異世界で職業:死神始めました(仮) (短歌@夜兎神)
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Episode.0 転生

 夏の日曜の昼下がりは家に引きこもるに限る。

 何せ夏だ。昼下がりだ。

 そう、死ぬほどあちぃのだ。

 

 そんな時のクーラーほど癒やされるものはない。

 夏の熱気を一切合切無視して涼しいクーラーの下でやるゲームってやっぱり最高だ。

 最近はVRのRPGをやるようになって運動もしている。

 だから俺は健全な成長を遂げてもいいはずだ。

 

 あえて問おう。何故俺の身長は伸びないのか!

 食事は人並みに食う。睡眠も取らないわけじゃない。ゲームをやりたい欲望を抑え込んでちゃんと寝てる。そして言ったとおり運動もしている。

 なのに何故!俺の身長は伸びない!!

 

「はぁ・・・」

 

 そんな無意味な自問をするのは夏のせいだ。きっとそうだ。

 

 さて、気持ちを切り替えてゲームでもしよう。

 VRRPGはレベル上げだけでなくプレイヤーの技量も必要になる。つまり、少しでもサボれば自分の磨き上げたキャラに泥を塗ることになる。

 

 基本的に自分がやるこのゲームはソロ用で、ストーリーを進めてラスボスを倒してエンディングを迎えてクリアの単純なゲームだ。

 しかし、ラスボスを倒した後表示されるなぞのことばをゲーム起動時に入力すると自分の育てたキャラでPvP、つまりインターネット対戦ができるモードに入れるのだ。

 

 いやはやこれが面白くてたまらない。

 普通のRPGのようにコマンドを入力する事も出来るが、実際に動いて攻撃した方が早いし面白い。だから武器の扱いを極めるのがとても重要になる。

 

 まぁそんなことはいい。今日もレッツ対戦だ。

 ゴーグルを装着し、ゲームを起動する。

 そしていつも通りなぞのことばを入力して対戦のモードに入る・・・、はずだった。

 

「・・・ん?なんだこれ」

 

 いつものワードを入力するとおかしなメッセージが表示される。

 

『いつも遊んでくれる貴方へ特別試合のご案内です。この試合に勝利なさった場合、運営より特別な装備セットがプレゼントされます』

 

 いやいやなんだこれ。

 まさかこんなサプライズがあるとは思わなかった。いや、何かのイベントでも始まったのか?そんな告知はなかったはずだが・・・。いや、そもそもこのPvPモードも隠しモードのようなものだ。大々的に告知は出来ないだろう。つまり、ゲリライベント、この機を逃すわけにはいかない。

 

「受けて立つとしよう!」

 

 その宣言と共に試合開始のボタンを押す。

 すると目の前の景色がふっと変わる。荒廃した建物群が円を描くようにならんでいるフィールド、その円の真ん中に立たされてるらしい。

 

 それより対戦相手はどこだ?

 マッチングしてから景色が変わるはずだからいないなんてことはないはずなんだが・・・。

 

 がた、と瓦礫が崩れる音がする。

 どうやら相手は隠れていたみたいだ。

 俺は武器をクロスボウに変え、足音を殺して音のした方へ回り込む。

 

「そこだ!」

 

 クロスボウの矢を放つ。命中だ。

 だが、それはプレイヤーではなかったらしい。居たのは雑魚モンスターのゴブリン。

 ・・・はめられたか?

 ゴブリンで注意を引き、不意打ちをする作戦かと思い周りを警戒するが、気配はない。

 

 ・・・なんだこのクソゲー。

 そう思っていると目の前にメッセージボックスが出現する。

 

『おめでとうございます。貴方は勝利しました。賞品贈呈まで少々お待ちください』

マジでクソゲーじゃねーか!!ゴブリンを倒して終わりかよ!?

 

 よし、一旦落ち着こう。何はともあれ特別装備はもらえるらしい。

 少し待つと、目の前の景色が眩い光で埋め尽くされた。

 

 ほとんど何も見えない光の中、うっすらとメッセージボックスが見える気がする。

 

『貴方への賞品は新しい世界です。是非お楽しみください』



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Episode.1 確認

 光が収まる。

 目を開くとそこは見知らぬ場所。

 目の前には木々が並び立つ。

 これは森か?モンスターでもいるのか。

 

 いやそんなことはどうでもいい。まずは装備を確認しないと。

 

頭 :死神のフード

体 :死神のマント

右手:死神の鎌

左手:死神の鎌

足 :死神のブーツ

 

 ・・・ちょーっと待ってくれ。

 なんだこの中二じみた装備は。

 言われてみればフード付きのマントを着て、大きな両手鎌を持っている。

 この鎌、俺の身長くらいあるんだが?

 

 普通そのくらいの大きさの武器はろくに振れないはずだ。

 鎌を少し振ってみる。

 問題なく振れる。武器に振り回されることもない。・・・何か特別な力でもかかってるのかもしれない。

 

 次にステータスを確認してみる。

 

レオ Lv.1

性別:不詳

職業:死神

所持金:10,000G

スキル:【死神の目】【死神ぱわー】

 

 突っ込みどころ多すぎないか?

 レベル1になってるし、性別も男にしてたはずだ。

 それに職業死神なんて見たことないぞおい。変なスキルも持ってるみたいだし・・・。

 

 うん、一回再起動だこれ。バグだこんなの。

 VRゴーグルを外すように手を自分の顔にもっていく。

 

「・・・んん?」

 手にゴーグルの感覚が無い。

 というか、顔を触る感覚が妙にリアルだ。ゴーグルがあるはずの目元も触れる。

 

 ・・・まさかな。うん、まさか異世界転生なんて非現実的なこと起こるわけない・・・、よな?

 

 よし、ポジティブに考えよう。まずLv.1になったのは新しくゲームを楽しめるからよしとする。全クリしたらデータを消して1からやり直したりするタイプの人間だ。

性別不詳はどうせそんなに影響はないだろう。

 職業死神とやらも初めてだが、ゲーマーにとって知らない職業を極めるのは義務みたいなものだ。新しいスキル取得も醍醐味だ。

 

 うん、全部いいことだ。そう考えよう。

 

 最後にスキルだけ確認しよう。詳細確認は・・・、出来そうだ。

 

【死神の目】

発動すると生体反応を赤く表示する。

生物の残り生命力を表示する。

 

 うん、中々便利なスキルだ。敵が見やすくなるのは大きなアドバンテージだろう。

でも生命力・・・、つまりHPか?HPが見れるはゲーム的にはマストだろう。むしろこれがないと見れないのか?仮にそうだとすれば重宝しそうだ。

 

 さて、次のスキルは、っと。

 

【死神ぱわー】

死神装備を装備できるようになる。

死神装備であればステータスに関係なく扱える。

自身の影をアイテムボックスとして利用可能になる。

 

 これでさっきの謎が解けた。俺が鎌を扱えた理由はこのスキルのおかげだったらしい。

それにしても、影がアイテムボックスか。

 確かに死神は影からこういう鎌とかを出しているイメージはある。

 ちょっとかっこいいと思ってしまう自分が憎い。

 

 試しに影に鎌を入れてみる。

 すー、っと、吸われるかのように鎌は影の中に入っていった。

 

 次に取り出し方を確認する。

 これも簡単で、取り出したいと念じたものが出てくる仕組みのようだ。

 

 名前はふざけているが中々有用なスキルらしい。

 確認はこれくらいにして、人を探してみないとな。まずは情報収集だ。




会話が書きたいので早く人に会ってほしいところです。


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Episode.2 遭遇

 さて、人を探すにもどう探したものか。

 近くに町でもあればいいんだが・・・。

 

「よし、こういう時にも使えそうだな」

 俺は死神の目を発動する。これもまた念じるだけで発動できる便利スタイルだ。助かる。

 

 少し驚いたのは、使った瞬間視界がモノクロになった事だろう。どうやら生体反応を見やすくするため、他のものは白黒になるらしい。

 FPSのスコープでもいくつかそういうスコープがあったな。これはこれで悪くない。

 

 そんな事を思いながら死神の目を使いながら辺りを見渡してみる。

 森の中に赤い反応がポツポツと見えるが、形的にカラスとゴブリンと言ったところだろう。

 草原になっている後方を向いてみる。こちらは広大なモノクロだけか広がっている。建物があるかもしれないがモノクロでは遠くのそれは分かりづらい。

 

「さて困ったな」

 人影がない。そもそも人が存在しないのか?

 流石にそれはハードモードが過ぎるだろう。

 

 ひとまず死神の目を解除し、当てもなく草原の方へとぼとぼと歩いていく。

 

「もし人が存在しない、もしくは存在しても町を作るような文明レベルに達してないとなると・・・、この世界の情報を集めるのは絶望的だな」

 

 考え、俯きながら歩く。その時、

 

「おい坊主、難しい顔してどうした。迷子にでもなったか?」

 

 前方から突然声がする。

 どうやら考え込みすぎて前からくるものに気づかなかったらしい。

 声を掛けてきたのは4,50代位の白髪の男で、露出している腕には無数の傷が目立つ。それに、片目がないのか眼帯をしている。

 

「迷子みたいなものだ。少し聞きたいんだが、この近くに町はあるか?」

「なんだ、坊主はモランの町の子供じゃないのか」

 

 良かった、町はあるらしい。それに、その町の子供だと思うということはある程度近い場所にありそうだ。

 というか誰が子供だ誰が。

 

「そうだな、俺はその町の人間じゃない」

「それじゃあ親とはぐれでもしたか。一緒に探してやろうか」

「俺は子供じゃない!これでも19だぞ」

 

 突然叫んだ俺に男は驚く。

 いや、年齢に驚いてるのか?失礼なやつだ。

 

「19・・・、本当か?いや、疑うわけではないが、良かったらナンバーカードを見せてもらえんか」

「ナンバーカード?」

 

 一人一人を判別するカードのようなものだろうか。だとするとまずい。多分持ってない。

 男の口ぶりからすると必ず持っているものなんだろう。

 そうだ、都合よく影に入ってないだろうか。転生させる側もそれくらいの配慮はすべきだろう。

 

 冗談交じりに考えていると本当に影から小さなカードのようなものが現れる。それは重力を無視するかのようにふわふわと俺の手まで飛んできた。

 

「・・・坊主、今のはなんだ?」

「俺を信用してくれるなら、町に行く途中で話してやる」

 

 そう言いながらカードを差し出す。

 男は何度か目を疑うように擦っているが、少しして俺にカードを返す。

 

「・・・町へ連れて行ってやる。代わりに詳しい話を聞かせてくれ」

「よし、頼む」

 

 良かった。当てのない散歩もこれで終われるな。



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Episode.3 町へ

 町へ移動するため馬に乗る。

 乗る。乗・・・れない。

 馬ってこんなに高いのか。いやそもそも足をかける所が高いのが悪い。

 

「ほれ、坊主、乗れ」

 男が手を差し出す。

 屈辱だ。だが、馬に乗れないのは困る。今は出来るだけ早く町へ着きたいところだ。

 

 仕方なく男の手を借り馬に乗る。男の前に乗せられる。完全に子供ポジションだ。

 

「こうして見ると本当に19歳には見えんな。あぁいや、カードも見せてもらったし坊主の言ってることは本当なんだろうが」

「まずはその坊主呼びをやめろ。子供扱いは嫌いだ」

「なぁに、俺くらいの歳からしたら19もまだまだ子供だよ。坊主の身長が小さかろうと大きかろうとな」

 

人の気にしてるところをずけずけと・・・。

 

「名前で良いだろう。カードを見たから知っているだろうがレオだ」

「そうだな。俺はアレクシスだ。アレクとでも呼んでくれ」

「分かった、アレクだな」

 

 そんな話をしていると門のようなものが見えてくる。

 あれが町だな。ある程度の文明は望めそうだな。

 

「レオ、お前さんは旅をしているのか?」

「そうなるな」

「どこから来たんだ?」

 

 やっぱり聞かれた。

 この場合俺はどこから来たことになるのだろう。俺がやっていたゲームなら始まりの町があったが、この世界にあるかは分からない。ゲームの方にはモランの町なんて無かったしな。

 

「遠いところだ。アレクも知らないくらいな」

 

 少し暗めの声で言う。何か事情があると思えば深く聞かないのが人間の性だろう。

 

「なんて町だ?もしかしたら知っているかもしれんぞ。俺も長い間旅をしていたことがあってな」

 

 どうやら俺の感覚はアレクには通用しなかったらしい。もしかしたら人間じゃなくて頭のいいゴリラなのかもしれない。体もでかいし。

 

「あまりその町が好きじゃないんだ。旅に出たのも、早くそこを出たかったからだしな」

「ふぅむ・・・、すまないことをしたな」

 

 アレクが黙り込む。流石にこれは効いたらしい。

 しばらく沈黙が続き、馬の走る音だけが鼓膜を震わせる。

 

 突如、アレクが馬を止めた。

 

「どうした?」

「いやな、レオ、町に入る前にお前さんに聞いておかなきゃならんことがある」

 

 どうしたというんだろうか。年齢の事は既に確認済みのはずだが。

「お前さんの職業は死神と書いてあった。・・・人の職にケチを付ける気は無いが、死神と言われちゃ身構えて当然だろう」

 

 あぁ、そう言えばそうだった。確かに職業に死神なんて書かれていたら危険人物だ。むしろよく馬に乗せてくれたものだ。

 

 ごっこ遊びだ、と言いかけたがそれが許されるのは中学生までだ。危ない危ない。ここは死神とはいえ人を殺すのが仕事ではないというのが正解だろう。

 

「死神は人を殺す職じゃない。死期を迎えた人間を迎えに行くだけだ。それに、仕事とプライベートは別だろ?職業が死神だからって、プライベートじゃ単なる人間に過ぎない」

「ふむ・・・、なるほどな」

「試しにアレクの寿命でも見てやろうか」

 

 本当に寿命を見れるかは怪しいところだ。生命力がHPを示すなら寿命は関係ないし。だがまぁ、こう言えば少しは信じてもらえるだろう。

 

「やめてくれ。俺も歳だからな、冗談で流せない年が出てきたら笑えなくなっちまう」

「賢明だな。寿命なんて知っても良いことはない」

 

 よし、なんとかなったな。

 

「質問はそれで終わりか?」

「あぁ、問題ない。レオ、お前さんを歓迎しよう」

 

 そういうとアレクは再び馬に乗り、俺に手を差し出す。

 俺を乗せると、馬は町へ向かって再び走り出した。



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Episode.4 宿屋

Episode.1 確認のレオのステータスに所持金を追加しました。
Episode.3 町へにレオとアレクの会話を追加しました。


 門へと到着する。

 門の前に立つ兵士のような格好をした男がアレクに向かって敬礼をする。

 

「おかえりなさいませ、アレクシス様。お早いお戻りですね」

「あぁ、迷子の旅人を見つけてな。客人だ、粗相のないようにな」

 

 兵士は大きな声で返事をすると共に敬礼をする。それに、さっき様付けで呼ばれていたな。

 兵士に敬礼をされたり、様付けで呼ばれると言うことはそれなりに偉い立場なのか。

 まぁ、体の傷からしてやり手のようだし、軍の隊長か何かかもな。

 門を通った後、馬を降りる。アレクは馬を引きながら建物の建つ方へと歩いていく。

 

「俺は一度家に戻るが、レオも来るか?」

「いや、俺はこの町で宿屋を探したい。どこか、おすすめの宿屋はあるか?」

 

 宿選びは慎重に行うべきだ。この世界がゲームか、異世界かは分からないが、ゲームの世界ならぼったくりや、悪徳宿屋も稀にある。休むための宿屋で疲れていては元も子もない。

 

「そうだな、じゃあ俺のなじみがやっている宿屋でも紹介しよう。連れて行ってやる」

「あぁ、頼む」

 

 アレクの知り合いの店なら多少は安心できるか。いや、だがアレクが実は悪人で旅人を招待して、その宿屋に泊まるよう仕向けてはぼったくる、なんてこともあるかもしれない。

 会って数十分の男を全面的に信頼しろという方が無理な話だ。

 

「そういえば、お前さんは戦えるのか?遠いところから旅をしてきたなら、危険な事もあっただろう」

「一応、戦えるつもりだ」

 

 これに関してはハッキリとは答えられない。宿屋を確保したら外に出て、モンスターと戦ってみてもいいかもしれない。これで全く戦えなかったら問題だ。

 

「そのナリで戦う姿はあまり想像出来んなぁ・・・」

「悪口か?」

「いや、そんなつもりはないぞ。だが、扱える武器は限られるだろう」

 

 それは確かに。ゲームでもステータスによって装備可能武器が制限されていた。

 

 話をしていると時間が経つのが早い。宿屋の看板がでかでかと掲げられた建物が目に飛び込んでくる。

 

「ここだ。先に入っていてくれ。俺は馬をとめてくる」

「分かった」

 

 宿屋の扉を開ける。

 木製の造りで、見た感じ新しめかもしれない。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 高く元気な声。とてとてと、俺より少し小さいくらいの少女が走ってくる。

 

「えっと・・・、お一人様ですか?」

 

 少女は戸惑ったように聞いてくる。もしかしたら同い年とでも思ってるのかもしれない。

 

「連れはいるが、泊まるのは俺一人だ」

「ちょっと待っててね!お父さん呼んでくるから!」

 

 そう言って少女は出てきた方へと走っていく。

 少女が戻ってくるのを待っていると扉からアレクが入ってくる。

 

「あれ、誰も居なかったのか?」

「いや、小さな子供が出てきたんだが、俺一人だと伝えたら父親を呼ぶといって奥にな」

 

 そう言うとアレクは手をぽんと叩く。納得するな。

 

「はっはっは、ベルちゃんも大変な客に会ったな。確かにレオが一人で泊まると言ったら、何も知らん奴は戸惑うだろうな」

 

 失礼な奴だ。

 店の奥から先ほどの少女、ベルとその父親らしきがたいのいい男が出てくる。

 

「お客さん、お待たせしまし・・・、アレク?」

「あ、あれ?どうしてアレクシス様が?」

 

 まぁ、さっきまで居なかったアレクに驚くのも無理はない。ここはアレクに事情を説明してもらうのが吉かもしれない。

 

「アレク、その子はお前の子供か?いつの間にこんな隠し子を・・・」

「違う違う。まずは俺の話を聞け、ダグラス。こいつは旅人だ。南の森の近くでウロウロしていたところをこの町に案内してやったんだ」

「旅人・・・?こんな子供がか?」

「こいつはこれでも19歳だ。カードも確認したから間違いない」

 

 やっぱり子供と間違われていたらしい。

 

「え!?19歳ですか!?」

 

 驚く声はダグラスという男の横にいたベルからだった。まぁ、絶対同い年とでも思ってたんだろう。ダグラスを呼びに行くときなんてもうタメ口だったし。

 

「すまんな、ベルちゃん。驚かせてしまって」

「い、いえ!全然大丈夫です!」

 

 さて、そろそろいいだろう。誤解も解けたことだし、泊まるのに支障は無い。

 

「それで、部屋は空いてるのか?」

「は、はい!」

「アレク、もう大丈夫そうだから家に戻ってくれて構わないぞ」

 

 案内に、俺の事情説明までしてくれたアレクには感謝だな。今度礼でもしにいくか。

 

「おう、それじゃあ何かあったらいつでも言ってくれ。ベルちゃん、元気でな」

「あ、ありがとうございます!」

「いつでも顔出せよ、アレク」

 

 ダグラスのその言葉に後ろ手で手を振って返しながらアレクは宿屋を出る。

 アレクが出て行くのを見送ると、ダグラスはベルに後は頼んだと言って奥へと戻っていった。

 ベルと二人きりになると、ベルが声をかけてくる。

 

「あ、あの、本当に19歳なんですか?」

「あぁ、本当だ。勘違いしたことなら謝らなくていいぞ。俺はレオだ。ベルだったな、しばらくここにお世話になるつもりだから、よろしく頼む」

「は、はい!それじゃあ、部屋にご案内しますね」

 

 俺はベルに連れられて、部屋へと案内された。



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Episode.5 vs.コボルト

「はぁ、ようやく落ち着けるな」

 

 案内された部屋のベッドに腰掛ける。約1時間程のことなのにどっと疲れた気がする。

 別に何かやらなきゃいけない事がある訳でもないし、このまま寝てしまっても問題は無い。だが、やはり今の自分がどれくらい戦えるのかは気になる。

 

「仕方ない、行くか」

 

 重い腰をベッドから上げ、部屋を出る。あ、そういえば外出の時は言った方がいいのだろうか。

 宿屋の入口まで来ると、受付らしき所にベルがいた。

 

「おでかけですか?」

「あぁ、少し外にな」

「分かりました、鍵をお預かりします。夕飯も料金に含まれますが、ご用意しますか?」

 

 あぁ、アレクの知り合いの店なだけはあってサービスもしっかりしている。こちらの食糧事情も知りたいところだし、ありがたくいただいておこう。

 

「頼む。一応時間を聞いていいか?それまでには戻ってくるようにするよ」

「日没以降であれば、お帰り次第ご用意してお部屋に持っていきますが」

「分かった。ありがとう」

 

 そう言って鍵を預け、外に出る。詳しい時間は分からないが、まだ日没まで時間はあるだろう。時間はほぼ問題ないか。

 唯一問題があるとすれば、モンスターが近くにいるかわからないことだな。森まで行けばいるのは分かっているが、歩くと結構な距離だ。

 

「どうしたものか。とりあえず外に出て目でも使ってみるか?」

 

 よしそうしよう。

 門の兵士に軽く会釈をして外に出る。その場で死神の目を発動すると、遠くの方に3つ程赤く映るものがあった。

 

「んー、ここからじゃ形が分からんな」

 

 死神の目を解除して赤く何かが映った方へ走っていく。

 見えた。あれはコボルトか。さっき見た通り3体だな。コボルトは人間よりも少し背が低く、全身に毛が生えたような魔物だ。多少知能があるのが厄介なところだな。

 

「さて、この鎌の威力を見ないとな」

 

 走りながら影から鎌を取り出す。それでもちゃんと手元まで来てくれるのはありがたい。

 コボルトの持つ武器はありきたりな木の棒だ。リーチの有利はこちらにある。

 3体のうち1体がこちらに気付く。だがもう遅い。俺の鎌の先は既にコボルトの胴体を捉えていた。鎌がコボルトを貫く。

 

「なんだ!?」

 

 不思議な感覚に襲われ一瞬動きが鈍る。嫌な感覚ではないが、これまで感じた事のないものだ。

 鈍っている隙に残った2体のコボルトが同時に攻撃を仕掛けてくる。それを鎌の持ち手で受け止め、1度距離を取る。

 リーチがあるとはいえやはり鎌は少し扱いづらい。雑魚戦だからいいとしてもこれが大型モンスターだと一撃で沈められない。そもそもちまちま削るのに向いてない鎌という武器は圧倒的不利だろう。死神ぱわーで取り回しの悪さは何とかなってるが、やはり鎌はロマン武器止まりということか。

 

「考えるのは後だな!」

 

 俺は鎌の内側の刃で2体の首をはねる。

 またあの感覚だ。敵を倒すと発動するのか?

 

「ともかく、この鎌の立ち回りを考えなきゃいけないな」

 

 そういえば、この世界にも経験値とかあるんだろうか。うーん、レベルがあったんだからあるよな。

 自分のステータスを確認するためステータス画面を開くと、何やら通知が来ていた。

 

『レベルが上昇しました。新たなスキル【召喚:闇鴉】を獲得しました。装備品:死神の鎌のスキル【魔力変換】が成長しました』

 

 お、流石にレベル1だとコボルト3体でもレベルが上がるのか。

 また分からない事がいっぱいだが、まず新スキル獲得はありがたい。字面から予測できるが、後でまた確認しよう。

 それより気になるのはその次の文だろう。死神の鎌のスキル。なるほど、装備品にもスキルが付いているのか。

 こっちの方が早急に確認する必要があるかもな。

 



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Episode.6 闇鴉

 というわけで装備品のスキルを確認させてもらおう。まずは死神の鎌からいくか?ちょうど成長したらしいし。

 

死神の鎌 スキル

【魔力変換】

死神の鎌によって倒して敵の魔力を吸収する。吸収した魔力は、攻撃力上昇、防護壁展開、魔法使用時消費魔力に変換できる。

 

 おぉ、じゃあさっきの感覚は魔力を吸収した感覚だったのか?そもそも魔力の感覚が分からない。ゲームだと流石に魔法はコマンド入力だったしな。

 だが、この世界にも魔法があることは分かった。これは今度の課題にしよう。それを練習する時間は無さそうだしな。

 

「後は上から確認するか」

 

死神のフード スキル

【闇隠れ】※死神のマント同時装備時のみ

光の無い場所にいる時のみ、任意で完全に姿を隠すことができる。

 

死神のマント スキル

【闇隠れ】※死神のフード同時装備時のみ

光の無い場所にいる時のみ、任意で完全に姿を隠すことができる。

 

死神のブーツ スキル

【俊影】

魔力を消費する事で素早く行動する事ができる。

 

 そこそこ強いスキルが揃ってるな。これを知ってればさっきの敵も簡単に倒せたかもな。まぁ、これも貴重な経験だ。

 最後に俺自身が獲得したスキルを確認する。

 

【召喚:闇鴉】

自身の影から鴉を召喚する。召喚する鴉が大きければ召喚可能数は減少し、小さければ召喚可能数は増加する。

 

 複数召喚が可能で、数は大きさに反比例するのか。んー、両端の上限を知りたいな。

 

「まずは数が多い方でも召喚してみるか」

 

 いつものように、影なら大量の鴉を召喚するよう念じる。ぶわっ、と影から大量の黒い物体が湧き出てくる。

 

「大きさは雀位だが、確かに多いな、こりゃ」

 

 正確な数は分からないが、俺を隠す壁を形成できるくらいの数はいるだろう。でも使う機会は早々無いかもしれない。

 次に巨大な鴉が出現するよう念じてみる。

 

「おぉ!」

 

 出現したのは止まった状態で俺よりでかい鴉だった。

 その鴉は足を折り、地面へ突っ伏すように体制を下げる。

 

「これは、乗れってことか?」

 

 尋ねると、言葉が通じるのか首を縦に振る。

 まぁ、そう言われたからには乗るしかないだろう。

 俺は鴉の上に乗ってみる。馬より低いから乗りやすい。

 

 俺は再び感嘆の声を漏らす。巨大な鴉が俺を乗せて大空へと飛び立った。先程まで俺がいた森の木々を抜け、視界が広々とする。

 

「これは凄いな・・・。こんな体験滅多に出来るもんじゃない。ありがとな、・・・えっと、なんて呼べばいい?」

 

 鴉は俺の方をじっと向く。これは、決めた方がいいみたいだ。どんな名前にしよう、鴉の名前か・・・。

 黒いし、鴉って英語でクロウって言うし、クロでどうだろう。奇抜さは無いがその方が覚えやすい。

 

「クロ。名前はクロでいいか?」

 

 心なしか嬉しそうな声で鳴く。良かった、気に入ってもらえたみたいだ。

 

「よし、クロ、町まで送ってくれるか?」

「カァー!」

 

クロは加速して一直線に町の門へと向かった。



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Episode.7 秘書

「な、なんだ!?」

 

 俺が町に戻ろうと、クロで門の前まで降下した瞬間に聞こえたのは門の前に立つ兵士の驚く声だった。

 あー、確かに高さが自分くらいある鳥が迫ってきたら怖いかもしれない。てか怖い。空を飛べた感動で考える事を忘れていた。

 

「驚かせてすまない、こいつは俺の使い魔だ」

 

 クロから降りながらそう伝える。

 

「使い魔・・・、害はないのか?」

 

 人の言葉を理解しているようだし、俺がダメと言えば聞いてくれると思うが、どうなんだろうな。

 

「あぁ、問題ない。証拠に、こいつは大人しいだろ?」

 

 そっとクロの体を撫でる。するとクロは気持ちよさそうな顔をしながら体を伏せる。ついでに届くようになった頭を撫でる。

 

「そうみたいだな。通っていいぞ」

「ありがとう」

 

 俺はそのままクロを連れて入ろうとするが、少し考えて一度影に戻すことにする。下手に目立ってこの町に居られなくなったらそれはそれで面倒だからな。

 

「ありがとな、クロ。また頼むぞ」

「カァー」

 

 クロを少し撫でて影へ戻す。まぁ、いつでも呼べる事だし、移動の時はこれからクロを頼らせてもらうことになるだろう。

 

「そういえば、この町の探索もしたいな」

 

 キョロキョロと辺りを見渡す。住宅もあれば、店らしき建物もある。夕飯まではまだ時間がありそうだし、今からアレクに案内でもさせようか。

 

「アレクの家ってどこだ?」

 

 いつでも会えるだろうと思ってたが、そういえば家の位置を知らない。アレクにはこれからも世話になるだろうか、知っておきたい。

 宿屋のおっさん、名前は・・・、忘れた。まぁおっさんに聞けば分かるだろう。俺は宿屋に向かうことにする。

 宿屋につき扉を開けると、ベルがおかえりなさいと声をかけてくる。アレクの家に行きたいことを伝え、宿屋のおっさんを呼んでもらえるよう頼むと、

 

「アレクシス様のお屋敷でしたら、ここの前の道に出て右に真っ直ぐ行ったら見えてきます。目立つのですぐお分かりになると思いますよ」

 

 との事。どうやらベルも知っていたらしい。昔馴染みの娘なら訪ねていても不思議ではない。

 ベルにお礼を言って宿屋を出る。右に曲がって真っ直ぐだな。

 少し歩くと、だんだんと建物が大きくなってくる。ここからは集合住宅じゃない、一軒家が立ち並んでいるようだ。

 アレクは金持ちなのか?そもそも1人で一軒家には住まないだろう。家族でもいるのか。でも初めて宿屋に行った時の宿屋のおっさんの反応からするといないように思えるが。

 

「あら、もしかしてレオ様でいらっしゃいますか?」

 

 また考え事で前が見えていなかったらしい。集中すると周りが見えなくなるのは悪い癖だ。

 目の前にいたのはスーツを着た若い女性。スラッとしたスタイルだが、出るとこは出ていて美しい。

 

「お前のような知り合いはいないが」

「申し遅れました。私、アレク様の秘書のハートと申します」

 

 秘書か。まぁ、兵士にかしこまられる位の偉い人物なら秘書くらいいるか。

 

「もしかして、アレク様にお会いになられるところでしたか?」

「あぁ。少し町を案内してほしくてな。宿屋のベルにこっち側にあると聞いてきたんだ」

「そうでしたか。それでは、お屋敷までご案内しますね」

 

 お言葉に甘えさせてもらおう。実際詳しい場所は分からなかったから好都合だ。俺は美人秘書についていき、アレクの家に向かった。



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Episode.8 屋敷

 秘書のハートに連れられて着いたのは、周りに建ち並ぶ一軒家とは一線を画すほどの豪邸だった。目の前には巨大な格子のような鉄の門がそびえ立っている。

 

「まさかここがアレクの家か?」

 

 流石にデカ過ぎないか?これじゃあまるで貴族の家だ。

 

「はい。ただいま門を開けさせますね」

 

 ハートはそう言って、門の横についているドアノッカーのようなものを鳴らす。すると小窓のようになっている部分が開き、そこから聞こえてくる声とハートが何やら話しだす。

 少しして、門はゆっくりと、キィー、と音を立てながら開いていく。二人がかりで手動で開けているようだ。

 

「さ、参りましょうか」

 

 またハートについて行く。屋敷の扉までは少し距離があって、道中の植え込みは綺麗に整備されていた。

 The金持ちの屋敷って感じの場所だ。こういった雰囲気はあまり好きじゃないので割と帰りたい。でもせっかくここまで来たのでアレクを連れ出さない選択肢はない。

 屋敷の扉が開かれる。

 入ってすぐはホール、そして大階段。こんな内装の家はアニメでしか見たことがない。

 

「アレク様、レオ様がいらっしゃいましたよ」

 

 このまま部屋にでも連れられると思ったが、入った途端大きな声でハートがそう言うので驚く。

 秘書ってもっとこう静かに佇んでるイメージだ。

 少し待つと大階段から足音が聞こえたきた。アレクが出てきたのだろう。

 

「随分突然の訪問だな。何かあったのか?」

 

 確定した。出てきたアレクの服装は華美な装飾が施されたもので、俺の頭にある貴族の服と一致する。

 

「アレク様に町を案内していただきたいそうです」

「なるほど、構わんぞ。ハート、南の森の件はマーカスに任せておいてくれ」

「お伝えしておきます」

 

 南の森というのは俺が最初に気がついた場所兼さっきコボルト狩りをした場所だろう。確かアレクに会った時、アレクは馬に乗って森の方へ向かっていっていた。

 

「もしかして仕事の邪魔だったか?それなら他を当たるが」

「いや、問題ないさ。お前さんにはこの町を色々見てほしいしな」

 

 引っかかるところはあるが本人がいいと言うならお言葉に甘えさせてもらおう。

 だが行く前に一つ聞いておかなきゃいけない。

 

「アレク、ひとつ聞いていいか?」

「おぉ、いいぞ」

「この家といいその格好といい、お前はどこぞのお偉いさんだったりするのか?」

 

 貴族かと直接的に聞くより相手に自分がどの立場か言わせた方がいいだろうと、少しぼかしつつ尋ねる。

 

「あぁ。一応、この町を領地として任されている。騎士崩れの情けない一代貴族だけどな」

 

 つまり領主ということか。しかも、騎士崩れだのと言っているが一代貴族ということは国王からそれ程の信頼を得ているということになる。これは予想より遥かに大物だ。

 

「領主直々に案内してもらえる訳か。楽しみだな」

「言わなかったのは許してくれ。普通の人間は貴族と聞けば態度が変わる。俺はかしこまられるのはあまり好きじゃなくてな。お前さんくらいがちょうどいい」

 

 なるほど。日本じゃ貴族なんてのは無かったしあまり実感が無かったが、普通は畏れ多いものなのか。

 天皇様や内閣総理大臣と話すと考えたら確かにそうなるな。

 だが、今更アレクに敬語を使う気は起きないし、アレクもそれを望んでいないだろう。

 

「それじゃあ、これからも変わらずこう接していこう。町案内頼むぞ、アレク」

「おう、行くとするか」

 

 ハートのいってらっしゃいませの言葉に軽く会釈してから、俺とアレクは屋敷を出た。



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Episode.9 探索

 町へ出ると、アレクに気づいた町の住民が挨拶をしていく。快活な性格からか、人望はあるんだろう。

 住宅街を出ると、今度は店が並んでいる。多分全部個人経営かな?この世界の店の形態にチェーン店とかはないのかもしれない。

 

「どこか入りたい店はあるか?」

「特に無いな。腹は減ってるが、町の散策から帰ったら宿屋の飯があるし」

 

 そう言われたらアレクもどうしようもないのは分かってるが、事実特に行きたい店はない。

 どこか面白そうな店はないものかと見渡してみると、一軒だけ目にとまる。周りの店に比べて一回りほど小さい店構えだが、不思議と目を引かれる。

 

「あそことかどうだ?」

 

 アレクに提案する。どうやらアレクも入るのは初めてらしい。領主よ。それでいいのか。

 店に入る。落ち着いた雰囲気で居心地はいい。棚に並んでいるのは、アクセサリーか。ネックレスやブレスレット、指輪など、様々なアクセサリーが並んでいる。

 確かにアレクには無縁かもな。俺も言えたことじゃないんだが。元の世界で彼女がいなかったわけじゃないが、告白されてなんとなく付き合って、相手が俺に愛想尽きてフラれる。そんな感じだった。付き合っても特別感がなかった。もっと甘えさせてほしかった。そんなセリフが脳裏に蘇る。

 考えるのはやめにしよう。楽しい思い出もあったが、やはりこういう時に思い出してしまうのは苦い思い出だ。

 

「いらっしゃいませ。贈り物ですか?」

 

 いけない、また気が付かなかった。

 話しかけてきたのは店員と思しき男性。細身でどこかひ弱そうな、そんな印象を受ける。

 

「いや、少し目にとまって入ってみただけだ。ここのアクセサリーは貴方が?」

 

 並んでいるアクセサリーをよく見ると、細かい装飾に凝っているし、色合いの鮮やかさに限らず全てがそれぞれの輝きを放つようで、目を引かれる。ここまで良いものを作れる職人というものには興味が湧く。

 

「いえ、作るのは妻の仕事です。私はそれを売るだけです」

「そうか。いやな、こんなに良いアクセサリーを作る職人がどんなものかと気になってしまって。例えば、そうだな、このネックレスとか、宝石の色が際立って見えるが、それが際立つのはその周りの装飾のおかげだ」

「分かりますか!素晴らしいですよね!私も彼女の作品に一目惚れして・・・、あぁ、すみません。つい熱くなってしまいました」

 

 いきなり目を輝かせながら語るものだから驚いたが、本当に好きなのは伝わってきた。買うつもりは無かったが少し買いたくなってくる。

 

「良ければこれ、買いたいんだが、いくらだ?」

「こちらは9000Gになります」

 

 所持金のほとんどが飛ぶ。いや、だが逆に考えれば買えるのか。

 

「分かった、買うよ」

「かしこまりました!ありがとうございます!」

 

 働こう。影から9000G出しながら決意した。

 このネックレスを誰に渡すかはもう決めている。宿屋のベルだ。1ヶ月お世話になるし、正直このネックレスにしたのもベルに似合うと思ったからだ。

 会計を終え、包装されたネックレスを影にしまう。

 

「アレク、すまないが、もう宿屋に帰る」

 

 いつの間にか店の外に消えていたアレクに声をかけそう言う。

 

「もう帰るのか?」

「ここで買い物をしたら所持金がほとんど消し飛んでな。もう店を回っても仕方ないし、そろそろ宿屋で飯が食いたい。また今度そっちに行くよ」

「分かった、気をつけて帰れよ」

 

 日も落ちてきた頃、俺はアレクと分かれ宿屋への帰路に着いた。



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Episode.10 贈り物

 残金、約800G。この世界の通貨の相場は分からないがネックレスで9000するなら少ないってことだろう。宿屋の4Gに油断した。

 どうせ仕事はしようと思ってたからいいんだけど。そもそもこの世界にどういう仕事があるのか分からないからまたアレクに頼るつもりだ。

 心の中でアレクに感謝しながら宿屋へ帰ってくる。

 

「おかえりなさい。夕飯の準備、もうしちゃって大丈夫ですか?」

「その前に、受け取ってほしいものがある」

 

 ベルはそれを聞いて首をかしげる。無理もないだろう。受付カウンターから出てくるよう言うと、不思議そうにしながらとてとてと出てくる。

 影から綺麗な包装で包んだネックレスを出す。

 

「なんですか、それ?」

 

 プレゼント、と言っていいのだろうか。もちろんベルのために買ったのは間違いないが今日初対面の男に渡されるってどうなんだ?

 あの場に流されて買う雰囲気になって、思わずベルへのプレゼントとして買ってきたがよくよく考えると気持ち悪いかもしれない。

 買わなきゃいけない雰囲気とその場のノリ、あの店員は物を売るプロだ。まぁいい、気まずくなったら町を出よう。それが一番いい。

 

「アレクに町を案内してもらって、寄った店で買ったものだ。受け取ってもらえるか?」

「そんなわざわざ・・・、いいんですか?」

「買いたくて買ったんだが俺が着けるものでもないし、今プレゼントできる相手もベルくらいしかいなくてな」

 

 自分でも何を言ってるか分からないが伝わってくれ。

 伝わったのか、ベルは俺からの贈り物を受け取ってくれる。

 

「開けてもいいですか?」

 

 もちろん、と答えると恐る恐る包装を外し、箱を開ける。

 ネックレスを見た瞬間、ベルは目を奪われるようにそれを眺め、数秒経って現世に戻ってくる。

 

「綺麗・・・。これってもしかして、フラウさんのお店のものですか!?」

「フラウさんかは分からないが、町の中の小さなアクセサリー屋さんで買ったぞ」

「や、やっぱりフラウさんのお店・・・、じゃ、じゃあこれって物凄く高価なんじゃ・・・」

 

 フラウさん、名前の響きから女性っぽいから職人の女性の方かな。

 

「値段は気にしないでいい。ほんの気持ちだ」

「そんな事言われても・・・」

 

 うーん、やっぱりあんまり良くなかったかもしれない。でもやってしまったものは仕方が無いし、着けてもらえないのはそれはそれで困る。

 箱からネックレスを取り、ベルの後ろに回る。ネックレスをそっと、ベルの首に着ける。

 見立て通りだ。正面に回って確認すると、ちゃんと似合っていた。良かった良かった。

 

「うぅ・・・、本当にいいんでしょうか、こんなもの貰ってしまって・・・」

「じゃあそうだな、俺が泊まる間の宿代として受け取ってくれ」

「それでも多すぎますよ!何年泊まるつもりですか!」

 

 確かに単純計算で大体6年は居座れるな。

 

「気に入らなかったなら店に返品しに行ってくるが」

「うぅ・・・、レオさんズルいですよ、その聞き方。すごく可愛くて、綺麗で、私にはもったいなさすぎるくらいで・・・」

「じゃあ問題ないな」

「それが問題なんですよ!」

 

「おい、何を騒がしくしとるんだ」

 

 ベルとの話し声が気になったのか、おっさんが奥から出てくる。エプロンを着てる辺り、キッチンに居たんだろう。そういえば夕飯前だった。

 

「お、お父さん」

 

 ベルがおっさんの方を向くと、ネックレスに気づいたのかベルの胸元に顔を近づける。

 

「こいつは・・・、そちらのお客様からもらったのか?」

「レオでいいぞ、宿屋のおっさん」

 

 こんな見た目の俺でもしっかりお客様と呼ぶあたり、きちんとした人物なんだろうが、長くいるつもりだしあまりかしこまられてもめんどくさいだけだ。

 

「レオか。俺はダグラスだ。それで、このネックレスは?」

 

 アレクに町を案内してもらったことと、その後なんとなく入ったアクセサリー屋で買った事を話す。

 

「なんとなくベルに似合いそうだったんで買ってきた。似合ってるだろ?」

「あぁ、とても似合っているが、どうして娘にプレゼントを?」

 

 説明するのもまた面倒なのでなんとなく、と答えておく。

 

「俺が泊まる間の宿代として受け取ってくれ。あぁ、稼ぎが出ないなら普通に宿代払うが」

「いや、これを貰って宿代まで取ったらアレクに馬鹿にされちまう。何日でも泊まってってくれ。ベル、それでいいか?」

「う、うん!」

 

 どうやら話はまとまったみたいだ。きちんと貰ってくれたし、安心して部屋に戻れるな。



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Episode.11 就寝

 部屋に戻ってくつろいでいると、部屋の扉がノックされる。開いてるぞ、と言うとベルがキッチンワゴンを押しながら入ってくる。

 

「ご夕飯をお持ちしました」

 

 ベルはキッチンワゴンから皿に乗った料理を取り出し、小さなテーブルの上に置いていく。スープ、サラダ、最後に肉料理らしきものが出てくる。形状は鶏肉に似ている。

 

「オニオンスープとサラダと、ビッグビークのグリルです」

「ビッグビーク?」

 

 聞き慣れない名前をつい聞き返す。

 

「はい。もしかしてお嫌いでしたか?」

 

 名前を聞き返してこの反応ということは知ってて当たり前の生物らしい。流石に知らないとは言えないか?いや、この先色々と知らない事がある時聞ける相手は必要になる。知らないと正直に答えるのも吉かもしれない。

 

「いや、初めて聞く名前でな。俺がいた所には居なかったんだ」

「ビッグビークが居ないんですか!?そんなに遠い所から旅をしてきたんですね・・・。ビッグビークというのは大きなくちばしが特徴の鳥のようなモンスターです。羽がついてますけど、飛べないので地面を走るんですよ」

 

 モンスターもきちんと食用として出回っているらしい。まぁゲームでもそんな感じの料理はあったが、実際に聞いたり見たりすると驚きはある。

 

「とても美味しいので食べてみてください」

「あぁ、いただきます」

 

 用意されていたナイフとフォークで足と思われる部分の肉を切って、一口食べる。

 うん、美味しい。肉の味は大体現実の鶏肉と一緒だが、心無しかこちらの方が油が乗っている気がする。味付けも肉に合っていてとても美味しい。

 

「美味しいな」

「おぉ!お口に合って良かったです」

 

 その後スープとサラダも食べ進めていく。スープはほぼ現実と変わらない味だったが、サラダにかかっていたドレッシングは少し独特な味がした。それでも十分に美味しかったので、満足だ。

 料理が口に合うか気になったのか、食べている間ずっとベルが部屋にいて少しだけ落ち着かなかったが、完食した時に嬉しそうな顔をしていたのでその顔に免じてよしとする。

 

「ごちそうさま」

「お皿片付けますね」

 

 ベルは食べ終わった皿を全てワゴンに乗せ、扉付近まで運んでいく。

 

「明日の朝食はどうしますか?」

「あぁ、食べていくよ」

「分かりました。用意しますね」

 

 ベルはワゴンを押して部屋から出る。改めて先程の食事について考える。

 まず大元として洋食に近いものだった。そうなると、取れる食材もそちらに偏っているし、味付けなども日本食のようなものはないだろう。

 あと、肉についてはやはりモンスターの肉が一般的な食材として流通してることを考えると、それを狩る人材が必要になるはずだ。収入源としてはありだろう。

 

 あれこれ考えると眠くなってきた。そろそろ寝よう。

 

「待てよ、俺はこの格好で寝るのか?」

 

 自分の格好を確認するが、とても寝る時に着る服じゃない。

 というかそもそも風呂に入ってない。汗は何故かほとんどかいていないが気分的に寝る前には入っておきたい。そもそも風呂が存在するのか?そこらへんもちゃんと確認すれば良かった。だが今から確認するのは少し気が引ける。

 仕方ない。今日は我慢して明日朝一で確認しよう。朝には自信が無いし目覚ましがいるな。

 俺は普通のカラスサイズのクロを影から召喚し、日が昇ったら起こすように言うと、クロは首を縦に振る。

 よし。あまり気は乗らないが今日はこのまま休もう。




明日(8月1日)から一週間ほど、私情により更新が出来ません。
見てくださってる方には残念かと思いますがそれが明けたら一週間は1日2話投稿する予定なので許してください。
短歌@夜兎神


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Episode.12 風呂とハプニング

今後更新が不定期になります。毎日更新を再開する時にはまた告知するのでお待ちください。
短歌@夜兎神


 ツンツン、ツンツン

 頬に軽い刺激が走る。

 ツンツン、ツンツン

 

「んん・・・、まだ寝かせて・・・」

 

 ドスッ!

 今度は腹に強めの衝撃。

 

「・・・分かった、起きるよ」

 

 重い身体を起こし、腹の上に乗るクロを撫でる。刺激の正体はクロの嘴だったみたいだが、もう少し優しい起こし方をしてくれてもいいのに。

 そんな愚痴はともかく、夜明けと共に起床したのは風呂のためだ。部屋を出て宿屋の入り口の方へ歩いていく。ちなみにクロは影に戻しておいた。ベルやダグラスにはクロのことも説明しておきたいが、それはまた今度でいいだろう。

 宿屋の入り口、受付がある場所へ着くと、奥の方で明かりがついているのが見える。食堂の方だ。もう朝食の準備をしているのだろうか。

 奥の方へ行くと案の定ダグラスがキッチンに立っていた。

 

「おはよう、ダグラス。随分早くから準備をするんだな」

 

 ダグラスは俺に気づくと手を止め、こちらへ近づいてくる。

 

「おぉ、おはよう、レオ。朝食は軽いものが多いんだが、夕食に仕込みが必要な料理があって、そういうときはこうして朝から仕込みをしてるんだ。それで、レオはこんな朝早くにどうしたんだ?」

「風呂はないか聞きたかったんだ。本当は昨夜入りたかったが、そのまま寝てしまってな」

「あぁ、なるほど風呂か。町の中に大衆浴場はあるが、この時間じゃまだ開いてないな」

 

 おぉ、風呂の文化はあるらしい。良かった、やはり日本人としては風呂がないと落ち着かない。だが、大衆浴場が開くまで待つ必要があるのか・・・。

 待ち時間に何をするか考えていると、ダグラスが何か思いついたような仕草をする。

 

「宿屋としての浴場は無いが、一応うちに小さな風呂がある。宿屋の人間が汚いままじゃいられないから、特別に作ってもらったんだ。そっちならすぐに入れるが、どうする?」

「おぉ、すぐに入れるならそうしたい。どこにあるんだ?」

「そこに扉があるだろう。そこから入って突き当たりを右にいってすぐの右手の扉にある」

 

 ダグラスが指すのはキッチンの奥の壁にある扉だ。位置的に従業員用の扉だろう。

 

「分かった。ありがとな」

 

 ダグラスに言われたとおりに進んでいくと、扉にたどり着く。

 

「ここだな」

 

 扉を開ける。

 その扉の先に居たのは、ベルだった。

 

 一糸纏わぬ姿の。

 

「え・・・?」

「あー、すまない。確認不足だった」

 

 すぐに扉を閉める。

 まさかベルが入っているとは思わなかった。いや、さっきのダグラスの話からするとベルが入るのは当然の話ではあるが、タイミングというものがある。

 ベルには申し訳ないことをした。まだ10歳とはいえ、少女が男に裸を見られるというのは精神衛生上よろしくなさそうだしな。

 後で謝罪を入れよう。これがダグラスに伝わって追い出されでもしたら大変だ。

 そうこうしていると、服を着たベルが扉から出てくる。

 

「あ、あの・・・」

「覗くつもりは無かったんが、俺の確認不足のせいだな。すまなかった」

「いえ・・・、私こそお目汚ししてしまってすみません。お風呂、お使いになるならどうぞ!」

 

 そう言ってベルは走り去る。ちらっと見えた顔は赤く染まっているように見えた。

 また後できちんと謝る必要があるかもしれんな。

 

「・・・今度また何かあげるか。その為にも金の手に入れ方を確立するのは必須だな」

 

 考えながら服を脱ぎ、浴室へと入る。すると、影からクロが飛び出してきた。

 

「どうした、クロ。お前も入りたいのか?」

 

 クロは肯定するように鳴く。

 

「後でお湯で流すから、湯船には入らないようにな。まだダグラスとベルにお前のことを伝えてないし、何か不都合があったら大変だ」

 

 頷くのを確認してから浴室を見てみる。

 浴室の中には石でできた囲いに湯が張られていて、端には桶のようなものが置かれていた。流石にシャワーは無かった。

 桶のようなもので身体を軽く流した後、湯に浸かる。こっちに来て一日しか経っていないのにこのお湯に包まれる感覚をとても久々に感じる。

 

「・・・極楽だ」

 

 このまま眠ってしまいそうだ。朝も早かったしそれくらい許されるだろう。

 カァー!

 目を閉じて眠ろうとすると耳元でクロが鳴く。うーん、優秀すぎる使い魔は堕落を許してくれないらしい。

 その後少しだけ浸かって、浴室を出る。置かれていたタオルで身体を拭き、服を着直す。そういえば服も買いたかったんだった。

 

「先に仕事を見つけよう。またアレクのところに行かなきゃな」

 

 着替え終えて脱衣所を出る。来た道を戻ってキッチンへ入ると、ダグラスは仕込みを終えたのか、もう居なかった。居たら文句を言わなければと思っていたが居ないなら仕方ない。

 そのまま部屋にもどり、外出の準備をしようと思ったが別に準備することも無かった。少し休んだらアレクのところを訪ねよう。まぁ寝てたら起こせばいいしな。



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Episode.13 厄介者

 風呂から出て服を着る。風呂の前と後で同じ服を着るのは少し違和感があるが、不思議とこの服に不快感はない。

 クロを影に戻した後脱衣所を離れ、キッチンへと出る。ちらほらと他の宿泊客が朝食のために食堂へ来ているのが見えた。ダグラスとベルはそれに伴って忙しそうにしている。邪魔をしないよう軽く手を振り、他の客と同じように食堂に入る。

 

 そういえば、他の宿泊客について聞いていなかった。酒場と宿屋、そして冒険者ギルド、この三つに冒険者は集まるイメージがある。まぁ、昔からのお約束みたいなものだな。

 周りにいる人物を順繰りに観察していく。学生ほどではないが、まだ若く装備も心許ない三人組、何やら真剣に話し合っている中堅らしい四人組、落ち着いた雰囲気で向かい合って座っている老夫婦、今食堂に来ているのはこの三組。

 

 せっかくだし冒険者ギルドの場所を聞いてつてを作っておくか……。冒険者を始めるにしてもパーティは組んでおきたい。俺の能力を鑑みると、補助兼サブ火力と言ったところだろう。この鎌はメイン火力にするには心許なく感じる。

 とにもかくにも、話しかけることにする。中堅所がちょうどいいだろう。先程から仕切っている金髪のパーティリーダーらしき男に声をかける。

 

「あの、少しいいですか?」

 

「あ?今忙しいんだ。ガキは大人しく座ってろ!」

 

 はい、カチンと来ました。

 幼い見た目で子供扱いされるのはこの際予想していたから別に構わない。だが、こっちが丁寧に話しかけているにも関わらずこの言いようはナンセンスにも程があるだろう。

 

「お前の言うその『ガキ』相手にそんな態度を取る方がよっぽどガキだろう。そんな奴の考える作戦などたかが知れてるな。作戦会議なんぞしていないで学校にでも通ったらどうだ?少しはその不遜な考えもマシになるだろう」

「んだとクソガキ!」

 

 金髪が跳ねるよう立ち上がる。倒れた椅子が大きな音を立て、周りの人達からの視線を集める。

 

「どうした、攻撃してみるか?相手はガキだぞ。みっともなくその腰の得物を抜くか?それをして不利益を被るのはお前だけだ」

 

 そう、今こちらに視線を送っている人達からすると、子供相手にいい大人がガチギレしているという構図だ。その状況で剣を抜こうものなら悪評が広まること必至だ。流石にこれで攻撃を仕掛けるほどの馬鹿はそう居ないだろう。

 

「上等だ……。やってやる!」

 

 は?

 金髪が腰にさげている剣の柄に手をかける。

 こいつマジか!?周りに人もいる宿屋の食堂で喧嘩を売られて即買いするほどの馬鹿だったか!

 剣が抜かれていく。本気だ。

 鎌を取り出すまでにどれくらいかかる?相手はどう斬りかかってくる?あとどれくらい猶予がある?

 考える内に剣はだんだんと金髪の腰から離れていく。そして遂に離れきったその剣を金髪は大きく振りかぶった。

 

「クロ!」

 

 俺の声に応じて影から大量の烏が溢れ出す。サイズは雀程度だが、一瞬で俺の姿を隠す。

 ザワつく周り、動きの止まる金髪。

 俺は瞬時に鎌を取り出しながら金髪の背後へと回る。目の前で飛び出した烏に気を取られている金髪に、俺を認識する余地はない。

 鎌の刃を金髪の首にかけ、くだらない喧嘩に終止符の合図を送る。

 

「チェックメイト、遅すぎる」

 

 少しの静寂の後、キッチンからダグラスが慌てて出てくる。この状況を見て何か察したのか、すぐに落ち着いた様子で口を開く。

 

「お客様、宿内での戦闘行為はお止めください」

 

 丁寧だが、その言葉には威圧感が乗っている。背けば一瞬にして制圧されそうな威圧感が。

 俺は鎌と烏を影に戻し、ダグラスの元へ歩いていき、頭を下げる。

 

「迷惑をかけてすまない。まさかこんなことになるとは。俺の読み違いだ。何か被害が出たようなら俺が弁償する」

 

 ダグラスは俺を見て頷き、金髪の方を睨みつける。

 

「……クソが!もういい、行くぞ!」

 

 金髪は悪びれる素振りもなく宿屋を出ていく。他のパーティメンバーはペコペコと周りへ頭を下げてから金髪を追っていった。

 

「災難だったな」

 

 何か事情を知っているのか、ダグラスは頭を抱えながらそう言う。

 

「あれは王都付近の領主の息子でな。悪評の絶えない男だが、立場上宿泊を断ることが出来なかった。アレクにも迷惑がかかるしな」

 

 それは悪いことをした。結局追い出すような形になってしまったのだし、ダグラスやアレクの風評に関わるかもしれない。

 

「正直スッキリしたよ。強いんだな、レオ」

 

 少し困ったような、しかし気が晴れたような笑顔を俺に向ける。筋肉モリモリのおっさんの笑顔も悪くは無いな。

 少し荒れた食堂を元に戻し、座っていた席に戻る。

 朝食が運ばれてきた。サンドイッチのようなもので、パンに具材が挟まれている簡素なものだったが、やはり味は良かった。いい食材を使ってるのだろう。

 

 食べ進めていると、老夫婦の男性の方が俺の元へ近づいてきた。

 

「君は冒険者なのかい?」

「いや、まだですね。今日この後ギルドに顔を出すつもりですが」

 

 そう言うと、男性は懐から手紙のようなものを出し、テーブルへ置く。

 

「ギルド職員にこの手紙を渡しなさい。少しは役に立つだろう」

 

 男性は席へと戻っていく。よく分からないが、役に立つなら貰っておこう。手紙をポケットにしまい、朝食を続けた。



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Episode.14 依頼

 朝食を終え、ベルに部屋の鍵を渡して宿屋を出る。

 早速だがしくじった。あの老爺に冒険者ギルドの場所を聞いておけばよかった。まぁいい、街を見回った時それらしい建物には目をつけてある。間違って前のような高級店に入りさえしなければきっと大丈夫だ。これは決してフラグではない。

 訳の分からない自己答弁をしていると、背後の扉、つまり宿屋の扉が開く。そして聞こえてきたのは若く元気な声だった。

 

「あ、あの!」

 

 その正体は予想通り、食堂にいた初心者三人組のうちの一人の、ハツラツとした、オレンジ髪で短髪の少女だった。なんだ、朝食の時に暴れた文句でも言われるのだろうか。あの件に関しては俺が悪いし、それを言われたら謝るほかないのだが。

 少女はつづける。

 

「これから冒険者ギルドに行くんですよね。私達もついて行っていいですか?」

「え?」

 

 予想外の言葉に驚きつつも、よくよく考えてみればそれもありかもしれない。ギルドにいる職員や、他の冒険者に子供と揶揄され話が進まないのは面倒だ。どこかのパーティメンバーに見られていればまだマシだろう。

 冒険者の集う場所には必ずと言っていいほど一人は荒くれ者のような馬鹿がいる。魔除け代わりに来てもらおう、そうしよう。

 

「ダメですか?」

「……分かったよ。ただし、俺は場所を知らないんだ。ギルドまで連れて行ってくれ」

「はい、分かりました!あぁ、名乗り遅れました、私はエブリンといいます。こっちはアルで、後ろにいる子がクレアです!」

 

 エブリンが順に隣の青年と、後ろでコソコソと隠れている少女を指す。クレアの方は言わずもがなだが、アルもどこか気弱そうで覇気がない。エブリンが仕切っているのは彼女にしか出来ない役目だからだろう。

 

「俺はレオだ。よろしく」

「はい、よろしくお願いします、レオさん!」

 

 エブリンは元気だが声量をもう少し調整してほしい。仕方ない、ギルドまでの道のりだけだから我慢しよう。

 

 ギルドまで歩く中、朝食の時の件を色々と質問された。あの鎌や烏はどこから出したのか、どうしてあの大鎌を使えるのか、何故あんなに強くてこれまで冒険者にならなかったのか等々、あまり手の内を明かしたくもなかったので適当に流しておいた。

 それでも律儀に話を聞き続けるエブリンに少しの罪悪感を覚えながらも、ようやくギルドに辿り着く。

 

 エブリンはその両開きの木製扉の前に立つと、それを勢いよく開け放った。悪目立ちしなければいいが……。

 そのままつかつかと入っていくエブリンに続き、ギルドへと足を踏み入れる。

 

「おぉ、エブリンちゃん、今日も元気だねぇ!」

「クエストはクリア出来たかい?手伝いが欲しかったらいつでも言ってくれよ!」

「エブリンちゃんにオススメのクエストがいくつかあるぞ。見ていきな」

「よっ、今日もいいお腹だね!」

 

 そんな声が辺りから飛び交う。顔が知れてる、というかかなり心配されてる?どちらにせよ愛されてるようだ。最後のはただの変態だが。

 

「あれ、今日は見慣れない子供を連れてるんだね。迷子かい?」

「あ、いえ、この人は冒険者希望の方で、ここまで案内したんです!」

「はー、エブリンちゃんも十分若いが、まだ学生でないのかい」

 

 だんだんと視線がエブリンから俺へと移っていく。この世界では何歳までが学生をするのかは分からないがとりあえず子供に見られているのは分かる。だが、不思議と歓迎されているような気がするのはここにいる人達の人柄のおかげか。

 子供だからと舐めてかかる人は居らず、どちらかと言うと自分を心配するような目線を送ってきている。

 

 そんな目線に晒されながらも俺はギルドの奥へと歩いていく。こぢんまりとした受付の前に立つと、受付にいた男は営業スマイルで俺に話しかける。

 

「冒険者ギルドへようこそ。何か御用ですか?」

 

 ゲームのテンプレート台詞のような言葉を実際に聞くと笑ってしまいそうになるが、ぐっとこらえる。マニュアルとかあるんだろうから馬鹿にしてはいけない。

 

「冒険者登録を。それと、この手紙を渡すといいと言われたので渡しておきます」

「かしこまりました。ナンバーカードをお預かりしてもよろしいですか?」

 

 ポケットから老爺から貰った手紙を、影からナンバーカードを取り出し受付の男性の前に置く。一瞬男性の顔が強ばったような気がしたが、気のせいだろう。手紙とカードを持って奥へと歩いていった。

 

 数分後、慌てた様子で男性が戻ってくる。

 

「手紙、拝見致しました。どうぞこちらへ」

 

 案内されたのは受付の奥。うん、この展開はよくあるやつだ。今からギルドマスターとご対面ってことか。あの爺さん何者だったんだ?

 エブリンがキラキラとした目でこちらを見てくる。連れていけということだろう。案内してもらったこともあるし仕方ない。

 

「エブリン達を入れても?」

「はい、お連れの方もご案内するよう仰せつかりましたので」

 

 その言葉を聞いて、エブリン達と共に奥へと入っていく。奥にある扉は少し頑丈そうな造りをしている。

 受付の男性はその扉を開け、入るように促す。ここまで来て引き返す理由もないので開けられた扉をくぐる。

 部屋に入ると、奥のデスクに坊主頭だが顔立ちの整った、引き締まった体の男が一人神妙な面持ちで座っていた。

 

「初めまして。冒険者ギルド、ギルドマスターのマーカスです。セオドア様からの手紙、拝見致しました。内容は貴方にある依頼をする事と、その報酬の詳細でした」

 

 はぁ。

 セオドア、というのがあの老爺の名前なのか。また、様付けだ。偉い人なのは確かだな。

 俺に何を見出したのか、ある依頼、しかもギルドマスターが出張ってくるような依頼をしたらしい。

 うん、悪い予感がする。セオドアという老人がどんな立場にあるのかは分からないが確実に面倒事だ。あまり首は突っ込みたくない。とはいえ報酬も出るらしいしそれ次第では考えなくもない。そもそもの目的は資金稼ぎだし。とりあえず報酬内容と依頼内容が釣り合うかの確認が先決かな。

 

「詳しく教えてくれ。セオドアという人からはその手紙を渡せばいいとだけ聞いていて、何も知らないんだ」

「はい、手紙にも事情を詳しく説明するよう書かれていましたので把握しております」

 

 そこら辺はきちんと気を遣ってくれたらしい。いや気を遣うなら事前に言っておいてくれと思うが。

 

「ではまず依頼内容ですが、町より南にある森の調査となります。この件は領主であるアレクシス様と我々の部隊で進めていたのですが、貴方に一任するように、と書かれていました」

 

 うん、いくつか驚かせてくれ。

 まず嫌な予感は的中した、完全な厄介事だ。

 マーカスと言う名前に多少聞き覚えがあったが、そうだ、アレクの家で聞いたんだ。南の森の件で合点がいった。

 そして、この町の主力である冒険者ギルドと領主のアレクが共同でやっている調査を冒険者ですらない、初対面の俺に一任?あの爺さんは何を考えてるんだ。

 

「報酬は調査終了後に本人に聞くこと、と」

 

 ダメだあの爺さん完全にいかれてやがる。

 重要な任務を任せた挙句報酬は俺に聞く?一体俺はあの爺さんにどれほどの事をしたんだ?目の前で暴れただけ、なんなら野蛮人ととられてもおかしくない事しかしてないぞ。

 仕方ない、ここは断った方がいい。調査だけでそんな報酬が出るはずがない。絶対に俺の手に負える話じゃない。

 

「すまないが、この件は……」

 

 バンッ!

 ギルマスの部屋の扉が強く開け放たれ、この場にいた全員の視線が扉の奥にいる人物に集まる。

 筋骨隆々だがそれに似つかわしくない豪華な装飾の施された衣装を纏い、汗だくになっている男。アレクだ。



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Episode.15 依頼2

「アレクシス様、どうなさいました」

 

 マーカスが何事かと心配するように、椅子から立ち上がりアレクへと近づいていく。

 

「セオドアの爺さんから話を聞いて急いで来たんだ。調査はある少年に一任した、今頃マーカスからそれを聞いてる頃だろうって」

 

 まさにその通りだが、やはりこの件、あの爺さんの単独行動だったらしい。この様子ならきっと依頼も無かったことになるだろう。

 アレクが少し息を整え部屋を見渡し、俺に気づく。

 

「やっぱりお前さんか、レオ」

 

 やっぱりなのか。

 

「爺さんが一任するって言った時は不安だったが、お前さんなら任せてもいいだろう。引き継ぎ作業もここでしてしまおう」

 

 この世界の住人は何故こんなにも人の話を聞かないんだ。

 その後何度も依頼を断る旨を伝えようとしたが何かと話を遮られ、引き継ぎを進められてしまった。

 曰く、南の森は雑魚モンスターの住処で始めたての冒険者がよくクエストをしに行くらしい。だが数日前から雑魚モンスターが居なくなってしまいクエストが達成できないという苦情があったと。

 アレク達で調査をしたところ、何かしらの巨大なモンスターが暴れた形跡があったがどこを探してもそんなモンスターは居なかったとのこと。

 

「つまりそのモンスターを見つければいいってことか?」

「そういう事になるな」

 

 見つけるだけで報酬を貰えるなら安い方か。いや、アレク達が探しても見つからなかったものを見つけるとなると結構な重労働になりそうだ。もう少し情報を貰おう。

 

「その形跡というのは一度だけか?それとも、継続的についているのか?」

 

「継続的だな。毎日調査団を派遣しているがその日に付いたであろう形跡もちらほらとあった。それと、昼間は交代で森を見回ってもらっていたが、出てきていないところをみると夜に出てきてるんだろうな」

 

 アレクの言葉に少し引っかかる。

 まず昼に出てこないのは何故だろう。夜が活動時間だ、とも考えられるが人の目を避けているのであればそれなりの知能があることになる。

 そもそも夜を狙って出てきてるとすると、昼間はどこに隠れている?昼の調査で見つからない隠れ場所があるのか。そうなるとやはり相応の知能を持ったモンスターであることは間違いない。

 

「分かった、この依頼引き受けよう」

 

 夜に出てくる、人目を警戒している、どちらも俺にとっては好都合だ。

 

「ありがとう、助かるよ。それじゃあ俺は戻るから、後は頼むぞ」

 

 そう言ってアレクは足早に去っていく。領主も領主で忙しそうだ。

 調査の方は夜やるからそれまで簡単なクエストをこなしていたいが、ちょうどいいのはあるだろうか。

 マーカスに尋ねるといくつか候補を出してくれた。採集や討伐がメインで、近くの町への護衛もあった。

 

「冒険者にはランクがあり、今お見せしているのは最低ランクであるランクG冒険者向きのクエストです。時間が夜までであれば遠出も出来ないでしょうしちょうど良いかと」

 

「なるほど、気遣いはありがたいが使い魔のおかげである程度の遠出はできるんだ」

 

 正確なスピードは分からないが、クロでの移動はかなり早い。簡単なクエストでは報酬も低いだろうしある程度高いランクのクエストを受けたいところだ。

 

「分かりました。今持ってこさせます」

 

「別にそう畏まらなくてもいいぞ、堅苦しいのは苦手でな。それに、セオドアという爺さんがどれほど偉いのか俺は知らんが、一度会っただけで深い関わりがあるわけじゃない。だからそこまで丁重に扱われる立場の人間でもないし、自然体でいい」

 

「お気遣い感謝します。ですが私はこれが癖のようなものですのでお構いなく」

 

 なるほど。こう言われては無理強いはできない。あまり気にしないことにしよう。

 程なくして職員が適当な依頼をまとめた書類を持ってくる。

 

 せっかく行くのなら同じ方向のクエストを複数受けておきたい。目に付いたのはこの町から東に行った先、岩山にいるモンスター、ロックバードとモンスターウルフの討伐、自生する植物や果実の採集。同時進行でやれば夜までには終わるだろう。

 

「ではこちらをお受けいただくということでよろしいですか?」

 

「あぁ、構わない。色々とありがとう、また来るよ」

 

 立ち上がり、ギルマスの部屋の扉をくぐると、外に居た職員に呼び止められる。

 

「こちらがギルドカードになります。とはいえナンバーカードに情報を追加しただけですが。成果確認と同時にギルドへ提出いただいて、その場でクエスト達成処理を行いますのでお忘れなきようお願いします」

「分かった、ありがとう」

 

 お礼を言い、ギルドを出る。エブリン達はついてきているが、ここまで一言もしゃべっていない。

 ぷはっ、という吐息と共に、エブリンが口を開いた。

 

「緊張したー!私ギルマスなんて初めて会いましたよ!しかも領主様まで……。っていうかレオさん領主様と知り合いなんですか?めちゃくちゃ親密そうだったし実は凄い人なんじゃ……」

 

「ただの放浪人だ。道中でアレクに会っただけでな」

 

「領主様を呼び捨て……。絶対凄い人だ」

 

 面倒なことになりそうだ。というかなんでついてきたんだこいつらは。

 とりあえず、ここら辺で追い返しておくか。どうせ移動はクロだし、これ以上ついてこさせられないし。

 

「俺はクエストに行ってくる。夜も遅くなるから、夕飯は用意しなくて良いとベルに伝えてくれないか?」

「はい!分かりました師匠!」

 

 いつから俺はこいつの師匠になったんだろう。

 全力で宿屋まで走っていくエブリンと、それを追う二人の背中を眺めながらため息をつく。

 

 とにかく、門まで行ってからクロを出そう。街中じゃ目立つしな。

 俺はうなだれながら、町の門へと歩いて行った。



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Episode.16 岩山

 町の門に着き、門番の兵士に軽く会釈をして外を少し歩く。なんとなくだがクロを出すところを見られるのは控えたい。

 ここら辺でいいか。

 門から少し歩いたところで影からクロを呼び出すと、その巨躯を縮め頭を俺の前に持ってきた。さっき呼び出した時のことを褒めてほしいのだろう。頭を軽く撫でると気持ちよさそうな声が聞こえてくる。

 

「東の岩山まで頼むぞ、クロ」

「カーッ!」

 

 力強い返事を聞いてからクロに乗る。飛び上がると朝の空気が肌を撫で、少し肌寒く感じた。

 

 しまった、移動中暇だということをすっかり忘れていた。現実ではスマホという素晴らしいもののおかげで移動で暇することは無かったが、今この場ではそうもいかない。

 うん、寝よう、そうしよう。朝早かったし許されるだろう。不安なのはクロから落ちないかだが、なんとかなると思おう。

 俺はクロの上で横になり、流れる風の音を聞きながらそっと意識を手放した。

 

 

✣✣✣

 

 瞼の奥から差し込む光で目を覚ます。この世界における『日』が太陽と同じ程度で進むのならば、昇り具合的に2時間程経過したか。時計もないので正確にはわからない。

 進行方向を確認すると、目的地らしき岩山が小さく見えている。間もなく到着するだろう。

 

「長い間飛ばせてすまないな、クロ。後で餌を……」

 

 ん?クロは果たして食事をするのか?

 言葉を止めるとクロが甘えたような声で鳴いた。単に餌が欲しいというわけではなさそうだが、これは……

 

「俺と一緒に食べたいのか?」

「カァー!」

 

 正解らしい。今度飯を食う時はクロも出してあげた方が良さそうだな。

 

 そうこうしているうちに岩山へとたどり着く。比較的広い足場のある所を探し、そこに着地してもらった。位置的に言えば中腹だ。

 到着したはいいが何から手をつけようか。植物や果実の採集は探す作業が時間を取られそうだし、ロックバードとモンスターウルフの討伐は相手の戦力が分からない以上なめてかかることはできない。つまり、この場における最善策は一つだろう。

 

「クロ、もう一仕事いけるか?」

 

 その質問に対しクロは強い頷きで返す。

 俺は一度クロを戻し、今度は三体召喚するイメージを影に送る。

 鷹くらいのサイズのクロ達が影から召喚された。これで目が増えたわけだ。

 

「手分けして探すぞ。見つけたら知らせてくれ」

 

 返事をする三つの鳴き声が重なり、三羽の烏が散り散りに飛んでいった。

 そういえば、この場合全員クロとして扱ってるが分けた方がいいんだろうか。いや、そこら辺はのちのち考えよう。今はクエストクリアに集中しよう。

 

 俺は岩山の頂上を目指し登っていく。幅は広くはないが道のようなものに沿って歩くだけでだんだんと高度は上がる。だが道中に敵はいない。

 ランダムエンカウントのゲームではよくある光景だが、今この場においては見えてもいないのに突然飛び出してきたりはしない。

 

 ふと、微かな物音が耳を通り抜ける。出処は不明。俺は冷静に死神の目を使い、辺りを見回す。

 あぁ、やられた。

 見えたのは、付近の遮蔽物の至る所にいる赤い生体反応。死神の目を使わなければ確認するのは難しいくらい上手く隠れている。獲物を囲み、機を窺う。そのやり口に引っかかればいくら戦闘経験があっても五体満足とはいかないだろう。

 

 影から大鎌を取り出し、戦闘態勢に入る。こちらの敵意に気づいたのか、複数の赤い反応が形をあらわにする。そのシルエットはまさに狼。これが討伐目標のひとつ、モンスターウルフだと結びつけるのに一秒もかからなかった。

 

 前方5匹、後方3匹。

 計8匹のモンスターウルフが同時に襲いかかる。数の少ない後方を突破するのが得策か。

 振り向きざまに鎌を振り抜く。その刃先は刺さりはしなかったが襲ってきたウルフの1匹が横に吹き飛び岩壁に衝突した。拓いた隙を抜け、同時攻撃を避ける。

 

 それにしても数が多いな……。鎌は小回りが利かない。つまり一撃でどれほどダメージを与えられるかが重要になってくる。

 死神の目で表示される生命力というのはその赤色の濃さで表示されるらしい。さっき飛ばしたウルフが他の7匹よりかなり薄くなっている。あれを倒しきってしまいたいが距離がある。追うのは得策ではない。

 

 たったひと振りであそこまで減るならなんとか一撃で倒しきれないものか。考えている暇は与えてくれないらしい。残った7匹が再び同時に仕掛けてくる。

 今度は鎌の刃を上から叩きつけるように振るう。飛びついてきてたウルフはそのまま地面へと叩きつけられた。そしてそのまま二撃目を入れる。

 温かい感覚。倒しきった。

 そうだ、この魔力。確か鎌の攻撃力を上げるのに使えるはず。

 鎌に魔力を注ぎ込むようにイメージする。肩がいきなり、グッと重くなる感覚に襲われる。直接的な重さというより重いリュックを背負って長時間歩いた時のそれに似ている疲労感。

 

「魔力の感覚が分からないが成功と信じるしかないな……!」

 

 俺はそのまま、様子を見るように俺を囲むウルフに鎌を振るう。大鎌とは思えない速さでそれはウルフ達を通過し、3匹のウルフが短い断末魔と共に吹き飛ばされそのまま停止した。

 

「よし、これならいけるか」

 

 あと4匹。群れでの狩りは数が減ると一気に崩れるのが定石だ。隙だらけのウルフ達を高速移動で翻弄しながら鎌の一撃を当てていく簡単なお仕事はカップラーメンが出来上がる間もなく終了した。

 

「消費魔力と獲得魔力を可視化出来ればいいんだが、流石に欲張りすぎか?」

 

 魔力に関しては分からないことばかりだ。何となくでしか使えなければ実践向けとは言えないだろう。そこら辺の研究もしたいな。

 ぼやきながらウルフの死体を影にしまう。

 その後は死神の目を常時発動して登っていったが、ウルフらしい反応は無かった。

 何も無い状況が続き、時間が経つ。

 

「……もう頂上か」

 

 頂上は広場のようになっていた。

 奥に何か見える。倒れた木?

 何本もの木が何かの形を形成するように並んでいる。それぞれの木のサイズはそれほど大きくないが、木は木だ。俺からしたら十分に大きい。

 嫌な予感が頭をよぎる。

 鳥のモンスターが生息、岩山の頂上に木が何本も倒れている、それが何かの形を形成している。

 巣だ、これ。しかもかなりデカい鳥の。まさかそれがロックバードか?いやいや、最低ランクより少し上でそんなことがあってたまるか。

 

「……マジか」

 

 俺の希望的観測は粉々に砕かれたようだ。

 俺の見上げる先、居たのは巨大な、見たことの無い鳥。

 既に俺を認識しているようで、耳がちぎれんばかりの大きな声で鳴きながら、一直線に突っ込んできた。

 

「やるしかないか!」

 

 再び大鎌を手元に顕現させる。

 不思議と、俺の口角は左右不釣り合いに上がっていた。



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Episode.17 vsロックバード?

 ロックバードらしきモンスターが俺目掛けて高速で突っ込んでくる。当たったらひとたまりもないだろう。

 ブーツによる高速移動でその圏内から逃れる。通り抜けた後を追うように来る強い風に吹き飛ばされそうになるが、なんとか踏ん張った。

 巨大な鳥はその巨躯に似合わない細かな旋回をし、既にこちらへ突撃体制を取っている。

 

「おいおい、マジかよ!」

 

 二擊目の体当たり。高速移動も今の体制からでは間に合わない。

 

 __当たる。

 

 その直感の後、間もなく俺は吹き飛ばされる。身体が浮き、背後の岩まで叩きつけられた。

 通常ならここでゲームオーバー。完全敗北だ。だが、現実に起こっているのは自分の予想を超えていた。

 

「痛みはほぼ無い……、まだまだいけるな」

 

 この装備のおかげか分からないが、どうやらある程度の防御力は保証されているらしい。これなら戦える。

 

 巨大な怪鳥は体当たりが当たって油断したのか、その羽をしまい余裕の顔で地面に降り立っている。

 意味があるかは分からないが、痛みがない事を悟られないようにゆっくりと、自分の体制を立て直す。最速のダッシュができる体制までだ。

 幸い怪鳥はまだ羽休めを続けてくれている。ここで一撃を確実に入れてやろう。

 

 高速移動で以て、怪鳥の足元へと移動。同時に鎌の薙ぎ払いを2回、そして刺突を1回。

 刺さった鎌を引き抜くと怪鳥は苦しむように大きく鳴き、再び飛び立つ。そして再び体当たりを仕掛けてきた。

 

「懲りないな。それはもう見飽きた!」

 

 同じパターンの攻撃ほど対策しやすいものは無い。こいつの場合パターンと呼べるものでもない単調な体当たりを繰り返すだけ。ならば、攻勢に出られる。

 

 突進してくる鳥のくちばしに水平に鎌の刃を突き立てる。刃は鳥の口内に入り込み、口腔内の側壁を傷つける。

 だが、流石にこの巨体の体当たりの勢いは殺せない。鎌を持ち必死に踏ん張るが、ズザザザと後ろへスライドしていく。このまま行くと再び岩に衝突する。しかし、口に突き刺した刃を鳥は挟み込み、離さない。こちらもメインウェポンを取られては敵わない、離すわけにはいかない。

 

 ふわっ。

 身体が浮く。

 

 鎌を咥えたまま鳥が飛び立った。そのまま鳥は高度を上げていく。

 

「嘘だろ……、流石に無傷じゃ済まないぞ、これ」

 

 グングンと高度は上がっていく。これはあれだ。パラシュートの無いスカイダイビング、または紐なしバンジー。

 

 パッと

 

 これまで逆らっていた重力が一気に俺を地面へと引き込む。

 今の俺は相当マヌケな顔をしているのだろう。心做しか鳥は嘲るように俺を眺めている。

 

 あぁ、あと数秒で地面と衝突事故だ。せめて俺が空でも飛べたら。

 ……あ。

 

「クロ!戻れ!そんで最大個体で再召喚!」

 

 俺の声に呼応して3つの影が地面に映る俺の影に吸い込まれ、1つの大きな影となった。

 クロは俺が地面に叩きつけられる数瞬前に俺を回収する。

 

「助かった……。ありがとう、クロ」

「カァー」

 

 当然だ、と言わんばかりに大きく鳴き、クロは巨大鳥を見据える。

 

「そうだな、まずはアイツを倒そう。今日はご馳走を食わせてやるからな!」

「カァー!」

 

 クロが最速で怪鳥の羽に近づき、俺が切りつける。怪鳥はそれに反撃しようとするが、その時には既にクロは反対側の羽に迫っている。

 何度も、何度もそれを繰り返し、翼を傷つけていく。

 徐々にその高度と、鳴き声の音量が低くなっていった。

 

「さぁ、ラストだ」

 

 再び、鎌に思い切り魔力を込めるイメージをする。

 また強い倦怠感。

 だがこれは成功の合図だ。クロに乗りながら俺は渾身の力で、怪鳥の翼を貫き、切り落とす。怪鳥が落下していく。

 

「やったか……。いや、これが低ランクとかこの世界のレート疑うぞおい」

 

 地面に降り立ち、改めて倒れ伏した鳥を眺める。倒れた状態でもその高さは俺とは比べ物にならない。

 切り落とした翼に近づき、触れてみる。ロックバードという名前とは裏腹にとても柔らかく、肌触りはとても良い。何かの素材になったりするだろうか。

 使えそうなものは取っておく主義だ。影にしまっておくとしよう。

 影が飲み込むように、翼をしまっていく。

 

 刹那

 

 グガァァァァァァァ!!!!

 これまでで一番の、けたたましい鳴き声。鼓膜が、そして体全体が大きく震える。

 

 振り向くと、怪鳥が目を覚ましていた。しかも、その身に炎を纏って。

 怪鳥はそのくちばしを開き、こちらに向ける。そこに炎が集まっていく。どんどんその炎は勢いを強めていく。

 

 逃げるべきだ。それを本能が告げていた。

 逃げられない。それを身体が訴えていた。

 

 相反する心と体を覚まさせるために自らの頬を叩き、すぐさまクロに乗る。

 その場から離脱した直後

 

 巨大な炎が、柱のような炎が

 

 山頂を抉り尚勢いを落とさない。

 これは、勝てない。今の自分に出来ることはもう何も無い。

 

「クロ、逃げるぞ!」

 

 クロはこくりと頷き、スピードを上げる。背後の殺気立った化け物は追ってこない。翼を切り落としておいて正解だった。もしあれがまだ飛べたならば俺の命は尽きていただろう。

 

 驚きと焦り、そして恐怖が頭を巡るうちに、街へ着いた。まだ心臓が鳴り止まない。

 とにかく、ギルドへ報告に行こう。採集とモンスターウルフの分の報酬を貰うのと、あんな化け物を低ランクとして紹介してきた事に文句の1つでも言わなければ気が済まない。それが当然だと言われたら俺はもう冒険者は諦めよう、そうだダグラスに雇ってもらおうそうしよう。

 そんなことを考えながら、俺は冒険者ギルドへと歩を進めた。



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