僕たちは三題噺の中で生きている (しぃ君)
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一噺「さよならを言うのは別れる時に」

 主人公の名前は、〇〇みたいな感じでいこうと思ったのですが、想像がし辛いので名前を付けさせてもらいました。

 どうぞお楽しみに。


 皆さんは三題噺(さんだいばなし)を知っているだろうか?

 案外知っている人が多いと思われる。

 落語の形態の一つで、本来は寄席で演じる際に観客に適当な言葉・題目を出させ、そうして出された題目三つを折り込んで即興で演じる落語である。

 三題話、三題咄とも呼ぶらしい。

 

 

 この物語は、三題噺の中で生きる、ある少年少女たちの物語。

 

 ──────────

 

「『さよなら』、『星』、『テレビ』」

 

 ──────────

 

「さよなら。」

 

 

 彼ら、彼女らにとってはいつも通りの言葉だ。

 学校からの帰り道に、友達と別れる際に言う些細な言葉。

 

 

 帰り道をスクールバックを持ちながら歩く少年。

 身長は150cm前後、髪の色は黒く、焦げ茶色の瞳で、中性的な顔立ち。

 特徴と言ったら、おっとりした雰囲気に見せるタレ目と、頭の上にこれみよがしにあるアホ毛。

 彼の名前は浅井(あさい)(はなし)

 ……名前に他意はないのだが、どうも軽薄な人間に見えてしまうのは気の所為だ。

 

 

 彼の性格は名前からは程遠く、浅い話をする人間ではない。

 優しくおっとりとした喋り方、動きも少しスローペースな部分がある。

 自分本意な考えはあまりなく、他人の意見を尊重しながら自分の意見を話すタイプ。

 気遣い過ぎて、偶に自分のやるべき事を後に回してしまう。

 

 

 勉強は可もなく不可もないが、運動は苦手。

 マラソンでは上位の人たちに二周差を付けられるのは当たり前、酷い時は四週差を付けられることもある。

 

 

 …彼の紹介はこれまで、話を戻そう。

 別れの挨拶は色々のものがある。

『じゃあね』、『またね』、『また明日』、『バイバイ』、『さよなら』。

 今上げたのが大まかなもので、他にも色々な種類がある。

 

 

 それぞれの言葉に意味があり、『またね』、『また明日』の二つは今後また会う約束をする言葉。

『じゃあね』、『バイバイ』、『さよなら』の三つは今後会うか分からない人物に言う言葉だと、噺は思っていた。

 勿論、それは個人の主観的な考えであり、他人には理解し難いものかも知れない。

 

 

 噺が先程別れたのは、最近仲良くなった女子クラスメイト。

 中学生活も三年目に入りもう一ヶ月、クラス替えをして初めて話が合う人物。

 彼女は良く言えば静かで、悪く言えばコミュニケーションが不得意な子だった。

 だが、何故か噺とは話が合いよく喋るようになった。

 

 

 話が合ったのは別として彼女にとって、噺の優しくおっとりとした喋り方が話し易かったのかもしれない。

 

 

「明日はどんなことを話そうかな〜…。」

 

 

 辺りを見渡す。

 太陽は既に仕事を終えて月が登っていた。

 ……星が綺麗に見える、そんな日だった。

 キラキラとした宝石を散りばめたような夜空。

 

 

「星が綺麗だな〜。ちょっと話し込んじゃったな。……送った方が良かったかも。」

 

 

 今となっては後の祭り、考えても仕方ない。

 そう割り切って、家への道を歩いた。

 街灯が薄っすらとコンクリートの地面を照らす。

 住宅街に入ったので、ガヤガヤとした煩さはなく。

 代わりに、それぞれの家の子供の楽しそうな声や、晩御飯の美味しそうな匂いが漏れだしている。

 

 

 無性に早く家に帰りたくなって、歩を進める。

 数分程で家が見えて来た。

 二階建ての一軒家。

 4LDKで家族四人暮らし。

 彼自身が誇れることではないが、噺の両親は稼ぎが良い。

 

 

 父親と母親は二歳差で、父親のほうが歳上。

 父親である浅井(ただし)は一般的なマナーやルールに厳しい人で、対照的に母親である緩和(かんな)は自分の作ったマナーやルールを重視する人。

 結婚できたのが未だに噺は理解ができない。

 

 

 両親の他にも居るのは一歳下の妹。

 彼と違って生真面目なタイプの人間で曲がったことが嫌い。

 ……見れば分かるとおり。

 噺は母親似であり、妹の誠袈(きよか)は父親似だ。

 

 

 そんな話をしている間に、彼はようやく玄関の前に辿り着いた。

 少し重い玄関のドアを開けて、家の中に入る。

 

 

「ただいま〜。」

 

 

 間延びした声に答えたのは、誠袈だった。

 ポニーテールに纏めた薄茶色の髪と、噺と同じ焦げ茶色の瞳。

 顔の作りは噺と似ているが、キリッとした目が彼女の印象を鋭いものにする。

 目をもう少し優しいものにすれば、怖い人だと勘違いされずに済むのに。

 彼はそんな失礼なことを思いながら、誠袈と向き合う。

 

 

「兄さん?今、失礼なことを考えませんでしたか?」

 

「いいや、全然。ただ、もう少しだけ顔に力を入れない方が可愛いなぁと思ってさ。特に目。」

 

「うっ?!そ、それは今後の課題です!兎に角、もう夕御飯出来ていますから、早く来て下さい。兄さんが帰って来るのが遅かった所為で、お父さんもお母さんも待ってるんですからね。」

 

「それは悪いことしたな…。」

 

 

 ゆったりとした口調が、本人が感じている罪悪感を表に出させない。

 良い様に見えて案外困る喋り方だと、常々噺は思う。

 玄関先での会話を終えて、誠袈と共にリビングに入る。

 そこには、眼鏡を掛けて鋭い目付きの父・正と、おっとりとした表情で噺を出迎える母・緩和。

 相変わらず両極端な二人だな〜と思いつつ、彼は二人にも『ただいま』と挨拶をした。

 

 

「ただいま。父さんに母さん、ごめんね遅くなって。ちょっとクラスメイトの子と話し込んじゃって。」

 

「あらあら、五月に入ってようやくお友達が出来たのね?お母さんにも紹介してくれると嬉しいわ〜。」

 

「…門限は特に言っていないが、遅くなり過ぎるのは感心しない。クラスメイトの子が女の子か男の子か知らないが、あまり遅くまで話し込むのは止めておけ。お前はスマートフォンを持っているだろう?それで電話でもしなさい。」

 

 

 緩和の喜ぶような声とは対照的に、少し低い声で噺を注意する。

 それに対して、噺も噛み付くことはない。

 大人しく、『分かりました』と返事を返した。

 その後は、夕御飯を食べてお風呂に入った。

 

 ──────────

 

 お風呂に入り終わった後、麦茶の入ったコップ片手にテレビを見る。

 時刻は九時を回っており、そろそろ自室に戻ろう。

 そう思った時、正がテレビの番組を変えた。

 ニュース番組だ。

 

 

(ニュースかぁ…何か明日の話題になりそうなものがあるかも。)

 

 

 ニュースなど、今時スマホでも見ることが出来るが、噺はどちらかと言うとこうやってテレビで見る方が好きだった。

 立ち上がるのを止めて、次々と流れるニュースを見る。

 その中で、一つだけ目に止まった。

 火災の話……場所は噺の家から徒歩で十分圏内。

 

 

 物騒だな……そう緩和が言葉を零した瞬間。

 火災した住所を見て、彼は目を見開いた。

 持っていたコップから麦茶を零して、テレビを食い入るように見つめる。

 

 

「噺?どうした?麦茶を零しているぞ?」

 

 

 噺の様子に気付いた正が声を掛けるが、彼は気付いていない。

 ポケットから慌ててスマホを取り出して、今日ようやく教えて貰った電話番号のメモを取り出して、スマホに入力していく。

 

 

(初めての電話がこんな要件になるなんて…。)

 

 

 いつもの噺からは考えられない機敏な動きに、お風呂から上がったばかりの誠袈が口を大きく開けて驚いていた。

 コール音が二回、三回と鳴っていくが相手が電話に出る気配がない。

 

 

 察しがついた人も居るだろう……そう、少女の家の近くで火災が起きたのだ。

 何回も電話をかけ直す……六回目にして繋がった電話から聞こえてきたのは少女の声ではなく……

 

 

『ただいま電話に出ることが出来ません。ピーと言う音に続いてお名前とご要件をお話下さい。』

 

 

 何回か聞いたことがあるアナウンス。

 噺はパジャマのまま、家を飛び出した。

 三年生になって初めて出来た友達になれそうな人。

 失いたくないし、居なくなって欲しくない。

 スローペースな普段の動きとはかけ離れた全力疾走。

 

 

 運動が得意ではない噺は途中で息が絶え絶えになりながらも、目的の場所を目指した。

 まだ何度も行ったことはない。

 何度かの中に入っているものの理由も、指して珍しいものではなく。

 ただ、休んだ日のプリントを届けた程度。

 

 

 たった数回程度しか来たことの無い道。

 何度か転びそうになりながらも、必死に走った。

 そして……

 

 

「はぁ……はぁ……。清水(しみず)さん!」

 

 

 まだ、彼女の家は先にあるはずなのにここに居る。

 その事がどうにも不自然で、出したことも無い大声を出した。

 ロングストレートで夜空のように暗い髪を揺らして、彼女は──清水(すみ)は噺の方に振り向いた。

 後ろ髪と同じで、長い髪の毛で左目が隠れている。

 

 

 しかし、右目はしっかりと噺を見つめていた。

 夜空色の髪に不釣り合いなくらい明るい琥珀色の瞳。

 体付きは中の中で目立つところはないが、左半分の顔が隠れていても分かるほど良い顔立ち。

 彼は一度だけ見せてもらったことがあるが、吸い込まれるような美しさがあった。

 

 

 もう少し社交的な性格になれれば、スクールカーストの上位に君臨できる。

 

 

 ……少々話が脱線してしまったが、噺の声に反応した淑が振り返った後、彼女も声を漏らした。

 

 

「浅井くん…どうしてここに?」

 

「それ……は…ごめん…、ちょっと待って。」

 

「う、うん。」

 

 

 絶え絶えになった息を何とか整える。

 体がだるいし、もう動きたくないと心の言葉が口から出そうになるが、ギリギリの所で抑えた。

 

 

「……もう大丈夫。えっと、ここに来た理由だっけ。」

 

「うん。ここ、浅井くんの家からそこそこ距離あるから。」

 

「いやぁ、ニュース見てさ。清水さんの家の近くだな〜と思ったら、居てもたってもいられなくて…。」

 

「……そ、そっか。…ありがとう、心配してくれて……。

 

 

 頬をポリポリとかきながは言う噺に対し、淑は顔を伏せながら小さくお礼を言った。

 どことなく居た堪れない状況の中、心配になって飛び出してきた理由のもう一つを話す。

 

 

「清水さんの安全が分かったのはいいけど、家の方は?」

 

「一応なんともないよ。火もすぐに鎮火できたみたいだし。大事に取り上げ過ぎなんだよ、きっと。」

 

「良かったぁ〜。」

 

 

 心底安堵したように呟く噺を見て、淑はクスリと笑う。

 学校で一緒にいる彼からは考えられない安堵の声だったから。

 安全が分かったなら、ここにいる必要はない。

 だけど、もうちょっとだけ淑と話していたい。

 自分勝手だと思ったが、淑もそんな気分だったのか家に帰ろうとしない。

 

 

 無言で二人して空を見上げた。

 帰り道でも見た綺麗な星空。

 星一つ一つが放つ輝きが、幻想的でもあり神秘的にも見える。

 二人同時に、思ったことを言った。

 

 

『今日は星が綺麗(だね・ですね)。』

 

 

 声が揃ったことに驚いて、二人して笑った。

 十年来の友達と話している、そんな錯覚。

 普段なら感じない感覚に戸惑いながらも、噺は来た道を戻るために振り返った。

 そして、帰る前に頭だけ振り向かせて別れの挨拶を言う。

 

 

「さよなら、清水さん。」

 

「さよなら、浅井くん。」

 

 

 何故か、その日は悶々として寝ることが出来なかった。

 




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二噺「嘘をつくのは悪いこと?」

 ──────────

 

「『愛』、『嘘』、『指先』」

 

 ──────────

 

「愛ってなんなんでしょうね?」

 

 愛とはなんだろうか?

 そんな哲学的な質問をしてきた淑に、噺は別段悩むことなく答えた。

 

 

「対象である人やものが、幸せであって欲しいって気持ちじゃないかな?まぁ、僕の主観的な考えだけどね〜。それより、そんな質問するなんて、何かあったの?」

 

「…実は──」

 

 

 先日起きた火災、それから一日しか経っていない。

 噺はこうやって淑と会話出来ているのが奇跡にも感じる。

 ……そうではない。

 今は淑の話を聞くのだ。

 彼は急いで思考を切り替えて、淑の話を聞いた。

 

 

 何でも、昨日外に出ていたのは火災の様子を確認するためだったらしい。

 どこまで火の手が届いているか?

 燃え移ってる部分はないか?

 確認は数分で終わって、帰ろうとした時に噺と出会ったとの事。

 

 

 この時点で、噺は可笑しいことに気付いた。

 普通、そういう確認は親がするものだ。

 決して、子供一人に行かせていいものでは無い。

 しかも、彼女は中学生だ。

 彼は心苦しいと思いながら、頭に浮かんだ疑問を淑に聞いた。

 

 

「…僕の偏見じゃなければ、そう言うのって僕たちがやることじゃない気がするんだけど……?」

 

「……その、実は……私が勝手にやったの。お母さん、最近足を怪我しちゃって。お父さんの帰りが遅かったから、もしも何かあったら嫌だって思ったら、勝手に外に出て確認してた。」

 

 

 それこそが愛だ。

 そう返したかったが、彼女の表情を見るにまだ話は残っているようだ。

 

 

「確認して帰ってきた後、お母さんに怒られて。ついカッとなって、『お母さんなんて、大っ嫌い!』。そう言っちゃったの。」

 

「嘘…ついちゃったと…。」

 

「は、はい。」

 

 

 噺は責めるつもりはなかったが、淑は怯えてしまったようだ。

 …嘘には二つの種類がある。

 ついていい嘘と、ついてはいけない嘘だ。

 普通なら、嘘はどちらにしろついてはいけない。

 そう言う人もいるだろう。

 

 

 だが、相手を思いやる嘘に罪はない。

 罪の責任があるのは嘘をついた本人だけだ。

 その本人でさえも、思いやりの心があるのだから、少なからず罪悪感を感じる。

 彼の自論だが、ついていい嘘をつく人は基本的に善い人だ。

 逆に、ついてはいけない嘘をつく人は基本的に悪い人だ。

 

 

 今回の場合、感情任せに吐いてしまった嘘。

 この嘘は相手を傷つけるものであり、決して簡単に言っていい言葉ではない。

 噺はいつものような優しくおっとりとした声音で諭すように言った。

 

 

「清水さん、その嘘はダメだよ?一時の感情に任せてついた嘘はこの後、相手だけじゃなくて自分も傷つけることになる。現に清水さんは罪悪感があって、嘘をついたことを後悔してる。…嘘をつくなら、自分も相手も傷つけないものにしないと。」

 

「……浅井くんはやっぱり優しいですね。」

 

「別にそんなのじゃないよ。僕は友達が落ち込んでたら励ましてあげたいって思うだけさ。」

 

 

 朗らかに笑う噺を見て、淑もクスリと笑った。

 夕暮れ時、時刻も五時を回ろうとしている。

 窓から見える夕焼けがやけに綺麗に見えた。

 淑の頬がほんのりと赤く見えたのは、きっと夕焼けの所為だ。

 彼はそう決めつけて、帰るためにスクールバックを持ち上げる。

 

 

「そろそろ、帰ろうか?」

 

「…………」

 

 

 一向に帰る準備をし始めない淑を不思議に思った噺は、少しだけ近付く。

 よく見ると、彼女の机に水滴があるのが分かり、慣れた手つきでゆっくりと頭を撫でた。

 淑は一瞬ビクリと肩が跳ねたが、次第に落ち着きを取り戻したのか、声を上げて嗚咽を漏らした。

 

 

「私…私……酷いこと言っちゃいましたぁ!…お母さんは私を心配してくれたのに…。」

 

「…謝ればいいよ。君のお母さんは君の行動の意味に気付いてる。」

 

 

 噺は彼女が泣き止むまで、頭を撫で続けた。

 泣き止んだ頃には、太陽は仕事を終えようとしていた。

 今回も遅くなるのは不味い、そう思った彼は淑のバックをひったくるように持ち上げる。

 

 

「清水さん、帰ろう。家族が待ってるよ?」

 

「バック返して下さい。」

 

「それは無理かな〜。今の清水さんに荷物を持たせるのは男の子的にアウトかと。」

 

「…なんだか、ズルいです。」

 

 

 そう言うと、淑は指先を使って噺の頬をつつく。

 頬を膨らませている姿は愛らしいが、如何せん恥ずかしい。

 友達宣言をしたから余計にそう感じるのかもしれない。

 普段の噺らしくない余裕のなさそうな顔を見て、満足したのか淑は頬をつつくのを止めた。

 

 

「……人前ではやらないでね?」

 

「人前でなんてやりませんよ!?」

 

 

 彼の言葉に、いきなり顔を熟した林檎並に真っ赤にして言い返す淑。

 恥ずかしい行為だと分かっているならやらないで欲しい。

 思った言葉は心に仕舞い、下駄箱に足を進ませる。

 無言の時が数分過ぎて、校門を超えた所で淑が口を開いた。

 

 

「今日はありがとうございました。」

 

「そんな改まってお礼を言われることじゃないよ?……今ならわかるでしょ。愛って何か?」

 

「薄らとですが…分かる気がします…!」

 

「よし、じゃあ家に向かってしゅっぱーつ」

 

 

 二人分のスクールバックを持って歩く噺と、長い夜空色の髪を風に揺らしながら歩く淑。

 全く違う二つの影が、学校から離れていく。

 帰りの道で、二人が談笑していたのは言うまでもない。




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三噺「失敗はくよくよ嘆くものではない」

 ──────────

 

「『失敗』、『 涙』、『明日』」

 

 ──────────

 

 失敗、それは経験すればするほど成長できるものだ。

 だが、失敗を過剰に卑下してしまう者は多い。

 噺は言わずもがな、失敗は成功のもとと捉えて次に向かうタイプだが……

 彼の妹である誠袈は、過剰に卑下してしまうタイプの人間だ。

 

 

 淑のバックをを持ちながら家まで送り届けた後、帰ってきた噺は家族と食事を取り、お風呂を済ませた。

 お風呂を出てからは、小一時間程リビングでテレビを見て自室に戻った。

 しかし、彼の自室には先客が居たようだ。

 

 

 可愛らしい動物柄のパジャマに身を包み、噺のベットに座るのは……勿論誠袈である。

 彼女の顔は何時ものキリッとした表情ではなく、先程まで涙を流していたのか瞼が赤く腫れていた。

 最近は来なかったので油断していた噺は、出そうになったため息を無理やり抑え込んだ。

 

 

 よく見れば、枕が大洪水を起こしている。

 ため息を我慢しなければ良かったと、少しだけ後悔し始めそうになった。

 

 

「泣くのは良いけど、別に僕の部屋で泣かないといけない法律はないんだよ?」

 

「どこで泣こうが、私の勝手じゃないですか。」

 

「じゃあ、自分の部屋で泣いて欲しいな……。ごめんごめん、冗談だよ。何かあったんでしょ?何もなかったら、ここには来ないしね。」

 

別に何時来たって……。今日、クラスでレクリエーションをしたんです。前々からやることは決まっていて、学級委員長である私が進行係だったんですけど…。なかなか上手く指示が出せなくて、グダグダになってしまったんです。それを数名のクラスメイトに指摘されてしまいました。」

 

 

 分からなくもない話ではある。

 けれど、この話で彼女が悪い所はあまり多くない。

 精々、指示出しが上手く出来なかった程度だ。

 レクリエーションの内容も彼女が一生懸命真面目に考えたのに対し、それを寄って集って数名で責める意味は無い。

 

 

 噺はゆっくりと誠袈の頭を撫でつつ、彼女にある頼み事をした。

 今回の話で確かめなくてはならない事がある。

 失敗を過剰に卑下してしまうタイプの人間は、総じて自分の中で話を捻じ曲げてしまうことが多いのだ。

 今回の場合、噺の考えが正しければ、彼女は他人の行いも自分の所為だと思って話している。

 

 

「誠袈、悪いけどスマホ貸してくれる?」

 

「…はい。」

 

 

 誠袈からスマホを借りると、ホーム画面に無造作に置かれているトークアプリ『Mebius(メビウス)』を開く。

 友達の欄に表示されている名前の中から、噺のことを知っていてそこそこ面識のある友人・軽井坂(かるいざか)(あき)に電話を掛けた。

 三コール目がなり終わる前に、明が電話に出る。

 

 

『もしもーし。淑がこんな時間に電話するなんて珍しいね!』

 

『ごめん、軽井坂さん。僕だよ。』

 

『あ!?淑のお兄さん!どうしたんですか?』

 

 

 名前の通り明るく元気な声がスマホのマイク越しに聞こえてくる。

 なんだかんだ久しぶりに聞く声に、噺も少し声のトーンが高くなる。

 明るい茶色の髪の毛は誠袈と同じくポニーテールで纏められていて、肌の色はソフトボールをやっているため出来た日焼けによる小麦色、最後に透き通るような空色の瞳。

 アンバランスに見えるが、明にはそれが似合っている。

 

 

『軽井坂さんって、誠袈と同じクラスだよね?今日レクリエーションの時にあったことを教えて欲しいんだ。』

 

『あー!あれですか。酷かったですよ〜、誠袈が声を張って指示を出してるのに、何人かの男子が指示を聞かない所為でグダグダになっちゃって。しかも、指示を聞かなかった男子が悪いのに、その男子達が進行がグダグダになったことで誠袈を責めたんですよ!ありえなくないですか?』

 

『なるほど。ありがとう、軽井坂さん。確か、僕のMebiusのアカウントとも友達だったよね?後で、その男子達の顔写真と名前を送って欲しいんだ。無理だったら、無理って言ってね?』

 

『任せといて下さい!すぐに送ります!』

 

 

 その言葉を最後に電話は切れて、噺は誠袈に向き合った。

 …俯いている。

 怒られる、そう思ったのだろうか。

 しかし、実際はそんなことはなく、彼は誠袈の頭を撫で続けている。

 一日に二回もこの喋り方を使わないと思っていたが、世の中はなんでもありらしい。

 

 

 優しくおっとりとした声音で諭すように言った。

 

 

「誠袈。君の生真面目さは長所であり、それでいて短所でもある。言っていることが分かる?」

 

「…はい。」

 

「長所と短所は紙一重であり表裏一体。極端だけど、長所で即決力があるって書くことは、裏を返せば物事を深く考えていないってことだ。即決力がない人は物事を深く考えてしまう。どちらを間違いとは言えないけどね。いきなり自分を変えるのは難しいと思うから、何かあったらこうやって相談してくれていいから。誠袈はなりたい自分になればいい。」

 

「……兄さん…ありがとう。」

 

 

 撫でていた手を流すように退かして、誠袈は笑顔で瞳から涙を零しながらそう言った。

 何時もそれくらい柔らかい笑顔が出来れば、他人との関係に悩まなくてもいいのに。

 思った言葉は引っ込めて、噺は続く言葉を待った。

 

 

「でも、私は今の私を変えることは出来ません。だって、これが私だから。」

 

「かもね。確かに、ずっと僕みたいな顔の誠袈とか見てられないし。」

 

「そうやって!また兄さんはぁ〜!」

 

 

 怒ったようにポカポカと背中を叩く誠袈。

 それを見ながら微笑む噺。

 

 

 そして──

 

 

「あらあら〜、仲がいいわね〜。」

 

 

 ドアの隙間から微笑ましそうにその様子を見つめる緩和。

 気付かれないようにドアを閉めて部屋を後にした。

 

 ──────────

 

 結局、泣き疲れたのか誠袈は数分も経たないうちに寝てしまった。

 噺は苦笑しつつも、誠袈に毛布を掛けてベットに寝かせておく。

 …彼は自然な動きで自分のスマホを取り出して、Mebiusを開く。

 明からは数枚の写真と、写真の人物に対応する名前らしきものが送られてきていた。

 

 

 表情は変えないままに、その写真を自分のスマホに保存する。

 保存した写真は、ある友人に送り付けた。

 無論、名前を送るのも忘れていない。

 

 

『悪いけど、この子たちに注意してあげて欲しい。』

 

『なんかあったか?』

 

『誠袈が泣かされた。』

 

『了解。明日のうちにこっちでやっとく。』

 

『何時もありがとう、今度何か奢るよ。』

 

『期待して待ってる!』

 

 

 友人の返信にクスリと笑い、スマホの電源を切って充電器に刺した。

 ここで彼は、ある事実に気付いた。

 ……中学二年生になった妹と寝るのは、アリなのだろうか?

 色々な意味で成長している妹と寝るのは流石にイカンでしょ。

 そう考えた噺は、諦めて下のソファーで寝ようとドアを開けたが、ドアの目の前に緩和が立っていた。

 

 

「……なんでここに居るの?」

 

「二人の寝顔を写真に収めようと思って〜。」

 

「はぁ〜。分かったよ、僕が折れればいいんでしょ?諦めて寝ますよ〜。」

 

「二人がシスコン&ブラコンで助かったわ〜。」

 

 

 にっこりと笑う緩和に対し、噺は複雑そうな表情でベットに入る。

 この後、本当に寝顔を撮られた挙句、誠袈に朝から変態と罵られたのは、また別のお話。

 

 

 因みに、変態と罵られた理由は、寝相の悪い誠袈が中途半端にパジャマを脱いだ姿を見てしまったからである。




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四噺「浅井噺の小さな願望」

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「『願望』、『希望』、『羨望』」

 

 ──────────

 

 願望、それは人が大なり小なり持っているもの。

 浅井噺も、小さな願望を持っていた。

 五月も中旬になり、定期テストが月末に迫ってきたのだ。

 彼の行っている学校は一学年当たり約百五〇人、一クラス約三〇人で構成されている。

 

 

 そして、その中で彼は万年七五位に座っていた。

 今回こそ、七五位を脱却して順位上昇を目指す。

 思い立ったが吉日、噺は淑に声をかけた。

 朝は妹の誠袈に変態と罵られてテンションが低かったが、今の彼はテンションがうなぎ登り真っ最中。

 

 

「清水さん。今日、勉強を教えて欲しいんだ。」

 

「勉強ですか?中間テストのですよね?…浅井くんってそんなに成績危ないんですか?」

 

「違う違う。今回こそ七五位を脱却したいんだよ。毎度毎度、友達にその事で煽られるからね。……お願いしてもいいかな?」

 

「ええ、私で良ければ。あっ、でも場所はどうしましょう?」

 

「あー。家でいいかな?」

 

「あ、浅井くんのお家ですか!?……だ、大丈夫です」

 

 

「それじゃあ決定!」と、嬉しそうに言う噺に淑が嫌だと言える訳もなく。

 場所は、噺の家で決定された。

 …補足事項だが、淑は学年でトップクラスの頭脳の持ち主で、前回のテストも一桁だったらしい。

 彼女のような友達ができたことに、噺は心底感謝した。

 

 ──────────

 

 二人で帰っていると、淑が服を着替えたいと言った。

 勿論、噺が断る訳もなく、着替えてくる間に少し部屋の整理をしようと考えた。

 別れてから約二十分後、家のインターホンが鳴る。

 現在時刻は四時ちょうど。

 

 

 部活動に入っていないため、お互い早く帰って来れたのだ。

 噺は何時ものゆっくりとした動きで、少し重い玄関のドアを開けた。

 玄関の前に居たのは、絶世の美少女……もとい淑だった。

 隠れていた顔の左半分に掛かっていた髪をヘアピンで留めて、素顔を出している。

 

 

 服は白色のロングスカートに幾何学模様が入ったもの、上は白の縦縞セーター。

 彼女の夜空色の髪と驚くほど似合っていた。

 五月なのに気温が冬並みだったので、この服装になったのだろう。

 ……彼は心の底で気温を低くした神様に感謝した。

 

 

「遅くなってすいません。」

 

 

 ペコりと頭を下げる淑に頭を上げるように促し、家に上げる。

 玄関で靴を脱がせた後は、流れるように自室に誘導し待機していてもらう。

 どうでもいい情報だが、噺も既に部屋着に着替えている。

 黒を基調とした柄の入ったロングTシャツにジーパン。

 彼が持っている中で、できるだけ無難な服装。

 

 

 それがこれだったのだ。

 

 

「清水さん、紅茶とコーヒーどっちがいいかな……。まぁ、良いか。一個ずつ入れていけば。取らなかった方を僕が飲もう。」

 

 

 流れ作業でインスタントコーヒーと、紅茶を用意する。

 フレッシュミルクとスティックシュガーを適当に数個お盆に乗せて、自室に戻った。

 自室では、初めて入る友人の部屋に興味津々な淑が、チラチラと辺りを見ていた。

 

 

「お待たせ。コーヒーと紅茶、どっちがいいかな?」

 

「紅茶でお願いします。」

 

「ミルクと砂糖はお好みで…。」

 

 

 お盆の上に置いてあったコーヒーや紅茶やらをテーブルに移して、ベットに残ったお盆を置く。

 そして、勉強会が始まる。

 最初は、何が苦手なのか?

 そこから始まった。

 

 

「ええと、浅井くんの苦手な教科は何ですか?教科によっては勉強方法も異なってきますから。」

 

「う〜ん。国数英の三教科かな?」

 

「?!わ、分かりました。じゃあ、数学からいきましょう!」

 

 

 素因数分解に展開の問題。

 噺は何となく理解するだけして、後はテスト前にワークや対策プリントをやってどうにかするタイプだが……今回は違う。

 優秀な先生()が居る。

 彼女の教え方は学校の教師とは違い、一つ一つ順序建てて教えてくれる。

 

 

 噺が質問をしたら、大抵の事は解説してくれるので勉強が捗る。

 淑曰く、「浅井くんは基本が出来ているので、応用を解けるようになれば点数が上がるのは確実です。」との事。

 噺が応用問題を解いてる横で、淑が逐一確認する。

 ミスがあったら報告して、どこをミスしているのか自分でも確認させて、修正させた。

 

 

 ……時間はあっという間過ぎて五時過ぎ。

 他の教科に移ることになったが、噺が申し訳なさそうに呟いた。

 

 

「ごめんね、態々付き合ってもらって。これだと清水さんがあんまり勉強できないよね?」

 

「構いませんよ。その…昨日は私がお世話になりましたから。そのお礼と言うことで。」

 

「昨日も言ったのに、お礼なんかいいって。お礼って言うなら、僕は清水さんと楽しくお話出来るだけで良いよ。」

 

「っ〜〜〜〜〜!!」

 

 キザな台詞を堂々と言えるのは若さ故か。

 朗らかな笑顔で話す噺と、その言葉にときめかされて悶える淑。

 今にもキュン死しそうになるがなんとか耐えて、赤くなった顔のまま勉強会を続けた。

 

 

 七時前まで勉強会は続いたが、彼女は後半から彼の言葉が頭から離れず苦しんでいた。

 

 ──────────

 

 勉強会は半ばお開きとなり、部屋の中には楽しい喋り声が響いていた。

 

 

「そう言えば、聞くの遅いかもしれないけど。ヘアピンは家ではしてるの?」

 

「ヘアピンですか?いえ、勉強の時以外はしてません。」

 

「勿体ないなぁ〜。」

 

「何だか顔を面と向かって見られるのが恥ずかしくて…。」

 

 

 彼女の言い分も分からなくもないので、強く訴えかけるようなことはしない。

 それとなく話をズラした。

 

 

「今後も勉強を教えて貰っていいかな?…清水さんは僕の最後の希望なんだよ。」

 

「き、希望って、大袈裟ですよ!」

 

「大袈裟じゃないよ。…僕も、二年生の二学期辺りからこの成績に不満があってさ、何とか順位を上げようと頑張ったんだけどね。友達に点数が本当に酷い奴がいてさ、勉強会を開いては教えてあげてたんだ。だけど、僕が教えられるのは基礎だけで、彼が分からないのも基礎。応用に回す時間があんまりなくて、結局テストの点数は上がらないまま三年生になっちゃったってわけ。」

 

 

 彼にとって、淑は希望だったのだ。

 友達を引き合いに出すようで悪いが、あの頃の自分には応用に手を出せる余裕はなかった。

 だからこそ、彼女が友達になってくれて、勉強を教えてくれてよかったと心の底から思っている。

 

 

「ありがとうね、清水さん。」

 

「…どういたしまして。」

 

 

 自分にはお礼を言わなくていいと言ったのに、言ってくる噺を見て少しだけ呆れてしまう。

 彼は底無しの優しさを持っている気がして、甘えてしまいそうになる。

 

 

(私が甘えたそうな顔をしたら、きっとこの人は迷わず甘えさせてくれるんだろうな…。)

 

 

 噺の優しさに深く羨望した。

 私も何時か────

 そう思っていると、彼は優しくおっとりとした声音で言葉を紡いだ。

 

 

「あんまり強く言うつもりは無いよ。でも、これだけは言っておきたいんだ。清水さんはもっと自分を押し出して良いと思う。優しいし、気配りも出来るし、頭も良いし、可愛いし。三拍子どころか五拍子揃った美少女だよ?今来てる服だってとっても似合ってるし。コミュニケーションが苦手なのは分かってるけど、少しづつ直していけばきっと大丈夫だよ!僕が保証する。」

 

「…………」

 

「でも、そうなると清水さんがクラスの羨望の的、いや人気者になるのは時間の問題だよな〜。そしたら、あんまり話せなくなっちゃうかも知れないな。……それは少し嫌だな〜。」

 

 

 間延びした言葉の裏に、本心を混ぜる。

 いつもこうやって気付かれないようにしてきた。

 家族だって気付いていない、彼女がこれに気付ける筈はない。

 現に、当の彼女は顔を真っ赤に染めて赤面している。

 

 

(あんまり強く言うつもりはなかったけど…。背中を押すぐらいのお節介はしないとね。)

 

 

 朗らかに笑っている噺を、赤面しながら見つめる淑。

 彼女は彼の言い分にムカッときた。

 だから、思ったことをそのまま口に出した。

 

 

「新しい友達が出来たら、昔の友達を捨てるなんて……私はそんなしません。私の事、そんな風に見てたんですか?」

 

「いや、そうじゃなくて。その…えっと…君の友達一号として、君の魅力を他の人にも知ってもらいたいなって思って。……それに。」

 

「それに?何ですか?」

 

「君のような人が埋もれているのは勿体ない。……僕、妹が居てさ、凄く生真面目な妹なんだ。その生真面目さが祟って、みんなからも嫌われることが多くて。でも、本当は誰よりも優しい子なんだ。少し正義感と責任感が強いだけなんだよ」

 

「…………」

 

 

 淑とは違う人種だ。

 だが、二人に共通することは、本当の自分を見せることが出来ず、周りに埋もれてしまっていること。

 ……埋もれていて欲しくない、清水淑と言う人間はこの世に一人しか居ないのだから。

 

 

「……やっぱり、浅井くんはズルいです。」

 

「昨日も言われたよ。」

 

「大事なことだから何回でも言うんです!」

 

 

 危ない場面もあったが、最終的に和気あいあいと喋れている所を見ると、本当に相性が良いのかもしれない。

 そんな二人の会話をドア越しに聞いてる者が居た。

 ……妹の誠袈である。

 朝のことを謝ろうとして、モジモジしていると何故か急に自分が話に出てきたので、聞き耳を立ててしまったのだ。

 

 

「あと、浅井くんは気を付けた方がいいですよ?」

 

「へっ?何のこと?」

 

「そういう事、他の子にホイホイ言っちゃうと何時か背後から刺されますよ?」

 

「えっ?!刺されるの?!」

 

「はい、それはグサッと。」

 

「今後気を付けるよ。ああ、今度の勉強会に友達呼んでいい?」

 

「……一人ぐらいなら」

 

 

 壁が薄いからか、ドア越しの誠袈にすら聞こえる楽しそうな声。

 しかし、誠袈にはその声は届かない。

 焔のように赤く染った顔と、高鳴る心臓の鼓動。

 早く元に戻そうと思えば思うほど、先程の言葉がフラッシュバックする。

 

 

 自分のことを本当に大切に思ってくれる兄。

 そんな兄と親しげに話す、顔も見知らぬ異性。

 嬉しい、嬉しい筈なのに、胸の内にある晴れないモヤモヤ。

 兄である噺が良くやるように、言葉となって口から出そうになった想いを抑え込んだ。

 

 ──────────

 

 噺が淑を家まで送って帰ってくると、夕御飯が出来ていた。

 家族で食卓を囲む中、母である緩和が口を開く。

 

 

「そう言えば、お友達来てたの?」

 

「うん。勉強教えて貰ってた。紹介できなくてごめんね。お母さん、仕事から帰って来るから疲れて休みたかったと思ったから」

 

「グットよ!そう言う気配りが出来るのは男の子としてポイントが高いわ。」

 

 

 そんなくだらない話をして、食事を済ませると、お風呂に入って疲れを癒した。

 入浴後は、部屋でのんびりしながら教えて貰った所の復習をしようと思ったが、昨日と同じく先客が居た。

 

 

 相変わらずの動物柄のパジャマに身を包んだ誠袈。

 何故だが真剣な表情をしていたので、噺は話を聞くことにした。

 

 

「どうしたの?そんな真剣な顔して」

 

「兄さんのお友達についてです。私は知る権利があると思います!」

 

「知る権利って……。誠袈には悪いけどまた今度かな。勉強会を開いた時にでも──」

 

「私はすぐに教えて欲しいんです!!」

 

 

 怒鳴るような大声が部屋に響いた。

 何度も怒られたことがある噺だったが、ここまで大声を出されたのは初めてだった。

 少々萎縮したが、落ち着いて何時もの調子で話を進めた。

 

 

「理由があるの?」

 

「………言いたくありません。」

 

「分かった。出来るだけで近い内に会わせて上げられるように善処するよ」

 

「ごめんなさい。我儘言ってしまって。」

 

 

 しょぼくれた表情をする誠袈に、変わらない調子で接する。

 

 

「良いよ。誠袈は真面目過ぎるから、偶には我儘言っても」

 

 

 彼は知らず知らずの内に、修羅場を形成し始めようとしている。

 ……そして、噺が自分のことを天然ジゴロだと知るのは、まだ先のお話。




 無意識内に修羅場を形成出来る主人公UC。
 バットエンドで刺されるとかはないのでご安心を。

 誤字報告や感想は何時でもお待ちしております。


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五噺「ソファーで眠ると体が痛くなるのはなんでだろう……」

 ──────────

 

「『救済』、『否定』、『ソファー』」

 

 ──────────

 

 救済、それは苦しむ人を助けることを言う。

 少し前の話になるが、究極(Extreme)救済(Aid)を名前に使った特撮ヒーローが居た。

 これからも分かる通り、救済とは苦しむ人を救うことでもある。

 そして、ここに救済を待ち望んだ者達が集まっていた。

 

 

 噺が淑に勉強を教えて貰った週の週末。

 また勉強を教えて欲しい、との願いを聞き受けた彼女は彼の家を訪ねた。

 今回は噺が友達を連れてくると言っていたので、少し緊張気味になりながらも家にお邪魔したのだが……

 

 

「浅井くん……」

 

「本当にごめん。呼んだのは友達だけだったんだけど……、色々あってこうなっちゃった。」

 

 

 申し訳なさそうに話す彼に強く当たれる訳もなく、淑は諦めたかのように項垂れた。

 何を隠そう、勉強会の場所は噺の部屋ではなくリビング。

 そして、そこに居たのは噺と淑を抜いて三人。

 ……一人は彼の男の子の友人、それ以外に知らない女の子が二人。

 淑が文句を言うことはないので、着々と勉強会の準備が進められていく。

 

 

 準備が済んだのか、噺が座った。

 それを合図に全員が座り、気まずい空気を壊すかのように優しくおっとりとした声音が響く。

 

 

「ええと、取り敢えず紹介していくね。僕の隣にいるのが軽井坂(けい)。」

 

「ども。」

 

「ど、どうも。」

 

 

 テーブルは横長の長方形。

 座っている場所的には、ドア近くの入口側が噺と敬、テレビ近くの反対側に淑と誠袈と明が座っている。

 彼女には申し訳ないが、こうでもしないと座れないので我慢してもらった。

 

 

「そして、清水さんの隣に居るのが僕の妹の誠袈。最後に誠袈の隣に居るのが敬の妹兼誠袈の友達の明さん。」

 

「どうも。」

 

「ども〜。よろしくお願いしまーす。」

 

 

 丁寧な言葉遣いの誠袈と、友達のような軽い言葉遣いの明。

 明の接し方に若干困っている淑だが、同性と言うこともあり何とかなりそうな雰囲気だ。

 敬とも緊張しながらも話せていたようで、噺は安心して勉強を教えてもらうことが出来た。

 

 

 午前十時に集まって二時間が過ぎた頃、そろそろ集中が切れる頃合いだと知っていた彼はテーブルから立ち上がる。

 

 

(確か、ご飯炊いてあったよな……あったあった。冷蔵庫の中にもそこそこ材料は入ってるし何か適当に────)

 

「兄さんは座ってて、私が作るから。順位上げたいんでしょ?」

 

「それはそうだけど、誠袈だけに任せるのも……」

 

「あっ!お兄さん私も手伝いますよ!いいよね兄やん?」

 

「おう、好きにしろ〜」

 

 

 あまりにも自由な軽井坂兄妹だが、こういう時は頼りになる。

 一人だと怖いが、二人いれば誠袈がしっかりやろうと気を引き締めてくれる。

 勿論、一人でも気を引き締めてくれるだろうが、調理を安全に済ませるためには保険は必要だ。

 

 

「何かあったら報告してね?」

 

「大丈夫。信頼してよ兄さん。」

 

「信頼はしてるよ?ただ心配なの、怪我したらすぐ言うんだよ?」

 

「もう!いい加減にして!」

 

 

 誠袈は怒ったのか唇を尖らせて、そっぽを向いてしまう。

 そんな様子を見て、淑がクスリと笑った。

 馬鹿にした様子はないので、あまりの仲の良さを見て笑ってしまったようだ。

 三十分もすると、テーブルには彩豊かなおかずが並んでいた。

 中学二年生にしてこの腕前なら、良い主婦になれること間違いなしだ。

 

 

 そう言って褒めようと思ったが、言葉をご飯と一緒に飲み込んだ。

 ……多分、そんなこと言ったら間違いなく誠袈に怒られる。

 怒った誠袈を宥めるのは至難の業。

 以前、誠袈の大好きなアイスを間違えて食べてしまった緩和が、母親なのにも関わらず正座で怒られていた。

 しかも、ガチ泣きしていたのだ。

 

 

 友人二人とその妹の前で泣かされるのは、死んでも嫌なので素直に褒めた。

 

 

「軽井坂さんも誠袈も腕かいいね。凄く美味しいよ。」

 

「私も浅井くんと同じ意見です。…こんなに美味しい料理作れるようになりたいな…」

 

「流ッ石、我が妹。俺に似て器用だな!」

 

「兄やん料理下手じゃん。私は頑張って練習したんです〜!」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 

 ワイワイと楽しく昼食を終えた後は、また勉強に戻る。

 食事後の勉強は眠気との勝負。

 噺は眠気覚ましのコーヒーを飲んでいるが、他は違う。

 敬は自分の腕を抓っている。

 髪は明るい茶髪で、栗色の瞳。

 ヤンキーに見えなくもない彼が、そんな馬鹿らしい事をやっているのは非常に合っている。

 

 

 写真を撮ろうとしたが、そんなことをやっている暇はないので潔く勉強に集中する。

 因みに、明は既に落ちている。

 誠袈と淑は余裕があるのか、目にも止まらぬスピードで問題を解き続けていた。

 

 

(見習わなきゃな……)

 

 

 若干他人事のように聞こえる言葉を心の中で漏らし、勉強を再開した。

 

 ──────────

 

 事後報告になるが、四時までやって生き残ったのは噺と淑と誠袈の三人だけだ。

 軽井坂兄妹は既に睡魔に呑み込まれてしまった。

 流石の噺も疲れが出てきたので、ソファーを使って一旦休憩する。

 

 

「誠袈、十五分経ったら起こして。」

 

「分かりました。」

 

 

 その言葉を最後に、彼は眠りについた。

 ソファーに全体重を乗せて、気持ち良さそうに眠る噺。

 淑は少しだけ彼の寝顔をチラ見して、クスリと笑う。

 それに、誠袈も気付いた。

 ……一度勉強をする手を止めて、淑に声を掛ける。

 

 

「…清水先輩。一つ聞きたいんですけど……兄さんのことどう思ってますか?」

 

「あ、浅井くんのこと?…話が合う友達かな。後は、善い人だな…って。」

 

「善い人ですか……。」

 

「そう言う……誠袈さん?でいいかな?」

 

「私も淑先輩と呼ばせて貰えるならそれで。」

 

「じゃあ、誠袈さんは浅井くんのことどう思っているの?」

 

 

 ソファーで眠る兄を見ながら、想いを馳せる。

 ……胸の内にある晴れないモヤモヤ。

 この正体は分かっている。

 分かっているのだが、上手く名前をつけることは出来ない。

 初めて知る感情に名前を付けるなんて、簡単な事ではない。

 

 

 ……目の前に居る、将来敵になるかもしれない先輩。

 その人に自分の想い果たして語って良いものなのか?

 もしかしたら、それが原因で彼女の内に秘めた想いを悟らせてしまうのではないか?

 幾つもの選択肢が浮かぶ中、選んだ答えは──

 

 

「大好きですよ。兄として、家族として。約十三年間一緒に居ますからね。兄さんの悪い所も善い所も大体知ってるつもりです。……そうだ、言っておきますけど、兄さんは善い人なんかじゃないですよ?」

 

 

 淑の意見の一部を、誠袈は否定する。

 噺は普段優しい分、怒った時は静かに怒る。

 素早く、的確に相手を追い詰めて、二度と面倒事を起こさせないようにする。

 和ませるような朗らかな笑顔の裏で、確実に追い詰めるための算段を平気でやる人物だ。

 

 

 所謂、怒らせない方が良いタイプの人種。

 誠袈は先日の事件を話した。

 事件と呼べるものではないが、(自分)が泣かされた事に噺は酷く怒っていた。

 誠袈には隠そうとしていたらしいが、怒気が外に完全に漏れていたとの事。

 

 

 事件翌日の放課後、誠袈は泣かされた数名の男子に謝られた。

 別に気にしてない、と追い払ったが……

 あれは間違いなく噺の仕業だと確信した。

 彼には聞いてないが、聞いた所ではぐらかされるのがオチだろう。

 

 

「そんなことが……誠袈さんは平気だったの?」

 

「兄さんに話してスッキリしたので、もう大丈夫です。」

 

「あの、その…。女の子同士だから、何か困ったことがあったら言ってね?私も誠袈さんのこともっと知りたいから」

 

 

 最初は警戒心MAXだったのだが、二人しか起きていない状況のお陰で警戒心もなくなったらしい。

 

 

 この後、淑と誠袈は噺を起こすのも忘れて雑談していた。

 試験まで残り二週間を切ったが、彼は七十五位を脱却できるのか?

 

 

 ……妹に友達を取られた感じがして、噺が少しだけ落ち込んだのはまた別のお話。




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六噺「頼まれ事は唐突に」

 ──────────

 

「『花嫁』、『空』、『傷跡』」

 

 ──────────

 

 週末にやった勉強会から約一週間。

 本日は土曜日。

 その日も勉強会をして学力向上を図った。

 時刻は午後五時、空を見たら分かるが夕暮れ時である。

 太陽が出すオレンジ色の光に当てられながら、噺は淑を家まで送っていた。

 

 

 彼女は必要ないと言ったが、彼自身はもう少しだけ話したかったのか珍しく懇願された。

 案外見慣れてきた噺の懇願に、クスリと笑った淑は送って欲しいと頼んだ。

 先週までの寒さはどこえやら、最近は六月中旬並みの暑さがある。

 服が汗でベタつき、嫌な気分になるが淑は彼と話しているとどこか心が和やかになる。

 

 

 幸せのひと時、そう言っても過言ではない時間を過ごしていた二人に、二十代後半くらいの女性が話しかけてきた。

 黒いスーツを着こなす姿はできる女性の現われか、なんでもないような口調で言葉を発する。

 

 

「その君たち?ちょっとだけお話いいかな?」

 

「僕たちですか?……清水さん?」

 

「……私はいいよ。」

 

「大丈夫ですよ。それで、どんなお話ですか?」

 

「お手伝いして欲しいの。」

 

 

 お手伝い?

 疑問符を浮かべる二人に、女性──最上(さいじょう)天華(てんか)は詳しく説明していく。

 ジューンブライドに合わせたポスターを作る予定だったのだが、モデルで来るはずだった男女のペアが体調不良のため急遽キャンセルされてしまったらしい。

 

 

 そこで、途方に暮れていた所に彼らが通ったのでつい声をかけてしまったとのこと。

 可哀想な話だと思った噺は何とか手伝って上げたいと声を出そうとしたが、隣に居る淑を見た。

 彼女は元々コミュニケーションが得意ではい、撮影となるとそこそこの数の人と顔を合わせることになる。

 

 

 彼は淑の顔を見た、もし嫌そうだったら断ろうとしたが……

 

 

「そ、それってウエディングドレスも着られるんですか?」

 

「ええ、貴女が花嫁役で彼が花婿役をやれば着させてあげられるし、オマケに写真だって撮ってあげられるわ。どうかしら?」

 

「あ、浅井くん。私が相手じゃ、嫌……かな?」

 

 

 上目遣いは不味い。

 相変わらず顔の左半分は隠れているが、破壊力は抜群だ。

 流石の噺も意識せざるを得ない。

 顔を赤くしながらも、彼は了解の意を示した。

 

 

「じゃあ決まりね!明日の十一時にこの場所に来てね。そうだ、名前を聞いてなかったわね。なんて言うのかしら?」

 

「僕は浅井噺で……。」

 

「私が清水淑です。」

 

「噺君に淑ちゃんね?了解。あぁ、淑ちゃんの方は顔を出すために前髪を退かすけどいかしら?」

 

「……だ、大丈夫です。」

 

「ありがとう!それじゃあ明日、よろしくね〜。」

 

 

 嬉しそうに去っていく天華を見て、噺は朗らかに笑っていた。

 困っている人の助けになったら、不思議と笑ってしまうものだ。

 淑もウエディングドレスを着れるのが嬉しいのか、顔を綻ばせている。

 

 

 だが、二人は知らなかった。

 明日起こることを。

 

 ──────────

 

 翌日、撮影を行う式場に二人で訪れた。

 適当な服装でいい、と言われていたのでその通りにしてきた。

 少し打ち合わせをしたらすぐに着替えることになるだろう。

 噺と淑はそう思っていたが違ったらしい。

 

 

 式場には天華とスタッフが数名、カメラマンはまだ来ていないようだ。

 

 

「こんにちは最上さん。…失礼ですがカメラマンの人は…。」

 

「もうすぐ来るわ。その間に、今日の流れを説明するわね。」

 

 

 流れはこうだ。

 一、着替えやメイク。

 二、ポージングの確認。

 三、シチュエーションの設定。

 四、本番撮影。

 

 

 ポージングとシチュエーションは何個か絞ってあって、その中から似合うものを決めるらしい。

 

 

「噺君と淑ちゃんは中学生だからお給料は出せないけど、昼ごはん代はこっちが持つし、写真も好きなのを現像してっていいから。」

 

「それで構いませんよ。好きでやってるみたいなものですし。」

 

「私もそれで大丈夫です。」

 

「それにしても、初々しいはね〜。お付き合いを始めて何ヶ月くらい?」

 

『お付き合い?』

 

「?へっ?もしかして二人とも恋人同士じゃないの?!あんなに仲良さそうに喋ってて、休日に出かけててたのに?」

 

 

 ……どうやら天華たちと彼らの間に誤解が生まれていた。

 天華はてっきり恋人同士だと思っていたので、それなりのポージングやシチュエーションを案として出して絞っていた。

 二人が恋人ではないとなると、友達相手にやるには些か問題がある行為が入っている。

 

 

 今からポージングやシチュエーションを変える?

 否、カメラマンは呼んでしまったし、スタッフの準備も済んでいる。

 噺と淑にはすぐに着替えてもらって撮影を始めなければならない。

 天華が悩んでいると、噺が声を上げた。

 

 

「あの〜、清水さんが嫌がらなければ僕は良いですよ。もし、清水さんが嫌と言ったらその撮影はカットして貰いたいですけど。」

 

「……こちらも無理を承知で頼んでるしね、分かったわ。それでいきましょう。淑ちゃんもハッキリ言ってちょうだいね?」

 

「は、はい!」

 

 

 その後からはスムーズにことが進み、着替え終わった二人が対面した。

 ドラマや映画で見た事のあるものとあまり変わらない、美しさの塊。

 純白のドレスに彼女の夜空色の髪は最高に似合っていた。

 噺はボーッと淑を見つめる。

 今すぐにでも褒め言葉を言おうと思ったが、見蕩れている所為か何も思い浮かばない。

 

 

「…………」

 

「あ、浅井くん?変じゃないですよね?その自分では良く分からなくて……。メイクも初めてだし…。」

 

「…………」

 

「浅井くん?大丈夫ですか!?」

 

「ご、ごめん。気の利いた言葉を言おうと思ったんだけど、中々思いつかくて……。変じゃないよ、とても綺麗だ。」

 

「っ〜〜〜!!」

 

 

 あまりにも直球に褒められたことで、淑の頭は沸騰寸前。

 赤くなった顔が元に戻ったと思ったら、もう一度赤くなった。

 嬉しさ故に赤くなった後、落ち着いたら今度は恥ずかしくなったのだろう。

 一周回るとはこのことかもしれない。

 

 

 淑の調子がようやく戻った後、順調に撮影は進んで行った。

 ポージングは恥ずかしものもあったが、無事にクリアして次に進んだ。

 シチュエーションの中で、最難関。

 花婿が花婿をお姫様抱っこして、花嫁が花婿の頬にキス。

 淑に何度も確認し、本当にいいのか聞いたが彼女は大丈夫と言った。

 

 

 噺も淑のことを信じて、シチュエーションに入った。

 式場の外に出て、階段を降りる。

 その時に、彼女の脇と膝に手を伸ばしてお姫様抱っこの体制をとる。

 何とかここまでは成功したが、淑は中々動き出さない。

 彼女を持ち上げるのは楽だが、早くしないと階段を降り終わってしまう。

 

 

(落ち着いて……落ち着いて……。外国では頬にキスするなん挨拶、浅井くんは友達だもん挨拶くらい……。)

 

 

 勇気を振り絞って頬にキスをする。

 ここで撮影は終了。

 一旦、噺は淑を降ろす。

 ……あまり反応がない彼を見ていると、段々悲しくなる。

 自分は女性として、魅力がないのだろうか?

 

 

(少しぐらい反応してくれないと、女の子として──)

 

 

 心の中で思ったことが愚痴混じりに言葉になろうとした瞬間、噺が耳を赤く染めていることが分かった。

 今の空は雲一つない快晴。

 時刻は十三時頃なので、夕焼けな筈はない。

 淑は安心したのか、胸を撫で下ろすように息を吐いた。

 

 

 ポージングやシチュエーションの撮影は時間が掛かったが、本番の撮影は思ったほど時間は掛からなかった。

 淑にとってはウエディングドレスも着れて、噺の反応も見られて、更に写真も貰える。

 最高の時間だったが、彼にとっては────

 

 

(……ヤバい、心臓がどうにかなりそうだ。)

 

 

 頬にキスをされた時から、高鳴る鼓動が大人しくなってくれない。

 止まられては困るが、五月蝿すぎるのは問題外だ。

 心を落ち着けようと思っても、簡単には落ち着かず。

 貰う写真を選ぶ暇がなかったので、全部現像してもらった。

 

 

 手伝いも終わり、帰り道。

 二人の間に会話はあるものの、淑が一方的に喋っているだけだ。

 それを可笑しく思ったのか、彼女は噺に問いかける。

 

 

「浅井くん?調子が悪いんですか?」

 

「あっ、いやぁ、別に大丈夫だよ?」

 

「でも、さっきから何も喋ってないですよ?何かありました?」

 

「実は怪我したところが痛くてさぁ〜。」

 

「け、怪我?!見せてください!」

 

 

 淑はすぐさま彼の腕に飛びつき、怪我を探した。

 ……噺は誤魔化すために嘘を言ったつもりだったが、本当に怪我をしていた。

 肘先の前腕部分に痣があったのだ。

 彼自身も気付いてなかった怪我を、彼女は見つけた。

 

 

「この痣…何があったんですか?」

 

「へっ?そんな傷跡、て言うか痣なんて──」

 

「?怪我をしてるんじゃ?」

 

「あっ、そうそう!!その痣が痛くてさ〜。」

 

 

 前腕部分の傷跡……もとい痣など、噺は何時付けたものか知らない。

 治療ができる訳でもないので、彼女は注意するだけだった。

 

 

「痣があるなら最初から言ってください!悪化したらどうするんですか!!」

 

「ご、ごめん。今度から──」

 

「今度からじゃなくて今後こんなことは一切しないで下さい!もし、私の所為で傷が悪化したかと思うと……。」

 

「ほ、本当にごめん!今後は二度としないから。」

 

 

 泣きそうになった淑に、出来るだけ優しい声音で謝る。

 

 

 ……泣かずに済んだのはいいが、約束事が増えたことに嬉しいような悲しいような。

 そんな噺だった。




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七噺「根底にあるナニカ」

 ──────────

 

「『根底』、『アスファルト』、『挨拶』」

 

 ──────────

 

 根底、意味としては物事や考え方のおおもととなるところ。

 学校からの帰り道、アスファルトで舗装した道を歩きながら下校する。

 噺はよく見かけるアスファルトの裂け目から生えてる花を見ると、何故だか無性に微笑ましくなる自分が居ることに気付いた。

 頑張っている咲いている花を見るのは、心が温まるのだ。

 

 

「──?おい?聞いてるか噺?」

 

「ああ、ごめん。聞いてなかったや、何?」

 

「だ〜か〜ら〜!そろそろ何の理由もなしに、人助けするのやめろって言ってんだよ。」

 

「別に、理由がなかったわけじゃないよ?写真だって貰えたし。」

 

「どうせ、適当な理由言うつもりだろ?分かるぞ。何年ダチやってると思ってたんだ。」

 

 

 図星なのか、噺は黙りこくる。

 いつも一緒に帰っている淑は居らず、隣に居るのは友人の敬。

 彼女は、家の用事で先に帰ってしまったため噺は敬と帰っている。

 何でも、先日のお手伝いの時に貰った写真を見せたら緊急家族会議を開くことになったらしい。

 

 

 あれから一日しか経っていない。

 ……面倒臭そうな誤解が生まれている気がしたので、彼は淑を早く帰らせた。

 その結果がこれである。

 

 

 何時までも黙りこくっている彼に言い聞かせるように、敬が話を続けた。

 

 

「俺が聞いた話なんだが……。何の理由もなしに人助けが出来る人は、何の理由もなしに人を殺せるらしい…。まぁ、お前の場合は、そのお人好し過ぎる性格が根底から変わらない限り不可能だけどな。ハッハッハ!」

 

「僕が真面目に聞こうとしているのに、何で敬は巫山戯るんだ?」

 

「……いやぁー、巫山戯たかったから?」

 

「よし、分かった。僕は二度と君と話さない。」

 

 

 え〜、ちょっと待ってくれよと言って謝る敬に対して、噺は黙りを決め込んだ。

 真剣な顔で言うから真面目な話だと思ったのに、最後の最後で馬鹿にするのはイライラする。

 彼は彼で、意外と怒りやすい性格だったりする。

 

 

 と言うか、デフォルトで感情が表に出やすいのだ。

 治そうと一時期特訓したものの、根底からなる根っこの問題はどうにも出来なかった。

 噺自身、最近はようやく出来ているように思っているが、実際はバレバレ。

 

 

 黙りになった彼に、敬はもう一度真面目な顔になって話し始めた。

 

 

「冗談はさておき。さっきの話は俺の本心でもあるんだよ。いい加減やめないと…。」

 

「…………」

 

「まだ、あの後輩のこと気にしてんのか?」

 

「?!あの子は関係ない!!」

 

 

 久しぶりに聞いた噺の怒声。

 敬も少々驚いているようで、半歩後ろに下がった。

 しかし、反応があったのは良い事だ。

 

 

「俺が気付いてないとでも思ったか?…お前は変わったよ、俺の妹やお前の家族に分からない程度にな。変わったって言っても、昔と殆ど変わってないけどな。特に、家族に対する接し方や清水さんに対する接し方は…。」

 

「…………」

 

 

 彼が何も言わないのを良い事に、敬は話を続けた。

 

 

「だけど、俺にだけは変えてない。どういう意図なのか、はたまた偶然なのか……。昔のお前は今と変わらず、普通だった。普通に笑って、普通に友達と喋って、普通に遊んでた。人を助ける時も、何かとウンチクや適当に理由付けてやってた。それは、今も変わらない。だけど、少しだけ違う部分がある。」

 

「どこが…?」

 

「助ける時の気持ちさ。今も昔も、お前は善意一〇〇%でやってた。だけど、最近のお前はほんの少しだけ違うんだよ。お年寄りの人が重たそうな荷物を持ってると手伝ったり、小学校低学年くらいの子が自転車のチェーン外れて困ってるのを助けてやったり。一〇〇%の善意の中に、お前でも気付けないくらいの強迫観念が混ざってる。」

 

「そんなこと……。」

 

「本当にないって言えるのか?」

 

 

 彼の指摘に、噺は何も返せなかった。

 足は止まっていた。

 何時止めたのか?

 そんな事は分からない。

 ……胸を締め付けられるような感覚。

 

 

 今すぐにでも駆け出したい、だがそれをしたら敬とはそれまでだ。

 それだけは嫌だ。

 噺はそう思った。

 

 

「まぁ、お前があの子にどんな感情を抱いてて、あの子がお前にどんな感情を抱いていたかなんて分からねぇが…。その強迫観念の正体が、贖罪だと分かったらすぐにやめろ。そうしないとお前は何時か、遠くない内に清水さんを傷つけることになるぞ。」

 

「ありがとう、敬。」

 

「礼を言われることじゃねえよ。……ダチだからな。」

 

 

 そう言うと、彼は走り去っていった。

 大きく別れの挨拶をしながら。

 

「またなー!!」

 

「またね。」

 

 

 噺も小さく手を振って挨拶を返す。

 普段やっている挨拶の筈なのに、少しだけ哀しかった。

 昔は本心から助けたいと思っていたし、今もそうだと思っている。

 だが、敬から見た浅井噺と言う人間はそうではないらしい。

『助けたい!』から『助けなきゃ!』に思いがどこかで変わっている。

 

 

 昔の彼はここまで歪ではなかった。

 どこにでも居る普通の少年。

 物語に出てきたら、名前も与えられずモブAで終わるだろう。

 けれど、彼はモブAから主人公になろうとしている。

 これを歪んでいると言って、違うと言う者は居ない。

 

 

 挨拶を終えて、家までの道のりを歩く中。

 ふと、思い出したようにスマホの写真フォルダを開く。

 フォルダの中を少し遡ると、青みがかった黒髪の少女と噺が一緒に映る写真が出てくる。

 髪に似て若干青くも見える瞳、髪は肩ほどに短く纏められている。

 顔も整っていて……誰かに似ていた。

 

 

「なるほど、そう言う事か。」

 

 

 彼は納得したようで自嘲気味に笑う。

 性格もあまり似ているとは言えないが、唯一似ている部分があった。

 顔の作りだ。

 容姿の中で瞳の色も、髪色も、髪型も似ていないが、顔の作りだけはそっくりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清水淑に。

 

 

 




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八噺「崩壊の兆し」

 ──────────

 

「『成功』、『笑顔』、『崩落』」

 

 ──────────

 

 誰しも、他人に触れて欲しくない過去がある。

 浅井噺にも、それはあった。

 敬に注意されてから丸一日、強迫観念の正体を考えていたが何も分からなかった。

 淑との帰り道でも、何気ない話の中で少しだけ考えていた。

 

 

 それが分かったのか、彼女も声を掛ける。

 

 

「浅井くん?考え事ですか?」

 

「…ちょっとね。気にしなくていいよ。これは僕が解決しなきゃいけない問題だから。」

 

 

 そう言う彼の言葉に、淑も深く追求する気にはならずまた話し始めた。

 取り留めもない話に花を咲かせ、下校する。

 噺も、考えるのをやめて、話に耳を傾ける。

 昨日のテレビドラマの話から、学校であったこと、はたまたただの愚痴。

 本当に何でもないことを話して歩いていた。

 

 

 偶には寄り道をしよう、と言う淑の提案を聞き受けて、近くの駄菓子屋に寄ることにした。

 駄菓子屋に行くには、踏切を渡らなければならない。

 今時、踏切を無視して渡るなんてことはしないので、大人しく遮断機が上がるのを待つのだが……

 

 

 少しづつ踏切が見えてくる。

 一瞬、体が固まった。

 背中に薄寒い気配を感じたのだ。

 すぐさま背後に振り返る。

 だが、そこには誰もいやしない。

 

 

 あるのは電柱と舗装されたアスファルト、少しの民家程度。

 変わったものはないし、人だって隣にいる淑ぐらいしか居ない。

 いきなり振り返った噺に驚き、彼女も振り向く。

 

 

「な、何かありましたか?!」

 

「ごめん。気の所為だったみたい。さぁ、早く行こう。」

 

(……君は、僕のことを──)

 

 

 淑と出会う前、中学二年生の秋頃にある少女と出会った。

 誰にでも笑顔で、気さくに話すクラスの人気者。

 一年後輩の朝陽川(あさひがわ)(ひかり)

 何かと噺に突っかかってきては、彼を遊び道具にする小悪魔系後輩の王道型。

 

 

 そして、清水淑に似ていた。

 性格はあまり似ているとは言えないが、唯一似ている部分があった。

 顔の作りだ。

 容姿の中で瞳の色も、髪色も、髪型も似ていないが、顔の作りだけはそっくりだった。

 

 

 偶然か、必然か。

 そんな事は分からない。

 

 

 実の所、彼は最初は光のことがあまり得意ではなかった。

 だが、過ごしていく内に彼女の内面に惹かれていった。

 恋ではなかったが、彼女のことを大切な友人の一人だと思っていた。

 

 

 光と共に居る生活をが少しづつ当たり前になっていった頃。

 クリスマス前日の夜に噺のスマホにある連絡が入った。

 

 

『もう、会えない。』

 

 

 急いで、電話した。

 何度も何度も電話して、出ないことに焦りが募って外に飛び出した。

 世間はクリスマス・イブで、雪が降っていた。

 寒空の下、部屋着の上に黒いコートを羽織り、走って外を探した。

 

 

 案外にも、彼女には早く会うことが出来たのだ。

 ……踏切の上でバラバラになった彼女と。

 数秒の間、何が起こったのか分からなかった。

 呆然としていた所に、駅員?らしき人が近寄ってくる。

 事情を聞かれたが、目の前の凄惨な事故現場に目を奪われた噺は、何かを話す事など出来なかった。

 

 

 事件後に聞いた話だが、彼女の家では日常的に虐待が行われていたらしい。

 ……三ヶ月、少なくとも二ヶ月半は一緒に居たはずなのに。

 彼は一切気付くことが出来なかった。

 もし、気付けたら?

 助けることが出来たのではないか?

 

 

 彼女が亡くなった当初はそんな事を考えていたが、所詮はたられば。

 過去をいくらやり直したいと思っても出来ないのだ。

 

 

 目の前にある踏切、そこで光は死んだ。

 近付く程に、寒気が増すような感覚。

 けれど、それを感じられなくさせるほどの事件が、目の前で起きようとしていた。

 五歳くらいの小さな男の子が、一人で踏切を渡ろうとしたのだ。

 

 

 それだけならまだいい。

 しかし、今は遮断機が落ちている。

 電車が間もなく訪れる証明に、大きく警報がなった。

 辺りに親御さんらしき人は見えない。

 

 

「クソっ!」

 

 

 線路に足を引っ掛けたのか、転んで身動きが取れていない。

 電車が遠目に見え始めたのと同時に、噺は走り始めた。

 淑の安全を確認しに行った時と同じかそれ以上のスピード。

 踏切まであと数メートルだったこともあり、何とか間に合った。

 だが、電車はすぐそこまで迫っている。

 

 

 焦りで滑りそうになる手を必死に動かして、男の子を持ち上げて前に飛んだ。

 所々体をぶつけたが、何とか受身をとることに成功した。

 男の子も無事だ。

 少し怪我はあるが、命が助かったのだから儲けものだろう。

 遮断機が上がって、淑も走って近付いてきた。

 

 

「浅井くん!!大丈夫、怪我は!?その子もなんともない??」

 

「大丈夫。この子もかすり傷があるくらいだよ。」

 

 

 一度踏切から出て、噺は道路脇に腰を下ろした。

 数分遅れて、男の子の母親もやってきた。

 何度も何度も頭を下げられて、何かお礼をと言っていたが……

 彼は丁重に断わった。

 

 

「やりたくてやっただけですから。お礼なんていりませんよ。」

 

 

 今回は運が良かった、だから成功したのだ。

 二度目、三度目はない。

 今回のような成功は、人生で数度あるものじゃない。

 

 

 いつもの朗らかな笑顔で、男の子と母親に接する噺を見ていた淑は、どうしようもない危機感を覚えた。

 

 

(このままいけば、彼は────)

 

 

 男の子と母親の女性を見送ったあと、駄菓子屋への道のりを進もうとした彼に対し淑は問いかける。

 

 

「……浅井くん?何故あんな事をしたんですか?」

 

「何故って……そりゃあ、やりたかったから?助けたいと思ったから──」

 

「違います!!浅井くんは気付かなかったかもしれませんが、あなたはあの時怯えた顔をしていました。」

 

「怯えた顔って。誰だって、あの状況を見たらそうなるでしょ。」

 

 

 誰かの死を目の当たりにしそうになった時、誰だって怯える。

 誰だって怖がる筈だ。

 だから、自分の表情に変な所はなかった。

 そう、噺は確信していた。

 ……淑は違うようだが……

 

「いえ、あの時の浅井くんは男の子の死に怯えていたのではありません。ましてや怖がっていたわけでもありません。」

 

「?だから、何が言いたいの?」

 

浅井くんは助けられないことに怯えていて、助けられないことを怖がっていた。……何か違いますか?

 

「…………何でそう、感がいいのかなぁ〜。」

 

 

 諦めたかのように、噺は呟いた。

 これで分かってしまった。

 自分の強迫観念の正体が……

 

 

 贖罪の意。

 

 

(この関係も、終わりかな……)

 

 

 崩壊の兆し。

 遠くない内に彼女を傷つける、敬の言っていた通りになってしまったのかもしれない。

 

 

「浅井くんの人助けを否定するつもりはありません。ですけど、人助けは自分の命を捨てていい理由にはなりません!!」

 

「清水さんの言う通りだね。」

 

 

 淑の言葉は全くもって届いていなかった。

 いや、届いていたが、彼はそう思わせなかった。

 淑は、彼がそこには居るのに、本当はそこに居ないように感じる。

 

 

 彼らの関係に、決定的な崩壊が訪れた。

 




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九噺「理由なんて適当に付ければいい」

 ──────────

 

「『唇』、『砂糖』、『後ろ姿』」

 

 ──────────

 

 踏切で起こった事件から数日。

 今日は金曜日。

 隣の席に居る淑と噺はあれ以来一度も喋っていなかった。

 …否、喋っていかなかったと言う言葉には語弊がある。

 

 

 彼が喋りかけても、彼女が反応しないのだ。

 聞こえていないのではなく、聞こうとしていない。

 きっと、今すぐにでも半年前の自分に戻れたら……

 そう思ったが、どうやっても戻ることが出来ない。

 

 

 慣れと言うものは恐ろしく、ちょっとやそっとじゃ何も変わらない。

 …何か劇的な変化がなければ。

 

 

「……はぁ。」

 

「兄さん?ため息なんてどうしたの?」

 

「……いやぁ、自分を変えるって中々難しいなぁって。誠袈に言った言葉が馬鹿みたいだよ。…なりたい自分になるのが、こんなにも難しいなんて。」

 

 

 そこに普段の朗らかな笑顔はなく、自嘲気味に笑う噺の──兄の姿があった。

 それは、誠袈にとって到底見ていられるものではなかった。

 …兄がいつも正しい人だと分かっていた。

 

 

 自分がどんなに落ち込んでいても、絶対にその手を離さず導いてくれる。

 名も知らぬ誰かの為に全力になることが出来る。

 それが兄である噺の美点であり……汚点でもあった。

 いつも見るのは後ろ姿ばかりだった。

 

 

 前に立って導いてくれる、そんな兄の後ろ姿が大好きで──大嫌いだった。

 大好きなのは兄の後ろ姿で、大嫌いだったのは後ろ姿しか見えない自分。

 でも、今は違う。

 少しだけ成長出来た。

 今だったら後ろから背中を叩くのではなく、隣で手を繋いで歩くことが出来る。

 

 

 それくらいには──

 

 

(私は強くなれたから……。落ち着いて、私の心。今は、今だけは、この感情なしで、ただの妹である浅井誠袈として──)

 

 

 ()の手を繋ぎたい。

 

 

「…私知ってるよ。兄さんの後輩さんのお話し。」

 

「話した事、なかった気がするんだけどな〜。」

 

「話さなくても分かるよ。クリスマスの辺りから、目に見えて元気がなかったから。……兄さんがどんな気持ちで、私やお母さんたちに接していたかなんて分からないよ?でもね……今、兄さんが苦しんでるのは分かる。」

 

「お説教?」

 

「違うよ……。私は導いてもらってばかりだったから。今度は私が兄さんを導いて──ううん。助けてあげたい。」

 

 

 導いてたのは兄としての役目だったからやったのだ。

 それ以外にも、純粋に誠袈(大好きな妹)を助けたかったから……

 そう言おうとして、ナニカが喉に突っかかった。

 

 

(……あと少しで、あと少しで……答えが出そうなんだ。)

 

 

 昔のように純度一〇〇%の善意じゃ足りない。

 真剣に誰かを助けたいと思うだけでは、淑を納得させられない。

 ……ナニカ、それが分かればきっと──

 

 

(答えが出せる!)

 

 

 自分を犠牲にする善意ではなく、自分を感じさせない善意でもない。

 

 

「……何で、誠袈は僕を助けたいって思ったの?」

 

「兄さんのことが好きだから。理由なんでこれだけで十分ですよ。」

 

 

 噺の笑い方を真似て、朗らかな笑顔を作る。

 ……それを見た彼はクスリと笑った。

 

 

(そっか、僕は忘れてたんだ。助けたい理由何てどうでもよかったんだ。僕は──)

 

 

 一〇〇%の善意で助けた後に見られる、誰かの笑顔が好きだったのだ。

 理由なんて適当に付ければいい。

 助けられた誰かの笑顔が──堪らなく大好きだったのだ。

 瞳から涙が零れて、唇が震える。

 

 

 お礼の言葉が言えない。

 誠袈の好きだから助ける、と言う理由に気付かされた。

 少年も昔から、助けられた誰かの笑顔が大好きだから、人助けをしていたのだ。

 

 

「ホンットに、僕は馬鹿だ。」

 

「はい、兄さんは馬鹿です。……でも、私はそんな兄さんが大好きです。」

 

「妹に慰められるとか…兄失格だな。……ありがとう、お昼休みなのに。」

 

「別にやりたくてやっただけですから。お礼なんていりませんよ。」

 

 

 少年が数日かけて出せなかった答えを、たった一人の妹が教えてくれた。

 学校じゃなかったら、抱きしめてやりたいぐらいだ。

 だが、そんな気持ちを抑えて、その場を後にする。

 …学校の屋上というものは、人が来なくて便利だと噺は初めて知った。

 

 ──────────

 

「清水さん。一緒に帰らない?」

 

「……分かりました。下駄箱で待ってて下さい。私は掃除がありますので。」

 

「りょ〜かい。」

 

 

 間延びした言葉を残して教室を出る。

 すれ違い様に会う人の何人かには挨拶をする。

 ……この学校には、彼に助けられた人が大勢いる。

 些細なことから、重大な事件まで。

 噺は案外にも、この学校の有名人だったりするのだ。

 

 

 下駄箱で淑を待つこと十数分。

 到着した淑を連れて、前回行けなかった駄菓子屋を目指した。

 その間に、彼はある話をした。

 …トラウマと言っても過言ではない後輩の話だ。

 それを彼女に漏れなく話した。

 

 

 相槌が続く中……問題の踏切に着いた。

 

 

「ここが……。」

 

「そっ、ここ。ここで、事件が起きた。……多分、僕が初めて助けられなかった人。本当に嘘が上手い子だった。あそこまで自然に嘘が付けると、逆に感心するよ。」

 

「浅井くん、聞いていいですか?…答えは出たんですよね?」

 

「僕が人助けをする理由、ようやく思い出したよ。助けられた誰かの笑顔が大好きだから、僕の理由はそれだったんだ。」

 

 

 その理由を聞いて、淑ら呆れたように笑った。

 けれど、彼のことを馬鹿にする感じはない。

 

 

「でも、人助けは自分の命を捨てていい理由にはなりませんからね?」

 

「そこら辺はちゃんと理解したよ。……そうだ!この前のお礼も兼ねて、土曜日にどこか遊びに行かない?」

 

「遊びにですか?…別にいいですけど。勉強の方は──」

 

「大丈夫!清水さんに言われたことはしっかりやってるし、応用問題も解けるようになってきたから!」

 

 

 子供のように笑う噺を見て、淑はまた笑う。

 崩壊の兆しは何処え……

 今の彼らは砂糖を吐きたくなる程の、甘く緩い雰囲気を出していた。

 

 

 駄菓子屋からの帰り道、彼は踏切の隅にそっとキャラメルを置いた。

 ……よく光が食べているのを知っていたから。

 その日は少しだけ、砂糖をいつもより甘く感じた。

 




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十噺「無自覚デート」

 ──────────

 

「『衝動』、『呆然』、『地面』」

 

 ──────────

 

 衝動、目的を意識せずただ何らかの行動をしようとする心の動き。

 ……昨日の発言、有り体に言えば衝動的なものだった。

 どこに行くか?

 どんなことをするか?

 そんなの全く持って決めていない。

 

 

 それを思い出した噺は、夜更けに悪いと思いながらもMebiusで声を掛けた。

 

 

『今いいかな?』

 

『はい、大丈夫です。何かありましたか?』

 

『悪いんだけど、明日どこ行くのか全然考えてなかった。どこか行きたい場所はある?』

 

 

 数分後、ある映画の広告と共に、メッセージが送られてくる。

 

 

『この映画が見たいです!』

 

『映画かぁ…、だったらAON(アオン)でいい?あそこだったら映画館以外にも色々あるし。』

 

『良いですね!今日の内にどこに行きたきか調べておきます!!』

 

 

 今日と言っても、あと一時間程なのだが……

 そう思ったが、特に何か言うわけはなく。

 

 

『遅くなり過ぎないようにね?』

 

 

 この一言を送ってスマホの電源を切った。

 因みに、AONとは大型ショッピングモールだ。

 映画館から洋服店、本屋や飲食店。

 様々な専門店で構成されたショッピングモール。

 祝日は大いに賑わうので、噺は淑が行きたいと言い出すなど思ってもいなかった。

 

 

 衝動で誘ってしまったが、良い休日になればいいなと思い眠りに着いた。

 

 ──────────

 

 翌日のお昼すぎ、少し柄の主張が強い薄手のロングTシャツにジーパン、出来るだけ無難な格好で外に出る。

 今日も今日とて気温は高く、直射日光と地面に当たった反射日光が噺を干からびさせようとばかりに注がれる。

 タオルと替えのシャツを持ってきて良かったと、内心安堵しながら道を歩いた。

 

 

 AONに現地集合で、待ち合わせ場所は入口近くのペットショップ。

 そこまで距離はないので歩きで現地に向かう。

 所要時間十五分。

 自転車で来れば五分と掛からない距離にあるAONは、彼の家にも重宝されている。

 

 

 直射日光の強さ故か、殆ど地面を見て歩いていたためすれ違いざまに誰かにぶつかった。

 

 

「あっ。すいません、前方ふちゅう──」

 

「こ、こちらこそ前方不注意で……に、兄さん!?」

 

「…誠袈が何でここに?」

 

「あ、明ちゃんと買い物に…。そう言う兄さんは?」

 

 

 この時、彼の頭には二つの選択肢が浮かんだ。

 一つ、適当にはぐらかす。

 二つ、普通に本当のことを言う。

 いつもの噺なら、迷わず二つ目の選択肢を選ぶだろうが……

 

 

(……話したら付いてきちゃいそうだし。いいっちゃ、いいんだけど…今日は二人で遊びたいしなぁ…。)

 

 

 苦肉の策ではあるが、彼は適当にはぐらかすことにした。

 

 

「最近、学校で読む本が無くってさ、買いに行こうかな〜って。次いでに、ちょっと遊ぶのもいいかなって。ほら、最近は勉強ばっかりだったから息抜きにさぁ。」

 

「……ふ、ふ〜ん。私は帰りますから、遅くなり過ぎないようにして下さいよ?」

 

「そんなに遊ばないって。」

 

 

 何とか誤魔化して、誠袈から離れることに成功。

 その後は、地面から目線を前方に向けて歩いていった。

 時刻は一時五分前、集合が一時なので悪くない時間だろう。

 集合場所であるペットショップの辺りを見渡すと、見慣れた夜空色の髪が見えた。

 

 

 ガラスケースの中にいる犬と遊ぶ姿は、愛らしさが溢れ出している。

 写真に収めたい気持ちをスっと我慢して声を掛けた。

 

 

「ごめん。待たせちゃったかな?」

 

「へっ?あっ、浅井くん。いえ、時間の五分前ですからバッチリですよ。むしろ私が早く来すぎたんです。……えぇと、い、行きましょう!一緒に行きたい場所がいっぱいあるんです。」

 

 

 彼女の服装は、ロングTシャツにガーリーなフレアスカート。

 どちらも白と白なのだが、彼女の夜空色の髪ととても合っている。

 

 

「清水さんの服似合ってるね。結構白系の服が多い?」

 

「あ、ありがとうございます。…そうですね、私はシンプルな物が好きなので。」

 

 

 照れながらも答えてくれる優しさに微笑ましさを覚えつつ、目的の場所に向かった。

 

 

 最初は本屋。

 何でも、気になる漫画があるらしくそれに付き合った。

 噺は、今月のオススメと銘打った小説を幾つか手に取り吟味する。

 嘘が見える少年のお話や、寿命をお金で売ったお話。

 あらすじで気に入った三冊をカゴに入れて会計に行く。

 

 

 会計をササッと済ませて、淑の元へ向かった。

 すると、そこには恋愛漫画を神妙な顔で見つめる淑の姿が……

 先程の愛らしさが溢れ出る姿から一変、若干不審者に見えなくもない。

 近くに居たお客さんも呆然としている。

 

 

 それも致し方ない。

 何せ片目隠れの美少女が神妙な顔で恋愛漫画見てたら、誰だって呆然とする。

 他の客に迷惑を掛ける訳にはいかないので、ポンポンと肩を叩いた。

 

 

「清水さん、清水さん。目立っちゃってるよ。」

 

「え?」

 

 

 間の抜けた声と共に物凄い速度で顔を動かして辺りを見渡した。

 自分に視線が集まっているのが嫌でも分かった淑は、少し顔を赤くしてそそくさとその場を離れた。

 ……見ていた漫画を数冊取って。

 

 ──────────

 

 フードコートで遅めの昼食を取る二人。

 それを遠目に見るのは……誠袈と明。

 態々双眼鏡を使い、敵情を視察する兵士のように隠密行動を行う。

 

 

「ねぇ〜誠袈〜、普通に挨拶に行こうよ。こんなストーカーみたいなことしないでさぁ。」

 

「す、ストーカーじゃないわよ。こ、これは……。」

 

「はぁ〜!お兄さんのことが気になるなら思い切って言っちゃえばいいじゃん。私は兄さんのこと恋愛感情的な意味で大好きなんです、って。」

 

 

 長い。

 長いが、こうでも言わないと噺は気付かない。

 兄として好きなんだろうなぁ、と思うだけで終わる。

 明の言葉に悶える誠袈。

 

 

 親友のあまりのヘタレ加減に嫌気が差しそうになるが、押し留めて噺と淑の様子を探った。

 まだ、二人のデート(遊び)は終わらない。

 

 ──────────

 

 昼食を取ったあと、二人は映画館に来ていた。

 チケットを買って上映時間までの暇を潰すために雑談をしていた。

 ところが──

 

 

「うえーん!おかぁーさん!!どご〜!」

 

 

 迷子だろうか。

 泣きながら大声を出す少女。

 年齢は五歳前後だろうか、可愛らしいワンピースを着ている。

 周りの人は一瞥するだけで、助けようとはしていない。

 噺は急いでスマホで時間を確認した。

 上映時間はあと三〇分後、まだまだ余裕はある。

 

 

 隣に居た淑をチラリと見た。

 彼女は呆れたように笑って、こう言う。

 

 

「浅井くんの好きにすればいいんじゃないんですか?時間はまだあるんですから。」

 

「清水さんのそう言う所、ホント大好きだよ!」

 

 

 彼女が赤面したのを他所に、彼は少女に駆け寄った。

 何とか宥めて、情報を聞き出そうとする。

 

 

「泣かないで。……そうだ。ほら、アメちゃんあげるから。」

 

「ひっぐ、うっぐ。ホントに?」

 

「ホントホント。美味しいよ?」

 

 

 少女はアメを貰うと少しだけ笑顔になり泣き止んだ。

 後は難しいことは何もない。

 どこら辺ではぐれたか聞いて、その辺の場所を探す。

 偶然にも、少女ははぐれた場所を正確に覚えており、スムーズに親を見つけることが出来た。

 

 

 親御さんには嫌と言うほど頭を下げられて感謝された。

 だが、欲しいのはそれじゃない。

 噺が欲しいのは──

 

 

「ありがとう!お兄ちゃん!」

 

「今度は迷子にならないように、しっかりと手を繋いでおくんだよ?」

 

「うん!!」

 

 

 笑顔。

 少女の笑顔を見て、噺も朗らかな笑顔で笑う。

 遊びに来たはずなのに、彼は人助けを優先した。

 友人としては下の下の選択かもしれないけど。

 けれど、淑は彼の在り方が綺麗なものだと知っている。

 

 

 高鳴る鼓動。

 あの朗らかな笑顔を見る度に、胸が高鳴るのは何故なのか?

 彼が誰かにその笑顔を見せていると、胸が苦しくなるのは何故なのか?

 分からない、分からないが、今はそれで良いと彼女は思った。

 何故なら、彼がすぐ傍に居てくれるから。

 

 

「ほら、浅井くん。急がないと上映時間に間に合いませんよ。」

 

「ごめん。急がないとね。」

 

 

 目線を合わせるために下ろしていた腰を上げて、映画館に向かう。

 ……そして、その時。

 噺は唐突に思い出した。

 

 

「清水さん?今日の映画って何観るんだっけ?」

 

「もう、さっきも言ったじゃないですか。タイトルは『This〜これが見えたら終わり』ですよ。」

 

 

 呆然とした表情で、噺は淑を見つめた。

 タイトルだけ聞けば分かる。

 

 

「それ、怖いやつだよね?」

 

「そうですけど。どうかしましたか?汗が凄いですよ?」

 

「……僕、あんまり怖いの得意じゃない。」

 

「私は浅井くんの人助けを見ている方が怖いです。」

 

「いや、上手いこと言って欲しかったわけじゃ……。」

 

「諦めて下さい。浅井くんから誘ったんですよ?」

 

 

 どこから吹いたのか、風の所為で顔の左半分を覆っていた髪が退かされる。

 そこから、小悪魔のような微笑みが見てとれた。

 彼女にそう言われたからには逃げられる訳もなく。

 

 

 その日、映画館に少年の悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。




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十一噺「ファンブルアタック(致命的な一撃)

 ──────────

 

「『偽物』、『口付け』、『余りもの』」

 

 ──────────

 

 中間テストの結果が貼り出された。

 噺たちが通う学校は、全学年共通で学年の廊下に貼り出される。

 結果は──

 

 

「四二位…。やった!!やっと七五位を脱却できた!清水さん!ホントにありがとう!」

 

「べ、別に私のお陰ではないですよ。浅井くんが頑張った結果じゃないですか。」

 

 

 朗らかな笑顔ではなく、歳相応の子供のような笑顔。

 先日の無自覚的なデートでは、映画館で悲鳴をあげていたとは思えない。

 淑は噺のことを知れば知るほど、彼が案外にも普通の子供だと分かってきた。

 ……因みに、淑は三位。

 勉強会で噺や敬に教えながらでもこの順位を取ってくるのは流石と言える。

 

 

 周りには順位を見て嘆く者や笑う者、果てには狂ったように踊る者まで居る始末。

 この状況を先生が見逃す筈はなく、漏れなく全員怒られた。

 

 

 だが、その後は放課後だったためか随時解散となりそのまま帰宅の流れになった。

 噺はいつも通り淑を誘って帰ろうとしたが、そこに誠袈と明が現れる。

 誠袈の顔は何時ものキリッとしとものから可愛らしい笑顔に変わっている。

 

 

 目がキラキラと輝いており、褒めて褒めてと強請っているようだ。

 彼も鈍感過ぎる訳では無いので、何となく順位が高かったんだろうと察しが着いた。

 

 

「見て下さい兄さん!私、学年一位になりました!」

 

「どうどう?誠袈凄いでしょ?」

 

「うん。何で、軽井坂さんが誇らしそうなのか分からないけど、凄いね誠袈。しっかり勉強してたんだな。」

 

「えへ、えへへー。」

 

 

 お強請りを受けて噺は優しく頭を撫でた。

 家出しか見せないだらしのない緩み切った顔を見せる誠袈。

 淑と明は苦笑しつつも見守っていた。

 数分間そうやっていると、ここがようやく自宅でないことを理解し始めた誠袈が、彼を思いっきり殴った。

 

 

 いきなり腹に一発貰った噺は、込み上げてくる不快物をギリギリの所で押し留めて事なきを得た。

 

 

「ご、ごめんなさい、兄さん。……その、急に恥ずかしくなってしまって。」

 

「良いんだよ。…結構慣れたから。」

 

 

 理不尽な暴力には段々と慣れた。

 妹である誠袈の場合はちゃんと後から謝るので怒りが湧くことはない。

 話は逸れるが、一度だけ敬に理不尽に殴られた噺は、取っ組み合いの喧嘩に持ち込んだらしい。

 最終的に噺が負けたが、敬を満身創痍まで追い込んだとか追い込んでないとか。

 

 

 真相は闇の中である。

 

 

 ……その後は普通に四人で帰宅し、翌日の放課後にお疲れ様会的なものをやろうと言う流れになった。

 

 ──────────

 

 翌日の放課後。

 帰り道の少し逸れた場所にあるカラオケに直行。

 メンバーは、噺・淑・誠袈・明・敬の五人。

 敬がサラリと噺に責任者を任せて個室に行き、それに明と誠袈が付いて行く。

 

 

 淑だけは残って、彼が書類を書くのを待った。

 

 

「先に行っててもいいんだよ?」

 

「少しくらいなら構いませんよ。」

 

 

 譲る気のない彼女に笑いかけて、書類を書き進める。

 書き終わったあとは、早歩きで個室に向かった。

 少しだけタバコ臭さがあるが、父親の正が吸っているので何とも思わない。

 その他にも薄暗さがあるが、それこそがカラオケだろう。

 

 

 先に入った敬が既に歌い始めているのを見ると、若干殴りたくなったが誠袈や淑たちがいる手前殴れない。

 一瞬、射殺すような視線を敬に送ったあと席に着いた。

 

 

 清潔感を出そうとしたのか、花瓶に造花が入れられている。

 偽物とは言え、真っ赤なバラの造花はとても綺麗だ。

 真っ赤なバラを見ていると、撮影のお手伝いをした時のことを思い出す。

 赤いバラのブーケをもって微笑む淑。

 美しい、その一言に尽きる光景を思い出した。

 

 

 偽物のバラでトリップしかけてる間に、誠袈と明がデュエットで歌っている。

 動画でも撮って緩和に送れば嬉しがること間違いなし。

 そう思いながらスマホをポッケから取り出した。

 学校の校則では、持ってくることをは容認されているが使う事は禁止されている。

 

 

 緊急の場合のみ使用を許可し、それ以外の場合で使用していたら取り上げられることになっている。

 何とも面倒臭いルールだが、中学生なのだから義務教育だ。

 将来必要となるかは分からないが一応は学びの場。

 最低限のマナーやルールがあるのはしようがない。

 

 

 スマホで動画を回していると、今度は噺の番になった。

 曲を入れた覚えはない、なので彼は敬の方を見る。

 敬はニヤニヤしながら噺を見ていた。

 後で絶対にぶん殴ってやると確固たる決意をし、マイクを握る。

 スピーカーから前奏が流れ出し、歌が始まった。

 

 

「────────────」

 

 

 曲名は少し前に流行った『シャルル』。

 ボーカロイドの曲は息継ぎが難しいものもあるが、噺は難なく歌っている。

 しかも……上手いのだ。

 普段の彼からは考えられないほどに上手い。

 

 

 噺からスマホを受け取って動画を回していた淑は、動画のことなど忘れ食い入るように彼を見つめていた。

 惹き込まれる歌声。

 女性のような鈴の音にも似た声ではなく、男らしさのあるものでもない。

 中途半端、そう感じる者も多いかも知れないが、とても綺麗な歌声だった。

 

 

 時間はあっという間に過ぎて、彼の番は終了した。

 その後も、順番に沿って何周もしたが、淑は頭の中から噺の歌声が離れなかった。

 

 ──────────

 

 終了時間限界まで歌ったあと、支払いを済ませて解散。

 敬や明とは帰り道が違うため、噺は別れて帰った。

 帰宅途中はたわいない話で暇を作らず、楽しく過ごす。

 淑が余りものにならなかったのは本当に運が良かった。

 

 

 事実、噺と誠袈&敬と明は兄妹。

 なので帰る家も同じ。

 しかし、淑は違う。

 淑の家の方角が彼の家とあまり変わらないのは奇跡かもしれない。

 

 

 時刻は七時前、流石に噺もこの時間に一人で帰るのは御免だ。

 だからこそ、彼は最初に淑を家に送り届けてから、自宅を目指すことにした。

 時間にして十五分。

 長いが短いかで言われたら微妙と答えるしかないこの時間。

 

 

 会話を切り上げて、別れの挨拶をする。

 

 

「清水さん、さよなら。」

 

「淑先輩、さよならです」

 

「浅井くんも誠袈さんもさよなら。」

 

 

 淑と別れたあとは、誠袈とポツポツと会話を交わしながら夜道を歩いた。

 街灯の灯りが辺りを照らすなか、不意に誠袈が呟く。

 

 

「兄さんは、淑先輩のことをどう思っていますか?」

 

「……?大切な友達かな。」

 

「…それ以上になる事ってあると思いますか?」

 

「恋人ってこと?……それは…分からない…かな。」

 

 

 歯切れの悪い彼の言葉。

 少なからず、意識している。

 そう言っているのと変わらいなだろう。

 誠袈の心の中に、僅かに焦りが生まれた。

 

 

(モヤモヤの名前がやっと付けられるのに……。なんで──)

 

 

 彼女の思考を遮るように、噺が続く言葉を紡いだ。

 

 

「でも、もし清水さんみたいな人と付き合えたら幸せだろうね。」

 

 

 彼は無自覚だった。

 だが、その無自覚さ故に誠袈の心を突き動かした。

 兄としてではなく、一人の男の子として噺のことが好きだと、完全に自覚させてしまった。

 モヤモヤの名前は──恋。

 

 

「んっ」

 

 

 一生懸命につま先立ちして、噺に無理矢理口付けをした。

 無理矢理と言っても力押しではなく、できるだけ自然な流れで。

 数秒間、時が止まったかのように彼の頭はフリーズした。

 何せ実の妹に口付け──もといキスされたのだ。

 動揺しない人間はそうそう居ないだろう。

 

 

「……ぇっと、誠袈?」

 

「……ごめんなさい!」

 

 

 走り去る誠袈。

 帰る場所は同じなので彼は追いかけることはしなかった。

 いや、それ以前に追いかけられなかった。

 撮影で淑が頬に口付けした時と同等の鼓動の高鳴り。

 兄妹、血の繋がった家族な筈なのに……

 

 

「…ヤバイ。僕、どうすればいいんだ……。」

 

 

 街灯の頼りない光と大差ない程の、頼りない震えた声。

 この日、また一歩関係が進んだ。

 きっと、誰も予想だにしない方向へ。

 

 

 

 




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十二噺「火蓋は切って落とされる」

 ──────────

 

「『終わり』、『始まり』、『堂々巡り』」

 

 ──────────

 

 終わりと言うのは、突然やってくる。

 光の時と同じく、残酷な現実と共に。

 だが、今回は違った。

 違う意味で、噺は現実を突き付けられた。

 

 

 今まで自分のことを多少は慕ってくれてると思っていた大切な妹が、自分に少なからず好意を抱いているなんて思いもしなかった。

 ……それは、家族として好かれているだろうとは考えていたが、まさか一人の男として見られていたなんて。

 正直、頭が追いつかなかった。

 

 

 家に帰ったら帰ったでこんな時間に妹を一人で帰させるなんて何事か、と正にこっ酷く怒られてから食事をとる。

 あまりにも衝撃的なことが起き過ぎて、彼の舌は味を感じさせてくれなかった。

 それから、お風呂にゆっくりと浸かってひたすらに全身を脱力させた。

 

 

 完全に脱力させたら、少しづつ今回起こったことを考えた。

 何故、あんな事をされたのか?

 これは考えなくても分かる。

 

 

「僕に対して恋愛感情的なものがあってそれを伝えるため……ってことで良いんだよな?」

 

 

 じゃあ次だ。

 何故、このタイミングで?

 口付けをされる前までしていた会話を全力で捻り出す。

 まだ一時間も経っていないと言うのに……それだけ誠袈からの口付けが衝撃的なものだったのだろう。

 

 

 思い出した会話は────

 

 

『兄さんは、淑先輩のことをどう思っていますか?』

 

『……?大切な友達かな。』

 

『…それ以上になる事ってあると思いますか?』

 

『恋人ってこと?……それは…分からない…かな。』

 

(そうだ!あの時は清水さんのことをどう思ってるか聞かれて……それで最後に……。)

 

 

 中々出てこない最後に発した言葉を掘り出す。

 一分ほど経過して、ようやく言葉を思い出した。

 自分の出した問に合う答えのヒント。

 

 

『でも、もし清水さんみたいな人と付き合えたら幸せだろうね。』

 

(…………あれ、僕何気に無自覚すぎる最低な発言してるんじゃない?)

 

 

 妹が自分のことを好きになる訳はない。

 そうやって決め付けていた噺の最大のミスであり、最低な野郎とも思える発言。

 気付くのが遅すぎである。

 先日起きた淑との仲違い事件と同等以上に不味い。

 

 

 兄妹と言う関係性がボロボロに崩れ去る終わりが手に取るように分かる。

 

 

「これって、僕詰んでないか?」

 

 

 もし、誠袈の想いに答えたら……さぞかし彼女は喜ぶことだろう。

 けれど、親は?

 あの緩和でさえ首を横に振る案件。

 正に至っては話すら聞いてもらえず勘当ものだ。

 

 

「でも、答えなかったら答えなかったで誠袈を傷付けることになる……。」

 

 

 堂々巡りだ。

 考えている間に時間は過ぎていき、最終的に彼は逆上せて正に救助された。

 

 ──────────

 

「お前がお風呂で逆上せるなんてな……何かあったか?」

 

「あったと言えばあったけど、言いたくないかな。」

 

「そうか。」

 

 

 正はそういう人間。

 本当に困ったら頼ってくれると分かっているからこそ何も言わない。

 どっしり構えて待つ、簡単に見えても難しい。

 それが出来る人間なのだ。

 

 

 時たま、噺は父である彼のそう言う姿を羨ましく思う。

 立派な大人、と言う言葉の理想形の一つに違いないと確信している。

 起き上がったあとは部屋に戻った。

 

 

 暗いはずの自室の電気がついている。

 ……予感はしていた。

 的中はして欲しくなかったが。

 

 

 不自然に重く感じるドアを開けて、部屋の中に入った。

 中にはいつも通り、可愛らしい動物柄のパジャマに身を包んだ誠袈が居た。

 頬は紅潮しており、体をモジモジさせている。

 された側の噺より、した側の彼女が緊張しているのは如何に。

 

 

「……えっと、誠袈?」

 

「ひゃ、ひゃい!にゃ、にゃんでしょうか?!」

 

 

 噛みまくってるし、声は裏返ってるしでプチパニックを起こしている。

 普段の彼なら頭でも撫でて落ち着けてやろうとするところだが、今回は少々訳が違う。

 噛みまくってても訳せないことはないので、噺は可哀想に思いながらも話を続けた。

 

 

「さっきの……キスのことなんだけど……。」

 

「……そ、それは…その。」

 

「無理に理由は聞きたくないから、言えないんだった──」

 

「い、言います!……私は兄さんの事が、兄妹ではなく家族でもなく、一人の男性として好きです。私のために怒ってくれて、私のために頑張ってくれる兄さんが好きです。…それより、誰かのために頑張れる兄さんが好きです。……きっと、今後兄さんを好きになる女性の大半はその理由ですよ。」

 

 

 誰かのために頑張れる。

 言うは易く行うは難し、この言葉の通りだ。

 彼女の告白の言葉は兄である噺を誇らしく語る妹のそれでいて、一人の少女としての言葉だった。

 

 

 返事は?

 どう返せばいい?

 頭の中に出てくる単語を幾つ組み合わせても、良い言葉は浮かんできそうにない。

 何か返さなければ。

 そう思えば思うほど、何も言えなくなってしまう。

 

 

 どことなく、噺の雰囲気でナニカを感じ取った誠袈は彼の真似をして朗らかに微笑んだ。

 

 

「今は答えなくていいです。他の誰かを好きになっても構いません。ですけど、私は簡単には諦めませんから覚悟してくださいよ?」

 

 

 朗らかな笑顔から打って変わって、いたずらっ子のような顔で笑っていた。

 風呂場で起こった堂々巡りはもう起こりそうにない。

 何故なら、遠い未来のことを考えるのが馬鹿らしいと感じたから。

 今はもう少しだけ、このぬるま湯に浸かっていたい。

 

 

 ここからが始まり。

 問題はあるが、恋愛戦争の勃発である。

 先行を取ったのは誠袈。

 淑は後手に回ってしまった。

 何時壊れても可笑しくない関係がスタートしたのだ。

 

 

 恋愛戦争の行方は誰にも分からず、最高の結末を勝ち取るために日夜戦いが行われるだろう。

 

 

※この作品は一応は三題噺です

 

 

 

 

 




 毎日これを書いてて思ったこと。
 三題噺ってなんだっけ?

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十三噺「似た者兄妹」

 ──────────

 

「『呼び掛け』、『目覚まし』、『揺り籠』」

 

 ──────────

 

 揺り籠、元は幼児や乳幼児を収めてあやすための道具。

 だが、最近は大人でも使える揺り籠のようなものが出てきた。

 名前は違うがハンキングチェアと言う物だ。

 たまご型で、中に柔らかいクッションが敷き詰められておりとても寝心地が良いらしい。

 

 

 現に、噺は寝息を立てて安眠している。

 先日、誠袈の告白受けたあと、何故かそのまま一緒に寝る流れになりベッドに入った。

 ……しかし、彼が眠れる筈もなく睡眠不足に。

 

 

 流石の噺も、睡眠欲には勝てない。

 今日一日の授業は丸々寝ていた。

 それを淑に心配されたが、理由を言うことは躊躇われた。

 

 

「実の妹に告白されました。」

 

 

 こんなこと言ってみろ。

 頭の可笑しい人だと思われる可能性があり過ぎる。

 なので、今日は別々に帰って来た。

 本当は彼女とくだらない話でもして帰りたいものだが、未だに収まることを知らない眠気もあったため断念。

 

 

 帰ったら帰ったで、誠袈にどんなアプローチをされるか分からないので、オチオチ自室で寝ることも出来ず困り果ててるところ。

 緩和が最近買ったハンキングチェアを出してくれたのだ。

 浅井家のリビングにはそこそこの広さがあり、ハンキングチェアも余裕で置けた。

 

 

 気持ちよさそうに眠る噺を見ながら、緩和は家事を進めていく。

 あと二時間もすれば、正も帰って来て夕御飯の時間になる。

 意識を家事に集中させようとした時、玄関のドアが開く音がした。

 誠袈だろう、そう納得した彼女は笑顔で娘を出迎えに行った。

 

 

「お帰りなさい。」

 

「ただいま、お母さん。…兄さんは部屋に居ますか?」

 

「噺ならリビングで寝てるわ。可愛い寝顔してるから撮っちゃった。」

 

 

 そう言って、スマホを取り出し噺の寝顔が写った写真を誠袈に見せる。

 誠袈はそれに飛びつき恍惚とした表情でそれを見つめた。

 柔らかい表情が多い噺でも、ここまでの顔は家族であれど見たことがなかった。

 

 

「お母さん!これ今すぐ私のMebiusに送って下さい!」

 

「りょ〜かい。あなたも、噺が起きない内に撮っちゃいなさい。」

 

「……良いんでしょうか?」

 

「良いのよ。あんな堂々とリビングで寝てるんだから、撮ってくださいって言ってるようなものよ。」

 

「それもそうですね!」

 

 

 母親の理論に納得し、弾む心の赴くままにリビングのドアを開けて中に入った。

 スマホをスクールバックから取り出し、カメラアプリを開く。

 そこからは、撮影会の如く。

 彼が起きないように、誠袈は慎重に…時に大胆に写真を撮り続けた。

 

 

 噺が事前にセットしていたであろう目覚ましが鳴り出したが、速攻でスマホを取り上げて解除する。

 目覚まし自体は少し鳴ってしまったが、彼は起きなかった。

 相当疲れや眠気が溜まっていたのだろう。

 

 

 何となく、それが自分の所為だと分かっていた。

 だから、彼女はいつも彼が自分にやってくれるように、ゆっくりと優しく頭を撫でた。

 これをされると、凄く心が落ち着いて温かくなるのだ。

 

 

「……んむ……へへ……。」

 

 

 気持ちよさそうだった顔が更に綻んでいく。

 そして、無意識だったのか、撫でていた誠袈の手を掴み優しく引き寄せた。

 唐突過ぎる行動に彼女は反応しきれず、噺に抱かれる形でハンキングチェアの中に入っていく。

 実際、そこの中は広く子供二人程度だったら余裕がある。

 

 

 だが、誠袈に全く余裕はなくみるみる内に顔が赤くなっていく。

 

 

「に、兄さん?!さ、流石に恥ずかしいですから……。」

 

「……………………。」

 

 

 返事は返ってこない。

 致し方ないが、力づくで出ようとした。

 けれど、淑の腕の力は思ったより強く、中々抜け出すことが出来ない。

 

 

(…やっぱり、兄さんも男の人なんだよね。力も強いし、ちょっとは筋肉もあるのかな…。)

 

 

 想い人にこうされて喜ばない人間は居ない。

 彼女も例外ではなく、少しづつ意識が微睡みに置いていく。

 

 

(少しだけ…少しだけなら…別に良いですよね?)

 

 

 誠袈もゆっくりと彼に抱き着いた。

 密着したことで伝わる体温や心臓の鼓動。

 ……それが、無性に愛おしく感じた。

 

 ──────────

 

「……し起き……い。き…か……き……い。」

 

 

 聞き慣れた声。

 段々と意識が覚醒していき、ハッキリと声が聞こえてくる。

 声の主は母親である緩和のものだ。

 

 

(アラームでも起きなかった僕を起こすために呼び掛けてくれたのかな?……ん?)

 

 

 目はまだ開きたがっていないのか開こうとしないが、横っ腹に柔らかい感触を感じる。

 クッションではない。

 直感的に、触ってはいけないものだと判断し体を起こした。

 目を擦り、ゆっくりと重い瞼を上げる。

 

 

 目の前には微笑ましそうな顔でスマホをこちらに向ける緩和の姿。

 何故そんなことをしているのか?

 聞き出そうとする前に答えが見えた。

 ……自分に抱き着く形で寝息を立てている(誠袈)

 

 

 恐らく、横っ腹に感じた柔らかい感触は、女性的に成長してきたある部分だろう。

 少年は直感で自分の妹の胸を揉むと言う大事件を防いだのだ。

 この時ばかりは、自分の直感に最大級の感謝をした。

 

 

「おはよう、お母さん。」

 

「危なかったわねぇ。危うく〜、可愛い可愛い妹に実った果実を、揉んでしまう所だったのよ?」

 

「僕も今気付いたよ。この年で家族から絶縁を貰うのは御免だよ。」

 

「えぇ〜、別に兄妹の恋って良いと思うわよ。禁断の恋ってその分燃えるんだから〜。」

 

 

 ……言えない。

 昨日、本当に禁断の恋が発覚したなんて。

 隣で気持ちよさそうに眠る誠袈を見て、噺はため息を吐きつつもゆっくりと優しく頭を撫でた。

 

 

 その日から、誠袈は頭を撫でることをお強請りするようになった。

 

 

 




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十四噺「男の娘な生徒会長」

 ──────────

 

「『春夏秋冬』、『記憶』、『爪先』」

 

 ──────────

 

 春夏秋冬、それは春・夏・秋・冬の総称、つまり一年間のことを指す。

 四季と言った方が分かりやすい方が居るかもしれない。

 六月なので季節的には夏に属しているため気温が高く、今日も蒸し蒸ししている。

 そんな中、噺と淑は何故か生徒会室に居た。

 

 

 そして、何故か書類仕事を手伝わされている。

 だが、二人は特に文句などを言う素振りはなく、至って真面目に仕事に取り組んでいる。

 真面目に仕事に取り組む二人を見ながら、生徒会室の一番大きい机の椅子に座り仕事をしているのは、生徒会長である学斗(がくと)風輝(ふうき)

 

 

 腰辺りまで伸ばした金髪にも見えるクリーム色の髪に、透き通るような碧色の瞳。

 キリッとした目と尖った唇で雰囲気が若干刺々しく感じるが、至ってそんなことはない。

 風輝自身は気さくな性格で、よく噺に面倒事を持ってくる。

 噺の数少ない友人であり……男の娘だ。

 

 

 もう一度言おう……男の娘だ。

 声もあまり低くなく、女子制服を着ているため初見で男子だと分かる人間そうそういない。

 ……因みに、噺は初見で風輝が男子だと看破したことで仲良くなったとか。

 

 

「風輝、書類はこれで最後?」

 

「すまないがまだだ。悪いな、手伝ってもらちゃって。他の生徒会メンバーは肉体労働に行っててな、本当に助かったよ。清水さんもありがとう。」

 

「いえ、浅井くんから目を離すのが怖かったので構いません。」

 

「ほほう…。出来てるのか?」

 

「出来てないよ。」

 

 

 淡々と返す噺に、風輝はつまらなそうに舌打ちをして書類に向かい直す。

 時間がゆっくりではあるが過ぎていく。

 下校時刻がギリギリに迫ってきた所で、ようやく書類仕事は幕を閉じた。

 

 

「疲れた〜。球技代会なんてやんなくてもいいだろ。オレはやりたくない。」

 

「君の場合は運営に回るのが面倒臭いだけだろう?」

 

「そうではあるんだがな……。さて、外の連中の手伝いに行きますか。……もう少しだけ手伝ってくれたりするか?」

 

「良いよ。僕は肉体労働苦手だけど。」

 

「私もお役に立てるかは分かりませんが、お手伝いさせていただきます。」

 

 

 風輝は二人の優しさに涙しそうになるがグッと堪えて、着替えを始めた。

 ……二人の目の前で。

 

 

「ちょ、学斗さん!?浅井くんが居るからダメですよ!」

 

「へっ?いや、清水さんが居る方がオレ的にはダメなんだけど。」

 

「えっ?」

 

「あ〜。風輝、君が男子だって清水さんに伝えるの忘れてた。……と言うか、流石にその格好じゃ分かんないでしょ。」

 

「しゃあねぇだろ。母さんが新しい制服買ってくれねぇんだから。」

 

 

 淑は目を白黒させながら二人の会話を聞いている。

 脳の処理が少し追いついていないのだろう。

 数十秒ほど経つと、少しづつ脳の処理や理解が追いついてきた。

 しかし、彼女から見たらどう見ても同性としか思えない。

 髪のツヤも良いし、しっかり手入れしているのか触り心地が良さそうだ。

 

 

「ほ、本当に浅井くんと同じで男の子なんですか?」

 

「一応ね。う〜ん、こんなに間違えられるんだったら髪切ったほうがいいかな……?」

 

「別に、君の自由だよ。……まぁ、僕の記憶の中ではそれで固定されるけどね。」

 

「はぁ!?」

 

 

 噺と風輝の言い合いを見ていても、あまり納得は出来ない。

 だが、彼女は二人が自分に嘘をついているとも思えないので取り敢えず信じることにした。

 

 ──────────

 

 言い合いの後、淑は二人について行きながら体育倉庫に来た。

 生徒会メンバーは疲れている者が多かったようで、風輝が先に上がらせた。

 

 

(やっぱり、浅井くんと友達になっている人って優しい人ばかり。……類は友を呼ぶってこう言う事なのかな?)

 

 

 考え事をしながらでも手は動かす。

 少し高い棚にある道具を取ろうと爪先立ちになって手を伸ばすが、如何せん届かない。

 彼女の身長は145cm程であり、近くに風輝も居たが身長はあまり変わらないため頼めない。

 どうしようと悩んでいた時、横に噺がひょっこりと現れる。

 

 

「これ取ればいいのかな?」

 

「は、はい。すいません。私も学斗さんもあまり身長が高くないので。」

 

「しょうがないんじゃない?女の子なんだからそんなもんだよ。僕だって大きいわけじゃないけどね。それ言ったら、敬の方が僕より15cmくらい高いよ?」

 

 

 朗らかに笑いながら、淑が取りたかったものをしっかりと取ってくれる。

 こう言う優しい所に、少しづつ惹かれている自分が居ることに何処と無く気付いていた。

 

 

(…私なんかに想われても、迷惑……だよね。)

 

 

 そっと想いを胸にしまい、作業を進めた。

 淑は誠袈とは違う方法で、違う道筋で自分の想いを自覚した。

 アプローチをグイグイしてくる誠袈と控えめなアプローチ?を見せる淑。

 噺の心がどちらに揺れ動くのか?

 

 

 それが分かるのはまだ先のお話。

 




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十五噺「変わりゆく関係」

 ──────────

 

「『 遊び』、『本気』、『嘘塗れ』」

 

 ──────────

 

 先日の手伝いから週末を跨いだ月曜日、球技大会が開催された。

 運営は生徒会主導で、試合は各学年ごとに行われる。

 月曜に三年、火曜に二年、水曜に一年、木曜に各学年の優勝チームで対決、金曜には先生チームも加わり全学年で優勝を果たしたチームと対決。

 と言う流れである。

 

 

 種目は男子サッカー、女子バスケットボール。

 総当りで試合を進めて、勝ち点が一番多いチームが優勝。

 特殊ルールはなく、種目事にある既存のルールで取り仕切る。

 噺と淑が属するクラスは二組。

 敬は一組で、風輝は四組。

 

 

 遊びであれど勝負は勝負。

 本気でやらないと失礼に当たるので、彼もそこら辺は弁えていた。

 ベストを尽くそうと一人意気込んでいる所に、後ろから淑が現れる。

 

 

「こんにちは浅井くん。試合はまだですか?」

 

「うん、この次かな。そっちは?」

 

「今試合中ですけど、私が出るのは最後の試合だけなのでこちらを見に来ました。」

 

 

 少し気恥しそうに言う彼女を見ながら、噺は苦笑を漏らす。

 中に居た方が日差しが当たらず少しはマシだろうに、わざわざグラウンドに来るなんて……

 

 

「今日暑いんだから、室内に居た方が良いよ。室内でも水分補給はこまめにした方がいい。…確か、最高気温二九℃らしいから。」

 

「だったら尚更ですよ!浅井くんこそ何か帽子でも……。」

 

「おうおう、お二人さんはお熱いねぇ。」

 

「オレも混ぜてくれよ〜。」

 

 

 二人の初々しいやり取りに横から混ざるように、敬と風輝が現れる。

 風輝は運営側だろうに、大方誰かに仕事を任せて遊びに来たのだろうか。

 少しだけ仕事を押し付けられた人に同情し、謝罪の念を送る。

 

 

「……で?何しに来たの?」

 

「うわ〜、あからさまに嫌がってるよ。どうするふーちゃん?」

 

「どうするも何も、イジルに決まってるだろ!あと、ふーちゃんやめい!」

 

 

 宣言とツッコミを同時にやる風輝に尊敬しつつも、そっと目線を逸らした。

 殆ど女子にしか見えない容姿は体育着になっても健在なので、あまりジロジロ見ないようにしたのだ。

 …それを言うなら現在進行形で美少女を見つめているので、帳尻トントンどころか心臓ドンドンである。

 

 

 見つめているのにお互い少し照れて、視線を逸らした。

 ……何度見ても初々しい出来たてホヤホヤカップルのような光景。

 

 

「ごめん、ジロジロ見て…。」

 

「い、いえ、私の方こそ…。」

 

「……なぁ、ホントにこれで付き合ってないんだよな?」

 

「らしいぞ?どうする?いっその事俺たちも付き合うか?」

 

「オレは男子だ、付き合うなら性別を変えてからにしてくれ。」

 

 

 ……一瞬、場がシラケた。

 その場に居る全員の言葉を代弁するならこうだろう。

 

 

『いや、お前が変えるべきだろ!』

 

 

 絶対にこう言うに違いない。

 

 

 結局、十数秒ほどで場の雰囲気は普段のものに戻り談笑し始めた。

 なんだかんだ言って、淑は段々と噺以外の人物ともスムーズに話せるようになっている。

 未だに少し他人行儀な部分は確かにあるが、それでも充分成長していると言っていい。

 

 

 その様子を見た噺は朗らかな微笑みで空を見上げた。

 自分たちを照らし続ける太陽は仕事を休む気配がなく、今日も元気いっぱいに熱を届けてくる。

 

 

(…光。僕は今、彼女の役に立ててるかな?君のような陽気さは僕にないけど、清水さんをちゃんと照らせているかな?)

 

 

 返ってくるはずのない問を空に投げ掛けた。

 救えなかった少女は、名前の通り辺りを照らす光だった。

 …その光を助けられなかったことを今でも後悔しているし、もしもを夢見る時がある。

 だが、最近はそれもなくなった。

 

 

 後悔は少なからずあるが、夢は見ない。

 今手の届く人を大切にしたいと、そう思ったから。

 

 

(一度嘘塗れになった僕でも、誰かを照らすことは出来るよね?)

 

 

 自分の気持ちが本当は強迫観念による嘘塗れのものだったと知って、それでも助けた誰かの笑顔を求めた。

 そこには、彼の人としての本質があった。

 

 ──────────

 

 球技大会は一組の圧勝だった。

 二組も奮闘したが、一組には勝てず二位と言う結果だった。

 因みに、噺はミッドフィールダーのポジションとして試合に出て、ちゃっかりと一点決めていた。

 女子の方も結果は同じで、一組に一位を取られて二位。

 

 

 しかし、以外に悔しさはなくやり切った感覚があった。

 帰り道でそんなことを話しながら歩いていると、噺は後ろから誰かに抱きつかれた。

 その人物は……勿論誠袈である。

 

 

「兄さん!凄いですね!二位ですよ二位!」

 

「ありがと誠袈。…出来れば早く腕を退けてくれるかな?」

 

「あっ、すいません。淑先輩の方も二位だったんですよね?おめでとうございます!」

 

「私はあまり大したことは……。そう言えば、浅井くんはゴールを決めたらしいですよ?」

 

「ええ?!本当ですか??」

 

「本当だよ……。」

 

 

 一段と騒がしくなったかと思えば、後ろから明や敬に風輝の声も聞こえてきた。

 帰り道に二人で話すのが楽しみだった噺と淑。

 だが今は、大勢で話すのも悪くないと思えるようになっていた。

 

 

 季節はまだ夏、暑さが増すこの時期に何が起こるのか?

 イベント(面倒事)が目白押しかもしれない。




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十六噺「コンビは大事」

 ──────────

 

「『体術』、『勝負』、『数合わせ』」

 

 ──────────

 

 体術、それは素手または短い武器をもってする攻撃・防御の術である。

 特に柔術を指すらしい。

 球技大会が終わり、また翌週。

 六月も中頃に入ったある日。

 面倒事が噺に持ち込まれた。

 

 

「頼む!噺、この通りだ!」

 

「いや、喧嘩なんでゴメンだよ。僕を何でも屋と勘違いしてない?」

 

 

 体術……と言うより喧嘩術が必要な面倒事だ。

 なんでも、他校の生徒がこの学校の生徒に手を出したらしく、それの制裁に行くとのこと。

 彼からしたら、ただただ他人に暴力を振るうなんて御免こうむる。

 だからこそ、断ろうとしたのだが──

 

 

「女子生徒を強姦したって噂もある。……妹や清水さんが巻き込まれたら溜まったもんじゃないだろ?」

 

「脅しか?」

 

「違うよ。噂を言っただけだ。……まぁ、噂の真相は強姦未遂だったらしいけど。」

 

 

 そう言われたら、断ることなどできない。

 誠袈や淑に被害が及んだら……自分は冷静ではいられないと分かっているから。

 しかし、受験生の身分である二人が、表立って面倒事を起こすのは不味い。

 下手を打てば進学に大きなハンデを喰らうことになる。

 

 

 ハイリスクローリターンにしか見えないが、まだ十ヶ月ほどある中学校生活を安全にするためには仕方がない。

 ましてや、この学校には彼の助けた人が多く存在する。

 折角助けて笑顔になれた人に傷ついて欲しくない。

 彼がその答えに至るのは当然の結果なのだ。

 

 

「……分かったよ。やればいいんだろ?」

 

「助かった。喧嘩しに行くって言っても、噺は数合わせみたいなもんだ。怪我はしないよう気を付けろ。」

 

「喧嘩じゃなくて、勝負とかで決着をつけてくれればいいのに。」

 

 

 勝負だったらそこまで荒事にならず、勝ち負けを決めてすぐに済む。

 結局、中学生にそこまでの自制心がないため喧嘩になってしまうのだ。

 

 

 傷なんてつけて家に帰った日には、緩和と誠袈に心配されて、正の説教地獄は確定だ。

 …それに加えて、翌日になったら淑にまで色々と心配されるだろう。

 

 

「はぁ、早く行こう。やりたくないけど、正当防衛だ。」

 

「案外黒いよなぁ、お前って。」

 

「黒くない。先に手を出した方がわ──」

 

 

 スクールバックからスマホの通知音が聞こえた噺は、話を中断しスマホを取り出した。

 学校を出て間もないため先生に見つかると怒られるかもしれないが、緊急の連絡だった場合は返信を返さないといけない。

 通知を確認すると、Mebiusのメッセージだった。

 相手は──

 

 

「……緊急事態だ。急がないと不味いかも。」

 

「は?どうしたんだよ?」

 

「……敬が言ってた他校の連中に誠袈が捕まった。軽井坂さんも巻き込まれたかもしれない。」

 

「なるほど…。急ぐか!場所調べてくれ。」

 

「とっくにやってるよ。」

 

 

 誠袈のスマホにはGPSを正と緩和が付けたので、噺にも見ようと思えば見ることが出来る。

 事実、彼は手早く指を動かして場所を調べる事が出来ていた。

 

 

「他校の中にそのまま連れ込んでる。単純で助かったよ。」

 

「他校に殴り込みに行くのは嫌だが、妹の迎えならしょうがないよな?」

 

 

 中学生とは思えないあくどい笑みの友人を見て、噺は少しだけ関係を切ろうか悩んだ。

 

 ──────────

 

 どうにも、他校の生徒は二人ペアで行動を起こしている、と言う情報を走りながら教えられ、ようやく噺は敬が自分に頼み込んだ意味が分かった。

 彼も彼で友人は多く居るが、迷惑掛けても良い友人は噺しか居ないのだろう。

 嬉しいような、悲しいような、そんな中途半端な感情を持って他校に到着。

 

 

 GPSの位置情報に従い、場所に向かう。

 たどり着いた先は──

 

 

「体育館倉庫…か。鉄板ちゃあ鉄板だなぁ。」

 

「話はあと、中に入る。」

 

 

 扉には鍵がかけられていなかった。

 …噺はなんとなく、彼らの一度目の強姦が未遂に終わったのか分かった気がした。

 中に入ると、そこには案の定誠袈と明がマットの上で犯人たちに馬乗りされている。

 

 

「だ、誰だ!」

 

「その二人の兄貴だよ。」

 

「妹を返してもらうぞ。」

 

「行くぞ!(たけし)!」

 

「任せとけ!(けん)

 

 

 大柄な坊主の剛と金髪で耳にピアスを付けた健。

 噺は取り敢えず、誠袈に馬乗りになっていた剛の鳩尾に一発入れることを決意し、彼の大振りな拳をしゃがんで躱した。

 その後は、綺麗に鳩尾にグーパンチを打ち込み一発KO。

 敬に至っては、相手の拳が届く前に蹴りを股間に入れてダウンさせていた。

 

 

(……この人たちが強姦未遂で終わった話、やっぱりなんとなく分かるな。)

 

「さぁて、大丈夫か二人共〜。」

 

 

 態と明るい口調で言う敬に感謝しつつ、噺も誠袈の元に駆け寄る。

 腕には真っ赤な手形が着いていた。

 恐らく、無理矢理連れてきた跡だ。

 誠袈には悪いと思ったが写真に収めて四人はその場を後にした。

 誠袈と明は帰る途中ずっと泣いていて、それを慰めるように敬と噺が明るく振舞った。

 

 

 手遅れにならずに済んだようだが、中々に心の傷が深くできてしまったようだ。

 心の傷は簡単には治すことは難しい。

 少なくとも、数ヶ月単位で一緒に帰ることは確約された。

 

 

 誠袈も家に帰った頃には泣き止んでいて、彼は正と緩和に事情を話して事後処理を頼んだ。

 久しぶりに本気で怒った緩和を噺は見たが……もう二度と見たくないと心から思った。

 

 

 風呂や食事を済ませた後、噺の部屋で二人はベットに腰掛けていた。

 お互いに何も言わず、無言の時が流れる。

 彼女は彼の裾をそっと掴む。

 掴む手は震えていて、噺にも分かるくらいだった。

 頭を撫でるだけじゃ、きっと落ち着かない。

 

 

 直感的にそう感じとった彼は、優しく包み込むように抱きしめた。

 抱きしめながら、いつものように優しくおっとりとした声音で話しかける。

 

 

「…遅くなってごめんね。」

 

「兄さんの所為じゃ……。」

 

「それでも謝りたいんだ。」

 

「……なら、頭も撫でて下さい。」

 

「分かったよ。」

 

 

 朗らかに笑う噺。

 それを見ていると、誠袈は心にあった傷が塞がっていくのを感じた。

 今日もまた、兄である噺の凄さを気付かされる。

 

 

「…兄さん…私、兄さんと兄妹で良かったです。だって、こうやって兄さんの一番近くに居られるから。」

 

「…なんか、正面から言われると照れるね。」

 

「…私のこと、好きになってくれても良いんですよ?」

 

「元々大好きだよ。好感度に上限があったらカンストしてる。」

 

「っ〜~〜!!やっぱりズルいです!!」

 

 

 その日も、噺はいつもと変わらず胸をポカポカと殴られたが、誠袈の笑顔が見られたので良しとした。

 事件は起こるが日常は続く。

 

 

 ……明日は面倒事が怒らないことを祈って、彼は枕に頭を乗せた。

 

 

 




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十七噺「眼鏡を掛けてもバカはバカ」

 ──────────

 

「『時計』、『テーブル』、『眼鏡』」

 

 ──────────

 

 先日の事件からはや二日。

 六月も中頃と言うことで、七月頭にある期末試験に向けて勉強会を開いた。

 前回の参加者に加えて、風輝も乱入参加したため急遽場所を変更し、学校の図書室で行うことに。

 

 

 丁度六人なので、長方形のテーブルに男女別れて座る。

 入口側が男子で、噺・風輝・敬。

 窓側が女子で、誠袈・淑・明。

 淑と風輝が真ん中になった理由は単純で、二人共教えるのが上手く頭がいいからだ。

 

 

「風輝。ここどうすりゃいいんだ?」

 

「ああ、そこかぁ。この間た習った公式で…。」

 

「公式がわからん。」

 

「お前さぁ〜。はぁ、教えるから教科書見ろ。」

 

「ホイホイ〜。」

 

 

 眉間に青筋を浮かべながら教える風輝を見てると申し訳ない気持ちになる噺だったが、なんだかんだ言って怒らないのは優しさなんだろうなと思った。

 その姿を見てしまったら、彼は手を抜く訳にはいかない。

 ノートを見返し、ワークを着々と進めていく。

 

 

 言い忘れていたが、風輝の学年順位は一位。

 淑も頭は良いはずだが、風輝は一年から一位を独占してきた。

 彼が一位から落ちたことを誰も見たことがない。

 それでいて運動もそれなりに出来るのだから、モテない筈がなく男女問わず告白をされることが絶えないとか……

 

 

「清水さん。悪いんだけどここ…。」

 

「それですか?それだったら、確かこの公式の応用ですよ。先生もふんわりと言っていました。」

 

「マジかぁ、聴き逃しちゃってたかも。ありがと、清水さん。」

 

「いえいえ。」

 

 

 勉強会が進む中、明は眠いのか欠伸をしながらワークに向かう。

 だが、睡魔には勝てず数分も経たない内にワークに覆い被さるようにして眠ってしまった。

 寝顔は可愛いものだが、いつまでも寝かせる訳にはいかないので淑は少し肩を揺さぶる。

 

 

「軽井坂さん?起きてください。勉強しないと…。」

 

「…淑先輩、私に任せて勉強を続けてください。」

 

「で、でも…。」

 

「大丈夫ですから。」

 

 

 噺に似て朗らかな笑顔の筈なのに、その裏から漏れでる怒りの感情がオーラのように見える。

 誠袈は腕を高く上げて拳を握ると、それを思いっきり振り下ろした。

 流石の淑もこれは見過ごせず止めようとしたが、噺が目線で止めなくていいと訴えてくる。

 

 

 刻一刻と迫る拳──それは当たる直前で突然減速し、握った拳を開きのろのろとした動きで優しく明の頭に振り下ろした。

 所謂チョップである。

 しかも、当たっても衝撃を感じるだけで全く持って痛くない。

 

 

「んぁあ。はっ!今何時?」

 

「まだ勉強会が始まって二〇分も経ってないよ。…先輩たちが真面目に勉強してるんだから、私たちだってちゃんとやらないと。」

 

「えぇ〜。だって、眠いし。」

 

「だってじゃないの。昨日夜中までゲームやってた明が悪いんだよ?」

 

「うぅ。それを言われたら何も言い返せないぃ。」

 

 

 このようなやり取りをしながら、五時までの間勉強会が行われた。

 

 ──────────

 

 意識を目の前のワークから少し逸らして時計を見やる。

 五時を回ったことを確認すると、噺は周りで勉強をしている全員の手を止めさせた。

 一時間半は勉強しっぱなしだ、少々休憩を取るべきだろう。

 そうでなくても、こまめな息抜きは必要だ。

 

 

「ちょっと休憩にしよう。」

 

「噺に賛成だ。バカの相手は疲れた。」

 

「はぁ、バカって言うなよ!まだ下には三〇人くらい居るぞ。」

 

「そうやって下を見てる所が既におバカなんだよお兄。」

 

「まぁ、そうかもしれませんね。」

 

「ま、まぁまぁ。休憩するんだったら、なにか楽しい話題の方が。」

 

 

 淑が話題を変えるようにやんわり促すと、噺は勉強会が始まってからずっと気になっていたことを風輝に聞いた。

 

 

「ねぇ、風輝。君って目が悪かったっけ?」

 

「あぁ。この眼鏡のことか?伊達だよ伊達。眼鏡かけてる方が集中出来るし、なんか頭良く見えるだろ?」

 

「君、さっきの敬に言ったバカ発言がそのままブーメランで返ってきてるぞ。」

 

 

 天然混じりな回答に呆れつつも、彼はクスリと笑ってしまった。

 風輝はそれを見ながら、ふとこう思った。

 

 

『敬や噺に掛けさせたら面白いんじゃないか?』

 

 

 早速実行するため、敬に眼鏡を手渡した。

 

 

「敬、掛けてみなよ。」

 

「俺がか?別にいいけど。」

 

 

 嫌そうな顔をした敬も、別段なにか不都合がある訳でもないので仕方ないと言った様子で眼鏡をかけた。

 しかし、彼に眼鏡は絶望的に合っていなかったのだ。

 残念感が半端ではなく、淑でさえ口を抑えて笑っている。

 

 

「お前、絶望的に眼鏡が合わねぇな。」

 

「お前が掛けさせたんだろうが!!」

 

「あなた達!静かにしないさい!!」

 

 

 司書さんの怒声でその場が静まり返る。

 …数秒後、全員が頭を下げて話題を続けた。

 今度は出来るだけ声を抑えて。

 

 

「噺、頼む。」

 

「お願いしなくても、僕も掛けてみたかったから良いよ。」

 

 

 噺は最初から特に嫌がる様子はなく、歳相応の子供のような反応で眼鏡をかける。

 そして、眼鏡を掛けた彼は……至って変わらなかった。

 …いや、普段から掛けているのかと見間違うレベルで似合っていた。

 

 

「噺は、まぁ。なんとなくこうなるって分かってた。」

 

「えっ?僕そんなに似合ってない?」

 

「いえ、似合い過ぎて普段からかけているのかと疑うレベルです。淑先輩もそう思いますよね?」

 

「う、うん。何だか自然な感じがして良いと思うよ。」

 

「お兄がダメすぎるだけで、お兄さんは似合ってますね。」

 

「クソッ。妹すら俺に冷たい……。」

 

 

 一人ふてくされてる敬を置いて、話が進み。

 写真を撮って見せることになり、淑と誠袈が同時にスマホを取り出した。

 校内だが、放課後でしかも図書室。

 先生の見回りなんてないし、司書さんも静かにしてるなら何も言わない。

 

 

 そこで、二人の少女間でプチ事件が起こった。

 お互いのロック画面の壁紙である。

 誠袈は前に撮った噺の可愛い寝顔。

 淑は写真撮影の時に態々スマホで撮ってもらった一枚。

 

 

 運悪く、二人はお互いの壁紙を見てしまった。

 ……そして思ってしまったのだ。

 

 

『あの写真…欲しい!』

 

 

 アイコンタクトで即座に相互確認を行う。

 

 

(私は浅井くん単品の写真を。)

 

(私は兄さんの寝顔で一番良いやつを。)

 

 

 Mebiusを開いて、目にも止まらぬ早業で写真を送信し送られてきた写真を確認する。

 その後はお互いに握手を交わした。

 

 

 目の前でその光景を見ていた四人は何が何だかわからなかったが、どうしてか約三人は薄らとやり取りの内容に想像がついた。

 

 

「……取り敢えず、写真はいいや。」

 

「いいえ、撮ります。」

「ダメです、きちんと確認しないと。」

 

 

 何故か息の合う二人に驚く噺だったが、写真を撮ること自体はすぐに終わったので確認をさせてもらった。

 空いた時間が暇だった明は眼鏡を風輝から借りて遊んでいると、誠袈もそれに混ざろうとしていた。

 

 

「明、私にも少し。」

 

「いや、誠袈と清水さんは掛けなくても大丈夫でしょ。」

 

「?いきなりどうしたの兄さん?」

 

「軽井坂さんにも言えるけど、元々可愛い子が眼鏡掛けたら更に可愛くなるってのは迷信だよ。だって素で可愛いんだから、変わりようがない。敬みたいには普通ならないからね。」

 

 

 サラリとそう言う噺に対し、誠袈と淑は悶え。

 敬や風輝、明は呆れた顔をしていた。

 …風輝が天然バカなら、噺は天然たらしである。

 しかも、女たらしとかではなく人たらしだからよけいタチが悪い。

 二人が悶えている間に、風輝が話題を変えた。

 

 

「そう言えば、噺。お前のファンクラブがあるらしいぞ?」

 

「ん?んん??ファンクラブって僕が想像してるファンクラブで合ってる?」

 

「あ〜、八割がた合ってるんじゃね?お前って不細工な訳じゃないし、誰にも大抵分け隔てなく接するだろう?人助けしてるのもよく見かけるからな、それで好きになったって奴結構居るんだぜ?」

 

「だ、だったら、清水さんの方が──」

 

「いや、清水のはもう在る。大体、黒髪清純美少女とか、片目隠れとか、属性盛られまくってるだろ。……オレも大概だけどさぁ。」

 

 

 噺はこの日から、偶に感じていた視線に不快感を持つことがなくなったらしい。

 ただの勉強会だったのに、途中から道が逸れてしまった。

 けれど、彼らはこの時間が無駄ではないと心の底から信じている。

 

 

 因みに、誠袈のファンクラブもあったらしいが、それを知るのはまた別のお話。

 




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十八噺「誕生日に願う事」

 なんやかんや初めて誕生日が判明したのは誠袈ちゃん。


 ──────────

 

「『カレンダー』、『ストロー』、『しるし』」

 

 ──────────

 

 しるし、色々な漢字で表すことが出来るが、みなさんが良く使うのは印だと思われる。

 そして、誕生日。

 一年に一度来る、対象の人物が誕生した日。

 

 

 噺の部屋に掛けてあるカレンダーには、六月十七日の今日に印が着いている。

 花丸で日付に印をして、その下の余白に誠袈の誕生日と書かれている。

 

 

 だか、特に変わった様子はなく、彼は自室の机でワークを開いて進めていた。

 難しい問題を見て唸ったり、ようやく解けたことに歓喜したりと、感情をコロコロ変化させていた。

 

 

 そんな彼の自室のドアが規則正しく叩かれる。

 もしかしなくても誠袈だろう。

 

 

「入っていいですか兄さん?」

 

「どうぞ〜。」

 

 

 間延びした声で返事をして、誠袈を中に入れる。

 誠袈は部屋着ではなく、外出用の服に着替えていた。

 その事に触れようとした時、彼女は頬を少し赤く染めながら叫ぶように言った。

 

 

「に、兄さん!私と、タピオカミルクティー飲みに行きませんか?」

 

「……は?」

 

「は?って。今日は私の誕生日じゃないですか。だったら、お願いくらい聞いてください。」

 

「いや、そこには全然文句ないよ。何でタピオカミルクティーなのかなぁ〜って。」

 

「……明が飲んでないのは損してるって言われまして、試しにと。」

 

 

 ……きっと軽井坂さんの話に合わせてあげたいんだな、と思った噺は快く引き受けた。

 誠袈に先に下に行くように伝えて、ブラウンのショルダーバックに財布とスマホを放り込んだ。

 その後は適当な服に着替えて下に行く。

 

 

 なんだかんだ言って楽しみなのか、誠袈はソワソワした様子で玄関に待機していた。

 歳頃の少女らしい(誠袈)の反応にクスリと笑を零し、手を取って外に出た。

 

 

「暑いねぇ。帽子くらい被ったら?」

 

「大丈夫ですよ。これくらい。」

 

 

 そう言う彼女の服は、白を基調とした青い水玉模様があるワンピース一枚で、とても涼しそうだ。

 先程とは打って変わって、見栄を張るように笑う誠袈に呆れつつも玄関に戻り、置いてあった麦わら帽子を取って優しく被せた。

 

 

「誠袈に倒れられたら僕は冷静じゃいられない。諦めてそれは被ってくれ。」

 

「…むぅ。」

 

 

 噺は、頬を膨らませてあからさまに拗ねる彼女の手を優しく握り直し歩き出す。

 燦燦と降り注ぐ太陽の光に内心怒りが湧いてくるが、大切な妹の誕生日が雨でないことに感謝した。

 遠くの道に陽炎が見えることから、夏本番に入りつつあることが伺える。

 

 

 AONまでの道のりの中、彼は先程の感謝を取り消そうか本気で悩んでいた。

 

 ──────────

 

 ショッピングモール内にあるカフェには、タピオカミルクティーを扱っている場所があるのでそこに行った。

 店内は賑わっており、殆どの席が埋まっている。

 何とか誠袈に二人席を確保してもらい、噺が注文をする事になった。

 

 

「ご注文をどうぞ。」

 

「ええと、タピオカミルクティーのMとアイスミルクティーのMを一つずつお願いします。」

 

「かしこまりました。右側にズレて少々お待ち下さい。」

 

 

 十分ほどでトレーと一緒にカップが渡され、誠袈の座っている席に向かった。

 彼女は噺が持ってきたタピオカミルクティーを見ると、キラキラと瞳を輝かせる。

 いつものキリッとした凛々しさのある表情はどこえやら。

 

 

 彼の目の前にいるのは、ちょっとだけ流行に遅れ気味な可愛らしい少女だ。

 テーブルにトレーを置くと神がかり的な速さでカップを取って、ストローを吸う。

 一口飲むとたちまち笑顔になり、止まらず吸い続けた。

 

 

 半分ほど飲んでようやく落ち着いたのか、噺に話しかける。

 

 

「兄さん兄さん!これ、すっごく美味しいですよ。兄さんも飲んでみて下さい。」

 

「僕はちょっと…。」

 

「…いや…ですか?」

 

 

 上目遣いで見つめる誠袈。

 うるうるとさせた瞳から、今にも涙が零れ落ちそうになるのを必死に止めるため、言葉を矢次に口から出した。

 

 

「飲む、飲むから!そんな顔しないで。ちゃんとお願い聞くから!」

 

「本当ですか!!やったぁ!」

 

 

 彼女の喜ぶ姿を見るとどこまでも許せてしまう自分を殴りたくなったが、致し方ない。

 噺は覚悟を決めて、誠袈からカップを受け取りストローに口を付けた。

 チュウチュウと中のタピオカも一緒に飲んでいく。

 

 

 普通のミルクティーとどこか違う、若干癖になりそうな味。

 ……見た目の所為で敬遠していたが、今後は飲むのも悪くないかもしれない。

 彼は純粋にそう思った。

 

 

「…誠袈の言う通りだ。本当に美味しいね。」

 

「ですよね!私、大好きになっちゃいました。」

 

「そりゃあ良かったよ。」

 

「……でも、よくよく考えたら。これって間接キス…ですよね?」

 

「……っ〜〜~〜!!…ああ!もうやめやめ!」

 

 

 首を横に振って気を紛らわす噺に対して、誠袈は気恥しそうにストローに口を付けた。

 ……先程まで大好きな人()が口に付けていたもの。

 

 

(これを、さっきまで兄さんが……。そう言うば…あの時も……。)

 

 

 ブシュ!と音を立てて頭を沸騰させた誠袈は、椅子に座りながら気を失ってしまった。

 

 

「ちょっ!?誠袈、誠袈!」

 

 

 運良く近くに看護師のお客さんが居たため、重症ではないことが分かり、尚且つ彼女が寝不足なことも分かったので噺は誠袈をおぶって即座に帰宅した。

 最近、程よく成長してきた女性的な部分に四苦八苦したが、何とか無事に家までたどり着いた。

 

 

「あらぁ、何があったの?」

 

「…特には何も。部屋までおぶっていくから、お母さんは冷たい飲み物でも持ってきて。」

 

「はいはい。ああ、その子が起きたら今日はお寿司って伝えといてあげてね?」

 

「了解。」

 

 

 噺は階段を上がって、自分の部屋の隣にある誠袈の部屋に入る。

 女の子女の子している部屋ではないが、清潔感がありしっかりと女の子らしい物もある。

 ベットに彼女を寝かせた後、一度自室に戻りある物を持ってくる。

 手のひらサイズの小さなぬいぐるみ。

 某夢の国を彷彿とさせるクマのぬいぐるみだ。

 

 

 黄色い毛並みが不自然に思える者も居るだろうが、彼は案外可愛いと思っている。

 持ってきたぬいぐるみに折り畳んだ手紙を持たせて、枕元に置く。

 その後は、彼女のベットの脇に腰を下ろし目を瞑った。

 目の前で読まれるのはさすがに恥かしいのか、態と寝た。

 

 

 彼女が手紙をちゃんと読み終わるその時まで。

 

 ──────────

 

 帰ってきてから一時間弱、誠袈は目を覚ますと同時に枕元にぬいぐるみがあることに気付いた。

 そのぬいぐるみが手紙を持っていることにも。

 

 

『誠袈へ

 誕生日おめでとう、君が妹として産まれてきたことがとても嬉しいです。』

 

 

 この書き出しから始まり、恥ずかしいような内容がつらつらと書かれていた。

 ……最後に。

 

 

『答えはしっかりと出す。それまで待って欲しい。

            優柔不断な兄より。』

 

「兄さん。……うん。待つよ、私待つから。だから、間違えないでね?」

 

 

 その言葉に応える者は居ない。

 …一人居るが応えようとしない。

 誠袈の十四歳の誕生日、それは忘れられないものとなった。

 

 

 良い意味でも、悪い意味でも。

 




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十九噺「蝋燭の火は温かい」

 ──────────

 

「『君』、『蝋燭(ろうそく)』、『風』」

 

 ──────────

 

 誠袈の誕生日から一日…正確にはもう二日目に突入している。

 時刻は午前一時過ぎ、彼女の誕生日が土曜日だったこともあり今日は月曜日。

 なら何故、こんな時間に噺は起きているのか?

 理由は単純、眠れないからである。

 

 

 疲れていない訳ではない、むしろ試験勉強のために机に向かいっぱなしだったので、疲れは溜まっているはずなのだ。

 けれど、噺は眠れなかった。

 理由は特になくて、ただただ眠れないのである。

 

 

 最初の数分は目を瞑っていれば何時か眠れると思っていたが、そうそう現実は甘くなくちっとも眠気が襲ってこない。

 結局、眠ることが出来ないので諦めて勉強している。

 部屋には誠袈も居るので電気は付けられない、彼は泣く泣く非常用と部屋に置かれていた蝋燭を使っていた。

 

 

 明かりなんて電球が当たり前の彼らからしたら、蝋燭なんて前時代の遺物に等しいが噺はそれが嫌いではなかった。

 心許なく見えるが、必死に辺りを照らそうとしている火の様子は少しだけ心が和んだ。

 

 

 一瞬、光のことを思い出して、すぐに思考を放り捨てる。

 ……何時の時だったか忘れてしまったが、彼女もこの蝋燭に対して同じ事を言っていた。

 もっと評価されるべきだと、そう言っていた。

 

 

 今でも災害時には重宝し、これが一つあるだけで命が助かる可能性も零ではない。

 

 

「………………。」

 

 

 カリカリとシャーペンを動かして、以前配られた対策プリントの問題を解き進める。

 聞こえる音といえば、扇風機が風を送り出すために出す機械音や、シャーペンで文字を書く時に出る音のみ。

 

 

 夏も本番に迫りつつあるこの時期に扇風機は必須。

 蝋燭を付けているので、誠袈が眠っているベットの方にしか首が向かないようにしている。

 

 

 妹を思いやる兄の心の現われか、噺は極力音を出さずに勉強をしていたつもりだったが、それでも少し音は出てしまう。

 モゾモゾと掛けてあった夏用の掛け布団を退かし、目を擦りながら誠袈が体を起こした。

 

 

「兄…さん?どうしたんでひゅか?こんなよにゃかに。」

 

「…ふふっ。眠れなくてさ、暇だったから勉強でもしようかな〜って。」

 

「そうでしゅか。でも、ねにゃいとダメです。ベットにはいってくだしゃい。」

 

「…うん。そうしようかな。ごめんね、君を起こすつもりはなかったんだ。」

 

「君っていわにゃいでください。わたしのなまえはきよかでしゅ。」

 

 

 夢の世界に片脚を突っ込んだままだったらしく、呂律が回っていない。

 噛んでいるような喋り方は少し可愛いので、噺は録音すれば良かったと後悔した。

 

 

「分かったよ。誠袈。」

 

「それでいいんでしゅ。よくできましたね、兄さん。」

 

「っ〜〜〜!」

 

 

 …褒め方の効果をは抜群だったらしい、顔を赤くしながらもベットに入る。

 その後は誠袈に抱き枕にされながら、なんとか眠りに付けそうだった彼だったが……ふとある事を思い出した。

 

 

(……そう言えば、いつから君って呼んでたっけ?)

 

 

 人の呼称など幾らでもある。

『お前』、『あなた・あんた』、『君』、少ない例えになるがこれくらいだ。

 他にも色々とある。

 普通、学生の二人称は『お前』か『あなた・あんた』だろう。

 だが、彼は『君』を良く使う。

 

 

 …あまり思い出したくないこともあるが、噺は過去を振り返った。

 その中で、どのタイミングで『君』を使い始めたのか?

 答えなど簡単に分かる筈──だった。

 

 

 しかし、幾ら過去を振り返っても、一向に見つからない。

 保育園までの時代は『お前』を良く使ってた記憶があるのに、何故かその後の小学校時代には『君』に変わっている。

 保育園卒園後から小学校入学前に変わったのは分かったが、変わった時に起こった事を思い出せなかった。

 

 

(……何時か思い出すか。今は寝よう、試験も近いし。)

 

 

 彼も気になったが、それ以上深く考えることはなく眠りに落ちた。

 

 ──────────

 

 緩和は一人、一階のリビングで古いアルバムを見ていた。

 丁度、保育園卒園から小学校入学までの写真が入っている。

 その中の一枚に、噺と一緒にある少女が写っていた。

 腰まで伸びている夜空色の髪に琥珀色の瞳。

 ……胸には清水とひらがなで書かれた名札が着いている。

 

 

「お互い、いつ気づくのからしねぇ。」

 

 

 彼女はクスクスと微笑みながら、次のページをめくる。

 この事実に二人が気付くのはもう少しだけ先のお話。

 

 




 ありきたりな展開だと思ったじゃろ?
 その通りじゃ。


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二十噺「運命を嫌う」

 今回の話は私自身もよく分かっていないので、頭を空っぽにして読んでください。


 ──────────

 

「『運命』、『許容』、『嫌悪』」

 

 ──────────

 

 運命、それは奇跡を持ってしても変えられるか分からない定められた事象。

 

 

「浅井くん。運命って信じますか?」

 

「…藪から棒にどうしたの?」

 

「いえ、先日見たテレビの中で……。」

 

 

 話を聞くに、巡り会いや別れは元々決まった運命だったのではないか?

 と言うファンダジーなテレビ番組を見たらしい。

 …運命、噺は少しだけ悲しそうな顔をして呟いた。

 

 

「…あるのかもね。…でも、僕はそれを許容することは……許すことは出来ない。」

 

「死…それさえも勝手に決められるから…ですか?」

 

「そうだね。…だって、目の前に助けられる命があるのに、その命はそこで終わることが運命なんだって……僕は認められない。」

 

 

 彼は運命の有無を否定しない。

 有るかもしれないし、無いかもしれない。

 別にそんなのどうだっていいのだ。

 ただ、誰かを助けられなかったことを、誰かの死を運命の一言で片付けることを彼は許容できない。

 

 

 もしそれが出来てしまったら……

 

 

「私は有って欲しいと思いますよ。だって、浅井くんや皆さんとあったのが運命だったら、とっても素敵じゃないですか。」

 

 

 雰囲気を明るいものにするために、淑は笑いながら言う。

 それに釣られて、噺もクスリと笑を零した。

 彼は運命を許容できない、彼は運命を嫌悪する。

 

 

 助けられなかった彼女の命が……あれはしようがない事だったの一言で片付いて欲しくないから。

 自分の不甲斐なさを運命で片付ける逃げをしたくないから。

 だからこそ、彼は運命を嫌悪する。

 

 

 でも、淑と出会った事が運命だったなら……それは喜ばしいことで、光との出会いも運命だったなら……

 

 

「清水さんの意見に共感できる部分はいっぱいあるね。」

 

 

 上から目線のようで違う。

 運命を許容しているようで違う。

 運命を嫌悪していないようで違う。

 

 

 今までの出会いが運命だったなら、それを素敵なことだと思うだけ。

 決して許容しないし、嫌悪し続ける。

 

 

「……私、頑張ります!浅井くんが心の底から運命って言う言葉が好きになれるように。」

 

「ありがとう清水さん。…やっぱり清水さんは優しいよ。僕の何倍も。」

 

「えっ?そうですか?私はそんなことないと思うんですけど。」

 

 

 帰り道、六月も下旬に突入し、太陽は六時を超えても仕事をやめない。

 夕焼けを眺めながら、二人は近くの公園に立ち寄った。

 理由があった訳ではない。

 なんとなく、それだけだ。

 

 

 ブランコをこぎながら、話を続けた。

 

 

「童話の結末に疑問を持ったことってありますか?」

 

「童話の結末に?」

 

「はい。童話の結末って色々あるじゃないですか?でも、それって作者が決めた定め。童話の中の登場人物たちにとっては、運命とも言えると思うんです。」

 

「なるほど…。」

 

 

 童話の結末。

 噺が思い浮かぶものは大抵がいい終わり方をしている。

 結末に対する疑問、そんなの簡単には──

 

 

「あっ。」

 

「何か思いつきましたか?」

 

「…一応。アリとキリギリス…かな。」

 

「それって確か、最後は夏の間に食糧を貯めていなかったキリギリスが、冬を越す食糧をアリに貰って終わるんじゃ…。」

 

「ざっくり言えばそうだけど、違う結末もあるんだよ。…働いてなかった君たちの自業自得だって感じで、アリがキリギリスに食糧を上げず。キリギリスは死んでしまうんだ。」

 

 

 アリが悪いように聞こえるが、物語上キリギリスの自業自得なのだ。

 夏を歌って過ごしていたのだから仕方がない。

 だが、噺は疑問に感じた。

 食糧を与えて見返りでも要求すれば良かったのではないか?

 腹黒い考え方かもしれないが、余裕があるならそうするべきだ。

 

 

 結末が二パターンあり、その内の一つでは諭して食料を与えた。

 利用しようと思えば出来た。

 それをしなかった理由は?

 

 

 ケチだっから?

 違う、それならさっきも言った通り利用した方が得が大きい。

 

 

 食糧が少なかったから?

 これの可能性もある…が、キリギリス一匹に賄えないことなどない。

 それなりに余裕を持っている筈だ。

 

 

 キリギリスのことが嫌いだったから?

 違う、バイオリンを弾いていたキリギリスを知っているのだから嫌いなわけではない。

 嫌いだったなら、嫌味を言う前に追い返すだろう。

 

 

「何で助けてあげなかったのか?それに疑問を持ったことがあったかな。」

 

「へぇ〜。私は全然知りませんでした。」

 

「そっか、じゃあさ清水さんはどう思う?」

 

「私……ですか?」

 

「うん。」

 

 

 乱雑にも見える返し、だが噺は単純に淑の意見を聞きたかった。

 淑の考えたことを教えて欲しかった。

 少し震えた唇から、小さい声で言葉を紡いだ。

 

 

「キリギリスのことが好きだっから…じゃないですか?」

 

「好きだっから…どうしてそう思うの?」

 

「…自分でもよく分かりません。ただ、嫌いな訳じゃないと思うんです。だから、何かがあったんじゃないかと。」

 

 

 あやふやでふんわりとした意見。

 雲を掴むような、そんな感覚。

 

 

「!私の妄想でよければ聞いてください。」

 

「良いけど……。」

 

「食糧が少しだけ足りなくなってしまったんじゃないでしょか?余裕を持って食糧を取っていたけど少しだけ足りなくなってしまって、冬の寒い中食糧を見つけに行こうとするアリを止めるためにキリギリスが断った……とか?」

 

 

 ありえない、そう言いきれないのが物語の嫌な所だ。

 作者の裏事情など分かりはしない。

 けれど、こうやって話をするのは嫌いではない。

 運命(結末)をどう読み解くかなど、読み手しだいだ。

 

 

「ふふっ、清水さんは面白いね。……凄くいいと思う。」

 

 

 笑う噺。

 淑は彼が運命と言う言葉を好きになれるまで、隣に居たいと思った。

 

 




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二十一噺「梅雨の雨は、時たま鬱陶しい」

 ──────────

 

「『靴』、『傘』、『寄り道』」

 

 ──────────

 

 六月も終わりに差し掛かったある日の朝。

 珍しく朝から会った噺と淑は一緒に登校していた。

 試験勉強のために色々と持ち帰っている所為で重く感じるスクールバックを片手に、淑と水溜まりが所々にある道路を歩く。

 

 

 梅雨の真っ只中のため昨日も土砂降りに近く、雨を鬱陶しいと感じたのも懐かしくない話だ。

 今は快晴だが、帰る頃にはまた降っているだろう。

 そう思うと気分が落ちる。

 

 

 ふと、気分と同時に落ちた視線が淑の靴を見た。

 新しく買い替えたのかピカピカで、彼女も出来るだけ水溜まりを避けているようだ。

 

 

「靴、変えたの?」

 

「…そうなんですよ。昨日まで履いていた靴が随分ボロボロで、挙句濡れてビショビショだったので…。」

 

「そっかぁ。帰りも雨だから気をつけて帰らないとね。」

 

「!?浅井くん!それってホントですか?」

 

「う、うん。天気予報で二時頃から雨だって…。」

 

「……ど、どうしましょう。私、昨日傘を壊してしまって。」

 

 

 この世の終わりみたいな顔をする淑。

 先程まて気分が落ちていた噺も、彼女を元に戻すために案を講じる。

 

 

(今から家に帰る?…いいやダメだ、時間が少し足りない。…同じく行きで買うにしても立ち寄ってる時間がない。…だったら!)

 

 

 彼女も自分も羞恥に耐えなければいけないが、案はそれ以外浮かばなかった。

 恐る恐る、淑に纏まった考えを提案する。

 

 

「あ、あのさ、僕の傘少し大きめなんだ。…一緒に入る?」

 

「へっ?」

 

「えっと、その、別に嫌だったらいいんだけど。」

 

「………………是非お願いします。」

 

 

 数秒ほど考えた淑の回答は、噺が予想していたものだった。

 彼女もズブ濡れでは帰りたくないだろう。

 それに…

 

 

(この時期は女子もワイシャツ登校…雨の所為で服が張り付いてしまう。……それだけは何としても回避させなければ。)

 

 

 何よりも彼は、淑の色々な意味での安否を優先していた。

 彼はまだ知らない、相合傘をする恥ずかしさを。

 

 ──────────

 

 放課後、学校からの帰り道を傘を差しながら歩く二人。

 大きめの真っ黒い傘に身を寄せあって入る。

 幾ら大きめとは言え、一人で入るには大きいだけで二人で入ったら少しどころか大変窮屈だ。

 噺が車道側に立ち、右に傘を持つ。

 スクールバックは背負うようにしょう。

 

 

 淑は顔を伏せながらスクールバックを正面に持つ。

 肩と肩が当たる距離、彼女の頭は湯気が出そうになるほど赤い。

 耳まで真っ赤に染まっており、茹でダコの仲間と間違われるレベルだ。

 高鳴る鼓動が隣に居る彼に聞こえていないか?

 淑にとってそれだけが何よりも心配だった。

 

 

 噺は噺で傘の外に左肩が出てしまっているので薄寒い。

 幸い、スクールバックはあまり濡れていないが……

 

 

(清水さんには悪いけど……もう少し寄せなきゃ。)

 

 

 中に入っている本や教科書類が濡れるのは不味い。

 一歩、淑の方に体を寄せる。

 ビクリと肩を震わせた彼女だったが、濡れた肩をチラリと見て大人しくなった。

 しかし────

 

 

「ごめんね清水さん。思ったより傘ちっちゃくて。」

 

「そんなことないです。元々悪いのは私なんですから謝らないで下さい。」

 

 

 平然を装い、淑も一歩体を寄せた。

 心臓の鼓動は高鳴るなんて生易しいものではなく、今にも破裂しそうな所まで到達している。

 想い寄せている異性との距離が近かったら、嫌でもこうなるのは必然だ。

 

 

 でも、淑は不思議とやめたいとは思わなかった。

 生殺しにも近いのに、それでも彼の近くに長く居たいと思った。

 膨らんだ気持ちが少しづつ彼女を変えていたのだ。

 

 

 恋は盲目、情緒不安定に見えるかもしれないが、これが恋をした少女の姿。

 

 

(家が……)

 

 

 遠目に家が見え始めた。

 あと五分もしない内に、この温かい時間が終わってしまう。

 

 

(何かしなくちゃ…!)

 

 

 迷惑だと分かっていても、想いを完全に無視するなんて出来やしない。

 淑は勇気を振り絞って、噺の制服の袖を引っ張り弱々しい声で呟いた。

 

 

「…浅井…くん。少しだけ、寄り道しませんか?」

 

「ちょっと濡れちゃうかもだけど、我慢出来る?」

 

 

 自身の言葉にコクリと頷くと淑を見て、苦笑しながら道を変える。

 偶にしか通らない道を抜けて、ある寂れた喫茶店に到着した。

 

 

「ここは?」

 

「昔見つけたんだ。穴場なんだよね、あんまり人が居ないからゆっくり喋れるよ。」

 

 

 そう言う寄り道じゃない、と言葉が出そうになるが抑えた。

 二人きりの時間が続くんだったらそれでいいと、そう思ったからだ。

 

 

「マスター、アイスティー二つお願いします。」

 

「かしこまりました。席はご自由に。」

 

 

 メニュー表を見ずに、噺が注文をした。

 何度も来たことがあるのか、慣れた手つきで席に淑を誘導し座らせる。

 壁や床が全て木で出来ていて、机や椅子も同様。

 薄暗いが落ち着いた雰囲気があり、大人向けの喫茶店にも見える。

 

 

「今日は、何を話そうか?」

 

「そうですね、こんなのはどうでしょう。────」

 

 

 この日、噺は約半年ぶりに喫茶『Downer(ダウナー)』に足を運んだ。

 久しぶりに来た店内は殆ど変わっていなくて、目の前に居る少女も良く来た友人と似ていた。

 

 

 喫茶店の名前の通り、ダウナーな気分になりかけている自分が居る。

 しかし、そんなことはさせないと言わんばかりに淑が輝いていた。

 本当に光っている訳ではなくて、心から自分との会話を楽しんでいる光景が輝いて見えたのだ。

 

 

 何故かは分からないが、また二人で来たいと彼らは同時にそう思った。

 

 




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二十二噺「チラつく影」

 ──────────

 

「『紫煙』、『屋上』、『水溜まり』」

 

 ──────────

 

 試験前日の放課後。

 噺は気分転換のために、学校の屋上に訪れていた。

 本来なら入ることは原則禁止されているが、教師との個人的なコネクションがあった彼は難無く鍵を借りることが出来た。

 

 

 屋上には所々に水溜りが出来ており、長居することは考えないようにした。

 最近は良く、光のことを思い出す。

 淑と時間を共にすればするほど、朝陽川光と言う少女の影が脳裏にチラつく。

 

 

 初めてしっかりと話をしたのは、この屋上だった。

 昼休み、いきなり教室に来たと思ったら、屋上まで連れていかれて話し込んだ。

 話した内容はたわいないものだった。

 その頃はまだ、彼女に苦手意識があったが会話の内容は覚えている。

 

 

 皮肉なことに、彼女との会話は覚えていても、彼女が苦しんでいたことは最後まで分からなかった。

 思い出す度に、自分の無力さを思い知る。

 吹っ切れた筈なのに、まだ心の片隅に彼女が居る。

 恋愛的な感情はなく、助けられなかったと言う後悔として……光は噺の中に居る。

 

 

「本当に君は、図々しいな。」

 

「そうッスね。私って案外図々しいっスよね。」

 

 

 一瞬、彼女の声が聞こえた。

 脊髄反射で辺りを見渡したが、屋上には人っ子一人いやしない。

 幻聴?

 そう疑ったが、幻聴ではなかった。

 確かに聞こえた……あれは間違いなく彼女の声だ。

 

 

 考え事をしている間に、隣に誰かが近寄って来た。

 それと同時に、紫煙が見えた。

 考えていた事を一旦頭の隅にに置き、噺は隣に近寄って来た人物を見る。

 剃っていない無精髭にボサボサの黒い髪、淀んだ青墨色の瞳はやる気のなさを際立たせていた。

 身長は170後半、体格も大分ガッチリしていて、何故かスーツではなくパーナーを着ている。

 

 

 教師歴が長くなればスーツなんて着ない人はざらに居る。

 現に、彼の学校では半数が落ち着いた私服だ。

 派手なものでなければどことなく許されている雰囲気がある。

 因みに、隣に居る先生は噺の担任であり、屋上の鍵を渡した人間でもある。

 名前は私道(しどう)道成(みちなり)

 

 

「生徒の手前でタバコを吸うのはどうかと思いますよ。しかも、凄く様になっているだけ、真似する生徒が出るかもしれません。」

 

「褒められてるってことでいいか?」

 

「そんなとこです。…分かってますよね?」

 

「冗談だよ。どうせ、お前はこんな事しないだろ?三年間担任持ってりゃ、お前のことは嫌でも分かる。広く浅く交友関係があり、本当に大切な奴とは深く関係を持つ。」

 

「それだと、僕が薄情な奴に聞こえるんですけど。」

 

 

 その言葉で気付いたのか、道成は悪い悪いと反省の色が全く見えない謝罪をする。

 呆れながらため息をして、噺は彼との会話を続けた。

 

 

「…明日から期末試験だが、大丈夫そうか?」

 

「ボチボチですかね。前よりは良くなるように努力してますよ。」

 

「お前は要領がいいからな、しっかりと勉強に取り組めれば順位を上げるなんて難しくない。……人助けはいいけど、勉強は疎かにするんじゃないぞ?」

 

「了解です。」

 

 

 水溜まりを踏まないように、屋上の扉まで歩いていく。

 扉に手をかけて帰ろうとした時、振り返って感謝の言葉を伝えた。

 

 

「屋上の鍵、ありがとうございました。」

 

 

 その後はさよならと言葉を残してその場を去った。

 残った道成は夕焼けを見ながらポツリと呟いた。

 

 

「……まだまだ、俺は教師として半人前だな。」

 

 

 彼の声には微かな後悔の色が見えた。

 悩みのある生徒から、それを引き出せないなんて……

 

 

 青春の一幕は閉じる。

 試験の結果は如何に。

 




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二十三噺「七夕の奇跡」

 ──────────

 

「『手紙』、『残像』、『花束』」

 

 ──────────

 

 テストが終わった翌日。

 彼の学校では順位を翌日に開示する。

 何でも、開校してからずっと続けていることらしく、やめるタイミングを見失ってしまったとか。

 

 

 端的に結果だけ言えば、順位は上がっていた。

 前回の四二位から五位上がり三七位。

 淑も二位に順位が上がっていた。

 噺としては、ここ二ヶ月交友を深めた友人の頭の良さに若干引きそうになる。

 

 

 殆どの時間を自分たちを教えることに費やしてくれてる彼女は、どうしたらそんな高順位を取れるのか?

 夏休みも始まるので時間が取れた日にでも聞こう、と思いある霊園の砂利道を歩く。

 

 

 歩くこと五分。

 朝陽川家と書かれた墓石の前で足を止めた。

 今日の日付は七月七日、七夕であり──朝陽川光の誕生日だ。

 彼女が好きだった向日葵(ひまわり)の花束を持って、彼はその場所を訪れた。

 

 

 墓石の周りを綺麗に掃除し、最後に墓石に水を掛ける。

 その後は持って来た向日葵の花束の何本かを花立に入れて、近況報告?のようなものをし始めた。

 

 

 ……光が亡くなってから、実に半年近くが経つ。

 噺は月命日にはここを訪れてどうでもいいことを話す。

 この日は誕生日ということもあってか、プレゼントまで持って来ていた。

 

 

「…はい、誕生日プレゼント。『誕生日にはこの玩具の指輪が欲しいっス!』って言われた時は、結構驚いたよ。」

 

 

 苦笑しながら、墓石の前に箱に入った玩具の指輪を置いた。

 ご丁寧に、箱までしっかり用意するのは彼らしいとも言える。

 ……だか、ここまで来て噺の瞳から一筋の涙が零れた。

 決壊寸前のダム、そんな比喩がぬるく感じる程の深い後悔。

 一度乗りこえて、最近また乗り越えた筈なのに……

 

 

「…誕生日、楽しみにしてるって……言ってたじゃないか!なのに…なんで…なんで…。」

 

 

 続く言葉が口から出ることは無かった。

 言える筈がない。

 何せ彼は気付けなかったのだから。

 だが……それ以上に彼は光の思いを尊重しているから。

 

 

「ホントすいませんっス。…て言うか、先輩って私の事めっちゃ好きじゃないっスか!?」

 

「!」

 

 

 屋上の一件から偶に聞こえていた彼女の声。

 以前と同じように辺りを見渡す。

 そして一瞬だけ、残像のように彼女の姿が視界の端に映った。

 見間違いかと思い、また墓石に向かい合おうとしたら……

 

 

「せーんっぱい!気付いてくれないと私泣いちゃいますよ!本気で泣きますからね??ウザイって思っても先輩の所為っスからね??」

 

 

 やっぱり、近くに居る。

 時たま鬱陶しく感じる鈴の音声は彼女のシンボルの一つだ。

 墓石に向かい合おうとした体を戻し、声が聞こえた後方に振り返る。

 

 

 …居た。

 淑とは似ても似つかない淡黄色の髪は、単発に纏められており。

 瞳の色は髪色とは違い暗いダークブラウン。

 身長は淑と変わらないが、少しばかり胸が大きい。

 

 

 朝陽川光と言う少女が、そこに居た。

 亡くなる前日に会った彼女そのままだ。

 噺が驚きのあまり目を閉じたり開いたりしている中、光は小悪魔のような笑みで彼を見つめる。

 

 

「そんなに私に会えたのが嬉しいんスか先輩は〜。もお〜!」

 

「……白昼夢、じゃないよな。」

 

「夢かナニカだと思ってます?触って下さい、私はここに居ますから。」

 

 

 そう言って差し出された彼女の手を、彼は握る。

 生きている人間と同じく血が通っている証拠か温かく、脈の部分に指を押し当てれば脈拍も分かる。

 …少しして、キチンと正常に脈を打っていることが分かった。

 

 

 ここに居る光は確かに生きている。

 理由は分からないが、生きていると確信できる。

 だからこそ疑問が口から飛び出した。

 

 

「何故、君はここに居るんだ?…僕が言えたことじゃないが、君は電車に跳ねられて──」

 

「死んだはずだ。でしょ?分かってるよそんなの、私だってそんなにバカじゃないもん。……う〜ん、ほら?私の誕生日って今日じゃないっスか?」

 

「ああ、だから誕生日プレゼントも持ってきた。」

 

「やった!!……じゃない!違うんだよ先輩、そうじゃなくてさぁ。…一応七夕でもあるじゃないですか。今日って。」

 

 

 噺は憐れむような視線を送る彼女に拳の一発でもくれてやろうかと考えたが、流石に今することではないので気持ちを抑え込む。

 そして、彼女が言おうとしていることを先回りするように口に出した。

 

 

「もしかして、七夕だから織姫として逢いに来ちゃったとか言うんじゃないんだろうな?」

 

「えぇ!?先輩って天才!私が言おうとしてたことほぼほぼ言われちゃった。…でも、足りないなぁ。私は織姫として、私の彦星様である先輩に逢いに来たんスよ!」

 

「やけにロマンチストみたいなセリフだね。」

 

「知らないんスか?私って結構ロマンチストなんスよ。」

 

 

 光と繰り広げる昔と同じような会話に対し、噺はどうしようもない充足感と──果てしない後悔を感じた。

 結局、我慢することは叶わず、彼は本音を吐露する

 

 

「……どうして。僕に何も言ってくれなかったんだ?君が言ってくれたら僕は!」

 

「必死こいて助けようとしたでしょうね。汗だくになりながら、傷だらけになりながら、きっと私の為に頑張ってくれたんでしょうね。……でも、嫌だったんスよ。先輩に迷惑かけるの。」

 

「僕は迷惑だなんて!」

 

「言わないっスよね。ボロボロになってまで私を助けてくれるって、何となく分かります。……だから嫌だったんですよ。……最初は期待してた、噂の先輩なら私を助けてくれるんじゃないかって。下心、みたいなもんなんですかね?…その後、先輩と過ごしていく内に段々惹かれていったんです。超がつくほどお人好しな先輩に。」

 

 

 続く言葉を聞き続ける。

 一言一句忘れないように。

 

 

「何でか、先輩と一緒に居る時は人気者でお調子者の朝陽川光じゃなくて、ちょっとウザくて面倒臭い素の朝陽川光で居られたんです。……先輩の役目はそれで十分だったんですよ。私はそれ以上を望まなかった……ううん望みたくなかった。こうやって素の私で、バカみたいに小言を言い合える関係を壊したくなかったんです。」

 

 

 ……彼女の言葉に嘘偽りなどなく、全てが本心からのものだった。

 そんなの、噺が分からないわけがなくて、それが無性に……哀しかった。

 生まれてこの方、誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントを貰ったことがない彼女が、初めて貰うはずだった玩具の指輪。

 AONの中で偶然見つけて、目を輝かせながら噺に欲しいとせがんだ。

 

 

 今でも、それを覚えている。

 ……無言で墓石の前に置いた箱を取り、中から玩具の指輪を出して彼女の左手の薬指に塡める。

 光がそれを喜ばない筈がなく、ウッシッシとでも言いたげな表情で笑った。

 

 

「やっぱりズルいっスね先輩は。これで好きになるなって言う方が無理ッスよ。」

 

「君の誕生日はあと半日を切った。…今から遊びに行くぞ。……待って、君って僕以外に見えないとかないよな?」

 

「はぁ〜。ないっスよ、多分。」

 

 

 光は盛大なため息をつきながら噺の手を握り、二人揃って飛び出した。

 行き先など、考えもせずに。

 

 ──────────

 

 綺麗な星空が見える頃、噺と光はあの踏切に来ていた。

 地面を覆い尽くす小石を捌けて、小さなシャベルで土を掘る。

 二〜三分ほど掘っていると『カン!』と言う金属音が聞こえ、素手に切り替えた。

 有ったのは、お菓子を入れていたであろう10cm四方の金属でできた箱。

 

 

「光?これが君が言っていた──」

 

 

 言葉半ばで、彼は口を閉じた。

 残像のように、彼女の体が薄くなっているのだ。

 

 

 ……彼女から意識を逸らして、目の前の箱から可愛らしい便箋を取り出し、中を開ける。

 入っていたのは一枚の手紙。

 

 

(……見るしかない…よな。)

 

 

 噺は手紙に目を下ろす、後ろで消えかかっている光が本当に消えない内に。

 

 ──────────

 

『超がつくほどお人好しな先輩へ

 

 ありきたりだけど、先輩がこれを読んでるってことは私が死んだ証拠だと思います。

 遺書……ってことになるのかな?

 私的には、ラブレターって感じで読んでもらえたら嬉しいです。

 

 

 きっと、先輩は私を助けられなかったことを、深く、それはもう深く後悔してることでしょう。

 なんてったって、私が大好きになった先輩ですから。

 悲しまないでとか、立ち止まらないで欲しいとか、そんなことは言いません。

 優しい先輩のことだから、私の死を一生引きずると思います。

 矛盾してるかもしれないですけど、私は先輩に変わって欲しくないって思います。

 それと同時に、私の為に変わって欲しいとも思います。

 

 

 話が纏まらなくてすいません。

 ……最後に一言だけ言わせてください。

 私、朝陽川光は浅井噺のことが大好きでした。

 

            ウザかわ後輩の光より』

 

 ──────────

 

 涙で濡れないように手紙を仕舞い、噺は光に向かい合った。

 出てくる涙は留まることを知らないように流れ続ける。

 前に居る彼女が、笑たっているのか、泣いているのかすら分からない。

 ……でも、彼は不思議と彼女が笑っていることが分かった。

 

 

「手紙にも書いてありましたよね?私、朝陽川光は浅井噺のことが大好きです!手紙と違うって言う言い掛かりは聞きませんよ?」

 

「言わないよ、そんなこと。」

 

「本当に…本当に…大好きです。今もこの気持ちは変わってません。」

 

「……………………。」

 

「言わなくても分かりますよ?先輩、今気になりかけてる人が居るでしょ?…察しがいいって?先輩のことならお見通しッスよ。」

 

「僕はまだ何も言ってないぞ。」

 

 

 軽口を言い合っている時間が無いことなど、気付いている。

 …言葉は口にしないと伝わらない。

 思っただけで言いたいことが分かる超能力者などここに居ない。

 涙を流しながら、彼は想いを口にする。

 気付かぬ内に芽生えていた想いを。

 

 

「僕もさ、多分君のことが好きだったんだ。ここに来てようやく分かった気がする。……それでも、君の告白は受けられない。生者だからとか、死者だからとか関係なく。…身勝手な理由で悪いけど、三人目はちょっと無理かな。」

 

「流石ッスよ先輩。妹まで毒牙にかけるとは……、流石の光ちゃんも若干引いてるっス。」

 

「毒牙言うな。…その内の一人は君に似てるよ、性格とか色々違う所あるけど。君と違ってコミュ力は高くないし、ウザったらしいキャラでもない。…一つ似てる所を上げるなら、君と同じで紛うことなき美少女ってことかな。」

 

 

 クスリと朗らかに微笑みながらそう言った。

 光も変わらない彼の笑顔に安心したのか笑っていた。

 

 

「お別れっスね。…泣くのはもうナシっスよ。」

 

「意外と厳しいところあるよね、君って。」

 

「目、瞑っといて下さい。」

 

「ん。」

 

 

 彼女に言われた通り、目を瞑った。

 されることは何となく分かっていて、だけど拒もうとは思わない。

 唇に伝わる柔らかい感触は、少し甘酸っぱいもので──また涙が溢れそうになる。

 

 

 けど、泣く訳にはいかない。

 泣いていたら、彼女に申し訳が立たない。

 だから、さっきと同じように朗らかに笑った。

 

 

「…さよなら、先輩。」

 

 

 その言葉を聞いて、目を開ける。

 当たり前の如く、光はそこに居なくて。

 足元に、玩具の指輪が転がっていた。

 ルビーを模した宝石擬きが台座に乗っている。

 

 

「ったく。忘れ物なんてするなよ。君の為に態々買ってきたんだぞ。」

 

 

 落ちた玩具の指輪を拾い、家までの道を歩いた。

 街灯は彼を包むように温かく照らす。

 

 

 噺にとって掌にある玩具の指輪は、架け替えのない宝物になっていた。

 

 

「はぁ、チェーンでも通して首飾りにでもしようかな。」

 

 

 明るく言った筈の言葉はどこか震えていて、足取りも覚束無い。

 …恐らく彼はこの日、初めて失恋をした。




 本編が終わったら、光の話もやろうと思っています。
 ……安心して下さい!ハッピーエンドにしますから!

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二十四噺「可愛いと綺麗って、女子はどっちの方が言われて嬉しいんだ?」

 ──────────

 

「『理由』、『不自由』、『幸福』」

 

 ──────────

 

 幸福、それは満ち足りていることを意味する。

 その言葉が確かなら、今の日常に噺は幸福を感じていた。

 一学期終業式後、淑・敬・明・風輝の四人が浅井家の彼の部屋に集まり、楽しくお喋りしている。

 

 

 だが、お喋りをする為に集まった訳ではない。

 …いや、それもあるかもしれないが、本当の理由は別にある。

 その理由とは──

 

 

『海への旅行にご招待?』

 

 

 淑が言った言葉に、全員が揃って聞き返した。

 ベットの上に座る女子組と、床に座布団を敷いて座る男子組。

 その中で、彼女は立ち上がって説明を始めた。

 

 

「その、私の家は夏休みが始まった最初の日から四日間、海が近くにある旅館に従姉妹家族と一緒に旅行に行くんです。ですけど、従姉妹家族の予定が合わなくなってしまって……。旅館の料金は前払いで、キャンセルするにもキャンセル料が発生してしまうんです。」

 

「なるほど、そこでオレたちか。」

 

「はい、学斗さんの言う通りです。お母さんが保護者として来てくれるので、あと一人どこかの家庭で保護者が出せれば行けないこともないと…言っていて。」

 

「お兄?」

 

「うちゃ無理だな。風輝は?」

 

「無理と言うか嫌だ。」

 

 

 風輝は呆気らかんと言い放ち、結果全員の視線が噺や誠袈集中する。

 特に、淑の懇願するような上目遣いは彼ら兄妹に効果抜群だったらしく、諦めたような表情で兄である噺の方がスマホを取り出し電話を掛け始めた。

 

 

「…断られても文句言わないでよ?」

 

「言いません!」

 

「私もですよ〜。」

 

「俺も〜。」

 

「同じく。」

 

 

 友人達の呑気な言葉を聞き流しながら、相手が電話に出るのを待つ。

 勿論、電話を掛けたのは──

 

 

『もしもし〜、どうしたの噺。』

 

『…それがね──』

 

 

 あらかた事の顛末を話し終わると、緩和は遠足に浮かれる子供のような調子で電話越しの息子に叫んだ。

 

 

『まっかせなさい!今から四日分の仕事終わらせて一緒に行ってあげる!』

 

『言うと思ったよ。体壊さないよに気を付けてね、頑張って終わらせても行けなきゃ意味ないんだから。』

 

『分かってるわよ!お母さんを舐めないでちょうだい。何時もなら適当に流す仕事を速攻終わらせるから!』

 

 

 彼は、今の発言は聞かなかっかとことにしようと心に誓い電話を切った。

 どうせ、一も二もなく良い返事が来る事など分かっていた。

 息子&娘ラブな、あの母親がこの話を聞いて行きたがらない訳がない。

 苦笑いを浮かべながら、全員の方に振り返ってOKサインを出した。

 

 

「さて、保護者が決まって行けるようになったのは良いけど……荷物どうしようか?あっ、清水さん。旅館で浴衣って出して貰える?」

 

 

 彼の勘違いでなければ、旅館で浴衣の貸出を行っている所は少なくない筈だ。

 浴衣が有れば寝間着は要らないし、外出用の服が四日分あればいい。

 それ以外は水着くらいだ。

 

 

「ありますよ。一応、温泉旅館ですから。……これなら、水着を買いに行くだけで済みそうですね。」

 

「だな〜、服は何とか足りるし。」

 

「ですね。私も前まで着ていたやつだとサイズが…。」

 

「ほほう。どれくらい育ったのか、お兄さんが見てや──」

 

「君は余程死にたみみたいだね。表にでろ、リアル大乱闘開幕だ。」

 

 

 気を抜けば殺られる、確信にも似た考えが敬の中で生まれる。

 現に、今の噺は兄妹の誠袈ですら数回程度しか感じたことのない雰囲気だった。

 朗らかな笑顔。

 そう、朗らかな笑顔なのに、出ている雰囲気が修羅のソレ。

 

 

「ま、まぁ、兄さんもそこまで怒らないで下さい。」

 

「そうですよお兄さん。お兄のセクハラは今に始まったことじゃないんですし。」

 

「二人が優しくて良かったね。…もし、清水さんに言ってみろ?本気で泣かす。」

 

「は、はい!肝に銘じさせていただきます!」

 

 

 何とか噺の怒りを抑え込んだ一行は、AONに水着を買いに行く事に。

 彼と敬は昔のでも充分いけると言ったのだが、意見は却下されて強制連行された。

 

 ──────────

 

 ショッピングを始めて早一時間。

 男子組は買い物を終えたが、女子組は未だ終わらずにいる。

 女性の買い物は長い、噺と敬と風輝はそれを随分昔から知っている。

 噺は緩和と誠袈が、敬は明が、風輝は母親が教えてくれた。

 

 

 スマホを見たり駄弁ったりで時間を潰していると、淑と誠袈が噺の前に現れて無理矢理店内に連行した。

 目に映る女性物の水着、際どいものから可愛らしいものまで千差万別である。

 地獄とも天国とも形容できる場所に連れてこられた彼は、動揺しつつも口を開けた。

 

 

「僕は、これからどうすればいいの?」

 

「いつもと変わりません。似合うか似合わないか言ってください。」

 

「ご、ごめんなさい。で、でも、女の子同士じゃ分からないこともあるから……。」

 

 

 申し訳なさそうに謝る淑を見て、諦めがついた。

 試着室前に着くなり、二人は明に預けていた水着をもらって中に入っていった。

 明は風輝と敬のダブル審査員で事に当たっている。

 ……憐れむような視線が二人から送られてくるが、彼は気にしない。

 気にしてしまったら負けなのだ。

 

 

(落ち着け。今から見るのは、妹の水着と友達の水着。幾ら異性と言っても取り乱すことは──)

 

 

 精神統一よろしく、頭の中で自分に教えを説くように唸っていると、試着室のカーテンが開いた。

 先に開けたのは……誠袈。

 露出をできるだけ避けた、ワンピースタイプの水着。

 避けたと言っても、結局丈の長さは膝上15cm程なのはしょうがない事だろう。

 

 

 柄は藍色と白で構成されたギンガムチェック。

 年齢より少しだけ先に成長した胸の果実も、幾分か抑えられていた。

 可愛らしい、その一言に尽きる。

 

 

「どうでしょうか?変…じゃないですよね?」

 

「可愛いよ。ワンピースタイプの奴だと、いつもより可愛らしさがあって凄くいいと思う。」

 

「…な、なら、これにします。」

 

「?他のは良いの?」

 

「兄さんが可愛いと言ってくれたんですからこれでいいんです!」

 

 

 大声で叫んだことにより周りがザワつき、急いで二人して頭を下げる。

 誠袈はその後、恥ずかしくなったのか顔を赤くして、逃げるように試着室のカーテンを閉めた。

 

 

 すると、誠袈と入れ替わるようなタイミングで、淑の入っている試着室のカーテンを開けた。

 出てきたのは、夜空色の長い髪をサイドテール纏めて、シンプルな黒いビキニを着た美少女。

 

 

(び、ビキニ!?嘘、あの清水さんが?!……可笑しい、そんなの着たら目立つって分かってるのに…どうして…。)

 

 

 …どこまで言っても鈍感な噺。

 それに気付いのか、彼女は堂々とした表情で尋ねた。

 

 

「似合っていますか?これ。」

 

「ぇっと。……綺麗、だと思うよ。」

 

「…それだけですか?」

 

 

 脳が混乱して、正常な言葉など出て来やしない。

 いっそのこと、頭の中と言う牢獄にあり不自由な脳を外に出してやりたいと思うほどに、彼は混乱していた。

 実際、脳は不自由でもなんでもなく、ただただ水着を着てイメージチェンジをした淑に見蕩れているだけなのだが……

 

 

 誠袈程ではないにしろ歳相応に実った果実、それを強調するような水着は刺激が強すぎる。

 鼻血が垂れてきそうになるのを、堪えるので精一杯だ。

 

 

「い、いや、普段の大人しい感じと雰囲気のギャップが凄くて……。でも、外で着るならラッシュパーカーとか着た方がいいよ。」

 

「……あっ。ひ、日焼け凄いですもんね。」

 

「そ、そうそう。そう言うのは日焼け止め塗るのも面倒だからね。」

 

 

 お互い顔を引き攣らせながら言葉を交わす。

 それを横目に見ていた敬と風輝は、青春だなぁと呟いていた。

 

 

(…言える訳ないだろ!そんな危ない水着外で着て欲しくないとか。僕は清水さん友達であって家族でも恋人でもないんだから…。)

 

(心配してくれてるんでしょうか。…どっちなのかは分からないけど、やっぱり浅井くんは優しいですね…。)

 

 

「お、お金は預かってるので、ラッシュパーカーも何とかなると思います。…あと…綺麗って言ってくれて……ありがとうございました。」

 

「僕の方こそ、水着姿見せてもらったしチャラってことで。」

 

 

 照れたように言う二人を横目で見ながら、またしても敬と風輝は呟いた。

 

 

『あいつら、何で付き合わねぇのかな。』

 

 

 彼らの、燃え盛るような暑い夏が始まろうとしている。




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二十五噺「私だけを見て欲しい」

 ──────────

 

「『海』、『飛行機雲』、『揺れる』」

 

 ──────────

 

 先日の買い物から一夜明けた翌日。

 朝七時頃、淑の家の前に全員が集合していた。

 みんな動きやすさと快適さを重視したのか、薄着が多く下に水着を着ていることが分かる。

 現に、噺も下は普通の半ズボンではなくアロハ柄の水着だ。

 

 

 子供が子供で話す中、緩和は淑の母親である優和(ゆうな)と話している。

 どことなく、雰囲気が似ている二人だ。

 

 

「久しぶりね〜。変わってなくて驚いたわ。」

 

「そっちこそ、全然変わってない。もしかして、まだ旦那さんとラブラブなの?」

 

「もっちろん!」

 

 

 中身のなさそうな会話を繰り広げるているが、ここに何時までも居る訳にはいかないので、渋々噺は二人の会話に混ざりに行く。

 だかそこで、彼には意味が分からない話がされていた。

 

 

「あの子たち、まだ気付いてないみたいよ。」

 

「やっぱりね。…でも、初々しいわよ。あの子ったら、噺君のことすっごく楽しそうに喋るんだもの。」

 

「うちもうちも。淑ちゃんのこと、楽しそう喋ってるわ。」

 

「……二人共、悪いけど時間があれだから出発の準備をお願いしてもいい?」

 

「やだ!?もうそんな時間。緩和、話は後にしましょうか」

 

「そうね、子供に迷惑はかけられないし。」

 

 

 そう言うと、二人そそくさと準備を始めていった。

 しかし、彼は二人が話していた会話の中身の意味を考える。

 名指ししてはないにしろ、自分と淑のことを言っているのは明確。

 だったら────

 

 

「『まだ気付いてないみたい』って、どういう事だ……。」

 

 

 大型の白いワゴン車に乗り込み、目的地を目指す。

 運転は緩和と優和の交代制な為、運転席に緩和で助手席に優和。

 後ろは一列目に淑・噺・誠袈、二列目に風輝・敬・明の順だ。

 最初は男女別の方が分かりやすいと言ったのだが、どうしてか誠袈が猛反対しこうなってしまった。

 

 

 別に噺が文句を言うことはないが、代わりに心臓が飛び出るレベルで高鳴っている。

 原因は淑と誠袈。

 走り始めてからずっと、彼を奪い合うように胸を押し付けながら、耳元で話しかけてくるからだ。

 

 

 何時、理性が蒸発しても可笑しくない状況だが、三人以外は平和に車内で会話や娯楽を楽しんでいた。

 両腕に当たる水枕のような柔らかい感触から目を背け、自然を装いながら朗らかに笑って話をする。

 すると、それが気に入らなかったのか、一段と腕を締め付ける強さが上がり、比例して押し付けられる果実の面積も増える。

 

 

 …海に行く前に理性が死ぬか、海に行った後に理性が死ぬか。

 究極でもなんでもない、最悪な二択が彼に迫っていた。

 

 ──────────

 

 広がる砂浜、煌めく海、燦々とこちらを照らす太陽。

 まさしく、海。

 車で二時間弱、途中休憩も挟んで二時間丁度。

 海に着いた一行は、その景色に感動しながら武者震いをし、今すぐ飛び出したいと言った雰囲気。

 

 

 保護者役の二人は旅館に先に行って荷物を置いてくると言って、最低限必要なものだけ噺たちに預け車を出していった。

 ビーチパラソルやクーラーボックスにレジャーシート、最後にサマーベットが一つ。

 一人でやるのは面倒だが、うずうずしている彼らに手伝わせても手間が増えるだけだ。

 噺は一人苦笑しながら言った。

 

 

「行きたいんでしょ?行っていいよ。僕がビーチパラソルやらなんやらは済ませちゃうから。」

 

「マジか!察すが噺!」

 

「オレも行く!」

 

「私も私も〜!」

 

「じゃ、じゃあ、私も。」

 

「私は残って浅井くんを手伝いますよ。元々私の家の物ですから、私の方が取り扱いには慣れてますし。」

 

 

 淑以外は更衣室へとダッシュ。

 途中、転びそうな者も居たが何とか無事に辿り着いている。

 それを微笑ましく見送りつつ、二人は準備に取り掛かった。

 人が五人寝っ転がっても大丈夫なほど大きなレジャーシートを敷き、二本のピーチパラソルを地面に刺して開き、サマーベットとクーラーボックスを日陰になる適当な場所に置いた。

 

 

 設営自体はものの十分程で終わってしまったので、淑だけが歩いて更衣室に向かった。

 噺は下に水着を着ているので、上着のシャツを脱いでラッシュパーカーを着れば完璧である。

 先に行った組は……既に海に飛び込んでいた。

 

 

 荷物番が必要なので、座って彼らが遊ぶさまを見ること数分。

 同じくラッシュパーカーを羽織った淑が隣に腰を下ろした。

 お互い、何かを喋ることは無く、無言で海を見つめる。

 結局、彼の方が先に無言に耐えきれず折れてしまい、彼女に話し掛けた。

 

 

「行かなくていいの?…僕が荷物番やってるから行ってきなよ。どうせ、お母さんたちもすぐ来るんだし。」

 

「だったら、私もここに居ます。…お母さんたちが来て、浅井くんがあっちに居る皆さんに混ざるまで。」

 

「清水さんって、結構頑固だよね。」

 

「そうですよ、結構頑固なんです…私。」

 

 

 そう言って微笑む淑。

 ポツポツと会話を続ける中、彼女は噺が首にかけている首飾りのような物に気付いた。

 ネックレスなど持っていただろうか?

 そんな疑問を放っておくのが嫌だった彼女は、堂々と疑問を口に出した。

 

 

「その首飾り──と言うかネックレスは何ですか?」

 

「ああ、これか。…お守りで、宝物…かな?」

 

「付いているのは玩具の指輪ですよね?」

 

「ううんと〜。説明するのは……まぁ、清水さんだったら良いか。」

 

 

 続けざまに、彼は七月七日に起こったことを話した。

 恐らく、自分が失恋したことも。

 …それを、淑は静かに聞いた。

 時に相槌をして、時に頷いて。

 話がようやく終わると、また彼女が口を開いた。

 

 

「浅井くんの失恋…ですか。初恋…だったんでしょうか?」

 

「さぁ。僕自身も恋なんて初めてだし、そんなの分かんないよ。…でもさ、これはあいつが初めて貰うプレゼントになるはずだったんだ。小学校までは、クラスに上手く馴染めなくてプレゼントなんて貰えず。中学生デビューしても、完全に心を開ける人物は出来ず、誕生日すら伝えられなかった。ひっどい話だよね。…きっと光には経験したことがない初めてがいっぱいあったんだ。…最近は、そのことばっかり考えてる。…あれもやってなかったんだろうな〜とか、これもどうせやったことなかったんだろうな〜とか…さ。」

 

 

 酷く悲しそうに語る噺を見るのが淑は嫌で、隣に居るのに見てもらえてない現状が嫌で。

 ……それ以上に、本当に辛そうに語っているのに、それに嫉妬してしまっている自分が嫌だった。

 悲しまないで欲しい、自分を見て欲しい。

 同時に持った感情の片方に、明確な嫌悪感を抱きつつも──口に出さないなんて出来なかった。

 

 

(私、最低だ。浅井くんがこんなに辛そうにしてるのに…私は、彼にそんなに思われてる光さんに嫉妬している。)

 

 

 苦しくて辛いのが分かってるのに…出てくる思は一つになった。

 

 

私だけを見て!私なら、あなたの悲しさも辛さも変えてみせるから!

 

 

 そんな事、言える訳はなくて。

 でも、思いは伝えたくて、自然と口から言葉が出た。

 

 

「なら、私だけを見て下さい。今は、今だけは目の前にいる私だけを見てください!それであなたが悲しさを、辛さを忘れられるなら私を使って下さい。」

 

「…ダメだよ。そんな事、君を傷つけるだけだ。」

 

「…浅井くんも大概分からず屋ですね!」

 

 

 淑は恥ずかしい気持ちを押し殺して、自分の胸に彼の頭を抱き寄せた。

 胸にかかる息がくすぐったくて、今の状況に頭が沸騰するほど熱くなるが関係ない。

 

 

 噺も噺で、いきなり胸に頭が埋まったせいで若干呼吸困難になるが、それよりも顔全体を覆う柔らかい感触に淑と同様、沸騰レベルで頭が熱くなる。

 

 

(い、いきなりなんなんだ?!今日の清水さんおかしくないか?!?!)

 

 

 彼がパシパシと足を優しくて叩いたことで、息が限界だと気付き彼女は急いで頭を離した。

 揃って茹でダコのように赤い顔を逸らして、上ずった声で会話を再開した。

 

 

「あ、あの、さっきのは例えで!!本当は目の前のことに集中すれば、苦しいことや辛いことを思い出さずに済むんじゃないかなって。」

 

「そそ、そっか。……でも、それは最後の最後の手段にするよ。出来るならちゃんと向き合いたいから…。」

 

「…ですよね。ちょっとだけ、そう言うだろうなって分かってました。」

 

 

 間が開く会話。

 気恥ずかしくなって、噺が話題を転換する。

 

 

「そ、そう言えば、飛行機雲が見えた次の日は雨らしいよ?」

 

「へ、へぇ〜、初めて聞きました。」

 

「ま、まあ、噂なんだけどね。」

 

「で、ですよねぇ〜。」

 

 

 お見合いよろしく、会話は続かない。

 

 

 二人の心が揺れているからだろう。

 淑は勿論恋心故に。

 

 

 噺の場合……。

 波のように、引いては寄せて、寄せては引いての繰り返し。

 誠袈と淑の二人に対して同じほどの想いがあって、心が揺れ動いている。

 まるで、シーソーゲームだ。

 

 

 …夏は始まったばかり、燦々と照らす太陽がそう教えてくれる。




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二十六噺「綺麗なもの」

 ──────────

 

「『横顔』、『防波堤』、『夕焼け』」

 

 ──────────

 

 水平線に沈む太陽を、噺はぼーっと見つめる。

 その夕焼けは、いつも見るものと全く違う。

 綺麗、その言葉だけじゃ表現出来ないナニカを彼は感じた。

 淑と話してから、少しだけ楽になった心。

 彼女に感謝しながら、黄昏るようにその景色を見つめた。

 

 

 時間はそれほど経っていない筈なのに、砂浜に残る人影は多くない。

 旅館に帰ったり、家に帰る時間としては妥当なタイミングと言う事だろう。

 重い腰を上げて、未だに海で遊んでいる友人五人と、海の家で酒を煽っている保護者二人を呼びに行く。

 

 

 旅館からここまでは近いので車に乗ってこなかったらしいが、荷物がそれ相応にあるんだからもう少し考えて欲しい、と噺は一人愚痴る。

 一応男手は居るし、女子組も手伝えないことはないが……

 

 

「それはないよな……。」

 

 

 まず呼びに行くのは保護者二人。

 酔っていたらだる絡みされる可能性があるが、旅館の鍵やらを持っているのは二人なので居ないと始まらない。

 それに、みんなにはもう少しだけ遊ばせてあげたいと言う彼なりの優しさだった。

 

 

 海の家に着くと、態々鉄板で焼いているのか焼きそばの香ばしい匂いが漂ってきた。

 それ以外にも中は、タバコやら焼き鳥やら、様々な匂いが混ざり合う奇妙な空間になっている。

 店の中に居る客の多くは酒を飲みながら談笑しており、その中から二人の保護者──優和の緩和を見つけるのは至難の業だ。

 

 

 何せ、同じ様な水着を着ている者など五万といる。

 髪や体型で探そうにも、似通った人物は居る訳で……。

 

 

(はぁ、スマホで電話しよ。)

 

 

 あまり取りたくなかった手段を、取らざるを得ない状況になってしまった。

 電話が苦手な訳ではなく、ただ純粋に騒がしい場で電話をしたくないのだ。

 物音や喋り声の所為で聞こえなかったり、聞き逃したりするのが嫌で最終手段にしていたのだが……

 

 

 二コール目に入った瞬間、異様にハイテンションな声色がスマホのスピーカーから漏れだした。

 

 

『は〜な〜し〜!どうしたの〜??』

 

『…もう良い時間だから、そろそろ旅館に移動しようと思ってさ。お母さんたちが居ないと鍵とか部屋とか分かんないし。』

 

『そっかぁ〜。りょ〜か〜い!今から会計済ませてそっち向かうね〜!』

 

『ん。急ぐのは良いけど怪我だけはしないでね?結構酔ってるみたいだから。』

 

 

 その後、「え〜、酔ってないよ〜!」と聞こえたが、返事をする前に電話を切った。

 

 

 取り敢えず保護者二人は何とかなった。

 彼は安堵しつつも、友人五人を呼びに行くための一歩を踏み出そうとした瞬間、視界の端に泣きながら砂をどけてナニカを探す少女を映る。

 ……踏み出そうと出した足を方向転換し、少女の方に走った。

 砂浜の砂は足がとられやすく、上手く走る事が出来ないがそんなの関係ない。

 

 

 泣いている子供が居るのに、自分が泣き言を言うなんて以ての外だ。

 少女の隣で膝を着き、目線を出来るだけ合わせて尋ねた。

 

 

「何を探してるの?お兄ちゃんが一緒に探して上げよっか?」

 

「うぅ……グズ…。お母さんに貰ったミサンガ、落としちゃったの。」

 

「どんなやつ?」

 

「赤とピンク色のやつ…。」

 

「よし、お兄ちゃんに任せて。絶対に見つけるから!」

 

「うん。」

 

 

 まだ泣き足りないだろうに、必死に笑顔を作る姿が酷く哀しくて。

 その笑顔を本当の笑顔にするために、全力で辺りの砂をどけながらミサンガを探す。

 どこにあるかなんて分からない。

 でも、噺は少女を笑顔にしたかった。

 だから、探し続ける。

 

 

 五分程経つと、海の家から優和と緩和が出て来た。

 そして、噺の姿を見つけて駆け寄った。

 

 

「噺?何してるの?」

 

「噺君?」

 

 

 先程までのはノリだったのだろう。

 異様なハイテンションは何処かに消えて、彼の耳に震えた声が聞こえた。

 

 

「この子が落し物しちゃってさ。それ探してる。先に行ってていいよ、すぐ終わらせるから。」

 

 

 緩和たちの方に顔も向けず、一心不乱にミサンガを探し続ける彼の姿を一言で表すなら──異常。

 人助けにここまで躍起になる人間はそうそう居ない。

 …普段なら、ここまではならないだろう。

 だが、少女の作り笑顔を見てしまったから……

 

 

「……本当にバカね。私たちは先に行くから。」

 

「ちょっと、緩和。」

 

「良いのよ。あの子がああ言ってるんだから。」

 

 

 そう言うと、緩和と優和は噺たちがレジャーシートを敷いた場所に歩いて行った。

 

 ──────────

 

 ……探し始めて十分。

 彼の周りに、見慣れた影が見えた。

 

 

「浅井くん。…遅いですよ。」

 

「淑先輩の言う通りです。もうちょっと時と場所を考えたらどうですか?……兄さんらしいと言えば兄さんらしいんですけど。」

 

「お兄さん優し過ぎですよ。偶には人助け休業しないと。」

 

「だな、筋金入りのお人好し。…バカもなんか言ってやれ。」

 

「バカ言うな!……まぁ、お前の事だからこんな事が起きる予感はしてたよ。」

 

「みんな…。…悪いんだけど、手伝ってもらっていい?」

 

『勿論!』

 

 

 ミサンガの特徴を話して、捜索を再開する。

 その様子を、少女は不思議そうに見ていた。

 今日会った見知らぬ人、関係など他人も良い所なのに……

 何故、彼らはここまで自分に良くしてくれるのか?

 

 

「お兄ちゃん。…何で、そこまでしてくれるの?」

 

「理由なんてないよ。…ただ、君の本当の笑顔が見たいから。お礼がしたいなら、僕たちがミサンガを見つけた時に最高の笑顔を見せて欲しいな。」

 

 

 夕焼けのオレンジ色の光に照らされて、彼の額を垂れる大粒の汗が反射される。

 無償の人助け、作り物でしか見た事のなかったそれに触れた少女は、怖いと思うと同時に綺麗だとも思った。

 

 

 ……計二十分の時を経て、ミサンガは見つけられた。

 少女は大喜びし、彼らに最高の笑顔を魅せた。

 太陽にも負けない、キラキラと光る笑顔だった。

 

 ──────────

 

 旅館での食事やお風呂を終えて就寝した。

 お風呂で敬が女風呂を覗こうとしたり、風呂上がりに何故か有った卓球台で卓球勝負したり、終いには食事時に酒を勧められたりと、色々なことがあった。

 

 

 男子は男子部屋で、女子は女子部屋で寝ている。

 しかし、噺は上手く寝付くことが出来ず、布団から抜け出した。

 

 

「少し散歩でもして、ゆっくり温泉に浸かれば…眠れるかな?」

 

 

 疑問形な言葉を口にしながら、浴衣のまま散歩に出た。

 海が近いためか防波堤があり、それに沿うように歩く。

 時刻は深夜一時過ぎ。

 いつもならぐっすり眠っている筈なのに、散歩に出ているという背徳感は少しだけウキウキする。

 

 

 浮き足立つ気分で歩いていると、後ろから近づく足音が聞こえた。

 追いかけて来ているとは思わなかった彼は、特に気にすることも無く進み続ける。

 けれど、彼のあては外れ、後ろから近付く人物は話し掛けてきた。

 

 

「兄さん。こんな時間に何してるんですか!」

 

「そう言う誠袈こそ。もう1時過ぎたよ?」

 

「誤魔化さないで下さい。…少し寝付けなかったんです。それで、御手洗に行ってる時に兄さんを見かけて。」

 

「付いてきた、と。」

 

「…はい。」

 

 

 噺はあまり感心しないな、と言葉を零しながらも、顔は朗らかに笑っていた。

 誠袈もその顔を見て、クスリと笑ったあとに謝った。

 お互いに歩調を合わせながら、夜道を歩く。

 彼女は、時たま彼の横顔をチラリと見ては、仄かにか頬を赤くする。

 

 

 彼も彼で、そんな妹の様子に気付いているが何もしない。

 待ちの姿勢である。

 言いたいことがあるのに言えない、そんな雰囲気の彼女を待つのは酷くむず痒い。

 数分後、誠袈は気恥しそうに呟いた。

 

 

「きょ、今日は月が綺麗ですね。」

 

「………………。」

 

「……手、繋いでもいいですか?」

 

「…ん。これでいい。」

 

「はい…!」

 

 

 嬉しそうに笑う誠袈を連れて、噺は歩く。

 散歩に出てきだけのはずなのに、自然と足は砂浜に向かっていた。

 二人で砂浜に足跡を残す。

 やっている事自体はなんでもない事なのに、彼女はそれが凄く嬉しかった。

 

 

 ちょっぴり大人になった気分、そんな言葉が似合う。

 

 

「…やっぱり、今日は月が綺麗ですね。」

 

「……手が届かないから綺麗なんだよ。」

 

 

『月が綺麗ですね』、噺はその言葉の意味を知っている。

『手が届かないから綺麗なんだよ』、誠袈はその言葉の意味を知っている。

 だから彼女は思った。

 

 

 何時か、その言葉が変わればいいな、と。

 二人は歩く、旅館に向けて歩く。

 会話はないけれど、繋いだ手はしっかりと握られていた。

 

 




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二十七噺「面倒事と出会いは繋がっている」

 ──────────

 

「『面倒事』、『繋ぐ』、『色』」

 

 ──────────

 

 旅行二日目。

 男子組のバカ一名が日焼けにより海に行けなくなったことから、辺りの観光にシフトした六人。

 ……保護者二人は旅館でゆっくり過ごすとのこと。

 

 

 海に来た人用に、お土産屋さんが建ち並んでいる。

 どれもこれも、似たようなのばかりだか……ある一店舗だけ不思議な雰囲気を放っている。

 骨董品店にも似た品格のある店構えに対し、働いているのは彼らとそう変わらない歳の少女だ。

 

 

 その店専用のエプロンを着ているが、どこかオロオロしている。

 …孫に店番を少しだけ頼んだ、そう言った所だろうか。

 だか、当のお孫さんはお客さんが来ても口をモゴモゴするだけで、上手く喋れていない。

 

 

 明らかに面倒事の気配がする。

 風輝がやめておけ、と目線で話しかけてくるが──噺は無視してその店、『土産屋千羽(せんば)』に足を運んだ。

 そして、オロオロしている少女に声を掛けた。

 

 

「悪いんだけど、ここら辺で珍しい物を売ってるお土産屋って知ってるかな?」

 

 

 商売をやっている者に対し、無礼どころか侮辱ものの発言だが少女はオロオロしながらも答えた。

 声は小さくて聞き取りやすいものでもなかったが、一応は答えられた。

 

 

「あ、あのぉ、お客さんのご希望に合うかは分かりませんが、ここが一番珍しい物を売っているお土産屋だと自負しています。」

 

「へぇ〜。店内、見させてもらっていいかな?」

 

「ど、どうぞ。お気の済むままに。」

 

 

 丁寧な口調とカクカクとした動き、一見ミスマッチに見えるが何故かその少女には合っていた。

 店内は店構えと同じく、品格や気品ある雰囲気があり目に止まる品も多い。

 高いように見えても、お土産屋なので子供のお小遣いでも買えるものがチラホラある。

 

 

 店内をある程度物色したあと、先程の少女に話しかけた。

 

 

「そう言えば、店長さんって今居るのかな?」

 

「……信じられないかもしれませんが、私が店長です。」

 

 

 彼の頭に大量の疑問符が浮かぶ。

 ……可笑しい、可笑し過ぎる。

 少女の外見から推測するに年齢は良い所で十五から十六歳。

 落ち着きのある紺鼠色の髪は、肩ほどで収まり若干ウェーブが掛かっている。

 涅色の瞳は、泳ぎがちだがしっかりと人を見据えている。

 

 

 恐らく、問題なのは体格だ。

 殆ど淑や誠袈たちと変わらない。

 少し悪く言ってしまうと幼女体型なのだ。

 

 

「一応これでも二十歳…です。」

 

「…さっきまでの発言、取り消しって出来ますかね?」

 

「き、気にしないで下さい。…年下に見られるのは、慣れてますから。」

 

 

 なんとも気不味い空気が流れる中、その空気をぶち壊したのは……敬だった。

 真剣な顔で、こう言ったのだ。

 

 

「めちゃくちゃタイプです!付き合って下さい!」

 

 

 予想打にしない不意打ちに、彼女は顔を真っ赤にしてしまった。

 噺も、こいつは何を言っているんだ、と言う顔をしている。

 明に至っては、はぁ〜とため息をついていた。

 

 

(えっ?軽井坂さん、敬って旅行中のこれはデフォルトなの?!)

 

「お兄、店長さん困ってるでしょ?」

 

「あっ!すいません。まずは自己紹介からですよね。軽井坂敬十四歳!○○中学で三年生やってます!」

 

「ぇ、えぇと、店多(てんだ)長華(ちょうか)です。この店の店長をやっています。…さっきも言いましたが、二十歳です。」

 

 

 先程までのは気不味い空気は壊されたが、何故かお見合いのような空気に変わってしまった。

 しかも、長華も満更でもなさそうな顔をしている。

 

 

「…店多さん、ちょっと考え直した方がいいですよ?」

 

「お、お恥ずかしながら、この体型だったので異性との交友に疎くて。男の人から異性として見てもらえたこともないので…少し舞い上がってしまって。」

 

「お友達からでも充分なんで!連絡先教えて下さい!」

 

「…私なんかで良かったら。」

 

 

 その場に居る全員が思った。

 オロオロしている長華を助ける為に訪れたつもりが、何故か彼女と敬が縁を繋ぐ瞬間を見ている。

 

 

『あれ、何しにきたんだっけ?』

 

 

 当初の目的を忘れて欲望に忠実に動く敬と、初めてが異性として見られたことで舞い上がり連絡先を教える長華。

 色々と落ち着いてから、話を聞いた。

 

 

「実は、元々ここは祖父の店だったんです。最近までは祖父が切り盛りしていたんですが、腰をやってしまって。私が継ぐ予定だったので、それを前倒ししているんです。…それなりに商業について勉強はしたんですが、如何せんまだまだ勉強不足なところが多くて……。」

 

「店の売り上げがあまり良くないと……。」

 

「はい。珍しい物が多いので、コアなお客さんは地方から来てくれる方も居るのですが…。私自身あまりコミュニケーション術がないので上手くできなくて。」

 

 

 助けてあげたいが…自分たちでは力になるのは難しい。

 しかし、一筋縄で諦めるほど彼は落ちぶれてはいない。

 朗らかな笑顔で、何か出来ることはないか聞いた。

 

 

「で、でしたら!このお店の商品を買ってSNSに上げてもらっても良いでしょうか?広めることが出来れば、お客さんも来ますし。お客さんが増えれば必然的にコミュニケーションも増える。一石二鳥とは言えませんが…。」

 

「それくらいでしたら、手伝いますよ。…良いよね?」

 

「青い鳥で良いでしょうか?…私はやっていませんが。」

 

「俺と風輝と噺はやってる。…明にはやらせてないな。」

 

「私も一応やってはいますが、フォロワーさんはあんまり……。」

 

 

 淑が申し訳なさそうに答える中、敬がカッカッカッと笑いながら言った。

 まるで自分のことを自慢するかのように。

 

 

「大丈夫、噺のフォロワーは万超えてるから。」

 

『えっ??』

 

 

 その言葉を聞いて、噺はなんとも居た堪れない表情をしていた。

 何でも、助けた人が彼の青い鳥のアカウントを知り、偶にお礼のDMを送っているとか。

 …しようがない、何せ彼は本名でやっているのだから。

 元々、情報収集の為に始めたのだが、フォロワーが増え過ぎた所為で辞めるに辞められなくなってしまったのだ。

 

 

「ほ、本当にありがとうございます!!」

 

「いえいえ、人助けが趣味みたいなものですから。」

 

 

 他人の色が付いた事情に手を出す彼ではないので、お土産屋を買ったら敬を置いて店を出た。

 

 

 五人の中の二人は、敬と長華が結ばれる瞬間を羨ましそうに見ていたのは、当たり前の話である。

 

 

 

 

 




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二十八噺「進展は伝染する」

 ──────────

 

「『ケーキ』、『うわ言』、『おやすみ』」

 

 ──────────

 

 旅行三日目、午前中は海で遊び午後は旅館でリラックスタイム。

 何時買ってきたのか分からないケーキが、箱のまま部屋のテーブルに二つ置かれている。

 有名なケーキ屋のロゴが入っていることから、近くにあったのを買ってきたのだろうと、噺は推測するが……

 

 

「何でケーキ?アイスとかの方が……。」

 

「私が食べたかったから。」

 

 

 呆気らかんとばかりに言ってくる緩和に対し、ため息をつきながらも席に座った。

 大きいテーブルなので、男女で別れても困りはしない。

 淑たち女子組はケーキに目を光らせているが、噺たち男子組は先程の昼食でお腹いっぱいである。

 

 

 このご時世で、デザートは別腹と言う言葉を使っている緩和や優和になんとも言えない視線を向けつつ、箱を開けた。

 中身は、チョコケーキの四号ホールが一つと、イチゴケーキの四号ホールが一つ入っていた。

 

 

 人数を考えれば妥当な筈だが、流石に今すぐ食べることは出来ない。

 

 

「僕らは後で食べるよ。清水さんたちは先に選んで。」

 

「それなら、お言葉に甘えて。…私はイチゴで。」

 

「私、チョコー!」

 

「私もチョコで。」

 

「優和どうする?」

 

「私はイチゴで。…どうせ貴女はチョコでしょ?」

 

 

 正解、そう言いながら緩和は旅館の厨房から借りてきた包丁を使って切り分けていく。

 その手つきは慣れたもので、寸分の狂いもなく四等分される。

 彼女の地味な凄さを感じ、何人かが感嘆する中で彼はスマホを見つめていた。

 

 

 別に、目の前で起こっていることがどうでもいい訳ではなく、昨日の作戦が上手くいったか見ているだけだ。

 RTといいねの数はどちらも百前後、悪くない数字ではあるが……

 

 

(上手く言っている、そう言えなくはないけど……。)

 

 

 すると、隣に居た風輝と敬が彼のスマホの画面を覗き込んだ。

 

 

「かぁー。やっぱり、そう上手くは行かないよな。」

 

「だね。まぁ、商売は甘くないってことだよ。」

 

「なんだ?将来の夢が社長って言うオレに対してのディスりか?」

 

『言ってない、言ってない。』

 

 

 噺と敬は二人して風輝で遊ぶ。

 天然は面倒臭いが、偶に扱い安くて助かる。

 二人は内心そう思っていた。

 だが、それを風輝が感じ取れない訳はなく、ガチギレ寸前まで追い込んでしまったのは不味かったのかもしれない。

 

 ──────────

 

 約一時間が経過した。

 テーブルを囲んでいた者で、起きているのは噺を含めて三人だけ。

 ……緩和と優和である。

 それ以外は、食後の眠気に襲われて熟睡中。

 二人はチビチビと酒を飲みながら、噺と会話をしている。

 ダル絡みに近いが、それは気にしてはいけない。

 

 

「それで〜。淑ちゃんとはどうなの?」

 

「あぁ、それ私も聞きたい。」

 

「どうって。普通、ですかね。良い友達としてやってますよ。」

 

「そうじゃなくてさぁ。もっと他にあるでしょ?思春期なんだから、手繋ぎないとかキスしたいとかセッ(以降自主規制)したいとか。」

 

「……最後のはちょっと早いけど、良い感じの雰囲気になったりしないの?」

 

「偶に、そうなりますけど……。今の関係を崩すのが怖くて。」

 

 

 関係を壊すのが怖い。

 光が言っていた台詞(セリフ)と同じだ。

 つくづく、彼女との繋がりを考えさせられる。

 目の前のチョコケーキを一口齧りながら、苦笑気味に言う噺。

 ……その言葉を、彼女たち以外が聞いてるとも知らずに。

 

 

「…この話題はこれくらいにしましょうか。…それより〜、噺。昨日も色々としてたらしいわね?」

 

「…なんのこと?」

 

「しらばっくれてもダメよ。」

 

「ひ・と・だ・す・け!してたんでしょ?」

 

 

 バツが悪そうな表情をして、顔を伏せる。

 しかし、緩和はそれを許さなかった。

 両手で彼の頬を掴み顔を上げさせる。

 

 

いひゃいんやけど(痛いんだけど)。」

 

「…やっぱり、私とあの人の子ね。マイペースで掴みづらくて、そのくせ根本は善性の塊。…言ってなかったけど、正さん元はフリーのルポライターだったのよ。でも、どれだけ汚職とか不倫騒動とかの記事を作っても、揉み消されちゃったらしいのよ。」

 

あひゃりまえやよ(当たり前だよ)もみけしゃれりゅにきまってりゅ(揉み消されるに決まってる)。」

 

「だから、自分が信じる正義の為に彼は今の編集社に入って、努力して編集長まで上り詰めたの。」

 

 

 自分の信じる正義の為に、そこまでするなんて。

 普通ならありえない……だが、自分の性格を考えれば分からない事はない。

 何故なら、彼も自分ならそうすると思ったから。

 

 

「…夢はある?」

 

ふちゅうこのじょうたいできく(普通この状態で聞く)?」

 

「良いから。」

 

「…かうんせりゃあー(カウンセラー)。」

 

「そお。頑張りなさい。」

 

「立派ねぇ、淑にも後でそれとなく聞いてみようかしら。」

 

 

 酒の入った二人に着いていくのは、流石の噺でも不可能だったのか途中から可愛い寝息を立て始めた。

 

 

「おやすみ。私の可愛い噺。」

 

 

 少しだけ落書きするか迷った緩和だったが、優しく頭を撫でるだけに抑える。

 ……そして、寝ているフリをしている悪い子を起こす。

 

 

 清水淑と言う悪い子を。

 

 

「淑ちゃ〜ん。起きないと、恥ずかし〜写真撮っちゃうわよ〜。」

 

「私は…起きて…ません。」

 

 

 うわ言のつもりだろうか。

 起きていることがバレバレになったにも関わらず、淑は起きようとしない。

 今起き上がったら、どうせ写真を撮られる。

 耳から真っ赤に染まり、噺の言葉により緩みきった顔が撮られてしまう。

 そんなのを撮られたら、淑は生きていける自信が無い。

 

 

 けれど、その抵抗は些細な抵抗。

 緩和には一のダメージも与えられない。

 

 

「…あらぁ、真っ赤ねぇ。私たちの話を聞いてたんでしょ?」

 

「…………。」

 

 

 彼女は口を開けることも無く、ただコクリと頷いた。

 嬉しくて死んでしまいそうな気持ちに、必死に蓋をする。

 

 

(浅井くん。私のことをそこまで思ってくれてたなんて──ズルいですよ。…好きにならないなんて、絶対に出来ない。)

 

「恋路は応援するわ、頑張りなさい。…強敵は一人いるけどね。」

 

「ぇっ?」

 

「緩和…まさか?!」

 

「ふふっ。さて、夕御飯はどうしようかしら。」

 

 

 どこ吹く風のように、優和の声を無視して夕御飯の心配をする緩和。

 その瞳は一瞬誠袈に移ったあと、すぐにどこかに逸らす。

 

 

 進展する関係。

 変化するのは当人達だけではない。

 

 

(茨の道だと分かってても、あなたは進むのよね。……誠袈。)

 

 

 緩和()には何でもお見通しである。

 

 

 




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二十九噺「ユメノカケラ」

 ──────────

 

「『本』、『記憶』、『付箋』」

 

 ──────────

 

 旅行四日目を無事に終え、帰宅した翌日。

 噺は特に何かやることがある訳では無いので、リビングのソファに寄り掛かりながら本を読んでいた。

 リビングには誠袈も居るが、言葉を交わすことは無い。

 彼女は宿題をやっているし、それを噺も分かっているので話し掛けることはなく、その空間にある音はシャーペンを走らせる音と本のページを捲る音だけだ。

 

 

 静かで落ち着いた雰囲気が漂うリビング。

 二人以外誰も居ない家なので、それを壊す者は居ない。

 ゆっくりと流れる時間、集中し合う二人。

 

 

 小腹が減った噺がソファを立った瞬間、同じく誠袈も宿題をやめて立ち上がった。

 ピッタリと言っても過言ではないタイミングで立ち上がった二人は揃って笑い、キッチンに向かう。

 

 

「…宿題お疲れ様。ご飯はどうする?」

 

「そうめんが良いです!サッパリした物を所望します。」

 

「りょーかい。片手鍋に水入れて沸かしといて、ネギとか諸々準備するから。」

 

「はい。」

 

 

 テキパキと仕事をこなしていく噺と誠袈。

 彼は迷いのない包丁捌きでネギを切り、皿やお椀を用意する。

 彼女も、片手鍋で沸かしたお湯の中にそうめんを入れていく。

 茹でたら、冷水でしめて水を良く切る。

 その後は、噺が用意した皿に盛り付けた。

 

 

 彼も、先んじてテーブルの上にある邪魔の物を少し退かして、お椀に水と氷とめんつゆに加えてネギを少々入れる。

 最後にコップや麦茶を出して終了だ。

 

 

「美味しそうですね。」

 

「だね。サッパリして良い感じだ。……じゃあ。」

 

『いただきます。』

 

 

 向かい合って座った二人は、またしてもほぼ同時にそうめんに手を付けた。

 クスリと笑いを零した後、噺が先を譲る。

 誠袈は嬉しそうにそうめんを自分のお椀に少し漬けて口にした。

 めんつゆを多く入れ過ぎたのか、中々に味が濃いがネギのお陰でサッパリ感は保たれている。

 

 

 シャキシャキとしたネギの感触と、ツルツルのそうめんの相性は最高。

 食べる手はどんどん早くなる。

 十分もしない内に、皿の半分近くが無くなっていた。

 だが、誠袈の食べるスピードは落ちていない。

 二人前作った筈なのに、彼女一人ですべて片付けてしまいそうな勢いである。

 

 

 流石に、全部持っていかれるのは不味いので、噺が話題を振った。

 

 

「誠袈はさっきまでなんの宿題してたの?」

 

「退けたのに見てなかったんですか?」

 

「だって、調理の最中だったし他の事考えるのもあれだな〜って思って。」

 

「…英語の問題集です。テストが夏休み明けにあるので、早めに終わらせて終盤に復習しようかと。」

 

「なるほど。」

 

 

 ……会話のセンスが無いのか、言葉が途切れかけたその時。

 誠袈の方から、話が振られた。

 

 

「…あの、私も聞きたかったんですけど。兄さんが読んでた本は何ですか?所々に付箋がありますけど……。」

 

「えぇっと……簡単に言えば心理学の本かな。カバー掛けてあるからタイトルが分からないと思うけど、『人が嘘をつくときの心の動き』ってタイトルなんだ。」

 

「そのままそうなタイトルですね。…内容は?」

 

「タイトル通り、嘘をつく時の人間の心の動きが細かく書かれているんだ。…一昨日かな、お母さんに夢はなんだって聞かれて。…今まで考えた事なかったんだけど、ふと思い付いたのがカウンセラーだったんだ。」

 

「カウンセラー…?」

 

 

 首を傾げながら疑問符を浮かべているであろう表情をする妹に対し、噺は自分の夢…を語った。

 誰かの助けになりたい、助けを求める人の手を取ってあげたい。

 辛く苦しい問題を抱える人に寄り添いたい。

 その問題を一緒になって解決してあげたい。

 

 

 朝陽川光と言う、助けられなかった少女のような子を増やしたくない。

 

 

「僕の手は短くて、頼りないかもしれないけど。伸ばしてあげたいんだ、もう後悔はしたくない。」

 

 

 焼き付いて消えない記憶の中で、彼女は泣きながら笑っていた。

 彼女との思い出は多くなくて、でも貰ったものは多くあった。

 

 

 夢も、その一つなのかもしれない。

 

 

「良いと思いますよ。私は応援します!」

 

「ありがとう…。あっ、早く食べちゃわないと。温くなっちゃう。」

 

「本当です!温くなったそうめんなんて、そうめんではありません!」

 

 

 先程までの空気を壊して、食事を再開する。

 お昼ご飯の後、二人揃ってソファで眠ってしまったのは……また別のお話だ。




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三十噺「少しだけ前に」

 ──────────

 

「『走馬灯』、『虚飾』、『真実』」

 

 ──────────

 

 虚飾、それは内容は伴わないのに外見だけを飾ること。

 浅井噺を知らない人間からしたら、彼は虚飾に満ちているように見える。

 だが、噺を知る人間からしたら、彼は虚飾などないように見える。

 

 

 …有り体に言ってしまえば、その人間の本質──真実を見抜くには、深く関わることが重要なのだ。

 この話が、彼の今の状況に関係あるかと言われればないし、ないと言われればある。

 

 

 今の状況を一言で説明するなら……修羅場だろうか。

 宿題を進める、と言う名目で集まったはずなのだが……

 いつものようにテーブルを隔てて男女で別れておらず、ドア近くの入口側に淑・噺・誠袈、テレビ近くの反対側に風輝・敬・明が座っている。

 しかも、何故か淑と誠袈は噺に寄り掛かりながら宿題を進めていた。

 

 

「……あ、あのさ。もうちょっと離れない?流石にやりずらいって言うか…。」

 

「…嫌です。」

 

「兄さんの意見は却下します」

 

 

 即答で噺の意見は破棄され、二人は宿題を続ける。

 目線で敬や風輝たちに助けを求めるが、どちらも首を横に振っていた。

 

 

(助けてよ!友達でしょ?!)

 

(いや、オレ死にたくないし。)

 

(俺も同意見。)

 

(無慈悲だ!)

 

 

 数少ない友人達にも見捨てられた噺は、最後の最後の手段にしていた明にコンタクトを取ろうとするが……寝ていた

 可愛らしい寝息を立てながら、ぐっすりである。

 ……どうりで、途中から声が聞こえなかったわけだ。

 普段の彼女なら、この状況に少なからず反応を示す筈。

 

 

 虚飾が何一つない彼だからこそ、彼女たちに好かれたのである。

 ありのままの自分で人助けを出来る浅井噺だからこそ、彼女たちは惹かれたのだ。

 誰も、こんな修羅場は求めて居なかった筈だが……

 

 

(…何か抜け出す方法はないだろうか……。)

 

 

 必死に抜け出す方法を模索していると、一つある方法を見つけた。

 ある方法を見つけた、と言うよりはあることを思い出したと言った方が正しい。

 

 

(…旅行当日の朝に言ってた事…『あの子たち、まだ気付いてないみたいよ。』。これの意味、昔のアルバムを見れば何か分かるんじゃ…。)

 

 

 考え始めたら止まらず、脳をフル回転させて仮説を立て始めた。

 何時、どこで、何があったのか?

 

 

(『お前』が『君』に変わったタイミング…これに何か関係してるのか?)

 

 

 考えがある程度纏まれば即行動。

 噺は寄り掛かっていた二人にごめんと言いながら立ち上がり、アルバムが閉まってある戸棚に向かう。

 数分もしない内に、保育園卒園辺りの頃から小学校入学までの写真が入っている古いアルバムを見つけ、テーブルに広げた。

 

 

 その場にいた全員(明以外)が、彼の行動に疑問符を浮かべていたが……一人だけ違う者が居た。

 ……淑だ。

 

 

(…あれ?この場所って私が行っていた保育園と…まさか…。)

 

 

 噺は一ページ一ページ、しっかり確認してから進める。

 そして、ようやく半分まで見終わった所で、ある写真を見つけた。

 保育園の入口で撮ったものだろう、噺と一緒にある少女が写っていた。

 腰まで伸びている夜空色の髪に琥珀色の瞳。

 ……胸には清水とひらがなで書かれた名札が着いている。

 

 

 彼はそれを即座に取り出して、隣に居る淑と見比べた。

 この写真に写る少女はあどけなさがあるが、間違いなく清水淑だ。

 直感と言われれば直感だが……

 淑が噺が持っている写真を見た途端、表情が変わった事から直感は確定的なものになった。

 

 

「えっ…?」

 

「…この写真に写ってる女の子は清水さんで合ってるよね?」

 

「…多分、そうだと思います。」

 

 

 噺はやっと、緩和や優和が言っていた言葉の真実が理解出来た。

 それと同時に、走馬灯のように過去の記憶が蘇った。

 

 ──────────

 

「淑、泣くなよ。お前が泣いても、引越しすんのは変わんないんだぞ?」

 

「だってぇ、だってぇ、噺くんと会えなくなるの嫌なんだもん!」

 

「…いつか会えるよ。もし、すっごい遠い所に行ったとしても、俺が会いに行くから…だから泣くなよ。」

 

「ホント?嘘じゃない?」

 

 

 ホントホント、と噺は言い張った。

 最終的に淑は泣き止んでくれたが、完全に自分の力で泣き止ますことが出来なかったのを彼は後悔した。

 だから誓ったのだ。

 もっと優しいやつになろうと。

 

 

 人助けをするのは昔から当たり前、だったら言葉遣いや態度を軟化させよう。

 その後は必死に努力して、今の浅井噺になった。

 …今の彼が居るのは、清水淑(守りたかった人)朝陽川光(守れなかった人)と言う似ている二人の少女のお陰である。

 

 ──────────

 

 色々と思い出した二人は、顔を赤くしながら向かい合っていた。

 お互いがお互いに忘れていたのだ。

 恥ずかしくて、顔を合わせることが出来ないのだろう。

 でも、そんなことではいけない。

 同時にそう思ったのか、二人は揃って顔を上げてこう言った。

 

 

『昔みたいに呼んでも良いですか?』

 

 

 言った言葉が同じだったことに、周りに居た誠袈や敬達も笑い本人達も笑った。

 簡単に昔のようには戻れないけれど…少しだけ近付くことは出来る。

 

 

「…改めて、お久しぶりです噺くん。」

 

「久しぶりだね……淑さん」

 

 

 変な所で恥ずかしがる噺は、正面切って淑を呼ぶことは出来なかったが、一歩前進することは出来た。

 

 

 まだまだ、恋愛戦争は終わらない。




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三十一噺「幽霊の助言」

 ──────────

 

「『夏祭り』、『幽霊』、『告白』」

 

 ──────────

 

 夏祭り、それは老若男女問わず笑って過ごす催し。

 八月のお盆前、噺たちは近くの神社で行われる夏祭りに遊びに来ていた。

 …全員が浴衣を着ているのは偶然か、はたまた……

 

 

「偶然ってあるもんだね。」

 

「だな~。まさか、俺まで着ることになるとは…。」

 

「お前らは柄的に男物だから良いだろ!オレは完璧に女物なんだぞ!御丁寧に髪飾りまで用意しやがって……。」

 

「なんだかんだ言って、ふーちゃんが何時も着ちゃうからダメなんじゃない?」

 

「そうかもしれませんね。」

 

「まぁまぁ。ここで時間を潰すより、出店を回りながら花火まで遊びましょうよ。」

 

 

 淑が何とか話を纏めるが、風輝は未だに文句を言っている。

 それを他所に、噺は辺りの出店の看板を見た。

 焼きそば、フランクフルト、かき氷、綿あめ、チョコバナナ、ヨーヨーすくい。

 定番ものがズラリと並んでいる。

 

 

 因みに、全員の柄は男子から、噺が紺と白の縦縞、敬が黒と白の縦縞、風輝が金魚が描かれた黄色主体の物。

 女子は、淑が向日葵の描かれたオレンジ主体の物、誠袈が睡蓮の描かれた水色主体の物、明が紅葉の描かれた薄紅色主体の物。

 

 

「……誠袈は何か食べたい物とかある?」

 

「チョコバナナが食べたいです!」

 

「噺、オレも~!」

 

「俺も俺も!」

 

「私も私も!」

 

「じゃ、じゃあ、私も!」

 

 

 誠袈に聞いたはずが、何故か全員欲しいと言い出したのでお金を徴収し、出店の店主らしきオジサンに六本分のお金を渡した。

 

 

「おじさん、六本お願い。」

 

「あいよ。普通のチョコバナナで良いかい?チョコミント味もあるぞ?」

 

「歯磨き粉はちょっと……。」

 

「貴様!チョコミントに対して失礼だと思わんのか!」

 

 

 突然現れた黒髪の浴衣少女に突然怒られる噺。

 よくよく見ると、彼女の手には計三本のチョコミント味であろうチョコバナナが握られていた。

 ……思わぬ所でチョコミント大好きな人に勝ち当たったらしい。

 おじさんがチョコバナナを容器に入れるまでの僅かな時間で、少女は噺にチョコミントの良さを力説していた。

 

 

 何とか窮地は逃れたが、容器を貰って出店の前を去る時もガン見されていた。

 若干殺気が篭っていそうな目に身震いしながらも、淑たちが居る場所に戻ったが……

 

 

「あれ?淑さんと誠袈は?」

 

「え?お前と一緒に行ったんじゃないの?」

 

「六本も持てないだろうからって、追いかけて行ったのオレ見たぞ。会わなかったのか?」

 

「すれ違っちゃたんですかね?」

 

「……ごめん。僕探してくるから、これお願い。」

 

 

 三本と三本とで分けて容器に入れてもらっていたので、一つを敬に渡して彼は走り出した。

 風輝は人混みの中を無闇に探しても無駄だと止めようとしたが、その時には噺の背中は完全に人混みに紛れて見えなくなってしまっていた。

 

 ──────────

 

「はぐれちゃいましたね…。」

 

「そうみたいですね。…あっ!電話!」

 

 

 神社の境内にて、はぐれてしまった二人はなくなくそこを訪れていた。

 分かり易いし、来やすい場所であるためだ。

 辿り着いてから途方に暮れていたが、淑が文明の利器の存在を思い出した。

 巾着からスマホを取り出して、電話をかけるために電源を付けたが……

 

 

「…う、嘘。電池切れ。…誠袈さんの方は?」

 

「…すいません、私の方も電池切れです。……でも、可笑しいです。私、家を出る直前までスマホを充電してたんです。…それが、まだ一時間も経ってないのに無くなるなんて…。」

 

「まるで、不吉なことの前触れみたい?なんちゃって。」

 

 

 ……二人の前に現れたのは、彼岸花が描かれた黒主体の浴衣を着た光だった。

 髪型も体型も違うのに、双子かと見間違う程似ている顔付き。

 誠袈も目を白黒させて混乱している。

 …逆に、当人たちは落ち着いていた。

 

 

「先輩の言ってた通り、ホントにそっくりなんスね。」

 

「…あなたが光さん…で、合ってますよね?」

 

「そうッスよ。私が朝陽川光です。」

 

 

 動揺はなく。

 真剣な瞳で淑は光を見すえた。

 嫉妬の心を向けていた相手であり、自分と似た顔を持っていた存在。

 ……何故動揺しないのか、彼女は自分でもよく分かっていなかった。

 

 

「…どうしてここに?」

 

「いやさ。誠袈ちゃんと淑先輩見てると、まどろっこしいんだもん。二人共堂々とアプローチすればいいじゃん。淑先輩に至っては、しっかりと言葉で伝えないと先輩は気付かないよ?」

 

「……二人共?」

 

「なんとな~く。淑先輩も気付いているんじゃない?先輩と誠袈ちゃんが普通の兄妹じゃないって。」

 

 

 …勘違いかもしれない。

 その思いは的外れだったらしい。

 仲の良い兄妹だとは思っていた淑だったが……もしかしてと思い始めた。

 

 

「誠袈さん…。」

 

「…悪いですか。自分の兄を好きになっちゃ。……しょうがないじゃないですか!気付いたら好きになってたんですから!」

 

「…よし、事実確認はOKっスね。後は……淑先輩の番じゃないですか?」

 

「私の…番……。」

 

 

 淑が内にある噺への想いを吐露そうとした瞬間。

 ベストタイミング……いや、彼女にとってはバットタイミングで彼は来てしまった。

 額に大粒の汗を垂らし、息は絶え絶えなのか肩が上下に揺れている。

 

 

「…まさか…とは…思ったけど…君だったのか……。」

 

「喋るのは息整えてからでいいっスよ、先輩。」

 

「有難く…そう…させて…もらう。」

 

 

 大きく二回ほど深呼吸をして、噺は何とか息を整えた。

 そして、息を整えたら整えたで、光たちの元に歩いて行った。

 

 

「…光、余計なこと喋っただろう?」

 

「真実を言ったまでですよ。…先輩たち、見ててまどろっこしいから。」

 

 

 カラカラと笑う光に、一発喰らわせてやりたいが……

 二人が居る手前そんなことは出来ない。

 ……それに加えて、誠袈のことがバレた可能性が大いにある。

 …出来るなら、淑には知られたくなかったがしようがない。

 軽蔑はされないだろうが…以前までと同じように接してくれるかは分からなくなってしまった。

 

 

「淑さん…その…。」

 

「誠袈さんから聞きました。噺くんはモテモテですね。」

 

「いや、そんなことは……。」

 

「謙遜しないで下さい。この場に居る全員、あなたのことが好きなんですから。」

 

「…………へっ??」

 

「…私はあなたに恋をしているんですよ。噺くん。」

 

 

 小悪魔のような微笑みで見つめてくる淑。

 頭の中が全く整理できてないまま告白を受けたため、余計混乱しているがこれでいいだろう。

 

 

(これくらい、仕返ししても良いですよね?だって、隠し事してたんですから……。)

 

「大体状況が掴めてきた。…ごめん、淑さん。返事は待ってもらっていいかな?ちゃんとした答えを出したいから。」

 

「…卒業式まで待ちますのでごゆっくり。…もし卒業式までに決まらなかったら…、その後は噺くんを最低二股野郎と呼びます。」

 

「滅茶苦茶嫌だ!!」

 

「ははは!やっぱり淑先輩って面白いっスね。」

 

 

 幻と言うか、幽霊と言っても過言ではない光は爆笑。

 誠袈は頭を手で抑えている。

 少し間が開き、噺が光と話し出す。

 

 

「光。今の君はなんなんだ?幽霊か……それとも…。」

 

「…別のナニカってことはないですから安心して下さい。先輩がネックレスを捨てない限り、私はこうやって時たま現れますからね。……関係が進んでなかったら頻繁に現れます。」

 

「何ともはた迷惑な……。」

 

「可愛い可愛い後輩に会えんるだからもっと喜んで下さいッス。」

 

 

 噺は適当にはいはいと返しながら、境内から出るために来た道を戻る。

 淑と誠袈と共に。

 

 

「君とはもう会わないことを祈るよ。」

 

「それぐらいの意気込みが1番っスね。」

 

「また会ったら、色々話を聞かせて貰えると助かります。」

 

「さよならですね、朝陽川さん。」

 

 

 それぞれが挨拶?をしながら去って行く。

 闖入者により更に加速する恋戦争。

 全員が同じ土俵に立ったら今、アプローチは増していくだろう。

 

 

 ……噺の理性が壊れるのが先か、淑と誠袈が彼の心を完全に射止めるのが先か。

 勝負はまだ半分にも届いていない。

 




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三十二噺「刺激は控えめに」

 ──────────

 

「『手袋』、『箱』、『変態』」

 

 ──────────

 

 変態、それは形や状態が変わること、それ以外にも普通の状態とは大きく違う異常な状態のことを言う。

 …最後の一つは──変態性欲の略である。

 

 

 夏休みも終わりに近づいたらある日。

 夏祭りから急激に関係性が変わった、噺・淑・誠袈の三人は何故か一緒に買い物に出ていた。

 理由は分からない…が、二人からのお願いを噺は断れずになし崩し的に買い物に付き合っている。

 

 

 勿論、嫌な訳では無いが。

 二人共遠慮がなくなったのか、噺は強制的に腕組みをさせられている。

 最初の内は近すぎる距離に戸惑ったが、慣れればそこまででもなく楽しそうに歩いていた。

 …時々当たる柔らかい感触にドキドキしていたのは、歳頃の少年として正しい反応だと、後に話している。

 

 

「…今日は何を買いに来たの?僕は何も聞いてないんだけど?」

 

「…私は秋服ですよ。お母さんからお金は少し貰ってるので安心して下さい。」

 

「私は本かな。今日、楽しみにしてた漫画の発売日なんです。」

 

「服屋と本屋ね…終わったら文房具屋に寄ってもいい?丁度シャーペンの芯切れちゃって。」

 

 

 淑と誠袈は特に何か言うことはなく、噺の要望を承諾した。

 傍から見れば、美少女を侍らせるラノベ主人公のようだが……実際は違う。

 先程から、見えない火花が噺の鼻先を掠めるように飛んでいる。

 …甘い雰囲気なんてない。

 そこにあるのは、恋する少女が出す相手への敵意だけだ。

 

 ──────────

 

 服屋に着いて、早速誠袈が離れた。

 自分で服を選びに行ったのだろう。

 女性物の服が並ぶ空間に、一人は辛いので淑が居てくれるのは心強い。

 ……辺りに居る男性客からは殺気混じりの視線が飛んでくるが、敢えて無視する。

 

 

(……恋人放っておくと嫌われますよ。)

 

 

 恐らく恋人と来てるであろう男性客たちの殆どが、淑の容姿に目を奪われている。

 ……一部の女性客も、羨むような視線で淑を見ていた。

 淑の今日の服装は涼しそうな白い肩出しシャツと、膝丈程の黒いスカート。

 今、服を探している誠袈も涼しそうな紺のノースリーブとジーンズ。

 

 

 どちらも意中の男性を射止める為にオシャレに気を使っている。

 …一応、噺も服装に気を使っているのか、薄水色の襟付き長袖シャツと七分丈ジーンズを着ている。

 シャツの方は、肘手前辺りまで袖を捲っているので、無難に悪くない格好だ。

 

 

 普段、こう言う服を着ない噺は母親である緩和に色々指導を受けたとか……

 

 

「珍しいですね、噺くんがそう言う格好をするのは。何だか新鮮です。」

 

「そう?変じゃないよね?」

 

「カッコイイと思いますよ。」

 

 

 にっこりと笑う淑。

 彼女の表情と言葉に少し戸惑いながらも、噺は小さくお礼を言った。

 その後は目逸らすように、掛けてある服に目を移した。

 

 

 目を移した場所は小物のコーナー。

 リボンやらなんやらが売ってる中に、異物のように混じっている物があった。

 噺からした、それは驚きの光景。

 

 

「ねぇ、淑さん?一つ質問なんだけど。…季節的には秋服が揃えてある場所に、手袋っている?」

 

「人によってはいると思いますよ。私も、寒いと十月頃から手袋してますし。」

 

 

 手袋。

 手を温めたり、保護するための物。

 基本は冬物として売り出すことが多いと思っていた噺からしたら、秋物の服が置かれる場所にそれがあるのは異常だった。

 

 

 二人が手袋の重要性を話していると、誠袈が手に何着か服を持ってひょっこりと現れた。

 ……何着の中にネグリジェが入っているのに気付いたのは…もう少しあとの話だ。

 

 

「服を見て欲しいので、試着室の前で待っていて下さい。」

 

 

 誠袈はそう言って試着室のカーテンを閉めた。

 そこからは、彼女の一人のファッションショーが始まり、一つ一つ素直に感想を述べた。

 …次が最後です、と誠袈が言ったので感想を言う事から解放されると分かった噺は、密かに心の中でガッツポーズをした。

 

 

 流石に、妹の服の感想をつらつらと言うのは恥ずかしい。

 待つこと五分。

 中々出て来ない誠袈。

 淑は少し御手洗に行ってきますと言って、席を外してしまった。

 

 

「…誠袈?ちゃんと着れた?」

 

「ひゃ、ひゃい!き、着れましたから…少しだけ待ってください!」

 

「そ、そう。」

 

 

 語気が強くなったことに噺は驚くが、待っていろと言われたので大人しく待つことにした。

 待つこと数十秒、何故か誠袈が手だけを出してきた。

 もしかして呼んでいるのだろうか?

 トラブルがあったら不味いと思い誠袈の手を取る。

 

 

 それがトラブルの引き金とも知らずに。

 

 

「わっ!?」

 

 

 彼女の手を取った瞬間、噺はいきなり試着室に引き込まれた。

 …中に居たのは……

 薄紫色のネグリジェを見に纏った誠袈だった。

 ネグリジェ特有と言っても過言ではない生地の薄さから、ハッキリと下着が見えてしまう。

 

 

 脳が情報力に耐え切れずキャパオーバー。

 頭が茹でダコのように熱くなり、湯気が出始める。

 誠袈も恥ずかしくなってきたのか、兄同様頭が茹でダコ状態。

 思考が半ば停止中のその時──事件は起きてしまった。

 箱の中のような試着室のカーテンをチラリと覗く瞳。

 

 

「誠袈さん、噺くんどこに…………変態。」

 

「ちょ!待って!淑さん!誤解、誤解だから!」

 

「……兎に角、早くそこかて出てきて下さい。…誠袈さんも噺くんも、纏めてお説教です。」

 

『……はい。』

 

 

 楽しい買い物だった筈が、カフェで小一時間説教され。

 

 その日一日、噺は変態さんと言われ続けたそうな……




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