PSO2 - Another Person's Story - (ノーチラス)
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資料集

ここでは
・キャラクターの紹介
・原作から改変した設定
・本作独自の設定
などを記載します。

今後追加される可能性あり。



2019/08/20追記
アスール、アークライト、ブレイドを追加。


レイナ

種族:ヒューマン / 年齢:18歳 / 誕生日:A.P.219/07/05

身長:168cm / 体重:54kg

クラス:ハンター

武器:エリュシオーヌ / ライゼノーク

 

 主人公。

 聖剣士の異名を持つ父・ルイトに憧れ、幼少からアークスになる事を夢見ていた少女。イヴやセツナとともに認定試験を乗り越えて無事にアークスとなった。

 使用する武器は父の形見でもある大剣「エリュシオーヌ」、後に長槍「ライゼノーク」を購入する。

 標準的なフォトン適性を補って余りある驚異的な身体能力と天才的な戦闘技術によって、切り込み隊長の役割を担う。ただ深い事はあまり考えないため、時折やらかす。しかしどんな危機的状況に置かれていても瞬時に対処法を導き出す、バカと天才は紙一重を体現しているような人物。

 常に水着のような衣装「ボア・ボワール」を着ているが、別に露出趣味があるわけではなく、単に「動きやすいから」という理由で愛用している。

 

 

 

イヴ

種族:デューマン / 年齢:不明 / 誕生日:不明

身長:153cm / 体重:44kg

クラス:ハンター

武器:ソード → キレートエディア

 

 もうひとりの主人公。

 非常に稀有なフォトン適性を持つデューマンの少女。左目には斬られた傷があり、それを隠すために左側の前髪だけは伸ばしている。

 レイナたちとともに試験に合格したものの、アークスになろうと思った根本的な理由はなく、単純に気まぐれ。

 十年前より以前の記憶がなく、肌の紋様も他のデューマンとは異なるなど、謎が多い。

 使用する武器は大剣「ソード」、のちに「キレートエディア」に変更する。

 前述の通りフォトンの適性が高く、その力を扱うセンスも抜群。状況に応じてあらゆる使い方が可能で代表的なものは武器にフォトンをチャージしてそれをエネルギー刃の形で放つ「ブリッツシュナイデン」というオリジナルフォトンアーツなど。

 

 

 

セツナ

種族:ヒューマン / 年齢:17歳 / 誕生日:A.P.220/03/17

身長:150cm / 体重:42kg

クラス:ハンター → ファイター

武器:パルチザン → ファイティングビート

 

 レイナたちと同じく、新米のアークス。弱い自分を乗り越えて強くなりたいがためにアークスになった。

 女の子にしか見えない背格好だが、性別は正真正銘の「男」。かつては中性的な見た目がコンプレックスだったのだが、ネット上で「男の娘」というものを知って以来女装するようになり、今ではむしろ外見には自信を持っている。なお女装は趣味なだけであり、その他の嗜好は至って普通。

 使用武器は長槍「パルチザン」だったが上手く扱えず、のちにクラスを変更して鋼拳「ファイティングビート」に持ち替える。アークスになるため鍛えただけあり、持久力だけはそれなりに高く、逃げ足も速い。

 三歳年上の姉がいる。

 

 

 

シーザー

種族:ヒューマン / 年齢:20歳 / 誕生日:A.P.217/10/10

身長:184cm

クラス:レンジャー

武器:インフィニットコランダム / レッドスコルピオ

 

 レイナたちよりも先輩のアークス。試験中にダーカーの急襲に遭っていた彼女らを助けて以来、度々顔を合わせる事になる。

 アークスになって二年ほどになるが、同輩と比較して戦績はそれなりに高く、現状探索できるエリアの探索許可は全て得ており、さらに高難易度のVR訓練「エクストリームクエスト」を利用するためのパスも所持している。

 使用武器は長銃「インフィニットコランダム」と大砲「レッドスコルピオ」だが前者を用いた援護射撃を好むため、後者はあまり使用しない。

 四歳年下の妹がいたが、生まれて間もなく重病を患い長らく入院していた。ところが十年前に何者かによって誘拐されて以来、行方不明となっている。民間の警護組織からは行方不明からの死亡扱いとされている。

 

 

 

ルイト

種族:ヒューマン / 享年:32歳

身長:192cm

クラス:ハンター

武器:エリュシオーヌ

 

 かつて「聖剣士」という二つ名で呼ばれていた歴戦の雄。得意技であった「オーバーエンド」とともに、アークス内では知らぬ者はいないほどの著名人であり、六芒星にも匹敵する実力を持っていたとされる。

 二二八事変に於いて、妻のアルカともども死亡している。

 

 

 

レイジ

種族:ニューマン / 年齢:32歳

クラス:ガンナー

武器:ガルド・ミラ

 

 イヴの育ての親。アークスではあるものの、今はほとんど任務などは行っておらず、ひとりで市街地にあるオンボロ飲食店を経営している。

 

 

 

トワ

種族:ヒューマン / 年齢:20歳 / 誕生日:A.P.217/05/12

身長:164cm / 体重:48kg

クラス:ファイター

武器:ゴッドハンド

 

 セツナの姉、シーザーとは同期のアークス。

 一人称が「オレ」で性格は男勝りを越えてもはや完全に男。口調もおおよそ20代の女性とは思えないほど粗暴。

 同期のシーザーとは顔見知りで、彼とともにエクストリームクエストを踏破した過去を持つほか、全エリアへの探索許可も持っているため、色々はともかく非常に腕が立つアークスなのは間違いない。

 使用武器は鋼拳「ゴッドハンド」のみ。他の武器も持っていない事はないが、鋼拳が一番自分に合っているとしてそれのみで闘っている。

 

 

 

 

・宇宙解放機関「フリーデン」

 ダーカーによる支配の軛から宇宙を解放する事を目的とした研究機関。12年前に「ヴォイド」から離反した二十名で構成されている。

 フリーデンは、ドイツ語で平和を意味する。

 

 10年前の事件で、所属研究員のほとんどが死亡・行方不明となっている。

 所長のアスールは数少ない生き残りのひとり。

 

 

 

アスール

種族:ヒューマン / 年齢:32歳

クラス:ハンター

武器:シャットラウンダー

 

 19歳の時アークスになったと同時に総長の「ルーサー」からスカウトを受けてヴォイドに参入。しかし造龍計画が開始されて間もなく、こんな研究では宇宙を解放できないと悟り、ヴォイドから離反する事を決める。

 そして二十人の同志を募り、宇宙解放機関「フリーデン」を設立。可及的速やかにダーカーを滅ぼし、宇宙の楽園を作り出すための「楽園計画」を開始する。

 

 

 

・ハイ・キャスト

 キャスト用の生体パーツなどの開発を担う「ヴァイスハイト」内に設置されたハイ・キャスト研究チームにて、人権のない戦力として研究・開発が進められている。

 ヴァイスハイトは、ドイツ語で知恵などを意味する。

 

 従来のキャストとは異なり生体部品などを使わずに一から製造された、人工知能を備えた完全なる機械。攻撃エネルギーを得るためのフォトンジェネレーターをはじめとした様々な機器のほか、ダーカーの侵食から守るためのフォトンコーティングなども施されている。

 

 最初期の製造計画にて造られた一号機は戦闘能力を重視し、最低限の人工知能のみを搭載した事で他者とのコミュニケーションが取れず、人間のアークスと共闘した場合に不和が生じて戦場が混乱に陥る可能性があるとして廃棄。

 計画は見直され、二号機では他者とのコミュニケーション能力を重視した結果戦闘能力が木っ端なアークスにすら劣るほどになってしまい廃棄。

 第三次製造計画に於ける三号機では人工知能と戦闘能力を別部署と連携して入念に組み上げ、発達した人工知能と秀でた戦闘能力を兼ね備えたハイ・キャストを造り上げる事に成功した。

 

 

 

ハイ・キャスト試作三号機-Type.α:アークライト

クラス:ハンター

使用武器:シャープサイクラー

 

ハイ・キャスト試作三号機-Type.β:ブレイド

クラス:ハンター

使用武器:ブルージーレクイエム

 

 同時に製造された試作型、その三号機となる姉弟機。

 アークライトが女性型の人工知能を搭載した姉、ブレイドが男性型の人工知能を搭載した弟。

 やや突撃思考の強いアークライトは大剣「シャープサイクラー」を用い、スラスターなどを用いた変則的な動きをしつつ敵を翻弄して叩くという戦法を用いる。ブレイドは300kgを越える巨体と重量故にアークライトほど器用な真似はできないが、長大なリーチを持つ長槍「ブルージーレクイエム」とその大きな躯体を用いて動かずとも広い範囲をカバーしつつ闘う。

 

 

 

 

 

 

改変した設定・独自の設定など。

 

 

・オラクルの名称

 原作では「惑星間航行船団オラクル」となっているものを本作品では「銀河間航行船団オラクル」としています。理由として、アークスの祖に当たる旧文明の人類「フォトナー」はマザーシップと、アークスシップの初期型とも言える宇宙船二四隻を建造、オラクルの前身「外宇宙調査団」を設立した時点で名前通りに「外宇宙」へと進出しています。

 そして、現代ではオラクルの活動範囲は無数の銀河に及んでいます。この事から「外宇宙へと出ているのに惑星間航行はおかしい」と判断し、改名させてもらっています。

 

 

 

・オラクルの組織体系

 原作では欠片も説明がない組織体系をアバウトながらも作っています。

 

宇宙連合軍・総司令局:オラクル船団全ての部署を統括する。宇宙連合軍は原作内でも確認できる「Space Allied Forces」より。その定義については未定(考えるのが面倒くさい)

以下、総司令局管轄の部署、その一部。

・対ダーカー戦闘部隊「Artificial Relict to Keep Species」通称「ARKS」(アークス):文字通りの対ダーカー戦闘用の部隊。

・技術開発研究部「ヴォイド」:アークスのためにあらゆる技術開発などを行う部署。

・情報部:原作に於いてEP4で言及された部署。EP4では大きく組織体系を変更するに際して「アークス内」に設置された部署のようなものだが、本作では元より総司令局直轄の部署として存在していた事とする。

・総務部:同上

・教導部:同上

・法務部:オラクル内に於ける法律・法令・司法などに関する部署。

・etc

 

 

 

・EP1序章である「修了任務」について

 研修で学んだ課程を修める試験だとは思うのですが、原作では具体的に何をどうすれば良いのか全く伝えられないため、本作では「研修を終え、正式にアークスに認定するための試験」と定義した上で、名称からもそれがわかりやすいよう「認定試験」としています。

 

 

 

・エリアの名称

 ナベリウスの「森林エリア」について。

「森林」とは広範囲にわたって樹木が密集している場所である。(Wikipediaより抜粋)

 上記の通りナベリウスの「森林エリア」は、どう見ても森林とは言い難いので本作では「緑地エリア」と変更しています。アムドゥスキアの「火山洞窟エリア」についても同様に。火山には見えないので単純に「洞窟エリア」としています。

 

 

 

・六芒均衡

 原作のシナリオライターが過去に製作した作品に出て来るものを漢字一字だけ変えて無理やりPSO2に流用した単語のため、問答無用で「六芒星」へと変更。宇宙を旅する船団が舞台ならこっちの方が合ってる気がします。

 零のクーナっていうまたややこしい人がいるんですけど、もう面倒くさいので六芒星のまま通します。

 ちなみにクラリスクレイスについて、名を「アルマ」としています。

 元々三英雄とは襲名制なのですが、レギアスは初代がそのまま、カスラは二代目ですが初代の名もおそらく同じ。ではなぜクラリスクレイスは初代の本名が「アルマ」と判明しているのに「クラリスクレイス」なのか、という疑問から初代の名を襲名させている事としています。

 なお、これについてはすでに原作EP5にて説明されていますが、それより以前から本作を執筆していたのでその名残ですね。説明されても納得はできてないんですけど。

 

 

 

虚空機関(ヴォイド)

 本作では「虚空機関」を「虚構機関」にして、これを通称としています。ルビである「ヴォイド」は虚構機関の正式名称としています。なんかいろいろよくわからんし、パクリ説も浮上しているので変更しました。

 

 

 

・その他

 オペレーターは無能にも程があるので、台詞を改変しています。原作にあった「空間許容限界」「コードD」などの意味不明な単語も削っています。

 

 原作に於ける主人公ポジションのキャラクターは一瞬出るだけで、それ以降は全く関わりません。果たして名前の元ネタがわかる人が何人いるのか。

 

 チョイ役で登場するパティエンティア……というかティアはかなりまともな情報屋にしています。パティに関しては概ね原作通り。

 

 原作では俗に「十年前の事件」と言われるものを「二二八事変」と呼ばせています。単に事件が発生した年を名称に用いただけです。



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Chapter 1-1

 新光歴二三八年二月二〇日。

 アークス研修生の最後の試験、アークスになれるか否かが懸かった「認定試験」が行われる日の朝。今日を限りに別れとなる自分の部屋で入念に準備を行う少女がいた。彼女もまた、数多いるアークスを志す者の一人だ。

 彼女――レイナは、かつてアークスとして数々の戦績を残した父・ルイトに憧れ、まだ幼かった彼女も、いつしか彼のような立派なアークスになりたいという夢を抱くようになった。ところがルイトは今から十年前に戦死、アークスではなかった母・アルカも出かけていたところをダーカーに襲われ死亡。後に「二二八事変」と呼ばれるようになった当時の戦いを生き延びたアークスたちは口を揃えてこう言う――最悪の事件だったと。

 それもそのはず、アークスシップにダーカーが襲撃してくることはそう珍しくはないが、二二八事変ではダーカーの親玉とも言える存在――「ダークファルス」が直々に攻め込んできたのだ。アークスのトップ「六芒星」の一人であるアルマが命を賭してその敵を撃退したものの、アークスは甚大な被害を被った。多くの人員を失い、今でこそある程度回復しているものの当時は壊滅的な状況で、回復は不可能と言われたほど。

 ただ、それだけの凄惨な事件で両親を亡くしてもレイナは、それでもアークスになることを止めなかった。そして今日――。

 

「アイテムよし、武器防具よし、あと何か忘れ物あるかな……」

 

 何度も指差し確認をして、特に問題はないことを確信したレイナ。部屋を出ようと扉に手を伸ばす寸前、ふと後ろを振り返る。

 十年前に両親を喪ってから親戚の元に移り住み、今日まで使ってきた自室。アークスになれば自分の部屋が配備されるため、ここを使うことはもうない。荷物等もすでにまとめており、今のこの部屋には何もない。がらんどうになった部屋を見つめ、いろいろと思い出す。十年間過ごした部屋だけあって、たくさんの思い出もあるのだ。

 幼少から志してきたアークスになれば、たまに帰ってくることはあれ、もうこの部屋を使うことはない。そう思うと涙が溢れそうになる。

 その時、扉の向こう側から声が聞こえてきた。

 

「レイナ、もう準備は終わった? 早く行かないと遅刻しちゃうわよ」

 

 レイナを引き取ってくれた親戚の声だ。

 涙が引っ込んだと同時、時計を見てみると午前九時を回っていた。

 認定試験が開始されるのは十時三〇分だが、試験を受ける研修生は十時までにアークスロビーに集合するように言われているのだ。一秒でも遅刻すれば即失格、試験に参加することさえ許されない。

 居住区から少し離れた場所の市街地区にアークスロビーと直接通じているテレポーターが存在しているが、もちろん距離がある。全速力で走り続けて間に合うかどうか、というところ。

 

「やば、感傷なんかに浸るんじゃなかった……あと一時間弱ってとこかな」

 

 急いで部屋を出て、今まで世話になった親戚に別れの挨拶を告げ、レイナは自宅を飛び出した。

 そしてアークスロビーへ向けて走り出そうとしたその時、ガレージに停めてあるバイクが目に入った。小型のフォトンジェネレータを搭載したフォトンバイクだ。大気中のフォトンを動力とするため、ほぼ永久的に走り続けることができる、オラクルではごく一般的なもの。

 これは親戚が使っていたものだが、車を購入してから使わなくなったためガレージに停めっぱなしだ。この際手段を選んでいる余裕はないと、親戚にキーをもらってフォトンバイクに跨る。

 

「よっと。……そーいや、免許取ってからは乗った事なかったけど……まっ、大丈夫か」

 

 キーを挿してひねるとフォトンジェネレータが起動、目の前の小型ディスプレイに映し出されているエネルギーゲージが見る見るうちに貯まっていく。やがてフォトンを充分に得、ゲージが満タンになった事を確認したレイナは車道に出てハンドルをひねり、最高速度でアークスロビーを目指して走り出した。

 

「気持ち良いーっ! ツーリングってのも悪くないかもなー」

 

 時速八〇キロメートルを超えるスピードで、まだ人や車通りもまばらな中を走り抜け、そして十数分もすると、あっという間にアークスロビーへ通じるテレポーターの元にたどり着いた。バイクは近くの駐車場に停め、タイヤには盗難防止用のチェーンをつけて親戚に後ほど回収してもらうよう連絡しておく。

 

「……、もうすぐで……あたしの夢が、叶うんだ」

 

 誰にでもなくつぶやきながらテレポーターにアクセス、転送先をアークスロビーに設定した直後、レイナの姿は消えた。

 次にもう一度扉をくぐると、幼少から夢に見たアークスの拠点であるロビーに出た。すでに同期の研修生がたくさん集まっており、各々友人たちと談笑していたり、ロビー内を見回ったりしている。

 時計を見てみると、時刻は九時四〇分。なんとか間に合ったレイナはロビー内を隈なく見渡す。ある人物を探して。

 

「あの子の事だから、きっともう来てるはずなんだけど……」

 

 数分して、キャンプシップが停泊しているエリアに向かうためのスペースゲートの入り口両隣に設置されたベンチ、その左側の端にちょこんと座っている少女を発見した。

 レイナは即座に少女の元へと歩み寄り、気さくな笑顔で話しかける。

 

「こんにちは。良いかな? 隣」

「……何か用ですか? 用がないなら近寄らないでください。斬りますよ」

 

 ベンチに座る少女に目線を合わせ、目映いばかりの笑顔で声をかけるレイナに対し、少女は目も合わせずに冷たく言い放つ。

 頭から生えた二本の角。前髪の隙間から見える怪しげに輝く金色の左目。服の隙間などから垣間見える赤い紋様。他の種族にはない異様な特徴を持つ彼女は「デューマン」と呼ばれる、近年増加傾向にある謎の種族だ。

 十数年前、とある研究所に保管されていた何らかの生物の遺伝子とヒューマンの遺伝子が混ざり合った結果生まれた種族である――とデータベースにはあるのだが、実際以前からいたような実感は湧かない。記憶に食い違いがあるのだ。

 そんなデューマンの少女は相変わらずレイナと目を合わせようとせず、まばたきすらせずにジッと遠くを見つめている。しかしそんな事はお構いなしに、少女の隣に腰掛ける。

 

「えっと……イヴちゃんだっけ? あたしはレイナ。君の事は前々から知ってたんだけど、でもなかなか話しかけるタイミングがなくってさー」

 

 このイヴはレイナと同期の研修生であり、座学での成績はほぼ常にトップ、実技の成績もかなり上位に入っている、彼女たちと同期生の間でちょっとした有名人だ。しかしながら、かようなイヴに近寄る者はほとんどおらず、彼女自身も他人と関わろうとはしない。その所以を、レイナは知っていた。

 他の三種族の中にはデューマンの存在を快く思わない者が少なからずおり、デューマンとして生まれた者は幼少からいじめなどの迫害に遭うというケースもある。理由はその悪魔を彷彿とさせるような特徴を数多く持っているからだ。ただし、現在では多種族との混血によって角やオッドアイ、肌の紋様がないデューマンも僅かながら増加の傾向にあり、迫害も少しずつではあるが減少している。

 だが少なくなっているだけで、ゼロにはなっていない。

 彼女はかつて、デューマンを快く思わない人物との間に起きた「ある事件」をきっかけにして、他人と必要以上に関わらないようになった。それは当時在籍していた研修生の間では知らない者などいないほどの事件だった。敢えてそこに言及はしないものの。

 

「――でさ、試験なんだけど、よかったら一緒にパーティー組まない?」

「お断りします。わたしは一人でもやれますので」

「即答ですか……い、いやでも、ほら、今回の試験は二人以上のパーティーを組めって言われたじゃん?」

「そうですか。でもあなたと組む必要はないですよね。だったら今すぐ二度と来ない一昨日に来てください、さようなら」

 

 あくまでも一切目を合わせず、イヴは冷たい態度で言い放つ。負けじとレイナは更に猛アタックをかけるも、やはり冷たく切り返される。そうこうしているうちに時刻は認定試験が開始される十分前になっていた。

 担当の教官からパーティーを組んでキャンプシップに搭乗するよう指示され、他の研修生たちは次々とスペースゲートへ向かっていき、そして到頭レイナとイヴだけがロビーに残った。

 ベンチに座っている二人に気付いた教官が彼女らの元に歩いてきて、口を開く。

 

「お前たち、聞いていなかったのか? まだパーティーを組んでいないのなら今すぐ組み、キャンプシップに乗り込め。いいな」

「あ、はい! あたしはこの子と組むんで大丈夫です、ご心配なく!」

「え……ちょ、ちょっと……」

「うむ。では早々にそこのスペースゲートからキャンプシップに向かえ。遅れれば即失格だぞ」

「了解ですっ!」

 

 教官に敬礼のポーズで返事をするレイナを、イヴはその視線だけで呪い殺さんばかりの目で睨む。勝手にパーティーを組む事にされ、彼女としては良い迷惑である。

 しかし、ロビーにはすでに研修生の姿は一人としておらず、即ち二人以上のパーティーを組む事が決められているこの場において、イヴがパーティーを組める人間はレイナ以外に存在しない。

 ロビーを見回し、それを察した彼女は肺が空っぽになるほどの大きな溜息を吐く。

 

「そ、そんなにあたしと組むの……イヤ?」

「はい。でもこうなった以上仕方ないです。今回だけパーティーを組んであげます」

「ありがとう、イヴちゃんっ!」

 

 歓喜の余り、レイナはぎゅっとイヴに抱きつく。直後にイヴは武器を取り出してそれを自身に抱きつく彼女の首元に突きつける。その際イヴの瞳には殺意にも似たドス黒いものがこもっている気がした。

 さあっと全身から血の気が引いていくのを感じ、レイナはすぐに離れる。こういったスキンシップは嫌いである事を察して、以降は気をつけようと心に誓った。

 

「次やったら三枚に下ろしますよ」

「申し訳ございません。じ、じゃあキャンプシップ行こっか……」

「……はい」

 

 新光歴二三八年二月二〇日十時二五分。

 キャンプシップに乗る頃には認定試験が開始される五分前となり、なし崩し的にパーティーを組む事になったイヴとレイナは急いで、各々準備を行う。

 その最中。レイナが背負う彼女の身長をも優に越す大きさの剣に、イヴが反応を示す。紫色の柄に黄色を基調とした刀身、淡く光り輝くフォトン刃を持ったこれは「エリュシオーヌ」。一般には出回っていない珍しい武器でもある。

 方やイヴの持つ武器は、アークス向けに量産されているごく一般的なソード。ロビーのショップエリアでも売られているものだが、量産型の宿命故かスペックはかなり低い。

 

「そのソード……エリュシオーヌですか? 珍しい武器を持ってるんですね」

「ん? ああ、これ? 昔父さんが使ってた武器なんだ。形見みたいなものだね」

「形見……その、父親は亡くなったという事ですか?」

「うん、十年前のあれで……ね」

 

 物憂げな表情を浮かべながらそうつぶやくレイナに、イヴは無神経な事を言ったと申し訳なさそうな顔で謝罪を述べる。だが再び屈託のない笑顔を浮かべて「大丈夫」とレイナは返した。今更何を言っても死んだ人間は戻ってこない、それは彼女自身が一番よく理解している事だからだ。

 その時、キャンプシップの窓にスクリーンが出現、白いキャストの男性が映し出される。

 

『新たに誕生するアークス諸君、わたしは六芒星の一・レギアスだ』

 

 六芒星――アークスのトップを担う、絶対命令権を持つ六人の事だ。スクリーンに映し出されているキャストの男性レギアスは、六芒星の一番を背負うと同時に「三英雄」という、六芒星の中でも切っての実力を持つ三人衆の一人でもある。

 彼らはそれぞれ、創世器という一般アークスが扱う通常のそれとは比較にならない力を秘められた武器を持っている。中でもレギアスの持つ「ヨノハテ」は一振りすれば惑星ひとつを両断できると言われており、その強力さ故に普段は厳重な封印を施して、性能を大幅に抑えて使用しているという。

 

『もう間もなくナベリウスに降下、認定試験を開始する。煩わしいとは思うが、それまで少しばかり老人の言葉に耳を傾けてほしい』

 

 そう言うと、レギアスは少し間を置いて静かに話し始める。

 

――銀河間航行船団「オラクル」

 その誕生から一〇〇〇年を越える時を経て、今や我々の活動範囲はその名が表す通り、数多の銀河に渡る。征く先々で発見された未知の惑星には、オラクル内で編成された部隊「アークス」が惑星に降下し、調査を行う。

 アークスはオラクルに存在する四種族からなる。

 旧文明の人類「フォトナー」の手によって生み出された、他の三種族の祖であるヒューマン、ヒューマンを元に遺伝子改良が施され誕生したニューマン、肉体の各所を機械のパーツに改造したキャスト、そして近年増加の傾向にあるデューマン。

 これら四種族の者たちがそれぞれ補い合い、協力する事で我々「アークス」は成り立っているのだ。



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Chapter 1-2

「……存外に落ち着いていますね」

 

 レギアスがありがたいお言葉を宣っている最中、じっと彼が映っているディスプレイを見つめるレイナを横目に、イヴはつぶやく。

 

「え? あー……あたしは、まあ。なんというか……合格する気しかないから」

「自信過剰ですか?」

「ふふん。自分で言うのもなんだけどあたし、結構強いよ? バーサーカーって呼ばれてたくらいだしね」

 

 バーサーカー、その意味は狂戦士。

 実地演習等に於いて、人並み外れた剣技にてエネミーを討伐するレイナの姿を見た者がつぶやいた一言が起因し、彼女の異名が確定する。本人からすれば狂人呼ばわりなど遺憾も甚だしいが、人の噂を容易く絶つ事などできないと思い立ち、数日で訂正を求めるのをやめた事ですっかり定着してしまっているのが現状だ。

 

「……そういえば、そんな話を聞いたことがありますね……本当なんですか?」

「すっごく遺憾な事ながら……本当なんだよ」

 

 彼女の実力はアークス研修学校の教師陣の間でもたびたび話題にあがり、演習での成績も入学から今日まで常にトップを貫いている。

 座学の成績は壊滅的、フォトン適性も平均的だったものの、それを補って余りある技術は研修学校のみならず、アークスの上層部にも一目置かれているとの噂まであったという。

 そんなレイナの剣技は誰に教わったわけでもなく、完全に我流。両親は彼女がアークスになる事には反対だったため、こっそりと鍛錬を積むしかなかったのだ。それを十年続けた結果が現在である。

 

「――さて。雑談もほどほどに、そろそろ降りよっか」

「そうですね。お手並み拝見といきましょうか」

 

 とっくにレギアスの話も終わり、キャンプシップはすでに試験の舞台となる惑星「ナベリウス」の上空に到着していた。

 この星は発見当初こそダーカーに侵食されており、その時点ではアークスの練度も低く一進一退の攻防が続いていた。ところが七〇年ほど前に当時現存していたアークスよりも遥かに上回る能力を持ったアークスたちが現れ始め、形成は逆転。これを機にナベリウスに蔓延っていたダーカーを掃討、惑星の浄化に成功した。以降もダーカーの出現は確認されず、比較的安全な惑星と認められたために、長年研修生の訓練や試験で利用されている。

 今回行われる認定試験の内容は、スタート地点から指定されたゴールを目指すという至極単純なものだが当然、その道は決して平坦ではない。ゴールまで続く体力が不可欠になる上、更に道中で凶暴な原生生物が襲ってくる可能性もあるため、イレギュラーに対応する能力も必要となるのだ。

 試験のスタート地点に降りるには、船の先端部分に設置されたテレプールという特殊な転送装置を使う。その名の通りプールのような見た目をしており、飛び込むことで地上に降りることができる。水面にはナベリウスの地表がうっすら浮かび上がっていて、高所が苦手な者には少々ハードルが高い。

 レイナとイヴは難なくテレプールに飛び込み、無事に着地。地面に足がついた事を確認してから目を開けてみると、そこには右を見ても左を見ても緑で溢れる景色が広がっていた。

 研修生の頃に実地訓練で何度か訪れた事はあるものの、やはりこの光景には目を奪われる。

 

「すう~~~っ、はあ~~~……よしっ! 気合い入れて行こうッ!」

「…………、」

 

 頬を両手でパンパンと叩いて気合いを入れているレイナの隣で、イヴは何か怪訝な表情で遠くを見つめている。それに気付いたレイナが何かあったのか問うも、しかし先ほどとは違い、意図的に無視しているのではなくまるで声が届いていないといった様子で、やはり遠くを見つめたまま動かない。

 今一度、声をかけるとようやく気付いて、レイナに首を向けた。

 

「え? ……なんですか?」

「なんですか? じゃないよ、どうしたの? さっきからずっと向こうを睨んでるけど」

「……いえ、たぶん気のせいです。なんでもないです」

「そう? じゃあ早く済ませようか」

 

 この認定試験は教官がすぐ近くに付いている訓練とは違う。ましてや遊びでもない。正真正銘、いつ原生生物に襲われて死ぬかわからない、常に死と隣り合わせの「戦場」だ。気分を入れ替えて、二人はいつでも敵に襲われてもいいように武器を手にして、周囲に気を配りながら歩き始める。

 するとしばらくして、通りかかった小道の先にそびえる木の上に、ナベリウスの原生生物がいるのを発見する。長い腕を使い木の実を採って食べているあれは「ウーダン」という種だ。普段は温厚だが、自身のテリトリーに侵入してきた者には容赦はしない凶暴さも併せ持つ。

 

「あれはウーダンか……できれば戦わずに進みたいけど」

「無理ですね。この道を進もうとしたら、どうあがいてもアレの視界に入ってしまいますから」

「だよねぇ……よし、しょーがない」

「……? どうするんですか?」

 

 つぶやきながら一歩踏み出したレイナは、何を思ったのか木の根元まで歩み寄り、エリュシオーヌの峰で木の幹を思い切りブン殴って見せた。凄まじい衝撃でウーダンは地面に叩き落され、その隙を見てイヴの手を引き、小道を駆け抜ける。

 

「……横暴ですね。ていうか手を握らないでください」

「あっと、ごめんね。いやー、エネミーって言ってもさ、生き物だから……傷つけるのは可哀想だと思って」

 

 相手がダーカーならばいざ知らず。訓練用に出力が大幅に抑えられている武器ではなく、実戦用の殺傷力が高い武器を手にしている今、それで原生生物を攻撃すれば重傷を負わせる事は必至だ。レイナはそれがどうしても、嫌だったのだ。

 

「優しいんですね……あなたは。わたしにはそんな発想はできません。その気持ちは大切にした方が良いですよ」

 

 どこか遠い過去でも見つめるような目をしながらそんな事を言われたが、レイナにはいまいち何を伝えたかったのかはわからなかった。基本的にあまり深い事は考えない性格であったというのもあり、今は軽く流す事とした。

 

「まあ、いっか。とりあえず先に進もうよ」

「はい」

 

 

 この星に住む生物はもちろんウーダンだけではない。

 彼らの親玉である「ザウーダン」は、ウーダンとは対照的に敵と一定の距離を取るように行動し、どこからともなく岩を持ち上げて投げつけたり、距離が近い場合はその岩で殴る事もある。

 他にも「ラッピー」という、複数の惑星で度々確認される正体不明の生物がナベリウスに居着き、環境に適応するために独自の進化を遂げた「ナヴ・ラッピー」、素早い動きで相手を翻弄する「ガルフ」とその親玉「フォンガルフ」など、多種多様な生物が存在する。

 それらの相手を殺さない程度に攻撃して気絶させつつ、二人はゴールを目指してさらに進み続け、試験が開始されてから三〇分ほどが経った。

 現在地的にはちょうど中間地点に差し掛かった頃。

 

「んんーっ! ふう……ようやく折り返しってとこかな」

「……この気配、やっぱり」

 

 イヴが前方を睨みつけ、つぶやいた。

 その時、二人の通信機が通知音を鳴らす。これはオペレーターから通信が来た事を知らせるものだ。

 

「通信……? 何かあったのかな?」

「……来る」

「え? 来るって何が―――」

『認定試験を受けている研修生各員に、緊急連絡。ナベリウス・緑地エリアにてダーカー出現の予兆を観測しました。出現までおよそ六〇秒――』

 

 オペレーターからの声で、レイナの言葉は遮られる。イヴの言葉も気になったが、今はそんな事はどうでも良い。通信にあった、ダーカー出現を知らせるオペレーターの声が、彼女にとっては衝撃的すぎた。否――レイナだけでなく、試験を受けている他の研修生や通信越しのオペレーター、果ては正規のアークスまで、誰もが驚いているだろう。

 ナベリウスにはダーカーの侵食はないはずだ。だからこそ研修生の訓練や試験に利用されている。今頃になってこの星が侵食されたとも、考えにくい。だのになぜ今になって、ダーカーが出現するのか――そんな疑問が脳内を渦巻く。

 

「あいつら……一体どうやって……ッ!」

「考えるのは後にしてください……もうすぐ出てくる」

 

 その言葉の直後、二人の目前に異常としか思えない真っ黒な生物が出現した。

 全身から血の気が引いていくのを感じる。このまま振り返って、キャンプシップに戻りたい気持ちを必死に抑える。今彼女らの前に現れたこれが、宇宙に蔓延る闇、滅ぼすべき絶対の敵――ダーカーだ。

 あの冷静なイヴですら、ダーカーを目の前にして額に汗を滲ませている。彼女はこのナベリウスに降り立ったその時から、ダーカー出現の予兆を感じ取っていたのだ。通信が来る直前のあの言葉の意味も、ようやく理解できた。

 

『ダーカー出現を確認。数が多く強制回収は困難のため、現在正規のアークスを現場に向かわせています。各員はできるだけダーカーとの戦闘は避け、こちらが指示する地点に向かってください』

「あれが……父さんと母さんを殺した、ダーカー……」

「ビビってるんですか?」

「まさか、むしろその逆かな。二人の仇を討てると思うと、わざわざあたしの前に出てきてくれてありがとうって言いたいくらい」

 

 二人の前に現れたダーカーの名はダガン。数あるダーカーの中でも比較的小型で、尖兵的な役割を持っている。そこまで強いというわけではないが、ダガンの持つ鋭い爪は人一人を殺すには充分すぎる殺傷力を持つ。逆を言えば、爪にさえ警戒していれば倒せない相手ではないという事でもある。

 オペレーターには戦闘は避けろと言われたものの、この数では逃げる事も容易ではない。

 二人は武器を構え、目の前のダガンの群れを見据える。そして強く地を蹴り、同時に駆け出す。先制の攻撃を仕掛けたのはレイナ、大きく振り上げたエリュシオーヌで容赦のない斬撃。間髪を入れずに次の攻撃へと繋ぐコンボでダガンを屠っていく。

 続いてイヴも一匹、また一匹と敵を両断し、十数秒もするとその場にいたダガンは全て二人の手により討伐された。

 

「一丁上がりっと! ふう……いやはや。まさかこんなところでダーカーと戦う事になるなんてね」

「初めてのダーカーとの戦闘にしては上出来ですね。流石はバーサーカー」

「バーサーカーはやめてってば……」

 

 その後、二人はオペレーターから指定された回収地点を目指して走り始める。こんな異常事態では試験も何もあったものではない。二人はとにかく生きて帰る事だけを考え、ただひたすらに走り続けた。

 しかし、その道中にもダーカーが出現しており、レイナたちの足が止まってしまう。

 

「……先回り!? 小賢しい真似をしてくれるね……!」

「いえ……あれは……様子が変ですね」

 

 イヴがそう言うので注意深く観察してみると、あのダーカーの大群は木を囲んでいるように見えた。いるのはダガンのみではあるが、その数は先ほどよりも遥かに多い。

 殲滅する他に道はないと判断した二人。まずはイヴが先陣を切り駆け出す。ソードを抜いて、フォトンアーツ「ノヴァストライク」を放つ。体全体を回転させながらの力強い斬撃によってダガンを殲滅せしめた――かのように見えたが。

 数匹が高く飛び上がって、イヴの攻撃範囲から逃れた。当然それを見逃さなかった彼女は次の瞬間、即座にフォトンをチャージした大剣を振り抜く事でエネルギー刃を放つ。イヴが独自に編み出した技「ブリッツシュナイデン」だ。それを受けたダガンたちはバラバラに斬り裂かれ、消滅した。

 

「イヴちゃんもなかなかやるね~! よっし、あたしも負けてられないぞッ!」

 

 あのような芸当はできないレイナはとりあえず、目にも留まらぬ速さで残ったダガンたちの目前に移動。武器にフォトンをフルチャージ、そして力いっぱいにエリュシオーヌを振るった横払いの攻撃を行う。直接斬撃を受けた個体はもちろん、惜しくも命中しなかった個体も余波が生み出した凄まじい衝撃によって、粉々に吹き飛んだ。

 

「めちゃくちゃな戦い方ですね。軽く引きました」

「なんで!?」

「す……すごい……ダーカーを一瞬で……」

「これぐらい普通です」

「イヴちゃん、誰と喋ってるの?」

「あ、あの、ごめん……ここ、木の上にいるんだよ……」

 

 レイナの声でなければイヴの声でもない、少女と思しき弱々しいその声は上から聞こえてきた。木の上と言われ、二人は近くにそびえる大きめの木の上にゆっくりと視線を移してみると、そこには枝に捕まってプルプルと震えているイヴより少し小さいくらいの少女がいた。

 メッシュを入れた長い髪をふたつに纏め、服装は黒いジャンパーというラフなスタイルではあるものの、背中にはアークスで正式採用されているハンター用の武器「パルチザン」を携えているところから試験を受けている研修生という事が伺える。

 

「えっと……どうしたの?」

「ダーカーが怖くて……木の上に避難したんだけど、降りられなくなっちゃってさ……」

 

 なんともマヌケな話に思わず吹き出しそうになったレイナだが、それに感付いたイヴが肘で彼女の鳩尾を打って阻止する。そのまま腹を抱えて崩れ落ちていくレイナは無視して、ツインテールの少女を助けるため木に近づく。

 

「まったく……誰も通らなかったらどうするつもりだったんですか」



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Chapter 1-3

「まったく……誰も通らなかったらどうするつもりだったんですか」

 

 溜息を吐きながらつぶやく。

 ダーカーが怖いからという理由で木の上に避難するのはどうかと思う。降りられなくなったのなら初めから木などに登らず、ダーカーを避けて回収ポイントに向かえばよかっただろうに。――などと思いつつもイヴは地面を強く蹴り跳躍、少女が捕まっている枝に着地する。ところがそこで、二人分の体重に耐え切れなくなった枝がバキバキと音を立て、今にも折れそうになってしまう。

 そんな事態にも焦らず慌てず、必死に落ちまいと枝に掴まる少女を軽々抱え上げて、枝が折れる前に地上に降り立った。

 

「ハア……ありがとね。死ぬかと思ったよ……本当に助かった」

「いえ、お気になさらず。見たところ一人のようですが、他の研修生はどうしたんですか?」

「……み……みんな、ダーカーに殺されて……ボクは一人でここまで逃げてきたんだ……」

 

 少女は事の経緯をレイナたちに話し始める。

 元々彼女も友人とともにパーティーを組み、認定試験を遂行していたのだが、その道中でダーカーが発生。しかし、ダガン如き軽く倒せると自惚れ立ち向かっていったパーティーメンバーはあっさり殺されたのだ。そんな瞬間を目の当たりにした他の研修生はパニック状態に陥り逃げようとしたが、結局その者たちもダーカーに殺され、彼女だけが残ってしまったという。

 それからは運がいいのか悪いのか、逃げる先々でダーカーに遭遇するたび数撃ちゃ当たると言わんばかりに武器を振り回し、ダーカーを倒しながら逃げ延びた。その後体力も尽きかけてきた頃、再び出現したダーカーに囲まれてしまった彼女は木の上に登ってやり過ごしていたところを、レイナたちが通りかかったというわけだ。

 

「……大変だったね。よく頑張ったよ……けど、まだ終わりじゃない」

「ここに置いておくのも不安なので、良ければわたしたちに付いてきますか?」

「ああ、すごく助かるよ……ボクはセツナ。二人の名前、教えてくれるかな?」

「そういえば自己紹介がまだだったね。あたしはレイナ、よろしくね」

「イヴです。よろしくお願いします」

 

 セツナを交えた三人はダーカーや原生生物を倒しつつ、回収地点を目指して突き進む。

 ところが、もうすぐで目的地に到着するというところで、再びダーカーが出現した。ダガンに加えてそれよりも大きな中型ダーカーが数体。

 アークス内ではその形状から「便器」「おまる」などと形容される「カルターゴ」という個体だ。超射程光線を照射して遠距離からの攻撃を仕掛けてくる厄介な相手である上、さらに非常に硬い外皮を持っており、生半可な攻撃は通らない。確実に仕留めるにはコアを狙うほかにないのだ。

 流石にこの数ではイヴも後退ってしまう。

 

「ハア……よくもまあ、ここまでの数が用意できますね……」

「あんな大きなダーカーまで……!」

「大丈夫だよ、セツナちゃん……あたしたちが倒すッ!」

 

 二人が武器に手をかけたその時、背後から何かがダーカーの方へ飛んでいき、その何かはダガンに命中、数匹が消滅した。

 何が起こったのかわからないまま後ろを振り返ってみると、そこには遠距離での射撃戦を得意とするクラス「レンジャー」の武器、アサルトライフルを構えた男が立っていた。

 

「正規のアークス……?」

「やれやれ……とんでもない数だな、こいつは。十年前とまでは行かないだろうが……もう武器を使うのも面倒だな。やれ――ケフェウス」

 

 三人の間を通りぬけ、先ほどの攻撃で倒しきれなかったダーカーを睨むアークスの男。

 そして何かに語りかけるよう言いながら、腕を天高く突き上げた。すると彼の隣でふわふわと浮いていた小さなロボット――マグと呼ばれる機械生命体――が目映い光に包まれる。あまりの眩しさに思わずレイナたちは目を伏せるが、光はすぐに消え、双眸を開くと、マグ「ケフェウス」の姿は空中要塞のようなものに変化していた。

 これは「フォトンブラスト」と呼ばれるもので、マグが幻獣に変身して攻撃・支援を行うもの。言わばとっておきの必殺技だ。このフォトンブラストにはいくつかのタイプがあり、あれはレンジャーなど射撃戦を得意とするクラス用に調整されたマグのもので「アイアス」という。

 幻獣アイアスはダーカーに向かって数発の光弾を撃ち出し、カルターゴを含めたダーカーを一瞬にして殲滅せしめた。その後マグは元の姿に戻り、男はダーカーの消滅を確認するとレイナたちに振り返った。

 

「お前たち、怪我はないか? あるなら先に言っておけ」

「いえ、三人とも特に問題はありません」

「そうか。なら良い」

 

 その後数分すると、オペレーターからダーカーの反応が消失した事と、帰還転送の準備が完了したため各自帰還を促す通信が入る。

 すぐにテレポーターが設置され、四人はキャンプシップに搭乗する。

 

「それにしても、不運だったな……こんな時にいきなりダーカーと戦う事になるとは」

「……本当に助かりました。ありがとうございます」

「気にするな。これが『アークス』の仕事だからな。だがすぐに慣れなければ、次死ぬのはお前たちになるかも知れないぞ」

 

 彼の言う通り、アークスはダーカーを倒すための存在。いちいちダーカーに遭遇するたびに四苦八苦しているようではアークスは務まらない。またすぐにダーカーと対峙する時が来るのだから、早く慣れなければならないだろうと、三人は改めて肝に銘じた。

 やがて四人の乗るキャンプシップはアークスシップに帰還、そのままロビーに入る。

 

「さて、おれは報告に行く。また機会があれば会おう」

 

 そう言ってアークスの男はレイナたちの元を去っていった。

 

「あたしたちはどうしよう?」

「試験がどうなったのか気になりますね。まずは管理官のところに行ってみましょう」

「ボクもどうすれば良いのかわからないから、とりあえず二人について行くよ」

 

 認定試験中のダーカー出現は異例中の異例――というよりも前代未聞の事態であり、試験自体はほぼ中止だ。無事に帰還した研修生の扱いがどうなるのか気になり、三人はアークス管理官の元へと向かった。

 

「あなたたちは……認定試験を受けていた研修生ですね。わたしは管理官のコフィーと申します」

「どうも、レイナです」

「セツナといいます」

「イヴです。それで、我々はこれからどうすれば良いのでしょうか?」

「その件についてはご心配なく。少々お待ちください」

 

 コフィーと名乗る管理官の女性が端末を操作しながら、淡々と説明し始める。

 突然のダーカー出現によって大混乱となった認定試験だが、予定通り生還した者のみを正規のアークスとして採用している。既に試験に参加していた者たちの大多数が帰還しており、多くの新人アークスが生まれたとの事だ。

 しかしながら、ダーカーの犠牲になった研修生がいないわけではない。十年前とは行かないまでも、今回も相当数のダーカーが確認され、パニックに陥った隙をダーカーに突かれて命を落とした者も多いという。さらにはとてもアークスとは思えない真っ黒な裝束をまとった人影や、森の中で倒れていた人間も見たという情報も入っているらしい。

 問題はまだまだ残っているようだが、とりあえずは生存できた事を喜ぶべきだろう。

 説明が終わったと同時、コフィーは端末を操作する手を止めて三人に何かを手渡す。

 

「あなたたちは無事に生還しました。よって試験に合格とし、アークスとして認めます。これはその認可証とアークスカードです」

 

 アークスとして認可された証と、それとは別にアークスとしての証明であるアークスカード、簡単に言えば名刺のようなものだ。識別IDや名前、性別が記載されている他、簡単な自己紹介文を記入できる項目も存在している。

 それらを受け取った三人は思わずハイタッチで喜びを分かち合うが、直後イヴは顔を真っ赤にしてレイナとセツナに背を向ける。そんな彼女の仕草を可愛いと思ってしまい、ニヤける口元を隠す二人であった。

 その後三人は、これから何度も利用する事になるロビーを見て回る事にした。

 ここにはアークスのための施設が数多く存在する。どこに何があるのかはしっかりと把握しておかなければならない。

 

「まずはゲートエリアを見て回ろっか。一番利用する施設が多いだろうしね」

「ロビーって広いし、迷子になりそうだなぁ……」

「端末からロビーのマップは見れるんですから、迷子になる事はないでしょう」

「そうだね。むしろ移動だけでくたびれちゃいそうなのが不安だよ……」

「アハハ……確かに。でもこの端末ってマップなんてものもあるんだね。知らなかった」

 

 オラクル内で一般的に普及しているその端末は非常に多機能で、例えば「地図」なら初めて来る土地でも即座に周囲の地形を読み取って一秒足らずで地図を作成してくれる。携帯電話として知り合いと通話したり、通話ができない場合はチャットでのやり取りもできる優れものだ。

 レイナたちは端末の地図を見ながら、アークスロビー・ゲートエリアに存在する施設の位置確認を始める。

 まずは任務を受注するためのクエストカウンター、これは二箇所あり、スペースゲートを挟む形で設置されている。どちらも受注できる任務は変わらない。

 そして左側カウンターにはもうひとり職員がいる。日替わりで上層部からの依頼を出しているデイリーオーダー管理官だ。報酬が良いものが多く、毎日利用しているアークスは少なくない。

 クエストカウンターの反対側には、各クラスごとのスキルなどの管理・第三世代向けのクラス変更などの手続きを行うためのクラスカウンター、そして最後に怪我の治療などを行うメディカルセンター。そこに三人がやってきた時、一人のアークスと思われる少年が歩いてきた。年齢的にはレイナと同じか、少し下と見える彼はメディカルセンターに用がある様子だ。

 

「フィリアさん、来ましたよ」

 

 少年はそう言うと、扉が開いてナース服を着た女性が出てくる。彼女が少年の言うフィリア、メディカルセンターにて看護官を務めている人物だ。その後ろからは真っ白な裝束を身にまとったツインテールの少女が怖ず怖ずと出てくる。

 彼女も試験で怪我などをしていたのだろうか、などと思っているとフィリアと呼ばれる女性がレイナたちに気付く。

 

「あ、ごめんなさい。メディカルセンターにご用ですか?」

「いえ、あたしたち新人で、ロビーを見て回ってただけです」

「へえ……じゃあおれと同期か……ああ、それで。さっきの子は大丈夫なんですか?」

「身体的な問題は特に見られないのですが、ほとんど喋る事もなくて……」

 

 そのまま話し込む少年とフィリア。どうやら何か込み入った事情があるらしい事を察したレイナたちは、メディカルセンター近くに設置されたベンチに座り、少し休憩する事に。

 そこで、白いツインテールの少女を見てイヴは「あの白い服を着た人……妙ですね」怪訝な表情でそうつぶやいた。

 

「大胆だよね。レイナほどではないけど……その、ろ……露出度が……」

「動きやすくて良いよ? これ」

「いや、服の話でなく……わたしもよくわからないんですけど、あの人には何かがありそうな気がして」

「ふぅん……? あたしは別に何も感じなかったけど」

「ボクもそう思う。イヴの考えすぎじゃないかな?」

「だと良いんですけどね」

 

 しばらくして、少年はメディカルセンターから立ち去り、そのままレイナの元にやってくる。白いツインテールの少女は、落ち着かない様子でフィリアと共にメディカルセンターの中に戻っていった。

 それを見送ると、少年が今度は手を挙げながらレイナたちの前にやってきて、声をかける。

 

「さっきは挨拶しそびれて悪かったな。君たちも新人なんだろう?」

「ああ、うん。そうだよ。あたしはレイナっていうんだ、よろしくね」

「わたしはイヴといいます」

「ボクはセツナ、よろしくー」

「おれはユウってんだ。お互い新米って事で仲良くしようぜ」

 

 ユウと名乗るアークスの少年と、レイナたち三人はすぐに打ち解け、他愛のない世間話で盛り上がる。しばらく話し込んだあと、ユウはロビーを見て回るという事でその場を立ち去った。

 レイナたちも次はどこへ行こうかと話し合っている途中、イヴが大きく口を開けて欠伸をする。すぐにハッとして口を閉じ、手で口元を覆い隠すが、目元に涙をためて、かなり眠そうな顔をしている。

 

「眠そうだね、イヴちゃん」

「……今日はいろいろあって疲れてるんです」

「確かに大変だったねぇ、今日は。あたしはお腹空いたな……」

「ボクもお腹空いちゃったなぁ。何か食べに行く?」

「わたしはもう限界なので部屋に行きます……食事なら二人でどうぞ」

 

イヴは眠そうに、また大きな欠伸をしてその場を立ち去り、マイルームに通じるテレポーターへ向かった。残ったレイナとセツナは食事をとるため市街地に降りて行く――。



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Chapter 2

波乱の認定試験を終え、アークスロビーを見て回ったあと、疲れてマイルームへと向かったイヴ。残ったレイナとセツナは、腹ごしらえに市街地へと降り、適当な飲食店に入店、席について一息つく。

 

「アークスロビーにも飲食店があれば良いんだけどなぁ」

「確かに、いちいち市街地に降りるのって面倒だよね。ショップエリアに売ってるレーションは不味いっていうし」

「うげえ……どうせなら美味しいものが食べたいよねー」

 

 つぶやきつつ、メニューを手にとって数秒眺めたあと、とりあえず生ビール的な感じで店員を呼んで十品ほどを注文するレイナ。思いもよらぬ行動でセツナは呆気にとられてしまう。その内容はボリューミーなものから、小皿程度のものまで様々。とても一人で食べる量ではないように見える。

 もしかしたら自分の分も注文したのではないかという可能性を考慮して、問いかけてみるが――。

 

「そ、それって……一人で食べるんじゃ、ないよね……?」

「え? いやいや、まさかー」

「あ、そ……そうだよね。あはは」

「一人で食べるに決まってるじゃん!」

「ええー……」

 

 上げてから落とされてしまった。

 しかもレイナの食べる速度は尋常じゃなく、ほとんど噛まずに飲み込んでいるのではと錯覚させるほどのスピードで、大量の料理が次々と胃の中に吸い込まれていく。さながらブラックホールのようだ。

 

「ずいぶん食べるね……レイナ」

「んー。もぐもぐ……んっ、ふう。ご飯食べて筋トレして寝る! アークスの鍛錬はそいつで充分ッ!」

「ちょっとばかり食べ過ぎだと思うけど」

 

 そうこうしているうちに最初の十品を平らげてしまった。だがそれでは満腹にはならかったのか、再びメニューを手にとって、さらに料理を追加注文する。

 子供に人気のハンバーグとオムライスを初め、店自慢の自家製スープを使用したラーメン、そして海洋区画で養殖されている魚をふんだんに使った海の幸セットまで。正気を疑うほどの量に、セツナも言葉を失うレベルだった。

 

「ホント……食べ過ぎじゃない……? 大丈夫なの?」

「まだまだ三割ってとこかな。よゆーよゆー」

「マジか……」

 

 彼女の食べる量には、もう何も言うまい。そう心に決めたセツナも適当に料理を注文、そうして食事を終えた二人は店を後にして、アークスロビーに戻るため歩き始める。

 その道中、セツナはふと思い出したように、こんな事をレイナに問うた。

 

「ねえ、レイナ……君はどうしてアークスになろうと思ったの?」

「また藪から棒だね」

「そこまで鍛えたからには、強い信念……みたいなのがあるのかな、と思ってさ」

 

 そんな大それたものじゃないよ、と謙遜しつつ、昔の事を思い出しながら、アークスを目指すようにあった経緯を話し始めた。

 

 

 

 レイナの父親ルイトは、若い頃からアークスとして日夜ダーカーと戦い続けていた。その実力は六芒星にも匹敵しかねないものだと噂され、用いていた武器から「聖剣士」という異名で呼ぶ者も多かった。

 常に前線に立って、味方の士気を上げる切り込み隊長な役を担って縦横無尽にエリュシオーヌを振り回す姿は、まさに聖剣士の異名に相応しいものだったのだと、レイナは今でも思っている。その戦っている姿は、一度で良いから見てみたいものだった。

 アークスの仕事が忙しく、ルイトが帰ってくるのは月に一度あるかどうかというくらいだったが、それでも良かった。帰ってきた時にはいつも、アークスでの事をいろいろ聞かせてくれたから。思えば初めてアークスとしての活躍を聞いた五歳の頃から、すでに憧れを抱いていたのかもしれない。

 しかし。

 

「レイナね、大きくなったら、パパみたいな立派なアークスになるの!」

 

 なんて言ったら、やんわり反対されてしまった。母アルカからも同様に。大事な一人娘を危険な戦場に立たせるなんてできないと。だがレイナは納得できなかった。「パパは今もアークスとして戦ってるのに。パパは大事じゃないの?」そんな疑問が幼かった彼女を動かした。

 だからこっそりと、友達と遊んでくるなどと適当な理由をでっち上げて家を出ては、一人でトレーニングに勤しんだ。そして三年後――「二二八事変」が発生、ルイトとアルカはレイナの前から姿を消した。

 最初は哀しかったが、それでもアークスになる事を諦めはしなかった。逆境に挫けるなと、自分に言い聞かせながらひたすら己を鍛えた。そして十歳になる頃には、昔はとても持ち上げる事ができなかった父の形見――エリュシオーヌも軽々と持てるようにもなった。

 十五歳になり、中学を出たらすぐに研修学校に入学。より一層自分を追い込んで、一心不乱にアークスになった未来の自分を追い続けた。

 

「君のフォトン敵性は標準的ながらも、武器を扱う才能と身体能力は素晴らしい! 一体どこで習ったのかね、その剣術はッ!」

 

 研修学校で初めての実地訓練に於いて言われた教官の言葉は嬉しかった。

 研修学校の教官たちはみな現役のアークスでもある、そんな人物が言うのだから鍛えた甲斐はあったと思う。「この剣術もトレーニングも全部独学ですよ」と笑いながら言ってやった時のあの唖然とした顔は、今でも忘れない。

 そんな人並み外れた身体能力と武器を扱う技術から、レイナを狂戦士と呼ぶ人間が現れ出して――最初はやめるように言ったものの、何を言っても収まらないためすぐに諦めた。

 アークスになるために研修学校に通っているのだから、余計なものは一切いらない。ただ卒業と同時に行われる認定試験に合格する事だけを目指せば良い。それだけを考え、以降もトレーニングを続け、訓練も全力で挑み、座学では疲れを取るために睡眠。完璧な研修生ライフを終えて、昨日ついに長年夢に見たアークスになる事ができた。

 なぜそうまでしてアークスになりたかったのか――それはきっと、彼女の意地だ。最初に両親から反対されたのが、悔しかったから。ほとんど意地で鍛え続けて、ここまで来たのだとレイナ自身も思っている。

 

 

 

「なるほどねー。この体にも納得、それだけ鍛えてればねぇ」

 

 レイナの話を聞いて腹筋を撫でながら、セツナが感心したような声を漏らす。その触り心地はなかなか新鮮なものらしく、スベスベな肌にゴツゴツしすぎない程度の腹筋。相性は抜群だと絶賛される。

 腹筋を褒められた事など初めてで、妙な気恥ずかしさがある。

 

「うう………も、もうやめない……?」

「ごめん、もうちょっとだけ……ボク、女の人のこういう程よい筋肉って好きなんだよね」

「変わった趣味してるね……セツナちゃん。しかも異性じゃなくて同性ってとこがまた……」

 

 未だ腹筋を撫で続けるセツナにそう言うと、手を止めてぽかんとした表情でレイナの顔を見返す。何か変な事でも言ったのかと問うと、セツナは重大な何かを思い出したかのように声を出す。

 おっかなびっくり、今度は何かと今一度問いを重ねるレイナ。すると彼女の口からとんでもない言葉が飛び出した。

 

「いやー、すっかり言うの忘れてたよ。実はボク男なんだ」

「……はい?」

「だから、ボクは男なんだよ。見た目じゃわかんないだろうけどね。はい、これ証拠」

 

 そう言ってレイナの眼前に突き出したのは、アークスカード。今日イヴも含めた三人一緒に管理官のコフィーから受け取ったものだが、それには名前の他に管理IDや性別などが記載されている。そしてセツナが差し出したカードの性別欄を見ると「male」――つまり男性という表記があった。

 どう見てもセツナは女の子だ。顔立ちはもちろん、髪型から背格好、服装までもが少女のそれと遜色ない。だというのに性別が男という事実。レイナの脳内はすでにパンク寸前だった。

 

「なんだったら、スカートの中見てみる?」

「えっ!? いや……や、やめとく。もし本当に男の子だったら……アレが、あるわけでしょ……? 流石にそれは、ちょっとね……うん」

 

 柄にもなく顔を真っ赤にしたレイナにやんわりと断られたセツナ本人は、なぜか残念そうな顔をした。「もしかして本当に見せるつもりだったの?」とツッコミを入れそうになったが、ドツボに嵌りそうだったため、敢えて口にはせず胸の内にしまっておく。

 

「ちなみにそれって、偽造じゃないよね?」

「現役アークスなのにアークスカードを偽造するわけないよ。しかも性別を詐称するためだけになんておかしいでしょ」

「……じゃあ、やっぱり男の子なんだ。セツナって」

「呼び捨てになっちゃった」

 

 男の子にちゃん付けするのはおかしいでしょ、と一蹴。その通りではあるが、何となく寂しい気持ちになるセツナであった。

 しかし、本当の性別を知った今なお彼女――もとい彼が男性であるなど、レイナにはとてもじゃないが信じられなかった。頭のてっぺんから足の爪先まで、どう見ても女の子にしか見えないというのに。

 次の瞬間、気付いた時にはひとつの疑問が口をついて出ていた。

 

「なんで、女装しようなんて思ったの?」

「見ての通り……昔からボクは中性的な見た目でね。いじめられてた事もあって、コンプレックスだったんだけどさ……」

 

 幼少の頃から中性的な顔立ちで、身長もそこまで大きくならず、体型も痩せ型。この事からよくいじめを受けており、セツナはこんな中途半端な見た目に生まれてしまった事を恨んでいた。しかしアークス研修学校に入学する少し前に、ネット上で「男の娘」というものを知る。わかりやすく言うならば、それは「女の子にしか見えない男」。

 それを機に、自分も女の子のような格好をすれば良いのではと思い立ち、簡単な化粧道具から女性用の服などを買い漁りいざ女装をしてみると、似合うどころか高すぎる完成度に言葉を失うほどだった。

 

「女装を始めてからはもうずっとこんな感じ。男物の服なんてずっと買ってないよ」

「へぇ……確かに、どっからどう見ても女の子なんだよね。セツナって」

「そう言ってもらえると嬉しいー。あ……一応言っておくと、これは好きでやってるだけで、別に変な趣味とかはないからね。恋愛対象も普通に女性だから」

 

 そう断言されたものの、よしんばセツナに変な趣味があったとしても、レイナはそれを笑ったりはしないと考える。なぜなら友人だからだ。友人の趣味を笑ったりなどしないし、趣味が悪いからと言って友達を辞めたいなんて思う事もないだろう。

 そこで、先ほどアークスになった理由について話していた事を思い出し、セツナの方は聞いていなかったため、話を切り替えて改めて問いかけてみた。

 

「え? ボクがアークスになった理由?」

「あたしだけ話してるのは不公平でしょ? だからセツナのも聞かせて!」

「ボクのなんて、それこそ大したものじゃないけどね~」

 

 

 

 セツナがアークスになろうと思った理由、それは端的に言って自分のためだ。

 彼は元々、泣き虫で弱虫だった。これは先も言っていた事だが、子供の頃はその風貌のせいでいじめられる事も多く、そのたびに一人で泣きじゃくって、誰にも相談ができなかった。体力もなかったため、友人と遊んでいてもすぐに息が上がり、外から皆が遊んでいるのを眺めている事が多かったのだ。

 そんなある時、TVで見たアークスの広報CMでその存在を知り、「ボクもアークスになれば、弱い自分を乗り越えられるかな」そう思った。単純過ぎるが、それ以外に良い方法は思いつかなかったのだ。検査を受けてフォトン敵性も充分という事を知った彼は、すぐさま研修学校に入学を決意、体力作りなどトレーニングや、学校での授業も全力で打ち込んだ。

 そして今日。ついに迎えたアークス認定試験――彼は友人とパーティーを組んだのものの、セツナを除いた三人は全員死亡という最悪の状況に陥ってしまう。

 ダガンの爪で八つ裂きにされる仲間を目にして、何もできなかった。皆を助ける事も、武器を取って敵を倒す事も。足がすくんで、動けなかったのだ。情けない話だが、これがセツナという人間なのだ。

 何もかもを諦めて、その場に座り込もうとした、その時。

 

「セツナ……お前だけでも、逃げろ……」

 

 最期の力を振り絞って、友人の一人がセツナに言った。直後に彼は息絶え、当然ダーカーたちが次に標的と定めたのはセツナだった。

 その矢先、座り込もうとしていた脚をブン殴って、その場から逃げ出した。最期に遺した彼の「逃げろ」という一言を背負って、ただひたすらに逃げ続けた。道中に現れたダーカーなども、適当に武器を振り回して倒しながら、兎にも角にも全力で走った。

 そうして自分でもよくやったと褒めてやりたいくらいの距離を走り、十数分。ところが鍛えたとは言ってもいつかは限界が来るもの。体力が尽きかけて休憩しようと木陰に入った瞬間、奇をてらっていたかのようにダーカーは現れた。もう無理だと、膝をつきそうになった。しかしセツナは、彼らの命を背負って今生きている。こんなところで死んだら、自分に全てを託して死んでいった彼らに、顔向けできない。そう思い、木の上に登ってやり過ごそうとする。

 その際に偶然通りかかったのがレイナとイヴだ。

 二人に助けてもらった事で、余計に自分は強くならなければと思うようになった。助けられるだけじゃなく、誰かの助けになりたいと。



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Chapter 3

「助けられるだけじゃなくて、誰かの助けになりたい……か」

 

 そういう事を、レイナは今まで考えていなかった気がする。

 最初にアークスになりたいと言った時に両親から反対されたのが悔しくて、絶対にアークスになって生き延びてみせるという意地だけで今日まで過ごしてきた。そんな彼女にとって、アークスというのは目指すべき目標でしかなかったのだ。

 しかしアークスとは、元よりダーカーを滅ぼして宇宙の平穏を取り戻すために存在。セツナの考えは至極正しいものだと感じた。

 

「ボクらがダーカーを倒せば、それだけ助けになる人がいるんだよ」

「そっか。そういう考え方も……あるんだね」

 

 貴重な話を聞いた事で、レイナの中でのアークスとしてどう生きていくかという思いは徐々に変化し、固まりつつあった。

 その後セツナとは別れ、彼の話をもとに今後の方針について考えつつ、マイルームで休むためテレポーターに向かったレイナ。そこでまたもや紆余曲折があったものの。

 そしてレイナたちが無事アークスになる事ができた翌、二月二一日の早朝。疲れから、まだ早い時間に配備されたばかりの部屋に戻って眠っていたイヴが、妙な狭苦しさを感じて目を覚ます。

 

「んぅ……ベッドが狭い……」

 

 事前に購入しておいたベッドは、二人分ほどのスペースがあったはずなのだ。それがやけに狭く感じて一度起き上がろうとブランケットを取っ払った矢先、目に飛び込んできたのはすぐ隣でぐーすか寝息を立てて気持ちよさそうに寝ているレイナの顔だった。

 寝起きで幻覚でも見ているのかと、寝ぼけ眼をこすってもう一度そこへ目をやると、やはり黒いジャージを着て寝ているレイナがいる。見間違いではない。

 

「な、なんでこの人が……他人の部屋に勝手に上がり込んだ挙句、ベッドに潜り込んで寝るとは……いい度胸ですね」

 

 斬り殺してやろうかと自分の武器を取り出そうとした時、レイナも目を開ける。しかし、寝惚ているのかイヴの存在には気付かず、ブランケットを頭まで被って二度寝しようとする。

 その様を見て、イヴの中で何かが切れた気がする。

 ブランケットを引っ剥がしてレイナをベッドから叩き落とすとすぐさま目を覚まし、右を見て左を見、そしてベッドの方に視線を移した事でようやくイヴの存在に気づく。

 

「あれ、なんでイヴちゃんがここに……?」

「はあ……それはこっちの台詞です。なんでわたしのベッドで寝てるんですか」

「ていうか……イヴちゃん、なんでそんな格好なの?」

 

 突然投げかけられたその問い。イヴは一瞬何の事なのかと、彼女の言葉を理解できなかったがふと自分の姿に目を移すと、その格好は下にショーツを一枚穿いているだけ。他には何もまとっていない、まさしく「パンツ一丁」という姿だったのである。

 ようやく自覚した途端に顔を真っ赤にし、そしてペッタンコな胸を隠しながらベッドから飛び上がると、レイナに蹴りを見舞った。流星の如き強力な一撃は、彼女を気絶させるには充分であった。

 そんなこんなで着替えたイヴとレイナは、一旦ロビーに移動する。

 

「常に無表情でクールビューティーなイヴちゃんに、あんな一面があったなんてね~」

「わ、わたしがどんな格好で寝ていようと、あなたには関係ないじゃないですか……」

「まーそうだけどさー……ところで、その『あなた』って呼び方どうにかならないの? ま、夫婦みたいで、それはそれでアリだけドフオッ!?」

 

 夫婦という言葉に、またもや顔を真っ赤にしたイヴは、これまたレイナの腹にバックハンドスマッシュのような裏拳を叩き込む。それを受けて吹っ飛んだ彼女は再び意識を失ってしまう。

 夫婦云々はともかく、レイナの疑問は当然の事だ。イヴは彼女と出会ってからというもの、一度も「レイナ」という名前を呼んでいないのだから。それが気になったがために問いかけたのだが、余計な一言でその質問を忘れてしまったイヴは未だ顔を赤らめ何やらブツブツと独り言をつぶやいている始末。

 しばらくして、目を覚ましたレイナを連れ、イヴはロビーから市街地に降りていく。

 

「うう~お腹いたぁ……ほんと、イヴちゃんは可愛いのう……それで、市街地なんかに降りてきてどこ行くの?」

「朝食ですよ。昔からお世話になっているお店に行くんです」

「へえ、イヴちゃんのおごりで?」

「何言ってるんですか? おごるわけないじゃないですか」

「ええ~~~、ケチンボぉ」

 

 唇を尖らせてぼやくレイナを「ケチで結構です」と適当にあしらって、徒歩での移動が数分続いたのち、イヴが足を止める。釣られてレイナも足を止め、彼女の目線を追うと、その先には所々錆が目立つ看板や、ボロボロの暖簾が目を引く小さな建物があった。

 周りの風景とはまるで噛み合っていない、そこだけが世界から切り離されているかのような佇まい。それが逆に魅力的で、吸い込まれるように立ち入ってしまいそうな飲食店。ここがイヴの言う「昔から世話になっている店」だ。

 

「なんか変わったお店だね。まだ七時過ぎだけど開いてるの?」

「開店時間はまだ先ではありますが、大丈夫ですよ」

 

 見て呉れはこんなだが料理の味は本物という、イヴの太鼓判で期待が高まる。

 引き戸を開けて暖簾をくぐり、店内に入るとその音に気付いた店主らしき男が奥から出てくる。短めの髪をオールバックにして頭にはハチマキ、鋭い目つきに無精髭を生やしたその姿を目にした瞬間、レイナは若干後退ってしまう。逆にイヴは見慣れているのか、全く動じない様子だ。

 しかし、そんな見た目に反して、店主の男はイヴの顔を見るなりぱあっと笑顔になる。

 

「おうおう、イヴちゃんじゃあねーか! よくぞ帰ってきたな!」

「どうも、レイジさん。おはようございます」

 

 レイジと呼ばれた店主の男はイヴに歩み寄り、目映いばかりの笑顔で肩をバンバンと叩きながら高笑いしている。来店を歓迎しているというよりは、帰宅した娘を出迎えている父親のようだ。そしてレイナはというと相変わらずタジタジな様子で、レイジにバンバン叩かれているイヴの肩を心配そうに見つめている。

 すると、初めて見るレイナの存在に気付いたレイジが、手を止めてイヴに問いかける。

 

「ん……こっちのエロい姉ちゃんは?」

「エロいって……この人は、ゆうじ――ゴホン。昨日アークスロビーで知り合った方です」

「今友人って言いかけたよね!? なんで言い直したのッ!?」

「ほうほう、あんたはイヴちゃんの友達か! オレぁレイジってんだ、よろしくな!」

「えっ、あ、えっと……こちらこそ、あたしはレイナです」

 

 ニカッと真っ白な歯を輝かせて握手を求めるレイジに対し、レイナはやたらと引きつった笑顔で手を握り返す。

 彼女は明るく快活で、誰に対しても仲良くなれるようなタイプではあるが、レイジのような人種には滅法弱いのだ。悪い人ではないというのは何となく感じるものの。

 そんなこんなで、なぜか上機嫌すぎるほど上機嫌な様子のレイジは二人をカウンター席に案内して座らせる。彼も調理場に移動して料理の準備を進める最中に、レイジがふと口を開いた。

 

「そういやイヴちゃん、アークスの試験とやらはどうだったんだい?」

「ああ、今日はその報告も兼ねて来たんです。試験については色々ありましたけど、無事に合格しました」

「そうかそうか、よかったなあ! ようし、そんなら今日はオレの奢りだ、レイナちゃんもたんと食っていきな!」

 

 気前よくレイジは言い放つ。イヴはお言葉に甘えて、と出された水を飲みながら答える。そんな彼女の横顔と料理の準備をするレイジの背中を交互に見ながら、レイナは未だ困惑している様子。

 奢りと言われ、流石に申し訳ないから断ろうとも考えたが、それは憚られた。このレイジにそんな事を口にしようものなら、ここでデッドエンドになりそうな予感しかしなかったため、喉元まで出かかっていたその言葉をなんとか引っ込める。

 鉈などを持ち出して「オレの飯が食えないだとォッ!!」と言いながら首を落とされそうだ――とレイナが変な想像をしていると、左に座るイヴが小声で話しかけてくる。

 

「そんなにレイジさんが怖いんですか? 十中八九、あなたが考えているような人ではないと思いますよ」

「そ、そんな事言ってもなぁ……怖いものは怖いんだよ……」

「まあ、顔は怖くない事もないかも知れないですけど……でも、このレイジさんはわたしの恩人でもあるんです」

「恩人……?」

 

 水を一口飲んで、イヴは静かに語り始める――。

 

 十年前――「二二八事変」が起きた日の事。

 あの日イヴは、気付けば市街地のド真ん中に突っ立っていた。それだけでなく、何も覚えていなかったのだ。自分は何者なのか、何をしていたのか、なぜここにいるのか。記憶の何もかもが欠落した状態で、街を歩き始めた。行く宛など当然なかったものの、このままジッとしていては危険だと本能で感じたから。

 しばらくすると、アークスシップに襲撃してきたダーカーの反応がすべて消失、シェルターに避難していた一般市民たちが次々と出てくる中、一人トボトボと歩くイヴには誰も見向きもしようとはしなかった。だがそんな中でたった一人だけ、彼女に声をかけてきた男がいた。――それがレイジだ。

 当時はまだ二〇代で、今のように髪はオールバックにしていなかったし、無精髭も生えていなかった若かりし頃のレイジが、孤独のイヴに声をかけたのだ。

 

「よう、お嬢ちゃん。こんなとこで何やってんだ? パパやママは一緒じゃあないのか?」

 

 まだ小さかったイヴに屈んで目線を合わせ、レイジは恐怖心や警戒心を与えぬよう笑顔で話しかけたのだが、しかしそれでも彼女は何の反応も示さず、無表情のままだった。逆に「なぜ自分に話しかけてきたのか」そんな疑問を抱いているとさえ感じた。

 彼はもう一度両親は一緒じゃないのかと問いかけると、イヴはようやく小さい口を開いた。

 

「知らない……なにも、覚えてないから……」

「ああ? うぅ~~ん……いろいろと、複雑な事情がありそうだな。よし! じゃあ、そうだな。お嬢ちゃん、腹減ってないか?」

 

 レイジの問いかけにイヴは数秒置いて無言で頷いた。

 そうして彼女を自宅に連れ帰ったレイジは、お腹を空かせた彼女のために昔から得意だった炒飯を作り、食べさせた。得意とは言っても、レイジ自身はまだまだ未熟だと思っていたその料理を食べたイヴは、表情には表さなかったものの「美味しい」と率直に感想を述べた。

 

「そうかそうか、美味しいか! そりゃあ作った甲斐があるってもんだ!」

 

 夢だった自分の店を開くまでは他人に自分の料理を振る舞うつもりがなかったレイジだったが、イヴの美味しいという言葉を聞いて俄然やる気が出てきた。相手が子供でも、自分の料理を美味しいと言ってくれたことが嬉しくてしょうがなかったのだ。

 その後、料理を食べ終えたイヴに事情を聞いた。素直に話してくれたところが少し意外だったが、幼いながらも妙に悟ったように話す彼女を非常に気に入ったレイジは、帰る場所がないのなら今日からここで暮らせと提案する。

 当然、そんな言葉を耳にしたイヴは疑問に思うしかなかった。

 

「……え?」

「聞こえなかったか? 帰る場所がないんなら、今日からはここで暮らせば良い!」

 

 この人間が何を言っているのか理解できなかった。記憶がない自分に対してここで暮らせと言ってきた彼に対する疑問は尽きなかった。当然のように問いかけた。「どうして?」と。

 するとレイジもまた、然も当然のように、何ひとつ歪みのない、純粋な心でこう答えた。

 

「自分が誰かもわからない、帰る場所もない。そんなんでこれからどうしようってんだ? 宛もなく外うろつくよりここにいた方が良いだろうよ」

 

 対するイヴは、きっと何を言ってもこのように返されるのだろう。何度断っても無駄だろうと悟り、彼の家で暮らす事にした。とは言え嫌々その言葉に従ったというわけでもない。

 家族の温もりというものを知らないイヴに、レイジはそれを与えてくれそうな気がしたから。何も根拠なんてなかった、ただ直感でそう思っただけ。

 それから十年間、レイジはイヴの事を実の娘、あるいは実の妹、もしくはその両方として養ってきた。毎日スキンシップは激しいし、いちいち食事をとったあとは感想を聞いてくるし、うんざりしない事もなかったがそれでも、そんなレイジの態度はどうあっても嫌にはなれなかった。

 家族がいる事の幸せさを教えてくれた彼に、どうして冷たい態度が取れようか。

 

 

 

「――という、わたしとレイジさんの馴れ初めでした」

「……そんな事があったんだ」

「はっはっはっ! まった懐かしい話だなあ! ほい、そうこうしている内に完成だ」

 

 レイジは照れくさそうに笑いながら、できたての料理を二人の前に置く。

 レイナはイヴの昔話を聞いて、またひとつ彼女の事を知ることができたのを嬉しく思うと同時に、レイジに対する認識を改める。まだぎこちなさは残っているが、先ほどよりは幾分かマシに彼と対話をできるようになった。

 それにしても意外なのは、イヴが自身の過去を話してくれた事。昨日はあれだけツッケンドンな態度だったのが、まるで別人のようだと感じるレイナであった。

 それからもまた他愛のない話をしつつ、レイジが作った朝食を食べ終えた二人、彼に見送られながらアークスロビーに戻っていった。



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Chapter 4-1

 イヴの育ての親・レイジの店で朝食を済ませたレイナたちは程なくしてアークスロビーへと戻った矢先の事だった。

 何やらイヴがモジモジしながら、怖ず怖ずとした様子でレイナに声をかける。

 

「……あの。これからその、肩慣らしも兼ねて……に、任務に行こうと、思うんですけど……一緒にどうですか?」

 

 なぜが顔を赤らめながら上目遣いで言われ、レイナの心はとてつもなくときめいてしまった。昨日はあれだけパーティーを組むのを嫌がっていたのもあり、余計に心打たれる。

 まるで小動物のような可愛らしさに、是が非でも同行させてほしいと断言したいところではあったのだが、しかしすでに今日の予定は決まっていたのだ。

 

「せっかくだけど、今日はダーカーの反応が少ないエリアに行ってみるよ。昨日の事……何かわかるかもしれないから。ごめんね」

 

 認定試験の最中に現れたダーカーの大群。あれはどう考えても異常事態に他ならない。今さらになって侵食されたとして、なぜ昨日というタイミングで現れたのか、それがとても偶然とは思えなかったのだ。まるで何かに呼応するかのように出現したとも思える。

 今日は一旦ダーカーの反応が小さいエリアに赴き、調査を行うというのがレイナの計画だ。

 

「そ、そうですか……じゃあ、今日は別行動ですね」

「もしかして寂しい?」

「……さ、寂しいわけないじゃないですか。寝言は寝てから言ってください」

 

 相変わらずのこの反応にも、レイナは慣れてきた様子で頭をくしゃっと撫でて、手をひらひらと振りながらその場を去っていく後ろ姿を、イヴはやはり寂しげに見送る。

 だがしかし、こればかりは仕方がないと諦めて、クエストカウンターにて任務の受注手続きを行い、スペースゲートからキャンプシップに乗り込む。そしてすぐにナベリウスへ到着、地上に降下するも、その周辺では雨雲が停滞しているのか、激しい雨が降っていた。

 

「すごい雨……これじゃあ、原生生物はほとんどいないかもしれないな……」

 

 遠くの方からは落雷の音も聞こえる。このような天気では原生生物はほとんど洞窟かどこかに隠れているだろうが、それでもダーカーは際限なく湧いてくる。このまま引き返すというわけにもいかない。

 イヴはずぶ濡れになりながらもダーカーを探して、緑地エリアを突き進む。その道中、前方に見える大木の根本で座っている人間を発見する。

 

「あそこにいるのは……試験でわたしたちを助けてくれた……」

 

 そう、認定試験でイヴたち三人をダーカーから助けてくれたアークスの男だった。雨宿りでもしているのか、大きな木の根本に座り込んで、じっと薄暗い空を見つめている。

 イヴは試験での礼を言おうと、男の元に歩み寄る。その足音で彼女の存在に気付いた男に、軽く会釈して口を開く。

 

「こんにちは。試験であなたに助けていただいた者です、覚えていますか?」

「ん……ああ、君の事はよく覚えている。どうだ、少し話していくか?」

 

 突然の提案に、イヴは驚いた。

 ただ昨日助け助けられたという間柄なのに、なぜそんな提案をしてくるのかという疑問はあったが、断るのも気まずいため言われるまま、イヴは男が手のひらで軽く地面を叩いたその位置に座る。

 しかしながら、話していくかと急に言われても何を話せば良いのかわからない。イヴは一人うんうんと悩んでいると、男が顔を見つめて来ていた事に気付く。

 

「……わたしの顔に何かついてますか?」

「あ、いや……すまない。昨日もそうだったが、おれの妹によく似ているなと……思っただけだ」

「わたしが、妹に……ですか?」

「ああ。何年も前にいなくなった妹にそっくりだ。……ほら、似ているだろう?」

 

 そう問いつつイヴに見せた写真には、病院のベッドに腰掛けて小さく笑む女の子の姿があった。言われてみると、自分と似ている――そんな印象をイヴは感じた。

 同時に何年も前にいなくなったという言葉で、十年前の事を思い出す。彼の妹も十年前に死んだのか、と考えているとそれが顔に出ていたのか、男は「二二八とは関係ない」と言った。

 

「ではなぜ――」

 

 なぜいなくなったのか。そう問いかけそうになった。だがそんな事を聞いても自分にメリットはないし、彼にとっても辛い記憶だ。それをほじくり返すなんて真似はあまりしたくないと、出かかっていた言葉を飲み込む。

 そんな彼女の気遣いを察したのか、男は小さく笑った。

 

「……気遣いはありがたいが、もう過ぎた事だ。気にしないで良い」

「だとしても、あなたにとって妹の死は辛い出来事でしょう。そのトラウマをほじくり返すなんて下卑た真似はしたくありません」

「はは、君は優しいな……いよいよもって妹に似ているように思えてくる」

 

 他人なんてどうでも良い、誰が近付いてこようと問答無用で突き放す。今までそれを貫き通してきたイヴが、他人を思いやっている。その事に自身の事ながら驚いていた。まったくの無意識で今の言葉を発していたのだ。

 一昨日までの自分ならば「他人がどんなトラウマを持っていようとどうでも良い」と切り捨てていただろうに、これもすべてレイナという底抜けに明るい太陽のような少女と出会ってしまったのが原因なのか――と考えていた矢先。まだ自分の名前を名乗っていなかった事を思い出して、イヴは話を切り替える。

 

「自己紹介がまだでした。わたしはイヴと申します」

「イヴ……やはり名前は違うな。まあ……当然か」

「……これは、わたしが唯一覚えていた事ですから」

 

 イヴには十年前より以前の記憶が一切ない。医師の診断によると失っているのは「エピソード記憶」――これは宣言的記憶の一部であり、事象(イベント)の記憶である。この記憶には時間や場所、その時の感情が含まれる、いわゆる「思い出」を司る記憶だ。

 ものを食べる際に使う箸やナイフ、フォークといったものの存在は「意味記憶」として、そしてそれらの使い方は「手続き記憶」として覚えているが、しかしそれを覚えるに至るまでの「経緯」や「いつ」「どこで」覚えたのか、そしてその時の「心情」までもを丸ごと忘れてしまっている状態なのだ。

 十年前。市街地で独りぼっちだったあの時、唯一覚えていたのが自分の名前だった。何者なのかわからないがそれでも、自分の名前が「イヴ」であるという事だけは明確に覚えていた。

 

「そうか、記憶が……おっと、すまない。おれはシーザーだ。よろしく頼む」

「はい、よろしくお願いします」

 

 雨宿りをしながら、シーザーと他愛もない会話を続ける。それにしても、と考える。彼は自分に対して、やけに好意的な印象があるのはなぜか。それはただ妹に似ているからというだけなのだろうかと。

 シーザーの妹がいなくなったという話も気になる。先ほどはああ言ったものの。そうして一度気になり始めると、まるで喉に魚の骨が刺さっているかのような心地の悪さを感じてしまい、ついには言葉として口に出してしまっていた。

 

「……あの。手のひらを返すようで、申し訳ないんですけど……やっぱり、聞いても良いですか? 妹さんの事を」

「気になるんだな……まあ、おれがあんな事を言ってしまったせいもあるだろうがな。いいぞ、話してやろう」

 

 

 

 シーザーの妹――シャーリーは生まれつき難病を患っていた。そのため体が弱く、担当医からはもって数ヶ月の命と申告されていた。ただフォトンを扱う素質が非常に高いという事でキャストへの改造を勧められたのだが、シーザーとその両親は提案を拒否。当然改造を受けなかったシャーリーの身体は日増しに衰弱していき、日々の治療も虚しく五歳になった頃には言葉も発する事ができなくなっていたという。

 そんな中で突如として、病室からシャーリーの姿が消失する事件が起きた。目的は不明だが何者かによって誘拐されたと見て、すぐさま民間の警備組織に捜索を依頼したものの所在は一切掴めず、数年で捜索は打ち切られ行方不明からの死亡扱いとなってしまった。それはシーザーにとって、未だに忘れる事のできない事件だ。

 自力で手足を動かす事も儘ならず、人工呼吸器を使わなければ息もできず、あまつさえ言葉も発する事すらできないシャーリーが生き永らえる事は不可能だ。本当はそう思いたくなどないが、医師の懸命な治療も効かなかった難病を抱えているのだ。すでに死んでいるとみて、まず間違いなかった。事実は証明できない、それでも妹はもうこの世に存在しない――そんな予感があったのだ。

 

「非道い話ですね……一体誰が、何のためにシャーリーさんを……」

「怒って……いるのか……? 本当に優しいんだな、君は……」

 

 言われてはたと気づく。今しがた、自分は確かに憤りを感じていたのだと。

 昨日の今日で知り合って名前を聞いて、少し話した程度の仲である他人の妹に起きた事態に、どうしてここまで怒りを覚えるのか、自分でも理解できなかった。優しいなんて、自分では思った事などなかった。むしろその逆だと自覚しているつもりだったのに――イヴは自分で自分がわからず、頭を抱えてしまう。

 

「……情にほだされやすいのかも知れません。これでも同期の研修生を斬り殺しかけた事もあるんですけどね」

「き、斬り殺……ど、どういう事だ……?」

「この傷……その研修生に斬られたものなんです」

 

 そう言って「あるもの」を隠すため、敢えて伸ばしたままにしていた左側の前髪をかき上げる。すると見えてきたのは、左目付近に残った見るに堪えない痛々しい傷跡だった。

 そんな傷を負った所以はイヴが研修学校に入学して間もない頃に起きた事件にある。

 ナベリウスでの実地訓練中、デューマンの存在を快く思っていなかった同期の研修生に、武器で左目を斬られたのだ。即座に彼女も自らの武器で相手を斬り伏せようとしたのだが、教官によって止められ訓練は中止。左目から大量の血を流していたイヴはすぐさまアークスロビーのメディカルセンターに運ばれた。斬られる寸前に直感でまぶたを閉じていたため、幸い眼球は無傷だったが、大きな傷跡は消せず残ってしまったそうだ。

 イヴの目を斬った研修生は退学処分を受け、被害者でもあるイヴは反撃したものの命中はしなかった事と、加害者に非がある事から一週間の謹慎で済んだ。

 その事件は瞬く間に研修学校全体に広まり、以来彼女に近寄る者はいなくなり、自身も他人との関わり合いは避けるようになったという。

 

「別に反撃なんて、する必要はなかったと思いますけど……でも、どうしても許せなかったんです。デューマンは気味が悪いと、執拗に叫ぶ彼を……」

「確かに異質だな……見た目も、出自も謎が多い。だからといって迫害するようなのは良くないな。正直同じ人間とは思いたくない」

「わたしだって、好きでデューマンとして生まれてきたわけじゃないのに……」

 

 つぶやいたイヴの声色から、心に相当深い傷を負った事が窺える。

 物憂げな表情をして、左目の傷跡を指でなぞる彼女を、シーザーはほぼ無意識的に体を抱き寄せて「大丈夫だ」と、一言をかけた。

 突然の事で抵抗もできず、しかも相手が歳上の男性という事もあって困惑を越えてもはや恥ずかしさでいっぱいなイヴだったが、何とか声を絞り出して問いかける。

 

「あ……あの、何を……して……?」

「もし今後、イヴが謂れのない迫害を受けても、おれが守る。妹に似ているからじゃなく、友人としてな。だから大丈夫だ」

「友人って……まだ知り合って、一日も経っていないのに……そんな相手に、守るとか……お人好しにもほどがありますよ……」

 

 口ではそう言っていても、内心では嬉しいと感じていた。

 親代わりでもあったレイジはともかく、これまで他人と関わる事を自分から避けてきたイヴには、周囲に人間がいる状況がほとんどなかった。そんな中で知り合ったシーザー、セツナ、そしてレイナ――彼らといると、どうしようもなく温かい感情が芽生えてくるのだ。ただその想いを口にするのは照れ臭く、それを隠して冷たくあしらうような態度を取ってしまう自分が少し嫌になる。

 でも今なら、そんな感情も言葉にできる気がした。

 

「まるで、家族の温もりのようなこの暖かさ……ありがとう、お兄ちゃん」

 

 常に無表情だったイヴが、眩しいくらいの笑顔を浮かべて礼を述べた。それはシーザーにとっても嬉しくあり、別段言及するものもないのだが、ナチュラルに「お兄ちゃん」と呼ばれた事に疑問を覚えずにはいられなかった。

 妹のシャーリーにそっくりだという事もあって、違和感がないところも恐ろしい。だが彼女はただ似ているというだけで、妹ではない。血の繋がりもないのだ。

 

「別にこちらからこう呼べ、という指示はしないが……その呼び方はどうかと思うぞ」

「……は! ご……ごめんなさい。さっきのなし、忘れてください。今……すぐに……!!」

「わ、わかった。わかったから、そのアイアンクローの構えを解いてくれ」

 

 なぜいきなり、しかも無意識にシーザーの事を「お兄ちゃん」などと呼んでしまったのかわかりかねる。彼の妹の身に起きた事件に対して憤りを感じた事もそうだが、昨日の今日で変わった。そんな気がしたイヴであった。

 その時、突如辺りが光によって明るく照らされる。空を見上げると、雨もすっかり上がって雲の合間から太陽の光が差し込んでいた。

 

「ん……ようやく雨が上がったか」

「……誰ですか、そこにいるのは」

 

 立ち上がって伸びをしていたシーザーの隣で、前方の岩陰を睨みながらイヴが言う。何事かと、彼女の視線を追うと、岩陰から一人の男がのそりと出てきた。

 格好はアークスのそれと差異はないように見えるが、微かな「殺気」を感じ取り、咄嗟に長銃「インフィニットコランダム」を構え「何者だ。おれたちに何の用だ?」そう問うも、相手は飄々とした態度で不敵に笑んでみせた。

 

「ハハ、怖いなぁ~。自覚しているのかい? 相手を間違えているって事をさ」

「あなたは会話もできないんですか? 質問をしているのはこちらですよ」

「答えろって? しょうがない……わたしはアークス兼ある研究部の所属。君を連れ戻しに来たんだよ。イヴ」

 

 彼は確かに、イヴの名前を口にした。それはこの男がイヴを知っている事の証左。しかし逆に彼女は何の心当たりもない。そも他人と関わってこなかった彼女に、かような知り合いがいるはずもない。故にこう問い返す他になかった。

 

「なぜわたしの事を知っているんですか? それに連れ戻すって、まるでわたしがあなたの元にいたかのような言い方ですね」



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Chapter 4-2

 雨宿りをしていたイヴとシーザーの前に突如として現れた、アークス兼研究部の所属であるという謎の男。

 シーザーと同じくらいの身長だが体つきは痩せ型、長めの青髪を持ちメガネをかけた理知的な印象を受ける彼は「イヴを連れ戻しに来た」と言うが、当の本人はかような男に全く心当たりがない。故にイヴは問いかけずにはいられなかった。

 

「なぜわたしの事を知っているんですか? それに連れ戻すって、まるでわたしがあなたの元にいたかのような言い方ですね」

「一緒にいたから、知っているんじゃあないか。もっとも……それも十年前の話だけどね」

 

 十年前。イヴにとってそこは、今の人生の出発点だ。そして記憶を失うきっかけとなった事柄が、この男――もしくは彼が所属しているであろう「研究部」にある予感がした。

 この男について行ったその先に、今一番知りたいモノがある。ならばついて行っても良いのではないか――。そんな心に潜む悪魔の声に、全力で首を振る。同時について行ってはいけない気もしているからだ。理由はわからないが、なぜだか彼について行くのは嫌だった。どうしようもなく、怖かったのだ。

 

「さあ、おいで……わたしの手を取るんだ。イヴ」

「お……お断り、します」

「……よく言った、イヴ。そういうわけだ、さっさと帰れ。でないとその頭を吹き飛ばすぞ」

「おお、怖い怖い。しょうがない……イヴには振られちゃったし、君の言う通り帰るとしようかな。それじゃあねイヴ、久しぶりに会えただけでも嬉しかったよ」

 

 薄ら寒い微笑みを浮かべつつ軽く手を振りながら、男は二人の前から姿を消した。

 謎が多い以上に、どこか不気味な雰囲気を漂わせる男だった。微かに放っていた殺気といい、同じアークスとは思いたくないくらいだ。

 一連の出来事によって任務という気分ではなくなった二人は、アークスシップに帰還する。

 

「さて、おれは一旦部屋に戻る。イヴもシャワーくらいは浴びた方がいい。でないと風邪をひくぞ」

「わかってますよ、お兄ちゃ……あっ、また……ご、ごめんなさいっ」

「ははは。謝る必要はないだろ、別に気にしてないさ」

 

 恥ずかしげに顔を赤らめて俯くイヴの頭をぽんっと軽く叩いて、シーザーは自室に戻っていった。直後に入れ違いで、イヴとは別行動でナベリウスに向かっていたレイナがアークスシップに戻ってくる。――なぜか全身ずぶ濡れになって。

 

「ふええ……急に降ってくるんだもんなー。中までぐしょぐしょ……あ、イヴちゃん」

「……どうしたんですか。それ」

「緑地エリアのあっちこっちを嗅ぎ回ってたら、いきなりすごい雨が降ってきてさー。結局な~んにもわかんなかったし、踏んだり蹴ったりだよぉ」

 

 タイミング的にはイヴたちがいたエリアから、レイナのいるエリアへ雨雲が移動したからだと思われるが、そのような些事はすぐに頭から消える。

 とにかく見えすぎなのだ。ただでさえ水着並に露出度の高い服が雨に濡れて若干透けているのに、それをさらに指で摘んでパタパタと引っ張ったりして、むしろ見ているイヴの方が恥ずかしくなってくる。

 しかしイヴは、その艶めかしい雰囲気を醸すレイナの全身から目を離せないでいた。見まいとするほど、ふたつの瞳は彼女の身体に吸い付くように引き寄せられてしまう。

 昨日から思っていた事だが、レイナは非常にスタイルが良い。

 一六八センチメートルという高身長、微かに日焼けた健康的な肌、細くとも適度に鍛えられた腕や脚。そして日々の研鑽が齎した賜物かウエストも細く、それでいてうっすら見える割れた腹筋、ヒップもそれ相応のサイズで、そして何よりも目を引くのが豊満なバストだ。一挙手一投足でゆさゆさと揺れるその二房の果実は、同性のイヴから見てもとても魅力的なものである。

 無意識的に、羨望の想いが口をついて出る。

 

「……良いな」

「ん? 何が良いの?」

「ゴホン……いえ、なんでも。それより服、乾かしてお風呂……入った方が良いですよ」

「あ、それなんだけど、あたしまだ部屋が使えないみたいなんだよね……」

 

 アークスの権限管理等の処理を行っている部署の手違いにより、昨日の試験合格者全員に配備されるはずの部屋の準備に、一部遅延が生じているのだ。その中にレイナのものも含まれており、つまるところ現在彼女は部屋を使用できない状態にある。そのために昨夜はイヴのルームIDを調べて勝手に入室、ベッドに潜り込んでいたというわけだ。

 ちなみにアークスに配備される部屋はロック機能がついており、ロックがかかっていないとルームIDさえ知っていれば誰でも入る事が可能となっている。レイナがイヴの部屋に侵入できたのもそれが所以である。

 

「……なら仕方ないですね。わたしの部屋で良ければ使いますか?」

「おおっ、ありがとー。助かるよ」

 

 というわけでイヴの部屋にやってきた二人。

 ベッドやテーブル、椅子といった必要最低限の家具のみが置かれた非常に簡素な部屋だ。イヴらしいと言えばらしいのだが、もう少し飾りっ気があっても良いと思うレイナであった。

 余談だが、このアークス用の部屋に持ち込める家具にはいろいろな種類があり、生活する上で不可欠なものから、そんなものを置いてどうするのかというようなものまで様々だ。他にも部屋の大きさを変更できるリモデルームパス、壁紙・天井のデザインを書き換えるテーマチェンジャー、さらには外の景観を変更できるシーナリーパスなども存在している。オーグメンテッド・リアリティの技術を用いて造られたアークス向けの部屋だからこそ可能な事である。それら家具を用いて自室のコーディネートを楽しむアークスも少なくない。

 閑話休題。

 

「まあ……部屋としては充分なんだろーけど、なんか物寂しいねぇ」

「部屋なんかに趣向を凝らして何になるんですか」

 

 何も言い返せなかった。

 部屋として必要最低限の機能が揃っているなら充分だ。確かにレイナもそう考えてはいるものの、折角いろいろなアイテムが存在しているのだから、使わなければ何か損をしている気がしてならない。

 どこか腑に落ちない様子のレイナだが、その時。

 

「ふぇ……へっくちっ!」

「風邪ひきますよ。早く行ってください、先に入るのを待ってるんですよ」

「え? 一緒に入るんじゃないの?」

「だっ、誰も一緒に入るなんて言ってませんから! は……恥ずかしいじゃ、ないですか……そんなの」

 

 かつてないほど顔を真っ赤にして俯き、最後の方はよく聞き取れないくらいに掠れたような声で拒否反応を示す。レイナの目にはそんなイヴの姿がこれ以上にないというくらい愛しいものに見えた。とてつもない破壊力を持った爆弾のような可愛さだ。

 それに嗜虐心を煽られたレイナはイヴの手を掴んで、半ば強引に風呂場へと連れ去る。

 

「……実はあたし、気付いてたんだよ。ずぶ濡れになったあたしの体、ずっと見てたでしょ? イヴちゃんはエッチだねぇ」

「な、なんですかそれっ、ただ見てただけじゃないですかっ」

「あたしの体に興味があるんでしょ? お風呂なら直に見られるよー? 洗いっこと称してボディタッチだってできちゃうよぉ~?」

「あ、あなたは……わたしを何だと思っているんですか……」

 

 よくわからないノリになりながらもレイナは服を脱ぎ捨て、その勢いのままイヴの服までポンポンと、器用に脱がしていく。そこで改めて、イヴの体の異質さに気付かされる。

 腕や脚、そして胴全体に施されたタトゥーのような、刺々しい印象を受ける赤い紋様。気になるのは、一般的なデューマンのそれとは大きく異なる点だった。本来彼らが持つ紋様は大きく黒、白、灰という三色に分類されている。赤い紋様を持つデューマンなど見た事もないし、それに形状も全く違うのだから謎である。

 自分の体に視線を送るレイナに気付いて、イヴが声をかける。

 

「……気になりますか。コレ」

「あっ、ご、ごめん……気に障った?」

「いえ……別に。自覚していますよ、自分が他のデューマンとは違うって事くらい。でもわたしは記憶がないから、なぜ違うのかもわからない。説明のしようがありません」

 

「それより、早く入りましょう」と、イヴはそそくさ浴室に入っていった。慌ててレイナもその後を追って、二人はようやく冷え切った体を温める事ができたのだが。

 体を洗う最中も、湯船に浸かっている最中にも、レイナは気になって仕方がなかった。イヴが他のデューマンと異なる点はもちろん、十年前より以前の記憶がない理由も。彼女の身に一体何があったのか、途轍もなく気になってしまっていた。だがそれを問うたところで、先刻イヴが言ったように彼女では説明のしようがないのだ。知りたいのに知る術がない、ジレンマに陥ってしまう。

 浴室を出て着替えていた時、突然イヴが問いを投げかけた。

 

「……レイナさん。もし自分が誰なのかわからない時、あなたならどうしますか?」

「ま、また……唐突な質問だね」

 

 自分が考えている事を見抜かれていたのかと、思わず吃ってしまった。彼女が初めて名前を呼んだ事にも気付かずに。だがどうやら、レイナの考えを見抜いていたわけでもないらしい事を察した。彼女の顔からも「自分が何者なのか知りたい」という色が見えたからだ。

 数瞬の時間を置いて、レイナは自分の意見を述べる。

 

「……まずは知りたいって思うかな。でも……知る手段がない時は……どうすれば良いのかな」

「わたしも……自分が誰なのか知りたい。実はその宛がないわけでもないんですけど」

「え? そ、そうなの!?」

「えっと……その。レイナさんが迷惑じゃなければ……なんですけど、手伝って……もらえますか?」

 

 申し訳なさそうな顔で協力を申し出るイヴに、レイナはもちろんと快諾した。

 彼女の事を知りたいというのはもちろんあるが、あのイヴが自分から「手伝ってほしい」と言ったのだから、断る道理はない。何よりも彼女の力になりたいのが一番だ。

 

「では、後日集まりましょう。わたしはもう一人、頼れそうな人を連れてきますので」

「オッケー! あたしもセツナに声かけてみるよ。人数は多い方がイイしね!」

 

 

 

 レイナと別れたあと、イヴは少しだけ後悔した。どうして「あんな事」を言ってしまったのだろうか――と。今朝にしてもそうだ。なぜ自分の過去をも彼女に打ち明けたのか。

 自分の事を知りたいのは事実だ、それは絶対に間違いない。今日出会った「彼」を辿れば、必ず目指すものに行き着く。であるならば、一人でやれば良いじゃないかと、誰かに言われた気がする。でも一人は嫌だった。そして二度とあんな思いはしたくないのだ。

 ただ、だからというわけでもない、彼女を頼ったのは。

 他人に対しては常に無関心を貫いてきた彼女が、初めて関心を抱いたレイナと一緒ならば、なんだってできる。そんな予感があったから。

 

 そして数日後。

 連絡を受けたレイナは事前に声をかけていたセツナを連れ、イヴの部屋にやってきた。彼女が言っていた頼れそうな人というのが誰なのか、少しドキドキしつつ入室すると、イヴとともに談笑する男性アークスが一人。その顔にはレイナもセツナも、見覚えがあった。それは向こうも同じだったらしい。

 

「ん。初めまして……か? いや……どこかで会ったような気もするが……」

 

 顎先に指を宛てがいながら記憶を探る男性アークス・シーザーに、イヴがすかさずフォローを入れる。この二人は試験の際に一緒にいたアークスだと。「胸が大きい方がレイナ」「もう一方がセツナ」――という余計な紹介も添えて。

 そんな紹介を受けて、胸を見ない男がいようか。答えは否だ。

 

「む……胸が……あ、いや……ゴホン。すまん、おれはシーザーだ」

「あははっ! バッチリ見ちゃったねぇ。まあ~レイナのこれはどうしようもなく魅力的だから、しょうがないね~」

「おまけに見てくれと言わんばかりに肌を露出していますからね。見せたがりですか?」

「こ、これは動きやすいから着てるだけだよっ! そして、おっぱいが大きいのはあたしに言われても知らないから!」

 

 気が付けばこうなっていたとは、他ならない本人の談。特にバストアップへの努力などはしてこなかったため、もしかしたら胸が大きかった母からの遺伝なのかも知れないと推測するレイナだが、乏しい胸を持つ者にとってはそのような理由などさしたる問題ではなかった。

 イヴは胸が大きい時点で罪と言いたげな顔で、目前の揺れる双丘を睨みつける。

 

「いっそ切除でもした方が、楽でいいかな……」

「……贅沢な悩みですね。全ての貧乳を代表して、わたしが断固許しません」

「ボクも賛成だね。それを捨てるなんてとんでもないってやつだよー」

「さいですか……」

「……お、おれからは何も言わん」

 

 やがてレイナは反論する事を諦めた。

 そんなこんなでようやく本題に移ったかと思いきや「その前に」とイヴは、セツナに目を合わせる。レイナとシーザーの二人にはすでに話しているが、セツナにはまだ自分の事を話していなかったためだ。

 何も事情を知らぬままこの部屋に連れてこられた彼にも説明をと、イヴが話し始めた。十年前より以前の記憶が欠落している事から始まり、他のデューマンとは異なる特徴を持つ事などなど。

 

「肌の紋様はシーザーさんも見ていませんよね。――これがそうです」

「確かに……他のデューマンとはまるで違うな」

 

 イヴが服を捲り上げる事によって露わになった胴や背中、腕・脚にまで張り巡らせる真紅の紋様は、何か凶暴なものでも秘められているかのように錯覚させる。本来のデューマンにおける肌の模様は、不気味さ禍々しさといった印象を感じられるが、それとイヴのものは大きく異なっているのが妙に気になってしまう。

 

「で、今日みんなを集めたのは、そんなイヴちゃんの正体を探ろうって思ってね」



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Chapter 5-1

「簡単に言うけど、どこをどうやって調べるの?」

「シーザーさんは先日会いましたよね。わたしの事を知り、そして連れ戻そうとしていたアークスに」

 

 そう。イヴの言う正体を調べるための「宛」が、あの日ナベリウスで出会ったアークス兼研究部に属するという男だ。ただ彼が今どこで何をしているのかわからないし、よしんば偶然遭遇できたとしても素直に口を割るとは思えない。それどころか、「イヴの身柄を引き渡せば教えよう」などという事を言い出しかねない。故に彼から直接話を聞く事はしないのだ。

 ならばどうするか。それは彼が口にした「研究部」そのものが重要になってくる。

 

「このアークスシップには二〇〇を越える研究開発などを行う部署が存在しますが……その中から『デューマン』に関連する研究部のみを洗い出します」

 

 そう言ってイヴが取り出したのは、ビジフォンと呼ばれるアークス向けに開発された多機能端末だ。様々な情報が収められたデータベースへのアクセスから、アークス個人で不要物等を出品、アークス同士での売買を行うためのショップなどが利用できる、非常に便利なもの。

 これを使って二〇〇以上存在する研究部から、デューマンに関連した組織を探すのだ。

 なぜデューマンなのかは、彼が所属する研究部がイヴという存在を保有していたが故。それはすなわち、デューマンに纏わる何らかの研究を行っていた可能性が高いと推測できる。であればそれに関連する研究部を特定して隈なく調べて回る方が効率が良いとの判断だ。

 そうと決まれば四人はすぐさま各自でビジフォンを使ってデータベースを探り始め、やがて数時間が経過。二〇〇以上ある研究部の中でデューマンに関連する研究部は二〇存在する事が判明した。

 

「おおよそ十分の一といったところだが……それでも、たった四人で回るには少し多いな」

「……ちょ、ちょっと待って。その研究部群を回る前に……ああくそっ、弾かれたぁ」

「どうしたの? セツナ」

 

 すでにデューマンに関連した研究部の特定は済んでいるというのに、セツナだけが未だにビジフォンの画面にかじり付いていた。素早くキーボードを叩いては、画面にエラーの表示が出て軽く落胆――という謎の動作を繰り返して、疑問に思った三人は何をしているのかを問う。

 

「ひとつだけ、なぜかロックが掛かってて閲覧できないページがあるんだよ。気になって潜り込もうとしてるんだけど……ううん、また弾かれた」

 

 ページ名は文字化けを起こしていて読めない。そして全アークスが閲覧可能なはずのデータベースに於いて、唯一ロックが掛かった謎のページ。何らかの不具合であるとも思えず、先ほどからセツナが必死になってそのページを見ようとしているのだが、上手くいかないようだ。

 すると見かねたのか、イヴが交代を促してセツナがかじり付いていたビジフォンに向き合う。そして目にも留まらぬ速さでキーボードを叩き始めた。

 

「こういうのはバカ正直に突っ込むんじゃなく、クラックしてやればいいんですよ。――と、上手く入れたみたいですが……」

「イ、イヴにこんなクラック技術があったなんて……なんか意外だね。どれどれ……うわ」

「うええ……なにこれ……? なんかスゴイ、不気味な感じ……」

 

 イヴのクラッキングのおかげで、ロックが掛かっていたページに入る事はできたものの、ページ内のほとんどが文字化けしており、内容はまるで解読不能だった。

 一応、辛うじて読める単語のひとつひとつを拾っていく。

 

「造龍……アークスに、代わる……ダーカー殲滅兵器……強力なフォトン能力を持つアークスの量産……? なんだろう、これ……」

「まるで『虚構機関』のよう……というか、おそらくそれだろうな」

 

 何か訳知り顔でつぶやくシーザー。他の三人は一同、顔に疑問を浮かべた表情をしながら彼が口にした「虚構機関」について問いかけた。対して「虚構機関というのは通称だ」という言葉を皮切りに、シーザーは解説を始める。

 

 

 

 それはアークス内では非常に有名な研究部ではあるものの正式名称は誰も知らず、実は存在しないのではないかと噂された時期から「虚構機関」という通称で呼ばれ始めた。

 現在では確実に存在しているとされる虚構機関はオラクル内の全研究部中、最大規模であるとも言われ、研究内容も多岐に渡る。現在のアークスがあるのも、虚構機関の存在あってこそと囁かれるほど、アークスのための様々な生命の進化を研究しているという。そんな有益な組織であるはずの虚構機関だが、黒い噂も絶えない。

 データベースにあった「造龍」――現在では暴走龍と呼ばれ、アークス内では正式にクローム・ドラゴンと名付けられた各惑星にて度々確認されている存在も、虚構機関によって造られたものと推測されている。とても人道的とは言えない実験の果てに生まれたものらしいそれこそが「アークスに代わるダーカー殲滅兵器」である。

 二二八事変が起きる数年前に開始された実験で、人工的に生み出した造龍の幼生体を対象に行われていたようだ。しかし実験は失敗続きで、造龍の尽くが最終的には暴走を引き起こし、制御不全に陥ってしまったという。

 その後、素体を変えれば成功するのではないかと思い立った虚構機関は、実験を施す対象をなんと「人間」に変えて再開。ところが理性は失わず制御は可能だったものの、造龍ほどの圧倒的なパワーは持たず、まるで使い物にならなかったのだ。なおそれらの検体はほとんどが殺処分されている。虚構機関からすれば毛ほどの役にも立たない産業廃棄物にも等しいからだ。

 結局実験は凍結されたものの、今もなお虚構機関から逃亡した造龍たちが様々な地域で現れ、戦場をかき乱す敵性存在としてアークスに殲滅命令が下っている。

 しかしながら前述の通り、造龍は自我こそ失って破壊の限りを尽くすが、そのパワーは圧倒的で並のアークスでは到底手も足も出ない。その上ダーカー殲滅兵器という題目があったが故か、造龍はダーカーを文字通り「喰らう」事で格段にパワーアップを果たす能力も持ち合わせているため、非常に厄介な敵と言える。殲滅はかなり難航しているのが現状だ。

 その他にも疑わしい実験などの噂は数多く存在し、兎にも角にも胡散臭い研究部という事だけは間違いない。昨今ではデューマンという新種族が生まれたのも、虚構機関が関連している可能性があるとも言われている。

 

「デューマンはある生物の遺伝子をヒューマンのものとかけ合わせた結果生まれたらしいが……もしかしたら、その生物ってのが造龍だったりしてな」

「…………、」

 

 シーザーの言葉を、イヴは真っ向から否定する事ができなかった。

 造龍とは、ダーカーが現れる地域によく出没する。それはダーカーの気配を察知できるからであるとの公式発表も成されている。

 そしてイヴはなぜか、昔からダーカーの気配に敏感だった。十年前に独り攻撃を受ける市街地を彷徨っていたが、的確にダーカーがいない道を選んで歩いていた。昔は偶然だろうと考えていたものの、今では無意識ながらもダーカーの気配を察知していたのではないかと考えている。

 認定試験での時もそうだ。試験開始時から、筆舌に尽くしがたい妙な気配を感じていた。それはダーカーが出現する直前にもより強く感じたのだ。原生生物のものとはまるで異なるドス黒い気配は忘れもしない。

 この事から自分はダーカーの気配を察知できるのだと考えられる。

 とは言えデューマンにかような特性はない。なぜ自分だけにそのような特性があるのか、それはシーザーの言葉にあった造龍の遺伝子を自分が持っているからなのかもしれない。もはやデューマンどころか、人ですらないのではという漠然とした不安が、次第にイヴの心を覆っていく。

 俯いてそんな事を考えていたイヴの様子に気付き「どうしたの? イヴちゃん」と、レイナが顔を覗き込みながら声をかけた。

 

「……あ、い……いえ。何でも……ありません」

 

 焦りつつもはぐらかしたイヴの姿を、シーザーは見逃していなかった。勘が鋭い彼には、イヴが何を考えていたのかなんとなくわかった気がした。真相は未だ闇の中ではあるが、あまり良い結果は来ないだろう事もある程度は予想できた。

 それでも、彼女を守りたいと思った。ただ妹に似ているというからじゃなく、一人の友人として守る――先日イヴに言った言葉だ。あの時言った通り、彼女は絶対に守る。シーザーはそれだけを心に誓った。

 

「まあ、いっか! ねえ、ちょっと気分転換に任務でも行かない?」

「お、良いねー。ちょうどボクも体を動かしたいと思ってたんだ」

「なら、アムドゥスキアの洞窟エリアにでも行ってみるか?」

 

 強力な磁気やマグマに覆われた星「アムドゥスキア」。一四〇年ほど前に発見されたアークスの調査対象とされている惑星のひとつである。

 発見当初は至って普通の星だったものが、巨大隕石の衝突により環境が激変。著しい地殻変動や磁気変化までもが頻発する危険な惑星へと変貌してしまった経緯がある。

 シーザーの言葉にあった「洞窟エリア」とはアムドゥスキアの地殻部の総称で、隕石衝突が齎した地殻変動によって到達可能となった事からそう呼ばれている。その様相が火山と似通っているために火山洞窟と呼称する者もいるが、実際には火山などはすでに失われており、正しい呼称としては洞窟が相応しい。

 そして星の殆どの物質は強力な磁気を帯びているため、磁気変化によって巨大な岩石が突然落下してきたり、また洞窟エリアの遙か上空には地磁気との反発によって大陸規模で浮遊する大地が存在していたりと、かなりめちゃくちゃな惑星なのである。

 そして最大の特徴は龍族と称されるアムドゥスキアの原生種族だ。彼らは独自の文明と言語を確立するほどの進化を遂げており、戦闘に長けた龍族も多い。かつてはアークスとの交流もあったようだが、ダーカーの侵食を受けて以降はそれも途絶えている。

 

「アムドゥスキアって、龍族がいっぱいいるんだよね。もしかして造龍と何か関係あるかな?」

「いや、造龍はあくまでアークス側で造られた存在だ。彼らとの接点はないだろう」

「龍って付くくらいだし、龍族を参考にしたところはあるかもね」

 

 そういうわけでやってきた惑星アムドゥスキアの地殻部・洞窟エリア。

 軽い気分転換のつもりで来た事を、ある一人を除いた全員がその場で後悔する。理由は強烈な「熱気」である。地殻部であるため至るところにマグマが露出していたり、時折地面の小さな穴から噴煙が噴き出したり、とにかく暑いし熱いのだ。

 

「うげぇ……初めて来たけど、この暑さはやばい……もう帰ろうかな……」

「そんな水着みたいな格好しているのにですか……確かに暑いですけど」

「ボクは結構厚着だから、この暑さは堪えるなぁ……」

「忍耐力が足りないな。少しはおれを見習え、若きアークスたちよ。ハハハ!」

 

 シーザーは至って平気な顔をしていた。真っ黒なコートを着込んでいるというのに、額には汗の一粒も浮かべていない。慣れているのならそうかもしれないが、この暑さは慣れでどうにかなるものではないと思うレイナたちであった。

 とにかく三人はどうにか暑さに耐えつつ洞窟エリアを突き進む中で、異変は起きた。

 突如として、どういうわけかイヴが頭を抑え、苦痛に顔を歪め始めたのだ。

 

「うぅ……あ、ぁっ……!!」

「イヴちゃん? ちょ、ちょっと、どうしたのッ!?」

 

 声にならない声を漏らしつつ苦しい様子を見せるイヴの側に駆け寄る三人。

 熱さにやられたわけではない。先ほどまでとは明らかに違う、どう考えても異常事態だった。急いでキャンプシップを呼び戻そうとシーザーが端末を取り出した次の瞬間。

 レイナたちの前方数十メートル先の空間が斬り裂かれ、そこからとんでもない生物が飛び出してきた。直後にシーザーは一人、固唾を飲む。それの正体がすぐにわかったからだ。――突如空間転移によってこの場に現れたその生物とは、暴走龍「クローム・ドラゴン」だったのだ。

 

「なぜヤツがここに……付近にダーカーの反応はないはずだが」

「あれって、クローム・ドラゴン? でも……様子が変だね」

 

 クローム・ドラゴンは理性というものが存在しないため、分別などは一切つかない。星の原生生物であろうと、アークスであろうと視界に入れば襲いかかってくるという性質を持っている以上、攻撃を仕掛けてこない今の状態はとても尋常ではない。

 しかしながら、襲ってこないのであればレイナたちにとっては好都合だ。イヴの様子を再び窺うと、苦しんでいる表情は相変わらずだが、先ほどとは少し変化していた。

 

「こ……えが……聞こえ……る、哀しい、声が……苦しい声……が……恨む……こ、え……が……」



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Chapter 5-2

「こ……えが……聞こえ……る、哀しい、声が……苦しい声……が……恨む……こ、え……が……」

 

 途切れ途切れによくわからない言葉を口にするイヴ。

 何かの声が聞こえるとの事だが、一体誰の声なのか、どこから聞こえてくるのか。レイナたちにはそのような声はまったく聞こえないため、謎は深まる一方だ。

 理解が追いつかない状況に頭を悩ませる三人だったが、イヴの様子はまたもや変化する。まるで誰かと会話をしているかのように静かに、言葉を紡いでいく。

 

「うん……わかるよ、みんなの痛み、哀しみ……わたしにも……わかる。辛かったね、苦しかったね。でも大丈夫……みんなも。わたしも……きっと。だから安心して」

 

 まるで我が子に語りかける母親のような優しい声色でイヴがそう言った途端、レイナたちの目の前に現れたクローム・ドラゴンは再び空間転移で、何処かへと去っていった。

 よもやあの造龍と言葉を交わしていたのでは、との仮説が三人の脳裏をよぎる。しかし、彼らがヒトと会話ができるという話は聞いた事もないし、ましてや人語を解するなど有り得ない。とはいえ現にイヴは、あのクローム・ドラゴンと会話していたようにしか見えなかった。その真相を知る術は、一連のやり取りを終えて、今は意識を失ってしまった当事者に問いただす他にない。

 任務は一時中断、レイナたちはシーザーが呼び戻したキャンプシップにイヴを連れて乗船、そこで彼女の介抱を行う。その間、三人は一様に今しがた目にし、未だ瞼の裏に焼き付いて離れないあの光景を思い起こす。

 

「……何だったんだろう。さっきの」

「不思議だったね。……ほんと、イヴって……何者なんだろう」

「まったくだ。それを知るためにも、調査を進めないとな……」

 

 イヴの謎は深まるばかり。まるで雪山にできた底の見えない真っ暗なクレバスを覗き込んでいるかのようで、大きな不安に押し潰されそうになってしまう。それはおそらく――否。むしろ最も不安を感じているのはイヴ本人に他ならないのだろうと思う。

 このアムドゥスキアでの任務を終えたら、本格的に調査を開始しよう――イヴの側でそう決意した三人。そうこうしている内に一時間ほどが経過し、眠っていたイヴがようやく目を覚ました。

 ゆっくり双眸を開くと、イヴの目に飛び込んできたのはふたつの山を思わせる膨らみ。水着のような赤い布地に包まれながらも中央では肌色の谷間が激しく主張している、双丘であった。それが何なのか、そして同時に後頭部に感じる柔らかい感触の正体もすぐにわかった。と途端に飛び退いて顔を赤らめながら叫ぶ。

 

「なっ、なななっ! なんッ、なんだってわたしは、レイナさんに『膝枕』なんてされてるんですかッ!?!?!?!?」

「あ、起きた。イヴちゃん意識失ってたんだよ?」

「えっ……」

 

 言われて記憶を探り、アムドゥスキアの洞窟にやってきた事、そのすぐ後に激しい頭痛に見舞われた事。そこまで思い出して、以降は途切れてしまう。意識を失っていたというのが事実であると認識する。

 しかしなぜ意識を失ったのかがわからなかった。アムドゥスキアの猛暑によって熱中症を引き起こしたという事も考えにくい。そう思える所以はレイナたちの表情に、心配する感情よりも、疑問の色が見えたからである。答えは頭痛に襲われて以降の空白にある、確信したイヴは当然の問いを投げかけた。

 

「……一体、何があったんですか?」

 

 レイナたちより齎された、頭痛に襲われてからの流れはハッキリ言って身に覚えがないものだった。しかし再び記憶を探ると、朧げではあるものの、確かに誰かと言葉を交わしていたような気がする。

 とはいえ、やはりどれだけ思い出そうとしても出てくるのは曖昧な記憶ばかり。決定的な情報を得るには足りない。

 

「すみません……何か、とても重要な事だとは思うんですけど、思い出せなくて……」

「……ま、そんな事もあるだろう。気にするな」

「そうそう。思い出せないのなら、しょーがないよ。ボクたちには無理に聞き出す権利もないしね」

 

 シーザーとセツナに続いて、レイナも自責の念に駆られるイヴをたしなめる。自分を責める必要なんてないし、誰もイヴを咎めたりはしないと。

 ところで。とレイナが話を切り替える。「イヴちゃん、任務続けられそう?」そう問われ、イヴは体の調子を窺う。どうやら問題はないらしい、どころか一時間眠っていたおかげで意識は冴え渡っているとさえ。そうとわかれば四人は、本来の目的であるアムドゥスキア・洞窟エリアのエネミー鎮圧任務を遂行すべく、再び灼熱の地獄へと降下した。

 そしてわずか三分足らず。イヴが変化に気付いた。

 

「この気配……止まってくださいッ! 何か来ます……!! それもかなり、大きい……」

 

 試験の時と同様に、ダーカーの気配を感じ取ったイヴが他の三人に制止を促す。直後に彼女らの目前に大きな影が見えてくる。それもイヴの言葉にあった通り、これまでに見たこ事もないサイズだ。

 ダーカー特有のワープによって、レイナたちの前に現れたのはカルターゴなどの中型ダーカーすら目ではない巨大な蟲型ダーカーだった。

 

「こ、こいつは……ッ!!」

「シーザー? あれ、知ってるの!?」

「ダーク・ラグネだ……全員、武器を取れッ! 試験で遭遇したザコとは桁が違うぞッ!!」

 

 暑さではなく、焦りから額に冷や汗を滲ませながらシーザーが叫んだ。

 ダーク・ラグネの巨大な咆哮とともに、指示通りに武器を取るレイナたち。ダガンなどの雑兵とは桁が違う事など、この巨体を見ればわかる。少しの判断ミスが命を奪う――瞬きすらできない、一瞬一瞬に命がかかった闘いが今、始まろうとしていた。

 

「脚だ、やつは脚を破壊すれば少しの間ダウンする! おれは後方から援護、近接クラスのお前らは全員で脚を叩けッ!」

「了解ッ!」

 

 アークスとしては先輩であるシーザーの指示に従い、レイナ・イヴ・セツナの三人は一斉に駆け出してダーク・ラグネの右前足に接着、一撃一撃に全力を込めて叩き付ける。

 だが当然、敵はいつまでも三人の攻撃を許しはしなかった。

 四本の脚を使ってダーク・ラグネは高く跳躍、レイナたちからは距離を置いて、二本の腕を振るう事でフォトンにより形成された無数のカマイタチを放つ。それは避ける隙間もないほど高密度な攻撃で、レイナたちは武器で防御を取る他になかった。

 そのままダーク・ラグネのカマイタチは三人に襲いかかり、甚大とはいかないまでも、決して小さくないダメージを負ってしまう。

 

「ぐう……ッ、な……なかなかやるね……でも、絶対に負けないッ!」

 

 三人は膝をつきかけるも、気合で踏ん張って敵に向かって駆けていく。レイナは引きつけている間に、イヴとセツナには脚を攻撃してもらうよう指示、ダーク・ラグネの目前に立った。

 直後に敵は鋭い爪による攻撃を仕掛けるが、エリュシオーヌによって易々と受け止め、力に任せて弾き返す。さらに間髪を入れず怒涛の連撃を繰り出して、着実にダメージを与えていく。

 

「これなら、なんとかなりそうですねっ」

「そうだね、って……えっ!?」

 

 突如、ダーク・ラグネの真下を黒い塊が目にも留まらない速さで突進してきて、剣で爪を受け止めていたレイナは咄嗟の回避もできずに直撃を受けて吹き飛ばされてしまう。

 

「ブリアーダだとッ!? いつの間にッ……レイナ、すぐに体勢を立て直せッ!」

 

 シーザーの叫びで、レイナはなんとか立ち上がろうとした。――のだが、直後にダーク・ラグネが黒い雷を放ち、彼女を攻撃した。完全なる直撃を受け、全身を駆け巡る激痛に堪えかねたレイナは痛々しい悲鳴をあげながらその場に倒れてしまう。辛うじて生きてはいるものの、意識を失うのは時間の問題だった。

 しかし回復剤を飲ませようにも、あれほどの敵を前にして負傷者の治療を行っていたら攻撃の的になる事は必至だ。彼女が自力で回復できるような状況でない以上、可及的速やかに決着をつけ、レイナに回復剤を飲ませるしか道はない。

 

「チッ……こうなったら使うしかないか、ウィークバレット……!」

 

 横たえるレイナの姿を横目につぶやきつつ、シーザーはどこからか弾倉を取り出して、インフィニットコランダムに装着、先ほど攻撃を加えた右前足に銃口を向けて銃爪を引く。

 ウィークバレット――撃ち込んだ部位を著しく脆弱化させるアサルトライフル用の特殊弾だ。ただし定期的に支給される弾数には限りがあるため、使い所は選ばなければならない。今がその時だと判断したシーザーが、残り少ないウィークバレットをダーク・ラグネの脚に撃ち込んだのだ。

 

「イヴ、セツナ! ウィークバレットを撃ち込んだ脚を攻撃しろッ!」

「わかった! 行くよ、イヴ――やられる前にやるんだッ!!」

 

 セツナの言葉に頷いたイヴは彼とともに、ダーク・ラグネの足元に移動。そして先刻よりもより強く、より精度の高い攻撃を繰り出して、脆弱化した脚を集中的に叩き続ける。次第に敵の脚は崩れ始め、最後には二人同時に放った強烈な斬撃によって、ついにダーク・ラグネの脚が破壊され、その場にダウンする。

 しかし、タイミングを見計らったかのようにダガンやカルターゴが出現。

 そして先ほど気付かぬ間に現れていたブリアーダはダガンの能力を強化できる他、強化型ダガンであるエル・ダガンを召喚する能力も持ち合わせている厄介な相手だ。当然ダーク・ラグネがダウンから復帰する前に片付けなければならないが、ブリアーダは羽を持っているため基本的に空中に浮いている。その上ダガンとカルターゴによる邪魔も入って、思うように立ち回る事ができなかった。

 

「シーザーさん、ライフルでブリアーダを狙撃できませんか!?」

「そうしたいのは山々だが……ダメだ、ウィークバレットを装填している今、銃爪は引けない!」

 

 特殊弾を装填している状態だと、他の攻撃手段は取れないようになっている。どんな攻撃でも、専用の銃弾にフォトンを込めて撃つ必要があるためだ。そしてウィークバレットの残りは装填されているものも含めてたったの三発。無駄撃ちはできない。

 イヴはブリッツシュナイデンで撃ち落とそうとも考えたが、ブリアーダはその斬撃も届かないような上空に浮遊しており、逡巡している間に四つの卵を産み落とされてしまう。あれはエル・ダガンの卵、地上に降りたらすぐに孵化してさらに戦況が悪化する恐れがある。

 

「これ、かなり不味いよね……圧倒的不利ってヤツだよ、どうする……!?」

 

 攻めあぐねている現状に一同が苛立っていたその時。背後から土を踏む音が聞こえて振り返ると、なんとそこでは倒れていたはずのレイナが立ち上がり、武器を手にしていたのだ。

 さらに事もあろうか、彼女はエリュシオーヌにフォトンをチャージしながら、ダウンから復帰せんとしていたダーク・ラグネに、じわりじわりと近付いていく。

 

「と……とても立てるような状態じゃないはずなのに……だ、ダメです、レイナさんッ!」

 

 イヴの制止など、彼女には届いていなかった。

 意識は半分失っている。それでも危機的状況にある仲間たちを目にして、臥せっているなどできようもなかった。レイナ自身でも自分が何を考えているのかも、わからない。まるで誰かに操られているかのように、体は勝手に動いていた。

 そんな無防備状態で歩くレイナはダーカーにとって、格好の獲物であった。ブリアーダはダガンの能力をブーストさせ、それを受けたダガンたちは爪で攻撃、さらに卵から孵化した四匹のエル・ダガンは飛び上がって四本の足で追撃。ダメ押しにカルターゴによる光線をも一身に受けながら、しかしレイナは歩みを止めず、一歩ずつ確実に足を踏み出していた。

 

「あのフォトンの刃は……まさか」

 

 レイナが手にするエリュシオーヌに集まったフォトンは、刀身を覆うようにして巨大な刃を形成していた。その光景にシーザーは覚えがあった。

 高いフォトン敵性がなければとても扱えない、一撃必殺のフォトンアーツ「オーバーエンド」――体内に有するほぼ全てのフォトンを大剣に込め、極大の刃を具現化させて敵を両断する大技だと確信した。

 十年前の二二八事変ですでに戦死している「聖剣士」の異名を持ったあるアークスが、あの技を得意としていたという噂を耳にした事がある。実際に誰かが撮影したオーバーエンドの動画も目にして、未だ脳裏に焼き付いた衝撃的なフォトンアーツを今、レイナが放たんとしているのだ。

 

「たお、さなきゃ……倒さなきゃ……ううん、ちょっと違う……ああ、そうだ……殺さなきゃ……みんなを……守るために」

 

 ダーク・ラグネが立ち上がったのとほぼ同時だった。

 ブツブツと独り言をつぶやきながら、レイナは聖剣士のそれとは比較にならないほどの巨大なフォトンを纏ったエリュシオーヌを振り下ろす。凄まじい轟音を鳴らして立っていられなくなるほどの衝撃を発生させて、周囲のダーカー諸共、ダーク・ラグネは文字通り真っ二つに両断されて消滅した。

 シーザーはとても、現状を信じられなかった。人一人にこれほどまでのフォトンがあるはずもないし、体勢を崩してしまうくらい大地が揺れるこの衝撃は彼女一人で引き起こしたものだとは思えない。思いたくなかった。



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Chapter 6-1

 しばらくして、一行は即刻アークスシップに帰還、意識を失ったレイナをメディカルセンターへと運び込んだ。残った三人はロビー中央広場のベンチに腰を降ろして、肺が空になるくらいの深い溜息を吐いた。

 レイナが最後に放ったオーバーエンド。あれはどう考えても、常人には決して不可能な規模だった。

 それというのも、アークスにはそれぞれフォトンの容量があり、適性の高さによってそのキャパシティーと一度に放出できる限界というものが変わってくる。例えるならば「貯水タンク」と「蛇口の大きさ」だ。

 容量が少なく一度に放出できる限界値が高ければ短期決戦に向くが、長期戦には弱い。逆に容量が多く、放出できる限界が低いなら長期戦に向くといったように、それらは多様だ。レイナのフォトン適性については把握していないが、しかしあの規模のオーバーエンドを放つ事はできないというのは揺るがない事実だ。

 シーザーはずっとそれが気がかりだったのだ。ともすれば、もしかしたら彼女はただのアークスではないのかも知れないと――そんな考えすら浮かんでしまう。

 

「許せない……自分の負傷も顧みずに我々を守ろうとしたあの行動は……許せないです。わたしたちは仲間……なのに……」

 

 シーザーが考え込んでいると、隣で苛立ちにも似た感情が表れたような顔で、イヴがつぶやいた。

 仲間だから死んでも守るというのは、少し違う気がした。仲間のために命を賭すのも、自分の身を犠牲にしてでも仲間を助けるのも、イヴには間違っているとしか思えなかったのだ。お互いに支え合って難敵に立ち向かわなければ、真の意味で仲間とは言えないのではないかと。

 

「わからなくもないけどね。ボクも……一度仲間が死んだ瞬間を見てるし」

「おれだって同じだ。だがレイナは死んじゃあいない、不幸中の幸いだったよ」

 

 それよりも――と、シーザーが切り出したのは、レイナが放ったオーバーエンドの話だった。

 どれだけ思考を巡らせようとも、答えが見えてこない常軌を逸したあの一撃。あれを放った力の源はどこにあるのか、そもそもレイナは一体何者なのか。彼女と仲の良いイヴとセツナに対して、問いかけずにいられなかった。

 

「確かにあれはスゴかった……けど」

「彼女は本当に、ただの普通で真っ当なアークスですよ」

「なぜ言い切れる?」

「普通のアークスだからです。よしんばレイナさんが普通じゃなかったなら、今ごろは六芒星の四にでも迎えられていますよ」

 

 イヴの言葉で、それもそうか、とシーザーは納得してしまった。

 六芒星の四番――かつてアトッサという者が就いていたが、十一年前に六番のヴォルフともども逝去している。六には現在ヒューイという男が座しているものの、四は長らく空席のままなのだ。

 もしレイナが並のアークスを遥かに超越した実力を持っているとしたら、今ごろオファーを受けて六芒星の四に就いているはずだというのが、イヴの見解だ。

 ちなみに六芒星というのは、基本的に指名によって就任する事が多い。今は亡きアトッサ、ヴォルフ、そして三年前六番に就いたヒューイも、一番のレギアスが直々にオファーしているのだ。その選定基準として優先されるのは無論秀でた能力もあるが、中でも特に「生存率」というものが重視されている。それも当然、アークスの職務はダーカーとの戦闘という常に死と隣り合わせの、過酷なものだからだ。

 

「しかし、レイナが普通のアークスならば、なぜあそこまで大出力のオーバーエンドを放つことができたのか……」

「ねえねえ、もしかしてこれじゃない?」

 

 そう言いながら、ビジフォンの画面を二人に見せるセツナ。

 画面に出ていたのは、ある研究者が書き記した「肌の露出によるフォトンの吸収性」という論文。まったくもってトンチンカンな題名だが、著者はフォトン研究のオーソリティーである点から真面目な内容という事が窺える。

 この研究者によれば、アークスは「肌を露出すればするほど、大気中のフォトンを吸収しやすくなり、純粋な攻撃力へと転嫁できる」らしい。アークス一人ひとりは体内に有するフォトン量が異なるが、大気中から吸収したフォトンはその限りではない。吸収すればするほどそれだけ強い攻撃を放てるし、大部分をダーカーに侵食されてしまったものを浄化させる事も容易くなるというのだ。

 

「レイナはいつも肌を出してる。水着みたいな服着てるからね。だからフォトンを吸収しまくって、あれだけ大規模なオーバーエンドを放つ事もできたんじゃないかな」

「……なんか妙に説得力ありますね。事実かどうかはさておいて」

 

 鵜呑みにはできないものの、フォトン研究の分野に於ける権威が発表したものならばそれが事実でないと断言もできない。しかし進んで肌を露出させるような者はそう多くないため、実証も難しいところが歯がゆい。

 そもそもレイナが意図的にフォトンを吸収していたのかも定かではない以上、彼女で実験する事もままならない。

 

「それにしても大気中からフォトンを吸収……その発想はありませんでしたね」

「機械にだって、フォトンを吸収してエネルギーへの転換ができるんだから、人間にできても不思議じゃないけどね」

 

 それにしては実証もされていないというのは不思議な話だ。高度な技術がいるのか、あるいは肌を露出しなければならない性質上、問題があるとして規制がかかっているのか。後者の可能性は高いが、ともあれ今回はレイナが肌を出していたおかげで助かったという事だ。

「……素直に喜べないですね。そう言われると」何とも言えない表情でイヴが呟いたその時、メディカルセンターのドアが開き、看護官・フィリアが出てくる。ベンチから立ち上がった三人は駆け足で彼女の元に向かい、軽く会釈をして報告に耳を傾ける。

 判明したのは、まずレイナの命には別状がないという事。怪我もほとんどが軽傷で、ダーク・ラグネから受けた雷撃による人体への影響もさしたるものではなかったそうだ。

 

「今日一日、安静にしていればすぐ快復しますよ。報告は以上です、それでは」

 

 ひとまずはレイナの無事を喜ぶ三人。

 彼女が目を覚ますまでどうしているかという話になったが、最初に出たのが再び任務へ行こうかというシーザーからの案。しかし即刻、イヴによって却下された。レイナが無事だったのは良かったが、それでも今は任務という気分ではないとの事。セツナもイヴの言葉に同意、任務に赴くのは取り止めになり、その日は解散になった。

 

 そして日付が変わり翌朝。起床後すぐに着替え、誰よりも速くメディカルセンターに駆けつけたのはイヴだった。受付で面会の手続きを行い、一心不乱で彼女の病室へ向かうと。

 

「ん? おや、イヴちゃん。チャオー」

 

 扉が開く音に気付いたレイナが入り口の方を振り返って、あっけらかんとした様子で挨拶の言葉を口にした。対するイヴは息も絶え絶え、額に汗を滲ませたまま返す言葉が出てこなかった。

 昨日はあんな事を言ってしまったものの、本当は心の底からレイナを心配していたのだ。昨夜もほとんど眠れず、目の下にはクマを作って。そんな状態になりながらも、一刻も早く彼女の無事を確認したいがために全力疾走でここまでやってきたというのにだ。イヴの想いなど少したりとも推し量る事をせず、間の抜けた挨拶を口にしたのは到底許し難い。

 その怒りに任せ、ここで怒鳴り散らすのは簡単だ。ただそれでも、こうして彼女の元気そうな姿を見られると、安心できる。くだらない憤りなどすぐに忘れられるほどに。

 

「……あれ? イヴちゃん……泣いてるの?」

「えっ……?」

 

 言われて初めて、頬を伝い流れ落ちる雫の存在に気付いた。

 レイナの言葉通り、確かに泣いていた。ただ彼女の無事を確認できて、ホッとしていただけだったのに。これまでイヴは涙を流した事など、一度もなかった。だというのになぜ泣いていたのか、そしてこれが悲しみの涙なのか、はたまた嬉し涙なのか――自分でもわからない。

 慌ててグローブを外し、手首で拭って取り繕ったものの、かえってレイナに心配をかける事になってしまった。

 

「あはは……何も泣く事なんてないのに。あたしが全部悪いんだしさ……」

「……本当ですよ。レイナさんが……全部悪いです。最低です……」

 

 いつもの悪態を吐きつつも、しかしイヴの表情はとても穏やかなものだった。

 まるで母親に甘える子供のようなその顔は、とても愛らしいと感じた。未だ目元に浮かぶ微かな涙もどこか儚くも可憐なものに見えて、レイナは思わず彼女を抱き寄せ謝罪の言葉を述べながら頭を撫でてやると、以前のような抵抗はなく、むしろ全てを預けてくれているような印象だ。

 イヴが本当に、自分の事を心配してくれていたのだと、改めて痛感させられた。

 

「ごめんね……もう大丈夫だから」

「今後、こういうのは絶対……無しですよ……?」

 

 腕に抱かれながらそう言われ、レイナは今後決して己が身体の損傷を顧みないようなやり方はしないと、素直に断言した。そして同時に、二度とイヴに心配をかけるような事はしないとの約束も交わした。

 仲間に迷惑をかけたくない気持ちも無論あったが、それ以上にイヴのお願いを断る事などできようもなかった。元より自己犠牲的精神があるわけでもないレイナだ、再度「あの時」のような状態に陥らなければ、それで済む話なのだ。

 そんなこんなですっかり元気になったレイナはフィリアから念のための検査を受け、何の問題もない事を確認したのち、イヴとともにメディカルセンターをあとにした。その後特に宛もなくロビーを歩いていると、何やら肩などを回しながらレイナが唸る。

 

「……ううん、なんか体が固いなぁ。ねえねえ、ちょっと運動しにいかない?」

 

 一日寝ていたせいなのか、全身に何とも言い難い違和感を覚えたレイナ。体を慣らすためにもどこか任務へ行きたいと思い立ちイヴに問いかけたものの、「病み上がりで何を言ってるんですか」と苦言を呈されてしまう。

 

「確かに異常がないとの事ですが、ダーク・ラグネの雷撃をその身に受けたのは事実です。今日は大事を取って休むのが最良です」

 

 レイナにとって、イヴの反論は尤もだった。しかし体を動かさなければ鈍ってしまい、いざ戦闘になった時、上手く立ち回れなくなる可能性があるのもまた揺るがぬ事実。そうなれば周りの人間の足を引っ張る事になる上に味方の負傷、戦線が後退、劣勢へと陥り最悪の場合は全滅、なんて事もあり得ると言挙げしたのを皮切りに口論へと発展、あーだこーだと二人が言い合いを続けること数分。

 一進一退の攻防が続く中で、イヴがあるものの存在を思い出した。

 

「あ……VR訓練所。あそこなら危険なエネミーに遭遇する事もないし、体を動かすにはちょうど良いと思います」

「なにそれ?」

 

 レイナのその一言で、イヴが硬直する。なんで知らないんですか、と問いかけそうになった。

 VR訓練所の存在は研修学校で教わる。がしかし、レイナは座学を一切受けていないという話を思い出した。それが事実ならばVR訓練所を知らないのも納得できる。アークスとしては問題だと思うが、この際何も言わない事にした。

 VR訓練所とは、名前の通り仮想空間で訓練を行う事ができる施設だ。

 フィールドから始まり出現するエネミー、さらに能力の強化・弱化なども自由自在という、仮想空間ならではの非常に夢のある施設であると言えよう。

 そんなバーチャル・リアリティ技術を開発したのはカリンという職員。彼女自身がVRを用いて制作した「エクストリームクエスト」、またの名を「極限訓練」と呼ばれる特殊かつ高難易度の訓練も存在する。

 カリンはそこで様々なオーダーをアークスに課してデータを集めている他、作為的に「欠陥」を仕込む事により妨害機構を作動させて反応を愉しむ「狂気的科学者」な一面も持つため、エクストリームクエストをよく利用しているアークスからはすこぶる評判が悪い。

 今回レイナたちが利用するのは、ごく普通のVR訓練所なので安心だ。クエストカウンターにて所定の手続きを踏み、VR訓練所の使用許可をもらってスペースゲートへ向かった。

 

「ここに停泊している一部のキャンプシップが、VR空間に通じているそうです」

「ぜ、全部同じじゃん……どれがどれなのやら……」

「えっと……ブロック十九からブロック二六までのキャンプシップがVR訓練用と書いてますね」

 

 イヴが携帯型のビジフォンでデータベースを読みつつ、解説を入れる。

 キャンプシップには通常の各惑星へ赴くためのものと、VR空間に繋がっている特殊なものの二種類が存在している。一ブロックごとに二十隻ずつ、前者は一から十八までの三六〇隻が、後者は十九から二六までの一六〇隻が該当する。なお通常のキャンプシップは常に窓のシャッターは上げられているが、VR訓練用ではそれが降ろされているため、外からでもわかりやすいようになっている。

 二人はとりあえず適当なブロックに向かい、空いているVR訓練用のキャンプシップを探す――と、十数秒で目標を発見。さっそく乗り込み、訓練の準備を行う。

 

「装備などはしっかり準備した方が良いですよ。仮想空間とはいえ、本物さながらのリアルな造りになっているそうなので」



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Chapter 6-2

 もはや現実との差がどこにあるのかすらわからないほど、精巧に造られた仮想空間。それはエネミーの攻撃も然り、まともに受けたら甚大なダメージを負う事は必至だ。

 エクストリームクエストではリアルと同じように予測できない動きをするため、ともすれば現実よりも過酷な訓練となる。今回利用する訓練所とて、アークス側で敵の攻撃力、行動パターンなどを自由に設定できるものの、使い方を誤れば危険なものになり得る。逆に言えば注意して設定を行いさえすれば安全に訓練できるという点で、非常に有用な施設と言える。

 数分で装備などの準備を終えて、二人はいよいよVR空間に足を踏み入れた。そこは無機質感が漂う、得も言われぬ不思議な部屋だった。

 

「なんか想像と違うねぇ」

「景観がデフォルトのままですから。そこのVR端末でいろいろ設定できるみたいですよ」

 

 VR空間の様々な設定が行える専用の端末だ。これを用いる事でフィールドや天候に始まり、あらゆるエネミーの出現・消去と、エネミーの能力や行動パターンの変更が自由自在になる。

 イヴがその端末を軽く操作して、フィールドをナベリウスの緑地エリアに設定。エネミーには緑地エリアに棲む大型の原生種「ロックベア」を出現させた。

 

「おおー。本物そっくりだね……感触まで現実みたいだ」

「さっそくこのロックベアを的にして、訓練を行ってみますか」

「よーし! って、あれ? イヴちゃん、武器変えたんだ」

 

 今しがた取り出したイヴの武器を目にして、レイナが問いかけた。昨日までイヴが使っていたのは一般的なソードだったが、今彼女が手にしているのはあれとは異なるものだった。

 曰くダーク・ラグネとの戦闘で武器が壊れてしまったため、マイショップにて他のアークスが出品していた「キレートエディア」という大剣を購入したのだという。

 

「どうもあのソードは貧弱すぎたみたいで。あの後すぐに使い物にならなくなってしまったんです」

 

 武器にはそれぞれ、耐久度というものがある。どんなものでも使い続けていればいつか壊れるのは当然ではあるが、アークスの場合は基本、武器にフォトンをチャージして強力な攻撃を行う事が多い。そのため多量のフォトンを使用した際、武器の耐久度が低いとそれに耐え切れず、内部から崩壊する事もあるのだ。

 イヴはフォトンの適正が高いがために、ソードのような下級の武器ではすぐに壊れてしまう。その点キレートエディアは遥かに頑強で、なおかつ他のアークスのお古という事も手伝って手頃な価格で入手する事ができたらしい。

 

「なるほどね~。あっそうだ!」

 

 突然レイナが思い出したように声を上げる。直後に「訓練のついでに『あれ』教えてよ!」と言い出した。彼女の言う「あれ」とは認定試験の際にイヴが用いた、フォトンをチャージしたソードを振り抜くことでエネルギー刃を放ち離れたエネミーを両断せしめた技「ブリッツシュナイデン」だ。

 レイナはイヴのような小手先の器用さを持たないため、中距離に対応できる技能などを会得していると今後役に立つかもしれないと思い、彼女に教えてもらおうと考えていたのだ。

 両手を合わせながら頼まれたイヴは「そんなに難しいものでもないですよ」とつぶやきながら、ブリッツシュナイデンをロックベアに向けて放つ。一見簡単そうではあったものの、見よう見真似でやってみたレイナにはなぜか放てなかった。エリュシオーヌにフォトンをチャージするところまでは可能なのだが、それを刃の形で放出できないのだ。

 何度かやり方を変えてみても、結果は同じ。諦めかけたその時。

 

「レイナさん、攻撃する時にどんなイメージをしていますか?」

「イメージ? いや、特に何もないけど……」

「はあ……それじゃあ、あれを撃てないのも納得ですね」

 

 溜息を吐きながら、呆れられてしまった。自分なりに頑張ってみたつもりだったというのに、かくも一蹴されてはさしものレイナでも心が折れかける。

 しかし、イヴの言い分は至極真っ当だ。フォトンの本質的な力とは「空想の具現」であるため、本人の脳内にある想像・空想・妄想など、ありとあらゆるイメージによって様々な変化が起きる。例えば「エネルギー刃を放つ」というイメージを強く持てば、フォトンもそれに応えて攻撃を可能にできるといったように。逆にイメージが弱ければ、今のレイナのように形にする事ができなくなるのだ。このフォトンの具現化能力は、その気になれば不可能な事はないとまで言われている。

 

「イメージ……イメージかぁ……元々あんまり深い事を考えないようにしてきたから、難しいなぁ」

「もう一度やるので、よく見ていてくださいね」

 

 そう言って、イヴが今一度キレートエディアにフォトンをチャージ、エネルギー刃の形で放出して未だ行動パターンの設定がされず、棒立ち状態だったロックベアにぶつける。

 今の光景をレイナはしっかりと目に焼き付け、まぶたを閉じて想像する。エリュシオーヌに自身のフォトンをチャージして、イヴと同じように剣を振るいブリッツシュナイデンを放つ己が姿を、強くイメージする。

 そして、ついに双眸を見開き、全身の力を込めてエリュシオーヌを振り抜いた。すると音速にも等しき速度でエネルギー刃が放たれ、ロックベアを直撃した。フォトン適性の差によりイヴのそれと比べると小規模ではあるものの、彼女の腕力からなる凄まじいスピードはとても一方ならない。

 

「お……おお、やった! やったよーっ! 成功したよ、イヴちゃ~~ん!!」

「わっ……レ、レイナさん……はしゃぎすぎですよ……全く。ふふっ」

 

 歓喜の余りに抱きついてしまい、はたと気付いてすぐに離れようとしたその刹那、レイナの動きが完全に止まった。その理由は、イヴが初めて笑顔を見せたからだった。

 敢えて指摘はしないが、彼女が少しづつ心を開いてくれているのだと思うとたまらなく嬉しい。内心では、本当は笑えないのではないかと不安を抱いていたレイナだったが、しかし今この瞬間に彼女が浮かべた小さな微笑みは、一欠片の偽りもない「本物」だと感じた。

 初めて出会った時は心の底まで無関心に徹していた彼女が、この一週間あまりで随分と変わったように感じているレイナは、まだ気付いていない。自分自身がイヴの心の扉を開いている事に――。

 

「良かった……本当に、良かったよ」

「レイナさんはセンスありますね。飲み込みも早いので、やり方さえ理解できればすぐものにできるのは、すごいと思います」

「えへへ……なんか、照れるなー」

 

「それじゃ、早速実戦形式で使ってみましょう」言いながらイヴがVR端末を用いてロックベアの行動パターンを設定。通常よりも数段攻撃力を高めにし、高頻度で回避・防御行動も取るようにさせる事で、遥かに手強いものへと仕立て上げていく。そして周囲には小型の原生種も多数配置、これだけの数をいかに素早く捌き、ロックベアの元へと辿り着くかが鍵となるだろう。

 

「おおう……なかなかサディスティックな事をしてくれるねぇ、イヴちゃん」

「レイナさんなら、これぐらい余裕ですよ」

 

 何を根拠にしてそう断言できるのか甚だ疑問だが、それでも強い相手と闘えるというのは、どうしようもなく心が踊り昂る。強敵を前にして、否が応でも口角が吊り上がる今の彼女はまさしく「狂戦士」に相違ない。

 イヴが設定を終えたと同時に、ロックベアは大きな咆哮を発する。真っ先に彼らが目をつけたのは、目の前でエリュシオーヌを構えるレイナだった。今一度吠えるロックベアの声が開戦の狼煙となり、周囲の原生生物たちは一斉に襲いかかる。ところが今の彼女にとって、かくの如き雑兵など敵と数えるに値しなかった。

 己が身長を優に越す大きな剣を、まるで手足を動かすかのような軽やかさで縦横無尽に振り回し、ウーダンなどを始めとするエネミーを一匹、また一匹と、次々に斬り伏せていく。その間にも歩みは止めず、着実にロックベアの元へと近付いていく。

 一日寝ていたせいで体が固まっているという話だったが、そんな枷を抱えているとは思えない軽快な動きだ。

 

「……やっぱりこの人は……戦闘の天才だ」

 

 レイナに大剣を持たせたら、右に出る者はいないと確信した。自分にはとてもできないような動きを目にした今、そう思わずにはいられなかった。戦闘技術だけならばあの六芒星すら目ではないかもしれない。

 この人には、きっと逆立ちしても敵わない――そんな事を考えつつ、イヴも加勢に加わる。そして最後に襲ってきた二匹のフォンガルフを二人同時に斬り倒し、ついにロックベアだけが残った。

 

「さあ、王手だよ」

 

 エリュシオーヌの切っ先を向けての宣言。本人的にはカッコつけたつもりである。

 先制攻撃を仕掛けてきたのは、ロックベアだった。巨大な岩が如き拳を振り下ろし、レイナを叩き潰そうとする。大きな体躯に似合わない速さで迫りくる拳は避けきれないと判断した彼女は、エリュシオーヌを用いて防御態勢を取る。カウンターを狙うでもなく、ただ防御したのは、後ろに頼れる仲間の存在を信じているからだ。

 剣と拳がせめぎ合う後ろで高く飛び上がり、予めソードにフォトンをチャージしていたイヴが得意の「ブリッツシュナイデン」を放った。――ところが、空いた腕でいとも容易く弾かれてしまい、僅かにできた隙を突かれてイヴは殴り飛ばされてしまう。その勢いのままレイナをも左手で握り、吹き飛んでいくイヴに向かって投擲する。すんでのところでレイナはエリュシオーヌを地面に突き刺して無理やりに着地したものの、イヴの方は岩壁に叩きつけられ、小さく悲鳴をあげる。

 

「あぅっ……!!」

「イヴちゃんッ! え……っ!?」

 

 イヴの元へ駆け寄ろうとした刹那、大きな影がかかって足が止まる。直上を見上げると、なんとロックベアが空高く飛び上がり、巨躯を用いたボディプレスで攻撃しようとしていたのだ。

 レイナは考えるよりも速く、咄嗟にエリュシオーヌを思い切りブン投げて、敵の右肩に突き刺す。怯んだ弾みで落下するロックベアの軌道が僅かにずれ、すかさずバックステップでその場から離れると、一目散に横たえるイヴの元へと向かった。

 

「イヴちゃん、大丈夫!?」

「何を、考えているんですか……武器を捨ててまで……」

 

 武器を捨てたのは彼女自身も血の迷いだと、今さらながらに感じている。

 これで代替となる武器を持っていなければ一気に絶望的な窮地に陥っていたが、幸いにもレイナはもう一本武器を手に入れていた。それはある会社が開発した、俗にサーペントと呼称されるシリーズのパルチザン「ライゼノーク」である。一日に数本しか販売されず、かつ価格もそれなりの高級品を予め購入していたのだ。痛い出費ではあったが、それに見合うスペックはエリュシオーヌの代わりとしては充分だ。問題はほとんど使った事のないパルチザンをどれだけ扱えるかという一点のみ。

 

「平気だよ……武器ならこれがあるから。それよりイヴちゃんの方こそ、大丈夫なの?」

「直前にフラッシュガードでダメージは抑えたので、今は少し痛む程度……です」

「それなら良いけど……念のために回復剤は飲んでおきなよ?」

「わかっていま……っ!? レイナさん、避けてッ!」

 

 アークス御用達の回復剤「モノメイト」を取り出した時に気付く。レイナの後ろでロックベアが大木を根こそぎ抜き取り、それを得物として二人に叩きつけんとしていたのだ。イヴはいち早く安全地帯へと避難したものの、レイナは一歩遅かった。退避しようと足を踏み出した瞬間、尋常ならざる腕力によって振るわれる大木の餌食となってしまった。数十メートルという距離を吹き飛ばされ、レイナはその場に倒れ込む。

 助けに向かおうとイヴは走り出したが、すでにロックベアは彼女の間近に迫っていた。追い打ちをかけるように、勢いをつけて右の拳を振り下ろそうとする。

 

「ブリッツシュナイデンも、間に合わない……ッ! レイナさん――ッ!!」

 

 交通事故に遭う寸前の人間というのは、こういう感覚を味わっているのかなと思った。この一秒足らずという短い時間が、イヴにはとても長く感じられたのだ。まるで時間の流れがスローになっているかのように。

 そして――レイナもまた「あの時」と同じような感覚を抱いていた。ダーク・ラグネの攻撃を受けて、意識を失いかけながらも仲間を守ろうと、敵を一掃した――あの時の記憶だけは残っている。実際に何を考え、なぜあのような行動を取ったのかは彼女自身、今でもわからない。しかしあの時とは違って、今は意識がはっきりとしていた。どこまでも冷静で、脳内は限りなく研ぎ澄まされているようだ。現状を打破するためにどうすれば良いのかが、手に取るようにわかる。

 ライゼノークを決して手放さぬよう強く握り締めて、ある一点を見つめたまま跳躍。空いた左手でロックベアの肩に突き刺したエリュシオーヌを取り戻して、勢いのまま敵の背後に移動してみせた。その間わずか二秒である。

 ロックベアは肩から流れる血など厭わず、敵は絶対に逃さないと言わんばかりに振り返り、再び右の拳を振り下ろす。咄嗟に援護しようとイヴが動き始めるよりもずっと速く、レイナは迫りくる右腕をエリュシオーヌで切断。さらに間髪を入れず、フォトンをチャージしたライゼノークで全力の刺突を繰り出し、頭部を貫かれたロックベアは即死した。

 

「んん~~~っ、はぁ……うん、すっきりした!」

「あんな状況から、一瞬で勝利を掴み取るなんて……この人、どこまで――」

 

 もはやレイナに対して、尊敬の念を越えて末恐ろしさすら覚える。それだけ彼女の戦闘技術は常軌を逸している――バーサーカーというよりは、六芒星にも比肩する実力を持つ「聖剣士」の異名で呼ばれたアークスのようだと感じた。

 ダーク・ラグネとの戦闘でもそうだ。彼女はどんな状況に置かれていようとも、直感でどうすべきかを判断して、それを容易く遂げてみせる。コツを掴んだらすぐにブリッツシュナイデンを会得した時から思っていたが、レイナはきっと戦闘に於いては天賦の才を持っている――気がするイヴであった。

 

「……バカと天才は紙一重……か」

「ん~? イヴちゃん、なんか言ったー?」

 

 上機嫌で問いかけるレイナを、なんでもないですよ、と一言であしらい、VR端末を操作して全ての設定をリセット、訓練はここで切り上げてロビーに戻らないかと提案する。対するレイナはロックベアとの戦闘で満足したのか、イヴの提案に同意。そうして二人はアークスロビーに帰還した。



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Chapter 7

「あれ、イヴに……レイナ? 二人が一緒って事は、もしかして任務行ってたの?」

 

 二人がロビーに戻ると、偶然セツナに遭遇。今になってレイナが退院した事を彼らに報告していなかったのを思い出したイヴは、あとでシーザーにも報告しなければ――と考えつつ、改めてこれまでの経緯を説明する。

 レイナの身体に異常はなく、今朝退院した事。そして先ほどまでVR空間で軽い運動をしていた事など。それを聞いたセツナはほっと胸を撫で下ろす。

 

「そっか、良かった。でもまあ……なんかレイナって、殺しても死ななそうだよね」

「それは一体どういう意味なのかなぁ~? セツナくぅん?」

「あははー、レイナってば笑顔が怖いよ~。それじゃあ、ボク用事あるからこの辺で!」

「あ、こら! 逃げるなぁーっ!」

 

 逃げるセツナを追いかけようとしたものの、さしものレイナでも到底追いきれないほどの素早さで、脱兎の如く逃げ去っていった。今度会ったら問い詰めてやろうと意気込み隣で、なぜかイヴまでもが思い出したように用事があると言ってその場を去っていく。

 そしてたった一人取り残されたレイナは、如何ともしがたい寂しさを抱えて、とりあえず腹ごしらえのために市街地へ降りていった。

 

 

 

 時間は遡り、レイナとイヴの二人がVR空間で訓練を行っていた頃。

 シーザーは自室で一人、ビジフォンを用いてある情報を集めようとしていた。

 米俵の中からたったひとつの赤い米粒を探し出すような途方もない作業で、すでに何時間費やしたか――しかし成果は芳しくなく、手がかりになり得そうなものすら見つかりはしなかった。

 彼は彼なりにできる手を尽くして、イヴの謎を突き止めようとしていたのだ。他のデューマンとは大きく異なる肌の紋様と、十年前より以前の記憶がない理由。イヴが自身の正体を知りたがっている以上、それらをどうしても突き止めたい想いがあった。

 シーザーも出来うる限りの手助けをしてやりたかったのだが、上手くいかない現状に苛立ってしまう。

 

「昨日セツナが見つけた『虚構機関』のページも、いつの間にか削除されているな……」

 

 これ以上手はないと、諦めかけていたその時、ふと思い出した。以前一度だけ世話になったアークス一の情報屋を名乗る双子の姉妹がいた事を。

 彼女らを頼れば、もしかしたらイヴの正体に繋がる鍵が手に入るかもしれない。思い立ったその瞬間、善は急げとばかりにシーザーは自室を飛び出して、二人がいるであろうアークスロビー・ショップエリアに向かった。

 

「おやおや、シーザーくん! 久しぶりだね、こんにちはっ」

「どうも、お久しぶり。情報を買いにきたの?」

 

 アークス一の情報屋を「自称」している、尖った耳が特徴的なニューマンの姉妹――あのレイナよりも一回りほど大きな乳房を持つ姉のパティと、全く揺れる余地などない乏しい胸を持った妹のティア。

 情報屋という通り、二人は大小を問わず千差万別ありとあらゆる情報をアークス・市民に売る情報屋を()()()やっている。ちなみに金銭のやり取りはマイショップなどもある手前、ある程度は容認されているため特段問題視はされていない。

 むしろ問題なのは彼女ら――もとい、姉・パティの言動などの立ち居振る舞いの方である。というのもパティはかなりの「バカ」であり、随所でボケる。それを妹であるティアがツッコむのは様式美であり、漫才を彷彿とさせるやり取りから漫才師だと勘違いする者が続出している。

 そして情報を集めているのも九割型ティアであり、パティは基本的に何もしていない。とは言え二人から齎される情報はほぼ確かなものであり、どこで手に入れたのかは定かではないものの、有志のアークスが検証した結果その正確さは脅威の九九・九パーセント。アークス一の情報屋を自称するだけの事はあると、一部では専らの評判である。

 

「ああ。ひとつ……尋ねたい事があってな」

「おおーーっと! あいや、ちょーっと待ったぁっ!」

 

 ティアから情報をもらおうとしていたシーザーの前に割って入り、パティが待ったを宣言。これから商談を始めようというティアはもちろん、シーザーとて大の字で立ち塞がる少女を前に唖然とする他になかった。

 なぜ止めるのかと、ティアが問うた。すると返ってきた答えは「ティアも知ってるでしょ!」まだ今ひとつ要領を得ない。一体何を言っているのかという意思を孕んだティアが目で見つめ返すと、パティは次の言葉を発した。

 

「ほら、こないだの! ティアも会ったでしょ? あたし、あの人と専属契約を結ぶ事にしたからっ」

「そんな話聞いてないんだけど」

「うん! 今言ったからねー!」

 

 その時、ティアの内でブチッと、何かがキレた。

 そして彼女はそこはかとない恐怖すら感じる満面の笑顔を決して崩さず、パティにこう言った――「向こうに“あの人”がいるよ」と。するとパティは目の色を変えて、ティアが指差す方向へと一目散に駆けていった。

 シーザーには二人が口にした、パティ曰く専属契約を結んだという「あの人」が誰なのかは皆目見当もつかないが、今はどうでも良い。とにかく邪魔者がいなくなり目的を果たせるようになったのは、ティアに感謝せねばなるまい。そのやり口は置いておくとして。

 走り去っていく姉の姿が見えなくなったのを確認して、ティアは振り返って頭を下げた。

 

「バカな姉で本当にごめんなさい。たぶんあの人がいない事に気付いたらすぐに戻ってくると思うから、一旦場所を変えましょうか」

 

 ティアに連れられて、ロビーエリア二階にやってきた。ロビーを一望できるこの場ならばパティがいればすぐわかるし、邪魔も入らないだろうという事で、早速商談を開始する二人。

 まずどんな情報が欲しいのかを問われ、シーザーは迷わず答えた。彼が欲するのはただひとつ――「虚構機関に関する情報をくれ」と。

 その言葉を耳にした直後、ティアの表情が険しいものに変わる。

 

「……その情報の取り扱いは、リスクが伴うわ。金額も相応に高くなるけれど……それでも良い?」

「構わない。リスクがあろうとなかろうと、金額が高かろうと。そんな瑣末な事を勘定に入れている余裕はないんでな」

 

 シーザーの言葉を耳にしたティアは、一呼吸を置いて再び口を開く。

 

「……わかった。なら虚構機関――ううん。『ヴォイド』についての情報を教えるわ」

 

 

 

 ヴォイド――それが、このオラクルで最大級と言われる研究部・虚構機関の正式な名称だ。総長にはルーサーという、謎多きニューマンの男が座している。

 研究内容は主にアークスのための技術開発だが、それはあくまでも表向き。裏では今や広く知れ渡っている「造龍」といった兵器の開発を行うなど、とても人道的な組織とは言い難い。

 もちろんアークスはその存在を把握してはいる。それでも今日に至るまで摘発できていないのは、ヴォイドが研究部の中で唯一「総司令局」直轄の部署であるためだ。

 対ダーカー戦闘部隊「ARKS」を含む複数の部署を統括し、各部に司令を送る総司令局の直轄とはすなわち、アークスはおろか六芒星でさえその権限を用いても摘発は不可能である事を意味する。

 なぜヴォイドが総司令局の直轄なのか、それは総長たるルーサーが関連しているとティアは睨んでいるが、今のところそれに関する情報は手に入っていないらしい。ルーサー自体があまり表に出てこない事もあって、難航しているようだ。

 

「ヴォイドについては把握した。もうひとつ……オレはやつらが開発した造龍と、デューマンは何らかの関連があると踏んでいるんだが、お前はどう思う?」

「驚いた……そのふたつに関連があるなんて、普通は考えもしないはずなのに」

 

 ティアは本当に驚いたような顔で言う。

 シーザーの推測通り、造龍とデューマンは一見無関係のように見えて、実は根幹の部分で深く関わっているのだ。

 数ヶ月前にヴォイドとはまったく繋がりを持たない、デューマンの研究を行っている部署「ルフト」が無造作に集めたデューマン三〇名に対して精密検査を行った結果、全員から漏れなく造龍の遺伝子が検出されたという。それが齎した影響はオッドアイと角、そして肌の紋様といった身体的特徴の他、元となったヒューマンを遥かに凌駕する筋力を持っているなど。これは筋肉の有無などに関わらず、デューマン元来の性質であると推測されている。

 造龍の空間転移能力やダーカー捕食によるパワーアップなどは受け継がれておらず、それだけならば特別問題視するようなものではないとも思われるが、デューマン全てが造龍の遺伝子を持っているなどという事実が表沙汰になれば大混乱に陥る事は必至。そう判断したルフトの所長は検査結果を全て廃棄、集めたデューマンたちにも何ひとつ情報を与えず、なかった事にしたのだ。

 いつ、どこで、なぜヒューマンに造龍の遺伝子が混ざったのか、その結果デューマンという種族が生まれたのは偶然なのか、はたまた必然なのか。それらは未だ闇の中だ。

 

「デューマンを生んだのはヴォイドなのか?」

「うーん……デューマンが発生し始めた時期は、ヴォイドが造龍計画で慌ただしい頃だったから、直接の因果関係はないと思う」

 

 どこかの研究部が何らかの方法で造龍の細胞を手に入れ、ヒューマンのものと掛け合わせたのではないかとティアは推測しているが、如何せん情報が不足しているため真相は定かではない。

 しかし、その辺りの事情はシーザーにとってはどうでも良い事だ。今一番欲しいのはそこではなく、もっと別のものなのだが――。

 

「最後に……」

 

 最後に造龍計画とは別に、子供に対して造龍の能力を継承させようとしたような研究部があるのか否か――それを問おうとした瞬間、背後から自分の名を呼ぶ声が聞こえて、シーザーはおっかなびっくり振り返る。そこにいたのは、

 

「イ、イヴ? なぜ……ここに?」

 

 イヴは、VR訓練所からロビーに戻ってきてすぐ、ゲートエリア二階に見知らぬ少女といるシーザーの姿が見えて、レイナには「用事がある」と言って、ここまでやってきたのだ。

 

「たまたま……シーザーさんがいるのを見かけて、声をかけただけです。お邪魔だったらすみません」

「いや、それは良いが……」

 

 今の会話を聞いていたのか、と問おうとして咄嗟に口を噤む。

 もし聞いていなかったとしたら、詮索を受けて窮地に立たされる可能性がある。聞いていたのならそれはそれで厄介な事になり得るが、敢えてここで言及はしない。聞いていたにしろ、聞いていまいにしろ、肝心要の部分はまだわからないままだ。可否に関わらず、今すぐにはどうこうなるという事はないだろうと、シーザーは判断した。

 ただし、イヴの「たまたま見かけた」という言葉、半分は嘘だ。偶然彼の姿を目にしたのは確かに事実だが、しかしここへ来てから今までにシーザーとティアが交わしていた会話を、全て聞いていたのだ。

 本当は最後に何を聞こうとしていたのかをそのまま立ち聞きしているつもりだったが、なぜか途端に怖くなって、思わず声をかけてしまった。

 真実(それ)を聞いたが最後、きっと現在(いま)失くなる(壊れる)から――漠然とした予感でしかないが、それでも今一歩踏み出す事ができない自分は、どうしようもなく臆病者なのだと実感してしまう。

 

「……ごめんなさい。急用を思い出したので、失礼します。今回の料金については後ほどメールを送りますね」

 

 そう言って、ティアはそそくさと早足で去っていった。意味ありげにイヴを横目に見つつ。その行動に疑問を抱きはしたものの、直後にシーザーから声をかけられた事ですぐにその思考は脳内の片隅に追いやった。

 

「そうだ。レイナはどうだった? 会いに行ったんだろう?」

 

「会いに行ったんだろう?」という言い方が物凄く引っかかりはしたが、聞かなかった事にした。

 レイナは存外に何ともなかった事、メディカルセンターを出てからはVR訓練所で軽い運動をして、今しがた戻ってきた事を説明する。と軽く安堵したように、シーザーは穏やかな表情を見せた。

 先ほどまで険しい顔をしていたため、イヴも少し安心した。

 

 ホッとしているのは、きっとまだ真相を知らなくて済むからだろうと、イヴも自覚していた。自分で協力を仰いでおいて、こんな事を考えていると知られたら軽蔑されるかもしれない。そう思いつつも、本心を打ち明けられない自分が少し嫌になる。



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Chapter 8

「聖剣士という言葉、聞いた事はありますか?」

 

 ゲートエリア一階に続く階段を降りながら、唐突にイヴが問いかけた。対するシーザーは当然の如く「知っている」と答えた。あとに「むしろ六芒星と並ぶほどの有名人だ」と付け足す。それは彼女が予想していた通りの返答だった。

 シーザーの言う通り、聖剣士「ルイト」の存在はアークスになったばかりのイヴでも知っている。六芒星にも引けを取らない実力の他にも部隊の統率力を持ち合わせ、生存能力も高かったと、生前の彼を知る者は語る。

 六芒星の一・レギアスから直々に、空席だった四番に就いて欲しいとのスカウトも受けたらしいが、彼はなぜか拒否した。その真意は今や何人たりとも知る術はない。そして稀有な逸材であったルイトがなぜ、如何にして戦死したのかも今以て不明である。

 物的被害・人的被害ともに甚大だった二二八事変。それでも彼が戦死するという事態は、未だに信じられないという人間も多い。並のダーカーなど比較にもならない強大な、それこそ「ダークファルス」との戦闘でもない限り、聖剣士が敗れるなどあり得ないとも言われているが、真実が定かではないのが歯がゆい。

 

「しかし、なぜ突然聖剣士の話題を振ってきたんだ?」

「……レイナさんが、彼に似ているなと思って」

 

 レイナが聖剣士に似ている。VR空間での訓練を終えてからずっと、彼女の中でそんな思考が渦巻いていた。シーザーとてそれには概ね同意だった。

 アムドゥスキアの洞窟エリアでレイナが放ったオーバーエンドが、シーザーの目には聖剣士のものと重なって見えたのだ。その規模はまるで比較にはならなかったものの。

 加えて彼女が用いていた大剣「エリュシオーヌ」は珍しい武器であり所有しているアークスは極めて尠少だが、同時に聖剣士が使っていたものとしてあまりに有名なものなのだ。

 

「関連はありそうだが……確証がなければ、断定はできないな」

「関連……そういえば」

 

 シーザーの言葉で、イヴが認定試験直前に交わしたレイナとの会話を思い出す。

 エリュシオーヌという希少な逸品を持っている事に驚いた彼女に対して、その武器を「昔父親が使っていた武器」だと言ったレイナ。

 

「……もしかして、あの人の父親が聖剣士だったのではないでしょうか」

「あり得るな……おっと。噂をすれば……というやつかな」

 

 ゲートエリアの一階に降りて間もなく、中央テレポーター前にてぐっと背伸びをするレイナの姿を目にして、シーザーがつぶやいた。

 市街地の飲食店にて食事を済ませたのち、これから何をしようか考えていた矢先にイヴとシーザーの二人が彼女に歩み寄って声をかける。すると「グッドなタイミングだよ~!」と言いながらイヴの手を取ってぎゅっと握り締めた。

 突然イヴが姿を消し、さらに暇を持て余して頭がおかしくなりそうだったところにやってきて、希望の光が見えたとわけのわからない言葉を口にして、イヴもタジタジである。むしろ手を握られて恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。

 

「ねっ、どっか行こうよ! どこでも良い、とにかくこの暇を潰したいのッ!」

「一人で行けば良かったのに……」

「まあ、良いじゃないか。一人よりも大勢で行った方がその分ラクで……楽しいだろう? そうだな。今度はリリーパにでも行ってみるか?」

 

 今確実にこの男は「ラクできる」と言いかけた事を、イヴは聞き逃さなかった。――が敢えて指摘はしない。

 歯に衣を着せず言えば、大勢なら「ラクできる」というのはあながち間違いでもない。果たして後方支援であるレンジャーがラクをできるのかは不明だが、何にせよイヴ自身も大勢の方が良いという意見には同意だった。

 シーザーの提案に首を縦に振るレイナとイヴを連れてクエストカウンターに向かったその瞬間、別方向からやってきた一人の女性の姿を見た瞬間動きが完全に停止してしまう。

 

「あァ? 誰かと思えばシーザーじゃねぇか。エクストリームクエスト以来か」

「げ、トワ……」

 

 十八歳の少女としては高身長なレイナにも迫ろうという背丈、浅黒い肌には至る所に戦闘で負ったであろう傷が無数に存在する――トワと呼ばれた彼女は、シーザーと同期のアークスだ。

 そんなトワと顔を合わせて、バツが悪そうにするのは彼女がシーザーの苦手なタイプだからである。

 数ヶ月前にひょんな事からVR訓練プログラムのひとつである「エクストリームクエスト」をともに踏破して以来、あまり顔を合わせないようにしていたのだ。

 会いたくはなかったのだが、出会ってしまった現状。この場で項垂れたい気持ちでいっぱいなシーザーであった。

 

「……知り合い……ですか?」

「ああ……まあ、そんなところだ」

「ツレねえ反応だなァ、オレはお前に感謝してんのによー」

 

 レイナとイヴは、おおよそ同じ女性とは思えない粗暴な口調に、唖然とするしかなかった。男らしいとか男勝りとか、そんなレベルではなくもはや完全なる「男」としか思えない。

 トワの言葉にあった「感謝している」という事について、イヴが問いかけると。

 

「ああ、以前こいつとエクストリームクエストに行く事になったんだがな……」

 

 数ヶ月前のある日。トワは己の実力がどれほどのものなのかを知るため、高難易度と噂のエクストリームクエストに挑戦しようかと思案していたのだが、パスを所持している数人の知り合いを誘っても「カリンの声はもう聞きたくない」などの理由で断られてしまった。

 一人での挑戦もできなくはないが、それはとても恐ろしくてどうすべきか思い悩んでいた頃に、偶然同じくエクストリームクエストに挑もうというシーザーに出会い、根気強く頼み込んで彼とともに挑戦したのだ。

 ところが驚くべき事に、初対面での共闘にも関わらず、二人は抜群のコンビネーションで見事五十ステージもあるエクストリームクエストを踏破、報酬である「魔石」を入手したという。

 魔石とは特殊なフォトンを宿した石の事。ハート形のハートキー、三日月形のブラッディムーン、勾玉形のファントムナイトの三種があり、それぞれ一定数を集めて所定の部署に提出する事で強力な武器かユニットを製作してもらえる。とはいえ入手難易度からその武具を所有している者は非常に少ない。シーザーとてあれが初踏破だったため、未だ魔石の数はひとつだけだ。

 トワの言葉にあった感謝しているというのは、エクストリームクエストで世話になった事に対してなのだが。

 

「どうもコイツには嫌われてるみたいでなァ」

「いや、別に嫌いというわけではないんだが……口調がダメなんだ。もう少し女らしい振る舞いをしてほしいものだな」

「あ~……」

 

 それは凡そ想定通りだった。

 女性にはあまりに相応しくない「オレ」という一人称、女性然とした要素など欠片もない喋り口調。それらを「ダメ」だと言ったのは、決して恐怖等の感情を抱いている故ではなく、ただ単に受け入れられないのだ。

 

「姉さんの口調(それ)はどうしようもないから、諦めた方が賢明だよー」

 

 突然かけられた声。振り返るとそこにはセツナが立っていた。軽く手を上げて挨拶する彼に、トワを除いた全員が疑問を覚える。今セツナが口にした「姉さん」という言葉に対してだ。

 ひとつの可能性が脳裏に浮かんだレイナが、それを言葉にする。

 

「も、もしかして……トワさんって、セツナのお姉さん!?」

「ああ、そうだよ。セツナ(こいつ)はオレの……あー、妹みたいなもんだ」

「ん……なんですか? みたいなものって」

「ははは! まあ、細けえこたぁ良いんだよ!」

 

 セツナの性別を知るレイナだけは、なんとなく理解できた。

 姉であるトワが弟の女装趣味を隠そうとして、敢えて「妹みたいなもの」という曖昧な言い方をした事は、火を見るよりも明らかだった。

 そのような事実が露呈すれば、周囲の人間がどのような反応をするかわかったものではないため、安易に公言するのは控えた方が良いと思っての事だと考え、レイナはこの件に口を挟むのは避けておく。

 その後トワはセツナを連れて、そそくさとスペースゲートへと向かっていくので二人で任務へ行くのかと問いかけると、肯定の言葉が返ってくる。

 

「セツナがクラスを変えたんでな、その試験運用だ」

「そそ。リリーパの砂漠にちょっとね。ファイターもリリーパも初めてだから、ちょっとドキドキだよ~」

 

 認定試験の時やアムドゥスキアでのクエストではハンターだったセツナが、ファイターにクラスを変更したためその試験運用として、リリーパへ赴くという事だ。

 

 念のため説明しよう。

 今期からアークスになったレイナたちの世代は「第三世代」と呼ばれるが、それ以前のアークス「第二世代」はフォトンの特化傾向が一辺倒であるため、ひとつのクラスにしか適合できない。その傾向を無視してクラス変更を行うと、当然相性が良くないため戦闘では上手く立ち回れず、味方の足を引っ張る事になる。

 打って変わって「第三世代」には特化傾向を自在に変えられる力が備わっており、あらゆるクラスに適合可能という研究結果が出ている。それでも各々の性格などにより向き不向きは生じるため、第三世代であってもレイナのようにひとつのクラスだけを極めようとするアークスも少なくない。

 セツナはというと、ハンターの力を上手く扱えず、パルチザンも自分には合わないとしてファイターにクラスを変更したのだ。なぜファイターを選んだのかは、姉の熱い推薦を受けたため。その勢いに圧されてかつて彼女が使っていたお古の鋼拳「ファイティングビート」も受け取ってしまい現在に至るわけだ。

 

 

 

「おい、セツナー! そろそろ行くぞー」

「あ、今行くよー。ごめんね、それじゃ!」

「ん……あの二人もリリーパに行くなら、向こうでまたハチ合わせるかも?」

 

 足早に去っていくセツナを見送りつつ、改めて気付かされる。あの二人もリリーパへ赴くのなら自分たちと再び遭遇するのではないかと。

 ともあれ当初の予定通り、シーザーも惑星リリーパ・砂漠エリアのクエストを受注、キャンプシップに乗り込み目的地に降りる。

 砂の惑星とも言われるリリーパは、その通称通り地表部分はほぼ砂で覆われており、砂漠エリアなどでは砂嵐も頻発する、アムドゥスキアとはまた異なる過酷な星である。

 オラクルに発見される前は文明もあったようで、そこかしこに資源が残されており、アークスもたびたびそれらを掘り起こすなどして有効活用している。

 その文明は何らかの要因によってすでに滅亡、彼らが使役していたと見られるロボット「機甲種」は惑星全土に渡って放置されたまま残っているが、経年による劣化でシステムが壊れているのか一切の制御を受け付けず、さらにダーカーの侵食も受けている個体もあり、アークスの敵性存在として指定されている。

 今回レイナたちがやってきたのは、地表部分の大半を占める砂漠エリア。文字通り砂だらけのエリアであり、頻発する砂嵐への対策としてアークス側ではゴーグルの着用を推奨している。ダーカーの数も他の惑星と比較すると多く、とても危険な場所だ。

 

「うひゃー、ホントに砂まみれだねぇ」

「流石……砂の惑星と言われるだけはありますね」

「ほら、お前たちもそいつを付けておけ」

 

 そう言って二人に投げ渡したのは、砂漠探索用に販売されているゴーグル。「砂嵐に見舞われても、大切な目を守ってくれる心強い味方!」がキャッチコピーの売れ筋商品である。実際に砂嵐が発生していても、これを付けていれば一〇〇パーセント目を防護してくれるスグレモノだ。

 早速二人もゴーグルを装備して、砂に塗れた惑星リリーパの探索を開始する。

 しかし探索とは言っても、ここでの任務は暴走した機甲種の鎮圧、ダーカーの殲滅が主であり、遺された資源の回収などは戦闘以外の分野で活動する別部隊が行うため、他の惑星とやる事はあまり変わらない。無論その別部隊もアークスであるが故、護衛の必要もない。

 

「砂と機械にまみれた星ってだけで、他とあんまり大差ない感じかなー?」

 

 広大な砂漠を歩きつつ、周囲を見渡しながらレイナがつぶやいた一言に、シーザーが「それは違う」と指摘。

 ここリリーパは、ナベリウスやアムドゥスキアと比べ、ダーカーの出現率が段違いだ。特に蟲型ダーカーの割合が顕著で、機甲種含め資源回収の妨げにもなりうる。それらを殲滅すれば他の任務が捗る上に、現在進行中の採掘基地建設計画も円滑に進むというもの。ここでの任務も決して無駄になるものではないのだ。

 

「なるほど……ところで採掘基地ってなに?」

「お前は言葉も理解できないほどのバカだったのか……おれは少し残念だよ」

「いや、流石に理解できるよ!? あたしが知りたいのは、なんで採掘基地なんて建ててるのかってとこっ!」

 

 冗談だと軽く笑みを零しつつ、咳払いをひとつして口を開く。「実は理由はよくわかっていない」と。

 唖然とするしかなかった。それっぽい雰囲気を作りつつも、飛び出した言葉がわかっていないとはどういう了見かとまくし立てる事もできなかった。

 しかしそれは仕方のない事でもある。というのも採掘基地についての仔細は一切公表されていないのだ。多くのアークスはその名前から、地中に眠っている資源を掘り出すための施設だと解釈しており、詮索しようとする者もほとんどいない。

 

「だが、資源枯渇問題を抱えているわけでもなし、わざわざ大仰な採掘施設を建てるのには何か他に理由があるとは思うがな」

「確かに。いくら資源が豊富な星と言えども、大規模な施設を用いるほどに掘り起こす必要はない……そう考えると、妙ですね」

「じゃあ……だとしたらどうして採掘基地なんて建てるのかなぁ」

「それを知るのはお上のみってな」

 

 皮肉が混じったような言い方でシーザーがつぶやいた矢先、三人の前にどこからともなく巨大な影が現れる。

 四本のアームを持つ、他の機甲種と比べると比較的人に近い形態をしたそれは「トランマイザー」だ。人形形態と戦車形態を使い分けて攻撃を行う変わった機甲種で、本来はリリーパの地下に存在する広大な坑道を護る兵器のはずだが、侵食の影響からか砂漠などのエリアに出現する事も多々ある。

 人形形態ではアームを用いた接近戦を行い、戦車形態では重火器での射撃戦を行う。特に警戒すべきは戦車形態時のミサイルポッドから放たれる無数のホーミングミサイル。追尾性能が非常に高いため回避が難しく、まともに受ければ大ダメージを負うのは必至だ。

 

「ナイスタイミングなご登場。砂ばっかり見てて、ちょっと飽きが来てたところなんだよねぇ」



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Chapter 9-1

砂の惑星「リリーパ」は砂漠エリアに訪れたレイナたちだったが、その前にどこからともなく現れた、頑強な鋼の体を持つ機甲種のトランマイザー――。

 

「気分転換にはちょうど良い相手ですね」

「前回同様、おれは後方支援、お前たちは接近戦担当だ。それと……念の為言っておくがレイナ、無理はするなよ」

「肝に銘じておきます……」

 

 レイナは彼の注意喚起に返答しつつ、エリュシオーヌを構える。

 イヴとシーザーも同様に武器を手に取り、いざトランマイザーとの戦闘を開始する、と思ったが早いか、背後から突如出現した巨大な鋏のようなモノに挟まれ、鋼のトランマイザーを一瞬のうちに砕かれてしまう。

 シーザーにはそれの正体がすぐにわかった。機甲種ではない――ダーカーだ。

 サイズはアムドゥスキアで遭遇したダーク・ラグネよりは控えめだが、口元から伸びる巨大な顎は眼にしただけで一歩後ずさってしまうほどの威圧感を放っている。

 そんな大顎を持ったダーカーの名は「グワナーダ」。無数の触手と地中を潜行する能力を持つ大型ダーカーの一種であり、この砂漠ではよく出現するエネミーである。トランマイザーを容易く粉砕したことからもわかる通り、顎の力は至極強烈だ。

 

「気をつけろ。地中に潜られたら、どこから現れるかわからない……触手の動きにも警戒しておけ」

「――だったら、地上に出ている今に叩き潰すのが最上ォーッ!!」

 

 地中に潜る前に倒すという作戦は理に適っている。しかし現実はそう甘くはなく、レイナがエリュシオーヌを振りかざしたその刹那、グワナーダは地中に潜ってしまう。

 エリュシオーヌはそのまま地面に激突、凄まじい轟音を鳴り響かせるのみだった。「言わんこっちゃない……」シーザーは掌で顔を覆う他にない。

 

「あ……アレ?」

「良いから戻れ!」

 

 シーザーの指示で、一先ずレイナは二人の元へ戻り、その場で全員が背中を合わせて全方位を見渡す。

 地中に潜ればレーダーでは探知できない。今どこにいるのかも、どこから現れるのかもわからないし、あるいは本体は姿を見せずに触手で攻撃を仕掛けてくるかも知れない。

 

「どこから……出てくる……!? はッ!」

 

 周辺を見渡していたシーザーがふと視線を下に移した事で気づく。

 レイナとイヴ、それぞれの足元からわずかにグワナーダの触手が地上に出てきていたのだ。二人に教えようとするよりも早く、それは素早く飛び出してきてレイナたちの体は拘束され、突飛な事で二人は握っていた剣も手放してしまい、万事休すという状況に陥る。

 

「ううっ……! こ、これは、グワナーダの触手ッ!?」

「し、しまった……武器がッ」

 

 さらに助け出そうとするシーザーの背後にグワナーダ本体が現れ、大きく振るわれた顎によって吹き飛ばされる。そのまま先に彼を仕留めるつもりなのか、レイナとイヴは拘束したままで、数十メートルは吹っ飛んだシーザーの元に近付いていく。

 腕力に自信のあるレイナたちではあるが、力いっぱいに抵抗してもびくともせず、それどころか藻掻けば藻掻くほど締め付けは強くなる一方だ。シーザーを助けようにもまったく動けない状態で、仲間が大顎の餌食になる瞬間を、黙って見ているしかできなかった。

 イヴは口惜しさから小さく彼の名をつぶやき、シーザー本人も諦めかけた、その時。

 

「……めるな」

「レ……レイナ……さん?」

「……諦めるなぁーッ!! シィィザ――ァァァッ!!」

 

 これまでに聞いた事のない、レイナの絶叫。グワナーダの触手に締め付けられながらも腹に目一杯の力を込めて叫んだその声はシーザーの耳に確と届いた。

 彼女の言葉で、大事な事を思い出す。

 この戦場に於いて、アークスがダーカーに背を向けるわけにはいかない。ここで闘いを放棄して死んだのなら、それはアークスとしてではなく、ただの臆病者としてだ。死ぬのならせめて、アークスとして闘って死にたい。死ぬ気などサラサラないが、それくらいの覚悟がなければ先へは進めないのだから。

 シーザーはインフィニットコランダムを仕舞い、次の取り出したのは真っ赤な塗装が目を引く大砲「レッドスコルピオ」。とある集団が好んで使用していたとされる光線砲だが、恐ろしいのはあらゆるものを瞬時に蒸発させてしまうほどの熱量を発するという点。だが敵の至近距離からそれを放てばシーザーも無事では済まない。故に敢えてトリガーには指をかけずに片手で構えを取り、そして。

 

「た、大砲で……ッ!?」

「――殴るんだよォッ!!」

 

 なんとシーザーは、叫びながらグワナーダの顔面をレッドスコルピオでブン殴ってみせたのだ。途轍もない衝撃によって敵は怯み、その弾みでレイナたちを拘束していた触手が解かれ、晴れて二人は自由の身となった。

 すかさず十メートルほど後ろに下がったシーザーは再びインフィニットコランダムに持ち替えてさらなる追撃、そして武器を取り戻したレイナとイヴが周囲の触手を叩き斬った事でグワナーダはダウンし、地中にて隠れていた大きなコアが露わとなる。

 ここを勝機とばかりに三人は一斉にコアへの集中攻撃をかける。――しかし、それでもまだ倒れないグワナーダは起き上がった途端、至近距離にいたレイナたちをその大顎で挟もうとする。

 

「ちぃ……まだそんな悪あがきをッ」

「止めます、レイナさんッ!!」

 

 イヴの言葉に「わかってるってッ!」と答え、二人同時に左右の顎を大剣で受け止める。この間シーザーにはインフィニットコランダムによって攻撃を続けてもらうよう叫ぶレイナであったが、当の本人は武器を構えつつも渋い顔色だった。

 当然だ。レイナとイヴが射線上にいるのだから、安易に射撃を行おうものならとばっちりを受けて負傷させる事になりかねない。

 脳をフルに活用して打開策を探し始めたその時だった。少女と思しき叫びが聞こえたが早いか、空から人影が降ってきてグワナーダの頭部を拳で殴打、さらに敵の後方からは巨大な光の拳が飛んできて、直撃を受けたグワナーダは今度こそ消滅を迎えた。

 突如現れたアークスの正体とは――

 

「セツナ! それにトワさんまでッ! なんでここに!?」

「やっほー。さっき言ったはずだよ、もしかしてもう忘れちゃった?」

 

 セツナに言われてはたと気づく。ロビーで彼らと遭遇した際、トワの話には「クラスを変更したセツナを砂漠へ連れて行く」とあった。ならばここでまた会ったのも、道理と言える。

 あらかたファイターでの闘い方をその身に叩き込まれて帰還する寸前、グワナーダを相手に苦戦していたレイナたちを遠目から発見した二人が助太刀に参ったというわけだ。

 トワは開口一番「あんなの相手に四苦八苦するとはオマエらしくねーなァ?」と嫌味に口角を吊り上げてシーザーを嘲る。

 

「ぐ……し、仕方ないだろう。おれはずっと独りで戦ってきたんだ……慣れていないだけだ」

「あははっ! そういえば、ダーク・ラグネにもずいぶん苦戦しちゃったしねー」

 

 ともあれセツナたちには助けてもらった礼を述べ、五人はアークスシップに帰還。トワ以外の四人は「明日集まって研究所の調査を行う」との約束を交わし合い、その後解散となった。

 

 しかし翌朝、誰もが思ってもみなかった事態が起こる。

 目覚めて真っ先にイヴの目に入ったのは、彼女の端末が受信した一通のメッセージだった。件名は書かれておらず、差出人も不明。いかにも怪しげだがなぜか無視できなかったため、メッセージの中身を開いてみる。

「市街地エリアD-四八地区にある研究所『フリーデン』に来い。拒否するようならば、君の仲間が酷い目に遭う事になるよ」

 その本文を目にした瞬間、差出人が誰なのかを理解した。かつてナベリウスで遭遇した研究部にも所属しているというアークスの男だ。あれ以降一度も会わなかった彼が突然、自分にこんなものを送ってくるのは、何か理由がある。何となくそう感じたのだが。

 

「それにしても、低レベルな脅し……やっぱり無視しておくべきだったかな」

 

 レイナを襲ったところで返り討ちにされるのは目に見えている。セツナも実力はともかく逃げ足だけは他の追随を許さない。シーザーだって木っ端なアークスよりも遥かに実力はあるのだ。

 そもそもロビーにいる限り、アークスが同じアークスを攻撃する事はできない。その所以は「リミッター」と呼称されるロビー・ショップエリアなど全域に渡り展開されているシステムにある。簡単に言えばロビー内でフォトンアーツやテクニックを行使不能にするもので、これにより基本的にロビー内での戦闘行為はできないようになっている。

 こんな下手な脅しに引っかかるほど馬鹿ではありませんよ、と端末の画面に向かって吐き捨て、その後着替えを済ませたイヴはロビーへと降りていった。

 

 だが彼女の予想は、思わぬ形で外れてしまう事となる。

 アークスロビー二階。約束の時間まで暇を持て余していたレイナがぼんやりと歩いていたところにキャストらしき影が近づいてきて、彼女の首元に何かを突きつける。咄嗟に身を避けようとしたものの、キャストの声で動きが止まる。

 

「おっと、動かない方が良いよ。少しでも避けようとしたら、こいつでお前の首を掻っ切るからな……ま、どの道掻っ切る事にはなるけどね」

「っ……な、何者……? あたしを、殺すつもり……?」

「ああ、そうだ。アタシはハイ・キャスト試作三号機、タイプ・アルファ――アークライト。ある人物から命令を受けたんで、恨みはないけど死んでもらうよ」

 

 かような状況でも、レイナは冷静だった。

 彼女が口にした「ハイ・キャスト」というものが何なのかはわからないが、とにかく現状の分析を行う。まず首元に突きつけられたモノはアークス向けの武器である事がわかる。

 形状からソード、エリュシオーヌほどではないもののリーチはそれなり。その刃はフォトンではなく、実体剣だ。フォトン行使ができないこの空間に於いて、実弾銃や実体剣といったものは危険だ。そして相手がキャストである以上、生身のレイナに肉体の屈強さで優る事は決してない。かなり分が悪い敵であると言えよう。

 状況分析を終えたレイナは結論を出す。フォトンでの肉体強化すらできない。この場で闘ってもアークライトに勝てる見込みはないに等しい今、取るべき行動はただひとつだ。

 

「……逃げるしかない」

「なんか言った?」

「ふんッ……逃げるって、言ったのよ!!」

 

 直後、アークライトの身体に全力の蹴りを入れ、怯んだ隙を利用して一目散にその場から走り去るレイナ。一階へ、敢えて階段は使わずに落下防止用の柵を飛び越えて着地。そのままスペースゲートへと突っ走る。

 そして適当なキャンプシップに搭乗、行き先を自由探索の許可が降りているアムドゥスキアの洞窟エリアに設定して船を出した。しかし彼女は今逃亡しているのではなく、敵を戦場へと誘導しているのだ。

 何の理由があって自分が殺されなければならないのか、それはレイナにわかるものではないが、素直に殺されてやる気は毛頭ない。ならば全力で抵抗するしかあるまい。

 故に戦闘が可能な各惑星のいずれかへと赴き、そこでの決着を狙ったのだ。またわざわざアムドゥスキアの洞窟を選んだのは、意外にも彼女にしては考えなしという事でもなかった。

 

「ここなら……いける。いくらキャストでも、超高温の溶岩に耐えられるほど頑強には……ッ!?」

 

 独り言をつぶやいていた最中、凄まじい殺気を感じて咄嗟に数メートル先に回避。直後に上空から何かが落下してきて、大量の土煙が舞い上がる。落ちてきたのは先刻のキャストが手にしていた大剣だった。本人も程なくしてキャンプシップから降下、レイナの眼前に着地した。

 

「こんな場所に誘導とは……ロビーじゃあ勝ち目がないと言ってるようなモンだよ? アタシはロビーだったとしてもお前を殺せたんだけどね」

 

 アークライトの言葉に対し、レイナは素直に肯定した。リミッターが存在するロビー内ではほとんど勝てる可能性はないと。

 だがここならば確実に勝てる、レイナにはその自信があったのだ。

 

「ここに誘導したのは、あなたをスクラップにするためよ」

「ほおー? ずいぶんと強気な発言してくれるじゃないか。あんまり侮ってると痛い目見るよ?」

 

 侮っているからじゃない。自分の力を信じているから、必ず勝てる自信があるから。

 レイナはエリュシオーヌを取り出し、先制の攻撃を仕掛けた。

 レイジングスパークと名付けたそれは、武器にチャージしたフォトンをビーム状に放つ遠距離技。アサルトライフルのフォトンアーツ「エンドアトラクト」やテクニックなどから着想を得て考案したもので、同じ遠距離に対応できるブリッツシュナイデンとは違ってリーチは短めだがその分、フォトンを収束させて放つため威力は高い。

 虚を突かれた攻撃に、アークライトは避ける事も叶わず直撃を受けて吹き飛ばされる。その先にあったのは「溶岩湖」――それもかなりの深さがある。

 レイナの狙いはこれだ。正攻法だったとしても勝てる自信はあったが、敵の力量は不明のため最も安全かつ確実な手段を取る事にしたのだ。

 

「ぐあああっ! バカなッ……クソ! お前、最初からこれが目的で……ッ!!」

「あなたの罪は、このあたしを殺そうとした事ッ! よって判決・死刑!!」

 

 怨嗟の声をあげながら溶岩湖へ一直線に飛んでいくアークライトに向けて、ドヤ顔で鼻を鳴らしつつ言い放つレイナだったが、しかし。

 アークライトは推進システム「フォトンスラスター」を点火、ロケットエンジンのような推進力を用いて、溶岩湖に飛び込む数センチ手前で停止、体勢を立て直して着地した。

 その様を見てレイナが驚愕する目前にてアークライトは得意げな顔で、嘲笑うかのように笑む。

 

「なぁ~んちゃって。だーから言ったじゃん、侮ってると痛い目見る……ってなァッ!」

 

 再びスラスターの推進力を利用してレイナに向かって急接近するアークライト。地面に突き刺さったままだった大剣「シャープサイクラー」を手にし、勢い任せに振り抜く。

 見切れないほどのスピードではなかったためエリュシオーヌでの防御は可能だったものの、そのパワーは到底一方ならぬもので、あっという間に押し負けてしまった。

 

「うそ……ちから強ッ!?」

 

 アークライトの途轍もないパワーによって吹き飛ばされたレイナは、背後の岩塊に激突。背中を強打して小さな悲鳴をあげる。敵は間髪を入れずさらに接近し、大剣による強烈な攻撃を仕掛けてくる。

 隙だらけだった彼女は当然、その直撃を受けて大きなダメージを負ってしまう。

 

「ぐはぁ……ぁっ……」

「ハッ! 死刑になるのはお前の方だったなァ?」

「――そいつはどうかな」

「何ッ!?」

 

 レイナの前方。アークライトの後方から何かが飛んできて、それは彼女の腕を容易く切断してみせた。咄嗟にアークライトが振り向いた事で見えてきた人物は――。

 なんとシーザーだった。

 彼は偶然スペースゲートへと全力疾走していくレイナの姿を目撃していたのだ。そこで異常事態の臭いを感じ取ったシーザーは、クエストカウンターの係員に行き先を聞き出し、ここまで追ってきたというわけだ。

 

「お前は何者だ? なぜレイナを狙うんだ?」

「バカか? んな事を素直にペラペラ喋るわけないだろ。ひとつ教えてやれるとするなら、アタシの標的はこの女だけじゃないって事くらいだ」

 

 その言葉からは、片腕を失ってもなお目的を遂行するという強い意志を感じた。

 直後にアークライトは、シャープサイクラーを握り直して今度はシーザーに向かって突撃してきた。咄嗟にインフィニットコランダムで防御したものの、当然ながらレンジャーの射撃武器で彼女の超重量攻撃を防ぎきれるはずもない。あっけなく押し負けて吹き飛ばされるシーザー。しかしこれで倒れるほど彼は軟弱ではなかった。

 態勢を立て直しつつ溜息をひとつ。そして武器をインフィニットコランダムから銃剣「ガンブレイバー」に持ち替え、アークライトに発砲しながら急接近。ゼロ距離にまで迫ったところで素早い斬撃を連続で繰り出す。

 アークライトはそれらを避けるだけで、なぜか反撃を仕掛けてこなかった。 

 

「どうしたッ! 避けているだけではどうにもならないぞッ!」

「チッ……良いよ、だったら教えてやる! お前らなんかよりも、アタシらハイ・キャストの方が圧倒的に勝ってるって事をなァーッ!!」

 

 叫んだ瞬間、アークライトは右腕を大きく振り上げた。目で追うと、その手にしっかりと握られたシャープサイクラーの刀身は青白い光に包まれているのが見えた。それはつい最近にも、このアムドゥスキアで目の当たりにしたものだった。



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Chapter 9-2

「チッ……良いよ、だったら教えてやる! お前らなんかよりも、アタシらハイ・キャストの方が圧倒的に勝ってるって事をなァーッ!!」

 

 叫んだ瞬間、アークライトは右腕を大きく振り上げた。目で追うと、その手にしっかりと握られたシャープサイクラーの刀身は青白い光に包まれているのが見えた。それはつい最近にも、このアムドゥスキアで目の当たりにしたものだった。

 

「オーバーエンド……だとぉッ!?」

 

 振り下ろされたそれは至近距離から見てもやはり半端でない威圧感で、脚が竦みそうになってしまう。だがシーザーは決して己が意志を掴んで離さず、武器をレッドスコルピオに持ち替え砲口は敵の腹に向ける。

 間髪を入れず引き金を引くと放たれるは最大出力の砲火。それによってオーバーエンドの直撃を受ける前にアークライトは吹き飛び、岩塊に叩きつけられた。

 ゼロ距離での砲撃など初めてだったが、その衝撃はハンターのスキル「マッシブハンター」で抑えなんとか耐える。方やレッドスコルピオの万物を蒸発させる熱を受けたアークライトの腹は見事に融解し、動力に異常が発生したのかピクリとも動かなくなってしまった。

 その隙にシーザーはレイナの元へと駆け寄り、回復剤を手渡す。

 

「ごめん……ありがと、助かったよ~……はぁ、絶対勝てると思ったのになあ……」

「いかなる状況にあっても慢心はするな。本能で行動する動物などとは違い、思考する相手だと予測できない動きをするからな」

「……返す言葉もありません」

 

 二人は力なく横たえるアークライトの側に歩み寄り、シーザーはレイナにある指示をする。「念のため、残った右腕と両脚を切断してくれ」と。

 まだ完全に動けなくなったとは限らないため、彼の指示は尤もだ。レイナはその言葉に従い、エリュシオーヌを用いてアークライトの四肢を切断、それらを溶岩湖に投げ入れた。これで彼女は動力が生きていようとも自由に動く事は不可能になったわけだ。

 しかしこれまでに言葉すらも発していないのは、ひょっとするとシステムまでもが破壊されているからなのかも知れない。

 幾度か声をかけたりなどしてみたものの、やはり一切動かず、このアークライトは事実上死んだとみて間違いなかった。

 

「……うう~ん。結局何者だったんだろう……なんであたしを狙ったんだろう?」

「こいつの言葉にあった『標的はレイナだけではない』……というのは、おれの事を指していたんだろうな。わからないのはその理由か」

 

 シーザーは長銃での戦闘を好むため、レッドスコルピオを使う機会はあまりなかった。その火力を見くびっていたがためにこうなってしまい、彼は少し後悔する。

 だがやってしまったものは仕方がない。

 

「……とりあえず、ブレインを待ち帰っておこう」

「ぶれいん?」

「よくわからないが、普通のキャストとは違うコイツにだって、記憶を記録しておくための脳に相当するものはあるはずだ」

 

 それを回収し、中身を確認すれば命を狙う理由と、殺害を命令してきた人間の正体が暴けるというものだ。

 シーザーの妙案に「なるほど!」とレイナはブレインを回収しようと手を触れようとしたその矢先。なんと機能が停止していたと思われていたアークライトがゆっくりと、まるで呪詛のような言葉を紡ぎ始めたのだ。

 

「クズどもが……これ……で、勝ったと思……おもうなよ……ハイ……キャストは、アタシだけじゃあ……ないからなァ……ククっ、フハハハぁッ!!!」

 

 不気味な表情でこれまた不気味に高笑いをあげて、アークライトは今度こそ停止した。

 キンキンに冷えた氷水を浴びせられたような悪寒が二人を襲う。「ハイ・キャストはアークライトだけではない」――すなわち彼女以外にも、まだ刺客はいるのだ。

 一機なのか二機なのか、それとももっと数がいるのか、今にわかるものではない。ただ揺るがないのは、またいつかどこかで、同じように命を狙われるかも知れない可能性があるという事だけだ。

 

 

 

 しかしすでに襲撃が始まっていた事を、レイナたちは知らない。

 今朝、セツナは時間が来るまで少しでも早くファイターでの戦闘に慣れるため、簡単な任務を受注してナベリウスに来ていた。ところがその最中、レイナと同様に襲撃を受けた。

 

 敵はハイ・キャスト試作三号機タイプ・ベータ「ブレイド」――アークライトとは違い男性型で、その体躯はセツナの二倍以上というビッグサイズ。持ち合わせるパワーは巨体が表す通りの剛強さ。

 セツナとてある程度鍛えているとは言えまるで歯が立たず、さらにファイターへの不慣れも手伝って、たった数分の戦闘でもズタボロという状態であった。

 わずかな隙を利用して頼れる姉に救援を要請したものの――。

 

「うっ……ぐ、はあ……ハァ、何なんだよ……テメェはッ! なぜ弟を狙う……ッ!!」

 

 トワですら手も足も出ず、ものの十分程度で満身創痍にまで追い詰められていた。

 このブレイド、三〇〇キログラムを優に超過する重量によって動きは鈍いものの、先述の通り圧倒的なまでの腕力を持つ。そしてその巨体と長大なリーチを持つ長槍「ブルージーレクイエム」が両方備わり、動けずともかなりの距離をカバーできるのだ。

 対するトワの武器は、ゼロ距離にまで接近しなければ攻撃できない鋼拳「ゴッドハンド」。相手の懐に潜り込むより先に反撃を受けるため、すこぶる相性が悪いのだ。

 一応鋼拳にも遠距離に対応できるフォトンアーツはあるものの、消耗が激しく乱用はできないし、一撃で仕留める事も不可能。一度使えば相手も対策を講じてくるはずだ。状況は圧倒的不利と言っても過言ではなかった。

 

「『イヴの仲間を殺せ』と命じられただけだと言っている。これはすでに三度目だぞ……勇敢なるアークスよ」

 

 重々しい口調による三度目の断言で、トワの内にて沸々と怒りのボルテージは上がっていく。

 そんな事が聞きたいのではないのだが、もはや意味を成さない問答は無用だと判断し、残り少ない体力を振り絞って突撃する。

 

「明かない埒は……こじ明けるしかッ! ねえだろォォ―――ッ!!」

 

 戦闘不能にまるで徹底的にブチ壊して、脳ミソの中身を見れば全てがわかる。――そう判断しての特攻だったが、事はそう簡単ではなかった。

「……勇敢ではなく、ただの無闇だったか」呆れたように呟いた瞬間、ブレイドは左手に持ったブルージーレクイエムで、トワの腹を情け容赦など一切ないまま貫いた。

 埒を明けるつもりが逆に、腹に大穴を開けられ、そこから流れ出る大量の血液が漆黒の槍を染め上げていく。

 意識を失ったトワはゴミのように捨てつつも、ブレイドは独り静かにつぶやいた。

 

「なかなか手こずらせてくれたが、もう終わりだな。その手腕に……わたしは敬意を払おう」

 

 そして意識は本来のターゲットへと戻し、ブルージーレクイエムの穂先をその頭に向けた途端の事だった。背後から土を踏む音が鳴り、咄嗟に首だけで振り返る。

 背後数メートルの地に立っていた人物の姿を見て、ブレイドは少し驚いた。

 

「よもや君がここへ来るとはな」

 

 ()()にとってこの現状は、悪魔のイタズラによる結果としか思えなかったのだ。

 ただ約束の時間が来るまで暇を持て余し、特に取り立てて目的はないもののここへと足を運んだだけだったのに。

 その小さな偶然と必然が重なり合い、吐き気を催すような事態の渦中に踏み入ってしまった事を、酷く後悔していたその少女の名は。

 

「彼が希求していた……イヴといったか」

「あ……あなた、はっ……なにを……して……ッ」

 

 全身を巡る怖気が抑えきれない震えを誘発し、絶え絶えに言葉を紡ぐのがやっとで、今にも呼吸が止まりそうになる。脚に力が入らず、へたり込んでしまいそうになる。

 目前に立ちはだかる漆黒の巨躯。側には腹に開いた風穴から多量の鮮血を絶え間なく流し続けるトワ、その向こう側には全身をズタズタに痛めつけられたセツナ。両者ともに意識を失っており、いつ息絶えるかわからない状態にある。

 信じたくはなかった。決して現状を受け入れたくなどなかった。けれども頬をなぶる残酷なまでに静かな風が、彼女に直接呼びかけた――「絶望を認識しろ」と。

 

「ハア……ハアっ……うぅっ……い、いや……こん、なのッ……! ああぅっ……」

「あまりのショックで正常な思考が不能となっているようだな。無理もないだろうが……わたしには関係のない事だな」

 

 大粒の涙を流し狼狽するイヴだったが、今のこの状況が出来上がった所以には感づいていた。今朝の手紙は脅しなどではなく、従わなければ本気で仲間を殺すつもりであのような事を書いていたのだと、今さらになって気付かされた。

 下手な脅しと切り捨てた自分の責任だ。――そう結論付け、イヴはトドメを刺そうとしたブレイドに静止を促した。

 

「ぐす……あ、あなたの命令に……従います。だからっ……もう、やめて……ください」

 

 それはブレイドではなく、彼を従えている人物に向けての意思だ。

 イヴの言葉を聞き届けたブレイドは素直にブルージーレクイエムを収納、セツナの殺害を取りやめ、そして二人は何処かへと姿を消した――。

 

 

 

 同時刻。セツナやトワ、イヴの身に起きている事など露ほども知らないレイナたちは、アークライトの頭部から取り出した人間で言うところの脳に相当する「ブレイン」を回収し、コンピュータに繋いで中に収められている情報の読み取りに取り掛かっていた。

 もちろんレイナはこういう事には疎いため、ある程度機械の知識に富んだシーザーに一任。暗号化されているものは復号化し、重要なものと思われるものをピックアップしていく。

 そうしてわかった事をまとめる。

 まずこのハイ・キャストに命令を送っていたのはヒューマンの男、名はアスール。以前特定した二十あるデューマンの研究所の中にはなかった「フリーデン」という研究部に所属しているアークスでもある。

 容姿もデータとして記録されていた。長身で長めの青い髪を持ち、メガネをかけた姿――それをシーザーは見覚えがあった。以前ナベリウスにて遭遇した、イヴを連れ戻そうとしていた男に間違いない。

 そこでレイナが思い出したように声を上げる。

 

「あっ! こ、この人! あたしも見た事あるよ?!」

「なにッ! いつ、どこで!?」

 

 そう、レイナも過去に一度だけこのアスールと顔を合わせていたのだ。

 

 試験を終えてアークスに認定された翌日、イヴとは別行動でレイナはナベリウス・緑地エリアへと足を運んでいた。そこでの天気は快晴、絶好の任務日和であった。

 ダーカーとは遭遇しないまま襲いかかる原生生物を気絶させつつ順調に探索を進めていると、彼女と同じく任務で出てきているらしい青髪のアークスと遭遇した。その男こそがアスールだ。

 

「こんにちは。君は新人のアークスかな? 昨日あんな事があったというのに頑張るねぇ」

「あ、どうも。数をこなさないと、腕も上がりませんからね」

「良いねえ、そういうのわたしは好きだよ。ああ、そうだ……今わたしは人を捜していてね。この顔に心当たりはないかな?」

 

 そう言ってアスールが差し出してきたのは、なんとイヴが写し出された写真だったのだ。

 なぜこの男がイヴを捜しているのか、彼とイヴがどういった繋がりなのかといった疑問は浮かんだが、悪い人間には見えないと判断したレイナは彼女の事を明け透けなく話した。昨日の試験で行動を共にしていた事から、今はこのナベリウスにいるという事も含めてすべて。

 それらを話し終えると、ようやく見つけた事への喜びからなのか、アスールは笑みをこぼしていた。――ような気がする。

 

 彼がイヴを連れ戻そうとしていたのは、ある計画を実行に移すため。アークライトが知っていたのはそこまでで、計画の全貌などイヴの正体に繋がるような情報は見当たらなかった。ただなんとなくではあるが、それはロクでもないもののような気がした。

 ハイ・キャストへの命令の内容が「イヴの仲間を抹殺しろ」というものだった事からも想像に難くない。アークライトの言葉にあった他のハイ・キャストは一機のみで、名はブレイド。こちらはセツナを狙って動いているという事も判明した。そして抹殺を命じたのは、イヴを回収する上でレイナたちは邪魔な存在だったからだ。

 

「飛んだゲス野郎だな。しかしアークライトを退けたは良いが、今はセツナたちの方が心配だな」

「……ちなみにさっきからメールとかチャット飛ばしてるんだけど、返事がないのは……何でなんだろうね……?」

 

 途端に全身の血の気が引いていくのを感じる。

 イヴはアスールに狙われている。セツナはハイ・キャストに狙われている。その両者からの連絡が途絶えたという事は、二人の身に何かが起きた事を意味する他にない。

 二人は大急ぎでクエストカウンターに向かい、係員に彼らの行方を尋ねた。そこですでに事態は大きく動き出していた事に気付かされる。

 セツナはナベリウスにて姉のトワとともに重症を負い、意識不明だったところを他のアークスに保護され、現在搬送の最中だと判明。だがイヴはどの惑星に於いても所在を確認できず、現在地は掴めないというのだ。

 セツナとトワはハイ・キャストに襲われ、イヴはすでにアスールによって誘拐されたと見るのが妥当だ。しかし所在が掴めないのであれば、どうしようもない。

 

「どうしよう……本当にどうしよう!? イヴちゃん……自分の事を知りたいって言ってたのに……なんで、こんな事……ッ!!」

「落ち着け、レイナッ! ここで嘆いて、イヴは戻って来るのかッ!? 違うだろう……今すべきなのは、現状を嘆く事じゃあないだろう?」

 

 動揺を隠しきれなかったレイナはシーザーの叱責を受け、全くもってその通りだと、平静を取り戻す事ができた。

 そう、今はこんな事をしている場合ではない。今最優先すべきはイヴの所在を掴む事。如何にして彼女を見つけ出すかを考えるのが何よりも重要なのだ。

 

「必ず見つけて、さっさと連れ戻さないと……だね。待っててね、イヴちゃんッ!!」



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Chapter 10-1

 ハイ・キャスト試作三号機の一機・ブレイドの襲撃を受けたセツナとトワは搬送されたメディカルセンターにて治療を受け、姉に比べ軽傷だったセツナは五日後に退院となった。しかしトワは腹に大穴を開けられる重傷で、まだしばらくはベッドの上での生活を強いられる事となるだろう。

 問題は未だわからぬイヴの所在だ。あれから五日間、日に三度もクエストカウンターや管理官などに追跡を依頼しているのだがやはりどこにも反応は確認できず、またアークライトのブレインにもアスールが所属している研究部「フリーデン」についての記録は残っていないのだ。

 

 メディカルセンターを出、レイナたちから現状の詳細を聞いたセツナは、驚きを隠せない様子であった。

 

「そんな事になってたなんてね……これから、どうするの?」

「……ぶっちゃけ八方塞がりってやつだから……どうしようもない。かも」

 

 レイナでさえも、柄にもなく弱気な発言をしてしまうのはそれだけ逼迫した状況だという事だ。

 手がかりが少なすぎるため、イヴを捜し出し連れ戻す事はあまりに困難と言える。

 その隣でシーザーは考えに考え抜き、導き出したたったひとつの可能性を提示した。それは「情報屋を頼るしかない」というもの。

 

「情報屋?」

「ああ……パティとティアという双子の姉妹だ」

 

 かつてイヴの正体を探るために彼が頼ったのが情報屋――パティエンティア。

 一般アークスが知り得ない情報を数多く有している彼女らならば、あるいはフリーデンの事も把握しているかも知れない。ごく小さな可能性でしかないものの、すでにイヴが行方を暗ませてから五日が経過されている。それまでの間にアスールから何をされているかわかったものではない以上、四の五の言っていられる余裕などないのだ。

 そうと決まれば情報屋姉妹の妹・ティアに連絡を取り、シーザーは余計な邪魔が入らぬよう場所を自分の部屋に指定、二時間後に来てもらうよう商談の約束を取り付けた。

 

 

 

 そして二時間が経過、シーザーの部屋にティアがやってきたちょうどその頃。

 薄暗い部屋の中、金属製の冷たいベッドの上で横になっている少女が一人。――イヴはここに連れて来られてからの五日間、ずっとこのままだった。

 両腕は後ろで手錠をかけられ、右足には五十キログラムもの重量を持つ鉄球が三つも連ねる足枷、そして首にはリモコンのスイッチひとつで電流が流れるようになっている首輪、まるで奴隷のようである。

 意外なのは食事がきちんと三食与えられているところか。尤もその全てがアークス向けに市販されているレーションなのだが、味は一切考慮されていない、効率よく栄養補給を行うためだけの携帯食だ。これがすこぶる不味いのである。

 そして、無論こんなベッドで快眠などできるはずもなく、ほとんど眠っていない。

 すでに極限状態だった。いっそ殺してほしいとまで思うようになっていたところで、しばらく外出していたアスールが戻ってくる。

 ゆっくりイヴの元へ歩み寄り、敵意を感じないような笑顔で問いかけてきた。

 

「やあ、待たせたね。気分はどうだい? イヴ」

 

 この時、イヴは生まれて初めて「舌打ち」を打ちそうになった。なぜならこの男は、今の彼女の気分が最悪であるという事を知っていながら、敢えてこう問うたのだから。

 だがここはグッと堪えて、大人しくしている事にした。相手の機嫌を損ねたら人道に反した「お仕置き」をされるだけだ。すでにそれを経験しているからこそ、耐えるしかないのだ。

 

「ハア……最悪ですよ。知ってて聞いてますよね、ソレ」

「ハハハッ! 言うようになったねぇ~」

 

 アスールもアスールで、終始このような調子なのだ。

 連れ戻そうとしていた割にはここへ来てからの彼はイヴに対して、常にこのような態度をとる。目的がまったく見えてこないところが輪をかけて不気味さに拍車をかけている。

 だが直後に、先の言葉を否定した。

 

「でももう、そんな口は利けなくなる……君は知っているかな? 六芒星たちが持つ『絶対命令権』の事を」

 

 そして突然投げかけられる問い。

 アスールの言葉にあった「絶対命令権」とは、六芒星だけが持つ、文字通り全てのアークスに働く絶対的な命令権限だ。

 決して逆らう事はできず、命令されれば必ず遂行しなければならない強制力のあるもの――というのが研修学校で教わった概要なのだが、実際のところどのようなものであるのかは、実は誰も知らないのだ。

 データベースにも載っていない点から機密レベルが高いのか、最初からそんなものは存在していないのか、いろいろと推測する者は数多い。

 しかし今わからないのは、なぜ彼が突然「絶対命令権」の事を問いかけてきたのか。

 そんなイヴの思考を見破ったかのように、アスールは嫌な笑みを浮かべた。

 

「フフフ……。実は総長から、特別に力の一端を借り受ける事ができてね……簡易型アビスといったところかな」

 

 この男は一体何を言っているのか。イヴの脳内は疑問符で埋め尽くされてしまう。

「な……何の……話ですか……?」恐る恐る問いかけるも、返ってきたのはお得意の嘲笑うかのような薄気味悪い笑声。

 直感で「何かとんでもない事を仕出かすつもりだ」と感じ取った瞬間、イヴは背筋が凍っていくような悪寒に襲われる。

 

 未だに自分が何者なのかわからない。アスールが何を企んでいるのかも不鮮明。

 なぜここに連れて来られたのかも。これから何が起こるのかも、底の見えない虚のように全く予想できない。

 彼の事を考えると深い闇に飲まれてしまうような、そんな強い不安感が心を覆っていくのを感じる。

 故に彼女は、こう願うしかなかった――助けてほしいと。見知らぬ誰かではなく、己が闇を照らしてくれる太陽のような。彼女が誰よりも憧れる、あの少女に。

 

「――チッ、まだ希望を見るか」

「……?」

 

 奇跡にすがろうとするイヴを見て、なぜだかアスールは激しい嫌悪感をむき出しにした。

 その言葉からは、何かアスールではないような異質な雰囲気を感じる。

 

「そろそろ遊んではいられないな……ではこのアスールが、アビスの行使を宣言する」

 

 その宣言を最後に、イヴの意識はまるで都合の良いように改変させられるかの如く、誰かに押し退けられるようにして深層へと追いやられてしまう。

 そして彼女はヒトではなくなった。彼女をヒトたらしめる全てが失われ、元来あるべき姿へと強制的に戻されるのだ。ダーカーによる支配の軛から全宇宙を解放するために造られた「クローム・ヒューマン」へと。

 

 

 

 ついに計画を実行に移したアスール。

 同時にティアから齎された情報によってフリーデンの所在を掴んだレイナたちも動き出そうとしていた。

 フリーデン――十年前までは正式なアークスの研究所として登録されていたのだが、二十名いた職員は二二八事変を境に全員が行方不明ないし死亡となり、登録情報も抹消。市街地D-48地区にあった研究施設そのものはほぼ廃墟と化している。

 ところが、なぜか最近になって物資の搬入や電気、ガスの供給が行われているとの事で、行方不明となっていた職員たちが戻ってきて研究を再開したのでは、というのがティアの見解だ。

 とはいえ研究内容まではわからず、アスールが何をしようとしているのかは不明である。

 

「D-48地区かぁ……結構距離あるよね。でもすぐにでも向かわないとイヴちゃんが……」

「……そっちは二人に任せよう。おれはもう少し調べたい事がある」

 

 シーザーから意外な言葉が飛び出した。

 こんな時に悠長な事を――と思わないでもないが、その調べたい事というのはイヴにも関係があるらしい。終わり次第すぐに合流するというので、レイナたちは素直に頷いてテレポートを用い、居住区へと降りていった。

 しかし二人の足はその場に縫い付けられたように動かなかった。うんうん唸るレイナは現状を打破する妙案を絞り出そうと思考に耽っていた。フリーデンへの足を解決するために。

 だが基本的に「おバカ」なレイナだ。そうそうに良い作戦など思いつくはずもない。やがて考えるのをやめ、ここは文字通りに足を使うしかないという結論に至る。

 

「もおーっ考えんのめんどくさい! フリーデンまで走るよーッ!!」

「え――――――ッ!?」

 

 そんなわけで、二人はフリーデンへと向けて全力で駆け出した。

 事態は一刻を争う状況である以上、呑気に歩いてなどいられないのだから当然と言える。

 幸い二人は体力には自信がある。数十キロメートルという距離だが、ギリギリで走り切れるだろうと判断して走り続け二十分ほどが経過したところで、二人の足が突如かけられた声によって止まった。

 レイナはその声の主に見覚えがあったどころか、およそ二週間ぶりに会う育ての親だったのだから、立ち止まらずにはいられないというものだった。

 

「あら、レイナじゃない。久しぶりね~」

「レベッカおばさん! ああ、そういえばこの辺り、あたしの家近いんだった」

 

 一心不乱に走っていたため、自宅が近い事に気付いていなかったのだ。当のレベッカはというと近所の知り合い宅へと向かう途中だったとの事。

 親戚という間柄ではあるものの、レイナは十年間一緒にいた妹のような存在でもあり、亡くなった彼女の両親に代わり、実の娘のように愛情を持って育ててきた。それ故当然のように、レイナの身の回りの事が気になってしまうというものである。

 

「アークスのお仕事は上手くやれてる?」

「う、うん……まあ、そこそこかな?」

「なら良いわ。……あら? そっちにいるのはお友達?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問。内容はセツナとの関係に始まりその他諸々盛りだくさん。これにはさしものレイナもタジタジである。

 そうこうしている間にも時間は過ぎるばかりで、次第に焦りの感情が生まれ始める。そこで窮地に陥った時にだけ発動するレイナの直感が働き、妙案をキラリと閃く。

 それを実行に移すにはまず、このやり取りを終える必要がある。

 

「あのッ! おばさん、あたしたち今、すごく急いでるの! 行かなきゃいけないところがあって……だからバイクを貸してッ!」

 

 そう。レイナが閃いた妙案とは、レベッカからフォトンバイクを借り受け、それをフリーデンへ向かうための足とする事だった。

 以前も間に合うか間に合わないかという瀬戸際でバイクを借り、ギリギリ試験に遅れる事なく参加する事ができたのだ。今回もそれを用いればすぐに目的地へ行けるというものだ。

 早速自宅へ向かい、レベッカはしばらく預けると言ってキーをレイナに渡し、フォトンバイクの準備を行う。その横でセツナは不安げな表情を浮かべ。

 

「えっと……もしかしなくても、ボクもそれに乗るの……?」

「当たり前じゃん、何言ってるの?」

 

 当然である。

 このフォトンバイクは二人乗り用で、ヘルメットもちょうど二つある。

 むしろ一緒に乗らなければセツナはどうやってフリーデンへ向かうのかという話だ。

 しかし、セツナとてそれは理解している。だがバイクの後ろに乗った経験など一度もない以上、不安になるのも仕方がない。とはいえ今は急を要する状況。であれば逡巡している暇などありはしない。

 投げ渡されたヘルメットを受け取りつつ、渋々といった様子でセツナは髪を縛っていたゴム紐を解く。大きめのツインテールだと帽子などが着用できないためそうする他になかったのだが、それを目にしたレイナが思わぬ反応を示した。

 

「あれ? セツナ、髪下ろしてる方が可愛いね。ツインテも好きだけど……あぁ~っ、だめだッ! ちょっと頭撫でて良い!?」

「はぁっ!? いや、ちょ、待っ……やぁ、レイナぁ……これ、だめ……だよぉっ」

「あらあら、うふふ。二人は仲良しねぇ~」

 

 レベッカは微笑ましい光景を見るような顔でそう言うが、当事者からするとこれまでにない「地獄」だ。

 年上の女の子に頭を撫でられているという現状はあまりに不可解。しかし十七年生きてきた中で感じた事のない、得も言われぬこの感覚はイヤに気持ちが良い。己が意思とは関係なく口から漏れ出る声は、まるで自分のものではないとすら錯覚する。

 その技巧には、誰も爪が伸びるのを止められないように、決して抗えず。

 その快感には、誰も空から降る雨を止められないように、決して逆らえない。

 さながら「宇宙の意志」かのようであった――。



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Chapter 10-2

 アークスシップ某所。

 フリーデンの研究者アスールは計画を完成させる鍵となるものを手に入れるため、ある人物の元を訪れていた。その人物はかつて彼に手を差し伸べた者であり、それと同時に彼に見限られ、裏切られた者でもある――。

 

「そろそろ来る頃だと思っていたよ。先日から、ぼくの事を嗅ぎ回っていたのは把握していたからね。しかし今さら……何の用かな?」

 

 自身の研究室にて、本を読みながら敢えて振り向かず、アスールに向けて問いかけた彼は、虚構機関との別名で呼ばれる研究部「ヴォイド」の総長たるルーサーだ。

 その正体は現代に生きる本物のフォトナー、表向きはすでに滅亡したとされる旧文明の人類だ。しかし彼はその卓越した頭脳とフォトナーの技術力を用いて無数に用意した器に乗り移る事で、今日まで生き永らえてきたのだ。そうまでして現世に居座り続けるのは、ある目的があるためではあるが、それはまた別のお話。

 そんなルーサーはヴォイドの総長を務めると同時に、オラクル船団に於けるあらゆる「管制」を掌握している。これは極端な言い方をすれば、オラクル全体が彼の人質に取られているようなもの。とはいえ前述の通り彼には別の目的があるため、よほどの事がない限り、無辜の民に対して危害を与える事はない。

 

「わたしも、またあなたとこうして対面する事になるとは、思っていませんでしたよ」

「フフフ……まあ、構わないけどね。ぼくの邪魔をしない限りは」

「もちろん、そういう約束ですから」

 

 かつてアスールは、友人とともにアークス研修学校へ入学後、順調に成績を伸ばし技術も鍛え、やがて卒業と同時に行われる認定試験にも合格してアークスになった。それ故もちろんアークスとしての腕はあったわけだが、それ以上に高く評価されていたのが優れた頭脳であった。

 当時、彼らのデータを偶然発見したルーサーは研究者としての素質を見出し直接勧誘、二人をヴォイドへ引き入れたのだ。

 すぐさま二人は同時期に始まっていた「造龍計画」のチームに配属されたものの、アスールはたった一年で悟った。「ヴォイドのやり方では宇宙を解放する事は叶わない」と。

 元々アスールがアークスになろうと思ったのは、ダーカーを絶滅させて宇宙を解放したいがため。しかし造龍などでは決してそれは成し得ないと思い至り、友人とともに組織を離反する事を決意した。

 それに際してまずは同志を募った結果、十八人が集まった。この二十人こそが、後に宇宙解放機関「フリーデン」を設立する研究者たちである。

 頭数を揃えたアスールは早速総長のルーサーに離反の届け出をし、その時に彼と取り交わしたのが「ヴォイドの事は口外しない」「邪魔はしない」という二つの「約束」だったのだ。

 

「――それで、わざわざ居場所を特定してまで、このぼくに頼みたい事というのは?」

「アビスを……貸していただきたいと思いまして」

 

 アビス――六芒星だけが有する「絶対命令権」の正式な名称だ。

 認定試験に合格し、アークスとなった者は例外なくメディカルチェックを受ける事になっている。その際に「受信用アビス・ウィルス」が脳に移植される。ルーサーが開発したそれは、六芒星が持つ「送信用アビス・ウィルス」によって送られる指令を受信する事で、各アークスに影響を及ぼすというもの。これこそが呪いにも等しい強制力を持ったアビスの本質なのだ。

 その事実を知る者はごく僅か。当然アスールとてアビスの事を知っているとは思っていなかったルーサーは、少し驚くような顔を見せる。

 

「何に使うのかは知らないし詮索もしないけど、良いだろう。貸してあげよう」

 

 先述の通り、アビス・ウィルスに命令を送るには、それとは別に送信機としてのアビス・ウィルスを脳に移植する必要がある。

 偶然にもルーサーは、試作型のアビス・ウィルスを残していたため、それをアスールに貸し与える事とした。試作という事で六芒星が持つものに比べて出力が弱く、彼の推測では送信できる命令はひとつのみ、そして一度使えば崩壊する可能性が高いという。

 だがアスールにしてみればむしろ、一度きりという制限は好都合であった。試作型でも構わないと、彼はアビス・ウィルスの移植を受け入れた。

 

 そして今――。

 

「――そう、これが『アビス』だ。フフフ……さあ、始めようイヴ、宇宙の解放を! 君の力でッ!!」

「了解しました、アスール様。これより任務を開始します」

 

 

 

 

 

 セツナとの一悶着を終え、レイナがバイクを走らせる事数分。ついに二人はD-四八地区にあるフリーデンの研究所と思われる建物前に到着した。

 十年も使われていなかった事もあってその様相は廃墟と呼ぶに相応しいものだった。こんなところに、本当にアスールとイヴがいるのかと懐疑してしまうほどに。

 だが逡巡している暇はない。レイナたちはいざ、正面玄関の前に立った。

 その時。

 

「……ねえ、セツナ」

「ん、どしたの?」

「ひとつだけ約束。絶対に……何があっても、イヴちゃんを連れ戻そう」

 

 レイナの言葉に、セツナは素直にうなずいた。元よりそのつもりでここへ来たのだから「当たり前だよ」と言葉を返して、今度こそ二人は研究所内に足を踏み入れた。――と思いきや。

 ガンッと盛大な音を鳴らし、レイナがガラスの扉に頭を強打してしまう。

 

「いッ……ったぁ~~~~ッ!!! おおおおおっ……うぅ~~うっ」

「……だ、大丈夫? すっごい音鳴ったけど……」

 

 その問いにも答えられないくらい悶絶するレイナを横目に、セツナが扉を調べてみると、案の定しっかりと施錠されていた。要するにおバカな彼女は自動ドアだと思って突撃したのだ。

 とても公にはできない研究をしていたと思われる施設である事からも、関係者以外は入れないようになっていなければおかしい。そう考え扉のすぐ横の壁に目を移すと、カードリーダーと小型のキーボードがある。つまりはカード認証と暗証番号による二重ロックというわけだ。

 当然ながら二人は暗証番号も知らなければカードも持っていない。そしてテコでも開きそうにないこの扉の先へ進むのなら、残された手段はひとつだけだ。

 

「よし、ブッ壊そう」

「えぇ……壊すって、その扉を……?」

 

 未だズキズキと痛む頭部をさすりつつ問いかけられ、セツナはいやに自信ありげな表情で「まあ見ててよ」とだけ口にした。そのままファイティングビートを手にして扉の前に立ち、深呼吸をひとつ。次の瞬間、勢いをつけて右拳を振り抜く。

 命中した扉にはまず全体にヒビが入る。破壊には至らなかったかと思ったが早いか、殴った勢いで、ファイティングビートに付属している「杭」が打ち出される事によって、ヒビの入ったガラスが粉々に砕け散る。

 パイルバンカーの要領で杭を打ち出して、殴った対象にさらなる追撃を与える――これがファイティングビートの恐るべき特性なのである。

 

「すっご……」

「さあ、行こう。レイナ」

「う、うん」

 

 叩き壊して辺りに飛び散ったガラスの破片を避けつつ、二人はついにフリーデンの研究所へと踏み込んでいった。

 そこはやはり廃墟と呼ぶに相応しい荒廃ぶりで、しかも電気が供給されているという話だったが電灯はひとつも点いておらず、スイッチを押しても反応はなかった。

 お化け屋敷のような背筋が凍る不気味さを醸し出しているが、人が居るという気配は感じない。ここからイヴを探し出すのは、少しばかり骨が折れるやもしれない――と不安を抱くレイナ。

 その後しばらく、セツナが偶然持っていた懐中電灯の光を頼りに、案内図に従って所内を探索してみたものの、どの部屋にも人っ子一人見当たらなかった。残ったひとつの部屋を除いて。

 

「……あとはここだけか」

「玄関と同じで、二重ロックが掛かってるみたいだね」

 

 ここへ来て一番最初。レイナたちは玄関をくぐり、一番大きな通路を突き当たりまで行ったところで、所内で唯一鍵が掛かった扉を発見していた。

 先に他の場所を探そうという事でここは後回しにしていたのだが、これまで探索したどこにも居なかった事から鑑みて、ここにならあるいはイヴが居る可能性は高いと見える。

 しかしこの扉は玄関のそれとは違って鉄製の重厚なものだ。

 

「う~ん、これはボクの力じゃあ壊せないかなぁ」

「それじゃ、今度はあたしの番だねー。任せてっ!」

 

 言いつつ肩をぐるぐる回し、取り出したエリュシオーヌを構えた。次の瞬間、セツナには到底見切れないほどの人間離れしたスピードで繰り出された二連撃によって、鋼鉄の扉が真っ二つに斬り裂かれる。そのあまりに呆気のない様に、セツナの開いた口は塞がらない。

 先ほど彼が正面玄関の扉を破壊して見せたのは、少しばかりの見栄だった。男として異性にはかっこいいところを見せておきたいという小さな想いだったのだ。しかし今この瞬間、むしろ彼女の方がよっぽど頼りになるだろうと思ってしまうのであった――。

 気を取り直して室内に入ってみると、そこには所狭しと人間が入れるような大きさのカプセルが設置されていた。

 ここで行われていた実験に使用していたものであろう事は明らかだ。

 

「ボク、こういうのマンガとかで見た事あるよ……実際目にすると、なんか気味悪いなぁ……」

「こ、これ……何に使ってたんだろうね……」

「何って、決まってるじゃないですか。検体に細胞を移植するためのカプセルですよ」

 

 レイナとセツナが部屋の中を探索していたその時、突然声が聞こえてきた。それまで人の気配など一切感じなかったというのに。しかしそんな事よりも二人を驚かせていたのは、その耳馴染みのある声の方だ。

 何よりもずっと聞きたかった少女の声が聞こえてきた現状に、驚愕するしかなかった。

 しかし暗がりで、声の主がどこにいるのかわからない。慌てて二人は懐中電灯を左右に振って探し出そうとしたが、矢先に部屋中の電灯が一斉に光を放ち、眩しさで目を伏せてしまう。

 その明るさにもすぐに慣れて固く閉ざしていた双眸を開く。そこで気付いた。二人の目線の先、部屋の奥には――。

 

「あ……あれは! あそこにいるのはッ!」

「イヴちゃん―――ッ!!」

 

 そう、二人が探していたイヴがまさに、そこにいたのだ。

 すぐさまレイナは駆け出して、気付いた時には彼女の両肩を掴んでやっと会えた事を確認していた、しっかりと。セツナもまた、思わず涙を流しかねないほどに感極まっていた。

 アスールに拉致され、今頃はおかしな事をされていたのではないかと心配していたが、ようやく見つける事ができた。感動せずにはいられないというものだった。

 しかし。

 

「……触らないでください。汚れるじゃないですか」

 

 などと言いつつイヴはレイナの腕を払い除けたばかりか、事もあろうに彼女の腹を目掛け、強烈な蹴りを入れてみせた。

 直撃を受けたレイナは後ろへ吹っ飛ばされ、カプセルに叩きつけられてしまう。

 セツナは咄嗟に彼女の元へ駆けつけたが、特に外傷は見られない。蹴られた腹も特に異常はないようだ。よほど頑丈にできているのか、レイナは元気そうだった。

 

「大丈夫みたいだね……良かった。それよりも今は……」

「これ……何の、マネなの……? イヴちゃん」

「あなたって、本当にバカですね。まだわからないんですか? これを見ても?」

 

 そう問いかけると、今度は彼女の武器――大剣「キレートエディア」を取り出し、その切っ先を目前に二人に向ける。

 もはや説明されるまでもない。これを宣戦布告と言わずになんと言おうか。

 イヴはこちらを殺すつもりでいる。ここまでされてわからないほど愚鈍ではないレイナだが、とても現状を信じられはしなかった。

 

「なんでッ!? どうしちゃったの、イヴちゃん!? おかしいよ、こんなの!!」

 

 セツナも概ね同じ意見だ。だが唯一違っていたのは、彼女よりも少しばかり冷静だった点である。

 レイナは軽いパニックを起こして、正常な思考ができないでいるが、打って変わってセツナは彼自身も驚くほど、冷静に現状を分析していた。そして結論を導き出す――「今のイヴは、行方不明になる前のイヴとはどこか違う」と。

 次に発せられた言葉からも、それは自明だった。

 

「命令されたからですよ。わたしの生みの親……アスール様から。計画の邪魔をするレイナ、セツナ、シーザーの三人を殺せと」

「ウソ……ウソだよ、イヴちゃんがそんな命令に従うわけない……」

 

 レイナの言う通りだ。

 以前までのイヴならば、アスールの命令を聞くはずがない、もちろんセツナも充分に理解している。しかしながら、それはそれである。

 この場合。今の場合を言うと、その認識は改めざるを得ない。

 原因はわからないが、とにかくこのイヴは自分の知るイヴではないと確信できた。こちらを殺す事に関して、彼女は本気だ。ならば迎え撃つしかない、殺されるわけにはいかない理由があるのだから。

 覚悟を決めたセツナはファイティングビートを手に、戦闘態勢をとる。

 

「……ここで死にたくないなら武器を取るんだ。レイナ」



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Chapter 10-3

「……ここで死にたくないなら武器を取るんだ。レイナ」

「無理だよ……あたしには出来ないッ! イヴちゃんに武器を向けるなんて……!!」

「なら時間もないので、さっさと殺されてください」

 

 遠慮は一切なしに、キレートエディアでレイナに斬りかかったイヴだが、即座にセツナが前に出て防ぐ。そのまま剣を弾き返しつつ、攻撃を仕掛けられてもエリュシオーヌを取ろうとしないレイナにセツナが再び叫んだ。

 

「何をやっているんだ、レイナッ! 君は自分で言い出した約束を反故にする気かッ!?」

 

 これまでに見た事もない、鬼気迫るセツナの顔。そして怒りの感情を剥き出しにした言葉。普段は温厚な彼が声を荒げる様を見て、レイナは思わず後ずさる。

 少女のそれと変わらぬ容姿を持ちながらも、やはり本質は男なのだと感じた。

 

「やく……そく……」

 

 セツナが口にした約束という言葉が何を意味するのか、あれから一時間も経過していないのだから忘れるはずはない。

 ここに入る前、レイナはセツナとある約束を取り交わした。「絶対に何があってもイヴを連れ戻す」――そう言ったばかりなのに。大好きなイヴに己が剣を向ける事が怖くて、尻込みしてしまっていた。

 

「で、でも……そんな事……言ったって……あたし、こんな事になるなんて思ってなかったんだよッ!!」

「……その程度の意志なら、もう良い。レイナは戻れ……ボク一人でやってみせる」

 

 冷たく切り捨てるような発言だが、恨んでの言葉ではなかった。

 いつもの四人の中で、イヴと一番親しげだったのは他ならないレイナだ。少なからず、武器を向けたくないという気持ちは理解できた。故にレイナを下がらせ、イヴは自分が一人でなんとかしようと考えた。

 とはいえ、彼女を相手にそう簡単な話ではない。

 

「フフ……足手まといがいて大変ですね。しかし……あなた一人でわたしを退けられるとでも?」

「無理だろうね。実力差がありすぎる……けど、こんなボクでも、時間を稼ぐ事くらいはできるはずだ」

 

 時間を稼ぐ。それはレイナの覚悟が決まるまでではなく。今はここにいない、どこかで何かを調べているであろうシーザーがここへ来るまでの時間だ。

 例えここで死ぬ事になろうとも、最終的にイヴを連れ戻せるのならそれでも良いとさえ思えた。それはレイナのためでもある。彼女が武器を取りたくないというのなら、無理に闘わせる事はないのだ。

 覚悟を決めたセツナは、ファイティングビートを握り直して、仕掛けた。

 

「高が知れているあなたの力なんて、この場に於いて何の意味も成しませんよ」

「その高が知れてる力って、存外侮れないものだったりするんだよ。それを今から見せてあげるよ――リミットブレイクッ!」

 

 ファイターの固有スキル「リミットブレイク」。体内のフォトンをすべて攻撃力に充てるという無比なものだが、それは同時に防御を捨てるという事でもある。普通ならば短期決戦のために使うスキルであり、場合によっては逆に自身を追い詰める結果になりうる。

 だがセツナは、この諸刃の剣とも言えるスキルを敢えて利用する事にした。防御などは顧みず、ただ純粋な攻撃力のみを得るために、己が力不足をスキルで強引に底上げしようと考えたのだ。

 

「やけっぱちの特攻……ッ!?」

「おらぁーッ!!」

 

 余裕の表情を崩さないイヴに対して叩き込んだ渾身の右は、ファイティングビートの性能も合わさり、セツナ自身も驚くほどの破壊力を発揮した。

 まず腹に与えた一撃は彼女を怯ませ、間髪を入れずに撃ち出された杭による追撃によって華奢な身体は容易く吹き飛んでいく。カプセルに背中を打ち付け、その様子はかなりのダメージを負っているかのようにも見える。

 

「まだまだッ! ボクの覚悟はこんなものじゃないぞッ!!」

「……ふふっ」

 

 さらに攻撃を加えようとするセツナを前にして、イヴはまだ不敵な笑みを浮かべた。

 その一瞬に手を止めてしまったがために、反撃の機会を与えてしまう。

 キレートエディアによる一閃の紫電はセツナが手にしていたファイティングビートを弾き飛ばし、瞬間ゼロ距離にまで迫ると、意趣返しとばかりに柄の先端を腹へ入れ、リミットブレイクで防御力を失っていた肉体に甚大なダメージを受ける事となった。

 武器を失い、一方ならぬ被害を被ったセツナの心身は折り砕かれた。

 

「……だから言ったじゃないですか。高が知れていると……リミットブレイク、確かに強力なスキルですが、使い時はもっと見極めるべきでしたね」

「な、なんで……五体満足で……? ああ、そうか……」

 

 重要な事を失念していた。

 防御はいらない。攻撃はすべて避ければ良いと考えていた。だからこそのリミットブレイクであり、勝てないながらも、せめて時間を稼ぐ程度の事はできるだろうと踏んでいたのだが、それはすべて計算違いだったと思い知らされた。

 なぜイヴはあの攻撃を受けて五体満足でいられるのか――彼女のクラスが、よりにもよって、リミットブレイクの特性とは相性が最悪の「ハンター」だからだ。

 ハンターの特徴は様々あるが、相性が悪いというのは、全クラス中最高峰の耐久力を持つ点だ。攻撃力を捨てて防御を強化するスキル「ガードスタンス」は特にリミットブレイクとは真逆と言える。他にも単純にダメージを抑える事ができる「フラッシュガード」など、とにかく頑強にできている。ファイターにとってこれほど相手取るのが難しいクラスはない。

 

「セ、セツナ……ッ」

「……ごめん、レイナ。ボクは結局、何もできなかった……時間を稼ぐ事さえ……ボクっていつもそうだ……誰かの足を引っ張ってばかり……」

 

 涙を流しながら、セツナは謝罪の言葉を口にした。それはレイナやイヴに対しての言葉でもあり、同時に認定試験で自分を逃してくれた、今は亡き友たちへの懺悔でもあった。

 強くなりたいがためにアークスを志し、少しくらいは目標に近付いたかと思っていたが、結局何も変わらぬままなのだと感じてしまった。

 彼らの犠牲を無駄なものにしている気がして、もはや生きる意味を見失いそうだった。

 

「懺悔はおしまいですか? ならもう殺しますね。さようならセツナさん」

 

 イヴがキレートエディアを構え、セツナは死を覚悟した。こんな役立たずの愚図が生きていても、ずっと他人に迷惑をかけ続けるだけだと。

 そして一切の躊躇なく、剣を突き刺そうとした。その時だった。

 

「がはっ……!!」

 

 そんな悲鳴とともに、何かの液体が噴き出し、こぼれ落ちるような 水音が鳴り響く。

 疑問に思いつつ、目を瞑ったままセツナは自身の腹を確認してみるが、なんともない。痛みもなければ血も出ていない。ならば絶えず漏れ続けている、痛みに耐えるような呻き声は誰のものなのか――恐る恐る目を開けてみると。

 

「……!? え……レ、レイナッ!?」

「あ、あなたは……いったい何をして……!?」

 

 セツナの代わりに、レイナがキレートエディアに貫かれていたのだ。

 思いもよらない行動にイヴすらも目を見開くほどだが、それよりも驚いていたのは他ならないセツナだ。レイナには下がっていろなどと言いながら、何もできずに生きる事を諦めたこんな自分を庇ってくれている――信じられなかった。

 

「な……なんで……? なんで……ボクみたいな、どうしようもない足手まといを……」

「ま、まったくです……あなたは本当にバカですね。ある種尊敬できるレベルですよ、そんな木偶を庇うだなんて……」

 

 フォトンを乗せた攻撃と言えども、同じフォトンを扱うアークスにあれだけの傷を負わせる事は理論上不可能とされている。

 何よりレイナも同じハンターならば、ガードスタンスやフラッシュガードによってダメージを軽減させる事は造作もないはずなのだ。だというのに彼女の肉体には、風穴が開けられてしまっている。

 セツナにはもう、彼女が何をしているのか、何をしたいのか理解できなかった。

 

「……確かに、あたしはバカだよ。自覚してる……勉強なんてほとんどせずに、鍛える事だけ考えて生きてきたし、難しい事はよくわかんないし……ホント、稀代のバカだと思う」

 

 刺し貫かれた腹からは大量の血が流れ出て、口からは逆流してきた血を吐き出して、立っている事すら儘ならない状態のはずなのに、それでもレイナは両の足で立ち、言葉ひとつひとつを確実に紡いでいく。

 

「だけど……ぐふっ! こ、こんなバカにも、バカなりに貫き通す意志ってものはある……! そう……今貫き通すのは……イヴちゃんを連れ戻すっていう、たったひとつの……意志だけだァ―――――ッ!!」

 

 血に塗れながらの、渾身の叫び。そしてわずかに残った力を振り絞り、突き刺さったキレートエディアをへし折ってみせた。後ろでセツナはへたり込み、イヴは想定外に次ぐ想定外の展開を受け、思わず一歩、二歩と後ずさる。

 レイナもまた、限界が来てその場に身体を横たえてしまうが、それでも意識は決して手放さず、後ろにいる頼れる仲間に、掠れる声で語りかけた。

 

「セツナ……君は足手まといなんかじゃあ、ないよ……少なくとも、あたしなんかよりもずっと……強い。それに比べてあたしは、約束も守れずに……尻込みして……」

「そ、そんな事ない……そんな事ないよ! レイナの方がずっと……」

「ううん、あたしは覚悟が、できてなかったんだ……口では『何があっても連れ戻す』なんて言って……最後の最後で、向き合え……なかった……だから……あた、しは……」

 

 レイナはイヴを傷つけてしまう事が、どうしても怖かったのだ。「何があっても連れ戻す」という気持ちはあっても、結局はその覚悟ができていなかった。そこが弱さであり、セツナとの決定的な違いだ。

 もし彼がいなければ、きっとずっと覚悟が決まらないまま、イヴに殺されていたとさえ思う。彼が時間を稼いでくれたから、向き合う決意ができた。そんな頼もしい存在が足手まといであるものか。だから庇った、役立たずな自分の身など顧みずに。()()()()()()連れ戻すために。

 

「……セツナ……あんまり、自分を……卑下……しちゃ……ダメだ……よ」

「も、もう……喋らないで、レイナ……これ以上はまずい……だけど、手持ちの回復剤じゃ、この傷は……」

 

 モノメイトは軽度の傷であれば瞬時に回復させられる。ディメイトであればそれよりも少し重い傷でも治せるが、こうも重症ではとても回復が間に合わない。

 あらゆる外傷を治療できるトリメイトでもあれば、と思うところだが、しかし前述の二種と比べて製造には高いコストや手間がかかるため、大勢のアークスが一斉に参加するような大規模作戦でもない限りは支給されないもの。つまり木っ端なアークスが簡単に手にできるような代物ではないという事だ。

 しかし、このまま放置しておけばレイナの命が危ない。未だに絶えず流れ出る血液の量は尋常ではなく、目は虚ろで今にもどこかへ逝ってしまいそうだ。

 それでも未だイヴに括り付けられた操り人形の糸は外れていない。どこまでも忠実に、課せられた命令を遂行するロボットのように、止まる事がない。

 

「まさかキレートエディアを手折るとは……驚きましたが、結果は変わりませんね。レイナさんは放っておけば死ぬでしょう。その間にセツナさん……あなたを殺しておきます」

「……ダメだ。もうこれ以上……お前の好き勝手にやらせるわけにはいかないぞッ!!」

 

 イヴの目を見ながら、それでいて言い放ったのはどこかでこの場を監視しているであろう人物に向けての啖呵。

 身も心もレイナに救われたセツナは、改めて覚悟を決めたのだ。絶対に生きる事は諦めない、強くなるために生き続ける。そしてイヴを連れ戻し、レイナに恩を返すのだ。

 固唾を飲み込んで、動き出そうとした。だがその矢先――

 

「――セツナの言う通りだ。アスール……貴様の企みはここで潰す。そのための切り札も連れてきた」



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Chapter 10-4

「セツナの言う通りだ。アスール……貴様の企みはここで潰す。そのための切り札も連れてきた」

 

 イヴの暴走を止め、アスールの野望も打ち砕こうとセツナがひとりで意気込んでいたところへやってきたのは、なんとシーザーだったのだ。

 調べたい事があると言ってレイナたちとは別行動を取っていた彼がこのようなグッドタイミングに合流して、セツナにとっては正直なところかなり嬉しかった。意気込んでいただけで、結局どうすれば現状を打破するか考えていなかったために。

 

「シーザーぁ! まったく遅いよ、遅すぎるよぉ! こんな時にーッ!」

 

 思わず、目尻に涙を溜めて抗議をしてしまう。

 本来の性別を知らぬシーザーは少しばかり愛らしいと思ったが、すぐに思考を切り替え、赤にまみれ横たわるレイナの側に腰を下ろし、回復剤を飲ませてやる。

 驚くべき事にそのパウチに施された、モノメイトやディメイトとも異なるパッケージからして、使っていたのは間違いなく完全回復剤のトリメイトだった。そんな貴重品を使っても良いのかと言いそうになったが、むしろ使い時は今を措いて他にない。

 これでレイナは大丈夫だ。次の問題はイヴと、それを操っているアスールだが――。

 

「余計な事を……それにしても意外でした、あなたが来るのは。このまま来ないのかと思ってましたよ」

「バカを言え。レイナもセツナも大切な仲間だし、イヴ……お前は特に、おれにとっては特別な存在だ。放っておけるか」

「イヴが……特別な存在?」

 

 なぜかイヴに対してだけはそう言ったシーザーに、思わず問いかけた。言葉の意味がわからなかったのだ。

 

 数瞬の沈黙を経て、彼は静かに語り始めた。「特別な存在」という言葉の中に、山ほどの積もり積もった想いが込められている事と、そしてイヴを中心に巻き起こった一連の出来事の真相――そのすべてを。

 

 

 

 

 先だって、ティアよりフリーデンに纏わる情報を得たあと、シーザーひとりが彼女に「二人っきりで話しておきたい事がある」と呼びつけられ、そこで衝撃的な事実を耳にした。

 

「ひとつだけ、あなたに言っておくわ。以前一緒にいたデューマンの子……たぶん、フリーデンの研究所で人体実験を受けた検体のひとりだと思う」

 

 一時、造龍に関するデータを片っ端から集めていた頃にフリーデンの存在を知り、廃墟と化していた研究所にも実際に足を運んだティアは、たったひとつだけ残っていたデータチップを発見・入手していた。

 厳重なプロテクトが幾重にも施されていたため、彼女の技術で読み取れたのはごくわずかではあったものの、それは実験を受けた検体のデータだった。しかも顔写真まで添えられており、そのうちのひとりがイヴにそっくりだというのだ。

「もしも興味があるなら、調べて見ると良いわ」そう言ってティアは、データチップをシーザーに手渡し去っていった。

 

 その後シーザーはチップを解析すべくレイナたちとは別れ、コンピューターとの睨めっこは始まった。

 自分でも驚くほど、順調に解析が進んだ。元々子供の頃から機械いじりが好きで、何の予習もせずに独自のプログラムを組むなどもしていたのだが。

 

「そういえば、あいつも……よくおれが機械いじってるのを見るのが、楽しいって言ってたっけか……」

 

 今は亡き妹シャーリーは、いつもそんな事を言っていた。あの時の思い出は十年以上経った今でも鮮明に憶えている。

 時にはわざわざ病院にまで持ち込んで、それら機械を触っているのを見せてやっていた事もあったなと、回想しつつ――ついにチップの解析が完了し、出てきたのは宇宙解放機関「フリーデン」が目指すものと、そのための実験の仔細、そして彼らが集めた検体の情報だった。

 

 

 

 十二年前にヴォイドから離反し、アスールを筆頭とする二十名によって構成されていた宇宙解放機関「フリーデン」が目指すのは、ダーカーによる支配の軛から宇宙を解放する事。

 

 それに際して必要なのは、宇宙を蝕み続けるダーカーや、ダークファルスといった闇を祓う事を可能とする存在。そこで目をつけたのが、かつて携わっていた「造龍計画」に使われていたクローム・ドラゴン、正確にはそれらが持つ「ダーカーを喰らう能力」だ。

 直前にアスールはヴォイドの研究室から造龍の細胞サンプルを持ち出しており、これを利用した実験を立案――それこそが計画の要「クローム・ドラゴンと同等の能力を持ったアークスの製造」である。

 造龍計画と似てはいるが、あれはアークスに代わってダーカーを滅ぼせる兵器を造る事が目的だった。一時人間を対象に実験を行った事もあるが、被検体はあくまでもフォトン能力を持たなかった一般市民がほとんどだ。

 方やフリーデン――もといアスールは、体内に多量のフォトンを有する人間に対して、クローム・ドラゴンの遺伝子を組み込む考えに至った。

 元来アークスとは、ダーカーを滅ぼすためにフォトナーが生み出したもの。そしてクローム・ドラゴンが持つダーカーを文字通り食らって力を得るという能力とは、相性が良いと結論づけたのだ。

 

 早速彼はオラクル中から、強大な能力を秘めた人間を拉致、強制的に実験を施した。ところがクローム・ドラゴンの遺伝子は人間の体にまったく馴染まず、拒絶反応によって肉体が崩壊する者や、拒絶反応が起きずとも精神に異常をきたす者、脳死状態に陥る者に、力の暴走が起きてしまった者など。まともに扱える検体はまったく生まれなかった。

 失敗作はすべて殺処分、そして新たな検体となり得る人材を探すという繰り返し。

 やがて失敗した回数は六六五にまで上り、アスールも諦めつつ六六六体目の検体に実験を施したのだが――その結果、なんと拒絶反応は見られず、精神や身体の異常も起こらず、ついに初となる成功体が誕生する事となった。

 

「こ、これは……まさかッ!」

 

 その六六六体目の検体データを見て、シーザーは愕然とした。直後に一枚の写真を取り出して、ディスプレイに映る検体の顔写真と見比べてみると、そっくり――というより間違いなく同一の人物だった。すでに死んだと思っていた妹シャーリーに。

 

「まずい……頭がおかしくなりそうだ……どういう事なんだ、これは……!? いや、それよりも……」

 

 画面をよく見てみると、検体名が「イヴ」となっている。これがティアの言っていた検体の事だとは思われるが、しかしますます混乱してしまう。

 額面通りに解釈するならば、この六六六体目の検体イヴは、シーザーの知るイヴ本人で間違いはない。そしてその名を与えられた検体は元々、入院していたはずのシャーリーという事になる――が、シーザーはとても信じられはしなかった。

 

「くそ……どうなっているんだ……ん? これは……検体の詳細も記されているな……」

 

 画面下の方にまだ文章が続いていたのでスクロールして読んでみる。

 

 ナンバー六六六は重い病を患っていたため、経過は不安だったもののクローム・ドラゴンの遺伝子が融合したからか、病は徐々に快復へと向かい、記憶の凍結処理を行う頃には健常者と変わらぬ状態にまでなり、先の不安は杞憂に終わった。

 

 その記述によって、もはや頭の中で「六六六番目の検体イヴ=アークスのイヴ=妹のシャーリー」という図式が完成してしまった。

 

「信じがたい……だが、ここまで証拠が揃ってしまえば認める他に……ないか」

 

 未だどこか現実でないような感覚がするが、思い返すと最初に出会った頃にシャーリーとよく似ているように感じたのも、単純な印象ではなく、直感的なものだったのかも知れない。

 イヴ自身の方にも、それは言える。特にナベリウスで顔を合わせた時のセリフ――「まるで、家族の温もりのような暖かさ……ありがとう、お兄ちゃん」――記憶を凍結されているという事だったが、あれもまた大切な家族の事を、心で憶えていたからこそではないかと思える。

 

 

 

 

 

 

 すべてを話し終えたシーザーはため息をひとつ。そして導き出した答えを口にする。

 

「……おれは、妹を連れ戻すためにここへ来た。ついでにアスールの計画を潰して、みんなで一緒に帰る……それだけだ」

 

 レイナとセツナ、さらにアスールの操り人形と化していたイヴでさえ、シーザーから齎された真実に言葉が出なかった。

 だが確実なのは、なればこそ彼女を連れ戻さなければならないという事。レイナとセツナの二人はシーザーのため、イヴのために再び立ち上がる。

 

「シーザーのおかげでお腹はすっかり元通りだし、もう平気! 今度こそ……何があっても、イヴちゃんを連れ戻すッ!」

「うん、ボクも諦めない……イヴも、みんなも、大切な仲間だから!」

「ふっ……そういう事だ。アスール……そのまま目を離すな、確と見ておけ。貴様が目指していたくだらん幻想が崩れる瞬間をッ!」

 

 シーザーが叫んだ瞬間、一行の後ろから何者かの足音が聞こえてきた。これから良いところだというのに、アスールの仲間でも来たかと警戒するレイナだったが、入ってきたのは予想外。一人の少女だった。

 随所に黒の紋様があしらわれた黄色を基調とするボディスーツに、装甲を組み合わせたような特徴的すぎる戦闘服で身を包んだこの人物は何者なのか、セツナが問いかけた。

 しかし敢えて目を合わせず、少女は冷たい声色で答える。

 

「わたしからお話する事はありません。正確には立場上話せない……ですが、この方にかけられた『呪い』は取り除く事ができます」

「呪い……?」

「この方は、他者の意志によって動かされています。アビス……どうやってかけたのかはわかりませんが、こちらで解除させてもらいます」

「な、なにを……っ!?」

 

 そう言って謎の少女は、たじろぐイヴの目の前に立ち、何かをつぶやいた。極限まで抑えられた小声でまったく聞こえなかったのだが、直後彼女の身に変化が起きた。

 突然ハッとしたように目を見開き、周囲を見回し始めた。先ほどとは様子が打って変わったような印象を受けるが、レイナたちには何が起きているのかさっぱりだ。彼女が何かをしたのは間違いないが――。

 

「あ、あれ……? わたしは……何をして……? というか、ここは……」

「これで晴れて、あなたは自由の身です。……それでは、わたしは失礼します」

 

 それだけ告げて、そそくさと立ち去っていく謎の少女。と思いきや奥の部屋へと通ずる扉の前で立ち止まり、少女が首だけでレイナたちの方へと振り返る。

 

「ああ、それとひとつ……わたしの事はくれぐれも他言無用でお願いします。もしも口外した事が認められれば、あなた方を『始末』する必要が出ますので」

 

 とんでもなくおっかない事を言い残して、今度こそ少女は扉を開け、その場から()()()()姿を消した。

 まったくもって何が何やらわからないが、とりあえず彼女のおかげでイヴは元通りに戻ったと見るのが妥当な流れ。いろいろあったが、レイナをはじめセツナ、シーザーもようやく戻ってきたイヴを囲んで、いっぱいの喜びを分かち合う。

 

「イヴちゃぁ~~~ん! 戻ってくれて良かったよぉ~~~~っ!!」

「わ、わたし自身……状況をよくわかってないんですが……というか、レイナさんっ……抱きつくのはやめてくださいっ」

「相も変わらず、お熱い事で……見てるこっちが胸焼けしそうだよ」

「だが、おれもレイナと同じ気持ちだ。本当に……良かった」

 

 シーザーにとっては十年来となる妹との再会でもある。感極まるのは当然の事、摂理と言う他にない。

 だが気がかりなのは、アスールたちによって凍結されてしまった記憶の方だ。如何にして凍結したのかまでは流石に書かれておらず、すなわち復元する術もわからないという事になる。

 どうしたものかと考えていたところで、セツナが先ほどの事を思い出して声をあげた。

 

「そういえば、イヴがシーザーの妹みたいな話があったけど、あれは本当なの?」

「あ、そんな事言ってたね……あれビックリしたなあ」

「え……わたしって、シーザーさんの妹……なんですか……!?」

 

 アスールに操られていた時の記憶は抜け落ちているようで、今一度シーザーはティアから受け取ったチップの事を説明し、最後にイヴが血の繋がりを持った家族である事を告げた。

 それを聞いて、最初こそ驚いたイヴだったが、少し考える素振りを見せたあとにどこか納得したような表情を見せる。

 

「……なんとなく、ですけど。家族の繋がりみたいなものを、感じる気がします……きっと、まだ憶えているんでしょうね……シャーリーとしての、わたしの心が」

「ああ……そうだな。そうに違いない」

 

 なんだか良い雰囲気になっている兄妹とは距離を置いて、レイナとセツナは微笑ましい気分で見守るのであった。

 その後アスールを捕まえるべく、研究所のさらに奥へと向かったレイナたち一行だったが、しかしどこを探しても姿はなかった。この研究所内のどこかでカメラを使って監視しているものと思っていたのだが。

 

「見当違いだったのかな?」

「さっきの子が連れて行ったとか?」

「……あり得るか。確かアスールにも用があると言っていたからな」

「どうでも良いじゃないですか、あんな男の事なんて。それより早く帰りましょう!」

 

 これまでにないような笑顔を見せながら言うイヴ。

 そんな姿を見てレイナたちは、あれこれ考えていたのがなんだかどうでも良くなって来て、彼女の言う通りアスールの事などは放って、帰る事とした。いつものアークスロビーへと。




ここで一旦、ひと区切りです


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