武装神姫Cross Force (浦尾 有)
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出会い
1話


西暦二○三六年。

第三次世界大戦もなく、宇宙人の襲来もなかった、二○一三年現代からつながる当たり前の未来。

その世界ではロボットが日常的に存在し、様々な場面で活躍していた。

 

神姫、そしてそれは全高十五センチのフィギュアロボである。

〝心と感情〟を持ち、最も人々の近くにいる存在。

多様な道具・機構を換装し、オーナーを補佐するパートナー。

 

その神姫に人々は、思い思いの武器・装甲を装備させ、戦わせた。

名誉のために、強さの証明のために、あるいはただ勝利のために。

オーナーに従い、武装し戦いに赴く彼女らを人は『武装神姫』と呼ぶ。

 

そして、二○四○年。

バーチャルリアリティ技術の革新によって、人は擬似的に神姫と一体となり意のままにコントロールできるようになった。

これを〝神姫ライドシステム〟という。

 

そして、ここに新たな神姫マスターが誕生しようとしていた……。

 

 

 ここは武装神姫の武器やパーツ、メンテナンス製品まで取り扱っているホビー店。いわゆる神姫ショップだ。

 そこに一人の少年が入店してきた。少年は辺りを見渡すと一直線にレジへと向かう。

「あのぅ、すみません……」

「はい、何かお探しでしょうか?」

「いえ、昨日この店で買ったこの神姫なんですけど……」

 そう言うと少年は手に持っていた袋から一つの箱を取り出した。その箱を開け、中から一体の神姫を取り出した。

「ここ、初めからキズみたいなのが付いてたんですよ……。それで、セットアップはまだしてないんですけど、交換とかできますか?」

 店員はふむ、と呟くと神姫を手に取りキズの具合を確認した。ボディー部分、人の体で例えると、左の肩の部分にバツ印のキズが深々と刻まれていた。

「確かにこれは酷いね。わかりました、在庫を確認してみます。もし在庫が無かった場合は、申し訳ありませんが取り寄せいたしますので、後日お渡しになると思います。それでは少々お待ちください」

 店員はレジの奥に消えていったが待つこと数十秒、一つの箱を持って戻ってきた。

「お待たせしました。ちょうどコレが最後の一つでしたよ」

 少年はキズモノを渡し、新品を受け取ると少年は一言お礼をすると、足早で去って行った。

「やれやれ、傷不良品か……。神姫の素体は簡単に傷つく物でも無いんだが、さてこれ、どうしたものか……」

 店員は独り言を呟きながら神姫を箱に戻した。

「とりあえず裏に置いておくか。これをどうするかは後で考えるとしよう」

 

 

 満員とは言えないが、座席が全て埋まる程度には混んでいる電車に乗っていた。二○四○年。技術改新により、あらゆる物が機械化、自動化された現在。その中で、昔から殆ど代わり映えのしなかった物の一つが、この電車だ。

 デザインの変更や、ホームが新しくなる事はあったが、根本的構造は昔のそれと変わらない。昔といっても、見た事があるのは十数年前までだ。もっと昔の事は知識として知っている程度だ。

 かれこれ二時間は電車に揺られている。もうじき目的の駅に到着するだろう。携帯電話で時刻を確認する。待ち受け画面のデジタル時計は十二時三十分を表示していた。

『次はー秋葉原ー、秋葉原です』

 昔から変わらない、あの独特な声の車内放送が流れた。電車は秋葉原駅で停車すると、車内放送と共に扉を開けた。

「やっと着いたか。しかしまた早く来ちまったな」

 今日はここ、秋葉原で中学からの友人二人と買い物をする為、一時に駅前で待ち合わせをしている。だが、宏彦は癖で約束の時間より三十分ほど早く着いてしまう。時間に遅れるのが嫌で、三十分前行動を心がけているからだ。しかし今日待ち合わせている友人の一人は、待ち合わせ時間の三十分ほど遅れて来るのだ。その為、結局一時間近く待つ事になる。

「さて、待ち合わせ場所の改札口はこっちかなっと」

 これまた昔とさほど見た目の変わらないパスモをかざし、改札から出たところで驚きの人物が目の前にいた。

「よぉ宏彦! 早いな、待ち合わせ時間より三十分早いじゃないか」

 遅刻の常習犯の俊輔が先に待っていたのであった。

「それはこっちのセリフだ遅刻常習犯。普段より一時間早いじゃないか。雪でも降るのか?」

「いやぁ今日はちょっとした物の発売日でワクワクしちゃって。気づいたらこんな時間に着いてたのさ」

「妙にテンション高いな。一体何の発売日なんだ?」

「実は今日発売する新型の武装神姫があってさ」

「武装神姫? 博が持ってるやつか?」

 銃器や戦車なんかに詳しい。いわゆるミリタリーオタク。今日、一緒に買い物するメンバーのもう一人だ。

「お前も銃器に目覚めちゃったのか?」

「言っただろ? 今日は新型の発売だって。武装神姫は色々な種類があって、アイツの持ってるやつはその中の一種類って事だ。……って、最近知ったばかりの俺がドヤ顔で言うのもなんだけどな」

「そうだよな。萌え系アニメオタクのお前には似合わねぇしな」

 俊輔は自分の好きなアニメをやたらお勧めしてくる。対して博は銃も好きだがプラモデルを作る。主にアニメ等に登場するロボットのプラモデルだ。この二人と長く遊ぶにつれ、今まで興味は無かった萌えアニメを見るようになり、更にはプラモデルも作るようにもなった。いわゆるオタクの世界である〝こちら側〟に来てしまったのだ。

 そんな話をしていると、ほぼ時間どおり、十二時五八分に博が現れた。

「お待たせ! って俊輔君、今日は早いじゃないか? どうしたんだい遅刻常習犯」

「チクショウお前もそれかよ! そんなことよりまず神姫ショップ行こうぜ! 俺のパートナーが待ってるんだ!」

「そんな事言って、神姫ショップの場所すら知らないでしょ?」

 博が的確なツッコミを入れると、俊輔は苦虫でも噛み潰したかのような顔をしていた。なにせ彼は武装神姫をこれから始めるのだ。神姫ショップの場所も知らない。そのため神姫に詳しい博を誘ったようだ。

「どうだ宏彦、お前も俺と一緒に武装神姫始めてみないか?」

 図星を突かれた俊輔が話をそらす為か宏彦へ話をふった。

「うーん。とりあえず見てみない事にはわからないからな」

 俊輔をそこまで動かした物だ。一応気にしてみるのも悪くないだろう。そんな事を考えながら神姫ショップに向かうのだが、そこであんな恐ろしい事が起きるだなんて、この時は思いもよらなかったのである。

 

 

 大きな通りから、少しだけ薄暗く細い道に躊躇無く博は入っていく。

 そこは大通りと比べ人通りは少ないものの、決して誰もいない訳ではなかった。

 そして、その殆どが神姫を持っているようだった。

 ある者は肩に。また、ある者は頭の上に乗せていた。

「見てくれよ俺の種子! オリジナルカスタマイズで更に防御力を高めてあるんだぜ!」

「ぼ、僕はシャラたんに服を自作してあげたんだな!」

 ここでは神姫談義に花を咲かせる人が多く見られた。確信は無いが、その全てが神姫をパートナーとした、神姫マスターと呼ばれる人達なのだろう。

「さ、着いたよ。ここが神姫ショップだ」

 博が指を指す先には大きく神姫ショップと書かれた看板が一際目を引いた。

「こんな分かりにくい場所なのに意外と大きいんだな……」

 俊輔が思ったことをそのまま口にした。

「逆に言えばそれだけ需要があるって事だよ」

 博はそう言うと店の中に入っていった。

「俺達も行こうぜ宏彦」

「そうだな」

 博を追いかけて宏彦と俊輔はショップの自動扉をくぐり入店しようとした時だった。宏彦の体に伝わる衝撃。突然の出来事に対応できず少しよろめく。

「おっと……」

「あっ! ごめんなさい!」

 目の前には小学生か、中学生くらいの少年。おそらく、ショップを出ようとして宏彦とぶつかったのだろう。

「きみ、大丈夫?」

 少年の手には小さな紙袋。この少年も神姫マスターなのだろうか。

「はい。大丈夫です。それじゃ、僕はこれでっ」

 そう言うと少年はショップを出て行った。

「二人ともー何してるのー?」

「今行くよ!」

 博に呼ばれ入店する二人。

「ほぉーこれが神姫ショップかぁー」

「見たことも無い部品とかも置いてあるんだな」

 宏彦と俊輔はそれぞれ思った事を口にしていた。

「そう。ここが神姫ショップ。神姫は勿論の事、神姫の武器やアーマー、メンテナンス用品から神姫用の服やアクセサリーまで何でも揃うのさ」

 博が何故か少し自慢げに説明する。

「そんな事よりさぁ……」

「俊輔君の探している新型コーナーはあそこだよ」

 博が指を指して場所を教えると俊輔は一目散にそこに向かって行った。

「さて僕は、ん? ……おぉ! こ、これはM49ショットガンのカスタム版じゃないか! なぁマリンカ、これどう思う?」

 いつの間にか博の肩に乗っている神姫は火器型ゼルノグラードのマリンカだ。

「しかし隊長、それは中古品であります! 中古というものは信用性に欠けるであります!」

「だが考えてみろ、信用性に欠けるピーキー品を使うのはロマンではないか?」

 どうやら二人だけの世界に入ってしまったらしい。こうなるとしばらく不毛な話し合いが続くのである。しかたないので宏彦は一人で店内を回ってみることにした。

「これが神姫専用の武器かぁ……。武器って何に使うんだろ? 動き回るからプラモデルみたいにポーズつけて飾るって感じもしないからなぁ。しかし細かな所までよくできてるな」

 武装神姫というのは体長十五センチ程度の人型ロボット。それらが扱うとなると武器も比例して小さく細かくなるのだ。銃で言えばトリガーを引けば、専用の銃弾が発射されるといった感じで、凄く繊細な構造をしているようだ。

 さらに辺りを散策していると、神姫が展示されているショーケースにたどり着いた。

 様々な物がモチーフとされた神姫達が処狭しと飾られている。動物から食器や楽器、更には幻獣などの実際には存在しないものもいた。それらがポーズを決め展示されている。手に持っている武装も様々だ。

 中には宏彦の存在に気づき手を振ってくる神姫もいた。

 しばらく眺めていると一体の神姫に目が行った。黄色が基調のボディーカラー。薄紫の髪と瞳。周りの神姫と比べて武装も貧相で少し小柄な彼女に釘付けになってしまった。

「か、かわいい……」

「お? なんだ? 気になる子でもいたか?」

 いつの間にか戻ってきた俊輔に突然話しかけられ少し驚いた。

「う、うん。まあね。それより俊輔は何買ったんだ?」

 俊輔はフフフと言いながら手に持った袋から一つの箱を取り出した。

「じゃーん! これぞアキュート・ダイナミックス製、鷹型ラプティアスさ! いやもうね、一目惚れって言うか、ネットで見た時になんかこうビビッと来ちゃったわけよ。俺のパートナーはこの子しかいないってね」

「一目惚れ……ね。なんか、わかるような気がするよ」

「おやおや? 宏彦もなのかい?」

「あの黄色くて紫色の髪の神姫、……すごくかわいい」

「それはフェレット型パーティオだね」

 いつの間に話し合いが終わったのか、マリンカを肩に乗せた博が後ろに立っていた。

「パーティオもなかなか可愛いよねー。でもそれ結構前に出たやつだからもしかしたらもう無いかも。神姫との出会いは一期一会とも言われているしね。一応店員さんに聞いてみるのも良いかもしれないよ。取り寄せとか融通聞く店だからここ」

 一期一会、もしかしたら次は無いかもしれないという事か。こういう美少女フィギュアは買った事がない為、宏彦は恥ずかしさを覚えた。

「よし! 男は当たって砕けろだ! ……えっとパーティオで良いんだよな?」

 恥ずかしさを押し殺しレジへと向かう。

「すみません。あの、あそこにあったフェレット型パーティオってありますか?」

「うーん。あることにはあるのですが……」

 店員は何かを悩んでいるように見えた。

「……少々お待ちいただけますか? 先ほどの男の子がキズ物だったと返却してきた物なんですが……」

 そう言うと店員はレジの奥に入っていった。

「それってもしかして……?」

 宏彦は入り口でぶつかった少年の事を思い出してた。

 しばらくすると店員は一つの箱を持ち出てきた。その箱の中から一体の神姫を取り出す。それは間違いなく、あのショーケースで見たパーティオだった。

「こちらになるのですが、見て頂くとわかるように、左肩の部分にキズがあるとして返却された物でして……」

「ください! 買います! いくらですか?」

 店員がまだ最後まで言い切らないうちに購入宣言をしていた。

「実は、返却された不具合品をお売りすることはできないんですよ……」

「えっ! そんな……」

 あまりも酷い仕打ち。完全に一人でぬか喜びをしていた宏彦はガックリと肩を落とした。

 その宏彦の姿を見てか店員は続けて言った。

「でも僕はね、神姫は起動する前から命があるものだと思っているんですよ。処分され、その命が失われてしまうと考えると、何とかして助けてあげたいと思うんです」

 神姫に命。確かに人工知能を搭載してはいる。おそらくこの店員は小さな命と、それぞれが持つ自我を尊重し、人のそれと同じ価値があると考えているのだろう。

「ちなみに、神姫は原価だとこれくらいします……」

 レジのモニターに映し出された金額に驚いた。今の持ち金では足りない。神姫とは、こんなにも高額な物なのかと嘆く。

「さっきの話、聞こえていましたよ。お客さん、神姫は初めてなのでしょう? ご予算はおいくらでしょうか? 中古、ジャンク品として特別サービスしますよ。」

 店員が少し小声で呟く。

「本当ですか!? えっとですね…………」

 

 

「やったな! ついに俺たち神姫オーナーだぜ! 共にがんばろうぜ相棒!」

「勝手に俺を相棒にすんなし!」

 俊輔が肩を組んできた。だが、お互い今日が神姫オーナーの第一歩である事は間違い無い。

「ところでがんばるって何をがんばるんだ?」

「そうだね、とりあえずは神姫を可愛がってあげる所から始めるといいよ。神姫はちゃんとした人格と人工知能を持っているから色々と世界を教えてあげるといい。絆が深まったら服を着せてあげたりするのも良し。ゲームセンターでバトルするのも良し」

 博が少し長めの説明をする。が、大体の事はわかったような気がする。

「へー武装神姫ってゲーセンでバトルするのかー。それよりさ宏彦……」

「ん? 何?」

「お前それ買ったのはいいけど、本当は別の物を買いにアキバ来たんじゃないのか?」

「……」

「……」

「あ――――!! そうだった――――!! 俺、プラモとゲーム買いに来たんだった――――!!」

 その後三人は色々な店を周り夕方には秋葉原を後にしたのであった。

「本来の目的すら忘れさせる武装神姫、パーティオ。なんて恐ろしい子」

 だけども後悔は無い。それどころか清々しい気分ですらあった。なにせ初めて一目惚れした子をお迎えできたのだから。



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起動
2話


 行きと同じ時間をかけて帰ってきたはずなのに、なんだかあっという間に自宅の最寄り駅に着いた気がするのは、どんな子なのだろうと、ワクワクしていたからに違いない。秋葉原から戻り家へ着くと辺りはもう暗くなっていた。

「ただいまー」

 家に着くと夕飯であろう揚げ物と味噌汁の良い香りがした。

「あ、お帰り。ごはんできてるよ」

 御剣家は父と母と宏彦の三人家族だ。その三人が一つの丸いテーブルで食事をするのだ。

 次々と運ばれる夕食のおかずの匂いを嗅ぎ付けた腹の虫が大きな悲鳴をあげた。神姫を買った後は金銭的問題もあり昼食は取っていなかった為、ついに我慢できなくなったのだろう。

「はは、お腹すいちゃった。荷物置いてくるよ」

 小走りで自分の部屋へ行き鞄と今日の戦利品を机の上に置く。

「お楽しみは少しお預けだな」

 家族の待つ食卓へ戻るやいなや、食べ物に感謝のいただきますを言う。手になじむ箸を持ち、ご飯を掻き込む。次はぷっくりと太ったエビフライ。揚げたてのカラッとした衣。そして弾力のあるエビ。ご飯が進む。

 サラダや味噌汁も次々と腹の中に入れ、通常よりも三倍早く食事を済ませるのであった。

「随分と美味しそうに食べるのね」

 宏彦の早食いに母は若干驚いているようだった。

「お昼食べ損ねちゃってさ。ごちそうさま!!」

 コップに入ったお茶を飲み干すと食器を流しへ置き自分の部屋へ篭るのであった。

 

 

「さて、と。まずは説明書からだな」

 箱の中から出てきたのは透明なケース。ブリスターパックで梱包されているのはメインの神姫素体と、それの主な武装と武器。そして……と呼ばれる物に分厚い説明書だ。

「えっと、まずはCSCか……」

 説明書とにらめっこしながら呟く。

 CSCとは『コア・セットアップ・チップ』の頭文字で神姫達の、脳とも心臓とも言える、最も大事な部分である。セット方法は、胸の装甲を外して、ルビー、サファイア、エメラルド等の何種類か存在する非常に小さな球体を三種類はめこむ必要がある。これは神姫の感情と記憶に大きく影響する為、一度セットした後に外すと全てがリセットされてしまう。つまり、一度外した後、同じ物をセットしても性格が変わってくる。

「こ、これか……いくらなんでも小さすぎるだろ」

 無くなりやすい為か小さなケースの中に様々な色の、米粒にも満たない球体がいくつも入っていた。この中から三種類を選ぶ事になる。

 ごくりと生唾を飲み、ピンセットを使いながら慎重にCSCを選んでいくのであった。

 CSCは丸く、ピンセットで掴もうとしても、転がったり滑ってしまい上手くいかない。

 精密機器の最も重要な部分。緊張からピンセットを持った手が震える。その時だった。

 確かにピンセットで挟んでいた赤色のCSCがパピョンッと消え去った。

「やっべ! 一個飛んでった! ……これは見つけるの大変そうだ……」

 散らかった自室を見渡し一人呟く宏彦。一時間以上探し、机の下に潜り込んだCSCを発見する事ができた。。

 四苦八苦しながらもセットアップ作業を進めていく。

「ふう……なんとかセット完了。次はクレイドルか」

 このクレイドルは、今日行った神姫ショップでオーナー登録をした際に貰った物だ。その時にID等の情報登録もした。

 CSCをセットした後はクレイドルをパソコンに繋げ、専用のソフトをインストールした後、神姫をクレイドルに乗せる。モニターには神姫ショップで登録したID等を入力する画面が出てきた。順序に沿い一字一句間違えないように入力していく。そして最後に起動のボタンが出てきた。緊張のクリックである。このクリックが彼女を誕生させるのだ。

「よし!」

 クリックする。が動かない。

「あ、あれ? 失敗? それとも中古だから? もしかして壊れてるのか!?」

 その時だった。微かなモーター音と共に、ゆっくりと立ち上がる彼女。

「た、立った……」

「ケモテック製MMSオートマトン 神姫 フェレット型パーティオ KT08F9L セットアップ完了 起動します」

 立ち上がると棒読みとも思える女の子の声でしゃべり始めた。

 機械的な棒読みな喋り方から、元気な少女といった、感情を感じる事にできる話し方に変わる。

「こ、これは何とも……」

 「やった! 動いた!」

 喜んでいるや否や次のセリフを話し始めた。

「オーナーの事は、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」

「お、俺の? そうだな……」

 この時ふと魔が差してしまった。

「〝おにぃたん〟なんて呼ばれたらちょっと嬉しいかもな……」

 宏彦は一人っ子であるのと同時に俊輔の影響で、妹という存在に憧れていた。少々捻じ曲がっているが。

「……」

「あぁ! やっぱ今のナシ! 普通にマスターで良いよ!」

 慌てふためく宏彦をよそに、神姫はその大きな目をパチクリさせる。すると、徐々にだが瞳に輝きを帯びる。

「登録完了……。ふみゃぁ、始めまして。よろしくなの、おにぃたん!」

 実際にそう呼ばれてみると凄く恥ずかしい。それにこの呼び方で人前に出るのは非常にマズイ。今まで隠していた妹好きという性癖が間違いなく露見する。

「だー! ナシナシ! おにぃたんはナシ! 俺の事はマスターって呼んでくれ!」

 急いで訂正を要求する宏彦。

「それで、おにぃたん。わたしの名前は?」

「話聞いてねぇ――――……こうなったらリセットを……」

「おにぃたん……?」

 少し潤んだ瞳が何かを訴えるように宏彦をじっと見つめる。

「む、無理だ……リセットなんて、できっこない……」

 神姫ショップの店員が言った言葉を思い出していた。〝でも僕はね、神姫は起動する前から命があるものだと思っているんですよ〟

 ここにあるのは一つの、紛れもない命なのだ。それをたった一つの、それも自分ミスで起きた事を理由に殺して良いはずがない。あってはならないのだ。

「おにぃたーん。なーまーえー」 

早く名前を付けてくれと言わんばかりにピョンピョンとその場でジャンプしながら名前をねだる。

「わ、わかったよ」

 目の前にいる十五センチの彼女に押し負ける。それに、無くし掛けたCSCを使っているからこその命。あそこで諦めていたらきっと別人格だったのだろう。

「……そうだな、〝ティア〟なんてどうかな? 神話に出てくる女神の名前だ可愛いかなと思うけど、どうかな?」

 このティアと言う名前は、秋葉原から帰る電車の中で考えていたものだ。

「うん! とってもかわいいの。よろしくなの、おにぃたん!」

 この〝おにぃたん〟にはしばらく慣れないだろうが。

「大丈夫だ。問題ない。かわいいから許す」

 ちょっとした手違いはあったものの、これが二人の出会いなのであった。

 その後は、ティアに世界の事をある程度教えた。

 これがなんとも、たまらないひと時であった。自分の話を飽きもせず、無邪気に聞いてくれる彼女。今まで感じる事の無かった幸福感であった。

「おにぃたん、物知りなのー」

「俺が知ってる世界なんてたかが知れてるよ。そうだ、明日、学校に来てみるか?」

「ガッコー? それ、なんなの?」

「学校って所は色々な人がいて、その中に先生や友達がいて勉強とかする所。まぁ、結構面白い場所さ」

「面白い所なら行ってみたいのなの!」

 ティアは目をキラキラさせていた。外の世界を見た事がないのだから当然だろう。

「まぁ、中には学校が苦痛な人もいるみたいだけどな……」

「それはなんだか可哀想なの……」

 明日からティアと少し変わった学生生活になるはずだ。明日のためにそろそろ寝とかなければならない。時計を見ると深夜二時を回っていた。

 ティアにおやすみを言うと急いで寝る支度を始めた。

 

 

「ふぁ……ねむ……」

 翌日、学校に到着し自分の席につくと大きなあくびをしてしまう。

 あの後、急いで寝ることにしたのだが、興奮していて十分な睡眠をとる事ができなかった。朝はなんとか起きることができたが、朝食は普段より適当に済ましてしまった。ティアはスリープモードのままだったので起こしてあげて、今は鞄の中にいる。

「ねー、もー出て良い?」

 鞄からティアの声が聞こえた。一応この学校はゲーム等の勉学に関係ないものも節度さえ守れば持ち込みが許可されている。次いで紛失などは全て自己責任となるため、自分で管理しなければならない。

「わるいな。今は出せないから。それまでスリープモードで待っててくれるか? 休み時間になったら起こすからさ」

 可哀想かもしれないが、こればかりは仕方が無い。博も同じく休み時間まで神姫を出すことはないだろう。

「よう。おはよー宏彦」

 相当眠そうな顔で挨拶してきたのは例の遅刻常習犯である俊輔だった。が、いつもなら遅刻ギリギリで登校する彼がこんな時間に来ているのは奇跡と言っても良い。

「おはよ俊輔。どうした? 昨日に引き続き早いじゃないか? 今日こそ雪でも降るのか?」

「あー、まだ春だって言うのに暑いから雪でなくても雨くらいは降ってもらいたいね。今朝はニーナに叩き起こされて……ふぁ……」

「ニーナ? ……ああ、もしかして昨日の神姫か?」

「あぁ。しっかし、遅くまでセットアップとかしてたから深夜アニメ見逃しちまったよ」

 俊輔はあくびを連発しながら言った。

「でも神姫に朝起こしてもらえるのって幸せだな。なんかこう、おせっかい焼きの幼馴染が起こしに来るみたいだったなー。まるでリアルなギャルゲのようだぜ!」

 目の下にクマを浮かべたままキメ顔で俊輔は言った。

「ははは。そりゃ幸せだね。おはよ二人とも。それにしても、ずいぶんと眠そうだね」

 博が笑いながら挨拶をする。宏彦と俊輔はすかさず博に挨拶を返す。すると朝礼の鐘が鳴り担任の教師が教室に入ってくる。

 一時間目は世界史。睡魔の呪文を唱えられ宏彦と俊輔は揃って机に没するのであった。

 

 

 一時限目の授業は殆ど寝てしまった宏彦も、二時限目以降はちゃんと起きて授業を受けた。

 俊輔にいたっては一時限目から爆睡。四時限目の中盤で目を覚ましたようだった。

 そして待ちに待った昼休みの時間である。

「あー腹へったー! さ、メシメシ。ニーナも出て来いよー。皆に挨拶だ」

 俊輔は鞄を開け、中から弁当の包みを出す。すると続いて青色の何かが飛び出し机の上に着地する。

「始めまして。あたくしがこのマスターの神姫、鷹型ラプティアスのニーナでしてよ。以後、お見知りおきを」

 薄い水色の神姫は、まるで上品なお嬢様を思い浮かべる優雅な一礼をしてみせた。

 セットアップから一晩しか経っていないのにここまでしっかりと個性があるものなんだな、と思わず関心する宏彦。

「随分としっかりした神姫だな。よろしく。俺は御剣宏彦だ。それで俺の神姫はっと……」

 鞄を開けティアをスリープモードから起こす。

「ふみゃ……。おはよなの」

 寝ぼけ眼をこすりながらあくびをする。昼だというのに寝ぼけているようだ。

「おはよう。遅くなってごめんな。ほら、皆に挨拶」

「ふぇ? あ、わかったのなの。えと、ティアっていう名前なの。よ、よろしくなの」

 突然見たことの無い人間や神姫に囲まれて緊張しているのか、少したどたどしい挨拶だった。

「よろしくね。ティア」

 スッと握手を求めるニーナ。

「よ、よろしくなの……えーっと……」

「あたくしとした事が、自己紹介がまだでしたわね。あたくしの事は、ニーナと呼んでくださいな」

 笑顔で自己紹介をするニーナ。それを見たティアは少し緊張が解れたようだ。

「よろしくなの! ニーナ!」

 差し出されたニーナの手をしっかりと握り返すティア。

「僕は高瀬 博。こっちが僕の神姫、マリンカ」

「よろしくお願いするであります!」

 一通り自己紹介が終わったところで神姫達は既に仲良く会話を楽しみ始めていた。

「さて、人間達はエネルギー補給するとしますか」

 神姫達の談笑を眺めながらの食事とはまた変わったひと時である。見ているだけで幸せな気持ちになる。

「なぁ、二人は今日の放課後、空いてるか?」

 神姫達を眺めていると俊輔が突然話しかけてきた。

「俺は空いてるよ」

「ごめん。僕は今日行くところがあって……」

「そっか、と言うのも、昨日博が言ってたゲーセンのバトルってのを体験したいなって思ってさ」

「俊輔君にはまだ早いんじゃないかな? もっと神姫と過ごしてお互いがわかりあえるくらいに……」

「そりゃ勿論ガチな対戦とかはしないさ。だから同じく昨日始めた宏彦と模擬戦みたいな感じで、えっと……なんとかシステムってのを体感したいなと」

「神姫ライドシステムでしてよ。昨晩、何度も言いましてよ? 神姫と一体化することで、あたくし達を操作するシステムだと、散々お教えしたではありませんか!」

 神姫が己のマスターを説教している図である。

「ごめんって。昨日いっぺんに色々言われたもんだから忘れちまって」

「まったく。教える身の事も考えていただきたくってよ」

 俊輔はペコペコと謝り続けていた。

「なるほど、初心者同士の模擬戦闘か。それなら危なくないし、動きを覚えるには丁度良いかもしれないね」

 博が顎に手を当ながら呟いていた。

「だろ? てことで宏彦、放課後、いつものゲーセンで集合な」

 この町はそこそこ栄えてはいるが、二人が行ったことのあるゲームセンターは数える程度しかない。

「それなら、いつもの所より少し離れてるけど、隣駅の方が良いよ。あそこには確か神姫バトル用の筐体があったはず。それに僕も用事が済んだら後から行ける距離だし、時間があったら僕がコーチしてあげるよ」

「おっ! そりゃ助かるぜ! くぅー放課後が楽しみだなぁ!」

 俊輔は凄く楽しそうであった。が、宏彦も同じように楽しみなのだ。

「神姫ライドシステム……いったいどんな感じなんだろう?」

 宏彦は神姫ライドシステムであんな事やこんな事を妄想している時だった。

「ねーねー、おにぃたん。ゲーセンってなにー?」

 数秒間周りが凍りつく。

「おにい……たん?」

「お前がオタクになったのは知ってるが、そんな性癖が芽生えていたとは……」

 冷たい視線が宏彦を突き刺す。

「……しまった――! 昨日の夜で慣れてこの呼び方が普通だと錯覚していた……くそう、武装神姫……なんて恐ろしい子なんだ」

 たった今、隠していた妹好きという性癖が露見した。周りの視線が一斉に宏彦へと集中していた。

「うう……これは悪夢だ……」

 頭を抱える宏彦をよそに、昼休み終了の鐘が鳴り響いた。

「っと、次の授業は教室移動だったな。行こうぜ〝おにいちゃん〟」

 面白いネタを見つけてしまった俊輔はすぐさま宏彦を茶化すのであった。

「頼む! 勘弁してくれ! これには深いわけがあってだな!」

 この後、宏彦はしばらく周りから〝お兄ちゃん〟と呼ばれる事になった。

 ティアはというと状況が理解できないのかキョトンとしていた。



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RIDE ON
3話


 そして時は進み放課後。二人は一旦家へ帰り着替えてから、ゲームセンターで待ち合わせる事にした。ゲームセンターへは自転車で向かう。

自転車の前に取り付けられた、格子状になっている針金の篭にティアがしがみ付いている。周りの風景が見えて尚且つ風を切って気持ちいのだろう。しかし、運転している側としては、段差に乗り上げた時の振動で落ちてしまわないか心配になり慎重になってしまいスピードが出せない。

 ティアにとって外の世界は新しい物ばかりだからだろう。キョロキョロと周りを見ては気になった物は「あれは何?」と聞いてくる。そのせいもあってゲームセンターには想像以上に遅れて到着することになった。

「よぉ! 遅かったじゃないか〝おにいちゃん〟」

「まったく、レディーを待たせるものではありませんわよ〝おにいさま〟」

 俊輔とニーナが昼休みの事で未だにからかう。あの後色々と説明したのだが、始めの魔が差していた時点で弁解しようがなかった。

「なぁ、頼むよ二人とも。その呼び方やめてくれないか?」

「でもティアからは〝おにぃたん〟って呼ばれてるじゃないか? いいだろ減るもんじゃないし」

 俊輔がニヤケ顔で追い討ちをかける。

「うっせぇ。ティアは可愛いから良いんだよ」

「おにいたぁ~ん」

 俊輔が裏声で可愛く言ったつもりだろうが、あまりにも酷すぎて吐き気を催す。

「蹴っ飛ばすぞ」

 俊輔を軽く睨みつける。

「おぉ怖。さて、おふざけはこれくらいにして。……っとあの筐体が空いてる。他の奴等に取られないうちに座っちまおうぜ」

 俊輔はそう言うと小走りで筐体へと向かっていった。

「やれやれ、やり方とかわかるのかな?」

 俊輔の後を追い、もう片方の空いている筐体へと腰掛ける。筐体はエアホッケーの台を彷彿とさせる。台の中心には神姫をセットするリフトと、バトルまでの指示を映し出すモニター。モニターの左右には半円の膨らみが、それぞれ一つずつ。

 そして目の前には、プレイヤーの頭に装着するバイザーのような機械がある。膨らみには手形のガイドラインが描かれている。

 この膨らみに手を置き、バイザーを装着して神姫を操作するのであろう。

 ティアをリフトに置きバイザーを装着し、手を膨らみに置く。

「宏彦、準備できたかー? 良かったら行くぞー?」

 向こう側の俊輔が回りの雑音に負けないくらいの大声で言う。

「よし! 行くぞティア! 初戦だからって負けないからな!」

 今回相手の俊輔も今回が初対戦。それにアクションゲームのセンスでは宏彦の方に分がある。

「うん! 行って来ますなの!」

 ティアが手を振るとリフトが沈んでいく。

「よーし。行くぞ俊輔! ライド・オン!!」

 宏彦が叫ぶとモニターに〝RIDE ON〟の文字が表示された。次の瞬間、感覚と意識が一瞬途切れる。

「う、ん……?」

 気づくと目の前には荒れ果てた建物。ガラスの殆どが割れている。人の気配は全く無い。それは正に廃墟と呼ぶに相応しい光景だ。空気や感覚は本物のそれと同じと言っても過言ではない。本物と間違えるほど現実味を帯びていた。

 試しに自分の手に力を入れてみる。すると、まるで自分の体の様にティアの手が握られる。

 色々な姿勢を取るなどし、一通り体を動かしてみる。面白いくらいティアの体を自在に動かす事ができた。

「すげぇ……まるで自分の体。感覚も本物みたいだ。……するとやることは一つだよな……」

 ゴクリと生唾を飲み、よし、と意気込む。そして、そっとティアの胸に手を置き一揉み。

「イエス! トロピカル!」

「……お、おにぃたん? な、なにしてるの?」

 ティアの困惑した感情がダイレクトに伝わってくる。はっと我に返る。

「ご、ごめんなんでもないよ。はは。それよりすげーな。本当にティアと繋がってると言うか、一身同体って感じだな」

 気まずい雰囲気を、なんとか誤魔化そうとする。

「むつかしい事は分からないけど、がんばるのなの!」

 いよいよバトル開始だ。あらかじめ登録しといた武装。今回はティアをお迎えした時に同封されていたもの。言わば初期装備だ。ボディーパーツとフットパーツ。そしてナックルとダブルナイフの役目も果たすリストパーツ。短剣として使うこともできる尻尾の様なリアパーツ。他にもハンドガンもあったがが、今回は使わない。

 武装を選択すると光の粒子がそれぞれ装備される場所に集まり実体化した。

「さて、俊輔の奴はっと……」

「おにぃたん! 上なの!」

 動いたのはティアの声を聞いた直後だった。条件反射でその場を離脱する。相手がどの様な武器を持っていて、どの様な攻撃方法を仕掛けてくるのか分からない以上、上を取られた状態でその場に留まるのはあまりにも危険と感じたからだ。

その判断が功を奏したようだ。俊輔の神姫、鷹型ラプティアスの武器の一つ、ハンドガンのレッドスプライトから打ち出された弾丸は、今までいた地面に無数の小さなクレーターを作っていた。

「てめー俊輔! 奇襲だなんてキタネェ事してんじゃねぇよ!」

「何言ってんだ。勝負は土俵に上がった瞬間から始まってるんだぜ! いや、上がる前からかな?」

 正にその通りであった。胸を揉んだりしなければ奇襲など、されなかっただろう。

「それでは、ここからは新米同士、正々堂々と勝負でしてよ!」

 ニーナが華麗に地上に降り立つとすぐにハンドガンをティアに向ける。

「まずい! ティア、逃げるぞ!」

 なるべく予測されないように左右に動き回避行動をする。

 高速で移動し回避するも、数発かすめた。

「くっ。このままじゃジリ貧だ。一旦どこかに隠れて体制を整えないと……」

 毒付いたその時だった。

「マスター! もっと良く狙ってくださいな! それと棒立ちだなんて考えられなくってよ!」

「え、あスイマセン……」

 俊輔がニーナに怒られた時、一瞬だけ攻撃が途切れた。この隙に距離を取り建物の影に隠れることができた。神姫バトルはライフポイント制で、ダメージを負う度にそれが減って行き、ゼロになった時点で負けが決定する。

 ライフポイントを確認すると、先ほどかすめたハンドガンのダメージは大した事無かった。

「なぁティア、ティアの得意な戦闘スタイルって何だ?」

 ティアの得意な戦い方で攻めて勝機を見いだそうとする。

「えっとね、素早く攻撃を避けたりするのが得意なの」

「ふむふむ、なるほど。どおりで攻撃が回避しやすかったわけだ。……それならば作戦はシンプルに〝攻撃を避けつつ懐に潜り込む〟だ」

 建物の角から少し顔を覗かせると俊輔とニーナは攻めてくる様子は無かった。よくは分からないが作戦会議をしているようにも見えた。ならば作戦がまとまる前に攻めたほうが良い。意を決して建物の影から飛び出ると、すぐさま姿勢を低くしてニーナへと駆け出す。

 ニーナがハンドガンで攻撃してきたが、それらを軽々回避する。先ほどとは違いニーナは後方に引きながらハンドガンを撃ってくる。これが先ほどしていた作戦なのだろうか。だが移動スピードはティアの方が上だ。蛇行しながらの移動でも、十分に追いつける。

 もうすぐ接近攻撃を仕掛ける事のできる距離だ。リストパーツに装着された、ブレードの役目を果たすウィンディツインズを展開し、「やぁっ!」というティアの掛け声と共に地面を蹴り一気に懐へ入り込む。ブレードによる斬撃攻撃をお見舞いする。が、寸での所でニーナの左手に装備されたシールド、コヴァートアーマーに防がれてしまう。

「直線的。見え見えですわよ?」

 ニーナが不敵な笑みを浮かべている。その右手にはナイフのフェザーエッジが握られていた。

「まずい! 下がるぞティア!」

 ティアが攻めてくる事を予想していたのだ。カウンターを想定していなかった為、反応に遅れが生じた。

 対応の遅れが命取りとなり、ナイフで腹部を切られ、勢いで吹き飛び地面を転がる。

 ホログラムの為、傷が付いたり壊れたりする事は無いが、ライフポイントは確実に削られてしまった。

「これが……神姫バトル……」

 ダメージを受けたティアがゆっくりと立ち上がる。その姿を見るのがとても苦しかった。

 傷は付いてなくともティアの表情は痛みを堪えた感じだった。自分が初めての神姫バトルでちょっと上手く攻撃を避ける事ができたくらいで調子に乗ってティアに辛い思いをさせているのではないかと思うと胸が締め付けられる。

「ごめん……ティア……俺……」

「へ、へいき……なの。まだ、戦えるの」

 彼女の頑張っている姿に涙が出そうになる。心なしかティアが切られた部分と同じ腹部が焼けるような痛みを感じた。

 悔しい。負けたくない。勝ちたい。そういった感情が徐々に高まっていく。

「これで、トドメでしてよ!」

 ニーナは空中へと飛び上がり再びハンドガンで射撃攻撃を仕掛けてきた。

「ティア!」

 雨のように降り注ぐ弾の、いくつかが地面へ着弾し、ティアは瞬く間に砂煙に包まれる。

 ハンドガンによる攻撃を止めたニーナが地面へと足を付けたその時だった。砂煙の中から突如現れ、疾駆するティア。

「早い! けれど、単純でしてよ!」

 リストパーツに装着されたブレードによる攻撃を、紙一重で空中へ飛び上がり回避するニーナ。そのまま宙で体を回転させ、ティアの背後へ着地し、間髪入れず手に持ったナイフで反撃を仕掛けた。ところがティアは疾駆の勢いを殺さず、地面に手を付ける。

 間髪入れず腰を上げ、器用にもリアパーツの尻尾型ブレードのキレールォでフェザーエッジを弾いた。逆立ちしたティアは手を軸に回転し、その遠心力を追加した蹴りをニーナへとお見舞いする。

 大したダメージは期待できない。だか、ニーナは予想外の出来事に体制を崩す。

 明らかに焦りが見える。しかも今の蹴りで武器を叩き落とす事ができた。チャンスは今しかない。

「今だティア! レールアクション! エンドレスパーティー!!」

 レールアクション。それぞれの武器や神姫に設定されている特殊行動。それはスキルポイントというゲーム内で指定されたエネルギーを消費して発動する強力な技だ。

 フェレット型パーティオ専用の必殺技、エンドレスパーティー。両手のウィンディツインズがほのかに光を帯びる。姿勢を戻し、一気に懐へ飛び込む。左右のブレードを交互に使った連続攻撃。最後に両ブレードで挟み、切り裂く。

「はぁ……はぁ……」

 ティアの両手に装備されたウィンディツインズから光が消えた。必殺技を発動し終えたティアは肩で呼吸をしていた。

 ニーナは力無くパタリとその場に倒れた。

「っく……体が……参りましたわ」

 宏彦の目の前に〝YOU WIN〟の文字が浮かび上がっていた。

「やった……初バトルで、俊輔に勝った! やったなティア!」

 初めての神姫バトルで初めての勝利は、その場で飛び上がりたくなるほどに嬉しかった。

「がんばったのなの」

 ティアが武装を解除し、ピースを作り微笑んでいた。

「だ――! チクショウ! もうちょっとだったのにぃ! 何だよあれチートかよ!」

 向こうでは俊輔が負けたことによる悔しさからか筐体をバンバンと叩いている。

「くそう! もう一回勝負しろ宏彦! 次はゼッテー負けねぇからな!」

 それからと言うもの、二人とその神姫は時間も忘れバトルを続けるのであった。勝敗は五分五分。まだまだ経験不十分だが、お互いに少しずつ上達していた。

「まさかとは思ったけど本当にまだやってるとは思わなかったよ」

 用事を済ました帰りなのだろう。博が二人の前に現れた。

「さっきのバトル見てたけど、二人共随分と上達してるね。もう初心者とは思えないくらいだよ」

「そうだろそうだろぉ? これで俺もイッチョ前だぜ!」

 俊輔が少し褒められたくらいで調子に乗っているようだった。背伸びしたい年頃だろうか。

「俺にだって負けてるうちは一人前でも何でもないだろ」

「はぁ? 何言ってんだ、俺の方が一回多く勝ってるんだから俺の勝ちだろう」

 正にどんぐりの背比べである。

「お前、何言ってんだ? ちょっと無茶だぞ?」

「ハハハ。じゃあ今度は僕と対戦しよう。神姫歴では先輩の僕が二人を鍛えてあげるよ」

「望むところだぜ!」

 俊輔は意気込んではいたがこの後、宏彦も含めた二人は博とマリンカに一勝もできずボロボロにされてしまうのであった。

 その後も三人は時間を忘れひたすら神姫バトルに励むのであった。ふと気づくと、当たりはすっかり暗くなっていた。

 家庭によってはもうとっくに夕飯は終わっている時間であろう。

「いやー楽しかったなー。宏彦もそう思うだろ?」

 確かにここ最近やったゲームの中で一番楽しかったと言えた。

「ああ。面白かった。けど疲れるな、神姫バトルって」

「そうだね。二人はずっとやってたもんね。僕もこんなに遅くまで神姫バトルをやっていたのは久しぶりかも」

 後から参戦した博はさほど疲れてはいないようだ。さすが慣れてるだけのことはある。

「そう言えばさ博、学校で、初めのうちは危険だとか言ってたけど何でだ? バーチャルなんだから負けても壊れたりしないだろ?」

「あぁそれね。実は最近、敗者の装備を奪う人がいるんだ。酷い時は神姫を壊したりするとか……。僕は実際に戦った事は無いんだけどね。その人の腕は、そこまで上手くはないらしいんだ。だから初心者を狙うらしい。それで手に入れた装備は売ってお金にしてるって噂なんだ」

「きたねぇ奴だな! なぁそいつ、俺らが懲らしめてやろうぜ!」

 俊輔のたまに出てくる正義感であった。この正義感は困ったもので、名前も知らない隣のクラスの生徒が、上級生にお金を返してもらえてないと困っていた所、俊輔が善意と言って回収してくるくらいだ。その時はたまたま上手く行っていたが無謀な事もやらかす俊輔を見ていると不安になる事がある。

「懲らしめるのは良いけどな俊輔、アニメや漫画みたいに、それで改心するほど実際の世の中甘くないんだよ」

「宏彦君の言う通り、これに関しては窃盗に入る違法なことだから警察も動いてる。僕らの出る幕は無いよ」

「ちぇ、なんだよ二人とも、乗りわりぃーなぁ」

 一般人、ましてや高校生がそう言った事件に首を突っ込む事は得策じゃない。やれる事と言えば、そういう輩に気をつけるくらいだろう。

「さて、もう暗いしお開きに……ティア、どうしたんだ?」

 先程から肩に乗っているティアが辺りを気にしているようだったので聞いてみた。

「ん。あのね、さっきから誰かに見られてる気がするの……」

 さっきの初心者狩りの話もあり少し怖くなった。もしもティアの身に何かあったら嫌だ。破壊されるティアを想像してしまいゾッとする。たった一日に満たない思い出であっても、それはとても大事で、せっかく仲良くなれたティアと別れるのは辛すぎる。そんな事を考えながら辺りを見回してみる。だが人影どころか三人以外に人の気配も感じなかった。

「気のせいじゃないかな。そろそろお開きにしよう。さすがに寒くなってきたぜ」

 気のせいと自分に言い聞かせる宏彦。ホラー映画とかは苦手ではないのに、この時ばかりは恐怖に煽られていた。

 その後三人は別れ、それぞれ自分の家へと帰宅した。

 

 

「あんな奴が本当に〝力〟の所有している神姫なのか? 確かめる必要があるな……」

 誰もいなくなったゲームセンター前。暗闇から突然湧いて出たかの様に何者かが現れた。

 痩せ型ではあるが背は高い。黒い服を着ていて、夏も近いというのに長袖の上着。さらに深々とフードをかぶっている。見るからに不審者だ。

「だけどもし、彼女が本当にマスターの言うソレなら、また〝アレ〟完成に一歩近づきますね」

 さらに茂みから一体の神姫が現れた。出てきた神姫はその者の肩に飛び乗り、共に暗闇へと消えっていくのであった……。

 



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正義と友情
4話


「へへっ。そんじゃあ勝負しよぉぜぇ。ルールはお前のご希望通りだ」

 今回の宏彦の対戦相手は。ガタイが良く、さらにはスキンヘッドと言う、関わる事を躊躇したい容姿だ。

 しかしこの男は、三日前に、このゲーセンの前で話していた例の初心者狩りの張本人であった。

 あれほど関わらないと話していたのに、こんな事になってしまったのには訳があった。それは少し時をさかのぼり、朝礼より少し前の教室での出来事だった。

 

 

「宏彦~! 博~! どうしよう~」

 普段より少し早く登校してきた俊輔であったが、教室に入るやいなや乱心状態で宏彦と博に助けを求めてきたのであった。

「お、落ち着け俊輔! 何があった?」

 ここまで取り乱している俊輔は珍しい。当然ながら友達として放っておく事などできない。どうしたのか俊輔に聞いてみるのだが本人は「どうしようどうしよう」と連呼するばかりで会話にならなかった。

「仕方ありませんわね。まったく、見ていられなくってよ?」

 俊輔の鞄の中からニーナが飛び出し宏彦の机の上に着地する。

「あたくしから説明いたしますわ」

 ニーナは喚いている俊輔を無視しつつ淡々と語り始める。

「実は先日、皆さんが話していた、初心者狩りの張本人と、その者の犯行現場を目撃してしまいましたの」

「それで俊輔君がでしゃばって返り討ちにあったと」

 落ち着いた声で博がつぶやく。

「恥ずかしながら、ご名答でしてよ」

 ニーナは肩をガックリ落とし言った。

「そんなことじゃないかと思ったよ。あれほど注意して首を突っ込まない方が良いと言っておいたのに。でも、神姫が無事で良かったじゃないか」

 今度は半ば呆れた様子で語る博であった。

「良くねーんだよ! 武装は全部取られちまったし、あのガキには絶対に取り返してやるって言っちまったんだからよぉ!」

 どうやら俊輔のいつもの悪い癖が出ていたようだ。今まで何度か失敗したことのある俊輔なのだが、ここまで焦っているのは初めてだろう。そんな俊輔を見ていると、だんだん放っておけなくなってきてしまった。

「……わかった。俺がなんとかする」

「宏彦君まで! ……僕は手を出さないよ? 面倒事はごめんだからね」

 博はそう言うと自分の席に戻ってしまった。

「なんだよ博のやつ、冷たいな……それより宏彦、作戦とかあんのか?」

「作戦か……話し合いで返してくれは、しないよな……」

 結局勝負するしか方法は無いのだろう。

 

 

 そんなやり取りをその日の朝にして放課後、ゲームセンターでその初心者狩りを見つけ今に至ったのだ。

「あぁ。確認だけど、ルールは負けた方が武装を渡す。あんたが負けた場合、中学生から奪ったサンタ型ツガルの装備、それとこの俊輔から奪った鷹型ラプティアスの装備を俺が貰うからな」

「あぁ良いぜ。だが、こっちが二種類出してそっちがソイツの、ちんけな装備だけってのは割にあわねぇーよなぁ?」

「おい! どうすんだよ宏彦! 俺もお前も他に武装無いし博だってこの場にいないんだぞ!」

 宏彦はしばし悩み沈黙する。

「お? どうした? 怖くなっちまったか?」

 初心者狩りの男はいかにも余裕と言った感じで煽ってくる。

 目の前にある筐体の上で準備しているティアを見る。すると、視線に気づいたのかこちらに振り向く。

「ティア……」

「わかってるの。大丈夫なの。おにぃたんを信じてるから」

「ぶっ! なんだソイツ。おにぃたんとかマジ笑えるわ」

 呼ばれ方の恥ずかしさを堪え、すうっとひと呼吸し覚悟を決める。

「俺が負けた場合、俺の神姫、パーティオのティアも賭ける。これで良いだろう?」

「おい! 正気か宏彦! せっかく手に入れた神姫なのに」

「わかってる。でも、やるって決めたんだ。もう後戻りはしない。それに、ダチが困ってるんだから助けないとな」

「お前……」

 俊輔の目にうっすらと涙が浮かんでいた。

「くくっ。良いぜ。その条件で良いだろう。おにぃたんなんて気持ち悪いから貰ったら即リセットしてやるよ! これも優しさだぜ? 前の主人の事を忘れちまえば寂しく無いもんなぁ!」

「てめぇ! それじゃあ宏彦はどうなるんだよ! お前にティアを奪われた事はずっと忘れられないんだぞ!」

 俊輔が今にも飛びかかりそうな形相で大声を上げた。

「あぁーん? んなもん、勝ちゃ良いんだよ。敗北者は黙れってな」

 敗北者と言われぐうの音も出ない俊輔。

「大丈夫。ティアをリセットなんかさせない。だから安心しろ。お前らの武装もきっと取り返して見せるから。行くぞティア! ライド・オン!」

 気がつくとそこは砂漠フィールドであった。神姫バトルでよく使われるフィールドの一つだ。バーチャルで再現された小さな砂丘。そこには遺跡があったと連想される、砕けた柱や壁だった物の瓦礫などが存在する。

「今回の獲物はソイツだ。派手にやっちまいな! ジーン!」

 ジーンと呼ばれた相手の神姫は、小柄で褐色の肌。地獄の番犬の名にふさわしい獣を模したヘッドパーツ。三つ首を彷彿させるリアパーツ。ヘルハウンド型のガブリーヌであった。

「よう。地獄へ行く準備はできたかい、お嬢ちゃん」

 ガブリーヌのジーンはそう言うと、手に身の丈程の長細い槍、テュポーンを出現させた。

 先日の俊輔との戦闘を思い出す。無謀な事はせずに相手の出方を見る。

「がうぅ! 来ねーならコッチから行くぜ!」

 するとジーンは一直線に攻めてくる。長い槍はこちらの位置を的確に狙い貫こうとする。

 だが攻撃は直線的だ。横へと移動し、容易く避ける事ができた。ジーンの槍は空を貫き、横を通過する。

「今なの!」

 腕に装着されているウィンディツインズを展開させ、横にいるジーンへ攻撃を仕掛ける。

「あめぇよ、お嬢ちゃん」

 ジーンはそう言うと槍を地面に刺す。それを軸に、体全体を駒の如く回転させる。槍を使用した特殊攻撃だ。

「なっ!」

 裏の裏を読まれた。既に攻撃モーションに入ってしまっている。回避はできない。直後、遠心力を追加した強力な蹴りに襲われる。

「ひあっ」

 カウンターの直撃を貰ったティアは悲鳴を上げる。体は勢いよく転がり砂を巻き上げる。

「反撃を誘ったカウンターは基本中の基本だぜ?」

 ジーンはそう言うと再び槍を構え攻撃を仕掛けてくる。

「おにぃたん!」

「わかってる! 一旦引いて体制を立て直す!」

 直ぐ様立ち上がり距離を開けるために走り出す。速さではこちらの方が勝っている。徐々にだがジーンとの距離も開けてくる。

「がうぅぅ! 逃げんじゃねぇ!」

 逃げ回る事で相手の動きを短調にする作戦でもある。

「だー! 逃げねぇで戦いやがれってんだー!」

 ジーンが叫ぶと左手の指先五本をこちらに向くように掲げてきた。

「くらいやがれ! インフェルノ!」

 つぎの瞬間五本の指先からマシンガンの如く弾丸が発射された。予想外の出来事に足を止めてしまう。

「しまった!」

 無数の弾丸がティアを襲う。咄嗟に腕を交差させガードの姿勢に入る。距離が離れていたおかげで弾丸はバラけ、直撃したのは僅かであった。

「ワォォ――ン!」

 突然ジーンが大きな遠吠えの様な声を発した。するとジーン体がオレンジ色のオーラに包まれる。

「まずい!!」

 アレは良くないと宏彦の動物的勘が警告してくる。

「ヘルクライム!!」

 リアパーツのエキドナに装着されている、二つの獣の顔が展開する。そして体を回転させた。次の瞬間放たれたのは、追尾性のある弾丸だ。それを四方八方にバラまく。その弾丸全てがティアに向かって来る。一瞬にして目の前がオレンジ色の弾丸色に染まる。まともに受ければただでは済まない。ガードも無意味だ。少しでも被弾を避けるべく回避行動に移る。

 左右の移動とバックステップを駆使して回避していく。だが避けられたのは初めのうちだけだった。一発が右足をかすめるとバランスを崩してしまい残りの弾がティアを襲う。

「ひやぁあー!」

 着弾時に爆発を起こす。ティアは悲鳴と同時に弧を描きながら吹き飛び、そのまま受身も取れず地面に落下する。

 かろうじて体力は残ってはいるが、もう何発も受けられないだろう。

「オラオラー! 寝てるとやられちまうぞぉー!」

 ジーンの手には巨大なハンマー、ライトヘラクレスが握られていた。獲物を叩き潰そうとこちらに走ってくるのが見える。

(まずい……逃げなきゃ)

 そう思いティアを立ち上がらせようとする。が、思った以上にダメージが大きかったのか、右足の関節が小さなスパークを放ちガクンと膝をついてしまう。ジーンはもうすぐ近くに来ている。

「ウオラァ! 食らいやがれぇ!」

 ブオンと風を切る音をさせながら縦に回転させそのまま振り下ろす。

「っく」

 やむを得ず手をクロスさせガードする。しかし思った以上にハンマーの威力が強かった。

 凄まじい破壊力で、腕に装着されたリストパーツは粉々に粉砕され、電子的な光となり消滅。ガードしたにもかかわらず衝撃を殺しきれなかった。

 致命的なダメージを受け、砂の上にうつ伏せに倒れるティア。

「なんだぁ? もうへばっちまったのかよぉ。もっとオレ様を楽しませてくれよぉ」

 そう言うとジーンはティアの頭に足を下ろし踏みつける。

「きゃ、うっ……」

「っへ、お前ら負けたらパーツ取られるんだろ?」

(そうだ……取り返すって俊輔と約束したんだだけど、もう……ごめん俊輔、俺……)

「立ちやがれ宏彦ぉ!」

 ギャラリーで観ている俊輔の声だった。

「俺の……ニーナの武装やガキの武装なんかどうでも良い! だけどお前の、ティアの記憶は、思い出は無くしちまったら二度と手に入らない物なんだぞ! お前らの〝思い出〟が、〝絆〟が! ここで終わっちまうんだぞ!!」

 そうだ、負けてしまえばティアも取られて、離れ離れになってしまう。それどころか、ティアの記憶も消されてしまう。

「嫌だ……負けたくない! ティアと離れたくない!」

「わか……てる、なの」

 ティアの頭を踏みつけているジーンの足を少し押し上げる。

「わたしも、おにぃたんと、サヨナラなんて、したくないの!!」

 ティアが叫んだ瞬間、左肩部分に付いているバツ印のキズがエメラルドグリーンの光を放つ。

「な、なんだぁ? うをっ!」

 先程までティアの頭を踏んでいたはずのジーンの足は、気付くと砂漠の砂を踏みつけていた。

 辺りにティアの姿は無い。

「く、くそう! どこ行きやがった!」

 ジーンは辺りを見回し、ようやく後ろにいる事にやっと気付いたようだ。

「あ、あんな所に! い、いつの間に移動しやがったんだぁ!?」

「怯むなジーン! 相手はもう虫の息だ。遠距離攻撃でも当てれば勝てる!」

 相手マスターの指示だった。そんなやり取りをよそにティアは自分の尻尾パーツを引き抜き、短剣キレールォとして使用する。

「ティア、足……大丈夫か?」

「大丈夫なの。それにこの光、なんだか力が溢れてくるの」

 左肩をみるとバツ印のキズは絶えず光輝いていた。これが光った時、ジーンの足から抜け出す事ができた。なにより今までにない速さで移動することができた。

「よし! 反撃だティア!」

 短剣を正面に掲げ、姿勢を少し低くし構える。

「行くのなの!!」

 瞬時にトップスピードで駆け出した。その早さはジーンとの距離をまたたく間に縮める。

「く、くっそう! い、インフェルノ!」

 指先のマシンガンを乱射してくる。だが先ほどとは違う。何故なら弾丸がゆっくり飛ぶように、しっかりと見えるからだ。

 指先から放たれた弾丸はしっかりとティアを捉えているように見える。だがそれは残像であり、実際には全く当たっていない。

 弾幕をくぐり抜け、ついに懐へ入った。

「てやー!」

 一閃。加速の衝撃も追加されジーンは後ろに吹き飛ぶ。つぎの瞬間、空中にいるジーンの側へ高速で移動し、横から追撃を加え打ち上げ攻撃。

「がはっ……」

 そして打ち上げられた先で待ち構えるティア。

「ラストなの!」

 目にも止まらぬ速さで振り下ろされる小剣はジーンの腹部を切り裂く。

「ぐわあぁぁ!」

 地面へと叩きつけられるジーン。つぎの瞬間勝利を告げるべく目の前に〝YOU  WIN〟の文字が表示される。

「やった……勝った!」

「やったなの! 勝てたなの!」

 ティアはバトルフィールドで嬉しさのあまりピョンピョンと飛び跳ねている。

「そう言えば、あの緑色の光はなんだったんだろう」

 今の戦闘を思い返した。筐体から出てきたティアの左肩のキズを見るが既に光を放ってはいなかった。

「ちくしょう……ありえねぇ……ありえねぇ」

 勝負に負けた赤城輝春が一人ぶつぶつと呟いていた。

「さぁ! 約束通り武装返しやがりな!」

 俊輔が赤城輝春に食ってかかる。が、そんな俊輔の声も聞こえていないようだ。

「ありえねぇ……こんなの、ありえねぇー!」

 そう叫ぶと急に立ち上がりその場から逃げ出す。

「あっ! 待て! 武装返しやがれ!」

 逃げた赤城輝春を俊輔が追いかける。しかし向こうの方がゲームセンターの出入り口に近く、とうとう外に出られてしまう。だが外に出た瞬間、何者かの足につまずき大胆に転ぶ。

「っと。この人捕まえちゃってください」

 スーツにグラサンの男三人が赤城輝春を取り押さえる。

「博! この人達はいったい……、てか関わらないって自分で言ってたのにどうして」

 赤城輝春の足を引っ掛けたのは博だった。

「えっと、この人達は……ぼ、ボディーガードみたいな感じ……かな? あの後マリンカに説得されちゃってさ」

 博はバツが悪そうにハハハと笑う。

「ボディーガード雇ってたなんて、やっぱ博の家って金持ち? それはそうと、助かったぜ。宏彦と博のお陰で解決、大団円だな」

 俊輔が満足そうにふんぞり返る。

「何が大団円ですって? マスター、先程あたくしの武装なんてどうでも良いなんて言ってましたわよね? それは一体どういう意味でして?」

 突然ニーナが現れ俊輔を問い詰め始めた。

「あ、いや……それには深い意味は無いというかその場の勢いだったというか」

「マスター! 自分の言った事に責任は持たなければいけなくてよ?」

「ひえぇ~ごめんなさい!」

 ニーナと俊輔のやり取りはしばらく続くだろう。

「ありがとうな博。お陰で俊輔達の装備を取り返すことができたよ」

 宏彦が礼を言う。

「お礼だなんて。それよりごめん。僕は友達が困っているのに手を差し伸べなかった」

「何言ってんだ。最後の最後に美味しい所で手伝ってくれたじゃんか!」

「そう……かな。……あのさ、また、僕ともバトルしてくれるよね?」

「当たり前じゃん? 友達だろ?」

「そっか……うん! そうだよね。ありがとう!」

 かくして赤城輝春は警察へ連行され、見ず知らずの少年の持ち物だったツガルの武装、そして俊輔のニーナの武装は無事取り返す事ができた。こうして初心者狩り事件は幕を下ろすのであった。

 

 

「やはり、あの神姫……間違い無いな」

「これでやっとマスターの野望が果たせますね」

 宏彦とティアの戦いを見ていた一人の男とその神姫が言った。

「ああ。だがタイミングが重要だ。今はまだその時期じゃない。計画の実行は全てが揃い、アレが完成してからだ」

「はい。マスター」

 一人の男と神姫はそっとその場から姿を消すのであった……。



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クロス・フォース
5話


「よっしゃー五連勝だぜー!」

 勝利に喜びガッツポーズをしているのは俊輔だった。

「おにぃたん。ごめんなの……。また負けちゃったの……」

「ティアのせいじゃないよ。俺がもっと上手にティアを動かせたら……」

「宏彦君どうしたの? 動きにキレが無いけど、何か考え事でもしてるの?」

 博が聞いてきた。考え事をしてないと言えば嘘になる。先日、例の初心者狩り、赤城輝春との戦闘時に起きた現象。ティアの左肩のキズがエメラルドグリーンに輝いた後、力が湧いてきて、普段よりも数倍速い移動速度が出せたあの現象を再現したかったのだ。

「ああ。実はこの前のバトルの時の……」

 その時だった。

「ちょっと良いかな? そのパーティオのマスターは君かな?」

 突然見知らぬ男に声をかけられた。見た目は宏彦達よりも少し年上、大学生といった所だろうか。

「……何の用ですか? それにあなたはいったい……」

 赤城輝春を倒した後だ。もしかしたら仲間がいて、仕返しをしに来たのかもしれないと思い身構える。

「あ、警戒しないで。僕はただの神姫マスターだよ。」

 と、クールな笑顔で言った。

「っと自己紹介がまだだったね。僕は富沢 遼。それでこっちが僕のパートナー神姫。ストラーフMkⅡのライラさ」

 ストラーフMkⅡ。悪魔をモチーフとされた、黒がメインカラーの神姫だ。

 富沢遼の肩に乗っていたストラーフMkⅡはよろしくと短く挨拶をした。

「富沢遼……ストラーフMkⅡのライラ……ってこのゲームセンターのランキング一位の神姫マスターじゃないですか!」

 突如として現れた人物がランキング一位と気付いた博は驚き叫んだ。

「マジで! それじゃあ俺と一回バトルしてくれよ! 一位ってどれくらい強いのか体感してみたいんだ!」

 俊輔が遼にいきなりバトルを申し込んだ。

「いくらなんでも無謀過ぎでしてよマスター?」

 ニーナが呆れ半分で言った。

「ごめんね。君とはまた今度。今日は宏彦君……。君にバトルを申込みたい」

「え? 何で俺の名前知ってるんですか? それと今は俺よりもこっちの博や俊輔の方が強いと思うんですが……」

「いや、君はあの初心者狩りと有名だった彼、赤城 輝春を倒した唯一のルーキーだからね。君の健闘がネットにアップされていて、そこで名前も知ったんだよ」

 上位になってランキングに名前が載り有名になるならいざ知らず、誰かに撮られた動画によって名前バレするとはプライバシーの保護もあったものではない。バレた理由の大半はバトル中、大声で名前を叫んだ俊輔のせいだろう。

 当の本人は一位の遼への挑戦を断られてしょんぼりしていた。

「彼は初心者狩りとして有名だけど、そこそこ実力のある神姫マスターだった。その彼に勝てた宏彦君に興味があるんだ。見たところ〝秘められた力〟があるような気がしてね」

 さも意味有りげに〝秘められた力〟と遼は言った。もしかしたら何か知っているのかもしれないと思いその挑戦を受ける事にした。

 今までどおり、ティアを筐体へセットしライドする。

 気がつくと目の前には〝コロシアム〟と呼ばれるステージが広がっていた。天井から等間隔で垂れ下がる六本の柱。そして中央には女神を連想させる巨大な石像が四体設置されていた。

 少し離れた所に今回の対戦相手、軽装の漆黒パーツを装備した遼のライラがいた。

 本来、フルアーマーならば、ヘッド、ボディー、レッグ、リアといった感じに武装されているのだが、ライラはヘッドパーツとリアパーツを装備していなかった。

「さて……君達はあの赤城 輝春を倒した。だが私達からすればまだまだヒヨっ子だ。そこで君達にハンデをあげようと思う」

 ライラがそう言うと右手に光が集まり、次の瞬間その手には巨槌〝ジレーザ・ロケットハンマー〟が握られていた。そして、そのハンマーの柄の部分を足元に突き立て地面を砕いた。

「武器はこのハンマーだけで戦う。君達は好きな武器を使うといい」

 先日、ジーンとの戦いで使われたハンマーの凄まじい破壊力を思い出す。ガードしたにも関わらず大ダメージを貰う事になった恐ろしい武器だ。

 他の武器と組み合わせて使うと脅威だが、その重量から素早く動けず小回りが効かない。対してこちらはスピード重視の戦いが得意だ。勝機はある。

「攻めて来ないのなら、こっちから行くぞ!」

 そうライラが叫ぶと一直線にこちらへ向かってくる。思った以上に早い。だが避けきれない程でもない。

 ハンマーが振り下ろされる直前、ティアは軽く後ろに跳躍し回避する。

 今いた場所に深々とめり込んだハンマーに、その破壊力を思い知らされる。

「ま、これくらいは避けてもらわないとな」

 ライラは地面に深くめり込んだハンマーをゆっくりと引き抜く。が、表情は余裕そうだった。

「見てるだけでは勝負には勝てないぞ!」

 ライラがそう叫ぶと再び攻めてきた。今度は横振りだったがこれも軽く回避。

 ハンマーを振り終わった後に反撃に入ろうとしたその時だった。振りきったかと思われたが、ライラは遠心力を利用し、体を回転させ縦振りの姿勢にさせていた。

「まずい!」

 遠心力も追加されたハンマーが振り下ろされる。ティアはその一撃を寸前の所で回避した。

「ほう。今のも回避するか」

 ハンマーは先ほどよりも深々と地面にめり込んでいる。あんな物をくらえばひとたまりも無い。だがおかしい。ジーンと戦った時より、威力もスピードも桁違いだ。

「驚いているのか?」

 ライラは再び地面からハンマーを引き抜く。

「このハンマーはその名の通りロケットハンマー。加速用のブースターが備え付けられている。そこいらの武器とは一味違う」

 ライラは再び攻撃の構えをとる。だが今の二度の攻撃で分かった事がある。最後の縦振り後は確実に攻撃が一旦ストップする。ここを叩く事ができれば。

「ティア! 回避に専念だ!」

 再びハンマーの連続攻撃が始まる。しかし攻撃は読める。いくらスピードの速いハンマーでも振り始めで予測が可能だ。

「いつまで避けているつもりだ?」

 ついにハンマーを振り上げ、加速ブースターを起動させた。

「ここだ!」

 今まで後ずさりで回避していたがこの瞬間は横への回避。すぐさま体制を立て直し、腕に装着されたブレード、ウィンディツインズをがら空きの胴体へおみまいする。……はずだった。

「あまいな」

 ライラは足を上げ、レッグパーツを使いその一撃を防いだのだった。

「そんなっ」

 そのまま足を少し押し返すと、ティアの体はいとも簡単にはじかれてしまい、宙に投げ出さた。空中では回避行動は取れない。

 無防備になった所に容赦の無い回し蹴りがティアの体を捕らえる。

「かっはっ!」

 ティアの体が地面を転がる。

「おい! 卑怯じゃねーか! ハンマーしか使わないんじゃないのかよ!」

 ギャラリーの俊輔が遼に抗議していた。

「武器はハンマーだけと言った。あれは技の一つで戦術にすぎない」

 遼の落ち着いた反論で俊輔はぐうの音も出ないようだった。

「ティア! 立って!」

 先ほどの俊輔との連続勝負の影響からか、ティアの動きが鈍い。ようやく立ち上がると、目の前にはハンマーを振りかざすライラの姿があった。

 ライラの瞳は獲物を捕らえた狩人のそれと言った鋭さだった。

 蛇に睨まれた蛙とは、まさにこの事だろう。こんな時、どう動けば良いのか分からない。考えがまとまらない。

 結局何もする事ができず、とうとう重い一撃がティアの横っ腹に入る。凄まじい衝撃でステージ端まで吹き飛ばされ壁に突っ込み煙を巻き上げる。

「ティア!!」

 圧倒的な実力の差。経験の違いが出ている戦闘だ。

「弱い……。この程度とは、赤城を倒せたのは偶然だったのか」

 バーチャル空間で戦ってる為壊れたりはしない。だが可能ならば今すぐにでもティアの元へ駆けつけたい。煙が晴れるまで安否を確認できないのがもどかしい。鼓動が早くなる。

「ティア……ティアっ!」

「……ふん。興ざめだ」

 捨て台詞を吐きライラが後ろを向いた時だった。砂煙の中から物凄い速さでティアが飛び出した。

「っな!」

 ライラは反射的に防御の姿勢をとりハンマーの柄でティアの腕に装着されたブレード、ウィンディツインズを受け止めた。

「ティアっ!」

 宏彦はティアが無事だった事に安堵した。

「ティア、一旦引いて体制を立て直そう!」

 が、指示を出してもティアは引こうとしない。それどころか、そのまま攻撃を続けた。

「ど、どうしたんだ!? なんで言う事を聞いてくれないっ!」

 先程の一撃でティアの回路やCSCが破損してしまったのではないかと思うと再び不安に襲われる。

 ティアの攻撃は更に激しさを増す。一方的な連撃はライラに反撃の隙を与えなかった。その様子はあの赤城 輝春を倒した時とよく似ていた。物凄い速さ。そして良く見ると左肩のキズがエメラルドグリーンに輝いていた。

決定的に違うのはティアが言う事を聞いてくれない事と、ティアの感情が一切分からない事だった。

 そして更なる異変が現れた。

 左肩のキズから、エメラルドグリーンに輝く光の筋が体を浸食し始めた。

「どうやら〝力〟は本物のようだな。……だが……」

 防戦一方だったライラがつぶやいた。同時にハンマーの持久力に限界が来たのか真っ二つに折られた。折られたハンマーは光の粒子となり消え去る。が、ライラは身じろぎせずティアを睨む。

「全く使いこなせていない!」

 ライラが吼える。再びティアの腹部に蹴りが入れられ吹き飛ぶ。が、今度は空中でクルリと回転し体制を立て直した。

「マスター!」

 ライラが遼を呼ぶ。

「良いだろう。ただし、加減はするんだぞ」

 遼の了承を得たライラは力を溜め始めた。すると今までは気付かなかったがライラの右の太もも辺りに、ティアと同じ様なバツ印の傷があり、それが赤く光り始めた。発光と同時にティアが一直線にライラへと突撃し始める。それを見てライラはすぐ近くの柱の傍へと移動する。

「はああぁぁあっ!!」

 ライラは柱に向かって回し蹴りをする。まるで小枝を折るかの如く、いとも簡単に折られた柱は真っ直ぐティアの方に飛んでいく。

 予想外の出来事に反応しきれなかったティアを巻き込んで柱はフィールドの壁に突き刺さる。

 ライフポイントのゲージを見るとゼロを指し、画面には〝YOU LOSS〟の文字が映し出されていた。

 

 

 バトルが終わり筐体からティアが出てくる。

「ふえぇ~。おにぃたんゴメンなの。また、負けちゃったの……」

 出てきたティアはいつも通りの様子だった。もし今の戦いがリアルファイトだった場合、どっちに転んでも破損は回避できなかっただろうと思い背筋がゾッとする。

「ティア……よかった、本当……よかった……」

 情けない事にティアが無事だった事に涙する。

「おにぃたん、どしたの? お腹痛いの?」

 泣いてる所を誰かに見られるのは男として恥ずかしい。誰かに見られる前に袖で涙を拭き取る。

「いや、大丈夫。もう大丈夫だから」

 言われてから腹部が痛いと思い始める。おそらく、この痛みはティアの事で不安になっていたからだろう。

「やあ。お疲れ様」

 話しかけてきたのは先程戦っていた遼だった。

「何ですか? 俺の実力なんて結局こんなもんですよ。それともまだ何かあるんですか?」

「君の神姫の力について教えてあげようと思ってね」

 涼しげな笑顔でそう言った。

「神姫の力……ただそれだけの為にあんな危険なバトルをっ! それなら最初から!」

 宏彦は反射的に遼の胸ぐらを掴んでいた。

「まあまあ落ち着いて。実際に戦ってみないと分からない事もあったし。ネットの情報あ当てにならないからさ。百閒は一見に如かずってね。それだけの事さ」

「それだけって……でもそのせいでティアは暴走したんだ! 今回は無事だったけど、もしもの事があったら!」

「その、もしもの事を起こさない為に僕はここに来たんだ」

 遼は落ち着いた様子で手を振りほどく。

「それは……どう言う……」

「言葉の通りさ。あの力、〝クロス・フォース 〟は強力だ。しかし、リスクもある」

「それじゃあ、さっきのは……」

「文字通りの暴走ってやつだ。だが、それを掌握する事ができれば大きな力となる」

「じゃあ遼さんの神姫は……」

「その通り。僕達はクロス・フォースをほぼ完全に使いこなせると言っても良い」

「そう……なんですか。……じゃあ俺たちは今後バトルは控えた方が良いのかな」

 またあんな事になったりして、暴走したまま戻ってこないなんて事があったらと思うと、とてもじゃないが耐えられない。

「だからその制御方法を教えてあげようと思ってね」

「え?」

 鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしていたかもしれない。それほどに予想外の台詞を言われたのだ。

「おーい宏彦ー!」

 そこへギャラリーで観ていた俊輔と博がやってきた。

「惜しかったな宏彦。途中のティアのラッシュで、ハンマーへし折った時は勝てると思ってたんだけどな」

 俊輔が不器用なフォローをする。しかし今回の勝負は負けて当然と思っていた。

「いや、あんなの、ぜんぜん惜しくないよ。負けて当たり前だ」

「宏彦君!」

 今まで静かだった博が声を張り上げた。

「宏彦君の神姫は……ティアは君の為に体を張って頑張ったんだ! それを負けて当たり前だなんて、酷いよ! マスター失格だよ!」

「マスター……失格」

 その言葉が深々と胸に突き刺さる。それはティアを暴走させてしまったからでもある。

「まぁまぁ、ここでいがみ合ってるのもなんだ。他の神姫マスター達も待ってる。あっちの方でちょっと休憩しよう。ジュースぐらい奢ってあげるよ」

「マジっすか!?」

 俊輔がすぐさま反応した。

「現金な奴だな、お前」

「じゃあ、休憩が終わったら俺と一戦いいっすか遼チャンプ!」

「はは、チャンプはよしてくれ。一位と言ったってこのゲームセンター内での順位だ。全国や世界で考えたら僕の実力なんてたかが知れてる」

「またまた、ご謙遜を」

 こうして四人とそれぞれの神姫達は一旦その場を後にした。

 

 

「運が良いな。こうも短期間に二体目が見つかるとは」

 先の戦闘を観ていた、フードを深く被った青年が呟く。

「どうするのですかマスター? もう、やってしまいますか?」

 肩に乗った神姫が囁いた。

「いや、まだアレが完成していない。それに、焦らずとも私の手元に揃う事になる」

 そう言うと青年とその神姫はゲームセンターを後にした。

「クロス・フォース……交わる力か。……洒落た名前を付けたものだ」

 



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暴走
6話


 筐体から一旦離れた四人とその神姫達は休憩所にいるのであった。

「プハー! タダで飲めるジュースはやっぱり美味いぜ!」

「俊輔君、それかなり失礼だから」

 俊輔の失言に対し即座にツッコミを入れる博。

「マスター、最低ですわ。器が知れてましてよ」

 更にはパートナーのニーナにまで言われる始末。

「うぅ……反省します」

「で、まずは宏彦君だ」

 話を切り出したのは遼だった。

「はい……」

「そんなに緊張しなくて良いよ。リラックスしよう。そこまで大した話じゃないからさ」

 そう言われ、多少だが力を抜いた。

「まあ、教えるとは言ったけど、実際、大した事じゃないよ。結局、ちょっとずつ慣れていくしか無いんだ」

「そんな単純な……」

「でもそれだけじゃない。一番大切なのは神姫との絆、そして信じる事なんだ。どんな時でも神姫を信じる」

「ティアの事なら信じてます!」

「勝てないかもしれない。そう思ったりはしなかったかい?」

 図星を突かれる。確かに、圧倒的な実力の差で勝てないと思った。

「思い当たる節があるね? そんな時でも神姫を信じてあげるんだ。どんな状況でも絶対に負けない、絶対に勝てる。そう信頼してあげる事が力の源と制御なんだ」

「……俺に、できるかな……」

 不安になる。ちょっと負けそうになったら勝負を捨ててしまうかもしれない。いや、そう思わなくとも、心のどこかで諦めているかもしれない。

「できるかなじゃない。やらなきゃいけないんだ! その神姫、ティアの事を守る為にも!」

「ティアを……守る……」

 肩に乗るティアの方をみる。無邪気に足をパタパタさせている姿がなんとも可愛い。

「にゅ? どしたのおにぃたん?」

 ティアが不思議そうに見つめてくる。

「そうだな。できないかもじゃなく、できるようにしよう。ティア、一緒に頑張ろう!」

「うん! おにぃたんと一緒に頑張るのなの!」

 満面の笑みで微笑むティアの表情は何物にも例えられないくらい可愛い。

「この笑顔を、一つの命を守る為に、俺はどんな時でもティアを信じる! 信じ抜いてやるんだ!!」

「決意は固まったかな」

「はい! ティアの為にも頑張ります!」

「だが、そう簡単ではない。なにせ私も」

「こらライラ! 昔の事を勝手に喋るんじゃない!」

 突然口を挟んだライラを叱る遼だった。

「もしかして遼さんも昔は……」

「ほら、食い付かれちゃったじゃないか。ライラのせいだぞ」

「それはマスターが未熟だったからだ」

「ふふっ……あはは。なんだ、遼さんにもそんな時期があったんですね」

 先程まで敵だったライラとそのマスターが、こんなにも普通に話している所を見て、つい笑ってしまう。

「笑わないでくれよ。大変だったんだから。当時は力の発動も暴走の原因も分からなかったし」

「あ、そう言えば気になる事があるんですけど」

「ん? なんだい? 僕に答えられる事ならいくらでも答えるよ」

「それじゃあ、えっと、この力の名前、何でクロス・フォースなんですか?」

「かっこいいじゃん」

「へ?」

 予想外の即答だった。

「……って言うのは冗談。まあ半分くらいは」

「半分は本気なんですね」

「クロス・フォース……交わる力。マスターと神姫の絆が本当に交わった時の力。僕はそう思って名付けた」

「え、本当に遼さんがつけたんですかその名前!?」

「そうだよ。だって公式ではないからね、この力は。それに、どの神姫でもできる訳じゃない」

「なんだ、俺のニーナもパワーアップするのかなって思ってたけど無理なのか」

 がっかりした様子で俊輔が言った。

「マスター! その様な努力もしないで強くなろうだなんて虫が良すぎてよ!」

「って、ニーナが言ってるんだがどう思うよ宏彦、ティア」

「ま、マスター! それは卑怯でしてよ! そんな事言ったら前言撤回するしか……ですが、そうするとマスターが楽をしようと……ああもう! マスター覚えていてくださいな! 後ほど説教でしてよ!」

 いつもは落ち着いているニーナが今はあたふたしていた。

「マリンカ、君はどう思う? あの力、欲しい?」

 博がマリンカに聞いた。

「は! 他がどうであれ、自分は正当方で勝利を掴みたいと考えるであります!」

 マリンカは敬礼しながらハキハキと答えた。

「うん。そう言うと思ったよ」

「遼さん。ずっと気になっていたんですけど、どうして俺にクロス・フォースの制御方法を? 遼さんには何のメリットも無い様に思ったんですが・・・・・・」

 教えた所で何も得をしない。通常の神姫より強い能力を使いこなしてしまえば戦った時に脅威になる。つまりゲームセンターランキングで不動の一位が危うくなる恐れすらある。

「……僕はね、神姫が好きだからさ。……話、ちょっと長くなるけど良いかな?」

「はい。聞きたいです」

 遼はすうっと息を吸い語り始める。

「昔、とある大会に出場したんだ。そこまで大きな大会ではなかったけど、そこそこ観客が集まるくらいの人気はあった。そこで僕と当時のパートナーだった天使型アーンヴァルのコロナは決勝戦にまで行ったんだ」

 

 

 バトルフィールドに佇む二体の神姫。一方は、全身真っ白な武装と、主翼が目立つ天使型アーンヴァル。

 もう一方はと言うと、赤いアーマーフレームに青色のクリスタルが配置されているアルトアイネスのリペイントヴァージョン、アルトアイネス・ローザだ。

『さぁ! 盛り上がってまいりましたー! 富沢 遼選手の神姫は遠距離の戦闘が得意な天使型アーンヴァルのコロナ! 旧型ながらも粘り強い戦いで、とうとう決勝戦にまで勝ち上がった! 近年、旧型でここまで上り詰めた事は過去に例を見ません! 対する黒羽 柳選手の神姫は最新型の神姫、アルトアイネス・ローザのエリスだ! 圧倒的なパワーと速さを掛け持つ、まさに技術の結晶とも言える神姫! 旧型の意地と、培って来たプレイスキルが勝つか、あるいは最新技術が勝つのか!? これは非常に見ごたえのある対戦カードだ!』

 実況により会場はより一層熱気に包まれる。

「勝ちましょうマスター。勝って優勝を頂きましょう!」

 遼の神姫。アーンヴァルのコロナが言うと、すぐさまレーザーライフルを敵へ向け構える。

「ああ。この勝負勝てるよ。あのアイネス・ローザは機動力が高く、接近戦は凄まじく強い。だが、遠距離の攻撃手段は持っていない。こっちは速度を生かして遠距離から攻撃すれば勝てる!」

「はい! それでは、行きます!!」

『おぉっと始めに動き出したのは遼選手のコロナだ!」

「当たってください!」

 空中を高速で移動しながらレーザーライフルを撃つ。狙いは正確だった。しかし、光線が届く前にアルトアイネス・ローザのエリスは既にそこにいない。

 凄まじい移動速度で懐に入られ接近戦に持ち込まれる。そう誰もが思っていただろう。だが、近づいてくる事を予想してコロナは機関銃のアルヴォPDW9に武器を変えていた。

「その行動は読んでいました!」

 エリスに向けて機関銃を乱射。けん制によりエリスの動きが一瞬止まる。

「今です!」

 再び高速移動で距離を取りながらレーザーライフルで構える。

『おーっと、エリスはコロナに近づかせてもらえない! これは厳しい! 何とか接近戦に持ち込みたい所だがどうする柳選手!』

 コロナは再びレーザーライフルによる射撃。が、これも先程同様回避されてしまう。

「ここです! サラマンダーチルドレン!」

 機関銃から発射された弾丸が炎を纏い、まるで生きた龍の如くエリスに襲い掛かる。

「うわぁぁぁっ!」

『あーっと! エリスがサラマンダーチルドレンの直撃を受け、地上へと落下していく! 早くもピンチか!?』

「とどめです! ハイパー……」

 レーザーライフルの先端に光が集まってゆく。エネルギーチャージが臨界へ到達と同時に引き金を引く。

「ブラストォ!!」

レーザーライフルから放たれたハイパーブラストは通常のレーザー攻撃よりも強力な一撃だ。必殺技と言っても過言ではない。強力なレーザー砲がエリスを捉えた。会場にいる誰もが終わったと思っただろう。

 だが、そこには副腕のシールドで受け止めるエリスの姿があった。

「まさか、あれを受け止めるなんて……」

『なんと! あの一撃を耐え凌いだー! ここから奇跡の逆転なるかー!?』

 副腕のシールドは溶けて形状を維持できなくなっていた。シールドがボトリと崩れながら地面に落ちたその時だった。

「うがあぁぁあぁぁっ!!」

 突然エリスが想像を絶する雄叫びを上げ、会場が一瞬凍りつく。

「マスター!」

 コロナが遼に指示を仰ぐ。

「ああ。嫌な予感がする。いつでも動けるように準備しておいて」

 そうコロナに伝えた時だった。エリスの青色のクリスタルが発光し始めたのだ。かと思うと、今までスカート状だったアーマーがシームレスに変形を初め、翼の様な形状に変わった。変形が完全したと同時にエリスが先程とは比べ物にならないスピードで突撃し始める。

「っく! エンジェリックスカイ!」

 相手との距離を高速で調整する技だ。発動すれば間違いなく距離が取れる。そう思っていた。確かにエンジェリックスカイは発動した。だがどういう理由か。目の前にエリスがいるのだ。これは間違いなくエンジェリックスカイよりも早い速さで近づいてきたという事だ。

「そんな……」

 コロナの瞳に恐怖が映る。

 次の瞬間、エリスの副腕がコロナの背中に装着された主翼をがっしりと掴む。

「ひっ」

 身動きが取れなくなるコロナ。そしてエリスは自身の手に大剣のジークムントを出現させる。そしてゆっくりと掲げ、いっきに振り下ろす。レーザーライフルを盾代わりに使うが、それすらいとも簡単に断ち切りコロナを襲った。

 大剣の衝撃でリアパーツから無理やり切り離され地面へと一直線に叩きつけられる。

「コロナ!」

『な、何と言う事でしょう! エリスはとんでもない切り札を隠し持っていた! 凄まじいスピードと破壊力! コロナは無事なのか?』

「っく」

 コロナは辛うじて無事だったが、身を守る武装は殆ど破壊された。決め手のハイパーブラストは防がれ、それを発射するライフルも壊された。もうまともに戦う事はできないだろう。

 が、事は起きた。コロナの元へと降り立つエリス。おもむろにダブルナイフのラーズグリーズを両手にそれぞれ持ち、

「ぃっぎ!!」

 コロナの両腕を切り落としていた。切断された腕からは火花が飛び散る。神姫は痛みを感じる事は無い。が、眼前のもの恐ろしい神姫と、これから何をされるかの恐怖からコロナの表情が歪む。

「ハハッ……アハハハハ!」

 狂気じみた笑い声をあげたと同時に、エリスの体を這うように青色に輝く筋が侵食していった。

 エリスは笑いながら小剣のロッターシュテインを出現させた。

「やめろ……やめてくれっ!」

 小剣がコロナを襲い斬り刻む。何度も、何度も、何度も何度も執拗に斬りつける。

 ボディーフレームが徐々に破壊されてゆき、破片が周りに飛び散り始める。

『黒羽 柳! 今すぐやめさせなさい! 過度の破壊は反則となる!』

 実況が警告するがエリスは止まらない。マスターの柳に視線を向けると、頭を抱えていた。

「違うんだ……僕じゃない、エリスが勝手に……エリスが……」

「そんな……」

 壊されていく様を見ているしかできないのか。そう小さく呟いた瞬間だった。

 エリスが小剣の持ち方を変え、刃を下へと向ける。

「まさか……そんな、やめろ――!」

 真下へ一直線に下ろされた小剣はコロナの胸を貫いた。

「コロナ――――ッ!!」

 小剣は深々と、人間の心臓に当たる部分を捉え、地面にまで貫通していた。

 そこへ警備の神姫がぞろぞろと会場に現れ、電磁ワイヤーをエリスに向け発射。捕らえられたエリスは抵抗するも、すぐさま高圧電流を流され、全機能をフリーズさせられた。

 高圧電流を流されたエリスは力なく倒れ、白い煙を上げていた。

 

 

「でも、バーチャルバトルだから神姫は無事なんですよね?」

 俊輔が恐る恐る聞いた。遼はそれに対し、少し悲しい表情で首を横に振った。

「大会は臨場感のあるバトルを、と言う事からリアルファイトで行われる事が多いんだ。

「それじゃあコロナは……」

「機能を完全に停止したよ。相手の神姫にCSCを破壊されてね」

 気まずい雰囲気になり、そこにいた全員がしばらく黙り込む。

「で、結局大会の方はどうなったんですか?」

 宏彦が意を決して聞いた。

「捕らえられたアルトアイネス・ローザのエリスは検査された。でも何の不具合も見つからなかった。けれども過剰な神姫破壊で失格負けになり、SCSもリセットされた。ルール上、僕が優勝という事になったけど、素直には喜べなかったな」

 自分の神姫が殺されてまで優勝したかった訳がない。

「で、その大会の優勝商品は新しい神姫だったんだ。でもコロナを失った悲しみから立ち直るのには時間がかかった。一度は神姫マスターをやめようとすら思った。コロナの代わりはいない。けれど、コロナがいたからこそ手に入った神姫だと。そして僕は大会の優勝商品だったストラーフMkⅡの箱を空けた。それで、見たら右足の太もも辺りに傷がついていたんだ。ちょうどティアの左肩についているバツ印のそれと同じような傷がね。取り替えてもらおうと思った。けど、コロナが命を懸けて残していった神姫はこのストラーフだ。だから僕は取り替える事をやめ、この神姫にライラと名づけ新しいパートナーにしたんだ」

「そんな話があったんですね」

 宏彦が呟いた。

「僕はあの時みたいに神姫を失わない為、ライラと一緒に強くなる事を誓った。けど暫く戦っているうちに例の力が発動した。その時はこれといった事件は起きなかった。だけど、今度は僕が誰かの神姫を、コロナの時みたいに壊してしまうのではないかと思った」

「そうして私とマスターは見つけた。この力、クロス・フォースの制御する方法を」

 遼の肩で仁王立ちをしていたライラが続いた。

「だから僕は、こうして君にクロス・フォースの事を教えた。他の神姫を壊さないように、自分の神姫を失わないようにと思ってね」

「悲しいけど……」

「良い話であります!!」

 俊輔と博のマリンカが同じ格好で涙していた。

「何シンクロしてんだお前ら」

 二人の姿を見て宏彦は言った時だった。

「あ、あの……宏彦君……さっきは、その、マスター失格だなんて言って……ゴメン」

 博が突然頭を下げた。

「何言ってんだ博。お前がああ言ってくれたから俺はティアを絶対に信じるって誓えたんだ。むしろ俺がお礼を言いたいくらいだよ」

「え、えっと、その……」

 想像と違う返答に博は困惑していたようだった。

「神姫に関しちゃ博の方が先輩なんだ。これからもよろしく頼むよ」

「う、うん・・・・・・」

 博の歯切れの悪い返事の後しばしの沈黙が続く。

「さて!」

 沈黙を打ち破ったのは遼だった。

「折角だし宏彦君、特訓でもしようか?」

「特訓? もしかしてクロス・フォースのですか?」

「正解。丁度、筐体も空いてるみたいだし」

「ちょっとぉ! 遼さん俺とのバトルはー?」

 俊輔が遼に食って掛かった。

「あ、えーっと、また今度ね」

「またふられた!!」

 このやり取りで、皆の表情が少しだけ明るくなったような気がする。

 その後、ゲームセンターで四人とその神姫達はそれぞれ対戦して、気付いたら夕飯の時間をとうに過ぎていた。

 遼とはメールアドレスを交換して、また時間が合えばこのゲームセンターに集まろうと約束をしてその日は解散したのだった。

 

 

 

「パパー、来たよー。話って何―?」

「おぉ来たか。今日はお前にプレゼントがあるんだ」

「プレゼントー?」

「あぁ。前から欲しいって言っていた神姫だ。お前のためにパパがカスタマイズした、この世に一体だけの特別な神姫だ」

「本当!? パパありがとう! あ、でも私、バトル、したくないよ? 壊したりしたらヤだし……」

「神姫は戦う為だけの道具じゃない。大切なパートナーなんだ」

「パートナー……?」

「そう。いつでも傍にいてくれる、友達以上の存在になってくれる。それが神姫だよ」

「友達以上……。パパ、この子に名前つけても良い?」

「ああ。良い名前を付けてあげなさい」

「それじゃあ……! この子の名前は黒姫よ!」

「良い名前だね。黒姫を大事にしてあげるんだよ。アゲハ」



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タッグバトル
7話


「タッグマッチ??」

「そう。丁度四人なんだから、たまには変わったバトルしてみても良いかなって思うんだ」

 それは遼の提案だった。タッグマッチとは文字通りタッグを組んで、二対二でバトルを行い、相手チームの二人を倒した方が勝ちである。二人になった事で戦略幅が広がるのがタッグマッチの面白い所だ。各個撃破するも良し、連携を取り集中攻撃を行い、数的有利を早い段階で作り戦闘を有利に進めるも良し。一対一では成し得ない事も二人いれば可能性は出てくる上、強い相手にも作戦一つで勝つ事ができるかもしれないのだ。

「良いですけどチーム分けどうします?」

「恨みっこ無しのグーとパーで良いんじゃねーの?」

 俊輔がいい加減に答えた。

「俊輔君、普通に実力で分けた方が良いと思うんだけど……」

 博が正論を言った。実力的に、博と遼は神姫暦が長いので別れた方が無難ではある。

「良いんだよ! 恨みっこ無しなんだから、どんなペアになっても文句は無いぜ!」

「分かった。それじゃあ」

「遼さんまで!」

「いくよー。グーとパーで分かれましょっ!」

 結果は最悪と言っても良かった。富沢遼のライラと高瀬博のマリンカの玄人チーム。対して御剣宏彦のティアと和田俊輔のニーナのルーキーチームで分かれてしまった。

「だー! ナシナシもう一回! こんなの無理だよ勝てるわけ無いじゃんかー!」

「言い訳しないって言ったのは俊輔君だったよね?」

 またもや博の正論である。

「そ、そうだけどぉ……」

「恨みっこ無しって自分で言っちゃってるからな。頑張るしかないよ俊輔」

 宏彦が俊輔の肩に手を置き宥める。

「なんだよ早くも諦めモードか宏彦」

「諦めてなんかないさ。それに、俺は神姫を、ティアを信じるって決めたんだ。ティアとだったらきっと勝てる。そうだろティア」

「そうなの! おにぃたんと一緒なら勝てるの!」

「はは、何かお前ら二人を見てたらいけそうな気がしてきたぜ!よし、勝つぞニーナ!」

「当然でしてよ。ティア、共に頑張って勝ちますわよ!」

「う、うん。頑張ってみるのなの」

「マリンカ、準備は良い?」

「火器管制装置及び銃弾、銃器状態オールグリーンであります!」

「ライラ」

「勿論だ。負けるつもりは無い。本気で行く」

『『ライド・オン!!』』

 

 

 四人の神姫がそれぞれ戦場に降り立った。今回のバトルフィールドは廃墟だ。しかし初めて戦った時とは雰囲気が違った。辺りは視界が悪くなるほどの霧が立ち込め、ジメジメとした感覚が体を襲う。

「うえージメジメするー。これ神姫サビたりしないかなぁ?」

 俊輔が毒つく。が、ここはバーチャルの世界。感覚だけであって神姫自体が故障や破損することは無い。

「マスター、その心配はなくてよ。それよりこのバトルをどう勝つかを悩んだ方が良くなくて?」

「それもそうだな。宏彦、何か作戦とかねーのか?」

「えっ? 俺に聞くのかよ!?」

 そうだなと考えている時だった。突然遠くの方から銃声音が轟いた。

「危ない!!」

 銃声が聞こえた時とほぼ同時にニーナが飛び出しティアを押し飛ばしていた。その反応速度は流石鷹型と言った所だろうか。が、あくまで反応する事ができただけだった。対策どころか警戒すらしていなかったのだろう。遠くから射出された弾丸はニーナのヘッドパーツに着弾した。

「きゃっ!」

 頭部を撃たれたニーナが悲鳴と共に吹き飛ぶ。

「ニーナ!」

 ティアがニーナの元へと駆け寄る。

「っく……不覚でしたわ」

 倒れていたニーナがゆっくりと立ち上がる。と、その時だった。ニーナのヘッドパーツ、フロンタルシェルが光の粒子となり消滅した。破壊された武装はそのバトル中は使用不可能になる。

「この攻撃はもしかして……」

 そう呟いた時だった。再び銃声音が響く。先程とは別の方角からの狙撃だ。今度のは反応する事ができたのか、ニーナはシールドのコヴァートアーマーで受け止めた。が、そのシールドも先程のヘッドパーツ同様、光の粒子となり消える。

「この攻撃……間違いない」

 そして三度目の銃声音が響く。弾丸はニーナのリアパーツに直撃した。今の真後ろから来た弾丸にはニーナも反応できなかったようだった。

 背後から撃たれ、ニーナは前のめりによろめく。

「くそっ、ニーナへの狙い撃ちかよっ!」

 俊輔が叫ぶと同時にリアパーツのアヴィアフォームが消滅した。疑惑が確信に変わった。この攻撃はマリンカの攻撃だ。

 それに狙撃位置を把握されないように場所を変えながら撃ってきている。さすがは博、抜かり無い。

「パターンCか厄介だな」

 何度かバトルしていく事で分かった、博が使う武装パターンの三つ目。武装と武器が一体化していて、右腕に直接装備しているパーツの一つ、スナイプ・レールガンをメインで使うパターンだ。このスナイプ・レールガンはリアパーツの外部バッテリーからエネルギーを供給し、右手に直接装着された銃身から弾丸を発射する。エネルギーを使った射撃は超遠距離からの攻撃も高弾速かつ正確な狙撃を可能にしている。さらに博が使う弾も特殊で、着弾した武装を一撃で使用不可能にするのだ。ボディーに当たれば一撃で体力が無くなると言っても過言では無い威力だ。しかしその分、デメリットもある。弾は全部で五発。発射までの間隔が長く、狙撃時は構える為その場から動けなくなる。弾を撃ち切った場合、エネルギーパックになっているリアパーツと銃身になっている左腕の武装が強制的に武装解除される。ゆえに撃ち切った場合は防御力が著しく低下する。

 その為、今まで一対一しかしていなかったので滅多に使っては来なかったが、タッグマッチになるとこうも厄介なのだと痛感した。

「待たせたな」

 ティアとニーナの目の前に現れたのはもう一人の相手、遼のライラだ。

「なぁ宏彦、この状況どうするよ」

 俊輔が小声で聞いてきた。

「とりあえずマリンカの射線から離脱しないと、ライラと戦ってるうちに狙い撃ちされるだけだ。ここは一先ず引こう」

 その場から一旦離脱しようとした時だった。

「逃がす訳が無いだろう」

 ライラが黒く大きなハンマーを振り下ろしてきた。狙いはニーナだった。

「くっ」

 武装が破壊されたニーナは多少身軽になったのか楽に回避しているように見えた。しかし武装が破壊されている為、今のニーナの防御力は無いに等しいだろう。ライラの強力なハンマーの一撃を受ければひとたまりもない。

「動きが単純だぞ!」

 ライラにもう動きを読まれつつあるようだ。ニーナの回避行動が先読みされているようだった。その為ニーナの方は常に危機的状況だった。

「ティア! ニーナのヘルプに行くぞ!」

「わかったのなの」

 援護に入ろうとした時だった。四度目の銃声音が鳴った。それはハンマーの回避に専念していたニーナに向けられていた。ニーナが回避した先を読んだ射撃だった。弾丸は胸パーツのトラックスフレームを使用不能にし破壊した。

 またもや被弾したニーナに、身を守れるような大きな武装はもう無かった。

「次撃たれたら終わりだな」

 ライラが呟く。武装が守ったとは言えど、スナイプ・レールガンの最後の一発をくらえば間違い無くトドメを刺されるだろう。

 スナイプ・レールガンの直撃を四度も受けたニーナは相当のダメージが蓄積しているようだった。今も一人で起き上がるのがやっとだ。

「ティア! ニーナを安全な場所まで!」

 ティアはニーナの手を掴み、その場から離脱しようと試みた。

「逃がさん!」

 ライラが叫ぶとレッグパーツのカローヴァに装着されたブースターが点火する。

「なんだよ! あんな高速移動もできるのかよあのストラーフ!」

 前回、ティアと対戦した時のライラの武装は最低限の物しか装備していなかった。が、今回は容赦の無いフルアーマーだった。

 ブースターを機動したライラは空中移動を取り入れた三次元的移動をしていた。

 何とか動けるようになったニーナと共にティアもハンドガンを構え、空中を飛翔するライラに向けて撃つが一発としてかすりもしなかった。

 射撃しながら移動し続けていたが、気が付いたら袋小路に追い詰められていた。

「行き止まりなの!」

 もう逃げ場は無い。マリンカがここを狙撃する場所に到達するのも時間の問題だ。

「……マスター、あたくしに一つ、作戦がありましてよ。この前のアレ、用意してくださいな」

 ニーナ達には、どうやらこの状況を打開する作戦があるようだ。

「ただ、この作戦は賭けですのよ。ティア、あなたは一対一でライラを倒せまして?」

 ティアは少し間を置いてから頷いた。

「できる! ニーナと、おにぃたんが一緒なら!」

「作戦会議は終わったか?」

 歩み寄ってくるライラの方へと向いたその時だった。バトル中五回目の、最後の銃声が鳴り響く。狙いはやはり手負いのニーナだった。

「キャ――――!!」

「ニーナ!」

 撃たれたニーナは衝撃で後ろに吹き飛び、廃ビルの窓ガラスを突き破り建物の中へと消えた。

「くっそ! まずいな」

 ニーナの作戦とやらは結局聞けずじまいだ。ティアだけでその作戦が遂行できるかも分からない。

「これで二対一だね」

 マリンカが目の前に現れた。右手に装備されたスナイプ・レールガンと背中のエネルギーパックから蒸気を噴出させると武装を解除した。

すぐさま両手にハンドガンを出現させると人差し指を軸にガンスピンを決め、ティアに向けて構える。

「どうする? 降参する?」

 マリンカがハンドガンをちらつかせて言った。

「イヤ! 降参はしないの!」

 ティアは首を横に振り、小剣のキレールウォを出現させた。

「ならば、戦え!」

 ハンマーを振り上げ踏み込むライラ。しかしティアはハンマーの攻撃を容易く回避する。大振りで隙のできやすいハンマーだが、それを補うかのように後方で射撃をしてくるマリンカ。

「ティア、何とかしてマリンカを先に倒そう! 一対一にできれば勝機はある!」

 マリンカはスナイプ・レールガンを撃ち切り腕とリアパーツの武装が無い。その為防御力が低下している。今攻撃を受ければひとたまりも無い状態だ。故に後方支援に徹しているのだろう。

「いつまで逃げていられるかな?」

 マリンカは相変わらず後方から両手のハンドガンを交互に撃ち続ける。今は何とか弾丸を回避しつつハンマーを受け流している状態ではあるが、マリンカの言うようにいつまで逃げ続けられるか分からない。

「なるほど。回避は上達したな。だが!」

 ライラがティアに足払いをした。

「ひぁ!」

 ティアは悲鳴と共に体制を崩す。そこにすかさずハンマーによる攻撃。

「まだまだ鍛錬が足りていない!」

 とっさに小剣を使いハンマーを受け止めた。

「ほう。やるようになったな」

「俺達だって成長するさ!」

 今まで自分より強い遼のライラと博のマリンカ。同じくらいの実力で、良きライバルと言っても過言ではない俊輔のニーナと幾度も戦ってきた。それなりに経験値は積んでいるのだ。

「動き止めたら、いい的になっちゃうよ?」

 マリンカが狙いを定めトリガーを引いた。が、カシャリという音が弾切れを告げた。

「ちっ! こんな時に!」

 慌ててハンドガンを投げ捨て、次にスナイパーライフルを構えスコープを覗いたその時だった!

「はぁあっ!!」

 突如としてビルの窓ガラスが割れたかと思うと、倒れたはずのニーナが飛び出してきた。

「そんな!? どうして!?」

 突然の事に戸惑うマリンカに、ニーナは渾身の一撃をお見舞いする。

「レールアクション! スーパーダブルナックル!!」

 ニーナの両手に光が纏う。マリンカに一気に近づくと右フックから即座に左アッパーで動きを止める。すかさず両手で息をもつかせぬ連続攻撃。フィニッシュに体全体をバネにして両手で叩きつける。

「かはっ……」

 地面に叩きつけられたマリンカはピクリとも動かなくなった。体力が〝ゼロ〟になったのだ。

タッグマッチで体力が無くなると、そのバトルが終わるまで動けなくなる。

「やったぜ! 博から一本取れ……」

 勝ちを確信した俊輔だったが、言い切る前に事は起きた。

「甘いぞ!!」

 気付いた時にはブースターで加速したライラがハンマーを振り始めていた。

 ニーナの表情が恐怖に歪み、金縛りにでもあったかのように動きが止まる。

「しまっ……!」

 重く、鈍い音と共に吹き飛び地面に倒れこむニーナ。どうやら今の攻撃で体力が尽きてしまったようだ。

「だがこれで……」

「一対一なの!」

 ライラとティアはお互いに武器を構えて叫ぶ。

『『クロス・フォース、発動!!』』

 ライラは炎を彷彿とさせる赤色。ティアは風を連想させる緑色のオーラを体に纏った。

 ライラのクロス・フォースの能力はパワーの上昇。対してティアの能力は移動速度と回避能力の上昇という事がわかっている。

「たあーっ!」

 先に動いたのはティアの方だった。目にも留まらぬ速さでライラの懐を目指す。

「どうやら発動自体はマスターしたようだな。だが!」

 ティアの攻撃を予測して構えるライラ。しかしティアはライラの横を通り過ぎる。

「なに!?」

 予想外の出来事にそのまま後ろを振り向くライラ。振り向いた先には小剣のキレールォを振りかざすティアの姿があった。

「くっ」

 咄嗟に手に持ったハンマーでガードに入る。が、スピードの乗った攻撃にハンマーの柄が両断される。

「油断した。やるようになったな」

 両断されたハンマーは形状を維持できなくなったとして光の粒子となり消滅した。

「だが、戦いはこれからだ!」

 ライラは足に装着されたブースターを点火させ、速度と威力の増した回し蹴りをティアにねじ込んだ。

 凄まじい威力にティアの体は建物の壁にまで吹き飛ばされ砂煙に包まれた。しかし、すぐ煙の中から出ると両手にナイフの役目も果たすリスト武装、ウィンディツインズを展開する。

「そうこなくてはな!」

 攻撃速度の速い戦法に対応する為か、ライラは左右で長さが若干違うダブルナイフを出現させる。右にディーカ、そして左にはコシーカを持ち踏み込む。

 互いに両手の武器で接近戦を仕掛けた。両者一歩も譲らない攻防を繰り広げ、刃がぶつかり合う度に火花を散らす。

「す、すげぇ……」

 体力が尽き、観戦に徹していた俊輔が声を漏らす。

「あの、ランキング一位と互角に戦っているだなんて……」

 博ですら目の前の戦闘に驚きを隠せないようだった。

「そこだ!」

 僅かな隙を見つけ攻め入るライラ。

「よけるのなの!」

 クロス・フォースの効果により上昇した回避能力で楽々回避できる。

 本来、手数が多い反面攻撃力の低いダブルナイフだが、今のライラはクロス・フォースによって攻撃力が底上げされている。

 つまり、攻撃の全てが痛手をこうむる可能性を秘めている為、少しの判断ミスですら命取りとなる。

「いいぞ、この感じ! これほどまでに高ぶる戦いは久しぶりだ!」

 ライラは歓喜の叫びを上げる。

 互いに武器同士を押し付けせめぎ合う。

「なんだか楽しくなってきたのなの!」

 ティアの瞳に闘志の炎が宿る。

 刹那、手首のスナップを利かせブレードをねじる。

そのまま絡ませライラのナイフを巻き込む。

 巻き込んだかと思えば。

「なっ!? 何をした!?」

 絡ませたナイフを引き込み、両手から離れた所で弾き飛ばしたのだ。

「うまくいったなの!」

 ティア自身、成功させる確信は無かったのだろう。だが、今はクロス・フォースの手助けもあり功を奏したのだ。

 武器を失ったライラは「ッチ」っと舌打ちをすると後方へ飛躍し距離をとった。

「褒めてやろう……ここまで私を追い込んだ事を、全力を出させた事を!」

 ライラのリアパーツに備え付けられた副腕が動き出し、背中に収められていた大刀を引き抜いた。

 大刀は普通の神姫には余りにも大きく、完全武装してようやく扱える代物だ。

「ティア! やられる前にやるぞ! レールアクション! エンドレスパーティー!」

 フェレット型パーティオが有する専用必殺技の発動。緑色のオーラが激しさを増す。

「そう簡単にやらせるかっ!」

 ライラの纏っていた赤色のオーラも輝きを増した。

「殲滅! 一刀両断!!」

 ライラを捉えられるだろう距離の所で大刀が振り下ろされた。

 悪魔型ストラーフMkⅡの必殺技。〝一刀両断【黒】〟の破壊力は凄まじく、その一振りは爆風を生み、砂埃を舞い上げ視界を遮る。

「ティア!」

「惜しかったな。あと一歩だっただろうに」

 二体の神姫を中心にできた巨大なクレーター。そこに立っていたのは富沢遼の神姫、ライラの方だった。

 



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黒いシュメッターリング
8話


「勝てなかった……」

 宏彦はがっくりと肩を落とした。

「まぁ、なんだ……惜しかったな。俺達もあんまり役に立たなかったし」

「マスター、あたくしを一緒に数えないでくださいな! ……とは言いにくいですわね」

 俊輔とニーナがさり気なくフォローする。

「いや、今のは僕の方が負けてもおかしくはなかったよ。気を抜いたら負けていた」

「遼さん……俺達、強くなってますか?」

「勿論。クロス・フォースも使いこなせてきてるし」

「遼さんにそう言われると、ちょっと自信がつきますね」

「いやー僕もびっくりしたよ。ビルからニーナが飛び出してきた時は動転して何もできなかった。確かに手応えはあった筈なのにどうして?」

 そう。スナイプ・レールガンの最後の一発を確かに受けた。誰もが 倒されたと確信していただろう所に突如として現れたニーナ。

 不意を付くことに成功したニーナは、あのマリンカを倒す事ができたのだ。

 しかし何故立ち上がる事ができたのかが謎だ。

「それは、コイツを使わせてもらったのさ」

 そう言うと俊輔は武装を収納しているケースから丸型のバックラーシールドを取り出して見せた。

「あれ? そんなの持ってたっけ?」

「実はさ、赤城の奴から戻って来た武装の中にコレが混じってたんだ」

「それを勝手に使ったのかよ……」

「しょうがないじゃんか。アイツと連絡取れる訳でもないし。まぁ、今度会ったらちゃんと返すつもりだから」

 種明かしは何とも単純だった。スナイプ・レールガンの最後の一発を、隠し持っていたシールドで受け止め九死に一生を得た。と言う事だった。

「でも良い試合だったね。マリンカもお疲れ様」

 博がマリンカに労いの言葉をかけた。

「ありがたきお言葉! ですが、敵に遅れを取ってしまったであります! ゆえに、如何なる処罰も受ける所存であります!!」

「あ、えっと……考えとく、よ」

 考えると言いはしたが、恐らくマリンカは罰を受ける事は無いだろう。

「とりあえず、皆お疲れ。ティアも良くがんばったよ」

「えへへ。褒められちゃったの」

 照れているのか、身体をモジモジさせている。

「いやーしかし、タッグバトルも悪くないな! またいつかやろうぜ!」

「そうだね。最初はどうかと思ったけど、意外と良いバトルだったね」

「ええ。とても良いバトルだったわ」

 遼の後に続いた、聞き覚えの無い、落ち着きのある少女の声。

 声のした方を向くと、そこにはフリフリした黒いドレス、蝶をモチーフにしたかの様な大きなリボンで着飾るゴシック・アンド・ロリータ、通称ゴスロリ衣装の小柄な少女が立っていた。

「えっと……君はいったい?」

「レディーに名前を聞くなら、まず自分から名乗るべきだわ。まぁ、今回は私の寛大な心に免じて許してあげる」

「自分から話しかけて来たのに……」

「何か言ったかしら?」

「いえ、何も」

 すぐさま否定する俊輔だった。この子には逆らってはいけないと本能的に察したのだろう。

「気を取り直して。私はアゲハ。それからこの子が私の神姫。黒姫よ」

 そう言うとアゲハの手のひらに一体の神姫が飛び乗った。

「初めまして。蝶型シュメッターリングの黒姫です」

 シュメッターリングと言えば、アイドルの様な明るい性格をしているが、黒姫の雰囲気は、どことなく持ち主に似ている。

 話し口調もあるが、それ以上に見た目が似ているのだ。黒を基調にした、ゴスロリのようなデザインの衣装を着ている事から、同調性を醸し出している様だった。

「始めましてアゲハちゃん。俺の名前は御剣宏彦。神姫はパーティオのティア。そんでこっちが……」

 その後それぞれ自己紹介を済ませた。

「そう言えばアゲハちゃんは何で俺らに突然話しかけてきたの? もしかして逆ナン?」

「おにぃたん!!」

「痛い! 痛いってばティア」

 小さな女の子の登場により高ぶる宏彦に対し怒りの裁き。肩に乗っていたティアが耳を思いっきり引っ張る。

「もしかして貴方ロリコン? あと〝ちゃん〟は止めてもらえるかしら? 子供扱いしないで頂戴」

「いや、そんな背丈じゃあ……」

「な、に、か、言ったかしら?」

「いえ、何も申し上げておりません!」

 俊輔、二度目の即否定である。

「マスター、さっきから失礼でしてよ」

 ニーナは腰に手を当て俊輔を叱り付ける。

「えっと、黒姫だっけ? そんなカラーリングのシュメッターリングは初めて見るね」

 神姫には詳しい博ですら見たことの無いようだった。

「当然よ! なんてったって私のパ……お父様が私の為に作ってくれた、特別な神姫なのよ」

「今、パパって……」

 懲りずに上げ足を取る俊輔。

「マスター、いい加減に……?」

 笑顔のニーナ。しかし目は笑っていない。

「ごめんなさい! もう言いません許してください何でもしますから!」

 俊輔は早口で謝罪した。

「マスター、今、何でもするって……」

「まあ、俊輔君の事は置いといて、作ってくれたって事は、もしかしてお父さんは神姫関係の仕事の人?」

「ご明察。そう、私のパ……お父様はグランドアーツの社長よ」

「本当に!? グランドアーツと言えば、今は水面下だけど極秘神姫プロジェクトが進められているとか、最新型神姫を開発しているとか、海外向けに兵器を製造しているなんて噂が立つ、謎の多い会社じゃないか!?」

 グランドアーツ。主に神姫の武装を開発製造している大企業だ。しかし、武装開発だけで、会社を保てる筈が無いと言われ、裏で良からぬ事をしているのではと噂されているのだ。

「根も葉もない噂にしか過ぎないわ。でも、新しい事に挑戦しようとしているのは間違いないけれど、そんなのどの企業も同じよね?」

「でもでも、神姫の武装製造には携わってるんだよね? じゃあ今度、君のお父さんと会えないかな? 一度そういった企業の人の話を聞いてみたいんだ」

 武装を自作すらする博のミリタリー魂に、どうやら火を付けてしまったらしい。

「生憎、今は海外に出ていて会う事は出来ないわ」

「それじゃあ、アゲハちゃんは家で一人お留守番? 寂しかったら俺の家にイデデッ!!」

「おにぃたん、言ってる意味がよくわかんないの」

 無表情で今度は頬をつねるティア。

「ちゃん付けはやめてと言っているのに……」

「だってその方が可愛いじゃん。可愛い子にはちゃん付けしたくなるんだもん」

「宏彦……お前ってそんなキャラだったっけ?」

 俊輔が宏彦から離れつつ、冷たい視線を飛ばす。

「いや待ってくれ違うんだ! 決して妹にしたいとか、やましい事は考えてないから!」

「ああそうだった。妹属性に目覚めちゃったんだっけ。忘れていたよゴメン」

「お前のせいだよ!」

「否定はしないんだな」

「ロリコンの宏彦君の事も置いといて……」

「博、お前もそんな事言うようなキャラじゃなかったよな?」

 異性との触れ合いは神姫ぐらいの野郎達にとって、アゲハの登場は気分を舞い上がらせる引き金になったのだ。

「海外に行ってるって、やっぱり兵器関係で?」

 小声でアゲハに問う博。

「さあ? 海外に行ってくるって置手紙を残して翌日の朝にはいなくなってしまったもの」

「なるほど。謎の多い企業。謎が謎を呼ぶね」

 少しがっかりしつつも納得したようだ。

「えっと……キャラの濃い男ばっかりでゴメンね」

 それまで全く会話に参加していなかった遼が突如発言した。

「全くだわ。こんな色物揃いだとは思わなかったもの。……あなたは常識のある方なのかしら?」

「僕は、まあ人並みにはって感じかな?」

「そう。なら良いわ。実は、近々開催されるとある大会に、あなた達を招待しようと思って来たの」

「大会? それに何で僕達?」

「誘った理由はさっきのバトルを見ていて、思ったの。面白くなりそうだってね」

「面白くなりそうって理由にしては弱い気もするけど……それより大会なんてあったっけ?」

 ゲームセンターで開催される場合や、大きな大会はインターネット等を使い、何かしらの形で告知があるのだが、近々大会があるという報告は受けていない。

「知らないのは無理も無いわ。大会の主催はグランドアーツなのだから。参加者のほとんどがグランドアーツ社員や、取引先の息子や、その知人といった所かしら」

「なるほど、身内の大会といった感じだね。でもそんな所に僕達が参加して良いの?」

「ええ問題ないわ。大会の主催者で、今のグランドアーツの代理責任者でもある、私の兄に人を誘って来いって言われてるのよ」

「なるほど。主催者の妹だから、部外者でも誘う権利を持っているわけだ」

「理解が早くて助かるわ。で、どうかしら? 興味ない?」

「うーん。皆はどうかな?」

「いや、まだ俺ら出ても勝てないだろうし……」

 どうやら俊輔はあまり乗り気ではないようだ。

「優勝者にはグランドアーツ特製で非売品の武装が贈呈されるわ」

「「よし出よう!!」」

 遼を除く三人が声を揃えた。

「ええっ!? 皆、武装で釣られちゃうの?」

 予想外の即答に驚く遼だった。

「俺は元より少し興味あったし。ティアも出てみたいよな?」

「非売品っていう言葉に弱くて……」

「珍しい武装が手に入るなら是非とも」

 それぞれ出場したい理由を述べた。

「決まりね。開催日時は今月末の日曜日、十時にグランドアーツ本社前に集合して頂戴。そこから会場までは私が案内するわ。何か質問はあるかしら?」

「じゃあ俺から。アゲハちゃんは出場するの?」

 宏彦が真っ先に声を発した。

「ハァ……私は……出ないわ。大事な黒姫を傷つけたくないもの」

 溜息を付いたものの、ついにちゃん付けされる事を諦めたのだろうか。

「本当に神姫の事が好きなんだね。でも、神姫バトルはバーチャルだから基本、神姫が傷付く心配は無いし凄く楽しいよ」

「ば、ばーちゃる? ええバーチャルね。知ってるわよそれくらい! 最近の技術の進歩は凄いわよね!」

 どうやら全くの初心者らしい。しかし宏彦も始めたばかりの初心者だ。それでも楽しめるという事をアゲハに伝えたい思いから少々熱くなる。

「大丈夫! 初心者でも楽しめるよ! 俺だって、つい最近まで初心者……と言うか今も初心者なんだし」

「そ、そうなの……」

 若干引き気味のアゲハに対し、それでも熱弁を続ける宏彦。

「ねーねー、おにぃたん」

 熱くなり過ぎた宏彦をはっとさせるティア。

「お、ぉおう、なんだティア」

「わたし、あの子とお話したいの」

 ティアは黒姫の事を見つめながら言った。

「え? ああ分かった」

 少々喋り過ぎたと感じたのか、途端に静かになる宏彦だった。

「黒姫ちゃん、黒姫ちゃん」

「何かしら……えっと……」

「名前はティアなの。それで、黒姫ちゃんはバトルしたく無いの?」

 どうやらティアも、宏彦と同じ様な事を考えているのだろう。

「そうね……興味が無いと言ったら、嘘になるわね。でもそれは〝お姉さま〟次第だわ」

 アゲハの方を見ると、その小さな顔は茹で上がった蛸のごとく赤面していた。

「ちょっと黒姫! 人前では〝マスター〟って言うようにしてって言ったじゃない!」

 アゲハは黒姫にだけ聞こえるように言ったつもりだろうが、そこにいた全員がバッチリ耳に入れていた。

「何か宏彦と似てるな」

 小声で俊輔が呟いてきた。

「俺は堂々としてるから違うし!」

「あーそうだね〝おにぃたん〟」

「ごめん俺が悪かった」

「えと……それで黒姫ちゃん」

 話を戻そうとするティア。

「きっと皆でやるバトルは楽しいの。だから、わたし達と一緒に練習してみるの」

「そうだよ。筐体には練習用のチュートリアルモードもあるから、試してみても良いんじゃないかな?」

「おい博。俺達、チュートリアルあるなんて教えてもらって無いぞ?」

 食って掛かる俊輔に対し、「あれ? そうだっけ?」とぼける博だった。

「黒姫はやってみたいのよね……しょ、しょうがないわね! あなた達が、どうしても私と一緒にやりたいって言うなら、つ、付き合ってあげなくも無いわ!」

「おね……マスター、声が裏返るほど緊張しているのね」

「べべっ、別に緊張とかしていないわ! ほら! さっさとやるわよ!」

 アゲハは壊れたロボットかの様に、手足を強張らせ、途中つまずきながらも筐体へ向かっていく。

「じゃあ、今回は俺とティアが同席するよ」

「そうだな。ありゃ完全に機械音痴だ。見ろ。バトル前から四苦八苦してるぞ」

 アゲハはバトルの前準備の時点から黒姫に、これはどうやれば良いのか、と質問攻めをしていた。

「先が思いやられそうだね」

「一応俺達の方が先輩だから良い所見せなきゃな。行くぞティア」

「うん! 楽しみなの」

 

 

「アゲハちゃん、準備は良いかー?」

 アゲハの準備は、神姫バトルに慣れている人と比べると、倍以上の時間を要した。

「レディーを急かす男はモテないわよ? あなたの方こそどうなの?」

「OK。それじゃ行くぞ!」

『ライド・オン!!』

 二人は同時に叫び、戦闘態勢に入る。

 今回のバトルフィールドは練習用という事もあり、障害物の一切無い無機質な空間だけが広がっていた。

「ここで、いったい何をするのかしら?」

 ライドしたアゲハが聞いてきた。

「本来はこういった場所でお互いのライフポイントが無くなるまで攻撃して戦うんだよ。でも今日は練習って事だからね。とりあえず歩いてみようか」

 言われたとおりアゲハは黒姫を歩かせる。

「う、動いたわ!」

 アゲハの声は楽しそうに弾んでいた。

「それじゃあ次は走ったり、ジャンプしてみたりしようか」

 すぐさま走り出した黒姫。「はっ」と言う掛け声と共に飛び上がるとゴスロリがふわりと踊る。限界に達した後、華麗に着地する。

「見えた! 白!」

 着地時に捲れ上がったゴスロリのスカート。中の小さな布が一瞬顔を覗かせた。

「おにぃたん!!」

 今までに無いくらいに本気で怒られる宏彦。

「最低……」

「ごめんなさい」

「次、黒姫をいやらしい目で見たら、その目玉くり抜くわよ」

 どうやら今のやり取りでアゲハの緊張もほぐれたようだった。

「さ、さて。動かすのはもう良さそうだね。飲み込み早いみたいだし」

 話題をそらしその場を切り抜ける宏彦。

「それじゃあ、次は攻撃してみようか。ターゲットも設定できるみたいだし」

 宏彦の言うとおり、少し離れた所に丸い標的が現れた。

「あれを攻撃すれば良いのね! ……ねえ黒姫。武器とかってあるの……?」

「勿論よ。これでもれっきとした武装神姫なのだから」

 黒姫はそう言うと、閉じた黒いフリルパラソルを出現させ、それの先端を標的に向け構える。

「行くわよマスター。狙いを定めて攻撃よ」

 そしてフリルパラソルの先端から一発の弾丸が発射される。弾丸は吸い込まれるように標的に命中する。

「やったぁ! 当たったわ!」

 弾丸の命中した標的は粒子となって消滅する。

「凄いな。初めてで当てられるなんて」

「当然よ! 黒姫は私の為の特別な神姫なんだから!」

 アゲハの声は先程より楽しそうだ。どうやら純粋に楽しんでいるのだろう。

「それじゃあ、レベルアップと行きますか」

 すぐさま次の標的が複数現れた。

「順番は問わないから五つのターゲットに攻撃してみて」

 同じように黒姫は標的に狙いを定めトリガーを引く。

 次々と打ち抜かれ消滅していく標的。宏彦を含め他のギャラリーも呆気に取られていた。

 ものの数秒で標的は全て消滅した。

「楽勝ね!」

「よーし次は……」

 今度は十個の標的が現れた。かと思うとそれらは不規則に動き出す。

 あるものはゆっくりと、また、あるものは素早く。移動方法や方向も全てバラバラだった。

「これならどうだ」

 僅かに対抗意識が芽生える宏彦だった。

「く、黒姫……どうしよう」

「落ち着いてマスター。狙いは私がサポートする。私を信じて」

「わかった。私、黒姫を信じる。やろう!」

 再びフリルパラソルを構え狙い撃つ。

 標的は次々と貫かれ、残すは二つとなった。

『そこっ!』

 アゲハと黒姫の掛け声が一つになった。

 撃ち出された弾丸は、二つの標的が重なった所をぶち抜いた。

 その軌跡は見る者を唖然とさる程の美しさだった。

「まさか、全部当てて……しかも最後は二枚抜きだなんて……」

 宏彦は目の前の出来事に驚きを隠せないでいた。何せ、今日初めてライドしたであろう初心者が、ここまでとは考えていなかった。

「おにぃたん」

「ああ。そうだよな」

 宏彦とティア。思う事は同じようだ。

「アゲハ、黒姫。俺達からの最後の指導だ」

「良いわ! 私と黒姫なら何でもできる!」

 アゲハは無い胸を張る。

「よし。最後は近接戦闘の練習だ。動く相手に近づいて攻撃する。それで、相手は俺とティアがする」

「おいおいマジかよ」

「宏彦君! 幾ら何でもそれは……」

 俊輔と博は、宏彦の提案にする。

「良いわ。それで良い。黒姫、近接武器を用意して」

「うん。それで良い。黒姫、そしてアゲハちゃん。君達はセンスがある。だから手加減はしないよ!」

「望む所! 手加減なんてされたら私のプランドが許さないわ!」

 プライドかな? だが今はそんな事どうでも良かった。

「宏彦君、初心者相手に大人気ないよ」

 いつもクールな遼が珍しく困惑しているようだ。

「俺は初心者を打ちのめしたいって訳じゃないよ。二人の実力は多分本物だから。……そんな二人と戦えたらって考えたらワクワクしちゃって」

 それは、まるで初心に帰ったかのような高揚感。神姫バトルとは面白い。そう感じた俊輔との最初のバトルを思い出していた。

「それじゃ、行くよ!」

「いつでも良いわ!」

『バトル!!』

 

 

「あーっもう悔しい! あとちょっとで勝てたのにぃ!」

 結果は、僅かな踏み込みの差で最後の一撃が決まり宏彦が勝利をかち取ったのだ。

「いや、こっちも危なかった。あと一撃で負けていたよ。やっぱりアゲハちゃんセンスあるよ」

「本当の力、出してなかったくせに……」

 聞こえるか聞こえないかの声で呟くアゲハ。

「えっ? 何か言った?」

「なっ、なんでもないわよ。それより……面白いじゃない。神姫バトル……」

 後半声の小さくなるアゲハは心なしか嬉さ半分、恥ずかしさ半分といった顔をしていた。

「でしょ!? やっぱり神姫バトルは良いものだよね! 俺さ、こんなにも面白いバトルを、たくさんの人にやってもらいたいなって思ってね。それでさ」

「おにぃたんっ!」

 宏彦の話が長くなりそうだと判断したのか、ティアが止めに入った。

「あぁ、ゴメン。またやっちゃった」

 人間、好きな物は他の人に知ってもらいたいし、おすすめしたくもなる。が、度が過ぎれば相手に不快感を与えてしまう。ティアはそれを未然に防いだのだ。

「ま、まあ、今回バトルに誘ってくれて嬉しかったわ。どうしてもと言うなら……わ、私が暇な時は相手してあげなくもないわ!」

「まったく、おね……マスターも素直じゃないのだから」

 黒姫がやれやれと、呆れたように呟いた。

「う、うるさいわよ黒姫」

 顔を赤らめ、即反論するアゲハだった。

「と、とにかく、今度の大会、よろしくお願いするわ」

「ああ。こちらこそよろしくね。アゲハちゃん」

「よろしくなの! 黒姫ちゃん!」

 大会。まだ見ぬ神姫マスターとのバトルに胸を高鳴らせる宏彦達。

 そんな高揚感を抑えつつ、アゲハと連絡先を登録してその日は解散するのだった。



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大会-1
9話


「とうとう明日かぁ」

 今日は月末の土曜日。アゲハに誘われた大会の日が目の前に迫り、自分の部屋でソワソワする宏彦とティアだった。

「ドキドキだけど、楽しみなの」

「そうだね。どんな神姫マスターと戦えるか今から楽しみだよ。勝ち負け気にせず楽しもうぜ!」

「うん! でも負けるのはヤ! やっぱり勝ちたいの!」

「そうだな。狙うは優勝だ! そうと決まれば作戦会議だ! 遼さんにも負けられないからな!」

 前回、遼とのバトルは、あと一歩の所で力及ばず敗北した。

 遼とでは実戦経験が圧倒的に違う。であれば作戦でカバーするしかない。

「そう言えば、今回の大会ってタッグ戦らしいんだよな。作戦会議するなら俊輔を呼んだ方が良いな」

 皆と相談した結果、俊輔がリベンジしたいと言い出し、宏彦と俊輔が再びペアを組む事になったのだ。

 宏彦は携帯電話を取り出し俊輔を作戦会議に参加するよう呼びかけた。

「俊輔のやつ、少ししたら来てくれるってさ。そしたら俊輔とニーナも合わせて四人で作戦会議だ! そうと決まれば必要なのはお菓子と飲み物だ! ちょっと買い出し行ってくるからティアは待っててくれ。すぐに戻るからさ」

 宏彦はそう言うとそそくさと部屋から出るのであった。

「いってらっしゃいなの」

 バタンと扉が閉まる音を最後に、部屋は静寂に包まれ一人残されるティアだった。

「……」

 静まり返ってからしばらくした時だった。

――コツン!

「ふにゃっ!」

 突然、窓ガラスに固いものが当たる音に驚くティア。

 窓の方を見ると、そこには見覚えのある神姫が立っていた。

「黒姫ちゃん!」

 

 

「黒姫ちゃんどうしたの? ますたーは一緒じゃないの?」

 窓を開き、部屋に黒姫を招きいれる。

「ええ。今日は一人で来たわ。……その、この前バトルに誘ってくれて嬉しかったから、お礼をしようと思って……」

 黒姫は背中に隠していたプレゼントボックスを、少しテレながら差し出した。

「ふぇ? いいの?」

「良いから受け取って頂戴」

「あ、ありがとなの……空けてもいい?」

「良いわよ。気に入ってもらえたら嬉しいのだけれども……」

 ティアはプレゼントを受け取ると、器用な手つきでリボンを解いていく。

 中から現れたのは神姫が身に付ける事のできるペンダントだった。

 ペンダントは銀色の蝶の形をしていた。

「すっごく可愛いの! ありがとなの!」

「そのペンダント、身に付けていると災いから守ってくれる効果があるらしいから、普段から持っていると、良いんじゃないのかしら?」

 黒姫は恥ずかしそうに顔を赤らめるのであった。

「ありがとなの。大切にするの!」

 そう言うとティアはペンダントを自分の首にかけて見せた。

「似合っているわ」

「えへへ」

 ティアも嬉しそうに顔を赤らめた。

「それじゃあ私はこれで帰るわね。お姉さまが心配するから」

 どうやら黒姫は無断で訪れていたらしい。

 クルリと回れ右をして去ろうとした時だった。

「待ってほしいの!」

 突然声を張るティアに驚いた黒姫はティアの方を振り向く。

「な、何かしら?」

「あのね……黒姫ちゃんの事、〝クーちゃん〟って、呼んで良い?」

 モジモジした様子でティアは問う。

「……」

「ダメ……かな?」

 上目遣いで黒姫に迫り寄る。

「っ! い、良いわよ。あなたの好きに呼んで頂戴」

 その言葉にパーっと表情が明るくなるティア。

「やったぁ! クーちゃん、よろしくなの!」

「それじゃ。明日、会場でね」

 そう言うと黒姫は窓から飛び降り姿をくらませた。

 黒姫が帰ったのと、ほぼ同じタイミングで宏彦が部屋に戻ってきた。

「いやーゴメンゴメン。俊輔のやつ中々電話に出てくれなくってさ。ってあれ? それどうしたの?」

 宏彦はティアの首に掛かった蝶のペンダントを指差し言った。

「これ、クーちゃんに貰ったの!」

「クーちゃん? うん?」

 クーとは一体誰なのか、頭の中でティアと合った人物を思い浮かべていく。

「……もしかして黒姫の事か? てか、今来てたの?」

「うん。でも、もう帰っちゃったの」

「そっか。仲良くなれた?」

「うん! また明日って言ってくれたの!」

「良かったね。それじゃ、黒姫にも負けられないな! 黒姫も実際に戦ってみて強かった。気を抜いたら足元すくわれそうだ」

「全力で戦うの!」

「そうだな。今出せる力の全てを出し切ろう!」

 この後しばらくして宏彦の家を訪れた俊輔と夕方近くまで作戦会議をするのであった。

 

 

 次の日の朝、宏彦と俊輔は駅へ向かう道を全力で走っていた。

「はぁっ……はぁっ! 急げよ俊輔! 電車に遅れちゃうってば!」

 元サッカー部だった俊輔の前を走る宏彦。二人とも息は相当切れている。

「待ってくれよ宏彦……寝起きで、オェッ……朝飯も食ってないんだから」

 軽く嘔吐きながら走る俊輔。サッカー部だった頃の貯金はもう無いようだ。

「良いから、根性……見せろよっ、元サッカー部!!」

 二人は根性で走りきり何とか時間の電車に乗ることができた。

「あ、あぶねー……おぅえっ」

 二人とも肩で息をしていた。俊輔にいたってはヘナヘナとその場に座り込んだ。

「はぁはぁ……おい……恥ずかしいから、ちゃんと椅子に座れ……よ」

「あ、あと五分だけ……」

 しまいには床に寝そべる俊輔。

「おいおい、勘弁してくれよ……」

 結局俊輔は乗り換えの駅に着くまで床に突っ伏したのだった。

 

 

 電車を乗り継いでやっとの事、大会が行われる、グランドアーツ本社の最寄り駅に着いた。

「二人ともおっそーい」

 改札口を出るとそこには博と遼が待っていた。

「何だよ博、その某駆逐艦娘みたいなセリフ。つか遅れそうになったのは宏彦のやつが寝坊しやがったからで!」

「おいちょっと待て俊輔。俺は寝坊してないし、遅れそうになった理由はお前がバテてたせいだろ?」

 罪をなすり付けられそうになった宏彦は反論する。

「あれー? そうだっけー?」

 と、とぼける俊輔に宏彦は軽く蹴りをお見舞いするのであった。

「そんな事より急いで! 遼さんと僕はもうエントリー済ませてあるから」

「博はわざわざこっちに戻ってきてくれたのか。ありがたいねぇ。そんじゃ、案内よろしく頼んでも良いかな?」

 俊輔は宏彦に蹴られた所を擦りながら言った。

「その為にこっちに来たんだよ。付いて来て」

 博はグランドアーツの建物がある方角へと走り出す。

「えぇ~また走るのかよぉ~」

「しょうがないだろ。時間厳守なんだから」

 泣き言を洩らしつつ、一行は会場へ向けて走り出す。

 

 

「……確認しました。御剣宏彦様と和田俊輔様ですね。お待ちしておりました」

 受付嬢に名前を伝えると、手際良くキーボードを叩き確認を取った。

「それでは、使用される神姫とその武装をこちらに御乗せください」

 そう言うと二つの巨大なクレイドルのような物を取り出した。

 二人はスリープモードだった神姫を起動させると、それぞれ神姫と武装を巨大クレイドルに乗せる。すると下側から青白い光に包まれていく。

「これは?」

「武装や神姫に不正が無いか調べているのです」

 不正と言う言葉に血の気が引いた。なぜならばティアはクロス・フォースが使えるからだ。どんな神姫でも使えるという訳ではなく、かつ公式ではないこの力。が、同じ力を持った神姫、ライラのマスターである遼は大丈夫と深く頷く。

 それならば、きっと大丈夫だろうと気持ちを落ち着かせる宏彦。

「はい。問題ありません。それでは御剣宏彦様と和田俊輔様はBブロックになります。向かって左手の待合室でお待ちください」

「宏彦君達はBブロックなのか」

 博が後ろで呟いた。

「と言うと二人は……」

「僕と博君はAブロックだね」

「なお、AブロックとBブロックで、それぞれ同じ勝利数同士のチームでバトルを行うスイスドロー方式となっております。そして最後に両ブロックの勝者同士で決勝戦を行ってもらいます」

 受付嬢が分かりやすく説明してくれた。

「なるほど。つまり合えるのは最後って事になるのか……」

「いいじゃねーか! 最後に宿敵、いやライバルと戦えるなんて燃える展開じゃねーか! 博と遼さんも最後まで負けんなよ!」

「そっちこそ、気を抜いて負けたりしないでよ?」

 そうして四人は二手に分かれ受付を離れるのであった。

 …………。

「……はい。間違いありません。〝例の神姫〟です。二体です。間違いありません。いかがいたしますか?」

 受付嬢は受話器を持ち上げ、内線で誰かに連絡をするのであった。

『やはり本物か。……良い。今日の目的は達成された。泳がせておけ』

「かしこまりました」

 短く受け答えすると受付嬢はそっと受話器を置いた。

 

 

 開会式の時間となり、一番広いと思われるホールに参加者全員が集められた。

 おのおのが好き勝手な会話をしていたが、マイクの電源が入りキーンというハウリング音と共に、皆が一斉に静まり返った。

「諸君。本日はグランドアーツの交友大会に参加してくれた事を感謝する」

 年齢は二十歳前半だろうか。背は高いが、まだ若さの残るスーツ姿で黒縁の眼鏡をかけた男性が演壇へ上がりマイクを握っていた。

「社長は現在、海外出張中な為、息子である副社長の私、黒羽 柳が進行役を務めさせて頂きます」

「あれ? 黒羽ってもしかしてアゲハちゃんの兄貴か」

「あんなに若いのに副社長かよ。凄いな。でもきっと親の七光りなんだろうな」

「俊輔君、失礼だから」

「三人とも静かに。他に喋ってる人いないよ?」

 遼が小声で三人を叱った。

「退屈な挨拶等は省略します。様々な所から集まっていただいた皆様は部署の開発成果をお披露目するも良し。神姫バトルを通して交遊するも良し。とにかく、参加者全員が楽しんでもらえる事を私は願っています」

 副社長の挨拶が終わると、ホールは参加者の拍手に包まれた。

 黒羽 柳が演壇から降りた。次に先ほどまで受付をしていた女性が演壇に上がる。

「それでは、本日のゲームルールを説明いたします。既にご存知の方が多いかと思われますが、今回は二人一組のチームを作り、タッグバトルを行なって頂きます。勝敗は通常の神姫バトルと同様で、どちらかのチームが二人とも戦闘不能になった時点で決まります。相方が倒れても、最後まで諦めずに戦って下さい。尚、AブロックとBブロックでそれぞれスイスドロー戦を行なってもらい、ブロック毎にの勝ち数の多かった二つのチームで決勝戦を行なってもらいます。ルール説明は以上です。わからない事があった場合、お近くのスタッフにお聞き下さい。それでは最初の試合は……」

「いよいよだな! 勝とうぜニーナ、宏彦、ティア!」

「ああ。優勝は頂きだ!」

「それじゃ二人とも、初戦、僕らはバトルだから行ってくるね」

 博と遼は初戦試合だと言うのに全く緊張していないようだった。

「おう! 負けんなよ!」

「そっちこそ」



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大会-2
10話


 宏彦と俊輔は待機室にて試合を観戦していた。

「俺たちはBブロックの方しか観戦できないんだな」

 俊輔は二人の事が気になるのか、さっきから終始ソワソワしているのだ。

「そうだね。でも心配しなくても二人は勝ち上がるよ」

「まあ、確かにあの二人に限って初戦敗退なんて事は無いよな。っと、そろそろ決着つきそうだな。次は俺たちだ。行こうぜ宏彦」

 二人は神姫を連れ、会場へと向かった。

 会場への扉をくぐると、そこは正に戦場と言っても過言ではなかった。

 観戦者の熱気とやかましいくらいの声援。その二つが会場をより一層熱くした。

目の前で行われている試合はどちらも譲らない状況だ。

 両チームとも相方が戦闘不能となり、一対一で最後の踏ん張りを見せていた。

 片方は鳥の様な大きく白い翼を持った紫色のヒロイックな神姫、セイレーン型のエウクランテ。空中戦を得意としたスピード型の神姫。

 対する神姫は戦闘機を模した灰色の武装と巫女装束を掛け合わせたかの様な、戦闘機型神姫の飛鳥だ。こちらもエウクランテに劣らない飛行能力を持っている。

 両神姫は互いに後ろを取ろうとドッグファイトを仕掛け、激しい空中戦を繰り広げていた。

 背後を取り、有利なのは飛鳥の方だった。

 エウクランテの後方から機関銃を撃つ飛鳥。飛鳥が機関銃の弾を装填する一瞬の隙にだけ振り返りショットガンを撃つエウクランテ。

 どちらもギリギリの所で回避する為、中々勝負がつかないでいた。

 その時だった。エウクランテが姿勢をグッと持ち上げ急ブレーキをかけた。

 突然の出来事に対応できずに通り過ぎてしまい、今度は飛鳥が後ろを取られる。

「なにっ!」

「いつだか見た戦闘がこんな所で役立つとはねっ!」

 エウクランテはそう言うと全ての武器と一部の武装を組み合わせ、大型合体兵器である〝テンペスト〟を作り上げた。そこから放たれる極太レーザーが飛鳥を襲い、とうとう決着がついた。

 決着と同時に会場はドッと歓声を上げ、更にヒートアップした。

「フフン。これで、咬ませ犬だなんて言わせないわ」

 エウクランテは人差し指を掲げポーズを決めた。

「盛り上がってるなぁ」

「俺達で本当に大丈夫なのか……?」

 会場の雰囲気に圧倒され気味の二人は小さく呟いた。

「おにぃたん!」

「マスターもでしてよ!」

 喝を入れさせる為か、それぞれの神姫が声を張り上げた。

「そうだな。始まる前から弱音なんて吐いても仕方ないよな。よし! 行こう俊輔!」

「おうよ相棒!」

 両人は神姫を筐体にセットする。仕様はゲームセンターに置いてあるそれと一緒のものだった。

「ライド!」

「オン!」

 二人の掛け声と共に一瞬視界が途切れる。次に目に入る風景は草原だった。

 所々に木が何本か生えているだけで、その他は踝以下の背の低い草が彼方向こうまで広がる平坦なフィールドだった。

 体を撫でる気持ちの良い風。春を思わせる暖かい日差し。ここで昼寝をしたらどんなに気持ちが良いだろうか。

 しかしながらこれはバーチャル。更に言えば、戦闘は始まってはいないものの、バトル自体は既に始まっているのだ。

「それにしてもよ宏彦、相手出てこないな」

 フィールドがいくら広くとも、隠れる場所など無く、見通しが良い。それなのに相手を目視できない事に警戒をする。

 その時だった。突然フィールド全体が闇に包まれた。

「な、何だ!? 停電か?」

 バトルフィールドは機械で再現している。その機械に電力が供給されなければ当然視界は失われるだろう。

 しかし、おかしな事に神姫と問題無くライドできていて、感覚ですらいつものライド状態と変わりないのだ。

 気付くと一箇所だけ、まるで上空からライトアップされているかの様に明るい場所があった。

 そこに二つの影が飛び込み姿を現した。

「何だ!? 停電か? と言われれば」

「答えてやるのが世の情け」

 どこかで聞いたことのある様なフレーズを言うのは、緑色のアーマーに身を包んだ犬型神姫のハウリン。もう一方も似たような形状をした橙色のアーマーを装備した猫型神姫のマオチャオだった。

 そして二体の神姫は更に続けた。

「世界の破壊を防ぐため」

「世界の平和を守るため」

「愛と真実の悪を貫く」

「ラブリー・チャミーな敵枠」

 ハウリンとマオチャオは交代で台詞を言いながらポーズを決めて行くが。

「それ以上はっ!」

「言っちゃいけないっ!」

 宏彦と俊輔が叫ぶと同時にティアとニーナはハンドガンを乱射し、登場シーンを妨害する。

 突然攻撃されたハウリンとマオチャオは慌てふためき、ドタドタと転げ回りながら弾丸を回避していた。

「コーラーッ! 登場シーンの攻撃はご法度なんだぞー!」

 体制を立て直したハウリンが叫んだ。それにマオチャオも続く。

「そーだそーだ! せめて名前くらい言わせろなのにゃー!」

 マオチャオはそう言うと、真っ直ぐ突進を開始する。同時にハウリンの方も走り出した。

「相手は頭に血が上って冷静な判断ができていないはず。俊輔!」

「ああ! 神姫に血は無いと思うけど行けるぜ!」

 ティアはリストパーツに装着されたブレードを展開。ニーナは両手にナイフを出現させ重心を低くし獲物を狩る姿勢。

「今なの!」

「「クロスナイフ!! 」」

 ティアとニーナは同時に叫ぶ。タイミングを合わせ、突撃する二体の神姫の正面を同時に切り抜け残光を走らせる。

 二つの残光はクロスし、エックスの文字を映し出した。

 光が消えると同時にハウリンとマオチャオは膝から崩れ落ちた。

「ま、丸パクリは良く無いよな」

 俊輔は倒れた二体の神姫に向けて言い放つ。

「これも……二次創作……にゃ……ガクッ」

 マオチャオが何やら意味不明な発言をしていたが誰も気には留めていなかったようだ。

「ま、何はともあれ初戦白星ゲットだな」

「あ、ああそうだな」

 しかし会場は先の戦闘ほど盛り上がってはいなかった。

「呆気なく終わらせちゃったからな」

 どうやら俊輔も会場の雰囲気に気づいたようだ。

「なんだか来る所間違えちゃった感が……」

「とりあえず待合室に一旦戻ろうか」

 二人は逃げ変える様にその場を離れ、待合室へと向かった。

 

 

 その後も難なく勝ち続け、気付けばAブロックでの最終バトルとなった。

「いよいよAブロック最後のバトルだな。これに勝てば全勝だ」

「ああ。でもまぁBブロックの人達、皆ネタ勢っぽいから楽勝じゃね?」

「それは慢心と言うものでしてよマスター?」

「その通りですわ!」

 ニーナの言葉に反応した相手の神姫が言った。

「私達だって今の所全勝だぜ!」

 相手の神姫の一体は、赤いボディーに桃色の髪。気の強そうな喋り方の神姫はハイスピードトライク型のアーク。

「この勝負、あたくし達が華麗に勝利を頂くのですわ!」

 相方は水色のボディーに紫の髪。こちらは高貴なお嬢様と言った感じのハイマニューバトライク型のイーダ。二体ともスピードを重視した神姫だ。アークは直線に強いのに対しイーダは曲線が得意と言う、対の存在となっている。

 このペアのバトルを待機室で観戦していたが、他とは違いスピードも実力も有していた。

「悪いけど、俺たちは簡単に負けたりしないからな!」

 挑発するかのように俊輔は言った。

「いや、お前達は負ける。お前達に足りないもの、それは! 情熱、思想理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ! そして何よりもォォォオオオオッ! 速さが足りないっ!」

 これまたどこかで聞いた事のあるセリフをそのまま使ったアークは、宏彦達を真っ直ぐ指差した。

「もう、こんなんばっかかよ……」

 宏彦は頭を抱え呟いた。

「気に入らなくてよ……」

 ニーナは怒りを込めて呟いた。

「どうしたんだ突然……?」

「あの水色の神姫! あたくしとキャラが被っていますのよ! それに色も!」

「え? そんな理由?」

「そんなとは聞き捨てなくってよ! ああもう! マスター、早く準備して下さいな!」

 どうやらニーナは相当気が立っているようだった。

「お、おう。それじゃ行くぞ!」

「「ライド・オン!」」

 宏彦と俊輔が同時に叫ぶ。

 今回のフィールドは、まるで筒状のトンネル中に閉じ込められたかのような場所。チューブと呼ばれるフィールドだった。

「どうやら勝利の女神はあたくし達に微笑んだようですわね」

「どう言う事……」

 自信満々のイーダにニーナは恐る恐る聞いた。

「薄々勘付いてるんじゃないのか? チューブはスピードが強化されるギミック付きさ! つまり、私達には追い付く事はできない! ロードファイター!!」

 アークは自身の武装を三輪バイクの様な、ハイスピードトライクモードへと変形させた。

「無様に踊らされるが良いですわ! スリルドライブ!」

 続いてイーダも変形し、ハイマニューバトライクモードへとなる。アークは前輪が一本で後輪が二本の直線スピード型。対して、イーダは前輪が二本ある。そのためアークより小回りが効くのだ。

 エンジン音を響かせると、砂埃と排ガスを巻き上げながら二体の神姫は走り去り姿を消した。

「けほっ! けほっ! 武装が変形するなんてびっくりなの」

 咳き込むティア。

「そちらがが変形ならこちらは……ティア! あれ、やりましてよ!」

「わかったのなの!」

 爆音を響かせながらチューブ内を颯爽と走るアークとイーダ。

 先頭はアークでその少し後ろにイーダが付いていた。

「ちゃんとついて来てるか?」

 後方を一瞬見てからアークは聞いた。

「貴女に引けを取るつもりはありませんわ。それより運転中は、ちゃんと前を見て下さいな!」

 互いに心配し合う様は、まるで仲の良いレーサーのようだ。

「大丈夫だって。お互いのドライブテクは自分が良く知っているはずだろ?」

「そうでしたわね。……ですが、あまり過信しすぎると足下すくわれましてよ?」

 イーダが後ろを見ると、そこには一つの影が着いて来ていた。

「おもしれぇ! ギア上げるぞ!」

 アークの一声で二体のトライク型は更にスピードを上げた。

「このスピードについて来れる奴なんて……」

 そう言った瞬間、アークは目を疑う光景が飛び込んできた。

「まだついて来ている……だと!?」

 イーダの後ろに食いつく〝ソレ〟を。

「それより……アレは……神姫が、神姫を背負っているだなんて、信じられませんわ!」

 ティアがニーナを背負い、走って追いかけているのだ。

「追いつきましてよ! これがあたくしとティアの合体技! ライドバックでしてよ!」

 そう言うとニーナはナイフをイーダの後輪目掛けて投擲した。

 ナイフはタイヤに突き刺さり、真っ直ぐ走れなくなったイーダは転倒。

 壁に激突して爆発大炎上。走行不可になった。

「やりましたわ! これでキャラかぶりはいなくなりましてよ!」

「ニーナ、多分、他にも同じような神姫、たくさんいるぞ?」

 俊輔がすかさず訂正しようとするが、当の本人は高揚して耳に入っていないようだった。

「畜生! やりやがったな!」

 アークは更にスピードを上げた。アークとティア達の距離は徐々に開かれて行った。

「ティア! もっとスピードを上げて下さいな!」

「これ以上は無理なの!」

「どうすれば……」

 ニーナが思考を巡らせていた、その時だった。アークが急旋回し、ティア達のいる方向へと機体を振り向かせた。

「くっ! 仇は取ってやるからな!」

 アークのトライク前部に装着されているランチャーの砲身に光が集まりエネルギーがチャージされて行く。

「このままでは発射までに間に合わなくてよ! ティア!」

「わかった……なのっ!」

 ティアはニーナの手を掴み、

――投げた。

 投げられたニーナは、慣性と投擲のエネルギーで横回転しながらアークへと突っ込んで行く。

「ファイヤーッ!」

 ランチャーから放たれた真っ赤なレーザーはニーナを捉えた。

が、ニーナは新たに出現させた二本のナイフと回転力でレーザーを切り裂き散らす。

「はあぁぁあっ!」

 衰えを見せない回転でそのままアークを切り刻む。

 切り刻まれたアークはトライクから弾き飛ばされ地面に倒れた。

 が、アークは今にも崩れてしまいそうな程に震える足で立ち上がった。

 その様子から相当なダメージだったとみて取れた。それもそのはず。何せ武装はほぼ全てトライクに使用されている為、神姫本体は無防備と言っても過言では無い。

「……まだだ! まだ、倒れない! 倒れたとしても、それは前のめ……り、だ」

 最後にそう言うとアークは、宣言通り前のめりに倒れ動かなくなった。

「貴女は速かった。でも、バトルは速さだけでは無くてよ」

 この瞬間、Aブロックでの全勝チームが決定したのだった。

「やったな俊輔! 俺達が全勝だよ!」

 宏彦は飛び跳ね喜んでいたが。

「うぅえ……気持ち悪い……マジ酔った」

 神姫ライドシステムは感覚の共有だ。俊輔の神姫、ニーナはティアにまたがり高速で移動し、挙句投げられ回転までしたのだ。神姫は酔わないが、ライドしたマスターには相当負担がかかった様だ。

「頼むから二度と回さないでくれ……」

 これ以上無いくらいに俊輔の顔は青ざめていた。

 俊輔を休ませる為、休憩場に行きお茶を飲ませた。

 しばらくゆっくりしていると、徐々に俊輔の顔色が良くなってきていた。

「ありがとな宏彦。だいぶ楽になったよ」

「どういたしまして。それより遼さん達の方はどうなたっんだろう?」

「そうだな。……っお! 噂をすれば」

 俊輔が指差した先には、二人の歩いている姿が見えた。

「おーい二人ともー!」

 二人はどうやら俊輔の声に気づいたようだった。

「お疲れー。そっちはどうだったー?」

 俊輔が揚々と聞いた。

「最後の最後で負けちゃった」

 いつもより声のトーンが低い博。負けたのが相当悔しいようだ。

「他の神姫マスター達も強かったけど、最後に戦った彼は尋常じゃない強さだった」

「ん? そっちの相手は皆強かったのか?」

 俊輔達が戦った神姫マスター達は皆妙なのばかりだった。

「そうだけど……なるほど、受付のチェックは戦闘力だったり、戦闘経験で分ける為だったのかもしれない」

 その推測に合点がいった。宏彦も俊輔も、神姫マスターになったのはつい最近だ。ただ、暇さえあればゲームセンターで練習を重ねてきた二人だ。初心者の中に入ってしまえば頭一つ飛び抜けるのも納得する。

「そうだ、二人が負けた相手ってどんな奴なんだ?」

「僕達が負けたのは黒羽兄妹だ。兄の黒羽 柳には気を付けて。彼の神姫は……」

 遼が最後に何か言おうとした丁度その時、決勝戦を始めると言うアナウンスが入る。

「っと、呼ばれちまった。んじゃ、行ってくるぜ!」

 宏彦と俊輔は急ぎ足でホールへと向かった。



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大会-3
11話


 ついにやって来た決勝戦。対戦相手はカスタマイズされた高性能神姫のシュメッターリングのリペイントバージョン。黒羽 アゲハの神姫、黒姫。そしてその兄、黒羽 柳の神姫は以前遼から聞いたのと同じ、アルトアイネス・ローザ。名前も同じエリスだった。

 一度リセットされたアルトアイネスと恐らく同じだろう。

 つまりそれはクロス・フォースを使用できる可能性が高いと言う事だ。

「俊輔。あのアルトアイネスには気をつけよう。多分、クロス・フォースが使える」

「ああ。わかってる。前に遼さんが戦った時は暴走したみたいだけど、もう使いこなせる様になったのかもしれないしな」

 遼の昔はエリスが突然暴走した為対応できなかった。だか今は違う。ティアが暴走しかけた時も落ち着いて対処し、難なく遼が負けたとなると、黒羽 柳の実力か、クロス・フォースを完全に使いこなしたかだ。

 どちらにせよ未知の強敵に変わりは無い。

「大丈夫だって! ティアだってクロス・フォース使えるんだし、何より俺がついてる!」

「そこまで大見得を切ったのですから、足手まといにはなれなくってよマスター?」

「あ、う……まあ何とかなる……かな?」

 そんな話をしながら、黒羽兄妹の待つ決勝戦試用の特別な筐体の席に腰掛け待機している時だった。

「二人とも、待っていたよ。僕は以前から君達を見ていた」

 背後から黒羽 柳が突然現れ、話しかけてきたのだ。

「前から俺達を見ていた? どう言う事だ?」

 疑問を抱いた宏彦は柳に聞いた。

「言葉の通りさ。だから今回君達を招いた。晴れ舞台で君達と本気のバトルをしてみたかったんだ」

「私も……宏彦と戦いたい……」

 柳の横で立つアゲハは今にも消えてしまいそうな声で呟いた。

「なるほど。今までバトルなんてした事の無いアゲハが突然大会に出たいなんて言うのはそう言った理由が……」

「べっ、別に理由なんて無いんだから!」

 アゲハの顔が少し赤面していたように感じ取れた。

「わかったわかった。それじゃあ、アゲハが先に戦う。その間、僕はもう一人の方と戦う。その戦いが終わったら僕が相手をする。良いね?」

「……わかったわ」

 少々不満そうなアゲハだったが、兄には逆らえないのだろう。

「何だよ、俺を倒すまでが時間制限みたいに言いやがって! ニーナ、あの野郎に一泡吹かせてやろうぜ!」

「あら、珍しくマスターと意見が合いましてよ。」

「それじゃあ初めよう、最後のバトルを……」

『『ライド・オン!!』』

 四人は一斉にライドする。

 気づけばそこは今まで見た事の無いフィールドだった。乾いた砂の様な色の壁と柱に囲まれた、円形闘技場。それはまさにローマのコロッセウムだ。

「それじゃあ宏彦、俺はあの若社長の野郎をぶっ飛ばしてくるからよ!」

「わかった。でも、無理はするなよ? チーム戦なんだからな」

「無理なんてするもんか。それじゃあ、お前も頑張れよ」

 そう言うと俊輔が動かすニーナは跳躍しローザへと向かって行った。

「今度は……負けないわ!」

 すぐに声がした方を見ると、パラソル型の槍で突撃してくる黒姫の姿があった。

前回、アゲハの扱う黒姫と戦った時も初手は槍の突撃だった。

 その突撃は赤城 輝春の神姫、ガブリーヌのジークと比べると、キレがあった。

 真っ直ぐ迷いの無いそれは、まるで的に吸い込まれる矢の様に。

 だが、その突撃をティアは小剣で受け流し、横へと回避する。

「真っ直ぐ過ぎるぜ! それじゃあ前と変わらなっ……」

 その時だった。

 通り過ぎたかと思った黒姫はブラックパラソルの柄の部分を変形させライフルとして使用できるようにした。すぐにティアへと狙いを定め弾丸を放つ。

「なるほど……。でもっ!」

 宏彦は落ち着いた声で呟く。

 ティアは後ろを振り向かず、再び回避行動を取った。

 そして着地と同時に小剣を後ろへと振り抜く。刹那、重い衝撃がティアの右手を伝わる。

 槍の突撃からライフルでの射撃までは牽制。本命の攻撃は背後から近接技を行うと踏んでいた。それでいて、正確過ぎる黒姫の突き。だからこそ予測ができ槍の突撃を止める事ができたのだ。

「その攻撃パターンは知っていた」

 今まで何度も見て来た牽制攻撃から、回避先に攻撃を仕掛ける戦法。同時に学んだ事もある。

「ここなのっ!」

 ティアはナイフの装着されたリストパーツ、ウィッディーツインを空いた左手だけに装着させ、そのまま黒姫を突き刺す。

 否、突き刺したつもりだった。

 手応えは感じられなかった。突き刺したと思った黒姫は無数の黒い蝶となり舞い散った。

「幻影!? 神姫ってそんな事も……っ!」

 気づくと四方八方、黒姫の槍がティアの方へ刃先を向け空中を浮遊していた。

「なんじゃこりゃああ!!」

「おにぃたん!!」

 ティア目掛けて一斉に飛来する傘型の槍は正に黒い雨だった。

 槍の雨は次々と砂色の地面に突き刺刺さり、轟音と同時に地面の欠片を大量に巻き上げた。

 巻き上げられた小石と砂は地面へと落下し、パラパラと乾いた音を奏でる。

「今回は正確性に囚われないでランダムに攻撃してみたわ。これならちょっとした動きでは避けられないでしょう?」

 どういった原理なのか、パラソルを開いた黒姫が空中をフワフワと漂っていた。

 やがて視界がハッキリすると、辺り一体全ての槍が地面へと刺さるだけで、ティアの姿は無かった。

「どういう事……」

 さすがの黒姫も、目の前の状況に驚いている様だった。

「まさか、この攻撃を全て回避したとでも言うの!?」

「アタリ……なの!」

 遠くの方から物凄い速さで近づいて来たティアの声に黒姫はブラックパラソルを閉じる。浮力を失ったのか急降下する黒姫。ティアの攻撃は空を切るだけの空振りに終わった。

「もちょっとだったのに!」

 お互いに着地し、一定の距離を取った。

「……それが、あなたのクロス・フォースなのね」

 黒姫の言う通りで、ティアはエメラルドグリーンのオーラを纏っていた。

 クロス・フォースの力を使い、移動速度を上昇させ槍の雨を回避したのだ。

「能力は移動速度と回避力アップ。と言った所ね」

 黒姫がクロス・フォースという名前を知っている事に違和感を感じる宏彦だったが、今はそれど頃ではなかった。

「それじゃあ、こんなのはどうかしら?」

 そう言うと黒姫は身に着けるゴスロリ衣装のスカートをたくし上げた。

 すると、中から黒い折り畳み傘がいくつも出てきた。

 その傘は一定の所まで落下したかと思いきや、ふわりと上昇し空中を漂った。

 傘は全部で八本。綺麗な円を描きながら黒姫の周りで待機しているのは自立可動型ビットの類いだろう。

 ビットと言えば、使用神姫の援護射撃が主だ。攻撃の合間合間に射撃を差し込み、相手の攻撃を妨害する等と厄介な武器だ。

 しかし、空中に漂うビットを操作するのは神姫自体だ。操作には相当の演算能力を必要とする。その為、使ったとしてもビットは二機程度。多くても四機だ。

 それ以上になると、神姫の行動に支障が出る。

 つまり、通常より倍のビットを使用する黒姫の演算能力は単純に考えて、普通の神姫の倍と言う事になる。

「厄介だな……」

 宏彦が呟いたのと同時に黒姫は右腕を上げる。

「行って……」

 黒姫の掛け声で傘型ビットは動き出す。

 不規則に攻撃してくるビット。合間に槍で攻める黒姫。クロス・フォースを発動し回避に専念しなければ槍に突かれるか、ビットに撃ち抜かれる。いずれも後の大打撃は目に見えていた。

「あれ?」

 しかし、一つ気付いた事がある。攻撃してくるのは四機のみ。残りの四機は黒姫の後ろに追従しているだけだった。

「もしかしたら……ティア! ハンドガンだ!」

「わ、わかったのなの!」

 ティアの右手にハンドガンを出現させ、黒姫に向けて撃つ。

「甘いわ」

 黒姫の周りに漂っていた傘型ビットの一つが開きティアの放った弾丸をはじき返した。

「このシールドビットはどんな攻撃も通さない。もう、あなた達の攻撃は私に届かない」

「でも攻撃の手が止んでるぜ」

 そう。シールドを展開してからは、ビットの攻撃はピタリと止まっている。

「つまり、そのビットは、攻撃か防御、どちらかしかできない。そうだろ?」

「流石……と言いたい所だけど、このままだと、あなたの相方は私のお兄様にやられてしまうわよ?」

「そうかもしれないな。けど!」

 ティアは走り出した。黒姫の周りを高速で、円を描くように移動しながらハンドガンを撃ち続けた。

「無駄よ」

 四機のシールドビットが展開し、黒姫の四方を覆った。

 ティアの放つ弾丸は虚しくはじかれるのみ。しかしその足を止める事は無い。徐々にスピードが乗って来たのか、ティアの走った所は砂埃が舞い上がり始め、次第に巨大な竜巻を作り上げた。

「何を企んでいるかは知らないけど、このシールドを貫く事はできないわ」

 ティアの弾丸をはじき続けていた時だった。

 突然砂埃の竜巻が弱々しくなっていく。同時に射撃の移動速度にも衰えが見えた。

「どうやらエネルギー切れのようね?」

 クロス・フォースも無限に使えるわけでは無い。それ相応のエネルギーを消費する。

 砂埃の竜巻が消えかかったその時だった。

「やああああああああっ!」

「なっ!? 上っ!?」

 黒姫は声のする真上を向くと、そこには今にも小剣で斬りかかろうとするエメラルドグリーンのオーラを纏ったティアの姿。

 黒姫は回避しようとしたが、自身の周りに展開されたシールドビットのせいで身動きが取れない。真っ直ぐ振り下ろされるティアの小剣キレールォは黒姫のボディーを切り裂く。

 振り下ろされた小剣の衝撃は、周りに浮遊していたシールドごと黒姫を吹き飛ばした。

「くっ! 何故上から……回りながら射撃していたのでは……っ!」

 砂埃の竜巻が完全に消え、現れた物を見た黒姫は〝してやられた〟と言いたそうな表情をしていた。

「プチマスィーン……」

 プチマシーンではなく、正式名称がプチマスィーンと言う支援型ビット。簡易的な浮遊台座と小型砲台。その上に、ちょこんと乗っかる小さな白い猫の様な生き物。ティア等のケモテック製神姫に装備される事が多いビットだ。

 性能としては通常のビットより若干劣る性能だが、その分必要演算性能も少なくて済む。

「竜巻の風に乗せて移動速度をカモフラージュしたのね」

 プチマスィーンの移動速度はお世辞にも速いとは言えない。だが竜巻の風に乗り、移動速度を得たおかげでティアの代役を演じる事ができた。

「そう。そして展開中のシールドビットの弱点、頭上からの攻撃をした」

 砂埃で目隠しができたのは運が良かったと言える。地面が乾いた砂だった事が有利に働いたのだ。

「やっぱり強いわね……でも、勝負はこれからっ!」

 黒姫がそう叫んだその時だった。

「そこまでです!」

 バトルフィールドに響き渡る声。その声にティアと黒姫は動きを止め振り返る。そこには所々に蒼色のクリスタルがはめ込まれた深紅のアーマーに身を包む神姫。アゲハの兄、黒羽 柳の操るエリスが立っていた。

「俊輔!」

「ニーナ!」

 宏彦とティアが同時に叫んだ。エリスのリアに装備された巨大な服腕がボロボロのニーナを担いでいたからだ。

「わりぃ宏彦、負けちまった……あいつの強さ、半端じゃねぇ」

 黒姫にやっとの事で一撃を与える間に、エリスはニーナを完膚無きまでに叩きのめしていたのだ。

「約束だ。アゲハ、黒姫を引かせるんだ」

「……はい」

 アゲハは渋々黒姫を下がらせた。

「さあ、始めましょう? 楽しいワルツを」

 エリスはそう言うと服腕で抱えていたニーナを雑に投げ捨てた。

「許さないの……ニーナを、いじめた!」

 ティアは小剣を構えるとエリスに向かい駆け出した。

 相手の出方を見ている暇は無い。ティアのクロス・フォースがいつまでもつか分からない。少なくとも長期戦になれば不利になるのは目に見えていた。

「たぁぁっ!!」

 ティアの攻撃が命中するすんでの所でエリスは視界から消え去った。

「なっ! 予備動作も無しに!?」

 それは黒姫の残像とも違う回避方法だった。

「ふふっ。こっちですよ?」

 振り向くと、そこには持ち手の両サイドに蒼色のクリスタルの大きな刃が取り付けられたダブルブレードのジークフリートを振りかざすエリスの姿がそこにはあった。

「くっ!」

 クロス・フォースの恩恵もあり、間一髪の所でダブルブレードを小剣で受け止めた。

 その一撃は、今まで受け止めた事のある大剣やハンマーと比べると重みが無いのは、持ち手が中心にあり、ブレードが左右に装着されているのが、若干の扱い辛さを出しているからだろう。

 それでも、その大きなブレードは一撃の強さを安易に想像させる。さらに二つのブレードは連続攻撃も可能としているだろう。

「ティア!」

 ダブルブレードをはじき返し、高速移動でエリスの背後を取り反撃を入れる。

 が、先程と同様、いとも容易く回避されてしまう。

「やはり本気のバトルは楽しいですね」

 エリスは後方の遥か向こうに立っていた。

「全然攻撃が当たらないの」

「一体どんなトリックだよ……」

 予備動作無しの回避だか、エリスはクロス・フォースのオーラをまだ纏ってはいない様だ。つまりこれは神姫自体の性能か、操るマスターの実力。或いは両方かもしれない。

「でも、楽しい時間は必ず終わってしまうもの……だから、行きますよ!」

 突然エリスの首元が青白く輝き出し、それに続いて武装にはめ込まれたクリスタルも発光し始めた。

 あの輝きは間違い無くクロス・フォースだと感じ取れた。

 エリスは手に持ったダブルブレードをリアパーツに装備された副腕に持たせる。そして空いた手にはダブルナイフのラーズグリーズを出現させた。

「ティア! 来るぞ!」

 エリスは姿勢を低くしたかと思うと、凄まじい速度で真っ直ぐな突撃を開始した。

「ティア!」

 後ろへ移動しながらハンドガンで迎撃を試みた。動きを止められるとは思ってはいない。せめて足止めさえできればと考えていた。

 だが、その弾丸はエリスへ当たる直前、何か見えない壁でもあるかのように弾かれていた。

「あれは……もしかしてルートレールアクション!?」

 レールアクションとは、神姫毎に決められた必殺技であったり、武器によって変わる特殊な技がある。それとは別に、どの武器や神姫でも使う事ができる移動のみのレールアクションが存在する。それがルートレールアクションだ。発動と同時に、レールに乗っているかのような正確かつ高速で移動する。

 そして真っ直ぐ相手に突撃するレールアクションも存在する。それは相手の射撃をオートでガードする特殊効果がある。

「ティア! 射撃はダメだ! 近接で応戦しよう!」

「わかったの!」

 ハンドガンの使用を中止し、新しく両手にウィンディツインズを装備しブレードを展開。

 後退も止めてエリスの方を向き対峙する。

「ティア、タイミングが重要だからな」

 エリスとの距離がみるみる狭まってくる。

「……今!!」

 刹那、お互いのナイフ同士がぶつかり合った。

「くっ! 重い……」

 同じダブルナイフとは思えない程のパワー。

「良いです! とっても良いですよ!」

 エリスは叫んだかと思うと突然視界から姿を消し。

「ひゃんっ!」

 背後からの衝撃。ティアは背中を斬られる。

「またレールアクションかよ!」

 ティアは地面に手をつき受け身をとりエリスの方をみる。

 だがその直後、再び視界から姿を眩ませる。

「ティア! 後ろだ!」

 予想通り、背後に回ってきたエリスがダブルナイフで切りかかって来ていた。

 それをウィンディツインズで受ける。が、先程とは違い真っ向から受けるのでは無く受け流し衝撃を緩和した。

「なるほど、やりますね。それでは、これはどうです!」

 エリスは続け様にダブルナイフで追撃を開始。

 息もつかせぬナイフを用いた連続斬りを行う様は正に鬼神の如く。

 しかしティアも負けじとブレードではじき応戦する。

「良いです! 良いです! 良いです! 待ち望んでいただけの事はあります! ずっと我慢してきた! ずっと戦いたかった!!」

「どうしてそこまでティアに執着する!?」

「マスターの……為……あの日、ゲームセンターで見かけた時から……」

「え??」

「終わりにしましょう」

 エリスの姿が再び消え失せる。

「くっ! レールアクションの発動頻度が多過ぎる!」

 おそらく、エリスのクロス・フォースはレールアクションを無尽蔵に発動できる事だろうと推測した時だった。

「こっちですよ?」

 その声は頭上からだった。見るとエリスの副腕が持つダブルブレードを構えていた。

「ヤバイ!」

 とっさにガード体制に入る。

「行きますよ!!」

 エリスは体を少し捻じったかと思うと副腕のダブルブレードを前に構え、高速回転をかけながらの落下攻撃。ダブルブレードのレールアクションだ。

 左右に装着された蒼いクリスタルの刃と回転により凄まじい連続攻撃を生み出す。

「うっ……くぅ……」

 ガードをしたは良いものの、並外れな連続攻撃に体制を崩すティア。

「う……あああぁっ!」

 ガードは崩されダブルブレードの連撃がティアを襲う。

 圧倒的な力の前にティアは力無く地面へ倒れこむ。

「ティアっ!」

「これで幕引きです」

 エリスのスカートアーマーが変形し、二つの巨大な鋏へと変貌した。

「シザース・ガリアス・ドミニオール……」

 エリスのアーマーに装着された蒼いクリスタルと、その身に纏っているオーラが一層輝きを増す。

 次の瞬間、エリスの大型鋏がティアを挟み込み、切り刻み、引き裂き、投げ飛ばす。

「っちっくしょおぉぅ!」

 宏彦の眼前には〝YOU LOOS〟の文字が浮かび上がっていた。

 

 

 全てのバトルが無事終了し、再び参加者がホールへと集められる。

 演説台には、先のオフィスレディーがマイクを持ち立っていた。

「それでは表彰式を行いたいと思います……が、その前に副社長から一言あるようてす」

「勝てた方も、そうで無い方も、本日は楽しんで頂けたでしょうか? 優勝したのが主催である私と言うのはどうかと思うかもしれません。ですが、お互い全力を出し、正々堂々バトルするのが礼儀だと私は考えます。よって、全力で戦ってくれた御剣宏彦君と和田俊輔君には感謝の気持ちも込め、特別な武装をプレゼントしたい。ハルカさん、あれを」

 どうやら進行役をこなしている、受付にいたオフィスレディーの名前はハルカと言うようだ。

 ハルカは無言で頷くと、小さな箱を黒羽 柳に渡した。

「二人とも、こっちに来てもらえないだろうか?」

 整列している人達を掻き分け、言われた通りに黒羽 柳の元へと行き着いた宏彦と俊輔。

「この武装を、君達の神姫へ贈呈したい」

 黒羽 柳は、小さな箱の蓋をゆっくりと開ける。その中には鞘に収まった、西洋で使われていた物を連想させる真っ直ぐな剣。そしてもう一つは、神姫を覆い尽くしてしまいそうなくらいに大きく、分厚い盾だった。

「優勝チームに渡す予定だった物だ。どちらも我が社の未公開商品のプロトタイプだ。好きな方を持って行ってくれ。剣タイプはゼロ・インフィニティー。そして大盾はシルバー・ゲットオーバーと言う。両方とも父が付けた名だがね」

「剣と盾か……俊輔はどっちが良い?」

「それじゃあ俺、盾で良いか? 宏彦は苗字に〝剣〟って文字入ってるから、そっちの方が良いだろ?」

「ダジャレかよ……」

「まぁ良いじゃんか。ニーナ」

 俊輔はニーナを大盾の前に立たせた。

「ったく……わかったよ。ティア」

 同じくティアも剣の前に立つ。

「まだ開発途中な所もあるからね。使う機会があったら是非使い心地を教えてほしい。それじゃ、受け取ってくれ」

ティアとニーナは同時にそれを持ち上げる。

「お、重すぎ……でしてよ」

 両手で、どうにか持ち上げられるくらい、神姫には重たいようだ。

 戦況がめまぐるしく変わるようなバトルで両手が塞がるシールドというのは使い勝手が悪い可能性がある。

 ティアの持った剣は重いといった事は無く。問題無く片手で持ち上げていた。が、鞘から剣を抜こうとしたときだった。それは引き抜くと言うより、ポロリと抜けた感じだった。

 それもそのはず。なぜならその剣に刃がついていなかったのだから。

「おいおい、盾の方はまだしも、この剣、明らかに不良品じゃねーか!」

 俊輔が柳に向かって声を張った。

「プロトタイプなので完璧とは言えない。だがどちらも使う事は可能だ」

 対し柳は平然と答えた。

「それと、その武装の制作は私の父だ。本来の性能がわからないまま父は海外に行ってしまってね。だから正しい使い方が判明したら教えてほしいんだ」

「えっでも、それってこの武装、凄く大事な物なんじゃ……」

「心配には及ばない。設計図はちゃんと保管してあるし、このプロジェクトも父が戻るまでは何も進まないんだ。それに、君達とのバトルにはそれだけの価値があった。楽しかったよ。ありがとう」

「そういう事なら……」

「開発の手助けって感じかな?」

 宏彦と俊輔は顔を見合わせた。

「それでは、改めまして、表彰式に入らせていただきます。まずは優勝したチーム…………」

 

 

 閉会式も終わり辺りは僅かに薄暗くなる。四人とその神姫は帰宅する為に駅へと向かっていた。

「最後はまけちまったけど楽しかったよなニーナ」

「そうですわね。いつもと違う方達とのバトルは新鮮でしたわ」

「そう……だね……」

「どしたの、おにぃたん?」

「なんだか煮え切らない表情をしているね」

「うん。最後のバトル、黒羽さんの神姫……えっとエリスが最後に言っていた事が気になって」

「マスターの為のって言っていたやつだろ? 俺たちと戦いたかったんじゃねーの?」

「でも、少なくとも一度は俺達の事を近くで見ていた。いつでもバトルを挑めたはずだ」

「確かに……でも、結果としてバトルしたかったって事なんじゃない? 例えばあの神姫、エリスは正規のゲームセンターだと使えないとか? ほら、遼さんとのバトルで一度暴走してるからとかさ」

「そんなもん……かな?」

 小骨が喉に刺さっているような気分になる宏彦。

「そうだぜ! あんな大きな大会で準優勝だし、武装だって一応貰えた訳だし!」

「エリスはマスターの……為のって言っていた。間に何か言おうとしてたのかなって……確信は無いけど」

「宏彦君、気にしすぎじゃないかな?」

 博が宏彦に向けて言う。

「確かに気にしすぎかもしれないな。忘れよ忘れよ!」

「そうそう。負けたけど最後に楽しんだ奴が勝ちなんだよ!」

 俊輔がそう叫び終わると今度は誰かの腹の虫が辺りに響き渡る。

「マースータァー?」

「ニーナっ! おまっバラすなよ恥ずかしいじゃんか!」

「何をおっしゃりますの? こんなマスターを持ったあたくしの方が恥ずかしくてよ?」

「まぁまぁ時間も時間だし、どうする? せっかくだし、どこかでご飯食べてから帰る?」

「宏彦ナイス提案! よーし皆、夕食探しに行くぞー!」

 そう言うと俊輔は当ても無しに歩き始めた。

「ちょっと俊輔君! 僕、親に夕飯食べて来るとか言って無いんだけど!」

 俊輔を追いかけ博も行ってしまった。

「ハハハ。メールでも電話でもすれば良いじゃないか」

「家庭には色々ある物だよ宏彦君。僕たちも行こう。二人を見失ったら大変だよ」

 三人は俊輔を追いかけ夕焼けの中を駆けるのだった。

 



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失踪と潜入
12話


 大会が終わり一週間がたった日曜日。これと言った事件も起きず、平和な日々を過ごしていた。それと同時に、神姫バトルもあれからやっていない。勿論、大会で貰った景品は一度も使用していない。

 そう言った訳で、今日はゲームセンターで俊輔と待ち合わせ、久しぶりに神姫バトルをする事になっている。

「あれから一週間経つんだよな。アゲハちゃんとか今何してるのかな?」

「またクーちゃんに会えるかな?」

 例のごとく自転車の籠にしがみつくティア。

「そうだな……連絡してみ……」

「どしたの? お電話しないの?」

 ティアは不思議そうに宏彦を見つめる。

「いや、よく考えたら俺、女の子と電話とかした事無い……そう考えると何か緊張してきた……」

「おにぃたん、もしかして……すきな」

「アーっ! 待て待てそれ以上言わなくて良い! 大丈夫だから!」

「むーっ」

 台詞を途中で遮られたのが不満なのか少々不機嫌そうだった。

「ごめんごめん。ちょっと喉乾いちゃった。ジュース買ってくるから少し待ってて」

「いってらっさーい」

 笑顔で手を振るティア。どうやらもう機嫌は治ったようだ。

「いや目の前だから自販機」

 自転車を自動販売機の前に停め、小銭を投入する。

「まったく、ティアったら、たまにストレート過ぎるんだから……」

 ティアには聞こえないくらいの小声で呟きながら飲み物を選ぶ。

 自動販売機からジュースを取り出し自転車に跨がる。

「お待たせ。それじゃ行こっ……っ!?」

 世界が止まったかの様に宏彦が凍りつく。手に持った缶ジュースが真っ直ぐ落下し地面に中身をぶちまけた。

「うそ……だろ……?」

 先程まで籠にしがみついていたティアの姿が、そこには無かったのだから。

 

 

「落ち着け! だから落ち着けって!」

「落ち着いていられるか! ティアが盗まれたんだぞ!」

 あの後、すぐに俊輔と合流し今に至る。

「とりあえず博と遼さんに連絡してみよう! 人手が多い事に越したことは無いだろ? 俺は博に連絡してみるから」

「わ、わかった」

 ポケットから携帯電話を取り出す。アドレス帳を開き富沢遼の名前を探し出し電話をかける。

 数秒としないうちに繋がりはしたのだが。

『ごめん! 今忙しいんだ! 後にしてくれ! ライラが行方不明なんだ!』

 普段の様子からは想像できない程取り乱しているのが電話越しで伝わってきた。

「えっ!? 遼さんも!?」

『〝も〟って言うことは……?』

「実は俺のティアも今さっき行方不明になって……」

『何だか嫌な予感がする……その場に誰かいるかい?』

「俊輔がいます。あと多分博も来るかと」

『それなら、そっちと合流しよう。場所は?』

「いつものゲーセンです」

『わかった。十分くらいで着くと思うから少し待っててくれ』

 

 

 しばらく待っていると、息を切らせた遼が到着した。それと、ほぼ同時に博も合流する。

「とりあえず皆落ち着いて、話を整理しよう」

 博が冷静に場を仕切る。

「まず、いなくなったのは宏彦君と遼さんの神姫だけだけだね?」

「基本、神姫は無断でマスターの元を離れたり、いなくなる何て事はしない。つまり事件か事故に巻き込まれたか、窃盗の可能性が高いんだ」

 博も走ってきたのか、肩で息をしながら言った。

「やっぱりティアは誰かに盗まれたんだ!」

「それはいつ頃どう言った状況で?」

 博は続けて聞く。

「三十分前くらいに自販機でジュースを買う時の一瞬目を離した隙に……でも周りに誰もいなかったな」

「なるほど。遼さんは?」

「僕は一時間程前、場所は自宅の二階で、トイレから戻ったらいなくなっていた」

「家で、それも二階か。となると、どちらも神姫を使った犯行の可能性があるね」

「神姫を使って悪さをする奴とか許せねぇな!」

 俊輔のいつもの正義感が出ていた。

「それじゃあ神姫ショップに行こうか。僕に良い考えがある」

 博は眼鏡をクイッと持ち上げた。

「神姫ショップに行ってる暇なんかっ!」

 宏彦は博に食ってかかった。

「落ち着いて。これが一番の近道なんだ!」

「……わかった。博を信じる」

「うん。じゃあ急いで行こう。っとその前に、神姫IDは覚えてる?」

 

 

 博の提案で神姫センターへと場所を移した。

「ところで、なんで神姫IDが必要なんだ?」

 俊輔が博に聞いた。

「神姫は高級品。それでいて頻繁に持ち運ぶ物。だから盗難も少なくないし、神姫が迷子になる事もある。だから神姫にはそれぞれGPSが搭載されているんだ」

「なるほど! それならティアとライラの場所がわかる訳だな!」

「でもそれって、わざわざ神姫ショップ来ないとダメなの?」

 宏彦は疑問を投げかけた。

「神姫を使ったストーカー行為防止の為に普通のパソコンじゃできない様になってるんだ」

「つか博はなんでそんなに詳しいんだ? もしかしてストーカーの前科あり?」

「俊輔君は失礼だね! そんな事しないよ!ただ僕の親は全国の神姫ショップを束ねている社長だから、たまたま知ってるだけだよ?」

「社長!? マジで!?」

「あれ? 言ってないっけ?」

「金持ちなんじゃないかと思っていたが、本物の富豪じゃねぇか! なんで今まで隠してたんだよ!」

 今の時代、神姫ショップは全国各地に点在している。それの社長ともなれば収入が悪い訳が無い。

「別に隠してた訳じゃないんだけどね。言うタイミングが無かったといいますか……」

「それじゃ、あの時のスーツ姿の人達は……」

 前に赤城 輝春に逃げられそうになったが、黒スーツの男達が捕らえてくれた時の事だ。

「あれはうちで働いてるボディーカードの人達。僕のじゃなくて親のだけど、数人借りてきたんだよ」

 そこまで説明すると博は店員の方へと向かって行った。

「すみません、この二人の神姫が盗難にあった可能性があるみたいなので〝神姫サーチャー〟使いたいんですけど……」

 おそらく、その名の通りに神姫サーチャーと言う物が神姫を探す物なのだろう。

「わかりました。結果を警察に届け出しますか?」

「いえ、二人とも確信は無いみたいなんで一応見るだけで」

「そうですか。それではお二人はこちらの機械にIDを入力してください」

 そう言われ、二台の小さなノートパソコンのような物を出して来た。これが神姫サーチャーという物なのだろう。

 電源を入れるとIDを入力する画面が映し出される。

 宏彦と遼はそれぞれIDを神姫サーチャーに入力していき、決定キーを押すと地図と検索中の文字が表示された。

 しばらく待つと、ピコンと軽快な音と共に地図上に赤い点で居場所を表示した。

 その赤い点が示す場所を見て宏彦と俊輔は顔を見合わせる。

「ここって……」

「なんだか、きな臭くなってきたね……」

 二台の神姫サーチャーは、両方とも先週行った〝グランドアーツ〟を指していた。

 

 

「間違いねぇ! 柳の野郎が宏彦と遼さんの神姫を盗んだんだ!」

「でも、何の為に?」

 博は疑問に思っているようだが、宏彦はある仮説を立てていた。

 黒羽 柳の神姫であるエリス。遼のライラ。そしてティア。共通する点はと言うと〝クロス・フォース〟だ。

 そして思い出す。先週の大会でエリスが最後に言った言葉。

「マスターの……野望の……為?」

「宏彦?」

「多分、柳さんはティア達を使って何かをしようとしているのかも……」

「何かってなんだよ?」

「わからない……。でも嫌な予感がする」

「急ごう。ライラとティアが心配だ」

 遼の一言で四人は走り出した。

 神姫を救う為、黒羽 柳のがいるであろうグランドアーツへと向かうのだった。

 

 

 日もすっかり沈み、外は既に暗くなっていた。時間で言うと、残業が無ければ社員は既に帰宅し始めているだろう。

「だからっ! 黒羽 柳の野郎に合わせてくれって言ってんだよ!」

 先週と同じオフィスレディーのハルカに大声で怒鳴る俊輔。

「何度も申し上げていますが、アポイントを取って頂かない事にはここを通す訳にはまいりません」

 まるで鉄の仮面でも被っているのか、表情一つ変えないハルカ。その彼女の対応が気に食わないのか、俊輔は当事者の宏彦や遼よりも一層怒りを表に出している。

「もう良いよ俊輔君。何回言っても無駄みたいだ。日を改めよう」

「ざっけんな! 宏彦と遼さんの神姫ぐぇっ!」

「いいからっ!」

 博は俊輔の襟を無理やり掴み、引きずる様に外へ出て行った。

「ゲホッ! 何て事しやがる」

「僕に作戦がある。正面突破が無理なら裏から行くしかない」

「けどよ博、場所わかるのかよ? それに裏口って言ったって普通カギがかかってるだろ?」

「場所はこの前の大会の時にたまたま見つけたんだ」

「早く来すぎたから博君と二人で散歩がてら回っていたんだよ。でもその時は確かにカギがかかっていた」

「そう。遼さんと裏口を発見した。当然その扉は開かない。けど僕にはそれをどうにかできるかもしれない」

「わかった。案内してくれ」

 裏口の場所を知らない宏彦と俊輔は博と遼について行く。正面の入り口から見ると、丁度真裏に当たる場所にその扉はあった。おそらく非常口等に使うのであろうぶ厚そうな扉が。

 その扉に俊輔は手をかけ、ドアノブを回そうとする。しかしそれはピクリとも動かない。

「ダメだ。やっぱりカギがかかってる。どうするんだよ博?」

「まぁ見てて。マリンカ!」

 博は鞄からマリンカを取り出した。

「はっ! 了解であります!」

「神姫で……マリンカでどうするつもりだ? もしかして扉ごとぶち壊すのか!?」

「まさか。そんな事はしないよ。内側から開けて貰うのさ。この扉は〝電子ロック〟でカギがかかってるんだ」

 博は扉の側にある電子機器を指差した。それにはICカードをかざすパネルと、暗証番号を入力するボタンが付いていた。

「それってもしかして……ハッキングするのかい!?」

 博の作戦を聞き遼は驚いた。

「すげぇ! 博の神姫はそんな事もできるのかよ!」

「だめだ博君! そんな事をしたら、きみの神姫はっ……」

「わかってる。ハッキングプログラムは違法ツール。神姫にインストールした時点で保証対象外になる」

「それってつまり……」

 今までテンションが上がっていた俊輔が急に静かになる。

「修理に出したりできなくなるね。でも覚悟はできてる。だからここに来る途中にインストールしておいた」

「なにもそこまで……」

 宏彦は小さく呟いた。

「僕はね、決めたんだ。友達が困っている時、今度は手助けをしようってね」

「博……」

「そんなに思い詰めないでよ。僕の親は神姫ショップの社長だよ? ちょとした修理くらいなら何とかできるよ」

 博はニッコリと笑う。

「僕はあの時、俊輔君が困っていたのに逃げ出した。もし失敗したらって思って、怖くなった」

 あの時……俊輔が武装の全てを赤城輝春に取られた時のことだ。

「だから今度は逃げない! 失敗なんて恐れない! 僕は友人と、マリンカを信じるんだ!」

「では、行くであります!」

 マリンカは端末機器に飛び乗った。

「アクセス!!」

 マリンカが端末機器にてを当てがうと小さな稲妻がはじける。

「中々優秀なセキュリティーであります! しかしこのハッキングプログラムならばっ! ……ICセキュリティー解除! パスコード0983!」

 博はパスコードを入力すると扉の鍵が解除される音が響いた。

 俊輔が再びドアノブに手をかけると、すんなり扉が開いた。

「すげぇ。本当に開けちゃったよ」

「よし! 行こう!」

 宏彦の一声で四人はグランドアーツへと乗り込む。

 時間帯のせいか、社員の気配は感じ取れなかった。

「入れたのは良いけど、どこに行けば良いんだよ」

 神姫サーチャーでも施設内の場所まではわからなかったのだ。

「だいたいこういう展開だと選択肢は二つ」

 走りながら博は眼鏡をクイッと持ち上げる。

「て、展開? 選択肢?」

 俊輔が困惑しているのを無視し博は続けた。

「一つはその施設やビルの一番上の階。もう一つは一番下の階」

「なるほど! アニメで言うラスボス展開か!」

「そう。だからここは二手に分かれて……」

「まって!」

 博の案を遮ったのは宏彦だった。

「こうゆう場合、アニメ基準だと一番上とか屋上は格闘バトル物が多いし、向こうが待ち構えてる状況だと思う。そして一番下は世界を左右するような実験とかをしている研究室だと思う」

「な、なるほど?」

「黒羽 柳さんは三体のクロス・フォース神姫を集めて何かをしようとしている。つまり可能性からすると、地下の方が高いと思うんだ」

「でも地下なんてあったっけ? 前に来た時、エレベーターは一階から十八階までだったぜ? 社内マップにも地下は無かったけど……」

「発言の許可を頂きたいであります!」

 マリンカが珍しく会話に入ってきた。

「いいよ。何? マリンカ。」

「はっ! 先程ハッキングした際、一緒に、会社全体の構図も調べていたであります!」

「本当!?」

「はっ! この建物には確かに地下が存在するであります。それもかなりの規模で、その部屋へ行くのも隠し通路を通る事が判明しているであります」

「それで、その隠し通路の場所は分かったの?」

「案内するであります!」

「でかした! さすが博の神姫だ!」

 俊輔が褒めるとマリンカは少し照れ臭そうに髪の毛をかいていた。

「お褒めの言葉をいただき、光栄であります。っと、次の角を右へ、その先三つ目の部屋に地下へ行く階段が隠されているであります!」

「この部屋か。中に誰かいたらお終いだよなぁ……」

 俊輔が呟く。だが妙な事に、ここに来るまでに誰一人として通る事もなく、まるで誘い込まれている様な気分になる。

「ここまで来たら後戻りなんて出来ない!」

 宏彦は覚悟を決め、思いっきり扉を開いた。

「誰も……いない……?」

 そこには大きな机とソファー。それに観葉植物があるだけの地味な部屋だった。

「来客室かな……この部屋のどこかに隠し通路があると?」

 遼が呟くと他の三人は辺りを調べ始めていた。

「どこかにスイッチでもあるのかな?」

「ソファーの下に隠してあるとか?」

 宏彦と博はそう呟きながら探していると。

「大きな部屋でもないんだから片っ端から調べりゃ良いだろ」

 俊輔はそう言うと観葉植物に手をかけ、持ち上げたその時だった。カチリと言う音がしたかと思うと近くの床が静かに動き、下へと続く階段が現れた。

「な?」

 得意げに言う俊輔はそっと観葉植物を元の場所に置いた。

「何が、な? ですのよ。たまたまではなくて?」

 即座に突っ込みを入れるニーナだった。

「うん。たまたまだ」

「そう、堂々と言われると逆に清々しくってよ……」

 呆れるニーナ。はぁ、と、ため息をつく。

「そうだろそうだろ?」

「褒めていなくってよ」

 冗談を交えつつ、一行は暗い階段を降りて行った。

 下へ進めば進むほど、辺りは闇に蝕まれていく。

 宏彦が明かりを灯そうと携帯電話を取り出そうとした丁度その時だった。独りでに蛍光灯が光をともし、真っ暗だった階段の全貌を照らす。一番奥には一つの扉が見えた。

「やっぱり、誘われてるのかな……」

 遼は小声で呟くが、狭い通路だ。声が反響してよく聞こえる。

「例え誘い込まれているのだとしても、俺達はもう止まれない。絶対にティアを助け出す!」

 宏彦は小走り気味で明るくなった階段を駆け下りた。

「待って! 単独行動は危険だよ!」

 博が叫ぶのと同時にドアノブを回し、扉を開ける。刹那、小さな物体がヒュンっと風を切る音が宏彦の耳に届く。ソレは頬に真っ直ぐな切り傷を作った。そこから伸びる一筋の生温かい血が頬を伝った。

「いってえ!」

 咄嗟に下がり壁の陰に隠れた。

「宏彦君!? 大丈夫!?」

 宏彦を心配し駆け寄って来た博はハンカチを取り出し流れ出た血を拭き取った。

「ありがとう。大丈夫。傷は深くなさそうだし、血はもう止まったみたいだ」

 大事に至らずホッと胸を撫で下ろす博。

「そう……良かった。でも今のはいったい……」

「恐らく、砲台型神姫、フォートブラッグの長距離砲撃かと思われるであります!」

「という事はこっちの道で正解なんだな。さて、どうしたものか」

 宏彦が部屋へ入ろうとした瞬間に砲撃された。つまりは侵入者を排除する役目なのだろう。

「でも近くにマスターの気配は無いな」

「多分、完全自立のスリーパー神姫なんだよ。簡単な命令だけを遂行する。射程圏内に入った侵入者を攻撃する。それ以外はずっとスリープ状態で待機してるんだと思う」

 博の予想が当たっているのか追撃して来る様子は無かった。

「でもどうするんだよ? これ以上進めないって事か?」

 恐らく対人用の装備だ。神姫の攻撃とは言え、当たり所が悪ければ最悪の事態を招く。

「それに多分、神姫は一体じゃない。単純な命令しか実行していないとすれば、神姫自体の数が多いと考えて良いと思う」

「それじゃあ、この部屋に入ったら蜂の巣なんじゃ……」

 しばしの沈黙の後、博が口を開いた。

「僕が囮になる」

「ざっけんな! そこまで体張る必要無いだろ!? ただでさえ神姫を保証対象外にしてんのに!」

 余りの自己犠牲に苛立ったのか俊輔は博に対して怒声を飛ばす。

「大丈夫。僕だって撃たれたく無いよ。痛いのは嫌いだからね」

「でもよ……」

「まず僕が部屋に入る。僕を狙う神姫をマリンカが撃って倒す。その隙に三人は向こう側の扉の先に行く。オートコンバット神姫の狙いは正確でも追跡性能はさほど高くないんだよ。だから動き続ければ……」

「だめだ! 危険すぎる!」

 遼も首を縦には振らない。

「……わかった。博と、マリンカを信じる」

「宏彦っ!」

 一人だけ賛成する宏彦に驚く俊輔。

「ただし約束してくれ。絶対死ぬな。ヤバイと思ったら無様でも良いから逃げてくれ」

「元よりそのつもりだよ」

 博の瞳は自信に満ち溢れていた。

「五秒数えて。ゼロになったら三人は真っ直ぐ扉を目指して。マリンカも準備は良い?」

「はっ! 無論であります!」

 博は顔を半分だけ出し部屋を覗いた。

「うん。遮蔽物になりそうな物はあるね」

 部屋は射線を遮れそうな真っ白な机と、十年以上前に使われていたであろう旧式のパソコンが置かれていた。

「マリンカ、敵の数は?」

 続いてマリンカも部屋の様子を伺った。

「はっ! アイ・スコープをサーマルイメージャーに切り替えるであります!」

 マリンカの目が赤くなる。神姫の発する熱を探知し、場所と数を壁越しに特定しようとしているのだ。

 しかし、それでも姿勢等を完璧見透かせるわけでは無い。そこに何かがいる。動いている。その程度しかわからないが、今の状況ではそれですらも有力な情報となる。

「敵戦力、その数は八かと思われるであります!」

「八体か……マリンカ、スナイプ・レールガンで行くよ!」

「了解であります!」

 ビシッと綺麗な敬礼をすると、博の手を借りながら武装を装備していく。

「ゲームとは違って、随分とアナログだな」

 宏彦はマリンカに武装を装着していく博を見ながら呟く。

 ゲームセンターでは光が集まり、一瞬で装備できるが、今はゲームでもなければ遊びでも無い。破損もするし、CSCが破壊されれば機能停止もあり得る。同じ所があるとすれば、それは武装の性能だけだろう。

「でもちょっと待って。確かスナイプ・レールガンって全部で五発だよな? 全部一発で倒しても三発足りないぞ?」

「何を言ってるんだい俊輔君。今はバーチャルじゃ無いんだよ? 制限も無ければルールも無い」

「つまり?」

「隙をみてリロードする」

「お前……呆れを通りこして尊敬するよ」

 武装の装着ですらアナログで時間がかかる。それなのに神姫用の射撃武器に弾をこめると言うのだ。

「大丈夫、慣れてるから」

「いや、そういう問題じゃ無いから」

「よし! セットアップ完了。行くよマリンカ! 一発七千円の特殊徹甲弾の威力、しかと味わってもらおう!」

「シカトかよ。てか、え? 何その超高級な弾!?」

 俊輔を無視してマリンカを肩の上に乗せた。

「じゃあ皆、準備は良い? 五……四……三!」

 三で部屋へ飛び込む博。すぐさま数多の銃声が響く。

 だが博の言う通り、弾丸は走り去る博の後方に被弾。地面や壁に小さな弾痕を作るだけだった。

「そこであります!」

 博の肩に乗ったマリンカの武器一体型スナイプ・レールガンが微かに発光。エネルギー充填の完了と共に射出されるプラズマを帯びた弾丸がフォートブラッグCSCに風穴を開けた。

 CSCを撃ち抜かれた神姫は糸の切れた玩具の様に力無く崩れる。

「二……一……今!!」

 博の掛け声で他の三人も部屋へ入り、次の扉目掛けて全力疾走。

「くっそ! この部屋広すぎるだろ!」

 宏彦達の後ろに続く弾痕は、まるで小さな足跡が着いて来る様だった。

「サポートするであります!」

 再びマリンカがスナイプ・レールガンを放ち、二体目のフォートブラッグを静める。

 また一体、また一体と連続して命中させ、残りは四体となった。

「すごい……全部一撃で、しかもただでさえ小さい神姫のCSC部分を正確に当ててる……」

 宏彦が感心していると後ろで博が叫ぶ。

「その扉の先は一本道みたいだから!」

「わかった! 博もちゃんと来いよ!」

 そう返事をした時だった。

「いぃっ!!」

 フォートブラッグの弾丸の一発が博の右足首を貫いた。

「隊長!! ……くっ! リロードが……」

 スナイプ・レールガンは排熱とエネルギー充填を行う為、連射する事ができない。そのタイムロスが博を危険な目にあわせる事になったのだ。

「大丈夫か博!」

 俊輔は振り返り、博の方へ戻ろうとした時だった。

「大丈夫! ちょっと掠めただけだから!」

 とは言ったものの、博は近くの机の陰に力無くもたれ掛かる。

「くそっ! ニーナ! 博とマリンカを守れ!」

 神姫ならば物陰に隠れやすい上に、小さい為撃たれにくい。

「承知いたしましたわ!」

 ニーナは大盾、シルバー・ゲットオーバーを両手で持ち博のいる方へと飛び、向かって行った。

「やっぱりこの盾、重過ぎでしてよっ!」

 いつもの飛行よりも速度が落ちているのは一目瞭然だった。が、神姫一体を覆い隠す程大きな盾は四方八方から飛来する弾丸はニーナへ命中する事はない。

「援護しましてよ! さあ、今のうちに体制を!」

 やっとの事で博の元へたどり着いたニーナ。足を撃たれ動けなくなった博の周りを飛び回り弾丸を防いでいく。

「ありがとうニーナ。……っ!」

 博は持っていたハンカチを撃たれた場所に巻きつけ応急手当てをする。

 同時に博の左肩を一発の弾丸がかすめ、服の一部が持って行かれた。

「隊長を、これ以上負傷させないであります!」

 最後の一発を撃ち、博に狙いを定めていたフォートブラッグを倒す。

 その後、すぐに博の手元へと来たマリンカ。

 それを見た博は手慣れた手付きで特殊徹甲弾を装填していく。

「残り二体……ニーナ、ありがとう。この場は僕とマリンカで何とかする。だから俊輔君達と一緒に行って」

「ご協力感謝するでありますニーナ一等兵!」

 弾丸の装填が完了すると、マリンカは残りの二体を倒しに行ってしまった。

「あたくし、いつの間に階級が付いたんですの? あと、一等兵ってかなり下ではなくて!?」

 同刻、俊輔達が扉を開き転がり込んだ。

「ニーナっ!」

「了解いたしましたわ!」

 再び大盾を持ち上げ、俊輔の元へと帰還する。

「無事かニーナ!? 撃たれた所とか無いか!?」

「問題無くってよ。それより先を急ぎますわよ?」

「そうだな。すまねぇ博。後でちゃんと合流すんだぞ!」

「僕の事は気にしないで先に行って! ここは僕達で平気だから!」

「今更死亡フラグ立てんな!」

 俊輔がそう言うと博とマリンカを残し、三人とニーナは次の部屋へと向かった。

 

 

「騒がしいな……あと少しで完成すると言うのに」

 薄暗い部屋のモニター前にいる男は、あの黒羽の兄。黒羽 柳だ。

「……どうやら侵入者のようです。お兄様」

 その後ろで立っているのは妹のアゲハだった。

「わかっている。どうせ御剣宏彦君達だろう?」

「……」

「まぁ良い。アゲハ、迎撃部隊の増援を出しておけ」

「わかりました……」

「あと最後にもう一つ、お前に仕事を言い渡す。できるな?」

「……はい。お兄様」

 



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信頼できるパートナー
13話


「くっ! 増援が来るだなんてっ!」

 先ほどマリンカが残りの三体を倒したのだが、同時に新しく八体のフォートブラッグが投入されたのだ。

 狙撃ポイントを取られる前にスナイプ・レールガンの、残り二発を撃ち敵の数を減らす。

 弾を撃ち切ったマリンカは、再び弾丸補充の為に博の元へと舞い戻った。

「残り六体……レールガンの残弾は五発……最後の一体はどうにかしないといけないか」

「補充をよろしく頼むであります!」

「了解。あっつ!」

 弾丸をこめようと武装に触った瞬間、予想以上に高温に驚き一瞬手を離いてしまう。

「これはマズイかも……」

 危機感を抱きながらも高温の武装に我慢しつつ弾を補充していく博。

 スナイプ・レールガンはエネルギーを用いて弾丸を高速射撃する。その特性上、通常の武装より熱を帯びやすい。そもそも連続で十発も撃つような設計はされていない。

 弾の充填が終わるとマリンカはすぐに攻撃を再開した。

「武装の熱量、危険域であります!」

 三発撃った所で銃身周りの景色が熱でゆらゆらと歪み始める。

 しかしそれでも何とか持ちこたえているようだった。

 四発目を撃つと今度は異常な程の白煙を吹き出し始める。

「隊長! これ以上は熱で銃身が溶解するであります!」

「構わない!! 最後の一発を撃ったらすぐに武装を解除して!!」

 残りのフォートブラッグは二体。うち一体に狙いを定め……。

「ラストスナイプであります!!」

 最後の一発を撃ったと同時、あまりの熱量に耐えられなくなり、銃身の先端部分がドロリと溶解し始めた。

 マリンカはそれを見るや否や全武装をパージする。

 今まで銃身と一体化していたマリンカの左腕は炙られた鉄の如く真っ赤になっていた。

 最後の一発も命中させ、見事十五発の全てを敵のCSCを撃ち抜き倒した。しかしまだ一体残っている。

「マリンカ! 飛び込んで!」

 博はそう叫び何かを宙に投げる。

「はっ! 了解であります!」

 マリンカは最後の一体目掛け飛び込み博の投げたソレを掴む。

 右手にあるそれは小さなコンバットナイフだった。

 赤く染まった左手でナイフの刃を握りしめる。

「だあぁぁぁっ!」

 左手の熱がナイフに伝道し、真っ赤になった刃を突き立てる。

 ナイフが敵神姫のCSCを突き刺したかと思われたその時、一発の銃声が静かな部屋に鳴り響いた。

 

 

 先程の扉の先は薄暗く、本当に真っ直ぐで、蛍光灯以外には何もない廊下が続いていた。

「博のやつ大丈夫かな?」

 俊輔が独り言を呟いた。

 博とは離れ、今は宏彦、俊輔、遼。そして俊輔の神姫であるニーナで最深部を目指していた。

「大丈夫だよきっと。さっきまで全弾命中させていたし、一緒に戦ったからわかる。博君達の射撃の腕は相当良いし、何よりセンスがある。たかが自立神姫に引けを取る事は無いよ」

「だと良いんだけど、最後に死亡フラグ立ててきてるからなぁ……」

 その時だった。目の前に真っ白な扉が現れる。

「ここにティアがいるか……?」

 宏彦は、また確認もせずいきなり扉を一気に開いた。

「ティアー! どこだぁー! いたら返事をしてくれぇー!」

 前の部屋と同じくらい広く、机も荷物も何もない真っ白な部屋だった。

 ただただ白い空間が広がるだけのその部屋は今にも頭がおかしくなってしまいそうだった。

「ちょっと宏彦君! そんな大声出して敵にでも見つかったらどうするの!」

 遼は宏彦に警告するが、それは次の瞬間無意味に終わる。

「心配しなくても、あなた達の行動は地下に入って来た時点で分かってていたわ」

 部屋中に響く少女の声。

「誰だ!」

 その声に宏彦は少し苛立ちながら叫んだ。

「あら。誰だなんて少し悲しくなるわね」

 真っ白な部屋に黒い影が一つ。漆黒の衣装にフリルやレースといった服飾。室内だというのに黒い傘を開く小さな体の女の子。

「あ、アゲハちゃん……」

「だから〝ちゃん〟を付けないでって言ってるでしょう!」

 いまだに〝アゲハちゃん〟と呼ばれるのは嫌らしい。

「それよりも、黒羽 柳さんに合わせて欲しい。僕と遼さんの神姫の行方を知っているはずなんだ!」

 それを聞いてアゲハは一瞬で冷静さを取り戻し、落ち着いた声で答える。

「それなら、ここの下の階にいるわよ」

「え? 普通に言っちゃうの? 普通黙ってるものじゃないの?」

 俊輔はキョトンとした表情をしていた。

「言うなとは命令されていないわ」

「それじゃあ悪いけどもう先に行かせてもらうよ」

 歩みを進めようとしたその時だった。牽制なのか足元に複数の弾丸が打ち込まれ宏彦は足を止めた。

「それは無理ね。私はただ時間稼ぎをするように言われているの。エリザ!」

「大丈夫ー。わかってますよー」

 上空から聞こえる、ほんわかとした物腰の神姫が現れた。

 髪は長く薄紫、どこか落ち着いたお姉さんといった雰囲気だった。

 武装は黒羽 柳の神姫、アルトアイネス・ローザのエリスと酷似していた。しかし武装のカラーリングはエリスのそれとは対象的だった。

 エリスのアーマーは赤がメインカラーだったが、目の前にいるエリザは青色のアーマー。そして黄色のクリスタルがはめ込まれている。

「あれは……アルトレーネ・ヴィオラ」

 遼がエリザを見て呟く。

 アルトレーネ・ヴィオラ。アルトアイネス・ローザの対として同時に開発された神姫だ。

「ごめんなさいねー。通す訳にはいかないのー。命令だからー」

 エリザは右手に持ったライフル、ランドグリーズを構えた。

「アゲハちゃんの神姫は……黒姫はどうしたんだよ!」

 宏彦が聞いた。

「……貴方達には関係の無いことだわ」

 ティアの居場所は教えたのに黒姫の場合は言わない事に、どういった意図があるのだろうかと宏彦が考え込んでいる時だった。

「おい、宏彦……」

 俊輔が向こうに聞こえないくらいの小いさな声で話しかけて来た。

「俺とニーナであいつを止める。戦闘になったらその隙に行け!」

「俊輔……お前まで……分かった」

 同じく小声で返答する宏彦。

「よし。ニーナ!」

 今のニーナは先程の大盾を持たないいつも通りの装備だった。

「あらー。ただの神姫一体だけですか!? あら、ごめんなさーい。残り二人の神姫、今はいないんでしたねー」

 明らかに挑発するエリザ。ゆったりとした喋り方の中に黒いトゲが垣間見えた。

「心外ですわね。貴女だって普通の神姫ですわよね?」

「んー正確に言うと違いますねー」

 人差し指を自分の頬に当て、首を傾げるエリザ。

「私はー、世界で初めて、クロス・フォースに類似した力を持つ神姫なのですー」

「クロス・フォースに類似した力ですって!?」

「そうなんですー。天然物とは違った、人工的に作られたクロス・フォース神姫。それの初期型が私でーす」

 おそらくエリザの言う天然物とはティアやライラの事なのだろう。

「柳はクロス・フォース神姫を量産でもするつもりなのか!?」

 遼がエリザに大声で問いかけた。

「んー、正解。でも外れー」

「どういう事だ?」

「クロス・フォース神姫量産は本当の目的の副産物にすぎませーん」

「とにかく、もっとヤバイ事をしようとしてるんだな柳の野郎は」

「それはー見てのお楽しみですねー」

「あーもう! その喋り方、不愉快でしてよ! もっと早く喋れなくて?」

「んー。無理ですねーこういう性格なのでー」

「マスター! あの神姫、ぶん殴って来てもよろしくて?」

 ニーナ、ご乱心である。

「でもー、私ー、普通の神姫には負けませんよー?」

「ふふっ。残念でした。あたくしもただの神姫ではなくてよ!」

「えー、本当ですかー?」

 明らか棒読みのエリザ。全く驚いてはいない様だ。

「あたくしは……」

 左手をゆっくりと上げ、マスターである俊輔を指差した。

「この、色々と残念なマスターの神姫でしてよ!」

「おいっ! ちょっと待て」

 すかさずツッコミを入れる俊輔。

「面白い事言いますねー。それが何だと言うのですかー?」

「ライドをしていない。つまり、あたくしは今、足枷が外れた状態でしてよ!」

「俺ってそんなにお荷物か!?」

 若干涙目になる俊輔をよそに攻撃を開始するニーナ。

 ダブルナイフを構え、エリザの懐に飛び込む。

「ふーん。結構早いですねー」

「ニーナの奴、マジで俺とライドしてる時より早くねーか?」

 俊敏に動くニーナを見て今にも泣き出しそうな俊輔。

「でもーそれじゃあダメですよー?」

 エリザは黄色いクリスタルでできた刃の大剣を副腕の左手に持ち反撃する。

 絶妙なタイミングの反撃は、丁度ニーナが攻撃範囲内に入った時だった。

 誰もが、切られた。そう思ったが、ニーナは急降下しそれを回避。あと一歩遅ければ首が跳ね飛ばされていただろう。

「はぁっ!」

 ニーナはナイフで大剣を持ったエリザのリアアーマーである副腕の左手首を切断する。手から離れた大剣はそのまま落下。ガンッという音を発して地面に突き刺さった。

「あららー。困りますねー」

 そう言いつつも、全く困った素振りは見せず、新たに小剣を右の副腕で持ち切りかかる。

「くっ!」

 ニーナはそれを左手首に装着されたシールド、コヴァートアーマーで受け止める。

 その時、俊輔が宏彦の方を向く。その目は〝行け〟と言っている様だった。

「ここがガラ空きですよー?」

 エリザは右手に持ったライフルでニーナの腹部を撃った。

 至近距離で撃たれたニーナは後ろへとはじき返される。

「くぅ……重い……」

「当然ですー。貴女と私では基本スペックから……」

 そう言いかけて、宏彦達が次の扉へ向かって走っている事に気付いたエリザ。

「行かせませんよー!」

 ライフルを走っている二人の方へと向ける。

「そうはさせなくてよ!」

 ニーナはダブルナイフのうち一本をエリザに向けて投擲する。

 投擲したナイフはエリザのアーマーに当たるが、左足にはめ込まれた黄色いクリスタルが僅かに欠けた程度で、ナイフは虚しく落下し地面に転がった。しかし、それはエリザの注意を引くのには十分だった。

「もー! 邪魔しないでくたさいよー!」

 エリザは右手に持っていたライフルを左手に、空いた右手には小剣を持った。

「本気で行きますよー!」

 そう言うとエリザのアーマーにはめ込まれた黄色いクリスタルが発光し始める。

「あの光……クロス・フォースかっ!?」

「マスター落ち着いてくださいな! 彼女自身、人工的に作られたクロス・フォースと言っていましてよ?」

「つまり、本来のクロス・フォースより劣っていると……」

「おそらく……ですが本気で来る事に違いは無くってよ」

 ニーナも右手には残ったナイフ。そして左手にハンドガンを握る。

「けれど、目的は達成しましてよ」

 宏彦と遼は扉を開き次の部屋へと向かうのだった。

「来るぞ!」

 俊輔の声とほぼ同時にエリザが動き出す。

 スピードに大きな変化は見られなかったが、動きが雑になった。

「そこーっ!」

 攻撃的になったエリザ。だが、その分動きが読みやすくなり、容易く小剣をシールドで受け止める事ができた。

「さっきのお返しでしてよ!」

 小剣を押し返しガラ空きになった胴体にハンドガンを連射する。

「なっ……!?」

 驚きの声を上げたのはニーナの方だった。

 確かに手応えはあった。確かにハンドガンはライフルよりも威力は劣るのだが。

「全然痛くありませんよー!」

 全くダメージを与えられていない。それどころか、水鉄砲をかけられた様な涼しい表情をしていた。

 エリザは身体を回転させニーナを蹴り飛ばす。

「くっ……」

 再び近づいてくるエリザに向けてハンドガンを連射する。

 が、エリザは避けようともしないで真っ直ぐニーナへと向かって行く。

「そんなっ! 全く効いていないだなんてっ!」

 すぐ近くまで迫り来たエリザは縦に回転しつつニーナの脳天へ踵落とし。

 ニーナは地面に叩き落とされる。

「ニーナっ!」

「今のは、ちょっと効きましてよ……」

 何とか立ち上がるニーナだったが、ヘッドパーツのフロンタルシェルの一部が砕けていた。

「射撃が効かないのでしたら……」

 ハンドガンを投げ捨て、近くに転がっていたナイフを拾い上げた。先ほど、エリザの気を引く為に投擲したナイフだ。

「接近戦なら!」

 上空から相手を見下ろすエリザに向かって飛び上がるニーナ。

「はあぁぁあっ!」

 両手のナイフで連続攻撃。

「どうしてっ!」

 いくら攻撃しても、ダメージどころか、エリザには傷一つつかないのだ。

「全然効きませーん」

 再び蹴り飛ばされ間合いが開く。今度はシールドで受け止め、ダメージは少なかったが状況は芳しくなかった。

「どうすればっ……」

「反撃ですよー!」

 小剣とライフルで攻め込んで来るエリザ。

 寸前の所で攻撃を回避し、隙があれば反撃を入れていくニーナ。しかしその反撃に怯みもせず、ただひたすら攻撃のみをするエリザ。

「このっ!」

 ニーナは回し蹴りを試みたが、副腕の左手に装着されたシールドに阻まれ、右の副腕に足を掴まれる。

「えーい!」

 そのまま地面へと投げ落とされた。

「そろそろ諦めちゃいなさいよー。貴女の攻撃は一切効かないんですからー」

「まだ……あたくしは……負けていなくってよ!」

 再びエリザに食ってかかるニーナ。

「無様よね……」

 突然アゲハが呟いた。

「何だと!」

「何の為に戦っているのかしら?……誰かに褒めてもらいたいから? それともただの自己満足?」

「俺は、俺達はやりたいからやってるんだ! だからここにいるんだ!」

「本当、何の為に戦っているのかしら……私達は……」

「マスター!」

 今の発言に驚いたエリザはアゲハの方を向き叫んだ。

「今でしてよ!!」

 一気に間合いを詰めるニーナ。ナイフを突き立てるは左足のクリスタル。

 ナイフを投擲した時にできた、僅かに欠けている部分に刺突する。

 それはガラスが砕ける様な音を奏でながら突き刺さる。

「そんな! 私の絶対防御がっ!」

「まだまだ行きましてよ!」

 ニーナはたたみかける様に突き刺さったナイフの柄の部分を足の裏で蹴り、更に深く差し込む。

 ナイフの刃が奥の機械らしき部分に到達すると、その瞬間エリザのアーマー全体に稲妻が走った。

「くっ……よくも……」

 再び副腕でニーナをつかみ地面へ投げ落とす。

 地面を砕く程に叩きつけられたニーナ。もはや立ち上がるのが精一杯だった。

 だがエリザもふらつきながら徐々にその高度を下げて行った。更にアーマーの各クリスタル部分からは白煙が上がっていた。

 エリザが地上に降り立ったのと同時にニーナは立ち上がった。

「どうして……立ち上がれるのかしら?」

「それは……」

 今にも倒れてしまいそうなニーナは続ける。

「この、どうしようもない駄目マスターが……あたくしを信じて見守ってくれている……それに全力で答えているだけでしてよ!」

「ニーナ……」

 そうだ。ニーナだったから。ニーナだからこそ信じる事ができる。出会ったその日からいつも一緒にいて、共に戦った最高のパートナー。

「貴女方には絆という物が感じ取れなくってよ!」

「っ!」

 ぐうの音も出ないアゲハ。

「貴女の本当の絆は、別にあるのでは無くて?」

 ニーナは優しい声でアゲハに囁く。

「うるさい! うるさいっ! エリザっ!」

 エリザは地面に突き刺さった大剣を地面から引き抜き、副腕のシールドと繋ぎ合わせると、スカート状だったアーマーが翼の様に変形した。

「今! 蒼き閃光が駆ける時!」

 エリザの大剣とシールドが合体したそれは巨大な槍のようだった。

「信じる力を拳に乗せて……」

 ニーナの右手に光が集まる。

「ゲイルス・ゲイグル!!」

 先に放ったのはエリザだった。投げた巨大な槍は真っ直ぐニーナに向かう。

「ニーナっ!」

 スンッとニーナの姿が消える。

「スーパー・シャイニングナックル!!」

 エリザの目の前に突然現れたニーナは既に拳を突き出していた。

 真っ直ぐ伸びる渾身の右ストレート。気づけばエリザは衝撃波と共にアーマーパーツをバラバラに撒き散らしながら吹き飛んでいた。

「はぁ……はぁ……」

 ガクリと膝から崩れ落ちるニーナ。

「ニーナ!」

 すぐさま駆け寄りニーナを手の平にすくい上げた。

「マス、ター……言った通り、殴ってやりまして……よ」

「やっぱお前すげえよ。最高のパートナーだぜ」

「ふふっ光栄でしてよ」

「ごめんなさい……」

 アゲハがエリザの側に行き謝る。

「ごめんなさい……ごめんな……うぐっ……ごめ、んなざい!」

 次第に泣きじゃくりだし、壊れた蛇口のように涙で床を濡らす。

「少し、やりすぎてしまいましたわね……」

 ニーナの表情は後悔と反省の色で曇っていた。

「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……ごめんなさい……」

 ひたすらに謝り続けるアゲハ。その謝罪は時間稼ぎの任を全うできず、兄の柳へ向けてなのか、目の前でボロボロになり機能を停止した神姫に対してなのか、それとも……。

「行こう。宏彦と合流する……」

「ええ……」

 歯切れの悪い最後だったが、ここはひとまず宏彦と合流する事を優先し部屋を後にした。

 



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奪われし力
14話


 宏彦と遼の二人は薄暗い階段を降りていた。網状になった鉄製の階段は足をつける度に音を立てる。

 一体何段降りたのだろうか。ようやくコンクリートの地面に足がつくと目の前には一つの扉。宏彦と遼は顔を見合わせると小さく頷き、ゆっくりと扉を開く。

 部屋に入ると目の前には映画館のスクリーンと見間違えるくらいに大きなガラス。その向こうには、もう一つ部屋が存在しているようだった。

 ガラスは見た感じ開きそうにない。この部屋は窓ガラスしか無く、入ってきた扉以外の出入り口も見当たらない。

 二人は巨大なガラスへ近づく。

 ガラスの向こうに広がる部屋。中心には奇妙な機械。そこから伸びるコード。三本のコードの先には目を閉じ、まるで寝ているかのような神姫を見て二人は叫んだ。

「ティアっ!」

「ライラ!」

 そしてもう一体、黒羽 柳の神姫、エリスも同じ様に機械に繋がれていた。

「くそっ! ティア! ティアっ!」

 宏彦は名前を呼びながらガラスを叩くがティアは目を覚まさない。

「無駄だよ。そのガラスは強化ガラス。人の手では割る事はおろか、ヒビを入れる事すらできない」

 聞いたことがある男の声がした。

 突然ガラス向こうの部屋に見えた扉が自動で開き、その中から声の主が現れた。

 背が高くスーツを綺麗に着こなす黒縁眼鏡の青年。

「黒羽……柳……さん……」

 宏彦のその声は怒りに満ちていた。

「やあ。そんなに怖い顔をしないでもらいたいな。彼女達は〝今の所〟無事だ」

 柳は巨大な機械に繋がったパソコンの前に移動し、慣れた手つきでキーボードに入力していくと、ティア達に繋がっていたコードが自然と抜け落ちた。

 すると、ゆっくりとティア達の目が開き始めた。

「ティア!」

「……おにぃ……たん? うん……おはよなの」

 呑気に伸びをするティア。いつも通りのティアで安心する宏彦。

「ライラ!」

「ん……マスター。ここはどこなのだ?」

 ライラは辺りを見回し呟く。

「その質問には私が答えよう」

 柳が口を開くと更に続けた。

「ここは私の開発実験室だ」

「実験……? ここで何をしていたんだ!」

「慌てなくとも教えるよ。何せ君達の神姫のおかげで〝完成〟したのだから」

「俺達の神姫のおかげ……?」

「そう! これが、私の求めていた最強の神姫! 私の理想! そして野望!!」

 再び柳はパソコンを操作すると、床の一部が静かにスライドする。

 丸い穴が空いたかと思うと〝ソレ〟が乗った、円筒状の台が上がって来た。

「何だあのデカイの……」

 宏彦は台に乗った〝ソレ〟を見て言った。

 それは、まるで闇を纏ったかの様な漆黒。神姫の五倍はある巨大な人型のロボット。

「これぞ! 私がようやく完成させた〝玉座型神姫ガルガンチュア〟だ!」

 人型ではあるものの、ガルガンチュアは神姫の様に、完全なヒトの女性を模してはいなかった。

 体があり頭が付いていて手と足生えている。しかしそれは無骨で神姫と言うよりは巨大ロボット。そうとしか言えない容姿をしていた。

「それに僕達の神姫とどうゆう繋がりがあるんだ!?」

「良くぞ聞いてくれた! ガルガンチュアはその巨体故、消費エネルギーに問題があった。通常の神姫では扱う事は出来ない。かと言って、神姫を使わない完全自立ロボットにすると柔軟性に欠ける。神姫は優秀な知能を持ち、自分で考え、最適な答えを導き出せる。だから神姫である事に拘り続けた。しかし会社の人間も、工場ラインも徐々に諦め始め、次第に不可能だと諦め、開発チームから去る者も現れた。……ここまでが、私の父でグランドアーツ社長の話だ」

「えっ?」

 最後の一言で呆気に取られる。

「父はある時突然海外に行くと言う置き手紙を一枚だけ残し姿を眩ませた」

 父親の失踪。前にアゲハも言っていた事だ。

「父が残して行ったガルガンチュア計画……。失踪と共に完全にストップした。それを私が引継いだ!」 

 段々と興奮する柳。語りに熱が入って来ている。

「なんだ。父親思いの良い奴なのか? 神姫を拉致するのはどうかと思うけど……」

「そして私は君達の言う所のクロス・フォースを見つける。最初はエリスの不思議なエネルギーだった。クロス・フォースは私の野望の鍵になると思った。だが足りなかった。エリスだけでは不十分だった。私は探した。様々な情報を集め、全国を回った。そして、それは意外にも身近な所に転がっていた。気分転換で覗いたゲームセンターに君がいた」

 柳は宏彦を見つめる。

「そして君達を監視しているともう一体のクロス・フォース持ちと思われる神姫が現れた。それは、いつかの大会で戦った事のあるマスターの神姫だった。パズルのピースが揃った気分だった」

「そんな事なら拉致しないで言ってくれれば協力したのに」

 宏彦の言葉には一切反応せず続ける柳。

「すぐに私は、クロス・フォースのエネルギーを抜き出す装置を開発した!」

 部屋の中心にある巨大な機械を指差した。

「そして全てが揃った今、クロス・フォースのエネルギーで作り出した最高のCSC。〝SuperCSC〟を完全させ、ガルガンチュアは完全な兵器となる!!」

 ギラリとガルガンチュアの両目が光り出す。

「なっ!? 兵器だって!?」

 宏彦が声を上げる。

「完全したコイツを世界に出す! 神姫を凌駕したガルガンチュアは戦争において最高の道具となるだろう! 戦争に使われれば膨大な資金が得られる。それを使いグランドアーツを更に大きな会社へ育て上げる! ……そして私は父を超え、一歩先を行き社長の座を手に入れるのだ!」

「神姫を戦争の道具にしようだなんて……前言撤回。あんた嫌な奴だ」

「そうだ! 神姫は友達で、信頼し得る最高のパートナーだ!」

 宏彦と俊輔は思い思いの事を口にした。

「それではメインディッシュだ! 光栄に思いたまえ! 君達は、偉大な研究成果の第一見届け人となれる事を! ガルガンチュアの性能を君達の神姫で実証しようではないか!!」

「はあ!? ふざけんな! 俺たちを、俺たちの神姫を巻き込むんじゃねえ!!」

 宏彦は再び大声を上げるが柳の耳には届かない。

「さあ! 今宵、最高のロンドを始めようではないか!」

 柳は両手を天上へと掲げた、その時だった。

「マスター……」

 柳の足元へ歩み寄る神姫。エリスだった。

「なんだお前か。巻き込まれたく無ければ下がれ。お前はもう〝用済み〟だ」

「……え?」

「聞こえなかったか? お前はもう不要だと言っている」

「そんな……」

 その一言を聞いたエリスは虚脱状態になる。

「邪魔が入ったな。それでは気を取り直して……ガルガンチュアの性能をとくとご覧あれ!」

 柳の言葉に反応し、ガルガンチュアの右肩の上部装甲が開く。

「ティア!」

 直後、ガルガンチュアの右肩から何かが上方へと大量に射出される。

 真っ赤な円筒状の物体。大量のミサイルだった。

 ミサイルはティアとライラを目指し飛来する。

「逃げろライラ!」

 武器を持たないティアとライラは避ける事に専念する。走り、飛び、伏せ、ミサイルを回避し続ける。

 何とか全てのミサイルを避けきるとミサイルは地面や壁に当たり爆発した。その時だった。

「聞こえたの……」

 ティアが突然脈絡も無く言った。

「どうしたティア」

「クーちゃんの声が……助けてって、言ってるのなの。きっと近くにいるの!」

「黒姫が!?」

 宏彦はおろか、遼やライラも聞こえてはいなかったようだ。

「興味深いな。何故その神姫にはわかるのか。ま、確かにその通りだ。ここに黒姫は確かにいる。このガルガンチュアの中に!」

「なっ!!」

「三つのクロス・フォースを扱うには、通常の神姫では処理しきれない。だからハイスペックの黒姫を利用したのだ」

「利用って……アゲハちゃんは納得してるのかよ!」

「ああ。気前良く差し出してくれたぞ。お兄様の望みとあらば、とな」

「そんな事……あるわけがない! あんなに神姫を大事にしていたアゲハちゃんが……バトルで傷がつく事すら嫌がっていたあの子が、戦争の道具にするなんて事、絶対に無い!」

「良い事を教えてあげよう。世の中に絶対は無い。現にアゲハは黒姫を差し出した。つまり過程や考え方はどうであれ結果は結果だ」

「……あんたがそう言うなら……ティア!」

「クーちゃんを……助ける!!」

 姫がお守りとして託した蝶の形をしたネックレスを、ティアはギュッと握りしめた。

「助ける? ははっ、無駄、無理、無謀。君達は何も武器を持っていない。このガルガンチュアに傷を付ける事など不可能だ! 行けガルガンチュア! フルバースト!」

 ガルガンチュアの両肩、そして両足の装甲が開きミサイルが発射された。その数、先程の四倍以上。ガラスの向こうで見ている宏彦達の視界ですらミサイルで埋め尽くされたようだった。

「おにぃたん……」

「さすがにコレは……」

 目の前のミサイルの壁を見て絶望する。これより少ない量で何とか回避しきる事ができたのに、それの四倍となれば不可能と言っても良い。

「こうなったら……ティア! クロス・フォースをっ!」

「ダメ、できないなのっ!」

「そんなっ!」

 失意のどん底に叩き落とされた気がした。その時だった。

 銃声と共に目の前にある巨大ガラスの一部が砕け、神姫が一体通れるくらいの小さな風穴ができた。

 その穴に何かが飛び込む。

「バレット・カーニバル!!」

 右手にガトリング、左手にショットガン。リアパーツにバズーカとランチャーを装備したゼルノグラード。フル装備のマリンカだった。

 マリンカはリアパーツのランチャーで遠距離のミサイルを破壊し、バズーカで複数のミサイルを爆風で巻き込む。撃ち漏らしたミサイルは、両手に持ったガトリングとショットガンを上手く使い破壊していった。

 瞬く間に視界は爆炎に包まれた。

「す、すげえ」

 何が起きたのか状況が把握できない中、宏彦の口から出てきたセリフは凄いの一言しかなかった。

「ほう。その神姫。中々の火力のようだな」

「当然であります! 火器の全てが隊長のオリジナルカスタマイズ製! 火力、連射力、重量から排熱までどれをとっても一般に入手できる火器よりっも」

「マリンカ! ごめん長くなりそうだからそくらいでっ」

 マリンカに重火器を語らせると止まらなくなると宏彦は知っている。この時ばかりは中断してもらう事にした。

「ところでマリンカ、博は?」

 まだまだ語り足りない様子のマリンカに宏彦が聞いた。

「隊長なら無事であります。負傷により若干遅れているものの、俊輔殿と合流しこちらに向かっているはずであります!」

 途中別れた二人が無事と聞いてひとまず安心する。

「それより……このデカブツは一体何でありますか!?」

 ガルガンチュアを見たマリンカが今更声を上げた。

「玉座型神姫ガルガンチュア……中に黒姫がいるみたいなんだ。ティアが言うには助けを求めてるらしくて……」

 宏彦は大雑把に説明する。

「お願いなの! クーちゃん助けるの、手伝ってほしいの!」

「……状況は大体把握したであります」

 マリンカは両手に持っていたショットガンとガトリングを下ろし、腰に装備していたハンドカンとコンバットナイフをティアに手渡した。

「サブ武装で申し訳ないであります。しかし、他の火器はクセが強く……」

「ありがとなの! これでクーちゃん、助ける!」

 ハンドカンとコンバットナイフを握ったティアはガルガンチュアに向かって走り出した。

「……ってまだ説明は終わってないであります!!」

 マリンカはショットガンとガトリングを急いで拾い上げティアを追いかける。

「マスター武装を! 私も加勢する!」

 ライラも戦う意思をみせるが。

「ダメだ! 戦っちゃ……ダメなんだ……」

「なっ……マスター! なぜだっ!」

 遼はライラが戦う事を拒んだ。

「僕は……神姫を失いたくない……リアルバトルは……ダメなんだ……」

 遼は頭を抱えてその場にしゃがみ込み下を向く。

「遼さん……」

 今戦えばライラを失うかもしれないという感情が、過去にアーンヴァルを失った時の事を甦らせるのだろう。

 終いには遼の体はガタガタと震え出していた。

「クーちゃんを返してなのっ!」

「ふん! ゼルノグラードはともかく、そんなチンチクリンなナイフとハンドカンではガルガンチュアに近づく事すら叶わないぞ!」

 ガルガンチュアの目が青色に変わり光り出す。かと思うと背中から八機のビットと思われる兵器が射出された。

 八機の兵器は空中で不規則に飛行しながらレーザーをティア目掛けて放つ。

 回避性能が元々高いティアは何とか避けるがレーザーの弾幕により中々進めなくなっていた。

「援護するであります!」

 マリンカがランチャーで次々とビットを撃ち落として行く。が、一向にレーザーの弾幕が減らない。

「あいつ! ビットが破壊される度に補充してる!」

 背中からは絶えずビットが射出されていた。

「これはイタチごっこでありますな……ならば、コレに賭けるしか、ないであります!」

 マリンカは腰に付けていた丸い何かを空中に投擲した。

 それは綺麗な放物線を描き、ティアの真上付近まで飛んで来る。

「フラッシュ・バンであります!」

 マリンカが叫ぶと、それは爆発し凄まじい光を放った。

 閃光手榴弾。強い光で視界を一時的に奪う事のできるアイテムだ。

「ビットに通用する確信は無かったでありますが、効果は覿面であります!」

 それまで、激しく動き回っていたビットが、今はその場でフワフワと漂うだけになっていた。

「今のうちにっ!」

 閃光手榴弾が炸裂した瞬間、とっさに目を瞑り、腕を顔の前に出し眩耀をまぬがれていた。

「たぁ――――っ!!」

 ティアはビットの攻撃が止んだこの隙に走りだした。ダンッと地面を蹴り、ガルガンチュアの頭部の高さまで跳躍する。

「なっ……」

 柳も咄嗟の出来事に驚いている。

 コンバットナイフを突き出し、頭部を貫く。

「……んてね」

 つもりだった。

 コンバットナイフは目の前に突然現れた半透明な桃色の壁に遮られていた。

「ガルガンチュアのビットが攻撃だけだと思ったか?」

 目の前の壁は、八機のビットが正八角形を作り、その内側にエネルギーシールドを生成していたのだ。

「ガルガンチュアは攻撃用と防御用で、それぞれ八機搭載されている」

 その時、攻撃用だったビットの機能が正常になったのか、それまでフラフラしていたのがピタリと止まり、一斉にティアの方へと銃口を向けた。

「マズイ!」

 宏彦の声よりも早く八機のビットからレーザーが一斉照射される。

 八機分のレーザーが直撃したティアはフラリと力なく落下する。

 それをガルガンチュアは掴み取り握りこんだ。

「ティアっ!! くそっ! ティアを放せよ!!」

「そうか。放してほしいのか。良いだろう……やれ」

 ガルガンチュアの目が赤く発光する。同時にティアを握った腕を振り上げ、宏彦の方へ凄まじい勢いで投げつけた。

 投げられたティアは宏彦の眼前にある強化ガラスに叩きつけられ、ガラスに張り付く様な形で大の字になる。

 頑丈なガラスにはティアを中心に大きなヒビを作り上げていた。

「ティア! ティアっ!」

 呼びかけるが全く反応が無い。次第に目頭が熱くなり視界が滲む。

 ガラスに張り付いていたティアが前のめりに、ゆっくりと落下していった。

 カシャンという軽い音を立て床に転がりピクリとも動かなくなる。

「嘘……だろ……」

 宏彦の身体がガクガクと震える。このままずっと動かないのでは、壊されてしまったのではないか……死んでしまったのではないかと……。

 そう思うと、何とか押さえ込んでいた涙がついに頬を伝った。

「そんな……」

 目の前で起きた出来事に宏彦は愕然としていた。

「くっ! ……マスター! どうして私を戦わせない! 私が加勢していれば結果は違ったはずだ!」

 ライラはとうとう声を荒立てた。

「う、うるさい! ライラに……僕の気持ちがわかるもんか!」

「おやおや? 仲間割れ、もといパートナー割れかな?」

 柳は性格の悪そうな笑い方をする。

「さて……次はこちらの攻撃だ」

 ガルガンチュアが両手を上げる。すると不規則に空中を飛び交っていた八機の攻撃型ビットが一斉に集まり、エネルギーシールドの時と同じ八角形を作り上げた。

 すると、突然それが円を描くように回転を始める。

「あれは……マズイであります……」

 回転する八角形の中心にエネルギーが蓄積され続け、不吉な赤黒い光とプラズマを絶えず漏出させ続けていた。

「対戦車用ハイレーザーだ。文字通り戦車の装甲に風穴を開けられるように開発した兵器だ。良く見ておきたまえ。神姫の最後の瞬間を!」

「やめろぉぉ――――っ!!」

 叫ぶも無慈悲に発射される赤黒いハイレーザー。

 轟音と同時に、研究室を飲み込むのでは無いかと思われる程の大爆発、そして地響きと爆風。

 爆風でライラとマリンカが吹き飛ばされる。

 ライラは何とか受け身を取ったが、マリンカは爆風で壁に叩き付けられ気を失ってしまった。

 研究室は一瞬にして煙に包み込まれた。

 これまで見てきたレーザーの全てが、まるで子供だましの様に思えた。

「ちっ! 照準が甘いか……修正課題だな」

 煙が晴れると、レーザーは壁だけを刳り貫いていた。

「ティアはっ!?」

 爆風に吹き飛ばされたのか、煤で所々黒ずんでいるティアの姿を見つけるが、相変わらず起き上がる気配は無かった。

「小さな的を射抜けないのならば、これならどうだ?」

 ガルガンチュアが右手を真上に掲げる。瞬間、手のひらから膨大なエネルギーが放出され、ブレードを形作った。

「レーザーブレード……こいつで直接貫いてやろう」

 ガルガンチュアは右手をゆっくりと下ろし、少しだけ腕を引く。

「終いだ」

 レーザーブレードでティアを突く。

「そうはさせなくってよ!!」

 天上のエアダクトから飛び出しティアの前に着地したのは、シルバー・ゲットオーバーを携えたニーナだった。

 グンッとティアに向けて突き出すレーザーブレードをニーナが間一髪で受け止めたのだ。

「ぐぅっ……」

 だが、既に傷だらけだったニーナは肩で息をしていた。

「良かった! 何とか間に合ったみたいだな」

 宏彦の背後から声が聞こえた。振り向くとそこには俊輔。そして肩を借りて何とか立つ博がいた。

「俊輔……博……」

「って宏彦何泣いてんだよ! そんなに俺たちが心配だったの……」

「ティアが……ティアが……!」

「嘘……だろ……?」

 俊輔もティアを見つけると絶句した。

「まだでしてよ! まだ、希望を捨てるには早くてよ! ティア! いつまで寝ていますの、このお寝坊さん!」

 ニーナが倒れているティアに向かって叫ぶ。

「それは、シルバー・ゲットオーバー……。全く、次から次へと邪魔が入るな」

 ガルガンチュアはレーザーブレードを一旦引く。かと思いきや横になぎ払う。

「キャッ……!」

「ニーナっ!」

 急な横からの攻撃に対応できず、シルバー・ゲットオーバーごと吹き飛ばされた。

 元々限界が近かったのか、ニーナも動かなくなる。

「くそっ! マスター!」

 ライラがいい加減にしろと言わんばかりの声を上げる。

「ダメだよ……あんなの勝てっこない……」

「はぁ……」

 ついにため息をつくライラ。

「もういい。マスターがそんな腰抜けだったとはな。見損なった。マスター失格だな」

 ついにライラは遼の言うことを無視し、シルバー・ゲットオーバーを拾い上げティアの前に立ちはだかった。

「よすんだ! ライラ!」

 予想外の行動に遼はガラスを叩き叫ぶ。

「残すは君だけだな。遼君だったか? いつだかの大会では神姫を再起不能にしてしまったな。ま、今では謝る気も無ければ反省すらしていないがな。あれは事故だ。どうする事もできない、運命だったんだよ」

「運……命……?」

「そう。ここで他の神姫や、君の神姫が再び破壊される事もまた運命!」

 レーザーブレードの付け根に四機のビットが集まる。それぞれがエネルギーを送っているようだ。

 エネルギーが送り込まれたレーザーブレードは太く、そして長くなり、その輝きを増した。

「このビットにはこういう使い方もある。シルバー・ゲットオーバーでさえもこれならば破壊できるだろう」

 ガルガンチュアは再びレーザーブレードで突く体制に入る。

「私は、運命なんて信じない!!」

 ライラは叫ぶとシルバー・ゲットオーバーを構え、姿勢を少し低くし、ガルガンチュア攻撃に備えた。

 レーザーブレードの突きが、大盾を持つライラへ襲いかかる。

「っぐぅ!」

 シルバー・ゲットオーバーで受ける事ができたが、ガルガンチュアのパワーの前にライラはジリジリと後ろへ押されていた。

「ちっ! これでも壊れないのか。だが、いつまで持つかな?」

「ライラ! どうして……どうして僕の気持ちを分かってくれないんだ! どうしてそんなに危険なことを!」

「決まっている! 守るべき仲間がいるからだ!」

「守るべき……仲間……」

「私達は見ず知らずの神姫でさえも救う為にクロス・フォースを掌握しようと尽力して来た。だが! それ以前に仲間を守れないで何が守れると言うのだ!」

「仲間? 守る? ……ふん。実にくだらない。虫唾が走る。神姫など替えはいくらでもいる。神姫は消耗品だ」

 柳の目には神姫が歯車の一部にしか見えていないのだろう。

「もういい。うんざりだ。私の研究の邪魔をする奴も認めない奴も……そして親父も……。その大盾を破壊してピリオドだ!」

 ガルガンチュアはレーザーブレードを振り下ろす。

 ライラはシルバー・ゲットオーバーを真上に掲げ、一直線に振り下ろされるレーザーブレードを真っ向から受ける。

 ズンッとライラの足場にヒビが入り陥没した。

「うっ! ……がぁぁぁ!」

 雄叫びを上げるライラだったがゆっくりと押し込まれて行く。

「ライラ!」

 遼がライラの名を叫んだ時だった。シルバー・ゲットオーバーがバラバラに砕け散り、地面に散乱する。

「やったぞ! これで親父を超える事ができたぞ!」

 



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よみがえりし力
15話


 高らかに笑う柳だったが、その笑みは直ぐに消え失せた。

 砕け散ったと思っていたシルバー・ゲットオーバーのパーツに赤色のラインが走り発光し始めたのだ。

「こ……この光は……クロス・フォース!?」

 そう。そしてシルバー・ゲットオーバーの光に呼応し、ライラの左足にできたバツ印のキズも赤く輝いていた。

「そうだった……。僕が守るって言い出した。きちんと責任を持たないと……コロナの為にも!」

 刹那、バラバラになったシルバー・ゲットオーバーのパーツが宙へと浮かび上がったかと思えば、今度は一直線にライラへと飛来する。

 パーツは吸い込まれるようにライラの身体に装着されていった。

 腕、足、胸、背中、そして頭部。

 それはまるで銀色の鎧を身に纏う騎士のようだった。

「ただの重たい盾だと思っていたが……それに、ライドしていない神姫がどうしてっ!」

「決まっている! 私とマスターのやりたい事が一致したからだ!」

「ライラの言う通りだ。僕はもう逃げない。守るんだ。仲間を! 神姫を!」

 銀色の鎧に入った赤色のラインは鼓動するかの様に明暗を繰り返していた。

「ライラ! 戦おう、一緒に! そして守ろう! 神姫の命を!」

「そうだ! それで良い! それでこそ私のマスターだ! 共に行こう!」

「ああ! ライドしていなくても心と絆は一つだ!」

 ライラの右手に赤いクロス・フォースの光が集まり槍を形成した。それはまるで太陽の表面を揺らめくコロナの様に光り輝く槍。

「「コロナスピア!!」」

 遼とライラは同じ武器名を同時に叫ぶ。

 以前、遼がパートナーにしていた天使型アーンヴァル、コロナの名を冠した炎の槍。

「行くぞ! 神姫を戦争の道具になどさせるものか!」

 鎧の重みを感じさせない跳躍をするライラ。それどころか普段よりも俊敏に思える。

「くっ! ガルガンチュア!」

 八機のビットを再び正八角形に整列させ、エネルギーシールドを展開させた。

「無駄だ!」

 ライラはコロナスピアでエネルギーシールドを一挿し。それはガラス細工の如く砕け散る。

「くそっ! 何て馬鹿げた攻撃力なんだっ!」

 柳が毒付くと同時にガルガンチュアの目の光が緑色に変わる。

「はあぁっ!」

 気迫に満ちた雄叫びを上げ、コロナスピアで胴体へと打突。

 しかし、ガルガンチュアはその巨体からは想像できない速さでライラの突きを回避した。

「早いな。ティアと同じクロス・フォースか……」

 ライラは落ち着いて分析した。

「ちっ! スピードのクロス・フォースを使っても回避しきれないか……」

 ガルガンチュアの胴体装甲には鉄が高温で溶かされた様な溶解痕ができていた。

「行ける! 行けるぞマスター!」

「ああ! 思いっきり行こう!」

 間髪入れずに再び飛び上がり攻めるライラ。

 エネルギーシールドと高速移動で回避するガルガンチュアだったが、装甲には浅傷がいくつもできていた。

「ちょこまかと!」

 ライラの攻撃は事毎く回避され、深傷を与えられず決定打に欠けていた。その時だった。

「ライラ! 上だ!」

 頭上で八機の攻撃型ビットがライラを狙い射撃体制に入っていた。

「甘い!」

 放たれるレーザーをライラは飛躍して回避。

「そんなもの、くらうものか!」

 空中にいるライラをガルガンチュアは緑色に光る目で注視すると、その輝きを増した。

「それは慢心だな」

 柳が呟くとガルガンチュアは高速で移動し、空中で身動きが取れないライラを蹴り付ける。

 蹴られたライラは吹き飛び、砂煙を立てながら壁に叩きつけられた。

 と、その時だった。

 煙の中から飛び出すは無傷のライラ。

「なっ!?」

 早すぎる立て直しに柳は驚きを隠せないでいた。

 完全に無防備なガルガンチュアにコロナスピアで貫く。

 身体を捻らせ直撃を免れるガルガンチュアだったが、一歩間に合わず、胸部装甲が完全に破壊される。

「慢心はお前達の方だったな」

 華麗に着地し、振り向く。

 ライラが見たものは胸部装甲が無くなり内部が露わになったガルガンチュア。そこにいたのは操縦席でガルガンチュアを操る黒姫の姿……ではなく、目まで覆われたヘッドギアを付け、何本もの黒いケーブルが接続され絡み合い、身動きなど取れない状態の黒姫だった。

 その姿は操縦と言うよりは、さながら拷問席に縛り付けられている様だった。

「なんて酷い事を……」

 ライラは、その所行に怒りと恐怖を覚える。

 神姫の意思を一切尊重せず、物としか思わない、その残酷な行為。

「酷い? 違うな。これは最善だ。有効的かつ効率的に利用しているだけだ」

「そんな事をしていたら、神姫に負担が掛かり過ぎるだろう!」

「負担? 壊れれば新しい物に取り換えれば良いだけだろ? 替えが利くのはマシンの利点だろう?」

「はは……新しい物に取り換える? ……そうか、なら! 私がその間違った利点を破壊して教えてやろう!」

 コロナスピアを構え、一直線に飛びかかる。

「とうとう頭に血が上ったか? ……いや、神姫に血は無いか」

「ダメだライラ! そんな一直線で攻めたらっ!」

 遼は抑止しようとしたが、既に飛び出したライラはもう止まらなかった。

「破壊されるのはきみの方だ」

 ガルガンチュアが空中にいるライラを右手で握り捕まえた。

「しまっ……」

 手の中でもがくライラだが、ガッチリと握りしめられ、逃げ出すのは不可能だった。

「これならどうかな?」

 柳が不敵な笑みを浮かべると、ライラを握った手の周りには四機のビットがやって来ていた。

「まさか……やめろ! そんな事をしたら!」

 柳はライラを握ったまま強化レーザーブレードを出し、ゼロ距離で当てるつもりなのだ。

 四機のビットがガルガンチュアにエネルギーを送り始めた。

「腕の一本くらいくれてやろう!」

 ガルガンチュアの右手が直視できないほどの光を発する。

「ぐあぁぁあっ!」

 発光と同時に、耳を覆いたくなるようなライラの苦痛に満ちた悲鳴が響く。

 その時だった。ライラを握ったガルガンチュアの右手が、部品を吹き飛ばしながら大爆発した。

 爆風の中からは、銀色の鎧が剥がされ、半壊状態のライラが放り出された。

 ライラは放物線を描きながらティアの横たわっている付近に落下する。

「ライラ!」

 ライラはどうにか起き上がる事ができたが、そのボロボロな身体では四つん這いで何とか身体を支えられている状態だった。

「ちっ……いい加減しぶとすぎる」

 ガルガンチュアは右手からどす黒い煙を上げながらゆっくりとライラとティアがいる方へと歩み寄る。

 ライラは顔を上げると漆黒の死神が近づいて来る様に見えた。

 が、突然死神との間に何かが割って入ってきた。

「マスターっ! もうやめてください! マスターの野望は叶いました! ガルガンチュアを完成させて、シルバー・ゲットオーバーを超えた! もう十分ではないですか!」

 現れたのは柳の神姫、エリスだった。

「どけっ邪魔だエリス! 私をコケにして、ガルガンチュアの右手を破壊させた報いは受けてもらう!」

「どきません! 本当はマスターもこんな事したく無いのではないですか!?」

「……!?」

「マスターが本当は優しい人だと知っています。リセット前のメモリーはありませんが、リセット後も私をずっとパートナーとして、側に置いてくれていたのが何よりの証拠です!」

「うるさい黙れ! お前も私の邪魔をするならっ!」

 ガルガンチュアは目の前にいるエリスを力一杯蹴り上げた。

「がっ……!」

 壁へと吹き飛び崩れ落ちるエリス。

「マスター……どうして……」

 その様子を見ていたライラは意識を失っているティアに向けて呟く。

「おい、ティア。いつまで寝ているのだ? お前が助けると言ったのだろう? 目を開けて周りを見ろ。誰かを救うために傷つき倒れて行った神姫達を……」

 ライラは倒れているティアの手を握った。

「残念だが、これでジ・エンドだ」

 ガルガンチュアの両肩から大量のミサイルが射出された。

 ライラの視界は瞬く間にミサイルで埋め尽くされる。

 ティアの手を力強く握り締めた。

「諦めない……私は、最後まで……諦めるものかっ!」

 迫り来る大量のミサイルを睨み付け叫ぶライラ。

「いいや諦めろ! これが現実だ!」

 柳が言ったその時、ライラの握ったティアの手がピクリと動く。

 ミサイルは二体の神姫に容赦無く降り注ぎ、一瞬で爆炎に包まれた。

「そん、な……」

 遼はショックのあまり虚脱し、膝から崩れ落ちヘタリと座り込んでしまう。

「……まだだ」

 宏彦の瞳はまだ絶望していなかった。瞳は真っ直ぐに、目の前で立ち込める煙を見据えて。

「宏彦君……?」

「俺もライラと一緒の気持ちなんだ。諦めない。最後まで……」

 揺らめく煙が徐々に晴れて行く。

「なっ……まさか……」

 柳が声を漏らす。そこにはピラミッド型のエネルギーシールドによって守られたティアとライラの姿があった。

 ティア達の無事を確認し安堵する。

 そしてティアがゆっくり瞼を開けていく。

「ティア! 無事かっ!?」

 ライラが声をかけるとティアは完全に目を覚ましたようだった。

「ん……大丈夫……。ライラとおにぃたんの声、聞こえたの。私も、クーちゃん助けるまで諦めないなの!」

「俺は信じてたよ。ティアが無事で……最後まで諦めてないってね」

「それより、このシールドは……」

 遼が首を傾げるとピラミッドの頂点と四つ角から何かが飛び立ち、シールドが解除された。

「あれは、ビット!? でもどうして……」

 ビットが飛んで行った方を見ると、そこに巨大な影が現れた。

「あ、あいつは……」

 柳は動揺で声が裏返り震えていた。

 現れた巨大なシルエット。

 ガルガンチュアとは対照的で、禍々しさは一切ない真っ白なカラーリング。人の形により近い丸みを帯びた流線形の装甲をしていた。

「そう。諦めなければ夢も理想も叶えられる。このパンタグリュエルのように!」

 次に現れたのは、無精髭をはやし髪の毛もボサボサな中年男だった。

「その白い機体がパンタグリュエルだと!? どうやって出力不足問題を解決させたんだ! 答えろ親父!」

「親父!? ……と言うことはあの中年髭親父がこのグランドアーツの社長!?」

「開発室にほぼ缶詰だったものでね。この通り清潔感は無いが、私がグランドアーツ社長。黒羽 喜紀だ」

「御託はいい! 早く教えろ!」

 大声を上げ、急かそうとする柳に対し真は自分のペースで話す。

「全く、久々の再会だと言うのに。いや、すまないね。どいやら私のバカ息子が迷惑をかけたようだ」

「かけたと言うより、現在進行形な気がしますが……」

「いい加減にしろ親父っ!!」

 無視され続け頭に血が上る柳は怒鳴りつけた。

「あー分かった。分かったよ」

 黒羽 喜紀はやれやれと首を振った。

「私は海外の優秀なメカニック、プログラマー、それに製造メーカーを三ヶ月かけて見つける事はできた。だが、そこからが長かった。数々の不具合と失敗。それらを乗り越え一年前、ようやく製作に取り掛かり始め、つい先日、この試作型パンタグリュエルを完成させる事ができたんだ!」

「そうか……完成させたのか……ならば、それも破壊して、ガルガンチュアの方が上だと証明するまで!」

「いつもの負けず嫌いが出てるのか」

 黒羽 喜紀はハァとため息をついた。

「あんた製作者だろ? 何か弱点とかないのかよ?」

「私の設計図通りなら弱点は無い。だが対処法はある。シルバー・ゲットオーバーとゼロインフィニティーだ」

「この刃の無い剣が……?」

 宏彦は持ってきていた刃の無い剣、ゼロインフィニティーを取り出して見せた。

「その二つの武器には無限の可能性が秘められている。特にゼロインフィニティーはガルガンチュアに対抗できるように製作した物だ」

 先程まで、シルバー・ゲットオーバーは分離し、ライラのアーマーとなっていた。重く、頑丈なだけではなく、装着したライラ自身の基本スペックも向上されていたように思えた。ならばゼロインフィニティーにも何かしらの隠し要素があるのかもしれない。

「そう言う事なら……ティア! 受け取って!」

 マリンカが登場する際、強化ガラスに開けた小さな穴にゼロインフィニティーを差し込み、ティアのいる部屋へと落とす。

 ティアはパシリとその剣を掴み、鞘から刃の無い剣を抜いた。

「はっ! その刃の無い剣がガルガンチュアに対抗できる武器だって? 笑わせる」

 ガルガンチュアの破壊された手とは逆の左手からレーザーブレードが形成された。

 それをティアのいる場所へと振り下ろそうとしたその時だった。

「黒姫―っ!!」

 響き渡る幼い少女の声は訴えかけるように名を叫んだ。

 それに反応したのか、ガルガンチュアの腕はピタリと止まった。

「アゲハ……ちゃん……」

 少女の頬には涙を流した痕跡。目は充血していた。

「お願い黒姫! もうやめて! 私の事が分からないの?」

「アゲハ……きみも私の邪魔をするのかい?」

 柳は額に青筋を浮かび上がらせていた。

「お兄様っ! でも、なにもここまで……」

「うるさい!!」

 必死に訴えるアゲハを恫喝した。

「今の黒姫は私の物だ。私の命令を聞く機械だ」

「そんな……お願いします……私の黒姫を、返してください……」

 頬の涙の痕が再び濡れる。

「アゲハちゃん……」

 刃の無い剣を掴むティアがアゲハの方へ振り向き言う。

「私と、おにぃたんで、クーちゃん助けるの」

「ほんと、に……?」

「ああ。俺とティアで助ける。助け出すまで諦めないから!」

「……っ!」

 声を上げることもできずアゲハは涙に沈む。

「さて、妹であっても幼い女の子を泣かすのは許せないな」

「何を言うか。アゲハは勝手に泣いているだけだろう?」

「ったく、とことん根性腐ってやがるな」

「おにぃたん……」

「ああ。見せてやろうぜ。俺達の絆の力を!!」

 



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クロス・フォース
16話


 ティアのバツ印のキズがエメラルドグリーンに輝き始める。

「そうだ! それだ!」

 それを見た喜紀が声を荒げた。

 そのエメラルドグリーンはどんどん輝きを増していく。

「これが俺達の!」

「私達の」

「「クロス・フォース!!」」

 ティアと宏彦は声を重ね力の限り叫ぶ。

 ティアのキズから湧き出るオーラがゼロインフィニティーへと吸収されていき、それはエメラルドグリーンの光りが吹き出す刃のような形になった。

「信じる力と絆が刃となる。それがゼロインフィニティーだ!」

 喜紀はクロス・フォースのオーラで作られた刃を目の当たりにし哮り立つ。

「いっけぇ――ティア――!」

 ティアはゼロインフィニティーを構え、

「行くのなの!!」

 跳躍。

 目にも止まらぬ速さでガルガンチュアの頭上へと舞い上がる。

「ったあぁぁぁっ!!」

 ティア自身も縦に回転しゼロインフィニティーをガルガンチュアの右肩に振り下ろす。

 それまで、大したダメージを与えられなかった凝固な装甲を、クロス・フォースの刃はいとも容易く切り抜いた。

 内部まで届いた刃は、格納されていたミサイルごと切り誘爆。その衝撃でガルガンチュアの右肩の関節からボロリと腕が抜け落ちた。

「まだなの!」

 着地したティアはすぐに剣を構え直し再び飛びかかった。

「やあっ!」

 今度は反対の肩を斜めに断罪。左肩のミサイルポッドのみを切り離した。

「おのれ! 私の大事なガルガンチュアをよくも!」

 攻撃用ビットが次々とティアに向けてレーザーを放つ。

 だがティアは小動物のような俊敏さで移動し回避する。その速さはクロス・フォース発動時を軽く超えており、ビットから射出されたレーザーはティアの遥か後ろに着弾していた。

「くっ来るなぁぁっ!」

 防御用ビットがシールドを展開しようと、八角形に並ぶ。

「お願い……黒姫を……助けて……ティアっ……」

 アゲハは涙を流しながら、震える手を組み祈る。

「いっけぇぇぇ――――!!」

 宏彦は腹の底から轟き叫ぶ。

 黒姫を助ける。ただそれだけを想い描く。

 エネルギーシールドが展開しきっていない、中心のわずかな隙間にティアは飛び込んだ。

「クーちゃんを、返してっ!」

 黒姫が捕らえられている付近の機械にゼロインフィニティーを突き刺し、束縛している黒いケーブルを断ち切る。

 ガクンと前のめりになる黒姫をティアはしっかりと支え、そのままブチブチと細かいケーブルをちぎりながら無理矢理引き抜き助け出した。

 そのまま黒姫を抱きかかえ、部屋の隅の安全な場所へ横にした。

「黒姫っ……」

 黒姫の姿をしっかりと確認したアゲハは流れ出る涙を振るう。

 こぼれた涙が床に落ち弾けた時だった。

『グォォオオォォッ!!』

 聞いた事も無い、人とも獣とも違うそれはガルガンチュアから発せられていた。

「な、なんだ!?」

 宏彦は突然の出来事に恐怖が体中を走り抜けるのを感じた。

「君達は、とうとうやってしまったようだね……」

 ふらふらと左右に揺れながらよろめき、終いには尻餅を付く柳。

「どういう……意味だ?」

「すぐにわかるさ……」

 柳の言う通り、答えはすぐに分かった。

『グ、ガァァア!!』

 再び狂った様に吠えるガルガンチュア。するといくつものビットを辺り一帯に散りばめる。それらは無造作にレーザーを撃ち出し、壁や床に風穴をいくつも開けていった。

「何……してるんだ? まさかっ!」

 宏彦の頭に〝暴走〟という言葉が過ぎった時だった。

 それまて無造作に攻撃していたビットが整列し、ハイレーザーを撃つ体制に入った。

「そう。ガルガンチュアと黒姫が切り離された今、私の命令も聞かない破壊と殺戮を繰り返す兵器となった」

 そしてガルガンチュアはハイレーザーを天井に向けて発射し続ける。

 天井は着実に削り取られていた、

「おい……あのままだと地上に出ちまわねえか?」

 俊輔が揺れるような声で呟く。

「あんな物が地上に出てしまったら、怪我人どころか、死人も……」

 最悪の事態を想像した遼は口ごもった。

「……止めよう、ティア」

 ティアは宏彦の方を振り向き、互いが見つめ合う。

「ここで俺達が止めよう。あんな危険な物、野放しにはできない」

「そう言うと思ったの。だって、おにぃたんとおんなじ事考えてたから……」

 その薄紫の瞳は真っ直ぐ、強い意志に満ちていた。

「やろう。これが俺達のラストバトルだ!」

 瞬きする間も無く駆け出すティア。

 それに気付いたガルガンチュア。残ったもう片方の手にレーザーブレードを形成し振り下ろすが、今のティアにとってはその程度、ハエが止まるのではないかと思えるくらい鈍重に見えた。

「遅いのなの!」

 それを風のようにかわし、ガルガンチュアの懐に飛び込みゼロインフィニティーを振り抜いた。

 誰もがガルガンチュアの胴体を真っ二つに断ち切った。そう思っただろうが、ティアが切ったのはガルガンチュアの残像だった。

 本体はティアの背後に立ち、レーザーブレードを振り上げていた。

「させない!」

 喜紀の操るパンタグリュエルは、えぐり込むような体当たりをしかけた。

 金属同士がぶつかり合う重たい音を上げ、ガルガンチュアは大きく体制を崩す。

『ヴァァア!』

 邪魔をするな。と、言っているかのような咆哮を上げたガルガンチュアはパンタグリュエルに重い拳を打ち込んだ。

 殴られた巨体は、空の紙袋の様に吹き飛ばされ壁に打ち付けられる。

 パンタグリュエルの目から光が消え、ドスンという重たい音を響かせうつ伏せに倒れた。

 それを見たガルガンチュアはハイレーザーの発射体制に入った。狙いはティアだった。

「まずいっ! 逃げろティア!」

 その場から一目散に走り出したティアだったが、数歩走った所で膝から火花が弾け出した。

「あっ……」

 膝から崩れ落ちるティア。それもそのはず。通常では考えられない速さで走り続けた為、足に極度の負担がかかっていたのだ。

 動きの止まったティアを無慈悲に飲み込むハイレーザー。

「終わったな。何もかも。もうガルガンチュアを止める事は」

「まだだっ!」

 柳の台詞を途中で遮る宏彦。その視線の先にはティアの姿が確かにあった。

「バカな……なぜ無事でいられる……」

 ティアの目の前には蝶の形をした紋章が浮かび上がっていた。

 それが盾となり、ティアをハイレーザーから守ったのだ。

「クーちゃんが……助けてくれたの」

 黒姫からもらった、蝶を象ったネックレスが紫色の光を放っていた。

「ティア……アレの呪縛から……彼を……解放して……っ」

 消え入りそうな弱々しい声で囁いたのは黒姫だった。

 目の前に浮かび上がる蝶の紋章がティアの体へと吸い込まれるように消えていく。

「クーちゃんの気持ち……受け取ったの……」

『グォォッ!』

 またしてもレーザーブレードを振り下ろすガルガンチュア。

 それを飛び上がりブレードを回避したティアの背中には、まるでクロアゲハの様な羽。ヒラヒラと羽ばたき、鱗粉を思わせる紫色の光を辺りに散らしながら宙を舞っていた。

「私……飛んでるなの……」

「行ける……行けるぞティア!」

 ティアはゼロインフィニティーを構える。

『グググ……』

 ガルガンチュアが唸るのと同時にビットがレーザー攻撃を開始した。

 だがティアは宙を舞う木の葉の様にひらりひらりとレーザーの弾幕を回避していた。

「もっと……」

 宏彦はティアをじっと見つめながら静かに呟く。

「……早く」

 ティアのバツ印のキズがキラキラと光り出す。

 一瞬、時が止まったかと思えた静寂。そのすぐ後に宙を飛び回っていたビットが次々と爆発していった。

「な、何が起きている!?」

 突然の出来事に動揺する柳。

 それもそのはず。何故なら、誰の目にも映らない電光石火の速さで全てのビットを真っ二つにしていったのだ。

「鋭く……」

 ヒュンっとゼロインフィニティーを振り抜くとガルガンチュアの左手首を切り落とした。

「研ぎ澄まして……」

 それまで光が吹き出す様な形だった剣が薄く、鋭く細い刀へと変貌した。

「「斬る!!」」

 ティアと宏彦は声を重ねる。

 キンッと金属が寸断された様な音の後には一時の静寂。

 その静寂を破ったのはガルガンチュアの体に斜めの切れ込みが入り、上半身と下半身が分離。上半身はズルリと落下し、重く低い地響きを上げる。

 同時にゼロインフィニティーから刃が消え去った。

 全力以上を出し続けていたのか、ティアの表情は疲労に満ちていた。

「おわった……なの……?」

 ティアの左肩にあるバツ印のキズから、エメラルドグリーンの光が消えた。

 そして糸が切れた人形のように突然パタリと倒れた。

「ティアっ!」

 宏彦が叫ぶと同時に後ろの扉が開く。現れたのは黒羽 喜紀だった。

「来なさい。神姫の所へ連れて行こう」

 言われた通りついて行く事にした宏彦達。

 さすがは社長と言った所か、自社の隠しスイッチや隠し通路を完全に把握している。

 幾つかの隠し扉をくぐり、階段を下りる。そこは、先程上から見ていた部屋が目の前に広がっていた。

 そして、そのままの姿で倒れているティアを見つけた宏彦は何も言わずに駆け出す。

 それに俊輔や遼達も続き、それぞれの神姫の元へと駆けつける。

「はは……終わった。何もかも……」

 柳は世界の終わりを見たかのような表情をしていた。

「柳。たった一回の失敗じゃないか。研究と開発に失敗は付き物だ」

 喜紀は力無く地面にへたり込む柳に向けて優しく言った。

「あれは……SCSCは簡単に量産できる物じゃなかったんだ……極秘の製作だった。だから設計書も残してはいない……」

 目の前で泣き言を漏らす柳の姿は、社長代理としての威厳は感じられない。それ所か哀れにさえ見えてしまった。

「マスター……」

 そんな柳に近づく一体の神姫。

「エリス……きみはまだ、私の事をマスターと呼んでくれるのか? エリスをないがしろにした私を……」

「当然です。私のマスターはマスターだけ。マスターの野望の為なら私はどこまでも着いて行きますから!」

「エリス……また、裏切るかもしれないんだぞ……?」

「私は知っています。前の私自身、リセットされる前の私を大切に思い、リセット後、全てが変わってしまったであろう私をここまで大切にしてくれた。……この前の大会も、ペナルティーで公式バトルに参加できなくなった私を思って開催してくれた。違いますか?」

「はは……お前は私の事をなんでも知っているんだな……」

 エリスの瞳からホロリと一滴の雫がこぼれ落ちた。

「だって、マスターの神姫ですからっ!」

 その時、エリスの胸元に付いたバツ印のキズが青くやさしい色に光り輝いた。

「また……私の研究に付き合ってくれるか? ……エリス」

「はいっ!」

「これで、一件落着かな? 宏彦と遼さんの神姫も帰ってきたし、皆の神姫も無事みたいだ」

 嬉々として返事をするエリスを見た俊輔が小さく呟いた。

「それは……どうだろう……?」

「どういう事です? 遼さん……」

 遼がじっと見つめる先には泣きじゃくるアゲハの姿があった。

「黒姫! 目を開けてよ黒姫っ!」

 これまでて最も甲高い声で泣き喚いていた。

 そんなアゲハの側に小走りで寄る父の姿があった。その後に宏彦達も続き、アゲハを中心に円を作るように並ぶ。

「お父様! 黒姫を……黒姫を助けてよ!」

 そうアゲハが叫んだ時、黒姫の目がゆっくりと開く。

「黒姫! よかった。無事だっ……」

 その時だった。黒姫が口を開くが、そこから聞こえたのはノイズの混じる、掠れた声だった。

「ザザッ……アゲ……ザッ……ピピッ……ハ……」

「黒……姫?」

 耳にした事の無い音を聴いて、アゲハは再び泣き出してしまいそうな表情になる。

「それ以上喋るな黒姫! ガルガンチュアからの負荷が思った以上に深刻だ! CSCが焼き切れてしまうぞ!」

 喜紀が焦ったように早口で言った。

 それを聞いてアゲハは大粒の涙を流し、落ちた雫は黒姫を濡らした。

「ザッ……私の身体は……私が一番良……く知っているわ。多分、今を……逃したら、次は無いと……お、もう。ビッ……だから……」

 言い切る前にアゲハは首を縦に振った。何も言わずに何度も。

「ありが……と、う。……大好……ガガ……よ……お姉ちゃん」

 そう最後に言った黒姫の目からスーッと光が消え、ついに動かなくなった。

「っ……」

 アゲハは息を呑み言葉を失った。

「そんな……マジかよ……俺達は一体なんの為に……」

 宏彦も黒姫の機能停止に絶句した。

「おい! おっさん! あんたがカスタムした神姫なんだろ! 何とかなんねーのかよ!」

 俊輔が激しい口調で問い詰めると喜紀は首を横に振った。

「そんな……アゲハちゃん……クーちゃん……」

「こんなの……つらすぎでしてよ」

「力及ばず……小さな命を救えなかった……」

「ハッピーエンドには、程遠いであります……」

 神姫達が口々に言った。

「残念だか……こうなってしまってはどうする事も……」

 喜紀の潰れる様な声は聞きたくない真実を告げたのだった。

「そん、な……うぐぅ……黒姫ぇぇ――――っ!!」

 



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忘れないで…
17話


 男が四人と、そのパートナー神姫が夏の河原の土手に寝そべっていた。

 直射日光が強く暑すぎる為、今は大きな樹木の日影に避難している。

「なぁ宏彦。思い返してみるとさ、神姫が俺達の所に来てから、色々な事があったよな?」

 隣で寝そべる俊輔が聞いてきた。

「そうだな。あっと言う間に一年間近くたった……んだよな」

 空を見たまま返事をする宏彦。

「遼さんとも一年くらいの付き合いなんだよね」

 博もまるで独り言の様に呟く。

「あの頃はまともにクロス・フォースも扱えてなかったよね」

 茶化すかの様に言う遼だったが、宏彦は目を閉じ、そうだったな。と一言呟いたその時だった。

「こんな所で男四人、いったい何をしているのかしら?」

 突然頭上から聞こえてきた、聞き覚えのある声。

 目を開け、首を上げるとそこには黒い蝶の装飾のフリルと黒い傘を持つ少女、黒羽アゲハが立っていた。

「くそう。見えないか」

 黒いフリルのスカートの先にある聖なる三角形の布を拝む事は出来なかった。

「眼球踏み潰すわよ?」

「ごめんなさい」

 顔は笑っているが声に殺意を感じ、すぐさま謝る宏彦。

「それより何でこんな所に? あとその服暑く無いの?」

「たまたま通りかかっただけよ。あと暑く無い訳がないわ」

 暑いならやめれば良いのにと、その場にいた誰もが思っただろう。

「そんな事より、その……この前の、お礼言ってなかったと思って……えと……ありが……」

 だんだんと小さくなる声で呟くアゲハ。

「んん? 何だってー? 聞こえないよぉ! もう一回!」

 俊輔の頭に硬いローファーのつま先が突き刺さると土手を転がり落ちて行った。

「あと、会わせたい神姫がいて……」

 アゲハの手の平に飛び乗った一体の神姫が可愛くポーズを決め自己紹介を始めた。

「どーも! 始めましてっ! 私がブラックバタフリーこと黒姫だよっ! よっろしくぅ! キラリーン!」

 自ら効果音を口にする痛々しい神姫。見た目はそのままでも中身が全くもって別人格の黒姫だった。

「クーちゃん!?」

 ティアもその声を聞き、寝ていた体を突然起こした。

「えっとー。一応、改めてよろしくね……ティア」

「えっ?」

 今、間違いなくティアの名前を呼んだ。

「どうしてティアの事を覚えているんだ……? あの時CSCは壊れたはずじゃ……」

 CSCが壊れれば新しいCSCを用意するしかない。だがそうすると神姫は全てリセットされ、記憶も消去されるはずなのだ。

「黒姫は私が思っていた以上に優秀な子だったわ。大事な記憶だけ外部記憶領域に保存していたみたい」

「そうなんです! ……前の記憶は無いけど、ティアとの思い出はちゃんとここに残っているわ!」

 黒姫は右手をCSCの上、人で言う心臓の辺りに置いた。

「黒姫は変わってしまった。けれども、私の中の思い出は消えないし、いつまでも黒姫は私の神姫で変わらないし、代わりもいない」

「そっか……」

 それを聞いて宏彦が少しだけ安堵した時だった。

「く――ちゃ――ん!!」

 ティアは感動のあまりか、黒姫の胸元に飛び込み抱きつくと赤ん坊のように泣き出した。

 胸の中で泣くティアを黒姫はそっと抱き返し髪をやさしくなでる。

 宏彦達はその様子をしばらくの間、無言で見守っていた。

 

 

 気づくと夕暮れ時。少しだけ涼しくなった気がし、西の空を見上げれば青色の空が真紅の雲に飲み込まれていた。

 泣き疲れたのだろう。ティアは宏彦の手の中で小さな寝息を立てていた。

「貴方の神姫も可愛いわね……」

 寝ているティアを見たアゲハはポツリと呟いた。

「そりゃ、一目惚れした神姫だからな」

「ティアが羨ましいわ……私も……」

「えっ? 今何て言ったの?」

「べっ、別に大した事じゃないわ! そ、それよりも! また、貴方達とバトルしてあげてもいいわよっ!」

 取って付けたような約束をするアゲハの顔は夕焼けの赤に染まっていた。

「おーいアゲハ! そろそろ行くぞ!」

 遠くから聞こえた声はアゲハの兄、黒羽 柳だった。

「わかりました。お兄様! ……それじゃ、約束ね」

 アゲハはゴスロリ衣装を、ふわりとゆらして柳の方へと向かって行った。

「なんだかんだで、仲の良い兄妹なんだよな……」

 柳のすぐ横に止まる真っ白なリムジン。

「……さすがは社長の息子だな……」

 颯爽と登場した高級車に乗り込む二人を見ていると、一瞬だけだが、柳の肩に仲良く座る赤いアルトアイネスと青いアルトレーネの姿が見えた。

 二人とその神姫を乗せたリムジンは静かに夕焼け空に消えていった。

「……俺たちも帰ろうか?」

 リムジンが完全に見えなくなった所で宏彦は言うと、他の三人も了解し帰ろうとした時だった。

「やあ。また会ったね」

 いつからそこにいたのか。突然声をかけられ驚く一行。声の主は背の低い子供だった。

「えっと……きみは……」

 どこかで見た事があるような、と首を傾げる俊輔だった。

「もしかして、秋葉原の神姫ショップの入り口でぶつかった子?」

 記憶を遡り以外な人物が現れた。

「ピンポーン。そして僕があのパーティオをショップに置いてきた張本人さ」

「……返せって言われても返さないからな」

 宏彦は小さな子供を大人気なく睨みつけた。

「そんな事は言わないよ。けど、中々面白い事になっていたみたいだね?」

 面白い事とはグランドアーツでの出来事だろうか。

「何者なんだきみは……」

「とある研究者の弟子……と言った所かな?」

「研究者? 一体の誰の……」

「さあね。でも、大人になった君達が神姫を好きでいられたら、また会えるかも知れない。今回はそれのほんの挨拶さ。それじゃ!」

 そう言うと少年は走り去ってしまった。

「なんだよあのガキ。かわいくねぇ……」

 本音をこぼす俊輔。

「なぁ俊輔。俺達、大人になっても神姫の事、好きでいられるのかな?」

「何言ってんだ宏彦! 俺達のパートナーなんだぜ」

 当然だと言わんばかりに声を張る俊輔だった。

「そうだな。……そうだよな!」

 好きでいよう。何があっても。この手の平に収まってしまう程に小さな命を宿した神姫達を……。

 

 



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