「ちょっと聖杯戦争に行ってきます」 (ぴんころ)
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第一話
「それにしても、君を召喚した時の先生の顔はなかなかすごかったな」
「仕方ない話さ。何せ、愛しい愛しい義妹と瓜二つの、いいや当人である私が召喚されたんだ。我が義兄の心中たるや想像に難くない」
その部屋にいるのは陶器人形のような白い肌に純金の糸を思わせる細く真っ直ぐな髪、儚げな印象を吹き飛ばすような強い焔色の瞳を持った美少女。
そして、東洋人であることがよくわかる、その美少女と同じ年齢程度の見た目の黒髪黒目の平凡な少年。
少女が何者かを知る人物がこの場にいたならば、きっとこの少年をすぐにでも追い出したくなるだろう。
その少女の名前はライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。
「エルメロイの姫君」と呼ばれるに相応しく佇むだけで気品があり、座るだけで優雅を纏う、そんな生粋のお嬢様。
対して少年は無名。
どこか有名な魔術の家の末裔というわけでもなく、新進気鋭ながらも『新しいものを好まない』という魔術師として当然の理屈によって落ちぶれている、というわけでもなく。
魔術師としての実力で言えば、彼の師匠である
そんな彼らだから、きっと『主従関係』と言われればライネス嬢が主人で、無名の少年こと御上葉月が彼女の従者だと、誰もが思うのだろう。
実際には”この”ライネスと葉月の間では彼らが思っているのとは逆なのだが。
「むしろ、私としては君が私を召喚した時の顔の方が興味深かったのだがね」
「そこについては話しただろ……」
辟易とした表情でそう語る少年の右手の甲には赤い三画の紋様が存在している。
見る者が見れば、一画ごとに膨大な魔力が貯蔵されていることがわかるそれの名前は”令呪”。
それは聖杯戦争と呼ばれる、勝者にはあらゆる願いを叶えることができる『万能の願望機』である聖杯を手にする権利を得られるという魔術儀式への参加の権利。
過去、現在、未来、果ては平行世界から召喚される『英雄』と呼ばれるに相応しい活躍を成した存在が死後にたどり着く英霊の座と呼ばれる場所。
そこへの呼びかけに応えた、七つに分けられた
彼は、すでにサーヴァントを召喚している。
目の前に、彼のサーヴァントはすでに存在している。
ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。正確には、彼女を依り代として召喚されたライダーのサーヴァント、司馬懿、あるいは司馬仲達。
そう呼ばれる存在こそが、彼のサーヴァント。
「ああ、聞いているとも。君が断続的に『根源』と接続してしまう人間だということは」
そんな彼女は、かつて彼から聞いた情報を忘れてはいないとニンマリ笑いながら告げている。
根源接続者とはまた違う。
その存在は常に根源と接続しているからこその呼び名。
彼の場合は根源と断続的に接続してしまい、欲しい情報を欲しいタイミングで引き出すことはできず、自由に接続することもまたできない。
根源接触者とでも呼ぶべき存在。
そんな彼の特性を知る人物は少なく、彼が先生と呼ぶロード・エルメロイII世、目の前にいる彼のサーヴァントであるライネス、この世界のこの時代に最初から存在しているライネス、そしてエルメロイII世の内弟子であるグレイだけ。
そして、そんな彼のことを知っているロード・エルメロイII世だからこそ、今回の聖杯戦争に参加することを許可したと言える。
葉月が参加する聖杯戦争の名は、『聖杯大戦』。
世界中に存在する聖杯戦争はまとめて亜種聖杯戦争と呼ばれている。
だが、今回に関しては『亜種』ではなく
亜種聖杯戦争を行うための不完全な亜種聖杯ではなく、『聖杯戦争』の源流たる『冬木の聖杯戦争』にて魔術師たちが取り合った『冬木の大聖杯』によって行われる。
『亜種聖杯』と『冬木の聖杯』には違いがいくつもある。
例えば、召喚できるサーヴァントの数。
亜種聖杯はどれだけ多くても四から五騎で、酷い時には二騎しか召喚されないなんてこともあるのだが、冬木の聖杯によって行われる聖杯戦争は七騎が召喚されることが確定している。
そのため、戦いの規模はどうしても冬木の聖杯によって行われるものの方が大きくなる。
例えば、予備システムの存在。
聖杯戦争で七騎のサーヴァント全てが同盟を組むなど、それ以上の聖杯戦争の運行が不可能になった場合に起動するシステムであり、さらに七騎のサーヴァントを召喚することによって聖杯戦争を続行させるためのシステム。
そして、これは聖杯のシステム的な違いではないのだが。
『冬木の大聖杯』は、ユグドミレニアという一族が保有している。
一つの一族が聖杯を保有しているという事実。
そして、その一族が
それを奪還しようとしなかったわけがない。
ユグドミレニアに対して誅罰を行い、大聖杯を己たちの手で確保しようとしないわけがない。
それでも『聖杯大戦』という形にならざるを得ないのは、すでに彼らがサーヴァントを召喚していたから。
サーヴァントには人間では勝ち目がない。
総勢五十人の『狩猟』に特化した魔術師たちによって構成された部隊、それがユグドミレニアの誅罰のために向かった部隊。
すでに没落した一族だけが集まったユグドミレニアなど、その部隊であれば何も滞ることなどなく殲滅をすることが可能だっただろう。
それを、殲滅する側とされる側を反転させるのがサーヴァントという存在だ。
今、葉月の目の前にいる少女も、そういう存在なのだ。
「それで、どうするんだい? 確か君の話を聞くに、赤の陣営のマスターの一人、シロウ・コトミネは天草四郎時貞なのだろう? 長年準備してきた彼を出し抜く、というのはなかなか現実的ではないと思うんだが」
「うーん。とりあえず、彼らとは拠点を別にすればそれでいいんじゃないか。以前見た限りだと、彼からすれば『全部終わった後に対処しても問題ない相手』らしいから。そもそも全部終わることがない以上、彼らとは別行動をしておけばそれで十分なはずだ」
「君がそういうならそれでもいいが」
ただ、彼女はあくまでマスターを立てるつもりらしい。
あくまでマスターは葉月であり、このライネスはサーヴァントである。
だから、基本的に決定権は葉月にある。
その彼がそうすると決めたのなら、彼女がそこに至るまでの道筋を逆算するだけのこと。
そういう立ち位置を崩さない。
「それで、いつ頃ルーマニアに向けて飛ぶ予定なんだい?」
「一応、明日には先生に挨拶して出発しようと思ってる。そうじゃないと、本来ならライダーを召喚する予定だった人になんか色々と言われそうだ」
無論、ライダーという戦力が葉月にある以上、相手が表立っての行動をするはずはないのだろうが、それでも絡まれるのは面倒だということに変わりはない。
故に、できることならその人物と会わないようにして出立してしまいたいという気持ちが強かった。
今回の聖杯大戦は、魔術協会の威信がかかっている。
そのため、何があろうとユグドミレニアにある冬木の大聖杯を回収しなければならない。
そんな戦いであるにもかかわらず、所詮は一生徒でしかない葉月が参加することを許されたのは一つの理由がある。
今回派遣される魔術師は、まず間違いなく一流の魔術師だ。
フリーランスの魔術師であり、時計塔から依頼をされることもある本物の殺し合いを経験してきた、研究者としての気質の強い時計塔の魔術師ではないプロ。
その中にエルメロイ教室の生徒が混じるというのは異質なのだが、それでも所属ではなく経歴で語るからこそ、彼も入ることができる。
亜種聖杯戦争優勝。
それが、彼が令呪を奪われずに聖杯戦争に参加することを許された理由。
「さあ、行こうかマスター。明日、では出立には遅いと思うぞ。確か、まずは召喚されるはずのルーラーを相手にするのだろう? 相手が聖杯戦争の調停者だというのなら、準備をする時間はできる限り多いほうがいい」
ライネス・エルメロイ・アーチゾルテという少女は次期エルメロイだ。
そのため、幼い頃からエルメロイ家の内紛、協会内部の権謀術数などの渦中で育ってきた。
様々な人物に命令を下す立場だった彼女いわく、命令される立場は楽だというらしい。
さらにそこに、ちょっと無茶なことをしでかそうとするようなマスターだと、少々の呆れはあるがそれはそれとして面白いことになりそうだ、という予感もあるようだ。
それが、最初からルーラーを狙うなどという、ある意味定石から外れた行為ではあっても。
「……それもそうだな。一応、ルーラーとして召喚されたジャンヌ・ダルクなら自分が狙われたからと言って令呪を使うとは思えないけど、それはそれとして他のサーヴァントに邪魔された時のことを考えると、な」
「うん、よろしい。ちゃんと忠言を聞き届けてくれるマスターで助かるよ」
そして、二人は出立する。
見事にこの時代、この世界のライネス嬢がいるところに出くわしたためにエルメロイⅡ世は血を吐きそうな表情になっていたが、それはそれとして出立の意思を告げれば、珍しく『気をつけて行ってこい』という純粋な応援の言葉が。
行き先はルーマニアではなく、フランス。
聖杯大戦が行われる土地ではなく、それを裁定する者が現界する国だ。
擬似サーヴァントを召喚できるはずがないだろ、なんてことは無視するんだ。そのための独自設定タグなんだから。
続くか続かないかは未定。紅閻魔ちゃんに面倒を見られるマスターの話とかも思いついて書きたいし。
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第二話
「……なんでお嬢様がここにいるんですか?」
「おや、私の従者が飛び立とうとしているんだ。それの見送り、と言うつもりだったのだが、なぜか行き先はルーマニアではなくフランスときた。これはもしや何か良からぬことを考えているのではないかと思ってね」
空港にやってきた彼とライダーのライネスの前にニヤニヤとした笑みを浮かべて立っていたのはこの世界のライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。
周囲は『双子か?』『妹に婚約者をとられた姉が取り返しに来たのか』など、二人のライネスのあまりにもそっくりな姿に驚きながらも色々な憶測を話し合っていた。
婚約者と言う現実味のない言葉も、ライネスの美貌の前にはそこまで違和感のない言葉となっていた。
「それで、二人はこれからフランスに行って何をするつもりだい?」
「おやおや、私ともあろう者がこんな程度のこともわからないのかい」
「あっはっは。さすがに根源と接触した人種の考えることまでは理解できないさ」
二人のライネスは表面には笑顔を貼り付けているが、その内心は如何なる物なのか。
それは葉月には読み取ることはできない。
ただ、少なくとも友好的なものではないことだけは、はっきりと誰の目に見ても明らかだった。
「ところで、エルメロイ先生はいないんですか?」
「ああ、我が義兄なら『ライネスが二人いる場所に行くなど……悪夢だ……』と言って、可愛い義妹二人に囲まれたら心臓が保たないからとこっちには来ていないのさ。まあ、グレイがいるから、義兄に関してはそこまで心配せずともいいさ」
「先生、枯れてますもんね。見た目も性格も、あんな可愛い子と一緒にいるのに全く反応しないなんて」
いつものような談笑。
けれど行われる場所は魔術師たちが蔓延る時計塔ではなく、一般人が多い空港。
そのため、ライネスは魔術に関する話を聞かれたりしないように認識阻害を行なっている。
だからだろうか。
次の瞬間に発生したことについても、反応をしたのは隣にいるサーヴァントのライネスだけだった。
「いいかい、葉月?」
「なっ……!?」
葉月の頬に手を当てて、まるで恋人が睦み合うかのように顔を近づける。
ぎょっとした表情のサーヴァントのライネスを無視して、エルメロイの姫君たるライネスは少し顔を赤くした己の従者にはっきりと宣誓する。
「君が帰ってくるのは私の下だ。決して、死んではいけないよ」
「……はい」
「よし、それだけわかっているなら十分だ」
そう言って、ライネスは葉月のことを解放する。
しかし彼女が去った後、葉月はライダーのライネスを見ることを躊躇ってしまうのだった。
「……マスター。君ねぇ、少しは疑ったらどうだい? あれが、もしも偽物の私だったりしたら大変なことになっていたかもしれないんだぞ」
言葉としては呆れ。
ただし、どこか冷たい声。
そんな彼女の方を振り向くことには。
彼らの第一目標として『ルーラーの撃破』というものが確かに存在する。
そして同時に、それはルーマニアに入ってから行うのでは遅いという事実もそこには存在した。
なぜなら、ルーマニアに入ってからではユグドミレニアに邪魔をされる確率は高くなり、そして今からルーラーに対して行う行為は、シロウ・コトミネに決して知られてはいけないという事実もあるのだから。
ルーマニア全土に根を張っている、赤の陣営のアサシンの『使い魔(鳩)』によるネットワーク。
ルーラーがルーマニアに入った瞬間に赤の陣営にその事実は知られてしまうために、彼女がフランスにて現界することを知っている葉月からすれば、フランスで接触することが一番好都合だった。
彼女がどのような経路を通してやってくるのかはわかっているために、待ち受ける場所は空港。
ここでサーヴァントとしての気配を発していれば否が応にもやって来ざるを得ない。
人払いの結界を張ってしばらく経つと、そこには一人の少女が現れた。
「サーヴァント、ルーラーとお見受けするが?」
「ええ、そういうあなたは赤のライダーですね」
それは
ルーラーのサーヴァント、ジャンヌ・ダルク。
今回の聖杯大戦における裁定者にして、中立の審判。
「ふむ、やはりルーラーの持つ真名看破のスキルというのは絶大だな。馬に乗ってもいないのに私がライダーだとわかるとは」
「そもそも、あなたの場合は乗るための馬なんて持っていないでしょう、司馬仲達」
告げた真名は、ライネスに戦闘態勢を取らせるには十分な破壊力を有していたらしい。
ライダーのサーヴァントを構成する存在のうち、司馬仲達由来のものではなくライネス由来のスキル『至上礼装・月霊髄液』が起動している。
「それで、赤のライダー。あなたは一体どうしてここに?」
「おや、まさかわからないとでも? 私たちがルーマニアではなくここにいる理由、そんなものは君以外にあるはずがないだろう」
「……わかっているでしょうが、私は中立の立場で裁定をしなければなりません。貴方方が来たからと言って赤の陣営につくつもりはありませんよ」
ここで依り代になっているレティシアのお金を使用しなければならないというのはジャンヌにとって心苦しいことではあったが、そんな程度のことで己の役割を忘れることはない。
『赤の陣営と癒着している』と思われかねない行動など、取るつもりはなかった。
「ああ、そんなことはわかっているとも。そもそも私たちも、君にこちらの陣営について欲しいなどとは思っていないからね」
私たちが来たのは、君の排除のためだよ。
ライネスは、そう告げる。
誰もいない空間にその声は良く響き、明確に敵対を宣言する。
「愚かですねライダー、そしてそのマスター。今この場で、私を仕留めることになんの意味があるのですか」
「少なくとも、今この場で君を倒してしまえばこれから先、いちいち行動をする度に君の裁定に怯える必要は無くなるだろう? 聖杯戦争からあまりにも逸脱する行動をする気は無いが、君の裁定基準が普通の魔術師のやる行動すらもアウトとする可能性だって無いわけでは無い」
「だから、今この場であんたには死んでもらう」
そう言って、葉月は前に出る。
不思議なフォーメーションだ。
まるで、サーヴァントとマスターの立ち位置が逆転しているかのような陣形。
サーヴァントが前に出て戦い、マスターが後方から援護するのが正しい聖杯戦争なのだが、マスターが前に出てサーヴァントが後方にいる今の状態を二人とも、正しい形だとまるで疑っていない。
(一体どういうことでしょうか……?)
このマスターからはサーヴァントの気配を感じられない。
自分のように実際に存在する肉体にサーヴァントの力を乗せることができるわけではない。
ルーラーの感知能力を持ってすれば、目の前に立っている相手がサーヴァントかそうでないかなんてすぐにわかる。
ライダーの真名が司馬仲達だということを考えれば、後方から兵士の指揮を行うのが正しいということはまず間違いないのだが、それは逆に言えば兵士として戦えるほどの存在がいることが大前提となる。
そして、サーヴァントというのは兵士と呼ばれる程度の存在ではいくら集まっても打倒することなど不可能。
あまりにも不可解なその陣形に、ジャンヌが気を取られたその瞬間。
「認識が甘いぞ、ジャンヌ・ダルク」
眼前に葉月の拳が迫っていた。
(っ……! 重い!)
ルーラーが己の二つある中の、唯一恒常的に扱うことができる武器である”旗”を召喚したことによってその拳は防がれたのだが、拳の威力は旗を通してでも十分に伝わっており、ルーラーはその一撃に驚愕した。
人間にはありえないほどの威力、サーヴァントクラスの身体能力を発揮したという事実に。
「……なるほど。どうやらあなたが戦うようですね。ライダーは後衛ということですか」
「見ればわかるだろう」
如何なる理屈によるものなのかはわからない。
それでも、ライダーのマスターである人間はサーヴァントクラスの実力……最低でも身体能力に関してはそれだけのものを持っているということだけがわかっていれば、それで十分だ。
どちらかの陣営に肩入れすることは避けなければならないのだが、だからと言って裁定を行わなければならない以上はこの場で消滅するわけにはいかない。
二人の狙いがルーラーの命である以上、今この場で戦わないという選択肢はない。
「……いいでしょう。仕方ありません」
そう言って構えたルーラーに、それ以上何を口にするでもなく葉月は飛び込んだ。
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第三話
(ふむ、これが彼の実力か)
内心、ライネスは驚いていた。
マスターが前衛に出るということを初めて聞いた時にはただの馬鹿なのかと思ったし、今も最悪の場合には
この光景はその考えを破棄するに値する代物だった。
(聞いてはいたのだが、予想以上だな)
彼の国の言葉で言うのなら『百聞は一見に如かず』と言う諺が一番よく当てはまる。
如何に『サーヴァント相手に戦える』と言う言葉を聞いたとしても、実際に戦っているところを見なければそんな言葉を信用できるはずもない。
だから、眼前に広がるこの光景は、彼女にとって驚かざるをえないものだった。
原理については彼女も召喚されて戦術について話し合った時に聞いている。
彼の起源は『改造』。
他人が作ったもの、自分が作ったもの、それらに一切の違いなく変化させることを得意としている。
根源に接触することができたと言う彼自身の特性も合わせて、それこそ低級の幽霊をさすがにサーヴァントには劣るが現代の魔術師では決して作れないだろうクラスの使い魔にまで変貌させることができる。
この聖杯大戦にはシェイクスピアというサーヴァントがいるのだが、彼の持つ『エンチャント』というスキルとは似て非なる技である。
『エンチャント』は元からそこにある存在を、その形を崩さぬまま、その概念を崩さぬままに新たな力を付与するスキル。
彼の使う『改造』は、元からそこにある存在を、大元になっているというだけで本来の形すら失うレベルでの変貌をもたらすこともある。
そんな力を持つ彼は、亜種聖杯戦争で優勝して亜種聖杯を手にした時に亜種聖杯に願ったらしい。
『自分を英霊と戦うことになってもまともに戦えるだろう存在にして欲しい』と。
それは、その時点で聖杯大戦に参加する未来を知っていたからこその願い。
聖杯大戦に参加すること以外はわかっていなかったからこその願い。
そこで死ぬのかどうかすらわかっていなかったからこその願い。
それを、亜種聖杯は叶えた。
『無色の魔力』が大量に貯蓄される聖杯はその性質上、願いを告げた存在がその願いを叶える過程を理解していないと一切の効果を持たない。
葉月の場合は己の持つ『改造』という魔術があったから、それを聖杯の規模で行使して己をサーヴァントとも戦えるレベルの肉体に変化させたのだ。
魔力の通しは当然良く、強化の倍率にも数百倍レベルまで対応することができる。
さらにそこに念話越しに
「お、らぁっ!」
拳を叩きつける彼は、常に手足と動体視力の強化だけは行なっていて、状況に合わせて魔力を通すことでルーラーの攻撃にも耐えている。
サーヴァントのステータスで言えばおそらくBランク程度の硬さを誇る肉体と化して、筋力もBランクレベルにまで上昇して、ルーラーに着実にダメージを蓄積させていく。
惜しむらくは、彼の戦闘についてこれるほどの礼装を彼が持っていないことか。
聖杯クラスの大規模な魔術行使でもなければ、彼の礼装をこの戦いに使えるほどに改造することはできず、そして彼が得た亜種聖杯は彼の改造を終えると同時に魔力を全て使い果たしていた。
彼女の鎧を通すほどの技術は、ただの魔術師でしかない葉月には存在しない。
ゆえに与える打撃は衝撃を散らし、サーヴァントほどの力を持ってはいてもサーヴァントではない彼ではルーラーにはそこまで大きなダメージとなり得ない。
それでも十、百と数を重ねていけばそれは無視できないほどのダメージとなる。
「しまっ……!」
「もういっちょ!」
彼女がガードに使っていた旗を、接触の度に『解析』していた葉月。
本来ならば宝具クラスのものは解析なんぞしようものならその目と魔術回路が焼け付いてもおかしくはないのだが、『改造』のためにその構造を解析する必要に駆られる彼は、ほんの一瞬程度の解析ならば問題はない。
彼自身の性質もちょっとだけ関係しているのだが、そこについて語るとエルメロイⅡ世がまた胃痛を患うことになるので今は置いておく。
そして、何度も何度も解析を行なっていたために、ようやくその旗の解析が終了した。
「っ……!?」
拳の衝撃が、先ほどまでに比べて大きくルーラーの肉体に通った。
このままだとまずいと反射的に旗を大きく回転させて強制的に距離を取らせる。
さすがに、反射に関してはライネスにも読みきれなかったようだ。
「さて、と。それでどうするんだライネス」
「ふむ、どうしようかねマスター」
ルーラーが態勢を整えるまでの間も、注意はそらさずに彼女を見据えたまま。
切り札は、二人にはちゃんとある。
もしも葉月がまともに戦えない程度の雑魚だったとしても、それがあればなんとかなる可能性も大きかった。
ただ、それを使用するには今使っている全ての魔術を解除しなければならない。
今の有利な状況をわざわざ手放す必要もないため、そんな言葉を交わしながらもこのまま状況を推移させるという内容を念話で同時に交わしている。
彼の肉体はサーヴァントクラスの能力を今保有している。
だが、言ってしまえばそれだけなのだ。
頑丈だ。──だが、サーヴァントの攻撃ならば突破は不可能ではない。
攻撃も通る。──だが、致命傷には至らない。
決定打となる何かを持たない彼は、確実に殺すにはまだ何かが足りない。
「それを作るのが私の役目だ」
そう言って、一歩ライネスが前に出た。
相手のサーヴァントの情報は全て揃っている。
それならば、ライネス……司馬仲達からすれば『決定打がない』というのは何も問題になりはしない。
「渾沌に七穴、英傑に毒婦。落ちぬ日はなく、月もなし。とくと我が策御覧じろ!」
『
ライネス・エルメロイ・アーチゾルデを依り代として召喚されたサーヴァント、司馬仲達の宝具。
相手の得手は潰され、秘めていた弱点が露わとされる。
「一度相手を倒している」「すでに相手のデータが集まっている」などの充分な条件さえ整っていれば、新しい弱点すら生み出すことも可能になる。
今はさすがに条件は揃っていなかったが、それでも明確に狙うべき場所が定かになる宝具が、ジャンヌ・ダルクに向けて放たれた。
宝具の効果まではジャンヌ・ダルクには理解できない。
そのため、まずこの宝具が何かを理解しようとしてワンテンポ行動が遅れた。
「これで、終わりだ!」
行動自体は先ほどまでとはまるで変わらない。
けれど、弱点が発生しているのは事実でありそこに叩きつければ何も問題はない。
ここでいう弱点とは、ジークフリートの背中であり、アキレウスの踵であり、ヘラクレスにとってのヒュドラ毒である。
つまり、そこに攻撃を受ければ即座に死亡するという場所を強制的に浮かび上がらせるのだ。
そして、ジャンヌの死因は火刑。
それが浮かび上がっている状態ならば、刑罰としての炎ではなくても十分なダメージを期待できる。
アンサズのルーンを刻んだ石を握りしめて、そのままジャンヌに向けて拳を突き出した。
この作品における戦闘は全て終わりました。
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第四話
「それじゃルーラーの有効活用を始めようか」
「ああ。君が一体何をするつもりなのか、しっかりと見せてもらうよ」
ライネスに対してもルーラーをどう扱うのかの説明まではしていない。
故に彼女は興味津々で、眠りについた状態で拘束されているルーラーに対して視線を向けている。
葉月の工房……とは言っても簡易的に持ち運びができるようテントにしてある仮の工房なのだが、とりあえずそこに運び込まれたルーラーに対して、工房の主人は手袋型の礼装をはめ込んだ左手を向ける。
その手の甲に隠されているのは、かつての亜種聖杯戦争に参加したことの証である令呪。
すでに亜種聖杯戦争が終わったためにサーヴァントに対しての絶対命令権としての力は失われているが、それはそれとして膨大な魔力リソースとしての意義はまだ残っている。
今必要なのは、そのことだけだ。
「固有結界、駆動」
令呪を一画消費し、己の固有結界を駆動させる。
この
そのため、この工房の中は魔術的には『葉月の体内』と表現しても許される空間であり、さらにそこに令呪に含まれる全魔力をこの工房内部で固有結界を展開することにのみ注ぎ込んだために、おそらく一日程度であればこの固有結界『改造惑星(仮)』の展開は不可能ではない、と彼は踏んでいる。
「……一応言っておくけど、ここにいると危険だよ?」
この固有結界は彼の心象風景。
彼の起源である『改造』に即した異界法則をこの工房内部には顕現している状態。
つまり、彼以外の中にいる存在を望む形に改造していくという法則。
今回の改造対象であるルーラーに対して行うのは無論、この固有結界を使用するがゆえに改造。
聖杯大戦の時に”もしも”があっては困るから、何があっても確実に黒の陣営を終わらせるために、『一刻も早く二画の令呪を用いて”マスターを殺害してからの自害”を命じる』ことに機能を特化させた礼装へと変貌させるための改造。
「ここにいる以上、君だけを能力から外すなんてことはできないから」
固有結界のそれは”法則”だ。
ある程度の指向性を持たせることは可能ではあっても、対象の剪定まではそこに含まれていない。
なので、今固有結界を展開しているこのテントから出ない限りはライネスもこの固有結界の影響を受けてしまう。
「はいはい。わかっているとも。こういうのは私は好かないんだが、まあ仕方あるまい。万が一に備えておくのは当然と言えるからね」
ジャンヌ・ダルクと、彼女が憑依している人物の肉体を加工して礼装にする。
憑依を許している以上、彼女もこうして敗北して殺されることは当然のことだと理解していただろうから、葉月の中には一切の躊躇などない。
出力を最大にしてジャンヌ・ダルクを改造しにかかり、それの開始を見届けてライネスはテントの外に出る。
「ふむ……さしずめ『聖者の依り代』と言ったところかな?」
ルーラーのサーヴァントとしては令呪を使用する機能だけが残っていて、その『依り代となった』などという魔術師からすれば材料として上質と言わざるを得ない素体であるレティシアを魔術礼装に加工する。
礼装の名前としてはそんなところか、とライネスは判断して背後で目覚めたルーラーかそれともレティシアかが肉体を作り変えられる感覚に耐えきれず叫んでいる光景、それを防音の魔術でシャットアウトしながら、万が一に備えて、防衛を行うのだった。
「それでどうするんだい、マスター?」
ジャンヌ・ダルクの加工が終わってからすぐに拠点を置くのには都合がいいシギショアラまで向かう二人。
葉月の無免許運転に当初はハラハラしていたライネスではあったが、葉月自身すでに運転には慣れていたこともあってしばらくすれば落ち着いてそんなことを問いかけていた。
「できることなら、大聖杯を確保して、かつユグドミレニアには大打撃を与えるにとどめておきたい。魔術協会からの処罰を与える必要があるからね。そこに魔術協会側からの難癖をつける余地は残したくない。だから、彼らに大聖杯を使う余地を与えないために令呪での自害も、そして処罰のために生かして置く必要があるからマスターを殺害させるのも、どちらも行うことはできない」
ライネスが語るのは彼らの現状。
大聖杯を確保する前からサーヴァントを自害させてしまえばユグドミレニアに大聖杯を使う余地を与えてしまう。
ならばとユグドミレニアのマスターたちを殺害させてから自害させれば、ユグドミレニアに対する処罰を行うことが難しい。
魔術協会から出向という形をとる以上、そのどちらも両立しないといけないのが面倒なところだと二人とも認識していたが、それはそれとして死ぬことは確実に回避するためにルーラーの令呪を確保したのだ。
特に、ライネスに関してはエルメロイの姫君ということで色々と昔からお偉いさんたちとの会合などもあったのだ。
そのことに対しての実感は、マスターである葉月よりも大きいと言える。
「正直、何も考えてない」
「おい」
「
それは、彼の知る限りの聖杯大戦の情報。
そこから天草四郎時貞という英霊の正体がバレるのだが、この世界に関してはそれを見破るルーラーがすでに死んでいる。
よってバレることはなく進んで行く。
そのはずだ。
「とりあえず、その決戦が終わったタイミング。つまり天草四郎時貞が大聖杯を持ち逃げした翌日あたりに令呪を切って黒の陣営のマスターと天草四郎を殺してしまうのが一番楽な気がするんだけど……」
「それでも、赤のセイバーは残るか」
「……別にあの人なら生き残ってもいいとは思うんだけど。赤のセイバーがこっちに向かってくる可能性を考えるとな」
「とりあえず、赤のセイバーのマスターと合流するのが一番だろうね」
獅子劫界離。
フリーランスの
そこまで性格に問題のある人物ではないので、多分共闘を持ちかけたら乗ってくれるだろう、と考えている。
「まあ、君がそれでいいならいいさ」
ルーマニアに入る前の会話はそれで終了。
ルーマニアに入ってからでは、赤のアサシンことセミラミスが使用する使い魔たちによって聞かれてしまう可能性があったために、この会話だけは今やっておく必要があったのだ。
そして、そんな業務的な会話が終われば、今度はプライベートな会話を行う時間がやってくる。
サーヴァントとマスターの間の信頼関係を築くための会話は無駄ではないだろう、とライネスに言われてしまったために、彼はその会話を断ることができない。
「で、私は聞いたことはなかったと思うんだが。君が聖杯にかける願いとはなんなんだい?」
「話したことなかったっけ?」
すでにライネスを召喚してから一ヶ月ほど。
そんな会話をしたことは一度もなかった。
だから、気になるのはある意味当然だとも言えたのだが。
「正直、もう願いは叶ってるというか……」
「ほう……?」
それはなんだい、と促すような声。
「俺の願いってお嬢様を驚愕させることだったから、君が召喚された時に驚愕していたお嬢様を見てその時点で叶ってるんだよなぁ……」
「そんなことなのかい!?」
「そんなことって……結構俺にとっては重要なことだよ」
ライネスお嬢様にいい感じにこき使われている彼としては、彼女の想定を超えた事態を発生させるというのはなかなかに痛快な出来事だったのだ。
聖杯戦争に参加した理由は『まさか君が勝利するとは思わなかったぞ』と言われることだったのだが、『まさか私を召喚するとは』と言われたので問題ないらしい。
その後に『聖杯戦争に参加するために私のそばから離れるのが嫌なのかい?』とからかわれることになったらしいが、それはそれ。
とりあえず当初の目的は達成していた。
「あとは、まあ、君がサーヴァントになっているっていうこともあるしね。本当の意味での主従逆転ではないけれど、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテに命令できる立場っていうのに優越感がないわけではない、かな」
「ほほう……つまり、私はこれからえっちな命令をされてしまうのかな? サーヴァントとマスターという立場を盾にして、君はこの幼い身体を貪ろうと……」
「いや、それはないわ」
間髪入れずの否定。
ついでに鼻で笑われたことでライネスはキレた。
葉月が車を運転しているという事実も忘れて、全力でトリムマウに指示を出した。
聖杯戦争RTA……イリヤちゃんとえっちなことをするチャートを作ってもよかですか……?
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第五話
「お久しぶりです、獅子劫さん」
「うん? 確か、あんたはロードエルメロイの弟子の……」
「御上葉月です。こっちがライダー」
「ライダー……って、こいつはエルメロイの姫君殿では……?」
「いや、私はちょっとした事情があってね。ライネス・エルメロイ・アーチゾルテを依り代にして召喚されているライダーのサーヴァントという立ち位置なのさ」
シギショアラにたどり着いた二人は、唯一共闘体制をとることができる赤のセイバーとそのマスターがいる
「ふうん……それで、その二人がどういう理由でここに?」
「いや、赤の陣営のところに行ったはいいけど、あの神父が胡散臭すぎたから、それとは別に動いているっていうあんたらに接触しに来ただけですよ」
できることならあなた方と共闘をしたいのだ、と。
獅子劫はその言葉に考え込む。
信用できる相手というわけではないのだが、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテという幼い頃から仮面で顔を隠して権謀術數渦巻く時計塔で戦って来た傑物がいるために、シロウ・コトミネという男が怪しいということはきっと間違いではない。
ならば、こちらにも戦力を抱え込んでおくべきかという思いもあれど、この男も最終的には大聖杯を争う仲になるのだと思うと、懐に入れるのは間違いではないか、という思いもある。
『セイバー、この同盟、受け入れても問題ないと思うか?』
彼には決められなかったので、セイバーに聞いてみることにした。
赤のセイバーのスキルに『直感』があるために、こういう場合は彼女に聞くに限る。
『別に問題ないと思うぜ。嫌な予感とかもしねえし』
セイバーからも、多分という言葉はつくが裏切られないという保証ももらった。
「……わかった。そういうことならこっちも同盟を飲ませてもらう」
「ありがとうございます」
そう言って、二人の間で握手。
とはいえ、さすがに地下墓地は葉月たちとは霊脈的な相性はそこまでよろしくないので、今から泊まる場所を探す予定。
というわけで、今回は最低限の自己紹介だけになる。
「じゃ、改めましてこっちが俺のサーヴァントの”赤”のライダー。真名は司馬仲達」
「は……?」
さらりと自己紹介の中に真名まで入れていたために驚きを隠すことができない獅子劫。
これはこちらも真名を語るべきかと思わないわけではないが、それでも真名を語って欲しいと言われたわけではないし、と悩み。
「ああ、別にそちらは真名を名乗らなくても問題はないよ。こちらは軍師ゆえに戦場に出るタイプではないということを知っておいて欲しかったから真名を名乗っただけのことなのだから」
「お、おうそうか……」
ちょっとだけ獅子劫が助かったというような表情をして、それでおしまい。
「赤のバーサーカーはミレニア城塞に向かっているようだね」
ルーラーが持っていた赤のライダー専用の令呪は、もしも礼装を奪われた時のことを考えてすでに消費されている。
全身を映すにたる鏡となったルーラーは、鏡に魔力を通すことで鏡面に令呪が浮かび、その鏡に映った人物の鏡に映った素肌の部分のどこかに令呪が転写されるようなシステムとなっている。
そうして転写された令呪は、ライダーの持つ魔術師としての能力の強化に充てられた。
恒常的かつ曖昧な命令だったためにそこまで大きな能力の向上は見られなかったのだが、それでも確かに向上した能力で作られた使い魔で、二人は赤のバーサーカーが黒の陣営ことユグドミレニアの本拠地、ミレニア城塞に向かっていることをすでに掴んでいた。
「ということは赤のアーチャーも?」
「ああ、ちゃんと赤のバーサーカーの後を追っているよ」
この後、赤のバーサーカーの迎撃のために黒の陣営からはライダー、キャスター、そして盟主たるランサーが出てくる。
さらには赤の陣営のサーヴァントの迎撃のために黒のセイバー、バーサーカー、そしてアーチャーが。
矢を狙って叩き落とすという神業を為すことができる黒のアーチャーがいる以上は、赤のアーチャーではどうしようもないだろう。
ならば後はアーチャーが撤退することができるのかどうかだけ。
正直な話、彼ら二人からすればその結果はどちらでも問題はなかった。
「今消滅しているのは”黒”のアサシンのみ。サーヴァントの情報も、マスターの情報も、全ては出揃っているが、逆に言えばそれだけのこと。まだ推移を完全に把握するには難しい、か」
そう、黒のアサシンことジャック・ザ・リッパーはすでにルーラーの令呪によって消滅させられている。
魔術師の大原則として神秘の秘匿が存在していて、黒のアサシンはそれから逸脱しているが為の行為。
天草四郎時貞にバレてしまう可能性はあったのだが、だからと言ってロードに属する一族であるライネスはそれを見過ごすことができなかった、ということ。
「とりあえず、今日の予定として後確定しているものは黒のセイバーの脱落ぐらいか」
「ああ、そういえばそれがあったか。ジークフリートはホムンクルスを助けるために心臓を破棄するのだったね」
その言葉に葉月は頷く。
主人に勝利を捧げるために召喚されたサーヴァントとしては赤点以下の行為。
されど、英霊としてはきっと満点の行為なのだろう。
助けを求める無辜の民を助けるというのは。
「その後のホムンクルスの行動というのが一番読めない。ルーラーが生きていたならきっと彼女から接触されたことによって最終的にミレニア城塞に戻ることを選択するのだろうが、今回に関してはルーラーはすでに死んでいるからね」
他人事のように言うが、殺したのはこの二人である。
「一番楽なのはホムンクルスが戻ってこないパターンだ。それなら、ルーラーの令呪が効くかどうかわからないホムンクルスは戦場から脱落してくれる」
「だが、戻ってくる可能性だって十分に捨てきれない。更に言えば、戻ってきたとしてもホムンクルスが黒のセイバーになるには黒のバーサーカーの末期の宝具の雷撃が必要となる可能性だってある」
赤の陣営が空中庭園を使って攻め込まないと、彼らにはやることがなくて暇になってしまう。
今はこうして、これからの行動について話をしているのだが、それも毎日のように二人だけで繰り返しているとどうしても似たり寄ったりにしかならず、今となってはもう新しい意見に関してはほとんど出てこないような状態だった。
「まとめると、やっぱりあのホムンクルスがどう動くかがわからないとどうしようもないってことか……」
「うん、そういうことだね。よくわかっているじゃないか、マスター」
話がまとまったところで、あとは交流になる。
「そう言えば、君は聖杯に何を願う予定なんだ?」
以前、ライネスは葉月の願いについては問うたが、ライネスの願いについては未だ聞いたことはなかった。
その時のことを覚えていたから、この話に至るのはある意味では当然だったかもしれない。
「聖杯ね。別に願いたいことなんてないさ。欲がない訳じゃない、というか欲望たっぷりの私だけど、そういうのは陰謀とか策略とか奸計とかで手に入れるべきだ。というか、その辺りは私の付き人をやってたらしい君ならば当然理解していることではないのかね?」
「……まあ、なんとなくは」
とは言え、ここにいるのは葉月が仕えていた
全く同じに考えていてはどこかで致命的なすれ違いをしないという保証もない。
だからこその交流、だからこその会話。
その辺りはライネスも理解しているので、からかっているだけなのだが、彼女自身の性質があるので少々楽しいと思ってしまうのだった。
赤のアーチャーと打つタイミングで赤のアーサーと打ちそうになったことは内緒
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第六話
「赤のバーサーカーは捕まり、赤のアーチャーは撤退。黒のセイバーは消滅。結局、六対六の状況になっただけか」
「ああ。あのホムンクルスも戻る気配はないようだし、六体六で何も間違っていないわけだ」
ライネスはどこか楽しそう。
マスターを守っての死亡であれば聞いたことはあれど、マスターに逆らって命を分け与えるなんてことは初めて聞いたのだから。
とりあえず、典型的な魔術師であるゴルド・ムジーク・ユグドミレニアが陥った不幸は、サディストな彼女が満足するに値する代物だったようだ。
「さてさて。それでは私たちはどうする? 黒のアサシンが撤退している以上、赤のセイバーと黒のアサシン、さらには黒のアーチャーまで巻き込んでのバトルロワイヤルは発生しないわけだが」
「でも、それならそれで空中庭園突撃までの時間は暇になるわけだから問題はないと思うよ。移動手段を確保するのもそこまで難しいことじゃないし」
今のうちにやらないといけないことなんて、そこまで多くはない。
せいぜいが葉月の言った通り、ミレニア城塞に向かうための車の調達程度だ。
免許に関しては葉月もライネスも持っていないが、ライネスには騎乗スキルが存在する。
そのため、移動手段として車を選択するのはそこまでおかしなことではなかった。
「おや、いいのかい? マスターは確か運転免許を持っていなかったと思うんだがね。その場合は私に運転を任せることになる。他人の不幸が大好きな私が、まともな運転をする保証はないと思うんだ。それぐらい、君ならわかっていると思っていたんだが。……それとも、まさか君はこうして甚振られることが好きなのかい?」
「いや、そんなわけないだろ。っていうかここに到着するまでは俺が運転してたから、普通に運転できるってことは知ってるはずだけど」
ライネスの言葉を即座に否定。
ただ、移動手段を考えるとそれ以外に現実的なものがないというのが事実なだけなのだ。
ミレニア城塞まで向かう手段は存在せず、トゥリファスまでたどり着くのが関の山。
そんな中、トゥリファスからミレニア城塞まで歩いて向かっていては戦闘が終わってしまってもおかしくはない。
そして、複数人が同時に行動することができる一番現実的な移動手段は車だったというだけのことなのだ。
というわけで、ここに移動するまでに使った車をもう一度使おう、と思ったのだが、警察によって回収されていたのだ。盗んだものだったので。
「それ以外にちゃんとした手段があるならちゃんとそっちを選んでる」
「残念だ」
(……そろそろ、本気で何か対策を考えて置いたほうがいいか?)
サーヴァントではあるがライネスはライネス。
そのため、サーヴァントとマスターという最低限以外は、葉月は自分が仕えているライネスとできる限り同程度の配慮をしている。
なのだが、そろそろ何かしておかないといつか最悪の事態に陥るのではないかという危機感が出てきたらしい。
「そんなに見つめてどうしたんだい? ……! まさか、私を獣欲の赴くままに貪ろうと……」
「して欲しいならするけど?」
そう言って、葉月はライネスを押し倒す。
実際に危機感を持たせれば、多少は控えてくれるかな、という程度の思考だった。
ついでに言えば、
「え、ちょ、マスター……!?」
押し倒されたライネスは、まさかそんなことを葉月がするとは思っていなかったのか驚き、今の状況を理解するのと同時に顔を赤くして表情がなんとも言えないものに変わる。
それでも無理矢理にその表情を表現するのならば、『ちょっとからかってみただけなのにいきなり押し倒されてパニック状態になってしまい、でも嬉しくないわけではないしどう反応すればいいのか困ってしまって嬉しさと困惑を隠せない』とでもいうべき状態。
とりあえず、葉月がこれまで見てきたような表情とはまるで違ったため、少しだけ葉月も彼女が女なのだということを意識してしまった。
「……」
わずかな硬直。
お互いに何をすればいいのか、何を言えばいいのかわからないが故に沈黙が生まれる。
「っと……ごめん。そっちがそんなに赤くなるんだったらやめておいたほうがよかったかも」
だが、実行した側の方がわずかに復帰が早かった。
そのため、ライネスが止める暇もなく葉月はそこからどいて、少しだけ雰囲気が緊張したものに変化しながらもそれ以上の変化はない。
「う、うむ。悪いことをしたとわかっているならそれでいい。からかった私も悪かったということで不問にしようじゃないか」
顔を真っ赤にしながらもライネスはそう言って、この事案をなかったことにしようとして、葉月もそれに対して了承の意を込めて頷いた。
葉月とライネスの間には先ほどのアレのせいで、多少の緊張が走ったままだったのだが、それをどうにかしなければ聖杯対戦に最後まで勝ち残るなど不可能な事柄。
そのため、少しでもいつもの雰囲気に戻るために行われたのはいつもの行動。
ライネス主催のお茶会である。
「それで、いかがなさいますかライネスお嬢様」
今この瞬間だけはマスターとサーヴァントではなく、お嬢様とその従僕。
どちらも、普段から慣れている地位の行動を行うことで精神を落ち着けようということだ。
(それにしても、我がマスターは無駄に従僕根性が染み付いているな)
今ここにいるライネスは、マスターの従僕としての姿を自分に向けられるのは初めてなので、彼の姿についての採点をしていた。
聞いた話では、彼は魔術師としての能力が家のそれとはまるで合わなかったために、御上家の魔術に対しての適性が高かった彼の弟が当主となることが決定したために勘当されてしまったらしい。
さらにそれに加えて、魔術回路の量と質だけは一級品だったから、彼の弟の次代……つまり葉月の甥か姪にあたる人物に葉月を殺して奪い取った魔術回路を埋め込む、なんてことのために御上家が葉月を”回収”しようとしたところでライネスに拾われてしまったのだ、とのこと。
そのため、恋愛対象ではないし、生意気なガキだとも思っているが、それでもこの世界のライネスへの忠義だけは持ち合わせている。
それこそ、ライネスから遺伝子をもらうぞ、と言われれば三日三晩ぐらい苦悩して、最終的に諦めて差し出す程度には。
「ふむ、そうだな。……ショッピングといこうか」
「……はい?」
「いや、だからショッピングだよ。今の私は
「……それはそうだろうけど」
「それに、今は私たちが行動できるようなタイミングではない。車の調達のついでにショッピングぐらいしてもバチは当たるまい」
そう言って立ち上がったライネスは、もう完全にショッピングに行くつもりらしい。
サーヴァントとしてではなく、普通の少女としての一面を見せながらライネスはどこか楽しそうにテントの中から出るのだった。
よし、新しいやつを思いついた!
裁:アストライア
裁:ジャンヌ・ダルク
裁:シャーロック・ホームズ
裁:天草四郎時貞
裁:マルタ
裁:カール大帝
裁:ケツァルコアトル
の七人から成る審判の陣営や! 常に調停の基準を擦り合わせているだけやから無害やで!!
……FGO世界線以外だと召喚できないサーヴァントだけで新しい陣営作ったり、ゴルドさんをマスターから降ろしてオリ主をセイバーのマスターにしたりとか、色々と書いてみたいものがある……
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