世界創造者 (エターナルロリコン)
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プロローグ

「こんな人生……もう、ウンザリだ」

ビルの屋上から地上を見下ろしながら少年が言う。なぜ自分はこんな世界に生まれてしまったのか。なぜこんな世界が存在するのか。

 

そんな事を考えながら少年は震える自分の手足を見つめていた。

 

「ま、まぁ俺が死んでも?悲しむやつは居らんし?」

 

そんな事を言ってもやはり誰だって死ぬのは怖い。

少年は柵を乗り越え、背を外に向け深呼吸をする。

スー……ハァー……

そして──彼は落ちていった。

 

(おかしい、俺は確かに落ちたはずだ……)

 

少年は全身に風が当たるのを感じていた。

 

(おかしい……)

 

少年は閉じていた目を開ける。そこには街の景色ではなく、上も下も分からない真っ黒な世界に包まれていた。

 

「なんだ、これは」

 

そんな言葉が口から溢れた瞬間、

 

「君は、まだ……死んではいけない」

頭の中に誰かの声が響く。

「誰だ」

と少年が言う。

すると突然、自分と同じぐらいの大きさの光が現れた。

 

「君は……誰?」

 

…………。

 

「君は……誰?」

 

 もう1度訊ねたと同時に、先ほどまで大きかった光が、顔ぐらいの大きさまで収縮し、その姿を表した。

 

 真ん丸とした胴体や手足、どこかのマスコットみたいな物体。

 

 少年が唖然としてるその時。

「ボクの名前は”ワークリー” 丁度今、君みたいな人間を探していたんだよ!」

 目をキラキラとさせながらその物体が言う。

 

「わーくりー?」

 少年が何が起きたのか全く把握が出来ていない中、その物体が話を続ける。

「ボクは君のように自分の世界から去ろうとしてる人間に声を掛けて、新しい人生と共に作ってあげてるんだ」

 

 少年がどういう事?と聞くと。

「君は自分の人生が嫌になってあんな所から飛び降りた、だけど転生出来る保証はどこにもない、そこで君に一つ提案がある」

 

 その物体は凄く嬉しそうな声でこう言った。

「ボクと一緒に世界を創る、”世界創造者(ワールドクリエイター)”になってみない?」

 

 少年は訳もわからないままだが訊ねてみた。

「世界を創るってどういう事?自分で新しい世界創るって事?」

 

 物体が意外そうな声で答える。

「そうだよ、君……順応早いね」

 

 少年は少し苛立ちながら言う。

「こっちは死のうとしてた所を邪魔されたんだ……その、さっき言ってたワールド……なんちゃらって何?」

 

 「”ワールドクリエイター”、その名の通り世界を創る者だね、ボクの世界を生み出す力と君の創造力があれば、何だって創れちゃうよ!」

 

 少年は半信半疑ではあったが、今の人生から去ろうとしていた事を思い出し”分かった”と答える。

「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったね」

 

 少年は少し笑いながら言う。

「夜咲 たくみ」

「では、たくみ君……ボクと一緒に新しい世界を創ろう!」



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第一話 世界の創造

「ねぇ、ワークリー」

「どうしたんだい? たくみ君」

 

 夜咲は何も分かっていないワークリーに対して呆れたように言う。

「世界の創り方、教えてくんないと分かんないんだけど!」

 

 ワークリーが大笑いしながら答える。

「あっははははは、ごめんごめん、今から説明するよ」

 

 夜咲は姿勢を正し先ほどよりも真剣な眼差しを向けてワークリーの説明を聞いた。

 

「えっと、まず世界の創造には最低でも三つ決めなければいけない事がある、一つ目が世界設定」

「世界設定?」

 

 ワークリーが続ける。

「世界設定って言うのは、どういう世界にするかという事、君が卒業しなかった学校系やゲームなので出てくるファンタジー系など、いろんな部類から決めれる」

 

 夜咲はしばし考えた後。

「世界を創れるなら、やっぱりファンタジー系かな」

「うん、分かった、なら世界設定はファンタジー系だね、二つ目は終命か永命か」

 

 夜咲は全く意味が分からず首傾げていた。

「終命は普通の人生、要するにこの新しい世界で死ぬまで生きるというもの、永命は年を取らない変わりに、RPGのように世界の終着点を目指すというもの」

 

「その永命って終着点にたどり着いた後はどうなるの?」

「たどり着いた後の選択肢は二つ、一つはまた新しい世界を創る事、もう一つは命を絶つ事。」

 

 夜咲は時間を忘れ、悩んだ末に。

「永命にするよ」と言った。

 ワークリーは少々戸惑いつつも頷き、最後の説明をする。

「最後、三つ目は……君自身の初期設定だ」

 

 夜咲は驚きを隠せなかったがワークリーに聞いた。

「俺自身の設定ってどういう事?」

「新しい世界を創った後、君をその世界に飛ばした際の君の立場となる部分だよ」

 

「あぁ、なるほど、そういう事か」と夜咲は納得した。

 

 夜咲が「なら……」と言い出したかけたが、ワークリーがそれを止めるかのように割り込んで話し出した。

「それは別に言わなくても大丈夫だよ、君がその設定を頭の中で浮かばせておけば……うん」

 

 その直後ワークリーが輝かしい光放ち出し、夜咲の頭の中に直接話し掛けてきた。

「さぁ、君の思い描いた世界を創造してご覧、それをボクの力で創り上げてみせるから」

 

 そう言ってワークリーは更なる光を放ち出した。

「俺の……世界」

 夜咲がぽつりとそんな事を言った後。

 

「さぁ、創りあげよう! 君の新しい世界を!」

 

 

 

 俺が世界を創造してから、早二ヶ月が経過していた。

 俺が創ったこの世界は、先に設定した通り永命設定だが、この永命は寿命が無くなるだけであって死は存在する。

 

 例えば、俺がしようとした飛び降りや病死、創った世界ならではの戦死などにより死ぬ事がある。

 

 先にワークリーに聞いた話によると、永命の世界で死ぬと元の世界に戻されるという、更に二度と世界を創造出来なくなるらしい。

 

 自分で創造しておいて言うのもなんだが、この世界は少々不便。

 何が不便かと言うと、お金だ。

 何故ならお金はモンスターを倒すか、倒したモンスターの落し物や武器防具等を売らないと手に入らないからである。

 要するに、よくあるRPGみたいな感じである。

 

 そして、俺が設定したこの世界の終着点は今居る街からでも見える。

 雲でてっぺんが見えないほど高い塔 ”アトランタルの塔” 。

 この塔の頂上、百階層の攻略がこの世界の終着点である。

 

「はぁー、なんで俺は、こんな設定にしてしまったんだ……」

 深いため息をついた、そんな時だった。

 

「あ、あの〜」

 聞き慣れぬ少女の声が聞こえたので振り返ると、そこには可愛らしい少女が居た。

 

「突然お声を掛けてすいません…」

 この世界で初めて女の子に話し掛けられたので、少し戸惑いながらも口を開く。

「えっと、君は?」

「あ!すいません!私はウィンダ。ウィンダ・アルニスっていいます。自己紹介が遅れて本当にごめんなさい」

 

 俺の言葉に、彼女はハッと思い出したかのように慌てて自己紹介をした。

 

「大丈夫だよ。えっと俺の名前はクリス。姓はレジンスだ」

 

 互いに不器用な挨拶になってしまったが、こうして俺と彼女は出会った。



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第二話 初のパーティ編成とステータス

「では、改めて……クリスさん、私とパーティを組んでくれませんか!」

 ウィンダは少しばかり目を潤ませながら言った。

 

「え?パーティ?」

 俺は今までソロでLv上げなどをしていたため、パーティなんて組んだ事がなかった。

 

 なので、唐突のお誘いに少し戸惑ってしまった。

 

「……私は狙撃を得意としていて、ずっと後衛で援護をしていたのですが、今まで組んでいた方々に邪魔だと言われてしまい、1人でクエストなども行ったことがなくて」

 ウィンダは目に涙を浮かばせた。

 

 俺は少し考えたあと、

「……それで、前衛を探していたって事か」

 

 ウィンダは頷きながら俺の背中のモノを見ながら、

「クリスさんが背負ってるそれは大剣ですよね?」

 

「確かにこれは大剣だけど……」

 

 俺は言葉に詰まった、何故ならこの世界ではまだ大剣はそこまで知られていないからだ。

 

「よ……よく、これが大剣だって分かったね」

 ウィンダは笑顔で、

「他の人は腰に剣を納めていますが、クリスさん……あなただけは背中に背負っている、しかも鞘もなしに」

 

 俺は驚きのあまりポカーンとしてしまった。

 まさかそんな理由で言われるとは思ってもいなかったから。

 

「な……なるほど、まぁそれはいいとして、俺なんかでいいの?」

 

 ウィンダは目をキラキラさせながら 「はい!」 と答える。

 

「それじゃ、これからよろしくねウィンダ……さん」

 

 彼女は 「ウィンダでいいですよ」 と笑顔で返したきた。

 

 俺はそんな笑顔にドキッとしながら頷く。

 

「とりあえず、お互いにステータスを見せ合おうか、今後のためにね」

「そうですね、わかりました」

 

「まずは俺から」

 

 

『オープン』

______________

名前:クリス・レジンス

性別:男

年齢:20

レベル:32

 

体力:4396

魔力:3580

 

攻撃力:5698

防御力:2368

腕力:1800

魔法攻撃力:238

魔法防御力:4538

素早さ:3785

 

得意武器:太刀、大剣

苦手武器:ハンマー

特化武器特性:突き

所持武器:太刀、大剣、銃(ビーム)、大鎌

 

所持スキル

【太刀】

【大剣】

【銃】

【大鎌】

【回避】

【素手】

【治癒】

【護衛】

 

自作スキル

【連携】

【投擲】

【属性付属】

 

授受スキル

【パラディン】

 

称号

【大剣マスター】

______________

 

 

「では、私も」

『オープン』

 

______________

名前:ウィンダ・アルニス

性別:女

年齢:19

レベル:30

 

体力:3598

魔力:6827

 

攻撃力:1863

防御力:3275

腕力:1700

魔法攻撃力:4865

魔法防御力:4358

素早さ:3586

 

得意武器:スナイパーライフル(ビーム)

苦手武器:近接武器

特化武器特性:斬

所持武器:スナイパーライフル(ビーム)

 

所持スキル

【狙撃】

【速射】

【回避】

【索敵】

【防御】

 

自作スキル

【連射】

 

授受スキル

【攻避】

 

称号

【百発百中】

______________

 

 俺はウィンダのステータスを見てふと気付いたことがあった。

「ウィンダは武器特性が斬属性なのになんでスナイパーやってるの?」

 

 ウィンダは少し暗い顔になり。

「それが……前のパーティを追い出された原因の1つ何です」

 あちゃー、俺なんか言ってはいけない事を言ったかな。

 

「実は、何度か近接武器を勧められた事があったんですけど……私近接武器が苦手で……」

 

「ごめん、分かった……それ以上は言わなくていい」

 俺はウィンダの顔色を伺いながら謝ったが、目がまた潤ってきてた事に気が付いた。

 

 はぁー、どうやって励ましたもんか。

 

 そんな事を思っていた所にウィンダが話す。

「そういえば、クリスさんと私って一つしか歳が違わないんですね」

 

 俺は笑いながら言った。

「なんなら、別に敬語使わなくてもいいぞ」

 ウィンダは 笑顔で「うん」 と頷いた。

 

 こうして、俺は新しい世界で新しい仲間、ウィンダと共にあの塔 ”アトランタルの塔” を目指す。



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第三話 初のPクエ

 俺とウィンダは各街に必ずある、クエスト受注店を目指して街を散策していた。

 

「さて、ウィンダの実力も見てみたいし、クエストでも受けに行くか?」

 と、俺はあくびをしながらウィンダに問いかける。

 

「それはいいけど、随分眠そうね」

 

「まぁ……な」

 

 それもそのはず、昨日ウィンダとパーティを組んだのが午後8時頃。

 その後、俺がこの街に居る間泊めてもらっている宿屋で休む時にウィンダ用にもう一部屋借りようとしたら、

 

「私もクリスさんと同じ部屋でいいわよ、宿代も勿体ないしね」

 と言いだし、言い争いになり掛けたので、仕方なく同じ部屋に泊めたのだが、

 

「こんな可愛い娘と二人っきりでぐっすり寝付けるか!」

 

 と二、三時間程度しか寝れてないので眠たくて仕方がない。

 

「クリスさんって案外奥手なのね」

 ウィンダはくすくす笑いながら言う。

 

「いやいや、昨日出会ったばかりだぞ!?」

 などと会話をしながら受注店を探した。

 

 

「お、あったあった」

 

 受注店は目印に黄色下地にその街のマークが描かれた旗を掲げたいる。

 店舗は街によって大きさがかなり異なる。

 

 俺達が今居る街”リングルム”は昔は城があって城下街だったらしいが、五年前、王様一家が暗殺され城が無くなり、ただの街になったという設定らしい。

 

 俺が設定した訳ではないから詳しくは知らない。

 

「クリスさん、クリスさん」

 袖を引っ張るウィンダ。

 

「……今更だけど、その”さん”ってやめてくれないかな?」

 

 ウィンダは首を傾げる。

「なら……クリス……君?」

「うん、それでお願い」

 

 ウィンダは了解と言うかのように敬礼をした。

 

「さて、どのクエスト受けようか」

 

 クエストには種類、難易度毎にランク付けがされており、受注者は自分のLvにあったランク以下のクエストしか受注出来ない。

 

 1番下のランクがE、そして1番上がSSS。

 そして、このランク制度以外にも、〇〇級という難易度制が存在する、こっちの制度は受注がある特定の称号を手にした後でないと受けることが出来ない。

 

「俺のLvだと……受けられてBか…………いや、せっかくパーティ組んだしPクエでも受けるか!」

 

「クリス君……Pクエってなに?」

 

 あぁ、そこからですかー。

 

「えっと……Pクエって言うのは、パーティでしか受けられないクエストの事、普通のクエストと同じランクでもこっちの方が難易度が高い設定になってるんだよ」

 

 ウィンダは納得したように頷く。

「経験値もよく、お互いの実力を見せあえるようなクエストは……これでいいか」

 

 俺が手にしたクエストは、

 

『赤い巨人、レッドサイクロプスを討伐せよ!』

 

 多数系より単体系の方がやりやすいだろう。

 

「ウィンダ……これでいいかな?」

 と聞いてみた。

 

「うん、分かった……巨人狩りね」

 

 俺は頷き、カウンターで受付を済ませ、

「持ち物も問題無いし、行くか……初のPクエだ」

 

 俺はそんなことを言いながら右手で拳を作り、ウィンダの前に差し出した。

 ウィンダも察したのか、拳を作り”コン”と拳同士合わせる。

 

 俺とウィンダは街を出て、標的であるサイクロプスの居る、森林を目指す。

 

 20分ほど歩き、森林の入口の前で立ち止まる。

「ウィンダ、ここから先はモンスターが出やすくなるから武器を構えておいて」

 

 ウィンダはそっと、取り出す。

「私のこのスナイパーライフルは元は実弾だったんだけど、私は反動にまだ耐えられなくて、ビームに改造してもらったんだ」

 

 それは俺でも見た事のある銃だった。

「それ……ヘカートII……だよね?」

「正解、よく知ってるね」

「見た事あるからね」

 ウィンダは笑いながら、うんうんと頷いた。

 

 俺も背負っていた大剣を手に取り、構える。

「よし、行くぞ」

 俺達は、陽の光が全く入ってこない森林へと入っていった。



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第四話 ウィンダの狙撃

 リングルムの近くにあるこの森は、正式名称”リンルム深林”と言うが、街の人は皆”闇夜の森”と呼ぶ。

 理由は単純、どれだけ空が明るくても、森の中には一切光が入ってこないからだ。

 

 そのためこの森では、ランプなどの照明器具があると良いのだが、光を嫌う”ダークネスファング”の生息地でもある為、使用を控える者が多い。

 

 俺達もその内の一人であるので、暗闇に慣れるまで入口から少し進んだ所で立ち止まっていた。

 

「くそ、さすがは闇夜の森、暗すぎてなんにも見えねぇ……」

 

 暗いのが怖いのか、ウィンダは急に俺の手を握りしめた。

「ク……クリス君」

 今にも泣き出しそうな声で俺の名前を呼ぶ。

 

 俺は握られている手をそっと握り返し、

「大丈夫、俺が付いてる」

 と、一言だけ言っておいた。

 

 自分で言っておきながら自分が赤面する結果になったが、ウィンダは気にした様子もなく震えた声でこう言った。

「あ、ありがとう……た、頼りにしてるよ」

 

 相当怖いらしい。

 

 

 ようやく目が暗闇に慣れたので、握ったまま手を離さないウィンダの方を振り向いた。

 

 すると、ウィンダが少し涙目になって、体を微かに震わせているのに気が付いた。俺は持っていた武器を納め、ウィンダの頭を撫でる。

「ひゃっ!」

「すまん、驚かせたな」

 

 突然のことに暫し体を硬直させていたウィンダだったが、握っていた手を離し、頭を撫でる俺の手と重ねて、

「ありがとう、クリス君…」

 と、多少震えの残った声で言った。

 

 きちんと落ち着きを取り戻すのを待ったのちに、俺達は森の奥へと足を踏み入れた。

 

 

「待ってクリス君、モンスターの気配がする……しかも、1体だけじゃない」

 少し進んだ所で、突然ウィンダが足を止めた。

「……数は5体、まだこちらに気付いてないみたい」

 

 こうしてウィンダがモンスターの数や状態を把握できるのは、彼女の所持しているスキル”索敵”の効果があるからだ。

 

 このスキルは、街、フィールドでは任意、モンスターの巣穴などの敵がいる可能性の高い場所では自動発動するものである。

 

「5体か……ウィンダは後方から狙撃してくれ、但しうつ伏せにはなるな」

 

 ウィンダは頷き、後方にバックステップで下がる。

 俺はウィンダが下がったのを確認すると大剣を構え、口笛を吹いた。

 

 すると、左前方からダッダッダとこちらへ向かう大きな足音がした。

 その音の正体は……”デュラハン”、首から上がない、アンデット系のモンスターである。

 デュラハンは個体によって装備している物が全く違う。

 

 理由は簡単、冒険者が捨てていった物や敗北し剥がされた物を身に付けているからだ。

 

 突然、デュラハンは持っていた剣を振り上げ、クリスに突進してきた。

 俺は振り下ろされる剣を、自らの大剣の側面の腹で受け止めると同時に、ウィンダに指示を飛ばす。

「ウィンダ!ヤツの動きを止めている間に狙撃してくれ!」

「ん!」

 

 ウィンダは短く返事をし、銃を構え息を止めた。

 

そして俺は力任せにデュラハンの剣を弾き返した。

当然の如く、よろめくデュラハンにできた大きな隙をウィンダが見逃すはずもなく、見事に弱点である胸の上部を撃ち抜いた。

 

 弱点を撃ち抜かれ、膝をついたとはいえ、アンデッドであるデュラハンがまだ倒れるはずがない。

 

 なので俺は大剣を振り上げ、立ち上がろうとするデュラハンに向け、振り下ろした。

 デュラハンの身に付けていた丈夫そうな鎧ですら、クリスの腕力と大剣の重みが乗った一撃に耐える事はできず、原型を残す事なく、粉砕した。

 

 デュラハンの剣が地面に落ちるカランという音と共に、潰れたアンデッドの肉体と粉砕された鎧は砂となって風に乗りどこかへ消え去った。

 

 この現象は、モンスターが倒れた際に起きるものだ。

 俺は立ち上がろうとするウィンダの方を向き親指を立てながら、

「ナイス狙撃」

 と言うと、

 

「ありがとう」

 と返ってきた。

 

「お、落し物発見!」

 

 モンスターからの落し物は砂になった後、その中を漁ると光ってるものが出てくる、それが落し物である。

「これは……」

 

『魔水晶の欠片』

 魔水晶の欠片はモンスターからしか入手する事が出来ないが、これを五つ集め錬金すると”魔水晶”になり、売ると2万リルぐらい儲ける。

 

「それはそうと、ウィンダ……お前の狙撃凄いな」

 突然褒められて一瞬戸惑うウィンダ。

 

「当たり前でしょ!、私のステータス見た時に称号見たでしょ」

 そう言えばと俺は手を叩く。

 

「もう少し奥に進めば会うだろう、レッドサイクロプスに」

「そうだね」

 

 俺とウィンダは武器を構え直し、周りの警戒をしながら、目的のサイクロプスの居る奥へと入っていった。



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第五話 ホントのスキルの使い方

「そう言えばウィンダ、範囲に入ってた残り4体は?」

 

 索敵の効果範囲に引っかかったのは5体なのに、口笛を吹いても1体しかこちらに向かって来なかったので、俺はいつ来るかとハラハラしながら戦っていたが、結局来なかったのでずっと疑問になっていた。

 

「さっきクリス君が吹いた口笛で逃げちゃったよ」

 ウィンダがくすくす笑いながら言う。

 

「あぁ……まぁ俺達より弱いモンスターだと吹いても来ないからな」

 

 ……ウィンダってやっぱ笑うと可愛いよなぁ……しかもあの柔らかい手! もう一回握りたい。

 

 俺はそんな事を考えながら進む……ここがモンスターの居る森の中だという事を若干忘れながら。

 

「あ、待ってクリス君!……ここから少し進んだ所にかなりの数のモンスターが集まってるわ」

 

 突然ウィンダが立ち止まり、クリスの袖を引っ張りながら言う。

 

「…………数は」

「今の私じゃ数え切れない……けど10体以上は居ると思う」

 

 クリスはアゴに手を当てて考える。

「その数だと集団行動してる”ダークネスファング”達だろうな……仕方ない少し遠回りになるが迂回しようか」

「分かったわ」

 

 彼らは来た道を少し引き返し迂回する道を目指す。

 

 道を曲がったその直後、突然奥の方から強い光が差し込んできた。

 

 おかしい、この森は日光なんて入ってくる訳がないし、しかもあの光は道のド真ん中を歩いてるように見える。

 

 クリスとウィンダの目にはその光がだんだん大きくなっている様にも見えた。

 

「……ウィンダ!」

 クリスがある事に気付く。

 

「すぐそこの木々に身を隠すんだ! 早く!」

 ウィンダは突然の発言に驚きながらも身を隠す。

 

 ゆっくり……ゆっくりとこちらに近づいてくる光、

「やっぱりか……」

 とクリスがボソッと言う。

 

「クリス君……やっぱりって?」

 

 クリスは一旦深呼吸をし、

「…………アレは、この森の……主だ」

「主?」

 

 主とは海や湖、洞窟や遺跡などのダンジョンに必ず居ると言われている、超級モンスターだ。

 主は1体しか生息しておらず、他のダンジョン等でも同種は存在しない。

 

 その主はクリス達の隠れた場所で止まり、地面の匂いを嗅ぎ始めた。

 

 バレるんじゃないか?……

 

 クリスがそんなことを考えたいるとその”主”がまた歩き出し、クリス達から遠ざかって行く。

 

 かなり距離が離れたところでクリス達が道に出てくる。

「主……か、初めて見たわ」

「俺も生で見たのはこれが初めてだ」

 

 クリスとウィンダの暗闇に慣れた目は主を見た事により明るみに慣れてしまい当たりがまた暗く感じる。

 

「あの主、この暗い森に対して真逆過ぎないか」

「そうね、おかけでまた目が……」

 

 2人は主が歩いていった方をしばらく見た後、サイクロプスの居る深林層を目指し歩き出す。

 

 しばらく道なりに進んでいると。

「……おかしいな、これだけ歩いているのに全くモンスターに出くわさない」

 

 ここはモンスターがたくさん生息している森の中、なのに全くモンスターと会っていない事にクリスは疑問に思う。

 

 クリスはウィンダに手を差し出し、

「ちょっと捜索範囲を広げるから手貸して」

 ウィンダは戸惑いながらも手を繋ぐ。

 

 どうやって捜索範囲を広げるかと言うと、クリスの所持している自作スキル”連携”を使う事で可能になる。

 

 このスキルは自分もしくは味方のスキルと一緒に使う事で能力を発揮する、発動する効果はスキルよって異なる。

 今回の場合は、範囲の拡張と範囲に入ってたモンスターの特定が可能になる。

 

「ウィンダの索敵の射程距離は?」

「約300メートル」

 クリスがスキルを発動するために右手を肩の高さまで上げる。

 

 「700メートルぐらいでいいかな……は!」

 

 そう言うと、2人の脳裏に範囲に入ったモンスターの数、種類などが鮮明に流れ込んできた。

 

 うーんと、もう少し進んで右に入ると”ヤツ”が居て、さっきウィンダが言ってた所に……18体程のDFの群れ……それにこっちに近付いきてるモンスターが1体、しかも飛んでるな……まぁコイツは無視しても問題ないだろう。

 

「ねぇクリス君……ギリギリ範囲に入ってる群れがあるけど、アレは何……20体近く居るけど……」

 

 ウィンダがそんな事を言うのでクリスもそっちに意識を集中させる。

 

「なんだ、この数は…………帰りに寄ってみるか」

「さっき逃げた4体もそこに居るみたいね……」

「逃げた訳じゃなくてそっちに行ったのか、なるほど」

 

 見たいものを見た2人は手を離す。

 ウィンダは少し照れている様子、クリスも照れくさいのか頬をかく。

 

「……とりあえず、ヤツの所に向かうか」

 先ほどの索敵で場所が分かったクリスとウィンダは急いで向かった。

 

 

 そして、サイクロプスが寝床にしている広い場所の目の前で止まる2人、目の前の光景に2人は呆然としている。

 

 なぜなら……目的のモンスターサイクロプスがぐっすり眠っているからだ。

 大型モンスターは起きてる間と寝ている間で警戒範囲が変わる。そのため2人は不用意に近付くことが出来ずにいた。

 

 クリスは少し考えた後言い出す。

「起こすか……”アレ”を使って」

 

 そう言うとクリスは大剣を納め、手にあるものを具現化させた、それは”太刀”だった。

「クリス君……それで何をするの?」

「ん?何って……コレをヤツに投げるんだよっ」

 

 ウィンダが驚いた表情をしてるにも構わず、クリスは太刀を逆手持ちし後方へバックステップで距離を取る。

 ゆっくりと、走り出す為に構えると同時に右手に持っている太刀の刀身に雷のような電流が走る。

 

 これはクリスの持つスキル”属性付属”の能力、スキルLvが上がると同時に付けられる属性が増やせる。

「そして、これが! 俺の”投擲”の力だぁ!」

 

 叫ぶと同時に走り出す、ウィンダの横を通り過ぎる直前でジャンプし、手に持っている太刀を標的に全力で投げる。

 

 雷を纏った太刀は一瞬で敵の元に届き胸元に刺さる、その痛覚にサイクロプスが目を覚ますが身体が痺れて身動きが取れない。

 

「麻痺属性に雷属性をプラスしないと大型には効かないからな」

 

 そう言うとクリスはウィンダの方を少し見た後、

「行くぞウィンダ!」

「ええ!」

 彼らは武器を構え直し、敵の警戒範囲に突入した。



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第六話 赤い巨人とリミッター

 クリスの投擲により敵の体力を削った状態から戦闘が出来る、と言っても削ったのは満タンの状態から20分の1程度。

 

 クリス達の居た入り口からサイクロプスまでは20メートル程ある。

 

「ウィンダ、ここからどこでもいいから撃ち抜いて」

 

 ウィンダは即座にライフルを構え、1番ダメージの通る頭を狙いトリガーを引く。

 

 動けないサイクロプスに狙撃は絶好の的である。

 

 体力を少し削ったと同時にサイクロプスの体力ゲージのすぐ下にあるゲージが微量上昇した。

 

「やっぱりリミッターを解除させた方が早いかな」

「リミッター?」

 ウィンダが初めて聞く単語に首を傾げる。

 

 リミッターは全てのモンスターに設定されており、敵の体力に反比例して上昇する。

 近距離攻撃より遠距離攻撃の方が上昇値が高い。

 

 このゲージを満タンにすると一定時間敵が麻痺状態になる。

 

 大型モンスターは”切り上げ”や”打ち上げ”等のふっ飛び属性攻撃で持ち上がり、空中コンボが出来るようになる。

 コンボは敵が地上に落ちるまでの間継続が可能。

 

 クリスはウィンダが狙撃している間に敵へと走り、大剣に魔力を込めた。

 

 ウィンダはこの間に7発もの狙撃を成功させている。

 

 ビーム系の銃はお金の掛かる実弾に変わって自分の魔力を消費するためLvの低い間はたくさん射てないのが難儀である。

 

 

 すると敵に刺さっていたクリスの投げた太刀が抜け落ちる。

 

 グアガアァァ!

 

 ようやく動けるようになったサイクロプスの雄叫びをあげる。

 だがクリスはそんな雄叫びを気にせず魔力の込めた大剣を敵の足目掛けて薙ぐ。

 

 大剣の刃から飛んでいくブーメランの様な形をしたそれは敵の右足に直撃、サイクロプスの体制が若干崩れる。

「ウィンダ! ヤツの左足に付いてる枷を壊してくれ!」

「え?」

 

 ウィンダはサイクロプスの左足に足枷が付いてる事に気付く。

「ねぇ! その足枷壊さない方がいいんじゃない?」

 

 ウィンダのそんな回答にクリスが大きく首を振り言い返す。

「ヤツの足に付いてる枷はタダのブラフだ! あんなのヤツの武器になるだけだ!」

 

 クリスはソロで旅をしている時にこれと似た様なクエストを1度熟ていたため壊すように命じたのだが、この状況でそんな事を説明している余裕がなかった。

 

「頼むウィンダ! 俺を……俺を信じてくれ!」

 ウィンダは困惑しながらもクリスの真剣な表情で言ったその言葉を聞きそちらに銃を構えタイミングを図る。

 

 その間クリスは敵をこちらに引き付けつつ攻撃タイミングを伺う。

 

 くそ、ウィンダの最初の狙撃のおかげで少しは体力削れているのに俺が全然近づけてない。

 

 敵の攻撃を避けながらどうするか考えたクリスは手に持っていた大剣を納刀し、あるもの目掛けて一直線に走る。

 それはクリスが1番初めに投げ、そして抜け落ちた太刀だった。

 クリスは太刀を拾った後背中の大剣の柄を持ちそれを消失させた。

 

 この世界では武器など大きいものは手に触れ魔力として体内に取り込む事で持ち運びを楽にしており、武器を何十個と持ち合わせてモンスターによって持ち替える事が出来る。

 

 クリスは右側に太刀を構え再びサイクロプスに向かって走り出す。

 

 サイクロプスは左足を少し後ろに構え勢いよく前に出す、すると左足に付いてる足枷が引っ張られクリス目掛けて飛んでくる。

 

 クリスは避ける間もなく真っ正面から受ける体制を取った瞬間、クリスの横を通り過ぎる1本の赤い光、その光の先端には先程飛んできていた足枷の先に付いている鉄球だった。

 そう、ウィンダが狙撃をしてくれたのだ

 クリスに届く2メートルの所で打ち抜かれた鉄球部分は破裂する。

 クリスはその爆風に耐えるも、破裂した鉄球の破片が至る所に刺さる。

 

「大丈夫? クリス君!」

「あぁ、この程度問題ない……それよりナイス狙撃、助かったよ」

 ウィンダは大きく首を振る。

 クリスは立て直すために少し下がるが、立て直す暇を与えないかのようにサイクロプスがこちらに向かってくる。

 

「ウィンダ、俺がヤツの気を引くから背中側に回って1発射って」

 

 ウィンダは頷く、クリスはそれと同時にサイクロプスの左側を抜けるように走り出す。

 

 サイクロプスはそのクリスに釣られて左側に体を向け始める、そのタイミングに合わせてウィンダがサイクロプスの右側を走り抜け、背中側に来た瞬間足を止めスライディングするようにしゃがみながら滑り射撃体制に入る。

 サイクロプスはクリスに向かって腕を振り上げ攻撃体制に入っていた。

 

 だが、ウィンダは当初後頭部を狙っていたが、しゃがみに加えサイクロプスがクリスを見下ろしているため後頭部が見えない。

 

 このままじゃクリス君が……

 

 ウィンダがどこを狙うか考えているその時、サイクロプスが構えていた腕がクリスに向かって振り下ろさせる。

 

 ズドン!

 

「クリス君!」

 焦りながらもクリスを呼んだウィンダは衝撃で舞い上がった砂埃の中を見つめる。

 

 すると、ウィンダの目には信じられない光景が入り込んでくる。

 それはクリスがサイクロプスの振り下ろした腕を太刀1本で耐えていたからだ。

 

「い……今だ、ウィンダ!」

 その言葉で我に返ったウィンダは上に向けていた銃口を下に下げ、敵の右足に向け、息を止めてトリガーを引く。

 

 バシュッ

 

 ウィンダの射ったビームはサイクロプスの右かかとに直撃、そしてクリスを抑えていた腕が緩みその隙にクリスが脱出する。

 

 脱出したクリスはウィンダの所まで戻り、

「後、何発射てる?」

「…………20発ぐらいかな」

 その返答にクリスは少し迷いながらも言った。

「そろそろリミッターを解除させないと詰みそうだな……」

 

 そう言ってクリスは太刀を消失させ、その後二丁の銃を具現化させた。

「さぁ、第2戦と行こうか!」



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Side Story Ⅰ

6話〜8話毎に主人公を除いたキャラの裏話をサイドストーリーとしてあげていきたいと思います。
初回は主人公クリスの初のパーティーメンバー、ウィンダの話になります。
本編では語られない裏話をどうぞご覧下さい。


 私の名前はウィンダ・アルニス。

 ここ、ヘルニクスアルニスという国を治めている、私の母親にして女王であるメルニ・アルニスの娘、つまりお姫様です。

 

 この国ヘルニクスアルニスは人口約40万人程の小さな国ですが、元々は私のお父様、ギル・アルニスが治めていたのですが、4年前に病気で亡くなり今はお母様が治めています。

 

 

 コンコンッ

 

 誰かが部屋の扉を叩く音がした直後、

「お嬢様、そろそろ起床のお時間ですよ」

 この声は私の専属メイドのキリス・ライヤだ。

 

 私は少しあくびをした後返事をする。

「……起きてるわ、入っていいわよ」

 

 返事をした直後扉がゆっくりと開き、そして1人の若い女性が入ってくる。

 

「おはようございます、お嬢様……相変わらずお早いお目覚めですね」

 

 キリスは笑顔で挨拶をする、私も「おはよう」と返す。

「お嬢様、今日のスケジュールですが……」

 

 キリスが話をしようとした所に割って話し出す。

「ごめんキリス、今日は私、街に行くつもりなの」

 

 私はこの国の姫ではあるけど、街の人達には知られていない。

 何故なら私の両親、お父様とお母様が街の人々に公表していないからだ。

 なので私は街に出ても人集りが出来ないので安心して街を歩ける。

 

 キリスは少しため息をついた後、

「分かりました、奥様には私から話しておきます……何時頃お出かけのご予定ですか?」

「10時には出るつもりよ」

 

 キリスはそれを聞きニコッと笑った後お辞儀をして部屋を出ていく。

 

「さて、出かける準備をしよーとっ」

 

 私は着ていた寝間着を脱ぎ、用意されていた、お出掛け用の衣服を着る。

 そして、ベッドの横にあるクローゼットを開ける。

 

「今日はどれを持って行こうかなぁ」

 

 クローゼットの中にあるのは亡きお父様から貰ったスナイパーライフルが8本程入っている。

 

 このスナイパーライフルは元々お父様が使用していた物、亡くなった後お父様の机の引き出しから出てきた遺書により私が引き継ぐ事になった。

 

 私はクローゼットの中から1番のお気に入りの"ヘカートII"を取り出しそれを魔力に変え体内に取り込む。

 

 クローゼットの扉を閉めようとした時、コンコンッと扉を叩く音がした。

 すると扉越しから、

「お、お姉ちゃん……朝ごはん出来たからこっち来てぇ」

 

 この声は私の双子の妹ウェン。

 

 ウェンは私よりしっかりしていて、お母様からも信頼を得ている、キリスから聞いた話では次期女王候補だとか、まぁ継ぐ気のない私には関係のない話だけど。

 

 ガチャッ

 

「おはよう〜ウェン」

 

 私は笑顔でウェンに挨拶をする、ウェンもそんな私を見て、

「お姉ちゃん、おはよう」

 と笑顔で返してくれる。

 

 私とウェンは一緒に食堂へ向かった。

「お姉ちゃんは今日もお出かけ?」

 

 ウェンが唐突に聞いてきたので私は少し驚きながら返す。

「そうだよ……ちょっと行きたい所があったし」

 

 その後食堂に着くまで2人の会話は沈黙状態だった。

 

 食堂に着いた私達はゆっくりと扉を開け中に入ると、

「やぁ、2人とも……おはよう」

 と男に声を掛けられる。

 

『おはようございます』

 2人揃って挨拶をする。

 

 この男の名はシルド・ヴァルトさん、お父様の弟であるベルス・ヴァルトさんの息子でこの国の次期当主、つまりウェンの婚約者(フィアンセ)である。

 

「シルド様は朝が早いのですね」

 とウェンが席に座ると同時に言う。

 するとシルドが少し笑った顔で、

「ウェン、君の顔をいち早く見るためだよ」

 

 シルドの母親と2人の母親は古くからの友人で、その2人の取決めでシルドとウェンの結婚が決まったのである。

 

 私は正直、この男シルドはウェンとは合わないと思っている、何故なら当の本人が嫌がっているのを知っているからだ。

 だからといって親達の決めた事を背く事が出来ないので対処のしようがない。

 

「シルドさん、せっかく来て頂いたのに申し訳ありませんが、私はこの後お出かけするので……」

 私は朝食を取りながら彼に断りを入れた。

 

 すると彼は首を振り、

「謝る必要はないさ……ウィンダは好きにするといい、僕は愛しのウェンと優雅な1日を過ごすさ」

 そんな事を言う彼を横目にウェンが引きつった笑顔をしていた。

 

 

 朝食を食べ終わった私は部屋に戻り出発準備を整え玄関に向かう。

 

 玄関の外では事情を知っているキリスが待っていた。

「食堂に居ないと思ったらこんな所に居たのね」

「お嬢様のお見送りをするのも私の役目ですから……お嬢様今日は随分と荷物が多いようですが……」

 キリスがいつもより多く持っている荷物を見て言う。

 

「あぁ、ごめん……2、3日家を空けるわ……申し訳ないけどウェンのことお願いね?」

 私は申し訳なさそうにキリスにお願いする。

 

 彼女は「承知致しました」と一礼をした、それを見た私は街へと歩き出した。

 

 

 

 家から歩いて20分程の所に馬車の停留所がある。

「おじさーん」

 私は見慣れたおじさんに向かって声を掛けた。

「おぉ、ウィンダちゃん……今日もかい?」

 おじさんは私の方に振り向く。

 私はここをよく利用しているので顔見知りの人が何人かいる。

 

「今日はどこに向かうかね?」

 おじさんは私が言う前に質問してくる。

「今日はリングルムに向かいたいの」

 

 私がそう答えるとおじさんは少し驚き、少し間を置いてから聞き返す。

「ホントにリングルムでいいのかい? ここから8時間は掛かるぞ?」

 私は頷き、馬車の荷台に荷物を置き乗り込む。

 

 その様子を見たおじさんは何も言わずに乗り込み馬に支持を出す。

 

 

 出発してから1時間程経過した頃私は馬車の中で寝ていた……着くまでずっと。

 

 

「おーい、ウィンダちゃん着いたぞ」

 おじさんの呼びかけで目が覚める。

 私は荷物を持ち荷台から降りた後、おじさんに運賃を渡し街を散策し始めた。

 

 ヘルニクスアルニスに比べて少し小さな街リングルム、ここにはヘルニクスでは手に入らない素材や食べ物が手に入るので私は結構好きな街だ。

 

いくら朝10時に家を出たとはいえ、8時間も掛けて来たこともあり既に閉まっている店がチラホラある中、私にはお気に入りの店がある。

 

 そこの店はアクセサリーなどを売っている店で、夜の7時までやっているため今からでも十分回れる。

 

 その店を目指しながら街を散策していると、目の前にほとんど見かけない大きな剣を背負っている男の人が目に止まる。

 

 私はそんな彼の背中を見つめながら店を目指した。

 

 

「ありがとうございました」

 私は店で買い物を済ませ今日泊まるつもりの宿に向かおうとした時、またあの大きな剣を背負った男の人が目に入った。

 

 私はモンスターのドロップアイテムで欲しいのがあったので彼に手伝ってもらおうと興味本位で声を掛けた。

「あ、あの〜」

 

 

 

 そう、これが私が彼と……未来の旦那様と出会った時、出会うまでのお話、この先私にどんな未来があるのかわからないが、この出会いを大切にしたいと思う。



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第七話 解除と乱舞

 クリスの持っている銃は右手にビームライフル、左手に実弾ライフルと異なる銃を使っている。

 

 実弾兵器は専門ショップで弾薬を買う事が出来るが、ビーム兵器は自分の魔力を消費して射つ。

 その為、ビーム兵器の方が無限に弾があるようにも思えるが、実際は実弾よりビームの方が危険が多い。

 

 この世界では魔力が無くなるという事は最悪の場合死に至るからだ。

 なので、ビーム兵器を使う際に1番気をつけなければいけないのが自分の残り魔力だ。

 

 魔力が無くなると"魔力枯渇症"に陥り名高い魔法使いか専門の病院で診てもらわないと治しようがない。

 

 俺はそんなに魔力を持ってないためビームライフル2丁も持ったら射ちすぎで枯渇症になってもおかしくない、それを回避するために片方を実弾ライフルにしている。

 

「ウィンダはしばらく奴の攻撃を避けるだけでいい……魔力が勿体ない」

 

 ウィンダは軽く頷き一旦スナイパーライフルをしまう。

 

「で、どうするのクリス君?」

 そんな事を聞いてきたウィンダに返事する間もなく敵がこちらに向かってくる。

 

 俺は敵の注意を引きつつウィンダに先ほどの返事をする。

「とりあえずリミッターを溜める、ウィンダは敵の注意を引いてくれ! と言っても今こっち向いてるんだがな」

 

 そう言うとクリスの方にウィンダが走ってくる、それに合わせてクリスはサイクロプスの足元の隙間から反対側に出る。

 サイクロプスは見失ったクリスをキョロキョロと探す、すると視界にウィンダが入り込みそれを足で踏みつけようと足を上げる。

 

 クリスはその瞬間を見逃さずサイクロプスの右肩に向かって実弾ライフルを構え、一呼吸置いてトリガーを引く。

 

 バァンッ!

 

 実弾ライフルならではの大きな音とともに射ち出された弾はサイクロプスの右肩に擦れる程度で直撃はしなかった、

 

「くそ、やっぱり左手じゃ命中率下がるか!」

 

 クリスは右利きの為左手では早々命中しない、だからといって右手で持つと左手で持ったビームライフルのトリガーが重くて引けない。

 

そんなクリスの手元を見ていたウィンダがクリスに向かって言う、

 

「クリス君! 私にそのビームライフル貸して!」

 

 ウィンダの持っているスナイパーライフルに比べ、クリスの持っているビームライフルは消費魔力が極端に少ない、その為ウィンダが使えばスナイパーライフルで残り20発の魔力でもクリスが使うより遥かに射てる弾数が違う。

 

 クリスがその言葉を聞き、トリガーから指を離しウィンダに向かって思いっきり投げた。

 敵の頭上を通ってきたそれをウィンダは抱え込むようにキャッチする。

 

「ウィンダ! 左回りでヤツの周りを走りながら射て!」

 

 とクリスが作戦を思い付きウィンダに指示を出す。

 

 ウィンダは「うん」と頷き、視線を敵に向けながら走り始める、それに合わせてクリスも走り始めた。

 何故なら、敵の周りを2人で走り回る事で敵の注意を一人に絞らせず惑わせこちらの攻撃のすきを作るためだ。

 

 サイクロプスは自分の周りを走る二人を追いかけるようにきょろきょろしている。

 

 クリスはサイクロプスの周りを何周かした所で右手に持ち替えた銃を敵に向け1発射つ。

 走りながら射つのはあまり良くはないが特に狙っていなければ、これ程大きい敵ならば真ん中辺りを狙っていれば大体は当たる。

 

 ウィンダは敵の周りを走りながらトリガーを半分だけ引き、エネルギーを溜めていた。

 ビームライフル等のビーム兵器は完全に引かなければ射つ事はない、そしてトリガー等を半分前後で止めておく事で溜めることが出来る、溜めている間は魔力を消費しないためタイミングを図っている間は基本的にした方が良いとされている。

 

 一方、クリスの銃は7装填式のため射ち終えたらリロードする必要がある、さらに走りながらだと入れ替えも困難なためクリスがリロードしている間はウィンダが射つ。

 クリスとウィンダは今日初めて組んだのに息がぴったりと合い、敵を惑わせながら交互に射っていく。

 

 すると、ダメージをくらい過ぎたのかサイクロプスが片膝を崩す。

 クリスがその瞬間、敵の体力ゲージを確認する、体力は満タンから半分近くまで削れていた。

 

 実弾の方がダメージが通りやすいが、ウィンダが毎回溜めてから射つため、ウィンダの方が与えるダメージが多い、そのためクリスより削る事が出来る。

 クリスはその下のゲージも見る、そのゲージはあと少しで溜まりそうな所まで来ていた。

 

 クリスは銃に残っていたラスト1発を打ち込んだ後、銃をしまい、大剣を手に直接具現化させウィンダに、

「もう2発チャージショットを射ってくれ! そうすればリミッターが溜まる!」

 

 ウィンダはそれを聞き、2発打ち込んだ瞬間、リミッターゲージが満タンになり光り出すと同時に敵が動けなくなる。

 

 リミッターゲージは光りながら少しずつ減っていく、このゲージがなくなる前に持ち上げなければリミッター解除成功とは言えない。

 

 クリスは最初に動けなくなったサイクロプスの右足を薙ぎ払い転倒させる。

 リミッター解除の間はどんなに重たいモンスターでも簡単に転ばせる事が出来る。

 

 その後、クリスはサイクロプスの腰あたりで身体の上半身を捻り、大剣を縦に構え、

 

 スキル発動! 『ブレイドインパクト』

 

 クリスは捻った身体を戻しながら大剣でU字を描くように薙ぎサイクロプスの腰に直撃させる。

 

 するとサイクロプスの身体が持ち上がり20メートル程上に飛んだ、その後クリスはすぐに大剣を逆手持ちに替えそれを上空に持ち上がったサイクロプスに向かって投げた。

 戦闘を始める前の投擲同様、雷を纏わせた大剣がサイクロプスに突き刺さる。

「ウィンダ、スナイパーで何発射てる?」

 ウィンダはクリスの唐突の質問に戸惑いながら答える、

「後……2発射てるよ?」

「……なら、1発だけ射つ準備をしておいてくれ!」

 そう言うとクリスは太刀を具現化させ、サイクロプスに向かって飛び上がり、空中コンボを仕掛ける。

 

 まだクリスはコンボが多いスキルを習得していないため通常攻撃を挟みつつ、今習得してるスキルでコンボ数の多い技を使っていくしかない。

 

「はぁー!」

──剣舞ニノ型『華の舞』──

 

 敵を高速で切り抜けるだけの簡単な16連撃の剣舞、かなり初歩の技である。

 

 この世界は斬り方が決まっているゲームとは違う、自分で自由にパターンを変えられる、なので同じ剣舞でも人によって違う。

 クリスの場合、自分の特化武器特性が突き属性なので切り抜けるというより突き抜ける感じだ。

 そんな連撃をしているクリスをウィンダが見とれていた。

 

 すごい、クリス君ってあそこまで戦えるんだ、今まで組んだ人達はほとんどが大人数で少なくとも4人は居た、それを彼は……クリス君は私と2人だけで。

 

 ウィンダはそんな彼を見ながら、ふと敵の体力ゲージを見ると、

「……え、うそ……でしょ」

 体力ゲージを見るとすでに6分の1を切っていた。

 

「ウィンダ! 次の入れ終わったら合図するからコイツの頭を射ち抜いてくれ!」

 クリスから指示がくる、ウィンダはそれに頷き、しゃがみ銃口を向けてその時を待つ。

 

「……ラスト!」

 クリスが肩で息をしながら言った、相当動いているためかなり疲れてきているようだ。

 

 最後ウィンダの方に向かって突き抜けてきた、クリスは着地と同時に体を回転させ太刀もサイクロプスに向けて投擲する。

「……はぁ……はぁ………ウィンダ、今だ……」

 

 ずっと銃口を敵に向けていたウィンダは合図を聞き、一瞬息を止め、敵の額に向けトリガーを引いた。

 

 ウィンダの射ったビームは額に命中し、上空に浮いたままの敵が徐々に砂に変化し落ちてくる中、

 

 カロンッガンッ!

 

 とクリスが敵に刺した大剣と太刀が抜け落ちてきた。

 

 クリスはその場で仰向けに倒れ、

「お疲れ様ー」

 と言う、ウィンダもそれに対し、「お疲れ」と返す。

 

 息を整え、立ち上がったクリスは武器を回収し、砂と化したサイクロプスを漁り出す。

 

「おっ、レアドロップ!」

 クリスが喜んだ声で言ったので、ウィンダも気になり覗く。

「……クリス君それは?」

 ウィンダは初めて見るそれを尋ねると、

「これは巨人の結晶って言って、商人とかに売ると……このサイズだと、大体10万ぐらいで買い取ってくれるはずだ、ちなみに武器強化の素材としてもかなり重視されている一品だ」

 

 クリスはそれ手の上に乗せ武器をしまうのと同じ要領で体内に取り込む。

 

「その結晶はどうするつもりなの?」

 ウィンダは迷わずクリスに尋ねた、クリスは嬉しそうに、

「こいつで自分の武器でも強化しようかなと思ってる」

「あれ? でもクリス君って鍛冶スキル持ってなかったよね?」

 

 武器の強化や制作は専門店に行くか、鍛冶スキルを持っていないとできない。

 

「それはLv40になってから覚えるさ、さて、街に戻るか」

 そう言って2人はこの戦った広場を後にした。



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第八話 希少職”モンスターマスター”

 「……はぁ……はぁ……くそ、何なんだこの量は……倒しても倒してもキリがねぇ……」

 

 俺はなぜこんな状況に置かれているのか全く分からなかった、ただ一つ分かるのは目の前にファングの軍勢に囲まれているという事だけ。

 

 「大丈夫か、2人とも!」

 左に居るウィンダと右に居る幼い少女に問いかけるが、2人とも戦いに集中していて聞こえてはいなかった。

 それでも、戦いながら仲間の状態を聞くのはパーティーなら当たり前の事。

 

 

 そもそも、なぜこんな状況になったのか、それは30分程前の話

 

 

「クッソ疲れた〜」

 ウィンダがクスクスと笑う。

「だってクリス君……後半ほとんど1人でやってたもん、でもよく2人だけで倒せたね」

「まぁ俺は1人でやった事あったしね」

 

 などと談笑しながらモンスターとなるべく遭遇しないように帰路を歩いていた。

 

 広場から20分程歩いた頃、十字路に差し掛かった時、ウィンダが少し焦りながら言う。

「ク、クリス君……左の道からものすごい数のモンスターの群れがこっちに近づいてきてる……」

 2人は一瞬顔を見合わせた後、即座に道端の木々に身を潜めた。

 

 その直後たくさんの足音が横切る、かなりの数だ、ざっと30体程居るその群れはクリス達に気付かず真っ直ぐ走り抜けていく。

 

 やり過ごした2人はその群れが向かった方向を見た時、いつぞやに見た光を再び見つけた。

「あそこに来る途中すれ違った光るモンスターでも居るのか? まぁ確かにあのファングは光を嫌うから標的にしてもおかしくはないが」

 

 そう、さっきの群れはこの森に住み着いているダークネスファングの群れだった。

 

 ダークネスファング略してDFは群れで行動するモンスターで単独で敵と遭遇した場合でもスグに仲間を呼ぶ習性がある。

 

 さらに相手がどれだけ強いかを見極める事も出来るため数で勝とうと呼び合うことも多い、今回の場合もそうである、あの光っているモンスターがどれほど強いモンスターか分からないが相当な数を呼んだに違いない。

 

「いやぁ〜! こっちに来ないで〜!」

 と突如ファング達の向かった方から悲鳴が聞こえた。

 2人は顔を見合わせ「うん」と頷き、悲鳴の聞こえた方向へ走る、

「あの光を目印に走れば大丈夫だろう」

「でも、私の魔力ほとんど無いわよ」

 ウィンダの魔力は先ほどのサイクロプス戦でかなり消耗しており、スナイパーで射っても後は1発しか射てない。

 だが、クリスはそんな事を気にすること無く走り続ける。

 

「なっ! なんだこの数は」

 向かった先は森の行き止まり、そして着いたクリス達の目の前にはDFの群れ、ざっと40体は居るであろうその群れは1人の少女と光るモンスターを囲んでいた。

 

 さっきの悲鳴はたぶんあの娘だろう、だがこの量だ俺はまだ戦えるがウィンダが……はっ!

 

 クリスはウィンダにどう戦わせようか考え、ある事を思い出す。

 

「ウィンダ! お前はこれを使え!」

 と言い、クリスは両手を拡げある武器を具現化させる。

 それは大鎌、クリスがたまたま手に入れた武器で使ってはいない。

 ウィンダは困惑しつつもクリスから受け取り、

「ク、クリス君……私、鎌なんて使ったことない」

「いいから、それを使え! その鎌は"魔吸の大鎌ワルキューレ"攻撃した敵の魔力を吸い取れる武器だ、それで魔力を回復させろ」

 

 ウィンダはクリスの言葉を聞き少し戸惑ったが、理解は出来ていた。

 

 これで敵を攻撃すれば魔力が回復する、そうすればスナイパーでまた射てるかもしれない。

「分かったわ、これで戦う!」

 

 それを聞きクリスは頷き太刀を出す。

 2人は群れへと突っ込んだ。

 

 1体、2体、3体とこちらに気付いて向かってくるファングを倒しながら少女の元へ向かう。

 ウィンダも不器用ながらも攻撃を当てているため魔力が少しずつ回復していく。

 

 クリスがファングの群れを抜け少女の元に辿り着く。

「君、大丈夫か!」

「あっ」

 少女はこちらに気付き涙目になってクリスに走ってくる。

「もう大丈夫だ、俺に任せろ」

 クリスは懐に飛び込んできた少女の頭を撫でながら言う。

 

「ク、クリス君……はぁ……はぁ……」

 ようやくこちらに来たウィンダは息を切らしていた、無理もないスナイパーライフルより大鎌の方が重い、しかもそれを振り回しているのだから当然だ。

 

 クリスは少女を離した時ある事に気が付いた。

「もしかして、君は"モンスターマスター"?」

 モンスターマスターとはモンスターを使役して戦う職種でこの世界ではかなり希少な職種になった、なぜならモンスターマスターになれるのはごく一部の人間だけだからだ。

 

 少女は涙目のまま頷いた。

 

 クリスは少女の後ろからこちらをじっと見ていた光るモンスターと目が合った、そのモンスターをよく見ると虎の様なモンスターだった。

 しばらく見ていたクリスは首の所にある首輪らしきものに目に止まった、”モンスターリング”だ。

 モンスターリングはペットに着ける首輪の代わりである。

 

 クリスは少女の頭をもう1度軽く撫でた後、群れの方に向き直し武器を構える。

「2人とも、まだ戦えるか?」

『うん!』

「よし……全部じゃなくていい、数を減らして逃げれるようにするぞ」

 ウィンダと少女は頷き、群れの方を見る。

 と少女が自分の使役しているモンスターに近づき、そのモンスターの背中を撫でながら、

「お兄さん達が助けに来たからね、あんまり無理しないようにね」

 クリスとウィンダはついニコッとした。

 

「……ふぅ、行くぞ」

 クリスが群れへと突っ込んだと同時に、

「シャイン! 突っ込んで!」

「はぁー!!」

 と勢いよく突っ込んだ。

 

 それから約10分後

 

 「……はぁ……はぁ……くそ、何なんだこの量は……倒しても倒してもキリがねぇ……大丈夫か、2人とも!」

 左に居るウィンダと右に居る幼い少女に問いかけるが、2人とも戦いに集中していて聞こえてはいなかった。

 それでも、戦いながら仲間の状態を聞くのはパーティなら当たり前の事。

 

 クリスは状況を打破出来てない中何か手はないかと考える。

「……仕方ない、無理やりこじ開けるかー」

 クリスは何か思い付いた様子で太刀をしまい、大剣を取り出す。

 

「2人とも、俺が正面のモンスターを倒して退路を作るからそこから抜けてくれ」

 ウィンダは鎌をしまい走り抜ける準備を、少女はモンスターの背中に乗った。

 

 クリスは大剣に魔力を溜め始める。

 サイクロプス戦の時より少し多めに溜め、出来るだけ多くのモンスターを倒せるように。

 魔力を十分溜めたクリスは、

「……そこを……どけぇ!」

 体を1周させ大剣を勢いよく薙ぎ払う。

 大剣に溜められた魔力はサイクロプス戦で見たヤツよりもさらに横長なモノが飛んでいき、正面のモンスターの群れを倒していく。

 それに合わせてウィンダが走り始める、続けて少女を乗せた使役モンスターが走る、その後ろをクリスが走り抜ける。

 

「そのまま! そのまま真っ直ぐ走れば森から出られるはずだ!」

 クリスは走りながら前を走る2人に言う、だがクリスの後ろからは先ほどのファングの群れが追ってくる。

 

 くそっ森から出ない限りは追ってくるな。

 

 さっきまで大型モンスターと戦っていた2人は息を切らし始めていた。

 

 走る事5分、3人の目の前に外の光が見え始める。



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第九話 別れと告白

「2人とも! そのまま出口を抜けろ! DFは光を嫌う、森の外までは追ってこないはずだ!」

 先を走る2人にクリスが少し大きな声で言う。

 

 そうして、森を出た3人は徐々にスピードを落とし振り返る。

 クリスが言った通りDFの群れは森の出口ギリギリで立ち止まりこちらを睨み付けながら威嚇していた。

 

「……はぁはぁ、ホントに……追ってこないのね……はぁはぁ」

 森の真ん中辺りから出口まで休む暇もなく走っていたウィンダは流石に息を切らしていた、それに対し少女は自分の使役するモンスターの背中に乗っていたためそんなに消耗はしていない様子。

 

 少女は自分よりもモンスターの方を気にかけていた。

「ありがとうシャイン、ゆっくり休んでね」

 少女はモンスターの背中を撫でながら言う、それと同時にモンスターの前に紫色の渦の様なものが現れる。

 ”モンスターゲート”だ、モンスターマスターはこのゲートを出現させ、自分の使役しているモンスターを呼び出している。

 

 少女のモンスターはそのゲートに飛び込み、そしてゲートは消失した。

 

「2人とも、怪我は無いか? とりあえず街に戻ろう話はその後だ」

 2人は頷いた後、先に歩き始めたクリスの後について歩き出す。

 

 森を出て20分ほどでリングルムに着き、真っ先に受注店へ向かった。

 

「とりあえず、クエスト完了の報告してくるから、2人はそこで待っててくれ」

「分かったわ」

「は、はい」

 

 クリスは2人を置いて店に入っていく。

 クリスが入って出て来るまで店の前で待ってる5分の間、ウィンダは少女に話し掛けようとしたが何も思い浮かばなかった。

 

 クリスが戻ってきてすぐ、

「あ、あの! さ、先程は助けていただきありがとうございました!」

 少女は2人に向かって深々とお辞儀をする。

 

「気にするな、悲鳴が聞こえたから向かったまでだ、それに困ってるやつが居たら助けるのは当然だろ」

「まぁそのお陰で更に疲れたけどねぇ……」

 ウィンダが横目でクリスを見る。

 

「文句言うな、多少はモンスター倒したしそれなりにアイテムも手に入った、それにこの子も助けられた、それでいいじゃねぇか」

 クリスが少女の頭を撫でながら言う。

 

 少女はクリスの手に手を重ね、少し赤くなった。

「あ、あの……わ、私セームって言います! セーム・アレクトル……」

 

 クリスは突然の自己紹介に少し驚きながら、

「俺はクリス、クリス・レギンスだ、んでこっちは……」

「私はウィンダ……ウィンダ・アルニス、よろしくね」

 ウィンダも笑顔で返す。

 

「ところで、セームはなんであんな危ないところに1人で居たんだ?……」

「そ、それは……ですね……」

 

 セームは少し困った顔をした、

「……あの森に咲く、何でも願いが叶うって言われている花、”夢奇の花”を探していたんです」

 

 夢奇の花とは、決して叶う事のない願いや夢を叶えさせてくれると言われている、奇跡の花の事である。

 

「……あぁ、あの花か……まぁホントに叶えさせてくれるかは知らんけど、なんでまた……」

 

 セームはかなり落ち込んだ様子で応える。

「……私には、さっきの子、シャインの他にもう1体使役してる子が居たんですが……病気で亡くなって……しまったんです……」

 

 セームの目には涙が溢れ始めていた。

「……なるほど、それであの花を使って生き返らせようと」

 セームは今にでも泣き出しそうな顔で頷く。

 

 そんなセームをウィンダは抱き寄せ、優しく頭を撫でた、

「そんな事があったんだね……」

 

「わざわざ1人で行かなくても一緒に行ってくれる奴探せば……って訳にもいかないか……」

 

 そう言いかけたクリスだが、そんな事は他人に頼るものではない。

 

 何故なら”夢奇の花”を狙っている人はかなりいる、そんな状態で人を頼ると最悪奪われかねないからだ。

 

 クリスは顎に手を置き何かを考えていた。

「もしかして、俺達とセームって1回すれ違ってないか?」

「「え!?」」

 2人が同時に返す。

 

「俺達は1度森の中で光るモンスターとすれ違った、あの時すれ違ったモンスターってセームのモンスターだったんじゃないか?」

 

「そんなはずはありません、私とシャインはずっと一緒に居ましたし……それにもしホントにすれ違ったのであればシャインが気付くはずです、あの子目だけはいいので……」

 

 クリスは少し納得出来ない様子だったが、話を変えた。

「……そう言えば、セームは目的の花は回収出来たのか?」

 

 セームは「はい」と頷く、

「……採れたならいいんだけど、セームの家ってこの街?」

 

 セームは大きく首を振り、

「……ここから北の方にある、クレアルという村ですよ」

 ウィンダとクリスはその名前を聞き驚愕していた。

 

 何故なら、この街リングルムから北に約30キロほど歩かなくては行けない、この街からなら馬車を使えば楽に行けるが、その逆は出来ない、つまりセームは約30キロの道を1人で歩いてきたということである。

 

「……セ、セーム……この街に来たのはいつ?」

 

 クリスは少し驚きながらも質問をする。

「あ、一昨日の夜ですよ?」

「……村を出発したのは?」

 セームは少し考えてから、

「……えっと、1回野宿してるから……4日ほど前ですね」

 

 クリスとウィンダは更に驚いた、こんな小さな子がたかが奇跡の花のために5日間もかけて採りに来ているからだ。

 

 はぁ〜

 

 クリスは1回ため息をつき、

「……とりあえず、俺はセームを家に送り届ける事にするよ、いくら1人で来れたからって、1人で返すわけには行かないし、ウィンダはどうする? 付いて来る?」

 

「……ごめん、私は明日には家に帰るつもりなの……」

 ウィンダが申し訳なさそうに手を合わせ謝る。

 

「それなら、仕方ない……とりあえず宿屋に泊まって明日の朝出発するか」

 

 ウィンダとセームは頷き、3人は宿屋に向かった。

 

 夜、その宿屋でクリスが1人でニュースを見ていると

『ギルド”アイシクル・レイブン”がまたしてもアトランタルの塔を攻略しました! これにより9階層が解放されました!』

 

 まだ、9階層か……8階は確か……フィールドのモンスターの最低値がLv25になったか、どっかでLv上げに専念しないと行けないかもなぁ

 

 

 翌朝

 

 朝9時、3人は宿屋を後にし馬車の停留所へ向う。

「ウィンダは馬車で8時間も掛かるんだっけ?」

 

「ええ、そうよ……約80キロもあるからね……あ、そうだクリス君、昨日借りた鎌まだ私が持ってるんだけど……私にくれないかしら?」

 

「使ってないから別にいいけど……」

「ありがとう」

 そんな会話をしながら歩き、停留所に着いた。

 

「俺とセームは歩いてクレアルに向かうよ……セームが歩いて行くって言うもんで……」

 

 セームは笑顔で頷く。

「そう、ならここでお別れだね……」

 ウィンダが馬車の荷台に荷物を置いていく、その最中クリスが話出す。

 

「あ、あのさ……ウィンダ」

 ウィンダは不思議そうな顔でクリスの顔を覗く。

「お、俺……ウィンダの事が……好きなんだ!」

 クリスは今にも爆発しそうなほど真っ赤な顔をしていた。

 

 ウィンダは片手で口を塞ぎながら驚いた顔をしている。

「それって……本気……なの?」

 

 クリスは少し目を逸らしながら頷く。

「……そっか……嬉しいなぁ」

 だが、ウィンダの表情は喜んでいるようには見えなかった。

 

「……ごめん、やっぱ迷惑だよな、出会ってまだ2日ぐらいしか経ってないのに……」

「ううん、嬉しいよ……嬉しいにきまってる……でもね、私はまだ幸せになれないの……だから、ごめん……ね?」

 

 ウィンダの目から少し涙が溢れていた。

 「私は……妹を幸せにするまで、幸せにならないって決めてるの……ホントにごめんなさい」

「そうか……俺こそごめん……でもまた会えるよな?」

 ウィンダはうんと頷いた。

 

「……ごめんなさい、おじさん出してください」

 ウィンダがそう言うと馬車が走り出す。

「また、会おね……クリス君」

 ウィンダは涙目のまま笑顔でクリス達に手を振った、それにクリスも手を振り返した。

 

「……すまん、セーム……俺達も行こうか……」

「ク、クリスさん……」

「気にするな……自業自得だよ」

 そう言いクリスとセームはリングルムを後にした。



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第十話 守るための力

 リングルムを出た俺とセームは街から30分程の草原を歩いていた。

 

「セーム、足大丈夫か?」

「大丈夫ですよ〜」

 心配して聞いたクリスに笑顔で返すセーム。

 

 草原に居るモンスターの8割は温厚な性格でこちらから近付いたり、攻撃等をしない限りは襲ってはこない、そのため辺りを警戒せずに進むことが出来る。

 

 テクテク

 今日はいい天気だな

 

 タッタッタッ

 

 テクテク……テクテク……

 さて、どうやって行こうか……

 

 タッタッタッタッタッタッ

 

「あ、ごめん……歩くの速かったか?」

「い、いえ! 私が遅いだけですので気にしないで下さい」

 

 と言われても、明らかに早歩きで付いてきてるセームを見たクリスは、普段の半分ぐらいのスピードまで下げて歩いた。

 

 セームはそんなクリスを見て少しクスッと笑い、早歩きでクリスの左横に行き同じ速度で歩く。

 少し歩いたところでセームがもじもじしながら尋ねてきた。

「あ、あの……手、繋いでも……いいですか?」

 と、右手をクリスに向けながら言う。

 

 クリスは一瞬ぽかんとしたが、少しニコッとすると無言で左手を差し出し、

「少しだけだぞ……」

 と、少し照れながらセームの右手を握った。

 

 更に10分程歩いた頃、クリスが急に立ち止まる。

 

 なんか近づいて来てる気がするんだよなぁ。

 

「どうしたんですか? クリスさん」

 クリスはセームの方を少し見ながら、右手の人差し指を立てて口元にやった。

 そして、目を閉じ耳をすませるクリス。

 

 すると、遠くの方から地中を進んでくる音が聴こえる。

 

 ドドドドドドドドドドッ

 

 この音は”地中龍ガリウス”かな、ちょっと厄介だなぁ

 

 音はドンドン大きくなり、クリス達の方に近づいて来て、突然音が聞こえなくなった。

 

 はっ! いかん!

 

 クリスは繋いでいた左手をサッと離し、セームを抱え込み思いっきり後ろに飛ぶ。

 それと同時に地中からモンスターが勢いよく飛び出す。

 

 2人を飲み込むかのように大きく口を開けながら出てきたそのモンスターはそのまま背中の大きな翼を広げ浮遊した。

 

 姿を見せたそのモンスターはこげ茶色の全身に大きな口、身体のサイズの割に大きい翼を持つドラゴンの様なモンスター。

 

「セーム、急に抱えてすまんな、シャインって言ったっけ? 呼んでくれるか?」

「は、はい!」

 セームを降ろし、背中の大剣を抜きモンスターに向けて構える。

 そして、セームは目を閉じ両手を前に出し簡単な呪文を唱える。

「我が主を守りたまえ! おいでシャイン!」

 

 セームの目の前に森を出た後に見た渦と全く同じものが出現する、モンスターゲートだ。

 そのゲートから黄色に少し赤みがかった光を放ちながら1頭のモンスターが飛び出す。

 

 シャインこと、”シャイニングタイガー”。

 このモンスターの主な特徴はまず、闇属性攻撃のダメージを3分の2に抑える効果と光、炎属性を吸収する効果を持っている。

 

 その代わり他の属性のダメージが1.5倍になる。

 そして、使役モンスターは主人のステータスに比例して成長する。

 

 だが、俺はまだセームのステータスを見ていないため、強さがまだ把握しきれていない、そのため、良戦術が思い付かない。

 

 ヤツは高威力のブレスと翼を使った風圧による拘束技が厄介だな、せめて遠距離戦が出来るやつが居れば……

 

 戦術を考えているクリスに向かって空を飛んでいたガリウスが降下しながら口を開け突っ込んで来た。

 

「セーム! シャイン! 避けろ!」

 

 2人と1匹は四方八方へとバックステップで避ける。

 ガリウスは勢いを付けすぎたのか地面に激突し、少々フラついた。

 

 今なら攻撃出来るかも。

 

「シャイン! 引っ掻いて!」

 シャインに指示を出すセーム、それを聞いたシャインは主人の指示通り、ガリウスに向かって走り出す。

 それに合わせてクリスも大剣を構え、走り出す。

 

 シャインはガリウスの近くで飛び跳ね、そのまま両前足の爪で引っ掻く。

「はぁーー!!!!」

 クリスも後に続き右下から左上へと斬りつける。

 

 攻撃した後、下がるクリスとシャイン。

 ガリウスもようやく体制を立て直し、大きな口を開け。

 

 ヴァー!!!!

 

 かなり大きい声で咆哮をした。

 

 あまりにも大きい声に方目を閉じ、耳を塞いで耐えるクリスと、目と耳を塞いで耐えるセーム、耳を塞ぐことの出来ないシャインはその場でフラついていた。

 咆哮が終わったと同時にガリウスがシャインに向かって突進してくる。

 それはほんの数秒でフラフラしているシャインに近づき、その大きな口を限界まで開きそのままシャインを丸呑みにした。

 

 その状況を全く理解出来てないセーム、それに対し何度か見た事のあるクリスはすぐにその状況を理解した。

 と言ってもクリスが見た事があるのはモンスターを丸呑みする光景のみ。

 

 ウソ……だろ……早すぎるだろ……

 

 セームは全く理解出来ない中全身の力が抜けて、膝を着く。

 

「おい! セーム!」

 

 クリスの呼び掛けも耳に入らない様子。

 

 ガリウスはシャインを飲み込んだ後、セームの方を見ながら身体をそちらに向き直し、少し間を開け、脚を慣らし走り出した。

 

 クソ! 間に合うか!?

 

 クリスもセームの方へ走り出す。

「……間に……合えぇ!!」

 

 ガキンッ!!!!

 

 辺りのモンスターが驚き逃げるほど大きな金属音が鳴り響く。

 その音にセームも正気に戻る。

 

 クリス……さん……

 

 セームの目の前には大剣の側面で敵の突進を食い止めるクリスの後姿があった。

 

「ったくよ……練習しても出ないくせに、なんでこういう土壇場ならちゃんと出るんだよ!」

 

──『パラディンの衝壁』──

 

 累計4万までのダメージを0にする事が出来る魔力の壁。

 1回使っただけで魔力がごっそり持っていかれるが、低レベルなら4万以上の攻撃を喰らうことが少ないため、まず破られる事は無い。

 

 敵の動きを止めたクリスは意力が弱まるまで待った。

 完全に弱まった所で敵が大きな翼を広げ後ろに飛び下がる。

 

 もう一回突進してくる気か!?

 

 クリスは衝壁を解除せず、そのまま敵が向かってくるのを待っていた、その時。

 ガリウスの後ろの方から地中を進んでくる音がする。

 

 ガリウスが近づいてきた時よりも数倍大きい音を立てながら。

 

 ガガガガガガガガガガガッ!!

 

 ッ! コイツはヤバい!

 

 音はクリス達のところまで来ず、ガリウスの後で止んだ。

 

 後ろに下がったガリウスが突進しようとしたその時。

 ガリウスの真下から4倍ほど大きなガリウスが脚を喰らった。

 

 あ、あれは……ボスガリウス!

 

 ”ボスガリウス” ガリウスの親玉、共食いする事が極端に多い。

 

 ボスガリウスはガリウスの脚を咥えたまま地中へと引きずり込み姿を消した。

 

「とりあえず、襲ってくる事はないだろう……セーム、いつまでもここに居る訳にはいかない村に向かうぞ……」

「……は、はい……」

 

 クリスは落ち込んでいるセームをどう励ましたもんか悩みながら村を目指し再び歩き出した。



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第十一話 夢奇の力

「ひとまず、ここら辺で休憩がてら昼ご飯にしよう」

 

 先ほどまで戦っていた場所から1時間ほど歩いた所にある森の入口、セームの住んでいる村にはここを通るのがいちばん早い。

 

「よし、ここを中心に結界を貼るか、っとその前にテントだな」

 俺は武器と同じ要領でテントを出現させる。

 俺とセームが休憩するには十分なほど大きいテント、たぶん俺が3人半入るぐらい。

 

 クリスはテントを建てた後小刀を出し、柄の部分に呪符を巻き付けた。

 

「結界を!」

 

 地面に思いっきり突き刺す、すると回りにドーム状の薄い膜のようなものが出来、直後無色透明になる。

 

「よし、とりあえずこれでモンスターは寄ってこないな……セームは」

 

 クリスはキョロキョロとセームを探したが辺りに見当たらないので、テントの方へ向かうと入口が少し開いていた。

 

 中を覗くと、

「ここに居たのか、セーム……」

 セームが肩を震わせ、うずくまっていた。

「……シャイン……シャイン……あなたまで私の前から……居なくなってしまったの……」

「セーム……」

 クリスは泣いているセームにかける言葉も思い付かずゆっくりと入口を閉じ、少し離れた所に机と椅子を出現させ腰掛けた。

 

 さて、これからどうしようか……シャインが食われてしまった以上、セームは戦えない……ふむ……。

 

 20分ほど考えたが全く思い付かないクリスはテントで休む事にした。

 クリスがテントに向かうと、中から寝息が聞こえる。

「泣き疲れて寝ちゃったかな」

 

 クリスが入口を開け、中を覗くとセームが泣きあとを残したまま横を向いて寝ていた。

 

「……俺はどこで寝ようか……椅子で寝るわけにもいかないし……」

 ま、まぁこれだけテント広いし……端っこで寝てれば大丈夫だよな?

 

 クリスは少し戸惑いながらもテントに入り、セームの背中側の端っこに行き、背中をセームの方へ向け寝始める。

 

 

 

 1時間ほど寝ていたクリスが目を覚ますと、そこにセームの姿はなかったがその代わり、1輪の花が落ちていた。

 その花はセームが採ってきた”夢奇の花”だ、しかも花弁が1枚無くなっている。

 

「はぁ! やぁ! たぁぁ!」

 

 テントの外からセームの声が聞こえる。

 クリスはまぶたを擦りながらゆっくり身体を起こし、入口を開けると、

 

「はぁぁぁ!!!! たぁ!!!!」

 

 ドゴンッ!!!!

 

 岩が破裂する音が聞こえた。

 そのままテントから出たクリスは呼び掛ける。

「おーい! セームっ!」

 数秒後、森の方から、

「クリスさーん! こっちですよ〜!」

 セームが笑顔でこちらに手を振っていた。

 

「セーム! お昼にしよう!」

「はーい!」

 

 セームが森から出てきて、こちらに走ってくる、ものすごいスピードで。

 

「セ、セーム? いつの間にそんな速くなったんだ?」

「あぁ、これはですね……」

 と言い、セームがテントに入りあるものを手に持って出てくる。

「実は……コレを使ったんです」

 

 セームが手にしていたのは夢奇の花だった。

 

「え? どういう事?」

「えっと……簡単に説明しますと……この花を使って転職したんです」

 

 クリスは困惑気味に問いた。

「え、転職って教会とかで出来るんじゃ……」

 セームは首を横に振り、

「モンスターマスターは生まれ付き備わっている職業で、どんなに他の職業になりたくても、なれないんです……魔力の質の関係上」

 

 魔力には3種類の性質がある。

 1つ目は攻撃する際に必要とされる”撃性魔力”、2つ目は自分、味方の傷を癒したり、ステータスを向上する際に必要とされる”助性魔力”、3つ目がモンスターマスターだけが持っているとされる”操性魔力”の3種類だ。

 

「え、って事は、セームは夢奇の花を使わないと転職出来なかったって事?」

 

 セームは強く頷く。

 

「……でも、シャインや村に埋めてあるもう1体も生き返らせるんだよな?」

 

 セームは目に涙を浮かべながら首を振った。

「夢奇の花の使い方がまず、”生きている者”にしか使えないんです」

「え?どういう事?」

 

 夢奇の花は使用者が叶えたい願いを思いながら花弁を飲み込む事で発動する。つまり死人ではそれが出来ないため、生き返らせる事が出来ない。

 

 セームはその事をクリスに説明した。

 

 「って事は、始めから無意味だったのか……」

 

 クリスは自分の事ではないのに酷く落ち込んだ。

 

「ク、クリスさんが落ち込む事じゃないですよ……私が単に弱かっただけで、でもクリスさんのおかげで決心が着きました!」

 

 セームは右手を握りしめ、笑顔で答えた。

 

「私! クリスさんみたいに、仲間を守れる前衛になろうと思います! それを夢奇の花にお願いしたら、武闘家に転職しました」

「俺みたい……か、俺は守ってやれていないぞ」

 セームが首を振る。

「そんな事ありません! 森の時だって、さっきのだってクリスさんが守ってくれたじゃないですか!」

 と、急にセームが両手を合わせもじもじし出す。

「そ、それに私はそんなクリスさんの事が好きに……なりました」

 

 突然の告白にキョトンとするクリス。

 セームは顔を真っ赤にし、

「ご、ごめんなさい! クリスさんは……その、ウィンダさんの事が好きなんですよね」

「そうだけど……まぁ、その、セームの気持ちは嬉しいよ」

 クリスは少々赤くなりながら返した。

 

「さ、さぁ……お昼食べようか」

「は、はい……」

 

 その後、少し気まずい空気の中食事を済ませ、少し休憩をしてからテントを片付け、出発する準備をした。

 

 

 

 さて、後はこの森を抜ければ村に着くな。

「セーム、森の中は危険が多い……無理はするなよ」

「大丈夫です、私だってもう戦えます……」

 

 クリスは左手でセームの頭を軽く撫でた。

「期待してる……だが無理は禁物だ、わかったな?」

 撫でられて嬉しいセームはとてもいい笑顔で「はい!」と答えた。

 

 クリスは森の方に向き直し、太刀を鞘ごと手に出現させ抜刀する。

「よし、行くぞ!」

 

 2人は日差しが少し遮断された森の中へと入っていった。



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第十二話 モンスターマスターの村 クレアル

 クリス達は森に入ってから時々出会うモンスターと戦闘をしながら出口を目指していた。

 

「はぁぁ!!」

 セームの回し蹴りが敵の腹部に直撃し、ぶっ飛んでいく。

 

「ナイス! よし、俺も!」

 クリスは目の前にいる残り一体を右足で蹴りモンスターがよろけた瞬間、

「一閃! 終爆!」

 

 クリスは敵に向かって走り出し敵に切り抜けで一撃与える。

 

 攻撃を受けたモンスターは、全身に小さな電が無数に走っているのが見える、これがスタン状態のエフェクトだ。

 

 その後ゆっくりと太刀を鞘に納刀する。

 

 ……パチンッドカンッ!

 

 鞘に納めたのと同時に切り抜けでスタンしていたモンスターが爆発した。

 

 クリスの自作スキル『属性付属』で爆破属性を付属して行う技である。

 つまりスキルの技ではなくクリス独自の技である。

 

 ……ダサいなこの技名……後で考え直すか。

 

「クリスさん、お疲れ様です」

 セームが自分で蹴り飛ばしたモンスターが落としたドロップアイテムを手に持ち、小走りでクリスに近づいてくる。

「お疲れ〜……お、セームが持ってるそれレアドロップアイテムじゃん」

 

 セームが持っているアイテムは”魔岩”と言って、結晶系のアイテムである。

 ”魔岩”は名前の通り魔力のこもった岩で、ゴーレム系やロック系モンスターからドロップ出来る。

 レア度は全10段階で、1が無2〜4がノーマル5〜7がレア8〜10が激レアとなっており、この”魔岩”はレア度5である。

 ”魔岩”は魔力を使う銃や魔法使いなどが使う杖の作成や強化に使用できる。

 

「え、そうなんですか? ……クリスさん、このアイテム要りますか?」

「えっ?」

 クリスはセームの問いかけに驚いた。

 なぜなら自分で採ったレアアイテムを渡そうとしてきたからだ。

「いいのか? レアアイテムだぞ?」

「はい……私に今必要なのはアイテムよりも力です……守りたいものを守れる力を……なので貰ってください」

 そう言ってクリスの手を取り

、手のひらにその魔岩を置いた。

 

「……セームがいいならありがたく貰っておくよ……ありがとう」

 セームは笑顔で「いえいえ」と首を振りながら答える。

 

 さて、あと少しで森から出られるな……といってもそろそろ疲れてきたな。

 

 それもそのはず、森に入ってから2人は休む暇もなくモンスターと戦いながら進んでいる。

 さっき2人が倒したモンスターですでに15体目だった。

 

 流石にセームも疲れてきてるだろ。

「セーム、この辺でちょっと休憩しようか」

 クリスがセームの方へ身体を向ける。

「分かりました!」

 笑顔で返すセーム。

 だが、顔色を見る限り疲れてはいない様子。

 

 さ、さすが武闘家に転職しただけはあるな、タフだ……むしろ男である俺よりタフなんじゃないか?

 

 そんなことを思いつつ、クリスは大剣を取り出し柄に呪符を巻き付け、それを両手で地面に突き刺した。

「結界!」

 テントで休む時に張った結界よりもやや小さいが、同じものを展開させる。

 その後、机と椅子も取り出す。

 

「セーム、お待たせ……椅子1つしかないから、セームが座っていいぞ」

 クリスはセームに気を遣い椅子を譲る。

「いえいえ、クリスさんが座ってください」

 両手を横に振り遠慮するセーム。

「遠慮するな……ほら」

「……すみません、ではお言葉に甘えて」

 セームがスカートを軽く抑えながら腰掛ける。

「さて、俺は……っと」

 クリスは辺りをキョロキョロと見渡す。

 

 お、いいの発見……アレでいいか

 

 クリスは結界の若干外側に落ちている平らな岩を見つけ、その岩を机の近くに運ぶ。

 

 この岩凄く冷たいな……もしかして。

 

 机の近くまで運んだクリスはその岩を持ったまま、

「すまんセーム、ちょっとこの岩軽く砕いてくれないか?」

「え? どうしてですか?」

 突然言い出したクリスに戸惑いの表情をするセーム。

「この岩……もしかしたら冷鉱石かもしれん」

「れいこうせき?」

 

 ”冷鉱石”とは氷が雨などで大きくなったもので、なぜ溶けないのかは未だ解明されていない。

 表面はまるで太陽に焼かれたかのように灰色に変色するため見た目では、タダの岩にしか見えない。

 そのため触ってみないことには分からない。

 

「分かりました、クリスさんそのまま持っててくださいね……叩き割るので」

 そう言って椅子から立ち上がり、腕を軽く鳴らす。

 クリスは落とさないように下から抱え込むように持ち替える。

 

「……はぁー、ふぅー」

 ゆっくりと深呼吸をしセームは構えた。

「よし、セームの好きなタイミングで構わんぞ」

 セームはゆっくりと右手を握りしめ、そして

「はぁぁぁ!!!!」

 クリスの持つ岩に目掛けてストレート。

 

 ガン!!!!

 

「痛っ!」

 冷鉱石があまりにも硬くセームは殴った右手を抑えた。

「大丈夫か!?」

 岩を落とし迷わずセームの右手を取ったクリスは、

「リカル!」

 セームの右手を両手で覆い、傷を治す。

「ありがとうございます」

「いや、ごめん……まさかそんなに硬いとは思ってなかった……」

 さて、どうやって砕こうか……

 

「あっ、クリスさん下!」

「え?」

 セームに言われ、下を見る。

 先ほどクリスが落とした岩は落ちた衝撃で少し欠けていた。

 その欠けた部分が青く光っている。

「キレイ……」

 セームがボソッと言う。

 

 クリスはその岩をゆっくりと持ち上げ、

「武器の強化や作成に使えそうだな……持っていくか」

 そう言い、体内に取り込んだ。

 

「すまんなセーム、あまり休憩出来なかったな……」

 セームは首を振り、

「いえ、もう行きますか?」

 クリスは「あぁ」と返す。

 

 椅子と机をしまい、結界を張るために地面に突き刺した大剣を抜く。

 抜いた瞬間結界が消える。

 

「もう少しで森も抜けられるだろう」

 セームは笑顔で「はい!」と答えた。

 

 

 

 それから30分程で森を抜けた。

 

 すると突然セームが走り出す。

「クリスさん! 早く早く〜!」

「待てよー! セーム!」

 

 セームを追ってクリスも走り出す、そしてセームが立ち止まった所に着くと、

「クリスさん、ここが私の生まれ育った村”クレアル”です!」

「ここが……クレアル」

 

 クレアルはこの世界唯一”モンスターマスター”が暮らしていると言われている村である。

 

 クリスが入口手前で立ち止まって辺りを見渡していると

「とりあえず、村長に挨拶しに行きましょう!」

 

 セームはクリスの手を取りまたもや走り出し、それに引っ張られるかのようにクリスは村へと入っていた。



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第十三話 鍛冶

 2階に上がり、”セームベルのへや”と書かれた飾り物が付いてるドアの前に来ると

 「クリスさん、すみません……ここでちょっと待っててください……着替えるので」

 「分かった、待ってるわ」

 そう言い手を離すと、セームがドアを開け入っていった。

 

  〜〜〜〜〜10分後〜〜〜〜〜

 

 ドアが再び開き中からセームが顔を出す。

 「すみません……おまたせしました、どうぞ」

 中へ入るとそこはいかにも女の子と思うような可愛らしい内装だった。

 俺は部屋を軽く見回した後、セームの方に目をやる。

 

 先程までの服装とは全く違う服装をしたセームが立っていた。

 

 「可愛いよ……」

 思わずそんな言葉がこぼれ、途端に恥ずかしくなる。

 

 セームもセームで顔を耳まで真っ赤にし、俯いていた。

 そんなセームの頭に手を伸ばし軽く撫でると「ふふっ」と笑う。

 

 床に座り楽しくおしゃべりをする事、約1時間。

 下の階に居るセームの母親の声が聞こえる。

 「2人共〜! 晩御飯出来たわよ〜! 降りておいで〜!」

 

 そう、晩御飯が出来た知らせだった。

 「行きましょクリスさん!」

 「あぁ」

 2人は当たり前のように手を繋ぎ部屋を出て、階段を降りてく。

 すると、母親が階段の前を通った。

 その瞬間こちらに目をやると

 「ふふっ、あなた達ったら……手なんか繋いじゃって、それじゃあまるで恋人みたいね」

 と笑顔で通り過ぎていく。

 

 それを聞いたセームは顔を赤くしパッと繋いだ手を離すと、勢いよく駆け下りていき

 「お母さんのバカ〜!」

 と言った。

 

 俺もその後に続き階段を降りていく。

 

 リビングに着くと食卓には豪華な食事が並んでいた。

 現実世界で例えるなら”ステーキ”だ。

 この世界にも牛なども存在しているが食用とはされていないため、いくら見た目がステーキでも実際はモンスターのお肉である。

 

 セームのステーキは俺の半分以下ぐらいのサイズしかないが……年の差などを考えると妥当だろう……ちょっと申し訳ない感があるが。

 

 楽しく食事をしながら俺はある事に気付いた。

 ”父親”を見かけていない事だ。

 

 帰ってきた時セームは”お父さん”って言っていた。

 なのにお父さんの姿を俺はこの家に来てから一度も見ていない。

 ましてや、食事に来ないのもおかしな話だ。

 

 俺は何かを察し、敢えて何も聞かなかった。

 

 「「ごちそうさまでした!」」

 「あ、クリス君後でいいから私の所に来てくれないかな」

 食事を済ませ席を立った時にセームの母親に呼び止められた。

 「分かりました、また後で来ますね」

 と言い食器等を流しに置きセームの部屋に向かい軽く休憩する。

 

 その後下に降り母親の部屋に向かった。

 

 コンコンっとノックをすると、ガチャっと扉が開き、母親が出てくる。

 「よく来たねクリス君……ちょっと裏手に行くけどいいかな」

 「大丈夫ですよ?」

 そう言い裏手に回ると、家の3分の2ほどもある小屋が建っていた。

 中へ入ると、

 「あ、あの……せ、セナさん? ここはもしかして……」

 「あぁ、クリス君ならひと目でわかると思ったわ……そうここは鍛冶小屋よ……と言っても私はスキルで作ってるから鍛冶用のハンマーぐらいしか道具ないんだけどね」

 

 ”鍛冶”には2種類存在する、一つは職人などの実力派で主に武器屋などに売っている武器、防具が作られている。

 もう一つは能力派、要するにセナさんのようにスキルで作るタイプで覚えれば誰でも使えるが、やはりセンスなどはある。

 

 部屋を見渡すと壁の至る所に自分で作ったであろう武器が何種類もあった。

 「セナさんって元々アサシン系だったんですか?」

 「えぇ……そうよ……もしかして、壁に飾ってある武器で分かったかしら」

 俺は頷く

 なぜ分かったかと言うと壁に飾ってある武器の6割が短剣などのナイフばかりだったからだ。

 

 セナさんが小屋の奥へと入っていく。

 「クリス君……こっちにいらっしゃい」

 そう言われ、後を追うと大きな釜が置いてあった。

 「もしかして、これって”錬金釜”ですか?」

 セナさんが頷く

 スキル派で最も必要としているのは鍛冶スキルと合わせて使う錬金スキルだ。

 この2種のスキルを上手く使いオリジナル武器を精製するのが基本的な方法である。

 

 「君にはこっちの使ってない方の錬金釜をやろう」

 「それはありがたいですけど……俺、まだどっちのスキルも持ってないんですよね……」

 「ふふ、そんなもの継承させればいいのよ……1から覚えるより遥かに早いわよ」

 クリスは忘れ物を思い出したような表情をした。

 

 すると、セナは札を2枚ほど具現化する。

 「手っ取り早くやるためにお札を使いましょう」

 と、軽くウィンクをした。

 

 札を使った継承方法はとてもシンプルで、札に継承させるスキルの魔力を流し込む。

 たったそれだけの事だが実は注ぎ込む魔力の量がとてつもなく必要なため、寝起きなどの後にやることが推奨されている。

 

 「はぁ……はぁ……はい、クリス君」

 魔力を込めた札を息を切らせながら渡した。

 「ありがとうございます、では早速……ふぅ……」

 

 取り込む方法もとても簡単、みぞおち辺りに貼りそれを飲み込むように吸収するだけだ。

 

 「これでよし……出来ましたよ、セナさん」

 「えぇ……早速始めましょうか、と言ってもここからはアナタ1人で行いなさい……自分の納得の行く物を作ってちょうだい、もし失敗したら私の所に持っておいで、解体してあげる」

 「わ、分かりました」

 そう言うとセナさんは小屋を後にした。

 

 自分の作りたい物か……

 「やっぱ太刀でも作るか……」

 

  ~~~~~1時間後~~~~~

 

 「で、出来たぁ!!」

 ただでさえ狭いのに、つい叫んでしまった。

 

 すると小屋の扉がガチャっと開く。

 「どうやら出来たようね……おめでとう」

 「ありがうございます!」

 

 セナさんがこちらに寄ってくる。

 「で、どんなのが完成したんだい?」

 「これです」

 と、1本の太刀を差し出す。

 

 赤い刀身に黒の柄、刀身は約130センチほどで、かなり長めだ。

 これでは太刀というより”大太刀”だ。

 

 セナさんは刀身や柄など隅々まで見たあと

 「よく出来てるわね、初めてとは思えないわ」

 

 スキル継承でスキルレベルなどをそのまま引き継いだとしてもすぐに同じように使えるわけではない。

 なので、1発目から大成功と言ってもおかしくない成果を出したクリスの完成度は賞賛ものだ。

 

 「1つ問題があって……」

 クリスは少々困った表情をした。

 「ん?なんだい?」

 「今の俺には振り回せないですよ……でも、いつか振り回せるようになります!」

 そう言いクリスはその大太刀をしまい、小屋を出て2人は家に戻っていった。

 

 セームの部屋に戻ってきたクリスはなんの迷いもなく扉を開けると、

 「き、きゃああああ!」

 と、部屋の中から叫び声が聞こえた。

 クリスはなんだ?と思い顔を上げる。

  そこには胸を隠し、こちらに背中を向けながら赤面をしたパンツしか履いてないセームの姿があった。

 

 「あ、すまん……」

 と、扉を閉めるクリス。

 

 数分後、扉が開き

 「い、いいですよ……もう、入って」

 セームが呼びに来る。

 

 しばらくの間、気まづい空気が漂っていた。

 それを切り替えるようにセームが口を開く

 「クリスさんは、いつ出発するつもりなんですか?」

 「あ、あぁ……そう言えば言ってなかったな……一応。明日の朝出るつもりだ」

 「そう……ですか」

 セームが少し残念な表情をした。

 

 そんな表情をするセームの頭を軽く撫でてやる。

 すると、突然

 「ク、クリスさん……1つだけお願いしてもいいですか?」

 「ん?どした?」

 セームが赤面しながらモジモジする。

 「そ、その……今晩……一緒に寝ませんか?」

 クリスはその事に驚いたが

 「あぁ、いいよ」

 と、笑顔で返す。

 

 そして、2人はセームのベッドで一緒に寝たのであった。



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第十四話 村長

 クレアルに入ったクリス達が町の中を散策しつつ、村長の家を目指していた。

 剣を背負っているのが物珍しいのか町の人達がずっとこっちを見ている。

 

 それもそのはず。

 先にも説明した通りここはモンスターマスターの町だ。

 剣は愚か、武器すらも存在しない唯一の町、見られるのは当然である。

 

 だが、俺には1つだけ気になる事がある、それは俺の隣を歩いてるセームベルへの視線がよそ者を見るような目で見ているからだ。

 

 「な、なぁ……セームベル」

 「どうしたんですか?」

 何も気にしてなさそうな口調で返すセーム。

 

 「あ、いや……町の人達の視線が……」

 セームは何かを察したのか、少し暗い表情をした。

 「……さすがクリスさんですね、気づいてしまいましたか……」

 

 「……どういう事だ?」

 さっぱり分からないクリスはセームに問いかける。

 すると、突然セームがクリスの左手を握り

 「町の皆は、私を一目見れば分かるんでしょうね……私に、モンスターマスターの力が無いことに」

 

 クリスは握ってきた手を握り返し

 「それなら、この町を出て俺と一緒に来ればいい……俺は別に構わんし」

 そんな一言にセームの顔が少し晴れた。

 

 手を繋いだまま、町のど真ん中にある村長の家に辿り着いた。

 「セーム、ここが村長の家か?」

 セームは頷く。

 するとセームが左手を伸ばしコンコンっとノックをする。

 

 数秒後ゆっくりとドアが開き、中から村長らしきおじいさんが顔を出す。

 おじいさんは2人の顔をチラチラと見たあと

 「セーム……セームベルなのか」

 「はい! 村長!」

 

 少し涙を浮かべたセームは村長に抱き着いた。

 そんなセームの頭を少し撫でた村長がクリスの方を向き

 「そなたがセームを連れ帰ってきてくれたのですね、お礼を言います……ありがとう」

 

 クリスは無言で少し微笑み首を横に振った。

 「俺はたまたま森でこの娘と出会っただけです」

 「とりあえず、2人共家に上がりなさい」

 

 そういうと村長はセームをそっと離し、家の中へと案内する。

 

 家の中へと案内された2人は奥へと入っていくと、村長とその隣に村長の奥さんが座っていた。

 

 「2人共こっちへ来て、座りなさい」

 

 村長は優しい口調で床をポンポンと叩きながら言う。

 2人が顔を見合わせ軽く頷き、腰を下ろした。

 

 「さて、早速本題じゃが……」

 と、村長が言い始めた所にセームが割って入る。

 

 「村長……分かっています……私はここを出ていきます」

 そこに居たセーム以外全員が驚きの表情をした。

 

 「そ、そうか……もう決めてしまったか」

 村長が少し暗い口調で言う。

 

 「村長もお気づきだと思いますが、私にはもうモンスターマスターの力はありません……ここの町に居座る資格はありません……」

 

 「……わかった、ワシからはもう何も言うまい……そなたはなんと言ったかな?」

 

 村長がクリスに問う。

 「すみません、申し遅れました……クリス・レギンスと申します」

 クリスは頭を下げながら挨拶した。

 

 「ふむ、では改めてクリス殿……セームの事をよろしくお願いします」

 村長が深々と頭を下げ、それに合わせ奥さんも頭を下げる。

 

 「お二人とも、頭を上げてください」

 セームが言う。

 

 「私は確かにここを出ていきますが……クリスさんに付いていく気はありません……」

 

 クリスは驚いたが。

 「付いて来ないのか……」

 「はい、今の私ではクリスさんの足でまといにしかなりません……なので一人で修行の旅に出ようと思ってます」

 

 クリスはセームの真剣な眼差しに何も言えなかった。

 

 「すみません、村長今日の所は家に帰りますね」

 村長は頷き、玄関まで送ってくれた。

 

 玄関で村長に頭を下げ、家を後にしたクリス達はセームの家へと向かう。

 

 セームの家は村長の家から2分ぐらいの所に建っていた。

 家に着くとコンコン ガチャっとセームが玄関を開けた。

 

 「ただいまお父さん、お母さん」

 

 すると、奥からこちらに向かってくる人影がある。

 

 「おかえりなさい、セーム」

 「ただいま……お母さん……」

 

 セームは涙目になりながら、母親に抱きついた。

 そんなセームの頭をそっと撫でる母親。

 

 「大変だったね」

 

 セームは母親の懐でコクッと頷く。

 

 少し頭を撫でていた母親が視線をこちらに向け

 「この娘を守っていただきありがとうございました、なんてお礼を言ったらいいか」

 

 「いえいえ、俺は困っていたのを助けただけです、お礼なんてそんな」

 「ですが……そうですね、もう今日は遅いですし、ぜひ泊まっていってください」

 母親が笑顔で提案してくる。

 

 俺はそんな提案を頭に入れながら一旦外を見る。

 もう夕日が見えなくなりそうなほど日が落ちていた。

 こんなタイミングでまた移動しては野宿は免れないと思い。

 

 母親の方に向き直し

 「じゃあ、すみません……お言葉に甘えさせていただきます」

 

 「分かりました」と笑顔で返してくれた。

 すると、目を真っ赤にしたセームがこちらに向き手を出してくる。

 

 「クリスさん、私の部屋に行こ」

 

 「分かった……すみません、お邪魔します」

 と、セームの手を取り2階にある、セームの部屋へと向かった。



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第十五話 独り旅

 朝、クリスが目を覚ますと昨晩隣で寝ていたセームの姿が無かった。

 体を起こしベッドから降りる。

 背伸びをした後、部屋を見渡すとセームの机の上に置き手紙があった。

 

 『クリスさんおはようございます 朝早く目が覚めてしまったので 外へ体を動かしに行ってきます』

 

 手紙を読んだ後、部屋を出て階段を降りて行くとリビングの方から物音が聞こえる。

 リビングへ向かうと、キッチンで料理をしている人影があった。

 セームの母親 セナさんだ。

 「セナさん、おはようございます」

 と、声を掛ける。

 すると、こちらの方に振り返り

 「あら、おはよう……まだ7時よ」

 セナさんは笑いながら言った。

 俺もそれに笑いながら返す。

 「そういえば、セームは?」

 セナさんは裏口の方を指差し「そっちに居るわ」と言う。

 裏口の扉に近づきドアノブへと手を伸ばすと、いきなりドアがガチャッと開き

 「ママー、お腹空いた」

 と、セームが入ってくる。

 急にドアが開いたためクリスは驚いて体がビクッとなった。

 「あ、クリスさん! おはようございます!」

 「お、おう……おはよ、朝から熱心だな」

 と、返しながら頭を少し撫でる、それが嬉しいのかセームは汗だくなのに笑顔をこっちに見せてくる。

 そのやり取りを見ていたセナさんが口を挟む。

 「そんな所でイチャついてないで、セームは顔と手洗ってきな……あ、クリス君はこれを運んで」

 「「はーい」」

 と、同時に返した。

 

 セームが横で美味しそうに卵焼きを食べる。

 セナさんの作る料理はどれも美味しい。

 朝食はシンプルに卵焼きとベーコン、ご飯だ

 ベーコンと言っても結局はモンスターの肉なので食べ慣れた元の世界より少し脂身が少なかった。

 

 食べ終わる頃

 「クリスさんは、いつ頃行かれますか……?」

 少し寂しそうな声で問い掛けるセームの頭をクシャっと撫でた。

 「すぐには出ないけど……午前中には出ると思う、それまで遊ぶか?」

 その返答にセームは今までで1番の笑顔を見せた。

 

 その後、4時間ほどセームの部屋で遊んだ。

 時刻は午前11時を回っていた。

 クリスは慌てて、支度をする。

 

 急ぎ支度を済ませ外に出ると、大勢の人が村の入口付近に集まっていた。

 

 ガヤガヤ……ザワザワ……

 

 「こ、これは……」

 クリスは驚いた表情で入口の方へ向かう。

 

 「おー、クリス殿 セームからそろそろ出られると聞いたものですので待っておりました」

 

 すると村長の奥さんがあるものを持って出てきた。

 それを村長が手に取り目の前に差し出す。

 「クリス殿、これを持って行きなされ……」

 「……これは?」

 白く光っているソレは太陽に反射し輝いていた。

 「これは光反石(こうたんせき)と言ってあらゆるエネルギーを跳ね返す力を持っています、クリス殿の旅に役立つでしょう」

 

 クリスは村長の手から受け取る、すると先程より更に輝きが増した。

 「ほぅ、クリス殿の魔力に反応しているようだ」

 クリスはソレを体内に取り込んだ。

 「ありがとうございます、村長」

 すると、村長は目を閉じゆっくり首を横に振った。

 「お礼を言うのは我々です、セームを無事連れてきた事は村みんなも感謝しています」

 そんな村長の一言に村の皆は拍手で答える。

 

 拍手が鳴り響く中人混みから少女がこちらに駆け寄ってくる、セームだ。

 「クリスさん……お別れですね……」

 涙目になっているセームの頭を軽く撫でるクリス。

 「強くなって俺とまた旅をしような」

 泣きだしそうな声で「うん」と頷くセーム。

 そんなセームにクリスはしゃがみ、そっとセームを抱きしめてあげた。

 

 その後、ゆっくりと立ち上がり

 「では、皆さんお世話になりました!」

 深々とお辞儀をしクリスは村を後にした、皆からの声援を背中に受けながら。

 その中でも誰にも負けずに声を発するセーム

 「絶対に! 再会しますから!」

 そっと後ろを見ると、セームが大きく手を振っているのに対し、クリスは拳を上げて答えた。

 

 

 村を出発してから5分ほど歩くとちらほら、モンスターが確認出来る。

 ここら一帯は草原地帯になっており、そこまで強いモンスターは居ない……クリスにとっては。

 

 更に歩くこと20分、クリスの前に森が見える。

 「あの森は……確か……」

 地図を取り出し確認するクリス。

 「……そうそう、『 龍獄の森』だ」

 

 『 龍獄の森』はドラゴンタイプのモンスターが多く生息する森で、龍属性の武器防具の素材集めとして有効活用されている。

 しかし、相手がドラゴンなだけに死者も多くこの森の主である『 天災"ヘブンドラゴン"』の出現率はほかの主に比べ極めて高い。

 そのため、死者の多くは天災に倒されていると言われている。

 

 森の入口まで行ったところで一旦立ち止まる。

 「さて、どの武器で行こうか……めんどいし敵に合わせて武器変えよ、とりあえず太刀から」

 ボソッと独り言を吐き、太刀を具現化する。

 

 せっかく作った武器も使っていかないとな

 

 太刀の鞘を背中に背負い納刀したクリスはゆっくりと森へと入っていった。

 

 「さすが龍の森……『龍の鱗 』がそこら中に落ちてるな、いいの落ちてたら拾ってくか」

 

 クリスは周りを警戒しつつ地面に落ちている鱗を傷や欠け等確認しながら拾い集め、奥へと進んでいった。

 

 「……ふぅ、たかが1時間ぐらいでこんなに集まったか……種類もそうだが個体数も多そうだな」

 

 そんな事を繰り返しているクリスの横の木陰でガサガサっと音がする。

 びっくりしたクリスは太刀の柄に手を添え身構える、すると。

 

 ガサガサ……ガサ…ガサガサ……

 

 木陰から白い小さなドラゴンが出てきた。

 「お、チルドラじゃん!」

 

 『 チルドラ』とは大人でも全長が75cmという小さなドラゴンで、自分すら持ち上げられない小さな羽と可愛らしい丸みの強いドラゴンだ。

 その可愛さからペットとして飼われてることもある。

 だが、姿には似合わず牙が鋭いので怒らせて噛まれたりしたら人間の腕など容易く切断できるため注意しなければならない。

 

 クリスはポケットに手を入れ茶色いボールのようなものを取り出す。

 「ほら、お食べ……お前達の好きな草団子だぞ」

 

 チルドラはドラゴンだが草食系で木々や葉を食べて生活している。

 ちなみに、チルドラは体の色が定まってはいない。

 主食にしているものに合わせて色が変わる。

 

 クリスの差し出した手に近づき草団子の匂いを嗅ぐ。

 食べられると思ったのか、口を開きパクッと1口で食べた。

 

 その後、クリスがチルドラを撫でていると後方から重い足音が周囲を響かせる。

 その音にビビりチルドラは走り去っていった。

 

 足音は近付いてくる所か横切っているようでそのまま遠くなっていく、その方角を見つめ足音が聞こえなくなり、再び歩き出す。

 

  〜〜〜〜〜〜20分後〜〜〜〜〜〜〜

 

 「そろそろ疲れてきたな……どっかで休めねぇかな」

 とクリスが歩きながら呟くと近くで水の流れる音がした。

 クリスは目を輝かせ音のする方へ走る、5分ほど走った先に大きな湖が姿を現す。

 

 「…………誰?」

 

 ふと、湖の方から声が聞こえた。

 クリスがそちらに目をやると全裸の女の子が立っていたのだ。



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Side Story II

 私の名前はセーム……セーム・アレクトル。

 真名はセームベル・アラシス。

 モンスターマスターには日常的に使う"定名"とモンスターと契約する時に使う"真名"の2つがあります。

 

 でも、私にはもうモンスターマスターを名乗る資格はありません。

 なぜなら、大切なパートナーを死なせてしまったから。

 

 その代わり、クリスさんと出会ってモンスターマスター以外の道もありそっちの道を歩もうと決意しました。

 

 これは、クリスさんと別れてからのお話。

 

 「……行っちゃっ……た」

 セームの目に涙が浮かぶ、それを手の甲で拭き取り

 「……いつか、強くなってクリスさんと再会しますから、それまでクリスさんも頑張ってください」

 と、小声で口にした。

 

 その日の夜、

 「セーム! ちょっと話があるから降りてらっしゃい!」

 

 自室で座禅を組んでいたセームに下の階から呼び声が聞こえた、母親のセナだ。

 セームはその場で「はーい!」と返事をし、部屋を出ていき、階段を降りていく。

 

 「お母さーん! どこー?」

 「こっちよー!」

 と、裏庭の方から返事が来た。

 

 セームは裏庭の方へ向かう。

 裏庭への扉を開けて外に出ると、横に置いてあるベンチにセナが座っていた。

 「どうしたの?」

 「セーム、今後アナタがどう歩んで行くのか聞きたくてね……どうせ、答えは決まってるんでしょう?」

 

 セームは「うん」と強く頷く。

 

 「なら、話は早いわね……実は、クリス君からセームにとあるものを預かっててね」

 「え、クリスさんから!?」

 セームは驚いた顔をした。

 

 セナはズボンのポケットからクリスからの預かり物を取り出し

 「これよ」

 

 ―――剛拳のブレスレット―――

 

 「これは……腕輪?」

 「そう、腕輪……」

 これは剛拳のブレスレットと言ってクリスが独り旅の最中にクエストで貰った報酬だ。

 

 物理攻撃の威力を最大2.5倍まで引き上げる事が出来るレアアイテム。

 

 「クリス君が、もし本当にセームが旅に出ると言ったら渡して欲しいと私に預けたのよ」

 そう言い、セナは手に持ったそれを腕を伸ばしセームの前に差し出す、セームはそれを両手で受け取り胸元に近づけ

 「ありがとうございます……クリスさん……」

 と、少し涙目になりながら呟いた。

 

 「それと、セーム? もし旅立つならいつ行くつもりなの?」

 「……んー、1ヶ月後? ぐらいかな」

 

 セナはセームの返答に対して少し微笑む

 「それなら、丁度1ヶ月後お前の誕生日だし、センターに連れて行ってあげようかしら」

 「え、それって……いいの? お母さん!」

 

 セームは目を赤らめながらセナの二の腕を掴んだ。

 「えぇ……さすがにそのままで行かせる訳にはいかないし、旅立つなら歳を取った方がいいでしょう」

 「ありがと! お母さん!」

 

 セームはブレスレットを腕に付け庭の中央辺りに向かった。

 そして軽く腕を振って、感覚を確かめる。

 

 「よし、邪魔にはならないね……」

 そう言い、セームは家へと戻って行く。

 

 

 そして、裏庭や近くの森で腕を振りいながら修行を重ね、1ヶ月が過ぎセームの誕生日がやってきた。

 

 「お母さん! お母さん! 早くー!」

 「はいはい、少しは落ち着きなさい」

 「だってー、早くセンター行きたいんだもん」

 

 セームとセナは村長からモンスターを借り、近くの街へと向かう。

 村にはセンターがなく街へ出向くしかないのだ。

 

 センターとはこの世界で無くてはならない場所の一つである、どんな場所かと言うと、この世界で唯一"歳を取れる"所だ。

 特殊な機械で見た目や中身等を自分の好きな年齢に変えることが出来るのだ。

 と言ってもいつでも出来る訳ではなく自分の誕生日に毎年1度だけ行える。

 

 40分ほどモンスターの背中に乗って街へと着いたセナ達は街の入口付近にモンスターに待機してもらい街に入っていった。

 

 2人は真っ先にセンターに向かい、受付を済ませる。

 待ち時間はそれほど長くなかった。

 

 「本日はお越しいただきありがとうございます、年齢を変えるのはお子さんですか?」

 「はい!」

 と、元気よく返事をするセーム。

 「何歳になさいますか?」

 「セーム? 何歳がいい?」

 

 セームはしばらく考えた後

 「んー……18歳」

 と答えた。

 

 「かしこまりました、設定して参りますので少々お待ちください」

 スタッフは2人に一礼しカーテンで仕切られた機械のある部屋に入っていき、中からピッピッと機械を操作する音が聞こえる。

 

 15分後、カーテンを開けスタッフが顔を出す。

 「設定が終わりましたので中へお入りください」

 セームは座っていた椅子から立ち上がりスタッフに案内され中へ入っていく。

 そして、丁度カーテンのところで立ち止まりセナの振り返る。

 「お母さん、ありがと……行ってきます」

 

 セナは少し微笑み

 「気をつけて……行っておいで」

 と、返す。

 

 それを聞き、セームが奥へと入っていくとスタッフがカーテンを閉める。

 

 中から再度機械を操作する音が聞こえ、数分後辺りにキィーンと鳴り響いたが、それは数秒で止んだ。

 

 それからさらに30分ほど経ち再びキィーンと鳴り響く。

 

 そして、カーテンが再び開くとそこには先ほどまで13歳の幼い女の子から一変、身長と髪が伸び大人びたセームの姿があった。

 

 「ただいま……お母さん」

 「……ふふ、おかえりなさい」

 と、言いお互い抱き合う。

 「お母さんの身長……越えちゃったね」

 「ふふふ、な私が低いだけだよ、クリス君に比べたら少し足りないんじゃないかな」

 「えへへ、そうかもね」

 

 センターを後にした2人は街で食事をしてから少し街を散策してから村に戻っていった。

 

 村に戻ると、村の人達がセームの方を見て驚いた表情を次々に浮かべ

 「セームちゃんかい!? まぁ立派になっちゃって」

 「えへへ、ありがとうございます!」

 

 と、村の人達とお話をした後村長の家に向かった。

 

 「おぉー、セーム……立派になったな、いい女子に成りおって……村で1番美人なんじゃないか?ハッハッハ」

 「あははは……」

 と、苦笑いをするセーム

 

 村長に今後の事を話し、村を出る事を許してもらったセームは急いで家に戻り出発の準備を始めた。

 

 「これは持ってく……あれは、邪魔になるし置いていこうかな……んー、後は」

 

 コンコンッ ガチャッ

 

 「セーム? 入るわよ」

 「何? どーしたのお母さん」

 

 セナは少し微笑んだ顔で部屋に入ってくる。

 「ちょっとアナタに渡したい物があって」

 と言い、手を広げソレを具現化させる、セナの手のひらに鞭のような物が出てきた。

 

 「……お母さん、これは?」

 「アナタが武闘家になったって言うもんだから、アナタの為に武器を作ったの……そして、完成したのがこれ"武闘鞭"よ」

 

 ―――武闘鞭―――

 長さは1メートルという短さで、それほど太くなくただのロープにしか見えないが、この武器は鞭とは全く違う使い方をする。

 この武器は手首や足首に巻き篭手のような役目を果たし、この武器に魔力を込める事で魔力で出来たリボンを作る事が出来る。

 

 このリボンは敵に巻き付けて拘束したり振り払って敵を弾き飛ばす事も可能で、中近距離戦闘にはかなりうってつけである。

 

 「す、凄いね……これ、ありがと! お母さん!」

 セナは微笑みながら頷いた。

 

 

 セームは旅の身支度を済ませ、村のクリスとは真逆の方角の入口に向かう。

 向かう途中、お世話になった村人に挨拶をしながら。

 入口に着くとそこには村長と奥さんが居た。

 「セーム……もし、ホントにクリス殿に会ったら彼にこれを渡してやってくれ……彼ならこれを正しく使えるだろう」

 と、村長が太陽が激しく反射する拳程の石を差し出す。

 「……分かりました、クリスさんに渡せばいいんですね」

 と、セームはその石を受け取り腰につけたポーチに入れた。

 

 「それじゃ……村長、奥さん、お母さん! 行ってきます!」

 セームは出発の挨拶をし、村を後にしました。

 

 

 クリスさん……待っていてくださいね、私……必ず強くなってクリスさんの役に立ちますから。



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第十六話 エリア

 「キ、キャーーーー!!!!」

 

 ドッパッーン!!

 

 突如目の前に大量の水の壁がクリスを襲う。

 「う、うわぁ!! ごごごごめんさ…ゴボゴボゴボゴボ……」

 津波のようにクリスを襲った大量の水はクリスとその辺一面をびしょ濡れにする。

 びしょ濡れになった顔を拭いていると、ドボンッと音がし、片目で音の方を見ると。

 こちらを睨みつける赤い瞳、それに対照的な水色の髪をした女の子だった。

 肩まで水に浸かっていて全身は見えない。

  「ごめんなさい、まさか水浴びしてる人が居るなんて思わなくて……」

 「……こ、こっちこそ、大声出して……その、ごめんなさい……」

 頬を赤く染めながら返す女の子。

 「と、とりあえず向こう見てるから出て服着たら?」

 と、来た道の方を振り向きながら言うクリス。

 しかしその時、クリス達の背中を強風が襲う、急に吹いた風に驚きクリスと女の子は風が吹いた方向を向く。

 するとそこには、青色の頭身に赤い瞳、4枚の翼を持つドラゴンが辺りに風を起こしながら降りてきた。

 そのドラゴンは2人の方を直視する。

 

 そして、水面ギリギリまで降りてきた瞬間。

 

 ヴァァァ!!!!

 

 と、辺りを振動させるような雄叫びを上げた。

 

 その直後少し飛び上がり4本のうち、2本の翼を光らせ女の子に向かって羽ばたく。

 その瞬間、翼から無数の刃が女の子に飛んでいく。

 

 女の子の周りの水にも直撃しクリスの位置からでは女の子の様子が分からない。

 

 「おい!? 大丈夫か?!」

 

 数秒後、水しぶきが減り女の子のシルエットが見える、その女の子の目の前で高速回転する細い棒のようなものが見えた。

 女の子の姿がちゃんと見えるようになり、クリスはその棒のようなものが何かわかった。

 

 「まさか、あれは槍か!?」

 

 2メートルほどある槍を高速回転させ、ドラゴンの攻撃を防いだのだ。

 

 クリスはすぐさま背中の太刀を抜刀し、構える。

 「しばらく俺が相手するから服を着ろ!」

 

 その言葉に頷く女の子、それを見たクリスは辺りを見渡す。

 

 あそこなら……

 

 クリスは木の生えていない広い場所を見つけそこに走り出す。

 ドラゴンは動き出したクリスに目が行き、翼を広げクリスを追いかける。

 

 その隙に、女の子は木のそばに置いておいた服を取りにいく。

 

 もう少しで広い場所に出るクリスの後ろからドラゴンか氷のブレスを吐く。

 ドラゴンが吐いたブレスは水面や木々を次々と凍らせる。

 

 クリスの後ろから凍結が迫ってきたが、クリスは木々を使ってうまく避けながら、広い場所に出た。

 

 出た直後、空からドラゴンが奇襲してくる。

 

 「うわぁ!!!!」

 

 なんとか避けたクリスは、太刀を構え直し間合いを取る。

 すると、

 「君! 大丈夫〜?」

 

 先ほどの女の子が追いついてきた。

 

 「なんで来たんだ! 死にたいのか!」

 と、女の子に向かって少々大きな声で言う、すると。

 「私だって戦えるの、舐めないでよね」

 と、自慢気に槍を構える。

 「私は"エリア"、あなたは?」

 「……クリスだ」

 「クリスね……じゃあクリス、一緒にコイツ倒すの手伝って」

 エリアと名乗るその娘は嬉しそうな声でクリスに共闘をお願いした。

 クリスには断る理由もないので「わかった」と返す。

 「でも、指示は俺が出す」

 コクっと頷くエリア。

 

 太刀を右側にし、刃を上に先端をドラゴンに向け構え、

 「エリア、真正面から行くから回って背中側に行ってくれ、そしたら隙を見て攻撃してくれ」

 と言い、ドラゴンに向かって走り出す。

 それに合わせエリアは、クリスの左側に居たのにも関わらず右回りで走り出した。

 それは、真正面に向かうのクリスから自分に視線を誘導させるための策略である。

 

 エリアの方を向きながら体ごと向かせるドラゴン、その側面が正面になったクリスはドラゴンから少し離れた所でジャンプする。

 

 ―――「疾風迅雷」―――

 

 全身、刀身に雷を纏い目にも留まらないスピードで敵を切り抜ける攻撃で、最大8連撃まで出来る技だ。

 基本的に斬撃可能な武器ならどれでも使える。

 

 クリスは敵の右側から真っ直ぐ切り抜け、その後、後から前、左前から右後ろと次々に切り抜けて7連撃を決めた。

 攻撃をまともに受けたドラゴンが少しよろめく。

 その隙を見逃さずエリアがドラゴンに向かって走り出し、少し手前で槍を構えそのまま突っ込む。

 

 ―――「雷迅一閃」―――

 

 雷を纏った槍の刃先をドラゴンに向け一瞬で突き抜ける。

 

 これはクリスの"疾風迅雷"の単発技だと思えばいい。

 

 さらによろけたドラゴンにクリスが走って近づき攻撃しようとするが、4枚の翼を広げ強く羽ばたき空に逃げたドラゴン。

 

 それを追うようにエリアが飛び上がる。

 

 ―――「空の階段(エンプティステアーズ)」―――

 

 空中を踏み台にし空へと上がっていけるスキルで1歩毎に魔力を消費してしまうのが難点。

 

 エリア自身跳躍力が高く5歩ほどでドラゴンの真横にまで到達した。

 しかし、ドラゴンはさらに強く羽ばたき天高く飛ぶ。

 

 エリアのジャンプ力はすごく高いのにそれすらも超えるか……さすがドラゴンだな

 

 クリスが感心している中、エリアがもう1歩上がり槍を逆手で持ちドラゴンに向けて構えた。

 すると、エリアの槍が赤く光だし、

 

 ―――「滅龍奥義"撃龍槍"」―――

 

 ドラゴンに向かって思い切り投げつける。

 

 槍はドラゴンの腹部から背部へと一瞬で突き抜け、その多大なるダメージを受けたドラゴンはそのまま逆さまに落ちていく。

 かなり上に逃げていた為落ちてくるのに数秒は掛かりそうだ。

 

 同じして、エリアも空の階段で地上に降りてくるが、落ちていくドラゴンに置いていかれるようにまだ空高くにいた。

 「クリス! 残りお願い!」

 

 クリスは落ちてくるドラゴンの影を基準にスレスレの所で太刀を右足付近に構える。

 そして、落ちてきたドラゴンが地面に当たる瞬間

 

 「―――剣舞(ブレイドダンス)―――」

 

 クリスが独自で作ったスキル技"剣舞"。

 剣系なら全て使用可能で一撃毎に魔力を消費する、その代わり自分の魔力が一定値以上残っている限り何段でも入る。

 

 クリスは素早く切っていき、18段まで入れた直後、ドラゴンを挟んだ反対側へ切り抜き片膝を地面に着いて逆手に持ち替えた太刀をゆっくりと納刀する。

 そして、太刀を完全に納めた瞬間

 

 パチン…………キーン、ドーン!!!!!!!

 

 とドラゴンの体内で何かが大爆発を起こした。

 

 降りてきたエリアも途中で足を止めるほど突然の出来事に驚いた表情をした。

 そして、だいぶ下に来たエリアは飛び降りてクリスに駆け寄る。

 「最後何があったの!?」

 

 クリスはエリアの方に振り向き。

 「あぁ、さっき連撃した時に爆発属性を付与して蓄積させたものを納刀をトリガーに締めただけだ」

 

 「……は?」

 エリアはクリスの言葉に開いた口が塞がらなくなった。

 「俺には属性付与のスキルを持っててな、爆発属性を刀身に付けドラゴンを切る度に蓄積させた……って言って分かるかな?」

 

 エリアは顎に手を置き首を傾げる。

 「ごめん、さっぱりわかんない! まぁそんな事はいいよ、それよりありがと……手伝ってくれて、おかげで早く倒せたわ」

 

 クリスは一瞬キョトンとしたが何故か口元が緩み、

 「あれぐらい大したことはないよ」

 と返し、ドラゴンが砂化した所を漁り始める。

 

 そんなクリスをじっと見つめるエリアがクリスに話しかけた。

 「ねぇ? クリスって旅人?」

 「ん? あぁ、そうだよ……旅をしながら修行中」

 

 エリアはふむふむと頷く。

 「もし、クリスさえ良かったらうちに来ない?」

 「……え?」

 クリスは驚いた表情でエリアの方に顔を向けた。

 「どういう事? 唐突すぎてわかんないんだけど……」

 「あ、ごめんごめん、話を飛躍させすぎたね、クリスが終わったら話すわ」

 「お、おう……」

 

 クリスは急いでドロップアイテム等を拾い集め、立ち上がる。

 

 いつの間にか近くの大きな岩に座って休んでいた、エリアの方へ向かう。

 「あ、終わった? お疲れ様」

 と、近づいてくるクリスに笑顔で言うエリア。

 そして、エリアは自分の隣の空いてる部分をぽんぽんと叩き、

 「ここに座りなよ……戦闘した後だし、クリスならわたしの隣に座っていいよ」

 

 ちょっと戸惑いながらも岩が大きいとはいえかなり接近しないと座れないのでクリスはエリアから拳1つ半ほど空けて岩に寄りかかる。

 そんなクリスにちょっとムスッとするエリアはクリスに近づくように座り直し、さっきの話の続きを話し始めた。



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第十七話 頼み

 「わたしね、4年ぐらい前にお母さんを亡くしてるの……この森のドラゴンと戦って……」

 エリアの声がクリスにはとても寂しく聞こえた。

 「でもね、お父さんと部屋を片付けてる時に見つけたの、この1冊の本を……」

 エリアは両手を広げ1冊の本を具現化する。

 

 「―――ドラゴンスレイヤー―――」

 

 背表紙にそんなタイトルが書かれているのが目に入り、クリスが問いかける。

 「それは?……」

 「これはね、お母さんが書いた全てのドラゴンに関する本なの……個々のドラゴンの特徴や性格、弱点までね」

 

 それから、エリアはこの森に住み続けてる理由や自分の事、今一番したい事を話し続けた。

 クリスは真剣な表情でエリアの話を聞き自分なりの意見を言い返す。

 

 そんな会話を何分、何時間話したか分からないぐらい話したところでクリスが切り出す。

 「エリアは、結局どうしたいんだ? 自分の母親の意思を継ぐのか、自分のしたい事をするのか」

 「っ! わたしは!……」

 と、言いかけた所で止めてしまったエリア。

 その後、数分の沈黙が続き。

 

 「だいぶ暗くなって来たね……クリスはこの後どうするの? 何もないならさっきも言ったけどうちに来ない?」

 

 クリスは腕を組み少し考えた後

 「家ってエリア1人……なの?」

 「ううん、お父さんが居るわ」

 クリスはその言葉に一瞬ドキッとしたが何故かホッとした。

 「……んじゃ、お言葉に甘えるわ」

 エリアはとても嬉しそうに「うん!」と答える。

 

 2人とも立ち上がり、エリアがこっちだよと指を指した。

 「すぐそこだから」

 と、エリアが歩き出したのを追いかけるようにクリスも歩き出す。

 

 エリアの言った通りホントにすぐそこで、5分ほど歩いただけで家らしき物陰が見えた。

 辺りはかなり暗くなり始めており、家の中から照らさせる光がよく見える。

 

 「着いたわ、ここよ」

 

 森の中に一戸だけ建っていたその家は、昼間遠くから見たら分かりづらく、周りに溶け込むように茶色の外壁に緑色の屋根……それは正しく"木"だった。

 玄関もパッと見でな見つけづらいぐらい溶け込んでおり、よく見るとドアノブが付いてるぐらいでしかない。

 

 エリアはそのドアノブに手を伸ばしガチャッとドアを開ける

 「ただいま〜」

 すると廊下の1番奥の扉が開き

 「おーう、おかえりエリア……ん? もしなや客人か?」

 「そう、彼はクリス……森で助けてくれたの」

 そう言うとエリアはササッと靴を脱ぎ上がっていき、父親の隣を通って父親の出てきた部屋へ入っていった。

 そんなエリアを横目で見ていた父親がこちらを向きジロジロと見てくる。

 そして、

 「娘を助けてくれてありがとう」

 と頭を下げた。

 

 クリスはそれに慌てて頭を下げ

 「こちらこそ、助けていただいて……」

 と言う。

 

 「今日はもう疲れただろう……ゆっくりして行くといい、さぁ上がりなさい」

 と父親が笑顔でいい出てきた扉へと向かって行った。

 クリスはゆっくりと靴を脱ぎ、エリアの靴と自分の靴を整え奥へと入っていく。

 

 そして、2、3個ある扉のうち廊下の1番奥の扉を開けて中に入ると、部屋の奥の方で料理を作っているエプロン姿のエリアが目に入った。

 

 そんなエリアに見とれていると、

 「クリス君と言ったかな? まぁエリアが夕食を作ってる間話そうじゃないか……久しぶりに家族以外の話し相手が出来て私は嬉しいよ」

 と、テーブルの上座に座っていた父親が言う。

 クリスは扉の近くの隅に荷物を起き、父親の右前に座った。

 

 「クリス君は見るからに旅をしているようだが……何を目指しているんだ? やはりあの塔か?」

 「俺は……」

 と切り出したクリスは、自分の目的や今まであった事を全部話した。

 

 「……ふむ、そうだったのか……なら君に必要なのは戦い方だな」

 「え……それは、どういう事ですか?」

 クリスは戸惑いの表情を浮かべた。

 

 「いや、今までの君の戦い方を否定する訳じゃないんだ……戦略を増やして効率のいい戦闘をと思ってな……」

 

 「夕食出来たよ〜」

 とエリアがこちら側を見ながら言う。

 

 「後は夕食の後にしようか……」

 「わかりました」

 

 食事中はほとんど無言だったが、親子の仲が悪いわけではなかった、これは暗黙のルールだ。

 家庭にはそれぞれの暗黙のルールがある、中には食事中は私語禁止なども余裕である。

 めっちゃ暗く感じるが……。

 

 エリアの料理はとても美味しい、場所が場所なだけにドラゴンを使った料理が8割だ。

 それでも、ちゃんと野菜があり、米がありでバランスもよかった。

 野菜や米は裏庭を整地し自ら育てたものらしい。

 そして、俺は確信した。

 絶対いいお嫁さんになるな……と。

 

 食べ終わり、食器を重ね台所へ持って行こうと立ち上がると。

 「わたし持ってくから置いてとていいよ……まぁわたしがテキトーに置かれるのが嫌なだけだけど」

 「そっか……でも、悪いし持ってくよ」

 と言い、重ねた食器を台所へ持っていく

 

 「なら、流し台の横に置いておいて?」

 「了解」

 

 クリスは言われた通り流し台の横に置き、戻ろうとした時。

 「エリア、私が食器を洗っておくからクリス君を部屋に案内してあげなさい」

 と、父親が言うと立ち上がり台所へ行き

 「……そういえば、まだ名乗っていなかったね私の名はアルデライトだ」

 と背中越しに呟いた。

 

 クリスはハッとしたかのようにアルデライトの方へ振り向き、

 「クリス……クリス・レギンスです! よろしくお願いします!」

 と、勢いよく頭を下げた。

 

 その後、リビングを出た2人は目の前の階段を上りエリアに連れられ2階へ行く。

 階段を上がった左隣にある部屋に向かい、

 「クリスはこの部屋を自由に使って」

 と、笑顔でエリアが言う。

 扉を開け部屋に入ると、南東向きの窓にその横に置かれた机と椅子、そしてその反対側に押し入れがある。

 「この部屋綺麗だね……」

 と、ボソッと言うと、エリアが顔を赤らめ。

 「じ、実はね……この部屋私の……なの」

 「……え」

 「あ、わ、私はお母さんの部屋で寝るから安心して!?」

 エリアは慌てて弁解した。

 

 「でも、いいのか? 俺がエリアの部屋使って」

 「私は変な事しなければ全く問題ないわ」

 「へ、変な事……?」

 クリスがそう聞き返すと、エリアはモジモジしながら

 「し、下着漁ったり?」

 「………………ない」

 とクリスは真顔で返した。

 

 それから数秒の沈黙が続き

 「じ、じゃあ私! 風呂入ってくるから、さっきのドラゴン狩りで汗かいちゃったし」

 と言い、部屋のクローゼットの取っ手を握る

 「あ、ごめんクリス、一瞬部屋の外に出るか窓から顔出してて……下着出すから」

 「あ、あぁ……わかった、部屋から出てるわ」

 

 部屋を出て5分後

 

 ガチャッ

 「ごめんお待たせ……」

 「おう、ゆっくり入っておいで」

 エリアはクリスに手を振りながら階段を降りていった。

 

 クリスは部屋に戻りベッドに寝転がる。

 「……ふぅ、この先どうしていこうか」

 と、今後の行動をどうするか考えているとコンコンとノック音が聞こえた。

 「……クリス君、居るかい?」

 クリスはベッドから起き上がり

 「居ますよ!」

 と返事をした、すると

 「ちょっと……話したい事があるから着いてきてくれるか」

 と、扉越しに言う。

 クリスは扉を開け、階段を降りていくアルデライトに着いて行った。

 

 さっきほど食事をしたリビングの横にスライドドアがあり、アルデライトが目の前で立ち止まるとポケットから鍵を取り出し、扉を開ける。

 

 ガラガラガラガラ……

 

 「さぁ、入ってきたまえ」

 クリスはゆっくりと入ると、そこは道場だった。

 「アルデライトさん、ここは……」

 「私が道場を開いていた頃に使っていた場所だ、今はもう使ってないがね……」

 そう言うとアルデライトは部屋の真ん中辺りまで行きクリスの方に振り向いた。

 「クリス君、私は君を見込んでここに連れてきた……私と1試合してくれ」

 

 クリスは唐突すぎる申し出に頭が困惑していた。

 

 「クリス君……私は君にならエリアを任せてもいいと思っている」

 「え、それはどういう……」

 「夕飯前に軽く言っただろう……戦略を増やして効率の良い戦い方を、と」

 

 アルデライトは部屋の奥の扉を開き

 「まぁそれは私に勝ってから教えてやろう……さぁ、この中から好きな竹刀を選んでくれ」

 

 クリスは奥へ入り、竹刀を1本1本手に取り見比べた。

 

 1本1本重さや長さの違う竹刀、その中でクリスが取ったのは

 「俺は……これで大丈夫です」

 「……ほう、その1番重いやつでいいのか」

 

 クリスは頷き、部屋の真ん中辺りに向かった。

 

 クリスが手にしたのはアルデライトの言った通りいくつもある竹刀の中で1番重いやつで、長さは普通の竹刀と変わらないが重さは5倍近くある。

 

 そして、アルデライトも1本手に取りクリスから数メートル離れた位置に行き構える。

 

 「ルールは……相手の手から竹刀を弾き飛ばした方の勝ちだ、いいね?」

 「はい……」

 と、クリスも、さすがに重かったのか両手で持ち自分の正面に構えた。



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第十八話 父の思い

 バチッ!……バチッ!

 と、道場内を竹刀同士がぶつかる音が鳴り響く。

 お互いに相手の行動を読み合いながら前へ後へ……右へ左へと動く。

 避けられるものは避け、避けきれないものは竹刀で盾代わりに受け、隙あらばカウンターを仕掛け……と、そんな打ち合いが始まってから、かれこれ1時間が経とうとしていた。

 

 「はぁはぁ……さ、さすがクリス君……わたしが見込んだだけはある……はぁはぁ」

 「はぁ…はぁ……アルデライトさん……こそ……さすがですよ……全然弾けない……」

 

 両者共に休憩なしで続けていたため息が上がっているが、そんな状態にも関わらずクリスはアルデライトに竹刀を向け構える。

 

 「つ、次で……終わらせます……」

 「……来い……クリス君」

 

 クリスは軽く腰を落としながら体重を前に掛け、足に残りの力を入れアルデライトに向かって真っ直ぐ走り出す。

 アルデライトの4歩ほど手前で身体を左に振る、その瞬間アルデライトもクリスの攻撃を竹刀で受けようと、右側に身体を向け防御体勢に入ろうとした矢先。

 クリスは左足で思い切り床を蹴り反対側へ瞬時に移動した。

 

 「はあぁぁぁぁ!!!」

 

 アルデライトはクリスの切り返しに驚き、反応が遅れてしまった。

 クリスはそのまま右側から左手前に目掛けアルデライトの持つ竹刀に引っ掛けるように竹刀を振るう。

 

 バンッ!!

 

 と、道場内に鳴り響いた音はアルデライトの手から弾かれて壁に激突した竹刀の音だった。

 

 あまりにも勢いよくやりすぎたのか、疲れたクリスには耐えられず走った方向に飛ばされるようにドテッ!と盛大に転けてしまった。

 その直後、道場内にパチパチパチと鳴り響く、それはアルデライトが手を叩き拍手していたからだ。

 

 「いやー、凄いね……クリス君……最後の切り返しは素晴らしかったよ」

 アルデライトは転けたクリスに近ずき軽く腰を曲げ手を伸ばす。

 「あ、ありがとうございます……」

 と、返しながらアルデライトの手を掴み、クリスは立ち上がる。

 

 「君の勝ちだ、クリス君……そんな君に1つ頼みたい事がある」

 アルデライトは真剣な眼差しでクリスを見つめる。

 その表情にクリスも真剣な顔で

 「なんですか?」

 

 アルデライトは一息吐いて口にした。

 「エリアを……旅に連れ出して欲しい」

 「俺が……ですか?」

 アルデライトは頷きクリスの右肩に手を乗せ

 「今夜はもう遅い……また明日詳しく話すから、今日はもう寝なさい」

 「……分かりました、では今日の所は失礼します、おやすみなさい」

 クリスはそう言い、道場を後にし部屋へと戻って言った。

 アルデライトは心臓当たりを抑え、膝を着く。

 「……ぐっ……ゴホゴホッ……少し無理をし過ぎたか……はぁあ……」

 

 

 

 先に部屋に戻ったクリスは寝着に着替えベッドに寝転がっていた。

 

 「エリアを……か、まぁ確かにあの娘の実力なら足でまとい所かむしろ戦力になる……んー」

 クリスは何か考え事をしつつ、眠りに着く。

 

 翌朝。

 ベッドから起き上がり、普段着に着替え部屋を出ると。

 「あ、クリス……おはよー!」

 と、同じく部屋を出ようとしていたエリアにばったり会った。

 「あぁ、おはよエリア」

 と、クリスも笑顔で返す。

 すると、エリアの表情がとても明るくなり上機嫌で先に階段を降りていく。

 そんなエリアの後姿を見て、太もも近くまで伸びた長い水色の髪が、左右に揺れているのを見蕩れて、姿が見えなくなるまで足が止まってしまった。

 

 「クリスー? 早く降りておいでー」

 

 エリアの声にハッと気が付き階段を降りていき、作ってくれた朝食を済ませアルデライトの所に向かう。

 

 リビングのすぐ横にある、アルデライトの部屋の扉をノックする。

 すると、中から

 「入りたまえ」

 と、返事があった。

 

 クリスはゆっくりとドアノブを回し、扉を開けて中に入る。

 中へ入るとアルデライトが座布団に正座で座っていた。

 「おはようございます……アルデライトさん、朝食食べないんですか?」

 と、挨拶をしつつ正座で床に腰を下ろす。

 

 「あぁ、おはよ……朝はいつも食べないんだ」

 と、返すアルデライトは1本の巻物を手にしている。

 それをクリスの前に置き、アルデライトが口を開く、

 「その、巻物はこれから私が君に教える技術が記された物だ持って行くといい……だが、それを見るのは私からの教えが終わってからだ……巻物に頼っていては時間が掛かってしまうからな」

 クリスはその巻物を手に取り、手を広げ取り込む

 「読むのはここを出発してからにします」

 と言うと、アルデライトは少し微笑んだ様子で軽く頷いた。

 

 「すー、はぁー」

 

 アルデライトは深くため息を着き、クリスの方に強い眼差しを向け

 「さて、昨日話した件だが……君が嫌だと言うなら無理強いはしない……どうかね?」

 「俺は……構いませんよ、彼女を同行させても……エリアはちゃんとした戦闘能力がありますしね」

 

 それを聞いたアルデライトは安堵を着いた。

 

 「それなら……話は早い」

 「ですが、アルデライトさん……なんで俺なんですか?」

 

 その問いかけにアルデライトは一瞬目を見開き、直ぐに返す

 「それはな、エリアが君を連れてきた時普段と違う笑顔を見せたからだよ……昨日出会ったばかりだと言うのに……エリアは君を完全に信用している眼をしていた……ただ、それだけだ」

 「は、はぁ……」

 クリスは少々反応に困ってしまい、2人の間に少し沈黙が続いた後、アルデライトが口を開く、

 「クリス君はエリアから何か聞いたかい?」

 

 クリスはエリアから聞いた事を説明した、エリアが口篭もったことも含めて。

 

 「そうか……なら、エリアはまだ悩んでるのか……」

 「そう……みたいですね……」

 

 アルデライトはんー、とうめきながら数分考えた末

 

 「やはり……クリス君……君にエリアを連れて行ってもらおう」

 と、少々大きい声で発したにも関わらずアルデライトの表情は曇っていた。

 

 クリスはアルデライトの表情を見て一瞬立ち去ろうと思い片膝を立てたが正座に戻し、問いかける。

 「アルデライトさんは何故そこまで彼女を行かせようとしているんですか」

 

 アルデライトは俯いていた身体を起こし、クリスの方を真っ直ぐ見る。

 「それは……君も聞いただろう……エリアは母親の仇を討ちたいと言っていた……私もそれに反対しない……むしろ、望んでいる」

 「旅に行かせてレベルを上げてから倒して欲しいと、そういう事ですか?」

 

 アルデライトは目を閉じゆっくり頷き、突然上半身だけ脱ぎ始めた。

 着ていたものを床に置くとクリスに背中を向け、

 「この傷を見てくれ」

 

 「!?……な!?」

 クリスはその傷を見て目を見開くほど驚く

 

 アルデライトの背中にあったのは左肩から右腰まで真っ直ぐ入ったドラゴンの爪跡だった。

 それに加え、かなり青紫色をしている。

 

 再び服を着たアルデライトが続けて口を開く、

 「ははは……驚くのは無理もない……この傷は見ての通りドラゴンにやられたものだ……しかも、エリアの母親を殺ったドラゴンから受けた傷だ」

 「で、でも……その傷はっ」

 クリスは驚きを隠せないまま続けた。

 「その傷は……もう、壊死してるのも同然じゃ……」

 旅の途中で寄った街等で情報を入手しているクリスにはその傷がなんなのかすぐに分かるほどだった。

 

 アルデライトは一息つき、話を続ける。

 「この傷を知ってるなら、説明も要らんだろう……もう私には時間がないんだ……もって1ヶ月半と言ったところだろう」

 

 クリスは頭の中を整理しながらアルデライトの話を真剣に聞いていた。

 

 「だから、エリアが君を連れてきた時から半分決めていたんだ……君にエリアを任せようと……だから、頼む! エリアを連れて行ってくれ!!」

 と、腰に手を当て軽く頭を下げるアルデライトにクリスは

 「頭を上げてください、少し……いえ、今日1日時間をください……考える時間を」

 

 アルデライトは頭を持ち上げ微笑みながらゆっくりと頷く。

 

 「すみません……最後に一つ伺いたいのですが……」

 「……ふむ、なんだね?」

 「エリアはその傷の事知ってるんですか?」

 クリスの質問にアルデライトは首を振る。

 

 「……分かりました、ちょっとエリアに聞いてみようかと思ったのですが……その傷抜きで話した方が良さそうですね……では、失礼しますね」

 クリスはそっと立ち上がりアルデライトの部屋を後にした。



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第十九話 決意

 アルデライトの部屋を出て階段を登ろうとした瞬間リビングの扉が開く。

 そこには髪をポニーテールに縛り、エプロンを着けたエリアが立っていた。

 

 「あ、クリス!」

 と、目が合うとエリアが近づいてくる。

 

 「どうかしたか?」

 「ううん、特に何かある訳じゃないけど……お父さんと何話してたのかなぁって」

 「別に……ただの雑談程度だよ……」

 と、クリスは引きつった笑顔で返してしまった。

 

 本当は聞きたい事があったのに

 

 2人の間に少し沈黙があった後エリアが口を開いた。

 

 「あ、あの……クリス」

 

 「私の部屋……ううん、クリスの部屋でちょっと話したいなと思って……いいかな?」

 

 クリスは少し考えた後「いいよ」と返し、階段を上がる。

 

 ガチャッ

 

 「意外と綺麗にしてるのね」

 と、部屋に入って早々に、キョロキョロと部屋を見回すエリア。

 

 そんな事に全く気にせずベッドクリスが座り

 「話があるんだろ……座れよ……まぁお前の部屋だし、綺麗にしてるよ」

 「あ、ごめんごめん……ありがと」

 と、笑顔で返すエリアは何も気にせずクリスの左隣に座った。

 クリスは一瞬驚いたが「まぁいいか」と呟きつつ少し右にズレる。

 「んで、話って?」

 「あ、そうだった……忘れる所だった、クリスはなんで旅をしてるの?」

 

 クリスは腕を組み考えた。

 

 そもそも俺がこの世界を作った訳で……理由無く旅してる訳じゃないが、RPGやってるような感覚なんだよなぁ……

 まぁここは無難に……

 「俺は、あの塔を攻略したいだけだよ……でも、その為には強くならないといけない、どこかに引きこもっても強くなれやしないしな」

 

 エリアはそかそかと言うかのように2回頷く。

 「それは1人で?」

 クリスは首を横に振り

 「いや、仲間を集めるつもり……少なくとも5人は」

 

 それを聞いたエリアは突然立ち上がりクリスの前に立ちこちらを見下ろした。

 「ねぇ、クリス……私をその仲間に入れてくれないかしら」

 エリアの表情は逆光でクリスからは少し見づらかったが声のトーンで何となく察することが出来る。

 エリアは旅に着いていきたいと。

 「でも、アルデライトさんは……」

 「それは私から話すよ……クリスに着いていくって」

 

 エリアは再びクリスの隣に座ると

 「前に話したでしょ……お母さんの事、仇を討ちたい……でも、強くならなきゃ私も勝てない……だからクリスに着いていって一緒に強くなりたいの! だから、お願いクリス……私を連れてって」

 

 こちらに真剣な眼差しを向けるエリアにクリスは、

 「大変な道のりを歩むことになるぞ……それでもいいのか?」

 クリスの問いかけに強く頷くエリア。

 

 丁度その時コンコンっとノックの音がした。

 「開けていいですよ」

 とクリスが応答すると、ゆっくりと扉が開きアルデライトが入ってくる。

 「すまんな、こんな時間に……2人に話があってな」

 2人は一瞬顔を合わせ、首を同時に傾げるが、クリスはなんの事は分かり「あっ」と言うかのように口を開ける。

 

 「エリア……クリス君と旅に行く気はないか?」

 「え、うそ……そんなありえないよ?!」

 

 エリアは突然立ち上がりアルデライトの腕を掴み

 「さ、さっきまでクリスと話してたんだよ!? 私も旅に連れてって欲しいって!」

 

 エリアは嬉しくてテンションが上がっているのか状況が読めなくてテンパっているのか少し声が荒らげる。

 

 そんなエリアの手をゆっくり離し、クリスの方に目を向けると

 「いいのかい、クリス君……この娘を任せても」

 「えっ……」と、口に出したままポカンとしているクリスにアルデライトはエリアにバレないようにウィンクで何かを訴える。

 

 それを見たクリスはその何かを察し

 「俺は構いませんよ……エリアは十分強いですし、戦力になりますしね」

 

 アルデライトはエリアに視線を移し、肩を持ち少し離す。

 「ふむ、そうか……そうだ、エリアそれにクリス君……旅立つ前に少しわたしが修行を積んでやろう、明日の朝朝食を済ませたら道場に来なさい……修行はそれからだ」

 「わかりました」「分かったわ」

 

 アルデライトは「うん」と軽く頷くとエリアの肩から手を離し部屋を出ていった。

 

 「さて、私も部屋に戻るね……話聞いてくれてありがと、これからもよろしくねクリス」

 「俺は何もしてないよ……一緒に旅に出るだけで何も……こっちこそよろしく」

 

 エリアもアルデライトに続き部屋を出ていく。

 

 クリスはベッドに横になり、右腕をおでこに当て軽く息を着く。

 「ふぅ……修行か、自己流で今まで強くなってきたから誰かに教えてもらうなんて、楽しみだなぁ…………すぅ……すぅ」

 そのままクリスは寝てしまった。

 

 ―――翌朝―――

 

 「ふぁ〜……」

 と、身体を起こし伸びとあくびを同時にするクリスは昨日、着替えずに寝てしまいクローゼットへ向かう。

 

 ガチャっ

 

 クローゼットを開け、ハンガーに掛けてある普段着と下に置いてある透明なケースからズボンを手に取り着替える。

 

 部屋を出て、階段を降りていき玄関へと向かった。

 

 「あれ? クリス? どこ行くの?」

 玄関で屈み靴を履いていると後ろから声を掛けられる。

 振り向くと、瞼を擦りながら眠そうな顔でこちらにゆっくりと近づいてくるエリアだった。

 

 「あぁ、エリアおはよ……ちょっと軽く運動してくるわ……眠いならまだ寝てな? まだ集合には時間あるし」

 

 今はまだ5時を回ったばかりで外は明るいが早い方だった。

 

 「うん、分かった……ドラゴンには気を付けてね……行ってらっしゃい……ふぁ〜」

 そう言うと、エリアはヒラヒラっと手を振り階段を登っていく

 「おやすみエリア……行ってきます」

 

 ガチャっ

 

 クリスが玄関を開けると日は出てるのに森の中で少し薄暗く、奥の方で太陽に当てられ光って見える箇所があった。

 「湖かな? 昨日そんなに歩かなかったしゆっくりだったから気づかなかったけど意外と近いんだな」

 と、口にしていると家の裏の方から突風が吹く。

 

 ビュウウウウ

 

 クリスには家を背にしていたため受けてはいないが、周りの木から何百枚と葉っぱや小枝が飛んでいく。

 

 「すごい風だったな近くにドラゴンでも居たか?」

 と、なんとなく空を見上げると目の前を黒い巨体の影が勢いよく通り過ぎていき、その数秒後……また、先ほど吹いた突風が来る。

 

 クリスは飛んで行った方向をじっと見ていたがここは森の中……木が邪魔でほとんど見えなかった。

 見えたのは木と木の間に差し込む光に映り込む影が遠のいていく所だけ。

 

 あんなドラゴンも居るんだな……いつか倒してみたいな……

 

 そんな事を思いながらクリスは湖へと向かった。

 

 

 湖に近づくにつれ、徐々に寒くなっていく、ちょうど湖の方が風上で家が風下だったからだ。

 

 クリスが湖に着くと、辺りを見渡し近くにドラゴンなどが居ないのを確認する。

 「居ないようだな……はぁあ!……」

 クリスは両手を前に出し、剣を持つような手の形をし力を込め、いつぞやの大剣を具現化させた。

 

 「……うっ、くっ……やっぱ……重、い」

 

 ドスンッ!

 

 大剣を支えきれず地面に刃先が落ちてしまう。

 クリスは大剣をしまい、震える両腕を見つめる。

 「全然持てる気がしないな……どうしたらいいんだ」

 

 パキッ

 

 と、クリスの後ろの木陰から音がする。

 クリスはすぐさま振り向き

 「誰だ!!」

 と言ったが……何も聞こえず、聞こえたのは風でなびく水の音と葉同士がぶつかり合う音だけだった。

 

 不思議に思いながらも、クリスは太刀を出し素振りを1時間、湖の周りを1時間ランニングをしていると

 

 「クリスー!!!! 朝ごはん出来たよー!!!!」

 と、エリアの呼ぶ声が聞こえたためクリスは家へと戻った。



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第二十話 形見と修行と

 エリアと朝食を済ませたクリスは一旦部屋に戻って修行の支度をする。

 クリスは上下灰色のジャージに着替え、部屋を出ると丁度片付けを終えたエリアとばったり会った。

 

 「クリスはやる気満々ね、もう着替えたんだ」

 「誰かに教えてもらう修行はやってて楽しいからな」

 と笑顔で返す。

 

 するとエリアは口元に手を置き、ふふっと笑った。

 「私も着替えて来るから待ってて一緒に行きたい」

 「ん?分かった……待ってるわ、ゆっくりでいいから」

 

 エリアはそれを聞き笑顔で部屋のドアノブに手をかけ

 「ありがと……それじゃあ、ちょっと待っててね」

 と言い残し部屋に入って行く。

 

 エリアは5分ほどで着替え終わり廊下に出てきた。

 

 濃い目の水色に左肩から縦に真っ直ぐ3本の黒い縞模様のTシャツ、下は黒の短パンを履いている。

 

 「どうかな?」とその場でくるっと回って見せる。

 「い、いいんじゃないかな」とクリスが返すと、エリアは嬉しそうな表情を見せた。

 その後、クリスの右手首を掴み

 「行こ? クリス」

 そう言い、クリスはエリアに引っ張られながら階段を降りて行く。

 

 ニ人が道場へ向かうと部屋のど真ん中で座禅を組んでいるアルデライトの姿があった。

 中に入ると、

 「ニ人共来たか……」

 と、目を閉じたまま立ち上がった後、ゆっくりと目を開ける。

 

 「アルデライトさん……今日はよろしくお願いします」

 クリスが真っ先にお辞儀をすると、エリアもクリスの横で慌てながらお辞儀をした。

 

 「まずは、裏庭へ行こう」

 そういい、アルデライトは道場を出る。

 その後を追うようにニ人も付いて行った。

 

 キッチンの左奥に裏庭へ通じる扉がある。

 その扉の前に来ると、アルデライトがズボンの右ポケットから鍵を取り出し解錠した。

 扉を開けると外から家の中へ風が流れ込んでくる。

 ニ人はその風が思ったより強く目を瞑った。

 

 風が止み目を開けると、少し歩いた先に建物が見える。

 

 「あそこで修行するんですか?」

 クリスが聞くと、アルデライトは頷いた。

 

 その建物に向かって行くアルデライトに続いて、ニ人も歩き出す。

 ほんの少し歩けば着くのにクリスはこの家に来てから一度もこの建物を見た事がなかった、生まれてからずっと暮らしているエリアさえも……。

 

 「お、お父さん……いつの間に建てたの……」

 「いつの間にって……お前が産まれる前から建っていたよ」

 

 アルデライトの返答に困惑するエリア。

 「実はなこいつには少し細工をしていてな……二人とも左右に分かれて側面を見ておいで」

 

 そう言われた二人は、クリスは右エリアは左へと分かれる。

 側面を覗いた二人は、同時に

 「なんだこれ !?」「何これ!?」と叫んだ。

 

 二人は側面を見に行ったはずなのに彼らは側面の壁を見ることが出来なかった。

 側面を見るどころかお互いの顔が見えたのだ。

 

 つまりこの建物は1枚の板に扉を付けただけの物、そして一定距離から離れると周りの景色に溶け込む様になっていたため家より大きくても玄関の外からは見えない。

 キッチン横の勝手口からギリギリ視認出来るぐらいだ。

 

 二人がアルデライトのもとに戻ると、アルデライトは板に近ずき、扉を開けた。

 先にあったのは軽い下り坂とその奥に道場と思える広間がある。

 

 「アルデライトさん……ここは……」

 「ここはオープンワールドと言う魔法で作った異空間だ」

 中は25メートルプール4面ほどの広さがあった。

 

 エリアがよほどテンションが上がったのか勢いよく駆け下りて行き、

 「クリスも早く早く!」

 と、左手で手招きをする。

 

 クリスもエリアを追い掛けるように降りて行く、すると、下ってすぐの所に手洗い場があった。

 

 ごく普通の光景のはずなのに違和感を感じるクリスに後から降りてきたアルデライトが話す。

 「それも修行の1つでな、奥にあるこの手洗い場に繋がるタンクがあるそこに湖から水運びをする……これが最初にやってもらいたい修行でもある」

 

 そこへ先に奥へ入って行ったエリア手に石で出来たバケツを持ってきた。

 「お父さーん! このバケツ何?……石で出来てるみたいだけど」

 「おぉ……ちょうど良かった、今クリスくんに説明してた所だ」

 

 エリアが持ってきたバケツは何の変哲もない20リットルほど入る普通のバケツだ。

 

 「クリスくん、そのバケツを逆さまにして術式を見てご覧」

 クリスは言われたままにバケツの底を見せ、そこに丸印とその丸の中に「*」のマークを描いた。

 これは「読術印」(トクジュツイン)と言い、描いた対象に術式が掛けられたいた場合にマークが光って反応しその術式を見ることが出来る。

 

 ―――グラビティ・アーツ―――

 

 「……このバケツに重力を掛けてあるのか」

 クリスがそう言うと、

 「正確には、そのバケツを持ち上げると重力が掛かる様になっている……バケツ自体は約1キロそこに重力魔法の効果で5キロになる」

 とアルデライトが言った。

 

 「って事は……20リットルの水を入れたら……100キロちょっとになるな……」

 「えっ……」

 クリスの言葉に驚くエリアは口が空いたまま固まってしまう。

 「クリスくんは今腕力いくつだ」

 と、エリアを気にかけることも無くクリスに尋ねる。

 「えっと……今は2050です」

 

 腕力とは武器を持ち上げ、振り回すために必要なステータスの一つである。

 武器にはそれぞれ腕力値というものが備わっており、その腕力値を超えていないと持つことが出来ない、たとえ持てたとしても値がギリギリだと振り回す事も少々困難である。

 

 そして、この腕力は武器だけでなく敵の攻撃をガードする際やリミッター解除後の打ち上げ時にも必要となるため疎かに出来ない。

 一つだけ問題があって、あげるためにはレベルアップではなく修行等であげるしかないのが難点だが、筋トレでも上げることも可能なのが唯一の救いだ。

 

 アルデライトはクリスとエリアにバケツを使った筋トレを説明した。

 「バケツに湖から水運びをする単純な方法だが、先にクリスくんが言ったようにバケツに水を入れると重さが急激に上がるから最初は自分がギリギリ運べる量にしなさい、この特訓は毎朝行う事、そして肝心な修行はニ人共別のメニューをして貰う」

 そう言うと、アルデライトは奥に入って行き、それに続いてクリスとエリアも入っていく。

 先に入っていったアルデライトが奥にある物置の少し手前でこちらに振り向く。

 「ニ人共そこで待ってなさい」

 と、物置部屋に入り中で何かを探し始める。

 

 そして、数分後、1本の鉄の棒を取り出してきた。

 「エリアはこいつで槍の修行だ、そこそこ重いから腕力を上げるのにも使えるだろう」

 「え? 私十分使えるよ!」

 「まだまだだ、時折怪我をして帰ってくるのが何よりの証拠だ、母さんは無傷で帰ってくるぞ」

 エリアにとって母親は憧れであり目標でもあるそれを出されてはいつも強気なエリアでも何も言い返せない。

 

 そんなことはお構いなしにアルデライトがクリスの方を見て話を続ける。

 「クリスくんには、わたしが書いた書物で司令塔の役割や指示の出し方、自分の立ち回りについて勉強してもらう」

 

 クリスに与えられた修行は……修行と言うより勉強だ。

 

 「クリスくんは元々動けるし、これからエリアを任せるためにも色々知識が必要になると思ってな」

 クリスは右手を顎に当てて何かを考え出す。

 「俺もエリアみたいな修行メニューはあるんですか?」

 「あるにはあるが今はこっちに集中して欲しいからまだ黙っておくよ」

 

 パンッ!

 

 アルデライトが手を叩き、二人の注意を引く

 「さて、修行は明日の朝からだ……今日はゆっくり過ごすといい……では、解散」

 そういうとアルデライトはスタスタと家へと戻って行った。



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第二十一話 嘘と真実……

 アルデライトから修行内容を知らされた翌日、クリスはエリアより先に異空間道場に来ていた。

 

 ブォンッ! ブォンッ!

 

 道場内に鳴り響く音が一定間隔で鳴り続ける。

 クリスが道場内にあった竹刀で素振りをする音だった。

 

 「999……1000…回……」

 床にばたりと仰向けで倒れ込むクリスは、汗だくで肩から呼吸をしている。

 「はぁはぁ…やっぱさすがに重い……きっつ……はぁはぁ……」

 上半身を起こし持ってきたタオルで顔や首周りを拭いてると

 「クリスー!」

 と入口の方から声がする。

 振り向くと、こちらに手を振りながら掛け降りてくるエリアとアルデライトだった。

 「おはようクリスくん、随分早いじゃないか」

 「おはようございます! ちょっと早起きしたので」

 「ひどいよクリスー、一緒に行こうと思ってたのに」

 エリアは腰に拳を当て頬を軽く膨らませる。

 「はっはっはっは……エリアはクリスくんの事そんなに好きなんだな……お父さん知らなかったよ」

 アルデライトは道場内に鳴り響く声で笑った

 そんなアルデライトにエリアが頬を赤らめてバシッと二の腕辺りを叩く。

 「あ、そうだ修行を始める前にクリスくん」

 「はい?」

 「少し話したい事があるから私の部屋についてきてくれないか? エリアはその間自主練しててくれ」

 「わかったわ」「わかりました」

 そう言いアルデライトとクリスは道場を後にした。

 

 

 

 アルデライト部屋に着き、ドアを開け、先に入って行くアルデライトが

 「入りたまえ」

 と言った。

 「失礼します」

 クリスも後に続く。

 既に敷かれていた座布団にアルデライトは座り、クリスもその前に正座で腰を下ろす。

 「大事な話だが正座までしなくていいぞ、ちょっと長くなるから」

 「あ、わかりました……では失礼して」

 クリスは足を前に出しあぐらをかいて座る。

 「さて、話というのは……そうだな先に見てもらった方が早いか」

 アルデライトはそう言い立ち上がると

 

 ボンッ!!

 

 と、アルデライトの周りを白い煙包む

 そして煙が消えるとそこにはアルデライトの姿はなく、その代わり七尾の狐が座っていた。

 クリスが何が起きたか把握出来ずに居ると。

 

 「驚かせてすまなかったね……これが私の本当の姿なんだよ」

 七尾の狐が喋り出す。

 

 「ア、アルデライト……さんなんですか?」

 クリスは恐る恐る尋ねる

 「如何にも、私がアルデライトだ……まぁ正確には私が変身していた男が、だが」

 そう言うと七尾の狐が深呼吸をした。

 「クリスよ君はモンスターの知識が豊富らしいが私の事を解説出来るか? 悪いが君が寝てる間に君に変身させてもらったよ」

 「え? 解説ですか?」

 狐がこくりと頷く

 「あ、それと硬っ苦しいからその敬語無しで話してくれ」

 「り、了解……じゃあ解説するよ」

 

 七尾の狐こと"セブンテイル"は危険度Sランクのモンスターで同系統に一尾、三尾、五尾、九尾の狐が居る。

 そして、一尾から順にE、C、A、S、SSSランクである。

 

 七尾にはほかの狐達にはない能力がある、その名も”パーフェクトコピー”。

 ”パーフェクトコピー”はほかの狐が使う変身とは比べ物にならない。

 それは、普通の変身は変身相手と同じ姿になるだけだが、パーフェクトコピーは姿だけではなく声、性格、思考、生態、スキル、そして記憶まで変身相手の何もかもをコピーしてしまう

 七尾はその力を使って他種族の群れに紛れたり住処を共にしたりと完璧にそのモンスターに成ることが出来る。

 さらにすごいのが変身した姿で本物と生殖行為が出来る。

 

 「ク、クリス……そこまでで良いぞ……」

 凄く恥ずかしそうな顔の人間に化けたアルデライトの姿があった。

 「俺はただ読者に解説を……いや、なんでもない」

 「オホン……さて、君にはなぜ私がこんな事をしているか、説明しなければならないな」

 アルデライトはゆっくり瞑り

 「アレは今から6年ほど前の事だ」

 

 

 

 私がまだ幼かったころ、両親とはぐれてしまい森の中を彷徨っていた。

 何時間経ったかわからないが、大きな池にそばに出たんだ。

 私はその池のそばで疲れて寝てしまい、全身に走る激痛で目が覚めると、目の前に2mほどのドラゴンが居た。

 今にも食いつきそうな目で私を見ているドラゴンが口を大きく開けた時。

 

 「はあ!!」

 

 目の前に居たドラゴンが一瞬にして飛ばされた。

 私は何事かと思っていると、誰かの声がしたんだ。

 

 「ライトー! こっち来て!! 怪我してる子が居るの!」

 

 すると目の前に大きな影が出来て

 「大丈夫か、こんなに傷だらけになって……うちにおいで手当てしてあげるよ」

 と、先程の高い声ではなく、低い声が聞こえた。

 私はそのまま目を瞑り寝てしまったんだ。

 

 次に目が覚めた時には耳や足、体に白い包帯が巻かれていたが特に痛みは感じなかった。

 目の前に横向きに座ってるアルデライトの姿はあったが、もう1人の姿がない。

 私は声を出そうと口を少し開いたら、奥から

 「アーーー! アーーー!」

 と、また違う声が聞こえ、奥からもう1人が何かを抱えて現れる。

 それがこの家で生まれ育ったエリアだ。

 すると、アルデライトがこちらに顔を向けた。

 「おや、起きていたのか……」

 そう言うと私の頭を優しく撫でると

 「エリナ……やっぱしばらくこの子を飼わないか? 野生に返す方が良いとは思ってるんだが、今この子を返したら、また襲われるかもしれないと思ったら……な」

 エリナはエリアをあやしながら答える。

 「私は構わないわよ」

 「ありがとう……という事でしばらくの間君は僕らの家族だ、よろしくな」

 と、私を抱っこして言った。

 私も「キューンッ」と返す。

 

 これが私達の出会いだ。

 そしてその半年後に私は野生に帰ったが、その1年後事件は起きた。

 

 「ここからはアルデライトの記憶になるが……」

 

 ドラゴンスレイヤーとして名高いエリナに国から1つの依頼が届いた。

 「エリナー! なんか手紙が届いてるぞ!」

 部屋の奥から濃い青色のロングヘアの女性が姿を現す。

 「何なに? あ、エリア見てて」

 エリアの面倒を頼まれたアルデライトは奥の部屋で寝ているエリアの元へと行く。

 

 ガサガサ……ガサガサ……

 

 『 ドラゴンスレイヤー エリナ殿

 ソナタの住む森に新種のドラゴンが出現したと国に報告があった

 子育てで忙しい時期だとは思うが 申し訳ないがこのドラゴン「ヘブンドラゴン」を討伐して欲しい

 報酬はちゃんと用意してある

 よろしく頼む   ギル・アルニス』

 

 それはこの国”ヘルニクスアルニス”の王”ギル・アルニス”からだ。

 「新種のドラゴン……ね、まぁやるだけやってみますか」

 エリナは王からの討伐依頼を受けるとアルデライトに伝え、王には手紙を出した。

 

 王へ手紙を送った数日後。

 王から新種のドラゴンに関する情報を受け取ったエリナは、アルデライトと話し合いながら対策を決めた。

 『 ヘブンドラゴン

 頭、胴体、翼、右手、左手、右足、左足、尾で異なる属性を持っている新種のドラゴン

 頭から順に無、龍、風、水、氷、地、雷、毒属性を持っており、多種属性による予測不可能な攻撃を仕掛けてくる

 弱点はお腹のど真ん中にある手裏剣型の毛のない部分とされているが、確証はないため現状では弱点無し

 気をつけなければならない事がもう1つ

 ヘブンドラゴンは基本属性10種類の他に特殊属性のうちの4種類のブレスを吐くこと出来る』

 

 「……ほとんどチートじゃない!!!!」

 「まぁ……万全の準備をして森に出よう、僕らなら勝てるさ今までそうしてきただろう?」

 こくりと頷いたエリナは、七尾の元へ行き頭をそっと撫でる

 「エリアの事……よろしくね……」

 

 その後2人はドラゴン討伐へと向かって行った。



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第二十二話 恩返し

 「エリアの事……よろしくね……」

 「行ってくる……」

 2人の声を聞いたのはそれが最後だった。

 

 「すまない、ここから先はアルデライトの記憶を見ていないんだ……」

 「そうか……なら、その後の事を七尾自身の視点で話してくれないか?」

 クリスが問う。

 「……わかった、そこまでは話すつもりだったしの」

 

 2人が討伐に向かった後、私は寝ているエリアのそばでずっと寝ていた。

 何時間寝ていたかわからないが、エリアの泣き声で目を覚まし、外を見ると、夕焼け空が広がっている。

 

 だが、家の中を歩いても2人の姿が見えなく、まだ帰ってきてないものだと思っていた。

 それから、まもなく日が落ちるも2人は全く帰ってくる気配はなく、ずっとエリアは泣いたり泣き止んだりを繰り返す。

 

 さすがに私も気になって、外に出てみるが辺りは真っ暗で何も見えない。

 私は微かに感じる2人の臭いを追って、森を掛けて行く。

 やがて、大きな池のそばに出た時、足元に気付かず何か足に引っ掛けてしまい、そのまま池に落ちてしまったんだ。

 

 池から上がりなんだろうと近付くと、そこにはうつ伏せで片腕を池の反対側に伸ばしたまま倒れているアルデライトだった。

 着ていた防具もボロボロで背中が丸見えだったが、素肌とはまた別の色をいている。

 

 「え、じゃあ……あの背中の傷は!?」

 唐突に声を荒らげるクリス。

 急に声を発したクリスにビックリする七尾。

 

 「……うむ、この間見せた背中の傷は、アルデライト自身が受けた傷で、私ではない……だが、君ならあの傷を知っているだろう、なら特に解説は不要じゃな」

 「という事は……アルデライトさんの死因はやっぱりその傷か!」

 七尾がコクリと頷く。

 

 2人が言う傷とは”龍傷痕(りゅうしょうこん)”といい、文字通り龍から受けた傷跡のことである。

 この龍傷痕は、傷を受けた際の敵の属性によって性質が異なるが、1つだけ共通点がある。

 それは、自然治癒せず回復魔法でしか治らないという事。

 アルデライトの背中にあった傷は、爪痕には違いないが爪痕とその周りの変色した部分のサイズが合わなかった。

 

 「私なりの見解だが、アルデライトの受けた龍傷痕は毒属性だと思う」

 「と言うと?」

 クリスが返す。

 「この爪痕は左肩から右腰に向かって切られている、という事は左手で切られたと思える、そしてやつの左手は氷属性じゃ」

 「あ、そういう事か!」

 七尾の解説中に口を挟むクリス。

 「氷属性で作られた傷痕が凍り付き、毒属性の尾で追撃された、そしてその毒が体内巡回し、治療する間も無く……尽きた」

 七尾がコクリと頷く。

 

 クリスはもちろん七尾もその残酷さに言葉が出なかった。

 

 しばらくして七尾が口を開く。

 「そして、そのアルデライトの遺体を私が見つけた瞬間……私はその時何を思ったのか、気付いたらアルデライトに触れて化けていたんだ」

 「…………もしかして、命の恩人だからか」

 「……うむ、私は2人に助けてもらった……、だから次は私が恩を返す番だと思った……」

 

 ボフンッ!!

 

 七尾は再びアルデライトの姿になり。

 「こうして、今日までエリアの面倒を見てきた……だが、やはり私も所詮モンスター、寿命が来てしまっていてね……」

 

 人間は確かに歳を取らないようにしたが、モンスターまでは歳を取らないようにはしていない。

 

 「寿命でエリアの目の前で死ぬ訳にはいかなかったが、君が現れたおかげでその心配がなくなったわけだ」

 「そうだったんだな……七尾が俺にお願いしたのはそういう理由もあったんだな」

 「説明するのが遅くなってすまない」

 アルデライトが頭を下げる。

 「いいや、七尾が頭を下げるような事は何も無い、俺も出来る範囲で協力するからさ、ないかあれば頼ってくれ」

 アルデライトは目に涙を浮かべ

 「すまない、ありがとう」

 と言った。

 

 涙を拭き取りアルデライトが立ち上がる。

 「さて、エリアを待たせてるし修行を始めようか」

 

 クリスも立ち上がり軽く背伸びをし

 「んんんーはぁ……んじゃ、戻りますか」

 

 

 道場に戻ると

 

 ブンッ ブンッ ブンブンブンブンブンブンッ

 道場内に鳴り響く音がした。

 

 「エリアー!」

 入口から中にクリスが呼び掛ける。

 すると音が止み、奥から

 「はーーーーーい!!」

 と、返えしながらこちらにエリアが掛けてくる。

 

 走ってきたエリアはクリスに手が届きそうなぐらいのところで止まり

 「話終わったの?」

 「あぁ、遅くなってすまん」

 エリアは首を振る。

 

 「では、二人ともこのバケツに湖から水を汲んでおいで」

 いつの間にか倉庫に取りに行っていたアルデライトがバケツを持って現れた。

 

 「ありがとうございます」「ありがと!」

 「エリア、行くか!」

 「うん!!」

 

 バケツを受け取った二人は湖目指して走って行く。

 アルデライトはその後ろ姿を眺めながら

 「クリス君! 後は頼んだよ! 私は自室で休んでるから」

 と言い。

 クリスはそれに対し左手を上げて応える。

 それを見たアルデライトは家の方に体を向け歩いて行った。

 

 

 

 涼しい風が走る二人の顔を微かに掠める。

 「クリス、もう着くわよ!」

 エリアがそう言ったと同時ぐらいに湖へと着いた。

 

 さて、このバケツに水を入れればいいんだな。

 

 湖の水位はクリスの居る地面から40センチほどで深さは一番深いところで約2メートル、浅い所でも70センチだ。

 クリスバケツに汲もうと屈み、右手に持ったバケツを湖に浸ける。

 その瞬間バケツに掛けられた魔法”グラビティ・アーツ”が発動しそのまま沈んでいった。

 「うぉっ!!!! こ、これは重い……」

 重くなったバケツを離さず、しっかりと取っ手を握っていたクリスだが、想像をはるかに超える重さに引きずり込まれそうになる。

 まるで、自分より大きい岩を紐で支えてるような感覚だ。

 

 「クリス! 大丈夫?!」

 クリスがバケツに汲むの後ろからを見守っていたエリアがクリスに駆け寄る。

 

 「エリアっ……湖に入ってバケツを下から持ち上げてくれないか? 重すぎて持ち上がらないっ」

 バケツは湖の底にあり、このまま無理やり持ち上げると取っ手が壊れてしまいそうで下手に動けなかった。

 

 「わかった! 待ってて」

 エリアはすぐ近くの木の下に履いていたズボンと靴、靴下を脱ぎ、クリスから少し離れた所から湖へと入る。

 クリスに近付きながら袖を捲り、バケツの下に手を添えた。

 「よし、せーので持ち上げるぞ」

 そう言いながらクリスは一旦エリアの方に顔を向けると、エリアの綺麗な胸元と谷間が目に留まり、慌てて目を逸らすクリス。

 

 「どうしたの?」

 「いや、なんでもない」

 と、目線をバケツに戻した。

 エリアは掛け声を出さないクリスに聞きながら顔を上げる。

 「クリス? 私はいつでも……わっ」

 「あぁ……ごめんごめん」

 いつの間にかエリアの方を向いていたクリスは、じっとエリアを見つめていた。

 「ど、どうしたの」

 クリスに見つめられ、少し恥ずかしそうにするエリア。

 

 「あぁ、いや……エリアの髪が綺麗だなと思って」

 「え、ああああありがとう……」

 と、ほんの少しの間見つめ合っていた二人は、恥ずかしくなってきたのか同時に赤くなり、顔を逸らし。

 「ご、ごめん!」

 「い、いや……こっちこそすまん」

 

 しばらく顔を逸らしたまま固まっていた二人だが

 「よ、よしいい加減持ち上げよう」

 「う、うん」

 「行くぞ……せーの!!」

 

 二人掛りでようやく湖からバケツを持ち上げることに成功したが、それでも1人で持つにはあまりにも重く

 「クリス、一旦中の水出そう」

 「あぁ、わかった」

 「「せーの」」

 

 ドボドボ……

 

 「「はぁ……はぁ……」」

 

 「ば、バケツに直接汲むんじゃなく……何か別の容器か何かで入れよう」

 クリスが提案する。

 エリアも疲れたのか湖から上がらずその場で息を整えており、クリスに親指を立てて返答した。

 

 「休憩してから続きやろ?」

 「あぁ……まぁとりあえず上がって休もう」

 

 バシャバシャ!

 

 エリアは湖から上がり、ズボンなどを置いた場所へ行くが、足が濡れているためすぐには履かず近くに体育座りをする。

 

 「ちょっ……エリア?!」

 突然声を荒らげるクリス

 「どうしたの?」

 と、エリアがクリスの方を見ると、手で顔を隠しているクリスが居た。

 「な、なにしてるの?……」

 エリアが呆れた声で問うと。

 「エリア、なんで下履いてないの?!」

 「え、なんでって湖入るのにズボンと靴下と靴脱いで……」

 「い、いや、それはわかるが……」

 

 クリスは湖の方に向きお尻を指差し、何かのサインをお送るが、エリアに伝わらなかった。

 

 10分ほど経過し、足が乾いてきたのでエリアは立ち上がり、ズボンを持ち上げる。

 するとズボンから布のようなものがひらりと落ちる。

 エリアはその落ちたものを拾い上げると

 「えっ!!!! こ、これ……わたしのパンツ……なんで……」

 エリアはなにかを思い出し下半身に触れる。

 「……い、いやああああああああ!!!!…………」

 

 あまりにも大きな声にクリスはしばらくの間耳を塞いでいた。



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第二十三話 修行の末

 「はぁ……はぁ……これで……ラストぉ」

 

 ドボドボドボドボッ

 

 クリスの汲んできた最後の一杯を注ぎ、タンクの中が満タンになった。

 すると入口の方からパンパンパンッと手を叩く音が聞こえる。

 「あ、お父さん……」

 エリアが音のする方に顔を向けると、手を叩きながらこちらに歩いてくる人影がある、アルデライトだ。

 どこかで見ていたかのように見計らって入ってきたようだった。

 

 「二人ともお疲れ様、これを毎朝やって腕力値を上げてくれ……5分休憩した後始めようか」

 「「はい!」」

 

 

 「さて、二人には課題を1つ出そう……それは、自分だけのオリジナル技を作ってもらう事だ」

 「オリジナル技……ですか」

 「と言っても、クリス君には少々簡単かな……君は何個か作ってそうだから」

 「確かに作ってますが、そんな簡単ではないですよ」

 

 オリジナル技とは、自作スキルと同じで自分の頭の中にある大まかなイメージを使い、相応の魔力を自分で見極めなければならない。

 多すぎても、少なすぎても発動しなかったり、持続しなかったりとバランス調整が必要なため、そんな簡単には完成しない。

 完成したと思っても実戦で出ない事も多い。

 

 「最低でも1つは完成させること……期限は、来月末までだ」

 「という事は1ヶ月ちょっとか……わかりました」

 アルデライトは軽く頷いた。

 

 「さて本題に入るが、エリアはこの修行メニューをこなしてくれ」

 そう言い、エリアに1枚のA4サイズほどの紙を手渡す。

 エリアはそれを開いて見ると、かなり細かい修行メニューがぎっしり書き込まれていた。

 

 「これをこの1ヶ月間続けろって事?」

 「あぁ、そういう事だ……1日のメニューじゃないから、その紙に書いてある通りにこなして行けばいい」

 「じゃあ、私は早速始めてくるわ……クリスも頑張って」

 クリスに満面の笑みを向けエリアは道場へと再び降りて行った。

 

 「さて、我々も行こうか……場所はどこでも構わんのだが、君の部屋に行こうか」

 「はい!」

 

 二人はクリスの部屋に向かう。

 

 「俺の修行は身体を動かさないんだよな? その中新しい技を作れって事か……」

 「そういう事になるな……だが、君ならできるとわたしは信じているぞ、君にはそれだけの力がある」

 

 クリスの部屋に着いた二人は床に腰を下ろし、アルデライトは懐から一冊の本を取り出した。

 「クリス君、前にも話した通り、君には『指揮』について修行を積んでもらう」

 

 クリスは出された本を手に取りパラパラと捲るが

 「あれ、七尾……これ何も書いてないぞ? もしかしてこれも術式か」

 「その通り、この本には見る人、読みたい人の魔力を注ぐと、その人にあったレベルの内容が浮き出るようになっている」

 

 クリスは本を閉じてからテーブルの上に置き、両手を広げ魔力を注ぐ。

 すると本の表紙に大きく数字が浮かび上がり、開くと先程まで真っ白だった中身に文字が現れた。

 

 「本を開いて置き、文の上に指を当ててなぞると頭の中にその光景が再生される……まぁやるなら目を瞑った方がやりやすいが……どれ、君の指揮レベルは、4か」

 「その指揮レベルって?」

 

 指揮レベルとは、自分の指揮で何人動かしたかというもの。

 指揮は人数が増えれば増えるほど細かい事が可能な分、全員を取り纏めるのが難しい。

 基本的にはレベル×二人が纏められる人数になっている。

 クリスは指揮レベル4のため八人ほどなら取り纏める事が可能である。

 かと言って、レベルを上回る人数を指揮する事が出来ない訳ではない。

 

 「君にはレベル6以上になってもらいたい……今後の事も踏まえてな」

 「わかった、とりあえず一問解いてみるわ」

 クリスは本の1頁目を開き、ゆっくり目を閉じる。

 そして、人差し指を出し浮き出た文字をなぞる。

 

 『次の状況下から戦闘に勝利せよ』

 クリスの脳裏になぞった文字が浮かび上がる。

 「戦闘を始める前に状況を一度だけ確認出来るのか……」

 『自分(後衛)と前衛の剣士が一人』

 「ステータスはと……」

 『自分:ヒーラー

 使えるスキル:ヒーリング、ヒールストーム、フラッシュ、ホーリーナイト』

 「えっと……ヒーリングは味方に五分間五秒毎に体力の2%回復、ヒールストームが単体もしくは全体回復で体力の80%回復……フラッシュは敵全体を閃光状態にするでホーリーナイトは……そもそも使えねぇじゃねぇか!」

 『味方:剣士

 使えるスキル:3段斬り、剣舞、カウンター』

 『状況:敵オオカミ系モンスター4体、自分の体力満タン、相方の体力瀕死

 クリア条件:両者とも生還』

 『以下から使用するスキルまたは行動を順番に選択してください

 [ヒーリング][ヒールストーム][フラッシュ][ホーリーナイト][3段斬り][剣舞][カウンター][通常攻撃][防御]』

 「…………あ、そういう事か……えっとなら」

 クリスは指を動かし本に書かれた選択肢を順番に押していく。

 [フラッシュ][ヒーリング][剣舞][通常攻撃][カウンター][通常攻撃]

 「この順番だろ……戦闘開始」

 

 そう言うとクリスの頭の中のモンスター、自分と味方が動き出す。

 動き出したのと同時に、オオカミ系モンスターが瀕死の前衛に近づいて来る。

 だが、クリスの最初に選択したフラッシュが発動し、オオカミ達は閃光状態になり、攻撃が当たらなくなった。

 その次にクリスの選択したヒーリングの効果で、自分と味方に五分間再生効果が付与され、味方の体力が徐々に回復する。

 

 味方の剣士はその間にオオカミの1体に近づき攻撃スキル剣舞を当て倒す。

 そして、攻撃スキル使用による硬直で通常攻撃しか出来ないため、クリスの4番目の選択通常攻撃でもう1体を倒した。

 その後、ようやく閃光状態から解放された残りのオオカミが二手に別れ、剣士と自分に向かって来る。

 ここで5個目、6個目の行動カウンターと自分は攻撃スキルが使えないため通常攻撃で残り2体を倒す。

 

 すると、クリスの見ていた脳内にCLEARの文字が現れた。

 「とりあえず、一問目クリアー、結構頭使うなこれ……頭痛い……」

 「第一問クリアおめでとうクリス、まぁ1時間に一問解くぐらいのペースじゃないと疲れて修行どころじゃなくなるから気を付けて」

 

 クリスは指を本から離し、目を開ける。

 「だけど、これはなかなかいい修行になる気がするよ、こちらこそありがとう七尾……」

 「残したのはエリアの両親だ、お礼ならそっちに言ってやってくれ」

 

 

 そうして、クリスとエリアはそれぞれの修行を熟しつつ、課題である新技をこの1ヶ月あまりで完成させた。

 

 「二人とも、この1ヶ月お疲れ様……今日は二人が考えた新技を見せてもらいたい、完成はしたかな」

 「「はい!」」

 「なら見せてもらおうか……相手になるのも悪くないがここはわたしの作った、このサンドバッグを使おう」

 そう言い、アルデライトは家の中からカカシのような人型の物を引っ張ってくる。

 「クリス君、悪いがこのサンドバッグを少し離れた所に持って行ってくれ、少し距離があった方が実戦っぽくていいだろう」

 「わかりました」

 クリスは言われた通りサンドバッグを持ち上げ、居た場所から10メートルほど離れた所に置く。

 

 「ではまず、エリアから」

 「わかった!」

 

 エリアは身体をサンドバッグの方に向き、槍を具現化させる。

 「おいで、私の愛器……『水精の槍』!」

 少し青みのかかった刀身に赤い爪のような模様、水を連想させる水色の波模様が書かれた柄。

 ドラゴンスレイヤーを目指すエリアにはピッタリの槍だ。

 

 すぅ……はぁ……

 

 エリアは深い深呼吸をした後、槍の矛先から三分の一ぐらいの所を右手で持ち、残りを背中に着けるように構える。

 

 「行きます……」

 

 ポツリと発した直後勢いよくサンドバッグへ近づいていき、矛先で右側からサンドバッグの足元を払った。

 両手で槍と自分の体を時計回りに一周させ、少し浮いている所に下から突き上げ、サンドバッグを空高く打ち上げる。

 

 その後、エリアも自身の跳躍力でサンドバッグの斜め上に跳び、その場で両手を使い槍を何回も回転させえながら、自分の身体周りを何回も回す。

 「滅龍新奥義!」

 ―――龍撃の槍<ドラゴンブレイク>―――

 

 回りながら槍全体に紫色の雷のような光が走り、槍を覆った。

 その瞬間、槍を右手で構え、サンドバッグに向かって突き出した。

 

 ズドォン!

 

 と、辺りに鳴り響く音と同時に雷並の速さでサンドバッグを突き抜ける。

 サンドバッグもくの字に変形するのが確認でき、どれぐらいの威力が出ているかが一目でわかる。

 

 「ふむ……まぁ合格だな……」

 アルデライトが口を開く。

 

 「これでも半月ぐらい掛かったかな……たかがあれだけの攻撃だけどね」

 「まぁ初めてにしては上出来だろう……ご苦労さま」

 そう言い、アルデライトはクリスの方をチラッと見る。

 「さて、次はクリス君……君の番だ」

 「はい……」



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第二十四話 気付いていた真実

 クリスはゆっくりとエリアの置き直したサンドバッグに身体を向け、右手に太刀を出す。

 

 ホントは4つぐらい作ってたんだが全部は見せなくていいだろう……

 

 そんなことを考えつつ、左手を前に身体を横向きにし後ろに太刀を構える。

 そして前に少しづつ体重をかけ、30度から40度ほど傾けた所でサンドバッグに走り出した。

 クリスの持つ太刀の刀身が徐々にオレンジ色に光だし、刀身を覆った瞬間。

 クリスはサンドバッグの左側を切り抜けで後ろに行く。

 切り抜けた瞬間サンドバッグを覆うように青い小さな電気がバチバチと光る。

 これは状態異常”スタン”のエフェクトだ。

 

 後ろに抜けたクリスは両手や全身を使いサンドバッグを激しく切り付け、約40回ほど切った後、クリスは左下から右上に掛けて切り抜ける。

 その攻撃によりサンドバッグは10メートルほど持ち上げられた。

 切り抜けたクリスを身体を反転させながら、持っている太刀を逆手持ちに切り替え、サンドバッグ目掛けて投擲をする。

 

 ―――超新星爆発―――

 

 バゴォン!!!!

 サンドバッグに太刀が刺さってから1秒程でエリアの攻撃を遥かに上回る爆音が森を揺らす。

 

 「こ、これ程とはっ……」

 見ていたアルデライトとエリアは腕で顔を守るようにして、飛んでくるサンドバッグの破片を避ける。

 

 落ちてきた太刀を拾い二人の元へ行くと

 

 「さすがだよクリス君、想像以上だ」

 「属性付加と俺の剣術、投擲を合わせた技です……個人的にはまだまだ改良の余地がありそうですがね」

 「でもすごいよクリス!」

 エリアはクリスに抱きつき、ふふーんと嬉しそうに笑う。

 

 数十秒経ち、アルデライトが頃合いを見て手をパン!と、叩いた。

 その音に少し驚きつつ二人はゆっくりと離れアルデライトの方を向く。

 「この1ヶ月二人ともよく頑張った……合格だよ」

 「「ありがとうございます!」」

 軽く頭を下げる二人にアルデライトは手を乗せ撫でた。

 

 「さて、これで安心してクリス君にエリアを任せられる……いつ出発するのかね?」

 「そうですね……」

 少し俯きながら考え込むクリス。

 

 「……明日はゆっくり休んで明後日の午前には出ようかと思います、エリアもそれでいいか?」

 「うん! わたしはクリスについて行くだけだから、クリスに合わせるよ」

 笑みで返答するエリア。

 

 「では、家に戻って休もうか……もう暗くなり始めてきたし」

 「「はい」」

 三人は家へと戻って行った。

 

 

 

 そして旅立つ日の10時頃。

 

 コンコンッ

 

 「クリス君、ちょっといいかな」

 アルデライトがノックをする。

 「いいぞ入って」

 

 ガチャ

 

 「準備をしてる中、すまないな……実は少々寿命が近づいていてな」

 アルデライトは左手を胸に当てながら話す。

 「昨日エリアが最後に一緒に寝たいと言うから添い寝したんだが……寝てる間も変身を維持するのが思ったより負担だったようだ……」

 「そうか……少し早めに出た方が良さそうだな……エリアに聞いてみるよ」

 「あぁ……すまない」

 

 コンコン

 

 「エリアー、暗くなる前に森を出たいから11時には出たいんだがいいか?」

 ドア越しに中で出発の準備をしているエリアに呼び掛ける。

 すると中から

 「いいよ〜」

 と返事が帰ってる。

 それを聞きクリスは自分の部屋に戻り、その事をアルデライトに伝えた。

 

 「最後の最後で本当に申し訳ない……」

 「いいんだよ……ここまでしてくれたお礼だ、まだ準備終わってないし、下で休んでな」

 アルデライト頷き、クリスの部屋をあとにした。

 

 

 

 そして、出発の時間が近づいた頃。

 玄関前に既に準備を終えたエリアが待っていた。

 

 「ちょっと、クリスまだ〜?」

 ちょうど階段を降りている最中だっため、すぐ玄関から顔を出し

 「アルデライトさん呼んで来るから待って」

 そう言い、クリスはアルデライトを呼びに行く。

 

 コンコン

 

 「七尾ー、もう出るぞー」

 

 すると、ゆっくりと扉が開きアルデライトが出てくる。

 「もうそんな時間か……」

 

 「二人とも達者でな……」

 「はい……アルデライトさんもお元気で」

 「お父さん、あんまり無理しちゃダメだからね」

 「あぁ、わかってる」

 

 「「では、行ってきます!」」

 

 クリスとエリアは手を上げ大きく振り、アルデライトは二人の背中が見えなくなるまで肩の高さで手首から手を振った。

 

 

 「これからどこに行くの?」

 「魔法都市”マギュラウト”だ、前衛二人だから一人後衛が欲しいなと思ってさ」

 「なるほど」

 

 魔法都市マギュラウト、魔法の始まりと言われる大きな都市で人口は純粋な魔法使いだけで1億人を超えている。

 魔法を使える者は大きく分けて2つ。

 1つはクリスのように自ら魔法を学び使える者、もう1つは生まれつき体内に膨大な魔力を持ち日常的に魔法で生活をおくれる純粋師の2つだ。

 

 純粋師には大きな特徴がある。

 それは魔力枯渇症にならないという点だ。

 なぜなら、枯渇症になる前に魔力を消費できなくなるため、ならないという。

 

 

 

 

 出発してから10分ほど歩いた所でズドォン!と大きな音が二人の真後ろから聞こえた。

 振り向くと黒い煙を上げ、激しく燃えているのがよく見える。

 それを見たエリアは血相を変え

 「お父さん!?!」

 戻ろうとするエリアに後ろからがっしり抱きしめるクリス。

 「クリス離して! 離してよ……お父さんがお父さんが……パパァ!!!!」

 「許せエリア、これがお前のお父さんの……アイツの願いなんだ!」

 「そんな嫌! これ以上わたしから奪わないでよ……残されたたった一人の家族なのに……うっ、うっ……うわぁぁぁ!」

 泣き叫びならその場に座り込むエリアの腕を引っ張り肩に掛ける。

 そしてすぐそばにあった更地に連れていき、テントを取り出す。

 「エリア、俺が見てくるからここで待ってな?」

 横になり泣き続けるエリアを置き、クリスは爆発のあった方へ全力で駈ける。

 

 

 出発する30分ほど前の事

 再度クリスの部屋に訪れたアルデライトはクリスにこう告げた。

 「君達が出発してから数分後……この家を爆破する、そうすれば跡形なくなり万が一エリアが僕を探しに来てもモンスターだった事はバレないだろう」

 「……まぁそうだな、人間は死んでも砂化しないからな、次家に帰ってきた時に家だけ残ってたらバレるかもしれないしな」

 

 クリスが家に着くと家のあった所には無残な残骸が残っていた。

 丁度エリアの部屋があった辺りに砂の山が出来ているのを見つけ近寄る。

 クリスはゆっくりとしゃがみ、砂の山に手を突っ込むと何やら肌触りのいい物に触れた。

 それを握り引っ張り出すと

 『セブンテイルの一尾』

 「七尾……」

 ボソッと口に出した瞬間、森がざわめきだし、強い突風が砂の山を飛ばしていく。

 突風が止み、腕で顔を守っていたクリスは腕を下ろし再び山のあった所に目をやると

 

 「……ふっ……七尾のやつ、お礼のつもりかよ……こんなにレアドロップ置いていきやがって……」

 そこにはセブンテイルのレアドロップ素材の『変毛』『七尾の剛爪』『七尾の魂玉』が残っていた。

 

 それらを全て拾い、立ち上がるクリスは空を見上げ

 「大切に使わせて貰うな七尾……ゆっくりお休み……」

 

 

 

 急ぎ、エリアの所に戻ると涙は流れているが、可愛い寝息をしながら眠っていた。

 「ここ数ヶ月一緒に暮らしてたのに寝顔見たこと無かったな……」

 起こさないように中へ入り、指で涙を取る。

 「やっぱエリアも美人さんだな……こんなに可愛いと思ったの久しぶりだ」

 

 ゆっくりエリアから離れクリスも横になり

 「エリアが起きるまで俺も寝るかな」

 そして、クリスもゆっくりと目を閉じ眠りに着いた。

 

 

 

 「……ス、あ……ね……だ……きだよ」

 どこからか声が聞こえたと思った直後、唇に温かいものが触れる感触を覚え、ゆっくりと目を開ける。

 すると、目の前にエリアの微笑みがあった。

 

 徐々に頬が赤くなっていくエリアは

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 と後ずさりしていく。

 

 「ふぁぁ……おはよーエリア」

 寝ぼけてるクリスは状況を理解しておらず、なぜ後ずさりしたのかわからなかった。

 

 「い、いい今の聞いてた?」

 恐る恐るエリアが聞く。

 「何を? 起きる前なにか聞こえたような気がし」

 「いや! 聞いてないなら大丈夫! 大丈夫だから!」

 クリスは首を傾げる。

 

 「そっ、そんなことより……その、ありがとう……」

 「いや、そんなお礼を言われることは」

 「そうだね……でもこれだけは言わせて……ごめんね」

 

 クリスは再び首を傾げる。

 「……なぜ?」

 

 エリアはクリスに少し近づき、切り出す。

 「私ね、ホントは知ってたの……お父さんがお父さんじゃない事……」

 

 クリスは驚いた。

 「え、知ってたって……アルデライトさんが七尾だって事を?!」

 エリアはこくりと頷いた。



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第二十五話 天災”ヘブンドラゴン”

 「詳細を知ったのはついこの間だけどね……」 

 クリスは手を顎に当て、少し考えると

 「まさか、あの会話聞いてたのか!?」

 

 エリアがゆっくりと頷く。

 「その会話のおかげで確信を持てたけど、疑問を持ち始めたのはクリスと会うもっと前だよ」

 「あの本見つけた頃だから……4年前ぐらいかな」

 

 「お母さんが残した本に戦闘に役立つスキルとか色々載ってたから、順番に覚えていったんだけど、その中に簡単な索敵スキルがあったのよ」

 

 「簡単って、敵の詳細までわからなくていいから、敵かそうじゃないかとか、そういう感じのやつか?」

 

 「うん、そんな感じかな……モンスターが居るか居ないかぐらいしか分からないし」

 

 「俺は索敵スキル持ってないからどんな感覚なのか分からない……あ、一回だけ仲間と索敵スキルを連携したことあったわ」

 「え? 連携って何?」

 

 「連携って言うのは、俺の独自スキルで仲間のスキルと合わせて使う事で、効果が増大するスキルだ」

 「その時やったのは、その仲間の持ってる索敵スキルのレベルが元々高かったから、捜索範囲を拡大しただけどね」

 

 「そのスキルって、どんなスキルとも連携出来るの?」

 「全部は試した事はないけど、サポート系は全部出来るはず」

 

 エリアはうんうんと頷き

 「そかそか……って話が脱線しちゃったね、えっとどこまで話したっけ」

 

 「んーと、索敵スキルを覚えた所だな」

 

 「そうそう……それでね、その索敵スキルをなんとなく家に居る時に使ってみたのよ……確か夜中に」

 

 「なんで夜中に……」

 

 「ドラゴンは夜行性のも居るから、近く通った時どんな感じなのかなと思ってね」

 「そしたら、家の中にモンスターの反応があって……恐る恐る近くまで見に行ったら、お父さんの部屋から感じて、翌朝お父さんに伝えたら」

 『気のせいじゃない?』

 「って言われたけど……それから毎晩毎晩同じ気配を感じて……一度、お父さんの部屋に隠れて真相を確かめに行ったら、お父さんが狐に化けるの目撃して……化けた瞬間いつも感じてた気配があったの」

 「翌朝、お父さんに聞こうと思ったけど……なんだか怖くて……聞けずにずっと暮らしてきた」

 

 「そして、俺と出会って一緒に過ごした矢先、七尾が俺に説明する時に変身したから、その時盗み聞きしに来たと……」

 「……うん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、あの扉を開ける事すら出来なくて……ごめんなさい」

 

 クリスは首を振った。

 「別に謝る必要なないよ……俺とエリアの立場が逆でも俺も開けられないと思うしな……」

 「ありがとう、クリス……」

 ……………………。

 …………。

 「さてと、そろそろ出発しよ? 暗くなる前に森は出ちゃいたいし」

 「あぁ、そうだな」

 と、二人が立ち上がった瞬間、太陽の光を一瞬何かが遮って行った。

 

 二人は顔を見合わせる

 「エリア……今のって」

 「えぇ、今の影はあのドラゴンしか居ない」

 「だが、ドラゴンって確か夜行性だろ? なんでこんな真昼間に」

 「あれ、クリス知らないの? あのドラゴン……”ヘブンドラゴン”は夜行性じゃないよ?」

 「え? マジで?」

 ずっとドラゴンは夜行性だと思っていたクリスは驚いた。

 

 「まぁ彼? だけだけどね……とにかく追いかけよう、お父さんとお母さんの仇を取らなきゃ!」

 そう言い、エリアはテントを飛び出して行った。

 

 「おい、ちょっと待て!」

 クリスもエリアを追いかけ、テントを置き去りにしていく。

 しばらく走っていくと、見晴らしのいい場所に着き、ようやくエリアに追いつく。

 

 そこはエリアもクリスも知らない、対岸が見えない程大きな水辺だった。

 「クリス……こんな場所知ってた?」

 エリアは、横に並んで膝に手を着き、息を整えるクリスの袖を、くいくいっと引っ張りながら尋ねる。

 「い、いや……俺も知らないぞ、こんな所に湖?があるなんて」

 

 湖に見とれているエリアが、水面がゆっくり波打ち始めるのを見つけ

 「クリス! 後ろの木に隠れて!」

 「え? あ、わかった」

 クリスはすぐ後ろにあった太い木の裏に隠れ、エリアもその隣の木に隠れる。

 その直後。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 

 と、地響きが鳴り出し、そして。

 「……地震か!?」

 クリスは突然の地震に驚く。

 一方のエリアは険しい表情で湖の揺れをじっと見つめていた。

 それから徐々に揺れが激しくなり、二人は木にしがみつくように揺れに耐える。

 そして、揺れの激しさが最大になった瞬間。

 

 ドッバァァァァァ!!!!

 

 と、湖が爆発したように水が上空へと上がり、その中から巨大な黒い物体が姿を見せる。

 「……天災…ヘブンドラゴン……」

 ボソッとエリアが口に出す。

 

 「あれが……ヘブンドラゴン……」

 クリスはゆっくりと降りてくるそのドラゴンをじっと見ていた。

 エリアはドラゴンにバレないようにゆっくり顔を出した、その時。

 

 パキッっと足元に落ちていた小枝を踏み、折ってしまった。

 

 ドラゴンはゆっくりと首だけをこちらに向け、エリアではなく、クリスと目が合う。

 体全身をこちらに向け、体を包み込める程大きな翼を広げて威嚇の咆哮をあげる。

 そして、ドラゴンは広げた翼を、自分の目の前で体を守るように包んだ瞬間。

 その翼をクリス達に向かって思いっきり開いた。

 ドラゴンからすれば、単なるそよ風もクリス達にとってはかなりの強風がクリス達に襲いかかる。

 

 その風を受けてる間に、ドラゴンは軽く飛び上がり空中で、今度は外から内へ翼を凪いだ。

 が、それは先程吹いた強風より遥かに強く、そして重かった。

 二人はその強風に耐えられず、地面に転倒する。

 

 風が止まず立つことも出来ない二人に、ドラゴンは再び翼を内側に巻くと同時にその場で左回りで回転をした。

 その回転したのと同時にドラゴンの黒い体に白い粒は浮かび上がる。

 一回転したドラゴンが翼を広げると、白い粒が体から離れ、ドラゴンの左右に散らばった。

 そして、ドラゴンが翼を広げ、二人に向かって凪いだ瞬間、ビー玉程の光の粒が二人に向かって弾丸のように降り始める。

 

 降り始めたと同時に風が止む。

 

 ちっ、間に合うか?!

 クリスは上半身をすぐさま起こし、両手で地面を叩き

 ―――パラディン・ガード―――

 

 クリスの目の前に大剣が具現化、と同時に大剣から光の膜のようなものがクリスを包むようにドーム状に展開される。

 

 ドドドドドドドドドドドドッ!

 

 クリスは両手で大剣に魔力を送り続け耐える。

 その最中にも周りで地面に激突する音が鳴り響き、辺りは砂埃で何も見えず、クリスからはエリアの無事を確認出来なかった。

 

 そして、約30秒にも及ぶ光の弾丸の雨が止み、軽く息を整えるクリス。

 「エリア! 大丈夫か!?」

 と、エリアの居た方を見ると

 砂埃の中から、クリス程ではないが、コンタクトレンズのような形をした光の盾が、左手を前に出し、肩で息をするエリアを守っていた。

 

 「エリア!」

 クリスが駆け寄る。

 よく見ると、遠くからでは分からないぐらいの貫通した穴が、数ヶ所あった。

 

 「あ……クリス……」

 ようやくこちらに気が付いたエリアは、左手を下ろし、両手を着きながらゆっくりと立ち上がる。

 

 その様子を見ていたクリスは、左太もも辺りから血が流れいるのに気が付く。

 「エリア、血が!……」

 すると、エリアは首を振り

 「右肩もやられてるけど、これぐらいなら大丈夫……戦えるよ」

 と、槍を具現化し、いつもの構えをする。

 それを見たクリスも、大剣から太刀へと持ち替えて、構えた。

 「無理するなよ?」

 「うん……ふぅ……行くよ!」

 空に浮遊しながらこちらを見つめるドラゴンに、二人は駆け出したのだった。



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第二十六話 スキルレベル

 駆け出したエリアは湖の上で浮遊するドラゴンの所へ”空の階段(エンプティステアーズ)”を使って近づく。

 そして、ドラゴンより高い場所へ行き、敵の頭目掛けて飛び降りる。

 「はぁぁぁぁ!!!!」

 

 エリアが飛び降りたと同時にドラゴンが口から閉じていても溢れる程の炎を生成し、エリアが近ずいて来るのを待つ。

 エリアとドラゴンの間が徐々に狭くなり、ドラゴンは瞬間的に首を右回りで回し、元の位置に戻る瞬間に口を大きく開く。

 ―――豪火の咆哮―――

 

 エリアは咄嗟に自分の右側の空気を壁代わりに蹴り、ドラゴンのブレスを避け、一旦地上に降りる。

 「そんな……ドラゴンがスキルを所持してるなんて?!」

 

 ドラゴンの側面から攻撃チャンスを伺っていたクリスが、エリアの方へ走ってくる。

 「エリア!大丈夫か」

 「えぇ、なんとか回避出来たけど……まさかスキルを持ってるなんて」

 「超級レベルのモンスターがスキルを持ってる事は知ってたけど、まさかこいつも持ってるとは、さすがに俺も予想外だ」

 

 クリスが言った通り、モンスターはスキルを持っているものと持っていないものが存在する。

 単純な違いはそのモンスターのクラスの違いだ。

 モンスターはクラス、レベル、危険度の3つを評価されている。

 そして、クリスの言った”超級”とはクラスの事で、下から”初級”、”中級”、”上級”、”超級”、”上超級”、”幻想級”、”伝説級”、”神話級”。

 以上、8つに割り振られており、各クラス内で危険度が割り振られる。

 危険度は以前に軽く説明したが、EからSSSまであり、上記と合わせると初級Eランクが1番弱く、神話級SSSが1番強いと言う事になる。

 そして、このヘブンドラゴンは超級Aランクに該当する。

 

 この時点でクリスがLv65、エリアがLv52のため2人のレベルが少し足りない。

 

 「エリアは中距離技とかない!?」

 「中距離から近付いて攻撃する技ならあるけど、中距離攻撃はないわ」

 

 クリスは瞬間的に戦法を考え

 「わかった……俺が後ろから援護するから、エリアは積極的に近付いて」

 「でも、それじゃ迎撃され……」

 エリアはクリスの少し笑った顔が目に入り、口を止める。

 「ふぅ……わかったわ、クリス……ちゃんと私を守ってね」

 と、笑顔でクリスに言う。

 

 その直後。

 ―――空の階段―――

 ボソッとスキル名を言い、湖に向かって走り出す。

 

 なんで今、階段を? あっ、そうか! 俺は”空の階段”の認識を少し間違えてみたいだ

 ”空の階段”はそもそも”空気”を踏むことが出来るスキル、逆に言えば空気があればどこでも”踏める”という事、つまり水面ギリギリにある空気を踏める!

 もしかしたら、水中に含まれてる空気も踏めるかもしれんな

 

 エリアは湖の水面をバシャバシャと駆けドラゴンに近付く。

 クリスはドラゴンの側面に回り込んで、太刀に持ち替えると、刀身に魔力を溜め始めた。

 そして、ドラゴンがエリアに気が取られている隙に、右後ろ辺りに来ると、全力で上から下へ太刀を薙ぐ。

 刀身に溜まった魔力は刃となりドラゴンへ飛んでいく。

 

 バシッ!

 

 クリスの飛ばした魔力の刃は、ドラゴンの右の翼に直撃したが大したダメージにもならなかった。

 

 エリアばかり見ていたドラゴンは、クリスを横目で見ると、再びその場で身体を回転させ、光の弾を作り、クリスの方向で止まり、翼を大きく広げた。

 

 その瞬間、

 「はぁー!!!!」

 エリアがドラゴンの顔を目掛けジャンプすると、ドラゴンの後頭部に槍を突き出す。

 

 パキンッ!

 

 エリアが突き出した槍は、ドラゴンの後頭部に命中したが、同時に刃が砕け散った。

 「うそっ、砕けた!?」

 

 ドラゴンは再びエリアの方に顔を向け、翼の関節にある3本の爪で攻撃をする。

 だが、エリアは空気を踏み台にし、攻撃を避けそのまま地上に降りる。

 

 「エリア!」

 クリスがエリアの傍に駆けて来る。

 「クリス……どうしよう、槍が……」

 「だと思って来たんだ……よっ」

 

 ズドンッ!

 

 ドラゴンが二人の間に割り込むようにしっぽを振り下ろす。

 それを左右に別れ避けた。

 「エリア! これを!」

 クリスはバックジャンプしながら左手に、自分の身長と同じぐらいの光の棒を出し、それをエリアに放り投げる。

 エリアもバク転で下がっており、着地と同時に飛んできた光の棒を華麗に受け止める。

 

 すると光が弾け飛び、エリアの手には柄がドラゴンの鱗で出来た槍があった。

 「クリス……これは!?」

 「説明はあとだ!」

 

 そう言った瞬間、ドラゴンはクリスに向かって豪火の咆哮を放つ。

 クリスは即座に大剣を出し

 ―――パラディン・ガード―――

 

 その直後、再びエリアがドラゴンへ近づく。

 

 何かエリアを援護する方法はないか! 魔力の刃を飛ばしても鱗が硬すぎて、ダメージが入らない。

 こんな時ウィンダが居れば……ん?ウィンダ……?

 

 クリスは、ハッとある事を思い出した。

 

 そうか! ビームライフルがあった! あれ、でもビームライフルってウィンダに渡したままだ!

 だからと言って実弾ライフルじゃあの鱗は抜けないし……

 いや、待てよ……もしかしたら……

 

 クリスはドラゴンがエリアの方に集中してる間に、太刀をまっすぐ腕と延長線上に持ちドラゴンの方へ向け、左手を右手の肘裏に当てる。

 そして左手から右手へ、右手から太刀へと魔力を流していく。

 徐々に切羽から切先へと、白い膜のようなものが広がっていき、やがて刀身を魔力で出来た膜が覆う。

 

 まぁここまでは魔力の刃と一緒だから困るような事なんてないんだが……問題はこの後どうやって”射つ”か

 あぁ、くそ時間がない! 考えろ! 考えるんだ!

 そうか! 爆発だ! 魔力を溜めた根元で押し出せるほどの”魔力の爆発”を起こせばいいんだ!

 

 答えを導き出したクリスは、魔力の溜まった刀身の真下にあたる、鍔に魔力を送りつつ徐々に爆破属性を付与していく。

 

 もう少し……もう少し……多くても少なくてもダメだ

 

 「エリア! 離れて!」

 

 そう、クリスが叫ぶとエリアは即座にその場から離れる。

 

 そしてドラゴンがクリスの方へ向いた瞬間。

 

 ドンッ!!

 

 辺りに何かが爆発したような音と共にドッボン!とドラゴンが湖に落ちる。

 

 「出来た……出来たぞ!」

 クリスが喜んでいる所へエリアが駆け寄って来る。

 

 「クリスー! 今の何!?」

 「あぁ、今のは……」

 とクリスが言いかけた瞬間エリアが口を挟む。

 「目の前を白い剣? みたいなものがヘブンにダメージを与えていったんだけど!?」

 エリアは驚きと興奮で目がキラキラしていた。

 

 「あ、あれは俺が普段、牽制用に使ってる魔力の刃の応用で……そうだな、弾刀って呼ぼうかな」

 「弾刀……」

 

 そんな会話を遮るかのように再び湖の水が飛沫をあげ、その陰からドラゴンが姿を表す。

 

 ドラゴンの左翼には、エリアの言った通り傷があり血を流していた。

 

 バッギャァァァァァァッッッッッッッ!!!!

 

 湖の上で再び浮遊するヘブンドラゴンは雄叫びをあげる。

 すると、先程まで真っ黒だった体に鱗に合わせ赤い筋が徐々に現れる。

 

 「な、なに!?」

 「鱗が逆立っていく……」

 

 鱗の間から赤い筋が全身に広がった瞬間、ドラゴンはその場で翼を畳み、回転しながら上昇した。

 すると、ドラゴンが通った場所に白と赤の光の球が出現する。

 

 「今まで射って来た球より大きいな……少し眩しいぐらいに」

 

 ドラゴンが数メートル上昇した所で止まり、こちらを見下ろす。

 

 「来るぞ……」

 

 クリスがそう呟いた瞬間、ドラゴンは大きな翼を広げこちらに羽ばたいた。

 その動作と共に出現していた白と赤の球は一斉に2人を襲う。

 

 「くそ! 間に合うか!?」

 クリスは一歩踏み出す。

 「パラディンガ……」

 

 スキルを使おうとしたその時、脳裏に文字が浮かび上がった。

 ―――『SKILL LEVEL UP』―――

 

 このタイミングでスキルレベルが上がっただと!? なんという幸運、これで防げるかもしれない!

 

 ―――パラディン・シールド!―――

 クリスは何も持っていない左手を前に出し、大剣の具現化と同時に前方と斜め上に光の壁を出現させた。

 

 ドドドドドドドドドドッ

 

 白と赤の光の球がクリスの出した壁に次から次へと当たっていく。

 だが、クリスは表情ひとつ変えず、左手から壁に魔力を送り続け耐える。

 

 クリスってやっぱ凄い、私の何倍も強い……私も負けてられない

 

 そう思いながらエリアは持っていた槍を強く握りしめた。

 

 「エンプティス」

 そして、エリアもスキルを使おうとしたその時、脳裏にSKILL LEVEL UPの文字が浮かんだ。

 

 そもそもスキルLvとは、全てのスキルと呼ばれるものに必ず存在する項目だ。

 スキルLvの最大値は基本的には5、ただしスキルによっては10まで存在するものと1しかないものがある。

 

 例えば、クリスの持つスキル”連携”。

 あれは、触れている味方のスキルの効果を増幅させるスキルだ。

 だが、毎回触れなければいけないとなると、少々不便である。

 それを補うのがスキルLvアップだ。

 例で出した連携は、最大Lvが5で、Lvが上がる度に5メートルずつ有効射程距離が伸び、離れている味方と連携を使う事が出来る。

 

 そして、今回レベルが上がった”パラディン”と”空の階段”もそれぞれ最大5で、パラディンは攻撃をガードした時の防御力と耐久値が向上した。

 

 一方のエリアはと言うと。

 「クリス! 私の空の階段もレベルが上がったわ!」

 「上昇効果は?」

 クリスはドラゴンの攻撃を受けながら横目でエリアの方を見る。

 「消費魔力の軽減と使用中の跳躍力とスピードの向上!」

 それを聞き、クリスは「わかった」と頷く。

 

 ようやく攻撃が止み、クリスが手を下ろすと光の壁が消える。

 「エリア手貸して」

 「えっ?」

 クリスはエリアの返答を待たずに手を取り

 

 ―――連携―――

 

 「制限時間付きだが俺もこれで空の階段が使える、2人で行くぞ!」

 「うん!」

 2人は左右に展開しながら、上空に居るドラゴンへ近づいて行く。

 

 左右から迫ってくる2人をキョロキョロと見比べたドラゴンは、エリアの方へ豪火の咆哮を吐く。

 

 エリアはかなりの勢いで迫ってくる炎に圧倒され、途中で止まってしまった。

 そこへクリスの声がする。

 

 「エリア! 槍を真正面で回せ!」

 

 エリアは言われた通り両手でクルクルと高速で回転させ、盾がわりに炎を弾き飛ばす。

 「す、すごい……」

 「その槍、火耐性がとてつもなく高いからな」

 

 解説しながらドラゴンに近付いていたクリスは、少し離れた場所から飛び上がり、両手で大剣を頭上に構える。

 そして、そのまま前転するかのように縦回転しながらドラゴンへ近付き、右翼の付け根辺りを斬りつける。

 

 それに続け、エリアも飛び上がり後頭部目掛けて。

 ―――五月雨突き―――

 

 エリアの五月雨突きによる7連撃で、ドラゴンが体制を崩す。

 その間、いつの間にか陸に戻り、太刀に持ち替えていたクリスは弾刀を構えていた。

 

 ドンッ!

 

 体制を整える前に射った弾刀は、ドラゴンの左胸辺りに直撃する。

 

 その直後、ドラゴンが小さな雄叫びを上げると、辺りを風で吹き飛ばす勢いで羽ばたき、空へと上がっていく。

 それを見たエリアが急いでクリスの元へ

 「クリス! まずい!」

 「どうした!」

 「このままじゃ逃げられる!」

 「は? 逃げる? なん……で」

 

 ここでクリスはある事を思い出した。

 

 確か、エリアの母親が書いた本に書いてあった。

 『ドラゴンは戦闘中、必ず2回以上逃げる』

 

 「エリア! 階段で追いつけるか?」

 「追いつけるかもしれないけど、この槍が重くて……」

 「なら貸せ!」

 「え、でも」

 「いいから、早く追いかけろ! 逃がしたくないんだろ!?」

 エリアは、クリスの真剣な顔を見て何か策があるのだと思い、クリスに槍を渡した。

 

 ―――空の階段―――

 

 タンッ! タンッ! タンッ!

 と、物凄い速さで登っていくエリアを見上げながら、槍を逆手で持ち3歩下がる。

 

 「行くぞぉ! エリアァ!」

 

 そう叫んだクリスは、湖を飛び越える勢いで走り出し、高く飛び上がる。

 そしてほぼ真上に向かって槍を投げた。

 

 ―――投擲―――

 

 「届けぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 ドラゴンに追いつきかけていたエリアを通り越し、ドラゴンの左翼の貫通する。

 その攻撃でドラゴンが少し落ちる。

 

 今だ!

 

 エリアはその隙にドラゴンを追いつくと、更に上空へ登って行き、落ちてきた槍をキャッチすると。

 

 え、何この槍……凄い魔力を感じる

 まさか……クリスが

 そっか、ありがとうクリス……ホントに大好きだよ

 

 昇るのをやめその場で止まると、エリアは槍を回しながら両手で自分の周りを1周させる。

 

 「対ドラゴン用……滅龍最終奥義」

 

 ―――龍を貫く天空の槍(ペネトゥレイト・ランス)―――

 

 エリアは更に上空へジャンプし、ドラゴンの真上に逆さまになる。

 両足を曲げ、足の裏にある空気を全力で蹴る。

 右手で槍を支えながら真っ直ぐ持ち、一直線にドラゴンへ向かう。

 ドンドン加速していくエリアの周りを、槍の先から赤いオーラのようなものが包んでいく。

 

 下に居るドラゴンは向かってくるエリアに対抗しようと再び大きな口を開くが、それは先ほどまで何度か吐いていた”豪火の咆哮”ではなく、蒼白い炎がチラついていた。

 

 そして、エリアが近づいてきたのに合わせてドラゴンは”それ”を吐く。

 

 ―――蒼炎の咆哮―――

 

 ドラゴンの口内で溜められた、そのブレスは物凄い速さでエリアの元へ到達するが、エリアの纏っているそれは、簡単に引き裂きながらドラゴンへ近づいて行った。

 

 「はぁぁぁぁぁ!! 貫けぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 一瞬で貫いたエリアはそのまま真下にある湖へダイブしていき、遅れてドラゴンが気を失ったのか、真っ逆さまに湖へ落ちた。

 

 クリスは慌てて湖へ近付き

 「エリア!!!!」

 と叫んだ瞬間、3度目の水しぶきを頭から被る。

 

 ドッバンッ!!!!

 

 陰から現れたのは、顎から尻尾の付け根まで一直線に傷が着いたヘブンドラゴンだ。

 咄嗟にクリスは構えるが、ドラゴンはそのまま飛び去ってしまった。

 飛んでいく姿が見えなくなり、クリスは武器をしまう。

 

 そして、一向に上がってこないエリアが心配になったクリスは、上を脱ぎ湖へ飛び込む。

 

 湖の中は直線的な穴のようになっており、水深もそこまで深くなかった。

 

 えっと……エリアは……

 

 水底付近でキョロキョロと見渡すと。

 

 お、槍発見!

 

 槍を見つけたクリスが近寄ると、目を閉じまるで眠っているかのように気を失ったエリアを見つける。

 

 クリスはエリアを抱え、水上へ泳いでいきそのまま陸へあげる。

 自分も上がり、肩を優しく叩く

 「エリア、エリアー、おーい起きろー」

 ふむ、これは人工呼吸した方が良さげか? でも心臓が止まっている訳じゃないし……とりあえず

 

 エリアの顎をあげ喉の気道をよくしたクリスは、ゆっくりと顔を近づけた瞬間

 

 「ゲホゲホッ!」

 と呑み込んでいた水を吐き出した

 

 「エリア大丈夫か!?」

 「あれ、クリ……ス?」

 「ちょっと待ってろ、お前の槍を取ってくる」

 

 そう言い残し、クリスは再び湖へ飛び込む。

 

 1,2分で出てきたクリスは、木陰に移動していたエリアの所へ行き、槍をその傍に置く。

 

 「ありがとう……」

 「あぁ、それより大丈夫か」

 エリアは頷いた。

 

 「あ、クリス……ドラゴンは?」

 エリアの隣に腰を下ろしクリスが言う。

 「逃げていったよ……あれだけやって逃げるって事はまだまだ足りないと言うことだろ」

 

 「そっか……」

 エリアの表情はどこか活気がなかった。

 「まぁかなりのダメージを与えたんだから、もっと強くなってもう一度戦えば勝てるだろ」

 元気づけるようにフォローをいれるクリスに、エリアはニコッと笑う。

 

 そして、クリスは立ち上がり

 「今日はもう疲れたし、テントに戻って明日再度出発しようか……ほら」

 クリスはエリアの前に立ち、前かがみになり手を出す。

 

 「うん!」

 エリアはその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。

 

 まだ少しふらつくエリアを支えながら2人はテントへと向かったのだった。



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Side Story III

 この物語は、私”エリア・ユリアルカ”がクリス・レギンスに出会う少し前から始まる。

 

 私は6月1日にここ、”龍獄の森”で産まれ育った女の子です。

 父の名はアルデライト・ユリアルカで、母の名はエリナ・ユリアルカ。

 

 私が産まれるずっと前から、この世界の人々は年齢を取らない。

 私が二人の間に産まれ、年齢を変えた頃には既に、母親は亡くなっていた。

 母親が亡くなってからはずっとお父さんが育ててくれている。

 そんなある日の朝の事。

 

 「おはよう、エリア」

 自室から降りてリビングに顔を出すと、お父さんがお茶を飲んでいた。

 「おはよ、お父さん」

 返事をし、テーブルに昨日の夜から置きっぱなしになっていた髪ゴムを手に取る。

 それを口に咥え、両手で後ろの髪を纏め左手で抑える。

 そして咥えていた髪ゴムでポニーテールを作ると。

 手際よく朝食の準備をしていく。

 

 お父さんはいつの頃からか朝食を食べていない、むしろ、私が物心つく前から食べていないらしい。

 

 たまごサンドを作り、食べていると。

 

 「エリア、今日は狩りに行くのか?」

 「うんそのつもり、繁殖期は過ぎたし落ち着いてる今の内に数を減らさないとだし」

 「そうだな、気をつけて行けよ」

 

 ドラゴンには年4回の繁殖期があり、その内2回目4回目が終わった頃に、子育ての終わったドラゴンを狩るのが私の役目だ。

 ドラゴンは年4回の間に6個から18個の卵を産むため、放って置くと世界中でドラゴンが溢れてしまう。

 そうなると、いずれドラゴンに襲われてしまうかもしれないため、予防策として至る所にドラゴン専門のハンターを置いている。

 私の母親もその一人だった。

 

 「ごちそうさま……さてと!」

 

 食べ終わりすぐさま食器を洗い終えると、ダッシュで2階にある自分の部屋へと駆け込む。

 

 机の横にある本棚から1冊の本を取り出す。

 

 『繁殖期 周期ノート』

 

 表紙に綺麗かつ丁寧な字でそう書かれていた。

 机の上にある卓上カレンダーで日付を確認しながら、パラパラとノートを捲っていく。

 

 「さて、今週は……あー、デザートドラゴン……ね」

 エリアは少し引きつった表情をした。

 

 一般的に薬で安楽死させるのが目的なのだ。

 しかし、デザートドラゴンは気性が荒く、臭いに敏感なためその方法が取れない。

 したがって、自ら討伐しなければいけないのだが……。

 

 「また泥被らなきゃいけないのかな……」

 

 デザートドラゴンは砂化する際、必ず辺りに泥が飛び散るのだ、それは安楽死させても変わらない。

 だが、安楽死なら泥の飛んで来ない場所で見守れば被らずに済むが、討伐となるとほぼ確実に被ってしまう。

 

 「……一応両方持っていこう」

 

 エリアは支度を済ませ、目標を探しに家を出た。

 

 デザートドラゴンは龍獄の森の西側に居ることが多い、そのため玄関を出て、真後ろの方向に進んで行く。

 

 探し歩き始めて30分程経過した頃。

 「この足跡は、デザートドラゴンのだね……こっちの方向か」

 足跡の向きから推測し、エリアは進んでいた方向から2時の方に向き直す。

 

 更に歩く事10分、先程より少しづつ砂埃っぽい感じがする。

 「ケホッケホッ、そろそろかな」

 

 徐々に濃くなっていく砂埃の中を進むと、そこには大きなゴツゴツとした岩があった。

 これがデザートドラゴンだ。

 

 デザートドラゴンは食事と繁殖期以外は寝て過ごす怠け者だ。

 寝ている間、敵に襲われないために体内から水蒸気と砂を撒き散らし、近付けさせないようにしている。

 上手く行けば寝てる間に、口の中へ薬を放り込めるのだが。

 

 エリアが薬をウエストポーチから取り出すと、辺りに散らばっていた砂埃が岩へ吸収されていく。

 

 ほんの数秒で辺りが明ける。

 

 まずい!!

 

 エリアは咄嗟に薬をしまい、後ろに飛び槍を出現させる。

 その時、岩に手足が生え、ゆっくり立ち上がった。

 

 強くはない……強くはない……けど、泥がぁ……

 

 エリアは槍を構え、戦闘態勢になる。

 デザートドラゴンはゆっくりとエリアの方を見ると、その場に座り込んだ。

 そして、こちらに向けて口を開けると。

 

 キィィィィィン

 

 口の中に光が集まっていく。

 「させない!」

 ―――雷迅一閃―――

 

 5メートル程あった距離を一瞬で詰め、デザートドラゴンの右側を一直線に突き抜ける。

 その直後、デザートドラゴンに全身を電流が走った。

 ”雷迅一閃”には低確率で相手を麻痺にする事が出来る。

 

 デザートドラゴンはエリアの方を見ようとするが、麻痺の影響で口が開いたまま動けない。

 エリアは開いたままの口に近付き、先程の薬を出す。

 「ごめんね」

 と言い、薬を口の中に放り込んだ。

 

 やがて、デザートドラゴンの目はゆっくりと閉じていき、同時に呼吸が無くなった。

 

 「あっ……」

 

 エリアはデザートドラゴンが泥を撒き散らす事を思い出し、即座に太めの木の裏に隠れやり過ごす。

 

 エリアが木に隠れて数秒後、バシュッ!と大きな音がなる。

 陰からこっそり顔を出すと砂化していくデザートドラゴンの姿があり、辺りには泥が付着していた。

 

 「あと4体」

 

 残り4体も3時間程で無事に討伐したが、最後の1体で薬を飲ませる隙が出来ず仕方なく討伐する羽目に。

 「結局今回も泥だらけね……幸い最後の1体が家の近くで良かった」

 私は家からすぐ近くにある湖で、泥を落とそうと家の方へと歩き出す。

 向かっている間に少しづつ泥は落ちるが全部じゃない、湖に着いても泥は2割程度しか落ちていなかった。

 

 湖に着いたエリアはそのまま湖に飛び込み、軽く水中を泳いだ後、陸へ上がる。

 

 「くっついて脱ぎ……づらい」

 

 服を脱いだ後それを槍に通すと、近くの木に刺し乾かす。

 そしてエリアは再び湖へ飛び込み、しばらくの間潜ったり水面を泳いだりしていた。

 

 そうして、そろそろ帰ろうと思い私は浅い所へ移動する。

 その時、目の前に人影を見つけ不意に立ち上がった私はその人影に、

 「…………誰?」

 と声をかけてしまった、自分の格好を忘れたまま。

 

 私の声に反応して振り向いた彼は、ただただ呆然と表情を変えることなく口を少し開け、ぽかーんとしている。

 私はその顔を見て、思い出してしまった。

 それは自分が今、全裸であるという事を。

 

 「き、きゃぁぁぁぁぁ!」

 恥ずかしさのあまり、自分でも想定していなかった量の水を彼にかけてしまった。

 

 無意識に魔力を使ったのか、今でも分からない。

 でも、この時この世で最も大切な……彼に出会った瞬間だったのは、ずっと忘れない。

 

 

 

  「わたしね、4年ぐらい前にお母さんを亡くしてるの……この森のドラゴンと戦って……」

 私の声が彼にどう聞こえたか分からないけど、彼は私の話を真面目に聞こうとしてるのが伝わってくる。

 そんな彼に私は全て話そうと思い話を続けた。

 「でもね、お父さんと部屋を片付けてる時に見つけたの、この1冊の本を……」

 私は1冊の本を具現化し彼に見せる。

 

 「―――ドラゴンスレイヤー―――」

 

 「それは?……」

 「これはね、お母さんが書いた全てのドラゴンに関する本なの……個々のドラゴンの特徴や性格、弱点までね」

 「すごいな……」

 彼は私から本を受け取りとパラパラと捲っていき、ページを変える度に顔の表情もコロコロ変わってとても可愛かった。

 

 「私のお母さんはね、この本を書くのと同時にある仕事をしていたの……むしろこっちの方が本職かな」

 彼は私の方を見ると、捲りかけていた手を止めゆっくりと本を閉じる。

 

 「この本をお父さんから貰った後、私もお母さんの仕事を引き継いだんだ」

 「そうんなんだ」

 彼に私とお母さんのしていた仕事の内容を簡潔に説明した。

 「でもね、つい先日……国から届いたの……もうドラゴンを討伐しなくていいって言う内容の手紙が」

 

 彼は腕を組み、空を見上げる。

 「……つまり、国にとって脅威だったドラゴンがそうでなくなったって事か?」

 「うん、そんな感じ……手紙には”ドラゴンを討伐出来る冒険者が増えたから、わざわざ専門家に依頼しなくてもよくなった”……だったかな」

 「なら、エリアは日課がなくなってしまったわけか……」

 私はゆっくりと頷く。

 

 「嬉しいような…寂しいような複雑な感じ……」

 「そうか……エリアは他に何かやりたい事とかないのか?」

 「他に……私も旅に出たいなって何度か思った事あるけど……」

 「あるけど?……」

 

 …………。

 

 少し沈黙が続き、クリスが口を開く

 「まぁ、どっちにしてもそうだけど、結局エリアはどうしたいんだ?」

 「私は!……」

 と、言いかけて口が止まってしまった。

 私の中でまだ答えが出ていないから。

 

 …………。

 ………………。

 

 沈黙に耐えられず、思わず空を見上げた私は。

 「だいぶ暗くなって来たね……クリスはこの後どうするの? 何もないならさっきも言ったけどうちに来ない?」

 半ば無理やり話題を変えた。

 すると、クリスは腕を組み少し考えた後

 「家ってエリア一人……なの?」

 「ううん、お父さんが居るわ」

 クリスはその言葉に一瞬驚いたように見えたが、同時にどこか安心した表情を浮かべた。

 「……んじゃ、お言葉に甘えるわ」

 クリスの返答に私は思わず「うん!」と満面の笑みで答える。

 

 ほぼ同時に立ち上がり、私は家の方を指差して「こっちだよ」と言い歩き出す。

 その後ろからクリスも着いて来る。

 

 

 それからクリスは私の家でしばらくの間、一緒に暮らすことになり、数日たった頃。

 私とクリスは、家の近くの湖から水を運ぶという、腕力値を上げる修行をしていた。

 

 これは、クリスと一緒に旅に出ると決めた私へ、お父さんが考えてくれたものだ。

 

 湖から水を運ぶだけなら一見、簡単そうに見えるが、私とクリスの持っているバケツには術が掛かっている。

 そのため、水の入ったバケツは重力が数十倍掛かっている状態だ。

 

 例えるなら、鉄板の上に置かれた超強力な磁石を持ち上げて動かしているようなものである。

 

 元々腕力値が高くない私は、バケツの5分の1程の量で精一杯に対し、クリスは4分の3ほどの水を運んでいる。

 だが、クリスは両手に1つずつバケツを持っており、私の数倍重いはずだ。

 

 この修行を始めたのが、クリスが住み始めた翌々日からだ。

 始めた頃は私も今より少ない量しか運べていなかったが、クリスはその時から半分ぐらいの量は運んでいた。

 

 「やっぱり、旅をしてるのとしてないのとじゃ、差が出るのかな」

 

 「どうした、エリア……疲れたか?」

 前方から呼ばれる声がする、クリスが横目でこちらを見ていた。

 その顔は私にはかなり余裕に見える。

 

 「クリスはなんでそんな余裕なのー」

 「ん? あぁ、別に限界まで入れてないからな、ほんの少し重く感じるぐらいしか入れてないぞ」

 「え、そうだったの……」

 

 視線を落とし水の入ったバケツを見る。

 「私ギリギリ運べるぐらい入れてた……」

 「別に悪くないけど、持久向きじゃないし……水運びの後の実技修行の時に負担になるぞ」

 「なるほど……」

 

 私はバケツを一旦置き、手で水を少し掬い3回ほど出す。

 立ち上がりバケツを持つと、先程まで両手で持っていたのに対し、今は片手で持てるぐらいだった。

 

 「おぉ、これなら両手にバケツ持っても平気だね」

 「エリア、早く来ないと置いてくぞー」

 「あーん、待ってよ!クリスー!」

 私は早足でクリスに着いて行った。

 

 

 そして、二人で水運び、クリスは指揮能力、私は実技の修行を重ね1ヶ月が経った頃。

 

  「二人とも、この1ヶ月お疲れ様……今日は二人が考えた新技を見せてもらいたい、完成はしたかな」

 「「はい!」」

 

 この時私は、実技修行の中で見つけた動きを取り入れた、新しい対ドラゴン用の技”龍撃の槍<ドラゴンブレイク>”を披露。

 クリスのはいつ練習したか分からないが、”超新星爆発”を見せてくれた。

 

 「この1ヶ月二人ともよく頑張った……合格だよ」

 「「ありがとうございます!」」

 と言うのと同時にクリスが、軽く頭を下げるのを見て私も頭を下げる。

 すると、頭にポンッとお父さんが手を乗せ、撫でてくれた。

 

 「さて、これで安心してクリス君にエリアを任せられる……いつ出発するのかね?」

 「そうですね……」

 少し俯きながら考え込むクリス。

 

 「……明日はゆっくり休んで明後日の午前には出ようかと思います、エリアもそれでいいか?」

 と、私の方をチラッと見てくるので

 「うん! わたしはクリスについて行くだけだから、クリスに合わせるよ」

 と返す。

 

 日が落ち、暗くなり始めていたため、三人揃って家に入り旅立つ準備を始めた。

 

 そして旅立つ日の朝、お父さんに挨拶をして、私は初めての旅へと歩き出した。

 ところが、出発してから10分ほど歩いた所でズドォン!と大きな音が私達の真後ろから鳴り響く。

 振り向くと黒い煙を上げ、激しく燃えているのがよく見えた。

 

 あの方角はまさか!

 「お父さん!?!」

 戻ろうとしたその瞬間、後ろからがっしりと抱きしめられ身動きが取れなくなった。

 もちろん止めているのはクリスだ。

 事情を全て知っている彼にとっては、何としても行かせたくないのだろう。

 でも、私はとっくに知っていた、お父さんがお父さんではないことを。

 

 「クリス離して! 離してよ……お父さんがお父さんが……パパァ!!!!」

 それでも、育ててくれた彼の事をお父さんと呼んでしまう。

 

 「許せエリア、これがお前のお父さんの……アイツの願いなんだ!」

 「そんな嫌! これ以上わたしから奪わないでよ……残されたたった一人の家族なのに……うっ、うっ……うわぁぁぁ!」

 力ではどうしてもクリスに勝てない私は戻るのを諦め、泣き叫びならその場に座り込む。

 そんな私に彼は、腕を掴み肩に回した。

 

 彼はすぐそばにある更地に連れていき、テントを取り出す。

 「エリア、俺が見てくるからここで待ってな?」

 と言い残し、彼は家の方へと走っていった。

 

 「ごめん、クリス……私の事思って行かせないようにしてくれたのに……ありがとう……」

 私は泣きながらボソッと独り言だけど誰かに聞いて欲しい、そんな感じで口に出す。

 そして、泣き疲れた子供のように私は眠りについた。

 

 …………。

 ………………。

 

 何時間寝ていたのか分からないが、テント越しに差す日が西側に来ている事だけは見てわかる。

 体を起こすと、少し離れた所で寝ているクリスが目に止まった。

 

 私が起きるまで待っている間に寝てしまったのか、安眠している様子。

 ゆっくりとクリスに近づき、顔を覗き込む。

 「初めてクリスの寝顔見れた、ふふ……寝顔はとっても可愛い」

 寝顔をジロジロ見回すと、ふと唇に目が止まる。

 

 自分でも顔が赤くなってるのがわかるほど、身体が熱くなる。

 「クリスって、誰かとキスした事あるのかな……」

 一旦顔を上げ、深く深呼吸をした後、再び顔を覗き込む。

 「ふふ……やっぱり可愛い……クリス、ありがとね……大好き」

 

 ボソッとそう呟くと、スっと右側の髪を耳に掛け更に顔を近づける。

 そして、震えながらもクリスの唇に自分のを重ねた。

 数秒後、ゆっくりと顔を上げぼーっと微笑みながら見ていると、クリスの目が開く。

 

 徐々に頬が赤くなり。

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 と後ずさりしてしまった。

 

 「ふぁぁ……おはよーエリア」

 寝ぼけてるクリスは状況を理解しておらず、なぜ後ずさりしたのかわからない様子。

 

 「い、いい今の聞いてた?」

 恐る恐るクリスに問うと。

 「何を? 起きる前なにか聞こえたような気がし」

 「いや! 聞いてないなら大丈夫! 大丈夫だから!」

 クリスは首を傾げる。

 

 危ない危ない、寝顔にキスしたのがバレるところだった。

 

 その後、クリスに自分も知っていたことを話し、いざ再出発しようとした瞬間。

 太陽の光を一瞬遮られ、私は思わずクリスの方を向くと、彼もこちらを見ていた。

 

 「エリア……今のって」

 「えぇ、今の影はあのドラゴンしか居ない」

 「だが、ドラゴンって確か夜行性だろ? なんでこんな真昼間に」

 「あれ、クリス知らないの? あのドラゴン……”ヘブンドラゴン”は夜行性じゃないよ?」

 「え? マジで?」

 クリスはドラゴン全員夜行性だと思っていたらしく、驚いた表情を浮かべた。

 

 「まぁ彼? だけだけどね……とにかく追いかけよう、お父さんとお母さんの仇を取らなきゃ!」

 そう言い、私はテントを飛び出す。

 

 「おい、ちょっと待て!」

 後ろからクリスの声が聞こえたが私は追いかけるのに夢中で、クリスを置き去りにして行った。



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第二十七話 魔法

 俺たちはテントで一晩を明かし、森を南に抜けた崖の上で立っていた。

 

 「あれが”魔法都市マギュラウト”?」

 「あぁ、わざと地を下げ周りを崖に囲ませ、外敵から守っている魔法界唯一の都市マギュラウトだ」

 「クリスは来たことあるの?」

 クリスは首を振る。

 「いいや、来たのは初めて……だが、全て情報通りだ」

 

 エリアは「へー」と返しながら辺りを見渡す。

 

 「で、どうやって降りるの?」

 「えーと」

 

 クリスは地図をバサッと広げ指で現在地などを確認する。

 「ここから少し戻ると大きな井戸があるんだけど……あ、これだな」

 

 「井戸?……降りるのになんで井戸使うの?」

 「単なる転送装置らしいぞ、井戸に入ると……んーと、ここからじゃ見えないけどマギュラウト近くにある井戸に出るって情報」

 

 再び森に入り、情報のあった辺りを歩き回り井戸を探す。

 

 「なかなか見つからないなー、”井戸”と言うだけでもっと違う形なのか?」

 「ねぇ! クリスー!」

 少し離れた所からエリアの声が聞こえる。

 

 「どうしたー?」

 エリアの所へ駆け寄る。

 「あ、クリス……ここ見て」

 エリアは地面から生えている大きな葉を指差し、その葉を持ち上げる。

 するとそこには、周りがレンガで囲まれている穴らしきものがあった。

 

 「もしかして、これが”井戸”か」

 「確かに井戸と言えば井戸ね」

 

 …………。

 ………………。

 

 クリスは井戸にゆっくり近づき、中を覗くとエリアもクリスの左横から覗いてくる。

 井戸の中は真っ暗と言うより、真っ黒だった。

 穴を覗いていると左袖を引っ張られる感覚がする。

 

 袖を引っ張っていたのはエリアだった。

 エリアの手が震えているのか、袖から振動が伝わってくる。

 「とりあえず、入ってみるが……怖いなら手、繋ぐか?」

 スっとエリアの前に手のひらを出す。

 

 エリアはその手に覆い被さるように手を重ね握ってきた。

 「うん、繋ぎたい……ありがとう」

 「お、おう」

 涙目になりながらも笑顔で返すエリアが可愛く、クリスもドキドキしながらエリアの手を握り返す。

 袖を引っ張っていた時と同様に握った手からも振動が伝わってくる。

 

 「ほんとに大丈夫か? なんなら、おんぶでも抱っこでも俺は構わんぞ?」

 エリアの顔がみるみる赤くなり。

 「そ、それは大丈夫! 手を繋いでくれるだけで……」

 少し沈黙が続く。

 

 「ねぇ、クリスは怖くないの? この中がただの井戸で、大怪我したら嫌だなとか思わない?」

 「それは確かに怖いけど、この井戸の情報くれたのは俺が旅を始めた頃に知り合った情報屋からだから、信用してるんだ」

 

 エリアはクリスの真剣な表情を目にした。

 「わかったわ……私はクリスを信じる」

 

 二人は手を繋ぎ、クリスの横で深呼吸をするエリアを待つ。

 

 「「せーの!!」」

 「ちょっと待って!」

 声を揃え、意を決して飛び込もうとした瞬間、エリアが声を上げた。

 

 「びっくりしたー、やっぱ怖いのか?」

 「う、うん……ごめんなさい」

 

 クリスは目を閉じゆっくり首を横に振った。

 「いや、別に謝る必要はないよ、怖いものは仕方ない」

 「……ふぅ、ごめんなさい……もう大丈夫よ」

 「よし、それじゃあ」

 「「せーの!」」

 

 再び声を合わせ、ようやく飛び込んだ。

 

 井戸の中は真っ暗で、上下も左右も分からないが重力が下にあるのは分かる。

 

 なんかこの感じ久しぶりな気がする、そういえば……俺がビルから飛び降りた時もこんな感じだったな。

 

 物思いに耽っていると、足元に感じていた重力が突然頭の方から感じ始める。

 そして足元から光が見え、何故か二人揃って足から飛び出した。

 

 「うわぁぁぁ……ぐえっ」

 「きゃぁぁぁ……」

 

 二人仲良く、手を繋いだまま頭から地面に激突した。

 

 「痛ってぇ」

 「痛ーい」

 

 身体を起こし辺りを見渡すと、八時の方向に岩壁が見える。

 クリスは立ち上がり。

 「移動は成功だな……エリア大丈夫か?」

 エリアに手を伸ばす。

 

 「うん、ありがと」

 クリスの手を取りエリアも立ち上がる。

 

 「ほら、エリアあれ」

 クリスが指を差した方向に、外壁らしき白い壁が見える。

 

 「崖の上から見た時に見えた壁ね」

 「あぁ……よし行こう!」

 

 出てきた井戸から5分ほどで、外壁の真下に着いた。

 「ここからどっちかの方向に歩き続ければ4方向の門のどれかに行き着くだろう」

 

 エリアは辺りを見渡す。

 「エリア? 何してるの?」

 「え、あ、ううんちょっと影の位置をね」

 「……影?」

 「そ、影の位置から方角を予想して、どっちに歩けば近いかなと思って」

 

 エリアは周辺の影だけではなく、空を見上げてあらゆる方向を見渡すと。

 「引くならこっち……左側からかな、たぶん東と北の間に居るはずだけど、影の形からして北の正門の方が近いはずよ」

 

 クリスは「わかった」と返し、壁に沿って左側へ歩き出す。

 

 数分後、茶色の門にたどり着いた。

 門のすぐ側に警備室のようなものが建っており、中には三角帽子にマントといった、いかにも魔法使いな娘が居る。

 

 「すみません」

 「はい……あ、もしかして”マギュラウト”は初めての方ですか?」

 中に居た人はクリス達の装いを見てすぐに察してくれた。

 

 「えっと、お二人は”純粋者”ではないですね」

 「「じゅんすいしゃ?」」

 「はい、”純粋者”とは私のような、生まれつき魔法が使える人達の事を指します」

 

 純粋者は生まれつき魔法が使えるため、非純粋者に比べ魔力値が非常に高い。

 しかし、逆に非純粋者より魔力以外の基礎ステータスが低いのが特徴である。

 

 「それでは、こちらのカードをお持ちください」

 彼女は黄色のカードを差し出し、二人はそれを受け取る。

 「これは?」

 「純粋者、非純粋者を分けるためのカードです」

 

 魔法都市マギュラウトには”純粋者”も”非純粋者”も住んでおり、中には行き来する者も居る。

 そして、この都市では2種に分けるために純粋者は青色、非純粋者は黄色のカードを渡している。

 魔法の中には純粋者にしかコントロール出来ないものが多数存在しており、非純粋者にその魔法を買わせないようにするための処置だ。

 この世界の魔法は全て書物になっており、その書物を武器同様取り込むことによって習得する。

 ただし、使えるようになるためには練習が必要になる。

 

 「そのカードは無くした場合は再発行出来ますが、譲渡等の場合は再発行出来ません」

 「このカードがこの都市に出入りするのに必ず必要って事ね」

 「その通りです、もし都市内の店に提示を求められた場合は見せてください……それではお入りください」

 

 そう言われた二人は門の前で開くのを待っていたが、門は開く気配すら感じられなかった。

 

 「すみません、門が開かないのですが……」

 「あぁすみません、そこの説明をしていませんでしたね……門はありません」

 「「え?」」

 

 二人が彼女の言葉に驚いていると、後方から複数の足音が聞こえてくる。

 振り返ると、パーティーらしき四人組がこちらへ向かってきた。

 

 「よぉ! 嬢ちゃん! 帰ってきたぜぇ」

 先頭を歩いているスキンヘッドの男が彼女に挨拶する。

 「皆さんおかえりなさい」

 彼女も返す。

 スキンヘッドの男の後ろを歩いていた人達も、会釈して先頭の男に続いて門を”すり抜けて”行った。

 

 「ほんとに無いんだな……」

 「私達も行ってみよ!」

 

 「ごゆっくりお過ごしください!」

 「「ありがとうございます」」

 

 二人は無言で手を繋ぎ、空いてる手を真っ直ぐ伸ばしながら門へと近づいていく。

 そして、ゆっくりと中へ入って行くとすぐに都市が目の前に現れた。

 

 「おぉ……すげぇ、ほんとに何も無かった」

 「手を伸ばすだけ無駄だったね……」

 

 クリスは興味本位でチラッと後ろを振り向く。

 「へぇ……内側からはこうなってるんだな」

 「どうしたのクリス」

 後ろに振り向いたクリスに釣られ、エリアも後ろを見る。

 「え、門が無い? それにこっちからじゃ外が丸見えね」

 

 クリスは軽く首を振り。

 「そうだな、でも、扉はあるにはあるんだな……ほら、左右を見てみ」

 「え?」

 

 クリスに言われ、エリアは左右を見るとそこには”開いた状態”の扉があった。

 「ほんとね、扉はあるわね……でもなんでわざわざ外からは扉があるように見せているんだろう」

 「それは、俺でも分からない……とりあえず散策しようか、魔法書店にも行きたいし」

 

 エリアは「うん」と返し、再び歩きだそうとした瞬間。

 目の前に陽気なお兄さんがやって来る。

 

 「おや、君達もしかしてこの街初めて?」

 

 「は、はい……初めてです」

 突然話し掛けられ戸惑ったが返答する。

 

 「なら、君達にこれをあげよう」

 

 差し出されたそれを受け取る。

 それはこのマギュラウトのパンフレットだった。

 

 「それさえあればこの街で迷う事は無いはずだ、では良い旅を」

 「ありがとうございます」

 エリアが軽く会釈をすると、彼は立ち去って行く。

 

 「えっと……」

 クリスはパンフレットを開き、1ページ目の概要欄から順に目を通していく。

 パンフレットにはマギュラウトのほぼ全ての情報が書いてあった。

 

 『この街”マギュラウト”は中心に建っている”マギュラ塔”から半径30キロの円形大都市です。

 そして、正門のある区域から時計回りに1番街から8番街まで均等に分かれており、各番街にそれぞれ魔法書店が建っています。』

 

 「え、半径30キロ!?」

 「なかなか広範囲だな、崖の上から見た時そんなに広い印象は無かったんだが……」

 

 パンフレットを読み進める。

 …………。

 ………………。

 

 「1番3番7番街には転送装置があるみたいね」

 「ん? ほんとだ、さすがに歩いて行くには広いからな、行きたい番街に近い場所に移動させてくれるだけありがたいな」

 

 パンフレットをしまい、クリスが行きたいと行っていた魔法書店へと向かった。

 

 …………。

 ………………。

 

 「やっと着いた……ここが魔法書店」

 

 ギィィ

 木で出来た扉を押し開け、中へ入る。

 店の中は天井から吊るされたオレンジ色の電球が本棚の上に一つずつあるだけで薄暗かった。

 その光だけでは、本棚に収められている本を全て確認する事は出来ない。

 8段あるその本棚には隙間が無く、クリスがその中から一冊を手に取ろうと指を掛けると、驚くほどスルッと取り出せた。

 

 「すみませーん!」

 店内にエリアの声が響く。

 

 すると、右奥の扉がギィィと開き若い女性が出てきた。

 「客人とは珍しいねぇ、なにかお探しかい?」

 外見に似合わない口調でクリス達に問う。

 

 「えっと、魔法の適性を調べて欲しくて来たんですが」

 クリスがスっと答える。

 

 二人をジロジロと全身を見回すと、ニコッと笑い。

 「そうかいそうかい、と言う事はお主ら初めてこの街に来たんだねぇ」

 「えぇ、まぁ」

 

 「わざわざわしの所に来てくれた礼じゃ、タダで見てやろう」

 「え、いいんですか!?」

 クリスは少し高い声が出る。

 

 「クリス、本来は見てもらうのにどれくらい掛かるの?」

 「一人につき、200リルぐらいだったかな」

 「え、そんなに掛かるの!?」

 「病院で精密検査を受けるようなものだからね、それぐらいじゃないか?」

 「病院で精密検査って言うと……300前後だったよね」

 「そうそう」

 

 「ほれ、奥へ参れ」

 店の魔法使いさんは、出入り口から真っ直ぐに奥へ伸びる廊下を進んで行く。

 

 奥には他の扉と同じ扉がある。

 ”閉まっている”扉を開けると、またギィィという音が鳴った。

 

 部屋の中には背もたれが2メートルほどある椅子が向かい合って置いてあり、奥の椅子に彼女は座っていた。

 「さて、どちらから調べるかね?」

 

 魔法使いがそう言った瞬間、クリス達の後ろでバタンッという音がした。

 

 二人は仲良くビクッとする。

 

 そして顔を合わせると、クリスが少し口を緩める。

 「……なら、エリアから見てもらいな、俺は後でいいから」

 「え、あ、うん」

 

 「では、お嬢さんそこの椅子にお座り」

 

 エリアは椅子に腰掛ける。

 「ん? 少し緊張しているかね……緊張していると正しい適性が調べられない可能性があるからねぇ、落ち着くまで少し待つよ」

 「すみません……ありがとうございます、クリス」

 エリアがクリスの方を見上げる。

 

 「どうしたエリア」

 「手……握って?」

 エリアは上目遣いでクリスを見上げる。

 

 クリスは一瞬ドキッとしたが、軽く頷き右手を差し出す。

 そして、エリアはクリスの手を両手で握り、さらにおでこを当てる。

 

 「スー……ハー……」

 

 エリアは目を閉じ、深呼吸をした。

 

 「ありがと……」

 そう言い、エリアは手とおでこを離す。

 

 「もう良いかね? お主は下がりな」

 クリスは魔法使いに言われた通り扉の前まで下がる。

 

 魔法使いが一冊の本を左手の上で開き、右手を前に出す。

 すると、エリアの座っている椅子を中心に、円形の魔法陣が床に出現した。

 『Examine(エグザミン)』

 

 魔法使いがそう発した瞬間、床の魔法陣からエリアを包む光の柱が現れる。

 

 エグザミン……”調べる”か、これが魔法なのか……

 

 エリアを包む光の柱が徐々に細くなり、やがて消えて無くなると、エリアの目に前にクリーム色の紙が出現した。

 

 「それを手に取りなされ、それがお嬢さんの適性じゃ」

 

 『火✕ 水◎ 氷◎ 雷✕ 地✕

  風○ 龍◎ 光✕ 闇✕ 無✕』

 

 「マルは適性有り、バツは適性無しじゃ」

 「このマルと二重マルの違いはなんですか?」

 

 「二重マルはその属性ならどんな魔法も習得が可能と言う事じゃよ……さて、次はお主の番じゃな」

 「はい」

 エリアとクリスは入れ替わり、腰掛けた瞬間先程と同じ魔法陣が出現する。

 

 そして、先程と同じように光の柱が現れた瞬間。

 「んん!? お主……まさか」

 魔法使いがそう言いかけた時、光の柱が収束し消える。

 そして、クリスの目の前に紙が出現した。

 

 「お主……”混沌種”じゃな」

 「……混沌種?」

 クリスはわけがわからないが、目の前に出現した紙を手に取り目を通す。

 『火✕ 水✕ 氷✕ 雷✕ 地✕

  風✕ 龍✕ 光◎ 闇◎ 無◎』

 「んな!?適性が光と闇、無属性しかない!」

 「え? どういうこと!?」

 二人はクリスの適性を見て驚く。

 

 本来であれば、適性属性の弱点にあたる属性は適性有りに成らないからだ。

 クリスの例で言えば、”光”と”闇”。

 これらは、互いが有利属性で不利属性だからだ。

 

 そして、クリスのもう一つの適性である”無”。

 無属性は、無属性を除いた9つの属性全てに強く全てに弱い。

 

 ダメージ面では有利属性は1.5倍、不利属性は0.8倍掛かる。

 だが光と闇、無属性に関しては有利倍率も不利倍率も働いてしまう。

 単純計算で言うと、素のダメージが100だった場合有利属性ならば150ダメージ、不利属性ならば80ダメージになる。

 そして、両方発生した場合は120ダメージとなる。

 ただし、”龍属性”のみ有利属性しか働かないため、与えるダメージも受けるダメージも1.5倍される。

 

 「お主は属性の有利不利については理解しておるじゃろ」

 「もちろんです……だから混沌種」

 

 魔法使いは「うむ」と軽く頷く。

 「混沌種は世界で4万人に1人と言われる貴重なタイプじゃ、そして、そちらのお嬢さんの”龍”も有りなのはとても珍しい」

 「え、そうなんですか?」

 

 魔法使いはエリアを頭から足までジーッと見つめると。

 「そうか、お嬢さんは”ドラゴンスレイヤー”なのか……納得したわい、あはははは」

 魔法使いは陽気に笑っていた。

 

 「え? 凄い! そんな事まで分かるんですね!?」

 「”魔法”は9割の物事は可能だよ……たった一つを除いてねぇ」

 「……それってなんですか?」

 クリスが真剣な表情浮かべ、尋ねる。

 

 魔法使いは無表情に戻り

 「……それは”蘇生”じゃよ」

 ボソッと答えた。

 

 やっぱりか……この世界に来てから一度も”蘇生”と言う単語を目にしていない。

 セームの時もそうだったが、死者を蘇らせる方法はほんとに無いんだな。

 

 「今日は久しぶりに面白いものを見せてもらったよ、お主ら名は何という」

 

 「クリスです」

 クリスはパッと答えた。

 「エリアって言います」

 エリアもクリスに続いて答える。

 

 「クリスに、エリアか……私の名はメルナーユと申す、気軽にメルって呼んで構わんぞ」

 「わかりました」

 エリアが笑顔で返答する。

 

 メルナーユは窓から外を見上げる、そしてクリス達の方を見直すと。

 「今日はだいぶ暗くなってしまったの、明日また来なされお主らに魔法書をくれてやろう」

 

 「え、いいんですか!? ありがとうございます!」

 クリスは嬉しそうな表情を浮かべる。

 「それでは、明日また来ますねメルさん」

 エリアはメルナーユに頭を下げ、扉を押し開ける。

 

 「あぁ、待ってるよー」

 メルナーユはクリス達に手をヒラヒラっと振って返事をする。

 それを見た二人はメルナーユの魔法書店を後にした。



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第二十八話 家出姫

 メルナーユの店を出た二人は、同じ番街内の宿屋を探し歩いていた。

 

 「メルさん、いい人だったね」

 クリスの少し前を陽気に歩くエリアが、くるっと後ろを向き話し出す。

 

 「あぁ、あんなにいい人なのに、店にあまり人が来ないなんて勿体ないよな」

 

 メルさんに適正を見てもらった後、少しこの街の事を聞いた。

 この街は数年前まで東西南北にだけ門があったらしいが、今はもう4ヶ所に門を作り、各番街に門があるようだ。

 

 俺達が入った門は、正門ではなく東北門と言う新しく出来た門だった。

 そして俺達が居るここは2番街。

 マギュラウトで、最も魔法書店が多く10ヶ所近く存在している。

 

 マギュラウトの魔法書店は平均2.6店舗存在するが、2番街のすぐ隣にある1番街は外からの来訪者が多いため、唯一あった店舗を増築したらしい。

 

 そのため、昔から開いているメルさんの所や他の番街など、数店は客足が遠のいているようだ。

 

 俺は情報屋に貰った有能な魔法書店を教えてもらっていたため、メルさんの所へ真っ直ぐ向かったというわけだ。

 

 メルさんの店がある裏路地から人集りが多い場所に出た瞬間。

 

 「お嬢様!!!! お待ちください!!!!」

 「私の事は放っておいてくださーい!」

 

 門側から鮮やかな緑色のポニーテールをした女の子。

 その後ろから白髪のおじいさん、さらに兵士と思われる鎧を身に付けた人が数人、目の前を走り去っていく。

 

 「なんかあったのか?」

 と、表に出て小さくなっていく後ろ姿を眺める。

 「さぁ、なんだったんだろう」

 続いて出てきたエリアが首を傾げる。

 

 

 

 翌朝、10時過ぎに宿屋を出た二人はメルナーユの店へ向かう。

 …………。

 ………………。

 ギィィ

 木製のドアを開け、中へと入る。

 「メルさーん、クリスです! お約束通り来ましたよー!」

 と、入口付近で呼び掛ける。

 

 数秒後、右奥の扉がギィィっと開く、中からメルナーユが出てくる。

 「おぉ……お主らだったか、少し待っておれ……」

 

 そう言い残し、メルナーユは再び扉の奥へと消えていった。

 

 数分後

 

 待ってる間気になった本を手に取り読んでいると、再び扉が開く音がする。

 部屋から出てきたメルナーユの手には、濃い青色と綺麗な水色、そして白黒の縞模様と灰色をした、計4冊を持っていた。

 

 「メルさん、それは?」

 メルナーユのそばに寄ったエリアが、手に持っている本を指さしながら尋ねる。

 

 持っていた本を持ち上げ、後から寄ってきたクリスとエリアに差し出した。

 「この本をお主らに譲ろうと思ってな、部屋の奥で探していたんじゃ」

 

 クリスには白黒の縞模様と灰色の本を、エリアには濃い青色と綺麗な水色の本をそれぞれ手渡す。

 

 「本を両手で胸の真ん中辺りに持っておれ、今から習得の儀を行う」

 「「習得の儀?」」

 「なーに、一瞬で終わるさ……はよぉ持て」

 

 二人は言われるがままに本を両手で抱えるように持つ。

 すると、メルナーユは二人の前に手を伸ばし、少し俯いて目を閉じた。

 

 『Grant(グラント)』

 

 メルナーユがそう唱えた瞬間、二人が持っていた本が眩い光を放ち出す。

 「は? え? うお!?」

 「ま、眩しい!」

 

 あまりの眩しさに二人は思わず、腕で目を守る。

 

 そして、店内を照らした光は数秒後ゆっくりと光が弱くなり消えた。

 

 徐々に目を開けると、二人がそれぞれ抱えていた本が消えている。

 

 「さっきまでの光は……と言うか本はどこいった!?」

 「さ、さぁ……?」

 

 二人は状況が理解出来ておらず混乱していた。

 

 「フォッフォッフォッ、本はお主らの中に入ったわい」

 「「え?」」

 

 メルナーユの言葉でさらに驚く二人。

 

 「どちらかの手を広げて"開け"と言ってごらんなさい」

 

 二人はメルナーユの言う通り手を出し、手のひらを上にして広げる。

 「「開け」」

 

 その瞬間二人の手に1冊の本が、真ん中のページを開いた状態で出現した。

 

 「こ、これはいったい……」

 「さすがにクリスでも驚くようじゃな、フォッフォッフォッ」

 メルナーユが嬉しそうに笑う。

 

 「その本に正式名称は存在せん、皆自由に呼んでいる」

 

 エリアは出現したその本をパラパラと捲る。

 「呪文の書いてあるページとそうじゃないページがあるね」

 

 クリスもエリアに続きページを捲っていく。

 「……俺のは全部埋まってるぞ?」

 「え、ホントに!?」

 

 「フォッフォッフォッ」

 メルナーユが突然笑い出す。

 

 「お主らを見てると面白いわい! その本は持ち主の適正に合わせてページ数が変わっているんじゃ」

 「え、じゃあ全てのページが埋まってる俺は……」

 

 メルナーユは目を閉じゆっくりと頷く。

 

 「え? どういうこと?」

 エリアは話に付いて行けず困惑している。

 

 「要するに俺はメルさんのくれた本で覚えられる呪文を、全て身に付けたって事だ」

 

 メルナーユは再び頷くと、クリスに続き口を開く。

 「クリスの適正は光、闇、無の3属性のみ……この3属性を合わせても使える呪文は49種類しか存在せん」

 

 メルナーユさんの話に耳を傾けながらパラパラと捲っていくクリスがある事に気付く。

 「その49種類の内攻撃呪文は、15種類しかないのか……しかもどれも魔力消費が激しい」

 

 クリスの覚えた呪文には三大高火力魔法が2種類ほどある。

 1つ目は光属性の『Sacred Blaster(セイクリッド・ブラスター)』

 この呪文は属性有利不利を無視してダメージを与える事が可能だが、代わりに魔力を使用者の残りの魔力から90%消費してしまう。

 

 2つ目は無属性の『Meteor Storm(ミーティア・ストーム)』

 これは、自分の指定した場所を中心に半径50メートルの範囲に、直径2メートルほどの隕石を落とし攻撃する呪文だ。

 落とす量も自分でコントロール可能だが、その代わり1つ落とす毎に最大値の4%の魔力を消費する。

 

 この呪文の最大の利点は範囲攻撃であることに加えと防御無視、属性無視を合わせ持っているため、大ダメージが期待できる。

 

 もう1つ、クリスは覚える事が出来ない3つ目がある、それは『Magic Shot(マジック・ショット)』と言う呪文だ。

 このマジックショットは、上記2つに比べ魔力消費は少なく、使用者の最大魔力値の40%ほどだ。

 

 この呪文は火、水、氷、雷、地、風の6属性から3つ以上を濃縮した物を弾丸の如く打ち出す魔法で、威力は上記2つを遥かに上回る。

 だが、この呪文のデメリットは作った本人以外が覚えても、魔力のコントロールが難しく扱うこと出来ないという事だ。

 

 隅々まで自分の覚えた呪文を見ていくと、クリスは1つ気になる点を見つけた。

 

 「メルさん、魔力の消費ってなぜパーセント表記なんですか?」

 「それはどの人間が使っても使用回数が変わらないようにするためじゃ」

 

 いまいちピンと来ていないクリスの表情を目にしたメルナーユはもっとわかりやすく説明した。

 

 「魔法は便利な部分が多い分、使用者の体への負担が大きい……その為、体に負担が掛からない回数で使えなくなる様にしたのじゃ」

 

 「……誰が?」

 黙々と本を捲っていたエリアが突然口を開く

 

 「……そうじゃな、魔法を作った者としかワシも答えれん」

 「まさか、呪文詠唱等が必要ないのも?!」

 

 メルナーユはゆっくりと頷く。

 

 「じゃが、誰が使っても使用回数は同じとは言え、消費した魔力に応じて魔法の威力も変わる」

 「なるほど……」

 

 再び本をパラパラと捲るクリスは

 「魔法って英語なんだな……」

 と呟いた。

 

 その直後自分の口に出した内容を思い出し、二人の方をちらっと見る。

 すると、二人もクリスの方を見ていた。

 

 「お、お前様……今なんと言った!?」

 

 クリスは慌てた表情で「なんでもない!」と弁解するが。

 

 「メルさん、クリスはエイゴって言ったんだと思うよ?」

 

 直後、エリアがクリスに身体が触れるほど近付き、目を輝かせる。

 「ねぇ、クリス……今言ったエイゴって何!? 私、森にずっと居たから知らないことがまだまだいっぱいあるの、だから教えて欲しいな?」

 

 クリスは目を輝かせ、急接近したエリアに戸惑いながら必死に誤魔化す内容を考える。

 

 「そ、その……俺の産まれた村ではこの言葉を英語って呼んでたんだよ……」

 

 エリアはポカンとした顔をしてゆっくり下がっていく。

 

 やば、さすがに無理があったか?

 

 この後どうしようか悩んでいるとメルナーユが口を開く。

 

 「この言葉とは"魔法語"のことかい?」

 「魔法語?……そうです! その魔法語を英語って言ってたんです!」

 

 メルナーユはクリスの返答に納得したように、目を閉じ2回頷いた。

 

 「なら、クリスの産まれた村では私達の話してるこの言葉をなんて呼んでたの?」

 「えっと、それは……か、変わらないよ!」

 そう言いながらクリスは左目を閉じ、開いたままの右目に手を重ねる。

 

 「そうそう、万国語!」

 と同時に手を離し、左目を開けた。

 

 「そうか……なぜお主の村では魔法語をその……エイゴ? と呼んでいたのか……ワシは世に産まれ百数年生きてるが、そんな話一度も聞いたことがない」

 

 「そうなんですか!? 俺の産まれた村は全く人の出入りがないからじゃないですか?」

 と焦っているのか、少々早口になってしまったクリス。

 

 「というか……クリス、何してるの?」

 「な、何って……その目にゴミが入ってな」

 「そうなの? 大丈夫?」

 「うん、大丈夫大丈夫……」

 「そう、ならいいけど」

 

 ふぅ、危ない危ない……。

 

 俺のこの動作はこの世界を創造した時に、ワークリーが教えてくれた動作で、人には聞きづらい、でも知っておかないといけない物事を見せてくれる方法だ。

 この方法は自分の知りたい情報をなんでも見せてしまうため、多用は禁止されている。

 

 「あ、それよりクリス……他にも寄る場所あったんじゃなかったっけ? もう夕方になるけど」

 「うおっ!? やべっ、じゃメルさん俺たちはこれで! 昨日今日とありがとうございました! また来ます!」

 「ありがとうございました!」

 扉の取っ手に手を置きながら挨拶するクリスと、その隣に並んで頭を下げるエリアに対し、メルナーユは手をヒラヒラと見送っていた。

 

 

 メルナーユの魔法書店を後にした二人は、一度宿に戻るため表通りへ向かう。

 

 「やっぱりメルさんっていい人だねー」

 歩きながら何度も何度も、自分の魔法書を読み返すエリアが話す。

 

 「あぁ、まさか無償でくれるとは思わなかった」

 「だねー」

 

 表通りに出てから少し歩いた二人目の前に、昨日すれ違った白髪のおじいさんが辺りをキョロキョロと見渡しながらこちらに歩いて来た。

 

 「ねぇねぇクリス、あの人って昨日すれ違った人じゃない? ほら緑色の髪の女の子追いかけてた人」

 エリアはクリスの裾をくいっと引っ張り、白髪のおじいさんの方にクリスの視線を誘導する。

 

 「ん? あぁ、確かにあの人だった気がする、それによく見ると兵士がちらほら居るな」

 

 すると、白髪のおじいさんと目が合った。

 その直後ゆっくりと近ずいてくる。

 「確か、昨日すれ違った方ですよね?」

 「確かにすれ違いましたが、よく覚えてましたね」

 「ええ、そりゃそんなモノ背負って居たら、この街じゃ珍しく印象に残りますよ」

 

 そう、俺はこの街に入ってから寝る時以外はずっと背中に大剣を背負っていた。

 このおじいさんは追いかけながらも周りを見ていたという事になる。

 

 「それで、俺達になにか御用ですか?」

 「はい、実は人を探していまして……」

 

 その言葉にピンと来たエリアは二人の間に割って入るように口を開く

 「それって! もしかして昨日追いかけてた女の子ですか!?」

 

 「あぁ、昨日の娘か……」

 エリアの言葉にクリスも納得し、ポンと手を合わせる。

 

 「はい……細かい事はお教え出来ませんが、お嬢様が家出をなされてしまい、この街に居るという情報を手に入れやって来たのですが……」

 と、暗い顔をしたおじいさん。

 

 「逃げ切られ見失ってしまったと」

 「左様でございます……なんと情けない……」

 

 おじいさんは上着の右ポケットから、手のひらサイズの紙をクリス達に差し出した。

 

 「ここに私共の連絡先を記載してありますので……あ、それとまだ名乗っていませんでしたね、私はアバロン・ステイと申します。」

 「俺はクリス、クリス・レギンスって言います、こっちはエリア」

 「エリア・ユリアルカです」

 

 「クリス様と、エリア様ですね」

 アバロンは二人の顔を見ながら確認を取る。

 「私共は一度戻りますので、この街や旅の途中で見掛けられましたら、ご一報下さい……では」

 そう言い、アバロンは周囲を探していた兵士達を呼び帰っていった。

 

 「……なんで家出したんだろうね」

 「さぁな、本人に聞かないと分かるわけないし」

 「だったら……探さない?」

 エリアはクリスの顔を見上げ、冗談でもなんでもなくただ真っ直ぐな瞳をしていた。

 

 クリスは後頭部をポリポリ掻き、エリアから顔を逸らす。

 そして再びエリア方に向き直ると

 「この街どんだけ広いと思ってんだ……」

 「別に探すのをメインにしなくていいわよ、私たちが行った所を空いた時間ちょっと回るぐらいでいいの」

 

 「ん、まぁそれなら……」

 「やった!」

 エリアは無邪気に喜んでいた。

 

 「とりあえず、用済ませたいから行くぞ」

 

 

 

 そして、クリス達の泊まっている宿へ向かう途中の事、辺りをキョロキョロしながら先頭を歩くエリアが突然止まった。

 

 「どうしたエリア」

 「……ねぇ、何か聞こえない?」

 

 エリアに言われ、耳をしますが

 「いや、何もと言うかガヤガヤで全く聞こえん」

 「あ、ほらまた……女の子の声? かな」

 

 すると、エリアは耳に手をあて、聞こえた声を拾おうとする。

 「こっちの方ね」

 と、少し戻った所にある裏路地に続く道を指さした。

 

 二人は顔を見合わせ、ゆっくりその道へと入って行く。

 「……誰か泣いてるのかな? そんな声がする」

 「そうか? 俺には何も聞こえ……」

 エリアの少し後ろから歩いていたクリスにも、ようやくそれらしい声が聞こえた。

 

 「確かに女の子の声がするな」

 

 さらに奥へと進んでいくと、行き止まりの所にしゃがみこんで泣いている女の子の姿があった。

 

 あんな賑わってる表通りから裏路地の、しかもこんな奥に居る女の子の声が聞こえるって聴覚どうなってんだ?

 

 そんな事を思っていると、エリアがゆっくり泣いている女の子に近付きしゃがむ

 「こんな所でどうしたの?」

 

 すると、体育座りのような姿勢で顔を埋めて泣いていた女の子は、ゆっくり顔を上げエリアと目が合う。

 女の子は目軽く擦り涙を拭き取ると。

 「あ、あなた達は……どちら様でしょうか」

 

 「あ、あぁ俺たちは」

 「私は"エリア"、そしてこっちに居るのが連れの"クリス"よ」

 「え、クリス……って」

 

 女の子はクリスの名前を聞いた瞬間、目は涙で赤くなったままだったが、彼女のクリスに向ける眼差しはキラキラしていた。

 

 「あの、間違っていたら申し訳ないんですが……クリスさんのフルネームって、クリス・レギンスですか?」

 

 「え? 確かに俺はクリス・レギンスだけど……どこでその名前を?」

 クリスは突然の質問に困惑しつつ、返す。

 

 「えっと、実はお姉ちゃんから聞きまして……あ、私は"ウェン・アルニス"って言います!」

 

 クリスはその名前にハッと思い出す。

 

 「も、もしかして君……ウィンダの妹か!?」

 「そ、そうです! クリスさんにようやくお会い出来ました!」

 

 二人の会話にエリアは少し困惑気味だ。

 「え、二人とも知り合いなの?」

 「なんて言うか……話に聞いてただけというか……」

 「そ、そんな感じですね……」

 

 その時、ぐぅぅぅ……、という音が鳴り出した。

 

 「今のって……」

 エリアはクリスの方を見るが、クリスは首を横に振って、自分じゃないと言う。

 

 そしてクリスとエリアがウェンの方を向くと、お腹を抑えながら顔を真っ赤にしていた。

 

 「ご、ごめんなさい……朝から何も食べてなくて……」

 「ねぇ、クリス」

 「ん? あぁ俺はいいぞ」

 

 エリアは座ったままのウェンに手を伸ばし

 「私達と一緒に来ない?」

 「えっ……」

 ウェンはエリア達からの突然のお誘いに戸惑っていた。

 

 その様子を見たクリスは、エリアの後ろから口を開く。

 「別に今すぐ決めろとは言わないから……そうだな、俺達がここに滞在してる間に決めてもらえればいいかさ」

 「で、ですが……私は……」

 

 「ウェンが何に迷ってるか分からないけど、困ってるなら私もこの人も手伝うからさ」

 

 すると、

 ウェンはエリアの伸ばした手をゆっくり握り、それに合わせてエリアが引っ張り立たせる。

 「わかりました……お二人にお話したいことがあります!」

 

 「よし、んじゃ俺らの宿屋で食べながら話すか」

 

 

 クリス達は、ウェンを連れて宿屋へと向かったのだった。



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第二十九話 家出の末路

 クリスとエリアの宿泊している場所はメルナーユの店がある2番街から、少し離れた5番街にある。

 ここは、通称レンガ街と呼ばれており、建造物のほとんどがレンガで造られている。

 

 「すまんなウェン……歩かせて」

 「いえ、気にしないでください」

 

 フードを被っていて目元は分からないが、声色で笑顔なのは分かる。

 

 この辺りにアバロンさん達は居ないが、この街の有名人であるウェンは、街の人に気付かれないようにと、気休め程度だがフードを被っている。

 

 道中に聞いた話だが、ウェンはこの街の1校だけある魔法学校に通っていたらしい。

 その学校は全部で8学年あり、ウェンは入学時から学年トップで瞬く間に街中の有名人になった。

 そして、卒業する頃には歴代最強の座に付き、街中に限らず世界中の魔法使いに名が知れ渡っているという。

 

 何がウェンを学年トップの座に付かせたかと言うと、まず一番わかりやすいのはなんと言っても魔力の量だ。

 魔法使いというだけで、俺達のような非純粋種とは魔力に天と地の差があるが、ウェンはそれどころでは無く、同じ魔法使いと比べても差が歴然のようだ。

 

 俺は現在Lv49で魔力値は6580、対しウェンはLv32で19650と約3倍もの差がある。

 姉妹であるウィンダでさえLv30で約6800ほどだった、今は知らないけど。

 

 その魔力値の高さに加え、魔法の構築の速さ、使える魔法の多さ……そして、魔法と魔法を組合わせて新たな魔法に作り上げる”Cross・Magic(クロスマジック)”

 ウェンがトップで居続けた最大の理由がこの”Cross・Magic”だ。

 

 俺もイマイチこれについては詳しくないため、後日改めてウェンから教えてもらおう。

 

 

 

 歩き始めてから20分が経ち、ようやくクリス達の泊まっている宿屋の目に前にたどり着く。

 

 「そういえば、お腹空いてたな……俺も小腹空いてきたし、あっちの喫茶店にするか?」

 そう言い後方の喫茶店を指差す。

 「そうね、私もお腹空いてきちゃった」

 エリアはお腹に手を当て、そう答える。

 

 クリスは左後ろに居たウェンの方を向き、

 「ウェン、誰かに話を聞かれたらまずいか?」

 「あ、それは大丈夫ですよ……店の隅の方の座席であれば」

 

 宿屋の真向かいに喫茶店があり、クリス達は朝食と夕食をここの喫茶店で済ませる事が多い。

 

 早速店内に入ると、いつも賑わっている店内が静かだった。

 「エリア、ウェンと先に座ってて」

 「わかったわ、左奥の席に行こっか」

 「わかりました」

 

 二人が席の方へ行ったのを確認した後、ポケットから小さな紙を取り出し、喫茶店のマスターに手渡す。

 この紙は先程アバロンから貰った、連絡先の書かれたものだ。

 「すみませんマスター、そこに連絡して貰えませんか? 探し人が見つかったって言えば伝わると思うので」

 「おう! わかった、任しときな!」

 「ありがとうございます……あ、それといつもの3人前お願いします」

 

 そう言い、クリスもエリア達の席へ向かう。

 

 そこは壁側はソファ、反対側は座り心地がよく、長時間居ても身体が疲れにくいクッション材を敷いた、木製の椅子がある座席で、俺とエリアの一番お気に入りの場所だ。

 

 「おまたせー」

 「あ、クリス……いつもの頼んできたの?」

 「あぁ」

 

 エリアは必ずソファ側に座る、今回は隣にウェンが居る。

 エリアの真向かいにクリスが座ると程なくして

 

 「お待ちどー様、いつものドラゴンステーキだ!」

 

 マスターが頼んでおいた品を同時に3つ運んできた。

 

 「ささ、ウェン様もどうぞ召し上がって下さい」

 そう言い、マスターは1番はじめにウェンの前に置く。

 クリスとエリアは少し驚いた表情をしていた。

 

 クリス達が驚いたのはウェンから置いた事ではなく、マスターがウェンの事をウェン”様”と呼んだ事だ。

 

 「あの……マスター、なんですか? 今のウェン様って」

 「え? あぁそうかクリス達は知らないか……」

 

 運んできた品を全てテーブルに置いたマスターは、ウェンの方に手のひらを差し出し。

 「えっと、こちらウェン様は……距離はあるが隣の国"ヘルニクスアルニス"の第二王女様だ」

 「「え、えぇぇぇぇぇぇ!?」」

 

 二人揃って店内に響くほどの大声を上げた。

 

 「あ、お二人は今まで通り気軽に接してください……堅苦しいのはあまり好きではないので……」

 「ま、まぁウェンがそう言うなら俺もエリアも今まで通り接するよ」

 「ありがとうございます」

 クリスの返答にウェンは笑顔でお礼を言う。

 

 「第二王女って事はウィンダは第一王女って事か」

 「ウィンダ? 誰だそいつはヘルニクスアルニスの第一皇女は"ウェーナ"様だ」

 「それってどういう事ですか!?」

 「どういう事も何もウィンダなんて言う王女様は居ないぞ? クリスこそ何を言っているんだ?」

 「ウェン……どういう事だ?」

 クリスはウェンと目線を合わせ問いかける。

 

 すぅ……はぁ……

 

 深呼吸したウェンはマスターの方を見る。

 「すみませんマスターさん、お二人にとても大切なお話をしたいので席を外していただけませんか……それと、申し訳ないのですが私達が出るまで誰も入れないでください……もし、営業の妨げになるのであれば私達が出ますので……」

 

 ウェンの真剣な眼差しにマスターは自分の後頭部に手を置き、

 「ウェン様の頼みを断るなんて俺には出来ませんよ……わかりました2時間ほど店を閉めておきます、俺は2階の自室に居ますので出る時にまた声を掛けてください」

 「……ありがとうございます」

 「いえ、では俺はこれで……ごゆっくりと」

 

 そう言い、マスターは浅く会釈をした後、出入口を閉め店の奥へと入っていった。

 

 「さて、何からお話すればいいでしょうか……」

 「とりあえず、俺はウィンダのことが聞きたい」

 「やはりクリスさんはそうですよね……わかりました」

 

 ウェンは目を瞑り軽く頷き、目を開けクリスと目線を合わせる

 「お姉ちゃん……ウィンダと私は双子の姉妹です」

 「あ、双子なんだ……と言ってもウィンダに会ったことないからなんとも言えないわね……クリスはどう思う?」

 「双子言われれば……確かに似てはいるけど……何か違うような?」

 「あ、それは私達が"二卵性双生児"だからだと思います」

 「あぁ、だからか……それはなら納得できる」

 「"二卵性双生児"って何?」

 「さすが森育ち……そこまでは知らんか……"二卵性双生児"って言うのは」

 

 二卵性双生児とは。

 通常は1つの受精卵が一人の胎児になるが、一卵性双生児は1つの受精卵が偶然2つに分かれて、双子としてそれぞれに成長したものである。

  そのため、一卵性双生児の双子は同じ遺伝子を持っているため、性別も血液型も一緒で、容姿などもそっくりになる。

 

  一方、二卵性双生児は2組の別々の卵子と精子がそれぞれ受精してできた2つの受精卵が成長したものである。

 そのため、通常の兄弟姉妹のように似ている程度で一卵性双生児のようにそっくりとまではいかない。

 

 「という事は、双子だけど見分けられるってわけね!」

 「間違ってはいませんね……あははは」

 ウェンは苦笑いしていた。

 

 「詳しくはありませんが、お姉ちゃんは何かしらの理由で王女である事を隠して生活しています」

 「……ウィンダが王女である事を知っているのは?」

 「私達の住んでいるお城で働いているメイド、執事全員と亡くなったお父様の弟さんであるベルス・ヴァルト様一家です」

 「……なるほど」

 

 「はーい!1つ質問」

 エリアが突然手を挙げる。

 

 「そもそも、ウェンの家出の理由は?」

 「えっと……それは、け、結婚したくなかったからです……」

 …………。

 ………………。

 「「えぇぇぇぇぇぇぇ!」」

 再び店内に二人の驚きの声が響く。

 「……とりあえず、訳を聞こうじゃないか」

 

 ウェンは再び深呼吸をした。

 「先程話した、ベルス・ヴァルト様の息子である、シルド・ヴァルト様と私はお父様同士が決めた婚約者なんです」

 「えぇ……いや、もうさすがに驚かないぞ」

 「でも、本当は私ではなく私達双子の姉であるウェーナお姉様のはずだったんです」

 

 「ですが、お姉様もシルド様との結婚が嫌で、一人国を出ていきました……その後、お母様とベルス様の話し合いにより、国民にも公表されている、私が婚約者となりました」

 「……ウィンダが公表されていない理由は?」

 クリスの問に首を横に振るウェン。

 

 「ねぇ、それよりもそのお姉さんが結婚嫌がった理由とかは聞いてないの?」

 「すみません、それも聞いてはいません……ですが、私が嫌な理由は彼がアルニスを乗っ取ろうと計画しているのを聞いてしまったからです」

 「ここまで来るとさすがに驚きが足りないね……」

 「そうだな……というか、お姉さんも同じ理由という可能性もあるな……」

 …………。

 ………………。

 

 「だが、ウェンが家出した所でなんの解決にはならないしな」

 「ねぇ、ウェン……一度帰って話し合ってみたらどうかな? 王族の事とか私には分からないけど、せめて家を出るなら誰にも迷惑が掛からないようにしなきゃ」

 ウェンは俯いたまま暗い表情をしていた。

 

 クリスは席を立ち上がり、ウェンの傍に寄る。

 そして、ウェンの視界に入るように跪くようにしゃがみ込んだ。

 「俺もさ、そういう決まり事とかはよくわかんねぇけど、言わなきゃ伝わらない事沢山あると思うんだ、結婚が嫌だって母親に話した事あるか?」

 ウェンは小さく首を横に振った。

 「それなら俺は言うだけ言ってみる事を勧めるよ、それでもダメだったらその時また考えるしかないけどな……でも少なくとも言わずに家出して家族にもアバロンさん達にも迷惑掛けるのはよくないって思うぞ」

 

 クリスはゆっくりと立ち上がり、ウェンの頭の上に軽く手をポンっと置いた。

 ウェンは顔をゆっくり上げ、クリスと目線が合う。

 その瞳には涙が溢れていた。

 

 「おいおい、泣くのはまだ早いぞ……ウェン」

 「すみません……でもお二人がとても優しくて」

 

 エリアはそっとウェンを抱き締め、頭を撫でる。

 

 「私……一度帰ってお母様に話してみます」

 

 「なぁエリア、ウェンに付いて行かないか?」

 「……はぁ、言うと思ってたわよ、どうせそのウィンダって子に会いたいんでしょ?」

 「た、確かに会いたいのはそうだが、ウェンの事も気になるからさ」

 「そうね、私もウェンのことが気になるし、そのシルドって人の事も気になるし」

 

 すると、ウェンはエリアから離れソファから立ち上がる。

 「クリスさん、エリアさん、ホントにありがとうございます」

 二人に向かって頭を深々と下げた。

 

 「気にするな、これも何かの縁だからな……さて、そろそろ宿で休むか、マスターにも悪いし」

 「そうですね」

 「わかったわ」

 

 話に集中しすぎて冷めてしまったステーキも、ウェンの絶妙な魔法のコントロールにより出来たてと変わらない熱々の状態に戻り、美味しかった。

 その後、マスターにお礼と謝罪をし、宿へと向かう。

 

 「ところでクリス、部屋どうするの?」

 「ウェンとエリアで一部屋、俺だけで一部屋取ればいいんじゃないか?」

 「私はクリスさんの事信じてますので、三人で一部屋でも構いませんよ」

 

 「ウェンがいいなら私もいいわよ……というか、お金に余裕無いしそうしましょ!」

 

 結果、宿のオーナーに事情を説明したところ。

 「ウェン様の頼みなら仕方ありません、何日でも泊まっていってください」

 と、即決され、加えて。

 「お二人が泊まっている部屋で三人は狭いでしょうから、広い部屋をご用意しますね」

 と言われ、案内された部屋は。

 

 「広い……確かに広い、だけどなんでトリプルベッドなんだよ!?」

 

 「「あ、あはははは……」」

 ウェンとエリアは揃って苦笑いをしている。

 

 「まぁ、いいや……俺は毛布使って床で出るわ」

 そう言い、クローゼットから毛布を取り出そうとした瞬間。

 「クリス!」「クリスさん!」

 

 二人に呼ばれ後ろを向くと、二人の頬は赤くなっていた。

 「え、二人共どうした? 俺と同じ部屋さすがに恥ずかしいか……ならオーナーに言って……」

 「ち、違うんです! あの、その……三人でベッドに入りませんか……」

 「…………え?」

 

 チラッとエリアの方を見ると顔を逸らしているが、さらに真っ赤になっているのがよくわかる。

 むしろ、エリアが提案したのではないだろうか。

 

 「だってほら、まだ意外と夜寒いし……クリスも風邪引いたら嫌だしさ」

 

 と、顔を真っ赤にしたまま言われても、んじゃとは言えんな……。

 

 「とりあえず、寝る場所決めよ! ジャンケンで」

 「わかりました」「仕方ないな」

 「「「ジャンケン……ポン!」」」

 

 「やった、私の勝ち! じゃあ私はここ」

 エリアはベッドの右側にダイブした。

 

 「んじゃ」「はい」

 「「ジャンケン……ポン」」

 

 「すみません、私の勝ちですね……では、私はここで」

 ウェンは左側に座る。

 

 「よし、んじゃ俺は床で……」

 「こら、クリス! なんのためのジャンケンよ!」

 「え、誰が床で寝るかっていうジャンケンじゃ?」

 と、わざとボケてみた。

 

 すると、エリアはベッドから降りて、クリスの腕を掴みベッドに近づける。

 そして、腕を離した瞬間。

 「クリスはそこで……寝なさい!」

 「え?」

 エリアはクリスをベッドの真ん中に蹴り飛ばした。

 「へぶ!……いってぇ、冗談だったのに」

 「あら、そうだったの……ごめんね」

 

 そして、エリアもベッドに乗り、ウェンもベッドの中に入ってくる。

 

 「ウェン……お姫様がこんなことして平気なのか?」

 「ふふふ……クリスさんはお優しですね」

 

 どっちにも顔を向けられないクリスは、ずっと天井を眺めていた。

 

 「どっちかに顔向けないの? クリスは」

 「……それはさすがにキツい」

 「でも、トリプルベッドなだけあって、結構離れてますよ?」

 「だからと言って可愛い子の間に居るからさ……」

 

 その瞬間、掛け布団がモゾモゾと動き出す。

 クリスは横目で左右チラッと見ると、エリアもウェンもクリスからかなり離れていた。

 

 「ど、どうした急に……」

 「急にはこっちのセリフよ! か、可愛いとか言うから……」

 

 かなりの早口でエリアが言う。

 

 「そ、そうですよクリスさん、私がお姉ちゃんより可愛いなんてそんな……」

 「いや、誰もそこまでは言ってないが……」

 

 すると、左右からギリギリ聞こえる程度でボソボソと何か言っているのがわかる。

 

 「……収拾つかないな、そろそろ寝ようぜ」

 「そ、そうですね」「そうね……そうしましょう」

 …………。

 ………………。

 静かになってから何分経ったか不明だが、クリスは寝付けずに居た。

 

 こんな状況で寝れる訳ねぇだろ!

 

 クリスはいつの間にか寝ていた二人を起こさないように、ゆっくりと布団から出る。

 

 マスターのところで一杯飲んでこよ……

 

 クリスは部屋を出て、先程の喫茶店へと向かう。

 

 「マスター!」

 「おぉ、クリスまた来たのか……と言うか寝れなかったか」

 

 マスターは俺の顔を見て、何か察してくれたようだ。

 

 「まぁあんな美少女二人と一緒に泊まったら寝れないよな」

 マスターは笑いながら言う。

 

 「ほれサービスだ、コイツでも飲んで帰りな」

 そう言いマスターはクリスにカフェオレを出してくれた。

 

 「ありがとうございます、マスター」

 そう言うと、マスターは手をヒラヒラとさせ、他の客の対応へと向かう。

 その後、時間を掛け飲み干した頃には深夜の2時を回っていた。

 

 

 

 翌朝。

 ドンドンドンドンドン!

 ドアを叩く音に起こされる。

 結局床で寝ていたクリスは、身体を起こしドアへと近寄る。

 「こんな朝から誰ですか……」

 すると、ドア越しに昨日聞いた、少し年老いた人の声が聞こえる。

 「クリス様ですか!? お休みのところ申し訳ございません、緊急事態なのです!」

 

 クリスはドアを開ける。

 

 「どうしたんですか? アバロンさん」

 「おはようございますクリス様……朝早くから大変申し訳ありません」

 アバロンは頭を深々と下げる。

 「それと、お嬢様を見つけていただき、なんと感謝したら良いか……」

 「いえいえ、お礼なんていいですから、とりあえず入ってください」

 「はい、それでは失礼して……」

 

 と、その時部屋の奥からエリアが瞼を擦りながらやって来た。

 「どうしたのクリス……まだ6時過ぎだよ……ふぁぁあ」

 

 「おはようエリア、アバロンさんが緊急事態が発生したから飛んできたんだって」

 「エリア様おはようございます……朝から騒がしく大変申し訳ありません」

 

 アバロンと目が合ったエリアはハッと目を開け、一瞬で奥へと消えていった。

 「ご、ごめんなさいアバロンさん……こんな格好で」

 「いえいえ、押しかけた私が悪いのですから……お気になさらず」

 

 「それで、アバロンさん? 緊急事態とは……」

 「そのことなのですが……その前にお嬢様を起こしましょう」

 「あ、アバロンさんウェンなら今起きて……」

 

 エリアがすれ違いざまに言ったが、アバロンは聞こえていないのかそのまま奥へと入っていく。

 

 「ア、アバロンさん!? どうしてここに居るんですか!?」

 「おや、ウェンお嬢様起きていらしたのですね……おはようございます、昨晩クリス様からご連絡を頂き、お迎えにあがった次第でございます」

 「おはようございます、クリスさん達がお話してると思ったらアバロンさんだったのですね……とりあえず着替えるので、一旦出ていってください……」

 「かしこまりました、あちらでクリス様達とお待ちしております」

 

 そんな会話が聞こえ、アバロンさんが戻ってきた。

 

 

 そして数分後、着替えを済ませたウェンがやって来る。

 

 「皆様、こんな朝早くから騒がしく、申し訳ありません」

 「それはいいんですが、何かあったんですか?」

 

 アバロンは肩を落とし、ウェンと視線を合わせる。

 「実は……お嬢様の婚約者であるシルド様が暴挙に出まして……」

 

 「アバロンさん! どうして!? 何があったんですか?!」

 落ち着いていたウェンが取り乱し突然立ち上がる。

 そして、アバロンの肩をガシッと掴んだ。

 

 「……シルド様は本日15時までお嬢様を連れ戻さなければ、女王陛下とウィンダお嬢様を殺すと」

 「んなっ」

 

 さすがのクリスも困惑の表情を浮かべ、エリアも開いた口が塞がらない。

 

 「なぜそんな事を!」

 ウェンは落ち着けず、アバロンの肩を揺さぶり続けている。

 

 「ウェン落ち着け!」

 「落ち着いて居られると思いますか!? 私のせいでお姉ちゃんが……お母様が殺されるかもしれないんですよ!」

 

 ウェンの目元には涙が溜まり、今にでも流れそうな状態だった。

 

 「っ……すまんウェン」

 「あ、いえ……私の方こそ取り乱してすみません……」

 ウェンは後ろにゆっくり下がり、座っていた椅子に戻る。

 

 「ここからアルニスまでどれぐらい掛かるの?」

 「少なくとも6時間は掛かります」

 「とすると8時にはここを出たいな……」

 「そうね、その男が悠長に15時まで待ってるとも限らないし……」

 

 クリス、エリア、ウェンの3人は顔を見合わせ、同時に軽く頷いた。

 

 「アバロンさんは下で待っていてください、俺達は今からすぐ出る準備をします」

 「とにかく急いで準備しましょ」

 「はい!」

 「では、私は下でお待ちしております」

 

 アバロンは三人に頭を下げ、部屋を後にした。

 

 

 身支度は10分程で終わり、急いでアバロンの所へ向かうと

 「あれ、アバロンさんは?」

 「あぁ、さっきの爺さんなら南西門に馬車が置いてあるから先に行ってるからそう伝えてくれって」

 「そうですか、ありがとうございます!」

 「おう、気をつけてな」

 

 クリスは店のオーナーに頭を下げ追いかけるように出る。

 エリアとウェンも軽く会釈をして、クリスの後に着いて行った。



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第三十話 足止め

 「南西門と言うと……」

 「6番街ですね、こっちです」

 この街をよく知っているウェンが先頭になり、南西門へ急ぐ。

 

 クリス達の宿泊していた宿はマギュアラウトの中心部に近いため、すぐ隣の6番街に入ってから門へと急いでも20km前後ありかなり遠い。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 純粋者であるウェンは体力がある訳でも、身体能力が高い訳でもないため6番街に入ってすぐに息を切らし始めていた。

 

 「大丈夫か、ウェン」

 この辺りは人通りが少なく道幅もかなり広かったため、クリスはウェンの隣に並ぶ。

 「はぁ……はぁ……すみません……私のせいで」

 

 「大丈夫よウェン、気にしないで」

 後ろに居たエリアもウェンの事が気になったのか、ウェンを挟むようにクリスの反対側に並んだ。

 

 だが、ウェンのスピードが段々と落ちていく。

 

 「これ以上遅れる訳にはいかんな……仕方ない、姫様には申し訳ないけど、少し恥をかいてもらうか……」

 「え?」

 

 「ちょっと失礼しますよっと」

 クリスはウェンのすぐ隣に近付き、右腕をウェンの腰辺りに回す。

 

 「きゃっ!」

 

 普段から重たい武器を扱っているクリスには、ウェンはあまりにも軽く。

 ウェンの足を地面に擦らないように、持ち上げつつ抱きしめるように引き寄せる。

 そして、瞬間的に自分の左腕をウェンの膝裏に入れて支え、右腕で背中をしっかりと支え直す。

 ウェンは、街の人々の前でお姫様抱っこの状態になった。

 

 「ク、クリスさん!? お、降ろしてください、さすがに恥ずかしい……です」

 「だから恥をかいてもらうかって言ったんだよ、それに息切れしてる姫様を走らせるわけにはいかんからな! ちょっと我慢しててくれ」

 

 ウェンを抱っこした事により、スピードを抑えて走っていた二人は徐々にスピードを上げていく。

 

 ウェンの2.5倍ほど早いスピードで走り、ようやく6番街の門を目視する。

 だが、6番街はこの街で2番目に広い商店街のため、早朝の割に朝から賑わっていた。

 「かなり人が居るな……間を抜けて行くしかないか」

 「後ろからついて行くわ」

 

 クリスはウェンをお姫様抱っこしたまま、誰にもぶつからないように抜ける場所を考えて進んでいく。

 やがて、人混みを抜けると門の前にたくさんの馬車が停まっていた。

 

 この辺りは馬車の停留所になっており、ほかの門に比べ横幅も広い出入り口のためほとんどの馬車がここに集まっている。

 

 「早朝の割に結構馬車が停まってるな……何か目印になるものないか?」

 「えっと、家の馬車は馬ではなく黒いユニコーンなんです」

 「く、黒いユニコーンだと!? バ○シィか!」

 「ちょっと何言ってるの? クリス」

 「あぁいや、なんでもない」

 

 黒いユニコーンを探すため、ウェンを降ろし手分けして探しに出る。

 

 「クリスさん、エリアさん居ました! こちらです」

 

 ほんの数分後、ウェンが家の馬車を見つけ合流する。

 

 するとそこには、白く輝く瞳にパールのような一本角、黒と言うより紺に近い毛色をしたユニコーンが関節を曲げ座っていた。

 

 「……どっからどう見てもモ○ハンのキリ○じゃねぇか!」

 「クリスはさっきから何言ってるか分からないけど、さすが一国のお姫様ね、馬車まで立派じゃない」

 「ありがとうございます」

 

 アルニス家の馬車は荷台も紺と黒の間ぐらいの色をしており、外見は天井がアーチ状になっていて、いわゆる扇形をしている。

 大した装飾は付いていないが、高位の人達が乗るような馬車だった。

 扉には円形の窓、その左右に少し離れて横長の窓がある。

 

 前と後ろにも、側面からでは分からないが正方形の窓が付いていた。

 

 馬車へ近づくと荷台の扉が開き、中から一人の男性が降りてくる。

 「おぉ、ウェンお嬢様、クリス様、エリア様、お待ちしておりました」

 出てきたのはアバロンさんだった。

 

 「すみません、お待たせしました」

 「いえいえ、こちらも先に行ってしまい申し訳ありません、どうぞお乗り下さい今しがた中を整えましたので」

 そう言い、アバロンさんは扉のすぐ側に立ち、こちらに手のひらを差し出す。

 

 乗り込もうとしたその時、ウェンがアバロンさんの目の前に立つ。

 「アバロンさん、いつも一緒に来て下さる護衛の方々はどうされたのですか?」

 「シルド様の件もあったのですが……一度見失ってしまった後、もう二度と会えないんじゃないかと思ってしまい、またこうしてお嬢様と再会出来ると思うと嬉しくて、感情が高ぶり兵士達に声を掛けずに来てしまいました……申し訳ございません」

 

 「いえ、こちらこそご心配をおかけしました……」

 ウェンが深々と頭を下げる。

 数秒後顔を上げると、アバロンは目を瞑ったままゆっくりと首を振った。

 それを見たウェンは頬笑みを浮かべ、アバロンの手を取り、荷台へと乗り込んだ。

 それに続きエリアとクリスも乗り込む。

 

 荷台の中は、扉から見て左右にソファが設置されていた。

 クリスとエリアは初めて乗る馬車にテンションが上がったのか、けして広いわけでもない荷台の隅々まであちこち見ている。

 

 ようやく扉から右奥がウェン、その手前がエリア、俺は左側の真ん中辺りに座った。

 三人がソファに座ったのを確認した後、一礼してアバロンさんがゆっくりと扉を閉める。

 そして御者席に座り、そばにあった手網を持ちユニコーンに立つように指示を出す。

 

 「そういえば、アバロンさんがそこに座るんだな」

 クリスは親指を立て、後ろの御者席を指す。

 「はい、本来であれば、御者という馬車の運転専門の方が居るのですが、アルニス家では全てアバロンさんを含む5名の執事にお願いしています」

 「ウェンの母親はなんで雇ってないんだ? 募集をかければすぐ集まりそうな気がするんだが」

 「すみません、私も詳しくは知らないんです……でも、既に亡くなられている御婆様の代からとは聞いたことがあります」

 

 

 などと話していると、アバロンさんが窓越しにこちらへ顔を向る。

 「それでは出発致します、少し揺れますので気を付けてください」

 「はい、よろしくお願いします」

 

 「執事が5人って少なく感じるな……逆にメイドは何人雇ってるんだ?」

 「メイドの方は現在30名程雇っています、そのうち執事を合わせて5名ずつ私や姉達の専属をしています」

 「あれ、そうなると他の専属の人達は?」

 

 「専属は確かに5名居ますが、アルニス家は執事かメイドのどちらかが1名メインとして外出する時も家に居る時もほとんど一緒に居ます、残りの4名は家に居る時に補佐役として2名が付き、残りの2名はお休みさせています」

 「お休みと言う事は……何日かで交代してるのか」

 

 「はい、クリスさんの言った通りです、三日毎に交代し日曜日のみ補佐の方々は全員休日としています」

 「ねぇ、ところで補佐役って何?」

 

 「補佐の方々はメインの方……つまり私で言うとアバロンさんには出来ない事をお願いしています、例えば入浴時やお着替えの時などですね」

 「なるほどね」

 

 程なくして門をくぐり抜けると、街中の舗装された道から小石が散らばる林道へと入っていく。

 門を出てから徐々に走り出し、馬車がガタガタと音を立てながら振動している。

 ガタガタと聞こえる割には車内の揺れは激しくなく、むしろ心地良いぐらいだった。

 

 エリアは座席に膝立ちで乗り、自分の左側にある横長の窓から外を覗く。

 遠くに生えている木はハッキリと見えるが、近くの木は一瞬で通り過ぎ、形すら分からないほどだった。

 「結構速いのね……ユニコーンだから?」

 「そうですね、一般的な馬に比べてかなり速いのは確かです」

 「これで何も無ければ余裕で着くんだがな……そう言えばウェン、ちょっと聞いてもいいか?」

 「いいですよ、なんでしょうか?」

 

 「ウェン達三姉妹とシルドは従兄妹なんだよな? 従兄妹同士の結婚はよくあるのか?」

 「多い訳ではありませんが、珍しい訳でもありません……アルニスでも何百組かいらっしゃいます」

 「その従兄妹同士の場合、子供とかは大丈夫なのか?」

 「どういう事?」

 エリアは首を傾げる。

 

 「血縁関係がある者同士の子供は、血縁関係がない者同士の子供に比べて障害を持って産まれてくる可能性が高いんだよ」

 「はい、クリスさんの言った通りですが、アルニスはマギュラウトと協力して精神的な障害を除いて依頼があれば治療を行っています」

 

 「もう一つ、世代交代について……歳を取らないから永遠と20代30代で生き続けられるわけだけど、世代交代に規定はあるのか?」

 「ありますよ、どの国も共通で次期国王または女王が結婚したら交代、もしくは王様、女王様になってから30年後、強制的に交代となります」

 「子供が居ない場合は……養子を貰うとかそんな感じか」

 「はい、その通りです」

 

 話が終わった瞬間、エリアが不意に何かを感じ取り目を見開く。

 「二人とも伏せて!」

 

 エリアがそう叫んだ瞬間。

 

 パリンッ!!

 

 と、扉に付いていた円形の窓が割れた。

 

 「キャッ!」

 「クソッ!」

 クリスは咄嗟に、頭を手で守り頭を下げていたウェンを庇うように、背を割れた窓に向けて立つ。

 

 割れたガラスはかなり細かく割れ、床に散らばっていた。

 

 ウェンの前から退いたクリスはその場でしゃがみ込み、床に散らばったガラスを手に取り確認する。

 「かなり細かく割れたな、おかげで傷一つないが……エリアの方は大丈夫か?」

 「えぇ、私も大丈夫よ」

 エリアは自分の袖を引っ張り座席に丸まって守っていたようだ。

 

 「皆さん大丈夫ですか?! 止まりますか?!」

 すると、御者席からアバロンさんの声が聞こえた。

 だが、心配して声を掛けているにしては、どこか落ち着いてるようにも感じる。

 

 クリスは、割れた窓から外を見渡す。

 アバロンさんが止めるつもりでスピードを落としたのか、すれ違う木々がはっきりと見え始めた。 

 「こっちは大丈夫なので、止まらず進んでください」

 「わ、分かりました!」

 アバロンはクリスに言われた通り、スピードを再度上げるようユニコーンに指示を送り、走り続けた。

 

 クリスは立ち上がり、足で割れたガラスを誰も座っていない前方の隅にまとめ、袋を取り出し片付ける。

 

 全体的に細かく割れているが、物理的にほぼ全て同じサイズに割ることは可能なのか?

 それに割れたのは出入口の扉に付いてるこのガラスだけ、貫通したような穴は対面の壁にはないし、ガラスと一緒に弾が残っている訳でもない。

 ウィンダと同じように、魔力で生成された弾を撃ち込んだのか?

 

 ガラスの破片をある程度袋に入れた、クリスはゆっくり座席に座り、顎に手を当てさらに考え込む。

 

 ……。

 …………。

 

 「クリス? どうしたの?」

 俯いたまま動かないクリスにエリアが声を掛けた。

 

 「ん? あぁいや、ちょっと考え事」

 「何か気になる事でもありましたか?」

 

 「ただの考えすぎかもしれないけど……」

 

 クリスが何かを言い掛けたその瞬間。

 

 バキッ!!!!

 

 外から木材のヒビが入ったような音がした。

 その後、度々パキッ、ペキッと言うような音が聞こえる。

 

 アバロンも気付いたのか、ゆっくりとスピードを落としていく。

 やがて馬車は完全に止まり、御者席からアバロンの声が聞こえる。

 

 「すみません、何か硬いものを踏んでしまい、後方のタイヤから奇妙な音が聞こえます。

 確認しますので、安全のため一度降りて頂けますか?」

 「わかりました、とりあえず降りて俺も確認します」

 

 そう言うと、アバロンは御者席から何か箱のような物を持って降り、馬車の扉を開けた。

 三人が馬車から降りたのを確認すると、馬車の後方に回りしゃがんだ。

 

 「俺も見てくるから待ってて」

 二人にそう言い、アバロンの元へ寄る。

 

 「どうですか?」

 「後ろのタイヤどちらもヒビが入ってしまっています、一応換えのタイヤは積んでありますので、早急に取り替えます……一時間ほど掛かるかと思われます、その間クリス様はウェン様の護衛をお願い致します」

 「わかりました……何かあれば呼んでください」

 

 クリスはアバロンの作業を少し眺めた後、二人の元へ戻った。

 

 

 ウェンはユニコーンを撫でていたが、エリアの姿が見えない。

 

 「ウェン、エリアはどこ行ったんだ?」

 「あ、クリスさん! エリアさんなら鳴き声が聞こえると言ってあちらへ走って行かれましたよ」

 そう言い、ウェンは道の先を指差す。

 

 クリスはエリアが向かった方を眺めていると。

 「ねぇ、クリスー! ウェーン!」

 前方から大きく手を振りながら駆け寄ってくるエリアの姿が見えた。

 

 「どうしたエリア、なんか居たか?」

 「うん、羊の鳴き声が聞こえたから向かったら、この先に大行列で道を塞いでるの!」

 「おぉ、マジか……ちょっと見に行くか」

 

 アバロンにこの事を伝え、羊の大行列へと向かった。

 

 …………。

 ………………。

 

 エリアに付いて行くとそこには何十万頭も居ると思われる羊の群れが道を横断していた。

 「すごい大行列だなこりゃ……」

 「えぇ、少し見づらいけど、見た感じ4,5列ぐらい並んでそうね」

 「そうだな、ひとまず渡り終わるのを待つしかない……だが、この羊の群れはどこから……」

 

 「北の方に確か牧場があったはずですよ!」

 そう言い、ウェンは北の方を指差す。

 

 「ならこの羊達はそこに向かってるって事か……いや、ちょっと待てよ?」

 「どうしたの?クリス」

 「この群れ、少し違和感があるんだけど」

 

 クリスに言われ、二人はじっと渡り続ける羊の群れを見つめる。

 

 「全然わかんないよ?」

 「分かりませんね……」

 

 「この群れ……あまりにも"キレイ"過ぎじゃないか?」

 「え? あっ! 言われてみれば確かに綺麗過ぎます!」

 

 再び群れの方を見たウェンが大きな声を上げる。

 

 「この手前の列はどの羊も一定の距離、速さを保っている……いや保ちすぎているという方が正しいか、そもそも羊以外を見かけないしな」

 「え? どういう事?」

 「エリアさん、よく見かける羊の群れを思い出してみてください」

 

 エリアは腕を組み、群れを再びじっと見つめる。

 すると、エリアが何かを思い出し、目を見開いてクリスの方に視線を向ける。

 

 「そっか、わかったわクリス、犬が居ないのね! 本で見たことがあるわ!」

 「正解、この群れには犬……つまり牧羊犬が居ないんだ」

 「そうですね、牧羊犬の代わりになるケルベロスやファング系などの犬種のモンスターも見当たりませんね」

 

 クリスは軽く頷く。

 「……ウェン、こういうのって幻影魔法とかスキルとかで可能なのか?」

 「はい、魔法にもスキルにも一定の範囲で、幻を見せる事は可能ですよ」

 「なるほど……さて、何か確かめる方法はないか」

 

 この群れが本当に幻か確かめる方法を考えていると、後方から馬車を引く馬の足音がした。

 「皆様お待たせしました」

 振り返ると修理を終えたアバロンが来たようだ。

 

 「あ、アバロンさんお疲れ様です、修理ようやく終わったんですね」

 「はい、遅くなり大変申し訳ありません、それにしてもすごい数の羊ですね」

 

 「そうなんですよ、なのでこの羊の群れが渡り終わるまで、馬車の中で待ってようかと思うのですが、構いませんか?」

 「えぇ、それがいいかもしれません、お茶をお出ししますので中でお待ちください」

 

 「ありがとうございます、エリア、ウェン、中でお茶でも飲みながら待ってようぜ、すぐには渡りきらないだろうし」

 「ええ、わかったわ」

 「はい!」

 

 そう言い、三人は馬車の扉を開け中へと入って行く。

 そして、最後に乗ったクリスが扉を閉めた瞬間、あることに気付いた。

 同時に座ろうとしていたエリアも何かに気が付き、クリスの顔を見上げる。

 「ねぇ、クリス」

 「エリアも気付いたか……この違和感に」

 「えぇ、流石にね」

 

 するとエリアの隣に座っていたウェンが顔を出し、クリスの視界に入ってきた。

 「どうしたんですか? クリスさん、エリアさん」

 

 エリアは座り掛けていた腰を下ろし、ウェンの方を見る。

 「私達が乗ってからクリスが扉を閉める前と後ですごく変な事が起きたの気付いた?」

 ウェンは首を傾げる。

 「すみません、私には何も」

 

 クリスは扉を再び開けると。

 「ウェン、このそこそこ響く羊達の鳴き声が聞こえるだろ?」

 「えぇ、聞こえますね」

 

 「でも扉を閉めると」

 そう言い、クリスがバタンと扉を再び閉めた瞬間、先程まで聞こえていた羊の鳴き声がピタッと止まった。

 

 その事に思わずウェンは口を手で覆う。

 「うそ……聞こえなくなりました!」

 「この馬車に防音対策がされているようにも見えないし、何よりここの窓ガラスが割れてるのに聞こえないのはおかしい」

 「確かにおかしいですね!」

 「なら、この馬車に術式が施されてるかもな」

 

 クリスは床に人差し指で読術印を書き、馬車に施された術式を調べ始める。

 すると浮かび上がったのは。

 

 ―――マジックキャンセラー―――

 

 「魔法を無効化する術式ですね」

 「だな、つまりこの馬車に乗っている間は魔法の影響を受けないわけだ……というかウェンはこの事知らなかったのか」

 「はい、何百と乗ってますが初めて知りました」

 

 すると、エリアがクリスの袖をクイクイっと引っ張る。

 「ねぇ、そうなると前の御者席に座ってるアバロンさんも影響を受けないんじゃないかな?」

 「言われてみれば……アバロンさん、どうですか」

 

 …………。

 ………………。

 

 アバロンは何も言わず前だけをじっと見ていた。

 クリスは再度馬車から降り、アバロンの左前に出る。

 「アバロンさん、聞こえてますか?」

 

 アバロンはクリスと目を合わせようとせず、右下に顔を向けた。

 その直後、持っていた手綱を座席に置き、降りてきた。

 そして、御者席に手のひらを向け、

 「どうぞ、お乗りになってください」

 

 「え?……わかりました、では失礼します」

 クリスは御者席に繋がっている足掛けを使って登るが、前方からの鳴き声は止まず、羊の姿も見えた。

 

 そのため、ここではマジックキャンセラーの効果は効かないと思ったクリスは座席に座り、先程まで見えていた羊の群れの方を見る。

 

 だが、クリスの目には羊の群れはおろか、鳴き声すら聞こえなかった。

 

 「なるほど、座ると効果が発動する訳か……アバロンさ」

 クリスが言いかけた瞬間。

 

 「申し訳ございません!クリス様!」

 アバロンは深々と頭を下げ、謝罪を口にした。

 

 「頭を上げてください、俺にとっては昨日知り合ったばかりの人でも、ウェンにとっては何年も一緒に過ごした、言わばお父さんのような存在だと思います……そんなアバロンさんがウェンを裏切るような事が出来る人だなんて思えません!」

 「ありがとう……ございます、クリス様」

 アバロンの目から一滴の涙が零れ落ちる。

 

 「とりあえず、向かいましょうか、時間も惜しいですし……その間に色々と聞かせていただきます」

 「はい、全てお話します……」

 

 クリスは後ろの窓からエリアとウェンに声を掛ける。

 

 「俺は前でアバロンさんと話したい事があるからここに居るけど、何かあれば声かけてくれ」

 「はーい」

 「わかりました」

 

 再びアバロンが御者席に乗り込む。

 「では行きます……」

 そして、アバロンが手綱で指示を送ると、馬車がゆっくりと走り出す。

 

 「今、何時か分かりますか?」

 「今ですか?……11時過ぎですね」

 アバロンは袖をずらし、腕時計を確認した。

 

 「距離的に半分を過ぎたぐらいですので、このまま行けば後3時間程で到着します」

 「約束の15時までには結構余裕で着きそうですね」

 

 「えぇ、何も無ければ良いですが……クリス様とエリア様は旅をしている中巻き込んでしまって申し訳ありません」

 アバロンはクリスの方を向き頭を下げる。

 

 クリスは首を横に振る。

 「いえ、こちらこそ勝手に首を突っ込んですみません……それよりなぜこんな事をする羽目になったか教えてくれませんか?」

 

 「かしこまりました……昨日、城へ戻った時のことです」

 

_________________________________

 

 私は城に到着後、即座にメルニ様の元へ報告に伺いました。

 

 「メルニ様……大変遅くなり申し訳ございません、ただいま戻りました」

 「ご苦労様でしたアバロン、近頃周辺でゴブリンに襲われたという報告が多数寄せられていたので、心配だったのですが何事も無かった様で安心しました……それで、あの子は見つかりましたか?」

 「申し訳ございません、すぐに見失ってしまいました」

 

 「そうですか……あの子は姉に似て、隠れんぼが上手ですから仕方ありません」

 「はい、ですが先程マギュラウトの5番街にある宿の主人からウェン様が泊まっているとの連絡がありましたので、明朝お迎えに参ります」

 

 「分かりました……あの子の事よろしくお願いしますね」

 

 「かしこまりました、それでは失礼致します」

 

 メルニ様は温かい笑顔で私を出迎えてくださいましたが、私とメルニ様の会話を盗み聞きしていた者がいたのです。

 それは、今回の首謀者にしてウェン様の婚約者である、”シルド様”でした。

 

 シルド様は私が王室を出た後、しばらくしてから声を掛けてきました。

 

 「アバロン殿、よくぞ私の姫を見つけてくれました」

 「いえ、私ではなく旅の者のおかげです」

 「そうでしたか、その旅人にはなにかお礼をしなければ……ところでアバロン殿……これを見てください、なんだと思います?」

 シルド様は1枚の写真を見せてきました。

 そこには、私の妻と去年嫁いで家を出た娘の縄で縛られた姿が写されていたのです。

 

 体が震えだしました。

 「こ、これは!? 何故こんなことを……」

 「私もこんな事するつもりはなかったんですがね、する必要が出来てしまいまして」

 

 シルドは懐に写真をしまい、ガタガタと震えているアバロンの左側に立ち肩に腕を回す。

 

 「メルニ様から今朝方連絡が来たんですよ、次期女王はウィンダにすると……私にこの国は渡さないと、ですが私には果たさなければならない事がありましてね、邪魔するなら奪ってやろうと思ったんですよ」

 

 

 「そ、それなら私の妻と娘を、連れ去る必要は無いと思いますが……」

 「アバロン殿にはこれからもこの城で私の専属として働いてもらわないと困るのでね……だからこうして声を掛けたんですよ」

 

 「な、何を企んでいらっしゃるのですか!? それに執事は私以外にも居るではありませんか……」

 「あなたを選んだのはまず、ウェンが心を許している人間だからですよ……私がこの国の王になればウェンは笑顔を見せなくなる、いくら泣き顔が好みでも、愛するウェンの笑顔を奪おうとは思いません。なので少しでも笑顔を残す為にはあなたが必要なんです」

 「なんという外道な……」

 

 「私の事をどう言おうと構いません……最終的に貴方は私に従うしかありませんから」

 「人質が居るからですか!?」

 

 「えぇ、そうですよ……貴方が従順に動く訳が無いので人質をとったに過ぎませんがね、それに人質は貴方の家族だけではありませんよ」

 「それはどういう意味ですか?」

 

 「つまり、メルニ様とウィンダ……この二人も私の人質ということですよ……ま、二人に関しては解放しませんがね、私の計画には邪魔なので排除しなければいけませんから……あ、変な気は起こさないで下さいね、城内のありとあらゆる場所に潜んでいる私の優秀な駒に指示を送らなくてはならないので」

 

 「くっ、もし私が従わなかった場合、妻と娘の命は……」

 「もちろんありませんよ、私の一言で貴方の大事な家族は串刺しです、従えばキチンと解放してあげますので御安心を」

 

 「卑劣な……なら、私はどうすれば」

 「明日の15時までに城の正門前にウェンを連れて来てください、メルニ様とウィンダの公開処刑を行うので、必ず遅れないようにしてくださいね、ウェンに二人の首が落ちる瞬間を見てもらいたいのでね……では、アハハハハハハハハハ!!!!」

 

 私の前から立ち去ろうとしたシルド様は再度こちらを振り向き。

 「そうだ、姫とアバロン殿に付いている兵士共は置いて行ってください、彼らには私の仕事を手伝ってもらいたいのでね……安心してください、馬車には魔除けの魔法を掛けておきますので、では……」

 そう言い、シルド様は行ってしまいました。

 

 その後、支度を済ませ正門へ向かうと、魔法を掛けられたこの馬車が止まっており、早く着き過ぎないようにと足止めする内容など説明されました。

 そして、こちらに参った次第です。

_________________________________

 

 「彼がなんの目的でアルニスを欲しているのかは怖くて聞けませんでした……私が居ない間、城がどうなっているか心配です……」

 「そうですね、俺もウィンダの事が心配です……まだこの先に、足止めするトラップはあるんですか?」

 「いえ、あの2つ以外聞いておりません……最初の威嚇射撃と羊の幻影で時間を稼ぐように言われておりました」

 

 「やっぱり、あの狙撃は伝えられていたんですね……長年王族の元で執事をしていても、多少なりとも焦って止まり主人の安否確認をすると思いますから……なのにアバロンさんは『止まりますか!?』って聞くので 

、ちょっと引っかかったんですよ」

 「お見事です、クリス様……よく聞いていらっしゃる」

 

 クリスは体を御者席から乗り出し、後ろのタイヤを見る。

 「それにさっきのタイヤにヒビが入ったって言ったのも嘘ですよね?」

 「はい、用意しておいた脆い木をここから足元に落とし、割って音を立てました……降りた後、クリス様が見に来た際は幻術で誤魔化しました……実際には割れていません」

 「そうだったんですね……幻術が使えるという事は執事になる前までは、旅人だったんですか?」

 

 すると、アバロンはなにか思い出すように空を見上げる。

 

 「はい、クリス様の言う通り執事になる前は……旅商人をしておりました、その時まだ即位前だったギド様とメル二様と出会ったのです」

 「そうでしたか……あと気になったのが、なぜメルニ様はウェーナさんの次にウェンを許嫁にしたんですか?」

 「そうですね、確か……」

 

 とその時、後ろの小窓からコンコンと音が聞こえる。

 「クリス、聞こえる?」

 「あぁ、どうした?」

 「この先に何十体かモンスターが居るわ、気を付けて」

 「ちっ!こんな時に!」

 

 それを聞いたクリスは、キョロキョロと辺りを見渡す。

 すると、数十メートル先の草むらから一匹のゴブリンが飛び出して来た。

 

 その瞬間、アバロンは右足のそばに付いていたレバーを握りしめる。

 そして、ユニコーンのスピードダウンに合わせながら、握ったレバーを上に引っ張ると、後ろから何かが擦れ合う音が響き、馬車のスピードが落ちていく。

 

 どうやらこの馬車にはブレーキを掛けられるものが付いているようだ。

 

 「この馬車にはブレーキが付いてるんですね」

 「えぇ……基本的に馬車にはブレーキが付いてますが、この馬車は特注で従来のブレーキとは少々仕様が違います、すぐ後ろのタイヤを見てもらえばよくわかると思います」

 

 クリスは落ちないように背もたれに手を添え、自分のすぐ後ろ辺りに付いているタイヤを覗き込むと、タイヤの形に沿った黒っぽいゴム製のようなものが見えた。

 

 自転車のようにタイヤの横からブレーキパッドのようなもので止めるタイプを想像したが、どうやらキックスケーターのような上から押さえ付けてブレーキを掛けるタイプのようだ。

 

 少しばかり急ブレーキ気味の反動で俺とアバロンさんは前かがみになるが、荷台に付けられた手すりを握りしめて耐える。

 そして、ブレーキを掛けてから6秒程で止まると、先程飛び出してきた草むらからさらに何匹か、ゴブリンが飛び出してきた。

 

 「この数……もしかしてパーティーゴブリンか!?」

 クリスは咄嗟に飛び降り、右手に太刀を具現化させる。

 「アバロンさん! これは!?」

 アバロンの方を見ると、突然の出来事に驚き大暴れしているユニコーンをなだめていた。

 「すみませんクリス様、私にも分かりません……どうどう、大丈夫ですよ」

 

 って事はシルドとか言う奴の仕業ではなく、コイツらがたまたま現れただけか……厄介だな。

 いや待てよ、さっきアバロンさんが城で起きた事を話してくれた時、ゴブリンがどうのこうのって……。

 

 「クリス!? 大丈夫?」

 エリアは馬車から降りて、クリスの隣に並び立つ。

 

 「クリスさん、後ろにも何体か来てます!」

 

 後ろを振り返ると、ウェンが馬車から降りて後方を見ていた。

 ウェンの視線の先に目をやると、前方と同じぐらいのゴブリンが馬車を取り囲んでいた。

 

 「この数、間違いない! ”ユニオンゴブリン”だ!!」

 「「ユニオンゴブリン?」」

 

 ゴブリンには大きくわけて3つのタイプが存在する。

 単独行動をしている”ゴブリン”、3体〜5体の群れで行動している”パーティーゴブリン”。

 そして3組〜6組ほどのパーティーゴブリンが協力しながら共に行動している”ユニオンゴブリン”だ。

 

 ユニオンゴブリンは大人数の割に統率が取れており、ゴブリンだからと言って舐めて掛かり敗北した冒険者も少なくない。

 さらに、ゴブリンは倒した冒険者から武器やアイテムなどを奪い、使用する事がある。

 

 

 「1…2…3……前方だけで8体か」

 「退いては……くれなさそうね」

 エリアは荷台の出入り口の前に移動し、槍を構える。

 

 「わ、私も戦います!」

 ウェンも、両手杖と呼ばれる130cmほどの大きい杖を取り出し、後方のゴブリン達の前に立った。

 

 「二人とも無理はするなよ!」

 「ええ!」

 「は、はい!」



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第三十一話 通りすがりの……

 さて、この数のゴブリンをどうやって倒そうか……疾風迅雷は単体技だし、魔力を刀身に溜めて剣圧を飛ばしてもダメージが分散して動けなくなる程与えられない。

 そもそも、俺の攻撃スキルに複数どころか全体攻撃系ねぇじゃん!

 

 クリスがゴブリン達をどう減らしていこうか考えてる間に、エリアが誰よりも早く動き出しウェンもそれに続いた。

 

 「はぁっ!!!!」

 エリアは槍を右手と背中で支えたまま、真っ正面に立っている刀身が80センチほどの剣を持ったゴブリンに接近する。

 

 かなり近づいたところで刃先を左上に斬り上げようとするが、ゴブリンは剣で上から押さえつけるように受け止める。

 

 「クリスの剣に比べればこんなものっ!」

 抑え込まれた槍をさらに持ち上げ、剣を弾き飛ばす。

 

 手ぶらになったゴブリンに左から右へ薙いで斬撃を与え、さらに右胸を突き刺した。

 ゴブリンは人間と臓器が真逆に配置されているからだ。

 

 モンスターも人間も1番ダメージが入りやすい、頭部や首、心臓辺りを積極的に狙うのが基本戦術である。

 体力ゲージがあるとはいえ、それ相応の痛覚を感じるため、ある意味死ぬよりずっと辛いかもしれない。

 

 エリアの攻撃で突き飛ばされたゴブリンは剣を地面に突き刺し立ち上がろうとするが、思った以上に傷が深く足がガクガクしていた。

 

 「ねぇクリス、普段なら1,2撃で倒せるのに全然倒せないんだけど!」

 「は? ゴブリンだぞ……そんなに体力あるわけが」

 

 仕方ない、ちょっと覗くか。

 『verification(ヴェリフィケイション)』

 

 クリスは目を閉じ、呪文を唱えた。

 その直後ゆっくり目を開けて、自分の真っ正面に居るゴブリン達を見つめる。

 するとゴブリンと自分の間にモニターのような物が現れた。

______________

レベル:42

体力:5600

魔力:2600

腕力:4000

______________

 

 この魔法はメルナーユさんの所で覚えた無属性魔法で、相手のステータスを見る事が出来る。

 見れると言っても、実際見えるのはレベル、体力、魔力、腕力の4つのみで、同系統で上位互換のスキルが存在する。

 魔法とは違い敵の弱点や持っているスキル、その他細かいステータスが見られるが、俺は習得していない。

 

 「エリア! ウェン! 気をつけろコイツら思った以上にレベルが高い!」

 「わかったわ!」

 「了解です」

 

 クリスは一番心配している、ウェンの方を横目でチラッと見る。

 先程の魔法がまだ発動しているので、そのままステータスを確認した。

______________

レベル:45

体力:8652

魔力:16330

腕力:3500

______________

 

 さすがウェンだな魔法学校を首席で卒業しただけはある。

 魔力値だけなら俺の倍はある、急いで加勢に行く必要はないだろうが、こっちをさっさと片付けてウェンの所に行くか。

 

 と言っても困った事にこの8体を一気に倒せる程の全体攻撃は持ち合わせてないし、魔力値が高い訳じゃないから全体攻撃の魔法を撃っても倒せる保証はない……それなら。

 

 クリスは太刀を自分の正面に両手で構え一度深呼吸をすると、太刀の峰を右肩に触れるように持ち上げる。

 ―――神速―――

 ボソッとクリスが呟くと両足が光だし、ゆっくりと消えていく。

 

 クリスの使用した回避スキル『神速』は動くまで効果が発動せず、動き始めてから5秒間、素早さが5倍になる。

 ただし回避スキルの派生のため、ほかのスキルと同時使用は不可。

 攻撃に用いることも可能だが、出来るのは通常攻撃だけ、2,3撃で倒せる相手が沢山いる場合は有用性が高い。

 

 倒し方は既に決まっている、ゴブリンを1体ずつ的確に倒すのではなく、相手に膝を着かせる程の攻撃を全員に一撃ずつ与え、効果が切れるまで近くの敵からトドメを刺していく、という方法だ。

 

 クリスが動き出そうとした瞬間、木製の棍棒のような武器を持ったゴブリンが声を出しながら突っ込んできた。

 クリスも対抗するように走り出すが、神速の効果発動により突っ込んできたゴブリンの視界から一瞬で居なくなる。

 

 ゴブリンは一度止まり辺りを見回すが、クリスの姿が見えない。

 後方の仲間達に目を向けたその瞬間、ボトッと何かが足元に落ちる音が聞こえる。

 視線を下に向けるとそこには、棍棒を握りしめた左手が二の腕辺りで切られて落ちていた。

 

 一瞬何が起きたか分からないゴブリンは、再び後方の仲間達に視線を向けた瞬間、目の前にクリスが現れる。

 それと同時にみぞおち辺りに、クリスの持っている太刀の刃が横向きになって真っ直ぐ突き刺さる。

 

 「お前で最後だ……」

 クリスがそう口に出すと、刃の向いてる右側に太刀を抜くとゴブリンはサラサラと砂になっていく。

 

 ふぅ……さて、エリア達は……。

 

 エリア達の方を振り向こうとしたその時、エリアの叫び声が聞こえた。

 

 「ウェン! 危ない!」

 

 ウェンを抱きかかえるように飛び込むエリアの姿が見える。

 エリアの右脚を何かが掠め、その後ろにあった馬車の荷台に小さな穴を開けた。

 二人が倒れ込むと、周りに居たゴブリン達が一斉に襲いかかり始める。

 

 くそ、この距離じゃ間に合わないっ!

 

 クリスも急いで二人に駆け寄ろうとするが、明らかにゴブリン達の方が速かった。

 「エリア! ウェン!」

 

 クリスが叫んだ瞬間。

 

 クリスの後ろから、耳に残るような透き通った鳴き声が聞こえる。

 振り返ると、ものすごい速さで地面が凍りついていき、クリスや倒れ込んでいたエリアとウェンをスルーして、襲いかかってきたゴブリン10体ほどを氷の壁の中に閉じ込めてしまった。

 氷の壁はウェンを中心に三日月型に出来ているようだ。

 

 「エリアさん! エリアさん! 大丈夫ですか!」

 突如出来た氷の壁に惹かれてしまっていたクリスはウェンの声にハッと我に返る。

 二人のもとへ駆け寄るとエリアの足から血が流れていた。

 

 「エリア大丈夫か! さっきのはなんだったんだ!?」

 「分からないわ……でも……何か遠距離攻撃だったみたい……」

 「エリアさん足を見せてください、治します」

 そういうと地面に転がった杖を手に取り、傷の真上に手をかざした。

 『Cure(キュア)』

 

 ウェンがそう唱えると、かざした手のひらからシャボン玉のような泡が徐々に大きくなっていき、ウェンの手とエリアの傷口を繋いだ。

 傷口から泡がコポコポと発ち、ゆっくりとエリアの傷口が塞がっていった。

 

 完全に傷が塞がると、ウェンは泡を握りつぶし破裂させる。

 「傷は塞ぎましたし、これで痛みも和らいでいくと思います」

 「ありがとね、ウェン」

 「いえ、私のせいで怪我をさせてしまったので、すみません……」

 「んーん、謝らないで……戦うってこういう事だから、それに治してくれたし」

 

 そう言い、エリアは立ち上がり槍を手に持つと、周りを見回した。

 「ところで、この氷の壁は……何?」

 

 エリアは氷の壁に近付き手を触れようとした瞬間、ズドンッという音が聞こえ、エリアの目の前に尖ったものが突き出る。

 「うわっ、びっくりした……」

 「大丈夫か、エリア!」

 「大丈夫大丈夫、目の前に銃弾が飛んで来てびっくりしただけだから」

 「ホントか!?」

 「うん、これなんだけど」

 

 クリスはエリアの傍に寄り、氷から少し突き出して止まった銃弾を見る。

 「……この細長い銃弾は多分スナイパーライフルだな」

 「って事はさっきのウェンを狙った攻撃もこれだよね」

 クリスは頷き、「おそらくな」と言う。

 

 でも、なんでゴブリンがスナイパーライフルなんか持ってるんだ?

 「とりあえず、狙撃の正体はわかったがコイツは結局なんなんだ?」

 そう言いながら中指の関節でコンコンっとノックするように叩いた。

 

 「それはこのユニコーンのスキル技です」

 と、後ろの方からアバロンさんの声が聞こえる。

 

 振り返ると、アバロンさんがユニコーンの前に立っていた。

 ウェンは小走りで近付き、顔の辺りを抱き締める。

 「そう、あなただったのね……ありがとう……」

 ユニコーンも目を閉じ、ウェンの頬にスリスリと顔を摩った。

 

 クリスとエリアも駆け寄る。

 「でもなんでユニコーンが……」

 

 「アルニス王国次期女王候補であるウェン様をお守りするために、様々な攻撃スキルを使用できるように訓練しております」

 「それじゃ、この氷の壁もその一つって事ですか」

 「はい、その通りでございます、と言ってもこれは元々防御というより敵を逃がさないためのスキルなのですがね」

 アバロンが少し微笑みながら言う。

 

 「おかげで助かったが、これ以上悠長にしてられないな」

 「ええ、そうね……あの狙撃してくるヤツがどうにかなれば後は楽なんだけど」

 「後は楽っていうかラストだろ、壁に埋まったヤツらの体力いつの間にか0になってるし、溶けるのと同時に砂化すると思うぜ」

 

 「では、狙撃してくる敵は私の魔法で倒しますね、位置さえ分かれば雷や風の魔法でここから狙えますし」

 「わかった、俺が敵を確認してくるから、ウェンは攻撃の準備、エリアは狙撃からウェンを守ってくれ」

 エリアとウェンは頷き、アバロンはユニコーンの陰に隠れた。

 

 「アバロンさん、この氷の壁溶かせますか?」

 「確か制御はユニコーン自身がしていたはずですね、試してみましょう」

 

 アバロンはユニコーンの背中をポンポンと叩く。

 地面が凍り始める直前に聞こえた、あの透き通った声が鳴り響き、氷の壁が上の方から蒸発するように溶けていく。

 

 「ありがとうございます、アバロンさん」

 

 クリスは自分の目の高さまで氷が溶けると、右手の太刀を地面に突き刺し、大剣を具現化させた。

 

 ―――パラディン・シールド―――

 

 と、口に出し大剣の柄が右上に来るように持ち、側面に左手を添えガード体制を取る。

 柄と刀身の間にある隙間から覗き、敵の位置を探ろうとした瞬間、大剣の側面に銃弾が当たり、カンッと高い金属音が鳴った。

 

 あの辺かな?

 クリスは自分の立っている位置から斜め左前の方にある、枝が直角に伸びた木に当たりをつけ注視していると、後ろから。

 

 「クリス! 多分あそこの木から枝が真っ直ぐ伸びてる所に居ると思う!」

 言い方は違うが、エリアの言った木とクリスが当たりをつけた木は同じものだ。

 「了解、敵が確認出来たら何かサイン送る、太陽の光を反射させるとかそんなのを」

 

 クリスは大剣を地面に突き立て、突き刺しておいた太刀を抜く。

 

 すぅー……はぁー……

 クリスは深呼吸をして、太刀を両手で持ち右肩に峰を当てる。

 その数秒後、大剣の右側から敵が潜んでいるであろう木に向かって回り込むように走り出す。

 数メートル近づいたその時、当たりを付けた木から太陽の光が反射した。

 

 よし、ビンゴだな。

 

 クリスは走りながら太刀を横に構え腰の高さまで下ろす。

 そしてそのまま木に近づいて行くと、ゴブリンがスナイパーライフルをこちらに向けているのが見えた。

 

 銃口が向いているのを確認すると、木に真っ直ぐ向かっていたが一瞬右にズレる。

 

 その直後、ズドンッと音と共にクリスが走っていたルートを真っ直ぐ銃弾が通って行った。

 

 そのままゴブリンに近付こうとした瞬間、ズガンッっと青紫色の雷が木に落ち、ゴブリンごと焼き尽くす。

 

 「うわっ!」

 クリスは咄嗟にバックステップで回避するが、衝撃波で後方に飛ばされてしまう。

 

 雷に打たれた木は白い煙を上げ、真っ黒になっていた。

 

 今の雷もしかして……。

 

 クリスは立ち上がり、エリア達の方を向くとエリアがこちらに手を振っているのが見える。

 急ぎ二人の元に戻ると。

 

 「すみませんクリスさん! 急に雷を落としてしまって……」

 「いや、それは全然いいむしろ助かった、ありがとうウェン……エリアも盾役お疲れ様」

 「うん、クリスもお疲れ!」

 

 「皆様ご無事でしょうか!?」

 馬車の方からアバロンさんの声が聴こえる。

 

 「急いでアルニスに向かうぞ!」

 「ええ!」「はい!」

 

 三人は急いで馬車の荷台に乗り込み、アバロンもユニコーンに合図を送り走り出す。

 

 …………。

 ………………。

 

 「間に合えばいいのですが……」

 「確かにゴブリンで時間は取られたがそれでも20分ぐらいだからな大した問題はないと思うが」

 「それならいいのですが……」

 そう言い、ウェンは下を向きながら自分の両手をギュッと握りしめた。

 

 「そ、それよりウェン、さっきの雷というか落雷?みたいなの凄かったな、衝撃波で飛ばされちまった」

 

 ウェンは両手を握ったままパッと顔を上げる。

 「え? あ、あの時はホントにすみません……クリスさんが近づいてるのに気付かず撃ってしまったので……」

 ウェンは笑顔で応えたが、その表情は作り笑顔に見えた。

 

 少しでも気を逸らそうと話題を変えてみたが、あまり効果はなかったようだ。

 

 すると、ウェンの左側に座っていたエリアが左手でクリスを指差す。

 「大丈夫よウェン、場所が分かったら魔法で攻撃するって言ってたのにこの人が忘れたのがいけないんだから」

 「えっ?」

 

 狙撃ゴブリンを倒す前の会話を思い出す。

 「……あぁそういえば、場所が分かれば雷か風の魔法で攻撃するって言ってたな」

 「でしょ?だからウェンが謝る事ないよ」

 「そう……ですね……」

 

 「いやでも、あの時はまだ敵があそこに居るって確定してなかったし」

 「確定してなかった? だってサイン送ってくれたよね?」

 

 「えっ、俺サイン送ったっけ?」

 指を顎に当て首を傾げる。

 

 「送ったじゃない、太陽の光が反射して一瞬チカっとしたよ?」

 「全然記憶にないんだけど……無意識にサイン送ったのかな?」

 

 「自分でやっておいて忘れないでよ!」

 「ごめんなさい、次からは気を付けます!」

 と、頭を下げた。

 

 頭を上げようとした時、エリアの「フフッ」と笑う声が聞こえる。

 エリアの方を見ると口元を抑え、笑うのを堪えていた。

 

 「……なにか面白かったか?」

 「だってクリスがっ……ふふっ……素直に謝るんだもん……クク……それが、面白くって……アハハハハハ」

 

 どうやらエリアの笑いのツボにハマったらしい。

 あの家に居た時もエリアはよく笑っていたが、どうもツボが浅いようだ。

 

 ふと、クリスが視線をウェンに移すと、さっきのように下を向いていた。

 クリスがウェンの方を見てるのに気付いたエリアは、俯いたままのウェンの手に自分の手を重ねる。

 

 ウェンはゆっくり顔を上げエリアを見上げたその目は少し潤んでいた。

 「エリア……さん……」

 

 それを見たエリアはウェンを優しく抱き締め、こう言った。

 「大丈夫だよウェン、何かあったらきっとそこの人が何とかしてくれるって」

 「あぁ、俺が何とかしてみせるさ、絶対に」

 

 エリアから離れたウェンの目には先程より目が潤い今にも溢れそうだったが、頭をゆっくり下げ数滴の涙を垂らしながら「よろしくお願いします」と言った。

 

 すると前方の窓をコンコンっと叩く音がする。

 「皆様、もう少しでアルニスに到着致します」

 とアバロンが言う。

 

 数分後、外壁が石で出来た木製の大きな門を潜り、アルニスに到着。

 アバロンさんが降りてきて扉を開ける。

 外へ出るとマギュラウトで馬車に乗った場所と同じぐらい広い場所に降り立ち、周りには屋台や道具屋、武具屋等の店が並んでいた。

 

 当たりを見回した直後、お弁当などが入ってそうなカゴを持ったぽっちゃりした女性と目が合い、何となく会釈をすると目を見開き早足で近寄ってきた。

 「ウェン様! よくご無事で!」

 とウェンの手を両手で包むように持ち上げさらにブンブンっと上下の振った。

 

 「ビクトリアさん、ご心配をお掛けしました」

 腕を振られながらもウェンは返答する。

 

 ウェンの声が聞こえたのか近くにいた街の住人らしき人々が徐々に集まり馬車の周りを囲んでいく。

 

 「ウェン様!早くお城の方へ行ってください!メルニ様が危ねぇ!」

 「ウェン様〜あのバルド家のバカ息子が反乱を〜」

 

 など、周りからウェンを心配していた声やメルニ女王を気にかける声、そして秘密にされていたウィンダが姫であることを問う声もチラホラ聞こえる。

 

 考えてみれば、どうしてウィンダは国民に姫である事を秘密にされていたのか。

 そこにどういう事情が隠されているのだろう。

 って今はそんな細かいことを考えてる暇はない。

 

 頭の中で自問自答していると隣に居たエリアから声を掛けられる。

 

 「クリス、あなただけでも先に行って! このままじゃ間に合わない!」

 「そうだな……だけど……」

 俺が行ったところで助けられるのか!?

 また同じ事を繰り返すだけじゃないのか!? あの時みたいに……何も出来ずにっ……

 

 忘れていた元の世界での事、この世界に来てすぐの事をふと思い出した。

 

 俯くクリスの頬をエリアが両手で挟み顔を近付ける。

 

 「だけど何!? さっきまでの威勢はどこに行ったのよ!? クリスが何とかしてくれるんでしょ!? 少なくとも私はクリスの事信じてるよ! 何とかしてくれるって天災の時みたいに!」

 「っ! 悪いエリア……でも、この人混みをどうやって抜けよう」

 「クリス少し頭を冷やしたら? 私の持ってるスキルを思い出してよ」

 

 エリアに言われ、スキルを一つ一つ思い出すとその中にこの人混みを抜けられる方法を思い付く。

 

 「そうか! 階段か!」

 「正解、ほら時間ないし早く手貸して」

 そう言いエリアが俺の右手を掴む。

 

 ―――「空の階段(エンプティステアーズ)」―――

 エリアがそう口に出し、クリスも合わせてスキルを使う。

 ―――「連携」―――

 

 エリアの足元が白く光り、クリスの足元も同じように光る。

 光が収まると足を少し浮かせ、空気が踏めるか確かめる。

 

 「よしこれで……んじゃ行ってくる」

 腰を軽く落とし少しでも高く飛ぼうと力を溜めた瞬間、ウェンの声が後ろから聞こえた。

 「ちょっと待ってください!」

 「どうしたウェン、早く行かないとウィンダが」

 「それは私もわかってます、ですがそのままではシルド様はもちろん、国民や兵士に見つかってしまいます」

 「ならどうするんだ?」

 

 「私に任せてください」

 そう言い両手を前に出し、杖を具現化させる。

 

 杖を左手で持ち、右手をクリスに向け。

 『Unseeable Armor(アンスィーアブル・アーマー)』

 と唱える。

 

 するとクリスの足元から光の輪っかが現れ、徐々に上がって行くと、通した箇所が透明になっていく。

 「お?、お?、おぉ!?……ってどうなったかわからん!」

 「この魔法は対象者を他の人から見えなくするもので、消えた本人は自分の身体が見えますのでご安心ください。

 ですが姿を視認出来なくなっただけで、話し声や足音などが消える訳ではありませんので注意してください」

 

 「これ……解除方法あるのか?」

 「ありますよ、時間経過と攻撃行動もしくは攻撃を受けると解除されます。

 それから、武器を振っただけでも攻撃行動扱いになってしまうので気をつけてください」

 

 「わかった、それじゃ今度こそ行ってきます」

 

 「クリス殿、メルニ様とウィンダ様の事、どうぞよろしくお願いします」

 と、アバロンさんが頭を下げるがクリスが居る方向とは全く違う方向に頭を下げる。

 「あの、アバロンさん……俺はこっちです」

 

 「クリス、頼んだわよ!」

 とエリアも言うが、エリアの向いていた方にクリスは立っておらず。

 「お前はさっきまで目の前に居たのに、ノってボケるな!」

 「アハハ、ごめんごめん」

 

 「クリスさん、私からもお願いします、お母様とお姉ちゃんの事」

 ウェンも杖を横向きに両手で持ち頭を下げる。

 「あぁ……任せろ」

 と言ってウェンの頭をポンポンと軽く撫でる。

 

 ウェンはクリスに撫でられた部分に右手を起き少し顔を赤らめる。

 「大丈夫か?」

 「あ、はい!大丈夫です! クリスさんは早くお城の方へ!」

 「あぁ、じゃあまた後で!」

 

 そう言い残しクリスはその場で高くジャンプする。

 ものの数秒で周りの一軒家などの屋根が見えるほどまで上り、さらに城の方へ進みながら上る。

 

 やがて、この国の外壁とほぼ同じ高さまで来ると、高台に立っている城の全体が見えた。

 真っ白の外装に真っ赤な三角帽子のような屋根をしたお城だ。

 

 「待ってろ、ウィンダ」

 クリスは地上で走るのと同じ要領で空中を走る。

 地面とは違い一切足音が聞こえない。

 

 …………。

 ………………。

 

 城に近づくと城門前にある広場に人々が集まり、その前に銀色の軽鎧を身に付けた兵士達が背中で手を組み護衛をしているのが見える。

 

 そのさらに奥に金髪で白色のマントを着た男が見え、その男の向いてる先に後ろで手を拘束され膝をついている二人の姿があった。

 「あいつがシルド・バルドだな」

 

 クリスはさらに進み、ほぼ真上の所でしゃがみ込み下の様子を伺う。

 シルドはマントを捲り、腰にぶら下げていた剣を抜き二人へゆっくり近づいて行く。

 

 さすがにここからじゃ何を話してるかわからんな。

 

 シルドは二人の後ろにそれぞれ居る兵士に、メルニを目の前に連れてくるように指示を出す。

 二人がかりで無理やり立たせ、シルドの目の前に連れて行く。

 メルニを街の方に向かせ、しゃがんで首を差し出させた。

 

 すると、メルニの左側に立ち、手に持っていた剣を振り上げる。

 

 不味いな、このままだと首を切り落とされる……どうする!?

 仕方ない、一か八か!

 

 クリスは大剣を右手に取り出し、その腕で自分の首を巻くように構える。

 そして、メルニとシルドの間にある隙間を狙って横回転の投擲を放った。

 

 投げた数秒後、クリスの真下でガチンッと辺りに響くほど大きい音が鳴り響く。

 そう、クリスの投げた大剣は二人の間に突き刺さり、メルニを守ったのだ。

 突然目の前に落ちてきた大剣に振り下ろした剣が弾かれ、衝撃と驚きで腰から転倒するシルドは辺りをキョロキョロしだした。

 「だ、誰だ! この私の邪魔をするのは!」

 

 クリスは咄嗟に

 「上だ!!」

 と、言い空の階段を解いて地上に降りていく。

 

 「き、貴様は誰だ!」

 「俺か? 俺はそうだなぁ……通りすがりの冒険者だ」

 そう言うと、後ろから懐かしい声が聞こえた。

 

 「ク、クリス君?」

 「よー、ウィンダ……久しぶりだな、まさかこんな形で再会するとは思ってなかったけどな」

 背を向けながら手を顔の横でヒラヒラと振る。

 

 「来てくれてありがと……クリス君……」

 ウィンダは涙を流した。

 

 「……あぁ、間に合って良かったよ」

 「うん……」

 

 「貴様があのクリスか……この俺の邪魔をした事を後悔させてやる」

 そう言い、シルドはクリスを睨みつけた。



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第三十二話 堕ちた聖剣

 シルドは立ち上がり、持っていた剣を真っ直ぐ構える。

 

 「この冒険者風情がぁ!!」

 大きな声を上げながら剣を真上に掲げ、勢い良くクリスの脳天目掛けて振り下ろす。

 

 太刀を具現化しても生成が間に合わないな……なら、具現化最速のコイツで!

 

 クリスは右手首を左手で握り頭上に持っていく、同時に武器を具現化させた。

 ガキンっ!!と音が響く。

 

 「そんな短剣で俺の剣を受け止めようとは浅はかな……そのままねじ伏せてやる」

 「やれるもんならやってみな、この状態で押せない時点で結果は見えてるけどな!!」

 

 クリスは一瞬両膝を曲げ、一気に上へ伸ばしシルド諸共弾き返す。

 「なに!?」

 シルドが少し体勢を崩した瞬間、回し蹴りで吹き飛ばした。

 「ぐあっ!!」

 

 シルドは数メートル飛ばされ仰向けで転倒する。

 

 「弱いな、一国の王子がこんな投擲用のナイフに弾かれるなんて」

 「き、貴様ァ!! この俺に2度も恥をかかせるとは」

 シルドはクリスを物凄い剣幕で睨みつける。

 

 「いや、1回目はあんたが勝手に転けただけなんだけど……」

 

 シルドが立ち上がり再び剣を構えたその時。

 人集りから聞き覚えのある声がした。

 「クリスー!!」「クリスさーん!!」

 その声に混じってユニコーンの足音も聞こえる。

 

 エリア達だ。

 「エリア! ウェン! 俺はここだ!」

 クリスは二人の呼び掛けに答えるように返す。

 すると、一部の国民達が後ろを見ながらザワザワと騒ぎ出し、奥から徐々に道が出来る。

 人集りの向こうにはユニコーンと引いてるアバロンの姿が見え、その後ろの荷台からウェンとエリアが降りてくる。

 こちらに気づいた二人は大きな声でクリスの名を呼び駆け出す。

 

 「クリス!」「クリスさん!」

 「無事辿り着けたみたいだな」

 

 二人に続きアバロンもクリスに向かってくる。

 「思ったより早く来られたようで、助かります」

 「お嬢様が大声で呼び掛けていただき、気付いた皆様が次々に馬車が通れるように道を空けて下さりました」

 アバロンが答える。

 

 「わ、私は一刻も早くお姉ちゃんとお母様の元に向かいたかっただけですから……」

 ウェンは顔を赤く染めた。

 

 「そ、それより、クリスさんありがとうございます……二人を助けていただいて……」

 ウェンは頭を深々と下げた。

 

 「そうね、間に合ったみたいだし、さすがクリスって感じね」

 「いや、それは二人のスキルと魔法があったからだし、三人で助けたと言ってもいいぐらいだぞ」

 

 「ふふ、そうかもね」

 「いえ、クリスさんが居たからですよ!」

 

 「いやいや、透明化の魔法がなかったら、近付けなかったかもしれんぞ」

 「いえ、クリスさんなら例え気付かれても、二人を助けてくれたと思いますよ」

 

 「ならなんで、使ってくれたんだ?」

 「それは、その……クリスさんが危険に晒されるのは嫌だなぁと思いまして」

 ウェンは恥ずかしそうに答える。

 

 クリスは咄嗟にウェンの頭に手を置いた。

 「ありがと、おかげで無傷だ」

 ウェンは頭に手を置かれキョトンとした表情を浮かべたが、クリスのお礼に「はい」と笑顔で返した。

 

 三人で話している所に、シルドが口を挟む。

 「貴様! 我が愛しのウェンの頭に手を置くとは、何様のつもりだ。

 冒険者風情が簡単に触れていい人ではないのだぞ!

 ……さぁウェン、その汚らわしい手を払い除けて私の元へ来てください」

 そう言いシルドは左腕を肩の高さまで上げ、羽織っていたマントを広げる。

 

 「シルド様、あなたは私を呼び寄せる為だけに大切な家族を殺そうとしました。

 それをわかっていてその態度ですか?」

 普段の喋り方より重くて低い声で話すウェン。

 

 「その男が邪魔をしたせいで、お二人の命は取っていません。

 それにウェンが帰ってきた今、もう用はありませんからすぐにでも解放してあげますよ、ウェンさえ私のモノになってくれれば……ね」

 シルドは不敵な笑みを浮かべた。

 

 「私はあなたのモノになる気はありません……さっさと帰っていただけませんか。

 でないと……私はあなたを殺しかねません」

 ウェンは杖を出し、杖の頭に付いた魔法石をシルドに向ける。

 

 「おー怖い怖い、いくら可愛いウェンでも怒ると怖いですね。

 尻に敷かれないように気をつけないと……ハッハッハ」

 

 シルドが笑いながらそう言うと、ウェンの持っていた杖の魔法石が緑色に光りだす。

 

 クリスは少し前に出てウェンの前に腕を伸ばした。

 「やめろウェン、わざわざこんなクソ野郎相手に一国のお姫様が手を汚すな」

 「その手を退けてくださいクリスさん!!」

 ウェンはクリスの腕を掴む。

 

 クリスがウェンに視線を向けると、ウェンの目は真っ直ぐシルドを睨み、掴まれた腕から震えているのが伝わってくる。

 

 「次期女王になるかもしれないウェンが今やることは、国民を安心させる事だ、人を殺めることじゃない!」

 「でも、それでも! あの男を許す事は出来ません!」

 

 「わかってる! 誰だって大切な人が殺されそうになった時、殺そうとした人を許せる奴なんか居ねぇよ……殺した奴は自分の手で殺したいよ」

 クリスはそう言い、シルドを睨みつけた。

 

 

 この男は義父(あいつ)に似ている、歳は違うし、髪の色も声も違うけど……奴の顔は少し似てる。

 

 

 ワークリーから聞いた通り、この世界は俺の頭の中にある情報を基に作られてる。

 全部が全部じゃないけど、見たことある顔ばかりだ。

 

 ヤツもウェンもエリアもセームベルもウィンダも。

 

 

 「わかりました、あの男の事はクリスさんにお任せします、最悪殺して頂いても構いません、全ての責任は私が取ります」

 クリスの腕を離し、自分の胸元に手を当てる

 「あぁ、わかった……ほら、縄を切ってるエリア達の方を手伝ってきてくれ」

 「はい」

 ウェンは軽く頭を下げると後方に居るエリア達の方へ駆けて行った。

 

 「ふっ、やはり逃げられてしまったか、まぁいい。

 それよりもクリスとやらよ、この俺と勝負しないか?」

 「……勝負だと」

 

 「そうだ、バルドヘイド剣士学校を首席で卒業したこの俺に勝てたら大人しく国に帰ってやろう、もし俺が勝てば国民の前でその首を落としてやる」

 

 「短剣に押し返されたのに、どうやって俺に勝つんだ? 痛い目見る前にさっさと国に帰ったらどうだ」

 

 「あの時は少し油断していただけだ、次は負けん」

 そう言いシルドは剣を構える。

 

 クリスも太刀を具現化し、両手で持って、少し右斜めにして構える。

 

 「つあぁぁぁぁ!!」

 シルドが大声を上げ、剣を右肩で担ぐように持ち走り出す。

 

 

 自分の方が強いと思ってるコイツには、力の差を教えてやらないとな。

 

 

 クリスは構えていた太刀を力いっぱい握りしめる。

 

 ガキンッ!!

 クリスが、シルドの振り下ろした剣を受け止める。

 

 「どうしたんですかシルド王子、手が震えていますよ?」

 「うるさい、何故だ……何故そんな細い剣で俺の剣を受け止められるっ!」

 「さあ? なんででしょうね?」

 

 クリスは少し力を入れ、シルドを押し返す。

 

 シルドが2歩、3歩とよろめきながら下がった瞬間、一気に詰め寄り右下から剣を左に振り上げる。

 

 ガキン!!

 という音を立て、シルドの手から剣が抜け、後方へ飛んでいく。

 

 弾かれた時に当たったのか、シルドは右手を抑えていた。

 

 「この俺がこんな奴に負けるとは……」

 「だから言ったじゃねぇか、俺にどうやって勝つんだ?って」

 

 「シルド様!」

 シルドの後ろに居た一人の兵士が、剣を構えてシルドに近寄る。

 

 「下がってろ、これはあの男と俺の勝負だ、邪魔は許さん!

 だが来たついでだ、これを持って下がれ」

 

 そう言い、シルドは弾かれた剣を鞘に収め、マントを脱いで兵士に渡した。

 

 「剣無しでどうするつもりだ」

 「安心しろ、この勝負は俺の勝ちで終わる、なぜなら俺のとっておきの剣で葬るんだからな!」

 

 シルドは両手を前に出し、剣を構えるようなポーズをとった。

 「来い! 聖剣レーヴァテイン!」

 シルドが叫んだ瞬間、構えていた手に黒い炎が舞い、柄から剣が形成されていく。

 

 「聖剣!レーヴァテイン!?……なんでお前が、まさか適合者なのか!?」

 「適合者? なんの事だかさっぱり分からないな。

 この剣はアルニス城の地下室で見つけた俺の剣だ」

 

 

 聖剣レーヴァテインとは 、世界に7本ある”聖剣”の1本だ。

 刀身以外赤色に染まっていて、クリスの太刀とは違い、聖剣はどれも西洋風の剣のため峰が無く両刃となっているのが特徴だ。

 両刃と言っても必ずしも左右対称と言う訳では無い。

 レーヴァテインも左右非対称の剣で、他にも刀身が波を打っている剣も存在している。

 その他にも色んな形の刀身がある。

 

 

 聖剣には鍔に魔法石のような石が埋め込まれており、適合者なのかその石の光る色で判断できる。

 青なら適合者、緑なら他の聖剣の適合者、赤なら不適合者となる。

 そのため、聖剣の適合者に選ばれた7人以外が手を近付けると赤く光るのが普通の現象だ。

 

 さらに不適合が聖剣を使い続けるとその聖剣は黒く染まり、堕ちた聖剣は魔剣に変貌し、所有者に何かしらの災いを起こすと言われている。

 

 

 クリスがシルドの持つ聖剣を確認すると、赤く光っていた。

 「シルド、お前不適合者じゃないか! 今すぐその剣を離せ! でないと!」

 「適合者だの不適合者だの、さっきから何を言っている! 俺が選んで使っている、剣がどうであろうと関係ない!」

 そう言い、シルドは再び剣を構える。

 

 仕方ない、奴の手から剣を弾くしかないな!

 クリスも太刀を構えた。

 

 右側に剣を構えたまま、シルドがクリスに向かって走り出す。

 「はぁ!! くたばれ小僧!!」

 シルドはまたもや剣を振り上げ、クリスの頭部目掛けて振り下ろす。

 

 「ワンパターンなんだよ!」

 クリスは柄を両手でしっかり持ち、刀身を左下に向ける。

 すると、振り下ろされた剣は太刀の鍔の少し下に当たり、そのまま刀身に沿って降りていく。

 

 刃先から三分の一ほどまで降りた瞬間、クリスは一気に太刀を振り上げ、シルドの手から剣を弾いた。

 

 ガキンッ!!

 

 ドスっと言う音を立て、レーヴァテインは地面に突き刺さる。

 

 「クソォ、何故だ、何故勝てない……こんな細身で弱そうな男に……俺は……」

 シルドは突き刺さったレーヴァテインに向かって走り出し、再び手に取る。

 

 「俺が……この俺が、負けるはずないんだ!!」

 

 シルドから感じる負の感情と殺気が徐々に強くなっていき、同時にレーヴァテインが黒く染まっていく。

 

 そして、レーヴァテインが刀身諸共黒く染った瞬間。

 剣の至る所から赤黒いいばらが次々と出てきた。

 

 そのいばらは、次から次へとシルドに絡み付いていく。

 

 「な、なんだ、なんだこれは!? 貴様俺に何をした! これは幻影なのか!? く、クソ離せ! やめろ! やめろぉ!!」

 

 「なに!? 何があったの!?」

 エリアが、駆け寄ってくる。

 

 「いや、俺にも分からない……だが、聖剣がヤツを飲み込もうとしている?」

 

 クリスやエリア、後方にいたウェン、その他周りに居た兵士や国民はただただ、いばらに包まれ飲み込まれていくシルドの異様な光景を漠然と見ていた。

 

 やがて、巨大ないばらの塊となり、完全にシルドを飲み込みしばらく経つと、いばらが真っ黒に染まり朽ちていく。

 

 中から出てきたのはシルドではなく、真っ黒な頭体をしたイモムシの様な姿をしたモンスターだった。

 

 「うわぁぁぁ!! 皆逃げろ!!」

 「きゃああああ!!」「わぁあああ!!!!」

 

 それを見た国民が悲鳴を上げながら、一斉に逃げていく。

 恐怖の表情を浮かべながらも兵士達は震える手で剣を構えるが、そのモンスターの近くに居た兵士数名を2メートル程の大きな口を開け頭から丸呑みにした。

 

 「う、うわぁぁぁ!!!!」

 

 飲み込まれた兵士の鎧なのかはたまた骨なのか、モンスターの口の中からバキッボキッと砕く音が聞こえる。

 

 「クソ、村長が言ってた聖剣の呪いってこの事だったのか!」

 「クリス、どうしよう」

 エリアがこちらを見る。

 

 「このままじゃまずい、兵士や国民を安全な場所まで避難させるんだ! 俺がコイツを食い止める!」

 

 クリスは両手で持った太刀の峰を右肩辺りに当てて戦闘態勢に入る。

 

 「待ってクリス! 私も手伝うわ!」

 「俺の方はいいから早く避難を!」

 

 すると、後ろからアバロンの声が聞こえる。

 「クリス様! 皆様のおかげで妻と娘は無事助け出す事が出来ました、避難誘導は我々アルニス家従者共にお任せください」

 「ご家族が無事で何よりです、避難誘導の方よろしくお願いします」

 「はい」

 

 アバロンはクリスに会釈すると、メルニ様の傍に集まっていた従者達に声を掛け、避難誘導を始めた。

 

 

 「じゃあクリス、私達も行こっか! 一緒に」

 そう言いながら、エリアは槍を具現化させる。

 

 「一緒にってお前……俺が今から何しようとしてるかわかってるのかよ」

 「当たり前じゃない、1ヶ月ずっとあなたの事を見てたのよ? それぐらいわかるわよ」

 エリアはクリスに笑顔で答える。

 

 「わかった……遅れるなよ」

 「同じスキルなんだから遅れるもなにもないわよ、それに私の方が先に終わるわ」

 「かもな……行くぞ!!」

 「えぇ!!」

 

 ―――「疾風!」「迅雷!」―――

 

 二人は同時に疾風迅雷を発動させ、クリスは紫色、エリアは青色の雷を全身に纏う。

 クリスは敵の右側を、エリアはクリスと逆側に走り出す。

 

 「はぁあ!!」

 クリスの疾風迅雷はスキルレベル4で14連撃。

 全身に長めの斬撃で側面に傷を負わせていく。

 

 エリアは覚えたてでスキルレベルは1の8連撃だ。

 クリスは斬撃のみで与えるが、エリアは身体を回転させながら槍を振り回し、突きと斬撃を与えていく。

 

 エリアが攻撃を終えて先に居た場所へ戻り、クリスも攻撃後エリアの横に立つ。

 かなりダメージが入ったのかモンスターはドスンッと倒れる。

 

 「やったかしら?」

 「ちょ、エリア、それはフラグ」

 

 モンスターはゆっくりとS字に身体を曲げて起き上がり、雄叫びを上げた。

 その直後クリスとエリアに向かって大きな口を開けたまま突進する。

 

 二人は同時にバックステップで回避すると、大きな口が二人のいた場所にかぶりつく。

 

 

 「クリスさーん! エリアさーん!」

 後ろからウェンの声が聞こえた。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ……避難誘導、完了しました。 私も手伝います」

 どうやら街の方から走って来たようで、息を切らしていた。

 

 「ありがとウェン、お疲れ様」

 エリアが微笑む。

 

 「お疲れ様、早速で申し訳ないけど、ウェンは後方からの援護を頼めるか?」

 「もちろんです……すぅ、はぁ」

 ウェンはそう言うと、1度深呼吸をして杖を具現化させる。

 

 三人が集まっている所にモンスターがズズズ……ズズズ……と近付いて来るのが見えた。

 

 「悪いエリア、少しの間だけ一人で相手頼めるか?」

 「仕方ないわね、でも早く来てこっち手伝ってね、ウェンが妹みたいで可愛いから一緒に居たいのはわかるけどさ」

 エリアがイタズラっぽく言う

 

 「なんで、そうなんだよ……いいから、とりあえず行ってくれ」

 「はーーい、でも早く来てほしいのはホントだから」

 そう言い残し、エリアはモンスターへと駆け出す。

 

 「よし、ウェンには……」

 そう言いかけた時。

 

 「私も一緒に戦うわ、クリス君」

 ウィンダがエリアと入れ替わるように駆け寄って来た。

 

 先程の小汚い服装から、以前クエストに同行した時の服装に着替え、スナイパーライフルを担いでいる。

 

 「どこ行ってたのお姉ちゃん!」

 「ごめん、着替えたかったし、自室にこれを取りに行ってたの」

 肩に掛けたスナイパーライフルを揺らす。

 

 「無理しなくても俺達に任せてくれれば……」

 「ううん、私も一緒に戦いたいの! 無理はしないから」

 

 「わかった、ならウィンダも来てくれた事だし、ウェンにお願いしようと思ってた事を分担してお願いするか」

 

 「わかりました」

 「私達は何をすればいいの?」

 

 「ウェンは攻撃魔法を、俺達が一度下がった時に打てるように準備を」

 ウェンはコクッと頷く。

 

 「それから、ウィンダはヘイトを取って、俺達が近づける隙を作って欲しい……少しやってみた感じ、やつは攻撃してきたやつにヘイトを向ける癖がある。

 遠距離攻撃も持ってなさそうだし、仮に二人にヘイトが向いても近づかないと攻撃出来ないからな、俺達が闇討ちする機会が出来るだろ」

 「んーと、要は牽制用の射撃をして欲しいって事ね、わかったわ」

 

 「それじゃ、二人ともよろしく頼む」

 そう言い、再びモンスターの方に目をやる。

 

 「ちょっとクリス! いつまで喋ってんの! 早くこっち手伝って!」

 「悪い、今行く! っとその前に……」

 『verification(ヴェリフィケイション)』

 

______________

レベル:67

体力:20653/30000

魔力:60000

腕力:0

______________

 

 「ちょ、なんで、コイツ体力3万もあるんだ!?」

 「え、3万!? ボスクラス並じゃない」

 一旦下がってきたエリアが、近くで聞いていたらしく驚いていた。

 

 「ウェン! 何か大技で体力削れないか?」

 「わかりました!」

 ウェンはコクっと頷く。

 

 となると、ウィンダに注意を引き付けてもらわないと……。

 「ウィンダ!」

 

 「大丈夫、わかってるわよ……大事な妹に指一本触れさせない!」

 

 ウィンダは敵の視界ギリギリの位置に移動し、前衛の二人に攻撃が行く前に頭部辺りに射っていく。

 そして、ウィンダにヘイトが向いた瞬間、エリアとクリスはスキル攻撃を当てる。

 加えて、ウィンダの後方に居るウェンが魔法を構えていた。

 

 ―――五月雨突き―――

 エリアが愛用してる、多段ヒットするスキル攻撃。

 レベルが上がれば連撃数が増えて、最終的には24連撃になる、ちなみに今はレベル3で16連撃。

 一応槍以外に、剣でも使えるスキルだ。

 

 ―――剣舞(ブレイドダンス)―――

 クリスが制作したスキルで、一撃毎に魔力を消費する特殊なスキル。

 クリスは必ず10連撃以上入れる癖がある。

 スキルレベルが上がると魔力の消費量が減るだけだが、攻撃出来る回数が増えるため、実質ダメージ増加に近い。

 

 『windstorm(ウィンドストーム)』

 ウェンが得意としている風属性の、高火力魔法に該当する大技。

 両手にそれぞれ、バレーボール程の高速回転する風の球を作り出し、頭上で1つに合体させてから、相手に直撃もしくは付近に投げつける。

 着弾地点を中心にハリケーンが起こり、鋭い風の刃がダメージを与えていく攻撃魔法だ。

 

 本人は簡単に発動させるが、魔力のコントロールが難しく、ほとんどの人は風の球すら発現出来ない。

 さらに、ウェンは魔力を圧縮する力にも長けており、見た目より高威力になる事が多く、魔法学校でも歴代で最高の魔力コントロールを持っていると言われている。

 

 

 「クリスさん、エリアさん1度下がってください、コレを投げます」

 ウェンが両手を上げ、大きな風の球を構えていた。

 

 「「了解!」」

 スキル攻撃を当てた後、クリスとエリアは一度距離を取る。

 

 「てやあ!」

 

 ウェンが投げた球はモンスターの足元に落ち、ハリケーンを引き起こす。

 

 

 かなりダメージを与えたと思うが……今はどうだ?

 『verification』

 クリスが再び敵のステータスを確認する。

______________

レベル:67

体力:10824/30000

魔力:60000

腕力:0

______________

 

 クリスが思っている以上に守備力が低く、想定より多く削れていた。

 

 「残り1万! 気を緩めるなよ!」

 クリスが声を掛けるが、自分も含め、皆肩で息をしていた。

 

 その時、モンスターが口から紫色の煙を吐き出す。

 「まずい、毒ガスかもしれん! 息を止めろ!」

 「任せてください! 私が吹き飛ばします!」

 

 『tempest(テンペスト)』

 

 ウェンが唱えると、周りに突風が吹き荒れ、毒ガスを天高く巻き上げていく。

 地上から毒ガスが無くなり、風が止んだ瞬間。

 

 「エリア!」

 「わかってるって!」

 エリアが走り出し、手前で高く飛び上がる。

 空の階段でさらに上空へ上がり、身体を反転させて空気を蹴り勢いよく降りてくる。

 

 そして、空中でクルクルと槍を回しながら近づくと

 

 ―――槍の舞(ランス・オブ・ワルツ)―――

 

 とスキルを発動させた。

 

 槍の舞はクリスの剣舞を元に、エリアが創作したスキルだ。

 攻撃方法を剣から槍に変えただけのため、特に変わった点は無い。

 

 強いて言うならリーチが伸びたぐらいだが、クリスの太刀と比べると誤差の範囲だ。

 

 

 エリアの奴、いつの間にあんなスキル技を。

 疾風迅雷と言いこれと言い、俺の技を真似してるのか?

 まぁ、悪い気はしないけど。

 

 クリスは少し口角を上げ、ニヤつきそうになる。

 

 槍の舞の10連撃で敵がダウンし、クリスはすかさず走り出し大剣に持ち替える。

 

 そして大剣を担ぐように構えズサーと滑らせながら近付く。

 

 

 ―――「パワースタンプ!」―――

 

 身体を少し浮かせ、一回転した後、溜め込んだ力で叩きつけるハンマー寄りの一撃技だ。

 

 ドカンッと空気が震える程の大きな音を立てて、モンスターの頭にクリーンヒット。

 衝撃で辺りに砂埃が立ち込める。

 

 「はぁ……はぁ……これで終わっただろ……」

 

 クリスが尻もちを着いたその時、モンスターは起き上がりクリスを飲み込もうと顔を近付る。

 「クッソ、コイツまだ生きて……」

 

 咄嗟に大剣を盾にするように側面を向けて持ち上げる。

 その時、クリスの頭上を拳大の光の玉が通過し、モンスターの体内へ入っていった。

 

 …………ズドーンッ!!

 

 数秒後、城壁や地面が陥没するほどの大爆発が起きた。

 

 クリスの周りにはいつの間にか青色のドーム状の結界が張られており目の前に居たクリスはもちろん、戦闘に参加していた他の三人も爆発に巻き込まれず無傷だった。

 

 「い、今のは一体……」

 

 クリスが謎の大爆発に驚いていると後方から名前を呼ぶ声が聞こえる。

 「クリスさん! 大丈夫ですか! クリスさーん!!」

 

 後ろを振り返るとウェンと目が合いこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

 

 「クリスさん、良かった……無事なんですね」

 「ウェン、今の爆発は……」

 

 「すみません、アレは、その……私が放ったマジックショットなんです」

 「は? マジックショット? あの三大高火力魔法の!?」

 ウェンが頷く。

 

 「クリス、ウェンやったわね! ってどうしたの? そんな驚いた顔して」

 エリアがウェンの後ろから顔を出す。

 

 「いや、さっきの大爆発、ウェンがマジックショットを打ったって言うから」

 「マジックショット? なんだっけそれ?」

 「だから三大高火力魔法の一つで」

 

 エリアに説明しようとしたところ、ウィンダも駆け寄ってきた。

 「あーあ、久しぶりに打ったわね、壊れた城壁やこの陥没の修理にどれだけ時間が掛かるかしらね」

 「ごめんなさいお姉ちゃん……クリスさんが食べられちゃうと思ったらつい……」

 ウィンダはウェンの頭に手を置く。

 「まぁ、私はいいけどね、打ったあと皆にちゃんと対魔法用防御結界貼ってくれたから無傷だし」

 

 「……あぁ、さっきのバリアか」

 「そっ、ウェンが自分で作った魔法でね、自分の魔法で生じた影響をかき消す効果があるの」

 

 「すげぇなそれ……てか、アイツは!?」

 

 クリスが立ち上がると、真下に砂の山が出来上がっているのが見える。

 ウェンの放ったマジックショットで直径10メートルほどの範囲で陥没が起きており、中心部の深さは2メートルから3メートルほどあった。

 

 クリスの後ろはウェンの独自シールドで守られていたためか無傷だ。

 

 上から砂の山を確認するとシルドの顔が出ているのが見えた。

 

 「おい、大丈夫か!」

 クリスが斜面を滑り降りて、駆け寄る。

 

 「すまなかった……な、クリスとやら、私はどうかしていた……あの剣を手にした時から、ずっと変だった……自分が自分じゃないようで……ウェン……ウェンは居るか……」

 「……ここに居ますよ」

 

 クリスの後を追って降りてきた、ウェンがシルドの傍に寄る。

 しゃがみ込み、砂の山から出ていた左手を両手で優しく包んだ。

 

 「ウェン、本当にすまなかった……君を困らせるつもりはなかったんだ……父上に頼まれて、エルフの森を侵略するのに力を借りたかった……でも、結果的に愛する女性を悲しませただけだったな……」

 「シルド様……」

 

 「クリス……私を止めてくれてありがとう、ウェンの事をよろしく頼む……よ」

 「おい、シルド」

 

 シルドが目を閉じると、突然風が吹き、砂山を飛ばしていく。

 そしてシルドの体は徐々に砂化していき、一緒に風に飛ばされて行った。

 

 やがて風は止み、残ったのは聖剣レーヴァテインだけだった。

 

 「これは、俺が預かるよ……俺なら持ってても平気なはずだから」

 そう言うと、クリスはレーヴァテインに手を伸ばす。

 シルドが持っていた時は赤く光っていた石が、緑色に光りだした。

 

 剣の柄に触れ、魔力化して取り込む。

 

 「ここに居ても仕方ないし、登るか」

 「そうですね」

 

 「ダッシュで登れるかな? あ、そうだ」

 クリスはある事を思い付く。

 

 「エリアー!」

 クリスは上から見ていたエリアに手を振った。

 

 「どうしたのー?」

 「悪いけど、階段使ってもらっていいか? ここから出るのに一番楽だと思うから」

 「そういう事ね、了解」

 エリアは空の階段を発動させ、その直後クリスも連携で空の階段を借りる。

 「ウェン、登るから手貸して」

 「え、あ、はい」

 ウェンは左手を差し出す。

 

 クリスは差し出された左手を握って引き寄せる。

 「……あ、お姫様抱っこの方が早いか」

 

 そう言い、クリスはウェンの手を離し、右手を背中へ左手を膝裏に入れ持ち上げる。

 「きゃっ」

 ウェンはお姫様抱っこされ、咄嗟に両腕をクリスの首に伸ばす。

 

 「んじゃ、行くぞ」

 

 そして、登り切ったその時。

 

 「お嬢様ー!! 皆様ー!! ご無事ですか!!」

 城の方からアバロンの声が聞こえた。

 そちらに目を向けると、アバロンがこちらに向かって走って来るのが見える。

 

 「アバロンさん! 俺たちはここです!」

 クリスはアバロンへ手を振る。

 

 「ご無事で何よりです、皆様どうぞ城の中へ……メルニ様がお待ちです」

 アバロンに導かれ、城へ向かった。



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第三十三話 双子

 「わぁ、めっちゃ広ーい!」

 城に入るやいなやエリアが声を上げた。

 

 目の前は玉座へ繋がると思われる大きな扉が見え、その扉の上には大きな絵が飾られている。

 

 床は赤色のカーペットが敷かれており、左右には2階に上がれるカーブした階段。

 真上には天井から2メートル程の大きなシャンデリアが飾られていた。

 

 他に扉は見当たらないし、1階は玉座があるだけでウィンダやウェン、女王様達のプライベート空間は階段を登った扉の奥かな。

 

 「こちらです」

 アバロンが大きな扉の取っ手を掴みゆっくりと押し開ける。

 

 奥には3段程の階段があり、その上に立派な椅子が2つ並んで置いてある。

 その左側にメルニが座っていた。

 

 「お母様!」「お母さん!」

 メルニの姿を見るなりウェンとウィンダは駆け出す。

 

 「お二人もどうぞ中へ」

 クリスとエリアもアバロンに続いて中へ入っていく。

 

 エリアは辺りをキョロキョロと見回し、天井を見上げた。

 「ここもすごく広いわね、天井も高いし」

 「あぁ、そうだな」

 クリスもエリアに釣られて天井を見上げる。

 

 あれ、2階があるならここの天井高すぎやしないか?

 あそこの窓、もしかして階段登った先の扉に繋がってるんじゃね?

 構造がめっちゃ気になってきたぁ……、ゲームで散々色んな城を歩き回ったけど、リアルでは初めてだからワクワクが止まらねぇ。

 

 

 「メルニ様、クリス様とエリア様、お二人をお連れしました」

 アバロンが右手をお腹辺りに当て頭を下げる。

 

 「ありがとうございます、アバロン」

 そう言い、メルニは二人の前に立つ

 

 「此度は私の大事な娘、ウェンを連れ帰って頂いただけでなく、魔物と化してしまったシルド・バルドまで討伐してくださいまして、国を代表して感謝申し上げます」

 メルニは両手を揃え、頭を深く下げた。

 

 「いえ、俺たちはたまたまウェンと会ったに過ぎませんし、シルドを倒せたのもウェンの協力があったからです。

 俺たち二人だけだったら倒せたかどうか……」

 

 「だとしても、ウェンを連れてきてくださったのはあなた方です、来て下さらなかったら今頃、私もウィンダも首を切り落とされていたでしょう。

 さて、お二人には何かお礼をしなくては……その前に、お二人のお名前を伺ってもよろしいかしら?」

 

 「あ、はい……俺はクリス、クリス・レジンスと言います」

 クリスが応えるとエリアも続けて応えた。

 

 「私はエリア・ユリアルカです」

 

 エリアがフルネームで応えた瞬間、メルニが目を見開く。

 「エリア……ユリアルカですって?……」

 「はい、そうですけど?」

 エリアは不思議そうな顔で首を傾げる。

 

 「そう……でしたか、あなたがエリナさんの娘さんだったのですね」

 「え、エリナって……お母さんを知ってるんですか!?」

 

 メルニ様がエリアの母親を知っている?

 あ、そうか……。

 七尾から聞いた話の中に出てきてたっけ”ギル・アルニス”って名前が。

 

 「はい、存じております……生前、彼女には大変お世話になりました。

 と言っても大半は亡くなった主人がドラゴンの討伐をお願いしていただけですが」

 「そうですか……私が物心着く前にお母さんは死んでしまったので……お父さんから聞いた話しか知らないんです」

 

 「エリアさん……その、お父様からはなぜ亡くなったのか、お聞きになりましたか?」

 「あ、はい、天災ヘブンドラゴンに負けたからだと聞きました、そのお父さんも天災と戦った時の傷で亡くなりました」

 

 

 確かにアルデライトさんが亡くなったのはその時の傷だからそこは間違ってないんだけどな。

 

 エリアにその話をしたのはアルデライトさんに化けた七尾だし、その七尾は寿命で死んだんだけどな

 ってツッコミを入れたいけど絶対今じゃないし、なんか言っちゃいけない気がするから黙っておこう。

 

 

 「そうでしたか……アルデライトさんまで……」

 メルニは視線を落とし少し悲しそうな表情を浮かべる。

 

 「メルニ様はどうしてその事を?」

 エリアは首を傾げる。

 

 メルニは顔を上げ、ジッとエリアを見つめる。

 「その、天災の討伐を依頼したのが、ギル・アルニスだからです」

 「え、うそっ……」

 エリアは手を口に当て驚いた様子だ。

 

 「なんとお詫びを申し上げたらいいか……」

 「……いいんです、メルニ様……謝罪なんて要りません」

 エリアは柔らかな表情で優しく応える。

 

 「お母さんとお父さんが死んだのはメルニ様のせいじゃないです……二人が天災に勝てなかった、ただそれだけです」

 エリアの目が少し潤い始める。

 「それに私はクリス……彼と出会って旅に出ることを決意しました。

 強くなって、お母さんを越えて、天災に勝つためです。

 両親の仇でもあるし、お母さんを越えたと証明出来る方法だから……だから私はメルニ様や亡き国王様を恨む気はないです」

 はにかんだ笑顔で言う。

 

 「……わかりました、エリアさんがそうおっしゃるのであれば、この話はもう終わりにしましょう」

 

 エリアの話がキリよく終わったその時、メルニの後方にある扉が開きメイドが現れた。

 「メルニ様、お食事のご用意が出来ました」

 そのメイドはメルニの横に立ち、会釈して告げる。

 

 メルニは右手を上げ、メイドを一歩下がらせる。

 

 「お食事をご用意させて頂きました、お二人もこちらへ」

 そう言い残したメルニは、扉の向こうで待っていた別のメイドと共に奥へと入っていった。

 

 その直後ウィンダがメイドに近付く。

 「キリス、無事だったのね!」

 ウィンダはメイドに抱き着いた。

 

 メイドは急に抱きつくウィンダに驚いたが、微笑んで頭を少し撫でる。

 「ウィンダお嬢様もご無事で何よりです」

 

 ウィンダが満足した顔で離れる。

 すると、そのメイドがクリス達に近付き、一礼する。

 

 「クリス様とエリア様ですね、初めまして、私ウィンダお嬢様の専属メイドをしております、キリス・ライヤと申します」

 クリスも一礼して

 「初めまして、クリス・レジンスです」

 「エリア・ユリアルカです」

 クリスに続けてエリアも頭を下げる。

 

 二人が顔を上げるとキリスが微笑んでいた。

 「やはり主人から聞いていた通り、礼儀正しい方々のようですね」

 「主人?」

 

 「あ、私の主のことではなく、旦那のアバロンのことです」

 「え、アバロンさんの奥さん!?」

 エリアが驚く

 

 「え、じゃあシルドに拘束されたのって」

 「はい、私と一人娘のアロナです。

 そういえば、お礼がまだでしたね」

 キリスはお腹あたりに両手を添え、深々く頭を下げる。

 「私たち家族を助けていただいて、ありがとうございました」

 

 「いえ、俺たちは何もしてませんし、何よりお二人を助けたのはアバロンさん自身だと思います」

 「そうですね、ですが私のもう一つの家族であるメルニ様とウィンダお嬢様を助けたのはお二方です、お礼は言わせてください」

 

 頭を上げ、手を扉の方に差し出す。

 「それでは参りましょうか、どうぞこちらへ」

 

 

 ウィンダが扉の向こうから顔を出す。

 「三人で何話してるのー、置いていっちゃうわよー」

 「すみません、お二人にお礼を申し上げておりました、それに私が案内するので置いていっても構いませんよ?」

 「そんなことするわけないでしょ、ほらお母さん先行っちゃったよ」

 

 先に扉へ入っていったキリスに続きクリスとエリアも扉へ入っていく。

 

 「うわぁ、こっちもこっちで広い廊下ね」

 エリアは周りをキョロキョロと見回す。

 

 「玉座の間の3分の1と言ったところか、俺達が入った扉の左の方にも同じような扉があったし」

 「なら、ここの廊下と向こうの廊下の間は?」

 

 エリアの問に、後ろを歩いていたアバロンが応える。

 「そちらは中庭になっております」

 「「中庭!?」」

 クリスとエリアは口を揃えて驚く。

 

 「はい、天井はウェンお嬢様の魔法で補強された強化ガラスが張ってあり、太陽の光も満月の光も差し込む居心地の良い場所です。

 仕事の合間に軽く休憩するのにも適していますね」

 

 「アバロンさん、後で行ってもいいですか!?」

 「えぇ、構いませんよ、でも行くならお風呂上がりがよろしいかと、今日の疲れも癒えるでしょう」

 

 「ねぇ、クリス……お風呂上がったら一緒に行かない?」

 頬を少し赤らめ、指先を合わせながら言う。

 

 「あぁいいぞ、ウィンダとウェンも一緒にな」

 と、返すクリス。

 

 「はぁ……そう言うと思ってた……なにもわかってないんだから」

 エリアは手を下ろし、ため息をついた。

 

 「え、皆で行こうって言う話じゃないのか?」

 「違うわよ……まぁいいわ、皆で行きましょ」

 

 そう言うとエリアはクリスの2,3歩前に出て、黙々と歩いて行った。

 

 

 食堂に着くと、ゲームやドラマ等でよく見る、長方形の大きなテーブルが中央に置いてある。

 その上には、30種類ほどの料理が並べられていた。

 

 「なんだこの量……いくらなんでも多すぎやしないか?」

 「でも、あれもこれも美味しそう」

 エリアは口からヨダレが垂れそうなほど口元が緩んでいた。

 

 「クリス様、エリア様こちらへお掛けください」

 キリスともう1人、別のメイドが椅子を引いて待っている。

 

 「ありがとうございます、ところで二人はどこへ?」

 「お嬢様方は着替えのため、お部屋に行かれております」

 

 話していると、丁度そこへ着替え終わったウィンダとウェンが顔を出した。

 「クリスさん、エリアさんお待たせしました」

 「お待たせー」

 

 後ろを振り返ると、そこには緑を基調としたワンピースを着た二人の姿があった。

 ウィンダは髪が濃い緑色に対し、ワンピースは薄い緑……と言うより黄が薄く掛かった黄緑と言ったところか。

 軽く肩は出るが、胸元がチラッと見えるミニスカートのワンピースだ。

 脚は白色のタイツを履いている。

 

 そしてウェンはウィンダとは対照的に、髪が薄い緑色のため濃い緑に白のフリルが付いている。

 濃いと言ってもウィンダの髪よりは薄い色だがロングスカートのワンピースを着ていた。

 

 「わぁ、二人とも可愛いー」

 エリアが目をキラキラさせて椅子から立ち上がり、二人に近づく。

 

 「ありがとうございます、エリアさん」

 ウェンが軽く頭を下げる。

 

 「二人とも可愛いじゃん」

 と、クリスが微笑んだ表情をする。

 

 それを見たウィンダは勢いよく顔を逸らす。

 「あ、ありが……ありがとっ」

 

 「クリスって平気でそういうこと言うよね」

 エリアが軽くため息をつく。

 「まぁクリスさんらしいですけどね、なんか慣れてるというかなんというか」

 

 「え……あぁ妹が居るからかな?」

 「妹居るの!? 初耳なんだけど!」

 エリアが声を上げる。

 

 「聞かれなかったし、話したところで何かある訳じゃないし」

 

 「そっか、クリス君妹さん居るんだ……」

 ウィンダが呟く。

 「妹ってどんな子!? 可愛い!?」

 エリアはクリスに詰め寄る。

 

 丁度、その時、グーッ!と、何かが食堂に鳴り響く。

 

 音が聞こえた方に視線が集まると、そこにはお腹に手を当てて顔を真っ赤にした、ウェンが立ち尽くしていた。

 

 ………。

 

 「と、とりあえず、妹の話は後でしてやるから今は食べようぜ! 俺も腹減ってきたし」

 「フフ、そうね……せっかくのご馳走を温かいうちに食べないと勿体ないものね」

 そう言いエリアは再び椅子に座る。

 

 「す、すみません、宿で起きた後何も食べてなかったので……」

 ウェンは顔を真っ赤にしたままだ。

 

 まぁ、道中食ってる余裕なかったしな。

 

 「私は朝食べたけど、さすがにあんな事あった後だしお腹も空くわね」

 「では、頂きましょうか」

 メルニ様に続き、それぞれで「いただきます」と言い、料理に手を伸ばしていく。

 

 それから少し経った頃、エリアがクリスに聞く。

 「ねぇ、クリスさっき言ってた妹の話なんだけど……」

 

 「ん? あぁいいぞ」

 

 俺には妹が居る、それもこっちだけではなく、元の世界にも妹が居た。

 聞いた話だと、こっちの妹とは血が繋がってるらしいが、あっちの妹は血が繋がっていない。

 つもり義妹と言うことだ。

 

 「妹さんの名前は?」

 「エリスだ、エリス・レジンス」

 

 「クリスにエリスか……覚えやすいわね」

 「ここにキリスも居るわよ」

 向かいの席に座ったウィンダが左後ろに立っていたキリスを指差す。

 

 「1文字違い多いわね」

 と、エリアがクスクスと笑う。

 

 ……。

 ………。

 

 それから談笑しながら食事を進め、食べ終わる頃。

 

 「クリス様、落ち着いてからで構いませんので、私のお部屋に来ていただけませんか?」

 先に食べ終わり席を立ったメルニが声を掛ける。

 

 一瞬何事かと戸惑ったが、クリスは「分かりました」と返す。

 

 「では後ほど」

 と、メルニが会釈をし食堂を出て行った。

 

 「なんの話しかしらね」

 「さぁ……検討もつかない、まぁ呼ばれたからには行くしかないな」

 

 それから少しした後、四人も食事を済ます。

 

 「お嬢様方、大浴場のご用意が出来ましたのでゆっくりされてはいかがでしょうか」

 キリスが四人集まっていた所に声を掛ける。

 

 「そうね、クリス君もお母さんに呼ばれてるみたいだし、その間入っちゃおうか三人で」

 

 大浴場って言ってたし、銭湯ぐらい広いんだろうな。

 

 「クリス様は、奥様の所へ向かわれますか? それとももう少し後にしますか?」

 「いえ、このまま向かいます」

 

 「承知しました。

 では、お嬢様方はこちらのマリナに付いて行ってください……と言ってもお二人は迷わないとは思いますが」

 キリスは右後ろに居た、金髪にショートヘアのメイドに手を向ける。

 

 「クリス様は私が奥様のお部屋へご案内致します」

 「はい、よろしくお願いします」

 

 「じゃあ、クリスまた後でね」

 「あぁ」

 

 「クリスさん、今日は本当にありがとうございました」

 「こっちこそ、最後助かったよ、ありがと」

 

 「……クリス君、私もお母さんも妹も助けてくれてありがとう」

 「あぁ、また後でな」

 「うん!」

 

 食堂を後にした二組はそれぞれ左右に別れた。

 メルニの部屋に向かう途中、窓の外や廊下に飾られた絵画や甲冑等見ながら。

 

 ……。

 ………。

 

 しばらくして、白色の大きな扉の前に着いた。

 

 トントントントンっ

 

 キリスは扉をノックする。

 

 「お入りください」

 中からメルニの返事が聞こえる。

 

 返事が聞こえた直後、キリスが扉を開ける。

 「奥様、クリス様をお連れしました」

 「失礼しまーす」

 キリスが壁側に移動し、クリスが入れるように道を空ける。

 

 「クリス様、この度は本当にありがとうございました。

 なんとお礼を申し上げればいいか」

 

 「いえ、お役に立てたようで何よりです。

 それより、お話というのは?」

 

 「そうですね……こちらにお座り下さい。

 キリス、茶を」

 メルニはソファにクリスを誘導し、同時にキリスに紅茶の用意を命じた。

 

 「失礼します」

 クリスはそう言い、ゆっくり腰を下ろす。

 後方では、キリスが紅茶を淹れる香りと音が響く。

 

 メルニも対面のソファに腰を下ろす。

 同時に、キリスが紅茶をクリスとメルニの前に置いていく。

 

 「クリス様、どうぞ」

 「ありがとうございます」と返し会釈する。

 

 「奥様、失礼します」

 「ありがとう、貴方は下がっていいわ」

 そう言い、手で合図を送る。

 キリスは「かしこまりました」と一礼して部屋を後にした。

 

 

 「ゆっくりしたいでしょうに、お呼び立てして申し訳ございません」

 「いえ……」と首を横に振る。

 

 メルニが一口紅茶を飲む。

 「お呼びした件ですが……単刀直入にお聞きます。

 クリス様はウェンとウィンダの関係をどのように聞いていますか?」

 

 「えっと……ウェンからは二卵性双生児だとお聞きしました」

 「そうでしたか……」

 「はい、それがどうかしたんですか?」

 クリスは頭に?マークを浮かべながら返答する。

 

 「……実は、あの子達は実の姉妹ではありません」

 「え!? あ、いやその話俺が聞いていいんですか!?」

 あっぶねぇ、紅茶を飲む前で良かった……。

 

 「理由はいくつかあるのですが、その前に1つ確認します。

 ウィンダから、クリス様に告白されたと聞いています、間違いありませんか?」

 「!? 確かに告白しましたが……妹が幸せじゃないのに自分だけ幸せになるなんて出来ないってフラれましたよ」

 

 「それについても、本人から伺っております。

 私が聞いた時、ウィンダ自身はクリス様と恋人関係になりたいと思っていると感じました」

 「え、そうなんですか?」

 

 「あの子はクリス様と一緒にクエストに行った話を嬉しそうにみんなに話していました。

 今まで、何度かクエストに同行した話を聞いていますが、あんなに嬉しそうなのは初めてでした」

 メルニは嬉しそうな表情を浮かべる。

 

 「でも、それだけじゃ」

 「はい、もちろんそれだけでは断言できません。

 ですが、あの子は初めてクエスト屋での募集ではなく、街中で直接声を掛けた、と言っていました。

 まるで、かつての私のように」

 「メルニ様のようにですか……」

 

 「この話は後でお話しましょう……コホン、まず1つ目の理由ですが、クリス様には剣を教えてくれた方がいらしたのでは無いでしょうか?」

 

 !?

 

 その言葉にクリスは目を見開いた。

 

 エリアにしか話したことないのに、なんでこの人はその事を知ってるんだ!?

 「そう思っていらっしゃるお顔ですね」

 クリスの顔を微笑んだ表情で見ていたメルニは立ち上がり、机の引き出しを開ける。

 「この事は他言無用でお願いします、私とアバロン、キリスしか知らない事ですので……」

 そう言い、メルニは引き出しから一通の手紙を取り出し、クリスの前に置く。

 

 「あの、これは?」

 「これはあなたに剣を教えたこの国の王、ギル・アルニスからの手紙です」

 「剣を教えたって……え、師匠ってアルニス国王だったの!?」

 クリスは驚いた。

 

 机に置かれた手紙を手に取り、丁寧に開封していく。

 

 ……。

 ………。

 !?

 「こ、この手紙は!」

 と、声を荒らげ顔を上げると、全て知っているような表情で紅茶を飲んでいるメルニの姿があった。

 

 クリスの師匠だった国王、ギルからメルニに宛てられたその手紙にはこう書かれていた。

 

 『メルニへ

 私のわがままに付き合ってくれて本当にありがとう

 今頃、既に私は亡くなった事になっているだろう、表向きには病死だが、城内は聖剣の呪いによる死 という事になっているはずだ。

 だがおかげで、ようやく彼を見つけることが出来た。

 

 噂は本当だったようだ、滅んだ国の血筋が生き残っているという噂。

 元々別の目的で訪れた村で彼に出会ったのだから、ただの偶然でしかない。

 

 今は無き”エクサリス”の唯一の生き残りである、”クリス”なら我が姫達の良いパートナーになり得るだろう。

 だがその前に、”大移動”に備えなければならない

 でも、不安はない、彼を含むこの村で戦える人材を育成すればいい

 少なく見積もっても一ヶ月は大移動まで期間があるはずだ。

 時間は十分ある

 

 もし彼がいつかアルニスを訪れたら私の事を話してやってくれ、彼には私がアルニスの現国王である事は伝えてない、君と出会った頃に使った偽名”ギド・アレシアン”を名乗っている

 落ち着いたらまた手紙を送る          ギル・アルニス』

 

 「か、仮に俺が王家の血を引いてるとしたら、師匠……いや、ギル様はどうやってその事を……」

 「一応、この場でもクリス様が王家の血を引いてるか分かる方法が一つあります」

 

 「え!? それはなんですか?」

 「クリス様は代々王家が聖剣を所有している事はご存知ですか? そしてその聖剣の適合者が王家の血を引いてるものにしか引き継がれない事も……」

 

 「そうなんですか?」

 「私もウェンが読んでいる書物の中にあった聖剣に関する本で読んだだけですが、そのような記載があるのを覚えています」

 

 もし、メルニ様が言ったことが本当なら、聖剣の適合者である俺が王家の血筋という事になる。

 

 少なくとも、村長は俺を保護した時点で聖剣に近付けて、反応を確認しているはずだ。

 だから、ギル・アルニスが聞いたとしても答えられるんだ。

 というか、この世界に来て何度か俺について過去を漁ったが、そんな事一切出てこなかったのは気になるな……。

 

 クリスが顎に手を当て頭の中で整理をしていると、メルニ様が口を開く。

 

 「コホン。

 少し話を戻します。

 正直な事を申しますと、お二人が恋仲になっていつか結婚したいと言い出したら、私は反対する気はありません。

 こんな事に巻き込んでしまったウィンダもウェンも自由にさせてあげたいのです。

 それから、ウィンダの事なのでクリス様の旅について行くと思います。

 その道中についでで構いませんので、姉のウェーナを見つけたら連れて帰ってきてくれませんか?」

 

 「ウェーナさんの捜索ですか……まぁついででいいならお引き受けしますが」

 「ありがとうございます」

 そう言うと、メルニは再び席を立ちもう1通手紙を出してきた。

 

 「これは?」

 「この手紙は1年ほど前にウェーナから送られてきた手紙です」

 

 「拝見します」

 クリスは手紙を手に取り開封していく

 

 『お母上へ

 突然家を飛び出してしまい、大変申し訳ありませんでした。

 急を要するため、何も告げずに出て行ってしまいました。

 

 実は、シルドさんとバルド王がエルフ領への進軍を企てている事を耳にし、それが私と結婚した直後に実行するという話だったのです。

 

 そのため、少しでも時間を稼げればと国を出ることにしたのです。

 現在、私はアトランタルの”アイシクル・レイブン”と言うギルドでお世話になっています。

 

 心配は無用です、必ずバルド王の企てを止める案を見つけ帰ります。

 妹達には私がシルドさんとの結婚が嫌で出て行ったとお伝えください。

 二人のことです、本当の事を言ったら私の所に来てしまいますから。

 

 また、何かあれば手紙を送ります、お元気で

                      ウェーナ・アルニス』

 

 「……アイシクル・レイブンと言うと、現在アトランタルの塔の攻略に1番力を入れてるギルドですね」

 「えぇ、なんでも”白髪の白騎士”と呼ばれる方が入団してから名が上がり始めたと聞きます」

 

 「そうですか……」

 白騎士……確か前にウィンダと初めて会ったリングルムの宿屋で見た、塔の攻略ニュースに出ていたアイツか、確かに雰囲気はかなり強そうだったな。

 

 「この手紙、少しの間お借りしてもよろしいですか? 探す手掛かりにしたいので」

 「はい、構いませんよ」

 

 「ちなみに、これ以降手紙は来ましたか?」

 「いいえ、来ていません……」

 

 「そうですか」

 

 手紙から分かるのはアトランタルのアイシクル・レイブンに居るという情報だけ、1年も次の手紙が来てないって事はまだそこに居る可能性は十分高いし塔の攻略に行くついでに探せるかもしれないな。

 ウィンダが居れば、似た人を見かけなかったかって街の人に聞けるし。

 

 「……もし、ウェーナが見つからなくても、ここにいつでも立ち寄っていただいて構いませんからね」

 

 「あ、ありがとうございます……」

 優しい声で掛けられた言葉に、一瞬戸惑いの表情を見せるクリス。

 

 「……こほん、ところで1つお伺いしたいのですが。

 メルニ様は先程ウィンダとウェンを自由にと仰っていましたが、なぜ次期国王はウェーナさんなんですか?」

 

 そのクリスの問にメルニが驚いた表情を見せる。

 

 「そうですね……私と夫と……双子の妹の願いであり、ウェーナ自身の意思でもあるからです」

 

 「双子の……妹?」

 

 「はい。

 先程、ウィンダとウェンは本当の姉妹ではないとお伝えしましたが、

 彼女たちは本当は異母姉妹であると同時に従姉妹に当たります。

 それは生みの親である私が双子だからです」

 

 ?!

 ウィンダ達が双子ではなくメルニ様が双子!?

 あの二人が異母姉妹!?

 いや確かに、二人は身長こそ違うけど、顔立ちは似ているし、美人姉妹だ。

 二卵生と言われても違和感は無かった。

 でもそれは、産みの親が双子だったからなのか。

 

 「そして、二人の姉であるウェーナは私達三人の子供なのです」

 「それは……どういうことですか?」

 

 クリスは混乱しながらもメルニに問う。

 

 メルニはクリスの問いかけに、手を合わせ本のように開く。

 「オープン」

 

 すると、開いた手のひらの上にメルニのプロフィール画面が出現した。

 

 「これを見ていただければ少しは理解できるかと思われます」

 

 クリスは開かれたプロフィールを隅々まで見ていく。

 

 !?

 「メルニ様……名前の欄が”メーニャ・アルニス”になっているのですが?」

 「間違いありませんよ、だってこの”身体”は双子の妹”メーニャ・アルニス”のですから」

 「どういうことですか?」

 

 「こうして改めて見てみるとこのプロフィールにはキチンと書かれているのですね」

 そう言い、メルニはプロフィール画面の右下にある備考欄を指差す。

 

 「っ!」

 クリスはその指差した所を見るとこう書かれていた。

 『メーニャ・アルニスの中には双子の姉メルニ・アルニスの魂が入っている。

 メルニ・アルニスの中には双子の妹メーニャ・アルニスの魂が入っており、生歴24年でその人生の幕を閉じた』

 

 「先程おっしゃっていた、ウェーナさんが三人の子供と言うのは……」

 「私がこの身体に入ってる時に授かり産んだ子と言う事です。

 ウェーナはメーニャの魔法の才と私の剣の腕も受け継ぎました。

 ウェーナのプロフィール上では父ギド・アルニス 母メーニャ・アルニスとなっているみたいですが」

 

 各人が展開出来るこのプロフィールは本人の認識によって表記が左右される。

 

 俺の場合、ギド王の手紙を読んで、自分がレジンス夫妻の子ではなくエクサリス王夫妻の子だと知った。

 多分、今プロフィールを展開すれば、レジンスの名前が書かれていた両親の欄がエクサリスの名前に変わっているはずだ。

 

 ウェーナさんの場合は、母は産みの親であるメーニャさんの名前になっている。

 

 ウェーナさんは二人が入れ替わっていた事を知ってはいるが表記されていないだけなのか?

 それとも本当にその事実を知らないのか?

 

 まぁどっちにしろ、俺が気にする必要はないな。

 

 ……一つ気になるとすれば。

 

 才は両親だけじゃなく、入れ替わっていたメルニ様のも受け継いでいると言っていた点。

 遺伝子的には、ギド王とメーニャさんしかないはず……それとも二人が双子だからメーニャさんの目覚めなかった才が開花しただけなのか。

 

 などと、クリスが頭の中で整理していると、紅茶を口にしたメルニが口を開く。

 「少し、昔話をしましょうか」



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