斯くして比企谷八幡は仮想現実にて本物を見つける。 (ぽっち。)
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第1話

続くかは分からないんですがアインクラッド編が終わるまで頑張ってみたいと思います。



嫌な予感は朝からあった。

朝目が覚めて、友人と遊びに行く約束をしていた小町は1人で朝食を食べていた時からだ。

 

「おはよー。早いね、お兄ちゃん。」

 

パンをもぐもぐと食べながら、大きな欠伸をしながらリビングに入ってきたお兄ちゃんを見てそう言った。

 

「ん、おはよ。・・・・ま、あの日だからな。楽しみで眠れなかったんだよ。」

 

「あのゲームの?今日が正式サービス開始日だっけ?」

 

連日のニュースになり、世間を騒がしているそのゲームの名は『ソードアートオンライン』。

世界初のVRMMORPGとして数日前に発売されたゲームだ。

 

引きこもり体質のお兄ちゃんなのだが、実はあまりゲームをしない。

しかし、興味本位で応募したβ版のSAOに当選してしまったのだ。

その時、お兄ちゃんは『アレだな。もう人生の殆どの運を使い果たした感じだな。ごめんな小町、お兄ちゃんそろそろ死んじゃうよ。』と珍しく興奮した様子だった。

 

β版を初めてプレイしていた時は腐った目を輝かせながらゲーム内での出来事を教えてくれた。

とはいえ、話を聞く限りゲーム内でもボッチを貫いているようだが。

・・・・ゲームですら友達が作れないとは、なんとも言えない。

 

そんな小町も興味がないわけではなく、少しだけやらせて貰ったが、お兄ちゃんが騒ぐほどだと言えるものだった。

仮想とは思えないほどのクオリティに敵モブとの戦闘は臨場感あふれるものだった。

 

とはいえ、小町は受験生なためお兄ちゃんほどプレイできなかったのが残念だ。

 

「今日はどっか行くのか?」

 

「うん。友達と勉強会という名の女子会でもしてくるよ。」

 

友人と勉強会と言えば聞こえはいいが、実際は息抜きついでの半分遊びのようなものだ。

無益なお話に花を咲かせる女子会的なもの。

 

「そうか。・・・・気をつけろよ?」

 

「うん。・・・・お兄ちゃんも楽しんでね?」

 

「あぁ。」

 

この時、小町は心底後悔することになる。

この瞬間、お兄ちゃんを何らかの理由をつけて止めていればあんな思いをすることはなかった。

まさか、あのゲームが・・・・本当の意味のデスゲームになるとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日が来ることをこんなに待ちわびたことはあるだろうか?

遠足の日はどうだったろう。

ありえない。プロのボッチの俺からすれば遠足なんて糞食らえだ。

何が「みんなでお弁当食べましょう」だ。

そのみんなの中には俺は入っていないんだから、結局あぶれてみんながワイワイ飯食ってる時に一人で食べてましたよ。

それを見かねた担任の先生が苦笑いで「一緒に食べる?」とか聞いてきやがる。

一種の公開処刑だよ。

 

さて、話を戻して現在俺はベットの上にてソワソワとしている。

理由は今日、待ちに待ったSAOの正式サービス開始日だからだ。

側から見れば挙動不審の不審者かもしれないが家の中、しかも自室だ。

人の目はないため気にすることはない。

 

それにしてもβ版のSAOに当選するなんて本当に今世の運どころか来世分まで使い切ったんじゃないだろうか。

最初は材木座に唆されて興味本位で応募しただけだったが、見事に俺だけ当選してしまった。

材木座は血の涙を流すほど羨ましがれ、一度でいいからプレイさせてくれと懇願されたが丁重に断らせて貰った。

だって小町だって使ってたし、なによりアイツが被った後のナーヴギアを被るのは嫌悪感が否めなかった。仕方がない。

 

βテスターはその後に製品版がアーガスから送られてきたので材木座の様に長蛇の列に並んで買うなんてことをすることはなかったから良かった。

いや、結局材木座は買えなかったんだけどな。

学校を3日もサボって並んだのに目前で売り切れたんだとよ。

俺が感想だけを教えてやるから勘弁な。

そんな無駄な思考を働かしているうちに時間が迫ってくる。

 

「さて、と。」

 

現在時刻は12時55分。

正式サービス開始まで残り5分を切ったわけだ。

俺は自室に置いてあるナーヴギアを被り、ベットに横たわる。

ナーヴギアに表示されている時計には13時まで残り4分になっている。

俺はその時が来るまでじっと待つ。

 

なんていうか、こういう時の5分くらいって異様に長いよな。30分くらいの感覚になっちまう。

そう、例えるならカップ麺を待つ時の感覚に似ている。

 

「あと、30秒。」

 

残り時間をボソッと呟く。

またあの世界に戻れる、そう考えると気持ちが昂り、自然と鼓動が速くなる。

脳内でカウントをしていき、徐々に時間が迫ってくる。

そして、ナーヴギアが表示している時計が13時を示し、俺は起動のためのセリフを言う。

 

「――――リンクしゅたーと!」

 

うわ、噛んだ。一人だけどなんだかすごく恥ずかしい。

出鼻を挫かれたとはいえ、ナーヴギアは高性能なため俺のカミカミな起動コマンドも正常に読み取り、起動する。

そして、視界が一瞬白く染まるとカラフルな色彩のエフェクトが表示される。

ログインするためのIDやパスワードはβ版と変わらない為、慣れた手つきで入力していく。

そして、《Welcome to Sword Art Online!》という文章が表示され、視界が白く染まっていく。

 

光が収まり、ゆっくりと瞼を開く。

そこにはまるで中世ヨーロッパを連想させる様な街並みが広がっており、ファンタジー感丸出しの装備に身を包んだプレイヤーらしき人たちがすでに往来している。

鋼鉄の浮遊城、ラ○ュタもといい、アインクラッド第1層《始まりの街》。

このゲームのスタート地点だ。

 

「・・・・よし。」

 

手をグッパーさせ、動作確認。

そう、戻ってきたのだ。

この世界に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でさー、その時に加藤くんが話に入ってきて更にめんどくさくなってさー」

 

「あー、加藤くんってば空気読むの下手くそだからねー」

 

家の近所にあるサイゼでそんな取り留めのない話をしていた小町は友人と談笑を楽しんでいた最中だった。

時刻は既に16時を過ぎており、12時過ぎにここに着いたはずなのだが、すでに4時間近く勉強もせずに駄弁っているのだ。

 

「・・・・小町?大丈夫?」

 

「え?なに?・・・・なんか変だった?」

 

「いやー、普通みたいなんだけど、なんだか心はここにあらずっていうか、なんか別のこと考えてるみたいで。」

 

若干の小町の違和感に友人は勘付いてしまった様だ。

別に不安なことなんて一切ないのだが、いや、不安なことは受験勉強もせずにこうやって駄弁っていることなのだが、なんだか今日はどうも落ち着かない。

 

「んー、なんでだろうねー?・・・・なんだか、嫌な予感がするんだよね。」

 

「まぁ小町はさ、総武高受験するんだし、ちょっと気負いすぎなんじゃない?」

 

「そんなんだと良いんだけど・・・・。」

 

未だに小町の心の奥では違和感とは言い難い、恐怖の様な不安が蠢いている。

そして、同時に今朝から続くこの不安はお兄ちゃんを目にした瞬間から大きくなり、留まることを知らない。

 

「・・・・え?これマジ?」

 

ふと、1人の友人が携帯を見ながらそう呟いた。

 

「どうしたの?」

 

「ちょ、マジやばいって。ニュースアプリ開いてみ?」

 

そう言われて、小町はポケットにしまってあった携帯からニュースアプリを起動する。

すると、見出しででかでかとそこには書いてあった。

 

『期待の新作、《ソードアートオンライン》にて重大な事件発生』

 

「・・・・え?」

 

ドクンッ

 

心臓が止まるような強烈な刺激。

小町は震える指でその見出しをタッチした。

画面が変わり、画像と記事が映し出される。

 

震える呼吸で早まる鼓動を落ち着かせつつ、記事を読んでいく。

 

『期待の新作、世界初のVRMMORPG《ソードアートオンライン》(以下、SAO)にて大事件が発生。

参加したと思われる約1万人のプレイヤーが閉じ込められた。

開発者であり、容疑者の茅場晶彦は犯行声明を発表。

 

『このゲームでの死ねば現実世界でも死を迎える。このゲームを終わらせるためにはゲームクリア以外の方法はない。(以下省略)』。

 

現在、政府が主体となり、警察と共に事態の収拾に向けて動いている。』

 

小町はここで携帯を滑り落としてしまう。

 

「やっばー・・・・シャレにならないやつじゃん。」

 

「ん?小町?」

 

「ごめん、帰らなきゃ。」

 

「え!?どしたの!?」

 

「本当にごめん!お金ここ置いとくね、お釣りはいらない!!」

 

机の上に広げていた教材などを片っ端から鞄に詰め込み、財布からお金を机の上に叩きつける様に置いて小町は走ってサイゼを後にした。

 

頭の中では必死になって否定している。

お兄ちゃんがこんな事件に巻き込まれるわけがない。

きっとログインしようとしてベットの上で寝っ転がってたら寝落ちしちゃってまだログインしてないはず、なんてそんな淡い希望を持ちながら小町は帰路を全力で走った。

 

自宅に着き、真っ先にお兄ちゃんの部屋のドアを開けた。

そう、いつもならそこに『ノックぐらいしろ。』と悪態を付くお兄ちゃんがいるはず。

 

しかし、現実は非情であった。

 

 

 

 

 

そこにはナーヴギアを付けたまま、眠る様にベットに横たわるお兄ちゃんの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ふぅ、こんなもんか。」

 

俺はログインした後、迷うことない足取りで武器屋に向かい、武器を購入。

すぐにフィールドに出てレベリングに勤しんでいた。

 

道中、バンダナをつけた変な奴に絡まれたが訓練されたぼっちはスルースキルも高いため、完全無視して諦めさせた。

いや、見知らぬ人に声かけられるとかやっぱりオンラインゲームって怖えよ。

 

なんやかんやあったが、俺は定石通りにぼっちで狩りをしていた。

ゲームを始めてすでに4時間ほど経っており、そろそろ小町のためにログアウトして夕飯でも作っておくかと思っていた。

今日手に入れたドロップ品を見ながら少しニヤニヤしつつ、ログアウトボタンを探す。

 

「・・・・あれ?」

 

β版テストと同じところにログアウトボタンがあると思っていたが残念ながらそこには空欄だけ。

少しおかしいと思いつつも仕様変更されたのだろうと思い、ヘルプを開き、ログアウトボタンの場所を確認する。

 

「・・・・どういうことだ?」

 

10回、20回と確認しようがヘルプに表示され、あるであろう場所にはログアウトボタンが存在しない。

 

「・・・・サービス開始直後にこんなミスしちまったら運営てんてこ舞いだろ。」

 

悪態を付きつつも不具合だと思いながら、俺は問題が解決されるまで待つことにした。

何度かGMコールしてみたがうんともすんとも言わない。

とても対応できる場合ではないのだろうか?

とにかく、今は気長に待とう。

訓練されたぼっちは労働者には優しいのだ。

 

そんな思考を回していると鐘の音がフィールド上に鳴り響く。

むっくりと起き上がり、鐘の音が《始まりの街》から流れてくることを確認する。

運営が何らかの策を講じたのだろうか、アナウンスでもあるだろうと思っていたら青白い光が俺を包んでいく。

ん?強制転移?

 

思考をまとめる前に視界が先ほどの草原から《始まりの街》の中央に位置する噴水広場に変わる。

辺りは喧騒に包まれており、同じように転移されてさまざまなプレイヤーが姿を現わす。

 

ってなんだよこの量は?

まるで、今参加しているプレイヤー、1万人全てが居るような雑踏。

勘弁してくれよ、俺は人混みが嫌いなんだよ・・・・。

そんな嫌悪感を感じていると空、正確に言えば第1層の天井が割れ、巨大なローブ姿の男?が姿を現した。

 

「プレイヤー諸君。私の世界へようこそ。」

 

騒つくプレイヤーたちはみな、その一言でしんと静まり返る。

その静寂さは一種の不気味さを醸し出していた。

 

「私の名前は茅場晶彦。現在、この世界をコントロール出来る唯一の人間だ。」

 

茅場晶彦。

この世界、SAOの開発責任者にて量子力学の研究者。

この前コンビニで立ち読みした雑誌にそんなことが書いてあった。

俺もSAOプレイヤーとして、興味本位で軽く調べた程度なので詳しくは知らない。

しかし、そんな些細なことより俺はある一言がずっと頭に引っかかっていた。

 

『この世界をコントロール出来る唯一の人間』

 

茅場はそう言ったのだ。

 

様々な憶測が飛び交う中、茅場は俺たちの意に関せず話を進めていく。

 

「プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかしこれはゲームの不具合ではない。繰り返す。これはゲームの不具合ではなく、ソードアートオンライン本来の仕様である。・・・・諸君はこのゲームから自発的にログアウトすることは出来ない。」

 

息が喉で詰まる。

悪寒が止まらなくなり、手のひらに汗がにじむ。

 

本来の・・・・仕様だと?

 

淡々と状況を説明する茅場。

ゲームアバターとは言え、動じる声色を見せない茅場に俺は狂気を感じ取っていた。

 

「また、外部からのナーヴギアの停止、または解除による強制ログアウトもありえない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君らの脳を破壊し、生命活動を停止させる。」

 

理系ではない俺は何を言っているのかは殆ど理解できなかった。

だが唯一の希望である外部からの救助の可能性はない。そして、死ぬかもしれない、その二つだけは理解できた。

 

「諸君がこの世界から解放される方法はただ1つ。この始まりの街の存在するアインクラッド第1層から第100層までの迷宮を踏破し、その頂点に存在するボスを撃破してこのゲームをクリアすることだけだ」

 

そして、とうとう痺れを切らしたプレイヤーたちが次々と声を上げていく。

 

「第100層だと・・・・!?ふざけんな!βテストじゃあまともにあがれなかったんだろ!?」

 

「そ、そうだ!ふざけるのも大概にしろよぉ!?」

 

事実、俺たちベータテスターが上がれた階層は2ヶ月で第8層。

単純計算で2年以上の攻略時間が必要となってくる。

 

「しかし、充分留意して頂きたい。今後、このゲームにおいていかなる蘇生手段も機能しない。プレイヤーのHPが0になった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に――――諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される」

 

は・・・・?

 

全てのプレイヤーがその発言に言葉を失った。

つまり、この世界の死は・・・・現実世界の死を意味するのだ。

 

視界が歪む。

100層攻略どころか、死んではいけない鬼畜仕様。

俺は視界の端に表示されたHPバーを見る。

自然と息が荒くなる。

この緑色のバーが俺の命の残量。

これが無くなれば・・・・――――

 

――――やめろ、考えるな。冷静になれ。

 

「それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え。」

 

俺は言われるがまま、アイテムストレージを開く。

そこには先ほどの狩りでドロップしたモンスターのアイテムと絶大な違和感を放つ《手鏡》と表示されたアイテムを見つける。

 

俺は震える指でそれを押し、アイテム化させる。

それはなんら変哲も無い普通の手鏡。

そこには数分で作成を終わらせた一般的な、目立たない俺のアバターが見える。

 

目立つのが嫌いなのでカッコいいアバターでプレイとか出来るかよ、と思って作ったアバターなのだが、プレイヤーは自分好みのイケメンアバターや美少女アバターにしているため、逆に目立つという摩訶不思議なアバターだ。

 

すると、青白い光が俺を包み込む。

 

「うぉ!?」

 

驚いて身体を大きく揺らしてしまうが、周りのプレイヤーにも同じような現象が起きている。

発光が収まると手鏡映る姿を見て俺は震える。

 

「・・・・は?」

 

少しだけ整った顔のパーツ。

ぴょこっと跳ねる俺のアイデンティティのアホ毛。

そして、死んだ魚のような腐った目。

毎日見ているこの顔は・・・・これは現実世界の比企谷八幡そのものだ。

 

「・・・・いや、なんでここでも目が腐ってんだよ。」

 

謎の仕様に一人でツッコミを入れる俺。

 

「多分これ、現実世界の容姿に変えられたってことだろ。周りの連中もみんなリアルっぽい顔になってる。」

 

「そうか・・・・ナーヴギアは高密度の信号素子で顔を覆ってる。顔の形を把握できるんだ。」

 

近くの会話をしれっと盗み聞きをする俺。

なんだか難しい単語が並んでいたが・・・・それでも俺の腐った目を再現しているのはおかしい。絶対におかしい。

だって顔の形でしょ?

なんで俺の特徴的な腐った目が現実世界そっくりに再現されてるんですかね?

 

誰よりもいち早くSAOの理不尽さを独りで実感した俺は考えるのを放棄した。

今重要なのはそこでは無いからだ。

 

「諸君らは今、何故、と思っているだろう。何故茅場晶彦はこのようなことをするのか、と。」

 

それより先に俺の目はどうやって再現したか聞いてもいいですかね?

ここでもDHA豊富そうに見られなきゃいけないんでしょうか?

 

「しかし、既に私に目的は存在しない。私が焦がれていたのは、この状況、この世界、この瞬間を作り上げること。たった今、私の目的は達成せしめられた。」

 

満足げにそう語った茅場はゆっくりと広場を一望する。

 

「それでは長くなったが、これでソードアートオンライン正式サービスのチュートリアルを終了とする。プレイヤー諸君、健闘を祈る。」

 

そう言い終えると茅場は少し耳障りなノイズと共にゆっくりと姿を消していった。

 

一瞬の静寂のうち、阿鼻叫喚が広場に響き渡った。

泣き叫ぶ者、怒号を上げる者、理解が追いついておらず、ただ立ち止まる者。

 

俺は拳に込めれるだけの力を精一杯込め、震えていた。

脳裏に浮かんだのは家族のこと、小町のこと。学校のこと。そして――――奉仕部のこと。

 

「・・・・くそ。」

 

奉仕部では現在、やっと生徒会選挙のいざこざが終わり、なんとかいつものような日常が戻ってきたばかりだった。

修学旅行での一件により、若干ながらのギクシャクした空気は残っていたが・・・・修学旅行終了直後に比べればマシになっていた方だ。

 

「・・・・帰らなきゃダメなんだ。」

 

俺の心の奥底では、あのままで終わらせてはいけない、と叫んでいる。

 

雪ノ下と由比ヶ浜との関係をあのままで終わらせてはダメなのだ。

きっと、あそこには俺が望んでいた《本物》があるかもしれない。

 

だが、身体が動かなかった。

ほんの数分前に突きつけられた死の可能性。

臆病者で小心者な俺の足を止めるには十分すぎる現実。

 

俺は歯をガタガタと揺らせながら、恐怖から逃げ出すように足をゆっくりと後ろに動かそうとした瞬間、何かに足が当たり、動きが止まる。

 

「あ・・・・」

 

誰かに打つかった、そう思いゆっくりと振り返ると、そこには涙をポロポロと零しながら、座り込む1人の少女がいた。

 

栗色の髪の毛を持ち、雪ノ下と張るほどの整った顔立ち。

こんな状況でなければ見惚れてしまうと確信してしまうような美少女だった。

 

謝ろうと声を出そうとするが震えて上手く声が出せない。

しかし少女も現状を飲み込めきれておらず、俺が打つかった事など気づいてないようだ。

そして、彼女の唇が小さく揺れ、聞こえる。

この雑踏で、阿鼻叫喚の地獄があたり一帯に広がっているのに、それだけは不思議と聞き取れた。

 

「助けて・・・・お兄ちゃん・・・・」

 

分かっていた。

俺に向けて言った発言なんかでは無い。

こんな所で彼女に声をかけたって何の意味もない。

逆に俺が生き残る為に必要な時間を削ってしまうことなんてわかりきっていた。

 

蹲る少女に小町を重ねたのか、単に俺の偽善が勝手に動かしたのかは分からない。

だが、俺のお兄ちゃん属性というか、シスコン根性というか、何と言っていいかはわからないが、そんな奥底にある何かが俺の体を無意識のうちに動かしていた。

 

こうして、俺こと、比企谷八幡のデスゲームは幕を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 




週一投稿頑張ります。

八幡っぽさが徐々に壊れていくかもですがご勘弁を。



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第2話

投稿1日も経ってないのに1000UAを超えたのでちょっと予定変更で投稿させてもらいます。

嬉しくて調子乗っちゃった結果ですね、はい。






 

 

 

 

あの後、小町はすぐさまに警察と消防に連絡を取った。

案の定、お兄ちゃんはSAOをプレイしており・・・・いつ死ぬか、分からない状況だった。

 

両親にはすぐに連絡をしたがすぐに駆けつけてくれることが決まったが、どうしても来るのに時間がかかるとのことだ。

不安定な心情とは裏腹にことの次第はぐるぐると回っていく。

お兄ちゃんは救急隊により、近くの総合病院まで搬送されることになり、家には・・・・小町1人だ。

 

「・・・・お兄ちゃんの、嘘つき。」

 

別に口約束したわけではない。

しかし、お兄ちゃんは小町が家にいるときは極力家に居るようにしてくれていた。

本人は『ぼっちは外に遊びに行くことなんてないんだよ。家が1番リラックスできる所だ。だから、別に小町のためなんかじゃない。』と言っていた。

 

家に帰るといつも1人なのが寂しかった小町に対して、お兄ちゃんは兄として、最大限の愛情で接してくれていた。

当たり前だと思っていた日常が・・・・壊れていく。

 

先ほどまで寝ていたお兄ちゃんはそこには居らず、小町はベットに腰かけた。

 

枕元には最新式とまではいかないが、利用頻度の低いスマートフォン型の携帯電話。

お兄ちゃんの携帯だ。

 

「・・・・ふふ。」

 

自然と笑みがこぼれてしまった。

こんな状況でも、電話の一つも鳴らないのが少し可笑しかったからかもしれない。

何も考えず、手にして開いた携帯は生意気にもロックがかかっていたが・・・・案の定、私の誕生日が暗証番号になっていた。

防犯意識は皆無だ。

 

こんな事件に巻き込まれれば、普通なら様々な人からのメールやメッセージ、電話で履歴が埋まるはずなのだが、そこには小町がした電話しか履歴に残っていない。

すると、突如電子音が鳴り響く。

同時にバイブレーションも起動してしまい、思わず驚いて携帯を放り捨ててしまった。

画面に表示されている名前は『☆♡☆♡ゆい☆♡☆♡』と表示されている。

 

え?なにこれスパム?出会い系?

・・・・お兄ちゃん、ついにそんなものにまで手を出したの?

 

普段から残念な兄だったことは認めるが、流石に出会い系の様なものにまで手を出しているとは思ってもいなかった。

と、そんな兄に対して若干の失望感を感じているところで気がつく。

 

あ、これ多分、結衣さんだ。

 

お兄ちゃんのことだから、連絡先を交換しようと言われたが・・・・残念ながらそんな機能を使ったことがないから携帯ごと結衣さんに渡したのであろう。

・・・・相変わらず残念なお兄ちゃんだが、逆にそういうところがお兄ちゃんらしいとも言える。

 

小町はそっと携帯を取り、電話に出ることにした。

 

『あ、やっと出た!やっはろー、ヒッキー!ちょっと気になることがあって・・・・ん?もしもし?』

 

出た瞬間、結衣さんは若干安堵した様に会話を始めていた。

多分、お兄ちゃんがやっていたゲームについて少なからず知っていて心配になって電話してきたのだろう。

 

それにしても困った。

この人、いやこの人たちには伝えなければならないことだ。

でも、それでも、伝えるのが怖い自分が声を震わせる。

 

「結衣さん・・・・。」

 

『ふぇ!?小町ちゃん!?なんでヒッキーの電話に・・・・何か、あったの?』

 

小町が放った言葉はたった一言だったが、相手の表情を読んだり、空気を読むことに長けた結衣さんは電話越しとしてもすぐに察しがついてしまった様だ。

 

バレることはわかりきっていた。

だから、せめて周りに心配をかけない様にいつもの小町を演じて・・・・――――

 

「――――おにいちゃんが・・・・お兄ちゃんが・・・・!!」

 

我慢することが出来なかった。

冷静を偽ってた小町の精神は限界を迎えたのだ。

 

よく、ドラマや小説などで言われている『失ってから初めて気付く』なんて言われているがまさにその通りだ。

 

私は今、兄がどれだけ自分の中で大きかったか自覚することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に俺は何をしているんだろうか。

 

茅場晶彦によるSAOの正式チュートリアルが終わり、未だに中央の広場では阿鼻叫喚の地獄が広がっている。

そんな時、後ろに座り込んでしまった1人のプレイヤーの手を無意識のうちに掴んで喧騒の中を走り回っていた。

 

善意?庇護欲?

俺の中にそんな感情があるとは到底思えなかったが、無意識のうちにやってしまったので仕方がないとも言える。

 

人混みを押しのけ、やっとのことで人気のない場所まで出て来れた。

あれ?なんだか、俺がヤバいことしてるように見える。

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・大丈夫、か?」

 

仮想現実の中で肉体的疲労はないのに息が上がる、というのは不思議なものだが・・・・自分でも気づかないほど精神的にきているのだろう。

 

「は、はい・・・・。」

 

「あー・・・・無理に引っ張って悪かった。し、下心とか、そういうわけではなくて・・・・。」

 

視線を逸らしながらしどろもどろに即興で思いついた言い訳を並べようとするが、うまく思考が回らずモゴモゴと口を動かす。

 

いつもなら饒舌な俺も現実を目の当たりにして動揺しているようだ。

・・・・いや、いつも饒舌ではないな。

 

「・・・・気にしなくていいです。助けて、くれたんだよね?」

 

よく見てみると彼女はとても綺麗だった。

栗色の髪の毛に整った顔立ち。

奉仕部部長の完璧超人、雪ノ下雪乃にも劣らない人だ。

そんな美人を引っ張ってここまでやってくるとか、俺も成長したものだ。

いや、本当にこの行動力を現実世界でも実践できればね。

したところで由比ヶ浜あたりに『ヒッキーキモい』とか言われるんだろうか?

・・・・ここでは現実世界のことはあまり考えないようにしよう。

 

「あー・・・・迷惑だと思ったんなら、悪かった。」

 

「いや・・・・どうすればいいか、分からなかったから・・・・助かりました。ありがとうございます。」

 

そう言って少女はペコリと頭を下げた。

 

「あー・・・・アレだよ。リアルで困ってる人を助けるボランティア部みたいなのしてるから、癖みたいなもんだ。お礼を言われるようなことは、してない。」

 

奉仕部の理念は『飢えてる人に魚を与えるのではなく、魚の捕り方を教える』なので少し俺の言い訳には語弊があるが、関係ないことを言うのは話をややこしくするだけだ。

 

一通りの会話を済ませたところで彼女はスッと自分の手を差し出した。

 

「とりあえず、自己紹介しましょう?」

 

・・・・柄じゃないんだけど。

ぼっちは自己紹介とかが1番嫌いなんだよ。

自己紹介したって結局名前なんて覚えてもらえねぇし、こっちだけ一方的に覚えて、話しかけたら『え?誰?』みたいな表情するに決まってる。ソースは俺。

 

しかし、ここで無視するのもおかしい話だ。

俺は差し出された手を握り返す。

 

「・・・・《Hachi》だ。よろしく。」

 

ハチとは俺のプレイヤーネームだ。

自分で考えた名前を堂々と言うと若干の羞恥心が俺を襲ってくるがここは本名を言う場面ではないと良識ある判断を俺はする。

 

最初は凝った名前にしようかと思って、『エイト』とか『ハチ公』とかしようと思ったが、残念ながら使用済みと言われた。

ハチは大丈夫でハチ公はダメってみんな上野にいるあのワンコが大好きなんだな。

 

「・・・・分かった、ハチくんね。私は、結城明日奈です。」

 

「お、おい!バカ!リアルネームを言うな!」

 

「え?」

 

何かおかしいの?みたいな感じで首をかしげるな。

こいつ・・・・一色に劣らずあざとい。

いや、一色が《非天然》に対して彼女は《天然》と言えるだろう。

アザと可愛いから。惚れちゃうでしょうが。

惚れちゃって告白して振られるまで一瞬で見えたよ。って振られちゃうのかよ。

 

「はぁ・・・・まさか、ネットゲームはこれが初めてか?」

 

「う、うん。・・・・なにかダメだった?」

 

ネットではリアルネームを出さない。

これはマナーと言うよりかは自己防衛のためだ。

世の中には名前一つで住所まで特定することができる暇人がゴロゴロといる。

 

「ネットリテラシーってやつだよ。・・・・リアル情報が漏れれば、何かと面倒になる。プレイヤーネームはなんだ?」

 

ネットリテラシーには様々な意味合いが含まれているが、確か自己防衛という意味合いもあったはずだ。

 

「そうなのね・・・・。分かったよ。えーっとプレイヤーネームはアスナよ。」

 

「・・・・結局、リアルネームなのかよ。」

 

少し呆れた表情で軽く俺はため息を吐いた。

 

「だ、だって!そんなにやり込むつもりは無かったゲームだったし・・・・たまたま、興味本位でお兄ちゃんにやらせてもらったゲームだから・・・・。」

 

徐々にアスナは表情を暗くしていく。

俺みたいに自ら待ち望んでプレイした訳ではなく、アスナは偶然にも、今日プレイしてしまったのだ。

 

「そうか・・・・。俺は比企谷八幡だ。これでお互いリアルネームを知ってるから、フェアだ。」

 

「・・・・なんか、ごめんね?」

 

「謝るな。俺も初心者かどうか確認してから名前を聞けばよかった。お互い様だ。」

 

とりあえず、一息ついて俺はアスナに問う。

 

「まず、俺たちができることは2つある。」

 

「うん。」

 

彼女も真剣な表情になり、軽く頷いた。

 

「まず、一つ目。現実世界からの救助もしくは、このゲームが攻略するまで安全圏内で待つ。」

 

この案のメリットはなにより『安全』というところだ。

街などの圏内であれば、モンスターに襲われることもなければ他のプレイヤーからの攻撃も効かない。

 

そして現実世界の俺たちは寝ているわけで、別に無理してご飯を食べなくても点滴か何かで栄養補給はしてくれるはずだ。

しかし、この世界には何故か飢餓感があり食べなければこれを解消することはなできない。

 

それは我慢してもいいが、第1層の《始まりの街》には安全に稼げる、お使いクエストなどもあるため無理に戦闘する必要はない。

 

しかし、デメリットもある。

現実世界からの救助が皆無というところだ。

こんな大それた計画を実行に移した天才、茅場晶彦が簡単に救助をさせてくれるとは思えない。

ここまでのことをした人間だ。ありとあらゆる想定をして対策をしているに決まっている。

 

そして、攻略するまでの時間は最低でも2年以上かかる計算。

精神的なダメージがとても大きい。

 

「二つ目、このゲームを攻略する。」

 

メリットとしては早く帰還することが出来る、のみだ。

それだけのメリットにも関わらず、これはとても危険な案だ。

まさに命をかけた戦闘など多々あるだろう。

 

この世界での死は現実世界の死と同意義。

しかし、攻略をしなければこの地獄からは解放されることはない。

 

デメリットしかないように見えるが、誰かがやらなければならないことだ。

 

「どうする?」

 

「ハチくんは・・・・どうするの?」

 

「俺は・・・・――――」

 

思考を回す。

今までの俺だったら攻略なんか他の奴に任せて安全圏内でじっと待つだろう。

だが、俺は・・・・。

 

「――――俺は、攻略する。」

 

待たせてる人がいる。会わなきゃならない奴らが居る。

俺は1秒でも早く、この世界から抜け出さなければならないのだ。

 

「現実からの救助はさっきも言った通り、絶望的だと思う。それなら・・・・1秒でも早く攻略するしかない。それなら、動けるやつは動いた方がいい。」

 

「・・・・私は、怖いよ。」

 

至極当たり前の感情がアスナから溢れ出てくるのがわかった。

戦うということは死ぬかもしれない。

このSAOはゲームであって、ゲームではないのだ。

死ぬのが怖くない人間なんて居ない。

居るとしたら、そいつはきっと人間をやめてしまっている。

 

「無理はするな。・・・・最後の選別だ。これをやる。」

 

「ん・・・・?なにこれ?」

 

俺はアイテムウィンドを開き、一つのアイテムをアスナに渡す。

アスナがそれを実体化させるとアスナの頭上にフード付きのポンチョが落ちてくる。

先程モンスタードロップで手に入れたアイテムだ。

売っても数コルにしかならないので譲っても問題にはならない。

 

「・・・・SAOは男女比かなり偏ってる。少なくともそれを被っとけば絡まれることは少ないだろ。」

 

SAOは圧倒的に男のプレイヤーが多い。

女性プレイヤーなんてほぼ皆無と言ってもいいだろう。

 

アスナは雪ノ下に貼るほどの美人だ。

くだらない思考回路を持ったプレイヤーが近づいてきてもおかしくない。

 

「じゃあ、俺は行くぞ。」

 

現実問題、生き残るためには出来る限り早く動いた方が良い。

SAO内のリソースは配分は有限であり、メンテ不要の自立式のAIによって管理されているとどこかの雑誌で読んだことがある。

 

このスタート時点で生き残りの戦いは始まっている。

 

俺はアスナに背を向けて、そう言い放って足を進めた。

 

この先のモンスターポップの場所などはβテスト版での記憶を頼りに行かなければならない。

・・・・でも、知識があると言って慢心しすぎてはダメだ。

俺が持っている知識はあくまでβ版の内容。

製品版にするにあたって変更された点は何箇所かあるだろう。

 

頭の隅でそんなことを考えていると自分の袖をクイッと引っ張られる感覚に動きを止めてしまう。

ゆっくり振り向くとそこには涙目を浮かべているアスナの姿があった。

 

「・・・・どうした?」

 

「あ・・・・えっと・・・・」

 

しどろもどろになり、軽く口をパクパクさせているアスナ。

はいはい、可愛いですよ。

そんな考えが頭をよぎったことにより若干の頬が赤面する。

 

「・・・・連れて行って、ほしいなって。」

 

「ダメだ。」

 

「え!?即答!?」

 

「理由はちゃんとある。・・・・俺はベータテスターだけど、正直言って戦闘に自信はない。弱いと言ってもいいと思う。更にここから先のモンスターポップとかイベントとかも曖昧な記憶が多い。正しい選択ができるか分からない。そんな危険な綱渡りは俺1人で十分だ。だから、ダメだ。」

 

俺に人一人分の命を背負える甲斐性、度胸なんてない。

更に俺の言ったことは何一つ間違ってない、真実だ。

 

「・・・・でも、右も左も分からないの。」

 

「命を他人に握らせる気か?・・・・この世界では守ってくれる人なんて居ないぞ。」

 

ゲームならロールプレイの一環でそんな行動くらい出来てしまうかも知れない。

でも、ここは仮想でありながら現実だ。

命の残量が表示され、システムにアシストされた現実なんだ。

 

「でも・・・・。」

 

アスナは今、何かに縋りたいのだろう。

死が間近にある、こんな現実で頼れる人が居ない、情報も欠如しており、助けてくれる人は・・・・居るか分からない。

 

「俺は、他人の人生を預けられるほどできた人間じゃない。・・・・でも、近くにいる奴くらいは助けるくらいはできる。」

 

俺はアスナのような完全な初心者と言うわけではない。

レベルももうすぐ上がるだろうし、他のプレイヤー比べれば差は付いているはず。

戦闘経験もβ版で実践済みだ。

 

「近くにいたら、助けてやるよ。」

 

少し目を逸らしながら俺はそう呟いた。

その様子を見て、アスナは数秒ぽかんと呆けて笑みをこぼす。

 

「ふふっ・・・・何よそれ?・・・・とっても捻くれてるのね。」

 

「うっせ。」

 

「ハチくん、私は・・・・このままここに居るのは簡単だと思う。もしかしたら、助けが来るかもしれないし、安全。・・・・でも、分かっちゃうの。ここにいたら、腐っちゃう。私の中で、私の大切なものが朽ちてしまいそうなの。だから、私は私の意思で貴方について行くわ。・・・・困った時には近くにいると思うから、助けてね?」

 

そう言って、アスナは優しい微笑みで俺に向かって可愛げな上目遣いをする。

あまりの可愛さに少しドキッとしつつ、俺は町の外へと歩を進める。

 

「――――勝手にしろ。」

 

「ふふっ。こんな感じの人、なんて言うんだっけ?ツンデレ?・・・・いやハチくんはツンツンしてないし、捻くれてるし・・・・そうだ、《捻デレ》ってのはどうかな?」

 

「・・・・捻くれてねぇし、なんだよその造語は。」

 

小町に同じことを言われた記憶があるから寂しくなっちゃうだろ。

妹成分足りなくてお兄ちゃん発狂しそうだよ。

 

すでに2年以上会えないことが確定した小町に対して胸が締め付けられるような淋しさを感じながら、俺とアスナのSAOでの生活が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え・・・・比企谷くんが?」

 

「うん・・・・。」

 

総武高校の特別棟の3階、端の方にある使われていない空き教室はとある部活の部室となっている。

私こと由比ヶ浜結衣はその部活、奉仕部の一員だ。

 

昨日、21世紀最大の事件が発生したとニュース番組が報道した。

よく分からないけど、世界から注目を浴びていたVRゲームで1万人ものプレイヤーが閉じ込められてしまったらしい。

しかも、そのゲームで死ねば現実でも死ぬ。

私は全く興味がなかったが、奉仕部の一員でもあり、私の想い人のヒッキーこと比企谷八幡はそのゲームに当選したと、部室で中二に自慢していたことを思い出した。

 

思わず、すぐにヒッキーに電話をかけると出たのは妹の小町ちゃんだった。

 

そして、現実を教えられた。

ヒッキーはそのゲームに囚われており、いつ死ぬか分からないと言う。

ヒッキーと仲直りできそうになってきた、そんな矢先の出来事だった。

 

そして、小町ちゃんを落ち着かせるために昨日はヒッキーの家に泊まらせてもらった。

終始泣き止むことがない小町ちゃんを慰めに行ったのに私まで・・・・大泣きしてしまった。

結局、朝まで泣き腫らしなんとか学校に行けるまで回復した私はなんとか教室にたどり着いた。

 

ヒッキーのことはまだ知られてはなく、事情を知るのは先生と私だけだった。

学校側が事態を重く受け止め、騒ぎを起こさぬように他言無用としたようだった。

ヒッキーはよく『俺が居ても居なくても変わらない』と言っていたが、私的には全然違った。

私の中で大切な何かがポッカリと空いてしまってるのだ。

そんな私の心情は関係がないように授業は何事もないように進んでいき、誰一人としてヒッキーについて触れなかった。

 

いや、優美子と姫菜だけが私にヒッキーの様子を聞いてきたが簡単に話せることではなかった。

何か感づいたような様子を見せた戸部っちが言及してきそうになったが、私の尋常じゃない様子を見て優美子が止めてくれた。

姫菜が隼人くんが珍しく休みという話題を振ってくれたおかげでなんとか話しを逸らすことができた。

本当に助かる。

 

そして授業を乗り越えて、放課後すぐに奉仕部へと向かった私は奉仕部へと向かったのだ。

 

そして、話は冒頭へと戻る。

 

「比企谷くんが言ってたゲームって・・・・あのゲームだったの・・・・?」

 

「うん・・・・。」

 

ゆきのんには事の顛末を話した方がいいと、小町ちゃんと平塚先生に言われた。

最初は隠すべきではないかと思ったのだが・・・・事が事なので変に軋轢を生む可能性があった。

 

「比企谷くんは・・・・今どこに?」

 

「ち、千葉の総合病院だよ。」

 

ゆきのんは今まで見た事のない・・・・悲痛な表情を浮かべていた。

せっかく見えてきていた希望が打ち砕かれたような、そんな絶望感が見える表情だ。

 

「・・・・なんとか、ならないかな?」

 

「無理よ・・・・。犯人である茅場晶彦を探すために日本中の警察や政府関係組織が血眼になって探してるもの・・・・。一介の高校生である私たちがどうにかできるわけないわ。」

 

ゆきのんの言う通り、今回の事件の主犯である茅場晶彦は完全に行方をくらませていた。

ゆきのんや陽乃さんを凌駕する圧倒的な才能を持つ彼は・・・・手がかり一つ残さず消えてしまったらしい。

 

でも、事件が発覚してまだ1日ほどしか経ってない。

まだ可能性は残されている。

 

「由比ヶ浜さん。諦めた方がいいわ・・・・。あの男は簡単に捕まるような人間じゃない。」

 

「え?ゆきのん、茅場晶彦のこと知ってるの?」

 

「・・・・親の仕事の関係で、ね。姉さんの代わりに何度か顔を合わせたことくらいはあるわ。・・・・でも、彼がこの事件を起こしたと言うなら、何か納得できるわ。」

 

ゆきのんは淡々と語っていく。

 

「彼はいつも言っていた。『この世界には《本物》と呼べるものは無いのかもしれない。でも、作ることは出来る。』と。」

 

「・・・・そんなの、勝手すぎるよ。」

 

今まで感じた事のないような怒りが、込み上げてくる。

そんな自分勝手な思想のために・・・・ヒッキーを巻き込んだって言うの?

関係のない人たちを巻き込んだって言うの?

人を、殺すって言うの?

 

「・・・・私たちのできることは、比企谷くんの帰りを待つだけよ。悔しいけど、それしかないわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




八幡×アスナってわけではないかも?

実は誰がメインヒロインかは決まってません。




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第3話

《ソードアートオンライン》通称SAO。

次世代のフルダイブMMORPGとして発売されたそのゲームはHPがゼロになると、現実世界でも死んでしまうというそんなデスゲームになってしまった。

 

そんなデスゲームが始まり、1ヶ月の月日が流れていた。

普段なら年末やクリスマスが近づき、世間ががやがやし始める時期。

しかし、俺たちSAOプレイヤーはそんなのに浮かれるような心理状態ではなかった。

 

1ヶ月。

それだけの月日を費やしても未だに、第1層はクリアされていないからだ。

そして、このゲームの犠牲者は2000人を超えた。

 

「んで?現状はどうなってんだ?」

 

「ハー坊に言われた通り、ガイドブックは作成して道具屋とかで無料配布してるゾ。お陰でビギナーの死亡率はだいぶ下がったみたいダナ。」

 

俺は現在、第1層のトールバーナーという街にある広場の隅っこに置いてあるベンチに座っている。

俺が話しかけたのは情報屋と呼ばれるプレイヤー。

名前はアルゴ。

少し男勝りな話し方と顔の髭のようなボディペイントが特徴だ。

 

ちなみにハー坊というのは俺のことを指している。

そのあだ名のネーミングセンスは由比ヶ浜にも劣らない残念さだが言及したところでこの手のタイプは呼び方を早々に変えたりはしないのですでに訂正は諦めている。

 

彼女との出会いは数週間前にまで遡る。

一つのミスが死に繋がるSAOで必要になってくるのは情報だった。

 

そこで俺は一つの事を思い出した。

ベータテスター時代に情報屋紛いのことをしていた変な奴が居たことを。

名前だけは知ってはいたが面識はなかった為、アスナとともにレベル上げついでに奇妙な噂がある所に徹底して張り込みをさせてもらった。

ちなみに妙な噂というのは『ログアウトできる場所がある』などだ。

 

そして噂を確かめに来たアルゴと鉢合わせて、情報屋との繋がりを得ることができた。

そして俺は未だに《始まりの街》を出れていないビギナーの為に簡単なガイドブックの作成を依頼した。

 

アルゴも必要と思っていたようで、すんなりと受け入れてくれてアルゴを主体に俺も手伝う形でガイドブックを作ったのだ。

 

現在はアルゴが上手くいってるかどうかの確認と定期連絡のためにここにいる。

 

「ベータテスターの方はヤバイかナ。もう300人ほど死んでル。」

 

「なんだと?」

 

俺の知る限りだとベータテスターは1000人居たはずだ。

それが1ヶ月で300人。

現在の死亡者の10%以上を占めているのだ。

 

「・・・・理由は、β版との情報の差異か。」

 

「その通りダ。・・・・だが、お陰で正しい情報も手に入っタ。彼らの死は無駄ではなかっタ。」

 

俺たちベータテスターは第8層までの攻略法の知識は多少なりとも持っている。

しかし、その情報こそが死に繋がっている部分も少なからずある。

その情報を頼りに攻略をしていたテスター達は製品版に移行する際にできた変更点に対応しきれず、死に至ったのだ。

 

少し気を病むような会話の後、数秒の沈黙が流れる。

 

「・・・・アルゴ、一つ聞いていいか?」

 

「ん?なんダ?」

 

「なんでお前はベンチに座らず、後ろに立ってんだ?」

 

アルゴは現在、俺がベンチに座っているのにも関わらず後ろに立ち、背もたれに軽く体重を乗せているような姿勢をしている。

何?俺の隣に座るのは嫌ってこと?

そんなの小学生の時に言われ慣れたから大丈夫だから、素直に言ってごらん?

 

「あー・・・・こうやってると情報屋っぽくてカッコいいダロ?」

 

「あっそ・・・・。」

 

こんな状況下でもロールプレイができるというアルゴの精神力に少し尊敬し、若干呆れながら俺は呟く。

いや、ロールプレイでもしなければ精神的な余裕が生まれないのだろう。

変な奴だと思っていたが・・・・まぁ、始まって1ヶ月しか経ってないこのゲームで情報屋としてすでに行動している時点で変だが。

 

「あと、これから最新版のガイドブックを配布するゾ。」

 

「・・・・第1層ボスについてか?」

 

「あぁ。オレっちの情報によれば、前線で潜ってるパーティーのひと組がボス部屋を発見したらしい。」

 

「やっと・・・・か。てか、情報が早いことで。」

 

「情報屋はこれくらいの情報を集めるのは朝飯前ってわけサ。これから攻略会議が始まるらしいし、ハー坊も行ったらどうだ?」

 

「そうだ、な。ここで立ち止まるわけにも行かないからな。・・・・アルゴ、一つだけ最新版のガイドブックに書き足せるか?」

 

「安心してくれ、β版の情報ということは念押ししとくヨ。」

 

「助かる。・・・・じゃあ、俺はアスナ待たせてるからそろそろ行くわ。」

 

俺はそう言って重い腰を持ち上げる。

 

「ムム?このアルゴお姉さんというものがありながら、他の女の子とデートとはどういう了見ダ?」

 

そう言ってアルゴは俺の腕に抱きついてくる。

故意か無意識か、いや絶対に前者だろうが、アルゴが分かりやすく少し膨らんでいる丘を押し付けてきている。

 

「お、お姉さんとか、お前俺と年齢近いだろ。」

 

少し吃りながら俺は軽く目を逸らす。

八幡は思春期ですが、戸塚というものがあるのでそんな攻撃効きません。

 

アルゴって絶妙にあざといんだよな。

どっかの後輩ほどでは無いが、思春期男子の心を絶妙に擽ってきやがる。

なに?俺のこと好きなの?八幡、勘違いしちゃうよ?

だが、不屈の精神力を持つ俺は違う。並みの男子だったら、惚れてたね。

プロのぼっちとして鍛え上げられた俺の精神力にかかればーーーーあ、あの、動かれると少し八幡の八幡が元気になっちゃうのでやめてくれませんかね?

てか、いい匂いするし、変なところを忠実に再現しなくていいよ茅場晶彦さんありがとう。

 

このゲーム内で初めて茅場晶彦に感謝したプレイヤーであろう俺の後ろから突如として修羅のような殺気を感じ取る。

 

「ーーーーハチくん?」

 

「んぁ!?アスナ!?」

 

突然、目の前に現れたアスナに俺は驚いて変な声を出してしまった。恥ずかしい。

 

「アーちゃん、久しぶりダナ!」

 

「こんにちは、アルゴさん。・・・・それより、なに?この状況?」

 

アスナさん?なんだか怖いんですが、俺に分かりやすいように説明していただきますかね?

 

「・・・・ただの情報交換だ。」

 

「ハー坊とオレっちの逢引的な?」

 

「おい。」

 

これ以上、話をややこしくするな。

圏内だから安心して吹っ飛ばせるから、覚悟しろ。

 

「・・・・へぇ、情報交換って腕に抱きついてもらわないとダメなんだ?」

 

アスナの絶対零度!!

効果はばつぐんだ!

八幡は力尽きてしまった!

いや、力尽きちゃうのかよ。八幡のHPはまだMAXだよ。

 

「・・・・むー。」

 

なんだか悔しそうな、羨ましそうな目でアスナがこちらを見てくる。

なにこの可愛い生物。

戸塚並みの天使じゃねぇか。

 

いや、それは言い過ぎた。

戸塚は全人類の中での希望だ。

天使なんて言葉じゃ片付けられないほどの神をも超越した存在なのだ。

 

「また、変なこと考えてるね。」

 

「そ、そんなことないぞ・・・・?」

 

図星を突かれ、おどおどしてしまうが話を戻そう。

 

「と、とりあえず、アルゴは離れろ!」

 

そう言って俺は抱きついていたアルゴを引き剥がした。

てか、こいつアスナが来るのを分かっててこんな事したな?

あとで俺の必殺、片手剣ソードスキル50連撃(嘘)を喰らわせてやる。

 

「あとは若い者に任せるとしますカ。ゴユックリ〜。」

 

そう言って、場をかき乱すだけかき乱してアルゴは人ごみの中に消えていった。

 

「・・・・ハチくん。」

 

「は、はい?」

 

「・・・・はぁ。まぁいいや。攻略会議、行くんでしょ?早く行きましょう。」

 

「わ、分かりました。」

 

俺はベンチを立ち上がり、攻略会議が行われる広場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・お兄ちゃん。」

 

お兄ちゃんがSAOに囚われて、1ヶ月の月日が流れた。

私は現在、千葉市内にある大きな総合病院に来ている。

お兄ちゃんは、まだ生きている。

 

「・・・・。」

 

一言も発する事はなく、私は眠っているお兄ちゃんの手を握る。

 

「女の子待たせるなんて、小町的にポイント低いよ・・・・。」

 

1ヶ月という月日が流れて、死んだプレイヤーの数は2000人を超えていた。

月日が経つごとに死亡者数は増える一方だ。

最初の頃はニュース番組などで引っ切り無しに報道されていたようだが、当事者ではない世間一般では興味がなくなった話題なのだろう。

報道関係者の取材なども無くなりつつあった。

 

小町は現在、学校へ行った後にはこうしてお見舞いに毎日のように来ていた。

お兄ちゃんが聞いたら『受験生なんだから、勉強しろ。』と言われるだろう。

しかし、精神状況を鑑みるにとても勉強出来るような状況ではなかった。

 

何度、目を覚まさないお兄ちゃんの姿を見て涙をこぼしたか。

何度、このまま目を覚まさないのではないかと思ったか。

 

コンコン

 

最近緩くなってしまった涙腺が再び決壊しかけた瞬間、病室がノックされる。

私は慌てて涙を服の袖で拭き取り、返事を返す。

 

「どうぞー。」

 

「失礼します。・・・・やっぱり、居たのね小町さん。」

 

私の姿を確認して、雪乃さんは軽く微笑んだ。

後ろには結衣さんの姿も確認できる。

奉仕部の二人はお兄ちゃんがSAOに囚われてからほぼ毎日のように来ている。

 

「やっはろー、小町ちゃん。」

 

「雪乃さん、結衣さん。また来て下さったんですね。」

 

私は慣れた手つきで椅子を取り出し、二人に座るように促す。

二人は軽く私に礼を言って座り、お兄ちゃんをジッと見ている。

 

「・・・・今、もしかしたら比企谷くんは命を懸けた戦いをしているかもしれないのね。」

 

「そうです、ね。でも、今は違うと思いますよ?」

 

そう言って私はお兄ちゃんの心拍数や血圧などのバイタルが映し出されているモニターを見る。

今の現状、かなり落ち着いたバイタルをしている。

小心者で臆病者なお兄ちゃんならフィールドに出ているだけで心拍数や血圧がかなり上昇する。

 

「たぶん、圏内に居るんだと思います。圏内だったらモンスターに襲われたり、プレイヤーに攻撃されたりしませんから。」

 

「小町ちゃん、詳しいんだね。」

 

「お兄ちゃんに貸してもらってちょこっとだけやったことあるんですよ。・・・・こんなことになるとは思わなかったですけどね。」

 

遠い目をしながら、私はお兄ちゃんを見つめる。

規則正しい寝息のような息遣いが静寂な病室に木霊する。

息苦しいさを感じさせる沈黙を最初に破ったのは結衣さんだった。

 

「・・・・ゆきのん。私、決めたよ。」

 

「今の由比ヶ浜さんでは、難しい道のりよ?」

 

「分かってる。でも、何もせずにうだうだしてたらそれこそヒッキーに笑われちゃう。」

 

決意を宿した目をすふ結衣さん。

いまいち話が読めてこない。

 

「・・・・結衣さん?」

 

「あっ、小町ちゃんは知らないもんね。・・・・私、看護師になろうと思うの。」

 

「看護師に、ですか?」

 

「うん、ちゃんとヒッキーが帰ってきた時に近くで支えてあげたいから・・・・。」

 

小町にだって看護師になること言うことがどれだけ大変かなんて分かる。

それでも結衣さんは立ち止まる事はせず、お兄ちゃんが必ず帰ってくると信じて目標に向かって覚悟を決めたんだ。

 

「・・・・凄い、ですね。小町なんて、受験が近いのに何にも手がつけれないんです。分かってるんですよ?お兄ちゃんはそんなこと認めないだろうって・・・・。」

 

俯き、私は涙を浮かべる。

私の受験が失敗したらお兄ちゃんは自分を責めるに違いない。

そんな事は分かりきっているのに、圧倒的な無気力感が小町の動きを阻害する。

 

すると、結衣さんが後ろからそっと抱きしめてくる。

 

「分かってると思うけど、ヒッキーはそんなこと許さないと思うよ?・・・・絶対に自分を責めるに決まってる。だったら、ヒッキーを見返してやるくらいの気持ちで頑張らなきゃ。」

 

「分かってるんですよ・・・・でも――――「甘えないで小町さん。」――――え?」

 

「ゆきのん?」

 

雪乃さんは少し冷たい声で言う。

 

「貴女がこうやってグズグズしている間にも比企谷くんは死んでしまうかもしれないのよ?・・・・あの人は今、命を懸けて戦ってる。きっとそれは貴女に再会するためよ。あのシスコンは妹のためなら命を張る人間よ?・・・・今ここで貴女が折れれば、今も頑張ってる比企谷くんは報われないわ。」

 

「雪乃さん・・・・。」

 

これは雪乃さんなりの激励なのだろうか。

それを理解してか、結衣さんは若干の苦笑いを浮かべつつ、そのあと優しく微笑んだ。

 

雪乃さんの言うことは確かに正論だ。

しかし、一言で片付けれるほどの簡単な問題ではないのは確かだ。

 

なら、せめて、お兄ちゃんが帰ってきたときに褒めてもらえるように。

頑張ったって笑って迎えれるように。

 

「・・・・小町が間違ってました。お兄ちゃんが帰ってきたときに笑って迎えれるように。小町は頑張ります。」

 

お兄ちゃん、私も雪乃さんも結衣さんも待ってるんだよ?

だから、こんなクソゲー早く攻略してよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アインクラッド第1層、迷宮区手前の街《トールバーナ》

町の中央付近に位置する広場には半円状の石造りの舞台のようなものが設置されている。

その客席の端っこに俺とアスナは腰を掛け、辺りを見渡す。

 

「・・・・意外と来るもんなんだな。」

 

「そうね。・・・・みんな、早く帰りたいのよ。」

 

俺の視線の先には俺たちと同じように石積みの客席に腰をかける数十名のプレイヤーたち。

身につけている装備だけでもレベルの高さが伺える。

現時点では間違いなくトッププレイヤーなのは間違いないだろう。

 

「40人くらいか?・・・・正直多いかどうか分からんな。」

 

「ハチくんはβ版の時にボス攻略してないの?」

 

「ボス攻略はレイドが基本だろ?・・・・俺は基本的にソロプレイだったから、パーティ組んで戦うボス攻略はして無かったんだよ。」

 

そもそも今だにパーティなんて組んだこともなければ組み方も知らない。

そのため、アスナとすらパーティを未だに組んでいない。

 

「なるほどね。引きこもりでぼっちのハチくんには難しかったってわけね。」

 

「ぼっちは肯定するけど、引きこもりではない。たぶん。」

 

俺は引きこもりではない。

学校には行ってたし、休みの日にはたまにだが本屋にも買い物を行っていた。

ほら、引きこもりじゃない。

しかし、たぶんと付けてしまうところで俺の中でどこか引きこもりを肯定している部分があるのだろうか?

 

「あ、始まるみたいよ?」

 

アスナの指摘により変な方向へと向かっていた思考を元に戻す。

舞台の中央には盾と片手剣を装備した1人の男性プレイヤーが居た。

 

「みんな!今日は集まってくれてありがとう!俺はディアベル!職業は、気持ち的にナイトやってます!」

 

そんな自己紹介に周りのプレイヤーは「ジョブシステムなんてないだろー」などと言って 笑いが生まれる。

 

このやり取りだけでコイツがリア充ということはよくわかった。

アレだ、劣化版葉山だな。

絶対にコイツとはウマが合わない。

 

一頻り笑いが起こったところでディアボロス(名前はすでに忘れた)は表情をキリッと変える。

 

「先日、俺たちのパーティが迷宮区でボス部屋を発見した。」

 

プレイヤーたちの間に緊張が走る。

この場にいるプレイヤーたちは息を飲んで続く言葉を待った。

 

「このデスゲームが始まって1ヶ月・・・・。少しづつだけど俺たちは前に進んでいる!ここでボス攻略をしてこのデスゲームにも終わりが来ることを始まりの街で待ってる皆に教えてやろうじゃないか!」

 

ディアブロ(仮名)がそう言って拳を力強く突き上げる。

それに合わせて広場にいたプレイヤーたちは歓声をあげる。

 

俺?俺は恥ずかしいから無言を貫いてます。

 

「よし、それじゃあ早速攻略について――――「ちょお、待ってんか!!」」

 

少し癖のある関西弁がディなんとかさんの話を遮る。

そして、客席を「ほっ、ほっ」というかけ声とともに降りて広場の中央に1人の男性プレイヤーが躍り出た。

 

なんだよあのモヤっとボールみたいな髪型は。

 

「ワイはキバオウってモンや!」

 

強烈な登場の仕方で周りの注目を集めたキバオウというプレイヤー。

俺はそれよりあの金平糖のような髪型がどうも気になる。

なんていうか、茅場晶彦は何を思ってあんな髪型を設定に入れたのか言及したくなるレベルだ。

 

「会議を始める前に、ワイはこの場で言っとかなあかんことがある!」

 

そう言ってキビダンゴ(仮名)は剣幕な様子で話しを切り出した。

 

「こん中に、今まで死んでいった2000人の人間に詫びいれなあかん奴らがおるはずや!」

 

マキバオー(仮名)はそう言ってあたりのプレイヤーに睨みを効かせながら見渡す。

 

「キバオウさん、それはベータテスターの人たちのことかな?」

 

神妙な顔つきでディなんとかさんはキバなんとかさんに尋ねる。

 

「そうや!β上がりどもはこんクソゲーが始まった時にワイらビギナーを見捨てて始まりの街から消えやがった!そん時、ボロいクエストや狩場を独占して、ビギナーのことは御構い無しや!こん1ヶ月で2000人も死人が出たんは、全部β上がりどものせやろがい!」

 

モヤっとボールが言うのもあながち間違いでは無かった。

現在、このSAOが始まってベータテスターとビギナーには何とも言えない確執があるのは確かだ。

モヤっとボールが言う通り、そういう行動をとったベータテスターも居る。

しかし、彼ら全てがそういうわけでは無かったのだ。

俺を含め、アルゴなどの元ベータテスター達は情報を共有し、ビギナーたちに配布をしていた。

 

「こん中にもおるはずや!β上がりの奴らが!ここでそいつらに詫び入れさせて、溜め込んだ金とアイテム吐き出してもらわな、パーティメンバーとして命を預けれんし、預かれん!」

 

その発言により、あたりのプレイヤーは疑心暗鬼になり、お互いを疑うように確認する。

険悪なムードが漂う。

 

俺は思わず手を挙げていた。

 

「・・・・発言、いいか?」

 

俺の声に反応して周りのプレイヤーは俺の方に注目する。

あんまり注目しないでくれますかね?

俺は咄嗟に隣にいたアスナのフードを深く被らせ、モヤっとボールを渾身の視線でギロリと睨む。

 

「なんや、おま、え・・・・。」

 

俺の腐った目をみて少し身を引くモヤっとボール。

そんなに威圧的な目なのかね?

 

「ハチってモンだ。・・・・オマエが言うことは攻略を遅らせてるってことになるが・・・・つまり、俺たちの敵ってわけだ。」

 

「そうは言っとらんやろ!ワイはここで詫び入れてもらわな、命を預けれんって言ってんねん!」

 

「関係ないだろ、攻略に。それに経験者であるベータテスターを攻略から外して、なんの得になる?戦力削って攻略が遅れて、俺らが死んだらお前が詫び入れてくれるのかよ。」

 

「うぐっ・・・・」

 

コイツの言うセリフには所々私利私欲が満ちている。

一見正論に聞こえる戯言で周りの空気を利用して得しようとしているだけの偽善者。

だが、それとこれは別だ。

論点をずらし、攻略を遅らせることに関して俺は許すわけにはいかない。

 

「大体、情報はあっただろ。宿屋や道具屋に無料配布してるガイドブック・・・・これに助けられたビギナーは多かった筈だ。さらにこれを作成したのは元ベータテスターたちだ。アイツらが命を懸けて作ったものだ。」

 

何も言えなくなっていくモヤっとボールをギロリと睨み、俺は話を進める。

 

「情報があったのに死んでいった奴の責任までベータテスターに押し付けるのか?そんなの、死んだ奴らの責任だろ。そいつらに詫びを入れろっていう名目でアイテムや金を手に入れて自分は楽しようって魂胆か?どちらにしろ・・・・お前が言ってることに正当性はねぇよ。俺はもっと建設的な話ができると思って来たんだが・・・・お前みたいなのに命を預けるなんてこっちから御免だ。」

 

俺はそう言って腰を下ろす。

さっきより気まずい空気が辺りを漂う。

モヤっとボールは論破されてしまったからか、項垂れて近くの客席に腰を下ろした。

席に座ったモヤっとボールを視線で確認したディなんとかさんが再び口を開く。

 

「えーっと・・・・じゃあ、仕切り直して、これから攻略会議を始める!まずは皆、6人パーティを組んでくれ!」

 

一難去ってまた一難。

ぼっちに対して最悪と言ってもいいほどのセリフが吐かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうや!β上がりどもはこんクソゲーが始まった時にワイらビギナーを見捨てて始まりの街から消えやがった!そん時、ボロいクエストや狩場を独占して、ビギナーのことは御構い無しや!こん1ヶ月で2000人も死人が出たんは、全部β上がりどものせやろがい!」

 

キバオウと名乗るプレイヤーはそう叫んで俺たちをギロリと睨み回していた。

 

俺には・・・・心当たりがあった。

始まりの街で出会ったクラインというプレイヤーを俺は置いていったのだ。

このデスゲームが始まり、自分が生き残る為とは言えクラインを見捨てて次の街に走った。

そのせいか、あのキバオウというプレイヤーが言うことがどうしても自分のことを言っているようで心を締め付けられる。

 

「・・・・発言、いいか?」

 

俺から数メートル離れた二人組の1人が手を挙げて立ち上がる。

SAOでその再現率はすごいとしか言えないような目が腐った男性プレイヤー。

 

「ハチってモンだ。・・・・オマエが言うことは攻略を遅らせてるってことになるが・・・・つまり、俺たちの敵ってわけだ。」

 

「そうは言っとらんやろ!ワイはここで詫び入れてもらわな、命を預けれんって言ってんねん!」

 

「関係ないだろ、攻略に。それに経験者であるベータテスターを攻略から外して、なんの得になる?戦力削って攻略が遅れて、俺らが死んだらお前が詫び入れてくれるのかよ。」

 

「うぐっ・・・・」

 

暗く、陰湿な声でキバオウを次々と捲し上げる。

彼はベータテスターを擁護しながら、自分にヘイトが集まるようにワザと強い言い方をしている。

恐らく、彼もベータテスターなのだろうか。

 

「情報があったのに死んでいった奴の責任までベータテスターに押し付けるのか?そんなの、死んだ奴らの責任だろ。そいつらに詫びを入れろっていう名目でアイテムや金を手に入れて自分は楽しようって魂胆か?どちらにしろ・・・・お前が言ってることに正当性はねぇよ。俺はもっと建設的な話ができると思って来たんだが・・・・お前みたいなのに命を預けるなんてこっちから御免だ。」

 

そう言い放って彼は座り込む。

空気は最悪だったが、ベータテスターに対する悪意を彼1人に持っていった。

簡単にできることではない。

自分1人にヘイトが集まれば、必然的に1人になってしまう。

現実世界なら1人でもやりようによっては生きていける。

しかし、このSAOでは違う。

このゲームは前提がオンラインゲームだ。

他者と協力して攻略していかなければならない。ソロ攻略ではいずれ限界が来るのが目に見えている。

彼はそれに臆することなく、他のプレイヤー・・・・ベータテスターをも含めて互いに協力しやすいように誘導したのだ。

自分を引き換えに。

そのことに気づいているプレイヤーは何人いるだろうか?

少なくとも多いとは思えない。

そして、自分の利益よりも他を優先した方が攻略が早くなると判断したあの行動は感情論だけでは行えない。

理性による合理的な判断。この生死がすぐ側にあるデスゲームで行える彼は所謂、理性の化け物だ。

 

「えーっと・・・・じゃあ、仕切り直して、これから攻略会議を始める!まずは皆、6人パーティを組んでくれ!」

 

空気を変える為、ディアベルがそう言い放つ。

げ、マジか。

 

動揺している間に辺りのプレイヤーは次々とパーティを組んでいく。

困ったことに俺はこのデスゲームが始まってから一度もパーティを組んだこともなければ、すぐにパーティを組んでくれと言えるようなコミュニケーション能力もない。

しかし、ここでボス攻略を辞退するのは最前線を離れる気がして拒否感が否めない。

 

必死に辺りを見渡し、あぶれているプレイヤーを探す。

すると、動きを見せない二人組のプレイヤーが視界に入る。

先程、悪役を演じたハチというプレイヤーだ。

俺は中腰でそそっと二人組に近寄り、声をかける。

 

「な、なぁ、あぶれたんだろ?一緒にパーティ組まないか?」

 

「・・・・周りが仲良しこよしだから組まないだけだ。てか、よく俺に近づこうと思ったな。」

 

この発言で分かった。

彼はぼっちを演じたんではなく、身も心もぼっちなのだ。

俺が弱ぼっちだとするなら彼は強ぼっちと言ったところか。

 

「・・・・パーティプレイなんてしたことない。それでも良かったら勝手に申請してくれ。」

 

性格も悪いというわけではない。

ただ、その一言は捻くれた優しさと感じ取れた。

俺は苦笑いを浮かべながらパーティ申請を送る。

 

「キリトだ。短い間だろうけど、よろしく。」

 

「ハチだ。んでこっちが・・・・おい、アスナ。何ぼーっとしてんだよ?」

 

隣にいるフードを深くかぶったプレイヤーがこちらを睨んでいるように見えた。

少し身震いをさせながら俺は引きつった笑顔を見せる。

 

「・・・・ハチくんがパーティ組むなんて、明日は雨だね。」

 

「明日の気象設定は晴れだ。・・・・何言ってんだお前?」

 

そういうことを言いたいのではないだろうが2人の邪魔をしてしまったようで俺は苦笑いを浮かべる。

ハチがウィンドウを操作してパーティ申請が承諾される。

俺の視界の左上に《Hachi》と書かれたプレイヤーネームと体力が表示される。

 

「あれ?2人ともパーティ組んでなかったのか?」

 

「バカ、俺はずっとソロプレイだ。」

 

「ねぇ、ハチくん。パーティって何?」

 

「アレだよ、リア充が楽しく遊ぶアレだよ。」

 

「いや、違うって。小さなレイドって言ったら良いのかな?組むと経験値が分配されたりするんだ。」

 

「え?そんな機能聞いたことないよ?」

 

「まぁ、聞かれなかったし。ぼっちだからそんな機能使ったことないし。」

 

何というか・・・・この2人と組んで大丈夫だったか不安になってきた。

装備を見る限りはビギナーと言うわけではないのだが・・・・。

俺はアスナと呼ばれたプレイヤーにもパーティ申請を送る。

突然現れたウィンドウに驚きながらも承諾してくれたようで《Asuna》と書かれたプレイヤーネームが左上表示される。

 

「とにかく、ハチは見た感じ経験者だよな?パーティプレイが初めてなら俺が前衛に行くから後衛は2人でローテしながらスイッチしてくれ。」

 

「「すいっち?」」

 

2人同時にキョトンとした表情を浮かべる。

 

「マジ・・・・?」

 

いかにもベータテスターって感じを出してるハチがなんでキョトンとしてんだよ。

俺の表情を読み取ったのか、目を逸らしながらハチは言う。

 

「いや、俺ってぼっちだし?」

 

「・・・・大丈夫かよ。」

 

不安を募らせながら俺は2人に軽くパーティプレイの基本を教えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書きたかった場面の一つが八幡がキバオウを論破するところです。





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第4話

「いいか?スイッチってのは相手にソードスキルを当てた時のディレイタイム・・・・硬直時間を利用して攻撃を切り替えることを言うんだ。」

 

攻略会議が終わり、俺とアスナはキリトの説明を聞きながらフィールドを歩いていた。

流石にこのままパーティプレイができない俺たちと組んでいたら苦労するとキリトは思ったのだろうか、懇切丁寧に一から教えてくれる。

 

ちなみに、話を聞く限り彼も俺と同様にベータテスターなのだろう。

直接確認はしてこないがお互いに察しているような感じだ。

 

「ちなみに参考程度に聞かせて欲しいんだが、2人の戦闘スタイルはどんな感じなんだ?」

 

「あー、俺はアレだ、アレな感じだ。」

 

俺の戦い方はとても歪なものであまり人に見せれるようなものではないため、目を逸らしながらそう答えた。

 

「私は・・・・猪突猛進?」

 

アスナも同様で人に褒められるような戦い方はしていない。

細剣ソードスキル《リニアー》を隙あらばぶち込むスタイルだ。

しかし、驚くなかれ。

アスナの《リニアー》は他を寄せ付けない圧倒的なプレイヤースキルで出来ている。

最初見たときは美しい流れ星、刹那の閃光の様に見えたほどだ。

 

「・・・・アスナの方は何となくわかったよ。ハチ、お前のは実戦で見せてくれ。」

 

「へいへい・・・・。」

 

気怠い返事をすると、タイミングを見計らったかのようにモンスターがPOPする。

俺は片手剣の《アニールブレード》を鞘から引き抜く。

この武器は始まりの街からすぐの場所にある村でたまたま受けたクエストで手に入れた武器だ。

キリトも同じ武器を持っているため、恐らく現段階で最強の片手剣とも言えるだろう。

 

「・・・・いくぞ。」

 

POPしたのは《Kobold Henchman》。犬?の様な頭部を持ち、両手斧を振り回すこの辺でよく出てくるありきたりな雑魚モンスター。

 

相手が動き出す前に俺は先手を決める。

軽く剣を振るって軽くダメージを与える。

それに反応して、《Kobold Henchman》は両手斧にライトエフェクトを帯びさせる。

放たれたのは単発系のソードスキル。

動きを予測し、必要最低限の動きで回避をする。

攻撃は全て回避したため、ダメージは入っていないことを左上の視界に映る自分のHPバーを見て確認する。

 

《Kobold Henchman》はソードスキル使用後のディレイタイムにより動けずにいる。

その隙を見逃さず俺は剣を振るう。

まずは左から切り込み、剣の勢いを失わずに右からも切り込む。

回転しながら後ろに回り込みすかさずもう一撃を加える。

次は4連撃、剣を斬り下ろして斬り上げる。

そこで《Kobold Henchman》の硬直が切れた様で反撃をしてくるが攻撃を数フレームのところで回避しながら再び斬り下ろす。

ダメージエフェクトが出るが怯むことなく《Kobold Henchman》はソードスキルを放ってくる。

俺は避けずにパリィをし、そのままの勢いで《Kobold Henchman》の首に刃を入れて斬り裂く。

 

そこで相手のHPが尽きたのか、《Kobold Henchman》は小さな光のエフェクトになって砕け散る。

 

俺の視界に数コルと《粗い石》という訳の分からないゴミアイテムが手に入ったとウィンドウに表示される。

いや、何に使うんだよこのアイテム。

 

「ふう・・・・こんな感じだ。」

 

俺の戦闘を見てキリトは呆けた表情でこちらを見ていた。

・・・・ラグってんのか?辞めてくれよ、こんなフィールドのど真ん中で。

数秒の沈黙の後、キリトは我に帰る。

 

「・・・・ハチ、さっきのは片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・アーク》と《バーチカル・スクエア》だよな?」

 

「ん?・・・・あぁ。そうだが?」

 

「《ホリゾンタル・アーク》は片手剣熟練度50、《バーチカル・スクエア》は熟練度150はないと出来ない。今の段階だと俺もできないレベルのソードスキルだ。しかも、ディレイタイム無しで・・・・どういうことだ?」

 

「どうも何も、俺は一度もソードスキルは使ってない。」

 

納得していない・・・・というか理解できていない表情でキリトはこちらを見つめる。

まぁ、普通はそうだよな。

 

「ソードスキルって硬直時間があるだろ?・・・・1秒の隙が命取りになるSAOでそんな隙を見せるわけにはいかない。攻撃力は落ちちまうけど、俺は身体で覚えたソードスキルの真似事をしてるんだよ。攻撃力が無い分、手数で賄ってるけどな。」

 

他にもこんなゲームを始めた開発者である茅場晶彦が作ったシステムに沿って動くのは癪だと思ったから、というのも理由の一つだ。

 

それともう一つ、ソードスキルを使うためのモーションってのがよく分からないのだ。

β版の時には10回に1回できる程度だったため、ここでは実践で使うには心許無い。つまり、俺からすればソードスキルは邪魔にしかならない。

どちらにしろソードスキルを使わなければ隙もできにくい上に思い通りに動ける。

というできない言い訳を頭の中でツラツラと並べていく。

 

「だから、ライトエフェクトが出てなかったのか・・・・ほっんとに捻くれてるな。」

 

「ゲームの楽しみ方は人それぞれだろ。よくあるだろ?ゾンビ系のホラーゲームでナイフしか使わないとか。」

 

「命を懸けたゲームで縛りプレイは俺はできないよ・・・・。」

 

そんなこと言われてもなぁ。

雪ノ下のせいでM属性があるんじゃないか、と自分を問い正そうとは思っていたところだが、流石にそんなにドMだとは思いたくは無い・・・・。

 

「とにかく、俺はこういう戦い方だ。」

 

「キリトくん。何を言っても無駄よ?この人、ホントにソードスキル使わないから。・・・・使わないから、私はアルゴさんにソードスキル使い方教えてもらったもん。」

 

アスナに戦い方を教えてくれ、と頼まれた時も俺は「分からないものは教えれない」と言って断ったのだ。

その後にアルゴに色々と教えてもらった様だ。

授業料としてなぜかアルゴから後日請求が来たのでクーリングオフさせて貰ったのもいい思い出だ。

 

「なるほどな・・・・だけど、そんな捻くれた戦い方をしてるだけはあって回避とパリングはめちゃくちゃ上手かった。・・・・とりあえず、パーティの基本をちょこっとフィールドでやって明日に備えてさっさと街に帰ろう。」

 

褒められているのか貶されているのか・・・・そんなことを考えながら俺はキリトとの特訓に精を出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトさんのパーティ講座が終わり、アインクラッド第1層、《トールバーナ》に帰ってきた俺はそろそろ限界を迎えていた。

そう、あれが欲しいのだ。

 

「マッ缶が飲みてぇ・・・・。」

 

千葉県民のソウルドリンク、MAXコーヒー。略してマッ缶。

暴力的な甘さを含んだコーヒー擬きだ。

そう、コーヒーではなく、コーヒー飲料なためコーヒーでは無い。

そもそも、コーヒーに練乳をこれでもかというくらい入れたあの飲み物は他にない。

1缶あたりに含まれている糖分の量は驚くことなかれ、角砂糖8個分。ペットボトル版の500mlには角砂糖16個分が入っているハイパーな飲み物だ。

 

「ハチくん、マッ缶って?」

 

隣でもすもすと安い黒パンを食べているアスナは俺に聞いてきた。

ちなみにパンには前の村で手に入るクリームが馬鹿みたいに塗りたくられている。

 

「バカ、お前マッ缶知らねぇのかよ。千葉県民のソウルドリンク、俺が愛飲してる生涯のパートナーだよ。」

 

「・・・・私、千葉県民じゃ無いから知らないよ。」

 

確かマッ缶は千葉県のみならず、埼玉や茨城県、神奈川県でも販売されていた様な気がするのだが・・・・。

 

「・・・・料理スキルで再現してみるか。」

 

「料理スキル?そんなのあるの??」

 

「あぁ。とは言ってもリアルのとは違ってだいぶ簡略化されたもんだけどな。」

 

とはいえ、攻略に関係ないスキルをここで取得するのは躊躇してしまう。

ソードスキルは使わないとはいえ、熟練度を上げなければ攻撃力も上がらない訳だし、武器によっては装備できない事もある。

 

「とにかく、マッ缶は我慢だな・・・・。早く攻略せねば。」

 

ものすごく動機が不純している様に聞こえるがどんなことでもモチベーションは大切。

八幡、えらい。

 

「ハチくんって千葉住みなんだね。・・・・ちょっと遠いや。」

 

あ、そう言えばついリアル情報を話してしまった。

とはいえ、アスナに聞かれた所で別に問題は無いのだが。

 

「あっ・・・・私は世田谷区に住んでるよ。これでフェアだね。」

 

そう言ってニコッと笑うアスナ。

まるで最初の自己紹介を連想させるやり取りだ。

くそ、可愛い。

内心ドキドキし、それを抑えつつ目を逸らす。

 

「負けても無いのに負けた気分だ。クソ。」

 

そして、パンを食べ終わったアスナはゆっくりと口を開く。

 

「・・・・リアルの事を聞くのはマナー違反、それは分かってるんだけどね。こうしてたまには話とか無いと忘れちゃいそうで怖いの。」

 

先ほどの表情と打って変わってアスナは暗い表情を浮かべる。

ここに囚われ、早1ヶ月。

まだ慣れてはいないとはいえ、短くは無い時間をここで過ごしている。

 

「・・・・話せばいいんじゃねぇの?忘れちまったら最前線で頑張ってる意味がなくなるわけだし。」

 

「じゃあさ、また今度教えてよ、ハチくんのリアルの話。・・・・もちろん、私も教えるから。」

 

「・・・・面白くねぇぞ?俺の話なんて。」

 

「たしかに・・・・」

 

否定してくれよ。八幡泣いちゃうよ?

 

そして、数秒の沈黙が流れていく。

周りの雑踏や喧騒が俺の耳に響き、ここで生きているんだと現実を押し付けられているような感覚が俺を襲う。

 

そんな沈黙を最初に破ったのはアスナだった。

 

「ねぇ・・・・ハチくん。」

 

突如、アスナは神妙な顔つき俺の名前を呼んで空を見上げる。

 

「・・・・私は怖いの。この世界で1日無駄に過ごしたら現実世界での私たちの1日は無駄になっちゃう。どんどん周りから置いてけぼりにされちゃう。そう考えると怖くて堪らない。」

 

彼女が突然こんな話をし始めたことに何故、と脳裏をよぎるが・・・・簡単な感情ではないのだろう。

俺には考えても、考えきれない。

さらに言うなら、アスナの言うことは正しいかもしれない。

だが――――

 

「――――俺たちが生きてるのはこの世界だ。現実世界でただ時間を失うんじゃなくて、この世界で一刻一刻と時間を刻んでる。確かにこの世界は《偽物》かもしれない。でも、俺たちは《本物》だ。・・・・この世界で感じたこと、考えたこと、やったことは《本物》なんだ、と俺は思う、たぶん。」

 

アスナは何度か「《本物》・・・・か。」と呟き下を俯く。もう一度空を見上げて、優しくはにかむように微笑む。

 

「・・・・まだ私にはその考えにたどり着けないや。それに、最後の一言で台無しだよ。」

 

その笑顔に内心ドキリと心臓を鼓動させる。

くそ、可愛いなこいつ。

 

そんな思考は途中で放り捨て俺は考える。

彼女が抱いている気持ちは俺には理解できないものだろう。

しかし、この世界で無意味に生きることは無駄に過ごしていると言ってもいいだろう。

 

そう思いながら、俺はアスナがするように空を見上げる。

 

今頃、現実世界ではどうなってるだろうか。

小町は受験勉強、出来ているだろうか。

ごめんな、大事な時期にこんな心配させることしちまって・・・・。

 

雪ノ下や由比ヶ浜は大丈夫だろうか?

一緒に卒業できないことに関しては申し訳ないと思っている。

なんだかんだ言って、居心地の良かったあの部室に戻ることができないのは一生の悔やみだ。

・・・・2人とも、俺のことなんて忘れてくれていいんだ。

お前らは捻くれぼっちの俺のことなんて忘れてちゃんとした人生を送ってくれ。

 

戸塚、愛してる。

 

材木座、ここで死んだらお前を一生恨んでやる。

 

平塚先生、ちゃんと卒業できないダメな生徒ですみません。結婚できる事をアインクラッドで祈っときます。

 

そんな、届きもしない想いを俺は馳せた。

こんな思考の過程に意味なんて無いのだろうが、明日、俺は死ぬかもしれない。

これくらい考えに耽ったって誰も責めたりはしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

ついにこのアインクラッドで初めてのボス攻略が行われようとしていた。

集合時間は朝10時、ぼっちが活動するにはやや早い時間だがしっかりと睡眠は取ったので動きに支障は出なさそうだ。

いや、ぼっち関係ないか。

 

現在、俺とアスナ、キリトの3人組パーティは他のボス攻略プレイヤーと混じり、迷宮区へと向かっている。

ここに来るまで一切のモンスターとエンカウントしてないことから事前に決めていた先行組が仕事をしているという事だろう。

ちなみに先行組はボス攻略できるほどのステータスや装備は無いが、迷宮区は突破できるほどの実力があるプレイヤーたちが志願して集まった。

 

もちろん、安全なレベルマージンは取ってもらっているのでボス部屋付近まで遠足気分で行けるだろう。

 

「それじゃあ、俺たちの担当を復習と役割を説明するぞ。」

 

歩きながらキリトはそう話を切り出して俺とアスナに確認を取る。

俺とアスナは素直に頷き、パーティリーダーの話に耳を傾ける。

ちなみにパーティリーダーはパーティを組んだ経験があるキリトが強制的にすることになった。

 

「ボスの名前は《Illfang the Kobold Lord》。コイツは最初に3体の取り巻き、《Ruin Kobold Sentinel》を出現させる。ここまではいいか?」

 

「あぁ。」

 

「俺たちあぶれ組はこの取り巻きを相手にするのが基本だ。ボスとの直接的な戦闘はほぼ無いだろう。」

 

逆にその方が生存率が高いため俺からすれば雑魚をプチプチ潰しながらの方が良い。

楽な仕事だぜ。

 

そんな事を考えていると、キリトは俺の思考を遮るように話を続けた。

 

「《Ruin Kobold Sentinel》の武器は基本時には棍棒に近いようなハンマーだ。攻撃力、防御力共に高いとは言えないし、打撃、斬撃、刺突に対しての耐性は通常通りのダメージだ。俺たちのレベルなら1人でも余裕だな。」

 

「このゲームならそれくらいが良いかもね。」

 

「あぁ。でも、油断は禁物だ。アイツらは中距離からの高く飛び上がって攻撃してくる。突然距離を詰めてくるから慣れないうちは一人で狩らない方が安全だ。」

 

それにしても、流石キリトだな。そんな細かい内容までよく覚えてらっしゃる。

多分、生粋のゲームオタクだったのだろう。

それに対して俺はβ版のボス攻略には参加していなかったから、ボスどころか取り巻きすら初めての戦いだ。

 

「ポジショニングだが、今回は前衛はハチ、中衛としてアスナ、後衛は俺で行こうと思う。」

 

「・・・・は?なんで俺が前衛なんだよ。」

 

嫌だよ、働きたく無いよ。

誰だ?楽な仕事だぜとか言った奴?あ、俺か。

 

「実力的な判断だよ。《Ruin Kobold Sentinel》は中距離からの振り下ろしが1番強い攻撃だが、弱点でもあるんだ。特にパリィしやすい。」

 

「なるほど、だからハチくんが前衛なんだね。」

 

「そうだ。この中でパリングが1番うまいのはハチだ。ハチがパリィした瞬間にアスナとスイッチ。アスナの《リニアー》なら中衛の位置が1番効果的だ。俺は2人のフォロー役と周囲警戒だな。」

 

俺が前衛なのは不本意ながら納得はしたが、するとは言っていないぞ。

そんな事を心の中で訴えてみる。

それにお前は働いてないじゃないか。クソ、こんな事なら俺がパーティリーダーをすればよかった。

・・・・いや、リーダーという事は責任を負うと言うこと。

専業主婦希望の俺には耐え難い責務になってしまう。

 

ちなみにこれは決定事項のようで何を言っても無駄なようだ。

 

「流石に俺にはハチみたいにほぼ100%パリィすることは出来ない。特に接近してからの下からの振り上げはβ版だと判定がシビアでパリィが難しい。・・・・でも、ハチのプレイヤースキルならできるはずだ。」

 

「褒めてくれてんだよな・・・・はいはい、リーダー(笑)様の言うことくらいは聞いてやるよ。社畜根性だ。」

 

「・・・・なんか嫌味が含まれた言い方だな。――――大丈夫だと思うけど、どれもβ版の情報だからそれは頭の中に留めておいてくれ。」

 

「「了解」」

 

軽い雑談を含めた作戦会議は終了し、俺たちボス攻略をするプレイヤーたちは迷宮区へと足を踏み入れた。

 

フィールドでは軽い会話もあったが迷宮区に入った途端、プレイヤー達の口数は次第に少なくなり居心地の悪い空気が漂ってくる。

 

なんせ初めてのボス攻略。

ここで失敗すれば今後の攻略に支障を来す可能性がある大事な一歩だ。

緊張するのだって仕方がない。

いつもは饒舌(嘘)な俺も緊張で心の臓がバクバクと大きな音を出している。

道中、先行組が獲り逃したモンスターと相対した時には口からただでさえ小さな心臓が飛び出てくるかと思った。

 

あぁ、怖いし、緊張するし、早く帰って暖かいオフトゥンに包まれたい。

小町、お兄ちゃん帰りたいよ。

 

ボス攻略なんて柄でもない事をやるのはこれで最後にしようかと悩んでいると遂に、ボス部屋の前までたどり着いてしまった。

 

先頭にいた今回のレイドリーダー、デアゴスティーニ(案の定名前は忘れたので適当。)は先行組に感謝の意を示し、見送る。

彼らが見えなくなったところで振り返って俺たちに視線を戻す。

 

「この場で俺から皆に言えることは1つだけだ・・・・勝とうぜ!!」

 

デスティニー(仮名)はそう言って力強く拳を突き上げる。

それに応じるかの如く、他のプレイヤーから気合の入った声が上がる。

その鬨の声が鳴り止まぬうちにディスプレイ(仮名)はボス部屋に手をかけた。

 

巨大な両開きの扉はプレイヤーが触れると自動的に開くようにプログラムされているのか、ギギギッと少し不気味な音を立てながらゆっくりと開く。

 

「突撃ぃ!!!!」

 

そのかけ声とともにプレイヤー達は意を決した表情と恐怖感から抜け出すような力強い声を上げてボス部屋に入っていく。

 

ボス部屋はとても広くなっており、長方形のような形をしている。

目測で幅が約20メートル、奥行きが100メートルと言ったところか。

この広さなら40人強のプレイヤーが伸び伸びと戦える。

 

ボス攻略を行う全てのプレイヤーが入り、入ってきた扉がゆっくりと閉まる。

それと同時に辺りの松明に火が灯り、薄暗かった部屋が徐々にはっきりと視界に映し出される。

奥には大型犬のような顔つきをし、3、4メートルはあろう体格。丸々と太ったような体型は脂肪で構成されておらず、遠目からでもはっきりとわかる筋肉の塊だ。その鋼のような肉体から生み出される膂力を持って巨大な戦斧を持ち上げる。

恐らくこのモンスターが《Illfang the Kobold Lord》だろう。

それにしてもこの大きさの犬となれば雪ノ下は絶叫してしまうのではないか?

絶叫する雪ノ下を少し見てみたいという邪な考えを頭を横に軽く振り、吹き飛ばす。

 

「来るぞ!!」

 

ディスコ(仮名)がそう叫ぶと同時に《Illfang the Kobold Lord》は飛び上がり、俺たちプレイヤーの前に立ち塞がる。

大きく息を吸って空気を激しく揺らす咆哮を放つ。

 

「ガァァァァァッ!!!」

 

同時に《Illfang the Kobold Lord》の近くで取り巻きである《Ruin Kobold Sentinel》が3体1度にPOPする。

ボスには3本のHPバー、取り巻きには1本のHPバーが表示される。

 

「よし、俺たちは予定通り取り巻きの対処だ。モタモタしてるとドンドン増えていくからさっさと終わらせよう。」

 

「「了解!!」」

 

俺たちが鞘から剣を抜刀し、構える。

定石通り、《Ruin Kobold Sentinel》が中距離からの跳びはね攻撃を仕掛けたその瞬間が俺たちのボス攻略の始まりの合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もう八幡のキャラが崩壊してるような・・・・。

まぁそこも二次小説の醍醐味ですよね?ね?(脅迫気味)



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第5話

 

 

 

 

「ハチ!左方から新しくPOPした1体がこっちに来る!!アスナと処理するからそっち任せて良いか!?」

 

「大丈――――夫だっ・・・・!!」

 

ボス攻略が開始してから10分程度の時間が経過していた。

現状、β版との差異と言えば取り巻きのPOP数が少し増えているくらいだろう。

まぁつまり、俺の負担が増えてるってことだ。

 

「ググギガァァ!!」

 

アスナとキリトは新たにPOPした《Ruin Kobold Sentinel》の方に対処に行っているため俺は1人でコイツを相手しなきゃならない。

すでに数回のスイッチを得て、十分なダメージを与えておりコイツのHPバーは残り3分の1といったところか。

 

《Ruin Kobold Sentinel》は事前にキリトから聞いた情報通りのアルゴリズムで攻撃してくる。

コイツの主な攻撃は中距離からの飛躍攻撃と接近してからの振り上げ攻撃だ。

 

「――――っ!!」

 

キリトの言っていた通りの接近からの振り上げ攻撃が迫ってくる。

ここで喰らってもコイツのダメージ量を考えれば大したことないのだが、今後のことを考えれば受ける必要性は皆無だ。

《Ruin Kobold Sentinel》が振り上げに対して俺は片手剣を添えるように置き、ハンマーが剣に乗った瞬間を見て切り上げる。

 

バキンッ!

 

火花のようなライトエフェクトと金属音が鳴り響く。

パリング成功だ。

俺はその動作のまま、片手剣を振り下ろす。

案の定、ソードスキルではないためダメージ量は少ない。

 

《Ruin Kobold Sentinel》はパリィされた事によりコンマ数秒の硬直がある。

それを見逃すわけにはいかない。

振り下ろした片手剣を右上に斬り上げ、左方向へと斬り捨てる。

《Ruin Kobold Sentinel》が動き出すのを確認し、後ろの死角へと回転しながら回り込み、そのついでに左から斬る。そして、右から左上へと剣を振るう。

 

片手剣4連撃ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》だ。

 

しかし、これでは《Ruin Kobold Sentinel》を倒すまでには至らない。

ソードスキルを使ってない俺は攻撃力が無い代わりにディレイタイムによる硬直がない。

その動きを殺さないように右下から斬り上げる。

動きを止めないように左から薙ぎ払い、右上から斬り下ろす。

 

片手剣3連撃ソードスキル《シャープ・ネイル》だ。

 

計7連撃もの攻撃を与えたからか、《Ruin Kobold Sentinel》は気持ち悪い悲鳴を上げながら小さな光エフェクトになり、砕け散る。

 

「――――ふぅ。」

 

思わず安堵の息をする。

ほぼぶっつけ本番のソードスキル擬きを連打したのだ。

心臓の鼓動はかなり早く、HPを削っていたとはいえ無傷で勝てたのは僥倖と言うべきか。

何時もならドロップ品を漁ってニヤニヤするところだが、流石にこの現状でそれをする度胸は俺にはない。

 

「大丈夫みたいだな、ハチ。」

 

そう声をかけながらキリトはポーションを飲みながら俺の方に来る。

アスナもポーションを飲んでいるようだが、少し苦い表情をしている。

 

まぁ、このポーション不味いからな。

 

「ってお前らはもう倒したのか?」

 

「あぁ。・・・・アスナが強いからほぼ俺は壁役だったよ。」

 

なんとなく想像はついた。

キリトは持ち前の反射神経で《Ruin Kobold Sentinel》のソードスキルを片っ端から打ち消して、後ろからアスナが串刺し。

恐らくそんな感じだろう。

 

「・・・・俺たちのペースは大分速いみたいだな。今のうちに総攻撃に備えて休憩しよう。」

 

「てか、帰らないか?俺は帰りたい。」

 

俺は仕事が終わったら定時前でも帰りたい人間なんだ。

そんな俺の要求はアスナとキリトによる無言の圧力により却下される。

社畜なんてクソだ。やはり時代は専業主夫。

 

しかし、ここに来てキリトの強さが身に染みて分かった。

俺とは違い、本当にここまでソロプレイで来たことだけはある。

突出すべき点はあの反則的な反射神経だ。

普通なら後ろに下がってガードをすべき場面でコイツはさらに踏み込み、攻撃まで喰らわせている。

俺がアルゴリズムに対して経験と予測で事前に決めたルートを辿っているに対してキリトはモンスターの行動を後から見て行動の選択をしている。

つまり、後出しジャンケンだ。

更に言うならば、圧倒的な戦闘センス。

無茶苦茶な反射神経を援護するかの如く、その場その場で最適な戦闘方法を見出している。

リアルチーターだな。

 

さて、肝心のボス攻略というと順調にダメージを与えているようだ。

ボスである《Illfang the Kobold Lord》のHPバーはすでに2本目が無くなりそうな程だ。

今回のボス攻略のリーダーであるディスペンサー(仮名)は的確な指示を飛ばし、4つのパーティを効率よく動かしている。

たまに危なげない場面があるが、お互いの技量で何とかカバーし合ってるので釣り合いがいい具合に取れている。

 

ここまでの流れはPOPした取り巻きが少し多かった事以外を除けばβ版通りの展開だ。

この後も仕様に変更がなければ、ボスのHPバーが1本を切ったところで最後の取り巻きを召喚して武器を持ち替え、攻撃パターンが変化するはずだ。

持ち替える武器はガイドブックによるとタルワール。

それ以降は《曲刀》カテゴリーのソードスキルを使ってくる。

だが、ここまで来たプレイヤー達だ。

何とかできるだろう。

 

「・・・・ん?」

 

ここで俺の頭の隅に違和感が過ぎる。

 

「・・・・どうしたの?ハチくん?」

 

「いや、あのボス見てると変な違和感を感じるんだよな。」

 

「どういうことだ?ハチ?」

 

ポーションを飲み終わった2人が俺の側に駆け寄ってくる。

・・・・違和感を探すんだ。

このゲームでその違和感は命取りになる場合がある。

他人の力量や心情、考えを読み取ることに長けている俺だからこそ感じ取った違和感。

茅場晶彦はこのまま定石通りに事を進ませるようなヌルい事をする奴か?

その直感が間違っているとは思えない。

 

そして、ボスのHPバーが1割を切った所で事件は起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし!戦斧を手放したぞ!みんな下がれ!」

 

ボスのHPバーが1本を切った所で行動に変化が訪れる。

これから武器が変わり、攻撃力が格段に上がる。

しかし、俺はディマンシュ(仮名)の行動に違和感を覚える。

こういったレイドを組んでの戦闘は完全な素人な俺だが、ここはパーティ全員で囲んで一気に囲んだ方が一気にHPを削ることができる、という事くらいはわかる。

 

しかし、ディテール(仮名)はセオリーとは違う指示を出す。

確かにβ版とは仕様変更が起きている場合はあるため、ここで一旦下がって様子を見るのもあながち間違っては無いのだろう。

 

「俺が出る!」

 

――――っな!?

ディアベル(やっと名前を思い出した)はセオリーを大きく外した行動をとる。

単独でボスに立ち向かったのだ。

 

「・・・・何がしたい?」

 

ディアベルの行動をトレースしろ。

何を目的に1人で突撃する?

命のかかったこのゲームでその行動は余りにも危険すぎる。

士気の向上?《ナイト》としての務め?

そんな単純な理由じゃ無い。

 

「・・・・待てよ?」

 

俺はある一瞬の場面を思い出していた。

攻略会議の際にモヤットボールが乱入してきて、ベータテスターに対して弾劾をしていた時、アイツの表情はとても良いものでは無かった。

俺の発言により、場が収まったことに安堵しているようだった。

それは今回のリーダーとして場が収まった事を安堵したのでは無いとしたら?

・・・・自分が隠していた事がバレなかったと安堵したならば?

 

「――――なんだ?何が引っかかってる?」

 

公式はわかってるのに答えが出せない、そんな歯痒い思考に少し苛立ちが積もる。

 

「・・・・?どうしたの?ハチくん?」

 

「いや、何でもない。」

 

イライラを隠しきれてなかったのか、アスナに心配されてしまう。

解決はしていないが違和感が2つある。

一つはディアベルに対しての違和感。

もう一つ、ボスに対しての違和感が拭いきれない。

すると突然、俺の横でキリトの叫ぶ様な声が上がる。

 

「――――ダメだ!全力で後ろに飛べ!!」

 

キリトの視線の先を追いかけるとボスである《Illfang the Kobold Lord》の腰につけてある武器。

情報によればそれはタルワールと呼ばれる曲刀のはずだった。

 

「――――っ!?そういうことかよ!?」

 

俺が今までボスに対して感じていた違和感はこれだったのだ。

最初に気付くべきだった。

《Illfang the Kobold Lord》が後ろにつけていた武器はタルワールなどではなく、《カタナ》にカテゴリされる野太刀だ。

 

キリトの叫びは虚しく、ディアベルには届いていない。

彼はタルワールだとだと思い込み、そのソードスキルを対処するためのソードスキルをほぼ同時に発動しようとする。

 

「ディアベル!!スキルモーションを起こすな――――」

 

しかし、俺の叫びは届かずディアベルはスキルを発動する。

しかし、ソードスキルを打ち消すには正しいタイミングで行わなければ打ち消せないのだ。

あれは確実に曲刀スキルを対処するためのタイミング。

 

野太刀を振り下ろすボスとそれを横薙ぎにしようとするディアベル。

スキルの発動タイミングはほぼ同時だが、《カタナ》スキルは剣速が途中から早くなる。

その僅かなズレがこの世界では命取りになる。

 

ディアベルの剣はボスに届くことなく、ボスの野太刀により斬り伏せられる。

 

「ディアベルはん!!」

 

近くにいたモヤットボールが悲痛の声を上げるが近くにPOPした取り巻きが襲ってきているため援護に行けない。

 

「キリト!マズイぞ!アイツピヨってやがる!」

 

一時行動不可(スタン)だ。

強力な攻撃などを食らうと身体が動かなくなる。

ボスを目の前にして無防備な状態はマズイ。

 

そして、ボスは振り下ろした野太刀を切り返し、動きを止めるディアベルに追撃を喰らわす。

その威力にディアベルは後方に吹き飛び、HPゲージが激しい勢いで減っていく。

 

「――――クソッ!!」

 

間に合わなかった、早く回復させねば・・・・!

焦る気持ちと裏腹に遮るように先ほどPOPした《Ruin Kobold Sentinel》が肉壁となり俺たちの前に立ちはだかる。

 

「――――アスナ、キリト、さっさと取り巻き倒してディアベル所に行くぞ。」

 

「「了解!」」

 

最初の分配通りに俺は前衛として《Ruin Kobold Sentinel》に突撃する。

アイツの中距離攻撃はパリングしやすいが出方を待つ必要がある。

今はそんな時間はない。

少し厳しい戦いになるが今は時間節約を理由に接近戦で叩き潰す。

 

俺が接近してきたことにより《Ruin Kobold Sentinel》は振り上げ攻撃をしてくる。

ミスは許されない、一刻も早くディアベルの所へ向かわなければならないのだ。

今まで相手の出方を待っていた俺の行動にキリトとアスナは少し困惑を示すが、流石トップクラスのプレイヤースキルを持つ2人だ、俺の意図を感じ取って素早い対応を見せてくれた。

 

「スイッチ!!」

 

《Ruin Kobold Sentinel》のハンマーを最小限の動きでパリィし、後ろのアスナとキリトにスイッチする。

 

先ほどまではあたりの警戒や状況把握に徹していたキリトもアスナに合わせて目にも留まらぬ速さでソードスキルを叩き込む。

 

てか、なんて速さだよ。

アスナの流星の様な研ぎ澄まされた《リニアー》をはるかに凌駕するキリトの剣筋は現段階だとこのSAOで最強レベルと言って良いだろう。

 

「ハチ!!」

 

「おう!!」

 

俺は片手剣を敢えて両手で構える。

こうしてしまうと装備不良というシステムが発動し、ソードスキルが発動せず、片手剣の攻撃力が格段に落ちる。

しかし、俺には関係ない。

 

「――――ッ!!」

 

鋭く息を吐き、踏み出す。

両手剣ソードスキル《アバランシュ》だ。

剣先が《Ruin Kobold Sentinel》に触れる直前に俺は左手を手放す。

ソードスキルの突進技はシステムアシストにより速度が上がるが俺はソードスキルを使えないため、速度がある訳ではない。

わざわざ両手剣持ちにした理由はそっちの方が剣速が出るからだ。

 

SAO内でのソードスキル以外の攻撃は剣速とクリティカルが重要になってくる。

両手剣持ちにすれば剣速が上がり、片手剣でもかなりの威力が出るのだが、両手で持つと装備不良で攻撃力が落ちる。

俺はこのシステムに隙を見つけたのだ。

対象に攻撃が当たる前に片手を離せば剣速は上がり、攻撃力は片手剣を扱ったとしてシステムが認識する。

 

ソードスキルを使えない俺ならではのシステム外スキル。

 

剣先が《Ruin Kobold Sentinel》の身体を切り裂く。

振り下ろした剣をそのまま右脇に引きつけ、4度突き技を放つ。

短剣4連撃ソードスキル《ファッドエッジ》。

ソードスキルで使うと正確さに欠けるこの技もシステムに引っ張られない俺ならば正確に放つこともできる。

片手剣でやると多少やりにくさが出てくるがそこは技量でカバーする。

今までの戦いで《Ruin Kobold Sentinel》のクリティカルポイントは大体分かっていたのでそこを全て狙い撃ちにする。

 

「グギャアッ!!」

 

クリティカル時のノックバックで《Ruin Kobold Sentinel》は軽く体勢を崩す。

 

「キリト!アスナ!」

 

俺がそう叫ぶと、分かっていたかのように両サイドからソードスキルのディレイタイムから解放された2人が飛び出してくる。

他者から見れば超高速な戦闘にも2人は付いてくる。

この2人がパーティメンバーでなかったらこうも上手くは動かない。

 

「「はぁぁぁぁっ!!」」

 

細剣ソードスキル《リニアー》と片手剣ソードスキル《スラント》を繰り出し、《Ruin Kobold Sentinel》の身体を引き裂く。

 

《Ruin Kobold Sentinel》のHPは消し飛び、淡い光エフェクトとなり、砕け散る。

最速討伐に喜びたい所だが、今はそれどころではない。

 

「キリト!!」

 

「分かってる!!」

 

「アスナは本隊の援護に回ってくれ!!」

 

「了解!」

 

持てる筋力値を最大限に活かした全力疾走でディアベルの元へと走る。

 

ここでレイドリーダーに死なれるとかなりマズイ。

士気もそうだが、命令系統が無茶苦茶になって本隊の統率が取れなくなる。

 

ディアベルの元へ駆けつけた俺たちはカーソルを見て悲痛の表情を浮かべる。

先ほどまでほぼMAXだったHPがすでにレッドゾーン入っていて、なお減り続けている。

 

「ディアベル!早くこれを飲め!!」

 

キリトが自身のポーチからPOTを取り出し、ディアベルの口に寄せる。

しかし、ディアベルはそれを震える手で押し返す。

 

「――――たの、んだ、ぞ。」

 

そして、ディアベルのHPが無くなった。

キリトの腕の中で小さな光エフェクトとなり、砕け散る。

 

――――人が、死んだ。

 

初めて目の前で人が死んだ。

ゲーム内でモンスターが死ぬ時の同じ、人が死ぬにはとても安っぽいエフェクトと共に砕け散ったのだ。

・・・・これが、人の死なのか?フザケンナ、こんな死が・・・・あってたまるか。

 

視界の隅には理解が追いつかず、呆然としているディアベルの統率下にあったパーティメンバー。

中には絶望感に表情を染め、膝を落とす者もいる。

当たり前だ、関わりのなかった俺にでさえ激しい動揺が生まれている。

 

「・・・・撤退、するか?」

 

ふと過ぎった言葉をそのままパーティリーダーであるキリトに問いかける。

しかし、同時にここまで来たのにという葛藤も生まれる。

ただのゲームであれば続行すべき場面。

だが、本当に人が死んでしまうこのSAOでは意志の強さも必要となってくる。

リーダーという統率者を失った俺たちにそこまでの士気があるとは到底思えなかった。

 

だが、ここで撤退するという事は攻略の失敗を意味する。

俺たちプレイヤーは1ヶ月もの時間を費やしてやっとのことで第1層攻略、という希望を見出していた。

この戦いで敗戦したとなれば次にフロアボスに挑むのはどれほどの月日が流れるか想像もつかない。

 

統率者が居ない今、更に死者が出るかもしれないリスクを負いながら押し切るか、否かという選択に迫られているのだ。

 

今はタンク隊が何とかボスを食い止めているが、そう長くは持たない。

この答えのない問いに対して俺は・・・・何もできないのだろうか。

 

思考の泥沼にはまりかけ、視界をキリトの方へ向ける。

キリトは歯を食いしばり、覚悟を決めた表情で立ち上がっていた。

 

「撤退は、しない。・・・・ディアベルに、託された。」

 

「・・・・援護くらいは、してやるよ。」

 

リーダーにそんな顔をされては俺も頑張るしかない。

 

「素直に任せろ、とか言えばいいのにな。捻くれ者め。」

 

キリトはそう小さく呟き、俺に拳を差し出す。

 

・・・・あまりそう言うのは柄じゃないが、今は乗ってやるよ。

少し苦笑いを浮かべながら俺は軽くキリトの拳に己の拳を打つける。

 

「私も、やれるわ。」

 

回復のため、後方に下がってきたアスナが飲み干したPOTの瓶を投げ捨てながら、そう言う。

 

「分かった。アスナはあまり正面に立たないでくれ。《カタナ》スキルは初見で見切るのは難しい。」

 

「分かったわ。」

 

「・・・・俺も初見みたいなもんだが?」

 

「ハチは・・・・大丈夫だろ。」

 

なんだよその信頼は?

俺もβ版で少しだけ見ただけだが、ディアベルが受けた攻撃を見る限り対処はできる。

 

しかし、まずやらなければならないことがある。

深呼吸する様に息を吸い込む。

 

「ちゅうっもぉぉぉぉぉく!!!」

 

慣れない大声を俺は吐き出す。

こんなのは俺の役目ではないがやらなければ攻略が出来ない。

現実だとこんな大声を出して仕舞えばその日1日は声が出ないだろうが・・・・ここは仮想世界。

声は、出てくれた。

 

俺の大声にあたりのプレイヤーは俺たちの方を凝視する。

モンスターを対処しているプレイヤーも軽く視界に入れてくれているようだ。

 

「騎士、ディアベルからの伝言だ!!!・・・・ディアベルから託された!!今からコイツがリーダーだ!!」

 

そう言って俺はキリトの肩に手を置く。

とても嫌そうな顔をされるがここは我慢してくれ。

 

「納得できなくても今は無理にでも従ってくれ!!ディアベルの為にも、勝たなきゃ行けないんだ!!」

 

死人を盾に使うなど、俺らしく最低な行為だが・・・・今はここで乗ってもらわなきゃ統率がうまく取れない。

 

「そんなん急に言われても納得できるわけないやろがい!!!」

 

予想した通り、最初に反論してきたのはモヤットボールだ。

 

かなり危うい賭けだが、誰かの一言で何とかなる。

頼む・・・・!!

 

「いや!俺は聞いてたぞ!!『次のリーダーはお前だ』と!!」

 

ボスの攻撃を巨大な斧ではじきかえす大柄な男性プレイヤー。

どうやらこちらの意図を汲み取ってくれたようだ。

 

「――――っクソッ!!ちゃんと指示せんかったら後でしばき回したるからな!!」

 

モヤットボールも遅かったが意図を汲み取った様な表情を浮かべる。

 

そう、ここで必要なのは紛いなりにも認められた統率者だ。

俺が名乗り出ても良かったが、攻略会議の際にかなりの悪感情を周りに与えてしまってる為、反感する奴が多い。

だが、キリトは違う。

 

コイツのプレイヤースキルは他のプレイヤーも嫌ほど分かっているだろう。

柄じゃないというのは分かっているがここは無理にでも押し通さなければ前に進めない場面だ。

許してくれ。

 

「――――っテメ、後で覚えとけよ!!!」

 

そう言って先頭を切って疾走するキリト。

道中、タンク隊や攻撃隊に的確な指示を出していく。

 

「手が空いてる奴らはピヨった奴を引きずってでも後方に下げろ!無理矢理POT飲ませて回復させるんだ!!タンク隊は退路を確保しながら踏ん張ってくれ!!一回耐え切ったら俺たちが出るからその間に回復しとくんだ!!――――オマエら!ここで茅場晶彦(クソ運営)に目に物見せてやれ!!!」

 

「「「茅場晶彦(クソ運営)ザマァ!!」」」

 

変な結束力を見せるタンク隊。

こういう時のネットゲーマーは強い。

隣のアスナに視線を移すと苦笑いを浮かべている。

だが、ネットゲームではこれらは日常茶飯事なので気にしてはダメだ。

 

タンク隊がボスの一撃を弾く。

 

「ハチ!!頼む!!」

 

「おう!!」

 

柄にもなく大声で答えてしまったが、状況が状況だ。

タンク隊の隙間を抜い、ディレイタイム中のボスの懐に入り込む。

ボスはソードスキルを打ち消された事により、よろけるがボスと言うだけあって立ち直りが早い。

片手剣2連撃ソードスキル《バーチカル・アーク》を素早く打ち込む。

もちろんソードスキル擬きな為、攻撃力は無いが俺の目的はそうじゃない。

 

このSAOのモンスターの行動アルゴリズムはとても高度なもので、プレイヤーが無用心にソードスキルを使えばその隙を突いてくることがある。

ソードスキルを使ったと言う判定ではなく、ソードスキルの行動をすると反応するプログラムになっている様だ。

 

俺はそれを逆手に取り、わざとボスに攻撃をさせる。

左から振り払われる《カタナ》系統のソードスキル。

初見だが今までの経験とボスの肩の位置から軌道を予測、剣を横に滑らせパリングする。

 

「スイッチ!!」

 

「おう!!」

 

阿吽の呼吸という言葉を体現した様なタイミングでキリトが前に飛び出る。

キリトが繰り出すのは片手剣ソードスキル《スラント》。

単発系のソードスキルで、上から斜めに斬り捨てる。

 

しかし、ここで予測してなかった事態が発生する。

ここでノックバックを受けるはずのボスが後ろに下がることはせずソードスキルのライトエフェクトを輝かせる。

 

「――――キリト!!」

 

咄嗟にキリトの前に出て行く俺。

迫り来る野太刀をパリングするために剣を構える。

しかし、無理な体勢とタイミングで割り込んだせいでパリングをミスってしまい、弾き飛ばされる。

 

「――――ぐっ」

 

「ハチ!?」

 

マズイ、かなりマズイ。

俺の視界にあるHPバーは破竹の勢いでグングンと減らしていき、イエローゾーンの所でピタリと止まる。

一撃死しなかった事に安堵する遑も与えられず、最悪の事態が発生する。

 

――――身体が動かない。

 

HPが半減する様な大ダメージを負った際に一定確率で発生する一時行動不可(スタン)状態だ。

この状態だとディアベルの様になす術なく、嬲り殺される。

 

ボスはそんな俺の状態を見て、追撃を仕掛けてくる。

視界にちらりと映るキリトはまだディレイタイムが終わってない、助けに来る可能性はかなり低い。

 

「――――ハチくん!!」

 

ボス影から1人のプレイヤーが飛び出てくる・・・・アスナだ。

俺を押し退け、代わりにボスの攻撃が背中に直撃する。

ノックバックが発生してしまい、俺と共にかなりの距離を吹き飛ばされる。

 

「・・・・バカ、何してんだよ。」

 

「へへっ・・・・これでフェアだね。」

 

俺の上に被さり、笑みを浮かべるアスナ。

どうやら、アスナも一時行動不可(スタン)状態の様だ。

 

一命を取り留めたとは言え、ボスの追撃は止まってはいない。

・・・・クソ、女の子を巻きんで死ぬとか小町にめっちゃ怒られちゃうだろ。

ぼっちは、死ぬ時もぼっちで良いのに・・・・。

 

ボスの野太刀が迫り来る中、走馬灯の様に現実世界の出来事が蘇る。

そして、優しく微笑むアスナの顔が視界に入る。

 

「悪りぃな・・・・。」

 

「ううん・・・・ハチくんが近くにいたから助けただけだよ。」

 

諦めのついたような、優しい微笑みを見せるアスナ。

俺はアスナが言ったことが、始まりの街でアスナに言ったことと同じだと気づき、頬を緩める。

 

 

 

――――あぁ、クソ。こんな時にこんな感情が沸くなんて俺らしくない。

 

 

 

そして、野太刀が迫り来る刹那――――俺たちとボスの間に大柄な男性プレイヤーが入り込み、ソードスキルを弾き飛ばす。

 

「スイッチィ!!」

 

踏ん張りの効いた声で叫ぶと別のプレイヤーがタイミングを合わせてボスとの間に入ってくる。

 

他のプレイヤーがボスのヘイトを集め、俺たちから標的を外した様だ。

外国人の様な風貌のプレイヤーは俺たちに手を差し伸べる。

 

「助かった。」

 

「いーや、いつまでもダメージディーラーに壁やってもらっちゃ俺たちの肩身が狭いからな。」

 

俺の一時行動不可(スタン)状態は解除されたので、手を握り返す。

ポーチからPOTを2本取り出し、1本飲み干してもう1本は無理矢理アスナの口に突っ込む。

 

「――――むぐっ」

 

少し不服そうな表情をするアスナを横目に状況を再把握するためにボスの様子を確認する。

ボスのHPバーはすでに残り1割を切っている。

もう少しだ。

 

「ハチ!アスナ!大丈夫か!?」

 

回復のため後方にキリトが下がってくる。

 

「あぁ。なんとかな。」

 

「まだやれるか?」

 

「任せろ。」

 

「私も・・・・!!」

 

アスナの一時行動不可(スタン)も解けた様で少しよろけながらも立ち上がる。

 

剣を握り直し、呼吸を整える。

 

「さっきは助かった。えーっと・・・・。」

 

「エギルだ。これは借りにしとくぜ。」

 

「ハチだ。・・・・契約法って知ってるか?」

 

「はっ!軽口叩けるならいけるな。もう一踏ん張りだ。」

 

借りは作りたくない主義なものでして。

そんなことを考えながら気を引き締める。

 

不思議なもんだ。

こんな状況で、生死を賭けた戦いをしているのにも関わらず・・・・俺はどこかでワクワクしている。

本当の意味でこのゲームを楽しんでいるのだろうか?

別にゲーマーって訳じゃないが、この空間、この生死を賭けた状況こそに俺は《本物》を垣間見た気がする。

 

少し逸れた思考を元に戻し、ボスを見据える。

 

「行くぞ!」

 

キリトのかけ声とともに俺、アスナ、キリトは大地を蹴り出す。

キリトの指示で壁役になってくれているタンク隊とタイミング良くスイッチする。

アスナが初めに《リニアー》で鋭い1撃を刻む。

入れ替わる様に俺がボスの攻撃をパリィ、その後間髪いれずキリトが《ホリゾンタル》を打ち込む。

 

3人の波長、呼吸が全て揃うことで成せる超高速戦闘。

そして、ついにその時が来る。

 

「うぉぉぉおおおっ!!!」

 

キリトが渾身のソードスキルを打ち込む。

右下からの斬り上げ、《スラント》がボスの身体を斬り裂いた。

すかさず俺がフォローに入ろうとした瞬間、ボスが青白い光エフェクトの破片になり、砕け散ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝った・・・・のか?」

 

「みたい、だな。」

 

俺たちは尻餅をつき、ずっと張っていた身体の緊張を解く。

キリトも同様にドサっと座り込んでしまう。

 

部屋の主である《Illfang the Kobold Lord》の姿は居らず、目の前にはデカデカと《Congratulation!!》と表示されたウィンドウ。

 

そう言えば、最後にボスのラストアタックを決めるとボーナスがもらえるらしい。

俺はボス戦したことないから知らないけど、きっとキリトにはLAボーナスを貰っている筈だから後で見せてもらおうか。

 

「Congratulation!素晴らしいコンビネーションだったぜ。この勝利はお前たちのもんだ!」

 

そう言って近づいてきたのはエギルと名乗った大柄な男性プレイヤー。

流石英語圏の人ですね、発音が素晴らしい。

 

「しかし、最初の攻略会議の時から思ってたが・・・・中々の策士だな、ハチ。」

 

「・・・・別に俺は何もしてない。思ったことを言ったまでだ。」

 

事実、俺は攻略会議での場面もボス戦の際も思ったことを言ってだけだ。

 

「あまり謙遜するなよ。・・・・お前の声がなかったらチームが纏まらなかった。ありがとう。」

 

真剣な表情でぺこりと軽く頭を下げるエギル。

今思い出せばあの大声がとても恥ずかしく思えてくる。

今、八幡黒歴史にまた一つ新しい1ページが追加された瞬間だ。

 

・・・・恥ずかしい。恥ずかしくて死にそう。

 

気恥ずかしさを誤魔化すためふと、辺りを見渡す。

プレイヤー達の反応は様々だった。

座り込み、安堵に浸る者。初勝利で歓喜をあげる者。そしてディアベルの死を悲しむ者たち。

そんな状況で1人のプレイヤーが声を上げる。

 

「――――なんでや!!なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!?」

 

声をあげたのは攻略会議や攻略中にも何かと突っかかってきたモヤットボール。

モヤットボールは何故かキリトに向けて憎悪の視線を向けた。

 

「見殺し・・・・?」

 

「そやろがい!!自分はボスがどないなスキル使うか、知っとったやないかい!!」

 

モヤットボールの発言を受け、他のプレイヤーが騒ぎ出す。

たしかにキリトはディアベルが斬り捨てられる前にボスのスキルが分かっているかの様な発言をした。

 

「わいは知ってんねんぞ!自分が元ベータテスターだっちゅうことはな!!ホンマはあのボスがどないなスキル使うとか情報知っとったんやろ!?知ってて黙ってたんやろ!?」

 

「いや、俺は・・・・」

 

キリトが抗弁しようとするが周りのプレイヤーのざわつきによりかき消される。

騒めきは次第に大きくなり、キリトを糾弾する様な声も上がってくる。

 

・・・・これは、マズイ。

キリトは現在、いや今後もSAO最強プレイヤーとして名を馳せて行くだろう。

キリトのそのプレイヤースキルは攻略の核になるに違いない。

今後も多くのプレイヤーを救うだろうし、コイツはこの世界の攻略に必要不可欠な存在になる。

そんな人物を己の利益や場をかき乱すことしか能がないトゲトゲ頭のせいで吊るし上げられている。

 

・・・・この状況を打開する方法、そんな言葉を今の俺は持っているのか?

考えるんだ。考えるしか能が無いなら、計算しろ。

計算して、計算尽くして、隠された可能性を見つけ出せ。

 

・・・・待てよ?そもそもの原因であるディアベルは何故あの時1人で突っ込んだ?

あそこで無理に前に出て得るメリットはなんだ?

そこで俺は1つの答えに辿り着く。

 

「・・・・なるほどね。」

 

思わず呟いてしまったが喧騒に掻き消された様で誰も気づいてはいなかった。

 

ディアベルはきっと元ベータテスターだったのだろう。

あの不自然な特攻もそれなら説明がつく。

ディアベルの目的はきっとラストアタックボーナス、LAで貰えるレアアイテム。

特にフロアボスから貰えるLAは性能が高いと聞いたことがある。

 

ここまでの情報があるなら・・・・俺にできるのはただ一つ。

俺は状況に困惑しているアスナにとても小さな声をかける。

 

「・・・・ごめんな。」

 

「・・・・?ハチくん?」

 

ただの自己満足。

俺はぼっちで良いのだ。

 

文化祭の時も雪ノ下さんは言っていた。

集団をまとめるには1人の悪役(ヒール)が必要なのだ。

 

「――――っははははははは!!」

 

周りが気づくように大声で笑う。

俺が突然、笑ったおかげで注目を集めることができた。

 

「お前ら、本当にバカだよな。」

 

「――――なんやと!?」

 

最初に突っかかってきたのはモヤットボール。

想定通りの流れだ。

 

「ディアベルが死んだのは、俺が唆したからだよ。」

 

その一言で周囲のプレイヤーは唖然とした表情を浮かべる。

 

「あのバカは俺が教えたLAを信じて無理に突っ込んだのさ。・・・・本当に単純だよな?俺が横取りしやすい様に仕向けただけなのに。まぁ、結局はソイツに取られちまったけど・・・・あのいかにもリア充って感じのするアイツの事は嫌いだったから結果オーライか。」

 

「な、な、なんやと・・・・!?おどれ!!」

 

「き、キバオウさん!?落ち着いてください!!」

 

俺の発言についに堪忍袋の緒が切れたのか、モヤットボールは俺に剣先を向けようとするが仲間がそれを止める。

 

「別に斬ってもいいんだぜ?但し、お前はその瞬間から殺人鬼だ。」

 

「おどれに!!おどれに言われたくないわ!!」

 

「何言ってんだよ?ディアベルが死んだのはアイツのせいだろ?・・・・自業自得だろ?いや、自業自得より性質(タチ)が悪いよな、だってアイツのせいで部隊が壊滅しかけたわけだし。ま、死んだのがアイツ1人で良かったよな。」

 

「――――こんクソが!!」

 

仲間の制止を振り払い、俺に剣を振るってくるモヤットボール。

俺は素早く抜いた片手剣でパリィし、剣先を首元に当てる。

 

「・・・・人に剣を向けたんだ、覚悟はできてるだろうな。」

 

「――――っひ」

 

モヤットボールは後ろに後ずさりするが足がもつれ、尻餅をつく。

 

「・・・・次舐めた真似すると、殺すからな。」

 

その一言だけ残して俺は剣を鞘に納める。

第2層へと向かう階段がある方向へゆっくりと歩いていく。

 

「第2層への有効化(アクティベート)はしといてやるよ。寝首をかかれない様に震えて始まりの街で待ってな、腰抜け。」

 

誰も俺に声をかけずに見つめるだけだった。

 

これでいい。

ほらな、誰も傷つかない世界の完成だ。

 

少し歩くと階段の先に第2層への扉があり、俺が階段に足を踏み入れた瞬間に後ろから声をかけられる。

 

「ハチ!待ってくれ!!」

 

「・・・・キリトか。」

 

振り向くとそこにはキリトとアスナがこちらを見ていた。

 

「なんで、なんであんなことをしたんだ。」

 

「・・・・さぁな。」

 

もっと別なやり方があったかもしれない。

そんなことはわかっている。

しかし、あのまま放置すればきっとキリトは俺と同じ様なことをしただろう。

そうすればキリトはソロプレイをすることになるだろう。キリトを1人にするのは攻略の遅れを指す。

 

「付いてくるなよ。俺はぼっちの方が良いんだよ。」

 

そう言って俺はキリトとアスナにパーティ解散の申請を送る。

程なくして許可されたのか、俺の視界にある2人の名前とHPバーが消える。

 

「ハチくん。」

 

アスナが声をかけてくるが俺は振り向かず、立ち止まる。

 

「ハチくんがなんであんなことしたのかは・・・・なんとなくわかった。他にやり方がないってこともわかった気がする。・・・・でも、ハチくんは1人じゃないからね。」

 

「俺は・・・・1人だよ。」

 

その一言だけ、言い残して俺は2層へと上がっていく。

 

全て上手くいった。誰も傷ついてはいないんだ。

俺の脳裏には修学旅行での雪ノ下の一言がただ木霊していた。

 

――――貴方のやり方、嫌いだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




八幡は仮想世界でも自分を犠牲に生きていく・・・・そんな場面を書きたかった。

長ったらしく書いて文字数を見てみたらなんと1万3000字以上と過去最長です。

内容はほぼボス戦なんですけどね笑




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第6話

 

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「・・・・たまたま通っただけだ。」

 

このデスゲームが始まり、5ヶ月の月日が流れた。

現在の攻略階層は昨日で遂に27層へと達したのだが・・・・約半年で27層だ。

ゲームクリアまで程遠い。

 

俺こと比企谷八幡は野暮用といつも使っているプレイヤーメイドの片手剣を修理するために第11層まで降りてきた。

野暮用を済ませ・・・・たまたま通りかかったフィールドでモンスターをいい感じにトレインしていた少女に出会った。

 

トレインとはモンスターを連れて逃げ回っていると電車の様にモンスターが連なっている様に見えることからそう呼ばれているのだが・・・・よく押し付けられたりする場合があるため、ゲームでは一般的にはマナー違反となっている。

簡単に言うとめんどくさいから。

 

特にこのSAOでは死に直結してしまう様な行為なのだが、俺にとってここの階層のモンスターは一撃で葬れる程度のレベルなので仕方なく助けた様なものだった。

 

「何やったらあんなモンスターを惹きつけれるんだよ?ビッチなのか?」

 

「び、ビッチって!?初対面の女子に向かっていう言葉じゃないですよ!?」

 

「・・・・他人にどんな言葉をかけたって他人なんだからそれ以上関係が悪化することはない。」

 

真顔でそういうと、少女は苦笑い浮かべる。

 

「・・・・なんて言いますか、良い感じに捻くれてますね。」

 

「ありがと。」

 

「褒めてないですからね!?」

 

《良い感じ》って言ったじゃないか、つまり良いんだよ。うん、俺は性格がとても良いんだ。

 

そんな一通りの会話を終え、俺はポーチからPOTを取り出して少女に投げ渡す。

 

「飲んどけ、ここは圏外だから下手したら死ぬぞ。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「んじゃ、俺は行くから。」

 

そう言って俺は第11層の主街区《タクト》に向けて足を運ぼうとした瞬間、袖を掴まれ動きを阻害される。

 

「・・・・なんだよ?」

 

「あ、えっと、えっと・・・・お、お礼です!!お礼をさせてください!!」

 

「・・・・断る。」

 

「なんでですか!?命の恩人にお礼くらいしたっていいじゃないですか!?」

 

「俺は養われる気はあっても施しを受ける気は無い。」

 

「だから、お礼ですって!人の話を聞かない人ですね!?」

 

「違う、聞かないんじゃなくて聞きたくないだけだ。」

 

「それなら尚更のこと性質(たち)が悪いですよ!?」

 

この後数回の押し問答が続いたが、結局俺がケーキを奢ってもらうことで解決してしまった。

はぁ、めんどくさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんやかんやで第11層主街区《タクト》に辿り着いた訳だが、少女は一方的に話をしてきた。

 

あのモンスタートレインの原因はどうやらトラップにハマってしまい起きた様だ。

てか、この辺りのトラップ情報は《鼠》の攻略ガイドブックに書いてあったと思うが確認してなかったのだろうか?

 

「そういえばお名前を聞いてなかったですね。私はシリカと言います。貴方は?」

 

「・・・・ぽんぽこりーちょっちょりーな3世だ。」

 

「絶対嘘ですよね?」

 

「っち。」

 

「舌打ち!?」

 

この自称シリカを俺は第一印象から《トレインちゃん》と命名。

心の中で呼ぶとしよう。

 

「・・・・エイトだ。」

 

「エイトさん、ですね。わかりました!」

 

ここで偽名を使ったのには訳がある。

あの第1層攻略から俺は悪い意味で名が知られているのだ。

ディアベルを騙して殺したベータテスター・・・・異名としては《卑怯者》《詐欺師》《インベーダー》なんてものもある。

《インべーダー》ってのが詐欺師を英語でimposterと言うのだがそれとベータテスターを混ぜて《インベーダー》だとよ。

攻略組に軋轢を生む侵略者という意味もあるのでダブルミーニングで罵っているのだ。

全くもってネット民のネーミングセンスは相変わらず素晴らしいものだ。

 

それとあれから一度も俺はボス攻略には参加していない。それどころかパーティすら組んでないのだ。

とは言え、攻略が遅れるのは俺からしても些か不本意な訳でソロで迷宮区に潜ってはマップデータをアルゴ経由で公開してもらってる。

 

「エイトさん、悪いんですけどパーティメンバーに無事を伝えてからでもいいですか?」

 

「・・・・勝手にしろ。てか、パーティメンバー居るんならなんで1人でトレインしてたんだよ。」

 

「あははは・・・・途中で逸れちゃって。この階層にも慣れてきてたんで、1人でもいけるかなって・・・・慢心でした。」

 

少し苦笑いを浮かべながらトレインちゃんはそう言った。

するとトレインちゃんはウィンドウを開き、何回か操作するとキョロキョロと辺りを見渡す。

 

「この辺りにいると思うんですけど・・・・あ、いた!コロル!」

 

そう言って駅前で待ち合わせをしていた女子のように(まぁ女子なのだが)トレインちゃんはぴょんぴょん跳ねながら手を大きく降る。

その視線の先にはこちらに気づいたかのように手を振りながらこっちに向かってくるコロルというであろう1人の女性プレイヤー。

 

「もぉー、シリカってば心配したんだよ?1人で行っちゃダメなんだから――――」

 

そのプレイヤーは俺の顔を見て表情が固まる。

正しい反応だろう。俺も同じ表情をきっとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――せんぱい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・一色?」

 

ゲームでリアルの知り合いと会うというのは気まずいものだが、このゲームでは違う。

 

現実の知り合いと会うとどうなるのか。

喜ぶのか?安堵するのか?それとも、こんなデスゲームに知り合いがいる事に絶望感を見つけてしまうのか・・・・。

一色の見せた反応はまさにその全部だった。

嬉しそうな顔をした後、悲しそうな顔をして最後には目尻に大量の雫を浮かばせながら俺に抱きついてきた。

 

 

 

 

 

 

 

――――え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私がナーヴギアを被ったのは偶然だった。

 

1年生で生徒会長になるという総武高始まって以来の異例なことを成し遂げて生徒会とサッカー部の板挟みになってしまった私は今後の苦労に気を病んでいた。

あのせんぱいの口車に乗せられてしまったのが原因だ。

いや、決めたのは私ですけどね?あのせんぱいの口車に乗せられたことがなんだか腹立たしい。

なにかと理由つけてこき使ってやろーっと♡

 

そんな屈強な精神力を持つ私も多少なりともストレスが溜まっていたのだろうか?

私は普段しないゲームをする気になってしまった。

お父さんが福引で当てた次世代フルダイブMMORPG、《ソードアート・オンライン》。

本気でする気は無かったのだが、話題のゲーム。男子を引っ掛けるネタとしてせっかくなので、という理由でプレイしてしまった。

 

しかし、始まったのはゲームで死ねば本当に死んでしまうデスゲーム。

 

私は死に怯え、1ヶ月以上もの間、始まりの街に引きこもってしまった。

自分の心の弱さに言い訳を重ねているとそんな中、第1層攻略との知らせが入ってきた。

 

街中は歓喜に沸き、私もその熱に当てられついに、外に出ることが出来たのだ。

その中で不穏な噂が自然と私の耳に入ってきた。

 

噂の内容といえば根も葉もない下らないもの。

 

《Hachi》というプレイヤーが攻略リーダーを殺した。

そのプレイヤーは詐欺師紛いの言葉でリーダーを死に追いやったというのだ。

しかし、信頼できる《鼠》と呼ばれる情報屋のプレイヤーが《Hachi》を擁護していることから始まりの街内では何があったのか、と話が交錯している状態だった。

 

女の勘というのか、私の直感はそうでは無いと言ったのは記憶に新しい。私には何となく《Hachi》がした行為が間違いではないと思っていたのだ。

事細かに聞けば聞くほど、その《Hachi》の行動は学校のとあるせんぱいに似ている。

あのせんぱいは総武高で『学校1番の嫌われ者』なんて噂が1年生の間にすら回ってきていた。

それがせんぱいのことだってことを知ったのだって生徒会選挙が終わってすぐのことだ。

でも、あの性格を知っていればなんとなく理解できてしまう。

おそらくせんぱいは誰かを助けるために自分を傷つけたんだろう。自分は傷ついていない、と公言して誰かを守って誰かを救ったのだろう。

《Hachi》はそんな捻くれた優しさを持つせんぱいにとてもよく似ている。あのせんぱいもこの世界にいるのだろうか?

 

・・・・それなら、逢いたい。

 

私らしくない感情が沸き、それだけを頼りにこのゲームが始まって初めてフィールドに出たのだ。

 

遠いけど、きっと《Hachi》が居るのは最前線で戦っている攻略組だ。

時間はかかるだろうがきっといつか会えるのを信じて私は地道にレベル上げを頑張った。

 

この世界では『みんなに好かれる一色いろは』は捨てた。

周りの男子を上手く使ってレベルを上げたってきっと胸を張って《Hachi》の前に立てないと思ったからだ。

そんな時、同じ女性プレイヤーだったシリカと出会った。

年下であろう彼女もこの世界に抗って、生きていたのだ。

数少ない女性プレイヤー同士だからか自然と仲良くなり、パーティメンバーとして毎日のように狩りに出かけるようになった。

 

そして、第11層まで来たところで思いがけない出会いを果たす。

 

あのせんぱいがシリカと共に居たのだ。

 

忘れる訳もない、あの死んだ魚のような目と怠そうに猫背になっている姿。

その時の感情は私らしくもなく激しく動揺していたと思う。

最初は初めて会ったリアルの知り合い、しかも会いたかった人だったのだから嬉しかった。

しかし、同時にこんなデスゲームに参加していると思った瞬間、知り合いがこんなところにいる事に哀しみが湧き出てきた。

 

感情を隠すのが上手い私でもこの仮想世界では泣きたくなくても涙が出てしまう。

私は今まで抱えた感情の制御が効かなくなり、思わずせんぱいに抱きついてしまった。

 

・・・・なんで私は大好きな葉山先輩に会いたいじゃなくてせんぱいに会いたいと思ったのだろうか?

 

そんな答えの出ない問題は頭の隅に置き、わんわんと泣いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「はい・・・・ずみまぜん。」

 

急に抱きついてきた一色はそのままの姿勢でわんわんと大泣きしたのだ。

知り合いを見つけて安堵してしまったのだろう。

人に弱みを見せるより、弱みを握る方がお似合いくらいの腹黒さを持つ一色も結局はただの女子高校生なのだ。

屈強な精神力で前線に立てる同年代はアスナやキリト、俺などの一般的にズレた人間だろう。

勝手に2人をズレた存在として考えたのは怒られそうなので心の奥底にしまっておこう。

 

とにかく、あの一色が泣くとは・・・・というか女子に胸を貸すなど俺の人生でありえなかった事態が発生しているわけでして。でもここは仮想世界だから実際は触れてないけどてか良い匂いするなクソ。ありがとう茅場さん。

 

このアインクラッドで2回も茅場にお礼を言ってるのは俺くらいだろう。とにかく、今はそんな現実逃避じみた思考回路を別の場所に置いておく。

 

現状はなんとか一色が泣き止み、会話ができる状態まで回復したところ。

俺たちの関係・・・・というかリアルの知り合いだと気づいたシリカは気を使って宿屋の一室に2人きりにしてくれた。

 

・・・・なんだかいやらしいように聞こえるかもしれないし、見えるかもしれないが残念ながらこの男八幡にはそんな度胸はない。

平塚先生から『リスクリターンと損得勘定と自己保身にの計算についてはなかなかのもの』と評価されているだけは有る。

・・・・いや、常識的な判断が有ると言うべきなのだろうか。

 

そんな現実逃避じみた思考に浸っていると一色が口を開く。

 

「本当に、生きててくれて良かったです、せんぱい。」

 

「・・・・まぁ、な。一色も生きてて良かったよ。」

 

とはいえ、この4ヶ月間ずっとソロプレイをしてきたわけでして。

実は何度か死にかけている。

ソロでフィールドボスとエンカウントした時は本気で死を覚悟した。

逃げ腰で必死に逃げたのは良い思い出・・・・いや、トラウマ級の悪い思い出ですね。

 

「せんぱい、ここではリアルネームはマナー違反ですよ?・・・・コロルって呼んでください。」

 

「・・・・あぁ、なるほど。分かったよコロル。てか、お前は良いのかよ。」

 

「別に本名言ってるわけじゃないんでセーフです。」

 

確かにそうだが・・・・まぁ、細かいことは後で考えよう。

 

ちなみにコロルはラテン語で《色》という意味になる。

一色の色から取ったのだろう。

え?なんで俺がラテン語なんて知ってるかって?

舐めるなよ、これでも国語は県内有数の進学校である総武高で学年3位。文系科目ならその辺のやつには負けない。・・・・いや、嘘です。すみません。本当は厨二病発症時に『ラテン語って何かかっこいいな。』って感じで色々調べた時の知識です。

 

「せんぱいは・・・・《Hachi》ですか?」

 

そこで俺は表情を固める。

一色は・・・・いや、コロルはこういった類の噂には敏感だろう。

コイツの特徴はあざとさも有るが、それ以上に優れた観察眼もコロルの得意な分野だ。

なんせ、幾多の男を手駒にする程の敏腕JKだからな。

 

「・・・・俺は、エイトだよ。」

 

俺は嘘をついた。

この世界での《Hachi》はあまりにも悪名高い。

そんな人物が中層で頑張っているコロルの邪魔をするわけにはいかない。

 

特にSAOは閉鎖的社会の見本ようなものだ。

噂はネットが無いから事実の確かめようが無いため尾鰭がついてどんどん悪い方向へ広がっていく。

人伝にしか伝わらないから、偏見で事実が捻じ曲がる。

 

ここでコロルとシリカは《Hachi》というプレイヤーに会わなかった、という程の方が彼女らにとって最善だ。

俺と関わったところでデメリットしかない。

 

「うそ、ですよね。」

 

そんな俺の心情とは裏腹にコロルは俺の嘘を見抜いてしまっているようだった。

この俺の完璧なポーカーフェイスをどうやって見破ったのだ?

 

「せんぱいは、現実世界でも嘘ついたら眼を逸らします。結衣先輩から聞きました。」

 

「由比ヶ浜め・・・・。」

 

変なことを後輩に吹き込むんじゃないよあのアホ。

とは言え、それを伝える手段は無いため俺の行き場のない憤りはどうすることもできなくなる。

 

「はぁ。なら、噂は知ってんだろ?計算高いお前なら分かるだろ。俺と関わり持ったってメリットなんて物はねぇよ。」

 

「それでも・・・・目標だったんですよ。この世界で生きていくための、大切な目標だったんです。《本当の自分》で頑張って、この世界で生きていたら、胸を張って出会えるって。」

 

「・・・・その口振りだと、俺がSAOに居るって確信してたんだな。違ってたらどうするつもりだったんだよ。」

 

「せんぱいみたいな捻くれた人、なかなか居ませんから。・・・・ほぼ確信してましたけど、本当に会っちゃったら気が緩んじゃったんです。」

 

なるほど。

つまり八幡は唯一無二のぼっちと言うわけか。

なにそれ?泣いていい?

 

目尻に涙が浮かびそうになってきたので話題を変える。

 

「・・・・んま、いっしき――じゃない、コロルの言う通り、俺が《Hachi》だよ。」

 

「はい、知ってます。」

 

真顔でそう肯定されるとこっちが一方的に自己紹介したみたいじゃないか。

中学の頃に自己紹介したら、苦笑いで『え?あ?うん。』って言われたのをなぜか思い出してしまったじゃないか。

 

そんな黒歴史を勝手に思い出して、勝手に羞恥に浸っていると一色が意を決した表情で俺に言う。

 

「せんぱい、私たちを鍛えてくれませんか?」

 

そう言ってぺこりとコロルは頭を下げた。

もちろん、俺の答えは決まってる。

 

「嫌だ。」

 

「――――即答ですか!?可愛い後輩がこんなに頼んでるのに!?」

 

「自分で可愛いって言っちゃってるし、こんなにとか言いつつ1回しか頭下げてないし。」

 

「いいじゃないですか!――――っは!?もしかして、『女の子に戦わせるなんで俺が許さん。守ってやるよ』って言いたいつもりですか?ちょっとときめいちゃうかもしれないですけどもっとそういう関係になってから言ってくださいあと私は私の力で生き残りたいんですだからごめんなさい!」

 

と告白もしていないのに俺はなぜか振られてしまう。

 

「よく噛まずにいえるよな。てか俺はお前に何回振られれば良いんだよ・・・・。こっちが断る側なのに・・・・。」

 

なんだかこのやり取りがとても懐かしく思えてしまう。

現実世界にいた頃もこうやって一色に何連敗もしたのもすでに良い思い出になりつつある。

 

「てか、やっと調子出てきたな。・・・・んじゃ、俺は行くところあるから帰るぞ。」

 

「なにしれっと帰ろうとしてるんですか!?」

 

「はいあざといあざとい。」

 

「うっわ。可愛い女の子をあしらってる自分、かっこいい〜とか思ってるんですか?調子に乗るのも良い加減にしてください。キモいです。」

 

お願いされている立場のはずの俺が何故こんなにも罵倒されなければならないのだらうか?

てか、キモいって言うなよ。君たち女子のキモいって男子からすれば死刑宣告に近いからな?

 

「はぁ・・・・あのな?一応理由があるんだよ。俺はお前らを鍛えれるほど強くはない。」

 

「・・・・せんぱいはレベル幾つですか?」

 

「プレイヤーのステータスを聞くのはマナー違反だ。」

 

「私は昨日23レベになりました。これでせんぱいも言わなきゃ不公平ですよね?」

 

「いや、一方的に聞かされただけなんですけど。」

 

「ふ、こ、う、へ、い、ですよね?」

 

そう言って俺にグイッと近づき、胸倉を掴むコロル。

なにこの金銭を要求されてないのにカツアゲされてる気分は?

 

ちなみに俺は一度カツアゲされてからお金は靴下の中に隠すようにしている。

やだ八幡策士!

 

そんか思考にトリップしようがコロルは俺に容赦をすることなく更にグイッと近く。

近い近い近い近い近い良い匂いする近い!!

 

屈強な精神力を持つ俺もついに折れてしまい、コロルを直視できないため眼を逸らしつつ口を開く。

 

「・・・・41だよ。」

 

嘘ついても良かったのだが、ここで言ってもまた見抜かれるような気がしたので素直に言う。

 

「攻略組でもトップクラスじゃないですか・・・・。それなら、私たちを守りながらもレベリング手伝えますよね?」

 

確かに俺のレベルはその辺の攻略組をも凌ぐものだ。

俺と同等となれば、キリトやアスナなどと言ったトッププレイヤーになってくるだろう。

 

「待て待て、俺には攻略がある。そんなに手伝えない。」

 

「でも、ボス攻略には参加してないんですよね?・・・・だったら、問題ないじゃないですか。」

 

なんで知ってんだよ。

なに?俺のことそんなに調べるほど好きなの?八幡勘違いしちゃうよ?告白して振られちゃうよ?って振られるのかよ。

 

「いや、俺だってレベリングしなきゃだし?最前線の迷宮区のマッピングしなきゃだし?」

 

「そんなの私たちのレベリングの後でいいじゃないですか。」

 

「俺に徹夜で働けと?八幡死んじゃうよ?」

 

「もう死んだような目じゃないですか。」

 

確かに死んだ魚の目とは会う人会う人に言われるが・・・・なに?そんなに俺を過労死させたいの?

 

「目は関係ないだろ。てか、俺にメリットがない。」

 

「攻略組が増えれば、攻略も早くなって早く帰れる。それじゃあ・・・・ダメですか?」

 

「――――うっ。」

 

そう言ってコロルはウルウルと眼を潤ませながら上目遣いで俺を見つめてくる。

 

「・・・・はぁ、分かったよ。俺が暇な時だけだからな?」

 

「ありがとうございます!じゃあ、シリカにも伝えてきますね!」

 

ぱぁと満面の笑みを浮かべて、コロルは部屋を後にした。

これだから、年下のあざとい後輩は苦手だ。

 

――――小町と姿を重ねてしまって断れなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということなの、シリカ。だからこれからこの人も私たちのパーティに入るからね。」

 

「・・・・色々情報がありすぎて理解できないよ。」

 

そう言って自称シリカ(またの名をトレインちゃん)はそう言って項垂れる。

 

「えっと、エイトさんは実は攻略組の《Hachi》さんで、コロルとはリアルで同じ学校の先輩後輩で、攻略やレベリングの合間を縫って私たちのパーティで鍛えてくれる、と・・・・。」

 

「そうそう!そんな感じ!」

 

「頭がパンクしそうだよ・・・・。でも、分かった。コロルが突拍子も無いことをするのはだいぶ慣れて来たから。」

 

トレインちゃんはとても物分かりが良い子のようだ。

どっちが年上か分からなくなってくるが、この子はすでにだいぶコロルに振り回されているようだ。

 

「てか、シリカはそれで良いのか?俺とパーティ組んでも良いことないぞ?てか、帰って良いか?」

 

「ナチュラルに帰ろうとしないでくださいよ。・・・・それに大丈夫ですよ。コロルからだいぶ《Hachi》さんのお話は聞いてるので。」

 

「なんだよ?話って?」

 

「それは――――「わぁー!わぁー!シリカストップ!!」――――モゴモゴ」

 

突如、トレインちゃんの口を塞ぐコロル。

コロルはだいぶ顔が赤いようだが、大丈夫なのか?

なんか変なデバフでも付いてるのか?

 

「と、とにかく!!せんぱいはなんでこんな中層の方にきてたんですか!?」

 

「慌てすぎだろ。・・・・野暮用と武器の修理だよ。野暮用は済ませたからあとは武器の修理だな。・・・・お前らのせいで本来の目的忘れて帰るところだったわ。」

 

事実、リアルの知り合いと会うという珍しいイベントをこなした俺は本来の目的を忘れて帰宅するところだった。

 

「じゃあ、付いていっても良いですか?せんぱいの御用達のプレイヤーメイド店ってのも気になります。」

 

「・・・・まぁいいけど。こっちだ。」

 

正直言うと付いてきてほしくない。

俺がこれから向かうプレイヤーメイドの武具屋は少しめんどくさい奴が店長だ。

 

そんな所に女子を2人も連れて行くなんて、何を言われるか・・・・考えただけでもめんどくさい。

とはいえ、すでに許可をしてしまったわけだし、許可しなくても勝手に付いてくる可能性があるため諦めることにしよう。

俺の座右の銘は『押してダメなら諦めろ』だからかな。

世の中諦めが肝心なのだ。

 

こうして2人を連れ、俺は《タクト》の中心街の方へ足を運ぶ。

数分歩いたところで安い賃貸形式の宿屋へとたどり着く。

前線からは離れ、職人クラスをやっているプレイヤーはこうして部屋を借りて店として経営している。

プレイヤーハウスは攻略組の俺ですら価格が高いと思うため、低レベルのプレイヤーにはまだ手が届かないのだ。

すると、トレインちゃんが俺に疑問を投げかけてくる。

 

「ハチさんの剣を鍛えてる人ってどんな人なんですか?」

 

「えーっと、めんどくさいやつだな。テンションが特にウザい。・・・・でも、腕は確かだ。」

 

「あー職人気質ってやつですか?」

 

「そういうわけではないんだが・・・・俺の苦手なタイプだよ。」

 

「せんぱいは人間関係全般苦手じゃないですかぁー♡」

 

「ぐっ・・・・!言い返せないのが腹立たしい・・・・!」

 

そうこう言ってるうちにお目当ての部屋に辿り着く。

軽くドアをノックすると中から「どうぞー」という声が聞こえる。

俺が扉を開くとそこには数々の武器が飾られた部屋が視界に入る。

店主の姿はまだ見えない。

連なっている隣の部屋から金属を叩く音が聞こえるのでどうやら作業中のようだ。

 

展示されている武器を眺めながら待つこと数分。

中から黒髪でエプロンをつけた女性プレイヤーが出てくる。

 

「お待たせしました!リズベット武具店にようこそ!――――って、ハチか。」

 

「悪かったな俺で。」

 

「ほんとそれよ。お得意様だから文句はないけど修理頻度高いし、求めてくる能力値は高いし面倒なのよアンタ。」

 

文句言いまくりじゃねぇか。

しかも、お得意様にそんなことを面と向かって言っちゃうの?

 

少し計算が入っていそうな笑顔が特徴的な活発系女子。

彼女こそが俺が贔屓に使わせていただいているリズベット武具店の店主、リズベット。通称リズ。

第18層攻略中に迷宮区でアスナと偶然会った時に教えてもらったのだ。

 

「――――って!?ハチが女子連れ!?」

 

「・・・・悪いかよ。」

 

「へぇ・・・・結構可愛い子たちね。」

 

そう言ってコロルとトレインちゃんをじっくりと値踏みするように見つめるリズ。

 

「アスナに言っちゃおうかな?」

 

「なんか怖いからやめてくださいお願いします。」

 

このペースを持っていかれるところが俺がリズを苦手とする部分だ。

とは言え、現時点でこれほど腕の良い鍛治士は居ないため生存率を考えると必然とここに通うしか無くなる。

 

「へぇ・・・・女の人なんですね、せぇんぱい?」

 

「コロルさん?なんだか声色が違いますよ?いつものあざとさMAXな声はどうしたんでしょうか?」

 

なんだよこの板挟み的な状況は?

なんてエロゲ?

いや、エロ要素ないけど。

 

「まぁ、後でこの事は根掘り葉掘りと聞き出すとして・・・・今日も武器の修理?見せてみなさいよ。」

 

「なんでそんな上からなんだよ・・・・ほらよ。」

 

リズの対応に少し不満を抱えてしまうが本来の目的を果たそう。

俺は背中の鞘に収めている片手剣をリズに渡す。

リズは剣を受け取ると早速、ウィンドウを開いて鑑定スキルで状態を確認する。

 

「――――って!?3日前に修理したばっかりよね!?なんでこんなに耐久値減ってんのよ!」

 

「・・・・迷宮区で三徹してたから、かな?」

 

少し目を逸らしながら俺はそう言った。

この世界で睡眠を削る事は自殺行為に等しいが、俺は気にせずソロで迷宮区に連日潜っていた。

睡眠を必要とする理由としては身体の疲れが原因とどこかの本で読んだことがある。現実世界で身体を動かしていない俺たちは理論上、そんなに睡眠を必要としない訳で多少の徹夜は問題ないのだ。

あとはプラシーボでなんとかなる。うん、プラシーボって言葉は便利だ。これで大抵の人は納得してくれる。

 

「アンタねぇ・・・・。まぁいいわ、ちょっとこれは時間かかるわ。待ってて。」

 

そう言ってリズは隣の部屋に入っていく。

中から砥石で剣を研ぐような音が聞こえてきたところでコロルの方を見るとジト目でこちらを見ていた。

 

「・・・・なんだよ?」

 

「せんぱい、そんな無茶なことしてたんですか?」

 

「安全マージンは取ってるし、安全地帯(セーフティゾーン)でたまに仮眠も取ってた。それに俺はソロだからこうでもしないとな。」

 

このSAOでソロプレイというのはかなり危険を伴う。

基本的にモンスターは群れで行動していることが多いため、ソロで戦うには分が悪い。

そのため俺は迷宮区を連日練り歩き、単独行動をしているモンスターだけを狙って狩っているのだ。

第1層攻略後の俺のプレイスタイルはこれを一貫して行っていた。

 

しかし、やはり倒せるモンスターの量がパーティに比べて少ないため、レベルを維持するためにはこういったことは必要になってくるのだ。

 

「・・・・まぁいいです。その代わり、今日はレベリング手伝ってもらいますからね!」

 

不服そうな態度を取られてしまったが、これが俺のプレイスタイルだ。

今更、変えようとは思わない。

それにこの副産物として迷宮区のマッピングが捗ったことに変わりはないし、第1層と第3層と第12層を除いた全ての層のボス部屋は俺が見つけた訳だし。

てか、その代わりってなんだよ。どうせ確定事項だろ。

 

そして、15分ほど経った頃にリズが俺の剣を持って出てくる。

 

「はい。これで耐久値はMAXになったけど、あんまり無茶な攻略はしないでよね。アンタが死んじゃったら悲しむ人が居るってこと忘れないこと。いいわね?」

 

「・・・・善処するよ。」

 

俺が死んだところで悲しむ人はいない、なんて事は今まで思った事はない。

現実世界には小町が待っているのだ。

小町を悲しせることなんて、お兄ちゃんとしてできるわけがない。

あ、小町さんや、今の八幡的にポイント高いぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リズベット武具店を後にした俺たちはフィールドへと繰り出した。

 

誠に不本意ながら、コロルとトレインちゃんのレベリングを手伝う約束を果たすためだ。

ちなみに無期限らしい。わぁーいゲームがクリアされるまで働けるドン!

 

今コロルたちが戦っているのは《Wicked Vine》。

メロンのような柄を持つ球体状のモンスターだが、ドロップするアイテムから見てどうやらサボテンらしいのだが・・・・メロンにしか見えない。

しかし侮るなかられ、《Wicked Vine》は素早い攻撃を得意とし鋭い鉤爪でヒットアンドアウェイを基本とした戦い方だ。

そして、1番厄介なのは群れをなしてることが多く、2人以上のパーティを組んでいないと囲まれてしまうことがある。

ちなみに俺はこの層を攻略中に何回も囲まれて死にかけた。

そうやって群れを成す奴らはぼっちを寄ってたかっていじめてくる。

 

そんな思い出に耽りながらもコロルたちへのアドバイスは忘れずに行う。

 

「シリカ、ソードスキルの発動が早い。今のうちはなんとかなってるけど、20層過ぎたあたりからそれじゃあ通用しなくなるぞ。何度も相手のソードスキルを見てタイミングを身体で覚えるんだ。・・・・コロルはスイッチのタイミングが合ってない。前衛や盾役の奴らが苦労するぞ。」

 

「「はい!!」」

 

何だかんだ言いつつも俺は真面目に2人の教育に勤しんでいた。

まぁ、知り合った奴がどこかで死んだと知らされるのはキツイものがある。いや、この世界でも知り合いは少ないのでそんな経験はないですが。

とにかく、コロルはリアルでも知り合いだ。

ここで見捨てたとなれば雪ノ下や由比ヶ浜に顔向けできない。

 

そんな理由もあってか、俺は比較的に真面目な講義をしている。

 

「シリカ、短剣は武器の面積が小さいからパリング向きじゃない。ベストなタイミング以外使うな。タイミングが悪かったら後方に下がって回避に徹しろ。」

 

「はい!」

 

「コロルは槍なんだから中距離での攻撃に徹しろ。接近し過ぎたら逆にクリティカル喰らうぞ。自分の攻撃範囲を把握して、ギリギリのラインでの戦闘を心がけろ。」

 

「はいぃ!!」

 

トレインちゃんとコロルのパーティは思った以上にバランスの取れたパーティだった。

 

基本的な前衛は短剣使いのトレインちゃん。

先程シリカにアドバイスした通り、パリングはし難い武器だが細かな攻撃でモンスターのヘイトを集め、回避やソードスキルで攻撃を相殺している。

そしてスイッチでコロルと入れ替わる。

コロルは槍使いで中距離からノックバックでトレインちゃんとモンスターとの距離を離し、トレインちゃんが作った隙を上手い形で利用している。

2人しか居ないパーティなのだが、効率のいい攻撃パターンを繰り出している。

正直言うと最前線にいる攻略組でもこんなに練度が高いパーティはほぼいないだろう。

 

数回の戦闘を行い、それなりに疲労が溜まったところで今日は切り上げることにした。

 

「おつかれ。」

 

「ふぅ・・・・でも、凄く的確なアドバイスでした。ハチさんは本当にパーティ組んでないんですか?」

 

「まぁ、な。第1層攻略からは誰ともパーティを組んでない。」

 

「せんぱいは観察眼が凄いですからね。」

 

「人間観察はぼっちの必須スキルだ。他人の行動を先読みして、関わりを持たなくする。ずっとそういう生き方してきたからな。」

 

「自分で言ってて悲しくなりません?」

 

そ、そんなことない。あれ?目から汗が・・・・?

 

そんな会話をしながら俺たちは第11層主街区《タクト》に戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小町ちゃん!!入学おめでとう!!」

 

「おめでとう、小町さん。」

 

「ありがとうございます!これからよろしくお願いします!」

 

お兄ちゃんが《ソードアート・オンライン》に囚われてついに5ヶ月の月日が経った。

お兄ちゃんはまだ帰っては来ていないが、生きている。

季節は巡り、ついに春。

私は総武高校に入学することができたのだ。

 

友達とも遊ばず、とにかく必死に勉強してなんと小町が特待生として入学することになった。

特待生は入学金の免除や授業料の免除が含まれており、両親は大喜びだった。

 

私はそのお金をお兄ちゃんのために取っておいてくれと両親に頼み込み、少し渋ったが了承を得た。

 

今は最初の授業が終わり、放課後に奉仕部に遊びに来たというわけだ。

この2人には感謝しても仕切れないほど勉強を教えてもらった。

特に雪乃さんは分からないところなどは全て優しく教えてくれたし、結衣さんは・・・・一緒に勉強してくれた。

 

「特待生は凄いよ!私も鼻が高いよ!」

 

「由比ヶ浜さんは一緒勉強してただけでしょう。特に何もしてないわ。」

 

「うっ!?で、でも、一緒に勉強することが大事なんだよ!」

 

「そうですよ、雪乃さん。一緒に頑張れる人が居るだけで心強いものですよ!」

 

「・・・・私はそうは思わないけれど、モチベーションは大切なのは分かったわ。」

 

雪乃さんは1人で黙々と勉強するタイプなので確かに私たちの言い分は分からないのだろう。

 

「あ、今日はお兄ちゃんの所へ行こうと思ったんですけど一緒に如何ですか?」

 

「ええ。私は行かせてもらうわ。」

 

「私も行く!」

 

今年から2人は受験生という事もあり、今までほどお兄ちゃんへのお見舞いが出来ないだろう。

それなら、出来る限り誘ってあげたほうがいい。

 

「・・・・そう言えば、ここの生徒会長さんもSAOに、でしたよね?」

 

そう言うと2人は少し暗い顔をする。

 

「うん。今は副会長さんが代理でやってるけど・・・・いろはちゃんも囚われてるの。2人とも面識あるから、もしかしたら今頃一緒に居たりするかもね。」

 

「そうだったんですか・・・・。」

 

お兄ちゃんは学校での出来事はあまり家では話さない。

まさか生徒会長さんと知り合いだとは・・・・。

むむ!?もしかして、新しいお義姉さん候補!?

 

「それに・・・・彼も、よね?」

 

「うん。戸部っちが凄く悲しんでた。戸部っちからしたら大切な友達と後輩が2人同時に居なくなっちゃったんだもん、仕方ないよ。・・・・それに優美子なんて、日に日に窶れていくし、見てられなかったよ・・・・。」

 

「え?まだこの学校にSAOに囚われてるの人が居るんですか?」

 

「うん。聞いたことあるんじゃないかな?有名人だし。名前は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――葉山隼人、サッカー部の元部長だよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




俺ガイルで1番好きなキャラはいろはす。
異論反論異議申し立ては一切受け付けない。



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第7話

予想以上反響に私自身嬉しさでいっぱいです。

一瞬ですが日間ランキング91位・・・・ふぁっ!?

こんな拙い小説、読んでくれてありがとうございます!

引き続き宜しくです!


 

 

 

 

どうしてこうなった?

俺の頭の中をそれで埋め尽くしたい所だがそれどこではなかった。

そんな思考は頭の隅へと追いやり、目の前の敵を斬り裂く。

 

「シリカ!コロル!無理するな!!壁を背にして回り込まれないようにするんだ!!」

 

「は、はい!!」

 

「キリト!!早く援護に行け!!ここは俺がなんとかする!!」

 

「――――あぁ!!」

 

大混戦のモンスターハウス。

余りにも多いモンスター達を俺とキリトは次々と斬り倒していく。

 

なんでこんな事になったか、話は数日前まで遡る――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このデスゲームが始まって半年の月日が流れていた。

モンスターをトレインしていたシリカ、そして現実世界の後輩でもある一色いろは改め、コロルと出会って1ヶ月経つ。

 

俺はコロルの上目遣いに負け、2人を鍛えることにしたのだ。

 

2人のプレイヤースキルはキリトやアスナには及ばないものの、攻略組でもやって行けるほどの実力はあった。

だがレベルが足りないため、攻略にはまだ参加できていないという状況だ。

俺が指導と援護をしていたので2人はどんどんレベルを上げていき、今では25層まで到達している。

 

とはいえ、レベル的にはまだマージンを取れてないため前線では戦わず安全策として少し下層の20層で経験値を稼いでいるところだ。

 

「コロル!スイッチ!」

 

「うん!!」

 

シリカのソードスキルの打ち消しはかなり上手くなっている。

コロルも隙を作らないスイッチをしている。

2人のコンビネーションはまさに阿吽の呼吸だ。

 

「やぁぁ!!」

 

コロルの両手槍3連撃ソードスキル《トリプル・スラスト》が決まり、カマキリのようなモンスター(名前は忘れた)は光の欠片となり砕け散る。

 

「おつかれ。」

 

「だいぶモンスターのアルゴリズムに多彩さが出てきましたね。打ち消すのが大変です。」

 

シリカはそう言ってふぅと息をつく。

 

「20層を越えたあたりからこんなのばっかりだぞ。・・・・でも、上手く対応出来てる。」

 

そう言いながら俺はシリカの頭を軽く撫でる。

 

「えへへ・・・・。」

 

・・・・あ、やべっ。ついお兄ちゃんスキルが発動してしまった。

 

とはいえシリカはなんだか気持ち良さそうな表情をしているので・・・・ハラスメントで黒鉄宮に送られたりはしないよな?てか、ごめんなさい。

 

「むぅ〜シリカ、ズルイよ。せんぱいせんぱい!私にはないんですかぁ?」

 

語尾を伸ばすな。アホっぽく見えるぞ。

 

「あざといし、ハラスメントで黒鉄宮に送られそうだからやめとく。」

 

「ちぇっ」

 

なにこの子?隙あらば俺を犯罪者にしようとしてたんですか?

そして黒鉄宮に送られたくなければ100万コル支払えというんですね。支払ったら黒鉄宮に送られるんですね。そんなことは八幡にはお見通しだからね?だから触らない方が身の為。

 

「にしても、このフィールドはヤバイです。マジキモいです。」

 

コロルがそういうのも仕方がない。

ここはアインクラッド第20層の《ひだまりの森》。

主に出現するモンスターは昆虫系がほとんどで・・・・正直に言うとかなりキモい。

 

「文句は茅場晶彦(クソ運営)に言ってくれ。・・・・まぁ、キモいモンスターもRPGの醍醐味の一つだ。」

 

どんなRPGにもキモいモンスターは居るものだ。

割り切って戦っていないとこっちが滅入ってしまう。

 

こういったリアルな感情も茅場が望んだ世界観・・・・《本物》なのだろうか?

どうせこんな思考に意味はないが、たまにはこうやって考えることも間違いではない気がする。

 

「そういえばせんぱい、そろそろホームを移しましょうよ。11層も人が多くなってきましたし。」

 

突然の話題変更をするコロル。

1ヶ月前から俺たちはずっと第11層の宿屋に泊まっている。

いや、もちろん部屋は別だよ?てか、俺の本当のホームは25層なんですけど。

 

とにかくコロルの言う通り、11層も人が多くなってきた。

攻略が進み、戦闘が得意ではないプレイヤーも攻略ガイドブックや上層プレイヤーからの支援を受けれるようになり、始まりの街に引きこもっていたプレイヤーも出てくるようになったからだ。

 

「その辺は任せる・・・・。俺はそろそろ自分のレベリングしなきゃならないからな。」

 

「あ、そうでしたね。忘れてました。」

 

忘れるんじゃない。

この2人と行動するようになってからは昼間はコイツらのレベリング、夜は俺のレベリングと過密シャケジュールをこなしている。

とはいえ、シリカとコロルは気を使ってくれてるのか戦闘はほとんど2人が行なっている。

俺は基本的にただ見ているだけで、たまに援護やフォロー、指示をしているだけだ。

 

「んじゃ、行ってくる。」

 

「気をつけてくださいね。」

 

「ん。」

 

一言だけそう伝えてきたコロル。

コロルは何があってもこれを欠かさない。

一度だけ何も言わずに前線に戻ったことがあるのだが、その時は泣きながら怒られた。

それからというもの欠かさずに前線に戻るという旨は伝えている。

さてと、今の前線は・・・・28層だっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わりアインクラッド第28層フィールドダンジョン《狼ヶ原》。

 

素早い狼系のモンスターが多数出現する、ソロには少し攻略し辛いフィールドだ。

とはいえ、この世界に来てからすでに半年。

ソロでの戦闘には慣れてきて、一対多数の戦闘には自信がある。

特に俺の戦闘スタイルは戦闘時間が長い代わりに硬直時間がないので隙ができにくいので多数の相手をするには持ってこいなのだ。

 

狼系のモンスターは素早い代わりに攻撃力は低い。

最近編み出した技の練習には丁度良い練習相手だ。

 

「・・・・多いな。」

 

しかし、現在俺の前にPOPしているモンスターの数は5体。

ソロでの攻略は少し骨が折れる。

 

とはいえ、エンカウントしてしまったからには逃げる事は難しい。

転移結晶を使えば逃げれるが、安いものではないので出来る限りの節約をしなければならない。

 

そんな思考を巡らせていると1匹の狼が襲いかかってくる。

鋭い犬歯が迫り来る。

 

「――――っ!」

 

開いた口に容赦することなく、片手剣の刃を滑り込ませる。

そのまま振り切るとダメージエフェクトを発生させながら狼が後方に弾き飛ぶ。

 

すると、間髪入れずに2匹同時に俺の方へ突撃を加える。

俺は左手でウィンドウを軽く操作し、片手剣から短剣に持ち帰る。

ほとんどの片手武器で初期から習得できる共通派生機能(モディファイ)である《クイック・チェンジ》だ。

クイックチェンジは、メニューウインドウに配置できるショートカット・アイコンを押すだけで装備武器を瞬時に変更できる。

俺の戦闘スタイルはソードスキルを使用しない変則的な剣術だ。

ソードスキルの再現にはやはりそのソードスキルに似合った武器の方がやりやすい。

 

放つのは短剣4連撃ソードスキル《ファッド・エッジ》。

ソードスキルでは無いが確実に敵のクリティカルポイントにヒットさせればソードスキルと同等のダメージを与えられる。

 

「ガァ!!」

 

2匹に2発ずつヒットさせ、ノックバックで弾き飛ばすと入れ替わるように残り2匹が襲いかかってくる。

普通のプレイヤーなら硬直時間(ディレイタイム)によりダメージを喰らう場面だが、俺は違う。

 

犬歯を短剣で受け止めるとその場に置くように剣を手放す。

手放す直前に左手でウィンドウを操作し、ショートカット・アイコンを押す。

短剣は姿を消し、俺の右手に片手剣が現れる。

 

1匹の運動ベクトルを後ろに流しながら、右に一回転し後ろから迫ってきていた1匹を斬り裂く。

その勢いで前方から襲い来る狼に片手剣3連撃ソードスキル《サベージ・フルクラム》を再現する。

左からの水平斬りをし、垂直に斬りあげる。トドメに垂直に斬り下ろす。

 

ノックバックで後ろに飛んでいく1匹を視界に入れ、確認したところで後ろにいる4匹の相手をする。

すでに1匹がこちらに向かってきているのでクイック・チェンジで両手剣に切り替える。

両手剣2連撃ソードスキル《カタラクト》を繰り出し、1匹のHPを消し飛ばす。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

直ぐさまにクイック・チェンジをし、行動に制限がかかり難い細剣に切り替える。

細剣6連突きソードスキル《クルーシ・フィクション》。

十字形に突き技を放つソードスキルだ。

 

そして、攻撃を喰らったモンスターのHPが消し飛ぶ。

残り、後方に1匹、前方に2匹。

 

直ぐさま左手でウィンドウを操作。片手剣に持ち替える。

まず最初に狩るのは前の2匹。

持てる筋力値を最大限に生かして加速する。

そのままの勢いで片手剣4連撃ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》を再現する。

 

2連撃ずつモンスターにヒットさせ、HPを吹き飛ばす。

直ぐさま後ろを振り返るとこちらに猛スピードで迫り来る1匹の狼。

あと、お前だけだ。

 

ここまで来れば余裕を持って倒せる。

単調な攻撃を回避しながらカウンターで攻撃を数回繰り返すとモンスターのHPは無くなり、光の欠片となり砕け散る。

 

「・・・・ふぅ。」

 

不利な戦いだったとはいえ、ノーダメージで切り抜けられた。

運も良かったが、ここ1ヶ月で習得した新しい戦い方が思ったよりも効果的だった。

 

《クイック・チェンジ》を使用した多変則な剣術。

1対1から1対多数の場面でも自由な攻撃ができる上に左手さえ開けていれば隙もでき難い。

特にプレイヤーとの対戦・・・・PvPでは効果は絶大だと自負している。

 

とはいえ、これをやれば武器の種類やスキルの習得に時間がかかるというデメリットもある。

奥の手として取っておこう。

 

「流石だな、ハチ。」

 

「うぉえい!?」

 

《クイック・チェンジ》の戦法の復習を脳内でじっくり思考していた時に突然、後ろから声をかけられ思わず変な声を上げてしまった。

うっわ、恥ずかしい。

 

後ろを振り返るとそこにはいつもと同じ、黒尽くめの装備で身を固めたキリトが立っていた。

 

「んだよ・・・・キリトか。話しかけるときは3日前から知らせてくれ。」

 

「・・・・何言ってんだよ。相変わらず捻くれてるな。」

 

そう言いつつ、苦笑いを浮かべるキリト。

ぼっちはな、話しかけられるのに慣れていないから事前に心の準備をしておかないとダメなんだよ。

そしてできるなら話しかけないでほしい。

 

「んで、何の用だ?」

 

「いや・・・・用はないんだが、たまたま見かけたからな。見させてもらった、さっきの戦闘。ハチらしい変な戦闘だった。」

 

マジかよ、恥ずかしい。

あの《クイック・チェンジ》を使った戦法はとても変則的なため、正直言うと他人に見せれるものではない。

今回は上手くいった方だから良かったもの、普段はよく武器を間違えてダメージを喰らっている。

 

「勝手に見んなよ・・・・。てか、こんな時間にレベリングか?お前こそ相変わらずぼっちなんだな。」

 

「お前にだけは言われたくないが・・・・まぁ、色々あるんだよ。」

 

そう言ってキリトは目を逸らす。

人が視線を逸らすときは大体やましいことか、人に言いづらいことがある時だ。

訓練されたぼっちはそこを見極めて接する。

 

「あっそ・・・・。ま、がんばれよ。」

 

「――――・・・・あぁ。お前も、な。」

 

何かを言いかけたキリトだったが、口を閉じ、別の言葉を投げかけてきた。

 

キリトのHPバーの上にはギルドに入れば付くアイコンが表示されている。

ソロのコイツがギルドに入ったというのはとても聞いてみたい衝動に駆られるが、そこはぐっと堪える。

自分から何も言わないということは言いたくない、という事だ。

キリトが心の拠り所を見つけたというなら、元相方としては喜ばしい事だ。

 

キリトは何も言わずにその場を立ち去った。

何かを抱え込んだその姿は、どこか哀愁漂う感じの背中を見せてどこかへと行く。

 

・・・・何を背負っているかは分からないが、顔立ちから年齢は小町と変わらないだろう。

そんな多感な時期にこのデスゲームに囚われているのだから、些細なことで気に病んでしまうのは仕方がない事だ。

 

キリトはこの世界で最も強く、この世界でのキーパーソンとなり得る人物。

そんな俺の期待すらキリトには重みになっているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある日の早朝。

俺はシリカとコロルを連れて第27層の迷宮区までやってきていた。

 

2人の戦闘も安定し始め、俺の助力によるレベリングも大詰めを迎えたのだ。

そこで、一気に階層を超えて27層に遠征という形でやってきている。

 

「いきなり上層で訓練と聞いて、最初は怖かったんですけどなんとかなりますね。」

 

周囲を警戒しながらシリカはそう言う。

 

「あぁ。レベル的には余裕だったんだが、このSAOは安全に安全を重ねるくらいが丁度良いくらいだ。慢心はするなよ。」

 

「はぁーい!」

 

返事すらあざといこの後輩は平常運転のようだ。

シリカは先程から少し怯えた様子でも周囲警戒は怠ってはいない。コロル、見習え。

 

「私たちもそろそろ最前線・・・・ですか。ハチさんと出会う前は夢のまた夢だと思ってました。」

 

「私は最初から最前線に行くって言ってたじゃん。」

 

「コロルの言うことはいちいち気にしてないからね。」

 

「えーっ!?なにそれ!?」

 

シリカに対してぷくーっと頬を膨らませるコロル。

・・・・由比ヶ浜がやるとそれなりに可愛いと思ってしまうこの行動すら不思議なことにコロルがやるとあざとさが増す。

 

「おい、遠足じゃないんだから気を抜くな。」

 

「せんぱいもシリカに言ってくださいよぉ!私は至って真面目なんですぅ!」

 

それならまず語尾を伸ばすのは止めような。

ツッコミする気すら無くなりかけたその時、俺の《索敵スキル》が反応する。

2人に話すのを止めるようにハンドサインを送ると理解したのか、真剣な表情になる。

 

「ほら!俺たちなら余裕だって!」

 

「もう少しで最前線に行けるかもな。」

 

「あったぼーよ!」

 

俺の《索敵スキル》が反応したのはモンスターではなく、プレイヤーのようだ。

とはいえ、プレイヤーにも気をつけなければならないのがこのSAO。

 

最近の出来事を挙げるとすれば25層攻略時の《アインクラッド解放隊》と呼ばれる大規模ギルドの壊滅事件だろう。

嘘の情報を与え、ギルドを壊滅に追い込んだのはプレイヤーによるものとアルゴから聞いている。

そんな間接的なPKどころか直接的なPKすら起こっているこの世界で、信頼関係が出来ていないプレイヤーと接点を持つのは出来る限り避けた方がいい。

と言うのが建前で、本当は他のプレイヤーと話したくないというのが本音。

 

俺たちはそっと物陰に隠れ、《隠蔽スキル》を発動して待機する。

 

「・・・・ん?」

 

プレイヤー集団の中には見を覚えがある人影。

昨日、フィールドでエンカウントしたキリトが居たのだ。

 

「――――誰だ!!」

 

案の定、俺たちの《隠蔽スキル》を見破ったのはキリトだった。

ソロプレイで必須の《索敵スキル》を習得し、それなりの熟練度を誇るキリトならば仕方がないことだ。

 

「ど、どうしたの?キリト?」

 

「俺の索敵スキルが反応した。・・・・そこにいる奴、出てこい。」

 

「ま、待てキリト。俺だよ。」

 

「・・・・なんだ、ハチか。」

 

両手を挙げ、《隠蔽スキル》を解除しながら俺たちはキリトの前に姿を現わす。

流石にここで姿を現さなければただの不審者だ。

しかも、知り合いでもあるキリトを無視するわけにもいかない。

 

「・・・・なんで隠れてたんだ、って聞こうと思ったけど・・・・なんとなくわかったよ。」

 

「ご理解が早いことで。」

 

ふと、キリトの周りにいるプレイヤーを見る。

・・・・オレンジではないのだな。良かった。

 

ないとは思ってはいたが、キリトが隠したい事柄がそういうこと(・・・・・・)なら俺は敵対する可能性すら考えていた。

だが、反応を見る限りこのグループに何かしらの負い目を感じているのだろうか。

 

キリトを除く5人のメンバーを見る限り、最前線で戦えるような装備ではない。

そして、体力ゲージの上にはお揃いのギルドアイコン。

・・・・言い方は少し悪いが、キリトが入るギルドにしては少しレベルが低い。

 

「キリト、知り合いなの?」

 

少し怯えた様子でキリトの隣にいる女子が問う。

 

「あ、あぁ。昔、一緒にパーティ組んでたんだよ。」

 

昔と言っても5ヶ月前ですけどね。

 

「せんぱいって・・・・パーティ組めたんですね。」

 

「おい、なんだその言い方は?」

 

コロルが嫌味を含めた言い方をするのでつい反応してしまう。

 

「そんな事より、紹介してくださいよ。ハチさんの知り合いってリズさんかエギルさんしか知らないんですから。」

 

え?俺の交友関係狭すぎ・・・・?

とは言え真面目な話、俺の交友関係は本当に数人だ。

武器のメンテを頼んでいるリズ、ドロップアイテムを高額で押し売りするエギル。

この2人が知らない交友関係といえば以前のパーティメンバーであるキリトとアスナくらいだろう。

 

「あー・・・・コイツはキリト。知り合い・・・・いや、顔見知り?」

 

「なんで疑問形なんですか。」

 

とは言ってもコイツとの関係性など第1層以来、迷宮区でバッタリ会って挨拶くらいする程度なので俺の口からは何とも言えないのだ。

 

「キリトの友達か!いやー、キリトって自分のことあんまり話さないから友達いるのかなーって心配してたけどよかったよかった!!」

 

お調子者という言葉がよく似合いそうなセリフを吐いたのがニット帽をかぶる男子。

 

「ダッカー、言い過ぎだよ。キリトだって友達くらいいるさ。」

 

「だよな!だよな!でもな、俺はちょっと本気で心配してた。」

 

ダッカーと呼ばれたニット帽がそう言うとキリト以外のメンバーが笑いを起こす。

キリトもその空気につられて苦笑いを含めながら笑う。

 

・・・・なるほどな。

キリトが何故このギルドに入ったか分かった気がした。

死が間近にあるこの世界でこのアットホームな雰囲気はとても珍しい。

 

「良い人たちですね。」

 

他人の心情を読むのがとても上手いコロルも自然と微笑みながら俺に小声で言ってくる。

 

「あぁ。」

 

このゲームでは不謹慎かもしれないが、彼らはこのゲームを楽しんでいるように見える。

もし、彼らが最前線まで上がってくれば閉鎖的な攻略組の空気を変えることができるだろう。

 

「改めて紹介するよ。メイス使いのテツオ、ソード使いでお調子者のダッカー、槍使いのササマル、そして、盾持ちの片手剣に転職中のサチだ。」

 

「よろしく!!」

 

「よろしくです。」

 

そう言って彼らは各々の俺に挨拶をしてくる。

ダッカーは俺に手を差し出し、笑顔で握手を求めてくる。

 

俺は苦笑いを浮かべながらも軽く握手をする。

 

「・・・・ハチだ。」

 

軽く自己紹介だけを済ませ、このリア充空間から脱しようとするが後輩'sがそれを阻止する。

 

「せぇーんぱい?私たちの紹介はしないんですかぁ?」

 

「俺とお前はそんなに仲良くない。紹介して『え?知り合いだと思ってたんですかぁ?キモーい!』とか言われて傷つくからしない。」

 

「うっわ、なんですかそれ?私の真似ですか?キモいのでやめてください。」

 

・・・・八幡の心はガラスなんだよ?すぐに割れちゃうんだよ?

そして結局キモいって言われるのかよ。

 

「私はコロルって言います!せんぱいの――――か、の、じょ!です!!」

 

キャルルン♪という効果音が出るくらいのあざとさMAXの表情でコロルはそう言い放つ。

 

 

 

 

 

――――は?

 

 

 

 

 

 

チョットハチマンナニイッテルカワカラナイ。

 

「ちょっとコロル!?抜け駆け禁止!!え、あ、ハチさんの――――か、か、かか彼女のシリカです!!」

 

顔を真っ赤にして噛みまくるくらいなら言わなくて良いんですよシリカさん。

てか、何言ってんのコイツら?

 

「・・・・ハチ、三股は、ちょっと・・・・。」

 

「いや、真に受けんなよ。コイツらが俺をからかってるだけだ。てか、三股ってなんだよ。もしかしてアスナも入れてるんじゃねぇだろうな?」

 

「え?違うのか?」

 

「・・・・断じて違う。」

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

話がややこしくなり、弁明するのに数分の時間がかかった。

不服そうにしているコロルにゲンコツを入れておきたい所だがこんな所で攻撃してしまうとオレンジアイコンに変わってしまうためそれができない。

クソ、全部茅場晶彦(クソ運営)のせいだ。

 

そんな責任転嫁を終えたところで話を戻す。

 

「ハチがパーティとはな・・・・。世の中何が起こるか分からないもんだな。」

 

「それはこっちのセリフだ。お前こそギルドとか似合わねぇよ。」

 

ぼっち同士の悲しい罵り合いをする俺たち。

それを他所にコロルとシリカはサチと呼ばれた少女と仲良く話をしている。

 

SAOでは女性プレイヤーはとても珍しいため、必然と仲良くなるのだろう。

 

そうこうしているうちになぜか俺たちは共に迷宮区を練り歩くことになった。

 

先頭でトラップの有無を確認するのが片手剣使いのダッカー。

その後ろに前衛としてシリカ、コロル、サチ。

中衛としてテツオとササマル。

後衛並びに殿として俺とキリトが並んで歩いている。

 

何回かモンスターとの戦闘はあったがこの人数で居ると軽く対処できた。

 

俺としてはこんな大所帯で行動するのは初めてなので帰巣本能を発揮させ、しれっと帰ってやろうかと思い始めた時に事件は起こる。

 

「・・・・お!」

 

ダッカーが何かを見つけたようで迷宮区の壁に手を触れる。

起動音のような音を立てながら扉が奥に沈み扉が現れる。

 

・・・・隠し扉だと?こんな所に?

すでに攻略された迷宮区とは言え、まだ未探索エリアは多い。

しかし、情報屋のガイドブックにすら載っていないこの扉は怪しすぎる。

 

「トレジャーボックスだ!うっひょー!」

 

隣のキリトも同様の反応のようで唖然としている。

そうこうしているうちに部屋の奥に宝箱を見つけたダッカーが嬉しそうに中に入っていく。

 

「――――お、おい!」

 

単純な仕掛けの隠し扉。

大部屋の中央にポツンと置かれたトレジャーボックス。

そこから導き出される答えは一つ。

 

「――――キリト!!」

 

「分かってる!!ダッカー!待て――――」

 

俺とキリトが駆け込んで部屋に入った瞬間、ダッカーはトレジャーボックスを開けてしまった。

 

ビー!ビー!ビー!

 

すると不気味な警報音と共に部屋が赤く染まる。

部屋の所々の壁が開き、中から数十体のモンスターがわらわらと溢れ出てくる。

後ろを振り返ると俺たちが入ってきた扉は固く閉ざされている。

最悪のパターンだ。

 

トラップ形式のモンスターハウス。

SAOで遭遇したら生き残る確率は・・・・低い。

 

「クソ!!コロル!シリカ!転移結晶を使え!」

 

「は、はい!!」

 

慌てた様子でシリカが転移結晶をポーチから取り出す。

 

「転移!《タクト》!!」

 

しかし、発動コマンドを叫ぶが結晶はうんともすんとも言わない。

他のメンバーも何度も叫ぶが、転移が起こる気配すらない。

 

「――――どういうことだよ!?」

 

俺たちはどうやら最悪中の最悪を引いてしまったようだ。

ここは結晶無効化エリア。

回復結晶も転移結晶も使えない、完全初見殺しのトラップ。

 

――――慌てるな。冷静になれ。

 

ここで焦りを見せて慌てればそれだけ生き残る確率が減る。

俺は剣を鞘から抜き取り、構える。

 

「俺とキリトが先頭に出る!!お前らは固まって背後を取られないように互いを守れ!!」

 

「は、はい!」

 

キリトもすでに抜刀しており、ソードスキルで次々とモンスターたちを蹴散らしていく。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、話は冒頭に戻る。

大混戦のモンスターハウス。

前後左右から次々と攻撃が襲いかかり、回避するのすら億劫になってくるレベルだ。

 

「――――きゃあ!」

 

「サチ!!」

 

近くモンスターは出来る限り蹴散らして居たが後方の低レベル組の方にも流れ込んだようだ。

陣形を崩されてしまい、サチやコロルたちの悲鳴が後ろから聞こえる。

 

「シリカ!コロル!無理するな!!壁を背にして回り込まれないようにするんだ!!」

 

「は、はい!!」

 

「キリト!!早く援護に行け!!ここは俺がなんとかする!!」

 

「――――あぁ!!」

 

左上のコロルたちの体力ゲージを見る限り、持ってあと10分ほど。

俺とキリトはより多くのモンスターを斬り倒すため無茶な攻撃をしているためHPもそれなりに減っている。

 

――――出し惜しみはできない。このままでは誰か死ぬ。

 

《クイック・チェンジ》を用いた変則戦闘。

こんな大混戦で使えるとは思えないが、全力で当たらなければ――――全滅してしまう。

俺は次々と武器を持ち替えながらモンスターを消滅させていく。

 

俺はソードスキルでの対応が出来ないので確実にクリティカルを狙っていく。

 

「うぉぉぉおおおっ!!!」

 

そして・・・・戦闘が始まって30分ほど経過し、地獄のような戦いにも終わりがやってくる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・おわっ、たのか?」

 

モンスターハウスには既に敵は1匹足りともおらず、俺たちの息遣いだけが響いていた。

俺はドサッと尻餅をつき、大きな溜息を吐く。

 

「はぁ・・・・生き残っ、た。」

 

今回は本気でヤバかった。

俺とキリトはレベル的にソロでも生き残れたかもしれないが何より低レベル組が死ななかったのはデカイ。

 

仲間の死、なんて見たくなかった。

ディアベルの時でさえ、あんな衝撃を受けたんだ。

 

「キリト、お前には言いたい事は山程あるが・・・・。」

 

「分かってる・・・・ちゃんと、あとで説明するよ。」

 

キリトも荒い息遣いをしているが、何より仲間の死が無かったことに安堵しているようだった。

 

「せんぱい〜・・・・今回は本当に怖かったです。」

 

「うぉっ――――まてまてまてまて!?」

 

すると泣きそうな顔で突然抱きついてくるコロル。

引き剥がそうとするが女子とは思えない筋力値により抱きついているため引き剥がせない。

 

軽く溜息を吐き、軽く頭を撫でる。

 

「・・・・生きててよかったよ、一色。」

 

・・・・つい本名で言ってしまったが周りには聞こえてない・・・・はず。うん、大丈夫。

俺の胸に顔をうずめているので表情は見えないが身体が軽く震えているので本当に怖かったのだろう。

 

「・・・・ずるいです。本当にせんぱいはずるいです。」

 

何がずるいのだろうか?

とにかく混乱しているコロルを落ち着かせるため何度も優しく撫でる。

 

・・・・っは!?これってヤバいやつ?

 

精神的に来て、遠い何処かにトリップしていたであろう自我をなんとか元に戻し、コロルをなんとか引き剥がす。

なんだか不服そうな視線をぶつけられた。

俺に撫でられたことがそんなに嫌だった?

 

「キリト!!」

 

疲弊しているであろうダッカーが声を上げて立ち上がった。

 

「・・・・お前、なんであんなにも強かった?・・・・俺たちを騙してたのか?」

 

「ダッカー・・・・。」

 

不穏な空気が流れる。

ここで俺のとある疑問が解消する。

 

何故、キリトは彼らに対して負い目のようなものを感じていたのか。

それはきっとキリトが本来のレベルを隠していたからだろう。

 

しかし、この戦闘で彼らはキリトのレベルは自分たちを遥かに上回ることを実感したのだ。

 

「あの強さは・・・・攻略組だ。ならこのトラップだって知ってたんじゃないか!?知ってて・・・・俺たちを、罠に嵌めたのか?!」

 

PKの中でも自分の手を汚さない悪質な部類に入るモンスター(M)プレイヤー(P)キル(K)

ダッカーはキリトがそれを行なったのではないかと疑っているのだ。

 

「ダッカー・・・・き、キリトだって事情があったんじゃ・・・・?」

 

テツオはなんとかダッカーを宥めようとするが、キリトに対しての疑惑が消えきってないため、苦い表情を浮かべている。

 

「・・・・ち、違うんだ、ダッカー――――「言い訳なんて!!聞きたくない!!!」・・・・違う、んだ・・・・。」

 

キリトは必死に抗弁しようとするが、ダッカーは聞く耳を持たない。

 

「最初から俺たちギルドの《共有ストレージ》に入ってるアイテムが狙いだったのか!?頭が良いケイタが居なくなったのを見計らって行動に移したのか!?答えろよ!!キリト!!」

 

「ダッカー!?」

 

ササマルとテツオの制止を振り切ってダッカーはキリトの胸ぐらを掴む。

キリトは口を何度も開こうとするが自分のしてきた事に負い目を感じて何も言えなくなっていた。

 

「・・・・マズイ、ですね。」

 

シリカは俺の袖を掴み、そう呟いた。

ここでキリトを弁護するようなことを言っても焼け石に水だ。

逆に俺たちも共犯として疑われる可能性がある。

いくら思考を巡らせてもこの状況を打開する言葉は・・・・出てこなかった。

 

「やめて!!!!」

 

不穏な空気を破ったのはサチの悲鳴にも近い悲痛の叫びだった。

 

「キリトが・・・・キリトがそんなこと、するわけないよ・・・・。」

 

今にも泣きそうな震えた声でサチは言う。

 

「キリトが強いのは・・・・私は知ってた。ごめんね、一回ステータスウィンドウ覗いちゃったの。」

 

サチから衝撃の一言が放たれる。

キリトの実力をサチは知っていたのだ。

ということは疑って当たり前のことを疑わずキリトを信じて、黙っていたということだ。

 

「キリトのステータスなら、こんなまどろっこしいことしなくても簡単に・・・・できたと思う。でも、キリトはいつも私たちのことを守っててくれた。・・・・キリトはそんなこと、する人じゃないよ・・・・。」

 

涙を堪えながら必死にサチは言葉を紡いでいく。

彼女は心の底からキリトのことを信頼していたのだ。

 

「私、いっぱい考えたんだよ?なんでキリトはこんなに強いのに、私たちのことを助けてくれるんだろうって・・・・考えても、考えても分からなかった。でも、一つだけは分かったの・・・・キリトはレベルも低くて、頼りない私たちを助けてくれてる。・・・・それだけじゃあ、足りないの、かな・・・・?」

 

サチの悲痛の訴えはダッカーに届いたようで、ダッカーはキリトの胸ぐらをゆっくりと手放す。

 

「ありがとう・・・・サチ。でも、俺が嘘をついてたことには変わりないよ。ダッカー、本当にすまない。でも、これだけは信じてくれ。・・・・俺は、君たちとただ一緒に居たかっただけなんだ・・・・。」

 

ポツリ、ポツリとキリトは語り出す。

何故自分が《月夜の黒猫団》に入ろうと思ったかを。

 

「君たちのアットホームな雰囲気が好きだったんだ。君たちと一緒に居れば、辛いことも苦しいことも共に乗り越えれると思ってた。・・・・でも、俺が嘘をついた時点でそこに《本物》は無かったんだよな。・・・・《偽物》の、関係性だったんだよな・・・・。」

 

歯を喰いしばり、自分の行動を戒めるようにキリトは言った。

 

「――――違う。」

 

俺は、ゆっくりと口を開いた。

無関係の俺がいうのは間違ってる。

そんなことは分かっている・・・・でも、ここで言わなきゃ俺が俺を許せなくなる。

皆が注目する中、俺はゆっくりと口を開く。

 

「それを、許容できる関係性が《本物》なんだよ・・・・。嘘をつくってことは自分を守るための自己満足だ。」

 

しかし嘘というのは自分を欺き、他人をも欺く。

でも、俺たちはその真実を知りたい。

それが残酷であろうと、知って安心したいのだ。

何故なら・・・・分からないことはとても怖いことだから。

完全に理解したいなんて、酷く独善的で、独裁的で傲慢な願いだ。でも――――

 

「――――でも、その醜い自己満足を許容できる関係性があるなら・・・・それは・・・・《本物》だと俺は思う。」

 

つまり、これからなのだ。

キリトと《月夜の黒猫団》の関係性はここから始まるのだ。

 

「そ、そうだよ!ダッカー!俺たちの関係はこれからなんだ!・・・・ちゃんと、話し合おう。ケイタもキリトもみんなも含めて俺たち《月夜の黒猫団》だろ?」

 

テツオはそう言いながらダッカーの肩に手を置く。

ダッカーは少し目を逸らすが、どこか安心したような表情を浮かべている。

 

彼も迷っていたのだ。

キリトを含めた関係性が、好きだったのだ。

しかし、疑わなければ誰かが死んでしまうかもしれない。

その行き先に《本物》は無くても守りたいものを守らなければならないからだ。

 

「・・・・ごめん、キリト。頭に血が上ってたよ。ちゃんと話し合おう。そして、俺たちの関係をやり直そう。」

 

「あぁ・・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、キリトは俺の所へ事の顛末を伝えにやってきた。

関係者ではないとはいえ、巻き込まれたことは変わりないため、説明をしに来たのだ。

 

「結局、《月夜の黒猫団》は脱退したよ。」

 

「そうか・・・・。」

 

キリト曰く、嘘を付いていたことには変わりないとしてケジメをつけたかったらしい。

そしてあの場に居なかったギルドリーダー含め、皆キリトに頼りっぱなしなのは申し訳ないとのこと。

 

いずれ、自分たちの実力だけで攻略組に追いついた際に改めてキリトをギルドに誘うらしい。

 

「ま、良かったんじゃねぇの?本当にお前が欲しかったものは・・・・手に入ったんだろ?」

 

「あぁ。」

 

キリトはギルドを脱退したとはいえ、どこかスッキリしたような表情を浮かべていた。

 

「・・・・それより、ハチ。お前なんでそこで寝てるんだ?」

 

そう言われた俺の姿勢はソファーの足元でうつ伏せで寝っ転がっている。

 

「いや、これは深いわけが・・・・。」

 

そう、今の俺はアイデンティティクライシスなのだ。

柄にもないことを知らない奴に向けてめっちゃ真剣な表情で話したのだ。

 

あぁ、思い出しただけでも恥ずかしい。

恥ずかしい・・・・!!

なんだよ!?《本物》って!?

過去に戻って自分をぶん殴ってやりたい!!!

助けてキリエもん!!!

 

結局、俺は自分の黒歴史に新たな1ページを刻んだだけだったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




また長いのを書いてしまった。

後半端折り過ぎた感が否めない。

1話完結形式は止めようかなと思うこの頃。


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第8話

私が一瞬確認した時に日間ランキング10位・・・・?

週間ランキング51位・・・・?

一体何が起きてるんだ?

とにかく嬉しい。
才能のカケラもないクソ駄文の小説ですが、ごゆっくりお楽しみください。


 

途方も無い犠牲を強いて未だに終わりを見せないデスゲーム、《ソードアート・オンライン》が始まり、早1年が経とうとしていた10月のとある日。

 

攻略の最前線はすでに第49層となっており、攻略終了まで残り半分を切ろうとしていた。

 

俺は現在、第25層のとある宿屋に泊まって居る。

この宿屋は少し高めの値段設定だがその代わりにリビングと寝室、オープンキッチンも備え付けの宿だ。

とはいえ、キッチンを使っているのは基本時に俺ではないのだが。

そんな俺の宿に珍しい人物が訪れる。

いや、そもそも俺の部屋に訪れる人はいないので珍しく人物が訪れる、か。

 

「・・・・珍しいよな。お前から俺を訪ねてくるなんて。」

 

「そう言われればそうだナ。」

 

俺の部屋に訪れたのはSAO随一の情報屋《鼠》の異名を持つ女性プレイヤー、アルゴ。

迷宮区のマップ提供や情報収集のため月に一度くらいは会っていたがこうして俺の宿屋にまで来るのはとても珍しいことだった。

 

「・・・・また女の知り合いが来た!?って思ったらアルゴさんでしたかぁ。」

 

「私も思ったよー。でも、アルゴさんならなんだか安心するんだよね。」

 

「コロちゃんも、シーちゃんも久しぶりだナ。元気にしてたカ?」

 

「はい、お陰様で♡」

 

「はい!」

 

俺の部屋に何故かしれっと居るのがここ最近ずっと共に行動をしているシリカとコロルだ。

25層の方にホームを移してからというものの寝るとき以外はいつも俺の部屋に居る。

 

「クカァー・・・・。」

 

「相変わらず、ピーちゃんは可愛いナァ。」

 

「クアッ!」

 

シリカの膝の上に乗っている青い毛並みを持つフェザーリドラ。

この見ていて癒されるモンスターは以前、シリカが偶然テイムに成功したモンスターだ。名前はピナ。

リアルで飼っている猫と同じ名前なんだと。

 

そもそも攻略に必要ない情報は集めない俺はこのSAOでモンスターがテイムできることをシリカがテイムした事で初めて知ったわけだが・・・・それなりのAIが搭載されているようでなかなか有能なわけだこれが。

 

主人やそのパーティメンバーが一定量のダメージを負えば回復効果のある吐息を吹きかけてくれる。

更にモンスターのヘイトも集めてくれるため、連携した攻撃がしやすいなどメリットがたくさんだ。

 

だが、何故か知らないが俺は嫌われている。

まるで現実世界の飼い猫であるカマクラを連想させる無視っぷりだ。

同じパーティメンバーなのにガン無視だ。回復どころかたまに噛み付いてきやがる。

 

「で?世間話しに来た訳じゃ無いだろ?」

 

「アァ、そうだっタ。」

 

逸れかけていた話題を元に戻すとアルゴはケラケラとした表情から真剣な表情へと切り替えて、本題を話し始める。

 

「実はハー坊に依頼があってきたんダ。」

 

「依頼?いつもの護衛か?」

 

俺はたまにアルゴからの依頼は何度か受けていた。

アルゴは情報屋としてのスキルしか上げていないため、正直いうと戦闘向きではない。

とは言え、最新の情報や皆が欲しがる情報は最前線にあることが多いためアルゴのステータスレベルでは攻略できないクエストも多々ある。

その場合、信頼でき、なおかつ強いプレイヤーに護衛と称して依頼をしにくることがたまにある。

 

俺やキリトも何度かアルゴの依頼を受け、クエストを手伝ったこともある。

 

「確かに護衛みたいなものだガ・・・・少し毛色が違ウ。」

 

意味深な言い方をしながらアルゴは少し目を逸らす。

 

「・・・・なんだかめんどくさそうだな、断る。」

 

「せめて内容を聞いてからにしロ。・・・・じゃないと女2人と同居してるってアーちゃんに言いつけるゾ。」

 

「・・・・何故かは知らんが怖いからやめてくれ、いや。ください。」

 

最近この手でいつも脅されている気がする。

 

「で?どんな内容なんだよ。」

 

「そうだナ・・・・ハー坊は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)は知ってるだロ?」

 

その発言により、弛緩していた空気が一気に引き締まる。

 

「・・・・知らない奴は、居ないだろ。」

 

このSAOに名を轟かせる悪名高いギルドがある。

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)。通称ラフコフ。

彼らは平然とこのSAOでPKをしている。

それどころかPKを楽しんでやってるイカれている連中だ。

好んで殺人をしている《レッドプレイヤー》の集まる《レッドギルド》。

恐らくこのSAO内でその名を知らない者は居ない。

 

システムの様々な抜け道を見つけ出し、ありとあらゆる方法でプレイヤーを(キル)している。

現在、アスナが副団長として所属しているトップギルド《血盟騎士団(KoB)》を始めとし、様々なトップギルドがその所在の在り処を捜索している。

 

「情報によればその《ラフコフ》の幹部の1人がとあるオレンジギルドを仕切ってるらしいんダ。その調査を一緒に行ってもらいたイ。」

 

「・・・・一応聞くが、なんで俺なんだ?」

 

「オレっち以外で《隠蔽スキル》がバカ高くて、戦闘力があるプレイヤーはハー坊だけだからナ。」

 

「キリトもそうだろう。」

 

「そうなんだが・・・・キー坊はダメだ。」

 

「あ、あの!理由を聞いても・・・・?」

 

話から外れられたと感じたのか、シリカが慌てたようにアルゴに問いただす。

アルゴはゆっくりとその理由を述べてくれた。

 

「・・・・キー坊は優しすぎるのサ。いざという時、キー坊じゃあ人を斬れないからダ。その点、ハー坊は、斬れる。」

 

その発言を聞き、最初に反応したのはコロルだった。

ソファーの前にあるテーブルをバンッ!!と強く叩き、敵意のある視線でアルゴを見つめる。

 

「・・・・それは、せんぱいに人を殺せ、と言ってるんですか?」

 

「チガウ、落ち着けコロちゃん。・・・・万が一、オイラたちが見つかった場合、の話ダ。モチロン、見つからないように最善は尽くすサ。」

 

「それでも!私は納得できません・・・・!それならせんぱいじゃなくても良いじゃないですか!?」

 

「コロル・・・・落ち着け。」

 

「でも・・・・!!」

 

俺は声を荒げるコロルの肩に手を置き、落ち着かせる。

 

「アルゴ・・・・その依頼、受けさせてもらう。」

 

「せんぱい!?」

 

「ハチさん!?」

 

「・・・・本当に良いのか?」

 

アルゴは最終確認を取るため、再度俺に問いかける。

 

「ラフコフを壊滅させるには必要なことなんだろ?」

 

「そうダ。」

 

「それなら、俺は守りたいものの為に戦う。いずれこんな事は起こるとは予想はしていた・・・・覚悟は決めてる。」

 

人を斬る覚悟を。

この世界でプレイヤーを殺す、という事は殺人を犯すと同意義だ。

 

しかし、それに怯えていては本当に守りたいものを守れる訳がない。

俺が守りたいのは・・・・俺自身と俺の周りにいる奴らの日常だ。

 

この世界で好んで殺人を犯している奴らに与える慈悲などあってはならない。

・・・・それが身の回りに火の粉として降りかかるのならば尚更だ。

 

「それなら・・・・私も行きます。《隠蔽スキル》も最近MAXになりましたから。」

 

「コロル!?」

 

「お、おい。」

 

「・・・・良いんだナ?コロちゃん。」

 

止めようと思ったが、コロルはいつもは見せない真剣な表情を浮かべて軽く頷いた。

 

「はい。・・・・私だって覚悟はしてました。」

 

「シーちゃんはどうする?」

 

「・・・・私は、怖いです。」

 

手を震わせ、下を俯くシリカ。

 

「その感情は、間違ってないゾ。・・・・人として当然の感覚ダ。」

 

俺は・・・・もしかしたらどこか欠如してしまってるのではないだろうか。

正当防衛という大義名分の元で大切な人を守るためにだったら人をも殺す。

それは間違ってはいないのかもしれないが、今まで培ってきた法律や常識が拒否感を煽ってくる。

そんな答えの無い問題を解かなければならない俺は上を向き、答えの出ない思考を巡らせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルゴから依頼を受けた、その日の夜。

俺は宿屋にあるベランダから空を見上げていた。

別に黄昏ているとか、カッコつけているとかではない。

ただ、何も考えずにぼーっと見れる場所が欲しかっただけだ。

 

アインクラッドの空は不思議なことに月明かりがあったり、星が見えたりとするのでここが宙に浮かぶ鋼鉄の城ということは忘れてしまうことはよくある。

 

見慣れた星座はあるわけもなく、無秩序に光の粒が点々としているだけの夜空。

階層によってはこれが雪景色に変わったり、蛍のような小さなモブによって幻想的な雰囲気を醸し出している場所もある。

 

そんな空を眺めているうちに自我が戻ってくるかのように先ほどまでしていた葛藤が蘇ってくる。

 

――――明日、俺は人を殺してしまうかもしれない。

 

淀んだ薄暗い感情が俺の心を支配する。

 

誰かを殺す、なんて事は本当の最終手段でしかない。

殺してしまう可能性の方が低いのだ。

 

なんせ相手は《オレンジギルド》であり、プレイヤースキルやレベルで見れば中層プレイヤーと何ら変わりわない。

 

下手したら5、6人に囲まれて攻撃され続けても《戦闘時回復(バトルヒーリングスキル)》で賄える量かもしれないからだ。

 

それならば相手の戦意を削ぐことも可能だろう。

 

しかし、1番の懸念はその《オレンジギルド》を指揮していると言われている、ラフコフの幹部だ。

 

ラフコフは正直、メンバー構成や人数、誰が所属しているかというのはほとんどわかっていない。

分かっているメンバーは3人。

 

赤目のザザ、毒使いのジョニー・ブラック・・・・そして、リーダーのPoHの3人。

 

この3人は基本的に表舞台には出てこないものの狂人的な殺害意欲があるため、注視されている人物たちだ。

情報屋や攻略組の有志の調査隊により、ようやく掴んだ情報らしい。

 

この3人か、それ以外の幹部が明日向かう場所に居るのかもしれない。

 

そんな想像をしてしまうと元々の俺の姿である小心者で臆病者な比企谷八幡が出てきてしまう。

 

「・・・・クソ。」

 

行き場のない憤りを言葉にして吐き出すが、なんら効果は見られない。

結局のところ、このSAOで強いのは俺じゃなくて・・・・《Hachi》なんだ。

比企谷八幡と《Hachi》は違う存在なんだと、この一件で痛感した。

 

すると、後ろの扉からコンコンっと小さなノックが聞こえる。

 

「・・・・どうぞ。」

 

ゆっくりとドアノブが周り、扉が開かれる。

そこには可愛らしいパジャマ姿のコロルの姿が立っていた。

 

「せんぱい・・・・隣、良いですか?」

 

不安を隠しきれない様子で立ち止まるコロル。

いつもならあざとさが滲み出て、嫌味の一つでも言いたくなってしまうのだが・・・・今日はいつもと様子が違う。

 

「・・・・あぁ。いいぞ。」

 

小さな声で許可をするとゆったりとした、どこか重みがある足取りで俺の隣へとやってくる。

 

「・・・・寝れないのか?」

 

「えへへ・・・・そうなんですよ。覚悟は・・・・決めていたはずなんですけどね。せんぱいもですか?」

 

「あぁ。・・・・実のところ、ビビりすぎてトイレにも行けないレベルだ。」

 

SAOではトイレに行く必要はないが・・・・寝れないのは本当だ。

少し場を和ませようと言った冗談は実に俺らしくない一言だった。

 

「意外ですね。せんぱいなら強がってカッコつけるのかと思いました。」

 

「お前は俺をなんだと思ってんだよ・・・・。俺だって怖いものは怖い。トマトとか超怖いし。」

 

「それはただの嫌いな食べ物じゃないですか・・・・ふふ、なんだか元気が出ました。ありがとうございます。」

 

どこか暗い表情でもコロルは優しい笑みを浮かべた。

すると、コツン、とコロルが俺の肩に頭を軽く載せるように寄りかかる。

 

「こ、コロル?」

 

SAOは変なところを忠実に再現してやがる。

コロルから伝わる安心を与えてくれる人肌の体温、女子特有の甘さを含む穏やかな香り、俺に寄りかかるコロルの華奢な体躯すら感じ取れる。

 

「せんぱい・・・・なんで、彼らは人を、プレイヤーを殺すんですかね。」

 

コロルが投げかけてくる問いに、俺はすぐに反応することは出来なかった。

人が人を殺す理由・・・・そんなものは数多にあり、そして理解し難く共感してしまうような、論理的思考とは真逆の存在だ。

 

「・・・・俺には、分からない。でも、アイツらはある意味、ゲームと現実の区別ができてるんだよ。」

 

「どういうことですか?」

 

「俺たちにとってこの世界は・・・・《本物》だ。でも、アイツらにとっては悪役を演じることができるゲームの中の世界なんだよ。だから、戸惑うことなく人を斬る。殺すことに快感を得ているのかもしれない。理解は・・・・したくないがな。」

 

このSAOのプレイヤーの中には少数だが、未だにこの世界の死=現実の死と結びつけていないプレイヤーがいる。

もしかしたら、死ぬことがログアウト条件だったりするかもしれない・・・・。

 

だが、今の俺たちにその真偽を確かめる術はない。

 

「この世界を最も楽しんでる人が・・・・殺人鬼って、茅場晶彦は本当にそれを望んだんでしょうか?」

 

「・・・・さぁな。」

 

そんなものは考えても考えても、出る答えはない。

だが、茅場晶彦はきっと・・・・この世界で必死になって生きていく俺たちの姿を見たかったのだろうか。

 

すると、もたれかかっていたコロルからすーすーと寝息が聞こえてくる。

・・・・おい。

 

「コロル?コロルさーん?一色さーん?いろはすー?」

 

何度も呼びかけるが返事はない。

聞こえてくるのは規則正しい寝息。

首だけ動かして見れば、あざとさの一片もない可愛げのある無垢な寝顔と安心したように少し微笑みながら寝ていた。

その顔に少し見惚れてしまい、俺は顔を赤く染めながら視線を外す。

 

視界の端に表示されている時間を見ると深夜2時。

そりゃ寝るのも仕方がない時間だ。

でも、俺を枕にして寝落ちしないで欲しいんですが・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日、俺は目を覚まして最初に目に入ってきたのはテーブルの脚だった。

 

あの後、コロルが寝落ちしてしまい部屋に連れて行こうとするが律儀に扉をロックしてくれていたおかげで仕方なくコロルを俺の部屋で寝かせた。

 

かと言って隣で寝るなんて度胸のあることがこの八幡にできるわけもなく・・・・リビングのソファーで寝ていたのだが、どうやら寝相が悪く落ちてしまったようだ。

現実世界ならば痛みで目が醒めるところだが、この世界には痛覚がない為、仕方がないと言えるだろう。

その分、ソファーで寝ようと床で寝ようと身体は痛くならない。

 

少し睡眠不足でぼーっとしているところにコンコンっと扉をノックする音が聞こえる。

 

「どぅぞー・・・・。」

 

かと言ってすぐに目が醒めるわけではない為、少し掠れた声で入室を許可する。

扉が開くとそこには可愛らしいお髭がチャームポイントと公言しているアルゴかいた。

 

「お寝坊サンダナ。昨日は寝れなかったのカ?」

 

「ふぁ〜・・・・あぁ、お陰様でな。んで、依頼の詳細だったな?ちょっと待ってくれ、着替えてくるから。」

 

「あぁ、ゆっくりしてくレ。・・・・それよりハー坊、コロちゃんを見なかったカ?部屋には居なかったんダ。」

 

「え・・・・?部屋にいなかった――――っ!?」

 

寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。

今、隣の部屋の寝室にはコロルが寝ているはずだ。

この噂好きで人をからかうのが好きなアルゴにこの事実を知られれば今後そのネタで弄られることは間違いない。

マズイ、どうする!?

そ、そりゃあ、別にやましい事なんて一切してないけど!

 

ガチャ

 

あ・・・・

 

「せんぱい・・・・どこですかー・・・・」

 

完全に寝ボケた様子でパジャマ姿のまま現れるコロル。

 

「あれ?アルゴさん?何でここに?」

 

アルゴはコロルの姿を見て、数秒の停止のあとギギギっと音が鳴りそうな動きでこちらを見てくる。

 

「ハー坊・・・・オマエ・・・・」

 

「ち、違う!!断じて違う!!」

 

「アーちゃんだけじゃ、飽き足らずコロちゃんまで・・・・。」

 

こうして俺はこの誤解を解く(終始疑いの目だった)のに30分。

 

アスナにこの出来事を売ろうとするので口止め料として1万コルを支払う羽目になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー最悪です、せんぱいに寝顔見られるとか・・・・。」

 

「悪かったな、俺で。」

 

顔を真っ赤に染め上げながら、コロルは手で顔を覆い隠しながらそう呟いた。

 

「だって、せんぱいですよ?1番見られたくない人に見られた・・・・最悪の気分です。」

 

あのコロルさん?言い過ぎじゃあないですかね?

八幡の心はガラスなんですよ?

 

「別にそんなに気にすることじゃないだろ?たかが寝顔くらい。」

 

「・・・・え?なんですか、寝顔見たから彼氏ヅラしてるんですか?そういうのはちゃんとした手順をしてからしてください正直言って気持ち悪いですごめんなさい。」

 

「・・・・また振られちゃうのかよ。」

 

告白をしていないのに俺はコロルに何連敗すれば良いのだろうか。

でも、このやり取りができるということはそれなりに調子が戻ってきたということか。

 

あの後、何とかアルゴとの話し合い(交渉)を終え本来の目的である《オレンジギルド》の調査について説明を受けた。

 

標的であるオレンジギルドの名は《フレーズヴェルク》。

北欧神話に出てくる鷲の姿の巨人で古ノルド語で確か、『死体を飲み込む者』という意味。

基本的な行動はグリーンカーソルの仲間のプレイヤーが獲物を選出。

獲物を指定したポイントに誘き寄せ、オレンジカーソルの仲間で一斉に襲いかかるという至って良くある手法を用いたやり方だ。

 

とはいえ、これは人の信頼を逆手に取ったとても悪質なものであり、許されることではない。

 

ちなみに先週の『Weekly Argo』にはこのPK手段の特集が組まれていたりもする。

 

そんな思考を巡らせている俺は現在、第19層の主街区《ラーベルク》の転移門広場の前で張り込みをしている。

《ラーベルク》の特徴は街のどこも扉を閉め、NPCすら歩いていないゴーストタウンのような場所だ。

中層プレイヤーの主な活動場所になっているが、場所が場所のため、自然と人気が少ない。

 

俺たちの今回の目的と相成って心なしか、どこか不気味な雰囲気を出している。

 

「んにしても、本当にここに拠点があるのかよ?」

 

「それの真偽を確かめるためもあるんダ。・・・・木を隠すなら森の中、怪しいプレイヤーを隠すなら怪しい街ってわけサ。」

 

確かに人気がないこの階層を潜伏先にすることによってカモフラージュしているのだろうか?

怪しい街で怪しい行動をしても不思議と普通に見えてしまうからな。

 

ちなみに余談だが、ここは人気が少ないので俺はここを勝手に『ぼっちの聖地』と心の中で勝手に呼んでいる。

聖地なのだから住むべきだと思い、ホームとして拠点を構えようとしたらシリカとコロルに猛反対されたのもいい思い出だ。

 

「来たゾ。」

 

アルゴがそう呟くと弛緩していた空気を引き締め、転移門を方角を覗き込む。

すぐさま《隠蔽スキル》を選択し、完全に隠れる。

スキルレベルMAXの俺たちを見つけることができるとしたら《索敵スキル》をレベルMAXにしなければならない。

中層プレイヤーほどのスキルレベルを持った彼では見つかることは皆無だろう。

それこそ、目の前を通り過ぎても気づかないほどだ。

 

転移門から淡い光が消えるとそこには黒色のポンチョを被ったプレイヤーが姿を現した。

・・・・いや、本当に怪しすぎだろ。

 

ポンチョのせいで装備品は殆ど見えない。

どんな武器を装備しているかも不明だ。

 

「集めた情報によるとアイツが《フレーズヴェルク》の選出役の《ブラスト》だ。」

 

と、アルゴはご丁寧に小声で必要最低限の情報を教えてくれる。

 

黒ポンチョのカーソルは緑色。

というか、緑色じゃないと街には入れないため当たり前か。

オレンジカーソルの場合、街に入ろうとすると何処からともなくフロアボス並みの強さのを持つ衛兵が現れて追い返してくる。

その強さからプレイヤーの間で『もうオマエたちが攻略してくれ』と囁かれているとか。

 

そんなどうでもいい余談を頭の中でしているうちに黒ポンチョは行動を開始する。

 

「行くゾ。」

 

アルゴの指示に俺たちは無言でコクリと頷く。

ここに来るまでの足取りは重いものだったが、一旦スイッチが入ると素直に動き出す。

尾行している間の標的である黒ポンチョは実に挙動不審だった。

 

周囲を警戒してか、常にキョロキョロと辺りを見渡したり、途中で立ち止まりウィンドウを開いては密に連絡を取っているように見受けれた。

度々こちらの方を見てくるので見つかってしまったかとヒヤヒヤしたが、偶然こちらを警戒しているだけのようだった。

 

それにしても、この行動は怪しすぎる。

まるで自分を尾行してくれ、疑ってくれと言わんばかりの主張の激しさ。

だからと言って何かしらの情報を掴めていない俺たちは身を引くこともできない。

 

次に彼の行動がはっきりとわかる情報を手に入れることすら難しくなってくるだろう。

・・・・待てよ?

 

「アルゴ、お前はどうしてコイツがここに来るって分かってたんだ?」

 

「情報屋はネットワークみたいなものダ。情報屋仲間から色んな情報を仕入れて繋ぎ合わせて特定したんだヨ。」

 

なるほど。

このアインクラッド で情報屋といえば《鼠のアルゴ》が最初に出てくるが、他の情報屋だっているだろう。

アルゴしか関わりないからその可能性を忘れていた。

 

「罠の可能性は無いと思っで良いゼ。オイラぐらいの情報屋じゃないと辿り着けないような細かな情報を繋ぎ合わせたからナ。」

 

シレッと自画自賛しているアルゴだが、意外にもイラっとはしない。

この世界で1番信用でき、実力のあるアルゴだからこその発言だ。

まぁ俺も心の何処かでアルゴを信頼しきっているということか。

 

そうこう変な思考にトリップしているうちに黒ポンチョはフィールドへと出て行く。

 

こんな人気のない中層エリアでフィールドに出るなどかなり怪しい。

そんな怪しさと相成って軽く霧に包まれたフィールドも薄気味悪く見えてくる。

 

「この方角は・・・・《死霊の丘》カ?」

 

「せんぱい、《死霊の丘》ってなんですか?」

 

「・・・・なんで知らないんだよ、攻略組。」

 

コロルがごく自然に俺に情報を求めてきたが、攻略組として活躍している槍使いが放つ言葉ではないのは確かだ。

 

「だって・・・・この層は不気味でキモいから殆ど足を踏み入れなかったんですよ。シリカも同意見でしたし。」

 

確かにコロルとシリカが攻略の為のレベリングを手伝っていた時にはあまり足を踏み入れなかった層だ。

その時には気付かなかったが執拗に避けていたような気がする。

まぁ場所や手順を間違えなければ触れなくても良い層なのは確かだが・・・・。

 

てか、貴女たち女子はなんでも『キモい』って付ければ良いと思ってるんですか?

まぁ、この層のモンスターはゾンビ系や死霊系統のモンスターでキモいのは多いけどな。

 

「《死霊の丘》はその名の通り、死霊系統のモンスターが多いフィールドダンジョンサ。アーちゃんは苦手だから良く攻略をサボってたゾ。」

 

この層の攻略時にアスナを見かけなかったのはそのせいか・・・・。

アイツ、虫系は大丈夫なクセにホラー系はダメなんだな。

昔の疑問が解消したところでコロルも驚いた表情をしている。

 

「あの《攻略の鬼》と呼ばれるアスナさんがサボるほどとは・・・・なるほど、だからせんぱいも避けられてるんですね。」

 

「誰がゾンビ系のモンスターだよ。さりげなくディスるな。あと、避けてるのは俺だ。」

 

俺はあの第1層攻略の際からアスナからは距離を置いている。

悪名高い《インベーダー》と呼ばれる俺が近づいて彼女の邪魔をするのは不本意なことが主な理由だが・・・・ただ気まずいというのも理由の一つだ。

 

「お喋りもそこまでにしようカ。オネーサンの前でそんなにイチャイチャされても困るからナ。」

 

「・・・・イチャイチャしてねぇよ。」

 

「イ、イチャイチャしてませんし・・・・。」

 

コロルの顔が少し赤い。なに?そんなにおこなの?

 

そんな会話をしていると《死霊の丘》に到着した。

黒ポンチョは相変わらずの挙動不審だが、ここまで来るとワザとやっているのかと疑いたくなるレベルだ。

 

軽い会話を終えた俺たちには少し余裕ができたのか、集中して黒ポンチョを尾行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒ポンチョが《死霊の丘》に入ってから数十分。

終始挙動不審でオドオドしていた彼に少し余裕の表情が見えた。

尾行されずにここに来れた、という安心感からなのか。その表情はとても自然に見えた。

 

《死霊の丘》の中腹辺りで黒ポンチョは何も変哲も無い巨木に手を押し付けると、突如として木の幹に亀裂が入り、道ができる。

 

「――――!?隠し、部屋だと?」

 

驚きの表情を浮かべたのは仕方がないと言えるだろう。

俺の知識の中にはあんな場所に隠し部屋があるとは思わなかったからだ。

俺が知らないだけだとは思い、ふとアルゴの方へと視線を向けるがゆっくりと首を横に振る。

 

あの《鼠》のアルゴでさえ知らない隠し部屋。

ここがオレンジギルド《フレーズヴェルク》のアジトと見て間違いないだろう。

 

黒ポンチョが部屋に入ったのを確認してから俺たちは部屋の入り口へと近づく。

一定時間経つと閉まる仕組みなのか、部屋の入り口は開いたままだ。

 

「・・・・どうする?」

 

「正直言うともう少し情報を集めたイ。だが焦りは禁物ダナ。ここで一旦引き返そウ。」

 

アルゴの発言により俺たちは踵を返そうとしたその刹那、俺の直感によるなんとも言えない殺気が襲いかかる。

 

「――――っ危ない!!!」

 

俺はコロルとアルゴの首元を掴み、強引に後方へバックステップを踏む。

 

アルゴとコロルがいた場所には振り下ろされた片手剣が2本。

視界の隅に移る敵のカーソルはオレンジ色だった。

 

――――しまった、罠だったのか。

 

確実に計画性を伴った犯行。

急にバックステップを踏んだため、止まることはできず隠し部屋の方に転がり込んでしまった。

 

直ぐに態勢を整えて、装備していた片手剣を抜刀する。

コロルとアルゴも同様に武器を取り出して取り出して戦闘態勢を整える。

 

円柱型に形どられた隠し部屋の内部にはオレンジ色のカーソルを持つ人物が数人待ち構えていた。

 

その中には先ほどの《ブラスト》と呼ばれる黒ポンチョも居る。

そして、中央の深くフードを被ったオレンジプレイヤーがゆっくりと拍手をした。

 

「――――いやぁ、惜しかった、惜しかった。まさかそこで避けるとは思わなかったよ。流石だな比企谷(・・・)。」

 

俺は、言葉を失った。

目の前にいる深くフードを被ったプレイヤーはいつも呼んでるかのように俺の名前を、本名を言ったのだ。

俺の本名を知っているのはコロルを除き、アスナだけだ。

何処かでそれを聞いていたのか?それとも俺のことをリアルで知っている人物か?と思考を巡らせるが、動揺していて上手く纏まらない。

 

「――――・・・・誰だ?俺はお前のことなんて知らないが。」

 

「酷いな、俺のことを忘れたなんて。・・・・この顔を見れば分かるか?」

 

そう言って彼は深く被ったフードをゆっくりと捲りあげる。

そして、本日2度目の衝撃が俺を襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――葉山、先輩?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隠し部屋の中にコロルが手放してしまった両手槍の音が無情にも鳴り響いた。




ちなみに私がSAOで一番好きなキャラはアルゴ。

死亡説が噂された時は川原礫先生に泣いて抗議の電話をかけようと思った(嘘)

アルゴはSAOの二次小説を書く上で必要なキャラだと私は思った(小並感)。


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第9話

葉山アンチになるかもですね。

でも、この話は絶対に書きたかった。


 

 

葉山隼人はとある日まで自分が一番正しいと思っていた。

 

親の仕事は弁護士。

その職業柄、親の言うことを聞くことは正しく、間違いではないと、そんな親の言うことを素直に聞いている自分は《正しい》人間なんだと疑ってすらいなかった。

 

彼が始めて挫折したのは、自分が考える《正しさ》なんてものが幻想だということに気がついたのは小学校という、家族以外で初めてのコミュニティに所属している時だ。

 

同じ学校の同じクラスの女の子。親の仕事の関係者である雪ノ下建設の令嬢、雪ノ下雪乃に出会ったのはその時だ。

 

その容姿と誰も寄せ付けない才色兼備な魅力に取り憑かれ、彼女に恋したのはいつの頃だっただろうか。

そして、そんな自分の淡い恋心とは関係なしに様々な女子から交際を申し込まれた。

 

もちろん、自分が好きな女子は雪ノ下雪乃ただ1人のため、全て断っていた。

しかし、その時に誰が好きなのか、と言ったのが隼人の人生を徐々に狂わせていった一つの要因と言えるだろう。

 

ある日、隼人は友人として接していた1人の女子児童に告白を受けた。

 

今年に入って、何回目の告白だろうか。僕は彼女しか見えていないのに。

 

そんな普通の男子からしたら羨ましい限りの不平不満は積りに積もり、ついいらない一言を言ってしまったのだ。

自分が好きな女子(ひと)は雪ノ下雪乃、ただ1人であると。

 

そこからというもの、自分ではなく雪ノ下雪乃に対しての嫌がらせ・・・・いや、イジメが始まったのだ。

 

最初はわざとぶつかる、陰口を言われる程度のものだった。

しかし、次第にエスカレートしていき隼人が気づいた頃には上履きを隠す、ノートを破る、机に誹謗中傷の落書きなど悪質なものへと変わっていた。

 

もちろん、正義感の強かった隼人はやめてくれと懇願したが一度始まったイジメが止まることはなかった。

 

誰かが彼女を虐めることを《正しさ》だと思い込んでいたのだ。

 

隼人はすぐに主犯格である女子生徒に直接抗議したがまるで意味をなさない。

 

隼人は雪ノ下雪乃を助けるために敢えて彼女らとの距離を縮めることにした。

親しい人間から言われたら彼女らも改心するのではないか、と緩い思考に逃げ込んだのだ。

 

しかし、いくら彼女らと良好な関係を築いていても雪ノ下雪乃に対しての敵意は消えることはなかった。

 

さらに言うならばそこで隼人は自分自身を抑え込み、誰が見ても理想の人物だと思える《みんなの葉山隼人》を演じることを止めることができなくなったのだ。

 

そこで彼は気づいてしまったのだ。

《正しさ》は誰かの思い込み・・・・固定概念や印象、傲慢さ、誰かの自己主張によって構成される。

誰かがそれを《正しい》としてしまえば例え間違っていても正しくなってしまう。

 

こうして、隼人は挫折をし、自分に対して失望した。

自分の力だけでは彼女を救えない無力感と自分のせいでこうなった罪悪感。

そんな感情を抱えながらも《みんなの葉山隼人》を演じる自分が気持ち悪くて仕方がなかった。

 

それ以来、雪ノ下雪乃と会話をすることはほぼ無くなった。

苦しかった。

誰よりも彼女のことを大切に思っているはずなのに、考えている筈なのに、彼女を傷つけたのは自分自身なのだから。

 

そして、高校2年生になり何時ものように《みんなの葉山隼人》を演じていた時の事だ。

 

あるクラスメイトが雪ノ下雪乃を変えていっていた。

 

そのクラスメイトは猫背で、目が腐っていて、性格が捻くれていて・・・・今の自分とは全く正反対な、そんな存在だった。

 

そのクラスメイト――――比企谷八幡は何時も、隼人が持っていないものを持っていた。

 

決して《正しい》とは思えない行動や発言をするのにも関わらず、自然と八幡の周りには人が集まっていく。

自分は演じて、やっとの思いで誰かを引き寄せているのに対して、彼は自分本意な生き方で人を引き寄せるのだ。

 

そして、自分が助けれなかった雪ノ下雪乃すら、その捻くれた優しさで助けようとしている。

彼女が他人と話して笑っているところなど初めて見たのだ。

 

悔しかった。

自分ができないことを彼は平然とやってのける。

その時隼人は初めて人に嫉妬したのだ。

 

そして、2022年11月6日。

偶然、父親が譲り受けて手に入ったゲーム、《ソードアート・オンライン》。

彼は自分に対しての苛立ちから、普段しないゲームをしてしまった。

人生で数える程しかしていないゲーム。

偶然、プレイしてみただけなのに隼人はデスゲームへと囚われてしまう。

 

デスゲームが始まり、彼は皮肉にも今まで演じ続けた自分自身を再認識する事になる。

 

死の恐怖に怯えて、何ヶ月も宿屋に引き篭もった。

自分がどれだけ弱い存在かを認識させられるような、いかに強くないかと気付かされた。

死ぬかもしれないという恐怖と絶望は彼の心を折るのに十分な要因だったのだ。

 

フィールドに出てすらいないのに死に怯える毎日。そんなある日、隼人の耳に偶然にも入ってきた噂話。

現在の攻略組には《インベーダー》と呼ばれる、最低最悪のプレイヤーがいるという。

 

その身なり、言動、特徴的な腐った目も全て、比企谷八幡を連想させる気分の悪いものだった。

直感的に、《Hachi》というプレイヤーは比企谷八幡だと思ったのだ。

 

こんなにも自分は追い込まれているのに、こんな世界ですら彼は自分の何歩先も歩んでいる。

 

悔しかった。

憎かった。

そして、羨ましかった。

 

彼はいつも自分に持ってないものを持っている。

ならば、せめて彼に近づいていけば。

 

そう思って隼人はついに《始まりの街》から足を踏み出し、戦いの世界へと足を踏み入れた。

 

最初は順風満帆な生活だったと思う。

自前の運動神経を生かし、順調にレベルを上げた。

イケメンと呼ばれる部類の顔と今までの人生で培ってきたコミュニケーション能力により、仲間も増えていき・・・・いつかは攻略組を目指して奮闘する毎日だった。

 

だがしかし、彼には不満が一つあったのだ。

この世界ですら、仲間の皆が求めるのは《みんなの葉山隼人》だったのだ。

 

共に一緒にいる仲間はどこか、ぎこちない。

それもそのはずで、彼らが一緒に居たいのは頼れる《みんなの葉山隼人》であり、他のメンバー同士はどちらかと言えば・・・・敵同士だったのだ。

 

そんな仲間の調和を図り、空気を読んで皆が求めるように演じていた。

 

――――ここでも、こんな世界でも自分は自分を殺して、自分を演じている。

 

少しずつ、少しずつ、彼の中に薄暗く、淀みがある悪感情が募っていった。

 

そして、彼の人生を変える決定的な事件が起こる。

 

中層付近で足止めを喰らった隼人たち。

隼人以外の誰もが気づいていた。

自分たちのプレイヤースキルではこのあたりの階層が限界であり、これより先に行くには努力や才能といった類のものが必要になると。

しかし、彼らは今を楽しみたいだけの人間の集まりだ。

 

そう、本気ではなかったのだ。

ただ、顔が良くて、頭が良くて、強い葉山隼人の近くに居たいだけで、そのアイドル的な存在の隼人の近くにいれば自分の箔が上がると思い込んでいた。

攻略なんてものは本気で頑張っている攻略組に任せれば良いと思っている自己中心的で他力本願な人間の集まりだったのだ。

そして、隼人の仲間たちは隼人を信じきって、自分勝手な強攻策に出たのだ。

 

「ねぇねぇ、ファルくんが居ればもうちょい上の層で戦えるんじゃね?」

 

「あー、それ俺も思った!ファルくん強いし、頼りになるし、イケると思うわ〜!」

 

「戦闘なんて才能があるファルくんに任せれば良いっしょ?パーティ組んでんだから、勝手に経験値貰えるし!」

 

「それアリ!んじゃあさ、俺がファルくんにお願いするから任せろーwww」

 

「頼んだぞぉwwwアイツチョロいから余裕だってwww」

 

もちろん、隼人は猛反対したのだが彼らは隼人の性格を利用して強引に話を進めていった。

 

そう、隼人の分厚い仮面に着いてくる人間など、この程度の存在なのだ。

むしろ、今までの関係はマシな方だったのだ。

 

こうして、いつも自分たちが狩りをしている階層より上の階層で隼人たちは狩りをすることになった。

 

目に目見えた、当然の結果が彼らに襲いかかった。

 

迷宮区内で適正レベルではないパーティが戦闘を行えばモンスターを倒し切れず、時間がかかる。

そうすれば、必然的にモンスターに囲まれてしまう。

自分自身の傲慢な自信と隼人に対する歪んだ信頼により、数人の仲間が命を落としてしまったのだ。

逃げ帰るように迷宮区から出て、比較的安全なフィールドに戻って来る。

 

隼人は絶望した。

自分の未熟さ、弱さをここに来てまた実感させたれた。

そして、追い討ちをかけるように生き残った仲間の彼らは隼人を糾弾したのだ。

 

「ファルくんが・・・・悪いっしょ。ちゃんと俺らに言わなかったわけだし。」

 

彼らは仲間の死の責任を負いたくなかったのだ。

そもそもただ一緒に居ただけの別に仲良くもない赤の他人だった者たちの死の責任など負いたくない。

自分第一に考え、罪悪感から逃れたいが為に隼人に全ての責任を押し付けた。

隼人がいくら弁明しようと、彼らは『ファルが悪い』の一点張りだった。

 

怒り、憎悪、ありとあらゆる悪感情が隼人の心を蝕んで行き・・・・そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――――隼人は衝動的に仲間の1人の首を刎ねた。

 

 

 

 

 

 

 

何故、このような行動を取ったのかは隼人自身、理解が追いついていなかった。

だが、隼人は初めて人前で《みんなの葉山隼人》をやめ、自分自身の感情で怒り狂った。

 

「オマエらが!!悪いんだろうが!!俺は、悪くなんてない!!」

 

そこからの隼人の記憶は曖昧だった。

反抗してきた者も居たが、ベースのプレイヤースキルは彼らと隼人では天と地の差だった。

 

仲間だった(・・・・・)者達を感情の赴くまま、切り裂き、突き刺し――――殺した。

 

「――――は、は、ははははははっ!!!」

 

この時、隼人は今まで感じたことのない快楽に溺れていた。

人生の大半、ずっと抑圧していた感情が爆発したのだ。

仲間の泣き叫ぶ声すらその時の彼に取っては快楽へと溺れされる麻薬のようなものだったのだ。

 

そして、全ての仲間を殺し終えた後。

なんとも言えない無気力感を感じていると、1人のプレイヤーが拍手をしながら隼人に声をかけた。

 

「最高のショーだったぜ。」

 

「・・・・誰だ?」

 

突如として現れた顔に刺青を入れた男はニヤリと笑って、言う。

 

「どうだった?自分を解放したらキモチイイだろ?このゲームはその《本物の自分》を与えてくれる最高のステージだ。・・・・このゲームを愉しみ、プレイヤーを殺すことはプレイヤーに与えられた権利だ。」

 

彼の言葉に隼人は自然と聴き入っていた。

先程した、してはならない行為をこの男は肯定したのだ。

 

「もっとこのゲームを愉しもうじゃないか。・・・・俺の所に来れば、与えてやるぜ?」

 

こうして、葉山隼人は《みんなの葉山隼人》を捨て、自分を解放することになった。

 

彼にとって、それは《正しい》ことだったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の中でSAOで最悪の出来事とは、今まではサービス開始直後の《始まりの街》での出来事だ。

しかし、現状はそれをも上回る最低最悪の現実だった。

 

「あの奇襲を躱すなんて、思わなかったよ。やっぱり最初に麻痺らせた方が良かったな。」

 

らしくない、いや俺が知っている限り葉山隼人が絶対にしないであろう、嫌悪感を強く感じるニヤニヤとした表情で葉山は持っている片手剣をペン回しをするかの様に手首を捻らせ、クルクルと回している。

 

葉山の右手の甲には笑っている棺桶の刺青がしっかりと彫られており、彼が最悪の集団(ラフィン・コフィン)に属していることを示唆していた。

 

「葉山、先輩、なんです、か?」

 

壊れた機械のようにコロルの言葉が何度も詰まる。

当たり前だ。

彼女にとって、今、この瞬間こそもっとも否定したい現実だからだ。

コロルが・・・・一色いろはが恋をした憧れの葉山隼人が、居てはならない場所にいるのだから・・・・。

 

「でもまぁ、あの攻撃を避けるって所が比企谷らしくもあるよな。その実力で今まで攻略組トップクラスだもんな。」

 

まるでコロルの事など眼中にないかのように、気づいてないかのように葉山は独り言のような話をし続ける。

 

「葉山、先輩なんですよね!?」

 

痺れを切らしたコロルは葉山に対して悲痛の叫びを上げる。

 

「・・・・ん?あぁ、いろはか。君も《SAO(ここ)》に居たんだね。」

 

まるで、興味がないかのように、冷淡で冷酷な視線でコロルを一蹴したのだ。

 

コロルの表情は更に絶望感が滲み出ている表情に染まる。

今にも泣き崩れてしまうのではないかと思うほどの震えた身体を自分の手で押さえている。

 

「・・・・なんで、オマエがここに居る?」

 

俺だって信じ難い現実を前に今すぐここから立ち去りたいほどだ。

しかし、理由を聞かなければならない。

 

少なくとも、葉山を待っている人が現実世界にいるのだから。

 

「それはこっちのセリフだよ比企谷。・・・・君がこの世界に居るから、俺もここに居るんだ。」

 

「・・・・何だと?」

 

「でも、感謝もしてるんだよ?君が居なかったら今の俺は無いからね。」

 

葉山はこんな、責任転嫁をするような人間では無かった。

自分の言動にはちゃんと責任を持つような男だった筈だ。

何が、何があったんだ葉山?

 

「な、なぁ!!これで解放してくれる約束だろ!?」

 

すると怯えた様子で葉山の隣に立っていたプレイヤーが悲痛の叫びを荒げる。

 

彼は確か、俺たちがマークしていたプレイヤー《ブラスト》。

恐怖に怯え、絶望に染まりきった表情は一体どんなことをされたらできるのかと思えてくるほどだった。

 

「あぁ・・・・約束は約束だからね。解放してあげるよ・・・・――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――この世界から。」

 

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

バシュッ!

 

 

 

鋭く、素早い葉山の一撃がブラストの首を容赦なく刎ねた。

人の首を刎ねるにはとても安っぽい音が、俺のは耳に入ってくる。

剣に纏っているソードスキル発動時のライトエフェクトが・・・・血に見えてしまうほど、俺は動揺を隠せなかった。

 

「――――きゃぁぁぁ!!!」

 

絶望に染まった表情のまま《ブラスト》の首は宙に舞い、淡い光のエフェクトとなって砕け散る。

コロルの悲鳴が無情に隠し部屋内に響き渡る。

 

「――――葉山ぁ!!」

 

モンスターに殺されたプレイヤーは今まで何度か見ていた。

しかし、俺は初めて目の前で人が人に殺される瞬間を見たのだ。

行き場のない怒りが込み上げ、怒号となって喉の奥から自然と出てくる。

 

「なんで!なんで殺した!!?この世界の死が現実の死と分かっててのことだろうな!?」

 

俺の怒りの声が部屋に響く。

 

「らしくないな、比企谷。いつも冷静で淡々としているオマエがそんな声出すなんて。・・・・本当に、らしくない。」

 

わざとらしく首を横に振り、残念そうな顔を見せてくる葉山。

更に俺の怒りのボルテージが上がっていく。

 

「ふざけるのも大概にしろ!!」

 

今にでも剣先を向け、斬りかかってしまいそうになるがここで混戦するのは得策ではない。

頭の隅に残った理性で何とか踏みとどまる。

 

「えっと、殺した理由だっけ?・・・・そんなの、邪魔されたからだよ。俺が比企谷と話してるのに邪魔してくるなんて、身の程知らずだよな。」

 

コイツ・・・・ブラストを殺したことなんて気にも留めていない。

本当に言葉の通り、邪魔だったからという単純な理由だけで人を殺したのだ。

人を殺した事に対して、何ら感情の起伏がない。

そう、罪の意識がないのだ。

 

「彼はただの囮だからね。・・・・俺たちの周りを嗅ぎまわってる《鼠》の駆除をリーダーに命令されて、色んな情報屋に途切れ途切れの情報を売ったんだよ。・・・・思った以上の大物が釣れたから機嫌が良かったのに・・・・囮風情の小物が俺に逆らうから、こうなるんだ。」

 

そう、淡々と自分のしたことを肯定していく葉山。

この時の俺は、怒りや動揺が限界値を超え、逆に冷静になっていた。

 

・・・・クソ、やはり罠だったのか。

葉山はわざと情報屋に途切れ途切れな情報を売ることによって、情報屋として名高い《鼠》なら辿り着けるギリギリのラインで罠を張ったのだ。

 

「・・・・一つ聞いていいか?《ブラスト》の言っていた解放って、何だ?オマエらの仲間じゃないのか?」

 

冷静になり、できる限りの情報を探ろうとする俺を見て葉山は嬉しそうにニヤリと笑う。

 

「・・・・調子が戻ったみたいだな。どうせ殺すから質問くらいは答えてあげるよ。」

 

自分が優位な立場にいるためか、葉山は楽しそうに手口を語る。

 

「彼は1度もオレンジになったことのない残念なプレイヤーだよ。・・・・仲間を皆殺しにして、『従わなければ殺す』と脅したら簡単にいうことを聞いてくれたよ。」

 

所々で俺を煽りようににやけた表情で俺にいう葉山。

一度収まった怒りが再度込み上げてくるが、理性で押さえ込ませる。

 

「人って死に直面すると正常な判断ができなくなるんだよ。圏内に入って宿屋にでも引きこもれば安全なのに・・・・本当に馬鹿だよな。そう思わないかい、比企谷?」

 

「・・・・人を、人の命を何だと思ってやがる。」

 

人として大切な《正しさ》を失った葉山に嫌悪感を感じながら、俺は呟くように言った。

 

「残念だよ、比企谷。・・・・君なら理解してくれると思ってたんだけど。」

 

すると剣を構え、殺意を溢れ出させる葉山。

俺も咄嗟に剣を構える。

 

今現在、戦えるのは俺だけだ。

コロルは現実を受け入れきれず、座り込んで放心しているため戦える状態ではない。

アルゴは偵察や調査に特化したステータスなため、前線で戦っていると言っても葉山相手では分が悪い。

 

先程、ブラストに一撃を入れた葉山の一撃は強烈なものだった。

中層プレイヤーとはいえ・・・・HPゲージMAXだったブラストをソードスキルを用いたクリティカル一撃で殺したのだ。

アスナやキリトに劣らない圧倒的才能からくるプレイヤースキル。

そして、準攻略組と変わらないほどのステータスレベル。

正直言えば葉山とその他のオレンジプレイヤーを同時に相手取り、戦うとなれば勝率はかなり低い。

 

「じゃあ・・・・愉しい時間を始めようか。」

 

葉山がスッと手を挙げると辺りにいた数人のオレンジプレイヤーも各々の武器を取り出す。

 

だが、俺たちにはまだ手がある。

すでにその奥の手はハンドサインによってアルゴに伝えられている。

後は、タイミングを見計らって――――

 

「あぁ、先に言っておくけどここでは転移結晶は使えないよ。」

 

「――――っ!?っアルゴ!!」

 

俺たちの最終手段としてアルゴが転移結晶を持って構えていたはずだ。

後ろを振り返り、アルゴに確認を取る。

 

「言ってることは本当みたいダナ。さっきからコマンドを呟いてるけど、ウンともスンとも言わなイ・・・・。」

 

ここは隠し部屋の内部。

罠を解除しない限りは転移結晶どころか、結晶系アイテムは一切使えない結晶無効化空間のようだ。

 

葉山たちは敢えて罠を解除しない事によって退路を絶ってきたのだ。

 

「こうでもしないと、比企谷は直ぐに逃げるだろ?」

 

「・・・・クソッ。」

 

中層の未発見の隠し部屋。

そういった可能性は考えていなかった。

 

この罠もそうだが、俺たちを逃さないようまで計算に入れた完璧な作戦・・・・完全に俺たちは葉山の掌の上で踊らされていたのだ。

 

ここまで来ると逆に冷静になってくる。

辺りを見渡せば、数人のオレンジプレイヤー。

後ろには、守らなければならない大切な人。

 

・・・・覚悟を決めたんだろう、比企谷八幡。

リアルの知り合いが相手だからって尻込みしてる場合なのか?

死に怯えている余裕なんてあるのか?

殺してしまうかもしれないことを知り合いだからって立ち止まってていいのか?

 

そうだ、()らなきゃ()れる。

 

俺は、ここで葉山を斬らねばならないのだ。

 

「・・・・かかって来いよ。」

 

心を押し殺し、俺は殺すこと(覚悟)を決めた。

 

「いい顔だ、比企谷・・・・。It's Showtime・・・・!」

 

こうして皮肉にも俺と葉山の因縁の対決は、最悪の場面で火蓋を切ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、それもーらいっ!」

 

「あ、ダッカー!!意地汚いよ!」

 

今俺たちが居る場所は第47層の主街区《フローリア》。

花が咲き乱れる美しい街並みが特徴だ。

 

そんな公園のような一角で俺を含めた《月夜の黒猫団》のメンバーは休暇としてピクニックとしてここに遊びに来ている。

 

「キリトも何か言ってよ!ダッカーったら、私のサンドイッチを――――って!?また!?もう!!」

 

「あはは・・・・」

 

つい最近、ようやく攻略組へと参加することができた《月夜の黒猫団》は相変わらず、アットホームな雰囲気が特徴的だ。

彼らのおかげで最近の閉鎖的な空気はだいぶ緩和していると実感している。

 

いつかの約束を果たした彼らは俺を再度ギルドへ勧誘をしてくれた。

俺はそれを快く承諾し、今ではこうして仲間として楽しい日々を送っている。

 

「・・・・これも、ハチのお陰だな。」

 

「俺もそう思うよ。」

 

すると、後ろから騒ぎ立てるサチたちを見守りながらギルドリーダーであるケイタが俺の独り言に答えてくれる。

 

「俺はその時居なかったけど、ハチさんが居なかったら俺たちは今頃、死んでたと思うよ。」

 

少し真剣な表情を混ぜながら、ケイタはそう言った。

ハチはあんなに捻くれているのにも関わらず、優しさを持った人間だ。

《月夜の黒猫団》の指導及び、レベリングの手伝いもしてくれていたと聞いている。

本人にその事についてお礼を言えば『コロルとシリカの修行のついでだ。別に大したことはしていない』と言っていた。

本当に素直じゃない。

 

「ハチさんたちも俺たちのギルドに入ってくれれば百人力なんだけどなぁ。」

 

「無理無理、ハチは群れるのが嫌いな一匹狼気取りのリア充だから。」

 

アルゴからの情報によれば、あの2人とほぼ同居しているかのような状態らしい。

美人の2人を誑かしてうらやまけしからん。

アスナはアスナでハチに会うと機嫌が悪くなるし、それの仲介役をさせられる俺の身にもなってほしい。

 

「――――キリトさん!!」

 

突如、後ろから荒々しい声を立てながら俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

振り返るとそこには泣きそうな顔でこちらに走り来るシリカの姿が見えた。

 

尋常ではない様子から俺は直ぐに立ち上がり、弛緩していた気持ちを引き締める。

 

「どうしたシリカ?お前1人で珍しい。」

 

「そ、それが・・・・!!ハチさんが、ハチさんが危ないんです!!」

 

「・・・・何だと?落ち着いて一から説明してくれ。」

 

息を荒げるシリカを落ち着かせながら話を聞く。

 

「それが・・・・ハチさんが笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の幹部と戦闘中なんです!!アルゴさんからの援護要請が!!」

 

「な、なんだと?」

 

一体、なにに首を突っ込んでんだ、ハチ・・・・。

何とも言えない不安が、俺を襲ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




八幡誕生日おめでとう・・・・!


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第10話

いやー、総合評価がもうすぐ1000ポイントですよ?
びっくりびっくりですよ。

八幡vs葉山、終結です。

この戦いを通して八幡は何を見つけるのか。


 

 

player vs player(PVP)》において、必要となってくる要素は多くある。

 

最も必要となってくるのは相手の情報。

どんな武器を使うか、どんな戦闘スタイルなのか知ることが勝利の鍵へとなっていく。

みんな大好き有名な孫子は言った。

『彼を知り、己を知れば百戦殆うからず。』

その言葉を信じるとすれば、俺がしなければならない行動は相手を観察することだ。

 

周囲を見渡せば、オレンジカーソルに染まった数人のプレイヤー。

ざっと数えて6、7人くらいか。

普通のPK戦なら3人相手には過剰な戦力とも言える。だが俺たちはステータスレベルが圧倒的に強い、攻略組。

妥当な判断と言えるだろう。

 

「行け。」

 

葉山がそう呟き、それに反応して3人のプレイヤーが俺に襲いかかってくる。

情報が少ないので、ここは様子を見て相手の出方を見る――――と思っているコイツらの逆を突く。

 

「――――っ!!」

 

鋭く息を吐き、初撃は力任せに振るう上段からの斬りおろし。

予測していた反応と違った為か、始めに近づいてきた1人のオレンジプレイヤーは驚愕の表情を浮かべ、無理な体勢で防御を固める。

 

完璧ではない姿勢で攻略組の攻撃を防げると思うな。

俺は剣の軌道を少し変えて、相手の手首を斬り落とす。

 

「なっ――――!?」

 

普通の人間なら痛みで悶絶するかも知れないが、ここは仮想現実。

例え手首を落とされても痛みはない為、隙は出にくいが・・・・動揺は必ずする。

特にオレンジプレイヤーたちは奇襲を得意としている為、自分自身が見せる動揺した時の姿を知らない。

そうなれば、多くの隙が生まれる。俺の目には最低でも5通りの隙が見えている。

相手の戦闘意欲を削ぐ為、もっとも効果的な箇所を攻撃しなければならない。

この取捨選択は多数対一の戦闘の時にはかなり重要になってくる。

 

俺は振り下ろした剣の刃を横に向ける。

屈みながら、そのままの姿勢で一回転をし、相手の両足を斬り落とす。

 

このSAOでは部位欠損は急所以外、致命的なダメージには至らないが・・・・戦闘は当然の如くできなくなる。

特にここは相手が用意してくれた結晶無効化エリア。

回復(ヒール)結晶も使えない為、即時回復はできない。そのため回復にはPOTを使わなければならない。

そうすれば、回復に時間はかかる。部位欠損となれば尚更だ。

 

「くそがぁ!!」

 

仲間がやられた事に苛立ちを覚えたのか、1人のプレイヤーが飛び上がってからの上段斬り落としをしてくる。

俺は直ぐさま、戦闘不能になった目の前のプレイヤーを飛びかかってくる奴に向けて蹴り飛ばす。

俺の筋力値に逆らえず、吹き飛び、空中で身動きが取れない仲間を巻き込みながら後方に吹き飛ぶ。

 

しかし、それを予想したかのように背後から短剣持ちのオレンジプレイヤーが襲いかかってくる。

面倒な事にすでにソードスキル発動時のライトエフェクトが刃を覆っている。

 

・・・・スキルモーションの状態から鑑みるにパリングからのスキルキャンセルは不可能。

そうなれば、やれる事は一つ。

無用なダメージを避けるために回避に徹する。

 

「シネェ!!」

 

俺の様々なソードスキル擬きを多用する戦闘スタイルを知っていての行動ならば・・・・とても愚直な判断としか思えない。

 

直前の動作から放たれるソードスキルを予測。そしてコンマ数秒の動作からソードスキルは短剣8連撃ソードスキル《アクセル・レイド》と断定。

剣先の方向、武器のリーチから予測し、少し後方に身体を傾けながら回避を試みる。

 

短剣のメリットはその素早い攻撃と手数が多い所だ。

そのかわり、デメリットとしてはその圧倒的に短いリーチ。

相手が腕を伸ばしきったギリギリのラインで回避する。

剣先は俺の服を掠めることも出来ず、止まる。

腕と武器のリーチから予測した攻撃可能範囲から少しだけ外に出たのだ。

 

そして、8連撃の攻撃が終わったその時がチャンス。

硬直時間(ディレイタイム)に陥ったプレイヤーは攻撃の格好の的。

素早く両手首、両足首を斬り落として戦闘不可能状態まで引きずり落とす。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

間髪入れずに1人のオレンジプレイヤーが俺の懐に入ろうとする。

 

敵の武器は両手槍。

槍のメリットは中距離からの鋭い一撃が特徴なのだが・・・・そこまで近づいたら意味がないだろ。

相手の焦りによる判断ミスを見逃さなかった俺は敢えて一歩踏み出し、左右に揺れながら全ての攻撃を回避する。

 

槍は前後左右の攻撃には強いが、間合いの内側に入ると途端に弱くなる。

そのわずかな隙を俺は見逃さず、片手剣3連撃ソードスキル《シャープ・ネイル》で相手の両手首と片足を切り落とす。

俺には硬直時間(ディレイタイム)はないため、続けて残った足を斬る。

 

・・・・葉山を除き、あと5人。

俺は事前に用意していたアイテムをポーチから取り出す。

球状のアイテムをそのまま地面に叩きつける。

撤退用に準備しておいた、《煙玉》だ。

 

煙には特に害はないのだが、視界を奪う事に関してはかなり優秀なアイテム。

本来の用途はモンスターから退避するために使用するのだが、こんな場面でも使える。

 

「逃げる気か!?追いかけろ!!」

 

誰かがそう言ったが、流石の俺もそこまでバカじゃない。

戦闘どころか立って歩くことすらままならないコロルを抱えてフィールドに出たところですぐに追いつかれるだけだ。

この部屋を出て転移結晶で逃げるのも一つの手だが・・・・このまま葉山を放置するのは、いずれ何処かで後悔するだろう。

 

俺は素早くウィンドウを操作して、《索敵スキル》を発動させる。

《煙玉》は相手の視界を塞ぐことができる優秀なアイテムだが、自分自身も視界を削ってしまう少し厄介な代物だ。

 

しかし、俺の《索敵スキル》を使えば楽に相手の居場所を把握することができる。

《隠蔽スキル》も同時に発動すれば相手に気取られる前にケリをつけることができる。

 

俺は煙を引き裂きながら、持てる筋力値と敏捷値で辺りのオレンジプレイヤーを次々と戦闘不能にまで追い込んでいく。

コイツらはただHPを削っただけではダメだ。

人を殺す事に慣れているということは殺されても構わないと思っている部分がある。

そういう奴らは手負いの状態が一番手強い。

それに痛みを伴わないこのSAOでは、HPゲージの減少しか相手の恐怖感を煽れない。

しかし、コイツらにはそう言った恐怖感というものは効かないだろう。

そうなれば、圧倒的な実力差で行動不能状態までに追い込んでやれば・・・・自然と心を折りやすくなる。

 

多少の反撃を喰らったが、《戦闘時回復(バトルヒーリング)スキル》によって数十秒で完全回復することができるだろう。

 

《煙玉》の効果時間が切れ、徐々に煙が消えていく。

完全に煙が消えた時には葉山以外のオレンジプレイヤーは全て地面に伏していた。

 

動けないもどかしさからか、呻き声と俺を罵倒する声が聞こえてくる。

 

葉山はその状況を高みの見物をし、俺を拍手で迎えた。

 

「流石だな、比企谷。コイツら全員でも手も足も出ないか。」

 

楽しそうな、無邪気な笑顔を葉山は俺たちに見せてきた。

・・・・その笑顔は、現実世界では一度も見たことがない、愉しそうな表情だった。

 

「ふ、ファルさん・・・・アイツ、強すぎますよ・・・・。」

 

すると、1人のオレンジプレイヤーが這いながら葉山の元へ助けを求める表情で行く。

葉山は先ほどの笑顔から表情が一転、まるでゴミを、虫を見るような酷く冷めた視線で一瞥すると剣にライトエフェクトを纏わせて、首を切り落とした。

 

「――――っな!?」

 

「何?助けてくれるとでも思ったの?自惚れるなよ、雑魚。」

 

人とは思えない、冷徹な声に俺は恐怖を覚えた。

同時に、葉山がもう、戻れない場所まで来ているんだと実感させられる。

 

「ごめんごめん、比企谷、待たせたね。」

 

片手剣を構えて、葉山はニヤリと笑った。

 

・・・・もう戦うしかない。

俺の強さを見て、葉山が怯めばとかそんな小さな一握りの希望は・・・・殺さなくて済めば・・・・なんて甘い考えは、捨てろ。

 

()らなければ、()られる。

これは遊びでやる決闘(ディエル)なんかじゃない。本当の命を懸けた、後戻りができない戦いなのだ。

 

そして、数秒の沈黙。

互いに互いを睨み、探り合う。

 

《PVP》の基本は相手の情報。

実際、俺が持っている葉山の情報と言えば片手剣を使う・・・・位の事だろう。

それ以外の戦闘スタイルは戦いの中で探るしかない。

 

片や俺は最前線で悪名高い《インベーダー》。

戦闘スタイルや主に使う武器、それら全てはその辺りに居る情報屋からも仕入れる事ができるほど知れ渡っている。

 

先ずは先ほどと同じように先手を――――

 

「――――っ!?」

 

俺が行動を開始する前に葉山は地面を蹴り出した。

俺の行動を先読みして、主導権を取りに来たのだ。

 

「っく!?」

 

放たれるソードスキルはスキルモーションからの予測から片手剣突進ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》と断定するが、先ほどのオレンジプレイヤーとは訳が違う。

 

研ぎ澄まされたその一撃はこのSAOで最強とも呼べるキリトやヒースクリフにも劣らない練度の高い一撃。

何とか捻り出した俺の片手剣でギリギリのタイミングでパリィするが間に合わなかったのか、反動で後方に弾き飛ぶ。

 

無理やり身体を捻らせ、態勢を持ち直そうとするが膝をついてしまう。

 

「・・・・この一撃をあの姿勢からパリィか。反応速度より、その隙のない判断力が君の最大の武器と言えるね。」

 

「うっせ・・・・。」

 

危なかった。

刹那の判断ができていなかったら今頃アイツに殺されていたのは間違いないだろう。

慢心するな、コイツは今まで戦ったどのオレンジプレイヤーよりもレベルが違う。

留意しなければならない点はあのプレイヤースキルから生み出される圧倒的な攻撃力。

そして、人を殺すことに何ら躊躇いを持たない思考回路だ。

 

俺のほんの少しの動揺を察したのか、葉山は追撃をするために猛スピードで俺に接近してくる。

 

――――くそっ!

 

俺のソードスキルを使わない戦闘スタイルは完全に読まれていると見て間違いないだろう。

俺の多彩な攻撃手段は主導権を握って先手の連続攻撃が一番効果的だ。

だが、葉山はそれをさせないために俺に防御せずにはいられない激しい剣戟を繰り出してくる。

 

その重たい一撃は受け止めるたびに手が痺れてしまうと錯覚させるほどの威力。

俺は《体術スキル》も使えないため、剣以外の攻撃ができない。

それとは反対に葉山は《体術スキル》と《片手剣ソードスキル》のコンビネーションをこれでもかと言うほど発揮してくる。

その実力は、直ぐにでも攻略組として前線に出れるんじゃないかと思ってしまうほどだ。

 

しかし、それは錯覚に過ぎない。

レベルの差があればMMORPGの理不尽さは如実に現れてくる。

葉山の鋭い一撃でもどこまでいっても俺の体力を削り切る事が出来ないはずだ。

俺はダメージを承知でパリングからのカウンターを葉山に繰り出す。

 

しかしそれを察したのか、俺の刃が葉山に届く前に回避行動を取られてしまい、距離を取られる。

 

「ふぅ・・・・流石だよ。今まで殺したどのプレイヤーよりも殺しがいがある。」

 

「・・・・どこまで腐ってんだよ。」

 

「君にだけは言われたくないなぁ・・・・本当に、その動揺を見せない顔が、イラつく。」

 

すると、葉山の片手剣が薄っすら光を帯びる。

 

・・・・何のソードスキルだ?

今まで見たスキルは葉山の完全な実力によって構成されたものだ。

現実での運動能力がこの世界でも通用するかの如く、葉山は強い。

スキルの組み合わせや虚を突いてくる多彩な攻撃手段。

しかし、それらの全てを否定するかの様に葉山のこのスキルモーションは絶大な違和感をもたらせる。

 

そして――――刹那に感じ取る首筋を舐め回すかの様な酷く冷たい悪寒。

 

俺は直感に従って首筋に防御を固める。

葉山の目にも留まらぬ一撃が俺の剣に当たり、金属と金属がぶつかり合う音が響き渡る。

 

――――お、重過ぎる。

 

俺は左に数メートル吹き飛び、何度か転がって漸く停止する。

 

・・・・なんだよ、アレは?

 

普通の攻撃ではあり得ないスピードと威力。

その一撃を防いだ俺を褒めてやりたいくらいだ。

 

アレを喰らっていたら確実に死に至っていただろう。

そんな事が脳裏をよぎり、心拍数と呼吸の回数が自然と増大する。

冷えた汗が俺の額から流れ出て、頬を伝って地面に零れ落ちる。

 

「これを防ぐとか、あり得ないよ比企谷。本当に恐ろしいな。」

 

「・・・・なにを、した?」

 

葉山は俺の質問にニヤリと笑い、嬉しそうに話す。

 

「エクストラスキル、《処刑人(エクスキューショナー)》だよ。」

 

「エクストラ、スキルだと・・・・?」

 

「そうさ、首を狙う時のみに発動することができる特殊なソードスキルさ。・・・・プレイヤーにしか効かないけど、どんな防具で固めていても一撃で葬ることができる。素晴らしいだろ?でも、さっきみたいに武器でガードされると効果を成さないところが玉に瑕なんだよね。」

 

俺は脳内にある数多のSAOに関する知識を総動員させるが、そんなスキルは聞いたこともなければ見たこともない。

チラリと後ろで待機しているアルゴを見るが驚愕の表情を浮かべている。

あのSAO一の情報屋ですら知り得ないスキル。

なによりあの威力を体験すれば、それがブラフじゃないことも分かってしまう。

考えうる一つの可能性、それは――――

 

「――――ユニーク、スキル・・・・?」

 

「ハハハハ!!御名答!!君のその思考能力に関しては驚かされてばかりだ!!」

 

ユニークスキルとはこのSAOで唯一、ただ1人しか持てないとされるスキル。

現在確認されているユニークスキルは《血盟騎士団(KoB)》の団長、ヒースクリフが持っているとされる《神聖剣》ただ一つ。

 

ユニークスキルの特徴は何と言ってもその圧倒的な強さだ。

ヒースクリフの《神聖剣》はどんな攻撃にすら対処できる完璧な防御力が特徴だ。

それに対して葉山の《処刑人(エクスキューショナー)》は一撃必殺の攻撃力。

 

しかも・・・・このSAOでは無用な筈の対人戦闘限定のスキル。

 

「いつの頃だったかな?・・・・スキルリストにいつの間にか載っていたんだ。取得条件は不明だけど・・・・その時はちょうど俺が100人目のプレイヤーの首を斬り落とした時だったよ。」

 

俺の背筋が凍る、そんなゾクっとした悪寒が身体を支配する。

100人・・・・1万人しかプレイヤーがいないこの世界で葉山は100人以上のプレイヤーを、殺している。

 

人を殺すことで手に入れるソードスキル・・・・本当に、反吐が出る。

 

常人では辿り着くことはできない、そんな領域にある力なのだ。

 

「・・・・このスキルで首を斬れば、なんとも言えない快感が俺を支配してくれる。そう、このために俺はあの時にナーヴギアを被ったんだって思わせてくるんだ。」

 

「ふざ、けるな。」

 

「なんとでも言えばいいさ。俺はこの世界で《本物》を手に入れたんだから・・・・!」

 

もう、あの葉山隼人はこの世界には居ないのだろう。

彼の言う《本物》がどんなものかは分からない。

理解もしたくない、分かりたくもない。考えたくもない。

 

すると、葉山はゆるりとした動きで剣先を俺に向ける。

 

「このスキルを手にした時・・・・斬り落としたい首があった・・・・君だよ、比企谷。俺は君の首を斬りたかった。」

 

高揚した表情で気持ち悪い笑みを浮かべる葉山。

 

「君は、俺と違って全部手に入れる。・・・・優美子や姫菜だってどこかで君のことを認めていた。結衣は君のことを心から信頼していた・・・・!!雪乃ちゃんだって!!君が笑顔にしていた!!!」

 

突如、葉山の淀んだ悪感情が溢れ出し、全てを俺にぶつけてくる。

 

「可笑しいよなぁ!?俺が頑張って《みんなの葉山隼人》を演じていたのに!!そうやってみんなは俺についてきてくれたのに!!君は自分本意で自分勝手な生き方で、みんなついてくる!!まるで《本物》の俺を見抜いて、一定の距離を置いてるんだよ!?努力している俺より怠けて他人から距離を取っている君の方が好かれるなんて可笑しいじゃないか!!・・・・だから、君を斬りたい、殺したかったんだ。」

 

酷く濁った嫉妬、憎悪・・・・それら全てが俺に襲いかかってくる。

 

「・・・・巫山戯んな。」

 

その理不尽な思考と行動に俺は怒りを覚える。

 

「オマエがそうやって自分を隠してたのは自分だろ。自分を欺いて、他人を欺いて、誰も振り向かないのは俺のせいなんて、ただの責任転嫁だ。」

 

認めては、ならないのだ。

コイツの言うことを認めてしまったらコイツの《本物》を認めてしまうことになる。

 

「ただ自分を否定して、他人を否定して手に入れたものが《本物》だと・・・・!?巫山戯るな!!俺からすればそれは、欺瞞と醜い嫉妬でできた《偽物》なんだよっ!!」

 

俺は剣の柄をあらんばかりの力で握りしめて、ゆっくりと立ち上がる。

 

「オマエは間違ってる。その全てを俺が全力で否定してやる。」

 

覚悟しろ。

俺は俺の全てをオマエにぶつけてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せん、ぱい・・・・。」

 

力が、入らなかった。

目の前でせんぱいと、大好きだった筈の葉山先輩が戦っている。

命を懸けて、戦っているのに私の身体は圧倒的な無気力感で覆われて動けそうにない。

 

でも、今あそこに私が好きだった葉山先輩は・・・・居ないのだろう。

 

「大丈夫カ?コロちゃん。」

 

そう言って私の肩に手を置くアルゴさん。

 

「・・・・リアルの知り合いカ。流石にそれは予想してなかっタ。すまないイ。」

 

「アルゴさん、は・・・・悪く、無いです。」

 

人と戦う覚悟はしていると言った自分が情けなくなる。

いざ、残酷な世界を目にすれば自分がどれだけちっぽけでか弱い存在か認識させられる。

それでも、せんぱいはその現実に立ち向かい、今も戦っている。

少なくとも、クラスメイトに向けて殺してしまうかもしれない刃を振るっているのだ。

 

その精神力はどこから来るのだろうか?

文化祭での噂を知った時からずっと思っていた。

あのせんぱいは何を原動力に自分を蔑ろにしてまで優しくするのか。

自分だけが傷ついて、他人が傷つかないように・・・・このSAOでも同じ行動をしている。

どれだけ考えても、その答えには私なんかじゃ到底辿り着けない世界なんだろう。

それでも、せんぱいに一歩でも近づいて見てみたかった。

みんなが笑い合う、せんぱいの求める《本物》と言うものを見てみたかった。

 

だが、葉山先輩はそのせんぱいの理想を薄汚れてしまった言動で踏みにじった。

 

私の、憧れていた葉山先輩は結局のところ、《偽物》だったのだろう。

他人に合わせて、自分を演じていた私も同類だったのだろうか?

 

それならば、私のしていた恋はきっと《偽物》なのだろう。

私自身も、《偽物》だったのだろう。

 

ならば、せめてここで戦わなければならない。

でもせんぱいと葉山先輩の戦いは、割って入れるような次元を遥かに超えている。

 

「・・・・まずいナ。」

 

「互角に、見えますけど・・・・。」

 

せんぱいとはレベルが近いとはいえ、戦闘経験の差は歴然としていた。

私が強いのはシリカとのコンビを組んだ時だけであり・・・・《PVP》となれば専門外と言ってもいい。

せんぱいは葉山先輩の攻撃を全てパリングしているので、私の目からは互角のように思えたのだ。

 

「ハー坊は確実に押されているヨ。主導権を握れていなイ。その証拠に回避、パリィ、カウンターをメインとした戦闘になってるダロ?」

 

「たしかに・・・・。」

 

その観点を抑えて戦いを見てみると、自然とせんぱいが押されているように見える。

 

「・・・・シーちゃんに救援要請を送っタ。恐らく、《月夜の黒猫団》を引き連れて援護に来ると思ウ。

そうすれば、あの男を殺さなくて済ム。」

 

「・・・・間に、合いますよね?」

 

「分からなイ。・・・・ハー坊次第、だナ。」

 

無力な私は・・・・ただただ祈ることしか出来なかった。

そんな自分が・・・・本当に嫌いになってしまう。

 

「ただ、覚悟はしといてくレ。間に合わなかったラ・・・・」

 

「――――分かって、います。」

 

その時は、私が援護に行くしかない。

覚悟を・・・・決めるんだ。葉山先輩を・・・・殺す覚悟を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆらりと片手剣を構える葉山を見据える。

先ほど見せた葉山のユニークスキル《処刑人(エクスキューショナー)》はこのSAOでは対人戦最強スキルと言っても過言では無いだろう。

 

レベルもスキルもありとあらゆる能力値を無視した一撃必殺の攻撃力。

他のソードスキルと併用すれば多数の選択肢ができる。まさにチート、と言う言葉が似合うスキルだ。

 

ならば、アイツの虚を突く。

もう、迷っている暇はない。出し惜しみなんてする場面ではないのだ。

ユニークスキルには・・・・ユニークスキルだ。

 

「――――比企谷ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「――――葉山ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

お互いの腹の底から出てくる叫び声が虚空に響き渡る。

俺は剣の柄を強く握りしめ、スキルモーション(・・・・・・・・)を起こす。

 

このSAOに来てから1度もエフェクトを纏ったことのない俺の剣が、眩い光を放って葉山のソードスキルと重なる。

葉山と俺の剣は激しい火花を散らして弾き飛ぶ。ソードスキルがぶつかり合う際にできる、《スキルキャンセル》だ。

 

普通は葉山の様にここで硬直時間(ディレイタイム)に襲われるのだが・・・・俺にはそれが無い(・・・・・)

 

「――――っな!?」

 

驚愕の表情を浮かべる葉山。

俺の剣は未だにライトエフェクトを纏わせ、葉山の右肘から上を斬り落とした。

 

「っ!」

 

しかし、葉山は素早く左手を操作して《クイック・チェンジ》による武器の持ち替えをする。

俺の攻撃の反動により硬直時間(ディレイタイム)が解除されてしまったのか、素早い動きで俺の剣を弾こうとするが・・・・葉山の剣が逆に弾かれてしまった。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

本能の赴くままに振るわれた俺の剣は葉山の残る左手首も斬り裂いた。

 

そして両手を削がれた事により葉山は尻餅をつき、倒れ込む。

 

「――――・・・・なんだよ、それ。」

 

「切り札ってのは、最後まで取っておくモンだ。」

 

俺はスキルの効果が切れてしまい、俺に30秒間の硬直時間(ディレイタイム)が襲ってくる。

 

先ほど俺が見せたスキルはレベルが50に至った際に手に入れたエクストラスキル《無双剣》。

 

俺が繰り出す全ての攻撃技がソードスキルとして扱われる(・・・・)とんでもスキルだ。

まるで俺の戦闘スタイルに合わせたかの様に構成されたその仕様はチートと言ってもいいだろう。

出現条件は不明。情報屋のスキル銘鑑をいくら探しても出てこなかった為、俺専用のユニークスキルと気づいたのは実はここ最近。

 

とはいえこのスキルの弱点はその効果時間の短さとクソ長い硬直時間(ディレイタイム)にある。

 

オンラインプレイヤーは嫉妬深いため、コソコソ隠れて練習していたため熟練度はまだまだ低い。

その為か、継続時間は経ったの15秒。

その短さの上に硬直時間(ディレイタイム)は30秒間という長さになっている。

 

「・・・・なんだ、よ。オマエはそんな物まで持ってるのかよ。」

 

絶望感に満ちた表情で葉山は俺に言葉を投げかける。

 

「俺が・・・・持ってるものはすでに持ってるって言いたいのか?そんなに!!俺をバカにしたいのかよ!?」

 

「・・・・そうじゃない。俺は、ただ守りたいものを守るための最善の選択をしたまでだ。」

 

「守りたいもの!?ふざけんな!!!それで人を蹴落として楽しいのかよ!?いつも嗤ってたんだろ!?俺が!自分を演じているのを見て!!」

 

嗤ってなどいなかった。

俺は・・・・お前の生き方は嫌いだったが、羨ましかった。

他人を信じれる、その心の強さは俺の憧れだった。

だが、俺は何も言わない。

今の葉山に俺の言葉なんて届かないからだ。

 

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!おい!!!早くしろ!!」

 

「・・・・っ!?」

 

葉山がそう叫ぶと後ろに倒れていたオレンジプレイヤーが葉山に向けて回復(ヒール)結晶を使用する。

本来ここは葉山が用意した結晶無効化空間。

使えないはずの結晶系アイテムが使えたのだ。

 

「・・・・俺が、何も手を打ってないと思ってたのか?もうすでに、罠は解除されてるんだよ。」

 

負けた時を考えてすでに準備をしていたのだ。

恐らく罠の解除を最期の一手順で止め、俺たちが転移結晶が使えないこと確認したところで使えないと思い込ませていたのだ。

 

斬り落とされたはずの葉山の腕が綺麗に戻っていく。

 

よく考えれば当たり前のことだ。

これから戦うのは攻略組の俺たち。負けることくらいは予測していたのだ。

二重にかけられた罠を見抜けなかった。

 

「ふははは!!しねぇ!!比企谷ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

俺はまだ硬直時間(ディレイタイム)が終わっていない。

今ここで回避、又は迎撃できる手段を持っていない。

あと、あと数秒で動けるのに――――

 

葉山の放ったニークスキル《処刑人(エクスキューショナー)》の必殺の一撃が俺の首を刎ねる、と思った刹那――――

 

 

――――コロルの槍が葉山の攻撃を防いだ。

 

 

「コロル!?」

 

「せんぱい!!スイッチ!!!」

 

処刑人(エクスキューショナー)》の威力によりコロルは吹き飛ばされてしまう。

 

直後に俺の硬直時間(ディレイタイム)が切れ、身体の自由が戻る。

 

すでに奥の手は出し切った。

これ以上の混戦は確実に俺たちの首を絞める。

俺はもう一度《無双剣》のスキルモーションを立ち上げる。

 

「――――っ葉山ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

俺の剣は・・・・葉山の身体を貫いた。

攻略組である俺の攻撃力を持ってすれば、葉山のHPゲージを確実に消し飛ばせるだろう。

 

そして、数秒の沈黙の後葉山のHPゲージが0になる。

 

「・・・・――――とう。」

 

「っ!?」

 

俺にもたれかかり、葉山は一言だけ俺の耳元で呟いて・・・・砕け散った。

 

この時俺は初めて人を殺した。

 

初めての・・・・友達になれたかもしれない奴を、この手で殺したのだ。

 

そして俺の頭の中には最期の葉山の言葉が・・・・永遠とリピートしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ふぅー・・・・書ききった。

これからも八幡の苦悩は続きます。


更新頻度が少し落ちたのは申し訳ない。
23連勤目の私には中々ツライ。
更新頻度は出来る限り上げたいのですが、リアルが忙しすぎて血を吐きそう笑
更新が止まったら過労死したと思っててください笑
言い訳はこれほどまでにしといて・・・・まぁ無理せずゆっくり書いていきますので読者の方々、気長にお待ちください。


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第11話

 

 

 

 

「キリトさん!!こっちです!!」

 

「あぁ!!」

 

俺たち《月夜の黒猫団》はアルゴからの救援要請を受け、アインクラッド 第19層のフィールドを全力疾走していた。

 

スピード型のシリカがピナの索敵を使いながら極力不必要な戦闘を避け、後ろからトレインしてくるモンスターは他のギルメンに任せて、最大速度で《死霊の丘》に向かっていた。

 

道中に聞いたシリカの情報によれば、ハチ、コロル、アルゴの3人は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)と繋がりがあるとされるオレンジギルドの調査をしていたという。

 

しかし、その情報は実はラフコフが仕掛けた罠だったのだ。

 

現在、理由はわからないが戦意喪失したコロルと戦闘向きではないアルゴを守るため、ハチが単独でオレンジプレイヤーとラフコフの幹部を1人を対処しているらしい。

 

あの多数対一が得意なハチでも、ラフコフ相手となると話が変わってくる。

アイツらは人を殺すことに戸惑わない。

ハチは・・・・人を斬ることができるかも知れないが、戸惑わない、隙を作らないとなれば話は別だ。

何が起こるかわからないのがこのSAO。

 

言葉にならない不安が俺に襲いかかってくる。

どうか無事でいてくれ・・・・!!

 

ハチの無事を祈りながら俺たちは《死霊の丘》を駆け巡る。

 

「・・・・この辺りです。」

 

シリカが立ち止まり、アルゴとの交信が途絶えた場所へと辿り着く。

辺りを見渡すが何ら変哲も無い普通のフィールドダンジョン。

 

「・・・・何も、無いな。」

 

「で、でもこの辺りで追跡が出来なくなりました。」

 

別にシリカを疑っているわけでは無い。

しかし、いくら見渡してもアルゴやハチの姿は見えない。

それならば考えられる可能性を探るんだ・・・・。

 

「《索敵スキル》を使おう。」

 

まだ時間はそれほど経ってない。

俺はスキルウィンドウを開き、《索敵スキル》を選択する。

出てきたウィンドウにフレンドであるアルゴの名前を入力する。

そして、《索敵スキル》の派生機能(モディファイ)である《追跡》を発動する。

 

これを使用すると道路上に薄いグリーンの足跡が表示されるようになる。

 

「・・・・たしかにアルゴはこの辺りにいたな。」

 

地面に映る緑色の足跡を見る限り、そんなに時間は経っていない。

この《追跡》の機能は時間経過とともに足跡が薄くなって表示される。

アルゴの足跡はまだくっきりと見えているという事は付近にいる可能性が高い。

 

付近にはアルゴの姿はないが、そう遠くには行っていない。

アルゴが追っていたのは犯罪者ギルド。

オレンジギルドの拠点を探るための依頼だったとシリカは言っていた。

そこから考えつく、結論は・・・・

 

「・・・・隠し部屋か?」

 

攻略した層とは言え、あまり人気のない19層。

人が近づかなければ発見されてもおかしくない場所に隠し部屋があってもおかしくない。

俺は再度、アルゴの残した足跡を観察する。

 

途中で踵を返しているような、そんな足跡だが違和感が感じられる場所で消えている。

俺はアルゴが途中から向かっていた方向を見る。

 

・・・・何らおかしなところがないSAOではよく見られる巨木のオブジェクト。

 

「これか?」

 

俺がそっと幹に触れてみると突如として幹に亀裂が入り、道ができる。

 

「――――当たり、みたいだな。」

 

シリカに視線で合図を送り、突入の意思を確認する。

意を決した表情でゆっくりと頷いたシリカを見たところで俺は背中に掛けている片手剣の柄を握り締めながらゆっくりと足を踏み入れる。

 

雰囲気も相成って、どこか重く、冷たい空気が俺たちの肌を刺激する。

決闘(デュエル)は何度も経験しているが、殺人集団のオレンジギルドとの対戦は今までしたことはない。

 

――――人を殺してしまうかも知れない。

 

そんな、考えが脳裏をよぎるたびに俺の心臓は激しく鼓動する。

薄暗い隠し部屋にゆっくりと足を踏み入れる。

 

「・・・・遅かったナ。」

 

突然声をかけられ、衝動的に剣を鞘から抜き取り構えるが、そこに居たのは暗い表情を浮かべるアルゴの姿だった。

 

「・・・・ふぅ、なんだ・・・・アルゴか。無事だったのか?」

 

俺は安堵の息を吐き、剣を鞘へと戻す。

辺りを見渡すが居るはずのオレンジプレイヤーは姿が見えないため、すでに回廊結晶で《黒鉄宮》に送ったのだろう。

とは言え、ハチとコロルの安否が心配だ。

 

「・・・・無事、では無いかナ。」

 

アルゴはそう言って部屋の更に奥の方に視線を向ける。

その視線を辿るとそこにはなんとも表現し難い、悲痛の表情を浮かべるハチが俯いて座っていた。

コロルの姿も確認できたが・・・・激しく嗚咽し、何度も涙を地面に零している。

 

「何が、あったんだ?」

 

「・・・・ラフコフの幹部がハチとコロルのリアルの知り合いだったんだヨ。」

 

俺はその一言に息を飲んだ。

リアルの知り合いが・・・・殺人ギルドに所属、更に幹部だったのだ。

彼らの精神的な苦痛は想像を絶する。

 

「・・・・やむ終えズ、そのプレイヤーと戦闘になっタ。ハチは・・・・自らの手で、そのプレイヤーを・・・・。」

 

アルゴは言葉を詰まらせ、俯く。

その口振りから、大体の顛末は察することができた。

つまり、ハチはその手で・・・・殺したのだ。

 

「・・・・コロル、ハチ、さん。」

 

シリカは壮絶な経験をしたパーティメンバーである2人になんと声をかければいいか分からない様子だった。

・・・・俺も、なんと言えば良いのだろう。

 

すると、座り込んでいたハチが立ち上がり此方へと重い足取りで向かってくる。

 

「・・・・気にすんな。お前のせいじゃ無い。俺が、悪いからな。」

 

「――――は、ち・・・・。」

 

ハチはアルゴの左肩へそっと手を置き、それだけ言い残して出口の方へと足を運んでいく。

アルゴは目尻に涙を浮かべ、力尽きたように座り込んでしまった。

 

あの発言は、アルゴを想ってのことだろう。

アルゴの依頼により、ハチはその手で知り合いを殺さなければならないという状況にまで至った。

アルゴはその依頼をしてしまった責任を感じてしまうと思ったのだろう。

アルゴに責任を感じさせないため、ハチは全ての罪を自分が背負うと言ったのだ。

そんな、1人で到底背負いきれない重い罪を・・・・ハチは1人で背負おうとしている。

 

「俺は・・・・先に帰る。キリト・・・・コロルとアルゴのことは・・・・任せたぞ。」

 

ハチはそう言い残して、ふらふらとした足取りで隠し部屋から出て行った。

 

その背中は・・・・とても、孤独に見えた。

第1層攻略時と、同じような雰囲気を俺は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇の中、俺は漂っていた。

身体の自由はない。

必死に動かそうとするが鉛のような空気が身体を包み込み、身体に重くのしかかる。

いっそのことその重みで潰れてしまえば、楽になるのに・・・・。

すると、何処からともなく声が聞こえてくる。

 

 

――――憎い。

 

 

わかってるよ。

俺が憎いことくらい、俺のことを殺したい事くらい分かってる。

 

 

――――どうして、殺した?

 

 

仕方なかった。

あそこで刃を向けなければ誰かが死んでいた。

守りたい人が居たんだ。

 

 

――――殺して生き残って嬉しいか?

 

 

殺したくて・・・・殺したんじゃない。

自分を、コロルを、アルゴを守るために仕方なかったんだ。

 

 

――――他にも、方法があったんじゃないか?

 

 

・・・・うるさい。

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――どうして、そんなやり方しかできないんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っは、はぁ、はぁ・・・・。」

 

激しい息遣いと動悸が俺の意識を元に戻す。

突然開いた目にはチカチカと外から来る光が俺の心を妙に締め付けてくる感覚があった。

 

場所は俺がホームとして使っている宿屋の一室。

辺りを見渡すがあの時聞こえた声の主は、いない。

 

「・・・・また夢、か。」

 

俺はあの事件以来、毎日のようにあの夢を見ている。

俺の深層心理が俺のことを責め立て、追い詰めてきている。

夢の際に聞こえてくる声は・・・・葉山の声にも聞こえるし、俺の声にも聞こえる。

俺自身が俺自身を許していないのかもしれない。

 

「――――クソ。」

 

膝を抱え込み、ガリッと歯軋りを立てる。

夢を忘れるようと必死になって思考を組み立てるが別の自分がそれを許そうとしない。

・・・・分かっているんだ。俺がしたことは、どれだけの時間が経っても許されてはならないのだ。

俺が・・・・犯した罪は、重いものなのだから。

 

俺は行き場のない憤りを抱えたまま、装備を整える。

部屋で蹲っていても現状は変わらない。

やらなければならないことがあるのだ。

 

準備を終えた後、俺は重い足取りで宿屋を後にする。

 

季節は雪が降り積もる冬。

冷たい空気が肌を刺激し、身体を冷やしてくる。

吐き出される白い息が気温の低さを如実に語っている。

その寒さは・・・・俺の心を酷く冷ましていく、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年12月24日。

俺が訪れた場所は事前に約束をし、待ち合わせをしている第49層主街区《ミュージェン》だ。

 

街は石造りの建物が並んでおり、雪景色と相成って幻想的な雰囲気を醸し出している。

その街の中央には巨大な樅の木が植えられており、様々な色のイルミネーションが輝き、SAOの中でも有数のデートスポットとしてその名を馳せている。

 

街の雰囲気はクリスマス一色となっており、プレイヤー同士のカップルが並び歩いて笑顔を輝かせている。

 

普段の俺ならその光景に悪態や悪口の一つも出てくるものだが、今の俺にはそんな言葉は出てこなかった。

 

俺は広場の隅に置いてあるベンチに腰をかけて、約束した人物が現れるのを待つ。

 

「・・・・久しぶりだナ。」

 

「あぁ、2ヶ月振りってところか。」

 

俺の座っているベンチの後ろにいつものように体重をかけた情報屋のアルゴが姿を現わす。

相変わらず、椅子には座ろうとしない。

 

「随分と無茶なレベル上げをしているらしいじゃないカ。」

 

「・・・・誰から聞いたんだよ。」

 

俺はこの2ヶ月、コロルとシリカとは別行動を取っている。

確かに俺はこのイベントが判明してからの数週間、ソロで前線の迷宮区に潜り、自殺行為に等しい無茶な徹夜でレベル上げをしていたのだ。

しかし、自然と眠くはない。

今寝てしまったらいつ、あの夢を見るか分からないからだ。

 

「コロちゃんとシーちゃんが心配してたゾ。・・・・まったくホームに帰ってこないってナ。」

 

「・・・・今度顔を見せる。いいから、めぼしい情報があったかどうか教えてくれ。」

 

俺がそう言うと、少し空を仰ぎながらアルゴは呟く。

 

「金を取れるようなものはないナ。」

 

「・・・・そうか。」

 

「βテストには無かった初めてのイベントダ。情報の取りようがねーヨ。」

 

数秒の沈黙の後、アルゴは現在確認できた情報を俺に伝える。

 

「クリスマスイブの夜・・・・つまり、今日の深夜にイベントボス《背教者ニコラス》が出現すル。ある樅の木の下にナ。有力ギルドの連中が血眼になって探してるゾ。」

 

《鼠》の情報力を持ってしてもやはりこの程度か。

とはいえ、アルゴの能力が低いというわけではない。今までなかったイベントなのだから、集めようがないだろう。

 

俺は重い腰を持ち上げ、立ち上がる。

 

「・・・・ハチ、目星はついてるんだロ?」

 

「さぁな。」

 

俺はアルゴの方を振り向くことはせず、ゆっくりと転移門の方へと向かう。

 

「マジでソロで挑む気カ?いくら《無双剣》があってもボスを1人で――――って、ハチ!!」

 

俺はアルゴの制止に一言も返さず、その場を後にする。

 

分かっている。

無茶な攻略ということは俺が一番分かっている。

それでも、俺はもう一度あの言葉を聞いて、理由を聞かなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界で死者の復活はあり得ない。

だが、《背教者ニコラス》はプレイヤーの《蘇生アイテム》をドロップするという噂がある。

 

もし、その噂が本当なら俺はもう一度アイツに会ってあの言葉の真意を問わなければならない。

 

俺はその僅かな希望だけを頼りに第35層《迷いの森》と呼ばれるフィールドダンジョンを駆けていた。

 

実はこの層を攻略中に俺はこの《迷いの森》を練り歩き、数百に分かれるエリア全てを踏破している。

その際にとあるエリアにあった巨大な樅の木はとても印象的だった。モンスターもおらず、当時は安全地帯(セーフティエリア)だと思い別に気にも留めなかったが今考えると、不自然な場所だったと思う。

 

その記憶を頼りに地図を見ながら樅の木があるエリアへと足を運ぶ。

 

イベントボスの強さは未知数。

その時の攻略層のボスに見合った強さかもしれない。

そうなればユニークスキルを持っていても、ソロの俺は・・・・恐らく死ぬ。

 

誰の目にも留まらない場所で如何なる意味も残さず死ぬだろう。

 

まさにぼっちの俺には相応しい死に場所だ。

 

雪が降り積もった《迷いの森》は雪の重みで自然と足がとられて思うような動きができない。

足取りの重さと相成って、いつ俺の動きを止めるかも分からない。

それでも、俺は進んだ。

立ち止まるとそこで動けなくなる。

きっとまた、あの重さが俺を襲ってくる。

 

そんな恐怖のようなものと戦いながら俺は足に力を入れ、走り出した。

予測された0時まで残り数分。

大きなギルドが動いているとアルゴは言っていた。それなら、あの樅の木に辿り着かれるのも時間の問題だろう。

 

樅の木があるエリアまであと少し、と思ったその瞬間。

エリア移動による光エフェクトが俺の左側に見えたので急ブレーキをかけて片手剣を鞘から抜き出す。

剣を構え、いつでも攻撃できるように態勢を整える。

 

「・・・・ハチ。」

 

光エフェクトが霧散し、姿が見えたのはキリトだった。

後ろには《月夜の黒猫団》の面々も見える。

 

ちなみにサチの姿は見えない。

戦闘に向かない彼女はキリトと入れ替わりで職人クラスに転向したと聞いている。

 

「つけてた、のか?」

 

左端には《索敵スキル》が発動した時に見えるアイコンがあった。

どうやら俺はそれすらも気づかないほど追い込まれていたのだろう。

すると、ケイタが前に出てきて言う。

 

「ハチさん、アルゴさんからの依頼でここに来ました。・・・・つけていたことに関しては謝罪します。」

 

「・・・・余計なことを。」

 

あのお節介情報屋は何故、俺のためにそんな依頼を出したのだろうか。

何故、俺なんかのことを構うのだろうか。

ただの死に急ぎ野郎に、犯罪者の俺に、何の慈悲を持っているのか。

どれだけ考えても俺には分からない。

 

「ハチさん、俺たちは貴方のおかげで生き残ったんだ。ここで死なす訳には行かない。行くんなら、俺たちと一緒に行こうぜ。」

 

ダッカーはそう言って手を差し伸べてくる。

無意識に俺は自分の手を見た。

・・・・その手は、血に染まっているような、そんな錯覚が俺を襲う。

 

「・・・・ぼっちはいつでもぼっちだ。俺のこの汚れた手で・・・・お前たちの手を握ることは、できない。」

 

俺は目的の方向に身体の向きを戻す。

彼らの手を握るのには・・・・俺の手は血に染まりすぎている。

 

「ハチ・・・・!!」

 

キリトの悲痛な叫びが俺を呼び止めた。

 

「お前が抱え込んでるものは、分かってる・・・・。でも、それでも俺はお前と共に攻略したい!!お前はここで死んでいいような奴じゃないんだ!!」

 

そんなキリトの悲痛の叫びすら、俺の心には届かなかった。

 

「俺は・・・・そんな出来たやつじゃない。」

 

「ハチ!!」

 

キリトが俺の方へ来そうになった刹那、別の方向からキリトたちが現れた時のようにエリア移動の光エフェクトが多数現れる。

俺と《月夜の黒猫団》のメンバーは各々の武器を手に取り構えた。

現れたのは統一性のある装備に身を包んだ、攻略組三大ギルドの一つ、《聖龍連合》だ。

 

「キリト、《聖龍連合》の連中だ。レアアイテムのためならやばいこともするって奴らだよ。」

 

ササマルが槍を構えながら噂の一つを教えてくれる。

《聖龍連合》の奴らは不気味な笑みを浮かべながらこちらを見ている。

どうやらつけられていたのは俺だけでは無かったようだ。

キリトの《索敵スキル》に悟られないようにこれるほどの実力者たち。

互いにオレンジではないためここで穏便に解決するとしたら、俺とアルゴがガイドブックで広めた《決闘(デュエル)式決着法》を仕掛けてくるだろう。

そうなれば数が圧倒的に不利な俺たちが負けることは目に見えている。

もし、勝てたとしてもそれなりの時間経過により《背教者ニコラス》が出現するクリスマスイベントが終了する可能性もある。

 

「・・・・ハチ、行くんだ。」

 

「キリト!?何を言ってるんだ!!今ここでハチさんだけが行ったって・・・・!!」

 

「テツオ、良いんだ。・・・・――――ハチ、死ぬなよ。」

 

「・・・・約束は、できない。」

 

俺はそう行ってキリトたちに背を向ける。

樅の木があるエリアまで振り向くことはせず、俺は走った。

 

エリア移動を終え、俺は雪が降り積もる巨大な樅の木の下までやってくる。

 

 

ゴーンゴーンゴーン

 

 

鐘のような音が辺りに響き渡り、俺は上を見上げる。

流れ星のような光が2本、樅の木の上を通り過ぎたところで遥か上空から巨大な何かが降ってくる。

 

激しい地響きと雪を撒き散らしながら着地し、現れたソイツは機械のような、人のような・・・・そんな不気味な顔色と表情をしたモンスター。

《背教者ニコラス》だ。

 

「ギギガギゴギギ・・・・」

 

機械音のような不協和音が耳を劈く。

 

「うるせぇ・・・・」

 

その気分を害する音は俺の神経を逆撫でするように鳴り響く。

冷静を装っていた俺の心理状態に苛つきを積もらせる。

 

「うるせぇぇええええええ!!!」

 

俺は勢いよく剣を振り抜き、《背教者ニコラス》に刃を向け、突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・はぁ、はぁ。」

 

「ググ、ギギガギゴギギ・・・・」

 

戦いを始めて何十分経過しただろうか。

俺のHPゲージはレッドゾーンに入っており、あと一撃でも喰らえば死に至る状況だ。

だが、相手もそれは同じ。

表示されるHPは風前の灯火といったところか。

 

俺は最後の一撃まで残しておいた、ユニークスキル《無双剣》のスキルモーションを立ち上げる。

 

「があ"あ"あ"!!!」

 

喉が裂けるほどの咆哮と共に俺は渾身の一撃を《背教者ニコラス》に放つ。

防御を捨てた捨て身の攻撃。

 

そして、《背教者ニコラス》の最後の攻撃があと数ミリで俺に届きそうになったその時、《背教者ニコラス》の身体が光の欠片となって砕け散った。

 

「――――はぁ、はぁ、はぁ。」

 

詰まりかけていた息を何度も吐き出し、表示されたウィンドウを確認する。

 

そこには膨大な経験値とコル。

そして、俺が求めていたドロップアイテムがそこにあった。

俺はそれをオブジェクト化し、手に取る。

アイテムの説明を見るため、軽くアイテムをタッチする。

 

「《還魂の聖晶石》・・・・。」

 

アイテム名を小さく呟き、俺はゆっくりと説明文を読む。

 

『プレイヤーが死亡した場合、『10秒以内』であれば蘇生することができる。』

 

「10秒・・・・以内・・・・。」

 

つまり、すでに死んだアイツを蘇らせることは・・・・できない。

 

「あぁ・・・・そう、だよな。」

 

この罪の重さから逃れようなど・・・・あの時の言葉の真意を聞こうなど間違っているのだ。

 

俺は絶望感に打ちひしがれ、HPを回復することすら忘れて踵を返した。

 

樅の木があるエリアを抜けると、荒い息遣いで横たわっているキリトたち《月夜の黒猫団》の面々が居た。

 

「・・・・ハチさん。」

 

テツオが俺の姿を見て、小さくそう呟いた。

 

俺は絶望感に満ちた表情をしているだろう。

俺は使うことがないアイテムをキリトに投げ渡す。

 

「これが《蘇生アイテム》だ。・・・・お前の目の前で死にかけたやつに使ってやってくれ。」

 

キリトは《還魂の聖晶石》を受け取り、アイテムの説明を確認した。

内容を見たところでなんとも言えない悲痛の表情で俺を見つめる。

 

俺はその視線に答えれるような言葉は・・・・持っていない。

ゆっくりと重い足取りで帰路に着こうとした時、《月夜の黒猫団》リーダー、ケイタが俺の腕を掴んだ。

 

「・・・・なんだ、よ。」

 

「ハチさん、貴方を待っている人は居ます。・・・・だから、死なないでください。俺たちは、仲間なんですから。」

 

・・・・仲間なんて言葉はただの幻想だ。

人は独りで生き、独りで死ぬ。

誰かとこの痛みを共有しようなんて、思ってない。

この重みは、俺が背負わなければならない罪、罰なのだ。

誰かとこの痛みと重さを共有させるなんて、冗談じゃない。

 

「俺に・・・・仲間なんて、要らない。」

 

ケイタの手を振りほどき、俺は再度足を動かす。

あまりにも重たいその足取りに嫌気を感じながら俺は《迷いの森》を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、朦朧とした意識で漸くホームである25層にある宿屋へとたどり着いた。

視界の左端に移るHPゲージはいまだに赤色で、帰り道でモンスターに襲われていれば死んでいただろう。

 

死んでもよかった心情だったのにも関わらず、俺はモンスターとの戦闘を1回も行わず帰ってこれた。

まだ、生きていろと・・・・生きて背負い続けろと誰かが言っているような気がした。

 

ふらふらと宿屋の階段を登り、ようやく俺の部屋へと辿り着いた。

このままベッドにダイブしても結局のところ、寝れるわけがないのだが・・・・。

 

俺がドアノブに手をかけ、重たく感じる扉をゆっくりと開く。

そして、開いたと同時に――――

 

 

 

――――誰かの拳が俺の頬を撃ち抜いた。

 

 

「ボブスッ!!」

 

変な声を上げ、羞恥に浸る暇も与えられず俺の身体は後方に吹き飛び宿屋の壁に激突する。

圏内であったため、HPが減ることはなく死に至らなかったが脳を直接揺らされたような衝撃に俺の視界はグラグラと歪み揺れていた。

 

状況が把握できず、いつも以上に腐った目をパチクリさせていると俺の部屋の扉が衝撃により全開しているのが見えた。

そして、俺の部屋の中から1人の女性の姿が見える。

 

白と赤色の統一性のある鎧に身を包み、美しく靡かせた栗色の髪の毛がとても神々しく見える。

その整った顔立ちは俺が知り得る中では雪ノ下と張るほどのトップクラスの美少女。

 

そう、俺がこのデスゲームで初めて信頼を寄せることができた女性プレイヤー。

攻略組最大ギルド《血盟騎士団(KoB)》副団長、《閃光》の異名を持つアスナだ。

 

「ふぅ、スッキリした。」

 

え?なに?

俺はどうして殴られたのでしょうか?

 

殴り飛ばされる刹那に見えた拳はアスナのものということはようやく理解できたが、殴られる理由に関しては・・・・多すぎてよく分からない。

 

あれか?アスナのタイプであろう男性の特徴を売った時の事なのか?

 

「ハチくん・・・・久しぶりだね。」

 

「いや、確かにそうなんだが・・・・なんで俺は殴られたんだ?」

 

「分からないの?本当に?」

 

すみません、分かりません。

 

「・・・・はぁ、とりあえず中に入って。」

 

軽いため息を吐いた後にアスナは真剣な表情へと変わり、部屋に招き入れる。

いやここは俺の部屋でして・・・・なぜアスナがいるのか?

考えても考えても混乱をし続ける俺の脳みそは論理的思考を全くと言っていい程、してくれない。

 

未だにクラクラする頭を生存本能で無理矢理正常な状態へと引き戻し、自室へ入る。

そこにはパーティメンバーである、コロルとシリカの姿があった。

 

鍵はかけた筈なのですが?

立て続けに起こる異常事態に思考能力がついていかない。

 

「・・・・さてと、まずは殴ってごめんね。でも、今のハチくんには殴らないといけないほど私は怒ってます。」

 

「・・・・あ、あぁ。」

 

謝るくらいなら最初からしないでほしいくらいだが、今それをここで言ったとてもまた殴られそうなのでグッと心の奥へとしまい込む。

 

「・・・・何があったかは、コロルとシリカちゃんに聞いたよ。ハチくんが独りで抱え込んでいることも、苦しんでいることも。」

 

・・・・あぁ、なんだ。そのことについてなのか。

 

「・・・・お前には関係ないだろ。俺が犯した罪は俺の責任だ。お前が怒ってる意味がわからない。」

 

「えぇ。そうかもしれないわ。でも・・・・ハチくんは周りが見えてない。」

 

周り、か。

俺はぼっちだ。独りで生きて独りで死ぬ、そんな人種だ。

そんな俺の周りに誰がいるのだろうか。

 

「それなら、別に構わないだろ。俺はぼっちなんだから、周りに人なんていない。」

 

「・・・・ちゃんと見なさい!!ハチくんの周りを。いつも俯けてる顔を少しだけ上に向けて見渡しなさい。」

 

強い口調でアスナは俺に叱るように言った。

俺は言われるがまま、最近ずっと下ろしていた視線を少しだけ上に向けた。

 

「――――っ」

 

そして俺は、言葉を失った。

 

視界に映ったコロルとシリカの表情はとても、酷いものだった。

 

「この表情が見えても、貴方は独りだって言うの?2人とも、ハチくんのことを想って、考えて、なんとかしようとして・・・・でも、出来なくて。貴方が見ようとしてなかったのは殺してしまったクラスメイトの事なの?それとも・・・・全部なの?」

 

俺は、この現状において出せる言葉を知らなかった。

コロルとシリカは、泣いているのだ。

俺なんかのことを想い、泣いてくれているのだ。

 

「私は、だから怒ったの。ハチくんが勝手に独りで悩んで、独りで苦しんでる。全てを見えないように俯いて、前に進もうともしない。・・・・分かってるんだよ?私がこんなこと言える立場じゃないってことくらい・・・・でも、こうでもしなきゃハチくんは周りを見ないと思ったの。」

 

俺はアスナの言葉をただただ、聞いていた。

今思い出せば、アルゴの表情も《月夜の黒猫団》たちの表情もキリトの表情も・・・・俺は一切見ていない。

いや、見ていたような気がするが心の何処かで見ないふりをしていた。見えないふりをしていた。

 

自分で罪を独りで背負った気になっていたのだ。

・・・・背負いきれるわけがない。

俺の背中にはそんな広くないのだから。

 

「・・・・すまない。」

 

その事に気がついた俺は、自然と謝罪の言葉が出ていた。

 

すると、涙を拭ってコロルが俺の手を握る。

その小さな掌はとても暖かく、俺が忘れていた何か(・・)を思い出させようとしてくれる。

 

「・・・・独りで、背負わないでください。せんぱいはいつもそうやって自己犠牲で誰かを救おうとします。悪い癖ですよ。」

 

「・・・・俺にはこんなやり方しか、出来ないからな。」

 

「それでもです。独りじゃ背負いきれない事だってあります。その時は私たちを頼ってくださいよ。・・・・辛い時も嬉しい時も一緒に共有するのが・・・・仲間なんですから。」

 

 

その一言が人が冷たく冷め切ってしまった俺の心を徐々に温めてくれる。

ここに、俺が求める《本物》があるような気がした。

 

俺は自分の犯した過ちを、誰かと共有することはできないと思っていた。

だが、共有してようとしてなくてもどこかで誰かが傷つく。

・・・・どこかでそんなことは気づいていたかもしれない。

だが、俺は背負った気になって、独りで抱え込んだ気になって、その辛さが俺への罰なんだと・・・・償いなんだと思っていた。

 

そんなのただの自己満足で、独り善がりな勝手な考えだ。

自分の愚かさに気づくことすらできていなかった。

 

すると、コロルがゆっくりと口を開く。

 

「・・・・せんぱいは、どうしてあんな危ないことをしてまで《蘇生アイテム》欲したんですか?葉山先輩を・・・・生き返らせて、どうしたかったんですか?」

 

コロルの疑問に対して俺は・・・・葉山の最後の言葉を伝えた。

 

「アイツは・・・・俺が殺した直後、最後に『ありがとう』って言ったんだ。・・・・分からなかった。殺した相手にその言葉を投げかけた理由が、知りたかった。」

 

その真意が俺には、理解できなくて、分からなくて、知りたくなった。

なぜあの場面で葉山は感謝の言葉を言い放ったのか。

 

「・・・・そう、でしたか。でも、その言葉を聞いて安心しました。」

 

「どういう・・・・ことだ?」

 

コロルは自分の胸に手を当て、ポツリとポツリと語り出す。

 

「・・・・葉山先輩に、ちゃんと《本物》が残ってたんですよ。」

 

俺には、理解はできなかった。

嘘と嫉妬と欺瞞でできた葉山に残っていた《本物》。

それは一体、どんなものか・・・・計算しても、考えても答えが出ない。

 

当たり前といえばそうなのかもしれない。感情が計算でできたらとっくに電脳化されてる。

・・・・計算して、計算した上で計算しきれず残ったもの・・・・それが感情というものだろう。

それを理解することができたら俺は、きっと葉山がみせようとくれた《本物》を見ることができるのかもしれない。

 

 

 

 

 

こうして、俺と葉山の戦いは終わりを告げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書ききったぞぉ・・・・

シリアス展開が多かったから次回はネタ回かな?


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第12話

ネタ回です。

最後の方に若干の下ネタあり。注意してくだされ。


 

 

 

「足りない・・・・足りない!!」

 

年が明けこのデスゲームが始まり、1年と2ヶ月が経っていたある日の出来事。

このゲームに参加していなければ今頃俺は受験勉強も終盤に差し掛かり、翻弄していた頃だろう。

 

葉山との戦い、そこから生まれた罪の重さを乗り越えて、なんとか日常を取り戻した俺はついに不満を爆発させ、禁断症状に悶えていた。

 

「・・・・何してるの?ハチくん。」

 

第25層の主街区にあるとある宿屋。

値段は高めだが独り暮らしにはもったいない1LDKというなかなか広いこの宿屋を自室として利用してからだいぶ経っているが、この部屋には大体の確率で人がいる。

主に居るのがコロルとシリカなのだが、今日は出かけているようでその姿は見えない。

その代わりと言わんばかりになぜかアスナが俺の部屋で紅茶を飲み、『Weekly Argo』を片手に寛いでいる。

 

俺はテーブルをバンッと力強く叩き、言う。

 

「マッ缶が飲みたい・・・・っ!!」

 

俺の行動に少し驚いていたアスナだが、俺の発言により深いため息をつく。

 

「はぁ・・・・また変なことに首を突っ込んで悩んでるのかなって思えば・・・・そんな事で悩んでたの?」

 

「そんな事って・・・・俺にとっては最重要案件だ。・・・・千葉県民はマッ缶がなければ死んでしまうんだ・・・・。」

 

「絶対、千葉県民は関係ないと思うよ。」

 

なんでだよ。

千葉県民はどこかでマッ缶を求めているのだ。

きっとそうに違いない。たぶん。

 

「《料理スキル》で作れないのかな?会って間もない頃にハチくん自身がそう言ってたよ?」

 

「あぁ。だから、今は空いたスキルスロットには《料理スキル》を入れてる。熟練度もそれなりに上がったからこその禁断症状だ。」

 

「ハチくんって攻略組だったよね・・・・?」

 

実はかなり前から俺は《料理スキル》を取得している。

無駄なスキル?待て待て、早計な判断はやめ給え。俺は必要なスキルだと思っている。

こんな殺伐とした世界だからこそ、ちょっとした娯楽が精神を和らげてくれるのだ。

そしてそれらが攻略の効率を上げるというものだ。

 

しかし、このスキルの熟練度を上げるのはかなり面倒なのだ。

スキル上げのために馬鹿みたいな量を作らなければならない上に欲しい調味料は自分で揃えないといけない。

単にネタ要素が含まれたスキルではないのだ。

 

ちなみに余談だが調味料確保のため出向いたフィールドでシリカと出会ったわけだ。

あの時、正直に『調味料探してました』なんて言うのが恥ずかしくて野暮用と言ったまでなのだ。

 

「でも、SAOで現実の調味料って再現できるのかな?」

 

「《料理スキル》の派生機能(モディファイ)に《調合》ってのがある。」

 

現在確認できてるSAOの調味料は約100種類。

それらが俺たちの脳に与える味覚エンジンのパラメータの解析を行い、ありとあらゆる組み合わせをすればどんな味でも再現できる・・・・と俺は考えている。

とはいえ、俺は理数系ではないので詳しい配合は《月夜の黒猫団》の面々、コロルやシリカを実験台に計算ではなく、実践して試しているのだが。

いや、もちろん俺も食べてるよ?

でもたまに泣きたくなるほど不味いものができたりする。そういったものは基本的にキリトに処理を担当してもらっている。

俺が作ったものとは言わず、サチが作ったといえば頑張って食べてくれる。

ふっ、男とは単純なものだ。

 

「つまり、この世界にその元の味はないけど作れるってこと?」

 

「あぁ、そういうことた。・・・・だけど、一つだけ問題がある。」

 

「へぇ・・・・どんな?」

 

「俺が欲しい最後の調味料採取がクソめんどくさいクエストなんだよ。」

 

俺が欲しい最後のパラメータを持った調味料は第22層主街区《コラルの村》で行われる1週間に1回行われる限定クエスト。

 

これが俺にとっての最難関。

 

「ハチくんが言うほど、めんどくさいクエってどんなのなの?」

 

少しワクワクした表情でアスナは俺の言葉を待っている。

めんどくさいクエストと聞いてそんな表情ができると言うとは彼女もだいぶここに染まってきているようだ。

 

「・・・・《コラルの村》でその週の料理自慢を決めるって趣旨のクエストだ。だけど、参加条件が2つある。・・・・1つ、《料理スキル》の熟練度が500を越えていること。2つ・・・・」

 

俺は形容しがたい妙な表情を浮かべながら口をゆっくりと開けた。

 

「・・・・ふ、2人1組での参加。」

 

俺がそう言うと、アスナはぽかんとした表情をした後にぶっと吹き出して笑う。

 

「あははは!確かにそれはハチくんには難しいクエストだね。」

 

「うっせ・・・・。」

 

とにかく、現状では参加することは難しい。

そもそも熟練度を上げるのが面倒な《料理スキル》。

それを500まで上げている人となるとこのSAOではかなり珍しい部類に入る。

 

ソロでぼっちの俺からすれば迷宮区を三徹で走り回るより難易度が高い。

 

「なるほどね・・・・じゃあハチくん。私を連れて行きなさい。私も最近《料理スキル》の熟練度500越えたところだから。」

 

「いやだ。」

 

「即答!?なんで!?」

 

「いや・・・・アスナと行くと目立つし。」

 

アスナの《料理スキル》の熟練度がどれくらいのものかは分からないが・・・・正直言うと彼女はものすごく目立つ。

 

SAO内にて攻略司令官としての役職、その誰もが一眼見れば見惚れてしまうような美貌。

そんな魅力ある女性の隣に立つ俺。

完全に浮いてしまうし、アスナファンの面々から絶大なヘイトを集めることができてしまう。

 

ただでさえアルゴのせいで変な噂が流れていると言うのにこれ以上厄介ごとを増やすということは俺の生死に関わってくるということだ。

 

つまり俺の精神安定上、アスナとともに行動するのはいささか不本意と言うわけだ。

 

「・・・・ふぅーん。」

 

あのアスナさん?なんか視線で俺のHPが削れそうなんですけど?

するとアスナは腰につけてある細剣の柄を握り、目にも留まらぬ速さで鋭い一撃を放つ。

下層のモンスターなら一撃で死んでしまうだろう一閃が俺の顔の前で寸止めされる。

寸止めされた細剣からの風圧と相成って寒気のようなものが俺の背筋にツーっと走る。

 

「・・・・っひ」

 

「ハチくん・・・・ダメかな?」

 

狂気、とも感じ取れる無垢な笑顔を俺に見せつけアスナは脅迫(おねがい)をしてくる。

 

「いえ、来てくださいお願いします」

 

「よろしい。」

 

アスナは満足気な表情で細剣を鞘に納める。

昔は天然あざと系女子だったアスナもSAOの荒波に揉まれ、随分と逞しくなったものだ。

コロルやシリカは上目遣いで攻めてくることが多いが・・・・最近のアスナは物理での交渉を俺に持ちかけてくる。

たとえ圏内とは言え、アスナのプレイヤースキルから放たれる一撃はなんとも言えない恐怖を感じ取れてしまう。

それを計算してやっているのであれば・・・・アスナ、恐ろしい子・・・・!

 

「はぁ・・・・」

 

なんとも言えない不安が俺を襲い、深く息を吐く俺であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は進み、俺とアスナは紆余曲折ありながらも結局、料理クエに参加することになった。

 

アルゴから購入した情報からクエストに参加するためのフラグを立てるため、22層の主街区《コラルの村》へ足を運んだ。

 

22層は何と言っても他の層には見られない長閑さが特徴だ。

まさに老後の生活はこんなのんびりとした空間でゆったり過ごしたい。

そんな思考を捗らせながら俺たちは目的である村長の家へとたどり着いた。

 

「困ったのぉ〜」

 

村長の家に入ると白く長い髭に禿げ散らかした頭を持つ老人がそんなことを言っている。

この爺さんは毎週日曜日の決まった時間に毎回、こう言っているらしい。

クエストへの参加のために村長へ話しかける。

 

「じじぃどした?」

 

「口が悪いよハチくん。」

 

良いんだよ。

AIが反応する言葉をなんでも良いから言えば良いだけ。

そもそもコミュニケーション能力が皆無な俺はNPCに話しかけるときすら吃って噛むレベルだ。

多少なりとも言いやすい言葉を選ばなければただ恥をかいてしまうだけ。

 

「おぉ、旅の人かい?実はのぉ、毎週行われる料理大会の参加者が1組足りんのじゃ。」

 

と言っているが実のところ毎週足りていない。

まぁ、週一クエストなので仕方ないと言えるが・・・・そろそろ対策ぐらいしなさいと言いたくなる。

 

そんな無能の村長は俺の考えなど無視するかの如く、勝手に話を進めていく。

 

「料理ができて、息のあった2人組なんておらんかのぉ〜」

 

なんだか腹が立ってきたが所詮NPC。

気にしたら負け。

 

「あ、クエスト出たよ。」

 

そうこうしているうちにジジィの頭の上に『!』とマークが現れ、俺たちの視界にクエストウィンドウが表示される。

成功報酬はそれなりの金額と名前の表記がされていない調味料。

 

「報酬・・・・結構良いんだね。」

 

「あぁ。この層に来た時なんか当時のクエストで一番良かったんだが、なんせ《料理スキル》を取得してる奴がいなかったから、クソクエストなんて言われてたくらいだ。」

 

このクエストを最短で受理しようとすれば第1層から《料理スキル》を取得しておかなければならない。

このデスゲームでそんなことをしている呑気な奴は居なかったので『参加することができないクソクエスト』と良く言われていたそうだ。

まぁ参加できても・・・・もう一つクソと言われる理由があるのだが。

 

「んじゃ、参加するか。」

 

「はーい。」

 

俺はアスナとパーティを組み、参加条件を満たしてクエスト参加と表示されたウィンドウをタッチする。

 

「おぉ!出てくれるのか、旅の人!ありがたや〜。」

 

本当に腹の立つ言い方をするジジィだ。

 

「そう言えば、成功基準ってあるの?」

 

「ある。だけど、それがこのクエストがクソと呼ばれるもう一つの所以でもある。」

 

「へぇー・・・・どんな基準なの?」

 

「使う食材のレア度で順位が確定するんだよ。」

 

「え?本当に?」

 

そう、このクエストの最大のクソ仕様。

《料理スキル》の熟練度なんてものは実のところ関係がない。

クエストで使用する食材アイテムは持ち込みの上に勝つために必要な基準値は食材のレア度で決まる。

勝利を確定させるために大量の資金を投入してレア食材をゲットしなければならない・・・・だが、その料金はクエスト報酬より高いため損することは確実。

さらに偶然手に入れた優勝確定食材でも売った方がクエスト報酬より儲かる。

つまり、自分の実力など関係なく・・・・財力がモノを言うクソ仕様なのだ。

 

「お主らの料理、楽しみにしとるぞ!」

 

「うわぁ・・・・」

 

じじぃがなんだか嬉しそうな口調でそういうが、基準値を知ってしまうと遣る瀬無い気持ちを表したなんとも微妙な表情をアスナは浮かべる。

 

「まぁ、食材は手に入れてるから安心してくれ。」

 

「はぁ・・・・楽しそうなクエストだと思ったけど、これはなぁー・・・・。」

 

残念そうにそう言ったアスナだったが・・・・まぁ、そこは気にしてはダメだ。

この世界を作ったのはデスゲームを強要してくる茅場晶彦(ヘンタイ)だってことは忘れてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、村長に言われるがまま俺たちは村の中央にある広場へと赴いた。

 

このクエストのフラグを立てると突然できる特設ステージの周りにはこの辺りを拠点とするプレイヤーの姿もちらほらと見える。

 

この22層はプレイヤーからはあまり人気がある層とは言えないが、戦闘向きではないプレイヤー・・・・特に40代から50代後半の大人たちのプレイヤーから人気がある。

 

その年代層の人たちが何故SAOに居るのか、というのはかなり気になるところだが、リアルの情報を聞くことはマナー違反になるため聞いたことはない。

 

とはいえ、一部の情報屋からは『SAO関係者ではないのか?』と推測をされているみたいだが、彼らを責めるものは想像以上に少ない。

 

理由とすれば、やはり主犯である茅場晶彦の単独犯行というのが大きいだろう。

まぁ、こんな命がかかってしまうデスゲームの存在を知っていて参加するような物好きは居ないのは確かだ。

 

「ねぇハチくん。」

 

するとアスナが俺へと話しかけてくる。

 

「なんだよ。」

 

「なんでこんなに距離を開けてるのかな?」

 

アスナの言う通り、俺はアスナの数歩後ろを付いて歩いている。

 

「・・・・お前といたら目立つからだよ。」

 

「ふぅーん、でも、女の子を1人で歩かせるのって私的にはポイント低いかな?」

 

「・・・・小町みたいなこと言うんじゃ無い。寂しくなっちゃうだろ。」

 

そう俺がいうと歩幅を縮めて結局俺と並んで歩くアスナ。

 

「小町ってなに?お米?」

 

「違げぇよ。俺の愛しの妹だ。」

 

最近、アスナと会話をしているとよくリアルの情報をつい喋ってしまう。

まぁ、アスナにはリアルの名前も住んでいる場所もバレているわけだから、そんなに拒否感を覚えないと言うことだろう。

 

「え?ハチくんって妹いたんだ。・・・・シスコン?」

 

「まぁな。てか、千葉の兄妹はみんなシスコンだ。」

 

「うわぁ・・・・否定しないところが絶妙にキモいよ?」

 

そんなドン引きの視線と言葉を俺にぶつけないでくれ。

八幡の心はジェンガ並みに脆いのだ。

 

「・・・・でも、少しわかるかも。私もお兄ちゃん子だったから。・・・・あ、もしかして私が妹に似てたから助けてくれたとか?」

 

「小町は唯一無二の存在だ。誰かと比べることなんてできない。そもそも小町以上の可愛い存在は俺は知らない。」

 

いや、戸塚は小町と張るくらい可愛いけどな。

小町と戸塚は俺の心を照らしてくれる二大天使だ。

 

「それに、お前はどちらかと言うと俺の所属してた部活の部長に似てる。」

 

「えっと、ボランティア部、みたいなところって言ってたよね?その部長さんに私が似てるの?」

 

実際はボランティア部ではないが、説明するのは少し面倒くさい内容の部活だ。

たしかに一言で言えばボランティア部なのだろうが、どちらかと言えばお悩み相談室みたいなものか。

 

「まぁ、性格はそんなに似てるとは思わないが・・・・色々と似てるんだよ。」

 

一番似ていると言えば、その容姿だろう。

あの誰も寄せ付けない才色兼備で容姿端麗な姿は攻略会議中のアスナとよく似ている。

そう、言うなれば『毒舌を抜いたマイルドな雪ノ下』がアスナだ。

 

とは言え、あの罵倒を再現できる人間などこの世に2人といて欲しくない。

こうして思い出していると雪ノ下の罵倒すら懐かしいと思えてくる。

いや、八幡はMじゃ無いよ?ノーマルだよ?

 

「そっか・・・・ハチくんはその人のこと、好きだったの?」

 

「ブホッ」

 

俺はその発言により思わず咳き込んでしまう。

SAOで咳き込むとは何事かと思うが、どうやらキリトによるとナーヴギアが動揺した脳波をキャッチして一定確率で噎せさせるらしい。

まぁ、そのくらい俺は動揺したということだろう。

 

「・・・・す、好きでは無い。だが、憧れてはいた。」

 

動揺する感情をなんとか抑えつけ、冷静に雪ノ下について考えてみる。

 

彼女は確かに可愛くて、どこか弱々しい雰囲気から保護欲を引き立てられるのは理解できる。

体力は30代後半並みのミソッカス振りだが・・・・まぁ、実際はそんな弱くは無い。

俺は彼女の強さに憧れを持っていたのだろう。

 

俺が物事に対して否定的で、諦めてしまって、逃げてしまうような人間ならば・・・・雪ノ下はその逆だ。

強い志と芯を持った性格で真っ向から相手に向かっていく。

正論を盾に戦うのが雪ノ下ならば俺は嘘と欺瞞を逃げ足としている醜い卑怯者だ。

 

俺が何事にも逃げてしまい、それすら屁理屈で肯定する臆病者なら、雪ノ下は真っ向から立ち向かい、臆せず前へと進める立派な人間だろう。

 

そんな強く、凛々しい彼女に俺は憧れを抱いているのかもしれない。

 

「・・・・ハチくんが憧れるってことはその人はとても魅力的な女性(ひと)なんだね。」

 

「そう、なのか?」

 

「うん。・・・・ハチくんは捻くれ者でSAOで一番嫌われてる攻略組の1人だけど・・・・人を見る目は確かにあるもん。」

 

なんかちょくちょく毒があるような言い方ですね。

 

「そんなハチくんが憧れるって・・・・少し羨ましいや。」

 

そう言ってアスナは少し空を見上げた。

 

アスナ、俺はお前のことも・・・・憧れてると思う。

あの時・・・・雪ノ下が『嫌い』と言った行動さえ、オマエは肯定してくれた。

独りじゃ・・・・ないと言ってくれた。

あの時はそうは思わなかったが、今になって思うと随分とあの言葉には救われたと思っている。

 

「その、まぁ、なんて言うか・・・・俺もオマエのことは認めてるし、信頼してると、思うぞ、たぶん。」

 

俺がこの世界に来て、初めて信頼を寄せた人間は確かにアスナだと思う。

彼女の無垢な笑顔には何度も救われ・・・・葉山の時すら助けて貰った。

俺の中にはアスナに対して返しきれないほどの恩があると勝手に思ってる。

 

「そっか・・・・ありがとね、ハチくん。」

 

アスナはそう言ってニコリとはにかむよう笑った。

不覚にも見惚れてしまったその笑顔に少しだけ鼓動が早くなり、体温が少しだけ上がったような感覚を感じる。

 

「あ、着いたよ。ここが料理クエの受付だね。」

 

俺が柄にもなくそんな感情を感じているといつのまにか《コラルの村》の中央広場に設置してある受付テントにやってきていた。

 

そこにはなんともやる気がなさそうなNPCが受付をしている。

まぁ毎週こんなクソクエの受付をやっているのであればあんな顔にもなるか。

そんな受付のNPCの頭の上にはクエスト開始の『!』のマークが表示されている。

準備は済ませているのでアスナに視線で合図を送り、フラグを立ててもらう。

 

「あの、受付したいんですけど。」

 

「え?あ、クソジジ――――村長が言ってた旅の人ですね。こちらへどうぞ。」

 

おい、オマエさっき自分の村の村長のことクソジジイって言いかけたよな?

どうやら、このNPCはこのクエストにかなり嫌気が指しているようだ。

アスナも苦笑いを浮かべ、指示された場所へ足を運んだ。

 

そして特設ステージ上に足を踏み入れた瞬間、マイクのような拡声器でクエスト開始の合図が聞こえる。

 

「さぁ始まりました!第56回料理タッグ選手権!今日は誰が一番美味しい料理を作ってくれるのでしょうか!」

 

とてつもなく抑揚のない片言な日本語で始まった料理タッグ選手権。

てか、本当に唐突すぎて苦笑いすら起きない。

 

普通は俺たちが立ち位置に着いたら始まるとかそういう感じだろ?

なんで俺たちが入ってきた瞬間始まるんだよ。なんたが俺たちが遅刻してきたみたいじゃないか。

 

「えー、本日も人が足りなかったため、特別ゲストに来て頂きました。」

 

本日も、って言っちゃうんだね。

あと突然テンション下げるな。最初のテンションはどこに行ったんだ?

 

「本日はアスナさんとハチさんのペアに来て頂きましたぁーはい拍手ー」

 

そして聞こえてくるのは疎らに聞こえてくる小さな拍手。

なんだか公開処刑を受けている気分になる。

 

「では、村長の舌を唸らせることができたら優勝です。頑張ってください。・・・・はぁ、帰りたい。」

 

おい、マイクが音拾ってんぞ。

俺だって帰りたいんだからオマエも我慢するんだ。

 

そんなやり取りに溜息をつきながらもクエストは進行していった。

参加者としているNPCもどこかやる気がないように見える。

俺たちも料理し始めるとするか。

 

「それで用意した食材って?」

 

「あぁ、本当は自分で食いたかったんだが・・・・背に腹はかえられない。これだ。」

 

俺はそう言いながらウィンドウを操作し、事前に用意した食材をオブジェクト化する。

遠目で見ていたプレイヤーから『おぉー』という小さな歓声が上がる。

 

「・・・・これ、《ジズの腿肉》じゃない!?現段階で手に入る最高ランクのS級食材!?」

 

元ネタは恐らくユダヤ教の空の獣と呼ばれる架空の鳥をイメージして作られたであろうモンスター。

この鳥?は旧約聖書の誤訳によって作り出されたと言われている。

 

そんなことはさておき、このSAO内にて《ジズ》というモンスターは存在しておらず、トレジャーボックスにて手に入れることができる食材となっている。

 

途轍もなくレアな上、食べると極上の世界へと導いてくれると言われ、プレイヤー間では高額で取引されている超S級食材だ。

 

しかし、この食材には一つ欠点がある。

 

「自分で食べようとは思わないの?」

 

「食べたいのは山々なんだが・・・・この食材、調理成功確率がたったの5%なんだよ。恐らく、《料理スキル》をMAXにして幸運のバフを付けて漸く成功するか五分五分ってところだ。」

 

「じゃあ・・・・尚更、勿体ないよ。特にこんなクソクエストでなんて・・・・。」

 

クソなんて口が悪いですよアスナさん。

とまぁアスナはそう言うが、俺がこの食材をここで出したのは理由がある。

 

「言ったろ?このクエストは食材によって勝ち負けが決まる、《料理スキル》の熟練度は関係ないって。例え成功確率が低くてもこのクエスト中だとどんな食材でも100%調理できるんだ。」

 

「えー・・・・」

 

「だからこそ、クソクエストって呼ばれてるんだよ。」

 

このクエスト中に行った料理は100%成功する。

だからこそ、俺はここで扱いの難しい《ジズの腿肉》を取り出したのだ。

 

自分で食べたい・・・・とは思ってはいるが、それよりも俺はマッ缶が飲みたい。

 

「ま、鶏肉なんだし唐揚げでいいか。」

 

「ソテーとかでも良いんじゃない?一番鳥の旨味を引き出せるよ。」

 

「まぁどうせ食うのは俺らじゃないからなんでも良いんだけどな。」

 

「あー・・・・あの村長に食べさせるのは本当にもったいない気がしてならないよ・・・・。」

 

そう言うアスナだが、食材の持ち込みは俺なのでその後は文句も言わず、付け合わせの調理を始める。

 

手際はとても良いもので、効率の良い行動でテキパキと作業をこなしている。

 

俺はメインの《ジズの腿肉》の調理を始める。

手順が簡単でアスナの意見でもあったチキンソテー・・・・チキンと言って良いのかは分からないがとりあえずソテーするための手順を踏んでいく。

 

この《ジズの腿肉》をカットには《料理スキル》の熟練度が800ないと出来ないのだが、料理クエスト中は俺の足らずな熟練度でも簡単にカットできる。

 

マイ包丁をストンと落とすと、システムが勝手に腿肉をカットしてくれる。

 

俺はそれに調味料やらで下味をつけ、フライパンで焼いていく。

本来ならばもっと複雑な手順があるのだがこのSAOでは簡略化されているため実際の料理とは違い、やりやすい。

 

「うぉ・・・・スッゲェいい匂い。」

 

「本当に食欲をそそられる匂いだね・・・・。あぁ、やっぱり私たちで食べようよ。」

 

「それが無理なんだよ。このクエスト中に出した食材はどんなに頑張っても食べれないんだ。」

 

「クソクエスト・・・・」

 

だから口が悪いですよ。

 

そうこうしているうちにとあるNPCが料理を完成させたようでめんどくさそうな足取りで審査員(村長)に持っていく。

 

どうやら提供した料理は《トスマストのガスパチョ》。

トスマストとは現実世界でいうところのトマトだ。

俺の嫌いなトスマストは上から読んでも下から読んでもトスマスト。

 

そんなことはさておき、わざわざそんな手の込んだ料理を提供するとは少し驚きだ。

 

余談だが、ガスパチョとはスペイン、ポルトガル料理で冷製トマトスープのことだ。

スペインの方では夏場の定番、有名な料理らしい。

そんな料理を真冬とも取れるこの時期に出すのはどうかと思うが、この22層は比較的気温が安定しているためだろう。

 

え?トスマストはトマトなんだから意味が被ってるだろって?

そんなことは茅場晶彦(クソ運営)に言ってくれ。

 

村長はスプーンを手に取り、スープを掬って口に運ぶ。

 

「うーん、食材が普通!!」

 

「ウザ。」

 

このクソジジイはどうやら本当に材料のレア度で判断しているようでどんな手の込んだ料理を提供しても食材のレア度が低ければあの反応を示すらしい(アルゴ談)。

なんとも腹が立つ仕様だ。

 

「こっちはそろそろ出来るけど・・・・ハチくんはどう?」

 

「あと2分ってところだな。」

 

俺が持つフライパンにはフタを開けるまで残り2分と表示されている。

こういうところは現実にも欲しいシステムかもな。

 

「・・・・それにしてもハチくんってキッチンに立つの意外と似合うね。」

 

フライパンを持つ姿の俺を見てアスナはそう言った。

 

「まぁな。専業主夫希望だからな。」

 

「・・・・ちょっとありかも。」

 

「?なんか言ったか?」

 

「う、ううん!何でもないよ。」

 

小さく呟いたアスナの発言は聞き取れなかったが、そんなやり取りをしていると《ジズの腿肉ソテー》が完成する。

 

慣れた手つきで盛り付けをしていき、用意されていたお盆のようなものに乗せる。

 

アスナと共に初めて作った料理をこんなクソジジイに食べさせるのは本当に不本意だが、マッ缶のため、と心に言い聞かせて料理を村長待つテーブルへと置く。

 

「さっさと食いやがれ、クソジジイ。」

 

「口が悪いよ、ハチくん。」

 

とはいえ、レア食材を使わなければならないというこの苛立ちはどこかにぶつけなければ消化できないのでアスナもどこかで許容しているようだった。

 

「うっひょー!美味そうじゃのぉ!」

 

あぁ、殴りたい。

 

「どれどれ・・・・」

 

NPCのくせにナイフとフォークを器用に使い、村長は料理を口へと運ぶ。

 

「美味あああああい!!」

 

口へと入れた瞬間、ノータイムでそう叫ぶクソジジイ。

その間隔の短さが俺たちの苛立ちを加速させるがぐっと堪える。

 

「お主らが優勝じゃ!今大会はこれにて終了!!」

 

早い。判断が早すぎる。

とはいえ、レア度がクリア条件となっているこのクエストに最上級の食材を持ってきたのだから仕方がないか。

 

「お主らに優勝商品と、賞金を授けよう!!」

 

クソジジイがそういうと俺とアスナの目の前にクエストクリアのウィンドウが現れる。

 

これで俺が欲しかった調味料が全て揃ったのだ。

あぁ、漸く俺はマッ缶を手に入れることができたのだ。

 

「・・・・ハチくん、これって。」

 

意味深な表情を浮かべるアスナを見て俺はクエスト報酬を確認する。

 

俺の欲しかった調味料は確かに表示されていたが・・・・マジですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・上手い、完全再現できた。」

 

少し時間は流れ、クソクエストもといい、《料理クエスト》をクリアした俺はその成功報酬である調味料を使い、試行錯誤した結果、漸くマッ缶に似た味を再現することができた。

 

「・・・・この暴力的で脳髄を破壊するような濃厚な甘味・・・・俺が求めていたマッ缶そっくりだ。」

 

「・・・・。」

 

自室にて漸くできたマッ缶擬きを飲み、感動に浸っているがアスナはどこか引いた表情を浮かべている。

 

「アスナも飲むか?」

 

「飲んでみたいけど・・・・材料が材料だから嫌だよ。」

 

「どうせ仮想の擬似味覚パターンだ。本物じゃないから気にすることなんてない。」

 

そう言って俺はズズッとマッ缶擬きを啜る。

1年ぶりに感じるこの暴力的な甘さに浸っているが、どうもアスナの視線が軽蔑のような、別の生物を見ているように見える。

 

「だって・・・・アレだよ?調味料がアレなんだよ?」

 

「そんなこと言われてもなぁ・・・・。」

 

俺たちが村長から貰った調味料は《ジャイアントエイプの食寳》。

寶とは大切な宝物という意味があるので、噛み砕いた言い方をすれば・・・・巨大な猿のキン○マだ。

 

「つまり、アレからでた調味料でしょ?・・・・嫌だよ。」

 

つまり、アレはアレということだ。

俺が欲しかったマッ缶作成で最後のピースは練乳に似た何かなので・・・・そういうことだ。

なんで巨大な猿のキン○マが練乳のような甘さがあるのかはわからない。

分かってはいけない。

 

「まぁ、世の中にはこんな感じの珍味もあるって言うから・・・・考えずにマッ缶だと思えばなんとかなる。」

 

「セクハラだよ。あの村長は絶対に《黒鉄宮》に送ってやるんだから・・・・!」

 

そう言われると弁護のしようがない。

しかし、NPCは割とセクハラしてくるやつが多いし、まぁ男が作ったゲームだからしょうがないとも言える。

 

何だかんだでマッ缶は出来たし、俺としては大団円なのだが・・・・アスナはそうはいかないだろう。

 

そんなことを考えながら俺は無心でマッ缶擬きを啜ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴゥェッ」

 

――――思い出すとたまに吐き気がするので、この世界でのマッ缶は諦めるとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こんなクソみたいなネタ回に1万字・・・・。

まぁ書いてて楽しかったです(ゲス顔)

ちなみに今回のオチはトリコを読んでたらふと思いついただけ笑
それのせいか最後のアイテム名はパクリ・・・・じゃなくて、リスペクトさせて頂きました。


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第13話

今回もネタ回

更新遅くてすみません・・・・。

なかなか社畜である私に執筆活動は難しいと感じているこの頃です。


 

マッ缶の最期のピースがキン○マだった事件――――通称《マッ缶事件》を乗り越えた俺はなんとも言えない状況に唖然としている。

 

「み、みにゃいで!」

 

「って言われてもなぁ・・・・。」

 

現在、2023年2月22日。

このデスゲームが始まり1年と3ヶ月が経過したこの日にSAOでは類を見ない、とてつもなく変な(・・)イベントが開催されている。

 

俺の視線の先には布団に包まり、羞恥で顔を赤く染め上げている攻略組最大ギルド《血盟騎士団(KoB)》の副団長、《閃光》のアスナが居る。

 

その鬼気迫る攻略の姿勢から《攻略の鬼》と呼ばれるアスナは、実にその様子を一片も感じさせない様子で毛布にくるまっている。

そして、そこからはみ出た尻尾と・・・・猫耳をが見える。

 

「みにゃいでえぇえええ!!」

 

なぜこんなことになってしまったのかというと少し時を遡らなければならない・・・・――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日、俺の部屋にいつものようにアスナが寛いでいた時の出来事だ。

なぜつい最近まで避けていたアスナ・・・・特に葉山の件でかなり迷惑をかけた彼女が俺の部屋に入り浸っているのかは分からないが、レベリングや攻略の終わりにここに来ることが日課になっているような気がする。

 

今日はあの悲劇の《マッ缶事件》とは違い、コロルとシリカも共に俺の部屋にいる。

なんで?そろそろ自分の部屋に帰りなさいよ。近いでしょうが。

 

コロルはウィンドウを操作しており、どうやら今日の狩りで手に入れたドロップ品の整理や装備品の耐久値をチェックしているようだ。

シリカは今日の狩りの疲れからか、俺の天敵でもあるピナを抱えアスナの肩を枕にして軽く寝息を立てながらうたた寝をしている。

アスナは《Weekly Argo》を読みながら俺に入れさせた紅茶を飲んでいる。

 

お前も《料理スキル》持ってるんだから自分で入れてくれよ・・・・。

 

そんな事はさておき、この空間の空気はとてもあの部室に似ている。

そのせいか、俺はどうも強く彼女らに言えない節がある。

懐かしい記憶に浸っていると、コロルがウィンドウを閉じて俺に話しかけてくる。

 

「せんぱい〜疲れたんで、また《ストロングベリーベリーストロベリー》奢ってくださいよぉ」

 

「嫌だ。アレ地味に高いし、名前がクドイから嫌いなんだよ。それにあざとい。」

 

その残念なネーミングのそのケーキは25層のとある路地裏にあるNPC喫茶店で食べることができるデザートなのだが、価格はぼったくりを疑ってしまうほど高い。

また、というのは以前の葉山の件で迷惑をかけたという名目で奢らされたからだ。・・・・シリカとアスナ、《月夜の黒猫団》の面々にも奢ったので軽く5桁ほどのコルが吹き飛んだ。俺のチマチマ貯めた貯蓄に多大なるダメージを与えた。

いや、まぁ俺はぼっちだからお金を使うこと、というか使う場面がないから貯まる一方ですけどね?そんなにダメージは無いですけどね?慣れてないからか、自分以外に使う金ってなんだか精神的に来るだよな・・・・。

 

そもそも強いベリーストロベリーってなんだよ?

そんなにイチゴの主張が激しいのか?

 

「あざといは関係ないじゃないですかぁ・・・・まぁ、いいですけど。」

 

ならそんな話題を振ってくんな。

 

いつもの会話を一通り済ませると、最近当たり前になっていた静かで心地よい空間が戻ってくる。

そんな心地よさは俺の疲れた精神を適度に癒してくれるような気がする。

 

「・・・・ん?なにこれ?」

 

するとアスナが『Weekly Argo』を読む手を止めて、呟く。

 

「どうした?」

 

「いや、へんな通知が来てて・・・・コロルは?」

 

「私もだ・・・・なんだろうね、これ?」

 

俺の方には彼女らがいう通知は来ていない。

不審に思ったが、この世界にコンピュータウィルスなどの感染なんてものはあり得ない。

何かしらのイベントではないのだろうか?

 

「なんて書いてるんだ?」

 

「えーっと・・・・『おめでとうにゃ、君は本日のイベントに当選したにゃ。特に今日は日向ぼっこ日和にゃ。・・・・頑張ってにゃ』・・・・え?なにこれ?」

 

本当になんだよ。

それと、にゃってところをアスナが言うと可愛いので惚れてしまいそうになるのでやめてくれませんか?

 

「なんでしょうかこれ?」

 

「イベントだろ?・・・・クリスマスイベントがあったくらいだから、別に他のイベントがあったっておかしくないわけだし。」

 

「たしかに・・・・――――にゃっ!?」

 

すると突然、アスナとコロルが青白い光によって包まれる。

 

「――――っ!?アスナ!コロル!」

 

俺は突然の出来事に座っていた椅子を倒しながら立ち上がる。

エフェクトが違うが、強制転移の可能性を捨てきれず咄嗟に近くにいたアスナに手を差し出す。

 

アスナの腕を掴み、最悪の状況を想定しながら光が収まるのを待った。

そして、数十秒後。

 

「ふぁ・・・・びっくりしたにゃ(・・)。」

 

「・・・・にゃ?」

 

青白い光が収まり、アスナの姿が見えてくる。

そこにはピョコっと猫耳を生やし、臀部にはフリフリと揺れる可愛らしい尻尾・・・・。

 

「アス、ニャン(・・・)?」

 

頭の中で留めておくつもりの言葉が動揺と理解不能な現状により出てくる。

・・・・なんだか言ってて恥ずかしくなったよクソ。

 

俺がそんな思考を巡らせていてもアスナの理解が追いついていないようだった。

 

「にゃにこれ?にゃ!?にゃんでへんな喋り方ににゃってるの!?」

 

ますます理解が追いつかない。

いや、当事者ではない俺ですら理解できてないのだから当事者であるアスナが追いつくわけがない。

 

「え?にゃにこれ?猫耳?」

 

ふとその声の主であるコロルの方を見てみるとコロルも可愛らしい猫耳にフリフリと揺れている尻尾をつけている。

仕草と相成ってか、あざとさが10割増しになっている。

 

すると、俺の方を見たコロルがピタリと動きを止める。

 

「・・・・てか、せんぱい。それはどうかと思うんですけど?」

 

ジト目で俺を見つめるコロル。

そして俺もここで恐ろしいことに気づいてしまう。

 

咄嗟にアスナの腕を掴み、俺は無意識のうちに抱き寄せていたのだ。

そのことに気がついた俺はアスナに強烈な拳を喰らわせられると覚悟しながらギギッと動かない首を無理やり動かしてアスナを見る。

 

そこには顔を真っ赤に染め、猫耳を抑えながら瞳をウルっとさせているアスナ。

 

「ハチくん・・・・恥ずかしいにゃ・・・・見にゃいでぇ・・・・。」

 

羞恥と動揺ですぐに離れてしまったが俺の心はどこかで惜しいことをしたと思っている。

変態ではない。断じて変態ではない。大切な事なので二回言いました。

しかし、この状況で俺はこの感情を否定することはできない。なぜなら――――

 

 

 

 

 

 

――――・・・・尊みが深いからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして話は冒頭へと戻る。

心の中でよく分からない迷言を放ったところで意外と平常心なのが・・・・いや、意外ではなく、やはりと言ったところか。少しこの異常事態を楽しんでいたのはコロルだった。

 

「本当に再現度高いですねぇ〜。我ながらすごく可愛いと思いますよこれ。」

 

そう言ってコロルは尻尾と猫耳をぴょこぴょこさせる。コロルはゲーム開始時に茅場晶彦(クソ運営)から配布された手鏡を持って自分の姿を映して自画自賛している。

たしかに・・・・可愛いと思うがお前がそれをつけるとあざとさが増すだけだ。10割増しですよ。

てかまだそんなもの持ってたのかよ。トラウマ級のアイテムだろ。

俺は現実に帰ったら手鏡を持てないくらいトラウマになってるに違いない。いや、普段から手鏡なんて持たないけど。

 

「ま、女子には必須アイテムですからね。」

 

ナチュラルに心を読むんじゃない。

 

「でも、どうして猫なのかな?」

 

一連の騒動でついに目を覚ましたシリカは不思議そうにそう俺に問いかける。

俺が知ってるかのように聞かれましても俺は何にも知らないぞ。

 

ちなみにシリカは猫耳姿ではない。

どつやらシリカのところにはメッセージは届いていなかったようだ。

 

「アルゴに聞いたらわかるんじゃないか?・・・・こういったイベントの情報収集はアイツの十八番だろ。」

 

「早く、連絡をとって・・・・にゃ。」

 

布団を頭から被り、未だに顔を赤く染めながらアスナはそう言う。

少し現状を理解するために今の現状を可能な限り観察してみる。

 

「どうやら語尾とかが勝手に『にゃ』になるみたいだな。・・・・コロルはなんで出てないんだ?」

 

「最初は動揺しちゃいまして出ちゃったですけど・・・・女子力じゃないですかね?」

 

確かに出てたと思うが・・・・女子力関係ないだろ。

 

そこで俺は、ふとアスナに復唱してもらいたい言葉を言う。

 

「アスナ、『斜め77度の並びで泣く泣くいななくナナハン7台難なく並べて長眺め』って言ってみてくれ。」

 

「え?『にゃにゃめにゃにゃじゅうにゃにゃどのにゃらびでにゃくにゃくいにゃにゃくにゃにゃはんにゃにゃだいにゃんにゃくにゃらべてにゃがにゃがめ』・・・・って!にゃにを言わせたいの!?」

 

いや、満足したのでそれでいい。うん。意味なんて要らない。

 

閑話休題

 

コロルの底知れぬ女子力と完璧委員長に並ぶアスナの滑舌さを感じ取ったところで俺の視界にメッセージの通知が来た時に出るアイコンが表示される。

どうやら、先程から連絡を試みていたアルゴからの返信だろう。

 

メッセージを開き、内容を確認する。

 

「・・・・どうやら、アルゴもてんやわんやしてるみたいだな。色んな人からメッセージが飛んできて大変らしい。とりあえず、俺たちの意見も聞きたいだと。」

 

「なるほど・・・・じゃあ、こっちから行ってあげたほうが良いですね。」

 

「にゃ!?」

 

シリカの発言に驚くアスニャン・・・・ではなく、アスナ。

どうやら、あの姿で外に出るのが嫌なのだろう。

羞恥に顔を真っ赤に染め上げ、必死になって隠しているアスナを想像すれば・・・・意外とそそられるものはある。

変態的思考になってきている。マズイ。

ここで変態のレッテルを貼られるのは些か不本意な上、アスナからの信頼は地に堕ちてしまうだろう。

 

とはいえ、当事者であるアスナをここに置いていくのも少し戸惑われる。

 

「あー・・・・アスナ、俺があの時あげたポンチョはまだ持ってるか?」

 

初めてアスナに出会った時に渡したクソ安物だ。

もう随分と昔になる上、最近のアスナはポンチョをつけていない。持っていない可能性が高いだろう。

 

「にゃ?持ってるけど・・・・それをつけてても恥ずかしい、にゃ・・・・。」

 

持ってるのかよ。なんでだよ?

ストレージの容量の無駄でしょう。

 

だが、アスナの言うことには一理ある。確かに頭の猫耳は隠せても尻尾の方は隠せないだろう。

しかしながら、システムが強要する語尾を頑張って拒否しようとするアスナはなんだか可愛いところがある。

・・・・クソ、無駄な思考が入って論理的な考えができない。

 

「でもでも、私も一緒なんだから恥ずかしがることないよ、アスニャン。赤信号みんなで渡れば怖くないって言うじゃん。」

 

「コロル・・・・アスニャンって言わにゃいでぇ・・・・。」

 

コロルは暴論を吐くがアスニャンには届かなかったようだ。

俺は分からないが確かにみんなで同じようにすれば恥ずかしさは多少なりとも和らぐとは、思う。

いや、俺はぼっちだからそんなこと分からないけど。みんなの言う《みんな》に俺は入ったことないから。

 

「あ、せんぱい!」

 

するとコロルが何かを思い出したかのように俺に話しかけてくる。

 

「なんだよ。」

 

「今日一日私のことはコロニャンと、呼んでください♪」

 

そう言ってコロルは《てへっ♡》とはにかむ。

あぁ、クソあざとい。

あざといのに、わざとだということは分かっているのに可愛いと思ってしまうし、ドキッとしてしまうそんな自分に腹立つ。

 

「・・・・嫌だ。」

 

「え〜・・・・ぶーぶー。」

 

頬を膨らませ、抗議をしてくるコロル。

はいはい、可愛いですよ可愛いですよ。惚れて告白して振られるんですね、はい。

 

「この後輩の言うことは無視しといて・・・・とにかく、お前も行かなきゃ時間がかかるだけだぞ?」

 

「え〜!?無視ですか!?――――っは!?実は本当は可愛いって思ってるけど恥ずかしくて言葉には出せないって事ですか?嬉しいですけどちゃんと言葉にしてくれないと私は納得できないのでごめんなさい!」

 

え?この流れで俺は振られちゃうの?なんで?

 

そんなコロルの理不尽さを再確認したところでアスニャンに再度問う。

 

「で、どうする?俺的にはさっさと行動した方がいいと思うけど。」

 

「わかった、にゃ・・・・。うぅ〜」

 

・・・・尊みが深い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恥ずかしがるアスニャンを無性に撫でたい気持ちをぐっと抑え込み、漸く俺たちはアルゴに会うため外に出かけることができた。

どうやらアルゴがいる場所は最近、一部の攻略組(主に俺たちと《月夜の黒猫団》の面々)で溜まり場になりつつあるエギルの店という。

エギルの店は1階が店舗、2階が住居兼物置となっているのだが、アルゴはよく隠れ家として使っているらしい。

 

彼女も彼女でアコギの商売をしているようでたまに逆恨みしたプレイヤーが住所を特定してくるのだと。

お得意の《隠蔽スキル》の闇討ちで毎回返り討ちにはしているようだが、キリがないらしい。

 

さて話を戻して、今俺たちは第50層主街区《アルゲート》を訪れている。

この街の特徴といえば何と言ってもその迷路のようなかなり複雑な街並みだろう。

中華系の下町に似ているこの街のはその複雑さ故か、プレイヤーが迷って帰ってこなかったなどと言った噂が絶えない。

あのゲームオタクであるキリトですらその全容を把握してないという。

更に怪しげな店も多く、だいたい変なアイテムの出所はここだと言われている。

ちなみにこの街で俺は念願のラーメン屋を見つけたと思っていたが、残念ながらそれはラーメン擬きの変な麺類を置いていただけだった。

《料理スキル》の項目の中には麺類はない為、ラーメンを再現することは諦めなければならない。

 

少し話が脱線してしまった。

街行く人々の中にはチラホラと猫耳をつけたプレイヤーがいる。

アスナのように困っているわけではなく、コロルのように意外と楽しんでいるようだ。

 

「ねぇねぇ、アスニャン。やっぱり私たちって完成度高いからアイドル活動とかしてみる?・・・・《ニャンコシスターズ》とかでやれば売れそうじゃない?」

 

「アスニャン言うにゃー・・・・恥ずかしくてそんにゃのできにゃいよ。」

 

相変わらず、コロルは謎の女子力によりシステムを拒絶している。

アスニャンは少し慣れてきたのか、最初ほど恥ずかしがる様子は見られない。

とはいえ、ポンチョでしっかりと顔と頭を隠しているが。

 

それにしても《ニャンコシスターズ》とは昭和感溢れるネーミングセンスだな。

 

「ほら、アスナさんもコロルも無駄話してないで早く行くよ。・・・・えーっとこの辺でしたよね?」

 

シリカがそう言って場を納めてエギルの店の方へと歩いていく。

 

「この街はややこしいから迷子になるなよ。」

 

「ピナには実はナビゲーション機能があるんで、大丈夫ですよ。」

 

「え?マジで?」

 

「嘘です。」

 

なんだよ。ちょっと信じちゃったじゃないか。

俺には絶対回復してくれない畜生でも役に立つと思っていたが、畜生はどこまでいっても畜生というわけか。

 

てかこのタイミングでなぜそんな嘘をついたのだ?

 

「お、ここだな。」

 

ついにエギルの店に辿り着いた俺は扉を開く。

カランコロン、と鐘の音が鳴り店に入ると少し手狭な店内のカウンターにエギルの姿を確認する。

 

「いらっしゃい・・・・にゃ(・・)。」

 

「は?」

 

エギルの台詞を聞き、少し寒気がしたところでエギルのツルッパゲな頭部を確認する。

 

「・・・・エギル、お前。」

 

「ハチ、何も言うにゃ。言うんじゃにゃい。」

 

そこには似合わないとしか言いようがない猫耳。

カウンター越しでも少し確認できたエギルの臀部から生えた尻尾。

 

うわぁ・・・・誰得だよ?

 

「嫌悪感が・・・・凄いですね。」

 

コロルよ、ストレートに言いすぎだ。

 

「俺でも似合わにゃいって分かってるけど、仕方にゃいんだよ・・・・。」

 

やめてくれ。

おっさんがにゃーにゃー言ってもキモいだけなんだよ・・・・。

 

「アルゴなら上で待ってるにゃ。・・・・早く原因を突き止めてくれにゃ・・・・。」

 

俺たちの精神的ダメージも強いが、本人が感じているダメージも大きそうだ。

俺はここで決意する。

さっさとこんなイベント終わらせよう。主に俺の精神安定上。

 

「これじゃあ、商売上がったりにゃんだよ・・・・。来てくれたお客さんは俺の姿見るなり、走って逃げていくんだにゃ・・・・。」

 

正直言って俺も逃げたい。

 

そんな精神的にも売り上げ的にもダメージを負っているエギルもと言い、エギニャンに言われたように俺たちは店の2階へと歩を進める。

2階の物置兼溜まり場にたどり着き、扉を開ける。

 

「お、やっときたカ。」

 

そこにはウインドウを頻りに操作するアルゴの姿があった。

そして・・・・案の定、猫耳姿だ。

 

「・・・・《鼠》なのに猫なのかよ?」

 

「ニャハハハ、《猫》のアルゴに改名した方が良さそうだよナ。」

 

アルゴはそう言いながら笑う。

しかし・・・・普段からその笑い方はしていたが、今の姿を見るととても自然に見えてしまう。

 

「とにかく、座ってくレ。情報共有がしたイ。」

 

「あぁ。」

 

そう促され、言われるがまま俺たちは近くにあった椅子に座る。

 

「さてと・・・・そっちの被害者はアスニャンとコロニャンってところカ?」

 

「あぁ。てか、さっきから気になってたんだが・・・・お前も語尾は『にゃ』じゃないんだな。」

 

「キャラを崩さないためサ。あと女子力かナ?」

 

ここでも登場したのは女子力。

女子力とは一体なんなんだ?この世界のシステムすら無視する女子力はユニークスキルか何かなのか?

とは言ったものの、キャラを崩さないというのは強ち間違いではなさそうだ。

事実、コロルはキャラを崩したくないが故にシステムに逆らっているのだろう。

 

「オレっちが確認できてる中だと、この《猫化》は男女問わず、ランダムで発生しているみたいダナ。恐らく、生き残っているプレイヤーを無作為抽出で選定しているようダ。」

 

男女問わずって・・・・つまり、エギルの他にもおっさんが《猫化》してるってことか?

・・・・うわぁ

 

「その根拠は?」

 

「どうもこうも、《猫化》しているプレイヤーに共通点がなイ。エギルのようなオッサンから始まりの街で待ってる子供たち・・・・あと、キバオウや《血盟騎士団(KoB)》のゴドフリー《猫化》してるとカ。」

 

「ゴドフリーも・・・・?」

 

アスニャンが苦笑いを浮かべる。

ゴドフリーのことはうろ覚えだが、確か《血盟騎士団(KoB)》のフォワード隊の指揮を任されているおっさんだったと思う。・・・・うわぁ。

 

最後の情報は途轍も無く必要のないものだ。

変に想像しちゃっただろうが。

なんでモヤットボールとおっさんに猫耳生えてんだよ。

最悪だ。

 

癒しを求めてアスニャンを愛でたい所だが、変態扱いは嫌なのでグッと堪える。

 

「とにかく、オレっちが分かり得る情報はこのくらいだナ。なぜこんなイベントが起きたのすらわからねーヨ。」

 

「この前はクリスマスイベント・・・・日付が関係してるんじゃないか?」

 

「・・・・そうだと分かりやすいんだガ、生憎オレっちの知識にはそんなのは無いな。」

 

うーん、と首を捻らせ唸るアルゴ。

とはいえ、何の意味もなくこんなイベントを開催するとは思えない。

 

「あっ」

 

皆で頭を悩ましているとシリカが思い出したかのように声を出す。

 

「確か、今日って2月22日ですよね?」

 

「そうだナ。」

 

「アレですよ、《猫の日》ですよ。」

 

「は?」

 

「日本の《猫の日実行員会》が制定した猫の日が確か今日だったと思います。私、リアルで猫飼ってたんでちょっとだけ印象に残ってたんですよ。」

 

・・・・はぁ?

理解はできる、できるのだが・・・・この世界を作った茅場がそんな柄にもない事をするのだろうか?

 

「・・・・いや、可能性はあるゾ。」

 

「マジで?」

 

「アァ。この世界を管理している《カーディナルシステム》は世界中の民話や神話、いろんな情報をネットからかき集めて、自動的にイベントを作成する機能があるって雑誌で読んだことがあル。」

 

確かにこのSAOをずっと茅場が管理しているとは思えない。

こんな大事件を起こした張本人はどうせ逃げ回っているに違いない為、大きなサーバーを管理するのは難しいだろう。

柄でも無いイベントが開催される理由にもなる。

 

「・・・・じゃあ、ほっといてもこのイベントは終わるのか?」

 

「・・・・そこまではわからなイ。一生このままという可能性もあるナ。」

 

「にゃ!?それは困るにゃ!!」

 

最初に反応したのはアスニャンだった。

アスニャンの言い分はとてもよくわかる。

このままでは攻略に集中できない。主に俺が。

 

「んー・・・・実害は語尾くらいですが、みんながにゃーにゃー言ってたら攻略どころじゃないですね。」

 

特にボス攻略中ににゃーにゃー言われると確かに気が散る。

特に《血盟騎士団(KoB)》攻略担当のアスニャンは指示をするため激しくにゃーにゃー言うだろう。

俺もそうだが特に《風林火山》のおっさん連中、特にギルマスのクラインがギャーギャー騒ぎそうだ。うん、攻略できないな。

士気は上がりそうだが。

・・・・いや、ゴドフリーが居るのか。プラマイゼロどころかマイナスだな。

 

「私的にはこのままでも楽しいですけどね。」

 

「コロルは黙ってにゃ。」

 

「えー・・・・」

 

アスニャンからお叱りを受け、少し不貞腐れるコロル。

 

「・・・・とにかく、このSAOはフェアネスを貫いてる。解除不可能とかは無いと思う。」

 

「それはオイラも同意見サ。」

 

どこかにきっとヒントはあるはずだ。

今回の騒動を一から整理してみればきっと答えは出てくるはずだ。

思考を巡らせていると、俺はとあることを思い出す。

 

「・・・・待てよ?確か、最初のメッセージで何か言ってなかったか?」

 

「え?そんなこと言ってました?」

 

・・・・コロルに聞いた俺が悪いな。

俺は視線でアスナの方へと問いかける。

 

「あ、確かに変なこと言ってたにゃ。確か『今日は特に日向ぼっこ日和にゃ』たったかにゃ?」

 

「・・・・それだよ。シリカ、このアインクラッド で猫系モンスターが多くPOPする層ってあったか?」

 

「えーっと・・・・確か、22層のフィールドダンジョンでよく出てきたと思います。」

 

「・・・・確かあのフィールドダンジョンの奥に不自然に開けた安全地帯(セーフティゾーン)があったはずだ。」

 

「なるほど・・・・確かにあそこは日当たりが良くて心地いい場所でした。」

 

「アルゴ。どう思う?」

 

「・・・・怪しい、ナ。日付に合わせた22層、猫系統のモンスターがPOPするフィールドダンジョン。そして、メッセージに込められた日向ぼっこできる場所・・・・確信を持ってもいいかもナ。」

 

すると、アスニャンが突如立ち上がる。

そしてボス攻略時に見られるような真剣な表情で俺に言う。

 

「早く行くにゃ!!一刻も!早く!!」

 

「お、おう。」

 

アスニャン、近いです。

今のあなたは物凄く可愛いのであまり近寄られると困ります。惚れたらどうするんですか?

 

「善は急げ!にゃ!!!」

 

そう言ったアスニャンは俺の手を引き、店の外へと歩いていく。

 

あの、手を握られると、恥ずかしいし、ドキドキするので離して頂けませんか?

そんな思考を巡らせるがアスニャンには届くことはなく・・・・俺たちはアスニャンを先頭に22層へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まさかのネタ回が続きます。

だってこのままだと2万字は超えそうだったから・・・・。


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第14話


投稿遅くなってすみません。
社畜なもんで・・・・。


ネタ回はこれで終わりです。


 

 

 

 

 

 

場所は変わり、第22層。

長閑な雰囲気が特徴的なこの層で俺たち《ハチと愉快な仲間たち》(アルゴ命名)はその光景とは反した険しい表情で駆け抜けていた。

 

突如始まった《猫化イベント》を終了させるべく、俺たちはこの層へと赴いたわけだ。

事前のヒントや考え得る限りの情報を繋ぎ合わせ、この層のフィールドダンジョン《陽だまりの森》へと向かっている。

 

このイベント、雪ノ下が居れば喜びそうだな・・・・。

アイツ、猫には目がなかったし。

 

そんな俺の懐かしさを感じる思考とは他所に先頭を走るアスニャン・・・・もといい、アスナは現れたモンスターを鋭い一撃で確実に葬っている。

慣れたのか、人が居ないからか、どちらかはわからないが先ほどまで被っていたポンチョは脱ぎ捨てたみたいだ。

 

この層のモンスターとなれば俺たち攻略組の手にかかればソードスキルを用いない攻撃でも、クリティカルを出せば一撃で倒せることはできる。

アスナの放つ一撃はこのアインクラッド で随一と言っても過言ではない精度だ。

その精度で確実にクリティカルを貫いている。

 

それにしても、この《猫化》にはステータス値をプラスにする効果があるようだ。

先程から猫耳をぴょこぴょこさせているアスニャンとコロニャンの俊敏性が同じ攻略組である俺たちより遥かに高い。

これが《猫化》の恩恵ですか。

 

この状態のまま攻略するというのも一つの手では無いのだろうか?

いや、俺の精神安定上それはマズイ。

 

と、そんな無駄な思考を巡らせているとついに俺たちは《陽だまりの森》へとたどり着いた。

 

22層の迷宮区手前にあるこのフィールドダンジョンの特徴といえば、猫系統のモンスターが数多くPOPするところだろう。

主な出現モンスターは《キャット・ソルジャー》。

見た目は長靴を履いた猫、と言った方が想像しやすいと思う。

二足歩行で長靴ではなく、素足だが素早さと細剣ソードスキルの鋭い連続攻撃が特徴的だが・・・・正直言って弱い。

素早い攻撃もかなり単調なもので、一定のアルゴリズムによって決められた行動しかしない。初見でもそれなりの戦闘経験を積んでいれば余裕で躱すことができる。

攻撃力も低く、例え当たっても致命的なダメージにはならないなど・・・・多くの理由で総合的に弱いと判断されている。

まぁ、この22層は攻略がしやすかった所謂、《ボーナス層》とも呼ばれているのでモンスターの弱さは強ち間違いでは無いだろう。

 

余談だが、この《キャット・ソルジャー》はお世辞でも俺は可愛いとは言いづらい。ブサ猫と言ってもいい顔つきで、不貞腐れてるような表情で攻撃してくる。

ただし、一部のプレイヤーからは何故か人気がある。

 

「ハチくん、その安全地帯(セーフティゾーン)の場所っておぼえてるにゃ?」

 

「それが曖昧なんだよ。この層の攻略速度早かっただろ?」

 

「私も微妙ですねー。シリカは覚えてない?」

 

俺とアスナの会話に反応したコロルは相変わらず《猫化》の状態を生かしたあざとさを感じさせつつ、話をシリカへと繋げる。

 

「んー・・・・ピナの餌を取りに何回かは来たけど・・・・いつも早めに切り上げてたから、微妙だなぁ。」

 

え?ピナって餌食うの?

そのことに驚きなんだが。

データの塊である畜生が飯を求めるとは・・・・けしからん。

俺だって養ってもらいたいが・・・・ピナは回復したり、ヘイトを集めたりと働いていたな。俺は働きたくない。やはり専業主夫は至高。

とはいえ、俺はピナからダメージを喰らった事しかないが。

 

「それにしても、本当にこんな中層にイベントボスが居るんですかね?」

 

そんな会話をしていると、コロルがふと思い出したかのように俺に話しかけてくる。

 

「中層プレイヤーが偶然、エンカウントしちゃったら危ないですよね?」

 

確かにその通りなのだが、俺は逆にそれはないと思っていた。

 

「大丈夫だろ。・・・・この層でレベリングする奴は中層プレイヤーにも居ないと思う。ここのモンスターは弱いからもらえる経験値も少ない。ここでレベリングするくらいなら、もう少し上層で狩りをした方が効率が良い。」

 

それにこのフィールドダンジョンに目ぼしいアイテムや装備が手に入ることはない。

それに大した経験値も貰えなければ、このフィールドダンジョンに足を踏み入れなければならないようなクエストも存在しない。

 

「まぁ、こんな所でイベントボスと鉢合わせるなんて奴は相当運がないだろうな。」

 

このフィールドダンジョンはこのイベントのために作られたのでは?と思うほどだ。

とはいえ、エンカウントしてしまうという可能性は少なからずある。

 

「中層プレイヤーがエンカウントしないようにさっさと私たちで狩っちゃいましょう!」

 

「そうだにゃ。ここには癒しを求めてくるプレイヤーも多いにゃ。」

 

突然やる気を見せるコロルだが、それを聞いたアスナもどうやらさらにやる気を出したようだ。

 

「とにかく、こんなクソイベントさっさと終わらせるにゃ!」

 

言葉が汚いですよ、アスニャン。

そんな気合を見せるアスナを横目に俺たちは朧げな記憶を頼りにダンジョンを進んでいく。

道中出てくるモンスターは邪魔されない為、確実に倒していく。

 

ちなみに今回の行軍にアルゴは付いてきていない。

攻略組と変わらないレベルとステータスを持ち、《猫化》の影響でただでさえ高い俊敏性が上がってはいるが、どうしても戦闘向きではないということで今回は待機ということになった。というか、本人がそう言い出した。

 

これまでの情報から考えると、イベントボスとの戦闘になる可能性が高い。

前回のイベントボスである《背教者ニコラス》もかなりの強さを持つボスだった。

無茶なレベリングでごり押しした俺が言える立場ではないが実力が不明な点が多いイベントボスとの交戦は攻略組の俺たちの方が、安全と言えるだろう。

 

今回のパーティは俺、アスナ、コロル、シリカの4人となっている。

前衛にこのパーティ1番のダメージディーラーであるアスナを先頭に、中衛にパリングと援護が得意な俺、後衛にはコンビネーションでの戦闘が得意なコロルとシリカという順番になっている。

 

ユニークスキル《無双剣》を使える俺が先頭に立っても良かったが、あのスキルはどうしても硬直時間(ディレイタイム)が長い。

いざという時に使用するとしたら先頭に立っていては使いづらいという判断からこの並びになった。

 

ちなみに俺のユニークスキルについてはあの現場にいたアルゴとコロルを除くと、パーティメンバーであるシリカとお願い(脅さ)れてつい口を滑らせてしまい、教えたアスナしか知らない。

 

アルゴに言いふらされることを俺は一番危惧したわけだが・・・・アルゴ曰く、『コルをシコタマ取れるネタだからナ。温存しといてやるヨ。』との事だ。

特に俺のことを考えて、と言うわけではないらしい。

流石というか・・・・商人根性がしっかりとしてると言える。

キリトはキリトで少し勘付いているようだが、それはお互い様だ。

俺の予想だとアイツも何か隠してるに違いない。プロぼっちの勘がそう言っている。

 

話が脱線してしまったのでここで一旦、情報の整理をしよう。

 

恐らく、この先に待ち構えているのはイベントボスで間違いはないだろう。

問題はそのボスの強さだ。

このSAOではフェアネスを貫いている為、現段階で倒せないようなボスが出てくるというのは不公平さがあるので考えられにくいが・・・・俺たちはたった4人のパーティ、1組だ。

フロアボス攻略のように複数のパーティで編成したレイドでなければ倒せない仕様ならばすぐ撤退することを念頭に戦闘を行わなければならない。

 

イベントボス戦での結晶無効化は今までなかったとはいえ、可能性としてみればゼロでは無いので・・・・脱出不可能となれば正直言って、このイベント攻略参加は些か不本意な部分がある。

少し不確定要素が多すぎる。

 

フロアボス攻略の為に命を懸けるというならば、多少の覚悟はできるが・・・・どこまでいっても今回はただのイベントだ。

支障は出てしまうが、一生このままでもアスナには我慢してもらわなければならない。

とはいえ、ゴドフリーやエギルのようにおっさんがにゃーにゃー言い続けるのは俺は不愉快な為、努力は惜しまない。

 

「あ、この辺だったと思います。」

 

見覚えがある場所に来たのか、シリカがそう言うと俺たちは一旦、立ち止まる。

俺の記憶には無いが、どうやらこの辺りに(くだん)安全地帯(セーフティゾーン)があるようだ。

 

「・・・・あ、あそこですよ。あの岩の横道に入れば確かその場所です。」

 

シリカがそう言って大きな岩の左側を指差す。

その先には獣道のように不自然に開けた小道が続いている。

 

「一応、転移結晶はポーチに入れとけ。俺が《識別スキル》で俺たちだけで戦闘可能か判断する。」

 

「「「了解(にゃ)!」」」

 

必要最低限の確認をし、俺たちはアスナを先頭にボスがいると思われる安全地帯(セーフティゾーン)へと足を踏み入れる。

 

ちなみに《識別スキル》とは敵対したモンスターの強さを知ることができるスキルだ。

ソロ行動が多いぼっちには必須のスキルといっても過言ではないだろう。

 

歩くこと数秒、エリア移動の際に起きるエフェクトの光がが俺たちの体を包み込み、視界が閉ざされる。

 

少し緊張する身体を動かすと、エフェクトが消えて視界がクリアになる。

 

『ニャハハハ!!よく俺様の居る場所が分かったにゃ!!』

 

安全地帯(セーフティゾーン)に入って、数秒後に野太く、大きな笑い声が俺たちの鼓膜を揺らす。

 

武器を構え、俺たちは緊張を高めて相手を見据える。

どうやら予想通り、イベントボスが出現していたようだ。

《索敵スキル》にはボスの反応しかない為、ここに初めて来たのは俺たちということになるだろう。

 

そこで俺はボスの姿を確認する。

安全地帯(セーフティゾーン)の中心に2、3メートルは下らない巨大な身体を持つ・・・・ライオンがそこに居た。

 

猫じゃねーのかよ。いや、ネコ科だけども。

 

『ニャハハハ!!俺様に挑んでくる愚かな人間共!覚悟するにゃー!』

 

そう偉そうに言ったライオンは戦闘態勢に入る。

それと同時に3本の体力ゲージが現れ、名前が表示される。

表示された名前は《Nemean Lion》、日本語訳でネメアの獅子といったところか。

てか、名前もライオンなのね。

 

「ハチくん、どうにゃ?」

 

「・・・・《識別スキル》だと何とかなりそうだが、この人数だとギリギリかもな。」

 

「撤退しますか?」

 

まだ仕掛けてこないボスを警戒しながらシリカはそう提案してくる。

 

「いや、ここは戦ってもいいだろう。アルゴも《月夜の黒猫団》に援軍要請を送ってたみたいだし、いざとなれば撤退もできるだろ。」

 

「よし!頑張るにゃ!!」

 

フンス、とやる気を見せるアスニャン。

その気合いに合わせて猫耳もピンと鋭く反応する。

 

「フォーメーションは事前に決めた通り、大きな隙があれば俺が《無双剣》を使うから使用後の硬直時間(ディレイタイム)のフォローを頼む。」

 

「了解です!」

 

「いくにゃぁ!!」

 

そして、前衛のアスナが駆け出しイベントボス戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘が始まり、10分そこらが経過した。

今のところイレギュラーは発生しておらず、順調にボスの体力を削ってもうすぐで残り半分といったところだ。

 

このボスの元ネタ、《Nemean Lion》は俺の知識が正しければギリシャ神話に登場するモンスターだろう。

双頭の猛犬オルトロスと、上半身は女性で下半身は蛇というエキドナの間に生まれたとされ、嫉妬の女神ヘラによって錯乱させられた英雄ヘラクレスが我が子を殺してしまい、贖罪をするために数々の試練に挑むという逸話がある。

その時の最初の試練がこのネメアの獅子を討伐、だったと思う。

 

そんなあまり関係のない思考を巡らせることができる、ということは今は余裕のあるボス攻略ができているのだろう。

とはいえ、油断はできない。

 

主な攻撃はその鋭い爪や牙での攻撃。

単調な攻撃だが、その一撃はかなり重たい。ただし、俺とは相性は良く、その大振りな攻撃はとてもパリィしやすい。しかし、その代わりと言うかの如く・・・・ボス自体はかなりの防御力を持っている。

 

体力ゲージが1本削った時に転倒したのでその隙に俺のユニークスキルである《無双剣》を繰り出したが、想像以上に削れなかった。

普通に攻撃している時も思ってはいたが、防御力に関しては第38層のフロアボスである、巨大な亀を連想させられる。

 

「スイッチにゃ!!」

 

「――――っ!」

 

アスナの可愛らしいかけ声と同時に俺は駆け出す。

ソードスキルのクリティカルにより仰け反った身体の懐に入り込み、《クイック・チェンジ》を使って両手斧へ持ち替える。

 

このボスは隙が多くはない為、一撃の威力が高い両手斧へ変えたのだ。

俺が繰り出したのは両手斧3連撃ソードスキル《ラウンドトリプル・スラッシュ》。

力任せの3連撃で防御力による抵抗力を感じさせない強い攻撃を与える。

 

俺が振り抜いたと同時にボスの仰け反りが解除されたので素早くウィンドウを操作し、パリングのしやすい片手剣に《クイック・チェンジ》する。

 

迫り来る鋭い爪をベストなタイミングでパリィする。

 

「――――っく!」

 

激しく俺の片手剣が火花のライトエフェクトを撒き散らす。

 

流石はイベントボスといったところか、その辺りで出現するモンスターとは桁違いに攻撃が重い。

普通のプレイヤーならパリィしきれず弾かれてしまうかもしれないが俺のパリングスキルで何とかパリィに成功する。

 

「スイッ、チ!!」

 

息を無理に飲み込み、合図を送る。爪を弾ききった所で攻略組随一のコンビネーションを持つ後輩組が俺の前に飛び込む。

 

先にシリカが短剣8連撃ソードスキル《アクセル・レイド》を放つ。

《アクセル・レイド》は前進しながらの高速連撃だ。踏み込みが大きく、若干の隙があるが完璧なタイミングで入り込んだので余裕があるだろう。

 

シリカが攻撃し終わり、入れ替わるように後ろからコロルが両手槍突進ソードスキル《フェイタル・スラスト》を撃ち込む。

このスキルは突進系統スキルの中で最強の部類に入るソードスキル。

猛烈なダッシュから鋭い一撃を放つのだが、シンプル故に強い。

幸運値に左右されてしまうが、多段ヒットすることもある有能スキルだ。

 

今回は上手くいったようで3回の多段ダメージをボスに与えることができた。

 

「にゃあああああ!!」

 

間髪入れずにアスナが光のようなスピードでコロルとスイッチする。

その素早さは《猫化》の影響もあるのか、異名の通りまさに《閃光》を連想させる一撃だ。

にしてもかけ声までにゃーにゃー言ってるので絶妙に俺の集中力を削ってくる。

 

「アスナ!無理するな!一度下がって回復しとけ!」

 

少しアスナに焦りを感じる。

よっぽど《猫化》を解除したいのだろう。

とはいえ、俺の一言で少し我に返ったようで相手の攻撃を打ち消した所で俺とスイッチする。

 

この十数分間、俺も気を抜かずに戦い続けているので少し疲労を感じている。

 

『ニャハハハ!やるなぁ!人間ども!!』

 

「うる、せぇ。」

 

このボスのうざい所はなぜか度々、話しかけてくる所だ。

しかも、一々声がでかい。

 

アスナが回復をしている間は俺が前線を維持しなければならない。

かなりの集中力が必要で、話しかけられるとイラッときてしまう。

 

振りかざされる攻撃を随時パリィしていく。

それにしても一撃一撃が重い。

これが仮想世界じゃなかったら今頃俺の腕は引きちぎれているだろう。

 

とにかく、長期戦は不利になる可能性が高い。

人数の少ないこの攻略だと一瞬の隙が命取りになってしまう。

討伐に時間はかかってしまうが、今は回避とパリィに集中だ。

 

襲いくる攻撃は単調だが、やはり攻撃力がある。

左からくる鋭い爪をパリィ、今までの行動から予測して次に来るのは3連撃の右のなぎ払い、左のなぎ払い、そして噛み付き攻撃。

右からの攻撃をまず最初に必要最低限の動きで回避。

残り数フレームの距離を鋭い爪が横切る。

若干冷や汗を垂らしながら、左のなぎ払い攻撃をパリィする。

 

「――――っく!」

 

弾き飛ばされそうになる身体を必死に押さえ込み、なんとかパリィする。

最後の攻撃、噛み付きが迫り来る。

この攻撃はどう頑張ってもパリングできる代物ではない。

だって挟まっちゃうもん。

 

そんなことを言っている場合ではないが、俺には秘策がある。

俺は真正面から迫り来る顎門に向け、剣を振り下ろす。

もちろん、こんな攻撃で止まるような攻撃とは思ってもいない。

俺は振り下ろした刃を上顎に突き刺し、それを支点に持てる筋力値を最大限に発揮した大ジャンプをする。

ぐるりと回る視界、宙に浮く身体を捻り、顎門が閉じ切るまで回避したのだ。

 

ガチンッ!と大きな音を立てて、顎門か閉じたのを確認した俺は剣を引き抜き、顎を蹴って後方へ下がる。

 

「ふぅ・・・・」

 

激しい攻防をしたため、上手くいったことに安堵の息を漏らす。

ぶっつけ本番でやった回避技だったが綺麗に決まったので良かった。

 

「ハチさんってたまに人外みたいな動きしますよね。」

 

「誰が人外だ。俺はキリトやヒースクリフみたいな化け物じゃねぇ。」

 

シリカが俺の動きを見て軽く毒を吐いたところで回復を終えたアスナが俺の交代で入っていく。

コロルはその様子を見て、素早く援護に入っていった。

HPは3分の1ほど削れているのにも関わらず、ピナは相変わらず回復してくれようとはしないので俺はポーチをからPOTを取り出して口の中へと流し込む。

ジンワリと不味い苦味が口内に広がるが、最近は嫌悪感を感じずに飲むことができるようになった。慣れというのは恐ろしいものだ。

徐々にHPが回復していくのを横目に戦況を確認する。

 

現在のボスのHPゲージは2本目の3分の1、と言ったところか。

俺が回復している間にアスナとコロルの攻撃で最後の3本目に突入するだろう。

 

「3本目に入ったら行動パターンに変化はあると思いますか?」

 

「あるだろうな。今までの攻撃は単調すぎる。致命的なダメージになるのがあの噛み付き攻撃だけってのは腑に落ちない。」

 

「んー・・・・ボスって言うには少し弱いって私は思っちゃったんですよね。・・・・少し、嫌な予感がします。」

 

不安げな表情を浮かべるシリカ。

彼女の言う通り、俺にも嫌な予感はする。

あまりにも不自然な攻略難易度は罠を連想させる。

だが、そればかり気にしていてはこのボスを倒すための時間がかかり、俺たちの精神的な負担が大きくなって難易度はただ上がっていくだけ・・・・。

少し板挟みな状況になりつつあるが、HPは半分まで削れている時に事件は起きる。

 

「ハチくん!最後の1本にゃ!」

 

俺が回復している間にアスナとコロルは怒涛の攻撃を仕掛けていたようでアスナの得意技である《リニアー》が炸裂した所で3本目のHPに突入する。

 

アスナの《リニアー》によるノックバックでボスが後方に下がった所で俺たちは隊列を戻す。

 

『ニャハハハ・・・・やるにゃぁ、人間共・・・・。』

 

今までなかった会話パターンだ。

喋るボス、というのは今までなかったがある程度のゲームをしていればこれがアルゴリズムの変化の合図というのは分かるだろう。

 

『オマエらに、俺様の本気を見せてやるにゃ・・・・!!』

 

するとボスは大きく息を吸い込む動作をする。

 

「――――っ!?回避っ!」

 

俺が大きくそう叫び、その声に反応したアスナ、コロル、シリカはボスの直線上から回避を試みる。

ボスの動作は止まることはなく、大きく吸った息を吐き出すように口を開けた刹那――――ドンッという轟音と共に視界が白く染まる。

 

「――――にゃあっ!?」

 

素で驚いたコロルが猫語を放ちながら驚愕の声を上げる。

閃光が俺たちの視界を奪ってコンマ数秒後に今まで経験したことのない衝撃波が襲いかかる。

 

「――――っ!」

 

近くにいたシリカの反応が遅れていたのを確認した俺は咄嗟にシリカを抱きかかえて持てる筋力値の全てを使い、攻撃範囲であろう場所から退避する。

 

数秒後、何とか崩れかけた思考回路を取り戻し、倒れ込んだまま辺りを見渡す。

 

「・・・・マジかよ。」

 

今の俺は驚愕、という言葉を表現した表情をしているだろう。

普通は壊されることができないオブジェクトである木々や抉られ、地面は赤く染め上がり高温であると分かりやすく表現されている。

この一撃を喰らってしまっていたら攻略組とはいえど確実にHPは消し飛んで死んでしまうだろう。

 

「シリカ!せんぱい!大丈夫ですか!?」

 

「あ、あぁ。」

 

俺たちとは反対側に回避したアスナとコロルが心配をしてこちらに走り寄ってくる。

俺たちに近づいたアスナはカチンと表情を固め、何やら恐ろしい笑顔で俺を見つめる。

 

「――――ハチくん?こんな時にそれはないかな?」

 

「え?」

 

ふと、俺は地面の方を向いてみると正面には顔を真っ赤に染め上げ、口をパクパクさせているシリカの姿があった。

距離も近いためか、女子特有の少しだけ甘い香りと柔らかそうな健康的で白い肌が確認できた。

俺は自分のしでかしたことに顔を真っ赤に染める。

 

「いや、これは、アレだよ、アレ。シリカが危なかったから助けただけだよ。」

 

「は、は、ハチさん?まだ早いっていいますか、もうちょっと場所とか雰囲気がある場所が良いって言いますか・・・・。」

 

何を言っているんでしょうか?会話が成立してませんよシリカさん?

あとピナは敵Mobを発見した時の鳴き声をしながら頭を齧らないでくれ。さっきから徐々にHPが減ってるんですよ。

 

と、少し現実逃避をしてしまったが今はそれどころではない。

俺は可愛らしい表情を浮かべるシリカを見ていたいと思う気持ちをグッと押さえ込み、素早く立ち上がる。

 

「あっ・・・・」

 

残念そうな表情とか浮かべなくても大丈夫ですからね。

俺を黒鉄宮に送れなかったことはそんなに残念ですか?

 

「ハチくんって・・・・本当に、ハチくんだよね。」

 

「・・・・どういう事だよ。意味が分からんぞ。」

 

あとアスナさん?ちょっと怖いですよ?

先程まで付けてた語尾はどこに言ったんでしょうか?

 

「むぅ・・・・シリカずるいよ。あ、せんぱい!私も押し倒してくれて良いんですよ!」

 

「絶対に嫌だ。」

 

どうせ既成事実を作って俺を黒鉄宮に送るんだろこの腹黒JK。

 

閑話休題

 

今は本当にこんな会話をしている場合ではない。

先程、ボスが放ったブレスはここ最近のボス攻略ですら見ることのなかった化物じみた一撃だった。

 

恐らくだが攻略組で最高位クラスのタンク職の奴らですら一撃で葬られてしまうレベルの代物だ。

そもそも、モンスターの攻撃で破壊不可能オブジェクトが破壊された時点でかなりやばい。

破壊不可能じゃなかったのかよ、努力して耐えろよ。諦めるなよ。

 

と言ったものの、あのブレスにはそういった演出をする機能もある、と考えるのが普通なのだろうがそれを押さえつけてほど俺に十分な恐怖を与えた。

 

「どうします?あのブレスは流石にヤバめですよ。」

 

「確かに・・・・ヤバイ。だが、流石にあの威力のものをノータイムで撃つのは理不尽すぎるからそこは無いと思って良いだろう。」

 

「アレだけの予備動作があれば意識すれば回避は余裕だにゃ。・・・・とはいえ、攻略が難しくなるにゃ。」

 

何時の間にか猫語に戻ったアスナだが、ツッコミを入れている場合ではない。

 

「――――ハチさん!2発目来ます!!」

 

シリカが言い放つ通り、ボスはまたあの予備動作を開始している。

2発目となれば案外冷静に対処できるもので俺たちは回避行動に徹する。

今度は余裕があったからか、過剰だと思うが距離を多くとって回避ができた。少し遠目で見ればブレスの威力は想像以上の物だと実感できる。

それらの事実を確認したところで判断を下さなければならない。

 

「・・・・討伐は続行すべきだな。」

 

「理由を聞いても良いですか?」

 

俺の判断にシリカは若干の戸惑いを見せた。

このボスの攻撃はイベントボスの攻撃にしては些か強すぎる。

フロアボスでもないコイツを無理に討伐するのは労力と時間の無駄遣いと言っても良いかもしれない。

 

「ここまで追い詰めた、情報も得た。ってのはデカイが・・・・コイツをここで放置すれば下手したら死人が出る。こんなクソイベでそれはあってはならない事だ。」

 

ここは中層プレイヤーが多く居る層。

攻略組である俺たちが危機感を覚えるボスを放置していてはどこかで被害者が出てくる。

警告をしても聞いていなかったプレイヤーが立ち入ってしまう可能性は低くはない。

今日1日で終わるイベントである確証もない。

 

「そんな見ず知らずの奴を助けようなんて高尚な気持ちは生憎持ち合わせてはないが・・・・後味は悪いだろ。」

 

「・・・・ふふっ、ハチくんは本当にハチくんだにゃ。」

 

「そうですね。せんぱいらしい言い訳です。」

 

「ハチさんの、そういうところは私たちは好きですよ。」

 

「・・・・勝手に言っとけ。」

 

好き勝手に言われてなんだかモヤモヤした気持ちが出てくるがそれを抑え込み、なんとか剣を構える。

視線の先には残り1本までHPを減らしたボスの姿。

注意すべき攻撃はあのブレス、回避が難しい噛みつき攻撃といった所だろう。

 

「最初はアイツの行動パターンの変化を観察しつつ、隙あれば攻撃のヒットアンドウェイに徹するぞ。残りHPが7割を切ったところでさっきと同じような隊列で攻撃する。んじゃあ・・・・――――行くぞ。」

 

「「「了解(にゃ)!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘を再開して、15分弱が経過した頃。

作戦通りに事は進んでいき、俺たちはある程度の余裕を持ってボスとの戦闘を行えていた。

ボスの行動パターンの変化はそれほど大きく変わったわけではなく、安定した戦闘ができていたと言っても良いだろ。

とはいえ、油断をしていたら足元をすくわれてしまうので警戒は怠らない。

 

「アスナ!左からの振り下ろしの後にスイッチ!」

 

「了解にゃ!」

 

大振りの左からの振り下ろし攻撃をアスナは余裕を持って回避、その後にソードスキルで攻撃を与えた後俺とスイッチをして入れ替わる。

 

ボスのHPは残り2割・・・・ここで決める。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

俺は剣にライトエフェクトを纏わせ、ユニークスキル《無双剣》を発動させる。

この《無双剣》は特定のソードスキルはないが、全ての攻撃がソードスキルとしての判定になる。

そして、走りながらの発動をすれば初撃を《突進系》のソードスキルにできる所だ。

再現するのは片手剣突撃ソードスキル《レイジ・スパイク》。

猛スピードでボスの懐に入り込み、斬りつける。

普通なら硬直時間(ディレイタイム)が俺を襲ってくるがこの《無双剣》はその呪縛から解放してくれる。

俺は振り抜いた剣をそのままの勢いで横へとなぎ払いする。

ボスは抵抗のためか、予想していたルートを辿って攻撃を仕掛けてくる。

それを数フレームのところで回避しながら残り3連撃を喰らわせる。

片手剣4連撃ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》だ。

体に染みつかせたこの動きは抵抗を感じさせる事なく、ボスの身体を引き裂く。

 

――――残り10秒。

 

《無双剣》の熟練度は上げるのが難しいため、未だに使用制限は20秒と正直言って心許ないが・・・・それでも強い。

 

俺は自分が持てる最大限の連鎖攻撃を仕掛ける。

《シャープ・ネイル》に《ホリゾンタル・アーク》、最近覚えた《ハウリング・オクターブ》を喰らわせる。

 

多段ダメージが入ったからか、ボスは仰け反って隙を見せる。

そのタイミングはまさにベストと言えるだろう。

 

「スイッチ!!」

 

俺の《無双剣》の効果時間が切れ、長い30秒の硬直時間(ディレイタイム)が襲ってきたところで素早く後衛のコロルとシリカが俺の前に駆け出る。

 

2人のコンビネーションによる激しい剣戟が繰り広げられる。

息のあった2人の連撃は俺の《無双剣》も凌ぐ。

シリカの短剣4連撃ソードスキル《ファッド・エッジ》が決まったところで阿吽の呼吸でコロルが入れ替わり、両手槍3連撃ソードスキル《トリプル・スラスト》を放つ。

コロルの両手槍もかなりの練度のため、全てクリィティカルの判定を叩き出す。

この完璧な一連の攻撃にとどめを刺すのは俺たちのパーティで最強のダメージディーラーであるアスナがコロルたちの前へと出てくる。

 

「にゃあああああっ!!!」

 

放たれるのは細剣8連撃ソードスキル《スター・スプラッシュ》。

誰もが感心してしまうようなその攻撃はまさに《閃光》の呼び名が相応しいと思うほどの美しさを感じさせられる。

 

そして、ボスの残り少ないHPはアスナの攻撃により消しとばされてしまう。

 

『この、俺様を倒すとは・・・・覚えてろ、よ・・・・人間・・・・!この、恨みは必ず晴らす・・・・にゃ・・・』

 

そう言い残してボスは光のカケラとなり、砕け散る。

・・・・少しヒヤッとする場面もあったが、なんとか倒せたな。

全員で安堵の息を吐いたところで俺の視界にクエストクリアのウィンドウが表示される。

1パーティーで攻略したためか、かなり美味しい経験値とコルが入ってくる。

 

「あっ!」

 

コロルの驚くような声を聞き、そちらへと視線を向ける。

すると、先程まで付いていた猫耳と尻尾が光の粒子となって消えていく。

 

「どうやら、イベントクリアしたみたいだな・・・・。」

 

「そうですね。アスナさんの方は・・・・」

 

《猫化》を最も解除したかったであろうアスナの方へシリカと共に視線を向ける。

しかし、アスナはプルプルと震えているだけで《猫化》は解除されていない。

あれ?アスニャンのままなの?

 

「――――にゃんにゃのよ!!?これぇぇぇ!!!?」

 

アスナがそう叫ぶので、俺たちは驚いてアスナへと駆け寄る。

なんとも言えない絶望した表情を浮かべるアスナの前に表示されたウィンドウを俺たちはチラリと覗く。

 

「・・・・ドンマイ、アスニャン。」

 

「あー・・・・まぁレアアイテムですよ?よかった、ですね?」

 

「えー、私もそれ欲しかったなぁ。」

 

各々、当事者ではない俺たちは好き勝手な感想を言ってアスナの肩を叩いた。

アスナの手に入れたアイテムはLAで手に入る、ある意味でのレアアイテム。

 

『猫耳カチューシャ』

 

装備したら俊敏性が+30という壊れ性能だが・・・・装備したら《猫化》する上に1週間の装備解除は不可という俺的にはオイシイ・・・・ではなく、アスナにとっては一種の呪いのアイテムとなっている仕様だった。

そして、LAとして手に入れた瞬間に何故か強制的(・・・)に装備させてくるという・・・・本当に呪いのアイテムだな。

 

うん、ドンマイ。

 

こうして、俺たちの変なイベント攻略は幕を閉じたのであった。

 

「あんまりにゃぁぁぁぁあ!!」

 

アスニャンの苦労は終わらない。

 

 

 

 

 

 




書き終わって文字数確認したところ、ネタ回で前回と合わせて2万文字・・・・わぁお

書くのは楽しかったです。
ちなみに今回のネタはアンソロジーコミックスの方からインスピレーションを受け、作成しました笑

ネタ回を書くときにはアンソロジーコミックスは有能。

さて、今後の活動の方なんですが仕事の方が繁忙期に差し掛かったので投稿頻度は今よりもガクンと落ちると思います。
死なないように働きます。
私のことが嫌いになっても作品は嫌いにならないでください泣

次回からは普通に原作に戻るかな?


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