ダンジョンで誓いを果たすのは間違っているだろうか (匿名)
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前章譚~Prologue~
前章譚”芽吹き”


 これはとある少年と少女の物語のプロローグ。

 

 ――を憧憬する絶望を未だ知らない無垢な時代。

 

 これはまるでありきたりな、――譚の序章だ。

 

 

 ダンジョン都市”オラリオ”、幾重もの冒険者たちがさまざまな目的のために人と神々の作り上げしバベルの塔からダンジョンへと潜る。

 神と契約しファミリアを形成し、それぞれの冒険譚を作り上げる。

 だけれど、そこに至るにはまだ彼らには時期が早い。これはまだ序章なのだから。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 オラリオから五日ほど歩いて北にあるとある村。そこに多くの冒険者たちが集まっている。彼らの防具や設置された旗にはどれも星と雷のシンボルが記されており、それは彼らがファミリアを形成していることを意味していた。

 彼らのファミリアの名はゼウスファミリアとヘラファミリアの混成軍。

 この世界でおそらく最強のファミリアの二つである。

 

 彼らは現在、本来の仕事の迷宮探索を一時中断しとあるミッションを行っている最中だった。

 それは世界三大クエストと呼ばれる、三体の大型モンスターの討伐である。

 

 「陸の王者」ベヒーモス。

 

 「海の覇王」リヴァイアサン。

 

 そして「空の暴君」邪眼の黒龍。

 

 村の広場の中央に立てられた少し大きめなテントの中は現在対策本部のようになっており、長テーブルの周りにゼウスファミリアとヘラファミリアの幹部たちが集まっていた。そしてテーブルに置かれた大きな革地図には×のマークが二つ。

 一つはベヒーモスと書かれた谷の場所。もう一つはリヴァイアサンと書かれた海の場所。

 

 テントの一番奥で地図を眺め大きく息を吐いた白髪の男は幹部の全員が集まったことを確認すると喋り出す。

 

「ようやく陸と海を倒した、あとは空。黒龍だけだ!」

 

 ゼウスファミリア団長アルはそう高らかに響く声で宣言する。

 白髪に金色の瞳を持つ美男子であるアルはまさに現代の英雄と言われるに相応しい実力を兼ね備えている。銀色に輝く鎧にはラインを則るかのようにして紅色が飾られており、腰に携えられた銀色の剣も目を引きかなりの業物だとわかる。

 

「おう団長!そのクソトカゲをぶっ倒せばようやくオラリオに帰れるな!」

 

「はぁ、久しぶりにあの店のご飯が食べたいわ」

 

「俺もようやく妻と息子に会えそうだな!」

 

 団員たちの士気が高まっているのを満足げにアルは確認すると、まじめな顔つきになった報告を聞く。

 

「それで、黒龍の状況はどうだ?」

 

「はい、遠視で確認したところ未だ黒龍は山の頂上付近で寝静まったかのように大人しく、すぐに暴れてくることはないでしょう」

 

 アルの傍らにいる小人族(パルゥム)の青年が水晶玉からその風景を見せた。彼の魔法の一つである使い魔による遠隔監視能力によるものである。

 その水晶に映っているのは、岩肌が荒れ尖った山の一角でその大きな体を丸めて動かない漆黒の巨体。凶悪そうな鋭さを持った漆黒の輝き一枚一枚が名匠の剣と同等の堅さと切れ味を持った鱗だなんて全く悪い冗談のような存在。それこそが今回の標的である黒龍だった。

 眠っていても溢れ出すその凶悪さに全員が息をのむのがわかる。

 

「そうか。だが油断もできない、全員気を引き締めておけよ?」

 

「わかってるよ!前回だって死にかけたんだ、今更あいつらを舐めたりなんてしないぜ!」

 

「まぁ、それでもなんだかんだで私たち生きてるしね。今回も生き残るわよ!」

 

 そんなドワーフとアマゾネスの言葉に全員頷き合い、集会は終わり各々がテントから出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おとーさん!!」

 

 そうしてアルもテントの幕を潜ると自分を呼ぶ可愛らしい少女の声に顔をほころばせる。

 そこにいたのはヒューマンの親子だ。

 二人とも金色の髪が長く垂らされ金色の瞳は宝石のように美しいまるで精霊のように整った容姿をしている。

 

「アイズ、アリアも一緒か」

 

「お疲れ様アル」

 

 アルは駆け寄ってきたアイズを抱き上げると、アリアとともにそっと抱きしめる。そんな何気ない温もりが彼に癒しを与えた。

 

「ねぇおとーさん見てみて!」

 

 そう言ってまだ6歳のアイズが小さな手で差し出してきたのは黄色と白の花で編み込まれたアイズの頭サイズの花冠だった。

 アイズがそんなものを見せてくれたが初めてだったのでアルは驚きながら褒めた。

 

「おぉ、きれいに作れたな!アリアに教わったのか?」

 

「違うわよ。私じゃなくて」

 

「ベルに教わったの!」

 

 そう、満面の笑みで告げる娘にアルはアイズの出した名前の少年を思い浮かべる。

 この村で出会った自分と同じ白髪と兎のような赤い目を持った少年のことを。

 

「そうか、彼に教わったのか」

 

 アイズの頭を撫でながらアルはこの村に来てアイズが彼と出会ってから笑顔が増えたことが嬉しかった。クエストのせいで各地を転々としている自分たちに連れまわされて来たアイズには初めての友人である。

 またベル自身は両親がおらず、村全体で彼の親代わりをしているらしく。アイズのおかげでベルも楽しそうだとお礼を言われたこともある。

 

「ベル君の方が年下なのに、アイズよりも物知りで器用よねー」

 

 少しからかうように微笑むアリアにアイズは顔を赤らめ口を尖らせながら叫ぶ。

 

「べ、ベルだって私よりもおっちょこちょいだもん」

 

「あらあら」

 

「アリア、その辺でやめといてやれ」

 

 顔を真っ赤にする娘を笑いながらアルはその場を諫める。

 アルは軽い動作でアイズを肩車すると、アリアの手を取り間借りしている家への帰路に着く。

 アイズは最初こそアリアのからかいに唸りながらアリアを睨んでいたが、アルの白髪を弄っているうちにそんなことを忘れたかのように上機嫌になった。

 

(こんだけ髪の毛引っ張られてて、俺将来禿げないかな……)

 

 とはいえ愛娘の機嫌のためだ。アルは将来の不安を素知らぬふりをする。

 アリアもそんなアルの心中を知ってかクスクス笑っている。そこには超級冒険者の影などなく、ただただ娘と妻を愛する夫があった。

 

 三人の影が揺れながら歩いていると、そこに一人の影が追加される。

 アル達の家の前に小さな影が一つ待っていた。

 まるでぴょこっと言う効果音が似合う、小柄で兎のような白髪と赤目の少年が三人を見つけると手を大きく振りながら駆け寄ってくる。

 

「アイズちゃんとアルさんとアリアさんー!」

 

「あ、ベル!」

 

 ベルが現れたことで頭の上のアイズの機嫌はよりよくなり、ベルに手を振っているのだろう。アルは少しだけ頭がこそばゆくなる。

 そしてアルも手を上げ振り返そうとすると、どうにもベルの小柄な体で手を振りながら走ってくるには体勢が不安定であり……

 

「おいおい、そんな走ると」

 

「あ!」

 

 足元にあった石に躓き転んでしまいそうになった。しかし痛みに耐えるために目をつぶったベルにはいつまで経っても痛みはなく、そっとベルが目を開けるとそこには逞しい腕が自分を支えていた。

 アルは自分の腕の中でキョトンとしているベルに苦笑いを浮かべる。

 

「ほら!ベルの方がおっちょこちょいだもん」

 

 これ然りと言わんばかりにアイズは嬉しそうにベルを指さしながらアリアに訴える。

 その言葉にベルは自分の状況を理解したのか恥ずかしそうに顔を赤くした。

 

「あ、うぅ……」

 

 そのなんとも庇護欲を注がれる子兎に、アリアはアイズの訴えを聞き流しながらベルに話しかける。

 

「それでベル君、家の前で待ってたみたいだけど何か用でもあったの?」

 

「えっと、その……レルバのおじちゃんが村を守ってくれてるアルさん達に野菜をって」

 

 ベルがアルの家を指さすと、玄関先に新鮮な野菜がざるに乗せられ置かれていた。

 黒龍討伐までの間この村を拠点にさせてもらっているアルたちはその軽い感謝のつもりで周辺のモンスターの討伐を行っていたためそのお礼だろう。

 

「お、ありゃ旨そうだな!ありがとなベル!」

 

 そう言ってアルはベルの頭をガシガシと力強く撫でる。

 少し痛そうではあるが、ベルは少し照れ臭そうに下をうつむいている。

 その光景に少しモヤモヤしたアイズはアルの肩から降りると、アルからベルの頭を奪い取るように力いっぱいに撫でだした。

 

「ア、アイズちゃん、痛いよー!」

 

「…………(ツーン」

 

「あらあら、アイズはアルもベル君も大好きだからねー」

 

「はは、そうだな」

 

「それにしても……そうやってるとベル君もうちの子みたいよね」

 

 アリアは指で額縁のような形を作り、その穴に白髪の夫と白髪の少年を映し込ませた。確かに瞳の色以外は傍から見れば親子のようであった。

 

「ベルは私のおとーと……?」

 

「そりゃ面白い!ベル、俺の息子になるか?」

 

 アイズは難しい顔をしながら考え込み、アルはアリアの言葉に悪乗りする。

 当然ベルは慌てふためき。

 

「あ、アルさんはおとーさんってじゃなくて、僕にとっては街を救ってくれた英雄で!だ、だから、えっと……あ、じゃなくてアルさんがおとーさんなのが、嫌ってことじゃなくて!」

 

 予想通りの慌てふためきようでアルとアリアは必死に笑いをこらえる。

 

「アルさんは僕にとって物語の英雄なんです!!!」

 

 そう息を荒げて締めくくったベルに、アイズは頬を膨らませながらアルの足に抱き着き。

 

「ダメ、おとーさんは私の英雄」

 

 ガーンという効果音が聞こえてきそうなほど、ベルの口が大きく開かれた後、悲愴に満ちて体育座りをしている。

 しかしそこにかぶせるようアリアは面白そうに続く。

 

「あらアイズ、お父さんは私の英雄だから、アイズのじゃないわよ?」

 

 これまたベルと同じような顔をしたアイズはそっとアルのことを見上げると、アルは仕方なさそうな顔で言う。

 

「そうだな、悪いが俺じゃアイズの英雄にはなれない」

 

 アイズの目が見開かれ、口も大きく開けてベル同様体育座りを始めた。

 

「だから」

 

 アルはそっとアイズの頭をやさしく撫でながら。

 

「アイズは、自分だけの英雄を見つけるんだ」

 

「私だけの…英雄」

 

 アイズはそこで先ほどのアイズの言葉にショックを受け座り込むベルを見て立ち上がり駆け寄る。

 

「?」

 

 アイズが近づいてきたことに気が付いたベルがそっと顔を上げると、アイズはその今はまだ頼りない少年の顔を頭ごと引き寄せて抱きしめた。

 

「あ、アイズちゃん!?」

 

 突然のことに驚き、顔を赤くして抜け出そうと体をよじるベルだがそれは余計にアイズのまだ未発達な胸に顔を擦り付けているようになっていることに気がついてはいない。アイズもそんなことは気にせずベルに聞く。

 

「ベルが、私の英雄になってくれる?」

 

「え?」

 

 その言葉にベルは何も言えず動けなくなる。ただ頭にあるのはアイズの言葉。

 

(僕が、アイズちゃんの英雄……?)

 

 ベルの体は次第に熱くなっていき、どこか顔もさらに赤くする。

 

「おーい、ベル!夕飯だぞ!」

 

 と、そこでベルを呼ぶ声が響く。先ほどベルに使いを任せたレルバだ。

 

「あ、うん!じ、じゃあねアイズちゃん!」

 

 ベルはその言葉に我を思い出し、アイズの拘束から抜け出し脱兎のごとく逃げ出した。

 

「あ、ベル……」

 

 残されたアイズはその行き場のない手をベルの去っていった方向に伸ばすだけだった。

 

 そんな光景を微笑ましく、しかし少し心配そうな目で二人は見ており、アルは思う。

 

(こんな幸せな日常がずっと続けばいいんだがな……いや、俺が守らなくちゃなこの家族(ファミリア)を)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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前章譚Ⅱ”始まりの夜”

 アイズはあの時から少し変わった。正確には一人の少年に向ける目が変わりつつあった。

 今までは子兎のようなペット、よくて弟のような感覚で会ったのだが、最近はアイズですらこの感情がわからなくなってしまい子兎を目の前にすると逃げ出してしまうのだ。

 

 そのせいで子兎もアイズに嫌われたと思って気を落としているのだが、ここで思い悩み責任を感じているのがアルである。自分の不用意な発言のせいでまだ幼い子供たちの想いをかき乱してしまったのだと。

 よくよく考えれば、アイズはまだ6歳。ベルなんてまだ4歳である。そんな二人の夢を壊すかのように諭していた自分は何と大人げないことか。

 まさか世界最強の冒険者である彼が、黒龍の闘いよりも子育てで苦悩しているだなんて誰が考えよう。と、そこで助け舟を出したのは他でもない子兎、ベルだった。

 顔を俯かせながらアルに近づいてきた少年はアルへと顔を振り上げると、確固とした瞳でアルを見つめながら言った。

 

「アルさん、英雄ってどうしたらなれるの?」

 

 ベルもまたどうしてアイズに嫌われたのか(実際はそうではないのだが)。そうして出した結論はあの時、アイズに英雄にならないかと問われたときに逃げ出してしまったことが原因なんじゃないか。そう考えると堪らなく情けなくなってしまったのだ。

 あの時のベルは抱きしめられていることの恥ずかしさや、アイズが物語のお姫様であることを想像したりして照れてしまい逃げ出したのだが、確かにあの時体の奥で熱いものは感じた。それこそ、幼い少年が憧れと夢を持つには十分なほどの想い。

 

「僕はなりたいです。英雄に……アイズちゃんの英雄に!」

 

 だからここに来た。自分が一番かっこいい英雄だと思う憧憬のもとに。

 アルは両の拳を握り力強く宣言する少年の一途な思いを微笑ましく思い、そして心配した。

 

「ベルは、アイズのどんな英雄になりたいんだ?」

 

「アルさんみたいな英雄です!」

 

「それじゃダメだ」

 

 アルはベルの純粋な憧れの声を謝りつつも否定した。

 

「え?」

 

「英雄だっていろいろいる。英雄の数だけ強さがある。だから、自分だけの理想を見つけなきゃいけない」

 

「……僕にはまだわからないです」

 

 アルは考え込み俯くベルの頭を優しく撫でる。

 

「ま、そんなすぐに答えが出るようなもんじゃない。……いや、答えなんてあるかもわからない」

 

「え?」

 

「だけど嬉しいぜ。アイズの英雄になりたいって言ってくれて」

 

 自分を見上げるルベライトの瞳と目を合わせ言う。

 

「ベルがいればきっとアイズは大丈夫だ。だからお前の気持ち、ちゃんとあの子に言ってやってくれ。他でもないアイズの父親が味方なんだぜ?胸を張って自分の想いをぶつけてきたらいい」

 

「――うん!」

 

「そしたら、俺がお前を鍛えてやってもいいぜ?」

 

「ほんとー!?」

 

「あぁ、大事な愛娘を預けるんだ。生半可なままじゃ許さないぜ?」

 

「うん、僕頑張る!」

 

 アルはその憧れに満ち、強くなろうとする少年の視線に思わず言葉を漏らしてしまった。

 

「なんなら俺らと一緒に来るか?」

 

「アルさん……達と?」

 

「そうだ、迷宮都市オラリオ。冒険者のま――」

 

 そこでアルは口を閉じる。

 

「アルさん?」

 

「いや、何でもない。それより早くアイズんとこ行ってやってくれ。きっとベルのその思いを聞いたらまた仲良くなれるさ」

 

「わかりました!伝えてくるね!!」

 

 そう言ってやるとベルは一目散にアイズのもとに駆け出した。その姿はいつものような子兎ではなく、カッコいい男の子の背中だった。

 

 

 

 

「危ねぇ危ねぇ、俺は何を言ってるんだ」

 

 ベルが走っていったのを見送った後、アルは先ほどの発言を後悔した。

 確かにベルには親いない。だが家族ならいる。この村の全員があの子の家族なんだ。天涯孤独だった自分とは違うのだ。なのに、不用意に危険と隣り合わせの冒険者に誘うなんて。

 それに、ベルに失望させたくなかった。多くの冒険者がいかに物語の英雄とかけ離れているか。いかにベルの目指している英雄が辛い道のりなのかを。

 あの純粋な瞳を余計な真実で汚したくなかった。

 

 けれどアイズにはベルが必要だ。既にアイズの中ではベルの存在が大きく膨れすぎている。

 この任務が終わればゼウスファミリアはオラリオに帰る。いや、帰らなければならない。英雄の凱旋として多くの者が待っている。

 つまりアイズもだ。このままでは二人は別れ離れになる。自分でも都合のいい話だとは思っているがベルにはアイズと仲良くなってもらいたかった。

 板挟みだ。

 

「今、ベル君が嬉しそうに走っていったんだけど、背中でも押してあげたの?」

 

「アリア」

 

 いつの間に隣に立っていた愛する人の言葉に気を取り戻す。

 

「アリア、ベルはアイズの英雄になれると思うか?」

 

「……それはわからないわ。ただ、私はベル君にあの子の英雄になって欲しいと思ってる。私があなたに助けてもらったのと同じように」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 そしてその静寂を先に破ったのはアリアだ。

 

「さぁ帰りましょ。うじうじ悩んでても仕方ないわ」

 

「そうだな。今俺たちがしないといけないことは、一刻も早くあの黒龍を倒すことだ」

 

「それが終わったら改めてベル君に聞きましょうか。ベル君がどんな道を進みたいか」

 

 アルは黒龍の眠る山脈の方向を眺め、静かに頷いた。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 その日の夜はアイズはとても大人しかった。

 ただ、気落ちしているのではなく。その頬は仄かに赤く綻び、目じりは下がっていた。

 アリアが何を聞いても教えてくれないが、ベルの名前を出すと明らかな動揺と羞恥を見せアリアを面白がらせていた。

 どうやらあの少年は上手くやってくれたらしい。

 

 アリアにからかわれ続け疲れたアイズはいつもよりも早くベッドに入り、その瞼を閉じた。

 昨日よりも柔らかいその寝顔を見ながらアリアはそっとアルに呟く。

 

「やっぱり、ベル君は一緒に連れていきたいわ」

 

「おいおい、それは俺たちが決めることじゃないだろ」

 

「わかってるわ。ただ、私たちがじゃなくてきっとこの子が諦めないわよ」

 

 アリアは眠るアイズの髪をそっと撫でながら言う。

 

「なんたって私たちの子供だもの。諦めの悪さに関しては一級品よ」

 

「……そうだな」

 

 その言葉に確かにそうだと、思わず笑いが漏れ出す。

 

 

 

 

 

 と、その時だった。満天の星々が輝く夜空に影が遮り、轟くような咆哮が響いたのは。

 

「「!?」」

 

 さすがの一級冒険者。行動は早い。

 アリアは即座に毛布でアイズを包み抱き上げ、アルは装備を整えそんな二人を連れてすぐに家を飛び出る。

 

 上空を見上げても、その正体はいない。

 だが、Lv8のアルの瞳には確かに奴が映っていた。更に北の空。そこに複数配下を連れてこちらにゆっくりだが飛翔する、黒龍(災厄)の姿を。

 

「全員、第一級非常態勢!!!!」

 

 アルのこれ以上ない叫び声が村全体に響き渡る。

 

「目標!!北の空より複数のモンスターを引き連れ接近中!!!村人の避難を第一優先!!!」

 

 ゼウスファミリア団長アルの声は即座に村全員を動かせた。

 団員たちの大半は今なお村に残っている多くの村人の避難活動に行い、幹部のメンバーは即座にアルのもとへと集まる。

 

「カルスどういうことだ!黒龍は今も北の山で眠っているんじゃなかったのか!」

 

「そんな馬鹿な!!」

 

 ドワーフの叫びに、遠視のスキルを持つため黒龍の監視をしていた小人族のカルスが驚愕の悲鳴を上げた。

 

「僕の遠視はまだあの黒龍が北の山で眠ってるのを映しているのにどうして!」

 

 その言葉に他の幹部は皆息をのむ。全員カルスの力を信頼している。だからこそ、彼の言葉は信じられるしこの状況の異様さは理解できる。

 そしてその答えを出したのも、カルス自身だった。

 

 カルスは気づいたのだ。今こちらに向かっている黒龍の姿が、水晶に映る黒龍よりも一回り大きいことに。

 

「そんなまさか……」

 

「おい、カルスどうした!」

 

 カルスはあり得ないと考える。なぜなら自分はあの時あの場所で黒龍が眠りにつく瞬間を見ていたのだ。もし、そうなのだとしたらいつの間に。

 

「いつの間に、あいつは自分の抜け殻と入れ替わってたんだ!!」

 

 黒龍はその身を脱皮させ、抜け殻をアルたちの監視の身代わりにしたのだ。しかし、監視していたのにもかかわらずいつ脱皮をしたのかはわからなかった。いや、確かにカルスが目を離した機会がないわけではない。しかしその短い時間で?

 

「カルス!」

 

 アルの一喝にカルスは回る回る思考を切り上げた。

 

「お前のせいじゃない。これは間違いなく誰も想定していなかったことだ」

 

「団長……」

 

「今俺たちにできることはなんだ!この村の人たちを守り、あの黒龍を倒すことだ!!」

 

 今まで浮足立っていた団員たちの気がより一層深く深く引き締まっていくのを感じる。アルの、英雄の言葉は自分たちに力を与えていく。

 

「お前たち」

 

 

 アルは一歩、村からさらに北の方向に力強く踏み出すと、仲間(家族)に叫ぶ。

 

 

 

 

「冒険をしに行くぞ!」

 

 

 

 

「「「「はい!!!」」」」

 

 レベルが低い他の団員たちは村人の避難を行っている。

 なら自分たちがすることは一つ。村人が逃げるまでの時間稼ぎ……いや、あの黒龍を倒すことだ!

 そう、心を固めた団員たちは即座に武器を構え村の北側へと走っていく。

 

「アリア、お前はアイズを連れて他の村人たちの避難を助けてやってくれ!」

 

「アル!」

 

「もしかしたら南側にもモンスターがいるかもしれない。お前がいればきっと心強い」

 

「……わかったわ」

 

 そこで黒龍の部隊の先兵隊の攻撃だろうか、村にいくつかの爆発音が響いた。

 

「……!行け!!!」

 

 アルは全力で他の幹部のように北側に向けて走り出す。

 アリアはアルに背を向け、南に向かって走り――。

 

 

「おかーさん、ベルは?」

 

 

 背中から背筋の凍る声がかかった。

 いつ起きたのだろうか、背負っていたアイズの不安そうな声が聞こえた。自分の背中を握るアイズの手に力がこもる。

 「大丈夫、もう避難しているはずだよ」と、そういうのは簡単だが嫌な予感がそれを許さない。

 

 先ほどの爆発音は北西と北東から響いた。そして、ベルの家は北東の村の外れである。

 

「ベル君!」

 

 アリアはそう叫ぶよりも早く、アイズを抱え走っていた。しかし、その選択は間違いであった。アイズを連れていくべきではなかった。一縷の望みにかけて他の者たちとともに避難するべきだった。そうでなくても、せめて剣の一本でも持っていくべきだったのだ。

 そうすれば最も最悪な展開だけは防げただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘……」

 

「あ、あ……や。いや」

 

 アイズたちがベルの家の前かけてくるとそこには絶望が待っていた。目の前に広がる、あの青色の屋根の花がいっぱい咲いていたはずのベルの家は、真っ赤に天を焦がすかのように燃え上がっていた。家は既に柱だけを残すように半壊しており、ところどころの壁は焼き堕ちていた。

 だがせめて、先にベルが避難していてくれたら。そんな二人の一縷の望みすら叶うことはなかった。

 アイズはその光景に目を見開き涙を溜める。

 

 

「やめてよ……うそだよ」

 

 

 家の玄関、燃え堕ちた木製のドアの先。そこに少年はいた。

 処女雪のように綺麗で柔らかそうな髪は灰と焦げにより黒くなり、服も幾分か焼け落ち見える肌には痛々しいやけどの跡がついていた。

 

 

 

 またいつものように笑ってよ。あの誓いをもう一度聞かせてよ。

 そんなアイズの願いは届かない。

 

 

 そこで意識なく倒れていたのは子兎の少年。ベルだった。

 

 

「やああああああああああああああああああああ!」

 

 

 アイズは喉からのその嘆きは灰が飛び交う薄汚れた夜空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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前章譚Ⅲ“絶望の夜”

 目の前で倒れている少年をアイズは信じたくなかった。その光景を否定するようにアリアの腕からもがき降り、ベルの元へと駆けていこうとする。アリアはまずいと思いつつも声が出なかった。大好きな人が目の前で倒れているとき、ただじっとしていられないその気持ちが痛いほどわかるから。

 ただ、駆けだそうとするアイズはそれ(それ)のせいで足を止めてしまう。そしてその瞳を恐怖に染まる。

 

「どらごん……!?」

 

 荒々しい咆哮とともにその赤色の翼をはばたかせ空から現れる複数の影。本来であればダンジョンの下層にしか出ない推定レベル5のモンスター。赤黒い鱗に覆われたその巨体のドラゴンが4体。燃え盛る家を目印に集まっていた。そのドラゴンの名はインペリングドラゴン、黒龍の眷属のドラゴンである。

 そしてそこに降り立ったというのは玄関先に倒れているベルを囲んでいるのと同義。

 アイズは初めて見たドラゴンに足がすくみ、腰を抜かせて動けなくなった。アリアは急いでアイズを庇うように力強く抱き寄せる。

 

「おかーさん、ベルが!……ベルが!!」

 

 アイズは悲痛な叫び声とともに必死にベルのいる方向に手を伸ばす。しかしアリアは血が出るほどに唇を噛み締めそれを許さない。

 インぺリングドラゴン自体のレベルはアリアよりも劣る。しかし目の前にはそれが4体。魔法剣士であるアリアが武器も持たずにガードナーなしで戦うには厳しい状況である。しかも動けないアイズを抱えて逃げるだけならまだしも、意識を失っている、もしかしたら……のベルをあの群れの中に助けに行ったら逃げることすらできず戦闘になるだろう。そして二人を守りながらアリアが勝利する可能性はゼロに等しい。確実に二人は戦闘の余波には耐えられないだろう。

 

「ベル!ベル!!」

 

 必死に手を伸ばすアイズを見て、アリアはもしここにいるのがアルならと自分の無力さと心臓が張り裂けそうな思いに襲われながら決断する。

 

 それは冒険者としては、相手の力量を見極めた正しい行動である。しかし母としては、娘に死ぬことよりも苦しいことを味合わせることになる。

 

 そしてなにより自分自身もそんな選択は取りたくはないと心が叫んでいる。

 

 それでもアリア()アイズ()に死んでほしくなかった。

 

「おかーさん……?」

 

 

 

 

「アイズ……ごめんなさい」

 

 

 

 

 アイズの首元に軽く振り下ろされる手刀。

 アイズが薄れゆく意識の中最後に見たのは、ドラゴンたちが少年を囲むように降りてくる姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどから嫌な予感が首元を刺す。だが、今ばかりはそれを気にすることはできない。

 何故なら今、アルト団員の目の前にはやつがいるからだ。

 

 その巨体は30mにも及び、体中は漆黒の強固な鱗で包まれ、その瞳はまるで呪いでも発しているかのように禍々しい紅紫。

 その身にまとう覇気は、アルと同等以上のものだろうか。

 

「団長、こいつぁ他の2匹よりもやべぇんじゃないか?」

 

「あぁ、だがそれより気になるのはこいつが一人でいることだ」

 

「そ、そうです!あいつは配下を連れていたはずなのに!!」

 

 団員たちの間に緊張が走る。つまり黒龍の配下は黒龍とは別の方向。避難している村人たちを追っている可能性があると。

 

『小サキ者タチヨ』

 

 轟くような声が目の前から発せられる。体中の神経が騒めき鳥肌が立つ。それは間違いなく黒龍の声だった。

 

「さすが黒龍、まさか人の言葉をしゃべるなんてな」

 

 その衝撃に団員たちは固まりいち早く反応したのはアル。

 

『ナゼ抗オウトスル』

 

「逆に聞く。何でお前はこの村を襲う!」

 

『我ハタダ縄張リヲ広ゲヨウトシテイルダケダ』

 

「ならこの村のないところで広げろ!わざわざこの村を襲うな!!」

 

『我ラハ襲ッテイルツモリハナイ』

 

「何をぬけぬけと!」

 

 黒龍の表情はわからない。ただその言葉からなんとも不思議そうに言ってることだけは理解できた。

 

 

『貴様ラハ畑ヲ開拓スルノニソノ土ニ巣クウ虫タチノコトヲ考エルノカ?』

 

 

 黒龍のその言葉が全てを物語っていた。それが種族の壁。価値観の違い。

 人間から見たら絶対悪の価値観なのだと。

 

 ならばこれ以上の言葉のやり取りはいらない。

 

「エルマ、お前は今すぐに避難メンバーに追いつき護衛についてこい」

 

「アル!」

 

「アリアだけじゃ不安だ。だからお前も行ってくれ」

 

 エルマと呼ばれた蒼いローブを着こなすエルフはヘラファミリアの団長(もっともゼウスとヘラファミリアは合同ファミリアのようなものなので実質副団長だが)。レベルはアルよりも一つ下。先ほど見えた配下のドラゴンなら相手にならないだろう。

 

「くっ、私がいないで死んだら容赦はしないぞ!!」

 

 エルマは配下のドラゴンをすべて倒し再び戻ってくると宣言し、疾風のごとく走り出す。

 

「さぁお前らエルマは行っちまったが、まさかそれだけで不安になるやつはいないよな?」

 

 アルはゆっくりとその腰に携えられた鞘から一振りの剣を抜き出す。

 銀色に輝くそれは、異様なまでの迫力と美しさを持っていた。

 

 神ヘファイストス直々に鍛えられ上げたその剣の名前は”白銀の聖剣”。勝利を約束する英雄の剣だ。

 

 その問いに答える者はいない。

 もはや言葉などいらなかった。

 アルが剣を抜いた。たったそれだけのことが彼らに道を示す。

 

 

「“剣神”の名においてお前らに託す。命を懸けろ。けれど命は捨てるな」

 

 

 剣を黒龍に向け、高らかに叫ぶ。

 

 

「俺がこの戦いの勝利を約束する!!」

 

 

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」

 

 

 今この時、ゼウスファミリアの冒険譚の最終章が刻まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識を失わせたアイズを抱え走り切ったアリアは何とか、他団員が先導するキャラバンに追いつくことができた。そして同タイミングで到着したエルフから声がかかる。

 

「ここに居たかアリア!よかった、まだキャラバンは襲われていないようだな!」

 

「エルマ!何でここに!?」

 

「アルからの命令だ。黒龍の配下がこちらを狙っている可能性がある……」

 

 エルマはアリアに抱きかかえられているアイズに気が付いた。

 アイズの頬には意識を失ってもなお涙が流れて、とても苦しそうな表情だった。

 

「意識を失っているのか、大丈夫か?」

 

「…………ッ!」

 

 アリアのこれ以上ない痛々しい表情に、エルマは驚く。そしてアリアの次の行動に目を見開く。

 

「エルマ、アイズをお願い」

 

 アリアは抱きかかえていたアイズをエルマに差し渡してきた。

 

「何を?」

 

「ごめんなさい、私にはやらないといけないことがあるの」

 

 アリアの視線は自分が逃げ出してきた北東の方へと集中された。

 そして走り出す。後ろからエルマの声が聞こえるが、今は一分一秒が惜しい。

 

 枷はなくなった。

 もしかしたらまだ間に合うかもしれない。

 今ならばベルを助け、再び戻ってくることができるかもしれない。

 そうすればアイズだって…………

 

 

 

 

 

 

 違う!

 わかっているはずだ!

 あいつらはすでにベルを見つけ囲い込もうとしていたことを!

 それは今更戻ってきたって、ベルの髪の毛一本する残っていないこと現している!!

 それどころか骸となり、ボロボロにその原型すらとどめていないドラゴンたちの食い残しと化した少年がいるかもしれないだろ!

 

 ならば、何でアリアは走っている。

 簡単だ。憎悪と悲嘆の間で暴れまわる自分を納得づけるための自己満足の闘いをしに行くのだ。

 大切な息子(ベル)を殺したモンスターを今度はアリアが殺すのだ。

 

(私は最低だ。。。一度は見捨ててしまった命に執着しているのだから)

 

 アリアは視界を遮る雫を拭い走る。

 

(捨てたくせに、もしかしたらまだあの場所に残ってるんじゃないかって、そんな都合のいいことを願っているんだから!)

 

目覚めよ(テンペスト)

 

 口から紡がれる歌は、アリアの体に風を纏わせる。

 さらに速度を上げたアリアの速度は常人では追い見ることができないほど。

 けれどアリアは満足しない。むしろ体感時間は遅くなっていくばかりだ。

 もっと、もっと早く。

 アリアは更に貪欲に速さを求め、村をかけていく。それは疾風という言葉では足りない程に。

 

 

「ベル!!」

 

 

 ようやく辿りついた北東の家。

 いや、家というにはそこにはもう家の原型はなかった。

 未だ燃え盛る炎は健在。けれど、家は燃え崩れただの大きな焚火のようになっている。

 

 ベルの生存は皆無だろう。

 なのに、アリアは目の前の光景が信じられないとばかりに絶望はなかった。

 むしろあるのは純粋な驚愕のみ。

 

「何が、あったの?」

 

 その問いに答える者はいない。

 ただ、アリアの目は4体のインペリングドラゴンの死体(・・・・・・・・・・・・・・・・)に釘付けになった。

 

 

 

 そして、玄関先にはベルの姿はすでになかった。

 

 

 

 

 

 

 



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前章譚Ⅳ”終焉の英雄”

 声が聞こえた。聞いたことのない、男の子か女の子かもわからない不思議な、とても優しい声。

 

『おきてー、べるおきてー』

 

『しんじゃだめー』

 

『わるいこみんなたおしたからー』

 

『めーさましてー』

 

 無理だよ…体が熱くて、痛くて動けないんだ。

 

『だいじょーぶ、それはいたみになれてないだけー』

 

『ぼうけんしゃはそれぐらいじゃねないよー』

 

『英雄はそれくらいならたちあがるよー』

 

 まだ4歳の少年にかけるには些か厳しい言葉。けれど、それこそベルには必要な言葉だった。

 英雄を誓った少年が最初に越えるべき壁だった。

 

(そうだ……僕はなるんだ!)

 

 少年は目を開け手に力を入れた。

 霞む視界、背後からは燃え盛る炎の熱さと音が聞こえる。身体中の火傷の痕が、噛みつくような痛みを与える。

 

(僕はどこに向かえばいいの?)

 

『まっすぐだよー』

 

『べるはまっすぐすすめばいいんだよー』

 

 ベルはその言葉に従い、重い体を引きずりながら前に進む。視界が狭まり、足元しか見ていなかったためベルは気がつかなかった。回りに切り裂かれ倒れているインペリングドラゴンの死体に。

 

 そしてベルは勘違いしていた。

 その声の主らは確かにベルを助けたが、味方などではない。ただ少年を導き見極めるものだということを。

 

 ベルは声に導かれ歩くのは、北西方向。

 決戦の地だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ゼウスファミリアと黒龍との戦いは熾烈を極めていた。

 黒龍の真正面から相対するのはアル一人。

 他のメンバーは側面から黒龍を攻撃していた。

 黒龍とアル、互いの一撃が致命傷になるだろうことは理解できていた。だから警戒して攻め切れない。

 他の団員達も側面から攻撃できているのだが、如何せん火力が足りない。前提として黒龍の鱗を貫ける火力の攻撃を行えるものが少ない。そして傷をつけることができても黒龍は魔力を消費して自己回復を行ってしまう。

 まさに。

 

「ジリ貧だなカルス!」

 

 傷こそ追っていないものの、疲労の色が見えるドワーフの戦士が小人族(パルゥム)に話しかける。

 

「あぁ、なら僕たちがすることは一つ!」

 

 その言葉に賛同するように団員たちがアルと黒龍の間に立つ。アルも団員たちの行動の意味を悟り、後ろに下がる。

 

「団長”英雄天撃”だ!溜めの時間は俺たちが稼ぐ!!」

 

 ヒューマンの騎士の声に呼応するようにアルの聖剣の銀の輝きが次第に金色の輝きを放つ。鳴り響くのは大鐘楼(グランドベル)の歌声。

 

 

 

 

「アル!」

 

「アル……さん?」

 

「――おとーさん」

 

 

 

 

 天まで轟くその音に愛する者は走り、憧憬を持つものは導かれる。そして絶望に苛まれる少女の目が覚まされる。

 

 ”英雄天撃”、アルの持つレアスキル。一撃必殺の切り札。その身のすべての力をその一撃に込め、その姿は音は味方を鼓舞し、敵を恐怖させる。溜めに必要な最大時間は五分、黒龍に対してはそれ未満では意味はないだろう。その時間を見極め、その一撃に全てをかける。

 

 

 

「お前らの命は俺が預かる!だから俺の命をお前らに預けさせろ!」

 

 

 

「「「了解!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

”我ら英雄と共に闘う者なり!”

 

 

 

 

 

 

 

『何ヲシヨウトモ無駄ダ!』

 

 本能的にアルの攻撃を喰らうわけにはいかないと理解した黒龍はアルを守る団員たちを蹴散らしながら、アルにその爪を振るおうとする。しかしその進撃は何かに捕まり先に進めなくなる。

 見れば自分よりもはるかに小さいドワーフが、自分の尾を抱き掴んでいるではないか。

 尾の鱗に鎧どころか、その肉体まで切り裂かれていくことにドワーフは何のためらいもなく力を籠めて笑う。

 

「おっと、連れねぇな。もう少し遊んでいけや!!」

 

 ドワーフの叫び声とともにあり得ない力に黒龍の体が後方へと引き戻される。

 

『アリ……エヌッ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

”我ら英雄に命を預け、そして預けられる者なり!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくやったわバカドワーフ!」

 

「頑丈以外の取り柄見せたじゃねぇか!」

 

 ドワーフが体勢を崩させたところにアマゾネスと狼人(ウェアウルフ)が畳みかける。狙うべきは翼。致命傷にはなり得ない一撃だが、今求められているのは時間稼ぎ。それに(あし)を奪うのは最も効果的だといえるだろう。

 アマゾネスの振るう薙刀が、狼人(ウェアウルフ)の鉤爪が黒龍の片翼を見事に切り裂き、その機能を不全させる。

 

『貴様ラヨクモ!』

 

「おっと、余所見は良くないんじゃないかな!」

 

 立て続けの動揺に動きを止めた黒龍に向かって小人族(パルゥム)が走る。その手に赤い槍を握りしめると、それを力一杯黒龍の紅紫の瞳に向けて投げつける。

 

 その投擲は――百発百中。

 

 さすがの黒龍も目までは鱗で覆われておらず、槍に貫かれた片目は今なお突き刺さる槍のせいで修復することも儘ならない。

 

『我ノ眼ガアアアアアアアアア!』

 

 

 

 

 

 

 

”我ら英雄の偉業をその目に焼き付け、共に成す者なり!”

 

 

 

 

 

 

 

 

『コウナレバ致シ方アルマイ』

 

 黒龍の体が突如紫色に発光し始めると同時に紡がれるの歌。

 

『呪ワレシ呪詛ヲソノ身ニ焼キ尽クセヌ暴龍ヨ』

 

「魔法なんか使わせる訳ねぇだろ!」

 

「この隙に畳みかけるぞ!!」

 

 黒龍が魔法を詠唱に入り、その動きを鈍くさせた隙を団員たちは逃さなかった。

 いや、飛び込まずにはいられなかった。

 

 

 あるものはスキルの力によって、己の生命力と引き換えにその一撃にかける者。

 

「団長、この魂は捨てるのではありません!ですから、必ず拾ってくださいね!」

 

 

 あるものは黒龍近づき並行詠唱でより早く詠唱を完成させようと歌を奏でる者。

 

(この詠唱さえ完成すれば黒龍の魔法だって……ッ!)

 

 

 火力が足りない者たちは集まり、先ほどドワーフがしたように黒龍を抑え込もうとする。

 

「俺たちだってゼウスファミリアなんだ!」

 

 

 

 目の前に垂らされた一本の希望の綱。掴まずにはいられない。

 それが先人の戦果によって作り出されたものだと思っているならなおさらだ。

 だから気が付いた時にはもう遅かった。

 自身は囲まれ、詠唱も完成しておらず、危機的状況である黒龍の表情が笑ったように歪んだのだ。

 

「何か様子がおかしいぞ!全員退――」

 

『モウ遅イ!!!』

 

 黒龍の体が先ほどよりも禍々しく輝きを放つ。

 次の瞬間黒龍を中心として巨大な爆発がアル以外の黒龍を抑え込もうとしていた団員たちを巻きむ。

 

 

 ”魔力暴発(イグニスファトゥス)

 

 

 それは魔法を行使する際に魔力を制御し切れずに暴走し、自爆する現象だった。

 魔法の暴走とはその身の魔力を暴発させ、その威力で身を壊しながらも敵をも道ずれにする。

 それゆえに意図的に魔力暴発(イグニスファトゥス)を行う魔法士が稀にいるのもまた事実。

 だが彼らは侮っていた。所詮はモンスター、自爆を行ってまで自分たちを倒しに来るなどという選択は端から除外してしまっていた。

 むしろモンスターだからこそ、生存本能を高め自分が生き残る最善策を行うとする。

 そして黒龍は己の知恵を使い、勝算があって自爆した。

 黒龍の魔力の暴発を至近距離で受けて多くの者がその命を絶たれる。生き残った者も既に意識はなく立ち上がることはできない。英雄を守る騎士はいなくなった。

 そして黒龍は残った魔力で自分の身を修復し始める。

 

「お前ら!!」

 

 アルは奥歯を力一杯に噛み締める。

 

 間に合わない……!

 

 自分たちの身を犠牲にしてでも彼らは時間を作ってくれた。しかし足りない。

 まだ聖剣への溜めの時間が足りない。

 本当なら今すぐにでも溜めを中断して仲間たちの元の駆けていき、生きているものだけでも逃がしてやりたい。けれどそれは許されない。そんなことをすればここまで時間を稼いでくれた者たちの意味がなくなる。アルは絶対にこの一撃だけは決めなければいけない。

 自然と聖剣の柄を握る手の力が強くなる。そんなことをしても意味はないことはわかっている。だが、そうせずにはいられない。

 

 完全に修復を終えてはいないが、歩ける程度には回復したのだろう。再びアルのもとに歩を進める黒龍。今度は邪魔する者はいない。

 黒龍の射程距離まで近づかれればその爪は今度こそ溜めが終わる前にアルへと振るわれるだろう。

 

 ならばとアルは足腰に力を入れ構える。

 覚悟を決める。

 これからどんな攻撃が来ようとも決して構えは崩さない。集中は切らさない。例え相打ちになったとしても黒龍を打つと気張る。

 無論その巨体から振るわれる爪を受けてなお、構えを崩さず居られるかはわからない。

 

 

 

 

「相変わらず、無茶なことをしようとしているんだな」

 

 

 

 

 アルの隣を駆ける抜ける蒼い矢があり。

 青いローブを身に纏ったエルフが矢のごとし速さで黒龍へと放たれる。

 

「エルマ!?」

 

「キャラバンなら安心しろ、後を任せられる者たちに託してきた……それに」

 

 エルマは魔力を練りながら叫ぶ。

 

 

 

 

「英雄の偉業を副団長たる私が見ないわけにはいかないだろう!!」

 

 

 

 

 黒龍の懐に潜り込んだエルマは超長文詠唱の魔法を紡ぐ。それは発動すれば深層のモンスターの群れですら一掃できるほどの一撃。

 とても美しく、一言一句噛み締める。まるで最後の歌声のような詠唱を黒龍はあざ笑う。

 

『ソンナ魔法、完成サセル前ニ我ガ巨爪ガソノ男ヲ切リ裂ク!』

 

 そんな黒龍の言葉に今度はエルマが笑みをこぼし、黒龍に語り掛ける(・・・・・)

 

「残念だが、私の魔法の方が先だ」

 

『貴様詠唱ノ途中デ……マサカッ!?』

 

「私の家族(ファミリア)の仇、一矢報わせてもらおう!」

 

 瞬間、黒龍の懐で巨大な魔力暴発(イグニスファトゥス)が起こる。超長文詠唱に込められていた魔力がエルマごと黒龍を巻き込み黒龍の巨体を吹き飛ばす。

 

「エルマッ!?」

 

 当然、エルマには自己修復の手段などない。それにもかかわらず超長文詠唱の魔法の暴発をその身に受ければ――。

 文字通り捨て身の一撃。先ほどの途中までの詠唱が彼女の最後の唄となる。

 

(あぁ……最後の唄は歌いきることは叶わなかったか。だが)

 

 エルマの薄れゆく視界に最後に映ったのは黄金の輝き。

 

(あのような光のもとで逝けるのは幸せだろう)

 

 

 

 黒焦げになりながら地面へと落ちていく家族(ファミリア)を見ながら目から涙を流しアルは叫ぶ。

 きっちり5分。黒龍相手に彼らは稼いで見せた。

 アルの持つ”白銀の聖剣”の輝きが、いや姿が変わる。

 

 それまでの柄から刀身まですべてが銀色に輝いていた剣が一回り大きくなり、輝きだけではなく全てが金色へと変わる。そして刃の根本に新たに表れるのは赤色の宝玉。

 それこそが”白銀の聖剣”とアルの力が合わさったときにのみ顕現する本来の剣の姿。約束された勝利の剣、またの名を――

 

 

 

 

 ”黄金の神剣(エクスカリバー)

 

 

 

 

 黒龍はその輝きに初めての恐怖を覚える。

 あの者たちが命を懸けて生み出そうとしていたものの脅威を今初めて認めた。

 あの攻撃を喰らうわけにはいかない。

 黒龍は己のプライドが折れるのを気にせず、その場から逃げ飛び立とうとし――。

 

『翼ガッ!』

 

 足の修復に集中していたためアマゾネスと狼人(ウェアウルフ)に壊された片翼は治っていない。

 

『ナラバ呪詛(カース)ヲ!』

 

 邪眼の黒龍と呼ばれる所以の切り札を発動させようとするが発動せず。先ほど潰された片目が呪詛(カース)の発動をさせない。

 

 ゼウスファミリアが残した楔は確かに未だ深々と黒龍を地に貫き抑えていた。

 その隙をアルは逃さない。今度こそアルの家族(ファミリア)が生み出した隙。

 

 

「この(つるぎ)の勝利をお前らに捧げる。約束は今果たされる!」

 

 

『マ、待テッ……!』

 

 黒龍の言葉はもう聞こえない。

 

 家族(ファミリア)の想いをすべて乗せたその一撃は英雄の一撃。

 

 振り上げられた刀身はいつの間にかその丈を大きく伸ばし。

 

 

英雄の天撃(エクスカリバー)!!!!」

 

 

 ――振り下ろされた。

 

 海を切り裂き、天を焦がすその一撃は黒龍の首を胴体を断ち切る。

 

 響く黒龍の断末魔。血走るその瞳は見開かれ、口は大きく開けられる。

 

 しかし動くことのできなくなった黒龍は何の抵抗も行えない。

 

 そしてやがてその巨体は爆発し灰塵と化した。灰の中に埋もれるように禍々しく輝くは巨大な黒色の魔石。

 

 今ここで、”剣神”アル・ヴァレンシュタイン。

 

 ゼウスファミリアによって邪眼の黒龍は倒された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パクンッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……?」

 

 

 しかし絶望はここから始まった。

 

 場違いなほどまでに突拍子もなく一体の黒龍の眷属であるインペリングドラゴンが舞い降りると、その黒龍の魔石を一口で飲み干したのだ。

 インペリングドラゴンは魔石を飲み込んだ瞬間荒々しい雄たけびを上げ空を飛ぶ。

 そして喋り出すその声は。

 

『認メヨウ。今我ハ貴様ラニ敗北シタ』

 

 殺気がこもった重々しい声。

 先ほどアルが倒したはずのその声が響き渡る。

 

「移り、変わったのか……?」

 

『コレコソ我ガ最終ノ切リ札……トハ言エ、マタ体ヲ馴染マセルノニ何十年カハ掛カリソウダガナ』

 

 魔石を飲み込んだインペリングドラゴン、いや黒龍はアルに語る。

 

『アルト言ッタカ。ソノ名前シカト覚エヨウ。我ハオ前タチヲ称賛スル』

 

 黒龍はそこで、まるで狼の遠吠えのように咆哮する。

 

『シカシソノ力ノ脅威ハ見過ゴセナイ。今ココデ死ネ!』

 

 各方向から黒龍の配下のドラゴンたちが集まってくるのを感じる。

 アルの頬を一筋の汗が垂れる。

 

『願ワクバ二度ト出会ワヌコトヲ願オウ』

 

 黒龍はそう言い残し、はるか北の空へと去っていく。

 そうこうしているうちに、配下のドラゴンたちはアルたちゼウスファミリアを囲んでいた。

 既に死んでいる者も、まだ息をしている者も関係なく食い殺す気だろう。

 

「させるかよ!俺はそいつらの魂を預かったんだ!!」

 

 ”英雄天撃”の反動でまともに動けない躰を叩き、再び銀色に戻った剣を持ち上げる。

 命を預けてきた相棒もこの時は鉛のように重く感じてしまう。

 

「死んでもその躰はお前たちにはやらない!まだ生きてる命は手放さない!!」

 

 アルのレベル8の覇気に圧倒され、ドラゴンたちは飛び掛かりはしない。それでもじりじりとアルに迫ってきている。

 

(そうだ、それでいい。俺だけを注目しろ)

 

 ドラゴンたちはブレスの構えに入り、様子見の遠距離攻撃をしようとする。

 

(エルマは増援が来たと言っていた。なら今度は俺が時間をかせ――)

 

 

 

 

「アル...さん」

 

 

 

 

 その戦場に似つかわしくない幼い少年の声がポツリと響いた。

 アルはその声が気のせいであってほしいと、後ろを振り返る。

 

 

 

(何で……何でお前がここに居るんだ!)

 

 

 

 

 振り返った先、アルの背後、ブレスの射程距離に少年はいた。

 はるか北の大地で見た一面を覆っていた雪のように白かった髪は所々が煤けており、ボロボロの衣服の隙間からはやけどの跡が見える。そこにいたのは。

 

 

 

 

(ベル!!)

 

 

 

 

 アルは叫ぶよりも先にベルに飛びつき抱きしめるように包み込む。

 間一髪、打ち出されたブレスからベルを庇うことはできた。だがその代わりそれらのブレスを生身で受け取ることとなった。確かにアルよりもレベルの低い者たちの攻撃。とはいえドラゴンのブレスだ。しかもスキルの反動により著しく能力が落ちたアルには十分脅威になる。

 

 ブレス止み、そこに残っていたのは黒こげの背中でベルを抱きしめるアルと、泣き叫ぶベルだった。

 

「アルざん!アルざん!!」

 

「ベル、何でここに来た!」

 

 アルは背中の痛みを気にせずベルを叱責する。

 

「声が、優じい声がごっちだっで!」

 

 アルはその言葉でベルの周りを飛び回る何かを感じ取り、忌々しく睨む。

 

「お前ら、何でこいつをここに連れてきた!」

 

 その叫びに答える声はない。もっとも答えていたとしてもその声がアルに届くかはわからないが。

 

「こんな奴らがアリアの――」

 

 既に先ほどのブレスとスキルのせいで死にかけのアル。今からベルを連れて逃げることはほぼ不可能。なら自分のできることは一つだけだろう。

 その身を盾にしてベルをかばい続けるのみ。

 

 そして再びブレスが放たれ――。

 

 

 ”目覚めよ(テンペスト)

 

 

 その衝撃はアルの背中には来なかった。代わりにアルの背中には優しく温かい風が触れる。

 

「やら……せない!!」

 

 アルが振り返れば、そこにいたのは最愛の人。

 

「アリア!」

 

「二人は……絶対にやらせない!」

 

 その身に風を纏い、必死に二人の盾になるアリアにアルは希望を見出し叫ぶ。

 

「アリア、ベルを連れて逃げろ!!」

 

「嫌!!」

 

「なッ!」

 

 まさか断られると思っていなかったこの状況にアルは驚愕する。

 

「お前の魔法は防御の魔法じゃないだろ!防ぎきれない!だから逃げろ!」

 

「嫌よ!もう私は逃げられない!捨てられないの!!」

 

 アリアの魔法に亀裂が入り始める。

 それでも逃げようとしないアリアの後ろ姿に、アルは思い出す。

 自分の愛した女性はわがままで意地っ張りで、何よりも気高い人だったと。

 

 ならば自分も膝を屈していてはいられない。

 アルはもう一度、立ち上がり剣を構え”英雄天撃”の溜めに入る。

 ブレスの時間は30秒程か、ならば自分が溜めるのも30秒。先ほどの10分の1の時間。だが、このようなドラゴンを一気に仕留める程度であれば十分だ。

 

 先ほどよりも弱弱しくも鳴り響く鈴の音を聞き、アリアももう一度力を入れる。今は後ろに頼もしいアリアの英雄がいると。

 

「あっ……」

 

 しかし、アリアの風はさらに力が加えられたドラゴンのブレスによって砕かれ、その身をブレスが襲う。前衛職ではないアリアには致命傷のブレス。しかしアリアは倒れない。後ろにアルとベル(愛する者)がいるから。

 

「アル......あとはお願い」

 

 そしてアリアは守り切った。

 倒れゆくアリアを抱きとめたい思いを抑え込み、先ほどよりも深い悲しみを味わいながらアルは剣を構え振りぬく。

 振りぬかれた刃から放たれた衝撃は目の前のドラゴンたちを両断する。

 

 今度こそ、モンスターの気配はなくなった。

 

「アリ、ア!」

 

 いつの間にか意識を失っていたベルを抱えアルはアリアを抱きしめる。

 アリアの体は傷だらけになり、血も多く流していた。

 もはやその命は長くない。そしてそれは自分も同じこと。二度にわたる”英雄理想”の連続使用と致命傷。アルは自分の腕に感じるアリアの体温を感じながら、最愛の人と逝けるも運命かと感じた。

 

 

 

 だが、もう一つの命はここで死なせるわけにはいかない。

 彼はここで死んでいい命じゃない。

 

「アル、アリア!!!」

 

 そこで息を切らせながら二人に駆け寄ってくる影があった。

 

「ゼウ、ス」

 

 髭を蓄えさせ気品のある老父がそこにはいた。

 ゼウスは今オラリオにいるはずなのにどうしてここにいるのか不思議だった。

 

「嫌な予感がして、早馬を使ってここまで来たんじゃ!」

 

「そんなことして……ギルドに怒られるぞ?」

 

「今までわし等がやってきたことを考えればどうとにもなる。だが、わしは」

 

 間に合わなかった……。

 その言葉は発さない。それを言ってしまえば子供たちの成した偉業を否定してしまう可能性があったから。

 

「ゼウスそれよりもこいつを」

 

 アルはベルをゼウスに引き渡す。自分の手に抱えられた死にかけの少年を見てゼウスは問う。

 

「この子は?」

 

「そいつは、この村と……俺たちの子供だ。そしてアイズの英雄になる男だ」

 

 そう言って笑うアルをゼウスは目を見開き、もう一度ベルの顔をよく見る。兎のようでか細く愛らしい。とても冒険者の器には、英雄になりうる少年には見えない。

 

「そいつには厄介なもんが付いてるかもしれない。だから、あんたが守ってやってくれ」

 

「確かに妙な気配はするな」

 

 今はもういなくなっているが、先ほどまでいただろう気配に振り払うようにする。

 

「それと……これを」

 

 そう言ってアルは自分の握る宝剣をゼウスへと差し出す。

 ゼウスは息をのみながらその宝剣を受け取る。ゼウスの手にずっしりとした。剣だけの重さではない、この重さこそが自分の作り上げた家族(ファミリア)の重さだと感じ涙がこぼれる。ゼウスはもう片手に伝わる、まだ今は軽いその重さに目を向ける。

 

「アル、この子の名前は?」

 

 アルはそういえばベルの名字はなかったことを思い出し慈しむように言う。

 

「ベル、ベル・クラネル。きっと俺の代わりにアイズの英雄になる”最後の英雄(ラストヒーロー)”だ」

 

 かつての目の前の青年の性。

 それをゼウスの手に収まる少年に託した。

 ゼウスはそれ以上の言葉は求めない。

 ただ一言。

 

「請け負った。必ず守ろう」

 

 そう言い残し、ゼウスは神の力(アルカナム)を使用し、宝剣の所有権を、魂の結びつきをアルからベルへと引き継がせる。

 すると宝剣は主の最後に悲しむように青色く輝くとその刀身を短く、まるで新たな主にはこの姿で十分と言わんばかりに短剣ほどの大きさへと変わっていく。

 

「まったく、そいつを頼むぜ……相棒」

 

 去っていくゼウスの後ろ姿にアルはそっとそう零した。

 

 

 

 

 ゼウスファミリアはこの件でほぼ壊滅状態になり、解散することを余儀なくされる。

 

 そしてゼウスは二度と地上では神の力(アルカナム)を使用することができなくなり、新たな眷属を生み出すこともできなくなった。

 

 

 だが、確かにゼウスファミリアは二つの未来を残した。

 

 

 最後の英雄(ラストヒーロー)の運命を担う少年はゼウスへと預けられ。

 

 

 もう一人の少女は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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前章譚Ⅴ”二つの炎”

 

 

 

 

 

「ベル君は、ゼウス様が?」

 

 アルの腕の中の温もりが目を開き言葉を漏らす。

 その声に力はなく、消え入りそうであったが込められた意志は本物でアルはそっと頷いた。

 

「そう、ならベル君は大丈夫そうね......」

 

 ベルは。そう言ったアリアの言葉に込められた言葉がアルも最後の心残りだった。

 

「大丈夫さ......もしも、アイズが……道を迷ったなら、きっとベルが手を伸ばしてくれる」

 

 腰にも力が入らなくなったアルはアリアを抱きしめたまま仰向けに倒れる。

 二人が見上げる夜空には星々が輝き、不謹慎にも笑っている家族(ファミリア)に見えた。

 

「アイズには、何か残してあげられたのかしら」

 

「……さぁな、それを決めるのはアイズだ」

 

 ただ、とアルは目を瞑りながらそっとつぶやく。

 

「それが、呪いにだけは……ならないといいぜ」

 

「そう……ね」

 

 アリアの手がアルの胸元に添えられる。

 力ない体でアルの胸元に体を預けて胸元で最後に囁く。

 

 

 

「ねぇアル……愛していたわ」

 

 

 

「……俺も、愛していた」

 

 

 

 

 自分の胸の中で一足先に力が抜けていく女性を強く抱きしめながら、薄れゆく意識の中、お互いのぬくもりを感じアルたちは自分たちを呼ぶ可愛らしい声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おとーさん?」

 

 大鐘楼(グランドベル)の音が鳴り響くキャラバンの荷台でアイズは目を覚ました。

 金色の瞳はまるで寝起き、家で起きたかのように寝ぼけ眼で辺りを見渡す。そこはいつものように柔らかいベッドも、温かく自分を抱きしめてくれているアリアもいない。木の床は固く揺れている。開いた後の荷口から見える空はまだ暗い。

 

「どうやら目が覚めたみたいだね」

 

 柔らかい声が聞こえる。気が付けばアイズの後ろに同じく荷台に乗っている3人の影があった。

 小柄な金髪の小人族の少年に、緑髪の美しいエルフの女性、茶髪の髭を蓄えたドワーフの男性。三者三葉の特徴を持つ者たちにアイズは若干の警戒を持ちつつも話しかける。

 

「ここは……?」

 

「ここはあの村から逃げる人々のキャラバンだよ。そして僕たちはその護衛を任せられたロキファミリアの団員のフィンさ」

 

「リヴェリアだ」

 

「儂はガレスだ」

 

「逃げる……ッ!」

 

 アイズはその言葉を聞き、完全に覚醒する。

 無意識のうちに顔を強張らせ、涙を溢れさせながら叫ぶ。悪夢だと思っていた、そんなことないと自分に言い聞かせていた。けれど夢ではなかったと、はっきりとわかってしまったあの光景を。

 炎燃え盛る家の前でドラゴンたちに囲まれ倒れていた少年名前。

 

「ベル!ベルベルベルベルベルベルベル!!いやあああああああああ!!!」

 

 跳ね起きたアイズはそのまま荷口から飛び降り、転がりながらも立ち上がり村へと戻ろうと走り出す。

 

「「「なっ!?」」」

 

 急に涙を流し叫び出したアイズの行動に不意を突かれたフィン達だったがさすがの第一級冒険者、すぐさま追いかけるように荷台から飛び降りアイズを捕まえる。

 

「放して!ベルが!ベルがあああッ!」

 

「一体どうしたというんじゃ」

 

「恐らく、あの襲撃で大切な人をモンスターに……」

 

 ガレスの腕の中で必死に村の方向に手を伸ばしもがくアイズを冷静に分析し出す3人。

 そうしてやがて叫び疲れたのか、先ほどとは一転して黙り込んでしまうアイズにフィンが話しかける。

 

「落ち着いたようだね。それじゃ先に行ったキャラバンに戻ろうか」

 

「……お母さん」

 

 アイズの手を引いて先に進もうとするフィンの手を逆に引っ張ってアイズはアリアのことを尋ねる。

 

「お母さんは?」

 

 あの時自分を抱きしめて逃げてくれた母の温もりとともにアリアが消えていることにようやく気が付いたアイズがフィン達を問い詰めるように聞く。

 

「アリアさんなら恐らく、君をこのキャラバンに預けた後アルさんたちの援護に向かったんじゃないかな?」

 

「なら、私もおとーさんたちのとこ連れてって!」

 

 あまりにも突拍子もないお願い。

 6歳の子供が頼むには何ともバカげた望み。

 しかしその瞳にはしっかりとした意思があった。

 

「悪いけどそれは聞けない。僕たちは尊敬するお二人の娘を危険場所には連れていけない」

 

「危険じゃない!」

 

「アイズ、お前まさか私たちに守ってもらうから危険じゃないとでもいうのか?」

 

 アイズの我がままにリヴェリアは目を細め叱責するように見つめる。

 アイズはその瞳に少しだけ気まずそうな顔をしつつ共小さな声で言った。

 

「音が」

 

「音?」

 

「お父さんの鐘の音が聞こえなくなった」

 

 フィン達はアイズの言葉にそういえばと耳を澄ませた。アイズに気を取られて意識から外してしまっていたが、確かに先ほどまでかすかに聞こえていたアルのスキルによる大鐘楼(グランドベル)の音がなくなっていた。

 

「お父さんの鐘の音は最強なの!あの音が消えたらいつもお父さん笑って帰って来てくれるの!!」

 

 それは今までがそうだったように、父親に対する絶対的な信頼を寄せる言葉。

 フィン達とてそれには言葉が詰まる。確かにあの英雄(アル)の一撃を受けていても生きているモンスターがいるとは考えられない。いや、考えたくない。もしそんなものがいるなら間違いなく化け物。倒せるものはいない。

 

「だから今日は私が迎えに行くの!迎えに行って、それで……それで!」

 

 アイズはあの白髪の少年のことを思い出し、再び涙をその目に溜める。

 父親と母親の胸で目一杯泣きたかった。とは言え、それを許可で気はしないとフィン達が押し黙っているとひょうきんな声が介入する。

 

「連れて行ってやってええんやないか?」

 

「ロキ……」

 

「ロキ、悪いがいつもの悪ふざけなら状況が悪いぞ」

 

「いややなぁ、うちはただこんな幼気な女の子のお願いくらい聞いてやってもええんやない?って思っただけやで」

 

「残念だけど、僕たちもあちらの状況がわかっていない今むやみやたらに向かうことはできない」

 

「なんや、黒龍のことを言ってるなら安心せい。あの馬鹿みたいに禍々しい魔力ならもうあそこにはあらへんぞ」

(消滅したわけでもあらへんけどな)

 

「ほら!やっぱりおとーさんたちが倒してくれたんだ!!」

 

「ロキの言葉を信じないわけじゃないけど……何とも言えない」

 

 とはいえ、しっかりとロキの言葉を踏まえて考えてくれているフィン達を温かい目で見守っていたロキだったが、突然感じた力に目を見開き空を見上げる。

 

「何やってんねんあのドアホは!?」

 

 ロキの行動に驚きその場の全員が空を見上げるのが、あるのは皮肉にも満天の夜空だけ。

 

「フィン命令や。わいとアイズたん連れて急いで村に行くで!」

 

「ちょ、ちょっとロキどういことだい!?」

 

「何かあったのか?」

 

「どうもこうもあるか!ゼウスのあのバカ神、神の力(アルカナム)を使いおったんや!!」

 

「「「なっ!?」」」

 

「何考えてんねんあのドアホ!!」

 

 真意はどうであれ、主神(ロキ)の命令はフィン達を動かし、ついでにアイズも抱き上げゼウスが向かった。決戦の跡地へとフィン達は走った。

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 アイズを背負い村へと走るフィンはどうしてこうなったのだろうと頭を悩ませていた。

 本来のフィン達ロキファミリアの任務は、ゼウスファミリアが黒龍を討伐しに行っている間、周辺のモンスターが混乱し近隣の村を襲う可能性があったためその警護役として呼ばれたのだ。

 ロキもダンジョン外のモンスターであればさほどの脅威にはならないだろうと面白半分でついてきたのだ。

 しかし実際に来てみればどうだい。すでにゼウスファミリアと黒龍との戦いは始まっており、ゼウスファミリアが拠点としていた村が襲われ村人たちが逃げてきているではないか。

 

「そこにいるのはロキファミリアの”勇者”か!」

 

 驚くフィン達を見つけたゼウスファミリアの副団長エルマはその手に抱きかかえていた少女をフィンに預ける。

 

「ちょ、ちょっとエルマさん!この子は一体!?」

 

「この子の名はアイズ。アルとアリアの娘だ。頼む!このキャラバンを連れてオラリオまで護衛してやってくれ!」

 

「エルマ、少し落ち着け。一体何があったんだ」

 

「リ、リヴェリア様!申し訳ありません、私はこれから行かねばならないところがあります。詳しい話は村の村長から聞いてください!」

 

 エルマはそう言い、ローブを翻し再び村へと駆けて行こうとする。

 しかしその足を一瞬、背後からかけられた神の言葉で止められる。

 

「自分、今から行ってどうするつもりや?」

 

「決まってます!」

 

 エルマはフィン達に顔だけ振り返り笑顔で、これから未知なる者を見に行く冒険者の顔で言い切った。

 

 

 

「英雄の偉業をこの目で見るため、助けるため!最後の唄を歌いに行くのです!!」

 

 

 

 あまりに眩しい。まるで夢見る少年のような眼差しで村へと走っていくエルマを止められる者などいなかった。そうしてフィン達は図らずしも村人たちの護衛という任務を完遂すべくオラリオへととんぼ返りするはずだったのだが……。

 

「なんでこうなってるのかなぁ」

 

「こらぁフィン!しゃべってる暇があったら足を動かさんかい!」

 

 一歩後ろでガレスにしがみ付きながらついてくる主神のヤジを軽く流しながらフィン達はそこに着いた。

 その地獄の跡地へ。

 

 

「何があったんだ一体……」

 

 

 確かにロキの言った通り、その場所には既に黒龍の姿はなく。大量の竜種の切り捨てられた死骸が転がっていた。

 しかし転がっているのはモンスターだけではない。

 

「ゼウスファミリアの団員たちが壊滅状態……だと!」

 

 黒龍の魔力暴発(イグニスファトゥス)を喰らい倒れた冒険者たちの死体がそこら中に転がっていることにフィン達は動揺する。当然だ。

 ここに居る人たちは誰もがLv5の自分たちと同等。もしかそれ以上の実力を持っている者たちなのだ。そのような第一級冒険者たちが壊滅するような状態に、どのような戦闘が起こっていたのか見当もつかない。

 リヴェリアの視界には、黒焦げになりながらもその頬は緩み安心したように眠るゼウスファミリアの副団長が映った。

 

(お前はここで本懐を果たしたのだな……)

 

 そして決戦の地の中央、広場の真ん中に彼らは倒れていた。

 フィンの背中に蹴られる衝撃が走り、背負っていたものが地面に足をつき、そして走っていく音が響く。

 フィンは呆然とするしかなかった。彼はフィンの知る限り最強の冒険者で、フィンの中で誰よりも英雄で、決して折れることのない神剣なのだ。

 

 

 アイズは泣きながら、重なり合い倒れている大好きな人たちを呼んだ。

 

 

「おとーさんおかーさん!!!!!」

 

 

 体中から血を流し、肉の焼けるような異臭を放ちながら倒れているアルとアリアにアイズは縋るように抱き着く。

 

「起きて!起きてよ!!」

 

 母の手を握り、父の胸の中で泣き叫ぶ少女は何とも痛ましかった。

 

「あのアホ神はもういなくなっってるやないか!神の力(アルカナム)の形跡もここで無くなっとるし」

 

 ロキもお目当てのゼウス(じじい)がいないことに憤慨しつつも、アルとアイズに称賛の視線を向ける。

 

「やだ、やだよぉ……ベルだけじゃなくておとーさんもおかーさんもいなくなった私……私は!」

 

 ポフ、そんな音がアイズの頭からした。

 

「おとーさん……ッ!」

 

 既に目は見えなかった。手の感触もほとんどない。だけど声が聞こえた。愛する娘(アイズ)の声が。勘頼りに手を挙げてみれば運よくアイズの頭を撫でることができたようだ。

 アリアに似て細く長く柔らかい髪だ。

 

 

「アイ……ズ」

 

 

「おとーさん!死んじゃやだよ!!」

 

 

「ごめん……な。俺は、やっぱり……お前の英雄には……なれ、なかった」

 

 

「いい!いらない!!私にもう英雄なんていらない!だから!!!」

 

 

「だが……」

 

 

 

 

”きっと、彼がお前の英雄に。最後の英雄(ラストヒーロー)になってくれるはず”

 

 

 

 

 その言葉が最後まで紡がれていたならば、アイズの心は少しでも救われていたのかもしれない。アイズの未来がほんの少しだけ変わっていたかもしれない。

 だけど、時は待ってはくれなかった。

 アルの中にギリギリまで燃え続けていた英雄の火は、風に攫われかき消えた。

 

 

「いや、いやあああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 悲痛な少女の叫び声は天に響き。英雄の火は二つに分かれ受け継がれる。

 一つは彼の遺志を継ぎて、少女の英雄になるべくして。

 もう一つは、彼の死を憎み、モンスターを殺す憎悪の炎として。

 

 

 

 

 

「……ロキ」

 

 徐々に温もりが失われていく二人の手を握りながらアイズは自分の後ろにいるだろう神の名前を呼んだ。

 

「なんやアイズ?」

 

「私を、あなたの眷属(ファミリア)にいれて」

 

 なんとなく予想していたのだろう。ロキは目を瞑る。

 

「フィンいいのか?このまま口を出さなくて」

 

「……今回ばかりは、ロキの意思に従うよ」

 

 後ろでリヴェリアがフィンに止めなくていいのかと暗に聞くが、フィンは首を横に振る。フィンも確かめたかったか。この状態の少女に神はいったい何を問うのか。

 

「何のために眷属(ファミリア)に入りたいんや?」

 

「力が……欲しいから。モンスターを倒すための」

 

「オトンとオカンの仇が取りたいならうちらが代わりに倒してきてやるで?」

 

「いい、いらない」

 

「どうして、自分のような幼女がそこまで自分で倒したがる?」

 

「私に……私に、英雄はいない」

 

 アイズは目を見開きロキの瞳を真正面から見て言う。

 

 

 

 

「……そうじゃない!」

 

 

 

 

「私に、英雄はいらない!私の中の英雄はあの二人だけ!!」

 

 

 

 

「だから私が強くなるの!私がすべてやるの!!」

 

 

 

 

 なんとも哀れで、脆い人形のよう。

 自分をかわいそうな目で見る3人と1柱の視線など関係ない、私が成し遂げなければいけないのは。私の悲願の前では!

 

「わかった、恩恵を与えるのはオラリオに戻ってからやけど、アイズを眷属(ファミリア)に入れたろう」

 

 

 溜息を吐くロキの言葉とともに、アイズのロキファミリア入りが決まる。そして――

 

 

 

 涙は枯れた。たった一夜で全てを出し尽くした。

 ならば私はこの枯れた大地から一振りの剣を抜き出そう。

 

 

 

 そして、今この時が【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが生まれた瞬間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1章
1話”白兎と剣姫”


 

 

 

 

 

 たまに夢を見るんだ。

 

 英雄の、誓いの夢を。

 

 頼りなくて、体もまだ小さくて、恥ずかしがりながら照れ臭そうに僕は手を差し出して彼女に言うんだ。

 

 

「僕が――ちゃんの英雄になる!」

 

 

「――さんみたいにまだ強くなくてかっこ悪いけど、絶対に――ちゃんにふさわしい英雄になる!」

 

 

「だから、僕のお姫様になってください!」

 

 

 

 名前も思い出せない、でも綺麗な金色の髪を持っていた彼女は僕の手を優しく取ってなんて言ってくれたんだっけ?

 それすらも思い出せない。十年前の記憶を失った僕は何も覚えてない。

 でも、この誓いだけは嘘じゃないと思うんだ。

 

 この誓いを嘘だといってしまったら、僕の中にある熱い、紅い炎を否定することになってしまうから。

 

 それだけはしちゃいけない。

 

 

 

 

 

 

 あの事件からもう10年が経つのか。

 農村の服を着こなし月見酒をする男神ゼウスは、ベットで眠る今ではすっかり孫として愛している白髪の少年の頭を撫でた。

 あの神の力(アルカナム)の一件で、ゼウスは天界へと帰らされることはなかった。これも全て今までゼウスの眷属(ファミリア)がやってきたことに対する評価のように感じられる。ただその代わり、ゼウスファミリアは解散することになり、またゼウスは公には天界に帰らされたこととなり、一切の神の力(アルカナム)を封印された。

 

 ゼウスはその後ベルを連れてゼウスの顔が利く村へと身を隠れさせてもらうこととなり、村の隅でベルと二人で生活してきた。

 本来であれば直ぐにでもベルに神の恩恵(ファルナ)を与え、その器を確かめたかったところなのだが……まぁ今では、それでよかったと思っている。もしもベルに神の恩恵(ファルナ)を与え自分がゼウスであることを教えていたらきっとベルは今まで見たいに祖父としてゼウスと過ごしてきていなかったと思うから。

 

 とは言え、そんな生活も今日で終わり。

 

 ベルは十分とは言えないが立派に育ってくれた。少々根が優しすぎて純粋すぎる面もあるがそれは美徳としておこう。

 そしてそろそろ時期なのではないかと決めたのだ。かの英雄が残した最後の英雄(ラストヒーロー)の器を確かめる時が来たと。ベルにはベルも憧れるオラリオに行き冒険者になってもらう。

 けれどこんな老父を村に残してベルはきっと旅立てない。それほどまでに優しい子なのだ。

 

 だからゼウスは先日死んだ。

 正確には村人の協力を仰いでベルに死んだと思いこませた。そりゃあの時のベルの落ち込み具合はだまして申し訳ないと心を痛ませたが、これも必要なことだとグッと耐えた。

 そしてある程度ベルが立ち直ったところで村人に預けていた遺書と紹介文をベルに渡させた。

 遺書の内容は端的に言えば、知り合いのファミリアの紹介文を残すからもしも冒険者になりたいのであればそれを持ってオラリオに行けという内容。

 

 最初は迷っていたようなベルだったが、ゼウスによく話してくれた夢の誓いを思い出し旅立つことを決心した。出発の日は明日。ゼウスは最後に寝顔だけでもと、家に忍び込みベルの寝顔を肴に月見酒をしていたというわけだ。

 

(さすがに手ぶらで行かせるのも癪じゃな……と、あれを渡すのを忘れていたな。危ない危ない)

 

 ゼウスは自分の懐をあさりそっとそれを机に置く。さすがに見たことのないものがあれば普通なら訝しむかもしれない。だが相手は純粋無垢なベルだ。きっと死んだ儂からの贈り物だと思って受け取ってくれるじゃろう。

 ゼウスはもう一度最後にベルの頭をそっと撫でる。

 

「僕は……ふさわしい、英雄に」

 

「お主が英雄になれるかどうかは、、お主自身の手で決めろ」

 

 ゼウスはそう言い残して、家から去っていく。

 

 

 翌朝、ベルは予想通り感激しながらゼウスの置いていったものを握りしめ受け取る。

 しっかりと朝食を食べ、顔を洗い歯を磨く。日課となった適度な準備運動と短剣術の稽古をしたのち、家の扉を開けて村の出口へと走る。

 

「おう、ベル来たか!」

 

「レルバおじさんおはようございます!」

 

「おう、気合一杯だな!」

 

 馬車を用意し、待っていてくれた角刈りの男性に挨拶すると、相手はニカッと笑い馬車の荷口を開けてくれる。

 

「オラリオまでは馬車なら明日の朝には着く、さぁ乗れ!」

 

「あの、本当に乗せてもらってもいいんですか?」

 

「何水臭せぇこと言ってんだ。お前はこの村の全員の息子だ!息子の晴れ舞台ぐらい送らせてくれや」

 

「そうだぞベル!送り出しくらいさせろ」

 

「ベル君、冒険者になってもあまり無茶しないでね!」

 

「今日朝採れた取れたての野菜で作ったサンドイッチだ!弁当代わりにでも食べてくれ!」

 

 村の出口には続々と村人たちが集まり出し、少年の旅立ちを祝ってくれる。

 

「皆……ありがとう!僕立派な冒険者になってくるね!」

 

「あぁ、だがまともな武器の一つもなしで行って大丈夫か?」

 

「えっとそれが……」

 

 ベルは腰のポーチからそれを取り出しみんなに見せる。

 

「朝起きたら机にこんなものが」

 

 それは白銀の短剣だった。薄く鋭く輝きを放つそれは見るだけでさぞかしの一品であるとわかる。

 

「これ一度、おじいちゃんが使ってるの見たことがあって!ずっと、僕おじいちゃんに短剣術教えてもらってて!だからその……変な話かもしれないんですけど、お祖父ちゃんが残していってくれたんじゃないかって!」

 

 恥ずかしそうに白銀のナイフを握るベルを村人たちは心底愛おしそうに眺め、あの男神はベルがここまで純粋に育ってくれたことを感謝しろと危うく自分たちの偽装工作が無駄になったかもしれない行いに頭の中で文句を言った。

 

「そうか、その短剣があるなら安心だな。それじゃ行くぞ」

 

 レルバは御者席に乗り込み、ベルも追いかけるように荷台へと乗る。

 

「それじゃ皆行ってきます!」

 

「「「いってらっしゃーい!!」」」

 

 村人たちからの送り出しに手を振りながらベルのオラリオへの旅立ちが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たまに夢を見る。

 

 どうしようもない、もう叶うことはない悪夢。

 

 ふさふさの白い髪が揺れ、赤い瞳が私を見つめ、恥ずかしがりながら私に手を差し出すその姿に私も頬を染めてしまう。

 

「僕がアイズちゃんの――になる!」

(私も君に――なって欲しかった)

 

 

「アルさんみたいにまだ強くなくてかっこ悪いけど、絶対にアイズちゃんにふさわしい――になる!」

(そんなことはない、今のままでも君の存在はお父さんと同じ、それ以上に私には必要だった)

 

 

「だから、僕の――になってください!」

(私も君の――になりたかった!!)

 

 

 

 名前も容姿も全て覚えている。けれどもう二度と君には会うことはできない。

 それでもこの誓いだけは私の心の中で残っている。だから私には君以外の――はいらない。

 

 そうなったら私が剣を取るしかない。—―を失ったお姫様は自分で戦うしかないんだ。

 

 黒い炎に身を焼かれながら今日も剣を振るう。強くなるために。

 

 そう言って夢の中の小さな(アイズ)は剣を振るった。

 

 

 

 

 

「起きろアイズ」

 

 

 そんな声とともに夢は終わり目が覚めた。

 寝起きのアイズの視界に移るのは緑色の髪の毛。耳は尖がっており、アイズを心配するその顔は少し母性の色が見える。

 

「リヴェリア……」

 

「また例の夢を見ていたのか?」

 

「うん」

 

 きっと他の人に聞かれたのであれば何でもないと言っていたかもしれないが、自分の恩人であるリヴェリアには嘘はつきたくなかった。

 

「そうか……お前が十分丸くなってくれたことはわかっている。だが、その夢を見たときのお前は不安定になる。どうか無茶はするなよ、ここはダンジョン内なんだから」

 

 現在アイズたちロキファミリアは遠征の帰りであり、18階層で休息をとっている状態だ。そんなこともあって、悪夢に魘されていたアイズをリヴェリアが起こしたというわけだ。

 

「わかってる、私ももう昔のままの私じゃない」

 

 そう言ってアイズは自分のテントから出ていこうとする。そんな後ろ姿にリヴェリアは呆れながら溜息を吐く。

 

「ならせめて涙だけでも拭いていけ。他の団員たちが驚く」

 

 その指摘にアイズは顔を真っ赤にして目元を拭い気恥しそうに今度こそテントから出ていった。

 

「ベル、という少年は私たちにはどうしようもない傷を残していったのだな」

 

 

 

 

 テントを出たアイズは夜風を浴びるために、18階層の丘の上に来ていた。丘の上は程よい夜風が吹いておりアイズの温まった体を冷やしてくれる。そしてアイズはそのまま丘に咲き乱れる花の絨毯に倒れ込むように寝転がる。

 

(変わったか……)

 

 自分は弱くなったのだろうか。

 ロキファミリアに入り、神の恩恵(ファルナ)を得た。でもそれ以上にリヴェリア、フィンやロキ、ファミリアの皆から貰った愛が嬉しかった。

 そして、みんなの手を取ろうとするアイズに小さいアイズが言うのだ。

 お前の復讐は止まってしまっていいのか、と。

 

 わからなくなる。

 

 自分が何なのかも、どうすればいいのかも、何がしたいのかも。

 

(戻ろう)

 

「あ、アイズさん!?」

 

 アイズが立ち上がり戻ろうとしたとき、後ろから自分の前を呼ぶ少女の声が聞こえた。アイズが振り返り見ると、そこにいたのは山吹色の髪をポニーテルにした可愛いエルフの少女がいた。

 

「レフィーヤ」

 

「あ、えっと私はキャンプ地の周りの巡回中で」

 

「お疲れさま」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 アイズからの労いの言葉にレフィーヤは心底嬉しそうに頭を下げる。なで労われて頭を下げているのかアイズにはよくわからなかったが、必然的にアイズに向けられたレフィーヤの頭を見てアイズは手招きした。

 

「レフィーヤ少しここに座って」

 

 アイズの座っている場所の前を指さされて、レフィーヤは少し恥ずかしそうにしつつも折角のアイズのお誘いを無碍にするわけにもいかず大人しくアイズに背中を向けて座る。

 

「そのままでいてね」

 

 そこからアイズから何かしゃべることはなく一切の沈黙。先に根を上げ気まずくなったレフィーヤが合図に話しかける。

 

「アイズさんはどうしてこんなところに?」

 

「少し夜風を浴びたかったからかな」

 

「夜風ですか?」

 

「うん、ちょっと嫌な夢を見てね」

 

 アイズの声がかすかに重くなったのを感じてレフィーヤはこれ以上は聞かない方がいいのだろうかと思いつつ、憧れの人の悪夢に興味が勝ってしまう。

 

「どんな夢を見たんですか……?」

 

「ごめん、レフィーヤ。それは……言いたくないかな?」

 

 レフィーヤはしまった!といった顔をしながら、問題ないと慌ててフォローする。それはそうだ悪夢の内容など人に好き好んで話したい人などいない。

 

「できた」

 

 アイズのその声とともにレフィーヤの頭に微かな重みが増えた。レフィーヤはアイズの方を振り返ると、アイズは慈しみを持った眼差しでレフィーヤの頭を見ていた。

 

(か、可愛すぎる!)

 

 レフィーヤはアイズのそんな表情に歓喜しながら、自分の頭に乗っけられたものが気になりそっと触れてみた。

 

「これは、花冠ですか?」

 

 触ってみた感触的に恐らくそうだろう。女の子ならば一度は作ってみたいものである。

 

「やっぱりレフィーヤには似合うね」

 

「そ、そんな!アイズさんの方が似合うに決まってます!!」

 

 そう言うや否や、今度はレフィーヤがアイズの分を作ろと花たちに手を伸ばそうとするが、アイズはその手を握って遮る。

 

「アイズさん?」

 

「ごめんレフィーヤ、気持ちはうれしいけど私はいい」

 

「そ、そうですか」

 

 見るからに落ち込んでいるレフィーヤにアイズは心を痛め、どうすればいいのかわからず心の中でおろおろするのだが残念だがそれを受け取るわけにはいかない。アイズはもう姫にはなれないのだから。

 

「そういえばアイズさんって、誰に花冠を教えてもらったんですか?まさかリヴェリア様ですか?」

 

 あまりの気まずさにレフィーヤが何気ない気分転換にその質問をしてからレフィーヤは後悔した。この質問だけはしてはいけなかったと。

 

 

 

(誰が……誰が、アイズさんに教えたんですか?)

 

 

 

 その質問をされたアイズの表情は何かを思い出すように、悲痛そうに苦しそうに泣き出しそうな目をする。それでもその頬は赤く染まり、口元は慈しみを持ったように綻ぶ。

 その表情はまさに。

 

 

 

(誰が、誰がアイズさんにそんな表情をさせるんですか!!)

 

 

 

 大切なものを失った恋する姫のようであった。

 レフィーヤはそのアイズの顔を二度と忘れないだろう。

 

「ごめんレフィーヤ、先に戻ってるね」

 

 アイズはその質問には何も答えず立ち上がると、一人キャンプ地へと戻っていく。無論レフィーヤにそれを止めることはできず、丘の上にはレフィーヤただ一人だけ残された。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、アイズたちが18階層から地上を目指すべく出向を行っているとき。

 ベルもまた、オラリオの門をくぐろうとしていた。

 

「次、君は何の目的でこの都市に?」

 

「冒険者になるためです!」

 

 門の係員の人の質問に食い気味に答えるベルを少しあっけにとられたように係員は見たが、やがて夢見る少年の背中を押すように祝ってくれる。

 

「ようこそ、ここが迷宮都市オラリオだ。歓迎するよ新たな冒険者君」

 

 あぁ、ここがオラリオ、冒険者の街!

 

 ベルは門をくぐりながら、目の前にそびえ立つバベルを見上げながら目を輝かせる。

 

 もしかしたら、もしかしたら。

 この街で冒険者になれば会えるかもしれない。夢の中でベルが誓ったあの少女に。

 美しい金髪の少女としかわからないけれど、きっときっと会える気がする。

 

 

 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話"門前払い"

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな子兎みてぇな野郎が冒険者になんてなれるわけがねえだろ!」

 

 自分を嘲笑う声とともに体が熱くなり泣き出しそうなベルはどうしてこうなったと思った。

 

 

 

 

 ようやくオラリオに着いたベルはレルバと別れてから始めに向かったのはギルドと呼ばれる建物だった。どうやらそこは冒険者になるために、ダンジョンに入るためにはそこで冒険者登録しなければいけないようだ。

 ファミリアに入ってからでも入る前でも行くのはどちらでもいいらしいが、ベルのように紹介状がある場合は大体は先にファミリアに入り先輩冒険者と共に冒険者登録をするようだが、ベルはあえて先にギルドに行くこととした。

 なぜなら。

 

「何で、僕のわかる文字で書いてくれなかったのお祖父ちゃん……」

 

 遺書に書かれていたのは確かに共通語だったのだが、肝心の紹介状に書かれていたのは神様の文字といわれる『神聖文字』だった。こんな言語をベルが読めるわけがない。そして、肝心のこの紹介状がどのファミリア宛ての紹介状すらもわからなかったのだ。

 それが判明した時は愕然としたものだ。とはいえ、神様じゃなくても『神聖文字』が読める人たちはいるので、ギルドに行けば封筒の表紙に書いてあるだろうファミリアの名前を読める人がいるかもしれないという思いでギルドに向かっているのだ。

 

 

 道行く人にギルドの場所を訪ねながらベルはギルドを見つけ中に入っていった。冒険者の場所という割には清潔感があり、事務的な施設として少し堅苦しさのある場所にベルは少しだけ緊張してしまう。

 もっとも、荒くれ者が集う場末の酒場のような場所であったら入ることすらできなかったかもしれないが。

 

 一方、見た目からして冒険者らしからぬ緊張に体を強張らせて入ってくる白髪の少年を他冒険者やギルド職員は心を一つにしてこう思った。

 

(あの兎、喰われないといいな......)

 

 眼鏡をかけたクール系ハーフエルフ職員のエイナ・チュールもまた同じことを考えていた。

 

(あ、こっちに来た)

 

 少し緊張しながらエイナのいるカウンターまで来たベルにエイナはいつも通り、とは言えいつもの冒険者に対する態度よりかは少し優しめに対応してあげることにした。

 

「ようこそギルドへ。今回は何の用でギルドに来たの?」

 

「えっと、冒険者の登録に来ました」

 

 エイナは目を細めてベルを観察する。冒険者志願の少年にしては小柄で、顔も中性的で細い。正直冒険者というよりも食堂でウェイターをやっていた方が似合いのではないかというイメージ。

 まぁとは言え見た目だけで判断してはいけないのもまた然り。ロキファミリアの”勇者”などがいい例だ。小人族(パルゥム)の体と柔らかいハニーフェイスをしときながらオラリオで5本の指に入るだろう実力者である。

 

「はいはいー冒険者登録ね。それじゃ必要書類とか質問とかあるから個室行こうか」

 

「は、はい!」

 

 既にファミリア所属の子であれば必要なことは先輩から聞けるのだが、おそらくこの少年はどこの眷属(ファミリア)にも属していないとエイナは長年の勘で感じ取り、その説明も含めて個室へと案内することにした。

 個室に入ったエイナはベルを机の対面に座らせ一枚の書類を差し出しながら話し始める。

 

「それじゃ今回あなたの冒険者アドバイザーをさせて貰うエイナ・チュールです」

 

「ベル・クラネルです!よろしくお願いします!」

 

「クラネル……?ベル君ね、よろしく」

 

 エイナは記入された書類を眺めながらふと名前の部分で目を止める。

 クラネルの名前にどこかで聞いたような気もするが、ちゃんと記憶に入っていない限り大した名前でもないだろうと切り捨て、エイナはベルの名前を覚える。

 

「それでベル君、君はもう既にどこかのファミリアに所属してるのかな?」

 

「まだどこのファミリアにも所属してないです。ただ」

 

「おーけー了解よ。ならまずは冒険者になるために知っておかなくちゃいけない基本的なことから学んでいこうか」

 

「え、はい!お願いします!」

 

 ベルが途中何か言いかけていたことに気がつかなかったエイナは初心者冒険者用の講座を開始することにした。ベルも話が止められたが、折角教えていただけるのだと元気よく返事する。

 そんなベルのようすはエイナに弟に勉強を教える姉のような立場を感じさせるのだった。

 

 それから数時間が経ち、途中お昼休憩を挟みながら講座は終わった。内容は基本的にギルドは中立な立場であり魔石やモンスターを倒したときに稀に落ちるドロップアイテムの買い取りを行っているだとか、ダンジョンに入るためにはギルドで登録しなければならずギルドに登録するにはどこかのファミリアに入りその背中に神の血《イコル》を刻まれ神の恩恵を貰わなければならない。ファミリアには探索系のファミリア以外にも鍛治系や商業系(何故かここを強く勧められた)などがあることを教わった。

 真剣に話を聞きどんどん知識を吸収していくベルにエイナはここまで人に何かを教えるには久しぶりだと調子に乗って本来まだ冒険者にもなっていないベルにダンジョンのことまで教え始めたのだ。無論その内容のほとんどはダンジョンがいかに恐ろしい場所かであり、決して無茶なことはしてはいけないと言うものに収まるのだったが、それすらもベルは真剣に聞き入っていた。

 

「以上で講座は終わりです。お疲れ様!」

 

「ありがとうございました!面白かったです!」

 

「そう、よかった。私の講座ってあまり他の冒険者には大変らしくて最後まで聞き終えたのは君が久しぶりよ」

 

「い、いや本当の面白かったですし」

 

「ふふ、ありがとう。それじゃ後はファミリア関連だけね」

 

 そう言ってエイナが差し出してきた書類はエイナお勧めのファミリアのリストだった。エイナの眼から見て悪い噂もなく、ベルのようなあまり冒険者に向いていなさそうな子であっても入れてくれそうなファミリアの名前と情報をまとめたものである。ちなみにベルの希望はダンジョン探索メインのファミリアなのだが、実は商業系のファミリアの方が多いのは内緒である。

 目の前に積み上げられた書類の山に圧巻させられていたベルだったが、ようやく本来の目的である紹介状のことを思い出し慌ててそれを取り出した。

 

「エイナさんこれ!」

 

 見せられた封筒をエイナは訝しげな眼で見ていたのでベルは慌てて説明する。

 

「えっとこれはお祖父ちゃんが残していってくれたもので、多分この町にあるファミリアへの紹介状らしいんですけど」

 

「紹介状があるの!?すごいじゃない!」

 

 エイナは驚いたように言うと顔を綻ばせて喜んでくれた。紹介状があるならとりあえずベルがファミリアに入ることは可能だと安心したのだ。

 

「けど、紹介状があるなら先にファミリアに入ってから来た方がよかったんじゃない?」

 

「そ、それが......」

 

 ベルは恥ずかしそうに少し笑い話にするように事情を説明したのだが、正直エイナは頭を抱えてしまう。

 

(ベル君のお祖父ちゃんって何者よ。たかが紹介状に神聖文字(ヒエログリフ)を使うだなんて)

 

 神聖文字(ヒエログリフ)はその名の通り神の文字であり、普通人に読むことはできない。エイナですら辛うじて読むことはできるが、紹介状のような長文を書くことはできない。それほどまでに高度な言語をベルのような田舎から出てきた少年の層が扱えるだなんておかしいとエイナは感じた。

 

「ベル君、その紹介状見せて!」

 

「は、はい!」

 

 エイナはベルからそれを受け取りあっけにとられる。なんと封筒の表紙にはでかでかと”紹介状!!”と馬鹿さ丸出しに神聖文字(ヒエログリフ)で書かれていたのだ。なんとも豪胆な祖父だこと。

 

(本当に誰が書いたのよ!!)

 

 そう溜息を吐きつつ封筒を裏返すと今度は固く息をのんだ。表紙のふざけさが嘘のように裏面には達筆にこう書かれていたのだ。

 

『我が××なる友×ロキ。そ×てロキファミ×アへ』

 

 ところどころ穴抜けして完全に読むことはできなかったが、それでもこの紹介状がロキファミリアへの紹介状であることはわかり驚く、何よりこの一文『我が××なる友×ロキ』。神であるロキを呼び捨てにしただけではなく友と言い切るこの人物、ベルの祖父は何者なのか、エイナの中で謎が深まっていく。この封筒を開ければその答えがわかるかもしれないが、紹介状が本人に渡される前に開けられているなど失礼極まりないのでそんな真似はできない。そもそも翻訳することなんてできない。

 それに、目の前の純朴そうな少年を見る限り、悪人ではないことは確かだろう。なら今はこの虎の尾を踏まないようにしようとエイナはどこのファミリアについて書かれていたかだけ教えることにした。

 

「あの、エイナさん?」

 

「あぁ、ごめんね。ちょっと書いてあったファミリアの名前に驚いちゃって」

 

「エイナさんが驚くほど名前。どこだろう……ガネーシャファミリアとか?」

 

「何でそこでガネーシャファミリアが出てきたかはともかく、ここに書いてあった名前はロキファミリアよ」

 

「………………」

 

 エイナ以上に衝撃に襲われたのかベルの顔が笑顔のまま硬直する。

 

「ロキ......ファミリア?」

 

「えぇそうよ」

 

「それってあのロキファミリアですか?」

 

「この都市に神ロキは一人しかいないわよ」

 

「えええええええええええええええええええええええ!!?」

 

 突然至近距離で叫ばれたエイナは思わずその耳を塞ぎ顔を歪めて叱責する。

 

「ベル君落ち着きなさい!」

 

「あぁ!ご、ごめんなさい!!」

 

 土下座しそうな勢いで頭を下げてくるベルにエイナは呆れつつも許しを出す。もしここが防音室で無ければ今頃人が駆け付けていただろう程の声だった。とはいえ、ロキファミリはオラリオ最強の二柱のファミリアの一柱、驚くのも無理ないだろう。

 

(それにしてもロキファミリアか……)

 

 別に悪評があるわけではない。それどころか幹部の方々は皆人徳者だし、”凶狼”を除きだけど。でも最大派閥だからこそ面倒ごとは多く付きまとう。果たしてベルはそんなファミリアに入れるのか......。

 

「それにしてもロキファミリアかぁ」

 

(あ、ダメだ)

 

 完全にロキファミリアには入れることへの嬉しさからどこか上の空になっている。

 

「あのねぇ君。紹介状があるからって絶対に入れるわけじゃないんだよ?」

 

 そう紹介状はあくまでも紹介するための繋ぎ、正確にファミリアに入るには本人の資質が求められる。果たしてベルにその資質があるのか。

 

「う、そうですよね……もしかしたらだめって言われるかもしない。でも、それでも少しでも可能性があるなら挑戦したいです。ロキファミリアに入るために!」

 

 真摯にエイナの眼を見つめるベルにエイナは折れた。いや、もともとエイナにベルがロキファミリアに行くことをだめだなんて言う権限などないわけなのだが。

 

「そう、ならいいわ。ロキファミリアのホーム、『黄昏の館』の場所を教えてあげるわ」

 

「ありがとうございます!」

 

 そう言ってエイナは教えられた地図を確認しながらギルドを離れていくベルを見送った。

 

「まぁロキファミリアには”勇者”やリヴェリア様といった人徳者が幹部だから無碍には扱われないわよね」

 

 と、そう言い切ったところでエイナはとある真実を思い出した。

 

「そういえば、ロキファミリアの幹部って遠征に行っててまだ帰って来てないんだっけ?」

 

 

 

 

 

 

「なんだお前!ロキファミリアのホームの前で怪しげな挙動をして!!」

 

 ベルがエイナに教えてもらった北のメインストリートから一つ外れた道にある黄昏の館の前でいつ行くかとウロウロしていると、ダンジョン帰りなのか鎧を着込んだ一団がベルの元に近づいてきた。先頭を歩く戦士の鎧に着いたマークは道化のマーク、おそらくロキファミリアの冒険者の方々だろう。

 

「え、えっと僕はそのロキファミリアに」

 

「お前、ロキファミリアの入団希望者か?」

 

「は、はい!」

 

 パーティーの戦闘にいた戦士はベルを品定めするようにつま先から頭まで観察する。少し気まずさにベルの体が委縮する。

 

「悪いがロキファミリアは今現在団員の募集はしていない。当然、どこかの眷属(ファミリア)ですでに多くの経験を積んできて改宗(コンバージョン)するわけでも新人が入れるような場所ではない」

 

 ベルの完全な素人の佇まいから新人であることを察した戦士は、少し厳しめの言葉でベルの入団を拒む。

 

「ま、待ってください!」

 

 ここでおめおめと帰るわけにはいかないとベルはカバンの中から例の紹介状を出した。冒険者たちは訝しげな目でその封筒に視線を送る。

 

神聖文字(ヒエログリフ)で書かれた書状か。それで、これがいったい?」

 

「えっと、これは……ロキファミリアさんへの紹介状です」

 

 団員たちの鋭い視線に少し気まずそうに視線をそらしながら言うベルに戦士がまゆを動かし問う。

 

「紹介状だと?一体どこの派閥からだ?」

 

「えっと派閥とかじゃなくておじいちゃ……えっと、祖父からです」

 

 途端、戦士の後ろから複数の吹き出す音が響く。戦士は背後の反応に溜息を吐きながらなおも質問を続ける。

 

「お前の祖父の名前は何という?」

 

「え、お祖父ちゃんの名前ですか……そういえばなんて名前なんだろう?」

 

 そういえばベルは十年間祖父と暮らしてきて一度も祖父の名前を聞いたことがなかった。村の人たちもベルのお祖父ちゃんとしか言わなかったし。そう思い出し答えた瞬間、もう耐えきれないと言わんばかりに戦士の後方の盗賊らしき男が大声で笑いだし、他のメンバーも吹き出し小声で笑っている。

 

「おいイヴァンもうそんな奴ほっといていこうぜ!」

 

「し、しかし!」

 

「どう考えたって何かの間違いだって!だって、お祖父ちゃんがって!」

 

「ちょ、ちょっとププ、やめときなって」

 

「いいや、やめねーぜ!考えてもみろよ、こんな奴の爺ちゃんがあのロキ様へ繋ぎをできる訳ねぇだろ。どうせ孫のために必死になって神聖文字(ヒエログリフ)を学んで、少しでも形になってれば通してもらえるとでも思ったんだろ!」

 

 尊敬する祖父を馬鹿にされているというのにベルの意識はどこか遠くに飛んでいく。まるで自分を客観的に見ているかのような感覚だ。

 盗賊の男のなおも続くベルと祖父への罵詈雑言の言葉、聞こえてはいるが意識には入って来なかった。

 

 それもそうだ。なぜ自分はいくら尊敬する祖父が残したものだったとはいえ、あのロキファミリアに対する紹介状が本当に使える物だと思ったのだろうか。常識的に考えれば片田舎の老人が書いた紹介状がまともに取り合えって貰えるわけがないじゃないか。

 冒険者への憧れと祖父への尊敬で本当に周りが見えなくなっていたんだなと、ベルの顔が熱くなっていくのが感じられる。

 

「大体よぉ、こんな奴例え紹介状でロキ様まで繋がれたとしても眷属(ファミリア)にしてもらえるわけがねぇじゃないか!!」

 

「おい!」

 

 イヴァンと呼ばれた戦士が盗賊風の男を諫めようとしたがもう遅い。盗賊風の男は回った口が止まらないと言わんばかりに続ける。

 

「こんな子兎みてぇな野郎が冒険者になんてなれるわけがねえだろ!」

 

 ベルは顔のみならず体中が熱く煮えたぎっていくように感じた。身を引き裂かれそうなこの思いはなんだ。まるで自分の想い全てを否定されたかのようなこの感覚。

 気が付いた時にはベルは恥も外聞をも捨ててその場から逃げ出すように走り去っていってしまう。

 

「ま、待ってくれ!」

 

「あははははははっはは!」

 

 イヴァンの呼び声もベルには届かず、イヴァン以外の者たちの笑い声をその場に残してベルは走った。途中北のメインストリートへと抜ける曲がり角で美しい金髪の少女とぶつかってしまった。いつものベルであれば直ぐにでも立ち止まり土下座をする勢いで謝るのだが、生憎今そんなことができるほどの余裕はなく、おそらく少女の仲間だろう人たちの怒る声をしり目に雑踏の中へと逃げ込み走った。

 

 

 

 

 

 そしてベルがぶつかってしまった金髪の少女は既にベルが紛れ込んでしまった雑踏を見つめながらそっとつぶやいた。

 

「まさか……ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話”帰還”

一週間1~2話ペースのつもりだったのに、予想以上の反響があったためストックを流し始めてしまうガーバーガーバーの作者です( ˘ω˘)スヤァ


 

 

 

 その日の夕方、遠征から帰ってきたロキファミリア一同はバベルにて解散することになり、いつもの幹部のメンバーは会議があるとのことで先に纏まって帰ることとなった。

 途中でミノタウロスの大軍を上層へと逃がしてしまうという失態を犯してしまったが、全てのミノタウロスの始末はつけておいたので概ね問題はなかっただろう。

 

「たっく、折角の遠征だったってぇのにあの芋虫ども!」

 

「あーあー、私の大双刃(ウルガ)も壊されちゃったし最悪ー!」

 

「はぁあんた達にねぇ、文句ばっか言ってないであの芋虫をどうするか考えなさいよ」

 

「全くだ」

 

「あの芋虫がいるとなると当面はアイズの持っているデスペレートみたいな不壊属性武器を最低でも幹部分は用意することかな」

 

「だが、そうなると今回の遠征でかかった費用の赤字分と考えるとなかなか時間がかかりそうだな」

 

「そこはまぁ眷属(ファミリア)の皆の協力も必要かな?」

 

「団長!私一杯ダンジョン潜ってモンスターども狩ってきます!!」

 

「私もー!アイズ、今度また一緒に潜ろー!」

 

 自分の相棒が破壊されたことに口を尖らせうっぷんを吐き出しながらアイズをモンスター狩りに誘うアマゾネスの少女ティオナはいつまで経っても返事のこない友人の顔を見ながら不思議そうに尋ねる。

 

「アイズどうかしたの?」

 

「……え。ごめん、ちょっとぼうっとしてて」

 

「はぁ、全くアイズあれほど気を引き締めろといっただろ」

 

「リヴェリアごめん」

 

「まぁまぁ、もうすぐホームなんだしアイズだって遠征で疲れてるんだ許してあげよう」

 

「………………」

 

 フィンのフォローにアイズは何とも言えなくなる。不調の原因は決まっているからだ。

 

「あれーホーム前で何か騒いでるよ?」

 

「ああん、雑魚どもの言い争いなんて知るか」

 

「お、小僧が一人走ってきたぞ」

 

 あの夢を見るといつもこうだ。今回は遠征の帰りだったからよかったが行きに見なくてよかったあの――

 

「あ、アイズ危ない!」

 

 あの……。

 

 白髪の少年の夢。

 

 私にぶつかっていった兎はそのまま雑踏の中に消えていった。

 

「たっく危ねぇな!アイズ!てめぇもぼさっとしてんじゃねぇ!」

 

「アイズー大丈夫?」

 

 仲間たちの心配の声は聞こえない。

 ただアイズの意識にあるのは瞳に焼き付いたのあの白髪だけ。

 

「アイズ……?」

 

 さすがにそんなアイズの様子に違和感を覚えたのか一同の視線が合図に集まると同時にホームの前に笑い声が響いた。

 

「おい、見たかよ!あの兎ちゃんあまりの惨めさに逃げちまったよ!」

 

「おい、流石に今のは言いすぎなんじゃ……」

 

「おいおい、イヴァン良い子ちゃんぶんなって。お前だってあの紹介状ロキ様に持っていくつもりは無かっただろ?」

 

「それはだな」

 

 確かにあの怪しげな不確定の紹介状をロキに持っていくつもりは無かったため、少し言葉に詰まってしまう。

 

「一体ホームの前で何を騒いでいるんだいイヴァン?」

 

「団長!?もうお帰りになったんですか!」

 

「ちょっとイレギュラーが発生してね。それでイヴァン、そちらの人たちは?ファミリアの団員じゃないよね?」

 

 フィンは笑顔でイヴァンに帰還の旨を伝えると、その後ろにいる派閥の冒険者に目を細めた。

 

「おぉこれはロキファミリアの”勇者(ブレイバー)”、それに幹部の方々!なあに俺たちはアポロンファミリアの冒険者です。今はイヴァンと一緒に番犬の真似事をしていただけですよ」

 

「番犬……?」

 

「あぁ、団長。俺が話す」

 

 更に目を細めるフィンに、イヴァンはこれ以上盗賊風の男にしゃべらせまいと代わりに説明し始める。

 

 イヴァンのレベルは現在2、しかし先日ダンジョン内でアクシデントにあい今回の遠征にはサポーター代わりとしても不参加の待機組として地上へと残っていた。そしてフィンたちが遠征に行っている間に傷も癒え、ダンジョンに潜ろうとしたところ生憎いつものPTは遠征に行っており、仕方ないので今日は上層部をソロで回って明日他のPTに入れて貰おうと考えた訳だ。

 

 そうして一人でバベルに行くと驚くことに自分を臨時の助っ人として入れたいと申し出るPTが現れたのだ。それが今イヴァンの後ろにいるメンバーたちである。

 全員イヴァンよりレベルは一つ低かったが、連携のことなど考えればイヴァンの方が足手まといになる可能性がある。しかし彼らは戦士であるイヴァンはタンクとしてやってくれれば良いとのことだったので素直にそのPTに入れさせてもらうことになった。

 連携は何だかんだで上手く行き無事ダンジョン探索を終えることが出来た。

 そしてダンジョンから出てきて解散と言った流れになったところで盗賊風の男がロキファミリアのホームを見てみたいと言い出したのだ。有名ファミリアのホームだから気になるのか他のメンバーもみたいと言い出す。イヴァンは今日一日PTに入れてもらった手前もあり、外から眺めるだけを条件に彼らをここまで連れて来た。

 

 そんなタイミングでホームの前でうろつく挙動不審の少年がいると、新人の門番が話しているのを聞き、後は任せるように引き受けたのだが......。

 

「少年……それってさっき走っていった白髪の彼かい?」

 

「はい、何でもファミリアへの入団希望者だったらしく」

 

「入団希望者ね。それで、君はどんな対応を取ったんだい?」

 

「そ、それは――」

 

 イヴァンはフィンのその細められた眼光に口ごもり黙ってしまう。その反応だけで、イヴァンが恐らく少年を門前払いしいたのだろうと察しため息を吐くフィンとリヴェリア。イヴァンとしても実は勝手に新規加入を受け付けていないとデタラメを言って追い返してしまった手前とても気まずい思いをしている。

 

「イヴァン、ファミリアへの入団を決めるのは団長である僕と主神であるロキだ。君じゃないよ?」

 

「そうだ。それに断るにしろあんな脱兎のごとく逃げ出すまで追い詰めなくてもよかっただろう」

 

「も、申し訳ありません!」

 

 フィンとリヴェリアの叱責に顔を青くしたイヴァンは慌てて頭を下げる。

 

「まったく、頭を下げる相手が違うじゃろうて」

 

「最近はファミリアの箔を気にしすぎた者が多くて困る」

 

「これはあとで他のメンバーも含めてしっかりと話し合いを行わないとだな」

 

「おいおい、ちょっと待ってくだせぇよお三方」

 

 古参の三人からの説教に体を小さくするイヴァンに助けを出したのは以外にも先ほどからイヴァンの背後にいた少々顔立ちの整った盗賊風の男だった。

 

「えっと君は?」

 

「俺はカルドと申します」

 

「そうかカルド君、それで僕たちファミリアんの問題に他派閥の君が何か用かい?」

 

「いやなに、そんなイヴァンを責めてやらんでくださいよ。皆さんだってさっきのガキがやらかしたことを聞けば笑いで仕方ないって言いますよ?あははははっは、思い出しただけで笑いが止まんねぇ!」

 

「さっきの少年がしたことね?イヴァン、先ほどの少年の名前を知っているかい?」

 

「そ、それが名前すら聞かず」

 

「……これは一度団全体の意識改革が必要かな。それでその少年は何をしたんだい?」

 

「なにもかにも、あいつイヴァンが断ったら慌てて鞄の中から紹介状を取り出したんでぇ」

 

「紹介状?」

 

「これです!」

 

 イヴァンは慌てて先ほどの少年が落としていったものを拾い上げてフィンに差し出す。フィンはその封筒を眺め目を細める。

 

「神聖文字か。リヴェリア読めるか?」

 

「あぁ、ちょっと貸してくれ、ぶっ!」

 

 封筒の表紙に目を通したリヴェリアから吹き出すような笑いが漏れたことにロキファミリアの面々は度肝を抜かれたように目を見開く。

 リヴェリアが、吹き出しただと……!

 

「お、やっぱり吹き出しますよね?一体どんな支離滅裂なことが書かれていたんです?」

 

「やっぱり?」

 

「えぇ、その紹介状一体誰が書いたとあのガキ言ったと思います?」

 

 その質問にカルドの後ろにいるイヴァン以外のメンバーは笑いをこぼす。カルドはフィンの答えを聞く前に答えをばらす。

 

「お祖父ちゃん!お祖父ちゃんが書きましたよって!言ったんすよ!」

 

「「あはははっっはっははは」」

 

「お祖父ちゃん?」

 

 流石のその言葉にフィンも動揺を隠すことができない。

 

「そんで、いやまさか名のある神が趣味で子どもたちにお祖父ちゃんって呼ばせてるんじゃないかって、ププ思って、そのお祖父ちゃんの名前を聞いたらわからないって!だははははっはは!」

 

 その言葉には殆どの幹部が何とも言えない顔になる。紹介状の差出人の名前すら知らない少年の非常識さも少しあるからだ。とはいえ、仮にも紹介状だ。もしもこれで他のファミリア、ロキと交流のある神でもしたら、その間に入る亀裂をどうするつもりだったのか。古参の幹部は頭を押さえる。

 一方、心穏やかではないのがアイズだ。

 

(なんだか、嫌だな……)

 

 あの白髪の少年がバカにされていることがどうしてかアイズはたまらず嫌だった。

 

「そしたらあのガキ、兎みたいな赤い目をさらに真っ赤にさせて泣き出しそうになって逃げたんですよ!」

 

 赤い瞳。

 その言葉にアイズの目は見開かれる。

 あの人と同じ赤い目。

 

「全く情けないったらありゃしねぇ!あんな情けない野郎、天下のロキファミリアどころかどこのファミリアだって入れて貰えませんって!」

 

 やめて、これ以上彼と同じ雪のように白い髪と宝石のように輝く赤い瞳を持つ少年をバカにしないで!

 

「あっちゃーアイズ、あの冒険者調子に乗って喋りたい放題だね……アイズ?」

 

 それ以上彼をバカにするなら。

 

 いつの間にかアイズのなかで逃げ去った少年と記憶の中の少年を同一視され、アイズの英雄をバカにする目の前の男に怒りを覚え、腰のレイピアに手をかけようとした。

 

 その時だった。

 

 アイズの横を灰色の狼が通り抜けていった。

 

 

「ぐへっ!?な、なんだよ"凶狼"!」

 

 

 アイズの横を駆け、カルドの胸ぐらを片手でつかみ上げたのは体毛を纏い稲妻の刺青が入った狼人。ベート・ローガだった。

 

 

「雑魚が雑魚を嘲笑ってピーチクピーチクうるせんだよ!」

 

「ヒッ!」

 

「てめぇみたいに自分よりも弱い雑魚を見下してる雑魚を見てると虫唾が走んだよ!」

 

「それあんたが言うかー」

 

 空気を読まないアマゾネスの言葉はまさにこの場の全員の気持ちを代弁していた。

 

「勘違いするんじゃねぇ!俺はこいつみたいに雑魚を見下して優越に浸ったりなんかしない。ただ事実を言ってるだけだ!」

 

 ベートはそのままカルドを他の仲間のもとに投げ飛ばす。カルドの中は勢いよく投げ飛ばされてくるカルドに巻き込まれその場に倒れ込む。

 

「俺からしたらテメーもさっきの雑魚も変わらず雑魚なんだよ!わかったらさっさとここから消えやがれ!」

 

「お、お前ら行くぞ!」

 

 カルドは仲間に起こされると慌ててその場から逃げていく。その姿に少しだけアイズの溜飲が下がった。

 ベートは逃げていく冒険者を尻目に地面に唾を吐きつけると今度はイヴァンのもとに近づいた。鋭い視線で睨まれたイヴァンは体を強張らせる。

 

「お前もロキファミリアなら雑魚だとしてもしっかりしやがれ。あんな屑どもに成り下がんじゃねぇ」

 

「……はい!」

 

 イヴァンは背筋を伸ばして頭を下げる。ベートはつまらなさそうにイヴァンから離れていき、フィンも仕方なさげに目じりを下げる。

 

「確かに野良のPTに参加するのは禁止しないけど、もう少し相手を見極めた方がいいかもね」

 

「はい団長!今後は気を付けます!」

 

「それじゃ今からさっきの少年をさが――」

 

「おいフィン!余計なこと命令してんじゃねぇ!」

 

 探してきてくれ。

 そんなフィンの言葉はベートのイラついた声によって遮られた。

 

「ちょっとアンタ!団長の指示を遮るなんて!!」

 

「うるせーぞバカゾネス!おいフィン、その雑魚を見つけ出してきてどうするつもりだ?まさかファミリア(ここ)に入れるつもりじゃねーだろうな?」

 

「それは彼の人となりを見てからだね」

 

「なら答えは決まってる。不合格だ」

 

 その言葉にアイズはどうしてか酷く動揺する。

 

「どうして……?」

 

「ああん?アイズが他人に興味を持つなんて珍しいじゃねぇか。決まってんだろ!」

 

 ベートはホームの門を乱暴に蹴り開け言う。

 

「あんな雑魚共に馬鹿にされて何も言い返さず逃げるようなクズ、ファミリア(ここ)にはいらねえってことだよ!あんな野郎どもに立ち向かえないような雑魚がダンジョンで生き抜けるわけねえだろ!!」

 

 その言葉に誰も文句は言わない。確かにその言葉も正論であるのかもしれない。ただ少しだけ全員がベートを責めるような視線だけ向けた。そして最初に口を出したのはフィンだった。

 

「ベート、さっきも言ったけどそれを決めるのは団長である僕とロキだ。君じゃない」

 

「そーかよ、ならはっきりさせておくぜ。俺はたとえお前とロキの奴があの雑魚を入れるって言ってもぜってえ認めない。ボコボコにしてでも追い出すからな」

 

「なっ!?」

 

 その過激な発言に数名が驚きを示すがフィンは何も言わない。それを了承の意と言わんばかりにベートは先に館の中へと入っていく。

 

「何なのよあの駄犬!感じ悪いー!」

 

「ベートが感じ悪いのはいつものことでしょ。ほっときなさい」

 

「今日のあいつはずいぶんと荒れとるな」

 

「…………」

 

 ベートの態度に各々が反応を示しながら館の中へと入っていく。アイズもこのモヤモヤとした気持ちをいったん心に沈めて後に続く。

 

(そうだ、あの子が彼のはずがないんだから......)

 

 

 ホームに入っていくアイズたちを見送ったフィンは今もなお中庭で例の紹介状を眺めているリヴェリアに話しかけた。

 

「どうしたんだいリヴェリア。いつもの君なら真っ先にあの冒険者たちを叱責すると思ったんだけど」

 

「ん、あぁ少しこの紹介状に興味がわいてな」

 

「それはまた、リヴェリアが興味を持つなんて」

 

「少なくともロキに読ませるだけの価値はある。そしてその時の反応が見たいものだ」

 

「……読まないのかい?」

 

「我々に教えていい内容なら教えてくれるだろう。教えなかったら……生憎、虎の尾は踏みたくないものだ」

 

「君なら虎にも勝てそうだけどな」

 

「そういう意味ではない」

 

「はは、わかってるよ。まぁどこかほっつき歩いてるロキも僕らが帰ってきたことに気が付いて直ぐにでも駆けつけてくるだろう。そしたら渡せばいい」

 

「あぁ、そうしよう」

 

 そう言葉を交わしてフィン達もホームへと入って行こうとする。

 

 

 

 

 しかしそんな彼彼女たちを呼び止める声が響いた。

 

「大変です!ロキファミリアの皆さん!!」

 

 

 

 

 

 



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4話”恐怖の道”

 

(くやしい……!くやしいくやしい!!!)

 

 ベルは黄昏の館で門前払いをされた後とある場所に向かって走っていた。その足は力強く大地を蹴り、顔は恥ずかしさと怒りのあまり真っ赤に染まり、視線は前ではなく地面を見ながら地を駆ける。

 自分が情けなくてたまらなかった。

 大好きな祖父を馬鹿にされ、自分の誓いを踏みにじられたような、心臓を握りつぶされたかのような痛みがあった。

 道行く人は、突如と走ってくるベルに自然と道を開け怪訝な視線を向ける。

 

 

 本来の正史、もしも彼がただの英雄を夢見る少年だったのなら、このとき。ロキファミリアで門前払いされた後、藁にも縋る思いで他のファミリアの戸を叩いて回り、それでも自分を認めてくれるファミリアはなく打ちひしがれているところ、一柱の慈愛の女神によってその手を引かれ彼の面白おかしくも夢見る少年の物語が始まっていたことだろう。

 

 

 しかし今のベルは正史よりも少しだけ遺志を受け継ぎ、誓いを胸に燃やし、より強烈な夢を持ってしまっていた。そして少しだけ闘う力があった。

 

 だからこそ、ベルは後ろから秘かについて来ようとしていた女神のことなど梅雨知らずただ一点を目指して走り抜けていた。

 それはこのオラリオに住むものならば必ずは目にする、この都市の象徴たる神々の建造物。

 

 

 迷宮から溢れ出すモンスターを押しとどめるための二として機能するそれ。

 

 迷宮の真上にそびえ立つ50階建ての摩天楼施設。

 

 ――バベル。

 

 そこがベルの目指している目的地だった。

 

(僕だって戦える!ひ弱な男なんかなんかじゃない!)

 

 ベルは走りながらカバンの中に詰め込まれていた祖父からの贈り物である短剣を腰に携える。

 

(そうだ!ダンジョンでモンスターを倒して魔石を手に入れてからもう一度行こう!そうすればもう一度話を聞いてくれるかもしれない!)

 

 無垢で無力な少年は、いかに自分が愚かなことをしようとしているかをわかっていなかった。

 神の恩恵(ファルナ)を持たずにダンジョンの中に入るという行いがどれだけ危険な行為なのかもわからず、少年はただただ自分の無力さが情けなく走るしかなかった。

 

 バベルへと着いたベルは、地下へと続く大穴の螺旋階段を見つけ走る。今は誰もいなかった階段はベルの歩みを阻むことはなかった。

 まともな防具など付けておらず、ただの服と革のコートだけを羽織ってダンジョンに走っていく彼の姿は他の冒険者に比べて異様である。防具を買うお金がなかったとしても駆け出し冒険者はギルドから出世払いで初心者用の防具が貸し与えられるはず。それすらもつけていないのはもしや冒険者登録すらしていないのではと考える冒険者もいたが所詮他人、止めることなどしなかった。いや、中には声をかけてくれる者もいたがベルはその程度の声には反応せずに階段を駆け下りていってしまった。

 

 

 

 

 

 初めてのダンジョンの中はどこか幻想的で薄青色の壁が仄かに光っていた。

 その光に圧倒されながらようやくベルは今自分がどこにいるのかを思い出した。既に第1層の”始まりの道”は通り過ぎており、第1層でも最奥部の方まで来てしまっただろうか。運がいいこと(・・・・・・)にここまで一度も戦闘にならなかったためこんな奥まで来てしまったのだ。

 我に返ったベルはまだ魔石は取れていないが、冷静になって一度戻ろうと。そう考えて振り返った瞬間。

 

 

『パリン』

 

 

 そんな音が響いた。

 

 初めて聞く音だった。

 

 まるで何かが割れる音。

 

 そんなありえない。この第1階層にガラスなんて装飾があるわけがないんだから。

 

 そう、ベルがゆっくりと今まで自分が向いていた方向へもう一度振り返ると。

 

『ギッキ』

 

 まるで(ダンジョン)から生まれる雛のように壁を破って生れ落ちてきた何か。

 それは身長にしてベルの腰くらいまでしかない濃緑色の人型モンスター。

 ゴブリン、ダンジョンに来て初めて出会うと言われるダンジョン最弱のモンスター。

 それが一体、そこにポツンと生まれ落ちたのだ。

 本来ベルのような一人でいる初心者相手にダンジョンが産み落とすには何とも拍子抜けな数。本当にベルを殺そうとダンジョンが殺意を持っているなら5体以上のゴブリンがここに産み落とされてもおかしくはなかっただろう。

 

 しかしそんなことを知るはずもないベルは、目の前のゴブリン相手にどうすればいいのか迷っていた。最弱のモンスターが一体。されど自分が子供のころに半殺しにあったゴブリンが一体。その時のことがフラッシュバックしたベルはここと戦うかどうか躊躇ってしまった。

 

 そのためらいの時間がゴブリンにベルが自分の獲物であると認識させる。一歩ゆっくりとベルの元に歩いてくるゴブリンにベルは一歩後ずさってしまう。

 そんな自分に思い出させるような声が笑い声が響く。

 

 

 

『こんな子兎みてぇな野郎が冒険者になんてなれるわけがねえだろ!』

 

 

 

「そうだ」

 

 ベルは後ずさっていた足を無理やり一歩前に出す。

 

『ガギ?』

 

 ゴブリンは今まで自分が狩ろうとしていた獲物が逃げ出さず一歩こちらに向かってきたことに首をかしげる。

 

「このままじゃダメなんだ。ただ、狩られるだけの子兎(えもの)じゃダメなんだ!」

 

 ベルはもう一歩強く地面を蹴り前へと走り出す。

 腰に携えた短剣も引き抜く。

 

「うああああああああああああああああ!!」

 

『ギギッ!?』

 

 突然の雄叫びを上げながら向かってくるベルに虚を受けたゴブリンは、そのまま走る加速によって振り上げられたベルの右足に蹴り上げられてダンジョンの壁へとぶち当たる。そのまま呻き地面を転がるゴブリンに向かってベルは飛び掛かり、馬乗りになりながらマウントを取ってその短剣を振り上げ、ゴブリンの胸へと振り下ろした。

 短剣から伝わるゴブリンの肉を絶つ感覚は軽く、力を籠めなくても切れるのではないかと思うほどの切れ味だった。

 もう一度、もう一度、もう一度。ゴブリンの胸へと白銀の短剣が振り下ろされる音が何度もダンジョン内に響き渡る。そしてその音が響かなくなったのはベルがゴブリンに五度目の短剣を振り下ろした時だった。短剣の攻撃を何度も受けたゴブリンの体が灰へと変わり霧散する。そして小さな魔石がカランと落ちた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 震える呼吸を落ち着かせたベルはゴブリンの返り血で真っ赤に染まった手で魔石を拾いカバンの中に放り込む。同じく白銀に輝く短剣を赤色に染め上げた血を自分の服で拭い取るように拭いてから鞘へと納める。

 

「やった、やったぁ!!」

 

 ベルは拳を握ってそう高らかに喜ぶ。あのゴブリンを倒した。

 ダンジョンの最弱モンスターにして、他の冒険者であればここまで喜ぶような相手ではない。

 けれど一度殺されかけたことのあるベルにはこれ以上にない戦果だった。

 だからこそこの時だけはベルは馬鹿にされたことなどどこ行く風。純粋な気持ちで喜んだ。

 

 

『おめでとうべる!』

 

 

 そんな声が耳元に響いた気がした。

 ベルはとっさに声の方向を見てみるがそこには誰もいない。ただ殺風景なダンジョンの洞窟だけが広がっている。

 

「気のせい、かな?」

 

 ベルは首をかしげながら空耳だと思うことにした。そしてベルが向けた先には、声のした方向にあったものに息をのむ。

 そこにあったのは2階層へと続く階段あった。

 

「……ッ」

 

 一瞬ベルはまだ神の恩恵(ファルナ)も刻まれていない自分がこれ以上下に降りていいのかと躊躇っていたが、頭を振り弱虫な自分を吹き飛ばす。

 

「大丈夫、ゴブリンだって倒せたんだ。まだいけるはず!」

 

 ダンジョンの本来の凶悪さを知らないベルはそれが如何に危険な選択だったのかわからなかった。

 しかしこう選ぶことも運命だったのだろう。

 

 そう全ては仕組まれていたのかもしれない運命。

 

 いたずら好きの誰かが仕組んでしまった些細な運命。

 

 それが彼の物語をもう一歩進ませることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の歩く音だけが響き渡る洞窟が目の前に広がる。

 一歩一歩踏み出す足は緊張に震え慎重にならざる終えなかった。

 歩き回り、何か物音が響くだけで体を震わせてしまう。

 現在ベルがいる階層は五階層。どう考えてもベルの身の丈に合わないどころか、無謀と言わざる得ないほどの階層。なぜベルがこんな階層まで下りてきてしまったのかというと、それはただ一言運がよかった(・・・・・・)からだろう。

 

 

 二階層におりてきて初めて会った敵はゴブリン二体。

 もちろん複数なので囲まれれば危なかったかもしれない。けれどベルは先ほど自分の蹴りがゴブリンにも通用することがわかっていたため、急いで走っていきまずは片方のゴブリンを蹴り飛ばし、蹴り飛ばされたゴブリンが転がっている間に急いでもう片方のゴブリンの胸へと力一杯に白銀の短剣を突き刺したのだ。そのまま横に引くように短剣を振ればゴブリンは見事に切られ灰へと返還される。そして一対一となったベルとゴブリンの勝者は決まり切ったようにベルが短剣でゴブリンを切って終わる。

 そんなことを三度繰り返すと、たまたま(・・・・)三階層へと降りる階段を見つけた。

 ベルは今までの戦いでも体力はまだまだ残っていたためもう一階層降りることにした。

 

 

 三階層に降りてきたベルを待っていたのは一体のコボルドであった。

 犬頭のモンスターであり、体長はゴブリンとさして変わらない。

 なので開幕ゴブリンと同じように走りコボルドの体を蹴り飛ばした。先ほどのゴブリンよりも多少重かったため壁までは蹴り飛ばせなかったがそれでも体制を崩させることはできた。なので同じく馬乗りになってマウントを取りコボルドに乗りかかりその胸に短剣を突き刺した。ここでベルにとって少し予想外だったのはゴブリンに比べてコボルドの抵抗が激しかったことだ。そして激しく抵抗するコボルドの爪がベルの左腕を引っ掻いた。

 顔を歪ませたベルはすぐに突き刺した短剣を捩じるように突き刺しコボルドにとどめを刺した。

 左腕から左手の甲へ少しだけ血が垂れていく。

 ベルはそれを一瞥すると、少し迷ったように戻るかどうかとダンジョンの先を見つめ、そして何かに導かれるようにさらに先に進んだ。

 そうしてもう一度数度コボルド、またはゴブリン、あとはヤモリのようなモンスターとの戦闘を行えばいつの間にかベルは二階層分階段を下りていた。

 本来ではありえないこと。神の恩恵(ファルナ)を受けていない少年がここまで来ることなど、ここまで数度の戦闘それも多くても一度に2体しか相手どらずに降りてくることなどありえないのにベルはここまで来た。来てしまった。

 

 

 気が付いた時にはもう遅い。ベルが今いるのは五階層。

 エイナの言っていたことを思い出したベルは、確かこの階層から四階層までとは一段階モンスターの質が変わると言っていたのを思い出した。

 変わって薄緑色の壁の光に照らされながらベルは周囲を見渡していた。ここで初めて冷静になったベルは慌て始める。

 早く地上に戻らなくてはと、今来た道を戻ろうと走っていく。

 しかし来た時とは打って変わって、今来た道を戻るだけなのに行っても行っても四層へと戻る階段が見つからないのだ。

 

「どうして!来るときはすぐに見つかったのに!」

 

 何かに導かれるように無意識的にここまで下りてきたベルにはダンジョンの構造など頭に入っておらず、上へと昇る階段が見つけられないことにだんだん焦りを感じていく。それがさらに悪循環となっていき、ベルは完全に五階層で迷子となってしまっていた。

 やがて息が切れたベルはダンジョンの壁に寄りかかるように座り込んだ。

 

「どうしよう」

 

 ベルは恐怖からか白銀の短剣を抜いて握りしめた。

 それからどれくらいが経ったのだろう。10分くらいだろうか。30分だろうか。もしかしたら5分も経っていないかもしれない。

 けれど一人ぼっちのベルの体内時計は狂い始めていた。

 

「あれ、そういえば」

 

 ベルはここでもう一つの異変に気が付く。

 

「なんでこの階層、人もモンスターもいないんだろう」

 

 ベルがこの階層に入ってからすでに1時間は経過しているだろうか。それにもかかわらずこの階層ではまだ一度もモンスターとは遭遇していないのだ。いや、それどころか今日ダンジョンに入って一度でも他の冒険者と出会っただろうか。

 いや、すれ違うどころか遠目で見てすらいない。

 ベルの体に寒気が弥立ち、何か嫌な予感が体を震わせた。ベルは慌ててその場から立ち上がると、そこから離れようと歩き出した。しかしそれはあまりにも遅かった。

 

 

 ノシ、ノシ

 

 

 まるで何か巨大な生き物がこちらに歩いてくる、あの曲がり角を歩いてくる。

 ベルの足は動かず、その正体を見ようと目は曲がり角に釘付けとなってしまう。

 

 

 そしてその正体が現れる。

 

 

「あ、ああ……ッ!」

 

 

 一歩一歩の足音の重さがその筋肉の塊の重さを象徴する。

 全身を覆う毛並みの色は赤黒く、その筋肉隆々の肉体は3Ⅿにも及ぶ。

 特徴的なのは頭から生える二本の黒い武骨な角。

 牛の顔を持つその巨大なモンスターをベルは知っていた。エイナに教わったわけではない。当然だ。本来ならばこのモンスターは15階層、中層域と呼ばれる推奨冒険者レベル2以上の場所に存在する。こんなはるか上の階層にいていいモンスターではないのだから。

 とはいえそんなことを知る由もないベルはそのモンスターの姿をとある英雄譚に出てくる化け物と並べてみていた。その物語でとある王国の姫を攫い、そして英雄に討伐された化け物。そのモンスターの名前は。

 

 

「ミノ、タウロス!?」

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』

 

 

 その化け物の叫び声が五階層全体に響き渡った。

 

 

「うああああああああああああああああああ!!」

 

 それと同時にベルはミノタウロスとは反対方向へと逃げ出した。逃げる獲物(ベル)をミノタウロスは少し首をかしげて見た。自分よりもどう考えても弱い存在。それが自分の『咆哮(ハウル)』に固まらず逃げだして見せたのだ。とはいえ自分がすることは変わらない。目の前の人間を追いかけて殺そうと、ミノタウロスはすぐにベルの後を追いかけ始めた。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ!何で、なんでミノタウロスが!」

 

 ベルはただただがむしゃらにダンジョン内を縦横無尽に駆け回り、曲がり角があれば必ず曲がり決して一直線には進まず逃げまわった。しかしそれでもミノタウロスとベルの地力など明白、その距離は徐々にどころかあっという間に詰まっていく。

 そしてとうとうその追いかけっこも終わりを迎えた。

 

「そんな......」

 

 ベルの逃げ込んだ曲道は無常にはその先に逃げ場など与えない行き止まりであった。

 詰んだ。間違いなく詰んだ。

 

 

 これが僕の末路である。夢見て、情けなくて、何もできなかった僕の最後だ。

 

 

 ベルは尻もちをつきながら後ずさる。いつの間にか追い込んだベルに満足したのかミノタウロスは走るのをやめてゆっくりとこちらに向かって歩いて来ていた。きっとあの化け物がこちらまで来たら、あのベルの胴ほどまである太さの腕に殴り飛ばされてベルはごみ屑のように死んでしまうだろう。いや、もしかしたらあの堅そうな足の蹄に踏みつぶされてミンチになるかもしれない。どちらにしろベルが死体になることには変わりないだろう。

 

 

(あぁ、僕はここで終わるんだ)

 

 

 

 

 僕は迫りくる化け物を見ながら、夢のことを思い出した。

 

 僕が誓った、名前もわからない。顔だって思い出せないあの子。

 

 ただ覚えているのはあのきれいな金色の髪だけ。

 

 壁際まで追い込まれて臀部を地面につけ、歯を鳴らす僕は何と惨めなことだろうな。

 

 どうやら僕は英雄になる資格なんてなかったらしい。

 

 今の僕のこの情けない姿を見たらきっと彼女は幻滅してしまうだろう。

 

 だけど、これだけは言わせてください。

 

 僕はあなたの英雄を本気で目指して、なりたかったです。

 

 

「だから、なれなくてごめんなさい」

 

 

『ヴオオオオオオ!』

 

 ミノタウロスの荒く臭い鼻息がベルの肌を撫でる。それが死の感覚だというのなら間違いないだろう。

 ベルは鳥肌さえ立たなくなった体で、振り上げられたその剛腕を見ながら壊れたような不細工な笑みを浮かべた。

 

 

 

『ヴォッ?』

 

 しかしいつまで経ってもベルに死は訪れなかった。

 代わりにミノタウロスの胴体に一閃が入った。

 

 ミノタウロスの間抜けな声。もしベルが殺され掛けていなかったら笑っていたかったかもしれない。

 けどベルにそんな余裕は一切なかった。

 今まさにベルを殺そうとしていた化け物にさらに一閃二閃、胴体だけにとどまらず鍛え上げられた肩や剛腕、下肢、厚い胸板、そして首。ミノタウロスのあらゆる場所が切り刻まれて行き、銀の光が走る。

 そして次の瞬間、ベルを殺そうとしていた化け物(ミノタウロス)はただの肉塊になり果てていた。

 

『ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』

 

 断末魔が響き渡り、切られたことによるミノタウロスの血飛沫がベルの体を染め上げる。

 

 

 

 

「……大丈夫、ですか?」

 

 

 

 そしてミノタウロスの代わりに現れたのは女神と見間違えるほどの美少女だった。

 青色の軽装に包まれた細身の体。

 鎧から伸びるようなしなやかな肢体は眩しいくらいに美しい。

 繊細な体のパーツの中で自己主張する胸のふくらみを抑え込む、道化のエンブレム入りの銀の胸当てと手甲、サーベル。地面に向けられた剣先からは血が滴り、それは彼女がミノタウロスを肉塊に変えたことを現していた。

 

 そして何よりベルの眼に入ってきたのは、黄金の財宝より眩しく、ひまわり畑よりも目を引き、あの夢で出てきた少女のような、美しい金色の長髪だった。

 

 華奢なその体に乗った童顔の彼女はそっとベルを見下ろしている。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

 大丈夫じゃない。

 

 全然大丈夫じゃない。

 

 よりにもよってあの娘と同じ、金髪の少女に助けられた。

 

 それは自分が英雄になると誓った少女に助けられたように重なった。

 

 ミノタウロスの血で真っ赤に染め上げられた顔が恥ずかしく、惨めで、死んでしまいたくなるほどに熱く赤くなっていくのを感じる。

 

 

 

 ――否。

 

 

 

 僕は見惚れてしまったんです。どうしようもなく情けない姿の僕ですが。

 

 心臓の鼓動が大きく砕けてしまいそうになるほどに鳴っている。

 

 大丈夫なわけがない。

 

 僕は夢の少女と同じ懐かしい金髪を持つ少女に心を奪われ。

 

 

 

 盛大に恋をした。

 

 

 

 そして次の瞬間ベルは我武者羅に、少女に礼を言うことすら忘れ、衝動のままに逃げてしまった。

 

 願わくば、僕の恋した少女が夢の少女であったらいいなと。

 見当違いもいい想いを秘めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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5話"見落とし"

 

 

「大変です!ロキファミリアの皆さん!!」

 

 そう声がしたのは、フィン達ロキファミリアの幹部が黄昏の館の玄関口にいたときだった。

 遠征が終わったばかりだというのに一体誰がフィンらを呼び止めたのだと、門を振り返ってみるとそこにはギルドの制服を身に着こなした男性が立っていた。さすがにギルドからの呼びかけには答えなければならないと、フィンはリヴェリアとガレスを連れて門の前に立っているギルド職員の元まで赴いた。

 それに続くようにティオナは興味本位で、団長が行くならとティオネも付いて行く。アイズも何か気になったのかともに門前まで来た。ベートはこちらまでは来ないが、玄関で聞き耳を立てている。

 

「やぁ、僕らの自己紹介はいいかな。それで何があったんだい?」

 

 フィンが片腕を上げ門を開けてギルドの職員に挨拶をする。

 

「ミノタウロスです!」

 

「ミノタウロス?」

 

「ミノタウロスが第五階層で発見されたの報告があったんです!!」

 

「「「!?」」」

 

 その場の幹部たちに戦慄が走る。

 ミノタウロス、それは先ほどロキファミリアの遠征の帰投時に大量の群れで出会った存在だからだ。いや、ただであっただけならば問題ないのだがよりにもよってそのミノタウロス達はフィン達に恐れをなして上層へと逃げ出し始めたのだ。

 だがもちろん上位ファミリアの威信にかけて被害が出る前に逃げ出したミノタウロスたちは責任をもって狩り尽くしたはずだ。

 

「おいどういうことだフィン、ミノタウロスたちは私たちが処理したはずだろ」

 

「あぁ、そのはずだけど。ねぇ君、そのミノタウロスが発見されたのっていつだい?」

 

「冒険者たちが発見した際の時間でしたらおそらく一時間ほど前です」

 

「一時間か、微妙だな」

 

「あぁ、その時間であれば私たちはちょうどミノタウロスを追っていた時間とも重なる」

 

「ねぇ職員くん、そのミノタウロスだったらもしかしたらもう私たちが倒したんじゃない?」

 

「こらティオナ!団長の会話に入るなんて!」

 

「いや、そうだね。その時間なら僕たちがミノタウロスを追っていた時間とも合う。それをそんなに慌てて報告しに来たってことは僕たちが戻って来てから新たな被害者でも出たのかい?」

 

「い、いえ。その冒険者がいち早く気付いたため他冒険者たちも安全のため一時ダンジョンへは潜らないように勧告を出している最中です」

 

「ではなぜ?確認して来いと言うのならもちろん僕らの過失に違いないから確認してくるけど、いくら上層に現れたとはいえミノタウロスだ。被害を迅速に抑えるなら僕らロキファミリアの貸しを作るという意味でもギルドの方で処理することはできると思うが。それにしては君の顔色は悪い」

 

「は、はい。確かにただのミノタウロスであればこちらの方で確認作業を行ったのち、発見次第あなたがたロキファミリアにペナルティを下すつもりなのですが……」

 

「そうだね、ここまで来たら当然のペナルティだ覚悟するよ。それでそうしない理由は?」

 

「実は、その発見してきた冒険者が言うにはそのミノタウロスは体長3Ⅿ強、毛の色は赤黒く、角は黒かったと。あれは間違いなくミノタウロスの変異種であったと報告をしてきました」

 

「変異種じゃと!」

 

「確かにそれは拙い」

 

 驚き声を上げるガレスの隣でフィンは親指をなめる。

 

「え、えぇ、それで先ほどロキファミリア様からのご報告を受けた際討伐されたミノタウロスの中に変異種は混ざっていなかったと思い、まず間違いなくまだ討伐を果たされていないミノタウロスと確信しご報告をしに来ました」

 

「どうするフィン、これはもうペナルティがどうこうという問題ではないぞ。ミノタウロスの変異種であるならばレベル3以上は確実。それはギルドとしても迂闊な調査隊を出せないはずだ」

 

「そうだね。このタイミングで五階層にミノタウロスの変異種。出来過ぎだ、確実に僕らのうち漏らしだろうね」

 

「で、では討伐に行ってくださるのですね!」

 

「当然だ。今回は完全に僕らの過失、すぐにダンジョンに戻り討伐しに行くよ。申し訳なかった」

 

「いえ、ではよろしくお願いします!」

 

 そう言うと職員は慌てたようにギルドへと戻っていった。

 そして残された幹部たちの顔は芳しくなかった。当然だ、すべて倒し尽くしていたと思っていたミノタウロスを五階層で、しかも変異種を取り逃がしていたとなればその被害によってはファミリアの失態は免れないだろう。いや、犠牲者が出ていないだけ今はまだましか。

 

「アイズ」

 

 険しい顔をする面々の中でフィンはアイズの名前を呼んだ。普段であれば、ただ返事をするだけのアイズが今日に限っては少し肩を揺ら付かせた。

 

「今回ミノタウロスを取り逃したのは君だね」

 

「!?」

 

 先ほど以上の衝撃が幹部たちの間に生まれる。

 

「ちょっとフィン!いきなりなにさ!」

 

「そうです団長!いくらなんでもそれは!」

 

 すぐさまアマゾネス姉妹がフィンの言論を咎めようとするが。

 

「いや、確かに逃がしたミノタウロス。五階層まで追っていったのはアイズ、お前だったな」

 

「…………」

 

 二人を鎮めるようにリヴェリアが再度アイズに問う。

 

「でも、私ちゃんと倒してきた」

 

 アイズは反論するように自分はちゃんと一体倒してきたと言う。

 

「五階層まで行ったのは本当に一体だけだったのかい?」

 

「ッ!」

 

 ここでフィンが核心を突くように尋ねる。

 これにはアイズは反論せずに息をつっかえさせる。確かに自分が五階層までミノタウロスを追いかけていったとき、二体いたような気もする。しかし一体を切り伏せたアイズは今日はどこかボウとしていることも多々あったため、さすがにここまで逃げてきたのは今倒したミノタウロスだけだろうと調査を打ち切ってしまったのだ。もしあれが見間違えではなく本当にもう一体いたのだとしたら。

 アイズの女が見開かれ、口元は微かに浮いていた。

 誰から見てもその表情は心当たりがあるという顔だった。

 

「アイズ、お前……」

 

 リヴェリアは見るからに顔色を悪くして手で目元を塞ぎ怒りの声で唸っている。とはいえここで説教に入らせるわけにもいかなかったフィンは怒鳴りそうになっているリヴェリアを手で制しアイズに命令する。

 

「アイズ、説教は後だ。今回の件、君のせいだというなら君の手で片付けてきてくれ」

 

「ッうん」

 

 アイズはフィンから命令を受けるや否やすぐさまダンジョンに向かって走っていく。その速さはレベル5にしては最上級の敏捷だ。このペースならばそう時間もかからずミノタウロスを討伐できるだろう。

 走り去っていくアイズを見送り、幹部一同はようやく息を吐くことができた。

 

「ねぇねぇリヴェリア、確かに今回ミノタウロスを取り逃がしたアイズは悪いけど、それにしてはリヴェリアも顔色を悪くし過ぎじゃない?」

 

「そうね、それに関しては私も気になったんですけど。今日アイズの様子がどこかおかしかった原因について団長たちは何か知っているんですか?」

 

 ティオナとティオネの純粋にアイズを心配するが故の質問であったが、リヴェリアは顔を顰め、ガレスは目を閉じ無言を貫く。そして三人を代表するようにフィンが目を細めてティオナたちを諭す。

 

「それに関してはアイズの過去に関することだから僕たちが勝手に話すわけにはいかない」

 

「そうじゃな。こればっかりは酒じゃ忘れられんもんじゃ」

 

「だが、これ以上それのせいで問題が起こるというのであればこちらも対処しなければならないか」

 

 三人の重たい雰囲気に能天気なティオナもこれ以上問い詰めるのはやめた。自分だってアイズには話せていないことがあるのだ。それなのに勝手にアイズの過去だけ知ろうとするのはフェアじゃないと思ったからだ。

 

「ふーん、そっか。まぁ今回の件で誰も犠牲になってなければいいなぁ」

 

「そうね、それで誰かが死んでたりなんかしたらいくらダンジョンの中での命の管理は自己責任とは言え後味悪いし、アイズは落ち込むでしょうしね」

 

「だから今後このようなことがないようにアイズは帰ってきたらしっかりと説教しなければならないな」

 

「うぇ、アイズご愁傷様」

 

「さ、皆はいつまでもここにとどまってないでさっさと戻ろうか」

 

「はい、団長!」

 

「あれ、そういえばベートは?」

 

 門の前でとどまり話をしていた幹部たちが黄昏の館へと戻ろうと玄関に視線を向けると、先ほどまでそこで聞き耳を立てていたはずの狼人(ベート)が消えていたのだ。

 

「ほっときなさい、どうせアイズのことでも追いかけに行ったんでしょあの駄犬」

 

「あぁ、なるほどね」

 

 と、それ以上は特にないと全員は黄昏の館へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 ギルドの職員に説明している間もなく大穴の階段を駆け下りたアイズは、確かに一階層にいるはずの冒険者たちがすでに避難していることに安堵する。こんな上層をレベル5のアイズが駆けていけば、低レベルのモンスター達は姿を現すことなく逃げていく。たとえ姿を現したとしてもダンプカーに轢かれる虫のごとく跳ね飛ばされて終わりだろう。

 そしてそうこうしているうちにアイズはついに第五階層までやってきた。時間にして十数分ほどであろうか。その間、すれ違う冒険者はいなかった。もちろんミノタウロスもいなかった。なら犠牲者もなく、ミノタウロスもまだこの階層にいるだろうか。

 アイズはそう考え、耳を澄ませて少しでもミノタウロスがいるだろう位置を探る。

 

 するとその時だった。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』

「うあああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 聞こえた。少年の叫び声と、怒り狂う化け物の声が。

 

「っ!」

 

 アイズは一気に駆けだす。

 迷宮内を反響する叫び声に惑わされず、確実にその発生源へと身を馳せる。

 

 そして見つけた。

 

 

(え......)

 

 

 私はその光景に目を奪われた。

 

 目の前を駆けていくは荒れ狂う赤黒い闘牛。

 

 そして――。

 

 

 

 処女雪を連想させる真っ白な髪。

 

 今にも涙がにじみ出そうな瞳の色はルベライトの瞳。

 

 一見して兎のような外見を持った……彼、彼と同じ容姿を持つ、ヒューマンの少年。

 

 一瞬、彼とあの少年が重なって見えた。

 

 そんなことがあるはずもないのに、彼が赤黒い猛牛に追われ命がけの闘争を繰り広げていた。

 

 そして私は動揺からか立ち止まってしまった。

 

 

 

「おい、なんだあれ!ど素人じゃねぇか!!」

 

 不意に後ろからかかった声にアイズは意識を取り戻して再び駆ける。

 いつの間に来たのだろうか。ベートがアイズの後ろを追走していた。

 

「ベートさん?」

 

「おいおい、何であんな雑魚がこんなとこにいやがんだよ!」

 

 ベートは目の前の少年を嘲笑するように笑い叫ぶ。

 その言葉に柄にもなくアイズはベートを睨みそうになったが、今は目の前の少年に意識を集中させる。

 後ろ姿しか見えない少年だが確かにその防具は貧相としか言えなかった。いや、そもそもあれは防具ではないのではないか。アイズは少年の着ている物に注目すると息をのんだ。服に疎いアイズでもわかる。少年も来ているあれはどこにでも売られている、いや言ってしまえばオラリオに売られている物よりも質の悪そうなただの旅装束ではないか。

 初心者であればギルドからの支給品だって貰えるであろうに、あんなダンジョンでは裸も同然の格好で駆け出し(こうさぎ)が五階層まで潜ってくるなんて自雑行為である。

 アイズたちのような強者に追われてきたミノタウロスにとってはうっ憤を晴らす丁度いい獲物、どころかただの餌だろう。

 

(ダメッ!!)

 

 少年が行き止まりのある曲がり角へと逃げ込んだ。

 アイズは足に力を籠め、さらに強く地面を蹴り飛ばす。ただ夢中に白兎(しょうねん)を追いかけた。

 

 そしてアイズの姿が霞む。

 いつの間にかベートすら置き去りにして、軽やかに音もなく、視線の先の光景へと加速する。

 追い詰められた少年の表情は恐怖からか酷くゆがんだ笑みが浮かんでおり、あの赤い瞳から涙腺が決壊したためか涙が溢れ出し、振り上げられた剛腕を見て何かつぶやいていた。

 

 

「だから、なれなくてごめんなさい」

 

 

(大丈夫、今助けるから!)

 

 

 その少年の泣きっ面に酷く、遠い昔の既視感を覚えながら――アイズはその光景へと追いつき、剣を一閃させた。

 

『ヴォ?』

 

 ミノタウロスの酷く間抜けな声が聞こえたが、相手は強化種だ。この程度では消えやしない。

 アイズはそのまま手を休めることなくミノタウロスの四肢を、腱を、首を、ただ目の前の少年を助けたいが一心で剣を振った。そして最後の剣筋がミノタウロスの急所を切り裂いた時。

 

『ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』

 

 ミノタウロスの断末魔とともにその肉塊はずり落ち、舞い上がる血飛沫は目の前の少年へと降り注がせながら、その化け物(ミノタウロス)の体は灰となって消えた。

 そしてようやく目と目が合った。

 茫然と見開かれるどこか潤んだようなルベライトの瞳と、透いた輝きを帯びさせ少年を見つめる金色の瞳。

 あの初雪のように白かった髪はアイズの過激な剣筋による血飛沫ですっかりと赤黒く染まってしまっている。

 地面に座り込みアイズを見上げる少年にそっと声をかける。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 見下ろす格好のアイズの問いかけに、少年は動くことなくただアイズを見ていた。

 ただその肩が少しだけ震えているように見えた。

 もしかしたら今まで自分を殺そうとしていた化け物(ミノタウロス)を一瞬で細切れにした化け物(アイズ)に怯えてしまったのだろうか。

 もしそうだったら嫌だなと戸惑うアイズはもう一度少年に声をかけた。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

 反応は帰って来ない。

 変わらない表情の裏で困り果ててしまったアイズは、もう一度彼に似た少年を見つめた。

 上半身のほとんどがアイズのせいで赤黒く染まってしまっており、途方もない罪悪感に襲われる。そしてやはり見れば見るほど少年が着ているものは安物感の溢れるところどころか解れ、腕の部分もおそらくコボルドだろうかに引っ掻かれた後が付いており切れかかっていた。どうしてこのような装備でこんな階層まで下りてきてしまったのとアイズは少し怒ったように口を膨らませる。

 

 しかしいつまで経っても動くことのない少年をしたアイズはとりあえず立たせようと手を伸ばし声をかけようとした。

 すると少年の体が跳ね上がるようにビクつくと、アイズの手と顔を交互に見合わせる。

 瞬く間に血を被っていない部分の肌という肌が紅潮し始める。

 

「だっ――」

 

「だ?」

 

 アイズに手を伸ばさせる暇も与えず、少年はその場から自力ではね起きる。

 次の瞬間。

 

「だあああああああああああああああああああ!!!」

 

 全速力でアイズから逃げ出していた。

 

「……」

 

 茫然と、少年が逃げていった方向を見開かれた瞳で見つめるアイズ。

 逃げ去っていく通路の咆哮から連続的に少年の叫び声がこだましてくる中、アイズは今まで誰にも見せたことのないような呆けた表情で少年を見送ってしまった。

 

「っ……、くくっ……ッ!!」

 

 後ろを振り返れば、腹を抑えながら震えているベートが必死に笑いをこらえていた。

 体を九の字に折り曲げ、口を必死に抑え、まるで過呼吸状態のように呼吸を乱しているベートの姿もまた珍しい。

 

「………………」

 

 ようやく我に返ったアイズは年相応の少女のように恥じらいをもって、目の前の獣人を睨みつけた。

 

「くくっ、あははははっは!!」

 

 ついに堪え切れないとばかりに笑い声を響かせるベートを置いていくとばかりにアイズはダンジョンを出ようと歩き出す。

 カランッ。

 そんな甲高い音がアイズの足元で鳴った。

 

「これ……?」

 

 アイズは足元に落ちるそれを拾い上げる。

 それはアイズの眼から見ても一級品であるとわかるほどの業物である白銀の短剣だった。柄の部分の見事な装飾はもちろんのこと、試しに空を切ってみればその切れ味は自分の愛剣(デスペラード)よりも上かもしれない。

 落ちてる場所から見てあの少年の落とし物だろう。なぜあのような格好でダンジョンに入ってきた少年がこのような業物を持っているのかアイズにはわからなかっただ、アイズはその短剣を懐にしまう。

 今度少年にあったときに返そう。そして今日のことを謝りたいと。

 

 

 

 そして、もし、もしもあの少年が彼ならば……。

 

 いや、その考えはよそう。

 

 そんなことあるはずがないんだから。

 

 

 奥歯を噛み締めるアイズはゆっくりとダンジョンから出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6話”拾い物”

 目が覚めたときベルの目の前に見知らぬ天井が広がっていた。まさか実際にこんなことを言うだなんて思ってもみなかったと、ベルは呆然と考えていた。

 

「って、いやいや!!」

 

 我に返ったベルは慌てて上半身を跳ね起こした。下半身を支える反発は思っていたよりも柔らかくまるでベットの上に寝かされているようだった。いや、事実ベルはベッドの上に寝かされていた。

 どこかの宿の個室だろうか。小物などが置かれていないちんまりとした一室である。そこでベルは自分が着ている物に違和感を感じた。

 

「あれ?」

 

 自分の格好を改めて見ると、それは見慣れない服装。少なくとも自分の持っている服ではなく、どことなく飲食店の制服のシャツが着せられていた。

 それに髪もどこか湿っぽく、体もまるでシャワーを浴びた後のようにサッパリとした清潔感溢れた格好。

 あのたっぷりと上半身に浴びることとなったミノタウロスの血のミの字も見つからないほどだ。一体いつの間に自分はシャワーを浴び、こんなシャツを着て、宿に泊まったのだろうか。ベルにはその記憶が一切なかった。体中に寒気が弥立ち、もう一度何があったかをベルは思い出し始めた。

 

「えっと僕はダンジョンに潜った後ミノタウロスに追いかけられて、それで……それで」

 

 あの金髪の可愛い少女のことを思い出すとベルは顔どころか体中が熱く紅くなる。思い出しただけでも心臓が張り裂けそうになるくらいに鼓動を繰り返している。あんなに心惹かれる女性に現実で出会ったのは初めてだと自信を持って言える。

 それはまるで夢に出てくる顔も見えないあの少女と出会ったときと同じ、それ以上の衝撃であった。もちろんこんな恋が叶うだなんて……思ってはいない。

 

「違う違う!あの人のことも大事だけど今はそのあとだ!......僕、あの人から逃げ出しちゃったんだよな」

 

 膝を抱えて体育座りをしながらベルは落ち込む。助けられた恋心と羞恥心からあの少女にお礼の一言も言わずに逃げ出してしまったのだ。問題はそのあとだ。逃げ出した後、ベルはただただ我武者羅に走っていつの間にかダンジョンの大穴から抜け出すことを達成していた。そこまでは覚えている。周囲にいる冒険者たちがダンジョンの中に潜ろうとせず、かといって帰っていくわけでもなく。何か様子のようにバベルに留まっていたのを思い出す。そして当然それだけの人が集まっているのだ、ミノタウロスの血を上半身に浴び、朧げな足取りのベルは嫌でも目立つことだろう。とはいえミノタウロスの血だ。とてつもない異臭を放つベルに誰かが話しかける訳もなく、むしろどこか腫物を扱うようにベルが歩く先から人がいなくなっていった。

 そのあとベルがどこに向かって行ったか覚えいていない。

 当然のことだが、ベルはファミリアには入れていないしこの街に知人がいるわけでもない。つまりどういうことか。あの時帰る場所などなかったということだ。だというのにベルは今暖かなベットの上で、シャワーに着替えまでした状態で寝ていた。

 訳が分からなかった。

 

「とりあえず起きてみるか」

 

 ベルはベットから降り、とりあえず今どこにいるのかだけ確認しようと朝日昇るカーテンを開けたときだった。

 

 

「あぁ!!シルの連れてきた白髪頭が起きてるにゃ!!!」

 

「え?」

 

 ベルのいた部屋の扉が開き女性の声が響いた。

 驚き振り向くとそこには茶髪の活発そうな猫人の少女がベルを指さしていた。

 

「えっとあの」

 

「シルー!ミアか―さん!!白髪頭が起きたのにゃー!」

 

 猫人の少女はベルを確認するや否やすぐさま誰かを呼びに行ってしまった。

 ベルは伸ばした手が宙ぶらりんとなってしまってどうしたらいいかわからず、取り合えずは大人しく部屋で待っていることにした。

 

 

 それからしばらく経ち先ほどの猫人の少女がベルを呼びに来たため大人しく部屋から出て階段を降りると、そこは酒場だろうか。まだ開店前なのだろう、客のいない店の4人用のテーブル席の片側二席が埋まっていた。猫人の少女が言うにはその空いてる席に座れということだったのでベルは二人の女性に向かい合うように、なんとなく優しそうな顔をしている女性の方の向かいに座った。

 

「やっと目を覚ましたかい。全く面倒な拾いもんをしてきて!」

 

 そう唸ったのはベルが怖いと思った方のベルよりも身長が高くガタイのいい女性だった。

 

「まぁまぁミア母さん、とりあえず話を聞きましょうよ」

 

 そう言ってなだめるのはベルの前に座る、銀髪の優しそうな顔立ちの美少女だった。

 なんとも肩身の狭い思いで椅子に座ってベルが縮こまっていると怖い女性と目が合う。

 

「私の名前はミア、ここ豊饒の女主人って酒場の女将だ」

 

「私の名前はシル・フローヴァです。気軽にシルって呼んでくださいね」

 

「あ、えっと、僕の名前はベル・クラネルです」

 

 三人の挨拶が終わる。ベルは心の中で怖い女性がミアさん、優しい方がシルさんと覚えた。

 そこでベルは思い出したように椅子から立ち上がり二人に頭を下げる。

 

「あの、ご迷惑をおかけしてごめんなさい!あとありがとうございます!」

 

「ふん、自分が迷惑をかけたって自覚はあるのかい。まぁその謝罪は受け取るから座りな」

 

 ベルは言われた通りに座りなおす。

 

「それで、あんた自分がどうしてここにいるのか覚えているのかい?」

 

「いえ、恥ずかしいですけど。ダンジョンから出てきてからの記憶がなくて……」

 

「はぁ、たっく。シル、あんたが拾ってきたんだ。ちゃんと説明してやりな」

 

「はい!」

 

 そう嬉しそうに返事するシルを見てベルは少しだけ頬を染めてしまう。

 

「えっと、ベルさんで大丈夫ですか?」

 

「は、はい!えっと……シルさん」

 

「はい!」

 

「…………」

 

「えっとですね、まずベルさんはダンジョンから出てきてからの記憶がないんですよね?」

 

「はい」

 

「残念ですが私も全部を知ってるわけじゃないんです。ただ、その……ベルさんが私たちのお店の裏口で血まみれになって倒れてるのを見つけちゃってびっくりして思わずお店の中に連れ込んじゃったんですよ。テヘ」

 

「テヘじゃないよ!店が終わった後だったからいいものの、あんな返り血を浴びた男を連れ込むなんて」

 

「す、すみません」

 

「あんたからの謝罪は受け取ったんだ。そう何度も謝るんじゃないよ!」

 

「はいぃ!」

 

 その後の話をまとめると、倒れていたベルが大怪我を負っているんじゃないかと思ったシルが傷の手当てをしようとしたところ、これほどまでに出血するような怪我はなく、これがモンスターの返り血であることに気が付いたミアがベルの体を掴み上げさっさと服を脱がせると風呂場に叩き込んだそうだ。そのあとシルとミアがベルから血を洗い流し、男性用の制服のシャツとズボンに着替えさせ従業員用の一室に泊めたということだった。血まみれになった服は洗っても落ちることがなさそうだったのでさっさとごみ箱行になった。

 ちなみに説明の途中、主にシルとミアによって服を脱がされ風呂に入れさせられたという部分からベルの顔は真っ赤に染まっていたのは言うまでもないだろう。

 

「それで、あんたはどこのファミリア所属なんだい?」

 

「え?」

 

「ファミリアだよファミリア!さっさとあんたを迎えに来てもらって、その主神にこんなバカを一人にさせとくんじゃないよって文句言わないといけないからね」

 

 そう、聞かれた途端ベルの顔色が一気に赤から青へと変貌していく。

 

「あのベルさん、酷い顔色ですけど大丈夫ですか?」

 

「えっとあの、その……」

 

「なんだい、さっさと言った方が身のためだよ」

 

「……ファミリアに入ってないんです」

 

「もっと大きな声ではっきりと言ったらどうだい!」

 

「ファミリアには入ってないんです!」

 

 ベルは立ち上がり大きな声で言った。そしてその言葉に目の前の二人は固まってしまう。ミアの視線が鋭くなると一層重くなった声でベルは問い詰められる。

 

「いくら主神を庇おうたってそんな嘘は意味ないわよ」

 

「う、嘘じゃないです……。その入ろうとしていたファミリアに門前払いを受けちゃって、それで……僕だって戦えるんだって、気が付いたらダンジョ――グアッ!?」

 

 ベルが自分の事情を説明しようとしたが、言い終える前にベルの頬を固いまるで岩のような拳が貫きベルを椅子ごと吹き飛ばした。

 

「なんて馬鹿なガキだね!!シル!さっさとこの馬鹿外に叩き出しときな!こんな命知らず助けたところでどうせすぐ死ぬよ!助ける意味なんてなかったね!!」

 

「え、ちょっと!ミア母さん!」

 

 床でうずくまるベルを見下ろすようにミアは怒りを露わにして、突然のミアの行動に驚いたシルは困惑のためかミアを落ち着かせようとしている。

 

「こんな大馬鹿そのファミリアも入れなくて正解だったね!入れたところでどうせ死ぬ!いや、自分一人で死ぬだけならまだしも仲間を巻き込んで死んでいくね」

 

「ミ、ミア母さん落ち着いてください」

 

「はぁはぁ……」

 

 言いたいことを言い終えたのかミアはどっかりと勢いを付けて椅子へと座り込み息を吐く。シルも一安心したように座りなおす。ベルは未だうずくまったままである。手加減されているとはいえレベル6の拳である。しばらくは立ち上がれないんだろう。

 

「ほら早く立って座りな」

 

 しかし無情にもミアはそんなベルに起き上がることを強要した。ベルは死に体であっても、ここで立たなければより恐ろしいことになりそうであったため、足を踏ん張り椅子に座りなおした。そんなベルに満足がいったのかミアは大きく息を吐いた。

 

「それで、そのあと何があったんだい。あの大量の血、少なくともゴブリンやコボルドを倒したくらいじゃそうはならないだろう」

 

「それは……」

 

 ベルはその後何があったかを、誰に助けてもらったかは言わずにそれ以外はすべて話した。なぜ金髪の彼女のことを言わなかったかは単にそのことを話したらきっと自分は尋常じゃないほど顔を赤らめ恥ずかしがってしまうと思い、気まずかったからだ。

 最初の一階層のところまではよかった。運よくゴブリンを倒せたのも、まぁそこまで以上ではなかったからだ。しかし問題はその先であった。ベルが引き返さず第二階層に行ったというとミアの顔は険しくなり、シルの顔も心配そうに強張った。

 第二階層での戦闘、さらにそこから第三階層に行ったと言うとミアは頭を押さえ始め、第四、第五階層まで下りたと言ったときにはベルは再び殴られるのではないかと震えながら説明を続けた。そしてそこで赤黒いミノタウロスと出会ったことも話した。

 するとまたミアの目つきが鋭くなったが不思議なことにその視線は自分には向けられていないように感じた。

 そのあと謎の冒険者に助けられて、その際にミノタウロスの血を浴びて気が付いたらダンジョンを走り抜けて出ていたと話す。

 

「はぁ……」

 

 ミアから怒りというかはどちらかといえば呆れに近い深いため息が吐かれる。

 

「何というかベルさん、それは……」

 

「あんた、それは。どう考えてもあんたの運が異常だったから助かったんだ。普通なら死んでるよ」

 

 もはや怒るのにも疲れた言わんばかりに投げやりな言葉が放たれる。それはただ怒られるよりもベルには気まずく肩をより萎ませる羽目になった。そこでベルは自分の服が捨てられたということで、一つ思い出したことがあった。

 

「あの」

 

「なんだい?」

 

「僕が倒れてた時、一緒に銀色の短剣って落ちていませんでした?」

 

 恐る恐る不安そうにベルは二人に尋ねた。

 ミアは知らないのかシルへと視線を移したが、シルも知らないと首を横に振った。

 

「ごめんなさい、私がベルさんを見つけたときはベルさんは手ぶらでした」

 

「そう……ですか」

 

 祖父に残された最後の形見であった短剣を自分の軽率な行動で失くしてしまったとわかると、ベルの瞳から涙がこぼれ落ち始めた。

 

「ふん、自業自得だね」

 

「ミアさん!……大切なものだったんですか?」

 

「お祖父ちゃんが、最期に残してくれたものでした……」

 

「それは……」

 

 ベルは震える声で答えるとシルは口元を抑え、ミアも少し気まずそうにした。とはいえ、自業自得なことには変わりなく、失くしたからと言ってミアたちがどうにかしてやれることもない。だからミアは早々に話題を切り替えることにした。

 

「それで、あんたこれからどうすんだい?」

 

「え?」

 

「まさかあんた一宿一飯の恩をはい、ありがとうございましたの言葉だけで返してもらえると思ってたのかい?」

 

「そ、それは」

 

「本当ならあんたのとこのファミリアにたらふくお金を落としていってもらおうと思ってたんだけどね。どうせあんたも無一文で家で飯を食っていく余裕さえないんだろ?」

 

「うっ」

 

「あぁそれなら!ミア母さん、確か五日後って」

 

「そうだね。私も同じことを考えていたよ」

 

「え?え?」

 

「ベル、あんたは今日から10日間うちの店の従業員としてタダ働きをしな。その代わり、寝る場所と三食はこっちで用意してやるよ」

 

「ほ、本当ですか!」

 

 次々と決まっていってしまう事柄だったが、ミアが言う条件は行く当てのなかったベルにとってこれ以上ない待遇だった。

 

「でもその10日間が過ぎれば出て行ってもらうからね。野垂れ死にたくなかったらその10日間のうちにどこか入れてもらえるファミリアを探すんだね。その時間を空けてやるから」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「ふん、ただし使えなかったらさっさと追い出すから死にもの狂いで働きな。シル、あんたが拾ってきたんだ。あんたが面倒を見な」

 

「わかりました!」

 

 そう言い残すとミアはさっさと厨房の方へと去ってしまった。

 残されたベルはあまりの出来事に茫然としていると、目の前のシルに肩を叩かれ我に返って慌てる。

 

「ふふ、それじゃまずは従業員の皆さんに自己紹介をして回しましょうか」

 

「えっと、本当に大丈夫なんですか?」

 

「ミア母さんが大丈夫って言ったんです、何の問題もありません。それにベルさんなんてまだかわいい方ですよ?」

 

「え?」

 

「さ、行きましょう?」

 

 そう言ってシルはベルの手を掴むと、店の奥へと連れて行こうとする。そこでベルはそういえばシルに風呂に入れられた際に裸を見られていることを思い出し、顔を染め上げてしまった。そんな風にたじろいでいるベルにシルは少し首を傾げ、納得がいったような顔をすると笑いながらベルをフォローしてくれた。

 

「大丈夫ですよ、血を洗い流すのに熱いお湯が必要だったので湯気でそこまでちゃんと見れてませんから」

 

「そ、そうですか……」

 

 聞く人が聞けばどこかニュアンスがおかしい言葉だがあいにくベルはそのことには気が付かなかった。あまりの純情さのベルにシルは少しのいたずら心が芽生えてしまい、そっとベルの耳元に口を近づけた。

 

 

 

 

「でも、意外と立派なもの(・・・・・)を持っているんですね」

 

 

 

 

「………………………………………………………ッ!?」

 

 

 

 

 数秒の間を置きシルの言った言葉の意味を理解したベルはこれ以上ない程顔を赤くして口元を餌を求める魚のごとくパクパクさせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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7話”それぞれの憂慮”

 暖炉の火がうっすらと揺らめく一室。

 他の光源はなく、火の燈だけが部屋に四つの影を作り出していた。

 

「ほんで自分、何か言いたいことあるん?」

 

 作り出された影の中、椅子を反対向きに置き、背もたれを抱え込むように座る一人の、いや一柱の神が細い目と口を曲に描き目の前の眷属()に向け放った。

 そしてその視線の先、直立不動で神の目の前で棒立ちになるは錆色の髪を逆立てた体格の良い青年。もっとも今の状況ではせっかくの体も恐縮し見るに堪えないが。

 

「まぁ、大方の事情はフィン達から聞ぃたから、あとはあんたの意見を聞くとこってだけや」

 

 その言葉に青年。イヴァンは体を強張らせ固唾をのむ。

 ここは黄昏の館の一室。主の一室だ。

 つまり、イヴァンの目の前で椅子に座りにやけ顔を晒すそれは、黄昏の館、ロキファミリアの主神。ロキその神だった。

 この部屋にいるのは三人と一柱。

 ロキファミリアの主神であるロキと今まさに断罪を待つ罪人である眷属イヴァン。それに団長であるフィンと幹部のリヴェリアだ。ロキファミリアの主だったメンバーは遠征から帰ってきたばかりということもあり、一部を除く幹部以外のステータス更新は明日以降に順番に行うということで、各自休息に入っている。

 そんな中、事情により遠征に参加できていなかったイヴァンがどうして、団長と幹部に見守られながら主神と相対しているかと言われれば、それは夕方にあった門前での悶着が原因だろう。

 

 入団希望の少年を見た目で判断し門前払い。間違いなく処罰の対象であった。

 本来入団希望者の相手は主神と団長によって行われるものだとロキファミリアでは決まっていた。しかしながらそんなファミリアであってもレベルの低いもの、入りたての新人の中には自分がロキファミリアに入れたという優位感から新たにファミリアに入ろうとする者に対し自分で判断を行おうとする者がいるのもまた事実であった。これはイヴァンに限った話ではなく、他の門番達でも同じことをしていた者はいただろう。フィン達もそのようなファミリアの現状はなんとなく察しはしていたが、その問題は先延ばしにしていた。

 そんな問題が今回ついに表立ったのにはあえて言うならタイミングが悪かったからであろう。

 

 今回のイヴァンの対応を遠征帰りであった幹部らがタイミングよく目撃してしまったこと。

 一日限りとパーティを組んだアポロンファミリアの団員の過激な発言のエスカレートもあり、少年の素性も聞かずに追い返してしまったこと。

 何より、少年が正体不明の人物からだったとはいえ紹介状を持参していたにもかかわらず追い返してしまったこと。もしその紹介状を書いたのがロキファミリアと親交深いファミリアであり、これが原因で両ファミリア間の中が険悪になってしまえば目も当てられないだろう。

 

 そう言うこともあり、さすがのフィンらもこれ以上は捨て置けないということでまずは今回の原因であったイヴァンから矯正していくということでロキとの面談が行われているのだ。

 

「いやぁ、それにしても自分、よりにもよってアポロンとことパーティ組むなんておもろいなぁ」

 

「も、申し訳ありません!」

 

「なぁに、怒っとるわけじゃないで?確かにアポロンとこは質としては中堅やし、丁度良かったんやろ。ま、主神の趣味はえろぉ悪いけどな!あのドチビに求婚するくらいやし!」

 

 ロキは後半一人思い出し笑いをするかのように膝を叩きながら語り、笑い声が止む。

 

「そこから先はアポロンとこの眷属の中身に運がなかったなぁってことにしといたる。んでイヴァン、自分なんでその子供を門前払いしたん?」

 

 意地悪な質問だ。リヴェリアらの報告からわかっているであろうことをイヴァンから聞くことに意味があるとロキはジッとイヴァンを見つめている。

 

 ”神に子の嘘は通用しない”

 

 これがこの下界のルールだ。

 イヴァンは息をのみ、ゆっくりと苦し気に告白する。

 

「少年の、姿を見て......冒険者には向かないと、判断しました」

 

「ほぉ、そんなことを判断できるようになるなんて、自分偉くなったな?」

 

 主神の棘のある言葉にイヴァンは動けず、リヴェリアは眉間を摘み小さく唸る。

 ロキはその細目をゆっくりと少し開き、口元の笑みを消しイヴァンを見つめ言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分それ、フィンにも同じこと言えるん?」

 

 

 

 

 

 

 その言葉にイヴァンはとっさに自分の団長である小人族(パルゥム)の青年に振り返ってしまった。微かな暖炉の火は当の本人の表情を見させてはくれず、その体は何の反応も起こしていなかった。

 イヴァンの体が先ほどとは違う、さらに深く凍り付いていくのを感じる。それはロキの言葉を飲み込むまでの時間と言わんとばかりにゆっくりとだ。

 ロキの言葉がゆっくりと咀嚼され、頭の中に入っていく。

 少年に放たれていた言葉が、自分が向けた感情が、少年ではなく自分が敬愛している団長フィン・ディムナに置き換わっていく。

 

 今でこそオラリオで最大派閥の一つであるロキファミリアの団長。”勇者(ブレイバー)”の名を神々に与えられた偉大なる冒険者。しかしその種族は今もなお冒険者世界では冷遇されている小人族(パルゥム)である。見た目から判断するのであればただ幼い少年だ。

 

「あ、あ......」

 

 そしてそんな彼の目的が、そんな冷遇され続けている一族の復興であるのはロキファミリアであるならば察しがついているだろう。

 そして自分は彼の少年に何をした。もし目の前にいたのがフィンであれば絶対にできないような、判断できないようなことで判断したのではないか。少なくとも、フィン・ディムナが団長であるこのファミリアでは絶対にやってはいけないことであるのはないのか。

 

「自分の考えたことは間接的に自分らの団長を馬鹿にしたようなことやで」

 

 例え自分の眷属()であろうが、自分の眷属()を馬鹿にする奴は許さない。

 神ロキとはそう言う神だ。

 いつの間にかイヴァンはその場に崩れ落ちていた。

 自分が彼にしたことは冒険者の可能性を、自分の長のこれまでを全否定したのと同義であると悟ったのだった。

 

「で、イヴァン。自分、これからどうするん?」

 

 神自ら審判を下してくれるなんて甘さはなかった。目の前に見える、あるはずのないナイフは好きなように使え。イヴァンにはそう告げられたように感じた。

 そして冷たくなっていく手でその見えないナイフを握り、自らの喉元へ突きつけようとしたその時だ。

 

「もういいよ、イヴァン」

 

 ゆっくりと肩に手が置かれた。

 

 そこには目をそっと閉じ、イヴァンにはそれ以上何も言わず顔をゆっくりと横に振るフィンの姿があった。

 

「団、ちょ......う」

 

「ロキ、もういいよ。これ以上僕に思うところはない」

 

「そか、それならええわ」

 

「イヴァン、君はしばらく謹慎だ。部屋でゆっくり頭を冷やすといい」

 

「は、い...」

 

 その言葉にイヴァンの体は金縛りが溶けたかのようにゆっくりと立ち上がり、一礼したのち部屋から出ていった。

 そんな小さくなった背中の青年を見送ったロキらはそっと息を吐く。

 

「イヴァンのことはこれで今のところは大丈夫だろう」

 

「あぁ、アポロンファミリアの方にも言いたいことがないと言われれば嘘になるが、ギルドからのペナルティがある今、さらに問題を起こさせるわけにはいかないからね」

 

「せやなぁ、それでペナルティと言えば例のアイズたんが見落としてもうた言うミノタウロスの変異種はちゃんと討伐できたん?」

 

「あぁ、それに関してはちゃんとアイズが自分の手で始末してきていたよ。ベートもそれを確認している。死傷者も今は所報告されていないし、ギルドの素早い判断に助けられたってところかな」

 

「ふーん、で。その肝心なポカやらかしたアイズたんはどこにおるん?」

 

「それがミノタウロスの討伐を報告した後、自分の部屋に閉じこもってしまったのだ。まったくアイズは何を考えているんだ」

 

「ベートが何か知ってる雰囲気だったけど、言うつもりなさそうだったしね」

 

「はぁ、アイズたんにも困ったもんやなぁ。そう言えば今回のやつ、当然ギルド側からペナルティは来たんやろ?どれだけ吹っ掛けられたんや?」

 

 その質問にフィンは少し苦笑いしながら報告する。

 

「今回の件に関するギルドからの処罰は一定額の罰金に加えて、”剣姫”アイズ・ヴァレンシュタインの半月のダンジョン内での活動の禁止だってさ」

 

「ほぉん!罰金はまぁ知っとったけど、アイズたんの謹慎かいな」

 

「当然の処罰だろう。今回のミノタウロスの上層進出は我々ファミリアの責任だが、その中でよりにもよって五階層でミノタウロスを見落としていたのは、アイズの気の逸れようによるものだからな」

 

「アイズたんがモンスターを見落とすなんてまた例の夢か?」

 

「あぁ......」

 

 リヴェリアは苦虫を噛み締めるように頷く。

 

「今回のアイズのダンジョン活動の謹慎はギルド側からの牽制か忠告か」

 

「いずれにせよ、今回の遠征の赤字に加えてギルドからの罰則。これはしばらく遠征の再開は無理そうだな」

 

「あー、例の巨蟲(ヴィルガ)やったけ?何でも溶かそうとしよる体液なんて面倒なことこの上ないなぁ」

 

「対抗できる手段となれば魔法か、あるいはアイズの持ってるような不壊属性の武器を用意しなくちゃいけなくなったね」

 

「はは、こりゃ随分と出費が嵩むことになりそうやなぁ」

 

「笑い事じゃないよ」

 

「まぁアイズの謹慎はある意味タイミングが良かったかもしれないな。この機にしっかりと落ち着かせよう。もちろん説教は後々しっかりと行うが」

 

「うへぇ、ママのお説教や」

 

「誰がママだ!」

 

「まぁまぁ」

 

「フィン!」

 

「いや、今のはそう意味じゃないよ!」

 

 ロキの笑い声が響き、一拍の猶予が生まれる。

 

「んで、最後の問題や」

 

 ロキのその一言で二人は全てを察し、リヴェリアは懐から例の少年が持ってきた紹介状を手渡した。紹介状を受け取ったロキはその紹介状の表紙を見て吹き出す。

 

「なんやねんこのどでかく神聖文字(ヒエログリフ)で書かれた”紹介状!”って文字!しょうもなっ!」

 

 呆れたように紹介状を片手で軽く振り回した後、自分宛てであることを裏面も確認し封を切る。

 その中身は表紙の豪快さとは裏腹に達筆に書かれた文書が神聖文字(ヒエログリフ)で書かれていた。その内容はフィンとリヴェリアには見えない。もし見ていいのであればロキは二人にも見せるだろう。そう判断し、二人はロキからの反応を待つのみだった。

 そして肝心の内容を読みだしたロキの雰囲気が変わったのを二人は感じ取った。

 笑いだすこともせず、口元はにやけさせていてもその目は真剣にその紹介状に向かい合っていた。

 そして読み終わったのかそっと紹介状を閉じだ。どうやらフィン達にその中身を見せるつもりはないらしい。

 

「やはり差出人に心当たりでもあったか?」

 

「……いんやぁ」

 

 ロキはその紹介状を机の引き出しへと仕舞う。

 

「このウチ自身に紹介状を送れるほどの神はこの街には多くおらへんし全く見当もつかへんなぁ。誰がこんな紹介状を送ってきたんや。天下のロキファミリアに厚顔無恥もあらへん!」

 

 そう言ってせせら笑うフィンとリヴェリアはロキがその差出人相手に心当たりがあることを察しつつも、自分たちに教える気はないと言外に言われているのだと目を細める。

 

「だけどせやなぁ、厚顔無恥とはいえ、そんな大それたことまでして紹介しようとしたその子には興味が出たなぁ」

 

「そうかい、わかったよ。ならその子はこちらで探しておこう。幸い、特徴だけはしっかりとしていたからね」

 

「白髪で赤目の兎のような少年だったか」

 

「なんやそれ、さぞかわいんやろな」

 

「......少年だぞ?」

 

「わぁってるわかってる!」

 

「はいはい、それじゃ僕たちは行くよ」

 

「ほいほい、ほなうちはミア母さんのとこに遠征の打ち上げの予約取りに行くか!」

 

「だからロキ、今回の遠征は赤字だったのに加えてペナルティが」

 

「固いこと言うなってフィン!それに団員たちの疲れをいやすにも酒に食い物にバカ騒ぎやろ?」

 

「はぁ......」

 

「諦めろフィン。ロキはこういうやつだろ」

 

「わかった。でもある程度落ち着いてから数日は待たせてくれ」

 

「はっはっわかったわかった。ほな二人ともお疲れさん!」

 

 ため息交じりに出ていく二人を見送ったロキはそっと窓際へと移動し外を眺める。それはバベルを。果てにはその先。オラリオの外にまで視線を向けた。

 

 

 

「なんや自分、そんなところにおったんか」

 

 

 

 口元に弧を描かせ、目を開き嬉しそうな笑みを浮かべ笑いだすロキ。

 

「雲隠れするには長すぎやろ、そこまでして育て上げたもんねぇ。......いいで、その器が取るに足りるものかどうかうち等が見極めてやる。あの英雄が託したって言う最後の英雄(ラストヒーロー)をな」

 

 

 

 




時系列的にはベル君が豊饒の酒場で保護されてゴシゴシされてるときくらいの話になっています。


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