岩倉玲音と俺の夏休み。それとペルソナぁ!!! (げげるげ)
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プロローグ リセットにはまだ早い/第1話 いきなり女の子とか現れたら、喜ぶよりも先にドン引きする 

なんか20周年らしいので書きました。


・プロローグ リセットにはまだ早い

 

 ざざざざざぁ、というノイズに似た雨の音が響いていた。

 

「――――」

 

 降りしきる雨の強さに、誰もが軒下を求めて駆け足になる。

 傘なんてほとんど意味は無い。

 バケツをひっくり返したかのような豪雨は、灰色の街を少しの間だけ、無人にしてくれた。

 

「――――」

 

 そんな、ほんの少しの間の間隙。

 誰しも見逃してしまうような、小さな時間の隙間で、一人の少女が歩道橋を歩いていた。

 傘なんてほとんど意味は無い、けれど、少女は潔いのか傘なんて差さずに。

 そして、傘の代わりに携えていたのは、一丁の装飾銃だ。

 真っ白な銃身に、金色の意匠が施された、まるで、劇の小道具みたいなそれを、少女は躊躇いなく口に咥える。

 

 正しい自殺の方法。

 額に銃口を突きつけるのではなく。

 口の中へ突っ込み、確実に自分の脊髄を破壊してくれるようにと願いながらトリガーを引く。

 

 ――――たぁんっ。

 

 雨の中では不釣り合いなほど、乾いた銃声。

 けれど、それはすぐにノイズの如き雨音に掻き消されて、消えてしまった。

 そう、消えてしまった。

 はじけ飛んだはずの、少女の脊髄も。

 真っ赤に染まるはずだった血も。

 人形のように、倒れ込むはずだった肉体も消えてしまった。

 まるで、最初から何もなかったかのように。

 誰にも観測されずに。

 一人の少女が、この世界から消え去ってしまったのである。

 

【大丈夫。いつでも会えるよ、アリス】

 

 たった一文の、短い文章だけを遺して。

 

 恐らくは、これが終わり。

 そして、始まり。

 長く長く、時間にして二十年ほどは掛かってしまう、愚者の旅路の、その始まりである。

 

 

●●●

 

 

 エロ本を買い終えて、自分の部屋に戻った時、そこに居たのは見知らぬ下着姿の女の子だった。

 

「…………は?」

 

 俺は思わず、黒いビニール袋をその場に落として、目を丸くする。

 そこは間違いなく、自分の部屋だったはずだ。

 特にこれと言って珍しい特徴は無く、ベッドや本棚、テスクトップパソコンなど、男子高校生としてごく普通の部屋であると言えるだろう。

 ただ、何時も使っている俺のベッドの上に、真っ白なキャミソール姿の少女が座っているとなると話は違ってくる。

 

「んんんんー?」

 

 俺は首を傾げながらも、状況把握に努めた。

 突如として、俺の部屋に出現した少女。

 背丈はそれほど高くなく、むしろ小柄。小学校高学年――いや、中学生ぐらいだろうか? 顔立ちは整っているが、幼さが残る反面、どこか大人びた影も見える不安定な可憐さ。

 赤味がかった、短めの茶髪。左側の一房だけ、妙に伸びたそれを髪留めでまとめている、アシンメトリー染みた、独特の髪型。

 キャミソールから伸びる、真っ白な手足。痩せ気味で、染み一つない、真っ白な肢体。

 そして、目。

 少女の目は、何も捉えていなかった。

 こうして、部屋の主である俺が戻って来たというのに、平然とベッドの上に座り続けて、ぼんやりと虚空を眺めている。

 

「なるほど、ね」

 

 俺は状況把握を終え、にやりとニヒルな笑みを浮かべて呟く。

 ――――駄目だ、なんもわかんねぇ。

 

「ちょ、おかぁあああああさぁあああああああん!!? 俺の部屋に、知らない女の子が居るんだけど、誰ぇえええええええ!!?」

 

 なので、事情を知っていそうな人物――我が家の守護神である母を尋ねてみることに。

 

「はぁん? どうしたんだい、息子。モテなさすぎて、ついに幻覚でも見たかい?」

「実の息子に対して、何たる言い様!」

 

 俺は身長二メートル超で、筋骨隆々の母に対して先ほど起こった珍妙な出来事を説明する。

 エロ本を買って、部屋に戻ってきたら、見知らぬ女の子がベッドの上に座っていた。

 中学生ぐらいの女の子であり、ストライクゾーンの範囲外であるが、可愛かった。

 よくよく考えると、下着姿だったのでもうちょっとよく凝視して、脳裏に焼き付けておけばよかった、などと説明すると、まずは拳骨一発を頂いた。

 あの、とても痛いのですが、母上?

 

「どうだい、息子。正気に戻ったか?」

「残念ながら」

 

 俺が肩を竦めて答えると、「はぁー、めんどうだねぇ」と言いながら、のしのしと我が家の守護神は動き出した。

 ふぅ、これでとりあえず一安心だ。

 ヤクザですら道を譲る、我が母の手に掛かれば、正体不明の女子など恐れるに足らず。

 …………まー、真面目に言うと対応しづらいよね、よくわからない下着姿の女子って。もう男子高校生が対処できる問題のキャパシティを超えてるもん。

 

「それで、あの子がアンタの部屋の中に突然現れたっていう女の子かい? 見覚えは?」

「まったく無いですね!」

「無意識のうちに、そこら辺から誘拐して来たという可能性は?」

「あってたまるか!!」

 

 母さんは俺の部屋の中に居る少女を、ひとまずじっと観察する。

 じぃ、と、首を傾げながら。

 

「ん、んん? あの子、そういえば、何処かで見たような――――」

 

 そして、母さんが首を傾げながら何かを言おうとした瞬間、『ざざざざざっ』というノイズの音がどこからが聞こえた。

 あれ? 近所の婆さんでも、ラジオの調整間違えたんかな?

 

「ああ、そう言えば思い出した! この子、ほら、前に一度会ったことがあるだろう? 遠い親戚の子供だよ。両親の事情で、夏休みの間、うちに泊まることになったんだよ」

「え? その、母上? 俺は聞いてないんですが、そういうの。後、会ったこと無いよ? 俺、この子とまったく会ったことが無い」

「小さい頃だったからねぇ」

「そ、そっかー」

 

 えーっと、母さんのリアクションが明らかにおかしいのですが? なんというか、忘れていたことを思い出したというか、記憶でも上書き保存されたような感じがするんですが?

 いや、いやいやいや、だってあれだよ? 百歩譲って親戚の女の子がうちに泊まりに来るとして、どうして下着姿だったの? 有り得無くないですか?

 

「アンタが着替えの途中に入ったんじゃないかい?」

「どうして俺の部屋で着替えさせているのさ!?」

「アンタの部屋に、娘の箪笥があるからだよ」

「姉さんはいつもそうだ! 俺の部屋の半分を勝手に侵略して、服を揃えてやがる! 合法ロリだから、子供体系の服しか着られない癖にぃ!」

「でも、そのおかげでこの子の着替えが合ってよかったじゃないか」

「この子、着替えすらなかったの!? 流石にちょっとおかしくない!?」

「家庭の事情だよ、深く突っ込むんじゃない、馬鹿息子」

「やめて! そういう重くなりそうな背景を出さないで!」

 

 駄目だ、いくら話の矛盾を突いても、設定を後付けしやがる。

 しかも、母さんが誤魔化している自覚は無いみたいで、『最初からそうだった』とでも言うような態度だ。

 正体不明の少女。

 様子がおかしくなった、母さん。

 この二つを結び付けない方が、おかしい。

 ここはやはり、俺ががつんとあの正体不明の少女に対して、聞き込みをしなければ。

 

「後、夏休み中にこの子の世話をしてあげな、馬鹿息子。ちゃんとやれると誓うなら、経費も出すよ」

「え、マジ? おいくら?」

「三万円」

「任せてください母上。身命を賭しても、この少女を守り抜くと誓いましょう」

「アンタの身命、三万円なのかい。まぁ、やる気があるのは良い事さね」

 

 でもやっぱり、何か事情があって家に来たわけだし、多少なりとも正体不明でも、暖かく迎えてあげるのが人情ってものじゃないかな、うん!

 

「それで、母さん。三万円少女さんなんだけど」

「その言い方はやめな」

「いや、だって名前知らないし。どんな名前なの?」

「ああ、それは――――」

 

 そこで、その少女は初めて口を開いた。

 母さんよりも先に、けれど、急くような雰囲気ではなく、ぽつりと、空から雨粒が落ちてくるような自然さで、名前を告げて来た。

 

「レイン」

 

 がらんどうだった瞳が、俺の姿を捕らえる。

 俺の存在をきっちり認識したのか、視線を合わせて、少女は言葉を紡ぐ。

 

「岩倉 玲音(いわくら れいん)だよ。よろしく、ね?」

「ん、俺は天原。天原 晴幸(あまはら はるゆき)だ。こちらこそ、よろしく」

 

 こうして、俺と正体不明な少女――岩倉玲音の奇妙な夏休みは幕を開けた。

 この先に、どのような未来が待ち受けているのか。

 玲音という少女と出会ったことが、俺にとってどのような意味を持つのか、今の俺には知る由も無い。

 けれど、今、確かなことはたった一つ。

 

「ところで馬鹿息子。このエロ本は一体、どこで買って来たんだい?」

「無から生まれました」

「じゃあ、無に還しても問題ないね?」

「うわぁああああああ! 俺の小遣い二千円分の戦果がぁあああああああ!!?」

 

 出会いと別れは表裏一体。

 俺は、岩倉玲音と出会った時、大切な物(エロ本)を失ったのだった。

 



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第2話 友よ、助けてくれ

週に3回投稿出来たら、良い方な感じの投稿速度。
でも、大体週2回投稿ぐらいなので、気長にお待ちくださいませ。


・フラグメント 1

 

●とある少女たちの会話

 

「ねぇ、ペルソナちゃんって知ってる?」

「あー、知ってる、知ってる。あれでしょ? えーあい? だっけか?」

「そーそー、それ。何か無料でダウンロードできるらしくてさー」

「なんかすごく会話とかできるんでしょ?」

「すっごいよねー、ネットで情報を共有して、進化する人工知能なんだって。音声合成も違和感がほとんど無いし、人生相談とかも出来ちゃうんだって!」

「はー、すっごいねぇ、未来の技術だねぇ」

「あははは、なにそれ? 現代の科学力なのに」

「でも、おしゃべりできるえーあいがあるとか、凄くない? 未来っぽい」

「あー、未来っぽいかもー。でもさ、未来っぽいのとは逆に、何か、このペルソナちゃんに、きな臭いっていういうか、オカルトっぽい都市伝説があってね――――」

 

 

●ネットニュースの見出し

 

『ついに自殺者三百人を突破! 同じ遺書を書き残し、同じ時間に自殺を行う若者たち。彼らには隠された共通点があった!?』

『アザラシの着ぐるみを被った男性が、小学校に侵入した疑いで逮捕。理由は「マスコットとして、子供たちと触れ合いたかったから」』

『クローン臓器による治療によって、失くした視覚を取り戻した!? 二十年の間に急激進歩した、医療の歴史を振り返ります』

『バーチャルネットアイドル【れいん】が今、静かな人気! アナタとツ・ナ・ガ・ル。カルト的な人気の裏側に隠された、超常現象?』

『野生動物? 未確認生命体? 突如として現れた謎の影! 果たして、その正体とは!?』

 

 

●とある研究者たちの会話

 

「目標をロスト」

「ワイヤード内での検索結果は?」

「該当件数ゼロです。恐らく、ステルスかと」

「ステルスの解除は?」

「不可能であるかと。ワイヤード内で、彼女には何をしても及びません」

「だろうな……はぁ、虱潰しか。よかったな、残業代が増えるぞ」

「ははは、労基に訴えても?」

「精神病棟ってな、意外と居心地が良いらしいぞ。よかったな、念願の長期休暇だ」

「ブラックを超えた、ルナティックな企業があるなんて……まぁ、今更ですね。『自殺者』にはなりたくないので、大人しく働きますよ」

「そうだな、それがいい」

 

 

●ノイズ

 

「ざ、ざざざざざっ、ざざっ――――預言を実行せよ、預言を実行せよ――――ざざざっ」

 

 

・第2話 友よ、助けてくれ

 

 ここ数日で、岩倉玲音という少女について分かったことがある。

 まず、一つ。

 

「…………」

「あの、玲音。お風呂先にどうぞ?」

「…………」

 

 玲音は基本的に無口だ。

 リアクションが無いわけじゃない。何かを言えば頷いたり、首を横に振ったりしてこちらに対して反応を示す。けれど、声を出して何かの言葉を発する機会はさほど多くない。しかし、母さんに「ちゃんと、ご飯を食べる前は『いただきます』、食べ終わった後は『ごちそうさま』だよ。よそ様の子供だって、家にいる間は家の子として躾けるからね」と注意されたため、きちんと食前と食後の挨拶は言うようになった。

 どうやら、何かの信念や障害があって言葉を言えないというよりは、普通に言葉を言うのが面倒で言葉を発していないような感じらしい。いや、何かしらの精神的な障害を抱えているのかもしれないけれど、少なくとも、障害を感じるような動作は無い。

 むしろ、岩倉玲音はその逆。

 というわけで、二つ目。

 

「…………」

「ん? ああ、もう読み終わったんだ。はい、次の巻」

「…………」

「え? いっそのこそ、最終巻までごっそりと貸して欲しいの? 別に良いけど、重いよ?」

「…………」

「そ、そう、ここで読むのね、うん」

 

 玲音は、とてつもなく知識や経験を吸収するのが早い。

 田舎の学生は外出しなければ、特に何もすることが無くて暇だろうと漫画本を貸してあげると、一巻を僅か三分ぐらいのペースで読破。

 本当に内容をちゃんと覚えているのかと尋ねてみると、指定したページの台詞をノートに書き起こして見せたり、何も見ずにそのページの絵を模写して見せたりするから驚きだ。いや、ほんとに驚いた。あらゆる絵のセオリーを無視して、コピー印刷機みたいな動きで漫画の絵を再現するんだもん、びっくりだよ、俺は。

 後は、箸の使い方が最初、とても下手だったのに、俺のやり方を見ただけでさらりと習得して見せたり、俺が暇つぶしの動画で見ていた、『日常におけるさりげないかっこいい動作』を完全に会得し、背後を見ずに俺の手元に、読み終わった漫画本をシュートしてくるようになったのだから、困りものだ。や、本当にどうして、こちらを見ずに、ちょうど手の中に納まる様に漫画本を投げられるんだか、意味不明である。

 まぁ、いい。

 これは別に、実害がないから別に構わないのだ。

 

「玲音さん、お話があります」

「…………」

「私のベッドの下に隠してあったエロ本なのですが、今朝、見てみると無くなっていました。何か、心当たりはありませんでしょうか?」

「…………」

「なるほど、知らないと。じゃあ、仮に貴方の寝室から俺のエロ本が出て来た場合、貴方は思春期を拗らせて、ひっそりと同居人のエロ本を盗んだ、えっちな女の子になる――痛ぁ!? やめ! 動画で見たパンチを俺の脇腹に叩き込むのは止めて!」

 

 三つ目、岩倉玲音はエロ関係に厳しい。

 なんだろうか? 母さんが俺のエロ本を没収した時、エロは悪い事だと間違った学習をしてしまったのだろうか? そのため、いつの間にか俺が隠していたエロ本を探り当てて、どこかにこっそりと隠し直しているのだ。これに関しては、問いただした際、顔を赤くして「むぅ」みたいな声を上げるので、実行犯が玲音であることは分かり切っている。

 なんとか、玲音の奇行を止めなければ、俺の性欲は溢れて色々と大変なことになってしまうだろう。だがしかし、母さんは日中忙しい上に、こんな話題を口に出した瞬間、「んじゃあ、性欲を発散させるために、ちょうどいい仕事があるよ」とどこぞの肉体労働先へと叩き込まれてしまうに違いない。俺は、体を鍛えるのは好きだが、誰かに強制される肉体労働は大嫌いなのである。

 

「仕方ない、こうなったら我が親友の力を借りるしかないか」

 

 そんなわけで、俺は意を決して、親友を頼ることにしたのである。

 

 

●●●

 

 

「死ね」

「あるぇー?」

「私の安らぎのニートタイムを邪魔する奴は、疾く死ね」

「まぁまぁ、そう言わず。あ、おばさん、お邪魔しています。これ、つまらない物ですが。ああ、はい。ええ、この後、一緒に買い物にでも行こうかと。大丈夫です、途中で倒れても背負えますので、俺が。はははは、伊達に鍛えてないですよぉ」

「私のママを懐柔するんじゃない、晴幸」

「懐柔以前の社交辞令だから安心するといいよ、京子」

 

 田舎の交通の便はとても悪い。

 まず、バスが一時間に一本通る場所が近場に在れば良い方だ。駅で移動しようにも、駅まで行くのに自転車を使わなければいけない距離があったり、電車が来るのも一時間に一本ペース。学生は自転車で気合い入れて移動するか、バイクの免許を取るか、はたまた、家族に送迎を頼むしか移動手段が無いのである。徒歩? 馬鹿め、死ぬぞ?

 ただまぁ、俺は田舎の中でも国道沿いの田舎なので、移動はいくらか便利だし、田舎の中でも比較的都会っぽい街に住んでいる親友なんかは、近場のデパートや商店街まで徒歩で行けるから羨ましい。

 ちなみに、今回は玲音も居るので母さんが買い物に行くついでということで、自動車での送迎を頼みました。

 

「言ったよな? 私は遊びに来るなら、せめてアポイントメントを取ってからにしろって言ったよな?」

「でも、事前に連絡したらほぼ確実に『来るな』って返すじゃん」

「当たり前だ。うら若き乙女の自宅に、男子高校生などを呼ぶものか」

「うら若き乙女? ジャージ姿で、髪の毛ぼさぼさで、適当に後ろでまとめているだけの女子力皆無のお前が?」

「よし、帰れ」

「はい、これ貢物のドクターペッパー」

「…………ちっ」

 

 ぼさぼさの黒髪を一度掻き毟ると、舌打ちと共に我が親友は、彼女の部屋へと手招く。

 中島 京子(なかじま きょうこ)。

 俺と同じ学校に通う、女子高校生だ。

 京子はこの春に、この田舎に引っ越して来たばかりの田舎初心者であるので、たまたまクラスメイトで席が隣同士だったので、色々と田舎のあれこれを教えている間に友達となり、そして、俺の窮地を救ってくれたことにより、彼女は俺の中で親友となったのである。

 まぁ、親友と呼ぶと舌打ち混じりに殴られるのだけれど。

 

「入ってきてもいいが、そのバカでかい図体で物を踏むなよ」

「そう言うんだったら、もうちょっと部屋を片付けろよ。なにこのジャンク」

「馬鹿が、ゴミなんてこの部屋に一つもないっての。ちゃんと週に一度は自分で掃除しているし。この煩雑さが良いんだよ……それで」

 

 京子は自室のベッドの上に座り込むと、行儀悪く足を組み、こちらに視線を向ける。

 にやにやと、黙っていれば美形な顔を歪め、柄の悪いチンピラみたいな笑みを浮かべて。

 

「私に用事ってのは、お前の後ろに隠れている、お嬢さんの事か?」

 

 言葉を受けて、びくりと俺にしがみ付いて隠れている玲音の体が震える。

 ここに来る途中に分かったことなのだが、どうにも玲音は人見知りの面があるらしい。京子のお母さんと俺が話している時も、ずっと俺の後ろで隠れていたし。こうして、京子に声を掛けられても、どこか怯えた様子で俺の体にしがみ付く始末。

 まったく、頼りがいがあるこの俺にしがみ付くのは良いとして、胸を押し付けるのはマジで止めて欲しい。無意識だろうけど、ストライクゾーン外でも、そういうのは困るので気を付けて欲しい。

 

「ん、よくわかったな?」

「はんっ、わからいでか。そんな――――明らかな『異常存在』を、見逃せるはずが、ないだろうがよ」

「えっ?」

「ああ、言わなくても分かるぜ? そいつ、飛び切りの厄ネタだろ? 何せ、尋常じゃない。この部屋の中に入ってくるまで、私がそいつの存在に気付けなかったぐらい、尋常じゃない」

 

 影が薄いってレベルじゃねーぞ、そいつ、とどこか楽しげに京子は説明する。

 まず、京子は最初、玲音の存在を視認できなかったらしい。それだけではなく、恐らく、京子のお母さんも。京子のお母さんは、外見以外の遺伝子を娘に受け継がせなかったのだろうか? と疑問に思いたくなるほどお淑やかで優しいご婦人なので、初対面の相手が居たら、必ず挨拶する。それが、俺の後ろに隠れている恥ずかしがり屋の子供なら、尚更に。でも、玲音は挨拶されなかった。

 つまり、嘘じゃない。

 今の今まで、本当に京子には玲音の姿が見えていなかったのだ。

 

「とりあえず、どういう経緯でそいつを見つけたか、話してみろよ、晴幸」

 

 京子はそんな奇妙な出来事に対面したというのに、気味悪がらず、むしろ、意気揚々と事情を聞いてくる。

 元々、京子には玲音についての事情を話すつもりだったので、俺は特に隠すことなどせず、素直に俺が知る玲音についての情報を話すことに。

 

「おいおい、それはとんだ落ちもの系ヒロインじゃねーか。絶対、ろくでもない何かが隠れているぜ、そいつ。つーか、なんでそんなあからさまに怪しい奴と平然と同居してんの? 馬鹿なの? 鈍感過ぎないか、お前?」

「や、怪しいからといって、女の子を一人で外に放り出すなんて出来ないし。それに、何らかの事情があったとしても、理由があったとしても、今は、俺の隣に居るわけだし。実害はあるけど、追い払うほどじゃあないよ」

「実害あるんじゃねーか、おい」

「うん、今日はそのことに関して京子に助けてもらいに来たんだよ」

「ほーう?」

 

 にまぁ、と笑みが深まり、詐欺師さながらの胡散臭い顔になる京子。

 傍から見れば、何か悪だくみをしている表情なのだが、こういう表情の時の京子は割と照れていることが多い。なんだかんだ言いつつ、頼られたら嬉しいタイプの姐御肌なのだ、京子は。

 なので、俺も遠慮することなく京子に頼める。

 

「でかい図体の割に、鈍感で頭の回らないお前にしては、上出来だな。ま、これでも知らない仲じゃあないし、貢物を持って頼みに来る殊勝な心掛けに免じて聞くだけ聞いてやろう。ほれ、さっさと話せ」

「ああ、実はだね」

 

 促され、俺は説明する。

 どのような経緯で、こうなってしまったのかを。

 玲音が居ることで、少なからず起きてしまう実害について。

 今は何とか耐えられているが、このままだと大変なことになるかもしれないと、真剣に言う。

 そう、つまり、俺が京子に何をお願いしたいかと言えば、この一つに集約される。

 

「――――この子、玲音にエロスは悪いことじゃないと教えて欲しいんだ、京子」

「よし、分かった。早々に死ね、晴幸」

 

 俺はこの後、急転直下で機嫌を悪くした京子に殴られ、倒されたところをさらに玲音に踏みつけられることになった。

 え? ひどすぎないですか、ちょっと。



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第3話 発育不良の女子中学生に踏まれたいという願望はマイナーなのか?

田舎は割と平和だけど、国家規模では割とヤヴァイという世界観


「岩倉玲音…………【れいん】ね。晴幸、お前はどうにも厄介な出来事に巻き込まれてしまったかもしれないぞ?」

 

 玲音が俺の腹をくにぐにと踏んで遊んでいると、京子が何やらにやにやと詐欺師の笑みを浮かべて、俺に声をかけて来た。

 ふむ、一体何だろうか? 俺は今、どうせ踏まれるのならば、今日の玲音の服装はホットパンツではなく、スカートの方が良かったと…………いや、待て。考え方を変えるんだ、俺。逆に考えるんだ、スカートじゃなくて、ホットパンツで良かったと思うんだ。スカートの場合、丈が長いと寝っ転がっている状態でも、パンツが見えない。しかし、ホットパンツの場合、結果的に見えている肌の面積が多くなる上に、動きによっては結構ぶぼばぁ。

 

「えっち」

「はい、すみませんでした。流石に全体重をかけてのトランポリンは勘弁してください」

「変態」

「本当に申し訳ありません」

「…………おい、そこのスケベ。いいから、私の話を聞け。割とシリアスな話だ」

「なんだい? 推定、女子中学生よりも色気が無いジャージ姿の女子高生」

「死ね」

 

 京子は俺の肩を蹴り飛ばした後、パソコンの画面を指差して、説明を続ける。

 

「なぁ、晴幸。Vチューバーって知ってるか?」

「んあー、なんか聞いたことがあるような? でも、詳しくは知らない。なんかこう、色んなアバターを作って、それを動かしながら動画配信する人たちの事だろ?」

「ん、概ね合っている。誰にでも簡単に始められるネットアイドルの形式みたいなもんだ。アバター制作さえできれば、アイドル活動でネックとなる『外見』の問題が解決する上に、プライベートも割れにくいって寸法だ。もっとも、現実と同じで、上手くやれる奴だけが人気が出るんだけどな? ピンからキリまでいろんな奴がいる。んでもって、これを見ろ」

「ふーむ?」

 

 京子が指差したディスプレイに映っていたのは、一つの動画だ。

 3Dのアバターキャラが、バストアップの状態でころころと表情を動かしている。

 まぁ、そこまではいい。Vチューバーなどの動画は、インターネットと密接した暮らしの高校生にとっては大して珍しくない。

 そう、そのアバターが、知っている人間に――玲音の姿に酷似していなければ。

 キャラクターの名前すらも、同じ音の物でなければ。

 

「バーチャルネットアイドル【れいん】。こいつが活動を始めたのは、一年前。設定としては、ネットワーク上で作り上げられた超凄いAIが、画面の外側の視聴者さんたちとお話していますよー、みたいな形式で色々と動画を上げている。もっとも、AIを自称している癖に、感情豊かな語り口調と、明らかに音声ソフトじゃない生の音声で語っていることから、この設定自体が冗談みたいな物として受け入れられている。動画の内容は一部を除き、ありきたりだ。雑談。ゲームの実況プレイ。他のVチューバーと一緒のTRPGセッション。明るくて、どんな話題でも一定以上の知識を持っていて、ウィットに富んだ言葉のセンスの持ち主だから、そこそこ有名。少なくないVチューバーの界隈でも、人気者の方だな……だけど、問題が一つ、存在する」

 

 次に、京子は自身のスマートフォンを操作して、その中の一つのアプリを起動した。

 アプリ名は、【ペルソナちゃん】だ。

 数秒の起動時間の後、起動したアプリはディスプレイ上に一つのアバターを映し出す。

 玲音――いや、【れいん】が、SFチックというか、未来の電脳存在みたいな服装を着ている姿のアバターだ。

 それは、可愛らしく背伸びして見せると、こちら側に視線を向けて、ウィンドウを表示する。

 

『おはようございます、ケー様。何か、御用でしょうか?』

 

 モーションは淀みなく、3Dアバターがまるで生きているみたいに、動いて、こちらを見ていた。

 

「これが、【れいん】が配布している無料アプリ【ペルソナちゃん】だ。内容としては、視聴者の端末からでも、【れいん】とお話出来るように、簡易的な分身である【ペルソナちゃん】を配布しました。皆さん、仲良くしてね? って感じだな。流石に、このアプリでは会話の音声はある程度、合成音声っぽくなってしまうが、それでも上等の部類。よく調教されたボイスロイドみたいに、会話してくれる。もっとも、うるさければ、今みたいに音声をオフして、ウィンドウに文章を打ち込み、文章上で会話が出来るって代物だ」

「んんー、この出来で無料アプリは凄いけど、でも、会話アプリってのは、それなりに良く聞くからねぇ。ほら、人工無能って奴。玲音と一緒の外見なのは驚いたけど――」

「違う、そんなレベルじゃない。明らかにおかしい…………はっきり言って、現代の文明レベルを超えているとさえ、私は思うぜ。『ブレイクスルー』の向こう側に存在する、未来の技術だって言われても、私は疑問に思わない。むしろ、納得する」

「ええと、そんなにか?」

「やってみろよ、直ぐにそのやばさが分かるぜ?」

 

 薦められた通り、俺は自分のスマートフォンにアプリをダウンロードして、起動させる。

 起動させると、【ペルソナちゃん】のアバターが画面に出て来て、色々な質問をし始める。名前。性別。出身地など、色々。無論、個人情報なのでそこら辺は適当に。あ、会話は音声入力もできるということなので、折角なので音声入力で遊んでみることに。

 

「おっはよー」

『おはようございます、ハル様。何か、御用でしょうか?』

「ずばり、俺好みのエロ本を探して欲しいんだ!」

『駄目ですよ、ハル様。十八歳以上の方でなければ、ご紹介できません』

「そっかー、残念」

『代わりに、性癖をおっしゃっていただければ、ネットの海からおススメを厳選します』

「性癖を!? え、ええと、それじゃあ、巨乳、女教師で、こう、絵の質感がしっかりしている感じの二次元絵をお願いします」

『はい、検索します…………こちらの絵師の方々はいかがでしょうか?』

「うわぁ、俺がツイッターでフォローしている絵師の人たちの情報がずらりと」

『あら、もうご存知でしたか、それは残念。詳しい指定をしていただければ、より快適な検索をご利用できますが、どうしますか?』

 

 五分ほどアプリを使ってみて、確かにこれはやばいと思った。

 まず、レスポンスが早い。音声入力の場合、最新機器に搭載されている会話アプリでも、不自然なずれという物を感じてしまうのだが、【ペルソナちゃん】にはそれが無い。加えて、合成音声ソフトであるはずなのに、声のイントネーションが人間のそれに近しい。その時の文脈に合わせて、感情の数値や音声の大きさを自動的に変更し、自然な声に近づけているのだ。

 だけど、一番俺がやばいと思ったのは、会話能力だ。

 この【ペルソナちゃん】と話していると段々、会話アプリを使って遊んでいるというより、画面の中に入っている一つの人格と、直接対話しているような気分になるのだ。

 それこそ、SFに出てくる、超凄い人工知能と本当に対話しているような錯覚すら抱くほどに。

 

「この性能の理由としては、相互にネットワークで繋がっているから、処理能力とかが向上するみたいな触れ込みがあるが、だとしても技術的に明らかにおかしいだろ? 試しに、人工知能や機械が嫌がりそうな質問や、矛盾を含んだ問題を解答させても、あっさりとその矛盾を飲み込んで答えるし。矛盾を許容可能な機械ってそれもう、一つの生命体――」

「ペルソナちゃん、ちょっとエッチなポーズを取って」

『めっ、駄目ですよ、エッチなのは』

「「…………」」

「オーケー。わかった、俺が悪かった。ひとまず落ち着こう、二人とも。真面目に話を聞かなかった俺が悪かったし、玲音と似た外見のキャラなのにエッチなポーズをさせようとしたのは、配慮が足りなかったと反省しごばぁ!?」

 

 京子からの痛烈なボディブローで悶絶した俺を、玲音は優しく床に横にしてくれた。そして、玲音は容赦なく俺の頭を踏みつけた。頬を赤くして「むー」と唸っていることから、今回の件に関してそれなりに怒っているらしい。やれ、玲音にエロ関係の緩和を求めるのは、随分先の話になりそうだな。

 

「さて、話を戻そうか、京子。確かに、このアプリは凄いよ、お前が興味を持つのも分かる。だが、凄いかもしれないが、今の所、害は感じない。とてつもなく凄い技術が使われているのかもしれないが、やばいぐらい凄いかもしれないが、それでも、『問題』ではない。あるんだろ? この凄まじい性能とは別に、この【ペルソナちゃん】に隠された、厄介な問題って奴が」

「あるけど、あるけどさぁ……お前、女の子に頭を踏まれながらシリアスな顔になるなよ。どういう反応すればいいのか、わからないぜ」

「ふっ、案ずるなよ、親友。非力な女子中学生にいくら踏まれても、鋼の肉体を持つ俺は大丈夫だぜ? ちょっと性癖が拗れそうなこと以外は」

「玲音ちゃん、足をどけてやれ。そのままだと、性的に興奮されるぞ?」

 

 京子の言葉に、玲音はドン引きした様子で俺から足を離した。

 流石、親友。あえて、この俺に変態の汚名を被せることによって、この窮地から救い出してくれるとは。まぁ、被害の程度を考えると、変態の汚名を被るよりもあのまま踏まれていた方がマシだったかもしれないが、それはさておき。

 

「んで、何が問題なんだ? 話せよ、京子。俺はもうこの通り、肩までどっぷりと厄ネタに漬かっているんだ。今更、躊躇う必要は無いはずだぜ?」

「その厄ネタ少女をドン引きさせているお前は何者なんだよって問いたくなるわ」

「お前の親友だけど?」

「言っておくけど、私はお前の事を親友だと認めてないからな?」

 

 はぁー、と深々としたため息を吐いた後、京子は脱線した話を戻すため、努めて真剣な表情を作った。

 

「後、この問題に関しては本当にやべぇんだ。凄いって意味のやばいじゃない。命の危機に関わるって意味だ…………いいか、よく聞け」

 

 詐欺師めいた笑みでは無く。

 真顔で淡々と。

 そっけないほど、あっさりと京子は俺に告げる。

 

「連続自殺事件の『被害者』は全て、この【ペルソナちゃん】のアプリを使用していたという共通点がある――――こいつは、人を殺すアプリなんだ」

 

 まるで、都市伝説のような一つの仮説を。

 世間を騒がせている、連続自殺事件についての、新たなる見解を。



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第4話 生理って何? と女子に直接聞いたら殴られた思い出

ちなみに、その女子はグーで殴って来ました。


 【ペルソナちゃん】と会話を長く続けると、ごく稀に、【ペルソナちゃん】から貴方へ、能動的に語り掛けてくることがあるらしい。

 曰く、

 

『理想の貴方と、繋がりたいですか?』

 

 【ペルソナちゃん】のアバターは、何時も変わらず。けれど、その声は合成音声では無く、【れいん】の声で尋ねてくるらしい。

 この問いかけに、肯定を示す返答を送ると、貴方の意識が『別世界』に送られるらしい。

 その『別世界』がどんな場所かは、定かでは無い。だけど、その『別世界』で何か、特別な物を拾ってくると、元の世界に戻って来た時に、『理想の自分』になれているのだとか。

 だけど、一つだけご用心。

 送られた先の『別世界』で、【れいん】に会ったら、絶対に口を利いてはいけない。

 何故なら、その【れいん】は、偽物で、貴方の魂を狙う悪魔なのだから。

 …………という、都市伝説をつい先ほど、親友から聞かされたわけなのだが、ふむ。

 

「えっと、話の流れ的に、最近流行っている自殺騒動で死んだ人ってのが、その、『別世界』で【れいん】に連れて行かれたってこと?」

「実際には知らん。だが、自殺者の自称親類や、友人たちがネットにリークした話では、そうなっているらしいな。どれも、同じ内容の遺書が――『あなたに、あいにいくよ』という一文だけ書かれた物が残されて、後は各々の自殺方法で。しかも、死に顔は苦しむことなく、むしろ、愛しい誰かに会えたような安堵感で満ちていたらしいぜ?」

 

 京子は、「ま、どこまで本当かはわかんねーけどな?」と前置きした後、鋭く玲音へ視線を向けた。

 

「でもよ? 流石に、これだけ怪しい噂が漂っている中で、『岩倉玲音』なんてあからさまな名前で、しかも、人間かどうかもわからない奴がいるんだぜ? やばすぎるだろうが」

「ふうむ」

 

 いつになく、真剣な京子からの忠告に、俺はしばし考え込む………五秒ほど。

 

「玲音、実際どんな感じ?」

「…………」

 

 五秒ほど考えた後、話題の中心人物である玲音に質問してみたけれど、微妙な表情を返された。そう、例えるのならば、通学中に友達から「今日さぁ、夢でさぁ、美少女がさぁ」と、訊いてもいない夢の中での美少女とのエピソードを語られた時の京子みたいな表情だ。

 つまり、玲音にとって、今の話題はクソどうでもいいという扱いになっているらしい。

 それ以前に、『そんなことよりも買い物はまだー?』と、催促するように、俺の上着の裾を引っ張る始末だ、やれやれ。

 

「なぁ、京子。こいつは大丈夫じゃね?」

「…………むしろ、なんで私はお前が大丈夫なのかと問いたい」

「そりゃあ、部屋にいきなり見知らぬオッサンとか、グロテスクな怪物が居たら驚くし、嫌だけど、今のところは俺が性欲を持て余すのと、家計に微妙にダメージが入っている以外は、特に問題無いし」

「これから、そいつと居ることによって何か問題があるかもしれねーぞ?」

「んー、でもさぁ」

 

 俺は玲音の頭に、ぽんと優しく手のひらを乗せてから、言う。

 

「まだ起こっても居ない問題に怯えて、大の男が女子中学生を追い出すなんて、クソダサくない?」

「……はぁ。またお前は余計な厄介事を。それで、お前は良くても、お前の周りの人間が迷惑をこうむったらどうする?」

「え、謝る」

「謝れない状態だったら?」

「そうなる前に助けるよ」

「助けられなかったら?」

「あちゃー、って思う」

「…………本音は?」

「わぁい、落ちもの系美少女だぁ! これで、俺も今日からジュブナイルの主人公だぜ!」

「せいっ」

 

 京子の拳が、俺の鳩尾にめり込んだ。

 そこそこ痛い。こいつ、インドア系の癖に、なんでか、俺に対する攻撃だけパワフルなんだよなぁ、不思議。

 

「無意味にお道化るな、馬鹿! どうせ、『巻き込まれたなら、トラブルの中心に自分が居れば、何か起こった時、対処しやすくなる』とでも思っているんだろうが、お人好し! それで、今までどれだけ厄介事に巻き込まれた?」

「知りたいかね? 今日までに五十三回だ」

「いい加減、学習しろよ」

「厄介事や問題を解決すれば、物語のヒーローみたいにモテると思ったんだけどなぁ。なんで、彼女が出来ないんだろう?」

「そりゃお前、滲み出る童貞としてのオーラだよ」

「童貞のバッドステータス強力過ぎじゃない?」

 

 俺は深々とため息を吐く。

 おっかしいなぁ。中学時代に思いついたモテモテになるためのナイスアイディアだと思って、地道に体を鍛えながら実行していたのに、彼女の一人も出来ないんだもんなぁ。試しに、クラスの可愛い女の子に告白しても、「ごめん、馬鹿枠はちょっと」と言われる始末だもんなぁ。なにその、俺が知らないクラスカースト。

 

「ちっ、露骨に落ち込んでるんじゃねーよ、めんどくせぇ」

「落ち込ませた張本人なのに、なんて理不尽」

「うるせぇ…………いつも通り、手伝えそうなことは手伝ってやるから、それでいいだろ?」

 

 悪態を吐きつつも、京子は俺へのフォローを忘れない。

 京子は口が壊滅的に悪く、態度も乱暴な内弁慶なのだが、本人が散々、『やばい』と言っていた案件に関わろうとする馬鹿を見捨てないから、親友なのだ。

 だから、俺は早速、遠慮なく親友を頼ることにした。

 

「んじゃあ、生理用品を見せてくれない?」

「死ね。つーか、殺すわ」

 

 玲音の生理用品とか、どうやって買うのかわからないし、姉さんに聞いたら間違いなく怒られるし、母さんは用事があって忙しいし、とりあえず、どんな感じの物を使っているのか見せて欲しいと頼もうとした結果がこれである。

 俺は、こちらの首を積極的に絞めようとする京子の魔手を防ぎつつ、もしかしたら、こういう所がモテない原因なのかもしれない、と自省した。



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第5話 女子の買い物って長くね?

 断言しておくと、田舎の買い物は大抵、近所のデパートとなる。

 食品関係ならば、スーパーという選択肢もあるが、田舎のデパートは中途半端に色々揃っているので、特定のブランドや、マイナーな作品を求めなければデパートで大抵の買い物は済ませられる。勿論、本音を言えば、買い物は専門の店で済ませたいのだけれども、田舎の街の中でも、さらに、専門の店がある町はそれほど多くない。

 そもそも、田舎の学生の交通手段は限られているので、自転車でいけない場所には行けない。高校生にもなれば、原付やバイクで移動する奴も居るのだけれども、大抵の学生は自転車と電車を駆使した行動範囲に限られるのだ。

 そして、この度の買い物は京子の家の近くにイオンがあったので、イオンでの買い物になる。

 正確に言うならば、まず、イオンの隣にある薬局店に行くことになるのだけれど。

 

「んじゃ、二人とも買い終わったら呼んでね? 俺は適当にそこら辺をぶらぶらしているから」

「は? 何言ってんだ、テメェ。テメェが頼んだんだから、私たちと一緒に来いよ。つーか、私を玲音ちゃんと二人きりにするんじゃねぇ! ほぼ初対面の相手と何を喋っていいのか、わからねぇんだよ!」

「えー、玲音は初対面でもそうじゃなくでも基本的に無口だから、大丈夫だよぉ。というかさ、生理用品を買いに来た女子と一緒に居る男子って絵面きつくない?」

「きついに決まっているだろ? そして、それくらいの恥は甘んじて受け入れろ。私に対するセクハラの罰だ」

「やー、俺は別にいいけど、その、さ? 君たち二人が生理に関して、あれこれ言っている横で、聞こえなかった振りすることになるんだけど、それでもいいの?」

「……わ、私は一向に構わん! 肉を切らせて、骨を断つ!」

「ごめんな、玲音。このお姉ちゃん、追い詰められると自爆することがあるんだ」

「――――別に、大丈夫だよ」

「おお、珍しくしゃべった」

 

 そういう流れで、俺は年頃の女子二人の整理に関してのあれこれの会話を聞き流しつつ、微妙な気分になったり、「生理用品の他に欲しい物ある?」と玲音に質問したら、何故か、シリアルを大量に買い物カゴにぶち込んできたという、少々のハプニングがあった。

 エッチな事には基本的に過剰反応するのに、何で、こういう生々しい生理の話とかは聞かれても平気なのだろうか? 

 分からない。

 岩倉玲音は未だ、謎が多い存在だ。

 俺に分かる事と言えば、玲音は妙にシリアルを好むということ。うん、前に一度、朝食で出た時、珍しく目を輝かせていたもんな。普段は微妙に無気力な目をしているのに。

 

「さて、必要最低限の物を買い込んだし。後は、玲音の服でも買いに行くか。京子、何か見立ててあげて―――悪い、失言した。俺で何とかしてみるわ」

「おい、貴様。その謝罪の意味を答えろよ?」

「いくら近所のイオンとはいえ、ジャージとサンダルで来ている京子さん。本当に言わなければわからないのですか?」

「ぐっ……だが、このジャージは夏でも涼しい高性能なんだぞ? そこんじょそこらの服よりも、よっぽど高価で実用性で、デザインもかっこいい素敵な服なんだ!」

「え、ああ、うん、そうだね……」

「突っ込めよぉ! 気まずそうに眼を逸らすなよぉ! 馬鹿の癖に!」

「ごめんな、馬鹿でも気を遣ってしまって」

 

 そういう訳で、玲音にざっとイオン内の洋服コーナーを見せて、どれが好みかを選んでもらうことに。

 軍資金は三万円ほどあるので、ある程度、大体、上下の服を揃える程度に一着ずつ買っても問題無いだろう。

 

「んんんー、中学生ぐらいのサイズだとこの辺かなー? ま、夏物なら、結構なブランド品でなければ大丈夫だろ、うん」

「そういえば、晴幸。今の玲音ちゃんの服は姉ちゃんのお下がりなのか?」

「そうだね、下着のお下がりは流石に駄目だろうということで、即日買いに行ったから、それ以外は姉ちゃんのお下がり……というか、現役というか」

「は? お前の姉ちゃん、とっくに成人しているだろ? 大学生だったよな?」

「うん、大学三年生の合法ロリなんだ」

「合法ロリだったのか!? つーか、この世界に実在したのか、合法ロリ!?」

「うちの一族には結構多いんだよね、何故か。奇妙に若作りというか、なんというか。単身赴任中の内の親父だって、ファミレスで酒類を頼めないって言ってたし」

「なんなのお前の一族!?」

 

 なんなのと言われても、ごく普通の田舎育ちの家族だよ。

 なんか、年に一度、親戚同士でよくわからない集まりがあるけど、一般家庭。

 

「…………ん」

 

 京子と話していると、いつの間にか、ぐいぐいと上着の裾を引かれる。

 どうやら、玲音が目当ての服を見つけたようだ。

 

「っと、おお、玲音。どれを買うか決めたのか! おお、どれどれー? んんんー? おかしいなぁ、これ、普段着じゃなくて、部屋着、もしくはパジャマに見えるんだけど? しかも、クマさんパジャマ。中学生でこれは、少し躊躇う感じのクマさんパジャマ」

「駄目、かな?」

「おっと、珍しく玲音が会話で俺に頼み込んでいる? 普段は面倒臭くて、一挙手一投足で、意思を伝えて来るのに。となると、ガチで欲しいパターンか、ううん」

 

 玲音は、あまり言葉を交わさない。

 会話を好まないというよりは、なんだろうか? 言葉にしなくていいことは、言葉にしないことが多い気がする。

 なので、大抵は言葉よりも態度や行動で示して、会話をすること自体稀なのだが……この通り、言葉が必要な時は、きっちりと口に出して頼み込んだりする。

 今回のパターンとしては、どうやらそのクマさんパジャマがとても気に入ったらしい。特に、獣耳の付いたフードタイプだったから、お気に入りだったのかもしれない。玲音は下着の柄も、クマさんパンツか、無地の奴を好んで選ぶもんなぁ。

 

「玲音」

「はい」

「クマさん、好きかい?」

「ん、好き、だと思う」

「ふっ、ならば良し!」

 

 その『好き』に免じて、今回は折れてやろうじゃないか。

 まー、普段着なら、俺の部屋に、無駄に姉の服が大量にあるし、大丈夫だろう。後で、メールを送って姉に事後承諾を取らねば、お盆の帰省中に殺されるかもしれないから、注意は必要だけど。大丈夫、なんとか、なるなる。

 誰かの『好き』を大切にしたいって、ケムリクサを視聴して学んだからね、俺。

 

「………………ありがとう、ハルユキ」

「おお? おお! どういたしまして」

 

 クマさんパジャマを購入し、買い物袋をそのまま玲音に手渡すと、玲音は中身の入ったそれをぎゅっと抱き締め、お礼を言ってくれた。

 そう、玲音が家に同居してから初めて、俺の名前を呼んでくれたのである。

 

「京子、京子! 名前っ! 玲音が俺の名前を呼んでくれた! こりゃあ、好感度アップした証拠ですよ! ギャルゲーだと、ぴろりろりんっ♪ って音が鳴るところ!」

「貴様がそういう言動をしなければ、そのまま好感度上がったままだったかもな? ほらみろ、玲音ちゃんの困惑しつつも、貴様の馬鹿さ加減を非難する視線を」

「玲音のジト目って可愛いよね、なんか癖になる」

「下がるんだ、玲音ちゃん! 性癖にされるぞ!」

 

 性癖にされるぞ、ってなんだよ、もう。

 でも、まぁ、あれだよね? 散々、俺の事を脅かしていた京子も、いつの間にか玲音と気軽に話できるようになっているみたいだし。

 なんだかんだ、都会は大変な事件が多いけど、こんな田舎まで異常事件が起きるなんて、そんなわけが――――

 

『ざ、ざざざざざっ―――迷子、の、お知らせ、をします。岩倉、玲音、さん。岩倉、玲音。さん。お父さんが、お待ちです。至急、お家まで戻ってきてください』

 

 そこで、急に俺の意識が不安定になった。

 買い物を終えて、これから帰ろうとしていた時、何故か、デパートの店内放送にノイズが流れたかと思うと、自分の耳元から、大音量のノイズが流れて、段々と意識が遠のいていく。

 

「ぐ、うぐぐぐぐ」

 

 土砂降りの雨音の如き、ノイズの大騒音。

 それは、ぐらりぐらりと俺の視界を揺らし、思わず、片膝を着かざるを得なくなる。奇妙な浮遊感が体を捕らえて、嫌な点滅が視界を遮り、やがて、きぃいいいん、という音と共に、俺の意識は途切れ――――――そうになったので、気合いで状態異常を吹き飛ばした。

 

「だらっしゃああああああい! 気合いがあれば、なんでもできる!」

「……えぇ」

「う、うげぇ、なんでも、は、できねぇよ、馬鹿」

 

 共に謎の現象に巻き込まれたであろう玲音や、京子も何故か俺にドン引きしている模様。

 いやいや、気合いを入れれば、多少の傷や病気ぐらいだったら治るだろ? え? 治らない? あっはっは、個人差だね!

 

「き、気持ち悪い……エレベーター内で強制スクワットされたような最低の気分だ……し、しかも、ここは?」

「うん、なんか変だねぇ、ここ。だって、明らかにイオンの店内じゃない」

 

 空は晴天。

 天井は無く、屋外。

 軽くあたりを見回すと、コンクリートジャングルという言葉を具現化したように、そびえ立つビルの数々。足元には、舗装された路面が。

 そして、何故か、道路や歩道内を無視するように、数多の電柱が乱立しており、それらが電線を辺りに張り巡らせていた。

まるで、空を閉すように。蜘蛛の巣のように。

 

「ここは、海に近い街。繋がっている場所。誰のココロにも存在する、場所」

「……玲音?」

 

 そして、首を傾げる俺の疑問に答えるように、玲音は淡々と答えを紡いだ。

 

「ここは、ワイヤード。愚者が作り上げた、虚像の街」

 

 淡々と、けれど、厳かに。

 神託を告げる巫女の如き言葉に、俺は思わず息を飲み、頷いた後。

 

「ごめん、よくわからないからもうちょっと分かり易く説明してくれ」

「…………」

 

 いまいち理解できなかったので、再度の説明を求めた。

 ほら、だって、具体的に説明してもらわないとわからないじゃんよ。



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第6話 敵キャラに可愛い女の子が居たら、さりげなくセクハラしたい

 玲音が拗ねて口を利いてくれなくなったので、仕方なく俺たちはこのワイヤードなる街を探索することにした。

 

「なー、悪かったって。分かる、うん、俺も分かるよ? 中学生の頃、そうだったもん。これでも、俺は真剣に魔術とか、武術を使いたくて練習したんだけどさー。結局、魔術の方は使えなかったんだよ。武術はそれっぽいのを漫画から引用して真似ることが出来たけどさー」

「…………」

「だから、悪くない。むしろ、中学生の間にさ、そういう熱っていうのかな? そういう病にかからない人ってのは、面白味が無いと思うのよ、俺は。そう、つまりは成長に必要な過程なんだよ、分かるかな?」

「…………」

「駄目だ、完全に拗ねてやがる」

 

 このワイヤードと言う街は、奇妙な場所だった。

 何せ、誰も居ない。都会の真っただ中みたいな構造で、道路の脇には店やコンビニが見えるというのに、店内には誰も居ない。なのに、商品とかはずらりと棚に並んでいる。その上、賞味期限もまだ大分遠い物ばかりだ。

 無人の街。

 どれだけ大きな声を上げても、誰も居ない。

 途方に暮れて空を仰げば、蜘蛛の巣の如き電線が、空を閉すように張られている。電線の下には、コンクリートの電柱が、規則性なく、道路でなくともお構いなしに建てられている。

 ここは、明らかにおかしい場所だった。

 唯一、何かを知っていそうな玲音も、今はすっかり拗ねて、定期的に俺の脇腹を手刀で突いてくるだけのリアクションしか取ってくれない。

 

「うぐ、げぇ……」

「大丈夫かい、京子? 屋外がしんどいようだったら、何処かの店の中で休む? お金をレジに置いといて、薬とか水とか貰ってくる?」

 

 そして、京子は体調を崩してしまっていたので、現在は俺の背中で負ぶわれている。

 どうにも、平衡感覚が狂ったような気持ち悪さで、まともに歩くことも出来なくなってしまっているようだ。

 

「ば、馬鹿か、お前は。ヨモツヘグリを、知らんの、か? 明らかに、異界だろうが、ここは。そんな、ところで、飲み食いしたら、戻れなくなる、ぞ?」

「えー、知らんよ、そんな小難しいのー。あ、でも、マヨイガは知っているぜ? 程よい盗人には、幸が訪れるって話だろ?」

「微妙に違う……つーか、なんでマヨイガを知っていて、ヨモツヘグリを……ええい、とにかく、だ。飲み食いはするな、極力、な」

「はぁーい」

「あ、あと……そ、その……む、胸が当たっても、き、気にするなよ!? 絶対に、意識するな! いいな!?」

「む……ね……?」

「当たってるだろ!? なぁ、当たっているよな!? 何、『え? これ肋骨じゃないの?』みたいなリアクションは止めろ! 絞め殺すぞ!」

 

 ただ、俺にアドバイスをしたり、怒鳴ったりする元気はあるみたいなので、今すぐどうにかはならない様子。

 けれど、困った物である。

 神隠しというのは、東北地方では結構昔話に出てくる現象であるが、流石に、現代っ子のこの俺はそこら辺に詳しくない。民俗学者とかが、パーティに居てくれれば、この場で何かしらの仮説を披露してくれるだろうに、この場に居るのはハッカーと馬鹿と、よくわからない美少女だけだ。

 

「とりあえず、探索を続けるしかないか。何もせずぼーっとするよりは、気分がマシになるだろうし。探索している内に、何処かの誰かが機嫌を直してくれるかもれないし」

「…………」

「ありゃ? やっぱり、まだご機嫌が――――」

「来た、よ」

「ん?」

 

 ざ、ざざざざっ、という夕立ちの如きノイズ音がどこからか聞こえたかと思うと、急に、目の前の風景が歪んだ。

 

「預言を、実行せよ」

「預言実行せよ。預言を実行せよ」

「御許に、【岩倉玲音】を、届けよ」

 

 風景が歪んだのは一瞬の出来事だったのだが、その間に、五人の男女が現れた。

 年恰好がバラバラで、一番年上は白髪の混じった壮年のサラリーマンだったり、一番下が、ランドセルを背負った小学校低学年の少女だったりする。

 だが、皆一様に言動がおかしい。

 まるで、操り人形みたいに生気の無い目をして、ロボットみたく、ぎこちない動きでこちらに歩み寄ってくるのだ。

 

「冥府から、死者が溢れ出ている」

 

 彼らを見て、俺の隣に居る玲音は、ぽつりと呟いた。

 ここで、俺はようやく気付く。玲音の言動は全て、中二病のそれでは無く、『本物』だったんだって。

 

「「「――――シフト」」」

 

 それを証明するかの如く、五人の男女は、俺たちの目の前で変貌――いいや、『変身』した。

 ざざざざ、という音と共に、ボールペンで間違えた場所を塗りつぶすみたいな、乱雑な黒の線が、五人の体を塗り潰して、そして、化物が現れた。

 

『ゲゲゲゲッ』

『マルカジリ! マルカジリ!』

『オレサマ! オマエ! マルカジリ!』

 

 奇怪な化物だった。

 まるで、地獄絵図に出てくる『餓鬼』の様。

 体全体が骨ばっていて、痩身であるというのに、腹だけがぽっこりと大きく出ている。手足は細くとも、指の先がかぎ爪のように鋭く、ぎょろりとした大きな獣の眼球は、こちらを見て、嗜虐的な感情を隠していない。

 

「に、げろ」

『ゲゲゲッ!』

 

 背中から、京子の押し殺した声が聞こえたのと、化物の内の一体が、俺に襲い掛かってくるのは、ほぼ同時だった。

 非日常の怪物。

 突然の異界。

 エンカウント。

 背中と、隣には、女の子。

 俺は、脳裏に様々な考えが過ぎり、混乱する。

 こういう時、馬鹿は損だ。急いで考えなければいけないのに、頭はまるで回らない。どうするのが一番良い方法なのか、さっぱりわからない。

 

「とぅあっ!」

『グゲッ!!?』

 

 なので、考えるだけ無駄と判断して、思考をカット。

 襲い掛かってくる化物の顎に、勢いよく蹴りをぶち込んで昏倒させる。

 

「…………えっ」

「あれ?」

『グゲッ?』

 

 俺が襲い掛かって来た化物の一体を蹴り倒し、ついでに念入りに頭を踏み砕くと、化物だった奴は、再び、ノイズ音と黒の現象が起きて、壮年のサラリーマンへと姿が戻った。

 

「よし、この方法で正解だな。んじゃ、悪いけど、揺れるぜ、京子」

「ん、あ、へ?」

「うるぉおおおおああああああああああっ!!」

 

 俺は気合いを込めた咆哮を街に轟かせると、そのまま化物の群れに突っ込む。

 

「ずぇい!」

『ゴゲェ』

 

 まず、一体。

 呆けていた化物の顔面を蹴り砕いて、人間に戻す。

 

『ぎ、ギギッ――――』

「おせぇ」

 

 さらに、二体。合計三体。

 動揺の混ざった乱雑な動きで反撃しようとする一体を蹴り砕き、その反動で、もう一体の爪攻撃を避ける。爪攻撃を仕掛けて来た化物には、膝裏を蹴りぬき、行動を制限。無様に転んだところで、逃がさず、頭部を踏み砕く。

 

『アイツ、マジヤバ――ゴブンッ』

『ニゲ――ブギョ』

 

 ついでに、何でか知らんが逃げようと背を向けていた化物二人も、背骨を蹴り折って動きを封じた後、きっちりと倒す。

 …………倒した後、人間に戻った人たちをちょんちょん、と蹴って意識確認。ついでに、怪我がないかも確認。うん、うん、よし、意識もあるし、怪我も無いな。俺が蹴ったりした部分に、ひどい打撲の跡が見られるが、重傷でなければノーカンよ。

 

「…………えぇ」

 

 問題があるとすれば、俺の奮闘ぶりを見ていた玲音がドン引きした目でこちらを見てくることぐらい。

 あっるぇー? そこは俺の雄姿に好感度をアップさせるところでは?

 

「な、なぁ、馬鹿? 馬鹿晴幸?」

「なんだよ、京子。つか、大丈夫? 背負ったまま動いたけど」

「だ、大丈夫…………それよりも、さっきの動きはなんだ? とても、素人の物とは思えなかったが。ま、まさか、お前、知らない内に世界の平和を守っていたりする系の男子だったりするのか? 秘密の組織のエージェントだったりするのか?」

 

 捲し立てるように尋ねてくる京子の言葉へ、俺は自嘲の笑みと共に答えた。

 

「京子よ、これが中二病を中二病で終わらせなかった俺が手に入れてしまった力だよ。具体的に言うと、中学生の夏休みのほとんどは、ヤタガラスっていう、謎の警備会社の合宿訓練にぶち込まれてね?」

「え? さっきの話はマジだったのか? マジで修業したの? 痛々しい中二病の行動をやらかしたとか、そういうのじゃなくて?」

「母さんに、『俺、強くなりたいんだ! マジで! いずれ来る戦いに備えて!』と言ったら、神妙な顔で頷かれて、中学生の夏休みがほとんど地獄の特訓漬けの日々に……うう、無理です、教官! 人体の拳では鉄塊は砕けません!」

「馬鹿が予想以上に馬鹿過ぎる!? いや、それで助けられているんだから、無駄じゃないんだろうけど」

「そうだぞ! 現在進行形で助けているんだから、好感度を上げろよな!」

「嫌だよ。代わりに、後でラーメン奢るぜ」

「わぁい、ラーメンだぁ!」

 

 しかし、何だったのだろうか、あの化物共は。

 化物の割には思ったよりも弱かったような? 確かに、蹴りごたえは多少頑丈だった気がするが、あんな如何にも化物みたいな見た目で、あっさり倒されるんだもんなぁ。

 まー、でも弱くて助かったかな? さて、あの化物の増援が来ても嫌だから、どうにか、この場から逃げて――――

 

「あららららーん? おっかしいですわねー? ただの一般人に、ノイズ人間が倒されるなんて。これはちょっと、前代未聞かもしれませんわーん?」

 

 ぞくり、と背筋に極大の氷柱でも差し込まれたみたいな、悪寒。

 先ほどの化物共など、比べものにならない嫌な感覚。プレッシャー? 殺気? そういう感じの、やばい空気を、俺は感知した。

 

「ああ、でも、『宿主』でいらっしゃるのね? それならば、あの理不尽なまでの怪力無双振りも納得ですわ」

 

 俺は耳を澄ませ、この声の主の居所を探った…………結果、探るまでも無く、その声の俺たちの前方に居た。正確に言えば、前方でありながら、上方。そう、俺が見上げた先、電柱の上に、一人の奇妙な少女が居た。

 

「けれども! まさか、ペルソナも使わずにノイズ人間を倒すなんて! あら? あららららら? これはひょっとして大手柄でありませんこと、ワタクシ。【岩倉玲音】と共に、このイレギュラーなる宿主を捧げれば、きっと『お父様』もお喜びになりますわ」

 

 まるで、漫画に出てくるキャラクターのような恰好だと思った。

 ゴシックロリータというのだろうか? 黒くてひらひらの服に、ミニスカート。膝上まで、青と黒のボーダー柄のニーソックス。靴は厚底で、動きづらそう。その上、片目に眼帯、片手に日傘という、かなり行動が制限される格好だ。

 身長は小柄で、髪色は銀。長さは肩にかかる程度のショート。隠されていない左目の色は赤。顔つきは幼い。玲音よりも幼い。小学校高学年ぐらいか?

 そんな少女が、まったく恐れることなく電柱の上で、俺たちを見下ろしている。

 

「と、言う訳で。申し訳ありませんが、お兄様、お姉様? 大人しく、私について来てくださります? 抵抗するようでしたら、ちょっとおしおきの時間になりますけど?」

 

 圧倒的格上である自負に基づいた、余裕の笑み。

 俺は、その笑みに気圧された風を装って膝を着く。

 

「な、なんてプレッシャーだ、くそう」

 

 肌に感じる圧倒的なオーラ。

生命の生存本能を刺激してくる恐怖の眼差し。

 華奢な足を優しく包むニーソックスのエロス。

 それらを受けながら、俺はひらひらと動くミニスカートに隠された布地を、きっちり下方からベストポジションで確認。

 そして、一つの衝撃を受けたまま、叫んだ。

 

「馬鹿な!? その服装でクマさんパンツだと!? まさか、玲音と同じタイプのスタンド使いか!?」

「…………最低」

「死ね」

「殺しますわ」

 

 この後、俺は女性陣三人にボコボコにされて戦闘不能になりました。

 あの、お二人さん。これでも俺、味方なのですが? 



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第7話 自分と向き合う系の覚醒シーンは、馬鹿にはあんまり意味が無い

ようやく、ペルソナらしくなって来ました。多分。


 率直に言って、厳しい状況だった。

 体中が鈍痛で疼き、動けはするものの全力は出せない。

 加えて、敵対者であるゴスロリ少女の動きは、速い。速すぎるほどに。

 

「あはははははっ! 先ほどまでの威勢の良さはどうなさったのです!? これじゃあ、只の嬲り殺しですわよ!?」

 

 人の限界を超えるほどに、速い。

 こちらが瞬き一つする度に、相手は十数メートルほどの距離を移動していて、日傘の鋭い突きをこちらに食らわせてくる。

 幸いなことに、急所は勘で外し。鋭い日傘の突きは、筋肉の鎧で防いでいるのだが、このままではいけない。ジリ貧だ。

 

「くっ……せめて、俺が全力を出せれば……どこかの誰かさんたちが、敵と一緒に俺をボコボコにしなければ! あーあ! 全力を出せていれば、まだ対抗手段があったのになぁ!」

 

 なので、俺は戦闘不能となった主な原因に対する二人に対して、露骨に非難の視線を送る。

 あー、せめてなー? もうちょっとなー? 君たち二人が、手加減してくれればなー? ゴスロリ少女の攻撃を耐えることに集中して、戦闘不能にはならなかったのになー?

 

「…………」

「真面目にやれ、馬鹿」

 

 なお、玲音も京子もリアクションが冷たい。

 玲音は侮蔑を含んだ視線で此方を見て来るし、京子なんかはまるで俺がふざけているような始末。いやいや、マジで痛いんですよ? おまけに速いしこいつ。

 だから、まぁ――――目が慣れるのに、時間がかかったんだ。

 

「あはははっ! さぁ、これでフィニッシュ――う、ううお!?」

「いえーい、見切った」

 

 人外の領域に踏み込んでいるほどの、高速移動。

 けれど、人はやろうと思えば、高速で動く物体だってバットで打ち返せる。その移動が、分かり易く直線的だったら、尚更だ。

 故に、俺は日傘の突きを紙一重で見切って、力任せに掴み取った。

 

「んなっ!?」

 

 ゴスロリ少女の驚愕の声。

 力任せの蛮勇の代償として、俺の右掌はずたずたに切り裂かれたが、問題ない。所詮は薄皮一枚。肉までは損傷していない。

 

「うお、らぁあああああっ!」

 

 そして、この千載一遇のチャンスを逃すほど、俺は馬鹿では無い。

 あの高速移動は直線的。しかも、動くには膝を曲げておかなければならないという準備行動がある。つまり、至近距離ならば、高速移動で逃れる前に、攻撃が可能。

 喉からせり上がるのは、咆哮。

 俺は加速する思考の中で、左手のひらを鞭のようにしなやかなにしならせ――――すぱぁん、とゴスロリ少女の尻を勢いよく叩いた。

 

「みぎゃん!?」

 

 尻尾を踏まれた猫みたいな悲鳴が、ゴスロリ少女の口から叫ばれる。

 正直に言おう。

 俺とこのゴスロリ少女との相性は、悪い。戦闘の相性以前に、俺は自分よりも年下の女子を殴ることは出来ない。せめて、同い年か、年上で会ってくれれば、遠慮なく腹パンかませるのだが、相手はまだ幼い外見の少女だ。甘いと思われても、暴力を振るうなんてことは到底、俺には出来なかった。

 だからこその、スパンキングである。

 古今東西、悪いことをした子供に対する罰というのは、お尻ぺんぺんだと決まっている。

 つまり、外見幼い子供だったとしても、スパンキングによる愛の鞭ならば、許されるのだ。少なくとも、俺の良心は許してくれる。

 

「お、おおおおおおおおおっ」

「みゃぁあああああああああああ!!?」

 

 すぱーん、すぱーん、すぱーん、と俺はゴスロリ少女を逃がさず、尻への攻撃を緩めない。

 分かっている。相手の方が速い。今の有利は、一瞬の隙を突いただけの有利。しかも、俺は自身の心情で、相手を一撃で叩き伏せる攻撃が出来ない。

 なら、やることは一つ。

 幾度もスパンキングを繰り返し、相手を逃がさない。

 そして、相手の心が折れるまで、何度も攻撃の手を緩めない。

 例え、玲音や京子からの視線がより一層冷たくなったとしても、だ!

 

「お前の! 心が! 折れるまで! 俺は! お前の尻を! 叩くのを! 止めない!」

「みゃっ! やめっ! ひぐっ! いたぁ! ワタクシのっ! おしっ! みぎゃあ!?」

 

 幾度もスパンキングを繰り返していく内に、俺は手ごたえを感じていた。

 相手の臀部を叩いた衝撃では無く、俺のスパンキングが相手の精神まで響いている、という確信だ。もう少し、あと、もう少し、恐らくは後十発で、ゴスロリ少女の心は折れ――

 

「いい加減に、するんですのぉおおおおおおおっ!!」

 

 勝機を見出した瞬間、俺の体は謎の衝撃によって吹き飛ばされて、ごろごろとアスファルトの路面を転がった。

 

「ち、いっ!」

 

 ある程度転がった後、そのままの勢いを利用して立ち上がり、すぐさま体勢を整える俺。

 一体、何があった? まるで、ゴスロリ少女の体から、いきなり爆風が巻き上がって、俺が吹き飛ばされたみたいな現象だった。

 

「ゆ、許しませんわ、絶対……これでもワタクシ、ナイツの中では穏健派であると自称していましたのに、ここまでの屈辱を受ければ、もう、殺すしかありませんわ。【岩倉玲音】を除いて、皆殺し、ですのっ!」

 

 俺の視線の先に居るゴスロリ少女の周囲が、おかしい。

 両目から――眼帯の下からも――涙を流しつつ、左手で軽く突き出したお尻を抑えるという、情けない格好であるというのに、ゴスロリ少女の周囲に凄まじい竜巻現象が起こっている。

 明らかに、非現実的な、現象。

 控えめに言っても、命の危機を感じるれべぇ事態である。

 

「おい、馬鹿晴幸っ! やばいぞ、逃げろ!」

「……あー、逃げろとおっしゃられましてもねー?」

 

 俺が逃げたら、まず京子が殺されるパターンじゃん、これ。

 ヘイトを取った者の義務として、せめて、最後まで対峙しないとね。

 

「真名解放」

 

 そして、俺はそれと対峙することになった。

 

「ペ・ル・ソ・ナ」

 

 ゴスロリ少女の口から呟かれるのは、四文字の単語。

 荒々しく眼帯をむしり取った先に見えたのは、金色の瞳。人間のそれでは無く、猛禽類の如き、それ。

 

「来なさい、我が半身――――ガルーダ」

 

 ゴスロリ少女の言葉と共に、突風が辺り一面を吹き抜けた。

 荒々しい風。

 無数の竜巻。

 それらを制するように、ゴスロリ少女の傍らに出現したのは、金色の大鷲だった。

 だが、それは恐らく、動物では無い。いや、あの餓鬼みたいな怪物の同類ですらない。そんなのとは比較にならない、圧倒的な威圧を金色の大鷲から感じていた。

 

「ガルーダ。疾風を纏いし刃で、愚か者を切り刻みなさい」

 

 金色の大鷲の羽ばたき。

 生じるのは、明らかに異常な風。竜巻。

 俺は、それを苦笑しながら、さて、どうするかと身構えて、

 

『理想の貴方と、繋がりたいですか?』

 

 聞き覚えのある、誰かの声が聞こえた。

 

 

●●●

 

 

 気づくと、俺は教室に居た。

 自分の学校のそれじゃない。何処かの学校の教室。見覚えは無い。ついでに、人影も無い。窓から外を覗くと、ざざざざざあ、という土砂降りの雨が降っている。

 こんな雨じゃあ、傘なんて意味ないな、などと思っていると、ふと、声が聞こえた。

 

「理想の貴方と繋がるには、試練が必要です」

 

 声の方向に視線を向ける。

 俺の右隣の席。机の上に、お行儀悪く座っている、玲音――――いや、【ペルソナちゃん】が、不気味な笑みを浮かべて俺を見ていた。

 

「理想の貴方になるためには、弱い貴方を殺さなければいけません」

 

 彼女の手に携えられているのは、一丁の拳銃。

 黒くて、重々しい、人殺しの道具。

 警察官などが良く持っているような、小さくて、けれど、人を殺すのには充分な口径のそれが、何故か、【ペルソナちゃん】の右手にある。

 

「ほら、殺すべき貴方の弱さが、そこに居ますよ?」

 

 【ペルソナちゃん】から、左手で指差された先。

 俺の背後の席。

 そこには、『学生服姿の俺』が居た。

 老け顔で、ガタイが良く、筋肉質。間違いなく母親の血を引く、巨体の俺だ。少し、考え事をしていて仏頂面になると、友達から「ねぇ、怒ってる?」などと言われてしまうこともあるので、普段から気を付けて愛想よくしなければならない。

 そんな『俺』が、にやにやと厭らしい笑みを浮かべて、俺を見ていた。

 

「さぁ、目を逸らさず。まずは見つめてください。貴方の弱さを。普段、目を逸らしている部分を。知ってください」

 

 淡々と紡がれる、【ペルソナちゃん】の言葉。

 それに応じるように、『俺』が口を開いた。

 

「――――――玲音の鎖骨は、エロい」

 

 おい、何言ってやがるんだ、この馬鹿は。

 

「くく、くくくくっ。なぁ、俺よ、随分格好つけているみたいだが、俺自身は誤魔化されないぜ? どれだけ心の中で目を背けようが、『俺』は知ってんだ。そう、玲音ぐらいの年齢の女の子でも、実はストライクゾーンに入っていることをな!」

「さっきまでのシリアスな空気をぶち壊すのやめようぜ、『俺』」

 

 あまりに予想外の発言だった所為か、【ペルソナちゃん】の笑みが崩れて、侮蔑の視線をこっちに向けているじゃないか、まったく。

 

「いや、でも、何となくわかるよ、これ。あれでしょ? 過去の自分と向き合って、こう、なんやかんやするの。なんかこう、自分の目の背けて来たことに対して、決断を迫られる感じの奴でしょ? だったら、せめて、もう少しシリアスなのを出してよ」

「く、くくくっ、馬鹿だな、俺は。この俺たちに、シリアスなトラウマっぽい過去があるとでも?」

「いや、いやいや、待とう。なんかはある、なんかはあるでしょ? ほら、悩みなく馬鹿面晒して今まで生きて来たわけじゃないしさ! 過去にそれなりに悩んだり、色々事件に関わったり、人の闇に触れて来たこともあったじゃん!」

「全部、その場のノリで解決してきたじゃん。特に後悔とかもなく、普通に良い思い出として消化して、今まで生きてきたじゃん」

「た、他人と自分との違いとかは!? ほら、俺って他の人より頑丈だし!」

「頼りにされることはあっても、恐れられることはあんまりなかっただろうが。基本、俺って温厚な馬鹿だし。むしろ、恐れられているのは性癖の寛容さぐらいじゃない?」

「性癖の寛容さ!?」

「うん、だからもうそれで行こう? 性癖関係で、過去と向かい合うイベントやろう? 諦めよう? これが俺だよ」

「…………んー、まぁ、しょうがないよなぁ。じゃあ、リテイクで」

 

 こうして、自分会議の後、俺はシリアスなイベントをリテイクすることにした。

 

「く、くくくっ! いい加減認めるがいい! 玲音の発育不良な肉体の絶妙なエロさを! 玲音と暮らすことにより、お前の性癖は広がったのだと!」

「だ、駄目だ、そんなの……っ! 俺は、貧乳よりも! 胸が大きいのが好きで!」

「おいおい、目を逸らすなよ。おっぱいの大きさ? ああ、確かに、お前は巨乳が好きだっただろうさ、今まではな? だが、お前は成長したのさ。成長したことによって、より多くの胸を愛することが出来るようになった。そう、膨らみかけの玲音の胸ですらも!」

「ぐっ! つまり、このまま成長するといずれ、京子の無乳にも性的興奮を!?」

「や、流石に虚無に対してムラムラしない」

「ですよねー」

 

 俺と『俺』は、それっぽくシリアスを装った会話をしつつ、ちらりと横目で【ペルソナちゃん】の様子を伺う。

 さぁ、イベントを進めてくれても構わないのよ? と露骨に視線をちらちら送る。

 

「…………ばーか」

 

 なお、【ペルソナちゃん】は可愛らしい罵倒を一つ残すと、その場から煙のように消え去った。

 え? この後、どうすればいいのん?

 

「おーい、『俺』よ。なんか居なくなったんだけど? え、大丈夫? この後のイベント進行大丈夫?」

「やー、そもそも、お前が『俺』を認めている時点で、既に終わっているというか、開幕で終了したから、あちらも何もすることが無かったというか、うん。とりあえず、覚醒イベントは終わったから、現実に帰りなさい」

「もっと格好良く覚醒したかったんですけど!」

「仕方ないじゃん、それが俺だ」

「まぁ、分かるけどさぁ」

 

 肩を竦める『俺』の言葉を受け入れ、俺はため息を吐く。

 無人の教室。

 窓の外に降りしきる雨。

 そうだ、何時までもこんなところで一人漫才している場合じゃあない。

 

「覚醒の言葉は分かっているな?」

「流石にね。馬鹿の俺でも分かる」

「じゃあ、元気よく、吠えるように叫ぼうか。下手に格好つけても、格好付かないのが俺だし。だから、せめて、元気よく」

「ん、分かった。じゃあ、聞いている奴らがビビるぐらいに、大きな声で。せぇーのっ」

 

 故に、俺は叫ぶ。

 この場所で理解したことを。

 自分の中から湧き上がる力を、一つのヴィジョンへ結ぶための言葉を。

 

「「――――ペルソナぁ!!!」」

 

 

●●●

 

 

 湧き上がる力が。

 言葉と共に結ばれた、ヴィジョンが。

 疾風を纏う刃を砕き、振り払ったのを確認した。

 

《我は汝。汝は我。我は汝の心の海より出てし者。冥府より溢れ出た、死者を裁く者、【ヤマ】。共に、か弱き罪の繋がりを断ち切らん》

 

 そのヴィジョンは金髪の偉丈夫だった。

 赤銅の肌を持ち、骨で作られたような荒々しい長剣を携える、審判者。

 ――――ヤマ。

 俺は知っていた。

 そのヴィジョンが、俺の心から溢れ出た、俺自身であることを。

 

「あ、あららららら? おかしいですわねぇ? なんですの、それ? なんですの、その魔力! 意味がわかりませんわ! 宿主? 宿主だから!? そんな、馬鹿な――――自分を殺さず、ペルソナを手に入れることなど、出来るわけが、ありませんわ!」

 

 ゴスロリ少女は、目に見えて動揺していた。

 ガルーダ、と呼んでいたゴスロリ少女のヴィジョンが、ぶれている。ノイズが混じって、まともに形を為せていない。

 それもそのはず。

 俺は、知っていた。

 このヤマが出て来た理由を。

 俺が今、やるべきことを。

 まるで、最初から知っていた事柄のように、俺はこの力の使い方と、使い道を知っていた。

 

「裁定の時間だ」

 

 本体である俺が指差すと共に、ヴィジョンであるヤマが、白亜の長剣の切っ先をゴスロリ少女へ差し向ける。

 それだけで、まるでゴスロリ少女は金縛りに合ったのかのように動けなくなった。

 

「泰山府君の名において命じる。死者よ。自ら、生を放棄した、愚かなる死者よ」

「や、やめっ、嫌だ! ワタクシは! 『私』は! 惨めな自分になんか戻りたくない! やだ! やめろぉおおおおっ!」

 

 

 喚くな、騒ぐな。

 裁定は、覆らない。

 

「――――在るべき場所に、帰りやがれ!!」

 

 俺の言葉と共に、ヤマが振るう白亜の長剣が、ノイズ交じりのヴィジョンごと、ゴスロリ少女を切り裂く。

 裁きを受けたゴスロリ少女は、「うあ」と小さい呻き声を残すと、その場に倒れ込んだ。

 だが、傷は無い。

 血の一滴すらも出ない。

 代わりに、空を覆っていた無数の電線が、伸び切ったゴムのように次々と弾けて、千切れていく。空がひび割れて、コンクリートの路面も、卵の殻の如く、割れて、崩れていく。

 

「よいしょっと」

 

 俺は倒れ込んだゴスロリ少女を小脇に抱えると、次第に酷くなっていく、この場の崩壊を避けながら、二人の下へ向かう。

 呆然と、半口を開けた状態で俺を見る京子の下へ。

 どうしようもない馬鹿を見るような目をしている、玲音の下へ。

 

「…………ふっ」

 

 そして俺は、ニヒルな笑みを浮かべ、精一杯格好つけて上で、二人へ告げる。

 

「――――やりすぎちゃったぜ♪ これ、なんか街が壊れているんだけど、大丈夫かな?」

 

 まず、玲音が俺を逃がさないためなのか、がっしりと背中から俺の腰回りに抱き付いてくる。

 やれやれ、なんでそんな小柄な体なのに、しがみ付かれるとまったく動けなくなるんだか。とても不思議。しかも、片手はゴスロリ少女を抱えているから、元々碌に動けもしないという、ね? あー、しかも、京子さん、グーで素振りしてらっしゃる。あの、グーは駄目じゃありませんか? それはね、拳を痛めるから、止めた方がよろしいのでは――――

 

「少しは後先を考えろ! このっ、大馬鹿者ぉっ!!」

「ぶべらっ!!?」

 

 崩れ行く街。

 ひび割れる空。

 無数の電線が、火花を上げて千切れていく最中。

 俺は、京子から強烈な右ストレートを食らい、ものの見事に意識が暗転した。




主人公のペルソナのヤマは、どちらかと言えばペルソナ罪と罰という漫画版のヤマになります。


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第8話 夏休みのお泊りはテンションが上がる

スマブラ大会が行われて、夕食はバーベキューかカレーになることが多い。
なお、女子が居ないパターンしか経験できていない。


 ごつん、という固い衝撃が後頭部に走って、俺は目を覚ました。

 

「いててて……ええと、ここは?」

 

 俺はワンチャン、目が覚めた時に誰か膝枕してくれないかなー? という期待を裏切られたがっかり感を胸に秘めつつ、周囲を見渡す。

 …………どうやらここは、どこかのマンションの一室みたいだ。カーテンが閉め切られているので薄暗いが、綺麗に掃除されたフローリングの床に、ベッドや本棚、学習机といった家具が辺りにあるのが見られる。

 間違っても、俺たちがワイヤードという異空間に入り込んでしまった時に居た、イオンの店内ではない。

 

「うぐぐぐ……手が、手がぁ」

 

 俺が状況を把握していると、少し離れた場所から、呻き声が聞こえて来た。

 移動して確認してみると、どうやら、マンションのキッチン付近で京子が右手を抑えて蹲っている様子。

 ふむ、無事かどうかはさておき、京子も一緒にこの場所へ転送されてしまったらしい。

 

「もぐもぐ、もぐもぐ」

 

 なお、玲音はキッチンの棚と冷蔵庫を勝手に漁り、シリアルと如何にも高そうな牛乳を勝手に頂戴して、無表情で食事をとっている。

 ふふ、相変わらずマイペースな奴だぜ、玲音は。でも、だからこそ、頼もしい。

 

「玲音」

「もぐもぐもぐ……ん、なに?」

「ここはワイヤード? それとも、現実?」

「街の一部は、貴方が壊してしまったでしょう?」

「なるほど、つまり、現実か……ふっ、すまないな、皆。俺の覚醒した力が、あまりにも強すぎたせいで、迷惑をかけた」

「どや顔で言っても、謝意を感じねぇんだよ、ああん!?」

「…………むー」

 

 俺は左手で投擲された、京子のスマホを軽やかに受け取り、玲音から投げつけられた角砂糖の一つを華麗に口で受け取る。あめぇ。

 

「ともあれ、あのよくわからない空間からの脱出は成功したわけだ。ふぅ、九死に一生を得たな、やれやれだぜ」

「スタンド能力みたいな力を得たからって、急にジョジョ作品の主人公を気取ってんじゃねーよ、馬鹿。テメェなんざ、『バカテス』とか、『ぐらんぶる』の主人公がお似合いだ」

「割とストレートに馬鹿と言いおって。ならばせめて、川上作品の主人公になりたい」

「お前は全裸になったら、普通に逮捕されるし、銀髪巨乳の自動人形も嫁にならない」

「ちぇー。欲しいなぁ、主人公補正」

 

 美少女に囲まれて、いちゃいちゃしてーなぁ、と呟きながら、俺は手早く京子の右手を見る。ふむふむ、軽い打撲だな。この程度なら、放置しても問題ないけど、一応、冷やしておくか。ええと、救急箱、救急箱は……ん、あったあった。

 

「なぁ、晴幸。その、な? 手当をしてくれるのは、正直、有難い。殴った私を手当てするなんざ、本当にお前って奴は底抜けのお人好しだと思う」

「親友が傷ついていたら、出来る限りのことをするが俺だぜ」

「だ、誰が親友か! じゃ、なくて、その! もっと大切なことがあるというか、お前はその状態でよくもまぁ、ずっと自然な会話を出来るなぁ、というか」

「…………んん?」

「…………さっきからずっと、お前の背中に負ぶさっている、お子様は一体、誰だ?」

 

 指摘されて、俺はようやく自覚する。

 そういえば、ずっと倒れていた時から、何かぐんにょりと脱力した女の子を小脇に抱えていたなぁ、と。しかも、ついさっき、京子の右手を治療するために邪魔だから、背中に負ぶさるように位置を調整したんだった。なんかこう、無意識化でこれを手放したら危ないと思っていた所為か、ついつい、自然にあるものとして取り扱ってしまっていたぜ。

 

「ふむ」

 

 俺は背負っていた少女をフローリングの床に降ろして、改めて姿を確認する。

 小柄な背丈。幼さの残る容姿。大体、小学校高学年ぐらいの年齢だろうか? 黒髪を短く切りそろえた、おかっぱ風の髪形に、よく言えば上品、悪く言えば地味な色合いのワンピース姿の少女が、そこに居た。

 そして、少なくとも、俺はその顔や格好に見覚えが無いはずなのに、なぜか、奇妙な既視感を覚えてしまっている。

 

「ふむむ」

 

 俺はこの既視感の正体を推理する。

 まず、背負っていた時や、下ろした時に意図せずお尻を触ってしまった時に感じた、右手の疼き。次に、俺がワイヤード内で気絶する際、どのようなポジションに居たのか。

 …………大体の予想は付いている。

 けれど、こいつの正体を確定させるのには、足りない。最後の一つ、何か、何か言い逃れが出来ないような物証があれば――――そうか!

 

「見えたっ! これが、答えだ!!」

 

 俺は意識が無く、フローリングで寝かされている年下の少女。その少女が着ているワンピースの、スカート部分を大胆に捲り上げた。スカートを巡り上げた先に合ったのは、年齢相応と呼ぶには少し幼い、クマさん柄のパンツ。

 

「京子……こいつは、ワイヤード内で遭遇した、ゴスロリ少女だ」

 

 そう、ワイヤード内で、ゴスロリスカートの下から見えた物と完全に同じ物だった。

 

「そうか、死ね」

「うぶぅ!」

 

 冷静かつ、迅速な行動によって真実に辿り着いた俺。

 されど、真実の対価は安い物ではない。

 どうやら、俺の行動が気に入らなかった京子は、負傷した右手ではなく、なおかつ、ツッコミの威力を落とさないために、右足を動かした。運動不足、だが、ツッコミの際は尋常ならざる力が働く京子のミドルキックにより、俺は痛烈な打撃を脇腹に食らい、そのまま倒れ込む。

 

「あっ」

「やべっ」

 

 そう、俺の顔面がスカートのはだけた少女の腹部に直行し、結果――――

 

「みょんっ!!?」

 

 意識を失った小学生にするには、あまりにもマニアックかつ、変態的なアクションで、少女を起こしてしまったのだった。

 

 

●●●

 

 

「た、助けて、助けて……殺さないで……殺さないで……食べないで……」

「食べないよっ!(甲高い奇声)」

「みゃぁあああああああああ!!」

 

 推定、ゴスロリ少女の心は完全に折れてしまっていた。

 無理もない。老け顔かつ、黙っていると割と怖い説があるこの俺が、いきなり腹部に顔をうずめていたら、それりゃあ、怖いだろう。俺だって怖い。ならば、幼い少女であるこの子も、さぞかし怖かったことだろう。

 なので、もう二度と抵抗されたために、軽く威嚇の意味を込めて少女の腹部で「すぅううううううううっ! ぶぼぉおおおおおおおっ!」と深呼吸した結果、少女は泣き出してしまったのである。

 

「ひぃ、ひぃっ……せ、せめて普通に殺してぇ……」

「お、おい、やりすぎじゃねーのか? 晴幸。もうすっかり、私の後ろに隠れて、びくびく怯えているじゃねーか」

「でも、尋問の結果、認めたじゃん。自分が『ガルーダ』。あの時、俺たちを殺そうとした張本人だって。んでもって、恐らく、ワイヤードで死ぬと、現実でも死ぬと思うんだよね。多分、ほら自殺者とかになったりして。そこら辺、玲音はどう思う?」

「…………」

「ほら、『まぁ、大体当たりかも?』みたいな表情を返してきたぁー。やっぱり、そうなんだ」

「お前それ、降水確率80%は雨と言っても過言じゃない、みたいな断定の仕方だぞ」

「概ね間違ってないだろ?」

「そうだけどさぁ!」

 

 京子は優しく、甘い。

 俺の事を底抜けのお人好しと言っているが、俺から言わせれば、京子の方が甘ったるく、優しい人間だ。

 恐らく、そのことを自覚しているからこそ、普段は強気な態度と毒舌で、人を近寄らせないようにしているのだろう。多分、無意識なる防衛本能として。

 だけど、京子は一度関わってしまった相手だと、この通り、躊躇ってしまう。例え、自分を殺そうとしていた相手でも、外見が弱々しい小学生ならば、同情してしまうのだ。

 …………正直、このまま放置しても問題ないのだ。

 ワイヤードや、ノイズ人間などの諸々な事情を、この子にわざわざ尋ねなくとも、こちらには玲音が居る。玲音は気まぐれで、完全にこちらの味方とは言わないが、それでも、取引には誠実に応じてくれる存在だ。こちらが、それなりのリターンを提示すれば、きちんと説明してくれる。

 

「京子、お前はそいつを庇うのか? お前を殺そうとした奴を」

「ああ、庇うね。庇って何がわりぃ。私とお前も、玲音も死ななかった! だから、間違えて、取り返しがつくなら、私はどうにかしてやりたい」

 

 だが、どうにも、駄目だね。

 親友にそう願われれば、俺としては断るわけにはいかないじゃないか。

 

「…………しょーがないなぁ、京子は」

 

 俺はジョジョの主人公のように、「やれやれだぜ」と呟くと、京子へ笑いかける。

 

「んじゃあ、どうにかしてみようか! さしあたって、今日の宿が無いので、このマンションの家主であろう、この少女の両親を説得するところから始めないとね!」

「え? あ、そ、そうなのか? ここ!?」

「はっはっは、多分、力任せにワイヤードの一部をぶっ壊したから、俺たちが居た場所よりも、ガルーダちゃんの居た場所に引っ張られたんじゃない? それに、さりげなくダイニングにあった写真立てで、この子も含めた家族三人の集合写真を確認したし」

「目ざといなぁ、おい」

 

 けらけらと笑いながら、俺は京子の後ろで怯えている少女に向けて、尋ねる。

 心持ち、怖そうな顔になる様に頑張ってから、問う。

 

「もちろん、君も協力してくれるだろう? なぁ、ガルーダちゃん?」

「…………は、はひぃ」

 

 すると、少女は涙をぼろぼろと流し、鼻水をずるずる垂らしながら頷いた。

 あれ? えっと、そこまで怖いですか? 俺。



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第9話 自分を殺したところで、痛いだけだよ、マジで

今日は二回連続投稿なので、読み飛ばしにお気を付けて。


・フラグメント2

 

 よくある話をしよう。

 とある、気弱な少女のお話をしよう。

 彼女は一切の不備無く、五体満足で健康に生まれて来た。

 幼いころから、飢えた経験などない。栄養士の資格を持つ母親が、きちんと栄養面を管理しつつ、健康に過ごせるようにと計算して料理を作っていたのだから。

 着る服に困ったことはない。成長ごとに、きちんと両親がその時の流行に合ったものを買い与えたのだから。

 学業で困ったことなどは無い。幼稚園の頃から、私立の教育費が中々お高い所に通い、いわゆる上級階級御用達の小学校へと進学したのだから。もちろん、常日頃の勉強にだってついていけるし、分からない所は専用の家庭教師が教えてくれる。

 習い事で困ったことなどは無い。少女は幼いころからピアノを習わされている。コンクールで入賞するような腕前ではないが、人前で演奏するのに恥ずかしくない程度の技量は身に着けていた。

 困ったことなどない。

 困ったことなどない、そのはずだった。

 

「…………なにそれ? 絵本?」

「えー、お前、漫画も知らねぇのかよー。ははは、だっせー」

 

 ちょっと素行の悪い同級生の男子が、学校にそれを持ってくるまでは。

 それは、少女にとって知らない物だった。

 それは、少女にとって不要とされ、与えられていない物だった。

 されど、それは――――

 

「じゃあ、昼休みの間だけ貸してやるよ! いいか? うるせぇ、先生や他の奴らに見つかるなよな! その代わり、算数の宿題見せろよな! 等価交換だぜ?」

 

 何もかも与えられているはずの少女にとって、初めて、自分から望んで手に入れた物だった。

 漫画。

 アニメ。

 ゲーム。

 俗に言う、サブカルチャー。

 一昔前ならば、それらに傾倒することは『馬鹿になる』と言われ、オタクという人種は差別され、肩身の狭い想いをしなければ生きていけなかっただろう。

 だがしかし、時は現代。

 グローバル化が進む、国際社会である。

 日本のサブカルチャーは見事に、世界中を魅了して、国際交流の一端を担っている。政治家や、大企業の取締役が、堂々とサブカルチャーの趣味を語っても眉を顰められず、むしろ、共感を得られるような、そんな時代だ。

 

「なんですか、これは?」

「こんなもの、読む必要はない。馬鹿になるぞ」

 

 そんな時代になったとしても、凝り固まった思考の持ち主は存在する。

 例えば、テレビの教育番組に出てくるアニメすら見せない。

 例えば、同世代の子供たちが知っていて当然のゲームすら、やらせない。

 例えば、新聞の四コマ漫画すら切り抜く。

 もはやそれは、一種のパラノイアではないかと疑いたくなるほど、毛嫌いする人物がいるのもまた、事実だ。

 そして、不幸なことに、少女の両親はまさしくそれだった。

 

「貴方の為なのよ」

「お前の為だ」

 

 少女が、どれだけ頼んでも駄目だった。

 泣いても、喚いても、何をしても、聞き入れてくれない。

 普段は両親共に温厚で、子供の疑問にも根気よく答え、休日には必ず家族そろって出かける程度には、愛が溢れる両親だというのに。

 それだけは、どうしても聞き入れてくれなかった。

 まるで、住んでいる世界が違う住人同士の会話のように。

 ピントが合わないように。

 少女の言葉は、両親に届かない。

 

「はーん? なにそれ、ばっかじゃねーの? まぁ、いいや。等価交換だぜ。僕は漫画をお前に貸す。お前は僕の代わりに宿題をやる。ははは、お互い上手くやろうな!」

 

 故に、少女の救いになったのは、同級生の男子だった。

 彼は教師や同学年の女子に叱られることなど、屁とも思っておらず、常にどうやって周囲を出し抜いてやろうかと考えているような悪童だった。

 でも、少女よりも友達が多く、周囲から呆れられながらも親しみを受ける子供だった。

 だから、少女がその男子の事を好きになったのはごく自然の事だったのである。

 恐らくは、初恋だったのだろう。

 少女は自然と、男子に対して想いを寄せるようになった。

彼の隣で漫画を読み、宿題を手渡す時、指先が触れると胸がどきどきした。

 その想いさえあれば、少女はどれだけ鬱屈した環境であったとしても、生きていける気がしたのである。

 

「じゃあな、風間! 達者で暮らせよ! ははは、早く俺の代わりに漫画貸してくれる奴を探すんだな!」

 

 だから、少女はそんな彼が転校して別の場所へ行ってしまった時、世界が終ってしまったかのように感じた。

 もちろん、連絡先は知っている。

 言葉を交わすことだって、現代のネットワークなら出来る。

 けれど、少女は気弱だった。勇気がなかった。既存の関係に甘えていて、環境の変化に混乱し、新しい関係へと一歩踏み出すことが出来なかった。

 故に、少女と彼の関係はいつの間にか自然と消えてしまって。

 

「…………あれ? おかしいなぁ。この漫画、こんなにつまらなかったっけ?」

 

 少女に残ったのは、色彩を失った世界のみ。

 つまらない。

 何もかも、つまらない。

 愛が溢れる両親と話すのも。

 歪んだ両親から隠れて、漫画を読むのも。

 何もかもつまらなかった。

 だからこそ、少女が縋ったのは一つの都市伝説。

 現実に存在する会話アプリケーション。その中に存在する【ペルソナちゃん】というキャラクターと長く会話していると、別世界に連れて行ってくれる。

 そこで、理想の自分を拾って来ようと、少女は思っていた。

 もう、自分は『自分』が要らないから、両親にとって、周囲にとって都合の良い理想の自分に成り果ててしまおうと。

 

『理想の貴方と、繋がりたいですか?』

 

 そして、少女は銃を掴んだ

 弱い自分を見つけた。

 銃口を向けた。

 

 ――――たぁんっ。

 

 トリガーを引く指は、躊躇わなかったと、少女は記憶している。



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第10話 言い訳ばかりが上手くなるが、突き抜ければ詐欺師にもなれる

連続投稿二回目。
結構、長いです。


 風間 美花(かざま みか)。

 それがガルーダちゃんの本当の名前らしい。

 現在、小学校六年生であり、来年に向けて今から受験勉強しているのだとか。うわぁ、小学校から受験勉強とか正気じゃねーよ、マジで。

 やっぱり、仙台は違うなぁ、田舎と違って都会の部類だわぁ。

 あ、そうそう、どうやらこの一室は仙台辺りに存在している高級マンションの物らしい。ちょっと室内を探索してみたところ、テレビ番組でしか見たことの無いようなスタイリッシュな間取りに、オープンキッチン。趣味の良い家具が普通にそこら辺にあることを考えると、中々の上流階級の子供らしいね、美花ちゃんは。

 やれ、田舎の過疎村出身の俺としてはコンプレックスを抱えざるを得ない俺であるが、家探しをしている間に、一つの疑問が生まれた。

 

「あれ? 漫画とかゲームって無いの? それとも、今時の小学生は全部パソコンで? もう、電子書籍の時代の波が来ちゃっている?」

「え、えっと、その、あのぅ」

 

 俺の疑問に、美花ちゃんは何かを躊躇うように考えこんだ後、『両親の都合で』と恥ずかしそうに呟いた。

 ほうほう、なるほどぉ。『両親の都合』ねぇ。

 

「おい、大丈夫か、晴幸。なんかお前、他者の弱みを見つけた悪党みたいな顔をしているぞ」

「くくく、京子。まさか、この俺が普通の言い訳を考えて、美花ちゃんの両親を誤魔化すとでも? そんなつまらないことをやると思っているかい、君は」

「やめろ。今回ばかりはやめろ。ガチで通報の危機なんだぞ? むしろ、現状で通報なり、補導なりされていないのが奇跡なんだぞ? つーか、私はさっき、ママにお泊りだということを連絡したらガチ説教を受けて、心がやばい。泣きそう」

「俺が電話を代わって、なんとか誤魔化してやったじゃん」

「絶対、変な勘違いされたぞ、あれ……くそ、泣きたい」

「安心しろ、二人きりじゃなくて、玲音と合わせて三人だって言っておいたから」

「ちゃんとゴムはしなさいよって言われた。死にてぇ」

「…………」

 

 京子は露骨に落ち込み、玲音は不満げな表情でこちらを見てくるが、仕方ないだろう。もう時間も夕方過ぎで、これから地元に戻ろうとすれば夜になってしまう。つーか、そもそも二人合わせても地元までの電車代が無いのでどうしようもない。何せ、仙台駅は俺たちの地元から見て県外だ。今から戻るには遠すぎる。

 当然、ホテル代も無いので、何としてでも美花ちゃんの両親を説得しなければならない。

 

「はいはい、落ち込んでいる暇があったら家探しするぞ、京子。今の内に、探れるだけの個人情報を探って、交渉前に手札を増やしておくんだ」

「え? 待とうぜ、晴幸。なんでナチュラルに犯罪をしようとしているんだ?」

「そりゃあ、決まっているでしょ! この美花ちゃんを『どうにかする』ためだよ。だって、このままここに居ても、この子はどうにもならないだろうし。だったら、環境を大幅に変えてやらないとね。ああ、礼は要らないぜ、美花ちゃん。他ならぬ親友の頼みだからな、殺されかけた相手だということは忘れて、どうにかしてやるさ」

「ひっ、ひぃいいっ!」

「晴幸。スムーズな手つきで、引き出しの中身を漁りながら言っても脅しにしか聞こえないぞ」

「えー、今のは割と善意なのになー。あ、玲音は一応、美花ちゃんを見張って置いて。現実世界では何も出来ないと思うけど、逃げられても困るし」

「…………わかった」

 

 ふむ、美花ちゃんの反応からして、本当に心が折れているんだと確信する。

 普通ならば、他者が自分の家を勝手に荒らし始めれば、何かしらのリアクションはするはず。例え、状況的にそれが許されないとしても、何かしらの嫌悪の感情は向けられるはず。

 でも、何もなかった。

 美花ちゃんは俺の動きに対して、いちいち怯えているのだが、その割には、家探しされることに抵抗感が見られない。見知らぬ他者が、自らの領域に踏み入ることを全然気にしていない。

 もしくは――――美花ちゃんにとって、この家の中に、大切な物など既に無いのかもしれないが、あまり深く考えすぎてもドツボに嵌る。

 どうせ、俺は馬鹿なのだ、深く考えずに、そのノリで上手くやって見せよう。

 …………まぁ、本当に駄目だったら通報される前に、さっさと逃げるけどね。

 

 

●●●

 

 

 俺は、自他とも認める馬鹿である。

 勉強が出来ないという意味の馬鹿では無い。

 他者から、「お前はほんとうにもう、なー! もう、馬鹿だなー! もーう!」と怒られながら、「頼むからもう少し常識を覚えろ」と縋りつかれる馬鹿である。

 そのため、大概の馬鹿はやらかしている経験ある。

 学校にエロ本を持って来て叱られた時は、『美術のデッサンに必要なんだ』と言い切り、クラスメイト(男子)を巻き込んだ、写生大会を開催してどうにか誤魔化そうとしたり。

 学校でカードゲームが出来ないのが嫌だったので、オリジナルのカードを学年全員で自作して、小遣い程度の賞金を懸けて、賭けカードゲームをしていたり。

 後はまぁ、夜の学校でサバゲーをするための条件として、クラスメイト全員を主導して、テストの平均点80点越えを成し遂げたこともある。

 そして、大抵の場合は何も考え無しに行動を起こしてから、後でそれっぽい言い訳を作る。

 肝心なのは、衝動なのだ。

 突き動かされる衝動、いわゆるその場のノリで俺は行動している。

 

「この、阿呆が」

 

 けれど、その時の俺は珍しく、衝動とは違った正しい確信をもって動いていた。

 美花ちゃんの両親が揃って帰宅して、こちらを怪訝そうに見た時。そして、美花の安全な姿を見て、ひとまずはほっと安堵した様子でこちらに向かって、父親らしき男性が口を開いた時。

 俺は、正しい確信の下、その父親を殴り飛ばした。

 もちろん、きっちりと手加減はした上で。

 

「きゃあああああ!!?」

「うぉおおおい、馬鹿ぁ!」

「お、お父さん!?」

 

 当然、その場は大混乱。

 冷静な奴など、喧噪から少し離れた場所でこちらを眺めている玲音ぐらいな物だ。

 だけど、俺は止まらない。

 突然殴られて、混乱で碌に立ち上がれない父親の胸倉を掴み、声を上げた。

 

「お前の娘は、お前たちの所為で、危うく死ぬところだった! 一体、何をしている?」

 

 我ながら高圧的な態度だったと思う。

 けれど、仕方ない。敬語を使うにはなぜか、俺の腹の底からふつふつと湧き上がる怒りのような感情があったから。

 

「……は、はぁ? い、いきなり何なんだ、君は!? い、いや、それよりも娘が――」

「自殺しそうになっていた。俺たちが偶然、そこに通りすがっていなければ、この娘は死んでいた。いいか? 自ら命を断とうとしていたんだぞ? それだけの苦しみが、この娘の中にあったんだぞ? 何か心当たりはなかったか? 最近、様子が変では無かったか? それとも、本当に心当たりがないのか?」

 

 自分でも、何故、こんなに真面目なことを言っているのか、よくわからない。

 本当ならばこう、もっと巧みに弁舌を操り、怪しまれないように美花ちゃんと口裏合わせしていたはずなのに、本当に何故だろうか?

 別に、俺は美花ちゃんに同情しているわけじゃない。こちらを殺そうとしていた相手に、安ぽい同情を賭けられるほど、俺は優しくない。

 されど、胸の中の誰かが、過ちを正せと、自分の体を突き動かすのだ。

 そして、俺自身もまた、その行動が正しいと思うので、納得済みで動いている。

 

「そん、な、は? え?」

 

 美花ちゃんの父親は混乱していた。

 どこか娘に似た、気弱な目つきをさらに歪ませて、俺と美花ちゃんの方へ、交互に視線を移している。

 

「み、美花。そんな、自殺だなんて――」

「訊いているのは、俺だ。答えろ」

「…………う、ううう」

 

 美花ちゃんの父親は、ひどく狼狽えた表情をした後、ぽつりぽつりと言葉を絞り出した。

 さながら、地獄の閻魔の前で、自らの悪行を暴かれる亡者の如く。

 

「お、おかしかった。最近は、おかしかった」

「何がおかしかった?」

「良い子、過ぎた。私たちの娘は、ずっと良い子だったけれど、最近は特に。まるで、私たちの言うことをなんでも聞くロボットみたいに…………ああ、そうだ。変だった、けれど、私たちには、どうして、そうなったのか、覚えが――――」

「本当に?」

 

 重ねて問う俺の言葉に、父親は黙り込んでしまう。

 

「もしかして、漫画なの? 漫画を、私たちが禁止したから?」

 

 だから、父親の代わりに答えたのは、母親だった。

 母親は娘とよく顔の造形が似ているが、どっか強気な印象をうかがわせる目つきがあった。

 

「で、でも、それは美花の為なの! だって、あんなものを読んでいたら、馬鹿に――」

「東大に合格する秀才、天才たちの中にはサブカルチャーを愛する者も多い」

「だ、だって、それは、その、オタクは犯罪予備軍だって――」

「オタクの犯罪よりも、オタクでない者の犯罪が多い。加えて言うのならば、法を犯すのはカテゴリじゃない。個人だ。どれだけご立派な職業についている奴だろうとも、犯罪者になる。時に、政治家。時に警察官。さて、アンタたちは娘にどんな職業に就いてほしいんだ?」

「わ、私たちは、私たちは娘が幸せなら、それで……」

「ほほう、その結果が自殺未遂か! はっはっは! 随分ご立派な教育方針だな! 俺も見習いたいよ!」

 

 母親は視線をゆらゆらと彷徨わせ、最後には俯いた。

 また、俺に胸元を掴まれている父親も、何かを言おうとして口を動かし、結局、何も言えずにいる。

 そんな両親を、美花ちゃんは信じられない物を見るような目で見ていた。

 悲しみよりも、怒りよりも、驚愕が先に来ている表情。

 

「…………ほ、本当なのか、美花? 本当に、私たちが、漫画を禁止したから……その、自殺なんて……」

 

 だからこそ、美花ちゃんはこう答えたのだろう。

 

「し、知らない。知らないっ! 私、知らないっ!」

 

 知らない、と何度も叫び、美花ちゃんはその場に座り込む。

 色々な感情が入り混じって、けれど、最初に出た言葉の意味は、拒絶だったのだろう。それは、俺よりも長い時間、美花ちゃんと共に過ごしている家族ならば猶更理解しているはず。

 

「そん、な……私たちは、今まで、何を……」

 

 呆然と、今まで信じていた何かが崩れ去ったかのように、父親は呟く。

 ――――良かった。俺は、ここで心底安堵した。ここで、そう、ここでこういう反応を返せたのならば、子供の事を本当に想っている両親ならば、まだ手遅れじゃない。

 

「もしかして、貴方たちご両親も、親から言われて生きて来たんじゃないですか? 『漫画やアニメにうつつを抜かすと馬鹿になる』って。あるいは、こっそりと親に隠れて読んでいる所で、こっぴどく叱られてトラウマになったとか」

「どうして、それ、を?」

「虐待は繰り返します。親から子へ。子から、孫へ。何せ、受けた仕打ちをずっと『正しい』と思って教えていくのだから」

 

 ここで、口調と声のトーンを優しげな物に変える。

 相手の心理的防壁が崩れ、心が剥き出しになっている今こそ、優しく染みわたるような声で、語りかけるのだ。

 

「うわぁ……あくどい」

 

 京子が俺の行動にドン引きして、詐欺師を見る目をしているが、もうちょっと待っててね? これからが割と肝心だからね?

 

「ぎゃ、虐待……そん、な」

「私たちが、美花に、虐待、なんて」

 

 虚ろに、呆然と、罪悪感に表情が沈んて行く美花ちゃんの両親。

 ここで俺はようやく、父親の胸倉を離して一息つく。

 もしも、俺が最初に父親を殴らなければ、俺の言葉はここまで届かなかっただろう。あるいは、出会い頭ではなく、ある程度素性を誤魔化して自己紹介した後などだったならば。

 言葉が通じるのは、俺が暴力という、この人たちにとっての非日常を演出したからだ。

 日常で通じていた物が通じず、恐怖が人の心の防壁を揺らがせ、言葉を通じやすくさせる。そのため、こういう手はカルト宗教も良く利用するらしいので、良い子の皆は気を付けような!

 

「私たちは、一体、これから、どうすれば……」

「知ればいいんですよ。娘さんが好きな物を。今まで、すれ違っていた理由を。出来るのならば、上から目線では無く、一緒に考えながら読んでください。普通でいいんですよ、普通で。わからない事があるならば、知ればいい。知った上で、自分の意見を言えばいい。それで納得できなくても、意見が違っていても、認めればいい。それが、個性であると」

 

 語りかける。

 優しく、目線を合わせて。

 迷える子羊を導く牧師のように。

 

「もちろん、今までの性格をすぐに変えるというのは無理でしょう。けれど、一歩踏み出すことは出来る。知ることは出来る。知った先で、自分には合わないと思っても、今度はそれを話題に娘さんと話し合えばいい。大切なのは、娘さんと一緒の物を好きになることじゃなくて、娘さんが幸せになること、でしょう?」

「…………出来る、だろうか? 私たちに」

「俺は、出来ないと思う人にこんなことを言ったりしませんよ」

 

 まぁ、俺はこの人の事を全然知らないから、その場の流れで言っているだけなんだけどね! でも、なんか不思議と確信があるんだよなー、こうすれば大丈夫っていう、確信。なんだろう? 本当にスタンド能力にでも目覚めたのかねぇ?

 ともあれ、長かった説得もそろそろフィニッシュだ。

 

「さぁ、ここに漫画の電子書籍があります。娘さんの好きなジャンルの中の一つです。読んでみてください。そして、娘さんと感想を言い合ってください。それがまず、一歩目ですよ」

「ああ、分かったよ……え、ええと?」

「天原です。天原晴幸。通りすがりの高校生です、どうも」

「は、ははは、最近の高校生は凄いな……あ? え、ええと、だね、天原君。その、この漫画のタイトルなんだが、その?」

「はい、『幼馴染のイケメンをTSさせて、美少女との百合を楽しむ私は魔女』がどうかしましたか?」

「こ、これは、その?」

「百合ジャンルですね。百合ジャンルのなかでも、TS百合です。許容できるかどうかは、結構、人それぞれになるジャンルですね」

「てぃ、TSとは?」

「トランス・セクシャルの略語です。様々な理由で、登場人物の性別が変わってしまう現象を示しています」

「そ、そうかぁ」

 

 父親は何度か躊躇いがちに頷いた後、美花ちゃんへ視線を移して、ぎこちない笑みを作った。

 

「大丈夫だよ、美花。お父さんはこれから、頑張ってみるから」

「ちがっ! 私、知らな――――」

「大丈夫よ、美花。お母さんも、てぃーえす? という漫画のジャンルを調べて、読んでみるから。もう呆れられてしまったかもしれないけれど、これから一生懸命向き合っていくから」

「みゃ、みゃあああああああ!!?」

 

 母親は涙を流しながらも、混乱している美花ちゃんを優しく抱きしめている。

 ふむ、最初にちょっと業が深い奴を見せてインパクトを与える作戦は成功のようだ。これならば今後、よっぽどでなければ『ま、まぁ、あれよりは健全』と思って、すんなりと受け入れてやっていけるだろう。

 つまりはまぁ、後は大体なんとかなるだろう、ということで。

 

「いよぉし、一件落着ぅ!」

「あの子の性癖が、両親に著しく誤解されたけどな?」

 

 俺は何とか、美花ちゃんが抱える問題をどうにかしたのだった。

 いやぁ、割とごり押しだったけど、上手く行くもんだなぁ。



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第11話 普通に考えて、殺し合った敵とは仲良くなれない

 我ながら、よくもまぁ上手いこと問題が解決したなぁ、と思いつつも、その後の事態は割とすんなりと進んだ。

 美花ちゃんと俺たちは、同じ趣味を愛好するネット上の友達だということにして。

 今日は仙台という交通の便が良い場所でオフ会をしていた段取り。

 されど、オフ会の途中から美花ちゃんの様子がおかしくなり、ちょっと探りを入れてみたところ、遺書を発見。どうやら、美花ちゃんはオフ会を現世最後の楽しみとして、あの世に旅立とうとしていた、という筋書きである。

 無論、予定していた物とは大分予定がずれてしまったので、ほぼ即興だ。

 

「やー、それでですねー? この京子が、『馬鹿野郎っ! やっと、やっと仲良くなれたのに、死ぬなんざ許さねぇ!』と目に涙を滲ませながら、遺書を破り捨てて」

「おい、馬鹿。色々捏造するな」

「はいはい、じゃあ、京子さんは泣いてなかったってことで。泣いていたのは玲音――じゃなくて、はい、俺でした、俺でした。なので、玲音さん、脇腹を重点的に殴るのはおやめください」

「む、ううううう……」

 

 夕食をご馳走になりながらの事情説明で、ようやく俺は本来の調子を取り戻していた。

 そうそう、説教臭いのは俺の性分じゃない。どちらかと言えば、ひょうひょうともっともらしい嘘を堂々と吐いて、相手を騙し込むのが得意技だというのに。ちなみに、その得意技は相手を騙そうと嘘に嘘を重ねた結果、全てを真実にするため苦しまなければならないという代償があるので、結果からみれば、あれが最良だったのかもしれないが。

 ともあれ、俺たちのホテル代節約作戦は上手くいった。

 夕食も、美花ちゃんの母親が手によりをかけて作ってくれたし。お風呂もきっちり頂いた。布団やベッドは数に限りがあるので、大きめのサイズのベッドを使っている美花ちゃんの場所には、玲音、美花ちゃん、京子という欲張り川の字セット。俺は、リビングのソファーに寝転がり、タオルケットを被って睡眠というスタイルである。

 美花ちゃんの両親は、俺をリビングに寝かせることを申し訳なく思っているようだが、ご心配なく。こんなもの、中学時代に山に籠っていた時の野宿に比べれば、天国のような物だ。

 いやぁ、本当にあの時はしんどかった。

 だってあれだぜ? 朝から夕方まで、がっつりしごかれて疲労困憊の状態で。当然、野宿という劣悪な条件でも泥のように眠ってしまうそんな状況で、たまに夜襲して来るんだぜ? 教官が。『いつでもすぐに戦えるようにしておけ』とか、真顔で殴ってくるんだぜ? まったく、あれで教官がワイルド系の美女で泣ければトラウマになっていたところだ。

 ということで、まぁ、そうなんだ。

 

「俺に、何か用でも? それとも、夜のお手洗いかい?」

「…………っ!」

 

 俺はどれだけ熟睡していたとしても、自分に意識を向けられれば覚醒することが出来る。

 例えば、ソファーに眠る俺を覗き込むようにして見ていた美花ちゃんを、驚かせるぐらいにはぱっちりとしたお目覚めを見せることが出来る。

 ちなみに、京子の奴は寝起きが異常に悪いので、美花ちゃんがベッドを抜けだしてきても全然気づかなかったのだろうさ。

 

「ど、どうして?」

「何が? 俺が気づいたこと? 俺の目覚めが良い事? それとも、君が後ろ手に隠していた包丁を、俺が取り上げたこと? ちゃんと明確に質問してくれないと、分からないぜ?」

「…………どうして、こんな、こんなことになるんですかぁ」

「や、それは知らん」

 

 危ない、危ない、と俺は包丁を優しく床へ置いた後、美花ちゃんの様子を観察する。

 

「何で? 何で今更? 私、私があんなに苦しんでいる時は、誰も助けてくれなかったのに。私が言っても、全然駄目だったのに。どうして、どうして?」

 

 美花ちゃんの感情はごちゃまぜになっているようだった。

 乱暴に頭を掻きむしり、胎児のように体を丸めて呻いている。

 

「私は、戻りたくなかった。生き返りたくなかった。現世に戻ってきたところで、駄目駄目の私が何か出来るわけがなかったのに。また地獄に戻ってきて、それが、自分を殺した私の罰だと思って受け入れようとしたら、あんなに、あんなにあっさり! 私は、私にはできなかったことを、貴方が!」

 

 美花ちゃんは呪うように、俺を睨みつけて、涙を流している。

 一方、俺は包丁を台所に戻しに行ったついでに、無断で冷蔵庫を漁って麦茶のペットボトルを確保。優雅にコップへ注ぎ、ごくごくと喉を鳴らして飲む。

 ふぅー、夜中に飲む麦茶も悪くないねぇ。

 

「む、むううう! 真面目に! 真面目にやれ!」

 

 すると何故か、怒りのままに美花ちゃんが殴りかかって来たので、それを優しくいなして、そのまま体を抱き上げる。

 

「ひゃあ!?」

「わーい。体やわらかくて、抱き心地が素晴らしいなぁ」

「ひゃああああああああああ――わぷっ」

「はい、夜中だからお静かに」

 

 そして、ひとしきりセクハラを楽しんだ後、悲鳴を上げる美花ちゃんの口を塞ぎ、ソファーに横たわらせた。

 やれやれ、こういうのは本当に性分じゃないんだけどなぁ。

 

「んでもって、生きているのが嫌なら、勝手に死ね。今度は俺たちが見ていない場所で、他人に迷惑が掛からないように死ね。楽をしようとせずに死ね。他人じゃない、お前の両親には、多大な迷惑をかけてから死ね」

「…………う、あ」

「後さぁ。京子が言っていたから俺は許していることにはしているけどさぁ。もう一度、君が俺を殺そうとしていた件については、さて、どうするかな? なぁ、どうすればいいと思う? どうすれば、俺は君を許せるんだろう? そうだ、うん、例えばさ――――このまま君を犯して、君に消えない傷を刻み込めば、大体釣り合うのかな?」

「ん、んんんっ、ううう」

 

 口を塞がれ、俺に押し倒され、碌に身動きも取れない美花ちゃんは、藻掻くことすらできずに、涙を流す。ぷるぷると震えて、何も出来ずに。

 …………はぁ、馬鹿らしい。

 

「なーんてね」

「ぷはっ?」

 

 俺は美花ちゃんを開放して、肩を竦めた。

 

「常識的に考えて、この場でそういうことするわけないでしょ? 少し騒げば、他の人たちも起きてくるのに。大体、現実で警察を呼ばれたら終わりじゃん」

「え、あ、あう?」

「こういうのに、あっさり引っかかるから、君は馬鹿なんだよ。ばぁーか」

「な、なぁっ! こ、このぉ! このぉ……っ!」

 

 そして、俺が露骨に変顔を作って馬鹿にしてやると、美花ちゃんは面白いように顔を赤くして怒り出した。手足をばたばた動かしつつも、俺には敵わないと悟っているのか、物理ではなく言葉で俺を攻撃しようと試みる。

 

「お前なんて、お前なんて、すぐに死んじゃうんだ! ナイツの他の人たちが、お前を特定して殺すんだ! それに、それに、『お父様』には絶対に勝てない!」

「へぇ、そりゃあ、大変だ。ふぁーあ、んで? その話って長い?」

「お前が強くても! どれだけ理不尽な強さを持っていても! 勝てないんだかんな! 馬鹿。馬鹿馬鹿、馬鹿ぁ!」

「はいはい、馬鹿ですよーっと」

 

 俺がスルーに徹すると、美花ちゃんは半泣きになりながら寝室へと逃げて行った。

 ふぅ、ようやく寝られる…………って、おおう。

 

「居たの? 玲音」

「…………」

 

 いつの間にか、俺の傍らには下着姿の玲音が立っていた。

 相変わらずの神出鬼没だ。何せ、直前まで全然気配とか掴めないんだもん、この子。

 

「ハルユキは強いね、残酷なほどに」

 

 そして、表情も読めない。

 普段は分かり易い表情だからよくわかるのだけど、こういう時、玲音は薄い笑みを浮かべたまま言うから、どんな感情がそこにあるのか、わからない。

 

「強いから、自分のルールで人を断ずる。裁く。傲慢と思えるほど、自分勝手に。だから、『ヤマ』なの。閻魔大王。地獄の審判者。罪に罰を与える者。貴方はいずれ、愚者に罰を与えるだろうけど――――貴方自身の罪は、誰が裁くの?」

「…………」

 

 淡々と言葉を紡ぐ玲音。

 珍しく、言葉数が多く、反対に俺は黙している。

 ペルソナ。

 自分自身の一面。

 ヤマ。

 審判者。

 ぐるぐると、俺の中で幾つもの単語が巡る。

 どんな言葉を返そうかと、柄にもなく悩み、悩んだ末に、『悩んだところでどうしようもない』と俺は考え付いた。

 だから、俺は玲音にこう答えよう。

 

「ケースバイケースで、どこかの誰かが上手い事やるよ! 多分!」

「…………ばーか」

 

 俺の答えに呆れ果てたと言わんばかりに、ため息を吐いて、玲音は寝室へと戻っていく。

 ぺちぺちと、フローリングを素足で歩くその音に耳を傾けて、俺はソファーに倒れ込んだ。

 

「…………どうするかねぇ?」

 

 見知らぬ天井を見上げながら、俺は焦りを滲ませた呟きを零す。

 

「下着姿の玲音が目に焼き付いて、全然眠れそうにない」

「…………」

 

 直後、いつの間にか戻って来た玲音から痛烈な飛び蹴りを受けて、俺は強制的に眠らされた。

 …………いや、男の目の前で下着姿だった玲音にも罪があると思うのですが、それは。



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第12話 東北の若者は仙台に集まる習性がある

 東北の若者にとって、都会とは大体仙台の事を指す。

 何故ならば、そこら辺が一番ちょうどいいからだ。そう、東京との距離がちょうどいいのだ、仙台は。何せ、新幹線で数時間揺られれば直ぐに着く。

 頑張れば、東京から日帰りも可能な立地の場所である。それに、そこそこ都会っぽい街の作りになっているし、そこそこマイナーな映画も流してくれる映画館だってある。同人誌を売ってくれる店だってある。本屋がたくさんある。人通りが多く、賑やかだ。ファッションだって、都心に及ばずとも、そこそこ皆、気を遣っているらしいし。

 ただまぁ、地方の中年たちは仙台に居る若者たちの事を指して、こう言う『半端者』と。

 東北地方出身の田舎者たちにとって、仙台はちょうどいい場所だ。

 挫折の後、居座るにはちょうどいい場所だ。

 上京してみたものの、東京にはなじめず、夢破れて、それでもその残滓に浸りたい者には、仙台はちょうどいい。あるいは、上京することすらせず、中途半端なままそこで暮らす者にとっても。

 そして、東北地方出身の学生にとって、少しばかり遠出するのにもちょうどいい場所である。

 仙台。

 それは、田舎者にとっての都会。

 仙台。

 それは、中途半端な場所。

 仙台。

 それは――――背伸びした田舎の若者が、集まり易い街である。

 

 

●●●

 

 

「はい、無事に美花ちゃんのマンションから送り出された我々でしたが、ここで問題が一つあります。さぁて、京子。その問題とは一体、何でしょうか?」

「地元まで行く金がない。ついでに、コンビニで下ろすための現金カードも存在しない」

「いえーい、大正解っ!」

「大正解じゃねーよ、馬鹿がっ! お前があんな茶番をかますから、物凄くお金を借りにくい空気になった所為だろうが! 言えねーよ! あんな真似した後、『お金が無いので貸してください』は言えねーよ! 格好良く立ち去りたかったんだよ、ちくしょう!」

「あっはっは、まぁまぁ、スマホはまだまだ活きているし、いざとなったら親に迎えに来てもらえばいいから絶体絶命には程遠いよ」

「嫌だ! 怒られたくない! これ以上、変に勘ぐられたくない!」

「んもーう、しょうがないなぁ、京子は」

 

 現在、午前十時半頃。

 場所は以前、仙台の街中。駅前からさほど遠くない、ファミレスの店内。

 俺の予定外のアドリブによって、美花ちゃんの両親から金を借りられなくなった我々は、地元に戻るための手段を考えなければならなくなっていたのである。

 とは言っても、所詮は仙台。東京ほど遠くない。

 いざとなれば、鈍行列車で行けるところまで行って、残りは徒歩という手段も可能なのだが、その場合、体力がゴミ屑である京子を後半、俺が背負わなければならないので、俺自身の為にも、京子のプライドの為にも頑張らなければ。

 え? 玲音。あいつはね、意外と体力があると言いますか、油断していたとはいえ、俺の意識を刈り取る蹴りを放つ女子ですよ? 多分、健脚なので放っておいても大丈夫ですね。

 

「安心してよ、京子。こんなこともあろうかと、昨日からこっそり、俺の友達ネットワークを駆使して、仙台に知り合いが居ないか探ってみたんだ。すると、一人ばかり同級生の奴が該当してね? 今、金を借りられるかどうかを、こっそりとラインで交渉中」

「なんでこっそりやってんの? そういうことはもっと早く言うべきじゃないか? ええ?」

「親友の焦る姿が見たかったから」

「誰が親友だ!? この度し難い馬鹿が!」

「んもー、騒いだら他のお客さんの迷惑になるよー? ほら、玲音を見習って大人しく、大盛りフライドポテトでもつまんで…………あー、美味しかったかい、玲音?」

「それなりに」

 

 注文しておいた大盛りフライドポテトが、いつの間にか無くなっていた。

 どうやら、玲音が全て食べてしまったらしい。

 おかしいな? 今日の朝食も、美花ちゃんの家で大盛りのシリアルと牛乳を食べていたはずなのに、しれっと大盛りフライドポテトも平らげてしまうなんて。見た目はむしろ、痩せ気味だけど、この玲音は割と健啖なのかもしれないな。

 

 ――――ヴヴヴッ。

 

「おっと、噂をすれば影っと。ふむふむ、なになに?」

 

 じゅるるる、とストローでコーラを飲み干している玲音を眺めていると、ラインに通知が一つ。送り主は、俺が金を借りるための交渉を進めていた友達である。

 

「どうだ? お金を貸してもらえそうか?」

「んんんー、借りられるけど、条件があるって」

「条件?」

「合コンの面子が足りないから、足りない分の補充として出て欲しいってさ。あ、合コンの費用はあっちが払ってくれるから安心らしいよ?」

「――――はぁ!?」

 

 京子が露骨に顔をしかめた。

 そりゃそうだろう。京子は生粋のコミュ障。学校でもまともに会話可能なのは、数人程度。その中でさらに、京子の毒舌を受けても平然と親友であると主張できるのは俺一人だけ。根は間違いなく善良なのだが、合コンというリア充専用イベントみたいな物に参加するとは思えない。

 

「嫌だ! 合コンなんてクソみたいなイベントに出るぐらいなら、私は走って帰る!」

「五百メートル走っただけで、満身創痍な君には無理だよ」

「じゃあ、バイトする! 日雇いのバイト探して頑張るぞ、私は!」

「俺と、後数人程度しか友達が居ないコミュ障の京子には無理だよ」

「……在宅、在宅の仕事なら出来るんだ、私は……」

 

 やれやれ、案の定、京子が嫌がっている。

 だが、俺も京子とは少なくない日々を一緒に過ごした親友である。こういう時の対処方法だって、しっかりわかっているのさ。

 

「安心してよ、京子。俺が京子に、無理やり合コンに参加しろ、だなんて言うわけがないじゃないか。君は、合コンの面子に混ざってきゃぴきゃぴするのは無理だろう」

「無理だ。そして『きゃぴきゃぴ』は死語だろう」

『だから、そこら辺は先方も承知の上なので――――男装しよう、京子』

「…………は?」

「いや、合コンの面子で足りないのは男だけだから。女子は足りてるの。だから、京子が男装してくれれば、意外と相手の女子たちも騙されててててぇ!?」

「胸だろ、おい。絶対、胸だろ、ああ? 誰が、男装しても全く気付かれないほどの無乳だ、おらぁ!? つか、誰だ!? お前とそういうことをたくらむ馬鹿は誰だ!?」

「ゆ、結城! 結城の奴だよぉ! 後、首のやわっこい所をつねらないでよぉ」

「女たらしで、屑の結城だと!? 意地でも行くか、あんな奴が居る合コン!」

 

 そう、分かっていたのさ、こういう誘いをすると確実に断られるだろうということは。でも、仕方ないじゃない。

 だって、元々こうやって断らせるためのわざと言わされたんだし。

 

「んもー、しょうがないなぁ、京子は。んじゃ、はい」

「…………ふん、何をされても私は結城とは――って、おい」

 

 露骨に怒っていた京子であるが、俺が差し出した物を見て、さらに目を細める。

 それは、現金。

 俺の財布の中に、数枚の千円札を残した後、五千円も含めた何枚かの札を、京子に差し出したのである。

 

「どういう意図だ?」

「三人分の移動費は無い。だけど、俺と君の分を足せば、一人分ぐらいは都合つくだろう?」

「合コンの面子は?」

「結城の奴も、元々、君が来るとは思っていないよ。それに――――慣れない出来事の連続で、疲れているはずだよ、君は」

「…………ちっ」

 

 京子は舌打ちをしつつ、さっと、自分の左手をテーブルの下に隠した。

 そう、先ほどから僅かに、痙攣を繰り返していた、左手を。

 

「玲音」

「……なに?」

「ワイヤード内に入り込んだ際、何かしらの副作用が出たりする?」

「人それぞれ。でも、キョーコは単に、体力不足なだけだよ。昨日の夜、誰かさんが泣かせた女の子の背中を撫でて、ずっと慰めていたから」

「あの、京子さん。帰った時に返却の必要はないので、どうぞこのまま収めてください」

 

 京子は俺の申し訳なさそうな顔を見ると、「はぁ」と呆れたようにため息を吐き、渋々現金を受け取った。

 

「先に帰って、色々と調べている。お前も、さっさと合コンを終わらせて帰って来い」

「ういうい、了解」

「後、な」

 

 ちらりと、玲音へさりげなく視線を移した後、京子は俺に忠告した。

 

「狙われているぞ、気を付けろ」

「ん、知ってる」

「ふん。相変わらずだな、お前は…………じゃあ、またな」

 

 そしてそのまま、格好つけて伝票を持って行き、そのまま会計をして行ってファミレスから出て行った。やれ、京子は本当にこういう時、割と後先考えずに動くなぁ。どうせ、しばらくは、駅に電車が来るまでの間、時間を潰すことになるのに、まったく。

 しかし、狙われている、ねぇ。

 

「…………?」

 

 がりがりと、コップの中に残った氷を噛み砕く玲音を眺めながら、ふと、俺は考えた。

 さて、それは『どちらの意味で』なのだろうか? と。

 …………いいや、どちらにせよ、俺のやるべきことは変わらない。

 

「玲音」

「なに?」

「君も合コンの面子に入っているから、男装よろしく」

「…………えっ?」

「君はこれから、俺の従兄になって、男子中学生、岩倉玲音君になるから、よろしく」

「…………」

 

 まずは、頬を膨らませて露骨に機嫌が悪くなった玲音を、どうにかして宥めなくては。



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第13話 合コンの為に、男をナンパするという矛盾

 女性の機嫌を直すための方法を、俺はかつて、父親から伝授されたことがある。

 

「いいかい、晴幸。女の子はね、誰であれ褒められれば嬉しい物なんだよ。けれどね、ここで大切なのは褒める言葉と、距離感なんだ。ほら、親しい人から体の一部を褒められれば嬉しいかもしれないけど、見知らぬ他人からいきなり褒められても、気味悪いだろう? だからね、女の子を褒める時は、ちゃんと距離感を見極めてから言葉を選びなさい」

 

 俺の父親は、合法ショタというよくわからない存在であるが、なんだかんだ、父親らしく俺に振舞ってくれた記憶がある。

 まぁ、運動会にやってきたら、小学校の時は兄扱い。中学校の頃からは弟扱い、と若いにもほどがあるんじゃない? みたいな容姿なのだが。ぶっちゃけ、スーツ姿とか似合わな過ぎて、会社勤めをちゃんとやれているのか不安になるレベルだ。

 しかし、そんな合法ショタの父親であるが、母親曰く、あれでも青春時代はモテモテだったらしいので、俺も今、困難を乗り越えるためにその恩恵を受けるとしよう。

 

「やー、本当に素晴らしいよ、玲音。似合ってる! 男装姿がとても似合っている! もう、完全に中性的で妖しい魅力の男の子にしか――――ごぶはっ」

「変態」

 

 どうやら、距離感か、誉め言葉のどちらかを間違えてしまったらしい。

 まさか、どちらとも間違えているという絶望的なアレでは無かろうが、それでも、何とか玲音を説得して男装させることには成功したのだから、問題あるまい。

 

「約束、守ってね?」

「あ、ああ……我が家に戻ったら、通販で高級シリアルとミルクを取り寄せよう……それで、なんとか合コンの間は、その姿で……」

「ん、わかった」

 

 釈然としない気持ちを残しつつも、仕方なく、と頷く玲音。

 その服装は、普段とそこまで変わっているわけではないが、デニムのショートパンツを、少し派手なダメージジーンズに変えて、上着をサイズ多めのちょっとゆったりとした物に。上着の柄は、でかでかと描かれたシルバーの髑髏。首から下げたネックレスは、銀の指輪をチェーンで通したシンプルな物。

 よし、何処からどう見てもちょっと拗らせた系ファッションの中学生にしか見えない。

 上着をゆったりとした、余裕のある大きさにしたので、胸とか体型は誤魔化せるだろうし。声は声変わり前ということで、ぎりぎりセーフだろう。

 

「ふぅ、これで玲音の男装はオッケーと。あ、合コン中、何か困ったことがあるなら、俺にパスしてくれればいいから。これでも、合コンは引き立て役としては百戦錬磨なんだぜ?」

「…………」

「わぁ、凄く信用してない顔」

 

 ちなみに、玲音の服の調達に関しては、直也が指定して来た服屋でツケにしてもらえたので、金銭的には問題ない。

 やれやれ、いくら馴染みの店だったとしても、初対面のお客のツケを認めさせるなんて、相変わらず直也は手が広い。うん、顔が広いじゃなくて、手が広い。だって、あいつの交流関係のほとんどって、あれだからなぁ。女性関係から派生したものだからなぁ。

 

「さて、問題は面子が一人足りないってことか。ううーん、京子は連れてこなくても良いって言われたけど、その代わり、適当な男を調達してこいって頼まれたからなぁ。まったく、直也は軽々しく無茶を言う」

 

 合コンに必要な面子は、男三人。

 一人は俺、もう一人は男装した玲音。つまり、後一人、男を調達しなければならない。残り一人ぐらいならば、直也が調達した方が効率的だと思うのだが、どうにも直也はこの状況を楽しんでいるらしく、全然俺の申し出を受け入れない。

 直也は俺の友達であるが、こう、なんというか、性格が悪い。最終的に助けるとしても、その過程で友達の事を、散々いじって遊ぶような奴だ。今回の無茶振りも、恐らくその一環だろうな。

 

「ふぅー、仕方ない。ついに、この俺の本気を見せる時がやってきたというわけか。ふふふ、玲音。三分間だけ、黙って俺に付いてきてくれないかい? それで、この問題を片付けて見せるとも」

「…………」

「あ、露骨に信用していない顔。ふふふ、だけどまぁ、見ててくれ」

 

 そして、三分後。

 

「やー、いけるいける、大丈夫、大丈夫! もう、全然いけるって! ねぇ、お兄さん!」

「……あ、あのぉ、俺は、その、お金とか無くて――」

「だーいじょうぶ! 全然、問題ない。こっち側で支払うからさー! ね、ボランティアだと思って! 俺を助けると思って! この通り!」

「えぇ……」

 

 俺は玲音を伴って街中を歩き、ちょうどいいターゲットを補足した。

 仙台の街中だというのに、絵の具で汚れたツナギ姿。

 高身長だけれど、痩せ気味。顔つきは、それなりにイケメン。

 ただ、髪はぼさぼさで、髭は生やしっぱなし。身だしなみにまるで気を遣っていない、薄汚れた大学生だ。

 されど、道行く人を観察し、携えたスケッチブックに鉛筆を走らせる手に、迷いはなかった。

 ――――良い。

 身長が高ければ、多少痩せ気味でも問題無い。身だしなみに気を遣ってないのは、これから説得して、色々準備すればいい。それに、こんな街中で、ツナギ姿でうろうろしながら、他人の目を気にせずにスケッチをしていたというキャラクター性は捨てがたい。ぱっと見た限り、悪人ではなさそうだし、それは即座に勧誘することにしたのである。

 

「綺麗なお姉さん方と、ご飯食べながらお話するだけだよー! 全然、怪しくないよー!」

「自分で怪しくないって言う人ほど、怪しい人は……」

「いやいやいや、だって、俺、これでも高校生よ? んでもって、こっちは中学生。もちろん、未成年の集まりだからお酒とかも無し。開催時間は夕方。ね? 健全でしょ?」

「…………ま、まぁ、確かに?」

「でしょぉおおおおお? ぶっちゃけ、合コンの真似事みたいな感じなんだよねー。ほら、大学生の本格的な奴じゃなくて、高校生がやるちゃちな奴。だからさ、一次会でお終いだし。途中でしんどくなったら、帰ってもいいから。ほら、店もちゃんと……ここ! ね? すぐ近場でやるし、有名なチェーン店の居酒屋でしょ? 怪しいように見せかけて、全然怪しくないんだなぁ、これが!」

「う、ううーん」

 

 初対面での勧誘に必要なのは、距離と、言葉選びのセンス。後は観察力だ。

 最初、逃げられないようにお兄さんとがっつり肩を組んで、無理やり親しさを演出。周りに対して、仲良いですよアピールをしながら、通報や余計な横やりを防ぐ。

 なお、この方法は異性に使用すると犯罪なので、やめましょう。それと、神経質そうな見た目の人にやると、一発で通報されるから、観察力に自信の無い人は遠慮すべきかな? 

 まー、こんな感じで最初は逃げられないように強引に。

 ある程度、話を聞いてくれたら、そこで少し離れて安全性を説明。

 ここら辺で会話を交わしながら、よく相手の様子を見る。

 この後、予定が入っているかどうか。

 相手が、こちらが紡ぐどんな言葉に反応するか。

 相手が、こちらのどういう部分に注目して、視線を動かすのか。

 そういうのを良く観察しながら、本命の言葉を考えておく。

 

「わ、悪いけど、俺、その……合コンとか? 女の人とかと、話すの、苦手で。それで、その、ごめ――」

「いい『経験』になると思うんですよー」

 

 相手が食いつきそうな、言葉を。

 柔らかな口調で、丁寧に。

 敬語を使って、当てていく。

 

「お兄さん、見たところ絵を描く人ですよね? それも、結構長く描いている」

「ん、や、そんな。まぁ、そこそこ?」

「美大とか通ってたり?」

「まー、うん、一応は」

「ほうほう。美大とかで、合コンには行かないんですか?」

「……や、だから、俺はさ、そういうの、苦手で」

「でも、だからこそ『良い経験』になる。苦手なことに思い切ってチャレンジ。今まで見えなかった何かに気付けるかもしれない。チャレンジした結果、やっぱり合コンってクソだなって結論をちゃんと出せるかもしれない。是でも、否でも、一度苦手なことを経験すれば、『自分は口だけじゃなくて、ちゃんと挑戦してみた』って経験になれますよ?」

「…………経験、か」

 

 芸術をやっている人間は。

 絵を描いている人間は。

 創作をやっている人間は。

 こういう言葉を、求めている。

 何か、非日常的な『経験』を求めている。

 何故ならば、大抵の場合、何かを作り出そうという人間は、飢えているから。

 自分の心が震える瞬間に、感動に、飢えているのだ。

 それが、喜怒哀楽のどれか、定かでないとしても。

 

「それに、面白くないですか? こんな、怪しげな二人組の誘いに乗って、合コンに行くなんて。そんな経験、普通に生きていて、あると思います?」

「……く、くくっ、それ、自分で言うのか?」

 

 ここで、お兄さんが笑った。

 喉の奥を震わせるような、人前で笑うことになれていない笑い声。

 ああ、良かった、笑わせることが出来たのなら、もう大丈夫。

 

「ええ、もちろん。実際、クッソ怪しいですし!」

「そりゃあ、ガタイの良い強面の君と、中性的な美少年がセットで、寄りにも寄ってこんな冴えない男をナンパしているんだからね。怪しいさ、そりゃあ……でも、うん、面白い。面白いのは、良いことだ、とても、良いことだ――――保身を捨てる、価値がある」

 

 お兄さんは、鉛筆の芯で真っ黒になった手を乱暴にツナギで拭った後、ゆらりと手を伸ばしてきた。

 

「ペンネーム『鴉宝石店』だ。冴えない絵描きの大学生だが、どうぞ、よろしく。後、悪いが本名は聞かないでくれ。普通に嫌いなんだ、特に苗字が」

「ういっす。あ、俺は天原晴幸です。んで、こっちが岩倉玲音」

「…………」

 

 俺はお兄さんの手を取り、固い握手を交わす。

 こうして俺は、年上の男性をナンパして、合コンの面子を集めることに成功したのだった。



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第14話 合コンはセックスの為の準備期間であると、屑は言った

 さて、合コンが始まる前に、俺の親愛なるクソッタレな友達である、結城直也について、軽く説明しておこうと思う。

 まぁ、京子の反応から察していただけると思うけれど、屑である。

 女たらしの屑である。

 俺が知る限り、奴は学校で七人以上の女性と肉体関係を持っているのだが、交際はしていない。何でも、束縛されるのを嫌っているらしく、セックスはすれど、交際はしない。

 そう、直也の奴は大抵、美人を見かければ口説いたりするのだが、絶対に交際はしない。何とか、上手いこと煙に巻いて、肉体関係だけを結ぶのが奴の手口である。

 あくまでセックスフレンド。

 付き合っていない、お遊びの関係。

 それを、相手側へと周知することによって、出来る限りのトラブルを回避しようという魂胆らしい。

 もっとも、中学生時代はそれでヘマをやらかして、危うく、女性三人から刃物で刺されそうになったという頭のおかしい経歴がある当たり、もう救いようがない。度し難い色狂いなのである、あの馬鹿は。

 

「やー、でもさぁ。男として生まれてきたのなら、出来る限りの美人とエッチなことをしたいじゃん? あー、でも、それで拗れるような関係はもう懲り懲りだし。こう、出来る限りドライな関係が良いんだよね。目指せ、セックスフレンド百人」

 

 前に一度、煙草を咥えながら、陽気な顔でそんなことを言っていたのを、俺は覚えている。

 まぁ、その後、煙草が嫌いな俺の手によって、奴の腹には痛烈なボディブローが決まったのだが、それは置いといて。

 こんなクソみたいな戯言を日常的に吐いてなお、直也が女性にモテるのには、もちろん相応の理由がある。

 まず、一つ。

 直也は話術に秀でており、なおかつ、それを、セックスフレンドを作るために使うのを惜しまない。後腐れしないためのセックスをするための努力を、惜しまない。

 

「いいかな、晴幸。世の中の非モテの男子は勘違いしているんだ。セックスをしたいのであれば、まず、きちんと準備をするんだ。相手に好かれる準備? ははは、違う違う、相手を騙す準備だよ。ほら、釣りをするためにはちゃんと餌を用意しないといけないじゃん? もしくは、狩りをするためには、罠と猟銃とかさ。だから、僕もきちんと準備をするし、武器を鍛える。君たちが、ゲームの中でレベルを上げるみたいに。スポーツ選手が、競技で良い記録を出すために、練習するみたいに」

 

 そう、直也は勤勉だ。

 後腐れしないセックスをするために、日夜勉強と実戦を繰り返し、非常に真面目に、成長せんとしている屑だ。いや、本当にその努力を別の所に活かせばいいのに、とも思うのだが、性分なのだろうから、仕方ない。

 そんな仕方のない屑が、女性にモテる理由が、もう一つある。

 これに関しては、単純明快。

 至って、シンプルな答えだ。

 

「ああ、後、世の中の非モテ男子が勘違いしているのがもう一つあった。よくさぁ、『顔よりも心が重視』とかさ。優しい人の方が、付き合うなら良いとか言うけど、あれは間違いだからね? だってほら、見なよ。漫画の主人公は、大抵、見ていて不愉快にならないレベルの顔だし。恋愛シミュレーションのヒロインは美少女だ。だからまぁ、結局さ――――ツラだよ、恋愛は」

 

 結城直也という屑は、とてつもない美少年なのである。

 

 

●●●

 

 

「やぁやぁ、約束通り面子を集めてくれたんだね、晴幸。これで何とか、僕も相手方に頭を下げずにすんだよ、ありがとう。まー、残り一人に関しては無茶振りだったから、てっきり、早めに連絡が来ると思っていたんだけど……ぶっちゃけ、どうしたの、そこのお兄さん」

「俺が街頭でナンパして、捕まえて来たの」

「うわぁ、何そのコミュ力。え? 人間? 変な能力とか持ってない?」

「お前にだけには言われたくないんだよなぁ」

 

 指定時間通りに、合コンの開催場所であるチェーン店の居酒屋へと向かう俺たち。

 そこで、胡散臭い笑みを浮かべて待っていたのは、茶髪の美少年だった。

 

「あははは、やだなぁ。僕のは努力と、後はツラの良さによる補正あってだよ。君みたいな、強面で、どうやってそんなコミュ力を得ているんだか、まったく」

 

 身長は俺の胸元程度で、ちょっと小柄。

 顔つきは中性的というより、人形的と呼んだ方が良い、整った美形。男女を問わぬ、美を突き詰めれば、こうなるだろうという形が、こいつの容貌だった。

 加えて、体を適度に鍛えることも忘れていないので、細マッチョという嫌われにくい体型。

 服装も無難に、無地のシャツとジーンズという組み合わせであるが、顔が良いからこそ、余計に主張しない無難な服装こそ、こいつを引き立てるのには相応しい。

 正直に言えば、嫉妬やら何やらを抑えて言うのであれば。

 俺は、こいつ――結城直也よりも美形の存在を見たことが無い。

 …………これで、性格が屑でなければなぁ。

 

「おっと、それよりも合コンの話をしておかないとね。ええと…………その、君の後ろに隠れている二人がそうなのかな?」

「あっはっは、あの、玲音はともかく、『鴉宝石店』さん?」

「鴉でいい。長くて、呼びづらいだろう」

「鴉さん。なんで、貴方まで俺の背中に隠れるんです? 年上でしょう?」

「慣れない服を着ているのと、初対面の相手という二点が合わさって、既に帰りたい」

「だいじょーぶ、だいじょーぶですよぉ? 実際、始まってみればいい経験になりますから。フォロー入れますので、とりあえず、あー…………生身の人間と相対するんじゃなくて、絵のモデルとして相対するってのはどうです?」

「…………ふぅむ」

 

 『鴉宝石店』さん――もとい、鴉さんの姿は現在、大分改善されている。

 近くの理髪店にぶち込み、ぼさぼさの頭や髭をすっきりさせたところ、見られるイケメンへと変貌した。色々と汚れているツナギはひとまず、洗いに出して、代わりにツケの効く服屋で適当な服を。サイズを合わせてマネキン買い。

 たったこれだけの事で、元が良いイケメンだと見られるようになるのだから、まったく、恋愛はツラという直也の言葉も納得である。

 

「なるほど。そういう思考の仕方もあったか、ふむ。悪くない、悪くない。未知の体験が、感情が、俺の指先にどんな影響を及ぼすのやら、ふふふ」

「段々、貴方の扱い方が分かって来ましたよ、鴉さん。今後、初対面の人と話す時は、そういうモードで行けばいいんじゃないですか?」

「可能な限りはそうしよう」

 

 なお、スケッチブックと絵画の為の道具は、手放すのを嫌がったので、そのままだ。合コンの店にまで持ち込んで、普通にスケッチを始めているあたり、やはりこの人は変人だと思う。

 

「そちらのお兄さんは大丈夫そうだけど、君の背中に隠れているお嬢さんは大丈夫? 心なしか、僕を睨んでいるように見えるけれど?」

「そりゃあお前、男装なんてさせるから」

「ううーん、実を言うと男装は流石に冗談で、君の方からツッコミ待ちだったんだけど」

「そっかー。斬新な遺言だね、直也。墓には、ツッコミ待ちって掘ってやるよ」

「はっはー、ごめん、ごめん、ごめええええええええたたたたたぁ!? 分かった! 本当に反省するから、指一本で、臓腑を抉ろうとしないで!?」

「なんでお前は度々、俺を騙すの? 死にたいの?」

「死にたくなーい。今度、君好みの女の子を上手く騙して、処女を食わせてあげるから、許してよ」

「合コン終わったら、お前、ちょっと折檻だからね?」

「ういうい。あ、顔だけは勘弁で、よろしく」

 

 にひひ、と笑う直也。

 こいつはなー、本当になー、性格も言動も屑なんだけどなー。面倒なことに、あえて、俺に叱咤されて、罰せられたいと思っている節があるから困る。

 こいつと俺が友達である限り、こいつは最後の一線は超えない。俺が越えさせない。

 その代わり、馬鹿な俺に代わって、色んなことの後処理を担当してくれる。今日だって、俺が何だかんだ人を集められなくても、笑いながら金を貸してくれただろう。

 屑ではあるが、外道ではない。

 何だかんだ言いつつ、友達。

 それが、俺にとっての結城直也である。

 

「んじゃ、男側の顔合わせも済んだところで、いよいよ女の子とのご対面と行こうか、皆。あ、合コン初めての人が居ても、安心してね? 今日はお酒とか、煙草は無し。飲み物はノンアルコール限定。料理の代金も、無理を言って集まってもらった責任として、僕が持つから心配なく。その代わり、今日、来ている女の子たちは僕の友達でね? 出来れば、可能な限り楽しませてあげて欲しいんだ。あ、無理にとは言わないけど、そういう心意気でよろしくってことで」

「楽しませることは出来るんだ。そこから先に、何で進まないんだろうなぁ?」

「絵の事しか話せんが、それでいいなら」

「…………ご飯」

「うわぁーい、幸先が不安だー。でも、時間が無いから、このメンバーで行っちゃおう」

 

 とまぁ、そんなわけでいよいよ、合コン本番だ。

 俺たちは直也に連れられて、居酒屋に並べられている机の一つへ向かって歩いていく。

 そこには、三人の女性が俺たちを待っていた。

 一人は、金髪ロングで胸の大きい、ギャルっぽいお姉さん。

 一人は、小柄で黒髪ショート。銀縁眼鏡の真面目そうな女の子。

 一人は、高身長でスタイルの良い。けれど、真っ赤に染め上げたベリーショートの髪と、ぎらぎらと耳にたくさんつけた銀色のピアスが攻撃的な女性。

 タイプは違えど、三人とも、十代後半から二十代前半ぐらいの、中々レベルの高い女性だった。そう、三人とも。

 ――――面子、三人で良かったんじゃねーか!!

 俺は思わず、『早すぎて見逃してしまいそうになる手刀』で直也の意識を刈り取ろうと思ったが、強靭な精神力で抑え込む。

 まだだ、まだ使うんじゃない。使うべき時は、今じゃない。そう、合コン後の折檻、楽しみにしておくがいいさ、直也。

 

「あー、やっと戻って来たー。ナオってば、おそーい」

「あはは。ごめん、ごめん。ちょっと面子を連れて来るのに手間取ってね?」

「…………ん、一人多い?」

「あ、本当だ、一人多い。ええと、可愛らしい中学生っぽい男の子が居るけど、あの子も参加者かにゃー?」

「んー、あの子はねー」

 

 こちらの怒気など素知らぬ様子で、直也はギャルっぽい女の子と、銀縁眼鏡の女の子と会話している。

 そういう、女の子と自然に話せるスキルって、羨ましいですわ。

 俺の場合、芸人根性を拗らせて、ファーストコンタクトの内に恋愛対象から、外されるからな……っと、んん?

 

「え、ええと、メイさん? おーい、メイさん。目ェ開いてるけど、どーしたの?」

「…………見つけた」

 

 メイと呼ばれた、赤髪でパンクな格好をした女性は、玲音の姿を見るなり、席から立ちあがった。その目はかっと驚愕に見開き、玲音から離れない。

 嫌な予感がした。

 俺はとっさに、玲音の前に立ち、メイという女性から玲音を隠す。

 

「やっと、見つけた」

 

 されど、その人は止まらない。

 獣の如き俊敏さで、弾き出されたようにこちらに飛び出してくる。

 当然、他の女の子二人も、直也も反応出来ない。

 

「くっ……!」

 

 俺だけは辛うじて反応し、いつ何時、その人が襲い掛かって来てもいいように身を構えて、そして、

 

「――――やっと、理想のショタっ子に出会えた! ああ、まるで夢のようだ! そうか、この、無限に湧き上がるこの感情こそがまさしく、恋!」

「…………え?」

 

 メイさんは、俺の前――正確に言えば、玲音の前でひざまずいて、宝塚の役者の如く、高々と自らの思いの丈を発露した。

 

「どうか、貴方にひざまずかせていただきたい、ショタよ。永遠の忠誠と、劣情を捧げたい」

 

 俺は即座に、手刀をメイさんに叩きこんで気絶させた。

 どうやら、使うべき時は、今だったらしい。



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第15話 合コンに変態が混ざっている件

「やぁ、トリムだよー。ナオとは、SNS関係の繋がりで、こっちのみゃむと一緒に、何度か会った関係かなぁ? 一応、今回の合コンの女性側幹事担当でぇーす。よろしくぅー」

「……みゃむ。これでも、大学生。トリムとはプライベートでも付き合いがあって、まぁ、オマケみたいな物だから」

「私はショタコン。名前はメイだ。直也とは前に一度、バンドメンバーの穴埋めとして、世話になったことがある関係だな」

 

 金髪ロングで、胸の大きなギャルっぽいお姉さんがトリムさん。

 黒髪ショートで、銀縁眼鏡をかけた小柄な、自称大学生の人がみゃむさん。

 それで、最後に赤髪ベリーショートの、外見だけはパンクロックなクールビューティの変態が、メイさんというわけだ。

 ふむ、俺は女性側の面子を一通り眺めた後、幹事である直也に疑問を投げかけた。

 

「ねぇ、直也さぁ」

「うん」

「変態が一人居るんだけど。名前よりも先に、性癖を紹介してきたんだけど?」

「うん」

「うん、じゃないが? うちの玲音がもう真顔になってんじゃねーか。欠片も心を開く余地が無いレベルの真顔だぞ、これは。さっきから、俺の服の裾をぎっちり握りしめて、離す気配が無いんだぞ? 言え、どうして変態を合コンの面子に入れた? よりにもよって、玲音が来る合コンの時に!」

「あははは。実は、僕も今日初めて知った新発見でさぁ――――どうしよう?」

 

 直也は珍しく、割とマジで困っている模様。

 おいおい、こいつの上っ面が崩れるのは、相当の事態だぞ? まさか、合コンという日常イベントで、こんな罠が待ち構えていようとは。

 

「へぇ、玲音って名前なんだ、君。なんだろう? 前世からずっと知っていたような、心地よい響きのする名前だね? あ、これ名刺。あと、これお金。大丈夫、大丈夫、そういうあれではないから、とりあえず受け取って――」

「生々しい行動を止めろ、そこの変態ぃっ!」

 

 俺は再度、手刀で変態――もとい、メイさんを気絶させようとするが、それを見切っていたのか、メイさんは片手で俺の一撃を受け止めた。

 

「なにっ!?」

「知らないのか? 私レベルのショタコンに、二度、同じ技は通用しない」

「この変態、強いんだけどぉ!? もう!」

「げぼぉ!?」

 

 同じ技は効かないと分かったので、渋々、陸奥圓明流『虎砲』を腹に打ち込み、行動不能に陥らせる。

 まさか、中学時代の特訓で身に着けた漫画の技が、こんなことに役立つとは。『修羅の門』と『修羅の刻』を読んでいて良かったと思える瞬間だね。

 

「晴幸ってば、ほんと、女性にも容赦しないよね?」

「痕が残るようなヘマはしてないけど?」

「うーん、優しい癖に意外とドライなんだよなぁ、君って。とりあえず、メイさんが悶絶して動けなくなっている内に、男子側の自己紹介行こうか!」

「大丈夫か? 既に、女子側の面子の残りが怯えているけど」

「ここから一緒に盛り上げていこうよ!」

 

 出来るかなー? トリムさんとみゃむさんってば、俺と変態のやり取りで、完全にびびっちゃっているもんなぁ。まぁ、素早く済ませたので、店員さんに俺たちのやり取りが発覚しなかったのが、不幸中の幸いだけど。

 

「はい、それじゃあ、まずは幹事の僕から。今日は予定していた面子が、急に来られなくなってごめんね? 代わりに、僕の友達を呼んで、なんとか面子を集めたから、許して欲しいな? ということで、紹介どうぞ、晴幸」

「うーい、紹介に預かりました、天原晴幸でーす。まだ高校生のひよっこですので、お姉様方の前で、ちょっと緊張しています。どうぞ、お手柔らかに」

「き、緊張?」

「緊張って、なんだろう?」

 

 俺が自己紹介で爽やかスマイルを披露したのに、なぜか、余計に女性陣二人に引かれている気がする。ううーん、不思議だ。

 

「はい、それでこの子なんですけど……俺の従兄で岩倉玲音っていう名前の中学生です。人見知りでシャイな子なんで、野良猫と接するような気分で話しかけてください。あ、出来れば、そこの変態は近づけないように」

「……」

「んでもって、この人が――――大丈夫、鴉さん? 一人で自己紹介出来る?」

「頼む」

「うん、頼まれた。はい、そういうわけで、俺がそこら辺の街頭でスカウトして来た美大に通う大学生の鴉さんです。本日は、対人経験を積むためにやってきました。途中、対人許容度が超えた場合は、ギブアップして離脱するかもしれないけれど、お気になさらず」

「苦手克服のために、頑張る予定だ……です。よろしく」

 

 そして、俺が玲音と鴉さんの紹介を終えた頃になると、女性陣二人は完全にこちらに対して警戒心を露にしていた。もはや、ドン引きどころか、こっそり目配せし合いながら、店内の逃亡ルートを確認している始末。

 

「直也、やっぱり駄目じゃね?」

「僕と君なら、やれるさ、晴幸。とりあえず、定番の流れで場を温めて行こう。ふふふ、こんな修羅場なんて、今まで何度も潜って来ただろう? 僕らは」

「そうだね、主にお前が原因の修羅場だったけどね」

 

 それでも、男にはやらなければいけない時があるのだ。

 俺と直也は互いにアイコンタクトを終えると、静かに覚悟を決めた。

 さぁ、数多の修羅場を乗り越えた、男子高校生の力を見せてやるぜ!

 

 

●●●

 

 

 直也が何故、俺を合コンに連れて来るのか?

 それは、俺が場を盛り上げるのに適した存在だからである。

 何せ、色々と馬鹿なことをやらかしているので、武勇伝には事欠かない。何度か、直也も一緒に馬鹿をやったことがあるので、大抵、その話で女の子たちは盛り上がってくれる。

 

「えー? うっそだぁ! 今時の学校って、セコムがあるでしょ? 夜にこっそり入っても、サバゲーなんて無理だってぇ!」

「ところがどっこい、僕たちには秘策があったんだよねぇ、晴幸」

「おうとも、普通に頼んでも絶対無理だからさ。『戦争の悲惨さを忘れないために、退役軍人の方々をお呼びして、実際にお話を聞こう』みたいな課外授業の延長戦でやったんだよ。まぁ、サバゲーに関してはあくまでも、お遊びと実際の戦争は違うという結論で纏めてもらうために用意したという体になっていたけどね」

「強かったよね、退役軍人のお爺さんたち」

「試合開始した途端、動きのキレが違ったよね。仲間たちへの呼びかけとか、飛び交う怒声とか、凄みがあったよねぇ。最後の十分なんか、俺と直也も合わせて数人しか残ってなくてさ」

「あれはぼろ負けだったよねぇ。まー、何にせよ、前例を作れたのは良い事だったよ。そのおかげで、テストの点数が良ければ夜の学校を監督の下、開けて貰えるようになったし」

「数学のテスト、平均点80点は辛かったねぇ」

 

 俺と直也は、阿吽の呼吸で鉄板の話を女子面子へ披露する。

 さりげなく、小さな取り皿に料理を盛り付けて、人数分配るという気遣いも忘れずに。こういう細かい気遣いが、後々の評価に繋がってくるのだ。

 

「へー、トリムさんって岩手の大学なんですね! 俺たちと、出身県同じなんだぁ」

「そーそー、みゃむも一緒の大学でね。みゃむとはもう、幼稚園の頃から一緒の仲でさぁ。子供の頃からよく、私がみゃむに付いていったもんだよぉ」

「へぇ、てっきり、逆だと思っていましたけどね、僕。SNSで話している限り、トリムさんと一緒の所に、みゃむさんがいるってイメージでしたけど」

「…………まー、間違ってない。私、トリムのオマケみたいなもんだし」

「そんなことないよー! 私ってば、いっつも、みゃむに助けられているし! あ、それに、みゃむって凄いんだよ! 漫画書くの、ちょー上手いの! WEB上で漫画を公開していたりしてさ。SNSでもパズることが多くて――――ほら、これ!」

「ちょ、ちょっと、トリム……っ」

 

 警戒心を緩ませれば、後はこっちの物だ。

 直也は詐欺師をやって、食っていけるレベルで話術を鍛え上げており、俺もまた、数々の合コンの負け戦により、女性の話にうまく乗っていくぐらいは出来るようになっている。

 そして、変態に関しては意識が戻ると共に、拳を交えて、再び、意識を刈り取っているので問題ない。同じ技が通用しないタイプの変態であるが、合コンの間だけならば、何とか無力化は可能だろう。

 ……なんで、合コンをやっているのに拳を振るっているんだろうね、俺は。

 

「あっ、これ、俺もTwitterのタイムラインで見たことがある! みゃむさんだったんだ、この漫画を描いた人。わー、すげぇ。素直に感服だわー」

「でしょー? うちのみゃむは超凄いでしょー?」

「も、もう! トリムってば……」

「あははは、トリムとみゃむは仲が良いなぁ」

 

 …………と、ここまで場を温めれば、合コン初参加の人も――鴉さんも、会話に参加しやすいだろう。鴉さんってば、さっきから俺たちの話を聞いて、料理を食っているだけだからなぁ。幸いなことにこちらの話を楽しそうに……楽しそうに? 聞いてくれているからいいけど、スカウトしておいて、放置はいけない。

 鴉さんの人生経験の為にも、俺が上手く話を振って、フォローしていかなければ。

 

「あ、漫画と言えば、鴉さん!」

「おう?」

「鴉さんは美大の学生さんなんですね? こう、Twitterやpixivのアカウントとか、あったりしませんか?」

「あるぞ」

「みーせーて?」

「…………まぁ、これだ」

 

 少し戸惑いながらも、鴉さんは自らのアカウントを披露してくれる。

 あ、Twitterはやってないけど、pixivはやってんのね。へー、どれどれ?

 

「みゃむ、みゃむ! 美大の学生さんだって! どんな感じなのか、見せてもらおうよ! あ、私はもちろん、みゃむのが一番だけど!」

「ば、ばか……あの、鴉さん、気にしないでください、その」

「…………? ああ、気にしない、安心してくれ。絵を、見られるのには、慣れている」

 

 そして、俺たちは見た。

 『鴉宝石店』というペンネームで、彼が投稿している絵の数々を。

 

『――――っ』

 

 思わず、俺、トリムさん、みゃむさんの三人は息を飲んでいた。

 なんというか、あれだ。俺は今まで、Twitterやpixivで、いろんなイラストをそれなりに見て来た。パズった漫画や、イラスト。構図がすげぇ、ハイセンスだって思う物だって、結構たくさん見て来たと思う。

 それを踏まえて、あえて言おう。

 ――――格が、違う。

 スケッチが上手いとか、リアルだとか、構図がエモいとか、そんな話では無かった。

 例えば、血塗れの少女が、誰かの内臓を啄むイラストがあるとする。非常にグロテスクで、凄惨とも言えるほど鮮明に書き込んでいるのに、俺はこのイラストを『暖かく、幸い』な物であると、感じさせられてしまった。

 それほどまでに、血塗れの少女の笑みが無垢で、晴れやかな物に見えたのである。

 ちなみに、そのイラストのタイトルは『少女葬』。このタイトルを見た瞬間、俺は即座に理解した。美しい物に食べられることは、幸いな弔い方であると、伝えたかったのだと。

 

「道路で死んでいる猫は、幸いだ。鳥が食べてくれるから、きっと天国に行ける。ええと、そんな気持ちで描いた、ような?」

 

 俺たちが何も言えないでいると、鴉さんは惚けたようにそう言って、ぎこちなく笑った。

 …………どうやら、俺はとんでもない鬼才を、合コンに連れ込んでしまったらしい。



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第16話 合コンが終わったら、後は流れで

 合コンの成否はどのようにして決まるだろうか?

 失敗の方は、まぁ、分かり易い。

 女の子たちがあからさまにつまらなそうにして、会話の途中でもスマホを弄り始めたらもうアウトだ。露骨な演技をして、途中で店から出ようとするケースだと最悪。もう二度と、そのグループからは合コンに呼ばれないかもしれない。

 幸いなことに、俺たちの合コンは失敗しなかった。

 間違いなく楽しませたと思うし、相手の女子はこちらに興味津々だったと思う。

 

「か、鴉さんはその、このコンクールに出した作品では、一体、どんなテーマを?」

「テーマ? よくわからないが、ううむ、『寒空でも、暖かい物は探せばある』だった、ような?」

「神過ぎる……あ、この絵の技法についてももう少しだけ」

「ああ、それは、こう、すっと」

「すっと! すっと!」

「みゃ、みゃむぅ? 狂ったように鴉さんの動作を真似なくてもー。鴉さん、絶対適当だよ、あれー」

「ううん、全然真似できていない。肘から下の柔らかいタッチが、全然違う……やっぱり、アナログだと勝ち目が……や、デジタルでも凄いの描いているから、言い訳に過ぎない、か」

 

 興味が過ぎるほど、興味深々だったと思う。

 特に、みゃむさんなど、落ち着いた態度から一転、鴉さんを質問攻めにする始末。その表情は傍から見ていても、鬼気迫る物があったけれど、幸いなことに鴉さんは普通に受け答えしていた。むしろ、女性と長時間会話できたと、どこか嬉しそうだったところを見ると、意外と相性は悪くなかったのかも? まぁ、初対面の合コンの結果にしては、だけれど。

 それに、問題があるとすれば、こちらの方だ。

 

「さて、どうするかね、少年? 私は受け切ったぞ、お前の攻撃を。それとも、まだまだ技のレパートリーを見せてくれるのかな?」

「くっ、並大抵の耐久力じゃない……こいつ、意思が肉体を凌駕しているのか? ならば、俺はお前の心を挫くひと言を与えてやる」

「ほほう、面白い。試してみろ、私の信仰(性癖)を砕けると思うのならばな!」

「いいか、よく聞け――――玲音は実は、ショタじゃない、ロリだ!」

「なん、だと!?」

 

 合コンの後半、俺の行動は変態――もとい、メイさんによって封じられていた。

 何度打ちのめしても、立ち上がり続けるその強靭なる意思は、単なる暴力だけでは抑えきれず、俺はついに隠していた切り札を切った。

 相手がショタコンであるのならば、致命的な一撃。

 玲音がロリであるという、合コンが後半になってきて、もうだんだん良くわからない空気になっているからこそ、暴露できた真実。

 その真実は変態の心を打ち抜き、信仰を打ち砕く……そのはずだった。

 

「ふ、ふくくははははっ! ロリ!? ロリだと!? ああ、その事実に、私はきっと打ちのめされ、絶望しただろう――お前と戦う前の、私だったらな!」

「なん、だと!?」

「戦いは人を成長させる。ああ、理解したよ、これこそが悟りに至った者の領域だと。ロリとショタ! その二つを愛することこそが、生命への賛美! 究極の愛だと!」

「馬鹿な、越えただと? 性別の垣根を!? こいつ、変態として進化したのか!?」

「さぁ、ここからは暴力ではなく、互いの言葉の刃で決着をつけようじゃないか、少年。何故なら、そろそろお店に迷惑がかかりそうだからな!」

「張本人が、よく言うっ!!」

 

 覚醒進化した変態は強かった。

 俺たちは、料理を交換しながら、言葉を交わしあい、正義とは何なのか? 性癖とは? 人の愛とは何かを語り合った。途中で、メイさんがやっているバンドの動画を見せてもらったり、田舎の地元あるあるで盛り上がりながらも、白熱した議論を交わして。

 そして、最終的には『玲音の好感度が高い方が正義』という結論になったのである。

 

「さぁ!」

「俺と、こいつ!」

「私と、こいつ!」

「「どっちの方が好き!!?」」

「…………」

 

 玲音は、大して好きじゃないおかずを並べられて、『世界最後の日に食べたいおかずは、どっち?』という質問をされたみたいな顔をしていた。

 けれど、そこはやはり、時間と積み重ねた好感度の差だろう。

 

「…………こっち」

 

 釈然としない表情を作りながらも、玲音の指が示したのは、俺だった。

 

「ふ、ふくくくはははっ、参ったな。完敗だよ、晴幸」

「お前も、強敵だったぜ、メイさん」

 

 こうして、勝敗を決した俺たちは互いに握手を交わし、ついでに連絡先を交換して、気づいたら合コンが終わっていたのである。

 ……結論から言えば、間違いないなく合コンは盛り上がったと思う。

 だが、成功したとは言い難い。

 何故ならば、今回の合コンはあくまでも、直也のフォローだ。直也がセックス決めるための、伏線として、この合コンが企画されたのに、もはやわけがわからない盛り上がりになっているのだから、企画した直也としてはあまり気分が良いものではないと思っていたのだが。

 

「いやいや、メイさんがショタコンだった時点でもうそういう空気じゃなかったしさ。今日は久しぶりに、友達と一緒に騒げたと思っておくよ」

 

 俺がそのことを謝罪すると、妙に晴れ晴れした表情で直也は応えたのである。

 おかしい。

 いつもの直也だったのならば、『んもーう、失敗だよ、大失敗! あーあ、セックスできなくて残念! 晴幸ぃ、お金は渡すから、気分直しにナンパ行かなーい?』と、けらけら笑いながら、面倒なことに誘ってくるというのに。

 

「……それに、目的を果たせる直前ってのは、誰だって気分が良いものだろ?」

「目的? えっと、この後、誰かと予定でも入ってんのか?」

「あはっ♪ まぁ、そんなところだよ、晴幸…………んじゃ、そろそろお金払ってくるよ」

 

 直也はひらひらと片手を振ると、機嫌よく会計へと向かった。

 よくわからないが、これで充分らしい。

 やれ、色々あったけれど、これで地元に帰れるのだから、ありがたいね。

 ワイヤード。

 ペルソナ。

 自ら生を放棄した、死者。

 ナイツ。

 ああ、本当に色々課題は山積みだけれど、とりあえず、京子が何か掴んでいるだろうし。今だけは、ちょっと一息ついても良いよね?

 

「ハルユキ」

「あ、やっぱり、なんですね、はい――――警戒するよ」

 

 などと思っていたけれど、玲音からの冷たい一言で状況を悟った。

 

『ざ、ざざざざざっ――――三名様、ご案内ぃ――ざざざざっ』

 

 聞き覚えのあるノイズ。

 ひび割れた声。

 それに違和感を覚える頃にはもう、奇妙な浮遊感と、視界が揺らぐ感覚があって。

 

「ごめんねぇ、晴幸。少しばかり、遊んでいてよ」

 

 悪びれていなさそうな、悪友の声が、最後に聞こえた。

 

 

●●●

 

 

 空々しいほどに晴れた、快晴の空。

 その空を塞ぐかのように、無数に張り巡らされた電線。

 道路や場所を全く考慮せず、木々のように乱立する電柱。

 灰色と青が混ざった、偽りの町、ワイヤードに、俺は再び入れられてしまったらしい。

 そして、

 

「…………うう、ここは?」

「あちゃー、露骨なことをしてくるなぁ、もう」

 

 俺の隣には、意識が朦朧とした鴉さんの姿が。

 

「あはははー、ごめんねー。こっちもお仕事でさー」

「ん、でも、殺すようには言われてない。だから、しばらく雑談しててもいいんだよ?」

 

 俺の前には、トリムさんと、みゃむさんの二人が立ちふさがるかのように。

 しかも、二人の背後には、前に見た『餓鬼』とは違う無数の化け物の姿があった。

 

「あー、気になったから、一応聞くけど、メイさんは?」

「あの人は連れてきてないよー」

「ナイツのメンバーじゃないしね。だから、今頃は一人ぼっちで驚いているかも?」

「そうか、そりゃあ、何より」

 

 俺は二人と受け答えをして、少しだけ安堵する。

 流石に、鴉さんを守りながらあの変態と戦るのは骨が折れるから。

 だから俺は、安堵して、覚悟する。

 これから、『玲音が居ない』という最悪の事態に対応するために、覚悟を決める。

 

「えー、戦うのー? お姉さんたちと、いちゃいちゃしてようよー?」

「無理は、いけない。傷つけたく、ない」

「あっはっは、お気遣いどうも。だけど、俺の相方が居なくてね。こりゃあ、真面目にヤバいということで、まぁ、だから――――悪いけど、やさしく出来ないぜ?」

「ほーう、面白いですなー! ねぇ、みゃむ、ちょっと懲らしめてあげようよ」

「うん、わかったよ、トリム。年下の男の子を虐めるのも、嫌いじゃない」

 

 俺は二人と対峙し、静かに構えた。

 二人は、余裕たっぷりの表情で微笑み、ゆらりと自らのこめかみに、人差し指を当てた。

 そして、予想していたことであるが、俺たちの開戦の合図は、共に同じ言葉となった。

 

「来い――――ペルソナぁ!!!」

「「行くよ、ペルソナ!」」

 

 こうして、俺は再び、ワイヤードでの戦闘に及ぶことになった。

 隣に居ない、玲音を探すために。



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第17話 まるで、レベルを上げすぎた序盤のRPGみたいな気分

ちなみに、ドラクエ6はラスボスまでストーリー進めて、諦める主義です。
思えば、まともにクリアしたドラクエはモンスターズ以外無かった記憶。


「男の子はこれが弱いんだよねーっと! リリム! 吸い取っちゃえ!」

「ザントマン、眠らせて」

 

 ワイヤードにおける、二度目の戦闘。

 自らの心の内より湧き出る『仮面』を顕現し、己が力として振るう力、ペルソナ。

 だから、必然とこの戦闘は常識外れの物になる。

 例えば、悪魔の羽を携えた、恐ろしく美しい女性が微笑むだけで、こちらが脱力したり。

 例えば、三日月型の頭をした異形が、背負った袋から粉をまき散らすだけで、眠気を誘ったり。

 俺の今までの戦闘経験が、まるで参考にならない攻撃を仕掛けてくるのだ。

 流石に、この俺とは言えど、苦戦は免れない――――はずだっただろう。

 

「蹴散らせ、ヤマ」

 

 俺が、ペルソナ使いとして覚醒していなければ。

 

「ひ、あっ?」

「ん、なぁ!?」

 

 疾風迅雷の如く。

 ただの一度、ヤマが骨の剣を振るうだけで、すべては事足りた。

 都合よく、横に並んでいたペルソナ二体は、こちらの剣閃に反応すらできずに切り裂かれる。いともたやすく。熱した刃で、バターを切るように。

 

「そん、なぁ……あ、あははは、つよ、すぎ」

「話が、違うじゃん、あいつ……」

 

 ペルソナは心の一部にして、行使者にとっては半身そのもの。

 故に、ヤマの一撃によってペルソナを屠られた物は、意識を保つこと出来ずに、そのまま倒れこむ。

 そして、しばらく立つと、トリムさんとみゃむさんの二人の姿は、ワイヤード内から拒絶されるかのように、この場から掻き消えた。

 恐らく、俺によってペルソナを屠られたことにより、このワイヤード内に居る資格を失ったのだろうさ。多分。や、玲音が居れば何か説明してくれたかもだけど、居ないからなぁ。その場のノリで適当なことを考えているけど、合っているのか、どうか。

 

「ま、ここを片付けてから考えればいいか」

 

 俺は二人を片付けた後、まず、背後に控えていた化け物共を見据える。

 無数の異形。

 まるで、妖怪図鑑や悪魔図鑑からそのまま出てきたような百鬼夜行の有様だ。

 仮に、俺が何も知らない一般人だった場合、即座にSNSに画像をアップロードして、バズらせたことは請け合いの光景である。

 されど、残念ながら今、俺は戯れている暇は無い。

 

『グルルル……ヤ、ヤバクネ?』

『帰りたい』

『レベル差ありすぎじゃない?』

『い、嫌だ、戻りたくない……』

 

 明らかに数の優位があるのに、腰が引けている異形たち。

 俺は、彼らに向かって爽やかに微笑みかけると、自らのペルソナ――ヤマに、短く命じる。

 

「蹂躙しろ」

 

 次の瞬間、幾重にも白の剣閃が振るわれて、化け物たちの悲鳴合唱が始まった。

 

 

●●●

 

 

 子供の頃、王道的RPGをプレイしたことがある。

 俺はなんというか、早く物語の続きが見たいがために、ろくにレベル上げをせずに、道具や武器を中途半端に買い揃えて、ボス戦に挑むことが多かったと思う。

 大体、三回ぐらいだろうか? 三回ぐらい、ボスに挑んで負けたら、俺はおとなしくレベルを上げることにしたのである。ただ、どうせレベルを上げるのであれば、次は確実にボスに勝ちたいという思いがあったので、がっつりレベルを上げて……そして、レベルを上げすぎてしまい、ボスを雑魚敵の如く屠ってしまうという、苦い経験があった。

 や、レベルを上げまくって、『俺つえー』とか『最強モード!』みたいな気分で戦うならそれでいいと思うんだけどさ、物語の都合上、楽勝だった敵とのバトルの後に、『ぐっ、紙一重だった』みたいなセリフを主人公が言ったりすると萎えるんだよね。

 だからさ、結局のところ。最初のプレイで物語を楽しむのならば、適度にレベルを上げて、適正レベルまで鍛えるのがセオリーなんじゃないかな?

 

「…………あー、えっと、弱すぎないかな、ちょっと」

 

 その点を踏まえて言うと、現在の俺は、レベルを上げすぎたような虚無感というか、がっかり感を味わっていた。

 そりゃあ、蹂躙しろと言いましたよ? 命じましたよ? 恰好つけて言いましたよ? でも、俺だって覚悟していたんだ。あれだけの数の敵が襲ってくるのなら、俺だって無事じゃいられない。しかも、鴉さんを庇わなければいけないんだから、苦戦は必須だよなぁ、ってね。

 でも、ことが始まってしまえば、文字通りの蹂躙だった。

 どの化け物よりも、ヤマの動きが速く。

 また、どの化け物の怪しげな術も、ヤマには通じず。

 さらに、ヤマが振るう骨の剣に対抗する術はなく、結果として、化け物たちは瞬く間に倒され、人間に戻っていった。人間に戻った奴は、次々と消えて行って、気づけば、俺の眼前には誰も居なくなっていたという。

 戦いが終わってしまえば、何事もなかったかのように、無人の街並みだけがあった。

 

「え? それとも、俺が強すぎるの? なんで? え? ここまで強かったっけ?」

 

 しかも、あれだけの数の化け物を屠ったというのに、俺に、疲労感は欠片もない。途中、本体である俺を狙う攻撃もあったものの、自分でも驚くほど簡単にいなし、カウンターを決めて、一撃抹殺。

 どうやら、ペルソナであるヤマを出現させると、本体である俺自身の力も向上するらしい。

 なるほど、通りで、あの二人の状態異常っぽい攻撃をくらっても、気合で「ふんはっ!」と打ち払うことが出来るわけだ。

 うん、我ながら人間じゃねーぞ、俺。

 マジでどうなっているのだろうか?

 

「…………ま、こういう事態なんだ。強すぎて悪いことはないだろ、多分」

 

 考えてわからないことを考えても仕方ない。

 うーん、玲音が居てくれれば、適当な相槌を打ってくれたり、貶してくれたりして、調子を戻せるんだけど。京子が居てくれれば、あいつなりに考察を重ねて、結論付けてくれるから、気分的にとても楽なんだよな。

 ううむ、やっぱり、あれだ。

 一人で戦うのは、向いていないなぁ、俺ってば。

 

「……て? あるい、は? 覚え、が? 記憶? 来たことが、ある?」

「…………おう?」

 

 思考を中断した俺は、ふと気づいた。

 いつの間にか、気を失っていた鴉さんが目を覚まし、何やらぶつぶつ呟いていることに。

 

「なんだ、ここは? ここは、ここに、確か、あれは――――」

「おおい、鴉さん? 大丈夫ですかー? おおーい?」

 

 俺の呼びかけに、鴉さんは反応を示さない。

 ただ、共にこのワイヤードに転送されていたらしきスケッチブックと、鉛筆を路面から拾い上げると、猛烈なスピードで何かを描き始めた。

 それは、描き殴っているという表現が当てはまる荒々しさだったのだけれど、不思議とタッチは繊細かつ大胆。それでいて、機械の如く素早くスケッチを仕上げていくのだから驚きだ。

 ああ、本当に驚いた。

 

「これは?」

「……………………わから、ない。わからないが」

 

 何せ、そのスケッチで描かれていたのは、玲音だったのだから。

 学生服姿の玲音が、ワイヤード内で、この電線だらけの街で佇む姿だったのだから。

 

「俺は、大切な何かを、失っていた気がするんだ」

 

 鴉さんはスケッチを止めない。

 玲音の周囲へ、不吉に集る鴉を描き続ける。

 さながら、これから巻き起こる何かを暗示しているかのように。

 

「誰かに負けて、失ってはいけない物を、失ったような、気がするんだ」

 

 ぽつぽつと、スケッチブックに何かの透明な液体が落ちていく。

 空を見上げても、雲一つない。

 けれど、そういうこともあるだろう。

 突然、誰かがそういう気分になることもあるのなら、空が晴れていても、雨が降ることがあるだろう。

 偶然ナンパした青年が、何か重大な秘密を握っていたなんてことが、あるぐらいならさ。

 

 

●●●

 

 

 この世界に、ワイルドカードは存在しない。

 死の神は封じた。

 されど、愚者は止まらない。

 愚かなる繋がりを求めて、罪を重ねる。

 ――――この世界に、『もう』ワイルドカードは存在しない。

 既に、死んでしまった。

 既に、奪われてしまった。

 故に、世界は『馬鹿』を求める。

 

「ここまで、辿り着いて」

 

 全てがリセットされてしまう、その前に。

 空気を読まない馬鹿が、神様気取りの愚者を殴り飛ばすことを、願っている。



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第18話 初恋は酸っぱい雑草の味

 初恋は実らないとは、さて、誰の言葉だっただろうか?

 まぁ、誰の言葉でもきっと大差ない。

 赤信号の時に、渡ってはいけない。

 人を殺してはいけない。

 鰻と梅干を一緒に食べてはいけない。

 ご飯はよく、噛みましょう。

 そんなありきたりな警句の一つが、恐らくは『初恋は実らない』、という言葉なのだろう。

 少なくとも、彼は――結城直也は、そう考えている。

 

「な、なおやくんのことが、すきれす! わた、わたしと、つきあってくだしゃい!」

「ううーん、ごめんね、好みじゃない」

 

 物心付いた時から、直也は自分自身が特別な存在であると確信していた。

 何故ならば、自分は美しい。

 他はそうじゃない。

 まるで、自分だけが違う種族みたいに、他の人間とは違う美しさを持っている。ならば、きっと自分は特別なのだと、直也は当たり前のように自覚していた。

 そして、その妄想じみた自己愛は、意外と間違ってはいない。

 

「すき」

「貴方のことが好きです」

「私と、付き合ってください」

「愛しています」

 

 直也の前には、当たり前のように愛の言葉が羅列する。

 例えば、同じクラスの女の子。

 例えば、同じ学校の先輩。

 例えば、教育実習の先生。

 例えば、街角であった、派手な女の人。

 直也に愛の言葉を向けてくる人間は、それこそ、ごまんといた。その大半は女であるが、たまに男も居るのが、直也にとっては驚きだった。

 けれど、それ以上に驚いたことがある。

 

「は、はははっ、い、一瞬だからねぇ! 痛くしないように、頑張るからねぇ!」

 

 好きなったものを、壊したいと思う欲望を持っている人間が居ること。

 それが、直也にはとても驚きだった。

 今まで大切に育てられた、美しい少年である直也は、その時、生まれて初めて生命の危機に陥っていた。

 相手は、マスクをつけたぼさぼさ髪の成人女性。

 目つきは胡乱で、手元には、切っ先が定まらない包丁。

 直也は、目の前の生物のあまりの醜さに身が竦み、動けなかった。

 迫る刃。

 荒く繰り返される呼吸。

 狂気が滲む呟き。

 

「――――あ」

 

 青空だった。

 空が綺麗だな、というのが直也の感想だった。

 汚い物から目を逸らして、綺麗な物を見るというのが、幼い彼が選んだ行動だった。

 

「おいこら、クソアマ」

 

 だから、直也は一番恰好良いシーンを見逃したのである。

 

「ガキ相手に、何をしようとしてんだ、ああ?」

 

 だぁんっ、という何かが跳ねられるような音が聞こえた。

 直也が音の方に目を向けると。いつの間にか汚い存在は居なくなっていた。

 代わりに、ジャージ姿の女性が居た。

 年上のお姉さん。

 ポニーテイルで、凛々しくも荒々しい眼差し。

 振りぬいた蹴りの美しいフォーム。

 まるで、日曜日の朝八時から抜け出してきたみたいな、ヒーロームーブ。

 

「うし、気絶しんてんな。んじゃ、着ていた服で拘束して、あとは通報っと。うん、完璧。一応残心で、他に仲間が居ないか確認しつつ……さて、大丈夫かよ、少年?」

 

 直也は、生まれて初めて、自分以外の人間を美しいと思った。

 だから、自分の命が助かったのだと知ったのは、助けに来たお姉さんが全てを終わらせた後で。

 

「怖い中、よく頑張ったな! このアタシが誉めてやろう!」

 

 しかし、己の初恋を知ったのは。

 雑だけれど、優しさを感じる手つきで、頭を撫でられた時だった。

 

 

●●●

 

 

 名前は、白萩 冬華(しらはぎ とうか)。

 年齢は十六歳。

 女子高生。

 所属する部活動は、どうやら女子空手部らしい。

 初恋を知った直也は、当時、幼い彼が考え付く限りの手段を使って、情報を集めた。

 その結果、わかったことは、意外と冬華と直也の家は近所にあること。

 偶然を装えば、特に違和感無く、遊びに行けるということ。

 いや、結果から言えば、偶然を装う必要すらなかった。

 あの後、事件の犯人は逮捕され、警察からの事情聴取などを経て、冬華の両親と直也の両親はいつの間にか、交友を結んでいたのだから。

 自分もお礼を言いに行きたい、と言えば、それだけで済む。

 

「こんにちは、お姉さん!」

「おお、あの時の少年じゃねーか! 元気だったぁ? うりうりー」

「えへへへー」

 

 再会の喜びは言葉に出来ず。

 けれど、幼稚園児のようにはしゃぎまわるのだけは我慢した。もう、小学生なのだからと精いっぱいに大人ぶって。

 

「あのね、お姉さん。ぼく、その、お姉さんとお友達になりたくて!」

「おおー、良いぜ、良いぜぇ! 友達になろう!」

 

 順調だった。

 何もかも順調だと、直也は認識していた。

 だって、自分は生まれながらの特別。美しい存在。誰にだって愛される。そんな自分が好きになった人なのだ。だから、こうして仲良くなればきっと、相手も自分を好きになってくれる。

 そんな、現在の直也だったら、鼻で笑う程度の無邪気さが、その時の直也にはあった。

 …………それからの半年間は、直也の人生の中でも有数の思い出である。

 

「お姉さんって、つよいんですね。どうやったら、ぼくもつよくなれますか?」

「んんー、しっかりご飯を食べて。運動して。後は、ご両親の言うことをちゃんと聞くことかねぇ? ま、最後の一つはアタシが言えた義理じゃねーけどさ!」

 

 愚者の幸福がそこにあった。

 何も知らないからこそ、楽しかった。

 嬉しかったし、愛しかった。

 このまま、アニメや漫画のように好きあって、結ばれて。幸せな人生を今後も歩んでいくのだと、まるで直也は疑っていなかった。

 

「――――――え?」

 

 白萩冬華が、自殺する、その時までは。

 

「いや、いやいやいや、いやいやいや、おかしいよね? え? なに、わるいことした? ちがうよね? なんで、いじわる言うの?」

「…………直也、これは、本当の事なのよ」

「いやだ」

「直也」

「いやだぁ!!!」

 

 母親から告げられた。最愛の人の死に、直也はしばらくの間、茫然自失していた。

 故に、正気に戻ったのは、そこからひと月経った後の事である。

 何もかもが終わった後に、ようやく直也は冬華の死を調べ始めたのだった。

 

「強いけど、脆い人だったよ」

「思い込んだら一途すぎて。だから、あんな」

「結局、誰が悪いんだろうな?」

「誰もが悪くて、誰も悪くないんだよ、きっと」

 

 自殺の真相はこうだった。

 冬華はどうやら、誰かの子供を孕んでいたらしい。

 どうにもその相手というのが、部活の先輩の彼氏だったらしく。一夜の間違いから、そうなってしまったことを悔い、人生に絶望してしまった、というのが遺書に書かれていた真実だったのだとか。

 そして、冬華の自殺に次いで、その部活の先輩と、彼氏も共に命を絶った。

 行き過ぎた責任感の所為か、あるいは、近しい人物が自殺するという重みに耐えきれず、潰れたのか、定かではない。

 確かなのは、

 

「…………どうすれば、よかったんだよ?」

 

 直也に出来ることはもう、何もなかったという、ただそれだけだった。

 

 

●●●

 

 

「さぁ、神よ。ワイヤード内に遍在する神の一柱よ。どうか、僕の願いを聞き届けて欲しい」

 

 そして、直也は現在、何もできなかったことを取り戻そうとしている。

 ワイヤード内に構築したのは、在りし日の愛しい世界。

 ある夏の日。

 冬華と共に遊んでいた、家の庭先。

 その縁側に腰かけた神に――――岩倉玲音に、直也は祈るように告げる。

 

「どうか、僕の愛しい人を、黄泉の底から引き揚げて欲しい」

 

 縋るように、言う。

 さながら、救済を望む愚者の如く。



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第19話 触らぬ神に祟りなし

高校受験の際、お御籤を引いたところ、凶が出て『願い事叶わず』と伝えてきた神を許さない。
なお、その後、お賽銭に五百円を投下したところ、無事に志望校に合格した模様。


「ペルソナぁ!!!」

 

 雑魚を蹴散らした後、鴉さんが何やらよくわからないことを呟いて気絶。

 その後、特に何も音沙汰が無く暇なので、環境破壊を始めることにした俺だった。

 

「おらぁ! どこに居るんじゃ、ワレェ!! さっさと、金を寄こせ、金ェ!! 応答がない場合は、この世界ぶっ壊すぞ、おらぁん!!?」

 

 溢れ出る力は収まるところを知らない。

 俺のペルソナ、ヤマが骨の剣を振るうごとに、巨大な建造物が音を立てて崩れていく。路面が盛り上がり、軋み、さながら超サイヤ人でも暴れたのか? みたいな有様になっていた。

 よし、この分だと、あと五分ぐらい暴れれば、この空間を破壊できるな!

 以前、やりすぎてワイヤードという謎空間の一部を破壊してしまったことから、俺は空間の耐久度をきっちりと覚えていた。そう、これくらいの破壊であれば、まだ完全に壊れはしないだろう、と。

 

『…………あー、薄々感じていたけど、君はやっぱり規格外だよねぇ、晴幸』

「お、やっと反応したな、直也」

 

 すると、予想通り、この空間を壊されて困る存在――――恐らく、ワイヤードという空間の一部を所有している主が、結城直也が、口を挟んできた。

 もっとも、直接顔を出さず、どこかの無人の建物の中から流れてくる、スピーカーを介しての会話のようだけれど。

 

『約束しよう。別に、君たちに何か悪いことをしようとしているんじゃない。ただ、僕は僕の本懐を遂げたいだけなんだ。だから、邪魔しないでくれるかな? ねぇ、悪友?』

「それで? 玲音はどうした? 岩倉玲音。俺の相方だよ。お前が、連れて行ったんだろう?」

『………………ねぇ、晴幸』

 

 俺の言葉に対して、少し沈黙した後、直也は珍しく真面目腐った声で告げてくる。

 

『あれはね? 関わってはいけない存在だよ。少女の形をしているけれど、おおよそ、まともな生物じゃない。いや、そもそも生物であるのかどうかさえ、わからない。ただ、人の深層心理の奥――――集合無意識の海に潜む、恐るべき【何か】だ。理解し合えるとは思わない方がいいし。出来るわけがない』

「あっそ、ご忠告感謝するよ、直也。でもね、あいつがどんな存在だったとしても、あいつは俺の隣に来たんだ。特に好かれているような気なんて全然しないけどさ、まぁ、隣に来たなら、可能な限り何とかしてやりたいと思うじゃないか」

『何とか? はははっ、あの神に等しい存在が、人に何を願うって言うのさ?』

「いや、なんかあいつ、寂しがりやみたいな感じがしてさ。だから、あいつが隣に居て欲しい時に、俺はあいつの隣に行こうと思うんだよ――――だから、さっさとこっちに戻しなさい。あいつは、お前の手におえる女じゃないぞ、馬鹿」

 

 なんというか、負けイベント確定のRPGの戦闘を、とりあえず最後までやっているような気分だった。これ、駄目なんじゃね? と思いつつも、とりあえず最後までやってみるかぁ、と進めていく感じの、あれ。

 

『……は、ははは、ご忠告、感謝するよ、晴幸。でも、でもねぇ――――今更ぁ! 止まれるわけが、あるものかっ!!』

「そっかー」

 

 はい、やっぱり駄目でしたー。

 直也ってばもう、軟派野郎の癖に、変なところで頑固なんだもんなぁ。

 …………などと、俺がため息交じりに肩を竦めていると、空間が歪み、謎の怪物どもが召喚されてくる。

 ただ、今度は姿かたちがバラバラな奴らじゃない。

 そいつらは全て、二足歩行する、一つ目象の化け物だった。その手には、俺の身の丈以上の大剣や、鎖の付いた鉄球などが携えられている。

 

『そいつらは、君専用に考えていた切り札だよ。精々、クソゲーを味わってね? ……ま、あ。君はこういうクソゲーを鼻歌交じりにクリアするんだろうけどさ』

 

 ぶつんっ、という通話が切れたような音が響いた後、像の化け物たちは一斉にこちらへ殺到してきた。

 とりあえず、俺は鴉さんを背負い、機敏な動きで巨体を翻弄。

 力こそ、見た目通りの怪力であるが、速さはそこまでではないので、人を背負った状態でも楽々回避。そして、ヤマによる一撃で片付けようと思ったのだが、骨の剣を振るった瞬間、何やら象の表皮一歩手前のところで剣が止まり、痺れるような感覚が手に残った。

 

「ふぅむ」

 

 推測。どうやら、ペルソナに与えられたダメージは本体にも返ってくるらしい。

 推測。どうやら、この像の化け物は物理的な攻撃を跳ね返そうとするらしい。

 推測。この手の相手は魔法に弱い。多分。でも、魔法系のあれこれとか使えないっぽいんだよな、俺……というか、ヤマ。

 推測。でも、高度に極めた科学は魔法と変わらないと誰かが言っていた。これの言いたいことはつまり、何かを極めれば、大体、魔法みたいなことはできるよね! ってことじゃないかな、と思う、多分。

 結論――――気合でなんか物凄い魔剣みたいな一撃を放てば、オールオッケー。

 

「こぉおおおおおおおおっ!!」

 

 なんかそれっぽい呼吸を重ね、丹田から体中に回る魔力的なパワーを意識。ヤマに、漫画で見たかっこいい剣の構え方をさせて、一息。

 

「空間殺法・陽炎」

 

 次の瞬間、襲い掛かろうとしていた象の化け物たちを、陽炎の如く揺らめいた骨の剣がバラバラに斬り飛ばした。

 抵抗などまるで感じることはなく。

 さながら、包丁で豆腐でも斬っている気分だった。

 …………なるほど。敵に物理耐性とか、反射属性っぽい奴が居る場合は、気合で魔力的な何かを収束して、研ぎ澄ませばオッケーなのか、ふむ。

 

「…………急がないとな」

 

 俺はペルソナを維持したまま、周囲の気配を探る。

 …………駄目だ、俺はどうやら、そういう感知系のあれやこれやは苦手らしい。ううむ、困ったなぁ。

 

「直也が、危ない」

 

 多分、早く追いつかないと、直也の奴が死んじゃうと思うんだよな、あの様子だと。

 

 

●●●

 

 

 結城直也は焦っていた。

 

「まずい、まずい、まずい………………絶対、晴幸はあの程度の時間稼ぎ、あっという間に超えてくる。あいつは、そういう馬鹿だ。理屈が通じない」

 

 悪友との付き合いがそこそこ長い直也は、晴幸の強さに対して、信頼を置いている。

 何せ、あの馬鹿だ。道理や理屈を蹴飛ばして、無理を通してくる馬鹿だ。こちらの常識や、当たり前などは、鼻歌交じりに蹴飛ばして、こちらの首根っこを掴んでくるだろう。

 そうすればもう、自分はこんなことを続けられないと、直也は自覚していた。

 こんなこと、悪友に説教されたら、やめてしまう。心が折られてしまう。それではいけない。せめて、せめて、愛しいあの人を蘇らせなければならないのに。

 

「お願いします! どうか、どうか……」

「…………はぁ」

 

 ワイヤード内に作り上げられた、直也の心象風景。

 灰色の街の隅に隠された空間。

 夏の日の縁側。

 そこに、不機嫌な岩倉玲音(神様)がため息を吐いていた。

 

「…………」

 

 玲音は、懇願する直也のことをつまらなさげに眺めている。

 考えてみれば、当然極まりないことだろう。仮に、岩倉玲音という存在が神であるとして、結城直也という存在が、ナイツという、神を信奉する集団の一員だとして。

 神が、信者の願いを叶えなければならない義務などはない。

 勘違いをしては、ならない。

 神は絶対的だ。

 神は気まぐれだ。

 神は思春期の少女のように、繊細だ。

 時に、賢者の理を面白半分に足蹴にして。時に、愚者の懇願を聖女の如く受け入れることもあるだろう。

 けれど、『楽しい遊び』の最中に、横やりを入れられてしまえば、当然の如く気分を損ねる。

 というか、神様でなくとも、普通の人間でも機嫌を損ねる。

 それは、当たり前のことだ。

 

「――――いいよ。貴方の愛しい人を、蘇らせてあげる」

 

 故に、玲音は直也の願いを叶えてやることにした。

 

「…………あ、ああ、ありがと、う、ござい、ます……っ!」

 

 度重なる懇願の果てに、ようやく願いを聞き入れてもらった直也は気づかない。

 少なくない年月を、それだけに賭けていた直也には気づけない。

 

「貴方の、愛しい人を、きちんと、ちゃんと、しっかり――――貴方を愛していないままに、自殺した後の状態で、蘇らせてあげる」

「…………え、あ?」

 

 神の残酷さに、気づけなかった。

 そして、何より、己の愚かさに気づけなかったのである。

 ――――己を愛していない者を愛し、蘇らせるということが、どれだけ悍ましく、残虐な行為であるかを。



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第20話 好きな人が、自分を好きだとは限らない。まぁ、当たり前だけど。

 結城直也の小学生時代と、中学生時代を一言で言うのであれば、『荒れている』という言葉が適している。

 

「お前、お前ぇ! なんで、なんであの子を振ったんだよ!? あの子は、お前に尽くしていたのに!」

「ふざけんな、この最低男!」

「テメェは面だけの、性根はゴミ屑みたいな男だな」

 

 愛する人を無くした直也にとって、人生とは無駄に長い蛇足に過ぎない。

 少なくとも、小学校低学年だった彼はそう考えて、正しく、良く生きるという行為を放棄した。道徳や倫理、そういうものを足蹴にして、自らの魅力を惜しむことなく振りまき、あらゆる愛と情を踏みにじってやったという記憶がある。

 だが、それでも結局、直也がやっていたことはただの色仕掛けに過ぎない。

 超絶美形の直也が、ちょっとばかり優しくすれば、誰もが勘違いする。のぼせ上がる。

 『こんなに綺麗な人に好かれている自分は特別なのだ』と、愚かな勘違いをする。そんな思考が馬鹿になっている状態の人間を騙して、堕落させることは直也にとっては朝飯前にも等しいことだった。

 

「愛してる」

「好きよ」

「ああ、なんで、こんな男を好きになったのかしら?」

 

 直也は無数の女を抱いた。

 直也は無数の愛を踏みにじった。

 そうすることで、己の過去を克服できるとでも思っていたのかもしれないが、結局は、何も変わらない。向き合うべきことに向き合えず、逃げているだけの子供に過ぎなかった。

 それでも、自暴自棄になりながら、世界を馬鹿にすることにしか、直也には出来なくて。

 いずれ来る『清算』の時に怯えながらも、己の暴走を止められない日々が続いた。

 

「愚かなる君よ。その愚直さに免じて、救済の法を与えよう」

 

 中学生最後の夏。

 ペストマスクを被った、白衣の中年に――『お父様』に出会う、その時までは。

 

「この世界には神が居る。だが、その神は眠りについている。我々、ナイツの目的は、その偉大なる神を悠久なる眠りから目覚めさせて、この世界に救済をもたらすこと。さすれば、君も天なる国で、愛しい者と再会できるだろう…………もっとも、その再会が、君にとっての幸いであるとは限らない、のだが」

 

 直也は、そいつの言葉を聞いて、真っ先に思ったのが『こいつは、狂っている』という当たり前の感想だった。

 奇妙な恰好。

 わけのわからない言動。

 当然、直也は常識的な判断の下、狂人を無視してその場から立ち去ろうと考えていた。

 

「それでも、君が愚かなまま、死に向かって走り続けるよりはマシだろう」

 

 突如として、ワイヤードという異界にぶち込まれる、その前までは。

 

「ここはワイヤード。集合無意識の海に、もっとも近しい場所だ。人と、人との繋がりが可視化される街。そして、愚かなる私たちでも、非常なる運命に抗う術を与えられる」

 

 混乱する直也へ、狂人は重々しい黒い塊を手渡した。

 それは、拳銃だった。

 人を殺すための道具だった。

 いつ? どうやって? どうして? なんのために?

 無数の疑問が浮かび上がって戸惑う直也へ、狂人は道を指し示す。

 灰色の街。

 無人の道路の中央で、泣いている少年――――『幼い頃の直也』を指さす。

 

「さぁ、まずは弱い自分を殺すところから始めるといい。なに、やり方は簡単だ。己への殺意に従って、そのまま引き金を引けばいい」

 

 いやだ、いやだ、と現実を受け入れられない自分。

 幼い頃の弱い自分。

 本当は、何よりも踏みにじってやりたいぐらい、憎い自分。

 ――――その引き金は、直也にとって、とても軽く感じたという。

 

「おめでとう。新たなる騎士の誕生を寿ごう。さぁ、結城直也…………いいや、冥界へと出向き、己が最愛を取り戻さんとする『オルフェウス』よ。共に、迷える羊たちを救済へ導こうではないか」

 

 直也は、狂人の手を取った。

 されど、狂人の理想に共感したわけではない。

 ナイツの大分部分のように、ただ単に、己の利益に忠実だっただけ。

 普段はナイツとして従いつつも、その機会があれば、直也はあっさりと狂人を出し抜いて、己が願いを叶えようとするだろう。

 そして、事実そうした。

 それが、己を決定的に追い詰める一撃であるということも、知らずに。

 

 

●●●

 

 

 死体があった。

 直也の眼前に、死体があった。

 自らの喉を、包丁で掻き切った女の死体だ。

 当然ながら、その死に顔は安らかではない。人間、喉を切って直ぐに死ぬのはフィクションの中だけであり、おまけに、自害となると躊躇いも相まって、散々苦しんだ後、みじめに、見苦しく死ぬのだ。

 

「…………ぁ」

 

 その、惨めに、見苦しく死んでいる女の名前を白萩冬華という。

 そう、直也が求めに求めていた、愛する人の名前だ。

 

「…………どう、して? どうして、こうなるんだよっ!?」

 

 直也は、眼前の死体に向かって膝を折り、頭を抱えながら悲鳴の如き叫びを上げる。

 本来であれば、見苦しい叫び。

 本来であれば、見るのも絶えない狂相。

 されど、皮肉なことに直也の美貌はそれすらも、独特の『味』として美しさを表現していた。眼前に転がる死体が、余計に惨めに、醜く見えるほどの、美しさだった。

 

「なんで、なんで。なんで、なんで!? どうして、なんだよっ!?」

「くすくす。くすくす」

 

 直也の、美しき愚者の慟哭を、神は嘲笑う。

 少女の姿を取る神は、くすくす、と愉快そうに笑って、尋ねる。

 『再度』、尋ねる。

 

「コンティニューする?」

「――――――っ!」

 

 本来ならば、直也が望んで仕方がない言葉。

 その失敗をやり直させてやろう、という慈悲。

 そうして欲しいと、懇願するべきであるはずなのに、直也は言葉が出ない。出るわけがない。何故ならば、その失敗は――――『今回で百を超えている』のだから。

 

「ひ、ひう、うぁっ」

 

 恐怖と畏敬が言葉に混ざり、直也は言葉を紡げず、ただ、滂沱する。

 一体、何が悪かったのか?

 直也は思い出す。

 百を超えて、失敗した時のことを思い出す。

 最初に蘇らせたとき、直也は喜びで一杯だった。柄にもなく、感激で涙を流し、感動で言葉がうまく紡げなかった。しかし、それでも、生き返った最愛の人との再会、会話は直也に今までの苦労が報われた、と思えるだけの救いを与えたのである。

 

「…………ごめん」

「え?」

 

 もっとも、その後、救いよりも遥かに強烈な絶望を与えられたのだが。

 

「なんで、なんで、なんで?」

 

 蘇った少女は、自ら手元に出現させた凶器を持って、喉を描き切って死ぬ。

 どうしてそうなるのか、愚かなる直也にはわからなかった。

 だから、仕方なく玲音は教えてあげたのである。

 

「違和感なく、本当に人を蘇らせるというのはこういうこと。私は、ちゃんと蘇らせてあげたよ? 記憶も、感情も、肉体も、経験も、全てそのまま――――自ら命を絶とうとした、絶望もそのままに」

「あ、え、あ?」

「さぁ――――コンティニューする?」

 

 そこから、直也の生き地獄が始まった。

 何度も、何度も、何度も繰り返しても、変えられない。

 どれだけ言葉を尽くそうとも、培った知恵を尽くそうとも、最愛の人の自害は防げない。時に、ペルソナ能力を使って、一時的な洗脳すらも謀ったのだが、『心の力』による抵抗力で、洗脳を跳ねのけて、彼女は自殺した。

 その原因も、理由もはっきりしている。

 白萩冬華という人間は、どうあっても自殺する絶望を抱えており、それは直也では払えない。ただ、それだけのことを理解するのに、直也は五十回以上の地獄を味わって。

 神様に、再び懇願する。

 どうか、どうか、彼女の絶望を欠けたままに、蘇らせてください、と。

 

「不可能よ、それは。貴方の記憶に、誰かの記憶に、白萩冬華という少女の人生がある限り、絶望は欠けない。そして、仮に、それを無理やり奪い取ったら、もう、白萩冬華じゃないの」

 

 だが、神様はその愚かしい願いを、正しさで断じる。

 神様は、岩倉玲音は気まぐれで、時に残酷であるが、今回に限っては本当に正しく願いを叶えている。愚かしくも、死者の復活を願う者へ、それでも失敗した者へ、再度のチャンスを与えるほどに、慈悲深く、正しい。

 故に、直也が膝を屈するとすれば、その正しさだった。

 

「………………無理、だ」

 

 死んだ人間を蘇らせてはいけない。

 何故ならば、死んだ人間を蘇らせたところで、再び死ぬ『運命』であるのだから。

 そして、『運命』に抗う資格は、直也にはなかった。

 憧れの好意を、親愛を、恋との区別も付けられなかった、直也には。

 

「あっそう」

 

 かくして、岩倉玲音(神様)による、気まぐれな慈悲は終了する。

 いつでも最初からこう出来た、とでも言うように玲音は煙のように消えて。

 蘇った少女の死体すら消えて。

 

「…………う、あ」

 

 後に残ったのは、願いに敗れ、生きる意味を失った愚者のみ。

 

《愚かなる我よ。愚かなる汝よ。弱き己を殺し、戦う術を手に入れたのならば――――足を止めたとき、過去に殺されると、心得よ》

 

 やがて、愚者の影が伸びていき、それが直立する。

 直立した影はノイズと共に姿を変えていき、やがて、一人の少女を象った。

 純白のドレスを身にまとった、如何にもお姫様という風情の、美しい少女だった。

 ちょうど、直也がそのまま女性になれば、こうなるだろうという姿だった。

 

『さようなら、愚かな僕。お休み、憐れな僕。弱い君は死んで――――後は、僕が生きる』

 

 美少女の手には、黒い塊――拳銃が握られていて、銃口は直也に額に。

 これは、いつかの再現。

 泣いていた自分を撃ち殺した時の、再現。

 故に、殺される。

 弱い、自分は殺される。

 結城直也はここで、自らの影に殺されて、ノイズとして生きる――――

 

「おっと、それはちょっと待ってもらおうか」

『――――っ!?』

 

 そのはずだった。

 横から割って入ってきた何者かが、その拳銃を蹴り飛ばさなければ。

 

「…………あ」

『ちぃっ』

 

 その声を聞いて、思わず直也は顔を上げる。

 その声を聞いて、思わず美少女は舌打ちをする。

 何故ならば、知っていたから。

 その声の主が、自分の悪友であることを。

 そいつが、こういう場面でヒーローの如く登場する奴だということを!

 

「悪いけどさ、どうしようもない馬鹿でも、屑でもね、俺の悪友だからさ。殺させるわけにはいかないんだよ。例え、自分自身による自殺だったとしても、さ」

 

 そして、天原晴幸は颯爽と現れる。

 ありきたりな悲劇を砕くために。

 愚かさと、正しさで死のうとする悪友を救うために。

 その背中に、力あるヴィジョン(ペルソナ)を控えさせて。

 二人の結城直也の下に、駆け付けたのである。

 ――――――何故か、一糸纏わぬ裸体で。

 

『「なんで、全裸ぁ!!」』

 

 こうして、全裸のヒーローと、愚かなる影の戦いは始まったのだった。



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第21話 エロ同人のように

せみもぐらさんの同人誌が好きです。


 結城直也と天原晴幸の出会いは、少しばかり特殊だった。

 それは、高校入学直後の、とある日。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……貴方が、貴方が悪いのよ……っ!」

「あちゃー」

 

 直也は包丁を持った女子生徒に脅されて、校舎裏で追い詰められていた。

 そうなった理由は実に明白。直也がその外見だけは麗しい少女に手を出して、けれど、遊びの関係だったということがばれたのが原因である。加えて、外見が美しくとも、内面がメンヘラだったので、こういう形で追い詰められてしまったのだった。

 

「あー、確かに、僕が悪かったねー、ごめんごめん。許してよー」

「う、煩い! 私の事なんてどうでもいい癖にぃ!」

「うん。それは本当だけどさー。暴力はいけないよ、暴力はー」

 

 この時、直也は余裕があった。

 何故ならば、当時、直也はペルソナ能力に覚醒しており、ワイヤードの外でも、その能力の一端を使用することが出来たからだ。

 オルフェウス。

 冥界の神すら魅了する、美しき奏者。

 故に、直也がちょっと口笛でも吹けば、瞬く間にメンヘラ女の一人ぐらい制圧できるだろう。そういう算段で、直也は機会を見計らっていたのだが、

 

「まてーい! この学び舎に鮮血の赤は似合わないぜ!」

「「えっ?」」

 

 そういうタイミングとか、雰囲気を一瞬で台無しにしたのが晴幸である。

 晴幸は何故か、その頭や肩に猫をこんもりと乗せており、大体、五匹ぐらいの猫が晴幸の体に乗っかって、奇跡のバランスでその状況を維持していた。

 もちろん、卸し立ての学生服は既に、猫の毛で汚れ、獣臭くなっている。

 

「何か理由があるのかもしれない。そこの男は、アンタに殺されて当然のことをしたのかもしれない。だが、落ち着いてくれ」

『にゃあ』

『にゃー』

『なうー』

「まず、理由をこの俺に聞かせてくれないか? 本当に、アンタがその手を汚すべき相手なのか。それを見定めるためにも」

『にゃっ!』

『にゃーん!』

「もちろん、いきなり、第三者がこんなことを言うなんて……こら、頭の上で喧嘩しない!」

「「猫の存在が邪魔して、全然、話が頭に入ってこない!!?」」

 

 当時、晴幸はたまたまマタタビという猫特攻アイテムを手に入れて、それを学校の周囲の猫に試そうと実験をしていたところだったのだが、直也とメンヘラ女はそのことを知る由もない。彼らにとっては、いきなり猫だらけでガタイの良い強面の男子が、自分たちを仲裁し始めたということだけである。

 

「…………ば、馬鹿馬鹿しい……馬鹿すぎるぅ……」

 

 なお、この時点でメンヘラ女は毒気を抜かれてしまい、包丁を手放してしまった。

 晴幸の話を聞いて、説得されたわけじゃない。ただ、昼ドラみたいな展開をしていたら、途中でギャグマンガみたいな世界の住人が現れて、なにかもが馬鹿馬鹿しくなったのだろう。

 

「うん、それでいい」

『にゃー』

「君に、そんな物騒な玩具は似合わないぜ。代わりに、はい」

『にゃーん?』

「猫をあげよう。野良だけど」

「獣くさいっ!? やめ、なんで頭付近に乗せるの!? 猫も全然、はなれなっ!!?」

 

 晴幸は自分の説得が効いたのだと勘違いして、したり顔でうなずき、何故か、猫をメンヘラ女の頭部に乗せた。多分、意味などない。天原晴幸という馬鹿は、そういう無意味な行動をその場のノリでやらかす悪癖があるのだ。

 

「…………はは、なんだこれ?」

 

 直也はその様子を眺めて、やや、引きつった笑いを作ることしかできない。

 悲劇。あるいは、自分が悪党になるはずだったタイミング。

 それを何もかも台無しにして、ジャンルを塗り替えていくような感覚。

 そして、いつの間にか自分の肩にもそっと乗せられていた、猫の生暖かい体温を感じながら、直也は直感した。

 こいつは、只者ではないと。

 

「ああああああ!!? 猫が次から次へと集まってくる!!?」

「覚えておけよ、名も知らぬ女子。これが、俺の領域展開・ねこまっしぐらだ!」

「わけがわからないわよ!!?」

 

 多分、物凄い馬鹿なのだと。

 

 

●●●

 

 

 そして現在、物凄い馬鹿である晴幸はやはり、直也の窮地に駆け付けていた。

 己を信じられなくなった結果、自らのペルソナによって、自身の存在を乗っ取られそうになった時、晴幸がまるでヒーローの如きタイミングで登場したのである。

 何故か、全裸で。

 

『直也っていつもそうだよね。こういう時、どうしようもない時、颯爽と現れて全てを掻っ攫っていく。だから、一応聞いておくよ……どうして全裸なの?』

「ふっ、この隔離された空間に入るのに少し手間取ってな。その代償が、これさ」

『股間を見せつけないの。なに、セクハラ?』

「セクハラじゃない。というか、え? 何? 既に女の自覚があるの、こっちの直也。え、ひょっとして、あのまま放置していたら、現実世界でもTSしていたのか……くそっ! 選択肢ミスったぁ!!」

『「おい、こら」』

 

 影と実体の直也が同時に晴幸にツッコミを入れる。

 もはや、完全にこの場の空気は晴幸に持っていかれていた。だが、それでも、影の直也は止まるわけには行けない。自殺衝動は、止められない。

 

「まー、流石に冗談さ。あの悪友が、こんな美少女になるなんてぞっとしない。TSは二次元だからこそ好まれるのさ。現実世界でそれをやると、ちょっと厳しい。なんか、社会問題とかに触れそうで面倒くさい」

『君はそういうところがあるよね? というか、僕が僕を殺しても、別に現実世界でTSしたりしないよ。ただのノイズとして生きるだけさ。この世界に無数にいる、雑音の一つとして。でも、それが愚者の末路としては相応しい――スカートをめくるなぁ!!』

「なにこの、純白パンツ。フリルがたくさんあるんだけど? え? こういうの知っているってことは、やっぱり、こういうパンツを履いた女子ともやってたからこその、細部再現なの?」

『――――ぁああああああっ! ペルソナぁ!!』

 

 そして、晴幸もまた、己のノリを止めることはない。

 そうなれば当然、激突が起こる。

 影の直也。

 お姫様としての側面。

 美しいが故に、自惚れ、ヒロインとして愛されることを望んでいた弱い部分。

 結城直也の罪の象徴は、己の心の内から、愚者を呼び起こす。

 その名はオルフェウス。

 音を操り、人を操り、時には神すらも惑わす吟遊詩人の能力が今、晴幸に牙を剥く。

 

『しばらく、動けなくなれぇ!』

「がぁっ!!!」

 

 影の直也が考える限り、最速の攻撃だった。

 先んじてペルソナを呼び、即座に、竪琴を弾くことにより、相手の動きを封じる音を出す。文字通りの音速の攻撃。相手も呼応して、ペルソナを呼ぼうとも遅い。そんな攻撃だった。

 けれど、晴幸の行動は、影の直也の予測をはるかに超えていた。

 オルフェウスが奏でる麗しき竪琴の音。

 それを、己が咆哮で掻き消したのである。

 そう、地面が震え、近くに居た影の直也がオルフェウスごと吹っ飛ぶほどの、凄まじい咆哮によって。

 

「――――――音撃・我獣咆哮。お前に、これを見せるのは初めてだったな、直也」

『せめて、人間の範疇で防げよぉ!!?』

 

 バトル漫画に出てくる怪物みたいな防ぎ方をした晴幸に、影の直也は戸惑いを隠せない。なお、本体の直也はもう色々とあきらめているのか、ぐったりと地面に伏せっていた。

 

『くそ、くそ、くそっ! だったら、僕が持っているワイヤードの権限を全て! 君を封じるために、使う!』

 

 されど、影の直也の方は諦めるわけにはいかない。

 格好つけているくせに、全裸の悪友などに、シリアスを止められるわけにはいかない。

 影の直也は己の権限が届くすべての領域から、心の力を自分のペルソナに集中させる。いわゆるそれは魔力とも呼ばれる力であるが、明らかに器以上の魔力がオルフェウスに注がれ、 その姿が変質する。

 竪琴は消え、吟遊詩人が抱えるのはとてつもない大きさのスピーカー。

 美しい吟遊詩人の姿は襤褸切れを纏った物乞いの如く歪み、ただ、そのスピーカーのみが、ごてごてと様々な機械的なパーツで強化されていく。

 

『世界を嘆く、愚者の歌ぁ!!』

 

 そして、影の直也は全身全霊を持って、その歌を特大のスピーカーから流した。

 大音量だ。

 だが、歌自体はバラードだ。悍ましき、悲しき、嘆く誰かのバラードだ。世界に生まれてきてしまったことを嘆き、死んでしまいたいと嘆く愚者の歌だ。

 己の愚かさがどうにもならないと嘆く、弱者の歌。

 世界中の誰しもが持つ、弱さの歌。

 それ故に、まともに受ければ、晴幸ですら動けなくなっていただろう。

 

「はんっ、辛気臭いメロディーだ。だが、良いぜ。テメェらが世界を嘆くなら――――俺は、勝手に騒いで、テンションを上げてやる! 来い、なんかカッコいいギターぁ!」

 

 無論、まともに受ければ、の話であるが。

 仮に、力任せで突破しようとしても、その歌は晴幸を阻んだだろう。

 仮に、ヤマによる愚者の断罪を実行しようとしても、その歌は晴幸の足を引いただろう。

 けれど、晴幸が選んだのはどちらでもなく――――歌には、歌で返すことだった。

 

「んでもって! 俺の勝利BGMはこれで行くぜぇ!! 『the pillows “Little Busters”』!!」

 

 晴幸の眼前に現れたのは、ヘンテコな形のギター。

 それを、躊躇いもなく握ると、突然、ワイヤード全体の音楽が切り替わっていく。

 あれ? これ、音量のボリューム間違えたんじゃね? と耳を塞ぎたくなるようなやかましいBGMが、晴幸の周囲から流れ始めて、嘆きの歌を押し返し始める。

 

『こ、この曲は―――』

「そうさ! どんなぶっ飛んだ頭おかしい展開でも、この曲をかければ、不思議と名シーンのように思えてくる勝利BGMだぁっ!!」

『君さ、フリクリのことをわけわからないって言っているけど、あれは君の理解力の問題だからね――――』

「うるせぇ!! 俺はポケモンとか、ジャンプ系列みたいな分かりやすいアニメが好きなんだよぉおおおお!!!」

『このっ、分からずやぁあああああっ!!』

 

 影の直也と、晴幸は互いに言葉をぶつけ合う。

 明らかに、この場面で語り合うことではないというのに、影の直也はすっかり晴幸にペースを掴まれてしまい、やがて……嘆きの歌は完全に、勝利のBGMによって押し返されていた。

 

「だったら! 横から! 解説しながら見せないで! 静かに見せろやぁあああ!!」

『みぎゃん!!?』

 

 晴幸のギターが、スピーカーを叩き壊して、猛烈なノイズが一つ、世界に響く。

 それが、二人の戦いの終わりとなった。

 

『ああ、くそ……気づけば、これだ。正直に言うとね、僕は君に嫉妬していたんだよ、晴幸。あの時、あの場所で、君があの人の隣に居たら、きっとあの人は死ななかったんじゃないかな、ってさ』

「いや、お前の事情が分からんから、全然、伝わってくる物が無い」

『君ね、本当にそういうところがモテない理由だよ?』

「んだとぉ!?」

 

 戦いの影響で、直也の思い出の場所を再現した空間は、ほとんど廃墟同然となっていて。

 しかし、何もかも台無しにされたはずなのに、影の直也は不思議と悪い気分はしなかった。影の直也は、だが。

 

『…………僕の負けだ。いいや、初めから分かっていたんだと思う。最初に出会ったときから、僕じゃ君に勝てないことは知っていた。でも、ね、晴幸。君は僕に勝ったけど、だから、なんなんだ? 僕が、僕の本体が愚かで――――死にたがっていることに、変わりはない』

「……直也」

 

 晴幸が視線を向けた先、そこには本体の直也が地面に這いつくばったまま、諦観の笑みを浮かべていた。

 

「あ、ははは、君はやっぱりすごいねぇ、晴幸。でも、僕はね、全然駄目なんだ。ついさっき、自分の生きる意味を失ったばかりでね? 全然、駄目なんだ……気力がさ、湧いてこない。生きる意味とか、そんなの、まったく思いつかない…………だから、僕のことはもう放っておいてよ? こんな奴、さっさと見捨てて、先に行くんだよ、君は」

 

 乾いた言葉だった。

 諦めきった者の笑みだった。

 砂漠に水をやるように、どれだけの言葉をかけても、全て留まらず、通り過ぎて行ってしまう。そんな情景が浮かぶほど、直也は枯れ切っていた。

 死への恐怖すら、今はさほどない。

 いや、自分を遥かに超える晴幸という存在を目にしたからこそ、諦めがついてしまったのかもしれない。

 皮肉なことに、晴幸が介入してしまったからこそ、直也は己を諦めてしまったのだった。

 

「いいのか? 直也」

「いいんだよ、晴幸。僕は、僕という愚者は、ここで終わりだ。もう、放っておいてくれ。これ以上惨めにしないでくれ」

「…………わかった。でも、なんだかんだ動いた割に悪友が変に悟ったことを言ってイラっとしたから、その分の対価はもう一人のお前に払ってもらうな?」

「ああ、好きに…………えっ?」

『えっ?』

 

 ただ、直也は知らない。まだ知らなかったのだ。

 自分がどん底だと思っていた状況よりも、さらに深い底が存在するなんて。

 

「よぉし、一発決めて、童貞卒業するぞー!」

 

 晴幸は、影の直也の体を抱えて、どこかしらの物陰を探し、移動しようとしていた。

 ひゃっほう、と実に爽やかな笑みを浮かべて、スキップすらしそうな雰囲気で、うきうき蛮族状態である。

 

「…………いや、いやいやいや、流石に、ね? 冗談だろ? な? 僕を激励して、こう、生きる気力を出させるための――」

『あぁあああああああああああ!!! 体まさぐられて、色々確認されたぁ!! 畜生ぉ! 僕はさっきの戦いの影響で動けないから、抵抗できないんだよ、畜生ぉ!』

「本気か、君ぃ!!?」

 

 本体である直也の体に、急に活力が戻ってきた。

 それは、悪友がTSした己の半身で童貞卒業せんとするのを防ぐため、天から与えられた最後のチャンスに違いなかった。少なくとも、直也はそう確信していたという。

 

「え? だってお前死ぬじゃん。なら、童貞卒業するために最後、有効活用するよ? というか、お前の半身であっても、別に男のお前にぶち込むわけじゃないからいいじゃん」

「よくない! とても良くないぞ、君ぃ! そういう割り切り方は良くない! というか、中身は僕だぞ? いいのか!? 肉体は美少女でも、僕だぞ!?」

「へへっ、俺は馬鹿だから難しいことはわからねぇ。でもよ? 肉体が美少女なら、俺は全然大丈夫だと思うんだ、別に。どうせ、お前この後死ぬから、気まずくなって困ること無いし」

「…………は、ははは、完璧な演技だ。危うく、僕が騙されかけたよ。でも、結局、僕を生かすための演技だとは知って――――居ねぇ!? どこに行った!!?」

『ああああああああ!! パンツが! パンツが脱がされてるぅ!!』

「くそぉ! 薄々思ってたけど、ガチか、あいつぅ!!!」

 

 直也は残された力を振り絞って、這いつくばって進む。

 止めなければならない。

 死ぬ間際、悪友にTSした自分の半身がヤられるってどういう状況だよ! という混乱を抱えたまま、それでも、前へ。

 

『は、早く、助けに来いよ、もう一人の僕ぅ! 言っておくけど、僕の体験は、このまま死のうとした場合でも、フィードバックするからな! その場合、死の間際の記憶が、あの人との過去じゃなくて、悪友とのTSエロ同人だぞ!?』

「う、うぉおおおおおおっ!」

 

 前へ、前へ、立ち上がれなくても、少しでも前へ。

 

「直也、直也。前戯って、こういう感じでいいのー?」

『ほ、本人に聞くなよ、ひぅっ!?』

「だって、経験豊富じゃん。どうせだったら、こう、今後のために質問をしながらヤるから、お願いします」

『ひぁああああっ! こ、この馬鹿が、僕にいろいろ聞きながら、それを僕の体で試そうとしてくるよぉ!? もういい、助けに来るよりも先に、受け入れろ! もう一人の僕! 自分自身の罪を! 出来ないことを! 愛する人は死んだのだと、受け入れろ! そうすれば、この僕は、再び、君の影に……ひゃんっ!』

「もう一人の僕が、雌の声を出し始めているぅ!?」

 

 これは駄目だ、なんとしてでも阻止をしなければならない、と直也は考える。

 だが、同時に、こんなことであの挫折を飲み込んでもいいのか? と直也は思う。あの幸福な過去を再現しようと、ずっとそのためだけに生きていた。

 けれど、それはお門違いで。

 何もかもが結局、直也にとっては蚊帳の外で。

 自分は誰も救えない、それを思い知らされてしまって。

 

『う、受け入れる! 受け入れると言え! (精神的に)死ぬ、死んでしまうぞ、もう一人の僕ぅ! いいのかぁ!? このままだと、蕩けた顔で雌落ちするぞ、僕はぁ! というか、もう、そろそろ、やば……んんっ』

「あ、これ悩んでいる暇ないわ、受け入れる! 受け入れるから、手遅れにはならないでくれよ、僕ぅ!!」

 

 でも、それでも、生きているのだから、せめて自分だけは救わないといけない。

 そうだ、どれだけ惨めでも、馬鹿馬鹿しくても、生きるしかないのだ。まだ、直也は生きていて、止めようとする悪友がいるのだから。

 

 ―――パキャンッ!

 

 直也が自らの罪を受け入れた瞬間、眼前に、己の影が現れた。

 まるで、楔から解き放たれたみたいな快音と共に、直也の前に、真なるペルソナは姿を現す。

 

《我は汝。汝は我。汝の心の海より浮かび上がりし、死の化身。死を忘れず、前進を続ける愚者よ。自らの愚かさを忘れぬ限り、死神の刃は、共に在らん》

 

 無数の棺桶を鎖で繋いだオブジェを背負い、飾り気のない一本の刀を携えた剣士。顔には獣の頭蓋骨を模した仮面を被っており、さながらその姿は、処刑人のようだった。

 

「…………あ、ああ、ああっ」

 

 直也はそんな自分のペルソナの前で、ようやく起き上がった。そう、起き上がり、自らの体を抱きしめるように肩を掴み、しみじみと生を実感する。

 

「――――――本当にぎりっぎりだったじゃんか、晴幸の馬鹿ぁ!!?」

 

 とてつもなく、情けない自分の生存を。

 ギリギリ、いや、本当にギリギリの部分で己の精神が雌堕ちしなかった、幸運を。

 こんな情けないことで、過去の乗り越えてしまったことを噛みしめながら。

 

「…………ああ、格好悪いなぁ、僕は」

 

 生まれて初めて、結城直也は己の格好悪さを認めたのだった。

 




なお、悪友相手なので説得の方法が雑だった模様。


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第22話 全裸の時はテンションが上がる。服を着ると冷静になる

深夜テンションは怖いというお話。


「放っておけばいいのに、あんな奴」

「かもしれないな、あいつは控えめに言っても、どうしようもない屑だから」

「なのに、行くの?」

「行くさ。あんな屑でも、俺の悪友でさ。一応、見捨てたくないんだ」

「無理だよ。あの空間は隔離してある、だから、関係者以外指一本も――」

「おっ、気合入れて腕を突っ込んだら『ばきぃん』ってなって、通れるようになったぞ。代わりに、俺の服が『ぱぁーん』って弾け飛んだけど。え? なにこれ、ネギまの武装解除魔法?」

「…………さっさと行けば? 絶対に後悔すると思うけど」

「かもな。でも、助けなかったらそれ以上に後悔すると思うんだ、だから、俺は行くよ……玲音に全裸を冷たい視線で見られるのが快感にならないうちに」

「さっさと行け」

 

 とまぁ、このようなやり取りを経て、俺は全裸になったのである。

 悪友一人を助け出すための対価としては、全裸の一つや二つ、安い物だと考えていた俺であるが、まさか、その後にTSした悪友を説得する作業が残っているとは思わなかった。

 やれやれ、俺だって本当はあんなことしたくなかったんだ。俺だって、出来れば普通に女の子で童貞卒業したかった。でも、仕方がなかったんだ。顔と体だけは良かった――もとい、悪友を説得するためには、ああいう方法しかなかったんだ。だってあいつ、優しくするとつけあがるタイプの人間だし。立ち直らせるには、あれくらいの荒療治が必要となるのだ。

 

「うう…………嫌だ、絶対夢に見る……しばらく悪夢として出てくる」

「おい、それは肖像権の侵害だぞ? 利用料を払え」

「襲った立場の人間がよく言えるねぇ!!?」

「うるせぇ。ワイヤード内での性行為はノーカンだろ、多分。ここで負った傷も、現実になるといくらか軽減されるみたいだしな」

「…………や、心に残る感じのあれは、中々消えないからなぁ。というか、君、大丈夫?」

「え? 何が?」

「もうすぐ、僕が支配していたこの空間が崩壊して、現実世界に戻ることになるけれど」

「おう、それが?」

「服は?」

「…………え? 治らないの?」

「治らないよ?」

「…………マジかぁ」

 

 ただ、やはり誰かを救うには対価は必要な物だったらしい。特に、俺は大分無茶を重ねてしまったので、その対価は決して安くなかった。

 傲慢不遜の如く振る舞った俺は、何故か、ワイヤードから現実世界に帰還した時、居酒屋近くの場所ではなかった。俺の周囲に、玲音も、直也も、鴉さんも居なかった。

 しかし、俺の周囲には結構多くの人がいた。

 

「……えっ?」

「うわ、なにあれ?」

「ひ、ひぃっ! 変態!」

「なんて鍛え抜かれた肉体……あいつ、出来る!」

 

 どうやら俺は、夜の繁華街で一番人が集まる場所へ転移させられてしまったようだ。

 …………一度目は気のせいかと思ったが、どうやら、勘違いではなかったらしい。あのワイヤードという空間に潜む何者かの悪意が、ある程度、転移した後の座標に干渉していると見た。それ故に、俺を社会的に抹殺するために、このような社会攻撃を仕掛けてきたのだろう。

 はっ、だが、甘いな、推定黒幕よ。

 俺をただの全裸だと思った、それがお前の敗因だ。

 俺は、この状況で逃げ惑うだけの羊じゃない。

 

「いぇええええええええい!!! 東京オリンピックはんたぁああああああい!!」

「「「うわぁああああああ!!? 全裸が、Twitterで炎上しそうなことを叫びながら、近づいてくるぅ!!?」」」

 

 俺は、常識の破壊者、天原晴幸だ。この程度の困難、余裕で切り抜けて見せる!

 …………まぁ、とりあえずは頭のおかしい狂人の振りをしながら、野次馬の一人を襲撃。誰かの映像データに残る前に、そいつの上着を奪い、雑に顔に巻き付ける。

 

「いやぁああああああ!! 犯されるぅ!!」

「誰が男を犯すか!! やるんだったら、美少女を狙うわ、ばぁーか! おら、生意気に抵抗しているんじゃねぇ!!」

 

 

 よし、これで一応の匿名性は確保できた。後は、下のジーンズもいただいて――――殺気!

 首筋にちくりと針で刺されたような錯覚を得て、即座に身を翻し、俺はその場から脱する。すると、俺が立っていた路面には、幾つものゴム弾が凄まじい音を立てて撃ち込まれていた。

 

「まさか、非番の時にこんな変態とエンカウントするなんてね。行くわよ、九条。キツネ狩りの始まりよ!」

「先輩、先輩、非番の時になんで模造銃(プラモデルではない)を? 大丈夫です? 後で始末書を書かされませんか?」

「問題ないわ。ヤタガラス出身のこの私よ? 後で、お父様に土下座してもみ消してもらう」

「うわぁ、癒着問題ぃ」

 

 人ごみに紛れて、野次馬を盾にしつつ、俺はノー警告でゴム弾を打ち込んできた頭のヤバい人たちの顔を覗き見る。

 一人は、二十代後半ぐらいのポニーテイルの女性。凛とした眼差しと、涼やかな顔立ちとは裏腹に、ジャージにサンダル姿という残念感溢れるプライベートファッションだ。何が残念勝かって、そこそこ高級そうなバックから出てくるのが、模造銃というあたりが残念過ぎる。せめて、化粧道具を入れておけよ。

 そして、もう一人は恐らくまとも。二十代前半で、ちゃんと周囲に気を遣った落ち着いた私服姿の女性である。顔立ちは幼さが残り、横に居る残念美人との会話が無ければ、十代の学生にも見える若々しさだ。

 やれ、普段だったら軽快なトークと共にお食事に誘いたくなる美人さんたちだが、生憎、今の俺は軽快すぎる。具体的に言えば、下半身が。

 

「さぁ、日ごろのストレス解消のため、的になりなさい、変質者ぁ!!」

「やめて、先輩、往来でそんなこと叫ばないで! というか、駄目ですよ、やっぱり模造銃でも、骨が折れるレベルの強化ゴム弾は駄目ですって!」

「犯罪係数300オーバー。モード:リーサル……エリミネーター」

「アニメの真似事をしながら、弾丸に魔力を込めないでください!」

 

 俺は即座に、この場から立ち去ろうとした。

 はっきり言って、こんな往来でゴム弾をブチかまそうとしているあの残念美女がやばすぎる。ヤタガラス出身とか、弾丸に魔力を込めるとかいう不穏な単語まで聞こえてきたし。ここは、三十六計逃げるに如かず。

 

「おっと、逃がすかァ!」

「ぬぅ!」

「ぼぎょ!!?」

 

 だが、俺が逃げようと気配を潜ませた瞬間、殺気と共に残念美女が銃を乱射してきた。

 俺はとっさに、周りの野次馬を盾にして事なきを得たのだが、盾にした野次馬が白目を剥いて、口から泡を吹いているところを見ると、まともに一撃でも当てられたらヤバいことは確実。

 

「ふへへへ、『魔弾の射手』の異名を持つ、この私から逃れられるとでも思ったかぁ!?」

「駄目だ、完全に酔ってる! 中学生の頃に自称していた時の黒歴史ネームを言っちゃってるもん! 先輩、だからあれほど、お酒の間にはチェイサーを挟もうって!」

「安心しなさい、九条……私は正常よ、ええ、まともなの。おかしいのはこの世界よ!」

「駄目だ、お酒じゃなくて自分にも酔ってるよ、この二十八歳独身!」

「独身で何が悪いんじゃああ!?」

 

 つーか、存在自体がやばいよ、あの人。だって、俺の全裸登場のインパクトが完全に死んでいるもん。好奇心旺盛な野次馬たちでさえも、ドン引きしながら目を合わせないよに少しずつここから、遠ざかっているもん。

 …………正直、俺もこのまま逃げたいのだが、それは叶わないだろう。なにせ、後輩らしき人とのやり取りの中でも、あの残念美人は全く集中力を途切れさせていない。頭の中にお酒をぶち込まれたみたいな言動の癖に、戦闘に関するセンスは全く鈍っていない。

 どうやら、この残念美人があのヤタガラス出身ってのは、本当の事みたいだな。

 だって、あの警備会社、基本的に頭のおかしい狂人しか居ないというか、力を持て余した馬鹿の隔離場所みたいな空気があったし。

 何より、中学時代とはいえ――――あのヤタガラスに所属していた狂人たちのほとんどは、俺よりも強かったのだから、この残念美人も強敵であることは事実。易々と逃げられるとは思えない。

 故に、俺は静かに拳を構えた。

 逃げられないのであれば、戦うしかない。

 

「……へぇ」

 

 すると、残念美人の方も俺の意図を感じ取ったのか、後輩との漫才を止めて、こちらを見据える。静かに銃を構えて、狂気と理性の狭間で揺れていた瞳の奥に、闘志の炎を宿らせる。

 

「――――陸奥圓明流伝承者、陸奥九十九」

「――――公安局刑事課一係、監視官、常守朱」

 

 俺と彼女は、どちらからでもなく、けれど、ほぼ同時に名乗りを上げた。

 お互い、漫画やアニメの架空のキャラの名前だった。

 最後に残った、俺たちの理性が、ここで真名を明かしてはいけないというセーフティをかけていたのだろう。だが、それはこの境地に至ったお互いだからこそ、分かること。残念美人の後輩さんは、『なんだこいつら……』みたいな目でドン引きしつつ、俺たちから離れていった。

 ああ、その判断は正解だ。

 今日、この時間から、仙台の街は戦場になるんだからな。

 

「「いざ、推して参る!!」」

 

 こうして、俺と二十八歳独身美女との戦いが幕を開けた。

 

 

●●●

 

 

「何をやっているんだ、俺は……」

「何をやっていたんでしょう、私は……」

 

 四時間に及ぶ死闘の末、俺と残念美人さんが得たのは徒労だけだった。

 

「なんで俺、全裸で戦ってたんだろう?」

「何故私は、玩具みたいな銃であんなにテンションを上げて……」

 

 四時間に及ぶ死闘は、はっきり言って直也との戦いなど目じゃない程度にはすさまじい物だった。立体的軌道で、時にパルクールなどの技術を駆使して、夜の街を縦横無人に戦う俺と残念美人さん。時に、俺の拳が夜の闇を切り裂いて。時に、残念美人さんが放つ弾丸が、夜のざわめきを黙らせて。

 実力はほぼ、拮抗していたと思う。

 俺は全裸。

 あちらは酔い。

 互いにバッドステータスを抱えながらも、攻撃の精彩は落ちることなく、むしろ研ぎ澄まされていく。疲労とダメージによって、脳内にはアドレナリンやら、何やらが、どんどん分泌され、俺と残念美人さんは「面白れェ女ぁ!」「この戦いを超えて、私は先に行く!」などとよくわからない戯言を連発していた。

 けれど、やがて夜が明け、空が藍色に染まっていく頃、俺たちはふと、正気に戻った。

 朝日を浴びたことにより、深夜のよくわからないテンションは既にけだるさへと変換され、あちらも、長い時間汗を流しながら戦ったことにより、アルコールが抜けていたのである。

 そうなってしまえば、お互い、もはや戦う理由はない。

 というか、がっつり拮抗している実力の持ち主と、これ以上戦いたくない。とても疲れる。

 

「…………あのさ、君」

「はい」

「今更聞くけど、なんで全裸?」

「や、話せば長いんですけど、まあ、短く言うと異界から戻ってきたら服が脱げていました」

「…………あー、デビルバスターの人?」

「デビルバスター? ヤタガラスっていう警備会社で、一時期、訓練していた時期はありますけど、そういう単語は知らないなぁ」

「えぇ、デビルバスターでもないのに異界から帰ってこれるなんて……まぁ、あそこで訓練を受けていたなら、納得だけど。ええと、詳しい話を聞かせてもらえる? とりあえず、互いにシャワーを浴びて、新しい服を手に入れてから」

「了解です」

 

 残念美人さんから「服を手に入れる当てがないなら、一緒においで」と誘われたので、とりあえず、俺は人目を避けた隠密スタイルで、残念美人さんの後を追うことに。

 

「邪魔するよ」

 

 すると、残念美人さんは『葛葉探偵事務所』と書いてある、とある貸しビルの二階へ進み、容赦なくそのドアを叩く。だが、反応が無い。反応が無いので、「よし、誰も居ないな」と頷き、合鍵らしきものを取り出して、あっさりと開けてしまったのである。

 

「い、いいんですか?」

「いいのよ、腐れ縁で知り合いの店だから。それに、いつも迷惑をかけられているんだから、ためには迷惑をかけないと。それより、ほら、先にシャワー浴びといで。着替えは用意しておくから。あ、シャワー室はそこの奥を突き当って左手の方ね」

「は、はぁ……」

 

 その探偵事務所は不思議な空間だった。

 様々な書物や書類、用途不明の雑貨に溢れているというのに、それらには埃一つたりともくっついていない。床を見ても、どうやってこの煩雑さで、綺麗に掃除をしているんだ? と首を傾げたくなるほどに磨かれている。

 

「…………水回りも綺麗だなぁ、おい」

 

 首を傾げながらも、とりあえずは体を洗うしかない。

 ………………二十八歳、独身。でも、美人。ありだな………………いやいやいや、真面目な展開だから、落ち着こう、俺の息子よ。流石に、四時間も死闘を繰り広げた相手に勘違いするほど、俺は童貞じゃない。童貞だけど、そこまで童貞で頭がやられているわけではない。

 

「少年。とりあえず、下着類はコンビニで新しいの買ってきたから。んでもって、この事務所に予備で、君の体格に合いそうなのは無かったから、とりあえずコートでも羽織ってなさい。外が営業時間になったら、新しい服を用意してあげるわ」

「あ、どうも……」

「どういたしまして」

 

 …………はぁ、何をやっているんだか、俺は。

 とりあえず、シャワーで体を綺麗にした後は、用意してもらった下着と、コートを身に纏って、応接室へ。

 

「じゃあ、私もシャワーを浴びてくるから、淹れておいた珈琲でも飲んでおいて」

「は、はい」

「ミルクとシュガーはご自由に」

 

 俺は熱々の珈琲を啜りながら、しばし待つ。

 シャワーの水音で妙にドキドキしたけれども、そこは思春期特有の症状だと思って見逃して欲しい。

 

「……ふぅ、お待たせ。やっぱり駄目ね、お酒は。後輩の手前、強がってみたけど、散々な目に遭ったわ」

「同じく」

「あははは、君も災難だったわねぇ」

 

 十五分ぐらい経つと、髪を下ろした状態の残念美人さんが出てきた。いや、なんというか、正気を取り戻すと残念じゃないというか、髪を下ろした湯上りの姿は、こう、肌が上気して、妙に色っぽいというか、サイズの合わないシャツとスーツのズボンを履いている姿も、蠱惑的に思えるから不思議だ。

 

「さて、それじゃあ、今更かもしれないけど、お互いの自己紹介から始めましょうか」

 

 残念じゃなくなった美人さんは、俺のおかわり分と、自分の分の二つを淹れると、ソファーに座り込んで、向かい合う。

 

「私の名前は、葛葉 未海(くずのは みう)。警視庁刑事部第『霊』課の刑事よ。最近、多発している『特殊異界発生事件』について、ご協力お願いします」

 

 そして、目を細めてにこりと微笑まれたところで、ようやく自覚する。

 あ、これ、ガチで取り調べられる奴だ、と。



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第23話 あの日、取り調べの最中に食べたかつ丼の味を、俺は忘れない

大人になるとかつ丼が辛くなるなんて、知りたくなかった、そんなの。
油ものは三十代からそろそろヤバいらしい。


 ヤタガラス。それは、一般警備会社を装ってはいるが、国家の裏で暗躍する護国組織である。

 その前身は、平安時代に設立された陰陽寮であり、明治にそれが廃止されると、歴史の影に隠れて、現在まで人知れず、悪魔や怪異から日本を守っていたのだった。

 そのヤタガラスの中心となっているのが、葛葉一族だ。

 葛葉一族は、平安時代の安倍晴明にも連なる血脈の一族であり、その一族に属する者は、ほぼ例外なく、その将来を護国のために消費されることを約束されている。

 そして、葛葉未海という女傑もまた、葛葉一族に属する者。

 警視庁刑事部第『霊』課という、超常現象を専門とした刑事事件を取り扱う組織の、優秀な刑事なのである。

 …………優秀なのである。

 例え、非番の日に色々やらかして、度々始末書を書かされながらも、懲戒免職処分に出来ない程度には、優秀なのだ。

 

 

●●●

 

 

「………………なるほど。普段ならば、痛々しい男子高校生のラノベ的な妄想として切り捨てるところかもしれないけれど、貴方の力は本物。ならば、私は貴方を信じます、晴幸君」

「うん、信じてくれるのは嬉しいけど、心を抉る前置きは要らないのでは?」

 

 取り調べを始められてから、おおよそ三十分後。

 俺はもう、最初から最後まで洗いざらい、嘘偽りなく刑事さんに事情を説明していた。この後、確実に面倒になることは確定なのであるが、それでも、現役の刑事さんに取り調べを受けて、平然と嘘を吐けるような鉄の心臓など、俺にはなかったのだから、仕方ない。

 

「やれやれ、説明している俺も心苦しいんですよ? もぐもぐ。こんな荒唐無稽な話を刑事さんにしなければいけないなんで。ずずずっー。でもね、事実なんだから、仕方ない。かー、辛いわぁ! 突然、非日常に巻き込まれて、異能に覚醒しちゃうとか、辛いわー! あ、この漬物美味しい」

「………………取り調べを受けながら、かつ丼とみそ汁、お新香も要求しておいて、心苦しく感じる余地があったのね、驚いたわ」

「いやぁ、刑事さんに取り調べを受けながらかつ丼を食うのが夢だったので!」

「犯罪者になることを夢見ないで?」

 

 刑事さんが呆れたように息を吐いているが、これもまた仕方ない。

 何せ、俺は直也との戦闘を終えてから、ほとんど休まずに刑事さんとも熱い一晩を過ごしたのだ。栄養補給しなければ、流石にお腹が減って死にそうだ。や、前にヤタガラスの訓練で、不眠不休の水分オンリー補給で三日三晩戦い続けた経験があるけれど、あれはノーカンにしてほしい。あれは肉体の前に心が死ぬのだ。

 

「それで、晴幸君」

「はい」

「今更疑うわけではないのだけれど、その、ペルソナ能力をここで使ってみてくれない? もちろん、使えないのならば、それに越したことはないのだけれど。一応ね?」

「はーい」

 

 そして、かつ丼を食べ終わると刑事さんから、ペルソナ能力の実演を頼まれた。

 頼まれたのだが…………ううむ、これ、ワイヤード外でも使えるのか? どうだろう? 使えるのであれば、合コンの終わりに直也とか、大学生のお姉ちゃんが奇襲してもよさそうなんだけど? あー、でもやっぱり、現実世界で使うと色々面倒だからなぁ。それとも、普通に使えないのだろうか? ううむ?

 あー、でも、なんかこう、できない感じがするなぁ。

 洞窟内でルーラを唱えたら、天井に頭をぶつけている感覚があるし。

 

「…………んー」

「やっぱり、出来なさそう? 最近、一部の異界のみペルソナ能力が発現するというケースが、増えてきてね――――」

「あ、こうすればいいのか」

「え?」

 

 俺は、大学のお姉ちゃんとエロいことしたかったなぁ。せめて、あのTS美少女に一発決めてから、現実世界に戻ってきた方たなぁ、とエロス後悔に思考の八割を割きながらも、残りの二割の思考力で天啓を得た。

 気合を込めて、ついでに力も込めれば、どうにかなるんじゃね? と。

 

「うぉおおおおおおおおっ」

「晴幸君、晴幸君。無理だったら、やめよう?」

「ぉおおおおおおおおおおおおっ!!」

「そこまで気合を入れなくてもいいのよ?」

「見ててください!! これが!! 俺の!! 変身です!!」

「仮面ライダークウガを気取らないで?」

 

 想起するのは、壁をぶち破るイメージ。

 想起するのは、世界を覆う薄い皮膜をぶち破るイメージ。

 あ、膜を破るって、なんかエロいなぁ。

 

「――――ペルソナぁ!!!」

 

 俺の叫びと共に、何かを突破したという感触が心の内に湧き出た。

 それとほぼ同時に、力あるヴィジョンが現実世界に顕現する。

 赤銅の肌を持つ、金髪の偉丈夫。

 骨の剣を肩に担いだ、裁定と断罪の化身。

 俺の独善的な一面を示す――――ペルソナ・ヤマ。

 

「………………これほど、とは」

 

 俺のペルソナの顕現に、刑事さんは思わず感嘆の言葉を漏らした。

 その言葉に、俺はにやりと笑みを浮かべて応える。

 そう、とりあえず、笑って誤魔化しておけ、の処世術である。何せ、ペルソナの顕現に伴い、探偵事務所内にあった数多の書類が、紙吹雪の如く舞い散ってしまったのだから。

 駄目だ、気づかせるな。このままの空気を維持して、それっぽく振る舞え。気づかれてら、絶対に怒られる奴だぞ、これ。

 

「まぁ、こんなところ。ですかね」

 

 内心の焦燥を隠しつつ、不敵な笑みを維持したまま、俺はペルソナを解除した。

 怒られませんように。怒られませんように。

 いや、待て、考え方を変えるんだ、俺。チェス盤をひっくり返せ。そう、怒られてもいいや、と考えるんだ。だって、頭がはげ散らかったおっさん教師の説教ではないのだ。

 残念ではあったものの、今ではすっかりクールビューティな刑事さんの説教なのだ。しかも、ちょっと体型と合わないスーツを着ている物だから、首筋から鎖骨にかけてのエロスが時々、見え隠れしているのだ。

 この人から受ける説教であれば、むしろ、ご褒美なのでは?

 

「晴幸君」

「あ、はい」

 

 やべぇ、ばれたか? あー、ばれたかもしれんね、これは。女性は男性のそういう視線に気づいているって姉上が良く言っていたもん。たまに、京子も「おい、今の見てただろ!?」って顔を真っ赤にすることばあるけど、見てないんだよなぁ、京子の場合は。たまに、勘違いするよね、あいつ。そういうところも人間的に大好きだけどさ、親友!

 

「…………先ほどのペルソナ。どれだけの時間、この現実世界で維持できそうですか?」

「ええと、実際に動かさないことにはなんとも……あれが初めてだったので。だけど、まぁ、あくまで個人的な予測ですが、全力戦闘で五時間。維持だけなら丸一日は大丈夫かな、と」

「………………なる、ほど」

 

 さて、思考を明後日に飛ばして現実逃避も良いところだけど、そろそろ、真面目に考えるとしますか。

 何せ、冷静に客観視するのであれば――――この状況は、とてもよろしくない。

 

「天原晴幸君」

「はい」

「落ち着いて聞いてください」

「……はい」

「これから、貴方を保護します。ご両親の方には、こちらから連絡を入れますので、どうかご安心してください」

「うわぁ、安心できる要素が皆無だぁ、いろんな意味で!」

「ええ、我ながら言っていて、あれだと思いましたね。ですが、これがテンプレートなので。お願いですので、抵抗はしないでください」

「…………やれやれ。しませんよ、そんなこと」

 

 普通に考えてみて欲しい。

 まず、この俺にはちょいと人並外れた戦闘能力がある。これは、ヤタガラスで鍛えられ。中二病の行きつく果てにある領域の強さであるけれど、極論を言えば、この程度は問題ない。

 格闘技を極めた武人が、存在しているだけでは銃刀法違反として取り締まりを受けないのは、国家権力が制圧可能だからだ。どれだけの達人であっても、訓練した警察官数人に、きちんとした装備で固められれば、早々に逃げられない。十人も居れば、恐らく、オリンピックに出場するクラスの強さの達人でさえ、国家権力はきちんと制圧可能だろう。

 だが、異能者の場合はどうなるだろうか?

 自由自在に、出し入れすることが可能な凶器。

 加えて、証拠はほとんど残らない。

 ペルソナ能力の存在を知っているものでしか、その犯行を知ることが出来ない。

 そして、俺のペルソナ能力は――――警察官が仮に数百人まとめてかかってきても、殺せてしまう。やろうと思えば、恐らく、単独で警察署に乗り込んで、皆殺しにすることさえも、可能だろう。

 これは、そういう力なのだ。

 やろうと思えば、いつだって俺は稀代の殺人鬼として歴史に名を刻めることが出来る。

 …………まぁ、そんなことするよりも、エロゲーをやっていた方が楽しいから、やらないけどさ。

 

「この後の扱いはどうなります? 警察の人と協力して、世界の安寧を脅かそうとする巨大組織との戦いに挑んだり?」

「一般人、それも、未成年の協力者などあり得ませんよ。普通に、事態が収拾するまで安全な場所で保護観察。安全性が認められたら、封印処理の後、経過観察ですね。ラノベや、往年のジュブナイルのような展開など…………仮に、そんなことが起こるとするならば、世界崩壊クラスのシナリオが発動してしまった、その時だけ。我々の汚点として、永劫刻まれることになるでしょうね。そう、かつての『偽神事件』のように」

「偽神事件?」

「そういう事件が、二十年以上昔に、あったのよ」

 

 刑事さんは、悔いる何かを語るように、話し出す。

 

「私も人づてや資料でしか知らないけれどね、そういう事件があったの。『デウス』という、偽物の神を祭る集団――『ナイツ』が世間を騒がし、人々を次々無気力状態へと陥れる、恐ろしい事件。そして、当時、葛葉四天王ですら全容を掴めずにいたその事件は、たった一人の未成年の少女によって解決に導かれたの」

「未成年の少女……なんか、不謹慎ですが、本当にラノベやアニメの主人公みたいな人ですね、その人」

「ええ、そうだったのかもしれないわね。けれど、今時は流行らないかもしれないわよ? 何故なら、最終的にその少女は自らの命を犠牲にすることで、偽神デウスが呼び出そうとしていた、本当の『死の神』を封じたのだから」

「…………あー、そうかもしれませんね。そういう自己犠牲エンドは美しいかもしれないですけど、賛否両論が激しいですから。もしも、シリーズ物だったら、次回から主人公が死ななくなるエンドにしておいた方が良いかもしれませんね」

「ふふふっ、そうかもしれないわね」

 

 刑事さんは俺の言葉に微苦笑で応えた後、その表情をすっと消した。

 

「――――その、犠牲になった少女の名前が『岩倉玲音』です」

 

 一切の冗談が交わらない、真剣な声色の言葉が、刑事さんから紡がれた。

 けれど、それは冗談にしておいた方が、まだマシな言葉だった。それが真実だとしたら、この世界はいささか、悪趣味が過ぎることになる。

 

「…………え、えーっと?」

 

 頭が思いのほか、回らない。

 死んだはずの少女。

 夏休みの日。

 あの部屋の中で、現れたあいつの正体が、死人?

 いや、いやいやいや…………ううむ? えー、玲音?

 

「死人の名を騙る異能者。あるいは、死人の殻を被った悪魔。もしくは、それ以上の災厄として、判断しています。これは、刑事として、というよりは葛葉としての私の勘なのですが。晴幸君、貴方は彼女から離れた方が良い。今までは上手くやれていたとしても、一つ間違えれば、泥沼の地獄が待っているかもしれないのですから」

「…………あー、その」

「無論、私たちが厳重に貴方を保護します。場合によっては、葛葉四天王さえも動員しましょう。ですから、力があるからといって無茶な判断はしないように」

「ええと、ですね?」

「混乱するのもわかりますが、とりあえず――」

「そうじゃ、なくて。あー、つまり」

 

 俺は空回りする頭で、必死に考える。

 この場、この状況で、何をまず言葉にしなければいけないのかを考えて、恐らく、多分、かろうじて、間に合ったのだろう。

 

「駄目だ、玲音。刑事さんを殺さないでくれ」

「――――ん、な」

 

 ざ、ざざざざざっ、という聞き覚えのあるノイズ。

 突然、窓の外に土砂ぶりの雨が降り始めたかのようなノイズが、辺り一面に満ちる。

 それと同時に、突然、電源を切られたかのように刑事さんは意識を失い、そのままソファーへと体を沈めた。

 …………そして、先ほどからずっと、俺の視界の端でこっそりとこちらを伺っていた玲音が、ゆっくりと俺の下に近づいてくる。

 クマさんパジャマを装備した状態で。

 え? 寝起きだったの?

 

「玲音、なにその恰好」

「ハルユキ、貴方に言われたくない」

 

 ジト目で指摘してくる玲音の言葉で、そういえば、俺も下着にコートを羽織った変質者スタイルだったことを思い出す。

 パジャマ姿の少女と、変質者のコンビか。

 控えめに言っても警察を呼ばれそう……まぁ、その警察は玲音がやってしまったんですがね。

 

「殺してない」

「知っているよ」

 

 なお、やはり俺の心中は大体読める模様、この不思議少女ちゃんめ! 心の中でカマをかけたらあっさりと引っかかりおって! というか、そのよくわからない移動方法どうなっているの? いつの間にか居ないとか、いつの間にか居るとか、ちょっと驚き。まぁ、あれだ。多分、俺が認識している範囲なら、俺の下にいつでも出現できるのかもしれないな。

 …………あるいは、もっと効果範囲は広いのかもしれないけれど。

 

「怖い?」

 

 などと珍しく真面目なことを考えていたら、玲音がひょっこりと俺の体を覗き込むようにしていて見ていた。

 相変わらず、何を考えているのかよくわからない無表情。

 ただ、こちらも珍しく言葉を紡いで問いかけてきているので、俺もちゃんと答えよう。

 

「クマさんパジャマを愛する少女を、怖がる男子校高校生は居ないさ。それよりも、俺の事、怖い?」

「ちょっとだけ」

「どういう部分が?」

「よくわからないところ。繋がっているのに、繋がっていないところ」

「ふむ、さっぱりわからん」

「馬鹿なところは、イラっとする」

「そっかー」

 

 俺はパジャマのフード越しに、玲音の頭を撫でる。撫でられた。おお、珍しい。いつもは手を払ってくるのに。今日は嫌そうな顔をしながらも、黙って受け入れているなんて。

 …………まったく、らしくないのはお互い様ってことか。

 なら、もう少しだけらしくなくてもいいか。

 

「なぁ、玲音」

「…………なに?」

「心配しなくても、俺はお前から離れないよ。だから、お前が一人ぼっちになることはない」

「………………そんなこと、心配してない」

「そっか」

「うん………………でも」

 

 むぅ、と玲音は少し唸った後に、撫でる俺の手を握って、文句を言ってきた。

 

「そういうことを言うときは、少しはまともな恰好をすればいいと思うの」

「いや、好きでこの変態スタイルじゃないから」

「次に期待」

「直也にファッション見てもらうことにするわ」

「ん、それが良いと思う」

 

 そっけなく玲音が呟くと、俺の手を引いて探偵事務所のドアを指さす。

 

「直通便」

「え? ワープ的な? 大丈夫なの、色々と」

「多分」

「多分か。ふ、分の悪い賭けは嫌いじゃないぜ」

「これが大丈夫じゃない人は、ワイヤードに入った瞬間に死ぬ」

「おっと、俺の知らないワイヤードの危険性が発見されたぞぉ」

 

 俺は玲音に応じて、手を繋いだまま歩き出す。

 ああ、まったく、本当にそうだ。

 次からは、もっとまともな恰好を心掛けることにしようか。

 

「一緒に帰ろう、ハルユキ」

「おう、シリアル食品を奢る約束もあるしな!」

「屑と変人もちゃんと引き取って」

「鴉さんも一緒に来るの!?」

 

 こうして、俺と玲音は他愛ない会話を交わしながら、探偵事務所を後にしたのだった。

 …………とりあえず、例え、繋いだ手の先に居る少女が悪魔だったとしても、しばらく、俺はこの手を放すつもりはない。

 だから、後は上手くやってくれ、刑事さん。

 

 

●●●

 

 

「………………精神干渉に対する耐性は、過剰な方が良い。まったく、出奔してから、古巣の教えに助けられることばかりだ」

 

 一人の規格外と、一柱の荒ぶる神を見送ってから、葛葉未海はソファーから体を起こす。

 

「心の海よりいでし、無数の異界。この世界に属する人間である限り、ワイヤードの包囲網からは逃れられない、か。対策をしている私でもこれとなると…………仕方ない、か」

 

 スーツのポケットから、焦げ付いた護符を取り出して、未海は苦々しく顔を歪めた。

 最高品質の精神耐性装備。

 それが、対して本気でもない、手加減された一撃であれだ。

 葛葉に属する者でさえ、あの荒ぶる神には太刀打ちできないのかもしれない。

 物語に選ばれた少年少女以外、大人には立ち入り出来ない領域なのかもしれない。

 

「――――葛葉ライドウを召喚しましょう」

 

 たった一つの、例外を除いて。



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第24話 ヒーローには、憧れるもんじゃない

・フラグメント3

 

 中島京子という少女は、生まれながらにして強い正義感を持っていた。

 例えば、ゴミのポイ捨てを注意したり。

 男子が先生の言葉を聞かなければ、顔を真っ赤にして怒ったり。

 そんな、よくあるおせっかい焼きで――悪く言えば、喧しい委員長体質の少女こそが、中島京子だった。

 けれど、そんなよくあるテンプレ委員長キャラと、中島京子との間に違いがあるとするならば、実行力だ。その身に宿した才能が、桁違いだったのである。

 そう、陳腐な言葉になってしまうが、中島京子という少女は天才だったのである。

 

 

●とある天才少女の苦悩

 

「大いなる力には大いなる責任が伴う…………むふふふ」

 

 京子が己の才能の才能を自覚したのは、小学生の頃、金曜ロードショーでやっていたとある映画のワンシーンを視てからだった。

 大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 良い言葉だ、と京子はしきりに何度も頷いた。

 この台詞を言った主人公の叔父は、この後、強盗犯を捕まえようとして返り討ちに遭い、死んでしまうけれど、これがきっかけで主人公がヒーローとして目覚めていくのだ。

 その内容に京子はのめり込み、やがて、妄想じみた確信を持つこととなった。

 

「私が凄いのはきっと、誰かを助けるためなんだ」

 

 当時、小学校低学年の京子の言葉である。

 現在の京子が、その時の台詞を聞いたのならば、憤死せんほどに顔を真っ赤にして暴れた後、布団の中で丸一日凹んでしまうかもしれない。それほどまでに、京子はこの時のことを己の黒歴史だと思っている。

 幼さゆえの傲慢であると、現在では既に分かっていた。

 しかし、当時の京子はさっぱり気づいていなかった。

 何故ならば実際、京子という存在は、少しばかり現実を逸脱した天才だったのだから。

 小学校低学年でありながら、既に小学校……いや、中学校で履修する勉強内容は全て理解を終えており、暇つぶしとばかりに高校生の授業内容をインターネットで調べて、勝手に学ぶ毎日。勉強することは楽しい。知らないことを知るのは楽しい。できないことをできるようにするのは楽しい。

 そして、他の人間が出来ないことが出来るということは、京子にとってとても気分が良い物だった。

 

「大切なのは、システムなんだ……上手くシステムが稼働すれば、人は秩序の下に、良くなれる。うん、きっとそう」

 

 公園のゴミのポイ捨てを防止するために、法律を調べた。ポイ捨てした人間を発見して、密告すると、ポイントが貰えるという制度をローカルネットワークで作り上げた。

 先生の言葉を聞かない男子には、その態度をこっそりと両親に送り付けて、散々叱ってもらった。京子が手を下さなくても、だれしもそういうことが出来るような相互監視ネットワークを作り上げた。

 

「これでみんな、正しく生きられるはず……うん!」

 

 フィクションのヒーローに、幼い子供が憧れるのは当たり前の現象である。

 されど、京子が他の子供たちと違ったのは、実行力だった。他の子供たちが出来ないことを、京子には出来た。一つ一つは特別ではない行動。子供にもできる簡単なことを組み合わせて、他の人間が出来ないような事を成し遂げる。

 京子は、問題に対しての解法を用意する才能を持った天才だった。

 それ故に、万能感に酔うのも早かった。

 自分はヒーローだ!

 選ばれた人間だ! 

 皆を幸せにすることが出来る!

 …………そこまでだったら、児戯の如きヒーロー活動であると笑い飛ばせたのかもしれない。

 

『ニュースです。××株式会社が、不正な――――』

「…………あっ」

 

 テレビのニュースへと視線を向けて、耳を傾けて、たっぷりと考えた後、

 

「大いなる力には、大いなる責任が伴う」

 

 笑みを浮かべて、己の座右の銘としている台詞を吐かなければ。

 ああ、けれど、京子は知らない。幼い京子は知る由もない。笑みを浮かべる己の姿は、憧れたヒーローのそれではなく、巨悪が浮かべる傲慢なるそれだったことに。

 

「大いなる力を正しく行使するのは、手段が必要だ……むふふ」

 

 京子にとっては造作なかった。

 両親を説得して、パソコンを買ってもらうのも。そのパソコンを己の手段として使いこなすのも、いつも通り、何も問題なかった。

 万能の神の如く、インターネットに散らばる数多の知識を繋ぎ合わせて、京子はハッカーとして、覚醒した。

 社会の悪を暴く、正義のハッカー『スマイル』として。

 

『正義の味方? 謎のハッカー、スマイルによる告発の一覧』

『ハッカー集団が行った、鮮やかな手並みを徹底解明』

『大企業が隠していた、悪辣な裏側を大公開!』

 

 不幸だったのは、京子が天才だったこと。

 現実を凌駕せんばかりの、天才だったこと。

 まるで、漫画の登場人物のように恐るべき才能を持ち合わせていたこと。

 京子は誰に習ったわけでもなく、ハッキング技術を次々と会得していった。それは、社会の問題に対して、解法を得るまでの過程。京子にとっては、特に誇るまでもなく当たり前の過程。されど、その行動の意味を凡人は知ることが出来ず、同業のハッカーが見たら、思わず舌を巻いていただろう。

 何故なら、京子が作り上げていたのは巨大なシステムだったのだから。

 

「いちいち、バックドアを仕込んだり、裏を取ったり、いろんな人を使うのは大変だし。これで、きっと良くなるよね!」

 

 京子がインターネットに産み落とさんとしていたのは、巨大な相互監視ネットワーク、その雛形となる『攻略本』だった。

 京子がハッカーとして、数年間、積み上げてきたノウハウを凡人にもわかりやすく解説して、さらには使いやすいツールなどもいくつかまとめて、全世界に公開しようとしていたのである。

 透明になればいい。

 人と人を隔てる壁が、透明になればいい。

 そうすればきっと、誰しも悪行なんて行えない。

 そうすればきっと、世界はもっと良くなるはず。

 京子の思想はあくまでも、社会全体に対する奉仕である、それが悪であるとは微塵も思っていなかった。どこまでも透明で、無垢な善意。

 それが実現されれば、この世界が前代未聞の災厄に見舞われることなど知る由もなく、最悪なる天才の少女は、まるでフィクションに出てくる『無垢な悪役』のように、世界を変えようとしていた。

 ――――けれど、幸いなことに、何もかもが手遅れになる前に、京子は挫折した。

 

「お前は! お前はヒーローなんかじゃない! ただの、格好つけだ!!」

 

 当時の親友から、辛辣な罵倒を受けて。

 その理由を聞いて。

 京子が無邪気に告発してきた罪により、職を失った大勢の人間の一人が、親友だった少女の父親だと気づいて。

 親友だった少女が、京子が住んでいた街から転校せざるを得ない事態に、自分自身が追いやったのだと気づいて。

 ようやく、京子は己の為したことを省みる余地を得た。

 

『大量の失業者』

『治安悪化』

『ハローワークに押し掛ける人々』

『徒党を組む、無職の若者たち』

 

 悪を潰せば、世界は綺麗になると思っていた。

 不正を無くせば、世界は良くなると思っていた。

 けれど、京子は知らなかったのである。

 悪も不正も、人間の汚さすらも世界の一部であり、それを失くそうとすれば、社会全体に大きな歪みを生じさせてしまうことを。

 社会という大きなものを見ていると、大切だった者ですら、意図せず踏みつぶしてしまうことがあるということ。

 

「ちが、ちがっ…………私は! 私は! こんなつもりじゃなかったのに……」

 

 かくして、天才は堕落する。

 己の牙を折り、頭脳を鈍化させて、自ら堕落する。

 自らの才覚を嫌い、徹底的に自堕落な生活を送り続ける。

 終わらない罰を与えるように、残りの人生を生きていく。

 天才としての自分を殺し。自堕落で無意味な人生を送ることを、己の罰として生きていく。

 ――――――そのはずだった。

 

「俺の名前は天原晴幸! 東北の大地で培った野性味あふれるパワーが持ち味の、ナイスガイさ! 今後ともよろしく!」

 

 天原晴幸という、よくわからないナマモノと出会わなければ。



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第25話 主人公不在の時、敵から奇襲を受けるのはもはや王道

 

「ノイズ人間……ナイツ……神様……愚者……集合的無意識……岩倉玲音」

 

 薄暗い室内で、ぱりっ、とスナック菓子を噛む音が響く。

 その後、ごくりと、生ぬるい炭酸飲料で喉を潤す音。

 スナック菓子は、ポテトチップスのコンソメ味。

 炭酸飲料は、既にぬるくなってしまったドクターペッパー。

 この二つの組み合わせは至高であると、京子は自負している。晴幸からは、野生動物でも食べない組み合わせだよ! とか言われたが、京子は晴幸の味覚がおかしいのだと決めつけていた。

 ドクターペッパーは、どんな温度でもうまく、大概の食品と合う。

 それが、高校時代で発見して、京子にとってのこの世の真理の一つだった。

 

「…………ちっ、やっぱ駄目だな。インターネットじゃあ、あちらに分がある。【れいん】を作った研究所にハッキングを仕掛けようとしても、まるで手ごたえがねぇ。くそが、大事な情報は全部アナログな手法でやり取りしてやがるな? ハッカー対策…………いや、どちらかと言えば、あの『岩倉玲音』を意識した対策かよ」

 

 京子は、晴幸の手引きで一足早く自宅に戻っていた。

 無論、晴幸の両親の下へ顔を出して、きちんと用意した言い訳を話すのも忘れていない。夏休み中とはいえ、いきなり高校生の男女が姿を消して、仙台の街で一夜を明かしたのだ。きちんとした言い訳を用意しておかなければ、勘違いされても仕方ないだろう。

 もっとも、京子の母親辺りは「お赤飯っ♪ お赤飯っ♪」と帰宅直後からルンルン気分なのだが、京子は気にしない。

 京子の母親は、晴幸を気に入っているらしく、京子とカップリングすることが多いからだ。今更、何を言っても逆効果であると、京子は学んでいた。

 

「………………はぁ。かつての天才が呆れるぜ。出来ることが、地道な資料集めぐらいなんてなぁ」

 

 だからこそ、特に心を乱すわけでもなく、京子は晴幸に告げた通り、ワイヤードに関連する様々なことを調べていた。

 かつて、己自身で封印した天才としての才覚を大いに活用して。

 高校生時代から、晴幸と共に培った問題解決の手法をあらゆる角度から試してみて。

 帰宅直後から、徹夜でインターネットの海を潜ってみて。

 だが、それでも結果は芳しくない。

 思った以上に、敵が用意周到すぎるのだ。

 少なくとも、一介の高校生ハッカー程度では、手がかりの尻尾すら掴ませない程度には。

 

「……まぁ、少なくともこの『橘総合研究所』ってのは、完全にクロだってことはわかったな」

 

 京子は【れいん】というVチューバーを作り上げた企業、橘総合研究所へ目星をつけていた。

 明らかに、【れいん】という存在は、【ペルソナちゃん】というアプリは、何かの巨大な計画な一部だと、京子は推測していたのだが、規模が大きすぎて全体を把握しきれていない。

 【れいん】に関する情報は、きわめて煩雑であり、掲示板などで有用な情報を拾おうとしても、情報のノイズがひどすぎるのだ。荒らされている、というわけでもなく、誰かが意図的に情報をかき混ぜて、ノイズを乱雑に混ぜて行ったかのように。

 そのくせ、橘総合研究所に関しては、ほとんど情報が出てこない。

 分かることと言えば、人工知能や、情報ネットワークなどの研究をしている企業だということぐらいだ。不祥事、問題、掲示板での愚痴など、そういう情報が一切出てこない。【ペルソナちゃん】という規格外のアプリの配布元であるというのに。

 【ペルソナちゃん】という、都市伝説さえ生み出してしまったアプリの配布元だというのに。

 不自然なほどに、良い噂も、悪い噂も見つからない。

 これは、インターネット上ではとても珍しいことだ。

 例え、どんな清廉潔白な企業であろうとも、とりあえず、意味もなく嘘八百を並べ立てて貶すことが趣味の荒らしや、一切の同情の余地もない殺人犯ですら、よくわからない思想で庇い建てる狂人すらいるインターネット内で、アンチスレすら立たないのは異常なことだ。

 

「ん、くぁー……あふ、とりあえず、調べられることはこれぐらい、か。後は、んんー、この手の噂に詳しいフリーのジャーナリストに連絡を取って…………その前に、コンビニ行ってドクターペッパーを補給しないと…………」

 

 気づけば、京子が調査を始めてから一夜が明けて、空が完全に明るくなっていた。

 時刻は午前八時過ぎ。

 京子の両親はとっくに朝食を済ませている。なお、京子は前日にあらかじめ、翌日の朝食は要らないと断っているので、特に問題はない。こういうこまめな連絡を家族間でも欠かさないのが、京子の美点の一つだった。

 

「ふぁーあ…………ふぅ。あーあ、疲れた。ったく、晴幸の奴、私をこんなにこき使うなんて、後で何か奢ってもらわねーと割に合わないな」

 

 ろくに髪も整えず、上下学校指定のジャージ。足元はサンダル。

 ファッションなど欠片らも気にしていない風体で、京子は近所のコンビニへと向かう。

 その足取りは、徹夜で情報収集していた割には、軽い。多少ふらついてはいるが、気分はどちらかと言えば浮かれている。

 その理由は明白。

 

「ふふふ、何をしてもらおうかなぁ」

 

 京子は嬉しいのだ。

 この現状が。

 晴幸と共に、非日常的な何かに立ち向かう、という構図が、とても嬉しいのだ。

 思わず、京子とすれ違った通行人が、ぎょっと目を剥くほど、へらへらと気の抜けた表情を浮かべるほどに。

 

「とりあえずはまぁ、買い物だな。買い物。あいつは無駄に図体がでかいんだから、それを存分に活かしてもらわねーと」

 

 京子は、晴幸に対して恋愛感情は持ち合わせていない。

 例え、この世界で二人きりになったとしても、そういうことにはならないと断言できる。

 けれども、恋愛感情以外の好意に関しては、晴幸へ向けるそれと比肩する存在は、家族以外に存在しないと、京子は自覚している。

 普段は、親友って呼ぶんじゃねーよ、などと憎まれ口を叩いているのだが、実は、親友と呼ばれる度に嬉しく思っている。とても、とても、嬉しいと思っている。

 はっきりと言ってしまえば、京子は晴幸の事が大好きなのだ。

 友達として。

 相棒として。

 共に並び立つ者として。

 晴幸以上の存在は、居ないのだと確信している。

 

「…………早く、帰ってこないかなぁ、あいつ」

 

 なお、このように殊勝な態度を取るのは晴幸が居ない時のみだ。晴幸が居る場合、絶対に、京子はそのようなことを表に出さず、辛辣で、毒舌で、それでいて『仕方なく付き合ってやっている』という態度を崩さない。

 それこそが、己に相応しいと思っているから。

 かつて、ヒーローを目指して、夢破れて。

 堕落して、荒れて、底辺にまで落ち切った自分が、『本物のヒーロー』の相棒であるのならば、少なくとも、強がらなければいけないと思っているから。

 

『ざ、ざざざ――――ざざざ―――申し訳ありませんが、貴方には玲音に帰ってきてもらうための、人質になってもらいましょう、スマイルさん』

 

 だからこそ、その時が来ても京子は慌てなかった。

 近所のコンビニに入店した時、店内に――狐の仮面を被った少女以外、誰も居ないという異常事態に陥ったとしても、慌てなかった。

 むしろ、口元に余裕の笑みを浮かべて、何か気の利いた言葉を返そうとして、

 

「こにょわちゃ…………やれよ!!!!」

『えぇ…………』

 

 徹夜明けの肉体に訪れた不意の緊張というシチュエーションで、舌が絡まり、幼女の如き舌足らずとなってしまった。その果てには、顔を真っ赤にして「殺せぇ!!」と言わんばかりの要求である。

 そりゃあ、襲撃者である狐面の少女も困惑する。

 

『ざざざっ――とりあえず、玲音が戻ってくるまで、ワイヤード内に隔離させていただきます。ああ、乱暴な手段はとらないのでご安心を……貴方が、抵抗しなければ、ですが』

「…………ふん」

 

 しかし、困惑していようとも、やるべきことはやらなければならない。

 狐面の少女は己の権限を用いて、ワイヤード内へと京子を引きずり込む。

 

「――――予定の範囲内だな」

 

 それが、京子が狙っていた行動であるとも、知らずに。



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第26話 誰かを説得するときは、全裸になるのが癖になっているんだ

今回は長めです。


「学校の屋上って、解放されていないし、鍵も厳重に管理されているんだよね」

 

 京子の親友だった少女は、そう言って微笑んだ。

 場所は夕暮れの教室。

 京子が慣れ親しんだそれとは違う、田舎の学校、その教室。

 親友だった少女と、京子以外は誰も居ない空間で、その少女は微笑みながら告げる。

 

「本当は、屋上が良かったんだ。ほら、漫画とかアニメだと、屋上が定番じゃん? でも、仕方ないからこれは妥協。偶然、私が三年生でよかった。よかった、のかな? どうだろう? 思えば、もうちょっと早く、こうしていればよかったかもしれない」

 

 その手に携えた大型カッターの刃を、自らの首元に添えながら。

 怖気すら感じる綺麗な笑みで、少女は京子へ語り掛ける。

 

「でも、怖かったんだ。失敗するとさ、脳死状態や、障害が残って苦しみそうだったし。そもそも、死ぬのって凄く辛そうだったし、痛そうだったし。死んだ後に何があるのがわからないのも怖かったし、でも、でもね、もういいんだ。もう、疲れたんだ」

 

 憎悪の言葉を。

 呪いの言葉を。

 京子の心に刻み込むように、丁寧に、ゆっくりと、言葉を紡ぐ。

 

「ほら、見てごらん、京子。今日の夕焼けはとても綺麗だよ――――ああ、自殺するには、とっても良い日だと思わない?」

 

 これは、京子のかつての記憶。

 己がなす善行の意味すら知らず、力を振るった代償。

 自業自得の結末の一つである。

 

 

●●●

 

 

 ワイヤードとは、集合的無意識にもっとも近しい異界である、と狐面の少女は言った。

 故に、心象風景を映し出しやすい。

 ベースとなっているのは、ワイヤードの基礎を作り上げたとある偽神の心象風景である、無数の電柱が立ち並ぶ灰色の街であるが、権限を持った人間ならば、その内装を自分の好きなように変えられるのだと。

 そう、例えば、狐面の少女が纏う、巫女服が相応しいような、神社の一角などに。

 

「スマイルさん。貴方にはしばらくの間、ここで生活をしていただきます。何、生活で不自由なことはさせません。ここならば、ある程度、望むことならば何でも叶えられるのですから」

「だったらまず、この私を不愉快な名前で呼ぶのは止めろ。それは過去の名前だ」

「なるほど。これは失礼。ですが、私個人としては、貴方の事を尊敬しているのですよ、スマイル―――いいえ、中島京子さん」

 

 和風ワイヤード内に落とされた京子は、特に拘束されるわけでも無く、体の自由も制限されないまま、神社の境内から社務所へと案内された。

 狐面の少女は、特に何も気負うことなく――警戒すら必要ないといった様子で、京子の前へ、茶菓子や麦茶などの品々を用意している。もちろん、京子はそれに手を付けない。晴幸であったのなら、ノータイムでお菓子を貪り、麦茶を飲み干した後、「巫女さんって、下着付けないって本当ですか!?」とデリカシーが皆無の質問をするが、ここに居るのは京子だ。まだ、常識を持った存在である。

 

「幼いながらの、貴方の献身と善行は、とても素晴らしいと思いました。人と人が、互いに監視し合い、悪行を為さぬようにする。一種の管理社会の実現。ええ、とても素晴らしい。それが為されれば、この社会からほんの少しでも悪が除けたでしょうに」

「はんっ、悪が除けた、ねぇ? 今となっては、私はどうかと思うね、それも。所詮、善悪なんざ、人それぞれの価値観次第だ。仮に、クソガキだった私の考えが実現したとしても、そのときはまた、別の悪とやらが生まれていただろうよ」

「…………では、最初から悪が存在できない世界ならば、どうでしょう?」

「あん?」

 

 訝しむ京子に、狐面の少女は語り掛ける。

 まるで、将来の夢でも語るかのように、無邪気に、明朗に。

 

「最初から悪人が存在できない世界にしてしまえばいいのです。そうすれば、この世の理想郷が築けます。ええ、もちろん、いたずらやちょっとした悪程度も、潔癖に除こうとするのではありません。許しがたい巨悪、人間としてのどうしよもない悪性を排除して、『もう一度、この世界をやり直して』しまえば、とても素敵だと思いませんか?」

「つまり、あれか? 人類全員、『まんがタイムきらら』にでもするのか?」

「がっこうぐらし! は入れません」

「夢喰いメリー」

「…………保留で」

 

 まるで、某エロゲーの神座世界に出てくる登場人物みたいな狂った思想で、『まんがタイムきらら』を世界に具現化させようとする存在、それがこの狐面の少女だった。

 もっとわかりやすく言えば、この世界全てを癒し系アニメの世界観にしてしまおう、と拗らせすぎたオタクみたいなことをほざいているのである。

 確かに、それが理想的だろう。

 本当にそれが為せたのであれば、理想的な世界を作れるのかもしれない。

 とても歪で、吐き気がするほど、潔癖な世界が。

 

「テメェらナイツとやらには、それが可能だって?」

 

 京子はあまりの愚かさに頭痛がしてきたので、さっさとこの会話を切り上げてしまいたかったのであるが、貴重な情報源がペラペラ自ら進んで情報を吐いてくれているという状況だ。切り上げる前に、もう少し情報を絞り取ってやりたいと考えていた。

 

「いいえ。我々ナイツは、来るべき神の降臨を望む、ただの信奉者でしかありません。我々を統べる『お父様』でさえも、その枠から抜け出すことはできないでしょう」

「――――じゃあ、玲音か?」

「正解でもあり、不正解でもありますね」

 

 くすくす、と狐面の奥から笑い声を漏らして、少女は言葉を続ける。

 

「あれは、荒魂です」

「…………神々の荒ぶる一面、ってか?」

「ええ、本来、集合無意識の最深部におられる我らが神を招こうとして――――そして、失敗した結果が、あの『岩倉玲音』です。本来、我々が望んでいた救済者としての面ではなく、人間を家畜とし、稲穂の如く命を刈り取る、恐るべき『死神』としての面が、用意していた肉体に降りられたのです。我々は、無用の犠牲を避けるために、必死で彼女を探しているのですよ」

「無用の犠牲、ねぇ」

 

 当然の如く、京子はこの狐面の少女の言葉を信用していない。

 恐らく、このナイツという集団には個体差はあれど、犠牲の大小にかけては、さほど問題視していない。何故ならば、仮に、この狐面の少女の言葉が真実であれば、『世界をやり直す』算段であるのならば、極論、どれだけ死んだところで問題ない。やり直した世界で、生き返らせればいいだけの話なのだから。故に、犠牲者の大小に関しては、個人の感情の範囲でナイツという集団は裁量を得ている。狐面の少女は、問答無用で京子を捕らえなかったところから、多少は穏健派なのかもしれない。

 ただ、狐面の少女が語った『岩倉玲音』に関しての供述。

 これに関して、京子はなんとなくそれが正しいのであると、感じていた。

 今のところ、何も害は無い。

 だが、京子は玲音の存在を心の奥底では無意識に恐れていた。まるで、人がどうにもできない災害に対して、畏敬の念を抱くことしかできないように。京子の人間としての本能が、どうしようもなく玲音という少女を恐れているのだと、自覚していた。

 正直、晴幸という相棒が共に居なければ、関わることすら忌避していたのかもしれない。

 けれども、晴幸が居る。晴幸は既に、あの子の隣に居ると決めた。ならば、相棒としての答えなんて決まっている。

 

「ふん。それで? その死神様が? おっそろしい存在が? どうして、この私を人質に取ったぐらいで、大人しくテメェらの下に帰ることになるんだよ?」

「…………それは」

 

 だからこそ、京子は会話の矛盾を突くように、狐面の少女に尋ねた。

 玲音の脅威を、恐るべき神々のそれとして例えていたいるというのに、そんな存在が、どうして、京子一人程度の人質で、言うことを聞かせられると思っているのか?

 無論、尋ねながらも、既に京子には既に、その答えが分かっていた。

 

「現在、玲音の宿主となっている存在、天原晴幸に――――玲音自身が、ひどく影響を受けているからです」

 

 そう、天原晴幸。

 あの稀代の馬鹿が隣に居るからこそ、岩倉玲音という恐るべき脅威が、沈静化しているのだと、京子は推測していた。

 

「本来、あの玲音は宿主となった人間の精神を狂わせ、喰らいつくして、己の眷属として使役します。そして、段々と死者の軍勢を増やしていって、この世界を終わらせてしまう恐ろしい災厄なのです」

「でもあの子、シリアル食品に目が無い無口な中学生みたいになっていたぞ?」

「本当に影響が酷すぎる…………天原晴幸。葛葉の傍流。どこまでも……」

 

 頭痛を抑えるかのように仮面に手をやった後、狐面の少女は語り始める。

 

「これはあくまでも推測なのですが…………あの天原晴幸の精神が強大すぎて、玲音が食い尽くせていないのが現状なのでしょう」

「そんなに?」

「しかも、どんどん食べてもいつの間にか溢れんばかりに勝手に補充されるので、玲音としては飢えや存在の消失を心配することが無くなり、荒魂としての面が落ち着いているのかと。後、単純に、馬鹿――もとい、ちょっとあれだけれど、善性の人間の精神を喰らい続けることで、御身の悪性が落ち着いているのかと」

「馬鹿は凄いなぁ」

 

 京子は素直に、馬鹿の底知らぬ精神力に感心した。

 一方、狐面の少女は、質の悪いギャグでも言ってしまったように、頭を振っている。

 これが、馬鹿の言動に慣れている者と慣れていない者の差だった。

 

「ですが、これは悪性の病を対処療法で抑えているのと同じです。万全を期すならば、私たちの下に、玲音が帰って来るのがよろしいかと。そのためのご協力を、貴方にお願いしているのです、中島京子さん」

「…………つまり、当面は大丈夫ってことだな?」

「ええ、しかし――――」

「それじゃあ、テメェらの目的は達成できない。だよな?」

「…………」

 

 京子の問いに、狐面の少女は少しの間、沈黙した。

 だが、ゆっくりと、京子に向かって手を差し伸べながら、再度、言葉を紡ぐ。

 

「中島京子さん、この世界は何とも生きづらいとは思いませんか? 誰しも、『現実とはこんなものだ』と下を向いて、妥協と諦めの中で生きている。努力し、邁進する人を馬鹿にして、自分はこんなに可哀そうだ! と声高々に叫ぶ輩の多いこと。その上、安易に救われることを求めている。ああ、まったく――――度し難い」

 

 その言葉に込められていたのは、怒りだった。

 京子には、この狐面の少女の背景は知らない。事情など全く知らない。そんな京子でさえ、言葉に込められた熱量を感じ取ってしまうほど、その少女は怒っていた。

 

「故に、正すのです。この世界を。始まりから間違っている世界を、やり直して、正しく世界を平和にするのです。そうすればきっと、誰しも優しくなれます。かつての貴方もきっと、そのような世界を目指していたのでしょう?」

「…………」

「私たちと、共に来てください、中島京子さん」

 

 仮面を被っていてもなお、感じるその迫力。

 それでいて、人の心を揺さぶる、熱量のある言葉。

 一種のカリスマを携えた、先導者としての才能を持つ、少女の言葉。

 その言葉を聞いて、ついつい京子は笑みを浮かべた。

 ああ、きっと、かつての私ならば…………晴幸と出会っていなかった私ならば、ここで頷いていたかもしれないな、と。

 

「はっ、誰が行くか、そんなクソつまらなぇ世界。オナニーだったら、テメェ一人で布団の中でやってろ、メンヘラガール」

 

 だからこそ、返答は明確に。

 笑みを浮かべたまま、中指を突き立てて、これ以上なく拒絶の意思を示した。

 

「…………そう、ですか。残念です――――乱暴にはしたくなかったのですが」

 

 一瞬体を震わせた後、狐面の少女は落胆の言葉を発した。

 次いで、

 

「――――ペルソナ」

 

 戦闘――――否、制裁の意味を示す言葉を紡いだ。

 

「来て、私の半身。チェフェイ」

 

 そして、狐面の少女の背後に――――ほぼ同一の姿の少女が現れる。狐面の少女の姿が。されど、違うのは、その臀部から生える巨大な九本の尾。金色の尻尾。

 かつて、数々の権力者を堕落させ、国を傾かせた恐るべき悪性の欠片。

 それが、まだ幼さの残る少女の形として顕現している。

 

「大丈夫です、安心してください、中島京子さん…………貴方の命を奪うような真似はしません。ただ、微睡みに身を任せてください。そうすれば、全て終わったころには、優しい世界が待っていますので」

 

 どろり、と言葉の後に社務所内が全て、甘い香りに満ちた。

 それは、人の理性を溶かす香り。

 男でなくとも、人であるのならば、甘く、蕩けるような快楽の匂いには逆らえない。まして、ペルソナ能力も持たない京子ならば、どれだけ強く抗おうとしても、結果は同じだろう。

 そう、ペルソナ能力を持っていなければ。

 

「――【ペルソナちゃん】、頼む」

『理想の貴方と繋がりたいですか?』

 

 そして、試練が始まる。

 

 

●●●

 

 

 気づくと、京子は見覚えのある教室に立っていた。

 夕日が差し込む、放課後の教室。

 京子と、傍らに佇む【ペルソナちゃん】、そして、もう一人以外は誰も居ない、がらんどうの教室。

 そんな教室で、京子が茫然と佇んでいると、侍っていた【ペルソナちゃん】が口を開いた。

 

「理想の貴方と繋がるには、試練が必要です」

 

 声に反応して、【ペルソナちゃん】の方を向く京子。

 そんな京子に、【ペルソナちゃん】はにっこりと、天使のように、悪魔のように笑みを作ると、その手に携えた黒い塊を手渡した。

 重々しく、銃器を象るそれが、京子の手に渡された。

 

「理想の貴方になるためには、弱い貴方を殺さなければいけません」

 

 人殺しの道具。

 一丁の拳銃。

 引き金を引くだけで、誰かを殺せる凶器。

 

「ほら、殺すべき貴方の弱さが、そこに居ますよ?」

 

 【ペルソナちゃん】指し示された先に居るのは、小学生の頃の京子だった。

 小学校の頃、挫折して、自分自身が嫌になっていた時の、京子だった。

 

「思い上がっていた。駄目だった。馬鹿だった。映画の台詞なんかに感化されて、いけないことをたくさんやった。その結果、私はとてつもない罪を犯した…………もう、生きていたくない」

 

 ぐずぐずと、机につっぷしてすすり泣く幼い京子。

 その姿に、苛立ちを覚えるな、と言う方が無理だろう。

 京子でなくとも、己の弱い部分が目の前に晒されれば、ましてや、その弱い部分が黒歴史である自分であるのならば、殺意すら湧いてもおかしくない。

 そして、殺す相手が自分であるのならば、人は途端に引き金が軽くなる。

 誰かを殺して、尊厳を奪い取るのではない。

 自分を殺して、強くなるための成長の儀式。

 理想のための、痛みを伴う経験だ。

 だからこそ、誰しも、酔う。

 このシチュエーションに、酔ってしまう。

 

「わからなかった! 誰も教えてくれなかった! どうして! どうして、私は、頑張ったのに! もう嫌だ! こんな世界は嫌だ!」

 

 金色の瞳を持つ、弱い自分。

 みっともなくわめく自分を見つめて。

 その手に携えた、冷たい凶器を使わないという選択肢を取れる人間はどれだけいるだろうか? 状況に流されて、銃口を向けてしまう人間は、どれだけいるだろうか?

 ただ、少なくとも、

 

「…………悪いな、【ペルソナちゃん】」

 

 中島京子という、女子高生は、己の弱さを受け入れる器を持っていた。

 ごとん、と机の上に拳銃を置き、殴るのでも、叩くのでもなく、泣きわめくかつての己の頭を、優しく撫でる京子。

 その横顔は、普段、張り付けている不機嫌な物ではなく、朗らかに、温かい。

 

「私の弱さはもう、どっかの馬鹿に救われているんだよ」

 

 そして、何処か申し訳なさそうに【ペルソナちゃん】へ視線を向けて、京子は笑った。

 かつてと、初めて天原晴幸と出会った時と同じように。

 

 

●●●

 

 

 中学三年生の秋。

 中島京子は、かつての親友から手紙を貰った。

 内容は、『仲直りがしたい』という旨と、親友だった少女が通っている学校の名前と、3-Aという教室の名前。後は、手紙が届いてから三日後の日時と、夕暮れ時を示す時刻が、その手紙には記されていた。

 もちろん、こんな手紙を貰って素直に喜ぶ京子ではない。

 当時、ぐれにぐれて、荒れに荒れて、ほとんど不登校みたいな状態で中学生をやっていた京子の心は荒んでいた。

 恐らく、これは復讐のための見え透いた罠であるということも、わかっていた。

 のうのうと顔を出せば、親友だった少女だけでなく、集団で囲まれて、ひどい目に遭わされる可能性があることも、わかっていた。

 しかし、それでも、京子は躊躇うことなく、指定された場所へ行く準備を整えた。

 理由は簡単。

 罰が、欲しかったのである。

 己が犯した罪に対して、罰が欲しかったのだ。

 だからこそ、京子は自ら進んで罠に嵌る。例え、どのような苦痛や屈辱だって、抱えきれない罪を抱いたまま生きるよりはいいはずだ。と都合のいい思考のままに。

 

「最悪、殺されたっていいや」

 

 両親を説得するのは簡単だった。

 指定された学校へ侵入するのは簡単だった。放課後だから、『用事がある』みたいなそれらしい顔をして、呼び止められた時は、予め調べておいた教員の名前を出せばいい。

 かつての天才だった京子は大分落ちぶれた。

 されど、凡骨を騙す程度、その当時でも訳はない。

 …………そして、京子はついに、親友だった少女と再会した。

 

「ほら、見てごらん、京子。今日の夕焼けはとても綺麗だよ――――ああ、自殺するには、とっても良い日だと思わない?」

 

 予想外だったのは、少女が殺すよりも自殺を選んだということ。

 その死を、京子に刻み付けるために、わざわざここに呼び寄せたという事実。

 ああ、ここまで嫌われていたのか、と京子は少女の笑みを向けられて。愕然とした。

 かつて親友だった少女はもう、誰かを罰するだけの気力もなく、せめて、苦しめと京子を呪うことしかできなくなるほど、弱っていたのだと。

 

「ここで、首を切って、後ろ向きに倒れる。窓の外に、倒れこむ。頭から、倒れる。そうすれば、救急車を呼ばれても、きっと死ねるよね?」

「ま、待って――」

「待たないよ。待つ必要がないじゃん。いつだって、貴方は好き勝手してきたんだから。止めようとする私の話なんて聞かなかったんだから。その挙句が、あれだよ? ねぇ、私さ、あれからどんな扱いを受けたと思う? 家族が、どんな扱いを受けたと思う? 私のお父さんも、お母さんも、仕事がなくなってね、辛うじて前の貯金で食いつなぐだけの日々なんだよ? ねぇ、こんな、こんな世界で生きる意味がある?」

 

 虚ろな瞳。

 壊れた笑み。

 がらんどうの言葉。

 それらを前にして、何かを言えるだけの信念や、情など、当時の京子にはなかった。だから、京子に出来るのは手を伸ばすだけ。せめて、なんとかしようと手を伸ばして、結局、届かない。動こうと手を伸ばした瞬間、大型カッターの刃が夕日を反射して、煌めいて、

 

「おっと、そこまでだ!」

 

 夕暮れを切り裂くように到来した、白球が少女の手の甲に着弾し、そのあまりの衝撃に少女はカッターナイフを離してしまった。

 

「つ、あ――な、何!?」

「ふっ…………まさか、文化祭の準備をさぼって、野球部の面々とエロ本を賭けて勝負をしていたことが、こんな風に役立つなんてな。まったく、人生ってのは何が起こるかわからねぇよな? そう、戦利品のエロ本を略奪しに来たら、まさか、女子が自殺しようとしているなんて、さ」

 

 声が聞こえた。

 無意味な自信に溢れた男子の声が。

 この状況には、あまりにもそぐわない馬鹿馬鹿しい言葉の羅列が。

 思わず、京子はそちらへ視線を向ける。すると、そこに居たのは予想外にがたいの良い体と、馬鹿馬鹿しい言葉の内容からは想像もできないほど、強面で精悍な顔立ちの少年だった。

 

「…………B組の変態! 悲劇を砕く喜劇! ギャグ漫画補正を受けた馬鹿! 天原晴幸! なんで、なんで、ここに居るのよ!?」

「無論、誰かの涙を拭うためさ!」

「気持ちわるっ!」

「気持ち悪いとはなんだ! 気持ち悪いとは! 女子のそういう言動どうかと思うんだけど!? 男子の心は繊細なんだぞ、謝れ!」

「人に野球ボールをぶつけておいて?」

「ごめん、手が滑った。ほら、俺も誤ったから君も――柊さんも早く」

「そういうところだぞ、天原ぁ!」

 

 京子は呆然と、少女と男子の――柊と天原の会話を眺めていた。

 口が開いたまま閉じられない、とはこのことだろうか? 先ほどまで、何を言っても無駄、どうしようもなく届くことが無いと思っていたはずなのに。柊を止める手段なんてないと思っていたのに、天原という男子は軽々とその前提を砕いてしまったのだ。

 

「柊さん、よくわからないけど死ぬのは止めよう? つーか、なんで他校の女子も居るの? え? 珍しい制服。記念撮影をしても?」

「雑に自殺を止めるなぁ! 言葉の途中で興味を他に移すなぁ! そういうところだぞ、本当にぃ!」

「はいはい、この俺に構って欲しいんだろ、柊さん。仕方ねぇな、まったく。ほれ、話してみろ。俺の腕の中で、泣きながら説明してくれてもいいだぜ?」

「気持ち悪い! 気持ち悪い!」

「おいおい、柊さん、こんなのはまだ序の口だぜ? さぁ! 語れ! 自殺する理由を語れ! どんどん語れ! どこまでもクレバーに受け止めてやる!」

「い、嫌だよ、普通に…………大体、天原と私は仲良くなんて無いし、自殺をしようとした繊細な理由なんて、お前なんかには――――」

「わかった、脱ごう!」

「なんで?」

 

 京子も同じく、「なんで?」と思っていた。

 全然会話の流れが繋がっていない。この男子は馬鹿なのだろうか? 

 

「なんかの漫画で見たんだ! こちらに害意が無いことを証明するには、全裸になるのが一番なんだって! だから! 恥ずかしいけど! 見ててください! これが、俺の! 変身です!」

「変態の間違いじゃない? ふ、ふん。けど、脱ぎたければ脱げばいいじゃない。でもね、一応言っておくけど、女子は男子よりも大人なのよ? 中途半端に、パンツだけ残しただけの状態みたいな物を裸とは言わな――――躊躇わずパンツも脱ぐなぁ!!」

「全裸と言ったはずだぞ、柊さん!」

「馬鹿、見せるなぁ! 揺らすなぁ! 思い出したように靴下と靴を脱ぐなぁ! 違う、そういうことじゃない! そういうことじゃないから!」

「おっと、叫んで誰かが来てもいいのかな? 誰かが来て困るのは、自殺をしようとしていた君の方じゃないのかな?」

「お前も確実に困るだろ!?」

「見くびらないで欲しいな、柊さん! 俺の全裸なんて、B組では日常茶飯事だ!」

「だから、B組は魔境って言われているんだよ、ちくしょう!」

 

 馬鹿だった。

 完全無欠の馬鹿だった。

 したたたたーん、したたたたたーん、と全裸で柊の周囲を気色悪い動きで周回する天原の姿は、馬鹿以外の何者でもなかった。

 

「いーえ! いーえ! さっさと、自殺をしようとしていた理由を、いーえ!」

「やめ、そういうのやめなさいよ!」

「いーえ! いーえ!」

「わかった、わかった、言うからその夢に出てきそうな動きを止めなさい」

「…………ふぅ。やっと、会話する気になったか。まったく、どこまでも手間のかかる子猫ちゃんだぜ」

「気持ち悪い!」

「おっと、罵倒していいのかい? 俺は既に、その罵倒が気持ち良くなり始めているんだぜ? これ以上、俺を変態にしたくなければ、わかりやすく、手短に理由を話すのが賢明なんじゃないか?」

「最速で話してやるわよ、ちくしょう」

 

 

 だが、その馬鹿は京子に出来ないことを軽々とやって見せた。

 一見すると、いや、どこからどう見ても馬鹿であり、状況がギャグにしか見えないのだが、それでも、止めた。柊の自殺を止めて、なんだかんだその詳しい内容まで聞き出そうとしている。加えて、この全裸が居る空間で、再び、柊が自殺しようとする気概すら奪い取っている。

 ほんの少しの間で、場の空気は全て、馬鹿が掻っ攫っていった。

 

「ふむふむ、つまり、失業者の娘としてお先真っ暗で、私死にたい! ってこと?」

「い、言いづらいことをばっさりと…………ええ、そうよ。どこへ行っても、あの忌々しい事件を掘り出して、にやにやと笑う奴が居るのよ! 父さんと母さんがいくら頑張っても! 『お前も犯罪に加担してたんじゃないか?』みたいな言葉で馬鹿にしてくるの! クラスの中でも、そういう過去をわざわざ掘り出してきて…………私、もう、誰も友達が居ない……」

 

 誰も友達が居ない、という言葉を受けて、愕然としたのが京子だ。

 もう、友達ではないだろうな、とは思っていた。親友だったのは昔の話で、今は憎まれている相手。けれど、改めて柊の口から言われるのはショックだった。

 そして、何よりショックだったのは――――項垂れる柊に対して、自身が何も言えなかったことが、ショックだった。

 ただ、京子がショックを受けている間も、話は進んで行く。

 

「んじゃあ、うちの親父に相談して、ご両親の就職先を探してみる?」

「え?」

「や、だって仕事先が必要なんでしょ? んじゃあ、同僚がそういうことを言わないような、アットホームな職場を紹介するよ」

「いや、でも、そんな職場――」

「何せ、その程度の過去なんて、鼻で笑うレベルの経歴の人たちで一杯だからな!」

「大丈夫なの、その職場ぁ!?」

「給料とか、福利厚生とかは良い感じなホワイト企業だよ!」

「そ、そうなの?」

「とりあえず、試用期間働いてみてもらってから決めたら? 紹介できる職種は一つじゃないっぽいし」

「あ、ありがとう?」

「どうしたしまして!」

 

 あまりにも早い解決。

 問題があるのなら、それを解消すればいいじゃん! ほら、簡単でしょ? とでも言わんばかりの高速解決。

 思わず、真剣に悩み、自殺まで検討していた柊は、降って湧いた希望と、自分の情けなさに混乱して、思わず泣いてしまいそうになるが、その前に、天原がさらに言葉を重ねた。

 

「んでもって、誰も友達が居ないのはこれから俺が友達になれば、解決っと」

「……え? いいの?」

「そっちこそ、いいの? 俺、全裸だよ?」

「…………服は、着て?」

「服を着たら、友達?」

「…………そ、それは」

「おっと、恥ずかしがり屋の子猫ちゃんだぜ。じゃあ、仕方ない。三人そろって、友達ってことでいいかな?」

「――――え?」

 

 天原に視線を向けられて、京子は困惑する。

 今まで触れられてきたなかったのに。このまま空気でよかったのに、どうして今、ここで触れてくるのか? 折角、まとまりかけたのに、どうして?

 

「……天原、あのね、そいつはね? さっき話したでしょ? そいつの所為で、私の家族は、あんなに苦労して――」

「え? でも、告発されて困るレベルの不正を抱えていたら、いずれ、内部か、それとも、他のハッカー集団が告発していたから、どの道、遅いか早いか、じゃね?」

「…………へ?」

「不正は強みじゃない、弱みだ。不正をせずに利益を出すのが当たり前で、潔白で、だからこそ強いんだ。大規模な不正を抱えた時点で、もうその企業は弱いよ。弱い企業は、いずれ市場から駆逐される…………なんて、ことを聞いても納得できないと思うから、はい、そこの女子! 目の下に隈がある残念女子! もうちょっと健康そうだったら間違いなく美少女の女子!」

「え、は? わ、私?」

「イエース!」

 

 京子は困惑する。

 突然、自分の罪を弁護してくれたことに。

 突然、自らの手を引いて、柊の前に引っ張り出されたことに。

 

「はい、ここで両者謝る! これで解決!」

「え、あの、その?」

「ちょっと天原、私はまだ、全然納得――――」

「二人がお互いに謝らない場合。俺はこれから号泣しながら、廊下を走り回って、同級生の女子に襲われたぁ! と叫びまわってきます」

「「なにそれひどい」」

 

 提示されたのは、あまりにも強引な解決法。

 脅しの方法も、むしろ、天原が喰らうダメージの方が多い。しかし、こいつは実際に躊躇わず実行する馬鹿であるというのは、出会って間もない京子でも理解できていた。

 だから、そう、誰かに強制されての謝罪なんて、本当の謝罪じゃないと思うけれど。

 

「…………ごめんなさい、七海」

「…………ごめん、ね。京子」

 

 とりあず、京子と柊――七海は謝った。

 ぎこちなく、お互い、伺うように、謝罪の言葉を口にして…………気づくと、ぽろぽろと両者の目から涙が零れ落ちていた。

 おかしい。

 こんなはずじゃなかったのに。

 こんな。こんな展開で、全裸のよくわからない馬鹿に促されたからって、こんな、簡単に胸がざわざわして、泣いてしまうなんて。

 

「ごめん、ごめん、ごめんっ! ごめんね、七海ぃ! 私、私馬鹿で! 何も考えずに、あんな、あんなひどいことを!」

「…………ううん、違うよ、京子。私だって、ひどいことを言った。八つ当たりで、ずっと、ずっと。ひどいことをしようとした」

 

 涙と共に、ずっと胸につかえていた言葉は溢れ出した。

 互いに抱き合って、ひどい顔で、涙とか鼻水が止まらなくて。

 

「やれやれ、これ以上は野暮だな」

 

 そして、全裸の馬鹿が格好つけて――――全裸のまま、廊下に出て、教師の人たちに見つかって、壮絶な追いかけっこが始まると、私たちは思わず、不細工になった顔を見合わせた後、揃って大声で笑った。

 

「馬鹿だね、あの人」

「うん、すっごい馬鹿なんだ、あいつ」

 

 こうして、京子と晴幸のファーストコンタクトは終了する。

 その後、七海と一緒に学校に通うために――それに、あの馬鹿ともう一度会うために、京子は両親へ真剣に頼み込んで、全ての事情を洗いざらい吐いて、受験先を変えたいと言った。

 当然、とてつもなく怒られたし、色々言われたりもしたのだが、最終的には京子の熱意が認められて、希望通りの学校へ受験して、合格した。

 そして、入学直後。

 思わぬ運命の偶然で、かつて出会った馬鹿と席が隣同士になり、柄にもなくドキドキと恋とか、青春の始まりを感じてしまった京子であるが、

 

「俺の名前は天原晴幸! 東北の大地で培った野性味あふれるパワーが持ち味の、ナイスガイさ! 今後ともよろしく!」

「…………ああ、よろしく、馬鹿野郎」

「ええっ!? 初対面なのに罵倒された!?」

 

 当の晴幸がすっかり、京子の顔を忘れ――健康的になり、入学当初はものすごく身だしなみに気を遣った美少女だったことが原因――とぼけた挨拶をしてきたので、そういうロマンスは瞬く間に破壊された。

 その後、なんやかんやで二人が共に窮地を乗り越えて、互いに相棒として認め合っていくのだが、それはまた別の話である。

 

 

●●●

 

 

「だから、もう大丈夫だ、私。弱い、私。私の弱さは、あの馬鹿が背負ってくれているから、だから! あいつの相棒であるために! 私は、理想の先を目指す!」

《――――ならば、半身である我が応えよう》

 

 

●●●

 

 

「――――ペルソナぁ!!」

 

 現実に戻った京子の口から、力ある言葉が紡がれる。

 甘ったるい微香を切り裂くように、京子の半身が形を得て、ヴィジョンとして顕現する。

 

《我は汝。汝は我。汝の心の海より出でし者。幾千の呪言を超え、祝福を与える者、【イザナギ】。共に、滅びを超越し。先を目指さん》

 

 それは、身の丈ほどの巨大な太刀を背負う偉丈夫だった。

 何故か、その身を覆うのは学生服であり、その顔には強面の骨の仮面が付けられていて、誰かを連想させるが、京子自身は全く気付かない。

 ただ、その両目は静かに、倒すべき相手へと向けられている。

 

「情報提供、感謝するぜ。んじゃあ、後はついでに身柄を拘束だ」

「――――なめ、るなぁ!!」

 

 だが、狐面の少女はイザナギの迫力に負けていない。

 ぐっと仮面の奥で歯を食いしばり、眼前のペルソナから発せられる圧力に抗うように、自らの半身へと必殺の命令を下す。

 

「チェフェイ! 骨すら溶かす、毒の息吹を!」

 

 命じた直後、可愛らしい童女の姿だったそのペルソナは姿を変じて、社務所を破壊して巨大化し、身の丈五メートル以上の怪物へと成った。

 九つの尻尾を持つ、黄金の毛並みの化け物。

 九尾の狐。

 討伐され、意思となり果てたその後でも、毒の呪いをばらまき、周囲に殺戮をばら撒いた大妖怪。

 それが放つ、灰色の息吹は確かに、生きる者たちを腐らせ、溶かし、苦しみのまま絶命に至らせることが出来るだろう。

 ――――相手が、イザナギでなければ。

 

「イザナギ」

 

 静かに紡がれる言葉。

 それだけで、イザナギは毒の息吹を受け止めていた。

 灰色の息吹は、イザナギが手をかざした瞬間、まるで空間が止まったかのように制止する。

 

「なん――――そう、か。イザナギだとしたら! 原初の! イザナミの呪いすら――――」

「禊払え――――黄泉帰り!!」

 

 そして、超越を示す返し風が、振るわれる。

 思い描くのは、晴幸……から貸してもらったエロゲー主人公の技。どんな困難でも、越えて見せるという近いと、覚悟の証明。

 振るわれた太刀と共に、曙光の如き、煌めく烈風が灰色の息吹を切り裂き、消し飛ばす。

 過去も、罪も、罰も。

 全て、背負って、越えて行くのだと叫ぶが如く。

 

「…………見事、です」

 

 その一撃は、狐面の少女に与えられていたワイヤードの空間を全て切り裂き、破壊して、現世へと強制帰還させた。

 さながら、かつての晴幸がやって見せたように。

 だが、晴幸のように力の加減が出来なかったのではなく、むしろ。全力を振り絞って、晴幸の技に追いつこうとした結果として。

 

「へっ、どんなもんだよ?」

 

 ワイヤードが崩壊する直前、誰に見せるでもなく浮かべた京子の笑みはきっと、何処かの馬鹿へ向けられていたのだろう。

 

 

●●●

 

 

「………………いや、よく考えたら狐面で巫女服の女の子を背負うジャージ姿の女って、かなり奇天烈だよなぁ…………つーか、暑い、夏場にこれは暑い」

 その後、無事に現世に戻った京子は、戦利品である狐面の少女を背負い、一時、帰路に付くこととなった。

 初めての戦闘。

 初めての覚醒。

 晴幸が軽々とこなしたそれは、京子にとってはかなりの疲労を伴うものだったが、構わない。例え、強がりだったとしても、相棒として並び立つのであれば。無理の一つや二つ、鼻歌交じりにやって見せなければ。

 ただ、そんな豪傑の如き京子が、今回の戦いで後悔していることがあるとすれば、一つだけ。

 

「…………あ、ドクターペッパー買い忘れた」

 

 彼女にとっては割と大切で、世間一般的にはどうでもいいような用事を、うっかり忘れてしまったことぐらいだった。



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第27話 敵対していた巫女さんを捕まえたらやることなんて、俺は一つしか知らない

 玲音が用意してくれた直通便は、なんというか、あれだ、ゲームにおけるワープゾーンみたいな役割を果たしてくれた。何せ、テレビやパソコンのディスプレイに手を突っ込むだけで、ワイヤードを介して、目的の場所に辿り着けるのだから、らくちんだ。

 

「う、うぇっ……と、トイレどこぉ……」

「美しくない映像が、脳髄に、叩き、こまれて……」

 

 もっとも、この移動には適性という物があるらしく、直也と鴉さんは共に重度の乗り物酔いを発症したような有様で、すぐに倒れこんでしまったのだけれども。

 帰ってくる場所を、自宅に指定してもらってよかった。そうでなければ、約二名がそのまま吐しゃ物まみれになってしまうところだったぜ。

 しかし、あれだ。

 こんなに早く帰ってこれるのなら、最初からやっていただければ助かったのですが、玲音さん?

 

「シリアル」

「はいはい、分かったよ、もう。んじゃあ、京子の部屋にワープして、帰還を知らせてから、一緒に買いに行こう」

「ん」

 

 まぁ、この手の事を玲音に言っても無駄だ。

 玲音はあれだ、気まぐれな山の天気みたいなものである。こちらの都合であれこれ言っても仕方ない。お願いを聞いてもらえる時はお願いして、ギブアンドテイクで答える。そんな健全な関係をこれからも保っていきたいと思います。

 ともあれ、まずは帰還の報告である。

 メールやラインで知らせてもよかったのだが、玲音曰く『すぐバレる』とのことだったので、ネットを介さぬ方法で、直接会いに行くことに。

 うん、僅か数日だったけれども、親友である京子と離れて寂しかったことだし、早いこと彼女のキレッキレのツッコミボイスが効きたいぜ。

 あ、ちなみに鴉さんと直也は自宅でお留守番です、はい。どうにも、あの移動は今のところ、俺と玲音以外だと、負荷が大きいみたいだからね。

 

「…………あっ」

「…………えぇ」

 

 と言うわけで、京子の家にノーアポで突撃した結果、俺が見た光景というのは、ベッドの上で、狐面を被った巫女服の女の子の衣類を脱がせている途中の親友の姿だった。

 京子は、いきなりパソコンのディスプレイから出現した俺の姿に驚き、固まる。

 俺もまた、交流関係の中では生粋の真人間だった京子の奇行に、驚き、固まる。

 

「…………変態」

 

 ただ、玲音だけはいつもの調子でエロ判定に厳しく、京子に侮蔑的な視線を向けていた。

 

「ち、ちがっ! これは違うんだ、玲音ちゃん! つーか、馬鹿テメェ! アポなしで来るなって、何度言えばわかるんだ!? よりにもよって謎の技術で、私の部屋の中にワープしてきやがって! 私がえ、エッチなことをしていたらどうするつもりだったんだ!?」

「落ち着いて聞いてくれ、京子。現状、既にその想定を上回る被害を君は受けている。あの、というかですね。昏倒レイプで、その、仮面を被った巫女さんをレズエッチするってのは、その、業が深いね、君も」

「違う!!」

「大丈夫、大丈夫、お前一人だけを犯罪者にしない――――3Pだ!!」

「死ねぇ!!」

「変態」

 

 俺としては、精一杯の慰めを京子に向けたみたいだけれども、良くなかったらしい。おかしいなぁ。例え、お前とならばどんな罪でも背負って生きていけるぜ! と格好良く告げたつもりだったのに、性欲が俺の考えたかっこいい台詞を凌駕してしまった。

 まぁ、その結果、京子と玲音の二人に踏みつけられるという、定番のやり取りができたので、良しとしよう。

 

「それで京子。その異能伝奇モノのエロゲーに出てきて、凌辱系だったら触手に捕まってそうな人はどなた?」

「例えが悪い!」

「学園伝奇ジュブナイルに登場して、意味深な言動を残して、最終的には主人公に体を許す系の巫女さんはどなた?」

「…………はぁ、もういい。こいつはな、その」

 

 京子はちらり、と玲音に視線を一瞬移した後、ため息と共に説明を始めた。

 

「ナイツだ。私たちを襲ってきた奴と、同種の奴が、私を襲ってきたんだよ。なんかこう、人質にして、お前らを従わせようとする計画、みたいな?」

「なんて卑劣な! 俺がその場に居たら、即座にR指定だぜ! エロい意味で!!」

「お前がその場に居なくてよかったよ、晴幸。でもまぁ、あれだ。お前と違って賢い私は、大人しく人質になったと見せかけて、出来る限りの情報を引き出して…………その上、お前と同じペルソナ能力に覚醒して、こいつを撃退したんだ。どうだ? 凄いだろ」

「流石、俺の親友! 相棒ぉ! 天才! 無敵! 美少女!!」

「やめ、やめろ……そういう褒め方をするのはやめろ……」

 

 誉めて欲しそうにしてたから、思いっきり褒めるとすぐに照れるなぁ、京子は。

 実際、とても凄いことをやって見せたのだから、素直に胸を張ればいいのに。

 …………うん、やはり何度考えても、俺の相棒は京子以外考えられないな。傍に居なくても、ここまで信頼できる相手というのは、俺は他に知らない。

 実際、直也とかの場合は勝手に悪落ちしてたりしたしなぁ、んもう。俺と出会う前に悪落ちするなよなぁ、対処が追いつかなくなるだろー。

 

「ん。あ、ん…………ここは?」

 

 などとほのぼのとしたやり取りをしていると、巫女さんが起きた模様。

 仮面をつけているから分かりにくいが、声を出して、よろよろと起き上がろうとしているので、意識は覚醒に向かっていると見ていいだろう。

 

「あ、拘束するの忘れてた」

「京子のうっかりガールめ!」

「うっせぇ! 汚しちゃった巫女服を着替えさせてからじゃないと、可哀そうだと思ったんだよ!」

「京子のフレンドリーガールめ! そこが好き!」

「ありがとうよ!」

 

 京子と俺は、漫才の如きやり取りをしつつも、共に素早く行動を開始。

 まだ完全に覚醒しきっていない巫女さんを、京子が抱き着いて拘束。体重を思いきりかけた抱き着きなので当然、巫女さんは呻きながら手足をばたばたさせることしかできない。そこに、この俺が床下に転がっているコードの類を拾って、素早く拘束。手足に痕が残ってもまぁ、それはそれでエロスだよね、という気持ちを込めて、巫女さんの動きを封じる。

 

「…………お前、はっ! 天原、晴幸ぃ!!」

 

 なお、動きを封じた結果、物凄く怨念が籠った声で名前を呼ばれてしまう俺である。

 え? なんぞ? 過去に俺に家族でも殺されたの? 今のところ、俺にはそういう記憶とかは無いんだけれども。

 

「んー、京子、俺の名前を教えた?」

「いいや、最初からお前の名前は知っていた…………ナイツとやらの情報網か、それとも、何か、お前に個人的な恨みを持っているか、だ」

「いーや、全然記憶にない。触れるもの皆、幸せにしていくこの俺だぜ? 多分きっと、何かの逆恨みだと思う」

「だよな」

 

 うんうん、と俺と京子が頷き合っていると、何故か、巫女さんがさらに激昂する。

 

「貴様らは! 貴様らはいつもそうだ!! 天原家ェ!! 葛葉の傍流にして! 自由を認められた、唯一の例外ぃ!! わかるか!? わかるか!? 他の傍流が、どれだけ、貴様らを疎ましく、羨ましく思っていたのかを!」

「知らないですがー?」

「私は! 幼い頃から、訓練に訓練を重ねて! 悪魔を祓う生業を務めようと……それが! それが! 一度の失敗で、私は剥奪された! 悪魔を討つ事はもう、許されていない! 何が、 何が、『恨みを持つ者は悪魔に飲まれる』だ! ふざけるな!!」

「あの、すみません。俺には関係のないことでは?」

「お前は! お前は覚えていないかもしれないが! 私は覚えている! あの、あの能天気そうな顔を! 一族の集会で! あの、あの葛葉の者にすら、敬意を持たれているお前たちの血族と違って、私は、私たちがどれだけ惨めで……」

「あ、おいおい、玲音。駄目だぞ、ちゃんと京子の許可を貰ってからじゃないと。スナック菓子ならともかく。ドクペはこいつの命だからな」

「ん、京子、いい?」

「あー、待て待て。冷蔵庫に冷やしたのがあるから、そっちを持ってこよう」

「――――無視するなぁ!!」

 

 俺と京子と玲音が会話していると、巫女さんは泣き叫ぶような声で抗議する。

 こっちを向け、と。

 

「…………ええと、巫女さん。そもそも、俺は君の名前も知らない。顔もわからない。多分、聞いても知らない。見ても気づかない。そんな相手の恨み言なんざ、わざわざ聞く価値があると思うか?」

「――――だったら、仮面を剥いで、見ろ。私の、目を見ろ。お前を睨む、私の目を、見ろ。それでも、覚えていないというのならば、私を好きにするがいいさ」

 

 はぁ、と俺はため息を吐いて、肩を竦めた。

 京子もまた、喧しそうに眼を細めた。俺が名前を憶えていないということはつまり、本当に関わりのない人間であるということを知っているからこその反応だ。

 そうだ、俺は馬鹿ではあるが、友達やかつて共に遊んだ仲間を忘れることはない。

 もしも、忘れているとしたら、それは、一度も言葉を交わしたことがない相手ぐらいだ。

 けれども、それでも、もしも、何かしらの原因で忘れていることがあるかもしれない。

 昔、美少女に立てたフラグが今になって、回収されに来たのかもしれない。

 そんな、淡い希望を抱きつつも、俺は巫女さんの仮面を外した。

 

「――――どうだ、思い出したか?」

 

 京子は細めた目を見開いた。

 玲音は、こちらにまったく興味を示していない。

 俺は訝しむように、その仮面の下をよく観察した。

 狐の面が隠していた顔は、その左目から頬、顎の下まで三条の爪痕が刻まれた痛々しい物だった。加えて、その傷跡は中途半端に無理やり治したのか、左半分の肉がいびつに歪んでいる。右半分の顔が、涼やかな大和撫子を連想させる美しい物だからこそ、その痛々しさは際立っていた。

 …………ふむ? いや、マジで誰?

 

「え? ヒント頂戴」

「…………は、ははは、この顔を見ても、その反応か。ならば、『葉隠』の者と名乗っても、分からないのだろうな?」

「え? 居た? 葉隠れの爺様は知っているけど、え? 居た? 待って、一族の集会でしょ? 正月の集まりでしょ? …………待って、いつ頃まで参加してた?」

「……………………参加したのは、三年前のと、五年前の二度だ」

「その時、こんな感じの顔だった?」

「この顔になってからは、醜いからと許されていない」

「ごめん、割と何百人も人が集まるから覚えていないわ。つーか、挨拶もしてないだろ? 俺、全員の挨拶が終わったら、ガキどもを集めて、TRPG大会やってたから。そこに参加してないともう、知らん」

「は、ははは、そうだな、結局、私の、私の独り相撲…………恨む相手は、歯牙にも……はは」

 

 巫女さんは乾いた笑みを浮かべると、ボロボロと涙を零しながら脱力した。

 京子が、なんとかしろよ、お前、みたいな目で見てくるのだが、流石にこれはどうしようもない。逆恨みってレベルじゃなくて、関りすら皆無だったもん。

 

「好きに、するがいいさ。こんな、醜い私でよかったらな」

 

 脱力した巫女さんは、何故こう、人生諦めモードである。勝手に因縁を付けてきて、勝手に心が折れるとかよくわからない人だなぁ、もう。

 でも、ここで放置するわけにはいかない。何故なら、京子がしきりにアイコンタクトで『どうにかしてやれよ』と伝えてきているからだ。

 や、正直、どうでもいい相手なのだが、親友である京子の頼みならば、仕方ない、ふぅ、本当に仕方ない。やりたくないんだけど、仕方ないなぁ、ほんと。

 

「おい、よくわからんが自分を蔑ろにするんじゃない。そんなことを男の前で言ったら、酷い目に遭うぞ? 良いのか?」

「は? この私を、お前が? この醜く、汚れた私が? 平和な世界で生きてきたお前が、どうするっていうんだ? やれるものならやってみろ!」

「よし、言質とったぞ」

「え?」

 

 親友からの頼み。

 当人からの言質。

 そして、ここ最近性欲処理がろくに出来なかったことによる性欲の増大。

 後から思い返せば、これから起きた悲劇というのは、それら三つが合わさった結果、生まれてしまった物なのかもしれない。

 

「ぐへへへ、敵に捕まった巫女の末路なんざ、エロゲーでは一つだけよ! 即ち、凌辱!」

「ふ、ふん……そんな口ばっかりな――」

「べろんっ」

「ひあっ!?」

 

 手始めに俺は、巫女さん自身が嫌悪していた傷跡を舐めた。べろりと、容赦なく舐めて、ふへへへ、と欲情に駆られた声を出す。

 

「な、なんっ、何を!?」

「俺の性欲を甘く見たな、巫女さんよぉ。俺くらいの性欲の持ち主となれば、その程度の傷跡なんざ、ただのスパイスよ。性欲を盛り上げるだけの調味料だ。おまけに、元が良いから、余計に興奮するぜぇ」

「へ、変態! 変態!」

「おいおい、どうしたぁ? 汚れているんだろぉ? やれるものなら、やってみろ! って君が言ったんだぜぇ? 大人しく受け入れなぁ」

「ひぃ!」

 

 巫女さんが喉を絞られたような悲鳴を上げて、もがく。けれど、拘束で動けない。芋虫のようにもがくけれども、すぐに俺に圧し掛かられて逃げられなくなってしまう。

 その途中、何度も京子から『殺すぞ?』という視線が送られてくるが、待って欲しい。

 そう、何も本当に巫女レイプを始めるつもりはない。

 俺がイケメンであったのならば、『君は醜くないし、汚れてないよ』と良い感じの台詞で説得できたかもしれないが、残念ながら俺はただの強面の高校生。おまけに、相手からはなんか恨まれているという悪環境で、説得なんてできない。

 故に、脅すのだ。

 絶望を上回る恐怖を与えて、生存本能を刺激、生きるという意思を復活させる。

 多少荒療治ではあるが、ほぼ他人の俺が、この巫女さんに出来ることなんて、これぐらいだ。

 

「ぐへへへ! ぐへへへ!」

「やめ、やめて……いやぁ! 来ないでぇ!」

「好きにしろと言ったのは君だろう? ならば、好きにするさ! ハードエロ同人誌のようにな! ははは! 君はこれから、たっぷりと俺に凌辱された上に、カニバリズムされて人生の幕を閉じるのだ! ひゃはははは! 変態の腹の中に納まって終わる人生だぁ! ほら、素敵だなぁ! ――――がぶぅ!」

「ひあっ」

 

 そんなわけで、巫女さんを押し倒して真っ白な首筋に噛みつく俺。気分は吸血鬼か、畜生である。もちろん、本当に噛み殺すなんて野蛮なことはしない。ただちょっと、傷跡が付くかもしれないなぁ? ぐらいの力加減で噛めば、後は勝手に相手が勘違いしてくれる。

 何せ、人間噛み千切られるぐらいの痛みなどわからないので、『本当にするかもしれない』と思わせてから噛みつけば、『噛み殺される!?』と錯覚するのだ。

 あ、ちなみに押し倒してはいるものの、可能な限りエッチな部分には触っていません。それをやらかすと、途中で玲音と京子に蹴られて中断してしまうからです、はい。

 

「がぶがぶ、じゅるじゅる」

「いやぁ……いやぁ……死にたくない、私、死にたくないよぉ……こんな死に方、嫌だよぉ」

「がぶぅ!」

「殺さないで……殺さないで! お願い、私! もう逆らわないから! お前に、貴方に逆らわないから! ちゃんと従うから! 全部言うこと聞くから! だから!」

 

 …………ここまで命乞いされると、心が痛むなぁ。欲情もするけれど。ついでに、首筋に噛みついているので耳が痛い。というか、あれだね。女の子の肌を噛みついて舐めてみても、特に美味しいとか感じないので、俺にはカニバリズムの才能が無いのかもしれない。

 よかった、才能が無くて。

 ともあれ、だ。ここまで命乞いの台詞を引き出せたのなら、脅しはここら辺でいいだろう。半端に絶望して自棄になられているよりは、惨めだろうが、生き抜こうと命乞いする奴の方が、まだ心は立ち直っているからな。

 さて、後は噛みつきを解除して、いい加減、京子に蹴られる前に押し倒した状態から解放しないと…………って、んん?

 

「あ、あははは、私、私ぃ、こんなになっても、汚れていても、生きていたいんだぁ……」

 

 じんわりと、下半身から感じる生暖かい熱の放流。

 それはじわじわと広がっていき、段々と熱を失って冷たくなっていく。

 …………ふむ、どうやら脅しすぎてしまい、巫女さんの下半身のセーフティがこう、決壊してしまったらしい。

 俺は爽やかな笑みを浮かべて、横に居る京子へ視線を向けた。

 京子もまた、不気味なぐらい爽やかな笑顔だった。

 

「ごめん、やりすぎちゃった」

「あはは、許せねぇぞ、馬鹿」

 

 俺は京子に蹴り倒されて、びちゃびちゃのベッドへと倒れこむ。

 どうやら、俺はまた、玲音に頼んで自宅に着替えを取りにいかないといけないようだ。

 …………後は、うん。女性用の下着も、買っておかないとなぁ。



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第28話 敵は、誰だ?

・フラグメント4

 

●とある研究員たちの会話

 

「ナイツの損耗が激しいらしいな」

「ノイズ人間はいくらでも補充が効くとはいえ、ナイツが消えるのは痛い。だが、心配は不要だ。あのお方と、『円卓の騎士』たちが居る限り」

「ああ、ナイツ(騎士)の上位存在、『円卓の騎士(ナイトオブラウンズ)』が存在している限り、私たちは不滅だ」

「それに、何より、あの方がいらっしゃる」

「そうだ、あの方の力は本物だ」

「まさしく導師。我らを新世界へと導く方」

「何も不安に思う必要などは無い」

「そうだ、ただ、我らが神を迎える準備をすれば――」

「ちぃーっす、先輩方ぁ! あ、まだこんなところに居たんっすか? 駄目っすよ、逃げないとぉ! つーか、相変わらず陰気なやり取りっすね! 新世界とか、マジでウケる、ぷぷぷ」

「加藤ぉ! お前、加藤ぉ!」

「有能だから見逃していたけど、今の発言は不敬だぞ、おい!」

「やー、不敬も何も、明日から俺たち全員、住所不定無職になるんっすから、別に。あ、偽装工作はするだけ時間の無駄なんで。とりあえず、アメリカあたりを目指して高跳びしましょう。現地のメシア教には取次しておいたんで」

「…………え? 加藤。何者?」

「有能過ぎると思っていたけど…………というか、え? なんで住所不定無職?」

「葛葉ライドウが動きました」

「…………葛葉? え? あれが?」

「マジで? え? いつバレた? え? うっそぉ」

「円卓の騎士? という人たちも全部斬り殺されたみたいっすよ、ゴミみたいに。あ、映像記録残ってますけど、後で見ます? すげぇっすよ、相手の台詞を全く聞かずに、RTAでもやってんのか、ってぐらいに的確にぶち殺してきて。あ、ちなみに『あの方』はもう雲隠れしたみたいっす。まぁ、『あの方』にとって、俺たちは代替可能な存在っすからねぇ。計画も、『岩倉玲音』さえ存在していれば、極論、あの方とワイヤードがあれば実現可能ですし」

「に、逃げていいと思う? 加藤。後で殺されたりしない? 自殺者みたいになったりしない? 人類の集合無意識を使っているから、何処へ行っても逃げられないと思うんだけど」

「権限の一部ぐらい、ハックしているんで問題ないっすよ、逃げるだけなら」

「加藤、有能…………そんな有能な加藤が、なんで私たちを助けてくれるの? え? そんなに好感度高く無かったよね?」

「や、俺はあれです。ぶっちゃけ、中年おっさんの研究員とかはどうでもいいんっすけど。こう、三十路に差し掛かった、拗らせた系処女研究員の女の人とか大好物なんで!」

「下心ありまくりだ!」

「むしろ、下心しかないぞ、こいつぅ!」

「や、処女食わせてもらったら、それだけでいいんで。あ、流出させないんで、動画に残してもいいっすか? コレクションに加えたいんっすよ」

「変態だ!」

「有能な変態だ! くそ、なんで有能な奴に限って変態が多いんだ、この世界! もう嫌だ! あの方が上手いこと新世界を作ってくれればいいのに」

「…………いや、どうっすかねぇ。ぶっちゃけ、俺の見立てでは『あの方』って結局――」

 

 

●とある殲滅

 

 最初に言っておくのならば、彼に慢心も油断も存在していなかった。

 例えば、そう、あれだ。よくあるRPGのように、徐々に弱い敵からぶつけていって、相手に余裕を持たせるみたいなやり方はしていない。

 先手必殺。

 考えうる限りの、最大戦力を持って、最初の一手で敵を討ち滅ぼす。

 そのために、彼は罠も張ったし、戦力だって十分すぎる程用意した。

 円卓の騎士。

 ナイツの中でも、最上位の者に与えられる定員制の称号。

 一人につき、最低、一柱の主神クラスのペルソナを持つ強大なる信者たち。

 無論、力に応じて癖は強いが、彼らが結集すれば、一夜で小国ならば…………いいや、ワイヤードの権能を十全に使いこなせれば、例え、大国に位置する国家でさえも、乗っ取りが可能であると試算していた。

 そう、仮に、『天原晴幸』という、彼が今、もっとも頭を悩ませているイレギュラーでさえも、この戦力ならば、圧殺可能であると考えていたし、事実、埒外の馬鹿でさえも、それほどの戦力が整えば、戦略的撤退を選ばざるを得なかったかもしれない。

 加えて、彼が用意した罠は秀逸だった。

 肉を切らせて、骨を断つ。

 極めて迂遠に、葛葉の組織へ、重大な情報を管理している施設の場所をリーク。無論、このリークを知っているのは、円卓の騎士を除けば、彼だけ。優秀な研究員と、情報を囮に使って、致命傷にならない程度の負傷を覚悟して、彼は本命を呼び寄せた。

 ――――葛葉ライドウ。

 当代最強と謳われる、恐るべき護国の鬼。

 目下、最大の障害とされる存在を討ち取るべく、彼はワイヤードの権限を可能な限り使い、障害をワイヤード内に捉えた。まず、前哨戦として数多のノイズ人間……しかも、かなり改造を施した者を配置して、敵戦力を削り、そこにさらに、円卓の騎士を集結させて、圧倒的な火力で敵対者を討ち滅ぼす、そういう算段だったのだ。

 

「抵抗を確認――――これより、殲滅を始めます」

 

 結果から言えば、その算段は何もかも無駄だった。

 葛葉ライドウ…………『彼女』が、軍刀を振るうたびに、屈強な悪魔や天使の群れが、まるで紙屑のように斬り散らされていく。

 その癖、ナイツ側の攻撃は全く当たらない。

 円卓の騎士たちが、互いの犠牲を厭わず、広範囲高火力の攻撃を放った際も、何故か、無傷。その直前に、前転していたが、まさか、それだけで回避したというのは、いくらなんでも道理が通らない。道理が通らないが、そもそも、葛葉ライドウというのは、無理を通して、道理を砕く存在だ。

 少なくとも、ある一定の時期から、葛葉ライドウとはそういう存在となったのだ。

 百鬼夜行を切り捨てて。

 神魔混沌すらも、踏み砕き。

 人外魔境を闊歩する。

 それが、葛葉ライドウだった。

 神々ですらも切り伏せる護国の鬼。

 故に、主神クラスの力を得ていたとはいえ、『戦士』ではなかった彼らに抗う術はなく、誰しも皆、平等に、雑草でも刈り取るかの如く全滅させられた。

 葛葉ライドウには、傷一つ、付けることすらできずに。

 

「…………外れ、ですか」

 

 ただ、この殲滅の結末は勝利でも、敗北でもない。

 葛葉ライドウは、ナイツの大部分の戦力を滅ぼした。

 橘総研は既に、死に体。

 組織としての体裁は既に崩れ、放っておいても自滅するだろう。

 だが、それでも、『お父様』と呼称される黒幕にして、教祖は、葛葉ライドウの刃から逃れられている。

 その理由は実に簡単。

 そういう最悪を予想し、備えていただけ、ということ。

 何故ならば、彼には覚えがあるからだ。全身全霊を込めて、万全を期しても、なお、どうにもならない絶対の力という物を、体感しているからだ。

 だからこそ、彼は圧倒的な戦力を用意しながらも、敗北した場合の事も考えていた。

 いや、そもそも、彼は戦場にすら立っていない。わざわざ、葛葉ライドウの前に、何の対策も無しに立つほど馬鹿ではない。

 最初に言っていた通り、彼は油断も慢心もしていなかった。

 それ故の生還である。

 もっとも、黒幕が逃げたところで葛葉ライドウの手が止まることは無いのだが。

 

「…………ふむ、なるほど」

 

 葛葉ライドウは恐るべき力を持った、護国の鬼だ。

 例え相手が、神聖なる全知全能だったとしても切り伏せるだろうし。魔界の深奥に潜む、魔王どもですら目を合わせないほどの埒外の力を持つ、理外の化け物だ。

 けれども、それだけならば、まだどうにかなっていただろう。

 ある種の災害として、『仕方ない』と諦めるそんな存在となっていただろう。

 だが、葛葉ライドウは、違う。

 

「当面、岩倉玲音というアバターを殺せば、問題ありませんね」

 

 葛葉ライドウは残された資料をざっと斜め読みして、問題を理解。コンピューター内部に残されていた情報を瞬く間に解析し、問題を解き明かす。

 前者は、単純なる技術として。

 後者は、グレムリンという悪魔を使役した結果として。

 ほぼ最速で、無駄なく、状況の核という物を見定めたのだ。

 即ち、殺すべき存在を見抜いたのである。

 これこそ、葛葉ライドウの根幹に位置する、『状況解決能力』だ。どれだけの難事であろうとも、素早く本質に迫り、最短の手筋で問題の核を穿つ。

 殺すべき相手が、年端もいかない童女の姿をしていたとしても、なんの躊躇いもなく。

 

「では、探索を開始します」

 

 葛葉ライドウ。

 かつて、多くの人々を救い、数多の悪鬼羅刹を退けた守護者としての異名は、今は、別の者に継承され、守護者としての名を貶められていた。

 守るために戦うのではなく、先んじで殺す。

 疑わしきは殺すし、立ちふさがれば、容赦なく微塵も残さず滅する。

 それが、効率的であるのならば。

 一人でも多くの、国民を守るためならば。

 時に、善悪すらも超越して、その『鬼』は刃を振るうだろう。

 これが、当代の最強だ。

 守護者としての在り方を外れた、埒外の化け物。

 殲滅者・葛葉ライドウである。

 

 

●とあるベルベットルームでの会話

 

・一代目ワイルドと老人の会話

 

「…………ねぇ、イゴール」

「なんでございましょうか、玲音様」

「アリスは、大丈夫かな? 一人で、寂しくないかな?」

「さて、それは『彼』次第でございます。人の縁とは複雑怪奇な曼陀羅の如く。悪縁も良縁も、人を表す一糸なのです」

「むぅ、難しいよ」

「良いこともあれば、悪いこともあるでしょう」

「そっか。なら、私、頑張らなくっちゃね」

「…………貴方様の答えが、例え、どんな物であろうとも、我々は肯定しましょう」

「ありがとう。でもね、決めたんだ…………偽物の神様なんかに、私のセカイはあげられない。だから、例え、『還る』ことになったとしても、私は頑張るよ」

 

 

・二代目ワイルドと主人の会話

 

「フィレモン。決着は、近いのか?」

「ええ、そろそろですよ、アリス。貴方が、築いてきた絆が、必ず、貴方の助けとなります」

「…………俺を、アリスと呼ぶな。嫌いなんだ、そのあだ名は。そもそも、ぶっ飛んでいる。男にアリスなんて、あだ名なんて」

「そうですか。けれど、『アリス』でなければ、あのワイヤードを自由に闊歩することはできません。その理由は、ご存じでしょう?」

「……ちっ、分かっている。忌々しいが、仕方ない。身内の恥だ、身内が濯ぐ」

「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

「ふん、何故アンタが謝るんだ?」

「…………さて、どうしてでしょうね? そうしなければならないと、私は思ってしまったのです」

「――――なぁ、フィレモン。いや、『偽りの主』よ。俺は、勝てるか?」

「分かりません。愚者は既に、我が従者である『イゴール』すらも取り込んでいます。勝算は、良くて五分五分でしょうね」

「そうか。なら、まぁ、まだ良い方だろう………約束、守れよ。この件が片付いたら、アンタは俺の絵のモデルになる」

「ええ、約束は守りますよ。なので、帰ってきてくださいね?」

「ああ、当然だ」

 

 

・主なき部屋での独り言

 

「切り札は敗れ、来るべき終末を避ける術は無い。それでも、それでも、先を望む者よ、心するがいい。前途は多難。数多の試練が、貴様を襲うだろう。だが、それでも、なお、前に進むという馬鹿が居るのであれば、俺の下にまで来るがいい。生憎、切り札なんて、上等な代物は持ち合わせていないが、『イカサマ』の一つぐらいは教えてやるさ」

 

 

 信者は夢破れて。

 愚者はなお、先へ進む。

 殲滅者は、終末への道を断ち切らんと刃を振るうだろう。

 だが、刃では『洪水』は止められない。

 全てが、覆される前に。

 虹がかかる前に。

 

 ――――そのlain(雨)の意味を変えろ。



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第29話 いつの間にか、壊滅していた敵対組織

「状況を整理するぞ」

 

 集まった場所は、俺の自宅。

 無駄に広い居間で、俺と玲音、京子に直也、鴉さん。後は、ジャージ姿に狐の仮面を付けた、ローテンションの捕虜一名という面子で作戦会議を行っていた。

 

「現在、私たちが敵対している組織の名前は『ナイツ』。これはまず、確定。ナイツっていうのは、とある『神』を信奉して、その神の力で、世界の改変……いや、リセットだっけか? それを望む、頭のおかしい奴らの集団。んで、『お父様』や『あの方』って呼ばれている、ペストマスク姿の、よくわからない怪人が、首魁というか、教祖みたいな感じ。んでもって、そいつらは、ええと…………その神のアバターである玲音ちゃんを取り戻そうとして、何度も私たちを襲ってきた。それで、良いよな? 屑一名、捕虜一名」

「…………うん」

「…………はい」

 

 敵対組織に居たところを、俺がぶん殴って改心させた直也は、物凄く気まずい顔をしながら、京子の言葉に頷いた。そして、つい先ほど、お漏らしをやらかして、精神に致命的なダメージを負った元巫女さん……ええと、葉隠さん? は、『どうにでもなれ』という投げやりな気分で、虚ろに返事をしていた。

 

「つまり、玲音ちゃんをナイツって組織に奪われると世界がやばいってわけだ。んで、馬鹿」

「あい」

 

 そして、俺もまたジャージ姿であった。

 ただし、何処からか持ってきた荒縄によって体を拘束され、現在は、玲音の椅子として、その役割を全うしている最中であるが。

 

「私が自宅に帰っている間、刑事さんに尋問を受けたんだよな?」

「あい」

「強制的に保護されようとしたところで、玲音ちゃんに助けてもらったんだよな?」

「あい」

「…………それで、玲音ちゃんはその刑事さんの記憶を消した、と?」

「いや、多分、違うよ。あの刑事さんは何らかの対策をしていたのか、最後の方は死んだふりならぬ、気絶した振りをしていたからね。玲音はあの時、寝起きみたいなコンディションだったから、見逃していたかもしれないけど」

「…………」

「おっと、玲音。そんなに何度も俺の体に体重をかけても事実は変わらないし、大して重く無いから大丈夫だぞぉ? むしろ、心地良いまである」

「…………変態」

 

 玲音が侮蔑の視線を俺に送った後、静かに俺を椅子にするのを止めた。

 やれ、どうやら俺は椅子失格だったらしいな。だが、仕方ない。静かに椅子に徹するのも悪くないが、今は大切な作戦会議中、きちんと情報は出していかないといけない。

 

「となると、もう公的機関は動き出していると見ていいか?」

「かもね。結構優秀そうな刑事さんだったし、警察内部にもこういう事件を担当する部署があったから、俺たちが何かをしなくても、勝手に組織壊滅するんじゃない?」

「希望的観測だな、晴幸。こういう状況だと普通、私たちが物語の鍵を握っている場合が……というか、お前だ、お前。明らかに、お前がキーマンだろうが」

「そう?」

「そこの捕虜の話だと、お前が玲音ちゃんの宿主だから、こんなに大人しいって話だぜ? 一応聞くが、玲音ちゃんと一緒に居て、体調の変化は何かないか?」

「ううむ、体調の変化ねぇ」

 

 とりあえず、いつまでも縛られていてもあれなので、ちょっと力を入れて荒縄を引きちぎる俺。ふむ、これくらいは今までも出来ていたから、特に変わったことじゃないな。

 ペルソナ……うん、ペルソナ能力は変わったことだけれど、でも、どちらかと言えば、あれは【ペルソナちゃん】経由のあれこれって感じがしたし。

 ……となると、思いつくのは一つだけだ。

 

「発育不全気味な女の子も、ストライクゾーンに入るようになったんだけど、これは?」

「お前の性癖の話は聞いていない」

「いやいや、待ってくれ、京子。ひょっとしたら、あるかもしれない。玲音の宿主? とやらになった奴は、みんな、そういう性癖を植え付けられるかもしれない! そこら辺、どんな感じなんだ、直也?」

「え、知らないけど……」

「はー、つっかえ! じゃあ、捕虜の葉隠さん」

「ひ、あ、いや……食べないで……犯さないで……」

「勝手に煽ってきて、返り討ちにしたらこの様だよ! 威勢の良かった君はどこに行ったんだよ、もう!」

「ひ、ひえあ……たすけ、助けて……」

 

 すっかり、心が折れているのか、この中で唯一まともそうな京子の後ろに隠れて、縋りつくという有様の葉隠さんである。

 だが、その判断は間違っていない。何せ、京子はこの面子の中では紛れもなく、随一のお人よし。実際、縋りついてきた葉隠さんを仕方なさそうに受け入れて、優しくその頭を撫でてあげている。

 駄目だ、完全に手間のかかる妹を見る目で見てやがるよ。

 

「晴幸、あんまり葉隠さんを虐めるなよ」

「もう虐めてないっての! それより、こいつは元々敵だったんだろ? 前の子の件といい、すぐに絆され過ぎだよ、京子は。裏切られたり、突然、攻撃されたらどうするのさ?」

「避ける」

「俺の拳を避けられるようになってから、言いなよ、そんな戯言」

「じゃあ、お前が守れ」

「命令形…………ま、まぁ、守れと言われれば、守ってあげなくも無いんだけどね! 勘違いしないでよ! 京子だから守ってあげるんだからね! 他の人間にはこんなに優しくしないんだからね!」

「実際、僕を説得するとき、ひどいってレベルの話じゃ――――」

「「黙れ、屑。もうちょっと反省しろ」」

「…………うん」

 

 いつの間にか世界を転覆させようとしていた組織に所属していた悪友を正座させつつ、俺たちは一息吐く。

 情報は集まっている。

 専門的な組織に所属すらしていない学生風情が、よくもまぁ、ここまで敵対者を返り討ちにして、情報をもぎ取れたと、我ながら思う。

 だが、足りない。

 圧倒的に足りていない。

 何を、どうすれば、最終的に状況が解決するのか、ということが。

 世界の改変を防ぐには、どうすればいいのか?

 お父様、とやらを捕えればいいのか? 改心させればいいのか? それとも、ワイヤード自体をどうにかしないといけないのか。

 それとも、それとも…………いや、『その仮定』は無意味だ、やめておこう。

 

「私もペルソナ能力に覚醒して、現状、こちらの戦力は心が折れている葉隠さんを除けば、三人。屑、私、晴幸。その中で、突出しているのは晴幸だ。明らかに、こいつの戦力はちょっと頭おかしい」

「はい、僕も発言をよろしいでしょか?」

「おう、有意義な情報を出せよ、直也」

「ういうい、了解だよ、中島さん。ええとだね、この晴幸の戦力が明らかにおかしいのは、岩倉玲音の宿主だから、という考えが僕らナイツの中にはあったんだけど、それに関して、改めて岩倉玲音と晴幸の関係を眺めてみて、気づいたことが一つ」

 

 直也が正座をしながら、俺と玲音を見比べて、若干、引き気味になりながら、言った。

 

「晴幸ね、搾取されるばっかりで、全然、岩倉玲音からの供給を受けていない。むしろ、岩倉玲音から離れていた方が強いまであるよ」

「え? マジで? え? 俺なんか、絞られているの? こう、エッチな何か?」

「や、生命力的な何か」

「マジで!? 寿命減ってる!?」

「減ってなきゃおかしいんだけど、むしろ、有り余って溢れているというか…………ちょっと、そこのチェフェイじゃなくて、葉隠」

「なんでしょうか、オルフェウスではなくて、結城」

「呪術関係はお前の方が詳しいでしょ? 晴幸と岩倉玲音の現状について、説明お願い」

「…………はい」

 

 流石にいつまでも京子の後ろに隠れているのはバツが悪かったのか、葉隠さんは怯えつつも、俺たちの前に出て、説明を始める。

 

「先ほど、結城が言った通り、我々ナイツは、異常な力を持ったペルソナ能力は、岩倉玲音の宿主だから、供給を受けているのだろう、と仮説を立てていました。けれど、実際は、その、この天原晴幸という人は、搾取はされど、供給は全く受けていません。なのに、円卓の騎士ではないにせよ、戦闘特化のナイツすらも易々と撃破」

 

 ちょっと頭がおかしいというか、ありえないレベルです、と葉隠さんは俺へ怪訝そうな視線を向けている。

 いやぁ、これはあれですかな? 秘められた俺の力が覚醒しちゃったみたいな? まさか、中学生の頃に黒歴史ノートに書き溜めたように、世界の命運を賭けた戦いとか、しちゃうのかね、俺。

 

「いえ、そこそも、おかしいのは岩倉玲音を現世に顕現させ続けられるだけの膨大な心の力を、一人で賄えていること事態が、在り得ません。本来であれば、岩倉玲音に巣食われた者は、全く間に心を刈り取られ、以後は、岩倉玲音の眷属として、自由意思もなく心の力を集めるだけの存在になり果てるはず、というデータが…………少なくとも、二十年ほど前、偽神事件と呼ばれたそれが起きた時は、そういう現象が起こったという事例があったのですが。なんで、一人で平気なんでしょね、この人……こわっ」

「ドン引きするな」

「ひっ、ごめんなさい、食べないで……」

「こら、晴幸! 折角、話してくれていたのに、葉隠さんを脅さない!」

「ごめんなさい」

 

 スタイリッシュに土下座を決めつつ、俺はふと、不思議に思う。

 そもそも、岩倉玲音とは『二十年以上前に起きた、偽神事件、それを解決するために犠牲になった少女の名前』ではなかったのだろうか?

 俺は、土下座からローアングルで葉隠さんを見上げつつも、その疑問について、尋ねてみることにした。ううむ、スカートでないことが残念だがけれども、これはこれで趣深い物だね、ジャージ女子をローアングルから見上げるの。

 

「これは、あくまでも橘総研に残されていたデータから導き出した結論なのですが、元々、岩倉玲音という少女は居なかったのです」

「居なかった?」

「ええ、何故ならば――――岩倉玲音という少女は、最初に顕現した神のアバターへ、偽りの記憶と戸籍を与えて、肉の器に閉じ込めて、人間として育て上げた実験体の一つだからです。そして、先ほど、私が言った『刈り取る者』としての岩倉玲音は別個体です。さらに、二十年前には偽神――英利政美によって主導された実験【serial experiments lain】によって、多数の岩倉玲音が生み出され、世界に遍在していたのです」

 

 遍在する岩倉玲音。

 ユビキタス(神は遍在する)ね。

 どうにも、そのデウスとやらはろくでもない実験をしようとしていたらしい。

 

「遍在する多くの岩倉玲音。それらには全て、ペルソナ能力が備わっていました。加えて、肉の器を与えられた例外以外は、誰かの心に巣食っていなければ、現世に浮かび上がることはできません…………そして、デウス主導の元、我々ナイツの前身となった、旧ナイツは、遍在する岩倉玲音への生贄を用意し、そして、『死の神』を招来させるための儀式(蟲毒)を行い――――そして、敗北したのです。最後に残った、例外たる岩倉玲音。人間の器を得た彼女が、その器を自ら捨て去り、『死の神』を集合無意識の底へと封じる、大いなる封印となったのです」

「ふぅん。じゃあ、ここに居る玲音は、二十年前に敗北したうちの一人だったりするの?」

「うーん…………どうなんでしょう? そういう性質を持った岩倉玲音の存在は記録にありましたが、まるで凶暴性が無いというか、そもそも、全ての岩倉玲音は根底では繋がっているので、どれも同一人物の別人格(ペルソナ)とも呼べる存在なのです」

「こ、小難しい…………要するに、過去の事は置いといて、今、ここに居る玲音をしっかりと見つめて、きちんと向き合っていけば良い感じ?」

「私の説明が大体無意味になる納得の仕方をなさりますね? 大体間違ってないのが悔しいです」

「いやいや、背景が分かったのは助かったぜ、ありがとうな、葉隠さん」

「…………お礼を、言われた?」

「助かる説明をしてくれたんだから、お礼ぐらい言うさ。俺を何だと思っているんだよ、もう」

 

 葉隠さんは俺をどんな怪物だと思っていたのさ?

 や、まぁ、あれですよ。少々脅しが過ぎたと、お漏らし被害に巻き込まれた時は反省したから、次からはもうっちょっとスマートに相手に心を折っていきたいと思う所存。

 さて、それじゃあ、現在と過去の状況は分かったから、未来の方針について語り合っていこうか。

 

「それで、アンタらナイツの計画ってのは、玲音の力を借りて、『死の神』の良い部分をこう上手いこと操って、世界を良い感じに変革しようとした、って感じでいいんだな?」

「ふわっふわしていますけれど、概ね合っています」

「その過程で、『死の神』とやらが暴走する危険性は無かったのか?」

「…………その件に関しては、その、お父様が何とかすると、仰っていたので」

「え? 肝心な部分だけど、聞いてなかったのか?」

「…………こう、お父様は秘密主義者ですが、何か、人を納得させるだけのカリスマがあったので、その、ええ…………思考停止していました」

「僕は、愛しい人を蘇らせればそれでいいや、と思って世界の改変なんて全然信じて無かったよ。まぁ、失敗して散々な目に遭ったんだけどね…………もう少しで、雌堕ちするところだったよ……」

「「雌堕ちって何!?」」

 

 直也の呟きに、京子と葉隠さんが反応を示して追及するが、直也は曖昧な顔をして首を横に振るだけ。まぁ、そこで詳しく説明されると、俺が折檻されるか、ドン引きされるかなので、その沈黙はイエスだな。

 さて、ともあれ、だ。

 今のところの方針としては、そのお父様とやらを見つけてどうにかすれば、あるいは希望が見えてくるかもしれないが、それでも、基本は相手の持つ情報を探らなければならなくなるだろう。それでは、今後、後手に回って、肝心な時にミスを犯してしまうかもしれない。

 そう考えると、やはり、この中でも一番情報を隠しているだろう人物へ、直接話を聞かなければならないな。

 

「…………何?」

 

 玲音は俺が視線を向けると、シリアルを食べる手を止めて、首を傾げて見せる。

 ちなみに、そのシリアルは我が家の貯蔵にある最後の品で、この後、さらにデパートで高級なシリアル食品を買いためなければならない。

 …………シリアルで、釣るか? いや、駄目だ。こういう真面目な会話は、ちゃんと誠意をもってやらなければ。

 俺は心持ち、真面目な表情を作って、玲音へと問いかけた。

 

「玲音、世界の改変とやらを防ぐには、どうすればいい?」

「……………………方法は二つ」

 

 玲音は少し迷った後、渋々、といった表情を作って俺に応えてくれた。

 直也に問い詰めていた二人も、直也自身も、自然と黙り込み、神託を待つ信者の如く、俺たちは玲音の言葉を待つ。

 

「一つ目。私を、殺せばいい。そうすれば――」

「あ、それは無しで。はい、次」

「…………」

「な、なんだよぉ! 睨んでも絶対無理だし、嫌だからなぁ! 聞く必要性皆無だしぃ! 世界を敵に回しても、守り抜くぞ、多分!」

「…………言葉がテンプレートで薄っぺらい」

「はぁ!? んじゃ、本音を言いますけどねぇ! 頑張って守り抜いた後は、少しだけエッチなことをして欲しいと思います! 少年漫画ぐらいのエロスでオッケーよ?」

「本気過ぎて引く……」

「どうしろってんだよぉ!」

 

 びたーん、と俺は今の畳に倒れこんで、不貞腐れる。

 そんな不貞腐れた俺の上に座り、ぐりぐりと腹筋に人差し指をめり込ませながら、玲音は説明を続けた。

 

「二つ目。愚者を……アリスを、あの子と会わせること。そうすれば、全部、終わる」

「はぁーい、アリスって誰ですかァ!? あの子って誰ですかァ!?」

「…………」

「はい、答えなーい! 何か制限があるのか、面倒なのかわからないけど、だんだん慣れてきたぞ、ちくしょう! あ、二つ目の方法を実行したら、玲音は消えないよね? 一応、確認」

「…………多分?」

「絶対と言ってくれよ」

「最悪、ハルユキに寄生し続ければ、大丈夫だけど」

「じゃあ、最悪の場合はそれで」

「…………」

「え? なんで、無言で俺の胸板に頭をぐりぐり押し付けるんですか!? 玲音さん、その反応はどっち!? 照れ隠し!? それとも怒ってる!?」

 

 無言で奇行を続ける玲音と、混乱して喚く俺。

 そんな俺たちを眺めて、俺たち以外――ずっと絵を描いている鴉さんは除く――は和やかに苦笑を揃えた。

 とりあえず、なんだかんだ、色々軋轢はあるけれど、これから先、ナイツと敵対する俺たちの仲は、さほど悪くないらしい。

 ならば、やることは明確だ。

 ナイツの奴らをぶん殴って、掴まて、情報吐かせて。

 最終的にお父様とやらも殴って、情報吐かせて、なんやかんだ上手く頑張る。これだ! これしかない。ふっわふっわしているが、やることだけは決まっている。

 戦って、勝って、守り抜くんだ。

 俺はいつだって、そうやって何とかしてきたんだからさ。

 

 

 ―――――ナイツが壊滅したという情報が舞い込んできたのは、俺がそんな決意を決めた、三日後の事だった。

 え? 俺の決意とか、葛藤とか、どこに行けばいいんですかね?



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第30話 中年の癖にフットワークが軽い

「…………えっと、大変ですね、その、言いづらいのですが…………ナイツは壊滅したそうです。葛葉の強襲に遭って」

「「「えっ?」」」

「ナイツのネットワークから情報を探ろうとした結果、ものの見事に壊滅した後で、葛葉達がナイツの残党を探して、駆り出しているところでした。私は、その、はい。既に心が折れて、ペルソナ能力が使えなくなっていたので、ギリギリ犠牲者枠として誤魔化せましたけど」

 

 報告があったのは、俺の自宅でペルソナ能力の特訓をしていた時の事だった。

 俺と京子と、直也。現状、まともな戦力となるのはこの三人だけなので、一応、この中でも戦力筆頭である俺が、二人をコーチングしていたのである。

 もっとも、ワイヤード内に侵入すると、ナイツ側にばれる恐れがあるので、「じゃあ、二人とも現実世界でもペルソナを出せるようになろうよ!」からの、二人が現実世界でのペルソナ能力を会得するまで、まさかの二日間みっちり、付かず離れずの地獄の特訓になるとは、教官側である俺すらも予想できなかった。

 と、それはさておき、葉隠さんからの報告である。

 葉隠さんは最近、実家にもナイツ側の住居にも戻れないということなので、京子の家に居候している模様。そのため、既に巫女スタイルは止めて、京子と同じジャージ族として、最近、我が家に通い始めて、段々と俺への恐怖も薄れてきたかなぁ、としみじみ思っていたところでの、この報告である。

 えーっと、マジでー?

 

「はーい、ちょっと質問だけどさぁ、葉隠ちゃん? それって、あの円卓の騎士たちも、一人残らず狩り尽くされたってこと?」

「ええ、そのようです」

 

 直也からの質問に対して、狐面越しでも、戸惑いを隠せない様子で答える葉隠さん。

 

「到底、信じられませんが、そのようなのです。現に、円卓の騎士の面々の住所は既に割れて、死体の回収も行われていたようですが。あの、恐ろしいほどの力を持った彼らが、ここまで一方的に…………葛葉に、そこまでの執行能力があるとは、驚きです。例え、討てたとしても、組織が半壊するほどの損害を与えられる程度には、ナイツには戦力があったはずですが」

「現実世界での住居が割れて、ペルソナを出す暇もなく強襲されたって説はどうだ?」

「…………在り得なくは、ないですが、難しいところです。京子さん。ワイヤード内をほぼ支配していたナイツが、情報戦で後れを取るということは、草野球チームがプロ野球チームに勝つぐらいの難易度がありますが」

「つまり、野球勝負の前に、一服盛るぐらいの狡猾さを持った奴の犯行……そういうことだな?」

「そういうこと、なのでしょうか?」

 

 京子の指摘に頭を横に振り、俺の言葉に、呆れながらも首を傾げる葉隠さん。

 その後も、葉隠さんは俺たちの質問や疑問に出来る範囲で答えていき、苦悶の声を時折漏らしながらも、結論としてはこういうことになった。

 

「ナイツという組織は壊滅した。この情報は確かであると考えてもいいでしょう。ですが、主犯であるお父様も存在が出てきていないことから、まだ、お父様は潜伏しているようです。そして、最悪、お父様だけでも計画は遂行可能であると考えられるので、油断は出来ないということです…………ただ、葛葉という護国組織の追求から逃れ続けている彼を、素人である私たちが終えるかと言えば……幼稚園児がプロボクサーに勝つほど難しいでしょう」

「なるほど。相手の情に訴えかけて、不戦勝ぐらいは余裕で狙えると」

「さっきから茶々を言えるのをやめろや、馬鹿。ほら、葉隠さんが困った顔しているだろ?」

「い、いえ、その、私、仮面……」

「仮面越しでも何となくそれぐらい分かるっての。ほれ、こっちに来い。頭を撫でてやろう」

「…………あ、あの京子さん……同い年ぐらいの人にそれをされるのは恥ずかしい……はふぅ、でも抗えない」

 

 敵対組織の壊滅は、確定として判断。

 しかし、首魁であるお父様の所在は不明。どこに隠れているのか、俺たちが探し出すこともまた、難しい。だが、お父様の目的である玲音が俺の隣に居る限り、必ず、俺たちの元へやってくることは予想できる。

 なので、その時まで、出来る限りの準備を整えて、迎え撃たなければならない。

 

「近々、葛葉の人たちが護衛をこの街へ派遣するようです…………その時に恐らく、天原さん、と岩倉玲音について尋ねられるかと。場合によっては、隔離管理される可能性もあるのですが、私の方から事情を重く話しているので、その場合は、こう、天原さんと岩倉玲音がセットで同じ場所に隔離される形になるかと」

「おいおい、ちゃんとオナニーできるプライベートの時間はあるんですかぁ!」

「シリアルが食べられない時は、怒るよ?」

「伝言役なので! 私に言われても困ります! そういうのは! 後日、葛葉の人たちが来た時に言ってください! 私も恐らくその時に保護されて、実家への強制返還からの地獄のお説教が待っているのです…………家出したい……京子さんと一緒に生きていきたい……」

「なんで私に縋りつくんだよ、もう」

 

 葉隠さんの家庭環境やら、京子への依存はともあれ、覚悟だけはしておかなければならない。

 お父様とやらの襲撃への備えもそうだが、何より、葛葉という護国組織と敵対する可能性も考えて、覚悟しなければならない。

 最悪の最悪は、玲音と俺の二人だけで世界各地を回って逃避行という、ワールドワイドなことをやらかさないといけないのだから。

 だが、とりあえずのところは、敵対すべき組織が戦わずに壊滅していた、ということで。

 

「いよぉし! ここに居る面子で、これからバーベキュー大会だぁ! 戦わずしてナイツに買った祝勝会に加えて、葉隠さんとのお別れ会だぁ!」

「別れたくないです……京子さん……」

「依存が過ぎる! どうにかしてくれ、晴幸ぃ!」

「君はどうして、時々病んでいる系の女子に好かれるの? 俺のフラグを取ってない?」

「その場のノリで全裸になる奴に対するフラグなんざ、最初からねーんだよ!」

 

 俺たちは、互いの交流を深めるためにバーベキュー大会を開催することにした。

 幸いなことに、野菜は無駄にたくさんある東北の田舎である。近所の婆さんに頼めば、格安で譲ってくれるし、お肉だったら、近所のスーパーの肉の仕入れが無駄に高品質なので、そこから調達。

 後は、適当に焼き肉のタレとか、塩コショウとかを準備して、鉄板の上に乗せればオーケーさ! なお、鉄板は我が家の物を提供する予定である。

 

「シリアル……」

「バーベキュー大会でもシリアルを要求するの? 大丈夫? 栄養偏ってない?」

「…………主栄養分はハルユキの心だから大丈夫……」

「主栄養分で大丈夫? 野菜とか肉も食べよう?」

「………………少しなら」

 

 戦々恐々と待っていても仕方ない。

 もちろん、迎撃準備はしっかりと整えるが、いつやって来るかわからないラスボスを待つのは、精神衛生よろしくない。故に、俺は考えた。そうだ、敵がやって来るまで、全力で俺が皆を振り回して、夏休みを満喫させればいいのだと。

 そう、ペルソナ能力とは心の力。

 即ち、ラスボスを迎撃するために必要なのは、俺たちの心の交流と、学生時代の夏を全力で満喫することだったんだよ!

 はっはっはー! これぞ、一石二鳥の俺の作戦。

 戦力強化に加えて、ストレスを軽減、そして夏休みも楽しむ。

 おっと、一石三鳥だったか、やれやれ、出来る男はこれだから困るぜ。きっと、夏休みが明けたら、クラスの女子が放っておかねぇな! まぁ、クラスの女子の大半からは珍獣扱いの俺ですが、今年の夏こそ、彼女出来るかなぁ?

 

「ハルユキ」

「え? 何、玲音……え? なんなの、その形容しがたい表情。慈しむような馬鹿にするような、何だろう、よくわからない……」

「人は、翼が生えても、空を飛ばない」

「馬鹿にされていたぁ!」

 

 とまぁこんな感じにふざけながらも、最低限の警戒心は残しつつ、その日は葉隠さんも含めた対策メンバーが集まり、バーベキュー大会を楽しんだ。

 …………ただ、鴉さんだけはあの日からうちに来ることは無く、近くの民宿で宿を取って、ずっと何かの絵を描いているらしい。

 思えば、鴉さんと共にワイヤード内に突入したあの時から、ずっと調子がおかしいのだが、一体どうしたのだろうか? 何かを知っていそうな気配はあるのだけれども、ううむ。

 ま、無理やり聞き出すのも柄じゃあないし、鴉さんも俺よりも年上の男性だ。

 何かあるのならば、勝手に行動するだろうさ。

 

 

●●●

 

 

『話したいことがある……出来るだけ、早く、会いたい。今日の午前十一時に、駅前のファミレス、ええと、『ガスト』の方に来てくれ』

 

 そういう連絡があったのが、本日の午前十時である。

 俺たちがバーベキュー大会を開催した時から、二日後。今日は各自、夏休みの課題やら、各自、プライベートな用事を済ませているので、俺と玲音だけが家でだらだらゴロゴロしていたところだった。

 あまりに唐突に、俺の携帯電話に鴉さんからの連絡が来て、こちらが何かを言う前に、用件だけを一方的に言って、通話を切られたのである。おのれ。

 

「前々から思うけれど、鴉さんには社交性が足りていないよね」

「…………ドングリの背比べ」

「おっと、言っておくけれど、この俺は社交性満タンだぜ!? 学校では友達もたくさんいるし、大体の人間とは仲良くなれる自信があるぜ! 悪人は容赦なく殴るけどな!」

「でも、彼女は居ない」

「おおっと、いいのかなぁ? そんな俺の心を抉るようなことを言って? 知っているんだぜ? あまりにも自室のクーラーの設定温度を低くし過ぎた所為で、母さんから怒られて、日中のクーラーを禁止されたことを! つまり、必然と心置きなくだらだらするためには、俺の部屋に来るしかないというか、現在進行形で来ている……さぁ、言いたいことはわかるね?」

「…………変態」

「おっと、ジト目で服を脱ぐのは止めてもらうか! そうじゃない! もうちょっと優しくしてほしかっただけで、違う! スカートを脱ぐのは止めよう! そうじゃない!」

「ヘタレ?」

「俺の部屋のエロ本を処分する癖に、時々、妙な方向にアクセル全開するのは止めようぜ、玲音」

 

 やれやれ、最近の玲音は妙な交渉術を覚えてきたから困る。

 俺との交渉の際、口で負けそうになるとちょっと半脱ぎになって俺の動揺を誘ってくるとか、誰の影響なんだか、まったく…………いや、俺の影響だよなぁ、うん。

 とりあえず、待ち合わせの時間と場所を考えると、いつまでも玲音とじゃれ合っている時間は無い。この田舎の電車は一時間に一本なのだ。田舎で電車の予定時間を逃すと、まず確実に待ち合わせには遅れることになる。もっとも、指定時間に駅前のファミレスに向かうには、今から駅に向かっても、電車の時間の関係で到底無理なのだから、別の手段を探すしかない。

 

「さて、そんなわけで俺は鴉さんからの呼び出しに応じるつもりだけど、玲音はどうする?」

「行く」

「ん、じゃあ、一緒に行こうか」

 

 そして、俺が行くならば当然という顔で、玲音もまたついてくる。

 最近はほとんど、玲音と俺は同じ時間を一緒に過ごしている。特に、何か露骨なデレを感じることは無いのだが、気づいた時には隣で本を読んでいたり、ゲームをしていたり、ノートパソコンを弄っていたりするので、最初の頃よりは心を許されているのだろうと思う。

 気づけば、俺も玲音が隣に居るのが当たり前と考えているから不思議だ。

 思えば、警戒心は低くない方だと自負していたのだけれども、どうにも玲音相手には、鈍かった気がする。はっ、ひょっとして、これがエロ同人でよくある洗脳アプリの影響!? 俺の体を狙う玲音による巧妙な罠が仕掛けられていて!?

 

「さっさと行くよ?」

「あの、はい、失礼なことを考えたのは謝りますので、後ろから抱きしめるような形でさりげなく首を絞めるのは……む、胸が、膨らみかけの胸が当たっているので、離した方が!」

「あてているのよ?」

「懐かしいネタ!」

「異世界編が残念過ぎた……」

 

 どうやら、そういうあれこれは全くないらしいので、単純な相性の良さによる物らしい。

 俺と玲音は身支度を整えると、家から出発して、駅まで向かうことに。なお、自転車の二人乗りは咎められる上に、駅まで徒歩で歩くのはこの炎天下ではしんどいので、二人で母さんに頼み込んでなんとか来るまで送ってもらうことに。

 田舎の学生が移動するとしたら、大抵は自転車。免許が取れたらバイク。そして、自動車免許を取れる年齢にでもならなければ、相乗りという行動は不可能なのだ。というか、東北の田舎基本的に自家用車が無いと不便すぎて生活出来ないんだよなぁ。

 母さんもそれを分かっているから、駅前ぐらいまでの距離なら割とすんなりと車を出してくれるのでありがたい限りである。

 

「じゃあ、母さんはこれからスーパーでタイムセールがあるから、午後の三時に駅前に集合すること。遅れる場合は連絡しなさい」

「うーい」

「後…………分かっているね、息子? この機会を逃したら、アンタに彼女なんか出来やしないよ」

「や、違う、デートじゃないよ、母さん。普通に待ち合わせ、男の人と」

「阿呆が! 何のために集合時間までを長くしていると思っているんだい? いいかい、きちんと押せば、意外と応えてくれる子だよ、玲音ちゃんは。ちゃんと射止めてきな?」

「だから違うって……あ、こらっ、母さん、人のポケットに万札を捻じりこむのは止めて……あ? はい、小遣いの前借りってことですね、はい、分かりました。後でバイトして返しますです、はい」

 

 母さんから何やら勘違いをされているようだが、これも必要経費としておこう。怪我の功名というか、なんというか、幸いなことに小遣いの前借りではあるが、軍資金も手に入ったし、鴉さんの話を聞いたら、玲音に何か買ってあげるか。

 …………しかし、彼女、恋人、ねぇ?

 

「…………何?」

「いや、俺の心は読めるんでしょ?」

「今は、読めない時間」

「そういうのあるんだ」

 

 隣の玲音を眺めていると、玲音は不思議そうな目で俺を見上げてくる。

 恋人同士。ううむ、玲音は見た感じ中学生なので、中学生と高校生ぐらいの年の差なら問題ないと思うけれども、いや、そもそも成長するのだろうか、玲音は? 人間じゃなくて、神様という説もあるし。

 そうなってくると、仮に恋人とかになった場合、俺だけ年を取って、玲音だけはそのままの姿なのか…………永遠の幼な妻かぁ。

 

「…………」

「おっと、無言で俺の脇腹をつねるのは何故?」

「邪な気配がした」

「気のせいでは? 心は読めない時間なんでしょ?」

「目が泳いでいる」

「そっかぁ…………後で服を買ってあげるから許して」

「ん、許す」

 

 怒られてしまったので、くだらない妄想は止めにしよう。

 それに、俺はそこまでロリコンというわけじゃあないし。出来るなら、共に歩いて、共に老いて、共に死にたい。恋人になるかどうかはさておき、俺は玲音とそういう風に生きたいというのは、紛れもない事実だった。

 まぁ、神様の玲音にとっては、俺のこんな考えなんていい迷惑なんだろうけどさ。

 

「そうでもない」

「………………心を読めないじゃなかったの?」

「さぁ?」

 

 素知らぬ顔でそっぽを向いて、玲音は俺の服の裾を引っ張っていく。

 照れているのだろうか? よくわからない。ともあれ、そういう青春ぽいイベントは、鴉さんの話を聞いて、後は、お父様関係のあれこれを全部片づけてからにしよう。

 こういう会話をしていると、如何にもフラグって感じがするからさ。

 

『――――やぁ、天原晴幸君。娘が、世話になっているね?』

 

 そして、そういうジンクス(フラグ立て)というのは、案外、当たってしまう物だ。

 指定されたファミレスの店内に踏み込んだ瞬間、俺の脳内に聞き覚えのあるノイズが走る。それは、現世と異界を踏み越えたという証明。

 ワイヤードという、とある愚者が作り上げた異界へ、招き入れられたという結果を示す。

 俺は、驚き戸惑う前に、眼前の光景を見据えて、思わず舌打ちした。

 灰色のコンクリートジャングル。

 車も通らない、道路の中央。

 苦悶の表情を浮かべた鴉さんが、『怪人』の目の前で、跪いている。

 ――――『怪人』。そう、怪人だった。そうとしか言いようのない風体をしていたからだ。何故ならば、その男は、ペストマスクを被り、白衣を着ていたからだ。

 一目で、異常だと分かるほどの空気を身に纏っていたからだ。

 …………まぁ、つまりは、こういうことだろう。

 

『不躾ですまないが、門限はとっくに過ぎていてね――――返してもらうよ』

 

 あの方。

 お父様。

 あるいは、教祖。

 滅んだ組織の首魁が、思いのほか軽いフットワークを見せて、俺たちの前に姿を現したのだ。

 あまりにも唐突に、世界の命運を賭けた戦いを始めるために。

 



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第31話 唐突なラスボスの登場は負けイベントだと思う

 えー、早くない?

 フラグ回収早くないですか? というのが、俺の正直な意見である。

 いやぁ、色々と怪しいところはありましたよ? あの鴉さんから、切羽詰まった電話がかかってくるところとか、事前の、玲音との会話とか。

 でも、早くないですか?

 ここはもうちょっと引きのばしても良かったんじゃないですかね?

 …………などと、現実逃避をしていても、事態は変わらない。やれ、ならば、仕方ないか。ここは覚悟を決めて、戦うしかないな。

 

「――――お義父さん! 娘さんを俺に下さい!」

『君にお義父さんと言われる謂れはない』

 

 俺は心の中にある願望をさらけ出すと共に、疾走。ワイヤード内の路面を蹴り、駆け出して、瞬く間に『お父様』とやらの間合いに入り込む。

 

「娘さんを幸せにしますパンチぃ!」

『どこの馬の骨とも知れん男にやることは出来ないガード』

 

 そして、相手が何かをする前に拳を振るって、一撃で意識を刈り取ろうとしたのだが、俺の拳がペストマスクを吹き飛ばす前に、謎の障壁で阻まれる。透明なそれは、俺の渾身の拳を寸前で止めて、謎の抵抗力でむしろ弾き返そうとしている。

 まるで、透明なゴムの壁を殴ってしまったような感覚だ。

 

『残念だが、君がどれほどの力を持っていようが。このワイヤード内に居る限り。ペルソナ能力の所有者である限り、この私には勝てな――』

 

 なので、その厄介な障壁を破壊するために俺は気合を入れる。

 連想するのは、玲音のちょっと際どい風呂上りの姿。だぼだぼ気味のTシャツから覗く、上気した肌。形のいい鎖骨のライン。それを思い描くだけで、俺の心の中に無限の力が湧き上がってくるから不思議だ。そうか、これが絆の力!

 

「うぉおおおおおおおおっ!! エロティシズム・ブレイク!!(五秒前に考えた必殺技の名前)」

『ぬぉおおっ!!?』

 

 やはり、ペルソナ使いにとって大切なのは、心の力らしい。

 俺の中から絆の力が湧き上がると、謎の障壁は瞬く間にひび割れて、届かなかった拳を、ペストマスクまで届かせることが出来たのだから。

 

「おやじ狩りパンチ! おやじ狩りパンチ!」

『がっ、きさっ、やめっ』

「お小遣いくれよ! なぁ! お小遣いくれよ、おっさん!」

『貴様ぁ!!』

 

 俺は、相手の心を挫くワードを連呼しながら、幕ノ内一歩ばりのデンプシー・ロールで何度も、頭部を拳で強襲する。その度に、新たな障壁で拳を阻もうとするが、俺の拳は既に、一度壊した壁を前に止まるほど、弱くはない。べきぃんっ、ばりぃんっ! と障壁を砕く音と共に、俺の拳が何度も敵対者の頭部を揺さぶっていく。

 ――――だが、浅い。障壁で勢いを抑えられているが故に、相手の意識を殴り砕くほどの威力が、ある程度緩和されてしまっている。

 

『舐めるな、若造がぁ!!』

「うぉおおおおおっ! よく考えたら、このまま戦ったら、鴉さんがあぶねぇ!」

 

 六発ぐらいは拳を入れたのだが、やはり、デンプシー・ロールの弱点が出てしまったようだ。

 規則正しい振り子運動による弊害か、素早く俺の拳のタイミングを見切った『お父様』は、カウンターの要領で、謎の斥力を放出。ドラゴンボールとかで、『破ぁ!!』とすると、周囲の奴が吹き飛んでいく感じのアレをくらってしまい、仕方なく後退する。

 左腕で、何やら消耗している様子の鴉さんを抱えて。

 

「鴉さん、大丈夫か!? 一体、何があった!?」

「…………ぐ、う……だめ、だ……にげ、ろ……」

「逃げろだってよ、『お父様』とやら!」

『何故、そこで私への言葉だと思うのだ、貴様は』

「だって、勝てるもん、俺。多分」

『…………はっ、かつて、私にそういった『ワイルド』も存在したが、そいつがどうなったのか、貴様に教えてやろうか?』

「――――娘さんを俺に下さい! 俺たちはぁ! 愛し合っているんですぅ!」

『興味なさ過ぎて、先ほどの茶番を再開させるのを止めろ。なんなのだ、貴様は。大体、玲音が明らかに「えー」みたいな不満げな顔で貴様を見ているぞ』

「それもまた良し!」

『なんなの、こいつ……』

 

 何やら敵対者にドン引きされている俺であるが、いつもの事なので気にしない。

 大体、そっちの恰好もなんなの? ペストマスクに白衣とか、頭がおかしい要素しかないんだけれども? 中学校二年生の頃に発症した病気が、中年になるまで治っていないの? あ、でも、うちの親父殿も、『心はいつだって少年だからね、大人だって』と言ってショタ顔で笑っていたので、大人の男も大体そんな感じなのかもしれない。

 

『急に生暖かい目で見てくるぞ、この男子高校生…………なんなのだ、本当にわからん……だが、まぁ、いい。いや、よくはないが、ともあれ、だ』

 

 ペストマスク越しに、深々とした溜息が聞こえてくる。

 なんだぁ、テメェ? やんのか、ああん?

 

「…………ガンつけて、ないで、にげ、ろ……ペルソナ使い、では、勝てない。何故なら、奴は……」

『――――殺してしまうのだから、わからないままでも構わない』

 

 鴉さんが息も絶え絶えに、何かを伝えようとする前に、それは起こった。

 

『ペ・ル・ソ・ナ』

 

 呟かれた言葉と共に、世界が、ワイヤードの光景が一変する。

 晴天から、曇天へ。

 周囲の電線が捻じり切れて、まるで蛇の如く『お父様』の周囲へ集まっていく。

 灰色のビル群は崩れ、路面はひび割れ、壊れた世界の下から、何かが、とてつもなく強大で、恐ろしい何かが、姿を現そうとしているのだと予感した。

 

『顕現せよ、グレートファーザー』

 

 そして、現れたのは、悍ましい怪物だった。

 まず、それは巨大だった。どのビル群よりも巨大な体躯を持ち、なおかつ、それは異形だった。死体の如く血の気の失せた人間の上半身……首なしの上半身の姿で、下半身は無数の電線と、機械の部品、ケーブルで何処かと繋がっている。両腕も、手首から先は存在せず、ただ、無数の電線で、『どこか』と繋がっている。

 

『千貌の権能を持つ、我が影よ。愚かなるヒトへ、鉄槌を』

 

 小さく、厳かに『お父様』が何かを呟いたかと思うと、急に、その上半身の肉の下から、無数の貌が浮かび上がり、げらげらとこちらをあざ笑う。

 その嘲りと共に、さらに世界は姿を変え、曇天の空から、赤い月のような何かが、こちらを睥睨している。

 

「にげ、ろ……かて、ない……だれも、その、影には、勝てない…………人が、居る限りは。勝てない…………にげて、対策を、立てるんだ…………ここは、俺が、なんとか、する」

「いやいや、鴉さん。アンタ、死に体で何言ってるの?」

「…………愚かなのは、どっちなんだろうね? その影は、貴方の影なの? ねぇ、『アリス』。貴方こそ、邪神にそそのかされている、一番の愚者なのにね?」

「え? なんて!? ごめん、玲音! 多分、シリアスなことを言ったんだと思うんだけど、なんか、空から効果音的なあれが『ごごごごご!』ってうるさいから、もうちょっと声を張ってくれるとありがた――――はい、すみません! 空気を読みます、自重します!」

「むぅ」

 

 拗ねた玲音が俺の尻を叩いてくるが、仕方ないだろ、なんかうるさいんだもん、空。なんだよ、『ごごごごっ』みたいなよくわからない音。どこから出てるの? 雷鳴なの?

 …………ただまぁ、現状がやばいのはよくわかったよ。

 何せ、あの赤い月は俺たちのところへ落ちてきて、俺たち全員――玲音は平気なのだろうけども――を潰そうとしているのだから。

 

『弁えろ、人類。ここが世界の終点。乗り越えることは叶わぬ壁だ。貴様らに、未来は必要ない。世界は正しく、リセットされるべきなのだ』

「…………やれやれ、これだから拗らせた中二病患者は」

 

 なにやら、『お父様』がラスボスっぽい言葉を言っているのだが、先ほどまでの茶番があった所為か、いまいちシリアスになり切れない俺である。

 しかし、なんだなぁ。ヤバいってことは肌がびりびり来るから分かるんだけど、ううむ、そんなにヤバいのだろうか? なんだろう、あまり怖くないぞ。確かに、悍ましくて、凄く強かったり、傍から見たら無理ゲー臭漂う敵なのだろうけれどもさぁ。

 ――――まるで、怖くない。

 

「不躾だけれどさ、若造から『何も分かっていないおっさん』へ、一つ忠告だ。なんでも、世界の所為とか、誰かの所為とか、社会の所為にしたところで、過去は変えられないんだぜ? 変えられるのは、現在から未来までだ」

『…………いいや、変えられる、変えられるのだ。神さえ、居れば!』

「変えられない。どれだけ望んだところで、アンタが変えたがっている一番のところは、よくわからんが、『世界なんて終わってしまえ!』と投げやりになるほどの想いは、何も変わらない。アンタが情けなかったって事実は、多分、変わらないんじゃないか? いや、知らんけど」

『貴様、貴様、貴様ぁっ!!』

「おいおい、ヤンデレかよ、おっさん。やめてくれよ、ストライクゾーン外だ。俺の好みは、お宅の娘さんだぜ?」

 

 なので、とりあえず、ニヒルな笑み(当社比)を浮かべて、やれやれと肩を竦める。

 さながら、俺の好きなジョジョ系主人公のそれを真似て。ばぁーん、と謎のポーズを付けて、精いっぱい格好つけて――――さて、後は戦いの時間だ。

 

「そう、俺の好みは、岩倉玲音……やや発育不全気味の色々拗らせた女の子だ!」

「ちょっと?」

「――――神様なんかじゃない! 俺の隣に居てくれる女の子だ!」

「…………ちょっと、その」

「ひゅう! 玲音の貴重な照れ顔頂きましたぁ! かーらーのっ! ペルソナぁ!!!」

 

 顔をやや赤く染めた玲音に背中を叩かれながら、俺は力あるヴィジョンを顕現させる。

 我が影、俺の力、独善の象徴――ヤマ。

 鬣の如き金色の長髪をなびかせ、その肩には身の丈ほどの骨の剣を担ぎ、揺らぐことなく敵対者を見据えている。

 

『戯言を、戯言を、戯言をぉ! 結局は、力なのだ! 何を言おうが、何を叫ぼうが! 力なき者に、未来は存在しない! それを、思い知るがいい、若造ぉ!』

「生憎ぅ! 自他共に認める馬鹿でね!」

 

 強大な力の奔流を空から感じる。

 ぐるぐると、灰色の雲が渦巻き、渦巻く中央からは赤い月が、こちらを潰そうと、そのままこちらへ近づいてくる。まるで、世界の終わりのような光景だ。なんか普通に立っているだけでしんどくなり、びりびりと肌が焼け付くように痛む。

 けれども、それが一体、どうしたと言うのだろうか?

 

「愚者よ。己の過去から目を逸らし、在りもしない世界を望む愚者よ」

 

 どれだけ、相手が強大な力を持っていたところで、関係ない。

 相手が、己を偽っているのであれば。

 あるべき現実から目を逸らし続けているのであれば。

 そんな奴に、俺が負ける道理が無い。

 

「裁定の時間だ」

 

 俺は、空が割れる音と共に迫りくる月に向かって…………いや、鴉さんと玲音以外の、このワイヤード内に存在する全ての悪意に向けて、剣を振るう。

 一振りで足りないのならば、何度でも。

 心の力が顕現しているというのであれば、物理限界すらも超えて。

 

「空間殺法・無限斬り」

 

 刃を重ねろ。

 想いを重ねろ。

 例え、言葉にはまるで足りない数の剣閃だったとしても。

 己だけは、本当に無限すら切り裂けるほどの剣閃であると信じて。

 そう、俺の一撃は、月すら穿つ。

 

「うおぉらぁあああああああああああああああっ!!」

 

 みしり、という重々しい音が鳴って、月の落下が止まる。

 否、違う。落ちていく月が削れて、斬り飛ばされているのだ。ヤマの振るう骨の剣によって。え? 距離? 物理的な限界? やれやれ、ここは心の世界だぜ? そういう細かいことは考えず、その場のノリでやり通すものだ。うん、そうすると以外に出来るもんだなぁ、これが。

 

『ふ、ふざけるな! なんだそれは、なんだそれは! なんだ、その無茶苦茶な力はぁ! なんで、なんでそんなものがあるのならば、あの時――――』

「うるせぇ! テメェが言ったんだろうが! 俺は愚かだと! おお、そうさ! そうだとも、俺は愚かだ! でも、お前とは違う! 俺は俺が愚かだと知っているし、馬鹿だって認めている! だから、『難しいことは考えない』ことにした! 出来ないなんて考えない、本気で月だってぶっ壊せるって信じている! だって、馬鹿だからな、俺は!! つまり、お前が認めて、俺が認めたんだ!! 俺は! なんでもできる馬鹿だって!!!」

『認めていないし、貴様の方がうるさ――――』

「隙ありぃあああああああああああああっ!!」

 

 会話で相手の動揺を誘い、力の行使が緩んだ隙を狙い、穿つ。

 守るべき日常。

 倒すべき相手。

 玲音のエロス。

 心を奮い立たせるあらゆるものを思い浮かべて、俺は終幕の一撃を放つ。

 

「ワールド・エロティシズム・ブレイク!!」

 

 ついさっき考えたばかりの必殺技を改良し、己の力ある言葉として叫ぶ。

 そう、技名は叫ばないとダメだ。

 そして、俺のような馬鹿には、こういう少し間の抜け得た必殺技の方が似合っている。そうとも、どう足掻いても俺はハードボイルドみたいにはいかないし、ジョジョ作品の主人公のように、格好良くはなれない。

 だが、それでも、この一瞬、この一撃だけは、愛しい隣人を守り抜ける主人公であると主張するように。

 

『そんな、馬鹿な、ことが……』

 

 赤い月も。

 曇天も。

 無数に絡み合う電線も。

 前衛的な芸術みたいな、グレートファーザーというペルソナも。

 世界なんて、滅んでしまえ、という誰かの投げやりな破滅願望さえも。

 俺が振るった一撃は、拳は、真っ白な閃光を放ち、一瞬、ワイヤード内に存在する全ての視界を眩ませて。

 

「やれ、知らないなら教えてやるよ、おっさん。男子高校生ってのはさ、好みの女の子とエロエロイチャイチャするためなら、月の一つや二つぐらい、この通り、砕いて見せるんだぜ?」

 

 視界が戻った後にあるのは、雲一つない晴天。

 地平線すら見えそうなほど真っ平になった、ひび割れた路面。

 信じられない馬鹿を見ているような顔の鴉さんと、呆れてこちらをジト目で見ている玲音。

 ――――『お父様』の姿は、無い。

 

「…………ふっ」

 

 俺はニヒルに笑みを浮かべると、心地よい脱力感を抱えたまま、玲音へ告げた。

 

「ごめん、逃がしたわ、あのラスボス」

「…………馬鹿」

 

 こうして、俺はラスボスとのエンカウント戦に勝利し、玲音からお褒めの言葉を頂いたのだった。

 うん、割と頑張ったから、もっと普通に褒めてくれてもいいのよ?

 

 

●●●

 

 

 敗北者の姿がある。

 ペストマスクは半分が破け、その露出した部分からは、気弱そうな男の目が見える。

 白衣はほとんど破け、所々に血が滲み、路地裏の壁に寄りかかりながら動くのが、やっとだ。もう、既に、ワイヤードへアクセスする力も残されていない。

 ペルソナである、グレートファーザーは馬鹿の一撃によって完膚なきまでに消滅した。

 残されたのは、誰かの目を欺き、逃げ回るという本来の彼の力のみ。

 

「…………まだだ、まだ、私は……『僕』は、負けない」

 

 ぶつぶつと、朦朧とした意識の中で、彼は己に言い聞かせるように呟く。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。もうすぐ、もうすぐ会えるんだ……ああ、そうだとも。君と会えない、世界なんて、僕は認めないよ」

 

 どことも知れぬ薄暗い路地裏を、老人よりも遅く、足を引きずりながら歩くその姿は、まさしく弱者その物だろう。その原因が、勝てると確信していた相手に敗れて、惨めな敗北を受けた所為となれば、まさしく愚者としか言いようがない。

 そう、愚かなのだ、彼は。

 とても、とても、愚かなのだ。

 

『じゃあ、貴方はアリス。アリスね。いいでしょ? アリスとレイン。なんとなく、お似合いの二人って感じがしない?』

『ううーん、僕が男の子じゃなければ、お似合いのあだ名になっていたかもしれないけどね?』

 

 過去に、一年にも満たない間、共に居た少女と再会するためだけに、世界を滅ぼそうとしてしまう程度には、愚かなのだ。どこかの馬鹿にも負けないほどに。

 

「絶対、大丈夫だ…………ああ、君と会えたら、何を言おう? そればかり、最近は……」

 

 ぶつぶつと、朦朧とした意識で何かを呟きながら、彼は歩く。

 愚者は、暗闇の中を歩く。

 

「くすくす、やっぱり、愛おしいね、人間って」

 

 路地裏の片隅に打ち捨てられた、古めかしいブラウン管のテレビ。

 その画面に映る、【ペルソナちゃん】に似た何かが、彼を嘲笑っていることにも、気づかずに。



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第32話 ラスボスを殴り倒した後に、やるべきこと

・フラグメント5

 

●もう、こいつ一人でいいんじゃないかな?

 

「「晴幸はこれだから……」」

「なんだよぉ! 玲音を攫いに来た、ラスボスをぶん殴って退散させたんだぞぉ! 結構なダメージを与えたから、下手すれば年単位での活動すら出来なくなるレベルのダメージだぞぉ! もっとこの俺を褒めたたえるといいよ!!」

「「もう、こいつ一人でいいんじゃないかな?」」

 

 ラスボスっぽい、『お父様』とエンカウントしたので、その場のノリでぶん殴って倒したことを仲間に報告したら、ドン引きされたでござる。

 解せぬ。俺は世界の平和のために頑張ったはず、もっとこう、『わぁ、凄い! 流石。晴幸だね! 素敵! お金あげる!』みたいな反応を期待していたのに…………なんだろう、この、よく分からないナマモノを見るような目は……人間、人間ですよ、俺。

 

「…………いや、僕としては緊急報告ってことで君の家に集められたからさ。ついに、『お父様』が攻め込んできたぐらいは予想していたし。君なら、なんとか魔の手から岩倉玲音と共に逃げるぐらいは出来ると思っていたんだけど、予想の斜め上過ぎて」

「負けイベントをレベルを上げて、物理で殴り飛ばすとか。なんなの? バグなの? 人類のバグなの?」

「ポテチ片手に褒められているんだか、罵倒されているんだかわからない俺よ……」

 

 そんなわけで、『お父様』の襲撃から一晩明けた翌日。

 俺は、自宅に主要メンバーである京子と直也を呼び出して、作戦会議中である。ポテチをつまみ、ファンタを飲みながら。あ、ちなみに鴉さんはあの後、体調が悪化したので欠席。ホテルだと色々不便なので、俺の家の空き部屋に泊めて看病中である。

 玲音? なんか、俺の背中にへばりついているよ。最近、クーラーが良く効いた部屋に居ると、割とへばりついてくるよ、この子。室温高いと普通に近寄ってこないけど。

 

「褒めてはいるよ? 誉めてはいるけど、こう、ね? 僕らペルソナ能力を持つメンバーはほら、護身のために現実世界でもペルソナを出せるために頑張ったじゃん? 割と物凄く頑張ったじゃん? あの、クッソ疲れる奴。その努力があんまり意味無かったと思うとね」

「そりゃあ、特訓を指導していた俺も、そう言われれば申し訳なく思うけどさー。直也も、初めてタナトスを現実世界に顕現させた時は、感極まって『僕ね、今度はこの力で晴幸を守るよ。いつも、守ってもらってばかりだからさ……今度は、ちゃんと守るんだ、大切な人を』とか、言ってたから、俺もそう言われると心苦しい――」

「はぁー!? 言ってませんぁー! そんなことぉー!」

「落ち着け、屑。言葉のイントネーションが迷子になっているぞ」

 

 直也は会話の途中で頭がおかしくなったのか、「おぼぉー!」と奇声を上げて、畳に倒れこんだ。うつ伏せで、「めけけけけけ」と奇怪な呟きを漏らし、思考を放棄している。

 そんなに恥ずかしいことかね? いつもは、もっと恥ずかしい台詞を、女子に言って誑かしているくせに。

 

「なんか、最近、この屑の情緒が不安定なんだけど、お前が原因じゃないか? 馬鹿」

「えー、違うよ、京子ぉ。むしろ、今までが異常だったんじゃない? 多分」

「ん? どういうことだ?」

「…………偽りの仮面で、己を定義していた」

「おお、ナイスフォロー、玲音。でも、なんかこう、もうちょっと御淑やかな恰好になっても良いのよ? そんな薄着で抱き着かれると、正直、意識を逸らすのに限界があります」

「…………えっち」

「京子ぉ! これ、どういう反応だと思う!? 後ろから背中にへばりつかれていると、顔が見えないから、ゴーサインなのか、イエローカードなのか、分からないんだ!」

「法律的にはレッドカードだよ。大人しく、テメェの社会生命守ってろ、馬鹿。それより、さっきの偽りの仮面云々の説明をしろよ、馬鹿」

「んもぉ、馬鹿って言いすぎぃ」

 

 まー、自他とも認める馬鹿だから、別に良いのですけれどね?

 俺はノールックで、ポテチ(うすしお味)を玲音の口元に運びつつ、説明を始める。

 

「ペルソナ能力ってのは、発現と共に、文字通り、その心の側面(ペルソナ)が精神面に影響を及ぼしてくる副作用があるっぽくてね? ほら、ガルーダの子とか、最初はイキりまくっていたけど、ペルソナを砕かれてから小動物の如きか弱い精神に戻ったじゃん?」

「あー、そういう?」

「そうそう。あれは心の中のイキり面が全面に出てたからああなっているわけで。実際、この俺もヤマというペルソナを発現してから、若干、独善的になることも少なからず」

「あの子のマンションの時はいきなりSEKKYOを始めて、そんな感じだったけど、それ以外の時はあんまり変わっていないように見えるが?」

「意識して自制しているからね。独善的な自分を制御できそうにない時は、エロスを頭に思い浮かべると、エロスに比べたらどうだっていい! って思考になるから」

「お前の解決方法、エロばっかりだな」

「健全な男子高校生だから仕方ない」

 

 男子高校生は、賢者タイム以外は、大体発情しているからな、ソースは俺。何だったら、シリアスなことを考えている時でも、ふとした瞬間、むらっとなる時がある。あ、玲音にニーソックスを履かせたいとか、そういう願望がむらっと。

 でも、いきなりだらしない顔をすると即座に周囲にばれたりするので、心持ちきりっとした凛々しい表情を作るといいんだぜ! お兄さんからのアドバイスさ!

 

「ともあれ、発現させるペルソナによって、心の在り方が若干変化するというのが、俺の経験から基づく推測だよ。そこの屑の場合は、『自分を殺して』手に入れた仮面で、自分を覆い隠していたからね。あちらが取り繕っていた顔で、今の直也が素なんだよ。そう、ふとした瞬間、ナチュラルに恥ずかしい台詞を迸らせてしまう直也が」

「やめろぉ!」

 

 直也が畳にうつ伏せになった状態で、何やら叫んで来るがやめない。田舎は土地が安く、無駄に住宅との間が空いているので、この程度の騒ぎでは近所迷惑にすらならないのだ。

 なので俺は、ここら辺であの時、罠に嵌められた私怨を晴らすことにした。

 

「いやいや、俺は良いと思うぜ、今の直也。今ではこうやってネタにして弄っているけど、実際に言われた時はそりゃあ、感動したものだったぜ?」

「やめてくれよぉ……」

「女体化した姿で言われたら、心が揺れ動いたかもしれんね! おっと、何かな玲音? 何故、俺の背中から首に腕を回してぐっ!?」

「…………おい、そこの屑。ちょっと女体化の経緯についてお話しようぜ?」

「またなの!? 言ったじゃん、事故だって! というか、色々危ういから思い出したく無いんですけど!」

「なんだその顔! 怪しい! 怪しすぎるぞ、おい! 雌堕ち寸前だったみたいな顔しやがって! 無駄に顔が良いから余計にむかつく!」

 

 俺は玲音に首を絞められながら、二人の微笑ましいやり取りを眺める。

 色々あったけれども、いや、ほんと、この夏休みは始まりからここまで物凄い濃度でイベントが起こっていたけれども、うん。結果として、こういう日常を守ることが出来たのなら、あの時、頑張ってラスボスの人をぶっ飛ばした甲斐があったというものである。

 もっとも、『お父様』には逃げられてしまったのだが。

 …………今から思えば、あの時、不自然な干渉を受けたような気がする。ワイヤードから、というよりは、もっと奥底の、得体のしれない何かから、邪魔をされたような気がする。とっさに、その不穏な気配に向けて、エロティシズムな邪念をぶち込んで制止させたのだが、時すでに遅し、『お父様』は何処かへ逃げてしまった後だった、というわけだ。

 うーん、なんだろ? 何かが引っかかるんだよな?

 そもそも、あの気持ち悪いペルソナは――――

 

「…………無視、禁止」

「はいはい、分かったよ。玲音」

 

 玲音が拗ねながら、俺の方に顔を乗せてきたので、思考を中断。

 よくわからないオッサンに思考を使うよりも、今は、やけに可愛らしくなった隣人に対して、気を遣うべきだろう。

 多分、玲音がこうしてのんびりしているということはつまり、『そういうこと』なんだからさ。

 

 

●看病イベント! 大学生! ただし、男! みたいな!

 

 看病イベントという物を御存じだろうか?

 そう、よく少年漫画や恋愛漫画、あるいは、異能バトルでもなんでもいい、そういう漫画やアニメで使われる手法である。

 例えば、いつもは頼りになるあいつが病気で寝込んでいる。あいつの弱り切った顔なんか見たく無いぜ! 俺が看病して元気にしてやる! からの、弱っていて珍しく女の子らしい相方の姿を見て、初めて異性として意識しちゃう少年漫画の主人公とか!

 あるいは、普段はツンケンしているヒロインが病気で寝込んでいるところを、家事全般が得意な、ちょっと気弱な主人公が看病。心が弱っているところを優しくされて、それをきっかけに恋愛イベントに持っていくとか。

 あるいは、少女漫画のイベントだったら、男女を逆転させてもいい。

 なんかこう、そういう? 甘酸っぱい恋愛イベントの先駆けみたいな物が、看病イベントなんだと俺は思っている。思っていた。でも、現実はそんなに甘くなくて。大体、俺が助けた相手というのは、俺を異性として見ているというよりは、マスコット枠というか、色物枠として区分してくるしぃ! それに、現実だと大体家族が居るから、病気になったら家族が看病して終わりなんだよなぁ!!

 …………などと、苦々しい現実を噛みしめていた俺でありますが、ここ最近、その看病イベントというものが発生しています。

 

「ほら、土鍋でおじやを作ってきてあげましたよ。さっぱり梅味です。これを食べて、ちゃんと元気を出してくださいよ、鴉さん」

「…………すま、ない」

「いいってことよ!」

 

 まぁ、相手は男なんですがね!

 ………………うん、まぁ、自分で助けたのだから、心の中で呟く文句はこれくらいにしておこうか。

 あの戦いの後、どこか安心したように意識を失った鴉さんを背負って、家まで戻ったのが俺である。どうにも、俺が『お父様』と戦うよりも前、鴉さんは『お父様』と何やらペルソナ能力も持たないまま抗っていたみたいなので、肉体面というよりは精神面で弱り切っていたのだ。本人は一端、意識が戻った時に、『迷惑はかけられない、ホテルに戻る』と言っていたが、明らかに大丈夫じゃない顔色をしていたので、俺の家の空き部屋に泊めて、看病することに。

 なお、看病は母さんから『アンタが助けたんだから、アンタが最後まで面倒を見な』ともっともなことを仰せつけられたので、俺が積極的に色々やっております。

 ええ、鬱陶しいからその髭を剃れと、叱ったり。

 食欲無いからって、スポーツドリンクだけで生きていく覚悟を決めるな! と叱ったり。

 大人しく寝床で横にならず、気づいたら絵を描こうとしている馬鹿を叱ったり。

 大人しくない病人がここまで厄介だとは。

 うちの家族は全員、めったに風邪も病気にもならない異常に健康な体質なので、こういう病人の世話というのは割と初めての経験である。何せ、病気になったとしても、滋養のある飯を食べて、薬を飲んで寝れば、一晩で治るからね、大体。

 あ、ちなみに玲音は弱っている鴉さんの下に出向くと、衝動的にぷちっと殺してしまいかねない、ということなので自重して部屋には来ないようにしているらしい。どうにも、玲音と鴉さんの相性は微妙に悪いようだ。

 なので、この家で鴉さんの面倒を見られるのが俺だけなのだった。

 

「ほら、ちゃんと食べられますか? 食べさせてあげましょうか? ふーふー、してから食べさせてあげましょうか?」

「年下の男に、それをされるぐらいなら……大人しく、死を選ぶ……」

「だったら、もうちょっとしゃっきりして食べてください。ほら、食べ始めれば、美味しい奴ですから、これ」

「……………………」

「野良猫みたいな警戒の仕方は何ですか、それ」

「………………あ、美味い」

 

 そして、この鴉さんなのだが、とてつもなく偏食である。

 まず、色が鮮やかな野菜は口に入れようとしない。肉も、魚も、生臭いのは嫌い。ほとんど、栄養剤とサプリメントで補えばいいという主義。むしろ、食事が面倒。食事をしないで生きていけるのなら、それでもいい。辛うじて好きなのは、漬物とか、よくわからない感じの食べ物の趣味だ。ああ。そういえば、居酒屋でもほとんど食べずに、質問に答えてばっかりだったな。

 だが、だがしかしぃ! そんな鴉さんでも、俺特製のおじやだけは別物だったようだな!

 

「美味い……異様に美味い……口当たりがさっぱり……小皿に盛られた漬物も嬉しい……」

「あっはっは! どうかな!? これが俺の真の実力という奴だよ!」

「素直に凄い」

 

 偏食な鴉さんであったが、俺が丹精込めて……いや、本当にガチで手間暇がかかりすぎていて、こういう時にしか作りたくない特製のおじやを気に入ったようだ。

 死んだ魚みたいな目に生気が宿り、ぱくぱくと、土鍋の中のおじやを休まず食べ続けている。

 

「なんだろうな? 出汁? 出汁が、凄い。いい感じ。ほぐれたお米も美味しい。梅干しも、酸っぱ過ぎず、口あたりまろやか…………いや、本当に凄いね?」

「出汁は結構高い昆布と鰹節の合わせ出汁。もちろん、生臭さやえぐみが出るような沸かしすぎなんて真似はしていない。さらに、それを味噌で味付け。ご飯はきちんと、冷や飯じゃなくて、米の状態からおじやへと調理したからね! そして、漬物は浅漬け! いえい、これが俺特製の看病料理セットだ! …………本当は、弱った美少女の心を掴むために、中学生のころ、練習した料理だったんですけどねー」

「その、なんかすまない」

「いえ、こういう時に役に立ったので、むしろ嬉しいもんですよ。ただ技術だけあるよりも」

 

 こんな雑談をしながらも、鴉さんのレンゲは止まることなく、おじやを口元へ運び続ける。

 そして、しばらくすると、土鍋の中にあった所為人男性一人前分の量は既に無くなっていて、看病を始めてから初めての鴉さんの完食となった。

 うむ、野郎相手でも中々達成感があるな、これは。

 

「美味しかった、ありがとう」

「いえいえ、お粗末様ですぜ」

「………………久しぶりに美味い物を食ったおかげで、大分、心の力が、回復した。これならば…………」

「っと、布団から出ても大丈夫なんです?」

「ああ。それよりも、君に、伝えないと、いけないことが、ある」

 

 幾分か気力を取り戻した鴉さんは、布団の横に置いてある自分のバックを漁り、そこから、スケッチブックを取り出した。ほぼ、どんな時でも手放さない鴉さんのスケッチブックだ。

 

「…………これ、に、見覚えは?」

「ん、んんん?」

 

 開かれたスケッチブックのページには、様々な人物や物、背景が描かれている。

 地下に伸びるダンジョン。

 鼻の長いぎょろ目の老紳士。

 蝶々の仮面を被った、見覚えのある誰かの姿。

 そして、まるで教会のそれの如き、厳かな雰囲気の部屋。

 

「…………あー、この仮面舞踏会にレッツゴー! みたいな、『玲音』の姿以外は、全然見覚えが無いのだけれど? というか、この玲音もなんか違うような?」

「そう、か…………やはり、ワイルドでは、ない。だが、なんとか、ベルベットルームに、接続、しなければ、『洪水』は防げない……」

 

 ベルベットルーム? なんぞー?

 俺は首を傾げるが、鴉さんの呟きは止まらない。まるで、見えない誰かに語り掛けるかのように言葉を並べ続けて、やがて、正気に戻ったかのように顔を上げた。

 

「天原君」

「はい」

「突然だが、世界はもうすぐ終わる」

「な、なんだってー!!?」

「いや、ネタではなく。割とシャレにならない感じで」

「マー?(疑問」

「マー(肯定」

 

 動物の鳴き声の如く、マーマー言っている、男子高校生と大学生である。気持ちわりぃ。

 

「ちなみに、理由は?」

「………………大いなる封印が、解けかけている。いや、もうすでに解けていた。人は、あまりにも死を望みすぎた。己の不条理で世界を呪い、滅亡を願い過ぎた。有史以来の破滅願望の清算の時間が近づいてきている……終わりの神は、人類の総体だ。倒せば、人類もまた、滅ぶ。故に、選べる道は協調しか存在しない……」

「簡単に言ってくだせぇ」

「人間が神様に文句を言いすぎたから、『んじゃあ、終わらせようか、世界』ってブチ切れている。神様に媚を売ってご機嫌を取らないと世界終焉へ」

「オッケー、理解! 理解はしたけれど、具体的には何が起こって、人類滅亡? 月でも落ちてくるんです? 一応、心の世界の月だったらぶち壊しましたけど」

「いいや、雨が降る。終わりのない雨が降る…………人類が滅ぶまで、止むことはない」

「あー、水害系はキッツいなぁ」

 

 何せ、ぶん殴ってもどうしようもなさそうな問題だ。

 雨雲を物理的に晴らすとかも難しそうだし。死に欠けの世紀末覇者を、たくさん用意して、障害に一片の悔いが無いようにしないと。

 

「…………随分と、あっさり信じるんだな? 名前も知らない、俺の事を」

「やー、見たところかなりの訳ありでしょう? 鴉さん。それに、こんな嘘を吐いたところで、なんの得もないだろうし。嘘、苦手そうだし」

「ああ。そうだな。それに、隠し事にも、向いていない」

 

 鴉さんは何かの覚悟を決めるように、一呼吸した後、俺へと向き合った。

 その眼には生気の他にも、覚悟を伴う強い意志の光が宿っている。

 

「改めて、自己紹介しよう。俺の名前は有栖川 忍(ありすがわ しのぶ)。この世界における二代目ワイルドの所持者だった男にして、全ての黒幕に負けた、敗北者だ。そして」

 

 鴉さん―――もとい、有栖川さんは、悔悟が含まれた言葉で告げる。

 俺へ、とても大切なことを伝えるために。

 

「あの白衣姿のペストマスクの中年――――『お父様』と呼ばれていた存在こそ、俺の叔父。有栖川 康孝(ありすがわ やすたか)だ。あの人の心は既に、終わりの神の暗黒面に、ニャルラトホテプと呼ばれる邪神の力によって囚われている。正気じゃない。願いは歪められ、想いは汚されて、心に大きな闇が巣食っている。俺は、彼に勝てず、敗北した。それ以外の条件は満たしていたが、最後に、力及ばずに倒れた。だからこそ、君に。俺とは逆に、条件が整わずとも彼を打ち倒すことが出来る君にこそ……いいや、君にしか頼めない」

 

 明かされるラスボスの正体。

 かつて、世界を救うために戦っていた男からの、頼み。

 俺は不謹慎ながらも、心に沸き立つ熱量を抑えきれなかった。でも、これは仕方ない。男ならば誰しも、お前にしか頼めない、と言われると心の中の熱量が上がっていくのだ。

 故に、俺もまた、有栖川さんからの言葉を受けるに相応しい自分であるために、物凄くきりっとした顔で言葉を待つ。

 さぁ、今こそ、闇に屠った中学二年生の自分に報いる時だ!

 

「―――岩倉玲音を完全攻略してくれ、恋愛的な意味で」

「…………えっ?」

 

 俺は思わず目を丸くして、疑問の呟きを漏らした。

 闇に屠ったはずの、心の中の中学二年生が、『そっちかよ!!』と叫び、手に持った魔導書(自作の魔法の呪文が描いてあるノート)を、床に叩きつけている姿を幻視する。

 

「最終的には結婚まで持ち込める関係になるのが必須だ」

「えぇ……」

 

 あ、でもこれ、多分、ラスボスをぶん殴るよりも困難な奴だ。



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第33話 童貞に恋は難しい。いや難しすぎるんですけど、マジで

 恋愛。

 それは、思春期の男女の思考を狂わせる、最大の要素である。

 クールビューティの美少女であったとしても、好きな人の前ではポンコツ化してしまい、上手く自分を保てない。

 コミュ力が極限にまで至ったイケメンだったとしても、好きな人の前ではコミュ障になってしまい、ぼそぼそと何を言っているのかわからない小声で対応してしまう。

 これほど露骨ではないにせよ、誰にでも経験があるのではないだろうか?

 過去の恋愛関係における、『うがぁあああああああ!! やめろぉおおお!! 消えてくれ! 俺の中から消えてくれ! 過去の俺の記憶よぉおおおおお!! うがぁあああ!!』と身悶えしたくなるような黒歴史という奴は。

 無論、俺にも存在する。

 めっちゃある。

 ありすぎて、逆に『ふふ、あの時の俺は若かったぜ』と黒歴史を受け止めるレベルにまで精神が成長したのが俺だ。俺は、過去の傷をそのままにせず、乗り越えて成長する王道少年漫画系の主人公なのである。

 でも、モテない。

 なんだろう? モテない。

 おっかしいなー、と思う。いやいや、割と俺、イベントこなしているよ? 今までに助けた人の数は、男女を問わず結構いるし、我ながら中々格好いいカットインと共に登場して、一時期良い雰囲気になった瞬間というのも確かにあったりする。

 でも、モテない。

 何故だ、何故なのだろうか……?

 

「すぐに服を脱がなければいいんじゃないか?」

「…………服を、脱がない? やだなぁ、有栖川さん。それじゃあ、どうやってエロスに持ち込むって言うんですか、もう!」

「すぐにエロに走るのは、やめなさい。後、忍と呼んでくれ。苗字は嫌いなんだ」

「うぃっす。んじゃあ、俺も晴幸でいいですよ」

「ああ、わかった、晴幸君…………まずは、恋愛の基本的なことから勉強を始めようか」

 

 さて、そんなわけで有栖川さん、もとい、忍さんからの恋愛講座である。

 なんでも、世界を救うには玲音を俺が恋愛的な意味で完全攻略しなければいけないらしい。マジかよ、どんな理屈でそうなっているの? と尋ねたところ、忍さんから『神様をデレさせて、人間と一緒に暮らしたいなぁ! と思わせればいい』とアンサーをいただき、納得しました。なるほど、俺の恋愛力に世界の命運がかかっているというわけか!

 …………あれ? 無理じゃね?

 

「こら、何処へ行こうとする、晴幸君」

「いや、今のうちに悔いが無いように、読みたかったエロ本を片っ端から買って、エロ収めしてこようと思いまして」

「諦めるな。作戦が始まる前に諦めるな」

「だぁあああああってぇええええ!! 俺ですよ!? 振られた数は星の数! は言い過ぎですけど、大体、『ごめん、君は私にとってのマスコット枠だから』みたいなノリで振られるんですよ!? やってらんねぇ! やってらんねぇよ、恋愛!」

「落ち着きなさい、それは、君がエロを優先しすぎる所為だ、多分」

「エロと恋愛は一緒なのでは!?」

「違う……微妙に違う……というか、確認なのだが、晴幸君。君は、彼女を、岩倉玲音の事をどう思っているんだ?」

 

 ぴたり、と俺の動きが止まる。

 喚きながら、床をごろごろ転がっていた俺は、その問いかけで硬直し……数秒後、憮然とした顔つきで立ち上がった。多分、唇を尖らせながら、ちょっと拗ねたような気分になっていたかもしれない。

 

「………………好きですけど、何か?」

「ほう」

「あ。なんですか、その顔! 年上の訳知り顔! イケメンフェイス! い、言っておくとですねぇ! 性欲がゼロってわけじゃないし! むしろ、エロエロはたくさんあるんですよ! でも、でも、なんというか、どちらかといえば、性欲が後というか、なんというか…………ううう、がぁあああ!!」

 

 うぎゃお! と俺は怪獣のように叫び声を上げる。

 何だこれは、どんな羞恥プレイなのだ!?

 

「どんなところが好きなんだい?」

「い、言うんですか? ここで? 言うんですか?」

「言わないと対策を考えられないだろう。ほら、さっさと言いなさい」

「………………猫みたいに気まぐれなところとか。その、でも、なんだかんだ、こっちを気にして、寂しがり屋なところとか。シリアルを食べている時、無表情に見えるけど、実は内心、うきうきしているところとか。こっちに意地悪する癖に、こっちが意地悪するととても怒って、拗ねるところとか。なんだかんだ、放っておけない感じがするというか」

「なるほど、君は岩倉玲音の事がかなり大好きなんだね?」

「ううう…………そうです、そうですよぉ……大好きな女の子のためだから、あんなよくわからない化け物をぶっ飛ばせたんですよぉ……不純と言いたければ、言うがいいさ!」

「いいや、言わない。世界のために戦う、なんて理由よりも、隣に居る大好きな女の子を守るために戦う方が、人間らしくて、俺は良いと思うよ」

 

 ふっ、と忍さんが珍しく笑みを見せた。

 それは、今までのコミュ障大学生のそれではなく、何かの大きな戦いを経た後の、格好いい大人の笑みだった。

 

「実は少し、心配だったんだ。君が変な義務感を背負って、世界のために岩倉玲音と恋愛をしようとするんじゃないかって。でも、それは杞憂みたいだ。君は、自分のために岩倉玲音と恋愛して、結果的に世界がなんか救われちゃったな! あっはっは! と暢気に笑える馬鹿だよ」

「それ、褒めてます?」

「とても、ああ、とっても褒めているよ。俺には、出来なかったことだからね」

 

 だが、その笑みには痛みも隠されている。

 何かを為したというだけではなく、何かを為せなかったという悔悟の痛みが。

 けれども、俺はそれに触れない。触れてはいけないと思う。だって、それは忍さんの物語だと思うから。どのような結末を迎えたとしても、それは、軽々しく俺が聞いてはいけないことだと思うから。

 だから、俺が今、忍さんに尋ねる問いは、これしか存在しない。

 

「忍さん、俺に、出来ますかね? 玲音とこう、イチャイチャエロエロする感じになるような仲になるために口説くことが」

「うん、とりあえず、エロエロは一端置いておこう」

「……一端、置く? 我が、半身を?」

「君のペルソナはエロから生まれているのかい?」

「ぐ、が、あっ…………よ、よし、辛うじて、ギリギリ、思考をエロから切り離しました。だ、だから、早く! 俺がこいつを抑えている間に、早くアドバイスをっ!」

「君のエロスはそんな化け物なのかい? …………とりあえず、まぁ、あれだ。現状確認をさせてくれ。君と玲音がどんな関係なのかを知りたい。出会った時から、最近までの玲音の行動の変化について教えてくれ」

「あ、はーい」

 

 俺は内なるエロスを押さえつけながら、玲音と俺の今までのやり取りや、その変化について語ることに。

 最初はよくわからない行動をする玲音。俺にとっては、なんかよくわからない可愛らしい生き物が動いているなぁ、という感覚だったのだけれども、次第に離れがたくなっていく。寂しがり屋の癖に、それを隠そうとしている仕草や、実は構って欲しいのを迂遠にこちらへ伝えてくる玲音の動作が愛おしくなってくる過程を説明する。

 そして、最近になってようやく、玲音が割と素直に、こちらに甘えてくるようになったことを報告する。

 俺が本を自室で本を読んでいると、隣にやってきてひょっこりと後ろから抱き着いて、どんな内容か確認してくる玲音。

 お風呂上りに、薄着で火照った体を冷ましている時、俺の視線に気づくと、にやにやと笑いながらこちらの耳元に、「えっち」と囁いてくる玲音。

 俺が隠しているエロ本を尽く廃棄した後は、いつも唇を尖らせて不機嫌になる玲音。

 一緒に対戦ゲームをすると、遠慮なく全力でこちらをぼこぼこにして、俺が半泣きになるまで止めることを許さない玲音。

 深夜、唐突に寝ている俺を起こして、真顔のまま俺に抱き着いてくる玲音。

 その他、最近になって感情豊かになった玲音について、俺は全て忍さんに報告した。

 

「…………そうか」

 

 忍さんは俺の報告を聞き終えると、眉間にしわを寄せて渋い顔をした。

 ま、まさか、駄目なのか? やはり、俺は誰とも付き合えず、マスコット枠として将来、大金を稼いで、高級風俗のお世話になるしかないのか!? 両親に孫の顔を見せられずに、人生にエンドマークを打つしかないのか!?

 

「あのな、晴幸君」

「はい」

 

 はぁーあ、と呆れの混じった忍さんのため息。

 俺はただ、びくびくと肩を震わせて、神託の如き忍さんからのアドバイスを待つしかない。

 

「さっさと告白しろ」

「…………えっ?」

「告白しなさい。大体、成功するから」

「性交!?」

 

 すぱーん、とすっかり元気になった忍さんによって俺は頭部を叩かれた。

 不思議な物だ。俺と一定以上の距離感を縮めた相手は、必ずといっていいほど、俺の頭部を叩いてくる。まるで、『ちゃんと脳みそ詰まってる?』と心配してくるかのように。

 

「違うニュアンスを混ぜない。いいか? 告白はまず、成功するだろう。それぐらいの親密度が、お前と岩倉玲音との間には存在する」

「え、あ? え?」

「混乱するな、そして、良く聞け。いいか? ここからがとても大切なんだが、告白するときは――――ギャグに逃げるな、シリアスに行け」

「し、シリアス!?」

 

 俺は、胸をパイルバンカーで打ち抜かれたような衝撃を得た。

 そうか、シリアス、シリアスかー。何だろう? 俺の魂が、「なにそれ美味しいの?」と素知らぬ振りをしているのだけれど、大丈夫だろうか?

 

「十秒でいい、シリアスになれ」

「お、おごごご、おごごご…………」

「もちろん、晴幸君が自宅でさらっと、岩倉玲音に告白するのは不可能に近い。それは理解している。だからこそ、シチュエーションというのが、大切なんだ」

 

 バグった機械の如き挙動を繰り返す俺の肩を掴み、忍さんは力強く告げる。

 

「まず、夏祭りに誘え。そこで、告白するんだ。いいか? くれぐれも、シリアスに。せめて、告白の台詞を言い切るまではシリアスになれ。その後はギャグになってもいい。だが、予行練習として、夏祭りに誘う時ぐらいは、真面目(シリアス)に格好つけろ。例え、素の自分が知られていたとしても、滑稽だったとしても、その滑稽さを愛おしく思うのが、女だ」

 

 かくして、岩倉玲音攻略作戦は始まった。

 この作戦の成否を決めるのは、忍さん曰く、たった一つだけだという。

 ――――シリアスに、格好つけろ。

 俺にとって、砂漠の中でたった一粒の砂金を探すよりも困難な戦いが今、幕を開けようとしていた。

 

 

●●●

 

 

 思えば、俺の人生で本気で誰かを口説いたことがあっただろうか?

 何処かに心の予防線を引いていたからこそ、相手は本気にせず、振られるということが多発していたのではないだろうか? もしくは、服を脱いでいたり、女装をしていたりなど、そういうことに原因があるのかもしれない。

 だが、今日、この時、俺は本気でシリアスに口説かなければいけないらしい。

 …………いや、違う。しなければならない、じゃなくて、俺が本気で口説きたいんだ。俺自身の意思で。そのために必要なのは、覚悟だと思う。

 例えば、直也の奴に頼んで部屋着だけれど、違和感なくスタイリッシュに決めるためのファッションを教えてもらったり。

 例えば、俺がこそこそ色々準備したりしている間、京子の下へ玲音を送って、時間稼ぎをしてもらったりなど、そういうことだ。

 その場のノリだけじゃなくて、きちんと準備を重ねること。

 本気になるということ。

 そして、本気になって振られた際、大人しく胸の痛みを受け入れる準備をすること。

 そういうことをきちんと用意しておくのが、俺なりの覚悟だった。

 …………まぁ、ひょっとしたら、こんな俺の内心なんてとっくの昔に、玲音によって見抜かれているかもしれないけれども、それでも行動しなければ、何も変わらないと思うから。

 

「玲音。三日後、夏祭りがあるんだけれど、良ければ一緒に行かないか? その、二人きりで」

 

 だからこそ、俺は精いっぱいの真面目さをかき集めることが出来たのだと思う。

 もちろん、違和感はあったはずだ。ありすぎたはずだ。いざ、夏祭りに誘うと決めた当日の朝から、俺は落ち着きのない駄犬の如く、家の中をうろうろして奇行が絶えず、あの玲音が「病院に行く?」とそこそこガチの心配をされる程度には落ち着けていなかった。

 それでも、夏祭りに誘った瞬間だけは、俺は落ち着いていた。

 声も震えていなかったし、ちゃんと服も着ていたし、女装もしていなかった。

 真剣に、玲音の目を見据えて、ふざけずに言葉を届けることが出来たと思う。

 

「…………ふーん」

 

 ただ、俺の言葉を受けた後の玲音の反応はよくわからなかった。

 特に驚きもせずに、淡白な反応を返して、もしゃもしゃとシリアルを食べるのを続行する様子を見て、俺は敗北を確信した。

 ああ、駄目だったのか、と。

 やはり、シリアルを食べている時に何かを言うのは駄目だったのか? とか、でも部屋で一緒に居る時は距離感が近すぎて、とてもじゃないけれどシリアス成分をかき集められない、エロス成分に負けてしまう、とか、色々な考えが頭を巡って、泣きそうになってしまう。

 だが、泣かない。泣かないぞ、俺は。

 ここで泣いたら物凄い笑える泣き方をして、そのまま地面をローリングして家から逃げ去ってしまう自信があるから。

 

「ふーん」

「…………あ、あの、玲音さん?」

「へぇー、そうなんだー」

 

 などと、しばらく落ち込んでいた俺であるが、ふと、玲音の様子がおかしいことに気づく。

 玲音はシリアルを食べ終わると、容器を流しに持って行き、きちんと洗った。ここまではいい。ここまでは通常行動である、ただ、問題はここから。玲音は食器を洗い終えると、そのままびたっと俺の背中に張り付き、「へー」とか「ふーん」とか、「なるほどー」みたいな言葉を繰り返しているのだ。

 さながら、よくわからない味の料理を、何度も何度も賞味して、ようやく美味がどうか確認する子供のように。

 

「ねぇ、ハルユキ」

「はい」

「私と、一緒に、行きたいの?」

「はい、えっと、そうです……」

「二人きりで、夏祭りに行きたいの?」

「は、はい、そうですが……」

「ふぅうううん……………………にひっ」

「玲音が笑った!?」

「にひひひひっ」

 

 チェシャ猫の如き、邪悪な笑みを浮かべて、玲音は笑っていた。

 にやにやと、不穏さを隠し切れないような笑みで、それから一時間ぐらい、ずっと俺に絡み続けて、最終的には、何か満足したのか、すっと真顔に戻って、ようやく俺の誘いへの答えを口にしたのだった。

 

「いいよ、一緒に行こう」

 

 俺はその答えを聞いた瞬間、顔中に熱が巡って、どくどくという血の流れが耳の奥から聞こえてきた。

 なんだろう、これは? なんだろう、この感覚は。

 今まで体験したことのない感覚に俺が戸惑い、必死に顔を隠そうとすると、その腕を玲音が優しく押さえつけて、また、「にひっ」と笑った。

 その笑みは控えめに言っても、邪悪の権化みたいな笑い方だったのだけれども。

 何故か、不思議とその顔が可愛らしく思えて、俺は余計に顔を赤く染めてしまったのだった。



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第34話 祭囃子は、終わりを呼んで

 例えばの話をしよう。

 例えばであるが、君はヤンキー漫画が大好きだったとしよう。登場人物のイカれた反骨っぷりに胸がすくような思いを抱き、自らの意地のために、より強大な相手へと歯向かっていく不良共を眺めて、『良いキャラだなぁ、こいつら』と満面の笑みで頷いているとしよう。

 そんな時にだ、もしも隣にやってきた人物から、こう言われたらどうする?

 

「え? でも、こいつらサイバイマンより弱いじゃんwww」

 

 それが、同い年の同性だったとすれば、戦争の始まりだ。『そうじゃねぇんだよ!』と相手の尻を引っ叩いて、終わりのない論争を繰り広げるだろう。

 なお、一世代上の同性に言われたら、「ははっ、そうっすね」と愛想笑いで流しつつ、内心では『死ねよ、オッサン(オバサン)』と静かに殺意を滾らせるかもしれない。それが原因で、名探偵コナンのBGMが流れて、殺人事件が起きるかもしれないが、それはまた別の話だ。

 え? 同い年の異性(美人←重要)? もしくは、年下の可愛い異性? 外見だけは美形なのに、中身がクソ生意気な年下の異性? ご褒美だろう、存分に堪能するといい。

 さて、脱線してしまった話の筋を戻すとしよう。

 要するに何が言いたいかと言えば、違う作品の――特にジャンルが違うキャラクターを持ってきて、そこで無粋な力比べをして他のキャラクターを貶めるのは、無粋だということだ。無論、それは最強キャラを議論する浪漫な語り合いを否定する物ではなく、異なる作品を重ね合わせる二次創作のクロスオーバーを否定する物ではないと明言しておく。

 ――――けれど、もしも、そういうことが実際に起こってしまったら、どうなるだろうか?

 例えば、シリアスな推理小説の中に、力技でなんでも解決するギャグ漫画の主人公が登場してしまったら?

 例えば、繊細で美しい伝奇物語の中に、空から超科学力を持った宇宙人が現れたら?

 例えば、例えば、例えば――――そう、これはあくまでも仮定だ。実際に起こりうることではない。だからこそ、それがもしも起こったら? というイフを想像するのは楽しいのだが。

 

「それが実際に、起こってしまったら、現地民にとってはたまったもんじゃねぇよな? つまりは、これはそういうことなのさ」

 

 在り得てしまったイフは、時に、世界へ大きく影響を及ぼすことになる。

 良くも、悪くも。

 

 

●●●

 

 

「がぁあああああ!! がぁああああああ!! 助けてくれ! 助けてくれ、直也! 限界だ! 限界なんだ!」

「ど、どうしたんだよ、一体?」

「俺が玲音を夏祭りに誘ってから、なんか、妙に、妙に玲音のスキンシップが過剰になってきて! しかも、しかも、家に居る時はずっと隣に居るようになったから、ろくにオナニーもできなくて! 己の中の野獣を、俺はもう、抑えきれない!!」

「…………それと、君がその手に携えた黒いビニール袋に包まれた書籍は何かな?」

「エロ本だ!!」

「やっぱりか、この野郎!」

「頼む直也、一発……いや、三発ぐらいやらせてくれ!」

「発言! 発言が誤解を生むだろうが! ちゃんと、部屋を貸してオナニーさせてくれ、って言い直せよ! 京子も来ているんだぞ、もう!」

「…………やっぱり、馬鹿と屑が怪しいと思ってたんだよ、私は……」

「ほら、すぐに誤解されたぁ!? さっきまでの会話を聞かれていたというのに、誤解されたよ!? というか、京子は僕に対して疑心暗鬼が過ぎない!?」

「テメェはすぐに雌堕ちしそうな雰囲気があるんだよ! 女装した状態で馬鹿に襲われたら、絶対、中盤辺りから雌の声を出しながら負けるんだ……そういう奴だよ、テメェは」

「まず、僕が女装をするという前提をやめようか!! というか、晴幸! 馬鹿! さりげなく人の家のトイレに無言で入っていくな! エロ本を置いていけ! 鍵をかけるな! せめて、終わったら窓を開けて換気してよ、マジで!!?」

 

 俺が玲音を夏祭りに誘ってから、時間は瞬く間に流れて行った。

 まず、忍さんに作戦成功を告げたら、真顔で「まず、第一フェイズが成功しただけだ。油断するな、ここから予行練習を行う」と言葉を返され、そこからがっつり二日間ほど、ホテルの一室を貸し切っての応答訓練が行われたりとか。

 途中、性欲の我慢が限界に達した俺が、直也の家に突撃してひと悶着起きたとか。

 その後、賢者モードになった状態でワイヤードや『お父様』の行方に関しての報告を受けたりなど、実に忙しい日々を送ることになった。

 忍さんからの、『肝心な時にシリアスを出していく』という訓練。

 祭りの資金を残した上で、金には糸目を付けず選んだ極上のエロ本たちによる性欲の排除。

 直也、京子と共に、『お父様』の行動をどうやって予測して、捕まえるか。ナイツが全滅してなお、まだ残るワイヤードの謎の追求。

 

「…………貴方は、随分とまた、凄いことをやらかしたわね、晴幸君」

「ぐっ、違います! 手を出していません! 魂に誓って! 玲音のあの未成熟だけれど、妙に妖しい魅力のある体には手を出していません!」

「晴幸君?」

「ま、待ってください! ガチです!」

「いや、それよりも、テロリスト集団の首魁を撃退した時の話を聞きたいのだけども?」

「あ、はい」

 

 そして、よりにもよって夏祭り前日に事情聴取へやっていた刑事さんへの対応と、たった三日間であるが、とても目まぐるしく時間が過ぎて行った。

 正直、準備は万全とは言い難い。

 忍さんとの特訓の成果で、七秒ぐらいはシリアスを続けられるようになったが、まだ完全なシリアスには程遠い。精神が乱れると、俺の素が出てしまう。

 それでも、それでも、ここで止まる選択肢などは無いから。

 俺は、覚悟を決めて、夏祭り当日を迎えた。

 

 

●●●

 

 

 田舎の夏祭りは、意外と人が集まるイメージが俺にはある。

 もちろん、地方によって違いはあるだろうけれど、少なくとも、俺の地元の夏休みは結構人が集まる。何せ、お盆休み前に行われるので、ちょっと早い帰省で若者たちが戻ってくることが多いのだ。そのため、妙に懐かしい顔ぶれを見ることがたまにある。

 例えば、子供の頃、良く遊んでくれた近所の兄ちゃん(既婚)。

 

「…………そうか、お前もついに、彼女が…………俺も、年を取ったもんだ……」

 

 例えば、子供の頃、よく遊んでくれた近所の姉ちゃん(既婚)。

 

「ふふっ、可愛い彼女さんね? 大丈夫、晴幸はさ、見た目は怖いけど、中身はとんでもなく優しい男の子だから」

 

 例えば、大学生の従兄(年齢イコール彼女居ない歴)。

 

「あぁああああああ!!? 晴幸に!? 晴幸に彼女が!? 晴幸にさえ彼女が!? ああ、ああああ…………俺は、一体、今まで、何をして……」

 

 頻繁に連絡を取り合う仲ではなくとも、俺の身長と顔は目立つらしく、大体、見覚えのある人はちょくちょく声をかけてくれるのがありがたい。何がありがたいかと言えば、俺の隣に居る玲音を『彼女』として認識してくれるのがとてもありがたい。

 

「あー、悪いね、騒がしくて」

「…………ん、別にいいよ」

 

 俺はちらりと、横に居る玲音へ視線を向ける。

 本日の玲音はいつもと。違っていた。何が違っていたかと言えば、まず、服装が違う。いつも、部屋着はほとんど下着のような薄着か、お気に入りのクマさんパジャマしか装着せず、外出するときも、シンプルで飾り気のない格好を好む玲音だったのだが、今日は違う。

 何せ、浴衣だ。玲音が浴衣を着てくれている。しかも、あれは姉ちゃんのお下がりの中でもかなり上等の浴衣である。青い生地に可憐な花々が飾られている、美しい浴衣。そして、着るのがかなり面倒なので、一度来たら満足して使わなくなっていた一品である。

 一緒に家を出る時に、妙に身支度に時間がかかったり、途中で母さんがお呼ばれされたりしていたが、まさか、こんなサプライズをしてくれるとは俺は思っていなかった。正直、予想外の一撃を受けてしまい、俺は瞬く間に余裕を無くしてしまった。

 

「似合う?」

 

 家を出て、夏祭りの会場に向かうまでの間、ぽつりと零した玲音の一言。

 俺はそれに過剰反応してしまい、そりゃあもう、褒めまくってしまった。それは予め考えていた言葉ではなく、自然と魂から湧き出てくるような言葉で、全然クールでもなく、さながら限界オタクの如きあっぷあっぷの、余裕のない言葉の羅列であったが、玲音は俺の余裕のなさを見られて満足したらしく、最初から上機嫌だった。

 

「にひひっ。じゃあ、はい」

「…………えっ?」

「手、つなご?」

「――――っ! あ、ああ!」

 

 どれくらい上機嫌かと言えば、祭りの最初から時折、手を繋ぐことを許可してくれるレベルだと言えば、玲音を知る仲間たちは驚くだろう。何せ、玲音は自らが勝手気ままに触れるのは良いのだが、こちら側から触れようとすると猫のようにするりと避けて、べぇ、と舌を出してくるようなところがある。

 そんな玲音が、わざわざ声をかけてから手を繋いで。

 しかも、時折、物を食べたり、射的で遊んだりする際に手を離した後、俺側から手を伸ばしても避けず、むしろ、歓迎するかのように指先を絡ませてくれるのだ。

 正直に、言おう――――――めっちゃ、可愛い!! え? 何この子可愛すぎないか? え? 大丈夫? 可愛すぎて俺死なない? 可愛さの過剰摂取で死なない?

 

「うわぁあああああああ!! あの馬鹿に彼女が出来てるぅううう!!?」

「あぁあああああああ!!? そんな、そんな馬鹿な! 晴幸は俺たちの希望の星だったはずなのにぃ!?」

「モテない筆頭! モテない筆頭! 何故だ、何故、アンタは俺たちを裏切ったぁああ!!?」

「ああああああ!! 羨ましいよぉ! 年下の美少女を彼女とか、羨ましくて死ぬよぉ!!」

 

 なお、玲音の可愛さの余波によって、夏祭りに来ていた高校の同級生(野郎ども)は絶叫したのち、膝から地面に崩れ落ちていた。奴らは、俺同様に、彼女の居ない夏を送る非モテ集団であり、俺のその筆頭だと勝手に扱われていたのだが、俺と玲音が手を繋いで歩いているところを目的して、正気度チェックに失敗したらしい。

 

「くそがぁあああああ!! かくなる上は、祝ってやるぅううう!! はい、焼きそばぁ!」

「祝福してやるから、後で女の子を紹介してくれぇえええええ!! はい、綿あめぇ!」

「花火なんて上等な物はうちの夏祭りにないけど、縁起物はあるから神社で買うのをお勧め!」

「屋台の飯は思ったよりも腹に溜まるから気を付けろよ! あ、神社から少し離れたベンチは人がさほど多く無くて一息つける場所だぜ!」

 

 ただ、嫉妬に狂い、狂気状態に陥っても、そこは俺の友達だ。なんだかんだ喚きながらも、俺たちを祝福してくれ、色々な物やアドバイスをくれたりするのだからありがたい。

 

「…………友達?」

「ああ、騒がしいが気の良い奴らだよ、まったく…………いや、俺も立場が逆だったたら、似たようなことになっているだろうから、何も言えねぇ」

「…………」

「ん? 玲音?」

 

 俺が友達について語っていると、玲音は無言のまま俺の手を握る力を強めた。

 ぎゅっ、と幼子が不安を伝えるように。

 表情だけは平然としていて、無表情だけれど。

 俺を見上げる玲音の瞳は、どこか潤んでいるようにも見えた。

 

「…………あー、玲音。祭り、楽しかったか?」

 

 俺は小さく、柔らかな玲音の手を握り返して、問いかける。

 玲音は、無言で頷いてくれた。

 それだけのことで、俺の胸の内は驚くほど舞い上がってしまうから、不思議だ。

 

「そうか、よかった。それで、な………………伝えたいことがあるんだ。その、ここじゃあ少し、騒がしいから、教えてもらったところに行こうぜ。そう、神社から少し離れたベンチのところ」

「…………ん」

 

 頷いてくれた玲音の手を引いて、俺は歩く。

 歩調を合わせて。

 手の先から、冷たいような、温かいような玲音の温度を感じて。

 息が詰まりそうになるような胸の鼓動を隠して。

 

「…………人、居ないな」

「ん、そうだね」

 

 やがて、辿り着いたベンチの周囲にはほとんど人が居なかった。いや、ほとんどというか、人が無い。俺たちがベンチに座った時には、まだいくらか居た人が、いつの間にか空気でも読んだのかのように、居なくなっている。

 まるで、世界に『告白しろ、おら、さっさと告白しろや、ヘタレ』と急かされているような気分だ。

 おうとも、そんなに急かされなくとも、男らしく、シリアスに告白してやるぜ!

 

「あ、あのさ、玲音……多分、薄々気づいていると思うけど、こ、この夏祭りに誘ったのは、だな、うん」

「…………」

「俺は、つまり、なんだ、ええと」

 

 言葉が上手く出てこない。

 言いよどむ。

 あれほどあった気力が、段々と萎えていく、恐れを為していく。

 理由はもちろん、分かっている――――怖いのだ、俺は。この告白に世界の命運がかかっているとか、そういうことではなくて、ただ単に、本気で、真剣な告白が拒絶された時のことを考えると、怖くて仕方がない。

 大丈夫だと、理性は言う。

 手を繋いでくれたり、散々、彼女扱いをされても否定しなかった、だから、大丈夫だと。他の仲間たちも応援してくれたのだから、大丈夫だと。可能性は極めて高い、と。

 でも、それでも怖いと思ってしまう。

 悪魔と戦う時よりも。

 悍ましい敵対者に殴りかかる時よりも。

 何よりも、俺はこの瞬間が怖かった。自分で運命を切り開くのではなく、自分の想いを他者に預けて、言葉を待つのが怖かった。

 情けないにもほどがある有様だ。

 きっと、小学生や中学生でも出来ることを、俺はとても恐れているのだから。

 怖くて、怖くて、玲音と一緒に居た今までの記憶がリフレインする。この日常を手放したくないと思う。離れがたいと思う。故に、心の中に魔が差す。何もしなければ、少なくとも、このままを維持できるのではないかと、悪魔の如き誘いが頭の中に生まれる。

 だが、それを打ち消したのはやはり、玲音との思い出だった。

 先ほど見た、不安げな玲音の瞳だった。

 ぎゅっと、手を握られた時の、玲音の温度だった。

 

「――――まったく、俺って奴は」

 

 やれやれ、と俺は肩を竦めて大きく息を吐く。

 違うだろうが、そうじゃないだろうが。俺が、俺は、決めたんだろうが。何があっても、玲音の隣に居ると。玲音が求めている限り、その手を離さない、と。

 なら、不安そうにしている玲音を目の前にして、我が身可愛さに臆することの、なんと愚かなことか。

 違うだろ、俺は馬鹿だけれども、そんな愚かさは要らない。

 俺が望むのは、怖くとも、傷ついても、誰かの手を取りに行くための愚かさだ。

 

「玲音、聞いてくれ」

「…………うん」

「お前のことが、好きだ。俺の隣に居て欲しい」

「…………」

 

 存外、自分でも驚くほどシンプルな告白だった。

 散々、忍さんや仲間たちと一緒に色々告白の台詞を考えたというのに、結局、最後の最後に口から出たのは、そんなありきたりな、何処にでもあるような告白の言葉だった。

 けれども、これは紛れもなく、俺の魂から出た言葉だった。

 

「…………ん」

 

 玲音は告白を受けて、目を見開いた。

 僅かに驚いたような表情。

 何度か、瞬きを繰り返した。

 そして、その唇が何かも言葉を紡ごうと動き出した瞬間――――俺は、玲音の肩を強く掴んだ。

 

 

●●●

 

 

「――――っ」

 

 玲音がまず、晴幸に肩を掴まれて思ったことは『キスされる』という、乙女チックな物だった。

 何せ、彼女は神に等しい存在であっても、乙女だ。ましてや、すぐ近くに、いつもはギャグで色々誤魔化す奴が、がっつりと真剣な表情で偽りなしに、おふざけなしに告白してきたのである。相応に感じる物があり、また、告白の返事を待たずに、肩を掴まれたという強引さに少し胸をときめかせつつも、どんな対応をしたものかと戸惑った。

 

「――――みぎゃ!?」

 

 戸惑った矢先に、玲音は思いきりベンチから離れた場所に投げ飛ばされた。

 思考を挟む余地のないぐらいの、唐突で、物凄く速い投げだった。流石の玲音もこれには反応しきれず、ごろごろと地面を転がる始末。

 先ほどまでの良い感じの雰囲気からの一転、晴幸のこの対応に、玲音は怒りよりもまず、疑問を思い浮かべた。玲音は知っている。晴幸は馬鹿ではあるが、優しい馬鹿であると。敵対者に対しては、女の子でも容赦なく殴るようなところがあるけれども、少なくとも、自らが告白するような相手に乱暴するような人ではないと、知っている。

 だからこそ、疑問の次に、玲音は猛烈に嫌な予感を得た。

 優しい人間が、乱暴な対応をしたのならば、そうしなければいけない理由が、あの瞬間に生まれてしまったのではないだろうか? と。

 そう、例えば、

 

「見事。この手の奇襲で仕損じたのは、体感、五十年ぶりの経験です」

「ぐ、が、あ…………」

 

 玲音の命を狙う襲撃者から、とっさに身を庇うための行動だったり、など。

 そう、この世界において、害せる者など皆無に等しい岩倉玲音の予測と警戒を全て上回り、必殺に等しい奇襲を放っていた強者の一撃から、玲音を守るための行動ではなかったのかと。

 そして、その予想は見事に的中した。

 

「流石は天原の系譜。悲劇を覆す、異郷の魂を宿す一族……ですが」

 

 玲音が混乱から回復して、その眼に見た光景がある。

 それは、軍服と外套に身を包む魔人が、その手に携えた軍刀を突き出した瞬間だ。その白刃が、崩れた体勢にある晴幸の――――右胸の部分を容赦なく貫いた瞬間だ。

 

「私もまた、異郷なる来訪者。理を覆す存在です」

 

 苦々しく顔を歪めながらも、己を貫く白刃を掴む晴幸。

 なんの感情も伺わせぬ無表情を張り付けたまま、淡々と言葉を紡ぐ魔人。

 まるで、その二つは悪い悪夢のようで、けれども、確かに玲音の眼前に存在していて。

 

「申し訳ありませんが、護国のためです。貴方たちを蹂躙させていただきます」

 

 かくして、日常は閉ざされる。

 これより幕が上がるのは、虐殺無慈悲なる魔人の蹂躙劇。

 百鬼夜行を切り捨てて。

 神魔混沌すらも踏み砕き。

 人外魔境を闊歩する。

 そして――――――かつて、七つの世界すら斬り滅ぼした魔人。

 殲滅者・葛葉ライドウによる蹂躙劇だ。

 

「どうか、私を恨みながら、死んでください」

 

 淡々と紡がれる言葉にはとことん現実味がなく、空々しい。

 けれど、遠くから聞こえる祭囃子の音が、否応なしにこれを現実であると告げていた。

 

 

●●●

 

「な? わかっただろう? 『ジャンルが違う奴』が出てくると、たまったもんじゃねぇ、ってさ。じゃあどうすればいいのかって? このまま絶望に沈めばいいのかって? さて、そこら辺は全て――――あの馬鹿が、ここまで辿り着けるかどうかに、かかっているんじゃないかね?」

 

 部屋の主は不敵に笑う。

 偽りの主は、異郷なる二人の戦いを愉快そうに観覧する。

 ………………まだ、その部屋のドアを叩く者は居ない。



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第35話 喚くな、抗うな、疾く、死ね

・フラグメント6

 

 愚かな娘の話をしよう。

 此処とは違う世界の話をしよう。

 東京にミサイルが落ちず、洪水によって沈むこともなく、新たな世界を受胎することもなく、ベルの悪魔たちによる争いも、人を滅ぼす者たちによる襲撃も無かった世界の話だ。

 あるところに、仲の良い兄妹が居た。

 

「わぁい、兄様! 兄様! 異種族レビュアーズの新刊が出るそうですよ! 早速、買いに行きましょう!」

「時に落ち着け、妹。流石に、小学生の妹に買ってやるには躊躇いがある漫画だぞ、それは」

「じゃあ、我々の稼業のためになる漫画ということで、つぐももの最新刊を」

「それも結構、デッドボール級の荒れ球だろうが! というか、最新刊ってことは、既に既刊を読破しているな!?」

「てへっ」

「まったく、しょうがない妹だ…………本当にしょうがない妹だな、おい」

 

 妹はちょっと馬鹿でスケベ。

 兄は常識人で優しい苦労性。

 年の差は六つ。

 高校生の兄と、小学生の妹という、年の離れた兄妹であったが……いや、年が離れていたからこそ、彼らは仲良く育って行った。

 彼らは他の同年代と同じく、健やかに、特に何の問題もなく生きてきた。

 ただ一つ、他の同年代と彼らが違うところがあるとすれば、

 

「じゃあ、悪魔祓いの後に、新刊を買ってきてやるよ、二つとも」

「わぁい! 兄様大好きぃ!」

「その代わり、ちゃんと術の練習をしておくんだぞ? あ、練習するときは、必ず母様が居る時にしなさい、いいね?」

「はぁい!」

 

 彼らの字(あざな)が、『葛葉』だったということだろう。

 ――――葛葉一族。

 それは、その世界では表立って国家を守護する護国の一族だった。

 何処かの世界とは違い、戦後の混迷の流れでも、権威を失わず、むしろ、戦後の悍ましき怪人共の跋扈から国家を守護し続けたため、必要不可欠の存在として台頭していたのが、葛葉一族だった。

 無論、その世界でも悪魔やそれに抗う者たちの戦いは、民草へと公表しているわけではない。

 表立ってと言っても、葛葉の字を持つ一族は、少しでも政界に絡む経験をしている者であれば、優秀なるボディーガードを輩出する一族として認識されている。

 けれども、その程度の認識であったとしても、国家のしがらみの中でも堂々と護国の輩が生き残り、魑魅魍魎を打ち払う世界は平和だっただろう。

 幸いなことに、その世界では世界を二分するような宗教は早々に潰され、存在すらせず、また、闇に潜む悪の組織などは、葛葉一族が根切りにしていたのだから。

 

「ほら、妹。まだまだ剣に振り回されている。しっかり、体幹を意識した立ち回りをしなさい」

「ぶぅ! 難しいよ、兄様!」

「ははは、とりあえず、素振りを千回してみるといいぞ」

「ははは、兄様でもそんな冗談を言うのですね?」

「冗談……?」

「兄様は、兄様はちょっと頭がおかしい……」

 

 平和な世界で、されど、兄は慢心することなく成長を続けた。

 全ては、『葛葉ライドウ』という誉れある名を受け継ぐために。

 兄は、悪魔たちすら誑かすほどに、人が良くて。

 兄は、かつての英雄すら舌を巻くほどに、卓越した剣技の持ち主で。

 何よりも、力なき民草のために、尽くす滅私奉公の心構えがあった。

 誰しも、兄のことを認めていた。

 間違いなく、彼こそが葛葉ライドウに相応しい存在であると。

 彼ならば、必ずや試練を踏破して、見事に名を受け継ぐに足ると。彼の十四代目にも迫る逸材の持ち主であると。

 

「………………え? 嘘でしょう? なんで、兄様、が?」

 

 彼が、国家を騒がす連続殺人鬼として指名手配されるまでは。

 …………結論から言えば、それは苦肉の策だった。

 平和だった国家に潜む、悪魔の影。

 人の皮を被り、人に成り代わり、社会を脅かそうとする悪魔たちの群れ。それらを打倒するために、粉骨砕身の戦いを続けていた兄はある時、『とても勇敢なる記者の一人』によって、その戦いを暴かれ、勘違いの末に、連続殺人鬼としては民草に認識されてしまったのだ。

 戦後の、まだ、インターネットが普及していない時代ならば、国家として圧力をかけられた。

 けれども、いつでもどこでも、誰でも、世界に情報を発信できる時代となってしまったが故に、情報の拡散は抑えきれず、かくして、英雄は殺人鬼として世界に詐称させられてしまったのである。

 何せ、人に成り代わった悪魔を討伐する兄の姿は、無知なる民草から見れば、ただの危険な殺人鬼にしか見えないのだから。

 

「仕方がない、一度捕まってくれ」

「何、問題ない。それらしく逮捕して、死亡を偽装すれば、煩いゴミども静まるだろう。まったく、誰のために彼が骨を折っていると……」

 

 されど、それだけのことで葛葉一族は、国家は兄を見捨てようとしない。

 何とか陰謀とも呼べる策謀を整え、兄をどうにか無知なる大多数の悪意から庇おうと考えていた。

 そう、今回の件に関して、国家の上層部は何の落ち度もない。

 大人たちは、有識者と呼ばれるような彼らは、この世界では聡明であり、また、有望なる若者を切り捨てるなどという残酷な決断を許さない大人だった。

 無論、政治家であるので、当然、清涼潔白とは言い難い経歴や癖のある人物ばかりだったのだが、それでも、今まで国家に尽くしてきた若者を何もせず見捨てるという選択肢を選ぶような輩ではなかったのである。

 

「妹の仇だ!」

「姉さんの仇だ!」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「許すな! あの殺人鬼を許すな!!」

 

 故に、愚かだったのは無知なる子供たちだ。

 彼らは、インターネットの普及と、一人の悪意によって身に余る力を手に入れていた。

 ――――悪魔召喚プログラム。

 世界崩壊の引き金。

 人に余る力を、フリーソフト感覚で世界に拡散させる天才の所業。

 金色の瞳をした、とある邪神の化身による試練が、愚かなる子供たちは凶行に走らせた。

 

「ゲゲゲッ! オロカ! オロカ!」

「救いがたい愚かさだな、人間の子供たちよ」

「普通に考えて、自らよりも低い立場の存在に、我々が従うわけがないでしょう?」

 

 悪魔の力で、護送中の兄を殺そうとした子供たちはとんでもない愚行を犯した。

 自分の力量で制御できない高位の悪魔が、次々と現世に解き放たれて、暴れ始めたのである。無論、子供たちに悪魔を制御できる力など存在しない。

 

「―――――流石に、それは見過ごせん」

 

 だからこそ、兄は動いた。

 葛葉ライドウに最もふさわしい彼は、例え、無手であったとしても、例え、鬱陶しく動く子供たちが、人質が居たとしても、周囲に喚く群衆が居たとしても、動いた。

 装備はろくにない。

 徒手空拳の上に、悪魔の牙から身を守る防具も存在しない。

 囚人としての装い。

 間違いなく、兄が戦った中でも最悪の環境の中で…………けれども、兄は戦い抜き、守り抜いた。高位の悪魔を全て打倒して、群衆に、実行犯の子供たちですら一人の犠牲も出すことなく、守り抜いたのである。

 

「…………ご、ほ。ああ、よかった。守れた、か」

 

 その命と引き換えにして。

 たった一人だけならば、どうとでもできたというのに、よりにもよって愚かなる群衆すらも最後まで守り抜いて、命を散らしたのである。

 ……………………ここまでならば、ここまでならば、まだ、彼女は許せたかもしれない。許せたのかもしれない。とてつもなく納得いかず、怒りが溢れるけれども、兄らしい尊い最後だったと、納得できたのかもしれない。

 

「ち、違う! 悪いのは俺たちじゃない!」

「そうだ! そうだ、こいつが! こいつがあの化け物共を呼び出して!」

「俺たちは! 俺たちは悪くない!」

 

 守り抜いた、愚かなる子供たちが、醜悪なる自己弁護の下、クソの如き誤報を世界中にばらまかなければ。

 金色の目をした、邪神の化身が、これも試練だとそれを煽り、あたかも真実のように脚色して、捏造しなければ。

 この事件がきっかけで、世界中に悪魔の存在が周知されることになった。

 当然、世界中は大混乱であり、ろくな統率も取れない。

 人心は乱れ、悪魔は跋扈する。

 そして、人の悪意と愚かさを煽り、火をつけて、これが試練だ、とばかりに邪神の化身は、嗤う。

 さぁ、抗えよ、人類、と。

 乗り越えて見せろ、と。

 滅ぶなら、それも面白い、と。

 人の心の奥底に潜む、悪意の塊、影は嗤う。

 物語の始まりだと、邪神ニャルラトホテプは嗤っていた。

 

「――――――黙れよ、ゴミ共が。ああ、鬱陶しい、鬱陶しい、全て、死ね。お前が全ての人の影だとすれば、全ての人間を皆殺しにすれば、消えるだろう?」

 

 たった一人の超越者に、全人類が皆殺しにされる、その時までは。

 それは、不可能であるはずの殺戮だった。

 全人類を一人残さず、たった一人の人間が殺し尽くすなんて、不可能であるはずだった。例え、可能であったとしても、最後の一人である自分を殺すその瞬間まで、ニャルラトホテプという邪神は存在し続けるはずだった。

 だから、勘違いがあるとすれば、それは彼女を人であると誤認してしまったということ。

 彼女は人の皮を被った、悍ましき来訪者の魂。

 怒りと嘆きを強く持てば持つほど、力が増すという理を刻まれた世界から零れ落ちた、魂の一柱。

 ジャンルの違う、何かとても理不尽なる力によって、全ては蹂躙された。

 人々が抗う暇もなく。

 邪神が嗤う暇すらもなく。

 惑星の命すらも、残さず切り捨てて。

 怒りのままに、全てを蹂躙し尽くしたのだった。

 

「…………まだだ、まだ、この怒りは収まらない……そうだ、悪を、ゴミ共を、滅ぼさなければ、収まりはしない……」

 

 そして、残ったのは怒りに狂う超越者が一体。

 彼女はしばらくの間、宙を漂い、死ぬこともなく、苛立ちのままに力を振るっていたが、次第に、周囲の理を曲げて、他の世界線へ移動する力を身に着けてしまったのである。

 それは、来訪者としての特性が極まった結果、異なる世界を闊歩する力に覚醒してしまった結果なのかもしれない。

 あるいは、理由など彼女には必要なく、ただ、そうありたいと願ったからこそ、世界の理を捻じ曲げて、自ら作り出してしまった力なのかもしれない。

 

「死ね、死ね、悪は死ね! 屑は死ね! 全て、消え去ってしまえ!!」

 

 怒りのままに、異なる世界線を渡って、超越者は剣を振るう。

 東京に核を落とした世界を滅ぼした。

 洪水によって黙示録が起きた後の世界も、滅ぼした。

 東京が死んで、新たに受胎した世界すらも醜いと滅ぼした。

 ベルの悪魔たちの争いを、貴様らのような悪魔が居るから悪は生まれるのだと、滅ぼした。

 神の試練に抗う人々に手助けしようとしたけれども、怒りで手元が狂って滅ぼした。

 第三帝国の野望を秘めた残党が居る世界は、見かけた瞬間、惑星ごと斬り捨てて滅ぼした。

 ……………………最後に滅ぼした世界は、怒りが鎮まり、今までの己の殲滅を後悔しながら、それでも誰かを守ろうとして、失敗した。その世界で寄り添ってくれた大切な隣人を守り切れず、結果、怒りに狂って世界を滅ぼしてしまった。

 

「………………こんなの、こんなの、私が、悪じゃあないか」

 

 嘆く中、虚空の宙を漂いながら超越者は観測した。

 かつて、己が滅ぼした世界――並行世界の、源流を観測した。

 それらは全て、『自分が関わらなければが、上手くいく』可能性があった。どれだけ過酷であったとしても、苦しんだとしても、人類の中から抗う者が生まれ、そして、『答え』と共に世界の理不尽に立ち向かい、絆の力を持って勝利する。

 許しが無いはずの邪悪すら、心にあることを認めて、乗り越えて。

 悪魔たちの力を借りて。

 時に、邪悪だったはずの者すら改心させて。

 世界を救う、美しい物語が、そこにはあった。

 

「私は、今まで、何を…………」

 

 彼女は後悔し、挫折し、決断した。

 この怒りこそ、どうにもならない灼熱の感情こそが、全ての失敗なのだと。

 ならば、それを律して、可能な限り排して、自らはただの暴力装置であろうと。

 判断を放棄して。

 ただ、使われるべき主によってのみ、敵を判別して討ち滅ぼす刃であろうと。

 故に、彼女は軍服を身に纏う。

 かつての十四代目に近しい姿で自らを固め、己を排した姿で、命じられるままに刃を振るう。

 それが、殲滅者・葛葉ライドウという、愚かな娘がたどり着いた成れの果てだった。

 

 

●●●

 

 

 民間人の犠牲は極力抑えて。

 なおかつ、邪神の化身である岩倉玲音を討ち滅ぼす。

 それが、葛葉ライドウに課せられた指令だった。

 ――――だからこそ、葛葉ライドウは周囲の民間人の意識を奪い、戦闘範囲外へとまとめて転移させた後、真っ先に岩倉玲音を狙った。そう、狙ったのだが、まさかあのタイミングで隣に居た少年――晴幸が庇うとは思わなかったため、致命傷を与えてしまった、というのが事の始まりである。

 これは失態だ。

 正統なる葛葉ライドウであれば、かつての兄であれば恐らく、少年に傷一つ付けずに事を為しただろうと己を自嘲しつつ、けれども、動きは止めない。

 殺してしまったのは仕方ないと切り替えて、さっさと軍刀を少年の胸から引き抜き、岩倉玲音を殺そうと思い直し…………軍刀が抜けないことに気づいた。

 

「げぼっ、ごぼっ!! 貫通傷は! ファッション!!!」

 

 ばきゃん、と刀身が砕ける音。

 次いで聞こえたのは、明らかに大丈夫ではない強がりの声。それと共に振るわれる拳は、致命傷を受けたにしては元気すぎる代物だった。

 

「ふむ。警告します、少年。戦闘行為をやめて、投降しなさい。それだけの生命力があれば、今からでも辛うじて助かる見込みはあるでしょう」

 

 もっとも、葛葉ライドウにとっては児戯に等しい一撃だった。

 音速も超えていない打撃など、葛葉ライドウにとっては無意味だ。わずかに首を動かすだけで回避が可能であるし、余裕を持って警告さえ行える。

 

「ごほ、げほっ! 女の子を、犠牲に、して? そりゃあ――――笑えねぇ冗談だ! 来い、ヤマぁ!!」

「なるほど、残念です。では、恨みながら死んでください」

 

 ただ、ペルソナを発動した晴幸の動きは、少しばかり葛葉ライドウにとって予想外だった。

 まずは、その生命力が規格外であるのが驚いた。常人ならば即死している傷を受けてもなお、動いている。生命力が肉体を凌駕しているのかもしれない。

 加えて、ペルソナ能力を現実でも発動し、なおかつ、高位悪魔すらも切り伏せそうな力あるヴィジョンの顕現。葛葉一族の中でも、これほどの強さを持つペルソナ能力者は稀であり、今まで葛葉ライドウが滅ぼしてきた世界の中でも、両手の指の数に入る実力者だろう。

 

「ぎ、ぐ、がぁあああああ!! なんなの、この化け物! おかしくない!? ラスボスよりも強い敵が出てくるとか、難易度バグってない!!?」

 

 しかし、それでも葛葉ライドウの方が強い。

 ペルソナと本体との、二重の攻撃の嵐を軽々と避けて、折れた軍刀を振るえば、それで事が済む。まずは、ヤマが持つ骨の剣を素手で砕き、次いで、折れた軍刀で晴幸の首を――――

 

「――――死んでくれる?」

 

 ざ、ざざざざざざっ!!

 折れた軍刀が振るわれる直前、世界にノイズが走った。

 すると、そのノイズは葛葉ライドウの方に集まり、その姿を歪ませ、この世界から弾こうとしている。神に等しい岩倉玲音だからこそできる、敵対者の除外。

 本当の本気で、葛葉ライドウという存在を排除しようとする攻撃。

 手加減など、欠片もせず、容赦なしに怒りや憎悪と共に振るわれた神の一撃。

 

「鬱陶しい」

 

 それを、葛葉ライドウは事も無さげに斬り払った。

 

「この世界の絶対者であったとしても、来訪者である私は意味がありません」

 

 この世界の集合的無意識に属していない葛葉ライドウは、力任せに軽々と、神に等しい干渉を斬り払って見せた。

 本来、抗えぬはずの一撃。

 絶対なる神の権能を切り裂かれて、岩倉玲音の体にこの世ならざる苦痛がもたらされる。それは、世界の一部を切り裂くのと同値の一撃だったが故に、岩倉玲音であったとしても、遍在する神々の一部だったとしても、容赦なく痛みを与えていく。

 

「――――余所見ぃ!!!」

「ぐ、が」

 

 だが、葛葉ライドウが岩倉玲音にとどめを刺す前に、晴幸の一撃が、葛葉ライドウの脇腹に突き刺さる。遠慮なし、容赦なしの一撃。高位悪魔ですら吹き飛ぶその一撃だったが、葛葉ライドウは少しよろけた後に、軽く呼吸を一つ。

 

「手加減をするには、君は強すぎますね」

 

 瞬く間に振るわれた剣閃は五つ。

 乱雑に四肢を切り取り、胴体を薙ぎ、首を刈る剣閃。

 それらが、人間の反射速度の限界以上の雷速で振るわれて――――晴幸が防げたのは、二つまでだった。

 

「――――――ぁ」

 

 岩倉玲音の喉の奥から、絞られた声が漏れる。

 眼前で起こったのは、冗談みたいな悲劇。

 晴幸の体があっさりと斬り飛ばされ、岩倉玲音の眼前に、ゴロゴロと外れてしまった晴幸の首が転がってきた。

 岩倉玲音はその首を茫然と拾い、けれども、なんとか蘇生しようと試みて、

 

「無駄です。魂を黄泉路へ叩き込みました。既に、蘇生のタイムリミットは過ぎている」

 

 剣よりも先に、言葉で葛葉ライドウは断じた。

 天原晴幸という存在は、既に手遅れである、と。

 

「イザナギぃ!!」

「タナトスぅ!!」

 

 だから、ある意味、この窮地へ駆けつけた二人の友は手遅れだった。

 京子と直也は、己の目に映る悲劇を信じ切れず。それでも、何もせずには居られず、渾身の力と共にペルソナを顕現した。

 二人は夏休みの告白シーンをこっそり覗こうと隠れていて、そこで葛葉ライドウに他の群衆と同じく奇襲を受けて昏倒し、戦闘区域外へと転移させられていたのだった。けれども、他の群衆と違い、ペルソナ能力の所持者である二人は耐性があり、何度か昏倒から覚醒して、この場に駆けつけたのだった。

 

「君たちには手加減できそうで何よりです」

 

 けれど、それになんの意味があっただろうか?

 葛葉ライドウは瞬くほどの間に、二人のペルソナを切り裂き、また、二人を手加減の下に叩き伏せた。殺す必要が無い、と言わんばかりのあっさりとした迎撃だった。

 

「…………一人に、しないで? 寂しいよ、ハルユキ。ねぇ、エッチなことでも、なんでも、してあげるから…………一緒に、居てよ」

 

 馬鹿は四肢を切り裂かれ、首を刈られた。

 二人の増援は無残に敗れた。

 神の力は及ばず、馬鹿の亡骸を抱えて、涙を流すのみ。

 

「死の安らぎは平等に訪れます。人に非ずとも、悪魔に非ずとも」

 

 岩倉玲音が…………少女が、愛しい者の首を抱えて涙を流す情景にも全く心を動かさず、葛葉ライドウは淡々と折れた軍刀を構える。

 さながら、それは死刑執行人のそれの如く。

 間違っても、彼女のことを、国家を守る守護者だと認識する者は居ないだろう。

 しかし、それでいいと葛葉ライドウは思っている。

 どれだけの非道だろうとも、汚れ仕事だろうとも、善悪の彼岸を超えようとも。

 愚かな自分が判断するよりは、よほどマシな結末になるだろうと思考を放棄して。

 

「無に還りなさい、邪神の化身よ」

 

 神すら殺す、魔人の刃が、振るわれた。

 

 …………………………。

 …………。

 ……。

 

「――――何故?」

 

 疑問の言葉は、静かに紡がれた。

 口に出したのは、葛葉ライドウ。

 確信をもって振るったはずだった。逃れる術など無いはずだった。

 それ以前に――――殺したはずだった、確実に。

 

「おいおい、何故だって? 仕方ねぇな、馬鹿なお姉さんには理解できないようだから、聡明で、とても賢いこの俺が答えてやるよ」

 

 葛葉ライドウの刃を防ぎ、弾き飛ばしたのはどこからか吹き込んできた花吹雪だった。

 まるで、桜の花弁の如きそれらは、突如として夏の薄闇に発生した。

 魔人の一撃によって、死したはずの晴幸の亡骸から、突如として桜吹雪が発生して、まるで世界を塗り替えるかの如く可憐なる情景が生まれた。

 

「アンタの時間はもう終わりだ、葛葉ライドウ。憐れなる愚者。自らの選択を放棄した、最低最悪の殲滅者よ」

 

 その桜吹雪は世界を塗り替える。

 亡骸は全て、可憐なる花びらへ。

 倒れ伏した友には、活力を。

 涙を流す最愛の少女には、顔を上げ、涙を拭わせるだけの奇跡を。

 

「ここから先は、俺の時間だ。クソッタレなシリアスは退場しやがれ」

 

 かくして、ここに馬鹿は再誕する。

 不可能と言われた黄泉帰りを達成して見せて。

 絶対なる死すら捻じ曲げて。

 骨の大剣を担ぎ、かつての古き神々の如き和装を身に纏って。

 

「ハルユキ……ハルユキぃ!」

「はは、泣くなよ、玲音。約束しただろ? お前を、一人にさせないってさ」

 

 たった一人の最愛との約束を叶えるために。

 天原晴幸という少年は今、世界を滅ぼす魔人に挑む。

 

 

●●●

 

 

 数秒前、黄泉路にて。

 

「え!??!!!??? 玲音がエッチなことをなんでもしてくれるって!!? こうしちゃいられねぇ! 死んでいる場合じゃねぇ!! 船頭さぁーん! キャンセルでおなしゃーす!」

「ちょ、やめ、お客様ぁ! やめてください、お客様ぁ!!!」

「うるせぇ、骨だけなのに何処から声を出してやがる! おら、貸せっ! オールを貸せぇ! よし、行くぞ、プール逆走丸ぅ!」

「お客様ぁ!! 三途の川を逆走するのは止めてくださいお客様ぁ! というか、人の船に変な名前を付けないで――」

「プール逆走丸……お前に魂があるのなら、応えろっ!!」

「うわぁあああああ!!? 小舟がモーターボードに変形したぁあ!!? 知らない、有史以来、この船で魂を送ってきたけど、こんな機能知らないんですけどぉ!!?」

「行くぜ、黄泉路逆走RTAだぁ!! よーい、スタート!!」

「あぁああああああ!! 誰か、この馬鹿を止めてぇ!!」

 

 この逆走の果てに再誕した馬鹿であるが…………精いっぱい格好つけている割には、この通り、割と下心を抱えた末の黄泉帰りだったという。

 もっとも、だからこそ、天原晴幸という馬鹿は、岩倉玲音という少女との約束を守ることが出来たのかもしれない。

 

 これより先に、悲劇は不要。

 さぁ、少年よ――――己が理で、世界を覆せ。



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第36話 勝てない相手には、イカサマしろ

 黄泉帰り。

 死者の国である黄泉に出向き、そこから帰還するという偉業。

 古今東西、数多の逸話の中で、神々や英雄が死者の国に出向くという逸話は多い。その中でも、恋人や大切な家族を取り戻そうと黄泉へ出向いた逸話も存在する。

 だが、多くの逸話では死者を蘇らせようとした結果、とんでもないしっぺ返しに遭い、這う這うの体で現世へ逃げかえったという結末になっている。

 

 例えば、日本神話に於いて登場するイザナギもまた、片割れであるイザナミを死者の国である黄泉まで迎えに行ったが、取り戻すことは出来なかった。何故ならば、既に死者の国の食べ物を口にしてしまい、死者の国の住人となってしまったからである。これを、ヨモツヘグリと呼ぶらしい。いわゆる、同じ釜の飯を食うという奴である。神道では、一度神へ供えた物を下げて、自らの口に運ぶことにより、その神の力にあやかれるという考え方も存在する。

 要するに、一緒に同じご飯を食べたら、仲間だもんげ! というわけである、多分。

 さて、そんなわけで黄泉の国の住人となってしまったイザナミであるが、折角、夫が、しかもゴッドであるイザナギが迎えに来てくれたということで、黄泉の管理人と色々相談した結果、現世までの帰り道を振り返らなけば、まぁ、生き返らせてもオッケーよ、というお話になったわけだ。

 まぁ、イザナギは振り返って見ちゃうわけだが。

 その結果、死者の国の住人と同じく、醜い姿になってしまっている自分を見られたことにより、イザナミは大激怒。そりゃあもう、激おこぷんぷん丸あいつぜってぇ許さねぇ、となり、黄泉平坂という現世と黄泉を繋ぐ道のりを命懸けの追いかけっこをすることに。

 イザナミが、死者の住人を使った人海戦術で迫ったり、イザナギが『こっちくんな、バーカ!』と桃を投げつけて追い払ったりした末、なんとか命からがら逃げ伸びたという逸話もある。

 つまり、神々でさえ、死の理を覆すのは難しいということだ。

 ましてや、神話ならざる現代において、人である身の上ならば、単独であったとしても、死者が黄泉路から帰還するのは不可能である。

 そう、不可能だったのだ、今日、この日までは。

 

「うぉおおおおおおおおおっ!!! 素足で、背中を踏み踏みマッサージプレイぃいいいいいいいいい!!!」

 

 黄泉路を、一つの魂が逆走してく。

 全裸で。

 腕を組みながら。

 十傑走りで。

 

「クマさんパジャマプレイぃいいいいいいいやっはぁあああああああ!!」

 

 己が性癖を叫び散らかしながら、駆けて行く。

 その魂の名は、天原晴幸。

 一度、三途の川に魂を叩き込まれてもなお、馬鹿が治らなかった、生粋の大馬鹿野郎である。

 彼の魂は驚くべき速さで、黄泉路を逆走しており、すれ違う死者の群れや、案内人、本来、彼を止めるべき存在であるヨモツシコメという亡者でさえも、彼に触れることは出来なかった。

 理由は簡単である。

 

「あっ、でもでもっ! 最初は! ダボダボの全裸シャツみたいな感じのぉ! イチャイチャプレイでお願いしまぁああああああああっす!!!」

 

 例え、死者であったとしても。

 例え、亡者であったとしても。

 例え、死神と呼ばれる、世界の理に属する存在だったとしても。

 ――――全裸で、ヤバい笑顔を決めながら、己の性癖を叫び、十傑走りをしている馬鹿野郎とは関わり合いになりたくないのだから。

 まして、それがヤマ――――閻魔の力を宿す魂であれば、猶更である。

 閻魔。

 あるいは、泰山府君。

 命の理を決定する、恐るべき存在。

 黄泉に住まう亡者たちの上役とも言うべき存在。

 想像してほしい…………物凄く怖いが、とても仕事が出来て皆から尊敬される上司が、ある日突然、全裸になって、性癖を叫びながら十傑走りをしていく様を。

 とてもではないが、亡者たちには彼を止めることは出来なかった。

 ああ、疲れているんだなぁ、とそっと目を逸らすことしか出来なかった。

 ちなみに、晴幸が全裸の理由は、モーターボートで三途の川の岸辺へ突っ込んだ際、苦情を言ってきた奪衣婆を黙らせるために、人類最速の脱衣を決めたからである。

 奪衣婆とは、人の服を奪い取り、その重さで罪を測るという存在だ。

 そのことを知っていた馬鹿は、服を奪衣婆に叩きつけて、『全裸だから無罪! 全裸だから無罪!』と叫んで走り去ったのである。奪衣婆はもう、『そういうことじゃねよ』というツッコミの言葉すら出ず、人類最速脱衣を記録した馬鹿を見送ることしか出来なかった。

 

「はっはー! 感じる! 感じるぞ! 玲音の! 京子の! 直也の! 俺たちの仲間の、命の鼓動を! うぉおおおおおおおお、なんかいい感じに、今こそ、覚醒しろ、俺のペルソナぁああああああああああああっ!!」

 

 誰も邪魔することが出来ない、いや、むしろしたくない黄泉路逆走もいよいよ終盤。

 現実時間ではほんの数秒にも満たない間に、晴幸は長いようで短い黄泉路を駆け抜け、段々と現世へと近づいていくことを実感していた。

 それと同時に、このままでは足りない、と考えていた。

 仮に、このまま蘇生したところで、再びあの魔人と戦えば、元の木阿弥。今度は、再走する余地もなく魂ごと消し飛ばされてしまうかもしれない。

 ならば、そうだ、覚醒だと馬鹿は考えた。

 シャーマンキングよろしく、ドラゴンボールよろしく、死の間際から復活すると、なんか主人公っぽいキャラは覚醒して強くなる法則があるので、自分もそれに乗っかれないかなー、とふわふわした考えで、とりあえず『全世界に轟け、俺の祈りぃ!』とばかりに魂のパトスを放出してみたのである。

 

『――――いいですとも』

「あれ!? マジで返答があった!!?」

 

 この叫びに、なんか呼応してしまったのが、この世界の集合的無意識だ。

 神にも等しいそれは、黄泉路という、ある意味、集合的無意識の根底に近しい部分で叫んだ魂の祈りを聞き届けて、良い感じのパワーを多少の矛盾に目を瞑って、馬鹿に送ったのである。

 何故? 人類の総体に近しい神の如き存在が、玲音の契約者といえど、たかが一人の人間に過ぎない晴幸に対して力を貸すのか? 理由はもちろん存在する。

 

『この力で、あいつをマジでなんとかするのだ、異邦の魂を持つ馬鹿よ……』

「なんか厳かな声で馬鹿って言われた!? あ、はい、でも頑張ります、はい!」

『それと、あいつがキレるとその場のノリで惑星を砕くから、うまく良い感じに宥めるのだ』

「世界観、間違えてません、あいつぅ!!?」

『それな! マジそれな!』

 

 かくして、馬鹿は神にも等しい力の加護を受けて、現世へと再誕する。

 あの厳かな声は、ひょっとすれば、玲音の大本とも呼べる存在だったのかもしれない。あるいは、終わりの神と呼ばれていた、そのものだったのかもしれない。

 ただ、一つ確かなことがあるとすれば、それらの力をもってしても排除が不可能なライドウという存在の度し難いほどの強大さであり、

 

「…………あれ? でも、これひょっとして、割と無茶ぶりされているんじゃ――」

『我は汝。汝は我。一なる全。全なる一。さぁ、目覚めなさい。貴方の大切な人たちが待っていますよ……』

「待って! 厳かな声で良い台詞を吐いているけど、責任を擦り付けられてません!?」

『頑張れ……』

「頑張るけどさぁ!!」

 

 また、使命を課された馬鹿の双肩には、割と世界の命運がかかっていたりするということだった。

 

 

●●●

 

 

「うぉらぁああああああああああああああああああ!!」

「…………くっ」

 

 奇跡の大復活を遂げた後の、晴幸の猛攻は凄まじい物があった。

 ライドウが振るう、雷光の如き剣閃。人間の感知速度を超えたそれを、難なく避けて、骨の大剣を用いた反撃を振るう。剣を振るうと共に、エフェクトの如く花びらが舞い、それが的確にライドウの視界を奪い、能力を低下させて、自由を奪う。

 

「召喚・ヒノカグツチ」

 

 たまらず、ライドウが召喚したのは、葛葉から支給される量産品のそれを遥かにしのぐ一品。剣に古代の神々の力を宿すように合体を繰り返し、鍛え上げられた神殺しの剣。赤い刀身の大太刀である。

 

「排除します」

「出来るものならなぁ!!」

 

 紅蓮の神殺しが振るわれ、可憐なる花吹雪がそれを押し返す。

 それはさながら、神話に出てくる戦いの一幕のようで。

 

「…………すげぇ」

「はは、もっと早く、復活してよね」

「かっこいい、ハルユキ……」

 

 その戦いの壮絶さに、死からの大復活を遂げた上に、なんか凄い力に覚醒した晴幸の戦いぶりに、思わず外野の三人は感嘆の吐息を漏らした。

 相棒枠の京子ですら、骨の大剣を振るう晴幸の横顔に目を奪われ、直也に至っては。やれやれ、敵わないぜ、とばかりに肩を竦める。そして、本日、感情がジェットコースターとなっている玲音に至っては、とても珍しいことに頬を硬直させて、晴幸の姿に見惚れていた。

 やはり、服を着てまともに覚醒すると、好感度が段違いなのである。

 

「…………泰山府君の祭。冥府の王であるヤマによる特権。いえ、イザナギ、タナトスという死にまつわるペルソナ能力者たちとの絆。それが、貴方を復活…………ヤマの転生体として、再誕し、力を振るうことが可能な理由ですか」

「さてなぁ! 難しい理由はさっぱりだぜぇ!!」

 

 黄泉路より帰還した、晴幸の能力は各段に上がっていた。

 己のペルソナを最大限に高める方法として、ヤマという存在の転生体としての覚醒。さらには、人類の総体による全面バックアップという名の加護を受けて。

 そのため、晴幸は限界以上にヤマの力を引き出す。

 浄玻璃鏡という、死者の罪を暴く閻魔大王としての側面を最大限に活用し、殲滅者であるライドウの過去を暴く。隅々まで暴き、罪を知り、強さを、弱さを知り、そして、それらの観測によって相手の動きを読むことが可能になったのだ。

 それはさながら、攻略本を片手にボス戦に挑むような卑怯な手法である。

 

「ヒャッハー! 大層な剣だが! 俺には全然効いていないようだなぁ!!」

「…………むぅ」

 

 だが、卑怯だろうが何だろうが、勝てばいいのだぁ! とばかりに晴幸は容赦の欠片も無く戦う。

 神殺しの力を持つ、ヒノカグツチの刃。もしも、ヤマの神としての側面を全面に出していれば一発で即死だったかもしれないが、ヤマは同時に、人間として最初の死者としての逸話も持つ。加えて、あくまでもこの場に居る晴幸は人間としてライドウと相対している。

 神々に対してどれだけの特攻効果があろうとも、人間である相手には意味を為さない。まぁもっとも、切れ味が良くて丈夫な刀を。雷光の如く振り回されたら人間の大半は死ぬわけなのだが、そこは覚醒した晴幸の凄いところだ。

 

「まずは一発、おかえしだぁ!!」

「―――ぐっ」

 

 浄玻璃鏡の権能による過去観測からの、行動予測。

 さらには、周囲の環境が全て晴幸の行動を補佐することにより、ライドウの攻撃を弾き、なおかつ、一太刀、逆襲の一撃を加えることに成功したのだ。

 これには流石のライドウも無表情を崩し、顔をしかめる。

 それとは対照的に、晴幸はにやり、と不敵な笑みを浮かべて、力強い言葉を紡いだ。

 

「駄目だ! 勝てねぇえええええええええええ!!!」

「「「えぇえええええええええええええ!!?」」」

 

 それはそれは、力強い弱音の咆哮だったという。

 思わず、晴幸の戦いを見守っていた三人が揃ってツッコミを入れる程に。

 

「なんでだよ! 勝てるだろうが! 押せているだろうが! さっさと倒せよ、馬鹿!」

「いや、違うんだよ、京子。これね、全然優勢じゃないの。俺が勝てているように見えるだろう? 違うんだよなぁ、これが」

「何が違うの? さっき、反撃にも成功したじゃん」

「や、成功したけど、ほれ、見てみ? 装備とか服は切れたけど、肌には傷一つ付いてないんだぜ? まったく、気合を入れると魂の質量がやばすぎて全然ダメージ入らないんだよね、これ。嫌になるよね。あの顔をしかめる仕草ね、痛いからじゃなくて、『あー、手加減が難しいぞ、どうしよう? このままだとうっかり攻撃の余波で国が滅んじゃう』みたいな苦悩の顔だから、あれ」

「…………ハルユキ」

「あ、はい、頑張るよ? そんな残念な顔をしなくても、頑張りますよ、玲音。ただちょっと、アプローチを変えようと思います、はい。ということで、ライドウさん! 休憩! 作戦会議に入ります! 十分間の休憩です!」

「…………致し方ありません」

 

 いえーい、タイムぅー、と両手でTの字を象った晴幸による休憩の申し出。それを、ライドウは渋い顔をしながらも、渋々了承した。

 何故ならば、ライドウからしてもこの現状は千日手の気配がするからである。

 無論、ライドウが本気を出せば、今の晴幸と言えど、易々とはいかないが、葬れるだろう。葬れるが、その時は惑星ごと葬ることになるので、葛葉ライドウのロールとして動いている彼女としては、本末転倒。さらに言えば、宇宙規模で強くなり過ぎた弊害なのか、ライドウは手加減がとても下手くそなので、今の晴幸と戦い続けると、うっかり国が滅ぶ規模の攻撃をしそうになってしまうのだから、困り物だ。

 

「…………むぅ」

 

 ここは一端退いて、葛葉上層部からの指示を仰ぐべきだろうか?

 一人で悶々と悩むライドウであったが、答えは出ない。ここ数十年規模で、自分の判断で行動をしたことが皆無であるが故に、決断能力が著しく欠如していた。

 対して、馬鹿とその愉快な仲間たちの作戦会議は明快である。

 

「「キース! キース! さっさとキース!!」」

「…………あー。その? 目とか、瞑ってもらっていい?」

「やだ」

「じゃあ、その、俺が目を瞑るとか?」

「見合って、しよう?」

「あああああああああ!! 玲音が可愛すぎるよぉ!!!」

「「うるせぇ! さっさとキスしろ!!」」

 

 京子と直也が、晴幸と玲音のキスを煽るという、どこの小学校のお昼休みなんですか? みたいな光景が繰り広げられていた。

 無論、彼らはふざけているわけではない。

 人類の総体とも呼ぶべき加護を万全に受けるのであれば、集合的無意識に存在する神々の化身である玲音と同期を深めるのが手っ取り早いのだ。要するにキスをすれば、強くなるのである、晴幸は。さらに言えば、玲音が面倒臭がって与えてなかった、契約者としての様々な特典も晴幸に与えられるので良いこと尽くめだ。

 ただまぁ、晴幸がこの期に及んでヘタレ童貞丸出しの顔で「や、でも、こういう仕方なくキスするのってどうかと思う?」と言い出し、そこに痛烈なカウンターを決めるように、玲音が「私も、晴幸のこと、好き、だよ?」とたどたどしく答えたものだから、二人がブチ切れた。もう、さっさとキスして付き合えよ、お前ら! そういう気持ちを込めての煽りなのである。

 

「…………なんなのでしょうね、あれは?」

 

 なお、ライドウは普通にその光景に引いていた。

 何せ、小学生みたいなやり取りをしている中で、ライドウを警戒しつつ、イザナギ、タナトスという二つの強力なペルソナが世界の加護の分け前を受けて、さらに強化されていくのである。ライドウとしては、よくわからないシステムで強くなる奴らだなぁ、という珍生物を見るような心境だった。

 だが、慌てはしない。何せ、ライドウは今まで七つの世界を滅ぼした殲滅者である。例え、どのようなことになったとしても、己に勝てる相手など存在しない、という自負があったからこその余裕だった。だからこそ、ライドウは特に何の疑問も無く、二人のキスを見送った。

 

「…………んっ」

「んべっ」

「んみゅ!?」

 

 ――――その瞬間こそが、唯一、葛葉ライドウとしての彼女が持ちうる勝機だったとも、気づかずに、ただ、二人の青春丸出しなキスを眺めていた。

 

「…………破廉恥です」

 

 なお、二人のキスは、晴幸が油断したところを、玲音が彼の頭をがっつりと掴み、固定してからのたっぷりディープキスとなったらしい。

 かくして、運命のドアは叩かれた。

 

 

●●●

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ! ただし、賃貸だけどな! はい、ちょっと待ってな、今、お茶出すから、お茶…………あん? 違う? 分かっている、分かっている、そうとも、解決策を求めて、ここまでやってきたんだろ、お二人とも。いいとも、ここまで来たご褒美だ。存分に俺流のイカサマを教えてやろう」

 

 ベルベットルーム。

 それは、精神と物質の狭間にある場所。

 ワイルドの資格を持つ者にのみ、扉が開かれる場所。

 レインの契約者の中でも、信頼関係、あるいはとても強い絆を結んだ者しか辿り着くことの出来ない場所である。それは、玲音が、レインという群体としてではなく、明確に、個人としての意識を持ち、晴幸へと好意を示したからこそ開かれた空間だった。

 もっとも、肝心の晴幸本人はというと、玲音から受けたディープキスの衝撃で放心して話にならない状態なのであるが。

 

「…………あー、玲音ちゃん、やりすぎじゃね? 折角の覚醒イベントなのに、本人がこんな感じじゃ駄目じゃん。え? 想いが溢れて仕方なかった。じゃあ、仕方ないね! とりあえず、頭にワイルドとしての力と、そうだな、あの魔人に勝つイカサマでもぶち込んでおくか……よし、これで良し。んじゃ、後はお二人で頑張ってな! んん? ペルソナ合体? あ、ごめんな? 俺、免許持っていないから無理なんだよ、ごめんなー? まぁ、下手にペルソナ変えるよりも、このままで強いから良くない?」

 

 だからこそ、気付かない。

 晴幸は、気付けない。

 我が物顔で、教会の礼拝堂の如き場所に居るそいつが。

 神父服を纏い、プリキュア初代(ホワイト)の仮面を被った頭のおかしいそいつの姿が、己と酷似しているということに。

 

「…………貴方、だれ? フィレモンでも、イゴールでも、『邪神』ですら、無い」

 

 故に、玲音は警戒する。

 腕の中でぐんにょりしている晴幸の体をぺたぺたまさぐりながらも、警戒心は怠らない。多分、いや、ちょっとぐらいは怠っていたかもしれないが。

 

「俺? 俺かい? 参ったな、そんな大層な存在じゃあないぜ? しいて言うなら、そいつの片割れ。本来あるべき世界からの影響力。ただの詐欺師。ただの語り部。そうだな、どうしても名前を付けたいのならば、『クラウン』とでも呼べばいいさ! はぁーい、ジョージぃ! という声と共に、排水溝からこんにちは! なんてな! あはは! あれはピエロか!」

 

 げらげらと、クラウンと名乗ったそいつは愉快そうに笑った後、二人に対して手を振った。

 

「じゃあな、お二人とも。クライマックスは近い。願わくば、俺にハッピーエンドを見せてくれ」

 

 そして、世界の狭間での邂逅は終わり、現実の秒針が動き始める。

 

 

●●●

 

 

 休憩の十分は過ぎた。

 対峙するのは、異なる二人。

 

「貴方たち二人を、殺します。この街が壊れる限界まで、力を解放して」

 

 神殺しの剣を構える、軍服の魔人は個人だ。

 強さとしては、個の極致。

 単独で世界すら終わらせる、殲滅者としての強さ。

 例え、神々ですら、彼女の決断を妨げられない。

 

「安心しな、葛葉ライドウ。憐れな殲滅者。勝負は一瞬で着く。無論、俺の大勝利でな? だから、今のうちから土下座の準備をしておくといいぜ」

 

 骨の大剣を担ぐ、再誕の馬鹿は群体だ。

 強さとしては、絆の集合体。

 誰かと絆を結び、誰かを嗤うのではなく、誰かに笑われることを選び、結果として、世界すらも味方に付けた道化師の強さ。

 例え、神々ですら、彼の言葉を妨げる権利は無い。

 

「第三十四代目、葛葉ライドウ」

「ちょっとスケベで格好いい男子高校生、天原晴幸」

 

 両者は示し合わせも無く、互いに名乗り合い、

 

「「――――推して参る」」」

 

 一瞬で決着を付けるべく、ギアを上げた。

 

「灰燼に帰せ」

 

 ライドウが振るうのは、神殺しの剣。

 神々すら焼き殺す。紅蓮の刃。

 これが振りぬかれれば、東北の田舎町に過ぎないその場所は燃え尽きて、人ひとり生き残ることは出来ないだろう。

 だからこそ、それよりも前に、手加減した全力などよりも、よほど早く、晴幸の『イカサマ』が発動した。

 

「――――ペルソナぁ!!!」

 

 ライドウの視界を埋め尽くすほどの大量の花びら。

 可憐なる桜色の目くらまし。

だが、ライドウはそれを小賢しいと切り捨て、剣を振るう。例え、どのような神や悪魔の力を借りようとも、己の一撃は防げないだろうと確信して。

 

「お前は本当にしょうがない妹だなぁ、おい」

 

 だが、その確信を伴った一振りは、余りにも呆気なく弾かれた。

 綺麗に、よどみなく、力を空へと流されて。

 ヒノカグツチという特級の武具が、『なんの変哲もないただの木刀』によって弾かれて、流されたのである。

 

「――――え?」

 

 視界の桜色が晴れて、ライドウはまず、目を疑った。

 何故ならば、そこには、居るはずのない存在が居たから。失ったはずの、兄の姿があったから。兄が、渋い顔をして、ジャージ姿で、木刀を構えていたから。

 まるで、いつかの日の稽古のように。

 だからこそ、ライドウの感情は烈火の如き怒りに飲まれた。今まで律していた鋼の理性も焼き払い、己の大切な記憶の一部を土足で汚そうとした相手を、この世界ごと斬り滅ぼしてしまおうとして、

 

「妹よ、構えなさい」

「え、あ?」

「――――構えなさい」

「…………は、ひ」

 

 けれど、その怒りは一瞬で沈下した。

 眼前に現れた兄の、ガチで怒っていますというトーンの声で、感情が氷点下まで下がってしまったのである。

 え? 偽物? 幻? でも、あの兄様のガチ怒りトーンは本物としか思えない。過去の再現? え? 何が? 何が起こったの?

 

「馬鹿な妹よ、稽古をつけてやる」

「う、あ、ううう……」

 

 否定と疑問が渦巻く中、ライドウは魂レベルで直感してしまった。

 眼前の存在は、間違いなく、本物の兄であると。

 彼女自身が、『心の底から再会を望んでいた、兄その物』であると。

 死者蘇生? 別の世界の魂なのに? どうして? どうして、こんなことが起こるの? 私はどうすればいいの? 

 どうすればいい? どうすればいいのだろう?

 混乱しながらも、稽古は始まる。

 木刀を持った兄が振るう剣。今まで敵対してきた神々に比べたら、何段も劣るはずのそれに、ライドウは翻弄され、惑い、受けることしか出来ない。

 

「力任せに振るな。剣術が下手だな、お前は相変わらず。そんなことだから、お前は間違えたんだよ、馬鹿」

「う、うるさい! うるさい! うるさい! 兄様の馬鹿! 私は! 私は!」

「すぐに感情的になるのが悪い癖だ」

「あっ」

 

 やがて、神殺しの剣は兄の一撃によって手から落とされた。

 眼前には、ガチ怒りした兄の姿が。

 その恐怖に、思わず、ライドウは目を瞑る。かつて、外なる神々の威圧ですら鼻で嗤った彼女が、たった一人の兄の怒りに怯えている。

 

「悪かったよ、お前を遺してしまって…………駄目な兄ちゃんでごめんな?」

 

 だが、そんなライドウの頭に置かれたのは、優しい兄の手のひらだった。

 恐る恐る目を開けて見上げると。そこには申し訳なさそうな兄の顔があった。違う、そうではない。そうじゃない、そんな顔をさせたくは無かった。

 ただ、ただ、私は、私は――――一緒に居られれば、それでよかったのに。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいっ! 兄様、兄様、私は、私は、貴方の誇れる妹でありたかったのに」

「…………あぁ、本当にしょうがない妹だ」

 

 長い時を経て、魔人と化したはずの魂はようやく、一人の少女へと戻る。

 ほんの僅かな奇跡に縋るように、兄の姿へ身を委ねる。

 そう、兄の姿が再び桜色に散るまで、七つの世界を滅ぼした殲滅者は、ただの妹として、兄の温もりを感じていた。

 

「勝てない相手が居るのならば、そいつに勝てる相手を用意すればいい。今の俺なら、世界からの加護を受けている俺なら、僅かな時間ぐらいなら、それを再現(イカサマ)可能だからな」

 

 奇跡の再会を為した晴幸は、けれど、それを誇るでもなく、淡々と呟く。

 

「愚者よ。七つの世界を滅ぼした愚者よ。その再会と離別こそが、お前への罰だ」

 

 裁定を為す者として。

 奇跡を起こした者の責任として。

 殲滅者へ、裁きを下す。

 

「精々、罪を抱いて苦しみ続けるといい」

 

 再会の奇跡は、魔人の刃を折り。

 やがて来る離別は、否が応でも彼女を正気に戻すだろう。

 例え、既に償いきれない罪を犯したとしても、彼女が死することは許されない。何よりも大切な者に叱られたが故に、彼女は苦しみに満ちた旅路を続けることになる。

 それが、葛葉ライドウと名乗った殲滅者と、天原晴幸という馬鹿の決着だった。

 

 

●●●

 

 

「……あ、あの、玲音さん。その、ですね。俺はですね、こう、頑張ってですね? 生き返って、最強最悪の敵をなんとか倒したわけで、その、ご、ご褒美というか……」

「…………」

「あああああ! 何その笑顔! 可愛い! めっちゃ可愛い笑顔だけどなんで無言!? どうすればいいの!? ねぇ、どうすればいいの、これェ!!」

 

 なお、ライドウとの死闘の後は、下心満載の晴幸が、玲音に対してヘタレ極まる対応が始まっていたという。

 どうやら、どれだけ覚醒しても、馬鹿は玲音に翻弄される宿命にあるらしい。

 

「…………」

「え? 何? 無言で目を瞑られたけど、え? そういうタイミング!? え? キスですか!? あ。はい…………避けられた!? 違うの!? え? 今度は抱き着かれた!? ちくしょう! 弄ばれている! 弄ばれているよ、俺!」

「にひひひっ」

「笑い方が邪悪ぅ!」

 

 もっとも、どんな凄まじい力よりも、それこそが、馬鹿が求めることなのだろうけども。



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第37話 過ぎた力は身を滅ぼすというが、こうなるとは聞いていない

 俺は無茶をやったという自覚があった。

 何せ、相手は殲滅者葛葉ライドウ。そのつもりになれば、世界を壊してしまう規格外の敵対者である。ぶっちゃけ、単純な力の総量が違い過ぎて、如何に世界のバックアップを受けようとも、敗北は避けられなかった。

 故に、俺はイカサマを使って、ひと時の奇跡を起こして見せた。

 俺が望み、相手が心底望んでいるからこそ起こせた、奇跡の再会。

 黄泉帰りという、難行苦行を為した俺だからこそ、不可能と思える事象に対して、奇跡を起こすことが可能となるのだ。例え、それがひと時の幻だったとしても。

 だが、奇跡の代償は決して安くない。

 

「あ、あああああ、あああああああああああっ!!」

 

 死闘を終えた、次の朝。

 俺は寝ぼけ眼に自らの姿を確認して、絶望の声を上げていた。

 

「ない! ある! いや、ある!? うっすらある!? 毛は無い! 背がぁ! 筋肉がぁ! あ、あああ、ああああああああああ!!」

 

 俺はベッドの上で、自らの股間を抑えて蹲り、叫んだ。

 

「俺の王の力がぁああああああああああああああああ!!!」

 

 背は低くなり。

 鍛え上げられた肉体は痩せて軟弱に。

 声は、良い感じの声変わりした少年ボイスが、声変わり前のソプラノに。

 胸は筋肉のそれが消え去り、うっすらと微妙にある感じの物へ。

 そして、何より、俺の股間から、生まれた時から共に在ったはずの半身が居なくなっていた。

 

「玲音とエッチなことが出来なくなっちゃうよぉおおおおおおお!!」

 

 そう、つまりは、俺はこの度、初TSを体験してしまったのだった。

 

 

●●●

 

 

「というわけでさー、ほんと嫌になっちゃうよなー。俺、頑張ったのにさー。いざ、これから玲音とイチャイチャエロエロ始めようと思ったら、これですよ。まったく、見てごらんなさい。今朝の俺を見つけてからの玲音の様子を」

「………………にひっ」

「完全に、新しい玩具を見つけた目をしているだろう? 駄目だよ、これは恋人に向ける目ではないよ。確実に、か弱い生命を弄ぶ超越者の目だよ……」

「ああ、だからテメェはそんなひらひらフリフリの恰好なんだな」

「姉さんが黒歴史時代に買ったゴスロリが、また活用される日が来るとは思わなかったよ」

 

 葛葉ライドウとの死闘を終えた翌日、俺は何故かTSしていたので、渋々、京子に頼んで女子児童用の下着を買ってきて貰ったのである。

 なお、京子に下着を買ってきてもらうまでは、目を輝かせた玲音が俺の体を弄び、着せ替え人形となっていたので、精神の疲労が著しい。流石の俺と言えど、トランクスを履いた状態で、姉が残していった服を着まわすという状況は精神的に辛いのだ。

 

「大体、この姿も姉さんの色違いみたいな格好だし……全然興奮しないんだよね……萎える」

「え? お前の姉さん、こんな露骨にロリなの? え?」

「大体こんな感じだよ、俺の姉さんは。中学時代からのあだ名がロリ娘で、大学に入ったころからは、エルフ扱いされている」

「ワンチャン、エルフの実在を信じられるレベルだからなぁ、今のお前」

「ううう…………早く男に戻りたーい」

「よしよし」

 

 俺はしくしくと泣き真似をしながら、玲音の成長途中の胸に飛び込んで慰めてもらうことに。

 ふぅ、男の時にやろうと思えば絶対に、にやにやしながら動画を撮影され、十年後までネタにされること請け合いの行動であるが、この時、この瞬間ならば違和感なく行えるという策よ!

 わぁい! 玲音の微妙にある感じの胸の感触だぁー! ふかふかー!

 

「ハルユキ。戻らなくても、私が生やして頑張るから安心してね?」

 

 なお、胸の感触を堪能していたら、物騒なことを玲音に耳元で囁かれたので真顔になる俺である。

 いや、あの、うん、大丈夫、大丈夫……玲音が例え男の子になっても俺は愛しますが? 愛しますが? 出来れば、男として可愛らしい少女である玲音も愛したいと思います、はい。

 

「…………と、ともかく、この肉体変化は恐らく、昨日使った力が原因だと思うんだよ。黄泉帰りに、世界と同期するワイルドの力。それらを纏めて行使したら、普通は死ぬっぽいし。恐らく、そういう反動を誤魔化すために、俺の体を別の物に変えて、ほとぼりが冷めるまでイカサマしている感じなのだと思うよ。まぁ、明日の夜には戻っているんじゃないのかな? うん」

 

 俺は慌てて、今朝から続いていた現実逃避の思考停止を解除して、真面目に考察を開始した。

 昨日の戦い。

 ラスダンに挑む前に、やりこみ要素の裏ボスが出張ってきたようなクソの如き難易度であったが、俺たちは何とか絆の力で攻略することが出来た。

 あの後、葛葉ライドウは俺のコネで呼び出した葛葉一族の人に、ガチ説教されながら涙目で回収されていき、現在、うちの両親はそこら辺の賠償金やら、今後の俺たちの身の安全についてなどのお話合いの真っ最中なのである。

 ただ、当事者である俺たちは戦闘の疲れやら、大人同士の会話に顔を出すと、確実に状況を掻きまわして厄介なことになるので自宅謹慎を命じられている。

 ちなみに、忍さんは昨日の報告の最中に安堵と胃痛の板挟みでダウンしていた。

 どうやら、俺が玲音と契約を交わしたことに対する安堵と、明らかな異物である葛葉ライドウによる横やりが、精神的な温度差を生み出して負担をかけてしまったらしい。

 とりあえず、最終決戦の前には何とか体調を取り戻して欲しい物だ。

 …………そう、最終決戦だ。

 

「明日の夜までに戻れそうで本当に良かったよ。何せ、俺たちが葛葉ライドウという余計な不確定要素を排除したおかげで、あちらも捨て身の賭けに出られるんだからね」

「捨て身の賭け? あのよ、『お父様』やらには結構なダメージを与えて、年単位での復帰は不可能って話じゃなかったか?」

「ああ、そうだよ。でも、それはあくまでも体を回復させてから再起するなら、という条件付きさ。例えば、『魂を悪魔に売ってでも』なんて覚悟があるなら、話は違ってくる」

 

 京子の疑問に、俺は確信に満ちた予測で答える。

 僅かな時間であるが、俺はあの時、葛葉ライドウと戦った時、集合的無意識の根底に近しい場所と繋がっていた。それ故に、分かるのだ。

 似たような場所に魂を繋げている、『お父様』とやらの考えは。

 

「集合的無意識の底に鎮座する神様みたいな存在はね、京子。極論を言えば、どっちだっていいのさ。世界が存続して、人類が色々やらかして、それを面白おかしく眺めていられるのなら、悪でも、善でも、より、必死な物の願いに呼応する。あの時、俺がいつも以上の力で戦えたのは、世界存続のための加護を受けたのもそうだけど、必死で玲音を守ろうとする願いがあったからだ。だからね、わかるんだよ。『お父様』とやらの願いは間違っているとしても、必死で、賢明で…………でも、それ故に救われない」

 

 あの時、あの瞬間、『お父様』が存在する場所に近しいところに居たからこそ、俺には理解できた。理解してしまった。

 喪失の悲しみ。

 無力の嘆きと、世界の否定。

 だからこそ、だからこそ、『アリス』はリセットを求めたのだろう。

 もっとも…………その願いすら、邪神に魂を弄ばれて、もう既にほとんど覚えていないようだが。それでも、衝動に突き動かされて、世界の再誕を願う愚者。

 まったく、度し難いとはこのことだ。

 

「終わらせないといけねぇよ、あんな悲しいことは。だから、頼む」

 

 俺は改めて、居間に集まった仲間たちへ、頭を下げる。

 今更だけれども、もう一度、最終決戦の前に。

 

「決戦は恐らく、三日後のお盆の始まりからだ。お盆が終わるまでに、俺は、あの愚者をぶん殴って世界を救わないといけない…………でも、正直、今の俺にはもう、昨日みたいな力は無い。それどころか、あちらも俺対策に色々と仕込んでくると思うから、絶対、苦労させると思う。だけど、俺一人じゃ多分無理だから…………一緒に世界を救ってくれ、京子、直也、玲音」

 

 俺が頭を下げて頼み込むと、玲音は微笑みを浮かべて俺の頭を撫でて。

 京子は、「はぁー」とため息を吐きながらも、仕方ねぇと了承してくれた。

 

「お前なぁ、そういう真面目なことは真面目な姿で言えよ。んだよ、その格好。ロリ系美少女にTSした上に、フリフリのゴスロリとか……あ、画像データに残しておこうっと」

「この格好はあらゆる意味で俺の所為じゃねーよ! 俺だって、漢気溢れる姿で、君たちにお願いしたかったさ! というか、え? 直也からの返答はないけど駄目!? あ、無理強いはしないけど、駄目な感じですか!?」

 

 ただ、直也からのリアクションは無い。

 そもそも、直也は家に来てからずっと黙ったまま俯いている。

 ………………まぁ、仕方ないのかもしれない。何せ、昨日の死闘のすぐ後だ。自分たちの命なんて、片手間に蹂躙してくるような化け物との死闘。正直、全員生きて帰ることが出来たのが奇跡にも近しいことなのだと、直也は知っているのだろう。

 死の危険があるのに、俺について来い、なんて強制出来るわけがない。

 悪友ではあるけれども、命まで賭けなくていいのだ。

 タナトスとは、ギリシア神話における死神だ。

 大切な人が亡くなり、死を想い続けてきた直也だからこそ、死の怖さ、恐ろしさは身に染みて良く分かっているのだろう。

 

「ふぇっ! あ、え? な、なんの話?」

 

 いや、違った、普通に話を聞いていないだけだった。

 俺はむぅ、と露骨に唇を尖らせて、拗ねながら再度、直也に尋ねる。

 

「俺と一緒に、最終決戦、来てくれるかなー!?」

「い、いいともー!」

「いえーい!」

「いえーい……」

 

 何だろう? 了承してもらえたけれど、ぎこちない。視線も俺を見ずに、どこかさ迷っている感じだ。やはり、無理をさせてしまったのだろうか?

 

「……おい、屑テメェ、まさか」

「うぐっ」

 

 などと俺が心配している間に、何かに気づいたらしい京子が直也の肩を掴む。

 がしりと、有無を言わせぬ力で掴み、無理やり俺の方へと顔を向けさせて、しばらくした後、何かを確信したように深くため息を吐いた。

 

「TSした晴幸の姿に―――」

「は、はぁー!? 一体、全体、何を言っているんだよ、この貧乳がぁ! 僕が、この僕が!? 女性関係百戦錬磨のこの僕がぁ!? まさか、ねぇ! そんなことあるがげぼぉ!?」

「誰が貧乳だ、おい」

「いや、今のでも誇張表現――――」

「最終決戦の前に一人減るな。とても残念だか、仕方ねぇよ。ついさっきまで男だった奴に欲情する屑だもんな」

「欲情なんてしてない! これはピュアピュアの奴だ!」

「どの口がぁ!」

 

 ぎゃあぎゃあと、騒ぐ二人を唖然として眺める俺。

 ええと、つまりどういうことでございますでしょうか?

 

「結城直也君はぁー! TSした馬鹿の姿にぃー!」

「やめろー! やめろー!」

「一目惚れしたんだってぇー!」

「んあああああああああああ!!」

 

 俺が首を傾げていると、京子がもったいぶった言い方で変なことを言ってくる。

 え? そうなの? と直也に視線を向けると、直也は両手で顔を隠したまま、エビぞりに仰け反るというよくわからない体勢を取っていた。

 どういう気持ちになったら、そんな体勢になるんだよ、お前。

 

「…………あー、その、直也?」

「見ないでぇ、こんな僕を見ないでぇ」

「ええと、姉さんを紹介しようか? 合法ロリな大学生だけれども、ほら、大体、この俺と同じ外見しているし」

 

 ともあれ、こんな突然発狂したような動きをかます奴でも、俺の悪友である。

 俺なりの精いっぱいのフォローを、微笑みと共に直也へ告げたわけなのだが。

 

「いや、そういうことじゃないから」

「…………え?」

「あっ」

「え? あの、え?」

「………………ぁあああああああああ!!! ちょっと死んでくるぅー!」

「おい、待て屑ぅ! 今の発言の真意を話してから死ねやぁ!!」

 

 真顔でよくわからないことを言った後、直也は顔を真っ赤にして、外へと走り去ってしまった。なお、そのよくわからない発言が引っかかったらしく、京子も直也を追って行ってしまったので、結局、残ったのは俺と玲音の二人だけ。

 

「…………むー」

「え? いきなり抱き着いてきて。どうしたのさ、玲音さん」

「…………私の」

「ん?」

「私の、だよね?」

 

 まったく、直也もそうだが、玲音もきちんと主語とか目的語をきっちりと話して欲しい物だ。言葉という奴は割とすれ違いやすい意志の伝達方法なのだから。

 でも、まぁ、それでいいのだと思う。

 最終決戦前の、世界の命運がかかった割とシリアスな時だけれども。

 俺たちはこんな感じでいい。

 

「ああ、そうだとも。玲音、俺はお前の物だし、お前は俺の物ってことで」

「…………にひっ」

「おー、同じ背丈で抱き合うのってなんか新鮮」

 

 ぎゅう、と体全体に、柔らかく伝わってくる玲音の体温を感じながら。

 俺は、たまにはTSも悪くないと思ったのだった。

 

 

●●●

 

 

「………………あの、すみません、玲音さん。そろそろ離していただけると? こう、三十分間もこのままなのですが」

「近場の温泉。夕方。近所の女子高校生たち」

「………………な、なんの、ことでしょう?」

「女湯、入りたいの?」

「あ、あああ、憧れは止められないんだ! 男の! 憧れなんだ! 折角、TSしたのだから、俺は憧れを追い求めてやる! 例え、この股間に逸物が無くとも! 魂に逸物があるのならば、それはきっと、追い求めるに足るロマンなんだよ!」

「………………家の、お風呂で、一緒に入ってあげるよ?」

「はい、諦めましたぁ! ロマン? 憧れ? はっ、馬鹿らしい! 目の前の安定に比べれば、どうでもいいね! 中年、老年が徘徊する女湯の中を冒険する必要性なんざ皆無だね!」

 

 なお、この後、目隠しをされながらお風呂に入れられるというよくわからないプレイをされた俺である。

 願わくば、この記憶が薄れない内に、早く男に戻りたいものだ。



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第38話 きっと、お盆には雨が降るでしょう

・フラグメント 7

 

 愚者の話をしよう。

 昔の話をしよう。

 

「んああ…………なんだい、なんだい、根暗な趣味って馬鹿にしやがって。見てろよ? その内、パソコンを一番上手く使える奴が、世界を手にするんだ」

 

 少しずつ迫りくる世紀末。

 弾けた泡の残滓と、不穏な高揚感が交じり合うような時代。

 そんな時代に、とある少年は、少女と出会った。

 

「おはよう、アリス」

「…………あ、玲音」

 

 ぶつぶつと何かを呟きながら、俯いて歩く陰気な中学生。

 そんな彼に声をかけたのは、同じ年ごろの少女だった。

 女の子にしては、短めの髪。けれど、一房だけ伸ばした髪を、バッテンのようにも見える特徴的な髪留めでまとめた少女。

 背丈は少年よりも低く、やや発育不全気味。制服も、成長を見越して大きめを買ったらしく、微妙にあっておらず、ぶかぶかとしている。

 ――――見ている者を、不安にさせるような美しい少女だった。

 

「前から言っているだろ。そのぶっ飛んだあだ名をやめろって。何だよ、アリスって。僕、有栖川なんですけど?」

「うん、だからアリスね。可愛いでしょ?」

「可愛さは求めていない。格好良さを追求したい」

「格好良さ? はははっ?」

「おっとぉ、僕の何がおかしいんだい?」

「存在全て」

「そう来たかー、全否定かー」

 

 少年は、美しい少女と会話できる高揚感と、からかわれているような不安な気持ちを抱えながら、美しい少女――岩倉玲音と共に通学路を歩く。

 出会ったきっかけに、ドラマなんてなかった。

 席が隣というわけでも無いし、その当時流行していた、こてこてのラブコメディのような愉快なイベントなど、何もない。

 ただ、少年が休み時間に、パソコン雑誌を読んでいた時に、玲音の方から声をかけたのだ。

 

『あ、面白そう。次、読ませて?』

 

 少年は少しだけ驚いた後に、声が震えないように必死で平静を装いながら、『いいよ。もう読み終わった奴だし』と、そっぽを向きながらそれを手渡したのだった。

 岩倉玲音。

 浮世離れした、不思議な魅力を持つ少女。

 クラスカーストなど関係ないとばかりに、色々な人と言葉を交わして、それが許されるだけの超然とした空気の持ち主。

 そんな彼女との交流に驚きつつも、少年は浮かれてしまう内心を諫めていた。

 きっと、気まぐれだ。持てる奴らの、気まぐれに過ぎない。期待するな。平然としていろ。どうせ、いつものようにからかわれて終わるだけだ。

 ――――結果から言えば、その推測は的中しているが、大外れだった。

 

『ねぇ、今度の休みに一緒に秋原場いかない? パーツを漁りに行こうよ!』

『組み立てって楽しいね! あ、駄目だよ、寝たら。まだ朝の四時だよ?』

『今後は、絶対にパソコンを上手く扱える人が有利に立てる世界になるよ。だから、今のうちにたくさん勉強しようね! え? 食事? はい、ブドウ糖とクエン酸を固めた奴!』

『風呂? 外出する予定もないのに、入る必要ないんじゃない?』

 

 からかわれているのは確かであるが、全然、まったく、少年から離れていく気配が無かった。むしろ、日に日に遠慮が無くなっていき、少年の家に泊まり込んで作業をするぐらいの遠慮の無さになっていく始末。

 そんな玲音の、強引なまでの接近の仕方に、少年は嬉しさも交えながら、当惑の方が勝っていた。何故ならば、少年がまともに女子と交流したことは無く、どんなことがマナー違反になるのか? どんな配慮をすればいいのか? まったくわからなかったからである。無論、それを相談できるクラスメイトなど居るはずも無し。

 なので、少年はいつも必死で全力だった。

 玲音のからかいに、遊びに、差し伸べられる手に、全力で追いすがっていた。

 

『玲音、お前って奴は!』

 

 そんな日常を過ごしていくうちに、少しずつ少年は変わっていった。

 卑屈さと根暗さは中々治らないけれども、過度に誰かに怯えることも無く、玲音とも自然に会話を交わせるようになった。

 また、玲音と仲よくしているので、クラスメイト達から何かのちょっかいを受けることもない。嫉妬を受けるようなことも稀にあったけれど、すぐに少年の実情が知れ渡り、憐みと尊敬、後は羨ましさが混じった視線に変わるにはそれほど時間がかからなかっただろう。

 気づけば、少年は玲音の隣に居ることが普通になっていた。

 

「なぁ、玲音」

「ん、なーに?」

「…………なんで、僕なんだ?」

「何が?」

「いや、何がって、その、あの」

「くひっ。どーしたのかな? ね? 何を言おうとしたのかな?」

「も、もういい! 知らない!」

「あーん、ごめんってば、アリス!」

 

 少年は、玲音のことが好きだった。

 考えてみれば、当然の流れだろう。捻くれた性格の、周囲に馴染めない少年。そんな彼の下に、特別な美少女が現れて、なんだかんだ強引に絡んでくるのだ。

 大体の男の子は、美少女に絡まれると好きになってしまう。

 それが世界の原則である。

 ましてや、性欲を自覚し始める中学生ならば、猶更だろう。玲音が無防備に見せる肌の色に、触れた体温に、少年は戸惑いながら、性欲と織り交ざった好意を募らせていく。

 

「…………いつか、僕がもっと、格好良くなった時は、その時は」

 

 小さく、小さく、少年は玲音にも聞こえない声で、何度も呟いていた。

 募らせた好意と、変わってしまう関係性への不安。そもそも、玲音からの好意を信じられない卑屈さ。それらが合わさって、少年は玲音と友達になってから半年の間…………好きだと自覚してか三か月の間、告白することが出来なかった。

 でも、けれど、いつかは。

 玲音の隣に居ることを、当然として胸を張れる自分になりたい。

 彼女と共に在るに足る、相応しい人間になりたいと、少年は考えていた。

 その時になったのならばきっと、勇気を振り絞って、自ら告白しよう、と。

 

『さぁ、世紀末を始めよう』

 

 ――――――もっとも、その機会なんて来なかったのだけれども。

 

 きっかけなんて、何もなかった。

 ある日、突然、玲音が少年の通う学校に来なくなった。

 同時に、玲音の姿をいろんな場所で見たという噂が流れ始めた。

 怪しげな店に出入りしていた。

 不良たちを配下にして、犯罪行為を行っていた。

 殺人鬼として、指名手配された。

 怪物に変化して、人間を喰らっていた。

 

「ふざけるなよ……皆、勝手な事ばかり言いやがって!」

 

 少年は流れる噂に、怒りを抱きながらも玲音を探し続ける日々を送っていた。

 不穏な噂が流れる、世紀末。

 連続殺人事件。

 悪魔と呼ばれる、怪物の跋扈。

 救いを求める物へ、手を差し伸べるメシア教。

 例え、悪魔さえも利用して世紀末を生き延びようと唆す、ガイア教。

 黄昏の空は人々の不安を誘い、奇妙な遺書と共に、自殺者が増加。

 

「くそっ、くそっ、くそっ!」

 

 どれだけ探しても、見つかるのは世界を終末に導く非日常だけ。

 時に、恐ろしげな怪物から逃げて。時に、目にハイライトが無いような狂信者から逃げ回って。時に、玲音と同じ姿で、けれど、中身が全く違う何者かに出会って。

 探して、探して、探して、探して。

 

【大丈夫。いつでも会えるよ、アリス】

 

 最後に、少年が玲音の姿を見たのは、夢の中だけだった。

 柔らかな微笑みだった。

 手に持った装飾銃が、違和感だった。

 やめてくれ、と声を出そうと思ったけれども、夢の中で、声は出せなかった。

 ただ、ざあざあと、降りしきる雨の音だけが。

 ノイズのように、少年の頭の中に残っている。

 

それから、世界は救われて、一人の少年が、愚者へとなった。

 岩倉玲音(神様)を探す、愚者に。

 

 

●●●

 

 

 長い時間が流れた。

 少なくない日々を過ごした。

 それでも、彼にとっては全て灰色の世界だった。

 たった一つ。

 たった一人。

 大切な何かを失うだけで、ここまで世界は色あせるのかと、かつて少年だった愚者は嘆き、狂気と共に、その身を冥府魔導へと堕としていった。

 

『クローン技術』

『橘総研』

『悪魔召喚プログラム』

『ワイヤード』

『外なる神々の叡智』

『終わりの神への、接触』

『無貌の神への、生贄』

 

 一歩、一歩、進むごとに人の道を外れていく。

 狂気に身を落とすたびに、かつて少年だった頃の幸せな思い出が汚されていく。

 罪のない人々を生贄に捧げる度に、悪行に慣れて、人間性を失っていく。

 失っていく、失っていく。

 進めば進むほど、愚者は少年だった頃の何もかもを失っていく。

 全ては、たった一つの願いを叶えるために。

 数多の人々を騙して。

 世界すらも、そのための生贄に捧げようとして。

 

『ああ、けれど――――そんなに変わった君じゃあ、相手にしてもらえないだろうねぇ』

 

 その果てに、愚者は邪神の囁きによって、完全に狂った。

 己の本当の目的すらも見失い、狂った。

 真なる理想郷の構築。

 約束された幸せ。

 新世界。

 本来、愚かな他者(信者)を騙すための方便に過ぎなかったそれに、自分自身が騙されてしまって。

 

『ふふっ、お父様。さぁ、そろそろ雨を降らせましょう?』

「――――ああ、我が娘よ。そうだ、そうだとも。こんな灰色の世界は雨に流して、新しい、色鮮やかな新世界を、私は……」

 

 挙句の果てに、己の魂すらも邪神に捧げてしまった愚者は、雨を降らせる。

 己が心の内にある、嘆きを誤魔化すかのように。

 泣き叫ぶように、『アリス』は、世界を洗い流す審判を始めた。

 

 

●●●

 

 

「…………雨が降ってきたか」

 

 天原晴幸は、しとしとと降り始める雨の気配で、決戦の空気を感じ取っていた。

 朝、雨の音共にベッドから目覚めるのは、晴幸は嫌いではない。だが、今日、この時ばかりは晴幸と言えど、アンニュイな気持ちを隠せなかった。

 決戦の始まりを予感させる雨の音。それを耳にしながら、晴幸は己の裸体を確認した。

 そう、昨晩、睡眠中に元に戻ることを想定しておいたおかげで、晴幸は全裸だった。寝るときは美少女の裸だったのだが、現在はきちんと鍛え上げられた男性の物に戻っている。

 

「なんとか、間に合った」

 

 静かに安堵の吐息を漏らし、まずはさっさと着替えようと、晴幸は己の布団をめくった。

 

「むにゃ……」

「え?」

 

 布団の中に、玲音が居た。

 しかも、一糸まとわぬ全裸だった。

 

「…………お、おちつ、おちつけ……」

 

 一旦、布団を被せて呼吸を整える晴幸。

 その後、そうっと布団をゆっくりとめくるが、やはり、玲音が居る。全裸だ。下着すら来ていない。やや浮かび上がった肋骨の形に、真っ白な肌。成長途中の少女の、やや発育不全だからこそ、感じられる不思議な色気が、そこにはあった。

 

「え? やった? やって、ないよね、うん。痕跡的にね! ないよね!? うん、大丈夫、大丈夫、また玲音が俺に対して悪戯をしに来ただけだから、このまま抜け出せば……あ」

「…………んぅ」

 

 がしり、と寝ぼけた玲音が、割とがっつりと晴幸に抱き着く。

 夢の中では抱き枕にしがみついているのかもしれないが、現在、玲音が抱き着いているのは筋骨隆々の晴幸である。絵面が完全にアウトすぎる。

 無論、そのことを重々承知な晴幸はそっと引きはがそうとするのだけれど、何故か、引きはがそうとするたびに、玲音が割と強めの力で抱き着いてくる。

 だが、力任せで剥がすわけにはいかない。

 その場合、恐らく、玲音は目を覚ますだろう。目を覚ました玲音が見る光景は、全裸の晴幸が玲音の体を掴んでいる場面だ。

 機嫌が良ければ、そのまま照れて恥ずかしがるだろうが、機嫌が悪ければ、晴幸の体は二階の窓から空を飛ぶことになるだろう。

 決戦前に、負傷は避けたい晴幸だった。

 

「なんなのだ、これは……どうすればいいのだ……」

 

 晴れて恋人同士になったんだから、エロいことをすりゃいーじゃん、と思うかもしれないが、その場合、晴幸は己の性欲に飲まれて、世界の危機よりもエロを優先してしまう可能性があった。一線を越えてしまった場合、晴幸は己がエロ猿として知性を捨て去ってしまうことは請け合いだろう。

 

「助け、誰か、助けてくれ…………このままじゃ、世界が……」

「むにゃあ、んむー」

「密着からの、腹筋に頬ずりは、うあ…………せ、世界を、まも……る……」

 

 結局、ヘタレの馬鹿は苦悩の声を上げならずっと、玲音が自主的に起きるまで硬直していたらしい。

 起きた玲音は、やや残念そうな声で「……ヘタレ」と晴幸を罵り、晴幸は静かに涙を流しながら、「ヘタレです、はい」と全てを受け入れた。その後、オナニーをするので、しばらく時間を下さいと玲音に土下座をするまでがセットで、天原晴幸という馬鹿の決戦当日の朝だった。

 

 ――――こんな馬鹿であるが、これからこいつは世界を救うようだ。



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第39話 君の、傍に

最終決戦です。
長いです。


 しとしとと雨が降り注ぐ中、教会の礼拝堂――――ベルベットルームの中には、二人の影があった。

 

「いよぉ、レイン。いや、【ペルソナちゃん】って言った方が良いか? それとも、ナイアって呼んだ方が好みかね?」

 

 一つは、神父の恰好をした男。

 されど、仮面ライダーの安っぽい仮面を被っており、行儀悪く、礼拝堂内にあるグランドピアノに寄りかかって体重を預けている。

 言葉からにじみ出る物も、安っぽい詐欺師みたいに風格は無い。

 それでも、男は、かつてクラウンと名乗った存在は、眼前の少女の存在を見透かしていた。

 

「…………貴方は、誰かしら?」

 

 クラウンと対峙しているのは、玲音であって、玲音ではなく、【ペルソナちゃん】という数多に存在するAIの姿をした何者か。

 この世界に於いては、一部の例外を除き、全てを見通しているはずの、神にも等しき存在。

 善と悪の二面性を持つ、集合的無意識から浮かび上がる試練の象徴である。

 

「ひっでぇなぁ。玲音にも聞かれたわけだが、そんなにわからない? 俺の正体? え? だて、ほら、ぶっちゃけた話、俺はお前の同類だぜ? 集合的無意識の一部。神様の欠片みたいなもんさ」

「私は、貴方ではないわ」

「おうとも、そうだよ。俺はアンタじゃあない。全なる一よ。何せ、俺は元々、此処とは違う世界から流れてきた異物みたいなもんだからなぁ…………あの馬鹿の魂と一緒に」

「天原、晴幸。最初の天原の魂を持つ者」

「そうそう、そんな感じ。というか、馬鹿でわかるもんな、凄いよな」

「だって、馬鹿でしょう?」

「馬鹿だもんなぁ」

 

 クラウンと【ペルソナちゃん】は互いに見合って、少しだけ笑う。

 詐欺師と、邪神という二つの不敵なる存在は、共通の話題として、馬鹿が出ただけで、少しだけ笑う。

 どうやら、二人とも、天原晴幸という馬鹿のことは気に入っているらしい。

 片方は、利害が一致する時には思わず、全面的に協力してしまうほどに。

 片方は、魔人を倒すための策として、己のイカサマを授ける程に。

 

「天原の一族は、代々この世ならざる法則を持つトリックスター。けれど、晴幸はその中でも随一だとは思っていたけれど…………そう、貴方が憑いていたのね? いえ、元々、在ったということかしら? 享楽に満ちた世界の、人々の祈り。苦難を蹴飛ばすために、望まれた、救いの神という側面…………それが、貴方」

「そんな大層な存在じゃあないさ。数多に存在する異なる世界。その中から、たまたま、この日のために呼ばれた一つの願いの結果ってわけよ」

「…………願い?」

 

 首を傾げる【ペルソナちゃん】に、クラウンは肩を竦めて応えた。

 

「それをここで言うのは野暮って奴さ。まぁ、互いに最終決戦の結果を待つとしようぜ? 神様気取りの奴が、勝手にあーだこーだ言うのも、無粋だろう?」

「…………良いでしょう。虹がかかる頃には、きっと、全ての決着がつくでしょから」

 

 かくして、二つの超越存在による会合は終わる。

 世界を何も左右しない、二つの影の雑談は終わって。

 ――――世界の命運を賭けた、最終決戦が始まった。

 

 

●●●

 

 

「えー、外に雨が降っておりますが、あれは現実の雨とは一味違います。なんかこう、原理とか理屈とかを無視して、世界が終わるまでどんどん雨が降ってくる感じの、はい、そうですね。天気の子ですね、そんな感じの特殊雨です。一種の神様とか、悪魔の顕現体だと思ってください。迎撃は可能と言えば、可能ですが、そこら辺は葛葉さんたちに任せて、我々は敵の本拠地を叩きます。世界への影響力を大きく使っている状態なので、必然と隠蔽性が薄れるので、今がチャンスと言えるでしょう。まぁ、あっちも本気になるだろうから、総力戦って感じになるだろうけれどさ」

 

 晴幸の部屋には、彼も含めて五人の男女が揃っていた。

 天原晴幸。

 岩倉玲音。

 中島京子。

 結城直也。

 有栖川忍。

 もっとも、最後の一人は既にペルソナ能力を失っており、戦力にはならない。だが、それでも、この場に集まったのは、戦いに赴く少年少女たちを最後まで見送るためともう一つ。彼の手の中にある、一つの秘策を渡すためだった。

 

「そんなわけで! 皆さんにはこれから、きつい戦いが待っていると思いますので、しっかりと心構えをしてですね―――」

「え? ヤった?」

「………………今の発言誰だぁ!!?」

 

 そして、晴幸が珍しく真面目に説明を始めているところで、誰かがぽつりと物議を煽るような一言を呟いた。

 晴幸は慌てて、周囲を見回すが、とっさに京子と直也の二人が顔を伏せた。どうやら、この二人のうちのどちらかが、もしくは、どちらとも、この最終決戦前に、いろいろとあれな一言を呟いたらしい。

 晴幸は頭を振って、この疑念を抱かせたまま、最終決戦に挑んではいけないと思い、なんとか弁解を試みることに。

 

「あのさ、誤解があるかもしれないけれど、これはね―――」

「痛いって言ったのに、無理やり、奥まで」

「玲音さん!!?」

 

 だが、その状況で面白がって火にハイオクを突っ込んで、何もかもを吹き飛ばそうとするのが玲音である。

 いかにも、最終決戦前のイベントで、シーン回収してきました、と言わんばかりの乙女チックな赤面顔を演出して、周囲の誤解を誘発する。

 

「おまっ、お前―っ!! 駄目だろ! おま、中学生ぐらいだろ!? よしんば、中学生だったとしても、中学生の中でも一番成長が遅れている系の女の子だろ、玲音ちゃんは! そんな相手に、無理やり、ねじ込むなんて…………この変態っ!」

「やめろ、違う! やってないから落ち着いて、京子! 最終決戦前なのに、無駄にペルソナ能力を発動させないようにして!」

「じゃあなんで、二人とも同じボディソープの匂いがするの? 行為の後、一緒にお風呂に入ってピロトークかい?」

「テメェとはちげぇんだよ、屑ぅ! いいか、直也! 俺はな! 我慢したんだ! 朝起きたら、裸の玲音が添い寝してくれていたんだけど、我慢したんだよ! 性欲のままに動くと最終決戦に遅れるから! このボディソープの匂い!? 浴びたんだよ、シャワー! 一発オナニーを決めて、性欲処理したからな!!」

「「お前、そこは抱かなきゃ駄目なシーンだろ……」」

「俺だって、めっちゃやりたかったわぁあああああああ!!」

 

 ぎゃあぎゃあと、高校生三人組と煽る玲音のやり取りがいつも通りに混乱してきたので、大人である忍が、渋々仲裁に入った。

 

「その、君たち…………仲が良いのはとても素晴らしいことなのだが、その、な? 時と場所を、な?」

「「「ごめんなさい……」」」

 

 基本、コミュ障の忍ではあるが、かつて仲間と共に『お父様』と戦った記憶が戻っているので、友達同士のじゃれ合いぐらいはあっさりと仲裁可能なのである。曲がりなりにも、忍は、かつてワイルドを所持していたペルソナ能力者なのだから。

 

「君たちの日常は、君たちが世界を救ってから、堪能してくれ…………それと、晴幸君」

「はいな、なんでしょうか?」

「これを。出来れば、『お父様』……いいや、あの馬鹿な叔父に」

「……スケッチブック?」

 

 故に、だからこそ、忍は分かっている。

 自らが戦いに赴き、その決着を見届けることは出来ないということも。無理をしてついていけば、決戦の際、足手纏いになってしまうことを。

 なので、忍は託すことにしたのである。

 ペルソナ能力を失った忍が、唯一、胸を張って己の武器だと思える物を。

 きっと、『お父様』というペルソナを被った叔父に対して、一番突き刺さるだろうという代物を。

 

「時が来たら、叔父に見せてくれ。恐らく、それで駄目押しになるだろうから」

「分かりました。忍さん、貴方の想い、無駄にはしません…………行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい。君たち、気楽に世界を救っておいで」

 

 かつての先輩の見送りを受けて、四人の少年少女たちは、決戦の地へと赴く。

 

「頼む、玲音」

「うん。行こう。皆で」

 

 外の雨音にも負けないような、大きなノイズが四人の脳内に響き渡り、ワイヤード内部への侵入が開始される。

 愚者が作った街。

 集合的無意識にもっとも近しい、異界。

 そのさらに、僻地。

 かつて、『アリス』と『岩倉玲音』が出会った学校を再現した、過去の残骸へ。

 

 

●●●

 

 

『何故、お前たちだけ……』

『お前もこっちに来い』

『死ね、死ね、死ね』

『私たちと同じになってしまえ……』

 

 レギオン。

 数多なる物。

 かつて、救世主とやらの前に出現し、退治された悪霊の群れ。

 それの再現が、晴幸たちの眼前で展開されていた。

 

「ありったけのノイズ人間を使って、拠点を防衛ってわけか、ふむ」

 

 ざざざざっ、というノイズが幾つも響き渡る。

 空は灰色。

 現実では雨が降っていようとも、ワイヤードの空から雨が降ることは無い。

 灰色の地面(コンクリート)から、無数の木々(電柱)が、森のように生えて、推定、拠点と思しき学校への進路を妨害している。

 恐らくは、灰色の森に潜む数百のノイズ人間の全てを打倒しなければ、拠点に入ることが出来ないように結界でも敷いてあるのだろう。

 

「純粋なる力押し。数任せの時間稼ぎ。突破できなくはないが、厄介だな」

「晴幸。例のワイルドの力とかで、一気に吹き飛ばせないの?」

「出来ると言えば出来るけど、無駄に力を使うと後が辛くなりそうだからね」

 

 ノイズで顔が隠された人間の群れ。

 ペルソナ使いになれなかった、自殺者の亡霊。

 一気に薙ぎ払うことは容易いけれど、それは相手の想定通りの動きと言うことになる。仮に晴幸が似たような立場ならば、そういう強引な撃破に合わせて、呪いやらデバフやらをかけて、相手の動きを少しでも鈍らせようとする。

 一度、俺にタイマンで敗北した『お父様』ならば、何かしらの策を持って俺の力を削ぐことに重点を置いた行動となるはずだ、と晴幸は予想していた。

 ならば、これから馬鹿がやるべき行動は一つ。

 

「京子、悪いが、スケッチブックを持っておいてくれ。何、一分で片付く」

「お、おお……良いけど、何をす――――何故脱いだ?」

「いくぜ、亡霊どもぉおおおおおおおおおおお!!」

 

 それは即ち、相手の予想を上回る理不尽を叩きつけてやるということ。

 

「我流・ファイナルヌゥウウウウウウウウウドォッ!!!」

 

 世界最速の脱衣により、晴幸は瞬く間に全裸へと変身。

 同時に、急加速で残像すら生み出す勢いで、ノイズ人間たちの合間をすり抜けるように駆けて行く。

 

「ふぉおおおおおおおおおおっ!!」

 

 すれ違いざまに、ドヤ顔と決めポーズを決めながら、無駄にキレの良い動きでステップを踏み、躍動感と肉体美を全体にアピール。

 

『…………なんで、私たちは、死んでまで、こんな……』

『やめ、近づくなっ! やめっ! やめろぉ!!』

『くそっ……ちらちら、視界に入ってくる……無駄に動きが良いのがむかつく……』

『無駄に引き締まった肉体だから、美しいと一瞬でも思ってしまった自分が憎い……』

 

 そして、きっちり一分。

 晴幸が宣言した通りの時間が過ぎれば、既にノイズ人間たちは一人残らず消え去ってしまっていた。どうやら、余りの晴幸の行動の馬鹿馬鹿しさに自らの存在意義である怨念を維持できなかったらしい。

 

「力任せに勝つことだけが戦いじゃあない。ノイズ人間たちが生者に恨みを持っているというのなら、逆に、『ああは成りたくない』という強烈な印象を抱かせてしまえばいい。後は、戦う必要すらなく、勝手に相手が自滅してくれるって寸法さ!」

「いいから、服を着ろ!」

「うぇーい」

 

 京子に投げつけられた衣服を受け止め、もそもそと着替えを済ませる馬鹿。

 この馬鹿は、脱衣は早いのに、着衣の速度は普通である。

 だが、経緯はどうあれ、力の消費を抑えたまま、敵の予想を上回ったのは事実。晴幸たちは追加のノイズ人間たちを召喚されない内に、素早くコンクリートジャングルを抜けて、古びた校舎の中へと突入したのだった。

 

『くすくす、ご案内――』

「させない」

 

 ざざざざっ、というノイズと共に起ころうとした、強制的な空間転移。

 けれど、それは玲音の手によって防がれる。相手が神の力を手にしていたとしても、晴幸もまた、玲音の契約者である。玲音がやる気を出しているので、校舎内に張り巡らされた悪質なトラップの九割九分はほぼ無効化された模様。

 

「今のうちに、行こう」

『おうよ!!』

 

 玲音と晴幸は手を繋いで、廊下を駆けて、道行を先導する。

 直也と京子は既にペルソナを顕現させて、何かからの奇襲を受けてもすぐに対応するように準備を始めた。

 目的地は一つ。

 この異界、ワイヤードの始まりの場所。

 アリスという愚者が、最後の最後、行きついた場所。

 己の中の原初風景。

 記憶が無くなってもなお、縋りついた場所だ。

 

「イザナギ!」

「タナトス!」

「「薙ぎ払え!!」」

 

 だが、黒幕のそんな思い出の空間であったとしても、現在を戦う彼らには関係ない。

 時間稼ぎのために投入された、悪魔たちも。

 それを薙ぎ払う、ペルソナ使いたちも。

 今を生きるために、過去の光景を砕いて、壊しながら進んで行く。

 

『よくぞここまで来ました。けれど、お二人はここで一時停止です。決着の前の、我々からの、最後の試練がありますので』

 

 残された悪魔を全て薙ぎ払い、進んだ先に。

 目的地である、敵の首魁が潜む教室の前に。

 たった一人の少女が――――岩倉玲音と同じ顔の、姿かたちの、けれど、服装だけは違う存在が、立ち塞がっていた。

 その姿を、【ペルソナちゃん】というAIの姿が、ワイヤード内へ出現したという異常受けて、けれども、ペルソナ使いたちに動揺は走らない。

 予想はしていたのだ。

 岩倉玲音という少女が、『お父様』によって、集合無意識の神から抽出された一つの側面であるとするのならば。

 同じように、いいや、その『大本』の存在が出張ってくることもあるのだろうと。

 

「京子、直也。どうやら、こいつは俺と玲音に用事があるみたいだ……最速RTA決めて、すぐに向かう。だから、先に」

「…………超余裕」

 

 二人の言葉を受けて、直也と京子は返答も無しに駆け出して、【ペルソナちゃん】の横を抜けて、教室へ入り込んだ。

 二人とも、ここに至って、暢気に問答を重ねるような緩い信頼関係ではない。

 晴幸が、この馬鹿がすぐに向かうというのだから、すぐなのだろうと、あっさりと心中で頷き、それまでの間、少しでも黒幕たる『お父様』へダメージを与えようと動き出したのだ。

 

『いいですね。普段、全然足並みが揃わない癖に、肝心な時だけ息が合うって、いいですね』

 

 ペルソナ使いたちの反応を見て、【ペルソナちゃん】は満足そうに微笑む。

 しかし、その微笑みは超越者の笑みだ。

 一見すると、玲音よりも表情豊かに見えるかもしれないが、その感情は人間のそれではない。人間を超えた先に存在する、神の如き者の嘲笑、あるいは慈愛の表れだ。

 

『さぁ、貴方たちが本当に結ばれるべきなのか、どうなのか。試練を課しましょう』

 

 そして、雨音などと例えるのには、余りにも耳障りな、硝子を力任せで引きちぎるような音が廊下に迸って。

 天原晴幸と、岩倉玲音は、共に集合無意識の底へと落とされた。

 

 

●●●

 

 

「ねぇ、どうしたの? 晴幸」

「…………ん、あ?」

 

 晴幸は気づいた瞬間、自分が教室の中に居ることに気づく。

 慣れ親しんだ教室。

 少し周りを見渡せば、気心の知れた友人たちの顔が。

 

「もう。まだ夏休みボケしているんじゃないの?」

「…………そうかもしれないね」

 

 隣には、岩倉玲音という少女の姿が。

 晴幸は玲音の姿を見た瞬間、状況をすっかりと理解した。

 岩倉玲音という少女が、自分の幼馴染であったということ。

 幼い頃から、共に過ごして、共に愛を育み、中学時代に玲音の方から告白されて、恋人同士になったという記憶が、思い出が、脳裏に過る。

 

「晴幸は馬鹿だからなー。また寝ぼけて、私の部屋に裸で来ないでよね?」

「事実無根な嘘をもっともらしく言うな! ほら、周りの奴らが『あいつならあり得る。むしろ、普通』みたいな顔でこっちを見てる!」

「あはははー、大丈夫。私たちこれでも、きっちりけじめをつけた清廉潔白なカップルです」

 

 にひ、と悪戯っ子のように笑う玲音の表情は可愛らしい。

 年相応の成長に伴った身長と、体の起伏。大人びた風貌がそこにはあった。

 社交的で、美しくて。

 笑顔が可愛くて。

 なんの問題もない家庭で育ち、当たり前の愛情を受けて、歪まずに成長した健康的な美人。それでいて、馬鹿をやらかす晴幸のことを、誰よりも愛おしく想う、幼馴染にして、恋人。

 今、晴幸の隣に居るのは、そんな岩倉玲音だった。

 

「――――それで、これはどんな試練なの?」

 

 だが、晴幸が愛した玲音ではなかった。

 晴幸が、集合無意識の底で作られた、限りなく本物に近い幻の中で、即座に己を取り戻せた理由など、それで十分だろう。

 

「へぇ、やはり、トリックスターは伊達ではありませんね?」

「ぐ、がっ!?」

 

 偽物の玲音――否、【ペルソナちゃん】は、撫でるように晴幸の肩に触れた。それだけのことで、晴幸は頭上から重機で叩きつけられた衝撃を受けて、倒れ伏す。

 

「ですが、早々に見限ってよろしいのですか? これは、新世界に於ける貴方の日常です。悪魔や、怪異、あらゆる異常と関わり合うこともない平穏な日常。しかも、生涯、貴方と添い遂げる可愛らしい彼女も居るのですよ?」

「…………へ、くだらねぇ、な」

「ふ、ふふふ、強がる人間は、結構好きです。優しく、虐めてあげます」

「――――ぐ、う」

 

 更に重さを増す、【ペルソナちゃん】からの重圧。

 周囲には既に、人影は存在しない。

 偽物の教室に居るのは、倒れ伏す晴幸と、【ペルソナちゃん】の二人のみ。

 

「ふ、くくくく、人間如きが。本当にあの子と添い遂げられるとでも? ねぇ、ひょっとして、自分を何か特別な存在だと思っていませんか?」

 

 にやにやと大人びた玲音の姿で嗤い、【ペルソナちゃん】は上履きを脱いで、優しく晴幸の頭を踏みつける。侮蔑するように。心底、馬鹿にするように。

 

「神の化身である。彼女を、たかが人間の一人に過ぎない貴方が守り切れるとでも? 貴方が、あの子と付き合うことによって、周囲の迷惑は考えないんですか? 確実に、厄介ごとを呼びますよ? それとも、自分さえよければ、周りはどうなってもいいんですか?」

「ぐ、うう……」

「ねぇ、聞かせてくださいよぉ」

 

 いやらしく、ねちねちと、晴幸の体の自由を奪った状態で、尊厳を奪うように彼を踏みつける【ペルソナちゃん】。その姿はまさしく、悪魔と呼ぶに相応しいほど邪悪で、美しい物だっただろう。

 

「お、俺は…………絶対に、玲音を、守って、見せる……」

「へぇ、その強がりが、いつまで続くんですかねぇ? ふふふっ、今日までたまたま何もかもが上手くいっていたからと言って、明日、悲劇に遭わないとは限らないのに。どこからそんな自信が出るんでしょうか? ねぇ、そろそろ身の程を弁えたらどうです?」

「う、ううう……俺、は」

 

 苦悩の表情を作る晴幸の姿を見て、【ペルソナちゃん】は愉悦の表情を浮かべる。

 

「俺は、こんな、ことに……負け、ないっ……!」

「くすくす。口ではそう言っていても、心はどうなんですかね?」

 

 【ペルソナちゃん】はその権能を用いて、晴幸の心の表層へアクセスした。

 この集合無意識の底では、彼女こそが神、全能に近しい力を持つ物。故に、彼女が望めば、例え、ワイルドを持つペルソナ使いの心すら読み取ることが可能だった。

 故に、にやにやと、【ペルソナちゃん】は、強がりを続ける眼前の男の心に、どれだけ醜い保身が隠されているかを暴くために心を繋いだのである。

 そして、【ペルソナちゃん】は知った。

 

(うぉおおおおおおおおお!! 大人びた玲音から、紺のソックスでの足踏みプレイとか! なんて俺の性癖を熟知した色仕掛けをしてくるんだ!? なんて、なんて恐ろしい!)

 

 天原晴幸という馬鹿は、【ペルソナちゃん】から受けた、今までの言動を全て、色仕掛けのためのプレイとしか思っていなかったということに。

 

「ぐ、うううう…………まけ、負けないぃ……」

「ねぇ、ちょっと?」

「こんな卑劣な罠に……俺は、負けてたまるか……」

「…………」

 

【ペルソナちゃん】はなんだか虚しい気分になったので、そっと足を退けた。

 すると、何故か、馬鹿は勝ち誇った表情を浮かべて、立ち上がった。立ち上がって、すっと腰を引いて前かがみになりながら、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

 別に、足を退けただけで高位悪魔ですら指一本動けなくなるほどの重圧は止めていないのだが、まるで何の負担も受けていないような挙動である。

 

「俺の、勝ちだぜ、神様。だが、アンタは強かった。アンタの試練は、とてつもなく辛かった。朝、俺がオナニーで一発抜いてなければ、負けていたかもしれない」

「何の話をしているの?」

「だが、俺は勝った! これが、愛の勝利だ!!」

「………………えぇ」

 

 正直な話を言うと、【ペルソナちゃん】を含む、邪神の化身たちはちょっと引いていた。今まで、この最終局面でシリアスな話題の最中に発情している馬鹿は居なかったからである。これほどまでの馬鹿だったら、最初から色仕掛けをしていればよかったと後悔しているところであるが、そうなったらそうなったで、斜め上の反応を返してくる未来しか見えない。

 不思議な人間であり、今まで、感じたことのない妙な手ごたえの存在。

 それが、【ペルソナちゃん】にとっての天原晴幸だった。何せ、既に、「さっさと帰ろー」とばかりにこの空間に干渉して、帰り道を作り始めているのだから、末恐ろしい。

 だからこそ、【ペルソナちゃん】は考え方を変えた。

 力任せに試練を押し付けたところで、きっと、この馬鹿はまともに答えてくれない。ならば、まともに答えを得るために必要なのは。

 

「ねぇ、お馬鹿さん。貴方は本当に、玲音のことを幸せにできるの?」

 

 ただ一つだけの、純粋な問いかけのみ。

 嘲りも、威圧も必要ない。

 神としての試練でもなく。

 ただ、己から派生した存在が、本当に幸せになれるのだろうか? と晴幸に尋ねて。

 

「ああ、できるさ。だって、俺だぜ?」

「――――――なにそれ、変なの」

 

 あっさりと、まるで当然のように言葉が帰ってきたものだから、【ペルソナちゃん】は驚いた。驚きすぎた。まさか、この馬鹿がこんなヒーローみたいな顔が出来るなんて。

 

「…………ところで。時折、俺が何かを言った後、そうやって唇を尖らせて拗ねたようにそっぽを向くのは、やっぱりアンタからの遺伝だったり――――」

「よく頑張りました、天原晴幸。これにて試練は終了です。後は、愚者の運命と相対しなさい」

「いや、あの――」

「うっさい、早く行きなさい、馬鹿」

 

 結局、【ペルソナちゃん】は天原晴幸という馬鹿のことは、さっぱりわからなかった。

 けれど、強いて言えば、何か分かったことがあるとすれば、一つだけ。

 

「あの子を、幸せにね?」

 

 自らの一部であった少女が、何故、この人間に恋をしたのか。

 その理由だけは、なんとなく理解したのだった。

 

 

●●●

 

 

『…………それで、あんなのでいいの?』

「うん。あんなのが、いいの」

『神様としての力も、段々となくなっていく。私たち、岩倉玲音は人として成長していくと、その権能を段々と失っていく。全能なんて遠く、手のひらから砂のように貴方の力が零れ落ちえ行く。それでも、あの馬鹿を選ぶの?』

「だって、あの馬鹿は私が居ないとしょうがないし」

『いや、どちらかと言えば、貴方にあの馬鹿が居ないとしょうがないというか――』

「わかってない。あの馬鹿が先に私に惚れたから、私は渋々付き合ってあげているの。私が付きあってあげないと、あの全裸で馬鹿な人は、きっと生涯独身」

『あのタイプは、学生時代はモテなくとも、社会人になると割とがっつりとモテ始めるタイプだと思うのだけれど――』

「その頃には、結婚していて、子供が二人ぐらい居るから大丈夫だもん」

『大丈夫じゃないぞ? なぁ、そんなに早く二人産むのは大丈夫な速さじゃないぞ?』

「大丈夫。双子の予定」

『残った神の力をそんなことに費やそうとするのは止めなさい…………ああ、もう。あの馬鹿の心を貪りすぎて、馬鹿が映りましたか? 【私】よ』

「そうかも? でも、きっと、それでいいの。例え、【私】から離れても、人間になっても、神様じゃなかったとしても、ハルユキは、私を独りぼっちにしないから」

『………………度し難いですね』

「うん、でも、わかったの。ようやくわかったの。これで、いいの。ずっと、ずっと、私はずっと、これが欲しかった気がするから」

『………………ええ、分かっていますよ』

「にひっ、じゃあ、行くね?」

『ええ、行ってらっしゃい』

 

 

●●●

 

 

「――――禊払え!」

 

 迫りくる巨大な手のひらを受け止めて、イザナギは太刀を振りぬく。

 京子が扱うイザナギの特性は、相手の攻撃を受け止めて、倍返しにするという物。だが、本来であれば、相手の―――グレートファーザーと呼ばれる神々の力の顕現に対して、もって一回程度の攻防しか出来なかっただろう。

 しかし、現在、京子は己がペルソナで、六回ほど、恐るべき邪神の力を防ぎ、倍返しにしてダメージを与えることに成功していた。

 

『ぐ、が……』

「おいおい、どうしたオッサン? その程度じゃあ、前座の私たちにも負けるぜ?」

「まぁ、僕は割とキッツいけどね!!」

「怠けるな、働け…………もうすぐ、あの馬鹿が来る」

 

 京子と直也は現在、目的地である教室の扉を抜けた先の空間に居た。

 けれども、入った先にあったのは教室ではなく、妙に広い、倉庫のような空間。そこには、己がペルソナ、グレートファーザーと一体化した、悍ましい姿となった『お父様』が待ち構えていたのである。

 ペルソナとの一体化。

 かつて、魔人との戦いで晴幸が為した離れ業。

 それを『お父様』は模倣し、さらには、邪神へ自ら魂を捧げることによって、前回、敗北した時よりも遥かに強い力を得ていたのだった。

 

『ワイルドでもない、ペルソナ使い、風情が……っ!』

 

 しかし、その凄まじき力を用いれば、本来、一蹴することが可能なはずの相手に対して、『お父様』は決定打を与えられないでいた。

 理由は、二つ。

 まず、晴幸と強い絆を結んだ二人のペルソナが、この決戦に於いてかつてないほど強化されているということ。

 次に、『お父様』は何故か、自分でも気づかず、無意識に手加減をしているということ。

 京子が持っている、そのスケッチブックに傷を付けないように。

 

「「模倣・五月雨斬り」」

『お、のれェ!』

 

 イザナギとタナトスの呼吸の合った、剣閃の雨。

 それらで肉体の表皮を傷つきつつも、『お父様』はなおも健在。そもそも、僅か数分程度の攻防で、京子と直也の二人は傷つき、消費が激しい。それに対して、『お父様』は力が溢れんばかりに余裕があり、このまま長期戦を行えば確実に勝利できるだろう。

 だが、予感があった

 早く終わらせなければ、自分が終わってしまうと。

 あの馬鹿がやって来ると。

 

『何故だ、何故、邪魔をする……誰もが、平穏に暮らせる新世界が、すぐそこに……』

 

 もう少しだった。

 もう少し時間があれば、きっと、『お父様』は現実を空想の雨で洗い流し、世界をリセットすることが出来ただろう。

 そのために、わざわざ邪神に縋ってまで、馬鹿が来られないように時間稼ぎを頼み込んだのだ。馬鹿が一人だけならば、戦う前に勝利できるようにしていたのだ。

 しかし、馬鹿には仲間が居た。

 自分たちよりも遥かに強大な敵対者へ、馬鹿を信じて戦いを挑むことが出来る仲間たちが。

 だからこそ、世界は終わらない。

 たった一人だけで、世界を終わらせようとする孤独な愚者は、ここで膝を折ることになる。

 

『私は、私は――――っ!』

「お、やってるー?」

「ちこく、ちこくー」

 

 そして、『お父様』にとっての死神がやってきた。

 既に閉鎖したはずの扉を無理やりこじ開けて、居酒屋に入るような軽いノリで、『お父様』の渾身の一撃を相殺しつつ。何より、玲音と暢気に腕を組みながらの最終決戦への入りである。

 

「おい、馬鹿! おせーよ! 見ろよ、消耗具合! 何が、RTAだよ! ガバってんじゃねーよ!」

「頑張った! 僕たち頑張ったよ! 褒めたたえるがいいとも!」

 

 この暢気な登場に、先ほどまで全力で抵抗していた仲間たちは矛先を馬鹿に変えて、蹴りや拳などで歓迎。ラスボスと戦う前から、馬鹿にダメージを与えて、『さっさと終わらせろや』とばかりに、敵前へ蹴り飛ばす。

 

「ひっどくない!? ねぇ! ラスボス戦で満を持して登場した俺だぜ!? もっとこう、涙ながらに迎えなよ、君たち!」

「うるせぇ、バーカ! 玲音ちゃんはこっちで預かっているから、さっさと終わらせろ!」

「お盆中は実家に戻って来いって両親がうるさいんですよ」

「田舎のお盆って割と墓参りで多忙なんだぞ!」

「知っているよ! 俺だって、この決戦が終わったら、墓参りだよ、ちくしょう!」

「打ち上げしたかったのにねー」

「なー?」

 

 『お父様』は、眼前に繰り広げられる光景に、愕然としていた。

 なんだ、これは? なんだ、この緊張感のない光景は。と。まるで、日常の一部に過ぎず、世界を終わらせるラスボスとの戦いなんて、面倒な日常の一コマに過ぎないとばかりの態度に、思わず、『お父様』の頭に血が上る。

 もうほとんど、あらゆる感情が邪神に食われ、魂が崩れかけていながらも、それでも、身を焼くほどの怒りが湧き上がり、自分ごと、この場の全てを吹き飛ばそうと力を振るって。

 

「――――で、そこの愚者は、まだ何も気づかないのか」

『…………あ、え?』

 

 次の瞬間、全身全霊の一撃は、嘘みたいに花吹雪へと変えられて、『お父様』は虚を突かれたように動きを止めた。

 

「気づかないのなら、わからせてやるよ、オッサン――――ペルソナぁ!!」

 

 何故だ、と思う暇も無く、晴幸は己がペルソナ、ヤマを顕現させる。

 かつて、魔人に対抗するために使った一体化の状態ではなく、通常のペルソナの使用。明らかに、手を抜かれていると『お父様』は苛立ち、再度、力を振るって。

 

「罪人を裁く我が権能。自らを罪人だと理解している者ほど、俺に攻撃は通じない。全てが、花弁となって無為となる」

 

 再び、花吹雪が舞って、攻撃が失敗する。

 加えて、グレートファーザーを構成する一部も、段々と花弁へと変換されて、崩れていく。

 

「そして、嘘つきの力を、無為に還す。自分を騙して、周囲を騙して、何もかもを誤魔化している奴の攻撃なんざ、通用するわけがないだろうが」

『き、さま……貴様ぁ――――!!』

「まず、一発だ」

 

 ヤマが担ぐ骨の大剣が振るわれて、『お父様』の半身が花弁となって吹き飛ぶ。

 さながら、その身を纏う虚飾を剥ぐかのように。

 

「何が、新世界だ。何が、救世主だ。何が、ナイツだ。何が、ワイヤードだ。何が、何が、『お父様』だよ。つくづく、馬鹿かお前は」

『ぐ、が、わた、私の、願いを、馬鹿に、するな――――』

「いいや、馬鹿にするね。だって、お前は本当に馬鹿だから」

 

 ヤマの骨剣が振るわれる度に、『お父様』は力を失っていく。

 神に近しい存在から、ただの人へと落とされていく。

 力を失っていく度に、邪神に捧げた記憶、感情、その他全てがまるで、投げ返されるかのように、『お父様』の心に戻ってきて、苦悩する。

 

「自分の本当の願いすら、忘れていたんだからな」

 

 そして、グレートファーザーの力を全て失い、白衣とペストマスク姿で床に跪く『お父様』を、晴幸は自らの拳で殴った。

 思いっきり、力強く、その仮面を剥がすかのように。

 

「いい加減、言えよ。恥も、外聞も気にせずにさ。大人の責務とか、格好つけとか、そういうの全部捨ててさ。言ってみろよ――――有栖川康孝」

 

 ペストマスクが花弁へ変換され、消え去り、素顔が暴かれる。

 世界を終末に導こうとし、数多の犠牲を生み出した恐るべき教祖、その素顔は、何とも覇気がないただのオッサンだった。

 気の弱そうな容貌の、ただのオッサン――それが、有栖川康孝という男だった。

 

「お前は、本当は何がしたかったんだ?」

「わ、私は――――『僕』はぁ!!」

 

 邪神の力を失い、ただのオッサンに戻った『お父様』――否、康孝は吠えるように叫び、晴幸へと殴りかかった。

 

「会いたかったんだ! もう一度! 玲音に! あいつに! あの馬鹿に! 好き勝手やって、いつの間にか消えていた、あの馬鹿に!」

 

 だが、その拳はあまりにも弱々しい。

 武術を習っていないどころか、運動不足の中年の拳だ。

 鍛え上げられた十代の肉体を持つ晴幸に、敵うわけがない。

 

「ぐ、がっ! 僕は! がふっ! ただ、それだけが! もう一度会って! 叱って! 言えなかったことを! 言いたかった! それだけが!」

 

 まるで、子供と大人のように。

 ただし、子供である晴幸が大人である康孝をぼこぼこにして。それはもう、遠慮なく殴って、蹴り飛ばして、力の差を見せつけて。

 それでも、みっともなく、鼻血やら、涙やらをまき散らしながら、康孝は晴幸に殴りかかる。

 

「それだけが、僕の願いだったんだ! ああ、分かっているさ! 分かっている! 僕が、僕が間違えていたって! 世界を犠牲にすることなんて、あいつは望んじゃいないんだって! でも、でも、諦めきれるわけがないだろうが! 諦められるはずがないだろうが! この、この無力の嘆きを! 苦しみを! お前なんかに分かる物か!!」

「ああ、わからないね。そんな負け惜しみ」

「ごふっ、だ、ろうなぁ!! この恵まれた野郎が! クソガキが! 馬鹿が! ずるいんだよ! 何もかも! 何もかも! 僕が手に入れられなかった物をすべて持っていて! 悲劇も砕いて! 何も失わずに! どうして、お前だけェ!!」

 

 大人としての何もかもを投げ捨てて。

 今まで培ってきてあらゆる叡智を放り投げて。

 ただの、馬鹿なガキに戻って、康孝は晴幸に殴りかかる。

 もうとっくに、その体は活力を失っているというのに。殴らずにはいられないとばかりに、精神が肉体を凌駕して。

 

「お前の! 僕に、お前ぐらいの力があれば! 僕は、僕はあいつを助けられたんだ! なのに、なのに、何だお前は!? その力を好き勝手に振るいやがって! 馬鹿にしやがって! そんなに正義が偉いのか!? そんなにお前の考えが偉いのか!? 傲慢なんだよ! お前一人だけが世界の中心みたいに振る舞いやがって! 僕は、僕は―――っ!」

「喚くなよ、オッサン」

「ご、ふっ」

 

 だが、そんな足掻きを文字通り一蹴して。

 晴幸はにやりと、不敵な笑みを浮かべて挑発する。

 

「ろくに鍛えてもいないオッサンの拳が、俺に当たるわけがないだろう? 常識で考えろよ? それとも何か? もう、忘れたのか? 俺に抵抗するのなら、必要だろうが。それとも、分からないのか? なら、教えてやる」

「ぐ、あ、あぁあああああああ!!」

「自分を曝け出せ。己が内に潜む自分を見つけろ。心に潜む、己が力を顕現させろ。さぁ、大きな声で! 吠え、叫ぶように!!」

「あぁあああああああああ!!!」

 

 容赦なき打撃を浴びせながら、導くように、晴幸は叫ぶ。

 さぁ、やって見せろよ、傲慢に、荒々しく、泥の安寧から引きずり出すように。

 

「――――――ペルソナぁ!!!」

 

 そして、運命の時は訪れた。

 康孝はボロボロになりながらも、それでも、一発でも殴り返したくて、叫んだ。例え、何も起きなかったとしても、これ以上みっともなくはならないと思って。

 例え、もうすでに邪神の力が離れていても。

 どれだけ弱々しい力が現れようとも、今、この時よりはマシだと思って。

 情けなく、力の限り、今まで戦ってきたペルソナ使いたちを真似て、叫んだ。

 

『――――――んもう、遅いよ、アリス』

「…………え?」

 

 予想通り、現れたペルソナは、力のヴィジョンは全く強くなんてない物だった。

 何せ、それは少女の形をしている。

 とても懐かしい制服姿で。

 とても懐かしい顔の少女で。

 ずっと、ずっと、会いたかったはずの誰かが、康孝の傍らに出現した。

 

「最初から、そうだったんだ。アンタに、俺のイカサマの奇跡なんて必要なかったんだよ」

 

 やれやれ、とその様子を眺めて、晴幸が肩を竦める。

 これはつまり、そういう馬鹿のお話。

 青い鳥を探しに行って。

 どこまでも、どこまでも、ボロボロになりながら、探し回って。

 ようやく、通りすがりに殴り倒されて。家に戻されたら、なんか普通に鳥かごの中で、青い鳥が待っていたという、間抜けなお話。

 

『いつでも会えるって、言ったじゃん』

「あ、あぁ……ああ、あああああ…………」

 

 康孝は先ほどよりも数段みっともなく、格好悪く、涙と鼻水を垂れ流しのまま、傍らの少女へ抱き着く。

 少女は、仕方ないなぁ、と苦笑して、そんな情けない男を抱きとめた。

 

「馬鹿だろ、お前……馬鹿だよ……こんなの、言わなきゃ、分からない……だって、僕は、馬鹿なんだ……お前が居ないと。僕は……」

『うん、ごめんね、ごめんね、アリス……』

「は、ははは、仕方ない奴だよ、お前は…………でも、僕は、そんな、お前が」

 

 抱き合う二人は、久しぶりの再会を慈しむように語り合う。

 抱き合う肉体が、段々と薄れて、消えていくことにも気づかずに。

 

「愚者よ。愚かなる者たちよ、裁定の時間だ」

 

 晴幸は、そんな二人へ背を向けると、これ以上は無粋だとばかりに出口に向かって歩き出す。

 他の三人もまた、晴幸の隣に並び、言葉を交わさず、視線のみ交わして、戦いの終わりを感じ取っていた。

 

「罪を分かち合い、共に消えろ。お前らみたいな馬鹿には、それがお似合いだ」

 

 神様を探す愚者は、ついに見つけた。

 途方もない罪を重ねて。

 長い時をかけて。

 けれど、愚者は愚かだから、自分の心に神様が居ることに気づいたのは本当に最後の最後で。

 そして、神様もまた、愚者に負けず劣らず、愚かだったから。

 愚者へ、心の中で待っていることを言い忘れて。きっと、愚者なら気づくだろうと、勝手に期待して、言葉足らずで。

 そんな二人の過ちが、愚かさが、世界を乱して、決して許されない罪を生んだ。

 されど、

 

「僕の、傍に居てくれ」

『うん。君と一緒に居るよ、世界の終わりまで』

 

 贖罪として消え去る前の、ほんの僅かな再会こそが、二人にとっての救いだった。

 

 これが、長い、長い旅路の終わり。

 言葉足らずの、自分勝手な神様と。

 思慮が足らず、周囲に迷惑をかけた愚者。

 二人が再会するまでの、はた迷惑なセカイの終わりである。

 

 

 ――――――雨の音は、もう、止んでいた。




次回のエピローグで最終回となります。


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エピローグ 夏が終わって、世界が廻る

終わりの時間です。
今まで、お付き合いいただいた読者の方々へ、最大級の感謝を。


 長いようで短い、とある愚者との戦いは終わった。

 あれから葛葉の人たちが調査した結果、ワイヤードという異界は完全に崩壊し、また、【ペルソナちゃん】のアプリは一斉にその機能に不備が起こり、動かなくなったという。

 また、ワイヤードの崩壊と共に、俺たちはペルソナ能力を失った。

 

「ちぇっ、折角便利な武力だったんだけどな…………ま、過ぎた力は身を滅ぼすって言うし。いや待てよ、ペルソナ能力を得た感覚を利用して、人類の集合的無意識から悪魔を引き出すプログラムとか出来そうだな……」

 

 京子は少し残念そうにしていたけれども、力に固執していないらしく、あっさりと興味を違う物に移していた。

 のちに、この発想から作り上げた【悪魔召喚プログラム】という、恐るべきアプリを巡ってまた一波乱が起こるわけだが、それはまた別の話。

 夏休みが終わっても、相変わらず、中島京子は俺の相棒として共に在る。

 

「僕としては、罪の証みたいな物だったからね。消えてくれて助かったというか、やっと、贖罪の一部が終わったという気分になったよ。ま、元々、僕はこの美貌とコミュ力で勝負するタイプの人間だったからさ。武力なんて無粋、無粋…………ところで、その、もうTSはしないんですか?」

 

 力を失っても、直也は全然変わらない。

 いや、既にあの時からもう変わっていたので、これ以上変わる必要が無かったのだろう。あいつは死を受け入れて、死を恐れて、それでも、前に進むことを覚えたのだ。だったら、もはやタナトスは必要ないということだったのかもしれない。

 結城直也は、夏休みが終わっても相変わらず俺の悪友として、ろくでもないことをやらかしている。

 それと、TSはしない。代わりに姉を紹介してやろう。

 

「………………そう、か。結局、スケッチブックは見せないまま……いや、これでよかったんだ。俺の絵を見てしまえば、きっと、叔父は再会の前に終わっていた。それよりは、うん、そうだな。綺麗な終わり方だ。その光景を見られれば、絵にしたのだが…………ふっ、これも無粋と言う奴か。君たちに託した俺としては、このぐらいの終わりがちょうどいい」

 

 忍さんは、開くことが無かったスケッチブックを受け取ると、何処か悟ったように笑みを浮かべた。その後は、あっさりと「世話になったよ、ありがとう」と俺の家から出て行き、大学近くのマンションに戻ったらしい。

 後に、『鴉宝石店』としてではなく、有栖川忍の名でサインされた一枚の絵が俺の下に届いた。

 その絵は、とある高校生三人組と、一人の少女が楽しそうに夏休みを過ごす、その日常の一瞬を切り抜いたようで、モデルとなったと思しき人物たちからは大好評だった。

 冬頃、画展を開くらしいので、いつものメンバーで冷やかしに行くとしよう。

 

「ねぇ、刑事さん。俺は思うんですよね。あのペルソナ能力ってのは、ひと夏の幻みたいな物だったんじゃないかって。何か、とてつもなく巨大な何かが、俺たちの想いに応えて、ほんのひと時だけ力を貸してくれたからこそできた産物なんだって。だから、俺たちが戦いを終えた後、あの力はなくなったんだって」

「晴幸君」

「はい」

「大きな声で、『ペルソナ』って言ってみてくれる?」

「………………ペルソナぁー」

「もっと、大きな声で」

「…………………………ペルソナぁ!!!」

 

 ――――カッ!

 

『我は汝、汝は我。深き海の底に落ちようとも、望むのならば、汝の裁きは共に在る』

「………………」

「出ちゃったわね?」

「はい」

「どうして隠していたの?」

「だって、絶対、拘束するでしょう? 危険人物として一生監視されるでしょう?」

「そんな酷いことはしないわ。ただ、自主的に協力してもらうだけ。でも、安心して? 我々ヤタガラスは昨今、空前絶後の人員不足なの。だから、就職内定おめでとう。安心して? 給料だけは各段に良いから、あの組織」

「ブラックを通り越して、ダークネスな業務内容じゃないですか、やだぁ!!」

 

 一つだけ前言を撤回しよう。

 京子と直也はペルソナ能力を失ったのだが、何故か、俺は失わなかった。いや、感覚としては、失った感があって、「ああ、終わったんだな」と思っていたのである。実際、夏休みが終わってしばらくの間は出てこなかったし。けれど、しばらく経ってから、テレビのリモコンを座ったまま取るために、試しに「ペルソナぁ!!!」と叫んでみたら、なんか出てきて、普通にリモコンを手渡してくれたのだから、驚きである。

 まぁ、ワイヤードが存在していた時よりは明らかに燃費が悪くなっているので、弱体化はしているのだろう。代わりに、遠隔操作とか、遠隔召喚みたいなことが出来るようになったので、学生にも関わらず、遠慮なくバイトという名目でぶち込まれる悪魔事件に関しては、この遠隔ペルソナで対応している。ついこの間、自宅のトイレで気張りながら、遠隔操作で魔王を倒した後から、同僚の人から人外扱いされるようになったのは納得していない。

 そんなわけで、俺、天原晴幸は夏休みが終わっても、相変わらずの毎日である。

 

「高校生」

「いや、玲音。待って? 無理がある。その発育不全気味の肉体で高校生は無理があると思うよ?」

「病弱設定」

「うーん、いけるかなー? いけっかなー?」

「…………同じ、クラスがいいの」

「うわぁあああああ!! 玲音の上目遣いからのおねだりだぁ! 上目遣いが全然できなくて、軽くジト目になっているけど、そこが可愛らしい! よぉし、俺ってば葛葉の人たちに何とかお願いして、そういう戸籍を作ってもらうぞー!」

 

 そして、玲音も概ね普通の女の子になった。

 たまに神出鬼没だったり。明らかに、十分しか席を外していないのに、沖縄限定のお土産を手に持っていたり、コンビニ感覚で何処かの秘境からお土産を買ってきたなどする以外は、概ね普通の女の子である。なお、年齢は俺と同じ。誕生日も俺と同じということにしたらしい。わぁい、お揃いだけど、若干重たい何かを感じるぞー!? だが、その重さが心地よいと悪友に語ると、「お似合いだよ、馬鹿」と笑われる今日この頃である。

 

「初めまして、岩倉玲音です。そこの馬鹿の恋人です。よろしく」

『え、えぇえええええええええええ!!!?』

 

 ちなみに、玲音は夏休みが終わってからすぐに俺のクラスに転校してきた。

 転校した直後から、初っ端から色々とぶっ放すロックなスタイルの転校生であり、この後、俺と玲音がセットで質問攻めにあったことは言うまでもないだろう。

 

「うわぁああああああああ!! そんな噂が夏祭りの時に流れたと思ったら、真実だった!」

「馬鹿が!? この馬鹿が恋人!? あ、あああああああああ!!」

「ちくしょぉおおおおおお! 先越されたぁああああああああ!!」

「ロリの遺伝子に惹かれるんだねぇ」

「巨乳派だと思っていたら、貧乳派…………いや、愛か」

「あの玲音って子、そっけないふりして、完全に晴幸を尻に敷いているぞ……ああ、何せ、休み時間に物理的に尻に敷いていたからな……晴幸ェ」

 

 こんな感じで、岩倉玲音は俺の隣に居る。

 夏休みが終わっても、俺たちの日々は騒がしく。

 けれど、欠けることなく。

 秋になっても。

 冬になっても。

 春が来ても。

 また、夏が巡ってきても。

 

「今後ともよろしく、ハルユキ」

「こちらこそ、玲音」

 

 君が望む限り、俺は君の傍に居よう。

 契約通り、君を、独りにしないために、さ。

 

 

●●●

 

 

 少しの時間が流れた後の話をしよう。

 例えば、とある東北の田舎にある、騒がしい家庭の話をしよう。

 

「馬鹿親父ぃいいいいいいいいいい!! 俺のエロ本を茶の間に並べたのはテメェかぁああああああああああ!!」

「はっはー! そうだとも、馬鹿息子よ! 相変わらず、隠し方が甘いな! 後、俺のエロ本を持ってってもいいけど、ちゃんと棚に戻せよ!」

「うるせぇえええええ!! 思春期の中学生ハートをもっと考慮しろよぉおおおお!!」

「ちょっと、お兄ちゃんうるさい、死ね!」

「死ねはひどくない!?」

「じゃあ、裸になって手を後ろに回して? 手錠するから」

「親父ぃいいいいいい!! アンタの娘のツンデレの緩急が激しいよぉおおおお!! 殺意と近親相姦の温度差っておかしくね!?」

「お前の妹だろう、自分で何とかしなさい」

「あんなに可愛かったのに、どうして俺の童貞を狙うようになってしまったんだ!!?」

 

 ぎゃあぎゃあ、毎日騒がしく、喧しく、けれども愉快な家庭のお話だ。

 長男は元気があり余り過ぎて、時々、女悪魔に童貞を狙われる中学生男子。片思いの同級生が居るらしく、女悪魔のエロスに抗う日々が続いている。

 長女は、ちょっと頭のおかしな小学校六年生。兄とは一つ違いの年の差である。最近、胸の中にわだかまる想いが爆発して、ちょっとあれなツンデレと化した。なお、兄の童貞を狙っているのは半分ぐらい冗談である。

 

「はっはっは、相変わらず俺たちの子供は元気がいいなぁ。な? 母さん」

「そうですね、お父さん」

 

 そんな二人の様子を眺めるのは、一見普通の夫婦だ。

 ガタイが良く、無駄のない引き締まった筋肉を有する中年と、その傍らで柔らかな笑みを浮かべる美しい女性。

 周囲からは、美女と野獣などと揶揄されることもあるが、実際の夫婦間のバランスとしては、猛獣使いと調教済みの大型犬だということを、夫婦と近しい者たちは知っている。

 

 ――――ザザザッ。

 

 そんな家族団らんの家の中で、僅かなノイズが発生する。

 まるで、世界が止まったような錯覚。

 誰しも気づけない世界の間隙の間に、一人の少女が妻の傍らに現れる。

 少女は、静かに妻へと微笑みかけて、一つ、問いかけた。

 

『ねぇ、幸せ? 天原玲音』

「見てわからない? 岩倉玲音」

 

 少女の問いに、妻はにひっ、と幾つになっても直らない邪悪な笑みで応えた。

 

「あぁあああああああ!! 岩倉ちゃんだぁ!! ひゃっほう! 遊びに来てたんだ!」

「あ、久しぶりっすね! 岩倉ちゃん!」

「あのさ、こっそりと娘に会いに来る感覚なのは良いけど、気付かない振りをして欲しいなら、演出考えた方が良いよ? 俺は大人になったからある程度空気を読んであげるけど、子供たちは御覧の通りだから」

『……………………ばーか!!』

 

 その後、実は出現に気づいていた家族からのアタックにより、少女は拗ねた表情で、幻影の如く消え去っていく。

 なお、少女当人は、子供たちから座敷童的な存在であると認知されて、懐かれているのを知らない。

 

「ちぇー、残念。久しぶりに岩倉ちゃんと遊びたかったのに」

「岩倉ちゃんにも都合という物があるだろう、妹よ」

 

 そんな様子を、夫婦は揃って苦笑して愉快そうに眺めている。

 きっと、幾度も世界の危機が訪れようとも。

 絶望の足音が、これ見よがしに踏み鳴らしても。

 天原という名の家族は、鼻歌交じりに超えていくだろう。

 何せ、天原晴幸という、稀代の大馬鹿野郎が作り上げた、幸せの形なのだから。

 

 

●●●

 

 

 かくして、物語の幕は下りる。

 一人の馬鹿が、世界を鼻歌交じりに救って見せた喜劇の。

 あるいは、騒がしい夏休みのジュブナイルが。

 

 もしくは、たった一人の少女が生まれ変わるための物語が。

 ある意味では、喜劇。

 ある意味では、他愛ない日常。

 ある意味では、神話の如く。

 

 しかし、あえて、この物語に題名を付けるとしたら、体裁を整えて、こうするとしよう。

 

 女神のペルソナ(仮面)が、たった一人の人間として、愛しい異邦人と添い遂げるために生まれ変わる、一風変わった物語。

 故に――――――【女神転生異聞録ペルソナ】と。

 




蛇足的なおまけもあったりします。


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蛇足的なおまけ

おまけです。蛇足です。これで正真正銘の最後です。


・天原晴幸

 馬鹿。なんか強い。考え方は割とクレバー。巨乳派だったのだが、玲音に恋をして性癖が拗れる。異邦人。もっとギャグに満ちた川上時空とか、井上時空の世界の住人の魂だったのだが、誰かの嘆きに応じて、本物語の世界へ。前世の記憶とかは特に持っていない。

 所持ペルソナはヤマ。違法改造済みのヤマ。なんか強い。骨の大剣は、断罪者としての力を表す。罪人特攻。嘘吐きの力を無効化。ワイルドの力は、もう使えない模様。でも、時々、TSすることがある。何故だ。

 イカサマは、この世界の住人でありながら、この世界の住人ではないという矛盾に満ちた存在であるからこそ、ある程度の無茶や誤魔化しが効いたり、不可能を可能に変える奇跡を使えたりする。ただし、相手が望まない奇跡は起こせない。

 エンディング後、玲音と付き合って、高校卒業後に結婚。二児に恵まれて、ラブラブイチャイチャしながらも、葛葉からは『最後の最後まで隠しておきたい最終兵器』扱いされながらも、家族のために働く日々。

 京子や直也とは、高校を卒業した後も、その後の人生で長く関わることとなる。

 生涯、玲音を愛していたようだ。

 

 

・岩倉玲音

 かつて女神だった少女。割と馬鹿なところがある。何か深淵な考えがありそうなアンニュイな表情が得意だが、割とその場のノリ。あまり考えていない。シリアル大好き。エッチなことは苦手だったが、エンディング後は、晴幸を搾り取る毎日である。愛が重い。世界を救える人間でないと付き合えない系少女。恋人同士になった後は、晴幸とのイチャイチャ生活を楽しんだ模様。なお、性欲を搾り取り続けた結果、晴幸がいつの間のかモテ始めていて驚く。あいつ、性欲がすっきりしている状態だと気持ち悪い発言しないから、普通にモテるらしいのだ。嫉妬してかつての力を取り戻しかけた玲音だったが、「え? 玲音を一人にするわけないじゃん」と素面で惚気た晴幸に撃墜される。大概、色ボケである。唯一の原作キャラだが、キャラ崩壊が激しい。

 結婚後は、二児の母となって、美人なお母さんとして天原家の常識枠となった。ただし、朝食にはシリアルを出し続けるという悪癖があるらしい。

 生涯、晴幸を愛していたようだ。

 

・中島京子

 晴幸の相棒。凄腕のハッカー。虚無の胸を持つジャージ少女。過去のトラウマを乗り越えて、メンタル強者となった。女神転生シリーズにおける中島性持ちなので、その人生は割と悪魔と関りが深い物となっているだろう。

 もっとも、馬鹿が隣に居るので、悲劇がモグラ叩きのように粉砕されて、割と楽しい人生を送っている模様。

 エンディング後は、さりげなく正義感が強くて優しいその人柄が回り回って、美少女やら美少年が集まるよくわからないハーレムを形成してしまい、晴幸に軽く引かれたらしい。

 

・結城直也

 晴幸の悪友。超絶美少年。色々と女癖の悪い奴だったが、夏休みを経て改善される。もっとも、魚を釣っても餌をやらない系美少年として、より多くの人を振り回して、トラブルが多数。トラブルメーカーとして、晴幸に度々泣きつきながらも、晴幸と玲音の間に子供が産まれた時は、あらゆる用事を放棄して病院に駆け付けたらしい。二人の子供をとても甘やかしたい衝動に駆られつつも、両親に「甘やかしすぎるな!」と怒られてしょぼんとなっている、格好いいおじさん枠として、天原家に愛されている。

 エンディング後には、晴幸の合法ロリの姉と付き合い始めた。最初は、いろいろなすれ違いはあったが、最終的には愛し合い、無事に結婚したのだとか。

 ただ、学生時代に一回、ロリ姉と行為している時に、「出すよ、晴幸ぃ!」とうっかり口に出して半殺しにされたらしい。こいつも馬鹿である。

 

 

・有栖川忍

 前作主人公。ただし、バッドエンドみたいな! 本来の主人公枠として、仲間と絆を育み、共に『お父様』に立ち向かったのだが、グレートファーザーに敗れて、記憶と力を失う。仲間たちもまた、記憶と絆を失ったのだが、エンディング後、記憶が戻って再会。無事に、かつてのメンバーが揃って、割と騒がしい大学生活を送ることとなる。

 なんだかんだ、世界的な画家となって有名となるのだが、時折、作品の中に登場する少女の正体を知る者は少ない。

 実は、合コンの時に居たナイツのメンバーの一人と結婚して、幸せに暮らしている模様。なお、ロリコンとショタコンの変態ではない。絵描きの方である。

 

 

・『お父様』あるいは、有栖川康孝

 作中で一番愚かな人物。途方もない馬鹿。割と、こいつが早めに初代岩倉玲音に告白していたら、何もかもが上手くいったのだが、全ては過去の話である。その場合、現在の岩倉玲音も生み出されなかったわけなので、結果的にはマジで生みの親である。

 邪神と契約して、世界を敵に回しても愛しい人物を呼び出そうとしたが、愛しい人物は自分の心の中に居ました、というオチ。むしろ、邪神と契約した所為で、余計にわからなくなっていた模様。

 間違いなく、地獄行きの悪行の持ち主であるが、独りではなくなった。

 

 

・【ペルソナちゃん】

 作中の黒幕というか、いつものニャルさんである。大体こいつが悪い。

 人類に試練を与えて、良い感じに輝けよー、と人類を蔑みながらも愛する、どうしようもない奴。康孝にいらない知恵を与えたのも、最初の偽神を唆したのも、こいつが悪い。

 ただ、天原家と相性が悪く、たまにちょっかいを出しに行くと捕まって、『岩倉ちゃん! 岩倉ちゃん!』と構い倒されるので、苦手意識があるらしい。

 

 

・クラウン

 別の世界のニャルの一部みたいな存在。

 なお、その世界はギャグに染まっているので愉快な性格をしている。

 晴幸の無茶な部分は、大体、こいつが担当している。チートというか、イカサマで世界を騙すのがお仕事。

 

 

・殲滅者ライドウ改め、駄目妹

 お前は神座世界の人間か? ってぐらい、テンションによって力が乱高下する存在。七つの世界を滅ぼした作中最強。ただし、無敗ではないのでイカサマによって、兄からの説教を受けて敗北。以後、様々なことに葛藤しながら、守護者見習いとして働いている。心が折れて、大分力は衰えたが、それでもなお、作中最強なあたり、真なる反則枠である。

 

 

・葛葉未海

 刑事さん。事件の後処理が色々大変で、三徹に突入したらしい。

 晴幸のでたらめさに驚愕しながらも、万年人員不足なデビルバスター業界へ誘導したのだから、業界からすればグッジョブ。

 エンディング後は、時折、晴幸と組んで仕事をすることもあるのだとか。

 酒癖が悪い。

 

 

・風間美花

 かつてのナイツ。晴幸にぼこぼこにされてた後、京子に慰められて改心。

 大学に進学後、気になっていた男子と再会。なんやかんやを経て、結婚。割と幸せに暮らす。

 筋肉野郎へのトラウマは、中々治らず苦労した模様。

 

 

・仮面巫女

 葉隠ちゃん。退魔の家系。色々あって、拗らせていた模様。かつてのナイツ。

 エンディング後は、再度家出。京子の家に転がり込んで、なし崩しに同棲を始める。京子に懐き、ハーレムを統率する、初代会長となったのだとか。なんだよ、会長って。

 

・ロリショタ変態ガール

 世界を全て、ロリショタで満たそうとして、ソロモンの魔神を手中に収めた稀代の魔術師。晴幸の姉を含めた、合法ロリショタパーてぃによって討伐。その内の一人である、合法ショタと結ばれて結婚。いつ間にか出現していた、よくわからない変態。

 




夏に書き始めて、冬に終わりました。
猛吹雪の空を眺めながら、夏の物語を終わらせるという奇妙な気分。
ただ、思い描いていたエンディングにたどり着けたので、感無量です。

原作lainに対する、アンサーとしての二次創作ですが、完結してよかったです。

貴方は、レインを好きになれましたか? 少しでも、レインたちの魅力が誰かに伝わっていただければ幸いです。

では、またいつか、次回作でお会いしましょう。


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