ってきた。

 

「抱っこして!」

「ハァ?」

「早く~!」

 

 強引さに押しきられ、ルパンエックスは渋々少女をひょいと抱き上げた。頬がくっつかんばかりに顔を寄せてきたかと思えば、もう一度パシャリ。父親はただただ呆気にとられている。

 

(やれやれ……)

 

 女は幾つでも強かなものだと、彼は密かにため息をついた。

 

 

 *

 

 

 

 数日後、快晴の朝。

 

「ふぁ……」

 

 噴水公園の木陰にあるベンチで、欠伸混じりにスマートフォンを弄る少年の姿があった。名を爆豪勝己。

 夏季休暇に差し掛かる時期とはいえ、高校生くらいの少年としては些か褒められない姿であるが……彼は一応、既に社会人の身であった。例によって仕事をサボり、ここでこうして時間をつぶしているのである。日課である。怠惰の極みだが……これでも彼は中学生だった一年と少し前まで、ヒーローを目指してストイックに生活していたのだ。

 

 ぼんやりとネットニュースをチェックしていく勝己。しかし茫洋とした真っ赤な双眸は、あるニュースに触れた瞬間かっと見開かれた。

 

「は?……ンだよ、これ」

 

 見出しに躍る文字列──"大活躍 快盗ルパンエックス"。その下にはルパンエックスを名乗る何者かが、ギャングラーと交戦して誘拐された女児を救出した旨、文章が連なっている。写真付きで。

 

「………」

 

 何者かのコスプレか?いや、だとしてもギャングラーと戦って──取り逃がしたにしても──勝利を収めているのだ、ただの人間ではありえない。

 

(ヒーローの変装とか?いや、でも……)

 

 考えても答えは出ない。ぼりぼりと頭を掻きながら、勝己はベンチから立ち上がった。先ほどまではBGMでしかなかった蝉の声が、やけに五月蝿く感じる。

 

「チッ……誰だよ、ルパンエックス……」

 

 公園の出口に差し掛かりつつ、独り毒づいたときだった。

 

 

「……呼んだ?」

「──!」

 

 いきなり肩に腕を回され、勝己は一瞬身を硬くした。

 

「な……ッ!?」

 

 ぞわりと全身が総毛立つ。元々他人とのスキンシップを好かないうえに、あまりに突然のことだった。我に返った勝己は絡んできた何者かを振り払うと、素早く飛び退いて距離をとる。

 

──果たして、そこには見知らぬ男の姿があった。背丈は勝己より若干大きいくらいか。ただそんなことは問題ではない。この暑いのに長袖の黒いパーカーにズボン、両手は分厚い手袋と徹底的に肌を見せない服装を身に纏い、そうかと思えば首から上には無造作に伸びた白髪が繁っている。容貌は年齢不詳だが、声の雰囲気からしてまだ年若いことが窺える。

 いずれにせよ、

 

(不審者……!)

 

 全身から漂わせる負のオーラに人生最大級の警戒心を抱きながら、勝己は唸るように声を発した。

 

「……誰だ、てめェ」

「おぉ、怖い怖い。野良犬みたいだね、きみ」

「ンだと……!」

 

 くつくつと笑う男は、大仰に肩をすくめてみせた。挑発しているのか、素でこのような態度なのか。どちらであれ、いけ好かないことには違いないが。

 

「俺だよ」

「は?」

「だから、ルパンエックス」

「………」

 

 ずり、と一歩後ずさる。

 

「……証拠、あんのかよ」

 

 数秒のうちでの思案の末、そんな言葉を絞り出すのが精一杯だった。

 

「証拠?そうだなぁ、変身してみせてもいいけど……まずはこれ」

 

 男がひょいと手を差し出す。その掌の上に乗せられたオブジェクトを目の当たりにして、勝己は驚愕した。

 

「!?、それ、俺の……!」

 

──先ほどまで、のんべんだらりと弄っていたスマートフォン。まさかと思ってズボンのポケットをまさぐると、やはり忽然と消えている。

 いつの間に取り上げた?突然肩を組んできたときか?だが、こんな分厚い手袋を填めた手がポケットの中に滑り込んできたらば、嫌でも気づくはずだ。どうやって……。

 

「ほら、いらないの?」

「ッ、」

 

 恐る恐る近づき、スマートフォンを奪い返す。その瞬間、目が合った。紅い瞳、ブラッドカラーと言うのだろうか。勝己のそれと、同じ色。

 

「信じてくれた?俺がルパンエックスだって──」

 

 男が再び勝己に迫ろうとしたときだった。

 

「お兄さん……ちょーっといいかな?」

 

 男の目の前に立ちふさがった青年がいた。もはや見慣れてしまった、逆立った赤髪。

 

「クソ髪……なんでここに」訊く勝己。

「なんでって、通勤路だもんよ。……ってか今、ルパンエックスがどうとか聞こえたんだけど?」

 

 国際警察捜査官の手帳を示し、ルパンエックスを名乗る男の腕を掴む。

 

「こういうモンなんで……ちょーっと署のほうで話聞かせてもらえっかな?」

「……あー」

 

 男は驚くでもなく、気のない声を漏らしただけだった。

 宿敵パトレンジャーの一員に連行されていくその姿を、形容しがたい表情で見送る勝己。しかしスマートフォンのカバーに挟み込まれたカードを発見した瞬間、彼は凍りついた。

 

──初めまして、ルパンレッドくん。

 

──次はきみらの大好きなモノをプレゼントするよ。

 

 そんなメッセージの書かれた、ルパンレンジャーの刻印付きのカード。

 

「アイツ、まさか本当に……!?」

 

 "快盗ルパンエックス"の称号がずしりと重いものとなるのを、勝己は身をもって感じていた。

 

 

 *

 

 

 

 切島鋭児郎の連行してきたルパンエックスを名乗る男は、即刻取調室に放り込まれた。国事警察とは業務内容の異なる国際警察だが、一応の設備は揃っているのである。

 

 物珍しそうに部屋を見回す男の向かいに腰掛け、鋭児郎の同僚である耳郎響香が尋問に臨んだ。

 

「……じゃあまず、名前は?」

「名前?」肩をすくめ、「だから、ルパンエックス」

「ふざけるなっ!!それは本名ではないだろう!?」

 

 大声で詰め寄るは言うまでもあるまい、飯田天哉である。プロヒーローでもある鋭児郎以上に体格が良いことも手伝い、その威圧感は凄まじい。

 

「おー、怖い怖い。あの子とは別ベクトルで」

「貴様……!」

「お、落ち着けって飯田」

 

 諌めつつ、鋭児郎もまた困惑していた。この男、ここに来るまでもそうだったがどこまでも人を喰ったような態度だ。本当に快盗なのだろうか。

 

「心配しなくてもわかるよ、もうすぐ。そしたら俺ら、お友だちになるんだ。ははっ」

「……ッ!」

 

 ますます額に青筋を浮かべる天哉、いつも冷静な響香も流石に顔を顰めている。

 

「悪いけどウチら、快盗とお友だちになるほどお人好しじゃないよ」

「……まあ、それもそうか。()()()、じゃあね」

「……?」

 

 意味深な物言いに、鋭児郎が首を傾げたときだった。

 

「失礼するよ」

「!」

 

 申し訳程度のノックとともに入室してきたのは我らが上司、塚内直正だった。

 

「管理官……」

「皆、すまないが取り調べは終わりだ」

「え!?」

「は?」

「なッ……どういうことですか、管理官!?」

 

 礼儀を重んじる天哉なので、流石に目上の人間にまで詰め寄りはしない。しかし距離を置いても強烈なインパクトを誇ることには変わりない。塚内は苦笑いを浮かべかけたが、部下の気持ちを慮って努めて表情を引き締めた。

 

「たった今フランス本部から連絡があった。──彼は、我々の身内だ」

「身内、って……まさか」

 

 ここで怪しげな黒づくめの男が、ズボンのポケットを漁りながらすくりと立ち上がった。

 

「ってわけで、改めて自己紹介。国際警察フランス本部所属、特別捜査官──」

 

 

「──死柄木弔です、よろしく」

 

 提示された警察手帳が、彼の自称を真実たらしめていた──

 

 



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#21 ゲーム×スタート 2/3

光堕ち死柄木の口調、ムズカシイネ


 

 ザルダン・ホウは怒りと屈辱に燃えていた。ふたつ所持しているルパンコレクションの片割れを盗みとられ、一時的にとはいえ安全圏である自分たちの世界にまで撤退する羽目になったのだ。

 

「おまえほどの奴がしてやられるとは、余程腕の立つ相手らしいな?」

「ふふふっ、残りのお宝もとられないと良いわね?」

 

 ドグラニオはまだしも、ゴーシュの言葉にザルダンは憤激した。とはいえ彼女はボスお気に入りの幹部であり、実力もある。怒りの矛先は、この状況をもたらした白銀の快盗へ向けるしかない。

 

「ウッキィィィ……!不意打ちだったから不覚をとっただけだッ、野郎ぶっ殺してやるゥ!!」

 

 如意棒を振り回しながら、どかどかと床を踏み鳴らし飛び出していくザルダン。その姿を見送りつつ、デストラは先日のザミーゴの言葉を思い返していた。

 

(嵐が来る、か)

 

 ルパンエックスを名乗る、新たな快盗。快盗と警察、そして彼らギャングラー……すべてをかき乱す存在になるのではないかという予感が、確かにあった。

 

 

 *

 

 

 

 快盗たちにとって、ルパンエックスの存在は既に嵐となりつつあった。

 

「──あの野郎、俺らの正体掴んでやがった」

 

 喫茶ジュレにて、爆豪勝己は苦虫を百匹ほども噛み潰した表情でそう告げた。当然、仲間たちに経緯はすべて語ったうえで。

 

「……そいつは、警察に捕まったんだな?」

 

 同じく渋い表情で尋ねるは、表向きこの喫茶店の店長である轟炎司。勝己ともうひとりの仲間にとっては父親ほどの年齢で、元トップヒーローというキャリアを誇る男でもあるが……今となっては同じ、社会正義のうえでは認められない存在でしかない。

 

「ああ……ヤツがゲロったら終わりだわ、クソっ」

「そ、そんな……アカン奴やん!どうしようどうしよう……はっ!そうだ!」

 

 突然二階に駆け上っていったかと思えば、程なくしてスーツケースを持って降りてくるお茶子。とかく詰め込めるだけ詰め込んだのだろう、服がはみ出している。

 

「……何をしている?」

「決まっとるやん!準備だよ、夜逃げの準備!」

「!、……夜逃げ……」

 

 珍しく動揺した様子の炎司は、思わず天を仰いでいた。かつてトップヒーローとして栄華を誇り、一生遊んで暮らせるだけの資産を保有していたエンデヴァーがそこまで堕ちるとは。まあ経済的事情で逃げるわけではないが。

 

「──逃げてたまっかよ、クソが」

「……爆豪くん?」

 

 ルパンエックスから寄越されたカードをテーブルに叩きつけ、勝己は笑みを浮かべた。ヴィラン顔負けと評される、凄絶な笑みを。

 

「こんなことでサツどもに負けてられっか……!──ヤツがぶちまける前に連れ出すんだよ、俺たちで!!」

「!」

 

 ふたりは顔を見合わせた。──爆豪勝己という男は、最後の最後まで敵に喰らいつくことをやめない。ただ、徹底的に突き崩されると脆さが露呈することもまた、彼らは知っている。

 

「うむ……そうだな、夜逃げは最終手段だ」

「うう~、やるしかないか……」

 

 いざ、国際警察へ──

 

 

 *

 

 

 

 快盗たちが──自分たちの身を守るためであるが──救出のため躍起になっている頃、その対象は警察戦隊のタクティクス・ルームでくつろいでいた。

 

「ここ、涼しくていいね。こんな恰好してると夏の日本は辛くってさあ、ははっ」

「……暑苦しい恰好って自覚はあるんだね」

 

 響香がぼそりと毒づくが、ルパンエックスこと特別捜査官こと死柄木弔は「まあね」とにべもない。分厚い手袋で器用にティーカップを口許に運んでいる。そうかと思えば今度はリップクリームを塗ったりと忙しい。肌が弱いのだろうかとぼんやりと憶測しつつ、鋭児郎は改めて訊いた。

 

「国際警察の人なら、そう言ってくれりゃよかったのに……」

「あぁ、悪い悪い。きみと一緒ならこのオフィスにもすぐたどり着けるかと思って、烈怒頼雄斗……いや切島鋭児郎くん?──ははっ、どっちで呼ばれたい?」

「……君というヤツは!さっきからなんだその態度は!?」

 

 ついに怒り心頭に発した天哉が詰め寄ろうとするのを、鋭児郎と響香が慌てて抑えた。相手はもはや容疑者ではなく、フランス本部からの客人なのだ。煙に巻いたような態度がいけ好かないのは同感だが。

 

 双方を見回してため息をつきつつ、塚内管理官が改めてこの特別捜査官殿を紹介した。

 

「ええと……彼は元々、フランス本部でルパンコレクションの研究に携わっていたそうだ」

「へー、よくご存知で」

「いや本部のお偉いさんから聞いたからな……」

 

 塚内が思わず苦笑いを浮かべていると、リップクリームを塗り終えた弔は不意にひょこりと立ち上がった。

 

「でも、ただ研究してただけじゃない。──()()、誰が造ったと思う?」

「!」

 

 弔が指差したのは、鋭児郎たちの装備しているVSチェンジャーだった。

 

「まさか……」

「そう。俺がコレクションを改造して、きみらの装備を造ったってわけ」

「ま、マジ……!?」

 

 このアングラ系の極みのような青年が?所感を見透かしてか、やや荒れぎみの唇がへの字に曲がった。

 

「あのさあ……人は見かけに寄らないって言葉、知ってる?」

「も、もちろん知っているとも!……しかし、なぜ日本に?」

「なぜって、生まれの故郷だから。帰省しちゃ悪い?」

「そうは言っていないが……」

 

 言葉に詰まる天哉と入れ替わりに、未だ胡乱な表情を浮かべる響香が口を開いた。

 

「別に帰ってくるのは自由だし、極秘任務で出向なんてのもウチらには珍しいことじゃない。……でも、そんな人がなんで快盗名乗ったりしてるのか、ちゃんとご説明願いたいんだけど?」

「それは私も知りたいな」塚内が同調する。

 

「ま、そりゃそうか」肩をすくめつつ、「わかりました、お答えします。俺が快盗になったのは──」

 

 弔が質問の回答を述べようとしたときだった。

 

『うわあ!?──じ、事件発生!事件発生!』

 

 けたたましいサイレンを鳴り響かせながら、事務用ロボットであるジム・カーターが叫ぶ。

 

『猿島町で、ギャングラーが暴れているとの通報です!』

「……話はまた後か。パトレンジャー出動!」

「「「了解!」」」

 

 揃って敬礼し、パトレンジャーの面々は迅速に装備を整えて飛び出していく。

 

「死柄木捜査官、きみはどうする?」

「行きますよ、もちろん」

 

 にこりと笑みを浮かべてそう答えると、弔もまた鋭児郎たちに続いた。彼らに比べると緩慢というか、危機感のない所作であるが。

 

「……死柄木弔、か」

 

 警察官という職業には不似合いな風貌に、掴みどころのない振る舞い。ルパンコレクションに改造を加えたという事実。──何より塚内は、彼の存在について今日までまったく知らなかった。

 何かある……そう思わないほうがおかしい。

 

「……ジム。ギャングラーのほうが片付いたら、死柄木捜査官について情報を集めてくれ」

『あっはい、了解しました!』

 

 本部からメールで送られてきた人事データ以上のものが入手できるか、怪しいものだったが。

 

 

 *

 

 

 

 一方、快盗たちは国際警察庁舎付近に建つビルの屋上に足を踏み入れていた。

 

「覚悟はいいな?」

 

 炎司の言葉に頷くふたり。仮面で目元を隠していても、その表情が緊張の極みにあることが伝わってくる。

 

 国際警察に侵入を試みるのは、二度目になる。ただ前回は深夜、それもギャングラーによる襲撃に乗じてのアクションだった。今回は違う、パトレンジャーだけでなくあらゆる実力部隊の袋叩きに遭う可能性だって十分に考えられる。──生身の人間を撃つことにだって、なるかもしれない。

 炎司は、その覚悟を問うたのだ。

 

「では、行くぞ」

 

 三人がいよいよ飛び出そうとしたときだった。

 

「!、待て」

 

 勝己が突然、ふたりを止める。その理由は眼下を見るだけで明らかとなった。外に出てきたパトレンジャーの面々が、パトカーに乗り込んでいく姿がそこにはあったのだ。

 

「……ギャングラーが現れたらしいな」

「ええっ、こんなときに!?……ん?」

 

 お茶子が首を傾げる。パトレンジャー三人の出撃はいつもながら、彼らには見慣れぬ同行者がいたのだ。

 

「誰だろ……あの白髪頭の人?」

「……ルパンエックスだ」

「へっ?」

 

 意味がわからない──そう言いたいのは勝己も同じだった。ルパンエックスを名乗って連行された男が、どうしてパトレンジャーと行動をともにしている?

 

「チッ……ここは追う一択か」

 

 あの男には、きっちり事情を訊かせてもらうほかない。ギャングラーから、ルパンコレクションを奪い取ったあとで。

 

 

 *

 

 

 

 人々が逃げまどう。その背中でコンクリートが砕け、劫火の爆ぜる音が響く。

 それらすべて、ザルダン・ホウと彼の率いるギャングラーによってもたらされたものだった。

 

「ウッキィィィ!出てこいッ、ルパンエックスゥゥゥ~!!」

 

 破壊に勤しみつつ、憎き仇敵の名をがなり立てるザルダン。暫くそんなことを続けていたらば、果たして敵対者たちはやって来た。

 

「動くなッ、国際警察だ!!」

 

──尤も、それはザルダンの望んだ相手ではなかったが。

 

「国際警察ゥ?用があるのは貴様らなんかじゃねえ!!」

「おまえに無くても、こっちにはあるんだよ!──行くぜッ!」

 

 VSチェンジャーとトリガーマシンを構え、いざ変身!……というところで、「はいスト~ップ」。背後から横槍が入った──背後なのに横槍とはこれ如何に、という話だが。

 

「……死柄木、さん?」

「アイツのご指名は俺だ。きみらはひとまず観戦してろよ」

「何を……」

 

 これは私闘ではなく、組織の命令に基づいた崇高な任務だ。そんなことは許されない!

 そう主張しようとした天哉だったが、弔の表情を目の当たりにして思わず口をつぐんだ。

 

──人を喰ったような薄ら笑いが、消え去っていた。みひらかれた紅い瞳に、宿るのは。

 

「警察……チェンジ」

 

 手にした黄金と白銀の銃──その銃身をぐるりと一回転させ、砲口を頭上へ向ける。

 

『Xナイズ!警察、Xチェンジ!』

 

 そして──引き金を引く!

 

 放たれた閃光が、弔の全身を包み込む。黄金に輝くロングコートのような意匠の鎧。腰布が、ひらりと風に靡く。頭部を覆うメットには、"X"が刻まれていた。

 

「ハァ?誰だ貴様ァ!」

「──パトレンエックス。気高く輝く警察官……ってとこかな、ははっ」

 

 口上や豪奢な外装とは裏腹に、相変わらず空疎な態度。ただ気のない振る舞いとは裏腹に、その"警察チェンジ"は戦場に少なからぬ衝撃を与えていた。

 

 特に、密かに様子を窺い続けていた快盗たちには。

 

「……警察官、と言ったな」

「どういうこと?まさか爆豪くん、だまさ──」

「──それ以上ほざいたらブッ殺すぞ丸顔……!」

「ヒッ……」

 

 プライドの問題だけではなかった。だいたい、あの男が快盗の正体を知っていたのはまぎれもない事実なのだ。しかしただの警察官なら、わざわざルパンエックスを名乗って接近してくるのも妙な話。

 

(何かある……何か……)

 

 勝己の思考をよそに、戦闘の火蓋は切って落とされていた。

 

「警察なんかに用はねェっつってんだろォォ!!」

 

 猛り狂ったザルダンが、目の前の邪魔者を排除すべく攻撃を開始する。如意棒の先から稲妻を走らせ、一度は四方八方へ散らせたうえで標的めがけて集束させる。光速とは言わないまでもそうと錯覚しうるスピードでの攻撃、並大抵の……否、パトレンジャーの面々であっても見切れるものではなかった。

 

──しかし弔は……パトレンエックスは、そうではなかったらしい。

 

 黄金が閃くかのような、跳躍。腰布をひらりと靡かせながら、彼は宙を舞っていた。電撃はなおも襲ってくるが、この手の攻撃は最初を避けることができればものの数ではない。

 

「ハァ……」

 

 相変わらず吐き出される気だるげなため息。華麗な所作を続ける肉体と、その精神はまるで別人のそれだった。

 

「おまえも、人を見かけでしか判断できないタイプ?」

「何ィ!?」

「ははっ……まあおまえが見かけ通りのお猿さんだってンなら、こっちは好都合だけど」

 

 嘲りつつ、黄金銃で取り巻きのポーダマンたちを片付けていく。見事な手際ではあったが、敵の数の多さもあってすべては仕留めきれない。一部の接近を許してしまう。

 だがここからがむしろ、スピードに長けるパトレンエックスの独擅場だった。銃を剣──十手のような形状をしている──に持ち替え、向かってくる敵を薙ぎ倒していく。

 

「す、すげー……」

 

 弔の言葉通り、結局見守る羽目になっていた鋭児郎がつぶやく。あのスピード……パトレンエックスと名乗ってはいるが、まるで快盗のそれではないか。

 

──おまえも、人を見かけでしか判断できないタイプ?

 

「ウチらの装備、造ったようなヤツだ。なれるのかも……警察にも──快盗にも」

「むぅぅぅ……!!」いきり立つ天哉。「やはり見ているだけではッ、我々の立つ瀬がない!!切島くん耳郎くんッ、いくぞ!!」

「……よっしゃあ!!」

 

 警察チェンジ──鋭児郎たちもパトレンジャーへと変身を遂げ、戦場に躍り出た。

 一応はまだ包囲陣を形成できる程度には残っていたポーダマンたちが、彼らの参戦によって一気に数を減らしていく。

 

「ハァ……観戦してろって言ったのに。──これはまた、()()()()乱戦かな?」

 

 ちらりと頭上を見遣る。──快盗たちと、目が合った。

 

「アイツ……!」

「……正体がどうのと言っている場合ではなさそうだ。このままでは、コレクションごと倒されかねん」

「じゃあいつも通り、やるっきゃない!……やね!」

 

 頷きあい、VSチェンジャーを構える三人。「快盗チェンジ」の叫びと同時にダイヤルを回し──高架から、飛び降りる。

 

「お宝ァ、いただき殺ォすッ!!」

 

 悠長に遊んではいられない。ポーダマンたちを適当にあしらいつつ、ザルダンめがけて突撃していく快盗たち。

 

「うおッ、ルパンレンジャー!?おめェらンないきなり……!」

「いつもながら、神出鬼没……!」

 

 招かれざる客──そう思っていたのはパトレンジャーばかりではない。

 

「ま、まァた呼んでねえのが来やがった!?」

「すぐ帰らァ、てめェのコレクションいただいてなァ!!」

 

 良くも悪くも目立つルパンレッドが正面からぶつかり、ザルダンがそれに気を取られている隙にブルーがワイヤーで両足を縛り上げる。一瞬の出来事だった。

 

「な、なァァ!!?」

「イエロー、今だ」

「よっしゃ!」

 

 仰向けに倒れた胴体に、ダイヤルファイターを押し付ける。コードが自動で読み込まれ、解錠──

 

「ルパンコレクション、いただ……えっ!?」

 

──無い。

 

「残念でした」

「!」

 

 パトレンエックスが肩をすくめている。まさかもう、コイツが?

 

「そいつの背中、見てみろよ」

「何……!?」

 

 彼の言に従うのは癪だとか、そんなことを考えている間もなかった。倒したザルダンを無理矢理起こさせれば、背中にはもうひとつの金庫。

 

「うそっ、金庫ふたつ持ち!?──きゃあっ!」

 

 ここでザルダンが反撃に出た。イエローを吹っ飛ばしたところで態勢を建て直し、小競り合いじみた戦闘に逆戻りする。

 ただ、その中にルパンレッドの姿はなかった。──彼が敵と見定めたのは、パトレンエックスだったのだ。

 

「おらァッ、死ねや!!」

「おっと!……おいおい、戦う相手が違うだろ?」

「ウルセェ!てめェよくもコケにしてくれたな、警察野郎が!!」

「キレてんなァ……ははっ、無理もないか」

 

 レッドの攻撃を適当にあしらいつつ、パトレンエックスは嘲う。彼とやりあうつもりは毛頭なかった。

 

「言っとくけど、最初からウソはついてない。俺はパトレンエックスであり、ルパンエックスでもある……それだけ」

「ンだと……?」

 

 レッドの動作が戸惑いから一瞬鈍った隙を突き、彼は機敏に身を翻した。

 

「証拠、まだ見せてなかったなァ」

 

 銃身を再びぐるりと回転させ、

 

「──快盗、チェンジ」

 

 刹那、レッドは……否、目撃したすべての者たちに驚愕が与えられた。

 白銀に煌めくボディ、鋼鉄のごとく硬い鎧。頭部に刻まれた"X"のみ、そのままに。

 

「孤高に煌めく快盗、──ルパンエックス」

「……!」

 

 その姿──画像で見たのと、まったく同じ物。いやザルダンだけはあの夜、直接対峙していたのだ。

 

「貴様ァ、ルパンエックスだったのか……!」

「だからァ、最初っからそう言ってんじゃん」

「ウッキィィィ~!返せ、オレのコレクション!!」

「ははっ……いいよ別に、俺に勝てたらだけど」

 

 勝利して奪うか、敗北して奪われるか──ふたつにひとつ。

 

 

「さあ──ゲーム、スタートだ……!」

 

 

 



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#21 ゲーム×スタート 3/3

 

 パトレンエックス改めルパンエックスの出現により、ここまでの無駄な戦闘──彼にとっては──に消極的だったザルダン・ホウは打って変わって意気軒昂となっていた。

 

「たっぷりといたぶらせてもらうぜぇぇ!!」

 

 背中の金庫に残されたルパンコレクションの能力により、雲と同化する。その状態であれば自由に飛び回ることができるばかりか、あらゆる攻撃がすり抜ける状態になる。そうして邪魔なパトレンジャー、ルパンレンジャーと翻弄して分断しつつ、彼は因縁のエックスに迫った。

 

「ハハハハっ、喰らえェェェイっ!!」

 

 接敵し、如意棒から稲妻を浴びせかける。先ほどは回避されてしまった攻撃だが……果たしてルパンエックスは、その場から動きはしなかった。

 命中をとったと歓喜したザルダンだったが、あまりに短絡的で甘い考えと言わざるをえない。そもそも避けようとすらしなかったこと……そもそも、先日も()()だったこと。

 

──堅牢な鎧によって電撃はことごとく弾き返され、消散させられてしまったのだ。

 

「な、何ィ!?」

「だから言ったじゃん。俺と戦るにはレベル不足だってさ」

「ウッキィィィ!!」

 

 いきり立つザルダンだったが、ここで攻守が逆転した。ルパンエックスが銃撃を開始したのだ。彼のもつ銃はVSチェンジャーより連射性にすぐれているらしく、次から次へと光弾が襲いかかってくる。

 

「ぐううう……!」

 

 地上からの雨あられに四苦八苦しながらも回避を続けていたザルダンだったが、ルパンエックスにとってその銃撃は牽制程度にすぎなかった。ザルダンの気を逸らすことができれば、それで良かったのだ。

 

「さァて、フェーズ2だッ!」

 

 ザルダンの注意が散漫となった瞬間を見計らい、エックスは跳躍した。突撃し、彼自身の質量でもって雲を散らしたのだ。

 

「何ィウキィッ!!?」

 

 接触したところでザルダンの顔面を殴り飛ばし、地上に突き落とす。それでもなお攻撃の手は緩めない。重力にまかせて降下しつつ、十手からソードに転換したXロッドを振り下ろしにかかる。残念ながら、その斬擊はすんでのところでかわされてしまったが。

 

「ちぇっ……まあいいや、フェーズ3だ」

 

 引きずり下ろしてしまえばもはやこちらのもの。如意棒を適当にあしらいつつ、一瞬がら空きになった隙を突いて鳩尾のあたりに膝蹴りを仕掛ける。怯んだザルダンがたまらず後退したところで、Xチェンジャーの引き金を引く。今度は明確に、ダメージを与えるために。

 

「グワアアッ!!?」

「よ、っと」

 

 再び距離を詰め、コンクリートの壁に縫いとめる。ベルトのバックルを外し、晒された背中の金庫に押しつける──この間、およそ三秒。

 

『5・9──1!』

 

 バックルが展開し、解錠デバイスが作動する。そうなればもう、ザルダンの運命は決していた。

 

「ふたつ目も回収、っと」

「か、返せェ……!」

「じゃあ勝ってみろよ。……できないだろ?できもしないくせに……うるせえよ」

「グハァッ!?」

 

 低めた声で罵倒したかと思えば、力いっぱい蹴り飛ばす。いかに相手がギャングラーといえど、あまりに容赦のない行動だった。

 

「ははっ、楽しい時間はあっという間だよなァ?」

「……!」

 

 柄の部分に接続されたレバーを一度引っ張ることにより、剣先にエネルギー充填が開始される。──ルパンエックスに言わせれば、ファイナルフェーズの合図だった。

 

『Xタイム!カウント、ダウン!』

 

 3、2、1──

 

──0!

 

「スペリオル……エックス!!」

『イタダキ、Xストライク!』

 

 華麗に振るった剣から、エネルギー波がX字を描くように飛翔する。それは獲物を求める野獣のごとく標的……つまりザルダンに襲いかかった。

 

「そ、そんな攻撃にやられ──」

 

──刹那、鋭い衝撃と熱が彼を蝕んだ。

 

「……ウキ?」

 

 ザルダン自身を除くすべての者は、それが彼の終焉を告げるものだと瞬時に理解した。いや、目があれば子供でだってわかるのだ。

 

 ザルダンの身体は、X字型そのままに灼かれていたのだから。

 

「う……ウキィィィィ~!!?」

 

 その現実に気づいたときには、彼の身体は自ずから断末魔を発していた。

 

──そして……爆発。

 

「ミッションコンプリート。──ステージ、クリアだ」

 

 その言葉に、目撃者たちは悟った。ミッション──ギャングラーを打倒するだけでなく、ルパンコレクションを回収することもまた彼の使命なのだと。

 

「そのために、快盗の力を……」

 

 鋭児郎が複雑な声音でつぶやく一方で、

 

「……結局、快盗なん?やっぱ警察?」

「快盗だとしても、我々の敵ということか……」

「……ッ、」

 

 

 一方で、この完全試合を見届けていたのはギャングラーの首脳陣も同じだった。

 

「この男……確かに、やる」

 

 デストラが舌を巻く一方で、

 

「ハハハハっ、また面白そうなのが出てきたじゃあないか。──ゴーシュ、」

「承知いたしましたわ、ボス」

 

 むしろ上機嫌そうなボスの言葉に従い、ゴーシュは現実世界に姿を現した。

 

「私の可愛いお宝さん……ザルダンを元気にしてあげて」

 

 転がる金庫の残骸ふたつにエネルギーが注ぎ込まれ──ザルダンの肉体が再構成される。巨大化した状態で。

 

「ウキィ~~!!」

「ふぅ……ボスがもっと見たいんですって。まあ……頑張って」

 

 気だるげに踵を返すゴーシュ。その姿を当然、ルパンエックスは目撃していた。──彼女の背中にある、黄金色の金庫のことも。

 

「ステイタス・ゴールド……早速お出ましかよ」

 

 ゴーシュは姿を消そうとしている──撃つなら今しかないが。

 

「……まだ、こっちのレベルが足りないか」

 

 結局いつもの快盗や警察よろしく、彼女に対して手出しはしなかった。それに、巨大化したザルダンの敵愾心は自分に向いているのだ。

 

「ルパンエックス……!オレのコレクション返せぇッ!!」

「おっと……!」

 

 同じく巨大化した如意棒から稲妻が放たれる。かわすのは訳もなかったが、ここまでスケールの差があるとなるとまともな戦闘にはならない。

 

 無論、対抗手段はもっている。

 

「……コンティニューはプレイヤーの特権だろ。わきまえろよな」ぼやきつつ、「まあいいや。そっちがその気なら遊んでやるよ、とことん」

 

 

「──行け、エックストレインシルバー」

 

 金銀の銃──Xチェンジャーを媒介として、自らの愛機を召喚する。それは前部が白銀の新幹線、後部が黄金の機関車という不思議な組み合わせの列車だった。

 

「そんなモン、へし折ってやるぜ!」

 

 列車が接近してきたところに、如意棒を振り下ろそうとするザルダン。しかしその軌道は彼の想像を超えていた。敵の周囲に小さな円を描くように走ることで、リーチの長さを仇としたのだ。

 

「何ィ──痛でぇッ!!?」

 

 先端の突起に脛をつつかれ、ザルダンはもんどりうって倒れた。すかさず離れていくエックストレイン。

 その挙動に、ルパンレンジャーの面々も舌を巻いていた。

 

「な、なんかすごい動きやった気がする……!」

「少なくとも、実力は確かなようだな」

 

 だからこそ、安穏としてはいられない。

 

「チッ……俺らも行くぞ!」

『Get Set……Ready Go!』

 

「──あー……やっぱり来たか、快盗くんたち」

 

 頭上に現れた三機のダイヤルファイターを視認し、エックストレインのコックピットを支配する弔はそうぼやいた。ザルダンをほっぽって、こちらに攻撃してくるようなことがなければいいのだが。

 

 無論、ルパンレンジャーもそのように愚かではない。ただどのように動くべきか思案していると、一応は絆を深めた漆黒の翼が文字通り飛んできた。

 

『グッドストライカーぶらっと参上~……って、あれはエックストレイン!トムラじゃねえか~!』

「!、グッディおまえ、アイツ知ってんのか!?」

『知ってるも何も、トムラはマブダチさ~!』

「まぶ……?」

「……親友という意味だ」

 

 思わぬジェネレーションギャップが露呈した一方で、

 

「おまえも来たんだ、グッドストライカー。相変わらず自由で良いよなァ、ははっ……──おっと!」

 

 ここでザルダンが再び攻勢をかけてくる。難なくかわしたエックストレインだったが、グッドストライカーがにわかに慌てた様子になった。

 

『と、トムラがピンチだ!オイラも一緒に戦いた~~い!』

「チッ……戦わせてやっから、あとでアイツのこと詳しく教えろや」

『ラジャー!』

 

 いったんコックピットに迎え入れたグッドストライカーをVSチェンジャーから再び外へ射出──その漆黒の翼が巨大化したところで、"快盗ガッタイム"を開始する。

 

『──ルパンカイザー、勝利を奪いとろうぜ~!』

「オラァっ、死ねぇッ!!」

 

 誕生した鋼鉄の巨人は、勇猛果敢にもザルダンに飛びかかった。右腕のガトリング砲で牽制しつつ、左腕の丸ノコで斬りかかる。

 

 その様を認めて、ルパンエックスはため息をついた。

 

「ハァ……乱入はいいけどさあ、ヒトの見せ場とるなよな」

 

 流石は快盗、と皮肉めいた笑いを漏らす。

 

「まあいいか、エクストラステージだし。……でも、爪痕は残しとかないとなァ」

 

 言うが早いか、彼の姿はパトレンエックスに変わっていた。同時にレバーを回転させると、パイロットシートがコックピットから排出され、機体後部──つまり、黄金機関車へと移動していく。

 

──エックストレイン……それはパイロット同様、ふたつの顔をもつVSビークルなのだ。

 

 機関車を前方として走り出したトレインは、再びザルダンに接近するや熱線砲を使って攻撃を仕掛けた。ルパンカイザーに気を取られていた彼はそれをまともに喰らってしまい……右半身が、燃えた。

 

「ぅ熱ぢぢぢぢッ!?ウッキィィィ!!」

「ははっ、ざまあ。……じゃあ、お次はこれ」

 

 言うが早いかエックスはコックピットを露出させた。そしてルパンカイザーの顔面……つまりルパンレンジャー側のコックピットめがけて、何かを投げつけた。

 

「!」

 

 反射的にそれらを受け取ってしまうルパンレンジャー。幸いにしてそれらは有害なものではなく。

 

「これ……VSビークル?」

 

 エックストレインに似た、新幹線型・機関車型のふたつ。

 

「あの男、どういうつもりだ……?」

『使ってみようぜ~!大丈夫、トムラを信じろ!』

「……チッ、なんかあったら責任とれや」

 

 そうは言いつつ……実際、突然降って湧いた見も知らぬVSビークルに興味も湧いていた。

 

──数秒後、ルパンカイザーのコックピットから射出された二台を認めて、弔はほくそ笑んだ。

 

「"ファイヤー"と"サンダー"……きみらに使いこなせるかな?」

 

 

『──両腕、乗り換えまっす!』

 

 腕を構成していたブルーとイエロー、両ダイヤルファイターが分離し、ルパンエックスから投げ渡されたエックストレインサンダーとファイヤーが入れ替わる。

 

 そうして完成した金と銀の腕をもつルパンカイザー。その名も、

 

『完成!ルパンカイザー"トレインズ"~!』

 

 

──その姿を目の当たりにしたパトレンジャーの面々は、少なからず愕然としていた。

 

「両腕が列車になった……だと!?」

「死柄木弔……あいつまさか、VSビークルを快盗に渡したのか?」

「………」

 

 弔は国際警察の特別捜査官で、快盗の力を使うのはルパンコレクションを回収するためにすぎない──彼の言動はそう解釈できた。

 だがその行為は、疑念を抱かざるをえないものだった。お人好しと揶揄されることのある、切島鋭児郎でさえも。

 

 

 一方で"助力を受けた"側であるルパンレンジャーは、換装を完了した途端コックピットに奔る衝撃に顔を顰めていた。

 

「うわ、すご……っ!?」

「ッ、おいグッディ、どうなってる!?」

『こ、コイツはスゲー……!ビリビリ痺れて、ボーボー燃える気分だぜ……さすがトムラのコレクション!』

 

 つまりこのトレインズ、他のVSビークルより出力が上ということか。ルパンレンジャーにはそもそも伝わっていないが、弔の言葉にはそういう意味があった。

 

「チィ……っ、──やったらァ!!」

 

 負けん気の強い勝己が鬨の声をあげたことで、巨人は動き出した。ザルダンの如意棒から放たれる稲妻に対し、右腕から同じく雷を発して対抗する。威力は──後者のほうが勝っていた。

 

「ウキィッ!?」

 

 如意棒が衝撃によって吹っ飛ばされ、悶えるザルダン。しかし彼の苦境はまだまだ続く。トレインズが、突撃してきたのだ。

 

「オラァッ!!」

「グハッ!?」

 

 両腕で強かに殴りつけ、ザルダンが怯んだ途端に左腕を顔面に突きつける。左腕を構成しているのは、エックストレイン──ファイヤー。つまり、

 

「──ぎゃあああああ!!?熱ぢ熱ぢ熱ぢぢぢぢッ!!?」

 

 言葉にするのも憚られるような、恐ろしいことがしでかされたわけである。

 

「ざ、残虐プレー……」

「けっ、コイツらのやらかすことに比べりゃ軽ィだろ」

「違いないが」

 

 一方のエックスこと弔も、その所業には舌を巻いていた。

 

「……レッドくんか。やるなああいつ、ははっ」

 

「──じゃ、あとはクリアへもってくだけか」

 

 ルパンカイザートレインズが必殺の構えをとろうとしているところに、エックストレインも並び立つ。

 それから程なく、終演のときが来た。

 

『グッドストライカー、燃え尽きちまえファイヤ~!!』

「エックス、ガトリングストライクっ!!」

 

 膨大なエネルギーを濃縮した光線がひとつふたつ、三つと一挙に放たれ、ザルダンに襲いかかる。弱った相手に対してそれはあまりに容赦がない、何ならオーバーキルと言うほかない同時攻撃。標的は、粉々に破壊された。

 

「こ、この世から去る……猿だけにッ!ウッキィィィ!!」

 

──爆発。

 

「今度こそ、オールクリア。──さて、」

「!」

 

 トレインズがいきなり分離し、ルパンエックスの手中に戻る。

 

「カッコいいなァ、快盗諸君。じゃ、Au revoir(またね)

「てめっ、待──」

 

 くつくつと嘲りめいた笑みをこぼしながら、エックスは愛機とともに走り去っていく──

 

 待てと言いたいのは無論、快盗たちだけではなかった。

 

「なッ……おいきみ、どこへ行くんだ!?お──ーい!!」

 

 天哉が必死に呼びかけるも、届くはずがなかった。

 

「あの人、なんで快盗に協力を……」

「……スパイとして潜り込むつもり、とか?」

 

 「好意的に考えればだけど」と、響香は付け加えた。そして疑わしげな視線をエックストレインの走り去った方角へ向ける。その可能性を盲目的に信じられるほど、死柄木弔という男に対する信頼は生まれていなかった。

 

 

 *

 

 

 

「さあグッディ、約束通り話ィ聞かせろや……!」

「いや怖い怖い、爆豪くん……」

 

 ジュレの前で既に恫喝モードに入っている爆豪勝己である。相手は掌の中にいるのだが、以前のやりとりのおかげか翼を軽く震わせただけだった。

 

『も~、野蛮だなァ。ちゃんと全部話すってばよ!』

「……小僧、とりあえず中に入れ。誰が見ているかもわからん」

 

 逆に店内に入って鍵をかけてしまえば、自分たち以外の誰も──個性でワープしてくる黒霧は別にしても──誰も足を踏み入れることはない。聖域だ。あの轟炎司でさえ、無条件にそう信じていた。

 

──それなのに、

 

 

Bonne arrivée(おかえり)、快盗諸君」

「な……!?」

「……!」

「うそ……」

 

 テーブルのひとつを占拠し、紅茶を嗜む不審な黒づくめの青年。長く伸びた白髪の隙間で、血玉のような瞳が愉しげに細められる。

 

『おー、トムラ~!』

 

──死柄木、弔。敵か味方かもわからないこの謎の男は、彼らの日常をも蝕もうとしていた……。

 

 

 à suivre……

 

 

 






「あんたをスパイだと疑ってる」
「信用なんざしてねーわ」

次回「不審」


「――この話、乗る?乗らない?」



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#22 不審 1/3

 

──突如現れた白銀の快盗、ルパンエックス。しかしその正体である死柄木弔は、国際警察フランス本部所属の特別捜査官……黄金の刑事、パトレンエックスとも名乗った。

 

 彼の本当の顔は、果たしてどちらなのか。いずれにせよ間違いなく言えることはひとつ、

 

「ったく、待ちくたびれたよ。──あ、お茶代は先に支払っといたから」

 

 

 彼が今、快盗たちのテリトリーを文字通り土足で踏み荒らしていることだ。

 

『おお~、トムラぁ!』

 

 彼を唯一手放しで歓迎しているのは、グッドストライカーただひとり?だった。翼を広げて懐に飛び込んでくる彼を、弔は慣れた手つきで受け止めてみせた。

 

「ハァ……だからいきなり突撃してくんなって。鼻が刺さりそうで怖いんだよ」ぼやきつつ、「でもまあ、元気そうで何よりだよ。グッドストライカー」

 

──それに、

 

「爆豪勝己くん、麗日お茶子さん。あと……エンデヴァー?」

「……ッ、」

 

 素性を知られている──今となっては驚くようなことでもないが、やはり気分の良いものではなかった。

 

「きみらの活躍、フランスにまで届いてるよ。すごいすごい、拍手~」

「……おちょくってんのか、てめェ」

「そんなふうに聞こえちゃった?大丈夫、本気だから。──その証拠に、これ」

 

 不意に立ち上がる弔。その手のうちにはいつの間にか、エッフェル塔のあしらわれた高価そうな箱が抱えられていた。造花をあしらったリボンが、妙に存在を主張している。

 

「お近づきの印です、お納めクダサイ」

「………」

 

 慇懃なのは口先だけで、その実一歩たりともこちらに歩み寄ってこようとはしない。視線で瞬間会議を行った快盗たち──結論としては、一応リーダー格の炎司を代表として輩出することになった。弔が露骨に気落ちした表情で「おっさんかよ……」とつぶやいたのは、この際聞かなかったこととして。

 

 弔から箱を受け取り、包みを開く──刹那、炎司は碧眼を見開いた。

 

「これは……!」

「?」

 

 彼の様子を不思議に思った仲間たちもまた、箱の中身を確認するや同様の反応を示していた。

 

「さっき、猿野郎から奪ったコレクション……?」

 

 ひとつではない、ふたつも。一方は勝己たちの見たことのないルパンコレクションだったが、ザルダンの前の金庫に入っていたモノであろうことは推測できた。

 

「ははっ、なに驚いてんの。まさかメッセージカード、読んでない?」

「……!」

 

 既にぐしゃりと握りつぶしてしまった"それ"には、確かにプレゼントを贈るとそう、書いてあったのを勝己は思い出した。その後の一連があまりに激動であったので、正直内容は忘却しつつあったのだ。

 

「……てめェ、結局なんなんだ」

 

 唸るような声で訊く姿は、やはり野良犬のようだと内心弔は思った。

 

(まあ……他人様のことは言えないか)

 

 思わず浮かべた自嘲を煙に巻くかのように、弔はいきなり跳躍した。ただのジャンプではない、到達点でくるりと身体を後方に一回転させ……そのまま着地。いわゆるバク宙──無意味な行為であったが、この場で快盗たちの口を塞ぐには一定の効果があった。

 

「あるときは孤高の快盗!またあるときは気高き警察官!然してッ、そのジッタイは──」

『だから、トムラだろ~?』

「……おまえさ、空気読めよ。人がせっかく……ハァ」

 

 演劇がかった口調は、グッドストライカーに水を差されたことによってあっさりと鳴りを潜めた。どちらが本性かは少なくとも、これでわかった。

 

「そいつの言う通り、弔……あー、死柄木弔です。このグッドストライカーと……あと、そこにいる黒霧のオトモダチでーす」

「えっ……?」

 

 弔の視線に従い、背後に目を向ける快盗たち。果たしてそこには、首から上を黒い靄に覆われた男の姿があった。

 

「お久しぶりです、死柄木弔。こちらで何を?」

「新しいオトモダチにご挨拶。……で、おまえこそグッドストライカーに何したの?スゲービビってんだけど」

 

 ぶるぶる震えだしたグッドストライカーを懐に抱えつつ、胡乱な目を向ける弔。黒霧はその質問に答えず、

 

「国際警察がVSチェンジャーを使いはじめたのは、あなたの仕業でしたか」

「!、……どういうことだ?」

「彼は快盗としての技能を一通り修めていますが、同時にコレクションを改造するエンジニアでもありまして。──つまるところ、私と同じくルパン家に仕える者ということです」

「コイツが……?」

 

 再び視線を戻す。と、弔はにこりと笑って快盗たちを迎え撃ってみせた。胡散臭い、実に胡散臭い──グッドストライカーでさえそう感じてしまうのだから、こればかりは弔自身の責任だろう。

 

「……きめェ」

「流石に失礼だぞ小僧。……胸のうちにとどめておけ」

「……ああそうですか」笑みが消え、「どうせキモいし胡散臭いですよ俺は。ああ唇痛ぇ……」

 

 陰鬱な雰囲気を醸しながらリップクリームを取り出す弔を尻目に、お茶子が黒霧に詰め寄った。

 

「く、黒霧さん!ってことはだよ?私たちの持ってるコレクションって、全部この人が……?」

「いえ」否定。「私から皆さんにお渡ししたのは、ルパン家に古くから伝わるコレクションです。彼が造ったのは──」

「──"コレ"だよ、コレ」

 

 いつの間にか、弔の手の中にはサイクロンダイヤルファイターが握られていた。

 

「てめェ何勝手に……!」

「勝手にも何も、製作者は俺だし。国際警察がコレクション持ってるなんて情報が入ってきたもんだからさ、潜り込んで利用してやったってわけ」

「……ならば警察にも配備されている事実は、どう説明するつもりだ?」

 

 眼光鋭く元トップヒーローに睨みつけられ、弔は初めて言葉に詰まった。とはいえ、その表情に怯えめいた感情は現れてはいないが。

 

「あ~、申し訳ない。1000%、わたくしのミステイクでございます」

 

 自身の与り知らぬうち、極秘裏にVSビークルは日本支部へ送られてしまっていた──弔がそう釈明すると、待ってましたとばかりに勝己が鼻を鳴らした。

 

「ハッ……自分で造ったモンの管理もできねーのかよ、てめェ」

「ぶっぶぅー、残念でしたあ。国際警察みたいな大規模な組織じゃ、いち捜査官の権限なんてたかが知れているのでしたー」

 

 両腕で大きくバツを作る目の前の男の姿に、勝己の額に青筋が浮かぶ。が、彼が激発するより先手を打って、弔は真面目なトーンに戻っていた。

 

「ま、それだけならまだしも……人が汗水垂らして造りあげたVSビークル、なんとギャングラーに横流ししてくれやがってる疑惑があってさあ。ほら、クレーンとドリル……今はパトレンジャーの手に渡ったみたいだけど」

「あれも貴様の仕業か……!」

「いや本当に申し訳ない。でも、だから俺も日本(こっち)に来たんだよ。どうせもう国際警察にコレクションは残ってないしさ」

 

 「エンジニアは用済みってわけだ」と、自虐を漏らす弔。その血眼にぎろりと見据えられたことに気づかないふりをして、黒霧は「そうですか」と言葉少なに目を逸らした。

 

 

 *

 

 

 

 ドグラニオ・ヤーブンは珍しいことに苛立っていた。新たなる敵の出現、後継者候補たちの脱落に次ぐ脱落……否、それらは彼にとってむしろ楽しむべき事象でしかなかった。

 苛立ちの原因は、もっと刹那的なもの。

 

「──だから、奴は後からパトレンエックスと名乗っていただろう」

「でも、結局ルパンエックスに戻ったじゃない」

「パトレンジャーとともに現れたではないか!」

「ルパンレンジャーに協力してたでしょう!?」

 

 ルパンパトレンルパンパトレンとこんな具合に、寵愛している側近たちが不毛な言い争いを続けているからだ。

 元々決して良好とはいえない関係の彼らだが、こんな子供じみた喧嘩を見るのは初めて。ゆえに最初はこれも、面白い見世物としていたのだが。

 

(長ぇ……)

 

 いつまで経っても終わらぬ応酬に、遂に堪忍袋の緒が切れた。

 

「──ああもううるっせえなァ!!」

 

 テーブルに拳を叩きつけるドグラニオ。グラスからワインの飛沫が飛び散り、純白のクロスを汚した。

 

「……んなモン、エックスでいいだろうが」

「………」

「し、失礼致しました……ボス。──そのエックスですが、何者でしょう。調べますか?」

「暫くは泳がせときゃいいだろう、せっかく面白くなってきたんだ。それより──」碧眼が妖しく光る。「我が後継ぎ候補たちの様子はどうだ?」

「は、──ガバットの奴が動いています。以前より仕込んでいた計画を実行に移すと」

「ほぉ。そいつはまた、派手なモンが見られそうだな」

 

──ガバット・カババッチ。彼は密かに、しかし確実に、人間社会を()()ための策謀を進行させていた……。

 

 

 *

 

 

 

──翌朝、国際警察。警察戦隊には昨日から引き続き、ミステリアスな客人が訪れていた。

 

「ふぁあ……おはようございまーす」

 

 欠伸混じりに入室してきた白髪の青年──死柄木、弔。あの怪しさを際立たせるような無地の黒パーカーから一転、今日は純白に黄金をあしらった衣服に身を包んでいる。G.S.P.O.のロゴマークが刺繍されているあたり、これが彼の制服らしい。

 

 彼を迎え入れることになった警察戦隊の面々はというと、一応形通りの挨拶こそ返しはした……という程度の反応だった。塚内管理官以下、少なくとも歓迎している風ではない。

 

「ははっ、なんか能面が並んでるみたい」

 

 対する弔の所感は、表向きそんなものであったが。

 

「もしかして、まだ俺のこと疑ってる?」

「……昨日の行動を見て、疑うなってほうが無理な話だと思うけど?」

 

 にべもない響香の反応を皮切りに、パトレンジャーの面々が口々に疑念を述べ立てていく。

 

「コレクションを快盗たちに渡したのは何故だ?本部で取り扱っていたならば、きみだってその危険性は理解しているはずだ!」

「ギャングラーから回収したコレクション、どこにやったの?」

「快盗たちのこと、どこまで知ってるんスか?」

 

 矢継ぎ早にぶつけられる質問の群れ。しかしその内容は、あらかじめ想定していた域を出ないもの。ならば返答も、決まりきったものしかありえなかった。

 

「ノーコメント。申し訳ないけど」

「……理由は?」

「守秘義務があるんだよ。きみらとは任務も命令系統も違うからね、俺は」

 

 守秘義務──便利な言葉だと弔自身思った。そう言えば、どんな無理も道理として通してしまえる。納得していない相手を、黙らせることだってできるのだ。

 

「……じゃあ、これだけは教えてもらえないスか?」

「何?……ってかタメ口でいいよ俺にも。苦手なんだよなァ日本人特有のそういうの……ああこちらからはきちんとしますのでご安心ください、管理官」

「いやまあ……好きにしてくれていいが」

 

 相変わらずの態度に勢いを削がれかけた鋭児郎だったが、なんとか踏みとどまった。煙に巻かれてなどいられないのだ。

 

「──死柄木。あんたはなんのために、ギャングラーと戦ってるんだ?」

 

 漠然とした問い。だからこそこれだけは、納得のいく応答が欲しかった。他はどれほど欺瞞で塗り固められていたとしても、志だけはせめて。

 しかし鋭児郎の想いとは裏腹に、弔の血に染まったような瞳は冷めていくばかりだった。

 

「平和な未来をもたらすため……とでも言や、それで満足か?」

「な……」

「きみらが俺を信用するもしないも勝手だ。でもその程度でしかない相手に口先で誠実なこと言わせて、いったいなんの意味がある?……きみらヒーローの大好きな綺麗事ごっこに、俺を巻き込むなよ」

 

 弔の言葉はどこまでも突き放したものだった。ヒーローという存在、その在り方に対して嫌悪感さえ覗かせている。──鋭児郎は拳を握りしめた。この場でそれをするのは以前、快盗に対するスタンスを巡って飯田天哉と衝突したとき以来のことだった。

 

「……あぁそうかよ。じゃああんた、俺らとはなんも話し合う気がねえんだな……!」

「なんとでも。──それより塚内管理官、私の取扱いについて本部からメールが来ているかと思いますのでご確認の程、よろしくお願いします」

「ご心配なく、もう確認してある。──死柄木捜査官、ひとつ良いか?」

「なんです?」

 

 ここで塚内は立ち上がり、弔のもとへ歩み寄った。す、と右手を差し出す。

 

「ようこそ警察戦隊へ。我々はきみの任務を尊重する……が、それは一方通行では成り立たない。そこだけは留意してもらいたい」

「………」

 

 

Si possible(なるべくは)

 

 

 *

 

 

 

「カ~バ、カバカバ……カババッと」

 

 都市部に生活用水を供給し、一方で洪水を防ぐ重要な役割を担っている榎須江ダム。その膨大な水の塊を見下ろしながら、珍妙な声をあげる異形の男の姿があった。

 彼こそがガバット・カババッチである。ダムの遮水壁に巨大な歯ブラシのような武器をしきりに塗りつけている──これは昨夜から一心不乱に続けていることであった。

 

「ムシバミ菌がァ、浸透すればァ♪ダァムは崩壊、人間御陀仏♪ここいら一帯、オレの天下ってモンよ~♪」

 

 陽気な歌声とは裏腹に、語られる策謀は想像するだに恐ろしいものであった。それを、止められるのは──

 

 

 *

 

 

 

 一方、快盗たちの根城である喫茶ジュレでは通常営業がはじまろうとしていた。彼らも死柄木弔のことを気にかけていないわけではなかったが、黒霧という証人を得て彼がルパン家の人間であることは証明されたのだ。少なくとも、敵ではない──

 

 それで表向き日常通りに過ごそうとしていたわけではあるが……爆豪勝己のスマートフォンが規則的な振動を始めたのも、そんな折だった。

 なんとはなしにそれを取り出した彼は、不審げな表情を浮かべた。──"通知不可能"と、そう表示されているのだ。

 

 最初は無視しようとしたが、一分近くが経過してもいっこうに鳴りやむ気配がない。ふと視線を感じて顔を上げれば、炎司が早くなんとかしろと言いたげにこちらを睨んでいる。勝己は舌打ち混じりに受話を選んだ。

 

「……誰だ」

『誰とはご挨拶だなァ、爆豪くん?』

「!、その声……やっぱてめェか、死柄木弔」

 

 はは、と空疎な笑い声が返ってくる──間違いない。

 

『大体さあ、出るの遅せぇよ。あとワンコールで切るとこだったよ』

「知らねー番号は調べてから折り返すんだよ俺ぁ。つーか通知不可能だなんだとかワケわかんねー表示しやがって」

『今どきの若者かよ……ハァ、せっかく耳寄りな情報があるってのにさ』

「情報だァ?」

 

 ギャングラー絡みなら、聞き出す価値はある。勝己はそう考えたし、仲間たちもまた同意見のようだった。ふたり揃って耳をそばだてている。

 

「聞くだけ聞いてやる。とっとと話せ」

『ははっ、聞くヤツの態度じゃないね……まあいいけどさ』

 

『──パトレンジャーが出動した。榎須江ダムって場所でギャングラーが目撃されたらしい』

「……!」

 

 この話──乗るか、乗らないか。

 弔の二者択一の問いに対する答は、ひとつしかありえないのだった。

 

 



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#22 不審 2/3

原作の死柄木がどんどん人間離れしていく…


 

 榎須江ダムに到着したパトレンジャーの面々は、ギャングラーが目撃されたというポイントへ向けて歩を進めていた。気合十分……と言いたいところだが、揃ってその表情にはわだかまりが残っている。

 

「……今回はついてこなかったね、死柄木弔」

 

 ぽつりとつぶやく響香。──切島鋭児郎の表情により翳が差したことは、この際言及しなかった。

 

「彼自身の言う通り、命令系統が異なるからな。今のところ、彼は客分でしかない」

「客分か……それならまだいいけど」

 

 鼻持ちならない本部のエリート──しかしその実態は、宿敵から送り込まれたスパイなのではないか。そんなふうに疑われていることを察していながら、歓心を得ようなどと微塵もしないあの態度。

 

「なんなんだよ……あいつ」

 

 鋭児郎が他人に対してこうも苦々しい表情を浮かべるのは、極めて珍しいことだった。弔はそれだけのことを言った……彼なりの真摯な想いを、踏みにじったのだ。仕方がない。

 

 しかし、彼らは任務の真っ最中──いつまでも来訪者のことばかりを考えてはいられない。

 

「!、見つけた」

 

 索敵を行っていた響香が、ついにギャングラーを発見する。──カバット・カババッチ、彼は未だダムの壁に何かを塗りたくり続けていた。歌いながら。

 

「……何をやっているんだ?」

「どうせろくなことじゃない。──行くよ」

「……ああ!」

 

「「「──警察チェンジ!!」」」

『1号・2号・3号、パトライズ!警察チェンジ!』

 

 

「そこまでだッ、ギャングラー!!」

「!?」

 

「パトレン、1号!!」

「パトレン2号ッ!!」

「パトレン3号!」

 

「「「警察戦隊──パトレンジャー!!」」」

 

「国際警察の権限においてッ──」

「──実力を行使する!」

 

 口上を述べると同時にガバットを包囲、銃撃を開始する。それがいかなる形であれ、悪事は絶対に許さない──その強い信念を、戦う力に変えて。

 

 

 そんな勇ましき戦う姿を、快盗たちは遥か高みから見下ろしていた。

 

「あっ、ほんとにいるよギャングラー!」

「見りゃわかるわ。……一応、あいつの情報通りか」

「ふん。信用云々は兎も角、使える男ではあるらしいな」

 

 死柄木弔が何を企んでいるのかは知ったことではない。──ただ目の前に、お宝を持ったギャングラーがいる。それがすべてだ。

 

(乗るしかねえんだよ、俺らは)

 

「「「──快盗チェンジ!!」」」

『0・1・0、マスカレイズ!快盗チェンジ!』

 

 変身と同時に地上へ降り立ち、

 

「ルパン、レッド!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

「「「快盗戦隊──ルパンレンジャー!!」」」

 

「予告する……!てめェのお宝ァ、いただき殺ォすッ!!」

 

 そして、目の前のギャングラーに襲いかかる。傍に張りついていた邪魔なパトレンジャーには、ブルーとイエローが対処した。

 

「快盗どもまで!?アンタも好きねぇ!」

「大っ嫌いだわ死ね!!」

「ガバッ、し、辛辣……!──ええいっ、ポーダマン!」

 

 少なからずショックを受けた様子のガバットが号令し、配下の戦闘員部隊が集結してくる。快盗と警察を合わせても、一気に数的有利を覆されてしまう形となった。

 ただ、度重なる戦闘によって両戦隊ともポーダマンへの対処には慣れている。数に圧倒さえされなければ、苦戦するような相手ではないのだ。

 

──そのような状況下で、同じ赤に身を包んだ快盗と警察は早くも対峙していた。

 

「快盗……!おめェら、性懲りもなくまた!」

 

 問い詰めつつ、VSチェンジャーの引き金を引くパトレン1号。対して狙い撃たれたルパンレッドは、手近なポーダマンの首根っこを掴んで自らの前面に押し出した。光弾を心臓部に浴び、彼は短い断末魔とともに絶命する。

 

「ハッ……ンだよヒーロー崩れ、今日は随分カリカリしてんじゃねーの?」

「ッ、るせえ!どうしてここがわかった!?」

「てめェらに教えてやる義理はねえ、ッなァ!!」

 

 反撃の光弾を放つレッド。VSチェンジャーの威力では警察スーツを破れないことはもうわかっている、まして切島鋭児郎が相手では個性で衝撃も殺されてしまうことも。

 実際、彼は予想通りの行動をとった。肉体を硬化させ、受け止める。しかし予想していたということは、それを見越した行動をとるということだ。1号がそうしてその場に踏みとどまっているうちに、レッドは標的を変えていた。──ガバットに、飛びかかったのだ。

 

「ええっ、オレぇ!?」

「たりめーだ、ろうがッ!!」

 

 マントを翻しながら、跳躍の勢いそのままに回し蹴りを放つ。狙いは頸部、これは間違いなく有効打と勝己は確信していた──

 

──刹那、ガバットの全身が鈍色の輝きを放った。

 

「!?、い゛……ッ!!?」

 

 足を襲う激痛に、ルパンレッドはらしくもなく悶える羽目になった。一方で、ガバットはガバガバと特徴的な笑い声をあげている──ダメージを受けた様子は、ない。

 何が起きたのか、鋭児郎には一目でわかった。

 

「アイツも硬くなれんのか……!?」

 

 ルパンコレクションの能力か。いずれにせよパトレン2号と3号も攻撃に加わってもなお、まったく通用していない。

 

「ガバガバガバッ、コレクションある限りオレは無敵だァ♪」

「……!──そうかよ、だったら!」

 

 走り出す1号。一歩また一歩と進むことに、その皮膚が硬くなっていく──

 

「烈怒頼雄斗──安無嶺過武瑠ッ!!」

 

 警察スーツの下で、彼はいよいよ荒山の岩肌のごとき様相を呈していた。ダイヤモンドのような肉体が、ガバットに激突する。

 

「ガバァッ!!?」

 

 弾き飛ばされたのは、ガバットのほうだった。

 

「な、何故ェ……!?」

「道具に頼って手に入れた力なんかにッ、烈怒頼雄斗は負けねえんだよ!!」

 

 拳を打ち鳴らすパトレン1号──烈怒頼雄斗。それはまさしくいっぱしのプロヒーローの、あるべき姿だった。

 

「チッ、いっちょまえにヒーローやりやがって」

 

 毒づくレッド。──だが、()()()()乗らない手はない。ちょうどガバットはこちらに背中の金庫を晒している。

 

「ええいっ、今のはちっとビックリしただけだ!もう一回硬くなって……アレ?」

 

 硬くなれない──ルパンコレクションの能力が作動しない。そのことにガバットが気づいたときにはもう、ルパンレッドの手が金庫から抜け出ていた。

 

「ハッ、探してンのはコイツかよ?」

「!」

 

 彼の手にあるのは──ルパンコレクション。

 

「ガバな……あイヤ、馬鹿な!?」

「馬鹿はてめェだ死ね!!」

 

 今度こそ飛び蹴りを炸裂させてガバットを吹っ飛ばし、レッドは仲間たちのもとへ舞い戻った。

 

「よくやった、レッド」

「前々回に続き最速タイ、やね!」

「マヌケが相手じゃ張り合いねーわ。──おい警察、ヒマそうだなァ?」

「……!」

 

 レッドの挑発に、パトレンジャー……とりわけ1号は憤慨した。ただ、その怒りを向けるべき敵は快盗よりまずギャングラーであることもわかっている。

 

「ギャングラー倒すのは……俺らの任務だ!」

 

 硬化を解除し、今度はパトメガボーを振るって猛攻を仕掛ける。コレクションを奪われたことに動揺してか、ガバットはもうまともに反撃できない。散々に殴りつけられ、挙げ句に自らがムシバミ菌を塗りたくった壁面に叩きつけられる。

 

 ようやくの手応えに1号が喜びを噛みしめていると、いつも通り漆黒の翼が飛んできた。

 

『グッドストライカーぶらっと参上~!』

「来たなグッドストライカー!手ぇ貸してくれ!」

『ちょっ、オイラの気分も聞いてくれよう~』

 

 不平を述べつつも、彼もやぶさかではなかったらしい。そのまま大人しく1号の手中に収まり、VSチェンジャーに装填された。

 

「行くぜ飯田、耳郎!」

「よし来た!」

「……あんまり気乗りはしないけどっ」

 

 三人の身体が光に包まれ、

 

『1号・2号・3号!一致団結!』

 

 三位一体の戦士──パトレンU号が誕生した。

 

 ガバットはルパンレンジャーに翻弄され、完全に意識を外している。今が、好機だ。

 

『イチゲキ──』

「「「──ストライクっ!!」」」

 

 最大火力の砲弾が放たれる。いち早くその接近に気づいた快盗たちが素早く身を翻し、取り残されたガバットは──

 

「ガ……!?ガバ、ガババビッチ~~!!?」

 

 弾丸の直撃を受け、その身はあえなく爆発四散。劫火の中から投げ出されたひしゃげた金庫が、ダムへと落下していった。

 

「っし……!任務、かんりょ──」

「ごくろう、サツのイヌども」

「!」

 

 ルパンレンジャーは既に逃走を開始していた。いつまでもそれを許してはいられない──死柄木弔のこともある。

 

「今日こそ……逮捕してやる!!」

 

 U号を解除し、彼らは追跡を開始する。──そのために、ほとんど入れ違いでゴーシュ・ル・メドゥが出現したことには気づけなかった。

 

「さてと……私の可愛いお宝さん、ガバットを──あら?」

 

 ガバットの金庫が見当たらない。仕方なしにゴーシュは自身の金庫のコレクションを入れ替え、周囲をサーチした。そうして程なく、湖底に沈む目的のモノを発見したわけであるが。

 

「ええっ……ここからで、届くかしら?」

 

 まさかダイビングを敢行したくはない。周囲に敵がいなくなったこともあり、ゴーシュは悠長に考え込んでいたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、戦場から離脱したルパンレンジャーの前に、比喩でなく立ちはだかる男がいた。

 

Bon travail(ご苦労さん)、ルパンレンジャー」

「貴様、死柄木弔……か?」

 

 ルパンブルーの語尾が疑問形になるのも無理はなかった。彼は昨日の黒服でも国際警察の制服でもない、銀色に光る燕尾服姿でそこに立っている。まあ服装だけなら顔の特徴で判断すれば良いことなのだが、今、彼の顔面は手で覆われていた。彼自身のではない、手首から先だけの、妙に生々しいオブジェクトに。

 

「ンだよソレ、覆面のつもりか?」

「……さあね。それより、首尾は?」

「あ、うん。ばっちりゲットできたよ!ね?」

 

 不承不承頷いたレッドが、回収したルパンコレクションを示す。それを認めて、弔は覆面の下の唇をゆがめた。

 

「へぇ。流石、お見事お見事」

 

 心のこもらない称賛の言葉を投げかける。──その姿を、快盗のあとを追ってきたパトレンジャーもまた目撃していた。

 

「死柄木……!」

「やはり、彼が快盗に情報を流していたのか……!?」

「……ッ、」

 

 信じたい気持ちもあった。しかし結局、あの男は快盗の仲間だったのか。失望めいた感情がパトレンジャーの心中を覆いはじめたそのとき、弔は思いも寄らぬ言葉を口にした。

 

「じゃあさ……寄越せよ、情報料」

「……どういう意味だ?」

 

 その問いに言葉では答えず、

 

「──快盗、チェンジ」

 

 快盗Xチェンジ──Xチェンジャーがコールした通り、彼の全身は白銀に輝く鎧に包まれていく。それは彼の、快盗としての在るべき姿でもあった。

 

「孤高に煌めく快盗……ルパン、エックス」

 

 

「予告する。──ルパンコレクションは、俺が回収する」

「……!」

 

 仲間であるはずの快盗めがけて、エックスは躊躇なく引き金を引いた──

 

 



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#22 不審 3/3

 

 ルパンエックスの奇襲は、快盗たちを翻弄するに余りあるものだった。

 

「てめェどういうつもりだ!ア゛ア!?」

「ははっ、四六時中威勢だけは良いなァ……レッドくん?」

 

 彼らの輪をかき乱すように中心を侵す白銀に、目がちかちかする。そうして押されていくルパンレッドを、すかさずイエローが援護した。

 

「やめて……!エックスさん、私たちの味方じゃなかったん!?」

「味方?ははっ、快盗のクセに純情すぎるんだよきみは。ダメだよ昨日今日会ったばっかの人間を簡単に信用しちゃあ」

 

「この世はさァ、利用するかされるか、ふたつにひとつなんだよ。……快盗なら、利用してみせろよ」

 

 ぞっとするような声に、思わず手が震える。──でも、それを押し殺すしかなかった。

 

「あァそうかよ……。だったらてめェはあの世逝けや!!」

 

 レッドのこの言葉を皮切りに、ルパンレンジャーもいよいよ本格的な攻勢に出た。同時射撃でその場に縫いつけたうえで、取り囲んで三方から攻撃を仕掛ける。この間数秒、並みのギャングラーが相手なら、彼らのスピードにはついてゆけないだろうが。

 

「ハァ……」

 

 ため息混じりに、エックスはそれらすべてを捌いてみせた。さらにXチェンジャーで、Xロッドソードで反攻を仕掛ける。脇目は振らない、狙うはコレクションを持つレッドただひとり。

 

「チィ……ッ!」

 

 舌打ちしつつ、レッドも全力で応戦する。反射神経といいスピードといい、大したものだと弔は密かに感心した。一朝一夕の付き合いで既に明らかな傲岸不遜ぶりも、この能力の高さに由来しているのだろう。──そのぶん、屈辱には弱い。

 

「調子に乗るなよ、ガキが」

「ッ!」

 

 一瞬の鈍った左腕を掴み、捻りあげる。そうして身動きを封じたうえで右手に収まっているコレクションを取り上げようとするも、すんでのところで飛び込んできたイエローの手にそれは渡った。

 

「!」

「は、なせやックソがぁ!!」

 

 思いきり後頭部で頭突きを浴びせる。これは流石のエックスも想定外だったようで、拘束が緩んだ。その隙に離脱し、さらにドロップキックをかます。──相変わらず、快盗というより不良の喧嘩のようなやり口だ。

 

 初めて吹っ飛ばされたルパンエックスだったが、地面に剣先を突き刺すことで勢いを殺してみせた。

 

「痛、ってぇ……。ったく、ほんとムカつくなァきみ」

「こっちはムカつくどころじゃねえんだよ……!とっとと失せろや、もしくは死ね!!」

 

 吼えるレッド。再びコレクションを手にした彼を、ブルーとイエローががっちり守るような布陣をとっている。態度の割には仲間から信頼されているようだが……そろそろ潮時だろう。

 

「そうはいかないね。……国際警察の誇りにかけて、任務は必ず遂行する」

「!」

 

 その言葉に反応したのは、快盗たち以上にパトレンジャーの面々だった。自分たちが常日頃思っていることと、同じ志。死柄木弔は今、それを言明したのだ。

 国際警察の誇り──有言実行とばかりに、彼はXチェンジャーの銃身を転換した。

 

「──警察チェンジ」

 

 白銀が黄金に。硬質な鎧がスピードを重視した軽装へと変わる。死柄木弔──エックスの、警察官としての姿。

 

「さあ、遊び(ゲーム)は終わりだ」

 

 言うが早いか、パトレンエックスは地面を蹴って跳躍した。そのまま身体を空中で一回転させ、敵陣へ飛び込む。狙うはレッド。当然ブルーとイエローが彼を守るべく迎撃するが、そのスピードは彼らルパンレンジャーを凌いでいた。

 

「ははっ、当たらないなァ!」

「……ッ!」

 

 まるで翼が生えているかのように宙を舞い、敵を撹乱する。かと思えば鋭い斬擊やキックを繰り出す。そうして陣形を乱しに乱したところで、エックスはいよいよ仕上げにかかった。

 

「ふ──ッ!」

 

 至近距離からの銃撃をわざと引き付けてかわし……がら空きになったルパンレッドの腹部に、十手を叩き込む!

 

「がッ……!?」

 

 臓腑が搾り上げられるような苦痛とともに、レッドは大きく後方へと弾き飛ばされた。かろうじて仲間たちが受け止めてくれはしたが、それはこの戦局になんの影響ももたらさない。

 何故なら今の一撃を通して、ルパンコレクションはエックスの手に渡ったからだ。

 

「ルパンコレクション、回収……もとい押収。悪く思わないでくれよ、これも平和な未来のためなんだ」

「ッ、……誰かと違って、卑怯なお巡りだ」

 

 苦々しげに毒づくレッドだが、パトレンエックスが自分たちを上回るスピードとテクニックの持ち主であることは認めざるをえなかった。そんな相手からルパンコレクションを奪還するのは至難の業、まして背後にもパトレンジャーがいる。

 

「……やむをえん、ここは退くぞ」

「クソ……ッ!」

「~~ッ、絶対許さないからね!」

 

 足下を一斉に撃ち、火花と硝煙で身を隠すルパンレンジャー。撤退する彼らを、パトレンエックスは追いかけない。ルパンコレクションを掠めとったことで、任務は完了しているからだ。

 代わりに追跡を再開しようとしたパトレンジャーの面々だったが、彼ら──2号と3号に対して、エックスは何かを投げ渡した。

 

「!」

「ム、これは昨日の……?」

 

 快盗たちにも使わせた、列車型のVSビークル。怪訝になる彼らに対して、エックスは顎をしゃくってみせた。

 

「今度はきみらが手ぇ貸してくれよ。まあ、考えてるヒマはないと思うけど」

 

 彼の言う通りだった。突如地面が揺れたかと思えば、ダムから巨大化したガバットが出現したからだ。

 

「ガババァッ、ゴーシュのヤツ勿体つけやがって~!!こうなりゃ、ここら一帯にムシバミ菌を撒き散らしてやるゥゥ!!」

「ッ!」

 

 エックスはすぐさまエックストレインを発車させ、巨大戦に臨もうとしている。彼に任せきりにする選択肢はなかった、ましてVSビークルを託されていれば、尚更。

 

「耳郎くん!」

「……ったく、やるしかないか」

 

 肚を決めたふたりが、それぞれをVSチェンジャーに装填──

 

『ファ・ファ・ファ・ファイヤー!』

『疾・風・迅・雷!』

 

──エックストレイン"ファイヤー"と"サンダー"が、出撃する。

 

「………」

 

 そしてパトレン1号──切島鋭児郎。やはりというか、ヒーローへの嫌悪感をもっているらしい弔から協力要請はなかった。必要もないのかもしれない。

 

 それでも彼はヒーローであり、今はパトレンジャーの一員だった。

 

 

 *

 

 

 

「──ついてこいよ、おふたりさん」

『言われるまでもない!』

 

 巨大ガバットを標的に、突撃を敢行するエックストレインの群れ。ブラシ片手に迎え撃たんとするガバットだったが、遠距離攻撃の手段を持っていないことは大いなる不利だった。

 

「喰らえッ──疾風迅雷!!」

 

 空中線路を走りながら、稲妻を迸らせるサンダー。さらにファイヤーが熱線砲で続く。同時攻撃への対処に苦慮するガバットだが弱り目に祟り目、エックストレイン本体ともいえるゴールドが超速で突進してきた。

 

「が、ガバァ~!!?」

 

──撥ね飛ばされる。

 

「ははっ、雑魚は大きくなっても雑魚だよなァ……──ん?」

 

 後方から距離を詰めてくるビークルの存在。それを操るのが何者か、考えるまでもない。

 

「烈怒頼雄斗……ハァ、わざわざ出てきたか」

 

 ため息をつくエックス。しかし4vs1となったことで、さらに攻勢を強めることができるのも確か。別に好き好んで戦闘を引き伸ばすつもりはないのだ。

 

 それに鋭児郎自身、一度参じたからには退くつもりは微塵もなかった。

 

「──グッドストライカー!」

『Oui!』

「飯田、耳郎!合体だ!」

『!、う、うむ!』

『……オーケー!』

 

 警察ガッタイム──正義を掴みとるための儀式。グッドストライカーを中心に、トリガーマシン1号、そして雷と劫火の名を冠した2台の列車とがひとつとなる。

 その名も、

 

「「「完成──パトカイザー"トレインズ"!!」」」

 

「ッ、何カイザーが知らないがァ……!ムシバミ菌の餌食にしてやる~!」

 

 ブラシの先にムシバミ菌を集中させ、力いっぱい振るうことでそれをばら撒く。まともに浴びればどんな鋼鉄も容易く溶け崩れる代物だったが、人智を超えたVSビークルの集合体には通用しない。

 

「ハァ……遅い遅い」

 

 エックストレインゴールドはそのスピードでもってムシバミ菌をかわしきると、ガバットの足下、至近距離から砲弾を浴びせたのだ……股間に。

 

「ガバァッ!?そ、そこはダメっ」

「……おまえ面白いこと言うね」嘲いつつ、「さて……あとはお手並み拝見といこうか」

 

 いったん離脱したエックストレインゴールドに代わり、今度はパトカイザートレインズが接敵する。両腕で殴る、殴る、殴りつける!シンプル極まりない戦法だが、トレインズの出力の大きさゆえこれは極めて有効だった。

 

「ガババァ……こ、この距離なら避けられまいィ!」

 

 やられっぱなしではいられず、ガバットも反撃に出た。ブラシをトレインズの機体に突き立て、直接ムシバミ菌を浸透させようと試みる。試みては、いるのだが……。

 

『ん~?なんか磨かれてるぞ?』

 

 機体の根幹をなすグッドストライカーがその程度の認識でいる──つまり、

 

「そんな攻撃、パトカイザーには通用しない!!」

 

 刹那、トレインズが激しい電撃を放出する。その衝撃にたまらず吹っ飛ばされるガバット。再び距離をとったところで、いよいよ仕上げにかかる。

 

「っし、トドメだ!」

 

「「「──パトカイザー、スパークアップストライクっ!!」」」

 

 稲妻を纏った右腕──サンダーを、振り下ろす。突き立てる。引き裂く!

 

「ガババァッ!!?も、もう一度リカバー……できませんでしたガバァァ~ッ!!」

 

 ──爆散。巨大化してなお粉々になったギャングラーは、もはやゴーシュの力をもってしても復活させることはできない。

 つまり、

 

「「「任務、完了!」」」

『気分はサイコ~!』

 

 戦いは終わった。今回も、彼ら人間が未来を掴みとったのだ。

 

「………」

 

 パトレンエックスは何も言わなかった。ただ列車を率いて真っ先に戦場を去っていく。少し迷ったあと、パトレンジャーの面々もそれに続くのだった。

 

 

 *

 

 

 

 夕日差し込むタクティクス・ルームにて、切島鋭児郎と死柄木弔が再び対峙している。表情は互いにやはり懇ろとはいえず、朝と同様の緊張感を漂わせているのだが。

 

 それを自ら破るように、鋭児郎は仏頂面のまま右手を差し出した。

 

「……何、それ?」

「あんたを……仲間として認めたい」

 

 そのための、儀式。

 弔は応じず、小さく鼻を鳴らした。

 

「そりゃ助かるけどさァ……俺はきみらに迎合するつもりはないよ」

「利用するかされるか……だったよな」

「……へぇ、聞いてたのか」

 

 まあ、あの場にいたのだから当然か。もはや癖になってしまっている空疎な笑いが、自ずと漏れだす。

 

「俺のこと、利用するつもり?それとも利用されてくれるのか……ははっ、それなら本当にありがたいけど」

「……違ぇよ」

「は?」

 

「──俺はあんたの考え方に賛成できない。だから利用するとかじゃない、心の底からあんたを信頼するんだ。あんたも平和な未来のために戦ってるんだって、その覚悟だけは二度と疑ったりしない」

 

 鋭児郎の瞳が、強い意思を露に弔を射抜く。一瞬言葉を失うほどに、それは眩しくて。

 覚悟、と鋭児郎は言った。そして鋭児郎自身の覚悟も、仲間たちに伝播した。

 

「……そうだな、切島くんの言う通りだ。やり方は違えど我々は同じ志のもとに進んでいく。まずは信じなければ始まらない」

「ま、利用するとかされるとか……そんなの些末な問題だしね」

 

 所属どころか思想の違いすら飛び越えて、パトレンジャーの面々は弔を受け入れると決めた。発足してまだ半年にもならないこのチームの一体感が、弔の前に立ちはだかる。

 

 それに気後れすることなく、彼は唇をゆがめて笑ってみせた。

 

「……どーも。平和のために、一緒に頑張ろうなァ」

 

 ここに来て初めて友好的な言葉を吐き、自らも手を差し出す──手袋は填めたまま。今さらそのことを指摘されはしなかったが、がっちりと交わした硬い握手は、塚内管理官が引き剥がしにかかるまで意地になって続けられたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、弔に手痛い敗北を喫した快盗たち。しかしその事実とは裏腹に、面々はさほど気に病んだ様子ではなかった──爆豪勝己が()()()()()やや不機嫌なくらいか──。

 

「チッ、あのダブスタ野郎マジでブッ込んできやがった」

 

 Xロッドに打たれた腹を擦りながら毒づく。対して轟炎司は、笑みすら浮かべてその言葉に応じた。

 

「とはいえ、おかげで警察を欺くこともできた」

「……まーな」

 

 勝己の脳裏に、弔の陰気な声音が甦る。

 

『──実はさァ、パトレンジャーの連中にスパイじゃないかって疑われてるみたいなんだよな』

 

 「たりめーだろ」──切り出された相談に対して、勝己の返答はにべもないものだった。ルパン家の人間だとわかっている彼ら快盗でさえ、弔への不信感は拭い去れないのだ。

 

『ハァ……酷いなァきみらも。まあそれは置いといて、ここはひとつ協力してくれよ、お互いのためにもさ』

「協力だァ?」

『俺ときみらが戦って……俺が勝つ、その姿を連中に見せる。そうすりゃ完全にきみらの仲間だとは思われなくなる。……どうする?この話、乗る?乗らない?』

 

──……。

 

「信用して、いいんかな?死柄木さんのこと……」

「コレクションを破壊されるリスクが減ったのは、間違いないだろうがな」

「………」

 

「……信用じゃねえ、利用すんだ」

 

 勝己のそれは、弔が示したのと同じ言葉だった。あの欺瞞にまみれた相剋の中で……あれだけは、紛うことなき彼の本音だと確信している。

 だったら、

 

「サツどもと同じだ。消えねえってンなら、徹底的に使い潰してやる……!」

 

 

 *

 

 

 

 人気のない夜道を、死柄木弔は野良猫のように歩いていた。漆黒のフードを目深に被り、わずかに覗いた白髪を揺らす。

 

「ハァ……今日五回も着替える羽目になった。帰ったら六回目か……めんどくさ」

 

 でも自分で撒いた種かと、首を掻きながらだるそうに嗤う。風貌も相俟って、今の彼に積極的に近づこうという者はいないだろう。

 

──"彼"を、除いては。

 

 ワープゲートを通して突如宵闇の中に現れた、黒い靄の男。行く道に立ちはだかるその姿を前に、弔は驚くでもなく淡々と立ち止まった。

 

「ご苦労様です、死柄木弔」

「……黒霧か。何、なんか用?早く帰って顔パックしたいんだけど」

「……努力の割にはいっこうに成果が挙がりませんね。それはさておき、私がここに来た理由(わけ)はおわかりでしょう」

「ハァ……"コレ"ね」

 

 ガバットより回収したルパンコレクションを、懐から取り出す。やおら歩み寄った黒霧は、それを受け取ろうとするのだが──

 

 黒霧の指がコレクションに触れようかという瞬間、弔はひょいと手を引っ込めた。

 

「!」

「その前に……お茶でもしようか。──黒霧サン?」

 

 実に悪辣な笑みを浮かべて、弔は告げた──

 

 

 à suivre……

 

 






「競り落とせば良いんだよ。大丈夫、金ならある」

次回「ハンマープライス」

「ハイ、百万ドル」
「金銭感覚どうなっとんねん!!」





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#23 ハンマープライス 1/3

死柄木とか相澤先生みたいな身だしなみ整えてないけどスタイルの良い人が正装すると、でらセクシーに見える現象


 

「お茶でもしようか。──黒霧サン?」

 

 死柄木弔のこのひと言で火蓋の切られた静かなる鍔迫り合い。回収したルパンコレクションという手札がある以上、彼には勝算があった。

 

 

「……やはりでしたか。貴方の手に渡った時点で、こういう厄介な事態になることは想定していました」

 

 ため息で靄を揺蕩わせながら、つぶやく黒霧。対する弔はどこ吹く風だ。いつもの空ろな笑みもない。

 

「御託はいいんだよ。で、どうする?」

「……やむを得ませんね」

 

 胴体ほどもある大きなアルバムを紐解く黒霧。その中にはルパンコレクションが絵画の状態で収納されている。アルバムを手にした者であれば自由に出し入れもできるのだ。

 そうして取り出したのは、飛行船のような形状をしたコレクションだった。

 

「"Voler maintenant(今飛び立とう)"──確かに」

「………」

 

 コレクションを交換し、用事が済むや否や弔は席を立った。これ以上おまえと話すことはないと言わんばかりに。

 

「まだこちらの話は終わっていませんよ、死柄木弔」

「……何?」

「何ではありません。……どういうつもりなんです、なんの相談もなく国際警察に潜り込んで。()()がどういう組織か、知らないはずはないでしょう」

「知ってるよ。でも、誰かがやるしかないだろ。家長に代わって栗拾いってね」

「………」

 

「──"アルセーヌの願いの為に"。ルパン家に仕える者の総意だろう」

 

 すべてはそのために行っていること。血色の悪い頬を珍しく紅潮させて言明すると、弔は今度こそ去っていった。

 痩せた猫背を見送りながら、ぽつり。

 

「……それを言うなら、火中の栗を拾う、ですよ」

 

 

 *

 

 

 

 数日後。今日も今日とて喫茶ジュレには、"彼ら"がやって来ていた。

 

「こんちわっす!」

「あ、いらっしゃいませー!」

 

 いつもながら元気良く挨拶する切島鋭児郎に、もうすっかり慣れた様子で応じるウェイトレスの麗日お茶子。警察と快盗というどう足掻いても友好的ではいられないはずの関係ながら──前者は正体を知らないとはいえ──、すっかりお得意様の関係が出来上がってしまっている。

 

「今日は四人で。……あ、そういや紹介がまだだったね。こっちは──」

「──死柄木弔です、ハジメマシテ」

 

 耳郎響香の紹介を遮り、親しげな笑みを浮かべて会釈をする弔。振る舞いもさることながら、その言葉にお茶子は怪訝な表情を浮かべた。

 

「え、はじめまし……え?」

 

 いや、もう何度も会っているではないか。思わず質そうとしたらば、勝己がわざわざ彼女を押しのけるようにしてキッチンから飛び出してきた。

 

「痛だっ!?」

「チッ!……おいクソ髪、ンでその不審者と一緒にいんだよ?」

「──お客様に対して失礼だぞ勝己」追随して諌めるふりをする炎司。「それとも、この方と面識でもあるのか?」

「おー。コイツこの前……」

 

 実際にはとうの昔に炎司たちも知っている公園での遭遇を、さも初めて話すかのように吹聴する。無論そんなこととはつゆ知らず、鋭児郎は「やっぱ覚えてるよなぁ」と苦笑している。

 彼が仕方なくその後の経緯について説明すると、勝己は「へぇ」と珍しく関心のこもった声をあげた。

 

「快盗が国際警察のメンバーだったなんてな」

「いやまあ……この人は特別」

「申し訳ないが、ここだけの話にしてもらえるとありがたい」

「ふぅん……」

 

 適当に鼻を鳴らしつつ、ぎろりとお茶子をひと睨み。ぶるっと身を震わせたお茶子は、炎司の背中に隠れるようにして縮こまった。

 

「そ、そっか……ジュレの私たちは初対面じゃなきゃいけないんだ……。ややこしいわぁ」

「やむを得まい。あの男、それを楽しんでいるように見えるのが腹立たしいが」

 

 一同のやりとりを眺めながら、弔はにやにやと笑っている。あとで覚えていろと、炎司は内心罵声を浴びせた。

 

 

──とまあ、そんなひと波乱もありつつ。

 

「ここ喫茶店なワケだけどさ、メシもなかなか侮れねえんだぜ!バクゴー、ちょっと前まで中学生だったとは思えねえくらい料理上手なんだもんよ」

「……フン、こんくれぇヨユーだわ」

 

 鋭児郎の率直な称賛に、当然だとばかりに鼻を鳴らしつつも満更でもない様子の勝己。弔という"異分子"も、このときばかりは静かに彼らの様子を観察していた。

 

「おら丸顔、持ってけ」

「はいは~い。──おまたせしましたっ、夏季限定☆ローストビーフサンドでーす」

 

 運ばれてきた料理にぱあっと顔を輝かせ、「なっ、美味そうだろ?」と鋭児郎。適当に相槌を打ちつつ、弔は小声で彼の仲間たちに訊いた。

 

「……いつもこんな感じなわけ?」

「まあ、そうだね」

「良い意味で少年らしさを忘れていないのが、切島くんの魅力だな!」

「ン、なんか言った?」

 

 首を傾げつつも食欲が勝ったのだろう、「いただきますっ!」と元気良く両手を合わせる。そしてそのまま、サンドに手を──

 

──というところで、響香の携帯電話が鳴った。

 

「!」

「はい、耳郎です。……了解、すぐ戻ります」最低限のやりとりで通話を終え、「切島、飯田。例の件が動いた、本部に戻るよ」

「うむ、わかった!」

「お、おう……食えなかった……。死柄木、これいる?」

「じゃあもらう。ああ、ついでにきみらの分もお会計しとくよ」

「普段なら遠慮するところだが……すまない恩に着るっ!」

 

 一分一秒も惜しいとばかりに駆け出していくパトレンジャーの面々。それをにこやかに見送ると、弔は仏頂面に戻ってローストビーフサンドをナイフで切り分けはじめた。優雅に。

 

「ね、ねえギャングラー出たんとちゃうんっ?」

「ぶっぶー。いやまったく的外れでもないけどね」

「どういうことだ?」

 

 ひと口サイズにしたパンと肉にフォークを突き刺し、口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼してから、

 

「今、警視庁と合同捜査をやってるんだって。まぁ警察戦隊が出張るんだからギャングラー絡みなのは間違いないだろーけど」

「他人事かよ」

「所属が違うからね。詳しいことは聞いてないし訊くつもりもない」

「けっ、ハブられてやんの」

「オトナの世界では住み分けって言うんだよ、爆豪くん。あ、これマジで美味い」

 

 勝己が苦虫を何十匹も噛み潰したような顔をしていると、弔は「まあそれは置いといて」と続けた。

 

「邪魔者もいなくなったことだし、きみらに相談があるんだけど」

「三文芝居の次はなんだよ」

「爆豪くんさァ……俺のこと舐めてんだろ。もっぺんしばき倒してやろうか?」

 

 血の気の多い瞳を見開いて威圧する。なかなかの迫力ではあるが、彼は話を進めることを優先した。

 

「──オークション、参加してみたくない?」

 

 

 *

 

 

 

 数時間後、お茶子は弔ともどもハイヤーに揺られていた。人生で一度も着たことのないような仕立ての良いドレスを着せられて。

 

「……なんか、落ち着かない……」

「別になんでもいいよ、現地でコケたりしなきゃ」

「むぅ……」

 

 バカにして!お茶子は内心憤ったが、ジュレからハイヤーに乗り込むまでの時点で前科があるので抗議もできない。

 ちなみにそう言う弔はというと、普段は無造作に伸びた白髪をきちんと撫でつけ、白銀を基調とした燕尾服を纏っている。このような恰好で時折物憂げに窓の外を見つめる姿からは、独特の色気すら漂ってくるようだった。

 

(……いやいや!基本、ブキミやし)

 

 失礼なことを考えることで弔に対する感情を潰しながら、彼女はここに至るまでのジュレでのやりとりを思い起こしていた。

 

 

「──オークション、だァ?」

「そ、会員制の秘密オークション……非合法のね。訳ありの逸品やら盗まれた美術品やらが、ゴロゴロ出品される」

 

 「こんなのもね」と、一枚の写真を提示する弔。数百年ものの古ぼけたモノクロフィルムに、人魚の姿をした彫像が写し出されている。

 

「"Les minuscules bulles(小さな泡)"──ルパンコレクションだ」

「ええっ!?」

「それがオークションに出品される、というわけか。現場ですり替えるつもりか?」

 

 快盗としての発想から訊く炎司だったが、弔はやれやれとばかりに首を振った。

 

「中年さァ、話聞いてた?」

「ちゅう……っ、……どういう意味だ」

「言ったろ、参加してみたくないかって。──競り落とせば良いんだよ、オークションなんだからさ」

「……今度は三文じゃ済まねえんじゃねーの」

 

 そんな怪しいオークションともなれば、安い買い物ではないだろう。しかし弔はどこ吹く風だった。

 

「大丈夫、金ならある」

 

 小切手をちらつかせる──勝己たちも、必要に応じてルパン家の資産から振り出すことが許されてはいるが。

 

「そういうワケで、お茶子チャン?一緒に来てもらおうか」

「へっ、私?なんで!?」

「ああいう場は女性(レディー)を帯同するのが常識だから。社交パーティーと同じさ、まあどっちもろくなもんじゃないけど」

 

 「とにかく、よろしく」──有無を言わさぬ要請に、お茶子は乗らざるをえなかった。すべては大願のために。

 

 

 *

 

 

 

 オークション会場とされた洋館では、既に数組の男女が開始を待ちわびていた。皆、仮面で目許を隠してはいるが、覗く瞳は野心的な光を放っている。人種も実業家風から和装の老紳士まで様々だ。ただ間違いなく、弔とお茶子のペアがいちばん若い。

 

 しかし弔の付けている手を模した仮面は、実に悪目立ちする──居心地の悪さを感じながらお茶子が縮こまっていると、その原因のひとつであるかの男が耳打ちしてきた。

 

「ここにいる連中の顔、よーく覚えとけ」

「えっ?う、うん……」

 

 思いもかけぬ指示に戸惑っていると、いよいよオークショニアが会場に入ってきた。

 

「皆さま、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。それでは、開始とさせていただきます──」

 

「それではッ、今回ご紹介する商品はこ~ちらっ!」

 

 昼下がりの通販コマーシャルで聞いたことのあるような高音ボイスとともにクロスが取り払われ、防護ガラスに包まれた"それ"が露になる──

 

「ロットナンバー27、百年前にルーブル美術館から盗まれ、所在不明になっていた幻の逸品。──たそがれの人魚像、"小さな泡"。当オークションに登場です!」

 

 おお、とあちこちから感嘆の声が響く。お茶子も正直その例には漏れない。それほどまでに実物は美しく、今にも歌い出すのではないかという写実性があった。

 

「ではまいりましょう、まず40万から!」

 

 "$400,000"──モニターに金額が表示され、オークショニアの呼びかけに応じて皆が手を挙げ、金額を上方へ更新していく。その様子を物珍しそうに見回しつつも、お茶子は「あれ?」と首を傾げた。

 

「40万円って……意外と庶民的?」

 

 いやそれだって十分すぎるほど高い買い物だとは思うが。しかし彼女、根本的に勘違いしている。

 

「まぁ、そうだね。単位は円じゃなくてドルだけど」

「ドル……え、ドル!?つまり……」

「日本円にして4,000……あ、5,000万になった」

「!?、ごっごごっごせっごせんまん……!?」

 

 口をぱくぱくさせるお茶子を尻目に、弔はす、と挙手した。その口が「ヒャクマン」という単語を紡ごうとするのに気がついて、我に返った彼女は慌てて頬を引っ張った。

 

「いひゃい」

「ダメダメダメダメぇっ!取り返しのつかない金額言おうとしてるからぁ!」

「ハァ……うるさいなァ。これくらい大したことないっての」

「た……!?」

 

 お茶子の手を払いのけると、弔は今度こそ「100万」と声をあげた。突然のジャンプに、会場からどよめきが洩れる。

 

「100万ドル!お取りしました正面のお客様!」

「──102万!」

 

 壮年の男を皮切りに、参加者たちが次々と金額を吊り上げていく。お茶子にはこの光景が現実……少なくとも同じ世界の出来事とは思えなかった。両親が毎日汗水垂らして働いて、それで何十年かかって稼げるかもわからないような金額を平気で提示する人々。不平等がすべて悪いわけではないが、これはあまりにも──

 

「160万、160万ドルのお客様、いらっしゃいませんか?」

 

 いよいよ一同の余裕が消える。流石に頭打ちか、と思われた刹那。

 

「──200万」

「……!」

 

 他ならぬ弔が、堂々とラストコールを決めた。オークショニアが202万ドルを提示し、その上を行く者がいないことを確認──ハンマーを落とす。

 

「おめでとうございます。正面のお客様、202万ドルで落札です!」

「に、にひゃくにまん……ニホンエンデ、ニオクエン……」

 

 いよいよお茶子の頭脳はオーバーヒートを起こした。思わずくらっときてしまい、弔に寄りかかる。「おっと」と受け止める手は意外と紳士だったが、気絶した彼女がそれを知ることはない。

 

 まあ、そんなお茶子にとって波瀾万丈の裏オークションもこれで終幕──かと思われたとき、突然ことごとく照明が落ちたのだ。窓も一切ない部屋なので、辺りはすっかり暗闇に包まれる。

 視界を塞がれた一同が訝しげにざわめく中で、次に響いたのは耳をつんざくような……ガラスの、砕け散る音。

 

「!、おい起きろ。卒倒してる場合じゃない」

「え、あっ……これって?」

「やっぱギャングラー絡みか……あ、」

 

 照明が戻る。──先ほどまでオークショニアの男性が立っていた場所にいたのは……小動物に似た、しかし人間のかたちをした怪物。

 

「リッスッス~!お宝はァ、このグリスト・ロイド様がいただいた~!」

「!」

 

 皆がパニック状態に陥る中で、グリスト・ロイドと名乗った怪物は"小さな泡"を奪い取った。異形の怪人を相手に制止しようとする者はなく、彼は悠々と逃走を開始する。

 

「ハァ……結局終いには実力行使か」

「呆れてる場合ちゃうっ、追っかけよう!2億円~!!」

「わかってるって」

 

 ただふたり──快盗たちだけが、あとを追うのだった。

 

 



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#23 ハンマープライス 2/3

 

 人魚像のルパンコレクション──"小さな泡"を強奪したグリスト・ロイドは、()()()まんまと企みが成功したとほくそ笑んでいた。

 

「ボロいボロい、ボロいリス~……ん?」

 

 そんな彼の行く手に、初めて何者かが立ち塞がる。

 

「スト~ップ!そこのギャングラー!」

「それ、俺らが競り落としたんだけど。快盗から泥棒とかありえないだろ……ハァ」

 

 快盗──ルパンレンジャー。こいつらがそうなのかと、グリストは得心がいった。数多のギャングラー構成員たちが彼らや国際警察によって倒されていることも知ってはいる。

 そのうえで、

 

「ハァ?そんなの知らないリスよ、ちゃ~んと金庫にしまうリス~」

「!」

 

 背中の金庫を開き、"小さな泡"をそこに仕舞い込む。実に悠々と、舐めくさった態度だと弔は思った。

 

「こ、こいつ~!」

「よし殺そう」

 

 物騒な発言だが、お茶子──イエローも咎めだてはしなかった。ギャングラーに対してのそれは実際の行動に繋がるのだ。だいたい、彼女の怒りも相当のものだった。

 即座に射撃を開始するふたり。しかしグリストは軽々と辺りを跳ね回り、光弾をことごとくかわしていく。エックスはもとより、イエローの射撃の腕も実戦の中で向上しているはずなのだが。

 

「あ、当たらない……!」

「……速いな」

「リススっ、速いだけじゃないリスよーそ~れっ!」

 

 言うが早いか、両腕からなんと松ぼっくりを大量に放出するグリスト。もとより腕の形がそれに似ていると思っていたら。

 しかしどこか牧歌的な様相とは裏腹に、投げつけられた松ぼっくりはふたりの身体や地面に接触するや小規模な爆発を起こした。小規模といっても複数が一斉に破裂するものだから、敏捷性に重きを置いた快盗スーツではその場に踏みとどまることができなかった。

 

「きゃあっ!?」

「ッ!」

 

 吹っ飛ばされるイエロー。なおも襲いかかる松ぼっくりから、エックスは咄嗟に彼女を庇った。

 

「え、エックスさん……!」

「……ハァ、痛くも痒くもないよ。これくらい」

 

 ただ、防戦を強いられたことによって隙ができたのは確かだった。それを突いて踵を返し、グリストは逃走せんとする。

 

「──そこまでだッ、ギャングラー!」

「!?」

 

 しかしそこに、似て非なる姿をした三人組が現れる。

 

「国際警察の権限においてッ、実力を──」

「あっ!あれって快盗……死柄木!?なんでここに……」

「……チッ」

 

 これは面倒なことになったと、弔は小さく舌打ちした。幸か不幸かパトレンジャーの面々は彼を追及するよりギャングラー殲滅を選んだようだが──少なくとも、この場では。

 ならば、今のうちに少しは点数を稼いでおかなければ。

 

「そいつ、爆弾を投げてくる。接近して戦え!」

「何!?」

「ッ、ここは信用するか……!」

 

 一応は弔の言葉を了解し、挑みかかっていく三人。松ぼっくり爆弾を封じられたグリストは慌てたものの、彼にはスピードというもうひとつの武器がある。素早い格闘で、三人の攻撃を捌いていく。

 

「リッスッス~!別に接近戦が苦手なワケじゃないリスけどね~!」

 

 とはいえ、このまま戦闘を継続することは本意ではない。グリストの目的はまったく別にあるのだ。

 

「この場はとっととずらからせてもらうリス~!ぶぅ~~!」

 

 頬をいっぱいに膨らませたかと思えば──金庫を光らせたグリストは、大量の泡を吐き出した。

 

「うわっ!?な、なんだ?」

 

 毒性や爆発の危険を感じ身構える面々だが、想像に反して特に何かが起こる様子はない。むしろそれはふわふわと浮遊しながら、陽光を反射して虹色に煌めいている。

 

「綺麗……これって、」

「コレクションの力、か」

 

 であれば危険はないと弔は知っていた。実際、グリストの狙いはこの場からの逃走、その一点だったのだ。

 彼の身体が泡に包まれたかと思うと……そのまま弾けるように、消え去ってしまった。

 

「何……!?」

「消え、た……」

 

 消えて、しまった。中心点にいた"共通の敵"がいなくなってしまえば、残るのは快盗と警察のみ。

 

「ッ、死柄木!あんた、どうしてまた快盗と……」

「………」

 

 あんなふうに、手酷く裏切っておきながら。それは尤もな疑問ではあったが。

 

「利害の一致、──決まってるだろ。なァ?」

「!」

 

 エックスの目配せを受け、イエローは咄嗟にぶんぶんと頷いた。

 

「そ、そうだよ!じゃなきゃ、なんでこんな裏切者となんか……!」

 

 捨て台詞のごとくそう言い放っておきながら、ふたり仲良くこの場から撤退する。パトレンジャーの面々は当然制止しようとするのだが、弔の存在がある以上本格的に衝突しようという意志は薄かった。

 

「……相変わらず、読めない男だな。しかし──」

「──裏オークション事件、警視庁との合同秘密捜査のはずだ。あいつが現れたのは……偶然なのか?」

 

 当然、そうは思えない。しかし塚内管理官やジム・カーターが洩らす筈もない。どこか、別のルートから情報を入手した?

 

(快盗からの情報か?それとも……)

 

 弔が本部直属の特別捜査官である以上、可能性はもうひとつ存在した。

 

 

 *

 

 

 

「ハァ……酷いなァお茶子チャン?裏切者呼ばわりなんて」

「うっ……だ、だって死柄木さんが演技しろって言ったんじゃん!目で!」

「言ったね、はははっ」

 

 パトレンジャーを撒いたふたりはというと、こんなやりとりを繰り広げながら帰路につこうとしていた。グリストにルパンコレクションを持ち逃げされてしまった以上、ここにとどまっている意味はない。

 

 しかし今度は、彼らが行く手を阻まれる番だった。

 

「お待ちください」

「!」

 

 前触れもなく現れたのは、かのオークショニアの男だった。

 彼は身構えるふたりの態度など気にもとめず、一枚の紙切れを差し出してきた。

 

「請求書……!?」

 

 202万ドルの──いや、きっちり税込みなので日本円換算でかなり面倒臭い金額になっている。まさか現金で支払うわけではないとはいえ。

 

「誠に申し上げにくいのですが……弊社といたしましてはハンマーが落ちた時点で売買は確定、所有権はお客様に譲渡しておりますので」

「………」

 

 あくまで物腰柔らかに告げるオークショニア。でありながら、その実黒服の屈強な男たちが周囲を取り囲んでいる。その意味がわからないお茶子ではなかったが、それでも食い下がらずにはいられなかった。

 

「そんな!だってギャングラーに盗まれちゃったのに……!」

「申し訳ございません。契約成立後に商品に何かありましても、私どもといたしましては……」

「でも……!」

 

「──わかりました」

 

 なんでもないような調子で、弔はそう言い放った。言葉だけではない、小切手を渡すという実際の行為まで添えて。

 

「ただし、所有権は完全にこっちのもの。取り戻しても返還はしないので、そのつもりで」

 

 弔の血眼が放つ好戦的な光にどのような意味があるのか──このときは彼を除く誰ひとりとして、理解してはいなかった。

 

 

 *

 

 

 

 であるならば、ジュレに待機していたふたりの目には、尚更失態としか映らないわけで。

 

「──それで、ギャングラーにしてやられたというわけか」

 

 炎司のひと睨みを受けて、いつものスタイルに戻った弔はわざとらしく肩をすくめてみせた。

 

「人聞きの悪いこと言うなよなァ、中年」

「……中年はやめんか」

 

 理由はわからないが、それなら勝己の言う"クソオヤジ"のほうがまだマシだ──そう考える炎司の隣で、当の少年は「けっ」と吐き捨てていた。

 

「実際そうだろ。……で?まさかこれで終わりじゃねえよなァ?」

「ははっ、まさか。こうなることだって元々予想の範疇さ」

 

「──つーわけで、お茶子チャン?」

「へ?」

 

 いきなりのご指名に顔を上げたお茶子の前に、久しく目にしていない画用紙が突きつけられた。

 

「"あそこにいる連中の顔、よーく覚えとけ"──俺、そう言ったろ?」

「う、うん……つまり?」

「察しろよ。お絵描きだよ、似顔絵の」

「にっ、似顔絵?なんで……?」

「ハァ……だから察しろって」

 

「犯人は最初っから、あの会場の中にいたんだよ」

「えっ!?」

 

 オークション会場となったあの洋館は、やはり非合法の催しであるためか私兵たちによって厳重に警備されていた。あのギャングラーの生粋の能力を見るに、誰にも気づかれず侵入するのは困難だろう。ならば、

 

「お客さんの中に、犯人が……?」

 

 弔はニヤリと笑った。

 

「わかったら、早速スタートだ。欠落してる部分は俺もフォローするから、気負わずやってみよう」

「う、うん……」

 

 先ほどまでつっけんどんな物言いに終始していた弔が妙に親身な態度をとるものだから、お茶子は戸惑いがちに頷いた。ただ、それは不愉快な当惑では決してない。優しくされるとどうしようもなく弱い、彼女もまだ子供だった。

 それに付けいる悪い大人というのも、世間にはどうしようもなく存在するのだが。

 

 

 *

 

 

 

 さて、そのような経緯から始まった若人ふたりのスケッチ大会。目的は置いておけば実に牧歌的な光景である。

 

「もうちょっと眉毛太かったかなあ……ん~」

「あと、前髪がもう3ミリ長かった」

「細かっ!……そういえば死柄木さん、そんな分厚い手袋つけたままで描きづらくないん?」

 

 絵に限らず、食事にせよ、他の日常生活にせよ。

 思ったままをお茶子が訊くと、弔は案の定感情のこもらない笑みを漏らした。

 

「まァ。でももう慣れた、ずっとこれだから」

「そうなんや……」

 

 確かに、弔の手は鉛筆を器用に使いこなしている。慣れたというのは強弁ではないのだろう。

 なら、その理由は?個性によるものかとまずもってお茶子は推察した。自身の個性も"手で触れる"ことがトリガーとなって発動するものだ。同じタイプでより危険度の高い個性なら、リスクマネジメントとして手袋で意図しない発動を防ぐというのも理解できる。

 

「おい、手が止まってる」

「あ……ご、ごめん」

 

 弔の指摘を受け、慌てて作業を再開する。それからは暫し、鉛筆が画用紙を走る音色ばかりが流れたが。

 

「……しっかし、きみも度胸あるよな」

「へ?」

 

 唐突に紡がれた言葉に、お茶子は首を傾げた。

 

「物騒な連中に囲まれたときさァ、きみ、ビビりもせず喰ってかかってたろ」

「あ、あー……」

 

 オークショニアの男に落札代金を請求されたときのことか。確かにあのときの行動、客観的にみて勇敢どころか無謀とさえ映るものだったかもしれないが。

 

「……ビビってないなんてことは、ないよ」

「ん?」

 

 今度は手を止めぬまま、お茶子はぽつぽつと話しはじめた。

 

「ほんとはね、いつだって怖いよ。警察と戦うとき、ギャングラーと戦うとき」

「じゃあ、なんで?」

「これでもさ、ヒーロー目指してたから。ヒーローは怖いのグッとこらえて、いつだってみんなのために戦ってる。ならせめて、自分のためにくらい……」

 

 その在り方だけは、失いたくない。快盗に徹しきれない中途半端と謗られようとも、それだけがお茶子に残された矜持だった。

 

「……あぁ、そう」

 

 興味なさげに鼻を鳴らすと、弔はそれきり何も喋らなかった。ただ、似顔絵を描く作業に集中している。お茶子もこれ以上語るべき言葉をもたなかった。

 

(ンな良いもんかよ、ヒーローなんて)

 

 弔の瞳に浮かんだ郷愁は、それゆえ彼ひとりのものだった。

 

 

 *

 

 

 

 人間界で陽が落ちた頃、グリスト・ロイドはボスのもとを訪れていた。

 

「計画は順調!ガバガバ儲かるリス~!」

 

 好物のナッツを噛み砕きながら、戦果自慢に興じる。基本的には冷徹な幹部たちも、珍しく彼の"計画"とやらには好意的な反応を示していて。

 

「なるほど、面白いじゃないか」

「そんな使い方もあるのね。グリスト、やるじゃない」

「効果だけで判断するものではないということか」

 

 称賛の言葉に鼻高々になりつつ、グリストは早くも次の算段を考えていた。獲物を目の前で横取りされた快盗たちの執念がどのようなものか、想像が及んでいれば、()()()()()に引っ掛かることもなかったのかもしれない。

 

 

 *

 

 

 

 いよいよ夜も深まり、進捗を確認しに降りてきたふたりが見たのはテーブルに突っ伏して眠るお茶子、そして画用紙をまとめている弔の姿だった。

 

「終わったンかよ」

「ん。つーわけで俺、帰るから」

 

 画用紙をひらひらさせながら、名残惜しむでもなく店を出ていく。見送る側にしてもおやすみのひと言もない、そんなものだ。

 ふと視線を落とした勝己は、お茶子に毛布がかけられていることに気づいた。それをしたであろう男のことを今一度考える。利用するか、されるか。ならば一連の行動も、すべてその思想に基づいたものなのか。

 

「……はっ」

 

 思わず自嘲がこぼれる。利害しかない相手の一挙一動に揺れ動くのは、自分が未だ了見の狭い子供でしかないと公言しているようなものだ。不要な情は断ち切らなければ、願いはかなわない。

 

 

 一方で、ジュレを辞した弔はその足で国際警察に向かった。警察戦隊のタクティクス・ルームには幸いにして目的の人物(?)の姿しかない。

 

「──つーわけでよろしく、ジム?」

『ええ~っ、こんな絵で捜すんですかあ!?無理ですよぅ……』

 

 特別上手くも下手くそでもない似顔絵を突きつけられて、ジム・カーターは困惑している。それはそうだろう、いくら彼に優秀なサーチ能力があるといっても限度がある。

 しかし弔とて、全国津々浦々から捜し出せと言っているのではなかった。

 

「捜すのは日本警察のデータベースだけでいい」

『日本警察……ですか?』

「その中から美術品の盗難関係で似てるヤツが見つかるよ、多分」

『し、しかし……』

「は?本部直属の特別捜査官が命令してるんだけど?」

『ううっ』

 

 警察戦隊に配備されているジムに彼の命令を聞く義務はないのだが、そう言われると従ってしまうのが彼の性であった。

 

 

 *

 

 

 

 そして、翌日。

 

「ご協力、ですか?」

 

 当惑を露にしながら訊く男に、弔は人当たりの良さそうな笑みを浮かべて──風貌が帳消しにしているが──頷いた。

 

「はい。小さな泡をギャングラーから取り戻すために、是非」

「お話はわかりましたが……昨日も申し上げましたように、契約成立後の商品について弊社は何も──」

 

 相変わらず柔だが、一切関わりあいになるつもりはないという態度。無論、予測はできていた。それゆえ手もある。これ以上なく単純明快な。

 

「ハァ……誰もタダでとは言ってないだろ?」

「!」

 

 提示された小切手を認めて、男は目を丸くした。

 

「50万。円じゃなくてドル」

「………」

「あ、これは依頼料なので悪しからず。そのほか諸々の経費もこっちが負担するってことで……どうです?」

 

 オークショニアがごくりと生唾を呑み込む。実に強欲でよろしいと、弔はほくそ笑んだ。

 

 



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#23 ハンマープライス 3/3

経済力チート


 

 すべての準備を終えた数日後。

 弔の仕掛けた"ゲーム"は、とある野外劇場にて山場を迎えようとしていた。

 

「ふぁあ……」

「………」

 

 弔とお茶子が最前列に並んで座り、ステージの上でオークショニアが所在なさげにしている。なんとも形容しがたい光景を、残る快盗二名が密かに見下ろしていた。

 

「マジでのこのこ来んのかよ、ギャングラーの野郎」

「来なければそいつがギャングラーだ。……招待状の送付先が正しければの話だが」

 

 招待状──弔がジムを利用したのは、そのためだ。あのオークションに参加した者たちを特定し、此処へ呼び寄せる──

 

 いずれにせよ、その正確性は警察のもつ情報がどこまでアテになるかの試金石にもなるか。そんなことを思いながら待ちかねていたらば、やがてばらばらと人が集いはじめた。

 

「役者が揃ったか」

 

 役者──オークションの参加者たち。場所が場所だからか、皆、一様に怪訝な表情を浮かべている。そのうちのひとりからこんなところで開催できるのかと詰問され、オークショニアは救いを求めるような視線を依頼者たちにぶつけた。

 

 それに応えるように、弔がす、と立ち上がる。

 

「オークションなんて無いよ、悪いけど。じゃ、ちょっと協力してくれ」

 

 目配せを受け、お茶子がまず強面の男性のところへ駆け寄った。「失礼します」と威勢よく頭を下げ、

 

「むにむにむにむにっ!」

「痛ででででっ!?」

 

 いきなり頬を全力で引っ張る。傍から見ると奇行としか思えない行為である。

 

「なっ……にすんだ!?」

「あなたは本物!次っ!」

 

 外国人の男、爬虫類に似た異形型の男、老紳士と次から次へ頬を引っ張っていくお茶子。当然ほとんどの人間は抗議したが、中には年端もいかない少女との接触ということでちょっとにやけている者もいた。

 閑話休題。

 

「あれ?全員……本物?」

「当たり前だ!」

 

 話と違う。上から降りてきた快盗二名が、弔に詰め寄った。

 

「てめェどうなってンだ?ギャングラーはこん中にいるんじゃねえのかよ」

「いるよ。──ただし、こっち」

 

 言うが早いか、弔は振り向きざまにカードを投げつけた──オークショニアに向かって。

 突然のことに身構える暇すらなかった男の身体が鋭く切り裂かれ……まるで破裂するかのようにして、怪物の姿が露になる。

 

「し、しまったリス……!」

 

 正体の露呈したギャングラー、グリスト・ロイドの出現により、呼び寄せられた客たちは動転して逃げ去っていく。快盗たちにしても、彼らはもう用済みだった。どこへなりとも行くがいい。ただ弔だけは、彼らの行き先がひとつしかないと知っていた。

 

「ハァ……やっぱりな」

「やっぱりって……死柄木さん、ギャングラーが誰かわかってたん?」

 

 似顔絵まで描いたのに!頬を膨らませるお茶子の頭を、弔は宥めるように軽く叩いた。

 

「確証はなかったんだよ、あればもっとスマートにやった。ま、こうやって正体見たりなんだから結果オーライだろ?」

 

 プロセスに再考の余地はあれど、結果は結果だ。今度こそギャングラーを捕捉した以上、やることはひとつ。

 

「行くぜ、──」

 

「「「「──快盗チェンジ!!」」」」

『Xナイズ!』

『レッド!』

『ブルー!』

『イエロー!──1・1・6、マスカレイズ!』

 

『快盗、Xチェンジ!』

 

 グリストの目前で、四人の姿が光に遮られ。

 

「──ルパンレッドォ!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

「ルパン、エックス」

 

──快盗戦隊、ルパンレンジャー。

 

「……代金はきっちり支払ったんだ。コレクション、返してもらうッ!」

 

 一斉射撃を開始するルパンレンジャー。対するグリストは、

 

「ふふん、やなこったい!リッスッス~ン!」

 

 ステージ上を素早く跳ね回り、喰らいつく光弾を次々にかわしていく。初戦と変わらぬスピード、さらに敵の攻勢が緩んだと見るや松ぼっくり爆弾を投げつけてくるのも変わらない。

 

「ッ!」

 

 素早く身を翻すルパンレンジャー。ただし少なくともエックスだけは、むしろ僥倖だと思った。反撃してくるのは、戦う気があるということ。ならば秒で目的を果たしてみせる。

 

「囲んで袋叩きだ、ヤツのスピードを封じる」

「……いいだろう!」

「命令すんなや!」

 

 反応は対照的だったが、行動は統一されていた。エックスの指示に従って散開し、四方から攻めにかかる。

 

「り、リス~~!」

 

 悲鳴じみた声をあげるグリストだったが、それでも瞬発力があるだけそう簡単には圧倒されない。ふざけた言動に反して、それなりの──以前の"ステイタス・ダブル"に勝るとも劣らない戦闘力はあると弔は感じた。

 

「でも……それだけじゃあさァ!」

 

 Xロッドソードを思いきり振り下ろす。その一撃は剣先がかするだけに終わったが、彼の狙いはグリストを反射的に後退させることにあった。

 

「イエロー!」

 

 呼び掛けると同時に、彼女は動いていた。エックスの足の間にしゃがみ込み、引き金を引く。

 

「リスッ!!?」

 

 初めて直撃をとった。仰け反るグリスト。その隙を逃さず、レッドとブルーが彼の両腕を拘束する。

 そして、

 

『0・2──7!』

 

 金庫が開かれ、仕舞われたルパンコレクションが抜き取られる──

 

「"小さな泡"、ご返却~」

「ああっ、しまったリス~!」

 

 狼狽したところを思いきり蹴り飛ばし、ステージ上から叩き落とす。ステージアウト、これで終わりだ。

 

「──警察チェンジ」

 

 "Xナイズ"の音声とともに、エックスのボディが白銀から黄金へと変わる。と同時に、いつも通りぶらっと参上したグッドストライカーが、レッドのVSチェンジャーに合体した。

 合体──パトレンジャーであればまさしくそうなるところ、ルパンレンジャーはレッドが三人に分裂する。どれが本物かは本人すらわからない、ある意味魔性の切り札。

 

「り、リス~!?」

 

 逃げ出そうとするグリストだがもう遅い。"六人"は既に、必殺技を放つ用意を終えていた。

 

「──エクセレントエックスッ!」

『イチゲキ、Xストライク!』

『イタダキストライクッ!!』

 

 更に、

 

『サイクロン!』

『シザー!』

『『──快盗ブースト!』』

 

 イエロー、ブルーもまた超級の一撃を放つ。オーバーキルにも等しい同時攻撃はあっという間にグリストを呑み込み、断末魔をあげる間もなくその肉体を爆発四散させた。

 

「──ステージ、クリア」

 

 

 *

 

 

 

「あぁもう、いい線行ってたのに……。──私の可愛いお宝さん、グリストを元気にしてあげて」

 

 神出鬼没のゴーシュ・ル・メドゥの手により、残された金庫にエネルギーが注ぎ込まれる。

 

「リッスッス~~ン!ビッグな男になったリス~!」

「物理的にかよ」

 

 いつも通りのことなので、突っ込みを入れる程度の余裕はあった。そのままやはりいつも通り、グッドストライカーやダイヤルファイターを巨大化させようとしたらば、約一名から待ったがかかった。

 

「あとは俺が片付ける、()()()もしときたいからさ。──つーわけでおふたりさん、この前みたいにヨロシク」

「!」

 

 差し出されるエックストレイン"ファイヤー"と"サンダー"。この男の言うがままというのは抵抗を覚えるブルーだったが、イエローが率先して受け取ったことで結局は追随した。

 

「しゃーない、やろうブルー!」

「……世話の焼ける!」

 

 ふたりが二機を射出すると同時に、エックスもまたシルバーとゴールドを発進させる。──数十秒後には、計四台の巨大列車が街を疾走していた。

 

「めんどくせえシステムしてんな」

「うるさいなァ。いいだろ、協力が前提ってことで」

 

 白々しいことを言ってのけると、パトレンエックスはエックストレインゴールドに飛び乗った。──試運転とは言うが、彼は既に二度この列車で戦闘に参加している。果たして、何をするつもりなのか。

 

「さァ、始めようか。──"エックス合体"」

『警察エックスガッタイム!』

 

 四台のトレインズが軌道を変えた。ファイヤーがゴールドの、サンダーがシルバーの後部に連結する。そのまま互いが垂直に接近していく、あわや衝突かと思われたがおあつらえ向きにゴールドの二両目には接合用の穴が存在していた。

 

 Xを描くようにして連結した四台が、地面から起き上がりながらその姿を変えていく。車体が手足を、胴体を形成する。さらにその際分離したパーツが人間のそれに似た頭部となり、

 

「完成、──エックスエンペラーガンナー!」

 

 黄金の胴体と白銀の脚をもつ鋼鉄の巨人が、誕生を遂げた。

 

『おお~、アレはエックスエンペラー!トムラのヤツ、本気だな~!』

「………」

 

 ルパンレンジャーの面々(+グッドストライカー)が見守る中で、エックスエンペラーと巨大グリストによる一騎討ちが始まった。

 

「リッスッス!そんな木偶人形、粉々に吹っ飛ばしてやるリス~!」

 

 現れた巨人に気後れすることなく、グリストは松ぼっくり爆弾をひたすら投げるというわかりやすい猛攻に打って出た。対するエックスエンペラー、そして運転手もといパイロットであるパトレンエックスはというと、

 

「ハァ……馬鹿のひとつ覚えかよ」

 

 迫りくる脅威を避けるつもりは微塵もない。一応、街の破壊は最小限にとどめるつもりだった。何せ今はパトレンジャーを名乗っているのだ。

 

 回避の代わりにエックスエンペラーガンナーがとったのは、迎撃。腹から飛び出した特大ガトリング砲を連射連射、連射し、松ぼっくり爆弾を穴だらけにしていく。そのままことごとくが空中で爆散した。

 

「リスッ、なぬっ!?」

「ははっ、まだまだァ!」

 

 なおも連射は続く。標的を変えた小さな弾丸の群れはグリストを直撃し、火花を散らした。

 

「ぐえええええっ!!?」

 

 まずい、このままでは蜂の巣にされる。己が身を危ぶんだグリストは、気力を振り絞って弾丸の雨の中から脱出することに成功した。一度抜け出してしまえば、その持ち前のスピードを発揮して追撃を振り切ることもできる。

 

「リッスッス~!オマエの攻撃なんてもう怖くないリス、そ~れッ!」

 

 そのまま勢いをつけて跳躍し、エックスエンペラーの背後に回り込む。後方にいればガトリングに蜂の巣にされることもない、振り向かれるより早く速攻を仕掛けて俯せに倒してしまえばこちらの勝ち。実際、グリストにはそれを為せるだけのスピードがあった──"ガンナー"相手なら。

 

「ハァ……」

 

 敵の意図を読んだパトレンエックスは──ため息混じりに、レバーを回転させた。

 刹那、

 

『快盗エックスガッタイム!』

「!?」

 

 巨人が、側転した。思ってもみない挙動に動揺するグリスト。だがそんな動作はこれから起こる出来事の序章にすぎない。

 回転しながら頭部が変わり、手足が入れ替わり……再び大地に立ち上がったときにはもう、まったく別の姿に生まれ変わっていた。

 

「リス……ウ゛ウッ!!?」

 

 驚いている場合ではなかった。振り向きざまに斬りつけられ、うめくグリスト。

 いつの間にかルパンエックスに再変身していたパイロットが、ニヤリと笑った。

 

転換(コンバート)、──エックスエンペラー"スラッシュ"」

 

 ガンナーとは対照的な、白銀の上半身と黄金の下半身をもつ巨人。

 当然、これには快盗たちも驚いた。

 

「ええ~っ、そんなのアリなん!?」

「ウルセェ俺が知るか!」

「あんたに聞いとらんわ!!」

「だったら黙ってろやクソ黄ばみ!!」

「………」

 

──ともあれ、

 

「リッスゥゥゥゥ!!?」

 

 至近距離に踏み込みすぎたことが仇となり、グリストは全身を切り刻まれる羽目になっていた。頑丈さゆえスプラッタな光景にはなっていないが、いずれにせよ勝負はもうついている。

 

「さァて……そろそろゲームエンドだ」

 

 レバーを引き、右腕の刃にエネルギーを充填する。

 

「──エックスエンペラー、スラッシュストライクっ!!」

 

 そして、"X"を描くように二度、振り下ろす。この一撃が、グリストの死命を決した。

 

「ガハッ!」ハンマーがこぼれ落ちる。「ら、落札~……!」

 

 落札……もとい爆発。

 

「オールクリア……ハァ」

 

 爆炎を背にポーズを決めるエックスエンペラー。そのパイロットはというと、本物のゲームのように勝手に場面が切り替われば楽なのになどとぼんやり考えていたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 そういえば、戦禍の蔭にすっかり忘れ去られていた招待者たち。彼らはギャングラーの出現に恐れをなしてひたすら逃避していたわけだが、行く手に待ち構えていたのはある意味その上を行く天敵たちだった。

 

「そこまでだッ!!」

「!?」

 

 背広を着た強面の男数名に、薄いブルーの制服を纏った者たち。──そして、パトレンジャー。

 

「警察!?なんでここに……」

国際警察(ウチ)のフランス本部から連絡があったんでね」

「盗品等関与罪の容疑で、え~……逮捕だ逮捕!」

 

 背広の男たち──警視庁の刑事らが一斉に駆け寄り、取り押さえる。流石見事な所作だと、外様の切島鋭児郎は素直に感心した。

 

「では、被疑者はこちらで引き取らせていただきます。パトレンジャーの皆さん、ご協力ありがとうございました」

「どもっス!──これで裏オークション事件、一件落着だな!」

 

 鋭児郎の頬が紅潮している。彼にしてみれば、警視庁と協力して犯罪捜査を行うのは貴重な経験だったのだ。ヒーローとしてはヴィランとの直接戦闘がメインであったので。

 一方の天哉と響香は、キャリアもあって冷静だった。

 

「ま、死柄木に手柄を譲られたようなモンだけどね……」

「コレクション以外にはとことん興味がないらしいな、彼は……」

 

 なんにせよギャングラーは倒され、平和は守られた。そのことだけは率直に喜ぶべきだろうと、彼らは自分に言い聞かせていた。

 

 

 *

 

 

 

「──"小さな泡"、確かに頂戴しました」

 

 夜のジュレにて、黒霧がルパンコレクションをアルバムに収納する。これにて快盗たちの任務は完了──今回主導権を握ったのは死柄木弔その人であったが。

 

「ハァ……ま、そこそこ金かけた甲斐はあったかな」

「金……そういえば死柄木さん、オークションもっかい開くのにいくらかかったん?」

「あー……依頼料と会場の確保とその他諸々込みで……1億いくかいかないかくらい」

「い、い、いいいいいい……!?」

「あァ言っとくけど、ドルじゃなくて円ね」

「それでも十分変態だから!!」

「変態……」

 

 思わぬ罵倒に鼻白んでいると、黒霧までもが「相変わらず豪気ですね」と皮肉をぶつけてきた。この男にだけは言われたくない弔である。

 

「……うるせえよ黒霧。どうせほっときゃ増えてく金なんだ、必要なときはパパッと使えばいいだろうよ」

「ほっときゃって……どんな悪事働いてんだよ、てめェ」

「いや至って正当な手段だから。ま、これでも昔ッから勘は鋭くってさァ……宝くじは当たるし株は上がる上がる。それで儲けた金を運用してるだけ、簡単だろ?」

「それで腐るほど金が湧いて出るわけか。……好かんな、正直」

「そりゃドーモ」

 

 はは、と捨て鉢に笑う弔は、つまり見かけに反してとんだ資産家ということだ。それ自体は悪いことではない。方法は王道とは言い難いが、自らの手で稼いだ金なのだ。

 

「だからって……だからってぇぇぇ……!」

 

 「金銭感覚どうなっとんねーーーん!!」──健気な少女の哀しき咆哮は、夜の街に虚しく響き渡ったのだった。

 

 

 à suivre……

 

 





「よォ、ドグラニオの爺さん?」

次回「ステイタス・ゴールド」

「ホント傲慢だよなァ……父親っつー生き物は」




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#24 ステイタス・ゴールド 1/3

最早クセになってるこの話


 

 ドグラニオ・ヤーブンを絶対の支配者とする闇の森の洋館。しかし今日この日だけは、異様な気配が屋敷を覆っていた。

 

 

「──よォ、ドグラニオの爺さん」

 

 その原因は、我が物顔でテーブルを占拠する三体の異形だった。豪奢なディナーに、勝手に引っ張り出してきたのだろうワインで乾杯している。

 

「姿が見えねぇんで勝手にやらせてもらってるぜ」

「ふむ。……久しぶりだな、ライモン・ガオルファング」

 

 「それにギーウィ、ウシバロック」──彼らのことは構成員たちの中でも最も鮮烈に印象付けられている。とりわけリーダー格の獅子に似たギャングラー、ライモンのことは。

 それもそのはず、彼はドグラニオたちと同じ黄金の金庫を持っている。ギャングラー有数の、実力者の証。

 

「あらあら、随分懐かしい顔ねぇ。ライモン軍団は人間界で悠々自適にやってるって聞いたけど?」

「そもそもそこはドグラニオ様の椅子だ……!退け!」

 

 躊躇なく得物を振り下ろすデストラ。並みのギャングラーだったらば反応さえもままならないところ、ライモンは悠々と避けてみせた。ギーウィ、ウシバロックと呼ばれた男たちもくつくつと笑っている。

 

「どうせもうすぐオレのモンになる椅子だぜ。──それとも爺さん、オレが後釜じゃあ不服かい?」

「………」

 

 おもむろに歩み寄るドグラニオ。その碧眼が無法者どもを射竦める。空気はこれ以上ないほどに張り詰め、いつそれが破裂してもおかしくはない。デストラやゴーシュでさえ、口をつぐむほどだった。

 

「──構わんよ」

 

 ようやく放たれた言葉は、表向き平静そのものだった。

 

「楽しみにしているよ、ライモン?」

 

 ここに彼らが現れたこと──それ即ち宣戦布告だった。ドグラニオにだけでなく、人間世界に対しての。

 

 

 *

 

 

 

 轟炎司は休日を過ごしていた。

 諸々の都合で店を休業にしたり奥に引っ込んで事務作業に集中していることが多いので、彼の休みというのはかなり曖昧なものなのだが──住み込みなのも拍車を掛けている──、今日は丸一日、早朝から店を開けている。そして少しだけ、遠出をした。

 

 目的はただひとつ、とある墓地を訪れるために。

 

「……なんでもない日に来てばかりですまないな、燈矢」

 

 独りごちて、思わず自嘲を浮かべる。謝らなければならないことは、ほかに数えきれないほどある。……いや、自分が彼にした仕打ちは、謝罪さえ許されることではない。わかっている。だからこんな、命日でもなんでもない日に、花も線香も用意せずこそこそと訪れているのだ。

 

──そう、彼の家族に。彼を悼む者たちに、自分の痕跡さえ気取られてはならない。傷つきながらも前に進もうとしている残された子供らの心を、かき乱すことなどあってはならないのだ。

 

 

 *

 

 

 

 罪滅ぼしですらない、ただ自分自身へのけじめとして続けている墓参り。いつものように空しい思いを抱えて、その帰路につく。

 

 抜けるような青空と白い雲。今日もどこかで蝉が鳴いている。そういえば燈矢は夏……正確に言えばその酷暑が苦手だったなと、曲がりなりにも父親だった男は思い起こしていた。

 

(燈矢のことは、残念だった。……焦凍のことは、)

 

 燈矢を喪ったときは平気でヒーローを続けていながら、焦凍のときはすべてを投げうって快盗になった──取り戻すために。

 そうだ、自分はそういう人間だ。かたちだけは地位も名誉も捨てることができても、その核心は何も変わらない。これから先も、きっと。

 

──ぐう、

 

「………」

 

 それでも世界は回っていくし──腹は減る。

 炎司がふらりと吸い込まれたのは……蕎麦屋。これもやはり、末の息子の好物だった。

 

 

 悩みは多かれど、突き詰めると夏のざる蕎麦は美味いのである。よく冷やされた濃い味付けのつゆに、弾力のある食感の麺。ヘルシーだが栄養価も豊富だし、がっつかなくともするりと食せる──忙しい大人にも優しいのだ──。

 

「……いただきます」

 

 行儀よく両手を合わせ、ひと啜り。

 

「!」

 

──美味い。理屈ではない、率直にそう感じた。

 同時に、過去の記憶を思い起こす。出張で……どこだったか、蕎麦の名産地に行った際、家族への土産に買って帰ったことがあった。母親に煮え湯を浴びせられ塞ぎ込みがちだった幼い末の息子が、それ以来初めて目を輝かせて喜んでいたのを覚えている。無論、その程度のことで彼が自分を……母親を追い込んだ父親を赦すわけもなかったが。

 

「……店主、」

「ハイ、なんでしょう?」

 

 還暦そこそこの店主がにこやかに応じる。表情は柔和だが、会話を承りながら作業は休みなく続けている。見事な手さばきだと感じた。

 

「これは……その、非常に美味だと思う」

 

 他人を褒めるということをあまりしてこなかったためか、どうにもぎこちない発声になってしまった。それでも店主は嬉しそうに頬をほころばせてくれたが。

 

「ありがとうございます。やっぱりお客さんにそう言ってもらえると、作り甲斐があるってもんですよ」

「そうか……その、やはり秘訣があるのですか?」

「ふふ、それは企業秘密ってモンです。そう簡単には教えられませんよ」

「……尤もだな」

 

 公共の存在であるヒーローと異なり、彼らは"秘伝"というものを生活の糧として憚る必要もない。理解を示した炎司だが、店主の笑顔が不意に翳った。

 

「いや……後生大事に隠しても同じか。店もあと、何年続けられるか」

「!、……ご壮健に見えるが、どこかお身体でも?」

「いや、そういうわけじゃあない。ただ、もう歳だからねえ……」

「勿体ない話だ。そうだ、後継者は?」

「……ひとり息子がいましてね、今は都会でサラリーマンやっていて、家庭も持っている。継いでもらいたいと、思っていたが……」一瞬言葉を切り、「あいつにはあいつの生き方がある。それを踏みにじるようなことは……できませんよ」

「……!」

 

 炎司は思わず箸を止めた。──ふつうの親というのは、そういうものなのか。子の"個"を認め、尊重するのが正しい在り方なのだろうか。

 親子、あるいは家族のかたちは様々で、正解不正解はないという意見もあるだろう。でも、だとしたら、自分のつくった家庭の末路はなんなのか。炎司の心は、今さらながら深い幽憂の底に沈んだ。

 一方で、店主の声には明るさが戻っていた。

 

「ふふ。実はね、秘伝という程のことでもないんですよ」

「……というと?」

「基本に忠実なだけです。──"四つのたて"、ご存知ですか?」

「四つの……たて?」

「美味い蕎麦の条件のようなものです。挽きたて、打ちたて、茹でたて……それと──」

 

 憂いを一時的なれど関心が上回り、炎司が耳を傾けたときだった。店の外の往来から、平穏を切り裂くような悲鳴と爆発音が響き渡ったのだ。

 

「!?」

「ッ、様子を見て来る。指示があるまで誰もここから出るな!」

 

 元ヒーローらしくすかさずの指示を飛ばし、店外へ出る。そのさまの衰えなきゆえに勘づいた者もいるのだろう、「あれってもしかして」という声も背後から聞こえたが無視する。もうエンデヴァーはいない、ここにいるのは轟炎司という、なんの守るべきものもないただの男だ。

 

 ゆえに、災禍をもたらしているのがヴィランであれば躊躇なく引き返すつもりだった。ヴィランはヒーローがなんとかする、もはやこの世の理だ。

 しかし、もしもその理を乱す者が現れたとするならば。

 

「──!」

 

 足を止める。爆発炎上する……レストランだったらしき建物。そしてその中から悠々と歩み出てくる、牛──いや、バッファローに似た怪物の姿。人間のかたちをしているのだから、怪人と呼称するほうが正しいか。

 

「……胴に金庫。決まりだな」

 

 ギャングラー、()()が敵。

 いったん素早く身を隠すと、炎司は白身銃・VSチェンジャーを取り出した。ブルーダイヤルファイターを構え、銃身に装填する。

 

「──快盗、チェンジ」

『2・6・2──マスカレイズ!快盗チェンジ!』

 

 青白い光が身を包むと同時に、炎司は再び往来へ飛び出していた。ダイヤルファイターのそれと同じ青を基調とした強化服を纏い、マントを翻して。

 

「チッ、ここは期待外れだったなァ……ん?」

 

 不意に頭上に差した影に反応しようとした瞬間、彼は光弾のシャワーに襲われていた。

 

「うおッ、な、なんだァ?」

「……頑丈だな」

 

 降り立つ、蒼い影。「誰だてめェは?」という問いに対し、

 

「……ルパンブルー。世間を騒がす快盗、だ」

「快盗?ほおぉ。ライモンちゃんの右腕、このウシバロック・ザ・ブロウにまで喧嘩を売ろうってか!」

 

 「上等だァ!!」と、鼻息荒くしながら突進してくる。まるで闘牛のようだと所感を抱きつつ、ブルーは素早く飛び退いてルパンソードに持ち替えた。

 

「ふっ──!」

 

 回り込み、刃を振るう。表皮が硬いのか、手応えは薄い。ただ銃撃ではなおさら効果が薄いので、この方法で地道に攻めていくしかない。幸い、相手は巨体ゆえ小回りがきかないようだった。

 

「チイィ、ちょこまかと!──これならどうだァ!」

 

 焦れたウシバロックの金庫が光る。身構え、咄嗟に防御姿勢をとったブルーに襲いかかったのは──熱線だった。

 

「ぐッ……!?」

 

 身体中の水分が沸騰するような苦痛とともに、熱が全身を覆っていく。

 

「ハハハハッ、電子レンジに入れられた気分はどうだァ?そのまま内側から破裂しちまえ!」

「……ッ、」

 

 電子レンジ──成る程、水分子を振動させることにより温度を急上昇させているのか。熱に浮かされた頭で、炎司はそう結論付けた。

 

──ウシバロックは知らなかった。目の前の快盗が、その身に宿した"個性"を。

 

『快盗ブースト!』

「!?」

 

 追い詰めたと思っていた敵が突如反撃に転じたことで、ウシバロックの反応は遅れた。引かれるトリガー。放たれたここぞの弾丸が、直撃する。

 

「グワァアアッ!!?」

 

 吹き飛ぶウシバロック。連射はできない攻撃だが、効果覿面だった。流石に致命傷を与えるには至らなかったようだが。

 

「な、何故ェ……身体を沸騰させられて動けるハズが!」

「ふん。あいにく四半世紀以上、獄炎(ヘルフレイム)を振りかざして戦っていたのでな」

 

 その気になればすべてを焼き尽くすことのできる灼熱の劫火、それを生み出す器が熱に弱いはずもない。ウシバロックは敵を見誤っていた。

 彼にとってはさらに不幸なことに、いざというとき退路とすべき後方からも勇ましい声が響いた──「動くな、国際警察だ!」と。

 

「ッ、今度は警察か……!」

 

 パトレンジャーの三人、さらには近頃姿を見せるようになった黄金の戦士──パトレンエックスもいる。通常の警察スーツと意匠の異なる強化服は、彼を外様の存在であると言明しているようなものだったが。

 

「!、快盗……もういる」

「だが、ルパンブルーひとりのようだぞ」

「……あんたが呼んだの、死柄木?」

「いや?」

 

 空とぼけた態度で否定するエックス、実際炎司がこの場に居合わせただけなのは言うまでもない。ただ、こっそりジュレにいるお子様たちには連絡を入れてあるのだが。

 

「ンなことより、袋叩きにするチャンスだと思うけど」

「!、……確かにな。っし、行くぜ!」

 

 快盗よりも危険度の高いギャングラーを優先する──パトレンジャーの定まった方針。当然エックスも加わっているので五対一の構図である。いかにパワーに秀でたウシバロックといえど、この人数差には不利を感じずにいられなかった。

 

「チイィ、ひとり相手に群れてくるとは卑怯な奴らめ……!だがまあいい、そっちがそう来るならこっちも援軍を呼ぶまでだ。──ライモンちゃ~ん、ギーウィ~!!」

 

 刹那──炎上していたレストランが、いよいよ粉々に消し飛んだ。

 

「!!?」

 

 突然の出来事。身を硬くする一同に──次の瞬間、強烈なプレッシャーが襲いかかった。

 

「オイオイ……どーしたよ、ウシバロック?」

「キヒヒヒッ、人間風情に苦戦してるのかぁ?」

 

 獅子に似た強面の怪人に、ペストマスクのような顔つきの鳥類らしき怪人──二体が、ウシバロックと合流した。

 

「仲間がいたのか……!」

「!、見ろよ、アイツの金庫……」

 

 鋭児郎が前者を指差す。彼の胸元に埋まっている金庫はウシバロックたちとは違う──燦然と輝く、黄金色。

 

「ステイタス・ゴールド……!」

 

 ギャングラーの中でもひと握りの、実力者の証。彼らが有象無象とは比較にならない強敵であることを、弔はよく知っていた。

 

「ったく、しっかりしろよウシバロック。そんなんじゃあライモン軍団の名折れだぜ?」

「しょうがねえだろ~、ライモンちゃんに比べりゃオレたちなんざ大したことねえんだもんよ」

「おい、一緒にしないでもらえる?」

「ヘヘッ、言うじゃねえか。──まァウシバロックが手ぇ焼く連中ってンなら……久々に楽しめそうだぜぇ!!」

 

 言うが早いか、ライモンがルパンブルーに、ギーウィがパトレンジャーに襲いかかった。ウシバロックはちゃっかり双方の応援に専念している。腹立たしい姿だったが、気にかける余裕はなかった。

 

「キヒヒヒッ!ライモンほどじゃなくてもなぁ、人間ごときに後れをとるほど柔じゃないぜぇ?」

「ッ!」

 

 ウシバロックとは対照的に、軽快かつ予想もつかない動作で攻めたてるギーウィ。翻弄されるパトレンジャー、しかしその原因は彼らの側にもあった。練度で頭ひとつ抜けている感のある"驚異の新人"が、珍しく精細を欠いていたからだ。

 

「どうした死柄木くん、集中しろ!」

「ッ、うるさいな……」

 

 わかっている。だがこちらは四人がかりであるのに対し、ルパンブルーは単独でステイタス・ゴールドとの戦闘を強いられている。あの男が元トップヒーローだったのはよく存じているが、あまりに相手が悪い。

 実際、パワーとスピードを併せもつライモンに、ブルーは苦戦を強いられていた。ウシバロックとは比較にならないほど隙がない。それでも目の前に躍る金庫は、絶対に開かなければならないのだ。

 

(ッ、背に腹は代えられん……!)

 

 幸い、エックスを除くパトレンジャーの面々はギーウィに注力していてこちらを見ていない。ならばとブルーはライモンとの距離を一気に詰め、

 

「ふ──ッ!」

「うおっ!?」

 

 突如目の前の快盗が放った小さな火炎に、ライモンは一瞬気を取られた。ダメージは与えられないが、ブルーの狙いは達せられたのだ。そこですかさずダイヤルファイターを押しつけ、

 

『1・1──0!』

 

 暗証番号が読み上げられる。解錠──と思われたそのとき、エラー音が鳴り響いた。

 

「何……!?」

 

 開かない!想定外の事態に、さしものブルーも一瞬動きを止めてしまった。構図が逆転する中で、ライモンの魔手が彼の首にかかる。

 

「ぐぅ……っ!」

「はっ、猫だましとは良い度胸じゃねえかァ!!」

 

 空いたもう一方の拳が迅雷のごとくルパンブルーを殴りつける。一度や二度でなく、何度も。

 そして、

 

「これで……フィニッシュだァァ!!」

 

 大振りの一撃が直撃した。衝撃に耐えきれず、ダイヤルファイターもろとも撥ね飛ばされるルパンブルーの身体。その先は──河川だった。落水と同時に、膨大な飛沫が上がる。

 

「ハハハハッ、他愛もねえ!」

「おおっ、流石ライモンちゃあん!そこにシビれる憧れるぅ!」

 

 はしゃぐウシバロックをいったんは無視して、ライモンは次なる標的に目を向けた。──ギーウィが相手をしているパトレンジャーの面々。相性の問題もあるのだろうが、四人がかりで苦戦しているようでは結果は見えている。

 

「……雑魚とばっか遊んでてもしょうがねえや。──おいギーウィ、帰るぞ!」

「キヒヒヒッ、やぁっとお役御免かぁ」

 

 四人がかりの攻撃をすり抜け、素早く後退するギーウィ。そうして合流した三体は、そのまま忽然と姿を消してしまった。

 

「ッ、逃げられた……!」

「………」

 

 鋭児郎たちが悔しがる中で、弔だけはほっと胸を撫で下ろしていた。ステイタス・ゴールドを含む三体のギャングラー。気合や精神論だけで、勝てる相手ではなかった。

 

 



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#24 ステイタス・ゴールド 2/3

 

 弔から連絡を受けて駆けつけた爆豪勝己と麗日お茶子は、炎司がギャングラーに敗北して川に突き落とされたという追加の報に血相を変えていた。

 

「まさか、炎司さんが敗けるなんて……」

「チッ、あのクソオヤジ……!」

 

 腐ってもトップヒーローだった男だ。個性を殆ど封じられているとはいっても、センスや技量で補うことはできるはずだし、実際今の今まではそうだった。──当人の不覚でないとするなら、それが通用しない相手ということ。少なくとも弔の口ぶりは如実にそれを伝えていた。

 

「炎司さん、無事だよね……?」

「俺に訊くなや!……この程度でくたばるタマじゃねえだろ」

 

 幸か不幸かギャングラーもパトレンジャーも撤収しているので、彼らは仲間の捜索に専念することができた。河川敷をひたすらに走り続ける。

 どれ程そうしていたか、さしもの勝己も息が上がりはじめた頃、川縁に繁茂する雑草に絡めとられたように倒れ伏す人影が目に入った。

 

「!、クソオヤジ!!」

 

 疲労も忘れ、全速力で駆け寄るふたり。ずぶ濡れになった炎司は、力なくうめいている。意識も判然とはしないようだった。

 

「炎司さん!しっかりして、炎司さんっ」

「起きろやクソオヤジ!……チッ、丸顔そっち支えろ。連れて帰んぞ」

「ええっ、無理でしょ私らだけじゃ!」

「ダイヤルファイター使やいいだろーが!!」

「あっ、そっか……」

 

 「爆豪くんアタマいい~」とわざとらしくのたまうお茶子を睨みつけると、勝己はVSチェンジャーに自らのビークルを装填したのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、ギャングラーの逃走を受けていったんタクティクス・ルームに戻ったパトレンジャーの面々。無論、彼らも無為に時を過ごすつもりはない。塚内管理官とジム・カーターが、既に関係各所より情報を集めていた。

 

「今回きみたちが遭遇したギャングラーは各地で高級レストランを襲撃……店舗を破壊したうえ、シェフを次々に拉致している」

 

 塚内管理官の報告に、鋭児郎は首を傾げた。

 

「シェフを?……グルメなのかな、そいつ」

「ってか前にもいたよね、そんなヤツ」

「物間くんが転入してきたときか。あのときのギャングラーの目的は人間の捕食だったが」

 

 シェフのみ拐っているというのは、鋭児郎の言葉が強ち的外れでもないように思わせる。

 

「レストランばかりを狙っているとするならば……ジム、次に標的となる店舗は絞れているのか?」

 

 投げかけられたジムは、『それがぁ……』と気まずげな声を発した。

 

『以前のケースと異なり、今回は比較的高級なフレンチやイタリアンの店というだけで……特定が難しいのが現状です』

「ムム、そうか……」

「いずれにしても、」塚内が再び口を挟む。「休業の呼びかけは既に大々的にしてある。敵がどう出てくるかは、その効果を見極めてみないことにはわからん」

「………」

 

「──そもそもさァ、」

「!」

 

 粘着質な声音に、一同の注目が部屋の入口付近に集まる。──死柄木弔がずっと、そこにある応接シートで輪にも入らずにいたのだ。

 

「仮に特定してそいつを捕捉できたところで、またステイタス・ゴールドが出てきたらどうすんの?」

「……あの金色の金庫をもっているギャングラーのことか?」

「そう。あいつは強いぜ、他がバカらしくなるくらい」

 

 人を喰ったような物言いは聞く者を不愉快にさせたが、弔の言うことも一理あった。ターゲットのウシバロックは未知数として、ギーウィも強かったが、ステイタス・ゴールド──ライモンは明らかに彼らを凌ぐ威容を備えていたのだ。

 

「……それでも、指くわえて見てるわけにはいかねえだろ」

「ははっ、違いない。じゃあ俺は俺で動くよ、アテはあるから」

「どうするつもりだ、死柄木くん?」

「ひみつ」

 

 堂々と煙に巻かれてしまえば、管理官以下警察戦隊の面々は口をつぐまざるをえない。所属が違うという事実をこういうときに思い知らされる、無論心情面で納得できるかは別の話だが。

 

 

 *

 

 

 

 ダイヤルファイターを使ってジュレまで搬送された炎司は、自室のベッドに寝かされていた。お茶子が冷えた濡れタオルを持ってきて、額に乗せる。しかし元々の体温が高いせいか、すぐに温くなってしまう。

 

「うー……これ熱があるんかなぁ?どうなん、爆豪くん?」

「ンで俺に訊くんだよ」

「だってほら、個性軽く被ってるし」

「……爆破と炎出すンは全然違ぇだろ、被ってンのは認めっけど」

 

 勝己の声にも珍しく張りがない。炎司の敗北は、頭ではありうるとわかっていてもやはり少なからず衝撃的な出来事だったのだ。なんだかんだと言いながら、やはりトップヒーロー・エンデヴァーだった者を頼もしく感じるのは当然のこと。炎司もまた、それを自覚していた。

 

「……問題ない、平熱だ」

「!」

 

 かすれた声とともに、炎司がゆるゆると身体を起こした。

 

「え、炎司さん……もう起きて平気なん?」

「うむ……すまない、迷惑をかけた」

「チッ、本当だわ。……ダイヤルファイターまでブッ壊されやがって」

「何?」

 

 見開かれた炎司の目の前に、ブルーダイヤルファイターがぶら下げられる。──核となるダイヤル部分が、破損していた。

 

「ッ、攻撃の余波でやられたか……」

「……死柄木さんから聞いたけど、金色の金庫のヤツやったって、えっと……」

「ステイタス・ゴールド」

「そうそう!ステイタス……えっ?」

 

 振り返れば、怪しい白髪の男が部屋の敷居を跨ぐように壁に寄りかかっていた。面識が無ければ即通報しているところであるが、幸い噂をすればの人間だった。

 

Salut(よう)、快盗諸君」

「し、死柄木さん」

「……おいコラ不審者、勝手に上がって来てんじゃねえ」

「一応下で呼んだし。つーか不審者呼ばわりはやめてくんないかなァ爆豪くん、いい加減俺も傷つくんだけど」

 

 いつも通りため息をつくと、弔は珍しく真面目な表情を浮かべた。

 

「言っとくけどステイタス・ゴールドは、ギャングラーの中でもトップランカーの連中だ。正面切って戦って勝てるような相手じゃない。──それに、金庫も普通じゃ開けられない」

「普通じゃ……って、どうやったら開けられるん?」

「それは──」

「それは?」

 

「……俺も知りたい」

「ッ!」

 

 目をかっと見開いた勝己に対し、弔は「ごめんごめん」と心にもない謝罪を述べた。

 

「実際、俺にもわからないんだ。……今回俺が言えることはただひとつ、欲張るなってことかな」

 

 ステイタス・ゴールド──ライモンは飛び抜けて強力なうえ、取り巻きのギャングラーを二体も連れている。ならば一体ずつ引き剥がして本懐を果たす──それが弔の考えだった。

 

「で、ここからが本題。あのウシバロックとかいうギャングラー、どうも食に煩いらしい」

「は?」

 

 ここまでの緊迫した話との落差があまりに大きいものだから、勝己の目が点になった。

 

「各地のレストランを襲ってはシェフを拉致してるそうだ」

「何それ……グルメなん?」

「ははっ、烈怒頼雄斗も同じこと言ってたぜ。──独自情報だけど、ウシバロックって奴はどうも料理に一家言あるらしい。腕のあるシェフを捕まえて何かさせようってんじゃないかな、あ、これは俺の憶測ね」

「………」

 

 では何か、料理コンテストでも開こうというのか?愚考だと思って誰も口にはしなかったが、実は当たらずしも遠からずであると彼らは知らない。

 それはともかく、

 

「とはいえ近隣地域のレストランには自粛要請が出てる。ま、従わない店もあるだろーけど現時点で特定はムリだね」

「……じゃあどうすんだよ。アテもなく捜し回れってか?」

 

 焦れたように訊く勝己に、弔は意地の悪い笑みを浮かべてみせた。

 

「そうは言ってない。──コレ、なんだと思う?」

 

 スマートフォンを掲げてみせる弔。その画面にはマップらしきものが表示されている。というか、マップとしか見えない。

 

「さっきの戦いのとき、ウシバロックにこっそり発信器をくっつけた。今は自分らの世界に引っ込んでるんだろーけど、こっちに現れれば反応が追える」

「ア゛ァ!?それ先に言えや!!」

「ははっ、ごもっとも」

 

 本当にこの男は!──しかし、おかげで方針が定まったのも事実だった。現れた反応を追う。仮にその場にステイタス・ゴールドがいたとしても、上手くあしらいながらウシバロックのみを袋叩きにする。認めたくないが弔の存在は心強い、四人ならそれで乗り切れると信じられる。

 

「じゃあ、それまでは待機!……やね!」

 

 努めて陽気に発せられたお茶子の言葉に、捻くれ者ふたりも頷いた。しかし、

 

「……おまえたちはそうしていてくれ。俺は少し出かけてくる」

「えっ……炎司さん?」

 

 いちばん体力を消耗しているはずの炎司が、ベッドから立ち上がって出かけ仕度を始めている。その表情は相変わらず厳ついが、方針に反対しているようにも見えない。

 

「出かけるって、こんなときにどこ行く気だよ」

「……少し思うところがある。正直、自分でもそうとしか言えん」

「は?」

 

 露骨に困惑した様子の少年たち。彼らに要らぬ心配をさせるのは本意ではなかったが、炎司自身それ以上説明のしようがなかったのだ。何かが自分を突き動かしている、郷愁とも情熱ともつかない何かが。

 

 ゆえにそれ以上は何も語らず、部屋を出て行こうとする炎司。扉を塞いでいた男は、すっと道を開けてくれた。開けてくれたのだが、炎司を呼び止めた。

 

「どっか行くなら、ダイヤルファイター貸しといてくれよ。修理しとくから」

「……そういえばエンジニアだと言っていたな、貴様は」

「まァ、黒霧に言わせりゃね」

 

 碧眼が、じっと弔を睨みつける。そのまま漂う沈黙。張り詰めた緊張感が、場を支配していた。

 ややあって、彼はふっと息を吐き出した。

 

「では、頼む」

 

 ブルーダイヤルファイターを手渡すと、炎司はそのまま階下に消えていった。

 

「……どうしたんだろ、炎司さん。今日お休みだったのと、関係あるんかな……?」

「だァから俺に訊くなや。シゴトんとき役立たずにならなきゃそれで良いわ」

 

 少年たちの揺らいだ声を背景に聞きながら、弔はじっと階段のほうを見つめた。

 鋭く澄んだ碧眼、そこには弔に対する不信がありありと浮かんでいた。ただでさえ単独行動に走ろうというときに、ルパンレンジャーのチームワークにこれ以上の動揺を与えたくなかった──だから表明はしなかったのだろう。一対一の場であれば、容赦なく拒絶していたに違いない。

 

(まァ、良いけどさ)

 

 弔にも思うところはある。しかし大願の前に、すべては些事にすぎない。今は同志なのだ──かつて、恥ずかしげもなく英雄を標榜していた男であろうと。

 

 

 *

 

 

 

 さて、ジュレを飛び出した炎司が向かったのは、またしても轟ゆかりの墓地がある地域だった。とはいえギャングラーと対決したのは墓参りを済ませてからで、少なくとも今はそちらに心残りはなかった。

 

 彼が文字通り門戸を叩いたのは──その後昼食をとろうとしていた、あの蕎麦屋だったのだ。

 既に昼と夕刻の狭間の時間帯になってしまっているせいか、店は既に閉まっていたのだが……果たして、店主は中にいた。

 

「あれ……お客さん。ご無事でしたか」

 

 怪訝そうに戸を開けた店主だったが、炎司の顔を見るなり表情を綻ばせた。無事を心から喜んでくれているのがわかる、当然不快にはならない。

 

「……緊急事態とはいえ、勘定を済ませないまま飛び出してしまった。申し訳ない」

「あぁ……いえ、お気になさらず。お戻りになると思ってましたから」

「何故?常連でもない、素性も知らない人間だぞ」

 

 それとも、この店主も自分がエンデヴァーを名乗るプロヒーローだったと気づいたか。であれば見込み違いというものだが。

 しかし、店主は悠々と否定した。

 

「話をすればわかります。貴方は無骨で、誇り高い人だ。そういう小狡いことはしないでしょう」

「……言ってくれる」

「ふふ。──そうだ、まだ完食はされてませんでしたね。よろしければまたお作りしますよ」

「では……お願いする。また飛び出していくことになるかもしれんが」

 

 「構いませんよ」──好々爺然と、老人は笑った。

 

 

 *

 

 

 

「……いただきます」

 

 出されたシンプルなざるそばに、再び箸をつける。山葵を溶かしたつゆに浸した麺を啜れば、途端に芳醇な香りが鼻腔までもを通り抜けた。

 

(やはり……美味い)

 

 訊きたいこと、話したいことはあった。しかし万が一横槍が入ってしまう可能性を憂慮して、黙ってひたすらに食べ進める。元々お喋りも食事も、楽しむような性格ではないのだが。

 

 麺を啜る音だけが響く静かな時間は、十分ほどで終焉を迎えた。箸を置き、「御馳走様でした」と低い声でつぶやく。

 

「お口に合ったようで何よりです」

「……うむ。確か、四つのたて……だったか。この蕎麦には、それがすべて揃っていると?」

「ええ。そういえば、最後の四つ目をまだお伝えしていませんでしたね」

 

 "挽きたて、打ちたて、茹でたて"──そこまで聞いたところでギャングラーが現れたので、確かに聞けずじまいになっていた。

 

「是非、ご教授願いたい」

 

 「もちろんです」と頷いて、店主は口を開いた。

 

「──"獲れたて"。こればかりは努力では補うことのできない、天の恵みのようなものです」

「獲れたて……」

 

 いや、待て。

 

「蕎麦の旬の時期は、秋だったと記憶しているが……」

「お客さん、よくご存知ですね」

「……末の息子が好きだったもので。産地に出張した際は、なるべく買って帰るようにしていた」

「そうでしたか。それは息子さん、喜んだでしょう」

 

 炎司は思わず自嘲を浮かべた。確かに喜びはした──蕎麦には。

 

「……好物を買っていったくらいでは、俺と焦凍の溝は埋まらなかった。当然だ、それだけの仕打ちを続けてきた」

「………」

「言っていたな、息子の人生を踏みにじるようなことはできないと。──俺はそれをやったんだ」

 

 息子だけではない、己のエゴで家族を壊した。不幸にした。快盗に身を堕としたのはその報いですらない。真にそれを被ったのは被害者でしかない燈矢であり、焦凍だ。

 店主はただ「そうですか」とだけ応えた。皺に囲まれた瞳に、軽蔑のいろはない。

 

「……先ほどの疑問の答ですが、これも実は単純なことなんです。──秋だけではないんですよ、新そばって」

「!、何?」

「信州戸隠ではね、夏に収穫できるんです」

 

──知らなかった、たまたま長野のほうに行くことはなかったから。

 

「なのでこの季節だけは、そちらから蕎麦を仕入れているんですよ」

「……努力ではどうにもならないと仰っていたが、それでも人事は尽くしているというわけか」

「お客さんには少しでも長い間、四つのたてが揃った蕎麦を楽しんでもらいたいですからね」

 

 炎司の胸に、職人の言葉がすとんと落ちた。真に相手を想うまごころ──自分に、決定的に欠けていたもの。

 

(ならば、あるいは)

 

 

「店主、──ひとつ、頼みがある」

 

 碧眼を滾らせ、炎司は立ち上がった。

 

 



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#24 ステイタス・ゴールド 3/3

蕎麦と文字数は、伸びたらマズいんだよぉ!


 

 炎司が出ていってから、時計の短針が一周しようとしていた。太陽が眠り、再び目覚めようとしている時間。──喫茶ジュレには、既に……否、夜通し明かりが灯っていた。

 

 店内は、死柄木弔の作業場として使われていた。炎司から預かったブルーダイヤルファイターを専用のプラグで端末に繋ぎ、修理をする。最初は見学していた勝己とお茶子だったが、何をどうしているか傍目にはまったく理解できなかったのだろう、弔が起きているのをいいことに床に就いてしまった。なんというか、図太い連中である。

 

 その作業も、夜明けと同時に終わりを迎えた。

 

「ハァ……」

 

 修復したダイヤルの具合をチェックしつつ、ため息をつく。もはや癖になってしまっているそれは、彼が常々抱えている鬱屈の発露なのだが、それを知る者は黒霧など一部を除いてほかにない。──彼の、過去を知る者も。

 

 頭に靄がかかっていくに身を任せていた弔だったが、スマートフォンからタイマーのような軽やかな音が響いたことで我に返った。

 表示されたマップに、赤い点が明滅している。──なんと、ちょうどいい時機。惜しむらくは、このビークルの持ち主が戻っていないことか。

 

「……まァいいか」

 

 先ずはガキどもを起こしてこよう──欠伸混じりに、弔は席を立った。

 

 

 *

 

 

 

 果たして人間界に再び現れたウシバロック──否、ライモン軍団は、朝焼けに照らされた港を闊歩していた。

 

「キヒヒッ、あのシェフはまぁまぁだったな。流石ウシバロック、料理のセンスだけはピカイチだ」

「"料理のセンスも"だろ、ギーウィ!」

「キヒヒヒッ」

 

 連れふたりが軽口を叩きあう一方で、ライモンはしきりに腹をさすっていた。

 

「まだまだ足りねぇ……ん?」

 

 彼の視覚は、一様に相向かいから接近する人影を認識した。積まれたコンテナの群れによって光が遮断され、その姿はシルエットと化してしまっている。

 ウシバロックとギーウィも気づいたのだろう、歩みを止める。──刹那、

 

 陽光が大地を照らし、三つの姿を照らし出した。

 

「よォ、なんたら軍団」

「貴様らは──」

 

──快盗。

 

「キヒヒヒッ、なんか用かァ?オレら忙しいんだけど」

「用があるから来てンだよ、クソども」

「お宝、いただかなきゃなんだから!」

「……ハァ」

 

 銀色──弔は首筋をぽりぽりと掻いた。

 

「きみらさァ……作戦、忘れるなよな」

「大丈夫、忘れてないよ!」

「あのウシ野郎、袋叩きにすりゃいいんだろ」

「……わかってりゃいいけど」

 

 侮っているわけではないが、どうにも不安なのだ──この子供らは。

 しかしここまで来てしまった以上、やるしかない。Xチェンジャーを取り出す弔、勝己とお茶子もまた、VSチェンジャーを構え──

 

「「「──快盗チェンジ!!」」」

 

 赤と黄、そして白銀の快盗へと姿を変える。

 その様を目の当たりにしたライモンたちは、鼻白むこともなく揃って嘲笑した。

 

「はん、交代制かよ」

「あ~れぇ?ルパンブルーはまァだおねんねか?それともビビって逃げちゃった?」

「ま、全員揃ったところでライモンちゃんには敵わねえけどナ!!」

 

 虎ならぬ獅子の威を借る牛野郎。対してこちらは元トップヒーローに頼りきりになったことなどない。だから絶対にその鼻を明かしてやると、レッドとイエローが意気を昂らせたときだった。

 

「──俺ならば、ここにいる!」

「!」

 

 水面に反響する、淀みのない男性の声。

 その声の持ち主を捜した一同は直後、快盗とギャングラーとを問わずに度肝を抜かれた。

 

 走りくる碧眼も筋骨逞しい身体つきも、まぎれもなく勝己たちの見知ったもの。──だが、だとするならばその白い甚平は?和帽子は?……何故、屋台を曳いている?

 

「すまない、遅くなった」

「いや、ええ……どーいうこと!?」

「見ての通りだ。──ウシバロック・ザ・ブロウ!」

「!」

 

 いきなり現れた職人に名指しされたウシバロックは、戸惑いがちに「オレぇ?」と自らを指差した。

 

「貴様は料理にはうるさいらしいな。あちこちのシェフを拉致したのもそのためか?」

「!、……あァそうさ!なんたってこのオレ、ライモンちゃんの専属料理人だからなァ!」

 

 誇らしげに言ってのけるウシバロック。自分で気を良くしてしまったのか、彼はシェフを拉致した理由をなんの恥ずかしげもなく吐露した。──ライモン軍団が人間世界を本格的に侵略するにあたり、ウシバロック自身も忙しくなるのでもうひとり専属シェフが欲しい。それだけの、理由。

 

「だが所詮、人間界のシェフなんざオレの足下にも及ばねえゴミばっかだ!なァライモンちゃん、ギーウィ?」

 

 くつくつと嘲いながら頷く二体。──彼らがその"ゴミ"をどう処理したのかは、あまり考えたくはないが。

 ふつふつと煮え滾るような感情を胸のうちにとどめ、炎司はあえて唇の端を吊り上げた。

 

「ふん、果たして本当にそうかな?」

「何ィ?」

「俺が極上の料理を食わせてやると言ったら、どうする?」

 

 元トップヒーローの不敵な問いかけに、相対するライモン軍団はもちろん快盗たちも顔を見合わせた。

 

「……そいつはいいな。ウシバロック、また勝負してやれ」

「しょーがねえなァ。でもいいのか人間、オレに敗けたら牛のエサだぜぇ?」

「構わん。その代わり、俺が勝ったらルパンコレクションを渡してもらう」

「キヒヒヒッ、勝てたらナ。で、何作ってくれるんだい?フレンチ、それともイタリアン?」

「ふっ……」

 

「──蕎麦だ」

「「「そ、蕎麦ァ?」」」

 

「え、炎司さん……どうしてもーたん……?」

「ははっ、エンデヴァーにあんな遊び心があったなんてな。……流石に相手が悪すぎるけど」

「……遊びじゃねえよ」

「は?」

 

 炎司の不可解な行動に最も反発するかと思われたルパンレッドの声音は、存外に落ち着いていた。

 

「クソオヤジの目、本気だ」

 

 その碧眼に宿るは、ごうごうと燃え盛る心火。そこにはまぎれもない、誇りと矜持が宿っていた。

 

 

──そうして、轟炎司vsウシバロック・ザ・ブロウの料理対決が始まった。

 審判は後者の仲間であるライモンとギーウィ。ゆえにこの勝負、炎司の圧倒的不利と目されるが……果たして。

 

「フヘヘヘ……オラオラオラァ!!」

 

 豪快な掛け声とともにレタスを切り刻んでいくウシバロック。そう、とにかく彼は豪快だった。逆に肉などはブロックのままいっさい形に手を加えることなく、ルパンコレクションの能力でこんがりと焼いていく。同時に特製のソースを垂らしてゆけば、香ばしい匂いが辺り一面に広がった。

 

 一方の炎司の作業は、まず蕎麦粉を製麺するところから始まる。武骨な手に似合わぬ繊細な動きで粉をひとつの塊にし、麺棒で捏ねていく。程よい形になったところで、素早く包丁で刻んでいく──

 

「え、炎司さんすごい……本物の職人さんみたい」

 

 ヒーロー時代をはじめとして、何をしていても様になる炎司だが……今この瞬間は格別だとお茶子は思った。

 

 

「──完成完成~。さ、めしあがれ~」

 

 先んじて料理を完成させたウシバロックが、妙に浮わついた声でライモンたちのもとへ皿を運んでいく。やはりというか、繊細さのかけらもない品々である。

 しかしウシバロックとしては、それは意図的な……ライモンの好みを反映した盛りつけなのだ。ゆえに彼は勝利を確信した──否、敗北など最初から頭になかった。

 

「んむ、美味い旨い」

「キヒヒヒッ、やっぱおまえの料理はエクセレントだなァ~」

「ふっ、当然だァ」

 

 胸を張るウシバロック。対して見守るしかない快盗たちは、危機感を覚えていた。

 

「アレのあとに蕎麦か……」

 

 見るからに味付けの濃そうな料理。対して蕎麦は……つゆの濃度を調節できるとはいえ、素朴な味である。後攻になってしまったのは、不利を加速させてはいまいか。

 手に汗握る、といった様子の少年たちを横目で見ながら、弔は密かに嘆息した。

 

(関係ないだろ、勝とうが負けようが)

 

 こちらが勝利したとてウシバロックが素直にコレクションを渡すはずがないし、敗北しても戦えばいいだけだ。結果は何も変わらない、この勝負は時間の無駄でしかない。その辺りの合理的な判断は、できる連中だと思っていたのだが。

 弔の冷笑をよそに、炎司もようやく蕎麦を盛りつけ終わっていた。ちょうどウシバロックの料理を食べ終わった二体のもとへ、膳を運ぶ。

 

「待たせたな」

「……フゥン、匂いは悪くねえ」一応評価しつつ、「ま、口直しくれぇにはなるといいがな!」

「キヒヒヒッ」

 

 露骨に期待していない様子を見せつつ、二体は割り箸を手に麺を掴みとった。つゆによく浸し、口に放り込む。

 

──刹那、

 

「!!!??」

 

 二体のギャングラーは声にならない声をあげて硬直した。力の抜けた指と指の間から、箸がテーブルの上にすり落ちる。

 

「あ、あがが……あが……」

「ギヒッギヒヒィギギガガゴゴ……」

「!?、ど、どうしたライモンちゃんっ、ギーウィ!!」

 

 様子のおかしい仲間たち。慌てたウシバロックは、瞬時にとある可能性に行き着いた。

 

「おいおまえッ、まさか毒を──」

 

「──うんまぁぁぁいッ!!」

「……は?」

 

 ライモンとギーウィが、揃って歓喜の声をあげる。呆気にとられるウシバロックの前で彼らは麺を次々つゆに放り込んでは一気に啜り、間もなく完食してしまった。

 

「し、シンプルなのに美味い……!美味いのにシンプル……!」

「蕎麦……嘗めておりました……!」

 

 炎司に対し惜しみない拍手と尊敬の眼差しを送る二体のギャングラー。彼らがこの世界に侵攻してきて以来、このような構図は史上初の快挙であった。

 一方、事実上敗北を言い渡されたに等しいウシバロックは、その場にがっくりと膝をついていた。

 

「う、ウソだ……ウソだと言ってよライモンちゃん……」

「ウシバロック、俺の勝ちだ。約束通りルパンコレクションを渡してもらおう」

「……ゃだ」

「何?」

 

「やだやだやだやだぁぁ!!」

 

 突然、幼児のように駄々を捏ねはじめた牛怪人を前に、場の時間が停まった。

 

「オレはライモンちゃんのために料理を覚えたんだ……!オレより美味いモン作れるヤツなんて……ヤツなんて……!存在してちゃいけないんだよおおお!!」

 

 激昂したウシバロックが突進してくる。咄嗟に身を翻した炎司だったが、その衝撃に耐えかねて屋台は粉々にされてしまった。

 

「ッ、貴様よくも……。──エックス!ダイヤルファイターは直っているんだろうな!?」

 

 名指しされたルパンエックスは、肩をすくめながらも"それ"を炎司に投げ渡した。

 

「ご覧の通り。……俺も一応、プロなんでね」

「ふむ……その言葉だけは、ウソ偽りないようだな」

 

 完璧に修復されている。どんなに弔が胡散臭くとも、それだけはまぎれもない真実だ。

 

「──快盗チェンジ!」

『ブルー!2・6・2──マスカレイズ!』

 

 快盗チェンジ──電子音声によるリピートと同時に、銃口から放たれた光が炎司の筋骨逞しい身体を覆い尽くした。

 

──そして、青い煌めきが翻る。

 

「快盗戦隊……!」

「「「「──ルパンレンジャー!!」」」」

 

「抵抗は無駄だ。……力ずくでも、目的は遂げる!」

「うるせえええ!!」

 

 すっかり我を忘れているウシバロックは、闘牛よろしく突進を繰り返す。それをかわすことは難しいことではなかったが、いつまでも遊んでいるつもりはなかった。

 

「イエロー、個性を使え。俺が動きを止める、その瞬間にだ」

「!、了解っ」

 

 ルパンイエローが変身を解除し、──仮面をつけた──麗日お茶子の姿に戻る。彼女の存在がウシバロックの眼中にないことからできる賭けだった。

 

「レッド、エックス!手伝え!」

「けっ、世話が焼けんなァ!」

「………」

 

 ブルーの後方に陣取るふたり。ウシバロックの突進を──三人がかりで受け止める!

 

「ぐ……ッ」

 

 それでもなお、ウシバロックの勢いは殺しきれない。憤怒も手伝ってか、そのパワーは凄まじい。このままでは遠からず、三人とも吹っ飛ばされてしまう。

 だからここで、お茶子の出番なのだ。

 

「うぉりゃあぁぁぁ!!」

 

 雄叫びとともに駆け寄るお茶子。右の手袋を脱ぎ捨て──ウシバロックの背中に、掌を、押しつける!

 

(──発動っ!)

 

 彼女の個性──"無重力(ゼロ・グラビティ)"。ギャングラーさえこの世界に現れなければ、ヒーローとして人々を救けるために振るわれていたであろう力。

 その力で、ウシバロックに掛かっていた重力は文字通りゼロになった。体重がないのと同じ、パワーどころか足を地面につけていることさえできず、彼はふわりと浮かび上がった。

 

「ウシィッ!?な、なんじゃこりゃあああ!!?」

 

 空中でばたばたともがく姿は、先ほどまでの猪突猛進と打って変わって滑稽そのものだった。

 当然、これで終わりではない。イエローに続いて、ブルーもまた己の個性を使用する覚悟を固めていた。

 

「いくぞ、赫灼熱拳……!」全身から劫火を噴き出し、「──"ジェットバーン"!!」

 

 焔の勢いにまかせて跳躍し……拳にも纏わせながら、力いっぱい殴りつける。トップヒーロー・エンデヴァーの必殺技。

 それは言うなれば所詮ギャングラーに及ばないヒトの力であったが、同時に誇り高き英雄の技倆でもあった。

 ゆえに、その一撃はウシバロックの精神を打ち砕いた。

 

「うぎゃああああああ~!!」

 

 全身を火炙りにされながら、地上に墜落──そこに、ルパンエックスが待ち構えていた。

 

『7・1──5!』

「……ルパンコレクション、回収っと」

「う、うぐああ……っ」

 

 もはや抵抗する気力もないウシバロックだった。ルパンコレクションを回収されてしまえば、もはや快盗たちに彼を生かしておく理由はなくなる。

 

『グッドストライカー、ぶらっと参上~!』そういうタイミングで、彼は来る。『いやあ今日は熱いし暑い!さっぱりしたモンでも食べたいねぇ~!』

「はっ、あとでクソオヤジに蕎麦作ってもらえや。──行くぞ!」

『Oui!』

 

 漆黒の翼をVSチェンジャーに装填し──その能力を発動させる。パトレンジャーであれば三人のU()()であるが、ルパンレンジャーはその逆……つまり、レッドの三体分身。

 

「じゃあなァ、ウシ野郎!」

『──イタダキストライクッ!!』

 

 中央のルパンレッドが光弾を、左右の分身たちが剣戟を放つ。その膨大なエネルギーがウシバロックの全身を切り刻んでいく。

 しかし屈強なことが災いして、彼はそれだけで終ることはできなかった。

 

「……スペリオルエックス!!」

『イタダキ、エックスストライク!』

 

 ルパンエックスの持つXロッドソードからも十字の剣波が放たれ、激しく回転しながら獲物に喰らいついていく。

 肉食獣の群れの贄となり、ウシバロックは遂にその命を散らした──

 

「うおー、ウシバロックのヤツあっちゅー間にステーキにされちまった」

「キヒヒヒッ、人間にしては見事な手際。満腹じゃなきゃ助けてやってもよかったんだけどねえ」

 

 彼の仲間であるはずのライモンとギーウィは、椅子から立ち上がりもせずそんなことをのたまっている。彼らにとってウシバロックは貴重なシェフであったが、逆に言えばそれ以上でもそれ以下でもない存在でしかなかった。

 と、いつも通り現れたゴーシュ。冷酷な彼女でさえ、やや呆れぎみの様子で。

 

「流石に同情するわ……ウシバロック。──ま、"これ"で元気になりなさい」

 

 ルパンコレクションのエネルギーが焼け焦げた金庫に注ぎ込まれ、巨大化──さらに肉体を再構成させる。

 

「ウッシ──ー!!ライモンちゃん、見ててくれぇぇぇい!!」

「チッ」

 

 対する快盗たちも手慣れたものである。手持ちのVSビークルを次々に巨大化させていく。エックスだけは、"エックストレイン"ファイヤーとサンダーをいったん仲間に託さなければならず不便なのだが。

 

『快盗ガッタイム!勝利を奪いとろうぜ~!』

 

 完成、ルパンカイザー。そして、

 

「──エックス合体」

『快盗エックスガッタイム!』

 

 エックストレインゴールドにファイヤーが、シルバーにサンダーが連結した状態でクロス──現れた巨大な十字架が手足・胴体となり、白銀の上半身と黄金の下半身をもつ巨人へと生まれ変わっていた。

 

「完成、エックスエンペラースラッシュ!」

 

 

 *

 

 

 

 二機vs一体の対決は、ほぼ互角に進行する。ルパンカイザーとエックスエンペラーの連携プレーは確実にウシバロックを痛めつけているのだが、何しろ彼は見かけ通りタフでパワーがある。自分が傷つくのも構わず突進を続けられれば、次第に押し返されてしまうのだ。

 

「ッ、ウゼェなコイツ……!」

 

 苛立つルパンレッド。彼の気短は生まれ持った病気としか言い様がないが、このままでは埒が明かないのもまた事実だった。

 

「奴の戦意を断ち切る……!」

 

 宣言と同時に、シザー&ダイヤルファイターをVSチェンジャーに装填するブルー。

 直後、カイザーの顔がスライドオープンしたことで、ウシバロックは驚愕のあまり一瞬その動きを止めてしまった。──そのために、発射されたマシンが顔面を直撃したのである。

 

「ウシッ!?」

「今だ、グッドストライカー!」

『来たキタ~っ!』

 

 『左腕、変わりまっす!』──ルパンカイザーの核であるグッドストライカーのコントロールによってイエローダイヤルファイターが切り離され、シザーダイヤルファイターが接合する。『剣、持ちまっす!』さらに右腕が、ブレードダイヤルファイターを装備した。

 

『完成、ルパンカイザーナイト!』

 

「ウッシィィィ!!」

 

 態勢を立て直し、何度目かの突進を仕掛けるウシバロック。対するルパンカイザーナイトはその場から一歩も動くことなく、ただ剣と盾を構えて立ち続けていた。

 

──そして数秒後、接触。

 

「ふっ!」

 

 と同時に、盾を突き出す。そうしてウシバロックをわずかに押し返したところで──思いきり、剣を振り下ろした。

 

「──!」切り離された角が、宙を舞う。「ぎゃあああああッ、な、なんじゃこりゃああああ!!?」

 

 噴き出す血と痛みに狼狽する。ウシバロックの戦意は、確かに"断ち切られ"た。

 

「お~、流石ブルー!」

「けっ、とっととトドメを──」

 

『──どいてろ、ルパンレンジャー』

「!」

 

 はっと振り返れば、エックスエンペラーが側転とともに"転換(コンバート)"を行っていた。──スラッシュから、ガンナーへ。

 

「悪いけど、トドメは俺が貰う」

『ア゛ァ!?てめェ──』

 

 ルパンレッドの抗議の声を無視し、ルパン改めパトレンエックスは必殺シークエンスに入った。

 

「──エックスエンペラー……ガンナー、ストライクっ!!」

 

 エックスエンペラーガンナーの全身の砲門が開き、一斉掃射を開始する。数メートル大のエネルギー弾の大盤振る舞い。いかに屈強な巨大化ギャングラーであろうとも、その身を破砕しきるまで放たれ続ける。

 

「う、ウシィィィ……!」

「……はい、ゲームエンド」

 

 ぴたりと、砲弾の雨が止んだ。同時に、ずたぼろになったウシバロックの巨体が傾いていく。

 

「……ライモンちゃん、ごめん……」

 

──そんな断末魔とともに、爆散。

 

「ミッションクリア……ハァ」

『美味しいとこ持っていきやがって、ハイエナかよてめェは』

「……爆豪くんさァ、」

 

 あわやの第二ラウンドは、お茶子が慌てて間に入ったことで開催されずに済んだ。口が悪いのも喧嘩っ早いのも、考えものである──

 

 

 *

 

 

 

「──そうか……わかった。ご苦労様、死柄木捜査官」

 

 通話を終えて、塚内直正はふぅとため息をついた。そして傾聴していた部下たちに目を向ける。

 

「聞いての通り今回の事件、解決したそうだ」

「……アイツ、いつの間に」

「快盗と協力して、か。彼の行動は読めないな……本当に」

 

 敵ではない……とは信じている。しかし仲間と言えるのかは疑わしい。彼らパトレンジャーにとって、死柄木弔とはそういう存在だった。

 それでも、

 

「管理官。あいつ、明日は来るんスよね?」

「ああ、その予定だと言っていたが」

 

 「なら逃げた二体のこと、教えてもらわねえと」──困ったような笑みを浮かべながらも、鋭児郎はそうつぶやいた。仲間でなくとも、同志と信じてともに戦う。そう、決めたのだ。

 

 

 *

 

 

 

 一方、管理官への報告を終えた弔はジュレにいた。間もなく黒霧がコレクションを回収しにやって来る、それを待っているいちばん中途半端な時間。それゆえに、三人の会話も耳に入ってくる。

 

「結局、なんで蕎麦だったンだよ」

 

 勝己の問い。炎司が蕎麦という食べ物にこだわりを見せたことは、快盗としてやっていく中ではなかったように思う。お茶子もまた然りだった。

 

「焦凍の、好物だったんだ」

「!」

 

 「それだけだ」──そうつぶやいて、炎司は目を細めた。口元にはほのかな笑みが浮かんでいる。

 

 彼もまた、父親なのだと思わせる表情。

 

「………」

「あれ……死柄木さん、どしたん?」

 

 黙って席を立った弔にお茶子が訊く。

 

「今日はもう帰る。コレクション、黒霧に渡しといて」

「チッ、たりめーだわ」

 

 ひらひらと手を振りながら去っていく。引き留める者は、いない。

 

 

(………)

 

 人気のない帰途を進みながら、弔は今しがたの炎司の表情を何度も思い返す。あの父権の強い性格。そういう父親を、弔は知っている。

 

「ホント、自分勝手で傲慢だよなァ……父親っつー生き物は」

 

 嘲るような言葉とは裏腹に。彼の表情には、深い哀しみが滲んでいる。それを知る者はなかったし、誰に知らせようとも思わない。

 

 そうやって生きてきたのだ──あの日から、ずっと。

 

 

 à suivre……

 

 





「約束したんだ、生きて帰るって」

次回「不惜身命」

「関係ねえんだよ、ンなこと」


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#25 不惜身命 1/3

 

 急な臨時休業がままある喫茶ジュレであるが、不思議とその客足は安定している。この日のディナータイムも女性客を中心に繁盛しており、ウェイトレスの麗日お茶子が忙しく動き回っている。

 

 一方で店長の轟炎司と調理担当の爆豪勝己はというと、店とは別のことに意識が向いている様子だった。

 

「チッ……死柄木の野郎、あれから連絡ひとつよこしゃあしねえ」

 

 スマートフォン片手に毒づく勝己。幸い客席からは死角に入っているのと、一応注文の品は揃えたうえでの行動である。

 

「国際警察にも目立った動きがない。……大した情報は掴めていないのだろう、あの男も」

「チッ、役立たず」

「そう言う貴様のほうはどうなんだ?」

 

 口を開けて餌を待っている雛鳥になるつもりはない。若者らしくスマートフォンを駆使して情報収集を続けている勝己だが、そちらもはかばかしくはなかった。

 

 

 *

 

 

 

 警察戦隊はジム・カーターという、スマートフォンに輪をかけて優秀な自律型ロボットを戦力として抱えている。こちらも弔に頼りきることなく情報収集を続けているわけだが……実情は、炎司の推測通りであった。

 

『現状、逃走した二体のギャングラーの手がかりは掴めていません。死柄木さんの書いた似顔絵をもとに捜索を続けているんですが……』

 

 ジムの手元にあるスケッチブックを何とはなしに覗き込んで──パトレンジャーの三人は、思わず硬直した。

 

「これはまた……随分と独創的な」

「……ホントにこんなヤツらなワケ?」

 

 呆れぎみに振り向き、訊く響香。そこにはもはや己のデスクのごとく応接を占拠している死柄木弔の姿があった。いっこうに治らない唇の乾きをどうにかすべく、しきりにリップクリームを塗っている。

 

ふぉひろん(勿論)

「………」

 

 人には得手不得手がある。しかし後者を突っ込まれても堂々としていられる肝の太さは、さすが快盗と警察とを股にかける男というべきか──

 

 

 *

 

 

 

 袋小路に入り込んでしまったかにみえた両戦隊であるが、抜け道は意外な形で見つかるものである。

 快盗たちにおいては、尚更。

 

「うそっ、チケット取れたんですか? トイフロウズのライブ……倍率20倍っていう、あの!?」

 

 仰天したお茶子の言葉に、女性客らは嬉しそうに頷いていた。

 

「そーそー。しかも連番で全員最前列だよ!」

「やっぱ効果あったよねー!」

「?、効果って……なんのですか?」

「知らないのぉ?これこれ!」

 

 自らの首元を指差す女性たち。そういえば、彼女たちは全員同じペンダントをつけている。草葉を象ったような、独特のデザインである。

 

「ラッキーペンダント、これ買ってからツキまくっててヤバイんだよね~」

「この前もウチら宝くじ当たったの!全員!」

「へ~……すごい」

 

 お茶子が相槌を打つ背後で……いつの間にか聞き耳を立てていた勝己が、ニヤリと悪い笑みを浮かべていた。

 

「なるほどなァ、まあまあ使える情報じゃねーの」

 

 話を聞きながら、彼は早くもSNSでラッキーペンダントについて検索をかけていた。女性たちの話を裏付けるような記事がスクロールの度に飛び出してくる。スパムの類いという可能性もなくはなかったが、喰らいついてみる価値はあった。

 

「なァオネーサンたち」

「!」

 

 客との接触を避ける傾向にある勝己が絡んできたものだから、お茶子は面食らった。一方、女性客らは見目だけは麗しい少年の声かけに満更でもない様子である。己の容貌がこの際武器になることを、彼はよく知っていた。

 

「そのペンダント、どこに売ってんの?」

 

 訊くと同時ににっこり笑ってやれば、あとは簡単だった。

 

 

 *

 

 

 

 情報を得てさえしまえば、少年が動き出すのは早かった。店を閉めたあと、その足で女性客らから聞き出したペンダントの入手場所へ向かう。

 

 ただ、そこは彼にとって好ましくない施設であった。姦しく、酒と雰囲気に酔いきった若者たちがものごとを考えずに踊り狂っている。いよいよこんなところに出入りするまでになったかと自嘲しつつ、勝己はモーションをかけてくる派手な女を冷たくあしらった。ただ真っ直ぐ、奥へ奥へと突き進んでいく。

 

 そこにはソファとテーブルがワンセットずつ置かれていた。一方に若い男が、もう一方に派手な南国調のシャツを着た男が女を侍らせて座っている。

 若者が数枚の万札を渡す。それを受け取った男はほくそ笑むと、草葉の形をしたペンダントを取り出す。──間違いない、ラッキーペンダントだ。

 

 ペンダント片手に上機嫌で消えていく若者と入れ替わりに、勝己も男──オーナーと呼ばれていた──に近づいていった。

 

「なァ。今のペンダント、俺にも売ってくれよ」

 

 男が胡乱な目で見上げてくる。

 

「……見ない顔だな。ダメだよ坊やがこんなところに来ちゃあ」

 

 内心苛立った勝己だったが、こういう場所に夜出入りしていい年齢でないのも確かである。表向きは敵意を見せず、親しげに言葉を紡ぎ続ける。

 

「トモダチから聞いてよ。流行ってんだろ、アレ」

「キヒッ……キミも、幸運が欲しいのかい?」

 

 ラッキーペンダントが目の前に吊り下げられる。それを手にし、勝己は首肯してみせた。──愛想を振りまくのも、ここまで。

 

「で……こんなモン使って何企んでんだ、オッサン?」

「……どういう意味かなァ?」

「まんまの意味だわ」

 

 睨みあうふたり。勝己のほうは、いつでもVSチェンジャーを突きつける準備はできている。この男の正体が思っている通りなら……であるが。

 

 

──しかしそんな折、場を覆っていたミュージックがぴたりと止んだ。

 

「失礼しますっ、国際警察です!!」

「!」

 

 いつ如何なるときでもよく通る声。人混みをかき分けるようにして現れた四人組は、勝己の見知った者たちだった。

 

「げ……」

 

 連中、よりによってこんなときに!ギリリと奥歯を噛み締める勝己の存在などつゆ知らず、警察戦隊の面々は揚々と声をあげる。

 

「このクラブに、ギャングラーが潜伏しているという情報が入った」

「スンマセンけど、捜索に入らせてもらいます!」

「………」

 

 「やれやれ」と、だるそうにオーナーが立ち上がる。それを追わず、勝己は彼の背中をじっと観察していた。このあと何が起こるか、おおかたの予想はついていたが。

 

「よく探り当てたなァ……キヒヒヒッ!」

 

 パチンと指を鳴らすオーナー。刹那、DJやボーイたちが文字通り化けの皮を脱ぎ捨てた。ポーダマンとしての正体を露にしたのだ。

 そして、オーナー自身も──

 

 クラブにいた人々は、突如姿を現した怪物たちにパニックを起こした。彼らの避難誘導を行いつつ、鋭児郎たちパトレンジャーの面々はターゲットと対峙する。

 

「死柄木、コイツがギーウィで間違いないんだな?」

「ああ、この前蕎麦にむせんでた」

「……蕎麦?」

 

 それは置いておくとして、

 

「「「「──警察チェンジ!!」」」」

『警察チェンジ!』

『警察、Xチェンジ!』

 

 VSチェンジャーを介してVSビークルのエネルギーが形をとり、警察スーツとして四人の身体に装着される。

 

「国際警察の権限において、実力を行使するッ!!」

「──殺れ」

 

 戦意と殺意が交錯し、弾丸と閃刃飛びかうダンスパーティが始まった。

 ポーダマンを蹴散らしていくパトレンジャーの四人。皮肉を込めてその勇姿を覗き込みつつ、勝己は舌打ちを漏らした。

 

「獲物横取りしてんじゃねーよ、クソが……」

 

 美味しいとこ取りが好きなのは、弔とパトレンジャーの共通項か。いずれにせよ黙って見ているわけにもいかない、勝己はVSチェンジャーを構えた。

 

「快盗チェ「はっ!」──!?」

 

 快盗チェンジ、と言うところで……ポーダマンがすぐ傍に転がってきた。それはいい。問題は追撃してきたパトレン3号の視界に、勝己の姿が入ってしまったことだ。

 

「爆豪……!?」

「ッ!」

 

 VSチェンジャーは咄嗟に仕舞い込んだが、自分の身を隠すには至らない。そうこうしているうちに、他のパトレンジャーにまで自身の存在が伝わってしまった。

 

「耳郎くんッ、早く彼を安全なところへ!」

「ッ、わかった。──爆豪、こっち」

 

 仔細はともかく、響香たちは自分を逃げ遅れた一般市民と思っていることだろう。今はその設定に乗るしかない。腸が煮えくり返りそうな思いで、だが。

 

 

 *

 

 

 

「ふぅ……。ここまで来れば、もう大丈夫か」

「………」

 

 響香に連れられ、十分近くも全力疾走する羽目になってしまった。それで息が上がるほど柔ではないが、隙を突いて戦場へ戻るのももはや簡単ではない。

 

「チッ……」

「舌打ち……まぁいいけど。それより爆豪、なんであんな店にいたの?」

「………」

 

 まあ、当然の問いである。ただでさえ高校に進学せず、表向き煮え切らない生活をしているのだ、大人とすれば心配になるのも頭では理解できる。

 感情はともかく、誤魔化すのはさほど難しいことではない。どさくさ紛れにくすねてきたラッキーペンダントが、ポケットの中に入っている。

 

「これ」

「……ペンダント?」

 

 響香が首を傾げている。

 

「持ってりゃガチツキまくり、願い叶いまくりの超ラッキーアイテム。今若者の間で流行ってンだぜ、知らなかったろ」

「……なんか、遠回しに年寄り扱いしてない?」

 

 最近、少しばかり年齢が気になりつつある響香である。確かにハイティーンに差し掛かったばかりの少年からすれば、同じ若者カテゴリには入らないのかもしれないが。

 まあ、そんなことはいい。問題はそのペンダント、あのクラブで入手した物ということだろう。明確に聞き出してはいないが、十中八九ギャングラーから。

 

「……ってワケで、国際警察の権限でコレは没収」

「ア゛ァ!?」

 

 唸ってみせた勝己だが、態度に反して抵抗する様子もなくペンダントを引き渡した。なんの執着も窺えない、本当にただの好奇心だけであの場に居たのか。

 

「けっ、お人好しの横暴は一番タチ悪ィわ」

「そりゃどーも。でもこんな怪しいモノ、国際警察の一員としちゃ見逃すわけにいかないし」

「ケーサツは大変だな、赤の他人のガキまで心配しなきゃなんねーなんて」

「赤の他人、ね……。その割にはあんた、結構ウチらに気ィ回してくれてる気がするけど?」

「………」

 

 それは思わぬ反撃だったらしい。勝己の表情から笑みが消えた。黒々とした澱みを見下ろすその瞳は、どうしてこんなにも傷ついているように見えるのだろう。そう感じているのは自分だけではないはずだと、響香は思った。

 

 

 *

 

 

 

 一方で、クラブでの戦闘は未だ収まっていなかった。

 

「ッ、コイツらどんだけ隠れてたんだよ……!」

 

 次から次へと湧いて出てくるポーダマンの群れを処理しつつ、パトレン1号が毒づく。大した規模でないクラブでこれとは、完全に乗っ取られている。こんな危険地帯、できれば他にあってほしくはないが。

 頭数が減ったこともあり、パトレンジャーはこの雑魚戦闘員らにかかりきりになっている──それを受けて、ギーウィは戦闘に参加することなく踵を返していた。

 

「やれやれ……」

「──もう帰るのかよ、ギーウィ?」

「あん?」

 

 「もうちょっと遊んでけよ」──友人に対するような気安い口調とともに、エックスはその姿を変えた。

 

「孤高に煌めく快盗、ルパンエックス。……ルパンコレクション、回収させてもらうッ!」

 

 Xロッドソードで斬りかかるルパンエックス。閃光奔る斬擊を、先頃よろしく後退することで回避する。

 

「チッ……なら!」

 

 銃撃に切り替える。が、ギーウィはただ単にスピードだけで対処しているのではなかった。胴体の金庫を光らせ、銃弾の軌道をひとりでに変えたのである。

 

「!」

 

 その様子を目の当たりにした1号と2号は、攻撃に参加するにあたってギーウィの死角に入り込む。──それでも、結果は変わらなかった。

 

「どうなってんだ……!?」

 

 からくりはわかっている。少なくとも、エックスには。

 

「……なるほどなァ。コレクション使って回避能力を上げてるってわけか」

「その通り!よ~く知ってるなァ」キヒヒヒ、と下卑た笑い声をあげつつ、「オレも暇じゃない。運が良ければまた会おう、運が良ければな」

 

 念を押すようにそう言って、暗闇へ溶けていくギーウィ。あきらめ悪く追撃を続けるパトレンジャーとルパンエックスだが、やはり一発の命中もとれないまま取り逃がしてしまった。

 

「ッ、くそ……!」

「あの能力……厄介だ。なんとかしなければ……」

 

 ルパンコレクションを回収する──"なんとかする"といえば、それしかあるまい。そのためには快盗の手があったほうが楽に決まっているのだが、口に出せば藪蛇になることは弔も学習していた。

 

 



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#25 不惜身命 2/3

 

 爆豪勝己と耳郎響香は、並んで夜道を歩いていた。結局この女性警察官がたってジュレまで送っていくと主張したがために、押し切られてしまったのだ。「ひとりで帰れる」との主張は、やはり権限をもったお節介焼きには通用しない。

 せめてもの反抗心からできるだけ早足で、顔を見ないように歩くのだが……それもやはり、無駄な努力で。

 

「そういえば、さ。爆豪の親御さんって、何してる人?」

「……ンだよ、藪から棒に」

「いや、心配してるだろうなと思って。今日のことに限らずさ……何かと物騒な世の中で、離れて暮らしてるわけでしょ」

「はっ、どーだか。そんなん考えもしねーような親だから、とっとと離れたンかもしれねーだろが」

「そうかな、ウチはそんなことないと思うけど」

「ハァ?」

 

 「ンでそう思う」──立ち止まって訊くと、響香はフッと笑って答えた。

 

「だって爆豪、意外と育ち良さそうだから」

「!、………」

 

 否定は、しなかった。愛されて育ってきたという自負はある。といってもそれは甘やかされるのとイコールではない。内も外も勝己と瓜二つの母親は厳しかったし、互いに負けん気が強すぎるゆえに数えきれないほど衝突を繰り返してきたことを思い起こす。

 追憶を封じて、勝己は唇をゆがめた。

 

「ンなこと言って、俺がみなしごだったらどーする気だったんだよ」

「あ、それは……」

 

 途端に気まずそうに口ごもる。それが可笑しかった。

 

「……いーよ、わーっとる。前に調べたんだろ、俺のこと」

「………」

 

 ジュレの三人を、快盗の正体ではないかと疑ったとき──容疑者だった彼らも疑われていることは知っているので、こういう話題になるのもやむをえないことかもしれない。

 

「あのときは……悪かった」

「はっ、別に気にしちゃいねーよ。アホらしいとは思ったけどな。……あァ、でもそう思うンなら、金輪際説教はしねーで欲しいんだけど」

「……はは」

 

「その取引には、乗れないな」

 

 そういう答が返ってくることも、想像はついていた。

 

「ウチね……両親も、音楽関係の仕事やってるんだ」

 

 勝己が黙っているのをいいことに、響香はぽつぽつと過去のことを語りはじめた。

 

 音大に進む以前──まだ子供だった頃。響香の進む未来は、ふたつに分かたれていた。ひとつは、両親と同じ道。もうひとつは──

 

「ヒーローに、なりたかった」

「………」

 

 そのことにも、驚きはない。ある事件のために音楽をあきらめたからといって、なぜ警察官なのか。ギャングラーに立ち向かえるのは、なぜか。

 

「ずっと迷ってた。両親の期待に応えたい……もちろん、音楽は好きだよ?だからこそ、さ」

 

 だが、ヒーローになりたい……平和の守り手のひとりとなりたいという想いも、日増しに強まる。でも、あまりそれに向いている個性でもなくて──悩んでは、その繰り返し。

 

 そうして気づけば、進路を決める歳になっていた。そんな、ある日。

 友人と下校途中──響香は、暴漢に襲われた。

 

「襲われたっつっても、ちょっと腕掴まれたのと……個性で反撃したときに、軽く殴られたくらいだけどね」

 

 いずれにしても暴漢は逮捕され、響香は病院へと運ばれた。警察から連絡を受け、直ぐに駆けつけた両親。

 

──響香!無事で、よかった……!

 

──おまえに何かあったら、俺たちは……!

 

「……だから、ヒーローはやめたンか」

「……うん。どっちもなりたいモノなら、親にそんな思いさせないほうがいいんだって……そのときは、そう思った」

 

 結局、音楽は道半ばであきらめざるをえず、危険と隣り合わせの道を選び直すことになったけれど。

 

「事故のときは親にも辛い思いさせちゃったし、今はヒーローやってる以上に心配かけ通しかもしれない。ギャングラーなんかと戦ってるわけだしね。でも、平和な未来で一緒に……穏やかに暮らせる日が来てほしい。そう思うから、この仕事を続けてる」

「………」

「だから、爆豪もさ──」

 

「関係ねえんだよ、ンなこと」

「え……」

 

「誰が心配してるだとかそんなん……俺にはもう、関係ねえ」

 

 それは決然たる決別の言葉だった。両親を忌み嫌っているわけではない、むしろ深い情がそこにはある。

 彼が心の底から憎んでいるのは、今日ここに至るまでの過去そのものだ。それゆえに現在も未来も捨てねばならなかった。

 だが、そんな真実は響香には見えない。見せるつもりもない。閉じきった心の表層が映すのは、深淵のような無限の暗闇でしかない。

 

 何より彼女らは、表向きにも警察官と少年という隔たった立場でしかなかった。

 

「──はい、耳郎。……そう、わかった。すぐ合流するよ」

 

 突然かかってきた電話に応じて、響香はため息をついた。

 

「ギャングラーが逃走したらしい。ウチは捜査に戻るけど、ちゃんとまっすぐ帰りなよ」

「おー」

 

 一抹の不安を覚えつつも、彼女にそれ以上できることはない。

 遠ざかっていく背中を見送ると、勝己も踵を返した。響香の言葉を違えるつもりはない。しかしそれは殊勝な理由などではなく、ただ単に有事には死柄木弔から連絡があるだろうと踏んでのことだった。

 

 

 *

 

 

 

 国際警察の捜査網を掻い潜り、ギーウィは根城としている廃工場に戻っていた。そこには仲間……というより悪友のような関係のライモン・ガオルファング、そしてもうひとり客人の姿があって。

 

「ほれ、釣りはいらんぞ」

 

 札束と、人ひとり仕舞えそうな大きな麻袋を交換する。メキシカンハットの客人は、ニヤリと笑った。

 

「ハイ。またいつでも、どうぞ」

 

 がり、と氷を噛み砕きながら去っていく。その背姿をよそに、袋の中身を確認するギーウィ。目当てのものが確かに存在するのを認めて、下卑た笑みを漏らす。

 

「化けの皮、買い替えたのかァ?」

「ああ。例の店、警察どもにバレたんでな」

 

 濁った酒を煽りながら、ライモンはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「そうやって人間に擬態したがるから、あんな奴にカネも情報も集まるんだ。ただでさえ目障りなのによ!」

「キヒヒッ、おまえにとってザミーゴは天敵だものなァ」

「ッ、うるせぇ!!」

 

 ガオォ、と咆哮が響く。ステイタス・ゴールドに恥じぬ迫力であったが、慣れっこのギーウィは「おーこわこわ」と肩をすくめただけだった。

 

「……そうだ。いいコト思いついたぜ」

「ん?」

「おまえはおまえの仕事進めてろ、クククっ」

 

 悪だくみを抱えつつ、出かけていくライモン。その姿を見送りつつ、ギーウィもまたくつくつと嘲った。

 

「そろそろ撒いた種が出る頃だな……キヒヒヒッ」

 

 

 *

 

 

 

──そう、間もなく街は阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 

 人々がなんの前触れもなくその身を蔦に覆われ、モノ言わぬオブジェクトと化す事件が各所で発生したのだ。

 その現場のひとつに駆けつけた飯田天哉と死柄木弔は、その光景に絶句していた。

 

「な、なんなんだこれは……!?」

「………」

 

 救けなければ。まずもってそれが行動原理となるのは天哉の美徳だった。ひとまずは蔦を破壊しようと至近距離から発砲する──当然、身体は傷つけないように配慮して──も、破壊した傍から草葉が生え出てくる。

 

「くっ、キリがないか……!」

「……おい、あれ」

「!」

 

 弔が指差した先──首元からは、かの草葉を模したペンダントが覗いていた。

 

「耳郎サンが持ってきたのと、同じヤツだ」

「ムッ、そういえば……!」

 

 ギーウィがナイトクラブで配っていたもの、この現象と無関係であるはずがない。そう睨んだ天哉は、別の現場に向かった仲間に通信を入れた。

 

「──おう。こっちでも確認したぜ、そのペンダント」

『やはりか……』

 

──決まりだ。

 

 

 それからおよそ半刻後には、ラッキーペンダントの情報がマスメディアを通じて大々的に伝えられていた。ペンダントを所持している者は、至急最寄りの警察署に持ち込むよう、画面の向こうでニュースキャスターが繰り返し伝えている。

 快盗たちもまた、ジュレにてその模様を見守っていた。

 

「爆豪くんの勘、当たっちゃった……」

「想像以上の代物だったがな」

「………」

 

「あのペンダントは、」

「!」

 

 唐突に三人の誰でもない声が響いたものだから、彼らは揃って身構えた。尤もそれは反射的な行動で、声の主のことはよく知っているのだが。

 

「幸運を使い果たすと、人間を養分として育つ植物を生み出すようです」

「黒霧……」

 

 いつもながらなんの脈絡もなく現れて。勝己が舌打ちするが、気にするふうもなく紅茶を啜っている。

 

「つまり……放っておけば、命が危ないと」

「!、そんな……なんかないの?黒霧さん!」

 

 縋るようなお茶子の言葉。彼女たち快盗が独自にできることは、残念ながらそう多くはない。黒霧の──あるいは死柄木弔の──情報を頼みにするしかないのは忸怩たるものがあった。思ったところで、現実は変わらないのだが。

 

「そう仰ると思って、ギーウィがいた店に関係している不動産をリストアップしておきました」

 

 靄が、揺れる。それを視界の端におさめながら、快盗たちは下げ渡された書類をめくった。

 

 

 *

 

 

 

「そろそろ緑が生い茂ってる頃かな……キヒヒヒッ」

 

 根城としている廃工場にて、ギーウィ・ニューズィーは独りほくそ笑んでいた。ラッキーペンダントを配っておけば、あとは何もしなくとも目的は達せられる。ついでに売却代金で懐も潤っている──大部分はザミーゴへの支払いに消えてしまったが──。一石二鳥、実に良い作戦だとギーウィは自画自賛していた。

 それを粉々に打ち砕くように、少年の声が響いた。

 

「ガーデニングなら自分ちでやってろや。下手くそすぎて目に毒だわ」

「あん?」

 

 振り向いたギーウィが目の当たりにしたのは、ワイヤーを伝って降りてくる人間たちの姿。皆、一様に仮面を装着している。

 

「ラッキー!一発目で当たり引くなんて、爆豪くんさっすが!」

「ラッキーじゃねえ、必然だっつーの」

 

 今度は快盗か、と、ギーウィは深々ため息をついた。ウシバロックを倒した連中とはいえ、さほど脅威には思っていない。それが透けて見える態度だった。

 

「人間を植物にするとはな。そんなことをして何になる?」

「キヒヒヒッ!ムダな人間は減るし、支配した世界は緑でいっぱいになる。一挙両得じゃないか」

「……こっちは損しかねぇんだよ!」

 

「「「──快盗チェンジ!!」」」

 

 ダイヤルを回し……引き金を引く。そうして放たれた光が、快盗スーツとなって勝己を、炎司を、お茶子を包み込む。

 そして、

 

「ルパンレッドォ!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

──快盗戦隊、ルパンレンジャー。

 

「予告する。てめェのお宝……いただき殺す!」

 

 今まで決して外したことのない"予告"──

 

「せっかく化けの皮、買い替えたってのにな。……ポーダマン、遊んでやれ」

 

 未だ事の重大さを理解していない様子のギーウィは、指を軽く鳴らして配下の軍団を召喚した。途端に四方八方から飛び出してきて、敵を取り囲む。見目にはプレッシャーもありそうなものだが、ルパンレンジャーにしてみればもはや見かけ倒しでしかない。

 

「はっ、──行くぜぇ!!」

 

 三方に分かれ、戦闘を開始する。ポーダマンなど長々相手をするような敵ではない、散開して各個に撃破するのがいちばん速くカタがつく。

 実際、ポーダマンらの反応速度ではルパンレンジャーのスピードに追いつくことはできない。その縦横無尽なる三次元挙動に翻弄され、一体、また一体とVSチェンジャーの弾丸を浴びて倒れていく。

 

「……むう」

 

 はかばかしくない戦況に、ギーウィは苛立たしげに唸った。まあ、ウシバロックを殺った連中だ。ポーダマンだけで処理できるとは思っていないが、消耗もさせられないのでは存在の意味がない。

 しかし悪いことは続くもので、次なる招かれざる客人たちがこの戦場に姿を現した。

 

「動くなッ、国際けいさ……あ?」

 

 快盗に対する、警察──パトレンジャーの面々。ジム・カーターがクラブ周辺の防犯カメラ映像を調査し、ギーウィ人間態が逃走する姿を発見したのである。それで、ここを特定できたわけだが。

 

「快盗に先行されるとは……」

「ははっ、流石の情報網だ」

 

 心のこもらない拍手を繰り返すパトレンエックスに、パトレンジャーは苦々しげな視線を向けた。彼は自分の目的のためなら堂々と快盗と組む、情報を渡しもする。

 

 とはいえ、目の前の脅威を取り除く──少なくとも、その目的だけは一致している。

 

「ッ、国際警察の権限において……実力を行使するッ!」

 

 ゆえに四人は、揃って戦場に突入していった。

 

 



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#25 不惜身命 3/3

 

 快盗と警察、ギャングラーの入り乱れる三つ巴の戦場。しかしその構図の実情は、人外の者どもをより追い詰めるものだった。ルパンレンジャーとパトレンジャーも接触があれば銃を撃ち合うが、それは互いへの牽制程度のものであって、彼らの本命はギャングラーである。七人の攻勢を前に、ポーダマンはあっという間にその数を減らしていった。

 

「おいおい、完全に遊ばれてるな……」

「──植物やろォ!!」

「!」

 

 真っ先に突出してきたのは、やはりというべきかルパンレッドだった。いや彼だけではない、パトレン3号もまた彼を追う形でギーウィに仕掛けている。

 実質的には二対一の状況。しかし彼らの攻撃を軽くいなしつつ、ギーウィは余裕の笑みを浮かべていた。

 

「キヒヒッ、忘れたのかァ?オレのコレクションの力!」

「ッ!」

 

 近距離からの銃撃──普通なら外さないような攻撃も、ギーウィの所持するルパンコレクションの力でことごとく外してしまう。

 

「クソっ、全回避かよ……!」

 

 銃撃をあきらめて近接戦闘に臨むふたりだが、明らかに命中をとったという確信を得てなお空振りが続く。

 

「キヒヒヒッ……──ハァっ!」

 

 ふたりが疲労しつつあることを目敏く見てとったギーウィは、スクリュー状に捻れた剣で反攻に出た。その鋭い斬擊は快盗スーツ、警察スーツを切り裂き、火花とともにふたりを吹き飛ばす。

 

「ッ、クソが……」

「何か、策がないと……!」

 

 考え込んでいる間にも、ギーウィは勢いを増し追撃を仕掛けてくる。

 

「キヒヒヒッ、貴様ら運が無かったなァ!」

「ぐ……ッ」

 

 ルパンレッドが、防戦一方になっている──運?

 

 はっとしたパトレン3号は、懐からラッキーペンダントを取り出した。

 

(コイツを使えばもしかしたら……でも……)

 

 おそらくは運を使い果たし、蔦に覆われた人々の姿が脳裏をよぎる。

 

(それに、これは元々ギーウィのもの。アイツに対して効果があるかはわからない……)

 

 そんな状況で、いたずらにリスクを冒すのか?響香の心には逡巡があった。ゆえにラッキーペンダントを手にしたまま、動けない──

 

 そうこうしているうちに、ルパンレッドがこちらに吹っ飛ばされてきた。

 

「ッ、クソ……──!」

 

 唸るレッドの視界に、3号の手元──つまりラッキーペンダントが映る。

 

「!、……っし!」

 

 あれなら!思考と同時に、ルパンレッドの身体は動いていた。パトレン3号に飛びかかり、反射的に身構えた彼女からラッキーペンダントを掠めとる。彼は快盗なのだ、その程度のアクションは造作もない。

 

「ルパンレッド……!」

 

 驚愕なのか、制止なのか。判然としない呼びかけを無視し──ルパンレッドは、自らの首にラッキーペンダントを掛けていた。

 

 VSチェンジャーを構え、「……当たれやァァァッ!!」──撃つ!

 

「キヒヒヒッ!むだムダ無駄!」

 

 ラッキーペンダントを認識していないためか、相変わらず余裕綽々とルパンコレクションの力を発動させるギーウィ。その身体が幾重にもぶれ、弾丸がひとりでに逸れる。そこまでは、先ほどまでと同じ。

 しかし次の瞬間、およそ偶然では片付けられない現象が起こった。実体をもたないはずの光弾が傍らのドラム缶に命中して反転し……再び、ギーウィを襲ったのだ。

 

「グワァッ!?」

 

 予想だにしない一撃は、ギーウィの心身に甚大なダメージを与えた。砂塵にまみれながら転がるその姿を認めて、レッドは彼らしく鼻を鳴らす。

 

「はっ……まぁまぁ使えンじゃねーの、コイツ」

「きっ貴様ァ!オレのペンダントをグハッ!?」

 

 立ち上がりかけるも、再び銃撃を受ける。気をよくしたレッドは、指の動く限りトリガーを引き続けた。

 

「ッ、無茶だよレッド!運使い果たしたら、植物になっちゃう!」

 

 イエローの危ぶみの言葉にも、彼は耳を貸さない。むしろ嬉々として攻勢を強めるその姿に、パトレン3号はそら寒いものを覚えた。

 

(こいつ……植物になるってわかってて、こんな……なんの躊躇いもなく?)

 

──着実にギーウィの体力を削っていくレッドの攻撃だが、それゆえ終わりのときはあっけなく訪れる。

 

「!?、ぐっ……」

 

 ペンダントが鈍い光を放ち、ルパンレッドの身体を蔦で覆っていく。苦痛に苛まれる中で、それでも彼は銃撃を続けた。──その努力を、水泡に帰すつもりはない。

 

「ふ──ッ!」

 

 ポーダマンを片付けたルパンブルーが、真っ先にギーウィのもとへ飛び込んでいく。よろける身体を筋骨にものを言わせて地面に縫いつけ──金庫に、ダイヤルファイターを接触させる。

 

『1・9──2!』

「ああっ、よ、止せぇ!!」

 

 当然、そんな願いを聞き届けることはない。

 

「ルパンコレクション……貰い受けた!」

 

 コレクションを手に、素早く離脱する。

 目的を遂げた快盗たち。しかしそのために多大な役割を果たした少年は今、全身を蔦に覆われて生命エネルギーを吸いとられ続けている。止めるには、大本を断つほかない。

 

『グッドストライカーぶらっと参上~!今日は快盗にグッと来たけどぉ……こんな状態!どうしようトムラ~?』

「……烈怒頼雄斗!」

「!、お、おうよ!」

 

 呼びかけは、つまりそういうことである。ふらふらしている漆黒の翼を半ば強引に確保すると、パトレン1号は自らのVSチェンジャーに彼を装填した。

 

「いくぜ……"U号(融合)"!」

 

 一致、団結。パトレンジャー三人の身体が融合し、1号をベースに2号・3号の意匠があしらわれた姿──パトレンU号となる。

 そして間髪入れず、彼()は銃を構えた。

 

「「「──イチゲキ、ストライクっ!!」」」

 

 さらに、

 

「エクセレントエックス──!」

『イチゲキ、エックスストライク!』

 

 パトレンエックスの放ったイチゲキが大いなる追い風となり、膨大なエネルギーを秘めた弾丸がギーウィに襲いかかる。恐怖に駆られた彼はルパンコレクションの力で避けようとする……半開きになった金庫に、もはやそんなものは存在していないのだが。

 

「ぎ、ギ~ウィ~~っ!!?」

 

 ゆえにギーウィは、悲鳴とともに爆散した。焼け焦げひしゃげた金庫が、がらんどうの廃工場にむなしく転がる──

 

──それと同時に、ラッキーペンダントはその効力を失った。生い茂った蔦は次々に死に絶え、囚われていた人々が解放されていく。

 当然、ルパンレッドも。

 

「ッ!……ぐ、ぅ」

「レッド!」

 

 その場に倒れ込んだレッドを目の当たりにして、イエローが慌てて駆け寄っていく。が、

 

「チッ……俺を心配すんなクソが」

「いや物言い!?……ハァ、だったら無茶せんといてよもう」

「同感だな。だが、よくやった」

 

 仲間の手を借りることなく立ち上がる。少年の身でありながら、尋常でないバイタリティーなのは間違いない。しかしその様子を見ていたパトレン3号の胸には、評価とは別の感情が去来していた。

 

(あんなもののために、命を……)

 

 自分の命を軽視しているのか、ルパンコレクションを重く見ているのか。どちらであれ、その意味は同じ。

 

──彼のブレーキは、壊れている。

 

 

「あんたまでやられたら、ライモンが寂しがるわよ」

 

 戦闘の残り香漂う中に、出現する異形の女──ゴーシュ・ル・メドゥ。彼女は快盗にも警察にも目もくれず、自らの仕事を果たしに来た。

 

「私の可愛いお宝さん、ギーウィを元気にしてあげて……」

 

 いつもながらルパンコレクション──"世界を癒そう"──のエネルギーが金庫に注ぎ込まれ、肉体を再構成……数十倍にも巨大化させてしまう。

 

「キヒヒヒヒヒッ!!ギ~~ウィィィィッ!!」

「……ハァ、茶番だな」

 

 結果は見えているというのに。それでも放っておけば街に甚大な被害をもたらすことは想像に難くない。さっさと片付ける──それに限る。

 

『発車用意!──出発、進行!』

「エックス合体!」

 

 エックストレインゴールドとシルバーが分かれ、パトレン2号と3号に巨大化してもらったサンダーとファイヤーが接近してくる。そのまま、連結。

 

『警察、エックスガッタイム!』

 

 文字通りクロスするように合体し──

 

「──完成、エックスエンペラーガンナー」

 

 そして、

 

「「「完成ッ、パトカイザー!!」」」

 

 初めて並び立つ二大巨人。先手必勝とばかりに彼らは積極的な攻勢に打って出る。

 

──そのさまを、氷を噛み砕きながら見物している青年がいた。

 

「ふぅん、今日は快盗じゃないんだ」つぶやきつつ、「……で?俺になんの用?」

 

 青年の背後には、ステイタス・ゴールド──ライモン・ガオルファングの姿があった。

 

「オレと、手ぇ組まねえか?──ザミーゴ」

 

 思わぬ申し出に、青年──ザミーゴは「ほぉ」と意外そうな声を発した。ライモンが自分を嫌っていることは、ギャングラーの中でも知られた話である。ザミーゴ自身はライモンに悪感情をもっていない……というよりまったくと言っていいほど関心がないのだが。

 いずれにせよ、それが協力などと言い出すとは。

 

「一体、どういう風の吹き回しかなァ?」

「────」

 

 ライモンの、答は──

 

 

 *

 

 

 

 パトカイザー&エックスエンペラーvs巨大ギーウィの戦闘は前者の有利に進んでいた。先手を打ったことはもちろんだが、ギーウィのように瞬発力を売りにしているギャングラーの場合、巨大化とは相性が悪いのだ。せめて周囲に障害物のない荒野ならまだしも、ここは市街地である。

 

 パトカイザーが前衛として警棒を振るい、後衛に回ったエックスエンペラーガンナーが銃撃。いずれも単騎で戦闘を行うことが可能なロボットだが、役割を分けることによって隙がなくなっていた。

 

「ぐぅううう……!」

 

 自信家のギーウィも流石に不利を悟ったのだろう、ここに来て慌てて後退を試みた。隙がないと言っても、操っているのが人間である以上好機は生まれる。

 

「おのれぇ……、返り討ちにしてくれるわぁぁッ!!」

 

 左手から光弾を放つギーウィ。先の戦闘では見せなかった攻撃に、流石のエックスも不意を突かれた。エックスエンペラーのボディに火花が散り、コックピットに震動が伝わる。

 

「……ハァ、今さら出してくんなよそんなの」

 

 かくし球……と言えば聞こえは良いが、牽制用か護身用か、といった程度の威力。そんなものを何発か当てたところで、戦況を覆せるはずがない。ましてパトカイザーもいる、捨て身の撃ち合いになっても優位は揺るがないだろう。

 しかしパイロットはひねた思考回路の持ち主たる死柄木弔である。相手が遠距離戦をお望みなら、それに全力で逆らうのが彼の在り方だった。

 

転換(コンバート)、──エックスエンペラー"スラッシュ"!」

『快盗エックスガッタイム!』

 

 ダイナミックに側転すると同時に、巨人の手足がそっくりそのまま入れ替わる。同時にパイロットも自動的に黄金から白銀──警察から快盗へ。戦闘スタイルもまた、近接戦闘を是とするところとなる。

 

「パトレンジャー、ポジションチェンジだ。下がれ」

『!、……わーった!』

 

 言いようは気にくわないが、それで"提案"を拒絶するほど子供でもない。パトカイザーが後退するのに合わせて、エックスエンペラースラッシュがギーウィに突撃を仕掛けた。右腕のブレードが、緑に覆われたギーウィのボディーを容赦なく切り裂いていく。

 

「グギャアッ!?」

「ははっ、いい声で鳴くなァおまえ。じゃあぼちぼち、断末魔でも聴かせてもらおうかな」

『……どっちが悪役(ヒール)かわかったモンじゃないね』

 

 心の底からそう思いつつ、パトレンジャーは彼の言葉を実現するべく行動に出ていた。パイロットシートから立ち上がり、VSチェンジャーの銃口を前面に向けて構える。

 

「いくぞ──パトカイザー!」

 

「「「弾丸、ストライクっ!!」」」

 

 そして、

 

「エックスエンペラー、スラッシュストライクっ!」

 

 息を合わせた必殺技が、炸裂──

 

「おおおおっ、オレの緑の楽園がぁああああッ!!?」

 

 膨大なエネルギーの奔流に呑み込まれ、ギーウィの肉体は細胞から引きちぎられた。そして、行き場を失ったエネルギーが大爆発を起こす。その紅蓮の華こそ、勝利の証。

 

「っし、任務完了!」

「ミッションクリア……ハァ」

 

 戦いは終わった。──この場にいる誰もが、そう思っていた。

 

 

「あーあ、ギーウィのヤツ敗けちゃったよ。サッムいねぇ……」

 

 ギーウィを悼むどころか、侮蔑の言葉を吐いて踵を返すザミーゴ。彼はまだしも、ギーウィと常日頃行動をともにしていたライモンさえも反応はそう変わらない。「どいつもこいつも」と、苛立たしげな反応を見せるばかりだ。

 さらに今の彼にとっては、死んだ仲間よりこれからの身の振り方のほうが余程重要だった。

 

「まぁいい……。返事は考えといてくれよ、ザミーゴ!」

 

 ひらひらと手を振りながら去っていく。真面目に取り合っているか怪しいものだったが、今追及しても仕方がない。それよりも──

 

「これ以上人間どもを調子づかせて堪るかよ……!」

 

──刹那、獅子の咆哮が響き。

 

「な……!?」

「……!」

 

 ライモンの言うところの人間どもは、言葉を失っていた。目の前の光景は夢幻なのではないかと、一様に呆けてしまっていたのだ。

 

 目の前に立ちふさがるは、巨大化したライモンの姿。しかし、それはあまりに──

 

「うそ……何アレ大きすぎだよ!?」

 

 地上にいたルパンイエローの言葉がすべてを物語っている。ライモンの身体は、パトカイザーやエックスエンペラーの倍以上にまで膨らんでいたのだ。

 

「オレ様の強さ……舐めてもらっちゃ困るぜぇぇぇッ!!」

 

 その爪が、二大巨人のボディを一撃で抉りとる。火花とともに吹き飛ばされ、地面に倒れる機体。そこに撃ち込まれる、無数のミサイル群。

 

「ぐぁあああああ──ッ!!?」

 

 炎に巻かれるコックピット。投げ出されたパトレンジャー、そして弔の運命は──

 

 

 à suivre……

 

 





「信じてやるよ、快盗としてはな」
「……ルパンレッドを援護する!」

次回「グットクル共同戦線」

『みんなの力を合わせちゃおうぜ~!』



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#26 グットクル共同戦線 1/3

ようやっと折り返しだーーーい


このエピ投稿し終えたらちょっと短編(数話単位になっちまうかもですが)でも執筆しようかなと考えておりまする


 

 ライモン軍団の両翼であるウシバロック・ザ・ブロウ、そしてギーウィ・ニューズィーを討ち果たしたルパンレンジャーとパトレンジャー。

 しかし業を煮やした首魁、ライモン・ガオルファングが遂に、その牙を剥いた──

 

「オラアァァァッ!!」

 

 全長百メートルを優に超えるスケールにまで巨大化したライモンの一撃が、パトカイザーとエックスエンペラーに降り注ぐ。その一撃の余波は二体の巨人ばかりか、周囲の街にまで衝撃波や爆風となって襲いかかった。

 

「ッ!」

 

 地上にいた快盗たちも例外ではない。しかし彼らは危機察知能力に長けているのと身のこなしが素早いこともあって、巻き込まれて重傷を負うなどということはなかった。

 

「あぶっ……ど、どうしよう。あんなの……」

「……どうしようもないだろう、今は」

「ブルー!?」

 

 元とはいえ、ヒーローらしからぬ言葉。しかしそれは覆しようのない正論だった。

 

「ヤツとまともに戦りあえる手段があるか?パトカイザーもエックスエンペラーも一瞬でやられてあのザマだ、生身の我々の攻撃は通用せん。……策が必要だ」

「……ッ、」

 

 口惜しい気持ちはあれ、反論は不可能だった。それはレッドも同じだったらしい。

 結局彼らは、ライモンに発見されぬうちにその場を立ち去ることを選んだのだった。

 

 

 *

 

 

 

 超弩級ライモンの暴虐は、ギャングラーの王の座をほしいままにする男の耳にも入った。それは彼を歓ばせるに余りあるもので。

 

「はははははっ!そうかライモンのやつ、遂にキレたか!」

「余裕ぶっていたところ、取り巻きどもが続けて醜態を晒しましたから……当然かと」

 

 確かにデストラの言葉は否定できないが、ライモンが本気を出すというのはそれらを帳消しにして余りあるものだ。何せ、

 

「ライモンが本気になれば世界のひとつやふたつ、あっという間になくなっちゃうわ」

 

 人間どもは、どうするか。大量の英雄を抱え込んだ歪な社会の抵抗は、それはそれで彼女らの愉しみとなっていた。

 

 

 *

 

 

 

 とはいえこのときはまだ、ライモンは本気になってはいなかった。取り巻きどもを倒し、図に乗っている人間を懲らしめるため巨大化したにすぎない。ロボ二体を行動不能に追い込んだことでひとまずは満足し、再び街のいずこかへ潜ってしまっている。そんな、夜。

 

「──街の状況は?」

 

 パトレン2号こと飯田天哉の問いに、ジム・カーターは淀みなく応じた。

 

「余茂名町と須田巳町の被害が深刻です。現在、地区のヒーローが消防庁と協力して救助活動にあたっていますが……」

「……むぅ」

 

 そんな状況下で、タクティクス・ルームに引きこもっていなければならないのは拷問に等しい……と、私意のうえでは思う。しかしいざライモンが再出現した場合には自分たちが戦闘の矢面に立つのだ。職分を弁えなければどれもが散漫になり、結果的には使命を果たせなくなるおそれもある。

 

「にしても、」響香がつぶやく。「自分の意思で巨大化できるなんてね……」

『コレクションを使った形跡がないので、ライモン自身の固有能力かと思われます』

「"個性"としてなら人間にだってありうる能力だ。そう驚くことじゃない」

 

 ギャングラーは一度倒されて初めて、ゴーシュによって巨大化させられるという固定観念があった。塚内の言葉は実に耳に痛いが、彼の場合は自省の意味が多分に入っているのだろう。

 

「ライモンのこともだけど……死柄木、大丈夫かな」

 

 撤退時の混乱の中、エックスエンペラーと死柄木弔はいつの間にか姿を消していた。自発的にそうしたならいいが、彼の受けたダメージは自分たち以上に思える。無事なのだろうか──切島鋭児郎はただ純粋に、その身を案じていた。

 

 

 *

 

 

 甘い匂いが、鼻腔をかすめる。

 

 消息の途絶えた弔が目を覚ましたのは、インテリアの皆無に等しいゴシック調の一室だった。がらんとした部屋は暗く、窓越しに月明かりが差し込んでいる。ただ、部屋の造りには見覚えがあった。

 

(ジュレ、か)

 

 以前、轟炎司の自室に成り行きで入った記憶から辿り着いた、現在地。ベッドから身を起こしてみれば身体の節々に痛みがはしる。同時に、裸の上半身に包帯が巻かれているのがわかった。

 

 床に足を降ろして、部屋を見回してみる。炎司の部屋も無趣味の中年男性らしく雑貨の類いは少なかったが、ここは輪をかけて何もない。あるのはベッドと、備え付けのアンティークデスクくらい。客人用の部屋という可能性も考えついたが、漂う香りがその推測を否定する。──ニトログリセリンのような甘い匂い。つまり、

 

「──!」

 

 ふと何者かの視線を感じた弔は、顔を上げた。しかしそこにはデスクと壁しかなく、人が隠れられるスペースなどはない。それでも吸い寄せられるように歩み寄り……まさかと自嘲しつつも、デスクの引き出しを開けた。

 

 果たしてそこには小人などはいなかった。ただ、一冊の大学ノートのみが仕舞われている。表紙が焼け焦げ、インクで記されたタイトルはおよそ判読しがたい。この何もない部屋で、唯一存在を主張しているモノ。

 

 好奇心の赴くまま、手袋の填められたままの手で拾い上げようとしたそのとき、前触れなく部屋の扉が開いた。

 

「!」

「!、てめェ……!」

 

 かっと目を見開いた爆豪勝己が迫ってくる。握られた拳を見て殴られでもするかと思ったが、間合いに入った彼は意外にもノートを取り上げただけだった。

 

「……勝手に他人様の部屋の引き出し開けてんじゃねえぞ、コソ泥が」

 

 コソ泥呼ばわりは心外だったが、今回ばかりは自分に非がある。それゆえ弔のリアクションは、ぷいと顔を逸らすにとどめられた。

 

「ははっ、酷いなァ。きみの部屋とは思わなかったんだ。だいいちこれだけ何もないと、何か見つけたくなるのが人の性ってモンだろ」

 

 嘘だ、半分は。部屋、とりわけベッド周りから漂う独特の香りは、勝己のそれだとすぐにわかった。視線云々は、下手な言い訳にもならないから黙っているとして。

 

「チッ、庭にでも転がしときゃよかった」

 

 吐き捨てる勝己。それでいて煤けた大学ノートのことは、郷愁のこもった瞳で見下ろしている。

 

「それ、"デク"の?」

「……!」頬が再び紅潮する。「てめェがそう呼ぶんじゃねえ……!」

「ごめんって、俺本名知らないし。黒霧なら知ってるかもしれないけど」

 

 ただ、"デク"が勝己の取り戻したい人間であることはわかる。

 

「早く取り戻せるといいなァ。ま、俺も微力ながらお手伝いするけど」

「……はっ、白々しい」

 

 勝己の返答は、つれなく冷たいものだった。

 

「……それなりに便宜を図ってきたつもりなんだけどなァ、きみらに。まだ信用には足りないって?」

「いくら便宜図られようが、てめェの言動ひとつで帳消しだわ」

 

 容赦のない言葉に、嘆息するほかない弔。ただ、ここまではっきり言われるといっそのこと清々しいものがあった。

 

「それに、お互い様だろ。俺もあんたに信用されてるとは思わねーし」

「は?」

「ま、いいんじゃねーの、利用したりされたりでよ。……オトモダチでも、ヒーローでもねーんだから」

 

 吐き捨てるようにつぶやいて、出ていく勝己。その背中を見送りながら、弔は思う。

 昔からそうだった──ルパン家から一歩外に出ると、他人と絆を結べない。親愛の情を向けているつもりでも、相手にそうと受け取ってもらえない。此処でも、同じというだけのことだった。

 

 

 *

 

 

 

 短い夜の果て、訪れた朝。

 潜伏していたライモン・ガオルファングは、己が野望を成就すべく動き出していた。同じステイタス・ゴールド──ザミーゴ・デルマと合流していたのだ。

 

「よォザミーゴ。オレ様と手ぇ組むってハナシ、返事はどうよ?オレたちなら、面白ぇことができると思うぜぇ?」

 

 確認の体をとりながらも、ライモンは既に答を確信している。感情の抑制がきかない男なので、言動の端々からそれが漏れ出してしまっているのだ。

 ゆえに、ザミーゴは嘲った。

 

「サッムぅ!」

「な……!?」

 

 想定外の反応に、ライモンは大きな口を無意味に開閉させている。実に滑稽な姿だ。

 

「手を組む?……違うだろ、おまえは俺を自分の手の内に置きたいんだ。お前のコレクションは俺には通用しないから!ハハハハハッ!」

「きっ、貴様ァ!!」

 

 図星を突かれたライモンは、激昂して目の前の青年に襲いかかった。目にも止まらぬ速さで振り下ろされる巨大な爪。しかし攻撃を予期していたザミーゴは、容易くそれをかわしてみせた。

 

「その短気……治したほうが身のためだよ?」

「黙れェ!!」

 

 ため息をついたザミーゴは……次の瞬間、その身を氷の蛹で覆っていた。そこから蝶が羽化するかのように、本来の怪物の姿を露にする。

 

「やれやれ……」

 

 それでも人が変わるわけでなく、終始煩わしげにあしらうばかりなのがザミーゴ・デルマという男だった。

 

 

 *

 

 

 

 いかに早朝の、人気のない場所を舞台にしていると言っても、ステイタス・ゴールド同士の争いともなれば察知する者は現れる。

 

『緊急通報!ギャングラーと思われる怪人同士が争っているとの目撃情報です!』

 

 ジムの報告に、寝ずの番をしていたパトレンジャーの面々が一斉に立ち上がる。

 

「ライモンか?」

『特徴を勘案すると、恐らくはそうかと。ただ、もう一方のギャングラーについては不明です』

「ならば現場で確かめるまで!」

「管理官、命令を!」

 

「ああ、」塚内も立ち上がる。「──パトレンジャー、出動!」

 

 

 *

 

 

 

 一方、ジュレでは朝っぱらから少年の怒号が響いていた。

 

「いつまで他人の部屋で寝てんだとっとと起きろや不審者ヤロォ!!」

 

 言葉ばかりでなく、ベッドから引きずり下ろしてやろうとまで彼──爆豪勝己は画策していた。しかしそのあては、程なく外れることになる。

 

「あ……?」

 

 もぬけの殻のベッド。他に隠れるスペースなどないことは──何らかの力で小人にでもならない限り──、彼自身がいちばんよく知っている。

 それでも反射的に部屋中を見回した勝己は、デスクの上に何かが置かれていることに気づいた。それは一枚のメモ、そして。

 

──ベッド有り難う。宿泊代です、お釣り不要。

 

 札……ただし、100ユーロ。

 

「……日本円にしろや」

 

 突っ込みの言葉はぶつける相手を欠いたまま、虚空に吸い込まれていった。

 

 

──弔の蒸発は、下階の仲間たちにも即座に伝えられた。

 

『あぁぁぁ!トムラ失踪、家出、行方不明だぁぁ~!』

 

 騒ぎ回るグッドストライカー。「家出は違ぇだろ」という勝己の突っ込みは、やはり虚しく吹き消された……今度は相手もいるのだが。

 

「どうしちゃったんやろ死柄木さん……。あっ!まさか爆豪くん、なんか余計なこと言っとらんよね!?」

「ア゛ァ?余計なことって例えばなんだよ、言ってみろや」

「そ、それはぁ……バカとかアホとか、マヌケとか?」

「は……小学生かよ」

 

 雄英志望だったとは思えない知能指数の低いやりとりを炎司が咎めようとした瞬間、第五の気配が店内に現れた。

 

「──死柄木弔の行き先は知りませんが、ライモンの居所は判明しました」

「!」

 

 黒霧の神出鬼没はいつものことであり、そのことに驚きはない。ただ伝えられた事実のみ、彼らの血肉を奮い立たせるにふさわしいものだった。

 

 



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#26 グットクル共同戦線 2/3

 

 ライモン・ガオルファングとザミーゴ・デルマの小競り合いは続いていた。前者は怒りのままに爪を振るっているが、死闘と呼ぶには後者の覇気が足りない。何かあればすぐにでも争いをやめて立ち去りたいという心情が露になっている。その態度がまた、虎ならぬ獅子の尾を踏むことに繋がっているのだ。

 

「ザミーゴ……!オレぁテメーのそういうスカしたところが気に喰わねえんだよ、昔ッからなァ!!」

「ハッ、そいつはどうも。俺はおまえのこと、好きでも嫌いでもないけどね」

「舐めた口きくんじゃねえぇ!!」

 

 目にも止まらぬ速さで振り下ろされる爪は、人間はおろか並みのギャングラーにとっても脅威である。ステイタス・ゴールドとは、それだけの実力を兼ね備えた存在なのだ。

 尤も、相手取るザミーゴもまたその称号をほしいままにしている。ゆえに軽々といなしつつ、

 

「ふっ」

「──!?」

 

 懐めがけて、氷銃の引き金を引く。ライモンは咄嗟に転がって避けた──掠りでもしたらどうなるか、彼がいちばんよくわかっているからだ。

 

「ほら、怖がってる」

「チィ……!」

 

 舌打ちするライモン。憤懣の蓄積する一方であるところ、さらに水を差すような者たちがこの場に姿を現した。

 

「動くなッ、国際警察だ!!」

 

 出動したパトレンジャーの面々。ギャングラーが言うことを素直に聞くわけがないとわかっている彼らは、いつでも発砲できるようVSチェンジャーの引き金に指をかけている。

 尤も、それすらも気にとめないのがギャングラー……とりわけライモン・ガオルファングという男だった。

 

「邪魔だ人間、失せろ!」

「……あんたらこそ失せろっての!」

 

 ケンカなら自分らの世界(よそ)でやれ──まったくもっての正論とともに、変身の構えをとる。

 

「「「警察チェンジ!!」」」

『パトライズ!──警察チェンジ!』

 

 警察スーツを装着し、

 

「国際警察の権限において、実力を行使するッ!」

 

 なんら飾るところのない口上とともに、走り出す。牽制代わりに銃撃を繰り返しながら。

 とはいえ、それだけでライモンともあろう者が怯むはずもなく。

 

「……邪魔だっつってんだろ!!」

 

 爪にエネルギーを込め、鎌鼬のようにして解き放つ。刹那、パトレンジャーのいた場所に爆発が起きる。

 

「ッ!」

 

 ライモンが強力なことは昨日嫌というほど学習している彼らは、その一撃を見事にかわしていた。散開して別方向から肉薄し、取り囲むようにして攻勢をかける──

 

 その光景を、ザミーゴは文字通り高みの見物と決め込んでいた。

 

「馬鹿の相手は頼んだぜ、人間ども」

 

 そして、立ち去る。彼のことまで気にかけている余裕は、今のパトレンジャーにはなかった。

 

「うおおぉッ!!」

 

 至近距離からの射撃、パトメガボーによる殴打と、あらん限りの武装を駆使して攻めたてるパトレンジャー。一方のライモンはそれらすべてを事もなげに防ぎながら、身ひとつで猛烈な反撃を繰り出してくる。防御にすぐれた警察スーツだが、その破壊力とは相性が悪かった。

 

「く……!」

「飯田、下がれ!──烈怒頼雄斗、安無嶺過武瑠ッ!!」

 

 全身の皮膚を極限まで硬質化し、一撃を受け止める。警察スーツの一部が破損し、後方へ大きく吹っ飛ばされはしたものの、鋭児郎自身の肉体はかろうじて守られた。あくまで、かろうじてだが。

 

「っ、てぇ……!」

「切島くんありがとう!そして大丈夫か!?」

「なんとかな……。でも、何回も喰らったら流石にやべえと思う」

「だったら、一気にケリつけるしかないね」

 

 グッドストライカーは来る様子がない。ならばと、1号はトリガーマシンバイカーを銃に装填した。

 

『バイカー、パトライズ!警察ブースト!』

「いくぜ……!──バイカー、撃退砲ッ!」

 

 ギャングラーをも粉砕しうるほどの威力を誇る必殺砲に、2号と3号の放つエネルギー弾が融合しライモンへ向かっていく。

 

「ガ──!?」

 

 拍子抜けするほどにあっさりと、彼は光の渦に呑み込まれた。異形の肉体が削りとられ、粉々に打ち砕かれていく。

 パトレンジャーの面々は勝利を確信していた。命中をとっただけでなく、その効果が目に見えて現れているのだから──

 

 しかし次の瞬間、予想だにしない事態が起こった。最後まで溶け崩れることなく残っていた黄金の金庫が光を放ったかと思えば、肉体をもとの形に"再生"してしまったのだ。

 

「な……!?」

 

──まさか、ルパンコレクションの力?

 

「ハッ、残念だったなおまわりども。──礼をしてやる、受け取れぇッ!!」

 

 ライモンの爪が、再び一閃。咄嗟に硬化を発動した1号が前に飛び出すが……二度目までも人間の個性が耐えきれるほど、ステイタス・ゴールドの力は甘いものではなかった。

 

「ぐぁあああっ!!?」

 

 紙のように吹っ飛ばされる三人。背中から壁に叩きつけられたところでようやく静止した彼らに、ライモンの追撃が迫る。

 

「ぐ、う……!」

 

 すんでのところで一撃をかわし、どうにか戦闘を続行する。しかし切り札がむなしくも打ち破られた以上、彼らは徐々に追い詰められるよりほかに道はない。何せ至近距離から弾丸を命中させても、傷ついた部位が瞬く間に修復されていくのだ。

 結局彼らは、ライモンに膝をつかせることすらできなかった。疲労で動きが鈍ったところに再び爪の一閃を喰らい、段を転げ落ちる。

 

「ぐっ、あぁ……ッ」

 

──やはり、強い。

 

「へへへへっ、どうしたァ?もうくたばったかァ?」

 

 再生した部位が疼くのか、ぼりぼりと掻きながらライモンは言い放った。無論、鋭児郎たちはまだ生きている。しかし彼が自分の意志であと一撃を振るえば、その言葉は現実のものとなる。

 

「へっへっへ……」

 

 下卑た笑い声とともに、ライモンが一歩を踏み出す──刹那、

 

 その体表で、火花が爆ぜた。

 

「!」

 

 ライモンは当然のように身じろぎひとつしない。無論自身が撃たれたことは認識したのだろう、煩わしげに首を傾けた。

 

──おもむろに歩いてくる、白銀の燕尾服の男。人間の手の形をした覆面を装着し、足を引きずるような歩き方が不気味だ……いや、怪我をしているからか。

 

「死柄木……!」

 

 名を呼ぶ1号に、男──死柄木弔はちらりと目配せした。それも一瞬のことで、即座にライモンに向き直ったが。

 

「……安心したよライモン、まだくたばってなくて。そのゴールドの金庫にはまだ用があるんでね」

「アァン?」

「ッ、気をつけろ死柄木!」3号が叫ぶ。「ライモンは……コレクションの力ですべてのダメージを回復する……!」

「……へぇ」

 

 ライモンの特性がわかったところで、すべきことは変わらない。──金庫を開け、ルパンコレクション(お宝)をいただく。

 

「快盗、チェンジ」

『快盗エックスチェンジ!』

 

 白銀の上に白銀が重なりあい、新たな鎧となる──

 

「孤高に煌めく快盗、──ルパンエックス!」

 

「予告する。……おまえのコレクションは、()()回収する」

 

 腹の底から絞り出した口上とともに──馳せる。ステイタス・ゴールドの強力さは彼がいちばんよく知っている。しかし己が望みを果たすためには、今ここで戦うよりほかに道はないのだ。

 密かな決意とともに剣を振るって戦うルパンエックスを、ライモンはせせら笑った。

 

「ヘッ、忘れたのかァ?オレの金庫は、一筋縄じゃ開かねえってよォ!!」

「ッ!」

 

 パワーとスピードを兼ね備えたライモンの猛攻は、手負いの身であるエックスを防戦一方に追い込んでいく。ずりずりと後退させられつつも、彼は隙をうかがう。不幸中の幸い、ライモンはほぼノーガード……付け入る隙はそれなりにある。その隙を突いてダメージを与えたところで、無駄というだけのこと。

 

──だから、

 

「ふっ……!」

「ウオッ!?」

 

 足払いでバランスを崩させ、倒れたところですかさず金庫にバックルを押しつける。そこまでできてしまえば自動でナンバーを解析し、解錠してくれる──通常の金庫なら。

 

『1・1・0──』

 

 そこまでだった。エラー音が響き渡り、解錠に失敗したことが告げられる。

 

「……!」

「な?開かねえって言ったろ」

 

 得意げに言い放つと同時に、ライモンは爪の一撃で敵を弾き飛ばした。もはや体力の限界が見えていたエックスは壁に叩きつけられ……そのまま、ずるずると沈み込む。

 

「ッ、ぁ……」

 

 変身までも解けてしまった。それ即ち白旗と解釈したライモンは愉快そうに笑う。そして、ぐるりと振り返った。

 

「ヘヘヘヘッ、いっちょあがり。──さあ、次やられてぇのはどいつだ?」

「……!──うおぉぉぉぉッ!!」

 

 圧倒的だとは理解しつつも、パトレンジャーは誰ひとりの例外なく再び立ち上がり、立ち向かう。こんな凶悪な存在を街に野放しにしておけるわけがない。本格的な侵略活動を始めるその前に、なんとしてでも倒さねばならない敵だった。

 

──その一方で、満身創痍の弔のもとには快盗たちが駆けつけていた。

 

「死柄木……!」

「ちょっ……ライモンにやられたん!?ただでさえケガしとるのに!」

 

 気遣いの言葉に、弔は応えない。端末から3Dモニタを展開し、しきりに何かを分析している。

 

「おい何やって……」

 

 喰ってかかろうとした勝己を、炎司が手で制した。双方とも、弔が明確な意味をもって作業を行っていることは理解している。ただ、感情の問題だった。

 

 弔が不意に、唇をゆがめた。

 

「……わかった」

「何?」

「ステイタス・ゴールドの暗証番号は6ケタなんだ。つまりVSビークルをふたつ同時に使えば……金庫は、開けられる」

「まさか、それを調べるために独りで?」

「──ッ、」

 

 再び勝己が喰ってかかる。だが今度は怒りでなく、困惑が表情に滲んでいた。

 

「ンでてめェがンなこと……そういう捨て駒やらせるために、俺ら使ってんじゃねえのかよ」

「……ははっ」

 

 手の形をした覆面を自ら外して、弔は笑みを浮かべる。どこか寂しそうにも、後ろめたいようにも見える笑みを。

 

「俺も、きみらと同じだから。俺にも……取り戻したい大事な人がいる」

 

──だから快盗になった。安穏としたルパン家の屋敷を飛び出し、矢面に立つことを選んだのだと……弔はそう、言明した。

 

「はは、これで信じてくれるかな……爆豪くん?」

「……チッ」

 

 舌打ちをこぼした勝己は、弔を放り出すようにして前へ進んだ。

 

「そうやって、てめェで言うのが信用できねーんだよ」

「………」

 

 そうか、そういうものか。一切の遠慮も誤魔化しもない勝己の言葉は実に参考になると、弔は自嘲する。

 

「……でも、」

 

「言動じゃねえ、行動でわかった。……てめェにも命張る覚悟はあンだってな」

「!」

 

 振り向く勝己。見下ろす視線は相変わらず鋭いけれど、そこに懐疑も敵意もありはしない。ただ意志の強さだけを映し出す光が、そこにはあった。

 

「──信じてやるよ、快盗としてはな」

 

 お茶子が笑みを浮かべて頷く。炎司は仏頂面のままだが、異を唱えない。勝己に負けず劣らず我の強い彼が黙っているというのは……つまりそういうことだ。

 

「……Merci(感謝するよ)、ルパンレンジャー」

 

 再び、戦場に目を向ける。パトレンジャーはなおもライモンを食い止めている。自らの身体が傷つくことと引き換えに。

 

──行かなければ。立ち上がろうとした弔だったが、身体に力が入らずバランスを崩す。よろめく彼を、炎司とお茶子が支えた。

 

「死柄木さんはとりあえず休んでて!」

「ライモンの金庫は、我々で開ける」

 

 彼らの宣言は、無条件に頼もしいものだった。しかしそれであっても、伝えねばならないことがある。

 

「……あいつのコレクションには、超治癒能力がある」

「!」

「回収しない限り、ダメージは通らない」

 

 「厄介な」──炎司がつぶやく。パトレンジャーの面々が押される一方なのも、それが原因か。

 

「俺が囮をやる」

 

 躊躇なく、勝己が宣言する。

 

「クソオヤジ、丸顔。その隙に()れ」

「!、………」

 

 それがいかに危険な役割か。勝己は理解っている。わかっていて、すべてを託しているのだ。乗らないわけにはいかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 決死の精神力でもってライモンに立ち向かい続けていたパトレンジャーだったが、肉体にはいずれ限界が訪れる。

 

「オラァッ!!」

 

 何度目かわからない爪の一閃が炸裂したとき、彼らはついに装着を解かれて倒れ伏した。

 

「ぐ、うう……!」

「く……!」

「……ッ、」

 

 個性である程度ダメージを軽減できる鋭児郎でさえ、呻くばかりになっている。それでも弱々しく命乞いをするようなことのない彼らの態度が、ライモンの勘に障った。

 

「うぜェなァ……。──息の根止めてやらァ!!」

 

 腕を振り上げる。そして振り下ろされた瞬間、ライモンの言葉は間違いなく実現される──

 

 しかし現実には、降り注ぐ光弾がライモンの動きを止めた。

 振り向いた彼、そして鋭児郎たちが目の当たりにしたのは。

 

「快盗……!」

 

「「「──快盗チェンジ!!」」」

 

 ダイヤルを回し、ロックを解除──トリガーを引く!

 

 装着される快盗スーツ。そして、

 

「ルパンレッドォ!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

──快盗戦隊、ルパンレンジャー。

 

「予告する。──てめェのお宝、いただき殺ォすッ!!」

 

 

 *

 

 

 

 そして、快盗の戦いが始まった。

 

 ルパンレッドが前面に出てライモンに肉薄し、ブルーとイエローがVSチェンジャーで援護しつつ隙を窺う。

 スピードで翻弄する戦術は当初こそ功を奏したかに思われたが、ライモンのパワーは小細工など文字通りぶっ飛ばすほどのもの。わずかに掠める一撃一撃がレッドの動きを鈍らせ続け……ついに、直撃が入る。

 

「が……!」

 

 引き倒され、そのまま踏みつけにされるレッド。しかしその瞬間こそ、快盗たちの狙いであった。ダイヤルファイターを手に、ブルーとイエローが走り出す。ルパンコレクションを、盗みとるために。

 

 しかしライモンは、彼らへの注意を完全に逸らしたわけではなかった。レッドを踏みつけたまま爪を薙ぎ、咄嗟に庇いに入ったブルーを弾き飛ばす。

 

「ブルー!?」

「ッ、使えイエロー……!」

 

 ブルーダイヤルファイターを手渡される。両手で、同時に──その目論みもまた、ライモンにとっては児戯のようなものだった。

 

「オラァッ!!」

「きゃあぁっ!?」

 

 快盗の中では最も小柄なイエローの身体は、一撃で吹き飛ばされてしまう。

 

「ッ、ブルー!イエロー!」

「ヘッ……貴様らごときの思惑に、このオレ様が気づいてねえと思ったかァ!?」

「……チィッ!」

 

 ぎり、と歯を噛み鳴らすレッド。確かに目論みは潰えたが……その程度で、あきらめられるわけがない。

 

「ならよォ!!」

 

 次の瞬間、彼はシザー&ダイヤルファイターを展開していた。シールドで防御面を補いつつ、ブレードの投擲で360°、縦横無尽に攻める。一撃でも命中をとって怯ませれば、勝機はある。

 策に策を重ねるレッドだが、ライモンにかかればそれさえも甘い考えにすぎなかった。周囲のことなど一切見えていないかのような猛攻を続けながら、背後にブレードが迫った瞬間そちらに意識を振り向け、爪を振るって弾き飛ばす。それは隙にもならない、一瞬の出来事だった。

 

「どうしたィ、小細工はもう尽きたかよォ!!?」

「ク……ソがぁ……!!」

 

 万策尽きてもなお立ち向かう少年を──"彼ら"は、見ていた。

 

「ルパン、レッド……」

 

 傷つき倒れた、パトレンジャーの面々。しかし彼らは、戦う心まで失ってはいない。

 

──俺たちはこれしか無ェから快盗やってんだ……!

 

 ルパンレッドが、かつて放った言葉。その言葉になんの誇張も欺瞞もない全身全霊をかけた死闘を、彼は繰り広げている──己が望みを、果たすために。

 

 ならば、自分は。俺たちに今、できることは──

 

 

「……ルパンレッドを、援護する!」

 

 



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#26 グットクル共同戦線 3/3

V・S・X!V・S・X!


 

「……ルパンレッドを、援護する!」

 

 

 切島鋭児郎の言葉は、既に彼の人となりをよく知る仲間たちの胸に、様々な感情を去来させた。

 

「切島……」

 

 耳郎響香は実のところ、彼と同様の考えをもっていた。ただしそれは、ライモンのコレクションがその胸中から失われない限り、倒すことはできないという実利的な発想によるところが大きい。その点、ルパンレッドを見る鋭児郎の表情はつらそうに歪められていて……。

 それに気がつく時点で、響香も"ブレーキが壊れている"と評したかの快盗の戦いようへの思いが判断に影響を及ぼしているのだが……自覚はない。

 

「……切島くん、気持ちはわからないではない……。だがッ、快盗を手助けするなど……警察官として……!」

 

 飯田天哉が異を唱えるのは、誰もが想像できたこと。しかし真っ向から、という態度でないのは手にとるようにわかる。彼だってそれが必要なこととは理解しているのだ。それでも──

 

「飯田、」響香が口を開ける。「ウチらの任務は、市民の平和と安寧を守ること。これはきっと……そのために必要なことだ」

「……!」

 

 天哉の脳裏に、兄の──ターボヒーロー・インゲニウムの姿が浮かぶ。

 "ヴィジランテ"と呼ばれる、許可なく個性を行使し治安維持活動を行う非合法(イリーガル)ヒーローたち。インゲニウムは時に彼らとも手を携え、響香の言う"市民の平和と安寧を守ること"に力を注いだ。

 

(兄は兄……僕は、僕)

 

 それでも──目指すものは、同じ。

 

 

 ライモンの猛攻は、確実にルパンレッドを追い詰めつつあった。シザー&ブレードも失い、爪や牙が直接肉体に襲いかかる。──限界が、近づいてくる。

 

「ぐっ……く、そ……ッ」

「ヘヘヘヘッ……」

 

 倒れたルパンレッドに、迫るライモン。趨勢が決したかと思われたところで──パトレンジャーが、割って入った。

 

「!、てめェら……」

「へへっ……手ぇ貸すぜ、ルパンレッド!」

「コレクション、必ず盗りな」

 

 自分を守るように陣形を組む警察官たち。何か裏が……などということは、疑り深い勝己でさえ考えもしなかった。だって彼らはただ真っ直ぐに、正義を希求しているから。

 

──信じ、られる。

 

「……だったらせいぜい足引っ張んなよ、おまわりサン?」

「当然だ……!俺たちを誰だと思っている?」

 

 そう。彼らは警察──警察戦隊、パトレンジャーなのだ。

 

「……行くぜっ!」

 

 そして彼らは、再びライモンに向かっていく。しかし今度はあてのない戦いではない。快盗にコレクションを盗ませ、超回復能力を奪ったところで一気に畳みかける。目標が定まっていれば、傷ついていても戦えるというもの。

 

 パトレンジャーがライモンを懸命に押さえつけているところに、接近を試みるルパンレッド。しかし猛り狂う獅子のギャングラーのパワーは衰えるところを知らず、四人がかりの人間たちを蹂躙する。

 

「ウゼェんだよォ!!」

「ぐ……──ッ、何やってるルパンレッド!早く……しろっ!」

 

 身を硬化させてライモンにしがみつきながら、パトレン1号が叫ぶ。──わかっている。わかっているが、まだ……。

 

 刹那、ライモンの両腕にワイヤーが絡みついた。

 

「……!」

 

 ルパンブルーと、イエロー。彼らもまた、警察に劣らぬ不屈の意思に突き動かされていたのだ。

 それでもライモンは抵抗する。その力に、文字通り引きずられるふたり。しかしそんな彼らを、パトレン2号と3号が支援した。ワイヤーを掴み、踏ん張る。四人がかりともなれば、さしものライモンも即座に吹っ飛ばすとはいかない。

 

「っし……!」

 

 今度こそ、いける。右手にレッド、左手にサイクロンダイヤルファイターを携え再び走り出すルパンレッド。しかしライモンの抵抗は彼らの思いもよらないほど頑強だった。

 

「ウオオオオッ、させるかよォ!!」

 

 咆哮とともに──両肩口からもう二本、腕が飛び出してきたのだ。

 

「な……っ!?」

 

 突撃一辺倒に思考が片寄っていたレッドに、回避は不可能だった。致命的な一撃ではないが、命中をとったそれはサイクロンダイヤルファイターを弾き飛ばす。──やられた。

 仄暗い絶望が心を侵しかけたとき、白銀の影が閃いた。

 

「ッ、ふ──!」

「!、死柄木……!」

 

 死柄木弔──ルパンエックスが、宙を舞うサイクロンを手中に収めたのだ。レッドは思わず空いた拳を握った。

 ライモンの複腕は、普段使わないせいか本来の腕より動きが鈍い。である以上、タネがわかってしまえば怖いものはない。腕の攻撃をかわしながら接近し、

 

「「ルパンコレクション、貰ったァ!!」」

 

──ふたつのダイヤルファイターを、金庫に押し当てる。

 

『1・1・0──』

『──0・3……0!』

 

 解錠。

 

 次の瞬間には、ルパンレッドの手のうちにライモンの所持していたコレクションが握られていた。

 

「よくやった、レッド」

「おー。……てめェもな」

 

 短い会話。しかしそこには間違いなく、この戦いで芽生えたものが滲んでいる。

 

「ライモン!これでおめェの治癒能力は消えたぜ!」

「あとはブッ殺すだけだ、覚悟して死ね!」

 

 挑発の言葉にいきりたつライモンは、力いっぱい半開きの金庫を閉じた。──彼が実力者たる所以は、コレクションにはない。

 

「ヘッ、このオレ様を倒すだと?ンなモンなくたって、オレ様は十ッ分強ぇんだよ!」

 

 とはいえ七人相手は面倒だと思ったのだろう、ライモンは一気に勝負に出た。その身を天を貫かんばかりに超巨大化させたのだ。

 

「ッ、またこれか……!」

 

 圧倒される一同のもとにグッドストライカーがやってくる。それはいいのだが、

 

「俺らがいく。てめェらいっぺんやられとったろ」

「……いやそれはそうだけどよ、ありゃ相性の問題じゃねーって」

 

 スケールが違いすぎる以上、ルパンカイザーであっても二の舞になりはしないか。警察の言葉を否定できない快盗たち。

 と、グッドストライカーがいつもながら口を挟んだ。

 

『オイラ、今日はどっちにもグッと来てんだ。どっちかなんて選べな~い』

「……ならば、どうする気だ?」

「まさかグッドストライカー、アレやる気?」

 

 アレ、とは。

 

『みんなの力を合わせちゃおうぜ~!』

「みんなの……力を?」

『Oui!サイコーに強くしてやるよ!』

 

 一体何をするつもりなのか……なんとなくではあるが、察しはつく。だがここまで来れば、とにかくライモンを討ち果たすことが第一。快盗にも警察にも、異論はなかった。

 

「チッ……しょうがねえ。やってみろや」

『まかせろ~!』

 

 

──そして、すべてのマシンが巨大化。

 

「ルパンレンジャー、パトレンジャー。Êtes vous prêt(準備はいいな)?」

『いや日本語で訊けや鬱陶しい!』

「………」

 

 こんな一幕もありつつ、

 

『超越エックスガッタ~イム!』

 

 グッドストライカー、レッド・ブルー・イエローダイヤルファイター、トリガーマシン1号・2号・3号、そしてエックストレイン。計11機ものVSビークルが合体し、ライモンに勝るとも劣らぬ超弩級巨人が誕生する。

 名付けて、

 

『グットクルカイザー、V・S・X!』

 

「うおおッ、す、すげえ!!」

 

 三つに分かれたコックピットのうちひとつで、パトレン1号こと切島鋭児郎は歓喜の声をあげていた。彼のいるセンターブロックにはグッドストライカーが鎮座しているほか、ルパンエックス、ルパンレッドが割り当てられている。快盗は快盗、警察は警察と分けられているのだが、人数の都合上どうしてもこのような組分けになってしまう。ただ鋭児郎は、それを煩わしくは思っていないようで。

 

「よろしくなふたりとも!なんかこーいう展開……呉越同舟っつーの?ワクワクしてくるぜ!」

「……るせぇ」

「ハァ……」

 

 冷たい反応にも臆せず、かのルーキーヒーローははしゃいでいる。レッドが早速苛立ち始めたことを察したエックスは、小声でグッドストライカーに呼び掛けた。

 

『どうした、トムラ~?』

「……こいつ、チェンジで」

『ラ~ジャ~』

 

 刹那、パトレン1号のシートの床に風穴が開いた。

 

「へ?」一瞬の浮遊感のあと──落下。「な、なんじゃこりゃああああ──」

 

 消えた1号の代わりに、すぐさまパトレン3号が補充される。尤も、彼女も何が起きたか理解していない様子であるが。

 一方、追い出された1号はパイロットシートからずり落ちていた。

 

「……一体何があったんだ、切島くん?」

「い、いきなり追い出された……」

「それは……災難だったな」

 

 ともあれ、いつまでもコックピット内で遊んでいるわけにはいかない。グットクルカイザーのスケールに圧倒されていたライモンも、気を取り直してこちらに向かってきている。

 

「──さあ、戦闘開始だ」

 

 

「どんなにデカくなろうが、オレ様の敵じゃねえぇぇッ!!」

 

 咆哮とともに、無数のミサイルを飛ばすライモン。対するグットクルカイザーはそれらを縦横無尽にかわしつつ、迎撃に打って出る。それぞれが高い戦闘能力をもつVSビークル11機で構成された鋼鉄のボディーはこれ全身兵器である。破壊力は、ライモンのそれを凌駕していた。

 左腕のエックストレインゴールドから火を噴き、右肩のブルーダイヤルファイターでガトリング砲を回転させる。右足からはトリガーキャノン。火器の雨あられに怯みつつも、ライモンは前進していく。

 

「この程度……!オレには通用しねえ──ッ!」

 

 そしてついに、接触。通常時と同じく爪と牙を主体とした戦法を駆使するライモンに対し、グットクルカイザーはその鈍重そうな外見に反した素早い所作で応戦する。ビルからビルへ、飛び移りながら戦場を移動していく。

 やがて、港湾部──海に面した地帯にたどり着いたとき、グットクルカイザーが勝負に出た。

 

「頭ァ冷やせや!!」

 

 空中回転からのムーンサルトキックを直撃させ、ライモンを海中に突き落とす。といっても陸際であるので、完全に水没してしまったわけではないが。

 

「ガボボボ……お、おのれぇッ!」

 

 しかし水に足をとられ、ライモンの動きは大きく鈍った。──今がチャンスだ。

 

「決着だ、グッドストライカー」

『Oui!いくぜ~!』

 

 グットクルカイザーを構成するビークルの接合が解除されていく。そして、

 

『グットクルカイザー、ビークルラッシュストライク~!』

 

 ビークルの群れが、一斉に発射される。技名通りのビークルラッシュ。流石にノーガードでいるのは危険と判断したか、ライモンは四本腕で防御姿勢をとる。当初は確かにそれでよかったが、何せ相手は11機である。

 

「グ、ガ!?ウガアァァ!!?」

 

 途中で耐えきれなくなり、態勢が大きく崩れる。そうしてがら空きになった胴体にビークルが殺到──猛獣のごとく喰らいつき、食い破り、貫いていく。

 

「こ、こんな……モノ……」

 

 それでもなおビークルの群れを弾き飛ばし、戦闘を継続しようとするライモン。しかし精神に比べ、肉体はほんのわずかに脆かった。

 

「こ……こんな……お、オレが……人間、ごときにィィィ──!!」

 

 絶叫は、結果的に断末魔となった。

 爆発四散する身体。獅子が死して残したのは、その紅蓮の炎のみ。対向には、傷ひとつない鋼鉄の巨人の姿があった。

 

「っし……!」

「やった!」

「………」

 

 残されたものはもうひとつあった。ライモン・ガオルファングという恐ろしい強敵を、ヒトの力が打ち倒した──その栄光と、歓喜の記憶である。

 

 

 *

 

 

 

 ライモンが、敗れた。それはギャングラーの首脳たちにも少なからず衝撃を与えていた。何せドグラニオの後継者としての有力候補だった男である。

 

「人間ども、思った以上にやるわね」

「うむ……とはいえドグラニオ様の後継者が、あのような下品な輩にならずに済んだのは僥倖か」

 

 僥倖──ギャングラーのボスというよりむしろ、ドグラニオ個人に忠誠を誓うデストラにしてみれば、その通りかもしれないが。

 

「……ライモンまで敗れたとなると、俺も少し考えなきゃならんな」

 

 静かにつぶやくドグラニオの声音は、底知れぬ響きをもっていた。

 

 

 *

 

 

 

 つかの間の平穏が戻った翌日、喫茶ジュレには再びかの少年の怒声が響き渡っていた。

 

「てめェいつまで俺の部屋居座る気だゴルアァ!!とっとと出てけや!」

「痛いよヤメテヨ~爆豪くん~」

 

 肩をいからせた爆豪少年に首根っこを掴まれ、店内を引きずり回される死柄木弔。怪我が治りきっていないのを口実に勝己の部屋にもう一泊かましたのである、この男は。

 

「怪我人にヒドイことするなァ。引きずり回したうえにこの寒空の下に放り出す気かよ?」

「クッソ真夏だわ感覚死んどんのか!!」

 

 一歩外に出れば灼熱の太陽がじりじりとコンクリートを焦がし、木々の隙間では蝉たちが合唱している。まあ、それもあと少しの辛抱という時期には差し掛かっているが。

 

 弔に翻弄される勝己を見かねてか、事務作業に勤しんでいた炎司が助け舟を出した。

 

「死柄木……貴様、自分の家があるだろう」

「!、……そりゃあるけどさァ」唇を尖らせ、「こっちじゃ独り暮らしだし……ケガとか病気のとき、独りだと寂しくない?」

「あー……それはわかるかも」

 

 お茶子が同意すると、弔は我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべた。

 

「だろ?だからさーお茶子チャン、是非看病に……」

「お断りしまーす!警察の人に頼んで!」

「……じゃあ爆豪く「死ね」……」

 

 ティーンエイジャーふたりから袖にされた弔は、ちらりと炎司を見て……さっと目を逸らした。仮に頼まれれば即座に断るつもりだったとはいえ、炎司としては複雑な気分である。前に中年呼ばわりされたことが思い出される。

 

「ハァ……なんだよ、仲間として認めてくれたんじゃないのかよ」

 

 ぼやきつつ、内心「仲間とまで言った覚えはない」と言われることも予想していた弔である。ゆえに現実の勝己の返答は、彼を驚かせるものだった。

 

「はっ、──だからだよ」

「え?」

 

 いつの間にか、勝己は穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「"自分のことは自分でなんとかする、むやみやたらと助けたりしない"」

「それが私たち快盗のルールなの!」

「……ははっ、なるほど」

 

 一見、冷たくドライに見える彼らの関係。しかしそこには、たしかな絆が存在している──弔は今はっきりと、それを見てとった。

 

「──つーわけで……とっとと去ねや!!」

「うぉっと!?」

 

 三人がかりで追い詰められながら、弔は二階に逃げ戻ろうとする。階段に足をかけたところで捕まってしまうのだが、ここまで来ると彼も意地だった。

 

「やだ、帰らない!俺はここに住む~!!」

「「「帰れ!!」」」

 

 

──嗚呼、賑やかなる哉。

 

 

 à suivre……

 

 





「おぬし……いい身体しとるのう……」
「これからは先輩とお呼びください!」

次回「マッスルカーニバル」

「なぜ俺は弟子入りしてしまったんだ……」


※短編執筆のため暫くこちらの投稿お休みします。再開は未定ですがそれほど長期にはならないと思います、ご了承ください。



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【緑谷出久誕生日記念】#Finale(IF)

大体サブタイの通り。
一度やってみたかったif最終回ネタ。

※念のため申し上げておきますとあくまで一発ネタでガチ完結ではないです。



 もしも、あの瞬間にかえることができたなら。

 

 彼らは躊躇なく、その道を選ぶだろう。

 

 

 *

 

 

 

「きみなんか……ヒーローじゃないっ!!」

 

 路地裏に、少年の声が響き渡る。

 

 

 "屋上からのワンチャンダイブ"──つい今しがた目の前の少年が放った言葉を、緑谷出久は赦すことができなかった。

 彼が他人に死を促すような発言をすることは、これが初めてではない。だがそれは彼──爆豪勝己の性格ゆえに条件反射的に行われるだけで、さしたる意味も意志も介在してはいない。今まではそう思っていたし、そう思っていたかった。

 

 だからこそ、そのひと言だけは赦せなかった。夢をかなえたければ死ねと、その方法まで明示して嘲っているこの男が。ずっと憧れていた、かなわないと知りながら、その背中を追っていた。そんな自分自身を一瞬忘れるほどに、緑谷出久の中に燻る憤懣が爆発したのだ。

 

 勝己はというと、先ほどまでの威勢の良さが嘘のように目を見開いて呆然としている。今まで見せたことのない姿。無条件に自分にあこがれていると思い込んでいた幼馴染に明確に否定されて、そんなにも堪えたのだろうか。ざまあみろ。

 そのあとに怒りの爆炎が肌を焦がすであろうことは想像できたけれど、それがどうした。これから先どんな方法で出久(じぶん)を貶めようとしようが、出久が彼を軽蔑したという事実は一生残るのだ。

 

 

 しかし勝己のとったのは──出久の予想しえたどのような行動とも、異なるものだった。

 

「──デクっ!!」

 

 怒りではない、ただただ焦燥にまみれた表情が間近に迫ったかと思えば、出久は力いっぱい突き飛ばされた。衝撃に耐えうる体幹を備えていない身体は、いとも容易く尻餅をつく。同時に吹きつける、桜咲く季節にふさわしからぬ凍てつく風。

 思わず瞼を閉じた出久は、ゆえに"その瞬間"を目撃することはなかった。

 

「……え?」

 

 

 そこには、氷塊に囚われた爆豪勝己の姿があった。

 

 

 *

 

 

 

 ようやくだ、ようやく世界を正しくやり直すことができた。

 

 ほんとうは、消えるべきはデクではなく自分だったのだ。"取り戻す"ために快盗を続けていながら、ずっと心の奥底で考えていたこと。だが時は戻せない、未来なき明日にむかって進み続けるしかない。世界の、そんな唾棄すべき理を、ねじ曲げる方法があった。ただそれだけのこと。

 

(これで良かったんだ、)

 

(なァ、そうだろデク)

 

 呆然と自分を見上げているデクの姿が、次第にぼやけていく。視界が狭まる。

 

 

(……おまえは、なりてぇモンになればいい)

 

 

──薄れゆく意識の中で、勝己は慟哭の声を聴いた。そのことに思いを致すことさえできぬまま、彼の存在は泡沫のものとなった。

 

 

 *

 

 

 

 路地裏に、少年のすすり泣く声が響いている。

 

 散らばった氷の粒を狂ったようにかき集めながら、緑谷出久はみひらいた瞳からぽろぽろと涙をこぼす。熱をもった水滴がしたたり落ち、氷を融かす。もはやおまえの努力になどなんの意味もない、取り返しがつかないのだとせせら笑うかのように。

 

「どうして、」

 

「どうしてだよ、かっちゃん。どうしてぼくを、かばったりしたの」

 

「……どうして、わらってたの……?」

 

 憧憬より憤懣をとった自分を、おまえなんかヒーローじゃないと否定した自分を。……あぁ、そうか。これは罰なのだ。何より大切なものより一時の感情を優先した、愚かな幼馴染への。

 

「はは……はははっ……はははははっ」

 

 自分の愚かしさが可笑しくて、出久は嘲っていた。幼馴染ばかりか、ヒーローになりたいという自分自身の夢さえも貶めてしまった少年は、それ以外に何もできない存在だった。

 

 

 どれほどの間、そうしていただろう。

 

 

「──ギャングラーに、やられたのですね」

「!!」

 

 振り向いた出久。そこに立っていたのは、燕尾服を纏った人物。首から上が黒い靄のようなものに覆われており、体格と声からしておそらく男なのだろうという程度しか判別できない。

 

「……ぼくの、せいなんです」

 

 なぜギャングラーの仕業と断定できるのか、そもそも何者なのか……そんなことすら問うこともないままに、出久はぽつりと独白した。その翡翠色の瞳は、硝子のように虚ろで、何も映し出してはいない。

 

「ぼくが、きえればよかった」

 

 勝己には未来があったはずなのだ。自分の無価値な言葉になど左右されない、輝かしい未来が。しかし現実にはそれを奪ってしまった。もしも時間を戻せるなら、ぼくはあのまま──

 

「ならば、あなたの手で取り戻してはいかがですか」

「え……?」

 

 良い報せがある──そう言って男が差し出したのは、白銀の銃と玩具のような赤い戦闘機。それぞれ"VSチェンジャー"と"ダイヤルファイター"と呼称される魔具であることを知るのは、もう少しだけあとのことになる。

 

「世界に散らばった"ルパンコレクション"。すべて集めていただければ……我が主が、()()()()の願いを叶えます」

 

 取り戻す、自らの手で。その選択肢を提示された瞬間、少年の目に歪な輝きが宿るのを男──黒霧は見逃さなかった。

 

 

 緑谷出久はこの日、自らが英雄に至る可能性を捨てた。

 

 

 *

 

 

 

 それから、一年後。

 

「見つけた、目標(ターゲット)だ」

 

 夜の闇に包まれた街で、異世界より出でし異形の侵略者(ギャングラー)が英雄たちと死闘を繰り広げている。その光景を高みから見下ろすように、緑谷出久は居た。赤い燕尾服とシルクハットに、柔和な童顔を覆い隠す仮面を被って。

 

「準備はいい?轟くん、麗日さん」

「おう」

「うん!」

 

 彼を挟むようにして立つ、少年少女。同志である彼らとともに、出久は銃を携え月に吼える。

 

 

「──快盗、チェンジ!」

 

 

 

 fin.

 

 




デク誕if最終回、いかがでしたか?
詳しい経緯は省きましたが、過去に戻った爆豪少年がデクの代わりに囚われることを選んだ結果、今度はデクが快盗になってしまう――という内容でした。

デク誕なのでこちらも描写はしていませんが、ルパンレンジャー全員逆行しています。ですのでかっちゃん同様炎司さんも息子を庇って消えていますし、そもそも快盗になった要因が異なるお茶子は二周目突入です。以下キャラクターの基本設定↓

緑谷出久/ルパンレッド:
一見原作デクとさほど変わらないが、その中身は正気度マイナスの狂人。快盗バクゴーが精神病んでるレベルならこっちは完全に壊れてしまっている。自分を庇って笑いながら砕け散るかっちゃんの姿はSAN値直葬ものだったらしい。
かっちゃんのようにパトレン組の一挙一動に揺らぐことはほぼなく、表向きは親しく接するが快盗モードのときには容赦なくボコボコにする。サイコ!(小峠)原作でもはっきり敵と見定めた相手には結構容赦ないし多少はね?

轟焦凍/ルパンブルー:
親父を憎悪しているにもかかわらず取り戻そうとする、ジキルとハイドかとツッコミたくなるガンギマリボーイ。自己矛盾については自覚アリ。パトレン組のことはさほど嫌ってない。デクのように壊れてはなくその行動を鋭く指摘もするが、日常生活のダメさ加減はこちらが上。

麗日お茶子/ルパンイエロー:
独り二周目のうえメンバーのヤバさがマシマシのため大人にならざるをえない不憫な娘。基本的には一周目とあんまり変わらない。よいこ。狂人デクを好きになれるのクワァ!?

このように正真正銘15,6歳しかいないチームなので一周目のように喫茶店はやれず……快盗に専念となると余計にみんな精神がヤバそうです。お茶子かわいそう。
ルパン家の運営するスクールに在籍して表向き学園生活…なんてのも面白そうですね。間違いなくトガちゃんが同級生にいそう。


最後にデク、誕生日おめでとう!




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#27 マッスルカーニバル 1/3

再開シマス〜
タイトルは親友の中学時代の持ちギャグが元ネタです


 この日、ルパンレンジャーはギャングラーとの遭遇戦を演じていた。

 

「オラァッ死ねぇぇ!!」

 

 例のごとく口汚い罵声を飛ばしながら敵に斬りかかるルパンレッド。彼とチームを組むブルーとイエローはもうすっかり慣れたもので、銃に剣、打撃を目まぐるしく切り替えつつ彼を補佐している。

 身につけた快盗スーツの性能もあり、そうして敵を翻弄しながら体力気力を奪い、隙ができたところで押さえつけてルパンコレクションを奪い取る−−彼らの基本戦法なのだが、今回の敵はそれをうまくかわしているような状況だった。

 

「……こいつ、出来るな」

 

 ブルーのつぶやきに反応して、ギャングラーがひょひょひょと笑う。

 

「このピョードル様に攻撃を当てられるかのう〜〜?」

 

 ヒヨコのような外見のわりに、漫画に出てくる年老いた師匠のような口調でしゃべりやがる。そんな思考をするルパンレッドこと爆豪勝己は、根っこにおいてふつうの少年であった。

 

「ひょひょひょ。ひとを見た目で判断していると、痛い目見るぞい〜〜?」

「違いないっ!」

 

 言葉だけは同意を返しつつ、今度はイエローが主体となって攻撃を仕掛ける。しかし言葉にたがわぬ身のこなしを見せつつ、ピョードルと名乗るギャングラーは反攻に打って出た。

 

「ピョピョピョピョッ!!」

「!」

 

−−軍配は、ピョードルに上がった。快盗たちは揃って吹き飛ばされ、地面を転がる。

 

「っ、ンのヒヨコ野郎……!」

 

 むろん、彼らは致命的なダメージを受けたわけではない。しかし一度倒されてしまえば、敵が本気で殺しにかかってきた場合に御し難い。有り体に言って、ピンチには変わらない。

 

 そういう状況にもかかわらず、ピョードルはあっさりと彼らに背を向けた。

 

「こう見えてワシは忙しいのでな。お暇させてもらうぞい、ピョピョピョ〜!」

「くっ……逃がすか!」

 

 さすがというべきか、真っ先に立ち上がったのは人生の大半でプロヒーローとして実績を積んできたエンデヴァーことルパンブルーだった。立ち去ろうとするピョードルを追おうとするが、

 

「……ワシは帰るが、くれぐれも!ワシを追ってくるでないぞ?」

 

 それは逃げる相手に「待て」と言うのとなにも変わらない、意味のない言葉のはずだった。ふつうなら。

 

「……!」

 

 しかしどうしてか、ブルーは立ち止まってしまった。意識に靄がかかったようになり、動きたくても動けない。

 そうこうしているうちに、ピョードルは姿を消してしまった。途端に身体が自由になるが、もう後の祭りで。

 

「おいクソオヤジ!!」背後からレッドの怒声が迫る。「ンでヤツを追わなかった!?ア゛ァ!?」

「……すまない」

 

 珍しく殊勝に謝るものだから、レッドもそれ以上は矛を収めざるをえなかった。ただブルーの心中は呵責より、今起きたことへの疑念の処理にかかりきりになっていたのだが。

 あるいはルパンコレクションの能力か?だとしたら、黒霧に速やかに調べてもらう必要がある。このときはそう考えていた。

 

 

 まさかこのあと、あんな悲劇?が待ち受けているなどとは、予想だにしないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 神出鬼没、呼んでいなくともワープゲートの個性で唐突に現れる黒霧であるが、こちらからコンタクトをとる手段があるわけではない。次善の方策として死柄木弔に話を通したのだが、調べてみるから少し時間をくれとのことで。

 手詰まりになってしまった快盗たちは、まあいきなり街に現れるようなヤツならまたどこかで遭遇することもあろうと気長に構えるほかなかった。警察にコレクションを破壊されるリスクが弔のおかげで格段に減ったから、というのもある。

 

 というわけでいったん表向きの日常に戻った轟炎司は、みずから買い出しを引き受けていた。誰かのように道草を食ったりもしない、雇われとはいえ店長の任を仰せつかっているので当然という意識が彼にはある。

 しかし道草はせずとも、妙な光景に出逢ってしまうことはままあって。

 

「おぬし、いい身体しとるのう……!」

 

 妙にねっとりした声が聞こえたので振り返ってみたらば、そこには炎司と同年代か少し年長くらいの肥った男と、筋肉質な若い男の姿があった。前者が後者の腕を掴み、執拗に何かに勧誘している。

 前述の通り、炎司は曲がりなりにも元トップヒーローである。困っている一般市民につれなくするなどありえない。躊躇なくつかつかと歩み寄り、肥った男の肩に手をかけた。

 

「なんのつもりか知らんがその辺にしておけ。迷惑だ」

「!」

 

 筋骨隆々の大男、しかも強面の炎司にひと睨みされて怯まない人間はいない。「行け」と命じられた被害者?側の男までもが、露骨におびえた表情で逃げていくありさまだ。

 複雑な気分になる炎司だったが、目的は達することができた。……と、思いきや。

 

「おぉ……おぬし、素晴らしいのう……」

「!?」

 

 おびえるどころか目を輝かせて、男は炎司の分厚い胸筋を撫でた。ぞわりと背中が粟立ち、慌てて飛びのく羽目になった。

 

「何をする……!?貴様……!」

「すまんのう、あまりにも良い身体だからつい……」

 

 この男、そちらの気でもあるのか?他人をどうこう言える人生ではないので趣味嗜好を否定するつもりはないが、公道で、相手の同意もなくこんなことをするのは許されることではない。

 生理的嫌悪感以上にそんな義憤に駆られていたらば、男が妙なことを口走った。

 

「おぬし、ワシの道場に入門するがよいっ!」

「は?−−!」

 

 何を言っている、と当然一蹴しようとした瞬間……不意にまた、あの靄がかかったような感覚が襲ってきて。

 

 

−−我に返ったとき、炎司は何処ぞの道場にいた。いつの間にか道着に着替えさせられている。周囲には、彼ほどではないにせよやはり体格の良い数人の男。

 

(な、なんだこれは?)

 

 引き取り先に初めて連れてこられた仔犬のように周囲をきょろきょろ見回していると、あの中年男が堂々たる足取りで現れた。

 

「皆、よく来てくれたのう。ワシはこの武突参(ぷっさん)流古武術の師範、小紫(おし)庄右衛門じゃ。よろしゅう頼むぞい、ソイヤっ!」

「ソイヤ!」

「………」

 

 呆気にとられる炎司を置いてけぼりにして、話は勝手に進められていく。

 

「先に言っておくが、ワシの稽古はかなり厳しい。覚悟しておくがよい!」

「押忍!」

「また、月謝のほうもかなりのお値段となっておる。覚悟しておくがよい!」

「……押忍!」

(自分で言うのか、そんなことを……)

 

 だいたい、古武術など今さら習いに来たつもりはない。ヒーローをやめてからは関わりを断ってしまったが贔屓にしている流派はあるし、自己鍛錬なら欠かさず続けている。だから壮年であってもこの体格を保てるわけで。

 

「まずは基本から教えねばならん。−−師範代、師範代〜!」

 

 胡散臭いにも程がある道場だが、師範代までいるのか。師範がこんななのでどうせろくでもないのだろうと高を括っていた炎司は、次の瞬間目を剥いていた。

 

「−−初めましてこんにちは!当道場の師範代を務めております飯田天哉と申します、よろしくお願いいたしますっ!」

「……!?」

 

 まだ若いが炎司に勝るとも劣らないがっしりとした体躯、飾りけのない眼鏡に四角ばった所作−−同姓同名などではない、まぎれもない国際警察の一員たる飯田天哉、その人であった。

 

−−なぜ、この男が?

 

 呆気にとられる炎司に気づいて、天哉は「ムッ!」と声をあげた。

 

「これはエン……っ、ンンンン、え、炎司さんではないですか!貴方も入門なされるとは、奇遇ですね!」

「………」

 

 エンデヴァーと呼びそうになったのを咄嗟に誤魔化したのだろうが、だとしてもこの男に下の名前で呼ばれる筋合いはなかった。

 

 

 *

 

 

 

 ちょうど同じ頃、警察戦隊内においても天哉のことが話題となっていた。

 

「そういや切島、もう聞いた?飯田が古武術の道場で師範代になったって話」

 

 天哉の同僚である耳郎響香の問いに、切島鋭児郎は「聞いた聞いた!」と相槌を打った。

 

「やっぱスゲーよなぁ、この短期間で師範代なんて。俺も見習わねえと!」

『飯田さん、ここでもたくさん稽古してるのに。だからあんなムキムキなんでしょうか?』

「ムキムキねぇ……。そういや彼もヒーロー志望だったんだっけ?」弔が訊く。

「おう。雄英にいた頃の写真見せてもらったけど、今と全然変わんねえんだよなあ……あの人」

 

 それだけ成熟が早かったということなのだろうが。

 「ふぅん」と鼻を鳴らし、弔は自席に戻った。平時だと実は暇なパトレンジャーだが、腰掛けの身である彼は少し事情が異なる。フランス本部から降りてきた案件、そして快盗としての"給料にならない仕事"も抱えているのだ。まあ、放っておけば増えていく銀行口座の数字に今さら興味もないのだが。

 

 

 *

 

 

 

「−−皆さん準備はよろしいでしょうか?それでは武突参流古武術の基本動作を伝授させていただきますっ、ついてきてください!」

 

−−武突参流古武術壱の型、"ジョギング"!

 

 ワン、ツー、スリー、フォー!

 

 

 流れ出す、軽快な音楽。古武術と呼ぶにはおよそ似つかわしくないリズムに乗った所作。さらに、

 

「とうっ!」

 

 一斉に道着を脱ぎ捨てる。途端に露となったのは、身体にぴったりとフィットするすべすべした質感の衣装。……レオタード?

 

(これは、)

 

(これは、まさか)

 

「どう、考えても……!」

 

 己の感情を御しきれず、炎司は吠えた。

 

「−−エアロビクスだ……!!」

 

 そう、エアロビクス。当然炎司は自ら体験したことはない、ただ見て知っているというだけである。

 その言葉に、師範の庄右衛門がすかさず反応した。

 

「違う!炎司よ、これはまぎれもなく武突参流古武術なのだ!」

「!」

 

 反論は言葉にならなかった。庄右衛門と目を合わせた途端、またあの頭に靄がかかったような感覚が襲ってきて、

 

「……はい、わかりました」

 

 意志とは無関係に、炎司はそう答えていた。身体もまた、どう考えてもエアロビクスにしか見えない古武術を続けてしまう。

 

「はいマッスル!マッスル!左でマッスル、右でマッスル!回して縮めて回して縮めてハイ!ハイ!ハイ!エムユーエスシーエルユーマッソー!!」

「イエス!カーニバル!」

「マッスル!」

「カーニバル!」

「マッスル!!」

「カーニバル!!」

 

「マッスル!マッスル!マッスルカーニバル!!マッスル!マッスル!マッスルカーニバル!!−−ハィイイッ!」

「武突参!」

 

 その後小一時間、マッスルに愛された男たち(師範除く)によるダンシングは続けられたという……。

 

 

 *

 

 

 

 はてさて、その夜。

 

「……ハア、」

 

 喫茶ジュレにて。算盤片手に帳簿を睨みながら、炎司はため息をこぼしていた。

 

(マッスル、マッスル、マッスルカーニバル……はっ!?)

 

 脳髄に染みついてしまったフレーズを慌てて振り払い、目の前の仕事に集中しようとする。

 そんな彼の気持ちなどお構いなしに、後片付けに勤しんでいた麗日お茶子が口を開いた。

 

「にしても炎司さんがお稽古事始めるなんてね〜。無趣味の極みみたいな人やと思ってたのに」

「けっ、老後の道楽には早ぇんじゃねーの」

「……別に、好きでやっているわけでは」

 

 抗弁しようとして、口を噤む。好きでもないのに何をしに行っているんだという話になりかねない。だいたい、気づいたら身体が勝手にエアロビクスをやっていたなんて、言い訳にもならないだろう。

 

「チッ、にしても死柄木の野郎、まァだ連絡よこしゃあしねえ」

「珍しく苦戦してるんかな?結構マイナーなコレクションだとか?」

「……まァ、ヒヨコ野郎の固有能力っつー可能性もあるからな」

 

 少年たちの会話は、今の炎司の耳には入っていなかった。

 

 



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#27 マッスルカーニバル 2/3

 

 当然ながら一度きりにならなかった武突参古武術のレッスン。

 狐に化かされたような気分でその稽古を終えた炎司に、ひと月足らずで師範代に上り詰めた男が声をかけてきた。

 

「轟さんッ、少々お時間よろしいでしょうか!?」

「……なんでしょう?」

「奇遇ではありますがこうして相弟子の関係になったのです、お近づきの印にお茶でもご一緒できればと思いまして!」

 

 炎司は取り繕う余裕もなく苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。殺すと息巻いているものの警察に複雑な心情を抱く勝己に、はじめから彼らに好意的なお茶子−−心身ともまだ未熟な少年少女たちと異なり、炎司のもつ印象はよくも悪くも変わらない。警察は、目的の邪魔になる敵でしかない。

 そんな連中と慣れあうなどありえないのだ。であれば当然すげなく拒否しようとした炎司だったが、いや待てと思い直した。天哉は自分より長くこの道場に通っている。彼から話を引き出せば、このおかしな状況についての手がかりが得られるかもしれないと考えた。

 

「……わかりました。こちらも訊きたいことがありますので」

 

 そのように了承を告げると、天哉は飼い主と向き合った大型犬のように喜色満面の表情を浮かべた。

 

 

 *

 

 

 

「うむ、お茶といえばやはりこちらですね!」

「………」

 

 天哉行きつけの店に"案内"された炎司は、実に複雑そうな表情を浮かべていた。店員ふたりが、少し遠巻きになって彼らを観察している。

 

(……どう考えても、ウチの店なんだが)

 

 この男の行きつけというのがどんなものか、正直なところ興味はあった。……まあ実際、ジュレには最低でも週一回は来店している。

 

「それでエン……と、轟さん、」

「……ここには我々しかいません。好きにお呼びください」

「!、ありがとうございますっ。ああそうだ、あなたも我々より遥か年長者なのですから、敬語でなくとも結構です!」

「しかし、今の私は喫茶店の雇われ店長ですので」

「それでもやはり、あなたは私にとって尊敬に足るヒーローですから。それに、このようなことを言うと訝しまれるかもしれませんが……どうにも違和感がありまして……」

「………」

 

 それは正直なところ、炎司も感じていたことだった。親子ほど歳が離れているから、と言ってしまえば説明はつくが、感情面においてはそうではない。そもそも彼らと敵対することじたいに、拭えぬ奇妙な感覚があるのだ。それは言葉では表せぬものだった。

 結局炎司は、彼の言葉に従うことにした。

 

「では……そうさせてもらおう」

「はいっ、よろしくお願いいたします!」なぜか一礼しつつ、「それで、僕に訊きたいことというのは?」

「……ああ。きみはいつから、あの道場に?」

「三週間ほど前です!帰宅途中、師範にいい身体をしていると褒めていただきまして、気づけばそのまま道場に」

 

 後ろで勝己がうげ、とえづいたような声を発するが、ふたりがそれを見ることはない。

 それにしても、である。

 

「三週間……。そんな短期間で師範代になれるのか?」

「僕は呑み込みが早いと、師範に認めていただきました!」

(……少しはおかしいと感じてくれ、警察官だろう)

 

 この青年、正義感の強さは折り紙つきだが、警察官−−あるいはヒーローにしても−−としては些か素直すぎやしないだろうか。

 

「鍛錬は日々欠かさず行ってきたつもりですが、決まったルーティーンをこなすだけだとどうしても身体のほうが飽いてしまうようでして……。やはり新しいことに挑戦するのは良いですね!」

「……そうだな」

 

 そこは心から同感なので、炎司は小さく頷いた。この性格、人間として美徳には違いない。もしも彼がプロヒーローとしてデビューし、そのとき自分もプロヒーローであったなら、彼のことはよき後輩として好ましく思えていただろう。いかにその"もしも"を夢想したところで、現実の関係は何も変わりはしないが。

 

「?、どうかなさいましたか?」

 

 考え込んでいるのを不審がってか、天哉が訊いてくる。当然、「なんでもない」と応じつつ。

 その後は天哉の兄−−元ターボヒーロー・インゲニウム−−が息災にしているかなど、他愛ない会話をしばし続け−−以前の浮気疑惑を掘り返されるなど痛いこともあったが−−、三十分ほどが経過した頃。

 

「申し訳ありませんが、僕はこの辺りで。遅番で出勤予定ですので」

「そうか、ご苦労。い……」

「?」

 

 炎司は思わず言葉に詰まった。−−天哉のことをどう呼ぶか、そういえば考えていなかったのだ。くん付けで呼ぶのは慣れていないし、今さらさん付けも気持ちが悪い。かといって呼び捨てにするのも−−

 

(……何をどうでもいいことで悩んでいるんだ、俺は)

 

 ヒーロー・エンデヴァーならこんなこと、いちいち気にもとめなかっただろうに。

 

「あの……エンデヴァー?」

 

 二度目ということもあり、天哉は明らかに怪訝そうな表情を浮かべている。

 

「……いや、大したことではないんだが」

「なんでしょう?なんでも遠慮なくおっしゃってください!」

「………」

 

「……俺はきみを、なんと呼べばいい?」

「は?」

「!」

 

 これには傍らで話を聞いていた少年たちも反応した。ぷっと堪えたような笑い声が背後から響くが、炎司は耐えた。

 案の定というべきか、天哉は困惑している。

 

「なんと、とは?お好きに呼んでいただいて構いませんが……」

「それはそうなんだが……」

 

「センパイ、じゃね〜の。炎司サン?」

「!?」

 

 悪戯っぽい声で言い放ったのは言うまでもあるまい、爆豪勝己だった。

 

「だって、その人のほうが先に入門したんだろ?」

「あ〜、そんなら確かにセンパイやね!」お茶子も同調する。

 

 それを聞いて、どういうわけか天哉もその気になったようだった。ぱあっと表情を輝かせている。

 

「先輩、ですか……。実は僕、そのように呼ばれた経験に乏しくてですね……」

 

 学生時代、この生真面目な性格ゆえ敬遠されてか下級生との交流がほとんどなかった天哉である。その上下関係のテンプレートがごとき呼称にあこがれる気持ちは、間違いなくあった。

 

「……まあ、きみが希望するなら呼んでやってもいいが」

「!、ありがとうございます、エンデヴァー!!」

 

 「ふたりもありがとう!」と、天哉は少年らにまで謝意を述べている。お茶子はともかく、勝己などは表情からして明らかにおちょくっているというのに。そういうストレス発散法を選ぶあたり実に性格が悪いのである、この小僧は。

 

(先輩、か)

 

 むろん学生時代、若手時代などそう呼びうる相手はいた。しかし多くは敬称で呼ぶかヒーロー相手ならヒーローネームで呼べばいい話で、自分もそのような呼称を使ったことはない。壮年に至って初めて他人、しかも親子ほど歳の離れた若者を成り行きとはいえそのように呼ぶことになるとは、なんとも奇妙な、こそばゆい気持ちになるのだった。

 

 

 *

 

 

 

 その後の飯田天哉は、今までの微妙な距離感が嘘のようにエンデヴァー、エンデヴァー(人前では轟さん)と懐いてきた。やれ長いヒーロー生活におけるエピソードを教えてほしいだとか、子息ほどの少年らと一緒に働くうえで苦労はないかとか、それこそ好物はあるのか、とか。顔を合わせるたびにそんな取るに足らないことを訊いてきては、それに基づいた話題で会話を引っ張ろうとするのだ。

 当初こそ何か意図があるのか、もしかしたらまた快盗と疑われているのではないかと警戒していた炎司だったが、彼が良くも悪くも腹芸の苦手な青年であることは先刻承知済みだった。

 

 ではいったい、何が狙いなのか。もしそれを"狙い"と表現するなら、ただ単純に親睦を深めたいということか。彼の同僚である切島鋭児郎が、爆豪勝己に対してするのと同じように。

 そんなこと、未だかつてなかった。そもそもが個人的に親しい人間など存在しなかったのだ。ヒーローとしての在り方を信頼することと、人間性を好ましく思うことはイコールでない。そもそも家族にさえ忌み嫌われるような男に、どうして赤の他人と深い交わりがもてるのか。

 

 その点飯田天哉は、やや物の見方が硬直的なところはあるが、それは正義感に裏打ちされたものであり、その本質は優しく純情な好青年だ。

 彼はきっと、誰からも愛される素晴らしいヒーローになっていただろう。自分と違って。

 

 そういう人間に懐かれるというのは不愉快ではなかったが、ただ拭えぬ罪悪感のようなものを炎司に味わわせた。長期入院中の妻や行方不明の末子に炎司がどんな仕打ちをしてきたか、彼は何も知らないのだ。

 

−−馬鹿な男だ、何も知らないで。

 

 嘲笑めいた心中の果て、気づけば炎司は小紫庄右衛門と向き合っていた。

 

「申し訳ないが、きょう限りで道場をやめさせてもらう」

「これはまた突然じゃのう……何があった?」

 

 炎司にしてみればまったく突然ではないのだが、まあ相談もなく退会届を突きつけたのだ。何も語らないのは非礼にあたると考え、炎司は口を開いた。

 

「……今までの人生を鑑みれば、彼のような青年と親交を結ぶ資格が俺にあるとは思えない」

「彼?」

「飯田天哉だ。あの男がいる限り、俺はここにいるわけにはいかない」

 

 ふぅむ、と庄右衛門は腕組みをした。悩ましげな表情を浮かべているが、彼の内心は炎司の葛藤など微塵の興味もなくて。

 

「ならば言おう、炎司よ。−−どんな理由があろうと、この道場をやめることまかりならん!」

「!」

 

 庄右衛門が卓台を叩きながら言い放った途端、炎司は一瞬、くらりと目眩がするような錯覚を覚えた。

 そして、

 

「……はい、わかりました」

 

 気づけば、そう応えてしまっていた。

 

 

 *

 

 

 

「中年の様子がおかしい?」

 

 単身ジュレを訪れていた死柄木弔は、少年たちより告げられた言葉を復唱していた。

 

「……いい加減中年はやめてやれや」

「うわぉ、きみがそれ言うのかよ爆豪くん」

「なんか刺さんだよ、それ」

「めっちゃわかる」お茶子も同調する。

 

 呼称の是非は置いておいて、今は炎司の異変についての話である。

 

「で、心当たりは?」

「チッ……例の古武術道場に通い出したくらいか」

「そういえば、飯田さんも同じ道場でしょ?そっちはどうなん?」

「あー、どうかなぁ」

 

 気のない返事をしつつ、弔は最近の天哉の様子を思い返した。書類の書き方を鋭児郎に指南したりパトロールに出かけたり、それでもやることがないと仲間を射撃や武道−−武突参流ではなく−−の訓練に誘うなど精力的に活動している。はっきり言おう、今までと何も変わらない。

 

「あ……でも、中年の話をよくするようになったかな。それくらい」

「クソオヤジの?」

「まあそれは、同じ道場通っとるんやし……あるんちゃう?」

「かもね」

 

 天哉のほうは変わりないというか、むしろ生き生き生活しているようだ。とすれば、炎司は?最近の彼の異変というのは、すなわち元気がないように見えるということだった。

 

「ははっ。優しいなァ、きみらは」

「!」

 

 快盗たちはもう慣れてしまったが、相変わらず人を喰ったような物言いだった。

 

「中年は中年っつーくらい良い大人なんだからさァ、きみらが気にかけなくても自分でなんとかするだろ?」

「……気にかけとるとは言ってねえ。足手まといになられちゃ困るっつーだけだ」

 

 いちおう、理屈は通っている。ただこれは爆豪勝己お決まりの台詞であることを、弔は既に知っていた。

 

「まあいいや。−−で、本題だけど」

 

 弔の言葉に、なんともいえないような表情を浮かべていたふたりは揃って居住まいを正した。

 

「きみらが交戦したっていうギャングラー、そいつが使用した可能性のあるルパンコレクションがわかったよ」

「!」

 

 黒霧のように写実絵付きの図鑑など持っているわけもないのだろう、弔は自作の画用紙を出してきた。

 

「……何これ、包丁?」

「ダガーじゃねえの」

「リコーダーだよ」

「ウソつけや」

 

 上手くはないが下手と言い切るにも迷う微妙な絵。それはともかく、

 

「名付けて"Le contrôle(操作する)"!……ま、早い話がターゲットの行動を操れるってシロモノ」

「……あっそ」

 

 薄々予想はついていた。やはりあのピョードルと名乗るギャングラー、ルパンコレクションの能力を使っていたのだ。

 

「ま、きみらの依頼についてはそんなとこ。−−で、いいの?」

「何が」

「中年だよ。気になるんだろ、様子見に行ってくれば?」

 

 弔の言葉に、勝己は苦虫を何匹も噛みつぶしたような表情を浮かべる。この少年、心配されることを何より嫌うが、同時に他人を心配していると気取られることも嫌がる傾向にあると弔は思う。

 ゆえに彼だけではまとまる話もまとまらなくなりかねないのだが、そういうときに潤滑油になる少女がいるわけで。

 

「うん、行く行く!爆豪くんも付き合って!」

「ア゛ァ!?」

「ええやん、シゴトなきゃどうせヒマなんだからっ」

 

 基本的に立場は勝己のほうが上なのだろうが、いざというときの強引さで仲間を引っ張っていく胆力が彼女にはある。いろいろと危うい快盗戦隊だが、その奇跡的なバランスでよく保っているのかもしれない。そこに俺が必要かどうかは検討の余地があるけど、と弔は自嘲した。

 

 

 *

 

 

 

「ハイ、マッスル!マッスル!マッスルカーニバル!ハイ!ハイ!マッスルカーニバルっ!!」

「………」

 

 エアロビクスのパチモンがごとき古武術?の稽古が、こんにちも続けられている。

 気がすすまないながらもやむにやまれず励んでいた炎司だったが、胸中は疑念に満たされていた。どうして意志とは裏腹に、庄右衛門に従ってしまうのか−−

 

 そのことについて、天哉は特に疑念をもっていないようだった。彼はそもそも好んでこの道場に通っていて、"意に反する"行動をとらされてはいない……というのもあるかもしれないが。

 

「さあ轟さん、稽古を続けましょう!そしてマッスルを進化させようではありませんか!」

「……ああ、せ、先輩」

 

 何を言っているんだこの男は、と思いつつ。半ばあきらめ混じりに稽古を再開する炎司。

 しかしそんな彼の姿は、彼を気遣って−−三名中二名は否定するだろうが−−様子を見に来た仲間たちにばっちり目撃されてしまった。

 

「うわー、斬新な古武術」

「……矛盾しとるわ」

「ってかあれ、完全にエアロビクスちゃう?」

 

 一体何をやっているのか。そもそもあの筋骨隆々としたボディーにレオタードは目に毒だと、勝己は半ば本気でえづくようなそぶりを見せた。

 

 

 *

 

 

 

 その頃、稽古を天哉に丸投げして奥にいた庄右衛門は、何者かと通話していた。

 

「ほう、そうか天哉がの〜。あいわかった」

 

 ニヤリと悪辣な笑みを浮かべる庄右衛門。程なく彼は、天哉を自室にまで召喚した。

 

「何か御用でしょうか、師匠!」

「うむ、うむ。実はおぬしにおつかいを頼みたくての。この爆……オッホン!おはぎの入った重箱を、国際警察に届けてほしいのじゃが」

「国際警察へ、ですか?僕の職場でもありますので、それはいっこうに構いませんが……」

「おおなんと!天哉は国際警察にお務めであったか!」大袈裟に驚き、「いやなに、常日頃世界の平和を守ってくださっている皆さんにこの爆……、爆発的に甘いおはぎでも食べてもらおうと思ってな!」

「おお、なるほど!それはありがたい、皆喜ぶと思います。……ん?」

 

 純真に謝意を表した天哉だったが、そこでうっすらと違和感を覚えた。重箱はまるで金属の塊を内包しているかのようにずっしりと重く、しかも中からはピ、ピとタイマーのような音がする。

 

「やけに重いですね。それに、何か音もしますが……」

「!、そ、それはのう……おはぎが発酵している音じゃ」

「おはぎが発酵?」

 

 口に出すのは憚られるが、それはつまり腐っているということではないだろうか。心配になった天哉が箱に手を伸ばそうとした瞬間、

 

「いかんぞ天哉!」

「!」

 

 庄右衛門の制止に、天哉の身体がぴくりと硬直する。

 

「国際警察に着くまで、絶対に!……重箱を開けてはならんぞ。わかったな?」

「……わかりました。誓って重箱は開けません」

 

 「行ってまいります」−−やおら立ち上がった天哉は、重箱を抱えて独り去っていく。遠ざかる逞しい背中を、庄右衛門は嘲笑をこめて見送った。

 

「ピョピョピョピョ、これでワシこそが後継者じゃ」

 

 その姿が一瞬ヒヨコに似た怪物に変わり……すぐもとに戻った。

 

 

 一方で、その一部始終を目撃した者が存在した。−−もうひとりの弟子である。

 

「……やはりそういうことか」

 

 師匠こそ、あのピョードルとかいうギャングラーだった。ならば意志に関係なく従わされてしまうのも説明がつく。炎司が忌々しげに強面を顰めていると、背後から突然声がかかった。

 

「で、どーすんだよ」

「!?」

 

 慌てて振り返れば、そこには仲間たちの姿。揃ってにやにやと笑っている。

 

「き、貴様ら……!違うんだ、これは!」

「違うって何が?どう見てもレオタードじゃん、それ」

 

 容赦ない弔。さらに、

 

「道場に通い出してから、様子がおかしいと思ってたけど……ぷふっ」

「何もかもおかしいわ、ぶふぅっ!」

 

 笑いを堪えきれない少年たち。心配して来てくれたのだろうが、そのぶん筋骨隆々のオヤジのレオタード姿は破壊的だったということなのだろう。怒るに怒れず、炎司はその場に崩れ落ちた。

 

「……殺せ……、俺を殺してくれ……!」

「うわぁ……」引きつつ、「それよりさァ、彼、放っとかれると困るんだけど」

 

 国際警察はいちおう弔の職場だ。快盗としては目障りなことこのうえない連中だが、ギャングラーの情報を得るために有用な面もある。木っ端微塵に吹っ飛ばれては困る、と弔。

 

「……わかっている。俺もこのままでは寝覚めが悪い」

 

 その言葉は何気ないものだったが、勝己だけは違和感に気づいた。炎司は最も冷徹な目で彼らパトレンジャーを見ていたはずなので、実利を鑑みて弔の依頼を承るのはわかる。しかし"寝覚めが悪い"というのは、彼も少なからず感情面で連中に引きずられているということではないか。

 むろん他人のことは言えないと、表面上はともかく内心では勝己もわかっている。弔が言ったように、炎司は実父より年長の大人だ。自分で折り合いをつけるだろう。

 

 ゆえに何も言葉にはせず、勝己は彼に快盗の衣裳を差し出すのだった。

 

 

 

 



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#27 マッスルカーニバル 3/3

今週は本誌がとんでもない爆弾を撃ち込んできました
かっちゃんの"贖罪"、今作にも共通するテーマです。ただ肝心なのが、かっちゃんはデクを好きになったわけでもなんでもない。むしろ畏怖や嫌悪は持ち続けている(それを認めた、という意味では進歩した?)。有り体に言ってしまえば嫌いな相手へのおそらくは届かないだろう贖罪をしなければならないと。一方でデクはかっちゃんの心情面をあまり慮っていない。認めてくれた、嬉しい!から先に進むことがあるのかどうか。
そういった観点で見たとき、互いの心が本当の意味で交わる日は一生来ないんじゃないかという気すらしてくるのです

深そうな前書きながら本編はマッスルでマッスル。お楽しみください


 師匠からの預りものを手に、飯田天哉は国際警察へ向かっていた。道場から庁舎まではさほどの距離もないので、徒歩で。

 

 用件が用件ゆえ彼はすっかり散歩気分だったのだが、その行く手を阻むモノが唐突に姿を現した。

 

――そう、モノ。

 

「うわっ!?」

 

 突然頭上からロープが落ちてきたかと思えば、重箱を絡め取られてしまう。当然ながら油断していた天哉に対応できるはずもなく。

 

「貴様の宝、貰い受けた」

「な……快盗!?」

 

 普段なら義憤とともに対峙する天哉だが、今回ばかりは当惑が先立った。だって青い快盗が奪い取ったのは、おはぎなのだ。行動の意味が理解できない。まさか程度の低い嫌がらせでもあるまい。

 

「い、一体なんのつもりだ!?おはぎを掠めとるなど……」

「おはぎ、か。本当の中身がなんなのか、自分の目で確かめろ」

「何!?」

 

 言うが早いか、炎司は重箱を庄右衛門の道場めがけて力いっぱい投げつけた。ひゅう、と風を切って敷地内に消えていったそれは――刹那、

 

 耳を劈くような轟音とともに爆ぜ、道場を丸ごと呑み込んでしまった。

 

「な……爆発した!?」

 

 あの重箱の中身は爆弾だったのか?その事実にようやく天哉が思い至るのと、火だるまになった男が燃えさかる家屋から飛び出してくるのが同時だった。

 

「熱ぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃッ!!?」

「お、お師匠!?」

 

 物理的に炎上する庄右衛門……否、ピョードルは、耐えかねてついにその異形の正体を露にした。年波を感じさせる人間体が、ヒヨコに似た姿に。

 

「なっ……お、お師匠がギャングラー!?」

「ピ、ピョ……っ。おのれ天哉、ワシを手玉にとるとは堅物のふりしてなんたる曲者!」

「え、いや、そういうわけでは……」

 

 天哉が思わずどもっていると、

 

「飯田ぁ〜!!」

「!」

 

 駆けつけてきたのは、天哉の同僚であるパトレンジャーのふたりだった。既に警察チェンジまで遂げている。

 

「きみたち、どうして……」

「死柄木から連絡があってさ」

「さあて!国際警察の権限において、実力行使といくぜっ!」

 

 道場跡地は、否が応なく戦場へと変わる。ピョードルに向かっていく仲間たちを認めて、天哉も慌ててVSチェンジャーを構えた。

 

「ッ、警察チェンジ!」

『2号、パトライズ!』

 

 マッスルカーニバルで?鍛えた身体がエメラルドグリーンの強化服に包まれ、パトレン2号と呼ばれる姿へと変わる。そうして天哉もまた、躊躇なく参戦した。相手は師匠だが、ギャングラーだ。その証拠に金庫もある。

 

「うおおおおおッ!」

 

 銃撃と格闘戦、三人いるからこその二本立ての戦闘なのだが、ピョードルはエアロビクスもとい武突参流古武術の技術を最大限活用して彼らの攻撃をかわしていく。スピードに長けた快盗たちでさえ手こずったのだ、彼らが命中をとるのは至難の業だった。

 

「ホッ、ホッ!――ピョピョ〜〜!!」

「ぐあっ!?」

 

 そうこうしているうちに手羽先の一撃が炸裂し、接近戦を挑んでいた1号と3号は弾き飛ばされた。

 

「ッ、こいつふざけたナリして強ぇ……!」

「なんちゃら流古武術の師範なだけあるね……」

 

 しかし今さら、こんな敵に負けるわけにはいかない。攻勢を保つべく2号が前線に飛び出したところで、ピョードルは"切札"を使った。

 

「おぬしら〜、回れ右!」

「!」

 

 ピョードルの隠し持つ、ルパンコレクションの能力が発動する。途端にパトレンジャーは武具を握る手から力を失い、直立姿勢のまま敵に背を向けてしまったのだ。

 

「素直なのは良いぞ~~……――そぉいッ!!」

 

 再び、手羽先一閃。

 

 

――してやられるパトレンジャーの姿を、死柄木弔含めた四人の快盗たちは遠距離から観察していた。

 

「苦戦してるなァ、パトレンジャー」

「てめェ、きょうは快盗(こっち)でいいンかよ?」

「ま、大した敵じゃないしいいだろ。それより攻略法、もうわかってるよなァ?」

 

 快盗たちは揃って頷いた。ピョードルは言葉で人を操る−−ならば、喋れなくしてしまえば良い。

 

 

 次の瞬間、ピョードルの嘴に飛来したXロッドソードが深々と突き刺さっていた。

 

「!!?、フガガガガハガッ……」

 

 さらに大柄な影が現れ、

 

『1・4――5!』

 

「……ルパンコレクションは貰った」

「アガガガガ」

「それでは喋れまい。――もう、黙っていろっ!」

「ハガァッ!?」

 

 金庫を開けてコレクションを奪い取ったうえ、力いっぱいピョードルを蹴り飛ばす炎司。勝己ならともかく、彼にしては乱暴極まりない攻撃だった。

 それもそのはず。仮面から覗くアイスブルーの瞳は、憤怒に染まっていた。

 

「貴様だけは、」

『2・6・2、マスカレイズ!』

 

「貴様だけは、絶対に許さん!」

『快盗チェンジ!』

 

 炎司の身体を、青と黒を基調とした快盗スーツが包み込んでいく。

 仲間たちも同時に変身−−四人の快盗が、並び立った。

 

「――ルパンレッドォ!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

「ルパン、エックス」

 

――快盗戦隊、ルパンレンジャー。

 

「予告する、――貴様に、未来は無い!」

 

 情け容赦ない宣戦布告は、処刑宣告と同義であった。真っ先に躍りかかっていくルパンブルー。その巨体とそれに見合わぬスピード、何よりその怒気は、発声器官をやられて多大なダメージを受けたピョードルを戦慄かせた。

 

「アガガガガ、ガハァッ!?」

「……レッド、イエロー!」

「わーっとるわァ!!」

 

 ピョードルがブルーの攻撃に気を取られている隙に、呼びかけられたふたりは背後を突いていた。

 

「!?、ハガガガ……!」

 

 気がつけばピョードル、嘴ばかりか両腕まで拘束されてしまっていた。強靭なワイヤーにより、彼は見えない十字架に磔にされたも同然だ。

 すかさずルパンエックスが弾丸を撃ち込み、仕上げに、

 

「ウオオオオッ!!」

 

 雄叫びをあげたルパンブルーが突撃、その拳を振るう、振るう、振るう!

 

「消えうせろぉッ!!」

 

 顎に強烈なアッパーを喰らい、ピョードルの気力は完全に打ち砕かれた。ここがリング上なら試合終了のゴングが鳴っていただろう。

 

「……炎司さん、荒れてるねえ」

「………」

 

 答えないレッド。しかしイエローはたしかに見た、彼の肩がぷるぷる震えているのを。

 一方で"彼"のほうは、ブルーの暴挙?をどう感じているのかまったく窺わせなかった。

 

「ほら、きょうは出血大サービス」

 

 エックストレイン"サンダー"と"ファイヤー"を取り出し、レッドとブルーめがけて投げつける。

 

「使えよ、中年」

「……中年はやめろと言ったはずだ」

 

 憮然としつつも、ありがたく使わせてもらうに越したことはない。イエローはサイクロンダイヤルファイターを装填、三人揃っての快盗ブーストを発動させる。

 さらに、

 

「――スペリオル、シュートっ!」

 

 四人がかりの最大火力。それはステイタス・ゴールドでもダブルでもないいちギャングラーに対して、オーバーキルにも等しい攻撃で。

 

「フガァッ、グァ、ア゛ァァァァァ−−!!?」

 

 嘴を貫くエックスロッドソードのために、ピョードルはまともな断末魔すら発することができずに爆散した。せめてソードを道連れにできれば多少は報われたかもしれないが……彼女はちゃっかりと、爆風に乗じて主の手に戻っていたのだった。傷ひとつなく。

 

 

 あまりにも哀れな終焉を迎えたピョードルであったが、ギャングラーであるからにはまだラストチャンスが残されていた。

 

「――私の可愛いお宝さん、ピョードルを元気にしてあげて……」

 

 いつもながら唐突に現れたゴーシュ・ル・メドゥの力で、金庫の残骸から巨大ピョードルが復活する。

 

「ピョピョピョピョ〜!武突参流はァ、完全にィ不滅じゃああああ!!」

「チッ、相変わらずしつけえ」

 

 巨大化などしたところで、こちらの手間がひとつ増えるだけだ。

 

「ハァ、さくっと片付けるか」

『Oui!オイラ張り切ってるぜ〜!』

 

 いつの間に飛んできていたのか、グッドストライカーがエックスの手中ではしゃいでいる。今回、彼は快盗側で戦うつもりでいたのだが。

 

「……グッドストライカー、今回は警察(奴ら)に手を貸してやれ」

『へ?』

 

 ブルーの視線の先には、巨大ピョードルを睨むパトレンジャーの姿。

 

「お師匠に借りを返したいだろうからな……先輩も」

「……なるほど。行ってやれ、グッドストライカー」

 

 エックスの後押しも受け、『しょうがないナ〜』とこぼしながらも飛んでいくグッドストライカー。その翼は、パトレン2号の手に着陸した。

 

「なっ……快盗、どういうつもりだ?」

「手柄譲ってくれる……とか?死柄木に言われて」

「そんな殊勝な連中じゃないでしょ。……ま、いいんじゃない。飯田?」

『そうそう!さっさと戦って、勝っちゃおうぜ〜!』

 

 そもそもギャングラーを倒すのはパトレンジャーの仕事、快盗に譲られたかどうかは関係ない。

 

「……やってみせるさ!」

 

 決断した2号は、自らの手でグッドストライカーを巨大化させた。次いで、それぞれのトリガーマシン。計四機がグッドストライカーの主導する"警察ガッタイム"により合体し、

 

『正義を掴みとろうぜ〜!』

 

 鋼鉄の巨人、パトカイザーが誕生する。

 

「っし!――そうだ飯田、おめェの修行の成果、アイツに見せてやれよ!」

「!、切島くん……」

 

 1号の言葉は、いつもたしかな友情を感じさせてくれる。胸を熱くした2号は、おもむろにシートから立ち上がった。

 

「ではいくぞっ。ミュージックゥ……スタァーーートゥーーー!!」

 

――2号の動きにあわせ、パトカイザーが足踏みをはじめる。どこからともなく流れる音楽。いやほんとうにその発信源は天哉にしかわからないのだが、とにかくそれに乗って踊っているのだ。パトカイザーが。

 

「3・2・1――ハイ!マッスル、マッスルぅ!マッスルカーニバル、ハイっ!」

「……?」

 

 軽快なダンスに、時折逞しい筋肉を誇示するかのような動作が混じる。……なんにせよ、そんなものを見せられている仲間たちは当惑し通しだった。

 

「それが……古武術……?」

「飯田あんた……」

 

「……それ、エアロビクスじゃないの?」

 

「断じて、ちがあああう!」

 

 そう叫んだのは、どういうわけか巨大ピョードルだった。

 

「こら天哉、おぬしが未熟だから誤解されるのじゃ!こうしちゃる、こうしちゃるっ!」

 

 肉薄したピョードルが、パトカイザーに攻撃を仕掛ける。マッスルカーニバルに興じていたロボに避けるすべはなく、火花をあげて吹っ飛ばされてしまうのは当然の流れであった。

 

「うわあああああ!!?」

「……なぁにやってんだか」

 

 呆れきった様子のルパンエックスが、エックスエンペラー"スラッシュ"を駆り参戦してきた。

 

「交代だ、ミスターマッスル」

 

 しょうもない空気などそもそも読むつもりなどないエックスとその愛機が、容赦のない攻撃をピョードルに仕掛ける。刃で切り裂き、それを忌避して敵が距離をとれば"転換(コンバート)"――エックスエンペラー"ガンナー"となって、弾丸の雨あられを浴びせる。

 

 こうなるとピョードルも脆いものなのだが、とはいえ黙って見てなどいられない者がいた、約一名。

 

「そんな……あの汗と涙の日々は、すべて無駄だったというのか……!?」

 

 ピョードルに騙されていたのだとようやく察した天哉の胸に、ふつふつと憤怒が沸きあがる。

 

「う゛ぅ、う゛あ゛ぁぁぁぁッ!!――し、しょぉ〜〜ッ!!」

「うおっ!?」

「切島くん、クレーン!死柄木くんッ、ファイヤーを貸してくれッ!!」

「は、ハイどうぞ!」

『しょうがないなァ……ぶふっ』

 

 気圧されている1号と、笑いを堪えきれないエックス。対照的な反応を見せるふたりだが、2号にビークルを託すという行動は一致していた。

 

「うぉおおおおおッ!!」

『クレーン、位置について――用意!出、動ーーン!伸・縮・自・在!!』

「ぬぅわああああッ!!」

『ファ・ファ・ファ・ファイヤー!』

 

 雄叫びに推されるかのごとく、巨大化する二機。パトカイザーの両腕が分離し、彼女らが代わりに合体する。

 名付けて、

 

『パトカイザー……"ストロングファイヤー"!!』

 

――ピョードルは見た。ストロングファイヤーの背後に、激情の火炎が燃えさかるのを。

 

「切島くん耳郎くんッ、行くぞォオオッ!!」

「お、おう!」

「………」

 

 右腕のクレーンが伸縮してピョードルを叩きのめす。左腕が火を噴きその表皮を灼く。なんの遠慮も節操もない攻撃でありながら、それはたしかなリズムを感じさせるもので。

 

「……役、立ってんじゃね?」

 

 パトレンエックスのつぶやきが、すべてを表していた。

 

「終わりだァア――」

 

「――パトカイザー、バーンアップストライクゥゥッ!!」

 

 クレーンで拘束して宙吊りにしたピョードルを、ファイヤーの劫火が余すところなく焼き尽くす。もはや逃げ場もない彼は、文字通りの火刑に処されたのだ。

 そして、

 

「ぎゃああああああっ、焼き鳥は大好物でっす!!ツイストっ」

 

 爆死。

 

「任務完了……ううううっ」

「飯田……」

 

 激怒から一転、天哉はシートに座り込んでさめざめと泣きはじめた。彼は二十代も半ばにして純粋な心の持ち主なのだ、今回のことで心の傷を負ってしまったことは想像に難くない。

 

「元気出せよ、な?おめェのまっすぐなとこ、俺、尊敬してるからさ……」

「き゛り゛し゛ま゛く゛ん゛……ッ、ありがどう~~ッ」

「……濁点多っ」

 

 肩をすくめる3号なのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、巨大戦を見届けた炎司は深々ため息をついていた。天哉と異なり、彼は別に傷ついてはいない。ただ勝利とは裏腹の、どうしようもない徒労感に襲われているだけで。

 

「……やれやれ」

 

(だが、借りは返せたな。――先輩)

 

 心中でかの青年をそう呼ぶには、もう抵抗もなくなった。彼の人生は悩み多きものとなるかもしれない。だがそれでも、その純情を貫いてほしいと切に願う。

 徒労感の中にほんのわずかな達成感を見出した炎司は、唇をゆがめつつ振り向いた。

 

――刹那、凍りついた。

 

「マッスル、マッスル、マッスルカーニバルゥ♪」

「マッスルカーニバル~♪」

 

 とうに聴き慣れてしまったフレーズを口ずさみながら、仲間の小僧らが踊り狂っているではないか。仮面に隠れてはいるが、ふたり揃ってにやにや笑っている。炎司はおそらく数十年ぶりに赤面した。

 

「き、貴様ら……!よさんか!」

「嫌でマッスル」

「や、やめろ……やめてくれ……!」

 

 「きょうのことは忘れてくれえぇ!」――元トップヒーローの叫びが、情けなく響き渡ったのであった。

 

 

 à suivre……

 

 




「……オレは、漆黒のガンマン」
「諸君にはこれより、子育てをしてもらうザマス!」

次回「厨病子連れガラス」

「か、可愛い……っ!」


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#28 厨病子連れガラス 1/3

 液晶のむこうの荒野に、ひとりの青年が立ち尽くしている。テンガロンハットを被り、こちらに背を向けている。

 

――帰ってくる、

 

――あの男が、帰ってくる。

 

『……オレは、漆黒のガンマン』

 

 小柄な体躯とは裏腹の、低く落ち着いた声が響く。同時にばっと振り向いたその顔は、常人のそれではなかった。――まるで、(カラス)

 

『すべての悪は、オレが撃つ』

 

 手にした銃が、火を噴いて――

 

 

「きたあああっ、セカンドシーズン!!」

 

 今どきの若者らしくスマートフォンで生放送を見ながら、麗日お茶子が上ずった声を発した。画面の中にいるカラスに似た顔の青年、ただ今彼がお茶子の感情を占めているのだった。

 

「っせーな、何はしゃいでンだよ丸顔」

 

 そんな彼女を例によって冷たく罵るのは、同僚・同志……単一の言葉では表しにくい関係の同い年の少年、爆豪勝己であった。喫茶店の仕事がきょうは暇であるせいか、彼は彼でカウンターに肘をついてだらけている。

 

「だって"漆黒のガンマン"、二期の放送が決まったんだよ!?こんなんはしゃがないわけないやん!」

 

 ほら!と画面を見せられる。あまりに特徴的な容姿の主演俳優、世事に疎い勝己にも見覚えがあった。

 

「は〜、やっぱカッコいいわぁ……常闇くん」

「常闇?」

「常闇踏陰くん!2.5次元ミュージカルから映画、果てはコント番組まで幅広〜く活躍してる今をときめく若手俳優だよ。普段からちょっと古風なしゃべり方で、それがまたカッコいいの!陰で"遅れてきた厨ニ病"なんてあだ名もあるくらい!」

「……それ、百パー褒め言葉じゃねえだろ」

 

 まあ、そういう尖ったキャラクター性をウリにしているというのは勝己として厭うところではない。結局、無関心の域は出ないが。

 

「ま、どこにでもいるようなイケメン(笑)じゃねーのは良いかもな」

「でしょー?で、彼、個性が"黒影(ダークシャドウ)"って言って……」

 

 お茶子が熱弁を振るっていると、からんころんとドアベルが鳴った。ここが喫茶店であることを思い出し、揃って立ち上がる。

 

「……ンだよ、あんたらか」

 

 思わず舌打ちする勝己。曲がりなりにも相手は客である。客なのだが、そういう様式美が出来上がっている相手で。

 

「どーも。三名いける……よね?」

「あー、見ての通り開店休業中なんで。そっちもヒマそうだな、おまわりサン?」

「ひっヒマではないぞ!?今は昼休憩の時間で、それ以外の時間はきちんと通常業務をだな……」

「マジメに反論しなくていいから……。そういや、店長さんは?」

「この通りヒマだから、奥で書類仕事してます。あ、お席にどうぞ〜!」

 

 席に案内される三人。そこでようやく勝己たちは気づいた――約一名、やけに浮ついた表情を浮かべていることに。

 

「……で、クソ髪は良いことでもあったンか?」

「あ、わかる?」

「殺すぞ」

「なんで!?」

 

 天哉が「殺すとはなんだ」とかなんとか喚いているのをひとまず抑えて、響香がその理由を説明した。

 

「前に出た映画のスタッフさんがね、ウチらのこといたく気に入ったらしくて。その縁でドラマにカメオ出演することになったんだ」

「かめお……?」

 

 ふたりの脳裏に、小太り眼鏡の男の姿がほわんほわんと浮かぶ。それを打ち消すように、天哉が説明した。

 

「いわゆる友情出演のようなものさ。有名人がちらっと通りすがるとか、ドラマ等で見たことはないかい?」

「あー。ところで、何に出るんですか?」

「へへっ、聞いて驚くなよ〜」

 

 かちゃかちゃとスマートフォンを操作する鋭児郎。ヒーローらしく体格は良いとはいえ、元々そこそこの童顔である。はしゃいでいるととても年長者には見えないと勝己は思った。彼流の言葉に直せば、ガキかよ、と。

 

「じゃじゃーん、これ!」

 

 画面を見せられて、お茶子は「あっ!」と声をあげた。何しろ、

 

「漆黒のガンマンだ……!」

「お、麗日知ってんだ?」

「もちろんですよ〜!カッコいいよねぇ、常闇くん」

「だよなだよな!常闇踏陰……俺とそんな歳変わんねえのに、渋くて漢らしいぜ……!」

「……渋いか、これ?」

 

 呆れたようにつぶやく響香と視線が合い、勝己は肩をすくめた。パトレンジャーの中では比較的シニカルなものの見方もできる彼女とは、考えが一致することもある。とはいえ勝己の感性としても、常闇踏陰の雰囲気は嫌いなものではないが。

 

「撮影、いつなんですか?」

「今週末!……あ、一応言っとくけど連れてってはやれねーんだ。ごめんな」

「ええー、けち!」

「すまないが堪えてくれ麗日くん、爆豪くん!」

「俺ぁ行きてーなんて言ってねえわコラ」

 

 こんなやりとりをしていたものだから、来客を察した炎司が奥から出てくるまで注文を取るのも忘れていたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 ギャングラーの首魁、ドグラニオ・ヤーブンの屋敷に嵐が訪っていた。

 

「コケェェェェ!!いいからッ快盗と警察の情報をアテクシによこすザマス!!」

 

 物凄い剣幕でデストラ・マッジョに詰め寄る鶏のようなギャングラー。先日倒されたピョードルに似た姿をしているが、その耳障りな甲高い声を鑑みるに彼女と呼ぶべき存在のようだった。

 

「お、落ち着けブロイル・オバタリア。ドグラニオ様の前だぞ……!」

「これが落ち着いていられるわけないザマス!ピョードルの仇討ちをするザマス!」

「だから……」

 

 珍しくたじろいでいるデストラ。そんな彼を見て愉快に思ったか、彼らの親分はくつくつと笑い声をあげた。

 

「面白いじゃないか、デストラ。知ってる限りのことは教えてやれ」

「……はっ。とりあえずこっちに来い、ブロイル」

「コケーココッ」

 

 デストラに連れられ退出していくブロイルを見遣りながら、ゴーシュ・ル・メドゥがため息をついた。

 

「はあ、とんだモンスターペアレントですこと」

「デストラを圧倒するとはな。母は強しというヤツかな、ははは」

 

 そういうドグラニオも内心はブロイルが去ってくれてほっとしているのだが、それは誰も知る必要のないことであった。

 

 

 *

 

 

 

「来たぜウエスタン村〜!」

 

 西部劇の舞台がごとき地に、切島鋭児郎の歓声が響き渡った。

 ここウエスタン村は、西部開拓時代のアメリカを再現したテーマパークである。建築物はもちろんのこと、勤務するスタッフもすべて当時の人々を模した服装に身を包み行きかっている。某夢の国のようにアトラクションがあるわけではないので些か地味ではあるが。

 

 そしてここが、"漆黒のガンマン"のロケ地であることは言うまでもあるまい。

 

「いよいよ撮影か……。以前のような拙い演技をするわけにはいかない、気合を入れて臨もう!」

「はは……飯田、演技教室通ったんだっけ?」

「うむ!」

 

 胸を張る天哉。そもそもカメオ出演なので、台詞があるわけでもないのだが……この前の古武術?といい、実は稽古事が好きなだけなのではないかと響香は勘ぐった。

 

「は〜、ナマの常闇踏陰見られるなんてなぁ。しゃべれっかな〜……」

 

 鋭児郎はひたすらそれを楽しみにしているようだった。あわよくばサインを、なんて考えてしまう。どちらかというとあんたはサイン書く側なんじゃないかと、やはり心中でツッコミを入れる響香。きょうの彼女は職務とはなんら関係ないところで忙殺されそうだった。

 

 

 *

 

 

 

 ウエスタン村には、彼らのほかにとんでもない珍客も潜入していた。

 

 イエローのアイマスクに、黒を基調としたドレスの少女。その後ろに、赤い燕尾服とマスクの少年が続く。──なにを隠そう、世間を騒がす快盗(うち3分の2)である。

 ギャングラーから秘宝を奪うことが主是の彼女らがこんなところに何をしに来たかというと、

 

「常闇くんに会っちゃうぞ〜、きゃ〜♪」

「………」

 

 快盗ルパンイエローこと麗日お茶子、どうしようもなくミーハーであった。ならば同行している少年はというと、ただただ呆れた表情を浮かべていて。

 

「死んどけ、マジで」

「はあ……そうやってすぐ汚い言葉使う。少しは常闇くん見習ってよね」

「………」こめかみを押さえつつ、「……でしたら言わせていただきますけどなぜ快盗になる必要があったんでしょうか必要ないですよねクソオヤジとモヤモブになに言われるかわかったもんじゃないですよ俺まで巻き込みやがってくたばれ丸顔」

「うわ敬語こわっ!?結局貫徹できてないし……」

 

 怯えた様子のお茶子は、「だって……」と人差し指を合わせた。

 

「フツーに来ても入れないし。侵入するならやっぱこれでしょ!」

「ボケナス。あと俺を巻き込む理由になってねえ」

「ひとりじゃ寂しいし!あとほら、ギャングラー出るかもしれないし!」

「……ハァ」

 

 もう罵倒するエネルギーも尽きたのか、勝己はため息をついただけだった。

 とはいえ、お茶子はお茶子なりに勝己のことを慮っていた。彼は簡単に感情を爆発させてしまうようで、その実ほんとうに深刻な苦悩は抱え込んでしまう傾向にある。ゆえに蓄積しているであろう鬱屈を、少しでも和らげることができればと思ったのだ。有り体に言ってしまえば、気晴らし。

 

 無論、常闇踏陰に会うことが第一義ではある。というわけで、快盗たちは屋根から屋根を伝い、現場を捜した。そして、

 

「あ、おった!おったよ爆豪くん!」

 

 お茶子が指差した先、眼下に、目的の人物の姿があった。成人男性としては小柄で細身、それだけなら今どきの若者だが首から上は鳥類そのものである。漆黒の頭部、後ろ髪が跳ねているのはまさか寝癖ではあるまい。というか、毛髪というより羽毛の類にも見える。

 そして漆黒の中で唯一あかるく光る嘴からは、低く落ち着いた声色が発せられていた。撮影スタッフと何やら意見をかわしているらしい。

 

「見てよほら、あの真剣な眼差し!カッコいいわ〜ほんまモンやわ〜……」

「………」

 

 もう言葉もない勝己だったが、少なからず常人とは異なる雰囲気を感じたのも事実だった。矜持と意志をもって生きている人間特有のオーラとでも言うのだろうか。身近な人間の大多数を"モブ"と切って捨ててしまいがちな勝己だが、彼はその例外にあたるだろう。

 まあ、俳優であるからには最も重要なのは演技力だ。せいぜいその実力を見せてもらおう。図らずもお茶子の意図に乗ってこの場を楽しむことに決めた勝己だったが、さっそく水を差す連中が視界に入ってきた。

 

「あっ、あれ飯田さんたち……?」

「……チッ」

 

 能天気にひょこひょこ歩いてきた警察一同を見て、たまらず舌打ちがこぼれる。当然ながらここは戦場ではないので、彼らは武器ももたず西部劇ルックの衣裳に身を包んでいる。また性転換でもされちまえばいいのにと、以前のことを思い出しつつ勝己は毒づいた。

 

 

 一方、憧れの若手俳優と対面した鋭児郎は緊張と興奮のあまり顔を真っ赤にしていた。

 

「きききっ切島鋭児郎デスっ!常闇さんと一緒にお仕事できて嬉しいっす!きょうはよろしくオナシャスっ!」

 

 (飯田みたい)──ふと思ったことを響香は内心にとどめた。当の天哉は「硬いぞ切島くん!」などと自分を棚に上げて笑っている。まあ彼の場合は緊張云々と関係なくスタンダードがそうなのだが。

 対する常闇踏陰は、相変わらず落ち着いた語り口で応じてくれた。

 

「常闇踏陰です。これは"黒影(ダークシャドウ)"」

『宜シクナ!』

 

 踏陰青年の背後からぬっと影が伸びる。そういう個性の持ち主であるとは事前にリサーチ済みだったが、別個に言葉を発する姿はなかなかに衝撃的だった。肉体と別に意思をもっている個性、古来稀なものには違いない。

 

 鋭児郎たちが感心していると、踏陰は小さく一礼して踵を返してしまった。ともすれば無愛想にも思われる振る舞いだが、

 

『踏陰ハ今集中シテルンダ、アトデユックリ話ソウゼ!』

 

 すかさずフォローを入れる黒影は、ただ意思があるだけでなく彼のよき相棒のようだった。

 

「そういやSNSで見たけど、あの子にも結構なファンがついてるらしいよ。演技力もご主人に負けず劣らずだって」

「演技もできるのか!大したものだな、ほんとうに」

 

 踏陰のファンである鋭児郎は、無論そのことも知っていた。──同じくファンである、彼女も。

 

「常闇くんと黒影ちゃん、去年ベストパートナー賞もらってるんだよ。人間と個性の組み合わせは史上初なんだって!」

「そりゃそうだろ」

 

 どこぞのクソナードがひけらかしそうな豆知識など知りたくもない。それより早く撮影が始まらないだろうかと勝己は思った。この前の撮影所のときはギャングラーが標的だったのでそんな余裕はなかったが、きょうは恰好はともかくプライベートなのだ。なんだかんだ、彼もドラマの裏側には興味があった。

 しかしそれも、建造物の陰から撮影現場を覗き見やる影を目撃するまでのことだった。

 

「!、……おい丸顔」

「えっ?──きゃ!?」

 

 いきなり腕を引っ張られ、夢中になっていたお茶子は短い悲鳴をあげた。

 

「来いや」

「ちょ、何……なんなのお!?」

 

 

 人知れずウエスタン村に降り立ったのは鶏に似た異形の女──ギャングラー構成員のひとり、ブロイルだった。

 

「コケーココココッ。警察のあんちきしょうども、すっかり油断しているザマス。アテクシの力で一網打尽にしてやるザマス」

 

 そう、彼女の目的はパトレンジャーへの攻撃だった。とはいえかつてブンドルト・ペギーがやったように国際警察の庁舎に侵入するというのはリスキーである。前例がある以上対策もされているだろうし、たどり着くまでに戦闘配備が完了するに決まっている。襲うなら、気を抜いているとき。しかも三人揃っている今は、このうえない好機だった。

 

「さあいくザマス──」

「いくなやバケモン」

「!?」

 

──彼らに見つかってしまったことが、彼女の不運だった。

 

「あ、あんた方は快盗!?なぜここに……」

「そりゃこっちの台詞だよもう!嘘から出た真になるなんて……」

「はっ、好都合だわ。──構えろ丸顔ォ!」

 

 事ここに至っては、戦う以外にとるべき道はない。ふたりはともにVSチェンジャーを構えた。

 

「「快盗チェンジ!!」」

『レッド!──0・1・0!』

『イエロー!──1・1・6!』

 

『マスカレイズ!快盗チェンジ!』

 

 そして、快盗スーツが装着される。

 

「予告する。てめェのお宝、いただき殺ォす!!」

「上等ザマスっ、かかってくるザマス!」

 

 

 ウエスタン村の一角で、西部劇も顔負けの死闘が始まった。

 

 

 

 



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#28 厨病子連れガラス 2/3

ただいまとある緊急事態に対応中につき勤務時間が16時〜26時となっているうえ大変くさい思いをしております。今回の投稿は勤務地から本社へのバスの中からお送りしてます。うぇ〜い


 

 漂いはじめた戦塵は、撮影現場には届いていなかった。

 ところは当時の酒場を再現した建物。内部では鋭児郎たちを含めたカウボーイたち、そしてカメラに映らぬ位置に大勢のスタッフがカチンコが下りるのを待っている。

 

 その中にあって、鋭児郎は珍しく拗ねたような表情を浮かべていた。憧れの常闇踏陰に絡める芝居をするにもかかわらず、唇を尖らせている理由はひとつ。

 

「いいな〜、飯田だけセリフ貰えるなんて……」

 

 そう、カメオ出演ということで当初は後ろのほうに佇んでいるだけの予定だったのだが。天哉の何かが監督の琴線に触れたのか、ひと言だが台詞を喋らせてもらえることになったのだ。

 

「でも飯田、悪役の演技なんてできんの?」

 

 この委員長気質の真面目男が……と、心配して訊く響香。しかし、

 

「げへへへ、たりめーだろうがぁ」

「!?」

 

 天哉は、下卑た笑い声をあげた。眼鏡をかけていないだけあって、ほんとうに悪人そのものの表情である。

 

「今のオレはぁぁ、至極悪いぞぉおお……!」

「め、めちゃくちゃ堂に入ってる……!」

「殻破ると化けるタイプだったか……」

 

 監督はこれを見抜いて天哉を起用したのだろうか。だとしたら自分も期待されている以上の演技をしなければと、鋭児郎は競争心を燃やした。

 

 

──そして、演技開始。

 

 シーンは街を訪れたばかりの常闇演じるガンマン"ツクヨミ"が、酒場に入ってくるところからだった。

 

「ホットミルク、ストレート」

 

 カウンターに腰掛け、店主に注文するツクヨミ。彼は劇中で一切酒を呑まないのだ。

 それを聞いて嘲り混じりに絡んでくる三下がいるというのが、定番の流れで。

 

「おい坊や、てめェ余所モンか?ココは酒を呑む場所だ、家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」

「………」

「てめええアニキのありがたい言葉無視してんじゃねええ。アニキ、こいつやっちゃいやしょう!」これが天哉の台詞である。

 

 ともかく一応は形になったひと言により、場は一気にバトルシーンへとなだれ込んでいく。このあとツクヨミが雑魚をちぎっては投げちぎっては投げ──鋭児郎たちの出番はここまでである──、最後にボスとの早撃ち対決……というのが台本上の流れなのだが。

 

『──踏陰危ナイ!』

「何っ?」

 

 唐突に黒影が声をあげる。アドリブと監督が判断したためにカットはかからなかったのだが、彼の相棒的存在である踏陰だけは、その切迫した様子に気づいた。

 

 ゆえにその場から咄嗟に離れたことが、彼自身の身を守った。

 傍らの壁が粉々に吹っ飛び、人のかたちをした何かがふたつ飛び込んでくる。次いで、異形の怪物が。

 

「コケーココココッ、その程度ザマスか快盗どもォ!」

「いっぺん吹っ飛ばしたくれぇでチョーシノってんじゃねーぞニワトリババア!!」

「まだピッチピチザマス!!」

 

 ギャグのような言葉を応酬しつつ、その実激戦を繰り広げるルパンレンジャーとギャングラー。慌てて距離をとりつつも、監督は恐怖に至らない当惑した表情を浮かべている。

 

「おい、誰だ快盗とギャングラーの着ぐるみ勝手に使ってんの?」

 

 がくっ。

 

「違いますよ監督っ、あれホンモノっすホンモノ!」

「え、ホンモノ?」

「そうですっ、とりあえず下がっててください!」

 

「大事な撮影を邪魔しやがって!」──怒りと闘志を燃やして戦いに臨もうとする三人。腰のVSチェンジャーに手を伸ばそうとして……空振った。

 

「あ、あれっ?」

「しまった……!パトカーの中だ!」

 

 撮影所の中に持ち込むわけにいかず、置いてきてしまった。これでは戦えない!

 

「こうなったら〜〜!あんた方にも子を思う親の気持ちっ、わからせてやるザマス!」

 

 言うが早いか、ブロイルは頭部のトサカから怪光線を放った。いかにも禍々しく光るそれを、快盗たちが避けないわけもない。素早く身を翻した彼らだが、それゆえに予期せぬ事態が起こった。

 小道具として置かれていた鏡に光が反射し、跳ね返ったのだ。その先にいたのは、

 

「ぐああああっ!?」

「!?」

 

 他でもない、この場では誰より重要な存在である常闇踏陰だった。この事態に動揺したのは、スタッフや鋭児郎たちだけではない。

 

「あ……常闇くん!?」

 

 彼のファンでもあるルパンイエローが、思わずその動きを止める。そこに隙あり、とブロイルが襲いかかるが、すかさずルパンレッドが割って入った。──そして、力いっぱい殴り飛ばす。

 

「コケェッ!?」

「チッ、気ィ散らしてんじゃねえぞ!!」

「だけど……!」

 

 揉めていても快盗たちには隙がない──そう判断したのか、ブロイルは仕切り直しを決めた。亡き息子ピョードルと同じ胴体にある金庫を光らせると、背中に孔雀の羽のようなかたちのオーラが浮かび上がる。そして、

 

「我が息子ピョードルの仇討ちはまたの機会ザマス、ごきげんよう!」

「……!」

 

 突入してきた際にできた大穴から、飛び上がって逃走を図った。

 

「ちょっ、ニワトリが飛ぶな!」

「………」

「……レッド?何してるの、追いかけないと!」

 

 その言葉にようやく我に返った様子のレッドだったが、既にブロイルは空の彼方に消えている。ここに留まる理由はないが、飛び出していくのは追跡のためではなくなりそうだった。

 一方、戦闘に参加できなかった国際警察の面々は、救助に移行することで失態を挽回するほかなく。

 

「常闇さんっ、大丈夫っスか!?」

 

 スタッフの無事を確認しつつも、倒れ込んでいる踏陰のもとへと駆け寄っていく。ブロイルが放った怪光線を、よりにもよって彼が浴びてしまったのだ。最悪の想像が、脳裏をよぎる。

 

「問題ない……が、う゛う……頭が重い……」

「──!?」

 

 しかし彼らが目の当たりにしたのは、予想だにしない光景だった。

 

『踏陰!?踏陰ノ頭ガァ!!』

「……頭?」

 

 恐る恐る頭上に手を伸ばす。──がさり。木の幹に触れたような、荒い感触が伝わってくる。当然ながら彼自身の毛髪ではない。

 恐る恐る鏡に目をやった踏陰は、刹那、飛び上がらんばかりに驚愕した。

 

 頭に、鳥の巣のような物体がくっついているのだ。そこからぴよぴよ、ぴよぴよと雛の声。

 

「な……う……」

 

 

「産まれてる──ッ!!?」

 

 

 *

 

 

 

 警察戦隊に配備された事務用ロボット、ジム・カーターからパトレンジャーに連絡が入ったのは、調査を依頼してからおよそ三十分後のことだった。

 

『同様の被害についての記録が、直近半年間で五件報告されていることがわかりました!』

「半年で……五件?」

 

 多いとも少ないとも言い切れない、微妙な数字である。

 

「ま、少なくともやる気のあるギャングラーってわけじゃなさそうだね」

「問題はその後の被害者の状況と解除方法だ!ジム、教えてくれ」

『了解です!』

 

 ジム・カーター曰く。──そのヒヨコは生物学的には正真正銘ただのヒヨコなのだが、鳥の巣を通じて寄生した人間と生命エネルギーを共有する。つまり、その生命活動がリンクするようになる。

 つまり、

 

『なんらかの要因でヒヨコが死んでしまったら、寄生された人間のほうも死んでしまうようなんです……!』

「な……なんだよ、それ……!?」

 

 カラス頭の青年がヒヨコを乗せているという妙に牧歌的な光景が、一歩間違えれば屍の群れとなり果てるかもしれない。その可能性を思い知って、鋭児郎たちはぞっとした。

 

 問題は、それを知った踏陰青年がどんな反応を示すかだ。生命にかかわる以上、伝えておかないわけにはいかない。

 通信を終えたパトレンジャーの面々がロケ隊のもとに戻ると、当の若手俳優はじっと目を瞑って階段に腰掛けていた。頭上で愛らしく蠢く黄色い球体たちには、彼の個性が盛んに声をかけている。

 

『ヨシヨシ、カワイイゾオ前タチ〜♪』

「……あまり構うな、黒影」

「──そういうわけにはいかないんですよ」

 

 響香の声に、踏陰は初めて目を開けた。吊り上がった赤い双眸は、カラスというよりむしろ鷹のように鋭い。

 彼に可能な限り動揺を与えないよう、パトレンジャーの中では落ち着いている響香が状況を説明する。果たして。

 

「そうか、承知した」

「……え?」

 

──それだけ?

 

『タッタタタッ大変ジャナイカ!ドウスレバ解除デキルンダ!?』

 

 態度を一片も変えない踏陰の代わりに、黒影が喚いている。まるで当事者が逆転したかのようだと、鋭児郎たちは思った。

 

「ギャングラーの性質を鑑みれば、倒せば自然消滅すると思われます。ただ……そのヒヨコたち、非常に脆い。些細な衝撃等で死亡してしまう可能性があります」

「一羽でも死ねば……」

「アウト……っス」

 

 重苦しい空気が漂う。これまで落ち着いていた踏陰も流石に言葉を失っている……かと思いきや、不意に立ち上がった。

 

「監督、撮影を再開しましょう」

「!?」

 

 その言葉にこそ、一同言葉を失わせられた。

 

「衝撃を与えなければいいんだろう。動きのないシーンなら問題ないはずだ」

「そういう問題じゃ……」

「そーだよ踏陰くん!」監督も同調する。「だいたい、ガンマンがヒヨコ連れなんてカッコがつかないよぉ!」

「シーズンの間に子供が生まれたことにでもすれば良い」

「!!?」

 

 唖然としているパトレンジャーの面々を、踏陰はじろりと見据えた。

 

「個々人のアクシデントのひとつやふたつ、乗り越えて職責を果たすのがプロだ。──あなた方も、そうだろう」

「……!」

 

 そう言うと、踏陰は台本を手にスタッフたちの輪に戻っていった。彼の背後では黒影が『カッコイイゼ踏陰!』と称賛の言葉を吐き出している。

 そして、彼も。

 

「……やっぱり、漢らしいぜ……」

 

 頭では止めたほうが良いとわかっていながら、鋭児郎もまた、その背中に惚れ惚れとしてしまっているのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、案の定ブロイルを見失って撤退した快盗二名は、そのまま根城に舞い戻っていた。

 そこに待ち構えていたのは、いかめしい面構えをした元トップヒーローで。

 

「……それで、ふたり揃って無駄に快盗姿で出かけた結果、ギャングラーに遭遇したと」

「……俺ァ反対したわ」

「反対しても、結局ついてっちゃったんだろぉ?」

 

 そう言ってくつくつと嘲う死柄木弔を、勝己はぎろりと睨みつけた。「なんでてめェがここにいんだ」という気持ちも込めて。

 

「ヒマしてたから、中年からかいに来た」

 

 それを察してか、こんなことを言い放つ。そのせいで炎司の機嫌はいつも以上に悪いのだ。少年たちからすればいい迷惑だった。

 

「まあほら、結果オーライってことで……。それより死柄木さん、国際警察の情報網でギャングラー見つけ出せない?あいつ、ニワトリのくせに飛べるみたいで……どこ行ったかわかんなくなっちゃった……」

 

 飛翔する際に金庫が光っていたから、ルパンコレクションを所持していることは間違いない。なんとしても捕捉しなければ、警察に先を越される前に。

 だが、その警察の一員でもある弔はあっけらかんとしていた。

 

「そんなの、考えるまでもないだろ」

「え?」

「そいつ、ピョードル……中年のお師匠サマの仇っつってたんだろ?で、警察のいるウエスタン村に侵入してた。つまり──」

「……連中があそこにいる限り、ヤツはまた戻ってくるっつーわけか」

「ハイ、正解。リップクリームをあげよう」

「要らんわ、気色悪ィ」

「新品だし」

 

 どうでもいいくだりは置いておくとして。

 

「じゃあ、次は私たち全員で出動!ってわけやね!」

「ははっ。こりゃまた、楽しい遠足になりそうだ」

「……馬鹿なことを。引率はせんぞ」

 

 今度こそ快盗として、ウエスタン村へ。動き出す渦中にあって、勝己の様子がどこかおかしいことにお茶子は気づいた。いや、最初から気づいていたのだ──ブロイルが「息子の仇討ち」と公言した、そのときから。

 

(………)

 

 だがそのことについて、勝己が詳らかにすることはありえないだろう。ならば気づかないふりをすべきなのだ、快盗なら。まして、勝己は他人に心配されることを軽侮と捉えるような男なのだから。

 頭ではわかっていながら喉元まで出かかる気遣いの言葉を、お茶子は懸命に飲み下した。

 

 

 *

 

 

 

 結局ヒヨコたちのことはあとあと編集でなんとかすると決まり、撮影が再開された。

 ピヨピヨと囀る幼子たちを頭上に、クールな演技を続ける踏陰。彼自身の要因によってはNGが出ることもなく、撮影はとんとん拍子に進んでいた。

 

「やっぱスゲーな、常闇さん……。俺なら絶対集中できねえ」

 

 感心しきりの様子でつぶやく鋭児郎。「たしかに」と頷く仲間たち。──ギャングラーが現れ被害も出たというのに、パトレンジャーが呑気に撮影を見学していて良いのか?

 

 要するに、彼らもまた快盗たちと同じ結論に至っていたのだ。ピョードルの仇討ちを公言してこの場にやってきたブロイルだ、再び現れることが十分考えられる。万が一入れ違いになってしまったら……そうならばいっそ、ずっとここに留まることを選んだわけだ。

 

「……見学続ける恰好の言い訳な気もするけどね」

「何か言ったか、耳郎くん?」

「いや、別に」

 

 そうこうしているうちに所定のシーンを撮り終えたのだろう、監督から休憩の指示が出た。スタッフやエキストラが散り散りになっていく中で、踏陰はすっと独り去っていく。静寂と孤独を愛するという彼のプロフィールは、現場においても実践されているらしかった。

 

 ただ、彼は頭上に生命そのものであるヒヨコを乗せている。目を離すのは不安だということもあって、鋭児郎が彼のあとを追った。

 

 

──ただ、彼は鋭児郎たちが思っている以上に機敏だった。

 

「あ、あれ……?常闇さん、どこ行っちまったんだ……?」

 

 気づけば鋭児郎は、踏陰を見失ってしまっていた。周囲を見渡すが、その姿は見当たらない。立ち尽くす彼の身体に、巻き上げられた砂塵が吹きつける。

 彼はどこへ行ってしまったのだろうか。こんなところで独りになって、どうするつもりなのか。自分とはおそらく思考回路の異なる人間──容易く、その心を読むことなどできない。とある少年とのかかわりから、嫌というほど学んだこと。

 

 それでも根気強く捜索を続けていたらば、どこからかピヨピヨと囀りが聞こえてきた。

 

「!」

 

 いた!──ヒヨコの声が聞こえる路地裏を、鋭児郎は覗き込んだ。

 

 

 そして、言葉を失った。

 

「ああ、可愛いなあおまえたち……」

『踏陰〜……甘ヤカシ過ギダゾ?』

「だって!可愛いじゃないか!!」

 

 ヒヨコたちを手に乗せ、すっかり弛緩した表情を浮かべている踏陰青年。その背後から黒影が窘める──逆ではないのかと、鋭児郎は己の目を疑った。

 だが何度目をこすっても、踏陰はこれでもかとヒヨコたちを甘やかしている。およそ信じがたい光景を食い入るように見つめていると、呆れぎみの黒影と不意に目があった。

 

(あ、)

『ア』

 

 闇のオーラでできているような怪鳥が、自分と同じくあんぐり口を開けている。

 

「んん?どうした〜おまえ、お腹が空いたのか?俺のエネルギーを食べていいぞぉ……」

『オイ踏陰!踏陰!?』

「……うるさいぞ黒影、ピヨちゃん3号がお腹を空かせてピヨピヨ鳴いているんだ」

『バカ、見ラレテルッテ!』

「え?」

 

 明確に指摘されて、踏陰は初めて顔を上げた。──そこでようやく、鋭児郎の存在に気づいて。

 

「……!?」

「あ……ど、どうもっス」

 

 事ここに至っては是非もないと、鋭児郎はその身を晒した。踏陰は目を真ん丸にして、嘴をぱくぱくと開閉している。掌の中では、ヒヨコたちが無邪気に囀りを続けている。

 

「こ……こ……」

「こ?」

 

 

「殺してくれぇえええええええ!!!」

 

 それは、役柄でさえありえないような絶叫だった。

 

 

 

 

 



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#28 厨病子連れガラス 3/3

かかかっかっちゃんんん

第2のオリジナルギャングラー、ブロイル・オバタリア
所有するルパンコレクションは『失われた焔のように〜Comme perdue flamme〜』。真っ赤なメダルです、元ネタは……言わずともわかりますよね、きっと。


 

 ヒヨコをこれでもかとネコ可愛がりしている姿を目撃されてしまった若手俳優・常闇踏陰。

 彼は人生の中でも一、ニを争うのではないかという勢いで今、取り乱してしまっていた。

 

 ……鳥だけに。

 

「こ……ころ……◎△$♪×¥●&%#??!!」

「ちょっ……お、落ち着けって!」

 

 声にならない声をあげてのたうち回る踏陰を目の当たりにして、鋭児郎のほうも慌てた。よほど見られたくない姿だったのか。それは申し訳なかったが、彼のそばにはヒヨコたちがいる。

 

「ヒヨコっ、ヒヨコが死んじまうって!?」

 

 言ってから、まずったと思った。殺してくれと叫んでいる相手に、「死ぬ」と警告したところで逆効果ではないか。

 頭を抱えていたらば、踏陰の"影"が彼を止めてくれた。

 

『落チ着ケ踏陰!深呼吸ダ、深呼吸……ホラ、息ヲ吸ッテ……吐イテ……』

「ッ、……すぅー……はぁー……」

 

 黒影の指示に従って、深呼吸を繰り返す踏陰。そうして彼が落ち着きを取り戻すまで、鋭児郎はただそこに突っ立っていることしかできないのだった。

 

 

 *

 

 

 

「……取り乱してすまなかった」

「いや、その……まあ」

 

 消え入りそうな声で謝罪を述べる若手俳優に対し、本職ヒーローの警察官は返答に窮した。イメージとあまりに異なる姿を目の当たりにして、鋭児郎自身も感情に折り合いをつけがたいのだ。

 とはいえ黙りこくっているのもよくない気がして、おずおずと口を開く。

 

「ヒヨコとか……好きなんスか?」

「!」

「ヒッ!?」

 

 ぎろりと睨まれ、喉から変な声が出る。ただ踏陰も、怒りを露にしたわけではなかった。

 

「………好きだ。というより、小動物全般が好きだ」

「あー……意外、っスね」

「意外、か。……ふぅ」

「……?」

 

 首を傾げる鋭児郎。多くを語ろうとはしない踏陰に代わって、彼の影が口を開いた。

 

『踏陰ハクールデ陰ノアル自分ガ大好キナンダ。モシモ可愛イモノ好キト世間ニ知ラレタラ、ソウイウキャラニイメチェンシナケレバナラナクナッテシマウ』

「そ、そういうもんか?」

『ソウイウモンダ』

 

 ヒーローも半分はイメージ商売なので、話はわからなくもないが。

 

『ダカラ人前デハイツモ、踏陰ノブンマデオレガ可愛イ可愛イト言ッテイルンダ』

「………」

 

 そこまで、するのか。ただ対外的なイメージを保つためだけではない、自分自身の、理想の己で在るために。

 

「常闇さん、あんたってマジ……」

「………」

 

「マジで……漢らしいな……!」

「何っ?」

 

 はっと顔を上げた踏陰は、鋭児郎の赤い瞳がきらきらと煌めいているのを目の当たりにした。

 

「俺、常闇さんの徹底した厨ニキャラにずっと憧れてたんだ。俺には……っつーか、たいがいの人はやりたくても真似できないもん。どうしても照れが出ちまうし」

「そ、そうか……」

 

 クールで寡黙、演技がかった所作──これらを総じて"厨ニ病"と評されていることは踏陰も承知しているが、そのうえ「他人には真似できない」とまで言われては複雑な気分だった。この一点の曇りもない鋭児郎の表情からして、褒めているつもりなのは間違いないのだろうが。

 

「でも、それって単なるウケ狙いとかじゃなくて、心の底からそういう自分を愛してるからこそなんだよな」

「……ああ、その通りだ。俺が変わらず俺で在り続けることが、俺の誇りだ」

「なんか哲学的だなぁ……。──あ、でもさ」

 

「俺、常闇さんがヒヨコ可愛がってるのも……なんか、良いなって思ったから。人前で見せる必要はないけど、それはなくさなくても良いと思うぜ?」

「!、………」

 

 一瞬目を丸くした踏陰は……ややあって、ふ、と笑みを洩らした。

 

「感謝する……と、言っておく」

「へへ、どーいたしまして!」

 

 微笑みあうふたり。そこに無邪気に戯れるヒヨコたちが混ざりあって、荒野の一角には実に柔らかな時間が流れていた。

 それを見守りながら、黒影もまたあたたかな眼差しを相棒に向けた。

 

(友達ガデキテ良カッタナ、踏陰……)

 

 この人と馴れ合うことをよしとしないキャラクターを、幼少期より貫いてきた踏陰である。彼を真に理解し、尊重してくれる友人というものは貴重だった。きょう会ったばかりのヒーロー?警察官?が、そうなってくれるとは。

 

「さあ、そろそろ休憩も……終焉だ。戻るぞ」

「お、おう!」

 

 ヒヨコを頭上に戻して、立ち上がる踏陰。彼の態度はすっかり落ち着いたものに戻っている。

 鋭児郎も立ち上がり、彼に続こうとした──刹那、電話が鳴った。

 

「はい、切島──」

『──切島、今どこっ?』相手は響香だった。『ギャングラーが戻ってきた、すぐ来て!』

「わ、わかった!──常闇さん!」

 

 立ち止まった踏陰は、戸惑うこともなく「ギャングラーか?」と訊いた。

 

「ああ。だから待っててくれ、すぐ終わらせっから!」

 

 グッと親指を立ててみせると、鋭児郎は戦場へと走り出した。今度はVSチェンジャーが手元にある。当然、戦う準備は整っているのだ。

 

「いくぜ……警察チェンジっ!」

『1号、パトライズ!』

 

 鋭児郎の身体が光に包まれ、次の瞬間にはパトレン1号へと変わる。走りゆくその背中を、踏陰はじっと見つめていた。相棒、そして幼子たちとともに。

 

 

 *

 

 

 

「コケーココココッ!!」

「……ッ!」

 

 自由自在に空を飛び回るニワトリの怪物に、パトレンジャー両名は苦戦を強いられていた。VSチェンジャーで羽を狙って撃つが、銃弾がことごとくすり抜けてしまう。

 

「くっ……何故当たらないんだ!?」

「あの羽、実体がなさそうだ……そのせいかも」

「ムッ、言われてみれば……!」

 

 そのために、攻略方法がない。攻撃の手が弛んだところで、ブロイルはすかさず反攻に転じた。

 

「次はこちらから行くザマス〜!!」

「!」

 

 視認不可能になるまで上昇したかと思えば、フルスピードで急降下してくる。回避が、間に合わない──!

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

 だがしかし、"彼"の割り込みは間一髪間に合った。パトレン1号だ。

 

「!」

「切島……!」

 

 ただ庇いに入ったというだけではない。彼は硬化を発動し、ブロイルの突撃を弾き返したのだ。

 

「コケェェッ!!?」

 

 反動で吹っ飛ばされるブロイル。しかし彼女はあのピョードルの母親、すぐに態勢を立て直して再び空へ昇った。パトレンジャーの面々は、それを見上げることしかできない。

 

「悪ィ、待たせた……!」

「別にいい。……このままじゃ、攻撃が届かない」

「何か方法はないものか……!」

 

 先程のように、仕掛けてきたところに一撃浴びせるくらいか。望むところではあるが、それを見越してかブロイルは四方八方を飛び回ってこちらの隙を窺っている。

 

「あんたらの企みはわかっているザマス!そうは問屋が卸さないザマス〜!」

 

──その姿を、遅れて鋭児郎を追ってきた踏陰も目の当たりにしていた。

 

「ニワトリが、飛翔するとは……」

『………』

 

『踏陰……今、何ヲ考エテル?』

「……なんのことだ?」

 

 とぼけ方もクールな踏陰だが、生まれてこのかた、四六時中後ろにくっついている黒影に彼の本心がわからないはずがない。

 踏陰自身もそれをよくわかっているのだろう、強く問い詰められるまでもなく白旗を挙げた。

 

「……俺も、かつては英雄に憧れる子供だった。目の前で市井の人々を脅かす怪物が好き放題をしていて、看過できるわけがないだろう」

 

 そう、踏陰自身かつてはヒーローを目指していたこともあったのだ。そして黒影は、その夢を実現できるだけのポテンシャルをもつ存在でもあった。

 

『デモ、オマエハヒーロージャナイ。俳優ダロウ?』

「……わかっている……!」

 

 わかっているが、それでも──踏陰の心にあの頃の熱情が甦りかけた瞬間、頭上の鳥の巣が輝き出した。

 

「!?」

『ナッナンダ!?ヒヨコ達ガ……』

 

 いや、光っているのは巣ではない。──ヒヨコたちだ。

 ピヨピヨ鳴いていたヒヨコたちが、輝きながら光のかたまりとなって、ゆっくりと巣から飛び出していく。そして、

 

 

「カァアアアアアアッ!!」

 

 漆黒の翼。否、すべてが黒に覆われた暗闇の鳥。それは逆立ちしたってニワトリではなかった。

 

「カラス……?」

 

 踏陰の周囲を、まるで護衛するかのように囲むカラスたち。彼らは一斉に踏陰を見た。

 彼らは言葉を発することができない。──しかしその想いは、目と目だけで十分に通じ合うことができたのだ。

 

「手を貸して、くれるのか?」

 

「カァ、」と短い鳴き声が返ってくる。それが、踏陰の決心を促した。

 

「黒影、一度だけで良い。俺とともに、ヒーローに……」

 

──ヒーロー"ツクヨミ"になってくれ。

 

『……アイヨ!』

 

 その言葉に、黒影も突き動かされた。その漆黒のボディが踏陰自身に重なり、覆っていく。

 

深淵闇躯(ブラックアンク)……!」

 

 そして、カラスたちが背中に集まり──

 

漆黒ノ不死鳥(レイヴンズ・フェニックス)!!」

 

 

──パトレンジャーにばかり気を取られていたブロイルの眼前に、不死鳥が姿を現した。

 

「コケェェェェ!?ど、どちら様ザマスゥゥゥ!!?」

「貴様の生んだヒヨコと……彼らを預かった者だぁ──!!」

 

 踏陰と黒影、そしてカラスたちがひとつとなった渾身の一撃が、ブロイルに炸裂する。

 

「コケェェェェェェ!!??」

 

 そして哀れ、彼女は墜落した。その身が地面に沈み込み、大量の砂塵を巻き起こす。

 

「今だ、警察戦隊!」

「常闇さん……!?」

 

 若手俳優の思わぬ参戦に、驚愕するパトレンジャーの面々。しかしその不意打ちがブロイルの意表を突き、空中から引きずり下ろしたことはまぎれもない事実だった。

 

「切島、今のうちに!」

「お、おう!」

 

 立ち直ったブロイルが、再び飛翔する前に。のっと言えば、怒りに燃えて踏陰に危害を加える前に。

 逸る彼らはひとつ、重大なことを忘れていた。

 

「ハイ、ちょーっと待った」

「!?」

 

 前ぶれもなく眼前に降り立った白銀の影。"彼"はブロイルを踏みつけると、その胴体の金庫にバックルを押し当てた。

 

『5・9──5!』

「ルパンコレクション、回収っと」

 

 赤いメダルのような物体を取り出し、喉を鳴らす──ルパンエックス。

 

「悪いね諸君。あとはお好きに」

「ッ、死柄木くんキミというやつは……!」

 

 きっちりルパンコレクションを回収されたことに不愉快を覚えるパトレンジャー(とりわけ2号・飯田天哉)であったが、理屈のうえでは彼の行為は責められるものでないとわかっている。

 

「……じゃあ、好きにさせてもらうぜ!」

『バイカー、パトライズ!』

 

 トリガーマシンバイカーをVSチェンジャーに装填し、必殺の構えをとる1号。仲間たちもそれに続く。

 

「──バイカー、撃退砲ッ!!」

 

 そして、放たれる。

 

「こ、コケェェェェイヤァァァァァァ──!!」

 

 飛翔の手段を失ったブロイルは、もはや必殺の砲弾から逃走するすべをもたなかった。ホイールの形状をしたエネルギーの塊がそのボディを直撃し、絶叫を搾り出しながら大爆発を起こす。爆炎の中で唯一残ったのは、いつもながらひしゃげた金庫だけ。

 

──そして、踏陰の頭上の巣が消え去った。

 

「!、………」

 

 同時に、翼となっていたカラスたちの質量も失われていく。カァ、という別れの挨拶を聴きながら、踏陰は静かに目を閉じた。

 

 

 *

 

 

 

「私の可愛いお宝さん……ブロイルを元気にしてあげて」

 

 空間を越えて現世に降り立ったゴーシュ・ル・メドゥの手により、死したブロイル・オバタリアはたちまち復活、さらには巨大化した。

 

「コケェッ、せめて警察だけでも踏み潰さなければ死んでも死にきれないザマスゥ!!」

「ッ!」

 

 踏み潰されて堪るものか。即座に巨大戦の用意に取り掛かろうとするパトレンジャーの面々だが、いつものようにグッドストライカーが来ない。

 

 それもそのはず。ブロイルが実際に行動に移るより早く、複数の戦闘機が先制攻撃を仕掛けたのだ。

 

「コケーッ!?」

「あれは……快盗!?」

「……グッドストライカーも、あっちについたか」

「なんということだ……!」

 

『──ごめんナ警察!オイラ、飛んでくる途中トムラに捕まっちまったんだ〜』

「ハァ……ルパンレンジャーにも華もたせてやんないと、あとで面倒なんだよ」

 

 大人の炎司とあまり拘りのないお茶子はいいとして、約一名面倒なのがいる──とまでは、流石に口にはしないが。

 

 

 いずれにせよ、ルパンレンジャーとエックスはそれぞれのマシンを皇帝の名を冠する巨人へと変身させ、巨大ブロイルの前に立ちふさがった。

 

「よォニワトリババア、踏み潰せるモンなら踏み潰してみろや」

「コケーッ、だったら引きずりおろしてやるザマス!!」

 

 翼を広げて襲いかかるブロイル。もはや飛ぶことのできない彼女だが、そのスピードは侮れない。一気呵成に迫ったかと思えば、胴体を嘴せしつこくつついてくる。

 

「チッ、ウゼェなコイツ……!」

「ああもうっ、──そうだブルー!私たちもエアロビで……」

「 何 か 言 っ た か ?」

「イエッ、ナニモ!」

 

 ルパンカイザーに対する決め手が敵にないため、緊張感に欠ける快盗たち。一方でエックスエンペラーを駆るルパンエックスもまた、緊張とは無縁の男だった。

 

「ハァ……賑やかなことで」

 

 せめてグッドストライカーくらいはこちらに欲しい──本末転倒だが──とぼやきつつ、エックスは攻撃を仕掛けた。斬撃が、ブロイルをルパンカイザーから引き剥がす。

 

「コケッ!?……る!」

 

 倒れ込むブロイル。そのボディが建造物すれすれに伏せたのを目の当たりにして、イエローが慌てた。

 

『ちょっ……建物壊しちゃダメ!撮影で使うんだから!』

「はあ?どうでもいいよンなの、ドラマだかなんだか知らないけど」

『どうでもいいわけないでしょっ、日本国民約一億が心待ちにしてるんだから!』

「………」

 

 一億はどう考えても盛っている。だいたい、弔としても壊したいと思ってやっているわけではないのだ。ギャングラー殲滅のために非生物の犠牲くらいはやむなしと考えているだけで。

 

「そこまで言うなら、自分でやれば?」

 

 言うが早いか──エックスエンペラーは分離し、もとのエックストレインに戻ってしまった。え、と思うのもつかの間、イエローの手にエックストレインサンダーが投げ渡される。

 

「え……こっちだけ?」

「……意趣返しか。相変わらず子供じみた男だ」

「フン、幾らでもやりようはあらぁ」

 

 先日のパトカイザーの戦闘を思い起こす。あるいは弔、ルパンカイザーでも同じことをやってみろと言いたいのかもしれない。左右で馬力の異なる腕を巧く使いこなす──警察にできて、快盗にできないわけがない。

 

「っし、いくぜ丸顔!」

「了解っ!」

 

『シザー!Ready……Go!』

『疾・風・迅・雷!』

 

 ルパンカイザーの両腕を構成していたブルー&イエローダイヤルファイターが分離し、ブロイルに突撃する。そうして動きを止めたところで、

 

『両腕、変わりまっす!』

 

 エックストレインサンダーが右腕に、シザー&ブレードダイヤルファイターが左腕に置き換わる。

 

『完成!ルパンカイザー"サンダリングナイト"〜!』

 

 名付けて、雷鳴の騎士。

 

「コケッ、で、電気は苦手ザマス!」

「はっ、そいつァいいな!」

 

 敵が苦手だと公言したものを利用しない手はない。サンダリングナイトは右腕から電撃を放ち、ブロイルに浴びせかけた。彼女の周囲で火花がスパークし、衝撃で土砂が舞い上がる。

 

「コケーッ、こ、このぉ〜〜!!」

 

 果敢にも特攻するブロイル。至近距離なら電撃も活かせまい──その読みはたしかに当たっているが、それはサンダリングナイトの手を封じることと同義ではない。

 

「ふん」

 

 鼻を鳴らすブルー。時を同じくして左腕のシザーが突き出され、ブロイルはあっさりと後退させられた。

 

「コケェ……!盾を持つなんて、快盗のクセに生意気ザマス!」

「どんな理屈!?」

「けっ……口うるせえババアが。ガキのいる地獄に落ちろや!」

 

 どちらが悪役なのかわかったものではない操縦手の台詞とともに、サンダリングナイトはいよいよ必殺の構えをとる。シザーからブレードを抜き取り、その刃に電撃を纏わせていく。

 そして、

 

『グッドストライカー・捌いちまえスラスト〜!』

 

 電光を纏った剣が幾度となく振り下ろされ、標的の五体を情け容赦なく切り刻む。しかも相手は頑丈なギャングラーであるからして、その際に大量の電流を流し込むという容赦のなさだ。

 ギャングラーの中では平凡にすぎないブロイルが、これに耐えられるはずもなかった。

 

「コケェェェ……!ピョードルや、ママもそっちに、行くザマス……──心の一句ゥ!」

 

──爆発。

 

「永遠に……」

「アデュ〜!」

『気分はサイコー!』

「………」

 

 勝己とお茶子とグッドストライカー(こいつら)、すっかり息が合っている。ブルーが密かに嘆息する中で、ルパンカイザーはばらばらに分離し、それぞれ飛び去っていくのだった。エックストレインサンダーを除いて。

 

「……ま、連中ならこれくらいできて当然か」

 

 もとのサイズに戻ったサンダーを握りつつ、つぶやくルパンエックス。思うところあるようなそぶりを見せつつ、彼がそれを表に出すことはなかった。今は、まだ。

 

 

 *

 

 

 

『──先日、ある共演者に我が泣きどころを知られてしまった』

 

 液晶ディスプレイのむこう、常闇踏陰が気取ったポーズで何やら語っている。

 

『しかし彼は、それでもなお俺の生き様を漢らしいと評価してくれた。……弱点も含めてな』

 

 荒野にジャケットの裾を靡かせながら、天を仰ぐ踏陰。その背後からぬっと飛び出した黒影が、カメラに向かってピースしている。

 

『これからも俺は俺で在り続ける。しかし彼のような友人がいる限り、さらにひと皮剥けることもできるのではないか……そんなふうに、思えた』

 

 カメラに背を向け、静かに去っていく。そこで番組は終わった。

 

「……ゆうじん……ユージン……友人?……友人!」

 

 その響きを確認するかのように何度もつぶやいて、切島鋭児郎はへらりと頬を弛ませた。番組の中で踏陰が"友人"と形容した相手、それが彼自身であることは誰の目にも明らかだった。「漢らしい」なんて褒め言葉を使う人間は限られている。

 

「ずいぶん浮ついてんね、切島くん」弔がつぶやく。

「憧れの俳優に友だち扱いされたんだ、しょうがないでしょ」

「彼の包容力にはやはり、目を瞠るものがあるな……あやからねば」

 

 改めて鋭児郎の人格を称揚する仲間たち。鋭児郎自身にとっても、踏陰の生き方にふれられたことは大いなる収穫だったろう。ヒーローとして、己の在り方に誇りをもつことは能力を磨くことと同じくらい大切なのだから。

 

 

 ただ肝心のドラマのほうはというと、尺の都合で天哉の台詞がカットされたばかりか、鋭児郎たちもごく一瞬しか映っていないというありさまなのだった。

 

 

 à suivre……

 

 

 

 

 

 

 

 





次回「聖母」

「久しぶりね、かっちゃん」
「……どうして……」

「忘れてしまったほうが、良いこともあるわ」
「……忘れちまったって、なかったことにはならねえんだよ」


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#29 聖母 1/3

ママーーーっ!!


 

 街のはずれに佇む喫茶ジュレ。表向きは特徴的な店員を抱える喫茶店、裏の顔は……というこの店の片隅で、お茶子は憂いを帯びたため息を吐いていた。

 

「夏も終わっちゃったなぁ……」

 

 その片手には、いつだったかポストに入っていた納涼祭のチラシ。しかし日付は既に過去のものである。

 ぼんやりとそれを眺めていたらば、傍らよりぬっと伸びた手がチラシを奪い取ってしまった。

 

「あ、ちょっ……何するん!?」

「こんな過去の遺物眺めてナニが楽しいんだよ、丸顔。もう9月だぞ」

 

 意地の悪い笑みを浮かべつつ、同い年の同僚である爆豪勝己が言い放つ。相変わらず乙女心の欠片も理解しない男だと、お茶子は唇を尖らせた。

 

「だって今年の夏、なんもしてないんだよ?旅行どころか、お祭りも花火も!私たちの青春、これで良いのだろうか!?」

「バァカ、快盗に青春もクソもあるかよ」

 

 心底どうでもいい、という口調。実は?ストイックな元々の性情によるものなのか、それとも背負った業ゆえか──正直なところ、お茶子には測りかねていた。前者なら仕方ないが、後者であるとしたらあまりに寂しい。だとしても、お茶子にできることは限られているのだが。

 

 ふと視線を感じて、彼女はそちらに目を向けた。──この店の雇われ店長が、眼鏡の奥で碧眼を鋭く細めている。その奥に一瞬、気遣わしげな光が宿ったように見えたのはお茶子の考えすぎだろうか。ふたりの父親より年長の彼だが、少年たちの心情にまでは深く干渉しようとはしない。それでも最近は彼なりに、とりわけ勝己のことについては気にかけているようにも見える。

 

 そんな彼──炎司に困ったような微笑みを向けてみせると、お茶子はチラシをあきらめ仕事に取りかかることにした。ただ今は開店準備中なのだ。

 

 まもなくそれも終わろうかというとき、からんと音を鳴らしながらドアが開かれた。

 

「あっ、すみません。まだ準備中なんですけど……」

 

 おずおずと入ってきたのは緑がかった黒髪のふくよかな女性だった。年齢はお茶子の母親くらいだろうか。楕円形の大きな翠眼は愛らしい印象を与えるが、その表情は少しやつれているようにも見える。

 そのとき、だった。

 

「……おばさん……?」

「えっ?」

 

 思わぬつぶやきを零したのは──カウンターの中で膳立てをしていた、勝己だった。

 

「久しぶりね、かっちゃん」

「……どうして……」

 

 微笑む女性に対し、勝己の声は信じられないほどか細い。様子の変わりようにとまどうお茶子に代わって、炎司が責任者として前に進み出た。

 

「失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「──緑谷といいます」

 

(……緑谷?)

 

 聞き覚えのある名前。それもおそらく、勝己の口から。

 

「デ……出久の、母親だ」

「え……!?」

「……!」

 

 勝己の口から絞り出すように語られた女性の正体は、驚くべきものに違いなかった。

 

 

 *

 

 

 

──緑谷、引子。

 

 デクこと緑谷出久の母親だという女性は、そう名乗った。

 

「どうしてここに来たんだろう……。デクくんのお母さん」

「……さあな」

 

 第三者の存在を憚って、ふたりが出ていったあとの店内。お茶子も炎司も借りてきた猫のようだった勝己を茶化すことなどできず、神妙にしているほかなかった。

 

「彼女にどんな意図があろうと、それは小僧の問題だ。気にかけるのはいいが……干渉は、しすぎるな」

「わかってるけど……」

 

 安直な考えと自覚はしているが、お茶子は心配だったのだ。勝己は、デクが消えたのを自分の責任と感じて快盗に身をやつした。デクの母親である彼女も同じように考えて、やりきれない感情を勝己にぶつけるのではないかと。

 

 たとえそうなったとしても、勝己の自業自得──頭ではわかっていても、どうか彼をこれ以上追い詰めないでほしいとお茶子は思う。だって、勝己は──

 

「お取り込み中のところ申し訳ありませんが、」

「………」

 

 相変わらず突然背後から聞こえる声だった。もう驚きもなく振り返れば、そこには想像通りの男?の姿。

 

「ルパンコレクションの情報をお持ちしました」

「……黒霧さん」

 

 なんてタイミングだと思ったが、それはお互い様かもしれない。いずれにせよコレクションの奪還は、何より優先すべき使命だ。どんな状況であろうと──それが勝己のためにもなる。

 

「聞かせてもらおうか」

 

 ふたりが予想していたのは、ルパンコレクションを所持するギャングラーの情報。たしかに的外れではなかったが、普段のそれとは明らかに異なる……"異様な"事態だった。

 

 

 *

 

 

 

 異様な事態。

 それを捉えたのは、警察戦隊のほうが早かった。

 

「一体、何があったんだ?こんな……」

 

 切島鋭児郎のつぶやきに、応えられる者はいない。皆、もたらされた報告にただただ困惑していた。

 

『しかし司法解剖の結果は間違いなく、発見された遺体がギャングラーのものであると示しています』

 

 とはいえ、ジム・カーターの言葉を否定できる者はいない。

 

 

──異形の怪人の変死体が、某山中で発見された。

 

 それがすべての始まりだった。死後数日が経過していると目された屍は背中が大きくえぐり取られたような状態で、死因究明のため司法解剖に付されたのだ。その結果、体組織が人間とは大きく異なっていることが判明した。そしてそれは、これまで倒されてきたギャングラーから採取したものと一致しているとも──

 

「ギャングラーだとすると、金庫が見当たらないが……まさか」

「えぐり取られたのは金庫、か」

 

 まさしく猟奇殺人というほかない。だが加害者ならともかく、被害者がギャングラーというのは極めて不可解かつ不気味であった。人間にそんな芸当ができるのか、あるいはギャングラー同士の抗争か。仮に後者だったとして、理由は何か?

 思考を巡らしても、真相は闇の中だ。しかし死柄木弔だけは、ある推測に至っていた。

 

(ゴーシュの仕業か)

 

 ギャングラーのドクター、ゴーシュ・ル・メドゥ。マッドサイエンティストとしての顔を持つ彼女ならやりかねないと、弔はそう考えていた。

 

 

 *

 

 

 

 ジュレを出た勝己と緑谷引子は、あてもなく往来を進んでいた。そもそも目的地があるわけもなく、ただお茶子らに会話を聞かれたくないと思って連れ出したのだ。

 

「光己さんがね、心配してるのよ」

 

 なぜ、引子がここに現れたのか。勝己の抱く疑念を察してか、彼女はそう告げた。

 

「……だからって、なんでおばさんが」

「だって光己さんもかっちゃんも、お互い素直になれないじゃない?」

「素直も何も……鬱陶しいだけだわ、あんなババア」

「自分のお母さんのこと、そんなふうに言うものじゃないわ」

 

 叱る声すら、どこか優しい。彼女はほんとうに、自分の母親とは対照的な女性だと勝己は思う。その振る舞いはどこか息子と似ていて、でも、彼女は芯から平凡で──

 

「良い雰囲気のお店ね、かっちゃんの働いてるところ」

「……っス」

「いっしょに働いてる女の子、可愛い娘じゃない。ガールフレンドだったり、しないの?」

「いや……」

 

 これが実母相手なら、ンなわけねーだろ殺すぞクソババアくらいは言っていただろう。だのに、引子にだけはどうしても強く出ることができない。これは昔からそうだった。

 

 彼女の息子のことは、さんざん虐げてきたというのに。

 

「………」

 

 そっと目を伏せる勝己に気づいていないのか、引子はどこか浮ついた調子で喋り続ける。

 

「でも、店長さんはちょっと怖そうだったかも。……ねえ、店長さんって有名な人だったりするかしら?どこかで見たことある気がして」

「……ヒーローです。元っすけど」

「ヒーロー?──もしかして……エンデヴァー?」

 

 元トップヒーローとはいえ、引退して既に一年以上が経過している。それでもすっと名前が出てくるあたり、デクの母親だと勝己は思う。むろん、彼女自身はヒーローオタクでもなんでもないのだが。

 

「そうっす。今はただの店長だけど」

「ふふ……有名なヒーローが店長だなんて、贅沢なお店ね。でもたしか、エンデヴァーって……」

 

 一年前の集団失踪事件に、末の息子も巻き込まれたのではなかったか。そして、それをきっかけにしてヒーローを引退したと。

 

──そう、勝己には共通点があるのだ。かの元ヒーローとの、このうえない共通点が。

 

「……ねえかっちゃん、光己さんが言ってたわ。あなたがヒーローになる、雄英に行くと言わなくなったのは、ちょうど出久のことがあってからだったって」

「………」

「もしかして、そのことを気にして……それで雄英に行かなかったの?」

 

 実際には、気にしてなどというどころの話ではない。出久を取り戻す手段を目の前にぶら下げられてこそ今の状況があるのだが、引子は想像だにしないだろう。巷で噂の快盗たち、しかしその目的は、決して知られることはないのだから。

 

「出久のことは、あなたのせいじゃないわ」

「おばさん……それは、」

 

 言葉に窮しながらも、勝己が反論しようとしたときだった。

 

「うぎゃあああああああ──」

「!!」

 

 突然の悲鳴。思わず身を硬くするふたりだったが、そのあとの行動は異なっていた。

 声の方向めがけ、勝己は走り出したのだ。それは身体に染みついた、ほとんど反射的な行動だった。

 

「かっちゃん!?」

「来んなっ!!」

「……!」

 

 怒声に、息を呑む音が背後から聞こえる。そのときの表情を見なくてよかったと、勝己は心から思った。息子と瓜二つの母親の顔──見てしまえばきっと、足下が澱みで浸される。走れなく、なる。

 

 そうしてたどり着いた公園の奥、そこには地面に倒れ伏す男の姿があった。そして、

 

「てめェは……!」

「──子供?」

 

 女性的なラインの青いボディに、眼らしき意匠のどこにもない顔。明らかに怪物然としたその容姿は、既に何度も邂逅してきたものだった。

 

(ゴーシュ・ル・メドゥ……!)

 

 その名は勝己の脳裏に刻み込まれていた。幾度となく現れ、倒したギャングラーを巨大化させる女。黄金の金庫をもつ"ステイタス・ゴールド"。──そして、拐った人間を使って人体実験を行おうとしていたマッドサイエンティスト。

 

「てめェ、その人どうするつもりだ?」

「あら……私を見ても怯えないなんて、ずいぶん勇敢な坊やだこと。あなたにも是非、実験に協力してもらいたいわ」

 

 嘲り混じりに言い放つ。──この態度からして、こちらが快盗とは気づいていないらしい。

 それは僥倖だったが、ならば自分が快盗であると気づかれないほうがいい。ゴーシュの前で、迂闊に変身はできない。

 ならばどのように抵抗するか。武器はある、"個性"というその身に宿った武器が。だが、それはヒーローの目標を捨てたときから封じているもので──

 

 今回ばかりは考えなしに飛び出してきてしまった勝己は、そのために今逡巡に支配されていた。

 

 それが、命取りとなった。

 

「!!?」

 

 茂みの中からポーダマンが次々と飛び出してきて、勝己の四肢を拘束したのだ。

 

「てめェら……!放せや!!」

「ふふ、活きがいいのね。──おいで、私の可愛い実験体」

「!」

 

 ゴーシュの背後からぬっと現れた姿を目の当たりにして、勝己はぎょっとした。それはポーダマンであって、ポーダマンではなかった。

 身体は、明らかにポーダマンのそれなのだ。しかし、首から上は──

 

(金庫……?)

 

 頭部は、ギャングラーの身体の一部である金庫そのものだった。まるで被りものをしているかのような姿。ふざけているようにも見える異形は、羽交い締めにされて身動きのとれない勝己に迫ってくる。

 そして──頭を、掴まれた。

 

「ぐ──ッ!?」

 

 途端に、金庫が妖しい光を放つ。脳に手を突っ込まれてかき回されているかのような強烈な不快感に襲われ、うめく勝己。

 程なくして……身体から、複数枚の写真が飛び出す。同時に彼は意識を失い、がくんと項垂れた。

 

「……やっぱりこの程度。調整が必要なようね」

 

 ため息をこぼすゴーシュは、勝己を放り出させると配下ともども姿を消した。

 

 それと入れ替わるように、「かっちゃん!」と名を呼ぶ声が響く。業を煮やした引子が駆けつけてきたのだ。

 

「かっちゃん、何があったの!?かっちゃんっ!」

 

 必死になって勝己の身体を揺り動かす引子は、幸か不幸か彼のそばに散らばる写真の群れに気づくことはなく。

 

──かっちゃんっ!

 

「!、今のって……」

「……行くぞ」

 

 黒霧からルパンコレクションの情報を得て、勝己を呼び戻しに来たお茶子と炎司。悲鳴のような声を聞いたふたりは数秒後、駆けつけるのがひと足遅かったことを思い知ることになる。

 

 



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#29 聖母 2/3

 

 意識を失った勝己は、すぐさまジュレに運び込まれた。相変わらず最低限の調度しかない自室のベッドに、今は寝かされている。

 

「目、覚まさないね……爆豪くん」

「……そのうち目()覚ますだろう、黒霧の話に誤りがなければな」

「………」

 

 勝己を気遣わしげに見下ろしつつ、お茶子の視線は机上に並べられた写真へと向けられた。快盗姿の自分たちやギャングラー、ルパンコレクションが写っている。ことごとく。これは誰かが撮ったものではないと、ふたりは既に知らされていた。

 

緑谷引子(彼女)に気づかれなかったのは、不幸中の幸いか)

 

 そうこうしているうちに、勝己がうめきながらも目を開けた。露わになった紅い瞳が、茫洋と天井を見上げている。

 

「爆豪くん……!」

「……小僧」

 

 呼びかけに、勝己はふたりを見た。脳がはたらきはじめたのだろう。その表情が、次第に怪訝ないろに染まっていく。

 そして、

 

「……誰だ、あんたら?」

 

 黒霧の言った通り──爆豪勝己は、記憶を失っていた。

 

 

 *

 

 

 

「ほぉ、移植は成功したようだな」

 

 ゴーシュと"実験体"を前に、ドグラニオ・ヤーブンは満足げな声を発した。

 

「しかし他にやりようはなかったか?ふざけてるように見えるんだが」

「そんなことはありません、ポーダマンに金庫を植えつけるにはこれが一番ですもの。良い手術ができましたわ」自画自賛しつつ、「ただ、ポーダマンではコレクションの能力を完全には発揮できないみたいで……」

 

 まあ、実験には試行錯誤がつきもの──悪びれるそぶりもなく公言するゴーシュに対し、ドグラニオのもうひとりの側近が抗議の意を示した。

 

「おまえのお遊びのために構成員をひとり使い捨てにしている、忘れるな」

「わかってるわよ。でもボスのお許しはちゃんと得てるもの、ねえボス?」

「ま、ちゃんとギャングラー全体に役立つものならな」

「勿論ですわ」

 

 ドグラニオの碧眼が鋭く光ったのをこともなげに受け流して、ゴーシュは艶かしく笑った。

 

 

 *

 

 

 

 緑谷引子もまた、勝己とともにジュレに戻ってきていた。

 

「………」

 

 とはいえ一階の店舗スペースに残され、彼女は二階に上がることすら許されなかった。勝己と同年代の女子店員は申し訳なさそうな顔をしていたが、気を失ったままの勝己を見守る輪に入ることを、ふたりは良しとしない。

 

──何かを、隠している。ぬるくなったコーヒーに口をつけつつ、引子はそんなふうに感じていた。彼らには、秘密があるのだと。

 

 どたどたと乱暴な足取りが上階から聞こえてきたのは、そんな折だった。

 

「待ってってば、爆豪くん!」

「うるせえ丸顔っ、馴れ馴れしく名前呼ぶな!!」

「結局それ!?」

 

 階段を駆け下りてきたのは……他でもない、爆豪勝己その人だった。

 

「かっちゃん……」

「!」

 

 追いかけてくる同僚らをすげなくあしらう少年は、しかし引子の顔を見て立ち止まった。

 

「……おばさんか。どーも、久しぶり」

「久しぶりって……」

 

 きょう久しぶりに会ったというならたしかにそうだが、先ほどまで連れ立って歩きながら話をしていたのだ。それがこんな、ほんとうに今しがた再会したかのような反応。

 

「勝己くんは今、ここ二年ほどの記憶を失っているようです」

「え……?」

 

 元ヒーローの店長の言葉に、引子は一瞬言葉を失った。

 

「……そんな……。──かっちゃん、今いくつ?」

「はあ?」明らかに訝しみつつ、「……14だけど」

「……!」

 

 ふざけているのではない、勝己は心底から自分を14歳の中学生だと思い込んでいる。それがギャングラーに襲われた結果であることは、引子にも容易に想像がついた。

 

「……何、その顔。まさかコイツらの言ってること、本当なのかよ?」

「だから言うてるやん……。爆豪くん、記憶喪失なんだって」

「はっ!てめェらどこの馬の骨かもしらねー連中の言うこと、誰が信じるかよ」

「……馬の骨……」

 

 そんなふうに言われたのは生まれて初めてのことだったのだろう、炎司がえも言われぬような表情を浮かべている。

 

「……で、ここはどこなんだよ?喫茶店に見えっけど」

「喫茶店だよ。私たちの職場……もちろん、爆豪くんも」

「は?職場ぁ?」

 

 今度こそ勝己は、信じられないとばかりに鼻を鳴らした。

 

「意味わかんねーよ。なんで俺が16やそこらで働いてんだよ?俺ぁ折寺中学で唯一!雄英高校ヒーロー科に進学し!押しも押されぬNo.1ヒーローになる男なんだよ!!」

「………」

「……うわあ」

 

 快盗となってからの勝己しか直接的には知らないふたりは、露骨に呆れた表情を浮かべた。じぶんが優れていると公言して憚らないその態度、己のテリトリーである学校ではさらに酷かったのだろうことは想像に難くない。

 しかし彼は同時に、雰囲気を鋭く察知する能力に長けてもいた。記憶喪失に続いて、彼女らが嘘や冗談を言っているふうでないことはすぐにわかってしまう。

 

「……本当なのか、おばさん?」

「………」

 

 いくらかの逡巡のあと、引子はおずおずと頷いた。

 

「かっちゃん、ここに住み込みで働いてるのよ。それで、おうちに全然帰ってこないから……ご両親の代わりに、わたしが様子を見に来たの」

「……ンだよ、それ……意味わかんねーよ……」

 

 やはり、引子の言葉は素直に受け入れるようだった。言葉を失い、立ち尽くしている。

 そんな彼の背後から、炎司が声をかけた。

 

「……理由は話せない、今はな。だが、まぎれもなくおまえ自身の意志で選んだことだ」

「ッ、ざけんな!!」炎司に掴みかかり、「俺ぁヒーローになるんだよ!!ッッンでこんな場末の喫茶店でくすぶってなきゃいけねえんだッ、ア゛ァ!!?どこぞのムコセーのクソナードじゃねえん──」

 

 そこまで言って我に返ったのだろう、勝己ははっとした表情を浮かべて黙り込んだ。自身の背後でその"ムコセーのクソナード"の母親がどんな表情を浮かべているのか──振り返ることすらできない。

 

「……ッ、」

 

 唇を噛みしめる勝己に、彼の記憶にない仲間たちはかける言葉もなかった。──その沈黙を破るように、炎司の懐で携帯電話が鳴動した。

 

「……失敬」

 

 いったん奥へ引っ込んでいく炎司。そのときの表情からお茶子は発信の相手を察したが、引子がいる手前、あえて何も言わなかった。

 それから三十秒ほどして、炎司は戻ってきた。

 

「申し訳ない、これから彼女とふたりで出かけなくてはならなくなりました。……緑谷さん、その間、勝己くんをお願いできますか」

「え……は、はい」

 

 引子が頷くや否や、「行くぞお茶子」と言って店を出て行った。後ろ髪引かれる思いのあったお茶子だが、電話相手の用件を思えばついていかざるをえない。勝己を、一刻も早くもとに戻すためにも。

 

「電話、死柄木さんから?」

「ああ、ギャングラーが出現したそうだ」

「!、よーし……じゃあお宝回収してぶっ倒して、絶対爆豪くんの記憶取り戻したるっ」

「ふ……気負いすぎるなよ」

 

 まあ人のことは言えないがと、炎司は密かに自嘲した。

 

 

 *

 

 

 

 一方、店内に取り残された勝己と引子は。

 

「………」

 

 暫し続く、沈黙。居慣れぬ場所にとどまっていなければならないこともそうだが、何より引子と……デクの母親と、ふたりきりでいなければならないことが。

 

 ややあって、引子がおずおずと切り出した。

 

「災難だったわね、かっちゃん。ギャングラーに襲われて……最近のこと、忘れちゃうなんて」

「……別に」

 

 最近のことと言われても、覚えていないのだから忘れてしまったことが"災難"とも感じようがない。そんなことよりよほど、雄英どころか高校にすら進学していないという事実のほうが災難だった。

 いったい、己の身に何が起きたのだろう。あの店長だとかいう、どこかで見たことのある筋骨隆々の男は、勝己自身の意志だと言っていた。いったい何があれば、ヒーローにならない道を選ぶというのだろうか。

 

 引子はその理由を知っているのだろうか。多くを語らない彼女の横顔を盗み見る。息子とそっくりな大きな瞳は、どこか言いしれぬ哀しみをたたえているように見える。胸をじわりと浸すような、漠然とした不安を抱えながら、勝己は口を開いた。

 

「……それより、律儀に俺の面倒みてていいんすか。デ……出久は?」

「!、………」

 

 一瞬、引子の眼差しが翳る。自分でさえこんなことになっていて、もしかしたらデクも高校に進学できなかったということはありうるかもしれない。そのくらいの想像は、容易くついたけれど。

 

「あのね……かっちゃん。出久は……」

 

 引子は相当、言葉を選んでいるようだった。詰め寄りたくなる気持ちを懸命に堪えて、勝己は彼女の発する言葉を待った。──彼女にはそうすることができるのに、どうして彼女の息子には。その顔を思い浮かべるだけで、心が激しく波立つ。

 

 ややあって、引子は深々と息をついた。

 

「……忘れてしまったほうが、良いこともあるわ」

「……は?」

 

 呆気にとられる勝己を、引子はじっと見つめた。感情のない翠眼。目の当たりにした瞬間、覚えのないいつかの光景がフラッシュバックする。

 

「かっちゃん、私ね、知ってるの。あなたが出久に、何をしてきたか」

「────」

 

 一瞬、頭の中が真っ白になった。直後、足下からじわりと冷たい水に沈んでいくような錯覚。それはあっという間に身体を、髪の毛の一本たりとも逃さず浸していく。

 

「母親として、あなたのことは許せない。……でも、私にあなたを責める資格もないわ。私にはあの子を守ってあげることも、励ましてあげることもできなかった。出久はきっとそんなこと望まないって、自分に言い訳をして……それで……」

「………」

 

「だからね、かっちゃん」

 

「もう、出久に縛られなくていい。あなたはあなたの夢をかなえて。それをきっと……あの子も、望んでいるから……」

 

 引子の言葉は、勝己の耳には入っていなかった。──正確には、その言葉に込められた想いを受け取ることができなかった。

 だって、その物言いはまるで……まるで、デクがもうこの世界にいないようではないか。

 

 この世界にいない、

 

 

──死んだ?

 

 刹那、勝己の脳裏に強烈な情景が甦った。

 ごみための路地裏、対峙する双眸。かつて自分に憧憬を向けていたはずのそれが、侮蔑と嫌悪に染まっている。

 

 ああ、

 

 そうだ。

 

 このあと、彼は──消えたのだ。

 

 

「……っちゃ……、かっちゃん!?」

「……!」

 

 気づけば一瞬、意識が飛んでしまっていたらしい。慌てた様子の引子の顔が、目の前にあった。

 

「大丈夫……?立てる?」

「………」

 

 思わず、笑みがこぼれる。

 

 

「──違ぇよ、おばさん」

「え……?」

 

 彼女の手を借りることなく、勝己は自らの力だけで立ち上がった。

 

「忘れちまったって、なかったことにはならねえんだよ」

「──!」

 

 言葉を失う引子に背を向けて、ジュレを飛び出す。ようやく我に返ったのだろう、「待ってかっちゃんっ!」と呼び止める声。しかし進むべき途は決まっている。勝己はただ、取るものも取らずに走った。

 

「よう少年、そんなに急いでどこへ行く?」

「!」

 

 途上に立ちふさがったのは──死柄木弔だった。

 

「"La mémoire(想い出)"にやられたって聞いたけど……その様子だと、もう思い出した?」

「ア゛ァ?誰だてめェ」

「……あれ?」

 

 勝己の顔つきから判断した弔だったが、あてが外れたかと肩をすくめた。だが、わけのわからない状況に嫌気が差して飛び出してきたという様子でないことには確信がある。ならばと、質問を変えた。

 

「まあ俺のことはいいよ、同志みたいなモンだと思ってくれれば。──それより、かなえたい願い、わかったんだろ?」

 

 大切なものを取り戻す、と。

 その想いを言い当てたことで、胡乱な目で弔を見ていた勝己の信用を少しは得ることができたようだった。どうせ記憶はギャングラー……というか改造ポーダマンを倒せば戻る、だから今はそれだけでも構わない。

 

「じゃあ行こうぜ。そのための戦いに、きみを招待しに来た」

「……戦い、」

 

 デクを失って、なんのために未来を捨てたのか。その果てがあんな喫茶店で燻っているとは、自分のこととはいえ理解しがたかったのだ。しかし願いをかなえる方法があって、それが"戦うこと"であるなら。

 

「じゃあとっとと案内しろや、不審者」

「……ハァ、もはや懐かしいな。ソレ」

 

 不審者呼ばわりした相手に誘われて日の当たらない場所へ。その言行不一致──と言うのは少々大袈裟すぎるが──はまるで喜劇だと弔は密かに思った。だが自分自身のためにも、勝己が戦線に復帰してくれなければ困るのだ。

 

「──おっと忘れるとこだった。これ、今のうちに渡しとくよ」

「!」

 

 振り向きざま、片手ほどのオブジェクトを投げ渡される。──それは、飛行船のような形をしていた。

 

「ンだこれ」

「俺のshef d'œuvre(最高傑作)ってとこかな、ははっ」

 

 うそぶく弔。しかしその言葉は決して嘘偽りでないことは、他ならぬ戦場で証明されることになるのだった。

 

 



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#29 聖母 3/3

ルパンカイザーマジック色合いがカッコよくてすき


 日本のどこにでもある、名前のない場所。

 

 爽やかな秋の風吹くその青空の下は今、颶風漂う戦場と化していた。

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 吶喊するパトレンジャーの面々。彼らの標的が平和に仇なすものすべてであることは言うまでもないが、今回は普段と様子が違っていた。

 

「ッ、なんつー、雑魚の多さだ!」

 

 ポーダマンの群れを懸命に蹴散らしつつ、切島鋭児郎──パトレン1号が毒づく。倒しても倒しても湧いて出てくる戦闘員軍団。ここまでの物量を相手にするのは、初めてのことだった。

 

「これでは、本丸にたどり着けん……!」

「たどり着けりゃ一発だろうにね……」

 

 2号の言う"本丸"は、無数のポーダマンに護衛されたポーダマン……否、頭部に金庫を移植された実験体に他ならない。こそこそ隠れ逃げるようにしているところを見るに、戦闘能力は他のポーダマンと大きく変わらないと思われる。ただその裏返しなのか、通常のギャングラー以上に守られていて手が出せないのだ。

 

「こんなときに、死柄木くんは何を……!」

 

 出動のときには姿を消していた死柄木弔。スパイとして快盗にもぐり込んでいる彼は、こうして誰になんの断りもなく不在になることが多い。パトレンジャーとは指揮命令系統が異なるためなんの問題もないのだが、やはり感情のうえでは諸手を挙げて容認とはいかない。

 ただ、

 

「死柄木が来るまでに終わらせて、拍子抜けしてる顔、見てやろうぜっ!」

 

 鋭児郎の前向きな言葉が、そんな些細なわだかまりを溶かしてくれる。──そう、そんなものにかかずらってなどいられないのだ。この世界の平和を、守るのだから。

 

「しかし、」

「それにしても……!」

 

「「「──数が、多いっ!!」」」

 

 結局、行き着くところはそこだった。

 

「──だったら、私たちがやってあげるっ!」

「!?」

 

 突如飛び込んできた、青と黄……ふたつの影。それらはマントを翻しながら戦陣の背後を突き、改造ポーダマンに襲いかかった。

 

「な……快盗!?」

「棚ぼた狙いかよ、ずりィぞおめェら!?」

 

 警察の使命が平和を守ることなら、快盗の使命は何を置いてもルパンコレクションを奪還することである。狡いと言われようが、それがすべてなのだ。

 

「ふッ!」

 

 咄嗟のことに右往左往している標的にルパンブルーが足払いをかけ、地面に引き倒す。無防備になった金庫にすかさず、イエローがダイヤルファイターを押し当てようとする──

 

──刹那、

 

「きゃあっ!?」

「ぐっ!?」

 

 なんの前触れもなく衝撃と熱とが襲いかかり、ふたりは改造ポーダマンから引き剥がされた。

 

「私の可愛いモルモット、いじめるのはやめてもらえないかしら?」

「!、貴様は……!」

 

「ギャングラーのドクター、ゴーシュ・ル・メドゥよ」

 

 名乗りを挙げたゴーシュは、その場にいる者たちに対して手当たり次第に攻撃を開始した。両腕の骨を改造した"サブマシン腕"が火を噴き、細かな無数の弾丸が獲物に襲いかかる。

 

「ッ!」

 

 懸命に回避行動をとるルパンレンジャー。一方で敏捷性には欠けるパトレンジャーの面々は、硬化の個性をもつ1号が自ら盾になることで弾丸を防いでいた。

 

「へえ、なかなかやるわね。でもいつまで耐えられるかしら」

 

 ゴーシュのそれは自らの不要になった体細胞を作り替えているものだ。ゆえに弾切れを起こすまでには相当な時間がかかる。

 むろん、そんなことは快盗も警察も知らない。ただ防戦一方ではいられない彼らは、各々攻撃を受け止めつつ反撃を試みていた。といっても、VSチェンジャーによる射撃が精々だが。

 

「フフ……その程度?」

 

 ステイタス・ゴールド──以前、七人がかりでようやく倒したライモン・ガオルファングと同じ。ゆえにゴーシュは考えるまでもなく強敵だった。あの男のような規格外の破壊力はないが、間断ない攻撃と、どんな反撃にも動じない胆力を併せもっている。

 

「〜〜ッ、どうしよう……!これじゃあの金庫頭に近づけないよ……!」

「……ッ、」

 

 ライモンのときとは異なり、快盗と警察で手を組んででも、という確固たる覚悟は互いにない。そもそもルパンレッド、エックスを欠いている状況。エックス──弔はともかく、爆豪勝己の参戦は望めない。今回の標的はゴーシュ自身でないとはいえ、ゴーシュを出し抜かなければ改造ポーダマンに手を出すこともできない。

 

(退くしかないのか。だが、退いたところで……)

 

 再戦の際には今と変わらず、ゴーシュが帯同しているに決まっている。勝己の記憶を取り戻す手段がコレクションに手をかける以外にない以上、結果が変わる未来は見えない。

 ならば結局、ここでケリをつけるしかないのだ。

 顔を覗かせつつある絶望を押さえつけ、再びゴーシュに立ち向かってゆかんとする快盗たち。──そのときだった。

 

「お待たせ、皆の衆」

「!」

 

 古びた雑居ビルの上に立つ、ふたつの男の影。それぞれ銀、そして赤い燕尾服を纏っている。後者は舞踏会で見るような仮面を装着しているのに対し、前者は成人の手のようなもので顔を隠しているのが特徴的だった。

 

「死柄木!ルパンレッドも……」

「ば……レッド!記憶は!?」

「戻っとらん。が、だいたいのことはこの不審者から聞いた」

「……不審者とかさァ、鏡見てから言えよな」毒づきつつ、「じゃ、手筈通りに頼むぜ。ルパンレッド?」

「わーっとるわ」

 

──すべては、願いをかなえるために。

 

「「快盗チェンジ!!」」

『レッド!0・1・0──マスカレイズ!』

『Xナイズ!』

 

 ふたりの身体を、快盗スーツが包み込む。

 

「じゃ、お先」

 

 変身を完了するや否や、レッドを残してルパンエックスは飛び降りた。わらわらと群がってくるポーダマンらを事もなげに薙ぎ倒しつつ、戦場の中心へと向かっていく。

 

「ルパンエックス……ふふ、会いたかったわ。あなたとは一度話してみたかったの」

Avec plaisir(喜んで)。ただし肉体言語に限る」

 

 言葉と同時に、弾丸をかわしあう。ただこれは所詮、互いの実力を確認するためのジャブにすぎない。引き金を引く手の熱とは裏腹に、全身の所作はまだ落ち着き払っている。

 一方、"快盗チェンジ"を遂げた自らの姿に未だ慣れないルパンレッドは、己の掌をじっと見つめていた。

 

「………」

 

 己が最大のアイデンティティーである"爆破"──目を覚ましてからずっと思っていたことだが、実戦経験を積んできているにもかかわらずただの一度も使用していないようだった。大人から注意されていた幼少期のほうが、余程も気炎を吐いていたのではないだろうか。

 正体を知られてはいけないから。快盗としての危機管理といえば理由付けはできるが、それだけでないことは今ならよくわかる。

 

(俺はヒーローじゃねえ、)

 

(──快盗だ)

 

 だから頼るのは──借りものの、力。

 

『マジック!』

 

 弔より受け取った新たなダイヤルファイターを、VSチェンジャーに装填する。

 

『0・2──9!快盗、ブースト!』

 

 発動。光に包まれると同時に、飛び降りる。

 

「!、レッド、それって……」

「新たな武器、か?」

 

 ルパンレッドの右手に装着された弓矢。訊くまでもなく、それは快盗が新たに手にした戦力だった。

 

──マジックダイヤルファイター。死柄木弔が、ルパンコレクションを改造して生み出したのだ。

 

「行くぜ──」鏃を頭上に向け、「まとめて……ブッ刺す!!」

 

 弦を、解放する。

 放たれた光の矢は一度天高く昇り、皆の視界からほとんど消えたところで無数の小さな矢に分裂した。そしてそれらが、まるで流星のように地上へと墜ちてくる。

 

「!!??」

 

 刹那、ポーダマンの群れが悲鳴をあげて倒れていく。小さな矢は的確に彼らの急所を突き、一瞬にして絶命させていたのだ。

 ただ、改造ポーダマンを狙ったそれは、抜け目なくゴーシュが弾いていたようだ。

 

「ったく……ジャマすんなよな、ステイタス・ゴールド!」

「!」

 

 すかさずルパンエックスがゴーシュに攻勢をかける。ルパンブルーとイエローもそれに加勢する。三人がかりが相手でもまったく押される様子のないかの女ギャングラーであるが、流石に改造ポーダマンの護衛にまでは手が回らなくなりつつあるらしい。

 

「はぁ……。ここを離れなさい、実験体」

 

 ゴーシュの命令に従い、改造ポーダマンは踵を返して戦場を離脱していく。

 

「ッ、行かせるか!」

 

 ようやくフリーハンドを得たパトレンジャーの面々が、それを追おうとする。しかし彼らの行動は刹那、降り注いだ光の矢によって阻まれた。

 

「な……ッ!?」

「ジャマすんな、そいつは俺の獲物だ!!」

 

 そう怒鳴り散らして、ルパンレッドがあとを追っていく。いつにもまして何かに駆り立てられたような姿に、パトレンジャー……とりわけ1号・切島鋭児郎は困惑していた。彼の身に何かあったのか。いやそうだとして、できることなどあるわけもないのだが。

 

 一瞬、爆豪勝己の顔が脳裏に浮かぶ。ルパンレッドとは別人と、とうの昔に証明されたのだ。今さらその可能性を疑うわけではない。

 ただ別人であるはずの彼らが垣間見せる激情が、時折重なって伝わってくる。それは目に痛いくらいに鋭く、爛々と光る緋色をしていた。

 

 

 *

 

 

 

 命令を実行する改造ポーダマンは、付近のショッピングモールに逃げ込んでいた。既に避難が行われ、ここは無人となっている。

 彼のあとを追って、ルパンレッドもまた建物に侵入した。

 

「………」

 

 広い店舗内。無人であるせいで、普段訪れるときには考えられないような静寂に支配されている。耳を澄ましてみるが、自分の息遣い以外は何も聞こえない。

 

──ここにいる生ある者は、己と、敵だけ。

 

 ならばこの、魔具の力で。

 

 レッドはその場に立ち止まり、再び弓を構えた。光の粒子が集まり、矢を生成していく。その鏃を向ける先に、敵の姿はない。

 そんなことに、なんの問題もありはしない。繰り返すようだが、これは"魔具"なのだから。

 

「──ッ」

 

 

穿(つらぬ)けやァ!!」

 

 そのまま、極限まで引き絞られた矢が、放たれて。

 慣性に従ってまっすぐ飛翔したかと思えば、ある突き当たりに到達した途端にその進行方向を変えた。当然、自らの手を離れた矢をコントロールすることなどできはしない。

 

 だからこれは──この兵仗そのものの、意志だ。

 

 数秒ののち、光の矢が突き刺さって炸裂する音と、悲鳴めいた絶叫が聞こえてきた。さらに数秒後、吹っ飛ばされるようにして目の前に転がり落ちる改造ポーダマンの姿。

 

「………」

 

 そのことになんの感慨も表すことなく、ルパンレッドは静かに歩みを進めた。手にしたレッドダイヤルファイターを、彼の顔面……つまりは、金庫に押しつける。

 

『1・0──8!』

 

 解錠、完了。

 カメラのようなオブジェクトを取り出す。玩具のようにしか見えないが、これこそが願いをかなえるためのピースなのだ。死柄木弔から、それは聞かされている。

 

「……はっ」

 

 こぼれる嘲笑は、果たして何に向けられたものか。それを知る者は彼をおいて他にいない。

 いずれにせよ踵を返したルパンレッドの背後で、改造ポーダマンは誰に惜しまれるでもなく爆死するのだった。

 

 

 六人を相手にする羽目になったゴーシュ・ル・メドゥは、流石に余裕綽々とはいかなくなりつつあった。

 

「まったく、寄って集って……。ポーダマンと変わらないわ、ねっ!」

「一緒にしないでよっ、根性が違うんだから!」

「快盗の言うことだが……同意だ!!」

 

 どちらにも顔の利くエックスを仲介として、ルパンレンジャーとパトレンジャーはいちおう連携してこの難敵にあたっている。ステイタス・ゴールドは戦力を一点集中しなければ勝てない──その意識もまた、彼らを結びつけていた。

 面倒なことになったと苛立っていたゴーシュは直後、背中に衝撃と鋭い痛みを覚えた。

 

「……!?」

「いつまでも遊んでんじゃねえよ、カスどもが」

 

──弓を構えた赤の快盗が、ゆっくりと歩いてくる。その右手には、ルパンコレクション。

 

「レッド!」

「コレクション……つーことは、記憶戻った?」

「たりめーだわ。……世話かけたな」

 

 最後のひと言だけは、わずかに潜められていた。

 

 一方、ゴーシュは。

 

「……やってくれるわね、実験は終わりってわけ」突き刺さった矢を消し飛ばし、「でも、もう少し遊ばせてもらおうかしら……!」

 

 己のもつルパンコレクションの力を、彼女は発動させた。次の瞬間街に聳えるようにして現れる、巨大ポーダマンたち。

 

「またこれかよ。馬鹿のひとつ覚えだな、キモ女」

「キモっ……アンタ、覚えてなさいよ!」

 

 背後から不意打ちを喰らったことといい、珍しく感情を剥き出しにしながらゴーシュは姿を消した。

 それはひとまず、良いとして。

 

「さてルパンレッド。マジックダイヤルファイターの真髄、見せてやってくれよ」

「……けっ、役に立つんだろうな」

 

 毒づきつつ、レッドはかのマシンをVSチェンジャーに装填した。これもまたダイヤルファイターである以上、巨大化することは例外ではない。むろん他のダイヤルファイター、そして意気揚々と飛んできたグッドストライカーも。

 

「あれは……!新たなVSビークル!?」

「……死柄木、あんたが創ったの?」

 

 何も知らされていなかったパトレンジャーの面々は、当然のごとく弔に質問をぶつける。対する弔は、

 

「まァね。カッコいいだろ?」

 

 こんな調子である。煙に巻くような態度に天哉と響香は鼻白んだが、鋭児郎ただひとり「確かに」と感心しきりでいるようだった。その反応に対する反応は、弔からは窺えなかったけれど。

 

 

『快盗ガッタ〜イム、魔術を見せてやろうぜー!!』

 

 いつもとは異なる口上とともに、ダイヤルファイター同士の合体を文字通り中心となってすすめていくグッドストライカー。右腕にブルーダイヤルファイター、そしてマジックダイヤルファイターが頭部と左腕に。さらには、胸元までもを覆い隠す。

 そうして誕生した鋼鉄の機人の姿は、従来とは明らかに異なっていた。

 

『完成!ルパンカイザー"マジック"〜!』

 

 "魔法"の名を冠した新たなる巨人に、数体の巨大ポーダマンが先陣切って襲いかかる。迎え撃つマジック。その左手に装着された鉄球が、容赦なく振り下ろされ、彼らの奮闘はまったくの水の泡に終わった。

 

「けっ、コイツら相手じゃ試運転にもなりゃしねー」

「油断するなよ、小僧」

 

「まあ気持ちはわかるが」と、ルパンブルーは口の中でつぶやいた。実際、あっと驚くような隠し玉でももっていない限り、ポーダマンはポーダマンでしかない。既に倒した標的のように、改造されているわけでもないのだ。

 

『だったらサ、とことん遊んじゃおうぜ〜!』

「遊ぶ?」

『Oui!この姿、とんでもないコトが起こせちゃうヨ・カ・ン〜』

 

 グッドストライカーの物言いは相変わらず軽々しいが、実際、失敗を恐れず秘められた技能を試してみるには絶好の機会だった。相手が雑魚なら、いくらでも修正はきく。

 

「はっ、やったらァ!!」

 

 ルパンレッドの相変わらずの物言いと裏腹に、マジックは不思議な行動をとった。鉄球が開いて手が露になったかと思うと、周囲にカードらしき物体をばら撒いたのだ。

 

「……?」

 

 困惑するポーダマンらの前で、刹那、驚くべきことが起こった。

 降りそそぐカードを浴びたビル群が突如、ずずずと滑るように動き出したのだ。やがてそれらは一列に並び、ポーダマンらに立ちはだかった。

 

「そん中のどっかにお宝が隠されてる。探し出せたらくれてやるよ」

「!!」

 

 ポーダマンは欲望に忠実だった。ビルの中を覗き込んだり、隙間を探したり、思い思いに宝探しを開始する。揃いも揃って敵に背を向けている状況。しかしその敵こと、ルパンカイザー"マジック"は動かない。じっと宝探しの進行を見守っている。

 

「……今攻撃すれば、それで終わりだと思うんだが」

 

 ブルーのつぶやきは尤もだった。しかしグッドストライカーの言葉に従えば、このあと面白いことが起こるのだ。見守ってみるのも一興ではないか。

 

 そうこうしているうちに、ポーダマンの一体が歓喜の声をあげた。ビルの中のひとつにいつの間にか巨大箪笥が混ざっていて、そのいちばん下の段になんと、レッドダイヤルファイターが入っていたのだ。

 

 後生それを大事に抱えて喜ぶポーダマンに、他の連中が群がって奪おうとする。

 その中の一体が……ふと気づいた。いつの間にか目の前の機人が、通常のルパンカイザーに戻っていたのだ。

 

 そんなことはありえない。だってルパンカイザーを構成するレッドダイヤルファイターは、ここにあって──

 

「バァカ、よく見ろや」

 

 刹那、ダイヤルファイターはその姿を変えた。レッドから、マジックへ。飛行船は群がるポーダマンから自ら離脱すると、まるで唾を吐きかけるかのように容赦なく鉄球を叩きつけたのだ。

 

 そうして彼らを痛めつけると、ルパンカイザーは再びマジックと合体した。そして今度こそ、終局のとき。

 

『グッドストライカー・驚いちまえイリュージョン〜!』

 

──ルパン、マジック!

 

 マジックの手から放たれた球体は、いったん天に昇り。

 

「?」

 

 そのまま、巨大な要塞となって墜ちてきた。

 

『バルスっ!!』

「!!??」

 

 要塞の墜落に巻き込まれ……ポーダマンの群れはことごとく、ぺしゃんこに潰されてしまった。

 

「永遠に、アデュー」

『気分は、いつも以上に……サァイコ〜〜!!』

「………」

 

 随分古い映画のネタを持ってきたものだと炎司は密かに思ったが、口にはしなかった。まあ、たしかに遊び心のきいた戦いだった。ヒーローとして……少なくとも、エンデヴァーとしては絶対にありえない戦い方。

 そんなことを思いつつ、目的を果たした彼らは彼方へ飛び去っていくのだった。

 

 

 *

 

 

 

「じゃあ、そろそろお暇します。長々居座っちゃってごめんなさいね」

「……いえ」

 

 夕暮れに染まろうとしている往来で、緑谷引子が小さく頭を下げている。対する轟炎司と麗日お茶子もまた、一礼し返した。

 

「かっちゃん……勝己くんのこと、よろしくお願いしますね」

「……もちろんです」

「引子さんも、お元気で!」

 

 もう一度頭を下げて、引子は去っていった。ほんのわずかに名残惜しさを醸した、笑みを残して。

 

「……爆豪くん、なんで今わざわざ買い出しなんか。引子さんのお見送りもしないなんて」

「………」

 

 そのことについて、引子は何も言わなかった。──自分たちが戦場に向かって、勝己があとを追ってくるまでの数十分の間に何かあったのだろう。炎司はそう推察した。

 

(……頼まれてしまったな、小僧のこと)

 

 勝己を呪い消えた少年の、母親に。実母のそれよりも、重い言葉かもしれない。

 ある意味それも呪いであるなどと、思うだけでも失礼にあたるだろうか。

 

 

 いずれにせよ……夕暮れの街を独り彷徨う勝己の心を知る者は、彼自身をおいて他にはいないのだった。

 

 

 à suivre……

 

 




「旅行は、同行者がいてなんぼだろ?」

次回「SPLASH」

「行けッ、ルパンレッド!!」
「……似てんじゃねえよ、めんどくせえ」




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#30 SPLASH 1/3

かっちゃん曇らせ後編



 

 警察戦隊のタクティクス・ルーム。管理官にサポートロボット、そして隊員たちがいるいつもの光景。

 

 その中にあって隊員のひとり・切島鋭児郎は、何がしかの書類にサインを行っている最中だった。

 

「っし、これでいいかな」

 

 するりと署名を終えると、ジム・カーターがスマートフォンを渡してくる。『壊したら弁償ですからね』との注意つきで。

 

「では切島くん。よろしく頼む」

「何かあればすぐ連絡したまえ!」

「……ま、頑張って」

 

 三者三様の励ましの言葉に、サムズアップで応える鋭児郎。しかしその笑顔も、もうひとりの隊員……もとい客分が現れた途端にぎこちないものへと変わった。

 

「オハヨウゴザイマース。……って、何?切島くん、どうかした?」

「ぬおっ、し、死柄木くん!?いや何かあるというわけでは……」

「ゴホン!……有休とったんだよ、切島」

「そ、そうそう!たまには一人旅もいーかなーと思って……」

「こういう仕事だからこそ、ときにはリフレッシュも必要だからな。きみもたまには休んだらどうだ?」

 

 塚内管理官の"提案"を笑って受け流す弔。しかしその緋色の双眸は、鋭く何かを察知していたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 翌日、鋭児郎は北関東にある有名温泉郷、その最寄り駅に降り立っていた。

 

「ん〜ッ、空気が美味ぇ!」

 

 そう声をあげて、ぐう、と伸びをする。もとより標高が高い場所であり、きょうは天気も抜群に良い。爽やかな秋の気候と相まって、絶好の行楽日和だと感じていた。

 

「……っとと、いけねえ」

 

 表情を引き締め直して、スマートフォンを取り出す。通話アプリを開き、「到着した」と送ると、すぐさま返信があった。

 

──了解した。では予定通り16時に。場所は改めて連絡する。

 

「………」

 

 現在時刻を確認しつつ、息をつく。まだ時間はあるが、先のことを考えるばかりで何も予定を立てていなかったのだ。

 

(どうっすかな……)

 

 立ち止まって悩んでいたらば、

 

「──ボーッと突っ立ってんじゃねえよ、邪魔だ」

「!?、あ、スミマセ……」

 

 反射的に振り返って……ぎょっとした。

 

「な……ば、バクゴー!?」

「おー」

 

 ニヤリと笑う顔見知りの少年──爆豪勝己。奇しくも自分と同じく、小さなボストンバッグを小脇に抱えている。

 

「な、なんでここに?」

「ふと温泉行きたくなった。そっちは?」

「ああ……俺もそんなとこ、だけど……」

 

 ごにょごにょと応じると、勝己は今まで聞いたことがないような明るい声を発した。

 

「へえー!じゃあさ、一緒に回ろうぜ!旅行は、同行者がいてなんぼだろ?」

「え!?い、いやでもなぁ……」

「……ンだよ、俺と回るのイヤなんか?」

「!」

 

 眉をハの字にして見つめてくるという、これまたレアにも程がある表情。鋭児郎は思わず言葉に詰まった。イヤなわけがない。ないのだが……。

 

 困り顔の鋭児郎の肩に親しく腕を回しながら……勝己は密かに、笑みを悪辣なものへと変えていた。

 

 

──話は、再び昨日へと遡る。

 

「つーわけでさァ……切島くんたち、どうも何か隠してるらしいんだよな」

「たしかに……旅行はともかく、それだったら友だちとわいわい行くとかしそうだもん。あの人」

 

 お茶子のつぶやき。それは偏見ではないかと炎司は思ったが、話を聞く限り不自然な態度であることに間違いはなさそうなので、あえて口には出さない。

 

「チッ……で、俺に探ってこいって?」

「おっ、ご名答〜。察しがいいね、爆豪くんは」

「クソオヤジじゃ間がもたねえ、丸顔はバカ正直。だったら俺しかいねえっつーんだろ」

「………」

 

 炎司とお茶子がじろりと睨む……弔を。

 

「あくまで爆豪くんの意見です」

 

 肩をすくめて言い放つ弔だった。

 

 

 戻ってきょう、今現在。

 

 勝己の寂しそうな表情に、鋭児郎はついに音を上げていた。

 

「……まあいいか。まだ時間あるし……」

「時間?」

「いや、こっちの話!それよりどうする、日帰り入浴やってるとこ、行ってみるか?」

「おー。あんたに任せる、支払いも含めて」

「………」

 

 奢らせる気満々かよと嘆息しつつ。ただ、あの爆豪勝己がこうまで甘えることも早々ないだろうと思い直し、時間の許す限りは彼に付き合うことにした。そこに打算があろうなどとは、思ってもみない。その善良ぶりが時に他人を曇らせることもあるなどとは、知るよしもない鋭児郎だった。

 

 

 *

 

 

 

 ギャングラーの総本山たる首領の邸宅では、例によって側近から報告が行われていた。

 

「ドグラニオ様。カンクス・ブチルメルカルタンがいよいよ動き出したようです」

「ほぉ、カンクスか」

 

 ドグラニオ・ヤーブンの反応はいつもと変わらなかったが、もうひとりの側近はというと。

 

「カンクスが……!?ってことはまさか……アレ?」

「アレだろう」

「あ……ああ……」

 

 身震いするゴーシュ・ル・メドゥ。ギャングラーの中でも有数の実力者である彼女が名前を聞いただけでそのような反応を見せるなど、めったにあることではなかった。

 

「奴には確か、うってつけのコレクションを渡したはずだが。ふむ……どうなることやら」

 

 ドグラニオが文字通り高みの見物と洒落込んでいるのは、いつものことだった。

 

 

 *

 

 

 

──ばちゃん、

 

「ふいー、生き返る〜……」

「………」

 

 ふたり揃って湯に浸かり、息をつく。やや白く濁った液体はやや熱く、湯けむりを四方にたなびかせている。身体の芯から温まっていくかのようだった。

 

「国際警察の風呂も広くて気持ちいいんだけどさ、やっぱ本場は違うよなぁ」

「そーだな」

「しかもバクゴーと一緒に入れる日が来るなんてなあ……ぶっちゃけ、嫌われてるかと思ったのに」

「……別に、フツー」

「フツーかぁ……へへっ、それでもいいや」

 

 相手は森羅万象に対するスタンスが相当に厳しいと目される少年であるから、"フツー"という評価は鋭児郎にとって十分に喜ばしいものだった。身体が温まって解れているせいもあるのだろう、頬も容易く弛む。

 それから暫し沈黙が続く。鋭児郎が表も裏もなく賑々しい性格である一方で、勝己は案外掴みどころがないかもしれないと感じる。無愛想に振る舞っているかと思えば、人をからかって楽しそうにからから笑っているときもある。だが今はそのどちらでもない、無色透明な表情を浮かべていて──

 

 無意識に凝視していたのだろう、あらぬ方向を見つめていた緋色の目がぎろりとこちらに向いた。

 

「何ジロジロ見てンだよ」

「!、あー……バクゴーって、元はヒーロー志望だったんだよな?」

「……おー。あんたに話した覚えはねーけど」

「え、そ、そうだっけか……あはは」

 

 ジュレの面々に快盗疑惑が浮上した際、ジム・カーターが調査してきたことだったか。そのあたりの事情は既に彼の知るところとなっているせいか、文句は出なかったが。

 

「それがどうかしたかよ」

「いや……見た感じさ、かなり鍛えてるみてーだし。勿体ねーなーと思って」

「………」

 

「……別に、もうキョーミねえよ」

「!」

「身体動かすンは習慣になってっから。そんだけ」

 

 押し殺した声でそう告げて、勝己は顔をばしゃばしゃと濯いだ。無言の拒絶を感じて、鋭児郎は「……そっか」と応じることしかできない。

 せっかく和やかな雰囲気でいられたのに。余計なことを訊いてしまったと内心悔やんでいたらば、お湯が唐突に顔面めがけて飛んできた。

 

「んぶっ!?」

 

 その飛沫を放ったのはほかでもない、爆豪勝己だった。今の今までとは打って変わって、悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 

「な、何すんだよ!?」

「デリカシーのねえクソ髪への制裁」

「制裁て……おめェなあ!」

 

 貸切状態なのをいいことに、鋭児郎は即座に反撃に出た。湯をあらん限り掬い上げ、相手の顔に浴びせかける。そうなれば相手も眦吊り上げて応戦してきて……と、いつの間にやら湿っぽい空気は洗い流されてしまったのだった。

 

 

 *

 

 

 

 ふたりが空腹を覚えて湯からあがると、案の定昼どきが近い時間帯だった。

 混雑する前にと急いで店を見繕い、いちおう意見が一致した店に入る。このあたりはうどんが名物なので、揃って同じメニューを頼んだ。

 

「おー、美味そう!いただきまーす!」

「……いただきます」

 

 声を潜めてこそいるが、きちんとした挨拶。響香も言っていたが、たしかに育ちの良さは感じるなあと鋭児郎は思った。とはいえ、いきなり七味を乱打するのは如何なものかと思うが。

 

「バクゴー、辛いもん好き?」

「おー」

「マジかぁ……。俺、あんまダメかも。わさびなんかはまだいいけど、唐辛子は」

「はっ、舌がガキなんだろ」

「い、いいだろっまだギリ18なんだから!」

 

 とはいえ、勝己はもっと若い……というか幼いのだが。顔つきは鋭いが、まだ頬に丸みは残っているし、普通にしているとやはり子供だとも感じる。

 

「ンだよ、まァたジロジロ見やがって」

「へへ……美味ぇ?」

「まあまあ」

「ふーん……んっ、スゲー美味ぇじゃん!」

 

 

 食後は、腹ごなしに温泉街へ。

 

「っし、見てろよ〜」

 

 放ったコルク弾を、狙った的に命中させていく。

 

「ヘヘッ、まあこんなモンだな!」

「ふぅん。じゃ、俺やるわ」

 

 鼻高々の鋭児郎と交代し、コルクガンを手にする勝己。緋色の目が細められ、獲物を狙う猛禽類のごとく鋭いものとなる。

 そして、

 

「──!」

 

 放たれた弾は、まるで意思をもっているかのように空間を跳ねまわった。次々と景品が地に落ちていく。

 

「……ま、こんなモンだろ」

「………」

 

──敗けた。

 

 意味合いは異なるが、鋭児郎と店主はまったく同じタイミングで膝から崩れ落ちたのだった。

 

 

「いやー、やるなあバクゴー。あんなん初めて見たぜ、さっすが才能マン」

「あんなん、ヨユーだっての」

「普通は余裕じゃねーって!……あ、これ美味ぇ!」

 

 勝己を褒めちぎったその口で、今度は饅頭を頬張る鋭児郎。ガキかよ、と内心嘲りつつ。自覚するところではなかったが、勝己は温泉に浸かっているときと同じ感覚を覚えていた。心が、解れていくような。

 

「……なあ、このあとどうする?もっぺんくらい温泉入りてーんだけど」

「あー……そう、だな……」

 

 ほんとうにただの旅行だったらば二つ返事どころか自分から言い出しそうなところ、鋭児郎は返答に詰まった。そして、ちらちらと腕時計を確認している。

 やはり何かある──内心そう踏みつつ、表立っては空とぼけた声を発した。

 

「ンだよ、まだ時間あんだろ?それとも、なんか予定でもあんの?」

「え、っと……」

 

 どう答えたものか、鋭児郎が窮したときだった。独り石段にしゃがみ込んで、うつむいている少女の姿を見かけたのは。

 

「!」

 

 目撃してから、鋭児郎が動き出すまでには一瞬だった。それこそ、勝己が口を挟めないくらいに。

 

「どした、なんかあったか?」

 

 顔を上げた少女は、一瞬びくっと身体を震わせた。子供は鋭児郎の人となりを知らないのだから当然だ。目に痛い赤髪の──きょうは逆立てていないのでまだマシだが──、筋骨逞しい男がいきなり声をかけてきたら、誰だって怖がる。

 むろん、鋭児郎にだってそんなことはわかっていた。相手が自分の人となりを知らないのならば知ってもらえばいいとばかりに、人好きする笑みを浮かべる。

 

「怪しいモンじゃねーって。──そうだ、ほらこれ」

 

 懐から国際警察の職員証を取り出し、見せる。さらに「お兄ちゃん、パトレンジャーなんだぜ!」と付け加えると、少女の目が輝いた。

 

「………」

 

 烈怒頼雄斗じゃなくて、パトレンジャーでいいのかよ。一歩引いて様子を窺う勝己が内心でそう突っ込みを入れたとき、出会ったその夜の鋭児郎の言葉が記憶の底から甦ってきた。

 

──ヒーローも警察も、きみたち市民を守ろうとしてるのは同じだ。その使命が果たせるなら……肩書とか立場とか、そんなん些細なことだと思うんだよな。

 

 鋭児郎にとって、それは虚勢でもなんでもない。心に根づいた、ごく当たり前の在り方なのだろう。

 

 

 *

 

 

 

 昨日土産屋で買ってもらったという髪飾りをどこかに落としてしまい、ひとりで探しに出たところ迷子になってしまった。鋭児郎が聞き出したところによると、そういう事情であるらしい。

 少女を近くの交番に預け、鋭児郎は自らが探しに出ることを即断した。

 

「髪飾り、お兄ちゃんが見つけてきてやるからさ。安心して待ってろな」

 

 そんな言葉が、外で待つ勝己の耳にも届く。尤もこちらの嘆息は、鋭児郎には届いていないだろうが。

 交番を出てくるや、彼は勝己に両手を合わせた。

 

「わりィなバクゴー、ここまで付き合わせちまって。つーわけだから、こっからは別行動で……」

「……俺ぁいいけど、あんた予定あるんじゃねーの」

「あー……まあ、な」肯定しつつ、「でも、見て見ぬふりするわけにはいかないだろ?仮にもヒーローなんだから」

 

 「まあ今は警察官だけどな!」と付け加えつつ、鋭児郎は独り往来に消えていく。その背中に一瞬、ある少年の姿が重なった。

 

「……チッ」

 

 舌打ちしつつ、勝己も歩き出した。

 

 

 *

 

 

 

「っし、探すぞぉ!」

 

 自らを鼓舞するように声を張り上げ、鋭児郎は捜索を開始した。土産屋からホテルまでの区間、少女が通ったという道を虱潰しに探す。下ばかり向いているのではなく、通りがかりの人々にも可能な限り聞き込みをしていくという徹底ぶりだ。それでも不特定多数が行き交う往来から小指ほどの大きさの物を見つけ出すというのは簡単ではない。約束の時間のことも気にかけつつ、彼は長期戦も覚悟していた。

 

 一方、勝己はというと。

 

「ありがとうございました、またお越しくださいませー」

「……っス」

 

 こなれた店員の挨拶を背にしながら、来た道を下りていく。片手にはビニールに包まれた髪飾り──少女が落としたのと、同じ物だ。

 交番にも届いていなかったのだ、このような場所で落とした物が見つかる可能性はゼロに等しい。だいたい、オンリーワンの代物ならともかく、昨日この温泉街で買ってもらったばかりの大量生産品だというではないか。だったらもう一度買ってしまえば済む話だ。

 むろんこれは慈善事業ではない。鋭児郎には"予定"とやらに間違いなく向かってもらわねば困るのだ──快盗として。そのためなら数百円、自腹を切るなど痛くも痒くもない。

 

「ったく、はじめっからこうすりゃいいのに。馬鹿正直かよ」

 

 嘲りの言葉をこぼしつつ、交番に向かって歩く。建物が見えてきた。──と、背後から駆け足で近づいてくる足音。

 

 振り向いた勝己は、目を瞠っていた。

 

「見つけたぜー!!」

「……!」

 

 切島鋭児郎。揚々と声を張り上げる彼の手には、髪飾りが握られていた。──たしかに見つけ出したのだ、彼は。自分のように姑息な手を使わず、少女の探しものを見つけ出した。

 

 姑息……ああ、姑息だとも。

 

 少年の拳は、ひとりでに握りしめられていた。

 

 



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#30 SPLASH 2/3

 

「何もしていないギャングラー?」

 

 待機中もたらされた情報に、飯田天哉は怪訝な声をあげた。

 

『はい。何件も目撃情報があるのですが……特に被害を出すことなく、現れては去っていくのを繰り返しているようです』

「……っつっても、連中が意味もなく姿を現すとも思えないね」

 

 これまでに交戦したギャングラーたちの多くは、人間に擬態する能力をもっていた。こちらの世界で真の姿を現すのは、犯罪または戦闘行為を行うとき。

 

「いずれにせよ、放っておくわけにはいかないな。──皆、出動だ」

 

 「了解!」と力強い声が返ってくる……一名を除いて。

 

「構いませんけど、切島くんも呼び戻したほうがいいんじゃないですか?」

「!、い、いやそれは……」

 

 途端、天哉が言葉に詰まる。つくづく嘘のつけない男だと、死柄木弔は内心思った。

 

「……まだいいでしょ、戦闘になるって決まったわけでもないし。──ですよね、管理官?」

「ああ。幸い、きみもいてくれることだしな。死柄木捜査官?」

「……まァ、管理官がそういうご判断なら結構ですけど」

 

 白々しい塚内の笑顔を受け止めて、弔も口許をゆがめた。

 

 

 *

 

 

 

 少女たちと別れた勝己と鋭児郎は、その後足の向くままに散策を続けていた。温泉街を離れ、深山に通じる架橋に差し掛かったところで、辛抱堪らなくなった鋭児郎が声をあげた。

 

「……どうした、バクゴー?」

「………」

「俺、なんかしちまったか?」

 

 自分に非があるのかと訊いている……心当たりもないくせに、随分と気遣わしげな表情で。

 は、と詰めた息を吐き出して、勝己はようやく渦巻く想いの一片を口にした。

 

「……別に。やっぱあんたはヒーローだと思っただけ」

「……そんだけか?」

「………」

 

 相手から視線を逸らして、勝己は背を欄干に預けた。

 

「喜んでたな、あのガキ」

「そりゃあ……なくしてた髪飾り、見つかったんだし」

「あんたが見つけてくれたから、だろ」

「……?」

 

 鋭児郎は首を傾げた。そこに違いなどあるのだろうか。

 

「探しものが見つかったのに喜ばねえ。それどころか、見つけてくれた相手を罵倒する。そんなことがあるとしたら、どんなときだと思う?」

「……いや、」

 

 「わかんねえよ、そんなの」──そう答えようとしたとき、勝己が徐にこちらを向いた。その表情には、いろのない笑みが貼りついていて。

 

「探してきたヤツが、無個性だったときだよ」

 

 言葉を失う鋭児郎に、勝己はある幼き日の出来事を語った。

 

 

──発端は、クラスメイトの女子が大事な物をどこかに落としたと騒ぎ立てたことだった。

 休み時間に校庭のどこかで落としたのだと言って探し回っていたが、結局見つからなかった……らしい。伝聞になるのは、勝己が彼女らにまったく関心を払っていなかったからだ。その娘は今思えばかわいい顔立ちで、勝己に好意を寄せていたような話も耳にしたけれど、まったく興味が湧かなかった。どうでもいい相手は、完全に意識の外。

 

 一方、同じクラスにいた無個性の幼馴染。彼だけはどういうわけか、勝己の心をかき乱す存在だった。個性もない、身体もひ弱なくせに、ヒーローになりたいと主張し続けている。そういう、唾棄すべき存在。

 

 彼が放課後、校庭で探しものをしているのを、勝己は偶然見てしまったのだ。

 

「何やってんだ、デク」

「あ、かっちゃん……」

 

 既に苦手な存在となりつつある幼馴染に声をかけられ、引きつった笑みを浮かべている──"デク"。そういうところがますます勝己を苛立たせるのだと、彼は知っているのだろうか。

 

「あの女の落としもん、探してんじゃねーだろうな?」

 

 図星、という表情をする。

 

「……バッカじゃねーの、頼まれもしねえのに。だいたい、あの女もう帰っちまったぜ。ほんとに大事なもんなら、てめェで探すだろ」

「たまたま……用事があるのかもしれないし……」

「………」

 

 コイツに、何を言っても無駄だ。それにこの広い校庭で、落とし物など見つかるわけもない。「勝手にしろ」と吐き捨てて、勝己は独り下校した。

 

 その、翌朝。登校してきたかの女子にデクが駆け寄っていくのを、勝己は目撃した。「○○ちゃん、見つけたよ」と、何かを差し出す姿も。

 だが少女は、そのわめきたてるほど大切な物を、ついに受け取ろうとはしなかった。

 

──無個性が伝染るから、もういらない!

 

 残酷な言葉をぶつけられたその瞬間、デクはどんな表情をしていたのだろう。

 

(だから言ったんだ。頼まれもしねーのに、余計なことすんなって)

 

 底辺の、皆から見下される存在のくせに、上から手を差し伸べようとするから。馬鹿、どうしようもない馬鹿だ。

 だのに勝己は、彼を……誰にも求められることのない木偶の坊を嘲笑することはできなかった。溢れるのはただ、汚水のようなどす黒い澱みばかり。

 

──あのときの、立ち尽くす小さな背中が、十年近く経った今もなお脳裏に焼きついて離れない。

 

 

「それでもアイツは、変わらなかった。誰に求められなくても、無個性のくせに、ヒーローであろうとし続けた。……クソみてぇだよな。でも、」

 

──誰もがうらやむ力をもっていながら、それを自分のためにしか使えない人間と、どっちがクソなんだろうな。

 

 そうつぶやいて川を見下ろす勝己に、鋭児郎はかける言葉をすぐには見つけられなかった。ただ、

 

「……無個性って、その子の、ことだったんだな……」

 

 出会ってまだ間もない頃、勝己が自称した"無個性"──それが嘘であることは調査で判明したけれど、理由はとうとうわからずじまいだった。木偶の坊と罵って憚らない幼馴染のそれを、彼は、自らのアトリビュートとしようとしていたのだ。

 

「バクゴー、俺……たぶんおめェの気が晴れるようなことは言えねえけどさ……」

 

「その子も……おめェも、クソなんかじゃないと思う」

「……は、何を根拠に」

 

 鋭児郎は遠慮がちに、勝己のジーンズのポケットを指差した。

 

「それ、あの女の子が落としたのと同じ髪飾りだろ?」

「……!」

 

 無意識に突っ込んでいたせいで、それはポケットからはみ出してしまっていた。慌てて隠そうとしてももう遅い、現に指摘されているのだから。

 

「おめェだって、あの女の子助けようとしたんじゃねえか。方法は違うかもしれねーけど、でも、そんなの大したことじゃない」

 

「おめェは、ちゃんとヒーローだよ」──そう言って、鋭児郎は笑った。一点の曇りもない、親愛に満ちた笑顔。そんな彼に、勝己は語るべき言葉をもたなかった。

 だって、ほんとうは──

 

 そのとき、鋭児郎のもつスマートフォンが鳴動した。

 

「!、……悪いバクゴー。俺、この辺りに親戚住んでてさ、挨拶に寄ることになったから……」

「……あっそ」

「じゃ、また帰ったらな!」

 

 そう告げて、鋭児郎は山のほうへ走っていく。それを見送るわけでもなく、勝己は暫し橋の上にたたずんでいた。緋色の目を、伏せたまま。

 

「……なんもわかってねえよ、あんた」

 

 口許に浮かんだ嘲笑は、誰に向けてのものだったか。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、街には異形の怪人が姿を現していた。

 

「ププププッ、この辺にもボフッといくプー」

 

 言うが早いか、獣に似た怪人は踊るような動きを十数秒ほど続ける。その間、彼の胴体に埋め込まれた金庫が妖しげな光を放ち続けたが、目に見える形で何かが起きる様子はなく。

 

「プププ、次いくプ〜〜」

 

 傍目には何をやっているのかわからないまま、目的を果たして立ち去ろうとする。──刹那、

 

「ププゥッ!!?」

 

 光弾が襲いかかり、怪人はもんどりうって倒れてしまう。

 

「見つけたぞッ、ギャングラー!!」

 

 警察戦隊の一員であることを示す制服を纏った、二人組の男女。飯田天哉と耳郎響香であることは……いちいち言うまでもあるまい。

 

「今度はなに企んでる?」

「プププっ」厭らしく嗤い、「ナニが起こるか、当ててみるプ〜〜!」

 

 刹那、ふたりの背後で何かが光った。はっとしたのもつかの間、

 

 

 彼らは、爆炎に呑み込まれた。

 

「ププププ、ざまあみろプ……ん?」

『パトレンジャー!』

 

 電子音声が響く。と同時に、炎をかき分けるようにして現れる強化服の二人組の姿。

 

「国際警察の権限において──」

「──実力を行使するッ!!」

 

 パトレンジャーとギャングラー、カンクス・ブチルメルカルタン。正義と悪とが、いよいよ衝突する瞬間が訪れたのだ。

 

 

 *

 

 

 

 一方、秘密任務に従事する切島鋭児郎は、温泉街からも離れた山間の廃工場に足を踏み入れていた。

 とうに拠る人間を失っているはずの場所ながら、そこには先客の姿があった。

 

「お待ちしてましたよ社長サン、写真で拝見しましたけどやっぱりお若いですねえ」

「……そりゃどうも。約束のモンは?」

「もちろんお持ちしましたよ。──おい」

 

 見るからに風体のよくない男が配下に目配せする。手にしたアタッシュケースが開けられ、中身が露になる──

 

──それは、消防車のような形をしていた。傍目には玩具としか思われないが、その価値は鋭児郎にはわかる。

 

「そちらは?」

「……ああ」

 

 ボストンバッグのジッパーを開く。そこには、大量の現金。

 

 

 これがどういう取引なのか──密かに監視していた赤い快盗には、即座に看破することができた。

 

(あれは……VSビークルか)

 

 確信はあったが、その持ち主らの正体はわからない。今はまだ動くべきではないと判断し、彼は息を潜める。

 そんなこととはつゆ知らず、鋭児郎扮する闇の美術商と怪しい男たちの"商談"が進んでいく。

 

「じゃあ、取引成立だ」

 

 鋭児郎が一歩を踏み出したときだった。

 

「……申し訳ないが、金以外のモノもいただきますよ」

 

 変わらず丁寧ながらどこか下卑た口調。と同時に、コンテナや資材に身を隠していた男たちが次々と姿を現し、鋭児郎を取り囲んだ。

 

「……なるほどな、金だけ貰ってとんずらってわけかよ」

「ご明察。──やれ!」

 

 号令に従い、男たちが襲いかかっている。鋭い爪や牙をもっている者など、多くは物理攻撃系の個性の持ち主たちのようである。今のところ銃器を手にしている者もいない。いても変わらないが。

 

 鋭児郎は手始めにボストンバッグを接近してきた男に振りかぶると、そのまま手を放し、両手を自由にした。四肢を使った格闘戦なら、こんな三下に後れをとるはずがない。

 

「おらあっ!!」

「ぐぼォ!?」

「ぐべッ!!?」

「たわば!!」

「あべし!!」

 

 十人十色の悲鳴をあげて、男どもはほとんど一撃でノックアウトされていく。とはいえ流石に数人がかりである、中には鋭児郎の背後をとることに成功した者もいる。

 

「死ねぇぇぇッ!!」

 

 その鉄の爪(アイアンクロー)が、背中を引き裂く──

 

「!?、ぐがああッ」

 

 痛みに呻いたのは……男のほうだった。爪がざっくりと折れ、鮮血が噴き出す。

 

「硬さは俺の勝ちみてぇだな」

「……!」

 

 ジャケットこそ切り裂かれ、そこから地肌が覗いている。柔肌……などとは間違っても言えない、まるで岩石のような皮膚だった。

 

「ど、りゃあっ!!」

「ひでぶっ!!?」

 

 回し蹴りを顔面に受け、男は吹っ飛んでコンテナに激突した。

 残りは、リーダーの男ただひとり。見れば彼はアタッシュケースを手に逃げ出そうとしている。

 

「逃がすか、よっ!!」

 

 走り出す。と同時に、勢いよく地面を蹴って──跳躍。その首根っこに手をかけ、全体重をかけて地面に引き倒した。

 

「い、ぎぎぎ……!?」

「もう観念しろよ」

「お、おまえ……ただの美術商じゃないな!?何者だ!?」

 

 何者、と訊かれると一瞬答に詰まる鋭児郎である。弱冠18歳にして肩書がふたつあるのだから。

 

「……プロヒーロー兼、国際警察?」

 

 悩んだ末、そう告げることにした。

 

「おめェらのこと、日本警察から聞いたんだ。VSビークルらしきモンを取引してるってな」

 

──そう、先日関わった"裏オークション事件"、担当していた刑事が情報をくれたのだ。盗品をエサに取引を持ちかけ、金だけ奪って逃走する強盗グループ。そんな連中が、ルパンコレクションらしきアイテムを商売に利用している可能性があると。

 

 そこで捜査のためパトレンジャーの誰かが美術商になりすまして取引を行うことになったのだが、白羽の矢が立った……否、自ら立候補したのが鋭児郎だった。烈怒頼雄斗としては、おそらくそう手掛けることのない種類の案件である。是非携わってみたかったのだ。

 

「こちら切島、犯人を確保。消防車型のVSビークルも回収に成功しました!」

 

 揚々と報告を行う鋭児郎。その姿を見下ろしたまま、かの快盗は鼻を鳴らした。

 

「……けっ、死柄木にも隠れてコレクション手に入れようって算段かよ」

 

 快盗を出し抜こうとは、猪ばかりの──耳郎響香がいちおう例外であるくらいで──パトレンジャーにしてはやるではないか。宿敵を珍しく評価しつつ、

 

「でも、出し抜くほうなら負けねえよ」

 

 必ず、勝つ。ヒーローでなくとも、それだけは変わらぬ本懐。

 

 躊躇うことなく跳躍した勝己は、同時にワイヤーでアタッシュケースを釣り上げて奪取、突然のことに呆けている鋭児郎の数メートル先に降り立った。

 

「な……快盗!?なんでここに……!」

「はっ、快盗の情報網舐めてんじゃねえよ。バァカ」

「ッ!」

 

 任を成し遂げたと確信したところで……いや、まだだ。

 

「……渡さねえ!警察チェンジっ!!」

 

『1号、パトライズ』──電子音声とともに、鋭児郎の身体に赤の警察スーツが装着される。

 

「うおおおおお──ッ!!」

「チィ……っ!」

 

 猪突猛進もここまで来ると驚異的だ。簡単には退けないと身体で覚え込まされている勝己は、大胆にも頭上にアタッシュケースを投げた。

 

「!?」

「快盗チェンジ!!」

 

 自らも変身──同時に跳び上がり、放り出されたVSビークルを掴む。咄嗟の動きはやはり、スピードに長けた快盗に軍配が上がるのだ。

 だが、粘りなら決して劣らないと鋭児郎は信じていた。がむしゃらに駆け出し、目の前の宿敵に突撃する。

 

「返せ、っつってんだろうがぁ!!」

「言っとらんわボケナス!!」

 

 記憶力についても、快盗の勝ちのようだった。

 それはいいが、形勢は意外なことにパトレン1号に傾いていた。いかにスピードに長けた攻撃でも、彼が硬化で弾いてしまえば効き目は薄い。それに彼は、珍しく快盗相手に全力を出して戦っていた。自ら志願した回収任務、失敗に終わるわけにはいかないと。

 

「……ッ、」

 

 ただ何より顕著なのは、ルパンレッドの所作が精彩を欠いていることだった。普段なら乱暴な口調に反して攻守とも緻密かつ正確なのに、きょうはすべてが大ぶりで甘い。鋭児郎にも動きが読めてしまうほどには。

 

 やや押されていることを自覚してか、ルパンレッドはワイヤーを梁に伸ばし、ふわりと浮き上がる。それもまた、妙に緩慢で。

 だが……手心は加えられない。心のうちにもやもやしたものを感じながら、パトレン1号は躊躇なく引き金を引いた。

 

「ぐッ!?」

 

 命中は、信じられないほどあっさりとれてしまった。着弾の衝撃に弾き飛ばされ、翼をもがれたように墜落するレッド。

 

「……クソが……!」

「……おめェどうしたんだ?なんできょう、そんな……」

「っせーな……早く帰りてェんだよ。お宝は貰ったんだから」

 

 ほんとうに、それだけか。それだけで戦意を喪失するような相手なら、ここまでデッドヒートを続けることはなかったはずだ。

 だが感情を抜きにすれば、相手の態度は好機に他ならない。釈然としない思いを呑み込んで、パトレン1号はルパンレッドに襲いかかった。

 

 



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#30 SPLASH 3/3

販促を気にしなくてもいいのだ


 

 カンクス・ブチルメルカルタンを相手に、鋭児郎を欠いたパトレンジャーのふたりは苦戦を強いられていた。

 なぜなら、

 

「うわぁッ!!?」

 

 VSチェンジャーの引き金を引いた途端、小規模な爆発が起きる。吹っ飛ばされる。頑丈な警察スーツゆえ、損害は小さいが。

 

「ど、どうなっているんだ……!?」

「ッ、とにかく銃は使うな。ここは接近戦で……」

 

 ふたりの結論と同じものに、"彼ら"もたどり着いていた。

 

「原理はわからんが、銃を暴発させているらしいな」

「じゃあ、俺らも接近戦といこうか」

「オッケー!」

 

 VSチェンジャー、Xチェンジャーを構え──快盗チェンジ。変身を遂げると同時に、彼らもまた戦場へと舞い降りた。

 

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

「ルパン、エックス」

 

「「「快盗戦隊──ルパンレンジャー!」」」

 

 突然の闖入者は、正邪双方の動作を一瞬停滞させた。その隙を突いて、イエローが警察の足止め、ブルーとエックスが二手から攻撃を仕掛ける。正確にはブルーが斬撃を繰り出し、意識をそちらに引きつけたところでエックスが羽交い締めにするというものだったが。

 

「!?、は、放してっ。放してぇ!」

「……うるさいなァ。──ブルー」

「わかっている!」

 

 身動きを封じられたカンクスの金庫に、ダイヤルファイターを押しつける。『9・3・1』とナンバーが読み上げられ、解錠──

 

「ルパンコレクション、貰い受け……」

 

 いつも通りの、なんなら遥かに迅速な動きで、ブルーはルパンコレクションを奪回してみせた。そこまでは、良かったのだが。

 

「……!?」

 

 突然、カンクスの身体から溢れ出る黄色いガス。それはあっという間に周囲一帯に拡がり、快盗も警察も包み込んだ。

 

 そして彼らは──悪夢を、見た。

 

「く……」

 

 

(くっさ)あぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 強化スーツのメットでも防ぎきれない、強烈な臭気。

 

「ぐぶ……そ、そうか……"La Vie en rose(ばら色の人生)"、臭い消しのコレクションだ……」

「な、なんだと……」

 

 つまり、このギャングラーが臭いのか?

 

「正確には、オレのガスだす……ゴホン、出すガスの臭いだプ〜〜」

 

 ご丁寧な説明とは裏腹に、カンクスは指先から容赦なくガスをばら撒いていく。皆、あまりの悪臭に立っていることすらできず、その場にへたり込んだ。

 

「く、臭……もうダメ……お゛え゛ぇっ」

「!?、は、吐くなイエロー……!こちらまで……」

 

 

 ……大惨事であった。

 

 

 *

 

 

 

 ギャングラーの首魁らもまた、快盗も警察も一瞬にしてノックアウトされる一部始終を観察していたのだが。

 

「………」

「……………」

「見てるだけで臭ぇな」

 

 彼らはむしろ、敵である人間たちに同情していた。人間より遥かに強力な肉体……当然五感、もっと言えば嗅覚も鋭い。悪臭を忌み嫌うのは彼らも同じだった。

 

「ゴーシュ、もう手を貸してやれ……」

「えっ……そうね」

 

 デストラの言葉に、不承不承ながらゴーシュが動いた。思いっきり深呼吸をすると同時に、人間界へ転移する。

 

「私の可愛いお宝さんカンクスを元気にしてあげて……よし言えたわ」

 

 早口でいつもの口上を述べ、己がコレクションの力を発動する。この間およそ三秒。しかしエネルギー波を放出しながら、彼女はさっさと引っ込んでいたのだった。

 

──いずれにせよ……結果として、カンクスは巨大化させられた。

 

「あらららら、大きくなっちゃったプー。予定より早いがまあいいプ〜、そぉれ!」

 

 カンクスがパチンと指を鳴らし、わずかに火花が散る。刹那、

 

 劫火が、街を覆い尽くした。

 

 

 *

 

 

 

 ルパンレッドとパトレン1号の死闘は、果てしなく続いていた。

 

 優位を保っているかのように見える1号だが、あと一歩のところでレッドを捉えきれない。当然、VSビークルも奪還できないままだ。

 

「チッ……いい加減あきらめろよ、クソが……っ!」

「ンなわけにいくか……!それにはっ、世界の平和がかかってんだ!!」

 

 いちヒーローとしては、大仰にもとれる言葉。しかし今は国際警察の要のひとりとして、心の底からそう断言しているのだ。本来棘など生えていないはずの言葉なのに、どうしてか少年の胸には突き刺さる……深々と。

 

「黙れや……綺麗事ばっかべらべらと!!」

 

 遂にレッドは、動いた。VSチェンジャーにサイクロンダイヤルファイターを装填する。ギャングラーを粉砕するほどの強力な一撃を、放つつもりなのだ。

 

「……ッ!」

 

 一方の1号も、一瞬の逡巡のあとでトリガーマシンバイカーを取り出した。サイクロンと同等の威力をもつバイカー撃退砲なら、エネルギーを相殺できるかもしれない。──しかし万が一こちらが上回って、レッドに命中したら。

 

(俺は……)

 

 それでも、

 

『快盗ブースト!』

「バイカー、撃退砲──ッ!!」

 

 ふたりがいよいよ、最後の引き金を引こうとしたときだった。

 

『切島聞こえるか!?』

「ッ!?」

 

 突然の通信に、1号は思わず動きを止めた。普通なら命取りだったろうが、敵もその隙を突いたりはしなかった。というより、ほとんど反射的な停止だったのだけれど。

 

『森原地区で大規模火災が発生した!ギャングラーが可燃性ガスを撒き散らしてたんだ!この規模は……ッ、通常装備じゃ無理だ!トリガーマシンスプラッシュがあればって、死柄木が……』

「スプラッシュ……?あのビークルのことか?」

『頼む、なんとか……──』

 

 そのときだった。ひときわ大きな爆発音が響いたかと思うと、通信が途切れてしまったのは。

 

「耳郎!?おい耳郎──ッ、」

 

──通じない。ギリリと歯を食いしばった1号は、

 

「ルパンレッド!!」

 

 目の前の宿敵めがけて、声を張り上げた。

 

「聞いてたな!?街が大変なんだ……だから──!」

「………」

 

 

「ここからなら、おめェの飛行機のほうが速い……!」

「……は?」

 

 目の前の男がなにを言っているのか、勝己には一瞬、理解ができなかった。……そんなわけは、いや、どう考えても──

 

「それはおめェにやる!だから……だから皆を、街を救ってくれ!!」

「……なに、言ってんだ、てめェ……」

 

 掠れた問いに、1号が応えてくれることはついぞなかった。「いいから行け」と、声を振り絞って叫ぶ。それはルパンレッドの心を圧倒するのに十分すぎた。

 

「行けえええッ!!」

「……ッ、」

 

 思わず銃口を1号に向けるレッド。それでも身構えることすらしない相手を認めて……彼は、踵を返さざるをえなかった。

 数秒後、レッドダイヤルファイターが彼方へ飛んでいく。その姿を見送りながら、パトレン1号……鋭児郎は力なく座り込んだ。ほんとうにこれで良かったのか……葛藤がないといえば嘘になる。

 それでも、

 

(頼む……ルパンレッド……!)

 

 もはや、賽は投げられた。信じるほか、ないのだ。

 

 

 *

 

 

 

 劫火の中で、パトレンジャーの面々は懸命に救助作業を行っていた。

 

「こちらです、急いで!!」

「ッ、火の回りが速い……!死柄木っ、エックストレインを早く!」

『わかってるよ……ハァ』

 

 露骨に温度差のあるルパン、改めパトレンエックスだが、人々の運搬に協力している。

 

 一方の快盗たちは、ダイヤルファイターで巨大カンクスにドッグファイトを仕掛けていた。

 

「これ以上、好き勝手させないんだから……!」

「………」

 

 息巻くイエロー。そんな彼女の飛ぶ方角を、ルパンブルーはコックピットの中から見遣った。この戦闘も、元はといえば彼女が言い出したこと。ギャングラーに対する闘争心は奴らに人生を狂わされた者として当然もっている……だから否定はしないが。

 

(それだけでは、ないだろうな)

 

 今さら、考えるまでもないこと。

 

「ああ、鬱陶しいプー!どっかいくプー!」

 

 喚きながら反撃してくるカンクス。ダイヤルファイターのままでは、一撃喰らえば致命傷になりかねない。お茶子の真の意図を汲むなら、自分たちの役割は救助が完了するまでの時間稼ぎか。

 そう考えていた炎司だったが、業を煮やしたカンクスが思わぬ言葉を発した。

 

「きいいいっ、こうなったらもっともっとガスをばら撒いてやるプ〜!!」

「!?」

 

 こいつ、正気か──こんなごうごうとも燃えさかっている状況でさらに引火を誘発されたら、自分だって爆発に巻き込まれるだろうに。

 そういうことを考慮しないのがギャングラーということか。炎司は元トップヒーローらしからず、判断に迷った。思わず手に汗握る──刹那、

 

『丸顔、クソオヤジ!!』

「!」

 

 突然の呼び声。振り向けば──レッドダイヤルファイターが、こちらへ飛んでくる。

 

「レッド……!」

『ハナシはあとだ。ルパンカイザーマジックに合体しろ、消火は俺がやる』

「消火はって……VSビークルゲットしたん!?」

『したから言ってンだろ、いいから早くしろ!』

 

 言いようは気にいらないが、策としては適切である。ちょうどグッドストライカーも飛んできたところで、ブルーはレッドから受け取ったマジックダイヤルファイターを射出した。

 

『オイラにもっと注目してぇ!快盗ガッタイム〜』

 

 見せ場と張り切るグッドストライカーの主導により、ルパンカイザーマジックが誕生する。鋼鉄の機人の力は、ダイヤルファイター一機とは比較にならない。劫火をものともせず接近し、鉄球を用いた攻撃を仕掛ける。

 

「武器がマジプ〜〜!?」

「………」

 

 突っ込みを入れていたら、きりがない。

 

 ともあれルパンカイザーがカンクスを引きつけているのを尻目に、レッドは手に入れたトリガーマシンスプラッシュをVSチェンジャーに装填した。

 

『スプラーッシュ!Get Set……Ready Go!』

 

 『激・流・滅・火!』──発射され、巨大化していく鮮紅の消防車。レッドはすかさずそちらに飛び移った。

 

──皆を……街を救ってくれ!!

 

「……ッ、」

 

 自分は、快盗だ。従う義理などない。

 だから、だから──

 

 次の瞬間、トリガーマシンスプラッシュは大量の水を劫火めがけて放出していた。夥しい量の水流は街を呑み込み、またたく間に炎を無へ帰していく。紅蓮は、一瞬にしてその姿を消していった。

 

「ば、馬鹿な……プー!!?」

『馬鹿は貴様だ!』

「!?、グハぁッ!!」

 

 動揺したカンクスは鉄球の直撃を受け、まるで紙のように跳ね飛ばされた。

 

「やった!今のうちにとどめ──」

『悪いけど、それは俺が貰うよ』

「え!?」

 

 ルパンカイザーマジックの頭上を飛び越える巨大な影。それがエックスエンペラーであることがわかったのは、ニ、三秒後のことであった。

 

『ちょ、死柄木さん!?』

「いいようにアッシーくんさせられて終わりじゃ、気ィ悪いんだよ」

 

 言うが早いか、エックスエンペラー"スラッシュ"はグロッキー状態のカンクスめがけて一挙に距離を詰めていく。そして、

 

「エックスエンペラー……スラッシュストライクっ!!」

 

 帝王の斬撃が勢いよく繰り出され、標的のボディーを切り刻む。それに耐えきれるほど……カンクスは頑丈ではなかった。

 

「こ、こっちも気分悪いプー!!あ、おなら出ちゃ」

 

──爆発。死したゆえなのかガスの引火によるものなのかは……もはや神のみぞ知るところである。

 

「永遠にアデュー、ってね」

『ずるいぞトムラ〜!』

 

 グッドストライカーの抗議を受け流して、エックスは颯爽と去っていく。いずれにせよ、大惨事となりかけた戦闘も終焉を迎えたのだった。

 

 

 *

 

 

 

「申し訳ありませんでした!!」

 

 廊下まで響くほどの謝罪の声が、タクティクス・ルーム内に響き渡った。

 

「VSビークル、快盗に渡しちまって……あとちょっとだったのに……」

 

 洩れたつぶやきは、誰より鋭児郎自身が拭えぬ悔しさと無力感を味わっていることを示していた。彼は全力を尽くしたのだ。──最終的に自ら快盗に預けた判断も、責められる者などいようはずがなかった。

 

「頭を上げなさい、切島隊員」

「!」

 

 責任者たる塚内は──笑っていた。

 

「きみの判断で大勢の人が救われた。そのことは堂々と胸を張れ」

「管理官……」

「その通りだ切島くん!俺がきみの立場でも、同じ判断をしただろう!」

「ま、どっちにしたって、怪しいブローカーの手にあるよかマシだしね」

 

 皆の励ましの言葉に、鋭児郎は思わず涙ぐんだ。及ばなかった悔しさと、それでも人命のため最善の手を打てたという喜びが混ざった、うつくしい涙だった。

 

『それにしても、快盗はよく切島さんのお願いを聞いてくれましたね』

「!、……ああ、なんでかな。そこはさ、信じてもいい気がしたんだ」

 

 守れるものは守りたい──自分の憶測にすぎないかもしれないけれど、きっと彼らもそう思っていると。

 今は、信じたい。

 

 

 *

 

 

 

 爆豪勝己は、ジュレの裏庭に独り佇んでいた。

 

「………」

 

 その手には、自らの功により入手したトリガーマシンスプラッシュが握られている。見目麗しい少年が、子供の玩具にしか見えないオブジェクトを手に立ち尽くしている。それはひどくミスマッチで、見る者に不安を与える光景だった──彼がどう感じるかは、また別の話だが。

 

「アルセーヌもさァ、ンな大事なモン人にホイホイあげすぎなんだよな」

 

 ぶつぶつつぶやきながら、勝己の隣に立つ白髪の青年。痩せぎすのようで抜け目なく鍛えられた体躯は、十代もまだ半ばの少年と並ぶとより際立つ。ある種の危うさすら匂うのは、穿ちすぎだろうか。

 

「で、なんの用?こんなとこに呼び出して」

 

 こんなとこ……ジュレの一角であることに違いないのだが、だからこそ弔はそう言い放った。炎司とお茶子に、聞かれたくない話か。

 そんなふうに勘ぐっていたらば、勝己が予想だにしない行動をとった。

 

「……これ、」

「は?」

 

 無造作に握られていたトリガーマシンスプラッシュが、差し出される。

 

「……どういうつもりだよ?俺が持つってことは、」

「いいから」

「………」

 

 弔は珍しく暫し逡巡するそぶりを見せてから……結局は、それを受け取った。確かに、自分が持っていたとて快盗にデメリットはない。使う人間が、増えるというだけで。

 それ以外に用はないという無言の拒絶を感じて、弔は黙って踵を返した。勝己はまた、独りで佇んでいる。

 

「……いちいち似てんじゃねえよ、めんどくせえ」

 

 そのつぶやきを、誰にも聞かれたくはなかったのだ。

 

 

 à suivre……

 

 






「私は……朽ちていくだけの存在だ……」
「それでもウチは、あんたを守る……!」

次回「朽ちていくまで」

「馬鹿だな、ギャングラーを信じるなんて」



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#31 朽ちていくまで 1/3

今回原作準拠のお話ですが、ギャングラーはオリジナルにしました。



 

 戦塵浴びて、快盗の王は戦いを繰り広げていた。

 

「もうっ、なんでゴーラムまで出てくるわけ!?」

 

 現れた"二体目"の怪物を前に、ルパンイエローがごちる。彼女……というより快盗たちにしてみれば、巨大戦など蛇足でしかない。増援に苛立つのも当然であった。

 

「どっかに一つ目野郎がいンだろ」

「とはいえコレクションは入手した、奴を倒せば終わりだ」

「まあ……たしかに。──あ、そうだレッド。せっかくやしこの前手に入れたの、使ってみない?」

 

 トリガーマシンスプラッシュ。先日の戦闘においては文字通り火消しを担うにとどまり、ガッタイムには至らなかった。ここで使ってみようと彼女が言い出すのも、また当然なのだが。

 

「無ぇ」

「そうそう無……無い!?どういうこと?」

「死柄木に預けてあっから、ヤツがいねえと使えねー。以上」

「以上て!」

「貴様……そういう大事なことをなぜ報告しない?」

「聞かれねーから」

「ちょっ……」

 

 にわかに始まりかけた口論だったが、『前見て前!』とわめくグッドストライカーにより強引に中断させられた。ゴーラムが急接近していたのだ。

 

「チッ!」

 

 振り下ろされた拳を受け流して衝撃を最小限にとどめつつ、素早く後退する。そして、

 

『グッドストライカー連射ッ、倒れちまえショット~!!』

 

 無数のエネルギー弾が連続で放たれ、ゴーラムのボディーを穴だらけにしていく。

 

「グオォォォォ……!?」

 

 断末魔のうめき声をあげて、"それ"は爆破四散した。

 

「まず一体!」

「あとはてめェだけだ、映画泥棒もどき」

 

 ゴーラムの影に隠れるようにしていたのは、かの頭が金庫になった改造ポーダマン。以前戦った者とは当然別個体だろうが、もとがポーダマンである以上その力は似たり寄ったりであって。

 

 走り出すルパンカイザー。その疾走にあわせるように左腕が分離し、飛来した漆黒の剪刀と入れ替わる。

 

『完成!ルパンカイザー"ナイト"〜!』

「一気にトドメだグッディ!!」

『Oui!』

 

 一気呵成に距離を詰め、

 

『グッドストライカー、ぶった斬っちまえスラァッシュ!!』

 

 すれ違いざまに──斬る。時が止まったような一瞬のあとで……改造ポーダマンは、がくりとその場に膝を折った。

 

──そして、爆発。

 

『永遠にアデュ〜、アーンド気分はサイコー!』

「………」

『……じゃ、なさそうだなぁ』

 

 剣呑な空気を察したのだろう、流石のグッドストライカーも口をつぐんだ。

 

 

 *

 

 

 

 戦闘の一部始終を、遠巻きに見ている異形の姿があった。

 

「ふん……ドグラニオ様のコレクションをまた無駄にしたな」

 

 デストラ・マッジョの冷たい言葉に、"彼女"はわざとらしく肩をすくめてみせた。

 

「でもこれで、実験体を安定させる方法がわかったわ」

「……それは結構だが、次からは自分のコレクションを使え。まあとにかく、これでアニダラのときの借りは返したぞ」

「うふふふ……大丈夫、次が本番だから」

 

 嗤う──ゴーシュ・ル・メドゥ。そんな彼女らの足下では、もう一体の異形が追っ手から逃走を続けていた。

 

「グ……ハァ、ハァ……ッ」

 

 息も絶え絶えの様子で走るのは、逃避という言葉にはおよそ似つかわしくない、鬼のような怪物だった。その右腹部には鈍色の金庫が埋め込まれており、彼がギャングラーであることを示している。

 彼らはこの世界を占める人間たちより遥かに強靭な肉体と能力をもっている。一部を除いては無敵にも等しい存在だ──その"一部"によって大勢が殲滅されているわけだが──。ならば、誰に追われているか。

 

 振り向いた異形の視界に映ったのは……骸骨の覆面を纏った、怪人たち。ギャングラーにより使役される、ポーダマンと呼ばれる存在だった。

 彼らは持ち前の俊足でもって傷ついたギャングラーを取囲み、容赦なく攻撃を加えてくる。

 

──そこに、"彼ら"が現れた。

 

「そこまでだッ、ギャングラー!!」

「国際警察の権限において、実力を行使する──」

 

 ギャングラーから世界を守るべく日夜活動している、警察戦隊パトレンジャーの面々。いつも通り敵性存在とみなした相手に向けて銃口を向けたのだが、

 

「ヌゥ、オォォォッ!!」

 

 ギャングラーが、鋭い爪の一撃を放つ──周囲のポーダマンめがけて。

 

「な……!?」

 

 ギャングラーとポーダマンは、常に主従関係にある。考えるまでもなくそう捉えていたパトレンジャーにとって、寝耳に水の光景だった。

 

「……仲間割れ、か?」

「いや、しかし……」

「………」

 

 戸惑う三人、一方で沈黙のままにその光景を見つめるパトレンエックス。とはいえその差異は、少なくともこの場では問題にならなかった。

 

「どうする、耳郎くん?」

「……事情はあのギャングラーに訊くしかない、まずはポーダマンを片付けよう。死柄木、それでいい?」

D'accord(りょーかい)

 

 相変わらず感情の読めない声色だが、了承であることはわかった。ニ・ニで前衛と後衛に分かれ、攻撃を開始する。

 

「お、らぁッ!!」

「………」

 

 力押しの1号に、快盗以上のスピードで敵を翻弄するパトレンエックス。その間隙を縫うように、正確無比な射撃を敢行する2号と3号。彼らにかかれば、ポーダマンなどひとたまりもない。一分もしないうちに、彼らは全滅させられてしまうのだった。

 

「っし……!」

「……きみたちは、パトレンジャーか……?」

「!」

 

 咄嗟に銃を向ける。だがこちらの行動に対して、鬼のようなギャングラーはなんの反応も見せなかった。それどころか、

 

「……撃て」

「は!?」

「殺して……くれ……」

 

 およそ信じがたい言葉だった。死への願望──ギャングラーには、存在しえないものと思っていたのに。

 

「私は……生きていてはいけない存在だ……」

「……おまえ、」

 

 パトレンジャーの面々が呆然としている中、

 

「じゃあ、お望み通りに」

「!?」

 

 淡々とした口調でXチェンジャーを突きつけるパトレンエックス。その引き金が引かれようとしたところで、慌てた1号が止めに入った。

 

「ちょ、待てって死柄木!」

「大丈夫、ルパンコレクションならちゃんと回収するから」

「そうじゃねえって!事情、気にならねえのかよ!?」

「別に。だってギャングラーだぜ?」

「……!」

 

 鋭児郎は思わず息を呑んだ。その言葉はあまりに冷たく反響したのだ。鋭児郎だけでなく、仲間たちもまた一様にそれを感じていた。

 

「……ギャングラーなら、尚更気になるんだよ。ウチらは」

 

 表向き冷静に告げて、3号──耳郎響香はさりげなく間に割り込んだ。むろん、背後にするギャングラーのことは警戒しつつ。

 そうこうしているうちに、飯田天哉がタクティクス・ルームに連絡を取っていて。

 

「管理官から、捕獲の指示が下りた。本部まで護送する」

「!、……あー、そうですか」

 

 頑固一徹のふりをして、大した外堀の埋め方だと弔は感心した。塚内管理官の指示に従う義務は自分にはないが、とはいえ無碍にして関係が悪化すれば今後の活動に支障をきたす。

 

「勝手にすりゃいいけど、コレクションの回収が俺の任務だってこと、お忘れなく」

「……む、」

「それは管理官に言ってよ」

 

 冷たく突き放して、響香は無抵抗のギャングラーに歩み寄っていった。

 

 

 *

 

 

 

『管理官、皆さんがギャングラーを連行してきました!』

 

 ジム・カーターの報告に、デスクで考え込んでいた塚内はやおら立ち上がった。──ギャングラーが素直に連行されてくるなど、これまでにないことだった。

 

「取り調べの様子、見に行ってくる」

『はい、お気をつけ……あっ』

 

 塚内が部屋を出ることはかなわなかった。その行く手をふさぐように、弔が入室してきたのだ。

 

「……死柄木捜査官」

「その前に話があるんですが、管理官?」

 

 にたりと笑う弔。その笑顔に底知れないものを感じるのは……彼がやって来ておおよそふた月が経過した現在となっても、やむことがなかった。

 

 

 取り調べ……通常の犯罪者なら、机と椅子だけある簡素な部屋に閉じ込めて、対面で行うものだろう。

 しかし、相手はギャングラーだ。身体の自由を許したままでは、たとえパトレンジャーが三人いるとしても安全が担保できない。

 

「……だからって、ここまでする必要あんのか?」

 

 やりすぎではないか──そうとでも言いたげな視線を、鋭児郎は仲間たちに向けた。

 

「言いたいことはわかるよ。……けど、奴らには人権も生存権も保障されてない」

「我々……他の職員の方々も含め、安全を確保するためにはやむをえない措置なんだ」

「……わかった」

 

 と言いつつ、やはり完全には受け入れがたい鋭児郎である。いつもは拘束するどころか容赦なく殲滅しているのに何を、と思われるかもしれないが、そういう合理的な思考に基づいて渋い表情を浮かべているのではなかった。

 

──ただ、大小様々な無数の拘束具によって指一本さえも動かせない状態にされている。その光景が、あまりに目の毒というだけで。

 

「………」

 

 覚悟を決めて、三人は拘禁室へ入った。ギャングラーは沈黙を保ったまま、静かに瞑目している。と、思いきや。

 

「……気に病むことはない」

「は?」

「私を厳重に拘束していることに、罪悪感を覚えているのだろう。だが私はギャングラーだ、きみたち人間にどのような扱いを受けようが、不平を言うつもりはない」

 

 殊勝にも程がある言葉に、三人は顔を見合わせた。己を殺せとまで言ったギャングラーだが、その本気を裏付けるかのような態度。

 ただ異常に発達した聴力で会話を聞いていた可能性もあると考え、まずは響香が慎重に口を開いた。

 

「いくつか、質問に答えてもらう。……名前は?」

「……オーガス・バルバロク」

「オーガス……どうして、殺してくれなんて言ったんだ?」鋭児郎が問う。

「ポーダマンに追われていたことと、何か関係があるのか?」これは天哉。

「………」

 

 ひゅう、ひゅうと苦しそうに呼吸を繰り返したあとで、オーガス・バルバロクと名乗ったギャングラーは問いに応じた。

 

「私が、不要になったのだろう」

「……!」

 

 淡々と告げるにはあまりに残酷な事実に、三人は言葉を失う。

 

「……私はかつて、あらゆる世界を破壊し、生命を殺戮した」

 

──自らの過去を語る声のほうが、よほど震えていた。

 

 

 オーガス・バルバロクはかつて、誰からも恐れられる戦闘マシーンだった。目についたものは敵味方問わず蹂躙し、大地を血に染めた。その力と闘争心には、かのドグラニオ・ヤーブンも一目置いたものだ。

 

「最初からヤツにモノ考える頭がありゃあ、おまえが仕えていたのはヤツだったかもしれねえな」

 

 腹心であるデストラ・マッジョに対して、ドグラニオ当人がそう語るくらいには。

 

「まさか、そのようなこと」

「俺は本気だぞ、デストラ?」

「……それほどの力の持ち主だったとは。しかし──」

「ああ、今は見る影もないがな」

 

 その点については、ドグラニオ自身反省するところはある。腕力と叡智とは、必ずしも融けあい混ざりあうものではないと、彼を見て学んだ。

 

「だからもう、俺には必要ない。……勿体ねえから、有効活用してやらんとな」

 

 近ごろ鷹揚にすぎると感じていた主の声音が、久方ぶりに恐ろしく思えたデストラだった。

 

 



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#31 朽ちていくまで 2/3

 

 一時間以上に及んだ取り調べは、オーガス・バルバロクの疲弊を鑑みていったん中断されることとなった。ギャングラーには人権も生存権も認められていないといえど、やはり誠実な態度をとる相手を無碍にはできない。それがパトレンジャーの面々の共通した美徳であり、弱点でもある。自覚しているか否かに差異はあるが。

 

 いったんタクティクス・ルームに戻ると、塚内が茶菓子片手に出迎えてくれた。

 

「皆、ご苦労さま。きみたちのぶんもあるぞ」

「あざっす!」

 

 真っ先に喰らいついていく鋭児郎を前に、天哉と響香は顔を見合わせて笑った。まあ実際、腹を空かせているのは皆同じである。

 それらをつまみつつ、

 

「取り調べの様子はここから見せてもらった。……しかしまあ、想像以上に協力的だな。正直驚いたよ」

「ホントっスよ!……だいぶ年寄りみたいだし、丸くなったんスかね?」

「ははっ。時たま面白いこと言うね、きみは」

 

 いまいち本気かわからない笑みをこぼしつつ、塚内はちらりと弔を見遣った。それに気づいたか否か、かの青年が口を開く。

 

「呑気なこと言ってていいんですか、管理官?」

「!」

 

 敬意の微塵も伺えない言葉に、場の空気がにわかに冷える。

 

「相手はギャングラーだ。さっさと然るべき処理をするのが、皆のためだと思うけど?」

「……随分な言い草だな」

「お人好しすぎるんだよ、きみらは。ギャングラーにあまり歩みよらないほうがいい。……深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているってね」

「……?」

 

 弔の言わんとしていることを、鋭児郎たちはよく理解できなかった。あまり感情移入するなということだろうか。それにしては、妙に意味深な響きをもつ言葉だった。

 ただ、

 

「そうかもね。実際、ウチもそうだったし」

「!、………」

 

 淡々と応じる響香。しかし彼女の過去を知る者は、一様に視線すら合わせることができず沈黙するほかなかった。むろん彼女の場合、相手がギャングラーと知って関係をもっていたわけではないが。

 

「でも……あのギャングラーからは、他のヤツとは全然違う音がしたんだ」

「音?」

 

 響香の個性に由来した聴力は、今となっては相手の心音を聴き分けることができるほどに発達した。ゆえにいくら表層を取り繕っていたとしても、相手の本性を抽象的にならば感じとれる。

 ギャングラーはもっと激しい、ぎらついた、重々しい音をさせている。だがオーガス・バルバロクのそれはただ、"静"そのものだったのだ。

 

「ウチ、もう少しあいつと話してみたい。……できれば、一対一で」

「耳郎くん、それは……」

「お願いします、管理官」

 

 捜査官という公の立場ではなく、ひとりの人間として。公私混同と言われればそれまでである、いくら日本警察よりは弛い風土の国際警察であっても、職務上無意味なら認められようはずもない。

 

 塚内は暫し沈黙していたが、

 

「……いいだろう。ただし、報告はきちんとあげること」

「!」

「あくまできみは捜査官であることを忘れないように」

 

 それは明確な命令・指示ではなく、もっと柔らかいもの……助言のように、響香には感じられた。いくら個人的に会話をするといっても、その内容を仲間たちに黙っているわけがないのだ。

 

「ありがとうございます、管理官」

 

 深々と一礼をして、踵を返す響香。しかしそこに「それともうひとつ」と声がかかった。

 

「死柄木捜査官を、同行させてくれ」

「えっ……?」

「!」

 

 その言葉を予想していたかのように、コーヒーを飲んでいた弔は立ち上がった。……いやむしろ、彼の要望か。

 

「心配しなくても、無粋はしないよ。隣でのんびり見物させてもらうさ」

「………」

 

 そういうことならと、響香は渋々承服した──感情面ではともかくとして。

 

「じゃあ……行ってきます」

「イッテキマース」

 

 並んで退室していく響香と弔。──廊下に出たところで、後者が口を開いた。

 

「なァ耳郎サン、さっき"自分もそうだった"って言ってたけど。あれ、どういう意味?」

「!、……あぁ。別に、大した話じゃないよ。恩師だと思ってた人がギャングラーで、夢を潰されたってだけ」

「夢、ね。たしかギターやってたんだっけ」

「あんたに話した覚えはないけど……調べたんだ」

「そりゃあ同僚の趣味嗜好くらいはねぇ、事前にリサーチしておくさ。仲良くやりたいもん、なァ?」

「……ああ、そう」

 

 不意に、一歩先を歩いていた響香が立ち止まる。

 

「だったらウチらの過去のことも、知ってたんじゃないの?」

「!、………」

 

 思わず言葉に詰まる弔。──図星だった。彼女らに限ったことではない、職務上関係をもつ相手のことは、事前に調べられるだけ調べ尽くしている。仲良くやりたいというのはもちろん嘘ではないが、それも合理的な理由からであって。

 

「ま、いいけど」

 

 追及もせずにそうあっさり流して、響香は再び歩き出した。今度は振り返ることもなく。

 

「……ハァ、いちばん難敵か」

 

 疑り深い快盗とお人好しの警察。チームとしての図式はわかりやすいのだが、女性たちに限っては対照的だと思った。表層の性格ではなく、芯にあるものが共通しさえすれば絆というものは成り立つのだろうが。

 そこへいくと、自分はどうか。考えるのも馬鹿らしいと、弔は自嘲した。

 

 

 *

 

 

 

「へっくしゅん!!」

 

 その頃、麗日お茶子は盛大にくしゃみをかましていた。誰かが噂をしているだとか、最近肌寒くなってきたからなぁなどと思考が混沌とする。前者の可能性については今まさに四人目の仲間が彼女の顔を思い浮かべていたところなのだが、そんなことは知るよしもなかった。

 

 それに、そんなしょうもないことを言い出せる空気でもない。

 

「小僧、答えろ。なぜなんの相談もなく、コレクションを死柄木に渡した?」

「……っせーな、悪かったって」

「謝れと言っているのではない、理由を話せ」

「………」

 

 こんなやりとりが、延々と続いている。追及を封じるつもりか殊勝に非を認めた勝己だったが!炎司に対しては不発に終わったようだった。今後のことを考えれば、なあなあに済ませるのは得策ではない。それはお茶子にも理解できるが、この父親ほどの年長者が食い下がっているのにはまた別の理由がある様子で。

 

 静かな攻防が続くこと数分、忍耐の限界を迎えた勝己が「うるせえっつってんだろ!!」と怒鳴った。

 

「あいつはルパン家の人間だ、悪いようにはしねえ。それでいいだろうが!!」

 

 そう言って、逃げるように二階へ上がっていってしまう。「小僧!」と呼び止める炎司だが、当然相手が従うわけもなかった。

 

「……爆豪くん、なんか変やね。この前、例のコレクション盗りに行ってからだよね」

「うむ……おおかた、烈怒頼雄斗が関係しているのだろう」

 

 固有名詞を聞いて、まだ少年の域を出ないヒーロー兼警察官の日に焼けた顔を、お茶子は思い浮かべた。勝己は唯我独尊のようでいて、他人の言動に人一倍敏いところがある。まして己の行動が正しいものでないと自覚している今、太陽そのもののようなあの男の存在は劇薬だろう。

 その点、炎司は成熟しているだけあって揺らぐことがない。……そう思っていたけれど、彼は彼で勝己に対する距離感を測りかねているようでもある。少なくとも、問い詰めることに追い詰める意図はない──むしろ、その逆か。

 

 それぞれの内懐が、かき乱されて変容しようとしている……自分も含めて。その変化を自覚したお茶子だけれども、快盗戦隊ルパンレンジャーにとっての吉凶までは見通せそうになかった。

 

 

 *

 

 

 

 刹那の微睡みに落ちていたオーガス・バルバロクは、頑丈な鉄扉が開閉する音で目を覚ました。

 

「……尋問再開か?」

 

 入室してきた女性捜査官に問いかける。しかし、なぜ独りなのだろうとオーガスは不思議に思った。協力的な態度に終始したとはいえ、それで危険がないと確信するほど国際警察はお人好しではないだろうに、と。

 

「いや……個人的に、あんたと話がしたくて来た」

「話?」

「うん」

 

 その言葉を裏付けるように、微笑みかける。元々あまり愛想がないことを自覚している響香である、それは実に不器用なものではあったが。

 ただ、かえって腹芸のできないまっすぐな性質は伝わったようである。オーガスはふっと身体の力を抜いた。

 

「私に、きみを楽しませることはできないと思うが」

「別に楽しみたいわけじゃ……ただ、訊きたいことがあるんだ」

「なんだ?」

 

 ふ、とひと呼吸置いてから、改めて口を開く。

 

「あんた昔、破壊と殺戮を繰り返してきたって言ってたよね」

「……ああ」

「後悔、してるの?」

「………」

 

「わからないんだ」──雄々しい外見とは裏腹の、かすれた声音だった。

 

「わからないって?」

「ある日、ふと我に返った。そして考えた。自分はいったい、何をしているのか。この血に濡れた手はなんなのかと。……考えて、考えて、ようやく自分は取り返しのつかないことをしたのだと思い至った」

 

 それからは戦うこと自体が忌むべきものとなって、長く隠遁していた。血気盛んなギャングラー構成員の中にはわざわざ喧嘩を売ってくる者もあったけれど、そういう相手でさえ傷つけるのが恐ろしかった。最低限、火の粉を払うだけの日々を送ってもう、何百年が経つのか。時間の感覚すら、今のオーガスにはなかった。

 

「身体だけは頑丈に生まれてしまってな。様々な方法を試したが、ついぞ死ぬことはできなかった。あとは寿命を待つばかり……しかしドグラニオ・ヤーブンは、それを許しはしなかった」

 

 ゆえに、追われていた。──ここで響香の胸に、ひとつ疑問が浮かんだ。死を望んでいたならば、なぜ逃げたのか。むろん、そのまま殺されていればよかったなどと、今となっては間違っても思わないが。

 その疑問に対する答を、オーガスは持ち合わせていた。

 

「あの女に玩ばれるのは御免だった、それだけだ」

「あの女?」

「ゴーシュ・ル・メドゥ。知っているだろう」

「!」

 

 その名は既に、因縁となりつつあるものだった。

 

「見えるか、私の金庫。元々はふたつあったんだ。……だが、あの女にひとつ、奪われた」

「金庫を……?なんでそんなこと、」

「知っているだろう。……奴は己の実験のためなら、同族すら利用する」

 

 たしかに、知っている。先ごろゴーシュに率いられて現れた改造ポーダマン。その直前に発見された、山中に打ち捨てられた金庫のないギャングラーの骸。ゴーシュが何をしたのか、否が応なく想像はつく。

 目の前のギャングラーもまた、あの死体と同じ運命を辿ろうとしていたのだ。

 

「そんなことをして……ゴーシュはいったい、何が目的なんだ?」

「……詳しいことはわからない。だが、何かとんでもないことをしようとしているのは確かだろう。………」

 

 一瞬の沈黙。そして、

 

「……私に、何かできることがあれば言ってくれ。これ以上、我らギャングラーの暴虐によって誰かが傷つく姿は見たくない」

「オーガス……」

 

 表情のない異形の怪物。ゆえに響香は、彼の発する"音"に耳を澄ました。──やはり、とても静謐な。他のギャングラーのような雑音、内側から喚きたてるような激しい音は聴こえない。

 

「……ありがと。たとえギャングラーでも、あんたみたいな奴が、平和に暮らせる世の中だといいのにね」

 

 

──響香とギャングラーの心の距離が、静かに縮まっていく。

 そのさまを隣室のマジックミラー越しに見る弔は、物憂げに溜息をついていた。

 

「さすが耳郎サン、うまく喋らせたもんだ。……でも、仲良くなりすぎだよ」

 

 他ふたりに比べてクールな言動を崩さない響香だが、その心が信頼と愛情に根ざしているものであることに変わりはない……一度裏切られた身であっても。

 そんな在り方に対する個人的な好悪はこの際置いておくとして、警察官ならば学習すべきだと弔は思う。ある理由から、響香は再び裏切られるという確信があった。

 

「ハァ……」

 

 もう一度深々と溜息をついてから、携帯電話を取り出す。発信先は──

 

「……どーもお久しぶり、死柄木です。実は、折り入ってお願いが」

 

 

 *

 

 

 

 その"命令"が下ったのは、ちょうど二十四時間後のことだった。

 

「オーガスをフランス本部に移送しろって……どういうことですか、管理官!?」

 

 珍しく冷静さを欠いた響香の詰問に、塚内は首を振った。寝耳に水なのは、彼とて同じことなのだ。

 

「私からも問い合わせたが、本部(あちら)は早急に対応せよの一点張りだ。長官の署名入りの文書まで提示してきた」

「長官の!?」

 

 響香の背後で驚きを露にする天哉。長官といえば、この巨大な国際警察においてひとりしかいない。とはいえ客分のような立場の鋭児郎は、実際の姿にピンとは来ないのだが。

 

「そういやどんな人なんだ、長官って?」

「……どんな人、か。これだけ大きな組織だからな、日本人ということ、国際警察の設立に際して第一線で尽力されたということくらいしかわからないな……」

「……そっか」

 

 フランスに本部があるということで、西欧系の人物をイメージしていた鋭児郎である。今度きちんと調べてみようと心に決めた。

 閑話休題。

 

 塚内とて状況を把握しきれていない。ならば何故──響香の疑念は、今まさに席を立った"四人目の仲間"に向けられた。

 

 

「死柄木!」

 

 廊下を出たところで呼び止められる。二十四時間前とは逆の構図だと、弔は密かに思った。

 

「どうかした?」

「とぼけるなよ……本部に言って移送命令を出させたの、あんただろ?」

「……随分断定的な物言いだなァ、耳郎サン?あんたらしくもない」

 

「で……だったら、何?」

「……ッ、」

 

 拳に力がこもる。──死柄木弔、信頼しきるには些かおぼつかない男ではあった。それでも快盗に肩入れする彼の言動を、ずっと黙認してきたのだ。だが今回のことだけは、とても受け入れられそうもなかった。

 

「心配しなくても、生きたギャングラーのサンプルは貴重だ。()()は本部で大事にされるよ、少なくとも殺されやしない」

「ンなの……!」

「逆に訊くけど、それ以上なにを望むんだよ。あれが人間社会に牙を剥かないとして、無罪放免、自由の身にでもするつもりか?」

 

 「それこそ暴挙だろ」と、弔は冷たく嘲う。──反論は……できなかった。オーガスの心にふれて共感したとて、その後のビジョンなどもてるわけもない。

 響香が沈黙したのを認めて、弔は踵を返した。

 

「ま、空港までの護送はあんたらにやってもらうことになるだろうから。よろしく」

 

 そう告げて歩き去っていく背中を、響香は悔しげに睨むことしかできないのだった。

 

 



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#31 朽ちていくまで 3/3

 オーガス・バルバロクの護送は速やかに実施された。

 護送車二台が先行し、最後尾にパトレンジャーの乗るパトカーが着く。しかし護送車はカモフラージュであって、オーガスの姿はパトカーの後部座席にあった。

 

「……ごめん、オーガス。こんなことになって……」

 

 名目上は監視役として隣に座る響香が、か細い謝罪の言葉を発する。

 対するオーガスは、

 

「きみが気に病むことはない。言ったろう、ギャングラーである以上、どんな扱いを受けても不満はないと」

「……あんたは知らないかもしれないけど、人間だって時と場合によっちゃ残酷なんだよ。ゴーシュと同じようなこと、するかもしれない」

「そうか、」

 

「そのときは、そのときさ」

 

 何を言ってもオーガスは泰然としている。元々命を捨てようとしていた男、ゴーシュの実験台から逃げ出したのも彼女に利用されるのが我慢ならなかったのだろう。……平和のために。

 

「オーガス、ウチは……」

 

 響香が何かを言いかけたときだった。──前方の護送車が火花を散らし、急停車したのは。

 

「ッ!?」

 

 突然のことに、運転手の天哉の反応は遅れた。いやそれでも迅速にブレーキを踏んだのだが、衝突は避けられなかった。

 

「痛、うッ……皆、無事か!?」

「ウチらは……──ッ!」

 

 前方を見遣れば、前兆なく姿を現したポーダマンの群れが一心不乱にこちらへ向かってくる。カモフラージュは、効かなかったのだ。

 唇を噛みしめる響香だが、仲間たちの呼びかけで我に返った。

 

「オーガス、逃げるよ!」

「……承知した」

 

 オーガスの拘束は腕のみで、こうした事態に備えて足は解放されている。彼を車中から連れ出し、響香はともに遁走する。当然あとを追わんとするポーダマンらだが、

 

「行かせねえよ!──快盗チェンジっ!!」

 

 鋭児郎と天哉、ふたりが先行して変身し、応戦する。その隙に道路脇の茂みに逃げ込んだ響香だが、一瞬、葛藤が生まれる。このまま、オーガスは──

 

「……仲間を置いてはいけない。ウチも連中をやっつけてくるよ」

「!、しかし、それでは……」

「言うな!……ギャングラーでも静かに生きていけるんだって、あんたが証明してよ」

「耳郎、殿……」

 

 感じ入るものがあったのだろう、瞳のない眼がじっと響香の顔を見つめている。彼のことを何も知らなければ、おぞましいと思えたのだろうか。

 

「ならば、これを」

 

 不意にそうつぶやいて、オーガスは残った金庫をやおら開いた。

 

「生まれ落ちて数百年、誰と言葉を、心を通わせることもなく……朽ちていくまで、戦い続けることしかできない。どれほど抗おうと、私はそれだけの存在だ」

「そんなこと……」

「聞いてくれ。そんな私にとって、唯一心を通わしあえたのがきみだった。……生き抜いて、いつかきみと再び相まみえたい。そう、欲を抱いてしまった」

「オーガス……」

 

 だから、再会のその日まで。この宝物を、持っていてほしい──

 

 宝──エンブレムのような形状をしたそれは、明らかにルパンコレクションだった。一瞬死柄木弔や快盗たちの顔がよぎったが、響香は彼の好意を受け取ることにした。

 

 エンブレムがオーガスの手を離れ、響香の手に渡る──

 

「……じゃあ、行ってくる!」

「ああ……気をつけて」

 

 ルパンコレクションを懐に抱いて、響香は警察チェンジを遂げる。そして、戦場へと駆けていった。

 

「………」

 

 暫し、その姿を見送っていたオーガスだったが、

 

「う、グッ」

 

 

──苦痛にうめく彼の声を、聞く者は誰もいなかった。

 

 

 *

 

 

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 敵の群体に怯むことなく、突撃していくパトレン1号。VSチェンジャーでその数を減らしつつ、接敵したところでその岩石のような拳を叩きつける。

 そんな彼の背中を、2号が守る。敵はまだ四方にいるが、背中合わせに戦えば隙は生まれない。既に数ヶ月をともに過ごしている彼らだ、連携は完璧である。

 

「ったく、また数が多いな……!」

「ゴーシュはおそらく通常のギャングラーより上位の存在だ、使役できる戦闘員の数も違うのだろう」

「なるほど……」

 

 いずれにせよ、雑魚は雑魚だ。ふたりだけでも、片付けてみせる──

 

 そう意気込んでいたらば、別方向から弾丸が飛んできて、ポーダマンに突き刺さった。

 

「!」

「お待たせ、ふたりとも」

 

 桃色の装甲を纏った戦士──パトレン3号。

 

「耳郎くん……!オーガスはどうした!?」

「……こいつら、放っとくわけにはいかないでしょ」

「!、……そうだな、確かに!」

 

 響香の意図するところを瞬時にふたりは察した。遵法意識の強い天哉には葛藤があるようだが、そのさなかでもポーダマンは襲ってくる。話は、こいつらを一掃してからだ。

 

「切島くん、前後交代だ。俺が前衛でポーダマンを引きつける。きみと耳郎くんで、その隙を突いて一掃してくれ!」

「了解っ!──耳郎!」

 

 1号の手からトリガーマシンバイカーを渡される。彼はというと、トリガーマシンクレーン&ドリルを使用するつもりのようだった。

 

「いくぜ!」

 

 それぞれをVSチェンジャーに装填し、

 

『『警察、ブースト!』』

 

 3号の銃にバイカーの力が宿る。一方、クレーン&ドリルの力はチェンジャーに収まりきらず、

 

──1号の右腕に、巨大化したクレーン砲が装着された。

 

「ッ、重……!これは俺じゃなきゃ……扱えねえな……!」

「ムッ、聞き捨てならないぞ切島くん!」

「そんなのいいから、一気に叩くよ!」

「了解!」

 

「バイカー、撃退砲っ!」

「クレーン&ドリル──ストロング撲滅突破ァ!!」

 

 ホイールの形をつくった弾丸と、ドリルカノンが同時に射出される。それを認めた2号は素早く離脱、残されたポーダマンのみがトリガーマシンの牙に喰らいつかれることになった。

 断末魔とともに消滅するポーダマンの群れ。その中にあって幸運にも生き残った個体もいくらかいたのだが、

 

「逃さねえ、ぜっ!!」

 

 駄目押しの一撃。クレーンがワイヤーを通じて射出され、残ったポーダマンをも吹き飛ばしてしまうのだった。

 

「殲滅、完了!」

「………」

 

 周囲に敵影はもう、ない。だがそれは、オーガスの護送という本来の任務の継続を可とするものではなくて。

 

「耳郎くん、……」

 

 何か言いたげに、2号が迫ってくる。──わかっている。ただ、今から再びオーガスを捕らえにかかる気は、どうしても起きないのだ。

 

「………」

 

 覚悟を決めて、3号も彼に歩み寄ろうとしたそのとき、

 

「ッ!?」

 

 なんの前ぶれもなく、三人を衝撃と火花が襲った。頑丈さに定評のある警察スーツのおかげでダメージは抑えられたが、不意打ちには違いない。

 

「ッ、まだ敵がいたのか!?」

 

 増援……ゴーシュか?冷たいものが背筋をよぎった直後、彼らは、信じられないものを見た。

 

「……オーガス……?」

 

 陽炎にその身を揺らめかせながら、地を踏みしめるようにその姿を現したのは──先ほど暇を告げたはずの、オーガス・バルバロクだった。

 今の攻撃は、まさか……思考が辿り着くより前に、その答を彼自身が導き出した。

 

「──ウガアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 野獣の、咆哮。と同時に、彼は凄まじい速度で三人に迫った。臨戦態勢を整えきるより先に、鋭い爪が振り下ろされる。

 

「ぐああっ!?」

「切島!?」

 

 咄嗟に硬化を発動させた1号だったが、焼け石に水とばかりに吹っ飛ばされる。それを目の当たりにしてようやく状況を呑み込んだ2号が押さえこみにかかるが、

 

「グオアァ!!」

「……ッ!」

 

 凄まじいパワーだった。変身者の屈強な身体に警察スーツのブーストをもってしても、互角ですらない。結局、彼もまた1号と同様弾き飛ばされてしまった。

 

「………」

 

 唸り声を洩らしながら、オーガスが次に目を向けたのは──3号。

 

「オーガス……!どうしたんだよ、一体!?」

 

 問いかけに対して、言葉での回答はない。──あるのは、圧倒的な暴力の嵐。

 

「ガァアアアアッ!!」

 

 そんなものが、パトレンジャーの中ではいちばん非力な彼女に向けられようとしたときだった。弾丸がオーガスの体表で弾けて、彼の進攻を止めたのは。

 

「……あーあ、やっぱりこうなるか」

「死柄木……!」

 

 本部で待機していたはずの死柄木弔が、銃を手に立っている。何故ここに?いやそれ以上に疑問に感じるべきは、彼の放った言葉だった。

 

「耳郎サン、もしかしてヤツのルパンコレクション、回収した?」

「!、回収ってか……貰った、けど……」

 

 現物を見せると、弔の表情が一瞬苦みばしったものに変わった。

 

「……やっぱり、"A l’envers(ひっくり返す)"か」

「……?」

「いいかい耳郎サン、そいつはあらゆるものを正反対に"ひっくり返す"コレクションなんだ。前を後ろ、善を悪……ってな具合にね」

「!、まさか……」

 

 ようやく、理解が及んだ。つまり理知的で落ち着いた、争いを厭うオーガスの人格は……すべて、所持していたコレクションによって"ひっくり返された"ものだったのだ。そしてそれを手放したために、本来の狂暴極まりない──人語すら発しないほどに──人格に戻ってしまったと。

 

「ッ、だったら、これを戻せば……」

 

 響香の着想は……冷笑ひとつで、遮られた。

 

「あのさあ、アイツの言葉覚えてないの?何百年生きてきた、当たり前にそう言うくらい、ギャングラーは長命なんだよ。今、そいつを戻せたとして……あいつが遥か未来、人間の脅威になったら、あんた責任取れんの?」

「……!」

「……ま、どっちにしろ議論してる時間はなさそうだけど」

 

 銃撃のダメージから容易く立ち直り、オーガスは再び彼らに牙を剥こうとしている。

 

「俺は未来にまで責任はもてない。だから今、命ある限り、すべきことをするだけだ。──警察チェンジ」

『警察、Xチェンジ!』

 

 弔の姿が光に包まれ、パトレンエックスへと変化する。そしてそのまま、一瞬の躊躇さえなく、目の前の脅威に立ち向かっていく。

 

「………」

 

 その黄金の背中を、響香はせめぎあう感情のままに見つめていた。──とにかくルパンコレクションを回収したい、そのための詭弁、出まかせ。けれどもそうだとするなら、今しがた自分の目の当たりにした表情は、なんなのか。

 

「耳郎っ!」

 

 と、オーガスの猛威に呑み込まれていた仲間たちが辛くも復帰してくる。響香を心配するそぶりを見せつつ、彼らの視線もまた単身脅威に立ち向かう"四人目"に注がれていた。

 

──命ある限り、すべきことをするだけだ。

 

(ウチのすべきこと……それは……)

 

 そんなこと、最初から決まっている。──世界の平和を守る、警察官として。

 

 顔を上げたパトレン3号は同時に、すっ飛んできた漆黒の翼を掴みとった。

 

『トムラぁ助けに……って、なにナニ何!?』

「切島、飯田。融合(U号)だ、行くよ!」

「お、おう!」

「……うむ!」

 

 『スピード感与えられちゃう〜』などとわけのわからないことをのたまっているグッドストライカーを、1号がVSチェンジャーに装填──

 

『1号・2号・3号!一致団結!』

 

 彼を中心に三人の肉体が融合し、赤と緑とピンクのパトレンU号へと変身を遂げるのである。

 

「!」

 

 U号の姿を認めて、敵の猛攻を躱すのに苦心していたパトレンエックスは動きを変えた。

 

「快盗チェンジ!」

 

 金から銀へ。ルパンエックスとなって跳躍、オーガスの背後に回り込むや、彼を羽交い締めにした。

 

「グォオッ、グオオオオオ──ッ!!」

「……ッ!」

 

 全力で抵抗するオーガスを、懸命に押さえ込む。むろんパワーの差は圧倒的で、そう長くは保たないことはわかっている。振り払われる前に──前に。

 

「撃てっ、パトレンジャー!!」

「………」

 

「……さよなら」

 

「イチゲキ、ストライク」──放たれた拳大の光弾が、オーガスの身を焼き焦がしていく。

 

「!!!!!」

 

 苦悶するオーガス。……まだだ、この屈強な怪物に今離脱されたら、倒しきれない。光弾がその肉体を削りきるまで、押さえていなければ。

 

「グオオオオ、オオ、ガァアアアア──ッ!!」

 

 そのとき、だった。

 

「……すまない、約束を守れなくて」

「……!」

 

 それは、まぼろしだったのか。

 いずれにせよ刹那ののち、オーガスは遂に爆散した。もはや彼のどんな姿も、声も、見聞きすることなどありえない。二度と。

 

「……オーガス……」

 

 悼むように、その名を呼ぶ3号。と同時に、ルパンエックスが爆炎の向こうから姿を現した。

 

「……、ふぅ……」

「!、死柄木!」

 

 片膝を折る彼に真っ先に駆け寄ろうとしたのは他でもない、3号だった。彼女の反応にやや戸惑いながらも、融合している仲間たちはそれに従う。

 

「……よう、おつかれさん」

「おつかれって……無茶して」

「ま、あんたらより高い給料貰ってっからさァ。一応、給料分のシゴトはしないとな」

 

 相変わらずの物言いに、肩から力が抜ける。死柄木弔……やはり、奇妙な青年である。だが今は、それがかえって心地良かった。

 

 

──だが、戦いは終わっていない。

 

 砂利を踏みしめる音が聞こえて、四人は一斉に振り返った。

 

「!」

「お前は……!」

 

 それは、異様な姿の怪物だった。齧歯類に似た頭部や毛並みをもっているかと思えば、爬虫類のような光沢のある皮膚、大きささえもばらばらの四肢……見る者をひどく不安にする姿をしている。

 何より、彼は左肩、左腿、右腕、右膝の四ヶ所に金庫をもっていた。強力なギャングラー?いや、それにしては──

 

 そのとき、驚くべきことが起きた。誰の意志でもなく、ひとりでに融合(U号)が解けてしまったのだ。

 

「な……どうした、グッドストライカー!?」

『あわわわわ……あいつ、"バッドボーイズ"持ってる!オイラの天敵だぁ!』

「バッド……どういうことだ?」

『コレクションを弱くするコレクションだよぉ!オイラの力を相殺しちまうんだ!』

「……!」

 

 戦慄する一同。しかしほんとうの恐怖はこれからだった。

 

「ふふ、すごいでしょう。私の力作よ」

 

 無邪気な少女のごとき声音が響いたかと思うと、空間を裂くように現れた手が遺されたオーガスの金庫を拾い上げる。そして、

 

「……ゴーシュ……!」

 

 ゴーシュ・ル・メドゥ──邪悪なるギャングラーのマッドサイエンティスト。姿を現した彼女は金庫に手持ちのルパンコレクションを投入、怪物の胸元に押し当てた。

 

「ガ……!」

 

 苦悶の声をあげる怪物。刹那、驚くべきことが起こった。金庫がずぶずぶと音を立てて胸肉の中に沈んでいく。半分ほど埋まったそれは、もはや彼の身体の一部となってしまった。

 

「ゴーシュおまえ、何を……!」

「見ればわかるわ。──私の可愛い実験体ちゃん、人間どもを驚かせてあげて……」

 

 五つの金庫を埋め込まれた"実験体"は、ゴーシュの所有するルパンコレクションの力によって巨大化を遂げる。

 

「いきなり巨大化させるなんて……!」

「ッ、グッドストライカー、いけるか?」

『び、ビミョ〜……』

 

 返答がどうであれ、パトレンジャーの行動は決まっている。──"彼"の制止があったとしても。

 

「やめろ!ステイタス・クインティブル相手に、きみらだけじゃ……ッ、」

「死柄木!?」

 

 立ち上がろうとするエックスは、しかしバランスを崩してぐらりと倒れ落ちた。イチゲキストライクをギャングラー越しとはいえ受けたのだ、肉体にまでダメージを負うのは避けられなかったのだろう。

 

「……あんたは休んでて。ウチらで抑える」

「聞けって……!」

「聞いてっけど、放っとくわけにはいかねーだろ!」

 

 そう切り捨てて、数秒後にはもう彼らは機人の漕手となっていた。

 

『か、完成、パトカイザ……ダメだくらくらするぅ』

「グッドストライカー、しっかりするんだ!」

「……長く保たないなら、一気に決めるしかない!」

「おう!踏ん張れよグッドストライカー!!」

 

「「「──パトカイザー、弾丸ストライクっ!!」」」

 

 一気呵成、必殺の弾丸を放つパトカイザー。倒せないまでもとにかくダメージを与えて、暴れる余力を失わせなければ。

 

 しかし弾丸が到達するより先に、"実験体"の左肩の金庫が鈍い輝きを放つ。──刹那、その前面の空間がゆがんだ。

 

「……!?」

 

 エネルギー弾が、消散する。

 

「ウソだろ、弾丸ストライクが……」

「ッ、ならストロングバイカーで……!」

『だ、ダメだぁぁ新しい合体なんて耐えらんないよぉぉ〜……』

「だが、このままでは──!」

 

 そう、容易く一撃を防ぎきった実験体は、即座に反撃へと転じた。身体中の金庫を次々に光らせ、爪から、脚から、衝撃波を放つ。

 

「ぐ……!」

 

 防御の構えをとるパトカイザーだが、その衝撃ははっきりとコックピットまで伝わった。激しく散る火花が、ボディーに大きな損傷を受けたことを示している。

 それに、まだ終わりではなかった。

 

「グォアァァァァ──ッ!!」

 

 胸部の金庫が輝き……彼の胴体ほどもある熱球が形成されていく。まずい、あんなものを喰らったら──思考が行動に作用するより早く、それは放たれて……。

 

 

 パトカイザーは、劫火に呑み込まれた。

 

 

 à suivre……

 

 




「快盗と手を組むしかない」
「条件がある。……俺と勝負だ」

次回「男の決闘」

「力ァ、借りるぜ!!」
『スプラーッシュ!警察ブースト!』



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#32 男の決闘 1/3

決闘は「たたかい」とお読みください

「決闘を申し込む」とはかなり毛色の異なる形になるかと思います


 

 それは悪夢のような光景だった。

 

 五つもの金庫を身体に埋め込まれた醜悪な怪物が、警察戦隊の操る鋼鉄の巨人を圧倒している。必殺の弾丸を容易く消し飛ばし、その何倍ものエネルギーを発する攻撃を次々に放っているのだ。

 巨人──パトカイザーは辛うじて踏ん張っているが、敗勢にあることは明白だった。

 

「パトレンジャー、逃げろ──!」

 

 手負いのルパンエックスが地上から叫ぶ。しかし、その声が届くわけもなく。

 

──パトカイザーは、劫火に呑み込まれた。

 

 

「死柄木!!」

 

 呆然と立ち尽くしていた弔は、警察とは別の仲間たちに呼びかけられて我に返った。

 

「状況はどうなっている!?」

「あのギャングラー、めちゃ強くない!?」

「……きみらか」

 

 来るのが遅い、と皮肉のひとつもぶつけたかったが、言葉が上手く出てこない。思った以上に重傷かと、冷静に自分を嘲う程度の余裕はまだあるが。

 

「見ての……通りだよ」

 

 どうにかそれだけは絞り出し、顎をしゃくる。先の一撃でパトカイザーは遂に限界を迎え、ばらばらになっていた。ルパンコレクションの改良型であるトリガーマシン自体が破壊されるほどではないが、あの怪物のコレクションによって力が弱められている中、再合体などできはしないだろう。

 

──そう、パトレンジャーは最大の危機を迎えていたのだ。

 

「ッ、飯田、耳郎!大丈夫か!?」

 

 白煙をあげて横転するトリガーマシン1号のコックピットで、パトレン1号・切島鋭児郎は必死に呼びかけを続ける。暫くして、ようやく仲間から応答があった。

 

『俺は、大丈夫だ!』

『ウチも……だけど、こんな状態じゃ──』

 

 彼らにとどめを刺すべく、"実験体"は文字通り爪を研いでいる。このままでは……やられる。鋭児郎はぎりりと鋭い歯を食いしばった。

 しかし次の瞬間、奇妙なことが起こった。突然身体を痙攣させたかと思うと、"実験体"はまるで糸の切れた操り人形のようにその動きを止めたのだ。

 

「……なんだ?」

 

 怪訝に思うのもつかの間、みるみるうちにその身が縮んでいく。そうして彼は、等身大にまで戻ってしまった。

 

「………」

 

 完全に、沈黙している。──傍にいた快盗たちからすれば、その姿は据え膳というほかなかった。

 

「ど、どうしたん……?」

「さあな。いずれにせよ、好機だ」

「わーっとるわ!」

 

 レッドダイヤルファイターを手に、突撃するルパンレッド。標的が突然動き出した場合に備えてブルー・イエローが脇を固めるが、彼らは既に勝利を確信していた。五つものルパンコレクションを、一挙に手に入れるチャンス──

 

「よこせやァ!!」

『4・1──0!』

 

 解錠──と、思われた瞬間、

 

「ッ!?」

 

 金庫と金庫の間に電流が奔り、レッドは大きく弾かれてしまった。

 

「レッド!?」

「ッ、どうなってやがる……!?」

 

 ステイタス・ゴールドでもないのに。複数あっても通常の金庫なら通常の対応で問題ないことは、以前戦ったステイタス・ダブルが示しているのだ。

 しかし死柄木弔は、手負いで戦闘から離れていたために、そのからくりに気づくことができた。

 

「金庫同士が連動してるのか……?」

 

 だとしたら──考えを巡らせるが、ここは戦場だ。レッドたちがなおも食い下がろうとする中、新たな脅威が姿を現した。

 

「私の可愛いモルモット、いじめないでって言ったわよね?」

「!、ゴーシュ……!」

 

 "実験体"の創造主たるゴーシュ・ル・メドゥが、お得意の空間転移からの奇襲を仕掛けてくる。スピードに長けたルパンレンジャーであるので直撃を受けることはなかったが、いずれにせよ標的とは距離ができてしまった。

 

「せっかくいいところだったのに、不具合を起こすなんて……。金庫、増やしすぎたかしら?」

「……ッ、」

「けど、コレクションの力は安定して使えるわ。──もっと完璧に仕上げてくるから、そうしたらまた遊びましょう?」

 

 ゴーシュに快盗たちと直接戦う意欲はないようだった。"実験体"を連れ、そのまま消えていく。空間転移の能力をもつ彼女を追うすべは、彼らにはなかった。

 

「………」

 

 そして、それを悔しがることもできない。──仮に捕捉できたとて、あの金庫を開けることもできないのだから。

 

 

 *

 

 

 

 命拾いを、した。

 

「……二度目だな、パトカイザーで敗北するのは」

 

 天哉の言葉が、室内に重々しく反響する。幸いにして、彼ら隊員が負傷していないのも前回と同じ。ならば、打開策は──

 

『あの化け物は、複数のギャングラーを混ぜ合わせてできたと思われます。ただ今塚内管理官が、フランス本部と対策を協議していますが……』

「ヤツはグッドストライカーを弱体化する。それをなんとかしないと……」

「………」

 

 

 *

 

 

 

 一方、快盗たちもまた拠点に舞い戻っていた。二足の草鞋を履く死柄木弔も、今回はこちらに同行している。

 

「もう傷はいいのか?」

 

 気遣っているにしてはぶっきらぼうな轟炎司の問いかけに、弔は肩をすくめてみせた。

 

「まァ、前みたいに直接ボコられたワケじゃないから」

「そーかよ。じゃあとっとと教えろや、ヤツの金庫が開かねえ理由」

「そう急かすなよ」

 

 ぼやきつつ、適当なテーブルを借りて座る。端末から先ほどの戦闘データを引っ張り出し、彼らに指し示した。

 

「ヤツに埋め込まれた金庫はすべて連動してるんだ。どれかひとつの暗証番号をクリアしても意味がない。やるなら、一斉にすべてを解錠する必要がある」

「すべてってことは……五つ!?」仰け反るお茶子。「金色金庫よりムズいやん……。だいたい私たち、四人しかいないし……あっ、そうだ!黒霧さんに頼んでみる!?」

「……俺は別にいいけどさァ、あいつに何かあったらきみらが困るんじゃない?」

 

 ギャングラー……と言えるかはともかくとして、あんな危険な怪物との戦闘に生身の人間を参加させるのはリスクが大きすぎる。勝己も炎司も弔と同意見であったので、この案は即座に却下された。

 

「……グッディ使やァ分身できる。それなら──」

『それは無理なんだよぉ……』当のグッドストライカーの言。

「ア゛ァ?ンでだよ」

「ヤツは"Les voyous(悪い奴ら)"っていう、コレクションの力を弱めるコレクションを持ってるから。それを奪わない限り、グッドストライカー含めビークルには頼れないと思っておいたほうがいい」

 

 つまりもうひとり、協力者が必要になる。自分たちと同等の力を持った者が。

 

「ま、アテがないわけじゃない。駄目もとだけど」

「……薄々想像はつくが、ほんとうに駄目もとだな」

「駄目なら駄目で別の方法考えるさ。じゃ、俺はこの辺で」

 

 手負いの身であることを感じさせない颯爽とした足取りで、弔は去っていった。猫背気味なのは、いつものこととして。

 

「アテって……まさか」

 

 その背を見送りながら、お茶子がつぶやく。彼女が察することは、勝己と炎司にも当然お見通しである。

 

「彼らの協力を取り付けるつもりか。だが、以前のようにはいくまい」

「……どうだろーな」

 

 おざなりな返答をしつつ。──勝己の脳裏には、ある赤毛の青年の顔が浮かんでいた。

 

 

 *

 

 

 

 ジュレを辞した死柄木弔は、そのまま国際警察の捜査官に顔を変えて警察戦隊に戻った。

 

──そこで彼らに、驚くべき提案をすることとなる。

 

「快盗と協力するだと!?」

 

 それに対し、飯田天哉は大声を張り上げた。眼鏡の奥の四角ばった瞳が吊り上がっている。まあ、予想通りの反応といえる。

 

「あの化け物の持つルパンコレクションのひとつが、こちらを弱体化させている。だったらそれを奪うしかない。でも快盗だけじゃ金庫を開けられない。だからきみらの協力が必要……わかりやすい図式だと思うけどなァ。前例もあることだし」

「そういう問題では……くっ、しかし……」

 

 本来ならそんなこと、認められるものではない。しかし天哉は葛藤していた。ヒーローであった兄・インゲニウムは、常に人々を守り救けることを最優先に考えていた。言葉にすれば当然のことのようだが、そのために法を逸した者たちとの協力も躊躇わないというのは並大抵の判断ではない。そういった兄の姿勢には賛否両論あったが、天哉は少なくとも尊敬していた。頑固な自分は彼のようにはなれない……だが、彼のようでありたいと。

 

 そんな彼に対して、オーガスの件があった響香は既に冷静だった。

 

「言いたいことはわかるよ、死柄木。……でもあんた、そうやってウチらと快盗の協力を既成事実化しようとしてない?」

「……別に、ンなつもりはないけど。ただ必要に応じて効率の良いやり方を提案してるだけだよ、俺は」

「………」

 

 理解はしても、納得はしていない。その事実がありありと伝わる眼差しを向けられ、弔は嘆息した。快盗と警察の協力関係──心情面を抜きにすれば前者にはメリットしかない話だが、公的機関である後者はそうもいかない。現実に、弔が前者に比重を置く存在であることも確かだった。

 

(仲間っつっても、そんなもんか)

 

 是非もない。そう仕向けているのは自分なのだから。

 

「……まァ、今回は時間もないから。やるのか、やらないのか。この場ではっきりさせてくれりゃそれでいいよ」

 

 どうせ駄目もとだから──自分に言い聞かせつつ、こころの芯が冷えていくのを弔は感じていた。自分の容貌が悪いのか、態度が悪いのか、あるいは手法が悪いのか。両勢力を股にかけているつもりでどちらからも全幅の信頼を置かれることはないのだと、正直自覚はしている。それは時間が解決するようなものでないことも──快盗たちはまだしも、警察の彼らは。

 

 内心捨て鉢な思考に陥っていたらば、珍しく沈黙を保っていた青年が不意に立ち上がった。

 

「──だったらその限られた時間、俺に預けちゃくれねえか」

「!、切島……?」

 

 切島鋭児郎。彼は普段見せることのない、静かな視線を弔に向けていた。

 

「死柄木、──俺と勝負しろ。それが条件だ」

「……勝負?」

 

 思いもよらない言葉。それは弔に限った話ではなく、天哉も響香も、ジム・カーターも同様だった。揃って困惑した表情を浮かべている──ジムに表情があるかは置いておくとして──。

 一体、どういうつもりなのか。それを知るのは神をおいてただひとり、切島鋭児郎当人のみだった。

 

 



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#32 男の決闘 2/3

今回、どこで切るか悩みました


 

 本部との協議を終えた塚内直正は、庁舎内にある売店のレジ袋片手にタクティクス・ルームへと戻った。環境への影響云々とかで有料化がなされたのはずいぶん過去の話、現代では個性でどうとでもなるのだが、負担というのはことごとく不可逆的なもののようだ。──せめて"本業"くらいは、そうでなくなる日を夢見たいものである。

 

「お疲れ様ですッ、管理官!」

 

 とはいえそのときが来たらば、この個性豊かな部下たちとも別れ別れになると思うと、一抹の寂しさもあるのだが。

 

「すまない遅くなった。昼メシ、いちおう皆のぶんも買ってきたんだが、食べるか?」

「どうもです。それはいったん置いといて……協議の結果は?」

「ああ……残念ながら、結論は先送りになった」

「先送りとは!?いつまたあの怪物が現れるかわからないのに、失礼ですが悠長ではありませんか!?」

「落ち着きなよ飯田。……要するに、またウチらに委任ってことでしょ」

 

 現場どころか海の向こうにいる幹部たちに、的確な対応策を提示するというのもどだい無理な話だろう。ならばそのような会議を開かなくても……というのも正直なところ本音なのだが、これも巨大組織の宿痾というよりほかない。幹部たちが何も知らないのは、それはそれで問題なのだ。

 

「まあな。もちろん、いろいろ意見は出たが……内々の会議だから、それなりにラディカルなのも」

「快盗と協力する、とか?」

「鋭いね耳郎くん。まあ、一部の意見ではあるけどな」

「約一名、そんなこと言ってるヤツもいますから」

 

 その言葉に、塚内はようやく不在者に思いを致したらしい。

 

「そういえば、切島くんと死柄木捜査官は?」

「……実は、」

 

 部下の説明に、塚内が呆気にとられるのも無理なきことだった。

 

「しょ、勝負?……いったい何を言い出すんだ、彼は。そんなこと、管理官として許可できるわけがない」

「……当然のお言葉だと思います。ただ切島くんのことですから、額面通りに捉えるべきではないかと」

「どういう意味だ?」

 

 なおも怪訝な表情を浮かべる上司に対し、

 

「切島は誰が相手でも真正面からぶつかっていく。そういうことですよ」

 

 そう答えて、響香は同僚と笑みをかわしあった。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、死柄木弔はレンタカーの助手席に揺られていた。血のいろをした眼を右方向へ滑らせれば、そこには両手でがっちりとハンドルを握る青年の姿。

 

「……なァ、いい加減どういうつもりか教えてくんないかな。こんなときにお互い削りあうなんて馬鹿のすることだろ」

 

 まあ、それが条件だと言われて馬鹿に付き合っている自分も自分なのだが。もはや自嘲にも疲れてため息をついていると、信号待ちでブレーキを踏めた鋭児郎がようやく口を開いた。

 

「……わかってる。ごたごた言わず付き合えって」

 

 すげない鋭児郎。衝突を前に気が立っている……そう捉えれば不自然ではないが、どうにも違和感があった。その正体がなんなのかまでは、まだ掴めそうもないが。

 

「つーかおめェ……それ、マジで私服?」

 

 鋭児郎の視線が、弔の首から下に注がれる。プライベートで付き合いがあるわけでもないので、彼の私服なんて数えるほどしか見たことはないのだが……知る限り、いつも無地の黒シャツか、パーカーである。きょうは後者か。

 

「そうだけど、何か文句ある?」

「文句っつーか……う〜ん……」何か考え込んだかと思いきや、「っし、まずはそっからだな!」

「?」

 

 首を傾げる……と同時に、信号が青になる。走り出す四輪。十数分ほど走り続けた彼らの前に、やがてとある建造物が現れて──

 

 

──そして、

 

「死柄木、これなんか似合いそうじゃねえか!?」

「………」

 

 あれやこれやと服を漁りながらはしゃぐ鋭児郎を眺めながら、弔は何度目かわからないため息をついた。

 

「……なァ。なんで俺ら、ショッピングモールにいんの?」

 

 そう、彼らはショッピングモール内のアパレルショップにいた。こんなときに何をしているのか、戦いとやらはどうしたのか。湧いて出る疑問を、弔は上記の問いに集約した。

 対する鋭児郎は、先ほどのつっけんどんから一転して朗らかな笑みを浮かべてみせた。

 

「だっておめェ、その服じゃあさ……気ィ抜けるっつーかなんつーか……。とにかくオシャレなの着てみようぜ!おめェスタイル良いからなんでも似合うって!」

「……別になんでもいいだろ、服なんて。ドレスコードさえ守れば」

「もったいねーんだって!ほら、試着してみようぜ!」

「……じゃあ、この黒っぽいやつ」

 

 「結局黒かよー」なんて笑いながら、試着室に押し込まれる。着替え後を見て太鼓判を押した鋭児郎によって、以後はその服を着て行動することになるのだった。

 

 

 そのあとはゲームセンターに行ったり、

 

「うおおお、追い抜かれる!?」

「ははっ、やっぱ初心者だなァ」

 

 本屋に入ってみたり、

 

「おっ、新刊出てる。これ面白ぇんだぜ!まあ最近は読んでる時間なかったんだけど……」

「ふぅん」

「死柄木は漫画読むのか?あ、そもそも、普段どういうジャンル読んでんだ?」

「小難しいの」

「……なんかトゲ感じんなあ」

 

 

 意味があるのかも弔にはわからないおしゃべりを続けているうちに、気づけば日没を迎えていた。

 

 

「いろいろ見て回ったら腹ァ減ったな、そろそろメシにすっか」

「ん」

「いくさ前の腹ごしらえだし、がっつりしたもん食いてーよな。あ、でもおめェはフランス料理とかのほうがいいのか?」

 

 フランス料理とは、またずいぶん漠然とした括りである。日本で一般的にイメージされるのは高級感あふれるフルコースなのだろうが、階層によって当然違いはあるし、もっといえば地域によってもまったく異なる。プロヴァンスとブルターニュがまったく同じ食文化であるわけがないのだから。

 

「さァ、なんでもいいよ」

「好きなもんないのか?」

「昔はあったけど、忘れた」

 

 その言葉に乗せられた感情を、察したのか否か。鋭児郎は一瞬、悲しげに瞳をゆがめた。もっとも直後には、いつもの人好きする笑顔に戻っていたのだが。

 

「じゃあ、うんまい焼き肉でも食うか!ここ、結構いい店入ってんだぜ」

「へー」

 

 決断即行動とばかりに動き出す鋭児郎。その背中にのんびりと着いていきつつ、弔は彼の意図を測りかねていた。

 

 つまるところ、ほんとうに決闘をする気など、あるのかどうか。

 

 

 *

 

 

 

「いっただきまーす!」

「……ま〜す」

 

 公共の場であることを考慮してか潜めてはいるが、いつも通りしっかりした声音で挨拶をする鋭児郎。そんな彼を珍しい動物を見るように眺めつつ、弔もまた焼いたカルビに手をつけた。

 

「ん〜美味ぇ!やっぱ漢の夕飯は肉に限るぜ!」

「……新品の服と焼き肉って相性悪い気がするけど。脂飛ぶし、匂いはつくし」

「あ!」

 

 まったく考慮の埒外だったのだろう、鋭児郎はぽかんと口を開けて硬直している。その表情があまりに間抜けで、弔は思わず吹き出しそうになった。

 

「ははっ、考えが足りなかったなァ」

「……わりィ……」

 

 本気で意気消沈しているようである。別に弔としては大した損害でもないので、そんな気にする必要もないのだが。

 

「ンなことより、こういう店、よく来るんだ」

「ん、あ、ああ。特に雄英通ってた頃はな。授業がハードだったし、そのぶん腹も減るし」

「……まァ、だろうね。ヒーローなんてあんな腐るほどいてまだガキを仕立て上げようとしてンだから、ほんと、呆れるよ」

「……前々から思ってたけど、死柄木はヒーローが嫌いなのか?」

「………」

 

「ああ、嫌いだね」

 

 濁すこともなく、きっぱりとそう言い放つ。網から上がる白煙のむこうで、鋭児郎がまたあの悲しげな表情を浮かべるのがわかった。悲しい、というより、傷ついているというのが正しいか。

 それなのに、彼はやはり笑みを浮かべてみせるのだ。

 

「……ま、そういう人だっているよな。俺らって基本、綺麗事しか言えねー仕事だし。もちろんそれを実現するためにみんな頑張ってっけど、全部が全部うまくいくわけじゃないし、さ」

「………」

「でも、それならなんで国際警察に?人を守るって意味じゃ、やってることは変わんないだろ?」

「まァね。……ヒーローよりかは、大局観に立って動けるからかな」

「なるほどなぁ……。でもさ、潜入捜査やってるとはいえ、かなり快盗に肩入れしてるのはどうしてなんだ?」

「別にしてないけど」

「誤魔化さなくていいって。別に責めてるわけじゃねえんだ、気持ちはその……わからないでも、ないし……」

 

 鋭児郎の質問に弔は身構えたが、警戒心を芽生えさせるには至らなかった。彼のもつ疑念は純粋なもので、捜査官であれば否が応でも滲ませる真相を暴いてやろうというぎらつきを感じさせない。後半の言葉もまた、嘘やおべっかでないこともわかる──普段の彼の、快盗たちに対する言動を思えば。

 

「俺、知りたいんだ。あいつらがどうして、何を考えて快盗なんてやってるのか。それがわかれば……もしかしたら……」

「助けになれるかもしれないって?」

「ああ。……こういうの、余計なお世話とか、傲慢って、言うのかもしれないけどさ」

 

 そう、弔はまさしくそう告げようとした。この善性の塊のような男に少しでも爪痕を残そうとしたのだ。

 しかし鋭児郎は、既にそれを自覚していた。

 

 この男は心の底から、比喩でなく顔の見えない敵のために思い悩んでいる。ヒーローだから、警察官だからではない。彼が切島鋭児郎だから、理由はただ、それに尽きるのだろう。

 

(……なんだよ、今さら)

 

 箸を握る手に、力がこもる。それを覆う分厚い手袋のために、その原因たる目の前の青年に気づかれることはない。

 

「ああ、そうだな。心の底からそう思うよ」

「………」

「ンなことよりその肉、焦げるよ」

 

 箸で指し示してやると、鋭児郎は慌ててその肉を摘まんだ。彼の食事風景は時たま執務室内で見かけるが、いつも騒がしく、慌ただしい。同時に、"生きている"のだということを鮮明に感じさせもする。──そもそも"死"を名前から背負っているのだが、自分は。

 

 勧められるまま口に放り込んだ肉は鋭児郎の言った通りの味で、かえって胸焼けがしそうになった。

 

 

 *

 

 

 

 食った食った、と、満足そうに鋭児郎が腹を擦っている。その言葉に恥じぬ食べっぷりだったのは間違いない。ニ時間ほどかけて、肉もスープもサイドメニューもあらかた食べ尽くしたのだから。

 

「……なァ、やっぱり自分のぶんくらいは出すよ」

「いーっていーってそんなの!俺が付き合わせちまったんだし」

「でも、俺のほうが金持ってるから」

「……それを言うなよぉ」

 

 弔は見てしまったのだ。会計の際、財布の中を確認して切ない表情を浮かべている彼を。

 

「事務所じゃ奢ってもらってばっかだったし、警察(ここ)でもせいぜい割り勘だし……一回奢りってやってみたかったんだよ。だから気にすんなって!」

「まあ……そこまで言うなら」

 

 鋭児郎の懐が痛もうがどうしようが実害はないので、素直に従っておくことにした。そもそも日本では年長者が年少者に奢るのが定番らしいが、そんなことは知りはしない。自分の人生において、フランスに住んでいた時間のほうが圧倒的に長いのだから。

 

「……つーかさ、」

「ああそうそう!耳郎たちに連絡とったんだけど、まだ特に通報はないって。もうちょい付き合ってくんねえ?」

「別にそれは構わないけど、次はどこ行くの?」

「あー、そうだなあ……ジャパニーズ銭湯!とかは?」

「入ってる間に連絡来たら、どーすんの?」

「あ、そっか……うーん……」

 

 真剣に悩む鋭児郎。その様子を認めて、弔は確信した。──そのうえで、訊いた。

 

「なァ。ンなことより戦うんじゃなかったの、俺と」

「!、………」

 

 鋭児郎の表情から笑みが消えた。唇がぎゅっと引き結ばれ、視線が逸れてゆっくりと足下に落ちていく。──ああ、やっぱり。

 

「死柄木……その、実はさ、俺──」

「………」

 

 そのときだった。恐怖に塗れた悲鳴と絶叫が、フロアのいずこかから響き渡ったのは。

 

「──!」

 

 それ即ち、誰かが救けを求める声。ヒーローとして身に染みついている鋭児郎は、その原因が何かなどとは考えもせず走り出した。そんなもの、自分の目で確かめればいい。

 そしてヒーローではない弔もまた、彼に続いた。逃げまどう人波に逆らい、通路をひた走る。

 

 そうしてたどり着いたその場所には、異形の怪物の姿があって。

 

「!、あいつ……!」

「……まさかドンピシャで会えるとはなァ」

「喜んでられねーって!──切島ですッ、榊町の梅モールに例のギャングラーが……」

 

 仲間を呼ぼうとした鋭児郎だったが、そのとき怪物が逃げ遅れたと思しき親子連れを捉えたのを目の当たりにしてしまった。──振り上げられる爪が、スローモーションに見える。

 

「やめろぉおおおおお──ッ!!」

「!」

 

 走り出す鋭児郎。親子と怪物の間に割り込み、同時に個性を発動させる。肌が岩石のように硬く鋭く、己の衣服すらも突き破り尖っていくのを弔は見た。

 

 そして鋭児郎は──直撃を、受けた。

 

「ぐぁ……!」

 

 身体がくの字に折れ曲がり、紙のように吹き飛ばされる。そのまま付近のショーケースに激突し、彼は床に転がった。

 

「ッ、ぐ、うぅ……!」

 

 一般人だったら即死だったろう。しかし鋭児郎は、鍛えあげた己の個性に命を救われた。死ぬほど痛いが、身体は動く。両腕に力を込めて半身を起こし、おびえた目でこちらを見る母娘に微笑みかけた。

 

「はや、く……逃げろ……」

「……!」

「だい、じょうぶ……。にいちゃん、ヒーローだもんよ……ダチだって、そこにいる……」

 

「だから、行け」──絞り出した鋭児郎の声は、硬化したその身のように雄々しく響いた。呪縛から解けたように母は我が子を抱きかかえ、走り去っていく。

 その背中を見送った鋭児郎だったが、自身の背には死に神が迫っていた。

 

「グルオォォォォォッ!!!」

「!」

 

 胸元の金庫が禍々しい光を放ち、彼の前面に熱球を形成していく。打撃や刺突には強い鋭児郎の個性だが、あんな灼熱をまともに浴びればひとたまりもない。いよいよここまでかと、鋭児郎は歯を食いしばった。

 

──そのとき、

 

「警察チェンジ!!」

 

 張り上げられた声とともに黄金の影が割って入ってきて、刹那、鋭児郎の視界は紅蓮に包まれた。

 

 

 *

 

 

 

「ありがとうございました、またお越しくださ〜い!」

 

 勘定を終えた客を元気いっぱいに送り出したあと、麗日お茶子は一転してため息をついた。

 

「……ふぅ。死柄木さんから連絡、来た?」

「………」

 

 皿を洗いながら、無言で首を振る勝己。奥から出てきた炎司も渋い表情を浮かべている……それはまあ、いつものことだが。

 

「やっぱ、断られてもうたんかな……」

「それならそうと連絡を入れるだろう。むろん、交渉が難航している可能性はあるが」

「警察の人たちだって、プライドがあるもんね」

 

 人間に直接危害は加えていないといえど、快盗も犯罪者である。ライモン・ガオルファングのときは偶然条件が重なっただけで、単に絶大な破壊力をもつだけの敵が相手なら独力で立ち向かいたいとも思うだろう。元がプロヒーローであった以上、炎司にもその気持ちは理解できる。

 

 一方、お茶子の言葉でなんとはなしにスマートフォンを手にとった勝己は、ちょうど通知が入ったことに気がついた。

 

「!、こいつは……」

「どしたん、爆豪くん?」

 

 もしや、弔からの連絡か?期待を寄せる仲間たちに対し、勝己の表情は険しかった。

 

「違ぇわ。──先越された」

 

 通知はメールやチャットアプリの類ではなく、登録しているギャングラー情報サイトからのものだった。──ギャングラー出現の報を、今回はインターネットを通じて受け取ることになったのだ。

 

「うそ……!?それって……」

「昼間のヤツだ、間違いねえ」

「……急ぐぞ」

 

 自分たちだけでは勝機のない相手。しかし尻込みしていたら、ほんとうにパトレンジャーが倒してしまうかもしれない。彼らには、戦場へ打って出るほかに道はなかった。

 

 

 *

 

 

 

 微睡みのような気絶から覚めた鋭児郎が最初に知覚したのは、暗闇の中に揺らめく紅蓮、そして物体が焦げていく独特の匂いだった。

 

「ッ、痛……」

 

 全身がずきずきと痛む。──いったい、何が起きたのか。記憶を手繰っていた鋭児郎は、傍らからかかった声によって一挙に思考を取り戻した。

 

「……やァ、よく眠れた?」

「!、死柄木……!」

 

 壁にぐったりと凭れかかる弔の姿。照らし出された彼の全身はあちこちが焼け焦げている。……照らし出された?

 

「……あ」

 

 鋭児郎はもはや、驚愕すら表せなかった。

 ふたりの周囲を、燃えさかる劫火が取り囲んでいたのだ。

 

「いつの間に……こんな……」

「あいつの持ってる、コレクションの力だ……ぐっ」

「死柄木!?」

 

 壁に背をつけることで、かろうじて態勢を保っている弔。「一日二度はきついか」などとぼやきながら皮肉めいた笑みを保っているけれど、少なくともかすり傷でないことは明らかだった。

 

「ンなこと言ってる場合かよ、ンな怪我で……!とにかく早く脱出しよう、変身すればこんな炎──」

「……無理だね。"Ton amour brûlant(燃えるような恋)"が生み出す炎は、触れたあらゆるものを焼き尽くす。警察スーツだって、何秒ともたず灰にされるのがおちだ」

「そんな……」

 

 では、ここを抜け出す方法はないというのか?このまま炎に巻かれて、ふたり揃って死ぬと?

 

「………」

 

 あれきり弔は沈黙している。灼熱のためにかえって冷めた頭で鋭児郎は彼を観察したが、その表情から鮮明な思考を読み取ることはできない。

 もとより自分は、器用なほうではない。──だから行き詰まったらば、真っ正面からぶつかっていくのだ。

 

「死ぬの……怖くないのか?」

「なんだよ、藪から棒に」

「悪ィ……でも、」

「そう見える、か。……どうだろうな、自分でもわかんない」

「……?」

 

「俺はもう、死んだも同然の人間だから」

 

 弔の口許が、やわらかく歪む。これまで胡散臭さを醸して憚らなかった彼の笑みが一瞬、幻想のように儚く思われて。鋭児郎はたまらず、息を呑んだ。

 

──ああ、だめだ。

 

「……俺は、死にたくねえ。それに、おめェをここで死なせたくもない……!」

「ははっ……ヒーローらしい、言葉だなァ」

「そうだよ、俺はヒーローだ。だから救けるんだ。……でも、今は違ぇ!おめェは俺のダチだ、ヒーローが嫌いでも、快盗の味方だったとしても、ダチなんだよ!ダチに生きてほしいって思うのは、当たり前だろうが!!」

「……!」

 

 喉を嗄らして叫んだ鋭児郎。そのせいで煙を吸い込んでしまったのか、咳き込みながらその場に膝を折った。たまらず手を伸ばす弔、しかし反射的に躊躇をした。だって、この手は──

 

 引き戻そうとした瞬間、鋭児郎の手が、それをがっちりと掴んだ。

 

「ッ、……放せよ」

「……いやだ……!」

「きみ、俺と戦うんじゃなかったのか。快盗と手を組めなんていう、俺が憎かったんじゃないのかよ」

「……違ぇ。俺……ただ知りたかったんだ、おめェのこと……」

 

 拳を交えるつもりなど、最初からなかった。ただ他愛のない話をして、想い出をつくって、そうすれば弔の心にふれることができるのではないかと思ったのだ。辛辣な言葉を投げかけられることも、そのためなら苦ではなかった。このまま無理やり仲間という枠に当てはめただけの距離でいるよりは、ずっと。

 

「なんだよ、それ」嘲う弔。「……馬鹿だな、きみは」

 

 そのつぶやきに込められた想いは、如何ほどの重みだったか。──少なくとも手のひらほどの"これ"よりは、重いはずだった。

 

「使えよ」

「!、これ……ルパンレッドに渡した……」

 

──トリガーマシンスプラッシュ。秘湯の死闘を経て、ルパンレッドに託したはずのVSビークル。それをなぜ、弔が?

 

「生き残ろうぜ。俺たちの使命、果たすために」

「死柄木……」

 

 劫火はいよいよ勢いを増している。疑問は数あれど、それを形にする猶予はないし、そのつもりもなかった。ただ今は、託してくれたという事実だけを噛みしめて。

 

「──警察チェンジ!!」

 

 パトレン1号へと変身を遂げた鋭児郎は、その勢いでトリガーマシンスプラッシュをVSチェンジャーに装填する。──そして、

 

『スプラーッシュ!──警察ブースト!』

 

 鋭児郎の視界は、ふたたび光に包まれた。

 

 

 

 



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#32 男の決闘 3/3

サービスシーンは大事ってばっちゃも言ってた


 たった一匹の化け物により戦場と化したショッピングモール。その周囲までもが騒然とする中で、快盗たちは夜陰にまぎれ突入を果たしていた。

 

「酷い……なんなん、これ」

 

 モール内の惨状を目の当たりにして、ルパンイエローがか細い声をあげる。ただ、肝心の"実験体"の姿は見当たらないのだった。

 

「チッ……死柄木の野郎、電話に出やしねえ」

 

 舌打ちするレッド。ジュレを出るときから何度も連絡を試みているが、いっこうに繋がらない。パトレンジャーに同行しているなら用心して出ないというのも考えられるが、どうにも気がかりだった。

 

 なんの手がかりもないまま、電灯を失い、生ある者の息吹も消えた暗闇と死の世界を進んでいく三人。しかしある種の静謐のときは、容易く終止符を打たれた。

 

「グゥオァアアアアッ!!」

「──!?」

 

 獣の咆哮が響いたかと思えば、五体に金庫をもつ怪物が壁を突き破って姿を現した。五寸釘のような形状に変質した目玉がぎょろりと蠢き、快盗たちを睨みすえる。

 

「で、出たぁ!?」

「ッ、レッド!」

「わぁっとるわ!!」

 

 無為無策で衝突しても徒に消耗するだけだ。ブルーをその場に残し、レッドとイエローは左右に分かれて走った。獲物がばらばらになったことで、"実験体"の動きが一瞬鈍る。その隙を突いて、彼らは三方向から一斉にワイヤーを射出した。

 

「!?、ガァァァ!!」

「……ッ!」

 

 抵抗する"実験体"。その凄まじい力に、かつてのトップヒーローも含めた三人は翻弄される。快盗スーツを纏っていてもなお、純粋な身体能力にはここまでの差があるのか。

 

 歯噛みするブルー。しかも、彼自身自覚するところではあったが、この時間稼ぎの先に明確な展望があるわけではない。体力のあるうちにパトレンジャーが駆けつけ、協力してくれる──でなければ、意味をなさないのだ。

 

 そんな必死の努力は、"実験体"のもつルパンコレクションの力によっていとも容易く粉砕された。

 

「グオアァァァ!!」

「!?」

 

 胸元の金庫が鈍く光り、紅蓮の熱球が生成を開始する。それが何を意味するか知っている快盗たちは、咄嗟にワイヤーを捨てて回避に移ろうとする。しかし彼らの反応以上に、熱球が劫火となって襲いくるのは早かった。

 

「ッ!」

 

 標的となったのは──正面にいた、ルパンブルー。彼は咄嗟に己の個性──"ヘルフレイム"を発動することで、"燃えるような恋"の劫火に対抗しようとした。自ら捨てた地位とはいえ元はトップヒーローの焔である、その誇りまでは捨てていない。

 しかしそんな根深い感情さえ、ギャングラーという生き物は踏みにじる。

 

「!?、ぐああああああっ!!」

「炎司さん!?」

「クソオヤジ!!」

 

 ヘルフレイムを打ち破られ、逃げる間もなくブルーは劫火に呑み込まれた。その焔は彼を覆い尽くし、快盗スーツ越しに轟炎司の肉体をじわじわと灼いていく。

 

「ぐ……うぐ、あぁぁぁぁ……!」

「あ、ああ……どうしよう、レッド!?どうしたら……」

「落ち着けや!!……ッ、」

 

 恐懼するイエローは押しとどめるレッドだが、仲間を救う手だてを持っているわけではなかった。──いや、頭の中にはあったのだ。トリガーマシンスプラッシュ、あれが手元にあれば。

 しかし現実には、自ら死柄木弔に預けてしまっていて。

 

(クソが……)

 

 歯を食いしばる勝己。しかし彼が、感情に流されての判断を悔いるには至らなかった。

 

 あらぬ方角から大量の清冽が塊となって飛んできて、ブルーに衝突したのだ。

 

「ッ!?」

 

 その衝撃に、筋骨隆々とした身体は容易く突き飛ばされる。しかしながら、それは彼の命を救うことと同義だった。膨大な水に全身を濡らされたことにより、炎は種火ひとつ残さず消し止められたのだから。

 

「えん……ブルー、大丈夫!?」

「……うむ。しかし、これは……」

 

 ルパンコレクションの力でつくり出された炎だ、ただの水では消し止められない。コレクションには、コレクション──

 

「待たせたな、ルパンレンジャー!!」

「!」

 

──そこに立っていたのは、暗闇の中でも輝く赤き装甲の戦士だった。

 

「パトレン、1号ッ!!」

 

 警察スーツの右腕に、トリガーマシンスプラッシュを装備している。その放水能力によって、ルパンブルーに引火した炎を消し止めたのだ。

 では、彼がなぜそれを所持しているのか。その答は考えるまでもなかった。

 

「やァ、」

「!、死柄木……」

 

 パトレン1号の背後から現れた、白銀の快盗。黄金の警察官でもある彼が渡したのだということは、それを予期していたルパンレッド以外にもわかった。

 

「……渡し、ちゃったんだ……」

「……救われた身で文句は言えんか」

 

 それに、こうしてふたりが現れたということは。第二の共闘が成立したと考えて差し支えないだろう。五人で、五つの金庫を開ける──そのために。

 

「チッ……おいレッドなんとか!」

「え、うおっ!?」

 

 いきなりオブジェクトを投げつけられ、1号は慌ててブースト解除をする羽目になった。

 

「なんだよ……──!、これって……」

 

 それは飛行船のかたちをしていた。上部にダイヤルが組み込まれている──たしか、マジックダイヤルファイターだったか。

 

「手ぇ貸してくれンだろ、お巡りさんよォ」

「……おう!」

 

 

 そして、戦闘の火蓋は切って落とされた。

 

「グオアァァァァッ!!」

 

 咆哮とともに、複数のコレクションを同時に起動させる"実験体"。右手と右脚から旋風と衝撃波を巻き起こし、獲物めがけて放出する。

 

「ッ!」

 

 それに対し、咄嗟に散開する五人。必要な数こそ揃えたが、この全員が金庫に触れないことには意味がない。VSチェンジャーによる銃撃を一斉に繰り出しつつ接近を試みるが、ゴーシュによって全身くまなく、それこそ内臓まで弄り尽くされた"実験体"にはほとんど効果がない。ことごとく弾かれ、何倍もの抵抗の嵐が襲いくる。

 

「ッ、キッツイな……!」

「ぼやくなや、絶ッ対獲ンだよ!!」

「わかってる!」

 

 チャンスは目の前に転がっているのだ。それを掴みとることは困難極まりないけれど、手を伸ばすことさえあきらめなければ、失われることはない。

 

「俺だって……譲れねえ!!」

 

 吼えるように、そう叫んだときだった。──五人のものでない銃声が響き、"実験体"の背を撃ったのは。

 

「!」

 

 そこに、いたのは。

 

「飯田……耳郎!」

「遅くなってすまない!切島くん、死柄木くん!」

「ウチらが援護する。全力で獲りにいけ!」

 

 その言葉は鋭児郎に対してだけでなく、弔、ひいては快盗たちにまで向けられたものだった。

 

「言われんでも、やったらァ!!」

 

 呼応し、再び走り出すルパンレッド。ブルー、イエロー、エックス。

 そして、パトレン1号。

 

 攻撃と接近、七人もの同時行動に混乱したのだろう、"実験体"の邀撃は明らかに不正確なものとなっている。しかしそのひとつが、ルパンエックスに直撃コースをとり──

 

「──!」

 

 パトレン1号が彼の前面に飛び出して、"硬化"で攻撃を受け止めた。うめく1号。しかし彼は、庇った相手に気遣われるまでもなく前進を再開する。

 

──そして、

 

「うぉらあぁぁぁぁぁッ!!」

 

 彼らはついに接敵した。五人がかりで強引に押しやり、壁際に追い詰める。そうして身動きを封じたところで、

 

『9・1──9!』

『1・1──2!』

『4・0──8!』

『8・3──0!』

 

『4・1……0!』

 

 すべての金庫にダイヤルファイターを押しつけ、同時に解錠。──そう、五つを同時にこじ開けるのだ。

 

「──ルパンコレクションっ、いただいたァ!!」

 

 刹那ののち、五人の手にはことごとくルパンコレクションが握られていた。

 

「切島くん!」

「おうよ!──烈怒頼雄斗、安無嶺過武瑠ッ!!」

 

 全身を尖き岩石のように変質させ、鋭児郎は"実験体"に全力で体当たりを敢行した。ルパンコレクションをすべて失ったこの怪物は、容易く跳ね飛ばされる。

 

「っし……!──っとと、死柄木、これ!」

 

 回収したコレクションを受け取り、弔は鼻を鳴らした。──そして、

 

「Merci」

 

 その、アルファベットにして五文字の言葉に、あらゆる感情を込めて告げた。

 

「おいコラ、ヒーロー崩れ」

「ッ、おめェな……──わかってるって!」

 

 マジックダイヤルファイターもまた、ルパンレッドの手に戻った。ただ、久々にヒーロー崩れ呼ばわりされたこともあり、ほんの悪戯心で1号は訊いた。

 

「俺がこのまま盗っちまうって、思わなかったのかよ?」

「ア゛ァ?……けっ」

 

「……そういう卑怯なことはしねぇだろ、漢気ヒーローさんよ」

「!、………」

 

 苦虫を噛み潰したような声音だった。だからこそそれは、ルパンレッドの紛うことなき本音なのだと鋭児郎は感じとった。

 

 その意味を噛みしめていたらば、鎖から解き放たれた漆黒の翼が意気揚々と飛んできた。

 

『グッドストライカー待ちに待った参上〜!バッドボーイズから解放されて、いつも以上に張り切ってるぜ〜!』

「待ってたぜ!──飯田、耳郎!」

 

『一致団結!』──グッドストライカーの力をVSチェンジャーを介して発動させることにより、パトレンジャーの三人は文字通りその身をひとつに……"U号"へと変わる。

 

 そしてルパンレンジャーの面々はそれぞれサイクロン、シザー&ブレード、マジックの各ダイヤルファイターの力を借り、ルパンエックスはパトレンエックスへと警察チェンジ。一斉に、必殺技のシークエンスへと入った。

 

「終わりだ──」

 

「──イチゲキ&イタダキストライクっ!!」

 

 破壊のエナジーが次々に放出され、それぞれが融けあってそれぞれを高めあう。ひとつひとつがギャングラーの身体を打ち砕くに余りある威力をもつのである──それらが、五つ。

 

 ステイタス・クインティブルを倒すには、十分だった。

 

「!!!!!」

 

 断末魔の絶叫も一瞬のことだった。改造された肉体を破壊され尽くした"実験体"はたちまち絶命し、ゆっくりとその場にくずおれる。そしてひときわ巨大な爆発を起こし、粉微塵に吹き飛んだのだった──五つの金庫を残して。

 

 

 しかし、戦いはまだ終わらない。

 

「まさかやられちゃうなんて……。──私の可愛いお宝さん、もう一度チャンスをちょうだい」

「!」

 

 七人が彼女の存在を知覚したのもつかの間、ゴーシュ・ル・メドゥのもつルパンコレクションの力が発動する。それは遺された金庫に作用し、媒介として"実験体"の身体を再構築した。

 

「グルォオオオオオオオ──ッ!!」

「ッ!」

 

 ショッピングモールの天井を突き破り、巨大化を遂げる"実験体"。その余波で降り注いだ瓦礫を避けつつ、後退する戦隊の面々。──ただ言うまでもなく、対抗策はもっている。

 

「皆!せっかく七人いるんだし、前にやった全合体、またやってみねえか?」

「全合体?──あァ、グットクルカイザーね」

 

 「俺はいいと思うぜ」とエックス。仲間の提案ということで、パトレンジャーはやむをえないという雰囲気である。ルパンレンジャーは過半数が乗り気でなかったが、全合体にはしゃぐグッドストライカーの勢いと敵の強大さを鑑みて最終的には了承した。

 

「チッ……秒で殺す!」

 

──そして、それぞれ三機のダイヤルファイターとトリガーマシン、計四台のエックストレイン、さらに巨大化したグッドストライカーが一斉に夜空へ飛び上がった。

 

『みんな、心の準備は良いなぁ〜?』

「うっせ、早よしろ!」

『……超越エックスガッタイムぅ!』

 

 容赦ないルパンレッドの言葉に鼻白みつつ、グッドストライカーは合体シークエンスを開始した。自らを中心にVSビークルの編隊を組み、寄り集めたマシンをひとつひとつの部位に変形させていく。四肢、胴体、頭部──

 

 総勢11ものマシンによって形作られた鋼鉄の身体は、巨大化したギャングラーが幼子に見えるほどの高さにまで到達する。

 

『完成!グットクルカイザー、V・S・X!』

 

 内部には、三つのコックピット。その中心──快盗と警察の中継点で、グッドストライカーの本体が揚々と産声をあげた。

 

 

「!、グオォォォォォ!!」

 

 ルパンコレクションをすべて失ったために、その身ひとつで格闘戦を挑むしかない"実験体"。ステイタス・クインティブルといえども、それではグットクルカイザーの敵ではない。

 しかしだからといって、真っ向から受けて立ってやるほど両戦隊もお人好しではない。ブーストをかけて跳躍し、"実験体"の頭上を陣取る。

 

「!?」

「──はっ!」

 

 そして、そのまま両腕のトレインズを叩きつける。脳天に甚大な衝撃を受け、"実験体"はふらつきながら後退した。

 

「やるね、快盗」

「俺たちも敗けてはいられん!」

 

 敵が快復する前にと、今度は警察が主導で動いた。脚部の2号キャノンが火を噴き、3号ロッドが中距離から叩きつけられる。

 

『イイネイイネ〜!この調子でドンドン行ってみよー!』

「はは……じゃあ切島くん、手筈通りに」

「おう!──いくぜ!」

 

 1号がニ機のトリガーマシン──クレーンとバイカーを射出する。両肩のブルー&イエローダイヤルファイターと入れ替わり、それぞれの固有能力による攻撃を敢行する。

 

「っし!流石だぜストロングバイカー!」

「チッ……なら次はこれだ!」

 

 今度はレッドにより、サイクロンとシザーに換装。旋風と鋏が炸裂する。

 

「グ……ガァ、ア………」

 

 ここまでで、"実験体"は既に満身創痍にまで追い込まれている。徒に戦闘を長引かせる理由もない。──とどめだ。

 

「さあ、ゲームオーバーだ!」

『おうよ必殺〜!』

 

『グットクルカイザー・ビークルラッシュストライクっ!!』

 

 全ビークルがエネルギーを纏って射出され、獲物に喰らいつく。身ひとつでその猛攻に耐えきれる者など存在しない。ステイタス・クインティブルであっても、例外ではなかった。

 

「ガアアアアアア──!!??」

 

 二度目の断末魔、二度目の爆散。一度目と異なるのは、もう彼にチャンスはないということ。

 

「永遠に、アデュー」

「任務完了ッ!」

 

 同時に勝利の口上を述べるふたりの赤。それに対し、

 

「ははっ。きみら、案外息ピッタリじゃん」

 

 からかうような弔の言葉。一瞬顔を見合わせたふたりだったが、結局「ピッタリじゃねえ!!」と声を揃えるのであった。

 

 

 *

 

 

 

 その夜、ジュレには黒い靄に覆われたルパン家の代理人が訪れていた。

 

「これだけのコレクションを一気に回収していただけるとは。ほんとうに、ありがとうございます」

 

 言葉の割には冷静な態度を崩さない黒霧。まあ、彼にとって喜ばしいことなのは間違いない。快盗とルパン家、ルパコレクションをすべて奪還するという"手段"は、同じなのだから。

 

「ものの見事にガラケーばっか……」

 

 自身のそれと見比べつつ、お茶子がぽつり。今回回収したコレクション、なぜか携帯電話型のアイテムばかりなのだった。

 それはそれとして、

 

「今回、国際警察の助力を得ることができたそうですね」

「国際警察っつーか、あの漢気ヒーローのな」

「死柄木が上手く懐柔したようだ。……不本意だがやむをえまい、例のVSビークルのことも含めてな」

 

 敏く嫌味と気づいた勝己が炎司とメンチを切りあう一方で、黒霧は密やかに笑みを洩らしていた。

 

「懐柔、ですか」

 

 

 *

 

 

 

 不幸中の幸い、鋭児郎も弔も大怪我を負ってはいなかった。夜から丸々二十四時間を個性による治療にあて、翌晩には職務に復帰する。なかなかに気骨あるスケジュールだが、宿直当番は事件さえ起きなければのんびりしたものである。それに、

 

「ふぃー……」

 

 程よく温められた湯に浸かり、鋭児郎は深い息をついた。

 庁舎の広々とした大浴場を利用できる──宿直にはそういうメリットもあるのだ。元来銭湯好きな鋭児郎だが、弔の言ったように入浴中連絡がとれないのは好ましくない。その点この施設は緊急時には放送が流れるうえ、利用料金もかからない。良いことづくめなのだ。しかもきょうは貸切状態である。

 

(贅沢だよなぁ)

 

 心身ともに弛緩させながら、ぼんやりと天井を見上げる。戦闘と治療で膨大な体力を費やしたせいか、次第に意識が溶けていく。そうしていつの間にかうつらうつらしていた鋭児郎だったが、出入口の自動扉──そこは先進的なのだ──が開く音で我に返った。

 

「!、こんばん……あっ!」

 

 挨拶しようとした鋭児郎だったが、湯けむりの中に立つ姿を認めて驚きの声を発した。

 

「やァ」

「!、死柄木……!?」

 

 白髪の隙間から赤目を覗かせつつ、手袋を填めたままの右手を掲げてみせる弔。そのまま鋭児郎のいる湯槽にやってくると思いきや、途中で「あ、」と声をあげて方向転換した。

 

「こういうとこじゃ、先に身体洗うのがマナーなんだっけ」

「お、おう……ってか、どうしたんだよ急に。今まで来たことあったか?」

「ないよ、ハジメテ。でもきみ、昨夜ジャパニーズ銭湯がどうとか言ってたろ」

 

「それで思い出したんだ」──バスチェアに腰を下ろしつつ、言う。

 

「"男は、ダチと裸の付き合いをするものだ"……先生も、そんなこと言ってたなぁって」

「先生?」

「あー……まあ、昔世話ンなった人、かな」

 

 弔の声音に御しがたい郷愁が滲んだことに鋭児郎は気づいたが、それ以上に彼の両手に目がいった。当然ながら衣服は身につけていないのに、分厚い手袋だけは填めたままでいる。以前聞いたところによると、個性の制御が難しいからとか、なんとか。この超常社会においては特に珍しくもない話ではある。

 だから、追及するつもりはない。意を決した鋭児郎が湯から上がったのは、そんなことのためではなかった。

 

「それだと洗いづらくねえか?よかったら背中、流してやるよ」

「いや別に、慣れてるから……あァでも、お願いしようかな」

「おうよ、任せとけ!」

 

 弔の背後にバスチェアを持ってきて座ると、鋭児郎はタオルによくよくボディソープを染み込ませた。反応に合わせて力加減を調節しながら背中を擦っていくと、その身体から次第に力が抜けていくのがわかる。

 

「死柄木……あのさ、」

「ん……何?」

 

 応える声も、随分と弛緩している。それは鋭児郎の毒気を抜ききるには十分すぎる態度だった。

 

「いや……なんでもねえ」

 

 勢いにまかせて、ほんとうの気持ちを……ダチだと思っていると、伝えた。拒絶はされないまでもそれは一方的な感情だ。それでもいいと、思っていたのに。

 

(死柄木は、俺をダチだと認めてくれた)

 

 今はただ、その喜びを噛みしめていたかった。

 

 

 風呂上がり、弔の執拗な勧めによって顔パック地獄に陥ることになったのは……この際ご愛嬌であろう。

 

 

 à suivre……

 

 




「黒霧さんって普段、何やってるんだろ?」
「世の中には、知らないほうがいいこともあるんだよ」

次回「執事の休日」

「私はいつでも、皆さんの味方ですよ」


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#33 執事の休日 1/3

ルパン家


 

 そのとき"彼"が知覚しえたのは、果てしなく広がる暗闇だった。

 

──俺……死……、ごめ……うた………ざし………。

 

 濁る思考の中に、浮かぶ陽光のような日々。それらが、次第に遠ざかっていく。

 

──おれ、は……。

 

 そして、暗闇は永久のものとなる──はず、だったのに。

 

 

『すまない、きみを救うにはこうするしかなかった』

 

 次に目覚めたとき、暗闇は己とともにあった。

 

 

 *

 

 

 

 秋も深まったある日。今日も今日とて、快盗たちは己が任を果たしていた。

 

「ルパンコレクションの回収、ご苦労さまでした」

 

 目的のオブジェクトを見下ろしつつ、彼らの雇い主……の代理人を称する男が、労いの言葉を発する。彼の頭部は黒い靄のようにふわふわと空間を揺蕩っていて、闇の中に左右一対の光が爛々と輝いている。この超常社会においては珍しくとも、異様とまではいえない姿。そのミステリアスな素性と、奇しくもリンクしていることを除けば。

 

「ふん、金庫ひとつしかねー雑魚ギャングラーだったわ」

 

 気だるげに言い放つ爆豪少年。さらに、彼と同い年の同僚も。

 

「雑魚は言い過ぎやけど……この前のヤツなんか五つもコレクション持っとったし、効率悪い気はしてきちゃうよね。なんかこう、ギャングラーパァッとおびき寄せてドドドドッと回収する!みたいなことできんかなぁ?」

「木に蜂蜜でも塗っとくか?」

「そりゃカブトムシやないか〜い!」

 

 軽口を叩くティーンエイジャーふたりを、親子ほども歳の離れた大男が叱りつけた。

 

「調子に乗るな小僧ども。我々が奴らと対等に戦えているのは快盗スーツの性能あってこそだ。慢心は命取りだぞ」

「ははっ、良いコト言うねえ中年。流石、元トップヒーローサマ」

「……称賛に聞こえんぞ、死柄木。だいたい、中年と呼ぶのはやめろと前にも言ったはずだ」

「じゃあエアロビ「 何 だ と ? 」……うわ、顔怖っ」

 

 弔を黙らせ、炎司は黒霧に向き合った。

 

「通常より格の高いギャングラーとも、これから先はぶつかっていかねばならん。……我々も努力はするが、そちらの支援もより拡充してもらいたいものだ」

「……ええ、考えておきましょう」

 

 ルパンコレクションを分厚い辞典に仕舞い込んで、黒霧は立ち上がった。

 

「では、私はこれで」

 

 慇懃に一礼して、いつも通り自らの能力でつくり出したブラックホールの中に消えていく……と思いきや、普通に玄関から出ていこうとしているではないか。

 

「あ、あれ……黒霧さん?」

「?、何か?」

「いや、今日は個性?使わんのかな〜って……」

「ええ、近くに所用がありまして」

 

 当然、その詳細については明かさない。訊く気もないのだが……約一名を除いては。

 悠々と去っていく大きな背中を見送ってから、お茶子は「むむむむ……」と唸り声をあげた。

 

「気、に、な、る、っ!」

「ア゛ァ?うっせぇな丸顔、何がだよ」

「黒霧さんのことに決まっとるやん!私たちが知ってるのはルパン家の執事ってだけで、ここに来てるとき以外何してるか想像もつかないんだもん……──そうだ死柄木さん、なんか知らんの?同じルパン家の人でしょ?」

「俺?」

 

 ティーカップを持ったまま、暫し考え込む様子を見せる弔。

 ややあって、

 

「……世の中には、知らないほうがいいこともあるんだよ。興味本位で知ろうとすれば、深淵に引きずり込まれて二度と戻ってはこられない……」

「えっ……ど、どういうこと?」

 

 血のいろをした眼をかっと見開いた、悍しい表情で言い放つ弔。邪なるものすら感じさせるその姿に、お茶子ならずとも警戒心が芽生えるのは無理からぬことなのだが──

 

「……なあんてね、そう言われるとより気になっちゃうだろぉ?」

 

 一転、へらりと表情を崩して笑う。張り詰めた緊張の糸が一挙に解け、白けた空気が蔓延する。

 

「な、何なんもう……」

「ははっ、ごめんごめん。実際、俺もよく知らないんだ。俺がまだガキの頃、ルパン家に来たってことくらいかなァ、間違いないのは」

「……そう、なんや」

 

 古くから知己である弔が知らないとなると、いよいよ手詰まりか。肩を落として座り込んだお茶子だったが、良くも悪くも落胆では終わらないのが彼女である。

 

「よっしゃ!」再び立ち上がり、「爆豪くんっ、バイク貸して!」

「はあ?なんで」

「黒霧さんのあと追うの!今逃したら、次いつチャンスが巡ってくるか……」

 

 まさか、ワープゲートの向こうまで追っていくわけにもいくまい。

 

「だからお願い!お願いお願いお願い〜!」

「だあァうっせぇな!!好きにしろや!」

 

 ポケットから鍵を取り出し、力いっぱい投げつける勝己。とはいえお茶子も快盗の端くれであるので、難なくそれをキャッチしてみせた。

 

「さんきゅ、爆豪くん!じゃあいってきまーす!」

 

 バイクキー片手に揚々と飛び出していくお茶子。「いってらー」と声をかけたのは、弔ひとりだった。

 

「……ハァ。前々から思ってたけど、彼女、首突っ込むのが好きだよな」

「あれはそういう気立てだ。放っておけ」

「別にいいけどさァ……イギリスの諺にこんなのがあるぜ。"Curiosity killed the cat"って」

「"好奇心は猫をも殺す"だろ」

「ありゃ、知ってた?」

「舐めンなこちとら常に学年トップだったわ」

「へーすごいすごい。お山の大将に拍手〜」

「喧嘩なら買うぞクソキモフランスかぶれ不審者野郎」

 

 火花を散らす若造ふたりを一瞥し、炎司はため息をついた。──弔の言うことにも一理あるが、彼女の好奇心が活路を開くこともないわけではない。それに……そういう良くも悪くも人間らしい性質の彼女がいるから、自分たち快盗のもとにもかろうじて日が当たるのだ。

 

 

 *

 

 

 

 勝己のオートバイを借りて飛び出したお茶子だったが、黒霧の姿は既に店の周囲にはなかった。

 

「むぅ、もうどっか行っちゃったんかなぁ……」

 

 そういえば、黒霧は車で来たのだろうか。だとすればいつもの黒塗りリムジンか。そのあたりも推測でしかないあたり、発見は困難に等しかった。

 

「いや……困難でも、不可能ちゃう!」

 

 そう、あきらめるにはまだ早い。黒霧は近くに用事があると言って、ワープせずに出ていったのだ。そう遠くへは行っていないはずだ。

 

「絶対、見つける!」

 

 意を決してスロットルを捻り、スピードを上げていく。──しかし災厄というのは、往々にして唐突に降りかかるものである。たとえば、こんな形で。

 

「ミャアァ」

「!?」

 

 甲高い鳴き声とともに、茂みの中から猫が飛び出してきたのだ。慌ててブレーキレバーを握るお茶子だが、ただ今加速したばかりで減速が間に合わない。このままでは、轢いてしまう──!

 

──そのときだった。長身の体躯が伸びやかに躍動し、猫をかいなに捉えたのは。

 

「え……きゃあ!?」

 

 刹那、車体が大きく傾き……重力に従って、お茶子は地面に投げ出された。

 

「いっ、痛ぁあ……」

 

 快盗ならではの身のこなしのおかげで、骨折だとか、大きな怪我には至っていないか。とはいえざらついたコンクリートとの間に皮膚が摩擦を起こしたのだ、痛いものは痛い。

 よろよろと半身を起こそうとしていると、日だまりのような青年の声が聞こえてきた。

 

「ダメだダメだけしからん!危ないぞ、急に飛び出しちゃあ」

「ミャー」

 

 いまいち緊張感のないひと鳴きのあと、猫は青年の手を離れていずこかへ去っていく。己のいのちに危機が迫っていたことなど、そもそも気づいてはいないのだろう。

 

 と、猫を見送っていた青年と目が合った。薄水色の逆立った頭髪が、まるで雲のようにふわふわと揺蕩っている。ふと雲をつかむような既視感を覚えたお茶子だったが、それは相手も同じらしかった。

 

「!、きみ……」

「……?」

「あ、いや……大丈夫?立てるか?」

 

 差し伸べられた手。それを取ろうと指同士が触れた瞬間、お茶子は予想だにしない冷たさに思わず「ひゃっ」と声を漏らした。

 

「どうした?」

「あ……いえ。ありがとう、ございます」

 

 たかが冷たいくらいで手を引っ込めるのも失礼だろう──そう思い直し、好意を受け入れる。お茶子より頭ひとつぶん以上背の高い青年だが、顔立ちはまだ若い。少なくとも成人は迎えていないだろう。屈託ない笑みを向けられ、お茶子の胸はとくんと高鳴った。

 

「あ、それ」

「え?」

「手、擦りむいてる」

 

 指摘されて、お茶子は初めて自身の負傷に気がついた。まあ負傷といっても、戦っている身では気にするほどのものではないのだが。

 

「そこの公園で待ってて。絆創膏、買ってくるから!」

「え、いやそんな……」

 

 彼のせいで怪我をしたわけでもないのに。そう思って遠慮しようとしたのだが、一瞬目を離した隙に、青年の姿は忽然と消えていた。

 

 

 *

 

 

 

 仕方がないので水道で傷を洗い、言われた通りに公園のベンチに座って待つことにしたお茶子。結局、黒霧を探せそうにないこと。勝己のオートバイにおそらく傷をつけてしまったであろうこと。特に後者については、今から想像するだに恐ろしい。

 

「はあぁ……きょう私、命日かも……」

 

 だが、悪いことばかりではない。

 

「──お待たせー!」

「!」

 

 はっと顔を上げる。と、左手に薬局の袋を提げたあの青年が、右手を振りながらこちらに駆けてくる。まだ五分ほどしか経過していないのだが。

 だがもう、そんな引っ掛かりは些細なものだった。

 

「手、出して」

「あ……はい」

 

 言われたままに手を出す。と、絆創膏を持った青年の手が触れる。先ほどと同じひんやりした感触に、思わず眉根を寄せる。

 

「冷たかった?」

「え、あ……」

「ごめんな、体質なんだ」

「……冷え症?」

「はははは。まあ、それのちょっと酷いヤツ、だな」

 

 屈託なく笑う青年。そういえば、その表情に反して、どことなく頬が青ざめているようにも見える。血の気が引いている、と言うのだろうか。

 先ごろとは別種の違和感を覚えたお茶子だったが、やはりその正体は掴めそうもなかった。

 

「これでよし、っと」

 

 絆創膏を貼り終わり、青年は立ち上がった。

 

「じゃ、すまないが俺はこれで」

「!、あ、あのっ」

「?」

 

 立ち去ろうとする青年を呼び止めたのは、殆ど咄嗟の行動だった。

 

「え、っと……わ、私、麗日お茶子って言います!すぐそこの"ジュレ"って喫茶店で働いてて……よかったら、その、お待ちしてますっ」

「……そうか。覚えておくよ」

「あのっ、……あなたのお名前は?」

 

 問われた青年は一瞬、考え込むようなそぶりを見せた。偶々かかわりをもったというだけの他人に、身分を明かしたくない──快活そうな青年だが、そう考えても不思議ではないだろう。

 肩を落とすお茶子だったが、その落胆に反して、青年は意を決したように歯を見せて笑った。

 

「俺は、しらく──」

 

──穏やかに流れる時間を切り裂くような悲鳴が響いたのは、そのときだった。

 

「!」

「ッ、ここにいて!見てくる!」

 

 青年にそう言いつけて悲鳴の方角へ走るのは、もはや快盗として身体に染みついた行動であった。大量のプロヒーローを抱え込むことで維持されているこの超常社会、無辜の民に害悪をなすのはギャングラーだけではない。同じ人間であるヴィランを相手に戦うのは少なくとも快盗の領分ではないのだが、そんなことは頭から抜けていた。

 

 ただ──今回に関しては、彼女の行動は正しいものだった。

 

「寝ろ、起きるな人間どもォ。俺の夢の世界は楽しいぞォ?」

 

 鮮やかなピンク色の身体をもつ異形が、カカカと愉しそうに嗤っている。その胴体には、鈍色の金庫──ギャングラーだ、間違いない。

 足下に倒れている人々のことを気にかけつつ、お茶子はVSチェンジャー片手に飛び出した。

 

「快盗チェンジっ!」

 

 ルパンイエローへと変身を遂げると同時に、敵の目の前に着地。驚きから相手が硬直しているところに、至近距離から発砲する。

 

「うごっ!?」

「はぁッ!」

 

 相手がのけぞったところで、片手を地面について勢いをつけ、顎に向かってキックを放つ。快盗の身軽さを活かしたその一撃は、見事バクに似たギャングラーを後方に吹っ飛ばすことに成功した。

 

「痛、ってぇなァ……!──おまえ、快盗かァ!?」

「ご名答!あなたのお宝、いただくよっ!」

「フン、誰が渡すか!おまえもこの俺、ネロー・キルナーの夢の世界に招待してやる……!」

「夢……?」

 

 ではまさか、倒れているこの人たちは?

 

「眠らされてる……──だったら、あなたを倒せばっ!」

 

 再び発砲するイエロー。しかし先ほどとは異なる、予想しえた攻撃をむざむざ喰らうほど鈍いネロー・キルナーではなかった。

 

「フンっ!」

 

 戦端に五円玉そっくりの円盤がついた特異な形状の槍が、にわかにその手に現れる。それを鎌鼬のごとく振るうことで、ネローは光弾を弾いてみせた。

 

「二度も同じ手を喰らうか……」

「……ッ、」

 

 ノーマル金庫単体のギャングラーとはいえ、自分が単独で渡りあえるほど生温いはずがない。彼らのために、プロヒーローを大勢抱えているはずのこの社会は蹂躙され、存立すら危ぶまれつつあったのだから。

 

 だが、見たところ敵の武装はあの槍だけだ。撹乱しつつ、距離をとって戦えば──

 

 そんなお茶子の目論見は、ネローにもお見通しだった。

 

「フン。──次は、俺の番だァ!!」

 

 言うが早いか、前面に右肩を突き出すネロー。それと同時に胴の金庫が光り、

 

──バクの顔の意匠……その鼻が、勢いよく伸張した。

 

「え……きゃあぁっ!?」

 

 意表を突かれたイエローは、その一撃をかわしきれなかった。脇腹のあたりに命中をとられ、その衝撃で横になぎ倒される。

 

「く、うぅ……っ」

 

 快盗スーツが大部分を受け止めてくれているおかげで、致命的なダメージは免れている。とはいえ、互角といえない戦況に陥りつつあることは明らかだった。援軍があれば、と思うが、仲間は死柄木弔も含めジュレにいる。勝己がインストールしているギャングラー通知アプリが報せてくれるかどうか。──いずれにせよ、即座の助けは期待できない。

 

「本番はここからだァ!!」

 

 バクの鼻を模した突起が再び仕掛けてくる。伸びて、縮んで、また伸びて──その間、一秒とかからない。

 それでも懸命にかわし続けるイエローだったが、反撃の隙もないのでは次第に追い込まれていくのは必定だった。いつ来るとも知れない仲間を待つための時間稼ぎとしては、とても間に合わない。

 

「く……っ!」

 

 意を決して銃を構えるイエロー。引き金を引くと同時に、また鼻が突き出されて。

 

 

──刹那……VSチェンジャーが、宙を舞っていた。

 

「あ……!」

「ッ、貴様ァ!!」

 

 二発目の光弾を浴びたことで、かえってネローは怒りを露にした。狼狽するイエローに何度も鼻を突き立て、ついにその身体を大きく吹き飛ばした。

 

「きゃああああ──ッ!!」

 

 そのまま地面に叩きつけられ……変身が、解ける。

 

「う、うう……っ」

「ハハッ……終わりだなァ、小娘?」

「……!」

 

 地に落ちたVSチェンジャーとイエローダイヤルファイターを拾い上げ、嗤うネロー。切り札たる武具を文字通り敵の手中に収められ、お茶子は色を失った。だが、痛みのほかに感覚の鈍った身体で打開策など思い浮かばない。

 

「安心しろ、それ以上苦しむことはない。おまえも俺の夢の世界で、永遠の眠りにつくがいい……!」

 

 万事、休すか。

 

「さあ──眠れぇ!!」

 

 槍の先端、円盤が妖しく光る──その瞬間、

 

 

「──ッ!」

 

 お茶子の前面に、突然大柄な影が割り込んできた。円盤から放たれた光は、すべて彼の身に吸収されていく。

 

「!?、あなたは……」

 

 驚愕のあまり、お茶子は言葉を失っていた。──それは先ほど一緒にいた、あの青空のような青年だったからだ。

 

「退くぞ」

「え、でも……!」

「いいから!」

 

 有無を言わさぬ青年の周囲に、刹那、白い靄が広がっていく。それはお茶子をも包み込み、ふたりの姿を完全に覆い隠してしまった。

 

「何……!?」

 

 慌てて靄の中に攻撃を仕掛けるネローだが、既に手応えはない。間もなく靄は晴れたものの、案の定、ふたりの姿はどこにもなかった。

 

「逃げたか……。まあいい、貴重な土産を手に入れることはできた」

 

 ただ、気がかりがひとつ。

 

「あの男……なぜ俺の催眠術が効かなかったんだ?」

 

 



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#33 執事の休日 2/3

 

 水の滴り落ちる音が、徐に鼓膜を打つ。

 

 次第に鮮明になるその音。いや、音自体が強まっているのではない──意識が、現実に引き戻されつつあるのだ。

 その事実に気づいた瞬間、お茶子ははっと目を見開いた。

 

「ッ、痛……!」

 

 そうだ、ギャングラーにやられて──咄嗟に上半身を起こせば、ずきずきと痛みが襲ってくる。とはいえその苦痛は、かえって思考をクリアにする一助とはなったが。

 それにしても、ここはどこだろう。周囲を見渡せば、木の床や柱がところどころ朽ちた部屋が続いている。自分の尻にはブルーシートが敷かれているが、少し身体をずらすたびにぎしぎしと音が鳴った。──廃屋?

 

「お。目、覚めたな」

「!?」

 

 聞き覚えのある声でも反射的に身構えてしまうのは、快盗という立場ゆえ染みついた行動だった。幸い、水桶を持って立つ青年は気にするそぶりを見せなかったが。

 

「私、……ッ」

「無理に動かないほうがいいぜ。ギャングラーにやられたんだろ?」

「……!」

 

 正体を、知られてしまっている。ようやくその事実に思い至って、お茶子は愕然とした。危うく眠らされるというところで助けに入ったのだ、変身が解けるところを見られていたとてなんら不思議ではない。

 

「心配しなくていい」

 

 動揺するお茶子をあやすかのような口調で、青年が言った。

 

「口外なんてしないさ」

「……どうして?」

「そんなことをしても、得がない」

「………」

 

 その言葉に、安堵──してしまうわけにはいかなかった。損得だけで物事を判断できる人間など、そうはいない。まして誰も知らない秘密を知った人間は、他人に対しそれを洩らしたくなるものだ。

 他人をおいそれと信用しない──勝己や炎司なら、己に言い聞かせるまでもなく実践しているであろうこと。

 

「………」

 

 憂鬱に沈む気持ちに追い打ちをかけるように、携帯電話が鳴動する。塗装の剥げかけたそれを開けば、画面には仲間の名前。受話ボタンを押そうとして……押して、状況を伝えねばならないのはわかっている。でも……。

 

 

 幸か不幸か、電話をかけた側の少年は実に気が短かった。相手が出ないとみるや、10コールもしないうちに通話終了を乱暴にタップしてしまう。

 

「チッ。丸顔のヤツ、出やしねえ」

 

 吐き捨て、盛大に顔を顰める。それは電話に出ないことだけが理由ではなくて。

 

「あのクソボケカス、俺のバイク道に放っぽったうえ傷までつけやがって……!見つけたらブッ殺す」

「うっわぁ、怖……。それくらい俺が修理してやるから、程々にしてやれよな」

「バイクも直せんのかよ」

「トーゼンだろ?ルパンコレクション改造するのに比べりゃ、ガキの工作みたいなモンだよ」

 

 それこそ特技を自慢する子供のように言い放つ弔。今度は、そんな彼に着信が入った。

 

「お、ウワサをしてなくてもの敵チームからだ」

「………」

 

 渋い顔をするふたりを尻目に、弔は受話を承った。

 

「Bonjour、トムラくんでぇす。あーハイハイ、わかった。すぐ行くよ」

 

 ぷつっ。

 

「──ってワケで呼び出し。行ってくるね」

「ギャングラーが見つかったのか?」

「いや、今は被害状況の確認中。でも、俺が向こうにいたほうが保険にはなるだろ?」

「……まァ、確かにな」

 

 万が一警察に先を越されたとしても、弔がそこに加わっていればルパンコレクションを破壊される心配はなくなる。その後の彼の勝ち誇りようを想像すると、忌々しいことこのうえないが。

 

「じゃ、できれば現場で」

 

 去っていく弔。ひらひらと手を振っている……かと思いきや、程なくタクシーが横付けした。そのまま乗り込んでいってしまう。いちいちブルジョワジーめいた行動をしやがると、勝己は顔を顰めた。

 それはひとまず置いておくとして。

 

「……なあ、丸顔がバイク置きっぱにしてた公園──」

「うむ、ギャングラーの出現地点のすぐそばだ。偶然遭遇した可能性もある」

 

「少なくとも、電話に出ないことと無関係ではあるまい」──炎司の言葉に、自ずから拳に力がこもる。

 

「チッ……結局、ギャングラー捜すの一択か」

 

 快盗としての文字通り仮面を被って、ふたりは動き出した。お茶子はどうなったのか──ギャングラーに拉致された可能性までも想定せざるをえない状況。よもや彼女が謎の青年に救われただなどと、思いも寄らないのは無理からぬことだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、結局電話に出られなかったお茶子。端末を抱え込むようにして、彼女は蹲っていた。

 

「電話、出なくてよかったのか?仲間からだったんじゃ……」

「……出られるわけ、ないよ……」

 

 借りたオートバイに傷をつけたうえ、VSチェンジャーとダイヤルファイターをギャングラーに奪われて。しかも快盗であることとなんら関係のない、個人的な欲求にしたがった結果がこれだ。

 

「こんなんじゃ、みんなに顔向けできない……!」

 

 潤んでいく視界。自覚したときにはもう、はらはらと涙がこぼれ落ちていた。

 

「……っ、ッ……」

「……責任感が強いんだな、きみは」

 

 そう言って青年は、そっとハンカチを差し出してくれる。彼の優しさが、かえって余計に目に沁みた。

 

「今は好きなだけ泣けばいい。──大丈夫、きみは生きてるんだ。生きて、あきらめさえしなければ、いくらだって挽回のチャンスはあるもんさ」

「……なんで、そんなに優しくしてくれるの……?私、快盗なのに……」

「なんでって言われても、快盗に迷惑かけられた覚えはないしなあ」冗談めかしつつ、「それに俺、一生懸命な若者に弱いんだ。これでも昔、本気でヒーロー目指しててさ。あの頃を思い出しちまうというか」

「ヒーローを……?」

 

 "ヒーローを目指していた"──幼少期の漠然とした夢も含めれば、そういう人間は掃いて捨てるほどいるだろう。

 だが彼は、"昔""本気で"と……そう言った。その口ぶりからして、それでもなお夢をあきらめたと。

 

「……訊いても、いいですか?」

「どうしてあきらめたか、だろ?」

 

 青年は一瞬、寂しそうに微笑んだ。捨てた夢に未練を抱きながら、もはや取り戻すことはできないと悟っている──同じ想いを抱えたお茶子だから、それがわかる。

 

「そうだな……聞いて驚くなよ?」

「は、はい」

 

 一転して怖い表情になる青年。何を言い出すかと思えば、

 

「俺、実は……もう死んでるんだ」

「……へ?」

 

 あまりに突拍子のない発言に、感傷的な気分が一気に吹っ飛んでしまった。

 

「幽霊なんだよ。インターンの活動中に殉職……まあまだ学生だったから厳密には違うけど、とにかく死んじまったんだ」

「え、で、でも……あ、足あるし……触れるし……」

「幽霊だって足も実体もあるんだぜ、知らなかった?」

 

 そう言われて、お茶子ははっとした。この青年の手の異様な冷たさ、どこか青ざめた頬……まるで、死人のそれではないか。

 言葉を失うお茶子。沈黙が、場を支配する──刹那、

 

「な〜んてな、冗談だ!」

「!」

 

 ぱっと悪戯っぽい笑みを浮かべて、青年は言った。

 

「ちょっとビビっただろ?」

「も、もう……やめてよぉ」

「はは。ま、色々のっぴきならない事情があってな。今はきみみたいな頑張る若者をサポートする仕事をしてる、それで一応、間接的には人の役に立ってるってわけだ」

「そう……なんや」

 

 へへ、と少しばかり照れ臭そうに笑うその顔は、一瞬本気にしてしまうくらい死人のいろをしていて、にもかかわらず日だまりのようで。

 彼の姿かたちは間違いなく、英雄としてあるべきものだとお茶子は思った。

 

 

 *

 

 

 

 快盗たちと別れた死柄木弔が呼び出されたのは、この地区では最も規模の大きな病院だった。

 

「おう、死柄木!待ってたぜ」

 

 エントランスに入って早々待ち構えていた切島鋭児郎に連れられ、()()()()仲間たちのもとへ。

 

「お待たせ。状況は?」

「……見ての通り、被害者が次々と搬送されてきている」

 

 険しい表情を治療室内に向けたまま、飯田天哉が答える。ガラス窓の向こうに、ベッドに横たえられた人々の姿。みな外傷はなく、傍からはただ眠っているように見える。

 

「実際、眠ってるらしい」耳郎響香が言う。「しかも、延々と夢を見ている状態だそうだ」

「ふぅん……」

「そういうルパンコレクション、心当たりねえか。死柄木?」

「……まァ、ないことはないよ」

「ほんとうか!?一体、どんな──」

「でも、それじゃあないと思う」

 

 付け加えられた逆接の言葉に、一同は勢いを削がれた。

 

「なぜ、そう言い切れるんだ?」

「そのコレクションを、ギャングラーに奪えるはずがないから。万が一奪えたとして、こんな使い方をするものでもないし」

「……なんか、特別なヤツなのか?」

「まァね」頷きつつ、「つーわけで、これはギャングラーの能力だと考えたほうがいい」

 

 弔の言う"特別なルパンコレクション"のことは気にかかったが、今はギャングラーのことだ。生来の固有能力だとするなら、殲滅が解除の早道ということになる。昏睡状態の彼ら、一見するとなんともないが、少しずつ衰弱しているという医師の報告もある。急がねば──

 

 ただ幸いにして、彼らのサポーターは大変優秀である。数分後、響香のもとにかかってきた電話は、ギャングラーの位置を特定したと報せるもので。

 

「っし、行こうぜ!」

「うむ!」

「ああ」

Oui(りょーかい)

 

 

 かくして、パトレンジャーが動き出す──

 

 

 *

 

 

 

 一方、青年とのやりとりで意気を取り戻したお茶子も、痛む身体を押して戦いに赴こうとしていた。

 

「……ッ、これでよし……っと」

 

 仕事の連絡があるからと言って青年が離れた隙に快盗の衣装に着替えを済ませ、仮面をつける。ネロー・キルナーには顔を見られてしまっているが、パトレンジャーや一般市民に顔を見られるリスクは避けねばならない。

 それにこの姿でいれば、快盗ルパンイエローとしての自覚も自ずと湧く。"自分のことは自分でなんとかする"──VSチェンジャーとダイヤルファイターは、必ず自らの手で取り戻すのだと。

 

 意を決して立ち上がった瞬間、廃屋の入口を突然漆黒の靄が覆った。

 

「こちらにおいででしたか」

「えっ、く、黒霧さん!?なんでここに……」

「ふふ、それは企業秘密です」

 

 珍しくからかうような口調で応じる黒霧。と、彼はシャツの胸ポケットからペンを取り出した。

 

「これをお使いください。見かけはただのペンですが、色々と仕掛けがあります。切り札を失ったあなたの、活路を開く一助になるかと」

「あ、ありがと……。でも、それも知ってるんだ……」

 

 いったい彼は、何をどこまで知っているのだろう。疚しいことがあろうとなかろうと、己のすべてを知らず知らずのうちに握られているというのは、常人のメンタルにはつらいものがあった。

 

「ご心配なく。私はいつでも、皆さんの味方ですよ」

「……ありがと、黒霧さん」

 

 彼の言葉がどこまで本心に基づいたものか──真実は、彼自身にしかわからない。でもお茶子たち快盗にとって、彼の支援は代えがたいもの。彼にとってもそうだろう。願いがかなうその日まで、互いを恃んで生きていく。そういう関係もあって良いのだと、理想に生きられない世界でお茶子は学んだ。

 

「では、私は休暇中ですので。失礼」

 

 ペンの使い方をひととおり教授し終えると、黒霧はジュレ来訪時と同様、惜しむそぶりもなく踵を返した。そうして、自らつくり出した漆黒のゲートへ消えていく。

 その背中を見送って、お茶子も廃屋を出た。と、

 

「おーい!」

「!」

 

 呼びかけとともに駆けつけてきたのは、件の青年だった。

 

「よかった、間に合って……。もう、行くのか?」

「はい。あの、色々とありがとうございました!」

「ははは、別に大したことはしてないさ」

 

 そんなことはない。快盗と知ったうえで一点の曇りもなく励ましてくれたこと。それだけで、十分。

 

「頑張ってこいよ、若人!」

「──はい!」

 

 太陽のような笑みを背に、走り出す。その際かわしたハイタッチ。彼の手はやはり冷たかったけれど、そんなことはもう気にならなかった。手の冷たい人は心が温かい──そんな俗説を、思い出しはしたけれど。

 



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#33 執事の休日 3/3

 

 先の襲撃から二時間ほどしか経過していないにもかかわらず、ネロー・キルナーは再び……それも今度は市街地に姿を現していた。

 

「フンっ!」

 

 槍──"ネムランス"と呼称している──を逃げまどう人々めがけてかざし、催眠波をばらまく。目に見えないそれを避けられようはずもなく、浴びた者は一瞬にして眠りに落とされていく。そうして囚われた夢の世界から、ネローに極上のエネルギーを供給するのだ。

 

「フハハハ……いいぞ、もっとだ……!」

 

 嗤いつつ、槍を持っているのとは反対の手元に目を落とす。快盗から奪ったVSチェンジャーとダイヤルファイター……思わぬ掘り出し物だったが、それゆえにどう扱おうか未だ判断しかねていた。幹部の誰かに高く売りつけようかとも考えたが、人間ごときがギャングラーを倒す力を得うる魔具である。上手く利用すれば、一気に後継者候補筆頭に躍り出ることもできるのではないか。──ネロー・キルナー、なかなかの夢想家であった。

 

 と、そのときだった。

 

「すみませ~~~ん!!」

「ん?」

 

 呼び声に振り向くネロー。と、そこには意外なものの姿があった。

 

──こちらに手を振りながら駆けてくる、セーラー服におさげ髪、瓶底眼鏡の少女。今日日野暮ったいでは片付けられない姿である。

 

「ちょっとええですかぁ?道をお尋ねしたいんですけど~」

「み、道?俺にか?」

「はい。ウチ、関西から出てきたばっかの田舎モンですさかい」

「さかい?」

 

 怪しい関西弁の少女はというと、有無を言わせず地図を広げて「この辺なんですけど~」と指で指し示している。実は押しに弱いネローはそのペースに呑まれ、地図を覗き込んでしまう。

 それこそが少女の狙いであった。

 

「──ッ!?」

 

 VSチェンジャーに伸びる手。すんでのところでそれに気づいたネローは、慌てて少女を突き飛ばした。

 

「きっ貴様ァ!?ただの小娘じゃないな、まさか……」

「そのまさか!──はっ!」

 

 ばっと衣装を脱ぎ捨て、少女──快盗ルパンイエローは、その正体を明らかにした。

 

「ルパンイエロー、姑息な手を……。だが目論みは失敗だぞ、残念だったな」

「ふふん、なに言うてんの。まァだこれからさ!」

 

 言うが早いか、彼女は黒霧から借りたペンを頭上に掲げた。すると眩い光が先端から放たれ、ネローの視界を覆い尽くす。

 

「ッ!?」

 

 思わず目を背けるネロー。再び顔を上げたときには、周囲の風景が一変していた。

 

「こ、ここは……?」

 

 ステンドグラスに彩られた窓から陽光が差し込み、目の前に置かれた祭壇の左右に慈しむような微笑をたたえた女性像が鎮座している。教会、チャペル──人間どもの宗教的施設であると、知識としてはネローの記憶にある場所だった。

 だが、いつの間にこんな場所に。混乱していると、急に盛大な音楽が流れはじめる。と同時に後方の扉が音をたてて開かれ、白いドレスとベールに身を包んだ女性が入ってきた。

 

(花嫁!?)

 

 ということは、花婿はまさか……自分?

 困惑するネローだったが、美しき花嫁の誘惑には敵わなかった。うすくルージュを塗った唇にむしゃぶりつきたい衝動に駆られ、顔を近づけていく。あと数センチ、あと──

 

「──って、騙されるかぁあああ!!?」

 

 あと数センチだったのは唇ばかりでなく、手もだった。また危うく魔具をかすめとられるというところで、ネローは慌てて飛びのく。

 

「ちぇ、ファーストキスまで賭けたのに……」

「いらんわそんなもの!貴様、おちょくってるのかァ!?」

「いらない!?」花嫁──お茶子が青筋をたてる。「もう怒った……!こうなりゃ実力行使や!」

 

 再びのペン。今度は対抗してネムランスを掲げようとしたネローだったが、残念ながらというべきかお茶子のほうが寸分早かった。

 

 光に呑み込まれ、次にネローが流れ着いたのは……手術室。

 

「ッ、小娘、どこに行った……!?」

 

 姿の見えないお茶子。次はいったい、どんな手で来るつもりか。身構えるネローは、しかしこの謎空間においては悲しいかな被食者であった。

 

──ずぶり、

 

「ほぉっ……!?」

 

 衝撃と痛み、遅れて液体が体内に押し入ってくる感触が襲いかかる。ネローは首さえ動かすことができない状況だったが、実はこのとき、巨大な注射針が臀部に突き刺さっていた。

 

「ふふふふ、油断しちゃったねえ」

 

 獲物の背後で無邪気に笑う、白衣の天使お茶子。彼女による"攻撃"の真価は、程なく発揮された。

 

「……!?な、なんだ……目眩が……」

 

 それだけではない。身体から急速に力が抜けていき、その場にがくんと膝をつく。にっこりと微笑んだまま、前面に回り込んでくるナースお茶子。彼女の手が、いよいよVSチェンジャーに伸び──

 

「さ、させるかァ……!」

「!」

 

 かろうじて踏みとどまったネローは、チェンジャーを握る手に力を込めて放さない。薬品で自由を奪われているとはいえ、生身の人間、それも小娘に良いようにされるなどプライドが許さなかったのだ。

 

「ちょ、もう、いい加減あきらめてよぉ……!」

「誰、がァ……!」

 

 このままでは埒が明かない。業を煮やしたお茶子は、ここで思わぬ奇策に出た。

 

「じゃ、あげる!」

「!?」

 

 いきなりぱっと手を放すことで、残る力を振り絞って抵抗していたネローは慣性の法則によって後方へ倒れ込んでしまった。ばたりと仰向けに倒れ込んだところで、頭上の景色が青空へと変わる。

 

「あ、あのガキ……いったいなんのつもりで……」

 

 その意図は程なく理解()()()()()。──どこからともなく、パトカーのサイレン音が接近してきたのだ。

 

「!、国際警察か?」

 

 薬のせいで力の入らない中、どうにか上半身だけは起こしたネロー。パトレンジャーの襲来を予見していた彼は……その瞬間、意外なものを見た。

 

「逮捕しちゃうぞ!」

 

 爆走するミニパト。その運転席に座る婦警はというと、やはり麗日お茶子その人で。

 ミニパトは減速することもなく突っ込んでくる。ほとんど動けないネローにその魔の手から逃れるすべなどなく、

 

「いや逮捕はァァァ!!?」

 

──轢かれた。まったく抵抗できなかったこともあって、ネローはいとも容易く吹っ飛ばされてしまう。そしてついに、VSチェンジャーがその手を離れて……。

 

「やった……!──といや!」

 

 絶好の好機。お茶子は勢いよく跳躍し、宙を舞う白身銃に手を伸ばした。あと少し、あと──

 

──掴んだ!

 

 そのまま華麗に一回転を決め、着地。全身で地面に叩きつけられたネローとは、対照的な姿だった。

 

「VSチェンジャーとダイヤルファイター、回収完了っと」

「き、貴様ァ……」

 

 殺意を込めて睨みつけるネローに対してウインクをお返しすると、お茶子は婦警の衣装を脱ぎ捨てた。そして、快盗の姿に戻る。

 ネローにとって、さらに悪いことは続いた。彼女の両隣に赤と青、ふたつの影が跳躍とともに現れたのだ。

 

「イエロー!」

「あっ、ふたりとも!遅いよもう!」

「ア゛ァ!?てめェ電話にも出ねえで……」

「……それよりどういう状況なんだ、これは?」

 

 炎司が困惑するのも無理はない。お茶子は変身していないにもかかわらず、ギャングラーは既に満身創痍の状態。いったい、どんな戦い方をしたのか。

 

「説明はあと!まずあいつのコレクション、盗っちゃおう!」

「ふ……、そうだな」

「仕切んなや!!」

 

 反応は分かれたが、行動は違わない。──快盗チェンジ。

 

『イエロー!1・1・6──マスカレイズ!』

 

 もう一度、電子音声の『快盗チェンジ』が流れ──三人の身体に、快盗スーツを装着させる。

 

「ルパンイエロー!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンレッドォ!!」

 

 その姿こそ、

 

「「「快盗戦隊、ルパンレンジャー!!」」」

 

「おのれ……!自分のコレクションまで、盗られて堪るかぁ!!」

 

 快盗たちが口上を言い切るより早く、ネローは痺れを押して攻撃を仕掛けた。金庫が妖しく光り、件の肩の突起が一気に伸びる。

 

「ッ!」

 

 既に攻撃を予見していたイエローばかりでなく、レッドもブルーも素早く回避に動いた。同時に彼らは、金庫の光も見逃さない。

 

「あれが奴のコレクションの力か」

「けっ、しょーもねえコレクションもあったもんだ」

「油断しないで!」

 

 レッドの台詞に対し、「油断するな」と返すのは普段ブルーの役割なのだが……珍しいイエローの言葉に、彼らは思わずその仮面を見遣った。

 

「あいつ、あの槍で人間を眠らせるんよ。そっち喰らったら……」

「……ふむ」

「ふん、喰らわなきゃいいんだろ。……耳貸せ」

 

 そう言うと、レッドは小声でふたりに何か耳打ちした。思わず顔を見合わせるふたりだったが、彼が独りで突っ走らないだけ成長というべきか。というよりむしろ、きょうは皆の役割が入れ替わったようだとブルーは内心思った。

 

「いいな?──いくぞオラァ!!」

 

 最低限を伝えきるや否や、地面を蹴ってレッドは走り出した。当然、ネローの迎撃が繰り出される。それを巧みにかわしつつ、確実に接近していく。だが、正面からまともに迫ってきたとて。

 

「眠らせてやる……!」

 

 レッドを眠らせてしまおうと、ネムランスが突き出される。──そのとき、

 

『サイクロン!快盗ブースト!』

 

 レッドの背後から飛び上がったブルーが、サイクロンダイヤルファイターの疾風弾を放ったのだ。

 

「何!?ぐおぉぉぉ!!」

 

 それは見事ネムランスを破壊し、余波でネローを後方へ吹き飛ばした。その勢いと体重は叩きつけられたビルの外壁を破壊し、彼を磔の状態にしてしまう。

 そこに、イエローが肉薄する。──ダイヤルファイターが、金庫に押しつけられる。

 

『6・0──3!』

「や、やめ──」

 

 懇願も虚しく、

 

「ルパンコレクション、ゲットっ!」

 

 剣の形をしたルパンコレクションを手に、イエローは意気揚々と後退した。

 

「やったよレッド、ブルー!」

「……俺のバイクにつけた傷はチャラになんねえからな」

「げっ……ば、バレてる!?」

「なぜバレないと思った」

「~~ッ、とにかくアイツ倒さんと!そうだレッド、マジック貸して!」

「てめェ今の流れでよく言えたな」

「ビークルは共有物でしょ、お願いっ!」

 

 まあ、それは一理ある。今回の敵を追い詰めたのが彼女ということもあって、レッドは渋々ながらマジックダイヤルファイターを渡してくれた。

 

「いくよ!」

『マジック!快盗ブースト!』

 

 VSチェンジャーに装填し、撃ち出す──そうしてマジックダイヤルファイターは、飛翔する鳥のような形の弓矢へと姿を変える。

 

「ま、まさか……!」

「そのまさかさ!──せーのっ!」

 

 指示されるまでもなく、男たちも動いた。魔力のこもった矢が放たれると同時に、VSチェンジャーの引き金を引く。

 結果、矢はその尾に光の弾丸を得てさらに速度を増す。即ち、貫通力も。

 

「ゆ……夢だ。これは夢だぁああああ──!!」

 

 現実逃避もつかの間、ネローは必殺の矢にビルもろとも貫かれ……粉々に爆散したのだった。

 

「けっ、手応えねえヤツ。つーか丸顔一匹に出し抜かれるとか、ねえわ」

「ちょっ、どういう意味それ!?ってか"匹"て!!」

「生き物扱いしてやってるだけ有り難いと思えや!」

「~~!」

「………」

 

 繰り広げられる痴話喧嘩にブルーが呆れていると、

 

「あーあ、もう終わっちゃった?」

「!」

 

 現れたのは、黄金の警察官の衣装に身を包んだ死柄木弔だった。──と、いうことは。

 

「げ……快盗!?」

「も、もうギャングラーを倒したのか……!?」

「……あんたまで出し抜かれるとはね、死柄木」

「ほんとだよ。すごいすごい、拍手〜」

 

 安堵しつつも、肩を落とすパトレンジャーの面々。しかし、彼らの役割はまだ残されていた。

 

 

「私の可愛いお宝さん、ネローを元気にしてあげて……」

「!」

 

 神出鬼没のゴーシュ・ル・メドゥの手により、遺された金庫の残骸から巨大化復活するネロー。当然、これを片付けなければ戦いは終わらない。

 

『オウオウオウ!きょうもまた、呼ばれなくてもジャジャジャジャーン!』

「呼んでないけど、ナイスタイミングだグッドストライカー」

『ヘヘッ、ほんとぉ?』

 

 煽てに弱いグッドストライカーである。マブダチである弔がきょうは警察側についている以上、彼が力を貸す相手も決まっていた。

 

「っし、こっからは俺らの出番だぜ!」

『グッドストライカー!位置について……用意!』

 

──出、動ーーン!!

 

 漆黒の翼が巨大化し、次いで色とりどりのビークルの群れが。それらを追うように、黄金と白銀の彩られた列車が街の谷間を走行する。

 

『いくぜ〜、警察ガッタイム!正義を掴みとろうぜ〜!』

 

 グッドストライカーを核として、三台のトリガーマシンが"ガッタイム"。鋼鉄の五体が形成されていく。

 

「完成──パトカイザー!!」

 

 そして、パトレンエックスの操る列車も。

 

「完成、エックスエンペラーガンナー」

 

 

 並び立つ、ふたつの機人。

 

 

 *

 

 

 

「ネムランスもコレクションもなくなってしまったが……この身ひとつでも、俺は強いぞォオオ!!」

 

 咆哮とともに両腕を広げ、突撃を敢行する巨大ネロー。その言葉になんの嘘偽りもない、彼は肉弾戦を仕掛けるつもりだったのだ。

 

「……あいつ、正気か?」

『まともに取り合う必要なんかないだろ』機体越しに、エックス。『こっち来る前に撃ち殺しちまえばいい』

「その通りだが、言い方!」

「ま、まあさっさとやっちまおうぜ!」

 

 そうして二機は、横並びのまま銃撃を開始する。的はまっすぐ突っ込んでくるので、ほとんどの命中をとることができた。

 しかし、

 

「ぐううう……っ!この、程度でぇえええ!!」

 

 ネローは想像以上に頑丈だった。気合ひとつで銃弾のシャワーに耐えきり、敵機に肉薄する。

 

「ガアァァァァ!!」

 

 獣じみた叫びとともに拳でエックスエンペラーを拳で殴りつけ、それを横から制止しようとしたパトカイザーには上手い具合に肩の突起を突き立てる。地味に厭らしい戦法である。

 

「うわ、こいつ……!?」

「ッ、突起には突起だ耳郎くん!」

「突起?……ああこれね」

 

 仲間の意図を汲み取った3号が、警棒で攻撃を仕掛ける。そのひと突きを不意打ちで受けて、ネローは堪らず後退した。

 さらに、

 

「エックスエンペラー、転換(コンバート)

 

 その隙にエックスエンペラーがぐるりと側転し、ガンナーからスラッシュへと変わる。コックピットのエックスも白銀の快盗に姿を変えているのだが、それは外目にはわからないことであった。

 

「離れろよ、キモいから」

 

 身も蓋もない言葉とともに、愛機に容赦ない斬撃を繰り出させるエックス。その鋭い一撃に、ネローは「ギャア」と短い悲鳴をあげた。

 

「さァてと……──おい、パトレンジャー」

 

 そして、パトカイザーのコックピットめがけて何かを投げつける。慌ててそれを受け止めたのは、1号だった。

 

「うおっ、またいきなりそんな……。って、これ──」

 

 この前にも借り受けた、赤い消防車──トリガーマシンスプラッシュ。これを投げ渡してきたということは。

 

『あいつの目、覚まさせてやれよ』

「……よ〜し、いくぜ!」

 

 スプラッシュをVSチェンジャーに装填し、

 

『出、動ーーン!──激・流・滅・火!』

 

 出撃、スプラッシュ。その勇姿に、グッドストライカーが歓声をあげている。

 

『おおお、これはやらねばなるまい~!おニューの、ガッ・タ・イ・ム♪』

 

 パトカイザーの右腕、そして胸から上までもが分離する。その失われた部位ふたつは、変形したスプラッシュがまとめて補填した。そうして鋼鉄の巨人は、これまでとは大きく異なった姿へと変わる。

 その名も、

 

「「「完成!パトカイザー"スプラッシュ"!!」」」

 

「うおお、さらに赤くなったぜ!」

 

 自身のパーソナルカラーが存在感を増したことではしゃぐ1号。「はは、お気に召したようで何より」と、コックピット越しにエックスがつぶやく。この前からふたりの息が妙に合ってきていると、仲間たちは感じた。

 

──気を取り直して、戦闘再開である。

 

「姿を変えたとてぇ!!」

 

 再び向かってくるネロー。猪突猛進といえば聞こえはいいが、彼はとことん無策である。自身の特殊能力をほとんど奪われているのだから、無理もないかもしれないが……。

 

 そんな敵に対し、パトカイザー"スプラッシュ"は徐に右腕を向けた。消防車そのままの形状。標的となった当の本人を除いては、何が起こるか悟っていた。

 

「いくぜ──放水、開始ッ!!」

 

 そう、放水である。ただの水と侮るなかれ、毎秒キロリッター単位が高圧状態で放出されるのだ。それは時に、銃弾以上の威力を発揮する。

 

「な、なんだそれはァアガボボボモゴゴゴゴ!!??」

 

 水の塊に呑まれ、押しやられていくネロー。その間呼吸もできないばかりか、膨大な奔流によって五感までもを奪われる。それ即ち、彼の敗北を意味していた。

 

「へへっ、顔洗って目ぇ覚めたろ?」

「まァ、どうせ永遠の眠りが待ってンだけどな」

 

 エックスの物騒なひと言は、決して誇張ではなかった。絶えず注いでいた洪水はやがて意志を持っているかのようにそのかたちを変え、やがてシャボン玉のようにネローを包み込んだのだ。

 

「もががが、な、なんだァこれは!?」

 

 必死にもがくも、水で満たされた球体は割れるどころか彼を連れて上昇していく。これからいったい何が起きるというのか、想像もつかず怯えるネロー。

 そんな彼に、引導を渡すときが来た。

 

「「「パトカイザー、ディスチャージアップストライクっ!!」」」

 

 天高く上り詰めた水の玉が、いよいよ雲海を越えるというところで──爆ぜた。

 

「ぎゃああああああっ、これが現実なのかぁあああああ!!??」

 

 その通りである。

 

 水もろともネローは粉々に弾け、それきり二度と姿を見せることはなかった。──数十回目の、ヒトの勝利である。

 

「任務、完了っ!!」

「ゲーム、クリア」

 

 鬨の声に応じるように、ふたつの機人は拳を掲げるのだった。

 

 

 *

 

 

 

「チェンジャーを一度あいつに奪られただぁ!!?」

 

 夜のジュレ。店内に響く少年の怒声に、お茶子は思わず肩をひくつかせた。相手の傍らでは、轟炎司が鋭い碧眼でこちらを見下ろしている。

 

「だからてめェ、電話に出なかったンか?ア゛ァ!!?」

「……ごめん……」

「謝って済むなら快盗も警察も要らねーんだよ!!」

 

 なんとテンプレートな小悪党な台詞だろう──内心そう思いつつ、炎司も厳かに口を開いた。

 

「それならそうとなぜ俺たちに報告しなかった?取り返せたから良いようなもの、あのまま奴の手から他のギャングラーに渡っていた可能性だってあったんだぞ」

「……それは……」

「まさか、叱責されるのが怖かった……などとは言うまいな?」

 

 もしもそんな理由だったら──ふたりの怒気がじわりじわりとお茶子の心を蝕んでいく。

 刹那、

 

「"自分のことは自分でなんとかする"──快盗のルールに従ったまでですよ」

「!」

 

 第四の声。死柄木弔が警察のほうにいる今、それをもたらしうるのは空間を跳躍できる"彼"しかいない。

 

「ですからそう責めないであげてください。それに、私も共犯ですので」

「……どういう意味だよ、モヤモブ?」

 

 「黒霧です」と訂正しつつ、

 

「お茶子さん、ペンを」

「あ……はい」

 

 借りていた、一見市販品にしか見えないペンを返却する。──これのおかげで、自力でVSチェンジャーとダイヤルファイターを取り返すことができたのだ。

 

「と、いうわけです」

「………」

 

 悪びれもしない雇い主の代理人にそう告げられると、ふたりも閉口せざるをえない。

 それをいいことに彼はいつも通りコレクションを回収し、最低限のやりとりのみで去っていこうとする。

 

「あ、黒霧さん!……ありがとう、きょうは」

 

 その背中に、お茶子が感謝を投げかけた。対する黒霧の応答は、

 

「お安い御用ですよ」

 

 やはり、シンプルなもの。そうして、漆黒のゲートへと消えていったのだった。

 

「……相変わらず、雲を掴むような男だ」

「けっ。そういや丸顔、結局あいつのこと、なんかわかったンかよ」

「え、あ、ああ……」

 

 まさか偶然出会った謎の美丈夫といい感じになっていましたとは言えず、お茶子は誤魔化し笑いを浮かべるほかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 ワープゲートを越えた黒霧は、薬品の匂いが漂う一室にいた。薄暗い中にぼうっと簡素な寝台が浮かび上がり、傍らには様々な器具が置かれている。それはまるで手術室のような場所だった。

 

「………」

 

 此処に立つと、在りし日のことが思い返される。──永遠に閉ざされたはずの意識が再び浮上し、"彼"に出会ったその日のことが。

 

 

『すまない、きみを救うにはこうするしかなかった』

 

 冷えきった身体、失われた鼓動。まるで人形にでもなってしまったかのような身体に戸惑う青年に、彼はそう告げた。──それで青年は思い出した。自分はもう、死んでいるのだと。

 

『きみに見せたいものがある』

『……見せたい、もの?』

 

──この世界の、真実だ。

 

 そう告げた彼の言葉は、嘘でも誇張でもなかった。もしも生き延びていたなら、きっと一生知ることのなかったであろう真実。

 死んだ人間だからこそ、できることもある。彼はそうも言った。それもまた事実だった。陽のあたる道を歩く英雄にはなれずとも、人知れず平和のために戦う道があるのだと。

 

──そして、"黒霧"は生まれた。生前──"白雲(おぼろ)"の名と姿を捨てて。

 

「……だから同じなんだよ、きみたちと俺は」

 

 そのつぶやきは、誰に拾われることもなく消えていく。揺蕩う靄の隙間から覗く瞳に、宿る想いも……また。

 

 

 それが、死だ。

 

 

 à suivre……

 

 






次回「地獄へ」


「……俺、快盗向いてるわ」



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#34 地獄へ 1/3

 

 随分と大がかりな買い出しになってしまった。

 

 貸切パーティーの予約が入ったので、調達すべき食材がいつもより多くなる──そのことを見越して同僚と上司を動員した勝己少年だったが、それは正しい判断だったようだ。独りでは持ちきれない数の紙袋を手分けして抱えながら、ただ今帰路をジュレに向かって歩いているところである。

 

「貸切なんて久々や……こりゃ大儲けのチャンス!」

 

 はしゃぐ紅一点、麗日お茶子。かわいらしい容姿や言動も相まって、男所帯ではちやほやされるだろう──普通なら。

 

「けっ、クレームになって手間かかんなきゃどーでもいいわ」

「我々本来の任務の邪魔になっては本末転倒だからな」

「………」

 

 あいにく、勝己も炎司もそういった思考回路とは無縁なのだった。

 

「はあ……ふたりともさあ、向上心ってものがないよねえ。どうせやるなら、世界一の喫茶店にしてやろう!とか思わん?」

「馬鹿じゃねーの。自分から目立とうとするとか、ねえわ」

「いやだから、それくらいの心構えでやろうってこと!」

 

 言い募ると、不意に勝己は足を止めた。

 

「……世界一の喫茶店にしたら、デクを取り戻せんのかよ?」

「!」

 

 吐き捨てられた言葉は、その実透き通った結晶のようだった。

 二の句が継げずにいる相手に目をやることもなく、再び歩き出す少年。今度はお茶子のほうが、縫いつけられたかのように立ち止まることになった。

 

「……言い過ぎた、かな……?」

「……まあ、やむをえまい」

 

 お茶子に悪意など欠片もないことは、炎司はもちろん勝己だって理解しているだろう。だが、彼のようなセンシティブな人間には、善意こそが猛毒となることもある。

 

 "地獄への道は、善意で舗装されている"──爆豪勝己の選んだ道も大本をたどれば、ひとりの少年の稚い善意から生み出されたものだった。

 

 

 *

 

 

 

 気まずい雰囲気のままジュレに戻った三人。しかし彼らは否が応なく、次なる戦いへ誘われることとなる。──"彼"の、到来によって。

 

『エマージェンシーエマージェンシ~!緊急事態だってばよぉ~!!』

「え……グッディ?」

 

 漆黒の翼、グッドストライカー。意思をもつおそらく唯一のルパンコレクションであり、神出鬼没、普段は何処かを気ままに飛び回っている──ルパンコレクションを手元に置きたい快盗やルパン家にとっては頭の痛い存在なのだが、既に仲間のひとりとして扱われつつもあった。

 

『トムラが、トムラが大ピンチなんだぁ~!!?』

「ッるせぇな!落ち着いて話せや!」

『ぐええ』

 

 勝己の手刀がもろに胴体を直撃する。

 

『痛でで……じ、実はぁ……』

 

 狙い通り少しばかり落ち着きを取り戻し、グッドストライカーは話しはじめた。

 

──かつてアルセーヌ・ルパンが造った秘密の隠れ家、そこに秘蔵のルパンコレクション……"ルパンマグナム"が隠されている。

 

「ルパン……マグナム?」

『伝説の銃、さ!場所がわからなかったのを、日本に来てからトムラ、ずっと探し続けてたんだ。それで、やっと見つけて……』

「……我々に何も言わず、独りで向かったと?」

『うう……』

 

 三人は顔を見合わせた。死柄木弔が自分たちと完全に一体でないことはわかっているし、入手したあと、それを隠しだてするとも思えない。──にもかかわらず単独行動をとるのは、心の問題だろう。

 

『トムラのヤツ、アルセーヌのことになるといつも独りで突っ走っちゃうんだよぉ』

「……まあいい。いずれにせよ、放っておくわけにはいくまい」

「う、うん。……あ、そうするとパーティーは──」

「キャンセルに決まってンだろ。連絡ヨロシク、テンチョー?」

「……うむ」

 

 損な役回りである。しかし圧倒的最年長者である以上、不平は言えなかった。

 

 

 *

 

 

 一方、人間の一挙手一投足など些事とも思わぬ悪魔たち。

 

「そういや最近、ケルベーロのヤツがはしゃいでるらしいじゃないか」

 

 ドグラニオ・ヤーブンの言葉に、彼の側近たちが反応する。

 

「まあ、あのガンマニアが?」

「人間どもの武器を集めるなど……。奴ら自身でさえ、アレは旧時代の遺物と考えているというのに」

 

 個性という特殊能力を人々が当たり前に持っている時代に、冷たい鉄の塊は時代遅れなもの。尤も前者とて、ほとんどは彼らギャングラーの下位互換にすぎないのだが。

 

「わかってないわねえ、デストラ。役に立つ立たないじゃないの、楽しいかどうかよ」

「……ふん」

「ま、あいつのことだ。楽しいだけじゃ、終わらんだろうよ」

 

 デストラを宥めるように、主が言った。

 

 

 *

 

 

 

 そんな会話がかわされているちょうどその頃、話題に上っていたギャングラーが行動を開始していた。

 

「ヒャッホウ!フハハハッ、ワオォォン!!」

 

 爆発炎上する"世界のおもしろ銃器展"会場を背に、奪った銃器を抱えて満足そうに吼えるギャングラー。狼に似た姿……というのは、地球の生物の外見的特徴をもつ彼らには不思議ではない。ただし、左肩の白骨化したハウンドドッグのような意匠は特異なものであった。

 

──そんな彼の行く手に、三人の警察官が立ちはだかった。

 

「動くなッ、国際警察だ!!」

「各地で銃器を強奪しているギャングラーは、貴様だな!?」

 

 警察官のひとり──飯田天哉の問いに対し、

 

「ハァ?グハハハハッ、地獄の番犬"ケルベーロ・ガンガン"様も有名になったモンだ。なァ、カワイコちゃん?」

 

 畏まる様子など微塵もないケルベーロ・ガンガン。相対する警察戦隊の面々からすれば、予想通りの反応である。──彼らとは結局、戦う以外の道はありえないのだ。

 

「「「──警察チェンジ!!」」」

『1号!パトライズ!』

「おっ、その銃……」

 

 掲げられたVSチェンジャーにケルベーロは反応を示したが、彼が行動に移るより早く、警察官らは変身を遂げていた。

 

「パトレン1号!!」

「パトレン、2号ッ!!」

「パトレン3号!」

 

──警察戦隊、パトレンジャー。

 

「国際警察の権限においてッ、実力を行使する!!」

「頼むぜぇ、カワイコちゃん!」

 

 引き金が、ほぼ同時に引かれる。つい数分前までなんの変哲もない街の一角だった場所は、一瞬にして硝煙の匂い漂う戦場へと姿を変えてしまった。

 

──この世界では、それもまた日常である。

 

「オラオラオラァ!!」

 

 複数の銃を同時に扱い、斉射するケルベーロ。むやみに乱れ撃っているようでいて、放たれた弾丸は的確に獲物たるパトレンジャーに喰らいついてくる。

 

「そんなクラシックな銃で……!」

 

 ギャングラーの猛攻すら耐えうる警察スーツに、傷をつけられるはずがない──そう判断し、回避より突撃を優先した彼らは、刹那激しい衝撃にもんどりうつことになる。

 

「きゃあぁっ!!」

「耳郎くん!?──ぐあッ!」

 

 倒れ込む仲間たち。その姿を目の当たりにしたパトレン1号は咄嗟に庇いに入り、さらに己の個性を発動した。強化服の下、全身の皮膚が巌のように鋭く硬化し、あらゆる攻撃を弾き返す。

 

「……ッ!」

 

 それでもなお、相当な衝撃とともに身体が後退させられることに驚愕した。予想だにしない威力、あるいはVSチェンジャーを凌駕するのではないかというほどの。

 

「ふたりとも、動けるか!?」

「ッ、なんとかね……」

「俺もだ……!」

「っし……じゃあ俺が牽制してる間に、物陰に隠れてくれ。このままじゃ、もたねえ……!」

 

 苦しげな声で言いつつも、1号の行動は早かった。銃弾を浴びながらもVSチェンジャーを構え、射撃し返す。相手は狼のごとき敏捷性でそれらを避けてしまうが、その間引き金を引く指が鈍るのは間違いない。その隙を突いて2号と3号が離脱し、庭園の中央に設置されたモニュメントの陰に滑り込んだ。

 

「っし、うおおおおお!!」

「なぬっ!?」

 

 硬化を維持したまま、果敢にも突進する1号。弾着によりスーツから火花が散り、一部が破損するも立ち止まらない。ゼロ距離をとることこそ、相手の攻撃を防ぐ最高の手段だからだ。

 

「ふ──ッ!」

 

 そのまま勢いよく跳躍し、ケルベーロの背後に回り込む。後ろから羽交い締めにし、攻撃ばかりでなく回避をも封じるためであった。

 

「は、放しやがれぇ!!」

「ヤだね!──飯田、耳郎、今だ!」

「「了解!」」

 

 合図を受けて再び飛び出してきたふたりは、同時に警察ブーストを発動させていた。トリガーマシンクレーンと、バイカー。そのふたつが必殺の一撃を放つため、力を解放する。

 

「バイカー、撃退砲ッ!!」

「ストロングっ、撃滅突破!!」

 

 放たれる巨大なエネルギーの弾丸が、獲物に喰らいつかんと迫る。ケルベーロは1号に力負けしており、とても離脱できる状態ではない。勝利を確信するパトレンジャー、しかし──

 

「そうは問屋が卸さねえ!」

 

 ギャングラーの証──左胸の金庫が、鈍い光を放つ。刹那、予想だにしないことが起きた。

 彼の足先すぐのコンクリートが砕け散り、その下から分厚い岩壁が現れたのだ。

 

「何……!?」

 

 撃退砲も撃滅突破も、当然すり抜けることはかなわずそこに衝突──爆発を起こす。巻き起こる、膨大な粉塵。

 

「いったい、どうなって──」

「ぐああっ!」

「!?」

 

 粉塵の向こうから吹き飛ばされてきたのは……パトレン1号だった。

 

「へへへへ……危ねえ危ねえ」

 

 胴体から白煙をあげながらも、余裕とともにその身を露にするケルベーロ。呆然とする敵に対し、彼は饒舌にこの状況のタネを語った。

 

「オレは空気中の酸素を自由に操ることができる、火薬を使う銃なら威力は百倍だ!」

「……!」

「それだけじゃないぜぇ?オレのもつルパンコレクションは、土を材料に岩壁を創り出せる。攻撃も防御も、隙なしってワケよ!フハハハハハハッ!!」

 

 自信に満ち溢れた高笑いを堂々見せつけるケルベーロ。しかしここまでの戦いで、それを大言壮語と切って捨てることはとてもではないができなかった。実際、必殺の砲も破られてしまっているのだから。

 

「さァ、親切丁寧に教えてやったところで……その銃貰ってやるよ。てめェら地獄に送ってなァ!!」

 

 ひと纏めにされた複数の銃口が、パトレンジャーを捉える。もはや蛇に睨まれた蛙のように動けない三人。しかし動くと動くまいと、いずれ凶弾が放たれることには変わりない。1号──鋭児郎も含め、皆、これ以上耐えきれる保証はなくて。

 

「グッバァイ……!」

 

 そして、いよいよその瞬間が訪れる──と、思われた瞬間。

 

『バウ、バウルッ!!』

「うおッ!?」

 

 右肩の狼が本体の意志とは関係なく吼え猛る。驚愕するケルベーロ自身、しかし彼も程なくその"匂い"を察知した。

 

「!、おおこれは……匂う匂うぜ、最高にオレ好みのカワイコちゃあん!」

「……?」

「サツの相手してる場合じゃねえッ、行くしかねえぜ!ワオォォ〜ン!!」

 

 遠吠えとともに何処かへ、猛烈な勢いで走り去っていくケルベーロ。「待て!」というテンプレートにも程がある残された側の台詞は、彼の耳にすら入ってはいなかった。

 

「ッ、なんてスピードだ……!」

「スピードもそうだけど、あの火力と防御力……」

 

 三拍子揃っている。ここ最近は金庫が黄金であったり、複数であったりと格上クラスばかりが相手だったので、少なからず油断してしまっていた。しかし相手がギャングラーである以上、恐るべき強敵であるという心構えを忘れてはならないのだ。

 

「そういや、さっきアイツが言ってたカワイコちゃんって……もしかして、別の銃を見つけたんじゃ?」

「!、あ~もうッ、マジで厄介なヤツ……!」

「追おう!!──それにしても……」

 

「死柄木くんは何をしているんだ」──弔が勤務時間中に行方をくらますのはいつものことだが、それにしてもギャングラーの出現になんのリアクションもないとは。

 

 いない人間のことを考えても今は仕方がない。三人は急いでパトカーに戻り、ケルベーロの追跡を開始した。

 

 



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#34 地獄へ 2/3

前回の投稿直後に知りましたが、リュウソウジャーで龍井うい役を演じられていた金城茉奈さんが亡くなられました。
作者とは同学年ということもあって、本当に言葉もありません。ただ「戦わないヒロイン」として、リュウソウの清涼剤になってらっしゃったと思います。


 

 ケルベーロが走り去った方角の遥か彼方──某山中に、世間を騒がす快盗たちの姿はあった。

 

 グッドストライカーの導きに従い、なんの変哲もない断崖に偽装された巌の扉から、洞窟の中へ進んでいく。

 

「グッディ、罠があるとこは教えてね」

『まかせとけ!オイラ二回目だからな〜』

 

 無論、グッドストライカーに任せきりにはしない。自分たちでも周囲を窺いながら進む快盗たち。そのひとりだった勝己はふと、壁に文字が彫られていることに気づいた。

 

(……"Brise"?)

 

 フランス語か。意味は、確か──

 

『おっと気をつけろよ。この辺、足下が崩れるぜ』

「ふふん、もし落ちたら私が浮かせたげる!」

 

 あらかじめ罠があるとわかっているせいか、得意げに鼻の下を擦るお茶子。しかしそれは……もはや彼女のアイデンティティーになってはいるが、快盗にあるまじき油断だった。

 

「!、待て。この音は……」

 

 炎司の言葉に耳を澄ます。──ゴゴゴゴ、と、地鳴りのような音。それは徐々に大きく……否、近づいてきている?

 

「まさか、」

 

 三人が身構えるのと、通路の奥から巨大な岩の塊が転がってくるのが同時だった。

 

「!!?」

『えっ、さっきと違ぁああああああ──』

「グッディ!?」

 

 すんでのところで身を翻した快盗たちだったが、いちばん慢心していたグッドストライカーだけは間に合わなかった。岩に押しつぶされ、そのままペラペラになって一緒に転がっていってしまう。

 

「た、大変や……!」

「……あれくらいで死ぬタマじゃねーだろ」

 

 実際、未だに悲鳴が聞こえてくる。それも、いまいち緊張感のない。

 

「うむ。問題は、洞窟内のトラップが変化しているということだ」

 

 いずれにせよ、グッドストライカーの記憶には頼れない。ここからはもう会話もなく、快盗たちは歩を進めた。

 

──程なくして、次なる罠が襲いかかる。

 

「!!」

 

 天井に穴が開いたかと思えば、飛翔してくる鋭く尖ったオブジェクト。人間ひとり串刺しにするなど容易い大きさの槍が、まるで雨あられのように襲いかかってくるのだ。

 

「うわぁ、ガチやん!?」

「けっ、こんなの……」

 

 確かに殺意は感じるが、この程度かわしきれないようではここに足を踏み入れる資格はない──そういうことだろう。実際三人は、難なくそれらを避けきっていた。

 そして余裕があるおかげで、勝己はまた単語が刻まれていることに気がついた。今度は、"tes"。

 

「お、終わったかな……?」

「槍はな」

「!」

 

 間髪入れず、次なる罠。西洋鎧で全身を覆った騎士が暗がりから現れ、長剣を手に襲いかかってきたのだ。

 

「えっ、誰この人!?」

「さあな。アルバイトの人間では、なさそうだっ」

 

 動作に人間味をいっさい感じない。刃をかわしたところで勝己が肩口に蹴りを入れると、装甲は容易く吹き飛んだ。──そこには、何もない。

 

「ほらな、空洞だ」

「さまようよろいやん……」

「うむ、さっさととどめを刺すぞ」

 

 ゲームにまったく造詣のない炎司にはお茶子のイメージは伝わらなかったが、それはともかくとして。

 三人の容赦ない連続射撃を浴びて、鎧は爆発──粉々に砕け散った。

 

「行くぞ」

 

 再び、歩き出す。──と、程なく岩と砂のほかには何もない洞窟に不似合いな光景が飛び込んできた。透明なガラスに覆われた真紅のオブジェクト。そして、

 

「死柄木……!?」

 

 仰向けに倒れた人影を認めて、三人は駆け寄った。固く閉じられた瞼が、伸びた白髪の隙間から覗いている。一瞬命の心配をした彼らだったが、幸いなことに規則正しい呼吸を繰り返していた。

 

「寝てる……だけ?」

「だけということはあるまい。最後の罠にやられたか」

「………」

「どしたん、爆豪くん?」

 

 お茶子の問いに対し、勝己はある方向を指差した。そこにある岩壁には、第三の単語──"fers"。

 

「え、英単語?」

「フランス語だボケ。さっきからそこかしこに刻まれてる。合わせると、"Brise tes fers"……だとよ」

「……"足枷を外せ"、か」

 

 この透明な檻に封じられた伝説の銃──"ルパンマグナム"を手に入れるための、カギとなる言葉であることに間違いはない。弔が気を失っていることとも、関係はあるはずだ。

 

「どう、するの?」

「決まってンだろ」

 

 ルパンマグナム(コイツ)を、手に入れる。──意を決した三人は、一斉に檻へと手を触れた。

 

 そして、

 

「え……?」

 

 呆気にとられるお茶子。岩と砂塵に覆われた洞窟にいたはずが、そこは住み慣れた自宅のリビングだった。服装も、快盗のそれではなくなっている。

 

「何これ……どういう──」

「──お茶子?」

「!!」

 

 決して忘れることのない声に振り向けば、そこには壮年の男女の姿。ふたり──とりわけ女性は、顔立ちがお茶子によく似ている。

 それもそのはずだった。

 

「お母ちゃん……お父、ちゃん……?」

 

 

 自宅で目を覚ましたのは、炎司も同じだった。

 

「……む、」

 

 お茶子と異なり、経験に富んだ彼はこの光景が幻夢の類いであることを即座に見抜いた。ただ、この先に何があるのかまでは読めない。夢を見せて終わりでないことはたしかだが。

 幸い身体は現実と遜色なく動いたため、炎司はそのまま屋敷の廊下を進んでいった。──と、居間のほうから声が聞こえる。複数人が、賑やかに談笑しているような声。

 

(……なんだ?)

 

 このような声、現実ではついぞ聞いたことがない──他ならぬ、自身のせいで。

 気づけば炎司は、そちらに誘い寄せられていた。交わる声に惹かれるまま、襖を開く。

 

「あ、親父」

「……!」

 

 子供たちに、入院している妻──死んだはずの長男の姿もある。

 それに、

 

「焦、凍……?」

「おう」

 

 一度たりとて見せたことのない微笑を浮かべて、末子は応じた。

 

 

 そして、爆豪勝己。彼だけは、他のふたりとは様子が違っていた。

 

(……ンだ、ここ?)

 

 見慣れぬ教室。それも、つい半年ほど前まで在籍していた中学校のそれとは広さもデザインも質の異なる。

 さらに服装も、着たことのない制服へと変わっていた。グレーを基調としたジャケットに、濃紺のボトムス。──雄英高校の制服だ。志望校として幾度となく調べたから、そのデザインは脳に刻み込まれている。近い将来、纏うことになると信じて疑わなかった。

 

 ならばここは、その雄英の教室か。──そこまで確信をもって、勝己は鼻を鳴らした。もはや現実ではありえない、そんなこと。

 

「かっちゃん?」

「──!」

 

 柔らかなその声を、聞くことだって。

 

 

「……デ、ク」

 

 デク──緑谷出久の姿が、たしかにそこに存在した。それも、勝己の知るままの出久ではない。雀斑の散ったまろい頬や楕円形の大きな瞳こそ相変わらずだが、身長が伸び、細く折れそうだった体躯は随分と厚みを増しているように見えた。

 何より、その服装──ジャンプスーツというのだろうか。ディープティールのそれは、明らかにヒーローコスチュームを意識したもので。

 

「どうしたの、かっちゃん?早く着替えないと、次の演習に遅れちゃうよ」

「……ッ、」

 

 やはりこれは、現実ではない。現実のデクが雄英に進学することも、ましてこんなふうに親しげに声をかけてくることも絶対にない。──これは、悪夢だ。ルパンマグナムを守る最後の罠が、自分に悪夢を見せている。

 

「……こんなモンに、引っかかるかよ」

 

 念じれば、手元にVSチェンジャーが現れる。もしも雄英に進学していたとしたら、持っているはずのない武器。

 その引き金を、勝己は躊躇なく引いた。

 

 

 *

 

 

 

『……ムラ、トムラぁ!』

「……ん、」

 

 必死の呼びかけと頬に刺さる軽微な痛みによって、昏睡に沈んでいた死柄木弔はようやく覚醒した。わずかに露となった赤目を動かせば、そこにはグッドストライカーの姿。

 

『よかったぁ……死ぬかと思ったゼ、いろんな意味で!』

「……?、あぁそう」

 

 言っている意味はあまりよくわからなかったが、いずれにせよ追及している場合ではなかった。

 

「!、こいつら……なんでここに?」

 

 すぐ目の前にあった勝己たちの姿に、弔は当惑した。ただそこに居るからではない。──まるで時を止められてしまったかのように、彼らは立ち尽くしたまま硬直していた。

 

『オイラが呼んだんだ!トムラ、ピンチだっただろぉっ!?』

「別にピンチって程じゃないけどさァ……まあいいや」

 

 だが、彼らもこうして同じ罠にかかった。彼ら三人に、果たして罠を破ることができるか。"それ"のために夢や地位を捨てて快盗の道を選んだ、愛すべき同志たちに。

 

 

 四方八方に弾丸を撃ち込んでいたのは、勝己だけではない。お茶子も炎司も、躊躇うことなく同じ行動をとっている。家族に囲まれ、ありふれた幸福に覆われたこの幻夢の世界から、現実へ戻るために。

 しかしこの夢は、どうあっても彼らを逃がしはしなかった。光弾はことごとく空間の歪みに吸い込まれ、消えていく。

 

「なんで?幻が消えない……!」

 

 お茶子が、

 

「ッ、どうすれば、ここから出られる……?」

 

 炎司が、必死に思考を巡らせる。

 

 

 だが幻夢は、彼らに謎解きなど求めてはいなかった。

 お茶子の両親が、炎司の末の息子が──両腕を広げて、目の前に立つ。無論、勝己の幼なじみも。

 

「!、"足枷を外せ"……そういうことか……!」

「そんな……お母ちゃんとお父ちゃんを、撃てってこと……!?」

 

 堕ちてまで取り戻したかったものを、目の前にぶら下げておいて。

 理不尽に耐えがたい怒りと哀しみを覚えながら──それでも彼らは、銃を向けた。これは幻だ、本物ではない。そんなもの、消し飛ばしてしまえ。

 震える指が、いよいよ引き金を引こうとしたそのとき、

 

「「お茶子、」」

「親父、」

「……!」

 

──もう、自分たちのことはいいから。

 

 微笑とともに放たれた言葉は、()()()の心を完全に折った。

 

 

「……撃てるわけ、ないやんか……!」

 

 たとえ、幻であったとしても。

 

「この光景を壊す権利など……俺には……」

 

 両手から、力が抜ける。──グリップが、掌からすり抜けていく。

 

 そのまま彼らは銃の落下を許し……ルパンマグナムを手にする資格を、永遠に失った。

 

 世界が砕け散り、虚無の暗闇の中で無数の銃弾が四方八方から降り注ぐ。ふたりは全身を蜂の巣にされ、意識をも暗闇に閉ざされた──

 

 

 幻夢の世界とリンクするように、現実の世界でも変化が起きていた。

 時間停止に遭ったかのように立ち尽くしたまま硬直していた三人──そのうちふたりが、糸の切れた人形のように倒れ込んだのだ。

 

『ああっ!?エンジ、オチャコ〜!』

 

 悲鳴のような声をあげるグッドストライカー。先ほどまでの弔と、まったく同じ状態。

 

「"Brise tes fers"……取り戻したい大切なものが、時に自分にブレーキをかける」

 

「……わかっちゃいるけど、撃てないよな。やっぱり」

 

 哀愁のにじむ声音とともに、弔は残るひとりを仰ぎ見た。ある意味最も激しい執着と後悔を抱いている少年。彼が選ぶ道は、どちらか。

 

 いずれにせよ、地獄へと通じていることには変わりないのだが。

 

 

──幻夢の中の勝己は未だ、銃をおろしてはいなかった。

 

「かっちゃん」柔らかな声。「僕なんかのために、きみがつらく苦しいだけの道を選ぶことなんてない。きみはいつだって凄いやつで……だから、いつだって明るい道を、胸張って歩いてなきゃ駄目なんだ」

「………」

 

「大丈夫、──きみは、ヒーローになれるよ」

「……!」

 

 その瞬間、ある青年の言葉が、脳裏をよぎった。

 

──もうやめろよ快盗なんて!こんなやり方、絶対間違ってる……!

 

──おめェらは一体、なんのために戦ってんだ!?打ち明けてくれりゃ、俺らなりに力になれるかもしれねぇ!

 

 

──おめェは、ちゃんとヒーローだよ。

 

 

 銃を握る手が、静かにおろされた。

 ただ、

 

「……は、……はは………ははははは……っ!」

 

 その笑い声はまぎれもない、勝己自身のものだった。自分ですら抑えきれないそれは、やがて哄笑へと変わる。涙がにじむほどに笑ったのは、いつ以来か。自分自身、まだこんな笑い方ができたのかと、驚くほどに。

 ひとしきり声を搾り出してから、勝己は改めて出久に向き直った。宝石のようなエメラルドグリーンの瞳に薄い涙の膜が張って、ゆらゆらと揺らめいている。そこに映る自分の姿は、光の屈折で醜くゆがんでいて。いつの間にか服装も、快盗のそれに戻っていた。

 

「……そうだよな、てめェ()そう言うよな。たとえそれが、いっぺん見放した相手でも」

 

 緑谷出久の心は、混じりけのない善意でできている。それが勝己には理解できず、悍ましくてたまらない。きっと未来永劫、変わらない感情。

 

──それでも、

 

「もういいんだ、デク」

 

 

「ヒーローより、何よりずっと──俺、快盗向いてンだわ」

 

 

 言い切るのとほとんど同時に、勝己は引き金を引いていた。放たれた弾丸は出久の身体を衝撃によって後方へ吹き飛ばす。

 

「……だから、誰がなんと言おうが関係ねえ。俺ぁ俺のやり方で、デクを取り戻す」

 

 俯せた屍、広がっていく血溜まり。それらを冷たく見下ろしながら、勝己はそう言明したのだった。

 

 

 *

 

 

 

 勝己が引き金を引いたのと時を同じくして、現実世界ではルパンマグナムが光を放っていた。

 

「!」

 

 弔の目の前でその輝きが爆ぜ、透明な檻を粉々に破壊する。──程なく、彼ら三人の意識が戻った。

 

「ッ、あ、あれ……?」

「戻ってこられたのか……──!、檻が……」

「………」

 

 剥き出しになったマグナムを、勝己が手にする。その背中からは一瞬、何人も一歩たりとも踏み込めないような閉ざされた感情が伝わってくる。

 

(俺の勝ちだ、アルセーヌ)

 

 そのときだった。光の渦の向こうに、大いなる人影が浮かび上がったのは。

 

『快盗としての覚悟、しかと見せてもらった』

「!」

『あ、アルセーヌ!』

 

『僕の愛用のコレクション、きみに預けるとしよう』──そう告げて、アルセーヌ・ルパンは再び姿を消した。

 

「……言われんでも、貰い殺すわ」

 

 鼻を鳴らしつつ、躊躇なくグリップを掴みとる。この瞬間、ルパンマグナムの新たな所有者は爆豪勝己と定まった。

 

──それは、洞窟の崩壊という新たな災厄をもたらすことにも繋がったのだが。

 

「え、ちょっ……何事!?」

「……ここも用ナシってワケか。ハァ」

 

 切迫した状況に不釣り合いなため息混じりに、弔が踵を返す。三人、そしてグッドストライカーもそれに続いた。この洞窟にもう用が無いのは、彼らもまた同じだった。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、ルパンマグナムの匂いを追ってきたケルベーロ・ガンガンはようやく洞窟付近にまで到達していた。

 

「この辺りかァ……どこだァカワイコちゃん?」

『バウバウバウッ、バウルッ!!』

「って、ち、近づいてくる?」

 

 どこだ、どこだと辺りを見回すケルベーロ。しかし彼がまったく意識を向けていない方向がひとつだけあった。──なんの変哲もない、岩壁。

 それがなんの前触れもなく粉々に砕け散り、破片が降り注ぐのは予想の埒外だった。

 

「なッ、なんじゃあああああ!!?」

 

 慌ててその場を離れるケルベーロに対し、瓦礫のむこうからは四つの人影が飛び出してくる。全員、銃を所持している──赤服の少年に至っては、二丁。

 

「はあ……セフセフ」

「……わざわざ崩落させる意味もわからんが」

「まァ、カッコから入りたがる人だから。──ん?」

 

 そこで敵の存在に気づいたのだろう、四人──快盗たちは一斉に身構えた。

 

「見つけたぜぇッ、カワイコちゃん!!」

「カワイコちゃん?」

「はっ!もしかして……」

 

 ぱあっと目を輝かせるお茶子だったが、その期待は弔によって即座に否定された。

 

「違げーよ。こっち」

「あ?」

 

 ケルベーロの視線は、勝己──の、手元に注がれている。ルパンマグナム、伝説の銃に。

 

「ってかこのギャングラーの声って……炎司さんに似てない?」

「何?」

「あァ、声優カブってんのかってくらいそっくり」同調する弔。

「ア゛ー?なにワケわかんねえこと言ってやがる!?」

 

 どちらかというと隣の赤い少年を想起させる口調のケルベーロに、炎司は顔を顰めた。

 

「……俺は、こんな声か……」

「どーでもいいわ。──おいイヌ野郎、ンなコイツが欲しいかよ?」

「正確には地獄の番犬!……ゴホンっ、超欲しいに決まってるだろーが!!」

「はっ、そーかよ」

 

「──欲しけりゃ、それなりの覚悟見せろや!!」

 

 その言葉が合図となった。VSチェンジャー、Xチェンジャーを構え、

 

「「「「快盗チェンジ!!」」」」

『レーッド!0・1・0──マスカレイズ!』

『Xナイズ!』

 

『快盗(X)チェンジ!』

 

 四人の身体が銃口から放たれた光に包まれ、ギャングラーと戦うための姿へと変わる。

 その名も、

 

「ルパンレッドォ!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

「ルパン、エックス」

 

──快盗戦隊、ルパンレンジャー。

 

「予告する。──てめェのお宝ァ、いただき殺ォす!!」

「ヘッ!お宝いただくのはこのケルベーロ様だァ!!」

 

 走り出す快盗、迎え撃つ地獄の番犬。戦塵舞う死闘の火蓋が、いよいよ切って落とされた。

 

 



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#34 地獄へ 3/3


 爆
  殺
   神

    ダ イ ナ マ イ ト


 

 激突する、ルパンレンジャーとケルベーロ・ガンガン。しかし四対一の構図は早々に崩れた。

 ケルベーロの手勢、総勢十体ほどのポーダマンが襲いかかってきたのだ。

 

「チッ、出やがった」

「任せろ、連中は我々で片付ける」

「あーそうかよ、じゃあ使えや」

 

 言うが早いか、ブルーにマジックダイヤルファイターを投げ渡すレッド。続いてエックスも、

 

「イエロー、これを」

「わっ!?──え、これって……」

 

 イエローが受け取ったのは、トリガーマシンスプラッシュだった。勝己から弔の手に渡り、主に警察が使用していたのだが──

 

「VSビークルは、みんなで仲良く共有しないとなァ?」

「なんか釈然としないけど……わかった!」

 

 ここは強力な武装で、一気に決着をつける!

 

『マジック!0・2・9!』

『スプラーッシュ!快盗ブースト!』

 

 弓矢と、消火器。まったく系統の異なる武器だが、ポーダマンに対しては十二分に威力を発揮した。消火器から放出された煙霧が視界を奪い、魔法の弓矢が身動きのとれなくなった者たちを一気に貫く。

 生き延びたポーダマンには、ルパンエックスが襲いかかっていた。彼のもつ堅牢な装甲は、ポーダマンの迎撃など通用しない。

 

──そうして仲間たちが邪魔な雑魚兵士を抑えていることで、ルパンレッドはケルベーロとの戦闘に集中していた。

 

「ヘッ、オラオラァ!!」

「ッ!」

 

 至近距離から放たれる銃撃を持ち前のスピードでかわしつつ、レッドもまた射撃で応戦する。実弾と光弾が、わずか数ミリのところですれ違う。硝煙の匂い漂う激戦。

 

「おらぁッ!!」

「グオ!?」

 

 上半身は射撃を続けながら、レッドは下半身で新たな攻撃に出た。一瞬しゃがみ込み、虚を突いたところで敵の腹に跳ね蹴りを叩き込んだのだ。

 相手がよろけた隙にあえて距離をとり、銃口を頭部に向ける。射殺には至らずとも、ヘッドショットはギャングラーにも十分有効なはずだ。

 

 しかし、

 

「ッ、そうはいくかァ!!」

 

 態勢を立て直したケルベーロは、すかさず自らのコレクションの力を発動させた。一瞬にして分厚い岩壁が出現し、光弾を受け止めてしまう。

 さらにそこから身を乗り出し、報復射撃を敢行するケルベーロ。彼固有の能力によって威力を増した実弾は、ついにルパンレッドのマントを灼いた。

 

「……ッ!」

「どうだ、銃に愛されたオレの実力はァ!?」

 

 乱射、乱射、乱射。直撃を喰らわぬようフィールドを逃げ回りつつ、ルパンレッドは持ち前の負けん気の強さで毒づいた。

 

「けっ、コソコソ隠れといてなに言ってやがる。野良犬」

「のっ、野良犬ゥ!?地獄の番犬っつったろーが!!」

 

 抗議の声を完全に黙殺し、ルパンレッドは「それに」と続けた。

 

「俺も結構好かれてンだよ、コイツにな」

「!」

 

 ルパンマグナム──伝説の銃を左手で構え、銃口を突きつける。見惚れていたケルベーロは抜け目なく岩壁に身を隠すが、レッドには絶対の自信があった。あれしきのもの、ルパンマグナムならという自信が。

 

「──ぶち破れやァ!!」

 

 そして彼は──引き金を引いた。

 放たれた光弾は、VSチェンジャーのそれとは桁違いの速度と煌きで、ケルベーロと彼を守る岩壁に向かっていく。果たして、

 

「!?、グワアアアアッ!!」

 

──ケルベーロは、吹き飛ばされていた。

 岩壁にはぽっかりと穴が開いている。そのむこうには、ルパンマグナムを構えるレッドの姿。

 

 その背中を目撃する者が、当事者たち以外にも存在した。──ケルベーロを追跡してきた、パトレンジャーの面々である。

 

「快盗たち……なぜここに!?」

「ってかあの銃……新しいルパンコレクションか?」

「………」

 

 新たな力を得、揚々と使いこなしている後ろ姿。傍には仲間たちもいる。

 にもかかわらず拭いがたい孤独を感じ取ってしまうのは、自分だけだろうか。鋭児郎は思った。

 

 

 いずれにせよ一進一退を続けていた彼らの戦闘は、レッドがルパンマグナムを持ち出したことで一気に形勢が傾いた。

 岩壁を創り出して逃げ回るケルベーロだが、創ったそばからマグナムの一撃でそれらを粉砕されてしまう。直撃こそまだ受けていないが……反撃など望むべくもなく、着実に追い詰められていく。自覚したとてどうにもならないが。

 

──そして、遂に。

 

「ギャインッ!!?」

 

 直撃……ではなかった。掠っただけだったが、にもかかわらず衝撃でケルベーロは吹っ飛ばされたのだ。ごろごろと地面を転がる巨体。その隙を逃さず、負けじと大柄な影が間近に迫った。

 

『1・0──1!』

「あ、ちょっ……やめ、やーめーろーよー!!?」

「……その声で喚くな!」

 

 苦みばしった声音でそう言い放ち、ルパンコレクションを奪い取るルパンブルー。ポーダマンはとうに全滅させられ、再び四対一の構図に戻っていた。

 

「はっ、あとは俺ひとりで十分だけどなァ!」

 

 ブルーの離脱と同時に、すかさずルパンマグナムをVSチェンジャーに装填するレッド。単体でも強力なマグナムだが、合体させることでさらなる力を引き出すことができる。VSビークルと同じだ。

 

『ルパンフィーバー!Un, deux, trois……』

 

──イタダキ、ド・ド・ド……ストライク!!

 

 射撃手がよろめくほどの反動とともに放たれた砲弾は、周囲の草木までもを灼きながら標的に迫った。ケルベーロにもはや、逃げる場所などない。

 

「か……カワイコちゃーーーーーん!!??」

 

 その猛威により胴体に風穴を開けられ、ケルベーロはなすすべなく爆破四散した。快盗たちは言わずもがな、参戦しようと身構えていた鋭児郎たちパトレンジャーにも爆風が及ぶ。

 

「うお……っ!?」

「なんて、威力だ……!」

 

 恐ろしい力──程度の差はあれ、ルパンコレクションとはそういうものだ。

 それらを集めた先に何があるというのだろう。彼らがその答に辿り着く日は、()だ。

 

 

 *

 

 

 

「噂には聞いてたけど凄い威力ね……あんまりタゲられたくないかも」

 

 ギャングラーの死にあわせていつもなら堂々と現れるゴーシュ・ル・メドゥ。しかしルパンマグナムの威力を前に、流石の彼女も尻込みしている様子だった。気づかれぬよう茂みに潜みつつ、ルパンコレクションの力を発動させる。

 

「私の可愛いお宝さん、ケルベーロを元気にしてあげて……こっそりね」

 

 主がそんなでも、エネルギーは問題なく注ぎ込まれる。ひしゃげた金庫が巨大化し、肉体を再構成──

 

「ワオォォーーーーン!!」

 

 ケルベーロ・ガンガンは、巨大化復活を遂げた。

 

「せっかく見つけた最っ高のカワイコちゃん……あきらめて堪るかよォ!!」

「チッ、しつけーイヌだな」

 

 ホンモノの犬ならパンの切れ端くらいやってもいいが、相手はギャングラーである。くれてやれるのは、刃と弾丸のみ。

 

「行くぞ、グッディ」

『Oui!今度こそオイラも活躍するぜ〜!』

「ブルー、イエロー。いつものヨロシク」

「オーケー!」

「まったく、いつもながら世話の焼ける」

 

 グッドストライカー、エックストレインファイヤーとサンダー。そのあとにエックストレイン本体と三機のダイヤルファイターを巨大化させる。

 そして、

 

『快盗ガッタイム!勝利を奪い取ろうぜ〜!』

「快盗、エックス合体」

 

──完成、

 

『ルパンカイザー!』

「エックスエンペラー、スラッシュ」

 

 二の巨人が、地獄の番犬と対峙する。

 

 

「ヘッ、オラオラオラァ!!」

 

 早速とばかりに銃撃を浴びせにかかる巨大ケルベーロ。刃を振るってそれらを防ぎつつ、まず白銀の巨人が接近を試みた。

 

「チッ!邪ァ魔だ!!」

 

 ただ、ケルベーロの眼中にあるのはルパンカイザー……そのコックピット内にあるモノだけだった。その場から跳躍してあっさりエックスエンペラーをあしらうと、ルパンカイザーに肉薄する。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に左腕のガトリングを構えるルパンカイザー。ケルベーロが銃口を突きつけるのとほぼ同時。

 一瞬の沈黙のあと、

 

「「──死ねぇッ!!」」

 

 ルパンレッドとケルベーロの声が重なり、砲弾が交錯した。

 

「ぐっ!?」

「ガァ!?」

 

 どちらも等しく衝撃に襲われる。生身であるだけ、ダメージはケルベーロのほうが大きいか。

 ただ、彼の執念は尋常でないものだった。弾丸を浴びながらも距離を詰め続け、遂にルパンカイザーの顔面に手をかける。

 

「出て、こいやァ……!」

「うわっ、アカンよこれ!?」

『ヤ〜ン、エッチ!』

「馬鹿を言っている場合か!」

 

 左腕の丸ノコで引き剥がそうとするが、もう一方の手で押さえつけられてしまう。万事休す……ルパンカイザー、単独では。

 

「チッ……おい死柄木!!」

『ハイハイ、言われなくてもやりますよ』

 

 銃には銃だとばかりに、スラッシュからガンナーへとモードチェンジするエックスエンペラー。パイロットが卑怯もらっきょうもないという思想の死柄木弔であるので、容赦なくケルベーロのがら空きの背中を撃った。

 

「ギャインッ!?な、何しやがるゥ!!?」

「何って、攻撃?」

 

 このまま銃撃を続けられては参ってしまうと、ケルベーロは不本意ながら離脱するしかなかった。ただしそれは、言うまでもなくルパンカイザーにフリーハンドを与えてしまうことを意味していて。

 

『マジック!Get Set……Ready Go!』

 

 すかさずルパンブルーがマジックダイヤルファイターを射出する。銃撃対決も良いが、搦手で相手の弱点を突くことができれば一気に勝負を決められる。──何よりこのギャングラーの声は、あまり聞いていたくはなかった。

 

「換装だ、グッドストライカー」

『Oui!色々、変わりまっす!』

 

 胴体、頭部と左腕が分離し、マジックダイヤルファイターが合体する。

 

『完成!ルパンカイザーマジ〜ック!』

 

 白菫色の美しいボディが、陽光を浴びてつるりと輝く。

 

「そんな、上品な姿になったところでぇ!!」

 

 野蛮な地獄の番犬らしからぬ所感とともに、再攻撃を仕掛けようとするケルベーロ。しかし、

 

「オラァッ!!」

 

 負けじと野蛮な掛け声から放たれたハンマーに顔面を殴られ、堪らず後退させられてしまうのだった。

 

「痛だあ゛あ゛ッ!!?ぜ、全然上品じゃねえ!?」

「たりめーだ、こちとら快盗だクソが」

「えー……」

 

 一緒にされたくないと内心思ったイエローだったが、快盗だからこそ暴力以外の戦法も駆使しうる。もとよりマジックを選んだのは、そのためだ。

 鉄球がぱかりと開き、中から純白の手が現れる。さらに──骨……骨?

 

「プレゼントだ」

「とってこーい!」

 

 如何にも犬が咥えていそうな骨を、空中めがけて投げつける。当然、ケルベーロは鼻を鳴らしてそれを一瞥するだけ……かと思われたのだが。

 

「そんなモンに釣られワオォォン!?」

 

 肩の犬頭が勝手に反応し、望まぬままに取りにかかってしまう。

 

「おおおおっ落ち着け、落ち着け、落ち着けぇ!?」制止も虚しく、「ぎゃおおおお!!?」

 

 肩の犬が骨をキャッチした途端、爆発が起きる。その衝撃でケルベーロは哀れ、地上に墜落させられてしまった。

 

「し、しまった……身体が勝手にィ……!」

「けっ、骨のねー地獄の番犬サマだなァ?」揶揄しつつ、「さァて……地獄に送り返してやらあ」

 

 シートから立ち上がり、VSチェンジャーを構えるレッド。その引き金とルパンカイザーの必殺技が、グッドストライカー本体によってリンクする。基本的には、そういう仕組みなのだが──

 

 次の瞬間レッドの姿はコックピットからかき消え、蒼天のもとへと放り出されていた。

 

「!?、ンだこれ……?」

 

 放り出されたと言っても、そこはマジックの文字通り掌の上。いったい何が起きたのか──それは、グッドストライカーが説明してくれた。

 

『アルセーヌのお気に入り、みんな見たいってサ!』

「……チッ、しゃあねえな」

 

 毒づきつつも満更でないレッドは、再びルパンマグナムをVSチェンジャーに合体させた。"Un, deux, trois"……三回ダイヤルを回し、銃口を突きつける。

 いかに伝説の銃といえど、敵とのサイズ差が開きすぎやしないか──そんな懸念は、一瞬にして消し飛んだ。充填されはじめたエネルギーは、銃はおろか射撃手の身体より遥かに巨大な弾丸を生成しはじめたのだ。

 

「え、ちょっ……あんなん撃って大丈夫!?」

「ははっ、ヘーキだろ。なんたって伝説の銃だし」

「……なんのフォローにもなっていないが」

 

 心配する仲間たちをよそに──ルパンレッドは、躊躇なく引き金を引いた。

 

「死ねぇぇッ!!」

『イカサマ・ド・ストライク!!』

 

 凄まじい熱が、一挙に放出される。ルパンレッドの身体がずりずりと後退するが、銃が抑えているのか、その質量に比べれば些細なものだった。

 

「な……な……カワイコちゃんすげえエエえぇぎゃああああああ!!??」

 

「これぞ負け犬の遠吠え!」──自虐めいた辞世の句とともに、ケルベーロは跡形もなく消滅したのだった。

 

「は……永遠に、アデュー」

 

 くるりと銃を回し、餞を下す。苛烈ながら、冷徹。まさしく快盗らしい振る舞いだった。

 

 

 *

 

 

 

 戦い終わった、夜。ルパン家の代理人が、いつものようにコレクションの受け取りに訪れていた。

 

「"Ces murs(これらの壁)"、確かに」ケルベーロから奪還したコレクションを図鑑に戻しつつ、「それにしても、アルセーヌ様がルパンマグナムを預けると仰いましたか」

「疑ってンのかよ?」

 

 握りしめたルパンマグナムを庇うしぐさを見せる勝己。お気に入りの玩具を死守せんとする幼子のようだと、黒霧は喉の奥で笑った。

 

「まさか、それはもうきみのものです。今後の戦いにお役立てください。……それにしても、」

「あ?」

「……いえ、なんでもありません。では、私はこれで」

 

 いつも通り、ワープゲートを通して去っていく。その背中をなんとはなしに見送っていた勝己は、直後、ルパンマグナムめがけて伸びてきた手をはたき落とした。

 

「痛だッ!?何するん!」

「そりゃこっちの台詞だ丸顔。なに勝手に触ろうとしてンだ」

「いいじゃんちょっとくらい、減るモンじゃないし!」

「減るんだよカス。現に俺のバイクはおもっくそ磨り減ったわ」

「ううっ……言い返せへん、言い返せへんけどぉ!」

 

 ふたりが痴話喧嘩を始めたのを尻目に、同行していた死柄木弔は踵を返した。玄関へ歩を進めようとするのを、炎司が呼び止める。

 

「帰るのか?」

「まァね、明日も仕事だし」

「そうか。………、」

 

「貴様も、最後の罠には敗けたんだな」

「……ははっ。俺も人間だからさ、こう見えて」

 

 そう告げて、弔もまたジュレを辞した。

 

 

「──で、何してんのおまえ。わざわざワープしたくせに」

 

 ジュレから出て程なく、待ち構えるように立ち尽くす影を認めて、彼はため息をついた。

 

「死柄木弔。今回の件、内心気にされているのではと思いまして」

「気にする?俺が?」

「ええ。ルパンマグナムは……いえ、アルセーヌ様はあなたではなく、爆豪勝己を選びましたから」

 

 はは、と、弔は空疎な笑みを零した。わざわざ喧嘩を売りに来たのでないことくらいは、それなりに長い付き合いなのでわかる。

 

「……まァ、悔しいよそりゃ。本音を言えばね」

「………」

「でもそれより何より……同情するね。可哀想だよ、爆豪くんは」

「可哀想、ですか」

「だってそうだろ?快盗なんて、最初から後戻りできない人間のやることだ。俺らみたいに、さ」

「……そうかも、しれませんね」

 

 それでも、茨の道を選び取ったのは他ならぬ勝己自身だ。あちこちから垂らされる蜘蛛の糸を、縋るどころか自ら引きちぎって、彼は地獄へと歩を進めていく。

 

 

「……デク……」

 

 何もない部屋で、ルパンマグナムを腕に抱いて泥のように眠る少年。その頬を伝うひとすじの泪を見る者は、誰もいない。

 

 

 à suivre……

 

 





「強制帰宅ビームやど!」
「ここをキャンプ地とする!」

次回「ストレイドッグ」


「俺を、心配すんじゃねえ……!」



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#35 ストレイドッグ 1/3

 

 紅葉香る白昼、街は阿鼻叫喚に覆われていた。

 

 逃げまどう人々。その最後尾から数メートルほど距離を置いて、悠々と闊歩する異形の姿があった。

 

「ハーッハッハ!邪魔や邪魔や、邪魔やど人間どもォ!今からここは、オレの縄張りやど〜!」

 

 貝殻を縫いつけたような胴体に、首から上は骸骨のような意匠。それが頭部かと思いきや、さらに小さな髑髏が上につながっている。この超常社会もの怪物じみた異形型の人間は相当数存在するが、そのどれにも当てはまらない不気味な姿である。

 それもそのはず──彼は突如として異世界から現世に侵攻してきた怪人集団・ギャングラーの構成員であった。鳩尾で存在を主張する金庫が、その証拠。

 

 そしてこの世界の治安維持の要、ヒーローたち。ギャングラーに対しては劣勢を強いられながら、この突如として現れた脅威に対しては全力で立ち向かっていたのだが……何故か今、ことごとく街から姿を消している。殺されたのではない、ほんとうに影ひとつ存在していないのだ。

 

──だが、ヒーローたちとは別に。ギャングラーと戦う者たちもいる。

 

「あイタっ!?」

 

 その存在を誇示するかのように、投げつけられたキャッツカードが怪物の胸元に突き刺さる。

 

「勝手なこと言ってんじゃねーよ、他所モン」

「貴様が、ヤドガー・ゴーホムだな?」

 

 それぞれ赤青黄、燕尾服やドレスを纏った仮面の人間たち。その姿、ヤドガー・ゴーホムには見覚えがあった。

 

「ホムッ、お前らもしかして!?」

「ご推察の通り!」

 

「「「──快盗チェンジ!!」」」

 

 ダイヤルを回し、引き金を引く。そして跳躍した次の瞬間には、彼ら"快盗"は変身を遂げていた。

 

「ルパンレッドっ、オラァ!!」

「ヤドっ!?」

「ルパンブルー……!ふっ!」

「ガゴッ!!?」

「ルパンイエロー!とりゃ!」

「ホムぅッ!!??」

 

「「「快盗戦隊、ルパンレンジャー!!」」」

 

 三人の同時攻撃をまともに浴び、ヤドガーは弾き飛ばされた。

 

「予告する、てめェのお宝……いただき殺ォす!!」

「~~ッ、ぽ、ポーダマン!」

 

 慌てて配下の戦闘員をけしかける。十数体にも及ぶ同型の怪人たちがどこからともなく姿を現し、ルパンレンジャーを取り囲んだ。

 

「けっ、毎度毎度時間稼ぎしやがって」

「秒で片付け殺しちゃお!」

「油断するなよ」

 

 常人に対しては恐るべき脅威であっても、彼らにかかればその程度の認識。実際、降り注ぐ銃弾の嵐を巧みに避け、あるいは弾き飛ばしながら、彼らはポーダマンに肉薄している。

 そこに、彼らとは似て非なる戦力部隊が現着した。

 

「げ、先越されちまった……!」

「快盗……相変わらず手が早い」

「死柄木くんもいないのに……。やむをえん、俺たちもいくぞ!」

 

──警察チェンジ!

 

 快盗に対する、警察。警察戦隊パトレンジャー。対ギャングラー国際機関である国際警察の一員である彼らもまた、負けじと戦場に飛び込んでいく。

 

「動くな、ギャングラーに快盗ッ!」

「国際警察の権限において──」

「──実力を行使するッ!」

 

 パトレンジャーにとってギャングラーは殲滅対象だが、ルパンレンジャーも打倒すべき存在には違いなかった。強敵を前に手を組むことはあるが、慣れ合うことはない。

 

「おめェら、なんで通報受けてる俺らより早ぇんだよ!?」

「ア゛ァ?てめェらがチンタラしてっからだろ、カス!」

「何をを……!」

 

 こんな調子である。尤も、その銃口や刃先はギャングラーにのみ向けられている。事情を知らぬ者が見れば、共闘しながら口論しているとしかとれないだろう。

 

「チッ……とっとと片付けるか」

 

 警察を制御できる"四人目"がいない以上、のんびりしていては獲物を警察に奪われかねない。業を煮やしたルパンレッドは、先日入手した"伝説の銃"──ルパンマグナムを構えた。その銃口をポーダマンに向け……引き金を、引く。

 

「!」

 

 慌てて銃剣で防御姿勢をとる、標的にされたポーダマン。これが通常の武器なら、彼のもつ武器で弾くこともできただろう。

 だが次の瞬間、驚くべきことが起きていた。

 

「………」

 

 銃剣は弾丸の命中したところで真っ二つに折れ、標的のポーダマンの身体には風穴が開いていた。既に絶命した身体がばたりと倒れ落ちる。──それどころか弾丸は、彼の背後にいた複数体の身体をまとめて貫通していたのだ。

 

「!、マジかよ……なんつー威力」

「はっ、てめェも喰らってみるか?ヒーロー崩れ」

「……!」

 

 銃口を突きつけられ、パトレン1号──切島鋭児郎は身体を強張らせた。あの尋常でない威力……直撃すれば警察スーツ、さらに個性で比喩でなく身を硬くしても耐えきれるかわからない。それに同じ人間同士であっても、いざとなれば彼は躊躇なく引き金を引くだろう。

 

──だが、今はそのときではなかった。目の前に、獲物(ギャングラー)がいるのだから。

 

「やるでねえか……!だが誰も、このヤドガー様の邪魔はできねえんやど!」

 

 ヤドカリのような鋏の手を構えるヤドガー。同時に、胴体の金庫が鈍い光を放つ。

 

「来るぞ、レッド!」

「……チッ」

 

 その金庫の中に何が入っているか──快盗は知っていて、警察は知らない。その差が、彼らの命運を分けた。

 

「喰らうやど!」

 

 ヤドガーの周囲にブラックホールが出現し、

 

「ぐあっ!?」

 

 次の瞬間、パトレンジャーはヤドガーの鋏による攻撃を浴びていた。距離があるにもかかわらず──しかも、四方八方から。

 

「ッ、く……!なんだ、これは……!?」

「ヤツのコレクションの力か……!」

 

「──"Atteindre pour toucher"……空間を繋ぐコレクション」

「もう、知らなかったらっ、避けらんないよ!」

 

 空間を繋げることで、鋏を遠距離にまで届かすことができる──知らなかったら避けられないとイエローは言ったが、逆に言えばタネがわかればそう厄介な攻撃ではないということ。

 快盗たちには容易くかわされ、警察たちも適応しつつある。ヤドガーは焦った。この連中、手を組んだ際にはステイタス・ゴールドすら葬り去ったと聞く。──もう、潮時か。

 

「なら、()()()を喰らうやど!」

 

 言うが早いか──ヤドガーは鋏ではなく、不思議な虹色の光線をホールめがけて照射した。予想の埒外にあるその光の束は、両戦隊の面々を逃さず呑み込んでしまう。

 

「……!?」

 

 痛みや熱は襲ってこない。しかし、異変はその直後に起きた。まるで強力な衝撃を受けたかのように、()()の身体が天高く打ち上げられてしまったのだ。

 

「な……」

「なんだこりゃあああああ!!?」

「うわあああああ──ッ!!」

 

 そして彼らは、あらぬ方角へ消え……否、"あらぬ"ではなかった。行き先は、彼ら自身がいちばんよく知る場所だったのだ。

 それを最初に認識したのは、切島鋭児郎だった。

 

「──痛でッ!……え?」

 

 見覚えがある……どころではない光景。六畳間に暑苦しいポスターやトレーニンググッズが所狭しと並べられており、組立式のベッドの上には読みかけの漫画本が転がっている。

 

「……お、俺の部屋?」

 

 

──鋭児郎だけではない。他の面々も同様だった。

 

「なぜ自宅に戻されているんだ!?」

「うわ、テレビつけっぱだった……」

 

「な、何?なんで私たちジュレにいるん?何が起きたん!?」

「ヤツの能力か……」

「いやどんな能力!?……ってか、レッドは?」

 

 

 ルパンレッド。彼はただひとり、戦場に取り残されていた。

 

「なっ、なんで貴様はゴーホームしないやど!?」

「知るかボケ」

 

 突き放すと同時に、容赦なくルパンマグナムの引き金を引く。光弾が突き刺さり、ヤドガーは悶絶した。

 

「ぎゃああ!?こ、この……っ!」

 

 再び虹色の光線を浴びせるが、やはり効果がない。理由はわからないが、よりにもよっていちばん厄介なヤツが残ってしまった──他の誰かなら、一対一の勝負で圧倒できたかもしれないのに。

 

「こうなったら、最終手段やど!」

「!」

 

 新たな攻撃の予感に、身構えるレッド。しかしヤドガーはその斜め上の行動をとった。放出した光線を、空間を繋げて自分自身に浴びせたのだ。

 

「な……てめェ!?」

「バイバイやど~~」

 

 そのままいずこかへ飛んでいくヤドガー。撃ち落とそうにも、その速度が尋常でないために追尾が間に合わない。あっという間に白雲の谷間に消えていく異形の姿を見送りながら、レッドは歯噛みするほかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 警察戦隊隊員三名、本日二度目の出勤である。

 国際警察の単身寮に住んでいる飯田天哉、すぐ近くのマンションに部屋を借りている耳郎響香はいいとして、通勤に片道一時間弱かかる鋭児郎は大変な思いをする羽目になった。移動の間、新たな事件が起きなかったことは不幸中の幸いか。

 

「無理やり帰宅させられるビーム?ははっ、ヘンなギャングラー」

 

 唯一その場にいなかった客分、死柄木弔が乾いた唇をゆがめて笑う。実際、耳にしただけでは珍妙極まりないと思うほかない。

 

「まあ、家に帰されるだけだから、ウチらにダメージはないんだけどさ」

「とはいえ、現場から引き離されると戦えなくなってしまう」

「……なるほど。ま、戦えないんじゃ倒せないしなァ」

 

 「行く手に地雷でもセッティングする?」と、本気か冗談かいまいち判然としない口調で言い放つ弔。彼の伝手を使えば実現不可能ではない気もするが、ヤドガーの行き先がわからず、市街地での再戦が想定される以上その話に乗るわけにもいかない。

 

「ま、それは置いとくとして。──考えがないわけじゃない」

 

 塚内管理官の言葉に、弔を除く三人は居住まいを正した。

 

「切島くん。お願いがあるんだが」

「!、うっす!」

「アパート、引き払ってもらえないか?」

「うっす、お安い御よ……って、ええぇッ!?」

 

 職務上の命令としてはあまりに傍若無人な言葉に、鋭児郎は盛大に仰け反った。驚愕は当人ばかりでなく、仲間たちにも伝播する。弔だけは案の定、「Oh la la(あらら)」と肩をすくめるだけだったが。

 

「ど、どういうことっスか!?」

「いや……帰る家がなければ、トバされることもないんじゃないかと思ってね」

「あー……そういう」

「しかし管理官、切島くんも我々もひとり暮らしで実家が別にあります!あの光線が何を基準に我々を飛ばしているかはわかりませんが、アパートを退去したところでかえって状況が悪化しかねないのでは!?」

 

 次の戦場がどこかにもよるが、万が一実家に帰らされたら復帰に余計時間がかかる。三人とも首都圏出身なのでまだマシだが。

 無論、塚内もそれは考慮していた。

 

「わかっている。──だから今、持ち運び式のテントを用意させている。背負えるタイプのやつ」

「……つまり、家が背中にあれば飛んでいかないと?」

「まあ、希望的観測ではあるけどな」

 

 とはいえ、弔の言ったような方法でもない限りやってみるしかないだろう。失敗しても自宅とみなされた場所に飛ぶだけなら、リスクは小さい。

 

「う~……」

 

 理屈としては納得した鋭児郎だったが、彼にしては珍しく難渋していた。それはそうだろう、棲み家を今すぐ捨てろと言われて、頷ける現代日本人が何人いるか。

 

「塚内管理官!いくらなんでもそれは酷ではないでしょうか!?それならば、単身寮に住んでいる私にお命じください!万一戻れなくとも、私なら実家から通うこともできますので!」

「……確かに、今回は飯田のほうが適任じゃないですか?なんで切島に?」

 

 部下の疑問に対し、塚内は意外な答を持ち合わせていた。

 

「それなんだが、実は単身寮の部屋がひとつ空いてね。──切島くん、ここの近くに引っ越しを検討してると言ってたろ?」

「!、それって……」

「事件解決後、きみが入居できるよう取り計らわせてもらう。どうかな?」

「!!」

 

 塚内直正──実に良い上司であった。その証拠に、鋭児郎の表情はおもしろいほどに一変した。ぱあっと笑みを浮かべ、目には涙さえ浮かべている。

 

「管理官サイコーっす!切島鋭児郎、喜んで任務にあたらせていただきまっす!!」

 

 これ以上ないほどの最敬礼を見せると、早速準備に取り掛かるべくタクティクス・ルームを飛び出していく鋭児郎なのだった。

 



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#35 ストレイドッグ 2/3

 

 と、いうわけで。

 

「ここを……キャンプ地とする!」

 

 持ち運び式テントを背に、決然とした面持ちで鋭児郎は言った。

 

 大家に事情を説明し、急遽アパートを引き払ってきた彼がその足で訪れたのは、街はずれの河川敷に設営されたアーバンキャンプ。お手軽かつ虫などに悩まされることも少ないとあって、特に夏場の週末は市民によって賑わいを見せている。今は晩秋で、しかも平日なので、宵闇の中はほとんどがらんどうのありさまであったが。

 山中でないだけに、余計に寂しい光景である。これなら仲間の誰かを誘ったほうが良かったのでは──今からでも呼ぼうか迷った鋭児郎だったが、そんな折、一人用の小さなテントがふたつ並んでいるのを発見した。

 

(よかった、人がいる)

 

 元来人見知りをしない鋭児郎である。人影を認めるや、躊躇なく駆け寄っていった。

 

「スンマセ〜ン!隣にテント張らせてもらってもいい……す──あっ」

「!」

 

 振り向いた男女の姿を認めて、鋭児郎は一瞬言葉を失った。親子ほども年齢差のある──間違ってもカップルには見えない、というか犯罪である──彼らの顔かたち、よく知るものだったからだ。

 

「え、エンデヴァーに麗日!?」

 

──轟炎司に、麗日お茶子。ルパンブルーとイエローの正体である彼らも、パトレンジャーと同じ対策を採用していたのだった。

 

(カブっとるやん!)

 

 内心ツッコむお茶子だが、当然気取られるわけにはいかない。顔に出やすい彼女に代わって、炎司が訊いた。

 

「あなたもキャンプですか?」

「え、ええまあ、任務の一環で。……あれ、ふたりだけっスか?」

 

 爆豪勝己の姿がないことに気づいて、鋭児郎は訊いた。──炎司たちからすれば痛いところである。そもそも強制帰宅ビームの効かなかった勝己はキャンプをする必要がないので、ジュレに残っているのだ。

 

「それが──」

「そ、それが喧嘩しちゃって!マジギレされて、追い出されちゃったというか……」

「お、追い出された?」

「え、え〜とその……まあ、追い出されたは大袈裟かも……あはは……」

 

 咄嗟の嘘はやはり不得手な少女である。炎司は内心嘆息したが、やはり表に出すわけにはいかない。

 

「元々店も休みだったので、どうせならば我々はキャンプにでも来ようかと。ひと晩あれば、勝己の頭も冷えるでしょうし」

「そうそう、そんな感じ!」

 

 炎司の補足で信憑性のある話に仕立てあげることができた。ただ、それを聞いた鋭児郎の表情はすぐれない。疑っている……否、何か気がかりを抱いているかのような、顔だった。

 

 

 *

 

 

 

 切島鋭児郎と遭遇してしまったことは、快盗としてはまぎれもない変事である。テントの中でさっさと寝ついてしまったお茶子を置いて、炎司は勝己に電話をかけていた。

 

「──ハァ!?あのバカ、なんつー言い訳しやがんだ」

 

 経緯を聞き、勝己が大声を発するのも無理はなかった。鋭児郎たちはジュレの常連なのだ。仲直りできたか等々、今度来店した際あれこれ勘繰られるのが容易に想像できる。

 詰られたことに反応してか盛大にくしゃみをする夢の中のお茶子。一方の炎司は、

 

「言ってしまったものは仕方あるまい。それより、この状況そのものが問題だ」

『……ヤドガー見つけても出てこねーほうがいいかもな、あんたらは。背負ってるテントが同じってんじゃ、疑ってくれっつってるようなモンだ』

「……うむ。すまないな」

『別にいーわ。死柄木もいりゃ、なんとかなんだろ』

 

 用件はそれだけ。必要な会話は終わったのだから、あとは通話を切れば良い。にもかかわらず、炎司は二の足を踏んだ。電話口の妙な沈黙を、相手はすぐに訝ったようだ。

 

『……ンだよ?』

「……いや、独りで寂しくはないかと思ってな」

『ハァ?クソ寒ィこと言うなや』

「そうだな、すまん。──おやすみ」

『……おー』

 

 ぷつり。

 

 今度こそ通話を終えてしまえば、テレビもない薄暗い店内はしんと静まり返った。寂しい──まっとうな人間なら、そう感じることもあるのだろうか。

 

「……野良犬は、俺のほうか」

 

 ケルベーロ・ガンガンと言ったか、先日倒したギャングラーを不意に思い出して、勝己は嘲った。

 

 

「………」

 

 炎司もまた、えも言われぬような表情で川べりに立ち尽くしていた。──ずっと考えていたのだ。ヤドガーの強制帰宅ビームによって、自分とお茶子はジュレに飛ばされ、勝己はどこにも飛ばされなかった理由。

 難解な問題ではない。ゆえに容易く答が出るけれど、それをどうにか否定したくて、思考の角度を変えては結局同じ答にたどり着く──その繰り返し。

 

(俺たちにとっての"家"は……あそこか)

 

 たしかに、もしも願いを遂げたとして──家族のいる家へ戻る未来を、想像したことはなかった。だがそれは、家庭を蔑ろにしてきた"不要な"父親であり夫であったからだ。ならば帰るべき家をもつはずのお茶子がやはりジュレに飛ばされたのは、快盗として生きる覚悟を固めたゆえか……そうではないだろう。彼女のそれはきっと、愛着だ。自分も、あるいはそうなのかもしれない。

 

 では、勝己は。彼は実家にもジュレにも……どこにも飛ばされることはなかった。そういえば出会ってから今に至るまで、彼自身の口から家族のことについて聞いたことがない。ただ、以前店にやって来た"デク"の母親の口ぶりからすれば、決して希薄な関係ではないように思う。それでも彼は、帰るべき家などないと──

 

(……愚かな。何を考えているんだ、俺は)

 

 一度たりとて家族と向き合おうともしてこなかった自分が、末子と同い年の少年のことを真剣に慮っている。そんな馬鹿な話、コメディにもならない。

 目の前の淀みをぼうっと眺めていたらば、背後から不意に足音が響く。既に気配を感じていた炎司は、その碧眼で"彼"をじろりと睨めつけた。

 

「……何か?」

「あ……スンマセン。ちょっと、いいスか?」

 

 切島鋭児郎。ギャングラーの存在がなければあるいは後輩ヒーローだったかもしれない彼は、今ではある意味いちばん厄介な存在だった。

 

 

「喧嘩の原因、なんだったんスか?」

「……警察に相談するほどのことではありません」

「あの……俺にもタメ口でいいスよ、大先輩なんだし」

「お断りします。私はジュレの店長で、あなたは常連のお客様ですから」

 

 飯田天哉のときとは違う。迂闊にそれを越えた関係になって、ずかずか踏み込まれて堪るものか。

 冷たくあしらわれた鋭児郎は、その点について突っ張ろうとはしなかった。それより今は、かの家なき少年のことが気にかかっている様子で。

 

「実は前に、荒れてるバクゴーを見かけたことがあって──」

 

 数ヶ月前、初夏の夜。高架の上でひとり、フェンスを掴んで項垂れていた姿を思い出す。声をかけたあとの、今にも襲いかからんばかりの憎しみのこもった瞳も。

 

「そのあと、ウソみたいに懐っこくなって、俺のこともあだ名で呼んでくれるようになったりして……。でもやっぱり、たまに心配になるんだ。危なっかしいっつーか……ふと目を離したら、どっか行っちまうんじゃねーかって……」

「………」

「あいつ、元々ヒーロー目指してたでしょう。……中学んとき、やっぱり何かあったんじゃないスか?そのことですげえ傷ついて、今もまだ、立ち直れてないんじゃないスかね……」

 

 表向きは沈黙を保っていた炎司だったが、身体が強張るのは止められなかった。この男はやはり、危険だ。快盗の目的すら知らないはずなのに、正体である自分たちの心に踏み込むことで、真相にたどり着こうとしている。

 

「……知りません。私は彼の保護者ではないので」

 

 だから、押し殺したような声でそう言い放つほかなかった。これ以上首を突っ込むなという、炎司なりの拒絶。しかし彼はこのとき、少なからず冷静さを欠いていた。

 

「気になるのなら、ご自分で訊けばいいでしょう」

 

 でなければ、こんな余計なことまで言ったりはしなかっただろう。

 

「……そうスね、たしかに」徐に立ち上がり、「じゃあ俺、ちょっと行ってきます!」

「……!?」

「善は急げって言うでしょ?じゃあまた、ジュレで!」

 

 言うが早いか、鋭児郎は荷物をまとめてキャンプ場を去っていった。その疾風迅雷ぶりに、炎司は呆然とその背中を見送ることしかできなかった。

 

(しまった……俺としたことが)

 

 慌てて電話をかける炎司だが、電話口からは呼出音がむなしく響くばかりだった。

 

 

 *

 

 

 

 間が悪かったとしか言いようがない。

 

 炎司が電話をかけたとき、勝己はちょうどシャワーを浴びているところだったのだ。キャンプ場とジュレは車で十分とかからない距離にある。──湯から上がった勝己が着信に気づいたときには、既に十五分近くが経過していた。

 

 一度通話をしてから、五分足らずでの再着信。伝え忘れたことでもあったか、あるいはその五分間に緊急事態が起きたか。いずれにせよ無視するという選択肢はなく、すぐに折り返そうとしたのだが、

 

「!」

 

 ピンポンと、玄関のチャイムが鳴った。

 もうそれなりに遅い時間だ、こんな時間に来客?不審に思った勝己だったが、相手は何度もチャイムを鳴らしてくる。いちおう身構えながら、ドアを開けた。

 

──そこには、ある意味酔っ払いなどより性質の悪い男の姿があって。

 

「よ、バクゴー!」

「な……クソ髪!?」

 

 テントを背負った切島鋭児郎。相変わらず人好きする笑みを顔面に貼りつけつつ、勝己が戸惑っているのをいいことにずかずか入り込んでくる。

 

「おい……っ、勝手に入ってくんなや!!」

「悪ィ悪ィ!実は今、訳あって宿無しでさ……今晩だけでも泊めてもらえねーか?」

「ア゛ァ!?ウチはホテルじゃねえんだよ!!」

 

 二階の居住空間──自室はともかく、炎司やお茶子の部屋には何があるかわからない。万一快盗との関連を窺わせるものでもあったら事だ。絶対に入れるわけにはいかない。

 

 しかし、鋭児郎には最初からそのつもりがなかった。

 

「大丈夫、寝床は持ってきたからさ」

「ハァ!?まさかそれ……」

 

 勝己が困惑としているうちに、鋭児郎はてきぱきとテントを広げてしまった。なんて強引なヤツ!自分のことを棚に上げて、勝己は心底呆れ返った。

 

「へへっ、屋内テントっつーのもオツなモンだよな!」

「………」

「ああそうだ、エンデヴァーたちから聞いたぜ。喧嘩したんだって?」

「!」

 

 さも今思い出したかのような物言いだが、勝己にはすぐわかった。この男、喧嘩のことを聞きたいがためにわざわざ来訪したのだと。

 

「……別に、大したことじゃねえよ。あいつら、掃除サボりやがったから」

 

 こんなことでいちいち嘘をつくのも業腹だったが、この男をあしらうにはそれしかない。

 だのに、切島鋭児郎という男は猪突猛進、引くということを知らなかった。

 

「ほんとうに、それだけか?」

「……は?」

 

 ずい、と一歩を踏み出す鋭児郎。思わず後退りしかけるほどの真剣さが、その表情にはあった。

 

「ずっと気になってたんだ、温泉行ったときのことも……。なあ、おめェはいったい何に悩んでんだ?何を抱えてんだ?」

「……ッ、」

「教えてくれ、爆豪。俺……俺、おめェの助けになりたいんだ!!」

 

 迫った鋭児郎の手が、いよいよ伸びてきた瞬間。

 

──だいじょうぶ?たてる?

 

「──、」

 

 幼き日の光景がフラッシュバックし、勝己の身体はほとんど意志とは関係なく動いていた。──鋭児郎を、思いきり突き飛ばすという形で。

 

「……え……?」

「……!」

 

 我に返る。──困惑を露にした鋭児郎の表情が、勝己の心臓を締め上げた。

 

「ばく、ごう……?」

「……るせぇんだよ……」

 

「俺を、心配すんじゃねえ……!」

 

 か細い罵声を吐き出して、勝己は踵を返した。そのまま二階へ駆け上がっていく。

 

 鋭児郎は、後を追ってはこなかった。

 

 

 *

 

 

 

 翌朝。通勤通学の人々が往来に現れはじめた頃、ひと晩テント生活を営んでいた店長とウェイトレスがジュレに戻ってきた。

 

「たっだいまー!」

「お茶子……これは出勤だ」

「あ、そっか……。じゃあ、おはようございまーす!」

 

 元気の良い出勤ぶりを見せつけるお茶子に対して、唯一店に居残った少年はカウンターに突っ伏してぐったりしていた。

 

「……あれ、どしたん爆豪くん?」

「……どうしたじゃねえわ……」

 

 その姿勢のまま、テーブルに一枚の紙を叩きつける。覗き込んだふたりは、思わず絶句した。

 

──また来ます。 切島

 

「あの野郎っ、昨夜ここにテント張りやがったんだぞ!!」

「え゛っ、ここに!?」

「徹夜で見張る羽目になったっつうの……」

 

 実際には、朝までテントの中から出てくることは一度もなかったのだが。

 

「てめェが余計なコト言うからだ……丸顔」

「う……マジでごめん」

 

 いつもとは異なる沈んだ口調で詰られると、売り言葉に買い言葉というわけにもいかなくなる。謝罪の弁を述べるしかないお茶子だったが、

 

「……いや、俺の責任でもある」

「は?」

「俺も、余計なことを言ってしまったからな」

 

「すまん」──頭を下げる炎司の姿に、少年たちは二の句が継げなかった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、ジュレからそのまま出勤してきた鋭児郎。今さら言うまでもないことだが、彼は感情が極めて顔や態度に出やすいタイプである。いつもの明るさが鳴りを潜めている──タクティクス・ルームに姿を現した瞬間、その場にいる全員が気づいてしまった。

 

「……切島くん、何かあったのだろうか?キャンプが余程堪えた……という風でもなさそうだが」

「……そうだね」

 

 この音の感じは……対人のことか。他人の心音が聴ける響香は、瞬時にそれを察してしまった。無論、相手が誰かまではわからない。

 

「よし!ここは俺が先達として──」

 

 張り切った天哉が声をかけようとする。──が、彼より先んじた者がいた。

 

「何シケた面してんの、切島くん?」

「あ……死柄木」

 

 本部直属の特別捜査官、快盗とも繋がりがあって、必ずしも鋭児郎たちパトレンジャーと一心同体ではない死柄木弔。その彼が鋭児郎の隣に腰掛け、事情を聞こうとしている。意外な光景に、仲間たちもそのまま様子を窺わざるをえない。

 

 鋭児郎も目を丸くしていたが……ややあって、おずおずと口を開いた。──昨夜あった出来事を、つらつらと語る。

 

「……ふぅん、そんなことがあったのか」

「俺……踏み込みすぎたのかな。助けになりたいなんて……余計なお世話だったのか?」

「ははっ、まァそうなんじゃない?だって、彼がそう言ったんだろ?」

 

 相変わらず弔の言葉には容赦がない。天哉などは「そんな言い方はないだろう」と怒りを露にしかけたが、響香が彼を止めた。ふたりの距離がここ最近でぐっと縮まっていることは、端々で感じとっていたので。

 

「じゃあ、そっとしておくべきなのか……?」

「きみはどうしたいんだよ?」

「……俺は、」

 

「ダチになりたいんだろ、爆豪くんとも」

「!」

 

 はっと鋭児郎は顔を上げた。こちらに向けられた弔の瞳が、やわらかく細められている。冷徹の中に一片のあたたかさを感じとって、鋭児郎は少しだけ救われた気持ちになった。

 

 

──そんな折、ジム・カーターのアラートが鳴り響いた。

 

『小田井町三丁目に、ギャングラー出現との通報がありました!』

「!」

 

 即座に立ち上がり、装備を調えて出撃していくパトレンジャー。ギャングラーから人々を守るという崇高な任務の前には、ひとりの少年の懊悩など些末なことかもしれない。──頭ではわかっているのだけれど、鋭児郎にはどうしても、脳裏に浮かぶその顔を消し去ることができなかった。

 

 



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#35 ストレイドッグ 3/3

ヤドガーは改心すればビームタクシーとして流行しそう

しかし29巻の表紙よ…拙作風に行くなら、手を伸ばす幼デクに背を向けて深みへ進んでいく快盗コスのかっちゃん、って感じですかね


 

「邪魔や邪魔や、邪魔やど人間どもォ!今度こそここが、オレの縄張りやど〜!」

 

 昨日と同じようなことをがなりたて、単騎で進軍するヤドガー・ゴーホム。パトレンジャーの到着まで奮戦していた地区のヒーローたちは、皆いずこかへ吹き飛ばされてしまっている。飛ばされた先がまさかそれぞれの自宅だなどとは知るよしもない人々は、恐懼し逃げまどうしかない。

 

「いい加減にしろよ、ギャングラー!」

「!」

 

 ついに、彼らが現れた。

 

「パトレン1号ッ!!」

「パトレン、2号!!」

「パトレン3号!」

「パトレン、エックス」

 

──警察戦隊、パトレンジャー。

 

「国際警察の権限においてッ、実力を行使する!!」

 

 勇ましく口上を述べ、攻撃を開始するパトレンジャー。銃撃、そしてパトメガボーやXロッドによる近接攻撃が入れ替わり立ち代わり仕掛けられ、ヤドガーを苦心させる。純粋な戦闘力においては平凡と言うほかないことを、彼は自覚していた。

 それでも、

 

「貴様らなら、何べん出てきても同じやど!」

 

 真正面めがけて強制帰宅ビームを放つ。容易く避けられることは想定していた。そこから空間を繋げ、あらぬ方向から光線を撃ち出すことこそ本懐なのだから。

 

「さあ、おうちに帰るやど〜!」

 

 ブラックホールとブラックホールを通り抜け、光線がパトレン2号の背後から迫る──!

 

「させるかぁっ!!」

 

 そこに、持ち運び式テントを背負ったパトレン1号が割り込んだ。虹色の光線が刹那、彼を包み込む。仲間たちは固唾を呑んだ。果たして、目論みどおりにいくか──

 

「──、……っし、飛ばねえ!」

 

 わずか背中を引っ張られるような感触があったのみで、パトレン1号はその場にとどまることができた。作戦、成功だ。

 

「ど、どうなってるやど!?昨日は効いたのに……まさかっ!?」

「おうよ、今はこのテントが俺の家だ!」

 

 切り札を封じられ、動揺するヤドガー。他の三人相手なら通用するのは言うまでもないのだが、彼の頭からそのようなことは吹き飛んでいた。

 

「み、認めたくないやど〜ッ!!」

 

 強制帰宅ビームが効かないなら倒すまでだと、我を忘れて鋏による攻撃を仕掛けるヤドガー。元の性能もさることながら背負ったテントのせいで動きが鈍っている状況、空間を跳躍して四方八方から繰り出される攻撃をかわすのは至難の業だ。だが、もとよりかわす必要もなかった。

 

「──う、オォオオオオッ!!」

 

 雄叫びとともに、強化服の下の地肌を硬化させていく鋭児郎。プロヒーローとしては唯一絶対の武器である彼の個性が、鋏を事もなく跳ね返していく。

 

「こっちもダメやどォ!?」

「へっ……烈怒頼雄斗舐めんな、よっ!!」

「!?」

 

 攻撃が大ぶりになりつつあったことを見抜かれ、突き出した鋏を掴まれる。慌てて引き抜こうとするもパトレン1号の怪力を前にはそれも為せない。──既に、趨勢は決しつつあった。

 

 

「うわっ、もうだいぶ終わっとる……」

 

 いつの間にか、快盗たちも姿を現していた。ルパンイエローの言葉は日本語として怪しかったが、意味は通る。

 

「やはり、我々が出ていくのは危険か」

「………」

 

 独りで戦場に割り込んでいく決心は既についているレッド。──と、戦闘中のパトレンエックスと不意に目が合った。

 

「遅ぇよ来るの。……俺ひとりでやるから、そこで見てな」

「!」

 

 突き放すようなひと言だったが、事実第三勢力の割り込みが可能な状況ではなくなりつつあった。動きを封じられたヤドガーに2号・3号が容赦なく弾丸を叩き込み、追い込んでいる。そして、

 

「死柄木、今だ!」

「……ははっ、Merci」

 

 "友人"の配慮を受け、エックスが動いた。

 

「快盗、Xチェンジ」

 

 Xチェンジャーを回転させて白銀の快盗へと姿を変え、ヤドガーに飛びかかる。その身を押さえつけたところで、金庫にバックルを当て──

 

『7・1──8!』

「ルパンコレクション、回収」

「ああ〜ッ!!?」

 

 じたばたもがくがもう遅い。空間を繋げるルパンコレクション──"Atteindre pour toucher(あなたに手が届く)"──は、解錠と同時に奪い去られてしまった。

 さらに惨いことに……ヤドガーには、態勢を立て直す時間すら与えられなかった。

 

『バイカー!パトライズ!』

「バイカー……撃退砲ッ!!」

 

 エックスが飛びのくと同時に、ホイールの形を成したエネルギー弾が発射され──ヤドガーを、穿いた。

 

「やどぉおおおおおおおッ!!?」

 

 断末魔の悲鳴……そして、爆発。ヤドガーの身体は粉々に四散し、その場にはひしゃげた金庫だけが残されたのだった。

 

「ッ、ふぅ……」

 

──倒せた。安堵から力が抜け、座り込む。硬化で耐えたとはいえ、ヤドガーの連続攻撃はなかなか響いた。尤も、それは心地よい疲労でもあったのだが。

 

 

 しかし、通常サイズで倒したとて"次"があって。

 

「私の可愛いお宝さん……ヤドガーを元気にしてあげて」

 

 例によってゴーシュ・ル・メドゥが現れ、止める間もなくヤドガーを巨大化させてしまう。街を劈くような雄叫びが、辺り一面に響き渡った。

 

「ッ、行くぜ……!」

「待つんだ切島くん、ほんとうに大丈夫か!?」

「大丈夫、だって……これくらい」

 

 実際、猛毒に冒された状態でマシンを操ったこともあるのだ。──ただ、その頃とは状況も違っていて。

 

「ハァ……あんまりムチャすんなよな」

「!、死柄木……」

「俺が片付けてくるから、まァそこで見てな」

 

 見てなと言いつつ、鋭児郎を除くふたりには協力を仰ぐ必要があった。エックストレイン"サンダー"と"ファイヤー"をVSチェンジャーから射出してもらうという形で。

 そしてエックス自身は、本体である"シルバー"と"ゴールド"の連結した車両を発進させる。計四両──揃えば、それが巨人を生み出す資格たりえる。

 

「快盗、エックスガッタイム」

 

 前者が両腕を形成し、ひと回り大きい後者が頭部から足までの直線を成す。白銀を基調としたその姿、

 

「完成──エックスエンペラー"スラッシュ"」

 

 

 皇帝の名を背負った機人は、今にも暴れ出そうとしている巨大ヤドガーの眼前に降り立った。

 

「さァ、来いよ」

 

 右腕で手招きするようなしぐさを見せると、案の定ヤドガーは憤激した。

 

「おのれ〜〜ッ、貴様もおうちに帰してやるやど!!」

 

 そう叫んで、強制帰宅ビームを放つ。ロボットにも効き目があるかは喰らってみなければわからないが……ルパンコレクションの力と組み合わせなければ、極めて単調な攻撃である。エックスエンペラースラッシュのスピードなら、回避などわけもなかった。

 

「ふっ」

 

 乱発される光線を巧みに避けつつ、少しずつ接近していく。ヤドガーがその事実に気づいたときにはもう、鋒の届く距離まで迫られていた。

 

「はっ!」

「やどっ!?」

 

 刃にその身を切り裂かれ、悶えるヤドガー。しかし頑丈なギャングラーである、小手調べ程度の攻撃を一発二発命中させたでだけでは致命傷は与えられない。

 

「そんな攻撃ィ!!」

 

 叫びは、単なる強がりではなかった。繰り出される斬撃のダメージを、身に纏った殻を利用することで軽減しはじめたのだ。

 

「やられたらやり返すやどっ!!」

 

 さらに、鋏による反撃。左腕で受け止めるが、コックピットにはそれなりの振動が伝わってくる。

 

「ッ、……知恵がついてきたか。──それなら、」

 

 早々に接近戦をやめて後退──同時に、エックスエンペラー"ガンナー"へと転換(コンバート)する。

 

「なぬ!?」

「喰らっとけ」

 

 白銀から黄金主体へと変わった敵機に驚くヤドガー。しかし放たれた砲弾への対応は早かった。

 

「もう敗けないやど!やどどどどど〜っ!!」

 

 なんとヤドガー、身体を高速回転させて銃弾を殻に命中させ、四方八方に弾き飛ばしたのだ。街のあちこちで爆発が起き、ビルに風穴が開く。

 

「おまえ……俺に始末書書かせる気かよ」

 

 色々な意味で面倒なやつ──弔は歯噛みしたが、今さらパトレンジャーに助力を乞うなどということはプライドが許さない。無論、最終的に勝利を得るのは自分だという確信あってのことだが。

 

──と、思わぬ方向からヤドガーめがけて砲弾が飛んできた。

 

「やどぉッ!?」

 

 不意打ちには対応しきれなかったのか、もんどりうって倒れるヤドガー。直後、エックスエンペラーの隣にトリコロールの巨人──ルパンカイザーが降り立った。

 

『助太刀するゼ、トムラ〜!』

「──だとよ、良かったな?」

 

 露骨に見下した調子のルパンレッド。実際、彼らにも任せておけと見得を切ってしまっている。まあ、それはルパンコレクションの回収までの話だと自分に言い訳をして彼らの協力を受けることにした。──ただし、彼らの知らないことを知っているという優位性は保ったうえで。

 

「せっかくだ、ルパンレンジャー。ルパンマグナムのもうひとつの力、使ってみろよ」

「マグナムの?」

「Oui.──面白いことになると思うぜ?」

 

 弔の言動はいちいち胡散臭いが、今まで必ず益をもたらしている。彼らの間にも既に、その程度の信頼関係はあった。

 

「試してみてはどうだ、レッド?」

「チッ……しょうがねえな」

 

 ルパンマグナムを構え、そのダイヤルをぐるりと一回転させる。響く、『ダイヤライズ!』の声。

 

「──いけ、ルパンマグナム」

 

 そして──引き金を引いた。撃ち出されたのは弾丸ではなく、マグナムそのもの。

 刹那、驚くべきことが起こった。その銃身が他のVSビークル同様に巨大化し、さらに、変形を遂げたのだ。

 

「うわっ、ルパンマグナムがロボットになった!?」

 

 ルパンカイザーやエックスエンペラーよりはひと回り小柄な、真紅の巨人。彼はその五体を蒼天のもとに晒すや、人間のスプリンターも真っ青なフォームで走り始めた。

 

「やどっ!?……ロボが走るなやど〜〜!!」

 

 頷けなくもないことを叫びながら、強制帰宅ビームを放つヤドガー。しかし、エックスエンペラースラッシュすら遥かに凌ぐスピードのマグナム相手に命中をとれるはずもない。容易く避けきると同時に一気呵成に距離を詰め、

 

「──あだだだだだだだッ!!?」

 

 殴る、蹴る、殴る!その小柄な体躯ゆえ、彼はまるでマシンガンのように打撃を叩き込むことができる。殻による防御など間に合うはずもなく、ヤドガーは後方へ後方へ押しやられていく。

 マシンガンといえば、一見徒手空拳のように見えるルパンマグナムは武器を持っていた。──そもそもが銃なのだ、持っていないはずがない。

 

 銃弾が、ヤドガーの全身を食い破った。

 

 

「マジかよ……なんて火力」

「快盗……あれほどの力を」

 

 地上で見守るほかないパトレンジャーの面々も、ルパンマグナムの秘めたる力には舌を巻かざるをえなかった。同時に、快盗が自分たち以上に力をつけていくことへの危機感も。

 

(快盗……)

 

 先日も感じたこの胸のざわめきは、いったいなんなのだろう。──鋭児郎だけは、ただその奇妙な感情に翻弄されていた。

 

 

「さァて……殺す」

 

 ルパンレッドの物騒な言葉は、この戦闘がいよいよ終局に向かわんとしていることを示していた。

 

 ヤドガーをグロッキー状態にまで追い込んだルパンマグナムが転進──空中でぐるりと一回転し、銃の姿に戻る。

 

「グッディ!」

『Oui!いくゼいくゼいくゼ〜!』

 

『グッドストライカー・ぶっぱなしちまえマグナム〜!!』

 

 銃口に溜め込まれたエネルギーが、ルパンカイザーの手により一気呵成に放出される。それは膨大な熱量でもって、ヤドガーを四方八方から包み込んでいく。

 

「熱ぢぢぢぢぢぢぢぢ──オレはもうおうちへ帰れないやどぉおおおおおおおッ!!??」

 

 それが、ヤドガー・ゴーホムの断末魔となった。

 

「永遠に、アデュー」

『気分はサイコ〜!』

 

 立ち上る劫火は、勝利の証。並び立つ三大巨人の姿は、勇者たりえるものだった。

 

 

 *

 

 

 

 戦い終われば、つかの間の日常が帰ってくる。

 快盗たちの営むジュレもまた、通常営業に戻っていた。

 

「炎司さん、そっち拭いといて〜」

「……うむ」

 

 店長とウェイトレスが後片付けに勤しんでいるのをよそに、爆豪勝己は"招かれざる客"が置いていったメモをじっと睨めつけていた。

 

「……けっ」

 

 ややあって、それをぐしゃりと握りつぶす。そうしてゴミ箱に放り込んで、忘れてしまおうと思っていた──それなのに、

 

「あ、いらっしゃいませー!」

「!」

 

 仲間たちとともに再訪したこの男は、それすら許してはくれなかった。

 

「あ……バクゴー。仲直り、できたみたいだな」

「………」

 

「ゴ心配オカケシテ申シワケアリマセンデシタ──お巡りサン?」

「え……」

 

 慇懃な……しかしなんの感情もこもらない口調でそう突き放すと、勝己は奥へ引っ込んでいってしまった。

 取り残される鋭児郎──ただ、彼には声をかけてくれる仲間の存在があって。

 

「ははっ、嫌われチャッタなァ。切島くん?」

「……まあ、暫く距離置いてみるのも良いんじゃない?押してダメなら……ってね」

 

 たしかに、その通りかもしれない。勝己の頑なな心を解きほぐしうるには、自分のようなまっすぐな熱意はかえって害悪──そうとさえ、思えてしまう。

 それでも、

 

「いや……めげずに見守るよ。お節介にならないくらいにな」

 

 友人として、彼の力になりたい。エゴだとわかってはいても、それが鋭児郎を突き動かす想いなのだった。

 

 

 à suivre……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(Épilogue)

 

 

 塚内直正は薄暗い会議室にいた。彼を取り囲むように設置された複数の端末からは、人間のシルエットらしきものが浮かび上がっている。

 

 その中心で、彼は言葉を失っていた。

 

「……本気、ですか?」

 

 ようやく、それだけを絞り出す。

 

『無論だよ、塚内くん』

「しかし……」

『きみたちの功績を否定しているわけじゃない。ただ、このままで良いとも思っていないんだ』

 

『一刻も早く、世界に平和と安寧を取り戻したい……そうだろう?』

「………」

 

 "彼"の言葉に、塚内は頷かざるをえない。それに何より、隔絶した役職の差が、この場の力関係を一方的なものとしていた。

 

『なるべく迷惑はかけないようにする。……ただ、協力はお願いするよ』

「……了解、しました」

 

 敬礼をかわし──再び、暗闇が降りる。

 

「……一体、どういうつもりなんだ」

 

 疑問に答える者は、誰もいなかった。

 

 





「ハイジャックされた!?」
「ギャングラーと交渉はしない!」
「借りるしかない、快盗の力を」

次回「天上事変」


「俺だってっ、きみを信頼したいんだ!!」




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#36 天上事変 1/3

今回の話はちょっと毛色の違う感じを目指してみました
(若干クウガ味?かも)


 

──フランス・パリ シャルル・ド・ゴール空港

 

 人々が個性と呼ばれる特殊能力をもつようになる以前──世界大戦ないし戦後に活躍した英雄の名を冠したこの空港に、この日特別な一団の姿があった。

 

「お待ちしておりました!」

 

 あらかじめ連絡を受けていた保安検査員の敬礼に、"彼"も敬礼で応じた。病的なまでの痩身──しかし背丈はその場にいる誰よりも大柄で、もとは体格が良かったのではないかと窺わせる。

 

「申し訳ありませんが、規則ですので……」

「わかっているよ」

 

 にこやかに応じて、危険物探知機を通る。次いで、彼の秘書という男も──

 

「あ、あの──」

「?」

 

 思わず呼び止めてしまったのは、彼が顔を仮面で覆っているからだ。身分がはっきりしていなければ、不審人物と判断していたかもしれない。

 しかし随行者である以上、無碍には扱えない。そのまま探知機を通ってもらったが、特に引っ掛かることはなかった。

 

Bon voyage(では、よい旅を)!」

Merci(ありがとう)

 

 検査員に見送られ、そのままVIP用のラウンジへ向かっていく男たち。たてがみのような金髪の"彼"──その随員の中でも、傍らに控える仮面の青年だけは特別な地位にいるようだった。

 

「日本へ帰るのは、久しぶりだよ」

「………」

「そうだろう、キミも」

 

 言葉はない。ただ……仮面の下で、くつくつと嗤う声だけが響いているのだった。

 

 

 *

 

 

 

「はよーっす!いつもながら早ぇなあ、飯田」

 

 聞き慣れた陽気な声に、食事に集中していた飯田天哉は顔を上げた。そこには、思った通りの赤髪の青年の姿があって。

 

「うむ、おはよう切島くん!」

 

 向かいに座り、「いただきます!」と威勢よく声をあげる切島鋭児郎。こういう明るく朗らかな性質を明らかにしているところに、常ながら好感がもてる。彼がこの単身寮に引っ越してきてからというもの、天哉は鋭児郎との距離がさらに縮まったように感じていた。

 

「ここでの生活には慣れたかい?」

「おう、もうバッチリだぜ。みんな良くしてくれるしな!」

「そうか、それは良かった!」

 

 そもそもこの青年、正式に出向が決まる前から既に国際警察に馴染んでいた。ここに居住しているのは日本支部に勤務する若手職員が中心なのだから、彼が歓迎され可愛がられるのも当然と言えよう。

 歓迎、といえば。

 

「そういえば、今日だったな」

「あ、そっか……。最初聞いたときはマジでびっくりしたよなぁ」

 

 

──"それ"を聞かされたのは今から一週間前、ヤドガー・ゴーホムの事件があった翌日のことだった。

 

「長官が……来日!?」

 

 上司から突然告げられた事実に、パトレンジャーの面々は驚きを露にせざるをえなかった。

 

「ああ、急遽決まった異動だそうだ。一週間後に来日し、そのまま日本支部長を兼ねる人事だと」

「そんな、また急な……。だいたい長官が支部長を兼務なんて、前代未聞じゃないですか」

「元々兼任されているフランス本部は、どうなさるのですか?」

「そちらは当面次長が代行するらしいが……正直俺も、詳しいことはわからないんだ。何せ話があったのは昨夜だから」

「……マジで急だ」

 

 理由は訊かずともわかる。ギャングラーの関与が疑われる事件の七割強が日本で発生しており、幹部級と思しき存在も確認されつつある──そのような中で、一気に状況を打開しようというのだろう。

 

「そうなると……我々は?」

 

 いちばん気にかけるべきはそこだった。上層部が体制の変革を望んでいるなら、警察戦隊の陣容も変わる可能性は否定できない。人員増なら歓迎だが、メンバーの入れ替えということも考えられる。少なくとも戦闘員は、VSチェンジャーの数がそのまま定員なのだから。

 

「警察戦隊については、管理官である俺も含め特に内示は出ていない。先のことはわからないが……暫くは、お手並み拝見というところなんだろう」

「そう、ですか」

「まあ、上が少しごたつくことは覚悟しておいてくれ。無論、きみたちの職務に支障が出ないよう努力はする」

 

──そう、今回のことでいちばん大変なのは塚内だ。上層部のイデアルと、現場のリアルを調整するのが彼の仕事。人が変われば、それも振り出しだ。

 

 にもかかわらず、塚内の顔にはどこか柔らかな感情が滲んでいた。懐かしい旧友との、再会の日が近づいているかのような──そんな表情だった。

 

 

「──そういえば今回の件、死柄木も寝耳に水っつってたな」

 

 戻って、現在。

 長官直属の特別捜査官である死柄木弔。国際警察の内情に詳しい彼でさえまったく知らなかったとなると、よほど急遽決まったことなのかと鋭児郎は推測する。

 

 一方で天哉は、何か複雑な心境で"死柄木"の名を捉えたようだった。

 

「死柄木くんか。……彼は一体、何をどこまで知っているんだろうな」

「……飯田?」

 

 存外に他者の機微に敏い鋭児郎が不安げな表情を浮かべたことに気づいて、天哉は慌てて笑顔をつくった。

 

「あぁ、すまない。彼のことを信用していないわけではないんだ、ただ……」

 

 ゼロかイチか、好か悪か──二元論で物事を考えてしまうこの性格。悪癖だと自覚してはいるのだけれど、なかなか治せないのが天哉青年の悩みの種だった。

 

 

 *

 

 

 

「っくしゅん!」

 

 噂の死柄木弔がくしゃみをしたのは、鋭児郎たちがそんな話をしている頃だった。

 

「チッ、感染(うつ)したら殺すぞ」

 

 途端、気遣いの欠片もない罵声を浴びせてくる少年。弔は彼と同じ赤眼でじろりと睨めつけた。

 

「風邪じゃねーし。つーか爆豪くんさァ、マジできみ蛮族みたいな台詞しか吐かないよなァ」

「ア゛ァ!?殺すぞ」

「この数秒で二連発かよ」

 

 どちらがというより、互いに喧嘩を売り買いしているふたりである。といっても暴力沙汰にまで発展したことはないが、今は不毛なやりとりを続けているようなときでもない。

 

「いつまで脱線しているつもりだ。──それでその長官殿は、何をしに日本へ来るんだ?」

 

 表向きこの喫茶店の店長──轟炎司の問いに、弔は肩をすくめてみせた。

 

「体制強化……まァ、表向きはそんなトコだろ」

「表向きでないほうを訊いているんだが」

「わかりゃ苦労しないよ、あの男の考えてることなんか」

 

 忌々しげに吐き捨てる。長官の後ろ盾を得て自由に動いている弔だが、少なくとも彼のほうは心服しているわけではないらしい。

 

「……ならば質問を変えるが、貴様のことはどこまで知られている?勘付かれている、と言い換えても良いが」

「……さァ。慎重にやってきたつもりではあるけど」

「どこがだよ」

 

 毒づく勝己を弔は睨みつけたが、実際彼の振る舞いは信用を得るためのものではなかった。今でこそ"ダチ"と認めあうまでになっているが、当初はあの切島鋭児郎のことさえ怒らせてしまったのだから。

 

「貴様の正体を察知したうえで、泳がせているという可能性は?」

「………」

 

 沈黙は是。少なくとも彼らの間では、そういう認識だった。

 

 

 *

 

 

 

 シャルル・ド・ゴール空港を出発した旅客機は、現在東へ向かってユーラシア上空のフライトを続けていた。

 

「………」

 

 書籍を読みふけっている痩せた金髪の男。その隣に座る仮面の青年はというと、両耳にイヤホンをしてじっと息を殺している。眠っているのか起きているのか、その姿からは判然としない。

 

 

 一方、彼らのいるファーストクラスの最前列。怪しげな挙動を見せる男の姿があった。

 

「お客様、どうなさいましたか?」

 

 訝るキャビンアテンダントが声をかける。それを合図とするかのように──男は、猛然と立ち上がった。

 

「どうもしてませんよ……──これからするがなァ!!」

 

 男の身体が風船のように膨らみ……弾ける。その中身は、キツツキと人間を掛け合わせたがごとき異形の姿をしていた。悲鳴をあげる人々、その中から同じように皮を脱ぎ捨てる者たちが現れる──ポーダマンだ。

 つまりこのキツツキ男は、ギャングラー。胴体に嵌め込まれた金庫がそれを証明している。

 

「静かにしろ人間ども!……この旅客機は我々が乗っ取った!」

「……!」

 

 そう宣言したギャングラーは、まずポーダマンを使って乗客たちを沈黙させた。

 そして彼らを見張りとしてその場に残すと、声をかけてきたキャビンアテンダントを脅して機長室まで案内させた。

 

「邪魔するぞ、機長!」

「!?、なんだきみは、今すぐ出てい……ヒッ!?」

 

 長剣を喉元に突きつけられ、すくみ上がる機長。己の優位を確信し、ギャングラーはくつくつと下卑た笑い声をあげた。

 

「私はギャングラー、ペッカー・ツェッペリン」

「ぎゃ、ギャングラー……!?」

「最寄りの空港の管制塔へ繋げ」

 

 人間のヴィラン相手ならまだしも、このハイジャッカーはギャングラーを自称している。世界の秩序さえ揺るがす破壊者を前に、機長は一もニもなく従うほかなかった。

 

 

 *

 

 

 

──国際警察長官が搭乗する旅客機が、ギャングラーによってハイジャックを受けた。

 その報は旅客機の現在地の最寄り──トルコのイスタンブール空港から国際警察中東支部を介し、四半刻のうちに日本支部まで届けられた。

 

「それで、ギャングラーの要求は?」

 

 塚内管理官の問いに、中東支部の陸戦部隊長──イスハーク・アル=アルスランが応じる。

 

『国際警察の保有するルパンコレクション、そのすべて……だそうだ』

「……!」

 

 やはりか。塚内はぎりりと歯を食いしばった。国際警察を相手に要求をぶつけてくるとするなら、金品の類いでないことは想像がつく。

 

「……その便の現在地は?」

『ヴァン県、イラン国境付近を飛行中。……ただでさえデリケートな地域だというのに、尚更手が出せんよ』

「……そうだな」

 

──何せ、人質は長官なのだから。

 

『回答期限はちょうど十二時間後、そちらの時間で午後十時。おまえたちの戦力部隊で対処するなら……ぎりぎりの時間だな』

 

 獅子に似た風貌でぐるると唸りながら、アルスランは苦渋の表情で告げた。このまま旅客機が航路を東進してくるとするなら、日本海に差し掛かるかどうかという頃である。それより前──国境を越えるとなると、各支部と多大な調整が必要となる。このアルスラン隊長とは旧知の仲であるから協力は可能だが、すべてがそうではないのだ。縄張り争いは、如何なる組織にもありうる。

 

『ともかく実力行使はできないが、可能な限り協力はしたいと考えている。また状況が動けば連絡する、そちらからも何かあれば遠慮なく言ってくれ』

「……ありがとう、イスハーク」

 

 いったん通信を終え──塚内は独り、深々とため息をついた。警察戦隊始まって以来……というほど歴史はないが、とにかく最も厄介な難事件だ。

 

(それに……なぜギャングラーは、長官がその便に搭乗するとわかった?)

 

 偶然であるはずがない。旅客機をジャックしたギャングラー、ペッカー・ツェッペリンは間違いなく、僥倖ではなく計画的に長官を切り札としている。ならば当然、彼の来日を事前に知っていなければならない。

 

(……やはり、情報が漏れている)

 

 以前のことといい、それしか考えられない。ならばいったい誰が──浮かび上がった疑念を、塚内は振り払った。今は目の前の問題への対処が先だ、隊員たちに状況を伝達しなければ。

 

 



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#36 天上事変 2/3

──A.M.10:30(日本時間) 警察戦隊タクティクス・ルーム

 

「楽にしてくれ」

 

 入室してきた管理官の言葉に、警察戦隊の隊員たちはかえって居住まいを正した。それだけ緊迫した心境にあるということだろう、無理もない。

 

「管理官、長官の乗った旅客機がギャングラーにハイジャックされたって……!」

「長官は……いえ、乗客の皆さんはご無事なのですか!?」

 

 青年らの矢継ぎ早の問い──紅一点である耳郎響香が冷静に「落ち着きなよ」と言ってくれるので、管理官である自分がわざわざ大声を出さずとも済むのが不幸中の幸いだった。

 

「……きみたちが慌てるのもわかるが、まずは状況を説明させてくれ。──ジム、」

『はいっ!』

 

 ジム・カーターがカタカタと端末を操作し、プロジェクションマップを表示する。

 

「長官の搭乗なさっているフランソワ航空N407便は日本時間午前一時頃、シャルル・ド・ゴール空港を出発した。そして一時間前、午前九時ごろ──」

 

 トルコのイスタンブール上空で、乗客に紛れていたギャングラーがその姿を現した──

 

「ペッカー・ツェッペリンと名乗ったギャングラーは長官をはじめとした乗客を人質に、国際警察の保有するルパンコレクションの引き渡しを要求してきたそうだ」

「……つまり、VSビークルを?」

「そういうことだ。回答期限は十二時間後……正確には十一時間半後か。中東支部の陸戦部隊、アルスラン隊長による尽力で、どうにかそこまでは引き伸ばした」

「なるほど、日本にできるだけ近づけようってことですか。でも、そう上手くいきますかね?」

 

 口調は相変わらず皮肉めいているが、死柄木弔の指摘は尤もだった。今のところは航路通りに飛行を続けているが、それもペッカー・ツェッペリンの言葉ひとつでどうとでも変わってしまうのだから。

 

「VSビークルが日本支部に集まっていることは、相手だってわかっているはずだ。自分から取りに来るよう誘導する。きみらを日本から出すのは……最終手段だ」

 

 いかに緊急事態といえど出入国にはそれなりの手続きが伴うし、その間に別のギャングラーが国内で犯行に及ぶ可能性だって考えられる。なるべく日本からパトレンジャーを出したくない──それが本音だった。

 

「なるほど。じゃあもうひとつだけ、相手の要求にはどこまで従う気ですか?まさか本気でVSビークルを渡そうってんじゃないですよね?」

 

 流石にこれには、皆──とりわけ飯田天哉などは思いきり顔を顰めた。日本的礼儀を襲っていないというのはあるかもしれないが、相手が誰であろうと言動に毒があるのは彼の性格としか言いようがないだろう。

 幸いなのは、対する塚内がおおらかというか、あまりそういったことを気にしない性質であることか。

 

「ギャングラーと交渉はしない!……が、最初から原理原則を前面に出すわけにもいかないだろう?人命がかかってるんだ」

「………」

「相手と駆け引きをする、そして最終的には出し抜く。VSビークルをひとつも渡さず、人質も救出する」

 

「それが、我々に課せられた任務(ミッション)だ」──塚内はそう言明した。

 

「具体的には、どうするんです?」

「それを考えるための十二時間だ。……これから上層部(うえ)と詰めてくる、きみらは待機していてくれ。無論、何か思いついたら遠慮なく報せてくれるとありがたい」

「了解しました!」

 

 部下の敬礼を受け入れ、塚内管理官は退室していく。──それを見送ったところで、弔もまた立ち去ろうとする。

 

「……どこへ行くんだ?」

 

 訊いたのは他でもない天哉だった。四角張った視線と声をぶつけられた弔は歩を止め、ぎろりと彼を睨めつける。

 

「いちいち言わなきゃいけないのかよ。……トイレだよ、日本語で言えばご不浄、便所、お手洗い。アンダスタン?」

「……ッ、」

「じゃ、失敬」

 

 今度こそ出ていく弔をこれ以上留めるための言葉を、天哉はもたなかった。ただ、納得したわけでないのはその表情からして明白で。既に弔の言動に慣れている鋭児郎と響香は、思わず顔を見合わせた。

 

 

 *

 

 

 

──A.M.10:45(日本時間) SALON DE THE JURER

 

 フランス流の内装とメニューにこだわりのあるこの喫茶店では、快盗たちが"業務連絡"を受けていた。

 

「ハイジャック、だァ?」

 

 聞き返す声に、弔は電話口で首肯した。──彼を通して、国際警察の情報は快盗たちに筒抜けになっている。尤も、警察側もそれを黙認しているふしがあるが……。

 

「ああ、見事にしてやられてくれちゃったよ。長官の来日計画まで洩れてるなんてさァ」

「……国際警察内にスパイがいるっつーアレか。てめェといい、獅子身中の虫だらけだな」

「俺は虫じゃないもん」

「モンとか言うなやきめェ」

 

 不毛なやりとりを挟みつつ、

 

「で、ケーサツはどう動くつもりなんだよ」

「方針としては、日本の領空にまでギャングラーを引きつけて人質の救出だってさ。ま、具体的にどうやるかはまだ決まってないけど」

「けっ……俺らが行けば早ぇだろ。空飛べンだから」

C'est vrai(まったくもって).……でも流石に今回はね。国際警察の長官を救出したのが快盗で、警察戦隊は指くわえて見てるだけでしたーなんて、面子丸潰れどころか存続にかかわる」

 

 ルパン家の人間であり、国際警察にとっては"獅子身中の虫"である弔だが……少なくとも、ギャングラーに情報や物資を横流ししているような連中とは違う。警察戦隊というチームを今失うわけにはいかないという想いは、正規の隊員たちと変わらない。

 

「で、爆豪くんさァ。きみが空飛べンのは、どうしてかなァ?」

「ア゛ァ?」

 

 人を喰ったような問いに、勝己の眉間に皺が寄る。スピーカーフォンにして炎司とお茶子も傍らで会話を聞いているので、彼がそうするのもむべなるかな、という心境であった。

 

「そういう個性があるわけじゃない。──ダイヤルファイターのおかげだろう?だったら、パトレンジャーにだって同じことができるはずだ」

「!、てめェまさか……」

 

 弔の"提案"──それは快盗たちにとって、到底受け入れがたいものであった。

 

 

 *

 

 

 

──A.M.11:30(日本時間) イラン・アルダビール上空 フランソワ航空N407便内

 

 ギャングラーによってハイジャックされた機内は、異様なまでの静けさと緊張感に包まれていた。

 通路をポーダマンが巡回し、絶えず乗客たちの監視を続けている。わずかな身じろぎひとつに敏く反応し、銃を突きつけてくる彼らは、抵抗する力をもたない大勢にとってあまりに恐ろしい存在であった。

 

 その中にあって……ハイジャック犯たちにとって最大の切札、国際警察長官とその秘書……仮面の青年だけはレストルームに"招待"されていた。

 

「さあ長官、そろそろお考えを改めていただけましたでしょうか?」

 

 椅子に拘束した目の前の男に対し、慇懃無礼な口調で問いかけるペッカー・ツェッペリン。対する痩身の男──国際警察長官は、「HAHAHA」とフランスというよりアメリカナイズされた笑い声で応じた。

 

「私の立場を理解してほしいな。ギャングラーとは交渉しない!……としか言えないだろう、表向きはね」

「……ふぅむ、困りましたね。あなたが直接命令を下せばそれで済むんです、がっ!」

 

 ペッカーの拳が、長官の頬を捉えた。衝撃にぐらりと脳が揺れ、切れた口腔から血が滲み出る。

 

「おっと失礼、手が滑ってしまいました」

「ッ、それはまた……なんともうっかりさんだね」

 

 そのときだった。隣に拘束された仮面の青年が、己の手に力を込めたのだ。拘束しているとはいえ様々な個性持ちが存在する世の中、ペッカーは咄嗟に剣を構えた。

 

「おい、反抗するつもりか?他の乗客がどうなっても構わないんだな?」

「……やめなさい」

 

 主に制止され、青年は不承不承ながら矛を収めた。ペッカーが小さく鼻を鳴らす。

 

「まあいい、時は我が掌にある。──それに、」

「!」

 

 長官の胸元に、小型のピンマイクのようなものを取り付ける。──なんだ、これは?アナウンスでもさせるつもりかと訝る彼だったが、それは外見からは想像もつかないようなおぞましいモノで。

 

「あなたの部下にその気がないなら、その爆弾がドカン!……この旅客機ごと、あなたを吹っ飛ばしますよ」

「!、……そんなこと、きみだってただじゃ済まないだろう」

 

 その言葉に、ペッカーは今度こそ嘲笑を露にした。

 

「ははははっ!我々ギャングラーが、その程度で粉微塵になるとでも?そんなご認識で国際警察の長官とは、嘲笑わせる!」

「………」

「はははは、ははは……ンンンンっ。──ではゆっくりお休みください、閣下?」

 

 ポーダマンに監視をまかせ、ペッカーは踵を返し去っていく。その背中を睨めつけながらも、長官は深々と息を吐いた。むろん手加減はしたのだろうが……ギャングラーの拳は、かなり骨身に堪える。

 

「HAHAHA……まいったね、これは。ぐふっ」

 

 血を吐く……これは殴られたせいではない。持病のようなものだった。

 

「……見張りはポーダマンだけです、今なら──」

 

 不意に口を開いた青年が、感情のない声でそう言い放った。その掌に再び力がこもるのを認めて、長官は苦笑した。

 

「駄目だって。いっとき自由の身になるのと引き換えに、大勢の乗客が殺されたのでは話にならない」

「………」

「大丈夫。パトレンジャーが来るのを待とう」

 

 そう言って、彼は瞑目した。うっすら笑みすら浮かべたその表情の裏に、何を想っているのか。それを知る者は彼自身と、そして近侍する仮面の青年だけだった。

 

 

 一方、ペッカーは再び機長室を占拠していた。緊張の面持ちで操縦に専心する機長を尻目に、我が物顔で無線を使用している。

 

「やあ、隊長。わざわざ無線を繋げてくれるとは手間が省けていい。どうせなら警察戦隊と直接話をさせてもらいたいんだがな」

 

 親しげですらある物言いに、無線越しのアルスランは苦虫を何匹も噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「日本と貴様らの現在位置では距離がありすぎる。そちらの要求は私が間違いなく日本支部へ繋いでいる」

「そうか。で、回答は?」

 

 一瞬、言葉に詰まるアルスラン。当然VSビークルを渡しはせず、乗客を救出して貴様を討つ──そのための作戦を考えているところだなどとは、口が裂けても言えまい。敵はそれなりに頭も回るようなので、こちらが素直に要求を呑むとは思っていなかろうが。

 

「……協議中だ。結論が出るまでには今少し時間がかかる」

「悠長なことを。長官閣下、それに乗客どもの命は私が思うより軽いらしいな?」

 

 次の瞬間、ペッカーの剣が副操縦士の喉元に突きつけられていた。恐怖に慄く声が、アルスランの鼓膜を打つ。

 

「よせ!時間がかかると言っただろうッ、そちらの望みにかなうよう全力で調整している。期限までは……待ってもらいたい!」

 

 言葉こそへりくだり、懇願するようだったが……その実、彼は凄まじい気迫を放っていた。獅子のごとき風貌と相俟って、それは咆哮のようで。

 わずかながら鼻白んだペッカーは、仕方がないという態度で了承した。──ただし、

 

「長官の身体に私お手製の爆弾を取り付けさせてもらった」

「な……なんだと!?」

「慌てるな、時限式だ。回答期限までは爆発しない……と言いたいところだが、そちらの態度如何では私の手で爆発させることもできる」

 

 爆破用のスイッチを撫でながら、ペッカーは愉快そうに嘲う。少なくとも現時点では、アルスランは敗北を認めざるをえなかった。

 

「……わかった、警察戦隊にその旨伝える。そちらは引き続き、日本に向けてフライトを続けてくれ。そのほうが受け渡しもスムーズにいく」

「承知した、よろしく」

 

 ギャングラーにしては一定の知性を感じさせる言葉が、かえって恨めしい。通信を終えたアルスランは悔しげにぐるると呻きながら、再び塚内に連絡をとった。状況はさらに悪化している……なればこそ、迅速に伝達するのが彼の役目だった。

 

 

 *

 

 

 

──P.M.1:00(日本時間) SALON DE THE JURER

 

 死柄木弔の"提案"について……快盗たちの間では、未だ結論が出ていなかった。

 

「……やはり俺は反対だ。いくら死柄木を介してといえど、返還される保証がない」

「でもっ!その死柄木さんが情報くれなきゃ、私たちにはわからないことが多すぎるんやし……人質の人たち、危ない目には遭わせられないよ……」

「人質より……ルパンコレクションが優先だ」

「そんなこと!……わかってる、けど……」

 

 炎司とお茶子の間でこのような論争が続き、決着がつかない。一方で……このようなときに最も激しい主張をすると思われがちな勝己は、カウンター席に座ってぼんやりとスマートフォンを弄っていた。

 

「……小僧、貴様はどう考えている?」

 

 痺れを切らした炎司が、ついに訊いた。むろん、彼らとて勝己が何も考えていないとは思っていない。その沈黙のうちに何を隠しているのか──それが快盗の行動を決定づけるものになるのではないかと、ふたりは予感していたのだ。

 

「……俺は、」

 

 目を伏せたまま、勝己が口を開こうとしたときだった。

 

「お話し中のところ、失礼します」

「!」

 

 相変わらず唐突かつ神出鬼没。──いつの間にか、黒霧がテーブルのひとつを陣取っていた。

 

「ハイジャック犯について情報を得ましたので、ご報告に。──名前はペッカー・ツェッペリン。爆弾を製造し各所で爆破テロを起こしたという記録があります」

「ツェッペリン……また随分と皮肉な名前だな」

 

 そちらの知識も多少ある炎司のつぶやきは、少年たちには理解できず流されてしまった。

 

「所有していると思われるルパンコレクションは"L’homme sage(賢者)"……知力を底上げする効果があります」

「な、なんか地味やね……」

「否定はしません。ですが、それゆえに──」

「……まあまあ綿密に練られてるっつーことか」

 

 今回の、計画は。

 

「ッ、ね、ねえ黒霧さん!なんかええ方法ないかな?できれば、その……乗員乗客の人たちに犠牲を出さないように……」

 

 お茶子の言葉に──黒霧は、靄を揺らすことで応えた。

 

「……申し訳ありませんが、戦術を考えるのは皆さんの領分でしょう。あるいは、死柄木弔なら何か考えているのかもしれませんが」

「!、………」

「死柄木は今回、警察の側につくようだ。──マジックダイヤルファイターを貸せと、我々に言ってきている」

「……そうですか」

 

 ルパン家の人間である弔が国際警察を優先したことについて、黒霧の反応はそれだけだった。「いずれにせよ、どうするかは皆さんにお任せします」──そう告げて、去っていく。任せる……つまり弔に追従したとしても、やむをえないと言うのだろうか。

 

 不意に、勝己が立ち上がった。

 

「爆豪くん?」

「……死柄木に連絡する」

「!、……小僧、貴様」

「俺らが行ったところで、人質どころかコレクション奪れる確証もねえだろ」

 

 ペッカーは爆弾魔だと、黒霧は言った。旅客機に爆弾を仕掛けられていて、爆発させられたら──それに乗じて、まんまと海中に逃げおおせられる可能性もゼロではないだろう。

 

「……万が一マジックが戻ってこなかったら、どうする?」

「そんときゃ、また国際警察に侵入でもなんでもして奪い返してやる。ついでに死柄木の野郎を殺す」

「わ、私も一緒に行く!……殺すほうは手伝わんけど」

「………」

 

 炎司はため息をついた。──彼自身、有効な手立てを見出しているわけではない。であれば年長者だろうと、多勢に無勢だったのだ。

 

 

 *

 

 

 

──P.M.1:30(日本時間) 警察戦隊タクティクス・ルーム

 

「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん………」

 

 この執務室内に待機する者たちの中に、ひたすら唸り続ける青年の姿があった。特別に食堂から運んでもらった昼食を口にしてから小一時間そうしているものだから、いい加減仲間も辟易しはじめていて。

 

「切島……あんた、もっと静かに考えらんない?」

 

 呆れを隠そうともしない響香の言葉に、いったん唸るのをやめた鋭児郎はぼりぼりと後頭部を掻いた。

 

「だってよぉ、管理官が何か思いついたら遠慮なく教えてくれって。やっぱ任せきりっつーわけにはさ……」

「そりゃそうだけど……」

 

 とはいえ、現在進行形で行われているハイジャック。刻一刻と状況は変化しているだろう、それを把握したうえで分析しなければ、効果的な作戦など立てようもない。

 

「………」

 

 とはいえただぼうっとしているわけにはいかないと、皆、色々とアイデアを浮かべては沈めている。飯田天哉もまた例外ではなかったのだが……彼の視線の先には、明確に仲間と呼ぶには距離の開いたままの青年の姿があって。

 彼は会話に参加するでもなく、定位置になっている応接ソファでスマートフォンを弄っていたが……あるときそれが鳴動した瞬間、「お」と声をあげた。

 

「死柄木、どした?」

「……あー、デートのお誘いだったりして」

「はぁ?あんた、こんなときに……」

「わかってるって。ちょっくら電話してくる」

 

 ひゅう、と口笛を吹きつつ退室していく弔。その後ろ姿を眺めつつ、鋭児郎は苦笑し、響香は呆れ顔である。──実際にデートの誘いを受けたのかどうかは、また別の話として。

 ただここでも、天哉だけは種類の異なる表情を浮かべていた。その心中に宿るは、

 

 

「──てめェの提案、呑んでやる」

 

 電話口の勝己の言葉に、弔は唇をゆがめた。彼らが協力してくれるか否か、正直なところ五分五分だったのだ。仮に拒否されても、やむをえないと思っていたのだが。

 

「Merci、じゃあ15時に槇島山ふもとの工場跡で落ち合おう。万が一尾けられるとまずいから」

「……わーった」

 

 言うまでもなく国際警察の庁舎内である、細かいやりとりはナシにして通話を終えた。そうしてすぐタクティクス・ルームへ戻ろうとしたのだが、

 

「……誰と電話していたんだ?」

「!」

 

 立ちはだかる、大柄な影。──飯田天哉だった。眼鏡の奥を怒らせて、こちらを睨みつけている。

 

「誰って……言ったじゃん、デートのお誘いだって。つーか盗み聞きすんなよなァ、趣味悪ィ」

「趣味が悪いのはお互い様だろう。工場跡でデートなどと」

「………」

 

 天哉らしからぬ物言いに、弔は一瞬言葉に詰まった。その隙を逃さず、相手は畳みかけてくる。

 

「相手は快盗だな?……また、情報を洩らしたのか?」

「……ハァ。だったら何?俺が快盗に情報をやるのは、潜入捜査の一環だよ。何か問題ある?」

「……ッ、」

 

 確かに、表向きはそういうことになっている。快盗と連絡をとっていたところで、職務の範疇だと言われればそれ以上追及できない──理屈としてはそうだが、感情が納得を許さないのだ。

 

「……だがきみは、俺たちに対しても隠しごとが多すぎる。以前対立するそぶりを見せた割には、快盗たちとの距離も近い」

 

 実際、そこは否定できない。あれは信用を得るための芝居であって、実際にはどちらがルパンコレクションを入手しようが上納先は同じである。いつまでも誤魔化すのは最初から無理だと割りきって、戦場では普通に共闘していた。

 ただそれも、"潜入捜査官だから"と言えばそれまでだ。──少なくともこの場で、天哉が自分の正体を暴くことなどありえない。

 

「少しは信用してほしいんだけどなァ……人命第一っていう、きみらの方針は共有してるわけだし。ってかきみ、俺にどうしてほしいわけ?そこんとこはっきりさせてもらわないと、俺も同じ話しかできないんだけど?」

「……それは、」

 

 天哉が言葉に窮するであろうことは、訊く前から予測していた。性格は違うが、鋭児郎と同じかそれ以上にわかりやすい青年である。その不信感は、以前からありありと伝わってきている。

 

「……要するに、きみは俺が気に入らないんだろう?まァそれは構わないけど、だからって改めるつもりもないから」

「………」

「じゃ、Au revoir」

 

 冷たくそう告げて、天哉の横をすり抜ける。互いに背を向けたまま、距離は開いていく──そう思われた、刹那。

 

「……きみの、言う通りだ」

「………」

 

 立ち止まる。

 

「俺はきみの言動を受け入れられない、どんなに取繕おうとそれが本心だ……!でもっ!俺だってほんとうはきみと親しくなりたいし、信頼したいんだ!!どうすれば、僕は……!」

 

 拳を握りしめ──自らの狭量を、嘆いている。その震える背中に何も感じ入らないほど、弔は冷酷ではなかった。

 

「……ハァ。とりあえず、一緒に来る?」

「!」

 

 少なくとも今回に限っては、やましいことなどない。目を丸くする天哉に、弔はにこりと笑いかけてみせた。

 

 



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#36 天上事変 3/3

年内最後の投稿になります
2020年、大変な年でしたが…来年こそは、よいお年を~


 

──P.M.3:10(日本時間) 槇島山山麓・旧常磐工業工場跡地

 

 パトカーを降りた死柄木弔と飯田天哉は、朽ちた工場の建物内に進入していた。既に使われていない建造物とはいえ勝手に入り込むのは犯罪なのだが、そこは国際警察、職務に必要となればそれで押し通すつもりだった。

 

「お待たせ、快盗諸君」

 

 弔のややかすれた声が、工場内に反響する──刹那、三つの影が眼前に降り立った。

 

「やあ、Bonjour」

「……10分遅刻だわ、クソが」

「ごめんごめん、色々立て込んでさァ」

 

 当然だが気安く快盗と言葉を交わす弔に、天哉はやはり複雑な思いを抱いた。ほんとうなら、ここで銃を構えてこの三人を捕らえるべきなのだろうか。葛藤の中に、彼はいた。

 

「で、約束のモンは?」

「……チッ」

 

 舌打ちしつつ、顎をしゃくる勝己。──促されたお茶子が、前へ進み出た。その手には、飛行船の玩具がごときオブジェクト。

 

「マジック……確かに」

「……死柄木、必ず返せよ」

「それは「それは俺が保証する」──!」

 

 一歩引いてやりとりを見守っていた天哉の言葉に、快盗たち、そして弔も驚きを露にした。むしろ彼は、いつ暴発してもおかしくないと思われたのだが。

 

「………」

 

 敵意の中に誠心を滲ませる天哉の表情を、彼らは信じるほかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 帰路。山間の道を市街へ向かい、パトカーが下っていく。運転を代わると言った天哉がハンドルを握っているので、弔はぼうっと窓の外を眺めていることができている。趣味というほどのものではないが、車窓を流れる景色は昔から好きだった。

 

「……取り乱してしまいすまなかった、死柄木くん」

「は?」

 

 思考を断っていたものだから、唐突に発せられた天哉の言葉を一瞬、量りかねた。

 

「……あァ、来る前のこと?別に気にしてないけど……俺なんかと仲良くしたって、きみの人生に良いことなんか何ひとつないと思うぜ。だいたい俺、きみみたいな声のでかいヤツ嫌いだし」

「……そうか。そう思っている人間は、きっと大勢いるだろうな」

「は?」

 

 思わず振り向く──と、天哉は珍しく自嘲めいた笑みを浮かべていて。

 

「俺はこの通り、頑固で偏屈で……些細な不行状ですら、見過ごせずに正そうとしてしまう。事情の如何を、汲み取ることもできないくせにな」

 

 だから弔がひねていようとそうでなかろうと、弔に嫌われることは無理もない──天哉はそう自覚していた。容姿こそ瓜二つの兄は、正義感は強くとも些事など呑み込む度量を備えていたというのに。

 

「だから、あれは俺の個人的感情だ。きみが気にかける必要はない」

「……あぁ、そう」

 

 天哉のか細い声を聞き届けた弔は、再び車窓を見遣った。流れていく、木々の谷間の市街。こうしていると、まるでミニチュアのようだけれど。

 

「参考までに言っておくと、」

 

 不意に、言葉が滑り出した。

 

「切島くんのことも最初は嫌いだったけど、今はそうでもない」

「!、え……」

「所詮そんなモンだろ、人間の好き嫌いなんて」

「……死柄木くん、」

 

 柄にもないことを言ってしまったという自覚もあって、それきり弔は何も喋らなかった。天哉のほうも口を噤んでいたが、ただ、その心情は明らかに異なるところとなっていたのだった。

 

 

 *

 

 

 

──P.M.6:30(日本時間) 警察戦隊タクティクス・ルーム

 

 各所との調整に奔走していた塚内管理官も戻ってきたことで、警察戦隊ではいよいよ最終ブリーフィングが行われる運びとなった。

 

「──爆弾ごと長官を救出して、機内を制圧するだと?」

 

 弔の立てた作戦を聞いて、塚内は呆気にとられたような表情を浮かべた。実際、旅客機内は空の密室である。敵に気づかれずにそのようなこと、できるとは思えない。

 

 しかし、弔は自信を込めて断言する。

 

「できますよ、マジックダイヤルファイターならね。マジックの名前は伊達じゃないですから」

「……ふむ。爆弾はひとつとは限らない、複数が機内に仕掛けられていた場合はどうする?」

「マジックの能力を使う前に、ジムに反応をサーチしてもらいます。長官と同じで」

『任せてくださいっ!』

 

 万が一ダメなら、プランβ──小型発信機を取り付けたトリガーマシンを引き渡し、ペッカーを追跡する──に移行するしかないだろうが。

 

「管理官!現状、この作戦が最も有効ではないかと私も考えます!」

「コレクションを渡したところで、人質が解放される保証もないですしね」

 

 リスクは当然ある。ただ、もう時間がない。隊員らの賛同に後押しされて、塚内は決断した。

 

「……わかった、それでいこう。407便が日本領空に入るまであと三時間もない、すぐに準備を進めてくれ」

「「「「──了解!」」」」

 

 四人の声が重なり、動き出す。これより先の塚内の役割は責任をとること、この一点に尽きる。

 

 

 *

 

 

 

──P.M.9:15(日本時間) 日本海上空 フランソワ航空N407便内

 

 ペッカー・ツェッペリンは再び機長室にいた。眼前には、変わり映えしない漆黒の景色が続いているが。

 

「そろそろ日本か、機長?」

「……あ、ああ。もう間もなくだ」

「そうか……ククッ」

 

 仮面のような顔に感情はないが、嘴のような右側面の角が揺らいで、その愉悦を明らかにしている。休憩もとれずに極度の緊張状態を強いられた機長らは疲労困憊だったが、そんなことは彼の知ったことではない。

 

(知略こそ、将たる器と示してやる)

 

 VSビークルを手に入れれば、ボスの座は我が物となる──

 

 

 夢想を抱く異形に支配された旅客機がいよいよ日本領空へ進入した頃、狙い澄ましたかのように後方に現れた飛翔体があった。旅客機でも戦闘機でもない──その姿は、まるで骨董品がごとき飛行船。

 

「ちょうどいい距離保ってくれよ、飯田くん」

「わかっている、任せてくれ」

 

 飛行船──マジックダイヤルファイターのコックピットに在ったのは、パトレン2号とルパンエックス。操縦は生みの親であるエックスではなく、2号が担当している。

 

「ジム、長官と爆発物の反応は?」

『今探してますぅ!』通信機から、ジムの声。『両方やらなくっちゃあならないってのが、サポートロボットのつらいところだなァ!』

「御託はいいから、早く」

 

 ロボットの割に無駄口の多いジム・カーターだが、その情報処理能力は非常に高い。三十秒ほどして、『出ました!』と声が上がった。

 

『長官は機体中央にいます!爆発物の反応も!』

「他には?」

『ありません!』

「………」

 

「じゃ、やるか」

「……うむ!」

 

 勢いよくレバーを引くパトレン2号。──刹那、マジックダイヤルファイターの隠された能力が発動した。その証に、エックスの姿が消え去り、

 

「おっ!?……こ、これは……」

「!、長官……ご無事で!」

 

 たてがみのような金髪の男──国際警察長官が、コックピットに現れたのだ。

 

 

 いったい何が──ルパンエックスが旅客機内、長官の拘束されていたレストルームに姿を現したといえば、詳細に説明するまでもなくわかるだろう。

 

「!?」

 

 突然のことに驚く見張りのポーダマン。Xロッドソードで袈裟懸けに切り裂いて彼を昏倒させると、そのまま振り向きざま仮面の青年を拘束するロープを断ち切った。

 

「死柄木……」

「よう、久しぶり。時間がないから単刀直入に訊くけど、ギャングラーと他のポーダマンは?」

「……ここを除いて各クラスに二匹ずつ。ギャングラーは機長室だ」

「……ハァ、まず後ろを片付けてからか」

 

 機内の戦力は自分だけだ。ペッカーに気づかれる前にポーダマンを一掃しておかないと、乗客に危険が及ぶ。

 後方──ファーストクラスに向かおうとしたエックスだったが、それを青年が押しとどめた。

 

「後ろは、俺が」

「……大丈夫かよ?」

「ああ」

 

 淡々とした声音が、かえって自信を窺わせる。彼の個性を知っている弔は、渋々ながら了承した。

 

──踵を返し、前方へ向かう。突然現れた白銀の快盗に、ポーダマンは慌てふためいたまま射殺されていく。乗客の無事だけ確かめ、エックスはひたすら機長室を目指し突き進んでいった。

 

 同じ頃、機長室を占拠しているペッカーは後方の騒ぎを感知していた。乗客の反乱か?怖いもの知らずがいるものだと考え、一応様子を窺おうと扉を開いた瞬間、

 

「──ガッ!?」

 

 いきなり伸びてきた手が嘴型の突起を掴み、ペッカーを機長室から引きずり出した。

 

「Bonsoir、ペッカーちゃん?」

「き、貴様……ルパンエックス!?」

 

 なぜ機内にいる?元々いたとは考えられない。だが、この空の密室にどうやって外から?壁に縫いつけられたまま、ペッカーは混乱する思考を巡らせた。

 

「簡単な話だよ。──マジックさ」

 

 あらゆる"マジック"を起こす──マジックダイヤルファイターの真価。

 

「言っとくけど爆弾爆発させたってムダだぜ?長官は俺と入れ替わってマシンの中だ。そんなモン、とっくに外して海に捨てちまってるだろうよ」

「な、なんだとォ……!?ッ、あの爆弾は数グラムで旅客機ひとつ粉々にできる傑作で……必要最小限のコストで最大限の成果を……」

 

 ブツブツと言い訳めいた言葉を紡ぎ続けるペッカー。そんなもの、聞きたくはないし聞くつもりもなかった。目的はただひとつ、

 

『0・1──4!』

「ルパンコレクション、回収」

 

 コレクションを奪われたにもかかわらず、策に溺れた策士の思考は己の失敗の正当化に埋め尽くされているようだった。呆れた弔は彼を壁から引き剥がすと、そのまま扉付近まで押し込んだ。

 

「反省ならお外でしろよ」

「へ、──!?」

 

 ようやく我に返ったペッカーが感じたのは、強烈な疾風と浮遊感。──旅客機から放り出されたのだと気づくのに、時間はかからなかった。

 

「じゃ、アデュー」

 

 そして、エックスも飛び降りる。大気にその身を晒されながら、彼はXロッドソードを構え──

 

「──スペリオル、エックス!」

『イタダキ、エックスストライク!』

 

 放たれたX字型の剣波が墜落するペッカーに狭り、呑み込んでいく──

 

「グァアアアアア──!!?」

 

 肉体の面では並でしかないペッカーが耐えきれるはずもなく、八つ裂きになって爆散する。夜空に弾ける紅蓮の花火を横目に、ルパンエックスは雲海へと墜ちていく。

 

「ハァ……そろそろ拾ってもらいたいんだけどなァ」

 

 このまま大洋にドボンは御免である。ぼやいていたらば、

 

『トムラ〜お待たせぇ〜!』

「おっ」

 

 彼方より来たる、夜の翼。グッドストライカーだ──その存在を認識すると同時に、彼は浮遊感から脱していた。

 

「大丈夫か、死柄木!?」

 

 両翼の間──グッドストライカーの背中の上には、パトレン1号と3号の姿があった。

 

「間に合って良かったぜ。そうだ、ギャングラーは?ルパンコレクションは回収できたのか?」

「どっちもケリつけたに決まってるだろ。つーかもっと早く来いよなァ、危うく魚のエサになるとこだったよ」

「……文句ならグッドストライカーに言ってよ」

『ムムムム〜っ、オイラ精一杯スピード出したぞぉ!?』

 

 実際、弔が迅速に事を進めすぎた側面もある。無論それは良いことなので、責めるものはいないが。

 

「ハァ……ぼちぼち、第二ラウンドか」

 

 

──そのつぶやきに呼応したかのように、夜空の一部がぐにゃりと歪んだ。そうして現れる異形の女……空中ゆえか、こうもり傘を差して落下速度を軽減している。

 

「まったく、この私がこんなところまで……」ぼやきつつ、「私の可愛いお宝さん、ペッカーを元気にしてあげて」

 

 爆風に煽られ飛び出した金庫の残骸めがけ、ルパンコレクションから供給されたエネルギーを注ぎ込む。彼女──ゴーシュ・ル・メドゥの手によって、死したギャングラーにはもう一度チャンスが与えられるのだ。

 

「ウオオッ、素晴らしい化学反応だぁ──ッ!!」

 

 巨大化復活を遂げるペッカー。再び落下を始める──と思いきや、彼は背中の小さな翼を精一杯広げることでその場にとどまった。飛行はできなくとも、滞空はできる。無論、それだけではない。

 

「墜落しろ、警察ども!」

 

 翼から羽根を分離し、敵めがけて放つ。剣以外に武器をもたないペッカーの、唯一の飛び道具。

 

『あ痛タタタタタッ!?』

 

 想像以上に速度のある羽根をまともに受け、悶えるグッドストライカー。当然、背中に乗っている三人はその被害をもろに受けるわけで。

 

「うおおおっ!?」

「ちょ……揺らすなってグッドストライカー!」

『だって痛いんだモン!』

「モンとか言うなキモいから」

 

 いつか聞いたような会話だが、危機的状況には違いない。ペッカーの頭脳は──些かお粗末ではあっても──優れていて、グッドストライカーの動きを予測してくるのだ。命中の度に機体が大きく揺れ、三人は振り落とされそうになるのをじっと耐えるしかない。

 

「クククク……終わりだ!!」

 

 ペッカーがいよいよ"それ"を確信したときだった。グッドストライカーの下方に飛行船が現れ、代わりに羽根を受けたのは。

 

「!、マジック……」

「飯田!」

『すまない、待たせた皆!』

「長官は!?」

『輸送機に移っていただいた。これで心おきなく戦えるぞ!』

「っし……!──死柄木、またスプラッシュ貸してくれ!」

「ハァ……壊すなよ」

 

 手渡されたトリガーマシンスプラッシュをVSチェンジャーに装填し、

 

『スプラーッシュ!位置について……用意!』

「行けっ!」

 

 引き金(トリガー)を引き、発射する。

 

『出、動ーン!激・流・滅・火!』

 

 巨大化するスプラッシュ。彼女は消防車であり、グッドストライカーやマジックダイヤルファイターのように飛ぶことはできない。このままでは真っ逆さまに墜ちていくだけだが。

 

「グッドストライカー、頼む!」

『Oui!いくぜいくぜ〜、警察ガッタイム・スペシャルバージョンだぁ〜!』

 

 スペシャルバージョン──パトカイザーの土台にスプラッシュ、さらにはダイヤルファイターであるマジックが左腕として合体を遂げる。

 名付けて、

 

「「「完成!パトカイザー"スプラッシュマジック"!!」」」

 

 水流と魔法、相異なる力をもった巨人が、夜空を背に誕生した。

 

「こ、こんな空中で合体だと!?計算外だ……!」

 

 呆気にとられるペッカー。それでもなお果敢に羽根を突き立てんとするが、合体によってより堅牢となった機体には尽く弾かれてしまう。そうこうしているうちに、スプラッシュマジックは重力に従って落下……つまり、みるみるうちに接近してくる。

 

「クソザコだし、とっとと引導渡してやれよ」一緒にコックピットに入った弔の言。

「お、おう……そうだな。一気に決める!」

 

 立ち上がり、VSチェンジャーを構えるパトレンジャーの三人。その動作に連動し、スプラッシュマジックは左手から複数のカードをばら撒いた。それはペッカーに向かってワインディングロードを形成する。

 

「な、なんだこれは……!?」

「決まっている。──貴様の往く、死出の道だッ!!」

 

 

「「「パトカイザー、ツイストアップストライクっ!!」」」

 

 スプラッシュより放たれる、超高圧水流。慌てて防御姿勢をとるペッカーだが、直後、予想だにしないことが起きた。

 ばら撒かれたカードが水流を弾き、その軌道を変えたのだ。それもカードの数だけ同じことが起きる。止まらない屈折に混乱するペッカー、彼の運命は既に決していた。

 

──水流がついにペッカーを捉え、呑み込んでしまったのだ。

 

「ガボガボガボッ、モガガガガガッ!?」

 

 もがくペッカー、しかし水流……もとい水の塊は、彼をそのまま海中へと引きずり込んでしまう。そして、

 

(ふ……複雑怪奇ィィィィ……!?)

 

 それは、誰にも届かぬ断末魔であった。

 次の瞬間、爆発とともに海に弾ける無数の飛沫。それこそが、人間たちの勝利の証。

 

「「「任務完了!」」」

『気分はサイコー!』

「………」

 

「水を差すようだけどさァ……俺ら、墜ちてない?」

「あ、」

 

 その事実を思い出したときには既に遅し……パトカイザーはそのまま、盛大に海へダイブするのだった──搭乗者たちの悲鳴とともに。

 幸いパトカイザーは水中でも活動できるので問題ないといえばないのだが、日本本土まで地道に泳いで帰らなければならないのだった。

 

 

 *

 

 

 

──A.M.0:00(日本時間) 国際警察日本支部庁舎 屋上ヘリポート

 

 無事に保護された長官は、機内に残った随員たちに先立ち日本支部まで送り届けられていた。

 冷たい風に身を晒しながら、コンクリートの地面に一歩を踏み出す。正真正銘、数年ぶりの日本だ。

 

 数年ぶりといえば、直接、彼に相まみえるのも。

 

「日本へようこそ、長官」

「!」

 

 出迎えに現れた男に、彼は微笑みかけた。

 

「久しぶりだね、塚内くん」

「………」

 

 

「──おかえり、俊典」

 

 上司と部下ではなく、親しい旧友として。塚内もまた、長官──八木俊典の言葉に応えたのだった。

 

 

 à suivre……

 

 





「爆豪くんが結婚!?」
「なぜか飛んできたキツツキが激突!?」

次回「もしも空が落ちてきたら」

「心配すぎる……!」
「……頭、大丈夫?」



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#37 もしも空が落ちてきたら 1/3

あけましておめでとうございます!ハーメルンで迎える4回目の年越しになります。

というわけで、記念すべき2021年初投稿は…なぜか飛んできたキツツキ!!


 

 デストラ・マッジョは、いつかの酒場を再訪していた。

 身なりの良い人々が酒を酌み交わし、談笑している。彼らはギャングラーではないだろうに、明らかに異形の怪人であるデストラを前になんの反応も見せない。呼び出した男曰く、"そういう場所"らしいが──

 

 その男ことザミーゴ・デルマはデストラの向かいに腰掛け、初めて招待されたときと同じくシェリーグラスを弄んでいた。

 

「──つーわけで、また大きく動くと思うぜ?お巡りサンたちはさ」

 

 もたらされた情報に、この一つ目巨人は低い唸り声を発した。聞く者に怖気を走らせるような声色……ザミーゴは変わらず飄々とした笑みを浮かべているが。

 

「……人間どもめ。無駄な足掻きを」

「ハハッ……オレとしちゃあ、アツくなってきたと思うけどなぁ」

「そのくだらない趣味、いい加減どうにかすることだ。……ドグラニオ様も、おまえには注目しているのだからな」

 

 心底不本意そうに吐き捨てると、デストラは席を立った。踵を返し去っていく巨体。一分一秒でもこの空間にいたくないのか。あれだけの剛腕であるというのに、その精神は理性によって占められている──実に勿体ないことだと、ザミーゴは思った。

 

 

 *

 

 

 

 ある日の警察戦隊。タクティクス・ルームは、事件発生時とも異なる独特の緊張感に覆われていた。

 

「おはよう、皆」

 

 たてがみのような金髪が特徴的な、痩身の大男。彼の挨拶に対し、隊員たちは最敬礼とともに「おはようございます!」と返礼した。声までぴしっと揃っている──厳密には所属の違う一名を除いて。

 それを認めて、彼は苦笑を零した。

 

「HAHAHA、そう畏まらないでほしいな。せっかく大袈裟な就任式だなんだはナシにしてもらったんだ、皆も忙しいだろうしね」

「……そう仰られましても長官、彼ら一般隊員に緊張するなと言うほうが無理な話です。まあ、彼は例外にしても」

「例外でーす」

 

 例外こと死柄木弔は立ち上がることすらせず、定位置の応接ソファで顔パックに勤しんでいる。「死柄木くん立ちたまえ!!」という飯田天哉の尤もな注意と「家でやれよ」という耳郎響香の尤もな突っ込みが重なる。

 

「haha……彼は前からこうだから」

 

 ぼやきつつ、八木長官は隊員たちに歩み寄り、それぞれに握手を求めた。耳郎響香、飯田天哉。そして、

 

「切島鋭児郎くん、ヒーローネームは烈怒頼雄斗だったか。伝説の漢気ヒーロー・紅頼雄斗にあやかったそうだね」

「!、う、ウス!」

 

 そんなことまで知っているのか──鋭児郎が目を丸くしていると、八木はこけた頬にえくぼをつくって笑った。

 

「キミの協力にはほんとうに感謝しているよ。それと同時に、巻き込んでしまったことをすまないとも思っている」

「いや、そんな……俺、じ、自分はギャングラーと真正面から戦えて光栄っス……で、であります!」

 

 相手は本来雲の上の御方である、鋭児郎がしどろもどろになってしまうのも無理はない。ただその想いは本物なのだと、八木も感じとってくれたようだった。

 

「きっと間もなく戦いは終わる。その日まで、よろしく頼む」

「……ウス、あ、了解であります!」

 

 皆に声をかけ終えた八木は、塚内に意味ありげな眼差しを送ってタクティクス・ルームを辞した。側近らしい仮面の秘書を連れて。

 

「ふぃー……き、緊張したぜ」座り込む鋭児郎。「優しそうだけど……なんつーか、オーラが違ったなぁ」

「たしかにね。……独特の音がしたし」

 

 「それにしても」と、響香。

 

「あの秘書、なんで仮面なんか付けてるんだろ?」

「見せたくない事情がある……顔に傷があるとか。考えられるのはそんなところかな?」

 

「──やめといたほうが良いぜ、探るのは」

 

 美容作業を終えた弔が、輪に入ってきた。

 

「なんで?」

「あいつの素顔を知ろうとした人間は、皆消されるとかなんとか。本部時代ウワサになってた」

「ムッ、なんと恐ろしい……!」

「……実際、消された人は?」

「知らな〜い」

 

 呆れるパトレンジャーの面々だったが、弔はそれなりに本気で忠告をしたつもりだった。まあ、しつこく嗅ぎまわるような連中ではないだろうと、妙な信用もあるが。

 

「それより切島くんさァ、」

「うおっ」

 

 隣にやって来たかと思えば唐突に肩を組んでくるものだから、変な声を発してしまった鋭児郎である。普段は自分がやる側なので、むろん不快ではないが。

 

「その後どーよ、例の喫茶店店員とは」

「……バクゴーのことか?」

「そうそう、バクゴー某くん」

 

 鋭児郎は小さくかぶりを振った。ヤドガー・ゴーホムの事件後からこっち、何度かジュレを訪れているのだが……彼の勘気が解ける様子は、今のところない。

 たとえば、こんなやりとりがあった。スマートフォンでソーシャルゲームに興じている勝己に、俺にも教えてくれよと声をかけたときのこと。

 

──ご自分でお調べになったらいかがですか。

 

 勝己の答は、ただそのひと言。そしてそのまま、奥へ引っ込んでいってしまったのである……。

 

 

「敬語だぜ……?あのバクゴーが。いくら俺でも、一瞬心折れそうになったぜ……」

「あー……」

 

 あの尊大が服を着て歩いているような少年が敬語とは、どう考えても悪い意味としかとりえない。よほど鋭児郎を遠ざけたいのだろうことは想像に難くないけれど、かといって弔は関係修復の秘策を持ち合わせてはいなかった。だいたい自分が他人同士を取り持つなど、どだい無理な話なのだ。

 

 

 *

 

 

 

 爆豪勝己のことで悩んでいるのは、身内同然の"彼ら"も同じで。

 

──その日()、勝己は朝早くにジュレを出た。買い出し等、店の用事ではない。にもかかわらず彼はここ最近、毎日のように早朝出かけてはなかなか戻ってこない。

 

「……いくらなんでもおかしくない?ここ最近のサボり方。お店にも支障出るレベルやし……」

「……うむ」

 

 キッチンに潜んでその一部始終を窺いつつ、勝己の同僚ふたりは視線をかわしあっていた。店を空けてばかりになった少年のことが気にかかり、夜も眠れない……は言い過ぎであるが。ともあれ、これ以上放ってはおけないというところまで来ている。

 

「行くか」

「うん……!」

 

 勇んだふたり──轟炎司・麗日お茶子は、ある意味強硬手段に打って出ることにした。

 

 その手段とは即ち、

 

「尾行開始や……!」

 

 と、いうわけである。

 

「どうせ、サボっているだけだとは思うがな」

「それなら良いけど……切島さんとのことがあってから爆豪くん、なんかずっとしんどそうやったし。──心配、じゃない?」

「………」

 

 炎司の答は、沈黙。その意味をお茶子は察したが、あえてそれ以上は訊かなかった。

 人気の少ない昔ながらの住宅街を、あてどなく彷徨うかのように歩き続ける勝己。多少の距離を開けつつ、ふたりは追跡を続けていく。

 

「こ、行動が読めへん……!?まるで野良猫や!」

「そんな可愛いものではないと思うが……──!」

 

 勝己が急に踵を返したものだから、ふたりは慌てて駐まっている車の影に隠れた。それはいいのだが、炎司などは身体が大きすぎて入りきっていない。

 

「ちょっ、炎司さんはみ出とる……!」

「仕方がないだろう……!」

 

 不毛なやりとりをしつつ、顔を覗かせる。しかし、

 

「あ……あれ……?おらん!?」

 

 勝己の姿は、忽然と消えていた。周囲一帯見渡すが、あの特徴的な容姿はどこにもない。

 

「……まだそう遠くへは行っていないはずだ、捜すぞ」

「う、うん!」

 

 いつの間にか、炎司も積極的になっている。……ただその意欲に反して、勝己の姿はついに発見できなかった。

 

 

 *

 

 

 

「どこ行っちゃったんだろ、爆豪くん……」

 

 橋の欄干に凭れかかり、力なくつぶやくお茶子。その眼下では、親子連れが水面に向かって仲良く釣り糸を垂らしている。

 

「直接本人に訊ければ、早いのだろうがな」

「……素直に教えてくれるタマちゃうもん。ただでさえ思春期まっさかりで、あの性格やし」

「……思春期か」

 

 炎司は思わず口許をゆがめた。子供だと馬鹿にしたのではない、その子供をどうしていいかわからない自分を嘲っただけだ。四人の我が子を育てておいて……いや衣食住を不自由なく与えているだけで、育児など満足にしていないからこうなる。ついぞ自分は、父親にはなれなかった。

 

 尾行を続けるか断念するか……指針もないまま、そこにとどまるふたり。しかし次の瞬間、彼らにとって何より最優先すべきことが起きた。

 

 

「──私の記憶が正しければ、人間とはか弱き存在のはずで〜す」

 

 逃げまどう人々を追うでもなく、佇む海洋哺乳類に似た異形。その腹部には金庫が埋まっており、彼がギャングラーと呼ばれる異世界の怪人であることを示している。

 

 人の流れに逆行するかのように、付近にいた炎司とお茶子──否、彼らが変身を遂げた快盗が姿を現した。

 

「そこまでだ、ギャングラー」

「!、おや、これはこれは……ルパンブルーさんにルパンイエローさんではないですか」その場に膝をつくギャングラー。「わたくし仰る通りギャングラー、ジュゴーン・マナッティと申します。以後、お見知りおきを……」

 

 その場に両膝を折り、やおら一礼するジュゴーン・マナッティ。その折り目正しい行動は、快盗たちを当惑させるに十分だった。

 

「……どこで覚えてきた、そんな礼儀作法」

「〜〜ッ、礼儀正しいからって、手加減なんかしないからね!」

 

 VSチェンジャーを突きつけるルパンブルー・イエローに対し、ジュゴーンは態度に反して怯むこともない。

 

「おっと、そうはいきませんよ。──モォ〜ッ!」

 

 立ち上がるや否や、頭部を囲む木舟の意匠から白い濃霧を発生させる。それはたちまち周囲に拡がり、快盗たちをも包み込んでしまった。

 

「何、これ……!?」

「目晦ましか……小癪な」

 

 ブルーの言う通り、確かに小癪ではある。しかしそれも立派な戦法である。──事実、

 

「ジュゴーン!」

「きゃ!?」

「マナッティ!!」

「ぐッ!?」

 

 抜き足差し足で背後をとったジュゴーンが、両手の武器で奇襲を仕掛けてきたのだ。鋭い剣波をまともに喰らってしまい、ふたりはその場から吹っ飛ばされる。

 

「ッ、この……!」

 

 転んでもただでは起きない。攻撃の来た方向めがけ、射撃を仕掛ける。慌てたジュゴーンは咄嗟に飛びのくが、それでも光弾が脇腹を掠った。

 

「痛てて!……や、やりますねぇ。でしたらば、これは如何でしょう!?」

 

 元々暴力より搦手を好むジュゴーン、今度は不可思議な赤い光線を放射した。それを浴びたルパンブルーとイエローはというと、

 

「!、……なんだ?」

「何か……された?」

 

 一瞬わずかな熱を感じただけで、身体はなんともない。ゆえに再度反撃に転じようとしたふたりだったが、ジュゴーンはこれ以上の戦闘継続を良しとはしなかった。

 

「きょうはこんなところでしょう。ではでは、ごきげんよう!」

「待て……!」

 

 気配がする方向へ銃弾を撃ち込むが、それらすべて霧をかき分けるだけに終わった。

 程なく、視界が開けていく。そのときにはもう、ジュゴーンの姿は消えていて。

 

「逃がしたか……──ッ!?」

 

 息をついたその瞬間、ブルーに異変が起こった──肉体ではなく、思考に。

 

(そういえば帳簿のあの部分、計算を間違えていなかったか……?)

 

 突然店の帳簿が気になりだす。

 イエローにもまた、同様の現象が起きていて。

 

(あれ……私、鍵閉めてきたっけ!?)

 

「……一度、戻るか」

「う、うん!」

 

 地味な焦燥を抱えながら、快盗たちはその場から身を翻した。

 

 

 *

 

 

 

 数時間後、警察戦隊ではジュゴーン・マナッティの情報分析が行われていた。

 

『目撃証言から、最近あちこちに出没しているギャングラーの似顔絵を作成しました!』

 

 プリントアウトされた似顔絵を配っていくジム・カーター。それを見下ろして、鋭児郎は「おっ」と感嘆の声を洩らした。

 

「超うめえ……ジム、おめェが描いたのか?」

『まさか!担当係があるんですよう』

「ははっ、やっぱりその道のプロの仕事だなァ」

 

 手袋のせいもあるが、小学生のような絵しか描けない弔のひと言。妙に説得力がある。

 

「しっかしコイツ、ジュゴンそっくりだな……」

「いや、マナティにも見えるぞ!」

「え……どっちでも良くない?」

 

 三者三様の反応。変なところで気が利くジムが、すかさず両者の動画を表示する。

 

『左がジュゴン、右がマナティです!』

「あ、マナティのほうが可愛い」

「うむ!だがジュゴンも十分可愛いぞ!」

「……どっちも鼻の短いゾウにしか見えないんだけど」

 

 今のところ人的被害が確認されていないこともあってか、どうでもいい話題で盛り上がる一同。傍目から見れば緊張感のない光景だが、有事に備えて精神のバランスをとっているともいえる。四六時中張り詰めていることはできないのだから。

 

(……ま、いいか)

 

 ため息をつきつつ、弔は踵を返した。ジュゴーンの似顔絵片手に──行き先は決まっている。

 

「どこへ行く?」

「!」

 

 タクティクス・ルームを出たところで、唐突に声をかけられる。相手の大仰な仮面を認めて、弔はさらに深いため息をこぼした。

 

「……俺のシゴト知ってんだろ。つーかおまえ、ずっとここに張りついてんのかよ……キモいな」

「通りがかっただけだ。……ご苦労だな、二足の草鞋なんて」

「お気遣いドーモ。朝から晩まであの男にくっついてるほうがイヤだけどな、俺は」

 

 仮面の奥でくつくつ嗤う青年。──彼と長話をする趣味はないので、今度こそ弔は暇も告げず立ち去った。相手の内心に、計り知れないものを感じながら。

 

 



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#37 もしも空が落ちてきたら 2/3

 庁舎を出たその足で快盗の拠点へ向かった、死柄木弔。彼が見たのは、いつもと様子の違う青と黄色の姿だった。

 

「うぅ〜ん……あのギャングラー、ジュゴンなの?マナティなの?」

「くッ、気になる……!気になって眠れなくなりそうだ……!」

「えぇ……きみらまでそれかよ」

 

 しょうもないことで真剣に悩んでいるのは置いておくとして──既に遭遇していたというなら、情報を持ってきたのも無駄足だったか。

 

「!、そうだ爆豪くん……!まだ帰ってこないけど、どうしたんだろ……」

「そういやいないね、彼」

「実は最近、爆豪くんの様子が変で……私たちこっそり後尾けてたんだけど、そこに絶妙なタイミングでジュゴーン・マナッティが現れて……はっ!?」

 

 同時に目を見開いたふたりが、そのまま顔を見合わせる。

 

「もしや小僧、ヤツに何かされているのか……!?」

「そっか……絶対そうだよ!だから様子がおかしかったんだ!」

「……?」

 

 論理の飛躍ぶりに首を傾げる弔だが、その勝己の様子を自分は見ていない以上否定はできない。ならば、

 

「やることは、ひとつか」

 

 

 *

 

 

 

 快盗との偶発的戦闘からあっさり退いたジュゴーンは、異世界にあるドグラニオ・ヤーブンの屋敷を訪れていた。屋敷といってもドグラニオがギャングラーのボスである以上、ここは構成員たちのサロンのような役割ももっている。

 

「ふむふむ……パトレンU号。パトレンジャーがグッドストライカーの力で一致団結、融合した形態。そしてロボット、ルパンカイザーにパトカイザー……フフフフ」

 

 快盗、そして警察の情報について記した本を読み込むジュゴーン。そんなもの出版されているわけもない、他ならぬ彼自身が収集したデータを纏めたものだ。

 

「なかなか研究熱心だな、ジュゴーン・マナッティ」

 

 ドグラニオの声かけに、ジュゴーンはわざわざ本を閉じて応じる。

 

「敵を知ることこそ、勝利への近道。そのための努力は惜しまないことにしております」

「へえ、ギャングラーには珍しいタイプね」

 

 同じ研究者肌のゴーシュ・ル・メドゥには、彼に共感するところが大きいようだった。──側近の片割れがそうであるから、知識の重要性をドグラニオも認識している。

 

「それもまた力のひとつ。期待しているぞ、ジュゴーン」

「フフフフ……お任せを」

 

 一礼したジュゴーンが再び書を紐解きはじめる一方で、

 

(デストラ……最近屋敷を空けることが増えたわね)

 

 決して良好とはいえない仲の同僚を、ゴーシュは気にかけた。

 

 

 *

 

 

 

──翌朝

 

 爆豪勝己はきょうも、朝早くにジュレを出ていく。炎司たちは何事もないふうにそれを見送る。あくまで、こののちの行動を悟られないために。

 

 勝己が発って程なく、ふたりもまた店を出た。傍に待機していた弔と合流し、再度の尾行を開始する。──ぞろぞろ、ぞろぞろ。

 

(……いい大人が何してんだろうなァ)

 

 弔はそう思ったが、口には出さない。大人といってもお茶子は未成年だし、自分はまだ学生でもおかしくない歳だ。まあ、炎司だけは擁護できないが。

 

「ほんと、どこ行くんやろ爆豪くん……。はっ、まさかこっそりエアロビ──」

「それは忘れろ……!」

 

 こんなやりとりもありつつ。

 あてもなくふらふら歩いているかと思われた勝己だったが、ふとコンビニの前で立ち止まった。入店するかと思いきや、店の前で掃除をしていた女性と立ち話を始めている。

 

「ば、爆豪くんが自ら女性に声かけを……!?」

「あの勝己が……」

「………」

 

 女性といっても、彼の母親……というには少し若いくらいの年齢の相手である。お茶子たちの心配しているようなことはないと思うが。

 しかし、「小さい」「色白」「可愛いんじゃないっすか」──およそ勝己が発するとは思えない言葉の断片が耳に入ってきた瞬間、お茶子が「まさか……!」と声をあげた。

 

『──あんたのこと、すげえ守ってやりたくなるっつーか……』

 

 立ち話だけのつもりが、おばちゃんと意気投合。それが交際に発展しての──

 

(スピード婚……!?)

 

 お茶子の脳裏に、タキシードを着た勝己がウェディングドレス姿のおばちゃんと誓いのキスをする光景が浮かぶ。そこからさらに想像……もとい妄想は進み、結婚生活へ。

 しかしそれは、決して幸福なものとはいえなかった。

 

(おばちゃんとの間に一男一女をもうけるも、鬼嫁と化したおばちゃんに疲れ果て離婚……親権を奪われたうえ財産のほとんどを裁判で持っていかれ、悲しく孤独な老後を送ることになるんじゃ……!?)

 

「心配すぎるぅ……!」

「は?」

 

 怪訝な表情を浮かべる弔だったが、こんなものは序の口だった。

 

 

 *

 

 

 

 続いて勝己は、とあるファミリーレストランに入店していた。ハンバーグステーキセットを注文し、上から唐辛子をかけて食べている。味付けを除けば、ごく普通の食事風景である。

 弔たちも後から入り、少し離れた席で様子を観察していたのだが──

 

(勝己が食事を……はっ!?よもやあのハンバーグが美味すぎて箸が止まらなくなり、店長を褒めちぎった挙げ句に店の全メニューに挑戦した結果──)

 

──パンパンになった腹に、なぜか飛んできたキツツキが激突!!

 

「腹が爆発して、勝己が死んでしまうのでは……!?」

「ハァ?」

「心配、すぎる……!」

 

 訳がわからない。

 

 

 その後も、

 

「勝己が書店を訪れている……!」

「いやフツーだろ……」

 

 突っ込みを入れる弔に構わず、ふたりの妄想は膨らんでいく。

 

「本を取ろうとしたら手と手が触れあって、どうもすいませんと顔を上げてみると、別れたはずのあのおばちゃん!?」

「ただの元嫁かと思いきや、その正体は悪の組織のスナイパーだった……!」

「突然追われる身となった爆豪くんは、おばちゃんの追撃をなんとか逃れるけど……」

「安心のあまり食べ過ぎてパンパンになった腹に、なぜか飛んできたキツツキが激突!腹が爆発して、勝己が死んでしまうのでは……!?」

 

「「心配すぎる……!」」

「……頭、大丈夫?」

 

 弔まで、要らぬ心配を強いられたのだった。

 

 

 *

 

 

 

「しまった、見失ったか……!」

 

 その後も尾行を続けていた一行だったが、現在は炎司が悔しげにこぼした通りの状況である。普段からリアクションの大きいお茶子などは文字通り右往左往している有様だ。

 

「どうしようどうしよう、こうしてる間にも爆豪くんが……ああ、爆豪くん……!」

「勝己……くっ、心配だ……!」

「………」

 

 取り乱すふたりを、冷めた目で見つめる弔。昨夜からというもの、ふたりの様子は明らかにおかしい。その原因が何か、うっすらとは察しつつあったが──

 

 と、彼らの眼前に、なんの前触れもなく漆黒の翼が現れて。

 

『大変だ大変だ、大変だぁ!!』

「!、キツツキ……!」

「よくも爆豪くんを!!」

 

 いきなりVSチェンジャーを突きつけられたものだから、彼──グッドストライカーは慌てた。

 

『ななな何すんだよぉ!?オイラだよ、オイラ!』

「ハァ……何か用?見ての通りこのふたり、今キマってるから」

『それどころじゃないんだ、あっちでギャングラーが暴れてるんだよぉ!』

「!」

 

 ギャングラーが──その言葉を聞けば、炎司とお茶子の表情も俄然引き締まる。精神の箍が外れているぶん、その闘志は尚更強く表出している。とはいえ、それも良いことばかりではないのだが。

 

 

 *

 

 

 

 街に出現したジュゴーン・マナッティは、今度こそ激しい破壊活動に勤しんでいた。

 

「ジュゴーン!マナッティ!!」

 

 自己紹介を兼ねた発声とともに、左手の"ジュゴカッター"、右手の"マナカッター"から同時に斬撃を放つ。それらは主の十数倍の背丈があるコンクリートのビルすら粉々に打ち砕く威力を誇る。知能派であろうと、彼はまぎれもないギャングラーであった。

 

「人間は弱い、ゆえに私は暴れます!フフフフ」

 

 独りほくそ笑むジュゴーン。しかし彼の破壊活動は長くは続けられなかった。前兆なく背中で光弾が爆ぜたのだ。

 

「おや痛いっ!」

「そりゃ結構」

「!」

 

 地上に降り立つ三人の快盗。仮面を装着した青と黄、そして生々しい手首のオブジェクトで顔を覆った銀色──ひとり欠けているようだが。

 ジュゴーンがそのことを指摘しようとした瞬間、相手は思わぬ言葉を口にした。

 

「ジュゴーン・マナッティ……!レッドにかけた術を今すぐ解け!!」

「これ以上レッドを傷つけるんは、私たちが許さないっ!!」

「はいぃ?」

 

 身に覚えのない言いがかり。ジュゴーンが首を傾げていると、噂の四人目が姿を現した。

 

「俺がどうかしたかよ」

「あっ、レッド!」

 

 ルパンレッドこと爆豪勝己。彼が合流するや否や、ブルーとイエローは敵に背を向けることも厭わず駆け寄っていった。

 

「うおッ!?」

「ばかバカ馬鹿っ、爆豪くんのバカぁ!めっっっちゃ心配したんやから!!」

「ハァ!?」

「おまえの腹になぜか飛んできたキツツキが激突したらと思うと、心配で心配で……!」

「はなっ、れろや!!つーかキツツキってなんだ!?」

 

 事情を知らない勝己からすれば、わけのわからないふたりの言動。──と、呆れた様子で一部始終を眺めていた弔が声をあげた。

 

「……なるほどなァ。ギャングラーの術にかかってたのはレッドくんじゃなくて、きみらふたりだったわけだ」

「へっ?」

「何……!?」

 

「フフフフっ、ようやく気づいたようですね。私は、人間の心配や不安を増幅させることができるのです」

 

 得意げに言い放つジュゴーン。炎司とお茶子は揃って愕然とした。──昨日の戦いで浴びた光線、あれによって心配性にさせられていたのだ。

 

「ッ、不覚だ……」

 

 不甲斐なさのあまり──感情のコントロールが効きにくくなっているのもあるが──、膝から崩れ落ちるふたり。その姿を睨めつけながら、勝己は半ば癖になっている舌打ちを零した。

 

「チッ……簡単に引っかかりやがって」

「ははっ、言えてる」同調する弔。しかし、「でも……アイツの今の言葉、聞いたろ?──きみを心配する気持ち、元々ふたりの心にあったモンなんだと思うぜ?」

「!、………」

 

 その言葉に、はっとする勝己。──ここ最近の自分の態度を顧みる。特に切島鋭児郎とのことで神経を尖らせておきながら、ふたりに何か相談したわけでもない。それが爆豪勝己という少年の曲げられぬ性であって、ふたりも何も訊いてはこなかったけれど……その心中においてはずっと、勝己のことを気にかけていたのだろう。

 

(……こいつらには、お見通しだったのか)

 

「それに、敵の術にかかったとはいえ……これだけ心配してくれるなんて、良い仲間だと思うけどなァ」

「死柄木……」

 

 手の装飾の奥──覗く緋色の瞳に、拭いがたい羨望が滲んでいた。幼少期よりルパン家に育ち、目的のためには複数の勢力を股にかけることも厭わない弔。ゆえにこそ、その心根には孤独があった。

 

「……は、……」

 

 勝己は小さく笑った。──他人の心配や気遣いを、受け入れられない自分。己の未熟さ、弱さを見透かされたように感じて、それが我慢ならなかった。その凝り固まったプライドが、すべての元凶だというのに。

 

 未熟さも、弱さも──すべて、自分の背負うべき罪だ。

 

「……悪かった、心配かけて」

「!、え……?」

「勝己……」

 

 思わぬ謝罪に、言葉を失うふたり。しかし次の瞬間にはもう、勝己は標的を睨みすえていた。

 

「あとは俺らでやる。──いいな、死柄木」

bien sûr(もちろん)

 

 

「「──快盗、チェンジ!」」

『レッド!──0・1・0!マスカレイズ!』

『Xナイズ!』

 

 電子音声とともに、ふたりの身体が眩い装甲に包み込まれ──

 

「ルパンレッドォ!!」

「ルパン、エックス」

 

「「快盗戦隊──ルパンレンジャー!!」」

 

「予告する。おまえの宝、俺たちが回収する」

「──ンで、ブルーとイエロー(コイツら)を元に戻す……!」

「──!」

 

 想いだけでなく、明確に形として。宣言したルパンレッドは、吶喊の狼煙をあげた──

 

 

 



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#37 もしも空が落ちてきたら 3/3

本誌

おつらい


「さあさあ、次はあなた方も心配性にしてさしあげますよ。ルパンレッドさん、エックスさん!」

 

 距離があることをいいことに、"心配性"ビームを放ちに放ちまくるジュゴーン・マナッティ。レッドとエックスは持ち前の身軽さで素早く回避行動を続けていくが、接近はかなわない。建物の柱に身を隠しつつ、レッドが舌打ちをこぼした。

 

「チッ、めんどくせーな」

「まァ、たしかに」

 

 だが面倒なだけで、大した敵ではない。心配性ビームにしても、当たらなければどうということはないのだ。

 

「この距離じゃチェンジャーのタマは届かない。マジックかマグナムの使用をオススメするよ」

「はっ、ご進言ドーモ」

 

 エックスの言葉に沿い、レッドはVSチェンジャーにマジックダイヤルファイターを装填、撃ち出した。右手にマジックアローが装着される。

 前者を選択したのかと思われたが、彼はそんな枠に収まる男ではない──左手にも、ルパンマグナムを構えたのだ。

 

「は……二刀流?いや銃と弓だけど」

「そーいう、ことっ!!」

 

 魔法の矢と伝説の銃の弾丸を、同時に放つ。それらはまるで競走するかのように追いつき追い越されながら、霧に隠れているつもりの標的に喰らいつく。慌てて攻撃を中止、かわそうとしたジュゴーンだったが凄まじい弾速を前に間に合うはずもない。

 

「グワァッ!?」

 

 四肢をばたつかせながら吹っ飛ばされるジュゴーン。それを良いことに、ルパンレッドは一気に突撃を開始した。当然、両の手による射撃は緩めない。矢が、弾丸が、壁に叩きつけられたジュゴーンに降り注ぐ。

 

「た、建物っ!建物こわれるっ」

「てめェが地獄で賠償しろやァ!!」

 

 それに、崩壊するほど撃ち込むまでもない。既にルパンレッドの手は、ジュゴーンの金庫に伸びていて。

 

『1・0──5!』

「ルパンコレクション、いただいたァ!!」

「し、しまったァ!?」

 

 しまるもしまらないもない。レッドは力いっぱいジュゴーンを蹴り飛ばした。

 

「ふん、アザラシ野郎が」

「いや絶対アザラシではないと思うけど」突っ込みつつ、「あァ、やっぱ"La fumée sur l’eau(水の中の煙)"か」

 

 青い錨のようなコレクションを見下ろし、エックスがつぶやく。レッドからしてみれば、コレクションの名前も見た目もどうでもいいことだったが。重要なのは、それがルパンコレクションであるということと、これで容赦なくギャングラーを倒せるという事実のみ。

 

「さァ、ぶっ殺すぞ」

「ははっ、Oui(りょーかい)

 

 ルパンマグナムのダイヤルを回すレッド。Xロッドソードを構えるエックス。──これで、決まりだ。

 

『ルパンフィーバー!Un, deux, trois……──イタダキ、ド・ド・ド……ストライク!!』

「スペリオル、エックスっ!」

『イタダキ、エックスストライク!』

 

 巨大なエネルギー弾と、斬撃波が同時に放たれる。ジュゴーンはせめて両手のカッターで相殺しようとするが、そんな浅慮が通用するはずもなく。

 

「じゅ、じゅ、ジュゴーーーーーン!!??」

 

 結局、彼は耐えきることもできず──ひしゃげ焦げた金庫を遺して、粉々に砕け散ったのだった。

 

 その影響は、お茶子たちにもすぐあらわれた。

 

「はっ!不安だった気持ちがなくなった……!」

「……清々しい気分だ」

 

 こんなにも晴れやかな気分になったのは、いつ以来だろう。不安の根が解消されたわけではない、だからこれは刹那の感情かもしれない。

 それでも今は、この想いを噛み締めていたかった。

 

 

 *

 

 

 

「──私の可愛いお宝さん、ジュゴーンを元気にしてあげて……」

 

 いつもながら間髪入れずに現れたゴーシュ・ル・メドゥの手により、死したジュゴーン・マナッティは巨大化復活を遂げる──

 

「ジュ、ゴーン!二度と後れは取りませんよぉ〜!」

「けっ、消化試合が」

「油断禁物だぜ?──じゃあレッドくん、これヨロシク」

「チッ」

 

 舌打ちしつつも、レッドは文句を言いはしなかった。黙ってエックストレインのうちふたつを受け取り、順にVSチェンジャーに装填する。

 

『サンダー!──疾・風・迅・雷!』

『ファイヤー!──ファ・ファ・ファ・ファイヤー!』

 

 巨大化していくエックストレイン"サンダー"と"ファイヤー"。そのときにはもう、ルパンエックスは"シルバー"と"ゴールド"を疾走させていた。

 

「エックス合体」

『快盗、エックスガッタイム!』

 

 四両が連結……ではなく。文字通りX字型に交わり人型へと変わっていくさまを眺めつつ、ルパンレッドはマグナムを構えた。

 

『ダイヤライズ!』

「ふ──ッ!」

 

 撃ち出される、ルパンマグナムそのもの。巨大化したマグナムもやはり、巨人の姿へと変わる。

 

──並び立つエックスエンペラー"スラッシュ"、そしてルパンマグナム。

 

「さァてと……一気にいこうぜ、ルパンマグナム?」

 

 パイロットをもたないながら、人語を解するルパンマグナム。彼はエックスのオーダー通り、持ち前のスピードと瞬発力で接近戦を挑んでいく。速さには劣るエックスエンペラーが、そのあとに続く。拳、そして刃に攻められながら、巨大ジュゴーンはWカリバーで懸命に応戦している。

 

「負け、ませんよっ!」

「……意外と粘るな、こいつ」

 

 こんな頭でっかちの──物理的にも比喩的な意味でも──ギャングラーに、いつまでもかかずらっているわけにはいかない。逸る弔は、一気に勝負に出た。

 

「エックスエンペラー……スラッシュストライクっ!」

 

 ルパンマグナムの背後から飛び出すようにして、必殺の斬撃を繰り出すエックスエンペラー。いちおうは不意打ち、なのだが。

 

「そうはいきません!ふっ、ハッ!」

 

 ジュゴーンは意外やすばしこい身のこなしで、スラッシュストライクをことごとくかわしきってしまったのだ。

 

「何っ?」

「ジュッ、ゴーーーン!!」

 

 動揺した相手に、すかさず両の手の刃で反攻を仕掛ける。身構えるエックスエンペラーを、咄嗟にルパンマグナムが庇った。

 

「ルパンマグナム……!──Merci、助かったぜ」

 

 相手はロボットだが、グッドストライカーというルパンコレクションの友人ももつ弔である。庇保への恩赦は忘れない。

 

 それは置いておくとして、ジュゴーン・マナッティ──思っていたより粘る相手だ。別に独りで戦うことに拘りはない、そろそろ援軍が欲しいところだが。

 と、その願いが通じたのか否か。

 

『完成!ルパンカイザーマジック!』

「!」

 

 ビルとビルの谷間から姿を現す、麗しき機人。名は、その骨格をなすグッドストライカーが先ほど述べた通りである。

 

「やっと来たか、遅ぇよ」

「はっ!てめェこそ、マグナム付きで手こずってんじゃねーよ」

 

 ふたりのやり合いは危うく一触即発に繋がるところである──まあ、当然仲間たちが止めるのだが。

 

「やっている場合か。……レッド、貴様の考えにまかせる。俺とイエローはそれに従う」

「ええ私も!?……まあええけどねっ」

「……フン、たりめーだ」毒づきつつ、「"マジック"──見せてやる」

 

 言葉少ななルパンレッドの考えを、グッドストライカーがきっちり汲み取ってくれた。

 

『Oui、いくぜ〜!』

 

 左腕を構えるルパンカイザー"マジック"。鉄球が展開し──薄紫色の手が、露になる。

 その手がパチンと指を鳴らし、

 

「……!?」

 

 刹那、ジュゴーンは驚愕のあまり言葉を失っていた。

 

 見渡す限りの荒野へと変わった風景。──その彼方から、五体の巨人がこちらに接近してくる。

 

「あ、あれはァ……!?」

『ルパンカイザー、オールスターズさぁ〜!』

 

 様々な形態のルパンカイザーが、横一直線に並んでいる。その肉体を構成するダイヤルファイターの効果で、目に痛いほど色鮮やかな光景となっている。

 

「おいセイウチ野郎、ここでてめェにクイズだ。正解できたら賞品くれてやる」

「賞品!?」

 

 喰いついてきた。双方いったん武力行使を停止──クイズを開始する。

 

「こん中に、今まで一度もなったことのねー姿がある。──どれでしょ〜か?」

「ムッ、これはなかなかマニアックなクイズ……!」

 

 まあ、その点については一同、同じ気持ちである。

 普通のギャングラーなら見当もつかないような設問だが、言うまでもなくジュゴーンは勉強家である。これまでどのような戦いが行われ、どのようにして同輩たちが敗れていったか──すべて頭に入れている。

 

「そうですねえ、左からルパンカイザー、ルパンカイザーマジック、ルパンカイザーサイクロンナイト、ルパンカイザートルーパー……」

 

 順々に見ていくジュゴーン。暇なので弔もエックスエンペラーの中で一緒に考えてみたのだが、彼は来日以前の戦いについて詳しくないので正解はわからない。強いて言うなら、"トルーパー"と呼ばれたトリガーマシンバイカーとシザー&ブレードを両腕とした形態だろうか?バイカーは知る限りパトレンジャーが持ち続けているはずだから。

 

「ああっ、わかりました!」

 

 ジュゴーンが自信に満ちた声をあげたのは、程なくのことだった。

 

「いちばん右、今まで見たことのない形態ですねぇ!」

「ファイナルアンサー?」

「ファイナルアンサー!」

 

 一瞬の沈黙のあと、

 

「はっ、──セ〜カイ♪」

「やった!」

「は?引っ掛けかよ……」

 

 珍しく本気で悔しがる弔。──いちばん右は、ルパンカイザーマジックの左腕をシザー&ブレードに換装した形態だ。実際に使用されていれば弔が知らないはずもないのだが、先入観からすっかり騙されてしまった。

 

「それで、賞品とは!?」

 

 わくわくしているジュゴーン。──無論、賞品は用意している。

 

「おー。──こいつを、くれてやらァ!!」

 

 ひとつに収束するルパンカイザー。マジックの鉄球の一撃が、ジュゴーンを思いきり打った。

 

「ぐほぉッ!?」

『じゃ、改めて!──完成、ルパンカイザー"マジカルナイト"〜!』

 

 魔法騎士の名を冠したルパンカイザーが、不意打ちにうめくジュゴーンに襲いかかる。鉄球が、鋏がその身を打ち、突く。クイズの賞品としてはあまりに残虐非道だが、出題者はそういう、敵に対する情け心など微塵もない少年である。

 

「お、らァッ!!」

 

 ついに大ぶりな一撃が放たれ、ジュゴーンは悲鳴とともに吹っ飛ばされた。いつの間にやら、風景ももとの市街地に戻っている。

 

「うっわぁ、残虐プレー」

「ハッハァ!ほんとに残虐なンはこっからなんだよ、──グッディ!!」

『いくぜいくぜいくぜ〜!』

 

 マジカルナイトが光の鞭を放ち、グロッキー状態のジュゴーンを締め上げる。それは鎖となって、彼を完全に拘束してしまった。

 

「えっえっ、な、な、何をなさるおつもりで!?」

「……切断マジ〜ック」

「!!??」

 

『グッドストライカー・マボロシだぜカッティング!!』

 

 一気呵成に距離を詰め──シザーを、一閃!

 

「ギャアアアアアッ!!?」

 

 見事に両断されるジュゴーンのボディ。上半身と下半身が分かれたジュゴーンは、最期に己の率直な所感を口にした。

 

「ぜ、全然マボロシじゃありませんよねぇ〜〜!!?」

 

 確かに──皆の同意に送られて、ジュゴーン・マナッティは哀れ奇術の犠牲者と成り果てたのだった。

 

「永遠に、アデュー」

『気分はサイコー!』

「……正解しなくてよかったァ」

 

 機人の姿から分離し、ばらばらに帰っていくグッドストライカーとダイヤルファイター、そしてエックストレイン。ただ三機のダイヤルファイターは、仲良く並んで消えていくのだった。

 

 

 *

 

 

 

 戦い、終わって。

 

「どこ行くん、爆豪くん?」

「いいから、ついてこいや」

 

 配慮も何もなくずんずん歩き続ける勝己。そのあとを追う炎司とお茶子は、思わず顔を見合わせた。毎日のように朝早く出かけていって何をしているのか、教えてやると言っていたが──

 

 やがて昨日、勝己を見失ったあたりの橋に差し掛かる。そのまま橋を渡りきる──かと思いきや、河川敷へと下りていく。彼の視線の先には、もう何十年も使用されていないであろう朽ちた小屋に向けられていて。

 

「ほら、これ」

「え、──!?」

 

──果たしてそこには、ダンボールに入った白毛の仔犬の姿があった。和犬らしいつぶらな黒目が、無邪気にこちらを見上げている。

 

「かかかっ……かわええ〜!!」

 

 目の色を変えて仔犬を抱き上げるお茶子。やはり彼女も女の子であった。

 それはともかく、

 

「貴様……まさかこの仔犬の世話をしていたのか?」

「……悪ィかよ」

「全然悪くないよぉ意外やけど!あっ、ひゃひゃひゃ舐めんといてくすぐったいよぉ」

 

 お茶子の言葉はどこまでも普通の少女らしいものだったが、炎司はやはり冷静だった。

 

「しかし、ここで餌をやっていても一時しのぎにしかならんだろう。外へ出ていって車に撥ねられたり、カラスにつつかれるのがおちだ」

「チッ……わーっとるわ、そんくらい」

 

「どっかのバカなガキが、それをやっちまったからな」

「えっ……?」

 

 

──土砂降りの日だった。

 

 小学校に上がったばかりの頃の下校途中、少年は、雨の中で震えている仔犬と出会った。

 

 尻尾をちぎれんばかりに振ってくりくりとした瞳で見上げてくる小さな身体が、ひどく愛おしく感じた。抱き上げて「うち来るか?」と訊いた瞬間、はっとした。少年の家は、父の体質上動物を飼えないのだ。

 

 仔犬を地面に置いて、彼は走り出した。しかし懐いてしまった仔犬は、無我夢中で勝己のあとを追ってくる。

 

 そして、道路へ飛び出した。

 

 

──車に轢かれて、仔犬は死んだ。

 

 

「……そいつがいっときの気分で懐かせたせいで、その仔犬は死んじまった。そいつの目の前でな」

「それは……辛かっただろうな、その子供も」

 

 炎司は初めて、他人事として語る目の前の少年に慰めの気持ちをもった。同年代の少年の平均よりは鍛えられているけれど、己とは比べるべくもない小さな身体。それをこの胸にかき抱きたいという欲求が首をもたげる。我が子にすら、一度も抱いたことのない想いを。

 実際にそれを行動に移すことは、許されない。だから炎司はせめて、その頭頂に手を伸ばした。彼の性情のごとく尖った淡い金髪を、不器用な手つきでわしわしと撫でる。

 

「おっ、や……めろやっ」

「……今は、こうさせてくれ」

「……ッ、」

 

 炎司の声色から何かを察したのだろう。勝己はそれ以上抵抗せず、黙って大きな手を受け入れた。彼の隣で、仔犬を抱いたお茶子が涙ぐみながら微笑んでいるのが見えた。

 

 

「──あのコンビニのおばちゃん、この子可愛がってくれるといいね」

 

 仔犬を抱いたまま道を歩きつつ、お茶子がつぶやく。彼女がジュゴーンのせいで"鬼嫁"と誤解したコンビニのおばちゃん。勝己が立ち話をしていたのは、仔犬のことだったのだ。

 

「ま、大丈夫だろ。もうケージも玩具も買い揃えたってンだから」

「おぉ〜。よかったでちゅね〜シロちゃん」

「勝手に名前決めんなや」

「仮名よ、仮名!」

「………」

 

 取り留めもない会話を続けながら歩いていると、

 

「あれェ、ジュレのお三方じゃん」

「!」

 

 前方からやって来たのは他でもない、パトレンジャーの面々だった。声をかけてきたのは、つい先ほどまでともに戦っていた死柄木弔だったが。

 

「……これは皆さんお揃いで。どちらに?」

 

 炎司の問いに、弔は悪戯っぽい笑みを浮かべて応じた。

 

「俺の活躍でギャングラーを倒したんでね。お祝いに、ジュレのディナーを奢ってもらおうかと」

「こっちが現着する前に片付けてンだもんなぁ……」

「行き過ぎたスタンドプレーは困るぞ、死柄木くん!」

 

 ふんすと鼻息荒く、天哉。わざとらしく肩をすぼめた弔は逃げるふりをして、そのままお茶子の抱く仔犬のもとへ駆け寄った。

 

「ワ〜オ、admirable!飼うの!?」

「いやウチでは飼えへんよ……。爆豪くんの見つけてきた飼い主さんのとこに連れてくの」

「なんだ残念」落胆しつつ、「しっかし爆豪くん、良いトコあんじゃん。惚れ直しちゃった」

「きっめェこと言うな」

 

 げ、と舌を出しつつ。すぐに表情を戻した勝己は、そのまま赤髪の青年のもとへ歩み寄っていった。

 

「おい」

「へっ、あ、ハイ!?」

 

 まさか相手からお声掛けがあるとは思わなかったのだろう、鋭児郎の返答は素っ頓狂なもので。

 

「スマホ、出せ」

「へ?」

「早く」

「お……おう」

 

 指示通りにスマートフォンを渡す──と、勝己はストアアプリからソーシャルゲームをダウンロードした。鋭児郎にとって、それは見覚えのあるもので。

 

「これ、この前おめェがやってた……?」

「キョーミあったんだろ。それとも、余計なお世話デシタ?」

「そっ、そんなことねえよ!……サンキューな、バクゴー」

 

 勝己がまた、歩み寄ってくれた。どのような心変わりがあったのかは知る由もない、ただ、その事実だけが鋭児郎にとって重要なことで。

 

「はは……じゃ、俺らもついていきますか。どうせ最終目的地は一緒だし」

 

 弔の言葉で、パトレンジャーの面々は勝己たちとともに歩き出した。白い仔犬は大勢の若者たちに慈しまれ、ちぎれんばかりに尻尾を振っている。この出会いは一期一会かもしれないけれど、彼のこれからが賑々しく幸福なものになるであろうことを、予感させる道程となったのだった。

 

 

 à suivre……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(Épilogue)

 

 

 

 国際警察長官の秘書を務める仮面の青年は、ただ今外出先から帰庁したところだった。すれ違う職員らの奇異の視線をものともせず、一直線にある場所へ向かう。

 

 

「──おかえり。"彼ら"は、どうだった?」

 

 待ち受けていた主人の問いに──青年は、仮面の奥で喉を鳴らして嗤う。そこに宿る感情は悪意、侮蔑、憎悪……あらゆる負の感情を、嘲笑というひとつの行為に詰め込んだかのようで。

 

「……そうか。楽しめそうで何よりだよ」

「例のモノは?」

「使うかい?」

「当然だ」

 

 八木は口角を吊り上げ、そのまま書棚に向かった。数冊の書籍を無造作に見える手つきで抜き取ると、棚がズズズと音をたてて上へせり上がっていく。

 

 果たしてそこには、アタッシェケースが仕舞い込まれていた。ケースを取り出し、自身のスマートフォンにパスワードを打ち込む八木。一見するとなんの関連もない動作。しかし実際には連動していて──ケースが、開いた。

 

 そこに入っていたのは、漆黒の銃にパトカーの模型──そして唯一、真紅に染まった車とも戦闘機ともつかないオブジェクト。それらすべて……既存のパトレンジャーの装備に、よく似ていた。

 

「ありがとうございます、長官」

 

 

 芝居じみた口調で謝意を述べる部下に、八木は苦笑した。

 

 




「ここからは、オレのステージだ」

次回「沈黙の黒」

「さあ、オレと踊ろうぜ……!」
「てめェは、いったい何なんだ……!?」


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#38 沈黙の黒 1/3

 

 その日、街には不審なエビフライが降り注いでいた。

 縦横無尽に舞う、カリッと揚げられたエビフライ、エビフライ、エビフライ。魚が竜巻に巻き上げられて海から運ばれてきた例はあるが、エビフライとなると前代未聞。まあ、当然の話である。

 

 それだけなら、椿事として笑い話に終っただろう。──しかし現実に、それらは接地の瞬間爆ぜ弾けた。建物も、そばにいた人々も、まるで紙のように吹き飛ばされる。当然、街は阿鼻叫喚に陥った。

 にわかに起こされた惨禍。人為的なものであることが明らかである以上、まず動いたのは地区を担当するプロヒーローたちだった。補助として日本警察が避難誘導にあたる中、彼らが犯人と対峙する。

 

 だが……犯人()()は、トップランカーでもないヒーローたちの手に余る存在だった。そして厳密には、"人"と形容しうる連中でもない。

 

──ゆえに、彼らが出動した。

 

「そこまでだッ、ギャングラー!!」

 

 左の胸元に"S"の文字があしらわれた制服を纏う四人組。それぞれが個性ではなく、特殊な形状の銃で武装している。何より、ギャングラーと呼ぶ異形の怪物たちを鋭く睨みすえるその眼光。

 

「ここは我々にお任せを!」

 

 ここまで戦線を維持し、傷だらけになった英雄たちに後退を請う。プロヒーローにはプロヒーローの役割がある。ギャングラーを相手取るのは──彼ら、国際警察の戦力部隊の役割だ。

 

「はッ、来やがったかサツども!……おいイセロブ、こっち手伝え!」

 

 車の上に乗って仁王立ちしていたヘビのギャングラー。しかし今回の犯行、彼が行ったものではなくて。

 

「ア゛〜ン?人間なんざひとりでどうにかしろよなぁ、ジャネーク」

 

 文句を言いながら車の陰から姿を現したのは……エビに似た、異形の怪人。ヘビのギャングラー同様、胴体に金庫を持っている。──つまり、彼もギャングラーであるということ。

 

「二体いたのか……!」

「ヘビに……エビ?」

 

 思わず漏れた切島鋭児郎のつぶやきに対し、

 

「ヘビじゃネェし!」

「エビでもねえ!」

 

 思いきり否定する二体のギャングラー。彼らはまぎれもない知的生命体であり、爬虫類や甲殻類と一緒にされるのはプライドが許さないのであった──個体差はあるが──。

 

「オレの名はジャネーク・ソーサー!」

「そしてオレはイセロブ・スターフライド!」

 

「幼なじみの──」

「──荒くれコンビだァ!!」

 

 仲良く肩を組み、名乗りを挙げる二体。そしてジャネーク・ソーサーを名乗ったヘビのギャングラーが、先制とばかりに動いた。

 

「まずはご挨拶だァ、喰らえィ!!」

 

 ジャネークの金庫が鈍く光る──刹那、誰も乗っていないはずの車がひとりでに始動した。みるみるスピードを上げ、戦力部隊の四人めがけて突っ込んでくる。

 

「ッ!」

 

 これまで様々なギャングラーと対峙してきた彼らである、ここで車に撥ねられるような者はいない。咄嗟にかわしつつ、敵を分析する。

 

「金庫が光った……。ルパンコレクションの力か?」

「あれは多分、"Elle me rend fou(夢中にさせる)"だな」

「乗り物を操るとか、そんな感じのヤツ?」

「ご名答。あとでまたパックあげるよ」

「それはもういいって……」

 

 約二名ほど軽口を叩く者もいつつ。ひたすら突進してくる車を避け、四人は己の銃を構えた。

 

『1号!パトライズ!』

『Xナイズ!』

 

「「「「──警察チェンジ!」」」」

 

 たちまちその身が、発色鮮やかな強化服に包まれ──

 

「──警察戦隊!」

「「「パトレンジャー!!」」」

 

「国際警察の権限においてッ、実力を行使する!!」

「ルパンコレクション、押収させてもらう!」

 

 赤、緑、桃──そして黄金。並んだ四人は同時射撃で、二体同時にダメージを与える作戦に出た。

 

「うおッ!?」

 

 銃弾の雨あられに堪らず怯む二大ギャングラー。しかしそれも一瞬のこと。

 

「チッ……!イセロブ、おまえのチカラ見せてやれェ!」

「ヘヘッ、やってやるぜぇ!!」

 

 ジャネークに代わって進み出たイセロブ・スターフライド。彼が放ったのは、街を煉獄へと変えたかのエビフライの群れだった。

 

「なっ……エビフライ!?」

 

 街で爆破事件が立て続けに発生したとしか把握していないパトレンジャーは、どう見てもエビフライにしか見えないオブジェクトに虚を突かれた。対処は必然的に遅れ、慌てて撃ち落とそうとしたときには既に手遅れだった。

 エビフライは縦横無尽の動きで四方八方から標的を取り囲むと、地上に墜落して各々大爆発を起こしたのだ。

 

「うわああああああッ!!?」

 

 頑丈な警察スーツをもってしても、その熱と衝撃は完全に殺しきれるものではない。パトレンジャーの面々もまた、激しい劫火に呑み込まれ、爆風を浴びて軽々と吹き飛ばされてしまった。

 

「ッ、不覚……!」

「あのエビ野郎……!」

 

 強い──それは当然のことだった。相手はギャングラーなのだ。黄金金庫や複数持ちでなくとも、決して油断ならない社会の脅威。

 

「へへへへッ、次でトドメだァ!!」

 

 調子に乗ったイセロブは、さらなるエビフライ爆撃を仕掛けてくる。その性質を鑑みると撃ち落とすことは困難、仮にできたとしても爆風によるダメージは避けられない。──と、すれば。

 

「切島くん、これ」

「!」

 

 パトレンエックスから渡されたのは、彼が所持しているトリガーマシンスプラッシュだった。

 

「なるほど、そういうことな!」

 

 エックスの意図を汲み、鋭児郎──パトレン1号はVSチェンジャーにスプラッシュを装填した。『警察ブースト!』の発声とともに、彼の右腕にスプラッシュの変形した消火器が装着される。

 

「いくぜ!お、りゃあッ!!」

 

 スプラッシュから放たれるのは、弾丸ではない。その名の通り、水──それも膨大な量を濃縮した超高圧水流である。エビフライを押しやったばかりか、水浸しにすることで不発に追い込んだのだ。

 

「な、何ィ!?」

「っし……!VSビークルの力、舐めんなよ!」

 

 得意げな1号。自分自身の力でないことはむろん承知している。だが、ギャングラー以上にその力を引き出せているという自負も、彼らにはあった。

 

「チッ……やるなァサツども」

「ヘッ、少しは遊び甲斐がありそうじゃネ?」

 

 互いに、この程度の応酬は小手調べにすぎない。これからがほんとうの勝負だと、誰もが信じて疑わなかった。

 

 

「──楽しそうだなァ、オレも混ぜろよ」

 

 

 にわかに響く、嘲るような声。それと同時に現れたのは、見るからに寒々しい姿かたちの異形だった。

 

「よう。ジャネーク、イセロブ」

「あっれェ……ザミーゴじゃねェ?」

 

──ザミーゴ・デルマ。その姿、パトレンジャーの面々には忘れえぬものだった。同時に、唯一遭遇の経験がない死柄木弔は少なからず衝撃を受けていて。

 

(よりによってここでダブルゴールドかよ……流石にヤバいな)

 

 三体がかりで襲ってこられたら、たとえ自分も含めたパトレンジャー四人でも太刀打ちできない。そういうとき、真っ先に撤退の二文字が脳裏をよぎるのが弔の強みであり、弱点でもあった。ここにいるパトレンジャー正規隊員らは、命を捨ててでも一歩も引かないだろうが。

 

 一方のザミーゴは、パトレンジャーを一顧だにせず同胞らに歩み寄った。

 

「オレと一緒に来いよ、──ジャネーク」

「アァん?」

 

 相棒のみの勧誘。当然、おもしろくないのはイセロブである。頭の触覚を揺らしながら、ずかずかとザミーゴに絡んでいく。

 

「おいおいザミーゴさんよォ、オレの相棒をどこ連れてくつもりだァ?」

「………」

「あァそうか!ひとりで寂しいんだな?ハハハッ、それなら仲間に入れてやらなくも──」

 

 見下したような言葉は、不意に途切れた。ザミーゴの銃が己を捉えた──その事実に言及する暇さえなく、イセロブは氷像と化していたのだ。

 

「な……!?」

 

 予想だにしない目の前の光景に、凍りつくジャネーク──こちらは比喩である──。時が止まったかのような空間の中で、ザミーゴは独り嘲っていた。

 

「ハァ……イセロブ、サムいよおまえ」

「〜〜ッ、ザミーゴ……!てめェ何を──」

 

 我に返ったジャネークが喰ってかかる。それを軽くあしらうと、ザミーゴは彼の触手を掴み引き寄せた。

 

「なッ、痛でででで!?」

「いいから、来いって」

 

 引きずられていくジャネーク。同時にイセロブを覆っていた氷が、彼もろとも粉々に吹き飛び──消滅した。

 

「……!?」

「砕け、た……?」

 

 パトレンジャーの面々はただ、困惑するほかなかった。ギャングラーがギャングラーを殺し、人間と戦うこともせず残る一体を連れ去った。結果だけ見るなら利敵行為だが、その裏にある意図はまったく窺えない。不気味な存在──弔でさえそう思うのだから、ザミーゴが如何に異様な存在かは明白だった。

 

 

 *

 

 

 

 ジャネークは憤慨していた。これから本番というところで妨害されたうえ、相棒であるイセロブを()()()()()遭わされたのだ。

 

「ザミーゴ……!てめェ一体どういうつもりだァ!?」

 

 詰問に対し、ザミーゴは不敵な笑みを漏らすばかり。ふたりがかりならいざ知らず、一対一では隔絶した実力差のある相手。ジャネークとしても、せいぜい虚勢を張るのが精一杯で。

 

「そうアツくなるなよ。──オレたちギャングラーの未来のために、おまえの力が必要になった。正確には、おまえの持ってるコレクションの力がな」

「ギャングラーの……未来?」

 

 およそ思いもつかないような言葉に、ジャネークは当惑した。彼に限らず、ギャングラーの多くは刹那的享楽を一義として活動している。ドグラニオ・ヤーブンから次代のボスの座を与えると言われて考えに変化があった者もいないではなかったが、多くにとっては夢想でしかない。ボスになってギャングラーという組織をどのように纏めていくか、具体的な構想をもつ者など皆無に等しいのだった。

 

「ま、そういうワケだから協力してよ。きっと、ボスもお喜びになる」

「………」

 

 ボスの名を出されては、ジャネークも応諾せざるをえなかった。

 

 

 *

 

 

 

「そうか、ギャングラーを取り逃がしてしまったか」

 

 組織トップの残念そうな言葉に、塚内直正は「申し訳ありません」と頭を垂れた。

 

「そう畏まらなくていいよ、塚内くん。ふたりきりなんだから」

「………」

 

 そういえば、あの仮面の秘書の姿が見えない。秘書というのも便宜上の話で、彼が正式にはどのような肩書きをもっているのか、なんの業務を担当しているのかも知らされていない。長官の側近に謎の多い人間がいるというのは、管理職として気分の良いものではなかった。

 とはいえ、今はギャングラーの話である。かの青年のことは胸にしまって、塚内は八木長官と膝を突き合わせた。

 

「今回気がかりなのは、三体ものギャングラーが同時に出現したことだ。うち二体は単に徒党を組んでいただけのようだが、あとから現れた一体──」

「ステイタス・ダブルゴールドだね」

「……ああ」

 

 ザミーゴ・デルマ──これまでに収集した情報を分析する限り、彼はギャングラーの中でも独特の立ち位置にいて、ほとんど表に出てこようとしない。

 それが今回、唐突に姿を現し、片割れを殺害してでもジャネーク・ソーサーを攫っていった。何か目的があって動いているのは明白である。

 

「警察戦隊としては、引き続きその二体の動向に気を配るしかないと思うが」

「そうだね。まぁ細かい差配はきみにまかせるよ、私は置き物のように座っていることしかできないからね。HAHAHAHA……ぐふっ」

「おいおい、大丈夫か?」

 

 自らを卑下したかと思えば吐血をするので、彼のそうした一挙一動には慣れている塚内も流石に肝を冷やした。心配するまでもなく、八木はすぐに立ち直ったが。

 

「大丈夫……それより、フランスで買ってきたお土産のマカロンがあるんだ。良かったら皆に持っていってあげてくれ」

「……では、ご厚意に甘えて」

 

 着色された菓子の群れ。赤、緑、桃の三色があるとは出来すぎているくらいだ。ただそういう気配りの裏には、何か意図があるように塚内は感じていた。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、ルパンコレクションの奪還という使命ゆえ、警察と反目する快盗たち。

 元締めの来訪を受けた彼らは、意外な情報を得ることとなっていた。

 

「──これが現在地球に降下中のルパンコレクション、"ビクトリーストライカー"です」

「うわっ、宇宙やん!」

 

 麗日お茶子のなんの捻りもない突っ込み。裏を返せば、事実をそのまま示しているということでもある。

 

「宇宙にまでコレクション隠してんのかよ、アルセーヌは」

「で、どう回収しろと?ルパン家は宇宙船も所有しているのか?」

「残念ながら」にべもない黒霧。「そもそも、宇宙まで行く必要もありません。二時間後には大気圏内に到達します。場所は……このあたりかと」

「……弓引山か」

 

 表示されたマップを睨みながら、炎司。やや遠方ではあるが、急げば間に合わない距離ではない。地球の裏側などでないことはもっけの幸いか。

 

「この話、死柄木には?」

「私からは、特には。国際警察のほうにいるなら、あちらも把握しているのでは?」

「………」

 

「……一応、連絡しとくか」

 

 パトレンジャーの動きも確認しておきたい。そう考えての行動だったのだが、

 

 

「──は?何それ、初耳なんだけど」

 

 電話口の死柄木弔から返ってきたのは、意外な答だった。

 

「ケーサツは何も察知してねえってのか?」

「……少なくとも、パトレンジャーの連中はね。でも……、」一瞬の沈黙を挟み、「……とにかく、俺も行くよ。向こうで合流だ」

「連中には?」

「言わないよ、今すぐには」

 

 但し書きがついたことに勝己は眉をひそめたが、弔が二重スパイである以上やむをえないと割り切るほかなかった。彼が双方と巧く関係を繋いでいれば、それだけ自分たちの望みがかなう日は近づくのだ。

 

 通話を終え、動き出す快盗たち。弔もまた同じだったが……彼の脳裏には、ひとつの疑念がよぎっていた。

 

(ビクトリーストライカーが降りてきたってンなら、宇宙ステーションから情報が入らないはずがない。……握りつぶされてるのか?なぜ?)

 

 そのような判断の元凶は、ひとりしか思いつかない。──何を考えているのか、とことん得体の知れない主人である。まあ、仕えている意識など最初からないのだが。

 

 



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#38 沈黙の黒 2/3

休みを利用して昔のファイルを漁ってたら、ちょうど10年前に書いていた「デュラララ×ジェットマン」のクロスが出てきました。
クロス元が変わっただけで進歩ねえなあとも思いつつ、色んな懐かしさとか超展開へのツッコミとかがあふれて楽しかったです。


 人里離れた弓引山には、昼間にもかかわらず不気味なほどの静寂が漂っていた。

 

「そろそろ、時間か」

 

 腕組みをして立ち尽くしたまま、燕尾服姿の轟炎司がつぶやく。彼以下快盗たちは、今か今かと獲物の到来を待ちわびているのだった。

 

「どう、爆豪くん?」

「……見えたら言うわボケ、いちいち訊くなや」

 

 双眼鏡を覗く勝己の返答に、お茶子は生温い笑みを浮かべた。彼のこういう言動には、呆れを通り越して微笑ましさすら感じつつある。

 

 と、前方から堂々と接近する白銀の人影が現れて。

 

Comment-allez vous(ご機嫌いかが)、皆の衆?」

「あ、死柄木さん!」

「遅いぞ、何をしていた?」

「時間ピッタリだろ、現にほら」

 

 上空を指差す弔。その意味を察した勝己が再び双眼鏡を覗き込むと、先ほどまでは何もなかった雲間に戦闘機と思しき機影が見えた。

 

「来たか!」

「だろ?じゃ、回収よろしく」

「え、死柄木さんは?」

「ちょっと気になることがあるんでね。ココで、低みの見物」

 

 顔面を覆う手の意匠のせいで、いつも以上に感情の窺えない弔。まあ彼の手持ちのエックストレインは空を飛べないので、同行させる意味は薄いのだが。

 

「チッ、そーかよ。……クソオヤジ、丸顔!」

 

 仲間に呼びかけつつ、VSチェンジャーを構える。ふたりもそれに追従した。ダイヤルファイター、それらに文字通り取り付けられたダイヤルを回転させる。

 

「「「──快盗チェンジ!!」」」

『レッド!0・1・0──マスカレイズ!』

 

 たちまち変身を遂げる、三人の快盗。──ルパンレンジャー。

 彼らは即座にダイヤルファイターを天上に撃ち出し、巨大化させた。飛翔するとともに、ビクトリーストライカーへと接近していくのだ。

 

「………」

 

 その光景を、弔は沈黙のままに見上げていた。このまま何事もなく、回収できれば良いのだが。

 

──しかし弔の危惧とはまた別の形で、事は起きた。

 

 ビクトリーストライカーの機体上部がハッチのように開いた瞬間──"彼女"は快盗たちめがけて、ビームを発射したのだ。

 

「!?」

 

 唐突な敵対行動。快盗たちは焦りながらも咄嗟に回避したが、その驚愕は根強いもので。

 

「な、なんなん急に!?」

「誰か乗っているのか……?」

 

 その推測は、否。コックピットには何者の姿もなかった。──操縦者は、彼らの遥か眼下に在ったのだ。

 

「ヘッヘッヘッヘ……あの乗りモンをゲットしたら、オレ、後継者になれるんじゃネ?」

 

 ジャネーク・ソーサー。あらゆるマシンを操るルパンコレクションを持つ彼も、ビクトリーストライカーを入手しようと画策していたのだ。

 

「なるほどなァ、おまえの差し金かよ」

「!、うおッ!?」

 

 いきなり銃撃を受け、ジャネークは慌てて飛び退いた。──別の事情からだが、地上に待機していた者がひとりいたのだ。

 

「あっれェ?オマエ、警察じゃネ?」

「C'est vrai、ただし快盗でもある」

「??」

 

 弔の言葉は、ジャネークにはよく理解できなかったようだ。知能はもちろんのこと、警察と快盗を兼ねる者がいるという情報さえ持っていないらしい。まあ、腕力はあるかもしれないので油断はできないが。

 

「ビクトリーストライカーもおまえのコレクションも、俺が回収する。──快盗チェンジ」

『快盗、Xチェンジ!』

 

 Xチェンジャーから光が放たれ、弔の全身を包み込む。白銀に覆われた、鎧と仮面。

 

「孤高に煌めく快盗、──ルパンエックス」

「〜〜ッ!」

 

 焦りを露にするジャネーク。こうしている今も、彼はルパンコレクションを介してビクトリーストライカーを操っている。そのコントロールを保ったまま戦闘を行えるほど器用ではないと、残念ながら自覚はあった。

 

 しかしいよいよルパンエックスが攻撃を仕掛けようというとき、思わぬ増援が背後から現れた。

 

「ヌウゥゥゥン!!」

「──!?」

 

 迫る風圧に、危機察知能力が働いたのが幸いだった。咄嗟に回避行動をとった次の瞬間、成人ほどの大きさもある巨大なハンマーが、大地を穿っていた。

 

「──ジャネーク!快盗は俺に任せて、コレクションに集中しろ……!」

「で、デストラさん!?」

 

 一つ目の巨人──デストラ・マッジョ。黄金の金庫をふたつ持つ彼に、ジャネークは畏敬の念を抱いているらしかった。謝意を述べたうえで、ビクトリーストライカーのコントロールに専心する。

 一方の弔は、その登場に脅威を覚えていた。

 

「またダブルゴールドかよ……。次から次へと」

 

 一つ目が、ぎろりとこちらを睨みすえる。

 

「ルパンエックスだったな。……ザミーゴのくだらん遊びであろうと構わん。──コレクションは、我らギャングラーが手に入れるッ!」

 

 言うが早いか、ハンマーを振りかざして襲いくるデストラ。見かけによらず相当に機敏な攻撃。回避しつつ、Xロッドソードで邀撃するが刃が通らない。それどころか駄目押しの攻撃でハンマーが鎧に掠り、衝撃が全身を揺さぶる。

 

「……ッ!」

 

 なんてパワーだ、掠っただけでこうまで──まして防御力にすぐれた、ルパンエックスの形態で。

 それでも、援軍は望めない。現状の最適解、デストラの隙を逃さず突いてジャネークに肉薄し、ルパンコレクションを奪うこと──それしかない。

 

 しかし現実に、デストラはあまりに強力だった。ジャネークに意識をとられれば、次の瞬間には命ごと吹き飛ばされているかもしれない。──まさしく、正念場だった。

 

 

 一方、レッドたちもジャネークの操るビクトリーストライカーに苦戦を強いられていた。

 

「……ッ!」

 

 四方八方に射出されるビーム砲をかわしつつ、懸命に接近を試みる。しかし巨体に見合わぬその機動性は、三人のダイヤルファイターを遥かに凌いでいた。

 

「め、めっちゃ速いぃ……!」

「ッ、どうにかコックピットに潜り込めれば……──レッド!」

「わーっとるわ!!」

 

 やむをえず、ブルーとイエローは反撃を開始する。といってもこちらの攻撃など殆ど当たらない。その隙に、最もスピードのあるレッドダイヤルファイターで接近するのだ。

 隙といっても、まったく攻撃が止んだわけではない。減りはしたが、ビームの一部はこちらを狙っている。ただ、操縦にも長けたレッドなら、その程度はどうにかなるという自負があった。

 

「ンの、クソ戦闘機がァ!!」

 

 罵倒の言葉を発しつつ──勢い込んで、レッドダイヤルファイターから飛び降りる。急加速でもされたら真っ逆さまだったが、仲間が抑えていてくれたおかげでどうにか機体にしがみつくことができた。そこから、するりとコックピットへ滑り込む。

 

「っし……!」

 

 コックピットの仕様は、ダイヤルファイターのそれと殆ど変わらない。勝手知ったる……ということで即座に操縦桿を握り、制御を図る。しかしそれは異様に固く、パイロットを完全に拒絶していた。

 

「クソっ、言うコト聞けや……!!」

 

 実際の行為が通用しないのだから、言葉での命令など問題外。聡い勝己がそれを理解していないはずもないのだが、言わなければやっていられないのが彼の性だった。

 

 

「へへへへッ、何やったってムダじゃネ?」

 

 地上にいるジャネークの言葉は、腹立たしいが真理だった。

 

 そして唯一彼の行為を止められるはずのルパンエックスは今、デストラ・マッジョの猛攻に対し防戦を強いられていて。

 

「ヌウゥゥゥ!!」

「────ッ!」

 

 押し出されるハンマーを両手で受け止めながらも、ずりずりと後退させられてしまう。規格外のパワーに、エックスはただ翻弄されることしかできない。

 

「ッ、チートかよ……!」

 

 毒づきつつ──わずかな間隙を縫って、Xチェンジャーを突き出す。攻撃ではない、そんな小手先の不意打ちはおそらく通用しない。

 

「警察、チェンジっ!」

 

──つまりは、そういうことだ。黄金の警察官へと姿を変えたエックスは、敏捷性でデストラの攻撃をかわしつつ耐え忍ぶ戦法を選んだのである。

 

「ちょこまかと動き回るか。……いずれにせよ、無駄なことだッ!」

 

 だが、デストラは即応してきた。ハンマーを振るう動作が小振りになった代わりに、明らかにスピードを増したのだ。

 

「マジかよ……っ!」

 

 回避が、追いつかない。そもそもこちらの攻撃が通用しない時点で、趨勢は決しているのだ。

 

「──目障りだ!」

 

 デストラが、ハンマーを地面に振り下ろす。刹那の静寂は、激震の前触れだった。彼を中心に地面が隆起し──爆ぜる。

 

「ぐああああああ──ッ!?」

 

 その爆裂に呑み込まれ、パトレンエックスの身体は炎に塗れながら宙を転がっていた。そのまま地面に叩きつけられ、スーツは容易く限界を迎えた。

 

 露になった弔の素顔。──手の意匠がごとりと地面に落ち、緋色の瞳がみひらかれる。

 

「とう、さ……あ……っ」

 

 弔にとってそれは、とても大切なものだった。手を伸ばし、必死になってこちらに引き寄せる。しかし現実に、彼は命すらも風前の灯火の状況で。

 

「目障りな快盗だか警察だか……これでようやく始末できる」

 

 ハンマーを携え、迫るデストラ。いかなる攻撃であろうとも、生身では耐えきれるはずもない。

 歯噛みし、砂利もろとも拳を握りしめる弔。快盗は天上の戦いに必死で、警察はこの場の状況を察知しているかさえわからない。──万事、休す。

 

「終わりだ……!」

 

 間近に迫ったデストラが、ハンマーを振り上げる──刹那、

 

 

 蒼炎が、その巨体を呑み込んだ。

 

「……!?」

 

 何が起きたのか、弔には一瞬、認識すらできなかった。炎に灼かれかけたデストラは咄嗟にその場を飛びのき、難を逃れる。当然、苛立ちゆえの唸り声を発しながら。

 

 そして──彼らは捉えた。陽炎の中、迫る人影を。

 

「貴様は……」

「おまえ、なんで……?」

 

 正邪、ふたつの声が重なる。それに応えるように、"彼"は歩を止めた。

 

「不甲斐ないな、死柄木」

「ッ、言ってる場合かよ……!秘書のおまえが、何しに来た!?」

 

 その問いに、青年は応えない。ただ、仮面の奥で嘲るようにわらうだけだ。そして、その視線はデストラを向く。

 

「デストラだったな。悪いがあのコレクション、俺が貰う」

「何……?──あれしきの炎で、俺を止められると本気で思っているのか?」

 

 デストラの言う通りだ。青年の個性──かの蒼炎が強力なものであるとは弔も知っているけれど、ステイタス・ダブルゴールドのギャングラーに通用するとは思えない。第一あれには、致命的なデメリットがあった。

 

「そうだな」

 

 青年は、あっさりと首肯いていた。

 

「まァその前に、見なよ」

 

 青年が、頭上を指差す。その言葉をあっさり受け入れてしまうのは、強者ゆえの余裕か。

 果たしてそこでは、相変わらずダイヤルファイターとビクトリーストライカーのドッグファイトが行われている。しかしなんの前触れもなく、雲間から接近する機影があって。

 

「!、なんだ……?」

「あれは……!」

 

 デストラは知らず、弔は知る。それが、答え。

 

 

「──やれ、ジャックポットストライカー」

 

 真紅の翼は、なんの躊躇もなく空中戦に割り込む。当然、快盗たちもその存在を察知した。

 

「何だ!?」

「グッディ……?」

 

 イエローの言う通り、その姿……グッドストライカーに酷似していた。しかしよく見れば細部に違いはあるし、そもそも真っ赤な体色は明らかにそれと異なる。

 

 そして何より──冷酷なまでに、彼は周囲に対し無差別に攻撃を仕掛けた。

 

「ぐッ!?」

「きゃあ!?」

 

 まずその巨大な両翼がブルーとイエローのダイヤルファイターを跳ね飛ばす。そうして邪魔者を排除するや、彼は本丸へと仕掛けた。──ビクトリーストライカーだ。

 

 放たれるミサイルの群れ。それらはビクトリーストライカーを四方八方から取り囲み、喰らいつく。地上で操作を行っていたジャネークは、その存在への当惑ゆえ対処が遅れた。──結果としてビクトリーストライカーは、砲火に呑み込まれてしまったのだ。

 

「がぁああああああッ!!?」

 

 その衝撃は当然、コックピットにいるルパンレッドにも伝播する。烈しい振動の中で、マシンの操縦も不可能とあっては、彼はただ揺さぶられる無力な少年でしかなかった。

 そして、

 

「墜とせ」

 

 青年の命令が高らかに響いたその瞬間、真紅の翼はその嘴をビクトリーストライカーに突き立てた。

 コントロールを失った機体が、真っ逆さまに墜落を開始する。そして数秒後には、膨大な砂塵を巻き上げながら地面に叩きつけられたのだった。

 

「レッドっ!?」

 

 仲間たちの悲鳴のような声が響く。──それゆえ、彼らは展開されたビクトリーストライカーの前部から、何かが転がり出たことに気づけなかった。

 そして青年の目的は"それ"だったらしい。すかさず袖口からワイヤーを射出し、巻きつけ引き寄せる。

 

「"サイレンストライカー"、回収完了」

「コレクションの中にコレクションが……!?」

 

 その事実を知るこの男は、一体何者だ?あの紅いビークルは?デストラの疑念は留まることを知らなかったが、何より目の前の獲物、奪われるわけにはいかなかった。

 

「そいつを、よこせ……!」

 

 青年は応えない。……いや、胸元に"それ"を仕舞い込んだのが、回答だ。

 

「──ならば、消えうせろ!!」

 

 激昂したデストラが、再び大地にハンマーを叩きつける。地面が一瞬膨れあがり、壌土の波となって青年に襲いかかる。

 

「ッ!」

「で、デストラさんなんでオレまでぇええええ!!?」

 

 巻き込まれたふたりの明暗は、身のこなしによって分かれた。弔はかろうじて攻撃の範囲外に飛びのいたが、右往左往するばかりだったジャネークは巻き込まれてしまい──

 

「ッ、快盗チェンジ!」

 

 吹っ飛ばされていくジャネークを認めて、弔は半ば反射的に動いていた。再変身を遂げると同時に跳躍し、じたばたもがくその身体に迫る。

 そして空中に浮いたまま、バックルを金庫に叩きつけ──

 

『1・0──6!』

「ルパンコレクション、回収……ッ、」

 

 ジャネークはそのまま墜落し、ルパンエックスはかろうじて着地する。その衝撃で、体幹にずしりと響くような痛みが走る。倒れそうになる身体を、小石を握りしめることで弔は支えた。

 

──いずれにせよ、胸を撫でおろすことはできない。彼の頭脳をもってしても、状況の変転に理解が追いつかない。

 快盗たちなどは、それに輪をかけてだ。あの仮面の青年、そしてグッドストライカーに似た真紅のビークルがなんなのかすら、彼らは知らないのだから。

 

「レッド、大丈夫……!?」

「ッ、クソが……!」

 

 墜落したビクトリーストライカーのコックピットから救け出されたレッド、救け出したブルーとイエロー。彼らの視線は一様に、もうもうと立ち上る土埃の向こうに注がれていた。

 

「……あーあ、高いんだぜ。このスーツ」

 

 状況にそぐわぬ、綽々とした声。果たして言葉通り、青年は砂塵に塗れながらもそこに立っていた。傍らには、割れた仮面が落ちている。

 

──露になったその顔を目の当たりにして、快盗たちは思わず息を呑んだ。

 

 わずかに幼さの残る整った顔立ちに、紺碧のような青い瞳。しかしすべての印象を浚うのは、彼の顔から首にかけて大部分を覆う、爛れた火傷のような痕。縫合痕もそのまま残されているのは、よほど治療が乱暴だったのか。いずれにせよ、表の社会で生きていくにはあまりに悍しい姿だった。

 

 その碧眼が一瞬、快盗たちを睨みつける。思わず身構える三人だったが……次の瞬間、彼が腿に取り付けたホルスターから取り出したモノを認めて、その驚愕は最高潮に達した。

 

「う、うそ……!?」

「あれは……」

 

「黒い……VSチェンジャー……?」

 

 

 驚愕と困惑、それによって産み落とされた沈黙の中心で、青年は高らかに躍る声を発した。

 

「──警察、チェンジ」

 

 



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#38 沈黙の黒 3/3

「警察、チェンジ」

 

 青年の発声と同時に、引き金が引かれる。途端、銃口からは弾丸ではなく、毒々しい瘴気があふれ出して青年を包み込む。それはあっという間に彼の姿を世界から覆い隠し──

 

「まさか──」

 

 誰がともなくつぶやいた言葉は、現実のものとなった。

 

 瘴気が晴れたとき、青年がいた場所に立っていたのは……漆黒の戦士。その意匠は警察スーツのものと酷似していて。

 

「貴様……警察か?」

「さァな」惚けつつ、「でも、そんなようなモンか」

 

 そして青年は、こう名乗った。「パトレン0号」──と。

 

「えぇっ!?ぱ、パトレン0号って……」

「パトレンジャーに、まだ人員がいたのか……!?」

 

 いや、だとしてもおかしい。トリガーマシンはまだしも、VSチェンジャーは快盗と警察あわせて六つしか存在しないはずなのだ。それを覆せるとしたら、

 

「ッ、おい死柄木「俺に訊くな!!」──!?」

 

 ジャネークと交戦しているというのもあるのだろうが、エックスの声からはいつもの揶揄めいた雰囲気も余裕も消え失せていた。──実際この状況は、彼にとっても心外というよりほかなかったのだ。

 

 あらゆる者たちが困惑に囚われる中、真っ先に動きを見せたのはデストラだった。

 

「警察がひとりやふたり、増えたところで同じこと……!──ここで朽ち果てろォ!!」

 

 ハンマーを振りかぶり、迫るデストラ。対するパトレン0号を名乗る戦士は、黒いVSチェンジャーを静かに構えて迎え撃った。放たれる砲弾もまた、闇を塗り固めたような物体と化していて。

 

「ッ!?」

 

 それを浴びたデストラは、思わずその場に立ち止まった。──想像以上の威力だった。身体から火花が散り、ひとりでに呻き声が発せられる。

 

「どうしたァ、一つ目?」

「貴様……!」

 

 怯んだとはいえ、致命的なダメージではない。デストラは再び走り出した。ハンマーを振りかざし、弾丸を防ぎつつ。彼が防御に労力を振り分けるのは、それだけで尋常でない事態でもあった。

 やがて、接敵。至近距離にまで詰められれば、流石に銃撃を続けてはいられない。ただ、0号の所作は警察はおろか快盗さえ凌ぐほどに敏捷だった。

 

「ええい、ちょこまかと……!」

「はっ……」

 

 少なくともスピードにおいては、デストラを凌駕している。無論パワーは劣っているが、全身全霊で決着をつけるという気概は彼にはなかった。

 

──いずれにせよ、"本丸"の戦いが終焉を迎えようとしているのだから。

 

「スペリオル、エックス……!」

『イタダキ、エックスストライク!』

 

 ルパンエックス渾身の斬撃が炸裂、「うぎゃああああ〜!」と悲鳴をあげながら、ジャネークが粉々に爆散した──

 

「ジャネーク……!ッ、役立たずめ!」

 

 毒づいたデストラは、憤懣を露にしながらも状況を吟味していた。舎弟の支援のために出向いてきたが、肝心のジャネーク本人が倒されてしまった。周囲にはもはや敵ばかり。全員でかかってこられたとて敗けるつもりはないが、そこまで労力をかける価値を彼は見出していなかった。

 

「……もういい、遊びはここまでだッ」

 

 言うが早いか、デストラは素早く飛び退いた。その一つ目がぎょろりと敵の群れを睨みつけ、威圧する。そうして追撃を阻んだうえで、彼は徐に次元の向こうへと消えていった──

 

「ふぅ……やっと、邪魔なのが消えたか」

「………」

 

 あのデストラが、邪魔者にすぎないのか。だとしたら、彼の目的は──

 

「じゃあ──ここからは、オレのステージだ」

 

 銃口が、快盗たちを捉えた。

 響く銃声。しかし、弾丸はあらぬ方向へ飛んでいく。

 

「やッ、めろ……!」

「……水差すなよ、死柄木」

 

 エックスが身を呈して飛びかかったことで、狙いが逸れた。ただ0号の行動は、彼にとってまったく予想の埒外にあることだったらしい。

 

「警察官なら、快盗は逮捕しなきゃだろ?」

「ふざけんな……!なんでおまえが──」

 

 尋常でない様子で揉みあうふたり。ルパンレンジャーの面々にはわからないことばかりだ。──唯一明らかなのは、この場の敵味方くらいか。

 

「チッ……行くぞ!」

 

 そう言ったレッドを皮切りに、彼らも参戦する。四対一の構図、しかし0号に焦りはない。むしろ、

 

「いいね、そう来なくっちゃなァ……!」

「ッ、てめェは、いったい何なんだ……!?」

 

 その問いに答えはなく、

 

「さあ、オレと踊ろうぜ……!」

 

 狂ったような哄笑が、響きわたった。

 

 

 一方、騒擾を嗅ぎつけたパトレンジャーの面々も、ようやく現場にたどり着いていた。

 

「ムッ、快盗に死柄木くん……!いつの間に──」

「ちょっと待て!あいつらが戦ってるのって……」

 

「黒い、パトレンジャー……?」

 

 当然彼らも、そのような存在は把握していない。

 

「ギャングラーが化けた偽物……か?」

「いや……あいつの音、人間だ」

「!、じゃあ、俺らの仲間なのか?」

「そこまでは──」

 

 しかし、彼らに悩んでいる猶予はなかった。──デストラが姿を消したのと入れ替わるように、ゴーシュ・ル・メドゥが現れたのだ。

 

「私の可愛いお宝さん、ジャネークを元気にしてあげて……」

「!」

 

 パトレンジャーの眼前でひしゃげた金庫にエネルギーが注ぎ込まれ、巨大ジャネークが復活を遂げる。

 

「アッレェ?オレ、生きてるんじゃネ?」

「そうね。ま、せいぜい引っ掻き回してちょうだい」

 

 言うが早いか、そのまま踵を返して消えていく。いつもながら苛立たしい背中だが、相手がステイタス・ゴールドである以上、迂闊に手出しはできない。

 と、こちらもいつもながら、漆黒の翼がぶらっと飛んできた。

 

『なんかゴチャゴチャしてるなァ〜!ところであの黒いの、誰?』

「!、あんたも知らないの?」

『知らない知らない!ってかこのニオイ……ジャックのヤツがすぐ傍にいるぅ〜!』

「ジャックとは!?……いやそんなことはいい、まずあのギャングラーをどうにかしなければ!」

「だな……!行くぜ、グッドストライカー!」

 

 グッドストライカー、そしてトリガーマシン。発射、巨大化──そして、合体。

 

 

「「「──完成!パトカイザー"ストロングバイカー"!!」」」

 

 右腕にクレーン、左腕にバイカーを装備したパトカイザーが、戦場に姿を現した。

 

「蛇の道は蛇……!一歩も近づけさせネエ!」

 

 先手必勝とばかりに、目からビームを放って攻める巨大ジャネーク。合体したてで対処が間に合わず、ストロングバイカーは直撃を浴びてしまった。コックピットに激しい振動が伝わる。

 

「ッ!」

「なんの、これしきッ!」

 

 その一発で趨勢が決まるほど、この機人は柔ではない。即座に態勢を立て直し、前進を開始する。ジャネークはなおもビームで攻めてくるが、それらは文字通りストロングな右腕で徹底的に弾き返した。

 

「何ィ!?ッ、前言撤回ィ!」

 

 良くも悪くも深く考えない性のジャネークは、即座に接近戦へと頭を切り替えた。触手を鞭のようにしならせ、敵に叩きつけようとする。対するストロングバイカーはそれを防ぎつつ、クレーンによる打突で仕掛ける。どちらがより強力か、極めて単純な、ゆえに明快な勝負である。

 

 

──その一方で、地上の戦闘は混沌を極めていた。

 

「はははははっ!」

「ッ!」

 

 嗤いながら、躍るように攻勢をかける漆黒のパトレンジャー。対する快盗たちは数に頼んで袋叩きにしようとするが、彼を捉えることができない。何より、ルパンエックス。元々相手と知己であるゆえか、その戦いぶりは消極的だ。実際、0号の側もエックスのことは眼中にないようだった。彼の標的は快盗たち──いや、

 

「お、らァっ!!」

「ッ!」

 

 殺意を込めて放たれた拳に、ルパンブルーは気圧され飛び退いた。

 

「はっ……ずいぶん逃げ腰じゃねーの」

「………」

 

「昔のおまえが見る影もねえなァ──"エンデヴァー"?」

「な……!?」

「え……?」

 

 エンデヴァー……轟炎司の、ヒーローとしての勇名。快盗の正体を知るはずのない国際警察の人間が、それを知っている?

 もはや戦うどころではない。時が停まったかのような衝撃に、快盗たちは立ち尽くしていた。

 

 

 一方で、パトカイザーと巨大ジャネークの組打ちはというと。

 

「うおらぁ!!」

「たわばぁ!?」

 

 秘めたパワーの隔てにより、前者の圧倒的優位に事は進んでいた。当然だ。パトカイザー、それもストロングバイカーの腕力に、ただ暴れるしか脳のないギャングラーが敵うはずがないのだ。

 

「よし、行けるぞ切島くん!」

「おうよッ、次はこいつだ!」

 

 1号が取り出したのは──トリガーマシンスプラッシュ。先の戦闘のあと、返却するより前に弔が不在にしてしまったため所持したままになっていた。彼には次に合流したときにこそ返すとして。

 

『スプラーッシュ!位置について……用意!出、動ーン!』

『おおっと!色々変わりまっす!』

 

 両腕と胴体がいったん一挙に外れ、クレーンが左腕に替わる。そしてスプラッシュが、胴体と頭部、右腕を占め──

 

「「「──完成!パトカイザー"スプラッシュストロング"!!」」」

 

 これまでにない最高にパワフルな巨人が、爆誕した。

 

 出力を増したことで、パトカイザーはさらにジャネークを押していく。せめてもの抵抗として光線を放つが、かわすまでもなくスプラッシュストロングには通用しない。

 そして度重なる殴打にジャネークが背を折ったところで、かの巨人は渾身のストレートを腹部に炸裂させた。

 

「ガァ──ッ!!?」

 

 そのままクレーンが勢いよく伸び、空中に打ち上げられるジャネーク。巨人は、最大の好機を自らつくり出したのだ。

 

「耳郎、頼む!」

「任せな!」

 

 3号が右腕を操作し、上空に向ける。空中でもがくジャネークに、当然ながら回避行動をとることはできない。

 

「な、なんかヤバいんじゃネ!?」

「ご明、察ッ!」

 

──そして、スプラッシュがコーティング弾を発射した。

 

「!?──ギャアアアアアッ!!」

 

 泥の塊のようなオブジェクトが命中し、ジャネークは悲鳴をあげながら硬化させられてしまった。重量が増したことで、その身は重力に従って墜落を開始した。真下には当然、スプラッシュストロングの姿。

 

『トドメか〜!?』

「おうよ!いくぜ──」

 

「「「パトカイザー、ミックスアップストライクっ!!」」」

 

 スプラッシュの先端に装着したドリルが高速回転し──落下してきたジャネークを、コンクリートもろとも貫く!

 

「グボアアアアアアッ!?や、藪蛇じゃネェェェッ!!?」

 

 体内を穿たれたジャネークは、そのような断末魔をあげて爆散する。劫火がその身を照らし、紅蓮をより際立たせる。その勝利を祝福するかのように、空もまた夕暮れへと染まりつつあった。

 

 

──しかしその足下では、未だゴールなき闘争が続けられていた。

 

「はははは、ははは……!」

「……ッ、」

 

 先の動揺もあってか、押されている快盗たち。飛びかかったレッドなどは殴り飛ばされ、地べたを転がっているありさまだった。

 

「そろそろその化けの皮、剥いでやるよ」

 

 自身の持つ黒いVSチェンジャ──ー正確には装填したトリガーマシンに手をかける0号。今この状況で必殺の一撃を放たれれば、敗北は決定的だ。あるいはこの場だけではない、快盗としてそのものの。

 

──しかし、現実にそうはならなかった。

 

「ッ!」

 

 0号のボディに突然電流が奔り、彼は苦悶の声をあげた。反射的にVSチェンジャーが取り落とされる。

 そのまま、変身が解けた。

 

「……チッ、()()()()制限付きかよ」

「……?」

「まァいい。──また遊ぼうぜ、快盗諸君?」

 

 一方的に別れを述べると、0号に変身していた青年は己を蒼炎で包んだ。皆がぎょっとする中、レッドだけは歯を食いしばって発砲する。しかし光弾が届くよりも早く、その姿は焔のむこうに消えてしまうのだった。

 

「………」

 

 戦場はいつだって、唐突に沈黙を取り戻す。しかし今回ばかりは格別と言うよりほかになかった。──彼らの未来に暗い影を落とすような現実が、突然目の前に立ちはだかったのだから。

 

 

 そして、その光景こそ極上と愉しむ者もいた。

 

「やっと面白くなってきたなァ……ははははっ」

 

 うなだれる彼らを高みより見下ろし、嗤うザミーゴ・デルマ。暗躍する彼は、いったい何を企むのか。

 

 

 快盗と警察、ギャングラー。鮮明に分かたれた三色は今、実体の知れぬ黒によって混迷を深めようとしていた。

 

 

 à suivre……

 

 




「そんなに知りたいかよ、オレが誰なのか」

次回「斑く戦場」

「名付けて、スーパールパンレッドだァ!!」


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#39 斑く戦場 1/3

おにいたまフェア
開催ちゅううううううううううううううう


 

 にわかに戦場へと参じた、謎の青年。彼は自らの仮面を打ち捨てる代わりに、漆黒の鎧戦士へと変身を遂げた。快盗に牙を剥き、あまつさえその正体を知る──目的は、いったいなんなのか。

 

 

「もしもし。随分と派手にやったみたいだね、HAHAHAHA」

 

 その()()()主はというと、万事知ったるという口調で電話をかけていた。専用のハイヤーは、運転手こそ在れども実質的には彼ひとりの密室である。相手もそれをわかっていて、ぶっきらぼうな口調で応じる。

 

「悪かったな、ビクトリーストライカーのほうは取り逃がしちまって」

「良いさ、また機会があればで。それより、キミの"本懐"のほうはどうだい?」

 

 電話口から、くつくつと嗤う声が響く。それだけで彼の思うように事が進んでいるのだということは、容易に想像がついた。

 

「キミの願い、かなうと良いね。──では、また」

 

 そう告げて、通話を終える。静寂に包まれた車内、八木は柔らかいシートに身を預けて瞼を閉じた。目的地では、部下がかの青年のことを問いたく自分の帰りを待ちわびていることだろう。回答は当然用意してある。しかし他の誰でもない、彼を欺くことに、ほんのわずかな胸の痛みを覚える八木だった。

 

 

 *

 

 

 

 街はずれの往来に、ぽつんと佇む喫茶ジュレ。快盗戦隊の根城という裏の顔をもつこの店は今、張り詰めた空気に覆われていた。

 

「答えろ、死柄木。あの男は何者だ?」

 

 ルパンブルーこと轟炎司の表情と口調は、いつも以上に険しく鋭い。その正体を知られているばかりか、戦闘中執拗に付け狙われたのだ。尤もこの場にいる誰も皆、他人事ではいられないが──

 

 問われた死柄木弔のほうも、いつもの揶揄めいた雰囲気は消え失せていた。

 

「……"荼毘"。俺らはそう呼んでた」

「本名か?」

「多分、違う」

「なぜ奴が俺の正体を知っている?まさか、貴様が──」

「──違ぇよ!!」

 

 今までに訊いたことのないような怒声だった。弔の緋色の瞳が、炎司をぎろりと睨みつける。びりびりと震える空気の中で、テーブルに指を叩きつける音だけがコツコツと響く。

 

「俺だって……何がなんだかわかんねえんだよ……!」

「………」

 

 皆、それ以上は言葉もない。彼らの頭には思考の奔流が怒涛のごとく流れていて、それらはことごとく悲観的なものだった。そのいずれかひとつでも言葉にしてしまえば、何かが折れてしまうのではないかという恐怖すら覚える。

 重苦しい沈黙の帳が、彼らの心身をも絡めとろうとしたときだった。

 

「荼毘、ですか。よもやまた、その名を聞くことになるとは思ってもみませんでした」

「!」

 

「黒霧……」

 

 ルパン家の代理人──黒霧。漆黒の靄に覆われたその頭部からは、表情を窺い知ることはできない。

 

「また、とはどういうことだ。貴様はあの男を知っているのか?」

「ええ、………」

 

「彼は一時期、ルパン家に居たことがありますから」

「──!」

 

 皆、いよいよ二の句が継げなくなった。荼毘はルパン家の人間だった?ならばなぜ今、国際警察にいる?弔と同じように潜入しているのか。しかし彼は、明らかに快盗を敵視していて──

 

「……一時期っつったろ。あいつはもう、とっくの昔にルパン家を去った──きみらが快盗になるより、前にな」

 

 弔自身、国際警察に潜り込んで彼に再会したとき、それこそ腰を抜かさんばかりに驚いたのだ。容姿からしてイリーガルな雰囲気を醸し出すあの青年が、よりにもよって綺麗事で塗り固められたような組織に。それも、長官の側近という立場まで得て。

 

(……あいつだ。あいつならきっと、すべてを知っている)

 

 拳を握りしめた弔は、そのまま踵を返して扉に手をかけた。同志たちからはどこへ行くかという問いさえない。訊くまでもなく、薄々想像がついたというのもあるが。

 彼がジュレを出ていくのとほぼ同時に、辛抱ならない様子のお茶子が黒霧に詰め寄る。

 

「どうしよう黒霧さんっ、あの荼毘って人に正体知られてるってことは、警察にも……!やっぱり、夜逃げするしかないんかな!?」

 

 夜逃げ──以前とは異なり、その言葉は真に迫っていた。快盗たち皆、いよいよ表の顔を捨ててアンダーグラウンドへ潜ることを覚悟せねばならないと。

 だが、黒霧は小さくかぶりを振った。

 

「彼がどこから皆さんの正体を知ったのかは調べてみる必要がありますが、おそらく昨日今日の話ではないでしょう。にもかかわらず、国際警察そのものがアクションを起こす様子はいっこうにみられない。今しばらくは警戒にとどめるべきかと」

「……チッ。状況によっちゃあ、こっちから探り入れるしかねえか」

 

 パトレンジャーの面々に腹芸ができないことだけが、不幸中の幸いか。無論それは、吹けば飛ぶようなものであったが。

 

 

 *

 

 

 

 焦燥の夜は刹那のうちに過ぎ、翌朝。

 

 ギャングラー出現の報を受け、パトレンジャーの三人は出動していた。

 

「たすけてっ、助けてぇ!!」

「!」

 

 悲鳴じみた救けを求める声とともに、逃げまどう女性の姿。彼女は巷でも知られる国際警察戦力部隊の姿を確認するや、なんと抱きついてきた──よりによっていちばん免疫のない男に。

 

「ぬわっ!?な、ななななん……ッ!?」

「飯田……あんた、」

「ふッ、不可抗力だろう!?」

 

 顔を紅潮させる天哉。思わず吹き出しかかる仲間たちだが、ここは既に戦場である。気を取り直し、鋭児郎が訊いた。

 

「何があったんスか?」

「あ、え、エビフライが……!エビフライがぁ!」

「エビ……フライ?」

 

 それが初耳であれば、彼らは女性が錯乱のあまり突拍子のないことを言っているのだと判断していただろう。

 しかし彼らは昨日、その脅威を味わったばかりだった。

 

「まさか──」

 

 心当たりはある。でも、そんなはずは──戸惑う彼らを嘲笑うかのように、街に恐怖をもたらす異形がこの場に姿を現した。

 

「ヒャハハハハハァッ!!やっぱ、動けるってサァイコー!!」

「あいつ……!?」

 

 それはどう見ても、昨日ジャネークと組んで暴れていたギャングラー。

 

「イセロブ……!」

「ン?──てめェらは、国際警察!!」

「おめェ、あのザミーゴってヤツに殺されたんじゃなかったのか!?」

「ハァ〜?ナニ言ってる、ちょっと油断してトバされちまっただけだわ!!」

「飛ばされ……そうか、あれは消されたんじゃなくて転送されたってこと……!」

 

 あんな粉々に砕け散っていたのに──しかしイセロブが現実に生存している以上、その見解が正しいのだろう。

 いずれにせよ……その"結果"に対処するのが、彼らの役割だ。

 

「「「──警察チェンジ!!」」」

『パトライズ!警察チェンジ!』

 

 VSチェンジャーを介して警察スーツを装着、一瞬にして変身を完了する。

 

「国際警察の権限においてッ、実力を行使する!!」

「実力ならこっちのほうが上だァ!喰らえェェェビフリャーッ!!」

 

 微妙にずれた返答とともに、身体からミサイルを発射するイセロブ。無論それらは、ことごとくがカリっと揚げられた美味しそうなエビフライの形をしている。緊張と食欲がせめぎあうも、皆、朝食はきちんと食べているので前者が打ち勝った。

 

「ネタがわかってりゃあ、こんなモン!」

 

 誰が言い出すでもなく、円形の陣を組むパトレンジャー。そうして軌道を変えてあちこちから迫るエビフライミサイルに照準を定め、撃つ、撃つ。乱れ撃つ!

 三人の連携によって、ミサイルはその大部分が撃墜された。残念ながら撃ち漏らしはあるが、

 

「こんくれぇなら……!──飯田、耳郎、俺の後ろに!」

 

 ふたりを背中に庇い、パトレン1号──鋭児郎が自身の個性を発動させる。鎧に包まれた地肌までもが巌のごとく硬質化する──英雄たるべく鍛えあげてきた、切島鋭児郎唯一無二の力。

 着弾したミサイルが一挙に爆発を起こし、その姿が劫火に呑まれる。

 

「やったぜェ!!」

 

 無警戒にはしゃぐイセロブ。しかし次の瞬間、爆炎の中から飛び出したパトレンジャー三人が、VSチェンジャーを一斉掃射していた。

 

「なにィ痛でででででッ!!?」

「ヘッ、個性舐めんなってんだ!」

 

 胸を張る1号。ただし相手がギャングラーであるからには、当然二の矢があって。

 

「少しはやるじゃねえか……。──だったら、こうだァ!!」

 

 刹那、鈍い輝きを放つイセロブの金庫。その光は三人に襲いかかり、

 

「──うわぁッ!?」

 

 彼らの身体は制御を失い、ひとりでに宙へ浮き上がってしまった。

 

「な、んだ、これ……!?」

「身動きが、とれん……!」

 

 空中でもがき続けるパトレンジャー、しかしルパンコレクションの力に逆らえるわけもなく。

 

「今度こそッ、エビFLLLLLY!!」

 

 再び放たれるエビフライミサイルは、今度こそ何ものにも邪魔されることなく全弾がパトレンジャーに直撃した。熱と衝撃に晒され、苦悶の声をあげる三人。警察スーツに守られているおかげで致命傷にはならないが、それでも手痛いダメージには変わりない。

 そのまま彼らは地面に墜落、したたかに叩きつけられる。

 

「ッ、痛ぅ……!」

「こ、これしきの……ことッ!」

 

 それでも幾つもの死線をくぐり抜けている彼らが、この程度で折れるはずもない。全身の力を振り絞り、立ち上がる──

 

──しかし、

 

「!、いない……!?」

 

 いつの間にか、イセロブは忽然と姿を消していた。慌てて彼の立っていた地点にまで走り、周囲を見渡すが、どこにもその気配すら残っていなかった。

 

「ッ、逃がしたか……!」

「まだそう遠くへは行っていないはずだ、手分けして捜そう!」

 

 三方に分かれ、捜索を開始するパトレンジャーの面々。──その様子を、繁みの陰から密かに覗いている者の姿があった。

 

「へへへへッ、馬鹿め」

 

 ハンチング帽を被った、小柄な中年男。扇子でぱたぱたと扇ぎながら、彼は去っていくパトレンジャーを嘲るように鼻を鳴らした。

 程なく、踵を返して去っていく。だが自分を見ている側だと思い込んでいた彼もまた、何者かに見られていたことには気づいていなかった。

 

 

 *

 

 

 

「──わかった。不審なエビフライにはくれぐれも注意してくれ」

 

 部下からの連絡にそのように指示を出して、塚内管理官はふぅと息をついた。彼らが標的を逃がしてしまったことについてはやむをえない。憂慮しているのは、警察戦隊……否、国際警察の根幹にかかわる問題が、今起きていることだ。

 

「イセロブ・スターフライドが生きていたらしい」

「……本当ですか?」

「ああ。昨日現れたザミーゴとかいうギャングラー、殺害するふりをして奴をどこかに転送していたようだ」

 

 ふりと言っても、ザミーゴにはそんなつもりもなかっただろうが。

 

「行かなくて良いのか、死柄木捜査官?イセロブからも、ルパンコレクションを回収しなければならないだろう」

「……わかってますよ」

 

 首肯きつつも、弔の腰は重い。自分以上にあの、"パトレン0号"のことが気にかかっている。にもかかわらず長官との面会がかなわなかったことを、塚内も知っていた。

 

「さっきも言った通り……俺も最低限の説明しか受けていないんだ」

 

 昨夜の、八木とのやりとりを思い出す。彼がいったい何者なのかを質す塚内に対し、彼の答は実に表面的なものだった。"死柄木とはまた異なる立場での、遊軍"──何故そのような存在が必要なのか、戦力部隊に組み込むのは駄目なのかを問うても、体制をより盤石にするためとしか返ってはこない。

 

「……快盗のことは、何か言ってましたか?」

「快盗?ああ、きみも含め快盗と交戦したとは聞いているが……どうかしたか?」

 

 怪訝そうに首を傾げる塚内。パトレンジャーの面々よりはよほどポーカーフェイスを演じるのは巧かろうが、注意深く観察しても何かを隠している様子は窺えない。これ以上つついても藪蛇になるだけと判断し、弔は立ち上がった。

 

「……いえ。じゃ、俺も出ます」

「ああ……気をつけて」

 

 一礼し、とぼとぼと去っていく背中。今日ばかりは妙に小さく思えてしまうのは、意地の悪いものの見方だろうか。

 なんにせよ、

 

(俊典……。おまえは一体、何を……)

 

 再会した旧友が得体の知れない存在になってしまったように感じて、塚内の懊悩は深まっていくばかりだった。

 

 



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#39 斑く戦場 2/3

 

 麗日お茶子はぼうっとベンチに腰掛けていた。川べりゆえに、遮るもののない初冬の風が冷たく頬を撫ぜる。それでも彼女は、この場から動くことができずにいた。

 

(……もしバレちゃったら、どうしよう)

 

 当然、今まで通りにジュレの営業を続けることはできず、どこか文字通りの隠れ家にでも潜みながら活動を続けることになるだろう。夜逃げと軽く言ってきたが、それはアンダーグラウンドへの永久の逃避に他ならない。これまでの日常はもう、二度とは戻ってこないのだ。

 日常──そう、ジュレでの日々は既に、彼女にとってそう呼ぶにふさわしいものとなりつつあった。無論、父の病を癒し、会社を立て直すという願いはかなえたい。しかしそれに劣らぬくらい、彼女は仲間たちとの今の生活を大切に思いはじめている。

 

 勝己や炎司とはきっと性質の異なるであろう不安を吐き出すように、深いため息をついたときだった。

 

「麗日くん?麗日くんじゃないか!」

「!」

 

 聞き覚えのあるしっかりとした声に顔を上げると、大柄な青年がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。

 

(飯田、さん……)

 

 飯田天哉──宿敵、パトレンジャーのひとり。今不安の根を形づくっている存在に、思わず腰が引けて逃げ出したくなる。

 しかし警察に情報が伝わっているかどうか、確かめる好機でもあった。天哉は正直、誠実が服を着て歩いているような青年なので。

 

「あ……こんにちは。お仕事ですか?」

「うむ、実はギャングラーがこのエリアに潜伏している可能性があってな。きみも早く帰ったほうがいい」

「そう、なんですか」

「?、どうかしたか、麗日くん?元気がないようだが……」

 

 「俺で良ければまた相談に乗るぞ!」と、努めて明るい声を発しつつ。その実気遣わしげな表情は、やはり二心あるようには見えない。

 そのことに対する疑念はさておき、お茶子は彼を無碍にすることはできなかった。

 

「全然、漠然としたことなんです。愚痴みたいになっちゃうかも……」

「構わないさ。吐き出すことで気が紛れることもある」

「ありがとう、ございます。悩んでるのは、これからのことっていうか……」

「これからの?……将来、ということか?」

「うん。いろいろ行き詰まってて……私これからどうなるんだろうとか、今のままでいいのかとか……考えちゃうんです、どうしても」

「……ふむ」

「飯田さんはあった?そういうこと……」

「それはもちろん、あったさ。きみくらいの頃もそうだが……なんなら、未だにな」

「えっ……」

 

 ヒーローへの途が閉ざされた少年時代ならわかるが、今でも?心外だという感情が表に出てしまったのか、天哉は苦笑を浮かべた。

 

「無論、国際警察の職務はヒーローに負けず劣らず誇りうるものだ。しかしふと、胸のどこかに穴が開いたような錯覚が来るときがある。明確な兆しもなく、な」

「……そういうときって、どうしてますか?」

「うむ、こうして誰かに弱音を吐いてみる……というのは、俺の性格上上手くできなくてな。無論それも解決策のひとつだとは思うが」お茶子の行動を擁護しつつ、「方法は概ねふたつあると思う。ひとつは、どうにもならないからすっぱり忘れて目の前のことにがむしゃらで取り組む」

「もうひとつは?」

「不安の原因をこれでもかと徹底的に分析して炙り出す!……まあ早い話、どちらにしても全力を尽くすことが不安から抜け出す近道ということだな。はは……すまない、偉そうに語ってしまった」

「ううん、そんなこと……ありがと、飯田さん」

「お安い御用さ!」

 

 白い歯を覗かせながら親指を立てる天哉は、今のお茶子にはどこまでも眩しい存在だった。

 

「では、すまないがそろそろ任務に戻る。また何かあれば、遠慮なく連絡をくれ!」

「……はい!」

 

 気をつけて、と、手を振り見送る。その大きな背中が豆粒ほどになったところで、お茶子は踵を返した。とにかくがむしゃらにやる、不安の原因を分析してかたちにする──どちらもやれるほど自分は器用ではないが、同じ悩みを抱えた仲間がいる。ともに立ち向かおうとするならば、解決の糸口は見つかるのではないか。今なら、そう思えた。

 

 

 *

 

 

 

 快盗たちは三人がばらばらの場所にいた。勝己もお茶子も、居たたまれず外へ飛び出した──青さゆえに。快盗としては青を名乗っている轟炎司については、実際には唯一の大人ということもあって、ジュレにこもってじっと思考するということができていた。

 

(あの荼毘とかいう男……俺の名しか呼ばなかった)

 

 昨日の戦いを振り返ったとき、ふと覚えた小さな違和感。炎司のことを──エンデヴァーと──呼びはしたが、仲間たちのことに言及はなかった。彼が唯一地位や名声をもち、対外的にはルパンレンジャーを代表する立場と考えられるから、それで説明はついてしまう。だが、もしそうでないとしたら。

 

「……俺ひとりで考えていても、仕方がないか」

 

 そう結論づけ、通話アプリを立ち上げる。少し悩んで、勝己にメッセージを送る。

 

──話したいことがある。今、どこにいる?

 

 すぐに既読がついて、

 

「!、何だと……?」

 

 思わず声を出してしまった。──ギャングラーっぽいヤツ追跡中。そんな返答があったものだから。

 

 そう、勝己は偶然、イセロブとパトレンジャーの戦闘現場に居合わせていたのだ。介入するより早く戦闘は終わってしまったが、パトレンジャーがイセロブ捜索のため散っていくのを眺めていた謎の男。彼がイセロブである可能性を鑑み、尾行を続けていた。

 

「勝己……まったく、貴様という奴は……」

 

 こういう状況下で単独行動とは。考え無しならどうしようもないが、あの小僧のことだ、危険を承知で突撃している。

 場所を聞き出し、炎司もすぐさま店を出ようとする。──と、そこに飛び込んできた少女がいて。

 

「ハァ、ハァ……はー、良かった……。おった……」

「お茶子……どうした?」

 

 すう、はあと深呼吸を繰り返したあと、お茶子は決然と顔を上げた。

 

「提案が、あるんやけどっ!」

「……提案?」

 

 唐突な言葉に鼻白んでいると、お茶子は思いもよらぬことを口にした。

 

「ザミーゴのこと、死柄木さんに話そう!」

「何?」

 

 ザミーゴ・デルマ──"デク"と焦凍を消したギャングラー。奴を討てば、ふたりを取り戻せるかもしれない。それ即ち、ルパン家に頼らずとも──つまり、いざというときの切り札。

 

「わかっているのか?死柄木は──」

「わかってる!でも、急がないと……!いつ警察に私たちのことがバレるか、もうわからないんだよ!?」

「………」

 

 自分の思い至った可能性を今ここで伝えるか、炎司は迷った。仮にその推測が正しいとしても、日常でのパトレンジャーとの距離は縮まっていく一方。何が蟻のひと穴になるか、わからないのだ。

 

「ふたりの願い()()は、絶対にかなえなきゃならないんだから……」

「……お茶子、」

 

 彼女の素直な言葉が、炎司の胸を打った。

 

「……勝己を、首肯かせられるか?」

「が、がんばってみる……!」

「ふ……そうか」

 

 先日の勝己に対してのようにするのは、曲がりなりにも異性なのでやめた。

 

「今、奴が単身ギャングラーらしき男を追跡している。俺たちも合流するぞ」

「わかった!」

 

 

 *

 

 

 

 謎の男は、山深くに分け入ろうとしていた。そこには既に使われていない工場のような建物が建ち並び、その隙間を縫うような道を抜けると奥には暗い坑道へ続く扉があった。

 

 それを開け放ち、ぐふふふと卑しく嗤う。

 

「国際警察のヤツら、全然気づかねえでやんの。ザミーゴの野郎にカネ払うのは癪だったが……化けの皮、買っといて良かったぜ」

 

 適当に安いのを選んだので、こんな冴えない中年男にはなってしまったが。個体にもよるが彼らも美醜感覚は人間と概ね一致しているので、容姿のすぐれた"化けの皮"は高値で取引されているのだった。

 閑話休題。──いずれにせよ彼の場合、それは即座に無意味なものと成り下がった。

 

「はっ、アイツらニブいからなァ」

「ホントだよね〜……──!!?」

 

 なんとはなしに会話をしてしまった直後、我に返って慌てて振り向く。

 

──果たしてそこには、赤い快盗の姿があった。

 

「よォ、エビ野郎」

「エビじゃねえッ、イセロブ・スターフライドだ……あっ」

 

 慌てて口を塞ぐ男──イセロブだが色々と手遅れである。次の瞬間投げつけられたカードが偽りの皮膚を切り裂き、彼の真の姿を露にした。

 

「はっ、次はカードじゃ済まねえぜ?」

「かっ、快盗めぇ舐めやがって……!降りてこいィ!!」

「言われんでも降りたらぁ!」

 

 有言実行、高所から跳躍するルパンレッド。だがその右手は既に、VSチェンジャーをイセロブに向けていた。容赦なく発砲し、対空狙いの攻撃を阻止する。

 

「ぐおおおお……!」

「てめェのお宝、いただき殺ォすッ!!」

 

 

 そして戦場の音が、山中の閑寂をかき消す。

 

 

 *

 

 

 

 その頃、快盗衣装に着替えた炎司とお茶子は戦場へ向かっていた。数分前、勝己から送られてきた"ビンゴ"というメッセージと、現在地を示したマップの画像。戦いが始まっているであろうことは、既に推測がついている。

 

「レッド、ひとりで大丈夫かな……!?」

「……おそらくな」

 

 今のレッドはルパンマグナム、そして新たに入手したビクトリーストライカーを所持している。並のギャングラーが相手なら独りでも十分立ち回れるであろうし、仮にステイタス・ゴールドのような強敵が相手でも敗けはないよう考えて動くだろう。無茶はしても、無謀ではない──そういう信頼は、たしかに築かれている。

 

 いずれにせよ、一刻も早くたどり着く。──そんな彼らの決意は、不意に向けられた殺気によって打ち砕かれた。

 

「!、イエロー!」

「え──きゃっ!?」

 

 "それ"を感じたのは炎司だけだったらしい。お茶子の身体を咄嗟に抱きかかえ、飛び退く。

 刹那、蒼い炎がふたりの行く手に火柱となって噴き上がった。

 

「……ッ、」

「え……こ、これって……!」

 

 昨日、記憶に焼きつけられたばかりの光景。そして、

 

「よォ、エンデヴァー?」

 

──声、姿かたち。

 

「貴様は、荼毘……!」

「……へえ、死柄木のヤツから聞いたのか?俺のこと、少しは知ってくれたみたいで嬉しいよ」

 

 唇をゆがめ、嗤う青年──荼毘。端正な顔立ちは尊大な悪意と、焼け爛れた痕のために無惨なありさまを晒している。

 

「貴様の相手をしている暇はない、そこをどけ……!」

「ヤだね」にべもなく、「おまえがイヤがることは徹底的にやるって決めてんだ、俺は」

 

 やはりこの男、快盗というより自分に執着している──炎司は己の推測の一部を確信へと深めたが、その理由までは当然わからない。ただ、拭えぬ強烈な違和感……いや、焦燥感があった。何か、とんでもない過ちを犯しているのではないかという。

 

 それでも今、とりうる選択肢はひとつしかない。

 

「ならば、力ずくで押し通るまでだ……!──イエロー!」

「うん!」

 

 VSチェンジャーを構えるふたり。対する荼毘も笑みをたたえたまま、黒に染めぬかれた銃を構える。

 

 

「「──快盗チェンジ!!」」

「警察、チェンジ」

 

 快盗たちがルパンレンジャーに、荼毘が漆黒のパトレンジャーに。対峙の緊迫は、程なく打ち破られた。

 

「──ははははははァ!!」

 

 哄笑とともに、走り出すパトレン0号。漆黒の銃もまた火を噴き、敵の足下に火花を散らす。

 

「ッ!」

 

 散開するルパンブルー、そしてイエロー。火力は明らかに相手のほうが上。ならばと後衛をイエローに任せ、ブルーは突撃した。どうせ正体を知られている。ならばと躊躇なく、"ヘルフレイム"を纏いながら。

 

「へェ、開き直ってやんの」

「黙れ!焔なら、俺は負けん……!」

「……はは、そうかもな」

 

 それは意外な肯定だったが、その意味を熟考する余裕は今の炎司にはない。──声音に滲んだ郷愁に気づくことも、また。

 

 

 *

 

 

 

 そしてイセロブ・スターフライドと交戦するルパンレッド。援軍を望めず、孤軍奮闘するしかない彼だったが、その経験と武装の火力にモノを言わせて有利に立ち回っていた。

 

「おらおらァッ、どーしたよエビ野郎!?」

「ぬおおおっ!?」

 

 VSチェンジャーとルパンマグナムの二丁流による一斉掃射を受け、逃げまどうほかないイセロブ。一方で彼の放つエビフライミサイルは、スピードに優れた快盗スーツの性能と周囲のオブジェクトを最大限に活かすレッドには通用しない。接近しようにも弾丸がシャワーのごとく飛んでくるのだから、打つ手はなかった──普通には。

 

「こうなったら……見よ!お宝の力ァ!!」

「!」

 

 金庫が妖しく光り、刹那ルパンレッド身体が浮き上がる──

 

「──甘ぇんだよ!」

 

 その瞬間、レッドはワイヤーを傍らの廃屋に引っ掛けた。

 

「何っ!?」

「ケーサツみてぇにはいかねえんだよ!!」

 

 言うが早いか、ルパンマグナムを連射、連射、連射!思わぬ銃撃にイセロブが悶える中、レッドは躊躇なく飛びかかった。

 

「おらァ!!」

「グハッ!?」

 

 少年とはいえ、筋肉のある男の身体が勢いをつけてぶつかってきたのだ。抵抗しえないイセロブはその場に打ち倒され、無防備な金庫を晒してしまう。

 そして、

 

『9・1──7!』

「ルパンコレクション、貰ったァ!!」

「つ……強ぉ〜〜!!?」

 

 イセロブ、完全に白旗を揚げざるをえないありさまであった。実際、このままルパンマグナムの必殺砲を浴びれば、彼は人間とのサシの勝負で惨敗したという不名誉を背負うことになる。

 

「はっ……わかったンならとっとと逝けや」

 

 とどめの構えをとるレッド。──しかし、その引き金が引かれることはなかった。

 

 一瞬の静謐の中で──がり、と氷を噛み砕く音が響いたのだ。

 

「……!」

 

 忘れもしない、その音。──そして陽炎の向こうから現れる、カウボーイ気取りの恰好をした青年。

 

「なぁんか騒がしいと思ったら……おまえだったか、ルパンレッド」

「……ザミーゴ・デルマ……!」

 

 身体の芯から煮えたぎるような激情があふれ出し、レッドの手に力を込める。マグナムの銃身がぎりりと音をたてるほどには。

 

「ざ、ザミーゴ……」

「──イセロブゥ!!」

「!?」

 

 ザミーゴが突如張り上げた大声に、イセロブは思わず肩を震わせた。

 

「ほんの気まぐれで溶かしてやったら……面白そうなの、引っかけてきたじゃないか」

「な……!?」

「人間界じゃ、こう言うらしいぜ?──"エビで鯛を釣る"……ははははっ」

「………」

 

 最大限の皮肉を込めた言動。軽薄に塗り固められた冷徹──仮に因縁がなくとも、その一挙一動ことごとくが爆豪勝己という少年の癇に障ったことだろう。二度と顔も見たくないと。

 だが、現実には──因縁があるからこそ、今この瞬間は本望だった。

 

「俺も会いたかったぜ……殺してぇくらいにな」

「……へぇ。じゃあ、」

 

「──遊ぼうぜ、ルパンレッド」

 

 青年の姿が氷に覆われ……刹那、異形へと変わる。

 

「………」

 

 それ以上、言葉はない。沈黙のままに銃を向けあうふたり。

 

──そしてそれは、程なくして破られた。

 

「ハハハハハッ!!」

「ッ!」

 

 放たれる氷の弾丸。それがいかに危険なものかを理解しているレッドは即座に回避行動をとった。障害物を駆使し、動き続けて照準を乱れさせる──要領は先ほどまでのイセロブの攻撃に対するのと同じだが、奴とザミーゴとではその精度が比べものにならない。常人ならこう言うだろう……生きた心地がしない、と。

 

「──ザミーゴぉ!そいつ、オレのお宝奪いやがった!!オレにやらせろーーッ!!」

 

 そこに、怒り心頭のイセロブが乱入してくる。一対二の構図……しかし所詮は協力する気のない二体であるから、レッドとしてはより油断ができなくなったというだけだ。

 もとより、油断するつもりなどない。

 

「へぇ……前より速くなってんじゃん、ルパンレッド。でも、それじゃすぐ息切れするぜ?」

「……ッ、」

「あァそうだ、前にも使ったアレ……なんだっけ?盾とブーメランのヤツ、使って防げば?」

 

 余裕たっぷりな助言。罠ですらなく、単におちょくっているだけなのは考えるまでもない。

 

「ぺちゃくちゃうるせー野郎だな……。防ぐだけじゃ、勝てねえんだよ」

「ん?」

 

 言うが早いか、イセロブに向かって突進するレッド。──彼を狙っていた、エビフライミサイルともども。

 

「ちょっ、来るな来るな来るな……ギャアアアアアッ!!?」

 

 自らが放った攻撃によって、イセロブは爆炎に呑み込まれてしまった──

 

「だから──こいつに賭けンだよ!!」

『ビクトリー!ミラクルマスカレイズ!』

 

『「──スーパー、快盗チェンジ!!」』

 

 ザミーゴは見た。劫火の中で、ひときわ眩い光が放たれるのを。

 そして、

 

 

「──名付けて、スーパールパンレッドだァ!!」

 

 白銀の鎧を纏ったルパンレッドが、姿を現した──

 



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#39 斑く戦場 3/3

()()()()()、二対一の死闘は続いていた。

 

「赫灼熱拳ッ、ジェットバーン!!」

 

 劫火を纏った拳を放つルパンブルー。"個性"によるもの──当然ながら、エンデヴァーと名乗っていた頃に編み出した技。

 

「ッ!」

 

 蒼炎で対抗する0号だが、その火力は比べものにならない。押し負ける……というところで、彼は咄嗟に炎のぶつかり合いから離脱した。

 

「はははっ、やるなァ。流石はエンデヴァー」

「…………」

 

 それでもなお、余裕綽々の態度を崩さない。

 そんな彼に対し、意を決して炎司は訊いた。

 

「……貴様、俺の正体は知っているようだが。どこでそのことを知った?」

「あー?……ははっ」

 

 嘲笑。そして、

 

「……おまえのことはわかっちゃうんだよ、俺はさ」

「……何?」

 

 いったいどういう意味か。──いや、今そんなことはいい。その感情のベクトルが、快盗ではなく自分にのみ向けられているというなら。

 

「なら、レッドとイエローのことは知らないんだな」

「はっ……何言うかと思えば。キョーミもないね、馬鹿馬鹿しい」

「なっなんで!?いや私らの正体知らんのやったらそれでええけど……あなた警察でしょ!?知りたいと思わんの?」

「警察?……あァ、一応そういうことになってンな」

 

 ふたりの間に緊張が走った。この青年、本当に何者なのか。国際警察に所属していたとしても、その心根は──

 

「俺はさ、エンデヴァー……おまえが苦しみぬいてくれれば、それで良いんだよ」

「何……!?」

 

 それ以上は、言葉でなく銃弾に委ねられた。漆黒のVSチェンジャー、その銃口がふたりを捉える。

 

「……ッ、」

 

 イエローを背に庇いつつ、身構えるブルー。永遠とも思われるほどの長い沈黙の果てに、引き金が引かれようとして──

 

「ッ!」

 

 刹那、0号の手首に熱と衝撃が走った。当然、照準は大きくぶれ、弾丸はあらぬ方向へ飛んでいく。

 

「……ゲームオーバーだ、荼毘」

「……死柄木か」

 

 死柄木弔──ルパンエックス。彼の持つXチェンジャーの弾丸が命中したのだと、察するのに時間はかからなかった。

 

「チッ、良いとこ乱入しやがって。……まァいい、今回は余力も残しときたいしな」

 

 人数差などものともしない荼毘である、その言葉は強がりでもなんでもない、紛うことなき本音だった。

 

「じゃあな、快盗」

「ッ、待て!貴様は……!」

 

 踵を返しかけた荼毘は、他でもない炎司の制止に立ち止まった。

 

「……そんなに知りたいかよ、俺が誰なのか」

「…………」

 

 当然だ。ヒーロー時代、様々な理由から自分に対して一方的な敵愾心をもつヴィランはそれなりにいたが、この青年はそれとも性質を異にしているように思われた。

 炎司の分析を嘲笑うかのように──彼は、言葉を紡いだ。

 

「"三度目の正直"……おまえにはお似合いの言葉だと思わないか?」

「何……?」

「あァ、おまえの場合は四度か。……まァでも、俺は優しいから。次、生き延びられたら──教えてやるよ」

 

 意味深な言葉と蒼炎を残して、荼毘は再び姿を消した──

 

「はぁ〜……と、とりあえず助かったぁ。──死柄木さんのおかげやね!」

 

 歩み寄ってくるエックスに向かって、ビッと親指を立ててみせるイエロー。彼女の言動はそのまま荒れ果てた戦場跡の華になると、男たちは感じていた。

 

「いや……まァ、遅くなって悪かった」

 

 対するエックス──弔は、珍しく謝罪の言葉を述べた。それだけでも、驚愕に値することなのだが。

 

「気にするな。……俺のほうこそ、貴様を疑ってすまなかった」

「うわっ、ブルーまで……。なんか、槍でも降ってくるんちゃう?」

「茶化すな……。──それより今は、レッドのもとに急ぐぞ」

 

 そう、戦いそのものはまだ終わっていない。孤軍奮闘する仲間のもとに、一刻も早く駆けつけなければ。

 その意志を確認するまでもなく共有し、三人は走り出した。

 

 

 *

 

 

 

「名付けて、スーパールパンレッドだァ!!」

 

 快盗スーツの上から、さらに白銀の鎧とマントを纏ったルパンレッド。その気高く美しい姿に対して、"スーパー"とはあまりに安直な響きをもっていて。

 ただ、対峙するザミーゴ・デルマにとって、名称などどうでも良かった。──ビクトリーストライカーの隠された能力。果たして、どれほどのものか。

 

「イカしてるじゃん……──ははははっ!!」

 

 早速とばかりに、氷銃の引き金を引く。かわすか、完全に防ぎきるかしない限り、レッドに勝ち目はない──

 

 だが、レッドにはすべてが"視"えていた。ザミーゴの動きが……それも現在ではなく、寸分先の未来の姿で。

 ゆえに、氷の弾丸はわずかな所作ひとつで命中をとることができないのだった。

 

「何……?」

 

 胡乱な思いを抱いたザミーゴは、なおも氷弾を放ち続ける。対するスーパールパンレッドは、それらをことごとく回避してしまう。辺りを氷柱が覆い、冷気が場を支配していく。

 

(野郎の動きが読める……未来予知か?)

 

 自らの個性を封じて久しい勝己にとって、そのブーストは複雑ながら貴重なものだった。意識を集中し、脳内に流れ込んでくる情報を受け取る。

 

「ハハッ……それならさァ!」

 

 ザミーゴが唐突に横へ跳び、空中で身を躍らせながら氷弾を放ってくる。

 しかし意表を突くことを志向したであろう動作も、レッドには文字通りお見通しだった。あらぬ方向から迫る氷の弾丸を、VSチェンジャーの光弾で相殺する。その度に氷の柱が空間に広がり、一瞬にして砕け散っていく。

 

「はっ……──おらァ!!」

「ッ!」

 

 そこから一気に距離を詰め、格闘戦を挑む。ビクトリーストライカーの力は予知能力を与えるばかりではない、身体能力をも大きく向上させる。それゆえ黄金の金庫をふたつ持つザミーゴを相手取ってもなお、互角に立ち回ることができた。

 

「どうしたよ……氷ヤロォ!!?」

「グッ!?」

 

 鬼気迫る勢いで放たれる拳、拳、拳。明確な殺意の塊が身体を打ち、ザミーゴは反撃もままならないまま大きく後方へ吹っ飛ばされた。

 

「ッ、チィ……!」

 

 彼が人間との戦闘において舌打ちを漏らしたのは、史上初めてのことだった。苦しまぎれに手近な木箱を投げつけるが、その行動も予測されていた。左手のVSチェンジャーで木箱を粉砕しに右手のルパンマグナムでザミーゴを乱れ撃つ。

 

「グアァァッ!?」

 

 ついにザミーゴがうめき声をあげた。炸裂する弾丸に耐えきれず、がくりと膝をつく。そのまま俯せに倒れかかり……地面に片手をついて、かろうじてそれを堪えた。

 

 

──ようやくたどり着いた快盗たちもまた、その光景を目の当たりにしていた。

 

「ウソ、レッドがザミーゴに勝っとる……!?」

「あの鎧は、もしや……」

「あァ、──ビクトリーストライカーの力だ」

 

 「ってかさァ」と、弔が続ける。

 

あのギャングラー(ザミーゴ)のこと、知ってたのかよ?」

「あっ!えっと、実は……その……」

「……その話はあとだ。今は、レッドに加勢を──」

 

 残念ながら、炎司の言葉はせっかちな勝己にとって遅すぎたらしい。

 

「おいてめェら、見てねえで手伝えや!!」

「!」

 

 今やろうと思っていたのに!宿題をするよう言いつけられた子供のような思いを──主にイエローが──抱きながらも、彼らはレッドのもとに駆け寄った。

 両肩のダイヤルを、ブルーとイエローが躊躇なく回す。リミッターが解除され、鎧を通してルパンマグナムに流れ込む。あふれ出したエネルギーはまるで劫火のようなオーラとなり、彼らを包み込んだ。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に立ち上がり、逃走を図るザミーゴ。しかしその動きは読めている。ゆえにレッドが必殺の弾丸を放ったのは、彼の進行方向──

 

「──全部返せやッ、ザミーゴォ!!」

 

 すべてを搾り出すような叫び。しかしザミーゴは伊達にステイタス・ダブルゴールドなのではなかった。前方めがけて、氷銃を構える。銃口が捉える先にいたのは、

 

「ええっ、オレぇ!?」

 

 すっかり傍観者に成り下がっていたイセロブ・スターフライド。彼は氷弾を浴びて氷漬けにされたうえ、ザミーゴの目の前にまで転送されてしまった。

 あとのことは──言うまでもないだろう。

 

 

「ッ、やるじゃん……」

「──!」

 

 紅蓮の中から、息も絶え絶えのザミーゴが姿を現す。──イセロブを盾にして、己の身を守ったのだ。

 

「ルパンレッド……オレをここまで追い込むとはね。でも、動きを読むにも限界があるみたいだな」

「ッ、てめェ……」

「きょうは完敗だ。でも次はこうはいかないぜ……な〜んてな。アディオース」

 

 踵を返すザミーゴ。当然、逃してなるものかと銃弾を叩き込む快盗たちだが、すべては氷の壁によって阻まれ……虚しくも、届かない。

 

 そして、ザミーゴは姿を消したのだった。

 

「ッ、クソが……!」

「…………」

 

 佇むほかない快盗たち。──戦いは終わってしまった。あと、あと一歩というところで!その苦衷は、弔にとって想像するに余りあるものだった。彼はまだ、何も知らされていないのだから。

 

 そして"彼女"もまた、いつものように姿を現して。

 

「私の可愛いお宝さん、イセロブを元気にしてあげて……」

 

 イセロブが、巨大化復活を遂げる──

 

「ウガァアアアアアッ!!ザミーゴも快盗どもも許さねえ──ッ!!」

「ッ!」

 

 とばっちりにも程がある……が、いずれにせよ放っておくわけにはいかない。

 こちらも巨大機甲で対抗しようとしたルパンレンジャーだったが……そのとき、エックスの懐にいたグッドストライカーが、唐突に声をあげた。

 

『ああーーッ!ま、まただぁ!?』

「!、どうした、グッドストライカー?」

『また……あいつの、"ジャック"の匂いだ!し、しかも近づいてくるぅ!?』

「何?」

 

 彼の言葉の意味は、程なくわかった。──彼によく似た赤い翼が再び戦場に飛来し、イセロブに攻撃を仕掛けたのだ。

 

『出たぁああああーーッ!ジャック〜〜!!』

「なっ、なんなんアレ!?ジャックって……」

「……ジャックポットストライカー」弔が正式名称を口にする。「グッドストライカーの……兄弟だ」

「……兄弟?」

 

 あくまでマシンとして考えるなら、同型機と言うべきだろうか。

 

「あれは行方がわからなくなってたんだ。それを、あいつが……」

 

──荼毘が、使っている?

 

 

 同じ頃、現場へ向かっていたパトレンジャーの前に、"彼"が立ちはだかっていた。

 

「よう、パトレンジャー」

「!、あんたは……」

 

 目の前に立つ、漆黒のパトレンジャー。彼が長官の側近であることを知ってはいても、鋭児郎たちは身構えざるをえない。彼が何を考えていて、どのように動くか……まったく想像が及ばないのだから。

 

「……なんの、用だ?」

 

 警戒を露にした声音で問う。と、0号は手を差し出すような手振りをしてみせた。

 

「トリガーマシンバイカーとクレーン&ドリル、巨大化させて俺に貸せ」

「な……!?」

 

 思いもよらぬ命令に、皆、一瞬言葉を失う。

 

「……なんの権限があって、ウチらに命令してるわけ?」

 

 3号──響香が、怒りを抑えて問いただす。しかし相手の立場を鑑みれば、それはあまりに無為な抵抗で。

 

「俺は長官からすべてを任されてここにいる。──お前ら、長官の指示に背くのか?」

「……ッ、」

「良いからよこせよ、時間がない」

 

 実際、既にギャングラーは巨大化している。それと戦う、グッドストライカーの兄弟機。──理屈のうえで、拒否する理由はなくて。

 

『──切島くん。今は、彼の言う通りに』

 

 塚内管理官の指示もあり、隊員たちは折れざるをえなかった。1号がバイカーを2号に、クレーン&ドリルを3号に渡す。そしてふたりが、それらを巨大化させた。

 

「はっ……ありがとよ。ま、悪いようにはしねぇから」

「…………」

 

 返答はない。仮面の下で彼らがいかなる表情を浮かべているのか……想像はついても慮るつもりは毛頭ない。荼毘とは、そういう男だった。

 ただ、

 

「土産代わりに見せてやるよ。──"サイレンストライカー"の、真の力を」

 

 漆黒のVSチェンジャーに、昨日入手したサイレンストライカーを装填──トリガーを引く。

 

『位置について……用意!──出、動ーン!』

 

『勇・猛・果・敢!』──台詞通りの勇ましい電子音声とともに、戦車を模した形状のビークルが巨大化していく。

 "それ"は0号をコックピットに戴き、他のトリガーマシン二機とともに戦場に姿を現した。

 

「ア゛ァ!?今度はなんだー!?」

 

 ジャックポットストライカーの縦横無尽な攻撃に翻弄されていた巨大イセロブは、敵増援の出現に苛立ちの声をあげた。この時点で、彼は既に処刑台への階段を上りはじめているのだとも知らずに。

 

「よう、エビ野郎。……俺がボイルしてやるよ」

「な、何をぅ!?オレはエビじゃねえって言って──」

 

 抗議の言葉は、最後まで形にならなかった。先陣を切るサイレンストライカーが、内蔵した火砲を一斉掃射したのだ。

 

「ウガガガガガッ!!?」のたうちまわるイセロブ。「こ、これじゃボイルじゃなくてベイクじゃーーん!?」

「……あァ、悪いな。焼くしか能が無ェんだわ」

 

 いずれにせよ、もう時間はない。──0号のスーツは身体に大きな負担がかかる。長く変身してはいられない。

 ゆえに、一気に決着をつけるつもりだった。

 

「ジャックポットストライカー、──合体だ」

 

 彼がそうつぶやくのと、いきりたつイセロブがエビフライミサイルを放つのが同時。次の瞬間、ジャックポットストライカーもサイレンストライカーも他のビークルも、すべてが爆炎に呑まれて──

 

「……!」

 

 快盗も、警察も、ギャングラーも……見守る者はすべて、息を呑んでいた。

 サイレンストライカーを組み込んだのだろう頭部と胴体に、二機のトリガーマシンで構成された両腕。

 

──そして胸から下は、目が痛くなるほどの鮮烈な赤に染まっていた。

 

「完成、──サイレンパトレックス」

 

 "レックス"──やはり王の名を冠した鋼鉄の巨人は、その堅牢な肉体でもって前進を開始した。武威を振りかざしたその姿はすべてギャングラーを相手にも本能的な恐怖を与えるものらしい。イセロブは慌てた様子でエビフライミサイルを放ってくる。

 

 しかしそれは、無駄な抵抗というほかなかった。回避どころか直撃を受けてもなお、その爆炎に王の姿は欠片も傷つかない。まったく揺らがぬ堂々たる足取りで、目標に迫っていく。

 

「く……来るな、来るなあっ!?」

 

 思わず叫ぶイセロブ。それに対する、王の返答は。

 

「大丈夫、時間もないからな。──()()()()、楽に殺してやるよ」

 

 言うが早いか、サイレンパトレックスの右腕がす、と持ち上がる。身構えようとした刹那……イセロブの身体は、クレーンに捉えられていた。

 

「え、──ぎゃあああああっ!!?」

 

 そのまま、天上めがけて投げ飛ばされる。重力に逆らいながら空中でもがくその姿を、レックスはじろりと睨みつけた。

 

「──終わりだ、」

 

 

 刹那……何が起きたのか、明確に視認できた者はいなかった。

 ただ、イセロブの身体を黄金の剣のようなモノが貫いたことだけはかろうじて理解できた。それも、あまりに一瞬の出来事だったのだけれど。

 

「────、」

 

 何が起きたのかわからず、断末魔すらもあげられないまま……イセロブは壮絶な爆死を遂げた。焼け焦げた破片が降り注ぎ、大地に還っていく──異界の住人に果たしてその表現が当てはまるかは、議論の余地があるとして。

 

 その中心に佇むサイレンパトレックスは、戦の余韻も残さぬまま元のビークルへと分離した。バイカーとクレーン&ドリルのみを残し、いずこかへ飛び去っていく──荼毘を名乗る、青年を乗せて。

 

「…………」

 

 快盗も警察も、その間に立つエックスも、謎ばかりを残して去る青年を、見送ることしかできないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 ジュレに戻った快盗たちは、弔にすべてを話した。ザミーゴ・デルマのこと──その存在が、切り札であることも。

 

「……なるほどなァ、それで俺に黙ってたわけだ」

「うぅ……ごめんね、死柄木さん」

 

 心底申し訳なさそうに謝罪を述べるお茶子。男ふたりはそこまでではないが、心なしか気まずげな表情なのは確かだ。

 彼女らを安心させるように、弔は笑顔をつくった。

 

「いいよ、気持ちはわかる。このことは黒霧には黙っておくよ」

「……いいンかよ?」

「秘密をチクるほど俺はあいつと仲良くないし。……それに、早く取り戻せるんならそのほうがいいだろ?」

「うむ……感謝する、死柄木」

「ウワァ、中年にお礼言われた〜」茶化しつつ、「荼毘のことも調べとくよ。まァ今さらきみらのことバラしはしないと思うけど……色々きな臭いしな」

 

 「じゃ、」と片手を挙げて去っていく。その背中を見送りつつ、お茶子が揚々と声を発した。

 

「氷漬けにされたイセロブが生きてたってことは、デクくんとショートくんも無事だよ、きっと!ゴール見えてきたんやし、こっからは猛ダッシュでがんばろー!」

「ふ……、途中で転ぶなよ」

 

 和やかに言葉をかわす仲間たち。大浪の合間の凪のようなそれを聞きながら、勝己は今しがた去った男のことを思っていた。

 

死柄木(あいつ)、ザミーゴのことを知らなかった。なら、あいつの取り戻したい人間は……誰にやられたんだ?)

 

 

 *

 

 

 

 その頃、デストラ・マッジョはやけ酒を煽っていた。彼の目の前に置かれたボトルの数々はいずれも簡単には手に入らない高級品ばかりだが、その味を楽しむゆとりは今の彼にはなかった。

 

「あらぁ、まだ呑んでるの?」現れるゴーシュ。「コレクション盗られたのが、よっぽど悔しいのね」

「……ドグラニオ様が私に命じてくださった任だぞ。このままでは、合わせる顔がない」

「このままじゃ、ね。ふふふ……」

「……何がおかしい?」

 

 もとよりゴーシュの言動を不愉快に思うデストラだが、今日に限っては違和感を覚えていた。何か、意味深な──

 

「快盗に盗られたのはどうしようもないけど……"もう一個"なら、そこにあるわよ?」

「──!」

 

 弾かれたように顔を上げるデストラ。──同時に姿を現す、第三の影。その存在は、彼に驚愕をもたらすことになる。

 

「貴様……!なぜここに……」

「…………」

 

 その問いに答はなく。──ただサイレンストライカーを手に、荼毘は嗤っていた。

 

 

 à suivre……

 

 





「教えてやるよ、ぼくが誰なのか」

次回「誰そ彼れ」

「きみを逮捕する、死柄木弔……いやーー」




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#40 誰そ彼れ 1/3

「とうや」って名前の響きがなんかかわいくてすき


 

 師走もいよいよ終盤に差し掛かり、街はクリスマスムード一色に染まりつつある。繁華街では街路の片隅にクリスマスツリーが飾られ、店々も色とりどりの電飾で己の存在を主張している。一段と厳しさを増しはじめた寒さを一時的なりとも忘れうるような、華やかな光景。

 

 繁華街からははずれに位置する喫茶ジュレもまた、ささやかながらクリスマスの彩りを取り入れていて。

 

「──おっ、七面鳥!しかも丸焼きかよ、スゲー!!」

 

 クリスマス限定メニュー表を前に、子供のようにはしゃぐ切島鋭児郎。と、そんな彼を三つ年下のウェイターが鼻で笑うのも恒例となっていて。

 

「は、ガキかよ。つーかあんたの給料で食えんの?高くつくぜ」

「おいおい、国際警察舐めんなよ……って言いたいとこだけど、おめェが勧めてくれたソシャゲに課金しすぎて金欠だったわ。ははは……」

「は?課金してンのかよ、ウケる」

「えっ、おめェしてねーの?」

「無課金でヨユーだわ、あんなん」

「マジか!さすがバクゴー、漢らしいぜ!!」

 

 「攻略法教えてくれ!」と乞われ、「ヤだ」と舌を出しながらも満更ではなさそうな勝己。

 一方、こちらも。

 

「そういえば麗日くん、悩んでいた件はどうだい?」

「はい!まぁまだ全面解決ってワケじゃないですけど……でも、道は見えてきたって感じです」

「その道を進んでいけば、きっといつか何か見えてくるさ。思いきってドーンと行きたまえ!……というのは、他人の受け売りだがな」

「ふふ……ありがと、飯田さん」

 

 和やかなやりとりに挟まれ、紅茶を嗜む耳郎響香は微笑を浮かべていた。愉しい会話というのは、傍らで聞いていても愉しくなるものなのである。

 

「ずいぶん仲良くなったね、ふたりとも」

「おっ、俺らダチに見えるってよ。バクゴー!」

「ダチとは言ってねーだろ」

 

 

──そんな彼らの様子に、別の客席で注文をとっていた店長・轟炎司は密かに聞き耳をたてていた。

 

「………」

 

 仲間たちを見守る立場。そういう意味では、彼は響香と同じ──しかし伊達眼鏡に紛らわせたその表情は、まったく対照的なものだった。

 

 

 *

 

 

 

「お呼びでしょうか、ドグラニオ様」

 

 主人自らの呼び出しに、デストラ・マッジョは恐縮していた。目の前にいる老人は、そんなこと気にも留めないかのようにワインを煽っている。

 

「よう、元気にしてたか?」

「はっ……申し訳ございません。幾日も顔を見せず」

「フ……構わんよ、おまえも"客人"の件で忙しくしていたようだからな。──ただな、デストラ」そこでいったん言葉を切り、「俺はおまえがまた、かつてのように暴れる姿を見てぇんだ」

 

 怪訝な表情を一つ目に表す側近を前に、ドグラニオは独りごちるように続ける。

 

「おまえがいない間、考えてた。俺が手元に置いてなきゃ今頃、おまえがライバルどもを蹴散らして、この椅子を奪い取ってたんじゃねえかってな」

「……ドグラニオ様、」

「ま、人間のお遊びに付き合うのも良いが……それが済んだら、少し考えてみちゃあくれないか」

 

 透き通った碧眼にじっと見つめられ、デストラは是非も述べずに沈黙するほかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 深夜の国際警察庁舎は、文字通り夜警の役割を果たすかのように煌々と輝きを放っている。

 それは昼夜を問わず、様々な角度からギャングラー対策に邁進している職員たちの努力の象徴でもある。──中でもその中核を担う警察戦隊のリーダー、塚内直正は独り執務を続けていた。

 

「………」

 

 気を抜いていると未だ青年と誤認されがちな童顔を顰め、各部署から上がってきた情報を精査する。

 特にこの一、二週間ほどは忙しい日々が続いていた。長官来日に伴う組織改編の影響は、管理職である彼にはもろに降りかかっている。尤もそれが隊員たちの職務にまで支障をきたさないよう、矢面に立つのが彼の役割なのだが。

 

(……ま、取って喰われるワケじゃないしな)

 

 おそらく、きっと……そうだと良いが。

 取り留めもない思考を払おうと頭を軽く振っていると、ジム・カーターが目ざとくそれを見咎めた。

 

『管理官、お疲れでしょう。少し休んできてください!』

「いや、もうすぐキリの良いとこだから……」

『そう言って、この前は朝までコースだったじゃないですか!』

 

『良いから休んでください!』と迫られ、塚内は屈服した。この事務用ロボット、披露する機会はほぼないが腕力もなかなかのものである。それに、実際疲れも溜まっていた。

 

「じゃ、ひとっ風呂浴びて仮眠してくる。その間、留守は頼んだぞ」

『了解ですっ!』

 

 淀みのない敬礼に苦笑しつつ、塚内は部屋を出た。

 

 

──と、いうわけで。

 

「あ゛ーーー………」

 

 大浴場の程よい熱さの湯に浸かり、塚内は唸り声を洩らした。年寄りじみていることは自覚している。いくら若く見えても、中身の加齢までは止められない。社会人、それも責任ある立場である以上やむをえないことなのだが、その良し悪しの判断はつかない。何もかも忘れて、気の赴くままに毎日を過ごしてみたいという気持ちも実のところはある。

 

「………」

 

 まあ、実際にはギャングラーがいる限りそういうわけにはいかない。せめて今くらいは何も考えずに湯を楽しもうと暖色の灯を見上げていたら、次第に頭がぼうっとしてきて、そのまま視界がすうっと狭まった。

 

 

──………、

 

──……くん、

 

──……うちくん……って……。

 

 

「塚内くん、起きて!」

「!?」

 

 ぎょっとした塚内が目を開けると、まず鬣のような黄金が目に飛び込んできた。次いで、反射的に動いたことによる水飛沫の束。

 

「がぼっ!?、うぶっ、ごほ、ごほっ!!」

「あー……だから言ったのに。大丈夫かい、塚内くん?」

「!、と、俊典……!?」

 

 こちらを気遣わしげに覗き込んでくるのは、痩せた男の彫りの深い顔立ちだった。ともすれば他人に緊張感を与える容姿だが、人の良さのようなものが滲み出ている。彼が国際警察のトップなのだと言われれば、玄人ならあぁそうかと納得するかもしれない。

 

「……失礼しました、八木長官」

「おいおい、今ここには私たち以外いないんだ。いつも通りでいてほしいな」

「……ああ。きみもここに来るんだな」

「フランス本部にはないからね、こんな設備。HAHAHAHA」

「………」

 

 つられて唇を弛めかけ……慌てて引き締める。以前ならいざ知らず、今の彼とは本音で語りあえる関係ではなくなってしまった。

 

「お風呂でうたた寝なんて、ずいぶん疲れてるようだね。休みはとれてるかい?」

「休みどころか、ろくに家にも帰れてないな。ギャングラーだけならいざ知らず……誰かさんが解決の糸口も見えない仕事を増やしてくれた。そういや最近、あの仮面の秘書の姿も見ないけど?」

「hahaha……」

「笑って誤魔化すな。……俊典おまえ、何しに日本へ戻ってきた?おまえがしようとしてることは、ほんとうに、平和のためか?」

「………」

 

 笑いをおさめた八木は、湯を掬いあげてばしゃばしゃと顔を洗った。そのしぐさ、姿かたち、塚内の知る彼と何も変わらない。

 変わっていない、はずなのに。

 

「……平和というより、自由のためかな」

「……何?」

 

 それは塚内にはおよそ理解しがたい言葉だった。しかし友人が覗かせた本音の欠片、蔑ろにすることなどできない。

 懸命に咀嚼しようと試みる塚内の頬を、八木の人差し指が突いた。

 

「ちょっ……俊典!」

「HAHAHA、そう難しい顔するなよ〜。塚内くん、せっかく若々しいのに皺ができちゃうぞ」

「あのな……」

 

 こういう子供のようなところも、昔と変わらない──自分より幾分か年長なのだが──。脱力した塚内は、身体が火照ってきたのを感じて立ち上がった。

 

「おや、出るのかい?」

「あんまり長湯すると身体に良くないからな、それに仮眠の時間もなくなる」

「……すまないね、苦労をかけて」

「俺より死柄木捜査官を気にかけてやれよ、直属の部下だろう。会ってもくれないって、カンカンだぞ彼」

「haha……そうだね。部下は大事にしなきゃ、ね」

「………」

 

 ため息混じりに、湯けむりの向こうへ消えていく塚内。その背中を見送りながら……八木もまた、大きく息を吐いた。

 

「"自由"と"平和"……両方守れる世界なら、良かったのにね」

 

 そのつぶやきは、既に独りぼっちの浴場にむなしく吸い込まれていった。

 

 

 *

 

 

 

 いよいよクリスマスを翌日に控えたイブの朝、耳郎響香は単独でパトロールに出ていた。街も人も特別な日を前に浮ついている──それ自体は咎めだてするような話ではない。響香とて、若者としてクリスマスを楽しみたい気持ちはある。

 だが、ギャングラーにせよヴィランにせよ、こういう特別な時機を狙って大きな犯罪を計画しているものなのだ。無辜の市民がその企みに巻き込まれることがないよう、気を引き締めていかなければ。

 

 同じく街を警邏しているプロヒーローたちと会釈をかわしつつ歩いていると、職場ひっくるめて常連となっている喫茶店近くで"彼"と遭遇した。

 

「──わかりました。どうもありがとうございました!」

「いえ……お気をつけて」

 

 歩き去っていく女性。それを見送る大きな背中に、響香は声をかけた。

 

「今日は口説かなくていいんですか?」

「!」

 

 振り返った男──轟炎司は、その強面を盛大に顰めた。

 

「どーも」

「……どうも。ご心配なく、二度としませんから」

「別にとやかく言いませんよ。浮気はどうかと思いますけど、私生活に介入する権限はないんで」苦笑しつつ、「ただ、爆豪たちへの影響を考えてもらえれば──」

「──以前、我々を快盗だと疑っていましたね」

 

 遮るように放たれた言葉は、かつての"エンデヴァー"の片鱗を感じさせるものだった。

 

「我々のこと、調べたんでしょう?」

「!、それは……」

「だから、必要以上に我々を気にかける。勝己は切島鋭児郎、お茶子は飯田天哉が……だから貴女は、この私というわけですか」

 

 有無を言わせぬ炎司の言葉に、響香は明確な否定を述べることができなかった。別に、チーム内でそういう役割分担をしているわけではない。現在の関係性を構築したのは、身も蓋もない言い方をしてしまえば成り行きだ。ただ、その結果として唯一の大人で壁も分厚い炎司を、響香が気にかけているのも事実で。

 

「……迷惑、ですか?」

 

 去ろうとする背中を追い、そう問いかける。対する炎司は振り向きもせず、

 

「歓迎します、お客様としては。だが、そこまでにしていただきたい。私だけでなく、勝己もお茶子も自分自身で生計を立てている、立派な大人です」

「……それは、否定しませんけど。でも──」

 

「そういうあなたは、どうなんですか?」

「……何?」

 

 思いもよらぬ問いかけに、炎司はようやく立ち止まる。その心音が揺らいだのを、響香は感じとった。

 流れる沈黙。しかし暴虐が蔓延るこの社会において、それは容易く破られるもので。

 

「──見つけたぞ」

「!」

 

 にわかに響く重々しい声、足音。凄まじい威圧感を放ちながら現れたのは、緑を基調とした筋骨隆々のボディをもつ、一つ目の巨人。

 

「おまえは……デストラ……!」

 

 死柄木弔が交戦したという、"ステイタス・ダブルゴールド"。響香は思わず冷や汗を流した。よりによって独りのときに、こんな街中で!

 

「ッ!」

 

 一方、思わず身構える炎司。それは快盗としての反射的な動作だったのだが、響香は前職ゆえのものだと誤認した──幸か不幸か。

 

「エンデヴァー……いや轟さん、下がってて。こいつはウチを狙って来てる!」

「!、……わかりました」

 

 表向きは一般市民である以上、彼女の言葉に従わざるをえない。致し方なく後退した炎司だったが、当然遠くへは逃げず、手近な建物の陰にするりと身を滑り込ませた。そして携帯電話を取り出す。

 

「──勝己、俺だ」

 

 

「一つ目野郎!?──わぁった、すぐ行く」

 

 連絡を受けた勝己は、すぐさまお茶子とともにジュレを飛び出した。デストラがなぜ直接出撃してきたのか、考える余裕はなかった。

 

 

──そして、こちらも。

 

「わかった、すぐ救援を送る。それまで持ちこたえてくれ」

 

 響香からの要請に表向き冷静に応じた塚内管理官。通信を終えるや否や、彼は即座にジム・カーターを呼んだ。

 

『了解!切島さんと飯田さんに現場へ急ぐよう連絡します!』

「頼む。死柄木捜査官、きみも──」

 

 唯一室内にいた弔に呼びかけようとするも、既に彼は飛び出したあとで。塚内はひとまず、椅子に座り込んだ。

 

(今度はステイタス・ダブルゴールド……。偶然か?それとも──)

 

 何かある。それは叩き上げの勘と言うべきもので……いずれにせよ、今は如何ともしがたい。

 と、そんな折、デスクに備え付けの電話が鳴って。

 

「……はい、警察戦隊──」

『──お久しぶりです、塚内管理官』

「!、きみは……!?」

 

 なんの前兆もない"彼"からの電話は、塚内の心身にさらなる嵐を巻き起こすものだった。

 

 

 *

 

 

 

 果たして塚内管理官の指示通り、耳郎響香──パトレン3号はデストラ相手に孤軍奮闘していた。

 

「ヌゥゥンッ!!」

「ッ!」

 

 叩きつけられるハンマーを間一髪でかわしつつ、至近距離からVSチェンジャーの光弾を見舞う……当然のように、通用しない。どうにか市街地からは引き離したが、それ以上を望むことは困難だった。

 

(コイツ……マジで強い……!)

 

 以前戦った"ステイタス・ゴールド"を、遥かに凌ぐパワー。下手な小細工など通用しないと本能でわかる。

 

 そんな戦闘の様を、密かに追いかけてきていた炎司が観察していた。

 

(……デストラ相手に、俺独りでは厳しいか)

 

 ルパンブルーとしても……エンデヴァーとしても。

 暫し様子を見ていたらば、戦場に黄金の影が飛び込んできて。

 

「──デストラぁっ!」

「!、死柄木!」

 

 3号を庇うように割り込むと、弔──パトレンエックスはXロッドソードでハンマーを受け止めた。

 

「パトレンエックスか」

「デストラ……!今度は何しに出てきた?」

「貴様には関係ない……失せろ!」

 

 実際デストラには、そう言わしめるだけのパワーがあった。腕力でエックスを弾き飛ばす。と、次は飛びかかってきたパトレン3号にいよいよハンマーを命中させた。

 

「うぐあぁぁッ!!?」

 

 小柄な身体は容易く吹き飛ばされ、積まれた木箱を打ち壊しながら地面を転がる。それはちょうど、炎司の隠れていた場所で。

 

「!」

「ぐ、うっ……──!、轟さん、なんでここに……!?」

 

 そのとき、彼らの背後に空間の歪みが出現する。はっとしたのもつかの間──デストラの全身から、ミサイルが発射されて。

 

「────、」

 

 いちかばちか、炎司は響香の手をとり歪みに飛び込んだ。同時にミサイルが着弾……辺り一面が劫火に包まれる。

 

「フン……」

「──デストラっ、おまえまさか、ふたりを異世界に……!」

「失せろと言ったはずだ!」

 

 閃光を目にした瞬間、エックスの胴体をハンマーが突き上げていた。

 

「が──」

 

 うめき声すら、完全にはあげられぬまま……再び吹き飛ばされたエックスは、そのまま港から海に落下した。

 

「………」

 

 戦場に静寂が戻る──デストラの勝利という形で。

 そんな彼の背後に、人影が現れて。

 

「余計な虫は紛れ込んだが……一応、舞台は整えた。あとは貴様の好きにしろ」

「………」

 

 デストラの言葉に──荼毘は、嗤った。

 

 

 



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#40 誰そ彼れ 2/3

中年男性の裸体ばかり登場するのは気にしてはいけない(戒め)


 

 轟炎司が目を覚ましたとき、辺りは漆黒の闇に包まれていた。

 

「──!」

 

 意識がはっきりすると同時に、咄嗟に身を起こす。目を凝らして周囲を見遣ると……ようやくここが、深い森らしき場所とわかった。

 

「ここは……」

「う、んん……」

「!」

 

──すぐ傍に、耳郎響香が倒れている。炎司は立ち上がると、すぐさま彼女に駆け寄った。

 

「大丈夫ですか?──しっかりしろ!」

「……ッ、」

 

 既に覚醒の途にはあったのだろう、少し揺さぶると響香は目を開けた。

 

「……轟さん……」

「……失敬。立てますか?」

「え、ええ……──ここは?」

「………」

 

 そのときだった。複数の足音が接近する音が聞こえてきて、ふたりが咄嗟に繁みに身を隠したのは。

 

「!、あれは……」

 

 響香は目を丸くした。──そこに現れたのは他でもない、ポーダマンの群れだったのだ。

 

「ポーダマン……!まさか──」

「ここは、ギャングラーの世界……ということでしょうか」

 

 冷静な口調で告げる炎司。今は一般人でも、元トップヒーローである──彼を頼もしく思う気持ちが湧き上がってくるのを、響香は自覚した。

 

「……どうしました?」

「あ、いや……とにかくここから脱出しないと。──轟さん、私から離れないでください」

 

 それでは駄目なのだ。彼は一般市民、自分は警察官。どちらが守護者たるべきかは、火を見るより明らかだ。

 

「──わかりました」

 

 炎司もまた、その想いを受け取った。

 

 

 *

 

 

 

「耳郎ーーッ!どこだぁーー!?」

「耳郎くーーん!!」

 

 連絡を受けて駆けつけた切島鋭児郎と飯田天哉は、懸命に仲間の名を呼んでいた。しかし静寂の中、いっこうに返事はない。

 そして──彼らも。

 

「どうなってるの……?デストラも、炎司さんたちもいないなんて」

「………」

 

 同じく仲間に呼ばれてやって来た快盗たちも、怪訝な様子で辺りを探っていた。そんな折、何かを発見した勝己が唐突に跳躍して。

 

「ちょっ……レッド!?」

 

 こちらに背を向けているとはいえ、警察がすぐ傍にいるのに!しかし彼は上手く木箱の陰に潜り込み、鋭児郎たちに察知すらさせなかった。

 そうこうしているうちに鋭児郎たちが移動したので、お茶子も彼のもとへ駆け寄っていく。

 

「もー、いきなりどしたん?危うく見つかるかと……」

「ンなヘマするかよ。──それよりこれ、見ろ」

「!」

 

 勝己が見つけ拾い上げたのは、シックな濃紺のカバーに覆われたスマートフォンで。

 

「これ、炎司さんの……?──まさか!?」

 

 最悪の想像がお茶子の脳裏をよぎる。しかし向かいあう少年は、少なくとも表向きには冷静だった。

 

「あのオヤジがそう簡単に殺られねえだろ、イヤホン女も」

「そ、そやね!じゃあ、死柄木さんにも連絡して──」

「……呼んだ?」

「!」

 

 振り返ったふたりが見たのは──ずぶ濡れで海から上がってくる、死柄木弔の姿だった。

 

 

 *

 

 

 

 ギャングラーの世界に飛ばされてしまった炎司と響香は、ひとまず岩と岩に挟まれた窪みの中に身を潜めていた。

 

「……すいません、轟さん。巻き込んでしまって」

 

 デストラの攻撃で負傷した箇所の応急処置を自ら行いつつ、謝罪の言葉を述べる響香。対する炎司は、

 

「まったくだ……と言いたいところですが、あの場所にいた私の自業自得ですので。それより今は、脱出の方法を考えましょう」

「……そうですね。でも、いざというときは私を置いて逃げてください。奴らの狙いは私でしょうから」

「言われなくとも。……尤も私の存在も知られている以上、見逃してくれるとは思えませんが」

「……ふふ、」

「何か?」

 

 思わず顔を顰めて訊くと、響香は再び「すいません」と言った──今度は罪悪感なしに。

 

「やっぱ、ヒーローはいつまでだってヒーローだなって。貴方がウチらと一緒に戦ってくれれば、どんな敵にも負けない気がする」

「……冗談でしょう。私はただの……喫茶店の、雇われ店長です」

 

 それも、自分の家庭ひとつ守るどころか壊してしまうような……そのために非合法(イリーガル)へと身を貶した、一般市民以下の存在だ。

 

 互いの心がすれ違う中で、ついにポーダマンがふたりを発見した。四方から次々に集まってくる。

 

「ッ、見つかった……!──轟さん、逃げて!」

「………」

 

 一緒に戦ってくれれば、というのは、響香にとって"もしも"の話でしかない。炎司もそのことはわかっていて……それでもなお、逡巡が生まれる。彼女ひとりを、多勢に無勢の戦いに置いていくことに。

 

「何してんですかっ、早く!」

「……ッ、」

 

 強く促されて、炎司はついに走り出した。背後から銃声が響く。もはや自分には、誰かを救うために力を使う資格などないのだからと、言い聞かせて。

 

──彼女も含めたパトレンジャーの面々が仲間たちと談笑する光景が、不意に脳裏をよぎった。

 

 

 *

 

 

 

「痛、ででで……!爆豪くんさァ、もっと優しく……」

「甘えんじゃねえ、やってやっとるだけ感謝しろや!!」

 

 肋が折れたと主張する弔の腹を、それはもうきつく包帯で巻く勝己。実際折れていたらこんな態度ではいられないと思うので、せいぜい少しヒビが入ったというところなのだろうが……なんにしても敵にやられた怪我には間違いないので、いちおう手を貸してやっているのだった。

 

「おら、もういいだろ」

「ハァ……さんきゅ」心のこもらない謝辞のあと、「で、さっきの続きだけど……中年は素顔の状態で、連中(ギャングラー)の世界に飛び込んじまったわけだ」

「じゃあ、快盗チェンジもできないやん……」

「そ。まァ元トップヒーローが簡単にやられるとは思わないけど、救助の手ぇ考えないと」

「救助って言っても、どうやって異世界に行けば……ギャングラーに頼むわけにもいかへんし……」

 

 「いや、手はある」と勝己が告げたのは、数秒と経たぬうちだった。

 

「一つ目野郎に、扉ァ開けさせたまま拘束する」

「!、……相手はステイタス・ダブルゴールドだぞ。俺ら三人じゃ──」

「向こうに行くンは俺らじゃねーよ。快盗がケーサツと"一般人"、救けに行く義理はねェだろ」

「……一応、俺は警察でもあるんだけど」

 

 まあ、勝己の言いたいことはわかる。──彼が見定めているのが、誰なのかも。

 

 いずれにせよ今は、彼の作戦に則って動くよりほかになかった。

 

 

 *

 

 

 

 一方の異世界では、ポーダマンの群れ相手に響香が孤軍奮闘していた。既に間合いに入ってしまった敵を格闘技でいなしつつ、VSチェンジャーの弾丸を放って打ち倒す。そして、それでもなお迫る敵には、"イヤホン=ジャック"の個性で爆音を浴びせて昏倒させる。そうした複合的な戦術によって、彼女は独りでも戦うことができていた。

 しかし倒せど倒せど、ポーダマンは次から次へ湧いてくる。体力は確実に磨り減り──傷ついた脚が、不意に悲鳴をあげた。

 

「……ッ!?」

 

 力が抜け、不随意に片膝をついてしまう。その隙を突き、襲いくるポーダマン。構えが間に合わない、やられる──!

 

──そのとき、劫火がポーダマンの群れを呑み込んだ。

 

「!」

 

 焔──それはかつてのトップヒーローが、悪を薙ぎ払うために行使していた力。

 振り向いた響香が目の当たりにしたのは、想像していた通りの姿だった。

 

「轟さん……!?」

「………」

 

 再び全身から火炎が噴き出す。人間が隠しもっていた強大な力に鼻白むポーダマンたちは、奔る火柱によってふたりに近づくことさえ困難になった。

 

「今のうちに!」

 

 大きな手を差し伸べられ、響香は一瞬どきりとしつつそれを取った。そうして、その場から走り出す。

 

「轟さん、どうして……逃げろって言ったのに!」

「……もう、手遅れだった。貴女を見殺しにすれば、あいつらがまた傷つく……!」

 

「だから今、貴女を死なせるわけにはいかん……!」

 

 かつて──ヒーローであった頃にさえ見せなかった、烈しくも柔らかな熱情。炎のために衣服があちこち破け、無残な姿を晒していても……今の彼はいちばん、強く、美しく見えた。

 

 

 *

 

 

 

 デストラ・マッジョは郊外の倉庫街に移動していた。荼毘からの依頼を果たした以上こちらの世界に留まる意味もないのだが、主の言葉を咀嚼するにはそのほうが都合が良かったのだ。

 

(ドグラニオ様……)

 

 自分が暴威を振るう姿をもう一度見たいと、主はそう言った。それは文字通りの意味が第一であろうが、圧倒的な力を示すことによって他の連中を抑え、おまえが後継者となれという意も含んでいるように思われた。

 ただデストラは、これまでの行動からもわかるように、自身がギャングラーを率いようという意欲には乏しかった。ドグラニオが健在のうちはその補佐に徹することが何よりの喜びであり、彼の引退後は自分も第一線を退くつもりだったのだ。ゆえに後継者候補たちの一挙一動を冷静に見届けてきた。

 

 しかし、主が望むなら──そんな葛藤が生まれている。どちらが、ドグラニオに忠誠を尽くしたことになりえるか。

 

「……フゥ」

 

 考え疲れたデストラは、ため息混じりに異世界へのゲートを開いた。一応まだ、仕事は残っている。そちらを完遂しなくては、跡を襲うも何もない。

 

──その瞬間を、"彼ら"は狙っていた。

 

「ッ!?」

 

 突然背後から伸びた銀線が右腕、次いで左腕に巻きつく。慌てて振り返ろうとしたところで今度は両足を三本目が縛り上げ、デストラはその場に倒れ込んだ。

 

「なんだ……これは!?」

「──行けやサツども!!」

「!?」

 

 聞き捨てならぬ少年の声が響いたかと思うと、ふたりの人間がこちらに走り込んでくる。──切島鋭児郎と、飯田天哉だ。

 

「あんがとよッ、快盗!!」

 

 彼らふたりは、弔を通じて快盗から協力を持ちかけられていた。弔の依頼を承った快盗の手を借りたというのが表向きには正しいが、いずれにせよ仲間を救出するための賭けであることに変わりはない。

 ともあれ彼らは、異世界へと躊躇なく飛び込んでいった。

 

「まだ人間界(こっち)にいてくれてあんがとよォ、一つ目野郎……!」

「ヌゥッ、貴様らァ……!」

「そのままっ、皆が戻ってくるまで……動かんといて……っ!」

 

 ワイヤーを力いっぱい引き続ける三人。しかし複数人といえど、彼らのそれは人間の力である。ギャングラーの中でも、群を抜いてパワーに秀でたデストラを相手にしては……長く保つことなど、最初から不可能に決まっていたのだ。

 

「私を……舐めるなァ!!」

「!?」

 

 デストラが激昂した途端、彼を拘束していたワイヤーがことごとく引き千切れる。唖然とする快盗たちめがけ、起き上がりながらミサイルを見舞う。ただ、驚愕しつつも半ばこの事態を予想していた彼らは、マントを翻してその爆薬の塊を回避した。

 

「チッ、クソみてぇなパワー出しやがって……!」

「クソは貴様らのほうだ!小細工ばかり弄しおって……!」

 

 怒れるデストラ。その背後に現れていた空間の歪みが、みるみるうちに小さくなり、消えていく。恐れていた光景だった。

 

「ああっ、扉が……!」

「ッ、ダブルゴールド相手に、そう上手くはいかないか……」

「なら力ずくで開けさせたらァクソがぁ!!」

 

 その一点に望みをかけ、ブルーを欠くルパンレンジャーは勇猛果敢に突撃していった。

 

 

 *

 

 

 

 追いすがるポーダマンの群れから、男女は必死に逃げ続けていた。

 

「ッ!」

 

 時折振り向いては、VSチェンジャーを撃ち込み牽制する響香。火花が散り、怯むポーダマン。それでもなお生来の脚力の差で距離が詰まりはじめるや、炎司が"ヘルフレイム"の劫火で彼らを火柱に巻き込んだ。

 

「……フゥ、」

 

 肩で息をする炎司。その上半身の衣服はもはや完全に塵となり、晒された逞しい上半身には汗が流れている。

 

「大丈夫ですか、轟さん?」

「……問題ありません。此処は、寒いくらいですから」

 

 とはいえ体温と気温の乖離は、彼の肉体には負担だった。長らく補助的にしか使用していなかった個性は、まるで他人のもののように体力を奪っていく。

 

(このまま逃げ続けても……っ)

 

 響香の心に、悲観的な感情がよぎる。やみくもに逃げたところで、元の世界に帰れなければいずれ捕捉されてしまう。まして、ギャングラーと遭遇してしまったら──

 

──そのとき、前方に人のかたちをした影が現れて。

 

「!!」

 

 咄嗟に銃を向ける響香。しかし目前数メートルで停止したふたつの影は、彼女らが危惧したようなものではなかった。

 

「うおっ!?──俺たちだよ、俺たちっ!」

「えっ……」

 

 両手を挙げている──鋭児郎と、天哉。

 

「ふたりとも、なんで……」

「死柄木から事情聞いて、色々やったってワケよ!……って、エンデヴァー、なんで裸?」

「……個性を使ったので」

「そ、そうでしたか。よろしければ上着をお貸しします!」

 

 このまま半裸でいるのもいたたまれないので、その好意には甘えることにした。天哉の上着を羽織り、彼らの護衛を受けながら再び走り出す。ひとまず追っ手の姿は見えなくなっている。

 ただ……彼らは気づいていなかったが、その移動の様子を崖上から眺めている男の姿があった。男──そう、人間の男だ。爛れた口許を歪め、彼は醜く嗤っていた。

 

 

「こっちだ!確か、この辺に……」

 

 次元の扉が、開いている。それを頼りに突入地点に戻ってきた鋭児郎たちだが……デストラが扉を閉じてしまった以上、そこに世界を繋げる空間の歪みがあるわけがない。

 そのはず、なのに。

 

「ムッ?──切島くん、あそこだ!」

 

 天哉が指差した先……繁みの中に、確かに空間の歪みが存在したのだ。先ほどまでと位置が異なっていることは引っかかったものの、それで尻込みしている猶予はない。彼らはすぐさま、そちらへ向かって走り出した。

 

「轟さん、最初に」

「ええ」

 

 警察官と、一般人。その順位を考えれば、当然のこと。ゆえに一歩を踏み出した炎司、

 

──次の瞬間、彼の身体はワイヤーのようなものに絡めとられた。

 

「ぐッ!?」

「轟さん!?」

 

 咄嗟に駆け寄ろうとしたパトレンジャーの面々は次の瞬間、蒼炎の爆発の煽りを受けて吹き飛ばされた。

 

「──ッ!!?」

 

 視界が目まぐるしく明滅する。そのリフレインの果て──彼らは太陽の下に転がり落ちていた。

 

「ッ、ここは……?」

「元の世界、か……?」

「──轟さん!!」

 

 すぐさま引き返そうとする響香。しかし彼女の焦燥を嘲笑うかのように、異世界の扉は閉じていく。

 

「轟さん──ッ!!」

 

 

 叫びさえ、次元のむこうには届かない。

 

 

「ッ、こんなもの……!」

 

 動きを封じられた炎司は、焔を噴出することでワイヤーを焼き切り、脱出に成功していた。天哉から借りたままの制服が焼け焦げてしまうのはこの際、気にしてなどいられない。

 

「扉が……!」

「つれないじゃないか、オトモダチと一緒に帰ろうとするなんてさ」

「!」

 

 掠れてはいるが少年のいろを残した、男の声。顔を上げれば、目の前の闇の中からその主が姿を現して。

 

「Shall we dance、エンデヴァー?」

「……ッ、」

 

 

「──荼毘……!」

 

 



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#40 誰そ彼れ 3/3

 ルパンレンジャーとデストラ・マッジョの死闘が続いていた。

 

「うぉおおおおおっ!!」

 

 性別を無視した雄叫びをあげながら、中距離から銃撃を仕掛けるルパンイエロー。しかし光弾はすべて、デストラの手刀ひと振りで消散させられてしまう。

 

「ヌウゥゥンッ!!」

 

 一方、怒れるデストラは相手を雑魚と判断しながらも手を緩めはしなかった。ハンマーを振り上げ……振り下ろす。その長大さは、ある程度距離をとるイエローの脳天をめがけるほどで。

 

「うそ……!?」

 

 まずい、やられる──!心臓が跳ねた刹那、白銀の影が彼女を庇った。

 

「……ッ、」

「あ……死柄木さん!?」

「相手はダブルゴールドだっつったろ……油断、すんな」

「ご、ごめん……」

 

 防御力に秀でたルパンエックスだが、その衝撃は全身に響いていた。すぐには身動きできない。デストラは当然、追撃を仕掛けてくる。

 

「オラァァッ!!」

 

 そこにレッドが飛び込み、横からドロップキックを放った。吹き飛ばすことはかなわないものの、態勢を崩すことには成功する。そうして仲間たちを救け出したのだった。

 

「チッ、コイツ相手にフツーに戦ってても無理だ。──俺がやる」

 

 言うが早いか、ビクトリーストライカーを取り出すレッド。VSチェンジャーに装填し、

 

『ミラクルマスカレイズ!スーパー、快盗チェンジ!!』

 

 電子音声とともに、白銀の鎧がレッドのスーツに装着される。──名付けて、スーパールパンレッド。ザミーゴ・デルマにさえ膝を折らせた、この姿なら。

 

(コイツの動きを読めば……!)

 

 ビクトリーストライカーのもつ未来予知を発動させ、デストラに焦点を絞る。

 

──突っ込んでくる、真っ直ぐ。

 

 果たして次の瞬間、デストラは予知した通りに突撃してきた。姿勢を低くしたレッドは、彼が間合いに入ってきた瞬間を狙って跳躍した。そのまま背後に回り込み、

 

「死ねぇ!!」

 

 ルパンマグナムの、引き金を引く。強力な弾丸が至近距離から背中を貫き、デストラが初めてうめき声をあげた。

 

「っし……!」

 

 初めて攻撃が通用した──それは少年にとって、小さくとも勝利のように思えてしまう。

 

 しかし相手は、これまでには未曾有の強敵だった。

 

「出し抜いたつもりか……!」

「!?」

 

 猛然と振り向いたデストラが、その勢いのままにハンマーを振りかぶる。咄嗟に防御姿勢をとるレッドだが……その威力は、凄まじかった。

 

「がァ──」

 

 弾き飛ばされ、壁に激突する。内臓が飛び出しそうなほどの衝撃が、全身を打った。

 

「ぐ……っ」

 

 生身、あるいは快盗スーツ一枚では無事で済まなかった──痛みをこらえて態勢を保ちながら、ルパンレッドは戦慄した。むろん、仲間たちも。

 

「そんな、スーパーでもダメなん……!?」

「力押しの相手に、未来予知じゃ分が悪いんだよ」

 

 サイレンストライカーなら、あるいは──弔の脳裏にそんな考えがよぎったが、現実に今ここには存在しえないものである。無いものねだりをしてもどうにもならない。

 やむをえずスーパールパンレッドを中心とした布陣で正面切って戦っていたらば、あらぬ方向からデストラめがけて銃弾が飛んできた。

 

「──デストラぁッ、今すぐ異世界に繋げろぉぉ!!」

 

 そう叫んだのは、切島鋭児郎。──彼らパトレンジャーは快盗たちを一顧だにせず、デストラに躍りかかっている。

 

「なんだてめェら、戻って──」

「──向こうにエンデヴァーが取り残されてしまったんだ!早く救出しなければ!!」

「な……!?」

 

 いったい何があったのか──それを問うことさえ憚られるほど、彼らは鬼気迫っていた。無論それは、快盗たちとて共有するところである。六人がかりでデストラを追い詰めるよりほかに、今できることはない。

 

 それとて、容易いことではないのだが。

 

 

 *

 

 

 

 異世界に無理矢理留め置かれた轟炎司は、自身を付け狙う謎の青年と対峙していた。

 

「……荼毘……!」

 

 その通り名を言葉にすると、青年は焼け爛れた口角を上げて笑った。柔らかな微笑。親愛すら窺わせるそれが、かえって不気味に感じられてしまう。

 

「貴様……いったいなんなんだ……!?なぜ俺を付け狙う?そもそもなぜギャングラーの世界にいる!?」

「………」

「貴様も、ギャングラーなのか……!?」

 

 人間に、擬態している。炎司の中で最も納得がいく答はそれだった。無論、それでも前者の疑問は解決しないが。

 と、微笑を浮かべていた荼毘が、くつくつと声を洩らしはじめた。それは抑えきれないものとなり、ついには哄笑へと変わる。

 

「ははははは、ははははははっ!!……やっぱあんたはそうでなくっちゃなァ。腕っぷしばっか強くて、ヒトの気持ちってモンをまったく理解しちゃいない」

「……ッ、」

「まァいいさ、この前言ったろ。"三度目"を生き延びられたら、教えてやるって」

 

 言うが早いか、漆黒のVSチェンジャーを構える荼毘。彼が人間であれギャングラーであれ……銃弾と拳で語るほかに、選択肢はないらしい。

 歯噛みする炎司もまた、VSチェンジャーにブルーダイヤルファイターを装填することで応じた。

 

「……快盗チェンジ!」

「警察、チェンジ」

 

 炎司を光が、荼毘を闇が覆い──それぞれを、対極の姿へと変身させる。

 

「ルパンブルー……!」

「パトレン、0号──ッ!」

 

 名乗りを挙げつつ、先を制したのは荼毘──0号だった。VSチェンジャーから漆黒の弾丸が撃ち出され、炎司──ブルーに襲いかかる。

 

「ッ!」

 

 横に転がるようにして、弾丸をかわすブルー。噴き出す焔によってその勢いをさらに促して、彼は荼毘に吶喊した。

 

「なるほどなァ、撃ち合いじゃ勝てないから接近戦か。適応力は衰えねえのな、歳の割に」

「歳の割には、余計だッ!!」

 

 拳と拳のぶつかり合いなら、性能差など。確かにそれは誤りではなかった。スーツのスピードと肉体の頑健さ、ブルーは両方を最大限に活かして敵に喰らいついている。もとより彼はトップヒーローたる能力の持ち主だ、個性一辺倒で戦っていたわけではない。

 荼毘という青年は、間違いなくそれをよく知っている。知っていながら、この戦いを有利に運ぼうという策を弄す気はないように見えた。

 

──あるいは、勝ち負けさえも。

 

 

 *

 

 

 

 ステイタス・ダブルゴールドと人間たちの死闘は、パトレンジャーの参戦によってかろうじて互角に進んでいた。

 

「うぉおおおおおおッ!!」

 

 雄叫びをあげ、突撃するパトレンジャー。デストラを屈服させて異世界の扉を開かせなければならない、身を捨ててでも。ゆえに彼らは手傷を恐れず攻撃を仕掛け続けていた。

 

「ちょこざいな……!」

「黙れ!早くお前らの世界に繋げろよ!!」

 

 いつになく乱暴な口調で叫ぶ3号。何より彼女が最も焦っていた。守ると誓ったのだ──既に一般人として生きている、轟炎司を。

 快盗たちにだってその想いは嫌というほど伝わったし、何より炎司は同志だった。こんなところで、失うわけにはいかない。

 

 同時に──快盗としての使命も、忘れるわけにはいかないのだ。

 

「イエロー、エックスっ!」

「!」

 

 レッドがサイクロン、マジックそれぞれをふたりに投げ渡す。その意味を瞬時に悟った彼女らは、警察がデストラを抑えている隙を突いて飛びかかった。黄金の金庫を開けるには、キーがふたつ必要だ。ふたつを同時に、押し当てる──

 

『7・5・2・6・1──1!』

『3・2・1・2・2──2!』

「ルパンコレクション、いただ──えっ!?」

「……!」

 

 ふたりはぎょっとした。──金庫の中は空だったのだ、ふたつとも。

 

「ウソ……!?」

「ッ、道理でコレクションの力、使わないわけだ……!」

 

 にもかかわらず、これほどの強さ。ドグラニオの右腕の称号は、伊達ではないのだ。

 

「おのれェっ!!」

 

 デストラの振り下ろすハンマーを飛び退いてかわしつつ、エックスはグッドストライカーの名を呼んだ。そして、

 

「パトレンジャー、U号だ!」

「!」

 

 倒してしまうわけにはいかない。しかし弱らせなければ、この強敵に要求が通るはずもない。

 エックスの意図は、パトレンジャーの面々にも瞬時に伝わった。『イキナリ〜!?』と困惑するグッドストライカーを1号がVSチェンジャーに装填し、

 

『1号・2号・3号!一致、団結!』

 

 三人が文字通り、"融合(U号)"した。

 

「融合だと……小癪なぁッ!!」

 

 憤激するデストラ。しかし彼のボディを、快盗の面々が三人がかりで抑え込んだ。

 

「どけぇ!!」

「ウルセェ!!」

「す、すごい力……!」

「パトレンジャー、急げ……っ!」

 

 拘束は長く保たない。──もとよりU号は、一撃必殺の形態だ。

 

「イチゲキ──」

「「──ストライクっ!!」」

 

 デストラが三人を振りほどくのと、弾丸が風を薙ぐのが同時だった。

 

「────!!」

 

 エネルギーの塊がデストラの巨体を貫き、呑み込んでいく。一瞬の静寂のあとで光が破裂し、轟音とともに爆炎が辺りを赤く染めた。

 

「っし……!」

 

 命中をとった。倒せはせずとも、致命的なダメージを与えることはできたはずだ。

 そう、思っていたのに。

 

「ヌゥオォォォォッ!!」

「!?」

 

 劫火を振り払うようにして現れたデストラの身体には、傷ひとつついていなかった。

 

「ッ、バケモンが……」

 

 あのレッドの口からこんな言葉が飛び出すのだから、一同の衝撃は甚大なものだった。とはいえデストラも、消耗は自覚していて。

 

「私はドグラニオ様に期待されている……!貴様らごときと戯れている暇などないのだッ、──来い!!」

 

 虚空めがけた叫びが巨大な怪物を呼び出したのは、刹那の出来事だった。──"ゴーラム"と呼ばれる、デストラの手勢。それが二体も召喚され、辺り一面を蹂躪する。

 

「ッ!」

「あっ、デストラが!?」

 

 崩落する建造物。その瓦礫の群れのむこうに、デストラの姿が消えていく。真っ先に飛び出したのはルパンレッド、そしてパトレン3号だった。追いすがるふたりを、仲間たちは咄嗟に止めた。

 

「放、せやっ!!」

「今ならまだ……!」

「ムリだよレッド!!」

「危険だ、耳郎くんっ!」

 

 瓦礫だけならともかく、その原因であるゴーラムは今にもこちらを踏み潰さん勢いだ。──ならば、

 

「〜〜ッ、グッディ来い!!」

「!?、どうするのレッド、ブルーもおらんのに!」

「死柄木、てめェが代われ!──ルパンマグナムと、"ビクトリーストライカー(コイツ)"を使う!!」

「!、……わかった」

 

 彼らのやりとりに──蚊帳の外に置かれてしまったがゆえに、切島鋭児郎は違和感を抱いた。

 

(あいつら、何をあんな焦ってんだ……?)

 

 エンデヴァーが異世界に取り残されたことは、快盗たちになんの関係もないはずなのに。

 それを実際に問いただすことは状況が許さない。迫りくるゴーラムに向け、レッドはビクトリーストライカーを射出せんとしていた。

 

『ビクトリーストライカー!』

『グッドストライカー!』

 

『『──Get Set……Ready Go!』』

 

『いくぜ〜!スーパー、快盗ガッタイムぅ!』

 

 グッドストライカーを中心とするところは変わらず、彼と同等の巨躯を誇るビクトリーストライカーが頭部から胴体を、マジックダイヤルファイターと弔の所持していたトリガーマシンスプラッシュが両腕を構成。一挙に寄り集まり、最強の機人を誕生させる。

 その名も、

 

『完成!ビクトリールパンカイザー!!』

 

 

 勝利の名を背負ったルパンカイザー、そしてヒューマナイズされたルパンマグナムは、横並びでゴーラムとの戦闘を開始した。

 

「オラァ!!」

 

 ビクトリールパンカイザーの左拳がゴーラムを強かに殴りつける。その一撃で硬い体皮にヒビが入る。有り体に言って、この機人の性能はゴーラムなど足元にも及ばぬものだった。一方のルパンマグナムは小柄な体躯を活かし、素早い格闘で相手を翻弄している。この戦いの趨勢は既に決まりきっていたし、放ったデストラ自身もそれは織り込み済みだっただろう。

 

「とっとと失せろや……!──グッディ!!」

『ええっもう!?しょうがないなァ!』

 

 次の瞬間、ビクトリールパンカイザーは勢いよく跳躍していた。そのまま元のVSビークルの面影色濃い飛行モードに変形し、ゴーラムの頭上をとる。──そして、輝く鞭のような光線を放った。

 

「!?」

 

 うめき声をあげるゴーラム。──彼のボディは、撓る光線にギチギチと締め上げられていた。もはや、指一本たりとも動かすことはできない。

 

『グッドストライカー、蹴散らしちまえキ〜ック!!』

 

 人型に再変形したビクトリールパンカイザーが、身体を錐揉み状に回転させながら鋭いキックを放つ。ビクトリーのVSビークルでは最大級の出力により、それは格闘技でありながら猛烈な威力を発揮する。ゴーラムのボディーを、完全に穿つほどの。

 

「!!!!!!」

 

 断末魔の絶叫とともに、爆散するゴーラム。──まだだ、もう一匹いる。

 そちらはそちらで、ルパンマグナムのアッパーカットを浴びてノックアウトされたところだったが。

 

 抑え役という役目を十二分に果たしたマグナムは、本来の銃形態になってビクトリールパンカイザーの手中に収まった。エネルギーがその砲身に集まっていく。標的は当然、二匹目。

 

『グッドストライカー、ぶっぱなしちまえマグナム〜!!』

 

 ルパンマグナムから放たれた光の矢が、獲物を呑み込んでいく。朦朧としていたゴーラムの意識はこの一撃にて完全に打ち砕かれ、肉体もろとも消滅したのだった。

 

『ひゅ〜、気分はサイコ「ふたりはジュレに戻れ。中年のことは俺と切島くんたちでなんとかするから」ちょっ……』

 

 グッドストライカーの決め台詞を遮っての弔の言葉に、快盗の少年少女は頷かざるをえなかった。

 

「……わァった。でも情報は俺らにもよこせ」

「ああ」

 

 一分一秒が惜しかった。彼らはそのまま分散し、轟炎司の安否を気遣いながら去っていく。

 

 

──よもやこれが、大いなる波乱の幕開けにすぎないとも知らずに。

 

 

 *

 

 

 

 赤と青、ふたつの劫火がぶつかり合う。

 

 格闘では決着のつかないルパンブルーとパトレン0号の死闘は、いよいよそれぞれの個性の真髄を出し切るところまで来ていた。

 

「ぬぅおおおおおーーッ!」

「……ッ!」

 

 自然界においては、蒼炎のほうが赤い火より温度が高い。実際、その点においてはパトレン0号──荼毘のほうが上回っていた。

 しかしそれは、戦闘における突破力とイコールではない。炎の爆発力においては、かつてエンデヴァーと呼ばれていた男のそれが上回っていて。

 

(俺はまだ……死ねん……!)

 

 こんな、暗闇に染まった異形の巣窟で。氷結とともに消えた焦凍を取り戻すその日まで、自分に敗北は許されないのだ。

 

「うおぉぉぉぉぉーーッ、プロミネンス・バーーーーーーン!!!」

 

 その叫びは、彼の最大火力を発するものだった。全身から火炎が噴き出し、それが十文字を描きながら前方へ放射される。

 

「ッ!」

 

 蒼炎を容易く呑み込み、より勢いを増した劫火の獣は獲物に喰らいつく。漆黒の警察スーツは熱によって破壊され、0号は爆風によって後方へ弾き飛ばされた。

 

「がは……ッ、………」

 

 樹木に叩きつけられた0号。強化服が限界を迎え、もとの青年の姿が露になる。

 尤もそれはブルーのほうも同じだった。最大火力を前には快盗スーツも耐えきれず、轟炎司の生身を晒してしまう。滝のような汗に身を濡らしながら、彼はふうふうと浅い呼吸を繰り返していた。長らく全力で使うことなどなかった個性は、彼の体力をほとんど使い果たしてしまったのだった。

 

──それでも、勝者は自分。そう確信した炎司を嘲笑うかのように、傷ついた青年はくつくつと声をあげた。

 

「くくく……っ、ははははは……!やっぱ、すごいなぁ……あんたは」

「……貴様の敗けだ、荼毘」

「敗けか……そうだな、結局()()はあんたに勝てなかった。あんたより凄い炎を出せるのに、お母さんの体質を受け継いじまったせいで……」

「!、……なにを、言っている?」

 

 当惑する炎司の前で、荼毘は懐から徐にペットボトルを取り出した。何をするのかと思えば……その中を満たす透明な液体を、頭から被っていく。

 

「何を──」

 

 ますます困惑を深める炎司だったが、それは間もなく驚愕へと変わった。黒髪が、液体に侵されたところから白に染まっていく。いや……逆だ。黒く染めていたのを、水で落としたのだ。

 

「自分の炎に身を灼かれる……こんな滑稽なことはないよなァ。そのせいでぼくは、世界でいちばんだいすきなお父さんに捨てられた。でもぼくが死んだときはなんとも思わなかったくせに、"最高傑作(お人形)"のためなら地位も名誉も、何もかも捨てられるんだって。挙げ句、仲間と家族ごっこ!!」

「何、を……言って……」

 

「誰のことを言ってるか、わかるよなァ……?」

 

 ありえない、そんなはずがない。自身に言い聞かせる言葉は、まるで虎落笛のように虚しく響く。

 

「約束だ。教えてやるよ、ぼくが誰なのか」

「……ッ、」

 

「ぼくは……ぼくの名前は────」

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、国際警察の面々を乗せたパトカーが帰路をひた走っていた。

 

「早く……!早くエンデヴァーを救けないと……!」

「落ち着きたまえ耳郎くんっ!……責任を感じるのはわかるが、あれはきみひとりのせいではない」

 

 あの場にいた自分や鋭児郎にも当然、責任はある──天哉の言葉は的を射たものであったが、響香の心を和らげることはできない。

 ともあれ、彼女の焦燥は誤りではないのだ。一刻も早く、彼を救出する方法を考えなければ──

 

「なぁ……なんかないのか、死柄木?ギャングラーの力なしで、あっちの世界に行く方法──」

「……ないことはない。でも、無理だ」

「どういうことだよ?」

「その鍵を持ってンのは……多分、仕掛人(あいつ)だから」

 

 三人を襲い、こちらの世界に押し出した"蒼炎"──荼毘が、向こう側にいるとするなら。

 

(今度こそ、長官(あいつ)から真実を聞き出してやる)

 

 弔の決意とともに、地下駐車場に入庫していくパトカー。──しかし彼が庁舎に足を踏み入れることは、許されなかった。

 

 

「お、おい……どういうことだよ……これ?」

「なんなんです、貴方がたは!?」

 

 突如、四人の前に立ちはだかる機動隊。一様にこちらに銃を向ける彼らを掻き分けるようにして、背広姿の青年が姿を現した。

 

「──お久しぶりです、パトレンジャーの皆さん?」

「あんた……!?」

 

「物間、先輩……?」

 

──物間寧人。別名コピーヒーロー・ファントムシーフ。かつて鋭児郎の後任としてパトレン1号を拝命したものの、短期間でフランス本部へと異動った青年。

 その西洋人に混じっても遜色ない顔立ちに無を貼りつけた彼は、一枚の令状を四人の前に突きつけた。

 

「きみを逮捕する、死柄木弔……いや──」

 

 

「──轟、燈矢だ……!」

 

「──志村、転弧」

 

 

 そして、悪夢がはじまる。

 

 

 à suivre……

 

 




「ずうっと一緒だ、」
「さよなら、」


次回「穢された子供」


「――おとうさん」



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#41 穢された子供 1/3

エンデヴァーといいかっちゃんといい
堀越センセイ拗らせすぎやろ……じゅるり


「きみを逮捕する、死柄木弔……いや──志村転弧」

 

 パトレンジャーの面々の前に、おおよそ半年ぶりに姿を現した青年──物間寧人。彼が突きつけた令状に記された名は、死柄木弔ではなかった。

 

「志村……転弧?」

「何を言っているんだ物間くん、彼は──」

「偽名だったんだよ、死柄木弔は」被せるように、寧人は告げる。「本名は志村転弧。──そうだよな、死柄木捜査官?」

「………」

 

 弔は否定しない。いや、言葉さえ失っている様子だった。誰も見たことがないその姿は、寧人の言葉が真実であることを如実に示していた。

 

「罪状は……わかっているよな?経歴詐称にスパイ行為、それから──」

「スパイって……おかしいだろ!?こいつが快盗と通じてるのは、そもそも潜入捜査官だからで──」

「快盗じゃない、ギャングラーだ」

「!?」

「彼にはVSビークルをギャングラーに横流しした疑惑がかかっている」

「なっ……違う、俺は──」

「──まだあるよ。尤もこれは日本警察の管轄だろうけど……」

 

 

「──殺人……!?」

 

 長官執務室に乗り込んだ警察戦隊管理官・塚内直正は、当の長官から弔の罪状を聞かされ驚愕を露にしていた。

 

「どういうことだ?死柄木……いや志村転弧が、そんなこと──」

「事実だ、尤も刑事責任を問えるかは別の話だけどね。何せ十五年も前の話だから」

「ッ、それはともかく……信じられない。彼がギャングラーに通じていたなど」

「私だってそうさ、でも容疑がかかっているのは事実だ。敵と通じているかもしれない人物を、野放しにはしておけない……そうだろう?」

「………」

 

 確かに、それは一理ある。そもそも名を偽っている時点で、拘束するには十分な理由になるのだ。

 しかし塚内は、以前から抱いていた疑念が深まるのを感じざるをえなかった。八木は……旧友はいったい、この先に何を見ているというのか。

 

 

 戻って、地下駐車場。罪状を読み上げた寧人が、機動隊ともども弔に迫ろうとしていた。

 

「さあ、志村転弧。おとなしく──」

「──待てよ!!」

 

 そう叫んで、双方の間に割り込んだのは──他でもない、切島鋭児郎だった。機動隊の面々に対抗するかのように、彼はVSチェンジャーを構えている。

 

「なッ……切島!?」

「切島くんっ、やめるんだ!そんなことをしたらきみまで──」

「だったらッ!!──このまま死柄木に、濡れ衣着せても良いってのかよ!?」

「そうではない!!」

 

 天哉も響香も、──名を偽っていたことはともかく──弔にかかった容疑など、鵜呑みにはしていない。だが本部から派遣されてきたであろう捜査チームに対し、銃を向けるなど──

 

「問答無用、障害は排除する」

「!!」

 

 寧人の瞳が鋭い光を帯びる──それを認めた鋭児郎は刹那、VSチェンジャーの引き金を引いていた。光弾が、彼らの足下に着弾する。

 

「ッ!」

 

 思わず怯む寧人たち。その隙を突いて、鋭児郎は弔の手をとった。

 

「逃げるぞ、死柄木っ!」

「!」

「な……切島くん!?」

「切島!」

 

 仲間たちの声にも耳を貸さず、鋭児郎は弔ともども再びパトカーに乗り込んだ。勢いよくアクセルを噴かし、駐車場を飛び出していく。

 

「ッ、……こちら物間。切島鋭児郎が容疑者を連れて逃亡」

 

「──わかった、追ってくれ。抵抗するようなら発砲も許可する」

「なっ……俊典!?」

 

 身を乗り出しかける塚内を、八木は手で制した。

 

「今、呼び捨てはまずいよ。向こうに聞こえてしまう」

「ッ、申し訳……ありません。長官、」

 

 

(切島くん、死柄木捜査官……!)

 

 ふたりを案じる気持ちさえ、今は表に出すことも許されなかった。

 

 

 *

 

 

 

──荼毘が名乗ったのは、死んだはずの我が子の名だった。

 

 轟炎司にとって、それは忌むべき過去そのもの。目を背け続けてきた、罪の象徴だった。

 

「燈矢……だと?」

「そうだよ?──十年ぶりだね、おとうさん!」

 

 両手を広げ、先程までとは別人のような満面の笑みを浮かべる荼毘。顔かたちは火傷のせいで随分と変わってしまっているが、その純朴な表情には確かに息子の面影があった。

 しかし、彼の言葉を受け入れることはできない。──受け入れられる、はずがない。

 

「ふざけるな……!燈矢は死んだ、十年前に!」

「……死んだ?」

「そうだ!!許されない、嘘だ……!」

 

 荼毘はにっこりと笑みを浮かべたまま、事実を確認するように言葉を紡いだ。

 

「"個性が暴走して起きた事故"、表向きはそういうことになってるんだよね。……でもおとうさんも、家族の誰もほんとうはそうじゃないと思ってる。そうでしょう?」

「……ッ、」

 

 そうだ──燈矢の死は事故などではない。故意、

 

 つまり、自殺だ。

 

「……燈矢は、独りで死んだ……。骨のひと欠片を遺して……それ以外、言葉も何も……」

「……何も遺さなかったのは悪いと思ってるよ」笑みを消し、殊勝な表情を浮かべる荼毘。「でも発作的だったんだ、自分でも笑っちゃうくらい」

 

「それに……肉体は、ここにこうしてあるわけだからさ」

「ッ、──黙れ!!」

 

 激情のままに、全身から火炎を噴き出す炎司。これ以上目の前の男が戯けたことを抜かしたら、全力で焼き尽くしてしまうかもしれない。──殺意。ヒーローとして二十余年、活動している最中にも、それだけは抱かぬよう自らを戒めていたというのに。

 

「ハァ……まだ信じてくれないんだ。頑固なのはほんと、昔から変わらないな」

 

 ため息をつくや否や、荼毘は漆黒のVSチェンジャーを持ち上げた。身構える炎司だったが、相手はそれより先に、

 

 銃を、その場に落とした。

 

「……!?」

「じゃあ良いよ、燃やせば?」

「な……っ」

「おとうさんの炎に灼かれるなら、ぼくは本望だ」

 

 両手を広げ、無抵抗の意を示す荼毘。──そうだ。死んだ息子の名を騙る、邪悪な男。ここで消してしまえば、証拠も何も残らない。

 かつてヒーローだった男には、あるまじき思考。しかしそれとは裏腹に、湧きあがった殺意が急速に萎えていくのを、炎司は感じていた。

 

 ──荼毘(この男)はほんとうに、燈矢なのかもしれない。

 

 その疑念がひとしずくでも心に落ちてしまえばもう、力を振るうことなど不可能だった。

 

「………」

 

 纏った炎が消えていく。残されたのは、哀れな父親の身体ひとつだった。

 

「信じてくれたんだね、おとうさん!」再び満面の笑みの荼毘。

「……俺は……、」

「ぼく、知ってたよ。おとうさん、ほんとうはすごく優しいんだって。ぼくを見捨てたのだって、ぼくが自分の個性で傷つかないようにするためだったんだよね?ぼく、ぼくね、そんなおとうさんのことが──」

 

 

「──だいすきで……だぁいきっらい」

 

 刹那、荼毘の纏った黒衣の隙間から、鈍い緑色の光が洩れた。今のはなんだと我に返ったのもつかの間、炎司の身体を異変が襲う。

 

「うぐ……あ……!?」

 

(身体が……熱い……!?)

 

 炎を使ったときとはまったく違う、体内をつくり替えられていくような感覚。立っていることもできず、炎司はその場に膝をついた。

 

「おま、えは……」

「大丈夫だよ、おとうさん」遮るように言い、「疲れたろ、今は眠りなよ。次に目が覚めたときには、もう……」

 

(もう……なん、だ……?)

 

 思考も、最後までは保つことができず──炎司の意識は、暗闇に閉ざされたのだった。

 

 

 *

 

 

 

「ふぅむ……。わかっちゃいたが、人間どもは随分賑やかだな」

 

 自らの屋敷にて、独りごちるドグラニオ・ヤーブン。側近から事前に報告を受けていたというのもあるが、屋敷の傍で起こった騒乱に彼が気づかないはずもなかった。

 

「それに……おまえがここに来るのも珍しいじゃあないか」

 

「──ザミーゴ、」

「………」

 

 「Hola」と、気取った挨拶を返す氷の魔人──ザミーゴ・デルマ。自身の制御下にない男の来訪だが、そのことについてドグラニオが気をやる様子はなかった。

 

「せっかくの祭りだろ?水臭いじゃないか、声をかけてもくれないなんて、さ」

「俺に言われてもな。デストラやゴーシュが進めていることだ」

「へぇ……その様子だと、もう後継者は決めたのかい?」

「フッ……未練か?」

「まさか、俺は自由にやるだけさ。これまでも、これからもね」

 

 勧められた椅子に座ることもなく、ザミーゴは踵を返した。

 

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら……ハハハハッ」

 

 紡がれる謠に、果たしてどのような意味があるのか。少なくともドグラニオにとっては取るに足らないことであり、せいぜい微かな愉しみであった。

 

 

 *

 

 

 

 朝は抜けるような紺碧が広がっていた空が、鈍色に染まりつつある。

 彼方に雷鳴の音を聴きながら、切島鋭児郎は深々とため息をついた。外の様子を窺いつつ──踵を返して、臨時の潜伏場所とした工場内に戻る。

 

「とりあえずは、撒いたみたいだぜ」

「………」

「……大丈夫か、死柄木?」

 

 廃材にぐったりと身を預けた弔。そんな状態で返答がないものだから、心配になって鋭児郎は訊いた。尤も、肉体の面ではもとより故障などないのだが。

 

「そりゃ、こっちの台詞だよ」

「え?」

「容疑者と一緒に逃げたりなんかして……きみ、これからどうするつもりだよ。国際警察にいられないどころか、ヒーローだって──」

「……そうだよなぁ、困ったな」

 

 困ったと言いつつ、苦笑を浮かべる鋭児郎。自身の人生にかかわることだというのに、真剣に憂えているようには微塵も見えない姿。

 

「でも……おめェが無実の罪で捕まるの、指くわえて見てるなんてできなかったんだ」

「無実って……ははっ、なんの根拠があるんだよ」

「この何ヶ月、ずっと一緒にやってきたんだ。それで十分だろ?」

「………」

「おめェはギャングラーに通じるようなヤツじゃないよ、絶対に」

 

 断言する鋭児郎。その瞳は曇天とは裏腹に深く澄んでいる。そうだ、彼はこういう青年だ。一度信じると決めた相手は、とことん信じ抜く。──自分とは、違う人間だ。

 

「……確かに、ギャングラーに装備を横流ししたのは俺じゃない」

「だよな!」

「でも──人を殺したのは、事実だって言ったら?」

「えっ……?」

 

 言葉を失う鋭児郎に皮肉めいた笑みを投げかけると、弔は端末を取り出した。──いずれにせよ、いつまでも隠れているわけにはいかない。救け出さねばならない仲間が、いるのだから。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、爆豪勝己と麗日お茶子は焦燥感に苛まれながらジュレにこもっていた。仲間が異世界に囚われた──しかし快盗として轟炎司の救出に動くわけにはいかないし、民間人としてなら当然何もできない。せいぜい、警察に届出を出すくらいか。

 

「ああぁ、どうしようどうしよう……!」

「……せーな、丸顔。気が散る」

「だって!死柄木さんからも連絡ないし、こういうときに限って黒霧さんは来ないし……!」

「………」

「ってか爆豪くん、さっきからなに調べて──」

 

 そのときだった。勝己の手の中にあったスマートフォンが、激しく震え出したのは。

 

「!」

 

 表示された名を見て、即座に受話する。果たして聞こえてきたのは、かすれた青年の声で。

 

『……やァ』

「チッ……遅ぇわ。進展は?」

『悪いけど……それどころじゃなくなった』

「あ?」

 

 どういうことだ──訝しんで訊く勝己に対し弔が語った顛末は、彼らを驚愕させるに十二分のものだった。

 

「……わァった、すぐ行く」

 

 通話を切り、スマートフォンを内懐に仕舞い込む。その動作が妙に緩慢なものに、お茶子には見えた。

 

「……ねえ、どしたん?死柄木さん、なんか変──」

 

 彼女の問いかけは、半ばで途切れた。──そこでようやく気づいたのだ。勝己の手は震えていて……それゆえ、彼らしからず動きが鈍いのだと。

 

「ば、爆豪くん……?」

「……死柄木が、警察を追われた」

「えっ……?」

「クソ髪も一緒らしい。俺らも合流すんぞ」

 

 平坦に聞こえる声は、動揺を押し殺しているからか。いずれにせよお茶子に、これ以上この場で説明を求める権利は与えられなかった。

 

 

 ぽつりと、雨粒が滴り落ちた。

 

 

 

 

 

 



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#41 穢された子供 2/3

先日は【僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 Another EPISODE AGITΩ&G3】の話を誤って投稿してしまい、大変申し訳ございませんでした。ちょうどYouTubeの鎧武配信を観ていたためすぐに気付くことができませんでした…


しかし炎司サンの過ちに比べれば可愛いものです(キリッ


 

 ひくり、ひくりと、こどものしゃくりあげる声が聞こえる。

 

「……やだよ、おとうさん……っ、やだよぉ……っ」

 

──……燈矢?何を、泣いている?

 

 長男は、答えない。暗い部屋の片隅で、こちらに背中を向けたまま蹲っている。

 

「捨てないで……!ぼくを、捨てないでよ……っ!」

 

──何を、言っている?

 

 捨てるなんてこと、あるわけがない。燈矢、おまえは俺の夢を継ぐ者ではなかった。それだけのことだ。おまえはかけがえのない、俺の──

 

「……うそつき、」

 

 言葉を、失った。──振り向いた我が子の顔は……焼け爛れ、皮膚が腐り落ちていた。

 

 

「──ッ!?」

 

 自分自身の声にならない悲鳴に揺り動かされるようにして、轟炎司は飛び起きた。はあ、はあと、荒ぶった呼吸が脳髄に響く。

 

(俺は……そうだ、あのとき──)

 

 未だぼんやりした頭を回転させ、記憶を手繰る。対峙する荼毘の……死んだ我が子を名乗る男から妖しい光が放たれ、途端に異変が生じた。そのまま、気を失ってしまった──

 

 しかし、ここはどこなのか。古い西欧式の部屋に、自分の身体を受け止める柔らかいベッド。寝室のようだが明らかに長年ひとの手が入っておらず、半ば廃墟のような有り様で。

 

「あぁ、もう起きたんだ──おとうさん?」

「ッ!」

 

 弾かれたようにそちらを見遣れば、出入口を塞ぐように立つ痩身のシルエット。差し込む僅かな光を背に浴びて、継ぎ接ぎの顔が露になっている。

 

「荼毘ッ、貴様──!」

 

 怒声をあげかけて……ようやく、違和感に気がついた。

 自分のものとは思えない、声の甲高さ。喉を押さえようと反射的に動いた手は、ひと目でわかるほど小さく、丸みを帯びたものとなっていて。

 

「なん、だ……これは……?」

「あれ、まだ気づいてなかったんだ。──じゃあよく見るといいよ……今の、自分の姿」

 

 言うが早いか荼毘は、扉近くに立て掛けてあった布のかたまりを、勢いよく引き剥がした。隠されていた大鏡が、そこに映る己の姿が晒されて、炎司は言葉を失った。

 

──子供、だった。幼児といって差し支えない年齢の小さな子供が、大きな碧眼を見開いてこちらを凝視している。

 

 細胞を若返らせる個性、生物を小さくしてしまう個性──瞬時にそんな思考が浮かぶ。しかしそのどれも、蒼炎を操るこの男には当てはまらないはずだ。

 

「荼毘……貴様、俺に何をした……!?」

「………」

 

 一瞬の沈黙のあと──炎司の髪を、節くれだった手が掴んだ。

 

「痛……ッ!?」

「……燈矢って呼んでくれなきゃヤだよ、おとうさん」

 

 顔を近づけ、優しげな声で強請る。一致しない言動に脳が混乱を来しそうになる中、炎司はヘルフレイムで抵抗しようとする。

 しかし、

 

(個性が……出ない……!?)

 

 いくら手に力を込めても、何も起こらない。──炎司の肉体は、個性が発現する以前の状態にまで退化してしまっていた。つまり今の彼は、ただの幼子も同然で。

 

 いよいよ生命の危機を覚えはじめる炎司だったが、意外にも荼毘はすぐに手を放した。小さな身体が再びベッドに投げ出され、スプリングが甘く軋む。

 

「ぼくが何したか、知りたい?」

 

 荼毘が、コートのジッパーに手をかける。そしてそのまま、破れても構わないとさえみえる勢いで引き下ろした。

 

「……ッ!?」

 

 炎司は再び絶句した。露になった、痩せた胴体。顔と同様爛れた皮膚が継ぎ接ぎになっているのはまだ、予想の範疇だった。

 

 

──そこには、鈍色の金庫が埋め込まれていたのだ。ギャングラーのものと、まったく同型の。

 

「ッ、貴様、やはり──!」

「違うよ」

 

 ギャングラーの擬態だったのかという炎司の、願望ともいえるような推測を、荼毘は即座に否定した。

 

「貰ったんだ。ぼくの願いを、かなえるためにね」

「ねが、い……?」

 

 その言葉に思いを致そうとしたときだった。

 

「──ぐ、あ……ッ!?」

 

 炎司は堪らず頭を抱えていた。脳を乱暴にかき混ぜられるような強烈な頭痛が、なんの前ぶれもなく襲ってきたのだ。

 

「あーあ……中途半端に目ぇ覚ますから」

「とう、や……ぁ……!」

「あっ、燈矢って呼んでくれた!」

 

 少年を通り越し、同じ幼子のように歓喜を露にする荼毘。彼がこの状況をもたらしているのだということも忘れ、炎司の手は救いを求めようともがく。

 荼毘は左手でそれをそっと握り、

 

 右手で、炎司の口に布を押し当てた。

 

「む゛ぅ……ッ!?」

 

 アルコールのような匂いが鼻腔を満たしたかと思えば、急速に意識が遠のいていく。薬を嗅がされたことははたらきを鈍らせていく頭でもわかったけれど、それはなんの解決にもなりはしなかった。

 

「……ぅ、………」

 

 完全に脱力し、くたりと凭れかかるちいさな身体。その頭をくしゃりとひと撫ですると、荼毘は炎司を再びベッドに横たえた。

 

「……おやすみ、おとうさん」

 

 そう独りつぶやいて、立ち上がろうとしたときだった。

 

「──ッ、ぐふ……!」

 

 突然喉の奥から何かがせり上がってきて、荼毘は堪らず口を押さえた。びしゃりと、掌が濡れる感触。

 徐にそれを見れば……液体とも固体ともつかないような、赤黒い塊で。

 

「──あら、副作用が出ちゃったみたいね」

「!」

 

 女の声に振り向けば、そこには声からは想像もつかない異形の怪物──そして、一つ目の大男の姿。

 

「……お前らか。何?」

「何とはご挨拶ね、私もデストラも手を貸してあげたのに。……あら?」

 

 ベッドで眠る炎司の姿を認め、ゴーシュ・ル・メドゥは「あらぁ」と甲高い声をあげた。

 

「これがルパンブルー?随分可愛い姿になっちゃって……フフフ、いっぺん切り刻んでみたいわ」

「……これは俺のだ、寄るな」

「わかってるわよ、フフフっ」

 

 妖艶かつ不気味に微笑うゴーシュを押しのけるようにして、デストラ・マッジョが迫ってくる。

 

「そんなヤツのことなぞどうでもいい、約束の物はどうした?」

「チッ……せっかちだな。ほらよ、」

 

 ため息混じりに、"それ"を投げ渡す。──サイレンストライカーと名付けられた最強のVSビークルはこうして、最強のギャングラーの手に渡ってしまった。

 

「ご協力感謝するよ、次期首領殿?」

「……まだ決まったわけではない」

 

 ぶっきらぼうに言い捨てると、デストラは踵を返して去っていく。ゴーシュはというと、

 

「私は近くにいるから、体調が悪くなったらいつでも声をかけてちょうだい……フフフフっ」

 

 表向き親切な言葉だが、迂闊に頼れば生きたままバラバラにされかねない。ギャングラーを安易に信用しない程度の分別は、荼毘にもあった。

 

 

 *

 

 

 

 降り出した雨は、四半刻もしないうちに土砂降りへと変わった。

 

 大粒の水滴が絶えず鉄筋を叩くのを窓越しに聴きながら、八木俊典は部下の報告を受けていた。

 

「逃走した切島鋭児郎と死柄木……志村転弧ですが、現在のところ発見には至っていません。防犯カメラの映像から、天神町近辺に潜伏しているとみて、捜索範囲を絞っています」

「そうか。……彼らは銃火器やVSビークルを所持している。ないとは思いたいが、一般市民に危険が及ぶことも想定しなければならないね」

「心得ています。引き続き、捜索に全力を挙げます」

「よろしく頼む。……すまないね物間くん。日本に帰ってきて早々、つらい任務を引き受けてもらって」

 

 八木の労りの言葉に、寧人は初めて相好を崩した。

 

「まぁ、汚れ仕事には慣れてますんで。それより残りの連中、どうするんです?放っておくと暴発するかもしれませんよ」

「そうだね……。では、彼らの監視も頼んでいいかい?」

「了解しました」

 

 いちおう警察官らしく敬礼を返すと、寧人は踵を返した。──尤も彼の本職は、鋭児郎と同じくヒーローなのだが。

 

「……人遣いの荒いことで」

 

 扉を閉めたところで、ぼそりと毒づく。垂れた碧眼に冷たいものを宿らせながら、寧人は歩き出した。

 

 

 同じ庁舎内では、寧人曰く"残りの連中"が確かに暴発寸前の状態に達していた。

 

「管理官ッ!上層部はいったい何を根拠に、死柄木くんに容疑をかけているんです!?」

 

 飯田天哉に詰め寄られた塚内管理官は、珍しく苛立った表情でそれに対した。

 

「そんなことッ、俺だって知りたい!!……ウエに照会しても、ろくな回答がないんだ」

「……ッ、」

 

 確かに、塚内を責めるのはお門違いだ。しかし仲間の受難は、彼の硬質な精神に楔を打ち込んでいた。もとより激しやすい性質を、彼は改めて自覚せねばならなかった。

 そんなとき、警察戦隊"五人目"の仲間が声をあげた。

 

『──あ……ありました!志村転弧!』

「!」

 

 事務用ロボット、ジム・カーター。その言葉に、面々は彼のもとに集った。

 

『見てください、十五年前の記事です!』

 

 モニターに表示された、なんの変哲もない新聞記事。──とある一家の惨殺事件について、淡々としたテクストで掲載されていた。世帯主の男性、その妻、妻の両親、娘……飼い犬に至るまで、全身を跡形もなく"壊された"状態で死亡していたと。

 

「"一方、志村転弧くん五歳の遺体は発見されておらず、警察は何者かにより拉致されたか、なんらかの事情を知っているとみて捜索を続けている"……」

 

 そして、ちいさく掲載された顔写真……黒髪の可愛らしい少年は、特徴的な顔立ちではなくて。弔に似ていると言われればそうだが、ほんとうに同一人物か断定しがたい。

 いや……その紅い瞳だけは、確かにその面影を残していた。

 

「この子供が……死柄木……」

「!、まさか殺人とは……一家を殺害したのは、彼だと?」

 

 そんな馬鹿な、と天哉。だって弔……志村転弧はたったの五歳だ。五歳の子供が一家全員を惨殺した?

 

「──御名答、飯田さん」

「!」

 

 振り返れば、いつの間にか寧人が壁に凭れかかるようにして立っていた。──かつて、短期間とはいえ仲間だった青年。本来なら、諸手を挙げて歓迎したいところだったが。

 

「物間くん……こんな形で再会するとは思ってもみなかった」

「僕もです。まあ、人生なんて不条理なモノですから」それより、と寧人。「老婆心ながら申し上げますと、皆さんは非常に拙い立場に置かれています。志村転弧はともかく、烈怒頼雄斗まで一緒に逃亡してしまったわけですから」

「ッ、そんなことわかってる!だいたい、今はこんなことしてる場合じゃないんだよ!民間人が、ギャングラーの世界に捕らわれてるんだ……!」

「………」

 

 寧人が沈黙したところで、塚内が切り出した。

 

「我々は捕らわれた民間人を救出しなければならない。……何よりそれが、優先すべき責務だ」

 

 

 

 弔の過去や素性のことは、直接本人に問いただす。──いけ好かないところもあるが、それでも彼はともに命がけで戦ってきた仲間なのだ。

 

「そうですか。……そうですよね」

 

 瞑目した寧人は、静かな笑みを浮かべた。そこに普段の彼のような、皮肉めいたいろはなくて。

 

「ジム・カーター。ちょっと端末を貸して」

『えっ?』

「大丈夫、悪いようにはしないから」

 

 そんなことを言われてもと、助けを求めるように上司を見やるジム。視線を向けられた塚内は、寧人を一瞥し……頷いた。

 

「ジム、彼の言う通りに」

『あうう……わかりましたぁ』

 

 退くジムと入れ替わりに、端末の前に腰掛ける寧人。新聞記事がいったん閉じられ、代わりに街を映し出したマップが表示される。

 

「これは?」

「現状、ふたりが潜伏しているとみて捜索を行っている地区。……なんだけど、実際に僕が目星つけてるのはここ」

 

 マップを北に移動させる。──そしてズームアップされたのは、実際に捜索が行われている天神町から500メートルほど離れた地点で。

 

「行ってみると良いよ。僕はこれから捜索隊に合流しますけど」

「物間、あんた……」

 

 フランスがよく似合う日本人離れした顔立ちは、相変わらず何を考えているのかよくわからない。ただ鋭児郎と同じ雄英高校出身のプロヒーローであり、かつて快盗と協力してでもギャングラーの体内に囚われた自分たちを救出してくれた。

 

──そんな、自分たちのよく知る物間寧人を、今は信じるほかなかった。

 

「管理官、」

「わかっている。──ふたりとも、出動だ」

 

 待ち望んでいた命令に最敬礼をもって応じると、パトレンジャーはタクティクス・ルームを飛び出していった。

 

 彼らふたりの背中を見送ったあと、

 

「……では、僕もこれで」

 

 自身も踵を返して去ろうとする寧人を、塚内が呼び止める。

 

「情報提供、感謝する」

「ははっ……どうですかねぇ?皆さんを引きつけておくための餌、かもしれませんよ」

 

 でなくとも、そこに弔たちがいるというのは寧人の見立てにすぎないのだから。

 しかし塚内は、寧人の言葉に動揺することはなかった。

 

「……一週間、たった一週間だが、きみは俺の部下だった。きみの心根は、それなりに把握してるつもりだ」

「………」

「きみも、どうか気をつけて」

 

 その言葉に応えることなく、寧人もまた去っていった。

 

『だ、大丈夫でしょうかぁ〜……』

「……今は、信じるしかない」

 

 寧人のことも、部下のことも──弔のことも。

 

 

 その選択の責任を負うことが、大人の役目だ。

 

 

 *

 

 

 

 降りしきる雨は、工場の軒下をも濡らしはじめている。

 

「死柄木。腹、減らねえか?」

 

 雨風を背にしつつ、切島鋭児郎は潜伏仲間に訊いた。相手からの明確な返事はない。ただほんのわずか、分厚いグローブに包まれた指が動いたことで、耳に入っていないわけでないことはわかった。

 

「あ……悪ィ。志村……って、呼んだほうがいいか?」

「……そう思う?」

「え?」

「何もわからない赤ん坊のときに付けられた名前と、自ら望んで名乗った名前……どちらが、"真実"なんだろうな」

 

 独りごちるような問いかけに、鋭児郎は答をもたない。ただその姿にほんのわずか、彼の過去を垣間見たような気がした。

 

「俺は、どっちでも良いよ」

「?」

「おめェが志村なんとかでも、死柄木でも。どっちだろうが、おめェはおめェ……俺のダチだ」

「………」

 

 その言葉にぬくもりを見たかのように、弔は微笑を浮かべた。名乗りの通り"死"を想起させる血のいろをした瞳を、やわらかく細めて。

 

「切島くん……きみはほんと、優しいよなァ」

「いやそんな……俺はただ──」

「……でもその優しさが、かえって相手を追い詰めることもあるんだよ」

 

「──そうだよなァ、ルパンレッド?」

「!」

 

 はっと顔を上げた鋭児郎。──その視線の先には、土砂降りの中で立ち尽くす仮面の少年少女の姿があった。

 

 

 *

 

 

 

 轟炎司は夢うつつの中にいた。頭には濃い靄がかかったまま、身体だけがふわふわと浮いているような感覚。

 ここはどこだろう、自分は今なにをしているのだろう。判然としない記憶、しかし誰か、男の野太い声がどこかでしきりに覚醒を促している。

 

「あれ、もう起きた?」

 

 その声に割り込むように、まだ年若い男の声がする。滲んだ視界の片隅に、声の主であろう青年の姿が覗いた。

 

「流石に薬の量が少なすぎたか?でも、ガキの身体だからなァ……」

 

 このおにいさん、だれなんだろう。なにをいっているんだろう?

 暫し青年をぼんやり見上げていた炎司だったが、刹那、電撃が奔ったかのような錯覚とともに我に返った。

 

(ッ、俺は、何を……!?)

 

 目の前の男──荼毘に薬を嗅がされた記憶が甦る。そうして眠っている間に、身体ばかりか精神までも幼児に退行しつつあるようだった。

 まずい、このままでは。どうにか逃げ出さなければ……いやそれだけでは駄目だ。もとの身体に戻る方法を見つけなければ……このまま、俺は──

 

 しかし現実に、今の炎司は個性も発現していないようなちいさな子供でしかなくて。

 

「むぐ……っ!?」

 

 起き上がろうとした途端、再び布を鼻口に押しつけられる。呼吸を止めてやり過ごそうとするが、幼児の身体でそう長い時間耐えられはしない。

 

 炎司は結局、布に染み込んだ薬を吸引してしまい──荼毘の腕の中で、深い眠りに落ちていくのだった。

 

 



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#41 穢された子供 3/3

菜奈さんと弧太朗関係の経緯が原作と微妙に違うのは
伏線のようなそうでもないような


 隠伏のさなかの思わぬ訪客に、切島鋭児郎はすぐには二の句が継げなかった。

 

「……おめェら、どうしてここに……?」

 

 ようやく、その問いだけは絞り出す。尤も答えたのは、目の前の少年たちではなかったが。

 

「俺が呼んだんだよ、きみが様子を窺いに出てる間に」

「!?」

「少しでも戦力が要るだろ、これからやらなきゃいけないことのためには」

「やらなきゃいけないことって……エンデヴァーの救出か?」

「他に何があるんだよ」

 

 いやもちろん、パトレンジャーとして何より優先すべき任務ではあるが。自らが逃亡者となってしまった弔が、未だそれを遂げようとしているとは。

 

「でも快盗、おめェらは──」

「──民間人なんざどうでもいい」遮るように言うレッド。「だがなァ、俺らも異世界(あっち)には用があンだよ」

「え……?」

 

 レッド──勝己が何を言うつもりなのか、弔はおろかお茶子ですら知らされていない。仮面のおかげで鋭児郎に表情を違和感をもたれることはないが、内心では固唾を呑んでいた。

 

「VSチェンジャーとビークルを、ギャングラーに奪われた。ブルーのをな」

「は!?」

「!」

 

 目を丸くした鋭児郎に対して、弔は内心「そう来たか」と得心していた。それなら、この場にブルーがいない不自然さも一応は誤魔化せる。

 

「ハナシはわかった?」

「お、おう」

「なら早く行こう。ここもいつ見つかるかわかんないし」

「あっ、ちょっと待「待てや」──!」

 

 鋭児郎に被せて呼び止めたのは言うまでもない、勝己だった。

 

「てめェが国際警察に追われてる理由……ギャングラーに通じてたっつーのは、ほんとうに事実じゃねえんだな?」

「!?」

 

 思わぬ問いに言葉を失う鋭児郎に対し、弔は小さく頷くだけだった。

 

「証拠は?」

「ッ、おい!」

「ちょっ……レッド!?」

 

 なおも問いつめるレッド。仮面から覗くその瞳は、冷徹そのもので。相対する弔もまた、静かな表情でそれを受け止めていた。

 ややあって彼は、ため息とともに壁に凭れかかった。

 

「"悪魔の証明"って、知ってる?」

「えーっと……なんやったっけ?」

「……存在しねえモンをねえって証明すンのは、不可能だっつーハナシだろ」

「ははっ。流石、博識」

 

 いつもの皮肉も、勝己を怒らせるほどのキレはないようだった。

 

「しかも、真実を混ぜ合わせているから性質が悪い」

「……真実?」

「それって、まさか……」

 

──人を殺したのは、事実だって言ったら?

 

 先の言葉を思い起こす鋭児郎。対する弔は、自嘲めいた笑みを浮かべて"それ"を語りはじめた。

 

「こんなときにナンだけど、少し昔話するぜ。ま、邪魔が入ったらそれまでだけど」

「………」

 

 それが突拍子もない発言でないことくらいはわかる。聞く三人は黙って、彼の言葉の続きを待った。

 そして、

 

「──昔々、あるところにとある女ヒーローがいました」

 

 そんなありふれた語り口から、"昔話"は始まった。

 

 

「その女は笑顔がまぶしい、誰からも愛されるヒーローでした。そんな彼女にはコタロウくんという、ひとり息子がいました。彼女は多忙の極みの中で、コタロウくんをそれはそれは大事に育てました。親子ふたり、彼女は幸せでした」

 

「でも、そんな幸福も長くは続かなかった」

 

「ある日、彼女はモノ言わぬ骸となって帰ってきました。たったひとりのおかあさん、その無残な亡骸を目の当たりにしたコタロウくんの心は深く傷つきました。コタロウくんはおかあさんを奪ったモノを憎みました。──切島くん、なんだかわかる?」

「えっ!?」

 

 聞き入っていた鋭児郎は、当然ながら慌てた。

 

「……その、巨悪じゃねえのか?」

 

 弔は笑った。

 

「まァ、普通はそう考えるよな」

 

「コタロウくんが憎んだのは他人のために自らの、自らの家族を不幸にして憚らない"ヒーロー"という存在そのものでした」

「……!」

 

 皆が言葉を失う中で、弔は静かに語り続ける。

 

「コタロウくんは母の遺伝子を受け継いでとても優秀だった。里親に惜しみなく育てられたことで立派に成長し、実業家として成功を収めた。彼はとある女性と結婚し、子供をふたり設けた。……それでも、彼の傷ついた心は癒やされることがなかった」

 

 そこからは、目を閉じれば浮かんでくる光景だった。裕福な家庭、優しい母と、母の両親、大好きな姉と飼い犬。

 でも、父親は──その顔を思い出そうとすることは、弔にとって大きなストレスだった。ただ……形は違えど同じように父権の強い性格の仲間と接しているうちに、少しはあきらめもついたけれど。

 

「子供たち……とりわけ下の男の子は、他の子供たちと同じようにヒーローが好きになりました。でもコタロウくんの言いつけで、家でヒーローの話をすることは許されなかった。子供たちも、奥さんも、奥さんの両親も、みんなコタロウくんに怯えていました」

 

 そして、ある日──

 

「子供たちは、コタロウくんの書斎に忍び込みました。そこで、コタロウくんのおかあさんの写真を見つけました。コタロウくんのおかあさん……自分のおばあちゃんが、ヒーローであることもそのとき知った」

 

「でも……忍び込んだことを、コタロウくんに知られてしまった」

 

「おねえちゃんは忍び込んだのを、弟のせいにした。言い出したのは自分だったのに。男の子はコタロウくんに叩かれ、外へ放り出された。誰も……誰も救けてはくれなかった……っ!」

 

 感情の滲む声。そこで一度言葉を切り、弔は呼吸を落ち着けた。

 

「……その日の夜でした。彼……志村転弧の個性が、発現し(めざめ)たのは」

 

 不意に、弔がグローブを外す。初めて目の前で晒された右手は、常に隠れているせいか他と比べて肌が白い。

 しかし、その手が傍らの廃材に触れた途端、異変が起きた。ビキビキと音をたてて、廃材にヒビが広がっていく。それは触れた箇所から全体へ拡がっていき、

 

「……!?」

 

 皆が、息を呑んだ。廃材は粉々に砕けたばかりか、砂とも灰ともつかぬものになってその場に崩れ落ちたのだ。

 

「転弧の個性は"崩壊"という、世にも恐ろしいものでした。精神の安定を失った子供がそんなものを手にしたら、どうなるかは想像に難くない」

「………」

 

 転弧の個性は最初に抱きしめた飼い犬を殺した。自分の手の中でぼろぼろに崩れて死んだたった一匹の理解者。そうして転弧少年の精神も完全に崩壊した。

 救けを求める手は、それとは裏腹に家族をも害した。姉も、祖父母も、母も、みんな死んだ。

 

 そして、最後に──

 

「……それは、殺人とは言わねえだろ」

 

 彼らしくない押し殺した口調で反駁したのは、いちばん近くにいた鋭児郎だった。

 

「個性の暴走による事件は、あちこちで数えきれねーくらい起きてる。中には被害者が亡くなったモンだってある。……でも暴走が原因だってわかれば、それは事故として処理される。まして、おめェは子供だったんだろ?それなら──」

「──話はまだ終わってないぜ、切島くん」

 

 遮るように、弔は言った。

 

「俺は確かに()()()、自分の意志で殺してるんだよ」

「……!」

 

 今でも思い出す。父親に殴られた痛み、そしてその顔面を掴み、自らの手で"壊した"瞬間の途方もない快感。

 

「……わかったろ?死柄木弔の皮を被っていた志村転弧っつー人間が、いかに悍ましい化け物か」

 

 静かに首を傾け、聞く者たちを見遣る弔。そして、静かに笑う。

 

「ははっ……そりゃ、そういう表情(かお)になるよなァ。ほんとの俺は、不審者どころの騒ぎじゃなかったワケだ」

「………」

「とはいえ快盗諸君、俺らはルパンコレクションを回収しなきゃならない。それまでは協力してくれよ、なァ?」

「……てめェがギャングラーに通じてねえなら、それで良いわ」

 

 感情を抑えた声で、勝己は応じた。快盗にとって必要なのは好き嫌いではない。目指すものが同じであること、目指すもののためにお互い使えるか使えないか──それだけだ。尤もお茶子は、そう簡単には割り切れないようだが。

 

「で……切島鋭児郎くん。きみとはここまでだ」

「な……!?」

 

 驚愕をくっきり顔と態度に表す鋭児郎。その反応にむしろ驚きたいのは弔だった。法律で裁けるかは別にして、明確な殺意をもって文字通り手を汚した人間と、好き好んで親しくする意味などあるまいに。

 

 だが、鋭児郎は弔が考えている以上に頑迷で。

 

「……言ったろ。俺は、おめェのダチだ」

「は?だから、俺は──」

「おめェの過去に何があろうが関係ねえ!大事なのは現在(いま)で、未来だ!!」

「じゃあその未来に、俺がまた人を殺さない保証があるとでも?」

「保証なんて要らねえ!……そんときゃ、俺が止める!」

 

 「ダチとしてな!」と、胸を張る鋭児郎。弔はもはや、それ以上の反駁の言葉をもたなかった。この大馬鹿者は、いったいなんと言ってやれば自分から離れようとするのか。

 

「──てめェの敗けだ。あきらめろ、死柄木」

 

 嘲笑混じりにそう言って、歩み寄ってくる勝己。躊躇っていたお茶子も、ついには「あーもうっ」と声をあげてあとに続いてきた。

 

「私もっ、今の死柄木さんを信じる!」

「……ハァ、なんなんだよ。マジで」

 

「──きみらは、流石に違うよな?」

「!」

 

 思わぬ問いかけは、姿を見せている三名に向けられたものではなかった。

 

「………」

「あ……飯田、耳郎!?」

 

 軒先から姿を現したのは、パトレンジャーの残るふたりだった。いつの間に、という気持ちと、見つかってしまったという焦りが鋭児郎の心を支配する。

 

「……話は聞かせてもらった。死柄木くん、きみを──」

「ッ、待ってくれ!」弔を背に庇う鋭児郎。「死柄木が過去にやったことは、確かに取り返しのつかないことかもしれねえ!でもその罪のぶんだけ、こいつは世界を守るために踏ん張ってきたんじゃねえか!!」

「……切島くん」

 

 天哉が、深々とため息をつく。

 

「きみは、間違っている」

「……ッ、」

 

「──だが、その間違いが救うものも、あるのかもしれない」

「!、え……」

「ウチらの任務はギャングラーから世界を……人々を守ることだよ。ウチらは、そのためにここに来た」

 

 「行こう、救けに」──響香の言葉。それ以上に必要なものなど、何もありはしなかった。

 

 

 そして、集結より半刻後。

 人気のない郊外の廃道を、前を見据えて突き進む六人の若者の姿があった。

 

 快盗、警察──その双方を股にかける、死柄木弔……本名・志村転弧。

 

「エンデヴァー……轟炎司を救出するには、当然だけどギャングラー(連中)の世界に侵入するしかない。問題は、その方法だ」

「俺らが次元をこじ開ける方法があるのか?」

「結論から言えば、無いね。……ジャックポットストライカーの能力なら、あるいはだけど」

「あの荼毘っつー野郎が持ってんだろ。あいつ捜すンか?」

「……轟さんが向こうに捕まったとき、一瞬だけど蒼い炎が見えた」

「えっ……じゃあえんっ……デヴァーを捕まえたん、荼毘ってこと!?」

「つまりあの男も、向こうの世界にいる可能性が高いということか……」

「ああ。だから、別のヤツに頼るしかない」

「別のヤツって……まさか」

 

 不意に、弔が立ち止まる。

 

「もう一回訊くぜ。みんな、俺がギャングラーに通じてないって心の底から信用できるか?」

「死柄木……」

 

 信用できないなら、自分の考えは到底許容できないはずだ──弔の言葉に、皆が息を詰める。

 それでも、

 

「──今さら、あとに退けるかよ」

 

 勝己──ルパンレッドの言葉が、皆の背中を押した。

 

 

 *

 

 

 

 雑草の生い茂る中に聳える廃墟のビル。既に長年人の手が入っていないそこは、虫や野生動物……果ては邪なる者どもが棲家とするにふさわしい場所となり果てていた。

 

 その最深部……自然光の届かない場所に響く、口笛の音。その主は人の姿をしていて……しかし、人ではないモノ。害虫などより余程悍ましい、人を喰らう存在だ。

 そんなモノを……彼らは、訪っていた。

 

「あっれェ?どうしたの、皆さんお揃いで」

「………」

 

 険しい表情で彼──ザミーゴ・デルマに相対する、快盗そして警察。

 今にも暴発しそうな張り詰めた空気の中、それに先んじるように弔が前へ進み出た。

 

「ザミーゴ・デルマ、おまえに頼みがある」

「頼み?オレに?」

 

 心外という態度で訊き返すザミーゴだが、弔にはわかった。この男は間違いなく、凡その事情は知っている。こちらが依頼しようとしているのが何かも。

 

「異世界への扉を、開いてもらいたい」

「……本気で言ってる?」

「向こうに民間人が捕らわれてる。俺たちは、救出に行かなきゃいけねえんだ!」

 

 鋭児郎の言葉に、ザミーゴは露骨な嘲笑を漏らした。内心腸が煮えくり返るが……氷の力で逃げることも、相手を"消す"こともできるこの男相手に今戦ってはいられない。ゆえに交渉役の弔以外、皆、口数少なでいるのだった。

 

「へえ……じゃあソイツ、お前らにとって取り戻したい"タイセツ"ってワケだ」

「………」

「良いぜ、手伝ってやっても」

「!」

 

 思わぬ了承の言葉。しかしこの男が醜悪なギャングラーである以上、それで終わるはずもなかった。

 

「ただし、ひとつ条件がある」

「……言ってみろよ」

「簡単なことさ。お前らの大切なモンをひとつ、オレによこしな」

「……!」

 

 一同、とりわけ快盗たちに緊張が走った。この場合の"大切なもの"が何を指すのかなんて、考えるまでもない。

 

「何かを得るためには、何かを捨てなきゃ──"等価交換"だ。ははははっ」

「………」

 

 ギリリと歯を食いしばりながら……しかし促されるでもなく、勝己が前に進み出た。その手に握られていたのは──ビクトリーストライカー。文字通りの、勝利の切札。

 

「おっ、コイツは……」

「てめェを殺せる武器だ。これで、文句ねえだろ」

「はははっ、言うねえルパンレッド。……でも伝わったぜ、お前らの本気」

 

 勝己の手からビクトリーストライカーを受け取ると、ザミーゴは徐に立ち上がった。その姿が氷に覆われ、砕けると同時に怪人態へと変わる。

 

 そして──次元の扉が、開いた。

 

「!」

「行けよ。扉は開けといてやる」

 

「精々愉しませてくれよ」──腹に据えかねる本音は、ゆえにこそ信用が置けた。極めて皮肉なことだが。

 

「……行くぞ、皆」

 

 弔の言葉と同時に──皆が、それぞれの変身銃(チェンジャー)を構える。

 

「「「快盗チェンジ!!」」」

「「「警察チェンジ!!」」」

『レッド!0・1──0!』

『イエロー!1・1──6!』

『1号!』

『2号!』

『3号!』

『Xナイズ!』

『マスカレイズ!』

『パトライズ!』

 

『快盗チェンジ』『警察チェンジ』──音声が交錯し、六人の身体が光に包まれる。

 そして変身を遂げた彼らは、誰からともなく走り出した。ひとり、またひとりと次々空間の歪みへと消えていく。

 

「アディオス。……生きて帰ってこいよなァ、必ず」

 

 特に、ルパンレッドは。

 ビクトリーストライカーを手中で弄びながら、ザミーゴは嗤った。

 

 

 *

 

 

 

 両戦隊がこの異世界に侵入した頃、荼毘は静寂の中で酒を嗜んでいた。その碧眼に感情はなく、ぼんやりと虚空を見つめている。

 ただその脳裏には、白と黒の入り乱れる幼い記憶が、濁流のように流れていて。

 

「………」

 

 沈黙のまま、そのひとつひとつに複雑な想いを致していると、視界の端でちいさな人型がむくりと起き上がるのが捉えられた。心を今に引き戻し、そちらを見遣る。

 果たしてそこにはベッドがあって、寝かされていた子供が半身を起こしたところだった。寝ぼけているのだろうか、彼は茫洋とした瞳で周囲を見渡している。

 

「おはよう、」子供に声をかけつつ、立ち上がる。「調子はどう、おとうさん?」

「……だれ?」

 

 舌っ足らずな口調で問いかけられ、荼毘はますます笑みを深めた。"おとうさん"という呼び名、意志の強さを醸し出すような赤髪と碧眼以外、彼が轟炎司であることを示すものはもう、ない。

 

 それで良い。どんなかたちであれ……これでもう彼は、自分の手中で生きていくしかなくなるのだから。

 

「これからは、ずうっと一緒だ……おとうさん」

「……?」

 

 おとうさんという呼び名にもやもやしたものを抱えながら、炎司は抱き寄せる手を拒まなかった。痩せた身体の温かさに、そっと瞼を閉じる。

 

 

──自分が誰なのかさえ、彼にはもうわからなかった。

 

 

 à suivre……

 

 






次回「燈矢」



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#42 燈矢 1/3

本誌ぃ……

ぶっちゃけ轟家の顛末見届けてから今話は書いたほうがいいかなーと思いつつ、拙作は我が道を行くことにしました


 

 午後も深まり、白昼と夕暮の中間地点を迎えた頃になっても、依然雨は勢い衰えることなく降り続いていた。

 

「………」

 

 執務室のブラインド越しに、靉靆とした景色を眺める塚内直正。隊員たちを送り出した今、彼にできるのは無事の帰還を祈ることだけだった。

 

『皆さん、大丈夫でしょうか〜?ザミーゴとの交渉、決裂してないと良いんですが……』

「……まあ、前に大見栄を切ってしまったからな」

 

 ギャングラーとは交渉しない──長官含めた大勢の乗客を乗せた旅客機がハイジャックされたときでさえ貫いた、原理原則。

 

「ただ、その全責任は自分にあると死柄木捜査官は言った。彼は我々には何も差し出させず、自分自身と快盗たちだけで事を収めるつもりなんだろう」

 

 それで、上述のことは体裁がとれる。弔は一匹狼のように振る舞っているが、その実組織のことをよく理解している。日本ではようやく成人という年齢だというのに。

 

 たった五歳で依るべき家族を殺めてからの十五年間、志村転弧は何を考え、経験して死柄木弔となったのだろう。家族とともに自分自身の心をも崩壊(こわ)してしまった子供が快盗と警察を股にかける潜入捜査官になるまでの間には、想像もつかないような懊悩があったはずだ。

 自身の麾下にない人員の存在をストレスに感じることもあったが、今一度彼とは膝を突きあわせて話がしたい。旧友に抱く疑念とまるでシーソーゲームのような関係ではないかと、とりとめもなく塚内は思った。

 

 

 *

 

 

 

 二次元のトンネルをくぐった先には、極夜の森が広がっていた。

 

「ここが……ギャングラーの世界?」

 

 つぶやくルパンイエロー。性格は様々ながら騒々しい連中が多いギャングラーだが、彼らの本拠とする世界は異様なまでの静けさに包まれていた。

 

「なんか、生き物が死に絶えたあとみたいや……」

「チッ、縁起悪ィこと言うなや」

 

 とはいえそのような空気感は、皆が感じているものだった。お茶子のものの見方は素直だが、それゆえに鋭い。

 ルパン家で育つ中で、弔は聞いたことがあるのだ。ギャングラーの占めるこの異世界には、かつて人間も住んでいたのだと。

 

「油断するなよ、快盗。いつどこから敵が襲ってくるかわからない」

 

 パトレン3号──耳郎響香の言葉に、皆の気がよりいっそう引き締まる。見渡す限りに敵影はないが、救助対象である轟炎司の姿も見当たらない。

 

「チッ、わーっとる……わっ!」

「うおっ!?」

 

 いきなり銃口を向けられ、狼狽する1号。そのまま引き金が躊躇なく引かれ、

 

 1号の肩の上あたりを掠めた銃弾は、彼の背後に忍び寄る影を撃ち抜いていた。

 

「!」

 

 振り向いた先で、身体に風穴を開けて倒れ伏すポーダマン。その姿を認めて、鋭児郎はようやくルパンレッドの意図を理解した。

 

「た、助けてくれたのか……サンキュー」

「……今てめェにケガでもされて、足引っ張られちゃ堪んねえンだよ」

「なっ……ポーダマンに一発喰らったくらいで足手まといになるかよ!?」

「どーだかなァ、ヒーロー崩れ」

 

 火花を散らしあう赤ふたりを、イエローと2号が慌てて分けた。

 

「もー、何してんのこんなときに!?」

「大人げないぞっ、切島くん!……いや実際にどちらが年上かはわからないが!」

「……ハァ、」

 

 弔は密かにため息をついた。一刻も早く遂げねばならない共通の目的があるために手を組んでいるが、快盗と警察が相容れない存在であることに変わりはない。この程度の衝突で済めば良いが。

 不安はもうひとつある──荼毘のことだ。全員であの男と対峙した場合、その口から轟炎司がルパンブルーであることが漏れはしないか。炎司が快盗であると知れれば、同じジュレのスタッフである勝己とお茶子の正体も早晩露呈するだろう。

 

──とはいえ、ここは敵のテリトリーである。悠長に思考を巡らせている暇はなかった。

 

「!」

 

 前触れもなく、ポーダマンの群れが突如四方八方から現れる。当然ながら包囲される人間たち。

 

「コイツら、どこから……!」

「音もしなかったのに……っ」

 

「──皆、円陣だ」

 

 弔の声が響く。決してがなってはいないのに、よく通る声だった。

 迷うことなく、快盗も警察もその指示に従った。円形に並ぶことで皆が皆の背中を守り、背後からの不意打ちを防ぐ。

 

「「こんなヤツら、秒でブッ飛ばァす!!」」

 

 台詞を被らせた赤ふたりは、睨みあいながらも先陣を切った。仲間たちもまた、それに続くのだった。

 

 

 *

 

 

 

 荒廃した屋敷のダイニングルームは、蠟燭の灯により照らし出されていた。珍しいのは、その灯火が蒼く染まっていることか。赤より熱い炎は、しかしその色のために寒々しい印象を与える。──自分の炎を使ったのは失敗だったかと、荼毘こと轟燈矢は内心思った。

 

 ただ今は、それすらもが愉快に感じられる。積年の夢がかなったのだから、彼にとってあとのことはどうでも良かった。ただ、この"幸福"が永遠に続けば。

 

「──美味しい、おとうさん?」

 

 不器用な手つきでスプーンを使いながら、懸命に食事をしている父を見遣る。時折ぼろぼろとご飯粒をこぼしてしまっているが、それはやむをえないことだと荼毘は思う。だって今の彼は、推定年齢四歳ほどの幼児なのだから。

 

「………」

 

 幼児になった父……炎司は、是とも否とも述べることなく。ただぼんやりとした碧眼を、荼毘に向けた。そのいろに同じ遺伝子を感じとり、ますます歓喜が深まっていく。

 

「おとうさん。ぼく、幸せだよ。おとうさんとこうしてまた、一緒に暮らせるんだから」

「………」

「おとうさんは、幸せ?」

 

 幼い炎司は、この見知らぬ……しかしどこか近しい匂いを感じる青年を、じっと見つめた。

 

「幸せだよね?」

 

 念押すような言葉。どこか縋るような口調に、どうしてか胸が切なく痛む。ややあって、炎司はこくんと頷いていた。この青年の言うことには、できる限り応えてやらなければと思う。記憶を失っていることすら忘れている子供に、その理由がわかるはずもないけれど。

 炎司の反応を認めて、荼毘は心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。炎司もつられて頬を弛める。傍目には、歳の離れた兄弟にしか見えない光景。

 

「あらあら、仲良くやれてるみたいねえ」

「!」

 

 瞬間的に笑みを消し、振り返る荼毘。果たしてそこには、ゴーシュ・ル・メドゥの姿があった。

 

「はじめまして、坊や。私はゴーシュ……そこのおにいさんのお友達よ」

「……ともだち?」

 

 首を傾げる炎司。愛らしいしぐさに、これがルパンブルーの成れの果てかとゴーシュは密かに嗤う。ただ、自分の行う改造手術のようにぐちゃぐちゃに身体を弄られてこうなったのではなく、ただ幼い姿にされただけだ。人間の寿命を考えれば、これがたかだか数十年前の状態。

 

「……おとうさん。ぼく、こいつと話があるんだ。待っててくれる?」

「……うん」

 

 頷く炎司の頭に手を伸ばし、ひと撫ですると、荼毘は席を立った。

 

 

「……で、なんの用だ。手短に話せ」

 

 炎司に対するものとは打って変わった口調に、ゴーシュは噴き出しそうになるのを堪えた。

 

「つれないわね。人間の概念で言うなら私、あなたの大恩人だと思うんだけど?」

 

 身体に触れようとする手を払いのけ、荼毘は彼女に背を向ける。

 

「気安く触るな。……俺はもう目的を達した、誰にも邪魔はさせない。──ッ、ぐ、ふ……っ」

 

 また、体内から命のかたまりがせり上がってくる。荼毘は黒衣の裾で強引にそれを拭った。目に見えなければ、関係ないとでも言うかのように。

 

「大丈夫?また、手術が必要かしら」

「……こんなモン、大したことねえ」

「そう。まあいいけど……"邪魔者"は、ここに迫ってるわよ?」

「!」

 

 「手伝ってあげましょうか」と笑うゴーシュを、荼毘は拒絶することができなかった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、戻ってタクティクス・ルーム。

 

 形としては通常業務に戻ったジム・カーターは、上司の行動に胡乱な思いを抱いていた。

 

『あの……管理官?』

「んー?」

『何をされているんですか?』

「何って……見たままだけど」

 

 そう言う塚内は必要な書類といらない書類を選別しては、前者をファイリングし直し、後者をシュレッダーにかけている。

 

『いっ、いくらなんでも書類整理やってる場合じゃないでしょう!?』

 

 確かに年末は近いが、こんな状況で。

 憤るジムに対して、塚内は苦笑いを浮かべて応えた。

 

「仕方がないだろう。引継前に最低限のことはやっておかないと」

『え、引継前って……』

 

 ジムが怪訝な問いかけを発しようとしたときだった。

 

「──失礼します、塚内管理官」

 

 慇懃無礼な口調とともに入室してきたのは、漆黒のスーツを着た男たちだった。一様に表情はなく、ただ"標的"だけを見据えていて。

 

「ああ……どうも。遅かったですね」

「八木長官より、身辺整理の時間を与えるよう命じられておりましたので」

「そうですか」

 

 身辺整理というなら、最低でもあと二時間は欲しかったのだが。長官殿はあれこれ気遣いをする割にその多くが空回る……そういうところが憎めないと、思っていた。

 

「塚内警察戦隊管理官。現時刻をもってあなたの役職を停止し、これより我々の監視下に置きます」

『ええっ!?』

 

 ジムの大仰な驚きの声は、塚内以外の誰にも顧みられることはなかった。

 

「わかりました。隊員たちの処分は?」

「我々にそれを開示する権限は与えられておりません」

「……カタブツめ」

「何か?」

「いえ。……ジム、」

『!、は、はい!』

 

「パトレンジャーを頼む」──そう言い残して、塚内は連行されていった。ジムひとりが、この部屋に取り残される。

 

『頼む、って……私はただの事務用ロボットですよう……』

 

 縋るような声は、誰もいないタクティクス・ルームにむなしく響くばかりだった。

 

 

 *

 

 

 

「物間チーフ、」

 

 降り続く雨とともに思考に浸っていた物間寧人は、部下の呼びかけで意識を現実に引き戻した。

 

「何?」

 

 表情を引き締めて訊くと、部下の青年は周囲を窺うようなしぐさを見せてから耳打ちしてきた。彼は寧人の"本当の任務"を理解している人間なので、その行動を不自然には思わない。

 

「塚内管理官が拘束されたと、本部から連絡がありました」

「まァ遅かれ早かれそうなるよな。で、"ノワール"からは?」

「そちらはまだ、何も」

「……わかった。連絡があったら直ぐ報告して」

「了解しました」

 

 年齢としては寧人と同じくらいか。まだ幼さの残る白皙の青年は、硬さの残る敬礼を見せると()()()()任務へと戻っていった。

 

「……ハァ、」

 

 吐き出されるため息で、視界の一部が白く染まる。徐々に昏くなっていく空と相俟って、寧人の心はますます憂鬱に沈んだ。せめてパトレンジャーの面々が、ギャングラーの棲む異世界から無事に帰還することを祈るほかない。

 

 

 この地獄が、彼らの希望を打ち砕くことになったとしても。

 

 



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#42 燈矢 2/3

 果てなき沈黙の森は、銃声と鬨の声響く戦場へと様変わりしていた。

 

「ッ、うぉおおおおおおっ!!」

 

 全身を硬化させ、正面突破を図るパトレン1号。実際、彼の個性と警察スーツの前にはポーダマンの攻撃など通用しない。彼らは一様に蹴散らされ、道が開かれる。

 

 しかしようやく作った隙間を、またしても湧いて出るポーダマンが埋めた。

 

「コイツら、無限湧きかよ……!?」

「この森は、ポーダマンの生息地ということか……!」

 

 それにしたって、数が多すぎる。こちらだって頭数はいるから苦戦はしないが、彼らは確実に体力を消耗していた。

 

「チッ、いつまでもてめェらと遊んでられるかよ──イエロー!」

「よし来たっ!」

 

 イエローにサイクロンダイヤルファイターを投げ渡すと同時に、ルパンレッドはマジックダイヤルファイターをVSチェンジャーに装填した。

 それを見ていたパトレンジャーも、

 

「その手があったか……!耳郎くん、俺たちも!」

「ああ!」

 

『サイクロン!』『マジック!』──『快盗ブースト!』

『バイカー!』『クレーン!』──『パトライズ!警察ブースト!』

 

 旋風に車輪、魔法の弓矢、そして伸びるクレーンに発射されるドリル。あらゆるモノを打ち砕く超パワーに晒され、ポーダマンの群れは断末魔の絶叫とともに消滅していく。

 そしてその残滓までもが消えたところで、ようやく森に静寂が戻った。

 

「ふー……か、片付いたぁ……」

「ひとまず、敵影は消えたか……──切島くん、大丈夫か?」

「痛てて……ま、これくらいは慣れてら」

 

 肩のあたりを擦りながら、答える1号。そんな彼に気を遣るようなそぶりも見せつつ、エックスが声をあげた。

 

「今のうち、進もう」

 

 再び歩き出す六人。日本ではおよそ見かけない奇妙な形をした木々が、四方を覆い尽くしている。精神にも悪影響を与えかねないそのような光景が永遠に続くかと思われた矢先、風景が徐々に変わりはじめた。

 

(……拓けてきた?)

 

 そう、ここまでは鬱蒼と茂っていた木々がその本数を減らしはじめたのだ。霧が立ち込めているので、それでも視界が悪いことに変わりはないが。

 不安半分、期待ともいえない名状しがたい感情が半分という状態の中、六人は慎重に歩を進めていく。

 

 そして、たどり着いたのは。

 

「──これは……!?」

 

 驚愕の声があがるのも、無理からぬ光景だった。

 

 家、家、家。──森を切り拓いた中に、石造りの邸宅らしき建造物がいくつも立ち並んでいる。

 

「なんなんだ、ここは……?家が並んでいるが……」

「!、まさか、ギャングラーの……!?」

 

 一行の緊張感が、にわかに高まる。しかしその中で唯一、その可能性をまったく気にとめることなく深入りしていく者がいた。

 

「ちょっ……おい、死柄木!?」

「尻込みしててもしょうがないだろ」

 

 それはそうだが……それにしたって警戒を窺わせない態度に胡乱なものを感じながらも、一行はそれに続いた。

 果たして弔は、手近な建造物のひとつの前で立ち止まると、躊躇う様子もなくその中に入っていく。やむをえず皆もそちらへ歩を進めて、それでようやく建造物のディテールが判別できた。

 

「……クソボロいな」

 

 相変わらず端的にも程があるが、勝己の言葉は的を射たものだった。石造りのために原形こそとどめているが、塗装はその痕跡を残すばかりとなり、ところどころ風に晒され形がゆがんでしまっている。数十年……いや数百年は使用されていないのではないかというありさまだ。

 

「入ってみようぜ。死柄木、何か知ってるみたいだし」

 

 鋭児郎の言葉に、再び動き出す一行。建物の中は暗く、スーツの視界補正機能に頼らなければ何も見えないだろうという状況で。

 そんな中で、弔──ルパンエックスは立ち尽くしていた。こちらに背を向ける形で。

 

「し、死柄木?」

「──見ろよ、これ」

「!」

 

 彼が指差した先には、やはり石でできたテーブルや椅子が並んでいて。そのうえには、くすんだ銀色の食器が置かれている。このような状態でなければ、人間界の一般家庭でもよく見る極めてありふれた光景だ。

 

「これ……ギャングラーの食卓なん……?」

「違ぇだろ」

「なあ死柄木、これって──」

 

 「ご想像の通りさ」と、弔は口の中でつぶやいた。

 

「ここは、この世界の人間の集落だよ」

「え……!?」

「この世界に、人間がいただと……!?」

「ああ。尤もとっくの昔に、連中(ギャングラー)に駆逐されちまったみたいだけど」

 

 そういうことになっている……聞かされた話では。

 

「……なんであんた、そんなことまで知ってんの?」

 

 潜入捜査官に対するものとしては、耳郎響香の問いは自然なものだった。ギャングラーの情報に通じているのはわかるにしても、通常の方法では行き来できないこの異世界のことまで。まさか彼がギャングラーのスパイだとは思わないが、だからこそ浮かんだ疑念はその場ではっきりさせておきたかった。

 ややあって、弔は重い口を開いた。

 

「……"先生"が、教えてくれたから」

「先生……?」

「身寄りをなくした俺を引き取ってくれた人。あの人がいるから、今の俺がいる。……さ、次行こう」

 

 それ以上の具体的な聴取は望めなかった。炎司の救出という一義的な目的がある以上、今は彼の思う通りにするしかない。

 ただ鋭児郎だけは、"先生"という単語に聞き覚えがあった。あれは確か、弔が初めて庁舎の共同浴場に現れたときのことだったか。

 

 「男は、ダチと裸の付き合いをするものだ」──何者かはわからないが、そのようなことを幼い弔に教えたのだとすれば、きっと悪い人間ではない。今はまだ、そう信じるよりほかになかった。

 

 

 廃屋を出た弔は、そのまま集落の奥へ奥へと進みはじめた。皆、周囲を警戒しつつ、そのあとについていくほかないのだが。

 

「他の家、見なくていいのか?」

 

 鋭児郎の問いに、彼は歩を止めぬまま答える。

 

「エンデヴァーを拐ったのが荼毘(あいつ)なら、こんなとこにはいない。まァ、いりゃ気配でわかるしな」

「なるほど……」

「……死柄木くん。きみは、彼とは親しい仲だったのか?」

「いや。でもなんとなくわかるんだよ、俺とあいつは同じような人間だから」

 

 確かに、人を喰ったような言動に近似性は感じるが。

 皆が一応納得する中、弔は荼毘と出会ったときのことを回想する。ルパン家にある日突然現れた継ぎ接ぎの青年。彼は"先生"のボディガードのような役割を与えられて禄を食んでいたが、その感情をなくしたような碧眼は少年だった弔にこのうえない不快感を味わわせた。それが同族嫌悪と呼称される感情であると知ったのは、彼がルパン家を去ってからのことだったが。

 

 ただ自分と荼毘が決定的に異なるのは、"先生"に対する親愛の情の有無だろうと弔は思う。彼はメシの種程度にしか認識していなかったけれど、自分にとっては育ての親だった。"死柄木弔"を形作ったのは、"先生"だ。それは永遠に変わることのない事実で。

 

(だから俺は、"先生"の意志を全うする)

 

 そのために今、轟炎司を取り戻す。

 

 

「あらあら、皆お揃いで。いえ、ひとり足りないかしら?」

「!」

 

──にわかに現れた"悪魔"は、それぞれの思考を現実に引き戻した。

 

「ゴーシュ……!」

「一応、あの子とは縁があるの。邪魔しないでちょうだい」

「チッ……邪魔はてめェだっつの」

 

 当然、彼女とは交渉の余地などない。皆、先ほどポーダマンを相手にしていたときとは比較にならない緊張とともに戦闘態勢をとる。

 一方のゴーシュは、数の優劣など気にもとめていないような余裕ぶった態度で。

 

「フフ……そう来ると思ってたわ。それなら皆まとめて──切り刻んであげるッ!!」

 

 声を張り上げると同時に、ゴーシュは仕掛けた。ひとりに対して一本──つまり六本ものメスを同時に投げつけてくる。

 

「ッ!」

 

 対する人間たちの戦法は……スーツの特長の違いもあり、快盗と警察で分かれた。ルパンレッドとイエローはその場から飛び退いてかわし、パトレンジャーはVSチェンジャーで迎撃する。

 ただひとりルパンエックスだけは、アーマーでメスを弾き飛ばして反攻に打って出た。

 

「ちょぉ……っ、死柄木さん!?」

「行くぞま……イエロー!」

 

 負けてられないとばかり、レッドが続く。戦場でも競争心を忘れないのは悪いことではないが、うっかり"丸顔"と呼びそうになっていることは看過できない。

 ともあれ快盗たちは、持ち前のスピードでゴーシュに肉薄、至近距離で銃撃を仕掛ける。

 

「ウフフフフ……、フフフフフっ!」

 

 しかしゴーシュの余裕が崩れることはなかった。あらゆる攻撃を両手でいなし──両腕を"サブマシン腕"に変えて反撃を仕掛ける。

 遠近をカバーした攻撃は、快盗と警察双方に届く。六人がかりでありながら、誰もが被弾を覚悟せねばならなかった。

 

「ッ、こいつ、これだけ大人数に攻撃されてるってのに……!」

「──こいつは、ステイタス・ゴールドだ!油断するな!」

 

 エックスから檄が飛ぶ。確かに、背中にあるのは黄金の金庫。この異形の女は、かつて快盗と警察の総力をかけてようやく倒したライモン・ガオルファングと同等の力をもっている──

 

「フフフ……まあ、あんなヤツと一緒にしないでほしいのだけど」嗤いつつ、「そろそろ本気、出させてもらいましょうか」

 

 言うが早いか、ゴーシュは"サブマシン腕"で弾丸を一斉乱射する。降り注ぐ鋼鉄の雨あられに、快盗たちもいったん後退せざるをえない。

 その隙に、ゴーシュは背中の金庫を開いた。元々入っていた注射器型のルパンコレクションを取り出すと、今度は桃色の双眼鏡を仕舞い込む。

 

「あれは、"Guéris le monde"……!」

「どんなコレクションなんだ、死柄木?」

「……対象のすべて、それこそ細胞ひとかけらまで詳細に観察できるコレクションだ。使い手によっちゃ、ビクトリーストライカーと同等の力を発揮する」

 

 つまり、こちらの動作や癖、何もかも見抜かれてしまうということ。

 

「チッ……だったら使われる前に倒しゃあいいだろうが!!」

 

 言い切らぬうちに、レッドはシザー&ブレードダイヤルファイターをVSチェンジャーに装填していた。電子音声とともに、巨大化した武器が装着される。

 

「死ィねぇぇぇ──ッ!!」

 

 いつもながらの烈しい罵声とともに、ブレードの変形したブーメランを勢いよく投げつける。光を纏ったそれは、ゴーシュめがけて喰らいつき──

 

「無駄よ」

「!」

 

──弾かれた。

 

「もうあなたの動きは見切ってるのよ、前に戦ったときにね」

「ッ、」

 

 歯噛みするほかなかった。以前相まみえていることが、こんな形で災いするとは。

 

「フフフ、見えるわよ……あなたたちの何もかも──ん?」

 

 皆をヘビのように見回していたゴーシュは、不意にルパンエックスに視線を定めた。

 

「あなた……そう、そうだったの。フフフフ……!」

「……なんだよ、キモいな」

 

 どういうつもりか知らないが、じろじろ見られていい気はしない。身構えるエックスに、ゴーシュはますます笑みを深めた。

 

「これは遊んでる場合じゃないわね。フフ、フフフフっ!」

 

 唐突にサブマシン腕が発射される。それらは六人の足下に着弾し、大量の火花を散らした。そうして彼らの身動きを封じたところで、ゴーシュは再び金庫のコレクションを入れ替えた。

 

「私の可愛いお宝さん、"あいつら"を元気にしてあげて」

 

 エネルギー波が、木々の隙間めがけて放射される。

 

──刹那、森を掻き分けるようにして、巨大なポーダマンの群れが姿を現した。

 

「!!」

「あとは任せたわ……フフフフフっ」

 

 木々を蹂躪しながら迫るポーダマンの群れに隠れるようにして、後退していくゴーシュ。「待てや!!」と声を張り上げるレッドだが、彼女がそれに従うはずもなく。

 

「ッ、クソが!!」

「つーかどうすんだよ、巨大化されちまうなんて……!グッドストライカーもいねえのに──」

『オイラならここだぜー!』

「!?」

 

 いつものように文字通り飛んできたグッドストライカーに、皆、驚愕した。

 

「あんた、どうやってここに……」

『オマエらのあと、尾けてきたんだ。ファインプレーだろ〜?』

「ははっ、さすが俺の親友。──パトレンジャー、きみらにここを任せたいんだけど」

「何っ?」

 

 炎司の救出という最大の任務がある──それゆえに、二つ返事で了承はしがたいパトレンジャーの面々。

 しかし、

 

「大丈夫っ!え、エンデヴァーもちゃんと救けるから!」

「……どっちにしろ荼毘ってヤローは、いっぺんブッ殺す」

 

 快盗たちの言葉に──1号が、頷いた。

 

「……わかった。俺らに任せとけ!」

 

 グッドストライカーをその手に掴みとり、

 

『グッドストライカー!位置について……用意!出、動ーン!』

『オマエらの友情、グッと来たぜ〜!警察、ガッターイム!』

 

──完成、パトカイザー。

 

「さァ、今のうち」

「……相変わらず小狡いな、てめェは」

「賢いって言えよ。荼毘が黒幕なら、何言われるかわかんないだろ?」

「確かに……。怪我の功名、やね!」

 

 言葉の使い方が正しいか否かはこの際置いておくとして。ブルーを欠いたルパンレンジャーは、巨人たちの足下をくぐり抜けるようにして走り出した。

 

 

「──で、てめェはヤツがどこにいると思ってンだ?まさかあてどもなく走ってるとは言わねえだろうな」

「……まァ、一応は」

「一応て……」

 

 それでも、弔の勘を信じて突き進むしかない。──そう、拠るべき勘はあるのだ。

 

 やがて彼らがたどり着いたのは、集落の奥地に立つひときわ大きな屋敷だった。他と違って豪奢な装飾が残されており、高い身分の人間が居住していたことが窺える。

 

「ここ……?」

「こういうとこなら、潜伏しがいもあるだろ?」

「………」

 

 兎にも角にもと、彼らは屋敷へ歩を進めた。弔の勘が当たっているか否かは、調べてみればわかること。

 

──そうして彼らが敷地に足を踏み入れた、そのときだった。屋敷の陰から、マントを翻すように人型のシルエットが姿を現したのは。

 

「……!」

「!、……無事、だったのか?」

 

 彼らの心に宿ったのは敵意ではなく、安堵と不審のない混ぜになった感情。

 

 

──彼らの前に現れたのは他でもない、ルパンブルーだったのだ。

 

 



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#42 燈矢 3/3

荼毘の金庫はエンビィ・チルダのものを想定してたんですが、彼の退行能力をルパンコレクション由来と誤解してしまっていたため急遽オリジナルコレクションを出しました。お恥ずかしい…

ともあれ燈矢編決着です


 ポーダマンに四方を囲まれた状況で、パトカイザーは孤軍奮闘していた。

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 パイロットであるパトレン1号──切島鋭児郎の雄叫びとともに、勇躍する鋼鉄の巨人。トリガーキャノンが火を噴き、トリガーロッドが突き立てられる。

 

「一気にいくぜッ、グッドストライカー!」

『Oui!』

 

「「「──パトカイザー、弾丸ストライクっ!!」」」

 

 発射されるエネルギー弾の群れが、その数だけポーダマンを掃討していく。大きな爆発が起きる。

 それでもまだ、すべてを倒しきることができたわけではない。

 

「まだこんなにいるのか……!」

「ゴーシュのヤツ、どんだけ巨大化させてんだ……っ」

「ッ、全部、ブッ飛ばしてやらぁ!!」

 

 ポーダマンの反撃を己の肉体で受け止めつつ、パトカイザーとパトレンジャーは終わりの見えない戦いを続けるのだった。

 

 

──その光景を、彼方より見物している老人がいた。

 

「ほう、あれがルパンコレクションの合身か。生で見るのは初めてだな」

「ドグラニオ様、部屋にお戻りください。流れ弾が飛んでくるかもしれません」

「ハハハ。それで怪我でもするようなら、いよいよ年貢の納め時ってことになっちまうな」

 

 鷹揚に笑うギャングラーの首領──ドグラニオ・ヤーブン。彼は右腕とともにテラスに出て、森の中で行われている戦闘を見物していたのだった。

 

「アレは警察が操っているんだったな。快盗の連中は、ヤツのもとに向かったか」

「と、思われますが」

「フッ……おまえは行かないのか?俺は構わんぞ」

「……あのような男、いつまでもドグラニオ様の近くに置いておくわけにもいきますまい」

 

 ゆえにデストラ・マッジョは、この人間同士の争いを静観するつもりでいた。

 

 

 *

 

 

 

 独りで食事を終えた炎司は、椅子に凭れてぼうっとしていた。自分が何者かもわからない今の彼は、思考さえふわふわと心もとない。満腹ゆえに、眠気が襲ってきているというのもあるが。

 

「………」

 

 うつらうつらしていると、夢とも空想ともつかぬ光景が瞼の裏に浮かんでくる。白髪の少年が自分に縋りつき、何かを必死に訴えかけている。その身のところどころに痛々しい火傷の痕があって、思い返すだけで胸が痛む。──存在しない、はずの記憶。

 

(燈矢……!)

 

 不随意に、瞼が開いた。

 

「……とう、や」

 

 その名をつぶやくように呼びながら、炎司は椅子からするりと降り立った。

 

「燈矢……とうや……」

 

 出て行った彼を探して、炎司は彷徨いはじめた。それは庇護者を探し求める幼子の依頼心からか、それとも父親として我が子を想う気持ちなのか……今の炎司に、わかるはずもなかった。

 

 

 *

 

 

 

 時を同じくして──存在しえないはずのルパンブルーが、快盗たちの面前に姿を現していた。

 

「炎司さん……無事やったん?荼毘は……」

「………」

 

 訊くお茶子に対し、ルパンブルーは答えない。安堵と不審に揺れる天秤、後者が徐々にその比重を増していく──特に、レッドとエックスの間では。

 そして背中に回された彼の右手で何かが光った瞬間、ふたりはイエローを庇うように動いていた。

 

「丸顔下がれ!!」

「え──」

 

 レッドが声を張り上げるのと、ルパンブルーが発砲するのが同時。発射された光弾は──割って入ったエックスが、自らの鎧で受け止めてみせた。

 

「……ッ、」

「しっ、死柄木さん……!大丈夫!?」

「……ああ」

「ッ、てめェ、まさか──」

 

 彼らが思い至った可能性は、ひとつ。

 それを肯定するかのように、ルパンブルーはくつくつと嗤いはじめた。

 

「く、くくくく……っ、はははははっ!!」

「……!」

「流石に騙せねえか、死柄木とその子分くんたちは」

 

 誰が子分だ、と反射的に罵声をあげそうになった勝己だが、かろうじてそれは堪えた。

 

「てめェ、荼毘……!」

「ッ、炎司さんはどうしたん!?」

 

 お茶子の問いに対し、

 

「さァ……どうしたか、なっ!!」

 

 今度は蒼炎を纏い──放つ。離れていても熱を感じるそれを咄嗟にばらけてかわしつつ、三人は突撃した。

 

「継ぎ接ぎ野郎……!ソイツを返せ!!」

「ははっ、ナカマよりお宝か。快盗らしいなァ!」

「黙れ!あんたに何がわかるん!?」

 

 ルパンコレクションも、炎司も取り戻す。こんな男に、どちらも奪われて堪るものか。

 敵の纏う鬼気を身をもって感じながらも、ルパンブルーに変身した荼毘は一歩も引こうとはしなかった。

 

「邪魔するなよ……せっかくの親子水入らずをさァ!!」

「ッ!」

 

 蒼炎が周囲にばら撒かれる。慌てて後退しつつも、快盗たちは荼毘の言葉を洩らさず聞き取っていた。

 

「親子……だと?」

「……はははっ」

 

 唐突に変身を解く荼毘。ブルーダイヤルファイターの装填されたVSチェンジャーをも、彼はその場に投げ捨ててしまった。

 

「──死柄木……いや転弧。おまえ俺と初めて対面したときの会話、覚えてるか?」

「!」

 

 唐突な問いかけに、弔は記憶を手繰った。

 

──あんた、名前は?

 

──今は荼毘で通してる。

 

──通すな、本名だ。

 

──はっ……出すべきときになったら、出すさ。

 

 

「知りたかったんだろ、俺の本名?」

「!、まさか……」

 

 "それ"を悟ったのは、弔ばかりではない。

 

「──轟燈矢……。轟炎司(エンデヴァー)のッ、誉れある長男さァ!!」

「──!」

 

 察してはいても衝撃は免れない名乗りとともに、再び蒼炎が発せられる。生い茂った植物が一瞬にして炭化し、庭園は見るも無残なありさまへと貶められる。

 

「ははははっ、ははははははっ!!」

「!、てめェそれ……」

 

 レッド……否、快盗たちが唖然としたのは──荼毘の身体のあちこちが、白煙を上げはじめたためだった。

 

「……喜べ、俺は長くは戦えねえんだ。自分の炎に、身を灼かれるから」

 

 狂気に染まった碧眼に、わずかな悲哀が過る。

 

──そのとき、彼の背後……屋敷の中から、ちいさな男児が姿を現した。

 

「とうや……とうや……」

「!、この子……」

 

 燃えるような赤髪に、切れ長の碧眼。その姿に、快盗たちの心臓が嫌な音をたてる。

 

「……ハァ、待ってろって言ったのに──おとうさん」

「!、うそ……」

 

 譫言のように「とうや」と繰り返すこの子供が、炎司?──この超常社会において、それがありえない話でないのは言うまでもない。だが、

 

「てめェ……クソオヤジに何しやがった!?」

「さあ……、何か──なっ!?」

 

 荼毘の身体が鈍い緑色の光を放った瞬間、エックスは反射的に動いていた。

 

「避けろ!!」

「!?」

 

 レッドとイエローを突き飛ばした彼は、荼毘から発せられた光を浴びて吹き飛ばされた。そのまま地面に倒れ込むと同時に、変身が解除されてしまう。

 

「しがらっ……」

 

 呼びかけようとする声が途切れたのは……驚愕のためだった。

 

 縮んでいくのだ。四肢が、胴が。──そして髪色までも、白が艶のある漆黒へ染まっていく。

 

「ち、小さくなっちゃった……!?」

「ッ、う、ぐ……っ」

 

 身体が急速に退行していく熱と痛みに顔を歪めながら、弔は敵を睨みつけた。

 

「おまえそれッ、まさか……!」

「"弐番目のタフガキ"だっけか、"これ"の名前」

 

 着込んでいたコートのジッパーを下ろし、胴体に埋め込まれた金庫を見せつける。ぎょっとしつつ、弔は納得させられてしまった。この男は、ルパンコレクションの能力を使っている──!

 

「なんなん……それ……?なんで人間に、金庫が……!?」

「はっ……お前らも知ってんだろ?こういうことができるヤツ」

「……!」

 

──ゴーシュ・ル・メドゥ。つい先ほど激突した異形のマッドサイエンティストの姿が、脳裏を過る。

 

「荼毘……おまえ、そこまで……」

「"ソレ"は俺からのプレゼントだ、転弧」遮るように告げ、「おまえはもうすぐ自分が何者かもわからなくなる。でもそのほうが幸せだろ?」

 

「エンデヴァーだってそうさ。思い通りにならないお人形のことなんざ忘れて、一生俺に守られて生きていけばいいんだ。そうだろ……おとうさん?」

「……とうや……」

 

 立ち尽くす炎司に、手を伸ばそうとする荼毘。──しかしその手が、父に届くことはなかった。

 

「──がっ!?ごはッ、ア……!!」

 

 突然、身体を丸めて痙攣させた荼毘は、皆の見ている前で大量に吐血した。赤黒い血だまりが地面に広がる。

 皆が身じろぎもできない中──今度は炎司に、異変が起きた。

 

「う゛ッ……ああ、ああああ……!!」

 

 頭を抱えて苦しみ出す。──外からはそのようにしか見えていないが、このとき彼の脳内は凄まじい記憶の奔流に呑まれていた。幼少よりヒーローとなるために鍛錬を積んできたこと、長じてトップヒーローになったこと、しかし巨悪蔓延る世界を変えることができず、我が子にその夢を託したこと──

 

──その過程で、長男を()()()しまったこと。

 

(そうだ……、俺は……)

 

 

「……まだ、終われるかよ……!」

 

 吐き出した血を強引に拭いとると、荼毘は漆黒のVSチェンジャーを構えた。手には明らかに力が入っておらず、顔も青ざめている。にもかかわらず、その双眸だけが爛々と輝いていて。

 

「警察ッ、チェンジ……!」

 

 荼毘の身体を漆黒の闇が覆っていく。それが強化服へと姿を変え、隙間なく装着されていく。

 

──パトレン0号。本来存在するはずのない、黒のパトレンジャー。

 

「誰にも、邪魔はさせねえ……!」

 

 蒼炎を纏い、突撃する0号。その殺気は、真正面から受け止めるにはあまりに強大なもので。

 

「はははは……っ、死ね……!お前ら全員まとめて焼け死んじまえ!!」

「ッ、こいつ……!」

 

 最早、まともではない。しかしそれゆえに、この男を止めるものはひとつしかないと思い知らされる。──肉体の、崩壊。つまり、死。

 それは勝己たちが手を下すまでもなく、確実に進んでいることだった。彼が蒼炎を使うたびに人肉の灼ける匂いが広がり、警察スーツの()()()()は絶えず荼毘の肉体に苦痛を与えている。

 

「ははははっ、はは──がッ、あ、アア……!!」

 

 警察スーツの負担に堪えかね、身体が痙攣する。それを強引に抑え込み、敵と見定めた者たちに手向かおうとする荼毘。たまらず発砲しようとした快盗たちだったが……彼の背中にちいさな身体がしがみつくのを目の当たりにして、かろうじて引き金を引くのをこらえた。

 

「やめろッ、……やめてくれ……!燈矢……!」

「……ンだよ、まァた記憶戻っちまったのか……」

 

 幼子の姿で、懸命に自分を止めようとする父親。縋りつくようなその瞳を、荼毘は冷たく見下ろす。

 

「もう、いい……もう……っ」

「……もういい?──はっ」

 

 冷たく嘲った彼は次の瞬間、後方に蒼炎を発して炎司を弾き飛ばした。

 

「ぐあ゛ぁっ!?」

「炎司さんっ!!」

 

 イエローが悲鳴のような声をあげる。地面を転がされた炎司は、高温の火炎によって腕に火傷を負っていた。元々耐火性能の高い肉体でなければ、致命傷になりえたかもしれない。

 

「おとうさん……あんたはいつもそうだよなァ。常に自分が支配者でいると思ってる。……もういい加減、俺に主導権よこせよ……」

「……燈矢……」

 

 顔を歪めながらも身を起こした炎司は、

 

「……わかった」

「!」

「……!?」

 

 その応答は誰にも……荼毘当人にでさえ、予測しえないもので。

 

「ヒーローを捨てた俺の人生など、残り滓のようなものだ。そんなもので良いなら……燈矢、おまえに捧げる」

「……は、」声が震える。「焦凍は……あのお人形は、良いのかよ……」

「……焦凍は、人形ではない」

 

 ひとりの、人間だ。──そんな当たり前のことに、失ってからようやく気づいた。

 燈矢のことだって、そうだ。彼を慮っているつもりでいながら、その心を尊重していなかった。その果てが今この瞬間ならば、これより先の未来は贖罪のためにしか存在しえない。

 

「勝己、お茶子……死柄木。焦凍のことを……頼む」

「……クソオヤジ、あんたは……」

 

 あまりにも悲愴な……すべてをあきらめてしまった者の笑みに、勝己は得意の瞬間的な反駁すら形にすることができなかった。だって彼は……彼らには、懺悔する父親の気持ちなどわかるはずもないのだから。

 

「──いこう、燈矢。おまえの行きたいところへ。俺はもう、おまえの手を放したりは……しないから」

「………」

 

 沈黙する荼毘……燈矢は、ややあってパトレン0号への変身を解いた。晒されたその表情からは、揶揄めいたいろが消え失せていて。

 

「……燈矢、」

 

 慈しむような笑みを浮かべて、手を差し出す炎司。父の面影などない、まるくちいさな掌。燈矢はおずおずと、それに手を伸ばし──

 

 

──刹那、何かが弾ける音が響いた。

 

「え……?」

「!?」

「……!」

 

 その光景に、皆、声も出ない。

 

 

 燈矢に埋め込まれた金庫が──破裂した。浜に打ち上げられた鯨の腐乱死体が、そうなるように。

 

「────、」

 

 そして散らばる金庫の残骸とともに、燈矢もまた糸の切れた人形のように倒れ伏す。──炎司の頬から、血の気が引いた。

 

「燈矢……!!」

 

 駆け寄る炎司。自身が幼児の身体であることも忘れて、その身を抱き上げようとする。ただ……それを差し引いてもなお、燈矢の身体は軽かった。

 

「燈矢……なぜこんな!──死柄木っ、どうなっている!?どうすればいいっ、どうすれば……!」

「……ッ、」

 

 そんなこと、弔にだってわかるわけがなかった。人体とギャングラーの金庫が拒否反応を起こしたという推測は立つが、それと燈矢の命を繋ぎとめる方策はまったく結びつかない。

 

「……お、とう、さん……」

 

 傍らにしゃがみこんだ炎司の腕に、そっと触れる燈矢。碧眼から光が失われていく中で、彼は力なくつぶやいた。

 

「いっしょ、に……」

「……!」

 

 一緒に、いこう──その言葉を、炎司は拒絶できなかった。触れた掌が徐に熱をもっていくのを、彼は瞼を閉じて受け入れようとする。

 しかし次の瞬間、彼らの数センチすれすれの地面を、光弾が灼いた。

 

「!」

「……いい加減にしろや……!」

 

「生きんだよ、てめェらふたりとも!!」

「……勝己……、」

 

 炎司の心に、迷いが生じる。──死の先には、何もない。ここで燈矢とともに炎に灼かれたところで、彼の孤独が永遠のものとなるだけだ。

 

「……燈矢……、」自分より大きな手を握りしめ、「死ぬな……っ。死なないでくれ……!」

「────、」

 

 そのとき、だった。──金庫の残骸に埋もれたルパンコレクションが、輝きはじめたのは。

 

「……!」

 

 いったい、何が起きている?

 困惑する一同の前で、コレクションはひときわ眩い光を放ち──

 

 

 *

 

 

 

「「「──パトカイザー、ロックアップストライクっ!!」」」

 

 パトカイザー"ストロングバイカー"の放った必殺の一撃が、いよいよ最後のポーダマンに命中をとった。

 

「!!!!!」

 

 声にならない断末魔とともに、爆炎に消えるポーダマン。戦場に静寂が戻り、パトレンジャーの面々はようやく息をついた。

 

「ふー、やっと片付いたぜ……」

『気分はサイコー!』

「最高ではないぞ!急いで死柄木くんたちのあとを追わねば!!」

 

 合体を解除して地上に降りた三人は、快盗たちの進んだ方向へ走り出した。同じ形をした石造りの群れを駆け抜け──そして、

 

「!」

 

 立ち止まる。──向かいから、複数の人影がこちらに向かってくる。

 

「快盗……!」

「轟さんも──」

 

 素肌の上に、黒のコートを羽織った轟炎司の姿。そこで鋭児郎たちは、奇妙なものを見た。──コートの裾に包まれるようにして、四、五歳ほどの幼い少年が抱かれている。

 

「……ご心配をおかけしました。この通り、無事です……私は」

「あ、ああ……」

 

 それは喜ばしいが、その子供は──問いかけようとするより先んじて、炎司が告げた。

 

「……荼毘、です」

「!」

「え!?」

「なんだって!?」

 

 この幼子が、荼毘?しかしなぜ幼児の姿になってしまったのか。──そしてなぜ、その瞳はガラス玉のように何も映し出してはいないのか。

 

 

──人間だてらにルパンコレクションの力を行使した。その代償として彼は、これまでの人生すべてを失ってしまったのだ。

 

 

 *

 

 

 

「実験は失敗だったか、ゴーシュ」

 

 屋敷に戻ったゴーシュ・ル・メドゥを迎え入れたのは、そのような主の言葉だった。

 尤もそれは叱責ではなく、ただの確認でしかない。対するゴーシュは、むしろ愉しげに頷いてみせる。

 

「残念ながら。人間に金庫を埋め込むには、もっと徹底的な改造を施す必要がありそうですわ」

 

 それこそ、ヒトの原形をとどめなくなるほどに。

 

「ふぅむ。そこまでやって、生きていられる人間がいるとも思えんがな」

「フフ……それが、そうでもありませんのよ」

「ん?」

 

 不気味に嗤うゴーシュの──常人には視認しがたい──瞳は、既に新たな獲物を見定めていた。

 

 

 *

 

 

 

 ようやく在るべき世界へ帰還した者たちを待ち受けていたのは、宵闇を白に染める大粒の雪だった。

 

 そして──住人の戻った喫茶ジュレは。

 

 

「弐番目のなんとかに……ジャックポットストライカー。グッディの兄弟かぁ……心強い味方になりそうやね!」

「………」

「それにしても黒霧さん、きょうは何しとんのやろ……引き取りにも来ないし」

 

 返答がないことは、もとよりお茶子にもわかっていた。……とりわけ炎司の心の在り処が、ここにはないことも。

 

「……炎司さん。燈矢さんのこと、あれでほんとうに良かったん?」

 

──燈矢のことを、炎司は最後まで警察に明かさなかった。口もきけない幼児になってしまった彼はそれを良いことに、身元不明の子供として日本警察を経由し病院に収容されることになる。迎えに来る者も、いないままで。

 

「……家族に、あいつを押しつけるわけにはいかない。万が一あいつが元の自分を取り戻すことがあれば、危害を加えないとも限らない」

「それは……そうかも、しれないけど……」

 

 お茶子とて、その判断を完全否定することなどできない。だが理屈はともかく、感情の面では納得できない自分もいて。

 重苦しい沈黙が降りる中、勝己がつかつかと炎司に歩み寄った。

 

「──クソオヤジ、」

「……?」

 

 振り向いた炎司の頬を──握拳が、捉えた。

 

「ッ、」

「え、ちょっ……!?」

 

 驚愕のあまり口を無意味に開閉しているお茶子。それに対し、殴られた張本人である炎司はその勢いのままに顔を背けただけだった。

 

「ッ、吹っ飛ぶくらいしろや、クソが……!」

「……貴様の体格では無理だ」

 

 無感情に告げつつ、こちらを睨む少年を見下ろす。──このようにされる謂れはあると、炎司は自覚していた。

 

「"誰かが倒れたとしても、残ったヤツが願いをかなえる"……それを、履き違えるんじゃねえよ」

「………」

 

 燈矢とともに在ると決心したあのとき、ふたりに焦凍のことを託した。託したからと──彼と心中することをも、自分は受け入れた。

 それがこの若き同志たちにとって到底許しがたい逃避であることは、今となっては承知している。

 

「……うむ。すまなかった……勝己、お茶子」

「………」

「……炎司さん」

 

 素直に頭を垂れる炎司をしつこく睨みつつ、勝己は踵を返した。「疲れた。風呂入って寝る」と、誰に聞かれるでもなく言い残して。

 その背中を見送りつつ、炎司は思う。快盗になるためにすべてを捨ててきたはずなのに、気づけば背負うものが随分と増えてしまったと。

 

 焦凍は必ず、自らの手で取り戻す。そのあと……あとになってしまうことにまた憤るかもしれないけれど、必ず燈矢を迎えに行く。

 

 そのために命を繋ぐのだと、ホワイトクリスマスの夜、轟炎司は静かに誓うのだった。

 

 

 à suivre……

 

 





「ーーもう大丈夫。僕がいる」

次回「X」

「"先生"、俺は……」



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#43 X 1/3

 昼から降り出した雨は、夕方から白雪に変わった。

 地面にこそまだだけれど、車道と歩道の境目に植えられた街路樹にはところどころ白が混ざりはじめている。クリスマス・イブを彩るには、これ以上ない光景。

 

 しかし浮つく街とは裏腹に、駆け抜ける車両の中で揃って沈んだ表情を浮かべている者たちがいた。

 

「……ふたりとも、ごめん。結局、共犯者にしちまって」

 

 後部座席に蹲るようにして座る切島鋭児郎の言葉に、仲間たちは軽くため息をつきつつも首を振った。

 

「……仕方ないよ。死柄木や快盗たちがいなきゃ、轟さんを救けられたかわからないんだ」

「うむ。──だが、目眩ましとはいえ同じ国際警察の仲間めがけて発砲したのはいただけないぞ!反省したまえ!」

「お、おう……悪い」

 

 そんな会話を繰り広げているうちに、パトカーは庁舎の敷地内に進入していく──

 

 

──そこには既に、保安員らが待ち構えていて。

 

「耳郎響香、飯田天哉、切島鋭児郎──各捜査官。貴方がたを職務規定違反により拘束します」

「………」

 

 覚悟はしていた。三人は両手を挙げ、無抵抗の意思を示すよりほかになかった。

 

──たとえ自分たちがどのようになろうとも、志を継ぐ者たちが世界の平和を守ってくれることを祈って。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、パトレンジャーの面々が拘束されることになった原因である青年は、独り帰宅していた。

 

 帰宅といっても、国際警察にも届け出ている"表向きの住所"にではない。そちらもカムフラージュのため今までは寝泊まりに使っていたが、当然今は監視の目があるだろう。まあ、二度と戻れなくとも問題はないが。

 一方でこの住居は、彼が"先生"と呼ぶ人物が日本に滞在する際に使用していたものだった。彼が不在の今、自分が主ということになっているが……数年が経過してもなお、その残り香のようなものが漂っているように感じられる。

 

 とりとめもない思考を揺蕩わせつつ、青年は着の身着のままでベッドに倒れ込んだ。じっとりと湿った疲労が、重石となって身体に張りついている。呑気に眠っている場合ではないと自覚はしているけれど、もはや指一本さえ動かせそうもなかった。

 

("先生"、俺は……)

 

 瞼を閉じると、浮かんでくる情景。夢とも回想ともつかないそれは、ただ間違いなく記憶の底から浮かび上がるものだった。

 

 

 *

 

 

 

 文字通り自らの手で家族を殺めた志村転弧は、外見も内情も引っくるめて亡霊のごとき存在だった。もとは黒だった毛髪は老人のように白く染まり、丸みを帯びた顏の中で落ちくぼんだ紅い瞳だけが爛々と輝いている。その果てにあるものは、"死"しかない。弱冠五歳にして庇護者を失った子供に待ち受ける、残酷な現実。

 しかしそのときを待つばかりとなった彼の前に、その男は現れた。

 

『苦しかったね、つらかったね』

 

『それでもきみは、生きていくしかない。終わりが来るまで……その罪を背負って』

 

『でも──もう大丈夫、僕がいる』

 

『僕が一緒に、きみの罪を背負う』

 

 

『──ヒーローの手が届かないモノを、僕たちが守るんだ』

 

 

──それが志村転弧と、"先生"との出逢いだった。

 

 

 *

 

 

 

『きょうからここが、きみのおうちだよ』

 

 "先生"とともに渡欧した転弧は、ルパン家の一員となった。屋敷は実業家だった父が建てた家とは比較にならないほど広大で、ふつうの子供の感性を失ったわけではない彼は圧倒されるとともに、少なからず浮ついた気持ちを味わった。ただその度に死に際の家族の顏が脳裏に浮かび、自分はこのような厚遇を受けてはいけない人間なのだと己を責める。"先生"の言葉を己のレゾンデートルとして呑み込むには、彼は未だ幼すぎた。

 

 日がな膝を抱えるようにして過ごす転弧に、"先生"は常に寄り添ってくれた。庭をともに散策したり、旅行にも連れていってくれたか。そのひとつひとつがきらきらと輝くような思い出として、彼の心のうちに残っている。

 

 

 そうして二、三年が経過した頃になってようやく、転弧少年はぎこちないながらも笑顔を浮かべることができるようになりつつあった。

 

『おかえりなさい、先生』

 

 玄関にまで迎えに出た転弧を、"先生"は軽く抱き上げてくれる。

 

『ただいま、転弧。良い子にしていたかい?』

『うん』

『……軽いな。きちんとご飯は食べているかい?それに、目の下に隈ができている』

『……だって、たくさんお勉強しなきゃ』

 

 癒えることのない傷を抱えながら、転弧は恩人の意に沿えるよう必死に立ち直ろうとしていた。与えられた書籍や教材を読みふけり、知識を得、思考する。そうしている間だけは、己が家族を殺してのうのうと生きている大罪人であることを忘れられる。元々賢明な頭脳の持ち主であることも手伝って、転弧少年は寝食も忘れて勉強に打ち込んでいたのだった。

 

『転弧、』

 

 ちいさな身体をおもむろに地面に降ろすと、"先生"は白く染まった頭を撫でた。その優しい手つきに、転弧は目を細める。

 

『きみと出逢ったあの日、僕は言ったね。"終わりが来るまで、罪を背負って生きていくしかない"と』

『……うん』

『だからといって、自ら終わりを早めようとしてはいけないよ。できるだけ長生きして、世界のために尽くさなければ』

 

『きみと同じ思いをする子供を、なくすために』──"先生"の言うことの多くは子供の転弧にはまだ難しかったけれど、その部分だけは明確に心に響いた。そうだ──そのために自分は、こうして生きながらえているのだと。

 

『独りにしておくと、どうもきみには良くないようだ。やはり世話役は必要だったね』

『……?』

 

 首を傾げる転弧を尻目に、『入りなさい』と玄関先に声をかける"先生"。そして現れた男の姿に、転弧は目を見開いた。

 

『──はじめまして、転弧様。"黒霧"と申します』

 

 "黒霧"──そう名乗った燕尾服の男は、素肌のことごとくが黒い靄に覆われていた。頭部すらも。男と判断したのは体格と声からで、それさえ確実ではなかった。

 

『彼にはきょうから私の執事を務めてもらう。転弧、きみの世話も彼に任せることにしたんだよ』

『よろしくお願いします』

 

 明らかに年長者でありながら、慇懃に一礼する黒霧。対する転弧は、

 

『……ふん』

 

 不満げに唇を尖らせ、そのままそっぽを向いてしまった。

 

『転弧?』

『"先生"のばかっ、ぼくは独りでいい!世話係なんていらないっ!』

 

 そう吐き捨て、走り去ってしまう。引き留めることはしなかったけれど……"先生"は少なからず動揺している様子で。彼と付き合いのまだ浅い黒霧にも、それがわかった。

 

『……気づかれてしまったかな、きみの素性?』

『いや、そういうわけではないと思いますが』

『ふむ……僕は色々なことをしてきたが、子供を育てたことはなくてね。自分のことを思い返そうにも、随分と遠い記憶になってしまった。その点、きみはまだ少年だったろう?』

『……なるほど』

『頼りにしているよ、白雲朧くん』

 

 その名は命とともに捨てたのだがと、靄の向こうで黒霧は苦笑した。

 

 

 *

 

 

 

 夜の街の片隅──河川敷に駐車された黒塗りの大型バンの中で、国際警察の部隊は死柄木弔の捜索を続けていた。

 後部座席が改造されてモニターが設置されており、それを囲むように捜査官たちが作業をしている。複数の画面には街を監視する防犯カメラの映像が表示されており、その中から標的を見つけ出すことが彼らの任務であった。

 

「………」

 

 その中にあって──この捜索部隊のリーダーである物間寧人は、片隅でじっと黙考を続けていた。その碧眼は虚空を見つめており、その態度に疑念を抱く者もいる。……が、一部の事情を知る者は彼の心中を理解していた。同時に、彼も含めたこの部隊全員が盤の上の駒でしかないことも。

 

 どれほどの時間が経過しただろう──終わりの見えない作業に皆が疲れはじめた頃、唐突に片側のドアが開かれた。

 

「──物間捜査官、」

「!」

 

 腹心の部下に呼ばれ、寧人は唇を吊り上げた。外に出て車から距離を置き──携帯電話を受け取る。

 

「もしもし、ファントムシーフです。……待ちくたびれましたよ、"ムッシュ・ノワール"?」

 

 それに対し、相手が発した言葉。寧人は笑みを濃くしつつ……どこか、寂しげに碧眼を伏せる。その胸中は、彼自身にしか知り得ぬものであった。

 

「そうですか、ご協力感謝します。──では」通話を切り、「男の尻を追いかける不毛なイブも、やっと終わりか……」

「は?」

「いや。──それより、庁舎に戻ろう。こんなくだらない三文芝居、とっとと幕引きにしなきゃ、ね」

 

 何より、その仕掛人の企みも。それこそが寧人の真なる目的なのだと、間もなく知らしめられることとなる。

 

 

 *

 

 

 

 悲喜劇が複雑に交錯する死柄木弔の回想は、微睡みともども唐突に中断された。屋敷内に、何者かの気配を感じたのだ。

 咄嗟に身を起こした弔は、Xチェンジャーを手に寝室を出た。すっかり暗くなった廊下を、息を殺して進んでいく。他者の気配が、ますます色濃いものとなる。

 

 と、奥にあるキッチンからかちゃかちゃと音がする。食器を動かすような音。──その気配が何者が発するものかを察した弔は、警戒を緩める代わりにため息を吐いた。

 

「──おい、」

「!」

 

 ぞんざいに声をかけると、"彼"は食器片手に振り向いた。

 

「こんばんは、死柄木弔。用意が終わったら、起こしに伺おうと思っていたのですが」

「……思っていたのですがじゃない。何やってんだよ──黒霧」

 

 「見ての通りですよ」と、出逢った頃となんら変わらぬ姿で応じる黒霧。ほかほかと湯気を立てる料理の数々が、食卓に並んでいた。

 

「作ってもらって悪いけど、メシ食う気分じゃない」

「気分がどうでも、生きている以上栄養補給は必須です。昔から何度も申し上げているのに死柄木弔、貴方は昔からなんだかんだと理由をつけて食事を抜こうとする」

「おまえに上から目線で命令される謂れはねえんだよ」

「命令ではありません。ご忠告です」

「……ハァ」

 

 黒霧と言い合っても埒が明かないと知っている弔は、ため息混じりに食卓についた。ルパン家にやってきてこのかた、感情を昂ぶらせたことのないこの男は、その実自分以上の強情者だった。正しいと考えたことは絶対に曲げないその気質に英雄の面影を見たことも、一度や二度ではない。

 

 そういえば──あれは黒霧がルパン家の執事になって暫くが経った頃だったか。屋敷をうろつくようになった──執事なのだから当然だが──黒い靄の塊がいい加減鬱陶しくなって、何か弱みでも握ってやろうと彼の居室に侵入したことがあった。生活感のない部屋をあれこれと物色していたら、一枚の写真が飛び出してきた。そこに映っていたのは、日本のヒーローアカデミアとしては最高峰の雄英高校、その制服を纏った少年たちの姿だった。青白く揺蕩う髪の少年が朗らかに笑い、黒髪の少年、金髪の少年と肩を組んでいる。彼らがいったい何者なのか──当時の転弧少年には知る由もなかったけれど。

 

「……なぁ、黒霧──」

 

 今まで調べようともしなかった。しかしふと思い返した関心を問いにしようとしたとき、それを遮るように黒霧が先んじた。

 

「貴方の心配事はわかっています、死柄木弔。──パトレンジャーのことでしょう」

「!」

 

 料理をテーブルに並べつつ、

 

「貴方はいつの間にか、随分と彼らに感情移入してしまった。これからも、白と黒を行き来するつもりですか?」

「……しようにもできないだろ、もう」

 

 自分は、国際警察に追われる身となってしまったのだから。

 しかし黒霧は、靄を揺らしてかぶりを振った。

 

「しかし、貴方はそれを望んでいる」

「………」

 

「──ですから、私もひと肌脱ぐことにしました」

「は?」

 

 そろそろ、投じた一石が波を起こしている頃合いだろう。密やかに笑いながら、冷めないうちに食べるよう黒霧は促した。

 

 

 *

 

 

 

 国際警察日本庁舎──支部長執務室は、死柄木弔逮捕令に端を発する騒擾の、台風の目であった。静かな室内に、ついひと月ほど前にこの部屋の主となった男の声のみが響いている。

 

「──では至急、新たなパトレンジャーの人員の選定を進めてほしい。うん……haha、クリスマスに申し訳ないが、頼むよ」

 

 各地の幹部に連絡をとり、指示を下す。軽い口調でのやりとりは、しかし国際警察の今後を大きく左右するものだった。彼──八木俊典が国際警察創設メンバーのひとりであり、現役の長官であるからには。

 連絡もひと段落すると、八木はふっと息をついた。そして何かを思い出したかのように、デスクの引き出しを開ける。そこには体格に秀でた黒髪の女性と、鬣のような金髪の少年が映し出されていた。──後者の容姿と同じ面影が、八木にはあって。

 

(……お師匠、)

 

 彼女が今の自分を見たら、憤るだろうか、嘆くだろうか。ふたつにひとつ。

 それでも今さら、止まることなどできない。"平和の象徴"を貶めてでも、遂げねばならない理想がある。

 

 ひとときの懐古に浸っていた八木だったが、突然執務室の扉が開かれたことで我に返った。

 

「失礼しますよ、長官」

「……キミか、物間くん。ノックくらいするのがマナーじゃないかな?」

「もうその必要もないと判断しましたので」

 

 にこりともせず告げる寧人の手には、一枚の紙が握られていて。

 

「八木長官。……ギャングラーと通じていたのは、やはり貴方だったんですね」

「……なんのことかな?」

「とぼけてもムダなのは、令状(これ)がある時点でよくお分かりだと思いますが?」

 

 それもそうだ。苦笑しつつ、八木は立ち上がった。

 

「キミの本命は、私だったか」

「………」

「良いだろう。部下の頑張りには、応えなければね」

 

 悪巧みは、やはり自分には荷が重かったようだ。諦念めいた気持ちとともに、八木は息子ほどの青年に手枷で繋がれた。

 

 



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#43 X 2/3

 

「……おまえ、ンなことしてたのかよ」

 

 黒霧の作った料理に渋々口をつけつつ──腹立たしいことに絶品なのである、これが──、死柄木弔は驚嘆とも呆れともつかぬ言葉を発していた。快盗の危機に姿を見せないのは何かあるとは思っていたが、よもや国際警察……厳密にはそのうちの非主流派と繋がって動いていたとは。

 

「ええ。貴方が手配されたと聞いたときは、流石に肝を冷やしましたが」

「フン……なんだってそんな。ケーサツを引っ掻き回すつもりかよ?」

 

 無論、付け入る隙を与えるほうが悪いのだが。まして、清廉潔白を標榜している組織で。

 

「言ったでしょう。貴方が国際警察に居られるようにするためだと」

「は?」

 

 漆黒の靄に覆われた顏に、表情はない。だが先の言葉を念押しするような発言に、彼の本気が表れていた。

 

「ひと肌脱いだってあれ、本気だったのかよ。おまえ、俺が警察に潜り込むの反対してたじゃんか」

 

 案の定、この男の懸念は的中してしまったわけだが。

 

「ええ。ですが、貴方がパトレンジャーの一員となったことで、ルパンコレクションの回収が円滑に進むようになりました」

「……まァ、そうだな」

 

 自分がパトレンジャーと行動をともにしている限り、ギャングラーごとコレクションを破壊されてしまうリスクはほぼなくなったのは確かだった。黒霧がそのアドバンテージを受け入れたというのは、納得のいく話ではあるが。

 ただ彼は──出自を考えれば、必ずしも実利だけで動くわけではなかった。

 

「それだけではありません。──あの方の遺言を思えば、たとえ危険があろうと、貴方の意志を尊重すべきと考え直したのです」

「!、"先生"の……」

 

 "先生"の、遺言。その言葉が胸のうちに反響する中で、彼らの心は再び過去に沈んでいった。

 

 

 *

 

 

 

 志村転弧が"先生"に引き取られてから、十年の歳月などあっという間だった。

 十五歳になった転弧はぐんと背が伸び、自らが一人前の男になりつつあることを日々感じていた。"先生"から与えられた小遣いを元手にした資産運用も成功し、既に一生遊んで暮らせるだけの財産を築いている。

 

 そんな彼が次に望むのは、恩人の役に立つことを置いてほかになかった。知識も肉体も、万全に使いこなすことができる。"先生"のためなら、どんな危険な仕事であっても喜んで引き受けようと彼は心していた。

 なのに、

 

『ッ、なんでだよ"先生"!?僕にはまだ早いって……!』

 

 揚々と助力を申し出た転弧に対する"先生"の答は、「時期尚早だ」というにべもないものだった。

 

『転弧、きみには学ぶべきことがまだまだたくさんある。僕の仕事を手伝ってくれるなら、なおのこと焦ってはいけないよ』

『……"先生"はいつもそうやって、僕を子供扱いする……!』

『転弧様、"先生"は客観的事実を述べているだけかと』

『おまえは黙ってろよ、黒霧……!』

 

 "先生"との、()()()()()()()()に口を挟んでくる黒霧は、思春期の転弧少年にとってなおさら疎ましい存在だった。尤もそういう複雑な機微など彼らにはお見通しで、だから余計に子供扱いされる。黒霧の言う通りそんな客観的事実にも気づけないのだから、当時の転弧は未だ子供と言わざるをえないのだった。

 

 結局、転弧が何を言おうと"先生"は首を縦には振らず。──癇癪を起こした転弧は、感情のままに屋敷を飛び出した。幸か不幸か、金銭的に自立している彼は庇護下を脱け出ようとも生きていくすべがあって。

 

『先生の、バカヤロー……』

 

 パリ郊外の高級ホテル。そのスイートルームのベッドを独り占めしながら、転弧はぽつりとつぶやく。この十年間の自分の努力も、彼から与えられたあらゆる養分も、すべて一日も早く彼の役に立つためにあったというのに。そういう転弧の想いに、"先生"は敬意を払ってくれない。彼の中ではいつまでも、膝を抱えて泣いているちいさな子供のままだ。

 "先生"のような大人にしてみれば、そういう反発心は子供ゆえのもの。──静かな部屋でぼうっとしていると頭も冷えてきて、相手の考えが理解ってくる。絶対に納得はしたくないけれど。

 

『……帰るか』

 

 そしてもう一度、"先生"に自分の有用性を訴えればいい。そのような自分の考えが如何に子供らしい夢だったか、程なく転弧は思い知らされることになったのだ。

 

 

 燃えさかるルパン家の屋敷。炎の中に斃れた──"先生"。そして、

 

『ふん……これがルパンコレクションか。なかなか、面白そうじゃねえか』

『ボス、あの男にとどめを刺さなくてよろしいのですか?』

『放っておけ。帰るぞ、デストラ』

 

 劫火をものともせず、去っていく怪人たち。──それがギャングラーの首魁ドグラニオ・ヤーブン、そしてその右腕デストラ・マッジョであることを知るのは、暫しあとのことになる。

 いずれにせよ、そのときの転弧には何もできなかった。何もできぬまま、既に事切れた"先生"の亡骸を抱いて慟哭するしかなかったのだ。

 

 

 *

 

 

 

「──切島隊員。きみの拘束を解く、出なさい」

 

 拘置室に閉じ込められて二時間もしないうち、そんな言葉とともに鋭児郎は自由の身となった。そのままタクティクス・ルームへ向かうようにという指示に、ひとまずは唯々諾々と従うほかない。そこで正式に処分が下るのだろうかと、ひとまず己を納得させて。

 しかし到着した先には、同じように当惑した様子で居る仲間たちの姿があった。

 

「!、おお、切島くん!きみも解放されたか!」

「お、おう。ってか俺たち、どうなるんだ……?」

「……それが、よくわかんないんだよね」響香が応じる。「さっき管理官が来て、別命あるまで待機してるようにって。それだけ言って、またどっか行った」

「……あれ?管理官も、捕まっちまったんじゃ?」

 

 いったい、何が起きているのか。事態の変転を彼らが上手く呑み込めないのも、無理からぬことであったが。

 

「………」

『えっ……わ、私に訊かれても困りますよぉ』

 

 皆の視線を一身に浴びることとなったジム・カーターは、あわあわと後ずさりするのだった。

 

 

──部下たちと同様、唐突に解放された塚内直正は、かつてわずかな間部下だった青年に呼び出されていた。

 

「お呼び立てして申し訳ありません、塚内管理官」

「……いや。きみの捜査対象は、"彼"だったんだな?」

「ええ。長官……八木俊典の周辺では、来日以前から不審な動きがあったので」

「それできみが、庁内S(スパイ)のような仕事を……」

「ええまあ。なんたって僕は、"快盗(ファントムシーフ)"ですから」

 

 そう言って皮肉めいた笑みを浮かべる物間寧人の心根は、やはりヒーローのそれだと塚内は思う。──そうだったはずなのだ、自分の知る八木俊典も。

 

「ただまあ、彼にも意地があるようで。僕のようなぽっと出の若輩者には何も喋りたくないようです」

「それで、俺か」

「ええ。これで警察戦隊の命令違反は帳消しにできるでしょう」

 

 実際、旧友の変容──その理由は、直接彼の口から聞きたかった。俊典とてそういう心積もりで、だから今は口を閉ざしているのだろうと、塚内も考えた。

 

「わかった。任せてくれ」

 

 そう告げて、彼は取調室に入った。八木の黒々とした瞳が、じろりとこちらを向く。吸い込まれそうな闇、しかしその中心で恒星のように輝く碧もまた、健在で。

 

「すまないが、彼とふたりにしてくれ」

 

 塚内の願いに、交代する係官は無言で頷いた。寧人から当方の意志は最大限尊重するよう、あらかじめ言いつけられているのだろう。彼にもプロフェッショナルとしてのプライドがあるだろうが、今は慮外のことだった。

 

「やあ、塚内くん」

「……俊典、」

 

 変わらぬ親愛の笑みを浮かべる相手に、塚内は一瞬言葉に詰まった。自分たちはとんでもない間違いを犯そうとしているのではないかという直感的な不安が、脳裏をよぎる。しかしそれを明確に否定して、彼と対峙する。

 

「……きみの罪状、及びその証拠については、すべて物間捜査官に確認した」

「うん。彼は優秀だね、掬いあげたのは誤りだったが、過ちではなかった」

「訊かれたことにだけ答えろ。……国際警察の創設メンバーでもあるきみが、なぜギャングラーに魂を売った?」

「………」

 

「……魂、か。そうだね、そう思われても仕方のない行動だったとは思っている」

「仕方のない、じゃない……!事実そうだろう!」

 

 思わず大きな声が出た。それでも八木は、眉ひとつ動かすことはなかったけれど。

 

「この前、私は言ったね。──"自由のため"、と」

「!」

 

 大浴場での会話が甦る。旧友の真意を率直に尋ねた塚内に対し、彼が答えたこと。そのときは有耶無耶にされてしまったけれど。

 

「塚内くん、私のきみは数少ないほんとうの友人だと思っている。……今こそ話すよ、私のすべてを」

 

 そう告げて、八木は己の過去を語りはじめた。──そのはじまりは三十年以上も昔。

 

 この世界に初めて、ギャングラーが現れた日のことだった。

 

 

 *

 

 

 

 国際警察の混乱の間隙を縫うようにして、クリスマス・イブの街を脅威が襲っていた。

 

「ナンパッパッパッパー!サンタさ〜ん、オレにもプレゼントちょぉ〜〜だいっ!!」

 

 無邪気な言葉を発しながら、ポーダマンを率いて商店街を襲撃するギャングラー。どこかペンギンに似た姿は、甲冑を着込んでいても丸みが隠しきれておらず、コミカルな印象を辺りに振り撒いている。

 しかしながら、彼が人々にとって恐怖の対象であることに変わりはない。街を警邏するプロヒーローたちを巫山戯た態度のまま終始圧倒し、侵攻を続けているのだから。

 

「クリスマスだかクルシメマスだか知らねえがァ、こんな色とりどりのグッズを店先に置いといてェ、奪われないとでも思ったか〜?ナンパッパッパー!!」

 

 自分勝手な御託を並べ立てながら、ポーダマンの集めてきた品々を真っ赤な袋に放り込んでいくギャングラー。その姿はさながらサンタクロースのようで──実際のところ、プレゼントはことごとく自分に対するものでしかなかった。

 

「ナンパッパ!じゃあそろそろ、撤しゅ──」

 

 本格的な邪魔が入らないうちにと退却しようとしたギャングラーだったが、一歩遅かった。その額のど真ん中に、どこからともなく飛来したカードが突き刺さったのだ。

 

「痛っででで!!?な、なん、なんじゃこりゃああああ!!??──誰だァ!!」

 

 慌てて視線を向けた先──そこには赤・青・黄、三つのシルエットがあって。

 

「は……、世間を騒がす快盗だ」

「なっ、る、ルパンレンジャー!?」

「ご名答!」

 

 

「──ルパンレッドォ!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!」

 

「「「快盗戦隊ッ、ルパンレンジャー!!」」」

 

「予告する。──俺らにお宝(プレゼント)よこせやァ!!」

 

 相手が狼狽えているのも構わず、強引に戦闘を開始する快盗たち。息の合った動作で跳躍し、初撃でポーダマンの群れをなぎ倒していく。

 

「オラァ死ねぇ!!」

 

 人間の身体能力を遥かに向上させる快盗スーツ、そしてそれを纏う者らが積んできた戦闘経験を前に、ポーダマンなど最初から襤褸切れも同然。瞬きの間に目に見えて数を減らしていくさまに、ペンギンに似たギャングラーは戦慄した。

 

「かっ、快盗には敵いませ〜ん……!」

 

 独りごち、密かに背を向け逃げ出そうとする。しかし、

 

『シザー!快盗ブースト!』

「!?」

 

 背後から響く電子音声。──刹那、飛来した巨大なブーメランによって彼は背中を切り裂かれていた。

 

「ナンパパパァ!!?」

「誰が逃げていいっつったゴラァ!!」

 

 シザー&ブレードを手に、飛びかかるルパンレッド。右往左往しながらも、彼は慌てて手持ち武器の両刃剣を構えた。このギャングラーの姿といい、既視感を覚えさせるものだったが。

 

「ふっ──オラァ!!」

 

 シザーシールドが敵の凶刃を防ぎ、すかさずブレードがそれを弾き飛ばす。ギャングラーは一瞬にして丸腰にされてしまったうえ、胴に駄目押しの一撃を浴びてその場に倒れ伏した。

 

「ナン、パァ……」

「はっ、ご開帳〜」

 

 ダイヤルファイターが胴体の金庫に押し当てられ、自動で暗証番号を読み込んで解錠してしまう。そこに目当てのものがあると信じて疑わなかったルパンレッドは、次の瞬間面食らっていた。

 

「……は?」

「か、空でした……てへっ」

 

 ペンギンギャングラーの言葉は紛うことなき真実だった。金庫の中には何も入っていない──そう、何も。

 

「オレ様、ボスからルパンコレクション貰えなかったの……ナンパパパ」

「………」

 

 言い訳がましく告げるギャングラーは、確かに見た。眼前の赤い仮面が、凄まじい怒気を孕んでいくのを。

 

「……だったらなァ、」

 

 

「人がクソ疲れてっときに出てくんじゃねえッ、このクソ雑魚ペンギンがァ──!!!」

「ヒィイイイイイ──ッ!!?」

 

 ブチ切れたルパンレッドの耳を劈くような罵声に、ペンギンギャングラーは引き攣った悲鳴をあげることしかできないのだった。

 

 



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#43 X 3/3

今回回想ばっかりで短くなりそうなので、ルパンレンジャーの戦闘を入れたんですが、思ったより長くなってしまった罠

意図したわけではないのですが、今作の八木俊典が前に隙間で書いてた『僕らの英雄王』の闇堕ち塚内さんと対になってることに気付きました。どちらも大切な人を喪った結果、ある意味狂ってしまったのでした…


 

 ギャングラーの首魁であるドグラニオ・ヤーブンは、薄暗い私室で独り黙考していた。いつも側近くに控えている部下たちも、それぞれ不在にしている。

 ただ今に限っては、それは好都合だった。らしくもなく、過去を思い起こそうというときには。

 

 

──約三十年前

 

 当時、未だ自ら率先して破壊と略奪の限りを尽くしていたドグラニオは、不思議な異世界を発見した。

 そこではヒトの大部分がヒトの形をとどめていながら、それぞれが異能の力を宿していた。

 

 一方的な虐殺に飽いていたドグラニオは、その世界がひどく魅力的に思えた。ならば尖兵を放つようなまどろっこしい真似はしない。単身乗り込み、侵攻した。

 

(だが、その多くは見掛け倒しも同然だった)

 

 突如として現れた異形の怪物に、一般市民は怯えて逃げまどうばかり。代わって飛び出してきたこの世界の戦士たちも、ドグラニオの好敵手たりうる実力は備えていなかった。

 

──ひとりを、除いて。

 

 その女は、他の戦士どもとは比較にならない超パワーでもって挑んできた。ドグラニオは歓喜し、およそ何百年ぶりかもわからない高揚感を味わった。彼女との一騎打ちは、ほんとうに楽しかった。

 けれど、

 

『お師匠!』

 

 彼女の不利を案じてか、飛び出してきたひとりの少年。ドグラニオが彼に矛先を向けたことで、趨勢は決した。

 

 

『──人間にしちゃ大したもんだ、久々に楽しめた』

 

『"コイツ"は、貰っていくぜ』

 

 敗者となった彼女からあるモノを奪い、ドグラニオは去った。これだけ強い戦士がいる世界なら、一挙に侵略するのは惜しい。いずれもっと、愉しいゲームに使うことができるかもしれないと。

 実際、ルパンレンジャーやパトレンジャーの手により、ギャングラー構成員はことごとく敗れ去っている。黄金の金庫をもつ実力者たちでさえも。

 

 組織の維持という面では非常に拙い状況だが、そのことに対する憂慮より遥かに高揚のほうが大きい感情となっていることをドグラニオは自覚した。老いた血が、かつてのようにふつふつと煮えてくるような錯覚。

 

「……そういや、あの小僧はどうしてるかな」

 

 かの女戦士の死を招いた、黄金色の髪の少年。去り際、その碧眼が凄まじい憎悪と殺意を込めて自分を睨みつけていたことが思い起こされる。

 もう三十年以上も昔のことだから、少年は老境とは言わないまでもそれなりの年齢に達しているはずだ。彼が戦士として力をつけ、自分と対峙するようなことがあれば面白いのだが。

 

 

 *

 

 

 

──ドグラニオが昨日のごときこととして思い起こした少年は今、ギャングラーに魂を売り渡した罪人として裁かれようとしていた。

 

「……そう。確かに私はあの日、ギャングラーによって大切なものを奪われた」

 

 八木俊典が語った、過去。──それは他ならない、ドグラニオ・ヤーブンとの遭遇の記憶だった。

 

 机越しに対峙する彼の旧友・塚内直正は、吐露された壮絶な過去に言葉を失っていた。──彼と自分が知り合ってから、十年も経ってはいない。それより以前の彼を自分は垣間見もしていなかったのだと、今この瞬間、改めて思い知らされたのだ。

 しかし、そうだとしても──いや、そうであればこそ。

 

「それなら……それなら、ギャングラーを憎んだんじゃないのか!?大切なものを奪った相手に、どうして……!」

「………」

 

「──憎んださ」

 

 その声音はぞっとするほど静かで、感情が乗っていなかった。

 

「あの黄金のギャングラーを……それ以上に、自分自身の無力さを」

「……!」

「それから私は、必死に復讐の方法を考えたよ。手っ取り早いのは、自分自身がギャングラーに敗けないくらい強くなること……でもきみも知っての通り、私は無個性だ。なんの力もない。……あるいは、そうでなくなる可能性もあったんだがね」

 

 つぶやかれた言葉に旧友は怪訝な表情を浮かべたが……それをかき消すように、八木は矢継ぎ早に言葉を紡いだ。

 

「私は、無個性だ」強調するように繰り返す。「だから、こと考えるということに関しては、人並み外れてしてきたつもりだ。……その果てに私は、ひとつの結論を見出した」

「……なんだと言うんだ」

「haha、とてもシンプルなことさ」

 

「人間ひとりの力など、しょせん巨悪には通用しないということだよ」

 

 だから国際警察を創設し、組織的にギャングラーに対抗する体制を整えた。大きな人のかたまりは、たとえ属するひとりひとりが平凡でも大きな力を発揮する。パトレンジャーの結成前から対ギャングラーの主導権を握り続けることができているのは、それが要因だ。

 確かに、筋は通る。──しかしその部分だけなら、彼は偉大な長官のままだった。

 

「……それは国際警察をつくった理由であって、我々を裏切った理由の説明にはなっていない」

「haha……流石塚内くん、誤魔化せないね」

 

 尤も最初から、誤魔化すつもりなどなかったが。

 

「この世界に個性という異能が出現し、ヒーローとヴィランが生まれた。そしてその最中、今度は異世界からの侵略者が現れた。世界は幾度となく脅威に晒されている。……しかし、そのことで人間の本質は変わったと思うかい?」

「何が……言いたい?」

「少数の守護者たちによって、大勢の人々がかりそめの平和を生きている。そしてそれを、真実だと思い込む。目の前にある危機を他人事だと信じて疑わない……こんな世界、歪んでいるとは思わないかい?」

 

「もうわかったろう、塚内くん」

 

「私の目的は、この歪んだ世界を正すこと……秩序という名の、抑圧からの解放だよ。そのためにはまず、異世界の魔具──ルパンコレクションと呼ばれるモノをひとりの人間の手から解き放つ必要があった」

 

 目論みどおりルパンコレクションはギャングラーの手に渡った。世界は今大いなる脅威に晒されている。だが、その結果──

 

「我々この世界の人間は本来、ルパンコレクションの力を使うことができない。しかし死柄木……志村転弧の手によって、その境界は打ち破られた。パトレンジャー、そしてルパンレンジャー……彼らのように、その力を追い求める者は必ず現れる。理由はどうあれ、ね」

「………」

 

 塚内はもう、呼吸を繰り返すので精一杯だった。この男の言う自由とは、大勢が力を得ることと引き換えに安息の失われた世界を指すというのか。──ならば今まで、自分たちが信じて戦ってきたものはなんだったのか。

 

「俊典……きみは……」

 

「きみは……誰なんだ……?」

 

 ようやく搾り出したのは、そんな問いだった。

 対する、答は。

 

 

「"救世主(オールマイト)"に、なれなかった男さ」

 

 

 *

 

 

 

「──ぎゃわらばぁッ!!?」

 

 怒れるルパンレンジャーの猛攻を前になすすべなく、ペンギンギャングラーは積雪で冷えた地面を転がされた。ただ銃弾による灼熱の痛みは、そのおかげでほんのわずか軽減されているのだが。

 

 それももう、ここまでだ。激動の一日の疲労が溜まっている快盗たちは、一刻も早く決着をつけたがっていて。

 

「チッ……手間かけさせやがって」

「あ、そうだ。ゲットしたジャック、使ってみぃひん?」

「……もう愛称をつけたのか」

 

 グッドストライカーのときといいやたら手早いと炎司は思ったが、実際正式名称では長くて呼びづらいので文句はない。

 そしてイエローの提案を受けたレッドは、

 

「……チッ、やってみるか」

 

 新たな力。当然、試すのはやぶさかではない。──しかし少しばかり胸騒ぎめいたものを覚えながら、赤き翼をVSチェンジャーに装填する。

 

『ジャックポットストライカー!7・7──7!快盗ブースト!』

 

 刹那、三人の身体が光に包まれ──

 

「……ん?」

「あれ……?」

「………」

 

 身体が自分のものでなくなったような、違和感。指先一本に至るまで、他人が動かしているような錯覚。

 恐る恐る傍らのショーウィンドウを見た彼らは、一瞬、言葉を失った。

 

 赤をベースにしたスーツ、しかし左半身は青、右半身は黄色にくっきりと分かたれている。はためくマントもまた、見事にトリコロールが三等分されていて。

 そして何より、三人揃ってその鏡像を見ているはずなのに、そこにはひとりの姿しかない。

 

「……これはもしや、」

「もしかしなくても……」

 

「「「が、合体した──!!?」」」

 

──まさしく、恐れていた事態。

 

「ッ、グッドストライカーと効果が逆転しているわけか……」

「じゃ、じゃあパトレンジャーが使ったら切島さんが分裂するってこと?」

「──ンなこたぁどうでもいいわ、クソがっ!!」

 

 他人と文字通りひとつになるなど、気色悪いことこのうえない。しかし肉体の面では、単なる足し算では片付けられない不思議な力が満ち溢れていて。

 

「チッ……こうなりゃとっとと片付けんぞ」

 

 ルパンレンジャー融合体──名付けて"ルパントリコロール"は、「ウワァ目に優しくない!」などと喚いているギャングラーに銃口を向けた。装填されたジャックポットストライカーから、銃口にエネルギーが充填されていく。

 そして、

 

「「「──イチゲキ、ストライクっ!!」」」

 

 パトレンU号のそれと同じひときわ巨大な光弾が、発射された。その熱量は降り積もった雪を一瞬にして気化させながら、標的に向かっていく。

 

「エッエッエッ──ギャアァァァァァッ!!?」

 

 そして……呑み込まれた。

 

「お……オレの名前は、ナンパリオ・ペンギーノでっす!ナンパァァ──」

 

 己の名を叫びながら、爆散するペンギンギャングラー……もといナンパリオ。その様を見届けつつ、ルパンレンジャーは元に戻ったのだった。

 

「はっ!?よ、良かった元に戻れた……」

「……早よ風呂入りてえわ」

「………」

 

 

 とはいえ、戦いは未だ終わっていないわけで。

 

「──私の可愛いお宝さん、ナンパリオを元気にしてあげて……」

 

 静かに姿を現したゴーシュ・ル・メドゥの力により肉体が再構成され、ナンパリオ・ペンギーノは巨大化復活を遂げた。

 

「ナンパッパッパ!最高のクリスマスプレゼントだァ──!!」

「……まったく、私もきょうはそれどころじゃないっていうのに」

 

 ドグラニオからも忘れ去られるようなヤツに、本当ならかかずらっていたくはない。ぶつくさ言いつつ、ゴーシュは去っていった。まあ、ナンパリオの知るところではないのが救いか。

 一方で、

 

「いつものパターンか。どうする、レッド?」

「とっとと片付けるに決まってンだろ。──コイツでな」

 

 グッドストライカーと同様、ジャックポットストライカーにも他のVSビークルとの合体能力がある。以前、荼毘──轟燈矢が実践していたように。

 

『ジャックポットストライカー!Get Set……Ready Go!』

 

 撃ち出されると同時に、巨大化していく赤き翼。その後尾にレッド・ブルー・イエローの各ダイヤルファイターが続く。

 

「いくぜ……!」

 

 快盗ガッタイム……とは、流石に言わなかった。

 グッドストライカーのときと同様ジャックポットストライカーがボディーの大部分をなし、胸から上をレッド、右腕をブルー、左腕をイエローが構成する。頭部は王冠のような装飾で覆われ、背中には翼の意匠。

 そうして生まれ出づる、新たな巨人。その名も、

 

「「「完成、──ルパンレックス!」」」

 

 

 真っ赤な体躯を聖夜の街に煌めかせながら、戦場に降り立つルパンレックス。対するナンパリオは、

 

「サンタクロース気取りかァァァーーッ!!」

 

 わけのわからないことをのたまいながら、突撃してくる。両刃剣を手に。

 

「はっ……」

 

 思考も何も窺えない大味な戦いぶりに、コクピットのルパンレッドは思わず嘲笑をこぼした。正面から相手をしてやっても良いのだが、ここは"(レックス)"の"皇帝(カイザー)"との違いを試してみたいと思った。

 

「──おらァッ!!」

 

 威勢の良い掛け声とともに──レックスが、()んだ。

 

「!?」

 

 翼を広げた赤き巨人は、重力に逆らいそのまま上昇していく。ナンパリオはといえば、ピョンピョンと飛び跳ねながら口惜しげに手を伸ばすことしかできない。

 

「ペッ、ペンギンは翔べないんだぞォ〜〜ッ!!?」

「そりゃ、ご愁傷サ……マっ!!」

 

 夜空に消えたかと思えば、一気に急降下してくる。慌てて両刃剣を突き出すナンパリオだが、そんなやけくその攻撃がルパンレックスを捉えられるはずもない。

 

「ナンッパァァァァ〜〜!!?」

 

──結果、黄金の剣の一閃によりナンパリオは吹き飛ばされた。

 

「お〜、すごい!」

「スピードは、カイザーよりこちらが上のようだな」

 

 面白くなってきた。疲れもどこへやらそう考えたレッドは、次なる攻撃手段に打って出た。

 

「ナンパァァッ、もう空には行かせねぇぇ〜〜!!」

 

 早くも立ち直るナンパリオだが、走り出した彼は思わぬ攻撃に見舞われた。

 広げられた翼から、無数の光の羽根が射出されたのだ。

 

「あ痛ッ!?痛ッ、痛だだだだだァッ!!?」

 

 羽根が全身に突き刺さり、悶える。さらにその一部が足の甲から地面を貫通し、文字通り彼をその場に縫いつけた。

 

「う、動けなくなってしまったァ……!」

 

 ならばもう、終わりだ。

 

「ふ──ッ!」

 

 再び飛翔するルパンレックス。揺れるコクピットの中で三人は立ち上がり、VSチェンジャーを構える。その挙動に呼応し、レックスの剣にエネルギーが充填されていく。

 

「あっ!」

 

 そのとき不意に、イエローが声をあげた。

 

「どうした、こんなときに」

この子(ジャック)、グッディと違って全然喋らんやん!必殺技の名前、どうしよう!?」

「そんなもの……」

 

 なんでも良いだろうとブルーが言いかけたところで、

 

「だぁってろ!」

 

 遮るように、レッド。無駄を嫌う彼らしい……と思いきや。

 

 

「──レックス、インパクトォッ!!!」

「えっ」

「!?」

 

 揚々とした叫びとともに、振り下ろされる黄金の剣。膨大なエネルギーを纏った一撃は、鎧に覆われたギャングラーの身体を見事に一刀両断してみせた。

 

「────!!??」

 

 声にならない悲鳴をあげるナンパリオ。音もなく着地するルパンレックス。静寂の中で、勝敗は決した。

 

「せ、せめて名前はァ……覚えて帰ってェェェ──!!」

 

「メリークリスマース!」──その言葉を断末魔に、ナンパリオは斃れた。劫火が夜空を、街を赤く照らし出す。

 

「もう忘れたわ、バァカ」

 

 最後まで容赦のないルパンレッドであった。

 

 

 一方、遅ればせながらパトレンジャーの面々も戦場へと向かっているところだった。尤もビルの谷間に勇姿を晒すルパンレックスを目撃し、戦闘の終わりを悟ることとなったのだが。

 

「ッ、もう終わってしまったか……!」

 

 パトカーを飛び出し、飯田天哉は悔しげにその機体を睨みつける。それに対し、

 

「……今回は出動までに時間がかかったしね。管理官が戻れば、次からは大丈夫だよ」

 

 表向き冷静にフォローしつつ、響香もやりきれない表情をつくる。釈放されたとはいえパトレンジャーの面々には待機命令が下っていたこと、同じく釈放されたはずの塚内管理官が戻らなかったこと──そのふたつが重なり、出動のための手続に時間がかかってしまったのだ。組織である以上、やむをえないことではあるのだが。

 

「……にしても、あの赤い姿……」

 

 確か、荼毘が使っていた──言いかけたそのとき、傍らに突然漆黒の翼が現れた。

 

『ジャックポットのヤツだぁ!』

「うおっ、グッドストライカー!?」

『オイラ、アイツに出番取られちまったんだよぉ〜……』

 

 がっかりしているグッドストライカー。ひとまずは彼を慰めるという仕事ができて、鋭児郎たちは力なく笑った。このままパトレンジャーとして年を越せるかどうか……まだわからないけれど、昼間よりよほど希望は生まれているという予感があったのだ。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、塚内直正は旧友の取調べを終わらせようとしていた。詰まりそうになる息を密かに整えながら、立ち上がる。

 

「おや、もう終わりかい?」

「……俺の立場で訊くべきことはすべて訊いた。あとは、物間捜査官たちの仕事だ」

 

 その言葉は言外に、ふたりの友情が断たれたことを示してもいて。

 一瞬、寂しそうに目を伏せる八木。──ただ彼にはひとつ、どうしても塚内に伝えておきたいことがあった。

 

「塚内くん。──死柄木弔のことだけど、」

「!」

 

 彼の策略に踊らされた青年のことだ、塚内は当然足を止めた。

 

「彼が名を偽っていたこと……最初から、私は知っていたんだ」

「……何?」

 

 

──彼と出逢った日も、きょうと同じように雪が降っていた。

 

『あんたが、八木俊典サン?』

 

 白銀の中に立ち尽くす青年の、雪を被ったでもないのに真白い頭髪に目を奪われる。

 

『……そうだが、きみは?』

『死柄木弔。……でもほんとは、志村転弧だったりして』

『!、何……?』

 

 志村転弧──その名は、知っていた。師匠の忘れ形見であった弧太朗の、子供の片割れ。そして十数年前の惨劇で、唯一遺体のひとかけらも見つかっていなかった子供。

 

 そのとき、八木はすべてを悟った。

 

『そうか、キミだったんだね』

『………』

『それで、私になんの用かな?お師匠……キミのお祖母さんをみすみす死なせてしまった、この私に』

 

 そのために弧太朗少年の心は深く傷つき、巡り巡って目の前の青年の手を血で汚してしまった。復讐を受ける理由は、ある。

 

 腹を括った八木だったが、志村転弧でありながら死柄木弔を名乗る青年は、思ってもみないことを口にした。

 

『あんた、国際警察の長官なんだろ?──俺のこと、使ってみないか?』

『……キミを?』

 

『──役に立つと思うぜ。あんたたちの願い、かなえるために』

 

──なるほど弔は役に立った。尤も彼の意図と、自分の真なる理想には相当の開きがあったのだけれど。

 

 

「ギャングラーとの通謀は濡れ衣。経歴詐称は、潜入捜査のうえで必要な措置として私が認めていた。となれば彼の嫌疑は十五年前の殺人……いや、個性の暴走による死亡事故だけだ」

「それで、彼への罪滅ぼしになるとでも?」

「haha……どうかな」

 

 ただひとつ言えることは、いっそう激しさを増すギャングラーとの戦いにおいて、死柄木弔の協力は間違いなく必要ということ。八木の最後の言葉は、それを後押しするものに他ならなかった。

 

 

 *

 

 

 

 "先生"の死は、志村転弧の心に絶望と孤独とを再燃させていた。家族を殺めたときより余程、深く……昏く。

 

『……転弧様、』

 

 どこからともなく現れる黒霧。彼の存在にいちいち感情を動かすのも、これが最後だと思った。

 

『……結局、僕は何もできなかった』

 

『最後まで"先生"に、認めてもらえなかった。……もうルパン家は終わりだ。おまえも、どこへなりと行けばいい』

『………』

 

 黒霧は何も言わなかった。ただ、その場から去ろうともしない。

 代わりに彼は、分厚いアタッシュケースを転弧少年に差し出した。

 

『……何、これ』

『"先生"からです』

『………』

 

 既に気力をなくしていた転弧だが、"先生"の遺したものを黙殺することは流石にできなかった。おずおずと黒霧から受け取った鍵を差し、解錠する。

 

──果たしてそこに入っていたのは、黄金と白銀に彩られた銃と……人間の手の形をした複数のオブジェ。そして──隅に折り畳まれた、一枚の便箋。

 

 思わず黒霧を仰ぎ見ると、小さな頷きが返ってきた。"すべては、そこに"──そういうことだろう。

 便箋を手にとった転弧。そこにはたしかに、"先生"の直筆が綴られていた。

 

 

──親愛なる転弧へ

 

きみがこの手紙を読んでいるということは、私は既にこの世にいないのだろうね。こんな陳腐な書き出しになってしまうこと、どうか許してほしい。

転弧、亡霊のようだったきみはこの十年で、大きく成長したね。その間きみがどれだけ苦しみ、努力してきたか。傍にいられた時間は決して多くはないけれど、僕はこの目で見てきたつもりだ。

僕が遺したものは、そんなきみの奮励への報いだと思ってほしい。本当は、自分の声、言葉で伝えたかった。そうしてあげられなかったこと、重ね重ねすまないと思っている。

 

その金銀の銃は、きみが未来を築くための実力。そして手の意匠は、きみが過去を忘れないための心のよすがだ。それは、──

 

……罪を背負えと、私は言ったね。だがそれは、自分を責め、傷つけ続けることではない。きみが幸福であること、その幸福をほんの少しずつでいい、世界に分け与えること。それが罪を贖う唯一の方法であると、僕は信じる。

だからきみは、生きなさい。僕の、きみが手にかけた家族のぶんまで、精一杯生きなさい。ただひとつ、それだけ約束してくれるなら、きみを僕の後継者と認め、新たな名前を贈ろう。

 

"死柄木 弔"

"弔"は死を悲しみ、別れを告げること。そして遺された者は、前へ進まねばならない。いずれ自身が、死者の列に加わるその日まで。

そして、"死柄木"だが……これは僕が僕の人生において唯一他人から与えられた名前だ。それをきみに託す意味までは、あえて書かない。とても気恥ずかしいことだからね。

 

 

 

ではまた、いつか。遥か遠い未来に、きみと逢えることを祈っている。

 

 

──Arsène Lupin、きみの"先生"より

 

 

 

 à suivre……

 

 





「これが最後だ……デストラ!」
「ギャングラーのはじまりの日だ……!」

次回「デストラクション」


「「あいつならーー!」」


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#44 デストラクション 1/3

 

 この場所に来るのももう何度目かと、デストラ・マッジョは思う。

 薄暗く、時が止まったような酒場。しかもきょうは、バーテンダーも含め誰ひとりの姿もない……()()()()()()

 

「よう。待ってたぜ、デストラさん?」

「……ザミーゴ、」

 

 口笛を吹きながら、冬でも構わず氷を齧る青年。ザミーゴと呼ばれた彼が人間でないことは……言うまでもあるまい。

 

「なんの用だ。私は今忙しい、手短に済ませろ」

「冷たいなァ。せっかく俺もギャングラー次代ボス、デストラ・マッジョ様に貢献しようと思ってるのに」

「……何?」

 

 立ち上がったザミーゴは……刹那、怪人態へと姿を変えた。暗がりでもわかる、寒々しい肌の色。

 その中にあって唯一輝きを放つ黄金の金庫の片割れが、がちゃりと音をたてて開かれた。

 

「!、貴様、それは……」

「快盗から手に入れたんだ。あんた、()()()()()も持ってるんだろ?」

 

「コレがありゃ、あんたに敵うヤツはいなくなる。きっと、ボスもお喜びになると思うぜ?」

 

 その言葉はデストラにとって、何より魔性のものだった。

 

 

 *

 

 

 

──数日後

 

 クリスマスから一週間が経過し、街は一年の最後……大晦日を迎えていた。

 

「♪〜」

 

 喫茶ジュレの店先で、口笛吹きつつ掃き掃除をしている麗日お茶子。クリスマスのあとには晴れの日が続いていて、往来はすっかり元の姿を取り戻しているけれど、常に日陰となっている片隅にはまだ雪が残っている。そんなさまからも季節が感じられて、彼女はなんとなく陽気な気分になっているのだった。

 

「──お茶子、」店から顔を覗かせる轟炎司。「外はもういい。中の用意を頼む」

「ラジャ!」

「……今日はやけに浮かれているな。何か良いことでもあったのか?」

「そういうことやなくて……大晦日からお正月って、なんとなく浮かれちゃわない?テレビも特別編成だしさ!」

「まあ、一般市民はそういうものか」

 

 それが行き過ぎて犯罪に走るはぐれ者も大勢いて、ゆえに年末年始はヒーローにとって繁忙期になってしまうのだ。ヒーローを辞めて二度目の年越し、それまで数十回をヒーローとして過ごしてきた炎司だったが、既にこのゆったりとした雰囲気が肌に馴染みつつあった。

 

「でも誰かさんは……きょうも平常運転なんだよねぇ」

「………」

 

 ため息混じりに、街の方角を見遣るふたり。もうひとりの従業員は、相変わらず買い出しに出たまま帰ってこないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 もうひとりの従業員こと爆豪勝己は、欠伸をこぼしつつ往来をぶらついていた。当然、買い出しという目的は果たす。ただその前に、少しばかり意味のない道草というわけである。

 

「はー……寒ィ」

 

 吐く息は白く、着込んでいても寒風は容赦なく身を凍えさせようとしてくる。体質の関係上、勝己はとりわけ寒さが苦手だった。しかしそれと同じくらい人混みも嫌っているので、大晦日のショッピングモールなどに足を踏み入れる気にはならない。だったらおとなしく用だけ済ませて店にいればいいのだが、それはそれで負けたような気分になるのだった。

 面倒な思考に浸っていた勝己少年は──背後から忍び寄る不審な影に、気づくことができなかった。

 

「──ッ!?」

 

 いきなり肩を掴まれ、引き寄せられる。反射的に相手の腹めがけて肘打ちを仕掛けようとした勝己だったが、それはもう一方の手に止められた。

 

「おいおい、ナカマにそれはないんじゃないの。爆豪くん?」

「!」

 

 ナカマ、仲間……一瞬呑み込みがたかったが、やや粘着質だが落ち着いた声は確かに耳馴染んだものだった。振り返ると、自分と同じ緋色の瞳と視線が交錯する。

 

「……てめェか、死柄木」

「よう」

 

 にこりと笑う青年を、勝己はため息混じりに受け入れた。

 

 

 *

 

 

 

 一方、ようやく平常運転に戻りつつあるのが警察戦隊の面々だった。

 

「──我々についてだが、ひとまずはこのまま任務を継続することになった」

 

 管理官・塚内直正からの伝達に、隊員たちはほっと胸を撫でおろす。クリスマス・イブの一件で管理官以下メンバー全員が拘束される事態となり、一時はチームの存続すら危ぶまれたのだ。長官の逮捕と入れ替わりに釈放されはしたが、組織に逆らったことは事実……更迭がないとは限らなかった。

 

「じゃあ俺ら、何も変わりナシっつーことですね!良かった……」

「……いや、よりによってトップがギャングラーと内通してたんだ。市民のウチらを見る目は、ずっと厳しくなるよ」

 

 耳郎響香の言葉に、無邪気に喜んでいた切島鋭児郎は明らかに萎んでしまった。警察戦隊そのものは無事でも、国際警察全体は大きく動揺している。今後どのような事態が起こるか、未だ先は見通せない状況なのだった。

 

「失った信頼は、実績で取り戻すしかない」飯田天哉の言葉。「我々のすべきことは、如何なる状況であろうと変わらないさ。そうだろう?」

「……そう、そうだよな。俺たちの使命はギャングラーを倒して、世界を守ること。そのために、今まで以上に頑張るしかねーよな!」

「ま、確かに。それしかないよね」

 

 顔を見合わせ、頷きあう三人。彼らの盤石なチームワークは、文字通り一朝一夕の時点で形を成していた。今となってはもう、何十年と組んで仕事をしているかのような阿吽の呼吸ぶりだ。

 ただ……ここには付かず離れずながら、間違いなくチームの一翼を担っていた青年の姿がなくて。

 

「それと、死柄木捜査官の処遇についてだが」

「!」

 

 鋭児郎たちの表情に、再び緊張が走る。──国際警察を追われた死柄木弔のことは、三人もずっと気にかけていたことだった。件のクリスマス・イブ、エンデヴァーこと轟炎司救出のために異世界へ突入して以降、彼は一度も姿を見せていない。当然だが。

 

「し、死柄木の疑いはもちろん晴れたんスよね!?それなら──」

「──まあ聞け、切島くん。悪い話じゃない」

 

 逸る鋭児郎を手で制し、塚内は続けた。

 

「彼については引き続き警察戦隊(ウチ)で面倒を見るよう、上層部(ウエ)から指示があった」

「!、本当ですか!?」

「ってことは、死柄木の立場は変わらないと?」

「ああ。十五年前の個性事故の捜査に関して、日本警察と調整中ではあるが」

 

 弔は事故の重要参考人として、事情を聴かれることにはなるだろう。──尤もそれとて、彼が再び国際警察に戻ってくればの話だが。

 

 未だ半信半疑の塚内に対し、三人……とりわけ鋭児郎は、弔の帰還を確信しているようだった。互いに命を預けて戦ってきた彼らの見解なら、青臭くともそれが正しい。離れていた旧友の末路を思い、塚内は若い彼らにより強い期待をかけていたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 弔の去就については、警察と対立する立場にある少年も内心気にかけていた。

 

「──どうすんだよ、これから」

「は?」

「ケーサツだよ。てめェがあいつらとつるんでたほうが、俺らも好都合なんだけど」

「……あー、」

 

 天を仰ぐようなそぶりを見せた弔は、そのままむっつりと黙り込んだ。それが必要なことだと、彼も頭ではわかっている。ただ──

 

「……連中と俺とじゃ、住む世界が違う」

「は?」

「なのに、俺なんかに入れ込ませるのは……なんつーか、心が痛い」

 

 勝己は一瞬、言葉に詰まった。それが端的にはなんという単語で表しうるのか、彼にはすぐわかった。そして存外、頭ごなしに否定できない自分がいることも。

 

「……わからんでもねえ」

「お……共感してくれるんだ」

「まァな。でも、逃げ続けンのは無理だろ。ギャングラーと戦ってる限り、どうせ戦場でかち合うんだからよ」

「はは……確かになァ」

 

 そのとき彼らが、逃げている自分に何と言うか。対して自分は、なんと返すか。弔の心は揺れていたが、それは決して不快な感情でもなかった。

 

「ま、きょうは大晦日だし。ゆく年くる年でも見ながらのんびり考えるさ」

「ゆく年くる年って、てめェ……純日本人かよ」

「いや人種的には純日本人だから。フランスかぶれなだけで」

 

 このふたりにしては牧歌的な会話を繰り広げつつ、歩を進めていたときだった。

 

「──見つけたぞ……快盗!」

「!」

 

 鋭い声とともに、一気に空気が張り詰める。

 揃って振り向いた彼らが見たのは、地響きをたてながら迫る一つ目の巨人だった。

 

「デストラ……!」

 

 黄金の金庫をふたつ持つ、ギャングラーのNo.2。その地位に相応しい威容は、周囲の生きとし生けるものすべてに凄まじいプレッシャーを与えていた。

 

「……なんか用?大晦日のこの忙しいときに」

 

 緊張を紛らわすような弔の軽口。それに対し、

 

「安心しろ。貴様らに、年など越させん……!」

 

 わかりきった解答。ふたりだけで敵う相手ではない──しかし、炎司たちに連絡をとっていられる状況ではない。

 ましてや、逃げるなど。

 

「チッ……やるしかねえか」

 

 腹を括ったふたりは、寸分違わぬタイミングでそれぞれの変身銃を構えた。

 

「「──快盗チェンジ!!」」

 

 光に包まれ、それぞれ赤と白銀の快盗に変身を遂げる。

 

「俺が前に出る。きみは、」

「撃って撃って撃ちまくれ、だろ。わーっとるわ!」

 

 言うが早いか、VSチェンジャーとルパンマグナムの二丁を構える勝己──ルパンレッド。意が通じていることにひとまず満足すると、弔の変身したルパンエックスは躊躇なく突撃を敢行した。

 

「貴様らの戦い方など、前の戦いで既に見切っているわ……!」

「だったら黙って手ぇ動かせよ、ステイタス・ダブルゴールド!」

「減らず口を……!」

 

 そう、デストラの言う通り減らず口だった。ルパンエックスの堅牢な鎧も、彼の圧倒的なパワーでもって炸裂するハンマーの直撃に耐えきれるかはわからない。勝機があるとすれば今は、レッドのルパンマグナムしかない。

 

「今日こそ必ず貴様らを討つ……!ドグラニオ様の期待に応えるために!あの方の意志を継ぐために!!」

「ッ!」

 

 声高に叫ぶデストラは、猛烈な勢いでエックスを攻めたてる。その背後から喰らいついてくる弾丸には怯むそぶりも見せない。

 

「ッ、こいつ……!」

 

──今までとは違う。本気でこちらを、殺しにかかってきている。

 悟ったところで、遂にハンマーの一撃がエックスを弾き飛ばした。

 

「ぐああッ!?」

「死柄木!?──クソがっ!!」

 

 前衛がいなくなってしまった以上、出し惜しみしてはいられない。VSチェンジャーを手放し、レッドはルパンマグナムのダイヤルに右手をかける。

 

『ルパンフィーバー!Un, deux, trois……』

「オラァッ!!」

『イタダキ、ド・ド・ド……ストライク!!』

 

 そして放たれる、一撃必殺のエネルギー弾。標的は真正面、直撃コース。これなら──

 

「そんなもの……!」

 

──刹那、デストラの金庫の一方が光った。

 

「フンっ!」

 

 その巨体を躍らせ、弾丸の軌道を外れる。直撃はおろか掠ることもなく、標的を見失った弾丸はあらぬ方角へと消えていった。

 

「な……っ!?」

 

 弾速に秀でたルパンマグナムの一撃を容易くかわされた、レッドの受けた衝撃は大きかった。もとよりスピードに秀でたギャングラーというわけではない、それをまるで、最初から予測していたかのように。

 

──予測?

 

「てめェ、まさか……!」

「………」

 

 言葉の代わりに、デストラは先ほど光った金庫を開いてみせることで応えた。

 果たしてそこに仕舞い込まれていたのは、黒と赤を基調とした戦闘機の模型で。

 

「ビクトリーストライカー……!」

 

 イブの日──異世界に囚われた炎司を救出すべく、ザミーゴに扉を開かせるのと引き換えに渡さざるをえなかった"切り札"。取り戻す算段を躍起になって考えていたところで、よりによってデストラの手に渡ってしまうなんて。

 

「未来予知……くだらん力と思っていたが、使いどころを見極めれば役に立つ」

「ッ、ナマじゃ勝てねえからコレクション頼みってか……!」

 

 その言葉がブーメランとなって返ってくることは重々承知しながら、吐き捨てるレッド。そんな無理矢理な挑発でもして隙を生み出すほかに、今思いつく手だてはなかったのだ。

 無論、デストラ相手にそんな作戦が通用するはずもなく。

 

「もはや手段は選ばん……!──さあ、どこからでもかかってこい!」

「クソが……!──おい、死柄木!」

「……ッ、」苦痛に呻きながらも、「……ハァ。やるしか、ないよな」

 

 ふたり同時に仕掛ければ、ビクトリーストライカーをもってしても動きは読みきれない。ならば弔も、倒れてなどいられなかった。

 

「「──うおおおおおおおッ!!」」

 

 ともに雄叫びをあげ、走り出す。そのまま正面から突撃するルパンエックスに対し、レッドは途上でスライディングに移り、足下から金庫に迫らんと試みる。

 しかしそうした涙ぐましい努力も、デストラの得た力の前には無に帰す運命にあって。

 

「フン……──ならば、これだ!」

 

 ふたりがいよいよ接敵しようとした瞬間、デストラの()()()()()金庫が光った。

 

「──!?」

 

 刹那、ふたりはまるで巌にのしかかられたかのごとく地面に押し潰される。コンクリートに亀裂が走る。指一本たりとも、動かせない──

 

「……ンだ、これ……!?」

「ッ、重力、操作……!」

 

──サイレンストライカーの、真の能力。

 

 這いつくばる快盗を侮蔑を込めて見下ろすと、デストラは重力の方向を変えた。──レッドを標的に、自らへと引きつけてしまったのだ。

 

「ヌゥン!!」

「がぁ──ッ!?」

 

 こうなってはもはや、為す術もない。レッドの胴体をハンマーが捉え……彼はそのまま、背をくの字に折った状態で撥ね飛ばされた。

 それと入れ替わるように、重力の檻から解放されたエックスは再び攻撃を試みていた。勝己には悪いが、この瞬間を打開の糸口に変えるしか──これしか、ない。

 しかしデストラは既に、サイレンストライカーの力を使いこなしていた。前面に展開していた重力波を、そのまま盾として機能させたのだ。

 

「ン、の……っ!」

 

 一歩も前に進みえない状態で、それでもエックスは悪足掻きにXチェンジャーの引き金を引く。実体をもたない光弾ならばという考えだったが、重力波はそれさえも消散させてしまった。

 

「失せろ」

「ぐ──ッ!?」

 

 結局彼も、デストラに一矢報いることはできず。一秒後には、レッドともども地面を転がっていた。

 

「く、そがぁ……ッ」

「ッ、………」

 

 もはや身を起こすこともできないふたりに、言葉もなく迫るデストラ。このあとの運命は、もはや決したも同然だった。

 そこに、

 

「──待てッ、デストラぁ!!」

 

 勇ましい声音とともに、駆けつけてきたのは他でもない──パトレンジャーだった。その視線が一瞬、倒れ伏すエックスと交錯する。

 

「……死柄木、」

 

 この一週間、音信不通の状態だった弔が今、目の前にいる。その事実にパトレンジャー……とりわけ鋭児郎の心は揺れたが、事態は既に切迫していた。

 

「警察か。──貴様らにも私の本気、見せてやるッ!」

 

 力いっぱいハンマーを振り上げ──その場に振り下ろす。一瞬、時が停まったような静寂。

 

 

──そして彼らは、無数の火柱に呑み込まれた。

 

 



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#44 デストラクション 2/3

 

 いったい何が起きたのか、即座に理解が及ぶはずもなかった。

 ただ、自分たちの上に積もった瓦礫を力ずくで押しやり、痛む身体を叱咤して起き上がる。

 

「ッ、飯田、耳郎……。大丈夫か……!?」

 

 彼の呼びかけに、呼吸を荒げながらも仲間たちが応える。この状況下にあってようやく胸を撫でおろすことのできた鋭児郎だったが、それも周囲の状況を認識するまでのことだった。

 

──ビルが崩れ、瓦礫と炎とが焼け焦げた道路に降り積もる。

 

 それは滅びの光景……地獄、そのものだった。

 

 

『──デストラの攻撃で、13の地区が被害を受けています。爆心地となった広沢地区は……壊滅状態です』

 

 ジム・カーターによる被害状況の報告が、タクティクス・ルームに重々しく響く。やむなくヒーローに救助活動を任せ、帰還したパトレンジャーの面々は、揃って拳を握りしめることしかできないのだった。

 

「……あれが、デストラの一撃で起こったことなのか」

 

 ハンマーのひと振りが、13もの地区を地獄へと変えてしまった。世界そのものを大きく動揺させた、ギャングラーの脅威。デストラ・マッジョという男は、それを体現していた。

 

「これ以上被害を出す前に、ヤツを倒さないと──」

『──あのぅ、』躊躇いがちに割り込むジム。『実は皆さんが戻ってくる前に、死柄木さんから通信がありまして……』

「!、マジか!?なんて……っ、ジム、死柄木はなんて言ってんだ!?」

 

 もとより冷静な心持ちでない鋭児郎は、目の色を変えてその報告をしたジムに詰め寄った。結局、あの戦場で弔と言葉をかわす暇などあるはずもなかった。彼のことを気にかける感情も、忘れてしまったわけではない。

 

「落ち着け、切島捜査官」

 

 あえて冷や水を浴びせるように、塚内が言い放つ。

 

「彼から報告があったのは、デストラの能力についてだけだ」

「……デストラの?」

 

「──"デストラは、ビクトリーストライカーとサイレンストライカーの両方を手中に収めている"……だ、そうだ」

「──!?」

「な……!?」

 

 あのデストラが、よりにもよって最強クラスのルパンコレクションを?弔からの一週間ぶりの接触という事実が頭から抜け落ちるくらいに、その報告は衝撃的なもので。

 

「ビクトリーストライカーは未来予測、サイレンストライカーは重力操作の能力を発揮するらしい。そのふたつ、そしてデストラ自身の圧倒的なパワーを攻略しなければ……我々に、勝ち目はない」

「……ッ、」

 

 若人たちの強い心さえも折りかねない塚内の言葉は、しかしどうしようもなく事実でしかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、爆豪勝己と死柄木弔も間一髪、難を逃れて拠点であるジュレに戻っていた。

 

「こ、こんな感じやったっけ……?」

「違ぇわヘタクソっ、いい加減包帯の巻き方くらい覚えろや!!」

「………」

「〜〜ッ!?」

 

 無言のお茶子に巻き途中の包帯で思いきり締め上げられ、勝己は声にならない悲鳴をあげた。

 その様子を横目で見つつ、

 

「ビクトリーとサイレン、両方がデストラの手にあると……間違いないんだな?」

「……ああ。サイレンは直接確認してないけど、あの能力は100パーそうだね」

 

 左目を包帯で覆った弔の回答に、炎司はえも言われぬような表情で黙り込んだ。前者はザミーゴから、後者は燈矢から……間接的にはいずれも、自分が原因を作ったようなものだ。それが巡り巡ってこの青年たちを苦しめている。

 

「どうしよう、あんな強いのに……コレクションだって取り返さなきゃでしょ?」

「ッ、たりめーだわ……」

 

 お茶子にやられた痛みに顔を顰めながら、勝己。──ふたつのVSビークルを、どうやって取り返すか。デストラはこちらの動きを読むことができる、そんな相手の隙をつく方法は……。

 

 

「──問題は、どうやってデストラの能力を破るか……」

 

 まったく同じ時機に、警察の面々も"How(どうやって)"を思案していた。無論彼らの場合、その目的はデストラを打倒することのみにある。しかしいずれにせよ、デストラの能力を打ち破らなければならないのは同じだった。

 そして──そのために、取りうる手段は。

 

「……コレクションを、快盗に奪らせる……」

「!」

 

 鋭児郎のつぶやき。それはこの場にいる全員の頭の中にある考えだった。圧倒的な力をもつデストラを打ち破るには、それしかないと。

 

「……快盗に、協力させるか」

「しかし、どうやって彼らを呼び出す?死柄木くんがこちらからのコンタクトを受けてくれるかもわからないんだぞ」

 

 事実この一週間、こちらからの連絡に対しなんの返信もなかったのだから。

 だが、

 

「いや……死柄木を通す必要はないよ」

「何?」

快盗(あいつら)は、絶対コレクションを取り戻しに来る」

 

 

「チッ……サツの連中、使うしかねえか」

 

 勝己もまた、鋭児郎と同じ結論に達していた。

 

「彼らを囮にしてチャンスをつくるということか?」

「それしかねえだろ。──なァ、死柄木」

「!、………」

 

 弔は是非を述べようとはしなかった。ただ勝己の考えに代わるものをもたないのは、間違いなくて。

 

「でもデストラ、めっちゃ強くなってるんでしょ?ふたりがこんなメッタメタにされちゃうくらいやし……警察の人たちだって、もたないんじゃ──」

「はっ、気合いでなんとかすンだろ、あの連中なら。市民守るためなら手段選ばねえんだから」

 

 

快盗(俺ら)は、」

警察(俺たち)は、」

 

 

「「──それを、利用するんだ」」

 

 

 *

 

 

 

 一度退いたデストラ・マッジョは、主人の屋敷に戻った。既に、この場に出入りする者は殆ど存在しなくなっている。ことごとくが快盗、あるいは警察……いずれにせよ改造したルパンコレクションを扱う人間たちによって、倒されたのだ。そうしてギャングラーは今や、瓦解寸前となっている。

 

「──あら、もう戻ってきたの?」

「……ゴーシュか」

 

 ゴーシュ・ル・メドゥ、一応は同僚という扱いになるのかどうか。ドグラニオの側近という立ち位置は同じだが、壊し、奪い、殺すための集いであるギャングラーに明確な職掌があるわけではない。彼女は己の好奇心を満たすためにドグラニオに媚びを売り、それと引き換えに好き勝手をやっている。

 

「ドグラニオ様は留守か?」

「ええ。最近、色々とご自分で動いてらっしゃるみたいよ?ギャングラーもこの通りだものね、フフフッ」

「……わかっているならこれ以上、勝手は慎むことだ」

「勝手じゃないわよ、ボスが認めてくださってるんだもの」

 

 そう──ゆえに、デストラは彼女の行動に不快感を表明する以上のことができなかった。今までは。

 だが、これからは違う。

 

「俺がボスの座に就いた暁には、貴様には行動を改めてもらう。よく覚えておけ」

「あら……遂にその気になったのね。ボスもお喜びになるでしょうけど……誰も文句をつけられないような功績のひとつやふたつ、あげてから言うべきじゃないかしら?」

「………」

 

 ゴーシュの言わんとするところは、考えるまでもなく判る。今、デストラが挙げうる目に見える功績など、ひとつしかありえない。

 

「……快盗と警察を葬り去り、あの世界を我らのモノとする。──きょうこの日こそ、新たなギャングラーのはじまりの日だ……!」

 

 同僚のほかに聞く者のない宣言を高らかに告げると、デストラは踵を返して去っていく。

 その背中を見送りつつ、

 

「フフフ……期待してるわよ、デストラ」

 

 どこまでも真意の窺えぬ声で、ゴーシュは独りつぶやいたのだった。

 

 

 *

 

 

 

『──現在、92パーセントの住民の避難完了。高藻地区・和義沼地区においては、日本警察及び地区管轄のプロヒーローと合同で住民の輸送作業を進行中。国際警察日本支部において戦力部隊は──』

「……デストラのヤツ、次はどこに現れると思う?」

「奴は快盗や我々を標的にしてきた。おそらく、また……」

「快盗はどこにいるかわからないだろうけど、ウチらは堂々と拠点を晒してるからね」

 

 庁舎全体に流れるアナウンスを背に、パトレンジャーの面々は出陣の備えを行っていた。

 

──そして、彼らも。

 

「いよいよ、デストラと戦わなきゃか……」

 

 快盗の衣装を纏いつつ、自らに言い聞かせるようにつぶやくお茶子。手が震えてしまうのは、自らの意志で抑えられるものではなくて。

 そんな様子を窺って、唯一着替えていない弔が口を挟む。

 

「……なァ、やっぱり俺も──」

「──馬鹿言うなや」ぴしゃりと跳ね除ける勝己。「ンなボロクソで戦りあえるような相手じゃねーのは、てめェがいちばんよくわかってンだろ」

「……きみが言えた義理じゃないと思うけど」

 

 勝己だって、手酷く負傷しているのは同じなのだから。

 

「俺にとっちゃこの程度かすり傷なんだよ。てめェは片目やられてンだろ、どう考えても万全じゃねー」

「………」

「──死柄木、ここは我々に任せろ。ただ……万が一のときは、」

「ちょっ……ストップストーップ!」炎司の言葉を遮るお茶子。「万が一とか言うのあかんてもう!せっかく自分落ち着かせてたんに……」

「はっ、ビビってんじゃねーよ丸顔」

「うっさいバカ豪!」

「よしてめェはデストラの次に殺す」

 

 軽口を叩く少年少女と、それを見守る壮年の男。彼ら三人は快盗というひとつのチームとなって、命と矜持をかけた戦場へ出立していく。

 

「………」

 

 それを見送るほかない弔は、ふと背後に気配を感じた。それが何ものかなど瞬時にわかる、振り返るまでもない。

 

「……行ってしまいましたか」

「そりゃ行くだろうよ、コレクションの奪還はあいつらの悲願でもあるんだから」

 

 「俺はこんなだから留守番だけど」と、弔。視界に入らなくとも、黒い靄が背後で揺らめくのがわかる。

 

「……死柄木弔、良い機会です。あなたはもう、前線から退くべきかもしれない」

「は?」

 

 その言葉には思わず振り向いてしまった。そうしたところで靄に覆われた顔から、表情など窺えないのだが。

 

「なに言ってんだ、黒霧。俺が国際警察にいられるようにっつってたのはおまえだろ?」

「!、……そう、でしたね」

「一週間で言うこと変わりすぎだろ。……何があった?」

 

 国際警察側の動きにネガティブな変化があった──まずもって立ちうる推測だった。合理的な思考という意味では、弔のそれは突飛ではない。むしろ、黒霧のほうが。

 

「何が、というわけではありません」

「……?」

「迷っているのかもしれませんね……私も」

 

 アルセーヌ・ルパンの跡を継ぎ、弔はニ勢力を股にかけて立ち回るほどに成長した。……それでもなお、黒霧の目には出逢った頃のちいさな転弧少年が映っているのだった。

 

 

 *

 

 

 

 同時刻──国際警察日本支部庁舎の前に、異形の一つ目巨人が姿を現していた。

 

「人間どもの抵抗(レジスタンス)の象徴……まずは此処から潰してやる」

 

 言うが早いか、巨人──デストラ・マッジョは己の体内で生成した無数のミサイルを放った。それらは庁舎の突出部に着弾し、辺り一面に劫火を撒き散らした。外部からの攻撃に耐えうるよう建設されている、この一撃で崩壊などありえない。それでもばらばらと細かな瓦礫が落ち、整然とした庭を汚していく。

 

「フン……」

 

 他愛もない。そう思っていたらば、複数の足音が迫ってきて。

 

「そこまでだッ、デストラぁ!!」

 

 VSチェンジャーを構え、三人の若者が立ち塞がる。

 

「貴様の狙いは我々だろう!!」

「他には指一本触れさせないよ……!」

 

 勇ましく声を張り上げる三人。その内心には、幾分の虚勢も含まれていることだろう。自らの命が風前の灯火とわからないほど、彼らも愚かではあるまい。

 

「わざわざ出迎えとは、手間が省ける。まずは貴様らから、消えてもらおう……!」

「人間の意志は、そう簡単に消えねえんだよ!──行くぜっ!!」

 

──警察チェンジ。コールとともに、トリガーを引く。青年たちの肉体が警察スーツに覆われ、戦士としての姿に変わっていく。

 

「「国際警察の権限において──」」

「──実力を、行使するッ!!」」

 

 そして、吶喊するパトレンジャー。平和をかけた、譲れない戦い。しかし自分たちだけでは力不足であると、忸怩たる思いながら彼らは理解していた。

 

(快盗……おめェらの意志、信じてっからな……!)

 

 快盗は、必ず来る。

 いや、

 

「──快盗、チェンジ」

 

 既に、その身を翻さんとしていた。

 

 

 



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#44 デストラクション 3/3

vsデストラ、決着

原作の死柄木たちのような存在とは根本的に異なる絶対悪なんですが、その忠臣ぶりは美しいものでした


「うおおおおおおお──ッ!!」

 

 雄叫びをあげ、標的に殴りかかるパトレン1号。彼は自身の個性を発動させることで要の矛となり、また盾であろうとしていた。

 

「ヌゥン!」

「ッ!」

 

 しかし、標的──デストラ・マッジョは巌のごとく硬化した彼の拳にびくともせず、すかさず反撃を仕掛けてくる。その一撃の重さは、限界クラスの硬化をもってしても内臓にまで響くもので。

 

「……ッ、」

「──切島くん下がれッ!」

 

 呻く1号を下がらせ、すかさずデストラに飛びかかる2号と3号。頑健な肉体をもつ前者が目の前に立ちふさがってデストラの意識を引きつけ、その隙に後者がスライディングで足下に飛び込み至近距離から銃撃を仕掛ける。これは一応効果を発揮して、デストラのボディーに直撃をとることに成功した。

 

「小癪な真似を……!」

 

 尤もデストラにとってその程度、豆鉄砲ほどのものにすぎないのだったが。

 

 

 明らかな力の差を埋める術もなく、それでも必死に喰らいつくパトレンジャー。──その姿を、ルパンレンジャーの面々は密かに見守っていた。"そのとき"が来る瞬間を、ひたすらに待って。

 そして、

 

「ヌゥアァァッ!!」

「がぁ──ッ!!?」

 

 1号──鋭児郎の硬化を打ち破るべく、デストラがハンマーの大振りな一撃を放つ。果たしてその意図は成就し、相手は搾り出すような呻き声とともに吹き飛ばされる。

 

「──今だ……!」

 

 そして、快盗たちは一斉に飛び出した。相手が黄金金庫の持ち主であるゆえに、両手をダイヤルファイターに捧げて。

 

(絶ッ対、獲る──!)

 

 しかし、

 

「フン!」

 

 左の金庫が鈍く光り……デストラの巨体を、重力のドームが覆い尽くす。

 

「──ッ!?」

 

 その顛末として、快盗も警察も指一本たりとも触れることができず吹っ飛ばされた。そのまま地面に叩きつけられる。その中心に、デストラは王者のごとく立っていた。

 

「警察を囮にするとは考えたものだが……気配の消し方が甘かったな、快盗」

「……ッ、」

 

 気づかれていたのか、自分たちの存在に。──いずれにせよ、作戦失敗だ。同じ手はもう、使えない。

 

「貴様らはもはや、此処で死ぬだけだ……!」

「ッ、ざけんじゃねえ……!」立ち上がる1号。「こんなとこで、倒れて堪るかぁッ!!」

 

 そして、レッドも。

 

「決めてンだよ……!死んでも、願いはかなえる!」

 

 言うが早いか、快盗たちは手持ちのダイヤルファイターを武器として顕現させた。レッドがシザー&ブレードで接近戦を挑み、ブルーとイエローがそれぞれマジックアローとサイクロンで銃撃を仕掛ける。当然、パトレンジャーも彼らに追随した。六人がかり、死に物狂いの猛攻。

 しかしそれらは、街を壊滅させたデストラのハンマーブレイクによって文字通り打ち破られた。

 

「がは……ッ!」

 

 無数の火柱によって吹き飛ばされ、青年たちの変身は解除された。転がるダイヤルファイター。それらまでもが、デストラの手中に収められてしまう。

 

「くくくく……ッ、フハハハハ……!」

「……ッ、」

 

 傷つき倒れながら──それでも戦士たちの瞳は、絶望に染まってはいなかった。とりわけ、ふたりの赤き戦士たちは。

 

ルパンレッド(あいつ)は絶対、あきらめねえ……!)

クソ髪(あいつ)は絶対、立ち上がる……!)

 

(考えろ、あいつならどうする……!?)

(あいつならどう動く……!?)

 

「「あいつなら──!」」

 

 そのとき──デストラの持つダイヤルファイターが、ふたりの目に入った。

 

「──おい、一つ目野郎……!」

 

 そして勝己は、立ち上がる。効き目のない光弾をそうとわかっていながら撃ち込み、彼の注目を一身に受けて。

 

「まだ、終わってねえぞ……!」

 

 鼻を鳴らすデストラ。──再びの変身を遂げた勝己は、ルパンマグナムを手に駆け出した。その弾丸をデストラ相手に叩き込む、と見せかけ。

 

「おらァッ!!」

「!?」

 

 身を翻して背を向ける。と同時にルパンマグナムの引き金を引き、その勢いで後方に大きく吹っ飛ばされた。

 背を向けた状態で迫るレッドは想定外のものだった。やむなくデストラはビクトリーストライカーの力を使い、レッドの進路を予知──さらにその接触を防ぐべく、重力のバリアを眼前に張った。

 

「ぐううううう……!!」

「……ッ、」

 

 重力にその身を締め上げられるレッド。苦痛に呻きながら、彼は前方……つまりデストラとは反対方向に銃撃を続ける。弾丸はあらぬ方向へ飛んでいく。しかしその反動は、ルパンレッドの体重を一時的なりとも重力に打ち勝たせる。──バリアに、亀裂が走っていく。

 そして、

 

「がァああああああッ!!!」

 

 獣じみた雄叫びとともに、バリアが砕け散る。自由の身になったレッドはその解放感に浸ることもなく身を翻す。身体を捻りながら、VSチェンジャーとルパンマグナムを合体させる器用さを見せつけつつ。

 

『ルパンフィーバー!!』

 

 必殺の銃撃。しかしそれも、デストラの予知の範疇にあった。

 

「貴様の狙いが金庫でないことはわかっている!」

 

 一度破られた──だからどうしたとばかりに、デストラが再びバリアを創り出す。重力波の面前で、膨大なエネルギーがマグナムに装填されていく。

 

「よせレッドっ、そのエネルギーを弾かれたら……!」

 

 当然、自身もただでは済まない。それがわからないレッドではないだろうに、彼は今にも最後のトリガーを引こうとしている。

 

「ウオオオオオオ──ッ!!」

「だめぇえええええっ!!」

 

 レッドの雄叫びとイエローの悲鳴じみた声が重なる──刹那、

 

「──デストラぁあああッ!!」

 

 走り出したのは鋭児郎……否、いつの間にか警察チェンジを遂げていたパトレン1号だった。バリアは一方向にしか張れない。ゆえにがら空きになったデストラの右手に、弾丸を撃ち込む。

 

「ッ!?」

 

 予想だにしない攻撃に、デストラはたまらずダイヤルファイターを取り落とした。地面を転がるようにして素早くそれらを回収し、

 

──背後から回り込み、サイクロンとマジック、ふたつのダイヤルファイターを左の金庫に押しつける。

 

『3・2・1・2・2──2!』

「!?」

 

 解錠──そして、回収。すかさずデストラから離れたパトレン1号の手には、サイレンストライカーがあった。重力のバリアが、消え失せる。

 同時に、

 

『イタダキ、ド・ド・ド──ストライク!!』

 

 いよいよ、必殺の弾丸が放たれた。

 

「グアァ──ッ!?」

 

 遂に自らが吹っ飛ばされる番となった。そのまま地面を転がったデストラ。一方で、金庫に接続されたままだった両ダイヤルファイターは宙に投げ出されて。

 

 それを掴みとったのは、黄金の影だった。

 

「──死柄木くん!?」

 

 天哉の言葉通り──それはパトレンエックス、死柄木弔だった。彼は仰向けに倒れたデストラの傍らに着地すると、そのまま右肩の金庫にダイヤルファイターを押しつける。

 

『7・1・2・6・1──5!』

「俺も……俺の信念を貫くッ!!」

 

 黄金の金庫を開き、手を突っ込む。すかさずデストラが抵抗の拳を打ち込んでくるが、エックスは受け身をとって後方へ飛び退いた。

 

「返して、もらったぜ……」

 

 その手には間違いなく、ビクトリーストライカーが握られていて。

 

「……遅くなって悪いね、ご両人」

「チッ……どうせ出てきて良いとこ掻っ攫ってくと思っとったわ、クソが」

 

 罵詈雑言はもう、爆豪勝己という少年の口癖でしかなかった。その声色が心なしか弾むのを弔も、隣に立つ鋭児郎も感じる。

 その鋭児郎が、ふらつく彼を咄嗟に支えた。

 

「ッ、」

「おめェ……無茶しやがって!俺が突っ込まなきゃ、今頃……」

 

 最悪の想像が脳裏をよぎる。それがもはや過去の可能性でしかないとわかっていても、鋭児郎は身震いがする思いだった。

 

「は……そんときゃそんときだわ」鼻を鳴らしつつ、「でも、あんたなら意地でも金庫を開けると思った。──だろ?」

「……ずりィな、おめェ。なのに漢らしいって、ワケわかんねえ」

「知るかよ。俺ぁ俺の信じたようにやるだけだわ」

 

 そういうところが漢らしいと、鋭児郎は思うのだ。快盗という誰にも誇れない存在に身を窶しておきながら、自分自身を卑下しながら……それでも彼は誇りを忘れずにいる。――ジュレの少年と、そういうところが重なるのだ。

 

 と、鋭児郎の傍に快盗が、勝己の側に警察の面々が歩み寄ってくる。

 

「快盗が囮になって、警察が奪る……か」

「まさか、役割が逆転するとはね」

 

 それで成功を為したのだ。──永遠に交わらない、相容れない部分がある。しかし同時に、重なりあうものだってあるのだ。

 いつしかのそんな天哉の言葉が、改めて思い起こされる。

 

「──貴様らぁ……よくも!」

「!」

 

 憤然と立ち上がるデストラ。彼はその勢いのままに、人間たちめがけてありったけのミサイルを発射した。その姿が爆炎に呑み込まれ、一片たりとも目に入らなくなる。

 ばらばらに砕け散った……否、

 

 燃ゆる炎のむこうに、三つの人影が立っていた。──三つ?

 

「──パトレン、U号!!」

「……ルパン、トリコロール!」

 

 赤、緑、桃。

 赤、青、黄。

 

 その身を三色に彩られた戦士たちが、並び立つ。──VSチェンジャーに装填されたグッドストライカー、ジャックポットストライカーにより、警察と快盗とがそれぞれひとつとなった姿。

 そして弔は──ルパンエックスとなり、その身に黄金の鎧を纏っていた。その名も、

 

「スーパー、ルパンエックス!」

 

 サイレンストライカーの、もうひとつの力。

 

「ヌゥ……!?」

 

 文字通り揃い踏みした必殺形態に、ついにたじろぐデストラ。──そう、既に趨勢は決している。

 

「終わりだ……!」

「──デストラぁ!!」

 

「「イチゲキ、ストライクっ!!」」

「スーパースペリオル──ストライクっ!!」

 

 黄金の必殺砲を中心に、二丁のVSチェンジャーから放たれた弾丸が螺旋を描くようにして突き進む。自らの堅牢な肉体そのものを盾に防ぎきろうとするデストラだったが、

 

「グッ……オオオオオ──ッ!!」

 

 初めて、彼の執念を砲の威力が上回った。ひときわ大きな爆発が起き、デストラの巨体を完全に呑み込んでしまう。

 やったか!──誰もがそう思った。しかし、

 

「まだ……だァ!!」

「な……!?」

 

 それでもなお、デストラは立っていた。以前とは違う明らかな満身創痍の状態であっても、自ら死を抑え込んでいるかのように。

 

「私は……ッ、ドグラニオ様を絶望させるわけにはいかんのだァ!!──ゴーシュ!!」

 

 召喚された不仲の同僚は、間髪入れずに姿を現した。

 

「私の可愛いお宝さん、──デストラを元気にしてあげて」

 

 これまでの、死したギャングラーたちと同じように。ルパンコレクションのエネルギーを注ぎ込まれ、デストラはビルを突き抜けるほどにまで巨大化していく。

 

「私がどうなろうともッ、貴様らだけは潰す!」

「ッ、」

 

 ここまで追い詰めたのだ、潰されて堪るものか。幸い、こちらにはグッドストライカーとジャックポットストライカーがある。

 

「一緒に行こうぜ、快盗!」

「……足引っ張んなよ!」

『ジャックとコンビなんてチョ〜久しぶりぃ!』

『………』

 

──そして、

 

「「「完成、パトカイザー!」」」

「「「──ルパンレックス!」」」

「エックスエンペラースラッシュ!」

 

 並び立つ、三体の巨人。これまでには決してありえなかった、勇者たちの勢揃いだ。

 

「小癪な……!」

 

 その勇姿に怯むことなく、デストラはハンマーを振りかざして向かってくる。こちらも、小手先の攻撃などは通用しない。全力で迎え撃った。

 

「エックスエンペラー……スラッシュストライクっ!!」

 

 まずはエックスエンペラーの刃が一閃。

 

「グオッ!?」

 

 呻き声とともに足を止めるデストラ。その隙を逃さず、

 

「「「パトカイザー、弾丸ストライクっ!!」」」

 

 トリガーキャノンが必殺の弾丸を放ち、デストラの体皮を灼いていく。苦痛のいろが色濃さを増す。

 

「──今だ!」

 

 そして、ルパンレックスが翔ぶ。翼を広げて雲を突き抜け、太陽の光に照らされて急降下──

 

「「「──レックス、インパクト!!」」」

 

 黄金の剣が一閃──同時に激しい爆発が、辺り一面を覆い尽くした。

 

「っし……!」

「やったぁ!」

 

 隙のない連携プレーが、デストラに反撃すらも許さなかった。勝利を確信した少年たち──ほんの一瞬だが、張り詰めていた気がフッと抜けてしまったのは確かだった。

 

「──ヌゥオォォォォッ!!」

 

 それも、デストラが爆炎から飛び出してくるまでのことだったが。

 

「!?」

 

 咄嗟に受け身の姿勢をとるルパンレックス。しかしダメージは免れない──!

 そう思った矢先、彼らを押しのけるようにしてパトカイザーが割り込んできた。

 

「ぐぁ──ッ!?」

「な……警察!?」

 

 ハンマーの直撃は、パトカイザーの急所を突いていた。そのまま吹き飛ばされ、地に伏せる鋼の皇帝。

 

『おい!大丈夫か、パトレンジャー!?』

「ッ、俺らは……」

「だけど、グッドストライカーが……!」

 

 グッドストライカーは完全に目を回してしまっていた。これではパトカイザーはもう、動けない。

 

「次は貴様らの番だ……!」

「チッ……!」

 

 堪らず舌打ちするレッド。──元はといえば、自分たちの油断が原因だ。パトレンジャーを責めることはできない。

 

『まだ手はある』

「!」

 

 そう声をあげると同時に、エックスは機体をガンナーに"転換(コンバート)"させてデストラに銃撃を仕掛けた。その程度でダメージの通る相手でないことはわかっているが、今は時間を稼ぐことができれば構わなかった。

 

『超越エックスガッタイム、だ』

「!、でもグッディが……──あっ、そっか!」

 

 グッドストライカーにできて──ジャックポットストライカーにできないことはない。逆もまた然り、であるが。

 

「……このまま長引けばジリ貧、やるしかないか」

「チッ……!おい警察、聞いてたな!?」

『お……おうよ!』

 

 今度こそデストラに引導を渡す、そのために。

 

──超越、エックスガッタイム!

 

 七人の声が重なり、ジャックポットストライカーを中心に計11機のVSビークルが五体を構成していく。それらはデストラをも超える弩級のボディとなり、摩天楼のごとく街の中心に聳え立つ──

 

 名付けて──"グットクルレックスV・S・X"。

 

「ヌゥ……!コレクションの塊なぞ!」

 

 たじろぎつつも、再び攻勢をかけるデストラ。"コレクションの塊"──言い得て妙だが、単に固まっただけではない。すべてのビークルが互いに干渉しあい、さらに巨大なエネルギーを発出している。

 それを証明するかのように、グットクルレックスは敵のハンマーをあっさりと受け止めてみせた。

 

「何……!?」

「ンなモン──」

「──効かねえっての!」

 

 ハンマーを振り払い、態勢を崩した相手を上半身のビークルすべてでがっちりと抱え込むレックス。そのまま翼を広げ、重力をものともせず上昇を開始する。

 

「おのれッ、放せ!放せと言っている!」

 

 全力でもがき、レックスのボディーに拳を叩き込むデストラ。しかしそんなもの、コックピットに振動を与える程度の効果しかもたらさない。そして頭脳である七人はもう、この先の最終決着しか見据えてはいなかった。

 やがて雲を突き抜けた瞬間、ルパンレッドがニヤリと笑った。

 

「仰せのまま、にっ!」

 

 果たしてグットクルレックスはデストラから手を放した。しかしそれは空中で一回転、その勢いのままにさらに上空へ投げ飛ばすという形で、である。

 

「グオオオオオオッ!!?」

 

 並外れた馬力により、デストラはどこまでも飛んでいく。やがてその身は大気圏、成層圏をも突き抜け、完全なる無重力のもとに至ってようやく静止した。

 

「お、おのれ……!」

 

 もがくデストラだが、無重力下ではその豪腕をもってしてもどうにもならない。

 その間に、大気圏内のグットクルレックスは自らの前面にルパンマグナムを召喚していた。

 

「これが最後だ……一つ目野郎!!」

 

 複数のコックピット内──七人全員が立ち上がり、チェンジャーを構える。彼らの意志が、想いが、輝くエネルギーとなってルパンマグナムに注ぎ込まれていく。

 そして、

 

──グットクルレックス・ビークルバーストマグナム!!

 

 一瞬、レックスの周囲にすべてのVSビークルが顕現し、ルパンマグナムに吸い込まれる。それを契機に──虹色の光線が、遥か上空めがけて放たれた。

 

「……!」

 

 迫りくるそれを視認したデストラはボディを展開し、内蔵されたすべての火器を放った。それは彼の意地、せめてもの抵抗。グットクルレックスの放つ至高の一撃を前にしては、彼といえどもあまりに無力で。

 反攻を一瞬で打ち消した光線が目前に迫ったとき──デストラの脳裏に浮かんだのは、敬愛する主の顔だった。

 

(ドグラニオ……様)

 

 

──宇宙に、紅蓮の華が散った。

 

「やった……!」

「デストラを、倒した……!」

 

 一瞬、実感が湧かなかった。しかし言語として明瞭化すればそれは、歓喜へと変わる。

 やがて、鬨の声に満ちるレックスの体内。その中にあって……ルパンレッドとパトレン1号は、静かに視線をかわしあうのであった。

 

 

 *

 

 

 

 信頼する右腕が、世を去った。

 ドグラニオ・ヤーブンは感情を露にすることなく、その事実を受け入れていた。

 

「ボス……」

 

 歩み寄ろうとするもうひとりの側近に対し、彼は「下がれ」とひと言。マッドサイエンティストの彼女もこのときばかりは主の心中を慮り、何も言わずに退出した。

 

 独りになった部屋で、ドグラニオは静かにワインを注ぐ。自分のグラス……そして、誰も手をつけることのなくなった、もうひとつのグラスに。

 

「……デストラ、おまえは良い右腕だったよ」

 

 

 グラス同士の合わさる音が、撥のように鳴り響いた。

 

 

 *

 

 

 

 "彼ら"が勢揃いでジュレを訪れたのは、本来の閉店時間を過ぎた夜更けのことだった。

 

「あ、いらっしゃいませ!」

「──申し訳ない、遅くなって。ほんとうに大丈夫だったか?」

「問題ない。きょうは大晦日の特別営業、だからな」

 

 店長である轟炎司の言葉に、塚内直正が「ありがとう」と帽子をとって一礼する。彼に続いて、部下たちも続々入店してくる──なんとジム・カーターの姿も同行している──。

 

「よっす、バクゴー!今年も一年間、お疲れさん!」

「……おー。あんたら、きょうはご活躍だったんだろ」

「うむ!」

「ま、仕事しただけだよ。骨は折れたけどね」

 

「──確かに、快盗の手ぇ借りなきゃならないくらいだったもんなァ」

「!」

 

 思いもよらない声に驚く鋭児郎たち。と、ちょうど死角になっていた店員たちの背後──カウンター席から、もう何日も素顔を見ていなかった同僚が顔を覗かせた。

 

「死柄木……!」

「あんたも来てたんだ……」

「というかきみ、それは一般市民の前で話していいことでは──」

「この人らには今さらだろ、はははっ」

 

 確かに、それはそうだが。

 

「……ちょうど良かった。死柄木捜査官、きみもこちらで一緒に食べないか?」

「!、いや、俺は……」

 

 遠慮しようとする弔だったが、すかさず鋭児郎がその手を引っ張った。腕力の差は歴然で、弔は半ば無理矢理パーティーテーブルに引き立てられる。"もう一方の仲間たち"に救いを求める視線を送るも、それは黙殺されてしまった。

 

「ほら、座れって!」

「……ったく、ほんと強引な生き物だよなァ。きみらヒーローは」

「生き物は余計!……あのさ、死柄木」

 

「そろそろ……戻ってこいよ。俺たちこれからも、おめェと一緒に戦いたいよ」

「!、切島くん……」

 

 鋭児郎だけではない。天哉も響香も、塚内管理官もジム・カーターだって、弔に親愛の目を向けている。そこに嘘などあろうはずがないのは、日本に帰ってきてからの数ヶ月が物語っていることだった。

 そんな姿を横目で見つつ、勝己がぽつり。

 

「……ゆく年くる年までは、もたねェな」

「爆豪くん、なんか言った?」

「別に。おら、ドリンク運べ」

 

「は〜い!」と元気に声をあげ、お茶子は人数分のドリンクを乗せたトレイを運んでいく。それを見送りつつ、

 

「サービスか、あれは?」

「まァな。きょうくらい、良いだろ」

「………」

 

 炎司は何も言わなかった。──この一年はずっと、快盗として過ごしたもの。彼らの存在はその四分の三を占めている。最初は敵だった……いや、今でも敵だ。事実は永遠に変わらない。

 それでも──人の心は、絶えず遷ろっていく。

 

「……来年こそは、取り戻さなければな」

「あ?たりめーだわ、連中もいつかブッ殺す」

「そうだな」

 

 無邪気にはしゃぐパトレンジャーを見つめながらつぶやく勝己。その口許が柔らかく歪むのに気づかないふりをして、炎司は頷いたのだった。

 

 

 à suivre……

 

 





「弟が、帰ってこないの」
「力になるぜ、ダチだもんな!」

次回「還らぬ真実」


「てめェらだけは、絶対許さねえ……!!」



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#45 還らぬ真実 1/3

五月雨くんすこなんだ♪


 

 それは古いようであって、未だ七百日と経過していない近しき過去の記憶だった。

 

『弟が……弟が、帰ってこないの』

 

 彼女とは二年もの時をともにしてきた。しかしこんな焦燥に駆られた表情を目の当たりにしたのは、少年にとって初めてのことだった。

 

『家族想いの優しい子なんだろ?大丈夫、絶対に帰ってくるって!』

『……そう。そうよね……』

 

 そのときの少年には、そう励ますよりほかに力になりえなかった。ヒーローを志してはいても、しょせん未だ庇護される学生の身であるからには。

 

 しかし胸のうちに蔓延る不安は、そのまま現実となってこの世界に根を下ろした。彼女の弟……そして時を同じくして失踪した、大勢の人々。

 

 彼らは未だ、帰ってこない。

 

 

 *

 

 

 

「ドーモ皆サン、あけおめデ〜ス」

 

 軽々しい挨拶とともに死柄木弔がタクティクス・ルームに入室したのは、既に太陽が南西へと傾きはじめた頃だった。

 

「あけおめってあんた……この前一緒に年越ししたじゃん」

「あーそっか。じゃあオハヨウゴザイマース」

「時間帯を考えればそれもどうかと思うぞ!こんにちは、が良いのではないか!?」

「………」

 

 隙のない仲間たちの突っ込みに閉口していると、管理官が助け舟を出してくれた。

 

「ふたりとも、その辺にしないか。久しぶりに死柄木捜査官が出勤して嬉しいのはわかるが」

 

 大晦日──仲間たちとの会話をきっかけに国際警察への復帰を決めた弔。とはいえ十五年前の"個性事故"について、まずもって清算しなければならない。今の弔にできることは捜査を担当していた日本警察に憶えている限りすべてを話すこと──志村転弧は頭脳明晰な子供で、それゆえ記憶も幼児のそれとしては鮮明に残されていた──、そして……家族のもとへ、墓参りに行くことだけだった。

 

「聴取はもう終わりそうなの?」

「ああ。この通り、丸一日だったのが半日になったし。あとニ、三回ってとこじゃない?」

「そうか、それは良かった。……これからはなんでも、俺たちに相談してくれ。できる限り力になるから!」

「なんでも、ねえ。じゃあ今狙ってる女がいるんだけど、良い口説き文句考えてよ」

「ムッ!?そ、そういうことはだな……僕の力になれる範囲外というか……」

「……真面目に取りあうなよ飯田、遊ばれてるって」

「ははははっ」

 

 愉しそうに言葉をかわす部下たちを眺めつつ、塚内直正もまた頬を緩めた。──と、そんな彼のもとにジム・カーターが密かに歩み寄ってきた。

 

『管理官、死柄木さんのパーソナルデータなんですが……本名に書き換えなくても良いんでしょうか?』

「……彼は潜入捜査を行うにあたって、便宜上偽名を登録していることになっているからな。その立場が変わったわけではない」

『上層部の方針も、変わらないんでしょうか?』

「現状はな。……"内通者"のことに、進展があれば別かもしれないが」

 

 "内通者"──前長官・八木俊典。偉大な英雄であったはずの彼は今、罪人として牢に繋がれている。ひと回り年少の塚内を友と呼んで憚らず、ともにギャングラーからこの世界を守ろうと手を差し伸べてくれた彼が。

 

(俊典……)

 

『──管理官?』

「!、ああ……すまない。とにかく今は、このままで良い」

 

 そう、このままで──

 

 

「そういや、切島くんは?」

「ああ……あいつなら半休だよ」

「学生時代の友人と会うらしい」

「学生時代って、雄英?」

「詳しくは訊いてないけど、口ぶりからするとそうじゃないかな」

 

 雄英高校の同級生ということは、プロヒーローか。むろん友人同士なのは違いないだろうから、単に懇親目的であってもおかしくはないが。

 

 

 *

 

 

 

 ちょうどその頃、切島鋭児郎は指定されたカフェテラスを訪れていた。

 出迎えの店員に対しややどもりぎみに待ち合わせと伝え、目当ての人物の姿を探す。

 

「──切島ちゃん、こっちよ」

「!」

 

 呼び声に振り向くと、こちらに手を振る女性の姿。蛙に似た顔立ちは、彼女のいちばんのチャームポイントだと鋭児郎は思っていた。

 

「久しぶりね、切島ちゃん。元気そうで何よりだわ」

「おう、久しぶり──梅雨ちゃん」

 

 

──蛙吹梅雨。鋭児郎の高校時代の同級生であり、つまりは弔が睨んだとおりプロヒーローである。その蛙に似た容姿は個性由来のもので、それゆえ彼女は水場を中心に活動している。地味ながらその実力は高く、デビューから着実に名声を高めていた。

 

「直接会うのは卒業以来かしら?」

「だな!梅雨ちゃん、すっかり大人な感じになっちまって……一瞬わかんなかったよ」

「ふふ……そういう切島ちゃんこそ、随分と男らしくなったんじゃないかしら?」

「そ、そうかな?」

「ケロ。でも当然よね、ギャングラーと戦ってるんだもの」

「……まあな」

 

 雄英に在籍していた頃は、自分がまさかデビュー早々国際警察に出向することになるとは思いもしなかった。まして烈怒頼雄斗ではなく、パトレン1号と声高に名乗りを挙げる身になろうとは。

 

「ああ、そういや夏ごろだっけな、任務で芦戸と一緒になったぜ」

「そう……三奈ちゃんも、頑張っているようね」

「おう!でも、梅雨ちゃんも活躍してるじゃんか。聞いたぜ、この前──」

 

 三年間、同じ釜の飯を食べた仲間同士である。当然、会話は弾む。──ただ鋭児郎は、これが他愛のない雑談を楽しむための会食でないことを事前から察していた。実際に顔を合わせてみて、それは既に確信へと変わっていたのだけれど。

 

「……あれから色々、探ってみたの」

 

 その言葉は、ここからが本題であることを鋭児郎に悟らせた。

 

「二年前の集団失踪事件、ギャングラーの仕業かもしれないんですってね」

「……おう」言葉少なに頷く。

「ということは、国際警察で捜査を?」

「ウチの捜査部門が担当はしてる。ただ、俺らには何も……多分、確たる証拠は掴めてねえんだと思う、けど」

「……そうなの」

「………」

 

「五月雨くんの手がかり、まだ見つからないのか?」

 

 訊くまでもないこととは思ったけれど──あえて、確かめずにはいられなかった。

 そして梅雨の反応は、予想通りのもので。

 

「……家族みんな、今でも躍起になって捜しているわ。もちろん私も……公私混同だとわかってはいるけれど、仕事の伝手を使って」

「………」

「だから切島ちゃん……これも公私混同を承知のうえで、お願いしたいの。どうか、捜査を……なんでもいい、あの子の手がかりを見つけてほしい」

 

 腿の上で拳をきゅっと握りしめ、梅雨は身を震わせている。その懇願に鋭児郎は、かつて子供だった自分の、無邪気な言葉を思い出した。

 

「……わかってる。約束だもんな、力になるって」

「!、じゃあ……」

「おう、できるだけのことはやってみるから。信じて待っててくれ──梅雨ちゃん」

 

 陰ることのない鋭児郎の言葉に──梅雨は、頬を染めて感謝を述べたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、正月気分など早々に吹き飛ばした快盗戦隊ルパンレンジャーの面々。

 彼らのもとには久方ぶり、雇い主の代理人たる黒い靄の執事が情報提供に訪れていた。

 

「今回の標的(ターゲット)ですが……様々な人間に擬態しては裕福な家庭に入り込み、詐欺を働いているようです」

「様々な……具体的には?」

 

 轟炎司の質問を待っていたかのように、黒霧は複数枚の写真を取り出した。そこに写されていたのは、

 

「……ガキばっかだな」

 

 ガキと言っても、本当に子供と言って差し支えない年齢の少年少女から、成年には達している──つまり勝己より年長者である──若者まで幅は広い。

 

「比較的年齢の高い者はともかく……子供がどうやって、家に入り込む?」

「あっ、養子縁組とかちゃう?アメリカとかでたまにあるやん、身寄りのない子供をセレブが養子にするとか、そんなん!」

 

 そういった炉端話が好きなお茶子らしい発想だったが、男たちも馬鹿にはしなかった。実際、縁もゆかりもない家に子供が入り込むとなると、それくらいしか方法が思いつかないのだ。まして富裕層は、一定程度の警戒心は持ち合わせているであろうし。

 だが、黒霧の明かした解答はもっとシンプルな……それゆえ彼らには、思いもつかないものだった。

 

「いえ。彼らは元々、それぞれの家の人間です」

「は?」

「どういう……──!」

 

 問いただすまでもなく、炎司はその意味に気づいたようだった。その頬がわずかに青ざめる。

 

「まさか……」

「ご想像の通り、──彼らは皆、一度行方不明者として届出がされた人間です」

「え……じゃ、じゃあ皆、実在の人物ってこと!?」

「……ギャングラーの変装ってワケか」

 

 ギャングラーは人間に擬態するのだ──モデルになった人間がいても、なんらおかしくはない。

 ただ、

 

「……黒霧。その者たちが失踪したのは、いつのことだ?」

「………」一瞬の沈黙のあと、「先に申し上げておきますと、全員が一定というわけではありません」

 

 逆に言えばそれは、大多数が同じタイミングで失踪しているということではないか。

 

「──まさか、」

 

 頭の回転が速い勝己も、ここで察したようだった。

 

「ええ。──二年前の春……皆さんを快盗にお誘いした、その日です」

 

 その事実は一瞬、息が詰まるような衝撃を与えるものだった。

 

 

 *

 

 

 

 蛙吹梅雨と対顔した翌日、鋭児郎はある人物のもとを訪れていた。

 

「──つーわけなんス!どうにか捜査進めてもらえないスか?」

「………」

「お願いしますッ、──物間先輩!」

 

 鋭児郎が頭を下げた先でため息をつくのは他でもない、先日帰国したばかりの物間寧人だった。

 

「……安請け合いしたもんだね、きみも」

「安請け合いって……。そりゃ俺は戦力部隊の人間だし、捜査のプロってワケじゃないっスけど……」

「わかってるなら、弁えたまえよ」

「そういうワケにはいかないっスよ!ダチが必死ンなって家族を捜してるのに!」

 

 鋭児郎の熱弁は、喫茶スペース内にとどまらず廊下にまで響き渡るものだった。通りがかった職員が思わず足を止めるほどには。

 

「声がデカいな……まったく。──別に僕だって協力しないとは言ってない。だけどきみのダチ……"フロッピー"だっけ?その娘の弟をピンポイントで捜すのは管轄外だって言ってるんだ。わかるよね?」

「……っス」

 

 行方不明者個々人の捜索は、あくまで日本警察の職域だ。国際警察の職掌はギャングラー対策に係ること。そして寧人をチーフとするユニットは暫定的に日本支部に組み込まれ、現在は裏方の情報収集を担当していた。

 

「まァでも、きみも知っての通り……件の集団失踪事件は、ギャングラーの仕業という可能性はかなり高まってきてる。今調べてる案件があるいは、そこに繋がるかもしれない」

「どんな案件なんスか?」

「もう塚内管理官に報告してる。そっちで聞きなよ、僕は二度手間が嫌いなんでね」

 

 そっけなく言い放つと、寧人は席を立った。彼の人となりを知らなければ冷たいと思うかもしれない──誤解を受けやすい性質なのは誰かに似ていると、鋭児郎は頬を弛めかけた。

 

「……っし!なら俺も、仕事に戻るか!」

 

 心身を引き締めるべく自分の顔を叩いて、鋭児郎もまた立ち上がった。

 

 

 *

 

 

 

 がり、と氷を噛み砕く音に、館の主は招待客の来訪を知った。

 

「来たか。早かったじゃないか、」

 

「──ザミーゴ?」

 

 寒々しい色合いのメキシコ風衣装に身を包み、この冬真っ只中に素手で掴んだ氷を頬張っている。常人でないことは確か……いや今さら勿体ぶる必要もあるまい、彼はギャングラーの一員、ザミーゴ・デルマだ。

 ならば彼を出迎えた青年も、人間であるはずがなかった。

 

「わざわざ足を運ばせてすまないな」

「ハハッ……サムいこと言うねぇ。"化けの皮"を情報付きで高く買い取ってくれるいちばんのお得意様だ。相応のサービスはするさ」世辞めいた言葉を返しつつ、「しかしまた、随分な住処を手に入れたモンだ」

「フッ……人間の金持ちというのは糸目をつけないからな。この姿で少し甘えてやれば、こんなものさ。──で、()()は?」

「ほらよ」

 

 彼の上背ほどもある麻袋。床に置かれたそれの中身を検め……青年はほくそ笑んだ。

 

「確かに。また、良い仕事ができそうだ」

「そいつは何より。でも気をつけなよ、そろそろ快盗や警察、もしかしたら両方が嗅ぎつけるかもしれない。あいつら、あのデストラまで倒しちまったんだから」

「それは末恐ろしいことで。そもそもオレは、武力で奴らに対抗しようなどとは思っていないがな」

 

 彼の犯行はその姿、声によってなされるもの。ゆえに青年は、自分がこれまでのギャングラーとは違うという自負があった。武力など振るわずとも、人間を操り支配することなど容易だと。

 

「ま、忠告はしたぜ。──ではまた、ご入用のときはいつでも」

 

 そう告げて、ザミーゴは踵を返した。再び氷を噛み砕きながら……密やかに嗤う。

 

(デストラ……せっかく貸しを作ってやったのに。サッム……)

 

 あの無敵の狂戦士でさえ人間に敗れたのだ。いつ誰がどうなっても、不思議ではない。かの"顧客"も、ギャングラーの首領たるドグラニオ・ヤーブンも……あるいは、ザミーゴ自身でさえも。

 

 



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#45 還らぬ真実 2/3

異動が決まりました
4月からどうなるか…今まで通り更新できればいいんですが


 

 切島鋭児郎がタクティクス・ルームに戻るや、出入口で迎えたのは肩をいからせた委員長系の同僚だった。

 

「いくらなんでも離席時間が長すぎるぞッ、切島くん!勤務時間内は職務に専念しなければダメじゃないか!?」

「うおッ、すすすスンマセン!!?」

 

 反射的に──なぜか敬語になって──謝ってしまう鋭児郎。そこに追い打ちをかけたのは、応接スペースを縄張りにしている白髪の青年で。

 

「ははっ、俺が復帰したら今度はきみが行方不明かよ。梃じゃないんだから」

「死柄木ぃ……」

 

 実際、特別捜査官という文字通り特殊な地位にいる彼は、勤務時間中執務室はおろか庁舎からも消えていることが多いのだが。一緒にされては堪らない。

 

「で、どこ行ってたの?」

「あ、ああ、実は……」

 

 隠しておくような話でもない。耳郎響香の問いに答えようとしたときだった。

 

「──切島くん、後ろがつかえてるぞ」

「!?」

 

 慌てて振り向くと、そこには上司である塚内管理官の姿があって。

 

「す、スンマセン!」

「いやそんな畏まらなくてもいいが。──皆、とりあえず着席してくれ」

「!」

 

 その言葉に、隊員たちの表情がにわかに引き締まる。彼が着席を促すのは、任務を伝えるときと相場が決まっているからだ。

 

「………」

 

 鋭児郎の脳裏に、管理官には報告済みだという先ほどの寧人の言葉が甦る。

 皆が命に従って自席に着いたところで、彼は改めて口を開いた。

 

「最近、富裕層を標的に連続している詐欺事件が、ギャングラーによるものであるという可能性が出てきた。──ジム、」

『了解です!』

 

 ジム・カーターの操作により、複数の情報が一挙に表示される。当然、それを一度に目で見て理解しろというのも酷な話である。ジムが噛み砕いて説明してくれるのが、通例の流れとなっているのだった。

 

『ただいま管理官がおっしゃった通り、事件は富裕層をターゲットにしています。より正確に申し上げるなら、家族、とりわけ令息や令嬢が失踪してしまった家庭であることが条件のようです!』

「つまり、失踪した子息に化け、帰ってきた風を装ってその家に潜り込むと?」

 

 捜査官としてのキャリアがそれなりにあるだけあって、天哉の発言は鋭かった。その通りと塚内、ジムが揃って頷き、説明を続ける。あとは黒霧が快盗に語ったのと、ほとんど同じ話ではあるが──当然、鋭児郎たちはそのことを知らない。

 そして彼らの目標もまた、快盗と同じだ。ギャングラーの捕捉。そのために取りうる手段は、ひとつしかない。

 

 

──というわけでおよそ半刻後、警察戦隊の面々はとある邸宅の目の前にいた。

 

「うわぁ……でか」

 

 思わず率直な感想を洩らす響香。対して、

 

「そうだろうか?俺の実家もこんなものだが……」

「……そりゃあんたがお坊ちゃんだからでしょうよ」

 

 天哉の実家は親子三代にわたってヒーローを務めるヒーロー一家であり、それゆえ今回の事件の被害者たちよろしく富裕層にカテゴライズされる家庭であった。むろん職業が職業なので、財産をひけらかすようなことはなかったが。

 

「ほら、行くよ」

「う、うむ」

 

 先立って邸宅の敷地に足を踏み入れていくふたり。──その背後で、鋭児郎は暫し動けずにいた。

 

(……五月雨くんのこと、なんかわかるかな)

 

 友人・蛙吹梅雨の弟、五月雨。当時中学一年生だった彼は、学校から自宅への帰途、その姿を消した。家出をするような理由もないことから、当初は誘拐も視野に入れた捜査が行われた。しかし目撃情報などは一切出てこず、捜査は暗礁に乗り上げてしまったのだ。彼ばかりではない──同じ日に失踪した、数十人にも及ぶ人々と同様に。

 

 奇しくも今回の一件、その数十人のうちひとりが関わっているというのだ。ならばそこから手がかりが掴めるかもしれないと、鋭児郎は期待を寄せていた。

 

「──切島くん?」

「!」

 

 並んでいた弔に軽く背中を叩かれ、鋭児郎は我に返った。

 

「なに考えごとしてんの、置いて行かれるぜ?」

「お、おう……悪ィ」

 

 曖昧に濁して、歩き出す。──仲間たちに早く話を通しておきたい気持ちはあるのだが、切り出すタイミングがなかった。尤も勘の鋭い弔が、鋭児郎の懸念を察知していないはずもないのだが。

 

 

 パトレンジャーの面々が訪問したのは、東堂という資産家の屋敷だった。大企業の社長だった当主は数年前に亡くなり、未亡人は現在、慈善事業を主に手がけている。

 果たして彼女は、──いちおう訪問前に連絡をとっていたとはいえ──突然現れた四人組の若者をにこやかに歓迎してくれた。篤志家というだけあって驕るところのない、果たしてこれがほんとうの上流階級だろうと思わせるような振る舞いだった。

 

「いつもギャングラーから守ってくださり、ほんとうにありがとうございます。先日の不祥事のことで、世間ではあれこれ言われているようですが……皆さんのような若い方々は精一杯戦ってらっしゃると、わたくしは理解しているつもりですわ」

「……ありがとうございます」

 

 その言葉は……多少世辞も含まれているかもしれないが、間違いなく本心からくるものだった。鋭児郎たちの心に沁み入らないはずがない。

 

 同時に、これから彼女に伝えなければならないことを思うと、心苦しくもあった。

 

「それできょうは、孫のことでお話があるとか?」

 

 一瞬、三人で目配せしあう──弔はソファに座らず窓辺に拠っていたので仲間には入らなかった──。と、意を決したように天哉が口を開いた。

 

「改めて確認になりますが、お孫さん──賢志(まさし)さんは、一昨年の4月9日に失踪されたそうですね」

「……はい」

 

 婦人の表情が翳る。

 彼女の孫である賢志は当時、大学生になって間もない18歳。キャンパスから駅に向かう道中で消息を絶った。その後懸命な捜査にもかかわらず一切の手がかりが見つからなかったのは、他の行方不明者たちと同じで。

 

「──しかし先日、突然帰宅なさったと」

 

 そう──帰ってきたのだ。それは絶望的な想いを抱いていた未亡人にとって、突然降って湧いた希望。一度失ったゆえにこそ、彼らの歓喜は計り知れないものがあった。

 

「失踪していた間のこと、賢志さんはなんと?」

「それが、ほとんど覚えていないと言うんです。失踪以前の記憶にも朧気なところがあるようで……肝心な出来事は思い出せるようですので、記憶喪失というわけではないと思うのですが」

「………」

 

 その供述も、他の帰還した行方不明者たちと一致する。喜びのあまり冷静な判断ができなくなった人々から巧みに金を引き出し、再び姿を消す。その行方不明者が本人ではなく、そっくりに擬態したギャングラーだったとしたら。

 

「わたくしどもの息子夫婦……つまり賢志の両親は、賢志が幼い頃に海難事故で亡くなりましたの。それからは、夫とわたくしがあの子を育ててきて……どうしても甘やかしてしまったところはありますが、素直な良い子に育ってくれたと思っています。だから……だからほんとうに、帰ってきてくれて良かった……っ」

 

 後半は、涙声になっていた。その姿に、一瞬躊躇が生まれる。もうひとつ──自分たちの抱いている懸念が、何かの間違いであれば良いとも。

 それでもこれは、善良な市民を守るための重大な職務だ。

 

「東堂さん、単刀直入にお訊きします。──賢志さんが戻られたあと、金銭を要求されたことはありませんでしたか?」

「は……?」怪訝な面持ちになる老婦人。「……どういうことでしょうか?」

「あまり報道はされていませんが、こちらと同じように失踪者が戻ったお宅では……その後、失踪者が金品を持って再び行方をくらますという事件が起きています」

「!、え……」

「………」

 

「我々は帰ってきた失踪者の方が偽者……ギャングラーの擬態だったのではないかと、考えています」

「じゃあ……賢志も……?」

「……その通りです」

「……!」

 

 婦人が目を見開くのがわかった。言葉が出てこないのか、口がはくはくと開いては閉じる。その裏で、思考の奔流が巡っているのがわかる。だからパトレンジャーの面々はそれ以上何も言わず、沈黙を保つ。

 そして、婦人の口から飛び出した言葉は意外なものだった。

 

「そんなこと、ありえません!」

「……!?」

「だって……だって賢志は、失踪する前と何も変わらない、優しくて良い子なんですよ!?昔旅行に連れていってあげたことだって、両親が亡くなったときのことだって覚えてます!!それが、偽者なんて……」

「方法は考えられます。擬態とともに記憶をコピーしているとか……」

「しょ……証拠はあるんですか!?いい加減なことを言わないでください!」

「ちょ……いい加減なんてそんな……!俺たちは事件を防ぐために──」

「だいたい、そんな事件が起きていたならどうしてもっと報道されていないんですか!?事件を防ぐためというなら、もっと注意喚起するべきじゃないんですか!?」

「ッ、それは……」

 

 藪蛇だったが……その部分については、鋭児郎たちもまったく同意見だった。伝えられるべき情報が抑えられていたのは、ひとえに従前の国際警察……そのトップである、八木俊典の意向によるもの。ギャングラーと内通していたかの前長官は、今回の件でも一枚噛んでいたのだ。

 

 反論できずに沈黙する鋭児郎。しかし相手のさらなる畳みかけを遮るように、弔が口を開いた。

 

「証拠ならありますよ。──お孫さん自身っていうね」

「……なんですって?」

「ギャングラーの体内組成は人間とは異なってます。CTスキャンにでも放り込めば一発ですよ」

「〜〜ッ!」

 

 老婦人の頬がみるみるうちに紅潮していく。売り言葉に買い言葉という面もあるとはいえ、弔の物言いはあまりに容赦がなさすぎる。仲間たちが咎めようとした矢先、にわかに部屋のドアが開いた。

 

「おばあちゃん、ただいま」

「!、賢志……!」

「………!」

 

 顔を覗かせたのは、婦人の孫──二年前に失踪した、賢志青年だった。柔らかそうな茶髪に、くりくりとしたどんぐり眼が不思議そうにこちらを見つめている。

 

「お客さん?」

「な、なんでもないの!あなたはお部屋に行ってなさい」

「え、だってあの制服ってパトレンジャー……」

「いいから!」

 

 戸惑う孫を押し戻しながら、婦人は四人を睨みつけた。

 

「帰ってください!これ以上、何もお話しすることはありませんッ!」

 

 

「──そうか……やはり駄目だったか」

 

 部下からの報告が芳しくないものであることは、塚内直正のあらかじめ想定するところだった。

 

「……すみません、なんとか協力してもらえるようにとは思ったんですが」

『まぁ、仕方がない。予定通り、プランBを継続してくれ』

「了解しました」

 

 通信を終え、響香はふう、と息をつく。彼女は今、屋敷の傍に駐めたパトカーの助手席にいた。これは長期戦になりそうだと覚悟しながら。

 それゆえ、"相方"に買い出しを頼んだのだが。

 

「──お待たせ耳郎くん!色々と購入して来たぞ」

「あぁ……サンキュ、飯田」

 

 レジ袋を片手にした大柄な身体が運転席に滑り込んでくる。「色々購入してきたぞ」と、袋からあれやこれやを出してくる。思わず苦笑する響香。

 

「買い込みすぎじゃない?いくらなんでも……」

「こういった任務は粘った者勝ちだからな!とはいえ、いちばん良いのは我々の誤解で終わることなんだが……」

「……そうだね」

 

──こうして近くで堂々と見張っていれば、相手も逸ってボロを出すかもしれない。今はそれを、期待するしかなかった。

 

 

 こうした事態を見越して、四人はあえて車両を二台に分けて臨場していた。

 邸宅の表側を見張る天哉と響香のペアに対し、もう一台のパトカーは裏路地に駐車されている。その中では鋭児郎と弔が、赤い目四つを並べてクリーム色の外壁を見上げていて。

 

「なあ、死柄木」

「はいはい」

「あの孫、おめェから見てどうだった?ギャングラーっぽかったっか?」

「……直接話したワケじゃないしなァ。俺ら見て動揺してる風でもなかったし」

「だよなぁ……」

 

 か細い声で頷く鋭児郎には、いつものような覇気がない。落ち込んでいる……と言うより、何か大きな気がかりを抱えている──見知った人間のことに関しては、間違いなく鋭い弔である。

 

「……切島くんさァ、昨日何かあったろ?」

「!、……わかる?」

「そりゃ、如何にも悩みごとがありますみたいな顔してるし」

「はは、は……そうだよな。──いや、悩みってワケじゃねえんだけど」

 

 ようやく機会が巡ってきたと思い、鋭児郎は事の経緯を弔に告げた。それが今回の案件とつながっていることも。

 

「……なるほど、そういう訳か」

「おう。もし賢志さんがギャングラーなら、失踪した人たちがどうなったか、そいつから聞き出せるんじゃねえかって思ったんだけど」

「………」

「……死柄木?」

 

 今度は弔が考え込む様子を見せたものだから、鋭児郎は怪訝な面持ちになった。そうでなくとも彼は、事件について報されたときから何か思うところがあるようなのだ。それが単なる義憤の類いでないことは、彼の性格を鑑みれば明らかで。

 しかし鋭児郎が問いたてる側になるより先に、弔は口を開いた。

 

「その弟クンの写真、持ってたりする?」

「お、おう。昨日貰っといたぜ」

「じゃ、俺に送って。心当たりに訊いてみるから」

「心当たり?」

 

 皮肉めいた笑みを浮かべて、弔は頷いた。

 

「快盗の連中、だよ」

 

 

──同じ頃、日暮れに乗じて快盗たちも出撃しようとしていた。

 

「………」

 

 黒霧からの報告が彼らの脳裏をめぐる。ゆえに用意は万端にこなしながらも場には沈黙が漂っていた。

 そんな中で初めて口を開いたのは、やはり彼女で。

 

「……やっぱり、偶然ちゃうよね。ギャングラーが擬態してたんが、行方不明になった人たちなんて」

「……だろうな。今まで見てきた連中の人間態も、あるいは一度消息を絶った者たちだったのかもしれん」

「じゃあ──」

 

 デクくんやショートくんも、とは……流石に言えなかった。ザミーゴが氷漬けにしてどこかに転送したあと、ギャングラーの擬態として使われるようになった経緯は何か。彼らは今、どうなっているのか。

 

「……行くぞ」

「あ……うん」

「………」

 

 そんな中、勝己はあえて何も語らず出撃を促す。それもまた、快盗としては正しい。もとより彼らは死んだものと思って、すべてをなげうつ覚悟を決めたのだから。

 と、そこに水を差すように、スマートフォンが振動した。

 

「……チッ」

 

 こんなときにと思いつつ、アプリを起動する。──詰襟姿の少年の顔写真と、「この子に見覚えがないか」という弔からのメッセージ。

 いきなりなんなんだと訝しんだ矢先、記憶が怒涛の勢いで甦った。

 

「……おい、丸顔。これ」

「え?──!、この子って……確か……」

 

 そう──ふたりは一年近く前に相まみえていたのだ。蛙吹梅雨の弟……二年前に消息を絶った、五月雨少年と。

 



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#45 還らぬ真実 3/3

5期がキター!(予約投稿のためまだ放映前ですが)

アニメはどんどん盛り上がっていきますが、拙作は平常運転でございます
とはいえ終盤なので、そろそろ新作の情報も出す予定~


 

 陽が落ち、夜になった。

 東堂賢志は自室にて、窓辺に拠って外を見下ろしていた。敷地のすぐ外に、国際警察の派手なパトカーが駐車しているのが見える。

 

「……ここも、潮時か」

 

 冷たくつぶやかれた言葉。その余韻が消えるより先に、部屋のドアが控えめにノックされた。

 

「賢志、ちょっといいかしら?」

 

 祖母だった。青年は途端に表情を切り替え、「いいよ」と応じる。やおら、扉が開かれて。

 

「ごめんなさいね、休んでいるところ」

「大丈夫だよ、どうしたの?」

 

 祖母は一瞬、躊躇するようなそぶりを見せた。それを口にしてしまえば、今この瞬間が悪夢へと変わる──その事実を憂いているかのような姿。賢志は彼女の言わんとするところを察したが、沈黙を保っていた。

 そして、

 

「……あなた、ほんとうに賢志なのよね?」

 

 ほら、やっぱりだ。

 

「きょう来てた国際警察の方たちがね、おっしゃってたの。ギャングラーが失踪した人間に化けて、詐欺を働いてるかもしれない……って」

「………」

「……ねえ、賢志。いきなり復学するのも怖いからって、私の事業の手伝いをしてくれるって言ったわよね。渡したお金……どうしたの?」

「………」

「賢志!」

 

 黙したまま口を開かない孫に、彼女は焦れたように声のトーンを上げた。

 と──青年の様子が、にわかに変わって。

 

「はは……はははは、ハハハハハハッ!」

「!?」

 

 大声をあげて笑う賢志。その表情が邪ないろに染まっていく過程を、老婦人はまざまざと見せつけられた。

 

「……馬鹿だな、おまえ。最後まで騙されていれば、命までは取らないでやったのに」

「賢……志……?」

 

 婦人は戦慄した。目の前の孫が、見も知らぬ怪物としか思えなかった。──いや、比喩でなくそれが真実なのだ。パトレンジャーの言った通りなら。

 

「通報されちゃあ面倒だ。──ここで死ね、人間」

 

 そして──老女の悲鳴が響いた。

 

 

「──!」

 

 賢志……否、賢志に擬態したギャングラーには誤算があった。屋敷の外にいる警官のひとりが、並外れた聴力の持ち主であったということだ。

 

「東堂さんの悲鳴だ……!──飯田!」

「ムッ、動いたのか!?」

 

 裏の鋭児郎たちに連絡している暇はない。ふたりは塀を跳躍して飛び越えると、手近な窓を銃撃で粉砕して屋敷に侵入した。

 

「──そこまでだッ!!」

「!?」

 

 VSチェンジャーを構え、賢志の私室に飛び込んだふたりが目の当たりにしたのは──まさしく今、老婦人の首を締め上げている青年の姿だった。

 

「貴様!!」

 

 怒りに燃える天哉が、躊躇なく青年の肩口を射抜く。その弾みで手が離れ、婦人は解放された。

 

「ッ、国際警察め……嗅ぎつけるとは!」

「耳郎くんの地獄耳、舐めるんじゃない!!」

「……他人に言われると複雑だけどね、それっ!」

 

 ぼやきつつ、さらに一発。その直撃を受けても、青年は低い声で呻くだけ。常人ならば、最低でもその場に昏倒するのは免れないのに。

 つまり彼は、人間ではない──

 

「チィっ!」

 

 舌打ちを洩らした賢志は、そのまま踵を返した。ガラスを破壊してベランダに出、そのまま飛び降りてしまう。

 

「ッ、逃げたか……!」

「飯田、追って!ウチもすぐ行く!」

 

 殺されかけた婦人を独り放置していくわけにもいかない。身体能力の高い天哉に追跡を任せつつ……響香は、インカムに指をかけた。

 

 

 同じ頃──裏路地の車内は、張り詰めた空気に包まれていた。

 

「……本当、なのか?死柄木……」

「連中がウソつく理由は、ないと思うね」

「ッ、なら……五月雨くんは……!」

 

 噴き上がる焦燥に、鋭児郎が拳を握りしめたときだった。

 

『──耳郎から切島、死柄木へ。東堂賢志が殺人未遂を起こして逃走した!』

「!」

 

 弔は即座に反応した。素早くパトカーから飛び降り、響香の誘導に従って走り出す。

 

「……ッ、くそっ」

 

 そして一瞬出遅れた鋭児郎もまた、結局はそのあとに続くよりほかになかった。──快盗からの返信。五月雨少年の姿に擬態したギャングラーは、確かに存在したと。それがルレッタ・ゲロウという、巨大オタマジャクシにより親子を引き離したギャングラーであることまで、鋭児郎の知るところではない。

 ならば、擬態に使われた五月雨少年の安否がどうなったか。既に楽観的な考えなど吹き飛んでいるけれども、だからこそ真実を追求しないわけにはいかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 逃走した賢志青年は、住宅街を抜けて開けた港湾に出ていた。

 

「……もうひとつ稼げると思ったんだがな。奴らめ、動き出すと早い」

 

 "内通者"の逮捕はつくづく損失だと彼は思った。あの狩猟犬どもをかろうじて繋いでいた首輪が、完全に外れてしまったのだから。

 まあ、良い。"化けの皮"を挿げ替えて、ほとぼりが冷めるまで身を隠すとしよう。

 

 しかし──彼がその場から消えるより早く、追跡者は姿を現した。

 

「逃がさんぞ、ギャングラー!!」

「!」

 

 怒涛の勢いで距離を詰めてくる、迫力ある体躯の青年──飯田天哉。銃を構えていなければ、そのまま体当たりでもされるかと思っただろう。

 

「チッ……!」

 

 見かけによらぬ俊足。むろんおとなしく捕捉されるつもりなどない賢志は即座に踵を返そうとするが、

 

「ハイ、そこまで」

 

 退路もまた、追いついてきた三人により塞がれてしまった。

 

「いい加減、正体現しな!」

 

 その言葉が示す通り、彼らは既にこちらがギャングラーであると確信している。今さらしらを切ったところで、通用しまい。

 

「……無用な戦闘は避けたかったんだがな」

 

 そう言い捨て……同時に、ヒトの姿をも捨てる。そして露になった正体は、タツノオトシゴに似た怪人。その盛り上がった両胸に、一対の金庫が埋め込まれている。

 

「如何にもオレは、ギャングラー……ナリズマ・シボンズ」

「名前なんてどうでもいい」吐き捨てる弔。「ステイタス・ダブル、その片方に入ってるのは声を自在に変えるコレクション……"Un million de voix(万人の声)"だな」

 

 通常、ギャングラーは擬態しても声までは弄れない。このナリズマという男は、コレクションの力でその弱点をカバーしていた。

 

「で、もう片方は?」

「ハハハッ、おまえはコレクションに詳しいんだったな。ならばなおさら、教えてやるわけにいくまいよ」

 

 その答は、正直なところ予想通りのものであった。訊かれて堂々とひけらかすほど、このギャングラーは愚かではない。

 一方で──言うまでもなく鋭児郎には、どうしても答を引き出さなければならない問いがあって。

 

「ホンモノの賢志さんは……今までおめェが擬態してきた人たちは、どうなった!?」

「擬態ィ?ああ、"化けの皮"のことか」

「化けの皮、だと……?」

 

 その不穏な名称に、心臓が嫌な音をたてるのがわかる。

 そして──ナリズマはついに、真実を口にした。

 

「ハハハハッ、──死んでるに決まってるだろうッ、馬鹿め!」

「………!」

 

──死んで、いる。

 

 賢志も、他の"化けの皮"に使われた人々も。……五月雨も?

 

 鋭児郎は己の足下に大穴が開き、奈落の底へと落ちていくような錯覚を味わった。それは"絶望"と名付けうる事象に他ならなかった。

 

「お前ら人間は所詮、我らギャングラーのエサにすぎない。金も、命も!何もかも綺麗に平らげられて幸福と知れ!」

「……貴様ぁ!言わせておけば!!」

 

 義憤に駆られた天哉、響香……そして弔も、一斉に警察チェンジを遂げて躍りかかっていく。対するナリズマは狙撃銃で武装し、彼らの包囲を避けながら反撃を開始した。

 その中にあって──鋭児郎は独り、立ち尽くしていた。絶望によって穴が開いた心を、どろどろと澱んだ液体が侵していく。それは、怒り……否、もっとどす黒い感情だった。

 

「……さねえ……」

 

 友人の弟が、殺された。

 

「許さねえ……!」

 

 ギャングラーの……こいつらの、身勝手のために。

 

「てめェらだけは、絶対許さねえ……!!」

 

 鋭児郎の中で、何かがぷつりと切れた。

 

 

 パトレンジャーのコンビネーションに晒されながら、ナリズマは一歩も引かず応戦していた。尤もそれは比喩上の話で、実際には後退を続け距離を保っていたのだが。

 

「ハハハハッ、どうした人間ども!?」

「ッ!」

 

 矢継ぎ早に飛んでくる弾丸に、パトレンジャーは手を焼いていた。その威力は高く、直撃はおろか掠っただけでも大きく後退させられる。

 

「ッ、流石にステイタス・ダブルか……」

「間合いにさえ入り込めれば……!」

 

 そのためには奇襲が有効だったが、ナリズマは抜け目なく三人の一挙一動を観察している。それも容易いことではないのだった。──三人?

 

「がぁああああああ──ッ!!」

 

 それはまるで、野獣の咆哮だった。ぎょっとする天哉たちの横を、赤い影が走り抜けていく。赤──烈怒頼雄斗。

 

「切島……!?」

 

 まさしく赤の嵐だった。パトレン1号に変身を遂げた鋭児郎が、ナリズマめがけてまっすぐ突進していく。戦略も何もあったものではない動き。当然、ナリズマは彼に銃口を向けた。

 

「飛んで火にいるなんとやら……──死ねぇ!!」

 

 放たれる弾丸が刹那、1号の胸元でスパークする。警察スーツを破るまではいかないとはいえ、その衝撃は相当なもの。仲間たちは息を呑んだが……それでもなお、彼は止まらなかった。

 

「何ィ!?」

「てめェが、」

 

「──死ィねぇぇぇぇッ!!」

 

 弔の脳は一瞬、その背中をルパンレッドのものと誤認した。

 

 ナリズマの顔面に拳がめり込み、一瞬の静寂ののちに彼を大きく吹っ飛ばす。個性によって硬化したそれは、ときに弾丸を凌ぐ威力を発揮するのだった。

 

「切島、くん……?」

 

 弔のように具体的な何かを連想したわけでなくとも、天哉や響香にとってもその姿は別人のように捉えられた。あふれ出す激情が今、彼を戦鬼へと変えている。

 その気迫に圧倒されながらも、ナリズマはまだ奥の手を隠し持っていた。

 

「ッ、よくも……!ならばその怒り、仲間同士で晴らしあうがいい!」

 

 金庫の片割れが光を放つ。()()()()()のルパンコレクションの能力が、発動した。

 

「ッ!?」

 

 刹那、パトレンジャー全員が予想だにしない行動をとっていた。それぞれがまるで輪を描くように銃を向けあう。当然、望んでの行動であるはずがない。

 

「ッ、身体が……勝手に……!?」

「"Le maitre des marionnettes(人形遣い)"か……!」

 

 その名の通り、他者の肉体を操るルパンコレクション。その見えない糸に、四人揃って絡めとられてしまった。

 

「く、そぉ……ッ!こんなの──」

「ハハハッ、せいぜい抗え人間ども。どうせ運命は同じ、おまえたちは撃ち合って死ぬんだ!」

 

 ナリズマの支配下に置かれた指先が、引き金にかかろうとする。

 

「ッ、こんな……ヤツに……!」

 

 絶対に、許さない。──だから、敗けるわけにはいかない。

 

 

 そのとき不意に、三つの影が宵闇を過ぎって。

 

「があァッ!?」

 

 降り注ぐ銃弾が、ナリズマの全身を容赦なく食い破る。堪らずその場に倒れ込んだところに、その影たちが殺到した。

 

『3・1──0!』

「ルパンコレクション、」

 

『9・3──0!』

「いただきっ!」

 

 ふたつの手が、ふたつのルパンコレクションを取り上げる。慌てたナリズマが銃を向けようとしたときにはもう、彼らはマントを翻していた。

 

「……快盗……!」

「けっ……今さら苦戦してンじゃねーわ、クズ鉄金庫ごときに」

 

 ふたりを率いるように現れたのは、ビクトリーストライカーの能力で強化武装したスーパールパンレッドだった。その仮面が一瞬、鋭児郎と交錯する。ただ今は、お互いに発する言葉は見つからなかったけれど。

 

「お、おのれ快盗ども……!不意打ちとは卑怯な!」

「ハァ!?あんたにだけは言われたくないっちゅーの!」

「その口、今すぐ塞いでやる」

 

 改めてVSチェンジャーを構えるルパンレンジャー。──しかしその所作を、他でもないレッドが押しとどめた。

 

「……なんのつもりだ?」

「ほっとけ。あの熱血の目、見りゃわかんだろ」

「いや見えへんやん……」

 

 物理的にはイエローの突っ込みがもちろん正しいのだが、レッドが言いたいのはそういうことではない。

 

「てめェは……俺がブッ倒す……!」

 

 全身から闘気を漲らせるパトレン1号。その様子を認めたエックスが、彼にあるモノを投げ渡した。

 

「!、これ……サイレンストライカー?」

「ご覧の通り。──やれよ、烈怒頼雄斗」

「……!」

 

 その呼称は──まぎれもない、死柄木弔が切島鋭児郎の英雄としての矜持を認めたことの証左だった。

 

「……借りるぜ!」

 

 その意を容れ、サイレンストライカーを受け取る。VSチェンジャーに装填し、

 

 ごくりと唾を呑み込むと同時に、トリガーを引いた。

 

『サイレンストライカー!グレイトパトライズ!』

『「──超、警察チェンジ!!」』

 

 パトレン1号の胴体が光に包まれ──黄金の鎧が、警察スーツの上から装着される。

 

 先日のデストラとの戦闘において、ルパンエックスも変身したその姿──名付けて、

 

「スーパー、パトレン1号……!!」

 

「ッ、そんなもの!」

 

 たじろぎつつも、ナリズマは彼に対して弾丸を撃ち込んだ。強化しようと、その実力を発揮する前に倒してしまえば同じことだと。

 しかし防御力もまた、実力のうち。──スーパーパトレン1号の鎧は、弾丸をことごとく弾き返した。

 

「何ィ!?」

「………」

 

 反撃の代わりに、彼はサイレンストライカーのもうひとつの能力を発動させた。

 

「グオァッ!?」

 

 突然大気にのしかかられるような感覚が来たかと思えば、ナリズマの足がコンクリートを突き破り、ずぶりと沈み込む。──重力操作。デストラも使用した、サイレンストライカーの本来の能力。

 これでもう、ナリズマに逃げ場はない。

 

「終わりだ──ッ!!」

 

 両肩のトリガーを力いっぱい引き……一瞬の充填から、膨大なエネルギーの必殺砲を発射する。その熱量は、イチゲキストライクなどとは比較にならない。ナリズマがせめてもの抵抗にと放った弾丸など、豆鉄砲にもならなかった。

 

「バカな、このオレが……グワアァァァァ──ッ!!?」

 

 そして紅蓮の中で、彼の肉体は消滅するのだった。

 

(……まだだ)

 

 そう、まだ終わりではなかった。

 

「──私の可愛いお宝さん、ナリズマを元気にしてあげて……」

 

 吹き飛んだ金庫の残骸に対して、神出鬼没のゴーシュ・ル・メドゥがルパンコレクションのエネルギーを注ぎ込む。たちまち金庫は修復と巨大化を同時に為し……そして、肉体を再構成する。

 

「──おのれ……!快盗も警察も許さんぞぉぉぉッ!!」

「……!」

 

 巨大化したナリズマが、海水を揺らしながら迫る。すかさずエックスが、仲間ふたりにエックストレインファイヤーとサンダーを投げ渡した。

 

「飯田くん、耳郎サン、よろしく」

「……うむ!」

「オーケー」

 

 彼らの手によりエックストレインが巨大化せしめられる。次いでトリガーマシン。そして、

 

『今日こそ、オイラも大活躍だ〜!』

 

 飛んできたグッドストライカー。意気軒昂な彼のコールにより、トリガーマシンが合体する。

 

──完成、

 

「「「パトカイザー!」」」

「エックスエンペラー、ガンナー」

 

 並び立ち、巨大ナリズマと対峙する二体の巨人。──その姿を認めたルパンレッドは、沈黙のままに踵を返した。

 

「あ、ちょっ……レッド!?……どうする、ブルー?」

「……ここは、従うとするか」

 

 レッドが何を考えているのか……何かあると怒鳴るよりむっつり黙り込んでしまう傾向にある少年だが、長い付き合いゆえある程度は読み取れるようになってきたふたりである。それに今回のことは、彼らの心にも少なからず動揺を与えていた。

 

 

「……ブッ飛ばす!」

 

 激情に支配されたパトレン1号の言葉とともに、戦闘は再開された。

 同時に銃撃するパトカイザーとエックスエンペラーに対し、ナリズマは建造物を盾にしながら狙撃銃を構える。

 

「銃の腕なら、オレが上だ!!」

 

 彼の持つ銃はむろん、狙撃に比重を置いてはいるが、連射性能においてもパトカイザーやエックスエンペラーガンナーと同等以上のものがあった。

 

「ッ!」

 

 ばら撒かれる弾丸を、二機は素早く地面を転がりながら回避していく。辺り一面に散る火花が、コックピットにまで熱を及ぼしているように感じられた。

 

「ッ、流石にステイタス・ダブルか……」

 

 こちらに喰らいついてくる程度の実力はある。──しかし先日、最強クラスのギャングラーを死闘の果てに撃破した経験が、彼らにはある。

 

「切島くん、サイレンストライカーだ。パトカイザーにも──」

「わかってる!飯田、耳郎……いくぜ!」

 

『サイレンストライカー!位置について……用意!』

 

『──出、動ーン!勇・猛・果・敢!』

『縦・横・無・尽!』

『伸・縮・自・在!』

 

 サイレンストライカー、そしてバイカー、クレーン&ドリルが一挙に射出される。それらは勢い込んでナリズマに突撃し、その銃を弾き飛ばすことに成功した。

 

「グォッ!」

「今だ、グッドストライカー!」

『Oui!いきます、まとめて変わりまっす!』

 

 土台たるグッドストライカーを除いたすべてのトリガーマシンが分離し、戻ってきたサイレン・バイカー・クレーン&ドリルが胴体を、腕を、頭部を形成する。

 ビクトリーストライカーのそれとはまた異なる重厚な姿。その名も、

 

「「「完成!サイレンパトカイザー!!」」」

 

 大地に立つその姿──その機械の瞳に射抜かれたナリズマは、戦闘より策略を好むだけあって早々に不利を悟った。

 

「オレは他の連中とは違う……これほどのヤツとやり合うつもりはない!」

 

 言うが早いか、躊躇なく背を向け海に飛び込む。タツノオトシゴに似た容貌なだけあり、彼は水中深くで長時間活動することができた。ゆえに海底深くまで潜り込み、敵の射程圏外まで逃げようという算段だった。

 

「……馬鹿だな」

 

 そうつぶやいたのは、サイレンストライカーの地力を知る弔だった。

 同時に、中心の砲口から弾丸が発射される。海に入ったそれは、海水を掻き分けるように進撃し、

 

「グボァッ!?」

 

 海中深くに逃げ込んでいた、ナリズマの背中を貫いた。

 

「当たった……!」

「いけるぞ、切島くん!」

「ああ……!」

 

 ならばもう、一秒たりとも生かしてはおかない。

 

「「「「──パトカイザー、サイレンガンナーストライクっ!!」」」」

 

 サイレンパトカイザーとエックスエンペラーが全砲門を開き、全エネルギーをもって火砲を掃射する。それは夜の港を一瞬昼に戻すほどの光を撒きながら、浮かび上がってきたナリズマを呑み込んだ。

 

「がぁああああああッ、誤算……だらけだああああ──!!」

 

 次の瞬間、海水は爆ぜ、無数の飛沫となった。それらは雨のように降り注ぎ、二機の巨人を濡らしていく。

 

「………」

 

 その始終を見つめる鋭児郎。彼が如何なる表情を浮かべているのか……仮面に覆われている以上、彼自身も含め何人も知ることはないのだった。

 

 

「あーらら、せっかくのお得意様が……。サッムぅ」

 

 肩をすくめ、密かに去っていくザミーゴの存在も……また。

 

 

 *

 

 

 

 翌日。死闘の痕跡が残る港に、鋭児郎は蛙吹梅雨を呼び出した。──そこで、すべての真相を語ったのだ。

 

「そう……。やっぱり、そうだったのね」

 

 梅雨は心外なほどに落ち着いていた。むろん、ギャングラーの"化けの皮"に使われていたなどというのは予想だにしないことだったろう。しかし二年の歳月は、彼女にこの結末を覚悟させるには十分だった。

 

「これで……これでやっと、あの子を静かに眠らせてあげられる……」

「梅雨ちゃん……」

「ありがとう、切島ちゃん」

 

 そのひと言に、鋭児郎は堪らなくなった。──そして気づけば、彼女の小さな身体を抱きしめていた。

 

「ごめん……ごめんな、梅雨ちゃん……!救けられなくて、ごめん……!」

「ッ、……切島ちゃん……――う、うう……っ」

 

「うああああああ………ッ!」

 

 梅雨は、泣いていた。鋭児郎の胸で、既に亡き弟を想って。

 その涙を受け止めながら、鋭児郎は誓った。ギャングラーを、必ず滅ぼすと。これ以上誰にも、涙を流させて堪るものか。

 

 

 それでも今この瞬間、彼の心は、腕の中の友人にのみ捧げられていた。

 

 

 à suivre……

 

 





「てめェが、デクを……!」

次回「ヤミクモ」


「……かっちゃん、僕はーー」




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#46 ヤミクモ 1/3

活動報告の方で
新作予告を公開しました


 高所から見下ろす夜の街は、いつだって煌々と照らされている。少年にとってそんな光景は、既に見飽きたものとなりつつあった。

 

「………」

 

 フードを目深に被り、口許を猛獣の牙のような覆面で覆っている。そうして顔の殆どを隠している中で、赤い瞳が焔のように爛々と輝いていて。

 

「……"かっちゃん"、僕は──」

 

 くぐもった声は、誰に届くでもなく夜空に吸い込まれていった。

 

 

 *

 

 

 

 今日も今日とてルパンレンジャーのもとには、"標的(ターゲット)"の情報が持ち込まれていた。

 

「博物館?」

 

 雇い主の提示した名称に、快盗の面々は揃って片眉を上げた。二年近く活動してきたが、縁のない場所だったのだ。

 

「ええ。半年前にグリーンランドで発見されたものが、最近日本に持ち込まれたようです」

「ぐ、グリーンランド?どこにでもあんねんなぁコレクション……」

「……で、それがコレクションっつー確証は?」

「──こちらを」

 

 一枚の写真と、分厚い辞典を同時に並べる黒霧。果たしてそこには、まったく同じ形状のものが写って(描かれて)いて。

 

「"Prends-le dessus"と言います」

「……なんか、恐竜の化石みたいや」

「能力は?」

「………」一瞬の沈黙のあと、「隕石を呼び寄せます」

「は?」

「ですから、隕石を──」

「いや隕石はわかったから!それってもし、ギャングラーに使われたりしたら……」

 

 "地球滅亡"──そんな四文字が、お茶子の脳裏に浮かぶ。

 

「……それは操るギャングラーのやり口次第だが、危険なことに変わりはないな」

「ンで使われる前提で話してんだよてめェら」尤もな突っ込みを入れる勝己。「その前に俺らで回収しろっつーハナシだろ」

「ええ、その通りです」

 

 頷く黒霧。彼らの任務は該当の博物館に侵入し、ルパンコレクションを盗みとること。──れっきとした犯罪だが、そんなことは今さら気にかけていられない。どんな手を使ってでもすべてのルパンコレクションを回収することが、彼らの使命なのだから。

 

「………」

 

 それでも一瞬、勝己の表情に翳が差す。それは躊躇ではない。ないの、だけれど。

 ともあれ、そのような神妙な機微を断つ出来事が起きた。頭上からにわかに、ごとごとと何かが動くような音が響いたのだ。

 

「!」

「……見て来る」

 

 立ち上がり、二階へ上がっていく勝己。妙に慣れた三人の反応を、黒霧は不思議に思った。

 ややあって降りてきた勝己の手には、ジャックポットストライカーが握られていて。

 

「まァたコイツ、動いてやがった」

「……やはりか」

 

 もう何度目になるか。最近、ジャックポットストライカーはとかく独りでに動く。一体どういうつもりなのか、グッドストライカーと違って言葉も発しないため判断がつかないのが厄介なところだった。

 

「ジャックポットストライカーはグッドストライカーと同様、意思を持ったルパンコレクションです……本来は」

「本来?」

「荼毘……轟燈矢が所持していたことを考えると、催眠術などで意識を奪われていたと思われます。しかし皆さんの手中に収まり時間が経って、その効力も薄れつつあるのかもしれません」

「じゃあもう少ししたら、この子もしゃべる!?」

「ええ」

 

 「楽しみや〜」と破顔するお茶子。お気楽に振る舞う彼女に男ふたりは呆れ顔だったが、幾分か空気が弛緩したのもまた、否定できない事象なのだった。

 

 

 *

 

 

 

「じゃあ俺、帰るけど。宿直ごくろーさん」

 

 帰り支度を終え、死柄木弔は同僚にそう声をかけた。対する同僚こと切島鋭児郎、いつもなら「おうお疲れ!」と陽気に返してくれるのだが。

 

「……ああ……」

 

 ディスプレイをじっと睨んだまま、生返事。何か熱心に調べものをしているというのをがやり過ぎなくらいアピールしている……というのは一般的な話であって、彼の場合はほんとうに専心しているのだろう。ならば水を差すのは本意ではない。親しい相手に対しては、弔にもそういう分別があった。

 

 ならばとそれ以上は何も言わず、踵を返そうとしたのだが、

 

「……なあ、死柄木」

「?」

 

 不意に呼び止められ、振り返る。果たして鋭児郎は、目の間の液晶に釘付けになったままだった。とはいえ幻聴ということもあるまい。

 

「えっと……その、」

「………」

「……悪ィ、やっぱいいや。おつかれ!」

 

 ようやくこちらに目を向け、鋭児郎はそんなことを言い放った。張りつけられた笑顔は実に曖昧なもので、彼がとことん嘘や誤魔化し下手なことを改めて感じる。

 

「……きみも、損な性分だよな」

「へ?」

「いや、こっちの話。じゃ、au revoir」

 

 思わず洩れたつぶやきは止められなかったが、あえて触れぬまま去っていく弔。その配慮を感じつつも、鋭児郎は改めてディスプレイに意識を戻した。

 

──つい先ほど、送付されてきたメール。それは、

 

 と、デスクに備え付けの内線が鳴った。

 

「!、はい。警察戦隊、切島──」

『──物間です。お疲れさま』

「あ……お、お疲れさまっス!」

 

 電話の相手はまさしく、メールの送信者だった。

 

『メール、見てくれたかい?』

「あぁ、はい……今見てます。スンマセンでした、手間かけて」

『まあ、これが仕事だから。それよりその情報、どう活用するつもり?』

「……それは……正直、まだわかんねえス。これだけで、何かが確定するってワケでもねえし」

『ま、なんの証拠にもならないのは確かだろうさ』肯きつつ、『……でも、夢はいつか必ず覚める。それを先延ばしにすれば、現実が取り返しのつかないことになるかもしれない。肝に銘じておくんだね』

「……っス」

 

 その忠告に、鋭児郎は相槌を打つことしかできなかった。──夢は、その中にいるうちは現実と区別がつかない。ゆえにまだ、これが現実なのだと信じたい気持ちもあって。

 寧人もそれは理解しているのだろう、それ以上の返答を求めることなく話題を切り替えた。

 

『おっと忘れるとこだった。それとは別に、日本警察からさっき情報提供があってね』

「!、なんスか?」

『赤染市の赤染第一博物館に、"()盗スカーレット"を名乗る人物から予告状が届いたそうだ。ルパンレンジャーとは無関係だと思うけど、一応報せとく』

「スカーレットって、確か……」

『厳重な警備を掻い潜っては希少品を盗んでおきながら、きっかりひと月後に返品してくる愉快犯。流石に知ってるか、ニュースにもなったし』

「……っス」

 

 ほんとうにルパンレンジャーと無関係なのだろうか。そんな疑念が一瞬浮かんだものの、彼らなら一度奪取したものを返品したりはしないだろう──そう思い直し、声には出さなかった。

 

『じゃ、僕はこれで。au revoir』

「お、オルヴォワール……」

 

 本日二度目の仏式挨拶とともに、通話が切れる。こういうフランスかぶれの面々のおかげで、鋭児郎もすっかり基本的なやりとりはマスターしてしまった。業務上必要な場面は殆どないにもかかわらず、である。

 奇しくもこの一年近く、ずっと気にかけている少年の勤める喫茶店もフレンチ・スタイルだった。奇妙な宿縁──しかしそれは確実に絆へと進化しつつあるのだと、信じていた。

 

(……爆豪、)

 

 

 寧人の言う通りだった。夢から覚めるべきときが、目の前に迫っている。

 

 

 *

 

 

 

 その爆豪勝己をはじめとした快盗たちは、目的地にたどり着くや否や困惑していた。

 

「な、なんかめちゃくちゃ物々しくない……?」

 

 黄色の仮面越しにもわかる戸惑った表情でつぶやくお茶子。果たして彼女の所感通り、博物館の周囲を大勢の警察官が囲っていた。一部にはプロヒーローらしき姿もある。

 

「な、何かあったんかな……?それともまさか、私たち対策!?」

「それはないだろう」即座に否定する炎司。「例のものがルパンコレクションだとわかってもいないのに、我々が来ることを予期するのは不可能だ。……まあ、関係者に予知の個性の持ち主でもいれば別だが」

「………」

 

 いずれにせよ、侵入の難易度はぐんと上がってしまった。苦虫を噛み潰したような表情を勝己が浮かべていると、

 

「──何かあったじゃなくて、これからあるんだよ」

「!」

 

 唐突に響いた声だった。その瞬間まで、気配すらなかったのだ。尤も聞き覚えのある声ゆえ、驚愕も一瞬のことだったけれど。

 

「Salut、皆の衆」

「……死柄木」

 

 死柄木弔。退勤した彼は、快盗に早変わりしてこの場にやって来たのであった。

 

「ったく、シゴト終わってまたシゴトなんてブラックにも程があるよ。別に働かなくても遊んで暮らせるだけの蓄えはあるってのにさ」

「だったら勝手にやめりゃいいだろーが」

「やめたら寂しくて泣いちゃうクセに」

「ア゛ァ!?誰が泣くかボケカス!死ね!!」

 

 売り言葉に買い言葉で喧嘩腰になっていくふたり。そういうものはさっさと鎮火するに限ると経験則上理解している炎司は、ため息混じりに彼らの間に割って入った。

 

「状況を考えろ、馬鹿者」

「どっちが?」

「どちらもだ。死柄木、先ほどの言葉の意味を説明しろ」

 

 肩をすくめつつ、弔は改めて口を開いた。──"怪盗スカーレット"からの予告状。同じ称号を名乗る者同士、その存在は彼ら全員認知していた。

 

「チッ……ンでよりによって今日なんだよ」

「まァ気持ちはわかるけど、先越されるよりはマシだろ。何せスカーレットの狙いは、──"Prends-le dessus(楽しくいこうぜ)"だからな」

「えっ……」

「スカーレットは、ルパンコレクションのことを知っているのか?」

「さあ……まァ知るすべがないワケじゃないからね。国際警察のどっかから洩れたか、あるいは……」

「ギャングラー、か」

 

 ギャングラーから情報を得ているのか。──あるいは、スカーレット自身がギャングラーか。

 

「それより、どうするん?あれじゃ侵入するのもひと苦労だよ〜……」

「──なら、待ち構えてりゃいい」

「!」

 

 勝己の発した言葉は、彼にしては意外なものだった。

 

「そいつが失敗して捕まったンならその隙に乗じて、成功したならとっ捕まえて横取りする」

「なるほど、スカーレットちゃんを利用するってワケやね!」

「どうでもいいけどたぶん男だぜ、スカーレットって」

「えっそうなん!?スカートみたいな名前やしてっきり……」

「……本当に雄英志望だったのか?」

 

 そんな会話を繰り広げたあと、快盗たちは機を見極めるべく散開した。スカーレットが予告した時刻まで、それほど猶予はない。

 

 

──そうしている間にも、博物館内外の警備網は盤石になりつつあった。

 

 その中心、"楽しくいこうぜ"が展示された特別展示室内を守るのは、ツーマンセルのプロヒーロー。とはいえその表情は、どちらも気の抜けたもので。

 

「ホントに来るのかね、スカーレットのヤツ?」

 

 ふぁ、と欠伸混じりにぼやく青年ヒーロー。若く血気盛んな彼は、こんな退屈な任務に駆り出されたことに不満を覚えているらしかった。

 対して、隣に立つ同僚が、

 

「まあ、そう言うなよ。これでも飲んでさ、のんびり朝待とうぜ」

「お、気が利くなぁ。サンキュー」

 

 渡されたコーヒーの缶に、彼は嬉々として口をつけた。甘さと苦さの同居する温かい液体が、嚥下のたびに喉を潤していく。

 

「ふぅ……あったまる。あれ、おまえは飲まないのか?」

()はまだいいよ。ひと仕事終わってからで」

「……?」

 

 ひと仕事……怪盗の捕縛のことを言っているのか?いやそれ以前に、この同僚は自分を"僕"などと称しただろうか。

 違和感を覚えた矢先、不意に視界がぐらりと傾いて。

 

「あ……れぇ……?」

 

 がくんと腰から力が抜け、彼はその場に尻餅をついていた。

 

「効いてきたみたいだね」

「お……おま、へ……」

 

 同僚じゃない──いったい、誰だ。霞む思考でようやくその事実にたどり着いたが、もう、何もかもが遅いと言うほかなかった。

 

「おやすみ、ヒーロー?」

 

 そんな言葉を聞いたのを最後に、彼の意識は途絶えた。

 

 

「さあて、と……」

 

 邪魔者の排除を果たした"ヒーロー"は、ニヤリと唇を歪めるや己の()()()()()

 露になったのは、鼻から下を牙のような金属製のマスクで覆った青年……いや、少年か。すぐさま捻れた黒髪をフードで覆うと、彼はアクリルに包まれた"標的"へと手を伸ばした──

 

 

 それから約一分後、外を見張っていた面々にとってはなんの前触れもなく、ガラスの砕け散る音が響き渡った。

 

「!?」

 

 次いで、警報。振り向いた一同は、夜半の闇に翔ぶ影を見た。

 軽々と建物から建物に飛び移っていく"それ"──慌てて追跡を開始する面々だったが、そのスピードの差は歴然としていた。

 

 あっという間に遠ざかっていく博物館を背に、少年──怪盗スカーレットは笑みを浮かべていた。その懐には間違いなく、かのルパンコレクションが仕舞い込まれている。

 

「ふふ、ふふふ……っ」

 

 その価値を、彼はよく知っていた。居ても立ってもいられなくなり、雑居ビルとビルの隙間にいったん降り立つ。そして、改めてそれを見下ろした。

 

「やった……!これで、やっと……」

 

──願いが、かなう。

 

「──おい、スカなんとか」

「!」

 

 はっと顔を上げれば、路地の入口に人影が堂々と立ち尽くしていた。街灯を背にしているゆえに、その表情は見えない。……いや、仮面を被っているのだ。そして闇の中でも爛々と輝く、赤のタキシード。

 その姿、スカーレットもまた認知していた。

 

「……きみ、()盗?」

「わかってンなら、話は早ぇ」

 

 快盗ルパンレッド──勝己は、相手に対して手を差し出してみせた。その行為、親善を表すものであるはずがない。

 

「よこせや、それ」

「……ハァ、きみらもこれ狙いか」ルビーのような紅い目が、じろりと向けられる。「断るって言ったら?」

「は、………」

 

 そんなこと口に出して答えるまでもないとばかりに、勝己はもう一方の手に持っていたVSチェンジャーを躊躇なく発砲した。

 

「ッ!」

 

 足元を飛び散る熱に、スカーレットは息を詰めながら後退する。だが、彼も場数を踏んできている。すかさず彼も隠し持っていた銃を取り出し……敵の、頭めがけて引き金を引いた。

 

「!」

 

 咄嗟にかわす勝己。壁に触れた光がスパークするのを認めて、その正体を悟った。

 

「……テーザーガンか。ンなモンで武装したつもりかよ?」

「本来そういうものだろ、怪盗って」

 

 日がな街中で死闘を繰り広げているほうが異常……その主張は、わからないでもない。まして自分たちは、巨大な鋼機まで道具としている。

 

 それもこれもすべて、ルパンコレクションを手に入れるためだ。そして必ず、願いをかなえる──

 

 と、スカーレットがいきなり走り込んできた。強行突破を図ろうというのだろうか。狭い路地で撃ち合うのは共倒れの危険がつきまとうから、その判断は誤りではない。相手が自分でなければと、勝己の中では注釈がつくが。

 

「ふッ!」

 

 打擲を繰り出すスカーレット。その拳を左手で受け止め、右手で二の腕を掴むと、勝己はその身を力いっぱい投げ飛ばそうと試みた。

 しかし相手もそんなことを許すつもりはなく、態勢を崩される途中で蹴りを勝己の横腹に叩き込んだ。

 

「ッ、てんめェ!」

 

 掠った程度、大した痛みもないが勝己は苛立った。反撃とばかりに跳躍し、顔面めがけて回し蹴りを見舞う。果たしてそれは顔を突き穿つには至らないものの、口許を覆う覆面を直撃した。

 

「ッ、ぐ……」

 

 よろめき、後退するスカーレット。弾みでフードが外れ、その顔が完全に露となる。

 

「──!」

 

 刹那──勝己は、息を呑んでいた。捻れた頭髪に、年齢不相応な童顔。勝己の脳は、あらゆる命令を肉体へ送ることを拒否した。

 

「……デ、ク?」

「……ッ、」

 

 ぎりりと歯を噛みしめたデク……もといスカーレットは、その場に煙玉を叩きつけた。もうもうと立ち込める白煙の中に、その姿が溶けていく。

 

「……デク……!」

 

 返答は、なかった。

 

 

 

 

 

 



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#46 ヤミクモ 2/3

 時は、ナリズマ・シボンズの一件があった翌日に遡る。

 

「大量失踪事件の被害者が、ギャングラーの擬態に使われていた……だと?」

 

 死柄木弔によってもたらされた情報に、快盗たちはそれ以上の句が継げなくなっていた。

 

「……ああ。連中は、"化けの皮"って呼んでるらしい」

「呼び方なんざどうでもいい。擬態に使われた人間は……この世にもう、いねえんだな?」

 

 勝己としては婉曲的な表現だった。同時に、明快に是非を問うかたちは彼らしくもあり。

 ゆえに弔は、頷くだけでその問いに応じることができたのだった。

 

「……それじゃあ、デクくんと焦凍くんは……もう──」

「今まで、ふたりの姿をしたギャングラーには出逢ってないんだろ?まだ、"化けの皮"にはされていない可能性もある」

 

 それが楽観的な見通しにすぎないことは、弔自身よくわかっていた。これまでの戦いによって、ギャングラーの絶対数は残り少なくなっている。それでも未だ潜伏を続けている構成員はいるし、擬態に使われていないからと化けの皮になっていない保証もない。──すべては、黒幕たるザミーゴ・デルマ次第だった。

 

「ザミーゴを倒しゃ、はっきりする」

 

 静かな、それでいてよく通る声だった。

 

「どうせ、俺らのやるべきことは変わらねえんだ」

 

 ザミーゴは必ず倒す。──ルパンコレクションはすべて、奪還する。

 もしもデクたちが、既にこの世に亡くとも。

 

「──絶対に、取り戻す……!」

 

 

「レッド!」

 

 仲間の声に、勝己は意識を現在に引き戻された。

 振り向けば、身軽に駆け寄ってくる三つの姿。その表情に少なからず焦りが浮かんでいることを、どこか他人事のように思う。

 

「……遅ぇ」

「言っている場合か!怪盗スカーレットが緑谷出久の姿をしていたというのは、間違いないのか?」

「……ああ。髪型とか目の色とか、細けぇとこは違ってたけど」

「じゃ、じゃあ他人の空似だったんじゃ?」

「どうかな、その"細けぇとこ"を変える方法はいくらでもあるから。カラコン入れるとか」

 

 お茶子の発言も、弔の言うことも一理あった。そもそも夜の闇の中での邂逅だ、視力の良い勝己といえどディテールがわかるはずもない。

 

(でも……あれは、デクだった)

 

 間違えない。自分が、間違えるはずがない。

 

「爆豪くん!落ち着いて……!」

 

 唐突に、お茶子がそんなことを言い放った。いったい何を言っているのか。自分はすこぶる冷静だ。デクの生死がどうあれ、すべきことは変わらないのだから。

 

「勝己!」

 

 今度は、炎司の声。──それでようやく勝己は、自身の呼吸がこれ以上はないほど荒ぶっていることを自覚した。

 

「は……は、はぁ……はぁ……ッ」

 

 必死に呼吸を整え、気を落ち着ける。それを待って、弔が改めて口を開いた。

 

「……スカーレットの手口、ギャングラーにしては甘すぎる。ヤツが何者かは、捕まえてみないことにはわからないさ」

「たっ確かに……。ギャングラーならもっと、ドカーン!とやってババーン!と盗みそうやもんね!」

「だが、我々が捜すには警察やヒーローが邪魔だ。奴も既に遠方へ逃げているかもしれん」

「まァな、でもコレクションを盗られた以上、猶予はない。俺はこれから国際警察に戻って防犯カメラの映像を探ってみる。発見次第連絡すっから、きみらはいったん帰れ」

「……わーった」

 

 一同が一瞬目を見開くくらい、勝己らしからぬ素直な首肯だった。彼の精神状態が不安に感じられたが……それは決して他人事ではないのだと、炎司は思い知らされた。

 

(焦凍……)

 

 息子がまだ無事でいるのか否か……確証は、ない。

 

 

 *

 

 

 

 包囲網から悠々と逃げおおせることに成功したスカーレットは、そのまま隠れ家としている廃ビルの一室に帰還を遂げていた。"本番"は成功した──にもかかわらず、その表情はどこかすぐれない。

 

「……まいったな、顔を見られるなんて」

 

 僕としたことがと、ため息をつく。相手は同じく追われる身のルパンレンジャーだが、だからこそどのようなアプローチを仕掛けてくるかわからない。既に目的は達したようなものだと思っていたが、この失態は後々大きな障害となる予感があった。

 

「……大丈夫。必ず、やり遂げてみせる」

 

「僕にはもう……それしかないんだから」

 

 

 *

 

 

 

──デク……!

 

 呼びかける声に……怪盗スカーレットに扮した"デク"は、くつくつと嘲った。

 

──残念だったね、かっちゃん。

 

──"デク"なんて人間……もう、どこにもいないんだよ。

 

 目の前の"デク"の姿が、ぶくぶくと膨れあがり……弾ける。飛び散る血飛沫とともに現れたのは、見るも悍ましい醜悪な化け物だった──

 

 

「──ッ!!」

 

 全身がぐわっと熱を帯びるような錯覚に、声にならない声をあげて勝己は飛び起きた。視界に慣れ親しんだジュレの風景が広がり、たった今見たものが現実でないことをかろうじて認識する。

 荒ぶる吐息。それを自覚するにつれ、心身が急速に冷えていくのがわかる。──悪夢を、見た。

 

「は、………」

 

 勝己は自嘲した。デクに瓜二つの怪盗が現れたというだけで、ここまで我を忘れるとは。彼が生きている可能性を見出したこと自体、つい先日のことであったというのに。

 

 外を見遣ると、空はまだ薄暗い。時間を確認しようとスマートフォンに手を伸ばしたところで、それが無慈悲に震えた。

 

「!」

 

 発信者を確認もせず、即座に受話する。ほとんど反射的な行動だった。

 

 

Bonjour(おはよう)、──見つけたぜ』

 

 

 *

 

 

 

 深夜に来て夜明け前に去るという迅雷ぶりで、弔の来訪が宿直の鋭児郎に気づかれることはなかった。それは幸いだったかもしれない。思いつめた鋭児郎が、いよいよ"それ"を問いただしたかもしれないので。

 

「……バクゴーたちのこと、もう一回調べてみるべきかもしれねえ」

 

 そんな彼の言葉を聞いたのは出勤してきた塚内管理官以下、警察戦隊の面々だった。当然彼らは、困惑した表情を浮かべていて。

 

「この前の一件で、二年前の集団失踪事件がギャングラーの仕業だってわかったろ。それから、ずっと考えてたんだ」

「エンデヴァーの末の息子が、たしか被害者だったな」

「エンデヴァーだけじゃない。バクゴーも……」

 

 声を詰まらせつつ、鋭児郎はキーボードを叩いた。それに合わせて、モニターに詰襟姿の少年の姿が映し出される。無造作な緑がかった黒髪に、こぼれ落ちそうな大きな翠眼がまず目に入った。

 

「この子は?」

「──緑谷出久、当時14歳。行方不明者のひとりだ」

「当時14ってことは、爆豪と同い年か……」

「それだけじゃねえ。あいつ、前に話してくれたんだ──"デク"って、幼なじみのこと」

「!」

 

 デク──出久。

 

「この子のことを話してるときのバクゴー、すげえ思いつめた顔してた」

「幼なじみが失踪したというなら……それも、当然かもしれないな」

 

 確かに、その通りだ。──けれど、それだけだろうかとも思う。無個性でありながらヒーローであろうとし続ける彼を、勝己は"クソみてぇ"と断言した。そもそも"デク"の呼び名自体、木偶の坊からとったもので。

 勝己は彼を、慈しんではいなかった。むしろ悪意をもって、傷つけ続けてきたのではないだろうか。だから彼が消えた今、自ら犯した罪に苦しみ続けている──

 

「三人中……ふたりが失踪した人間の関係者か」

「だが、それと快盗として活動することがどう繋がる?ルパンコレクションを入手することで、何が……」

「……"これしかないから快盗やってる"。国際警察(ここ)に侵入してきたとき、ルパンレッドがそう言ってた」

 

 そして、デストラ・マッジョとの決戦では。

 

──決めてンだよ……!死んでも、願いはかなえる!

 

「あいつらの"願い"っつーのがその幼なじみや息子を取り戻すことで、ルパンコレクションを取り返すことでそれがかなうんだとしたら?」

「……ッ、」

 

 その可能性を、誰も否定はできない。むろん、手放しで肯定できるものではない。──ゆえに鋭児郎が最初に言った通り、調査をやり直すということに繋がるのだ。言葉にするまでもなく、より徹底した形で。

 

 ただそれは、即座に遂げられることはなかった。──このあと、国際警察は再び揺さぶられることとなる。鎖に繋げたはずの、あの男によって。

 

 

 *

 

 

 

 少年は朝の街を、目的地へ向かって歩いていた。赤みがかった黒髪が長く伸び、右目を覆い隠している。漆黒のダッフルコートにジーンズといういでたちは、ただでさえ地味な容姿の彼を過分に街へと塗り込めていた。

 

 それは当人の好みではあったが……何より、明確な意図があってのものでもあった。──夜陰に乗じて、"怪盗"などと名乗っている身の上である以上は。

 ただ、それもきょうまでだ。目的を遂げ、怪盗として活動を続ける理由はなくなった。

 

「………」

 

 そして彼は、とある総合病院の前に立ち尽くしていた。既に幾度となく、無意味に訪れた場所。それも、きょうで終わる──

 

 ここを訪れるとき、彼はただあるひとりのことだけを想っている。ゆえに彼は、自らを目指して迫る気配に気づくことができなかった。

 

「──ッ!?」

 

 柱の陰から伸びてきた腕に襟首を掴まれ、少年は立体駐車場に引きずり込まれた。

 

「見つけたぜ、スカーレット……!」

「!、きみは……」

 

 自らを壁に押さえつける少年──勝己を認めて、彼は目を見開いていた。だってその顔かたちは、あまりに──

 

「目が、覚め……いや違う、そんなわけ……」

「ごちゃごちゃ喋んな……!訊かれたことにだけ答えろや……!」

「……ッ、」

 

「てめェが、デクを殺したンか……!?ンでその皮を被ってやがんのか!?──答えろ!!」

「何、言って……──そうか、きみは……」

 

 昨夜、ルパンレッドも自分の素顔を見て言っていた。──"デク"と。

 

「……人違い、だよ」

「ア゛ァ!?」

「僕はその"デク"って人じゃない。……きみが僕の"かっちゃん"じゃないように、ね」

 

 刹那、勝己は見えない力に引っ張られるようにしてスカーレットから引き剥がされていた。当惑する勝己に、彼は告げる。

 

「ごめん。個性を使わせてもらった」

「……てめェは、」

 

「僕は、赤谷海雲(あかやみくも)。どうせ()()だ、"彼"に会わせてあげるよ……ルパンレッド」

 

 

 *

 

 

 

 赤谷海雲と名乗ったデクに瓜二つの少年は、逃げも隠れもせずそのまま病院に入っていった。追う勝己の内心は、未だ半信半疑。彼は立ち振舞いまでデクの面影を感じさせる、他人の空似とは片付けがたい。しかしギャングラーの擬態であればむしろ、言動まで似通うことはないとも思う。──結局何者なのか、考えれば考えるほど深みに嵌っていく。

 

 そうして思考の底に沈みつつ、海雲の行動にのみ警戒心を向けていた勝己は、すれ違う看護師たちの驚愕に満ちあふれた視線に気づくことができなかった。

 

 

「──ここだよ」

 

 不意に立ち止まった海雲の言葉に、勝己は我に返った。くすんだ赤い瞳が、じっとこちらを見据えている。

 果たしてそこは病室だった。扉を開くと、薬品の匂いが鼻腔を撫でる。中央にはベッドが置かれ、様々な計器類がぐるりとそれを取り囲んでいる。その意味がわからない勝己ではなかった。

 

「お客さんだよ、……"かっちゃん"」

「!、は……?」

 

 その呼び名は、勝己に向けられたものではなくて。

 堪らずベッドを覗き込んだ彼は……刹那、言葉を失った。たくさんのチューブに繋がれ、昏々と眠り続けている少年。

 

 

 いろのないその顔は──まるで鏡写しのように、勝己と瓜二つだったのだ。

 

 

 



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#46 ヤミクモ 3/3

長くなり
    投稿遅れる
         さだめかな


 

 デクに瓜二つの少年、赤谷海雲。そして彼が"かっちゃん"と呼ぶ、自分と鏡写しの少年。

 勝己には、いったい何が起きているのか理解できなかった。これは夢か、現か……それすらも。

 

「──"カツキ"、」

「!」

 

 自分の名を呼ばれたかと思って、反射的に顔を上げる。しかし海雲の瞳は、瞼を固く閉じたままの少年に向けられたままで。

 

「僕の幼なじみで、たったひとりの友だち」

 

 尤もそう思っていたのは、自分だけかもしれないけれど。──口の端でそうつぶやいて、海雲少年は嗤った。

 

 

 轟郷カツキは物心つく前からの幼なじみであると同時に、赤谷海雲にとって憧れの存在だった。彼は生まれながらにあらゆる才能をもち、容姿にもすぐれていた。

 ただひとつ欠点があるとすれば、その性格か。知能は極めて高いのに他人の機微には極めて疎く、自身の能力をものごとの水準として憚らない。「そんなん誰でもできるっしょ」「なんでそんなこともできねーの?」──幼い頃から、何度そう言われたかわからない。

 ただそれでも、明るい性格の彼は魅力的だった。周囲には常にたくさんの人がいて、海雲は幼なじみのよしみと思ってその端にい続けることにした。地味で口下手でオタク気質の自分は彼とは住む世界が違うと、齢四つにして言語化できずとも理解していながら。

 

 それなのに、カツキには個性が出なかった。海雲にさえ、地味だけれど一応は使いものになる個性が発現したというのに。

 

 果たしてカツキは変わらなかった。個性がないからと卑屈になることも自棄になることもなく、「ヒーローになる」と公言して憚らなかった。史上初の、無個性ヒーロー!彼ならほんとうにそれが為せるのではないかと海雲は信じ、そんな彼を隣で支えられる存在になりたいと自身も研鑽を重ねた。ヒーローを目指すには微妙な個性も、知識と肉体の深化により磨かれていった。海雲は、あかるい未来を信じて疑わなかった。

 それなのに、

 

──俺、やっぱヒーローにはなれねーみてえ。

 

 やめろ、

 

──なのにグダグダ生きてても、しょうがねーじゃん?

 

 いやだ、

 

──バイバイ、ヤミクモ!

 

 いかないで……かっちゃん。

 

 

 彼が僕の願いを聞いてくれたためしがないことなんて、わかりきっていたのに。

 

 

「……そしてかっちゃんは、()()()()()()()()()。まるで、家へ帰るのに校門から飛び出してくみたいに、当たり前の顔をして」

 

 そう──実際、カツキにとってはそれが"当たり前"だったのだろう。彼の思考は凡人である海雲には理解できない。彼もまた、その過程を他人に開陳することはなかった。

 

「それでも……頑丈なのが幸いしたんだろうね、かっちゃんはこうして生きてる。もう二度と目覚めない、笑いかけてもくれないとしても……命だけは」

「………」

 

 勝己は、何も言えなかった。姿ばかりではない──彼らの境遇までもが、自分たちと鏡写しのようだった。

 

「でもこんなんじゃ、死んでるのと同じだ」

 

 不意に、海雲の声のトーンが変わる。その表情が昏く沈んだものとなるのを、勝己は見た。

 

「……ルパンレッド、きみもその"デク"って人を失ったんだろう」

「!」

「"皮を被った"とか言ってたね。あれはどういう意味?」

 

 本来なら、即座にその口を塞ぎたくなるような問いかけだった。……しかし彼はデクに瓜二つで、それでいて自分と似た境遇にある少年だった。

 

「……デクは、ギャングラーにやられた」

「!」

「殺されたんじゃねえ。氷漬けにされて……そのままどこかに消えた、俺の目の前で。俺が……屋上から飛び降りろっつった、その直後だった。ギャングラーはそうやって攫った人間を殺して皮剥いで、擬態に使ってンだ」

「……そう」

 

 海雲の反応は、それだけだった。そんな言葉を吐いた経緯も、対するデクがなんと言ったかも、彼にとっては知る必要のないことだった。

 

「きみも、その子を取り戻すために快盗になったんだね」

「……てめェは、なんなんだよ」

 

 自分たちはルパン家の支援のもと、ルパンコレクションの奪還のため快盗を名乗っている。しかしそれを知るはずのないこの少年が、なぜ。

 

「どんなに腕の良い医者に診せても、かっちゃんを目覚めさせることはできなかった。だから僕は、それ以外の手段を捜した。表がダメなら、裏から……人間が不可能なら、それこそ悪魔に魂を売ってでも……!」

「……まさか、」

 

 海雲の薄い唇がゆがみ、吊り上がった。

 

「この財宝、ルパンコレクションって言うんだってね」

「!」

 

 海雲が取り出した恐竜の化石に、勝己は目を見開いた。

 

「ギャングラーが使うと、個性にも似た力を発揮する……そうだろ?」

「てめェ……それを誰に訊いた?」

「誰だって構わないだろ」

「ギャングラーと取引でもしたンかって訊いてんだよ!」

 

 そう解釈するには些か質問が飛び跳ねすぎではなかろうか。自分の知る"カツキ"にもそういうところがあった。頭が良すぎるから、思考の過程が飛躍する。

 

「ああ、そうだよ」

 

 それでも海雲は、誤魔化すことなく頷いた。

 

「ギャングラーには、腕の良い医者がいるそうじゃないか。人間の身体くらい、どうとでもできるっていう」

 

 ゴーシュのことか、瞬時にそう思い至った。

 

「馬鹿かてめェは!そいつは人間も自分の仲間も実験台として切り刻みたがってるようなヤツだぞ、コレクションひとつで律儀に約束守るワケねえだろ!!」

「………」

 

「……だったら、他にどうしろって言うんだよ」

「……!」

 

 ぞっとするような、冷たい声だった。

 

「きみは僕らのことを何も知らない。きみに僕を止める権利はない。──僕はやるよ、誰になんと言われようと。もう僕には、それしかないから」

 

 勝己は一瞬、呼吸を忘れた。世界が静止したかのような、思考の空白があった。

 

──そして海雲は、病室から姿を消していた。

 

 

 *

 

 

 

 勝己から連絡を受け、炎司たちは出撃した。道中で弔と合流し、ひた走る。

 

「結局、スカーレットはデクくんやなかったんやね……!良かった……」

 

 どんなときでもポジティブなお茶子の言葉は、聞く者の心に安寧をもたらす。しかし快盗である以上、最悪の事態というものを想定して動かねばならない。

 

「奴が何者であれ、このままではコレクションがギャングラーに渡りかねん。貴様が言った通り、隕石を呼ばれれば地球滅亡もありうる」

「う……そ、そうやった」

「……それより爆豪くんだろ。せっかく捉えた怪盗もどき、みすみす逃がしちまうなんてさ」

 

 何をやっているのか……なんて、弔もほんとうはわかっていた。かの少年の境遇は、勝己の胸にもう何本目かもわからない楔を打った。そうしてその心は傷つき死んでいく。

 けれどそれが快盗として生きるということであり、地獄への道を進み続けるということなのだ。

 

 

 *

 

 

 

 病室を去った海雲は、"依頼主"のもとを訪れていた。

 

「ご要望の品、手に入れたよ──トカゲイル」

 

 来訪した少年を認めて立ち上がる、見るからに軽薄そうな男。ただしその表情は、まるでねだっていた玩具を買ってもらえた幼子のように嬉々としていて。

 

「おお〜ッ、待ってたトカよー!これでオレも一発逆転、ギャングラーのボスになれるトカ!」

「そんなことより、これでゴーシュとかいう奴に会わせてもらえるんだろうね?」

「もちろんトカ!おまえは恩人トカよ〜♪」

 

 海雲は唇をゆがめた。こういう愚鈍だが腹芸ができない性質のギャングラーがここまで生き残っていて、取引相手となったことは間違いなく僥倖だった。

 

「さあさあ、早速それをよこすトカ!」

「………」

 

 一瞬、脳裏に苛烈な瞳の少年が浮かぶ。そこに表情はなくて、彼が自分の知る幼なじみなのか、幼なじみと同じ姿をした快盗の少年なのかは判然としない。

 ほんのわずかな胸の痛みを覚えた海雲だったが、その思考は、"第三者"の声によって中断された。

 

「待てや……!」

「!」

 

 振り向けば、そこにはたった今思い浮かべていたのと、少なくとも同じ顔をした少年の姿。全速力で追ってきたのだろう、肩で息をしている。

 

「……撒いたつもりだったのに。よくここがわかったね」

「黙って逃がすわけ、ねえだろうが」

 

 彼が掲げたスマートフォンに表示されたマップ、そこに赤い点がぽつんと浮かんでいるのを認めて、合点が行った。遭遇からの数分間で、GPS発信機を仕込まれていたのだ。カツキと同じ姿かたちの少年に、少なからず警戒が解けてしまったか。

 

「僕も……まだまだ甘いや」

「いいからよこせや、そのコレクション。……世界が滅びたら、元も子もねえだろ」

「………」

 

 確かに、その通りだ。……けれどもう、暗中模索の日々を一刻も終わらせたかった。

 

「……有限なんだよ。かっちゃんの人生も、僕のも」

「……!」

「だから──()()()()()()()

 

 言うが早いか、海雲は"楽しくいこうぜ"をトカゲイルに投げ渡した。それを見た勝己は咄嗟にVSチェンジャーを構え、躊躇なく引き金を引く。

 

「トカッ!!?」

 

 彼がそれを手に収めるのと……光弾が、"化けの皮"を弾き飛ばすのが同時。真の姿を露にしたギャングラー、トカゲイル・ナクシャークは、呻き声をあげながらも手にしたコレクションを金庫にしまい込んだ。

 

「よくもやったトカねえ!泣かしてやるトカ〜!」

「ッ、やれるモンならやってみろや!──快盗チェンジ!」

 

 勝己の身体が光に包まれ、ルパンレッドへと変わる。その姿を目の当たりにして、意気軒昂だったトカゲイルの様子が変わった。

 

「か、快盗トカ〜〜ッ!?」

「予告する……──てめェのお宝、いただき殺ォす!!」

 

 射撃で辺り一面に火花を散らしながら、突撃するルパンレッド。右往左往しつつも大剣"バジリスクレスト"を構えて迎え撃つトカゲイルだが、鈍重な彼が快盗を捉えることができるはずもなく。

 

「遅ぇわ!」

「トカッ!?」

 

 大剣を振り上げたところで、既にレッドはスライディングで後方に回り込んでいた。そのまま足払いでバランスを崩し、あらん限りの銃弾を叩き込む。

 

「……ッ、」

 

 顕著な実力差。そんなものをまざまざと見せつけられ、海雲は危機感を覚えた。このままでは、トカゲイルはせっかく渡したルパンコレクションを奪われ、倒されてしまう。

 

「一気にケリつけてやる……!」

 

 ビクトリーストライカーを装填しようとするレッド。──その手めがけて、海雲はテーザーガンを発射した。

 

「ッ!?」

 

 快盗スーツ越しにも痺れが襲い、堪らずVSチェンジャーを取り落としてしまう。

 

「てめェ……!」

「……今そいつを倒されるわけには、いかないんだ……!」

 

 睨みあうふたり。しかしそうしている猶予は数秒もなかった。

 

「ナイスアシストトカ〜!」

「がぁッ!?」

 

 横薙ぎに閃いた大剣が、快盗スーツに火花を散らす。そのままレッドは後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

「ぐ、ぅ……ッ」

「………」

 

 うめくレッドを、海雲は冷めた瞳で見つめていた。──この世に、"カツキ"はふたりも要らない。彼がここで消えれば、僕のカツキは帰ってくる。その結果、世界がどうなろうとも。

 

(僕らのために死んでよ、ルパンレッド)

 

 少年が呪詛を吐くのと、トカゲイルが剣を振り上げるのが同時──

 

──刹那、銃弾がトカゲイルの顔面に直撃した。

 

「ト゛カ゛ァ゛ッ!!?」

 

 蛙の潰れたようなうめき声とともに自らも弾き飛ばされるトカゲイル。海雲がそれを認めたときにはもう、背後から白銀の人影が躍りかかっていた。

 

「ぐ……ッ!?」

「怪盗ごっこは終わりだぜ、スカーレット?」

 

 海雲の小柄な身体を地面に引き倒し、押さえつける──ルパンエックス。彼が現れたということは、当然"彼ら"も。

 

「ふっ」

「とりゃ!」

 

 ルパンブルー、イエロー。前者が仰向けに倒れたトカゲイルを容赦なく踏みつけ、後者が金庫にダイヤルファイターを当てんとする。

 

「ルパンコレクション、いただきますっ!」

「ああっ!?──こ、こうなったら、やけくそトカ〜ッ!」

 

 四肢はもがくばかりで使いものにならず、もはやコレクションを奪われるのは確実な状況。ならばとトカゲイルは、そのコレクションの力を発動させることを選んだ。

 

『0・9──3!』

 

 ダイヤルファイターがコードを読み込むのと、解錠された金庫が鈍い光を放つのが同時。イエローは即座にコレクションを取り上げたが、時既に遅く。

 

「特大の隕石を呼んでやったトカ!ざまあみろトカ〜!」

「ちょっ……何してくれとるん!?」

「馬鹿なのか?貴様も死ぬぞ」

「オレはとんずらするトカ!そらっ!」

 

 ブルーの力が緩んだ隙を逃さず、拘束から逃げ出すトカゲイル。そのまま走り出した彼は大剣をも投げ捨ててまで、身軽な状態となって逃げ出した。

 

「ど、どうしよ〜ッ!?」

「ッ、やむをえん。今は奴を──」

「──ブッ殺す……!」

「!」

 

 振り向いたふたりは、先ほど受けたダメージなどあってなきかのごとく猛然と前進してくるレッドの姿を見た。彼は地面からVSチェンジャーを拾い上げると、ルパンマグナムと合体させた。

 

『ルパンフィーバー!un, deux, trois……』

 

 充填されていくエネルギー。それを目の当たりにして激しい焦燥に駆られる海雲少年だったが、ルパンエックスに押さえつけられた彼は指一本たりとも動かせない。

 

「やめろ……!」

 

 その声は、レッドの耳に届くことすらなく。

 

『イタダキ、ド・ド・ド──ストライク!!』

 

 膨れあがった劫火の塊が、コンクリートを灼きながらトカゲイルに迫る。彼がその熱を感じて振り返ったときにはもう、それは獲物を喰らう大口を開けていた。

 

「と、トカ〜〜ッ!?」

 

 異世界に逃げ込もうとするが時既に遅し。トカゲイルは炎に呑み込まれ──爆散した。

 

「………」

 

 立ち上る炎を前に、ゆっくりと銃を下ろすレッド。勝利もルパンコレクションも手に入れた──しかしその動作に、喜びは浮かばない。彼にとってこれは小さな一歩に過ぎず、望む未来は果てしなく遠いのだ。

 そしてその一方で、海雲の望みは無情にも断たれた。

 

「お前ら……よくも……!」

 

 歯を食いしばり、拳を握りしめる。もはやそれ以外に術をもたない彼に、頭上から弔が無感情な声をかけた。

 

「来たぜ、おまえの待ち人」

「!」

 

 その言葉に合わせるように──にわかに空間が歪み、そこから青い身体の化け物が姿を現した。

 

「……ゴーシュ、」

「!、あれが……!」

 

 何より待ち望んでいた、救世主にも等しい存在。にもかかわらずその姿に対して感じたのは、本能的な畏怖と嫌悪だった。その不気味な姿は、彼女の性情そのままを表しているのではないかとさえ思われたのだ。

 そうこうしているうちに、彼女はトカゲイルの残骸にコレクションのパワーを注ぎ込んでいた。

 

「私の可愛いお宝さん、トカゲイルを元気にしてあげて」

「──大復活トカ〜!!」

 

 そのまま踵を返すゴーシュ。はっとした海雲は、慌ててその背に声をかけた。

 

「ま、待って!あなたにお願いがあるんだっ、あなたに会うためにトカゲイルと取引もした!だから──」

「──エックス、」

「!」

 

 まるで海雲の声など聞こえていないかのようだった。自分に指名が飛んでくるとは思わず、身構える弔。

 

「もうすぐ"準備"が整うわ……待ってなさい。フフフフ……」

「……何?」

 

 いったい、どういう意味か──問う間もなく、今度こそゴーシュは姿を消した。

 

「なん、で……」

「………」

 

 理由はわからないが、弔に執心のゴーシュ──最低限の仕事を果たす以外、彼女には標的しか目に入っていない。ギャングラーのマッドサイエンティストは、ふつうの人間とはあまりに隔絶したところに在った。その存在さえ、完全に意識の外に追いやってしまうほどに。

 

「──死柄木、行くぞ」

「!、……ああ。来い、グッドストライカー」

『快盗とやるのは久しぶりだナ〜!』

 

 彼──グッドストライカー、そして快盗たちのダイヤルファイター。その機体がひとつに集い、

 

『完成!ルパンカイザー!』

 

 さらに、

 

「完成、──エックスエンペラースラッシュ」

 

 二機の鋼鉄巨人が、巨大トカゲイルを前後で挟むように布陣する。

 

「2vs1とは、卑怯トカ〜!」

「えっ、今さら!?」

「知るか、即死ね!!」

 

『グッドストライカー連射、倒れちまえショット〜!!』

 

 レッドの言葉に違わず、いきなり必殺技を放つルパンカイザー。トカゲイルの呼んだ隕石が地球に迫っているのだ、のんびりはしていられない。

 しかし、

 

「ふふん、──見せてやるトカ!」

 

 得意げに鼻を鳴らしたトカゲイルの姿が……次の瞬間、消えた。

 

「!?」

 

 標的を失った弾丸は、そのまま対面のエックスエンペラーに降り注ぐ。咄嗟の操縦で直撃を避けたエックスだったが、衝撃で機体が倒れ込んでしまう。

 

「トカカカカッ、ざまあみろトカ〜!オレ、ホントは走るの速いトカ〜!」

「うそうそっ、だってさっき戦ってるとき遅かったやん!?」

「武器のチョイスが悪かったトカ!」

「……胸を張って言うことではないぞ」

「うるさいトカ!喰らうトカー!!」

 

 卵のような形のオブジェクトをどこからか取り出すと、トカゲイルはルパンカイザーめがけてそれを投げつけてきた。たちまち小規模な爆発が起き、散る火花に巨人の姿が呑み込まれる。

 

「トカカカっ!リベンジマッチはオレの勝ちトカ〜!」

 

 トカ……もとい呵々大笑するトカゲイル。しかし彼は、ギャングラーの天敵ともいえる彼らを甘く見すぎていた。

 

「そいつはどうかな?」

「!?」

 

 声が響いたのは……頭上。ぎょっと顔を上げたトカゲイルが見たのは──蒼天のもとに浮かぶ、巨大な戦闘機だった。

 

『完成、ビクトリールパンカイザ〜!!』

「そ、そんなのありトカ〜!?」

「大アリや!」

 

 言うが早いか、ビクトリールパンカイザーは即座に攻撃を開始した。マジックダイヤルファイターの力で爆発するカードをばら撒き、トカゲイルをその場に縫いつける。彼が怯んだところで、しなるビームを放ってその身を完全に拘束してしまった。

 

「う、動けないトカ……!?」

「はっ……今度こそ終わりだ。──グッディ!」

『Oui、いくぜ〜!』

 

『グッドストライカー・蹴散らしちまえキ〜ック!!』

 

 一気に急降下しつつ、ビクトリールパンカイザーは戦闘機からロボット形態へと瞬時に変形した。そして機体を錐揉み回転させながら、文字通りのキックを放つ──!

 

「トカァアアアアッ!!?」

 

 キックといえど、その威力は通常のルパンカイザーの必殺技を大いに凌ぐ。情け容赦なく吹っ飛ばされた先には──態勢を立て直した、エックスエンペラーの姿があって。

 

「……さっきのお返しだ、たっぷり味わえ」

 

──エックスエンペラー、スラッシュストライク。その一撃で、トカゲイルは完全にとどめを刺された。

 

「トカゲイル死すとも隕石死なず……!さらば地球よ、トカァアアア──!!」

 

 爆散。

 いつもなら、これで一件落着というところ。しかしトカゲイルの遺した通り、地球には隕石が迫りつつあった。

 

「ど、どうする?」

「……行くしかあるまい。地球が滅びては元も子もないんだ」

「………」

 

 そう、それが普通の考えだ。いや、それが救う手段だからと快盗に身を貶している時点で五十歩百歩かもしれないが、まだ理解はされうる。

 赤谷海雲は、地球を滅ぼしてでも賭けに出た。何かが違っていれば──きっと、自分も。

 

──次の瞬間には、再び飛行形態となったビクトリールパンカイザーが宇宙へ飛び立っていた。

 そこで初めて、地球へ迫る隕石を目の当たりにしたのだ。

 

「うわ、でかっ!?」

 

 それはビクトリールパンカイザーの体躯が豆粒に見えるほどのスケールをもって接近を続けていた。こんなものが衝突したら、良くても地球は壊滅に等しい被害を受けかねない。少なくとも、これまでの文明は維持できないだろう。

 

「こ、こんなの、私たちでどうにかできるん……?」

「できるかじゃねえ、やるしかねえんだよ」

 

 言うが早いか、ルパンマグナムを射出するレッド。カイザーのサイズに合わせて巨大化したその砲口を、隕石に向ける。

 

「──死ィねぇッ!!」

『グッドストライカー・ぶっぱなしちまえマグナム〜!!』

 

 放たれる光の束。それは隕石のド真ん中にぶち当たり、膨大な熱量でもって表面を削りはじめた。

 やがてそれは内部にまで侵食し、隕石をふたつに裂いていく。いける──そう思うのも無理はなかった。隕石といえど所詮は石ころであり、VSビークルの力に抗するものではないと。

 そのとき、だった。

 

『ああっ、もうムリだぁ〜!?』

「!」

 

 にわかに情けない声をあげるグッドストライカー。ほどなく光線は収束し、それきり砲口が唸りをあげることはない。──エネルギーが、切れてしまったのだ。

 

「おいコウモリ野郎、気張れや!まだ半分も削れてねえんだぞ!!」

『ムチャ言うなよぉ、でっかいワザ二発は体力もたないってぇ〜……』

 

 歯噛みする快盗たち。万事休すかと思われたそのとき、

 

『だったらイチかバチか、俺に任せろ!』

「!」

 

 にわかに響いた男の声。それとともにルパンレッドの懐から飛び出した物体が、ひとりでにVSチェンジャーと合体した。

 

「な……てめェ、」

「ジャックポットストライカー!?」

「目、覚めたん!?」

『そうだぜぇ♪』

 

 何がなんだかわからないうちに、意識を完全み取り戻したのだろうジャックポットストライカーが勝手にVSチェンジャーを操っていた。──生物非生物問わないあらゆるモノのコントロール。合体機能とは別の、彼本来の能力だった。

 

『チャオ!』

「おい──」

 

 制止も構わず飛び出していくジャックポットストライカー。たちまち巨大化した彼は、その真紅のボディを振動させ、無酸素の空間に炎を撒きながら隕石へ向かう。

 そして、

 

『ジャックポットストライカー、ブレイジング……チャーーージ!!!』

 

 その機体が隕石の破れ目に接触する。刹那、ひときわ大きな爆発が起き、ビクトリールパンカイザーはなすすべなく重力の糸に絡めとられた。

 

「うそ……!?」

「ッ、」

 

「ジャック──!!」

 

 返答は、なかった。

 

 

 *

 

 

 

 無骨な機器に埋め尽くされた部屋も、その主の存在ひとつでまるで美しい箱庭のようだ。

 虚ろな意識の中で、赤谷海雲はぼんやりとそんなことを思った。病室の中心で、轟郷カツキは現の苦しみなど知らないかのように無邪気に眠り続けている。

 

「……かっちゃん。きみは、このままでいいの?」

 

 命尽きるまで何も見ず、聞かず。所詮幼なじみというだけだった男の絶望など、歯牙にもかけないままで。

 

──そうだ、この男はそういう人間だ。すべてを受け入れているようでいて、その実自らのうちに一瞬たりともとどめることはない。だから他人の想いに応えることもない。何もかも自分の中で完結してしまう。死を選んだそのとき、目の前にいた"ヤミクモ"という幼なじみのことだって、なんら自らの行動を縛るものではなかっただろう。ようやくそのことに思い至って、少年の瞳から涙があふれた。

 そうして、不意にある願望が胸のうちから湧いて出た。ベッドの前を素通りして部屋の奥へと向かうと、海雲は開け放ったままの窓から身を乗り出した。先ほどは怪盗としてのスキルを使ったから怪我もなくここから抜け出ることができた。でもなんの手も使わず投身すれば、命はないだろう。

 

 そうして彼が、いよいよ最後の一線を踏み越えようとしたときだった。

 

「……ゃ、み、……も……」

「……!」

 

 背後から響く、かすれた声。幻聴だと瞬時に思った。それでも、振り向かずにはいられなかった。

 果たして──カツキは、目を開けていた。その瞳は茫洋としながら、たしかにこちらを見つめている。

 

「かっ……ちゃん……」

「………」

 

 酸素マスク越しの口元が、ほのかに綻ぶ。

 

「さみィよ……かぜ、ひいちまう」

「……はは、はははは……っ」

 

──かっちゃん。やっぱりきみはどこまでも我儘で、愚かで、麗しい王様だ。

 わけもなく哄笑しながら、海雲少年は思った。

 

 

 à suivre……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(Épilogue)

 

 

 

 

 

 あわや地球の危機という状況下にあって、警察戦隊はその事実を察知することができないような緊急事態に見舞われていた。

 

「どうだ、そっちは!?」

「駄目だ……見つからねえ!──耳郎!」

「こっちもだよ……っ」

 

「今さら逃げ出して、何をしようと言うんだ……──八木俊典……!」

 

 

 国際警察前長官、八木俊典。ギャングラーに通じていたことが明るみに出、囚われた彼は……なんの前触れもなく、牢の中から脱獄した。

 

「──俊典……!」

 

 彼の友人であった塚内直正もまた、職掌を越えその捜索に参加していた。犯罪者に身を貶した、英雄になれなかった男。それでもせめて己の罪を償ってほしいと、そう思っていた矢先の出来事。自ずと拳に、力がこもる。

 そんな折、不意に携帯電話が鳴動した。

 

「ッ、もしもし──」

『──やあ、塚内くん』

「俊典……!?」

 

 電話口の捜し人の声は、信じられないほど凪いでいた。吹く風の音が、背後で聞こえる。

 

『今ごろ、私を捜して走り回っているのではないかと思ってね。その必要はないと、伝えたくて連絡したんだ』

「……なに、言ってる……!今すぐ出頭するんだ、俊典!!」

『……ひとつだけ、お願いがある』

「何を──」

 

 一瞬の静寂。そして、

 

 

『"ワン・フォー・オール"を、頼む』

「……!」

 

 そして、地面を蹴る音が響いた。いっそう強い風の音。そして……激しい水飛沫の音と連なって、通話が切れた。

 

「俊典……!?俊典──!!」

 

 

 その後、とある海辺の崖で八木俊典のものと思しき靴が発見された。即座に周辺の海域の捜索が行われるも、肉体の一片も見つかることはなく。

 

 

──堕ちた英雄はその痕跡すら遺さず、世界から消え去ったのだ。

 

 

 






「……やっぱり俺、先生みたいにはなれないや」

次回「生け贄」


「行くなッ、死柄木ーー!!」




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#47 生け贄 1/3

終章
  開幕


 ドグラニオ・ヤーブンはとある人物を待ち続けていた。彼らギャングラーに厳密な時間の感覚などないが、それでも呼び出してから随分と経過している。そういう男だとわかってはいるが、思わずため息がこぼれる。

 

 と、ごとりと重い扉が開く音がする。顔を上げた彼の顔に、凍てつく風が吹きつけた。

 

「よォ、ボス?」

「待ちかねたぞ、ザミーゴ」

 

 悪びれる様子もなく、くつくつと笑うザミーゴ・デルマ。それに対して、表向き平然としたままドグラニオは口を開いた。

 

「ザミーゴ、今一度訊く。俺の跡を継ぐ気はないか?」

「ハァ?」

「組織はこの通りガタガタになっちまったが……そういうときこそ、強いヤツが頂点に立つべきだ。おまえにはその資格がある」

「資格、ねぇ」

「そうさ。俺の築いたものはすべて、おまえの思うままになる。今みたいに細々した商売なんざせんでも、一生遊んで暮らせるぞ。どうだ?」

「へぇ……」

 

 興味を示したかのように、身を乗り出すザミーゴ。そのまま首領のもとに歩み寄ると、

 

「ヤ〜だね、馬鹿馬鹿しい」

 

 真っ向から、切り捨てた。

 

「爺さん、あんただってわかってんだろ?今どき悪の組織のドンなんて、よっぽどの物好きか馬鹿のすることだ。ンな面倒引き受けるくらいなら、オレは思うがままに暴れたいね」

 

 嘲笑とともにそう告げると、ザミーゴはくるりと背を向けた。

 

「じゃ、待たせてるヤツがいるんでね。アディオス、ドグラニオ様?」

 

 そう告げて去っていく。その背を黙って見送ったドグラニオだが、やがてぽつりとつぶやいた。

 

「……そういう、モンか」

 

 

 ボスのもとを去ったザミーゴは、果たしてその配下のもとを訪れていた。

 

「よう、待たせたな。──ゴーシュ、」

 

 待っていたのは、ゴーシュ・ル・メドゥ。そしてここは彼女の本拠たる手術室であった。簡素な手術台の横に、メスや様々な薬品が置かれている。

 

「フフ……本当に良いのかしら?今でもあなた、十分強いじゃない」

「はははっ、爺さんにも言われたよ。でも、」不意に声のトーンが下がり、「ルパンレッドと戦りあうためには、オレも限界を越えないと。わかっちゃったんだ、その先にしか真の愉悦はないんだって」

 

 ザミーゴ・デルマ。いよいよ彼も、その命を賭す覚悟を決めたのだった──

 

 

 *

 

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

 可愛らしいウェイトレスの元気な声に送られ、客人たちが笑顔で帰っていく。この店──ジュレは突然の休業や店都合での予約キャンセルが多く、それだけが欠点とレビューサイトに書かれることも多いのだが……逆に言えばこのウェイトレスの明るい接客と、気難しいが見目麗しい厨房担当の少年の料理については評価されているのだった──強面の店長については賛否両論である──。

 

「ふーっ、きょうも無事クローズドやね!おつかれさまっ!」

「おー」

「うむ。ふたりとも、ご苦労だったな」

 

 店長である元トップヒーロー・エンデヴァーこと轟炎司と、爆豪勝己。そしてこの麗日お茶子。店を取り仕切るのはこの三人しかおらず、これより減ることはあれ増えることはない。その理由が、彼女らの抱える重大な秘密に根ざしたものであることは、言うまでもない。

 

 

 そしてその"秘密"を嗅ぎつけ、逸る心を抑えられずにいる青年の姿が、店の外にあった。

 

(麗日くん……)

 

 飯田天哉、24歳。お茶子と年齢差はあるも、既に友人として親しい間柄にある。

 しかし同時に、彼は国際特別警察機構の一員だった。

 

──バクゴーたちのこと、もう一回調べてみるべきかもしれねえ。

 

──あいつらの"願い"っつーのがその幼なじみや息子を取り戻すことで、ルパンコレクションを取り返すことでそれがかなうんだとしたら?

 

 脳裏によぎる仲間の言葉を、天哉は首を振って払いのけた。

 

(確かに、切島くんの推論は頷ける。だが……彼女は、麗日くんの事情はまったく異なるじゃないか)

 

 まずもって、お茶子の周囲の人間で行方不明者は出ていない。彼女の実家はギャングラーのせいで経営していた会社を潰され、父も大怪我を負って入院したという経緯はあるにせよ。

 そしてあの、純朴な性格。あれほど自分たちパトレンジャー、そしてギャングラーをも出し抜いてきた快盗とは、どうしても重なることがない。

 

 しかし頭ごなしに反駁できるほど、天哉には彼らが快盗でないという確信があるわけではない。以前確認したアリバイも、この超常社会においては絶対的なものではないのだから。

 

──ならば今、すべきことはひとつ。

 

 

 それから数分後、お茶子のスマートフォンに一通のメッセージが届いた。

 

「あ……飯田さんからや」

「あ?」

 

 メッセージの内容は……生真面目な性格の彼らしく色々と前置きのあるものだったが、要約すると食事への誘いだった。

 

「ま、マジか〜……」

「……どうするんだ?」

「う〜ん……明日お店も休みやし、行こっかな!」

「はっ、手ぇ出されそうになっても助けてやんねーぞ」

「飯田さんはそんなことせえへんもん!」

「どーだかなァ」

 

 愉しそうにお茶子をからかう勝己は、今このときばかりはごくふつうの少年だった。そのために軽薄な男に貶められる天哉は哀れであったが。

 

「まったくもう!私もう寝るっ」

 

 ぷくりと頬を膨らませたお茶子は、そう言い捨てると二階に上がっていってしまった。寝るにはどう考えても早すぎる時間帯なのだが。

 

「……で、随分そわそわしてンじゃねーの。炎司サン?」

「……む、」

 

 どうするとしか訊かなかった炎司だが、勝己にしてみれば普段と様子が違うのは一目瞭然だった。

 

「娘の心配するオヤジになってっぞ」

「……あの男がお茶子に手を出すとは思わん。だとしても、こちらからこれ以上深入りすべきではない。貴様だってわかっているはずだ」

「………」

 

 親密になればなるほど、秘密を抱えていることが苦しくなる。まして、お茶子のような善良な人間ほど。

 

「でも、あんたも止めなかったろ」

「それは……」

「ンな心配ならストーカーでもすれば?マジの娘なら二度と口きいてもらえねーだろうけど」

 

 実際に娘がいる炎司に対して、からかうつもりのひと言。お茶子に対するそれと同じく冗談のつもりだったのだが、残念なことに炎司の父親としてのスキルは底辺も同然で。

 

「……わかった」

「は?」

 

 わかった、とはどういう意味か。それは程なく判明し、勝己は自身の発言を悔いる羽目になった。

 

 

 *

 

 

 

 翌日。半休を入れていた死柄木弔は、正午前にオフィスへ出勤した。入室した瞬間、普段とは空気が違うことを肌で感じる。緊張、警戒──まるで自分が来日して間もない頃のようだった。

 

「Bonjour、何かあった?」

「お、おう。おはよう死柄木」

「何もないよ、今んとこ平和」

 

 ということは、少なくとも厳戒態勢下ではない。

 

「そういや、飯田氏は?」

『!、飯田さんはぁ……えっとぉ……』

「──非番だ。所属が違うとはいえ行動をともにするんだから、スケジュールくらい確認しなさい」

「オーララ……」

 

 叱られてしまった。肩をすくめる弔だが、この硬い空気が天哉の行動を主因とするものなのかまでは読めなかった。

 

 

 *

 

 

 

 ちょうどその頃、天哉は待ち人と合流しようというところだった。

 

「飯田さ〜ん!ハァ……おまたせ!」

「う、うむ。こんにちは、麗日くん」

 

 会釈しつつ、自分よりひと回り小柄な少女の出で立ちを観察する。改めて見れば──確かに、ルパンイエローと背格好は似ている。ただそんなことはとうの昔にわかっていて、それでも違うものは違うのだと決めつけていた。

 

「?、どうかした?」

「!、……あぁいや、急に誘って申し訳ない。迷惑ではなかったかい?」

「迷惑だったらテキトーに理由つけて断るよ!そんなことより飯田さん、きょうはどこ連れてってくれるん!?」

「うむ、そうだな──」

 

 連れ立って歩き出すふたり。童顔のお茶子だがきょうは相手に合わせて大人びた服装をしているので、お坊ちゃん学生といった風情の天哉と並んで歩いていても違和感がない。

 それがかえって、陰で様子を窺う男をやきもきさせるわけで。

 

「………」

「……おいクソオヤジ、ンで俺まで行く流れになってんだよ」

「お茶子に何かあったらどうする」

「どっちの心配してンだか」

 

 とはいえ、こうなればもう乗りかかった舟である。帽子と伊達眼鏡、マスクで変装を施すと、ふたりは追跡を開始したのだった。

 

 

 *

 

 

 

 炎司の不安視したようなことが早々に起きるはずもなく、天哉の予約したレストランにふたりは入った。勝己たちもあとを追って入店し、死角となる席から様子を観察する。

 

「ん〜、おいひぃっ」

 

 メインディッシュに舌鼓を打つお茶子。その小さな身体のどこにそんな入るのかというくらいに彼女は食欲旺盛である。幼い時分、父の田舎に遊びに行くと非常に歓迎され、可愛がられたことが思い起こされる。祖父母というものは、とかく孫に食べさせたがるものなので。

 

「良かった。爆豪くんの料理で舌が肥えているだろうから、口に合うか心配だったんだが」

「んふふ、それ、爆豪くんが聞いたら喜ぶよ!意外とそーいうカワイイとこあるんやから」

 

「……だそうだぞ、勝己?」

「あんの丸顔……」

 

 盛大に顔を顰める勝己だが、当然怒鳴りつけられようはずもなく。

 食事しつつ、とりとめもないもない雑談を続けるふたり。しかしややあって、不意に思い立ったような調子で天哉が切り出した。

 

「そういえば麗日くん、きみは中学を卒業してからずっとジュレで働いているんだったな」

「あ……はい」

「実家は三重だそうだが、どうしてこちらに出てこようと思ったんだい?」

 

 お茶子の表情が一瞬強張る。どうしてといえば、快盗稼業のためだ。ギャングラーの分布は日本国内でも首都圏に集中しているので、拠点は関東にあったほうが都合が良い。

 ただ、当然そうとは答えられず……ゆえに彼女は、嘘をつかざるをえない。

 

「ちゅ、中卒で雇ってくれるところって限られてるし……。条件が良ければ全国どこでもって思ってたら、ジュレのオーナーから声かけていただいたんです」

「そうか……ご家族のこともあるものな。元気にしてらっしゃるかい?」

「はい!おかげさまでお父ちゃ……父も、だんだん良くなってきてるし」

「それは良かった。……しかし形は違えど、ギャングラーの被害者たちがひとつの店に集まるとはな」

「えっ……?」

 

「爆豪くんたちも、ギャングラーに身近な人を奪われたんだろう?」

「──!」

 

 そのときだった。お茶子の携帯電話が、ポケットの中で振動したのは。

 

──すぐ店のトイレに来い。

 

「!」

 

 当の爆豪勝己からのメッセージ。なぜ彼が、と疑問は持ちつつもお茶子は立ち上がった。

 

「ごめん飯田さん……ちょっとお手洗い」

「うむ、行ってらっしゃい」

 

 淀みない声に送られ、お茶子は店の奥に入った。果たして通路の窪みのような空間に、ふたりの男の姿があって。

 

「ちょっ、なんでふたりしてついてきてるん!?」

「ンなこたぁどーだっていいンだよ」冷たく切り捨て、「……サツども、また俺らを疑ってやがる」

「!」

「あの男、明らかに探りを入れている。おまえなら与し易いと考え、誘い出したのだろう」

 

 無論、個人的な誘いをかけやすい関係同士だったというのもあるだろうが。

 

「そんな……なんで、」

「理由は後だ。まだ前のアリバイが崩せていないから、正面から踏み込んでこないのだろうが──」

「もう時間の問題だっつの。……とにかくこの場はテキトーにやり過ごせ。対策は戻って考える」

「う、うん……わかった」

 

 先ほどまでの愉しい気持ちは完全に消えうせていた。──正体が、露呈する。それはつまり、

 

(ジュレに……いられなくなっちゃう……)

 

 隠れ蓑でしかなかったはずのそれは、確実にお茶子の心に根づいていて。

 

 

 席に戻ったお茶子を迎えた天哉は、険しい表情で携帯電話を手にしていた。

 

「──了解しました。現地で切島くんたちと合流します!」

 

 通話を終え、途端に申し訳なさそうな表情を浮かべる。事情は、それでおおかた察することができた。

 

「ギャングラー……ですか?」

「……うむ、すまない。行かなければ」

「気を……つけてね」

「ありがとう。きみも気をつけて、まっすぐ……まっすぐ帰るんだぞ」

「……うん」

 

 罪悪感が滲み出すのを自覚しながら、お茶子は小さく頷く。果たして天哉は、そのまま走り去っていった。その際、伝票を浚っていくのも忘れない。頑固な青年だけれども、常に相手への配慮を欠かさない。この一年間、ずっとそうだった。

 天哉が去ったのと入れ替わるようにして、仲間たちがやって来て。

 

「地獄に仏だな。我々も行くぞ」

「………」

「……どうした、お茶子?」

 

「……ごめん。私、きょうは……」

「行きたくねえってか?」

「だってっ!……だって飯田さん、疑ってないから。国際警察は疑ってるかもしれないけど、飯田さんは私を信じようとしてくれてる……。それなのに私、ずっと、騙して……」

「それが、快盗だからな」

「わかってる!わかってるけど……」

 

 お茶子の苦しい胸のうちが披瀝される中──不意に、冷たい風が彼女らの頬を撫でた。

 

「──!」

 

 振り向いた三人が目の当たりにしたのは、ガラス越し数メートルの距離を揚々と歩いていく青年。寒々しい色合いのポンチョとソンブレロを纏ったその姿は──

 

「ザミーゴ……!」

「!、あれが……」

 

 炎司とお茶子にとって、人間態を目撃するのは初めてのこと。しかし勝己がそう呼んだという事実そのものが、彼らにとって絶対的な信憑性を帯びていた。

 

「……ターゲット変更だ。サツのほうは死柄木に任せんぞ」

「うむ。……お茶子、どうする?」

 

 お茶子の心は決まっていた。

 

「──行く!ふたりの願いがかなえば、あとは……あとはどうにだってなるから……!」

 

 それが、自分の未来に繋がるものでないとしても。

 

 



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#47 生け贄 2/3

 ギャングラー出現の報を受け、現地へ急行するパトレンジャーの面々。道中にて飯田天哉と合流し、四人揃って駆けつけた先で待ち受けていたのは。

 

「あら、早かったわね」

「!、ゴーシュ……!」

 

 ステイタス・ゴールドの、マッドサイエンティスト。一同の緊迫とは対照的に、彼女は愉しそうに四人を眺め回していた。

 

「おまえひとりか?……いったい、何を企んでる?」

「別に企みなんてないわ、刻みたいから刻みに来たのよ。でも良かった……エックス、あなたに会えて」

「……また俺かよ」

 

 いったい自分の何がこの女ギャングラーを惹きつけるのか、察しもつかない弔。心当たりがあるとすれば、見た相手のすべてを調べ尽くす"Guéris le monde"を自分に対し使われたことか。己も知らぬ己の秘密……今さら、知りたいとも思わないが。

 

「誰も刻ませたりしねえ……!──皆、行くぜ!!」

 

 鋭児郎の啖呵を契機に、彼らは一斉に変身銃を構えた。

 

「「「「──警察チェンジ!!」」」」

『パトライズ!警察チェンジ!』

『Xナイズ!警察、Xチェンジ!』

 

「国際警察の権限においてッ、実力を行使する──!!」

 

 そして、死闘が始まる。

 

 

 *

 

 

 

──彼らも、また。

 

「ザミーゴ……!」

 

 入り組んだ廃工場の一角で、ルパンレンジャーはザミーゴ・デルマを捕捉していた。尤もザミーゴは、こうなることを待ち望んでいたのだが。

 

「Hola!逢いたかったぜ、ルパンレッド?」

「〜〜ッ、私たちもいるんだからね!!」

「今日こそ、貴様を討つ……!」

 

 肩をすくめつつ……ザミーゴは、その姿を怪人のそれへと変えた。途端、辺りに凍てつく風が吹く。それを己が身体に受けるたび、芯が燃え滾るような熱を発するのを勝己は自覚していた。一秒でも早く、この化け物を──

 

「──殺すッ!!」

 

 一斉に射撃を開始する三人。降りそそぐ弾丸の雨を、ザミーゴはひらりと身を翻しながらかわしていく。やはり、素早い。

 ならばあらかじめ、動きを読んでしまえば良い話だ。

 

『ビクトリーストライカー!ミラクルマスカレイズ!!』

「スーパー快盗チェンジ!!」

 

 ルパンレッドの上半身が白銀の鎧に覆われる。たなびくマント。それは身体機能を底上げするのはもちろんのこと、その頭脳にルパンコレクション特有の特殊能力を与える。

 

──そう、予知能力だ。ザミーゴがどんな意表を突いた動作をしようとも、その軌道を先んじて読むことができる。

 

「死ィねぇッ!!」

 

 果たしてレッドはその予知に従い、なんの躊躇いもなくルパンマグナムの引き金を引いた。灼熱の塊が目にも止まらぬ速さで撃ち出され、

 

「!!」

 

 ザミーゴの身体に、風穴を開けた。

 

「………」

 

 やった──そう思う一方で、こんな容易くザミーゴが倒せるものかという疑念が降って湧く。既に知っているであろうこちらの手のうちに、この男がなんの対策も用意していないはずがないと。

 果たして悪い予感は的中した。そのうめき声が徐に嘲笑へと変わったかと思えば、風穴の周囲がどろりと融けるようにして傷を塞いでしまったのだ。

 

「何、今の!?」

「はははは、なんだろね」

「ッ、クソが!」

 

 やむなく銃撃を続ける快盗たちだったが、弾丸はことごとく標的の身体を貫きながら、手傷を与えられない。これまでのザミーゴなら、かわすか防ぐかはすれどこんなことはありえなかった。

 その瞬間、不意に思い至った。──まさか、

 

「見ろよ、これ」

 

 不意に背を向けるザミーゴ。それも一瞬のことで、即座にくるりとこちらに向き直った。──しかしその一瞬で、快盗たちは確かに見てしまった。その腰部に、今までにはなかった鈍色の金庫が埋め込まれているのを。

 

「てめェ、その金庫……」

「良いだろ、貰ったんだ。ルパンコレクションも一緒にね」

「なんだと……!?」

 

 ザミーゴ曰く、それは身体を液状化できるコレクションだった。つまり今の彼は、あらゆる攻撃を無力化できる──

 

「そんな……ただでさえ強いのに……」

 

 絶望的な思いがよぎるのも、無理からぬこと。──しかしどんな暗澹たる感情も、事ここに至って彼らルパンレンジャーの行動を縛ることはない。

 

「それでも……ッ、コイツはこの場で殺す!!」

 

 そして、絶対に取り戻す!あらゆるネガティブを呑み込む激情に駆られ、彼らは死闘を続ける道を選んだ。

 

 

──その一方で、ザミーゴの一挙一動を観察している者があった。ギャングラーの老いた首領、ドグラニオ・ヤーブンである。

 

「あれは、ゴーシュにやったコレクションか。ザミーゴに分けてやったんだな」

 

 彼女には両手に収まらないほどのルパンコレクションを分け与えてやった。他の構成員らには多くともふたつ三つであったし、側近だったデストラに至っては恭しくも下賜を辞退したというのに。

 

 仮にも主人から賜ったものを、その主人を真っ向から否定した者に渡してしまう。いくらなんでも不遜に過ぎる行為だと感じるのは、心が狭いと嘲われるだろうか。

 

「……ま、好きにすりゃいいさ」

 

 今となってはもう、ギャングラーという組織は滅びゆく徒花でしかないのだから。

 

 

 *

 

 

 

 パトレンジャーとゴーシュ・ル・メドゥの死闘もまた、後者の掌の中で進んでいた。

 

「フフフフ……。確かに強くなったわ、あなたたち」

 

 ひらりひらりと舞うように戦場を移ろいながら、つぶやくゴーシュ。しかし彼女は既に、ただのステイタス・ゴールドではなかった。幾度となく強化改造を施したその肉体は、最強と謳われたデストラ亡き今ギャングラーの頂点に達するものとなっている。

 しかも、彼女は配下のポーダマンを巧みに扱っていた。他のギャングラーのように一斉にけしかけるのではなく、敵が突撃を仕掛けようという瞬間に少数を横からけしかけ、その攻勢を阻むのだ。当然、ポーダマンが彼らにダメージを与えることはない。しかし一瞬の停滞こそ、ゴーシュの狙いに他ならないのだ。

 

「フフフ……──ハァッ!」

 

 ポーダマンに気を取られたパトレン1号めがけ、サブマシン腕が火を噴く。咄嗟に個性を発動させる鋭児郎だったが、完全に皮膚が変化するより先に弾丸が到達した。

 

「ぐあッ!?」

 

 警察スーツを灼かれ、吹き飛ばされる1号。2号、3号もまた同じように攻撃を受け、コンクリートの上に倒れ伏している。

 

「ぐ、う……ッ」

「こいつ……!」

 

 彼らが再び起ち上がるより早く、迫らんとするゴーシュ。その魔手が今度こそとどめを刺そうと振り上げられたところで、黄金の戦騎が疾風のように割って入った。

 

「ふ──ッ!」

 

 降りそそぐ弾丸をアクロバティックにかわしながら、接近を試みるパトレンエックス。果たしてその目論みは成功し、至近距離にまで間合いを詰めることができた。

 

「はっ!」

 

 そこですかさずXロッドを振り下ろす。ゴーシュはすんでのところでその一撃をかわしたが、当然一発で決めようなどとは思っていない。弔はパトレンエックスのスピードを活かし、とにかく手数を打って攻めたてた。

 

「流石……やるわね、エックス?」

「そりゃ、Merci──!」

 

 駄目押しに放った一撃。しかしその穂先はゴーシュに取られ、そのまま右腕を固められる。骨が軋む音がして、弔は苦痛にうめいた。

 

「ぐ……っ!」

「その強さの秘密も、このカラダの中にあるんだと思うと……フフフフっ、早く刻ませてちょうだい!」

「ッ、キモいんだよ、おまえ……!」

 

 こんな奴に、手玉に取られてなどいられない。後ろに蹴りを放ってゴーシュを引き剥がすと、彼はすかさずXチェンジャーの銃身を回転させた。

 

「快盗、チェンジ!」

 

 警察から快盗へ。黄金のボディが白銀へと変わる。そうして再度の変身を完了したパトレン改めルパンエックスは、サブマシン腕の弾丸を鎧ひとつで弾き返しながら吶喊した。

 

「コレクションをいただいて、おまえを倒すッ!」

「あら、お忘れかしら。金色の金庫を開けるにはカギがふたつ必要なんでしょう?」

 

 つまり、ダイヤルファイターを持たぬルパンエックスに解錠は不可能──ゴーシュはそう高を括っていたのだが、

 

「そいつは……どうかなァ!」

 

 ゴーシュの眼前で大地を蹴って跳躍し──頭上から必殺の奥義、スペリオルエックスを放つ。意表を突いた一撃は見事ゴーシュに命中し、彼女に地を舐めさせることに成功した。

 

「ッ、」

「"コイツ"があるんだよ、俺には!」

 

 剣を投げ捨て、その右手にとられたのは──サイクロンダイヤルファイター。ルパンレンジャーが所持していたはずのそれがエックスの手にあることに驚愕したのは、ゴーシュもパトレンジャーの面々も同じで。

 

(そうか!あいつ確か、デストラとの戦いで……)

 

 サイクロンとマジック──ふたつのダイヤルファイターを咄嗟に掴みとり、ルパンコレクションを奪還していた。もしや、片方だけはそのまま所持していたのか。むろん快盗たちとは合意の上なのだろうが──武器として使用することのないエックスがそのまま持つことはないだろうという先入観が、彼らにはあった。

 

 そうしてエックスは晒された背中の金庫めがけ、バックルとサイクロンを同時に押しつける。

 

『1・8・7・6・2──3!』

 

──解錠、成功。仕舞い込まれたコレクションを掴みとり、咄嗟に飛び退く。

 

「"Gueris le monde"……返してもらうぜ」

 

 残るは幾度となく死したギャングラーを巨大化復活させてきた、"Gros calibre(大きくなれ)"。これを奪還し、ゴーシュを倒せば、いよいよギャングラーの壊滅も視野に入る──

 

 なまじ頭の回転が速いだけあって瞬時にそこまで考えた弔に対し、立ち上がったゴーシュは──

 

「フフフフ……、アハハハハっ!」

 

──笑っていた。

 

「……何がおかしい?」

「何って、感心してるのよ。せっかくのルパンコレクション、見事に盗られちゃった。素晴らしい手際だわ」

「………」

 

 何かが、おかしい。ゴーシュの態度に弔は違和感を覚えたけれど、もはや後の祭りだった。

 

「なら、新しい玩具を試してみましょう」

 

 軽々しい口調でそう言い放つと、ゴーシュは懐からナイフのようなオブジェクトを取り出した。その形状に、弔は見覚えがあって。

 

「!、おまえ、それ──」

「フフ……」

 

 "それ"が背中の金庫に仕舞い込まれた途端、ゴーシュの右腕が音をたててそのかたちを変えた。指と指とが融けてその境界線を失い、鋭く尖り伸びていく。──その形状はまさしく、巨大なナイフそのものだった。

 

「受けてみなさい、──はぁッ!」

 

 ナイフと化した腕が振り下ろされる。その余波で発せられた疾風は鎌鼬となり、獲物めがけて襲いかかった。

 

「──ぐあぁッ!?」

 

 身構えるエックス。しかしそれは焼け石に水でしかない。白銀の鎧が容易くも切り裂かれ、その身は後方へ弾き飛ばされる。──形成逆転、今度は彼が地に伏せることとなってしまった。

 

「ぐ、う……ッ」

「どう?私の三つめのお宝の力!」

「ッ、"Coupe le gâteau"まで持ってたのか……!」

「私のためにあるようなコレクションでしょう?ボスったら、もっと早く下さっても良かったのに」

 

 いずれにせよ、これを手にした──文字通りの意味で──ゴーシュの目的ははっきりしている。何もかもを、切って切って切り刻みまくること。

 

「ンなモン……俺らがへし折ってやるッ!!」

 

 敗けてたまるか。世界を、人々を守るために。

 ただその意志のもとにパトレンジャーは立ち上がり、再び目の前の化け物に立ち向かっていく。

 

 

 *

 

 

 

 敗けて、たまるか。

 

「うおらぁアアア──ッ!!」

 

 ルパンレンジャーもまた、それぞれの願いのため仇敵と死闘を演じていた。

 

「ハハハハ、ハハハハハッ!!」

 

 心底愉しそうに笑い声をあげながら、氷の銃を乱射するザミーゴ。なんの狙いもつけない粗雑な射撃だが、掠るだけで標的は氷像と化し、ザミーゴしか知らぬ何処かへ飛ばされるのだ。

 

「ッ!」

 

 対する快盗たち。シザー&ブレードで武装したルパンブルーが盾で氷結を受け止め、その背後からイエローがマジックアロ──ー弔との合意で、マジックは彼女らに返還された──で反撃する。しかしザミーゴのほうは、回避行動をとるそぶりも見せない。

 その必要がないからだ。ゴーシュから譲り受けたルパンコレクション──"Évade-toi de I’autre côté(突き抜けろ)"の力により彼の肉体は液状化し、あらゆる攻撃が文字通り"突き抜けて"しまうのだから。

 

「ダメ……っ、全然効かない!」

「ッ、このままでは……!」

 

 あきらめることなどできない。しかし絶望という病は少しずつ牙を剥く。それが肉体へも伝播しかけたそのとき、

 

「──貸せ!!」

「!」

 

 ブルーからシザーの盾を奪い取り、スーパールパンレッドが前面に躍り出た。そしてその力で、ザミーゴの動きを再び予知する。

 

「な、何するつもりなん……予知したって──」

「……ここは奴に従おう」

 

 そう──爆豪勝己という少年の突破力は、ときに元トップヒーローであった自分すら上回るのだから。

 

 果たしてザミーゴは、彼の予知通りに動いた。とはいえ能力を使うまでもなく予測しうる、氷銃を乱射するだけの至極単純な戦法。対するスーパールパンレッドはジェットタービンを噴射し、盾で氷弾を防ぎながら縦横無尽に戦場を舞う。

 

「目眩ましのつもりか?」

「どうか、なァッ!」

 

 言うが早いか勢い込んで飛び上がり、ルパンマグナムを乱射する。ザミーゴの視線が上を向いたところで、ブルーがブレードブーメランを投げつけた。

 

「おいおい、だから無駄だってば」

「は、」

 

 わかっている──だから、狙いは別にあった。

 

「──とぉりゃあぁぁぁッ!!」

「!」

 

 はっと振り向いたザミーゴが見たのは、スライディングで地面を滑りながら迫るルパンイエローの姿。そう、ザミーゴの言葉は、ある意味で正鵠を射ていた。

 

「お宝は──」

「──我々が貰うッ!!」

 

 手が届くまで、あと数センチ──

 

「ハハッ……さっすがぁ」

 

 ザミーゴの銃が、ルパンレッド──の、背後の建物を撃った。

 

「!?」

 

 弾丸の直撃を受けた壁面が粉々に砕け散る。それは瓦礫となってレッドに直撃し……もろとも、崩落した。

 

「レッド──きゃあッ!?」

 

 その光景に気を取られたイエローが、次の瞬間殴り飛ばされる。果たして快盗たちの目論みは、失敗に終わってしまった──

 

「ひゅう♪ま、今日はここまでか。また次のチャレンジを待ってるぜ?」

 

「アディオス」──そう言い残し、ザミーゴは氷像と化して消えた。レッドが瓦礫を撥ね飛ばして飛び出したときにはもう、その姿は影も形もなくて。

 

「ッ、今度こそ……全部終わるって思ったのに……!」

「ようやく……取り戻せると……!」

 

 それが一方的に遊ばれ、一矢報いることさえかなわなかった。──敗けたのだ、自分たちは。

 

 

「──クッソぉおおおおおおおッ!!」

 

 

 慟哭の日々に、終わりは見えない。

 

 



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#47 生け贄 3/3

ヒロアカ×ゼンカイジャー?

ある日突然個性が消えたヒロアカ世界の数年後、かつてヒーローに憧れていた少年と元ヒーローたちが異世界から来た悪の帝国の侵略に立ち向かうため、戦隊を結成する!

メンバー:デク、エンデヴァー、ホークス、マウントレディ、インゲニウム(兄)

……という一発ネタ。別にゼンカイジャーじゃなくても良くねと言われればそれまで





 "Coupe le gâteau(ケーキ入刀)"をその身に宿したことで、ゴーシュ・ル・メドゥはさらなる猛威を振るっていた。四人がかりで挑みかかるパトレンジャーとルパンエックスが、まるで児戯のように弄ばれている。

 

「フフフフっ、アハハハハ!!」

「ッ、ぐうぅ……!」

 

──駄目だ、このままでは歯が立たない。

 

「死柄木っ、サイレンストライカーを──」

「!」

 

 スーパーパトレン1号の火力で、一気に畳み掛けるしかない。相性の良し悪しなどもはや二の次だ。

 しかし、

 

「させるワケ、ないでしょうっ!」

 

 巨大ナイフの一撃が、ルパンエックスの鎧を抉った。

 

「ぐあ……ッ!?」

「死柄木!?」

 

 敵の強化を未然に防ぐや、ゴーシュの視線はパトレンジャー……否、その背後に向けられて。

 

「ふっ、ハア──!」

 

 サブマシン腕の一撃が──ビルを捉えた。弾丸によってその壁面に風穴が開き、窓ガラスが粉々に粉砕される。

 

「なっ……!?」

「貴様、何を──」

「わからない?あなたたちがあんまり不甲斐ないと、周りのモノぜ〜んぶ、壊しちゃうわよ?」

「……!」

 

 モノ──そしてその周囲にいる、大勢の人々も。

 

「──ざけんなあぁぁッ!!」

 

 憤激するパトレン1号が、それを止めにかかる。全身を限界まで硬化させ、サブマシン腕とナイフの猛攻を受け止める。

 

「ぐ、があぁぁ……ッ!」

「あらぁ……硬いのね。どこまで耐えられるかしら?」

 

 既に警察スーツは大きく破損し、原型をとどめていない。それでも彼が踏ん張っているのは、ひとえに個性の……"烈怒頼雄斗 安無嶺過武瑠(レッドライオット・アンブレイカブル)"の力に他ならない。

 しかし、いかにプロヒーローのそれといえども……ギャングラーの本気には、敵わない。まして、ステイタス・ゴールドが相手では。

 

「──ぐぁああああッ!?」

 

 ついに限界を迎え、鋭児郎は吹き飛ばされた。当然変身は解け、傷だらけの全身を晒して。

 

「アハハハっ!」

 

 高笑いを続けながら、ゴーシュはすぐに別方向のビルへと照準を移した。放たれる剣波──それを、

 

「させるか!!──ぐああッ!?」

 

 鋭児郎と同じく個性を発動させ、超速で割って入ったパトレン2号が浴びた。しかし彼の個性では、己の身体を肉壁とするしかなくて。

 結局、彼もまた変身が解けた状態で地面に転がった。脹脛からは大量の血が滲んでいる。──永遠に癒えぬ、愚行の代償。

 

「飯田……!──ッ、だったら!」

 

 ゴーシュの注意が鋭児郎や天哉に向いているうちにと、3号は先制攻撃を仕掛けた。ある程度まで距離を詰めたところで、両耳のイヤホンジャックを標的の身体に付着させる。

 

「?」

「ウチの心音、──喰らえええッ!!」

 

 イヤホンジャックを通じて、響香の心音が何十倍にも増幅されてゴーシュに流れ込む。それは耳を劈くような凄まじい轟音となっていた。常人はもちろんのこと、丈夫だが感覚も鋭いギャングラーに対して数少ない有効打たりえる個性。

 

(これで、せめて動きだけでも……!)

 

 そんな響香の思惑をよそに、

 

「あらぁ……心地いい音楽じゃない?フフフフっ」

「な……!?」

 

 まったく効いていない!?──動揺する彼女もまた、次の瞬間には地を舐めていた。

 

「ぐ、ううう……ッ!」

「パトレンジャー、全滅ね」

「──まだ俺がいるだろうがぁ!!」

 

 喉を震わせながら、ルパンエックスが突撃する。そこには策も何もない、ただこの化け物を止めなければという一心で挑みかかったのだ。

 

 無為無策の攻撃が、通用するはずもない。

 

「アハハハハっ、あなたは"エックス"でしょう!?快盗にも警察にもなりきれない半端者の名無しちゃん!」

「黙れ……!」

「でも仕方がないわよねえ、生まれからしてそうなんだから!」

「何──がぁッ!?」

 

 "ケーキ入刀"がXロッドソードを一刀の下に切断し、同時に鎧までもを破壊する。もはやルパンエックスの強みは失われてしまったが、今さら警察チェンジをする余裕もなくて。

 

「ぐ、うう……──ああああああッ!!」

 

 意味のない絶叫とともに、エックスはボロボロの身体を引きずって最後の特攻に打って出た。その拳は──届くことすらなく。

 

 次の瞬間、ナイフがエックスの腹部を貫いていた。

 

「が……!?ああ……ッ」

「ハイ、おしまい」

 

 激痛に視界は明滅し、四肢のコントロールが失われる。そうして弔もまた……敗北した。

 

「ッ、………!」

「フフフフ……!」

 

 勝利を確信し、嗤うゴーシュ。いや……確信ではない。確定だ。傷ついた四人の誰ひとり、起ち上がることさえできないのだから。

 その中にあって弔は、絶望的な無力感に囚われていた。──コレクションを盗ることも、街の被害を止めることもできない自分。

 

(爆豪くん……皆、)

 

──サイクロン(それ)はてめェに預けとく。

 

──……いいの?

 

──我々がいないときにステイタス・ゴールドに遭遇したとき、金庫が開けられないでは困るだろう。

 

──だから、頼むね。死柄木さん!

 

 サイクロンダイヤルファイターを託されたときの、快盗たちとの会話。頼むと、そう言われたのに。

 

「ごめん……皆、俺には……何も……!」

 

 もはや、自分にできることは──

 

 

「これで、何もかも刻み放題ね……」

 

 周囲一面を見回しながら、言い放つゴーシュ。誇張でなく、彼女にはすべてがモルモットと映っているのだろう。次の瞬間には……その刃が何を捉えたとしても、不思議ではなくて。

 

「さあ、誰からいこうかしら?身体が岩みたいに硬くなるパトレン1号?それとも脚からエンジン噴かして走る2号?素敵な心音聴かせてくれた3号も捨てがたいわねぇ……フフフフ」

「──!」

 

 次の瞬間……ゴーシュとパトレンジャーとの間に、"彼"が割って入っていた。

 

「……!」

「死柄、木……!?」

 

 弔の背中は、パトレンジャーの面々に向けられていて。だから鋭児郎たちには見えなかったけれど──彼は、笑みすら浮かべてゴーシュと対峙していた。

 

「目移りしてんなよ……。おまえが切り刻みたいのは、俺だろ?」

「!、死柄木おまえ……!」

 

「自分が犠牲になる気か」──そう問われて、弔は視線を一瞬背後へと向けた。血管をそのまま透かしたような紅い瞳が、逢魔ヶ刻のように今まさに昏く落ちようとしている。鋭児郎は思わず、息を呑んだ。

 

「人間を守るために、自分が生け贄になろうって言うの?」

「ははっ……ヒーローみたいなこと言ってるよなァ、俺」

 

 他人のために己の命を差し出すなんて、ただの偽善だと思っていた。膝を抱えて泣いていた志村転弧という子供には、手を差し伸べるどころか気づいてもくれなかったくせに、と。

 でも、そうしてずっと忌み嫌っていたヒーローたちの想いが、今ならわかる。

 

 彼らはただ、大切なもの……守りたいと思うものの範疇が、常人より少しばかり広いだけなのだろう。だから目の前で傷つく命を放っておけない、黙って見ていられないんだ。それは正義と呼ぶにはすこし大仰な、もっと純粋でシンプルな想い。──今ここにいる自分と、何も変わらない。

 

(誰も完璧じゃない。……ほんとうは、わかってたんだ)

 

 だから──こんなことでしか、大事なもの(ひと)を守れない。

 

「構わないわよ。あなたを切り刻めるのなら、そんな雑魚」

「……話が早くて助かるよ」

「──駄目だ死柄木!!」

 

 背後でそう叫んだのは、いつの間にか立ち上がっていた鋭児郎だった。天哉、響香もまた、それに続いて身を起こそうとしている。

 

「おめェを見殺しにするなんて漢らしくねえこと、できるワケねえだろ!?」

「切島くんの言う通りだ……!俺たちはまだ戦える!」

「あんたがいなくなったら、ウチらが困るんだよ……!」

「………」

 

「──ありがとう、皆」

 

 静かな……それでいて心のこもった感謝の言葉に、三人は思わず息を呑んだ。

 

「……切島くん。きみが俺のことダチだって言ったとき、ホントは俺、涙が出るくらいにうれしかったんだ」

「……!」

「飯田くんに、耳郎さんも。あいつの言う通り半端者の俺を、仲間だと認めてくれた。……このクソったれな世界を、俺、きみらのおかげでちょっとは好きになれた」

 

「だからさ……守ろうぜ」

 

 そう告げて──弔は、己の手の中にあったモノすべてを鋭児郎たちに渡した。回収したルパンコレクション、Xチェンジャー、エックストレインズにサイクロンダイヤルファイター、トリガーマシンスプラッシュ……そして、サイレンストライカーも。弔の足掻いてきた証たるそれらは、独りで抱え込むにはずしりと重くて。

 

「じゃあ……Adieu」

「死柄木……!」

 

「行くな、死柄木……!」

 

 鋭児郎の縋るような声に……一瞬、躊躇が生まれる。──思い出したのだ、敬愛する"先生"の遺した、最後の言葉を。

 

──きみは、生きなさい。僕の、きみが手にかけた家族のぶんまで、精一杯生きなさい。ただひとつ、それだけ約束してくれるなら、きみを僕の後継者と認め、新たな名前を贈ろう。

 

(ごめん、先生。……やっぱり俺、先生みたいにはなれないや)

 

「お別れは済んだかしら?」

「!」

 

 ゴーシュの上半身を覆う骨の意匠が鎖のように伸びてきて、弔の身体をその手中に引きずり込んだ。

 

「代わりに、あなたたちには"これ"をあげる」

 

 言うが早いか、ゴーシュは空中めがけて何かを投げつけた。それは巨人の姿をした怪物となり、天地に響き渡るような雄叫びをあげる。

 

「あれは、ゴーラム……!?」

「デストラの形見よ。フフフ……それじゃあね」

「待、──」

 

 もはや止めるすべもなく、ゴーシュは弔を連れて姿を消した。

 

「ッ、……死柄木……ッ」

「……切島、今は──」

「わかってる……!」

 

──世界を、守る。弔との約束を、たがえるわけにはいかなかった。

 

『グッドストライカーぶらっと参上〜!……あれ、トムラは?』

「……話はあとだ。行くぜ、グッドストライカー」

『?、よくわかんないけど……わかったぜ!』

 

 今、弔が拉致されたことを知れば、グッドストライカーは少なからず動揺するだろう。残酷だと思いつつも、今は心おきなく戦ってもらうより他になく。

 

──警察、ガッタイム。

 

 トリガーマシンと合体を遂げ、グッドストライカーはパトカイザーとなってゴーラムと対峙する。

 

『喰らえィ!』

 

 先制攻撃とばかりに、トリガーキャノンを連射する。そうして相手が怯んだところで躊躇なく肉薄し、トリガーロッドをその腹部に突き立てた。

 

「!!」

 

 一、二歩と後退するゴーラムだったが、与えられたダメージはその程度だった。反撃に腕から直接飛び出す砲弾が襲いかかる。

 

「ッ、この──!」

 

 負けじとゼロ距離でトリガーキャノンを叩き込む。互いに火花を散らしながら距離をとる──と、ゴーラムが予想だにしない動きを見せた。

 跳躍するや否や、その身を上下に高速回転させはじめたのだ。

 

「なっ──うわあぁぁッ!?」

 

 岩石の塊と化した怪物の一撃を受け、コックピットは大きく揺さぶられた。致命傷とは言わずとも、強烈な一撃であることに違いはなくて。

 

「ッ、前のゴーラムより強ぇ……!」

「もしかして、こいつもゴーシュに改造されたか……!」

「だとしても──!」

 

 こんな木偶人形に、かかずらってなどいられない。

 

「死柄木……また、借りるぜ」

 

 サイレンストライカーを取り出す──と、グッドストライカーが素っ頓狂な声を発した。

 

『えぇっ、なんでオマエがそれ持ってんだぁ?トムラは──』

「……サイレンパトカイザーで行く!」

 

 内心でグッドストライカーに謝罪しつつ、サイレンストライカーを装填する1号。2号、3号もまたクレーンとスプラッシュを出撃させる。

 

『位置について……用意!──出、動ーン!』

『勇・猛・果・敢!』

『伸・縮・自・在!』

『激・流・滅・火!』

 

 グッドストライカーという土台からすべてが分離し、入れ替わりにサイレンストライカーを中心とした一団が合体する。下半身を除き、先ほどまでとは大きく様変わりした姿。──当然、その力も。

 

「「「完成!──サイレンパトカイザー!!」」」

 

 意思のないゴーラムは動じることもなく、再びあの回転攻撃を仕掛けてくる。だが、サイレンパトカイザーを前にしてはそんなもの、恐るるに足りはしない。

 

「うぉらぁッ!!」

 

 クレーンが伸長し、ゴーラムと激突する。一瞬の拮抗ののち、弾き飛ばされたのは怪物のほうだった。サイレンパトカイザーが圧倒的な力をもっていることなど、最初からわかりきったこと。

 怪物はそのまま地面に墜落した。──好機は、逃さない。

 

「一気に決める!!」

 

 それは誰が口にせずとも一致した意見だった。一斉に立ち上がり、VSチェンジャーを構える三人。サイレンパトカイザーの主砲にエネルギーが充填されていく。

 

「「「パトカイザー、サイレンストライクっ!!」」」

 

 そして、放たれた。

 膨大なエネルギーの奔流は一瞬にしてゴーラムを呑み込み、断末魔をあげる間もなくその身を削りとっていく。行き場をなくしたエネルギーがついには大爆発を起こし、ゴーラムは完全に消滅した。

 

「ッ、………」

 

 勝利──しかし、誰ひとりとして任務完了とは口にしない。事情を知らないグッドストライカーにしてみれば、異様な空気に他ならなかった。

 

『……なあ、どうなってんだ?トムラは?サイレンストライカー預けて、どこ行っちまったんだ?』

「………」

 

「……ごめん、グッドストライカー……」

『え……?』

 

 謝罪の言葉。当然それだけでは足りず、鋭児郎たちはすべてを説明するよりほかになかった。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、ギャングラーたちの棲む異世界……その中心にある、ひときわ大きな屋敷。

 ゴーシュの手により、弔はその主の前に跪かされていた。

 

「ご覧ください、ボス。私の新しい獲物です」

「ほう……エックスじゃねえか」

「……ッ、」

 

 忘れえぬ黄金の鬼人を前に、弔はぎりりと歯を食いしばった。──ドグラニオ・ヤーブン。ギャングラーの首領で、あの日弔から大切な人を奪った、憎むべき仇敵。

 然して彼は、ギャングラーの中でも唯一無二の姿をしていた。

 

「ステイタス・ゴールド──フィジカル・プロテクト……!」

 

 金庫を覆う無数の鎖が、舌なめずりするように音をたてた。

 

 

 à suivre……

 

 





「ちゃんと見せてくれよ、快盗」
「駄目だ!俺のことはいい!」

 次回「崩壊」

「……俺たちが、世間を騒がす快盗だ」


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#48 崩壊 1/3

 世界を、仲間を守るため、自身を生け贄として差し出した死柄木弔。

 

 異世界に連れ去られた彼の前に現れたのは、"先生"の仇たる黄金の鬼人だった──

 

 

「──ご覧ください、ボス。私の新しい獲物です」

「ほう、エックスじゃねえか。ゴーシュからハナシ聞いて、一度会ってみたいと思ってたが……ハハハっ、なかなか良い面構えしてんじゃねえか」

 

 不気味に光る碧眼が間近に迫る。その冷たい威圧感に皮膚が粟立つのを自覚しながらも、弔は負けじと睨み返した。

 

「……ひとつ答えろ、ドグラニオ・ヤーブン」

「おう。あの世への手土産だ、なんでも答えてやる」

 

 鷹揚な態度は、それだけ見ればどこにでもいるきっぷの良い老人のようだった。

 

「おまえは人間界で先生……アルセーヌを殺し、ルパンコレクションを奪った。──何が目的なんだ?」

「目的?」鼻を鳴らして、「面白そうなものがあった、だから手に入れた。他に理由がいるか?」

「何……!」

 

 そんなことで、"先生"は──激昂しかかる弔だったが、ドグラニオが続いて語ったのは予想だにしない事実だった。

 

「──()()()が教えてくれたんだ。ルパンコレクションの力を使って、人間だてらに俺に歯向かってきた。……ま、結局は俺がいただいたがな」

「……あの女?」

「名前はなんて言ったかな。確か、あの金髪のガキに"お師匠"とか呼ばれてたのは覚えてるんだが……ははは、耄碌するとこれだからいけないな」

「……!」

 

 金髪の少年、お師匠──女。その瞬間、弔の脳裏をよぎるひとつの名前。

 

「……志村、菜奈」

「!、おお、そうだった。おまえ、よく知って──」

 

 ドグラニオが言い切らないうちに、弔は彼に飛びかからんとしていた。尤も次の瞬間には、ゴーシュの鎖が発する電流によってその場に倒されてしまったのだが。

 

「ッ、ぐ……」

「おいおい……いきなりどうした?」

 

 見下ろす視線と、薄れゆく意識に抗い──弔は、憎悪のこもった瞳をドグラニオに向けた。

 

「おまえが……!おまえさえ俺たちの世界に現れなければ!お父さんが苦しむことはなかった!!俺が……俺たち家族が、滅茶苦茶になることだってなかったんだ!!それを……!」

「……そうか。おまえ、つくづく俺たちに縁があるらしいな。──ゴーシュ、」

「?」

「解体しちまうのも良いが、どうせならもっと愉しもうじゃねえか。なぁ──エックス?」

 

 ドグラニオの瞳が、残忍な光を放った。

 

 

 *

 

 

 

 弔の危機を未だ知らぬ快盗たちは、ジュレにこもって今後の方策を練っていた。

 

「チッ……ザミーゴの野郎、クソ面倒臭ぇコレクション手に入れやがって」

 

 時間を置いて気を取り直した爆豪勝己が、忌々しげにつぶやく。あきらめるという選択肢が存在しえない以上、ザミーゴのことは難題でしかない。良くも悪くも。

 

「倒すにも金庫を開けるにも、あの能力は厄介だ。ただ、希望がないわけではない」

「……おー」

 

 ルパンイエローが不意打ちで金庫に触れようかというとき、ザミーゴは咄嗟に建物を撃って瓦礫を崩落させた。イエローの気を逸らし、その隙を突いて投げ飛ばす──そうした一連の行動から、ひとつの解が見えてくる。

 

「奴は金庫までは液状化できねえ。あるいは、一定以上の質量があるものは受け止めきれねえ……っつーとこか」

「どちらにせよ、そこに我々の勝機がある。──お茶子、」

「!」

 

 たった今我に返ったように振り向いたお茶子に、勝己は強烈なデコピンをお見舞いした。

 

「!?、い゛ッ、だあぁぁぁぁ……!!」

「てめェ、ハナシ聞いてなかったろ」

「き、聞いとったよ!聞いとったけど、その……」

 

 赤くなった額を押さえつつ、再び窓の外を見遣るお茶子。外に人通りはない。いたって静かなものだ。それゆえにかえって、男たちは彼女が何を待っているのか想像しえたのだけれども。

 

「……いっそ今すぐにでも、ここを引き払うべきかもしれんな」

「!、え……」

 

 「そんな」と、口の中でつぶやくお茶子。もはや正体の露呈は時間の問題。ならば先んじてというのは、理には適っている。

 

「お茶子。警察と親しくすることと正体を隠すことを、これ以上両立するのは──」

「──わかってるよ!わかってるけど!……好きに、なっちゃったんやもん。ここでの暮らしが……」

 

「デクくんとショートくん取り戻して、私たちは三人でお店続けて。飯田さんたちも今まで通り常連で……そんなふうになればいいなって。そう思うの、おかしいかな?私、やっぱり快盗として間違って──」

「──うるせえよ」

 

 勝己の静かだがよく通る声が、お茶子の言葉を跳ねのけた。

 

「てめェがクソノーテンキでアッパラパーな丸顔だっつーことはよぉく知っとるわ。どんだけ一緒にいると思ってんだ」

「……爆豪くん、」

「そーいうクソほども快盗らしくねえヤツが、ここをそーいう場所に変えたんだろうが」

「……!」

 

 そっぽを向いたままの勝己の言葉は、何も知らない人間が聞けば冷たく響いたことだろう。でも彼の言う通り、十代半ばの青い日々を彼らは命を預けあって過ごした。だから今ならわかる。彼がほんとうは不器用で、どうしようもなく情を捨てられない少年なのだと。

 

 一寸先の未来も見えない中で、かすかな安寧を享受する快盗たち。しかしそれさえも、もはや刹那の泡沫でしかなかった。

 

『たーいへーんだぁ〜!!?』

「!」

 

 いきなり扉を開けて飛び込んできたのは、ヒトではなかった。

 

「グッディ……どうしたん?」

 

 漆黒の翼が慌てた様子で店内を飛び回る。いつもなら「うるせえ!!」と勝己が一喝するところだが、今日ばかりは明らかに尋常な様子でないことが伝わってくる。

 そして、

 

『トムラが!トムラがゴーシュに刻まれちゃう〜!!』

「……!?」

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、いったんタクティクス・ルームに戻った警察たちは重苦しい空気に包まれていた。

 

「死柄木……ッ」

 

 デスクに突っ伏すような姿勢で、己の拳を見下ろす切島鋭児郎。誰が見てもこれ以上はないくらいに憔悴している姿。

 

「……切島くん、きみたちは全力でやった。それでも届かなかった。自分を責めたところで、その現実は変わらない」

「……わかってます!わかってますけど──ッ、」

 

「ちくしょう」──悔恨や無力感をことごとく吐き出すようなつぶやきは、彼を窘める塚内管理官も理解するところだった。仲間の自己犠牲により、自分たちだけが助かった……実情はどうあれ、結果はそうとしか言いようがないのだ。

 

「死柄木捜査官は人々を守るため、信念をもって集めたコレクションを我々に託し、命をかけた。──必ず、救出する」

 

 言うまでもないことだが、塚内は警察戦隊の方針としてそう言明した。

 問題は、その方法である。弔がどこに連れ去られたか。手がかりはないけれど、きっとギャングラーの本拠たるかの常夜の世界だという確信があった。

 

『またギャングラーが現れるのを待って、異世界に乗り込みますか?現在、これまでのゴーシュの行動パターンを分析していますが……』

「……死柄木くんに手を出す前に、奴はこちらに現れるだろうか?」

「微妙なとこだね……」

「………」

 

「快盗はこのこと、知ってんのかな……」

 

 室内に一瞬、水を打ったような沈黙が広がる。快盗──つまり、爆豪勝己らジュレの面々。今となってはもはや、そのイコールは覆しがたいものとなりつつあった。

 

「……快盗の正体が何者であれ、早晩グッドストライカーから伝わるだろう。彼らも死柄木くんの救出を目的として動くなら、協力は可能だと思うが」

「飯田、あんた──」

 

「まだ、疑いたくないか」──響香がそう問いかけようとしたときだった。

 

『!、電波が何者かにジャックされています!』

 

 にわかに発せられたジム・カーターの切羽詰まった声に、室内の空気が緊迫したものとなる。

 そして、時を置かずモニターが異形の怪物を映し出した。

 

『──ハァイ、人間の皆さん』

「ゴーシュ……!?」

 

 それは今まさに行方を捜していた、ゴーシュ・ル・メドゥだった。容貌に似合わぬ愛らしい女性の声で、彼女は身の毛もよだつような言葉を紡ぎ続ける。

 

『退屈な毎日を過ごす皆さんにギャングラープレゼンツ、楽しい楽しい解体ショーのお知らせよ』

 

 まさか──警察も快盗も同じ思考に達した刹那、モニターにひとりの青年が映し出される。白髪を無造作に伸ばした彼は、ぐったりと項垂れた状態で磔にされていた。

 

『獲物はこの人間。あるときは国際警察のパトレンエックス、またあるときは快盗ルパンエックス。──この人間の身体の中がどうなってるか、見たいと思わない?ウフフフ……!』

 

『本日正午、この聖マルコ教会から解体の模様を生中継するわ。皆さん、どうぞお楽しみに……』

 

 心底愉しそうに捲し立て、ゴーシュの電波ジャックは断たれた。彼女はもはや、弔を切り刻むこと以外頭にないように見えて。

 

「……つまり、公開処刑の宣言というわけか」

「ッ、どんだけ悪趣味なんだ、あの女……!」

 

 スマートフォンをポケットにしまい込み、忌々しげに吐き捨てる勝己。ただ、悪いことばかりではない。ゴーシュの言葉に嘘がないなら、弔を救けに行くことはできる。

 

『みんな頼む!トムラを救けてくれ〜!!』

 

 グッドストライカーの懇願。「もちろんさ!」とふたつ返事で応じようとしたお茶子の声は、第五の人物によって遮断された。

 

「許可できません」

「!?、──黒霧さん……!」

 

 常に神出鬼没、かつ飄々としたこの執事の言葉は、いつになく重々しい響きをもっていて。

 

「どういうこと!?許可できんって──」

「死柄木弔を見捨てろということです。これはゴーシュの罠である可能性が高い」

「……死柄木にはサイクロンダイヤルファイターを預けている。他にも奴は、複数のコレクションを──」

「死柄木弔の所持していたコレクションは、国際警察の手に渡ったようです。……ですから、皆さんが危険を冒す必要はありません」

『黒霧ィイイイ!!』

 

 これに喰ってかかったのは他でもない、グッドストライカーだった。

 

『この冷血ニンゲン、最低野郎のコンコンチキ!!元々ヤなヤツだと思ってたけどっ、見損なったよバカヤロー!!!』

「ッ、──他でもない彼自身の願いのためだっ!!私が転弧様を、好きで切り捨てると思うのか!?」

 

 負けじと激した姿は、快盗たちにとっても初めて目の当たりにするものだった。黒い靄が激しく揺らめき、人の頭を象ったシルエットが覗く。既視感を覚えたのはお茶子だった。あれっと思って目を凝らすが、次の瞬間にはもう元通りになっていた。

 

「……失敬。とにかく今度のことは、死柄木弔も覚悟のうえです。皆さんもどうか、弁えていただくよう──」

「………」

 

 

 一方で──警察戦隊の面々は、なんの憚りもなく出撃しようとしていた。

 

「っし……!耳郎、飯田、準備いいか?」

「ああ」

「万端だとも!」

 

 VSチェンジャーをホルスターに仕舞い、三人揃って上司の前に並び立つ。あとは、彼の命令ひとつ。

 静かに頷いた塚内は、やおら立ち上がり──

 

「──パトレンジャー、出動!」

「「「了解!!」」」

 

 

 出動していく部下たちの背中。一年前、出逢った頃より心なしか逞しくなったそれらを、今まで何度見送っただろう。

 

(みんな……必ず無事で、帰ってきてくれ)

 

 そうして()()が、変わらぬ笑顔を見せてくれたら。今この瞬間、それだけが塚内直正の願いだった。

 

 



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#48 崩壊 2/3

いよいよ、この時が来てしまった


 

 鬱蒼とした森の片隅に建つ、古びた教会。訪れる者も皆無となって久しいこの場所は、今や残忍なギャングラーによって占拠されていた。

 

「フフフ……」

「……ッ、」

 

 "何か"を待ち受け、意味深に嗤うゴーシュ・ル・メドゥ。その傍らにて、磔にされたままの死柄木弔は彼女──そして彼女の主を忌々しげに睨みつけることしかできない。このあとに何が起こるか察しがついていて、だからこそ彼は焦っていた。早く自力で脱出しなければ。しかしこの状況では、脱出できたとて──

 

 

──直後、ついに恐れていたことが起こった。

 

「動くなッ、国際警察だ!!」

「……!」

 

 唯一開放されたままの正面から、堂々と突入してきた国際警察の面々。その勇ましい口上に真っ先に反応したのは、安楽椅子に腰掛けた黄金の鬼人だった。

 

「よく来たな警察ども。おめでとう、お前らが先着だ」

「!、ドグラニオ・ヤーブン……!」

 

 ギャングラーの中では比較的小柄な身体。しかしそこから発せられる凄まじい威圧感は、鋭児郎たちに本能的な恐怖というものを味わわせた。今にも取って喰われそうな悪寒に、冷たい汗が頬を流れる。

 

「ッ、このヒーロー馬鹿ども!何のために俺が──ぐぁッ!?」

 

 警察の面々を突き放そうとする弔の言葉は、ゴーシュの打擲により中断された。そうして"餌"を黙らせた狂った獣は、目鼻のない顔をもうひとつの獲物に向けて嗤った。

 

「ウフフ……ちょっと早いけど、始めるとしましょうか」

「!」

 

 三人の周囲を、潜んでいたポーダマンの群れが取り囲む。それが"ショー"開始の合図だった。

 

「正義の警察は、果たしてみじめなエックスを救い出せるかしら?」

「決まってンだろ!!」ポーダマンを叩きのめしつつ、鋭児郎が叫ぶ。「絶ッ対、救ける……!──飯田、耳郎ッ!!」

「うむ!」

「ああ……!」

 

「「「──警察チェンジ!!」」」

 

『1号!』──鋭児郎が、

『2号!』──天哉が、

『3号!』──響香が、

 

『パトライズ!警察チェンジ!』

 

 VSチェンジャーとトリガーマシンの力を借りて、変身を遂げた。

 

「邪魔だぁぁぁ!!」

 

 激する彼らの拳が、銃弾が、行く手を阻むポーダマンをぶちのめし、吹き飛ばし、薙ぎ倒していく。その光景は余すところなく中継され、快盗の後塵を拝するとみられてきた警察の実力を全世界に知らしめていく。

 

「ほう……やるじゃあないか。ポーダマンではもう、敵にならないようだな」

「ええ。でも、"これ"ならどうかしら……ウフフ」

 

 早くもゴーシュが動き出す。戦陣の中に切り込んでいくや、ポーダマンもろともサブマシン腕の雨あられを浴びせかける。

 

「ッ!」

 

 仲間ふたりを庇い、"硬化"を発動させる1号。ゴーシュの攻撃が終わらないうちに、早くも彼は動いた。巌のごとき拳を振り上げ、がむしゃらに殴りかかっていく。そんな彼の猛撃を、守られた仲間たちも全力で支援する。VSチェンジャーやパトメガボーを振るい、あらん限りの力で。

 

──それでもなお及ばぬほど、今のゴーシュは強敵だった。ルパンコレクション"ケーキ入刀"の力を使い、右手を巨大なナイフに変形させる。成人ほどの長大さを誇るそれは、さもありながら重量はほとんどない。元の手と同じように扱うことができる──魔術の産物ゆえ。

 

「ぐあぁッ!?」

 

 硬化がついに破れ、強化服を斬られて吹き飛ばされる1号。追撃しようとしたゴーシュを、2号と3号が全身全霊で阻止した。

 

「させるものかぁああッ!!」

「おまえの相手はウチらだ!!」

 

 「あらあら」と、ゴーシュは嗤う。彼女の余裕は決して崩れることがない。もはや"世界を癒そう"を失い、標的のすべてを"視る"ことはかなわないにもかかわらず。それでもなお、彼女には見えているのだ。この惰弱でしぶとく、愚かで勇敢な生き物たちがどう足掻くかが。

 

「遊びは終わりよ……ハアァッ!!」

 

 ゴーシュがおそらく初めて力のこもった叫びを発すると同時に、ナイフが鈍い光を放つ。危険を察知したパトレンジャーの面々は、咄嗟にオブジェクトを盾にしようとするが、

 

「が―───」

 

 それは、視界が明滅するほどの衝撃だった。パトレンジャーは紙のように吹き飛ばされ、床に叩きつけられていく。ボロボロになった警察スーツは耐久力の限界を迎え、あえなく変身者たちの素顔を晒してしまった。

 

「ぐ、うう……ッ」

「ッ、あ……!」

「く、そぉ……ッ!」

 

 鋭児郎たちは傷だらけになっていた。全身が苦痛を表し、言うことを聞いてくれない。目の前に憎むべき仇敵がいて、その背後には救うべき仲間がいるというのに──

 

「悪いわねぇ、私も早く切り刻みたくてウズウズしてるの。ウフフフッ」

 

 言うが早いか、ゴーシュはくるりと踵を返した。つかつかと囚われの弔に歩み寄ると──その鳩尾のあたりに、す、とナイフを押しつける。

 

「さあ、エックス。あなたの身体がどうなってるのか、刻んで、確かめてあげる」

「ッ、やめろ……!」声をあげる鋭児郎。「死柄木に……俺のダチに、これ以上汚ぇ手で触るんじゃねえ……!!」

「汚い手とは言ってくれるわね──フンっ!」

 

 振り向きもせぬまま、空いた左手が火を噴く。狙いの定まらない攻撃ゆえに直撃はしなかったけれど、着弾の余波で鋭児郎の頬がわずかに灼けた。

 

「ぐ……!」

「汚いっていうなら、エックスも同じだと思うけど?」

「何──」

 

 

「──だってこの子、人間じゃないもの」

「……!?」

「は……?」

 

 その言葉に驚愕したのはゴーシュ自身と、ドグラニオを除くすべての者たちだった。他でもない弔までもが、呆けたような表情を浮かべている。

 

「……何、言ってんだ。死柄木は、人間だ!!」

「私もそう思ってたわよ。この目で"視る"までは……ウフフフっ」

 

 "世界を癒そう"の力で弔の細胞ひとつひとつに至るまでを観察して、わかったのだ。──弔の身体には、自分たちギャングラーと近しい血が流れているのだと。

 

「でも随分と()()()()()みたいだから、私たちと百パーセント同じってワケでもないけれど」

「………」

 

 弔は、何も言わない。──言えないのだ。ゴーシュの暴露が事実である証拠はないけれど、でまかせだという保証もない。何より事実でなければ、ゴーシュがこうまで自分に固執する理由はない。

 

 不意に、黙していたドグラニオが口を開いた。

 

「──ちょうど俺が生まれた頃、つまりは千年も昔だが、俺らの世界は戦争をしていた。力を得た奴と、そうでなかった奴。夥しい血こそ流れたが、勝ったのは当然前者だった。駆逐された連中のうち数少ない生き残りは、散り散りになってどこぞへ消え去った。……ま、ここにこうしてその末裔がいるんだ、そいつらはこの世界に来てたんだろうな」

「……じゃあ、本当に死柄木は──」

 

 弔自身さえ知らなかった、最後にして最大の秘密。家族の血で汚れた手は、最初から人間のものではなくて。ならば自分は、いったい何者なのか。

 激しく揺らぐアイデンティティに、再び鈍色の刃が突きつけられる。

 

「──だから、切り刻むのよ」

「……ッ、」

 

 やおら振り上げられる、ゴーシュの魔手。「やめろ」という鋭児郎の叫びは、まるで深海のあぶくのように虚空に吸い込まれていく。

 

──刹那、

 

「ッ!?」

 

 まったく別方向から放たれた弾丸が、見事ゴーシュの手首を貫いた。

 

「クソみてえなショーはそこまでだ」

「──!」

 

 赤、青、黄。それぞれ異なる色の仮面で素顔を隠した者たち。──「快盗、」と呼ぶ声が、誰からともなく洩れた。

 

 そう、彼らは来た。黒霧の想いを理解しつつも、こんな言葉を返して。

 

──黒霧サンよォ、あんた、大事なこと忘れてるぜ。

──ゴーシュもコレクションを所持しているだろう。

──だったら取り返すのが、私たちの仕事!……でしょ?

 

──最初(ハナ)っから決まってんだ。俺たちは……行く!

 

 

「──話は聞かせてもらった。……我々には関係のない話だがな」

「エックスは返してもらうんだから!」

 

 勇ましく告げる快盗たち。しかしそこで、"あの男"がす、と立ち上がった。

 

「おぉ、待ってたぞ快盗ども」

「!、あれって……」

「ドグラニオ・ヤーブン……ギャングラーの首領までお出ましか」

 

 巨悪の権化たる老人が立ち塞がり、行く手を阻む。強靭な意志をもつ者たちでなければそれは、絶望的な光景と言うほかなかっただろう。

 当のドグラニオは、歓迎を身体で表すかのように大きく両手を広げてみせた。

 

「ハハハ、そう畏まるなよ。まずは腹割って話そうじゃねえか」

「ア゛ァ!?てめェと話すことなんざねーわ、金ピカ野郎!!」

 

 ルパンレッドの罵声に対するドグラニオの反応は、鷹揚そのものだった。──まるで、仔犬に吠えられた動物愛好家のように。

 

「そう言うな、せっかく三匹揃って会えたんだ。……あぁでも、腹ァ割るにはそのマスクが邪魔だな」

「……!」

 

「ちゃんと顔、見せてくれよ」

 

──それはまさしく、恐れていた事態だった。この場で起きたことはすべてリアルタイムで全世界に知らしめられている。ゆえに、

 

「……だから言ったんだ……っ」

 

 打ちひしがれる黒霧。一方で、

 

「へえ、ボスらしくない嫌がらせ。いや……昔に戻ったってとこかぁ」

 

 ヒトの姿で流離うザミーゴが、愉しそうにつぶやく。ギャングラーの中では若造の部類に入る彼が物心ついたときには、ドグラニオの全盛期はとうに過ぎていた。もしもこれより、その頃の姿が見られるというなら──冷えきった血が、騒ぎ出すのを彼は自覚した。

 

 そうしてヒト、ヒトならざるもの、正邪……様々な存在がモニター越しに見守る中、無情の時は過ぎていく。

 

「素顔のおまえたちがゴーシュと戦って勝てば、エックスを解放してやっても構わん」

「……ッ、」

 

 ぎりりと歯を噛み締める勝己は、ややあって「断るっつったら?」と訊いた。対するドグラニオの答は、

 

「おまえたちに解体ショーを見てもらうまでだ。俺と遊びながら、な」

「ッ、そんな──」

「──それでいい!!」弔が叫ぶ。「俺のことはいい……!約束しただろッ、最後にコレクションが集まれば構わない!!これは全世界に中継されてるんだっ、マスクを外したら取り返しがつかないんだぞ!?」

 

 声を絞り出し、訴える弔。人間でない自分のために、ここですべてが崩壊するなどあってはならない。壊すのは、"志村転弧"の家族だけで十分だ。

 しかし……快盗たちは、沈黙していた。明確な結論のない、葛藤がそれぞれの中に生まれていることは確かだった。そのさまを、国際警察の面々も固唾を呑んで見守っている。もしも素顔が露になったとして……それが自分たちの見知った"彼ら"のものでないという、一縷の望みを抱いて。

 

──真っ先に顔を上げたのは、お茶子だった。

 

「!、……良いのか?」

「……引き返せねえぞ」

 

 男たちが訊く。だって、彼女が取り戻したいのは元のありふれた幸福で。傷つけ踏みにじってきた幼馴染や息子さえ取り戻せれば自分たちはどうなってもいいというふたりとは、決定的なところで隔絶したものがある。──それでも、

 

「私だって、快盗だから」

 

 

 だから、覚悟はできている。

 

 顔を見合わせ、頷きあう快盗たち。やがてその手が、仮面にかかる。

 

「ンな見たきゃ、見せてやるよ」

「……!」

 

 VSチェンジャーを仕舞い、右手を仮面に、左手をハットにかける。彼らがそうしている間はまるで永遠かのように、警察の面々には思われた。

 そして、────

 

「あ、」

 

「ああ……っ」

 

「ああああ……!」

 

 

「──俺たちが、世間を騒がす快盗だ」

 

 信じたくなかった。自分たちの、思い過ごしであってほしかった。

 

 隠されていた顔は……まぎれもない、ジュレの三人のものだったのだ。

 

「麗日くん……そんな……っ」

 

 お茶子を信じようと、最後まで足掻いていた天哉。目を見開いた彼は、大きな身体を震わせて声にならない慟哭を洩らした。……いや、彼だけではない。鋭児郎だって、響香だって、悲痛な表情を浮かべて目の前の光景を凝視している。

 

「何、やってんだよ……っ」

 

 同じく見ていることしかできなかった弔もまた、打ちひしがれていた。呵責の言葉が向かう先は、何より囚われの身で何もできない自分自身だ。こんな穢れた命を救うために、彼らは後戻りできないところへ来てしまった。

 

──そう、全世界が今、快盗の正体を知ってしまったのだ。

 

「あれが……ルパンレンジャー?」

「ルパンブルーってあれ、もしかしてエンデヴァーじゃないか!?」

「あの人たち知ってる!ジュレって喫茶店の店員!」

 

 市井の人々。そして、近しい者たちも。

 

「お茶、子……?」

「あの子まさか、家のために……」

 

 お茶子の両親が、

 

「お父さん……どうして……?」

「なんだよ……何やってんだよ、親父……!」

 

 炎司の子供たちが、

 

「勝己くんが……そんな──」

「!、勝さんちゃんと見て!」

 

「勝己……あんた、やっぱり……」

 

 勝己の両親が──その姿を、目の当たりにしていた。

 

 

「──ンじゃドグラニオさんよォ、」

 

 その事実を悟っていながら、勝己は不敵な笑みを浮かべて"予告状"を投げつけた。

 

「くっちゃべる時間がもったいねえから……予告する。──てめェらのお宝、全部まとめていただき殺ォす!!」

 

 言うが早いか、彼らは再びVSチェンジャーを抜いた。その砲身にダイヤルファイターを装填し、

 

「「「──快盗チェンジ!!」」」

『レッド!──0・1・0!』

『ブルー!──2・6・2!』

『イエロー!──1・1・6!』

 

『マスカレイズ!──快盗チェンジ!』

 

 トリガーを引き……エンブレムを象った、光が彼らの身体を包み込む。そしてそれは、一瞬にして快盗スーツへと変化を遂げた。最後に残った素顔……その中心をなす瞳が仮面に覆われる寸前、決意の輝きを発するのを、無数の人々が見た。

 

「フッ……ゴーシュ、」

「ハァイ、ボス。……フフ、良いわ。坊やの素敵な身体も刻みたかったから……楽しみが増えた、わっ!」

 

 襲いかかるゴーシュ。その巨大な刃を迎え撃ちつつ、ルパンレッドは吐き捨てる。

 

「前から言ってっけどなァ……きめェんだよクソがァ!!」

 

 だから今日──必ずこの場で、決着をつける!

 

 



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#48 崩壊 3/3

 

 激突する、ルパンレンジャーとゴーシュ・ル・メドゥ。

 

 レッドがルパンマグナムを掃射するが、ゴーシュの刃はそれすらも弾き返してしまう。相性の良いルパンコレクションの獲得により、彼女はデストラにも匹敵する攻守を獲得している。歯噛みするレッドだったが、焦ってはいなかった。戦いは、これからだ。

 入れ替わるようにブルーとイエローが突撃する。マントを翻し絶えず動きながら、VSチェンジャーのトリガーを引き、ルパンソードを突き立てんとする。

 

「わかってるのよ。あなたたちの、戦い方はっ!」

「ッ!」

 

 パトレンジャーのときと同様、三人を相手にしながらもゴーシュは一歩も引かない。それどころか、余裕さえ見せている。──以前"世界を癒そう"ですべてを"視て"いるからだろう。

 そうであるとして……実際に体験してみないことには、わからないものもある。

 

「もはや隠す意味もない。──見せてやる!」

 

 ブルーの発した言葉に何かを察した少年たちは、咄嗟に後退する。それを見届けるや否や、彼はその身から劫火を発したのだ。それは獲物を狙う肉食獣のごとく、渦を巻きながらゴーシュへ向かっていく。

 

「ッ、これは……!」

「No.1ヒーロー、エンデヴァーの力を見くびるな……!」

 

 ギャングラーに太刀打ちできる数少ないヒーローとして、その地位に登り詰めた英雄。しかし独りの力では、社会そのものを安らげるには至らなくて。"平和の象徴"たりえない自分が情けなくて、せめてその願いを繋ごうとした。結果として家族を傷つけ、我が子の夢を壊し……その人生をも、奪ってしまった。

 もう、エンデヴァーはいない。ここにいるのは快盗ルパンブルーであり、轟炎司というひとりの人間。──それでも燃え滾る意志は、こうして息づいている。

 

「プロミネンスッ、バーーーーーン!!!」

「きゃあぁッ!?」

 

 その必殺の一撃が、初めてゴーシュに悲鳴をあげさせた。尤も彼女をノックアウトするには至らず、大きく後方へ押しやるところにとどまったのであるが。

 ただ、吹きすさぶ焔を乗り越えるかのように飛び出してきた赤と黄の存在は、流石に想定の埒外で。

 

「「死ィねぇぇぇ──ッ!!」」

 

 ふたりぴったり声を合わせて、渾身の飛び蹴り。それを胴体に喰らって、ゴーシュはうめいた。

 

「ううっ」

「はっ!?ついレッドと息合わせてもうたっ、世界中に口悪い女って思われたらどうしよう!?」

「知るかボケ!集中しろや!!」

 

 まだ、ゴーシュに致命傷を与えられたわけではない。むしろ、これで彼女が本気を見せれば、一気に形勢を覆されることすら考えられるのだ。

 

──それでも今この瞬間は、限りない好機だった。快盗ばかりでなく、警察にとっても。

 

『おい……!お前ら、』

「!、グッドストライカー……」

 

 物陰を経由するようにして、密かに飛んできたグッドストライカー。彼は"腹案"をもっていた。確かに、ゴーシュが離れている今なら。

 

 数秒後、ドグラニオはこちらに駆け寄ってくる()()()()姿を認めた。

 

「「「──今、救ける!!」」」

 

 ひとりから、三人分の声。赤を中心に左右を緑と桃に彩られた姿で、突撃する"U号"。ドグラニオは当然、迎撃を仕掛けたが、

 

『分離ィ!』

 

 グッドストライカーがVSチェンジャーから離れ、U号がもとの三人に戻る。同時に1号が個性で最大限その身を硬化し、ドグラニオの攻撃を受け止めた。

 

「ぐううう……!」

 

 それでもダメージを殺しきれず、押しやられる1号。弔を救けたいという気持ちが最も強いのは、他でもない彼なのだ。それでも彼は、U号の特性を鑑み囮の役割を自ら引き受けた。

 その隙に、2号と3号が弔のもとへ滑り込み、彼を拘束する鎖を無理矢理に引きちぎった。

 

「動けるか、死柄木くん!?」

「!、……ああ」

「なら、走るよ!」

 

 即座に離脱する三人。その背中に、ドグラニオはあえて追撃をかけようともしなかった。

 

「ほう。案外、警察もやるな」

 

 なんの思考もせず突撃してくるような猪にくれてやるほど安い獲物ではないが、何がなんでも手中に置いておきたいというわけではない。──少なくとも、ドグラニオにしてみれば。

 

「せっかく捕らえたエックスが……!」

 

 そう、ゴーシュにとっては決して認められないことだった。ようやく捕らえ、今まさに刻もうとしていた極上の獲物。逃して、たまるものか。

 

「──来なさい!」

 

 こうなれば奥の手だとばかりに、ゴーシュは異世界に"保管"していた実験体を召喚した。身体中に複数の金庫を持ち、モルモットをベースに様々な生物を寄せ集めたような禍々しい姿。被毛が漆黒であることを除けば、以前戦った個体と変わらない。

 

 そのとき不意に、ドグラニオが立ち上がった。

 

「どうしたゴーシュ、ひとりじゃ心細いのか?」

「!、ボス……?」

 

 好々爺のような声を発するドグラニオ。よもやゴーシュを助太刀するつもりかと、快盗も警察も戦慄した。実験体にギャングラーの首領までもが仕掛けてきたら、いよいよ保たない……!

 

 しかしドグラニオがとったのは、この場の誰もが予想だにしない行動で。

 

「せっかくの遊び場だ。──自分の力だけで、楽しくやれよ!」

 

 言うが早いか──ドグラニオは、己の金庫を光らせた。途端、ゴーシュと実験体の金庫がひとりでに開く。そこからルパンコレクションが飛び出し、ドグラニオの手中に吸い込まれてしまったのだ。

 

「何、今の!?コレクションが勝手に……」

「どうしてですか!?」

 

 ルパンイエローとゴーシュ、ふたりの女の上ずった声が重なる。とりわけ後者の取り乱しぶりは尋常でないものだった。この状況下でなんの前触れもなく、戦力を取り上げてしまうなんて。

 

──わかっていなかったのだ、ゴーシュは。ずっと傍に控えていながら。ドグラニオの本性が、どれほど冷酷で恐ろしいものか。

 

「今まで散々好き勝手やってたんだ、俺にも好きにさせろ。俺はなぁ、面白いものが見たいんだ!ハハハハッ!!」

 

 高笑いとともに、戦場から姿を消す──ルパンコレクションを抱えたまま。

 その姿を街頭モニター越しに認めて、ザミーゴなどは拍手喝采を贈っていた。ゴーシュに対して悪感情はない。それよりも、我らがボスの豹変ぶりが最高に愉快だったのだ。

 

 そして捨て置かれた形となったゴーシュは、あまりの事態に茫然自失となっていた。

 

「嘘……、そんな──」

「!、──今だ!」

 

 隙だらけの仇敵めがけて、ルパンレンジャーはあらん限りの火器を斉射した。もはや無防備なゴーシュはこれまでがまやかしだったかのように容易くその直撃を受け、壁に叩きつけられた。

 

 その隙に、狭い教会内から外に飛び出す。そこには既に、先んじて脱出したパトレンジャーと弔の姿があって。

 

「死柄木!」

「……皆、」

 

 よろよろと歩み寄ってきた弔。その紅い瞳が見開かれ、激しく揺らめいている。かつて感じた底知れなさ、恐ろしさはもはや、どこにもなかった。

 

「……俺みたいな人間ですらないヤツのために、こんな……」

「──前にも言ったろ、死柄木」

 

 弔……志村転弧が、家族を殺めた過去を知ったとき。「てめェがギャングラーに通じてねえなら、それで良い」──そう、勝己は言った。

 

「今さらてめェのルーツがどうだとか、キョーミねえんだよ。──救けてやったんだから、てめェの命、せいぜい俺らに役立てろや」

「……はは、」

 

 相変わらずの物言いだが、彼らとの間には既に積み重ねてきた年月がある。そう彼らが断言するなら、自分の中に異世界人の血が流れていることなど取るに足らないことのように思える。

 

──だが、彼らの"秘密"は違う。その意味も、重みも。

 

「あ……飯田さ、──」

「………」

 

 ルパンイエロー──お茶子の声に、パトレン2号──天哉は背を向けたまま、答えない。握られた拳が震えているのを目の当たりにして……お茶子は、口を噤むほかなかった。

 彼の想いは、パトレンジャー全員が共有しているものだった。ただ現実に、この場の戦いが終結しているわけではない。

 

「……とにかく今は、目の前のギャングラーだ。──死柄木、これを」

「!」

 

 響香の手から返還される、Xチェンジャー。手に馴染んだその感覚。どうしてか他のVSビークルの力を行使できない自分が、死柄木弔となってからの唯一無二の相棒だった。

 

(……いや、今ならわかる。俺が半端者だから、使えなかったんだ)

 

 過去の自分が知れば絶望し、慟哭していただろう真実。さりながら今は、それも含めて自分自身を形作ってきたものなのだとさえ思える。自らの手で扱えないから快盗に、警察に託した。双方を跨いでいながら軸足を置くことのない自分を、彼らは仲間と、友人(ダチ)と認めてくれたのだから。

 

「──コレクションがなくても……私の腕はギャングラーイチ……!エックスも何もかも、刻みまくってあげる……!!」

 

 七人のあとを追うようにして、ゴーシュと実験体が飛び出してくる。後者はともかく、前者は先ほどの一撃が効いたのか息も絶え絶えの状態だ。動揺のせいもあるのだろうが、ルパンコレクションをすべて失ったとはいえかくも脆いものか。

 だが、自分たち人間にとってこれほど好都合なことはない。このマッドサイエンティストを倒し、ギャングラーを壊滅へと追い込む。

 

──そのために、

 

「ルパンレンジャー!おめェらに……協力を要請する!」

 

 絞り出すような1号の言葉に、快盗たちははっとした。

 

「……いいンかよ?俺らと手ぇ組んで」

「……おう。爆豪勝己は、俺のダチだからな」

「……!」

 

 この期に及んで、そんなことを。しかし異世界人の血を引いていて、かつて家族を殺めた者に対してそうであったように……たとえその正体が快盗であろうと、爆豪勝己という少年に対する想いは変わらないというのだろう。

 「馬鹿なヤツ」と、口の中でつぶやく。そしてルパンレッドである自分の答は、ひとつしかない。

 

「はっ……あいつをブッ殺しゃいいんだろ。ヨユーだわ」

「良いのか?」

「いちいち訊くなや、クソ髪」

 

──今この瞬間、七人の戦士が並び立った。唯一生身でいた弔もまた、ルパンエックスへと変身を遂げて。

 

「「「「快盗戦隊、ルパンレンジャー!!」」」」

 

「「「警察戦隊ッ、パトレンジャー!!」」」

 

 

「国際警察の権限においてッ、実力を行使する!!」

「………」

 

 

「──行くぜぇ!!」

 

 言うが早いか、ビクトリーストライカーを装填するルパンレッド。彼がダイヤルを回す横で、パトレン1号もまたサイレンストライカーを取り出した。

 

「死柄木、良いか?」

「!、……ははっ。いちいち訊くなよ、クソ髪?」

「うぐっ……」

 

 もう自身の手中にあるというのに、許可を求めてくる鋭児郎はたいがい律儀だと弔は思う。ダメだと言ったらどうするのか確かめてみたくはあったが、当然それは胸のうちにとどまるもので。

 

『ミラクルマスカレイズ!スーパー快盗チェンジ!!』

『グレイトパトライズ!超警察チェンジ!!』

 

 そうしてふたりの赤き戦士は、それぞれ黄金と白銀の鎧を纏った。──出し惜しみなどしない、一気に決着をつけるのだ。口に出すまでもなく、皆がその方針を共有していた。

 

「警察と快盗、ふたつの力で……おまえを倒す!!」

「ッ、できるものですか!」

 

 VSビークルの力で武装、一斉掃射に臨む両戦隊に対し、ゴーシュと実験体もまた己の持ちうる力すべてを使って対抗戦とする。尤もその火力の差は、発射の前から明らかであって。

 

『──ド・ド・ド……ストライクッ!!』

 

 光が、弾ける。刹那膨れあがるは紅蓮の炎。その中に混じりあったのは……他でもない、甲高い女の悲鳴で。

 

「………」

 

 人間たちは皆、ひとりも損じることなく立っていた。ならば悲鳴の主は決まっている。炎に巻かれて実験体もろとも倒れ伏した、ゴーシュ・ル・メドゥだ。

 

「う……うぅ……ッ」

「……!」

 

 しかし……彼女にはまだ息があった。今の一撃で灼けた土を握りしめながら、よろよろと身を起こさんとする。

 

「なかなか、やるじゃない……ッ」

 

 ただ、もはや虫の息であることも確かで。放っておいても早晩、息絶える──彼女自身、わかっていたことだった。

 ならばと彼女は己の金庫に手をかけ、

 

──毟りとった。

 

「な……こいつ!?」

「良いこと、思いついちゃった……ッ。黄金の金庫を移植したら……どういう結果に、なるかしら……?」

 

 言葉の通りだった。黄金の金庫をそのまま、実験体の胴体に埋め込む。

 

「フフフ、アハハハ……!これが私のッ、最後の……実験──!!」

 

 それが、ゴーシュ・ル・メドゥの断末魔となった。次の瞬間には今度こそその身が爆ぜ、跡形もなく焼失する。数えきれない命を弄んできた狂った科学者の、呆気ない最期だった。

 

 しかしその"最後の実験"は、まぎれもない厄災として残された。黄金の金庫を埋め込まれた実験体はダメージなどなきかのごとく起き上がり、たちまちその身を膨れあがらせたのだ。

 

「な……巨大化だと!?」

「コレクションもないのに、どうなって──」

 

 人間大では黄金の金庫が蓄えた膨大なエネルギーを処理できず、実験体の図抜けた適応力により肉体が進化を遂げた──考えつくのはそんなところか。ただ、重要なのは巨大化したという事実そのもので。

 

「グォオオオオオオ──ッ!!!」

 

 禍々しい咆哮とともに暴れ出し、いとも容易く教会を瓦礫へと変える実験体。咄嗟にその場から離脱しながら、対処しようとする七人だったが、

 

「ッ、ぐ……っ」

「切島!?」

 

 ここで1号が、うめき声とともにその場に蹲った。硬化で防いだとはいえ、ドグラニオから受けた一撃は想像以上に彼の臓腑を痛めつけていた。ここまで動けていたのは、なんとしてもゴーシュを討たねばという気構えによるものだった。

 警察はもう、動けない──そうと見るや、いち早く口を開いたのは彼女だった。

 

「飯田さん!あとは、私たちに任せて!」

「!、麗日く……──ッ、」

 

 逡巡する2号──天哉。彼が即座に頷けないのも、当然のことで。押し潰されそうな罪悪感に抗うお茶子だったが、次の瞬間、彼がトリガーマシンスプラッシュを差し出してきた。

 

「!、……良いの?」

「………」

 

 返事はない。ただ、行動そのものが答だと言わんばかりに。

 それぞれが複雑な思いを抱きながら、快盗たちはVSビークル、そしてルパンマグナムを次々に巨大化させていく。エックスもまた、警察の協力を得てエックストレインを出発させた。

 

『大変なことになっちまったけど、ココはテンションあげてこうぜぇ!快盗、ガッターイム!』

 

 そして戦場に現れる、三体の巨人──ビクトリールパンカイザー、ルパンマグナム、エックスエンペラースラッシュ。街を破壊せんとしていた実験体は、その姿を認めていったん動きを止めた。──死闘が、はじまる。

 

 先んじて動いたのは、人間たちのほうだった。

 

「突っ込め、マグナム」

 

 ルパンレッドの命令を受けて、ルパンマグナムが走り出す。真正面からの突撃、ならば実験体も手をこまねいてはいない。ネジを打ち込まれたような両目が光り、レーザーを放って迎撃する。

 しかしながら、それらがマグナムに命中することはなかった。小柄な体躯ゆえに的が小さいというのはもちろんのこと、地上でのスピードはルパンカイザーやエックスエンペラーをも凌ぐ。その速度でもって、彼は一撃も喰らうことなく接敵することに成功した。そして紅蓮の徒手空拳で、真っ向から実験体と取っ組みあう。

 無論、力比べでは実験体のほうに圧倒的な分がある。しかしこれが一対一の勝負ではないことは言うまでもない。

 

 跳躍したビクトリールパンカイザーが頭上から火砲を浴びせかける。灼熱の雨に実験体が悶えていると、今度はエックスエンペラーがその刃で攻撃を仕掛けた。

 

「はっ……今はもう、俺らのターンなんだよ」

 

 そして、この怪物のターンは二度とはやってこない。

 

「グルゥゥゥ……!」

 

 自らの不利を察したのか、実験体はなんと、文字通り尻尾を巻いて逃げ出してしまった。思いもよらぬ行動に唖然とする快盗たち。そのせいで、追跡を開始するまでにラグができてしまった。逃げ足の速い相手に──

 

「──逃がすものか!」

 

 そう声をあげたのは、地上にいるパトレン2号だった。彼を筆頭に、パトレンジャーの面々が銃撃を仕掛ける。

 

「!!」

 

 蚊の止まったような攻撃に、実験体の標的は彼らに移った。再びその瞳からレーザーが照射され、空気を灼きながら迫る。避けようにも、攻撃範囲が広すぎて間に合わない──!

 

 と、そこにビクトリールパンカイザーが割って入った。どうにも取り繕えない──パトレンジャーの面々を、庇ったのだ。

 

「ふぅ……セフセフ」

「借りは返したぞ」

「次は……こっちの借りだァ!!」

 

 再び逃走しようとする実験体だがもう遅い。ビクトリールパンカイザーの火砲が襲いかかり、漆黒のボディーを貫いていく。

 

「グアァァァァ!!?」

 

 悲鳴とともに川へ落下する実験体。──趨勢は、決した。

 

「ゲームオーバーだ、──転換(コンバート)!」

 

 スラッシュからガンナーへ、姿を変えるエックスエンペラー。そして、

 

「エックスエンペラー、ガンナーストライクっ!!」

 

 パイロットたるパトレンエックスの手により、エックスエンペラーが必殺の火砲を放つ。

 

「グオォォッ!?」

『間髪入れずに行っちゃうぜぇ〜!』

 

 マジックの光の鞭、スプラッシュの水球が実験体を二重に拘束する。そうして完全に動きを封じたところで、ビクトリールパンカイザーは飛行モードへと変形した。

 

『グッドストライカー、蹴散らしちまえキ〜ック!!』

 

 グッドストライカーの先端を武器とし、錐揉み回転とともに放つ一撃。もはや身動きのとれない実験体の胴体ど真ん中を──穿く。

 

「!!!!!」

 

 その一撃は、実験体の耐久力を大きく上回るものだった。声にならない断末魔とともに、その身が大きく爆ぜる。ゴーシュの金庫もろとも、"それ"はこの世から跡形もなく消滅したのだった。

 

「………」

 

 勝利。三体の機人が並び立つ勇壮なる光景とは裏腹に、そのコックピット内は冷たい沈黙に包まれていて。

 

『お前ら……これからどうするんだ?』

 

 耐えきれなくなってか、グッドストライカーが訊く。とはいえ快盗たち、その問いに対する答など持ち合わせてはいなかった。──つまりは、ノープラン。

 

「まずは黒霧に新たな隠れ家を用意させるほかあるまい。宿無しというわけにはいかないからな」

「ケーサツにチクるんじゃねーぞ」

『チクるわけないだろー!?なぁトムラ〜?』

「だと良いけどな」

「………」

 

(アデュー……飯田さん)

 

 

 いずこかへ飛び去っていく快盗たち。警察の面々は立ち尽くしたまま、その姿を見送ることしかできない。透き通った雲ひとつない蒼天を、彼らは生まれて初めて恨めしく思った。

 

 

 à suivre……

 

 






「ダチひとり救けらんねえで、何がヒーローだ……っ」

次回「ロング・グッバイ」


「あんがとよ、烈怒頼雄斗」




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#49 ロング・グッバイ 1/3

かっちゃん、ヒーローにさよならする


 

 ルパンレンジャーの正体は、SALON DE THE JURERに務める三人だった。

 

 ギャングラーの首領、ドグラニオ・ヤーブンの計略により全世界に晒された真実。そして誰が望むと望まぬとにかかわらず、世界は動き出す。真実の、その先にあるものを求めて。

 

 

 かの出来事の翌日、パトレンジャーの面々は再びジュレを訪れていた。ただし客としてではなく、警察官として……大勢の捜査官に、混ざる形で。

 

「見事にもぬけの殻だ。髪の毛一本、落ちてやしないよ」

 

 捜査官らを率いる物間寧人が発した言葉に違わず、室内からは一切の家財が消えうせていた。まるで最初から空き家だったかのような、寒々しい空気が皮膚を刺す。切島鋭児郎は堪らず顔を顰めた。

 

「ここまで徹底した隠蔽工作……あいつらだけでできるとは思えないね」

「……当初の見立て通り、他にも仲間がいたんだろう」

「……あの、店のオーナーは?」

 

 表向き店長を務めていた轟炎司は、自身を雇われ店長だと言っていた。ならば当然オーナーがいて……黒幕であるというのは、十分に考えつくことである。

 しかし、

 

「架空のフランス系企業だった。フランス本部と合同で調査中だけど……現状そちらも手がかりはナシ。ま、ここまで周到な連中だしね」

「………」

 

 つい先日まで身近な友人だった者たちが、今では雲をつかむような存在となり果てている。天哉は己のスマートフォンに目を落とした。昨日からもう何度も、連絡先を交換している麗日お茶子に接触しようと試みている。当然、返信はないけれど。

 

「麗日くんたちは……どこにいるんだろうな」

「……さあ、ね。とにかくいったん帰ろう、今後のことを打ち合わせないと」

「……そう、だな」

 

 踵を返そうとするふたり。しかし鋭児郎だけは、それに追従しようとはしなかった。

 

「悪ィ、先に戻っててくれ」

「……切島?」

「ちょっと、頭冷やしたいんだ。……頼む」

 

 快盗の中心だったかの少年を常に気にかけていた鋭児郎である、仲間たちはその感情を慮った。「わかった」と頷き、そのままがらんどうの店を出ていく。

 ややあって自らも立ち去らんとする鋭児郎の背中に、"彼"から声がかかった。

 

「自分ひとりで思い詰めすぎるなよ、烈怒頼雄斗。苦しくてもドーンと胸を張れ、それがヒーローの務めだ」

「えっ……」

 

 振り向けば、寧人が相変わらずの皮肉めいた笑みを浮かべていて。

 

「──鉄哲からの伝言。ま、参考までに」

「物間先輩……」

 

 それが本当に雄英、所属事務所ともに先輩である鉄哲徹鐵の言葉であるかは一考の余地があったけれども、鋭児郎は「あざます」と深々頭を下げた。事実なら寧人は自分のことをわざわざ鉄哲に相談してくれたことになるし、嘘ならそれは、彼自身の言葉だ。

 こういう先達に支えられて、自分は平和の守り手を続けている。……ならば、彼は。

 

 光と影は、鋭児郎の心に鮮烈なコントラストを刻み続けていた。

 

 

 *

 

 

 

 一方、行方を晦ました快盗──ルパンレンジャー。ジュレを引き払った彼らは、新たな隠れ家に移っていた。そこは死柄木弔が所有している郊外の屋敷で、周囲に人家もない。家財の回収はワープゲートを使える黒霧に任せ、快盗たちは一度もジュレに戻っていないから、当面、警察に発見されることはないだろう。

 

『──国際警察は先日、素顔が明らかになったルパンレンジャーの目撃情報を頼りに、未成年者を含む男女3名を容疑者として指名手配しました。うち、轟炎司容疑者は元トップヒーロー・エンデヴァーとしても知られており、関係者には衝撃が広がっています……』

 

 テレビから響く女性アナウンサーの声。画面には大きく轟炎司の顔が映し出されている。ほか二名は未成年ということで報道はされていないが、

 

「うわっ、もう卒アル出回っとるやん……」

 

 インターネット上の匿名掲示板を漁っていた麗日お茶子が、苦虫を噛み潰したような表情でごちる。そこでは既に、彼女と爆豪勝己の身元までもが特定されている。覚悟はしていたことだが──

 

「すっかりヴィラン扱いだな、我々も」

「これでも国際警察が情報を抑えてるはずだ。ま、電子の海までは手ぇ回りきらないだろうけど」

 

 顔パックに勤しみつつ、弔。彼だけは表向き平常運転に戻っている。その内心を理解しつつも、黒霧が険しい声を発した。

 

「死柄木弔……あまりくどくどは申したくありませんが、これ以上爆豪くんたちの不利益にならないよう立ち回ってください。せっかく国際警察に籍を置いているんですから」

「わかってるっつの。俺だって流石に反省したし……あれ、リップどこだっけ……」

「いや説得力……」

 

 呆れ顔の一同。と、席を外していた勝己が戻ってきた。

 

「………」

「あ、爆豪くん。……お母さん、もうええの?」

 

 お母さんとは言うまでもない、勝己の母親のことだ。勝己のほうから電話をかけて、五分ばかり話をした。ちなみにお茶子と炎司には、昨夜のうちに家族から連絡があって。

 

「別に、今さら話すことなんざ大してねーわ」

 

 そう──長々話したところで、徒に時間が過ぎるだけ。母も同じ考えのようで、息子に多くを問いただしたりはしなかった。ただ、自分で決めて進んだ道なら最後までやり遂げろ、と。──この親にして今の自分があるのだと、勝己は改めて思い及んだ。

 

「ばくごーくんのお母さんかぁ、いっぺんご尊顔を拝んでみたいなァ。写真とかないの?」

「あるわけねーだろナニ興味示してんだカス死ね」

「死ねって……昨日顔バレしてまで救けた相手に言う台詞かよ」

 

 まったくの正論である。

 

「ンなことより、あの金ピカ野郎……あいつの金庫、なんなんだ」

「確かに、特殊な形状をしていたな」追従する炎司。

 

 同志らの疑問に、弔は心なしか抑えた声で応じた。

 

「──ステイタス・ゴールド……フィジカル・プロテクト。あの金庫の中は、量子力学では説明のつかない異空間だと言われてる」

「行方不明のコレクションのほとんどが、そこにあるかと」

「!、じゃあドグラニオから盗り返せれば、ほぼ終了やん!」

 

 ゴールが一気に近づいた──降って湧いた希望に目を輝かせるお茶子だったが、それほど甘い話であるはずがなくて。

 

「ドグラニオを倒せればの話だけどな」

「えっ?」

「ギャングラーは通常、使えるコレクションは金庫の数で決まっています。しかし奴は、金庫に入っているすべてを同時に使えるらしい」

「……うそ、」

 

 今まで戦ったどのギャングラーよりも、危険な相手──何せ首領だ、覚悟していたことではあるけれども。

 広がる沈黙の中で動いたのは、かの少年だった。

 

「ウダウダやっててもしょうがねえ。その辺、様子見てくる」

「えっ、見つかっちゃうよ!?」

「ンなヘマするかよ」

 

 コートを羽織り、キャップを目深に被ると、勝己はそのまま部屋を出ていく。仲間たちも、無理に止めることはしなかった。目的は薄々察しがついていたけれど……彼が自身の言葉を違えることはないという信頼が、出逢って半年ほどの弔も含めて築きあげられていたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 ザミーゴ・デルマは、今となっては貴重な客人として首領の屋敷を訪れていた。もはや間に入る者もなく、いつでも自由に主のもとに出入りしうる状況。自らの()()属する組織がもとより砂上の楼閣であったことを、改めて感じざるをえない。

 

 そんな彼は今、玉座を見下ろすようにして顔を近づけていた。

 

「見ましたよぉ。ボス自ら快盗たちで遊んじゃって……オレの獲物、取らないでほしいんだけど」

「………」

 

 対するドグラニオの様子がこれまでと違っていることを、ザミーゴは感じとっていた。昨日のテレビ中継と同じ、邪悪で狂暴なオーラ。他の構成員などとは、比較にならない──

 

「組織にこだわるのは、馬鹿のすることなんだろう?」

 

 冷たく言い放つと同時に、ザミーゴの胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 

「だったら、若いヤツらのことなんざ知ったこっちゃねえ。1,000歳超えようが、死ぬまで好きなように暴れてやるよ。この俺もな……!」

 

 手が離れ、ザミーゴはひらりと飛びのく。思考以上に、本能がそうさせた。今のドグラニオは、危険な猛獣そのものだった。

 

「あーあ……オレ、余計なこと言ったかな」

 

 こんなことなら、その場逃れの嘘でも跡を継ぐと言っておくべきだったかとも思いつつ。

 

「ま、だからといって遠慮はしないけど?やっと見つけた愉しみだ、たとえボスでもルパンレッドは譲らない」

 

「──オレの、何をかけてもね」

 

 狙った獲物は逃さない──ザミーゴも本気だった。対する彼らはもはや首領と配下ではなく、飢えた獣二匹にすぎない。

 

「フン……好きにしろ」

 

 ゆえにその返答は、やれるものならやってみろという宣戦布告にも等しいものだった。

 

 

 *

 

 

 

『──今のところ、快盗の目撃情報はありません』

 

 情報収集を継続するジム・カーターの言葉に、天哉たちは詰めた息を吐き出した。

 タクティクス・ルームに帰還した彼らは、今後のことについて協議を続けていた。快盗たちの行方を追うことは当然として、ギャングラーの出現にも備えねばならない。本来、前者は寧人の所属する部署が担当する業務であって、警察戦隊としては後者に専念すべきなのだが──

 

(そういうわけには、いかないだろうな)

 

 管理官・塚内直正が思考の末に見いだした結論だった。

 快盗の正体であるジュレの三人と、パトレンジャーの面々は個人的に親しい関係にある。可能であれば自分たちが彼らを発見し、話をしたい。手錠をかけるのも……他人にやらせるくらいなら、自分たちが。──そう思っているであろうことは推測するまでもない。

 

──と、そこに、嵐を呼ぶ……もとい、嵐そのものたる青年が現れた。

 

「Bonjour、ギャングラーの動きはどう?」

「!、死柄木……」

 

 警察官でありながら、快盗にも通じている……否、快盗と警察双方の名を背負っている男。そんなことはとうの昔にわかっていたけれど、今このときばかりは響香も塚内も複雑な面持ちだった。

 しかし"彼"は、複雑などという言葉では片付けられない激情を露にした。──死柄木に迫るや、その胸ぐらを掴んだのだ。

 

「──知っていたんだよな……!?麗日くんたちが、快盗だと!」

「……bien sûr(もちろん)

「ならば何故、僕らの間を取り持つような真似をした!?……いや僕はいい、自分の勝手でしたことだ。しかし切島くんは今、そのせいで苦しんでいるんだぞ!?」

 

 鋭児郎と勝己が"喧嘩"をしたとき、彼は鋭児郎の背中を押すようなことを言った。それもあって関係を修復し、親しく言葉をかわしあうようになったふたり。──そのために今、鋭児郎の懊悩は深まってしまった。

 仲間の……戦友のために、憤る天哉。そういう青年たちが形作るチームだから、弔は惹かれた。どちらか一方に肩入れする存在では、居られなくなってしまったのだ。

 

「……だったら、連中のことなんか何も知らないほうが良かった?」

「何……!?」

「知らないまま、ギャングラーと同じように断罪したほうが良かったかって聞いてるんだ」

「……ッ、」

 

 挑発するような響きをもったその言葉は、いよいよ天哉を暴発させようとしているかのようだった。

 そうした意図があるかどうかは判然としないが、仮にそうだとしたら弔の目論みは外れた。天哉の怒りはしゅるしゅると萎んでいた。彼の言葉を、認めざるをえなかったからだ。

 

 掴まれてよれた襟を直すこともなく、弔は沈んだ声で続けた。

 

「……こんなことになって、きみらには悪いことをしたと思ってる」

「………」

「でも……失ったものを取り戻すことと平和な未来を創ること、どっちも絶対に遂げなきゃならない願いで……どっちも、大切な仲間の、つもりだから。なし崩しだろうが馴れ合いだろうが、快盗と警察が手を組めれば良いと思ったんだ」

 

 むろん、最初から考えていたことではない。互いと接しているうちに、弔は自然とそう計る……いや、願うようになっていた。甘いともいえる理想は、"死柄木弔"らしくないと自分でも思う。けれど弔の中には生き続けているのだ、膝を抱えて泣きながら、それでも夢を見ずにはいられないちいさなこども(志村転弧)が。

 

「………」

 

 弔の想いを受け止め、結果、天哉は言葉をなくした。彼が凄惨な過去を、同じ人間といえるかもわからない身体をもちながら……その理想のために茨の道を歩み続けてきたことは、よく知っているから。

 

「……なら今追うべきは、ザミーゴとドグラニオか」

 

 響香のつぶやきに、塚内管理官も首肯する。

 

「ああ、特にザミーゴ……奴ならこちらの世界にいる可能性も高い。──それに、エンデヴァーの息子と……爆豪勝己の、幼なじみのこともあるしな」

「……そういや死柄木、あんたの取り戻したいものってのは?」

「………」

「もしかして、前に話してた"先生"って人のこと?」

「!」

 

 思わず目をみひらく弔は、それが図星だと告げているようなものだった。

 

「……エスパーかよ」

「違うよ。前にあんたがその人のこと話してたときの心音……ふつうとは、違った気がしたから」

「あぁ……そう」

 

 個性のない旧時代だったら、それはエスパーに分類されるのではないかと思いつつ。弔は乾いた唇をゆがめた。

 

「俺のほうはひとまず気にしなくて良い。"先生"はドグラニオに殺されたから……取り戻すには、ルパンコレクションをすべて揃えるしかないんだ」

「コレクションを?──!、そうか、それで快盗たちは……」

「ルパンコレクションをすべて揃えたら、どうなるというんだ?」

「簡単だよ、──どんな願いでもかなうのさ」

 

 それが死人を甦らせるという、この世の理を捻じ曲げるような願いであっても。

 

 

 *

 

 

 

 頭を冷やすというのは、具体的にどうすれば良いのだろうか。

 公園のベンチに腰掛けて、鋭児郎は缶コーヒー片手にぼんやり考え込んでいた。そういえばここは、今頭の中を占めている少年と初めて出逢った場所でもあった。あのとき見た彼は、まるで野良猫のようで。一年に渡ってこうも惹かれるほどの深い関係を築くことになるとは、思ってもみなかった。

 

「………」

 

 少しでも上記の目的に役立てばと思い、ぐい、と缶を煽る。苦みの中にほんのりと甘さが交わったコーヒーは、あの店のそれとは似て非なるもので。……もう二度とは飲めないかもしれないとようやく思い至って、そんなことまでもが胸を締めつける。

 

「爆豪、俺……おめェの淹れるコーヒー、気に入ってたみたいだ」

 

 誰にともなく、つぶやいたときだった。

 

「そりゃドーモ、ヒーロー兼お巡りサン?」

「……!」

 

 聞き慣れた声。はっと顔を上げて……それが、幻聴などではないことがわかった。

 

「よォ」

「ばく、ごう……」

 

 もう一度見たいと思っていたその姿が、確かに目の前にある。思わず一歩を踏み出しかけて……堪えた。

 

「……なんで、ここに来た」

「クソ髪のシケた面、拝みに来てやったんだ。はっ、期待通りだったわ」

「……見たけりゃ、好きなだけ見てけよ。でも……でもその代わり、この場で手錠かけることだってできんだぞ」

「かけんの?今、ここで?」

 

 挑むような笑みを浮かべながら、歩み寄ってくる勝己。その一挙一同を注意深く観察する鋭児郎だったが、そこに警戒心というものはまるで窺えなかった。あの爆豪勝己が!今飛びかかれば、容易く捕らえることができるのではないかとさえ思われて。

 しかし鋭児郎は、それを実行に移すことはしなかった。

 

「……それだ」

「!」

 

 勝己が足を止める。

 

「ずっと不思議だった。ルパンレッドが俺に向ける信頼はなんなのかって。でも……正体がバクゴーだってわかって、納得できた。嫌な思いさせちまったこともあったけど……おめェも俺のこと、少しはダチと思ってくれてたんだよな」

 

 その言葉は確認ではなく、確信にも似た響きをもっていた。何より寂寥と歓喜の混じりあった表情に、勝己の心は容赦なく揺さぶられる。

 

「……そうじゃねえだろ……!」

 

 気づけば勝己は、鋭児郎に掴みかかっていた。

 

「俺ぁずっと……っ!ずっと、あんたを騙してたんだぞ!?悔しくねえのかッ、てめェはンな腑抜けか!!?」

「………」

 

「……悔しいよ」

 

 引き出した言葉に、勝己が求める響きはなくて。

 

「情けねえよ……俺。チャンスはいくらでもあったはずなのに、こんなことになるまで俺は気づけなかった……!俺がもっと、頼れるヒーローだったら……っ、苦しんでるおめェらを救けられたかもしんねぇのに……っ」

「……ッ、」

 

 鋭児郎の瞳に浮かぶものを目の当たりにして、勝己の手から力が抜けた。項垂れたまま、彼は若き英雄に背を向ける。

 

「……あんたがどんなヒーローだろうが、関係ねえよ」

「なんで……」

「ヒーローになれねえ……頼れもしねえヤツが、快盗になるんだよ」

 

 それが、傲慢の果てに地獄へ堕ちた者の末路だ。

 

「ッ、待てよ……待ってくれ!それでも俺はおめェの力になりたいんだ!!このままじゃ、おめェの幼なじみが殺されちまうかもしれねえんだろ!?だったら俺たちだって、黙って見てなんかいられねえんだ!!」

「………」

「ッ、爆豪!!」

 

 

 応答は、なかった。

 

 



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#49 ロング・グッバイ 2/3

構成の都合上、今回ロボ戦のみ


 

 少年たちの懊悩を嘲笑うかのように、事態は風雲急を告げようとしていた。

 

「さて……久しぶりだからな。肩慣らしといこうじゃないか」

 

 単身、人間界に姿を現したギャングラーの首領──ドグラニオ・ヤーブン。彼は亡きゴーシュ・ル・メドゥから取り上げたルパンコレクション"大きくなれ"の力を発動させ、たちまち天に聳えるまでに巨大化する。

 そうして世界に己の存在を主張するに飽き足らず、彼はその身から光り輝く刃を四方八方にぶち撒けた。きらきらと星のように瞬いたあと、それらはたちまち爆発を起こす。数秒前まで静かに流れていた日常は、たちまち阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった。

 

 

──その余波は、快盗たちの潜む郊外にまで伝わっていた。

 

「うそ……あれ、ドグラニオ!?」

「見りゃわかんだろ」

「いきなり巨大化してきたか……!」

 

 驚愕と焦燥……しかし、少なからず予想しえたことではあった。またどこからか飛んできたグッドストライカーなどは、横でわぁわぁと喚いているが。

 

「……クソオヤジの息子とデクが戻らなかったら、コレクションが必要だ。やるしかねえ」

「ッ、せやね……。──グッディ、力貸して!」

『うう〜ッ、怖いけどぉ……がんばる!!』

 

 気持ちは皆、同じだった。頷きあい、白身銃を手にとる。──そうして、地獄の戦場へと飛びたつのだ。

 

 

 まずもって彼らは、航空形態のままドグラニオに攻撃を仕掛けた。速攻かつ不意打ちかつ、一斉掃射。ドグラニオの反応速度がどんなにすぐれていても、これなら完全には防ぎきれないだろうという算段だった。

 しかしドグラニオは、猛火をかわそうともしなかった。ギャングラーとしては小柄な──今は巨大化しているが──身体に反して、頑丈さにおいても彼は卓越していたらしい。間隙をすり抜けていく戦闘機の群れに、杖から電撃を放って反撃する。着弾と同時に、爆発が起きる。

 

「──ッ!」

 

 操る快盗たちは、その衝撃を合体によって相殺していた。爆炎の中から鋼鉄の巨人が飛び出し、地上に降り立つ。

 

「快盗どもか」

 

 ドグラニオが感情のない声を発する。彼にしてみれば快盗が現れるのは当然のこと、ただ警察とどちらが先になるかという点だけが不確定要素だった。

 

「とにかく、金庫だ」

「まずはあの鎖を断つ……!」

 

 先手必勝とばかりに動き出す巨人──ビクトリールパンカイザー。鎖を断ち切るという目的のために丸鋸のイエローダイヤルファイターを左腕とし、バランスを保つため右腕はブルーダイヤルファイターとしている。通常より若干出力は落ちるが、それはビクトリーストライカーが補ってくれるはずだ。

 ドグラニオの迎撃を右腕で受け止めつつ、突撃する。ゼロ距離にまで迫ったところで、勢いよく丸鋸を突き出した。

 

「──!」

「やった……!」

 

 鋸が鎖を銜えて回転する。──しかし、

 

「無駄だ」

「!?」

 

 金庫を覆う鎖は、変わらずその位置で揺れ続けていた。

 

「残念だったな、俺の鎖は絶対に切れない。俺自身にもな」

『うそ〜〜ん!?』

 

 巫山戯た声を発するグッドストライカーだが、明らかに危機的状況だった。金庫を開けてルパンコレクションを回収しなければ、本気で戦うわけにはいかない。この、恐るべき強敵を相手に。

 そして黒霧の言葉通り──ドグラニオは、そこにあるすべてのコレクションの力を行使することができた。

 

「せっかくだ、コレクションの力を味わっていけよ」

 

 言うが早いか、金庫が鈍い光を放ち──彼の周囲の地面が膨れあがり、巨大な巌が浮かび上がった。それらはたちまち鋭い杭の形状をとると、一斉にビクトリールパンカイザーへと向かってきたのだ。

 

「ッ!!」

 

 咄嗟に身構える巨人……その周囲が次の瞬間、劫火へと包まれて。

 

 

「──あーらら、張り切っちゃって……」

 

 そんな言葉を発したのは、付近のビル屋上に立つ青年だった。むろん、普通の青年がこんなところにとどまっているわけがない。ソンブレロにポンチョというメキシコ風の装いはまぎれもない──ギャングラーの数少ない生き残り、ザミーゴ・デルマのものだった。長く目にしていなかった首領の本気を目の当たりにして、思わず口許が緩む。

 ただ、

 

「でも……お気に入りのオモチャ、譲る気はないって言ったろ」

 

 刹那、ザミーゴの傍らに何かが現れ──

 

 

 ドグラニオの攻撃を受けたビクトリールパンカイザーは、小さくはないダメージを負っていた。コックピットの中では、アラート代わりにグッドストライカーが喚いている。

 

『ヤバいぞコレぇ〜!?もう一発浴びたらやられちまうよぉ!!』

「わーっとるわ!!」

「で、でもどうするん!?鎖が切れないんじゃ……」

「ッ、──!」

 

 そのとき、コックピットにドグラニオとは別方向の映像が表示された。何事かと思ってみれば、

 

「ザミーゴ……!?」

「!、ねえ、あの横にあるのって……」

 

 ちょうど人ひとりをすっぽり包み込んでしまえるような、巨大な氷塊がふたつ。透明を幾重にも重ねた向こう側に、何かが閉じ込められている。よくよく目を凝らして……少年たちは、我を忘れた。

 

「焦、凍……!?」

「デク……!?」

 

 ふたりが夢にまで見た──取り戻したいもの。二年前とまったく変わらぬ姿で、彼らはそこに在った。

 

「よ、良かった……!化けの皮にされてなかったんだ」

 

 胸を撫でおろすイエロー。確かにそれは喜ばしいことだった。しかし無邪気に喜ぶことなどできるはずがない。

 

「まずい……!」

「えっ?」

「奴は我々の関係に気づいたんだ!でなければ、ふたりだけをこの場に連れてくるはずがない!!」

「──ッ!」

 

 このとき、快盗たちの意識は完全にザミーゴへ向いていた。それも無理からぬことだったけれど……今のドグラニオが、そんなものに配慮してくれるはずがなく。

 

「隙だらけだな」

 

 別のコレクションの力が発動し、朦々たる光砲が放たれる。パイロットたちは直前までそれに気づくことができず、

 

「がぁああああ──ッ!!?」

 

 ビクトリールパンカイザーは、その直撃を受けた。

 大量の火花を散らしながら、後方へと吹き飛ばされる機体。その無惨な姿に飽き足らず、追撃を仕掛けようとするドグラニオ。

 

 絶体絶命を自覚する前に、快盗たちは文字通り潰えてしまう──そう思われたとき、黄金の影が間に割って入った。

 

『──ルパンレンジャー、また動けるか!?』

「!、死柄木さん……!」

 

 死柄木弔──パトレンエックスの操るエックスエンペラーガンナー。間一髪救われた快盗たちだったが、状況が好転したわけではない。エックスエンペラーの銃撃は、コレクションの能力によるバリアでことごとく消散してしまっている。

 

「……ッ、」

 

 コントロールを取り戻し、かろうじて身を起こすビクトリールパンカイザー。しかしそのとき再び、快盗たちは見てしまったのだ──ザミーゴとデクたちが、()()場所を。

 

「──いない……!?」

 

 そう、もはやいずれの姿もその場から消えうせていたのだ。快盗たちの心は再び焦燥に支配された。

 

(デク……っ!)

 

 彼らがそうしている間にも、エックスは孤軍奮闘していた。銃撃が効かないとみるや、スラッシュに転換(コンバート)して斬撃を仕掛ける。しかし近接戦闘とて、ドグラニオはこの戦機を遥かに凌駕していた。

 

「ッ、ルパンレンジャー何してる!?戦いに集中しろ!!」

 

 事情を知らないエックスが叫ぶ。しかし快盗たちの心は戻らない。唯一の例外であるイエローがその声に反応するけれども、ドグラニオの力の前には遅きに失したと言わざるをえない。

 煌めく刃がエックスエンペラーを取り囲み……刹那、爆ぜた。

 

「ぐぁあああああッ!!?」

 

 激震とともに大量の火花が散るコックピット。堪らず倒れる機体は、美しい白銀が見るも無惨に焦げている。今の一撃で、致命的なダメージを受けてしまったことは確かだった。

 

「貴様ごときが湧いたところで、なんの意味もない。──終わりだ」

 

 再び金庫が輝き、ドグラニオの掌に光球が生み出された。それは目まぐるしく色を変えながら、鈍色の空に昇っていく。そして、雲間に吸い込まれた瞬間──

 

──目を開けていられないほどの眩い光が、世界を覆い尽くした。

 

 

「ッ、ぐ、う……っ」

 

 いったい、何が起きたのか。──ちょうど今まさにこの戦場へと駆けつけたパトレンジャーの面々は、咄嗟にパトカーの陰に身を潜めたことでかろうじて無事だった。同時に、あまりに唐突な出来事に、即座には理解が及ばないのも当然で。

 

 しかし辺り一面を覆う粉塵が晴れ……彼らは、絶望にも似た気持ちを味わった。

 

──街が、失われていた。ビルが建ち並んでいた場所はことごとくが瓦礫と劫火に包まれている。まるでインフェルノ……地獄。デストラのときと同等、いやそれすらも凌ぐ滅びの光景だった。

 

 その中央に堂々と立つのは、他ならぬ禍の主──ドグラニオ・ヤーブン。彼は周囲を一瞥すると、つまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「ふ……今日は、こんなところか」

 

 そのまま踵を返し、自らつくり出した異次元の扉に消えていく黄金の姿。いっそ目に痛くすらあるそれは……この世界からすべての安寧を消し飛ばす、悪鬼であることに違いなかった。

 

 

 瓦礫の隙間に、血塗れたキャップ帽が落ちている。この惨禍の中にあって、その持ち主がどうなったかは容易に想像がつく。想像はつくけれども、考えたくはないだろう。

 ただ現実には、持ち主は生存していた。帽子から数メートル離れた場所に、傷だらけではありながらも五体満足の状態で倒れていたのだ。

 

「ッ、………」

 

 閉じられた瞼がぴくりと動き、ややあって緋色の瞳が露になる。途端、彼は襤褸切れのようになった身体を半ば無理矢理に起き上がらせた。

 

「クソオヤジ……、丸顔……っ」

 

 同じく投げ出されたはずの仲間の姿が、どこにもない。離れた場所に落下したか、既に目を覚まして離脱したか。

 あるいは──考えたくはない可能性は、しかし最も信憑性があった。そして自らがその二の舞にならないために、仲間を捜すこともなく彼は身体を引きずって歩き出したのだった。

 



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#49 ロング・グッバイ 3/3

 かろうじてドグラニオ・ヤーブンの攻撃による被害を受けなかった隠れ家にて、黒霧は独り情報収集を続けていた。"本来の顔"を覆い隠す黒い靄が、落ち着かなげに揺れている。ドグラニオの攻撃によってビクトリールパンカイザーとエックスエンペラーが敗れたことは、彼も当然把握している。その後、快盗たちがどうなったかも……ひとりを除いて。

 

「……ッ、」

 

 感情の昂りにあわせて、靄が散ろうとしたときだった。がたんと戸が音をたて、彼は我に返った。

 立ち上がり玄関へ向かった彼が目の当たりにしたのは、半ば倒れ込むようにして帰ってきた爆豪勝己だった。あちこち擦り切れ血に塗れた少年の姿に、既に動いていないはずの心臓が跳ねるような錯覚を黒霧は覚えた。

 

「爆豪くんッ、大丈夫か!?」

 

 取り繕うことさえ忘れた問いに、勝己は是とも非とも答えない。──代わりに、問い返す。

 

「クソオヤジ、と……丸顔は……?」

「………」

 

「……ふたりは、国際警察に身柄を確保されました。意識を失って倒れているところを、発見されたようで……」

「……ッ、」

 

 やはり、そうだった。予測できていたこととはいえ、それは最悪の可能性だったのだ。

 

──勝己は、独りになってしまった。

 

 

 *

 

 

 

 国際警察病院の一室にて、轟炎司と麗日お茶子は酸素マスクをつけられた状態でベッドに沈んでいた。個性由来の治療によって体力を消耗していることもあり、その眠りはとても深いもので。

 

 防護ガラス越しの廊下で、耳郎響香は見張りに立っていた。心情の面でいえば、見守っているというのが正しいか。実際、見張りなどというのは彼女らパトレンジャーの任務ではないのだから。

 

「──耳郎くん、」

「!」

 

 そこに、背広姿の飯田天哉が現れる。きょうばかりは、その足音も心なしか潜められていた。

 

「押収した彼らの装備は、オフィスに預けてきた。死柄木くんも、特に何も言わず……」

「……そう」

「切島くんは?」

「爆豪を捜しに行った。やっぱり、あきらめきれないみたい」

「それは……そう、だろうな」

 

 既にひと通り周辺は捜索したし、専門の部隊も動いている。そんな中で動かずにはいられない鋭児郎の気持ちは、天哉にも痛いほど理解できた。

 

「……怖かった、だろうな。エンデヴァーはともかく……麗日くんは、二年前まで普通の女の子だったろうに」

 

 ヒーロー志望だったとはいえ、まだそのための一歩すら踏み出していない幼い少女。快盗として命がけの戦いを生き抜いてきた今に至ってなお、その面影は色濃く残されているというのに。

 

「……日本警察に依頼して、今、あの子の母親に事情を聴いてもらっているらしい。母親が言うには……自分たち家族の生活を支えるのと、父の治療費を稼ごうとしたんじゃないかって」

「やはり……そうか。しかし、それなら──」

 

 つぶやきかけた言葉を、天哉は呑み込んだ。14歳の少女にとって、理不尽で絶望的な現実。そんなときに垂らされた一本の糸──それが地獄への招待状だったとしても、彼女にとっては唯一の希望だったのだろう。

 

「……死柄木くんの言う通りだ。もし知らなければ……俺は彼女たちを、ただ罪人と断じて胸を張っていたのかもしれない。その苦しみも絶望も、知ろうともしないで……」

 

──教えてくれ、麗日くん。僕らは今、きみたちのために何ができる?

 

 胸のうちで発した問いに、眠るお茶子から返答があるはずもなかった。

 

 

 *

 

 

 

「──申し訳ありません、このような治療しかできず……」

「………」

 

 黒霧の謝罪を、身体に包帯を巻かれた勝己は黙って受け入れた。もとよりヒーリングの個性を利用するか、時間をかけて自然治癒にまかせるかしか選択肢はないのだ。──どちらも選べないことは、最初からわかっている。

 

「……こういうことまでできンだな、あんた」

「……学びましたから」

「そうかよ」

 

 靄に覆われた黒霧の手。はじめて地肌に触れて、まるで死人のように冷たいことを知った。

 

「死者を蘇らせるのは、この世の理を捻じ曲げる行いです」

「……?」

 

 胡乱な目を向ける勝己に構わず、黒霧は独りごちるように続けた。

 

「死柄木弔と私は、それをやろうとしている。本来なら、貴方がたも……──しかし、そうでない道が見つかった」

「!」

 

 目を丸くする勝己に、黒霧は「何も知らないと思いましたか?」と訊いた。

 

「念の為申し上げておきますが、死柄木弔が告げ口したわけではありません」

「……だろうな。──知ってンなら、俺を止めようとは思わねえんか」

「そうすべき、なのでしょうね」

「………」

 

 言葉とは裏腹に、黒霧は一歩後ずさった。

 

「でも……止めて止まるような人間なら、最初から快盗になどなっていない。──そうでしょう?」

「……は、」

 

 よくわかっているじゃないか。痛む身体を叱咤して、勝己は立ち上がった。

 

「心配せんでも、コレクションも全部集め殺したるわ。……アルセーヌの顔、いっぺん拝んでみてぇしな」

「!、……気づいていたのは、お互い様でしたか」

「死柄木見てりゃ嫌でもわかるわ」

「……なるほど」

 

 "先生"とアルセーヌ──それぞれのことを語るとき、弔は同じ表情をしていた。懐かしむような……焦がれるような──ならば弔の取り戻したい大切な人というのは"先生"で、アルセーヌ・ルパンなのではないか。勝己にしてみれば、容易に出しうる結論だった。

 

「幾つなんだよってハナシだけどな、アルセーヌ」

「彼も異世界人の血を引いていますから、それも死柄木弔より色濃く」

「……そういや、ドグラニオが千年生きとるとかなんとか言っとったな」

 

 異世界の人間は、自分たちより遥かに長命ということか。そしてその力も、また。

 勝己は口許をゆがめた。幼き自身の傲慢は、すべて無知からくるものでしかなかったということだ。世界の中で、爆豪勝己といういち個人に特別なものなど何ひとつないのかもしれない。

 

──それでも今、できることはある。

 

「まだ、間に合う。……たとえ俺独りになってでも、絶対に取り戻す……!」

 

 あの日の誓いを胸に、勝己は鮮烈なる赤を手にとった。

 

 

 *

 

 

 

 瓦礫の山と化した街で、切島鋭児郎は今なお"友人"の捜索を続けていた。響香の言った通り、その発見をあきらめることなどできなかったのだ。

 

(爆豪……ッ、)

 

 そうしてひた走りつつ……せめて何か手がかりをと願って戦場付近に戻る。──と、彼はそこで瓦礫の下からかのキャップ帽を見つけた。

 

「これ、爆豪の……?」

 

 べっとりと血に塗れた感触。触れた鋭児郎の手は、ぶるりと震えた。

 

「あいつ、こんな傷で……っ」

 

──ヒーローになれねえ……頼れもしねえヤツが、快盗になるんだよ。

 

 昼間の勝己の言葉が、不意に思い起こされる。──彼は、独りで戦うつもりなのだ。同志を失った今、誰にも依らず……さらに多くの血を、流してでも。

 

(まだだ……まだ間に合う!!)

 

 ある決意を胸に、鋭児郎は再び走り出した。

 

 

 *

 

 

 

 快盗の衣装を纏った勝己は、ビルの屋上に立っていた。眼下の街は、蛍光灯の明かりで彩られている。なんの変哲もない光景──彼方の暗闇は瓦礫の山であるというのに、ここはまるで切り取られた箱庭のようだった。世界とは所詮、そんなもの。

 

「……ザミーゴ、」

 

 標的たる仇敵の名を、つぶやく。あの氷魔もまた自分を狙っていて、デクの存在は釣り餌でしかないはずだ。ならばそう、遠くへは行っていないはず。

 意を決した勝己は、ワイヤーを伝って高層のビルから飛び降りた。──屋上からのワンチャンダイブ。今まさに手を伸ばそうとしている幼なじみに自身が吐いた呪詛を、思い返しながら。

 

 

 そうして勝己は走った。走り続けた。夜の街に鮮烈な緋色が躍動する。彼が探し求めているものを知る人間は、ごくわずかしかいない。その身が傷つき、今にも倒れかかりそうになっていることも。

 そのごくわずかの中のひとり、鋭児郎もまた走っていた。スマートフォンを開きSNSを確認しつつ。深夜も深夜に得られる情報は少ないが、皆無ではない。街を駆けずり回る赤い影は、確かに存在している。見つけるのだ、必ず。彼が宿敵と邂逅する、その前に──

 

 

 そうしてどれほどの時間が経過しただろうか。空が白みはじめた頃、勝己の体力はついに限界を迎えた。

 

「……ッ、ぁ……」

 

 手すりに掴まろうとする手にも力が入らず、そのまま倒れかかる。地面が目前に迫ったそのとき、不意に力強い何かが彼の身体を支えた。

 

「爆豪……ッ、」

「……!」

 

「きり、しま」──か細い声に、鋭児郎は不器用な笑みを浮かべて応えた。繰り返されるその吐息は浅く、熱い。彼が自分に負けじと走り続けていたことを、勝己は瞬間的に察した。

 

「ッ、……なんの、用だ」

「ザミーゴのところに行くつもりか?」

 

 問いに問いをぶつけられて、勝己は顔を顰めた。尤も自らのそれが実に無意味なものであることは、口を開く前から自覚するところだったのだけれど。

 

「関係……ッ、ねえだろ……」

「ある!あんなバケモン相手にひとりで挑むなんて無茶だッ、死ぬ気かよ!?」

「そっちがクソオヤジと丸顔、捕まえたんだろうが……ッ」

「爆豪、」

「気安く呼ぶんじゃねえッ、失せろ……!」

 

 そう言い捨てて、突き放そうとしたときだった。

 

「──俺がいる……!」

「……は?」

 

 思いもよらぬ言葉に、勝己は思わず振り返った。振り返らされた、と言うほうが正しいか。

 

「前に言ったろ、──おめェの助けになりたいって」

「……ッ、」

 

 かっと頭に血を上らせた勝己だったが……大きく息を吐き出してから、抗弁した。

 

「……あんた、こうも言ったぜ。こんなやり方、絶対に間違ってるってな」

「………」

 

 太陽が彼方の山間から姿を見せはじめ、薄墨色の空が一気に橙へと染まる。燃ゆる川面の光が、鋭児郎の赤髪をいっとう際立たせた。

 

「……間違ってるよ、間違ってるに決まってる。おめェには他に、いくらでも道があったはずだ」

「ッ、ンなの──」

「でもンなこと、今だから……他人の俺だから言えることなんだ……!あのときのおめェにはそれしかなかった……そうだろ……?」

「……!」

 

「今の俺も、おめェと同じだ……」

 

 朝日に照らされた鋭児郎の、ルビーのような瞳が揺らめくのがわかる。──漢らしさを標榜するくせに、この男は年甲斐もなく涙もろい。

 

「他に道があるかなんて関係ねえ……!今、目の前で苦しんでるダチひとり救けらんねえで、何がヒーローだ……っ。そんなモン、俺にはもう要らねえ……!」

 

「──俺は今、おめェだけを救けたい!!」

 

 肚から搾り出すような鋭児郎の叫びに、勝己は言葉を失った。それは悠久ともいえる沈黙が、彼らの世界を支配することを意味していて。

 燃え上がる焦燥さえも一瞬忘れかけていた彼を現実に引き戻したのは、朝の訪れとともに前ぶれなく現れた巨大ポーダマンの群れだった。

 

「!、あれは……」

 

 鋭児郎の視線が勝己からはずれ、その暴威へ向けられる。普段ならすぐにでも駆け出すであろうところ、今の彼は一歩を踏み出すことさえ躊躇っていた。ヒーローであることより、爆豪勝己の友であることを選びとってしまったから。──それでも彼の心に、救けを求める大勢の姿かたちが浮かばないはずがないのだ。

 

 

 だからその背を、勝己はそっと押した。

 

「──!」

「………」

 

「あんたは、そっちにいろよ」

 

 その言葉は、意図したよりずっと鮮明に響いた。

 

「こんな快盗より、救けなきゃなんねえ人間が大勢いるだろ」

「ッ、それでも……俺は!」

「──俺があんたになれねえみたいに……あんただって、俺にはなれねえ」

 

 鋭児郎が、言葉を失うのがわかった。勝己は自覚していなかったがこのとき、彼の表情は誰も見たことがないほどに穏やかな笑みに染まっていて。

 

 

「──あんがとよ、烈怒頼雄斗」

 

 

 そして勝己は、踵を返した。去りゆく赤い背中──それを見送る自身の背後では、今もなお異形の怪が街を、そこに生きる人を蹂躪している。"烈怒頼雄斗"──その称号を自ら名乗った者が向かうべきは、どちらか。そんなものは決まっている。

 

「ッ、う゛あ゛ああああああ────ッ!!!」

 

 慟哭とともに鋭児郎は、紅蓮に包まれる街めがけて走り出した。──思い出したのだ。爆豪勝己と初めて出逢ったときのことを。彼のような男にこそ、一目置かれるようなヒーローにならなければと、そう決心したことを。

 願いがかなえられた今、この名を棄てるわけにはいかなかった。

 

 

 *

 

 

 

「──飯田、街でギャングラーが暴れ出した。出動するよ」

 

 響香の言葉に、天哉は躊躇することなく頷いた。監視を任せられた担当官に後を引き継ぎ、走り出す。

 

(麗日くん……待っていてくれ。きみがもう二度と、戦わなくていい世界にしてみせるから)

 

 そこに彼女の願う幸福があるのか、天哉にはわからない。だが天哉は、警察官だ。

 ならば今、彼女のためにしてやれることはそれしかないのだ。それがあるいは、彼女からあの朗らかな笑顔を永遠に奪うような所業であったとしても。

 

 

 *

 

 

 

 しかし現実に、彼らが捕らえ損ねた残るひとりは既に、因縁の相手との血戦に臨もうとしていた。

 

 街から一里ほど離れた山麓の洋館に、少年は足を踏み入れる。ここまでの道程にはところどころ不溶の氷塊が落ちていて、それらを案内板代わりにたどり着くことができた。

 

──果たして標的は、ホールで独り余った氷を齧っていた。

 

「ハァ〜イ。遅かったじゃん、ルパンレッド?」

 

 まるで親しい友人に対するがごとく気安い言葉を発する青年に、勝己は盛大に顔を顰めた。

 

「てめェがこんなとこでコソコソしてるせいだろうが、氷野郎」

「だってあんまり街中だと、すぐ邪魔が入るだろぉ?警察とか……ドグラニオとか」

「………」

 

「……あの氷は、どうした?」

 

 濁して訊くと、ザミーゴは嘲るように笑みをこぼす。

 

「青いのの息子と──"デク"だろぉ?」

「ッ、」

「ハハハハハっ、サッムぅ〜!今さら惚けた顔すんなって〜。お前らがやたらオレに執着するから、調べたんだよ」

 

 「氷に触れれば大体のことはわかるからな」と、ザミーゴ。その言葉に嘘はなかった。今まで他のギャングラーに化けの皮を提供するときも、そうして対象の記憶を読み取っておいて擬態に役立たせていたのだから。

 

「安心しな。そいつらを化けの皮にするのは──明日の朝だ」

「ざけんな!!」

「だったらオレと戦え!!」被せるように叫ぶ。「ドグラニオなんかにやられる前にな……!」

 

 言われなくともそのつもりだった。これ以上言葉は要らないとばかりに、VSチェンジャーにレッドダイヤルファイターを装填する。

 

『レッド!0・1──0、マスカレイズ!』

「いいぜ……かかってきな」

 

 弄んでいた氷を頭上めがけて投げつけるザミーゴ。それが落下を始めると同時に、勝己はトリガーを引いていた。

 光が氷に照り返し、互いの像を反射する。──映し出された姿は、それぞれ赤き仮面の戦士と氷結の異形へと変わっていて。

 

 床に叩きつけられた氷が砕け散ると同時に、ふたりは走り出していた。

 

「うおぁあああああ──ッ!!!」

「ははははははは──ッ!!!」

 

 

 銃声が、死闘のはじまりを告げた。

 

 

 à suivre……

 

 





「ふたりの笑った顔、見たいから……!」
「貴様を倒し、」
「大事な人を取り戻す!」


次回「七番目の空」


「世界の平和は、任せたぜ」



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#50 七番目の空 1/3

場面転換の嵐


 

 爆豪勝己は、たった独りでザミーゴ・デルマに挑んでいた。

 

「ハハハハっ、ハハハハハ!!」

 

 心底愉しげな笑い声を発し続けながら、氷銃を連射し続けるザミーゴ。対する勝己──ルパンレッドは絶えず室内を駆け回りながら、間一髪のところで氷弾をかわしていく。すぐ背後で氷が拡がる気配とともに、冷たい風が強化服越しに肌を刺す。それは敗北の臭気そのものだった。

 

「ハ、──オラァ!!」

「!」

 

 傍にあったテーブルを蹴りつけ、凍った床を滑走させるザミーゴ。向かってくるそれに一瞬気をとられたレッドだが、致命的な隙を生む前に彼は動いていた。自らもスライディングの要領で氷上を滑り、あえてテーブルへと向かっていく。その隙間をすり抜け、一挙ザミーゴへ接近したのだ。

 

「死ねぇ!!」

「ぅおっと!」

 

 殴りかかるレッド。しかしザミーゴはそれを容易くいなすと腕を掴み、異形の力でそのまま投げ飛ばした。

 

「ぐッ……──らぁ!!」

『ビクトリーストライカー!1・1・1──ミラクルマスカレイズ!』

 

 装填したビクトリーストライカーのダイヤルを回したところで、ザミーゴは容赦のない追撃を仕掛けてくる。態勢を崩してしまった今の自分にはかわしきれない──そう判断したレッドは、咄嗟に傍にあった椅子を足払いで蹴り飛ばし、盾とした。果たして弾丸はそちらに命中し、かえって目眩ましの役割を果たしてくれた。

 

 彼が氷塊を飛び越えて跳躍したときには、彼はスーパールパンレッドへの変身を遂げていた。マントを翻し、銃撃を仕掛ける。

 

「!!」

 

 それは見事、命中をとった──しかしザミーゴはその瞬間、三つ目の金庫を光らせていた。液状化が発動し、弾丸はその身をすり抜けてしまう。

 

「ハハハ……、ざ〜んねん」

「ッ、クソが……っ」

 

 コレクションを奪えない限り、勝利の糸口は掴めない──

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、飯田天哉・耳郎響香は変身し、戦場へと飛び込んでいた。とはいえ敵はことごとく巨大化していて、迂闊に手出しできない状況なのだが。

 

「くっ……切島くんたちはまだか!?」

「グッドストライカーも来ない……。ッ、しょうがない、ウチらだけで──」

 

 覚悟を決めて、ふたりがトリガーマシンを出撃させようとしたときだった。

 

「──飯田、耳郎っ!」

「!」

 

 振り向けば、駆けつける鋭児郎──パトレン1号、そしてパトレンエックスの姿も。後者の手には、求めていたグッドストライカーの姿があって。

 

「……悪ィ、遅くなった!」

Moi aussi(右に同じく)、グッドストライカーの修復に時間がかかってね」

『ドグラニオには吹っ飛ばされたけど、ポーダマンなんかに敗けるかよぉ〜!』

 

 昨日の鬱憤が溜まっているのか、いつも以上に意気軒昂のグッドストライカー。ならばあとは、人間たち次第だ。

 

「──いくぜ……!」

 

 脳裏で浮沈を繰り返す友の姿を強引に押し込めて、1号はVSチェンジャーにサイレンストライカーを装填した。仲間たちもまた、それに続き──

 

 

──数秒ののち、戦場に二機の巨人が立っていた。サイレンパトカイザーに、エックスエンペラーガンナー。破壊の限りを尽くしていたポーダマンらの視線が、彼らに集中する。

 

「こんなヤツらに時間はかけねえ、とっととカタぁつける!」

「「「──了解!」」」

 

 弔も含めた仲間たちから返答があって、彼らは即座に動き出した。ポーダマンの銃撃をいなしつつ、エックスエンペラーが砲撃を見舞い返す。

 そしてサイレンパトカイザーは一挙に跳躍し、クレーンとバイカーの両輪で伸縮自在の攻撃を仕掛ける。

 

 果たしてそれらはグッドストライカーの言葉通り、ポーダマン相手には強烈すぎる猛攻であった。一発、一発と炸裂するたびに、その数は確実に減っていく。

 そうしてある程度の余裕ができたところで、彼らは一挙に勝負に出た。

 

「「「「──サイレンガンナーストライクっ!!」」」」

 

 二大巨人の一斉掃射が同時に炸裂し、その膨大なエネルギーに呑まれたポーダマンの群れは跡形もなく消滅していく。そうして街は、惨禍のあとを残しながらも静寂を取り戻した。

 

「任務……完了」

「………」

 

 言葉とは裏腹に、四人の心にはひとときの安寧も訪れはしない。糸を引いているギャングラーの首領がどう動くか……そして、快盗たち。今このときは、彼らパトレンジャーにとっても苦しい局面に違いないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 意識を取り戻した麗日お茶子が目にしたのは、染みひとつない無機質な天井だった。

 

「ここは……──ッ、」

 

 痛みと倦怠感の残る身体を起こし、周囲を見やる。隣のベッドには炎司の巨躯が横たわっていて、さらにその向こう側は分厚いガラスで覆われている。

 まさか、と嫌な予感を覚えていると、がちゃりと扉が開いた。

 

「目が覚めたか」

「!、あなたは……」

「国際警察だ。おまえたちを拘束──」

 

 そのときだった。担当官がうっと声をあげ、その場に倒れかかったのは。

 

「……迂闊に身を起こすな」

「!、え、炎司さん……」

 

「行くぞ」──差し伸べられた手を、お茶子は躊躇なくとる。そして病室、ひいては病院をも抜け出したのだった。

 

 

 *

 

 

 

「悪い、切島くん。こんなときに付き合わせて」

 

 庁舎への帰途、弔は鋭児郎だけを呼びとめていた。冷たい風が、向き合う青年たちに絶えず吹きつけている。

 

「いいよ、おめェの頼みなら」笑顔でそう応じつつ、「でも、話ってなんだ?」

 

 一瞬、逡巡めいた表情を浮かべる弔。今となってはそれだけで、彼が"快盗側"として何かを請おうとしていると鋭児郎にはわかる。だからといって、耳を塞ぐつもりはなかったが。

 ややあって、

 

「……俺がこれから頼むのは、きみたちを危険に晒すようなことかもしれない。でもきみたちにしか、頼めないんだ」

「………」

 

 鋭児郎の拳に、力がこもった。

 

 

 *

 

 

 

 がしゃんと、ガラスの割れる音が響く。

 積み上げられた書類が風によって飛ばされ、床が瞬く間に白で荒らされていく。

 

 警察戦隊のタクティクス・ルームに、賊が侵入していた。青い燕尾服に身を包んだ大男と、黄色と黒のドレスを纏った少女。彼らにとっては幸いなことに、部屋には誰もいなかった。今のうちにと、手当たり次第デスクを漁っていく。

 

「ほ、ほんとにこんなとこ入っとんのかな……?」

「前に死柄木が話していただろう、パトレンジャーの連中は証拠品の管理が甘いと」

 

 いちおう引き出しに鍵はかかっているが、彼ら快盗にしてみればそんなものは目印にしかならない。ダイヤルファイターを押し当てて一瞬で解錠することができるのは、今さら言うまでもあるまい。

 

 しかし彼らにはひとつ、誤算があった。

 

「──病院を抜け出して、VSチェンジャーを捜しに来たのか?」

「……!!」

 

 捜しはじめて間もないうちに、開く扉。そして姿を現したのは、VSチェンジャーを構えた飯田天哉と耳郎響香だった。

 

「飯田、さん……っ」

「……麗日くん、おとなしく病院へ戻るんだ」

「………」

 

 答は、決まっていた。

 

「……できません」

「麗日くん……っ!」

「ザミーゴ倒せばっ、爆豪くんと炎司さんの大切な人が戻ってくるのっ!!」

「それはきみの願いではないだろう!?」

「私の願いだよ!!……もう。……ふたりの笑った顔、見たいから……!」

「……ッ、」

 

 言葉に詰まった天哉と入れ替わるように、響香も口を開いた。

 

「……その傷で戦うつもりですか?──そんなのっ、死ににいくようなもんだぞ!?」

「だから行くんだ!!」劫火のような叫びだった。「俺たちより余程自分を顧みない奴が今、独りで戦っているんだ……!」

「仲間を、死なせたくないの……!そのためなら、なんだってするのっ!!」

 

 グリップを握る手に力がこもるのを、天哉は自覚した。──今の彼女たちに、どんな自分たちの言葉も届かない。そうとわかるのはそれが、彼女たちの意志が普遍的なものだから。

 

 だから今──自分たちの力では、彼女たちを救えない。

 

「………」

 

 傍らのデスクに、ふたつのVSチェンジャーが置かれた。

 

「……持っていけ。ウチらも……見殺しにはしたくない」

「逆の立場だったら……僕もきっと、走っていた。それが過ちだとわかっていても……。だから今、僕はきみたちの背中を押す……!警察官ではなく、ひとりの人間として……っ」

「……ありがとう……」

 

 VSチェンジャーを手にしようと伸びる手に、震える大きな手が重なった。

 

「!」

「……二年前に、出会いたかった。そうすれば、きみがこの手に銃を握るより前に、力になってあげられたかもしれないのに……っ」

「……飯田さん……」

 

 彼の手の上にさらに手を重ねると、お茶子はそれをそっと握り込んだ。

 

「飯田さんの望んだ結果じゃないかもしれないけど……それでも私、飯田さんに救われたよ。……ありがとう」

「……ッ、」

 

 手と手が離れ、彼らは再び快盗と警察に戻る。もう二度とこの手が触れあうことがなくとも、笑いかけあうことがないとしても。

 

「三人で、生きて帰ってきてください……必ず」

「……きみたちも」

 

 互いの無事を祈りあい──彼らは再び、道をたがえた。

 

 

 *

 

 

 

 ルパンレッドとザミーゴ・デルマの死闘は、終始後者の有利に運んでいた。

 

「ハハハ、ハハハハっ!!」

「ッ、クソが……っ」

 

 こちらの攻撃はすべてすり抜け、敵の攻撃ばかりが命を削らんと迫る。一発が掠りでもすれば、その時点で氷漬けの未来が待っている。何も為せない、昏く閉ざされただけの未来が。

 だから勝己はルパンレッドとして、全力で足掻いた。壁に叩きつけられても、間近で銃を突きつけられても。

 

「どうした、もう終わりか?」

「がぁあああああ────ッ!!!」

 

 氷銃を振り払い、殴りかかる。もはやザミーゴは液状化を発動させることもなくそれをいなすと、彼を力いっぱい殴り飛ばした。

 

「ぐぁ……ッ!?」

 

 吹き飛ばされ、凍りついた床を転がるルパンレッド。既に彼の体力は限界を迎えていた。変身が解け、爆豪勝己の姿が露になる。

 

「ッ、……ぐ……っ」

「ハハッ……」

 

「──アディオス?」

 

 銃口が向けられ……いよいよ勝己の運命に、終止符が打たれようとしていた。

 

──刹那、天井が破砕され、無数の弾丸が部屋に降りそそぐまでは。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に身体を液状化させつつ、後退するザミーゴ。ほとんど反射的な行動だったが、それゆえ彼は勝利を掴みそこねた。落下してきた瓦礫により、彼らは完全に分かたれることとなったからだ。

 

「──勝己っ!!」

 

 名を呼ぶ太い声とともに、ふたつの影が空から降りてくる。駆け寄ってきたそれらは、それぞれ青と黄に彩られていて。

 彼らは勝己の両脇を抱え、素早くこの戦場を離脱していく。瓦礫の僅かな隙間から、ザミーゴはその様を目の当たりにしていた。

 

「ひゅう……どこまでも、愉しませてくれる」

 

 人間態に戻った彼の表情は、言葉通りの笑みに染まっていた。

 

 

 *

 

 

 

「勝己っ……大丈夫か?」

 

 どこか切羽詰まった低い声が降ってきて、危機を脱した勝己の胸に戸惑いが広がった。

 

「てめェら……なんで、」

 

 訊いた途端、お茶子の手が頬を引っ張る。「何しやがる」とがなるより早く、彼女は口を開いた。

 

「誰が倒れても残ったひとりが願いをかなえれば良い、なんて……そんな約束、クソっくらえだよ!」

「ここまで、三人でやってきたんだ。……今さら置いていくな」

「ってか、置いてかれても着いてくし!」

「お前ら……」思わず笑みがこぼれる。「どいつもこいつも……俺のこと大好きかよ。きっめェ」

 

 つられて笑うふたり。罪過の清算のための日々で、しかし彼らが紡いできた絆は本物だった。それぞれの願いはいつしか混ざりあい、決して分かつことのできないものとなっている。──ならば最後まで、全員で成し遂げるべきなのだ。

 

 立ち上がろうとする勝己を、すかさずふたりの手が支えてくれた。勝己もまた、彼らの手を引っ張り返す。そして再び、VSチェンジャーを手にとった。

 

「今日こそ絶ッ対、ザミーゴ倒して──」

「大事なものを取り戻す……!」

「そんで、最後にみんなで笑いあおう!」

 

 三つの銃身が触れあい、かたりと澄んだ音を奏でる。──そのときだった。傍らから、形状の異なる"四つめ"が差し出されたのは。

 

「三人じゃなくて、四人だろ?」

「!、死柄木……」

 

 白銀の衣装に身を包んだ彼もまた、今ではかけがえない同志に違いない。そして彼は自分たちと異なる立場ゆえ、異なる方向から突破口を切り開いてくれる。

 

「ザミーゴを倒すための秘策を持ってきた。褒めたたえるが良いぜ、諸君?」

 

 そう言って、弔は悪戯っ子のように笑った。

 

 

 *

 

 

 

「──クレーンとバイカーを死柄木に渡しちまいました!すんませんでしたっ!!」

 

 威勢よく声をあげて、鋭児郎はがばりと頭を下げた。

 塚内管理官とジム・カーターが、その姿を困り果てた様子で見下ろしている。

 

「……まったくきみといい、そこの飯田・耳郎両名といい、最後の最後で好き勝手やってくれるな……」

「面目次第もございません……!処分は覚悟のうえです!!」

「処分は部下の管理がなっていない管理官にも及ぶんだが?」

「ううっ……申し訳ありません、本当に……」

 

 すっかり萎びた声をこぼす天哉を認めて、塚内はくすりと笑った。

 

「……やれやれ。ま、クビになったら切島くんに養ってもらうか」

「うぇッ、俺っスか!?」

「だってきみ、俺たちと違って無職にはならんだろう」

「そ、そうっスけどぉ……あっ、じゃあこういうのはどうっスかね!?俺ら全員で喫茶店開くんス!俺はまあ副業って形になっちゃいますけど、烈怒頼雄斗プロデュースってことで!ウチの事務所にも出資してもらって!」

「はは、いいねそれ」響香が同調する。

『あのぅ……それって私はどうなるんでしょう?』

「あっ……」

 

 ジム・カーターの瞳が冷たく光り、気まずい沈黙に包まれる室内。──直後にパトランプが警報を鳴らしたのは、彼の感情を表したものではなかった。

 

『!、朝比奈地区にドグラニオ・ヤーブンと大量のポーダマンが出現との報告です!あ……半径1キロが既に壊滅状態だと……』

「ッ!」

「………」

 

「俺たちがどんな未来を語ろうと……ドグラニオを倒さない限り、それは永遠に訪れない。──切島くん、飯田くん、耳郎くん」

 

「今は、きみたちにすべてを託す」──その言葉に、三人は力強く頷いた。

 

 



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#50 七番目の空 2/3

 

 獲物を仕留めそこねたザミーゴ・デルマだったが、取り逃がしたとは思っていなかった。

 

「おぉぉーい、出てこいよルパンレンジャー!タイセツナヒトが化けの皮になっても良いのかなァ!!?」

 

 こう叫べば、彼らは飛び出してこざるをえない。卑劣とは思わなかった。あの氷塊の中の少年たちは釣り餌にすぎず、戦闘において人質にしようというわけでもないのだから。

 

「──させるわけねえだろ」

 

 果たしてそれは、かの少年のものとしては落ち着いたよく通る声だった。

 振り返るザミーゴ。──建物の上に、四つの人影が立っている。赤、青、黄──白銀。

 

「さあ、決着の続きだ……!」

「おいおい……四匹に増えてるじゃんか」

「あいにく、正々堂々にもう興味はなくてな」

「俺ら、快盗だからなァ」

「きょうこそ……()()()()()()願い、かなえさせてもらうから!!」

 

 これ以上はないほどの闘気を漲らせる快盗たちの姿に──ザミーゴの昂奮もまた、最高潮へと達しようとしていた。

 

「ハハハハッ!いいぜ……まとめてかかって来な!!」

 

 言われるまでもない。勝己は血に濡れたレッドダイヤルファイターを滑り落とさぬよう、その手でがっちりと掴んだ。

 そして、

 

「「「「──快盗チェンジ!!」」」」

『レッド!』

『ブルー!』

『イエロー!』

『0・1──0!』

『2・6──2!』

『1・1──6!』

『マスカレイズ!』

『Xナイズ!』

 

──快盗、チェンジ。

 

 そして彼らは再び、仮面の快盗へと変身を遂げて。

 

「ルパンレッドォ!!」

「ルパンブルー……!」

「ルパンイエロー!!」

「ルパン、エックス!」

 

「「「「快盗戦隊──ルパンレンジャー!!」」」」

 

「予告する。背中のお宝いただいて──」

「貴様を倒し……!」

「大事な人を取り戻す!」

「──ファイナルゲーム、スタートだ!」

 

 コンクリートを力いっぱい蹴り、跳躍するルパンレンジャー。ザミーゴもまた怪人態へと変身し、氷銃を構える。「派手に遊ぶ」──彼の願いはただそれだけで、快盗たちのそれとどちらが劣るというものでもない。

 

 趨勢を決するのは最初から、力だけだ。

 

 

 *

 

 

 

 街を焼け野原へと変えながら、ドグラニオ・ヤーブンは我が物顔での闊歩を続けていた。背後に大量のポーダマンを引き連れているとはいえ、その地獄はほとんど彼独りによってつくり出されたものである。

 さありながら、彼の衝動は収まるところを知らない。なぜならその視界に映るのは、一面整然と保たれている街だからだ。破壊と殺戮を続け、やがて前後左右すべてが紅蓮へと染まらぬ限り、彼は止まることがない。

 

──ならば、同じ力をもって止めるしかない。

 

「動くなッ、ドグラニオ!!」

「………」

 

 駆けつけた若者たち。身のこなしこそ鍛えられてはいるが、彼らは正真正銘、ただの人間でしかない。うち一名がヒーローと呼ばれるこの世界の守護者で、一般人よりは多少図抜けているとしても、ドグラニオには関係のない話だった。

 

「国際警察だ……!」

「言われんでももう知ってる。性懲りもなく正面から来るとは、俺を倒す秘策でも見つけたか?」

「そんなもの、あろうがなかろうが関係ない!!」

「ギャングラーの殲滅が、ウチらの使命だからな……!」

「相手が誰だろうが……怯まねえッ!!」

 

 青年たちの叫びに、ドグラニオは碧眼を冷たく光らせた。自分を相手に、これだけの啖呵を切ったのだ。

 

「愉しませてもらおうか」

 

──そうでなければ、絶対に許さない。

 

 ドグラニオの無言の号令を受けて、ポーダマンの群れが一斉に向かってくる。対する鋭児郎たちは一片の恐怖すら露にすることなく、切札たる魔具を構えた。

 

「「「警察チェンジっ!!」」」

『1号!』

『2号!』

『3号!』

『パトライズ!』

 

──警察、チェンジ。

 

 銃口から放たれた光が、三人の身体を装甲に包み込む。それと時を同じくして、彼らは戦闘状態へと突入した。

 

「国際警察の権限においてッ、実力を行使する!!」

 

 勇ましい口上を叫びながら拳を振るい、引き金を引く。彼──パトレン1号ばかりではない、2号と3号もそうだ。彼らは良くも悪くも後先を考えない。これ以上の被害を出さないために、ポーダマン相手にも全力で立ち向かう。

 

 そうして今まで、勝利を掴みとってきたのだ。

 

「烈怒頼雄斗ッ、安無嶺過武瑠!!!」

 

 全身を限界まで硬化させると同時に、敵の群れへと突進を敢行する。強化服の下の巌がごとき皮膚は、容赦なくポーダマンを弾き飛ばしていく。

 

「流石だ、切島くん!」天哉が声をあげる。「個性は使えないがッ、俺も負けてはいられない!!」

 

 そのぶんだけ純粋に高めた身体能力。たとえヒーローの夢を断たれても、彼の心根が変わることはなかった。その果てが今、こうして深緑の戦衣を纏う英雄だ。──平和の守り手として、自分は兄にだって負けていない!

 

 そしてそのすぐ隣で、響香も自身の個性を振るっていた。イヤホン状の耳朶をしならせて敵に接触させ、自身の心音を最大音量で流し込む。人間より五感の敏い彼らは、それだけで神経を破壊されて昏倒してしまう。同時に彼女は、別の敵に対して銃撃を繰り出していた。

 

「やるな耳郎、いつもながら器用だぜ!」

「褒めなくて良いから、仕上げるよ!!」

「おうよッ!!」

 

 躊躇なく3号の腰に手をかけ、その身を持ち上げる1号。ぐるりとその場で回転しながら、彼女はVSチェンジャーを掃射する。そうして、残るポーダマンは完全に殲滅された。

 

「っし……!」

「あとはドグラニオ、貴様だけだッ!!」

「フ……、」

 

 ポーダマンを全滅に追い込まれるまでは想定の範囲内だったのだろう、ドグラニオは悠然と構えたままでいる。腹立たしいことだったが、鋭児郎たちにとっても本番はこれから。──絶対に、倒す。

 

「うぉおおおおお──ッ!!」

 

 雄叫びとともに、パトレンジャーは駆け出していった。

 

 

 *

 

 

 

 ルパンレンジャーとザミーゴ・デルマの対決も、最高潮を迎えていた。

 

「うぉらあぁぁッ!!」

 

 雄叫びをあげ、ザミーゴに飛びかかるスーパールパンレッド。その構図自体は先の戦闘と変わらないが……最大の違いは、標的を取り囲むように仲間たちが布陣しているということだ。液状化のために相変わらずこちらの攻撃は通じないが、ザミーゴの意識は明らかに散漫となっている。

 あとは、

 

コレクションの力(液状化)さえ攻略できれば……!)

 

 それとて無敵の力でないことは、既にわかっている。無駄のようでもあきらめず、攻めて攻めまくる。そこに勝機があるというのが、口に出して共有するまでもないルパンレンジャーの統一見解だった。

 

「ハッハァ!!」

 

 一方で、狙いも定めず氷銃を乱射するザミーゴ。敵が四人もいる以上、定める必要もないというのが彼の考えで。確かにそれは的を射ていて、何十発目かがエックスの軌道と掠った。

 

「!!」

 

 まずひとり──確信するザミーゴだったが、氷弾がその軌道に乗るより早くルパンブルーが割り込んでいた。"ヘルフレイム"──浄めの焔にふさわしからぬ名を与えられた彼の個性が、氷を一瞬にして融かし尽くす。

 

「っとと……Merci、さっすがエンデヴァー」

「礼は要らん」

 

 一方のザミーゴは、ひゅうと口笛を鳴らしていた。よもや、ヒト由来の力が自身のそれに打ち勝つとは。氷と焔という、相性の問題はあれど。

 そちらに注意を惹きつけられたザミーゴは、背後から迫るルパンレッドへの対処に出遅れた。

 

「おらァッ!!」

「!」

 

 振り向くと同時に銃を突きつけたのが禍した。持ち手を力いっぱい蹴りつけられ、衝撃で銃が宙を舞う。それを、レッドの手が掴みとった。

 

「ッ、……なんのつもりだ?」

「はっ、コイツなら液状化できねーだろ?」

 

 液体は凍る──シンプルな発想だったが、まぎれもない図星だった。初めて舌打ちを洩らしつつも、ザミーゴはレッドと距離をとるべく走り出す。

 

「無駄だっつの……!」

 

 そこで、ビクトリーストライカーの固有能力を発動させる。ザミーゴの進行方向を先読みし、氷弾を撃ち込む。──勝った!

 

 しかしザミーゴは、事ここに至ってもなお一枚上手だった。

 

「うぉっと!!」

 

 もうひとつ銃を生み出して地面に弾を撃ち込み、氷上をスライディングで滑走する。予知しきれなかったその動作のためにレッドの氷弾はあとわずかのところで彼を素通りし、

 

「あ──ッ!?」

「!、丸顔ッ!?」

 

 そこには、イエローがいた。慌ててかわそうとする彼女だが一歩遅く、彼女は氷像へと成り果ててしまった──

 

「ハッハァ、残念だったなァ!!」

「ッ!?」

 

 レッドが動揺した瞬間を、文字通りザミーゴは狙い撃った。三つ目の氷銃を金庫から生成し、二丁で仕掛ける。すんでのところでかわすレッドだが、この氷魔は追撃の手を緩めることなく肉薄してきた。

 

「ハハハ……凍らせちゃうよォ?」

「ッ、クソ、がぁ……ッ」

 

 互いに氷銃をもっているとはいえ、数で勝り、使い慣れているザミーゴに軍配が上がるのは目に見えている。万事、休すか──

 

「──なんてなァ」

「!」

 

 レッドの声色が変わるのと、彼の持つ氷銃が鈍い光を放つのが同時。はっとしたザミーゴが振り返ったときには、氷の中にいたはずのイエローが間近に迫っていて。

 

『3・3──5!』

「ッ!」

 

 ダイヤルファイターを押し当てられ、暗証番号を読まれる。抵抗しようとするザミーゴだったがふたりに至近距離で挟み込まれていること、両手が塞がっていることが災いし、彼の行動は大きく制約されてしまっている。

 そして、

 

「──ぶっ飛べッ!!」

 

 麗日お茶子渾身のストレートが炸裂──ザミーゴは台地から吹き飛ばされ、墜落していく。それを見下ろすイエローの手には、手裏剣のような形をした紺碧の結晶が握られていた。

 

「ルパンコレクション、いただき〜ッ!!」

「っし、よーやった。……麗日」

「えっ、なんて!?もっかい、もっかい言って!」

「チョーシ乗んな丸顔!!」

 

 ともかくも、彼らは敵を追って地上に降り立った。仰向けに寝転んでいたザミーゴだったが、白旗を揚げたわけではない。勢いをつけて身を起こすと、またしても口笛を吹いてみせる。

 

「へえ、銃に解凍能力があることまで見抜いてたってワケか。流石、やるねえ」

 

 「ホンット、愉しませてくれるなァ」と笑うザミーゴ。相変わらず余裕ぶっているのは癪に障るが、態度がどうであれ現実は変わらない。

 

「これでもう液状化はできん」

「いよいよてめェをブッ殺すだけだ」

 

 決着のとき。快盗たちが、それぞれの全力を発揮しようとしたときだった。

 

「ぐぁああッ!?」

「!」

 

 爆炎に塗れて、吹っ飛ばされてきた三つの影。地面を転がった全身装甲は、光が散るように"中身"の姿を晒した。

 

「切島ッ!?」

「!、爆豪……!」

 

 彼だけではない、パトレンジャーの面々が全員。一瞬呆けてしまった彼らは、刹那、冬に似つかわしくない熱い疾風を感じた。

 

──ルパンエックスが走り出したのは、その直後だった。

 

「がぁああ──ッ!!」

「死柄木!?」

 

 飛んできた光砲に、一瞬で呑み込まれるエックス。それは元々鋭児郎たちを狙ったものに他ならなかった。彼が割って入らなければ、生身の三人は影さえも残らず蒸発していただろう。

 代償としてエックスの変身は解除され、傷ついた弔が警察とともに転がることになったのだが。

 

「ッ、ぐ……」

「──おや?ザミーゴに快盗どもじゃないか」

 

 小柄な体躯に比して、重々しい足音。そこに鎖が擦れる音が重なって、さらに禍々しく響き渡っている。

 

「……ドグラニオ……!」

 

 ギャングラーの首領、ドグラニオ・ヤーブン──よもやこの時機にと、快盗たちはぎりりと歯を鳴らした。

 しかしこのときばかりは、ザミーゴの感情も彼らと一致していた。

 

「おいおい……せっかくルパンレンジャーだけ誘い出したってのに、ハァ……しょうがない」

 

 畏怖など微塵も窺わせず、黄金の首領と対峙するザミーゴ。いよいよ叛意を露にするのか、それとも──と思われたそのとき、彼は皆が思ってもみないことを口にした。

 

「なあ、ボス!──あんたの金庫に、オレを入れてくれよ」

「な……!?」

「ッ!?」

「──ほう、」

 

 ただ独りドグラニオだけは、「そう来たか」とでも言いたげな声を発したのだが。

 

「ッ、てめェ……逃げんのか!!」

「ハァ?サムいこと言うなよ。誰にも邪魔されずにお前らと決着つけたいからに決まってんだろ……!」

 

 それは普段の彼からは想像もつかない、肚の底から出でた声だった。その本気を、誰もが感じとらざるをえない。ドグラニオも、また。

 

「良いのか?金庫に入ってしまえば、俺が開けてやらん限り外には出られんぞ」

「そんなの大した問題じゃない。オレはただ、心ゆくまであいつらと戦いたいんだ……!」

 

 今のザミーゴには、それしか見えていない。生まれて初めて覚えた燃え滾るような情熱。──火をつけられたのだ、快盗たちに。決して融けることのない氷塊の奥底にまで。

 

(……この、男もか)

 

 炎司はそこに、今は亡いも同然の我が子の姿を見た。紅蓮に染まった心はもう、元には戻らない。その果てにあるのは栄耀か破滅か、ふたつにひとつ。

 

「ふ……己の自由までも賭けてみせるか。──良いだろう」

 

 首肯いたドグラニオの金庫から、まるで生物のようにしゅるりと鎖が外れ──開く。果たしてその内部はブラックホールのように渦巻く暗闇が広がっていてください

 

「サンキュー、ボス。……さあ来い、ルパンレンジャー」

 

 吹きつける突風に引き寄せられ、吸い込まれていくザミーゴ。招かれたルパンレンジャーの答は、

 

「受けて立ってやらぁ……!」

「ッ、駄目だルパンレンジャー!!」引き止める弔。「ドグラニオも言っただろッ、あの中に入っちまったら、もう……!」

「だからって、ザミーゴ放っとけないでしょ!」イエローが言う。

「貴様は世界の平和も守るんだろう。……後は託したぞ」これはブルー。

「……ッ、」

 

 止める術を失った弔は、黙ってトリガーマシンを差し出した。それを受け取り一歩を踏み出す彼らに、今度は鋭児郎が「待てよ!!」と制止の声を発する。──果たして彼らは、確かに足を止めはしたのだけれど。

 

「……ん、」

「!、おい、これ……?」

 

 差し出されたオブジェクトに、鋭児郎が言葉を失うのも無理はなかった。──それはビクトリーストライカーをはじめとした、彼らが命より大切にしていたはずのVSビークルの数々だったのだ。

 

「快盗……ッ」

「──アデュー、パトレンジャー」

 

 そう、今度こそ別れを告げて。──ルパンレンジャーもまた、ドグラニオの中へ飛び込んでいく。

 

 呆然と見送る四人の前で金庫は閉じられ、再び鎖に覆われた。ゆえにもう、伸ばした手は届かない。

 

 



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#50 七番目の空 3/3

デク


 

 ドグラニオの金庫の中へ突入したルパンレンジャー。彼らの前に広がる景色は、まるでスライドショーのように目まぐるしく変わっていく。彼自身がつくり出した地獄のような瓦礫の山かと思えば、何もないまっさらな砂漠へ。それが打って変わって宇宙や海の底と化し、地表が緑に覆われていく。

 そうして最後には、彼方まで続く草原が快盗たちを包み込んでいた。

 

「……これが、ドグラニオの体内なのか」

「!、ねえ、あれ……」

 

 イエローが指差した先……虹色に染まる空に、大小様々なオブジェクトが浮かんでいる。いずれも特徴的な、既視感のある形状。

 

「まさか全部、ドグラニオの持ってるルパンコレクション……?」

「チッ……」

 

 目の前にこれだけの宝をぶら下げられていて、どうにもできないというのは口惜しいものがある。少なくとも、勝己が悪癖である舌打ちを洩らす程度には。

 とはいえ彼らの標的は、言うまでもなく別だ。

 

「ようこそ、ルパンレンジャー」

「!」

 

 先に侵入を果たしていたザミーゴが、ゆったりとした足取りで歩いてくる。

 

「これで誰にも……ドグラニオにも邪魔されず、最後まで戦える」

「はっ……そりゃあ、サイコーの舞台だなァ」

 

 勝つか敗けるか。──願いがかなうか、かなわないか。もはや撤退はありえない、どちらかが斃れるまで戦うのだ。

 

「──いくぜ」

 

 互いに構えた銃が、決戦の火蓋を切って落とした。

 

 

 一方、彼らを体内に抱えたドグラニオ・ヤーブンは、金庫をするりと撫でてつぶやいた。

 

「さて……俺も、俺のやりたいことをするとしよう」

「……!」

 

 平凡にも思える言葉は、しかし新たな惨禍を予期させるもので。──ならば傷ついたパトレンジャーには、再び立ち上がるほかに道は残されていない。

 

「させるわけ、ねえだろ──ッ!!」

『パトライズ!警察チェンジ!』

 

 その身に強化服を纏い、ドグラニオの背中を追って走り出す──

 

 

「──ハハハハハァッ!!」

 

 これ以上ない歓声をあげながら、ザミーゴの望んだ死闘が始まっていた。彼の周囲を快盗たちが縦横無尽に飛び回り、攻撃を仕掛ける。液状化能力は既になく、それらの回避にも気を遣わねばならない。しかし背中の金庫にいちいち注意を払う必要がなくなり、彼は開放的な気分を味わっていた。ルパンコレクションがそれひとつで強大な力を発揮することは確かだが、己を縛るものなどやはり必要なかった。

 

「オレを縛るのは……オレだけさぁあッ!!」

 

 敵が迫ればその格闘に応え、距離を開けられれば氷銃の引き金を引く。もはや後先など考えない、ただ"狩る"ためだけの戦いぶりだ。

 快盗たちもまたそれを鮮明に感じとりながら、全身全霊で攻撃を仕掛けていた。とりわけルパンブルーは、己の個性たるヘルフレイムの劫火により氷弾を防ぎ少年たちを守っている。

 

「厄介な力だなァ……どうして前は使ってくれなかった?」

「守るものが、あったのでな……!」

 

 この男に、正体を知られるようなことをすれば何が起こるかわからない──焦凍と緑谷出久を人質もとい釣り餌に使うという行為を思えば、その懸念は的中していた。的中した、と過去形で話すような状況であるからこそ、もはや遠慮する必要はなくなっている。

 そして彼の扱う紅蓮により、ザミーゴの行動はかなりの制約を受けていた。ならばとブルーに肉薄して手傷を負わせようとしたところで、鮮烈な黄色が目前に飛び込んできた。

 

「ッ!」

 

 慌てて氷銃を突きつけようとするザミーゴだったが、そうくることは織り込み済みだった。──次の瞬間、ザミーゴの手首に彼女のキックが炸裂していた。

 

「ぐッ!?」

「まだ終わりじゃないっ!!」

 

 イエローはトリガーマシンバイカーをVSチェンジャーに取り付けていた。すかさずそれを回転させ、蓄えられたエネルギーを一気に解放する。

 

「バイカー撃退砲ッ!!」

「──ッ!!?」

 

 数多のギャングラーを葬ってきた──パトレンジャーが──光砲の直撃を受け、ザミーゴは声にならない声をあげて吹き飛んだ。この異空間にも当然のように重力は存在し、彼は地面に叩きつけられた。砂塵が一瞬、その身を覆い隠す。

 

「ッ、……痛、ってぇなァ」

「チッ……!」

 

 ステイタス・ダブルゴールド相手に、致命傷とはならなかったか。しかしこの氷魔を相手に、初めて明確な有効打を与えることができたのは確かで。

 

「まさか、そうくるとはねぇ……ッ」

「貴様は眼中になかったようだがな──」

「私たちだって、あんたと戦い慣れてきてるんだから!」

 

 宣言するふたりの肩に、赤の少年が揚々と手をかけた。

 

「はっ……てめェが思っとったよりやるだろ、世間を騒がす快盗は」

「ッ、確かに……ちょっと油断、してたかなァっ!!」

 

 猛然と立ち上がったザミーゴが、再び反攻に打って出る。しかしその所作は、バイカー撃退砲を浴びた影響で明らかに鈍くなっている。──今なら"その好機"も遠からずして見つかるはずだ。

 

 焦るな。

 

 必ず、

 

 必ず、勝機は間もなく訪れる……!

 

「チィッ、」

 

 氷銃をがむしゃらに撃ち続けていたザミーゴだったが、不意にひとつ舌打ちをこぼして銃を投げ捨てた。彼のそれは、一丁につき十発……それで弾切れを起こして、使いものにならなくなる。リロードはできず、彼は体内で新たな銃を生成して金庫から取り出すのだ。

 

「──今だ!!」

 

 レッドの叫びを聞いて、ブルーとイエローはその場にVSチェンジャーを投げ捨てた。そのままザミーゴの両脇から迫る。新たに取り出された氷銃をいなし、金庫に()()()()()()()を押しつけ──

 

「馬鹿かッ、オレの力はコレクションじゃないって言ってんだろ!!」

 

 ふたりの無意味な行動を嘲ったザミーゴは、そのまま氷銃を彼らに押しつけた。この至近距離では回避も間に合わない。

 

──次の瞬間、ふたりは氷漬けにされていた。

 

「……!」

「ハハハ、あとはおまえだけだルパンレッドォ!!」

 

 もはや勝利を確信したか、氷銃を連射するザミーゴ。当然ながら、二丁ともがレッドひとりを標的としている状況──ザミーゴはその動きを先読みしながら引き金を引いており、狙いは加速度的に正確になっていく。そして次の一発は、いよいよ直撃をとると確信したときだった。

 

「──ッ!!」

 

 飛来する氷弾めがけ、掌を突き出すレッド。自棄でも起こしたのかと嘲いかけて……ザミーゴははっとした。この構えは、

 

 次の瞬間、爆ぜる紅蓮が氷弾を呑み込んでいた。

 

「おまえ、それは……!」

「見たことあんだろ?デクの記憶、読んだならよ」

 

 その通りだった。──"爆破"。爆豪勝己がかつて誇っていた、生まれながらの力。

 

「おまえがそうくるとは思わなかったよ……。その力で、さんっざん"デク"を痛めつけておいてなァ!!」

「………」

 

「あァ、そうだな」

 

 肯定の声は、ザミーゴが一瞬呆けてしまうほど平静に響いた。

 

「それでもなァ……──快盗は手段選ばねえんだよ!!」

 

 今度は、より烈しい爆発が起きた。その余波で吹き飛ばされるザミーゴ。氷銃が指を滑り、地面に落下した。

 

「ッ、この……!」

 

 苛立ちを露にしつつ、ザミーゴは腰の金庫に手をかける。──そこでようやく、異変に気がついた。

 

「!、開かない……!?」

 

 言葉の通りだった。愕然とするザミーゴは、今までに見たことのないような焦燥ぶりに、勝己は思わず笑みを洩らした。

 

「──俺らの勝ちだ」

「何……!どういうことだ!?」

 

 

 時は、死柄木弔も含めたルパンレンジャー四人がザミーゴと対峙する直前に遡る。得意げにトリガーマシンを提示した弔は、その真の能力を勝己たちに開陳したのだ。

 

──ご存知の通り、ダイヤルファイターには金庫を開ける能力がある。なら、トリガーマシンを金庫に当てたらどうなると思う?

 

──まさか……閉じるのか?

 

──御名答。つまりこのトリガーマシンで、ザミーゴの金庫の暗証番号を初期化……俺たちで設定し直す。

 

──金庫が開かなければ、ザミーゴは氷の銃を使えない!

 

──あいつを……倒せる。

 

「そういうこと」と、弔は笑った。

 

 

──どうする?この話……乗る?乗らない?

 

 

「そんな、馬鹿な……!」

「キー触られたのにも気づかなかったんか?言ってる傍から、油断したなァ」

「ッ!」

 

 苛立ちを露にしたザミーゴは、咄嗟にブルーとイエローが落としていったVSチェンジャーに目をつけた。これを武器にできればまだ、勝機はあると。

 しかしレッドは、丸腰になったザミーゴがどう動くかも予想していた。ゆえにビクトリーストライカーに頼るまでもなく、彼の進行方向を先読みして弾丸を撃ち込んだのだ。

 

「ガアァッ!?」

 

 直撃にうめくザミーゴ。しかし当然、弾丸一発で終わるはずがない。弾切れのないVSチェンジャーは、獲物を喰らい尽くすまで火を噴き続ける。

 やがて寒色のソンブレロが吹き飛ばされ、つるりとした頭部が露になると同時に、彼はその場に膝を折った。倒れかかりそうになる身体を、両手をその場について支えている。大きなダメージを受けたのは確かだが、これでは遠からずして復活するだろう。

 

──その前に、倒す。意を決したレッドの手に、ルパンマグナムが握られた。

 

『イタダキ、ド・ド・ド──』

「……永遠に、アデュー」

 

『──ストライク!!』

 

 マグナムが放つ砲火が──ザミーゴを、貫いた。

 

「……!」

 

 声もなきまま、ザミーゴの全身が瞬く間に氷像と化す。そして胴体に開いた風穴を中心に、放射状のヒビが広がっていき、

 

「愉し……かったぜぇ……!」

「………」

「アディ……オォス──!」

 

 砕けた氷の一部から、そんな声がした。

 

 

──氷像が、ゆっくりと融け崩れていく。そうして最後に残されたのは、氷でも水でもない……蒼い、無数の花弁で。

 

 

 同じ頃、各地で驚くべきことが起こっていた。なんの前ぶれもなく氷の塊が現れたかと思えば、それが融けて中から生きた人間が現れたのだ。大通りなど人目の多い場所では、この事態にちょっとした騒ぎが起こった。

 

 そう、ザミーゴが斃れたことで、氷漬けにされていた人々が戻ってきたのだ。無論、既に化けの皮にされてしまった者たちは戻らないけれど。

 

──つまりは……"彼"と、"彼"も。

 

 

「ッ!……?」

 

 呆気にとられたような表情で、周囲を見遣る見目麗しき少年。紅白に分かたれた髪、オッドアイに左目の周囲を覆う火傷痕と情報量の多い容姿ながら、今最も困惑の中にいるのは彼自身だった。凍らされてからの記憶はなく、肉体もまた当時のまま。ただ、彼──轟焦凍の胸に湧くのは、"何かが起こった"のだという漠然とした違和感だった。

 

 

 緑谷出久もまた、より鮮明な形でそれを感じていた。

 

「──かっちゃん……?」

 

 二年の時の流れなど存在しない、澱みのようなごみ捨て場。ただ目の前に、爆豪勝己だけが存在しない。そして、あれほど渦を巻いていたどす黒い感情も……また。

 

 ただ今は、わけもなくその顔が見たかった。

 

 

 *

 

 

 

「ッ!」

「!、戻った……のか?」

 

 同じく解放され、顔を見合わせる炎司とお茶子。そこに、

 

「クソオヤジ、丸顔ッ!」

「え──うおぅ!?」

 

 後者が野太い悲鳴を発するのも無理はなかった。物凄い勢いで駆け寄ってきたルパンレッドが、そのままふたりに抱きついてきたのだから。

 

「ばっ、爆豪く……まさかザミーゴ!?」

「ンなワケねーだろよく見ろ!!」

 

 変身が解かれ、露になったはまぎれもない爆豪勝己の姿だった。その表情は今までに見たことのない、抑えきれない歓喜に染まっていて。

 

「!、やったのか……勝己?」

「ああそうだ!……これで、デクたちももとに戻る……!俺らの願い、やっと果たせたんだ!!」

「……!」

 

 一瞬、言葉が出てこなかった。けれども心のうちだけは、この異空間の空よりもずっと美しく澄み渡っていく。

 

「〜〜ッ、爆豪くん……っ!」

 

 それが行動として現れたのは、数秒遅れてのことだった。ふたりして、勝己の身体をぎゅうぎゅうと抱きしめる。もし傍目に見る者があれば実に滑稽な様子であったろうが、この場にはもう、彼ら三人のほかに生けるものはない。

 

「やった……!よくやったな、勝己……!」

「ッ、ああ……!」

 

 勝己の緋色の瞳から、つう、と透明な雫が零れる。色のないものを美しいと感じるのはきっと、これが最初で最後だろうと炎司は思う。半世紀近く生きてきて、ヒーローとして頂点を極めていて──さありながら、初めてほんとうの達成感というものを味わったのだ。

 

 歓びに浸る三人の傍らで、ダイヤルファイターが静かにその身を横たえていた。

 

 

 *

 

 

 

『──ジム・カーターから、パトレンジャーの皆さんへ!聞こえますか!?』

 

 ドグラニオと対峙するパトレンジャーのもとへも、ジム・カーターから通信が入っていた。──失踪事件の被害者たちが、各地に戻ってきたのだと。

 

「そうか……!」

 

 改めて、ドグラニオの金庫を見遣る。その中で快盗たちは確かな勝利を掴んだのだと、彼らにはすぐわかった。

 無論、ドグラニオにも。

 

「ハハハハハッ!ザミーゴのヤツ、敗けたのか。まあ良い、勝った快盗もここから出られないんだからな」

「……ッ!」

 

 響き渡る悪魔の哄笑。それを覆すことはもとより困難で──それでも、

 

「なら……俺が!俺たちが!!──てめェをぶちのめして、快盗(あいつら)を救け出すッ!!」

「面白い……──やってみろ!」

 

 両腕を広げて迎え撃つ黄金の戦鬼に、守護者たちは再び立ち向かっていく──

 

 

 à suivre……

 

 






最終回「暁鐘」




「う゛あ゛あああああーーーーッ!!!」






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#51 暁鐘 1/3

最終回だゾ


 

 どこかで、鐘が鳴っている。

 

 目覚めを促すような、何かの到来を告げるようなその音を幻聴と切り捨て、少年はとりとめもなく過去を思い起こしていた。

 

 

──来世は"個性"が宿ると信じて、屋上からの……ワンチャンダイブ!!

 

──きみなんか、ヒーローじゃない……!

 

──俺の前から消えろッ、二度とそのツラ見せんな!!

 

──"ルパンコレクション"。すべて集めていただければ、我が主が、あなた方の願いを叶えます。

 

 

 あの日爆豪勝己は死に、快盗ルパンレッドが遺された。ただ、デクを取り戻すという願いのために。

 

──ならばその願いをかなえた今、自分はいったい何者なのか。勝己はとりとめもなく考える。無論そんなこと、今さら取るに足らない問題でしかないのだけれど。

 

 

「さァて、と。こっから出ること、考えねえとな……」

 

 ドグラニオ・ヤーブンの肚の中──甘えるように仲間たちに寄りかかったまま、勝己は淡々とつぶやく。その言葉に、もはや獰猛な情熱は微塵も残されてはいなかった。

 

 

 *

 

 

 

「なら……俺が!俺たちが!!──てめェをぶちのめして、快盗(あいつら)を救け出すッ!!」

 

 一方で、誰よりも気炎をあげる青年がドグラニオと対峙していた。彼、そして彼の仲間たちはともに、白身銃を携え最後の戦いへ歩を踏み出さんとしている。

 

「面白い……──やってみろ!」

 

 迎え撃つドグラニオ。その金庫が鈍く光り、左腕が猛獣のごとき巨大な爪に変貌する。

 

「フン──!」

 

 振り下ろされる魔爪。それは剣波となってパトレンジャーに襲いかかる。

 

「!、ふたりとも俺の後ろに!」

「うむ!」

「ああ!」

 

 鋭児郎が硬化を発動させ、仲間たちを背に庇う。同時に到達した剣波がコンクリートをがりがりと削りながら、彼らの身体を後方へと押しやった。

 

「ッ、こんな……モン……っ!」

「ほぉ、粘るか。──なら、これはどうだ?」

 

 再び金庫が光るや、ドグラニオの周囲から独りでにコンクリートが削れて浮かび上がる。それは鋭い尖頭器のような形状に変わり、ようやく前進を再開せんとしたパトレンジャーに殺到した。

 

「ぐあ……ッ!」

「切島!?」

「大丈夫か!?」

「ッ、まだ……まだぁ!!」

 

 搾り出すような声に、余裕など微塵もない。このままでは、たどり着く前にやられてしまう……!

 

「ここはいちかばちか……快盗の武器を使うぞ!!」

 

 ルパンレッドから託されたシザー&ブレードダイヤルファイターをVSチェンジャーに装填、

 

『シザー!9・6──3!』

 

 2号の手に、巨大な盾とブーメランが装着される。それをもって前面に出た彼は、ドグラニオの攻撃を防ぎつつ、力いっぱいブーメランを投げつける。

 

「!」

 

 果たしてそれは、ドグラニオにはいとも容易く弾かれてしまった。とはいえ予想できていたことではある、すかさず3号が1号の傍らへ飛び出した。

 

『サイクロン!3・1──9!』

「今度こそ……喰らえ──ッ!!」

 

 トリガーを引き──放たれる、緑翠の刃。それはドグラニオと接触した瞬間、ひときわ大きな爆発を起こした。

 

「やったか……!?」

 

 無論、倒せたかという意味ではない。そんな甘い敵でないことはわかっているし、そもそも体内に勝己たちがいる状況で倒してしまうわけにはいかないのだ。ただ大きなダメージを与え、その気力を折らなければ──

 

──それさえも甘い考えだったのだと、彼らは次の瞬間、身をもって知ることになる。

 

「──SMASH」

 

 ひどく穏やかな声だった。一瞬、時が止まったような静寂が世界を包み込む。

 

 そして我に返ったときには、彼らは閃光とともに遥か彼方まで吹き飛ばされていた。

 

「う……あぁ……ッ」

「ッ、ぐ、うぅ……!」

 

 全身を打ち据えられたかのような痛みに、身を起こすことさえできない。当然のように警察スーツも剥がされ、鋭児郎たちはもう何度目かわからぬ苦杯を舐めさせられた。

 しかし今度ばかりは、その性質が異なる。いったい、何が起きたというのか。

 

「ははははっ!流石、"始まりのルパンコレクション"なだけのことはある」

 

 金庫から伸びた光流に、全身を包まれたドグラニオ。その光景が……そして"始まりのルパンコレクション"とは何か。鋭児郎たちには、知るよしもないことだった。

 

 

 *

 

 

 

「──あ、またコレクションが光った……。今度はなんやろ……地球儀?」

「地球儀というより、地球そのものに見えるが」

「確かに……」

 

 外の激戦を極めて断片的にしか感知できない快盗たちは、ドグラニオの体内にてそんな会話を繰り広げていた。一応、VSチェンジャーを片手にはしている。ただそれは、もはや戦うためではなくて。

 

「勝己、そちらはどうだ?」

 

 ひょこひょこと軽い足取りでやって来た勝己は、その問いにため息を交えて答えた。

 

「ダメだな、なんもねえしなんも起きねえ」

「……ふむ、」

 

 ただ今彼らは、脱出口を捜して彷徨っていた。ドグラニオの金庫の中という特異な空間、どこまでも草原が広がっているかと思えば一歩も動いていないにもかかわらず風景ががらりと変化することだってある。ただひとつ言えることは、この空間の外側は見えない虚無に覆われているということだ。

 

「……私たち、これで終わりかなぁ」

 

 その場にぺたんと座り込み、俯くお茶子。彼女の願いを知る男たちは、揃って同情的な視線を向けたのだが。

 

「はぁ〜……ま、しょうがないか!デクくんとショートくん取り戻せただけでも、オールオッケーや!」

「……良いんかよ、てめェはそれで」

「母ちゃん父ちゃんのことは、黒霧さんたちがなんとかしてくれるよ。ルパン家、お金持ちやし」

 

 しかし……言うまでもなく、お茶子はそこにいない。彼女の願うありふれた幸福は、永遠に彼女の手には入らないものとなってしまった。

 

「ならば、最後はこの三人か。……貴様らとの二年間、案外悪くなかったぞ」

「お、デレた!」

「は、ツンデレかよきめェ」

 

 ししし、と笑う勝己のそれは、これまでに見たどんな表情よりも幼く、無邪気なものだった。

 

 

 *

 

 

 

 

──三十余年前、初めて訪れたこの世界で初めて触れたルパンコレクション。"それ"はドグラニオにとって、そういう意味において特別なものだった。その強大な力に、彼は年甲斐もなく魅せられたのだ。

 

「おいおい、もう終わりか?」

「……ッ、」

「俺を愉しませられないなら──消えろ」

 

 光る拳が、ゆっくりと振り上げられる。彼の言葉が比喩でなく、文字通りの現実になることを鋭児郎たちは予感した。時空すらも超越するほどの力、多少の防御などなんの意味もなく生身の人間は消し飛ばされる。

 そのときだった。──「快盗チェンジ」の発声とともに、白銀の戦騎がドグラニオめがけて飛びかかったのは。

 

「うおぉぉぉ──ッ!!」

「死柄木!?」

 

 死柄木弔──ルパンエックスの振り下ろした刃を、不意打ちにもかかわらず弾き返すドグラニオ。しかしそれでもなお、エックスはその場に踏みとどまってみせた。

 

「俺が……ッ、こいつの金庫を開ける!爆豪くんたちを救けてコレクションも取り戻す──ッ!!」

 

 

 ドグラニオに"溜め"の時間を与えないよう絶えず攻撃を仕掛けつつ、声を張り上げる。そして、

 

「スペリオル──エックスっ!!」

 

 刃を鎖に押しつけると同時に、エネルギーを一気に放出する。爆発が、起きる。飛びのくエックスは、その紅蓮を認めて固唾を呑んだ。これ以外に、鎖を断ち切る手だては──

 

「──無駄だ」

「……!」

 

 劫火を振り払うようにして姿を現す、黄金。その胴体を覆う鎖は……一本たりとも、断たれてはいなかった。

 

「この鎖は、誰にも斬れん──!」

 

 光がバチバチと音をたてて弾けると同時に、地を蹴るドグラニオ。弾丸のような速さで迫られ、エックスの対処は一寸遅れた。

 

「があぁッ!?」

 

 炸裂したのは、杖……否、杖の中に隠されていた刃だった。異世界で最も硬質な金属で造られたそれは、ルパンエックスの堅固な鎧さえ容易く切り裂く。アルセーヌ・ルパンの遺志を継いだ彼でさえ、この悪鬼には歯が立たないのか──

 

 

 *

 

 

 

「はあぁ……」

 

 何度目かわからない同志のため息に、ただでさえ短い爆豪少年の堪忍袋の緒がぶち切れた。

 

「うるっっっせえなさっきからよォ!!ここで死ぬンがイヤなら好きなだけ泣き叫べや!!!ハァハァ横でやられんのがイチバン不愉快だわ!!!」

「ちょっ、ひとを変質者みたいに言わんといてくれる!?」抗議しつつ、「そりゃここで死ぬんはイヤやけど、そうじゃなくてっ!……勿体ないやん、目の前にコレクションがいっぱいあるのにさー」

「確かに、このままでは俺たちもろとも木っ端微塵だからな」

 

 既に願いは叶い、自分たちがルパンコレクションに拘る理由はなくなった。ゆえに冷静な態度を保っている三人だが、可能ならばすべて揃えて黒霧や弔のもとへ返したい気持ちをなくしたわけではない。アルセーヌ・ルパンをひと目見たいという願いというには些細な欲求は、もはや永遠に果たすことはないにせよ──

 

「あ〜!一生のお願いって言ったらここから出してくれへんかなぁ!?ドグラニオもコレクションもぉー!」

「どんだけ都合良いハナシだよ。小学生じゃあるまいし」

「中学は出てるもん!……一応」

 

 「最終学歴……」と、お茶子が恨みがましくつぶやきかけたときだった。

 

「──えっ……?」

「……?」

「どうした、お茶子?」

 

 不意に怪訝な顔つきになった彼女は、仲間たちの背後を指差してみせた。

 

「ねえ、あのコレクション……なんか変やない?」

 

 果たしてそれは、先ほどから何度か光を放っている地球儀のようなルパンコレクションだった。その現象自体は他のコレクションにも起こっていて、ドグラニオの使用に合わせたものと理解できた。

 しかしそれにしたって、光は不可逆的に強くなる一方だった。もはや光の塊と呼ぶほかなくなったその球体は、勝己たちの視線を浴びた途端に──巨大化する。

 

「な……ッ!?」

「──!」

「うそ──」

 

 そして彼らは、逃げ出す間もなく膨張する光球に呑み込まれて。

 

 

「ッ、……?」

 

 目を開けると、そこはどこまでも純白が続く不思議な空間だった。何もない。踏みしめる地面の感触すらなくて、にもかかわらず、彼らはその場に立つことができていた。

 

「何ここ……?はっ、まさか天国!?」

 

 慌てたお茶子の言葉を、勝己も炎司もひとまずは無視した。ドグラニオの体内であることは確かだろう。ただ、コレクションによって飛ばされた場所であろうことが気にかかった。

 

「どうなっている……?これもドグラニオの仕業か?」

「………」

 

 パトレンジャーらと外で戦っているだろうドグラニオが今さら自分たちに何かしてくるとも思えないが、可能性は否定しきれない。

 ゆえに銃身を握りしめ、快盗たちは身構える。このままドグラニオもろとも消えうせるのはやむないと思いつつ、ドグラニオの意志で引導を渡されることは我慢ならない。彼らに残った最後のプライドだった。

 

 しかし次の瞬間に起こったのは、彼らの予想だにしない現象で。

 

『──やあ、はじめまして。快盗戦隊』

「……!?」

 

 ふわりと浮かび上がる不定形の靄、それは少年と青年の境目のような柔らかい声を発すると同時に、徐に人間の姿を形作った。

 

「ッ、誰だ……てめェ」

「あ、足ないやん……。まさか、ドグラニオに殺された人の幽霊……?」

 

 怯えるお茶子のつぶやきに、幻影のような痩身の青年はくすりと笑った。そのいでたちは弔に似ているように思われたが、顔までは判然としない。

 

『当たらずしも遠からず、かな。僕は"原初のルパンコレクション"に残された、魂の残滓のようなものさ』

「……どういうことだ?」

『すまないが詳しく説明している時間はないんだ。ドグラニオの体内に囚われている以上、僕らに自由はない。奴が再び()()に意志を向ければ、二度とはこうして出てこられなくなるかもしれないんだ』

 

『──それでも僕らは、きみたちの力になりたい』

「!」

 

 その声はかすれていたけれど、明確な意志を感じさせるもので。保とうと努めていた警戒心が、自ずと解けていくのを感じる。彼が自分たちの敵ではないのだと、本能が訴えかけてくる。

 

「じゃあ、ここから出してくれたりとか……?」

『それは無理だ。さっきも言った通り、この中にいる限り僕らに自由はない。ドグラニオの行動に干渉することはできないんだ』

 

 

『だから──きみたちに、"これ"を託す』

 

 青年の腕の中に現れたオブジェクトは、これまた予想だにしないもの。──同時に確かなジョーカーたりうるものだと、納得させられるものでもあったのだ。

 

 



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#51 暁鐘 2/3

ケッチャコ…


 

 ドグラニオ・ヤーブンの猛攻は、終わることなく続く。

 

「う゛ああああ──ッ!!」

 

 悲鳴とともに地面を転がるルパンエックス。麗しい白銀が焼け焦げ見る影もなくなった鎧は、とうに限界を迎えていて。──次の瞬間には、その姿は死柄木弔のそれへと戻っていた。

 

「しが、らき……ッ!」

「ッ、おのれ……!」

 

 パトレンジャーの面々も、受けたダメージが大きすぎて未だ立ち上がることができない。これでドグラニオが引導を渡す意志を見せていれば、もはや万事休すだっただろう。

 

「……ふぅむ、いつの間にかやりすぎていたか」

 

 不意のつぶやきは、燃えさかる街に向けて発せられたものだった。

 

「暴れるなら、もっとにぎやかな場所がいい」

 

 そう言い放ち、踵を返して去っていく。向かう方角は、まだその被害を受けていない街──

 

「ッ、立てよ……皆……!」

 

 誰よりも傷ついた弔が、血を滴らせながら言った。

 

「ここで敗けたら……ッ、今までの全部が、無駄になっちまう……!だから──」

「──わかってる……!」

 

 ついに鋭児郎が立ち上がる。次いで天哉が……響香が。肉体が襤褸切れのようになろうとも、その精神は決して擦り切れてはいないのだ。

 

「絶ッ対に、勝つ……!──いや、」

 

「勝って、救ける──!」

 

 

「──ドグラニオっ!!」

 

 振り向いたドグラニオが見たのは、果たしてことごとく地に伏せたはずの人間の戦士たちだった。

 

「ここから先へは……行かせねえ!!」

「フン……とどめを刺されに来たのか?え、おまわりさんよ」

 

 露骨な挑発な言葉に、彼らの感情が波立つことはない。もはやその心は限界まで昂っていて、これ以上の反応はしようがないのだ。

 

「貴様らギャングラーが現れたせいで、罪のない人たちがたくさん苦しんだ……!!」

「これ以上誰も苦しませないためにッ、ウチらが倒れるわけにはいかないんだよ……!」

「────、」

 

「──てめェを倒すッ、ドグラニオ!!」

 

 喉を枯らすような叫びに、少なからず感じいるものがドグラニオにもあった。現代のギャングラーに、これほどの情熱と豪勇とを露にする者がいただろうか。人間にしておくのは惜しい。これが自分と同じ化け物なら、手許に置いて後継者として育ててやるのに──

 

「精神力でどうにかなるほど、このドグラニオは甘くないぞ」

 

 しかし現実に彼らは人間であり、自分も既にギャングラーの首領ではない。目の前の障害物を今度こそ跡形もなく消し飛ばし、心ゆくまで破壊と殺戮を愉しむほかに目的などないのだ。本来なら、言葉を発する必要すらない。

 

 果たしてドグラニオの金庫が鈍く光り、彼の周囲の地面が隆起し、巌の荊棘をいくつも形成する。身構える四人だったが、その行為をせせら笑うようにさらなるコレクションの力が襲う。──ドグラニオの影が長く伸び、そこから実体化した黒い触手が彼らを絡め取ったのだ。

 

「……ッ!?」

「文字通り、串刺しにしてやるよ」

 

 迫る荊棘。もはや身体を捩ることすらできない状態でも、彼らは全身全霊をかけて危機を脱しようともがく。倒す、勝つのだという叫びは、決してハッタリではないのだから。

 それでも人間である以上、奇跡を願う気持ちはあって──ひたむきに正義を為してきた彼らの心に応えるように、"それ"は起こった。

 

 鋭児郎たちの眼前にまで迫った荊棘が、突然跡形もなく砕け散ったのだ。次の瞬間、驚く間もなく彼らを拘束していた影も消失する。

 

「──!?、なんだと……!?」

 

 本来であれば、唯一その挙動を操ることのできるドグラニオ。誰より彼が平静を失っているということは、つまり。

 

「コレクションの効果が……消えた?」

 

 

 *

 

 

 

 ちょうどその頃、漆黒の翼が窓ガラスを突き破り、ルパン家の屋敷へ突撃していた。

 

『待ってろカツキ、エンジ、オチャコぉ!お前ら救けられそうなコレクション、今見つけてやるからなぁ!!』

 

 グッドストライカー、彼にも自分が快盗たちの仲間であるという自負があった。それでもグッと来て警察に味方してしまうのは、己のアイデンティティのようなものだから仕方がない。──その性質は、結果的に主の願い通り世界を守る一助となったのだ。

 

 ともあれ、そうしてコレクションが保管された地下室へ飛び込んだグッドストライカーは、そこで何かに衝突した。「うぐ!?」といううめき声とともに、"彼"は床に倒れ込む。

 

「ッ、グッドストライカー……?どうしてここに──」

『黒霧……おまえこそ!』

 

 ゆるゆると身を起こした黒霧は、靄を揺らしてため息をついた。

 

「……考えていることは、同じかと」

『そ、そうか。それで、どうだ?何か見つかりそうか!?』

 

 勝己たちをドグラニオの体内から救い出す──それこそが至上命題なのは確かだ。しかし今、また別の驚くべきことが起こっていたのだ。

 

「見ていなさい」

『は?何──』

 

 グッドストライカーが訝る声をあげようとしたときだった。保管庫の空白を埋めるようにして、失われていたはずのルパンコレクションが現れたのだ。ひとつ、ふたつ──次々と。

 

『な、なんだこれ?コレクションが増えた!?』

「おそらく、ドグラニオの体内にあったものです」

『え?でも、どうやって……』

 

 コレクションの転送を司る台帳は、黒霧の手元にある。勝己たちにそんな芸当ができるはずがない。

 

──いや、違う。

 

「まさか……"彼"の台帳を?」

 

 

 *

 

 

 

「──おい、チェンジャーよこせ」

 

 巻き上げるような物言いに顔を顰めつつ、炎司とお茶子は勝己にVSチェンジャーを差し出した──ダイヤルファイター付きで。

 

 それを、かの青年から譲られた台帳へと触れさせる。と、まるで水に落としたかのようにアイテムが沈み……消えていく。やがて色褪せていた台帳の絵が、鮮やかな色を取り戻す。コレクションの転送が、完了した証だ。

 

「……っし、あとは──」

 

 残る、ひとつ。仲間たちと一瞬、視線をかわしあった勝己は、次の瞬間ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。

 

「最後のひとつ──"Un pour tous(ワン・フォー・オール)"……!」

 

 伸ばされる手。彼は……()()は、その光景を何度も目の当たりにしてきた。

 しかしきっと、これが最後だ。思念だけの存在になってより永い永い旅路も、ようやく終わる。

 

(ようやく、あなたに逢える)

 

 

(──にいさん、)

 

 

 *

 

 

 

 自身の体内で何が起こっているかなどつゆ知らぬドグラニオは、いっそ無様なほどに焦燥を露にしていた。

 

「どういうことだ……!?力が……抜けていく……ッ」

「よくわかんねえけど……このチャンス、逃すわけにはいかねえ!!──飯田、耳郎、死柄木!」

 

 呼びかけられた三人は、応の返答と同時に変身銃を構えた。陽光を反射して煌めく銃身──煤けていても、その輝きは失われることはない。

 

「「「「──警察チェンジっ!!」」」」

 

 彼らの叫びが、決して嗄れることがないように。

 そして、

 

「パトレン1号ッ!!」

 

 鋭児郎が、

 

「パトレン、2号!!」

 

 天哉が、

 

「パトレン3号……!!」

 

 響香が、

 

「パトレン……エックス!」

 

 弔が、

 

「警察戦隊──」

 

「「「「──パトレンジャー!!!」」」」

 

──その全身に、正義の証明たる戦衣を纏った。

 

 

「国際警察の権限において……実力を行使するッ!!」

 

 勇ましい咆哮に、ドグラニオは肚の奥がぐわっと熱くなるほどの烈しい苛立ちを覚えた。所詮、改造したコレクションに頼らなければ俺たちギャングラーの足元にも及ばぬ人間風情が、調子に乗って。

 

「コレクションなどなくとも、俺はいくつもの世界を奪ってきた……!お前ら人間ごとき、捻り潰してくれるわ!!」

 

 言うが早いか、身体に巻きついた鎖の群れを解放──触手のごとく差し向けるドグラニオ。標的とされるパトレンジャーは素早くそれをかわすが、鎖の動きが鈍ることはない。彼の言葉は決して、大言壮語ではないのだ。

 しかし、彼自身の攻撃手段は相当に限られている。ならばそれを、こちらも徹底的に利用してやれば良い。

 

「切島くん──!」

「わかってらぁ!!」

 

 彼らの間に、言葉は要らない。次の瞬間、1号の掌が鎖を捉えた。

 

「ッ!?」

「お、らァッ!!」

 

 そのまま力いっぱい鎖を引き寄せ──投げ飛ばす。小柄なドグラニオの身体は想像以上に軽く、容易く宙を舞ってフェンスに叩きつけられる。

 

「ぐぅ……!」

 

 うめくドグラニオ。無論この程度、ダメージの範疇には入らない。しかし彼が態勢を立て直すより先んじて、2号と3号がマジックアローとシザー&ブレードで攻撃を仕掛ける。流石にと言うべきか、ドグラニオは杖を振り回すことでそのことごとくを弾いてみせた。

 しかしそこに、パトレンエックスが打ちかかる。

 

「ッ、エックス……!──はっ、俺が憎いか!?」

「……ああ、憎いね」

 

 鋭い返しと裏腹に、彼の声はひどく穏やかなもので。

 

「世界の平和を……たくさんの人たちに消えない傷をつけたお前らが、憎い」

「……!」

「──だから今日、ここで終わらせるッ!!」

 

 杖を力いっぱい弾いてよろけさせたところで、その胴体や頭部にXロッドを叩きつける。さらに、

 

「エクセレント──エックスッ!!」

「!?、ぐぉあぁぁッ!!」

 

 渾身の一撃を浴び、まるで紙のように吹っ飛ばされるドグラニオ。空中で態勢を立て直して着地するも、次の瞬間、彼は血反吐を吐き出した。老体には、確実にヒビが入っている。

 

『ビクトリーストライカー!1・1──1!』

「いくぜ、死柄木!!」

 

 すかさず1号が、ビクトリーストライカーの力が宿った光弾を、エックスめがけて躊躇なく撃ち出す。──と、放たれた光はそのまま、彼の上半身を包んでいった。

 

──そう、ビクトリーストライカーの力は具現化する。白銀の鎧と、マントという姿かたちをとって。

 

「スーパー、パトレンエックス……!」

 

 自らをそう名乗った彼は、静かにXチェンジャーを構え直す。その姿にたじろぎつつも、ドグラニオは再び攻撃に転じた。きらきらと弾けるような光でその存在を主張する、無数の透明な刃。

 その思わず目を細めてしまうような美しさとは裏腹に、それはとてつもない凶悪な武器だと弔は知っている。すかさず予知の力を発動させて攻撃の軌道を読み、強化されたスピードでそれらをかわしていく。

 

 ひらりとマントをたなびかせつつ──返す刀ならぬ銃で、ドグラニオに弾丸を撃ち込んだ。

 

「ぐおぉ……!?」

「………」

「この俺が、こうまで……ッ。一体なぜ……!」

 

 先ほどまでの圧倒的な力が夢であったかのように、一方的な苦戦を強いられている。そんな現実を受け入れられず、ドグラニオの動揺はいよいよ深まっている。

 なるほど確かに、ドグラニオは強大な力をもっていたのだろう。しかし彼にも、打ち勝ちえない絶対的な壁があったのだ。

 

「おまえは気づいてなかったんだ。その老いた身体が、想像以上にコレクションの力で支えられていたことに」

「ぬうぅ……ッ、黙れ!!」

 

 怒りのまま猛攻を仕掛けるドグラニオだが、冷静さを欠いたそれはスーパーパトレンエックスを前にしては無力なものだった。予知の力が、敵の一挙一動をすべて教えてくれる。

 この状況なら、快盗たちを救け出すための戦いができる!──希望を見出したパトレン1号が、今がそのときだとばかりにサイレンストライカーを手にした。

 

『サイレンストライカー!──グレイトパトライズ!!』

「超、警察チェンジっ!!」

 

 ドグラニオのそれより余程燦然と輝く黄金の鎧が、1号の胴体を覆っていく。

 

「スーパーパトレン1号……──烈怒頼雄斗!いくぜぇ!!」

 

 雄々しき叫びとともに、黄金の砲口が唸りをあげる。長き戦いに、終止符を打つために。

 

 

 *

 

 

 

 この場すべてのルパンコレクションを取り込んだ台帳を地面に置き、三人はふぅとため息をついた。

 

「これで、できることはすべてやったな」

 

 確認するように、炎司がつぶやく。それに対して勝己ははっきりと首肯いた。お茶子はほんの少しばかり名残惜しげな表情を浮かべているが。

 

「死柄木さん……アルセーヌさんに逢えるかな?」

「知るかよ、あいつ次第だろ」

 

 だから、

 

「絶ッ対倒せよ……パトレンジャー」

 

 虚空めがけてつぶやくと同時に、どさりと地面に倒れ込む勝己。仲間たちはぎょっとしたが、その表情は満足げな笑みに染まったままで。

 

 「はあぁ、」と勝己は深いため息を吐いた。もとより他人に己の弱みを見せないどころか、自分自身の中でさえそれを徹底的に抑えつけるような少年だ。それがこんなリラックスした姿を見せるのは、いよいよ終わりというものを仲間たちにも実感させた。

 その様子に寂しげに目を伏せたお茶子だったが、ややあって、倣うように勝己の隣に寝転んだ。「気持ちいい〜」と、声に出してしまうあたりが彼女らしい。

 

「………」

 

 苦笑しつつ……炎司も、お茶子の反対側に身を横たえる。ふたりに比べてずっと身体が大きく幅もあるので隣と袖が擦り合ってしまう。擽ったそうに身を捩った勝己が「最後がオッサンと濃厚接触とか、きめェ」とどこか可笑しそうにつぶやくと、その向こう隣でお茶子が噴き出すのがわかった。

 

 それきり続く沈黙の中で、思い起こすのは取り戻したかったもののこと。

 

(母ちゃん、父ちゃん……私がいなくても、幸せになってね)

 

 お茶子が、

 

(焦凍。おまえなら、なりたいヒーローになれる)

 

 炎司が、

 

(デク……)

 

「──おまえは、生きろ」

 

 勝己が、──彼らの未来を願い、静かに瞼を閉じた。

 

 

 *

 

 

 

「終わりだ……!ドグラニオっ!!」

 

 黄金の火砲が爆ぜる。眩いばかりの光が、一挙に放出される。

 その光景を目の当たりにしてもなお、ドグラニオは一歩も退こうとはしなかった。杖に己のエネルギーを集中させ、邪悪な波動へと変えて敵へぶつける。生まれてこのかたの約千年で数えるほどしか使ったことのない、渾身の必殺技だ。

 

 そのふたつが、矜持も怯懦も瞋恚も、何もかもを呑み込んで衝突する。

 果たしてそれは、いずれもが一歩も退かないぶつかり合いだった。スーパーパトレン1号はもちろんのこと、ドグラニオとて己のエネルギーを使い尽くす覚悟の一撃である。何が勝負を決するかわからない──つまり、どちらが勝利を獲るかも……また。

 

「ッ、ぐぅううう……っ!」

 

 鋭児郎は尖った歯をぎりぎりと噛み締めた。あと少し、あと少しで届くのに。

 

(爆豪、爆豪……爆豪っ!!)

 

──切島、

 

 そのときだった。押しやられかかる背中に、ぐっと大きな力が加わったのは。

 

「……!」

「切島、くん……っ!!」

「絶対、退くな──ッ!!」

 

 2号、3号、そしてエックス。仲間たちが背中を支えてくれている。ならば前進はあれど、その反対はありえない。向かうドグラニオの傍にはもはや、誰もいない。

 それが決め手となったかは定かでないけれど……1号のそれが、いよいよドグラニオの波動を呑み込んだ。

 

「──!?」

 

 砲火が、爆ぜる。ドグラニオの姿が劫火の中に消えると同時に、黄金の鎧も限界を迎えて砕け散った。

 

「ッ、………」

 

 息を呑む、鋭児郎。──切札は切った、もはや打つべき手はない。しかしドグラニオが死んでいても駄目なのだ。鎖の向こうの、金庫を開けるまでは。

 

 けれど──目の前に広がる現実は、いっそ勝利とは程遠いもので。

 

「……マジかよ……!」

 

 最初にそう声をあげたのは、弔だった。

 散りゆく爆炎の中から現れたドグラニオは……鎖で身を覆い尽くすことで、そのダメージを軽減していたのだ。

 

「ッ、ぐぅ、あぁ……っ」

 

 しかし、完全に無効化できたわけではない。鎖がしゅるりと身体に巻きついていくと同時に、ドグラニオはその場に片膝をついた。いずれにせよ、先の攻撃でエネルギーも消耗しきっている。戦闘の継続さえ、不可能としか言いようのない状態で。

 もはや趨勢は決した。しかし勝者とは思えない切羽詰まった声音で、鋭児郎は金庫を開けるよう迫る。

 それを、

 

「フン……、──断る」

 

 躊躇なく、ドグラニオは切り捨てた。

 

「開けろ……っ、開けろよ!!開けろぉ──ッ!!!」

「断る!!」

 

 死んでも開けるものか。──ドグラニオに残された、薄汚い矜持の欠片だった。

 

 

『──か、管理官……っ』

 

 モニター越しに戦況を見守っていたジム・カーターが、縋るように呼ぶ。けれど塚内にできることはない──快盗たちを、救け出すことにおいては。

 一瞬顔をゆがめた塚内は……ややあって、戦場に通信を繋げた。

 

「塚内から各隊員へ。──責任は俺が取る、ドグラニオを……倒せ」

『……!』

 

 機械を通して、ひゅ、と喉を鳴らす音が耳に滲みる。塚内にとっても、これは何よりつらい命令だった。──ドグラニオもろとも、友の命を奪う。それを自分自身でなく、若者たちに押しつけなければいけないのだから。

 

 

「──さあ、どうする!?正義のお巡りサンよ……!」

「……ッ、」

 

 銃を握る手が、震える。"命令"を呑み込めない鋭児郎が俯いたそのとき、不意に友人の声が聞こえたような気がした。

 

──あんたは、そっちにいろよ。

 

 いや……これは、頭の中にだけ響く記憶の残滓だ。

 

──こんな快盗より、救けなきゃなんねえ人間が大勢いるだろ。

 

「………」

 

 そんなこと、わかっている。俺は烈怒頼雄斗で、パトレン1号だから。大勢の人々を、世界を守らなければならない。

 一歩を踏み出した彼を、仲間たちは一瞬、唖然とした様子で見た。その視線にも構わず、彼はドグラニオに迫っていく。

 

 

──俺たちはこれしか無ェから快盗やってんだ……!

 

──好きにしろ、クソ髪。

 

 勝己の姿かたちが浮かんでは消えて、また浮かぶ。──鋭児郎は、泣いていた。しかし流れる涙が止まらないように、歩みを止めることもなかった。

 

「──切島、くん……っ」

「切島……!」

 

 天哉、そして響香。彼らの脳裏にもよぎる、快盗たちの在りし日の姿。炎司が先輩と呼んでくれたこと。お茶子と遊園地で共闘したこと。互いの無事を誓いあったこと。あなたに救われたと、そう言ってくれたこと。

 

 死柄木弔にとって、快盗たちは願いはひとつと誓いあった同志だった。彼らとの間に育まれたものは、昔の自分なら陳腐にも程があると嘲っていただろうけれど、間違いなく友情と呼べるものだ。鋭児郎の常々口にするような柔らかく温かいものではないけれど、だからこそ唯一無二の。

 失ったことを、悔しいと思うことはあった。涙を流して慟哭したことだって、数えきれないくらいあった。

 

 けれど、失うことが怖いと心の底から思うのは、きっとこれが最初で最後だ。

 

 

──俺がもっと、頼れるヒーローだったら……っ、苦しんでるおめェらを救けられたかもしんねぇのに……っ。

 

──ヒーローになれねえ……頼れもしねえヤツが、快盗になるんだよ。

 

 声が、記憶が、絶えず鋭児郎の心をかき乱す。この一年ずっと、爆豪勝己はそんな存在だった。

 

──あんがとよ、烈怒頼雄斗。

 

 なあ、爆豪。

 俺はもっと、おめェがそうやって笑う顔、見たかったよ。

 

 

 いよいよパトレン1号は、ドグラニオの眼前にたどり着いた。指一本たりとも動かせない彼の脳天に、銃口を突きつける。

 

「……ッ、うぅ、あぁぁ……っ」

 

 爆豪、と呼ぶ声は、声にならなかった。

 それでも──背中に触れる掌の感触は、確かに勝己のもの。彼はそこにいる。いつだって、"烈怒頼雄斗"の背中を押してくれている。

 

(だから、)

 

(だから、俺は)

 

 

「う゛あ゛あああああ────ッ!!!」

 

 

 銃声が響き渡ったのは、それから間もなくのことだった。

 

 



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#51 暁鐘 3/3

かっちゃん


 

 

『──次のニュースです。昨日のギャングラーによる襲撃事件は、パトレンジャーの迅速な対応により死傷者を出すことなく解決されました』

 

 どこか浮ついた様子でニュースを読む女性アナウンサーの姿が、街頭ビジョンに映し出されている。次の瞬間には画面が切り替わり、ギャングラーによる犯罪の減少を実証するデータの数々。

 

「ねえ、またパトレンジャーがギャングラーやっつけたんだってよ!」

 

 街を歩く女子高生が、スマートフォン片手にそう声をあげる。

 

「ヤバイよね~カッコよくない?」

「警察って名乗ってるけど、フツーにヒーローだよね」

「だってパトレン1号、確かほんとにヒーローなんでしょ?烈怒……なんとか?」

「ま、ヒーローも警察もすごいってことよ」

 

 きゃっきゃとはしゃぎながら、去っていく女子高生たち。その姿を、すれ違う赤髪の青年が苦笑を浮かべて見送っていた。

 

「烈怒頼雄斗、な」

 

 

 *

 

 

 

 ドグラニオ・ヤーブンとの決戦から、一年が経過しようとしていた。

 

 この世界に潜伏するギャングラーの数は減少する一方にあり、街に再びヒーローとヴィランが跳梁する"正しき"超常社会が戻りつつある。しかし残党による事件が時折発生するたび、迅速に出動して人々を守護するパトレンジャーの支持率は、今やトップヒーローと比較しても遜色ないもので。

 

 

「──出せ……!さもなくば殺せ!!この老いさらばえた身体で無力に生き延びるくらいなら……死んだほうがマシだぁ……っ!!」

 

 パトレンジャーに倒されたはずのドグラニオ・ヤーブンが実は生きていて、国際警察の地下深くに幽閉されている──四方を無数の銃に囲まれ、自らの鎖で全身を縛りつけられた状態で──事実は厳重に秘匿され、国際警察でもごく一部しか与り知らぬことであった。

 

 

「──ギャングラー犯罪も、かつてと比較すると見違えるように減少したな」

 

 朝のオフィスで、心なしか胸を張るようにして言うのは飯田天哉だった。日頃の鍛錬の成果か、最近ますます育っているそこに複雑そうな視線を向けつつ、耳郎響香も応じた。

 

「ドグラニオは特別拘禁室にぶち込んだしね。組織としては終わってるでしょ」

「──とはいえ、油断は禁物だ」塚内管理官が立ち上がる。「ほんとうの巨悪は、最後の最後まで牙を研いでいるものだからな」

 

 その言葉に、背筋を伸ばして敬礼するふたり。──快盗に装備を返すという不祥事を演じてしまった彼らだが、その罪は状況を鑑みて不問とされた。生真面目な天哉は未だに納得していない様子だが、某潜入捜査官の尽力もあり上層部は快盗を可能な限り利用する方針を立てていた。そうでなければステイタス・ゴールド──とりわけザミーゴ・デルマを倒すことはできなかっただろう。

 

 では、彼は。鮮烈な赤が一同の脳裏をよぎると同時に、自動扉が開いた。

 

「はよざいますっ!遅くなってスンマセン!」

 

 がばりと一礼し入室してきたのは、切島鋭児郎その人だった。

 

「うむ、おはよう切島くん!」

「久々の古巣はどうだった?」

「古巣……かぁ」

 

 「はは」と、鋭児郎は苦笑する。出向元を称する言葉としては誤りではないのだが、如何せん正式に所属していたのは一ヶ月足らずなのだ。プロデビューしてからの殆どを、彼はパトレン1号として過ごしている。ギャングラー事件の減少に伴い、出勤を半々にする等の提案も上層部からあったが、中途半端をしたくない鋭児郎はそれを断った。事務所……と言うより所長のフォースカインドも、その決断を後押ししてくれた。

 

 にもかかわらずと言うべきか、先日のヒーロービルボードチャートJPの発表では椿事が起きた。"烈怒頼雄斗"としては活動していない鋭児郎が、下位とはいえランキング圏内に載録されたのだ。デビュー一年目のヒーローというだけでもレアケースなのに、そもそもそのヒーロー活動をしていないのだから前代未聞に決まっている。とはいえ市民にとって、ヒーローか警察かなどということは取るに足らない差異にすぎない。ありがたく受けることにした鋭児郎だったが、どうせなら国際警察としてランク入りしたかったと思う。せめて、パトレンジャー四人で。

 

(俺は、パトレン1号として戦い続ける。ギャングラーがいなくなるその日まで)

 

 

(……爆豪。おめェらを、救け出すその日まで)

 

 改めて、決意を掌に込めたときだった。

 

『!、──緊急通報!ギャングラーの残党が出現しました!』

 

 サイレンを鳴らし、ジム・カーターが声をあげる。場の空気が一挙に引き締まるこの感触は、確かにヒーローのそれと遜色ないものだった。

 

「──パトレンジャー、出動!」

「「「了解!」」」

 

 揃えた声で応じて、三人は戦場へと足を向けた。

 

 

 *

 

 

 

 その怪人は、名をカーゼミーと言った。

 ギャングラーの数少ない生き残りと言えば聞こえは良いが、今まで細々とした軽犯罪に甘んじていたゆえ見逃されてきた小悪党にすぎない。

 

 それが今、これみよがしに劇場を襲撃して暴れているのは、ドグラニオの屋敷に残されたルパンコレクションを偶々発見したからだ。要するに、戦力を得て気が大きくなっているというだけのこと。

 

「──動くなッ、国際警察だ!!」

 

 ゆえに、登場と同時にポーダマンの一部を射殺したパトレンジャーの存在にも、彼はたじろぐことがないのだった。

 

「来ると思ったぜ国際警察。まずは一発、喰らえぇイッ!!」

 

 言うが早いか、金庫を光らせるカーゼミー。その掌中にエネルギー弾を形成し、「波ァ──ッ!!」と叫ぶと同時に解き放った。

 

「ッ!!」

 

 内心劇場の支配人に頭を下げつつ。三人は障害物の陰に潜り込み、それをかわした。

 

「あいつ、コレクションを持ってるのか……!」

「油断ならないな……」

 

 ルパンコレクションを持つギャングラーと交戦するのは久方ぶりのことだった。白身銃を握る手に力がこもる。

 

 と、そのときだった。銃声とともに、カーゼミーが火花ともども吹き飛ばされたのは。

 

「は、久々で怖気づいたかよ。お巡りサン?」

「──!」

 

 忘れえぬ声。いや、そんなはずはない。

 己の聞き間違いかもしれないと思いつつ……それでも鋭児郎は、顔を上げるのを止められなかった。

 

「あ……」

 

 そして──彼らは、その姿を目の当たりにした。赤、青、黄。それぞれ異なるパーソナルカラーを纏った、快盗たちの姿を。

 

「安心しろや。ギャングラーが持っとる最後のコレクション……俺らがいただき殺してやる」

「爆、豪……!?」

「麗日くん……!」

「エンデヴァー……」

 

 不敵な笑みを浮かべる爆豪勝己に、仏頂面の轟炎司、「お久しぶりです!」と手を振る麗日お茶子。その挙動はまぎれもない、本物で。

 

「おめェら、なんで……どうやって?」

 

 山積する疑問の数々。それらを打ち崩すように、鮮紅の翼が彼らの間に降り立った。

 

『へへへっ、オレが開けてやったのさ!』

「!、おまえは確か……ジャックポットストライカー?」

 

 かつてパトレン0号──荼毘が使用し、その後快盗たちの手に渡ったグッドストライカーの兄弟。

 

「コイツには精神操作の能力があンだよ」

「!」

「尤も、勝手に隕石へ突っ込んで、消息不明となっていたのだがな……」

 

 ゆえにジャックポットストライカーの出現は、快盗たちにとってまったく予想だにしないもので。

 

 

──そう、彼らは一年の時をドグラニオの体内で過ごしていた。そこは時間の流れが違うのか、そもそも流れなど存在しないのか、腹も減らなければ眠くもならない。それでも心は動いているので、退屈のあまり色々な空間を見て回ったり、終いには三人でしりとりに興じていたのだが。

 

 その終焉をなんの前触れもなく知らせたのが、二冊目の台帳を通って現れたジャックポットストライカーだったのだ。

 

「──な、なんだ……!?身体が、勝手に……!」

 

 ジャックポットストライカーの能力により、ドグラニオの胴体に巻きついた鎖が外れ、金庫が開かれた。そうして快盗たちは、再び現世の空気を吸うことができたのだ。

 

「やった……!ついに出られたぁ〜ッ!!」

「ジャック……まさかてめェに救けられるとはな」

「だが、行方不明だった貴様を誰が宝物庫へ連れていったんだ?」

 

 その問いに対し、ジャックポットストライカーは何故か得意げに応じた。

 

『へへへっ。実はな、三人の快盗に盗まれちまったんだ』

「は?」

 

 いったい何を言っているのか。首を傾げる彼らの耳に入ってきたのは、複数の足音だった。

 

「!」

 

 身構える快盗たち。しかし近づくにつれ、暗がりの中にいた姿は露となり──彼らの鼓動は、次第に早まっていく。

 まさか。いや、そんなはずは。

 

 程なくして、目の前に達した三人組。少年ふたりと、年嵩の女性。皆、漆黒の中にそれぞれ赤、青、黄をあしらった衣装を纏っている。

 既視感では片付けえぬ姿。それでも確信に至らないのは、仮面を付けているから。

 

「………」

 

 その仮面は、容易くも取り外された。素顔が、露になって。

 

──炎司とお茶子とは、もはや言葉もなく駆け寄っていた。

 

「──母ちゃん……!」

「お茶子!」

 

 抱き合う母子。黒と黄の快盗は、お茶子の母親だった。

 そして、

 

「焦、凍……」

「……おう」

「何故、おまえが?」

 

 搾り出すような問いだった。親が子を救けるのは当然だ、でもその逆はその限りでない。まして、常々父でないと切り捨ててきた相手を。

 

「……おまえは、俺を取り戻すために全部捨てたんだろ。おまえにそんな借りを作るのは──」そこで言葉が途切れ、「いや……違ぇな」

「……?」

 

 見上げる焦凍の頬が、ぎこちなくも弛むのを炎司は見た。物心つくかつかないかの頃に数えるほどにしか見たことのない、微笑。

 

「おまえなんか、居なくなっちまえば良いと思ってた。でも……おまえが居ねえ家は、なんか、寒ィんだ」

「……!、焦凍──!」

 

 堪えきれず、炎司は末子を力強く抱きしめた。震える大きな背中に、彼の手がおずおずと回る。

 

「焦凍……すまなかった……!焦凍ォ……っ!」

「……しっかりしろよ、大人だろ」

 

 窘めるような落ち着いた声音は、一年分の時が流れたことを実感させた。

 

 

 仲間たちがそうして感涙に咽ぶ中で、勝己だけはその場から一歩も動くことができずにいた。

 

「………」

「……かっちゃん、」

 

 自らと同じ赤を纏うのは、デク──緑谷出久だったから。名状しがたい想いが湧き上がる、間違っても歓喜ではない。拳に、力がこもる。

 

「──何、やってんだよ。てめェ」

 

 だからそう、言い放った。

 

「馬鹿じゃねえの。俺のいねーところで、ヒーローでもなんでも勝手に目指しゃ良かったろうが」

「………」

「俺なんざいねーほうが人生ずっとマシだったって、てめェだってそう思ってんだろ!?」

 

 違う。

 

 こんなことを言いたいのではない。もうこれ以上、デクを呪いたくない。苦しめたくない。でなければ自分も苦しいのだとわかっていながら、それでも勝己はあらぬ思いを吐き出さずにはいられなかった。

 デク……出久はそれを、目を逸らすことなく聞いていた。幼い頃から変わらぬ大きな翠眼は、どんな呪詛を受け止めようとも凪いでいる。──彼の心は、最初から決まっていた。

 

「──そうだね、」

 

「でもそれは、お互い様だろ?」

「……!」

 

 二年前と同じ言葉に、勝己の手は震えた。

 

「……きみが僕を救けるために雄英へ行かず快盗になったって聞いて、僕は騙されてるんだと思った。だって、あのかっちゃんが。僕のことを忌み嫌っていて、自殺しろとまで言ったかっちゃんが、僕なんかのためにそんなことするわけがない。……でももしそれがほんとうなら、かっちゃんはどうしてそうまでして僕を救けてくれたんだろう。考えて考えて考えて、それでも答は出なくて、気づいたら僕も、きみと同じ道を辿ってた」

 

「僕はね、かっちゃん。きみのしてきたことはきっと一生許せない。あの日のきみを憎いと思う気持ちも変わらない。でも……でもね、それ以上にずっと、」

 

──もう一度きみと話ができて、涙が出るくらいにうれしいんだ。

 

「……!」

 

 凪いでいた瞳に透明な膜が張り、灯光を反射して潤んでいく。そこに映る緋色も、また。

 

 次の瞬間、勝己は目の前にある自分より幾分か小さな身体を抱きしめていた。

 

「デクおまえ……相変わらず、子供体温じゃねえか……」

「はは……なんだよそれ」

 

 かすれた声で笑う出久。震える背中が、そのあたたかさが腕の中にある事実が、凍りついた心をゆっくりと融かしていく。

 

 

 地獄にも春は来て、花が咲く。──煉獄の日々が、ようやく終わる。

 

 

 *

 

 

 

『──これで緑谷くんたちは、お役御免です』

 

 冷たくも聞こえる黒霧の言葉に、弔はフンと鼻を鳴らした。その手中にある仮面が、握りしめられた途端に砂となって崩れ落ちていく。

 

「酷っでぇよなァホント。あいつらまでスカウトしちゃって、出てきた爆豪くんたちに何言われるかわかったモンじゃない」

『そういうトムラだって、イズクたちを快盗として仕込んでたじゃないか〜!』

 

 グッドストライカーの横槍に、弔はばつが悪そうに白髪を掻いた。

 

「……爆豪くんたちを救けたかったんだよ、しょうがないだろ」

「私も、どうしてもコレクションを集めたいんです」

「は……あんたも心底お人好しだよなァ、黒霧──」

 

「──いや、朧サン?」

 

 黒い靄の向こうに、苦笑する少年の顔が浮かび上がった。

 

 

 *

 

 

 

 そうして今、快盗たちは再び戦場に立っていた。一年前と変わらぬ、不敵な笑みを浮かべて。

 

 対して、その姿を見上げる鋭児郎はというと。

 

「〜〜ッ、良かった……!ほんとに良かったなぁ……爆豪、みんなぁ……っ!」

 

 涙ぐみながら、彼らに祝福の言葉を贈っていた。それが心の底から出でたものであることは、疑いようがない。勝己は嘲るように鼻を鳴らしつつ、満更でない気分を味わっていた。

 そして天哉、響香もまた、彼らの無事と願いの成就を喜んでいたのだが。

 

「……ちょっと待った」

 

 不意に訝しむような表情を浮かべた響香が、そんな言葉をつぶやいた。

 

「じゃあなんであんたら、快盗続けてんの?」

「!」天哉もはっとする。「確かにそうだ……。ルパンコレクションを追い求める必要はなくなったはずだろう!?」

 

 至極当然の問いに、快盗たちは揃って肩をすくめてみせた。

 

「だってぇ……顔バレしてるからルパン家で働くしかないんやもん」

「ルパンコレクション、放っておけば世界の均衡を崩しかねないような代物だ。回収しないわけにはいくまい」

「そもそも、シゴトはきっちりやり遂げんのがプロってもんだろ?」

「ッ、そ、そりゃそうかもしんねーけどさぁ……」

 

 鼻白む鋭児郎たちに対し、勝己は追い打ちをかけるような言葉を口にした。

 

「つーわけで、とっととあんたらのも返せや」

「は!?」

「何を言っている!?ルパンコレクションを所持しているのは奴で最後でも、ギャングラーはまだ残っている!装備を渡すわけにはいかん!」

「……結局ウチら、ぶつかる運命か」

 

 決してひとつにはならぬ、誓いと正義の道。ただひとつ、交わる場所があるとすれば。

 

「──貴様らぁ……死ぬほど痛かったぞォ!?」

 

 立ち直ったカーゼミーが、怒りを露に声を張り上げる。対する快盗たちは、ひらりと高所から地上へと飛び降り──

 

『レッド!0・1──0!』

「──ルパンレッドォ!!」

『ブルー!2・6──2!』

「ルパンブルー……!」

『イエロー!1・1──6!』

「ルパンイエロー!」

 

『マスカレイズ!』

「「「──快盗チェンジ!!」」」

 

 トリガーを引き、放たれる輝き。それらを身に纏い、快盗たちは変身を遂げる。

 

──快盗戦隊、ルパンレンジャー。

 

「ッ、俺たちも行くぜ!」

『1号!パトライズ!』

「「「──警察チェンジ!!」」」

 

 負けじと警察チェンジを遂げるパトレンジャー。快盗、警察、そしてギャングラー。役者が揃ったこの瞬間、混沌の舞台が幕を開けた。

 

「うおおおおッ、俺は退かないぞギャングラー!!」

 

 殺到するポーダマンに立ち向かうべく、己を鼓舞する天哉──パトレン2号。そんな彼を援護するかのように、ルパンイエローの放った弾丸がポーダマンの一部を撃ち貫く。

 

「ムッ!」

「カッコいいよ〜、飯田さん!」

「あ、ありがとう!しかしきみたちを認めたわけではなぁい!!」

 

 こんなやりとりの一方で、

 

「よ、っと!──はぁっ!」

「ふん……!」

 

 響香──パトレン3号とルパンブルーは、互いに銃を突きつけあいながらも着実にポーダマンの数を減らしていく。もはや繕う必要もないから、後者は"ヘルフレイム"も交えた見事な戦いぶりを見せている。その熱を感じつつ、響香は感嘆のため息を洩らした。

 

「流石エンデヴァー、鈍ってはないみたいですね」

「ふ……当然、だっ!」

 

 そして、

 

「──ったく快盗、おめェらってヤツはよぉ!!」

 

 怒りの中にどこか弾んだいろを露にしつつ、鋭児郎──パトレン1号はルパンレッドと激突していた。その猪突猛進ぶりは、一年前となんら変わっていない。成長していないといえばそれまでだが、それが切島鋭児郎という男の変わらぬ本質だった。

 

「は……──死ィねぇッ!!」

「うおっ!?」

 

 レッドが掌から放つ爆破が、空間を灼く。その余波で数体のポーダマンが吹っ飛ばされたが、彼らは意に介さない。

 

「ッ、それがおめェの個性か……。へへっ、漢らしいぜ!!」

「基準がわからんわクソ髪ィ!!」

 

 どこか弾むように、躍るように続く両戦隊の激闘。大量に蠢いていたポーダマンは半ばそれに巻き込まれ、すっかりその数を減らしている、

 そんな中、渦中の人?であるカーゼミーはというと、

 

「ハッハッハ、この状況……逃げ恥だと思いますっ!」

 

 なんだか懐かしいフレーズをのたまいながら、そろりそろりと遠ざかっていく。そして部屋の隅まで来たところで、一気に離脱しようとした──刹那、

 

「──ぬおおおおおっ!!?」

 

 突如として天井から降り注いだ水流の束が、容赦なく彼を絡め取った。

 

「ぬ、ぬぬぬぬ濡れぇ……オレは濡れたらダメなんだぁ!!」

「──奇遇だ、なァっ!!」

 

 スプリンクラーの襲撃に右往左往している間に、ルパンレッドが彼に飛びかかっていた。

 

「ウガァッ!?」

『5・0──2!』

 

 金庫を開き、その中に手を突っ込む。握りしめた、不思議な感触。

 

「っし……!」

『──やったぁ、流石かっちゃん!』

 

 インカム越しに響く称賛の声に、心が躍る。──快盗の役目から解放された今もなお、出久が自分の背中を支えてくれているという事実。

 今、勝己の心はひどく満ち足りていた。

 

「爆豪!」

 

 友にするように名を呼ぶ鋭児郎が、こちらに銃を向けている。勝己もまた、それに応じた。仮面の中で、不敵な笑みを浮かべて。

 

 

 

 どこかで、鐘が鳴っている。

 目覚めを促すような、何かの到来を告げるようなその音。

 

 ああ、これは暁鐘だ。目覚めのときを報せるやわらかな鐘の音。

 

 どんな永い夜もいつかは明けて、朝が来る。

 

 英雄も罪人も等しく、燃ゆる太陽に照らされて生きていく。

 

 

「予告する。──てめェのお宝、いただき殺ォす!!」

 

 

 この残酷な優しい世界で、大切なものを抱えて生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 fin.

 

 

 

 

 

 

 

 




『Adieu au Héroes』、これにて完結です。休止期間も含めて2年近く、お付き合いくださり本当にありがとうございました。

二代目快盗たちのその後について補足しますと、

デク→ルパン家に残ってかっちゃんの傍に居続ける道を選ぶ
轟くん→二年遅れで雄英に入学(肉体的には一年遅れ?)
お茶子ママ→快復した夫とともに会社を再建

となります。スプリンクラーのくだりはちょっとわかりづらかったかと思いますが、つまりそういうことです。快盗戦隊の参謀デク、リーダーかっちゃんとは阿吽の呼吸で活躍してくれることでしょう。
あ、カーゼミーの「逃げ恥」発言は主演俳優&女優の結婚を意識したわけではありません、執筆は報道前でしたので。つまり偶然の一致。

これにてヒロアカ世界の快盗と警察の物語は大団円を迎えますが、不肖わたくしのヒロアカ二次創作は続きますので、よろしかったら引き続きお付き合いくださいませ。
というわけで、以下次回?予告!



「おめェら、爆豪と緑谷だよな……?」
「違ぇ。俺はカツキで、」
「僕はイズクです」
「やっぱ爆豪と緑谷じゃねえか!?」


次回「特別篇―Connected to Ryusoul Adventure―」


「「リュウソウチェンジ!!」」
『ケ・ボーン!!』



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#SP 特別篇―Connected to Ryusoul Adventure―

次回作とのコネクション篇、スーパー戦隊最強バトルからスーパー戦隊最強バトル要素を抜いたようなお話です。何を言ってるのかわからねーと思うが(ry

ぶっちゃけリュウソウジャーの練習みたいなものなので、ストーリーらしいストーリーはほぼないですが良ければどうぞ。


 超常が日常に、架空は現実へ。

 現代を象徴するキャッチフレーズは、ギャングラーの出現を契機に異世界の存在にまでその範疇を広げていた。

 

 ぼくらの生きる世界は唯一無二のものではなく、次元の壁を一枚隔てた向こう側にはまったく別の世界がある。今やそれが夢物語でないことは、周知の事実となっているのだ。

 しかしそれが、姿かたちの同じ人間たちが生きる世界──パラレルワールドであったとしたら、どうであろうか。

 

 

「──うぉあぁぁぁぁッ!!?」

 

 野太い悲鳴をあげ、逃げ惑う赤髪の青年がいる。彼の名は切島鋭児郎。若手ヒーロー・烈怒頼雄斗であると同時に、ギャングラーと戦う精鋭チーム・警察戦隊パトレンジャーの一員たるパトレン1号でもある。

 そんな彼がいったい何から逃げるというのか。答は、一目瞭然だった。

 

「ガァアアアアア──ッ!!」

 

 耳を劈くような甲高い咆哮。大理石色の身体に、鋭く伸びた紺碧の爪。──そんなモノをもつ見上げんばかりの怪物が、一心不乱に彼を追跡していたのである。

 いったいなぜ、こんな状況に陥ってしまったのか。考える以前に、命が危うい。このスケールの差では個性など焼け石に水であるし、唯一の切札たるVSチェンジャーは──

 

「……!」

 

 そのとき、鋭児郎は足を止めた。そうせざるをえなかったのだ。

 

──目の前は、断崖絶壁だった。

 

「ま、マジかよ……っ」

「グォオオオ……!」

「──ッ!」

 

 怪物が、間近に迫っている。一方で眼下には、激流が広がっていて。

 鋭児郎は、覚悟を決めるほかなかった。

 

「〜〜ッ、漢ならぁああああッ!!」

「ガァアアアアッ!!!」

 

 振り下ろされる爪。それと時を同じくして──鋭児郎は、宙に身を投げ出した。場違いな浮遊感とともに、墜ちていく。墜ちていく。

 

 そして鋭児郎は、深淵へと呑み込まれていった。

 

 

 *

 

 

 

 長大な流れの川尻に、ひとりの少年の姿があった。緑がかったぼさぼさの黒髪に、卵型の翠眼をじっと水面に向けている。その手には、釣り竿が握られていた。

 

「……釣れないなぁ、昔ならこの場所で色々釣れたはずなんだけど。川上に街ができたせいで水質が変わってしまったんだろうか……」

 

 考え込みつつ、右手を下唇にやってブツブツと独りごちる。放っておけば永遠にでも続きそうな怪しい挙動は、しかし間もなく中断された。

 

「ん?──!、あれって……」

 

 川上から流れてきたものを目の当たりにして、彼は一目散に水の壁へ突き進んでいった。

 

 

 *

 

 

 

「……から………って、……ないか……」

「……じゃ………かよ……かが………」

 

 すぐ傍で、言い争うような声がする。

 なんの話だろう、喧嘩に発展しそうなら仲裁に入らなければと麻痺した頭で考えるのは、半ばヒーローとしての本能のようなものだった。

 

 そうして鋭児郎は、覚醒へと導かれた。うすく瞼を開けると、ごつごつとした岩肌の天井が目に入る。

 

「……ここは……?」

「!」

 

 鋭児郎の声に気づいてか、大きな翠眼が覗き込んでくる。

 

「あ。目、覚めましたか?」

「………」

 

 視界を占める、ふんわりした印象を受ける童顔。未だ鮮明にならないそれはしかし、彼に既視感を覚えさせるもので。

 

(こいつ……どこかで……?)

「……まだ意識がはっきりしないみたいだな。──口、ちょっと開けてもらって良いですか?」

 

 言われるがままにゆるく口を開けると、少年の手にある筒から少量の液体を流し込まれる。それが舌を伝った途端、

 

「!?、う゛ぇッ、ゲホゲホッ、かは……っ!」

 

 どくだみを濃縮したような、今までに味わったことのない強烈な苦味だった。頭を覆っていた靄はその衝撃で吹き飛ばされ、鋭児郎は反射的に飛び起きる羽目になった。

 

「な……ンだよ、これっ!?」

「気付け薬です。頭、すっきりするでしょう?」

「し、したけど……──!」

 

 少年の顔をここではっきりと目にして、それでようやくわかった。彼が誰に似て……否、まったく同じ顔をしているのか。

 

──緑谷出久。快盗の正体だった年少の友人が、取り戻そうとしていた幼なじみ。

 

「?、どうかしましたか?」

 

 答えられずに口をぱくぱくさせていると、さらに追い打ちをかけるような声が響いた。

 

「おいデク、目ぇ覚ましたんならとっととそいつ放り出せや」

「……!?」

 

 このやや鼻にかかったような、ぶっきらぼうな声。緑谷のそれとは比較にならない、耳に慣れ親しんだもの──疑いようもない。

 

「ばく、ごー……」

「ア゛ァ?」

「おめェら、爆豪と緑谷だよな……?」

 

 恐る恐る訊く鋭児郎。対するふたりは、怪訝な表情で顔を見合わせ──

 

 

「「……誰それ?」」

 

 

 *

 

 

 

「──待ってくれって!おめェら、爆豪と緑谷じゃねーのか!?」

「しつっけえな!だから知らねえわそんなヤツ!!」

 

 ずんずんと大股で歩を進める勝己そっくりの少年を、鋭児郎は必死になって追っていた。そのすぐ横に、緑谷出久によく似た少年がぴったりとくっついている。

 

「あの……かっちゃん──彼の言う通り、人違いですよ」

「ッ、でもおめェら、"かっちゃん"とか"デク"とか……。名前、なんて言うんだ?」

「チッ……」舌打ちしつつ、「──俺がカツキで、」

「僕はイズクです」

「やっぱり爆豪と緑谷じゃねえか!?」

「だから違ぇっつってんだろうがブッ殺すぞクソ髪が!!」

「かっちゃん、言い過ぎ!」

 

 姿かたちはおろか、名前まで同じで別人のはずがない。ただ、そうと断言するには奇妙な点が幾つもあった。

 鍛えられた剥き出しの上半身に首飾りなどの装飾を身につけ、派手な毛皮付きのマントを羽織ったカツキ?と、ホワイトシャツにグリーンのベストを着込んだイズク?。下はふたりともジーンズのようだが、既製品とは見るからに材質が異なる。

 そうした服装は似合う似合わない以前に、明らかに現代日本のそれではない。そもそも、どこまでも森の続くこの風景自体、自分の居た街とは明らかに異なっていた。

 

 何よりふたりは、揃いの剣を帯びていて。鍔が竜の頭部のような形状になっているそれは、玩具や演劇の小道具のようにも見えなくはない。ないけれど──

 

「なぁ、みど……えっと、イズク?」

「なんでしょう?」

「ここってひょっとして、日本じゃない?」

「ニホン?」

 

 こてんと首を傾げるしぐさが、年不相応に愛らしい……ではなく。

 

(やっぱりそうだ、)

 

──"パラレルワールド"。よぎった言葉に、鋭児郎は頭を抱えたくなった。荒唐無稽な思考とは言い切れない。現に、ギャングラーが本拠としている異世界は観測されていて、自分は足を踏み入れたこともあるのだから。

 しかしあの世界の人間はとうに亡びてしまったと聞くし、ここはまた別の世界らしい。どうして自分がそんな場所に来てしまったのか、記憶に靄がかかったように思い出せない。

 

「……でも、帰んねえと……」

「……大丈夫ですか?えっと──」

「あ……っと、俺のことは切島で良いぜ!」

「キリシマさん、ですね。わかりました!」

 

 朗らかに肯くイズク少年。ここが仮にパラレルワールドだとして、カツキ少年を見る限り人格に大きな違いはないのだろう。ということは"イズク"は、こういう人当たりの良い性格なのだ。

 

「ふたりは、ひょっとして幼なじみだったりするのか?」

「ええ、どうしてわかったんですか?」

「俺の知ってる爆豪と緑谷がそうだったからさ。もしかしたらって」

「そうなんですか、すごい偶然ですね!」驚くそぶりを見せつつ、「僕ら、子供の頃から一緒に世界中を旅してるんです。もうごじゅ……ゴホン!……五年くらいになるかな」

「え、ふたりでか?」

「うーん、まぁ……そうですね」

 

 妙な歯切れの悪さは気になったが、それより「色んなことがあったなあ」と懐かしむイズクの表情が目に留まった。性格は似ていても、この世界の彼らの関係性は正しく幼なじみらしいもののようだ。自分の知る勝己たちが知ったらどう思うだろうかと、とりとめもなく鋭児郎は考えた。

 

「そういえばキリシマさん、珍しい恰好してますけど……そのニホンって場所の衣装か何かですか?」

「え、あ、えーっと……ニホンつーか、国際警察っつーか……」

「?」

 

 この異界人に、どう説明したものか。悩む鋭児郎だったが、

 

「──いつまでくっちゃべってんだ」

 

 カツキ少年のぶっきらぼうなひと言により、会話は容赦なく中断された。

 

「おいクソ髪、あんたが怪物に襲われたっつーのはこのあたりか?」

「……おう」

「チッ、流石に居ねえか……。──デク、」

「うん」

 

 頷きあったふたりは、腰に差した剣を徐に抜いてみせた。鋭く光る刃先は、やはり真剣そのもので。

 

「キケソウル、」

「クンクンソウル!」

 

 竜の頭部を模したオブジェクトを騎士の姿に変形させ、鍔に挿し込む。と、そこから光が放たれ、ふたりの身体を包み込んだ。

 

『キーン!』

『クンクンー!』

「おい、それ──」

「喋んな」

 

 険のある口調で切り捨てられれば、口をつぐまざるをえない。

 やむなく様子を見守っていると、ふたりが何をしているのかがわかってくる。カツキはじっと耳を澄まし、イズクはくんくんと何かの匂いを嗅いでいる様子だ。先ほどのオブジェクトで、聴覚や嗅覚を強化したのだろうか──この世界における、ルパンコレクションのようなものか?

 

 そうして待つこと数十秒──ふたりが同時に、目を開けた。

 

「──デク、」

「うん、行こう!」

 

 突然走り出すふたり。慌てて追おうとする鋭児郎だったが、

 

「キリシマさんはここで待っててください、危ないですから」

「!、危ないって……まさかおめェら、あいつと戦うつもりか?」

「関係ねーだろ」

「関係ないことねえよ!」

 

 半ば反射的に言い返してしまった鋭児郎だったが、その言葉に嘘偽りはない。どこの世界であろうと自分はヒーローだし、彼らはよく知る者たちと同じ魂をもっている。

 

「せっかく救けてもらったんだ。借りはきっちり返さねーとな!」

「……デクてめェ、クソウゼェヤツ救けやがって」

「はは……」

 

 本気で呆れている様子のカツキに対し、イズクは苦笑しつつもどこか嬉しそうだった。彼も正義の心を強くもっていて、そういうところが鋭児郎と通じるのだろう。爆豪勝己が自分に複雑な感情を抱いていた理由が、ほんの少しだけわかったような気がした。

 

 

 *

 

 

 

 怪物は、我が物顔で闊歩を続けていた。その巨体が、障害となる木々を容赦なく薙ぎ倒していく。森がどうなろうと知ったことではない、彼を突き動かすのは野獣の本能だけだった。

 

 その姿を、覗い見る者があった。

 

「……ガーゴイルマイナソー。随分と、育ったものだな」

 

 年齢、男女の別さえ判然としない、紫の鎧に全身を覆った騎士。ただ彼、あるいは彼女が手にした剣は、カツキやイズクが持つのと同じ造形をしていて──

 

「!、来たか……」

 

 "彼ら"の到来を察知して、鎧騎士は身を翻したのだった。

 

 

「いたよ、かっちゃん。マイナソーだ」

 

 イズクの言葉に、足を止めたカツキは獰猛な笑みを浮かべた。獲物を仕留めんとする狩人の表情は、快盗の爆豪勝己とそっくり重なる。

 

「は、ブクブク太りやがって」

「騎士竜に頼む?」

「要らねえ。あんくれぇなら、俺らで十分だろ」

 

 マイナソーはあの怪物の名として、騎士竜?首を傾げる鋭児郎だったが、訊くより先んじてカツキがじろりと振り向いた。

 

「おいクソ髪、ついてきたンは自己責任だがてめェに出る幕はねえ。おとなしく突っ立ってろや」

「ッ、……おめェらがピンチになったら手ぇ出すからな!」

「は、舐めんなや。俺らを誰だと思ってやがる」

 

 いや誰だよ。内心そう突っ込みつつ、ひとまずは彼らの言に従わざるをえないと鋭児郎は歯噛みした。

 

(変身さえできれば……っ)

 

 パトレン1号にさえなっていれば、彼らを危険な戦いに臨ませることもなかった。多少スケールの違う相手だろうと、倒せるだけの武器は揃っているのだから。

 それができなかったのは──あのマイナソーとかいう怪物に襲撃を受け変身しようとした際、VSチェンジャーを吹っ飛ばされてしまったためだ。戦力を失った今の自分では、あいつは倒せない。

 だから……使いどころは、見極めなければ。

 

 と、進み出たふたりの存在に、ガーゴイルマイナソーが勘づいた。

 

「グォオオオオ……!!」

 

 その咆哮に対し、

 

「「──リュウソウチェンジ!!」」

 

 イズクが緑の、カツキが黒の竜騎士の模型──"リュウソウル"を、左手首のブレスに装填する。と、

 

『ケ・ボーン!!──リュウSO COOL!!』

 

 銀の鎧を纏った竜の魂が無数の光の欠片を生み出し、ふたりを取り囲む。──高笑いのような音声が響き渡ると同時に、彼らの全身は欠片に包み込まれた。

 

「……!」

 

 鋭児郎は思わず、息を呑んだ。イズクもカツキも──"変身"を、遂げていたのだ。

 

「おめェらも戦隊だったのか……!?」

 

 その声は、既に彼らには届いていなかった。マイナソーが攻撃を開始したのだ。

 

「ッ!」

 

 素早く飛びのきつつ、剣──リュウソウケンをその腕に突き立てるふたり。鋭い刃が肉に食い込み、怪物が苦悶の声をあげる。

 

「ガァアアアッ!!」

 

 怒りの雄叫びとともに爪を振るうマイナソー。それをことごとくかわし、ふたりの騎士は着実に刃傷をつけていく。手数はグリーンが勝っているが、ひとつひとつの深さはブラックが上回っている。いずれにせよ、遜色ない戦いぶりだ。鋭児郎は目を瞠っていた。

 

(すげえ……)

 

 自分たちパトレンジャーと遜色ない、いやそれ以上かもしれない戦いぶり。ルパンレッドである爆豪もそうだったけれど、彼らの一挙一動には歴戦の技巧というものが感じられた。推定十代半ばとは、とても思えない。

 

 ただそれでも、ガーゴイルマイナソーを完全に抑えることはできなかった。リュウソウケンの刃に比べて、マイナソーのスケールがあまりに大きすぎるのだ。

 

「ッ、やっぱり……大きい!」

「はっ……久々に骨があらぁ」

 

 傷をつけても決定的なダメージにならず、むしろ怒りによってマイナソーの秘めた獰猛さが露になっていく。──こんなヤツに、ふたりだけで勝てるのか?

 

「目を狙うんだ!」

「やったらぁ!!」

 

「──ハヤソウル!」

 

 グリーンの手にした新たなリュウソウルを、リュウソウケンにセット。

 

『リュウ!』

 

 一回、

 

『ソウ!』

 

 二回、

 

『そう!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

──四回、

 

『この感じィ!!』

 

 電子音声──異世界のそれが"電子"であるかは考察の余地があるとして──がハイテンションに叫ぶと同時に、グリーンの右肩から腕にかけてを黄金の鎧が包み込んだ。

 

『ハヤソウル!ハヤハヤ〜!』

 

 刹那──グリーンの姿が、消えた。

 

「……!?」

 

 鋭児郎は慌てて目を擦った。自分の視覚がバグを起こしたのかと思ったからだ。しかし現実に、グリーンはその場から消えていた。

 

──否、走り出していたのだ。"ハヤソウル"によって脚力を大幅に強化されたことで、彼は目にも止まらぬ速度で疾走(はし)ることができるようになっていた。

 

「僕のスピードに、着いてこれるかな!?」

 

 自信に満ちた声に違わず、マイナソーはグリーンを捉えきれていない。周囲を駆けずり回る彼に爪を振り下ろすが、それはまったく見当違いの場所に突き立てられる結果となった。

 

「は、速ぇ……」

「あいつは、"疾風の騎士"だからな」

「!」

 

 さも当然のように言うブラック──カツキに、思いがけなく面食らう。幼い頃からふたりで旅をし、戦ってきたのだろうふたりの関係は、卑近な言葉で表せば相棒と云うべきもので。

 

「──ンで俺ぁ、"威風の騎士"だ」

 

 その手に、また別のリュウソウルが握られる。指で弾くことで、竜から騎士の姿へ。

 

「ブットバソウル、」

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

『ブットバソウル!ボムボム〜!』

 

 漆黒に炎をあしらったような鎧を纏うと同時に、跳躍するブラック。──いきなり眼前に現れた敵に、マイナソーは面食らった様子で。

 

「潰れろやぁ!!」──BOOOM!!

 

 リュウソウケンが振り下ろされると同時に、爆炎がマイナソーの顔面を灼いた。

 

「グガァアアアア──ッ!!?」

 

 苦悶の声をあげるガーゴイルマイナソー。初めて与えた明らかなダメージに、少年騎士たちは手応えを感じていた。

 

「やったね、かっちゃん!」

「おー。一気にトドメ、刺すぞ」

 

 決着──確かに手出しの余地はなかったかと鋭児郎が嘆息したときだった。

 

「ウ゛ゥゥゥ……ッ──ウガァアアアアッ!!!」

 

 凄まじい絶叫とともに、潰れたマイナソーの両眼が奇怪な光を放つのを鋭児郎は見た。これまでの経験が染みついた身体は、意識するより早く動いていて。

 

「──危ねえッ!!」

「!?」

 

 全身を硬化させた鋭児郎がふたりの前に割り込むのと、マイナソーの眼孔から熱線が放射されるのが同時だった。

 

「ぐぅ──ッ!?」

「キリシマさん!?」

 

 イズクの声が、遠くに聞こえる。──熱い、熱い、熱い。巌と化した皮膚が灼けることはないが、それでも熱感と衝撃までもを和らげることはできない。鋭児郎の身体は次の瞬間、大きく後方まで吹っ飛ばされていた。

 

「あのバカ、勝手に割り込んで吹っ飛ばされやがって……!」

「ねえ見た、かっちゃん!?あの人の身体、リュウソウルなしでまるで岩みたいに……」

「見とったわ。おおかた魔法かなんかだろ、それより──」

 

 ガーゴイルマイナソーは怒りのあまり猛り狂っている。これは久々に手を焼きそうだとふたりは思った。だとしても、マイナソーは絶対に倒さねばならない。

 

──それが、"リュウソウジャー"の使命なのだから。

 

 

 一方で、吹っ飛ばされた鋭児郎はというと。

 

「痛、っでぇぇぇ……ッ」

 

 木の枝に引っ掛かっていた。頬にくっついた虫を、そっと払いのける。

 

「くっそ……あいつ、ギャングラー並みに強ぇ……」

 

 ギャングラーと違って理性はないようだが、この世界にとっても脅威であろうことは想像に難くない。

 

「やっぱ、VSチェンジャーを見つけねえと……ん?」

 

 ふと視界の隅に映った白銀。まさかと思って目を向けると、繁葉の隙間に"それ"が引っ掛かっていて。

 

「あ、あるじゃねえかVSチェンジャー!?つーかなんでここに……」

 

 マイナソーの攻撃によって吹き飛ばされたはずだが。……いや自分とまったく同じ境遇で、同じ場所に飛ばされてきたとすれば、合点が行った。

 

「ヘヘッ……俺とおめェは、どこまでも一心同体みてぇだな!」

 

 不敵に笑い、VSチェンジャーを手に取る。尤もその際の重みで枝が折れ、彼はあえなく地面に墜落したのだけれど。

 

「痛っ、でぇぇぇ……!またかよぉ……ッ」

 

 尻を擦りつつ、よろよろと立ち上がる。痛いものは痛いが、呻いている場合ではない。異邦の守護者たる漢の意地を、この世界の騎士たちに見せてやらねば。

 

「いくぜ……!」

『1号、パトライズ!』

 

「──警察チェンジ!!』

 

 

 *

 

 

 

 リュウソウグリーンとリュウソウブラックは、自分たちの背丈の数倍はある巨大マイナソー相手に決め手を欠いていた。

 

「どうしよう、やっぱり騎士竜を呼ぶ!?」

「この程度のヤツ相手に呼んだら、嘲われンだろうが!!」

「そんなこと、言ってる場合じゃないかもしれないよ……!」

「ッ、一気に決める!!」

 

 そう叫んで、新たなリュウソウルをチャージしようとしたときだった。

 

「ちょーっと待ったぁ!!」

「!」

 

 勇ましい声と同時に、光弾がマイナソーに直撃する。火花が散り、ダメージには至らないまでもかの獣は明らかに怯んだ様子だった。

 

「パトレン1号、満を持して参上ッ!!」

「……誰だてめェ」

「!、もしかして……キリシマさん?」

「おうよ!おめェらのそのリュウソウ……なんとかと同じ、これが俺のバトルスーツだぜ!」

 

 些か強引ではあるが、鋭児郎はそう押し切った。この御伽話の登場人物のような異界人たちにとって、警察スーツはオーパーツにも程があるだろうから。

 

「それより決め手なら、俺が持ってる。手ぇ貸すぜ!」

「ア゛ァ?てめェに出る幕はねえっつったろ!すっこんでろや雑魚が!!」

「!?、ざ……爆豪にも言われたことねえぞそんなこと!」

「だから知らねーわそんなヤツ!!」

 

 ぎゃあぎゃあと言い争いになるのは、世界を越えた様式美のようなもので。慌ててイズクが仲裁に入ろうとするが、それより魔獣の足が出るほうが早かった。

 

「!!」

 

 足裏と地面の間に──鋭児郎が、消えた。

 

「な……!?」

「キリシマさん!?」

 

 踏み潰された……!?唖然とするふたりだったが、言うまでもなく、我らがパトレン1号はこんなことで斃れたりしない。

 

「……!?」

 

 まず反応を示したのは、マイナソーだった。それから遅れて、イズクとカツキは目撃することになる。1号を踏み潰したはずの右足が徐々に持ち上がっていくのを。

 

「う、おおおおおお……ッ!」

「な、あいつ……!?」

「すごいパワーだ……」

 

 強化服の下をガチガチに硬化させ、鋭児郎はあらん限りの力を振り絞っていた。ガーゴイルの巨大な足が少しずつ持ち上がっていく。それによって姿勢制御が崩れたことで、力比べのシーソーは鋭児郎へと傾いていく。

 そして、

 

「──お、らァアアアアッ!!」

 

 ついに彼は、マイナソーを投げ飛ばした。悲鳴をあげながら、その巨体が森林に突っ込んでいく。

 

「はぁ、はぁ……ヘヘッ、どうだばくご……じゃなかった、カツキ!俺も、なかなかやるだろ?」

「……チッ、」舌打ちしつつ、「てめェの力なら倒せんだろうな?」

「あたぼうよ!」

 

 カツキの感情が変わったことを察知した鋭児郎は、嬉々としてサイレンストライカーを取り出した。トリガーマシンの多くは快盗の手に渡ったままだが、これだけは手元に残っている。いざというときの切札として。

 

『サイレンストライカー!グレイトパトライズ!』

「いくぜッ、超警察チェンジ!!」

 

 VSチェンジャーにビークルを装填し、トリガーを引く。慣れ親しんだ動作とともに、黄金の鎧が警察スーツの上から装着された。

 

「スーパーパトレン1号ッ!!」

「おおっ、僕らの竜装と一緒だ!」

 

 イズクが背後ではしゃいでいるのがわかる。だがその火力は彼らのそれを遥かに凌ぐだろう。何せギャングラーの首領にさえ、膝をつかせたコレクションなのだから。

 

「チッ!こいつひとりにやらせっかよ、俺らも行くぞ!」

「了解!」

 

「「──ツヨソウル!」」

 

 再び、新たなリュウソウル。"ツヨソウル"と名付けられたそれは、文字通り剣技の威力を上昇させる効果がある。

 

『それ!』

 

 一回、

 

『それ!』

 

 二回、

 

『それ!』

 

 三回、

 

『それ!』

 

──四回、

 

『その調子ィ!!』

「「──ダブル・ディーノスラァッシュ!!」」

 

『剣ボーン!』──けたたましいシャウトとともに、竜の形をとった剣波が放たれる。

 同時に、

 

「グレイトイチゲキストライクッ!!」

 

 スーパーパトレン1号が放つ、黄金の火砲。それらは互いに弧を描くようにしながらひとつとなり、マイナソーを呑み込んでいく。

 

「グォアァァァァァ──ッ!!?」

 

 如何に巨体といえども、この膨大なエネルギーを前にしては堪らない。ガーゴイルマイナソーは瞬く間にその身を削られ、消滅していく。

 

──そして、ひときわ大きな爆発が起きた。

 

「っしゃあ、任務完りょ……えっ?」

 

 喜びもつかの間、再び事態が急変した。爆炎はたちまち拡がり、鋭児郎をも呑み込まんとするのだ。

 

「な……──うわぁああああっ!?」

 

 「キリシマさん!」「キリシマ!」と叫ぶ、少年たちの切羽詰まった声があっという間に遠ざかっていく。その姿かたちも。

 そうして鋭児郎の意識は、光の中に消えていった。

 

 

 *

 

 

 

 ようやく目を開けた鋭児郎が最初に見たのは、見慣れた天井だった。

 

「……?」

『あ、切島さん!目が覚めましたか!?』

 

 視線を逸らすと、やはり見慣れたサポートロボットの姿があって。

 

「……ジム……?」

『はい!良かったぁ、"個性"が解けたみたいですね!』

「こせい……?リュウソウ……なんとかと、マイナソーは……?」

『なんですかそれ?切島さん、ずっと眠ってたんですよ!子供の個性の暴発に巻き込まれて』

 

 数時間前、鋭児郎と仲間たちはギャングラー出現の報を受けて出動した。その際、現場に取り残された幼児を救出しようとしたところ、折悪く発現した個性にかかってしまった──それがジム・カーターの説明だった。

 

『とにかく今、皆さんを呼んできますので!』

 

 慌ただしくジムが去っていってしまうと、視線の置きどころを失った鋭児郎はなんとなく自分の手を見下ろした。

 

「……夢、だったのか?」

 

 眠っていたということは、そうとしか考えられない。けれどマイナソーの攻撃を受け止めたあの感触も、あの世界のカツキとイズクの一挙一動も、色濃く五感に残されていて。

 

「いや……きっと夢じゃねえ」

 

 鋭児郎は拳を、そっと握りしめた。おそらく子供の個性が作用して、自分は精神だけあの世界に飛ばされた。そして、異世界の彼らと共闘することができたのだ。

 真実など、子供の個性を詳しく調べればわかること。ならば結果が出るそのときまでは、彼らの勇姿を現実のものとして心に刻んでおこう。こちらの世界の勝己たちに知らせてやるのは、それまで待っておくべきかもしれないが。

 

 

 *

 

 

 

「キリシマさんって、ひょっとして異世界の人だったのかな?」

「あ?」

 

 相棒の発した突拍子もないひと言に、カツキは顔を顰めた。

 

「昔読んだ本に書いてあったんだ。世界は幾つもあって、そこには僕らと同じ姿かたちをした人々が住んでるって。彼の言ってた"ミドリヤ"と"バクゴウ"って人も、異世界の僕らだとしたら納得がいかない?」

「けっ、どーでもいいわ」

「ほらぁ、すぐどうでもいいって言う!少しは戦い以外も興味持とうよ」

「そーいうのはてめェの領分だろ」

 

 当たり前のように言う。まったく人の苦労も知らないでと呆れつつ、イズクは微かな喜びも覚えていた。その気になれば独りでなんでもこなせる幼なじみは、自分の存在を前提に思ってくれている。彼の役に立てるならば、こんなに嬉しいことはないのだ。

 

「おら行くぞ、デク」

「あ、待ってよかっちゃん!」

 

 マイナソー狩りの旅は、いつ終わるともなく続く。その現実を厭うこともなく、彼らは再び歩き出す。それこそが、リュウソウジャーの使命なのだから。

 

「そうだ。キリシマさんが異世界の人なら、この世界にもいるのかもしれないね!」

「あんな鬱陶しいクソ髪、一生関わりあいになりたくねえな」

「またそんなこと言って!案外、すぐ傍にいるかもしれないよ?」

「サブイボ立つわ」

「そんなに!?」

 

──………。

 

 

 

「………」

 

 辺境のとある村で、とある少年が夜空を見上げていた。大柄ではないが鍛えられた身体つきに、逆立てた赤髪。そしてその緋色の瞳は、星を反射してきらきらと輝いている。

 

「おーい、儀式始まっちまうぞー!早く来いよ〜!」

 

「──エイジロウ!」

 

 友人に呼ばれ、駆け出していく少年。その名がエイジロウであることも、切島鋭児郎と瓜二つの──少しばかり幼いが──姿かたちをしていることも、もはや些末なことにすぎない。

 

 ただひとつ、言えること。

 

 

 

 次は、彼らの番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 Continued in Ryusoul Adventure…

 

 

 

 

 




次回作もよろしくお願いいたします!


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