もう1人のイレギュラーは反逆の覇王 (伊達 翼)
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本編
オリキャラ紹介


ここではオリキャラを紹介していきます。

ついでにステータスなんかも表記してきます。


名前:紅神(べにがみ) (しのぶ)

 

容姿:背中まで黒髪と右は琥珀、左は紫色のオッドアイを持ち、ちょっと野性味のある端正な顔立ちをしている

長身で線が細く見えるが、中身はしっかりある体格

髪質は癖っ毛気味でボサボサ系

 

性別:男

 

身長:180cm

 

年齢:16歳

 

性格:ノリが良く飄々としている性格だが、その内にはクールで冷めた感情と熱血漢的な感情が同居した人情味篤き部分も擁している

 

詳細:今作のもう一人の主人公的な立ち位置。

男子バスケットボール部に所属していて、ポジションはPF。

南雲ハジメの友人を自負しており、自身もそれなりのオタク趣味(特に狼や銃などを題材にした作品やゲームが好き)を持っていると公言している。

友達付き合い自体は悪くなく、試合でもそれなりに役立つので運動神経は悪くない。

ちなみに彼女いない歴=年齢の早生まれさん。

ハジメとは別クラスなのだが、異世界トータスにハジメ達のクラスが召喚された際、たまたま遊びにやってきたところだったので召喚騒動に巻き込まれて行方不明扱いとなる。

家族構成は探偵の父親と専業主婦の母親、三つ年下の妹が2人の五人家族。

 

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初期ステータス

レベル:1

天職:反逆者

筋力:40

体力:50

耐性:35

敏捷:70

魔力:30

魔耐:25

技能:七星覇王・言語理解

 

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奈落に落ちてから十日以上を地下水のみで凌ぐ生命力の持ち主。

その後、ハジメと合流を果たして同じく魔物を喰らって肉体が変質してしまう。

 

魔力光が真紅となったハジメと異なり、忍の魔力光はちょっと変則的な虹色(白銀、瑠璃、真紅、黄金、漆黒、純白、紅蓮の7色)のままである。

 

容姿も変化し、髪の色が若干黒が残っていて黒が混ざった白髪みたいな感じになっており、紫色だった左の瞳は真紅へと変わるという変化が起きる。

それと魔物特有の赤黒い線も走っている。

 

ユエとの絡みは少なめだが、ハジメとユエの関係性を気遣うこともある。

が、目の前でイチャイチャされるのは我慢ならぬらしく、百層踏破後の二か月間は拷問だったと語っている。

 

武器はハジメ作の特殊二丁拳銃『アドバンスド・フューラーR/L』と二振りの刀『銀狼』と『黒狼』。

戦闘スタイルは前衛だが、魔法や銃撃戦も行えるオールラウンダーと化すが、基本的には近接格闘の方が性に合ってるらしい。

 

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第九話時点でのステータス

 

レベル:???

天職:反逆者

筋力:12750 [+最大56700]

体力:15400 [+最大59350]

耐性:11650 [+最大55600]

敏捷:17450 [+最大61400]

魔力:14650

魔耐:14650

技能:七星覇王[+覇気][+覇王解放Ⅰ]・覇狼[+嗅覚強化][+神速][+瞬煌]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化][+部分強化][+集中強化][+変換効率上昇Ⅲ]・胃酸強化・風爪[+五爪][+飛爪]・天歩[+空力][+縮地][+爆縮地][+重縮地][+残像][+豪脚]・纏雷[+出力増大]・夜目・遠見・気配察知[+心眼]・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・金剛[+部分強化][+集中強化]・念話・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力][+速度]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・限界突破・生成魔法・言語理解

 

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実は召喚騒動前日の放課後に幼馴染みに告白してOKを貰っていたことが判明する。

故に恋人生活一日未満で行方不明扱いとなり、最近になって心に余裕が出てきたからか、その彼女のこと心配し始めるようになる。

 

 

ウルの町での出来事から、生成魔法を応用した新たな戦法『マジック・バレット』を編み出す。

但し、魔法のバリエーションが少ないのと、実験段階なのもあって現状での弾種は少ない。

 

また、巫女に対してどういう風に接するべきか少し思い悩んでいる。

 

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第二十九話時点のステータス

 

レベル:???

天職:反逆者

筋力:12850 [+最大57250]

体力:15700 [+最大60100]

耐性:11800 [+最大56200]

敏捷:17700 [+最大62100]

魔力:14800

魔耐:14750

技能:七星覇王[+覇気][+覇王解放Ⅱ]・覇狼[+嗅覚強化][+神速][+瞬煌]・獄帝[+黒焔][+監獄][+魔力攻撃吸収][+複製][+魔力硬質化]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化][+部分強化][+集中強化][+変換効率上昇Ⅲ]・胃酸強化・風爪[+五爪][+飛爪]・天歩[+空力][+縮地][+爆縮地][+重縮地][+残像][+豪脚]・纏雷[+出力増大]・夜目・遠見・気配察知[+心眼]・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・金剛[+部分強化][+集中強化]・念話・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力][+速度]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・闇属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・限界突破・生成魔法・重力魔法・言語理解

 

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ホルアドでの勇者パーティー救出作戦に参加するも、光輝に対しては辛辣な対応を見せる。

 

また、最近では独占欲が強いのだと自覚しているらしい。

 

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第三十六話終了時点のステータス

 

レベル:???

天職:反逆者

筋力:13200 [+最大58200]

体力:16000 [+最大61000]

耐性:12200 [+最大57200]

敏捷:18100 [+最大63100]

魔力:15000

魔耐:14900

技能:七星覇王[+覇気][+覇王解放Ⅲ]・覇狼[+嗅覚強化][+神速][+瞬煌]・獄帝[+黒焔][+監獄][+魔力攻撃吸収][+複製][+魔力硬質化]・焔帝[+紅焔][+熱耐性][+熱吸収][+爆撃]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化][+部分強化][+集中強化][+変換効率上昇Ⅲ]・胃酸強化・風爪[+五爪][+飛爪]・天歩[+空力][+縮地][+爆縮地][+重縮地][+残像][+豪脚]・纏雷[+出力増大]・夜目・遠見・気配察知[+心眼]・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・金剛[+部分強化][+集中強化]・念話・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力][+速度][+衝撃変換]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・闇属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・限界突破・生成魔法・重力魔法・空間魔法・言語理解

 

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第三十九話時点のステータス

 

レベル:???

天職:反逆者

筋力:13200 [+最大58200]

体力:16000 [+最大61000]

耐性:12200 [+最大57200]

敏捷:18100 [+最大63100]

魔力:15000

魔耐:14900

技能:七星覇王[+覇気][+覇王解放Ⅳ]・覇狼[+嗅覚強化][+神速][+瞬煌]・獄帝[+黒焔][+監獄][+魔力攻撃吸収][+複製][+魔力硬質化]・焔帝[+紅焔][+熱耐性][+熱吸収][+爆撃]・真祖[+吸血能力][+血液媒体][+怪力][+超速再生]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化][+部分強化][+集中強化][+変換効率上昇Ⅲ]・胃酸強化・風爪[+五爪][+飛爪]・天歩[+空力][+縮地][+爆縮地][+重縮地][+残像][+豪脚]・纏雷[+出力増大]・夜目・遠見・気配察知[+心眼]・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・金剛[+部分強化][+集中強化]・念話・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力][+速度][+衝撃変換]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・闇属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・限界突破・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・言語理解

 

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スキル自体は増えているが、武鬼の能力はいくつかまだ制限されていて十全には発揮出来ていない状態にある。

 

具体的には『眷属召喚』は1体までしか使えず、『武具顕現』もまだ使えない。

これをクリアするには武鬼の言ったように武の頂に挑み、極めるしかないが、どのような武を極めるかまでは不明なので手探り状態に近い。

 

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第四十三話時点のステータス

 

レベル:???

天職:反逆者

筋力:13200 [+最大73200]

体力:16000 [+最大76000]

耐性:12200 [+最大72200]

敏捷:18100 [+最大78100]

魔力:15000

魔耐:14900

技能:七星覇王[+覇気][+覇王解放Ⅴ]・覇狼[+嗅覚強化][+神速][+瞬煌]・獄帝[+黒焔][+監獄][+魔力攻撃吸収][+複製][+魔力硬質化]・焔帝[+紅焔][+熱耐性][+熱吸収][+爆撃]・真祖[+吸血能力][+血液媒体][+怪力][+超速再生]・武鬼[+武天十鬼][+眷属召喚][+眷属使役][+武具顕現]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化][+部分強化][+集中強化][+変換効率上昇Ⅳ]・胃酸強化・風爪[+五爪][+飛爪]・天歩[+空力][+縮地][+爆縮地][+重縮地][+残像][+豪脚]・纏雷[+出力増大]・夜目・遠見・気配察知[+心眼]・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・金剛[+部分強化][+集中強化]・念話・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力][+速度][+衝撃変換]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・闇属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・限界突破・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・言語理解

 

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一時は巫女との間に溝が出来るも、明香音との約束を思い出して吹っ切れ、"本気"になることを決意した。

 

本気になってから巫女やハジメ達との接し方も変え、『ハッハッハッ』という口癖もやめた。

 

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第五十一話時点のステータス

 

レベル:???

天職:反逆者

筋力:13200 [+最大73200]

体力:16000 [+最大76000]

耐性:12200 [+最大72200]

敏捷:18100 [+最大78100]

魔力:15000

魔耐:14900

技能:七星覇王[+覇気][+覇王解放Ⅵ]・覇狼[+嗅覚強化][+神速][+瞬煌]・獄帝[+黒焔][+監獄][+魔力攻撃吸収][+複製][+魔力硬質化]・焔帝[+紅焔][+熱耐性][+熱吸収][+爆撃]・真祖[+吸血能力][+血液媒体][+怪力][+超速再生]・武鬼[+武天十鬼][+眷属召喚][+眷属使役][+武具顕現]・皇龍[+支配][+轟龍][+龍眼][+逆鱗]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化][+部分強化][+集中強化][+変換効率上昇Ⅳ]・胃酸強化・風爪[+五爪][+飛爪]・天歩[+空力][+縮地][+爆縮地][+重縮地][+残像][+豪脚]・纏雷[+出力増大]・夜目・遠見・気配察知[+心眼]・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・金剛[+部分強化][+集中強化]・念話・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力][+速度][+衝撃変換]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・闇属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・限界突破・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・言語理解

 

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ハジメとユエ同様、全ての神代魔法を入手したため、概念魔法へと手を掛けるが、今のとこ使う機会が無さそう。

 

それと同時に全ての覇王の能力を手に入れたことで、『真なる覇王』となる可能性も見出された。

 

『真なる覇王』

それが意味するものとは何か…?

 

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第五十四話時点のステータス

 

レベル:???

天職:反逆者

筋力:13200 [+最大73200]

体力:16000 [+最大76000]

耐性:12200 [+最大72200]

敏捷:18100 [+最大78100]

魔力:15000

魔耐:14900

技能:七星覇王[+覇気][+覇王解放Ⅶ]・覇狼[+嗅覚強化][+神速][+瞬煌]・獄帝[+黒焔][+監獄][+魔力攻撃吸収][+複製][+魔力硬質化]・焔帝[+紅焔][+熱耐性][+熱吸収][+爆撃]・真祖[+吸血能力][+血液媒体][+怪力][+超速再生]・武鬼[+武天十鬼][+眷属召喚][+眷属使役][+武具顕現]・皇龍[+支配][+轟龍][+龍眼][+逆鱗]・雪羅[+絶対零度][+氷河期][+寒耐性]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化][+部分強化][+集中強化][+変換効率上昇Ⅳ]・胃酸強化・風爪[+五爪][+飛爪]・天歩[+空力][+縮地][+爆縮地][+重縮地][+残像][+豪脚]・纏雷[+出力増大]・夜目・遠見・気配察知[+心眼]・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・金剛[+部分強化][+集中強化]・念話・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力][+速度][+衝撃変換]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・水属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+氷属性]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・闇属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・限界突破・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・言語理解

 

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決戦前の最終調整を行い、概念魔法の一端にも触れた。

 

あとは親友を信じて地上を守るため、全力を尽くすだけである。

 

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第五十七話時点のステータス

 

レベル:???

天職:反逆者

筋力:13200 [+最大88200]

体力:16000 [+最大91000]

耐性:12200 [+最大87200]

敏捷:18100 [+最大93100]

魔力:15000

魔耐:14900

技能:七星覇王[+覇気][+覇王解放Ⅶ]・覇狼[+嗅覚強化][+神速][+瞬煌]・獄帝[+黒焔][+監獄][+魔力攻撃吸収][+複製][+魔力硬質化]・焔帝[+紅焔][+熱耐性][+熱吸収][+爆撃]・真祖[+吸血能力][+血液媒体][+怪力][+超速再生]・武鬼[+武天十鬼][+眷属召喚][+眷属使役][+武具顕現]・皇龍[+支配][+轟龍][+龍眼][+逆鱗]・雪羅[+絶対零度][+氷河期][+寒耐性]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化][+部分強化][+集中強化][+変換効率上昇Ⅴ]・胃酸強化・風爪[+五爪][+飛爪]・天歩[+空力][+縮地][+爆縮地][+重縮地][+残像][+豪脚]・纏雷[+出力増大]・夜目・遠見・気配察知[+心眼]・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・金剛[+部分強化][+集中強化]・念話・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力][+速度][+衝撃変換]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・水属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+氷属性]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・闇属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・限界突破[+覇潰]・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・言語理解

 

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……

 

名前:天月(あまつき) 明香音(あかね)

 

容姿:腰まで伸ばした緋色の髪と藤色の瞳を持ち、可愛らしくも綺麗な顔立ちをしている

学生にしては大人顔負けの豊満な体型の持ち主

髪型は水色のシュシュでポニーテールに結っている

 

性別:女

 

身長:162cm

スリーサイズ:B90/W58/H88

 

年齢:16歳

 

性格:誰とでも分け隔てなく接することの出来る明るく社交的で親しみやすい性格だが、少しばかり気丈で頑固な一面もある

 

詳細:忍の幼馴染みにして恋人。

男子バスケットボール部のマネージャーも務めている。

忍とは同じクラスで、クラス内ではその容姿や性格から男女共に人気があってアイドル扱いをされていて、告白されることもしばしばあるものの、全て断っている。

ハジメ達のクラスの召喚騒動に巻き込まれた忍とは前日の放課後に忍の方から告白をされ、それを承諾する形で付き合い始めたばかりだった。

付き合って1日も経たずに恋人が行方不明となったため、その事実を知った時には呆然自失となって倒れかける。

忍の家とは家族ぐるみの付き合いがあり、忍の妹達とも交流がある。

ちなみに忍の呼び方は『しぃ君』。

 

本編未登場。

 

………

……

 

名前:セレナ

 

容姿:背中まで伸びた銀髪と琥珀色の瞳を持ち、凛々しさを含んだ綺麗な顔立ちをしている

全体的にバランス良く手足がスラッとしていて均等の取れた体型

頭と臀部からは髪と同色の狼の耳と尻尾が生えている

 

性別:女

 

身長:155cm

スリーサイズ:B83/W56/H86

 

年齢:16歳

 

性格:一匹狼然とした雰囲気を纏ったクールな性格だが、仲間意識が強く情に篤い気質の持ち主

また、口下手なところもあって誤解されやすい

 

詳細:狼人族の少女。

フェアベルゲンを去る時の忍を遠目で見た夜、不思議な夢を見る。

夢の中でセレナは黒の混ざった白銀の毛並みに右は琥珀、左は真紅の瞳を持った巨躯の狼の背に乗って草原を駆けていた。

草原の風は心地よく感じ、夢の中なのにまるで夢じゃないような…不思議な感覚を覚えていた。

そして、満月を背に小高い丘の上へと向かった狼は、そこでセレナを降ろすと真っ直ぐ彼女を見つめ、『汝、覇王の巫女よ。悠久の時を経て覇王の魂は今この地に再臨した。新たな覇王と共に歩むか否か…己の眼で確かめよ』という言葉を言い放つ。

意味が分からぬまま硬直していると『覇王と巫女はいずれ交わる運命(さだめ)。故に新たな覇王を見極めよ』と、さらに言葉を続けた。

夢はそこで終わり、目覚めると夢の内容を鮮明に覚えていて妙にモヤモヤした気分が胸中に渦巻く。

そんなモヤモヤを解消すべくセレナは新たな覇王…忍の元へと行くことを即断で決意した。

 

覇王の巫女を"覇王に寄り添う者"だと考え、忍についていくことを表明した。

その真剣さに折れた忍がハジメを説得することになり、本人も旅支度をするのだった。

 

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第二十九話にて判明したステータス

 

レベル:28

天職:覇狼の巫女

筋力:95

体力:100

耐性:75

敏捷:150

魔力:-

魔耐:-

技能:覇道巫女

 

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……

 

名前:ジェシカ

 

容姿:前髪に白いメッシュの入った短めの黒髪と翡翠色の瞳を持ち、野性味溢れつつも整った綺麗な顔立ちをしている

女性としては長身で、線も少し太めな筋肉隆々とまではいかないまでもそれなりに筋肉質でやや凹凸の激しい体型

頭と臀部から黒に白い縞々の虎の耳と尻尾を生やしている

 

性別:女

 

身長:178cm

スリーサイズ:B99/W59/H89

 

年齢:20歳

 

性格:気性が荒く喧嘩っ早い短気且つ強気な性格で、後先考えない短絡的な部分も少なからずある

 

詳細:虎人族の女性。

一人称は『オレ』。

セレナ同様、偶然忍を見かけたことから不思議な夢を見る。

内容はセレナの見た夢と大差なかったが、出てきた覇王は別の存在だった。

まるで闇と同化しそうな漆黒の毛並みに白い縞模様があり、翠色の瞳を持った巨躯の虎が…常闇の中に佇んでいたのだ(何故か闇の中でも輪郭が浮かび上がっていたが…)。

虎と対峙したジェシカは強者と出会えた高揚感に身を震わせたが、虎に飛び掛かった時点で夢から目覚める。

夢とは言え、強者に挑む前にお預けを喰らったと考えたジェシカは、だったら新たな覇王…つまり、忍と戦うことを選択した。

見極める云々は置いとくとしても、その新たな覇王とやらも強いのだろうというのは先日見た時に感じていたことだったので、良い口実になったと考えているようだ。

 

忍に一発も攻撃を入られなかったことから更なる鍛錬を積むことにしたらしい。

 

第四十四話で負傷した姿で忍達と再会する。

 

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第四十四話にて判明したステータス

 

レベル:37

天職:獄帝の巫女

筋力:180

体力:190

耐性:55

敏捷:80

魔力:-

魔耐:-

技能:監獄巫女

 

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……

 

名前:レイラ

 

容姿:腰まで伸びた流れるような白髪と黄色い瞳を持ち、理知的な雰囲気を纏った綺麗な顔立ちをしている

全体的な線は細く見えるが、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでる女性らしい体型

頭と臀部から髪と同色の狐の耳と尻尾を生やしている

 

性別:女

 

身長:166cm

スリーサイズ:B87/W58/H88

 

年齢:18歳

 

性格:常に理知的で冷静沈着な性格で、感情よりも理で物事を決める性質の持ち主

 

詳細:狐人族の女性。

髪の色から昔はよくイジメの対象になっていたが、護身術用に武術を習得してからは返り討ちにしていた過去を持つ。

セレナ同様、忍を遠目に見たことから不思議な夢を見る。

内容はセレナの見た夢と大差なかったが、出てきた覇王は別の存在だった。

純白の毛並みに黄色い瞳、そして特徴的な九つの尾を持った狐が、森の中に佇んでいた。

九尾の狐と対峙したレイラが覇王の話を最後まで聞いた後に何かを狐に尋ねようとした時に夢から目覚める。

セレナとは違った意味のモヤモヤを抱えつつも、新たな覇王を見極めるために忍の元へと向かうことにした。

 

忍と会い、"今"はまだ時期じゃないとして引き下がる。

 

一度は帝国に捕まっていたが、ハウリア族に助けられる。

 

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第四十四話にて判明したステータス

 

レベル:31

天職:武鬼の巫女

筋力:75

体力:120

耐性:55

敏捷:95

魔力:-

魔耐:-

技能:武天巫女

 

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……

 

名前:ティアラ

 

容姿:背中が隠れる程度に伸ばしたまるで燃え盛るような紅蓮の髪と赤い瞳を持ち、ちょっと幼げな印象を纏った可愛らしい顔立ちをしている

全体的には華奢に見えるが、程良い背丈に女性らしい肉の付き方をした体型

背中から1対2枚の紅蓮の翼を生やしている

 

性別:女

 

身長:152cm

スリーサイズ:B80/W56/H83

 

年齢:15歳

 

性格:基本的にノリが軽く好奇心旺盛で無邪気な性格で、楽しいことを優先するちょっと快楽主義的な感性の持ち主

 

詳細:翼人族の少女。

口癖は『きゃはっ♪』。

セレナ同様、忍を見たことから不思議な夢を見る。

内容はセレナの見た夢と大差なかったが、出てきた覇王は別の存在だった。

紅蓮の羽衣に燃えるような赤い瞳、特徴的な3対6枚の翼を持った巨鳥で、場所は火山地帯のような灼熱の場所だった。

覇王の話は聞いていたものの、あんまり興味がなかったのか目覚めるまで遊んでいた。

しかし、夢の内容は鮮明に覚えていたので何となく覇王を見極めるようなことを言われてたことは覚えてた。

そして、その新たな覇王とやらに会えば"何か面白いことが起きるかも?"的な軽いノリで忍の元へと向かうのだった。

 

退屈から解放されると期待していたらしく、最後は不満そうであった。

 

負傷してたジェシカと共にいたことから負傷者の看病もしていたかもしれない。

 

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第四十四話にて判明したステータス

 

レベル:21

天職:焔帝の巫女

筋力:55

体力:70

耐性:55

敏捷:90

魔力:-

魔耐:-

技能:灼熱巫女

 

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………

……

 

名前:シオン

 

容姿:腰まで伸ばした翡翠色の髪と藍色の瞳を持ち、キリッとした雰囲気の綺麗な顔立ちをしている

女性らしい柔らかさを持ちつつ全体的に引き締まった体型

髪型は黒い帯でポニーテール状に結っている

 

性別:女

 

身長:166cm

スリーサイズ:B90/W58/H88

 

年齢:519歳

 

性格:正義感が強く騎士道精神を貴ぶ生真面目な性格で、面倒見の良い一面もある

 

詳細:ティオのお付きであり、妹分でもある竜人族の女性。

ティオのことを本来なら『姫様』と呼び慕っているのだが、島の外に出る際に『お嬢様』と呼ぶようにティオから強く言い付けられている。

忍と接触したその日の晩に不思議な夢を見る。

内容は以前セレナの見た夢と大差なかったが、出てきた覇王は別の存在だった。

白銀の龍鱗にその身を包んだ金色の瞳を持つ東洋龍で、場所は雲の上にある天空に佇んでいた。

その威厳に満ち溢れた姿に感銘を受け、話を真面目に聞いた後、普通に目覚める。

新たな覇王を見極める使命とティオのお付きとしての使命を両立させるためにハジメや忍達の旅に同行することを決める。

 

ただ、ティオの変態性にはほとほと困っており、遠い目をすることもしばしば。

 

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第二十九話にて判明したステータス

 

レベル:70

天職:皇龍の巫女

筋力:680 [+竜化状態4080]

体力:950 [+竜化状態5700]

耐性:900 [+竜化状態5400]

敏捷:750 [+竜化状態4500]

魔力:4290

魔耐:3940

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏]・支配巫女・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]

 

-----

 

………

……

 

名前:ファル

 

容姿:膝裏まで伸びた銀髪と深紅の瞳を持ち、儚げな印象を与える可愛らしい顔立ちをしている

全体的な線は細いが、均等の取れた体型

 

性別:女

 

身長:154cm

スリーサイズ:B85/W56/H86

 

年齢:16歳

 

性格:ちょっと気難しくて誰に対しても無愛想な性格だが、実際は親しい人がいなかった故に感情表現が苦手なだけ

 

詳細:フリートホーフに誘拐された天涯孤独の少女。

実は絶滅したと思われていた吸血鬼族の末裔で、最近になって先祖返りを起こしてしまう。

それを知ってか知らずか、天涯孤独という身の上を調べられてフリートホーフに誘拐されてしまい、人間オークションの商品として監禁されている。

ハジメの要請でフリートホーフの支部を潰し回っていた忍と遭遇し、突然の状況についていけずに気を失った間に不思議な夢を見る。

内容は以前セレナの見た夢と大差なかったが、出てきた覇王は別の存在だった。

漆黒の躯体に紅い甲殻と深紅の瞳を持った飛竜が、紅い三日月の夜を背にしていた。

新たな覇王に対して興味の欠片もないが、こんな夢を見るのは初めてだったので違和感を覚え、夢を見る前に見た忍の姿を思い出したところで意識が回復する。

意識が回復した後、これからどうするか悩むこととなる。

 

-----

 

第三十話にて判明したステータス

 

レベル:10

天職:真祖の巫女

筋力:45

体力:60

耐性:35

敏捷:45

魔力:70

魔耐:75

技能:血力変換・血盟巫女

 

-----

 

………

……

 

名前:シェーラ

 

容姿:エメラルドグリーンの髪と瑠璃色の瞳を持ち、愛らしい雰囲気の可愛らしい顔立ちをしている

小柄で華奢なスレンダー気味の体型

耳は扇状のヒレになっている

 

性別:女

 

身長:149cm

スリーサイズ:B77/W56/H78

 

年齢:15歳

 

性格:気性は穏やかで争いを好まない優しく淑やかな性格

 

詳細:エリセンに住むミュウの従姉妹の海人族の少女。

ミュウを実の妹のように可愛がっている。

ミュウの誘拐された後、叔母であるレミアの生活の助けをしようとお泊り中。

ミュウを連れてきてくれた内の1人である忍と接触した夜に不思議な夢を見ることとなる。

内容は以前セレナの見た夢と大差なかったが、出てきた覇王は別の存在だった。

瑠璃色と白の体躯に黒い瞳を持った鯱で、場所は氷雪地帯の海の中にいた。

夢を見た後、自分では大した力にはなれないと考え、覇王を見極めることを諦めてエリセンに残る決意を固める。

 

-----

 

第三十七話にて判明したステータス

 

レベル:8

天職:雪羅の巫女

筋力:37

体力:49

耐性:16

敏捷:22

魔力:-

魔耐:-

技能:絶氷巫女

 

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第一話『異世界召喚とステータス』

衝動には勝てなかった…。
だが、後悔はしていない!

他の作品もちまちま書いてはいますが…。
まだまだアップには程遠い…。

でも久々の投稿には変わりない。
それがたとえ二次の新作でも!

という訳でよろしくお願いしま~す。


とある高等学校の昼休みのこと。

 

「おっす、ハジメ、いるか!?」

 

別クラスにいる友人に会いにわざわざ昼飯持参でやってくる男子学生。

 

「忍…どうしたんだ?」

 

友人『紅神 忍』の登場に席を立ちかけた男子学生『南雲 ハジメ』は少し嫌そうな顔をする。

 

「おいおい、マイフレンド。その反応はないだろう?」

 

「いや、僕はこれから…」

 

お昼に行こう、と言いかけ…

 

「あ、ハジメくんもお昼? だったら一緒に食べよ?」

 

そのハジメに声を掛ける女子生徒によって逃げ場を失う。

 

「うっ、白崎さん…」

 

「おや? マイフレンドよ、相変わらずなのかい?」

 

そそそ、とハジメに近付き、こそこそ話で女子生徒『白崎 香織』とハジメの関係をニマニマと笑う忍だった。

 

「忍さんや、それはどういう意味かな?」

 

「なに、親友からのただの疑問さ」

 

「いつの間に親友に昇格したんだ…」

 

やれやれと言いたげなハジメの首に腕を回し…

 

「まぁいいじゃねぇの。せっかくの綺麗所との食事、誘われようぜ?」

 

「いや、それは…」

 

と何やらハジメが言いかけた時…

 

「香織。紅神も来て、南雲も寝足りないようだし、そっちはそっちで…」

 

イケメン『天之河 光輝』率いる幼馴染み軍団が来た。

 

「出たな、ヒーロー! マイフレンドの…」

 

「そういうのいいから!」

 

忍の口を慌てて塞ぐハジメ。

 

「相変わらず騒がしい奴だな。もう少し落ち着きを持ったらどうだい?」

 

「ハッハッハッ! 俺もモットーは清く楽しく青春なんでな。そんなことではへこたれない!」

 

「いや、意味が分からない」

 

「というか、マイフレンド~。さっさと飯食おうぜ?」

 

自分から振っておいてからの自己完結。

忍は忍で空気を読んだらしい。

 

そんなこんなで教室も少し賑やかしくなった時だった。

 

キィンッ!

 

光輝の足元に光輝く円環と幾何学模様が現れた。

それは教室全体まで広がっていき…

 

カッ!!!

 

と光が爆発するかのように生徒達の視界を真っ白に染め上げていた。

 

そして、光が収まった元の教室には…誰一人として教室にいた一人の教師と生徒達の姿は無かった。

 

………

……

 

「っ…なんだってんだ?」

 

視界が回復した生徒達は周囲を見て驚く。

そこは先程まで彼らのいた教室ではなく、大理石のようなもので造られた広大な広間だったのだ。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様と同胞の方々。歓迎させて頂きます。私はイシュタル・ランゴバルド。聖教教会にて教皇の地位に就いている者です。以後、お見知りおきを…」

 

そう声を発したのは大広間の台座の前にいた内の一人だった。

 

それから場所は移り、長テーブルを囲んでの状況説明がなされた。

 

教皇曰く『魔人族の脅威に晒された人間族を救うためにエヒトなる神が召喚した勇者が彼らであり、魔人族との争いに加わってほしい』とのこと。

 

それは即ち、生徒達が戦争に駆り出されることを示唆し、唯一の大人である社会科教師『畑山 愛子』先生が頑張って抗議した。

しかし、神の言葉は絶対としている教皇は帰還は現状無理だと言い放つ。

 

そんな中…

 

「(異世界召喚キターーーーーー!! とか言ってる場合じゃねぇな)」

 

忍はこの状況を冷静な目で見ていた。

それだけではなく、忍はチラリとハジメの方を見る。

 

「(流石はマイフレンド。この手の状況でもジッと観察するか)」

 

そんなこんなしてる内に光輝が立ち上がり、何故か知らないやる気を漲らせて周囲も同調していく。

 

「(おいおい…これ、実質誘拐みたいなもんなのになぁ…)」

 

冷めた表情で光輝を見た後…

 

「(あとでマイフレンドと要相談だな)」

 

そう考えながら場の空気に流されないように努めた。

 

 

 

魔人族との戦争に参加が決まってしまった後、聖教教会本山のある『神山』の麓にある『ハイリヒ王国』へと移動することになった。

 

王宮に着き、そこの王様が晩餐会を開いてくれたが…

 

「なぁ、親友。あの教皇、危なくね?」

 

「それは僕も思った。要注意人物だと思うよ」

 

ある程度の料理を堪能した忍はハジメと一緒に壁際に移動してひそひそ話をしていた。

 

「だよな。つか、あのヒーロー様。状況が分かってんのかねぇ?」

 

「天之河君か…」

 

「わかってないっぽいよな~」

 

ちょっとしたオタク仲間であるハジメと忍はこれから起こることを想像してちょっと鬱になる。

 

「ま、何とかするしかないかねぇ?」

 

「でも、どうやって?」

 

「そこだよなぁ。あのヒーロー、カリスマだけは半端ないし」

 

やれやれだぜ、と言いたげに忍は肩を竦める。

 

そうして晩餐会も終わり、各自解散した。

 

………

……

 

その翌日。

生徒達の訓練と座学が開始された。

 

愛子先生も含めて生徒達にはステータスプレートというアーティファクトが支給された。

自らの血で登録すれば個人個人のステータスが表示される優れものである。

 

ちなみに教育係は騎士団の団長である『メルド・ロギンス』である。

 

そうして各々がステータスプレートに登録していってそれぞれが己のステータスを確認する。

 

その中でもやはり規格外だったのが、天之河 光輝だった。

レベル1にも関わらず、ステータスはどれも三桁、技能も満載の正にチート級である。

 

それを見てメルドも流石と言う辺り、完全に勇者のとばっちりで異世界召喚かよ、と忍は内心で思ったらしい。

 

で、気になる忍のステータスだが…

 

名前:紅神 忍・16歳・男

レベル:1

天職:反逆者

筋力:40

体力:50

耐性:35

敏捷:70

魔力:30

魔耐:25

技能:七星覇王・言語理解

 

という風になっていた。

 

「ん~?」

 

わりとスペックは高い方じゃね?

と思いつつ、気になるのが天職と技能の項目である。

 

「へい、メルド団長。反逆者って天職はあるのかい?」

 

気になったので大声で聞いてみることにした。

 

勇者があるくらいだ。何かしら意味でもあるのかな?

くらいの認識で忍は挙手して尋ねていた。

 

「反逆者、だと…?」

 

その忍の発言にメルドが目つきを鋭くする。

その目つきに当てられて周囲も静かになり、静寂が部屋を満ちる。

 

「(あれ? なんかヤバ気?)」

 

と思ったのも束の間…

 

「いや、すまん。かつて無謀…いや、不敬にもエヒト様に逆らった者達がいたのでね。反逆者と聞くと無意識にそいつらを考えてしまう。しかし、その天職は秘匿した方がいいだろうな。教会の連中に知られたら異端審問にかけられる可能性もある」

 

「……うっす。気を付けま~す」

 

なんとも軽い感じで忍も返事して『悪ぃ悪ぃ』と周囲に謝って席に着いたので周りもホッとしていた。

 

しかし…

 

「(神に逆らう反逆者、か……どうして逆らったんだろ?)」

 

忍はそんな想いを抱いていた。

 

その後、ハジメのステータスを見て、"まぁ、気にするな"と忍が肩を叩き…

 

「俺の技能もよぉわからんしな。なんか厨二心(ちゅうにごころ)はくすぐられたけどな! ハッハッハッ!」

 

と笑い飛ばしていた。

 

実際、忍の技能はどういう訳かどんな能力かは全く分からなかった。

詳細を知ろうにも『???』という風にまるで"まだ公開出来ないよ!"的な感じで表示されなかったからだ。

レベルが上がればいいのか?

何かしらの条件があるのか?

 

頭を捻ってもわからなかったので、忍は基本スルーすることにしてステータスの向上に注力することにしたとか。



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第二話『語らい』

異世界トータスにやって来てなんだかんだ二週間が経った。

 

ハジメはハジメなりに努力をしているが、なかなか伸び悩んでいるようだった。

そんなハジメを忍は友として守り、イジメなんかも看過せずにいた。

 

反逆者という訳分からずな天職のせいもあり、忍はあまり前衛に出ることはなかった。

一応、訓練には参加しているものの、この天職のせいであまり騎士様も相手をしてくれないと言うので、忍は自然とハジメと共に図書館に入り浸るようになっていた。

 

「なぁ、親友」

 

「なんだよ?」

 

本から顔を上げたハジメが向かいに座る忍に尋ねる。

 

「人生って不公平だけどさ。俺、お前のそうやって頑張ってるとこ嫌いじゃないぜ?」

 

「……ありがと」

 

ハジメと違い、戦闘でも問題なさそうな忍だが、技能が不明な点で言えばハジメよりも少し劣っていると言える。

それでもステータス自体は少し高めなので、訓練もそれなりにしているが…。

 

「せっかくの異世界なのに楽しめないよなぁ~」

 

「そうは言っても皆が戦争に参加するっていうのに一人だけっていうのもね…」

 

「ホント、我が親友は眩しいぜ」

 

「そ、そうかな?」

 

「俺からしたらな。あのヒーローに比べたら雲泥の差だね」

 

「天之河くんは…その、色々と規格外だからね」

 

言葉を選んだハジメに忍はやれやれと肩を竦める。

 

「その規格外だが…ホントに大丈夫なのかね?」

 

「う~ん…どうだろう?」

 

「俺は一応、探偵の息子だし、ちょっと裏の事情もわかるからアレなんだが…正しさだけじゃ飯は食えない訳よ。それこそ、誰でもわかることだと思うが…」

 

「うん…」

 

「あのヒーローが気付くかね?」

 

「……難しいかもね」

 

ハジメも忍もあることを考えていた。

 

「だな。だが、そこが分岐になるかもだからな…」

 

「僕は僕に出来ることを頑張ってみるよ」

 

「俺も無意味技能持ちだしな。あんま戦いには参加したくないが…そうも言ってられなくなったら、前に出るつもりだ」

 

忍の言葉にハジメも頷く。

 

「お互い死なないように頑張ろう」

 

「たりめぇよ。ここで死んだら親父達に顔向け出来ねぇしな」

 

ハジメの言葉に忍に笑って答える。

 

「きっと日本じゃ集団神隠し、なんて特集してるんだろうな~」

 

「だな。多分、親父も捜査協力してるだろうが…流石に手掛かりがないしな…」

 

そう言いながら互いに家族を思い浮かべる。

 

「そういえば、忍って兄弟がいたよね?」

 

「おう。妹が2人いてな。いやはや、兄離れ出来ない妹達なんだが…邪険にするわけにもいかなくてな」

 

「いいよねぇ。妹さん達に慕われてるって…」

 

そうハジメが言うと…

 

「慕われてる…ってレベルじゃねぇけどな…」

 

忍は遠い目をしながらポツリと呟く。

どことなく哀愁が漂いそうな…。

 

「え?」

 

「いや、なんでもねぇ」

 

ハジメが反応するとすぐさま忍も元の忍に戻る。

 

「そっちは親父さんとお袋さんだったよな?」

 

「あ、うん。どっちも二次元にどっぷりだからね。だからかな、昔ちょっと変なこと言っちゃって…」

 

「変なこと?」

 

ハジメの言葉に首を傾げる忍に…

 

「もし僕が異世界に召喚されたらってね」

 

「流石は我が親友。そんな頃から毒されていたか」

 

「どういう意味かな?」

 

「まぁ、気にすんな。で、なんて言ったのよ?」

 

ハジメの視線を避け、忍は尋ねた。

 

「あんまり覚えてないけど…確か…『必ず帰ってくる』ようなことは言ったかな?」

 

「そっか」

 

ハジメの言葉にハジメらしいな、と思いつつ忍とハジメは語らい続けた。

 

 

 

その後、図書館から出て訓練場に来たハジメをイジメの対象にしてる一派と忍が一悶着を起こしつつも訓練は終わり、メルド団長からの通達があった。

 

翌日から実戦訓練の一環として『オルクス大迷宮』へと遠征に行くと…。

 

………

……

 

『オルクス大迷宮』

 

全百階層から成る地下へと続く大迷宮。

なのだが、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に人気があるらしい。

 

理由は魔石にある。

地上と比べると良質な魔石を持つ魔物が多いからなのだそうだ。

 

魔石は日常生活にも欠かせない逸品だが、その良質な魔石を持つ魔物は強力な固有魔法を持っているという。

 

そんな大迷宮に挑む者達の宿場町『ホルアド』に勇者達一行は到着した。

 

ハジメと忍は相部屋であり、翌日の英気を養うために忍は早々にベッドにダイブして寝こけていた。

 

「ぐぅ…がぁ…」

 

「忍って意外と寝息が酷いんだな…」

 

そんな友に苦笑しながらハジメも図書館から借りてきた魔物図鑑に目を落としていると…

 

コンコン…

 

部屋のドアがノックされた。

 

「(こんな時間に誰だろ?)」

 

夜も遅い時間に誰かとそっとドアを開けると…

 

「あ、南雲くん、起きてたんだね。えっと、紅神くんは?」

 

なんと白崎 香織その人が訪ねてきた。

しかもネグリジェにカーディガンを羽織ったという姿で、だ。

 

「……なんでやねん」

 

「え?」

 

ハジメの言葉に香織も首をキョトンとさせる。

 

「あ~、ごめん。忍なら寝てるよ。それで、何か用かな? 何かの連絡事項でもあった?」

 

「あ、そういうのじゃなくて…その、お話ししたいな、って思ったから…」

 

そんなことを上目遣いで言ってくるもんだから…

 

「あ、はい。どうぞ…」

 

その破壊力にはさしものハジメも断ることに罪悪感を覚えたらしく部屋に通す。

 

「ぐがぁ…」

 

そしてタイミングよろしく忍もこちらに背を向けて寝転ぶ。

 

「それで、話って?」

 

そこから香織はさっき夢でハジメが消えてしまうことを話した。

ハジメは所詮夢は夢と苦笑いで答える。

それでも心配だったのか、今回の探索はハジメを連れてくのをやめてもらうように頼み込むとも言って…。

 

そこで、ハジメは…

 

「じゃあ、守ってくれないかな?」

 

「え?」

 

「白崎さんは『治癒師』だよね? だったらその力で僕が大怪我でもしたら助けてよ。それで僕は大丈夫だから」

 

そんなことを言うハジメに…

 

「変わらないね、南雲くんは…」

 

香織は優しい笑みを浮かべていた。

 

「はい?」

 

ハジメはハジメで何のことやらと思ったのだが、香織は思い出話をするかのように当時…中学二年の頃、ハジメが不良相手に土下座した話を振る。

そこでハジメも思い出して苦笑を浮かべた。

まさか見られていたとは、と…。

そうして幾ばくかの言葉を交わしつつ…

 

「私が南雲くんを守るよ」

 

「ありがとう」

 

それを最後に香織は部屋から出て行った。

 

その後…

 

「親友よ。愛を語らうなら他でやってくれ」

 

「忍!? い、一体いつから…?」

 

「寝てたからあんま覚えてないが…そうだな、守ってくれ的なことを言った辺りかな?」

 

「結構最初の方だよね!?」

 

いつの間にやら起きてた忍とちょっと言い合いをしてから疲れもあるのだろう、忍もハジメもベッドに大の字で寝てしまった。

 

そう、香織の来訪を近くで見てた奴がいるとも知らずに…。



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第三話『ターニングポイント』

始まるオルクス大迷宮の探索。

 

光輝達勇者パーティーを筆頭に階層を下っていく一行。

 

「にしても…」

 

「忍、どうかした?」

 

「いや、ちょっとな…」

 

ここまでの道程でハジメと忍はお荷物感満載でついてきたのだが…

 

「ここまで何にもないのが不安でな…」

 

「トラップ的なこと?」

 

「あぁ…大迷宮を謳ってる割にそういう罠が少ないと思ってよ」

 

そんな風に言ってると…

 

「それは既にある程度の攻略が進んでるからだ」

 

メルド団長が聞き耳を立てていたらしく、そう答えていた。

 

「既にマッピングもしているし、めぼしい罠も解除された後だからな」

 

「へぇ~、そうなんすか」

 

「だからこそ新兵訓練にも打ってつけなんだがな」

 

ガハハと笑うメルド団長を横目に見ながら忍は…

 

「(ま、何もないならないで別にいっか)」

 

という判断を下していた。

この判断が後々響くとも露知らず…。

 

………

……

 

なんだかんだで20階層まで降りてきた時だった。

 

「いやはや、流石はヒーロー。って言いたいが…どうにもなぁ…」

 

光輝達の戦いを後ろから見てた忍はなんとも言えない表情だった。

 

「強くてニューゲームかよ…」

 

「まぁまぁ…そう言わずに…」

 

「最初からチート能力じゃ萎えるってもんだぜ?」

 

「それはちょっとわからなくもないけど…」

 

ハジメと忍がそんな会話をしていると…

 

「あれ、何かな? キラキラしてる」

 

そう言って香織が崩れた壁の方を指差していた。

 

「ほぉ、グランツ鉱石か。大きさもなかなかだ」

 

メルド団長が言うには宝石の原石で装飾品の材料になるらしい。

 

「じゃあ、俺らで回収しようぜ!」

 

そう言って駆け出したのはハジメをイジメている一派の一人『檜山 大介』だった。

 

「あ、なんかやな予感が…」

 

そんなことを漏らしたのは忍であり…

 

「馬鹿野郎! なに、不用意なことしてやがる!!」

 

メルド団長も怒声をあげるが、檜山は無視してグランツ鉱石に手を伸ばす。

 

と、その時…

 

「団長! トラップです!!」

 

檜山がグランツ鉱石に触れたと同時に叫ばれた言葉は時既に遅し。

 

カッ!

 

光が部屋を満たし、その場にいた者の視界を白く染め上げた。

それはさながらこの世界に転移してきたような錯覚をも覚えさせる。

 

 

 

次に視界が戻った時、そこは先程までの部屋ではなく、巨大な石造りの橋の上だった。

 

「くっ! お前達! すぐに立ち上がって階段まで退け!!」

 

いち早く状況を理解したメルド団長が怒声のまま指示を飛ばす。

 

だが、後方には骸骨の騎士『トラウムソルジャー』が群れを成して現れ…

 

『グルァァァァアアア!!!』

 

前方には体長十メートル級の四足歩行型の頭部に兜のようなものを被った魔物『ベヒモス』が現れたのだ。

 

「おぉう…檜山のクソ野郎が…」

 

忍から自然と出た暴言にハジメは忍を見るが、今はそんな状況じゃない。

 

そして、ベヒモスを抑えようとメルド団長率いる騎士団が奮戦する中、光輝達も参戦してベヒモスを抑えようとする。

しかし、光輝はわかってない。

後ろのトラウムソルジャーを何とかしないと撤退もままならないというのに…。

 

「ちっ…あのヒーロー、状況見えねぇのかよ!」

 

「っ…僕が行ってくる!」

 

「は? おい、ハジメ!?」

 

持ち前の敏捷でトラウムソルジャーの攻撃を避けていた忍がハジメの行動に目を剥く。

 

ハジメは一人で前線まで行くと光輝の胸倉を掴んで説得を始めた。

 

リーダーがいないからパニックになる、前だけじゃなく後ろも見ろ、と…

 

内容までは聞こえてこなかったが、ハジメの行動力に忍は…

 

「流石は我が親友。そこに痺れるぜ」

 

と言いながらもトラウムソルジャーの攻撃を回避し続ける辺り、忍もだいぶ余裕が出てきたのかもしれない。

 

そして、ハジメが一人でベヒモスを抑えてる間に前衛が後退して後方部隊に合流する。

 

前衛組がトラウムソルジャーを抑えてる間、後衛組が撤退するハジメの援護をするために詠唱を開始する。

 

「親友。ちと無茶が過ぎるぜ?」

 

そんな中、忍がハジメを連れ戻すために橋を駆ける。

 

「おい!?」

 

メルド団長もその行動には驚いたが…

 

「平気平気。俺の敏捷性を舐めなさんな!」

 

と言って走る忍を止めることは出来なかった。

 

ハジメの魔力が尽きて後退し、そこに後衛組からの援護魔法がベヒモスへと降り注ぐ。

 

だが…

 

「っ!? 忍!!」

 

「あ?」

 

叫ぶハジメに忍が"どうした?"と尋ねようとした時、"一発の火球がハジメと忍の間に着弾した"。

 

「っ!?」

 

それに今更ながら気づいた忍は後方を見た。

 

そこには一人仄暗い笑みを携えた者が視界に入る。

 

「(檜山ッ!!?)」

 

咄嗟のことに言葉は出なかったが、忍は確かに見た…檜山が"やってやったぞ"とばかりの暗い笑みを浮かべていたのを…。

 

そして、橋は崩壊を起こしてベヒモス諸共ハジメと忍も奈落の闇へと落ちていくのが見えた。

 

「南雲くん!!!」

 

必死に手を伸ばすハジメに香織の悲痛な叫びが響く。

 

「くそったれがぁぁぁ!!!!」

 

忍の絶叫も闇の中へと消えていき、遂に2人の姿は奈落の底へと消えた。

 

「いやああああ!!!」

 

香織の絶叫が木霊する。

 

この日、クラスメイトの一人とその友人が奈落へとその姿を消した。



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第四話『ちょっとだけ覚醒する反逆者』

ピチャン…。

 

そんな音を立てて水が頬を叩く。

 

「くっ…痛ぅ…」

 

暗闇の中、一人の男が起き上がる。

 

忍だ。

 

一緒に奈落に落ちたハジメとは(はぐ)れてしまったようだが…。

 

「ここは…?」

 

頭を振ってから周囲を見ると、そこはオルクス大迷宮の階層とは少し毛色が違う洞窟のようだった。

 

「っ…ハジメは!?」

 

そこで親友の安否を確かめようとしたが、近くにはいないようだった。

 

「くそっ…こんなことなら武器の一つもかっぱらえばよかったな…」

 

今更ながら忍は武器を持っていない。

技能が意味不明なため、適当な武器を持ってそれが機能しないなら意味がないと考えたからである。

故に訓練用の剣を取り扱ったことはあれど、専用に何か持ってるとかはしていないのだ。

 

「とりあえず、水源はあるからいいとしても…問題は食料か…」

 

浸っていた地下水から這い上がり、水の心配はないかなと考えつつも食べ物をどうするか悩んだ。

 

「こんな地下に野草が…しかも食えるもんがあるとは到底思えんしな…」

 

それなりのオタクを自称する忍は一応のサバイバル知識があった。

それは何故かと言うと、彼の父親に起因する。

忍の父親はちょっとだけ有名な探偵であり、その探偵な父親に何があってもいいようにと幼少期にちょっとしたサバイバル訓練を実施されたことがあるのだ。

その教訓は今でも忍の胸に息づいており、こんな状況だからこそ冷静にいるように努めている。

 

「しかし、異世界でサバイバル知識が役立つとは…親父、ありがとよ」

 

今は別世界で頑張って息子達を捜しているだろう父親に敬礼しながら忍はとりあえずこれからどうするかの方針を考えた。

 

「とりあえず、親友を捜すか…そんなに遠くないところに流されている可能性もあるしな。かと言ってこの拠点から慣れない内に遠のくのも問題か」

 

悩み所だな、と忍が考えていたが…

 

「っと待てよ? こんな貴重な水源だ。もしや魔物も喉を潤しに来るかも?」

 

そんなことを呟いていると…

 

『グルルルル…』

 

言ったそばから何やら白い二尾を持つ狼型の魔物が来ていた。

 

「おぅふ…口は災いの元…」

 

とりあえず、忍は狼から視線を外さず、距離を取ることにした。

 

こういう時は獣から目を逸らすな、と父親から教わっていた忍はそれを忠実に守った。

視線を外したが最後、こちらが食われる。

一瞬の気の緩みも死へと繋がるのだ。

それが自然界の絶対の掟であり、異世界ならなおさらそういう危険も多いだろうという忍の解釈だ。

 

故に狼から視線は外さす、距離を保っていた。

だが、それはあくまでも相手が一匹であることが前提である。

 

狼というのは…集団で行動する。

 

『グルァ!!』

 

一匹が注意を惹き付け、もう一匹が強襲する。

 

「っ!!」

 

声からして左斜め後ろから襲い掛かってきたことがわかる。

しかし、それでも忍は目の前の狼から視線を逸らさず、持ち前の俊敏性で後退し、かろうじてもう一匹の強襲を回避する。

 

『グルルルル…』

 

二尾の狼達が忍を追い詰めようと前に出る。

 

「………………」

 

それでも忍は地下水を気にすることなく水の中に足を突っ込みながら後退する。

 

『グルァ!!』

 

その狼の声に他の個体が群がってきたのがわかる。

 

「(やっべぇな…)」

 

どう見ても格上そうな狼達が群れで忍を包囲する。

その状況に忍も冷や汗を流す。

いくら狼好きとは言え、こんな生死を分けた状況で好きを貫くのはちょっと難しいというものだ。

 

「(……死にたく、ねぇなぁ…)」

 

忍の意識が前方の狼達から逸れる。

だが、それでも視線に乗る感情は生への執着。

 

「(人生、まだまだ楽しみたいことだってたくさんある。親友と一緒にこっから抜け出して、あいつらに…一矢報いたい。てか、そんなことより…)」

 

その脳裏には家族の顔が浮かび上がる。

 

「("家族に、会いてぇ"…)」

 

純粋にそう思った。

 

「(親父、お袋、雪絵(ゆきえ)夜琉(よる)…)」

 

探偵の概念なんぞ知らんと言いたげな型破りな父親、ちょっと幼いような外見でいつもポヤポヤしてる母親、まだまだ兄離れの出来ない性格が真逆な2人の妹を思い浮かべ…

 

「(まだ、俺は…死にたくねぇ…)」

 

強い…それは強い意志を秘めた眼差しとなる。

 

『グルルルル…』

 

その忍の力強い眼差しを見て狼達が僅かに後退する。

 

そんな忍に呼応するかのように…

 

ドクンッ…

 

何かが脈動する鼓動のような音が響く。

 

「(なん、だ…? これは…俺の中から…?)」

 

忍が自らの胸倉を掴み、困惑する。

 

ドクンッ!!

 

「ぐっ…!!?」

 

一際大きな鼓動と共に忍の呻き声が漏れる。

 

「(なんだ…俺の中で何かが…)」

 

その時、忍の頭の中に声が響く。

 

『古の覇王達の魂を継ぐ者よ。今こそ反逆の時…』

 

「(古の、覇王…達…?)」

 

忍が訝しげにしていても声は続く。

 

『七星に導かれし、覇王達と共に…神へと反逆せよ』

 

「(意味わかんねぇよ! もっと詳しく聞かせろや!)」

 

『全ては…大迷宮の深部にて…』

 

「(大迷宮の深部…)」

 

『待っているぞ…』

 

声はそう言い残して消えてしまう。

それと同時に忍を襲っていた苦しさもなくなる。

 

「(とりあえず…鼓動は収まったが……特にこれといった変化もないのに、この場を凌げと?)」

 

ステータスプレートを見る暇なんてない。

しかも絶体絶命な状況は変わらずだ。

 

忍は思った。

 

「(今のなんかの覚醒シーンじゃねぇの?)」

 

と…。

 

『グルルルル…』

 

忍の異変が終わったと感じ、じりじりと詰め寄ってくる狼達。

 

「(あ、詰んだ…)」

 

そう思ったものの…

 

「(いやいや、弱気になるな、俺…とにかくだ。なんかしないと死ぬ。つか、さっきの覚悟はどした?)」

 

何かに覚醒したかと思えば、なんともやるせない気持ちが心を支配しそうになるが、気を持ち直して…

 

「(とりあえず……)退け!!」

 

ちょっと凄んで大声で叫んでみた。

 

すると…

 

ビクリッ!!

 

狼達はその大声に身震いすると、その場から離れ始めた。

 

「………………へ?」

 

そんな予想外の状況に忍もポカンと間抜けな表情になってしまう。

 

「ど、どういうこと…?」

 

首を傾げつつもゆっくり出来る時間を手にした忍はステータスプレートを見ることにした。

もちろん、地下水から出て近くの岩に腰掛けて…。

 

-----

 

レベル:3

天職:反逆者

筋力:50

体力:65

耐性:35

敏捷:80

魔力:35

魔耐:25

技能:七星覇王[+覇気]・言語理解

 

ーーーーー

 

「え~と…なんか技能が増えてんだけど?」

 

訓練でほんのちょっとレベルやステータスは上がってるものの、それ以外はよくわからないものだったが、何やら技能の欄に『覇気』というのが加わっていた。

 

『覇気』

覇王の気質を持つ者が放つ威圧感。

研ぎ澄ませば特定の個人や集団だけに対して効果を発揮する。

要するに覇王専用の威圧と思えばいい。

 

「とりあえず、これで近付く奴は追っ払えるか?」

 

そんなことを呟きながら"当分は水だけで生活か~"と肩を竦める忍だった。

 

………

……

 

一方のハジメはというと…

 

「錬成! 錬成! 錬成ぃ!!」

 

左腕を失いながらも残った右手で壁を錬成して横穴を作り、必死に目の前の捕食者から逃げようとしていた。

 

ハジメもまた忍と同じ階層の別地点で目覚めていた。

そして、濡れた服を乾かすと移動を開始して彷徨っていた。

そこで見たのは階層での生存競争だった。

 

忍を追い詰めた狼達がウサギ型の魔物に倒されるのを見て逃げようとしたが、物音を立てたがために左腕を砕かれてしまっていた。

この時点ではまだ左腕を砕かれて嬲られただけだったが、次の熊型の魔物がウサギを狩り、捕食した後にハジメに襲い掛かってきた。

その熊は爪を飛ばしてきてハジメの左腕を斬り飛ばし、目の前で捕食したのだ。

 

そして、向けられた視線は完全に餌を求める肉食獣のそれであった。

それに耐えられず、ハジメは根源的な恐怖を抱いたまま、壁を錬成して逃げている最中、といったところなのだ。

 

そして、ある程度の錬成で捕食者が諦めると知ると、その意識を手放してしまった。

不思議と液体のような水滴を頬に感じながら…。



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第五話『化け物コンビ』

ハジメと忍が奈落へと落ちて早十日が経とうとしていた。

 

ハジメはあれから生死の狭間を彷徨っていたが、錬成した穴の先にあった『神結晶』という激レアで魔力が結晶化したものから滴る高純度の魔力水『神水』によって生き永らえていた。

そうして孤独の中、己一人しかいない状況で助けを求めようと誰も来ず、クラスメイトにも裏切られたと思い始めていた。

だが、そんな些事を乗り越え、ハジメの心境は一変していた。

一週間が過ぎた辺りからその意識が変革していき、生きるために"敵は殺す"という絶対の掟を持って生き抜くことを誓っていた。

 

そうしてハジメは行動を起こした…。

 

魔物を喰らうことで飢餓感を抑え込むという…人というよりも獣の所業を以って…。

 

魔物を喰らい、神水を飲んで己の肉体が変質するのをわかっていても、ハジメは生きるために魔物を喰らい続け…そして、奈落にあったいくつもの鉱石を用いて試行錯誤を繰り返して武器…大型のリボルバー拳銃『ドンナー』を生み出して、己の左腕を喰らった爪熊へのリベンジを果たす。

 

魔物の肉を喰らったハジメのステータスは見る見るうちに上がっていったのだった。

 

………

……

 

一方の忍はというと…

 

「栄養失調になるぅ~」

 

あれからほどとんど水しか口にしておらず、かなり疲弊していた。

というか十日以上も水のみで生き抜いてること自体が奇跡だろうか?

 

「いや、マジでどうすっかな…」

 

その割になんか余裕が見えそうな気もしないでもないが…。

 

そんな時…

 

ズドンッ!!

 

グァアアアアア!!?

 

何やら聞き覚えのない…いや、聞いたことのある音と獣の絶叫が聞こえてきた。

 

「な、なんだ!?」

 

それに驚き、忍はバッと飛び起きると…

 

「今のは…まさか、銃声?」

 

狼と銃ををモチーフにした作品が好きな忍にとっては心躍るものがあったが、今はそれどころじゃない。

 

「こんな異世界の地下で銃声……もしかして、親友か?」

 

そう思った忍は自然と銃声と絶叫の聞こえた方へと駆け出していた。

 

「失せろ!!」

 

こちらに近付いてくる魔物を覇気によって遠ざけながら走る。

 

そして…

 

「はぁ…はぁ…」

 

久々の全力疾走に肩で息をする忍が見たのは…

 

「あむ、ぐむ…相変わらずまっじぃな…」

 

爪熊の毛皮を剥ぎ取り、その肉を貪ってる親友の姿があった。

白髪で左腕喪失、雰囲気や眼光などもかなり様変わりして変貌した姿で、だが…。

 

「は、ハジ、メ…?」

 

その様子に顔を引き攣らせながら忍は親友の名を呼ぶ。

 

「あ?」

 

ハジメの鋭い眼光が忍を射抜く。

 

「忍か? そういや、一緒に落ちてたっけ」

 

さりげなく忍の存在をシレッと忘れてた宣言をされてしまった。

 

「おいおい、親友を忘れるなんて酷いじゃないか……てか、お前…その姿…」

 

そう言って忍がハジメに近寄ろうとすると…

 

チャキッ…

 

「………………」

 

ハジメがドンナーを忍に向ける。

 

「やっぱ、銃か。錬成で造ったのか? てか、親友に銃を向けるなって…」

 

ハジメからの尋常ではない殺気に忍もたじろいでしまう。

 

「答えろ、忍。お前は…俺の"敵"か?」

 

「おいおい…洒落になってねぇって…」

 

「いいから答えろ」

 

ハジメの問いに忍は…

 

「OK。俺はハジメの敵じゃない。むしろ味方だと自負してる。あの時、お前を助けるために橋を走ったしな。ま、嫌なもんも落ちる時に見えたが…」

 

両手をホールドアップさせてそう答えていた。

 

「こんな見てくれになった"俺"の味方だと?」

 

「おぅふ…一人称も変わってやがる。よっぽどのことが起きたらしいな…」

 

「そう言うお前は今まで何してた?」

 

ギロッと睨むハジメに…

 

「俺か? 水源あったからそこに布陣して水だけで生活してたぜ? お前を捜すことも考えたが…ちとこの階層の魔物がヤバくて遠出が出来なかったってのもあるがな。あと、極力動かないようにしてたしな。あんま動くと体力やら何やらが奪われそうだったしな」

 

忍はそう答えていた。

 

「ただの水だけでって…お前、大丈夫か?」

 

その言葉にさしものハジメも同情の視線を向ける。

 

「ハッハッハッ、全然大丈夫…『ぐぅ~』…じゃねぇよ」

 

はぁ、と肩をがっくりと落とした忍はもう空腹ですとお腹が主張してるくらいにやつれていた。

 

「お前、よく生きてたな」

 

改めてハジメは忍の生命力に感嘆した。

 

「まぁ、何か知らんが、技能が一つ増えたからな。そのおかげで魔物は寄り付かせなかった」

 

「ほぉ?」

 

「なんか、古の覇王がどうたらとか大迷宮の深部で待ってるとか変な幻聴も聞こえてな…」

 

それを聞き…

 

「(頭)大丈夫か?」

 

なんとなくイントネーションでわかった。

あ、これ…危ない奴に言う台詞だ、と…。

 

「ハッハッハッ、親友に痛い人見る目された」

 

ハジメなら何かしらフォローしてくれると信じてただけに地味にショックだったようだ。

 

「つか、親友よ。お前さん、魔物喰ってたけど…そっちこそ大丈夫なのか?」

 

「もう慣れた」

 

「そっすか…」

 

親友が思いの外、野生児みたいなことになって忍は遠い目をした。

 

「つか、魔物を喰らうとステータスが爆上がりしたぞ? それに魔物の固有魔法も取り込めたし、詠唱や陣もいらずの魔力操作も出来るしな」

 

「え、マジで?」

 

「ただ、普通に魔物の肉喰うと死ぬが…」

 

「じゃあ、お前はなんで平気なんだよ!?」

 

「神水…ほら、図書館で調べてた時に一緒に見たろ? 高純度の神結晶から溢れ出す魔力の液体だよ。それ服用して肉体改造みたいなことした」

 

「あ、だからそんな体格が良くなってんのな…」

 

ハジメの体格が妙に良くなってることに気付いてた忍はその理由を知ってただただ驚いていた。

 

「お前も喰うか?」

 

そう言って纏雷で微調整して焼いた爪熊の肉を差し出す。

 

「マジかよ、親友。喰ったら死ぬかもしんない肉を勧めるのか? 確かに腹ペコではあるが…」

 

「一回喰えば問題なくなる。味は保証しないがな。安心しろ、ちゃんと神水を分けてやる。一回分だけな」

 

「おぅ…親友が鬼畜になってらっしゃる」

 

そんなハジメの言葉に忍は凄く悩んでる。

 

「あ、そうだ。親友、お前のステータスを見せてくれ」

 

「あん?」

 

「そんな無作為に喰って得た技能を駆使するよりも計画的に得た方がよくね? この階層で親友が喰った魔物の技能を…」

 

そんな忍の提案に…

 

「ちっ…その手があったか。だが、俺は俺の邪魔する奴を殺して糧にする。選り好みしてるとその内死ぬぞ?」

 

ハジメは至極真っ当そうなことを言う。

 

「うむむ…そう言われると返す言葉がない」

 

ぐぅ~~

 

と腹の虫も魔物と言えど肉の匂いに余計に鳴り響く。

 

「………………」

 

「やれやれ…ほらよ」

 

忍の微妙な表情にハジメは焼いた爪熊肉を忍に向かって放り投げる。

 

「ほわっ!?」

 

それを慌てて掴むと…

 

「背に腹は代えられんか。神水もプリーズ」

 

「お前はいつからエセ外国人になった?」

 

仕方ねぇな、とハジメも石で出来た試験管を一本放り投げる。

 

「サンキュー。じゃ、俺も人外の仲間入りしますかね」

 

「誰が人外だ、誰が」

 

「ハッハッハッ」

 

「笑って誤魔化すな」

 

そんなコントを繰り広げつつも…

 

「いざ、未知なる扉へ!」

 

ガブリ!!

 

そう言って忍は勢いよく爪熊肉にかぶりつき、一口が大きかったのか豪快に咀嚼して呑み下すと…

 

「ゴクゴクッ」

 

すかさず試験管から神水を一気に煽る。

 

その瞬間…

 

ドクンッ!!!

 

「がああああっ!?!?!?」

 

それから数十分間、忍はその場で尋常でない激痛にのたうち回った。

その横でハジメは普通に食事したり、錬成したりして時間を潰していた。

 

そして…

 

「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…はぁ…」

 

やっとこさ激痛から解放された忍は大の字で寝たままステータスプレートを見た。

 

-----

 

レベル:8

天職:反逆者

筋力:200

体力:250

耐性:200

敏捷:350

魔力:300

魔耐:200

技能:七星覇王[+覇気]・魔力操作・胃酸強化・風爪・言語理解

 

-----

 

「おぉう…マジか…」

 

忍は一気に三つも技能を得たこととステータスの上がり具合に驚きを隠せないでいた。

ステータプレート持ったまま両腕を広げると…

 

「はぁ…これで俺も人外の仲間か」

 

「別に生き残るための糧だ。その過程で人外になろうが、生きて帰れりゃいいんだよ」

 

ハジメの言葉を聞き、忍は顔をハジメに向けた。

 

「帰れるのか?」

 

ただ、それだけ聞く。

 

「少なくとも俺はその方法を探すつもりだ。生きて生きて生き抜いた先で、な…」

 

「…………そっか…」

 

忍は顔を天井に向け…

 

「俺もな。狼の群れに囲まれた時、生きて帰りてぇって強く思った」

 

ポツリと囁くように呟いた。

 

「…………………」

 

ハジメは何も言わなかったが、忍は語るのをやめなかった。

 

「そしたら技能が増えたんだよ。多分、最初からあったあの技能は俺の心境次第か、何らかの条件で解放されてくんだろうなって予想はしてる。その鍵は…この迷宮の深部にある。そう考えてる。確か、ここを含めて七大迷宮とか言われてたよな? しかも俺の技能は七星覇王…なんか関係があるはずだと今なら確信出来る。だけどよ…俺一人じゃどうもダメだ。だからさ、親友…俺も…」

 

そこまで忍が言うと…

 

「断る」

 

ハジメがキッパリと言い放つ。

 

「え、えぇ~…まだ最後まで言ってねぇのに…」

 

ちょっとやるせなさを感じさせる表情で忍はハジメを見る。

 

「お前の都合なんぞ知るか。俺は俺の道を行く。故郷に帰るための手段を探す旅にそんな理由でついてこられても困る」

 

「俺だって本気で帰りてぇんだけど?」

 

「そこは信じてやる。だが、武器もないお前は足手纏いだ」

 

ド直球に投げつけられた言葉に…

 

「いや、まぁ…そうかもだけどよぉ」

 

忍も困ったように頬を指で掻く。

 

「旅は道連れ世は情け、って言うしさ」

 

「知るか」

 

取り付く島もない、とはこのことか…。

 

「じゃあ、勝手についてくわ」

 

開き直って勝手に同行する宣言をした。

 

「なに?」

 

「元々、俺はあのクラスの生徒じゃねぇし? 別に思い入れもないし、親友を助けようと勝手に動いた結果がこれだしな。その親友はこんな感じになっちゃってるが、放っておけるほど俺の友情も脆くないので、勝手についてく。異論は受け付けません」

 

よっ、と腕をバネにして立ち上がる忍は…

 

「体が軽いな。これも魔物を喰った影響かね?」

 

そんなことを言って軽く体を動かす忍に…

 

「はぁ…お前も大概変人だよな」

 

微かに笑みを浮かべたハジメはそんな風に言っていた。

 

「お前さんの親友だからな」

 

「どういう意味だ?」

 

ドンナーを忍に向けながら頬をピクつかせるハジメ。

 

「ハッハッハッ、気にしたら負けだぜ? あと、他に喰いもんない?」

 

久方振りに食べた肉…不味かったものの、食えるようになったのなら他にも喰いたそうだった。

その切り替えの早さにハジメは肩を竦めた。

 

その後、近くにいた蹴りウサギと二尾狼をご馳走になり、忍はステータスを向上させて技能も習得していった。

ただ、技能として得た魔物の固有魔法の使い方はハジメがイメージ次第だと言うので、喰った個体とは別の個体との実戦でコツを掴むことにした。

これもハジメが魔物を瞬殺したせいであり、忍はなんかどっと疲れた感じになっていた。

武器無しでも戦える忍にハジメは微妙な顔をしたそうな…。

 

ちなみに忍のステータスは…

 

-----

 

レベル:17

天職:反逆者

筋力:450

体力:500

耐性:400

敏捷:650

魔力:450

魔耐:400

技能:七星覇王[+覇気]・魔力操作・胃酸強化・風爪・天歩[+空力][+縮地]・纏雷・言語理解

 

-----

 

こんな感じになった。

ハジメと比べると若干上方補正が掛かってるように思える。

そこは初期ステータスの差だろうか?

 

ただ、魔力光が真紅となったハジメと異なり、忍の魔力光はちょっと変則的な虹色(白銀、瑠璃、真紅、黄金、漆黒、純白、紅蓮の7色)のままだった。

髪の色も若干黒が残っていて黒が混ざった白髪みたいな感じになっており、紫色だった左の瞳は真紅へと変わっているくらいの変化に留まる(それでも十分な変化だが…)。

それと魔物特有の赤黒い線も走っている。

 

これでめでたく化け物コンビの誕生である。



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第六話『新たな仲間』

ハジメと忍が合流して三日。

二手に分かれてこの階層の探索を行った結果…。

 

単独でもこの階層の魔物達を倒せる程の実力をつけた2人にとっては問題もなく、上層への道はなかったものの、下層への道は見つけていた。

 

「で、どうするよ?」

 

下層へと続く道を前に忍はハジメに尋ねる。

 

「行くしかないだろ。上に行けなきゃ下に降るまでだ」

 

「ま、お約束なら最下層になんかあるかもだしな」

 

「そういうことだ」

 

そう言って歩き出すハジメに忍もついていく。

ちなみにハジメは自作した道具箱やら爪熊の毛皮を背負っており、対する忍は荷物を持っていない。

前衛は忍、後衛をハジメが担当することにして先を進むことにしたからだ。

 

 

 

奈落の底、二階層。

そこは緑光石がないのか、暗闇が支配していた。

 

「くっそ、何も見えねぇ…」

 

「こりゃ慣れる以前の問題かもな」

 

「仕方ねぇな…」

 

声は聞こえるのですぐ近くにいるだろうと思いつつもハジメは道具箱から緑光石を使った即席ランタンを取り出して光源を作る。

 

「忍、これ頼むわ」

 

「あいよ」

 

ハジメからランタンを受け取り、忍が先導しようとした時、2人の視界に灰色が見えた。

 

「「?」」

 

そちらに忍がランタンを向けると、そこには…

 

『…………………』

 

巨大なトカゲっぽい魔物が目を閉じて壁に張り付いていた。

 

「「!?」」

 

咄嗟に2人揃って縮地で後退しようとした時…

 

カッ!!

 

トカゲが目を開き、黄金の眼を2人に向けたかと思うと、目映い光が襲う。

 

「ちっ…!」

 

「石化?!」

 

縮地で近くの岩陰に隠れた2人だが、ランタンの緑光石は石化して粉々になり、ランタンを持ってた忍の手とハジメの左腕先が石化し始めていた。

 

「忍!」

 

「すまん!」

 

予備の神水ボトルを忍に渡し、ハジメはボトルから神水を口にする。

すると石化が解除されていく。

 

「神水、パねぇな…」

 

その様子を見つつ残った手でボトルを受け取りながら忍も神水を飲むと、忍の石化も解除されていく。

 

「とりあえず…」

 

なんとなしにハジメが何かをトカゲの方に向かって放り投げると…

 

カッ!!!

 

さっきのトカゲの眼光よりも強烈な閃光が溢れる。

 

「閃光弾かよ!?」

 

「これも錬成の延長だよ」

 

驚く忍を尻目にそう言いながらハジメはドンナーをトカゲに向けて発砲する。

 

絶命したトカゲを2人で美味しく頂き、ステータスを上げる。

 

-----

 

レベル:23

天職:反逆者

筋力:600

体力:650

耐性:550

敏捷:800

魔力:600

魔耐:550

技能:七星覇王[+覇気]・魔力操作・胃酸強化・風爪・天歩[+空力][+縮地]・纏雷・夜目・気配察知・石化耐性・言語理解

 

-----

 

「なんで石化"耐性"なんだよ。そこは石化でいいじゃねぇか」

 

「ハッハッハッ。石化の邪眼ってやつかい?」

 

「うるせぇよ」

 

互いにオタク趣味を持ってるため、こういう話題でも普通に会話出来る辺り、ハジメも忍も少し楽しげ(?)だ。

 

そこでハジメが消耗品…主に弾丸を錬成してる間、忍は新たに入手した夜目や気配察知を用いて探索を行っていた。

 

 

 

ちなみに次の階層では…

 

「…………うそん」

 

ハジメからそんな声が漏れた。

 

タールみたいな泥沼での戦闘になったが、そこは火気厳禁だったので、忍に任せることになった。

 

「気配が探れねぇ…」

 

と言いつつも最後には突進するサメもどきの鼻っ面に纏雷による拳を叩き込み、怯んだところを風爪で腹を掻っ捌いて勝利を収めていた。

 

泥沼に沈んでない部位の肉を切り取り、ハジメと共に食べる。

得られた技能は『気配遮断』だった。

 

………

……

 

それから2人はさらに五十階層まで辿り着いていた。

 

「いやぁ…あの毒階層はマジで死ぬかと思った…」

 

「ったく…カエルと蛾を喰ってなけりゃ神水の無駄遣いだったろうが…」

 

「確かに…だいぶストックもなくなってきたんじゃね?」

 

「2人分だからな。そりゃ心許なくなってきてるが…」

 

「節約しないとなぁ…」

 

そんな会話をしながら五十階層で作った拠点で軽く組み手をしていた。

 

ちなみに忍のステータスだが…

 

-----

 

レベル:49

天職:反逆者

筋力:950

体力:1000

耐性:900

敏捷:1250

魔力:800

魔耐:800

技能:七星覇王[+覇気]・魔力操作・胃酸強化・風爪・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・纏雷・夜目・遠見・気配察知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

 

-----

 

固有技能以外はハジメと一緒だが、ステータスはハジメよりも前衛を務めていたことや魔物の肉を喰ったこともあり大幅に強化されていた。

 

「いやはや…サバイバルしてた虫を喰うなんざ慣れてたが…久々なのが魔物とは、人生わからんもんだな…」

 

「そうかよ」

 

「でだ、親友。あの扉、どうすんだ? 如何にも何かありますみたいな雰囲気だが…」

 

「さながらパンドラの箱だよな。さて、中に希望は入ってるか?」

 

「開ける気なのな…」

 

ハジメの答えを聞き、忍は肩を竦めた。

 

組み手を終えた2人は問題の扉の前まで移動した。

 

「行くぞ」

 

「あぁ」

 

扉を錬成でこじ開けようとしたものの…

 

バチバチッ!!

 

「?!」

 

抵抗が激しかったらしく、ハジメが飛び退く。

それと同時に左右に控えていた石像の外殻が剥がれ、二体のサイクロプス風の魔物が出てきた。

 

「まんまガーディアンか」

 

「片方任せるぞ」

 

と言いつつ一体の眼を狙い撃って瞬殺するハジメ。

 

「おい!?」

 

その容赦のなさに忍も瞬殺されたガーディアンに同情を向けた。

 

「二体揃うのを待ってやるほどお人好しじゃない」

 

「そりゃそうかもだが…」

 

忍がそんなことを言ってるともう一体が忍に向かってその巨腕を振るう。

 

「ふっ…!」

 

縮地と空力を用いて魔物の眼の高さの空中に跳ぶと…

 

「豪脚!」

 

回し蹴りの要領で魔物の頭を蹴る。

その威力はハジメとの訓練でかなりの威力を持つに至る。

故に…

 

グチャ!!

 

肉を潰したような音と共に魔物の頭を吹っ飛ばしていた。

 

「お前も大概だろうに…」

 

その様子を見てハジメもそんなことを言う。

 

「ガーディアンを倒したら扉が開く、訳じゃないのか…」

 

「おそらくは…」

 

忍の言葉にハジメは魔物の体を掻っ捌き、魔石を取り出す。

その魔石を扉にあった窪みに填め込む。

すると、扉に魔力が迸り、魔法陣を起動させた。

 

「なるほど。魔物自体が鍵の役割を持ってたわけね」

 

「だろうな。俺は中を見てくるが…お前はどうする?」

 

「俺はこいつらを解体しとくさ。固有魔法はよくわからなかったが…ま、喰えばわかるだろ」

 

忍もだんだんハジメに毒されてる気がしないでもなかった。

 

「わかった。なら、警戒もしといてくれ」

 

「あいよ」

 

そうして扉の中に消えるハジメと、外で魔物の解体作業に入る忍だった。

 

が…

 

「すみません、間違えました」

 

すぐさまハジメが戻とうとしてきた。

 

「? どした、親友」

 

「いや、なんでも……『私、裏切られただけ…!』…………」

 

ハジメが"何でもない"と言いかけて扉の方から声が聞こえてきた。

 

「なんか聞こえてきたが?」

 

首を傾げる忍に…

 

「ちょっと待っててくれ」

 

ハジメが再び扉の中に入っていった。

 

「?」

 

とりあえず、気にすることもなく解体作業に戻る忍だった。

 

だが、しばらくして…

 

ドパンッ!!

 

扉の中から銃声が響いてきた。

 

「ハジメ!?」

 

外で気配を探っていたから中の魔物には気付かなったらしい。

忍が扉の中に入ってみた光景は…

 

「ちっ!」

 

何やら人を背負ってサソリもどきと対峙しているハジメの姿だった。

 

「人? どういう状況!?」

 

困惑する忍をチラ見し、ハジメは目の前のサソリもどきに集中する。

 

「はいはい。わかりましたよ。説明は後でな」

 

忍は初動から自らの最高速度に達しながら…

 

「纏雷+豪脚!!」

 

ハジメに注意を向けていたサソリもどきの横っ腹を纏雷の付与した足で蹴っていた。

 

「っ!? 硬っ!?」

 

忍が蹴ったことで少しだけ吹っ飛んだサソリもどきに焼夷手榴弾を投げるハジメ。

 

「ちょっ!?」

 

すぐさま縮地で回避した忍はハジメに抗議の眼差しを向ける。

ハジメはそんな抗議知らんとサソリもどきに目を向ける。

サソリもどきは炎に焼かれて苦しんでいるが、決定打には至っていないようだった。

 

「説明プリーズ、親友」

 

「悪いが、銃が効いてない」

 

端的にハジメが忍に説明した。

 

「こっちの最大火力がダメとか、硬過ぎだろ…どうすんだよ?」

 

「…………………」

 

忍の言葉にしばし逡巡するハジメだったが…

 

「……ハジメ、信じて」

 

「"ユエ"?」

 

「ん?」

 

知らない第三者の声に眉を顰める忍だったが、それがハジメの背負ってる人物から発せられたとわかると…

 

「親友。時間稼ぎは任せな!」

 

サソリもどきに忍が特攻を仕掛ける。

何かをするのだろうと思い、ハジメとその第三者のために時間を稼ぐことにしたらしい。

 

「かぷっ…」

 

「っ!?」

 

その人物はハジメの首筋に噛みつき、血を吸い始める。

少しして…

 

「……ごちそうさま」

 

吸血が終わったその第三者は忍が足止めしてるサソリもどきに向けて手を掲げる。

 

「"蒼天"」

 

その瞬間、六、七メートル級の青白い炎の球体が現れる。

 

「あっつ!?」

 

思わず叫んだ忍は縮地を用いて全速力で退避する。

 

『ギシャアアア!!?!?』

 

その火球の下敷きとなったサソリもどきはかなり苦しんだ声を上げる。

 

ドンナーで撃っても傷つかず、さっきの焼夷手榴弾でも融けなかったサソリもどきの外殻がドロリと融解していた。

 

「凄っ…」

 

忍が呆気に取られていると、ハジメが気配遮断を用いてサソリもどきの背後に移動してトドメを刺す。

ピクリとも動かなくなったサソリもどきを見て満足そうにうなずくハジメ。

 

「最近、親友がどんどん容赦なくなってきた気がする」

 

そんなハジメの容赦なさに忍が遠い目をしてると…

 

「おい、忍。さっさと剥ぎ取るの手伝え。喰わせねぇぞ」

 

「へいへい」

 

サソリもどきを解体しているハジメからお声がかかり、それに答えていると…

 

「で? いつから親友は紳士になったんだ?」

 

ちらっとハジメの背負っていた第三者を見てから冗談のようにハジメに問う。

 

「あぁ?」

 

「あんな幼気(いたいけ)な少女を守るためにハジメが……こりゃいつか修羅場になるぜ?」

 

「何言ってんだ、お前は…」

 

そんな会話を繰り広げていた。

 

結局、量が多かったのもあってハジメの血を吸って回復した少女を含めた三人がかりでサソリもどきとサイクロプスの素材やら肉やらを持って拠点に移動したのだった。



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第七話『最下層の死闘』

拠点に戻ってきたハジメ達は…

 

「で、その子、結局どちらさん?」

 

忍が少女のことをハジメに尋ねていた。

 

「こいつは『ユエ』。名前は俺がつけてやった」

 

「つけてやった? 記憶喪失かなんかか?」

 

「いや、記憶はあるらしい。元の名前が嫌だって言うからつけてほしいと頼まれた」

 

「へぇ~」

 

忍がそんな受け答えをしていると、ハジメが忍の耳元に顔を近付け…

 

「ぼそっ(ちなみに三百年は生きてるロリババアだ)」

 

「ぼそっ(マジで?)」

 

「ぼそっ(なんか先祖返りの吸血鬼で王族だったらしい)」

 

「ぼそっ(なんつうか…盛りすぎてね?)」

 

2人がぼそぼそ話をしてる間、微妙にジト目になった少女『ユエ』が…

 

「……ハジメ、何か失礼なこと言ってない?」

 

鋭い指摘をする。

 

「いや、別に?」

 

「(多分、誤魔化せてねぇな…)」

 

ハジメはシレッと言うが、忍は内心で誤魔化せてなさそうだなと考えていた。

 

「……そっちは誰?」

 

ユエが忍を見て尋ねる。

 

「俺か? 俺は忍。紅神 忍だ。ハジメの親友さ」

 

「……親友…」

 

ユエが忍を見ていると…

 

「自称だがな」

 

「そいつはないぜ、親友」

 

ハジメの言葉にがっくりする忍だった。

 

そうしてハジメと忍は食事と作業をしつつユエにここがどの辺りで、地上に戻る方法を尋ねたのだが…

 

帰ってきた答えは"わからない"だった。

ただ、この迷宮はかつて神代の時代に神にへと挑んだ神の眷属…『反逆者』の一人が創ったと伝えられており、最下層には反逆者の隠れ家があり、地上に戻れる何かがあるのではないか、と推察した。

 

天職が反逆者である忍はその反逆者に興味を抱いた。

 

「……それで、2人はどうしてここに…?」

 

今度はユエが質問してきてそれにハジメが答えていた。

忍はそんなハジメの様子に適当な相槌と補足情報を付け足すくらいにしておいた。

 

それを聞いたユエは…

 

「……ぐすっ…シノブはともかく、ハジメはつらい……私もつらい」

 

「あ~、うん。わかってたけど…俺の扱いなんてそんなもんなのな」

 

ユエの微妙に失礼な態度に忍は少しいじけていた。

 

「まぁ、今更クラスメイトのことなんてどうでもいい。俺は俺のやり方で帰る方法を見つけて帰るだけだ。そのためにも生き残る術を磨く」

 

ハジメの帰る発言にユエが少し悲しそうな表情になる。

 

「……帰るの?」

 

「ん? まぁ、色々と変わっちまったが……俺は故郷に、家に帰りたい…」

 

「ハジメ…」

 

「……そう」

 

ハジメのそんな純粋な想いに忍は同じ気持ちを抱き、ユエは顔を伏せてしまった。

 

「……私には…もう帰る場所、ない…」

 

ポツリと呟いたユエの言葉に…

 

「だったら…一緒に来るか?」

 

「……え?」

 

その言葉に忍は"お?"と言いたげな表情でハジメを見た。

 

「いや、俺の故郷にな。人外になっちまった身では窮屈なことこの上ないが…まぁ、なんとかするさ。あくまでもユエが望むなら、ってのもあるが…」

 

「……いいの?」

 

「あぁ」

 

そんなハジメの言葉に嬉しそうにパッと笑顔になるユエ。

そのユエの表情に見惚れるハジメを見てニヤニヤと笑いながら忍がハジメの耳元で…

 

「ぼそっ(惚れたな? ハジメさん、君ちょろインだったの?)」

 

そんなことを囁いていた。

 

ブチッ!

 

忍の言動が気に入らなかったのか、ハジメが作業の手を止めてドンナーを忍に向けて…

 

ドパンッ!!

 

容赦なく発砲。

しかし、忍も心得たものでそんなのは予測済みとばかりに縮地で退避していた。

 

「…………………なぁ、親友」

 

問答無用で本気のレールガンを撃ってきたハジメに忍は冷たい目を向ける。

 

「なんだ、親友」

 

ハジメもハジメでさっきの言葉にイラっとしてるのか殺意全開で忍を睨んでる。

 

「今、俺を本気で撃ったろ?」

 

「それがどうした?」

 

「事実を言われて癇癪を起こすとは…器の小ささが知れるぞ?」

 

「うるせぇよ。そっちはただの出歯亀だろうが…!」

 

「親友の姿があまりにあんまりだったから忠告しただけでなんたる言い草か」

 

「それこそ余計なお世話だ」

 

そんな2人の様子を見ていたユエから一言…

 

「……仲良し?」

 

どこをどう見たらそう思うのだろうか…?

 

………

……

 

そこから先はユエも加えた三人で階層を攻略していった。

 

前衛に忍、中衛にハジメ、後衛にユエを配した布陣だ。

 

ユエはハジメや忍と同じく魔力操作持ち(但し、先祖返りの影響で習得したもの)で全属性対応の魔法の使い手だ。

そんな魔法チートな後衛を配しながら前衛の忍が奈落の底で培った独自の近接戦闘で敵を抑え、中衛のハジメが銃や錬成で生み出した兵器もどき群で援護するという戦法が増えていった。

 

途中ユエがハジメに対抗して魔法で瞬殺なんて場面もあってハジメが少し自信を喪失しそうになりかけることにもなったが…概ね、そんな布陣で攻略していった。

 

まぁ、途中…"ハジメさん、人質のユエさんに向けて問答無用の発砲。結果、ユエさんの頭皮が少し削れちゃった"事件などもあった。

当然、忍は目を丸くし、人質にされたユエと犯人のエセアルラウネも呆然としたが…。

 

その時の親友の心情は…

 

「いや、あの娘、親友のヒロインポジションでしょ? そんな娘の頭皮削るとか…鬼畜の所業だな………うん、俺はこんな鬼畜になりたくない」

 

と心の声をだだ洩れにして語ったとか…。

 

それを聞いたハジメは心外だと言わんばかりの態度で、やられたユエもハジメの血を吸って肌を潤してたとか…。

 

そんなこんなありつつもハジメ、忍、ユエは遂に九十九階層まで辿り着き、次の百階層への攻略にそれぞれ準備をしていた。

ハジメは磨き続けた錬成の技術を用いて消耗品や装備の最終チェックを行い、そんな作業をユエは隣に寄り添って見つめていた。

忍はそんなハジメとユエの微妙に甘ったるい雰囲気を察して周辺の警戒と自己鍛錬に打ち込んでいるのだが…。

 

「いや、マジで2人の世界ってああいうのを言うんだろうな…」

 

と忍がボヤくのも仕方ないくらい、ハジメとユエの距離は縮まっていたのだ。

 

ちなみに忍の現在のステータスは…

 

-----

 

レベル:76

天職:反逆者

筋力:2550 [+最大5850]

体力:2600 [+最大5900]

耐性:2450 [+最大5750]

敏捷:3000 [+最大6300]

魔力:1650

魔耐:1650

技能:七星覇王[+覇気]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化][+部分強化][+集中強化][+変換効率上昇Ⅱ]・胃酸強化・風爪[+五爪][+飛爪]・天歩[+空力][+縮地][+爆縮地][+重縮地][+残像][+豪脚]・纏雷[+出力増大]・夜目・遠見・気配察知[+心眼]・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛[+部分強化][+集中強化]・念話・言語理解

 

-----

 

こんな感じだ。

前衛を務めるだけあって魔力で身体機能を強化する技能を入手してからはそれを研磨していた。

それに付随して歩法や近接格闘で有効な技能も派生していき、気配察知も派生して相手の弱点を瞬時に見極めれるようになる。

また、攻撃力を高めるために纏雷や金剛を打撃の瞬間に発動してきたためは派生にも目覚めている。

他にも元々高かった敏捷…つまり、速度を重視した戦い方を体得していたり、風爪が妙に派生していたりとハジメが錬成を駆使した技巧・武装チート化しているのに対して、忍は派生チート化してる印象がある。

あと、ハジメは威圧という技能を習得しているが、忍は既に覇気というものを得ていたためか威圧は習得しなかった。

 

ついでに言うなら魔物を喰ってステータスは上がっても技能が増えるようなことが起こりにくくなっていた。

但し、ステータス上昇は"初めて"喰らう魔物に限り上昇し、技能の方も階層の主級で、尚且つ会得することもある程度といった具合なのだ。

 

つまり、ハジメも忍もステータスはこれまで喰ってきた魔物で劇的に上がったが、技能に関してはこれ以上喰っても得られない可能性の方が強くなっている。

だが、2人はこれだけ技能が得られれば問題ないとし、忍に関してはどんどん派生技能を開発しようと息巻いてるくらいだ。

ハジメもハジメで今ある技能を最大限に活かせる方法を模索するつもりのようだ。

 

忍が自己鍛錬していると…

 

「(おい、忍。そろそろ百階層に行くぞ)」

 

ハジメからの念話が届いた。

 

「(わかった。すぐに戻る)」

 

忍もそう念話で答えるだ、ゆったりとした足取りでハジメとユエの元へと戻る。

 

「……シノブ、遅い」

 

ユエがそんなことを忍に言うと…

 

「おいおい、ユエさんや。俺は空気を読んで君達に2人きりの時間を提供しただけなんだが?」

 

そんなことを平然と言う。

 

「……ん。なら許す」

 

「そりゃどうも」

 

ユエは満足そうに言い、忍も仰々しく一礼する。

 

ここまでの一緒に来ただけに忍もユエがハジメを好いてることを承知してたので、出来るだけ2人だけの時間を作ってあげるように気遣っていたのだ。

 

「集まったのならさっさと行くぞ」

 

百階層への階段の前でハジメがそう言うといち早く降ってしまい、忍とユエも慌ててハジメについていくのだった。

 

百階層は無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。

ハジメ達が足を踏み入れると、柱が輝いて奥の方まで続いていく。

ハジメ達は警戒しながらも奥へと進んでいくと、そこには全長十メートルはありそうな巨大な扉があった。

扉は両開きの造りで、その表面には七角形の頂点に描かれた何らかの模様の彫刻が彫られていた。

 

そして、もう一つ…その頂点のすぐ上には何やら動物の絵も描かれていた。

一番上から時計回りに狼、鯱、飛竜、龍、虎、狐、鳥の絵が…。

但し、あくまでもそれらの絵はハジメと忍が絵に対して感じた印象である。

 

「「(何故、飛竜がいるのに東洋龍っぽいのがいるんだ?)」」

 

若干被ってる気がしないでもない絵の組み合わせに同じことを考えていた。

そもそも"何故、東洋龍っぽいんだ?"という疑問もあってハジメと忍は少し警戒を忘れて固まっていた。

 

「…………ここが終着点か?」

 

「…………そうだな。にしても、これはまた凄いな。もしかして…」

 

とりあえず、硬直から回復した忍とハジメは今更なことを言い合い…

 

「……反逆者の住処? あと、ハジメもシノブもどうかした?」

 

そんなユエの言葉に…

 

「「いや、気にしないでくれ」」

 

揃って同じことを答えていた。

 

「……?」

 

2人の妙なシンクロ率にユエは若干の嫉妬を覚えつつも首を傾げた。

 

「まぁ、ともかくとして…もしもそうなら最高じゃねぇか。ようやくゴールに辿り着いたってことだろ?」

 

「だな。いやはや、ここまで長かった…」

 

「……んっ!」

 

そうして全員が一歩を踏み出すと…

 

キィィンッ!!

 

扉の前で魔法陣が起動した。

それはかつてベヒモスを召喚したような魔法陣と似ていたが、その規模はざっと三倍はあった。

 

「ま、そう簡単にはいかないわな…」

 

「ベヒモスの時より大きい……こりゃラスボスか…?」

 

「……大丈夫…私とハジメなら負けない…」

 

「そうだな」

 

「お~い…俺を省かないでほしんだが…」

 

さりげなくハジメとユエからハブられた忍が若干の悲しみを背負っていると…

 

『『『『『『クルゥァァアアン!!』』』』』』

 

魔法陣から体長三十メートル、三つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物が不思議な音色の絶叫と共に現れる。

所謂、ヒュドラと呼ばれてそうな魔物だ。

 

「心眼!」

 

忍は即座に心眼を用いてヒュドラの弱点を探る。

忍の眼には"七つ"の光点が見えていた。

六つは言わずもがなそれぞれの頭だが、もう一つは胴体の方にあった。

 

「(親友。とりあえず、見た感じ頭を全部潰す必要がありそうだ。それと、なんか胴体の方にも反応があるから油断すんなよ?)」

 

「(わかった。ユエもいいな?)」

 

「(……ん。わかった)」

 

念話で情報を共有すると、全員が散開した。

ヒュドラが現れた瞬間、尋常でない殺気がハジメ達に叩き付けられたが故の反応だ。

 

『クルゥアン!』

 

六つの頭の一つ…赤い紋様が刻まれた頭が火炎放射を放つ。

 

「ちっ…!」

 

ドパンッ!!

 

その赤い頭をハジメがドンナーで撃ち抜く。

綺麗な血の花を咲かせたかと思ったが…

 

『クルゥアン!』

 

白い紋様が刻まれた頭が赤い頭をまるで逆再生させるかのように回復させていた。

 

「(これ、頭一つにつき、確実に一つは能力あるパターン?)」

 

「(らしいな…面倒な)」

 

忍とハジメはそんな念話を交わすと…

 

「じゃあ、速攻で回復手段を潰す!」

 

ヒュドラに向かって走っていた忍が身体強化と金剛、纏雷で四肢を強化し、縮地と空力で一気に白い頭に肉薄する。

 

しかし…

 

『クルゥアン!』

 

そこに黄色い頭がインターセプトして白い頭を守る。

 

「くそっ…防御系も完備かよ!」

 

その手応えから忍が叫ぶ。

但し、黄色い頭を粉砕したものの、すぐに白い頭が黄色い頭を回復させた。

 

「攻撃、回復、防御…マジで厄介過ぎるぞ! どうする、ハジメ!?」

 

忍がハジメに問い掛けるが…

 

「いやああああ!!」

 

「!? ユエ!」

 

ユエの悲鳴にハジメが駆け寄ろうとするが、それを邪魔しようと緑と赤の頭がハジメに炎弾と風刃を放とうとする。

 

「させるか!!」

 

そこに忍がインターセプトして赤頭を蹴って踏み台にして緑頭に拳を叩き込む。

そうすることで二つの頭の軌道が逸れて明後日の方向に炎弾と風刃が放たれる。

 

「忍!」

 

「こっちはいいから、そっちはユエさんを!」

 

「悪ぃ!」

 

そう言いながらハジメはチラッと黒い頭を見た。

 

「(バッドステータス系もあったか。くそっ!)」

 

そうこうしてる間に青い頭がユエに襲い掛かろうとするが、縮地を使ったハジメが間一髪ユエの救出に成功する。

 

「おい! ユエ、しっかりしろ!」

 

助けたユエの頬を軽くペチペチと叩いて意識を戻そうとし、神水を飲ませた。

虚ろだったユエの瞳が光を取り戻す。

 

「……ハジメ?」

 

「おう、ハジメさんだ。大丈夫か?」

 

「……よかった……また見捨てられたかと……」

 

そのユエの言葉に…

 

「やっぱ、バッドステータス系か。クソバランス良いじゃねぇか…」

 

ハジメは忍が足止めしてるヒュドラを睨む。

 

「……ハジメ………私…」

 

なんだか悲しそうな表情をしているユエに対し、ハジメはどんな言葉をかけようか迷った結果…

 

「………………」

 

頭をガリガリと掻いてユエに視線を合わせた。

 

「?」

 

その行動にユエも首を傾げていると…

 

チュッ…

 

「!?」

 

ハジメはユエに軽くキスしていた。

ほんの少し触れただけの本当に軽いキスだが…。

 

「あいつを殺して生き残る。そして、地上に出て故郷に帰るんだ。一緒にな」

 

そう言ってユエの手を引いて立ち上がらせるハジメは微妙にそっぽを向いていた。

 

「んっ!」

 

それが嬉しかったのか、ユエは笑みを浮かべて頷いていた。

 

「あの~…良い雰囲気のとこ申し訳ないが、そろそろ参戦してくんね? つか、イチャつくなら終わってからイチャついて……まぁ、それも個人的には凄く辛いんだが…」

 

必死にヒュドラの猛攻を凌いでいた忍から苦言が…。

 

「わかってるよ。シュラーゲンを使うからもう少し粘れ」

 

「あぁ、親友が大人の階段を登っていく」

 

「一緒に撃ち殺されてぇのか、テメェ?」

 

「~♪」

 

そんな会話だったが、最終的に忍は口笛を吹いて誤魔化す。

 

「……むぅ」

 

そのやり取りにユエが微妙な嫉妬を再度覚える。

 

「"緋槍"! "砲皇"! "凍雨"!」

 

攻撃直後の赤、緑、青の三つに炎の槍、真空刃の竜巻、針状の氷の雨が襲い掛かる。

ただ、ハジメが白を狙っていると悟った黄色は動かずにいた。

そして、再び黒がユエを狙おうとしたが…

 

「そう何度もやらせるかよ!!」

 

黒の頭上から踏み潰すかの如く忍が黒頭に踵落としを決めて粉砕する。

 

「おら、纏めて吹っ飛べ!!」

 

対物ライフル『シュラーゲン』を白に向けると、黄色がその射線上に入って防御態勢を取る。

しかし、この対物ライフルもドンナーと同じく纏雷を使うことでレールガン仕様になり、使ってる弾丸もタウル鉱石をサソリもどきの外殻であるシュタル鉱石でコーティングしたフルメタルジャケット仕様である。

 

つまり…

 

ドガンッ!!

 

まるで大砲でも撃ったかのような轟音と共に黄色と白の頭が同時に吹き飛んだ。

 

『『『…………………』』』

 

まさか、一度に半数の頭を屠られたことに残りの頭がハジメと忍を見ていると…

 

「"天灼"」

 

ユエが残りの三つを屠ろうと魔法を行使した。

三つの頭の周囲に六つの放電する雷球が姿を現し、稲妻の壁を作り出して空中に特大の雷球が現れる。

その雷球が弾けると共に壁で遮られた範囲内に極大の雷撃を撒き散らす。

 

ズガガガガガッ!!!

 

『『『グルァアアアアア!!?』』』

 

三つの頭が絶叫し、消し炭へとなるのに時間はそう掛からなかった。

 

ユエはその場にぺたりと座り込んでしまい、ハジメがユエの元へと走る。

忍も注意深く残った胴体を観察する。

 

そう、忍は最初の心眼で見ていた。

弱点は…"七つ"あるのを…。

 

「っ…ハジメ! 来るぞ!」

 

忍の叫びにハジメも縮地を使ってユエの元に辿り着く。

 

だが…

 

『クルゥァァアア!!』

 

最後に胴体から現れた銀色の頭は咆哮を一つすると予備動作なく、極光の光をハジメとユエに向かって放っていた。

 

「っ!?」

 

それに反応が遅れた忍がすぐに銀頭の横合いから殴り飛ばそうとするが…

 

「ハジメ!」

 

ユエの叫びが聞こえる。

 

「オラァ!!」

 

ドゴンッ!!

 

身体強化と金剛を併用した拳で極光を放っていた銀頭はその軌道を逸らし、極光は壁へと突き刺さる。

 

ドサリッ!

 

そんな誰かが倒れる音がして忍がそちらを向くと…

 

「ハジメ!?」

 

うつ伏せに倒れ、血が流れるハジメをユエが柱の陰に引っ張っていき、必死に介抱する姿が見えた。

ちなみに盾代わりにしたシュラーゲンは残骸と化していた。

たった一瞬でこれほどの威力なのだ。

連発されたら洒落にならないと判断した忍はハジメが復活するまで銀頭の注意をこちらに向けるべく行動を開始する。

 

「こっちだ、腐れ頭が!!」

 

忍が縮地と空力、残像を用いて銀頭を翻弄する。

 

「魔力放射+纏雷!」

 

まるで先程のユエが行った『天灼』を再現するかのように残像が雷の檻を作り出し、雷撃を銀頭に向けて放つ。

 

ピガガガガガガ!!!

 

『クルゥアン!!』

 

しかし、大したダメージにはなっていないようだ。

 

「くそったれが…!」

 

それを見て即座に金剛と纏雷を四肢に展開して口を開けさせないように上から、下からと連続した打撃を繰り返す。

 

すると…

 

ズドンッ!!

 

聞き慣れた銃声が聞こえてきた。

 

「っ!」

 

そこでハジメから念話が届く。

 

「(よぉ、忍。待たせたな。もう少しそのままそいつの口を塞いどけ)」

 

「(わかった。策はあるんだな?)」

 

「(ったりめぇだ!)」

 

忍はハジメを信じ、銀頭の口を封じ続けた。

 

「殺す!!」

 

そして、ハジメもさっきのお返しをするべく行動に移るが、その時ハジメの中で変化が起きた。

具体的にはハジメが取得した天歩が最終派生技能[+瞬光]に目覚めたのだ。

それは知覚機能を拡大し、天歩の各技能を格段に上昇させるというものだった。

 

それを活かし、ハジメは天井に銃弾を撃ち込んでいき、空力で天井近くまで跳んで何やら仕掛けを施す。

 

すると、天井が大爆発を起こして大量の瓦礫がヒュドラに落ちる。

それを見た忍も最後の一発を加えてから銀頭を踏み台にしてすぐさま退避する。

 

ガラガラガラガラ!!!

 

大量の瓦礫に押し潰されたヒュドラに縮地で近寄ると、ハジメは錬成を用いてヒュドラの身動きを封じる。

そうしながらハジメは忍に大量の手榴弾などを詰め込んだポーチを投げ渡す。

 

それを受け取り…

 

「おら、口開けろ!!」

 

銀頭の顎を蹴って強制的に口を開けさせると、そのポーチを口の中に放り込んだ。

 

「ユエ!!」

 

「ん! "蒼天"!」

 

忍が足止めしてる間に作戦会議でもしていたのだろう、ユエが極大の炎を作り出してそれを銀頭に向けて落としていた。

 

『グルァアアアアア!!?!?』

 

銀頭の断末魔が響き、銀頭は最後に融解しながら口に放り込まれた手榴弾などの爆発で消し炭と化した。

 

…………………

 

しばしの静寂が周囲を支配した。

 

忍は心眼を使ってヒュドラを完全に倒したと判断してハジメの方を向いてサムズアップした。

ハジメも後ろにぶっ倒れながら右腕を天に伸ばしてグッと親指を立てていた。

 

ただ…

 

「流石に…もう……無、理……」

 

ハジメはそう言って意識を手放してしまったが…。



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第八話『この世界の真実』

ヒュドラを倒し、ハジメがぶっ倒れた後…

 

ゴゴゴゴゴゴ…!!

 

ヒュドラが守っていたであろう扉が独りでに開いた。

 

「「…………………」」

 

それに対し、忍とユエは扉の奥から"まだ何か出てくるか?"と警戒していたのだが…

 

シーン…

 

一向に何も出てくる様子はなかった。

 

「とりあえず、入ってみるか?」

 

「……ん」

 

忍がハジメを担いで扉の中に入り、ユエもそれに続いた。

 

そこで2人が見たのは…

 

「……反逆者の住処」

 

広大な空間に住み心地に良さそうな三階建ての住居があった。

 

「こいつはまた…」

 

「……凄い」

 

その空間には何故か"太陽"があった。

正確には円錐状の物体が天井高く浮いていて、その底面に煌々と輝く球体が浮いている。

僅かに温かみも感じ、蛍光灯のような無機質さを感じないが故に"太陽"みたいと感じていた。

 

奥の壁に当たる部分には一面の滝が流れていて耳に心地いい音が聞こえてくる。

壁の天井から大量の水が流れていて、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいた。

 

さらに川の近くには畑と思しきものもり、家畜小屋的なものもあり、緑も自然豊かな感じだ。

ちなみにこの扉の奥の部屋の広さはちょっとした球場くらいの広さがあったりする。

あくまでも忍が感じた感覚で、だが…。

 

「ほぇ~」

 

「………………」

 

そんな小さいながらも穏やかな光景に忍は変な声を漏らし、ユエも驚いた様子だった。

 

「………とりあえず、ハジメを寝かせて回復を待つか…」

 

「……それは私に任せて」

 

気のせいか、ユエのハジメを見る目が狩人のそれに見えた。

 

「あ、うん。看病は任せた」

 

それを察し、忍もハジメの身を売った。

 

そうしてハジメを担いだ忍とユエは住居の中へと入り、一階にあったベッドルームを見つけてハジメをベッドに寝かせて忍は早々に退室した。

ユエの眼がマジで獲物を狩る狩人の眼をしてたからだ。

 

「さてはて、親友の操は……まぁ、無理だろうな」

 

そんなことを言いつつこの住居の探索を開始する。

 

一階はベッドルームの他、暖炉や柔らかな絨毯、ソファのあるリビングらしき場所、台所、トイレがあり、奥の方に行くと一旦外に出てすぐのとこに露天風呂的な風呂があった。

しかもライオンもどきの彫刻があり、そこからお湯が出る仕組みになっているようだ。

 

次に二階に向かうと書斎や工房らしき部屋があったが、書棚も工房の中の扉も封印されているらしく開かなかった。

 

残る三階は部屋が一つあるだけだった。

如何にもな雰囲気のある扉を前にここはハジメ達と一緒に来た方がいいだろうと判断し、一旦一階まで降りる。

 

「あ、ハジメの荷物…」

 

そこで思い出したように忍は住居から出てハジメの荷物を回収しに行った。

もう残り少ないだろう神水を作る神結晶やら荷物を確保して扉の奥へと戻り、少し考えてからベッドルームの前まで行くと…

 

『……ふふ………むちゅ…はむ…』

 

「………………」

 

なんか聞いてはいけないものを聞いた気がして即行で回れ右してリビングに向かった。

 

「親友は…絶対に食われてる…」

 

とりあえず、ユエが出てくるまで待とうとリビングのソファで寝ることにした。

 

 

 

しかし、その見通しは甘かった。

 

外の太陽の光がまるで月明かりのように優しくなり、夜と錯覚するように天井一面が暗くなる。

 

「専門家じゃねぇけど…こりゃかなりの技術の粋を注ぎ込んでるんだろうな…」

 

そんな昼と夜の変化にリビングの窓から感嘆の声を上げる。

 

しかもユエは未だベッドルームから出てこない。

 

「あ~…気まずい…」

 

同級生の…それも親友のエロシーンなぞ想像したくないとばかりに忍はボヤく。

 

「というか、この場合…親友は紳士(ロリコン)になるのだろうか?」

 

ユエの背格好を思い出しながらそんなことを考える。

しかし、年齢的には遥か上だ。

それを考慮すると一概に紳士(ロリコン)とは言い難い気もする。

 

「……ふむ、難しい問題だ。ま、本人達が気にしてないなら問題ないか」

 

結論、外野は温かく見守ろう。

ということにしたらしい。

 

その後、ようやっと出てきたユエは…何故かシーツで体を隠し、妙に肌がツヤツヤしてる気もしないでもなかったが、忍は気にしないようにしてハジメの荷物から神結晶をユエに渡してハジメのことを頼んでいた。

ユエは『任せて』とばかりに胸を張り、神結晶と共にベッドルームに戻ってしまい…まるで天岩戸の如く出てこなかった。

 

忍はもう何も言うまい、とリビングのソファで爆睡した。

流石に疲れもあったのだが…心労も少なからずあったのだろう。

 

ともかく、これで攻略は完了したと考えつつもハジメが起きたらどんな言い訳しようか、と眠る前に考えたのだった。

 

………

……

 

それから丸一日が経ち、ハジメが目覚めた。

目覚めたのだが…もう色々とアウト、と言ってもいいような気がしてならなかったようだ。

 

目覚めたハジメはこの住居にあった服装に着替えていた。

ちなみにユエは何故かカッターシャツ一枚だったが…。

 

やっとベッドルームから出てきた親友達に忍が適当に挨拶をしたのだが…

 

「テメェ、忍! 俺の体を売りやがったな!」

 

「はて、何のことかさっぱりなんだが?」

 

ハジメが問答無用で殴りにかかると、忍はシレッとした様子で避ける。

 

「目覚めたら朝チュンとかどういうことだ!」

 

「はっ! それは惚気か? 俺への嫌味か? この変態紳士(リア充)め!」

 

「おい、待て! なんか今のおかしくねぇか!?」

 

「いや、何もおかしくはないだろ?」

 

そんな風にギャーギャー騒ぐ2人だったが…

 

「ともかく、三階に行こうぜ? 如何にも怪しいですって部屋があったからな」

 

「入んなかったのか?」

 

「まぁ、全員揃った方がリスク少ないかなって……あ、ちなみに二階には書斎とか工房とかもあったぞ。書棚とかは封印されてたが…」

 

しっかり情報は共有しておくことにした。

未だにハジメが殴りにかかってるが…。

 

「個人的に風呂があったのも嬉しかった。流石にまだ入る気にはならなかったが…」

 

「なんでだよ?」

 

「もし何も知らずにユエさんが来てみろ。俺の首が(物理的に)飛ぶ」

 

忍が風呂に入らなかったのは身の危険を感じたからだそうだ。

 

「まぁ、天岩戸の如く部屋から出てこなかったけどな」

 

「おい…それってどういう…」

 

「まぁ、本人に聞いたら?」

 

そして、ずっとベッドルームに閉じこもってハジメを"看病"していた張本人はというと…

 

「……ふふ……」

 

妖しく微笑みながら舌なめずりをしていた。

それで察せ、ということだ。

それを見てハジメはブルリと体を震わせたとか…。

 

「早く三階に行こうぜ~」

 

ヒラリとハジメの拳を避けると、忍は先に階段へと向かう。

 

「ちっ…」

 

と舌打ちしながらハジメも渋々といった具合に階段を登り、それをユエも追う。

 

「ほら、見てみろよ。如何にもだろ?」

 

三階の奥の部屋に続く扉を指して忍は大袈裟なリアクションを取る。

 

「確かにな。中はまだ見てねぇんだよな?」

 

「あぁ、ここは全員で行った方がいいと思ってな」

 

忍の直感的な部分がそう囁いたのか、単に警戒してなのかはわからないが、忍の表情は真剣だった。

 

「……開けるぞ?」

 

「……ん」

 

「あぁ…」

 

そして、開け放たれた扉の先にあった部屋には…

 

中央には直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が刻まれていた。

それはもう、一つの芸術のように見事な幾何学模様である。

 

それともう一つ。

魔法陣の向こう側にある豪奢な椅子に腰掛けた白骨化した骸があった。

その骸は黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っており、その右手の指には指輪、左手には白銀の宝玉を持っていた。

まるで誰かをここで待ってるかのような骸の佇まいに3人は疑問を抱いた。

 

「……怪しい……どうする?」

 

ユエが言葉を発すると…

 

「まぁ、調べないと何にもならんしな。ユエと忍はここで待ってろ」

 

ハジメが一歩部屋の中へと入り、魔法陣の中へと踏み込む。

 

すると…

 

カッ!!

 

ハジメが魔法陣の中へと入ると共に白い光が爆ぜるように部屋を満たす。

 

「「ハジメ!?」」

 

光に目が眩んだユエと忍がハジメの名を呼ぶと…

 

「あ、あぁ…大丈夫だ。だが…」

 

光が収まり、前方を見ればそこには黒衣を纏った青年がいた。

よくよく見ると青年は骸と同じオーブを纏っているように見えた。

 

『試練を乗り越え、よく辿り着いた。私はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えば、わかるだろうか?』

 

3人が驚いたように目の前の青年を見る。

 

『あぁ、質問は許してほしい。これはただの記録映像のようなものでね。生憎君の質問には答えられない。だが、この場に辿り着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いてほしい……我々は反逆者であって反逆者ではないということを…』

 

そこから語られたオスカーの話は驚愕のものだった。

ハジメや忍が聖教教会から聞いた話とも、ユエが知ってる反逆者の話とも異なっていたからだ。

 

曰く『狂った神とその子孫たちの戦いの物語』

 

神代の少し後の時代。

世界は争いで満たされていた。

人間、魔人族、亜人達が様々な思惑の元、戦争を繰り返していた。

だが、一番の理由は"神敵"だったからだ。

 

そんな中、そんな果てのない戦争に終止符を打たんとする者達が現れた。

当時『解放者』と呼ばれていた集団だ。

 

彼らには共通する繋がりがあった。

それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であり、そのためか解放者のリーダーはある時偶然にも神々の真意を知ってしまった。

神々は…人々を駒とし、世界を盤面に見立てた遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。

解放者のリーダーは神々の暴挙が許せず、志を同じくする仲間を集めた。

 

彼等は『神域』と呼ばれる神々のいると言われる場所を突き止めた。

解放者のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った7人を中心に彼等は神々に戦いを挑んだ。

 

しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。

神は人々を巧みに操り、解放者達を世界に破滅をもたらす神敵であると認識させて人々自身に相手をさせたのだ。

その過程にも紆余曲折はあったが、結局解放者達は守るべき人々に力を振るうことが出来ず、人々の手によって討たれていった。

その際、解放者達は『反逆者』のレッテルを貼られたのだ。

 

最後まで残ったのは中心の7人とその7人と契約していた"7体の獣"だけ。

世界に敵を回し、彼等はもはや自分達では神を討つことは出来ないと判断した。

そして、契約した獣と共にバラバラに大陸の果てへと逃げ延び、そこに迷宮を創って潜伏することにしたのだ。

試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れるのを願って…。

 

オスカーの長い語りが終わると…

 

『君が何者で何の目的でここに辿り着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っていてほしかった。我々が何のために立ち上がったのか…。君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすために振るわないでもらいたい』

 

そう語るオスカーの眼は真剣だった。

 

『最後に、我々と契約していた獣について話そう。彼等は、それぞれが"覇王"と呼ぶに相応しい高潔にして孤高の獣だ。もし、彼等…覇王の魂を持つ者に遭遇したのなら授けてほしいものがある。私が持っている宝玉だ。魂とは別に彼等が生前持っていた能力を封じている。覇王の魂も持つ者以外が手にしたとしても何も反応はしないようになっている。だが、覇王の魂を持つ者が手にすれば…彼等の能力が具現化する。その力もまた、悪しき心を満たすために使わないでもらいたい。その者が悪しきと判断すれば宝玉を壊してくれても構わない。そうすれば能力は失われる』

 

その言葉を聞き、ハジメはチラリと忍を見た。

忍もそれがわかっているのか、骸の持つ宝玉を見ていた。

 

『話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを…』

 

そう締め括り、オスカーの記録映像はスッと消えた。

それと同時にハジメは頭がズキズキと痛む感じを我慢していた。

 

「ふぅ…」

 

「ハジメ…大丈夫?」

 

ハジメが息を吐いたのを見てユエが話し掛ける。

 

「あぁ、問題ない。にしても、なんかどえらいことを聞いちまったな」

 

「親友、どうするよ?」

 

忍も視線をハジメに向けて尋ねる。

 

「どうもしねぇよ。だいたい、勝手に召喚して戦争に参加しろなんて神だぞ? そんなん無視だ、無視。この世界がどうなろうと知ったことじゃねぇしな。地上に出て帰る方法探して、故郷に帰る。それだけだろ?」

 

そんなハジメの言葉に…

 

「ハッ、違ぇねぇ」

 

忍は同意するように笑った。

 

「………………」

 

「ユエは、気になるのか?」

 

ユエの反応を見てハジメが聞いてみると…

 

「私の居場所はここ……他は知らない」

 

そう言ってハジメの手を取って寄り添う。

 

「そうか…」

 

少し照れくさそうな表情をするハジメに…。

 

「ごちそうさまで…」

 

やれやれといった感じに忍が肩を竦める。

 

「あ~…それとなんか新しい魔法………神代魔法ってのを覚えたみたいだ」

 

照れ隠しにハジメはそう言っていた。

 

「覚えたみたいってどういうこったよ?」

 

「なんつーか…この魔法陣から頭に直接覚えさせられたみたいな感じだな」

 

その言葉に…

 

「……大丈夫?」

 

ユエが心配そうにハジメを見る。

 

「おう。しかもこの魔法、俺のためにあるような魔法だ」

 

「「どんな魔法(だ)?」」

 

2人からの同じ問いにハジメは…

 

「え~と…生成魔法だな。魔法を鉱物に付加して特殊な性質を持った鉱物を生成出来るんだ」

 

そう答える。

その答えに目を丸くしたのはユエだった。

 

「……アーティファクト、作れる?」

 

「そういうことだな」

 

「マジかよ……アーティファクトのバーゲンセールか?」

 

ユエの言葉とハジメの肯定に忍も驚いた様子になる。

 

「お前らも覚えたらどうだ? なんか魔法陣に入ると記憶を探られるみたいなんだ。オスカーも試練がどうの言ってたし、試練を突破したと判断されれば覚えられるんじゃないか?」

 

そう言うハジメだが…

 

「……錬成、使わない…」

 

「右に同じく」

 

ユエと忍はそういうのは使えないのだ。

 

「まぁ、そうだろうけど……せっかくの神代魔法だぞ? 覚えておいて損はないんじゃないか?」

 

「……ん、ハジメがそう言うなら…」

 

「ま、確かにこういうのって使わなくてもあるだけでなんか意味ありそうな気はするしな」

 

そう言ってユエと忍もそれぞれ魔法陣の中に入って生成魔法を習得した。

魔法陣の中に入った瞬間、オスカーの映像がリピートされたが、3人とも無視した。

 

「どうだ?」

 

「……ん、覚えた。けど、アーティファクトは難しい」

 

「だな~」

 

ユエと忍は微妙な表情だった。

 

「とりあえず、ここはもう俺らのもんだし、あの死体は片付けるか」

 

「……ん、畑の肥やし…」

 

「いや、アンタら…死者に鞭打つなよ…」

 

この中で唯一(?)の常識人が親友とそのヒロインに苦言を呈す。

その後、忍の軽い説教でちゃんとしたお墓(と言っても畑の端に埋めて墓石を立てただけのシンプルなもの)を作って供養させました。

 

埋葬を済ませた後、ハジメはオスカーが指に着けてた指輪と左手に持っていた宝玉を確保し、書斎へと向かう。

指輪には十字に円が重なった紋様が刻まれており、それが書斎や工房にあった刻印の紋様と同じだったためである。

宝玉を確保したのは忍に頼まれたからである。

少し考えを咀嚼する時間が欲しいらしい。

 

そして、書斎を調べると…

 

「ビンゴ! あったぞ、ユエ、忍!」

 

「んっ」

 

「うっし」

 

3人から歓喜の声が上がる。

つまり、地上に出る方法が書かれた設計図を見つけたのだ。

 

三階の神代魔法を習得させる魔法陣はそのまま地上にある魔法陣と繋がっているらしい。

ただ、オルクスの指輪を持っていないと起動しないように作られているようだ。

その他、工房にも色々なアーティファクトや素材類が詰まっていることが判明し、ハジメの眼が妖しく光った。

 

「……ハジメ、これ」

 

他のところを探っていたユエがハジメに何やら一冊の本を持ってきた。

 

「うん? これは…」

 

オスカーの手記のようで、かつての仲間と覇王と呼ばれた獣達との日常を綴っていた。

そこには他の6人の迷宮に関することも書かれていた。

 

「つまり、あれか? 他の迷宮も攻略すると、創設者の神代魔法が手に入ると?」

 

「……かも」

 

「お約束過ぎんだろ…」

 

手記によればオスカー同様に他の6人の解放者達の迷宮の最深部で攻略者に神代魔法を教授する用意があるということが書かれていた。

但し、どんな魔法かまではわからなかったが…。

 

「……帰る方法、見つかるかも」

 

ユエの言葉にハジメと忍は顔を見合わせた。

 

「だな。これで今後の方針も決まった」

 

「地上に出て他の迷宮を攻略する、だろ?」

 

「あぁ!」

 

「んっ」

 

神代魔法を習得ていけばいずれ帰還のヒントが得られるだろうと考えたハジメと忍は他の大迷宮の攻略を目標にした。

 

書斎での探し物を終え、一行は一度リビングまで降りた。

 

「ふむ…」

 

ソファに座ったハジメが思案顔になる。

 

「……どうしたの?」

 

ユエが気になってハジメに尋ねると…

 

「ユエ、忍。しばらくここに留まらないか? さっさと地上に出たいのは山々だが…せっかく学べるものも多いし、ここは拠点としては申し分ない。他の大迷宮を攻略するにしても、ここで可能な限りの準備をしておきたい。どうだ?」

 

そんなハジメの提案に…

 

「俺はいいぜ。その宝玉のこともあるしな」

 

「……ん、ハジメと一緒ならどこでもいい」

 

忍はやはり覇王に関して考えを纏めたいらしい、ユエに関しては完全にハジメと一緒にいたいからだろう。

 

そうして3人は可能な限りの準備を行うことにした。

 

ただ…ハジメがユエに食べられることなんて場面もあり、忍は非常に居づらくなったが…。



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第九話『受け継がれる覇王と旅立ちの時』

ハジメがユエに食べられ、ハジメもまたそんなユエを受け入れ始めてから約二ヵ月が経った。

 

「この二ヵ月は拷問の日々でした」

 

そう言ってリビングの窓から遠くを見る忍の眼は…完全に死んでいた。

 

「おい、いつまでも黄昏てんじゃねぇよ」

 

そんな忍にハジメが声を掛けるものの…

 

「うるせぇ! この変態紳士(リア充)め!!」

 

「だから、絶対になんかおかしいだろ!?」

 

「気のせいだ!!」

 

そう言い張る忍は断固としてこの呼び方を変えないだろう。

 

それくらい…ハジメとユエはイチャイチャしてたのだ。

そう…忍が一時期リビングに"も"居られないくらいに…それはもう甘ったるい空間がただただ広がって苦痛しかなかったのだ。

そんな忍は決まって外に出て魔物を(文字通り)狩り尽くしていた。

いくら一定時間経てば戻るとは言え、その数は尋常でなかった。

逆に階層を登っていく勢いすらあった。

それくらい独り身には耐え難い空間がそこには広がっていたのだ…。

その気持ちは推して知るべし…。

 

まぁ、それはともかくとして、実際イチャイチャしていてもその他のことを疎かにしているハジメではなかった。

ちゃんと装備の充実にも努めていた。

 

その内の一つでもあるオスカーの遺したアーティファクトの中にあった義手に自分なりのアレンジを加えて左腕を疑似的にだが復活させてもいた。

その他、数々の現代兵器…的な武装やら装備やらを造り出しており、ヒュドラ戦の折に失った右目を神結晶を『魔眼石』という代物に生成魔法で加工し、義手にも使われていた疑似神経の仕組みを取り入れていることで右目に移植している。

ただ、神結晶を使っているので薄ぼんやりと青白い光を放っており、それを隠すために薄い黒布で作った眼帯を着けることとなった。

 

白髪、義手、眼帯とハジメはちょっと元の世界基準で言うかなり痛々しい厨二姿となったのだった。

その姿を鏡で見たハジメは膝から崩れ落ちて四つん這いになって絶望し、丸一日は寝込む事態となったが…多くは語るまい。

いくらオタクとは言え、久方振りに見た自分が、いつの間にか厨二キャラになっていたのだ…。

その絶望も推して知るべし…。

 

この二ヵ月で違う意味での絶望を互いに味わったハジメと忍はその友情度を深めた(?)のだった。

 

「で、そっちの慣らしは大丈夫なのか?」

 

「そこは問題ない。伊達に魔物を狩り尽くしてた訳じゃないからな」

 

そう言って暗い表情のまま笑う忍はどこか哀愁が漂っている気もしないでもない。

 

ハジメの行った装備の充実には忍やユエの装備も含まれていた。

いつまでも武器無しというのは忍的にも嫌だったのでハジメと同じく二挺拳銃と近接用の刀二振りを所望していたのだ。

 

但し、普通の銃ではない。

そこは忍の趣味全開の要望を取り入れた専用の拳銃だ。

まず、銃身が縦に連なり、それを重厚なフレームで覆っている。

この時点でかなり特異な構造をしているのがわかる。

上部の銃身はリボルバー式(6発仕様)、下部の銃身にはマガジン式(6発仕様)とそれぞれ対応しており、撃鉄も特別製で上下同時に炸裂させるように対応して同時に打ち付ける様に改造されている。

こうすることで同時に弾丸を放ちつつも特殊な撃鉄の関係から微妙な時間差を生み、その時間差で同じ部位を狙うことで一発目で硬い外殻に傷を付け、二発目で傷付いた外殻に間髪入れず着弾することで貫通力を高めている。

グリップ部とトリガー部は忍の手にフィットするように微調整が為されており、ハジメと同じく纏雷を持つ忍にもレールガン仕様に出来るギミックを施していた。

その他、全体のフレームに金剛を付与して全体強度を上げたりもしているので滅多なことでは破損しないようになっているし、物が物だけに暴発しない強度にも仕上げている。

上部のリボルバーはドンナーと同じくスイングアウト式であるが、右手に持つ方は通常通り左に外れるのだが、左に持つ方は右側に外れるようになっている。

また、下部の銃身の薬莢排出口は外側に向けており、弾丸発射後に銃身後部の一部がスライドして空薬莢を排出する機構になっている。

但し、弾倉は基本的にハジメに用意してもらう必要があり、ハジメも拳銃を使う都合上、ドンナーと同じような口径にして互換性を持たせている。

名を『アドバンスド・フューラーR/L』と呼称し、右手用のRは白銀、左手用のLは漆黒とそれぞれ塗装している。

 

だが、総じて癖があまりにも強く扱いが難しくなり、たったの二ヵ月ではものにするのが困難だとハジメも思っていた。

しかし、忍は連日の魔物狩り尽くし(憂さ晴らしとも言う)で完璧に使いこなせるようになっていた。

流石はハジメに無理を言いつつも自分が如何にハブられているかを自虐交じりに言って作らせただけはある。

しかも弾丸の原料である鉱石類もちゃんと確保してきたからのだからハジメも無碍には出来なかった。

ただ、忍はハジメのように空中リロードは習得していない。

何故なら忍の本領はあくまでも近接格闘であり、ガン=カタは完全に趣味の域なのであるが、それでもハジメとの組み手や魔物の狩り尽くしで実戦レベルには昇華している。

 

そして、忍のもう一つの主武装は二刀の刀である。

ハジメはあまり刀に造詣が深くないので、なんちゃってと付くが…それでも刀を二振り用意してくれた。

錬成で硬い鉱物を凝縮し、それらしい刀身を作って生成魔法で金剛を付与しておき、刃は忍の要望で片刃にしている。

片方は切れ味を、もう片方は硬度を重視して作られている。

他はこれといた機能はないが、鉱物の中にはシュタル鉱石も含まれているので忍の魔力に反応して属性を付加して振るえるようにもなっている。

切れ味重視の白銀の刀身とこれまた白銀の鞘と柄を持った刀を『銀狼(ぎんろう)』、硬度重視の漆黒の刀身とこれまた漆黒の鞘と柄を持った刀を『黒狼(こくろう)』と命名した忍は満足そうであった。

 

こちらの刀に関しては問題なく扱えているので特に修練することもなかったのだが、忍の中の血が騒いで最終的には我流の二刀流術として実戦で鍛え上げてきた。

 

ちなみにハジメは神結晶を使ったアクセサリー一式をユエにプレゼントしている。

魔力枯渇を防ぐためだ。

 

ただ…

 

「……プロポーズ?」

 

「なんでやねん」

 

という感じにユエとハジメのイチャつきが始まり、忍が『俺、空気だなぁ』とわりとガチで凹んでいたりもする。

 

 

 

また、それとは別に…

 

「で、答えは出たのか?」

 

オスカーの遺体が持っていた白銀の宝玉を片手に持ったハジメが忍に尋ねる。

場所は住居の玄関先である。

 

「あぁ。正直、アンタらのせいで考えるための時間もなかなか取れなかった気もするが…」

 

「………………」

 

忍の言葉にサッと目を逸らすハジメ。

 

「それはそれとして……俺はそいつを受け入れようかと思ってる」

 

いつになく真剣な表情で忍は宝玉を見る。

 

「能力に目が眩んだ、とかじゃねぇよな?」

 

「あぁ。覇王と呼ばれる獣の能力だ。きっと生半可な代物じゃないのはわかってるし、恐らく俺が触れた瞬間に宝玉は俺の中に溶け込む。そんな予感があるのも確かだ」

 

「………………」

 

ハジメは黙って続きを促す。

 

「知らない内に覇王の魂とやらを継いだみたいだが、正直俺にはそこまでこの世界に対する感情は起きなかった。それはあの狂った神の話を聞いた時も同じだ。でもな…かつての解放者達…特に覇王達と契約した7人が遺してくれた覇王の能力だ。それをあっさり捨てちまうのも…なんか違うだろ?」

 

「だから、能力を手に入れたいと?」

 

「いや…俺は知りたいんだよ。俺の内にあるだろう覇王の魂達…それがどんな気持ちで戦い、解放者と契約し、どんな想いで能力を遺すことにしたのか…」

 

それを聞き…

 

「この世界に骨を埋める気か?」

 

ハジメは忍にそう問うた。

ドンナーの銃口を宝玉に当てながら…。

 

「まさか…俺だって地球に帰りたい。俺の、家族の元に…」

 

「………………」

 

「だからこそ、俺は覇王の能力を集める。親友が神代魔法に可能性を見出したように、俺も覇王の力に可能性を見出してるんだよ。おそらく、俺には覇王達の魂が"全て"揃っているだろうからな」

 

「その根拠は?」

 

「俺の固有技能は『七星覇王』…何らかの七つの星に関係した覇王。狂った神が召喚されたのか、それとも別の意味があるのかは今んとこわからない。でも、七つだ。解放者も大迷宮も、おそらくは神代魔法も七つ。とくれば自ずと答えは出てくる」

 

確かに七大迷宮とも呼ばれていて、その最深部には解放者達の試練と神代魔法がある。

そして、それぞれの最深部にはそれぞれの解放者が契約した覇王の宝玉もあるだろう。

これを偶然で片付けるには…少し無理がある。

 

「まぁ、全てを揃えたからって流石に世界の隔たりを超えることは無理かもだが…それでも何かしらの役には立つはずだ。そういう訳で、俺はかつての覇王の力を求めることにしたんだ」

 

そう言ってニカッと笑う忍だが、その眼は真剣であった。

 

「…………わかった。お前のことは信用してる。だから、半端な覚悟だったらこれを何かの素材にしてやるつもりだったが…」

 

「おいおい…」

 

ハジメの言葉を聞いて忍は流石に引き攣った笑みを浮かべる。

 

「その覚悟があるなら、後は好きにしろ」

 

そう言ってハジメは宝玉を忍に放り投げる。

 

「ありがとよ、親友」

 

忍がハジメに礼を言って宝玉をキャッチした瞬間…

 

カッ!!

 

白銀の光が忍を包み込んだ。

 

「忍…!」

 

ハジメの声が虚しく響く。

 

………

……

 

「………………」

 

眼を開けた忍は周囲を見ると、白銀の空間が広がっており…

 

『………………』

 

目の前には黒の混ざった白銀の毛並みに右は琥珀、左は真紅の瞳を持つ巨躯の狼が佇んでいた。

その毛並みと瞳はどことなく今の忍の髪と瞳に似てなくもない。

 

「覇王…」

 

その高潔にして孤高の存在感を前に忍が呟く。

 

『我が覇王の魂を継ぐ者よ』

 

すると狼が語りかけてくる。

 

『我が名は覇の道を往く狼、"覇狼"。汝、己の心に従い、覇道を歩め。そして、立ち塞がる敵を噛み砕け。それが例え神だとしても…。何度倒れようとも己の意志を貫き、何度でも立ち上がり、目の前の敵を噛み砕き続けろ。それが汝の魂にも刻まれた覇王の性質であると知れ。我等が成し得なかった神を屠り、己の道を往け』

 

まるでオスカーの時のように記録映像でも見せられているかのように語る覇狼。

 

「………………」

 

『汝に我が力を継承する。受け取るがいい。神へ反逆する新たな覇王よ』

 

そんな覇狼の言葉を黙って聞いていた忍だが…

 

「俺は…別に神に反逆するつもりなんてないんだが…ま、もし目の前に神だのなんだの現れて俺達の邪魔するんなら…倒して進むだけさ」

 

そんな風に答えていた。

それが覇狼に伝わったかどうかはともかく…。

 

「反逆者を、そして覇王を継ぐ者として、俺は俺の道を往くさ。その過程で神殺しイベントが発生したら…ま、要望通り噛み砕いてやるよ。アンタらが安らかに眠れるようにな」

 

そんなことを言ったと同時に…

 

『ウォオオオオオオオン!!』

 

覇狼は雄叫びを上げ、ゆっくりと忍の中へと入っていった。

 

それと同時に忍の視界も静かにシャットアウトするのだった。

 

………

……

 

「………………」

 

バッと目を見開いてむくりと起き上がった忍は、リビングのソファにいた。

 

「よぉ、忍。起きたか?」

 

そこにちょうどタイミングよくユエを連れたハジメがやってきた。

 

「どれくらい寝てた?」

 

「一時間ちょいだな。それで? 宝玉から得た能力は?」

 

「神代魔法と似たようなもんだな。頭の中に直接刷り込まれたみたいな感じだ。具体的な能力は…ふむ」

 

「どうした?」

 

「いや、ここの覇王の能力は速度を司ってるみたいだな。ついでに属性適性やら魔法適性なんかもプラスされた感じか。うん、悪くない」

 

改めて宝玉から得た力を感覚的に探り、忍は不敵な笑みを浮かべる。

 

「固有魔法、もしくは固有技能的なのはどうだ?」

 

「そっちは…元々あった方とは別に習得してる感じか。派生というよりも技能追加みたいなものだな」

 

「そうか」

 

覇王の能力とは、どのようなものか気になっていたハジメは忍の答えに少し微妙な表情をする。

 

ちなみに覇王の能力を手にした現在の忍のステータスだが…

 

-----

 

レベル:???

天職:反逆者

筋力:12750 [+最大56700]

体力:15400 [+最大59350]

耐性:11650 [+最大55600]

敏捷:17450 [+最大61400]

魔力:14650

魔耐:14650

技能:七星覇王[+覇気][+覇王解放Ⅰ]・覇狼[+嗅覚強化][+神速][+瞬煌]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化][+部分強化][+集中強化][+変換効率上昇Ⅲ]・胃酸強化・風爪[+五爪][+飛爪]・天歩[+空力][+縮地][+爆縮地][+重縮地][+残像][+豪脚]・纏雷[+出力増大]・夜目・遠見・気配察知[+心眼]・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・金剛[+部分強化][+集中強化]・念話・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力][+速度]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・限界突破・生成魔法・言語理解

 

-----

 

ハジメのステータスも大概だが、忍のステータスもかなりぶっ飛んでいる。

魔力と魔耐は若干ハジメの方が上なのだが、その他のステータスは忍が群を抜いている。

通常時でさえこんななのに身体強化や覇王の能力を加味するととんでもない性能になってしまう。

さらにはハジメ作のアーティファクトを譲り受けている点でもかなりぶっ飛んだことになってしまっている。

 

単純なステータス勝負なら忍に軍配が上がるだろうが、ことアーティファクトなどを駆使した戦闘となるとハジメに軍配が上がるという事態になっている。

ただでさえアドバンスド・フューラーR/Lは弾丸供給手段が現状ハジメに頼る他ないし、銀狼と黒狼だけで銃弾の雨霰を防ぎきるのも難しい。

そういう意味では忍はハジメに頭が上がらない状態とも言えるのだが、その関係性は前と同じく友人…いや、理解者であり親友としての側面もあった。

だからこそハジメも忍の要望には応えてきたし、忍も親友のために素材集めをしてきた(決して側にいるのが苦痛だったからとかではない……多分)。

 

そうして忍の覇王の能力の把握に十日を使いつつも、遂に地上へと出ることにした。

 

「遂にこの穴蔵ともおさらばか」

 

「そうだな…」

 

三階の魔法陣を起動させながらハジメも感慨深いような呟きをする。

 

「ユエ、忍。わかってるとは思うが、俺の作った武器や俺達の力は地上に出れば異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」

 

「ま、当然だわな」

 

「……ん」

 

最終確認をするかのようなハジメの言葉に忍もユエも頷く。

 

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」

 

「そうだな~」

 

「……ん」

 

「教会や国だけならまだしも、バックにいる神を自称する狂人共も敵対するかもしれない」

 

「面倒なことこの上ない」

 

「……ん」

 

「世界を敵に回すかもしれないヤバい旅だ。命がいくつあっても足りないかもな」

 

「そんなん今更じゃね?」

 

「……ん、確かに今更」

 

ハジメの言葉に忍とユエは可笑しそうに笑う。

 

「今の俺達ならどんな障害だろうと捩じ伏せられる。それだけの準備はしてきた。あとは残りの大迷宮を攻略し、世界を超えて、地球に帰るだけだ」

 

「あぁ!」

 

「んっ!」

 

ハジメの言葉に忍もユエも力強く頷く。

 

そして、3人は魔法陣の中へと歩いていき…

 

カッ!!

 

目映い光に包まれて地上へと向かうのだった。



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第十話『ウサギの事情』

魔法陣の光が収まり、3人の視界が回復していく。

 

そこには地上の光景が……なかった。

 

「なんでやねん」

 

ハジメの呟きが"洞窟"内に反響する。

 

「……秘密の通路。隠すのが普通」

 

「……だよなぁ…」

 

呆れた口調でユエが呟くと、忍ががっくりした様子で"生お天道様はまだまだ先か"と愚痴を零していた。

 

「あ、あぁ…そうか。そうだよな…反逆者の住処への直通の道が隠されてないわけがないよな…うん…」

 

若干顔が赤くなったハジメがその事実に軽く頷いていた。

まさか、地上に出れるから少し浮かれていた、とは言えないハジメだった。

 

「……ハジメ、可愛い」

 

そんなハジメを見てユエがクスリと笑みを零す。

ユエの追撃にカーッとまた顔を熱くなるのを感じつつもハジメは外に向かって洞窟を歩いていく。

そんなハジメの後をユエと忍が追従していく。

 

3人とも暗闇を問題としないのでサクサク進む。

途中、いくつかの封印や罠があったものの、ハジメが所有するオルクスの指輪(大迷宮の攻略の証みたいなもん)が反応して勝手に解除されていく。

3人とも警戒はしていたのだが、特に何事もなく洞窟を進んでいった。

 

そして…

 

「お? なんか久方振りに見るような光が見えてきたな」

 

外に通じる出口を見つけた忍がそう言うと…

 

「「……………」」

 

ハジメとユエが無言のまま駆け出す。

ハジメと忍にとっては数ヶ月、しかしユエにとっては三百年以来となる本物の日の光である。

どうして止められようか?

それをわかっているように忍は後ろからゆっくりとした歩調で2人を追う。

 

そうして先に洞窟の外に出た2人は…

 

「……戻って、きたんだな……」

 

「……んっ」

 

感極まったかのように…

 

「よっしゃあああああ! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおお!!」

 

「んっーーー!!」

 

ハジメがユエを抱き締めてその場でクルクルと回り出す。

どこぞの映画のワンシーンか、と後から出てきて2人の様子を見た忍はそう思ったそうな…。

 

「すぅ……ふぅ……空気が、美味い…」

 

そうは言っても忍もまた深呼吸して外の空気を吸いつつも、やっと出てこれたんだと実感して感慨に耽っていた。

 

そんなハジメ達だが…外の空気やら喜びを堪能している合間に…

 

『グルルルル…』

 

すっかり魔物に囲まれてしまっていた。

 

「ったく、無粋な奴等だな。え~っと…」

 

ハジメが場所の確認をしようと地形を見回すと…

 

「……乾いた砂の匂いと、樹海特有の木々の匂いが左右からするな。そして、この断崖絶壁……ここはライセン大峡谷ってとこじゃね?」

 

忍が覇狼から得た嗅覚を用いてこの場所を特定する。

 

「……ん、シノブの言う通りかも。ここ、魔力が分解される」

 

ユエが忍の推測を後押しするように魔法を行使しようとするが、上手く発動出来ていない。

 

「じゃあ、ユエさんは控えてた方がいいのでは? 無理して使うよりも温存してた方がいいと個人的には思うが…」

 

そんな風に忍が言うが…

 

「……ん、問題ない。力づくでいく」

 

どうにも殺る気なユエはそんな風に返す。

 

「力づくって…効率は?」

 

「……十倍くらい」

 

それを聞いてハジメがユエの頭をポンポンと叩くと…

 

「やめとけ。ここは俺と忍だけで問題ないから」

 

「……でも…」

 

「いいからいいから、適材適所だ。ここは魔法使いにとっては鬼門だろ? 任せとけって」

 

「……ん」

 

不承不承といった感じでユエが引き下がるのを見て…

 

「さて、奈落の魔物とお前達…どちらが強いか…少し試させてもらうぜ?」

 

ハジメがドンナー・シュラークを抜いてガン=カタの構えを取る。

 

「ん~…ハジメ1人だけでも十分じゃないかね?」

 

そう言いつつも、忍も一応というように銀狼と黒狼を抜いて二刀流の構えを取る。

 

「ライセン大峡谷の魔物っつたら相当凶悪って聞いてるしな。油断するなよ」

 

「今更油断するようなヘマはしねぇけどさ」

 

そんな軽口を叩きながら、ハジメと忍が同時に動く。

 

ズドンッ!!

斬ッ!!

 

銃声と斬撃音が響く中…魔物の蹂躙劇が幕を上げた。

 

 

 

蹂躙後…

 

「ふむ…」

 

「……どうしたの?」

 

ハジメがなんか納得いかないような顔をしているのでユエが尋ねる。

 

「いや、ここ本当にライセン大峡谷か? にしては魔物が雑魚にしか見えないんだが…」

 

「そりゃ奈落に比べたらなぁ………いや、俺らの感覚が麻痺ってるだけか?」

 

「……ん、2人が化け物過ぎるだけ」

 

ハジメと忍の化け物ぶりにユエは率直な感想を漏らす。

 

「酷ぇ言い様だな…」

 

「でも、この程度の魔物なら喰っても大してステータス上がらないかもだしな…」

 

「あぁ、それは言えてる」

 

そう言って屍の山に興味を失った2人はこれからの方針を考える。

 

「……偏食家?」

 

「ユエにだけは言われたくない」

 

ハジメの血を定期的に飲んでいるユエにだけは言われたくないとハジメがツッコミを入れる。

 

「で、どうするよ? 今の俺らなら普通に断崖絶壁でも登れそうではあるけど?」

 

「いや、ここは大迷宮があると目されてる場所だ。だったら探索しながら進もう」

 

「OK、親友。で、進路はどうする?」

 

「樹海側だな」

 

「……何故、樹海側?」

 

「いや、峡谷抜けていきなり砂漠横断なんて嫌だろ? 樹海側なら町なんかも近そうだしな」

 

「……なるほど」

 

大体の方針が決まったところでハジメは指輪型アーティファクト『宝物庫』から魔力駆動二輪を二台取り出す。

ハジメの乗る方は『シュタルフ(ハジメ命名)』、忍の乗る方は『アステリア(忍命名)』と呼称する。

 

それぞれの車体にハジメと忍が跨ると、ユエはハジメの後ろに横乗りに座る。

このバイクにはエンジンがないが故に魔力の直接操作によって直接車輪関係の機構を動かしている。

言わば、魔力操作の延長である。

速度調整は魔力量次第なのだが、ことライセン大峡谷に関しては長時間の運用は難しいかもしれない。

 

忍の嗅覚で樹海側へと迷いなく走行する姿は傍目から見ると異様な光景だ。

馬でもないのに、しかも馬すら軽く凌駕する速度で走っているので知らない人が見たら驚くことこの上ない。

それに加えて大迷宮の入り口を探したり、ハジメは迫りくる魔物を近付ける前に処理しているのだが…。

 

そうしてしばらくツーリングの如く走っていると…

 

『ゴォアアアア!!!』

 

魔物の咆哮が聞こえてきた。

今まで出会ったライセン大峡谷の魔物とは一線を画すような、なかなか大物のような咆哮だ。

ハジメと忍がバイクをその場に停める。

 

「忍、どのくらいで接敵する?」

 

「ん~…もう少しかな? おや? 何やら別な匂いもしてくるが、追われてるのか?」

 

「……追われてる?」

 

忍の索敵情報にユエが首を傾げていると…

 

「お、見えてきた」

 

「……なんだ、あれ?」

 

「……兎人族?」

 

「なんでこんなとこに? 兎人族ってこんな谷底が住処なのか?」

 

「……聞いたことない」

 

「あれじゃね? 罪人とかそういうので谷に突き落とされたとか?」

 

「あぁ、確かそんな処刑方法もあったな…」

 

「……悪ウサギ?」

 

そんな風に前方からやってくる二頭を持つティラノから逃げるようにピョンピョン逃げ惑ううさ耳を生やした少女を見ての感想を言い合う。

 

"助ける"という選択肢をこいつらは持っているのだろうか?

いや、ハジメに関しては既にこの世界に見切りをつけているので、メリットがない限り助けるなどしないだろう。

あと、興味がないのと面倒事に関わりたくないという本心もあった。

その変心と鬼畜ぶりに忍は明後日の方向を見ていた。

 

しかし、そんな呑気に見ていた三人組をうさ耳少女が発見したようで岩陰に隠れつつも凝視していた。

その岩も二頭ティラノの爪によって粉砕されると、ゴロゴロと転がりつつもその勢いを殺さず、"ハジメ達の方に"逃げてきた。

 

「おい、親友。うさ耳っ娘がこっちに来るぜ?」

 

バイクに跨ったまま前傾姿勢で様子を見てた忍がハジメに告げる。

 

「だずげでぐだざ~~い!! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずげでぇ~、おねがいじまずぅ~~!!」

 

よほど必死なのか、濁点が多い叫びが峡谷に木霊してハジメ達の耳にも届く。

 

「うわっ…モンスタートレインかよ。勘弁してくれ」

 

「……迷惑」

 

「まぁ、この後のことを考えれば面倒事しかきっとないわな…」

 

忍もだんだんこの2人に毒されているのか、助ける素振りを見せない。

ハジメが視線を逸らしたのを感じたのか…。

 

「まっでぇ~~!! みずでないでぐだざい~~!! おねがいでずぅ~~!!!」

 

一体どんだけの涙を垂れ流したら気が済むのか、というぐらいに涙を流して懇願するうさ耳少女。

 

だが、後ろの二頭ティラノもまたハジメ達を見つけてしまった。

それ故に…

 

『『グルゥアアアア!!!!』』

 

咆哮と共にハジメ達にも殺意を向けてしまった。

 

「アァ?」

 

己に向かってくる殺意に敏感なハジメは二頭ティラノの殺意に反応し、不機嫌な声を漏らした直後…

 

ドパンッ!!

 

反射的にハジメがドンナーを抜いて引き金を引いていた。

その弾丸はうさ耳少女のうさ耳の間を神がかり的に通り抜け、今にもうさ耳少女を食べようとしていた二頭ティラノの片割れを撃ち抜いていた。

その結果、撃ち抜かれた頭は地面に激突し、もう片方の頭もバランスを崩して倒れてしまう。

その衝撃でうさ耳少女はハジメの方に吹き飛ぶ。

 

「きゃあああ~~!! た、助けてくださ~~~い!!」

 

と迫ってくるうさ耳少女(見た目かなりボロボロ)を…

 

「アホか。図々しい」

 

シュタルフを即座に後退させて避けていた。

 

「えぇ~~!!?」

 

ベチャ、という音と共にハジメの眼前に落ちるうさ耳少女。

うつ伏せとなったうさ耳少女はピクピクと動いているので気絶はしていないようだが、痛みで動けないらしい。

 

「なぁ、親友。そこは普通受け止めてやるべき場面だと思うんだが?」

 

至極真っ当なことを言っているが、自分の方に飛んできたら果たして忍も受け止めていたのか…?

 

「ならテメェが受け止めりゃいいだろうが…」

 

とハジメに返されたので…

 

「あ、ごめん。なんか心躍らなかったから無理」

 

忍も忍で酷い言い草である。

やはり、毒されてきたか?

 

「……面白い」

 

ユエもユエでハジメの肩越しからうさ耳少女の醜態を見てこれまた酷い感想を述べた。

 

そうこうしてる間に倒れてた二頭ティラノ(?)が立ち上がり、邪魔だとばかりに今まで一緒にいただろうもう片方の頭を食い千切ってペッして、見た目とバランスの悪い普通のティラノっぽくなって怒りの眼光を携えつつ咆哮しながらハジメ達に突進してくる。

 

ビクッと震えたうさ耳少女はバッと立ち上がるとハジメの後ろに隠れてしまう。

 

「おい、こら。存在自体がギャグみたいなうさ耳! なに勝手に人を盾にしてやがる。巻き込みやがって、潔く特攻して来い!」

 

ハジメのコートをギュッと握って離しませ~んと言いたげなうさ耳少女は…

 

「い、嫌です! 今離したら絶対に見捨てる気ですよね!?」

 

「当たり前だろ? 何故、見ず知らずのウザうさ耳を助けなきゃならん」

 

「そ、即答!? 何が当たり前ですか! あなたにも善意の心はありますでしょう!? いたいけな美少女を見捨てて良心は痛まないんですか!?」

 

「んなもん奈落に置いてきたわ。つか、自分で美少女とか言うな」

 

「な、なら助けてくれたら………そ、その貴方のお願いを、な、何でも一つ聞きますよ?」

 

あざとい仕草でハジメを見つめるうさ耳少女…。

顔が鼻水や涙で汚れてなければさぞ絵になったろう。

 

そんなハジメとうさ耳少女の様子をユエは実に面白くなさそうに、片や忍は楽しげに見ていた。

 

「いらねぇよ。てか、汚い顔を近付けんな。汚れるだろうが」

 

そして、ハジメはそんなうさ耳少女の懇願を一刀両断した。

 

「き、汚い!? 言うに事欠いて汚いとは何ですか!? 断固抗議しま…『グルゥアアアア!!!』…ひぃ~!? お助けぇ~!」

 

いい加減、存在を無視され続けていたティラノが怒りの咆哮を上げ、うさ耳少女がハジメとユエの間に割り込もうとする。

それをユエがゲシゲシと足蹴りしているが、頬の足跡つけようが絶対に離れませ~~んとばかりにまたハジメにしがみついてしまった。

その様子を見てて盛大に爆笑する忍にイラっとするハジメはドンナーの銃口を忍に向ける。

 

本当に無視され続けてイラっとしているのはティラノの方だが…。

それを気にする者などこの場にはいない。

 

しかし、もう我慢ならんとばかりに突進してきたティラノに対する答えは…

 

ズドンッ!!

 

ハジメのシュラークによる即時発砲だった。

その弾丸を頭に受け、ティラノはドスン!という音と共に地に伏せ絶命した。

 

「へ?」

 

その音にビックリしたうさ耳少女は前方を見て絶句する。

 

「し、死んでます……ダイヘドアが一撃でなんて…」

 

うさ耳少女は目の前に二頭ティラノ("ダイヘドア"と言うらしい)を見て硬直していた。

その間にもハジメを掴む手は緩まず、ユエの足蹴りも続いており、うさ耳が微妙にハジメの眼をペシペシしていた。

 

「ぷっ…くくく…」

 

そんなアホみたいな状況に笑いを堪えずにいる忍に対して…

 

「おら、いい加減鬱陶しい! 忍、テメェもだ!」

 

脇下にあったうさ耳少女の脳天に肘鉄を入れてからドンナーを忍に向けて発砲する。

 

「へぶぅ!?」

 

「よっと」

 

呻き声を上げて地に伏せるうさ耳少女と、黒狼を掲げて少し抜いて弾丸を斬ってやり過ごす忍。

 

「ちっ…」

 

舌打ちしながら魔力をシュタルフに流し始めようとするハジメ。

 

「逃がすかぁ~!!」

 

それを察知したのか、ハジメの腰に纏わりつくうさ耳少女。

 

「先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの1人、シアと言いますです! とりあえず、私の家族も助けてください!」

 

うさ耳少女…シアはお礼と共に仲間も助けてくれと懇願した。

 

「ぷくく…あれだけの仕打ちをされておきながら、なかなか図太い神経してんな。なぁ、親友?」

 

「はぁ…」

 

忍の呟きにハジメは深いため息を吐いていた。

そして、シアに声を掛けるでもなく…

 

「アバババババアバババ!?!?」

 

ハジメは纏雷を発動してシアを感電させていた。

命を奪うようなことはしないが、身動き取れなくする程度には感電させたのだ。

 

「ったく、非常識なウザうさ耳だった。ユエ、忍、行くぞ」

 

「……ん」

 

「あいよ」

 

しかし…

 

「に、逃がじまぜんよぉ~!!」

 

感電させたはずのシアがハジメの足にしがみつく。

 

「わぉ、凄ぇ根性…いや、執念か?」

 

流石に感電してもなお起き上がるとは思わず、ハジメも忍もバイクに魔力を注ぐのを忘れてしまった。

 

「お、お前はゾンビか何かか? それなりの威力でやったんだが……なんで動けんだよ? つか、ちょっと怖くなってきたんだが…」

 

「……不気味」

 

「流石に必死過ぎやしないか?」

 

若干引き気味の3人の反応に…

 

「うぅ~、何ですか! その物言いは! さっきから肘鉄とか足蹴りとか、ちょっと酷過ぎませんか!? 断固抗議します! お詫びとして家族を助けてください!」

 

まだ言うか、と呆れて物も言えない感じのハジメだったが…

 

「ったく、何なんだよ? とりあえず、話を聞いてやるから離せ。ってこら、人の外套で顔を拭くんじゃねぇ!!」

 

話を聞いてやると言った途端、パァっと笑顔になったシアはさりげなくハジメの外套で顔を拭っていた。

その動作にイラっとしたハジメは再びシアに肘鉄をかます。

 

「ふぎゅっ!? ま、また殴りましたね!? 父様にも殴られたことないのに! よくも私のような美少女を、そうポンポンと………はっ!? まさか、殿方同士の恋愛にご興味が……だから私の誘惑をあっさりと拒否したんですね! そうなんで『ガンッ!!』あふんっ!?」

 

そう言いながらもチラリと忍を見てからハジメを再度見た瞬間、ハジメから踵落としがシアの脳天に突き刺さった。

 

「誰がホモだ、誰が。このウザうさ耳め。チラッと忍の方も見やがって…気持ち悪い想像しちまうとこだったろうが。まぁ、とりあえずお前のギャグだか誘惑だか知らんが、誘いに乗らないのはお前よりも遥かにレベルが高い美少女がすぐ隣にいるからだ。ユエを見て堂々と誘惑出来るお前の神経がわからん」

 

ハジメがシアの言葉でユエから疑惑の眼差しを向けられたが、ハジメの後半の言葉で頬を赤くして身体をくねくねしていた。

 

「親友。それは惚気ではないか?」

 

「うるせぇぞ、忍。あと、さっきユエから微妙な視線を向けられたんだが?」

 

「それこそ知らんよ。てか、冤罪だ」

 

微妙に忍の方にも被害が出たようだが、気にしない方向にシフトした。

 

ちなみに今更ながら3人の格好だが…

 

ユエは上に前面にフリルをあしらった純白のドレスシャツを着て、下はこれまたフリル付きの黒色ミニスカートを穿き、その上から純白に青のラインが入ったロングコートを羽織り、足元にはショートブーツにニーソである。

 

ハジメは黒に赤のラインが入ったコートと、その下に同じように黒と赤で構成された衣服を纏っている。

 

忍は上に紺色のシャツを着て、下に黒の長ズボンを穿き、その上からロングコート状の黒衣を羽織り、足にはコンバットブーツ風の靴を履いており、両腿にアドバンスド・フューラーのホルスターと腰とベルトの間に銀狼と黒狼を差している。

 

衣服に関してはユエがオスカーの衣服に魔物の毛皮などの素材を用いて仕立てたもので、高い耐久力を有する防具としても機能する逸品である。

但し、ハジメには完成品を、忍には落ちた時の服装と失敗作を織り交ぜて見繕ったような品を送る辺り、ユエの中での基準が何なのかわかるというものだ。

送られた時の忍は『まぁ、そんなこったろうと思ったよ』と人知れず涙を流したらしい。

 

まぁ、それは置いといて…そんなユエを見たシアは「うっ」と僅かに怯む。

 

しかし、シアも客観的に見れば普通に美少女であることには間違いない。

少し青みがかったロングストレートの白髪に、蒼穹の瞳、眉やまつ毛まで白く、肌の白さとも相俟って黙っていれば神秘的な容姿とも言える。

手足もスラリと長く、うさ耳やうさ尻尾がふりふりと揺れる様は愛らしく見える。

何より…ユエにはないものがある。

それは…胸だ。

いや、ユエもあるにはある。

しかし、比べてしまうと…シアの方がご立派な巨乳の持ち主であり、ボロボロな衣服のせいで固定もろくにしてないのか、シアが動く度に(誇張ではなく)ぶるんぶるんと揺れて自己主張しているのだ。

 

まぁ、それだけのものをお持ちなら自分の容姿に自信があったのだろうが…ハジメは見向きもしない。

故にシアは言ってしまった。

言ってはいけないことを…。

 

「で、でも! 胸なら私が勝っています! そっちの女の子はペッタンコじゃないですか!」

 

"ペッタンコじゃないですか"

"ペッタンコじゃないですか"

"ペッタンコじゃないですか"

 

大事なことなので3回ほどやまびこ(?)を利用して繰り返しました。

 

くねくねしてたユエの動きがピタリと止まり、前髪で目元が見えなくなる。

ハジメと忍は「あ~あ」と言いたげな顔で天を仰いだり、視線を逸らしていた。

シュタルフから降りたユエは…

 

「"嵐帝"!」

 

魔法(怒りによって効率的に10倍あっても問題ないよ!)で竜巻を発生させると、シアを吹き飛ばして10秒後にグシャという音と共にハジメ達の前に墜落した。

頭から地面に突き刺さったシアに…

 

「「南無」」

 

ハジメと忍は合掌を捧げた。

ユエがとことことハジメの元に戻ってきてから一言。

 

「……おっきい方が好き?」

 

「…………………」

 

何とも答えに困る質問をしてきて視線で忍に助けを請う。

ハジメの意図を察した忍は…

 

「ん~…俺の彼女はわりかし巨乳ちゃんだからな。悪い、無理」

 

とあっけらかんに助けるのは無理だと答えていた。

というか…

 

「お前、彼女いたのか!?」

 

初めて聞く情報…新事実にハジメは目を剥いて驚いていた。

 

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

「聞いてねぇよ!」

 

"あれ~?"と思いながら記憶を探って右手を左手にポンとする。

 

「あ、そっか。あの召喚された昼休みの、前日の放課後に告ってOK貰ってさ。そのことを自慢しながら飯食おうと思ってたんだよ。そしたら色々起き過ぎてて言うの忘れてたわ」

 

相変わらずというか何というか…趣味が悪いとも言えるが、そんなことはどうでもよくてハジメはさらに問いかけた。

 

「お前、それ…付き合って1日も経ってねぇんじゃ…」

 

「そうなんだよ。付き合って1日もしない内に俺が行方不明だからさ。悪いことしたなぁ…あ、ちなみにあの時の弁当は彼女作だ」

 

"そんな情報、いらねぇよ"とか"彼女をほっぽって友人と飯食うか、普通"とか色々と考えるハジメだった。

というか、あの召喚に巻き込まれるとか間の悪いことこの上ない。

いや、ある意味で召喚した神が悪いとも言える。

 

「ちなみに相手は誰だ?」

 

頭痛そうにハジメが尋ねると…

 

「うちのマネージャーの明香音」

 

シレッと言い放つ。

 

「お前のクラスのアイドルじゃねぇか!? よくOKされたな……確か、あの娘、告られても絶対に断るって有名だったはず…」

 

「ん~…まぁ、あいつとは幼馴染みだしな。そろそろ告ろうとも思ってたし」

 

「テメェ、王道なテンプレ属性持ちじゃねぇか!」

 

「まぁ、あいつが告られるっていうのを聞く度に自分でもわかるくらいにイラついてたしな。だからこの際、俺のモノにしようと思ってさ」

 

「その発想はちょっと変化球過ぎないか?!」

 

「そうか?」

 

そんな会話を繰り広げていると…

 

「あ…やべぇ…」

 

そこで忍はある事実に思い当たり、ちょっと暗い顔をする。

 

「どした?」

 

「いや、奈落に落ちて家族に会いたいって願った時、明香音を思い出すの忘れてた…」

 

「そんなん知るかぁ!!」

 

「よほど切羽詰まってたか? くっ…帰れたとして明香音になんて詫びを入れればいいんだ!」

 

「だから知らねぇよ!!」

 

物凄くどうでもいいことを悩む忍にハジメは盛大なツッコミを入れた。

 

「……ハジメ?」

 

「なんだよ!?」

 

ユエに声を掛けられてハジメはユエの方を向く。

 

「……さっきの答え」

 

「うぐっ…」

 

結局そこに戻るのか、と軽く絶望を覚えたハジメだが…

 

「ユエ、大事なのは大きさじゃない。相手が誰か、そこだと俺は思うんだ」

 

「…………………」

 

ハジメのその答えにジトーっとした目を向けるユエだが、無言でハジメの後ろに腰掛ける。

ただ、忍とのコントじみたことをしていたせいか…

 

「うぅ…酷い目に遭いました。こんな場面、見えてなかったのに…」

 

シアが復活してハジメの外套の端を握っていた。

もちろん、逃がさないようにだ…。

 

「くそ、忍の意外な情報に惑わされて逃げ遅れた…」

 

「それは俺が悪いのか?」

 

ハジメの文句に忍は首を傾げる。

 

「はぁ…で? お前は何者だ? つか、話聞くっつたんだからさっさと話せ」

 

仕方ないとばかりにハジメはシアの話を聞くことにした。

それを聞いてうさ耳がピコンと動かしながらも姿勢を正して真剣な表情を作るシア。

 

「改めまして、私は兎人族ハウリアの長の娘、シア・ハウリアと言います。実は…」

 

そこからのシアの話はこんな感じだ。

 

シア達、ハウリアと名乗る兎人族は『ハルツィナ樹海』にて数百人規模の集落を作ってひっそりと暮らしていた。

 

そも"兎人族とは?"という疑問だが、他の亜人族に比べて聴覚や隠密性に優れているもののスペック的には他よりも低く、性格も皆温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族である。

また、総じて容姿が優れており、エルフのような美しさとは異なった可愛らしさがあるので、帝国などに捕まって奴隷にされた時は愛玩用として人気の商品になるという。

 

話を戻そう。

そのハウリア族にある日異常な女の子が生まれた。

兎人族は基本的には濃紺な髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だった。

しかも亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力操る術と、とある固有魔法まで使えたのだ。

 

当然ながら一族は大いに困惑した。

兎人族として、否、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。

しかもその子は魔物と同じ力を持っているなど…普通なら迫害の対象となるところだが、そこは亜人族一とも言われる家族への情が深い種族。

ハウリア族はその女の子を見捨てず、16年間育ててきた。

 

しかし、ハルツィナ樹海の深部に存在する亜人族の国『フェアベルゲン』に女の子の存在が知られれば処刑されてしまう。

亜人族にとって魔物とはそれほどまでに忌み嫌われており、不倶戴天の敵なのである。

国の規律にも魔物を見つけ次第、出来るだけ殲滅しなければならないというものもあり、過去魔物を逃がした人物は追放処分を受けたとも言われている。

さらに被差別種族ということもあり、魔法を振りかざす人間族や魔人族にも良い感情を持っていない。

樹海に侵入した魔力を持つ他種族は総じて即殺が暗黙の了解になっているくらいだ。

 

しかし、16年の苦労も虚しく、遂に女の子の存在がバレてしまった。

故にハウリアは決断した。

フェアベルゲンに捕まる前に一族全員で樹海を出て北の山脈地帯に逃げようと…。

 

だが、現実はそう簡単にはいかないものだ。

樹海を出た途端、運悪く帝国兵に見つかり、訓練か巡回中かはわからなかったが、一個中隊規模と遭遇したハウリアは南に逃げるしかなかった。

女子供を逃がすために男が帝国の追手を妨害するが、結果はあまり芳しくない。

それも当然だろう。

争い事を嫌う亜人族と魔法を使える訓練された兵士。

その差は歴然とも言える。

 

全滅を避けるため必死に逃げ続けた結果、ライセン大峡谷に辿り着いたハウリアは苦肉の策として大峡谷へと足を踏み入れる。

魔法の使えない峡谷まで帝国兵も追ってくるとは思えず、ほとぼりが冷めるまで峡谷に身を潜めることにしたのだ。

峡谷の魔物に襲われるか、帝国に奴隷として連れてかれるか…どちらが早いかという賭けだ。

だが、予測に反して帝国兵は一向に撤退する気配がなく、小隊が峡谷の出入り口に陣取って兎人族が魔物に襲われて出てくるのを待っていた。

そうしてる内に今度は魔物に襲われ、峡谷の奥へと逃げる羽目になる。

 

「気がつけば、60人はいた家族も、今は40人程に…。このままでは全滅してしまいます! どうか助けてください!」

 

そう言って懇願するシアの姿は最初見た残念さとは打って変わって真剣そのものだった。

 

「どうするよ、親友?」

 

あまりにも真剣な懇願に忍はハジメの答えを聞く。

 

「…………………」

 

ユエもじっとハジメを見る。

 

そして、意見を求められたハジメの答えは…

 

「断る」

 

これ以上ないくらい端的な言葉だった。



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第十一話『ハウリア族との合流』

「断る」

 

そんな端的な言葉を言い放ったハジメ。

 

…………………

 

一拍の静寂の後、ハジメはこれ以上話すことはないな、という感じでシュタルフに魔力を通し始める。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと!? 何故です!? 今の流れはどう考えても『なんて可哀想なんだ。安心しろ! 俺が何とかしてやる!』とか言って爽やかに微笑むとこですよ!? 流石の私もコロッといっちゃうとこですよ!? なに、いきなり美少女との出会いをフイにしてるんですか!?」

 

そんなシアの叫びを無視してハジメがシュタルフを動かそうとすると…

 

「あっ、ちょっと待ってください! 逃がしませんよぉ~!」

 

シアがハジメの足にしがみついて発進を妨害する。

 

「親友。参考までにどうして断るのか聞いてもいいかい?」

 

 

シアの必死っぷりを見て笑う忍がハジメに尋ねる。

 

「そんなんメリットがないからに決まってるだろ」

 

「ほぉ?」

 

「帝国から追われてるわ、実質樹海から追放されてるわ、こいつは厄介事のタネにしかならん。つまり、今のとこ俺にとってはデメリットしかない。仮に峡谷を抜けたとしても、"その後は?"ってことになる」

 

「まぁ、普通に考えるなら今度は北の山脈まで連れてってとか言われそうだな」

 

「うぐっ…」

 

痛いことを突かれたのかシアがどもる。

 

「俺らにも旅の目的がある。それを寄り道ついでに解決する程、暇でもないしな」

 

「そ、そんな……でも、守ってくれるって見えましたのに!」

 

ハジメはさっきから感じてた疑問を口にする。

 

「さっきから妙な言い回ししてるが、そりゃどういう意味だ? お前の固有魔法と関係あるのか?」

 

それに対してシアは…

 

「あ、はい。"未来視"と言いまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるのか? みたいな……あと、危険が迫っている時は勝手に見えたりもします。まぁ、見えた未来が絶対とは限りませんが…」

 

そこまで言ってシアはハッとする。

 

「そ、そうです! 私、役に立ちますよ!? "未来視"があれば危険もわかりますし! 少し前に見たんです! 貴方達が私達を助けてくれる姿が! 実際、貴方達とちゃんと出会って助けられました!」

 

その説明を聞き、顔を見合わせる3人。

そして、代表してハジメと忍がシアに尋ねる。

 

「そんな凄い固有魔法持っててなんでバレてんだよ。危険を察知出来るんならフェアベルゲンの連中からにもバレなかったんじゃねぇのか?」

 

「だね。どうしてその時に限って魔法が発動しなかったんだい?」

 

それを言われ、シアは壊れた機械みたいにギギギと顔を逸らしながら答える。

 

「えっと…じ、自分で使った後はしばらく使えなくて…」

 

「バレた時、既に使ってた後か…」

 

「ちなみに何に使ったんだい?」

 

「その…友人の恋路の行方が気になって…」

 

「ただの出歯亀じゃねぇか!」

 

「うぅ~…猛省しておりますぅ~」

 

「やっぱダメだわ。なにがダメって、こいつ自体がダメだ。この残念ウサギが!」

 

もう呆れて物も言えなくなったのか、問答無用で発進しようとした時…

 

「……ハジメ、連れて行こう」

 

「ユエ?」

 

まさかのユエからの援護である。

 

「!? 最初から貴女のこと良い人だって思ってました! ペッタンコなんて言ってごめんな、あふんっ!?」

 

最後まで言い終わる前にユエから痛烈なビンタを貰う一言余計なシアだった。

 

「……樹海の案内に丁度いい」

 

「あ~」

 

言われてハジメもそのことに気付く。

 

そもそも樹海は亜人族以外では必ず迷うと言われているため、兎人族の案内があれば心強い。

一応、樹海を迷わず進むための対策も練ってはいるが、若干乱暴なやり方なので確実とは言えない。

最悪、現地の亜人族を捕虜にして道を聞き出すというのも考えていたハジメは、そこで考えを改める。

せっかく自ら進んで案内してくれる亜人族がいるのだから、それはそれで正直有難い。

だが、シア達は色々厄介事を抱えているので、そこがネックだと考えが逡巡する。

 

「……大丈夫、私達ならどんな障害も捩じ伏せられる」

 

それは地上に舞い戻る時、魔法陣の前で言ったハジメの言葉だ。

 

この世界に対して遠慮はしないという意志の表れ…。

兎人族を協力を得れば断然、樹海の探索が楽になる。

それを帝国兵だの亜人族だのと揉める可能性があるから避けようなどとは、"舌の根の乾かぬ内"と自分で言ってるようなものだった。

もちろん、好き好んで厄介事に頭を突っ込む気はないが、ベストな道があるのにそこから目を逸らし、ましてや敵の存在を理由に逃げるなどあり得ない。

奈落の底で培った価値観…それは、己の道を阻む敵は"殺してでも"排除し、己の道を往くことだ。

 

「……あと、シノブもシノブで人が悪い」

 

「はて、何のことやら?」

 

そう言ってジト目で忍を見るユエだが、忍は知らんぷりである。

 

「……ハジメの行くべき道をわかってて傍観してた」

 

「そりゃあ、親友ですから。とは言え、口添えくらいはしようと思ったよ? その前にユエさんが今の親友の根幹を思い出させたようだけど」

 

そこまで言われちゃ仕方ない、とばかりに忍は言葉を漏らす。

 

「……ちなみどんなこと言うつもりだった?」

 

「ん~? こんなとこで逃げ腰になるなんて親友らしくないぞ、とかかな?」

 

「……むぅ~」

 

「ハッハッハッ。まぁ、ユエさんよりも付き合いが長いからな。昔の親友も嫌いじゃないが、今の親友も嫌いじゃないからさ」

 

伊達に親友と名乗っているわけではない、と言いたげな表情で忍はユエに言う。

 

「……昔のハジメ…」

 

「奈落に落ちる前の…温厚で心根の強い、優しい奴だった頃のことさ」

 

懐かしむように忍が呟いた後…

 

「(ちなみに一人称は"僕"だったぞ?)」

 

「(……!? 聞いてみたかった…)」

 

ユエにだけ伝わるように念話でそんな情報を流出させてユエがガックリさせたとか。

 

「おい、忍。勝手に人の過去を暴露してんじゃねぇよ」

 

「ハッハッハッ、気にしない気にしない。で、結局どうするよ?」

 

「決まってる。おい、残念ウサギ。喜べ、お前達を樹海の案内に雇わせてもらう。報酬はお前等の命だ」

 

助けてやる代わりに樹海を案内しろと言いたいのだろうが、言葉遣いが既にヤの人だ。

 

「あ、ありがとうございます! よがっだよぉ~、ほんどうによがっだよぉ~」

 

それを聞いてまたも泣き出すシア。

 

「あ、あの! では、改めてよろしくお願いします! えっと、皆さんのことは何と呼べば…」

 

そういや、まだ名乗ってなかったと思い当たり…

 

「俺はハジメ。南雲 ハジメだ」

 

「……ユエ」

 

「紅神 忍ってもんだ。ハジメと同じく忍の方が名前で、紅神がファミリーネームだ」

 

そんな風に名乗った一行。

 

「ハジメさんに、ユエちゃんに、シノブさんですね」

 

何度か反芻して名前を覚えたシアだったが…

 

「……さんを付けろ。残念ウサギ」

 

「ふぇ!?」

 

ユエが絶滅したはずの吸血鬼族で遥か年上だと簡単に説明するとシアが土下座する勢いで謝っていた。

ユエらしからぬ命令口調にハジメと忍は怪訝な表情を見せたが、ユエの視線の先を追ってそれを察したが口には出さなかった。

誰だって後が怖いもの…。

 

とにもかくにもシアを後ろに座らせ、ユエがハジメの前に座ることでやっと出発した。

ちなみに何故、ハジメの後ろかと言えば…単に忍が先行したからである。

シアの案内がなくてもシアで兎人族の匂いを覚えた忍が先行してハウリアの生き残りを保護しておくことにしたからだ。

ただでさえ急を要する案件なのですぐに動ける忍が先行することにしたのだ。

 

シアを乗せたハジメは道中でシアにハジメやユエ、忍の存在やら使ってる武器や乗り物がアーティファクトみたいなものだと簡潔に説明しながら進んでいた。

 

「えっと…つまり、お三方とも魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると…?」

 

「あぁ、そうなるな」

 

「……ん」

 

それを聞いてハジメの肩に顔を埋めたシアは、泣きべそをかいていた。

 

「……いきなりなんだよ? 騒いだり落ち込んだり泣きべそかいたり…情緒不安定なやつだな」

 

「……手遅れ?」

 

「手遅れってなんですか!? 手遅れって! 私は至って正常です! ただ……一人じゃなかったんだなって思ったら、なんだか嬉しくて…」

 

「「……………………」」

 

そんなシアの言葉に押し黙ってしまうハジメとユエ。

 

魔物と同じ性質や能力を有するということは、それだけこの世界では異端なことであり、孤独を感じられずにはいられないだろう。

 

そんな中、シアは…同じ先祖返りのユエと、ユエ達とは過程は異なるが魔力操作を習得したハジメと忍に出会った。

それがどれだけ幸運なことか…。

 

逆にユエは300年前…そういった同じ先祖返りをした"同胞"とは会えずにいたし、結局は家臣の裏切りでオルクス大迷宮に封印されてしまった。

 

そういう複雑な感情を持ったユエだったが、ハジメが頭をポンポンと撫でていた。

ハジメもまた日本という恵まれた環境にいたし、ユエの感じている孤独を真に理解は出来ないために言葉が見つからない。

それでも"今は"1人ではないということを示したかった。

 

すっかり変わってしまったハジメだが、身内にかける優しさはある。

それは苦楽を共にした親友の存在があったからか、それともユエという大切な存在を出会ったからなのか…。

ハジメが外道に堕ちなかったのは…ひとえに一緒に奈落に落ちて共に戦ってきた親友と、奈落の底で出会ったユエがいたからかもしれない。

だからこそハジメの人間性は保たれている。

その証拠にハジメはシアとの約束を守る気だ。

樹海を案内させたらハウリア族を狙う帝国兵への対処も考えている。

 

それがユエにも伝わったのか、ユエはハジメに体を預けていた。

まるで甘えるかのように…。

 

「あの~、私のこと忘れてませんか? ここは『大変だったね。もう1人じゃないよ。傍にいてあげるからね』とかそういうのを言う場面だと思いません? 私、コロッと堕ちちゃいますよ? チョロインですよ? なのに、せっかくのチャンスをスルーして、なに2人の世界を作ってるんですか! 寂しいです! 私も仲間も入れてくださいよ! 大体、シノブさんを先に行かせて迷子になってたらどうするんですか!? 私の案内もなしにどうやって…」

 

「「少し黙れ、残念ウサギ」」

 

「………はい……うぅ、ぐすっ……」

 

そんなハジメとユエの言葉に静かに涙するシアだった。

 

………

……

 

少しだけ時間を遡り、先行した忍はというと…

 

「(こっちか…)」

 

匂いを頼りに先行した忍は魔物の咆哮が聞こえるのを確認した。

 

「(いっちょ派手に行きますか!)」

 

前方に見える大岩向こう側で怒声や悲鳴が聞こえてきたのと複数の匂いを感じ取りながらウィリー走行で大岩へと車体を乗り上げる。

キュルキュルと音を上げながら大岩を登り、一気に加速して飛び出す。

 

「いやっほぉぉぉぉ!!」

 

そう高らかに叫んで空中に躍り出ると…

 

『ガアアァァァ!!』

 

目の前に体長三~五メートルはありそうな尻尾の先がモーニングスター状のワイバーン系の魔物がいた。

そのワイバーンもどきは六体いて空中で旋回していたのだ。

その内の一体がちょうど目の前にいた感じである。

忍の叫びに何事かと岩陰に隠れていた兎人族もひょっこり顔を出して空を見ていた。

 

「おらぁ!!」

 

そのまま車体を横に向けてワイバーンもどきの一体に体当たりをかます。

 

『ギャアアァァァ!!?』

 

体当たりを食らったワイバーンもどきが苦しそうな絶叫を上げる。

 

「こういうアクションを一度でいいからやってみたかった!」

 

テンション高めにそんなことを言いながらアドバンスド・フューラーRを抜くと、その弾丸を撃ち出す。

 

ドゴンッ!!

 

ハジメのドンナー・シュラークよりも威力が高いそれはまさに大砲並みの轟音を響かせ…

 

ドグシャッ!!

 

旋回していたワイバーンもどきの内、一体の頭部を木っ端微塵に吹き飛ばしていた。

 

このアドバンスド・フューラーは一度に二発の弾丸をほぼ同時に撃つ機構だ。

一条の軌跡に見えたとしても実際はその一条の軌跡の中に二発の弾丸が流れている。

そうすることで通常の射撃でも硬い甲殻を持つ魔物に対して有効な一手を取ることが出来る。

但し、これが纏雷による電磁加速付きとなるとまた話は変わってくる。

ハジメが証明してるようにレールガン仕様ならよほど硬い敵でもない限り一発で何とかなるし、その部位が吹っ飛ぶこともある。

故にレールガン仕様を使う場面は限られる。

そうしないと弾がもったいないというのもあるし…。

 

そうこうしている間に頭部を失ったワイバーンもどきはそのまま地面に墜落し、生々しい音を立てて動かなくなった。

アステリアの車体を戻しながらズザァッと地面に着地した忍は、さっき体当たりした一体に向かって追撃とばかりに引き金を引く。

 

ドゴンッ!

 

『ギギャアアアァァァ!?!?』

 

態勢を立て直してるところに胴体に数穴開けられて絶叫するワイバーンもどき。

 

「うるせぇっての」

 

アステリアから降りつつ、騒いでいるワイバーンもどきの頭に銀狼を投擲して黙らせる。

 

『ッ!?!?』

 

それが喉に当たる部位に突き刺さり、声が出なくなる。

 

「空力+神速」

 

ダダダダンッ!!!

 

何やら空気が破裂するような音と共に一瞬の間に落ちてくるワイバーンもどきから銀狼を回収すると、空高くに忍の姿が現れる。

右手にアドバンスド・フューラーR、左手に白銀に輝く刀を持って…。

 

「さて…次はどいつが墜ちるよ?」

 

そう言いながらワイバーンもどきを一瞥すると…

 

「ま、逃げようとしても墜とすがな」

 

とワイバーンもどきに死刑宣告を送っていた。

 

「まずひと~つ!」

 

瞬時にアドバンスド・フューラーRを旋回して様子を見てる内の一体に向けて発砲した。

 

「ふた~つ!」

 

空力で空を駆けるように走って一体の首を銀狼で斬る。

 

「み~っつ!」

 

そしたらば斬り落としたワイバーンもどきの体を蹴って突撃してきた一体の上に躍り出ると、即座に片翼を斬り落として背中に着地すると、そこから銃弾を二回ほど浴びせ…

 

「よ~っつ!」

 

仲間の仇とばかりに最後の一体が尻尾による攻撃を仕掛けてきたが、その尻尾の先を斬り落とし、その先っぽをサッカーボールよろしくリフティングした後…

 

「シュートッ!!」

 

その先っぽを思いっきり蹴って最後の一体の口の中にシュートを決めてから…

 

ドゴンッ!!

 

ダメ押しとばかりに銃弾を先っぽで塞がった口の中へと撃ち込む。

 

そうして結果的に全てのワイバーンもどきを空の上で倒し切った忍は墜落するワイバーンもどき達を尻目に空力でアステリアの元へと上手く着地する。

 

「ふぅ…いい仕事したぜ」

 

先に銀狼を鞘に収めてからアドバンスド・フューラーRの空薬莢を取り出し、リボルバーとマガジンの再装填をしてからホルスターに収め、掻いてない汗を拭う仕草をしながらそんなことを言い放つ。

一応、ハジメからいくつか予備の弾倉を貰い受けており、ロングコートの内側に収納していたりする。

ちなみに使い終わったマガジンの方は使い回すためにちゃんと回収している。

 

「は、ハイベリアが…こんなにあっさりと…」

 

それを見ていた兎人族の誰かがそんなことを漏らす。

 

すると…

 

「お~お~、これまた派手にやったな」

 

「……ん、流石化け物コンビの片割れ」

 

「うぇぇ!? は、ハイベリアが…こんなにたくさん…」

 

シュタルフで追いかけてきたハジメ達が到着したようだった。

ハジメはこの惨状を見て何故か感心したように頷き、ユエは呆れた様子で忍を見やり、シアはこの惨状に純粋に驚いていた。

 

『シア!?』

 

そこでハウリアの皆さんはシアに気付く。

 

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~」

 

ハジメの後ろでピョンピョン跳ねるシアだったが…

 

「鬱陶しいから跳ねるな」

 

ドンナーをシアに向けるといつの間にか換装したゴム弾(非致死性弾)をシアの額に向かって発砲する。

 

「はきゅんっ!?」

 

その反動でシアはシュタルフから落ち、後頭部が地面に当たり…

 

「ぬぉ~、頭が、あ・た・ま・がぁ~」

 

悶絶したようにその場でのたうち回る。

しかし、そこは見事な耐久性を見せるシア。

すぐさま起き上がると…

 

「うぅ…ユエさんとの扱いの差が酷い…。私にだって優しくしてくれてもいいじゃないですか~」

 

しくしくと泣きべそをかく。

 

「……………………」

 

とりあえず、眼が鬱陶しいと言わんばかりのハジメだったが、これ以上泣かれても面倒だったので宝物庫から予備のコート(色は白)をシアの頭に出していた。

別にみすぼらしい服がさらにみすぼらしくなったのを気遣ってとかではない。

単に泣かれるのが鬱陶しいと思ったからだ。

 

「ふぇ?」

 

それがコートだとわかると、シアも泣き止んだ。

それどころかコートを頭から被ってもじもじとし始める。

 

「も、もう…ハジメさんったら素直じゃないですね~。ユエさんとお揃いだなんて……お、俺の女アピールですか? ダメですよぉ~。私、そんな軽い女じゃないですから、もっとこう、段階を踏んで~」

 

「(絶対に違うと思う)」

 

そんなシアを見ながら傍らで再びゴム弾をドンナーに装填するハジメを見て、アステリアを手で引っ張りながらハジメ達の元に向かう忍はそう思った。

 

「お疲れさん」

 

「おう。ここにいたハウリア族は助けておいたぜ?」

 

シアに再びゴム弾を発砲したハジメは忍を迎える。

 

「1人も脱落者はいないな?」

 

「あぁ、匂いも確かめたが、ここにいた全員は助けれたはずだ」

 

「そうか」

 

ハジメと忍がそんな会話をしてる間に…

 

「シア! 無事だったのか!」

 

「父様!」

 

濃紺色の短髪にうさ耳をは生やした初老の男性がシアに話し掛けていた。

その後ろには生き残ったハウリア族一同もいた。

しばしシアと話し合った後、初老の男性がハジメと忍に声を掛ける。

 

「えっと…ハジメ殿とシノブ殿、でしたか? 私はカム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、なんとお礼をして言えばいいのか。しかも、脱出まで助力してくださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

 

初老の男性…カムが頭を下げると、後ろに控えていたハウリア族一同が共に頭を下げてきた。

 

「ハッハッハッ、別に大したことはしてないから頭を上げなって。な、親友」

 

そう言って忍がハジメの首に腕を回して笑う。

 

「まぁ、礼は受け取っておく。だが、樹海の案内と引き換えなんだ。そこは忘れるなよ? つか、随分とあっさり信用してきたな。亜人族は人間族に良い感情を持ってないと聞いてたんだが…」

 

「そういや、そうだな」

 

ハジメが忍の腕から抜け出しながら尋ね、忍も首を傾げる。

 

「シアが信頼する相手です。ならば我々も信頼しなくてどうします。我等は家族なのですから…」

 

その答えにハジメは感心半分呆れ半分といった風の表情だった。

さしもの忍も苦笑を浮かべている。

 

「えへへ、大丈夫ですよ、父様。ハジメさんはこう見えて約束を利用したり、希望を踏み躙るような外道じゃないです! ちゃんと私のことを守ってくれたりしましたし、シノブさんにも皆を助けるように先行するように言ってましたし」

 

「あはは、そうかそうか。つまり、ハジメ殿は照れ屋なんだな。それなら安心だ」

 

そんな会話をしたせいか、ハジメが再三のゴム弾を装填し始め、それを忍が肩をポンポンと叩きながら抑えようとしていた。

もちろん笑いを堪えながら…。

 

だが、ここで思わぬ追撃が…

 

「……ん、ハジメは(ベッドの上では)照れ屋」

 

「ユエ!?」

 

「親友もユエさんの前では形無しだねぇ~」

 

ユエの思わぬ言葉にゴム弾装填の手を止めるハジメだった。

 

「ともかく先に進もうぜ? こんなとこでグダグダしてたらまた魔物に見つかっちまう」

 

「そうですな。では、皆。ハジメ殿とシノブ殿の後ろについていくぞ」

 

忍の言葉にカムも同意し、仕方なくハジメと忍の先導で一行はライセン大峡谷の出口を目指すのだった。



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第十二話『ハルツィナ樹海への道のり』

うさ耳42人をぞろぞろと引き連れて峡谷を歩くハジメとユエ。

ちなみに忍は最後尾で警戒態勢を取っている。

 

普通なら絶好の獲物として魔物達がこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいなかった。

前門の化け物と後門の化け物が襲ってくる魔物を逐一撃破しているからだ。

ハジメはドンナー・シュラークによる銃撃、忍は風爪から派生した飛爪を刀の斬撃と共に放ってだ。

そんな光景に兎人族は唖然とし、ハジメと忍に畏敬の念を抱いていた。

特に小さな子供達に限っては総じてそのつぶらな瞳をキラキラさせてハジメと忍をヒーローみたいな風に見ていたが…。

 

「ハッハッハッ、そんなに見つめられるとお兄さん的には恥ずかしいじゃないか」

 

そんな子供達に向かって忍は陽気な声を掛けていた。

片手間に魔物を斬撃飛ばして斬っているが…。

 

「だが、気分的には悪くない。お兄さん達は強いだろ~?」

 

『うん!』

 

「ハッハッハッ、そうだろうそうだろう。だが、お兄さん達も最初から強かったわけじゃないんだ。色々な強敵との戦いがあったからここまで強くなれたのだよ」

 

そう言って軽いウィンクをしてみせる。

そんな風に妹達がいたので子供相手にもサービス精神旺盛な対応をしてみせる最後尾の忍だった。

しかもしっかり"お兄さん"と言ってる辺り、"おじさん"呼びをさせない伏線を張っているようにも感じる。

 

そんな忍に比べて…

 

「……………………」

 

ハジメは無言で子供らのキラキラ視線に居心地悪そうな感じで魔物を処理していた。

 

「シノブさんはなんだか手慣れてますね~。ふふふ、ハジメさんも手くらい振ってあげたらどうですか~? うりうり~」

 

忍の子供への対応を見てか、ハジメにもそういうことをさせようとするシアにイラっとしたハジメは、ドンナー側にゴム弾を装填してシアの足元へと発砲した。

 

「あわわわわわっ!?」

 

ゴム弾を避けるためとは言え、変なタップダンスの如く躍るシアを見て…

 

「はっはっは、シアがあんなに懐いて。よほどハジメ殿が気に入ったのだな。シアももうそんな年頃か。父様は少し寂しいよ。だが、ハジメ殿なら…」

 

カムがちょっと方向性の違う感想を漏らす。

他の兎人族もハジメとシアの様子に生暖かい眼差しを向けていた。

 

「いや、おかしいだろ? この状況のどこを見てそんな感想を抱ける?」

 

「……ズレてる」

 

ユエの言うようにちょっとズレてる、もしくは相当な天然が入っているのだろう。

それは兎人族全体なのか、ハウリア族特有なのかは…わからない。

 

そうこうしてる間に一行はライセン大峡谷の出入り口付近まで辿り着く。

 

「……………………」

 

ハジメが遠見で岸壁に沿って削って作られたような立派な階段を確認していた。

 

「(親友)」

 

と、そこへ忍から念話が届く。

 

「(どした?)」

 

「(人の匂いがする。おそらくは帝国兵だろう。数は…ざっと30人程度かな?)」

 

「(そうか)」

 

短い返事に忍は…

 

「(……なぁ、親友。やっぱ、"殺す"のか?)」

 

ハジメにそう尋ねていた。

 

「(そういえば、お前と俺は決定的に違うところがあったな)」

 

「(あぁ…親友と共に歩いてきたつもりだが、それは奈落で親友が変心した後の話だ。俺は…いざ"人"と出会い、殺し合いをすることが出来るか、少し自信がないな)」

 

そんな心情を漏らしていた。

そう…奈落の底ではハジメと共に魔物を喰らってきた忍だが、ことその精神はまだ化け物とは言い難い。

"人"を殺す…。

それに対して戸惑いと忌避感を持つ。

人間…いや、特に未だ日本人としての感覚を持っている忍からしたら帝国兵との遭遇は…正直、嫌な出来事だった。

 

「(だったら、後ろで見てろ。そうすりゃお前に変な十字架を背負わせないからな)」

 

「(親友…)」

 

「(別にお前を想ってのことじゃねぇよ。足手纏いになるくらいなら前に出てくるなってことだな。半端な覚悟の奴に背中を任せるよりも、自分でカバーした方が効率的だしな)」

 

そんなハジメの言葉に…

 

「(半端な覚悟、か……確かにそう言われても仕方ないか…)」

 

忍は暗い感じで自虐的に言いつつも…

 

「(覇王ってのは…そんな半端な覚悟じゃ務まらないわな…)」

 

己がどういう存在で、どういう覚悟で覇王の能力を求めているのか…それを改めて考え直したのか…

 

「(………うっし、いっちょやったるか!)」

 

今度は晴れやかな声音の念話がハジメの頭に流れ込んできた。

 

「(……いいんだな?)」

 

「(あぁ。邪魔する敵は神だろうと噛み砕く。それが…俺の往くべき覇道だからな)」

 

「(なら、せいぜい頼りにしてやる。半端なことをするんじゃねぇぞ?)」

 

「(応さ!)」

 

そこで念話を終了させると、今度はシアがハジメに話し掛けていた。

 

「あの…ハジメさん。もしも、まだ帝国兵がいたら……どうするのですか?」

 

「? どうする、とは?」

 

「今まで倒してきたのは魔物です。でも、帝国兵は…人間族です。ハジメさんと同じ……それでもハジメさんは、それを使うのですか?」

 

ドンナーを見つめるシアの質問にハウリア族も神妙な面持ちでハジメを見た。

だが、ハジメの答えは…

 

「それがどうかしたのか?」

 

なんとも淡白な反応だった。

その答えにキョトンとしてしまうハウリア族。

 

「敵なら殺す。それがどんな存在だろうとな」

 

端的にして今のハジメを体現する言葉に…

 

「で、でも…同族と殺し合うなんて…」

 

シアが狼狽える様に言葉を発する。

 

「それに、だ。俺はお前等が樹海探索に役立つと思ったから雇ったんだ。んで、それまでに死なれちゃ困るから守ってるだけ。断じて、お前等に同情したとか、義侠心に駆られて助けてる訳じゃない。ましてや、今後ずっと守ってやるつもりも毛頭ない。それは覚えてるだろう?」

 

が、ハジメが間髪入れずに言葉を紡ぐ。

 

「うっ…はい…」

 

「だから、樹海探索の仕事が終わるまでは守る。自分のためにな。それを邪魔する奴等は魔物だろうが人間族だろうが関係ない。俺の道を阻む敵は殺して進む。それだけだ」

 

「な、なるほど…」

 

ハジメの考えを聞いて納得してしまうシア。

 

「はっはっはっ、何ともわかりやすくていいですな。樹海の案内は任せてくだされ!」

 

それを近くで聞いていたカムが快活に笑う。

 

そして、一行は階段を登り、ライセン大峡谷を脱出するのだった。

 

だが、そこで待ち受けていたのは…

 

「おいおい、マジかよ! 生き残ってやがったのか……隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ。こりゃあ、良い土産が出来そうだ!」

 

忍の情報通り30人ほどの帝国兵がいた。

周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。

皆、カーキ色の軍服らしき衣服を着ていて、剣や槍、盾を装備していた。

 

彼らはハジメ達が現れたことに驚いた様子を見せたものの、すぐさま品定めするかのような視線となる。

 

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

 

「おお! ますますツイてるな! 年寄りは別にいいが、あれは絶対に殺すなよ?」

 

そう言いながら下卑た表情で兎人族を見る帝国兵。

だが、小隊長と呼ばれた男がハジメや前に出てきた忍の存在にやっと気付く。

 

「なんだぁ? お前達は誰だ? 兎人族…じゃねぇよな?」

 

「あぁ、人間だ」

 

「右に同じく」

 

ハジメと忍が互いに人間族だと言うと、小隊長は勝手に2人のことを奴隷商だと推測すると…

 

「まぁいい。お前等みたいな小僧の奴隷商なんかお呼びじゃないんだ。さっさと、そいつらをこっちに引き渡せ」

 

と、自分の要求…というよりも命令がすんなり通るとでも言いたげな小隊長に対し…

 

「断る」

 

ハジメがこれまた端的に答える。

 

「……はぁ?」

 

何を言われたのかわからず…いや、聞き間違いだと思って再度命令するも…

 

「何度も言わせるな。断ると言ったんだ。お前の耳は飾りか?」

 

というハジメの言葉に小隊長は怒りを露にする。

 

「……小僧、口の利き方に気を付けろよ? 俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか? それとさっきから笑ってるそっちの小僧…何が可笑しい?」

 

そんな小隊長の問いに…

 

「十全に理解している。誰もお前等よりも頭が悪いだなんて言われたくはないだろうな」

 

「ぷっ…いやぁ、親友が言う事実に笑いが堪えられなくてね。いやはや、すまんすまん」

 

完全に見下してるハジメと、バカにしてるであろう忍に小隊長の堪忍袋の緒が切れた。

 

「上等だ、テメェら! その四肢を八つ裂きにしてから兎人族を貰ってくぞ! ついでだ、そこの別嬪の嬢ちゃんを犯して奴隷商に売り払ってやんよ!!」

 

その言葉にハジメの眼に殺意が宿る。

ユエも前に出ようとするが、ハジメがそれを制止した。

その横で"あ~あ、地雷踏んだ"と言いたげな忍がいたが、帝国兵側はお構いなしだ。

 

「つまり、"敵"ってことでいいんだな?」

 

「あぁ!? まだ状況を理解してねぇのか!? テメェは震えながら許しをこ…『ドパンッ!!』…ッ!?」

 

小隊長がなにかを言い終える前に一発の銃声が響き、小隊長の頭を粉砕していた。

 

「忍、お前は(銃を)使うなよ?」

 

「了解」

 

ドンナー・シュラークでさえ、頭を吹き飛ばす威力なのだ。

忍のアドバンスド・フューラーなら弾の無駄使いになりかねないという判断からハジメが忍に釘を刺す。

忍もそれはわかっているのか、銀狼と黒狼を引き抜いていた。

 

小隊長がやられたせいか、一瞬身動きが取れなった帝国兵だったが、すぐさまハジメと忍に剣と槍を向けた。

 

「神速」

 

ブンッ!

 

という音と共に一瞬だけ忍の姿がブレる。

 

チャキッ…

 

それと同時にせっかく抜いた二刀を鞘へと収める忍の姿に首を傾げる帝国兵。

 

ズズ…

 

だが、首を傾げた瞬間…1人を除いて何故か視界が急降下していく。

そう、まるで首から上が地面に落ちるような…。

 

ドガァァンッ!!

 

それと時を同じくして後衛の魔法を詠唱していた10人単位が凄まじい爆発と共に絶命する。

ハジメが金属の破片を組み込んでいた"破片手榴弾"を転がしていたのだ。

その爆発に巻き込まれて7人くらいも重傷を負うが、ハジメがドンナーで追撃して殺す。

 

残った帝国兵は忍が斬らなかった1人となってしまう。

 

「おい」

 

そんな帝国兵にハジメが近寄り、声を掛ける。

 

「ひ、ひぃ!? く、来るなぁ!?」

 

怯えた様子でその場にへたり込む帝国兵。

 

「た、頼む! 殺さないでくれ! な、なんでもするから…命だけは!!」

 

命乞いをする帝国兵にハジメは…

 

「そうか? なら、他の兎人族がどうなったか教えてもらおうか。結構な数が居たはずなんだが…全部、帝国に移送済みか?」

 

ドンナーで肩をトントンと叩きながら質問する。

 

「……は、話したらに逃がしてくれるか?」

 

「はて、お前達は命乞いしてきた奴に同じことをしたのか? てか、お前達にそんなことを言う権利なんてない。なんなら今、逝っとくか?」

 

ゴリッとドンナーの銃口を帝国兵の頭に押し当てると…

 

「ま、待て! 待ってくれ! 話す、話すから! 多分、全部移送済みだと思う。に、人数を絞ったから…」

 

その言葉を聞いてハジメはチラッとハウリア族を見てからもう用済みとばかりに…

 

ドパンッ!!

 

帝国兵の脳天を撃つ。

その容赦のなさにハウリア族はハジメに恐怖を抱いたかのような視線を向けてしまう。

 

そんな中…

 

「……一度、剣を抜いた相手に対して相手が強かったからと見逃すのは都合良過ぎ。あと、守られてる立場でそんな目でハジメを見るのもお門違い…」

 

ユエがそんなことを言い放っていた。

もちろん、その言葉の矛先はハウリア族である。

 

「ふむ、ハジメ殿、申し訳ない。別に貴方に含むところがあった訳ではないのだ。ただ、こういう争いに我等は慣れていないのでな。少々、驚いただけなのだ」

 

「ハジメさん、すみません…」

 

一族を代表してカムとシアがハジメに謝罪するが、ハジメは気にしてないと手をヒラヒラさせるだけだった。

 

それからハジメは無傷の馬車と馬の所に行ってハウリア族を手招きする。

宝物庫からシュタルフとアステリアを取り出すと、それぞれを馬車に繋げていた。

これで徒歩半日のところを短縮出来るだろう。

馬に乗れる者は馬に乗り、残りは馬車の中へと入り、いざ樹海へと発進する。

 

ちなみに帝国兵の死体はユエが風の魔法で谷底に落としていた。

 

………

……

 

それからしばらくハジメと忍が牽引する馬車と馬を駆る兎人族一行だったが…

 

「……………………」

 

ハジメが心ここにあらずといった感じで遠くをボーっと見ていた。

 

「(親友。安全運転、安全運転)」

 

そんなハジメに忍から念話が入る。

 

「(忍。お前はどうだった?)」

 

「(人殺しについてかい? 正直、夢に出てきそうだよ)」

 

「(お前、そんなにメンタル豆腐だったか?)」

 

「(ハッハッハッ、返す言葉もない。そういう親友は?)」

 

「(いや、特に何も感じなかった)」

 

「(そこまで変心してたのか…)」

 

忍がハジメの変心ぶりに驚いていたが…

 

「(ま、でも…親友は親友だしな。俺も慣れるとまではいかないが、割り切れる様に頑張るさ)」

 

すぐさまそのように念話を返していた。

それから忍から引き継ぐようにユエがハジメに話し掛けていた。

 

「……ハジメ、どうして忍と一緒に戦ったの?」

 

「色々と確認したくてな」

 

「……確認?」

 

「あぁ…」

 

そこでハジメは今回の帝国兵との一件でわかったことをユエに伝えた。

 

一つ、銃弾に使う炸薬量の調整に目処がついたこと。

流石に街中で使うには威力が強過ぎるとのことで微調整が必要だった。

それを今回の戦いで微調整が可能になりそうだということ。

 

一つ、自分と忍が初めてになる人を殺しての実感をどういう風に受け止められるかどうか。

圧倒的な力を持つ化け物コンビでも"人"を殺すのは初めてだったのでどんな風になるのか確かめたかったのだ。

忍はしばし咀嚼の時間が欲しいらしいが、ハジメは特に何とも思わなかったらしい。

 

「……そう…大丈夫?」

 

「あぁ、自分の変心っぷりには驚いて少し感傷に浸ったが……それが今の俺だしな。これからもちゃんと戦えると確認出来たのは僥倖さ」

 

そんな風に話し合っていると…

 

「あ、あの! お2人のことを教えてください!」

 

「? なんだよ、また急に…」

 

「能力とかのことは聞きましたけど…何故、奈落? という場所にいたのかとか、旅の目的とか、今まで何をしていたのかとか…そういう話を聞きたいです!」

 

「……ま、別にいいけどな…」

 

何気にハブられている忍のことも付け加えて、ハジメは今までのことをシアに話して聞かせた。

ちなみにシアはハジメの後ろの座席に座っており、ユエはハジメの前に座っていたりする。

 

その結果…

 

「うぇ、ぐすっ…酷い…酷過ぎまずぅ~。ハジメさんもユエさんも、シノブさんは若干ですが…可哀想ですぅ~」

 

「お~い、聞こえてるからな? 俺も確かに自分でも微妙には思ってたけど、扱いの差が微妙なのも地味に傷ついてるからな~?」

 

隣を走行してる忍からシアに苦言が届くが…。

 

「私、決めました! お三方の旅に私もついていきます! えぇ、ついていきますとも!」

 

何故かそんなことを言い出すシアでしたが…。

 

「現在進行形で守られてる脆弱ウサギが何を言ってやがる。完全に足手纏いだろうが…」

 

「………………………」

 

「いやぁ…流石にそれはちょっと…」

 

前の2人からは冷たい視線を向けられ、隣からも微妙な視線を向けられる。

 

「な、なんて冷たい目をするんですか!? 私のハートをブレイクさせる気ですか!?」

 

そんなことを言うシアだったが…

 

「お前、単純に旅の仲間が欲しいだけだろ?」

 

「!?」

 

ハジメの言葉にビクリと体が反応する。

その反応でハジメは"やっぱりか"と言いたげな目になる。

 

一族の安全が確保出来たらシアは一族から離れる気でいた。

そこに現れた"同類"の3人。

圧倒的とも言える強者と一緒なら心配性な家族も説得出来るかもしれない。

あとは…シアの興味か。

 

「別に責める気はない。だが、俺達の目的は七大迷宮を攻略し、神代魔法と覇王の能力を得るための旅だ。恐らくは奈落と同等か、それ以上の魔窟だ。そんなところにお前を連れてっても瞬殺されるのがオチだ。だから同行させる気は毛頭ない」

 

キッパリと言い切ったハジメに、シアはぐうの音も出ない程に落ち込んでしまった。

それからシアは何かを考えるかのように黙ってしまったが…。

 

 

 

それから数時間でハルツィナ樹海に到着した。

 

「それではハジメ殿、ユエ殿、シノブ殿。中に入ったら決して我等から離れないでください。お三方を中心にして進みますが、万が一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下でよろしいのですな?」

 

「あぁ、聞いた限りだと、そこが本当の迷宮の関係してそうだからな」

 

カムの確認の声にハジメが答える。

 

「ハジメ殿。出来るだけ気配を殺してください。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近付く者はおりませんが…特別禁止されてるわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれない。我々は、その、お尋ね者なので見つかると厄介です」

 

「あぁ、わかってる。忍もユエもいいな?」

 

「……ん」

 

「気配消すって言われても加減がな~」

 

とりあえず、と言わんばかりに気配遮断を発動するハジメと忍だったが…

 

「?! これはまた…ハジメ殿、シノブ殿、出来ればユエ殿くらいに調整してくれませんか?」

 

「ん?」

 

「まぁ、そうだわな…」

 

カムに言われ、ユエと同じくらいの気配まで落ち着かせる。

 

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては我々でも見つけるのが困難でしたので…まぁ、ハジメ殿はともかく、シノブ殿は自力でなんとかしそうですが…」

 

「ん~…まぁ、俺には頼もしい鼻があるからな。この短期間で嗅ぎ慣れたアンタらの匂いから離れることはないだろうけど…やっぱ、未開の地だと不安だしな」

 

そんなことを言ってのけるのは…覇狼という覇王の力を獲得したが故だろうか?

 

「では、こちらに…」

 

カムの先導に従い、ハジメ達も移動を開始する。

 

途中、樹海の魔物にも襲われそうになったが、ユエ、ハジメ、忍の3人が軽やかに撃退していった。

もちろん、隠密行動を優先して派手な音を立てないように気を付けてだ。

 

しかし、世の中そうそう上手くいくものでもなく…

 

「そこの者達! 何故人間と共にいる! 種族と族名を名乗れ!!」

 

そう言って現れたのは…筋骨隆々の虎の亜人だった。

 

「あ、あの私達は……」

 

カムが上手く切り抜けようとするが…

 

「む? 白髪の兎人族? っ! もしや報告にあったハウリア族か!? 亜人の面汚しめ! 長年、同胞を騙し続けて忌み子を匿っていたばかりか、今度は人間族まで招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明の余地などない! 全員この場で処刑する! 総員、か…」

 

そこまで言ったところで…

 

ドパンッ!!

 

ハジメがドンナーを発砲し、虎の亜人の頬に擦過傷を付けていた。

ちなみに弾丸は背後の樹を抉り飛ばして樹海の奥に消える。

理解不能の攻撃に固まる虎の亜人。

 

そこに威圧を放ちながらハジメが言葉を紡ぐ。

 

「今の攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。周囲を囲んでる奴等も全て把握済みだ。お前等がいる場所は、既に俺のキルゾーンだと思ってくれていい」

 

「な、なっ…詠唱がっ…」

 

無詠唱、しかも見たこともない攻撃を連射することが出来る上、亜人側の位置も特定していると告げるハジメに二の句が紡げない虎の亜人。

さらにハジメは自然な動きでシュラークを抜いて霧の向こう側に銃口を向ける。

そこには虎の亜人の腹心の亜人がいたのか、動揺が伝播してくる。

 

「殺るというなら容赦はしない。約束が果たされるまで、こいつらの命は俺が預かってるからな。ただの1人でも生き残れると思うなよ?」

 

「ハッハッハッ、親友。それ、悪役の台詞だぜ?」

 

「うっせぇ」

 

そんなハジメを忍が笑っている。

そうしたやり取りをしているにも関わらず、ハジメの威圧は解けるどころか殺意まで乗り出し、忍からも得体の知れない感覚が襲い掛かってくる。

忍もまた覇気を発動させてみたのだ。

 

「(冗談だろ…こいつら、本当に人間か!? まるっきりの化け物じゃないか!)」

 

二重に襲い掛かってくる威圧と覇気に心潰されそうになりながらも虎の亜人は戦々恐々とする。

 

「だが、この場を引くと言うなら追いはしない。敵でないなら殺す理由もないからな。さぁ、選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか」

 

「もう悪役が板についてきたなぁ~」

 

という会話の後…

 

「……その前に一つ問いたい」

 

虎の亜人が聞いてくるので、先を促すハジメ。

 

「……何が目的だ?」

 

端的な質問ではあるが、目的によってはこの場を死地として挑む覚悟を持って虎の亜人は問うた。

 

「樹海の深部、大樹の下に行きたい」

 

「大樹の下に、だと? 何のために?」

 

それを聞いて若干の困惑を見せる虎の亜人。

 

「そこに、本物の大迷宮への入り口があるかもしれないからだ。俺達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアはその案内のために雇ったんだ」

 

「本物の迷宮? 何を言っているんだ? 七大迷宮と言えば、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰ることも出来ん天然の迷宮だ」

 

ハジメの言葉に虎の亜人はそう返すが…

 

「いや、それはおかしい」

 

「確かにな…」

 

「なんだと…?」

 

ハジメだけでなく忍まで話に加わってきて虎の亜人は大いに困惑した。

 

「攻略したからこそわかることもある。俺達はオルクス大迷宮…奈落の底100層を攻略してきたんだ」

 

「あぁ、その基準からしたら、ここの魔物は弱い」

 

「よ、弱い…?」

 

「それとな。大迷宮ってのは"解放者達"が遺した試練なんだよ。亜人達が簡単に深部に行けるのなら、それはもう試練になっていない。なら、樹海自体が大迷宮っていうのはおかしいんだよ」

 

「それとさ。大樹の下に行ったことがあるとして…拳大くらいの宝玉とか見たことある?」

 

「宝玉だと…? いや、見たことはないが…」

 

「ならここは大迷宮じゃないな」

 

ハジメの言葉と、忍のあっけらかんとした反応にますます虎の亜人は困惑の色を濃くする。

 

しかし、と虎の亜人は思う。

ここまで優位な状況で嘘を吐くものかと?

判断材料が少ない以上、現場の判断だけで簡単に通すわけにもいかなかった。

 

だから…

 

「……お前達が国や同胞に危害を加えないというのなら、大樹の下へ行ってもいいと、俺は判断する。部下の命を無駄にはしたくないしな。だが、一警備隊長の私如きが独断で下していい案件でもない。だから、本国にも指示を仰ぐ。お前達の話も、長老方なら知っておられる可能性が高い。お前等に…本当に含むところがないのなら、伝令を見逃し、私達と共にこの場にいてもらう」

 

そんな風に虎の亜人が最大限の譲歩だと言わんばかりのことを言うと…

 

「……………………」

 

ハジメはチラッと忍とユエを見た。

 

「「……………………」」

 

2人共、軽く頷いてみせる。

 

「……いいだろう。さっきの言葉、曲解せずに伝えろよ?」

 

「無論だ。ザム! 聞いていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

 

「了解!」

 

すると気配の一つが遠ざかっていく。

それを確認し、ハジメも威圧を解いてドンナー・シュラークをホルスターに戻す。

忍もまた覇気を解いていた。

正直、あっさりと警戒を解いたハジメと忍を虎の亜人は怪訝に思った。

中には"今なら"と血気に逸る者もいたようだが…

 

「お前達よりも俺の早抜き…いや、こいつの方が遥かに早く動ける。試すか?」

 

「……いや。だが、下手な真似はするな。我等も動かざるを得なくなる」

 

「わかってるさ」

 

「俺も無用な争いは避けたいからね」

 

そう言って互いにその場で待機することとなった。

 

 

 

そうしてしばらく……一時間くらいだろうか、とある気配が近付いてきた。

そこに現れたのは…森人族…要するにエルフといった種族の初老の男性と、複数の亜人達だった。

 

「ふむ…お前さんらが問題の人間族かね? 名は何という?」

 

「ハジメ。南雲 ハジメだ」

 

「俺は紅神 忍ってもんだ」

 

「で、アンタは?」

 

ハジメの言葉遣いに周囲の亜人達がざわつくが、森人族の男性が手で制す。

 

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座の一つを預からせてもらっている。さて、お前さんらの要求は聞いておる。しかし、その前に聞かせてもらいたい。"解放者"と宝玉について何処で知った?」

 

「うん? オルクス大迷宮の奈落の底…解放者の1人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」

 

「ちなみに"覇王"ってのも知ってるからな?」

 

ハジメの訝しげな返答と、忍の一言にアルフレリックは内心驚く。

 

「奈落の底、か。聞いたことないが…証拠はあるか?」

 

それを聞き、ユエの言葉もあって奈落で入手した魔石やオルクスの指輪をアルフレリックに見せた。

 

「なるほど。確かに、お前さん達はオスカー・オルクスの隠れ家に辿り着いたようだな。それに古の覇王様のことまで…。他にも色々と気になるところはあるが……よかろう。とりあえず、フェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許可しよう。あぁ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

そのアルフレリックの言葉に亜人達が騒然となった。

当然ながら抗議もあった。

しかし、アルフレリックはハジメ達を客人として迎えないとならない古い掟があることを話した。

 

また、ここで重要な事実が発覚。

大樹の下は特に霧が濃く、亜人でも方向感覚が狂うという。

一定周期で霧が弱まるので、その時に行けば大樹の下に行けるのだそうだ。

亜人なら誰でも知っている事実だと言うが…。

 

それを今思い出したのか、カムが「あっ」と声を漏らし、それを指摘しなかったシア以下のハウリア族もユエのお仕置き対象となったのであった。



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第十三話『フェアベルゲンにて』

濃霧の中を虎の亜人…『ギル』というらしい、の先導でフェアベルゲンへと向かう。

 

ハジメ、ユエ、忍、ハウリア族、アルフレリックを中心に周囲を亜人達で固め、一時間ほど歩いている。

そうしてしばらく歩いていると、霧の晴れた場所に出る。

但し、晴れたと言っても霧が完全に晴れたわけではなく、一本真っすぐな道が出来ていてまるで霧のトンネルのような感じである。

よくよく見れば道の端に誘導灯のように青い光を放つ拳大の水晶が地面の半分に埋められている。

そこを境界線に霧の侵入を防いでいるようにも見える。

 

「それは、フェアドレン水晶と言って、あれの周囲には何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶を囲んでいる。まぁ、魔物に関しては"比較的"という程度だが…」

 

「なるほど。そりゃ、四六時中霧の中じゃ気が滅入るよな」

 

「確かに…移動するならともかく、住んでるんだから霧くらい少しは晴らしたいわな」

 

周期的に次に大樹の下に行けるのは十日後だったので、一行はフェアベルゲンに一時的に滞在することになったのだ。

そうしてフェアベルゲンの入り口たる巨大な門まで辿り着くと、ギルが門番に合図を送る。

 

ゴゴゴ…

 

そんな重たい音を立てて門が開く。

周囲の樹からハジメ達に視線が突き刺さる。

人間族を招き入れるという事態に動揺が隠せないのだろうか。

アルフレリックがいなければ、門でまた一悶着あった可能性もある。

それを見越していたとしたらアルフレリックは大物に違いない。

 

「「……………………」」

 

「ほぇ~…」

 

門を潜ったハジメとユエは無言だったが、忍はなんとも間抜けそうな声を漏らす。

 

そこはまるで別世界のような様相を呈していた。

直系数十メートル級の巨大な樹が乱立していて、その樹の中に住居があるようだ。

ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。

人が優に数十人規模で渡れるであろう極大な樹の枝が絡み合い、空中回廊を形成している。

樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物体や樹と樹の間を縫うように設置された木製の巨大な空中水路まである。

樹の高さはどれも二十階くらいはありそうである。

 

そんな光景にはさしものハジメとユエも驚いた様子だった。

 

「ふふ、どうやら我等の故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

 

3人の反応を見てアルフレリックが嬉しげにしていた。

 

「あぁ、こんな綺麗な街を見たのは初めてだ。自然と調和した見事な街だ」

 

「空気も美味いしな。奈落の底から出てきた時よりも、こう澄んだ感じがするというか…」

 

「ん……綺麗」

 

3人の感想にアルフレリックのみならず、その場にいた亜人達も態度は素っ気ないが、どこか誇らしげだった。

 

………

……

 

「……なるほど。試練に神代魔法、古の覇王様、そして神の盤上か…」

 

そして、アルフレリックの案内してもらった最上階の部屋でハジメ、忍、ユエの3人はアルフレリックと向かい合って話をしていた

内容はオスカー・オルクスに聞いた"解放者"達や神代魔法のこと、ハジメと忍が異世界から来たこと、七大迷宮の攻略のために旅をしていることなどだ。

ちなみにアルフレリックはその話を聞いても特に顔色を変えなかったので、ハジメが問うたところ『この世界は亜人に優しくないから、今更だな』ということらしい。

そのため、神への信仰心はなく、あっても自然への感謝の念だという。

 

「そういや、さっきも言ってたけど、古の覇王様って結構有名なのか?」

 

「いや、口伝で伝わっていた中に覇王様のこともあっただけだ。曰く『中心の"解放者"と共に七体の覇王が常に傍らにいた』と…その存在がどういうものかまではわからなかったが、我等は"古の覇王様"と呼んでおる。まぁ、口伝を知っている長老とごく一部の側近しか知らぬがな」

 

「ふ~ん…」

 

アルフレリックの言葉に忍はオスカー・オルクスの隠れ家に通ずる扉に描かれていた七体の獣の絵を思い出していた。

 

そして、アルフレリックもフェアベルゲンの長老達の座に就いた者に伝えられる掟を話した。

それはこの樹海の地に七大迷宮の紋章を持つ者が現れたなら、それがどのような者であれ敵対しないこと、それとその者を気に入ったのなら望む場所に連れていくことという、なんとも抽象的な口伝だった。

これはハルツィナ樹海の大迷宮の創始者『リューティリス・ハルツィナ』が自らを"解放者"という存在であることと仲間の名前と共に伝えたものだという。

ちなみに"解放者"がどのようなものかまでは伝えなかったようだ。

フェアベルゲンが出来る前からこの地に住んでいた亜人達の一族が代々口伝として伝えてきたのだとか。

 

そして、アルフレリックがハジメ達を案内したのにも理由があった。

それはオルクスの指輪の紋章が、大樹の根元にある七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったというのだ。

 

「つまり、それで俺達は資格を持ってることになったのか」

 

そう言って妙に納得した様子のハジメ。

 

しかしながら、そんな情報が末端まで行き届いてるはずもなく、当然反発が起きることは目に見えている。

それをこれから話そうとした時、下の階から騒ぎが起きる。

 

どうやら他の長老がハウリア族に対して思うところがあるようだ。

しかもそこにハジメ達も現れるのだから険悪な状況と言ってもいいだろう。

あと、カムとシアも殴られた後のようだったが…。

 

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ? 何故、人間を招き入れた? こいつら、兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

そう言っているのは大柄な熊の亜人だった。

 

「なぁなぁ、狼の亜人っていないの?」

 

「お前、ホント狼が好きな…」

 

そんな場違いな反応を見せる忍にハジメは呆れていた。

 

「……なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解出来るはずだが?」

 

そんな忍の言葉を無視してアルフレリックが熊の亜人…『ジン』に答える。

 

「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来、一度も実行されたことなどないではないか!!」

 

「だから、今回が最初になるだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我等長老の座にある者が生きてを軽視してどうする?」

 

「なら、こんな人間族の小僧共が資格者だというのか?! 敵対してはならない強者だと!?」

 

「そうだ」

 

あくまでも淡々としたアルフレリックの返答にジンの怒り心頭と言った視線がアルフレリックに向くが、そぐにその視線をハジメと忍にも向ける。

 

フェアベルゲンには種族的に能力の高いいくつかの各種族を代表とする者が長老となり、長老会議という合議制の集会で国の方針を決めており、裁判的な判断も長老衆が行う。

この場にいるのは当代の長老達のようだったが、明らかに口伝に対しての認識度が違いそうだった。

 

「……ならば、今この場で試してやろう!!」

 

いきり立ったジンが、ハジメに向かって突進した。

 

ブンッ!

 

が、その前に一瞬でハジメの隣から移動した忍がひょいっとジンの足を引っ掛ける。

 

「なっ!?」

 

いきなり勢いが殺され、転びそうになるもジンは拳をハジメへと向けるのをやめなかった。

転びそうになっても拳を引かないのは戦士故の矜持か、それとも意地か?

 

「……………………」

 

そんな弱った拳とは言え、殺意を未だ向けてくるジンに対してハジメは…

 

ガシッ!!

 

あっさりとその拳を義手である左手で受け止めていた。

 

亜人の中でも熊人族は耐久力と腕力に優れた種族だ。

その豪腕はちょっとコケた程度で生温くなるようなものではない。

にも関わらず、ハジメは片手でそれを受け止めていた。

 

「忍が転ばしたのもあるが…温い拳だな? それに殺意を持って攻撃してきたんだ。覚悟は出来てるよなぁ?」

 

そう言うと、ハジメは左腕の義手を操って握力を高める。

 

「ぐぅ!? は、放せ!!」

 

必死にジンがハジメの手から抜け出そうとするも一向に抜け出せない。

それどころか…

 

バキッ!!

 

「ッ!?」

 

ジンの腕から鳴ってはならない破壊音が響いてくる。

声を出さなかったのは流石長老といったところだろうが、その隙を見逃すほどハジメも甘くはない。

 

「ぶっ飛べ」

 

一旦、ジンの拳を放すとすぐに距離を詰め、左腕で正拳突きでもするかのような構えを取ると…

 

ドガンッ!!

 

ハジメが保有してる技能『豪腕』も発動しながら義手で正拳突きを放つ。

それと同時に肘の部分から衝撃が発生し、飛び出した薬莢が宙に舞った。

 

容赦の欠片もない拳を受け、身体をくの字に曲げながら壁を突き破って虚空へと吹き飛ぶジン…。

しばらくして下方から悲鳴が上がってくる。

 

「それで? お前等は俺の敵か?」

 

それを尻目にハジメは長老達に問うた。

無論、それを見て頷ける者など、いはしないが…。

 

 

 

ハジメがジンを吹き飛ばした後、アルフレリックの執り成しと忍の説得によってハジメの殲滅タイムは回避された。

ちなみにジンは内臓破裂、ほぼ全身の骨が粉砕骨折という危険な状態であったが、一命は取り留めたようだった。

高価な回復役を湯水の如く使った結果だとか…。

但し、ジンはもう二度と戦士として戦える体ではなくなった、ということをお伝えしよう。

 

そして、現在…当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族(要するにドワーフ)のグゼ、そして森人族のアルフレリックが、ハジメや忍と向かい合って座っていた。

さらにハジメの左右にはユエとシア、忍の右ちょい後ろにカムが座り、その後ろにはハウリア族が固まって座っている。

長老衆は…アルフレリック以外が緊張感で強張っているが…。

 

「それで? アンタ達は俺等をどうしたんだ? 俺は大樹の下に行きたいだけだ。そっちが邪魔しなければ敵対することもないが……"亜人族"としての意思を統一してくれないと、いざって時にどこまでやっていいのかわからないと不味いよな? アンタ達的に。殺し合いの最中、敵味方の区別に配慮するなんぞ、俺もお人好しじゃないしな」

 

「ハッハッハッ、親友。だからそれ、悪役の台詞だって」

 

ハジメの言い分に忍は笑いながらツッコミを入れる。

しかし、今のハジメの発言に身を強張らせる長老衆だった。

忍の冗談も華麗にスルーされてしまった。

それに忍はやれやれと言った具合に肩を竦める。

 

「こちらの仲間を再起不能にしておいて、第一声がそれか。それで友好的になれるとでも…?」

 

長老の1人…グゼが呻くような声で呟く。

 

「あぁ? 何言ってんだ? 先に殺意を向けてきたのは、あいつだろ? 忍も邪魔はしたが、俺はそれを返り討ちにしただけ。再起不能になったのは…自業自得だろ?」

 

「き、貴様! ジンはな! ジンは、いつも国のことを思って!!」

 

「それが初対面の相手を問答無用で殺していい理由になるのか?」

 

「そ、それは……しかし!!」

 

「勘違いするなよ? 俺は被害者で、あいつは加害者だ。長老ってのは罪科の判断も下すんだよな? なら、そこんところ、長老のアンタらが履き違えるなよ?」

 

ハジメの正論にぐうの音も出ない様子のグゼ。

その様子からグゼはジンともかなり気心の知れた仲なのだとわかる。

そのグゼが立ち上がりそうになるのをアルフレリックが止める。

 

しかし、"だからどうした?"と言わんばかりのハジメの態度に…

 

「ふぅ、親友。あんま挑発するな。話が長引くぜ?」

 

「……………………」

 

忍に言われてハジメも黙る。

 

それからルアがハジメ達を口伝の資格者だと認め、他の長老も渋々といった感じで認める。

ただ…ジンはそれなりに尊敬されていたらしく、報復に出る者が現れる可能性が高いとのこと。

そうした場合、手加減してほしいともアルフレリックに頼まれた、ハジメは…それを断った。

殺意を向けてくる相手に手加減など出来ないからと、そうした事態に陥りたくないなら死ぬ気で抑えろとも言い放った。

 

だが、そこでゼルが口を挟む。

 

「ならば、我々は大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要ないとあるしな」

 

そこでハジメは訝しげな顔になる。

 

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしい魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分も決定している。つまり、貴様が大樹の下に行く手段はない。どうする? 運良く辿り着ける可能性に賭けるか?」

 

そこまで聞き…

 

「お前、アホだろ?」

 

「な、なんだと!?」

 

ハジメはゼルの言葉をアホと断じた。

それに目を丸くするのはゼルだけではなく、他の長老達やハウリア族も同じだった。

付き合いの長い忍は肩を竦め、ハジメのことなら何でもわかるユエはすまし顔だった。

 

「俺は…お前らの事情なんて関係ないと言ってるんだ。俺からこいつらを奪おうってんなら…つまるところ俺の行く道を阻むってことと変わらないだろう?」

 

そう言って泣きべそかいてたシアの頭をポンと撫でる。

 

「俺からこいつらを奪おうってんなら……覚悟を決めろ」

 

そう言って威圧を発動させて長老達を睥睨するハジメに…

 

「ハジメ、さん…」

 

シアは目を見開いていた。

ハジメとしては単純に自分の邪魔をするなら許さない、というニュアンスで言ったんだが…。

どうにもシアには別の意味でその言葉を捉えたらしい。

 

「(あ、これ…フラグ立ったか?)」

 

横目で見てた忍は内心で笑う。

 

「本気かね?」

 

アルフレリックの今までにない鋭い眼光がハジメを貫くが…

 

「あぁ、当然だ」

 

それでも揺るがないのが、今のハジメだ。

 

「フェアベルゲンから案内を出すと言っても?」

 

「何度も言わせるな。俺の案内人はハウリアだ」

 

「何故、彼らに拘る? 案内だけなら他の者でもよかろう?」

 

アルフレリックの言葉にハジメは…

 

「約束したからな。案内と引き換えに助けてやるってな」

 

「親友…」

 

奈落の底で生死の境を彷徨い、弱肉強食の中を生き抜いてきたハジメだが…それでも忘れてはならぬ仁義はあった。

それを繋ぎ止めたのは…間違いなく、忍とユエだ。

だからこそ、ハジメは譲らない。

その約束を破ってしまったら…繋ぎ止めてくれた親友と最愛に顔向け出来ないと考えているから…。

その姿に、忍はかつての温厚だった頃のハジメを重ねていた。

 

「長老方。我が親友は"敵"と認識した者に容赦はしない。だからここは引いてほしい。俺だってむやみやたらの殺戮は好まないのでね。そっちにも国としての威信もあるだろうけど…そんなん捨てた方が身のためだよ? これは覇王の魂を継ぐ者としてからの忠告、かな?」

 

「古の覇王様の魂を…!?」

 

「継ぐ者だと…?」

 

忍の発言に長老衆も驚きの声を上げる。

 

「そ。俺の天職は反逆者であり、固有技能は七星覇王。オルクス大迷宮の隠れ家にあった宝玉で『覇狼』って覇王の能力も継げたんでな」

 

「おい、忍」

 

あまり情報を開示するなという意味で忍に声を掛けるハジメだが…

 

「その覇王にも言われてるんだよ。立ちはだかる者は神だろうと噛み砕けってな。だから、親友の道を邪魔しないでやってほしい」

 

忍は構わずに続けた。

 

『……………………』

 

ハジメの決意と忍の言葉に長老衆は黙っていたが…

 

「……よかろう。ならば、南雲 ハジメの奴隷ということにでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、または奴隷として捕まったことが確定した者は…死んだものとして扱うことになっている。樹海の深い霧の中なら我等にも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に対して勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大しないように死亡として見なし、後追いを禁じている。既に死亡と見なした者達を処刑には出来ないよ」

 

「アルフレリック! それでは!?」

 

アルフレリックの言葉に他の長老達もギョッとする。

ゼルに至っては身を乗り出して抗議する。

それはやがて他の長老も巻き込んでの議論になっていく。

 

そんな中…

 

「あ~、盛り上がってるところ悪いが、シアを見逃すことについては今更だと思うぞ?」

 

その場の空気を敢えて読まないハジメは右腕の袖を捲って自ら魔力操作と纏雷を見せたのだ。

詠唱も魔法陣もなく魔法を発動したことに長老衆も目を見開いていた。

ついでにユエや忍もその化け物の類だと知らせるとより一層の動揺が広がった。

 

さっきまで不通に議論してたのに、今ではヒソヒソ話で議論している。

そして、結論が出たのか…。

 

「はぁ~、ハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、同じく忌み子南雲 ハジメの身内と見なす。そして、資格者南雲 ハジメに対しては、敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、南雲 ハジメの一族に手を出した場合は全て自己責任とする。以上だ。何かあるか?」

 

盛大な、深い溜息と共にアルフレリックが代表して答える。

 

「いや、何度も言うが、俺は大樹の下に行ければいいんだ。こいつらの案内でな。文句はねぇよ」

 

「そうか。ならば、早々に立ち去ってくれるか? ようやく現れた資格者を歓迎出来なくなったのは心苦しいが…」

 

「気にしないでくれ。全部譲れないこととは言え、相当な無茶を言った自覚もあるしな。むしろ理性的な判断をしてくれて助かったよ」

 

そんなハジメの言葉に苦笑するアルフレリックと、渋い表情をする他の長老達。

 

そうして結果的に助かったハウリア族を引き連れてフェアベルゲンを後にするハジメ達。

 

だが、全てが解決した訳ではない。

ハジメの庇護を失った後のハウリア族のこと、恐らくはジンの報復に来るだろう者達への対処など…ハジメはそれらの状況を把握しながら苦笑するのだった。

 

「狼の亜人と交流したかった…」

 

忍の嘆きは無視して…。

また、その忍にも色々な視線が向けられてることに忍自身も気付きながら…。



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第十四話『覇王の巫女』

フェアベルゲンを後にしたハジメ達は、大樹の近くに拠点を作るとハウリア族を鍛え上げることにした。

契約は『大樹の下に案内するまで守る』であるため、それが達成されたらハウリア族はハジメの庇護から離れることになる。

当然と言えば、当然な話だ。

ハジメによって拾った命を、自らが弱いという理由だけで諦めてしまうのか…。

 

答えは否だ。

シアもハウリア族もそのようなことでせっかく拾った命を散らしたくないのだろう。

 

そこでハジメはかつて自分が"無能"と呼ばれていて、奈落の底で強くならなければならなかったことも話した。

最初こそ困惑したハウリア族だったが、それでも強くなるために行動したハジメと今の自分達に何の差があるのか、と行動することを決意していた。

 

期間は大樹の下の霧が薄くなるまでの十日間のみ。

その間にハジメもまたハウリア族のために手を貸すことにした。

 

翌日から本格的な訓練を開始したのだが…。

ハウリア族…それとも兎人族だからだろうか?

魔物を一匹殺す度に三文芝居みたいないちいち大袈裟な演出が入ってしまう。

さらに花や虫を気にして動きがたまに変になることもしばしば…。

 

それに堪忍袋の緒が切れたハジメはどこぞの軍曹的な扱きにシフトした。

汚い言葉を浴びせ、銃を発砲し、精神構造から変えようとしたのだ…。

 

一方で、シアはというと…そんな風に一族が扱かれているなどと露とも思わず、ユエとの模擬戦風の訓練をしていた。

さらにこの模擬戦風訓練でシアがユエに傷一つでも付けれたら勝ち、という"ある約束"を賭けていた。

 

 

 

そして、今回も微妙にハブられ気味な忍はと言うと…

 

「親友が鬼軍曹になってらっしゃる…」

 

それはハウリア族を鍛えるハジメの姿を見た感想だった。

ちなみにそれを見て『周囲の警戒してくるわ~』と、早々に逃げの一手をかましたのだ。

 

「ま、ちょうどいい機会だし…俺も少しは慣れとかないとな…」

 

そんなことを呟き、忍は濃霧の中へと消えていく。

 

………

……

 

「とは言え、この程度の魔物なら武器を使わずとも倒せるわけで…今更、魔物に対して罪悪感を抱くわけでもなし」

 

しばらく濃霧の中を進みながら襲ってくる魔物を倒し、素材を回収する。

ハジメのように宝物庫があるわけではないので嵩張るが…。

 

「だからと言って周辺の人を無差別に殺す、なんて外道以下に成り下がりたくないし、そこまで堕ちちゃいないからな。第一、俺はそんな狂人を目指してるのではなく、覇王を目指してるわけであって……むむむ…」

 

変心した今のハジメは人殺しに何も感じなかったらしいが、忍は違うようでどうにもまだ割り切れていない様子だった。

 

「さて、親友に素材でも渡して……ん?」

 

しかし、何かを感じたのかクンクンと鼻を動かす。

 

「はて、何やらこっちに来る匂いが…?」

 

ハジメと共にフェアベルゲンや他の集落への出禁を言われているし、長老衆も下手に手を出すなともお触れを言っているだろうから、忍に近寄るとなるとハッキリ言って余程の物好きくらいしかいないだろう。

もしくは単なる偶然か。

 

「(人数は…4人? しかも別々の方から来たっぽい気が…)ま、会ってみるか。人違いだったら、その時さ」

 

嵩張った素材を手に、こちらに向かって来る4つの気配が鉢合わせるような場所に赴く忍だった。

 

「ここならちょうど終着点になるか?」

 

ちょうど開けた場所があったので、そこに陣取って来訪者を待つことにした。

 

そうして忍がその場で少し待ってみると一番最初に訪れたのは…

 

「テメェが覇王何某か?」

 

前髪に白いメッシュの入った短めの黒髪と翡翠色の瞳を持ち、野性味溢れつつも整った綺麗な顔立ち、女性としては長身で、線も少し太めな筋肉隆々とまではいかないまでもそれなりに筋肉質でやや凹凸の激しい体型に加え、頭と臀部から黒に白い縞々の虎の耳と尻尾を生やしている虎人族の女性だった。

 

「まぁ、一応はその覇王を目指している者だけど…」

 

「そうかよ。なら…!!」

 

それを聞いて虎人族の女性は即座に忍に殴り掛かる。

 

「何故、急に殴り掛かられる?」

 

それを回避しながら素材を近くの樹の根元に置き、そんな言葉を漏らす。

 

「そんなもん、テメェが強いかどうか確かめるためだ!!」

 

「え~…」

 

まさかの脳筋的な発言に忍は不満そうな声を漏らす。

 

「わかったら、オレの相手をしやがれ!!」

 

「いや、そんな風に喧嘩売られても…」

 

困るだけ、と言いかけて忍はその場にしゃがみ込む。

 

シュッ!

 

鋭い回し蹴りが忍の頭上を過ぎた。

 

「(話、聞いてくれねぇのな…)」

 

問答無用とばかりに虎人族の女性が攻撃を仕掛けてくるが、それを忍は最低限の動きだけで回避する。

 

「ちっ…のらりくらりとか躱しやがって…男なら一発くらい反撃したらどうだ! あぁ!?」

 

しかも攻撃がまったく当たらないからと逆ギレする始末。

 

「(どうしたもんか…)」

 

こんなヤンキーっぽい女性の対応なんてしたことない忍はどうしたらいいのが一番いいのか悩む。

 

「(とりあえず…)」

 

仕方ないとばかりに虎人族の女性の正拳を回避してからすぐさま懐に一歩踏み出し…

 

「ふっ…!」

 

同じく右拳で正拳を繰り出すが、顔に当てるのは流石にダメな気がしたので寸止めした。

 

ブォア!!

 

「っ!!?」

 

その寸止めした拳の余波なのか、少しだけ風が吹き荒び、虎人族の女性が驚いたように目を見開く。

 

「(ん~…ステータス的には親友よりも上だと自負してるが…これ、力加減が難しいな…)」

 

一方の忍はそんなことを考えていた。

 

「こ、この…っ!!」

 

寸止めされた虎人族の女性はすぐさま身を後ろ向きに回転させて足払いを決めに掛かるが…

 

「よっと…」

 

忍は繰り出してた右拳を虎人族の女性の肩に乗せて一足飛びのように飛び上がって回避する。

 

すると…

 

パチパチ!

 

「きゃはっ♪ 凄い凄~い」

 

頭上から拍手と共に何とも呑気な声がしてきた。

 

「誰だ!?」

 

虎人族の女性は何者かと警戒していたが…

 

「(これで2人目、か…)」

 

忍は静かに頭上を見上げる。

 

そこには背中が隠れる程度に伸ばしたまるで燃え盛るような紅蓮の髪と赤い瞳を持ち、ちょっと幼げな印象を纏った可愛らしい顔立ち、全体的には華奢に見えるが、程良い背丈に女性らしい肉の付き方をした体型に加え、背中から1対2枚の紅蓮の翼を生やしている翼人族の少女が樹の枝に座っていた。

 

「(虎に翼……ふむ…?)」

 

集まってきた2人の共通項を考えるも、特に思い当たることがなかった。

 

「(残る2人が来れば、或いは…?)」

 

その共通項がわかるのでは、とちょっとだけ期待してみる忍だったが…

 

「「……………………」」

 

別々の方向からやってきたのは、狼人族の少女と狐人族の女性だった。

どちらもこれがどういう状況かわからず、忍と虎人族の女性の方を注意深く見ているような感じだ。

 

狼人族の方は背中まで伸びた銀髪と琥珀色の瞳を持ち、凛々しさを含んだ綺麗な顔立ち、全体的にバランス良く手足がスラッとしていて均等の取れた体型に加え、頭と臀部からは髪と同色の狼の耳と尻尾が生えている少女だった。

 

狐人族の方は腰まで伸びた流れるような白髪と黄色い瞳を持ち、理知的な雰囲気を纏った綺麗な顔立ち、全体的な線は細く見えるが、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでる女性らしい体型に加え、頭と臀部から髪と同色の狐の耳と尻尾を生やしている女性だ。

 

それを見て…

 

「(狼少女キターーーーーー!! って言ってる場合でもない! ますますわからんくなった!)」

 

一瞬、歓喜に満ちた雄叫びを心の中で吼えたものの、その共通項の無さに困惑の色がさらに深まった。

 

「で、君らは何しに来たの?」

 

とりあえず、という感じで忍が声を発する。

 

「フェアベルゲンの長老衆からお触れが出てるだろうに…南雲 ハジメ一派には手出し無用ってな感じにさ。なのに、なんで君らは…ここに、というか俺に会いに来たの?」

 

虎人族の女性の言が確かなら、覇王が何か関わってそうだと今更ながら考える。

 

「(そういや、あの時の扉の絵って、確か…)」

 

そうしてふと忍はオルクス大迷宮…奈落の底の最下層、あの解放者の住処に続く扉に描かれていた動物の絵を思い出し、やってきた4人の特徴を照らし合わせると、狼、虎、狐、鳥と合致しなくもないような気がしてならなかった。

 

「(ふむ…俺の考え過ぎかな?)」

 

そんな風に考えを巡らせていると…

 

「えぇ、新たな覇王を見極めろ。という変な夢を見たので、こうして足を運びました。私の他にもいるとは思いませんでしたが…」

 

そう言ったのは…狐人族の女性だった。

その視線は他の3人も吟味してるかのようだった。

 

「ハッ! オレはそんなことよりも、夢とは言えあんな強い存在との戦いをお預け喰らったんだ。そいつと同格っぽいのがいるってんなら戦わないと損だろ?」

 

虎人族の女性は未だ忍との戦いを望んでいるようで目をギラギラさせていた。

 

「きゃはっ♪」

 

樹の枝に座っている翼人族の少女は独特な笑い声をあげるだけ。

 

「あの夢の真意を知りたい。どうして、私が…覇王の巫女とやらに選ばれたのか…」

 

狼人族の少女は忍を見ながらそう呟く。

 

「夢?」

 

4人中3人から『夢』というワードが出て忍も首を傾げる。

 

「なんかね~、こう暑そうな場所でおっきい鳥さんに新たな覇王を見極めろ~って言われたよ?」

 

と、樹の枝に座ってた翼人族の少女がそう言うと…

 

「あぁ? オレは闇の中で漆黒の虎だったぞ?」

 

「私は森の中で九尾を持つ純白の狐でしたが?」

 

「私は夜の草原で月を背にした神秘的な狼だった」

 

残る3人もそれぞれの夢に出てきた存在を明かしていく。

 

「うん。ものの見事にバラバラだな…(そして、微妙にあの絵とも一致するな…)」

 

扉の絵を鮮明に思い出した訳じゃないが、色はともかく鯱、飛竜、東洋龍以外は4人の言う存在と合致してる、ような気がすると推測を立てる。

 

「それで…新たな覇王を見極めろ、っていうのは?」

 

気になるワードと言えば、そちらもそうだったので尋ねることにした。

 

「『汝、覇王の巫女よ。悠久の時を経て覇王の魂は今この地に再臨した。新たな覇王と共に歩むか否か…己の眼で確かめよ』って言われたわ。あと、『覇王と巫女はいずれ交わる運命(さだめ)。故に新たな覇王を見極めよ』とも言ってたわね」

 

狼人族の少女がそう言って説明すると…

 

「私もそう言われました」

 

「オレも、んなこと言われたような…」

 

「私も~♪」

 

他の3人も同じような夢の内容だったことが判明する。

 

「ふむふむ。覇王の巫女ってのがどういうのか俺にもよくわからんが……皆さん、俺の見極めに来たと?」

 

実際、巫女の話なんぞこれっぽっちも聞いてない忍もわからなかったが、ここにいる4人は総じて自分を見極めに来たのか、と解釈する。

とは言え、何をどう見極めるのかサッパリだが…。

 

「"新たな覇王と共に歩むか否か"、という点に注目するのであれば、故郷を捨ててあなたと一緒に行くかどうか…ということなんでしょうか?」

 

「でも、"覇王と巫女はいずれ交わる"とも言ってたんだから、最終的にはこの人と共にあることが確定してるのでは?」

 

「ったく、めんどくせぇな」

 

「私は楽しければそれでいいんだけどなぁ~」

 

「いや、急にそんなこと言われてもだな。そもそも俺は君らを連れてく気はないんだが……第一、親友になんて言われるか…」

 

4人の言葉に忍は困惑げに言う。

 

ハジメのことだ、『足手纏いだ』と言って切り捨てるのが容易に想像出来る。

実際のところ、忍も似たような感想を抱いているので否定はしない。

大迷宮を攻略すべく旅をしているので、生半可な覚悟ではついてこれないだろうというのと、シアのように先祖返りしてる訳でもなさそうなのでそれも足を引っ張る要因に繋がりそうだからだ。

 

第一、そもそも連れてく理由がない。

いくら狼好きな忍とて気に入ったから連れていく、なんて無責任な真似はしない。

そんなものただの無駄死にと同じだからだ。

危険な旅には違いなく、このハルツィナ樹海の外で亜人がどういう扱いを受けてるかもハウリア族との話でだいたい想像出来る。

つまり、奴隷に堕ちるか、他の要因で死ぬか…。

 

少なくともシアのように先祖返りでもして、魔力を直接操作出来たり、固有魔法でも宿ってれば話は別なんだが…。

そんなハウリア族でもあるまいに、忌み子が生まれた時点で殺されているだろう(生みの親の心情は別にして…)。

また、覇王の巫女とやらがもしも天職であった場合、どんな恩恵を与えているかにもよるが…こればかりはステータスプレートでもないとどうにもならない気がする。

 

「(う~ん…俺の中にある覇王の魂が彼女らに何らかの影響を与えた? でも、能力的にはまだ覇狼しか得てないしな……魂と能力はまた別なのか? ふむ…)」

 

どうしたもんか、と悩む忍だった。

 

「とりあえず、今更だけど自己紹介しね?」

 

そういや、自己紹介がまだだったな~という考えからの提案だった。

まずはお互いを知る所から始めてみる作戦だ。

 

そんな忍の言葉に4人の注目が忍に向かう。

 

「俺は忍。紅神 忍っていうんだよ。名前が忍な? 紅神ってのは…まぁ、ファミリーネーム…部族名とはちょい違うような気もするが…ま、似たか寄ったかだろ」

 

と言い出しっぺなので、先に忍から自己紹介をすることにした。

それを聞き…

 

「狼人族のセレナ」

 

「チッ…オレは虎人族のジェシカだ」

 

「狐人族のレイラと申します」

 

「翼人族のティアラだよ~ん♪」

 

それぞれ簡潔に自分の名前を口にしていた。

 

「さて…自己紹介もしたから改めて言うが…俺は君らを連れていく気はない。大迷宮の攻略もそうだが、亜人を連れて歩くには色々とリスクが大きい。というか、ハッキリ言って足手纏いになる可能性が高い」

 

仕方ないとばかりに忍は包み隠さず事実を述べる。

 

「オレが足手纏いだと…?」

 

その言葉に眉を顰めたのはジェシカだった。

他の3人も程度は違うが、面白くないといった表情をしている。

 

「俺に一撃も当てられない時点で厳しいって…」

 

「チッ…」

 

忍の言葉に舌打ちしか出来なかった。

 

「悪いが、俺も親友もステータスが化け物じみててな。それぐらいないと大迷宮の攻略はかなり厳しいんだ。仮に樹海の外に出たとして、君らに魔法に対する備えがあるわけでもないだろ?」

 

亜人はそもそも魔力を持たない。

故にハルツィナ樹海を領土とし、樹海の外には出ないようにしてきたのだ。

 

「「「「……………………」」」」

 

そんな忍の言葉に4人は反論出来ないでいた。

 

「そんな外に出たら即死地みたいな旅に連れて行くのは、流石にね。せめて巫女ってのが具体的にどういうものかわかればいいんだが…」

 

そんな風に忍が言うと…

 

「確かに。現状であなたについていくメリットは無さそうですね」

 

レイラが冷静な口調で頷く。

 

「覇王と巫女はいずれ交わるのなら別に"今"でなくてもいいわけですからね。それがわかっただけでも良しとしましょう」

 

レイラが1人納得していると…

 

「え~、せっかく退屈から抜け出せると思ったのにぃ~」

 

ティアラが不満そうに口を尖らせている。

 

「チッ…今のままじゃ届かねぇってんならもっと鍛えねぇとダメか…」

 

ジェシカも何やら物騒な考えをしていた。

 

「……………………」

 

ただ1人、セレナだけは特に何も言わなかったが…。

 

「それでは、また次の機会にお会いしましょう。新たな覇王よ」

 

「次は確実に一発殴るから覚悟しとけよ!」

 

「ばいば~い」

 

そう言ってレイラ、ジェシカ、ティアラの3人は濃霧の中に消えていった。

 

しかし…

 

「……………………」

 

セレナだけはどういうわけか引き下がる様子を見せなかった。

 

「で、君は帰らないのかい?」

 

「えぇ、私はあなたについていく」

 

「……理由を聞いても?」

 

忍がそう尋ねると…

 

「さっきあなたが言った通り、今の私達ではあなた達の旅についていくのは厳しい。でも、だからと言って引き下がる理由にはならない。私は、覇王の巫女としてあなたについていく」

 

「何故、それを今言うかな? 他の3人もいた時に言えば、同調させることも出来たろう?」

 

忍は他の3人がいた時に言えば、"効果的だったのでは?"と首を傾げる。

しかし、セレナの答えは…

 

「それに何の意味がある?」

 

こうであった。

 

「ふむ…」

 

「巫女とは…恐らく、覇王に寄り添う者。過去の巫女がどんな風だったのかは知らない。でも、傍にいないとわからないこともあるし、見極められない。今を逃したらこの胸に渦巻くモヤモヤだって晴れない気がする。だったら、私はあなたと共に歩む。今、この時を選択する。だから…私も連れてって」

 

セレナの真剣な眼差しを受け…

 

「……………………」

 

忍は瞑目して考えを巡らせる。

 

もし、セレナの言う通り巫女が覇王に寄り添う者だとしてその役割とは何なのか?

確かに傍にいなくてはわからないこともあるだろう。

見極めろ、と覇王に言われたのならそれが一番かもしれない。

だが、だからと言って旅の同行を許可していいものか?

彼女をこの危険な旅に連れていくことに何か意味があるのだろうか?

 

忍がそうやって思い悩んでいる間も…

 

「……………………」

 

セレナは真剣な眼差しで忍を見続けていた。

 

こんなにも真剣な想いを無碍にしてもいいのか?

彼女も"覇王の巫女"だなんて訳分からずのものに内心で引っ掻き回されてるんではないだろうか?

自分でも覇王について知っていることなんて微々たるもの。

それをもっと知る機会があるのなら、それに乗ってみるのも一つの道では?

それに覇王のことを知りたいとも思っていたので丁度いいとも考えてしまった。

 

そんな風に考え始めてしまった忍は…

 

「…………………はぁ…」

 

一つ溜息を吐いてから…

 

「わかったよ。親友は俺が説得するからついてくるといいさ」

 

結局、折れてしまった。

 

「っ! ありがと」

 

「礼ならいらんよ。ただ、これだけは覚えていてくれ」

 

「?」

 

「俺は…いや、俺達は故郷に帰るために大迷宮を攻略するんだ。親友は彼女を故郷に連れてく気だろうが……俺は、身の振り方をどう決めるかまだ悩んでいるからな…それに"あいつ"のことも気掛かりだしな」

 

そう語る忍の眼は誰かを心配するかのような色を携えていた。

 

「恋人?」

 

セレナが尋ねると…

 

「……まぁ、そんなとこさ」

 

苦笑いしながらもそう答えた忍は樹の根元に置いた素材を取り…

 

「セレナ、だったな? 君も一旦帰って備えるといい。どうせ、あと九日後には大樹の下に行くんだしな。その間に親友を説得しとくよ」

 

「わかった」

 

それを最後にセレナも濃霧の中に消え、忍もハジメ達の元へと匂いを頼りに帰るのだった。

帰る間、忍はどうハジメを説得するかを考えていた。



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第十五話『旅は道連れ、世は理不尽?』

あれから九日後。

 

ハジメの鬼軍曹式訓練を終え、ハウリア族が卒業試験を行っていた。

 

それを樹にもたれかかって待つ間に勝負を終えたユエとシアが戻ってきた。

 

「2人共、勝負とやらは終わったのか?」

 

ハジメが2人の表情を見ると、上機嫌な様子のシアとちょっと不機嫌そうなユエだったので、これは意外な結果だとハジメも内心驚いていた。

 

「ハジメさん! 聞いてください! 私、遂にユエさんに勝ちましたよ! 大勝利ですよ! いやぁ、ハジメさんにもお見せしたかったですよぉ~。私の華麗な戦いぶりを! 負けたと知った時のユエさんときたら…「うるさい」…へぶぅ!?」

 

シアの調子に乗った態度にイラっときたのかユエのジャンピングビンタが強烈に決まる。

喰らったシアは錐揉みしながら吹き飛び、地面に倒れ込む。

 

「で、どうだった?」

 

その様子を見てからハジメはユエに質問する。

 

「……魔法の適性はハジメと変わらない」

 

「そうか。宝の持ち腐れっぽくも聞こえるが、あのレベルの大槌をせがまれたってことは…」

 

実は勝負の前にシアはハジメに大槌をせがんでおり、それを差っ引いてもユエが勝つと思っていたので、渡していたのだ。

 

「……ん、シノブと同じで、身体強化に特化してる。ただ、シノブの最大と比べたらまだ一割程度」

 

「……へぇ、それはそれは…忍の最大で一割ってことは、だいたい俺と比べたら強化前の約六割だったか?」

 

「……ん、そのくらいのはず。でも鍛え方次第でまだまだ伸びる、かも」

 

「マジか。こいつも十分化け物レベルだな」

 

そう言ってハジメは倒れているシアを見る。

 

「……そういえば、シノブは?」

 

「あ~…ちょっとな…」

 

物凄く嫌そうな顔をしながらそっぽを向く。

 

その間にシアは立ち上がると、ハジメの前まで行って強い意志を宿した瞳でハジメに伝えた。

 

「ハジメさん、どうか私もあなたの旅に連れて行ってください! お願いします!」

 

「断る」

 

「即答!?」

 

シアの言葉をハジメは即座に切り捨てる。

 

「ひ、酷いですよ、ハジメさん。こんなに真剣に頼み込んでるのに…それをあっさり…」

 

「いや、知らんがな。大体、カム達はどうする気だ? まさか…」

 

「父様達にはちゃんと修行前に話しました。私一人の話です。流石に一族の迷惑になるからってだけじゃ認められませんでしたが…その…」

 

「なんだよ?」

 

「その…私自身が、付いて行きたいと本気で思っているのなら構わないと…」

 

「はぁ? なんで付いて来たんだよ? お前の実力ならもう敵なんていないだろうに…」

 

「ですからぁ…あの…」

 

「……………………」

 

いい加減、要領を得ないシアの言動にイライラしてきたハジメがドンナーを抜きかけた時…

 

「ハジメさんの傍に居たいからですぅ! しゅきなのでぇ!!」

 

「……………………は?」

 

シアの告白にハジメは鳩が豆鉄砲を食ったようなポカンとした表情になる。

 

するとタイミングが良いのか悪いのか…

 

「悪ぃ悪ぃ、ちょっと遅れた」

 

「……………………」

 

セレナを連れた忍が戻ってきた。

 

「狼人族!?」

 

「……どういうこと?」

 

セレナの登場にシアとユエがセレナを見てから忍、ハジメの順で見る。

 

「あ~、なんかタイミング悪かった?」

 

「かなりな」

 

忍の呟きにハジメが反応した。

 

「そっか~」

 

「そっか~、じゃねぇよ。お前のことだからそっちはそっちで説明しろよ」

 

「あいよ」

 

忍は忍で説明する順番を待つことにした。

 

「で、だ。先にシアの告白についてだが…」

 

「あぁ、シアさんやっと告ったのな。長老衆に親友が啖呵切ったところでフラグ立ったかと思ってたけど…」

 

「おい、待て。なんでその情報を俺に寄こさなかった?」

 

「確信があった訳じゃないしな」

 

忍の余計な一言にハジメが喰いつくが、すぐに本題に戻り…

 

「ともかく、俺にはユエがいるんだぞ? よく本人を前に告白出来たな。お前の一番恐ろしいとこは身体強化云々よりもその図太さなんじゃないか? お前の心臓はアザンチウム製か何かか?」

 

「誰が世界最高硬度の心臓の持ち主ですか!? うぅ~、シノブさんの方も気になりますが、こっちの方が今は大事です! こんなこともあろうかと、外堀を埋めたのです! ユエ先生、お願いします!!」

 

「は? ユエ?」

 

"何故ここに来てユエなんだ?"と疑問に思っていると…

 

「……………………ハジメ、連れて行こう」

 

さっきのハジメに負けず劣らずの物凄く嫌そうな顔でユエがハジメに言う。

 

「いやいやいや、何その間。明らかに嫌そうだぞ。もしかして、勝負の賭けって…」

 

「……無念」

 

つまり、そういうことらしい。

それを聞いて頭をガリガリと掻いて珍しく困った表情になる。

 

「付いて来たって応えてはやれないぞ?」

 

「知らないんですか? 未来は絶対じゃないんですよ?」

 

「危険だらけの旅だ」

 

「化け物で良かったです。おかげで貴方についていけます」

 

「俺の望みは故郷に帰ることだ。もう家族とは会えないかもしれないぞ?」

 

「話し合いました。"それでも"、です。父様達もわかってくれました」

 

「俺の故郷はお前には住みづらい場所だ」

 

「何度でも言いましょう。"それでも"、です」

 

「……………………」

 

シアの本気の想いを前に遂に押し黙ってしまうハジメだった。

 

「ハッハッハッ、親友。お前さんの負けじゃね?」

 

それを傍から見てた忍は笑いながらハジメに言葉を掛ける。

 

「……………………はぁ…好きにしろ。物好きめ」

 

「はい!」

 

シアは嬉しそうに声を上げる。

 

「……で、シノブは足手纏いを連れてく気?」

 

不機嫌そうなユエが忍に八つ当たりっぽく聞く。

 

「まぁ、そう言いなさんな。確かに俺らに比べたら雲泥の差はあれど、足手纏い上等でついてくるって言うからな。それに気になる話もあるし、俺が面倒見れば問題ないだろ? 親友の負担にはさせないさ」

 

そうユエに話す忍もここは引かないといった感じだ。

 

「……ハジメはいいの?」

 

「最初は俺も却下したんだがな。この九日間、暇さえあれば説得しに来やがるからな。流石にウザくなってきたんだが、どうにも覇王が関係してるらしくてな。俺は別に興味はないんだが、実際忍には世話にもなってるしな。仕方ないから、そいつの全面的な面倒は忍が見ることで話を付けた」

 

「……むぅ」

 

「なんだか、私の時よりもハジメさんが微妙に素直ですぅ~」

 

ハジメの言葉にユエとシアがジト目になる。

 

「ハッハッハッ、伊達に親友とは付き合いの長さが違うからな」

 

「高校に入ってからの付き合いだろうが…」

 

「それでも一年近くの付き合いだろ?」

 

「それで親友と言われてもな…」

 

「不満かい?」

 

「知らん」

 

なんだかんだと仲の良いハジメと忍の姿にジト目なユエとシアがさらにジト目になる。

 

「で、そっちは結局どうなったんだ?」

 

「セレナの親御さんに猛反対されたな」

 

「よくそれで連れてこれたな…」

 

どうやら忍はセレナの親御さんに会いに行っていたらしい。

流石にお触れを破ってまで侵入するわけにはいかなかったため、親御さんの方を連れてきてもらったが…。

 

「ま、娘を心配しない親はいないってことさ。だからこそ、俺は誓いを立ててきた」

 

「誓い?」

 

「あぁ、『この身この魂に誓い、汝達の娘は何があっても必ず守り抜く。その誓いが果たされなかった時、我が首を汝達に捧げる』ってな」

 

「え、それって…」

 

まるで何でもないように言い切る忍をシアがビックリしたような表情で見る。

 

「ま、そのくらいの覚悟は見せないとね。首を捧げる気なんてさらさらないが…」

 

これが危険な旅だとわかっているからこそ、忍も半端なことはしたくなかったのだろう。

その上で付いてくると言ったセレナの覚悟を見て、自分も覚悟を決めないとならないと考えたからこそ、自らの首を賭けて誓いを立てたのだ。

 

「誰もそこまでしてなんて言ってない。説得なら私がした…///」

 

バツが悪そうな表情をしつつも微妙に頬が赤いセレナがそっぽを向く。

 

「その説得が厳しそうだったから俺も誓いを立てたんだがな」

 

やれやれといった感じで肩を竦めてから…

 

「という訳で、狼人族で覇王の巫女なセレナだ。足手纏いになるかもだが、よろしく頼むわ」

 

「セレナよ。よろしく…」

 

こうして旅の仲間が2人も増えたのだった。

 

………

……

 

そうこうしている間にカム達ハウリア族が帰還した。

お題の魔物を一チーム一体狩れという卒業試験だったのだが、狩ってきた魔物の数は十を超えていた。

 

豹変した家族に慄くシアをよそにハジメに報告するカムの姿はもはや別人だった。

ハジメのことは『ボス』呼びだし、『世の中の問題の九割は暴力で解決できる』という真理に目覚めたりと…あの優しかった兎人族の面影など欠片もなかった。

 

そして、狩りの途中、完全武装した熊人族の集団を捕捉したらしく、これの撃破を自ら買って出るほどに好戦的になっていた。

 

その様子を近くで見てたセレナは…

 

「………………これが、兎人族?」

 

自分の目を疑っていた。

 

「まぁ、一種の洗脳だわな…」

 

その光景には忍も苦笑するしかなかった。

 

そして、ハジメの号令を受け、熊人族の集団に仕掛けたハウリア族。

結果は大勝したものの、ちょっと危うく堕ちそうになっていた。

しかし、シアがそれを諭し、なんとか正気に戻る(但し、昔の面影は失われたままだが…)。

 

殺人の衝撃や危うく自分達を追ってきた帝国兵みたいになることは回避したものの、ハジメの鬱憤を晴らすためにちょっとした追いかけっこが始まってしまったりもした。

 

結局、仕掛けようとした熊人族の集団は半数以上がハウリアに討たれ、ハジメに対するフェアベルゲンの"貸し一つ"という多大な不利益をもたらしてしまった故に生き恥を晒すこととなってしまった。

 

 

 

かくしてようやっと大樹の下に案内されたハジメ達だったのだが…

 

「……なんだ、こりゃ?」

 

大樹はものの見事に枯れていた。

ただ、枯れているだけで朽ちることなく、その途轍もない大きさを維持していた。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているようです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れないながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが…」

 

ハジメ、ユエ、忍の疑問に満ちた表情にカムが解説する。

それを聞きながらハジメが大樹の根元に近寄ると、アルフレリックが言っていたように石碑が建ててあった。

 

「これは…オルクスの扉の…」

 

「……ん、同じ紋様と絵柄…」

 

「だな…」

 

その石碑にはオルクス最下層で見たものと同じものが描かれていた。

 

「ってことは、やっぱここが大迷宮の入り口か」

 

「でもよ、親友。こっからどうするよ?」

 

「それな」

 

入り口を見つけたはいいが、どうやって開けるのか、皆目見当もつかなかった。

 

「ハジメ…これ見て」

 

「ん? 何かあったか?」

 

石碑の裏側を見ていたユエが何か見つけたようにハジメを呼ぶ。

そこには表の七つの紋様に対応している窪みがあった。

 

「これは…」

 

ハジメがその内の一つ、オルクスの指輪に刻まれている紋様に対応した窪みに指輪を嵌めてみる。

 

すると…

 

ポワァ…

 

石碑が淡く輝き始めた。

しばらくして輝く石碑を見てみると、次第に光が収まって代わりに文字が浮かび上がる。

 

『四つの証』

『再生の力』

『紡がれた絆の道標』

『全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう』

 

そんな文面が現れたのだ。

 

「……どういう意味だ?」

 

「……四つの証は…多分、他の大迷宮の証?」

 

「……再生の力は……もしかして神代魔法か?」

 

「そうだとして、紡がれた絆の道標ってのは?」

 

「あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、ハジメさん達みたいに亜人に樹海を案内してもらうなんて例外中の例外ですし…」

 

ハジメ、ユエ、忍の憶測にシアの想像も加わる。

 

「なるほど。つまり、半分以上の大迷宮を攻略した上で再生に関する神代魔法を手に入れてからもっかい来いと…」

 

「まぁ、そうとも捉えれるわな…」

 

ハジメの言葉に忍も頷く。

 

「ちっ…今すぐの攻略は無理ってことか。めんどいが、他の大迷宮から当たるしかないか…」

 

「ん…」

 

「かぁ~…せっかくここまで来たのになぁ~」

 

ハジメ達は残念そうに頭を掻いたりしていたが、気持ちを切り替えることにしたらしい。

 

「今言った通り、俺達は他の大迷宮の攻略を目指す。大樹の下へ案内するまで守るって約束もここまでだ。まぁ、今のお前達ならフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で生きていけるだろう。そういうわけで、ここでお別れだ」

 

ハウリア族を集めてそう宣言するハジメだったが…

 

「ボス! お話があります!」

 

一族を代表し、カムがハジメに話し掛ける。

 

「なんだ?」

 

「ボス、我々もボスの旅にお供として付いて行かせてください!」

 

「えぇ!? 父様達も来るの!?」

 

まさかの同行許可を求めてきてシアも目を見開いて驚く。

 

「却下」

 

だが、ハジメはすぐさま拒否る。

 

「何故です!?」

 

「足手纏いをこれ以上増やしてたまるか、ボケ」

 

「しかし! そこな狼人族の女は同行を認めたとか!」

 

ズビシッ!とセレナを指差すカムに後ろのハウリア族も頷く。

いきなり指を差され、少し後退るセレナだった。

 

「そいつは忍が全責任を取ってるからいいんだよ。俺の関与するとこじゃない」

 

「むむむ…!!」

 

「つか、調子に乗るな。俺達の旅に付いてこようなんざ百八十日くらい早いわ!」

 

「ぐ、具体的!?」

 

それでもなお引き下がろうとしないカム達に対してハジメは条件を付けることにした。

 

「じゃあ、あれだ。お前等はここで鍛錬してろ。次に樹海に来た時に使えるようなら、部下として考えなくもない」

 

「……そのお言葉に嘘偽りはありませんな?」

 

「ないない」

 

「(絶対嘘だ…)」

 

軽く返事するハジメの内心を見破る忍。

 

「もし嘘だったら、人間族の町の中心でボスの名前を連呼しつつ新興宗教の教祖の如く祭り上げますからな?」

 

「お、お前等…質が悪いな…」

 

「そりゃ、ボスの部下を自負していますからな」

 

「あらら、こりゃ一本取られたな、親友」

 

「うるせぇよ」

 

次に樹海に来る時は、恐らく大迷宮を攻略する時だ。

その間にハウリア族がどれだけ強くなるのか…。

そんな微妙に不安な気分を持ちつつ、ハジメは天を仰いだ。



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第十六話『冒険者ギルド』

樹海の境界でカム達ハウリア族に見送られ、ハジメ、ユエ、シア、忍、セレナはシュタルフとアステリアに乗って草原を横に並んで駆けていた。

ちなみにシュタルフには前からユエ、ハジメ、シアの3人、アステリアには忍の後ろに未知の乗り物におっかなびっくり状態のセレナがそれぞれ搭乗している。

 

「それで、ハジメさん。次の目的地って何処なんですか?」

 

ハジメの肩越しにシアが尋ねる。

 

「あ? 言ってなかったか?」

 

「聞いてませんよ!」

 

「……私は知ってる」

 

「あ~、そういや、シアさんやセレナには言ってなかったっけ?」

 

「……聞いてないわよ」

 

この中で次の目的地を聞いてないのは新参のシアとセレナだけということが発覚する。

 

「うぅ…私やセレナさんだってもう仲間なんですから、そういうことは教えてくださいよ! コミュニケーションは大事ですよ!」

 

そんな抗議を受け…

 

「悪かったって。次の目的地はライセン大峡谷だ」

 

ハジメが次の目的地を答える。

 

「「ライセン大峡谷?」」

 

大迷宮の攻略を目指す旅と聞いていたので、今現在確認されている大迷宮…『オルクス大迷宮』は既に攻略済みで、ハルツィナ樹海の大迷宮も条件を満たさないと入れないのは確認されており、残るは『グリューエン大砂漠の大火山』と『シュネー雪原の氷雪洞窟』となる。

確実を期すのであれば、どちらかだと思っていたシアとセレナは首を傾げた。

 

「一応、ライセンにも大迷宮がある可能性があるからな。シュネー雪原はもろ魔人族の領域で面倒なことになるのは目に見えてる」

 

「とりあえず、大火山を目指すのが最良かとも思うんだが、西大陸に行くなら東西に伸びるライセンを通るついでに大迷宮を探す、って感じなんだよ。途中で見つければ儲けものってな」

 

ハジメの説明に忍も加わり、そのようなことを言う。

 

「つ、ついでにライセン大峡谷を渡るのですか…」

 

「アンタ達、頭おかしいんじゃないの?」

 

シアは引き攣った笑みを浮かべ、セレナは率直な感想を漏らす。

 

「まぁ、そっちの狼女はともかく…お前は自分の力をもっと自覚しろ。今のお前なら谷底の魔物もその辺の魔物も変わらねぇよ。ライセンは、放出された魔力を分解するんだぞ? 身体強化に特化してるお前や忍なら何の影響も受けずに動けるんだ。むしろ、独壇場だろうが…」

 

「……師として情けない」

 

「うぅ~、面目ないですぅ~」

 

シアの方はなんとなく溶け込んでるようにも思えるが…

 

「……………………」

 

ハッキリ戦力外通告をされたセレナは微妙な表情をしていた。

 

「まぁ、気にすんなって。元々、わかってたことだろ?」

 

「それはそうだけど…」

 

「ま、なるようになるさ」

 

「……………………」

 

忍は忍でセレナのフォローをしていた。

 

「で、では、ライセン大峡谷に行くとして、今日は野営ですか? それともこのまま近場の村か町に行きますか?」

 

「出来れば食料とか調味料関係を揃えたいし、今後のためにも素材を換金しておきたいからな。前に見た地図通りなら、この方角に町があったはず…」

 

「久々の料理だぁ~! そして、久方振りのお布団だぁ~!」

 

ハジメの言葉につられて忍が歓喜の声を上げる。

 

「? 料理はともかく、何故お布団?」

 

シアのもっともな疑問にセレナも首を傾げていると…

 

「俺はこの数ヵ月、どこぞのバカップルのせいでソファで寝続けてきたからな! けっ!」

 

結局、オルクス最下層の住処で忍はベッドで寝れなかったようだった。

原因は…まぁ、隣を走ってる親友とその前に座っている吸血鬼のせいなんだが…。

 

「「……………………」」

 

原因の2人は忍から視線を逸らす。

 

「しかも所構わずイチャイチャイチャイチャ……あれを拷問と言わずなんて言うかね!」

 

そして、最下層での生活を思い出したせいか愚痴を零し始めた。

 

「「わぁ…」」

 

どうも忍も相当溜まってたのかもしれない様子だった。

 

「と、ともかく…町に行くなら一安心です~」

 

シアが無理矢理話題を逸らす。

 

「そ、そうなの?」

 

それに乗るセレナ。

 

「だって、ハジメさんもシノブさんも魔物の肉を食べて満足しちゃうのでは、と心配だったのですが…シノブさんの反応を見る限り杞憂だったのかと。ユエさんはハジメさんの血を吸うので満足しちゃいそうだったし、そうなると私とセレナさんの食料をどう調達するか…」

 

「あぁ、それは…確かに大変ね。というか、魔物の肉を食べてたのね…」

 

「ですよね! だから町に寄ってもらえるのは大変助かります」

 

そのような会話をしていると…

 

「おい、こら。誰が好き好んで魔物の肉喰って満足するか!」

 

「流石にそれはないわ。あれは非常事態故の緊急措置であって断じて好んで食べてる訳ではない」

 

視線を逸らしてたハジメと愚痴ってた忍が途端に息の合った言葉を発する。

 

「だって実際食べてましたし…」

 

「お前の俺達の認識はどうなってやがる?」

 

「えっと…プレデターという名の新種の魔物?」

 

「OK、その喧嘩買うわ。お前は車体に括りつけて町まで引きずってやる!」

 

「ちょ、やめぇ、ていうかどっから出したんですか、その首輪!? ホントにやめてぇ~」

 

器用に走行中のバイクの上でじゃれるハジメとシア。

 

「……………………」

 

微妙に可哀想なものを見る目で忍を見てたセレナはその光景に押し黙る。

 

「親友。首輪余ってたら一個寄こせ」

 

「っ!?」

 

"まさか、気付かれた?!"と思ってギョッとするセレナを尻目にハジメが投げてきた首輪を受け取る忍は…

 

「なぁ、セレナ」

 

わざとアステリアの速度を落としてからハジメ達との距離を取ると、なんとも優しげな表情でセレナを見る。

 

「な、なによ?」

 

忍にしがみついてるから首輪を着けられる心配はないだろうと考えたセレナだったが…

 

「親友は不器用だからな。多分、珍しい亜人のシアさんを気遣ってあんな首輪を付けたんだと思う。自分の奴隷とでも言っておけば、無用ないざこざから回避出来るだろうってな」

 

それを聞いてセレナはさらに驚く。

 

「あの男にそんな気遣いが?」

 

「本人は否定するだろうがな。単に面倒事に巻き込まれないための方便かもしれんが…俺は違うと思ってる。伊達に親友を名乗っちゃいないからな」

 

「……………………」

 

「樹海の外での亜人差別はきっと俺達の想像よりも酷いはずだ。だからこそ先手を打っておこうって腹積もりなんだろ。身内的には仲間だが、対外的には奴隷、のように見せる必要があるんだ。ま、俺の勝手な憶測だけどな。だからさ…セレナも嫌かもしれないが、我慢してくれるか?」

 

「まぁ、そういうことなら…別に…」

 

「あんがとな。しっかし、無骨なデザインだな…ま、その方がらしく見えるのか…」

 

そんな会話をしながら、忍がセレナに首輪を着ける。

少し離されてきたのでちょっとだけ速度を上げてハジメ達に追従する。

 

「うぅ…なんでこんな首輪を…って、あぁ!? シノブさんまでセレナさんに何してるんですか?!」

 

追いついてきた忍とセレナの方を見てシアが騒ぐ。

 

………

……

 

そうして草原を走ること数時間、日が暮れてきた頃に前方に町が見えてきた。

ようやく、人のいる町に辿り着いたことにハジメ、忍、ユエからワクワクしたような雰囲気が出始める。

 

周囲を堀と柵で囲まれた小規模の町。

街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋があった。

 

5人は町側からギリギリ見えない位置でシュタルフとアステリアから降りると、2台を宝物庫に格納して徒歩に切り替えて町へと向かう。

その間もシアはハジメに黒を基調にした首輪(目立たないように小さな水晶付き)を外してくれ、と頼み込んでいた。

その様子を半笑いで見ている忍の隣にはさっきの話もあって抗議しないセレナがいた。

 

そうして門の近くまで行くと、門の脇の小屋から一人の冒険者風の男がやってくる。

どうやら小屋は門番の詰所だったらしい。

 

「止まってくれ。ステータスプレートの提示を。それと、町に来た目的は?」

 

そんな規定通りの質問に…

 

「食料の補給がメインだ。旅の途中でね」

 

ステータスプレートを取り出しながら答えるハジメに…

 

「あっ…」

 

忍は今思い出したように声を上げる。

 

「? どうかしたのか?」

 

門番がハジメのステータスプレートを受け取りながら忍を見ると…

 

「あ、いえ…なんでもないです」

 

そう言いながら忍もステータスプレートを門番に渡す。

 

「(おい、親友! 隠蔽すんの忘れてた!!)」

 

「(あ、やっべ…俺もだ)」

 

即座に念話会議を行う。

 

「(どうするよ?)」

 

「(仕方ねぇ…壊れたとでも言っとくか…)」

 

「(それで押し通せるか?)」

 

「(押し通すしかねぇだろ…)」

 

念話会議終了。

 

「……………………」

 

その間にも門番の男は自分の目を疑っていた様子だった。

 

「ちょっと前に魔物に襲われてな。その時に壊れたんだよ」

 

「こ、壊れた? だが、二つも同時というのは…」

 

「いやね、重そうな魔物だったんで、その時に踏まれたのが原因かなって。いやはや、まさか2人共落としてた挙句、魔物に踏まれるとか…」

 

「そうなんだよ。こいつが邪魔するから…」

 

「あ、ひっで。あそこは俺が前に出た方が効率よかったろ?」

 

即席の喧嘩劇を見せた後…

 

「まぁ、こいつへの文句は後にするとして……だいたい、壊れてなきゃそんな表示おかしいだろ? まるで俺達が化け物みたいじゃないか」

 

「そうそう。酷いと思わない?」

 

そう言って今度は息の合った言葉でいけしゃあしゃあと自分達は普通だと言い張る。

その光景に後ろに控えてた3人の少女達は呆れた表情をしていた。

 

「はは、確かに酷いな。表示がバグるなんて聞いたこともないが、なに例外なんて初めてがあるもんさ。それが君らだっただけだろう。で、そっちの3人は…………………」

 

そう言って門番がユエ達の方を見て固まる。

3人共、かなりの美少女なので見惚れるのは仕方ないことだろう。

 

「「んっ、んっ」」

 

ハジメと忍の咳払いで現実に引き戻された門番が2人の方に向き直る。

 

「さっき言った魔物の襲撃のせいでな。こっちの子は失くしちまったんだ。こっちの兎人族と狼人族は………わかるだろ?」

 

その一言で納得したのか、門番はハジメと忍にステータスプレートを返す。

 

「それにしても綺麗所を手に入れたもんだな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか? アンタらって…もしかして金持ち?」

 

その問いにハジメは肩を竦め、忍は笑うだけで答えなかった。

 

「まぁいい。通っていいぞ」

 

「あぁ、どうも。おっと、そうだ。素材の換金ってどこに行けばいいんだ?」

 

「あん? それなら中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがあるから、そこだな。もし店に持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

 

「あぁ、そいつは親切だな。ありがとよ」

 

「ばいび~」

 

門番から情報を得て、ハジメ達は門を潜って町の中へと入る。

ちなみにこの町の名は『ブルック』というらしい。

 

久方振りの町に気分が良くなるハジメと忍。

三百年振りの町に目をキラキラさせるユエとこれが人間族の町かと興味を示すセレナ。

ただ1人、涙目のシアを除いて…。

 

「ふぅ…どうしたんだよ? せっかく町なのに、そんな上から超重量の岩盤を落とされて必死に支えるゴリラ型の魔物みたいな顔して」

 

「誰がゴリラですか!? ていうか、どんな倒し方してるんですか!? ハジメさんなら一撃でしょうに! なんか想像するだけで可哀想になってきたじゃないですか!」

 

「……脇とかツンツンしてやったら涙目になってた」

 

「まさかの追い打ち!? 酷過ぎる!」

 

「あぁ、あいつか。実験にしては酷な倒し方だったよな」

 

「実験!? ていうか、傍観してないで止めてあげてくださいよ! ってそうじゃないですぅ!」

 

ハジメ、ユエ、忍の思い出話はともかくとして…

 

「これです! この首輪! これのせいで奴隷と勘違いされたじゃないですか! ハジメさん、わかってて着けましたね!? うぅ、酷いですよ~。私達、仲間じゃなかったんですか~?」

 

シアは首輪のせいで奴隷扱いされたことにご立腹だった。

 

「ね、セレナさんもそう思いますよね!?」

 

「えっと…」

 

忍から既に首輪の意図を聞いているセレナはなんといったらいいのかわからなかった。

そんなシアを見兼ねてハジメが説明する。

 

「あのなぁ。奴隷でもない亜人族、それも愛玩用として人気の高い兎人族が普通に町を歩けるわけないだろう? ましてお前は白髪の兎人族で物珍しい上に、容姿もスタイルも抜群。断言するが、誰かの奴隷だと示してなかったら、町に入って10分もしない内に目を付けられてる。後は、絶え間ない人攫いの嵐だろうよ。面倒………って、なにクネクネしてんだよ?」

 

ハジメの説明を聞いてく内に怒りから羞恥に変わったのか、体をクネクネし始めるシア。

ユエの冷たい視線も何のそのだ。

 

「も、もう、ハジメさんったら、こんな公衆の面前でいきなり何を言い出すんですか。そんな、容姿もスタイルも性格まで抜群だなんて。もう、恥ずかしいで…「えいっ」…ぶべらっ!?」

 

ユエの右ストレートがシアの頬に華麗に決まる。

 

「……調子に乗っちゃダメ」

 

「……ずびばぜん、ユエざん…」

 

ユエの冷たい声に、ぶるりと体を震わせるシア。

 

「まぁ、アレだ。人間族のテリトリーでは、むしろ奴隷という身分がお前達を守ってくれるんだよ。それ無しじゃ、トラブルホイホイだからな」

 

そんな風に締め括ったハジメを見ながら…

 

「な? 言った通りだったろ?」

 

「え、えぇ…」

 

ニヤニヤと笑っている忍がセレナに話し掛け、それにセレナが頷いていた。

 

「テメェはテメェで何笑ってやがる?」

 

「いやいや、何でもないぜ?」

 

「嘘吐け。テメェの笑い方は絶対になんかある」

 

「ハッハッハッ、気のせいだって」

 

ハジメの追及をのらりくらりと躱す忍だった。

 

それからハジメはニヤニヤする忍を無視して首輪の機能をシアとセレナに説明する。

2人の首輪には念話石と特定石というものが仕込まれており、魔力を通すことで起動するのだが、シアはともかくとしてセレナは魔力を持っていないため、宿を取ってから改良することになった。

ちなみに首輪は特定量の魔力を流せばちゃんと外れるようになっている。

 

そうしてハジメ達は素材を換金するために、メインストリートを歩いて一本の大剣が描かれた看板を掲げる冒険者ギルドへと向かう。

その間に忘れないうちにステータスプレートの隠蔽機能を起動させておき、宝物庫から魔物の素材(ハルツィナ樹海のみ)をバッグに詰め替えていたりする。

 

そして、冒険者ギルドへと足を踏み入れた一行は他の冒険者から好奇の目で見られた。

最初は見慣れない5人組ということで、ささやかな注意を引いたに過ぎなかったが、彼等の視線がユエ、シア、セレナに向くと、途端に瞳の奥の好奇心が増した。

 

密かにテンプレ(ちょっかいを掛けてくる奴等が現れる)を期待していたハジメだったが、意外にも彼らは理性的で観察するに留めているようだった。

まぁ、それはともかくとして邪魔が入らないなら、とカウンターに向かう。

 

カウンターには、大変魅力的な……笑顔を浮かべた恰幅のいいオバチャンがいた。

それに軽い絶望を覚えたものの、ハジメは平静を装っている。

それでもユエとシアから若干冷たい視線を受けているが…。

ちなみに忍は特に気にした様子もなかった。

 

「両手に花を持ってるのに、まだ足りなかったのかい? 残念だったね。美人な受付じゃなくて。そっちの兄さんを見習ったらどうだい?」

 

が、しかし、オバチャンはハジメの内心を察したように言う。

 

「なんのことかわからないんだが…」

 

「あはははは、女の勘を舐めちゃいけないよ? 男の単純な中身なんて簡単にわかっちまうんだからね。あんまり余所見ばっかして愛想尽かされないようにね?」

 

「ハッハッハッ、親友は幻想を抱き過ぎるきらいがあるからねぇ~」

 

「…………肝に銘じておこう」

 

苦虫を噛み潰したような表情で答えるハジメに…

 

「あらやだ。年取るとつい説教臭くなっちゃってねぇ。初対面なのにゴメンね?」

 

「いやいや、気にしないでくれよ」

 

ハジメに代わて忍が対応する。

 

「さて、じゃあ改めて。冒険者ギルド、ブルック支部へようこそ。ご用件は何かしら?」

 

「あぁ、素材の買取をお願いしたい」

 

「はいよ。そっちの兄さんは?」

 

「俺も買取希望だが、親友と共有資産にしたいんでね。纏めて頼むよ」

 

「はいよ。じゃあ、ステータスプレートを出しとくれ」

 

「ん? 買取にステータスプレートの提示が必要なのか?」

 

ハジメの疑問にオバチャンは「おや?」という表情をする。

 

「あんたら冒険者じゃないのかい? 確かに買取にステータスプレートは不要だけどね。冒険者と確認出来れば1割増で売れるんだよ」

 

「へぇ~」

 

「そうだったのか」

 

ハジメと忍は初耳な情報に目を丸くする。

 

「他にも、ギルドと提携している宿や店は1~2割程度は割引してくれるし、移動馬車を利用する時も高ランクなら無料で使えたりするね。で、どうする? 登録しておくかい? 登録は1人1000ルタ必要だよ」

 

ちなみにルタとはこの世界トータスの北大陸共通の通貨だ。

ザガルタ鉱石という特殊な鉱石に他の鉱物を混ぜることで異なる色の鉱石ができ、それに特殊な方法で刻印したものが使われている。

色と価値は青が1、赤が5、黄が10、紫が50、緑が100、白が500、黒が1000、銀が5000、金が10000という具合になっている。

 

「う~ん、そうか。なら、せっかくだし登録しておくか」

 

「だな」

 

「そういう訳なんだが、生憎と手持ちがなくてな。買取金額から差っ引くってことにしてくれないか? もちろん、最初の買取額はそのままでいい」

 

「可愛い子達を連れてるのに文無しなんて何してるんだい。ちゃんと上乗せしといてあげるから、不自由させるんじゃないよ?」

 

「面目ねぇ…」

 

オバチャンのかっこよさを目の当たりにしながらハジメと忍はステータスプレートを差し出す。

ユエ、シア、セレナの分も登録するかどうか聞かれたが、そこは断った。

セレナはともかく、ユエとシアのステータスや技能欄を公開してしまうからだ。

それは流石に避けるべきだとハジメも忍も考えていたので、そこは問題なかった。

 

問題は忍のステータスプレートだ。

天職欄のところで何か言われるんじゃないか、と忍は少し戦々恐々だった。

なんせ天職『反逆者』である。

別に本人にそんな気はないのだが、それが天職である以上、避けては通れぬ道なのだ。

 

しかし、それは杞憂に終わった。

オバチャンは特に何を言う訳でもなく、ステータスプレートを返してくれた。

返してもらったステータスプレートの天職欄の横に職業欄が追加され、そこに『冒険者』と表記されていて、そのさらに横には青色の点が付いている。

この色の点は冒険者ランクを示しており、これはルタの価値を示す色と同じとなっている。

要するに駆け出しの冒険者は『青ならまだ1ルタ程度の価値しかねぇんだよ』的な意味合いを持つ。

ちなみに戦闘系天職を持たない者で上がれる限界は黒だったりする。

 

「男なら頑張って黒を目指すんだよ? お嬢さん達にカッコ悪いとこ見せないようにね」

 

「あぁ、そうするよ。それで、買取はここでいいのか?」

 

「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

 

ハジメはカウンターの受け取り用の入れ物にバッグから素材を取り出して入れていく。

 

「こ、これは…!?」

 

その素材の数々を見て驚くオバチャン。

 

「また、とんでもないものを持ってきたね。これは…………樹海の魔物だね?」

 

「あぁ、そうだ」

 

流石のハジメも奈落の魔物の素材を出すわけがない。

そんなことしたら騒動の元だからだ。

 

ただ、ほんのちょっとだけ…ハジメは奈落の素材を出して受付嬢が驚愕し、ギルド長登場からの高ランク認定、受付嬢の眼がハートに…というテンプレを実現してみたい…などとは考えていない。

ユエとシアの冷ややかな視線を受け、身体がブルリと震えても考えていないと主張したかった。

 

「アンタも懲りないねぇ…」

 

「いやはや、まったくだ…」

 

オバチャンの呆れた視線と、親友の呆れた反応を前に…

 

「なんのことかわからない」

 

ハジメは現実から目を逸らす。

 

「樹海の素材は良質なものが多いからね。売ってもらえるなら助かるよ」

 

オバチャンは軽く肩を竦めながら話題を変えた。

 

「やっぱ、珍しいの?」

 

それに便乗して忍もオバチャンに尋ねる。

 

「そりゃね。樹海の中じゃ、人間族は感覚を狂わされるし、一度迷えば二度と出てこれないからハイリスク。好き好んで入る人はいないねぇ。亜人の奴隷持ちなら金稼ぎに入ることもあるけど、売るなら中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」

 

そう言ってオバチャンはチラッとシアとセレナを見る。

そして、全ての素材の査定が終わって提示された金額は……529000ルタだった。

 

「これでいいのかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね」

 

「いや、この額で構わない」

 

「あぁ、今はこれで十分でしょ」

 

ハジメが代表して57枚のルタ通貨を受け取る。

 

「そういや、門番の人に聞いたんだけど、この町の簡易な地図を貰えるって…」

 

ハジメが通貨を仕舞ってる間に忍がオバチャンに尋ねる。

 

「あぁ、ちょっと待っといで。ほら、これだよ。お勧めの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

受け取った地図を見て忍が固まる。

 

「どした?」

 

通貨を仕舞い終わったハジメが地図を覗き込むと…

 

「これは……おいおい、いいのかよ? こんな立派な地図を無料で。十分金を取れるレベルだと思うんだが…」

 

なかなかに精巧で、有用情報も簡潔ながらしっかりと押さえている記載されたご立派な地図だった。

 

「構わないよ。あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、これくらい落書きみたいなもんさね」

 

オバチャンの優秀さに脱帽するハジメと忍。

 

「そ、そうか。まぁ、助かるよ」

 

「何から何までお世話になりました」

 

「いいってことさ。それより、金はあるんだから少しはいいとこに泊まりなよ? 治安が悪いわけじゃないけど、その3人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

 

「そうするよ」

 

「じゃあね、受付のお姉さん」

 

それを最後にハジメと忍はギルドの入り口まで歩いていく。

ユエ達もオバチャンにお辞儀すると、2人を追っていく。

 

一行がギルドの外を出た後…

 

「ふむ、色んな意味で面白そうな連中だね…」

 

オバチャンのちょっと楽しげな独り言がカウンターに木霊する。



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第十七話『ブルックでのあれこれ』

冒険者ギルドを後にしたハジメ達は地図というよりもガイドブックと言った方がしっくりくるような地図を片手に、宿屋へと進路を取っていた。

行き先の宿屋の名は『マサカの宿』である。

紹介文によると、料理が美味く防犯もしっかりしており、なにより風呂がある。

日本人であるハジメと忍にとっては風呂が決め手となったようだ。

その分、少し割高だが、金はさっき換金したので問題ない。

 

宿に着き、宿の中へと入る一行。

一階は食堂になっているらしく、複数の人間が食事を取っている。

宿に入ったハジメ達に、お約束の如く視線が集まる。

もちろん、ユエ、シア、セレナにだが…。

 

それらを無視してカウンターらしき場所に行くと、15歳くらいの女の子が元気よく挨拶しながら現れる。

 

「いらっしゃいませ~。ようこそ、『マサカの宿』へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」

 

「宿泊だ。このガイドブックを見て来たんだが、記載されてる通りでいいか?」

 

代表してハジメが女の子に尋ねる。

女の子はオバチャンの特製地図を見て合点がいったのか頷く。

 

「あぁ、"キャサリン"さんのご紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 

「……………………」

 

女の子がテキパキと宿泊手続きを進めようとしたが、ハジメはどこか遠い目をしてた。

 

「お客様~?」

 

「ハッハッハッ、悪いね。親友はちょっと幻想を抱き過ぎなんだよ」

 

ハジメが遠い目をしてるのに、女の子が首を傾げていると忍が割って入る。

 

「はぁ…?」

 

「とりあえず、一泊で頼むよ。あとは食事と、風呂も頼めるかな?」

 

理由がわからず戸惑う女の子をよそに忍が手続きを引き継ぎ進める。

 

「わかりました。お風呂は15分100ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが…」

 

「ふむふむ。じゃあ…2時間で」

 

「え!? 2時間ですか…?」

 

「ほら、俺達って5人だし? ちょっとゆっくりしたくてね」

 

時間帯表を見ながらもっともらしい理由を並べて風呂の時間を確保する。

 

「え、えっと…それではお部屋はどうされますか? 2人部屋と3人部屋が空いてますが…」

 

「おぉ、そりゃ丁度いい。その二部屋で頼むよ」

 

「わかりました。ちなみに部屋割りは…言うまでもないですよね」

 

ちょうど男2人の女3人なのだ。

女の子はもちろん、周囲の客も当然そんな部屋割りを想像していた。

 

が、しかし…

 

「……私とハジメで2人部屋に行く。あとは好きにして」

 

ユエさんが爆弾を投下した。

そのお言葉に周囲の客と空気が凍てついた。

 

「ちょっと待ってください!? なんで私がシノブさんやセレナさんと同じ部屋なんですか!?」

 

「……不満?」

 

「不満です! 私もハジメさんと一緒の部屋がいいですぅ!」

 

「……シアがいると邪魔」

 

「邪魔ってなんですか!?」

 

「……ふっ」

 

「なんで笑ったんですか!?」

 

という具合に仲間をほっぽって2人で白熱するユエとシア。

 

「お~い、親友。早く戻ってこないと大変なことになるぞ~?」

 

いつものようにハブられてる忍はハジメの意識を戻そうと声を掛ける。

 

「だ、だったらユエさんがシノブさんとセレナさんと一緒にいてください! ハジメさんとは私が同じ部屋になりますから!」

 

「……ほぅ、それで?」

 

「そ、それで…は、ハジメさんに私の初めてを貰ってもらいます!////」

 

なんか変な方向に話がこじれている。

 

「俺とセレナが同室なのは確定なのか?」

 

「普通は男女別でしょ…///」

 

「まぁ、そうなんだけど…ことこのパーティーではなぁ…」

 

やれやれと肩を竦める忍と、常識的なことを言う若干頬が赤いセレナ。

 

すると…

 

ゴチン!!×2

 

「ひぅ!?」

「はきゅ!?」

 

今にも戦いそうな雰囲気だったユエとシアの脳天に拳骨が突き刺さる音がする。

ハジメだ。

やっと戻ってきたハジメが妙な言い争いしてるユエとシアに拳骨を見舞ったのだ。

 

「ったく、周りに迷惑だろうが…何より俺が恥ずいわ」

 

「……うぅ…ハジメの愛が重い…」

 

「も、もう少し、もう少しだけ手加減を……身体強化すら貫く痛みが…」

 

「自業自得だ、バカヤロー」

 

蹲る2人に冷ややかな目を向けた後…

 

「で、忍。どこまで話は進んだ?」

 

「あぁ、とりあえずは一泊の食事付き、風呂の時間は2時間確保して、残りは部屋割りってとこだな」

 

まるで何事もなかったように現状の手続き具合を話す。

 

「よくやった、流石は親友だ」

 

「ハッハッハッ、よせやい。照れるだろうが」

 

そんな風に忍と話したハジメは改めて女の子の方に向き直ると…

 

「騒がせて悪かったな。俺とそこに蹲ってる2人で3人部屋を使う。2人部屋の方はこっちの2人が使う」

 

そう言っていた。

 

「えっ!? もはや男女別でもない!? しかもこの様子からしてさ、3人で…? あ、でもこっちの2人も特に拒否ってないってことはもしかして!? はっ!? お風呂に2時間…もしかして、互いに見せつけ合って…!? その上で、どちらが上かを決めるのね!? そして、部屋ではあんなことやこんなこと……なんてアブノーマルな!!」

 

なんか物凄く酷い勘違いをなされていた。

見兼ねた女将さんらしき人がズルズルと女の子を奥へと引きずっていき、代わりに父親らしき人が出てきて宿泊手続きをしてくれた。

部屋の鍵を渡しながら謝罪するも、その眼は微妙に生暖かった。

 

これ以上、誤解が深まるのを阻止したかったため、ユエとシアを肩に担いで3階へと向かうハジメ。

それを追うようにしてセレナをエスコートしながら忍も割り振られた部屋へと向かう。

 

それぞれ3階と2階の部屋に入ると、ハジメの方はユエとシアをベッドに放り投げて自身もベッドに倒れ込むように意識を手放す。

 

一方の忍とセレナは…

 

「結局、同室になっちまったな」

 

「……そうね」

 

お互い別々のベッドに座るとそんな風に話し出す。

 

「夕食まで時間もあるし、少し話すか?」

 

「……まぁ、いいけど」

 

「あ~…しかし、本当に布団が心地いい~」

 

座っていたベッドに横になると、忍はそんなことを言う。

 

「来る途中にも言ってたわね。そんなに苦しい生活だったの?」

 

「そりゃなぁ…だってシアさんいない状態で、あのバカップルがイチャイチャしてたんだぜ? 正直、ベッドルームなんかには行けなかった。風呂もあったが、あいつらがイチャイチャしてたりする間に入るくらいで、あんまのんびりとは出来なかったなぁ…」

 

「そ、そんなになのね…」

 

「そ。だからマジで独り身…じゃねぇが、まだ心に余裕が持てなかったからあの二ヶ月間は拷問に近かったんだよ」

 

心なしかそう言う忍のベッドへの沈み具合が増したように見える。

 

「その前は?」

 

「ん?」

 

「その、迷宮を攻略した前の話は?」

 

「あぁ、そういえば…親友はあまり話したがらないからな。ま、不幸自慢することもないだろうしな」

 

セレナが何を聞きたいのかを察し、忍はベッドの上で起き上がって胡坐を掻く。

 

「そもそもの話。俺と親友はこの世界の人間じゃない」

 

「え…?」

 

忍の発言にセレナは目を点にして驚く。

 

「ふむ…フェアベルゲンまでは届いてないのか? 魔人族とやらに対抗すべく神が召喚した異世界人。その内の2人が俺と親友だ」

 

「初耳」

 

「そうだったか…」

 

「他にもいるの…?」

 

「そうだな…愛ちゃん先生や親友のクラスメイトの大半が召喚に巻き込まれてたからな。かく言う俺も昼飯を親友と食べようとして巻き込まれた口だが…」

 

当時のことを思い出しながらセレナに語る。

 

「まぁ、あの教皇様はかなり危なそうだったからな。そして、我らが勇者様はといえば…これがまた残念過ぎる奴でな。召喚なんて誘拐と変わらないってのに、この世界の人々のために戦うなんて言っちゃってカリスマ性もあるから周囲も同調しちまってなぁ。仕方ないから戦闘訓練を受けることになったんだが…俺は親友が心配で、親友と一緒にいたんだが」

 

「へぇ~」

 

「あのヒーロー的には正しいことをやってるつもりなんだろうが…どうにも薄っぺらく感じちまう。ま、ヒーローのことはともかく…それから俺達はオルクス大迷宮…その上層部の方へ実戦訓連として赴いたのさ。そしたら、どこぞのバカが先走って罠に引っ掛かってベヒモスのいる階層に飛ばされるわ、混乱するわで大変だったよ」

 

「それ、大丈夫だったの?」

 

「いや、それが全っ然大丈夫じゃなかった。親友があの時動いてなかったらヒーロー達や騎士団も詰んでたかもな。ま、そしたら親友がベヒモスを足止めしてたからな。俺がひとっ走りして連れてこようとした時だ。援護の魔法に紛れて俺達の間に一発の火球が降り注いできた」

 

「え…」

 

「その火球のせいで橋は倒壊。俺と親友は奈落の底へと真っ逆さま。あの時、俺は犯人と思われる嗤ってた奴を見たが…親友はどうかな? 元々、親友が気に食わなかったって感じだったが、まさかあそこまで腐ってたとは…正直思わなかった」

 

やれやれだぜ、といった風に肩を竦めた忍に…

 

「それで、どうなったの?」

 

セレナがその続きを促した。

 

「ん? 俺達は…地下水に流されてオルクス大迷宮の下層部…おそらくそっちが真のオルクス大迷宮だったと思うんだが、そこに流されてな。親友の方はわからなかったが、俺は地下水の近くに陣取って十日以上は粘ったかな?」

 

「十日以上も!?」

 

「そしたら、だいぶきつくなってところで銃声…親友の武器の音がしてな。そっちに走っていったら…もう左腕も失って変心してた今の親友に出会ったのさ……あいつの身に何が起きたのかまではわからない。でも、生きてくれてたことが嬉しくてな。ま、その後に魔物の肉を喰わされるとは思わなかったが…」

 

その結果がこの髪やら技能なんだが、と最終的には笑い話にする忍だった。

 

「ま、俺の身の上なんてこんなもんさ。面白くないだろ?」

 

「そんなことはない!」

 

が、セレナは意外な反応を示す。

 

「そうか?」

 

「だって、あなたのことが少しでもわかったから…」

 

「覇王のことじゃなく?」

 

「私が知りたいのは昔の覇王じゃなくて、今の覇王だから…」

 

「そうかい…」

 

それから2人は他愛のない会話を繰り返していた。

 

そして、日が沈んで夕食時になってハジメ達も降りてくる匂いを感知し、忍とセレナも会話を切り上げて部屋を出て合流する。

食堂に赴くと…何故か一行がチェックインした時にいた客が全員まだそこにいた。

 

ハジメが頬を引き攣りそうになるのを堪え、忍は肩を竦める中、一行は大きめのテーブルに腰掛ける。

そこに宿屋の娘が「先程は失礼しました」と給仕に来たが、瞳の奥の好奇心が隠しきれていないようだった。

久々のまともな料理を食べて美味しく感じたハジメだったが、もう少し落ち着いて味わいたかったと内心で溜息を吐く。

忍はそういうのは気にしない質なのか、美味しく頂いていたが…。

 

食事を終えた一行は、風呂へと向かった。

事前に2時間確保し、流石にここは男女別で時間を分けて入ったのだが…

 

「やっぱ、風呂は命の洗濯だよな~」

 

「そうだな…」

 

と男2人でゆったりと風呂に浸かっていたまではよかった。

しかし…ユエとシアがセレナを無理矢理引っ張ってきて乱入してきたのだ。

 

「……なんでやねん…」

 

「タオルを巻いてるのがせめてもの救いか…」

 

という野郎共の嘆きを無視して女子達も風呂を堪能する。

忍に関しては隣から漏れる微妙な殺気を肌でひしひしと感じていたりもするが…。

 

「親友って何気に独占欲とか強いよな」

 

「あ?」

 

「まぁ、かく言う俺も親友がセレナの裸でも見ようものなら親友との戦争も辞さないが…」

 

ハジメの隣から逃げ、ユエとシアに譲りつつしれっとそんなことを言って少し離れてたセレナの隣に陣取る。

 

「はぁ!?/////」

 

まさかの言葉に赤い顔がさらに赤くなるセレナが隣に来た忍をバッと見る。

 

「俺はユエ一筋だ」

 

「はいはい。わかってますよ」

 

ハジメの断言に忍は適当な相槌を打っている。

 

そうして結局混浴になってしまった一行は風呂を出て部屋へと戻ることになった。

途中、覗き見してた宿屋の娘を女将に引き渡しもしたが…。

 

そして、就寝時のこと。

ハジメ達側は例によって例の如く、ユエが定位置とでも言うのかハジメのベッドに潜り込んで右腕に抱き着き、それに対抗してシアもベッドに潜り込んで左腕に抱き着くも、それが冷たい義手だったので涙したりしていた。

当のハジメはシアの凶器に内心戦慄を覚え、それを見抜かれてユエから無言の圧を喰らったりと散々だったようだが…。

 

そして…

 

「ぐぅ……すぅ……ぐぅ……すぅ……」

 

久方振りのまともなベッドで寝れるとあって忍は即行で寝落ちてしまい…

 

「……………………」

 

その寝顔をセレナが見てたりする。

 

「覇王もこういう時は無防備なのね」

 

くすりとした笑みを浮かべるとセレナも自分のベッドに入って寝るのだった。

 

………

……

 

翌日。

朝食を食べた後、ハジメはユエとシアに金と宝物庫を渡して買い出しを頼んでいた。

それと入れ替わるように忍とセレナが訪問し、セレナの首輪の改良と、とある物の製作をハジメが行った。

流石に首輪無しでのお出掛けは不安だったので、先にセレナの首輪を改良してからとなる。

改良点は神結晶の欠片を加工した水晶をもう一つ追加し、その水晶を首輪に押し込むことで既存の水晶を連動させて念話石や特定石を起動させるというものだ。

ちなみに神結晶の欠片を用いたのは魔力を溜め込む特性を活かしたからで、定期的に忍が魔力を込めないとならないようにしている。

その改良した首輪を改めて首に着けてからセレナも忍と共に出掛ける。

資金は前日換金した分から少し貰っているので問題ない。

ハジメはハジメで作る物があると部屋に残っている。

 

「ん~…出掛けてきたはいいが、どこに何があるのか。ガイドブックはあの2人が持ってるしな…」

 

「適当に時間を潰す?」

 

「そうだな」

 

そう話して2人揃って町を散策していると…

 

『ユエちゃん、俺と付き合ってくれ!!』

『シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!』

 

という野郎共の声…というか叫びが聞こえてきた。

 

「あぁ? また命知らずな…」

 

それを聞き、忍は呆れたような声を漏らす。

 

「どうするの?」

 

「あの2人に限っては大丈夫だろ。むしろ、きっと無視するな。それでも諦めないなら…」

 

「なら?」

 

「きっと無事では済むまい」

 

その予想は大当たりだった。

ただ、忍でも予想出来なかったのは、見せしめとしてユエが1人の男の股間をメッタメタにしたことだろう。

 

そうして時間を潰していると…

 

『セレナちゃんをくれ!!』

 

「「……………………」」

 

いつの間にか男共に囲まれてしまい、忍とセレナは揃って微妙な顔をした。

 

「あぁ、あの2人もこんな気分だったのかね?」

 

「多分ね」

 

そう言いながら無視しようとするも囲まれてるので逃げ場がない。

 

「とりあえず…セレナは俺のもんだからさっさと散れ」

 

「ちょっ!?///」

 

覇気を発動させながら忍がそう言うと、セレナが慌てたように"何を口走ってんの!?"と言いたげに忍を見る。

 

「こういうことはハッキリさせないとな」

 

そう言ってセレナの手を取って歩き出す。

覇気を受けたせいか、無意識に道を開ける男共。

 

 

 

そうして宿へと戻ると、先に戻っていたらしいユエとシアが部屋にいた。

 

「で、この状況は何よ?」

 

戻ってきたら大槌抱えて喜ぶシアに、肩を竦めるユエ、苦笑するハジメの図。

 

「ちょっとな」

 

「それで済まされても困るが…まぁ、何となくはわかるからいいけど…」

 

「わかるの?!」

 

忍の状況把握能力に驚く。

 

「ん~…多分、親友がその大槌をシアさんに贈ったんだろ? それで贈られた本人は嬉しそうに、ユエさんはなんだかんだで"まぁいいか"くらいの反応。で、親友は贈り物が贈り物だから微妙な反応をしてる、ってとこだろ?」

 

大方間違ってはいない。

故に忍は思った。

 

「(なんかズレてるな…)」

 

贈った張本人も、贈られた本人も…。

 

とにもかくにも、これで全員が揃ったので部屋を出てチェックアウトするのだった。

 

さぁ、旅の続きの再開だ。



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第十八話『ライセン大迷宮』

死屍累々。

 

そんな言葉がピッタリな光景がライセン大峡谷の谷底に広がっていた。

何故、このような光景が広がっているかと言えば…

 

「一撃必殺ですぅ!!」

 

「……邪魔」

 

「うぜぇ」

 

「はいはい。そこ通りますよ~」

 

上からシア、ユエ、ハジメ、忍の順に谷底の魔物を屠っているからだ。

もちろん、襲い掛かってくる魔物に対しての行動なのだが、学習しないのか魔物は続けざまに襲い掛かってくる。

そうして出来上がった屍の山を後に一行は進む。

 

「……………………ここ、ライセン大峡谷の谷底よね?」

 

唯一殲滅に参戦してないセレナはそう言うのが精一杯だった。

 

 

 

ライセン大峡谷の入り口から数えて5日は進んだ頃…。

 

「今日も収穫無し、か…」

 

「やっぱ、ライセンのどっかにあるって情報だけじゃ大雑把過ぎたか…」

 

「だなぁ…」

 

野営の準備をしながら忍とハジメはこの5日での収穫の無さを話していた。

まぁ、準備と言っても宝物庫から野営テント二組や調理器具を出し、夕食の準備をシアがするのだが…。

 

ちなみにこれらの道具だが、全てハジメ謹製のアーティファクトであったりする。

野営テントには『冷房石』と『暖房石』が取り付けられて常に快適な温度を保っており、冷房石を利用して『冷蔵庫』や『冷凍庫』も作られている。

さらに金属製の骨組みには『気配遮断』を付与した『気断石』が組み込まれており、敵に見つかりにくくなっている。

調理器具も流し込む魔力量に比例して熱量を調整出来る火要らずのフライパンや鍋、同じく魔力を流し込むことで『風爪』が付与された切れ味鋭い包丁などがある。

これらの道具は魔力の直接操作が出来ないと扱えないため、一種の防犯性もある。

 

それらを作ったハジメの感想はと言うと…

 

『神代魔法超便利』

 

これに尽きる。

正に無駄に洗練され無駄のない無駄な技術力である。

 

そうして夕食を終えてその余韻に浸り、雑談をする。

就寝時にそれぞれハジメ、ユエ、シアの3人と忍、セレナの2人でテントへと戻る。

もはやこれがデフォルトになっていた。

 

そんな中、シアがお花を摘みに行くとテントを出て行ったのだが…

 

「み、皆さ~ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださ~~い!!」

 

魔物が来るのなんてお構いなしに他の4人を呼ぶシアの大声が聞こえてきた。

その大声にハジメ、ユエ、忍、セレナの4人もテントから出ていき、シア元へと行く。

 

「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」

 

そう言ってシアが駆け寄ってくるとハジメとユエの手を引っ張って巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれかかる様に倒れており、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所へと引き込む。

その隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほどに広い空間が存在した。

そして、その空間の中程まで来ると、シアが無言で、しかし得意げな表情でビシッと壁の一部に向けて指を差した。

 

そこには…

 

『おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪』

 

という妙に女の子らしい丸っこい文面の、壁を直接削って作ったであろうと見事な装飾の長方形型の看板があった。

『!』や『♪』が妙に凝っているのがなんとも腹立たしい。

 

「「「「…………は?」」」」

 

それを見てハジメ達は訳が分からないといった具合に口を開けてポカンとしてしまう。

 

「……なんじゃこりゃ」

 

「……なにこれ」

 

「……なんだろうね?」

 

「……なんなの?」

 

前半2人は呆然とし、後半2人も首を傾げてしまっていた。

 

「何って、きっと大迷宮の入り口ですよ! いや~、お花を摘みに行ったら偶然見つけまして。本当にあったんですね、ライセン大峡谷に大迷宮って」

 

こんな胡散臭さ満点の看板を見て大迷宮の入り口だと判断出来るシアの感性は…どうなんだろう?

 

「……ユエ、忍。マジだと思うか?」

 

「……………………ん」

 

「そうだな…この看板はともかく、本物な気がする…」

 

「根拠は?」

 

「「"ミレディ"」」

 

「やっぱ、そこかぁ…」

 

『ミレディ』。

その名はオスカーの手記にも出てきたライセンのファーストネームだ。

ライセンの名は世間一般にも広く知られているが、ファーストネームとなると別で、それが記されているここは大迷宮の入り口の可能性が高かった。

しかしながら、そんな簡単に信じられるかと言われれば、問題点があり…。

 

「なんで、こんなチャラいんだよ」

 

看板のチャラさであった。

ハジメはもちろん、忍、ユエもオルクス大迷宮での死闘を経験してるが故の先入観もあった。

それがどうだろう。

この妙な軽さ……脱力せざるを得ない。

 

「でも、入り口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし」

 

そう言いながらシアがポンポンと不用意に壁の窪みの奥の壁を叩く。

 

「おい、シア。あんまり………」

 

ハジメがシアを注意しようとした時…

 

ガコンッ!!

 

「ふきゃ!?」

 

シアの触っていた壁が突如グルンッと回転し、それに巻き込まれたシアの姿が阿部の向こう側に消える。

 

「「「「……………………」」」」

 

大迷宮への入り口がわかり、看板の信憑性が増す。

 

「忍。ちょっと宝物庫渡すからテントとかを回収してきてくれ」

 

「あいよ。セレナはここで待っててくれ」

 

「わかったわ」

 

ハジメから宝物庫を渡されると、忍は神速を用いてテントを回収し、すぐに戻ってくる。

戻ってくると、ハジメとユエの姿はなかった。

 

「ハジメ達は?」

 

「もう中に入ってる」

 

「じゃ、俺等も行きますか」

 

そう言ってセレナを連れて忍も回転壁を通ると…

 

ヒュヒュヒュッ!!

 

明るくなっていた部屋から忍とセレナに向かって無数の矢がどこからともなく放たれていた。

 

「………………」

 

忍は特に気にするでもなく、銀狼を抜くと全ての矢を叩き落とす。

 

「ん~…黒狼の方が良かったか?」

 

若干の軽さと切れ味を優先して銀狼を使ったが、刃毀れはしていないので問題はない。

 

「まぁいいか。で、どういう状況よ?」

 

銀狼を収めながら状況を確認する。

見れば何やらしくしくと泣いているシアがその場にへたれ込んでいた。

 

「あ~…まぁ、色々とな。宝物庫、返してくれ」

 

「あいよ」

 

そう言って忍も宝物庫をハジメに渡すと、シアの着替えを取り出す。

微かに匂うものを感じ、忍も別の方へと視線を向ける。

 

「シアさんも災難だな…」

 

そうこうしてる内に忍も目の前の石板を見つけ、そこに書かれてる文面を見る。

 

『ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ』

『それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ぶふっ』

 

「「……………………」」

 

なんともイラッとする文面に忍もセレナも無表情になる。

 

その横をシアが通り過ぎていき…

 

ガシャンッ!

 

一瞬で大槌『ドリュッケン』を展開すると、石板を一撃の下で粉砕した。

 

しかし、壊した石板跡の地面にも何やら文面があり…

 

『ざ~んね~~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよ! プークスクス!!』

 

「ムキィィーーーー!!」

 

シアがキレて何度も地面をドリュッケンで叩き付けると部屋全体が小規模の地震っぽく震える。

 

「ミレディ・ライセンだけは"解放者"云々関係なく、人類の敵でいいな」

 

「……激しく同意」

 

「ここまでコケにされるとは思わなかった…」

 

「えぇ、そうね…」

 

シアの激昂を見ながら声を漏らす4人は、シアの怒りが治まるのを待ってからライセン大迷宮の攻略に乗り出すのだった。

 

………

……

 

結論から言えば、ライセン大迷宮はオルクス大迷宮とは違った意味で厄介な場所であった。

 

まず、ライセン大峡谷の特性である魔力分解作用。

これが大迷宮内では谷底とは比較にならないほど強く、魔法はほぼ封殺されていると同義だ。

それをもろに受けているのは純魔法使いのユエだ。

但し、上級魔法は使えないが、中級魔法程度なら何とか撃てるレベルだ。

いくら魔晶石シリーズに魔力を蓄えているとは言え、その減りも尋常ではなく使いどころを考えなくてはならなかった。

それでもユエだからこそ、中級魔法が使えるのであって並みの者なら役立たずに成り下がるだろう。

 

また、ハジメにも少なくない影響があり、空力や風爪などの放出系が使えず、纏雷も出力が大幅低下していてドンナー・シュラークの電磁加速が十全に使えないのだ。

ちなみにシュラーゲンもドンナー・シュラークの最大出力程度に威力が低下している。

 

それは似た固有魔法を得ている忍にも言えるのだが、ハジメよりもステータスやら技能が前衛に特化しているために特に影響がない。

シアも身体強化を持つため、このライセン大迷宮に関して言えば独壇場と言っても過言ではないのだ。

 

ちなみにセレナは戦力外。

シアやユエのように先祖返りして魔力を得た訳でもないので、一般的な亜人族と差して変わらないのだ。

まぁ、それでも一応は身体能力が高い方の狼人族だから、ある程度なら動ける。

比較対象がおかしいだけなのだ。

 

 

 

次にこの大迷宮には魔物の類がいない代わりに凶悪な物理系トラップのオンパレードということだろうか。

切断力半端無さそうな巨大丸鋸、落とし穴、岩石転がしと鉄球転がし等々…ド定番な罠からちょっと捻ったような罠まで多彩の一言だ。

極めつけは全ての罠に対し、ミレディの嫌がらせ文面が設置してあることか。

正直、罠の方がおまけと思わなくもない力の入れっぷりである。

 

 

 

そんなライセン大迷宮の探索は異様なほどに疲労感が溜まる。

主に嫌がらせ文面のせいで…。

一応、ハジメがマッピングを作っている。

 

そんな中、騎士甲冑を着た像が居並ぶ奥行きのある大きな部屋に辿り着く。

その奥には階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉がある。

さらに祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 

「如何にもな扉があんじゃねぇか。ミレディの住処に到着なら万々歳なんだが…」

 

「親友。それはフリかい?」

 

「……きっとお約束通り」

 

「いや、それって確実に襲われますよね? 全然大丈夫じゃないですよ?」

 

「はぁ……はぁ……っ、はぁ……」

 

5人の内、4人は余裕そうだが、1人だけ…セレナだけは肩で息をしていた。

やはり、比較対象がおかしいのだ。

それでも忍の助けありとは言え、ここまで付いて来たことには驚愕を覚えるが…。

 

「行くぞ」

 

そんなセレナに合わせる訳もなく、ハジメが歩くのにユエがついていき、セレナに気を向けながらもシアも歩いていき、最後に忍がセレナに手を向け、それを自然と掴んだセレナを連れて歩く。

皆が部屋の中央まで行くと…

 

ガコンッ!!

 

お約束の音と共に騎士甲冑の像が動き出す。

数は、50体。

単純計算で1人10体倒せばいい話である。

が、あくまでもそれは理想であって現実的ではない。

ハジメ達が部屋の中央にいた時に動き出したので、完全に包囲された形だ。

 

「やっぱ、お約束通りか。お前等、やれるな?」

 

「あたぼうよ」

 

「んっ」

 

「か、数多くないですか!? いや、やりますけども…」

 

「こんなとこで…!」

 

ハジメがドンナー・シュラークを抜きながら聞くと、忍が銀狼と黒狼を抜いて答える。

ユエとセレナも眼に戦意を携えていたが、唯一シアだけが及び腰になっていた。

 

「シア。お前は強い。俺達が保証してやる。こんなゴーレム如きに負けはしないさ。だから下手なこと考えず好きに暴れろ。ヤバい時は助けてやるから」

 

「……ん、弟子の面倒は見る」

 

「こういう所でこそ俺等前衛の華でしょうに。セレナも無理するなよ? いくら魔力の影響はないとは言え、体力まで失うことはないしな」

 

「わかってるわ。というか、私が一番のお荷物でしょうに…」

 

「皆さん……はい! 私、頑張ります!」

 

程良く緊張が解かれたところで戦闘開始である。

 

「セレナ! これ使え!」

 

流石に武器無しでは厳しいと判断した忍が銀狼をセレナに渡し、右手でアドバンスド・フューラーRを抜く。

 

「え…いいの!?」

 

「流石に武器無しじゃキツイだろ? いいから使え。くれぐれも気を付けろよ?」

 

「わかってるわよ!」

 

ギィンッ!!

 

と言ったそばからセレナは銀狼で騎士甲冑の大剣を受け止める。

 

「って、おいおい。真っ向から受けんなよ!? いくら頑丈とは言え、んなもん受けてたら他が疎かになるぞ!? 受け流してからのカウンターにシフトしろ!」

 

「~~っ」

 

忍に言われて即座に大剣を受け流すことに集中する。

その危なっかしい姿を見て…

 

「親友。そろそろセレナにも専用の武器を作ってやってくんねぇかな?」

 

とガン=カタで騎士甲冑を屠ってるハジメに相談する。

 

「あぁ? そんなもんテメェが作れよ。お前だって生成魔法を習得してるだろ?」

 

「いや、そこは錬成師様の鍛錬も兼ねてさ。いっちょ作ってくれよ。絶対俺よか良いもん作れるだろ?」

 

「ちっ…めんどくせぇな」

 

「ここの攻略が終わってからでいいからさ」

 

そんな雑談をしながらも襲い掛かってくる騎士甲冑を屠るのだから相変わらずの化け物コンビである。

 

「てやぁぁぁ!!」

 

一方でシアもまた騎士甲冑を相手に善戦していた。

ドリュッケンを縦横無尽に振り回し、騎士甲冑をペシャンコにしたり吹き飛ばしたりしていた。

 

だが、そこでシアは自分がハジメやユエのようにしっかり戦えてるという認識が出来てしまい、一瞬だが気を緩ませてしまう。

そこを突き、騎士甲冑は盾を思いっきりシアに投げつけていた。

物凄い勢いで飛んでくるそれをシアが驚いて固まってしまっていると…

 

ビシャァッ!!

 

レーザーの如き水流が盾の軌道を無理矢理逸らしていた。

 

「……油断大敵。お仕置き三倍」

 

「ふぇ!? 今のはユエさんが? す、すみません。ありがとうございます! ってお仕置き三倍!?」

 

「ん……気を抜いちゃダメ」

 

「うっ…はい!」

 

ユエの助力もあり、背中合わせとなってユエとシアが騎士甲冑へと立ち向かう。

近接戦のシアと、その死角を補うユエの見事なコンビネーションが炸裂する。

 

それを見て…

 

「おいおい、妬けるじゃねぇの。良いとこ見せとかないと愛想尽かされちまうかもな?」

 

「ハッハッハッ、女の子達に見せ場持ってかれたら流石に嫌だしな!」

 

そんな冗談を言い合いながら化け物コンビもまたそのコンビネーションを遺憾なく発揮する。

ハジメがシュラークで剣を受け流すと、その射線に向けて忍がアドバンスド・フューラーRを撃ち、その射線上にいた他の騎士甲冑を纏めて葬っていく。

忍が黒狼で騎士甲冑の大剣を受け流しながら腰を折ると、ハジメがその背中に自らの背中を預けてゴロンと位置を変えながら騎士甲冑を蹴って他の騎士甲冑の盾を利用したドンナーの跳弾で迎撃する。

さらに跳弾でバランスを崩した騎士甲冑を忍が黒狼で斬り裂き、攻撃を受け流し続けているセレナのフォローも忘れない。

そうして化け物コンビは互いに目を合わせ、ニィと悪い笑みを浮かべた後…

 

「「ジャックポット!」」

 

アドバンスド・フューラーRの上に横向きのドンナーを重ねて騎士甲冑の一団に向けて銃弾を放つ。

一ヵ所に3発の銃弾が向かい、盾を弾いて騎士甲冑を貫き、後ろにいたもう一体にも当たる。

 

「……何言ってるの?」

「何を言ってるんです?」

「何言ってんの?」

 

そんな声と共に女の子3人からは意味が分からないとばかりジト目がハジメと忍を射抜く。

 

そうして騎士甲冑を掃討しているのだが、妙な違和感があった。

50体ならもうそろそろ尽きるはずだが、一向にその気配がないのだ。

 

「……再生した?」

 

「らしいな」

 

「そんな!? キリがないですよ!?」

 

「流石に、もう…」

 

「どうするよ?」

 

ゴーレムには必ず核となるコアがある。

しかし、ハジメに聞けば、魔眼石でもコアが見つからないという。

そこでハジメは鉱物系鑑定で騎士甲冑を見ると、騎士甲冑達は『感応石』という魔力を定着させる性質を持った特殊な鉱石で作られていることが発覚。

さらに感応石は同室の魔力が定着した2つ以上の感応石は、一方の鉱石に触れていると、もう一方の鉱石及び定着魔力を遠隔操作出来るのだとか。

 

要するに…

 

「お前等、こいつらを操ってる奴がいる。マジでキリがないから強行突破するぞ!」

 

「んっ」

 

「あいよ!」

 

「と、突破ですか!?」

 

「わかったわよ!」

 

ハジメの合図と共にユエ、シア、セレナが祭壇へと突進する。

殿はハジメと忍だ。

 

ハジメがドンナー・シュラークの連射で道を開き、その道をシアがこじ開け、ユエとセレナが隙だらけのシアを守りながらユエが扉へと向かう。

その間にハジメは手榴弾を二個ほど後方に投げ、忍がハジメに近寄る騎士甲冑を後方へと吹き飛ばす。

凄まじい爆発と爆風で多数の騎士甲冑が倒れる。

 

「ユエさん! 扉は!?」

 

「ん……やっぱり、封印されてる」

 

「あぅ、やっぱりですか!」

 

見るからに怪しさ満点の祭壇と扉だから封印は想定内。

だからこその殲滅戦ということだが、その殲滅戦がそもそも無意味と知れば強硬手段になるのも仕方ないことだ。

 

「封印はユエに任せる。錬成じゃ突破するのに時間が掛かり過ぎる」

 

「じゃ、その間に俺等で援護な」

 

殿の2人も祭壇に到着する。

 

「ん……任せて」

 

黄色い水晶は、正双四角錐をしており、よく見ればいくつもの小さな立体ブロックが組み合わさっていた。

ユエはそれと扉の三つの窪みを見て、水晶を分解し始める。

扉の三つの窪みに合うように水晶を組み替える必要があったのだ。

そして、その扉には…

 

『とっけるかなぁ~、とっけるかなぁ~?』

『早くしないと死んじゃうよぉ~?』

『まぁ、解けなくても仕方ないよぉ! 私と違って君は凡人なんだから!』

『大丈夫! 頭が悪くても生きて……いけないねぇ~! ざ~んね~~ん! プギャー!!』

 

例によって例の如く、嫌がらせ文面が書いてあった。

 

「……………………」

 

無表情になったユエが解読に躍起になる。

 

「(触らぬ神に祟りなし、だな)」

 

ユエの怒気を背後に感じつつ誰もが微妙にビビる。

 

「ハジメさ~ん、さっきみたいに一気に殺っちゃってくれませんか?」

 

「アホ。さっきのはトラップが確実に無い場所を狙って投げたんだ。階段付近は流石に何があるかわからんから使えるか」

 

「第一、ミレディ・ライセンがこのゴーレムにも反応するような罠を仕掛けるかね?」

 

「それこそ有り得んだろ」

 

「うぅ…それは確かに…」

 

ハジメ、シア、忍が会話をする。

あと、セレナが会話に入ってこないのは余裕がないからです。

 

「でも…ちょっと嬉しいです」

 

「あぁ?」

 

騎士甲冑をペシャンコにしながらポツリと呟くシアにハジメが怪訝な目を向ける。

 

「ほんの少し前までは逃げることしか出来なかったのに、今ではハジメさん達と肩を並べて戦えてることが…とても嬉しいです」

 

「……ホントに物好きな奴め」

 

そんな風に会話するハジメとシアの雰囲気に忍は微笑ましそうにしていた。

 

すると…

 

「……イチャイチャ禁止」

 

若干仏頂面のユエが戻ってきた。

 

「……開いた」

 

「よし、退くぞ!」

 

その声に従い、ユエが開けた扉の中へと一気に撤退する一行。

その際、ハジメが手榴弾を数個置き土産として放り投げていた。

一瞬の隙にユエとシアが扉を閉める。

扉越しから微妙に衝撃波が伝わってくる。

 

そうして入った部屋には……特にこれといったモノがなかった。

 

「これはアレか? 大仰に封印してみせたのはフェイクで、実は何もないとか?」

 

「あ~…」

 

「……ありそう」

 

「……………………」

 

「うぅ~、ミレディめぇ…どこまでバカにしたら…!」

 

と、その時…

 

ガコンッ!!

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

何かの仕掛けが起動する音と共に、横向きにGが掛かる感覚が5人を襲う。

 

「これは!? 部屋自体が移動してんのか?」

 

「あんま喋るな! 舌噛むぞ!?」

 

ハジメの推測と忍の忠告だったが、皆Gに耐えるので必死だった。

ちなみにユエはハジメに抱き着き、セレナは忍が捕まえていたのでギリギリなんとかなっていた。

唯一シアだけがあっちにゴロゴロ、そっちにゴロゴロと悲惨な目に遭っていたが…。

 

そうして止まった部屋からなんとか外に出た一行だったが…。

そこは…

 

「……なんか見覚えないか? この部屋」

 

「……凄くある。特にあの石板」

 

「……ホント、嫌になるな…」

 

「……………………」

 

「最初の部屋、みたいですね?」

 

そう、そこは最初の…大迷宮入り口の部屋だったのだ。

それを証明するかのように…

 

『ねぇ、今どんな気持ち?』

『苦労して進んだのに、行き着いた場所がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?』

『ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇってば』

 

そんな文面があったからだ。

 

「「「「「……………………」」」」」

 

全員の表情から感情が抜け落ちる。

 

『あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します』

『いつでも新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです』

『嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ~! 好きでやってるだけなんだからぁ!』

『ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です』

『ひょっとして作っちゃった? 苦労しちゃった? 残念!! プギャー』

 

極めつけはこの文面である。

 

「は、ははは」

 

「フフフフ」

 

「フヒ、フヒヒヒ」

 

「ククク」

 

「あ、あははは」

 

皆、我慢の限界だった。

そして…

 

「「「「「ミレディーーーーーーッ!!!!!」」」」」

 

迷宮全体に届けとばかりの絶叫が木霊したのだった。



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第十九話『ミレディ・ライセン』

ハジメ達一行がライセン大迷宮に入って早一週間が経とうとしていた。

 

この一週間でスタート地点に戻されること7回、致死性のトラップに襲われること48回、全く意味のない単なる嫌がらせ169回と、圧倒的に嫌がらせの方が多い。

最初こそミレディへの怒りが治まりきらなかった一行だったが、四日目を過ぎた辺りからどうでもよくなっていた。

 

現在、一行はとある部屋で休息を取っており、ハジメと忍が見張りとして起きていた。

残りはハジメの左右にユエとシアが寄り添うように寝て、忍の膝枕でセレナが寝ている。

 

「ったく、よく寝てやがる。ここは大迷宮だぞ?」

 

「まぁ、そう言ってやんなよ。休める内に休む。大事なことだろ?」

 

「そりゃそうだが…」

 

そう言いながらハジメは両隣の少女達を見る。

 

「はぁ…まったく、俺みたいな奴のどこがいいんだか。こんな場所まで付いてきやがって」

 

そして、シアの方を見るとそんなことを独り言ちり、ユエを撫でていた手でシアの頭を撫で、うさ耳をモフモフしていた。

 

「起きてる時にやってやればいいものを…」

 

そんなハジメの様子に苦笑しながら忍もセレナの狼耳を一撫でする。

 

すると…

 

「むにゃ……あぅ……ハジメしゃん、大胆ですぅ~。お外でなんてぇ~……皆見てますよ~」

 

「……………………」

 

シアの寝言に優しげだったハジメの眼をそのままに瞳の奥から笑みが消え去る。

忍から"あ~あ"という感じが伝わってくる。

ハジメは無言のまま、モフモフしてた手を移動させてシアの鼻を摘まんで口を塞ぐ。

 

「ん~、ん? んぅ~!? んんーー!! んーー!! ぷはっ!? はぁ…はぁ…な、何するんですか!? 寝込みを襲うにしても意味が違いますでしょう!?」

 

起きたシアの抗議にハジメは冷ややかな目を向ける。

 

「で? お前の中で、俺は一体どれほどの変態なんだ? お外で何をしでかしたんだ? ん?」

 

「えっ? ……はっ!? あれは夢!?」

 

一体どんな夢を見たのやら…。

とりあえず、ハジメにとってはロクでもない内容には違いない。

 

「(さっきの言うなよ?)」

 

「(へいへい)」

 

軽いアイコンタクトでハジメは忍の口を封じると、ユエを優しく起こす。

それに合わせて忍もセレナを起こす。

 

「……んぅ……あぅ?」

 

「んみゅ…?」

 

ユエとセレナが可愛らしく目覚める。

 

「うぅ…ユエさんもセレナさんも可愛い……これぞ女の子の寝起きですぅ~。それに比べて私は…」

 

自分の目覚め方…ハジメも悪いっちゃ悪いのだが、それとの差を考えて落ち込むシア。

 

起きた3人娘と共に再び探索すると、一週間前に訪れてから一度も遭遇することのなかった騎士甲冑のゴーレム部屋に再び辿り着く。

但し、今回は既に扉は開放されており、その奥は部屋ではなく大きな通路となっていた。

 

「またここか。だが、今度は扉が開いてる。それなら囲まれる前に突破するぞ!」

 

「応よ!」

 

「んっ!」

 

「はいです!」

 

「わかったわ!」

 

最後尾に忍が控えながら全員が一気に駆け出し、部屋の中央に差し掛かるとゴーレムが再び動き出す。

ちなみに既にセレナには抜き身の銀狼を手渡している。

 

そうして全員が扉を抜けて通路を走っていくのだが…

 

「!? おい、親友! あいつら追ってくるぞ!! しかも壁や天井まで走ってやがる!!」

 

最後尾を走っていた忍が前のハジメに大声で叫ぶ。

 

「なに!?」

 

忍の大声にハジメも振り返ってみると、確かにゴーレム達は普通に走ってるのもいれば、壁や天井も走っているのもいた。

まるで重力を無視するかの如く。

 

大きな通路で繰り広げられる激しい攻防。

"落下"したり、前と後ろから挟撃しようとするゴーレム達。

それに対し、ハジメは十二連式の回転弾倉が取り付けられた長方形型のロケット&ミサイルランチャー『オルカン』を用いて迎撃した。

前方のゴーレム達を粉砕したハジメはそのまま走る。

また、シアとセレナがオルカンの異様に驚いてしまい、耳に多大なるダメージをうけてしまったが…。

 

そうして約5分、通路を走り続けると、通路の終わりが見えてきた。

通路の先には広大な空間が広がっており、道自体は途切れていて、10メートルほど先に正方形の足場があった。

 

「お前等、跳ぶぞ!」

 

ハジメの声に全員が頷くと、忍はセレナをお姫様抱っこして加速する。

通路端から勢いよく跳び出した。

セレナを除く4人の身体強化ならなんとか10メートルもの距離は苦にはならない。

 

だが、この大迷宮はとにかく嫌がらせに特化している。

 

跳んだ瞬間に足場がスィーと動き出したのだ。

 

「なにぃ!?」

 

このままでは底があるのかわからない深い空間に真っ逆さまである。

 

「『来翔』!!」

 

「全開空力!!」

 

ユエが風属性で上昇気流を作り、ハジメ達を一瞬浮かせて跳躍距離を伸ばし、忍も魔力消費を一切考えないで無理矢理空力を作ってハジメ、ユエ、シアの背中を背中からの体当たり気味に押し出して足場の中心地になんとか降り立つ。

 

「な、ナイスだ。ユエ、忍…」

 

「ユエさん、流石ですぅ!」

 

「忍もお疲れ」

 

「……もっと褒めて」

 

「やべぇ…魔力がごっそり持ってかれちまった…」

 

ただでさえ魔力を食う場所で場所で一時的に空力を使ったのだから忍の魔力も削られていた。

 

この空間は超巨大な球状で、直径は2キロ以上はありそうだった。

そんな空間内には様々な形と大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊しており、不規則に移動していた。

さらにゴーレム達が縦横無尽に飛び回っている。

文字通りゴーレム達もまた浮遊しているのだ。

その動きは先程よりも巧みになっている。

 

ともかく、ハジメが代わりに場所の把握をしようとした時…。

 

「逃げてぇ!!」

 

「「「「ッ!!?」」」」

 

シアの焦燥に満ちた叫び声に全員が驚き、ハジメ、ユエ、セレナを抱えた忍は反射的に今立っているブロックから飛び退く。

運良く、数メートル範囲でブロックが通りかかったので、そこに着地する形となった。

 

その直後…。

 

ズゥガガガンッ!!!

 

先程までたっていたブロックが"何か"によって木っ端微塵となる。

 

「シア、助かったぜ。ありがとよ」

 

「……ん、お手柄」

 

「流石に今のはシャレにならんな…」

 

「えへへ、『未来視』が発動して良かったです。代わりに私も魔力がごっそり持っていかれましたが…」

 

身体強化重視の2人が魔力をごっそりと持ってかれる事態に少々ハジメの表情が険しくなる。

 

そして、先のブロックを木っ端微塵にしたモノの正体は…

 

「おいおい、マジかよ…」

 

「……凄く、大きい」

 

「お、親玉って感じですね…」

 

「こりゃあ…骨が折れそうだ…」

 

「こんなのに、勝てるの…?」

 

5人が驚く目の前には超巨大ゴーレム騎士が佇んでいた。

全身甲冑は他と似たようなデザインだが、全長が20メートル弱はありそうだった。

その右手は赤熱化していて、左手には鎖がジャラジャラと巻き付いたフレイル型のモーニングスターを持っている。

 

5人が身構えていると、他のゴーレム達が集まり出してハジメ達を囲い始める。

 

いつでも殺し合いが始まる。

そんな空気の中…

 

『やっほろ~。初めましてぇ~。皆大好き、ミレディ・ライセンだよぉ~♪)

 

超巨大ゴーレムが空気を読まない喋り方をする。

 

「「「「「…………………は?」」」」」

 

その拍子抜けな挨拶にハジメ達が固まる。

 

『あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ? 全く、これだから最近の若者は……もっと常識的になりたまえよ』

 

凶悪な武器を両手にしながら器用に両手を上げて"やれやれだぜ"と言いたげに常識を説かれた。

無性に腹が立つ言い方と仕草だ。

 

「そいつは悪かったな。だが、ミレディ・ライセンは人間の女で故人だったはずだ。まして、自我を持つゴーレムなんて聞いたことないからな。目論見通り驚いてやったんだから許せ。そして、お前が何者か"簡潔"に説明しろ」

 

『あれぇ~? こんな状況なのに物凄く偉そうなんですけど、こいつぅ』

 

ハジメのド直球な質問且つ不遜な態度にミレディと名乗る超巨大ゴーレムがやや驚くも、すぐに持ち直したのか…。

 

『ん~? ミレディさんは初めからゴーレムさんですよぉ~? 何をもって人間だなんて…』

 

「オスカーの手記にお前のことも少し書いてあった。きちんと人間の女として出てきたぞ? というか、アホな問答をするつもりはない。簡潔にと言っただろう。どうせ、立ち塞がる気なんだろうから、やることは変わらん。お前をスクラップにして先へと進む。だから、その前にガタガタ騒いでないで、吐くもん吐け」

 

『お、おおう。久し振りの会話に内心、狂喜乱舞してる私に何たる言い様。っていうか、オスカーって言った? もしかして、オーちゃんの迷宮の攻略者?』

 

「あぁ、オスカー・オルクスの迷宮なら攻略した。というか、質問してるのはこちらだ。答える気がないなら、戦闘に入るぞ? 別にどうしても知りたいって訳じゃないからな。俺達の目的は神代魔法だけだからな」

 

「親友。そこに覇王の能力も付け足しておいてくれや」

 

ずっと会話をハジメに任せていたが、要求が少し足りないという感じに忍も口を出す。

 

『……神代魔法に、"ごーちゃん"の能力ねぇ~。それってやっぱり、神殺しのためかな? あのクソ野郎共を滅殺してくれるのかな? オーちゃんの迷宮攻略者なら事情は理解してるよね?』

 

「質問してるのはこっちだといったはずだ。答えてほしけりゃ、先にこっちの質問に答えろ」

 

『こいつぅ~ホントに偉そうだなぁ~。まぁいいけどさぁ~。えっと、なんだっけ? あぁ、私の正体だっけ。う~ん…』

 

「簡潔にな。オスカーみたくダラダラした説明はいらんぞ」

 

『あはは、確かにオーちゃんは話が長かったねぇ~。理屈屋だったしねぇ~』

 

そんなことを言ってミレディゴーレムはどこか遠い目をするように天を仰ぐ。

 

『うん。要望通りに簡潔に言うとね。私は、確かに"ミレディ・ライセン"だよ。ゴーレムの不思議は神代魔法で解決! もっと詳しく知りたいのなら、見事私を倒して見せよ! ってね♪』

 

「結局、説明になってねぇ」

 

『ははは、そりゃあ攻略する前に情報なんて貰えるわけないじゃん? 迷宮の意味ないでしょ?』

 

そう言ってミレディゴーレムは『メッ!』するような仕草をしてみせる。

 

「そこを曲げて教えてくんねぇかな、"ミレディおばあちゃん"」

 

『お、おばあちゃん!?』

 

忍の言い様にギョッと驚くミレディゴーレム。

 

「だって、サバ読んでないならそんくらいだろ?」

 

『言うに事欠いて"おばあちゃん"って! 私は永遠の17歳だよ!! ていうか、君ぃ! デリカシー!!』

 

「永遠の17歳とかネタですか? あと、ゴーレムにデリカシーと説かれても、なぁ?」

 

「「ぷっ…」」

 

そう言って忍が他の4人を見ると、シアとセレナは必死に笑いを堪えているようだったが…

 

「「……………………」」

 

約2名…ハジメは目を逸らし、ユエは無表情(瞳のハイライト消えてる)で忍を睨んでいた。

 

「あれぇ~?」

 

てっきり全員から同意を貰えると思っていた忍は首を傾げる。

 

「(忍…それ、地雷)」

 

「(地雷? …………………………………………あ)」

 

ハジメに念話で言われ、忍も思い出す。

約1名、見た目と年齢が釣り合ってない人がいることを…。

 

「………………ハッハッハッ!」

 

しばしの間の後、忍は冷や汗を目一杯掻いて明後日の方向を向いて笑っていた。

 

『なに笑って誤魔化そうとしてんの!? 私は傷付いたよ!!』

 

ミレディゴーレム、何故急に忍が笑ったのかわからず、ツッコミを入れる。

 

「……シノブ、後で覚えてろ」

 

「「ひっ…」」

 

ユエの絶対零度な声音を聞き、笑いそうになってたシアとセレナが小さく悲鳴を上げる。

 

「と、ともかく…お前の神代魔法は残留思念に関わるものか? だとしたら、ここには用がないんだがなぁ」

 

ミレディゴーレムがユエのことに気付かない内に、とハジメが話題を逸らす。

 

『なんか露骨に話題逸らしてきたけど? なんか釈然としないけど…まぁいいや。その様子だと目当ての神代魔法があるのかな? ちなみに私の神代魔法は別物だよぉ~。魂を定着させるのはラー君に手伝ってもらっただけだしぃ~。しかも覇王の能力も集めてるなら、用がないなんて言えないんじゃないかな?』

 

「ちっ、流石に気付きやがったか…」

 

ミレディゴーレムの推測に舌打ちするハジメ。

 

「それで結局のところ、お前の神代魔法はなんだ?」

 

『ん~ん~…知りたい? そんなに知りたいのかなぁ~?』

 

仕方ないとばかりに聞くと、調子を取り戻してきたのかニヤついた声音で聞き返してくる。

 

『知りたいなら…その前に今度はこっちの質問に答えなよ』

 

「なんだ?」

 

今度はミレディゴーレムからの問いだった。

 

『目的は何? 何のために神代魔法や覇王の能力を求めるの? あと、覇王の魂を持った人はちゃんと見つかってるの? 覇王の数は7体。その魂も7つなんだし、7人、もしくは7体はいるはずなんだけどなぁ~』

 

先程までの悪ふざけを微塵も感じさせないミレディゴーレムの問いにハジメ達は視線を交わす。

そして、ミレディゴーレムの眼光を真っ直ぐ受け止めたハジメと忍が代表として言葉を紡ぐ。

 

「俺達の目的は故郷に帰ることだ。お前等の言う狂った神とやらに無理矢理この世界に連れてこられたんでな。世界を超える神代魔法を探している。お前等の代わりに神の討伐を目的としている訳じゃない。この世界のために命を賭けるつもりは毛頭ない」

 

「覇王については俺が答えよう。俺の天職は『反逆者』。今の聖教教会がアンタらに対して使ってるアンタらにとっては不名誉な名称だが、何故か俺はその『反逆者』という天職になってる。だが、問題はそこじゃない。その技能欄にあった技能…『七星覇王』。これもどういった訳か知らないが、俺には覇王の魂が継承されているらしい。7つ全てな。既に覇狼の能力は回収済みだ。新たな覇王…それが何を意味するのか。俺はそれを知りたくて覇王の能力を集めている」

 

『……………………』

 

ミレディゴーレムはハジメと忍を交互に見た後…

 

『そっか』

 

一言、そう漏らしていた。

それと同時に真剣な空気から徐々に軽薄な空気が漂い出す。

 

『ん~、そっかそっか。なるほどねぇ~。別の世界からねぇ~。うんうん。それは大変だよねぇ~。それにごーちゃん達の魂が1人の人間の中に…どういう巡り合わせなんだろうねぇ~。よし、ならば戦争だ! 見事、この私を打ち破って、神代魔法とごーちゃんの能力を手にするがいい!』

 

そして、軽薄かと思えば、戦争宣言である。

 

「脈絡無さ過ぎて意味不明なんだが…何が『ならば戦争』なんだよ」

 

「いやはや、ミレディおばあちゃんにも困ったもんだ」

 

『おばあちゃん言うな!!』

 

「てか、お前の神代魔法は転移系の魔法なのか?」

 

忍のおばあちゃん呼びにミレディが吼えた後、ハジメが再度問うと…

 

『んふふ~。それはね…』

 

そう言って一瞬の静寂の後…

 

『教えてあ~げない!』

 

「死ね」

 

その答えにハジメが問答無用にオルカンのロケット弾をぶっ放す。

 

ズガァアアアアンッ!!!

 

凄絶な爆音が空間全体を振動させながら響き渡り、もうもうと立ち込める爆煙。

 

「やりましたか!?」

 

「シアさん、それフラグ~」

「……シア、それはフラグ」

 

シアの声に忍とユエが呆れた様子で言う。

 

「ふふ、先制攻撃とはやってくれるねぇ~。さぁ、もしかしたら私の神代魔法が君のお目当てのモノかもしれないよぉ~? 私は強いけどぉ~。死なないように頑張ってねぇ~♪」

 

そう言って爆煙から出てきたミレディゴーレムは左手のモーニングスターを予備動作なく射出してハジメ達を狙う。

ハジメ達は散開するようにそれぞれの近場のブロックへと退避する。

さっきまで立っていたブロックがモーニングスターで木っ端微塵になると、モーニングスターは宙を泳ぐように旋回してミレディゴーレムの手元に戻る。

 

「やるぞ、お前等! ミレディを破壊する!!」

 

「応ッ!」

 

「んっ!」

 

「了解ですぅ!」

 

「頑張るわ…」

 

ハジメの号令に約1名を除いて不敵に返す。

するとハジメ達を囲って待機状態だったゴーレム騎士達も動き出す。

 

その動き出したゴーレム騎士に対し、ユエがくるりと身を翻し、じゃらじゃらぶら下げた水筒の一つを前に突き出して横薙ぎにすると、極限まで圧縮された水がウォーターカッターとなってレーザーの如く飛び出してきたゴーレム騎士達を横断する。

 

『あはは、やるねぇ~。でも総勢50体の無限に再生する騎士達と私、果たして同時に捌けるかなぁ~?』

 

嫌味ったらしい口調でミレディゴーレムが再度モーニングスターを射出した。

 

「ユエさん、セレナを頼むな!」

 

さっきのことを棚に上げて忍がユエにセレナを託すと…

 

バッ!!

 

シアは大きく跳躍して頭上を移動していた三角錐のブロックに、忍は横に向かって大きく跳躍して菱形の八面体のブロックにそれぞれ飛び移る。

そして、ハジメは飛んできたモーニングスターにドンナーの銃口を向け…

 

ドバァァンッ!!!

 

銃声は1発に聞こえるが、実際は6発全てを一瞬にして撃ち込んだハジメお得意の早業である。

しかも威力が通常よりも劣るもののレールガン仕様なので、そこそこ威力がある。

そんな弾丸が6発もモーニングスターに直撃すれば、さしもの大質量の金属塊でも影響が出て軌道が大きく逸れる。

 

同時にシアがドリュッケンを打ち下ろし、忍が横から同じくレールガン仕様にしたアドバンスド・フューラーR/Lから合計で24発の弾丸を撃つ。

 

『見え透いてるよぉ~』

 

そんな攻撃を予見していたのか、後方に"落ちる"ように後退するミレディゴーレム。

 

「だろうな。親友!!」

 

「わぁってるよ!!」

 

ドンナーを高速リロードし、シュラークも抜いて前方に照準する。

 

『?』

 

それに何の意味があるのかとミレディゴーレムが首を傾げると…

 

ドバァァンッ!!

 

再びハジメが12発の弾丸を一気に斉射する。

但し、今回は狙いがバラバラに見える。

 

すると…

 

キキキキキキキンッ!!!!

 

けたたましい金属音が響き渡ると共に…

 

ズガガガガガンッ!!!

 

『なぁっ!?』

 

ミレディゴーレムの甲冑部分のあちこちから着弾の音が聞こえてくる。

 

理由は単純。

忍が横合いから放った24発の弾丸をハジメの撃った12発の弾丸が弾き、その軌道を後方に退避したミレディゴーレムへと修正したからだ。

結果、総数36発のレールガン仕様の弾丸が甲冑のあちこちに当たり、ミレディゴーレムに対して小さなダメージを与えたのだ。

 

無論、こんな無茶苦茶な芸当は化け物コンビにしか出来ない。

忍は全射撃や高速リロードを習得してないが、アドバンスド・フューラー自体の威力は高い。

逆にドンナー・シュラークはハジメの技能によって速射性に優れている。

そうして微妙にタイミングがズレるアドバンスド・フューラーの弾丸をハジメが魔眼石や瞬光を用いて正確に捉え、これまた絶妙な角度で跳弾させることで全ての弾丸はミレディゴーレムへと向かう。

今回は的が大きかったのもあって全弾命中することとなった。

そして、互いの腕を信頼しているからこそ出来る合わせ技でもあった。

 

「「(ドヤァ)」」

 

2人揃ってミレディゴーレムに向けてドヤ顔を見せる。

 

『ムッカァ~!!』

 

ハジメと忍のドヤ顔に若干イラつくような声を出すミレディゴーレム。

だが、そうすることでミレディゴーレムの意識は2人に向いており…

 

「うりゃあぁぁぁぁ!!!」

 

ドッガァァァァンッ!!!

 

いつの間にやらドリュッケンの引き金を引いて打撃面を爆発(跳弾時の金属音で掻き消されてた)させ、その反動を利用して軌道を修正し、空中三回転の遠心力たっぷりの一撃をミレディゴーレムの頭部に叩き込むシアがいた。

 

『ぐふぅっ!?!?』

 

見事、ミレディゴーレムの頭部にクリティカルヒットしたシアの打撃の後…

 

ドゴンッ!!

 

『うにゃぁぁぁ!!?』

 

再び引き金を引いて打撃面を爆発させ、その反動でクルクルと回りながら近場のブロックへと退避する。

 

「はっ! やるじゃねぇかよ。ま、俺と忍が注意を引いたんだ。これくらいやってもらわないとな!」

 

「ま、確かにな」

 

そんな風に会話していると、ユエとセレナの手に余りそうな数のゴーレム騎士が殺到してくる。

それを察知し、ハジメが宝物庫からガトリング砲『メツェライ』を取り出し、ユエと背中合わせの状態になる。

 

ドゥルルルルル!!!

 

六砲身のバレルが回転しながら毎分12000発の弾丸を掃射する。

その死角に回り込もうとするものは水のレーザーが両断するのだが…。

そうして軽く40体以上のゴーレム騎士を屠るハジメとユエ。

 

『ちょっ、なにそれぇ!? そんなの見たことも聞いたこともないんですけどぉ!?』

 

シアの一撃から立ち直ったミレディゴーレムがハジメのメツェライを見て驚愕の声を上げる。

 

「ミレディの核は心臓と同じ位置だ。アレを破壊するぞ!」

 

『んなっ!? なんでわかったのぉ!?』

 

ハジメの言葉に再度、驚愕の声を上げるミレディゴーレム。

 

メツェライを宝物庫に格納すると、ハジメは再びドンナー・シュラークを抜き、浮遊ブロックを移動してミレディゴーレムへと接近を試みる。

しかし、それはミレディゴーレムの頭上にあった浮遊ブロックが落ちてきたことで阻まれる。

 

「ッ!?」

 

『ふふふ。操れるのがゴーレムだけとは誰も言ってないよぉ~?』

 

「こなくそ!!」

 

宙を飛んでいた途中だったので、ハジメは義手のギミックを起動させて無理矢理体の軌道を近場の浮遊ブロックへと向けた。

その足場を"落とそう"とするミレディゴーレムだが、いつの間にか背後に回っていたシアを感知する。

もう一度、頭部に強烈な一撃を叩き込もうと跳躍したが、残りのゴーレム騎士がシアへと向かう。

 

「……させない」

 

ユエもまた移動していたらしく、『破断』によってシアに群がるゴーレム騎士達を細切れにした。

 

「流石、ユエさんです!」

 

『ゴーレムがパワー勝負で負けるとでもぉ~?』

 

シアの一撃を今度は赤熱化した右手が迎撃する。

 

「うぐぐぐ!!」

 

シアの一撃とミレディゴーレムの一撃がぶつかり合った衝撃波で浮遊ブロックが放射状に吹き飛ぶ。

 

『よいしょぉ~!』

 

「きゃああ!?」

 

だが、力勝負ではやはりゴーレムに一日の長があるのか、シアが吹き飛ぶ。

吹き飛ばされた方に浮遊ブロックはないが、ユエが瞬間来翔を用いてシアを助ける。

 

『ふぅ。なかなかのコンビネーションだねぇ~』

 

余裕そうな声で呟くミレディゴーレムだが…

 

「だろ?」

 

『!?』

 

すぐそばから聞こえてきた声に固まる。

 

『い、いつの間…『ドォガンッ!!』…ッ!?!?』

 

ミレディゴーレムの驚愕の声はシュラーゲンの轟音によって掻き消える。

ゼロ距離で撃たれたシュラーゲンで吹き飛ぶミレディゴーレムと、その反動で後方に下がるハジメ。

いくらシュラーゲンの威力が大幅に低下しているとは言え、ゼロ距離からならばダメージも与えられる。

 

ハジメの近くにユエ、シア、セレナを抱えた忍が集まる。

 

「……いけた?」

 

「手応えはあったんだけどな…」

 

「これで終わってほしいですぅ」

 

「はぁ…はぁ…」

 

「……いや、そうもいかないみたいだぜ?」

 

忍が鼻を少し動かすと、そう言ってミレディゴーレムの方を見る。

 

『いやぁ~、大したもんだねぇ~。ちょっとヒヤッとしたよぉ~。分解作用がなくて、そのアーティファクトが本来の力を発揮してたら危なかったかもねぇ~。うん、この場所に苦労して迷宮作ったミレディちゃん、天才!!』

 

自画自賛するミレディゴーレム。

よくよく見れば、破壊された胸部装甲の奥に漆黒の装甲があり、そちらには傷一つもなかった。

 

「………………アザンチウムか。くそったれ」

 

それに見覚えがあったハジメは悪態を吐く。

アザンチウム鉱石は世界最高硬度を誇り、ハジメの装備にもいくつか使われているので、その厄介性は嫌というほどわかっていた。

 

『おや? 知っていたんだねぇ~、ってそりゃそうか。オーちゃんの迷宮の攻略者だもんねぇ。生成魔法の使い手なら知らない訳ないよねぇ~。さぁさぁ、程良く絶望したところで、第二ラウンドと言ってみようかぁ!』

 

そう言うと、ミレディゴーレムは近場のブロックを粉砕して素材にすると表面装甲を再構築し、モーニングスターを撃ち込み、自らも猛然と突撃してくる。

 

「ど、どうするんですか!? ハジメさん!」

 

「まだ手はある。なんとかして奴の動きを封じるぞ!」

 

「……ん、了解」

 

「私、いない方が良かったかも…」

 

「ま、なるようにならぁね」

 

迫るモーニングスターを回避すべく散り散りに跳ぼうとするハジメ達だが…。

 

『させないよぉ~』

 

瞬間、集まっていたブロックが高速回転し始めて全員がバランスを崩す。

そこにモーニングスターが激突する。

足場を失い、バラバラに何とかするハジメ達だが、唯一セレナだけは忍の助けによって事なきを得る。

だが、そこにさらに右手の追撃が迫る。

 

「神速!」

 

忍はセレナを抱えた状態で砕けたブロックの破片を足場に高速で移動し、ミレディゴーレムの右腕を駆け上がる。

駆け上がるついでとばかりにアドバンスド・フューラーの銃弾を右腕のあちこちにめり込ませ、一気にミレディゴーレムの背後にあったブロックに飛び移る。

 

『はーちゃんの移動法かぁ! 懐かしいねぇ!』

 

そうしてミレディゴーレムの意識が少しだけ忍に向いた隙に…。

 

チュドオォォンッ!!!

 

『わわわ!? な、なになに!?』

 

いつの間にやらモーニングスターを繋いでた鎖に仕掛けられた手榴弾が大爆発を引き起こし、左腕に多大なダメージを与える。

 

「うりゃあぁぁぁぁっ!!!」

 

「『破断』!」

 

シアが脆くなった左腕を、ユエが銃弾を撃ち込まれた右腕をそれぞれ吹き飛ばしたり、銃弾と銃弾を点にして切断したりしていた。

 

『っ! このぉ、調子に乗ってぇ!!』

 

両腕を失ったミレディゴーレムは奥の手を使うことにした。

 

「っ!? 皆さん、気を付けて! "降ってきます"!!」

 

未来視を見たらしいシアの叫びが木霊する。

 

『ふふふ、お返しをしなくちゃねぇ。騎士以外は同時に複数を操作することは出来ないけど、ただ一斉に"落とす"だけなら数百単位でいけるからねぇ~。見事、凌いで見せてよぉ~』

 

前のハジメ、ユエ、シアの3人と後ろの忍、セレナの2人に浮遊ブロックが一斉に落ちてくる。

傍から見れば、ユエとシアを両脇に抱えたハジメとセレナを抱えた忍が悪足掻きの末、ブロックに押し潰されたようにも見えるだろう。

 

『う~ん…やっぱり、無理だったかなぁ~? でも、これくらいは何とか出来ないと、あのクソ野郎共もは勝てないしねぇ~』

 

実際そう見えたのだろうミレディゴーレムはブロックを空間全体に散開させて5人の死体を探す。

 

だが…

 

「そのクソ野郎共には興味ないって言ったろうが」

 

『え…?』

 

ミレディゴーレムの背後からハジメの声が聞こえてきた。

振り返れば、荒い息を吐き、目や鼻から血を流しているものの五体満足のハジメが浮遊ブロックの上からミレディゴーレムを睥睨していた。

 

『ど、どうやって…』

 

「答えてやってもいいが……俺ばかり見ていてもいいのか?」

 

『えっ?』

 

そう、ハジメが健在ということは…

 

「『破断』!!」

 

「乱れ撃つぜ!!」

 

ユエのウォーターカッターと忍の銃撃がミレディゴーレムの甲冑を削っていく。

 

『なぁ?!』

 

「さぁ、行くぜ?」

 

再びシュラーゲンをゼロ距離発砲すると、今度は離脱せずにミレディゴーレムの胸部…シュラーゲンを撃った箇所に義手を押し付け、ありったけの炸裂ギミックをしこたま撃ち込む。

 

『ぐぅ!? こ、こんなことしても結局は…』

 

「ユエ!」

 

ハジメの攻撃で浮遊ブロックの上に叩き付けられたミレディゴーレムに対し…

 

「凍って! 『凍柩』!!」

 

ユエが上級魔法を発動する。

 

『なっ!? なんで上級魔法が!?』

 

本来なら使えるはずのない上級魔法だが、予め水を用意していれば魔力を節約出来る。

それは『破断』で実証済みである。

故に水とユエの魔晶石シリーズからの魔力を用いることで上級魔法を発動することが可能となったのだ。

 

そうして浮遊ブロックに氷で縫い付けられたミレディゴーレムの胸部に立ったハジメは…

 

「存分に喰らって逝け」

 

全長2メートルはある凶悪なフォルムをした直径20センチはある漆黒の杭を打ち込むための兵装『パイルバンカー』をミレディゴーレムの胸部へと押し当てる。

 

ゴォガガガンッ!!!

 

そして、何の躊躇もなくパイルバンカーを発射した。

だが、杭が四分の三辺りで止まってしまい、ミレディゴーレムの眼から光が消えることはなかった。

 

『ハ、ハハ。どうやら未だ威力が足りなかったようだねぇ。だけど、大したもんだよぉ。世界最高硬度をここまで…』

 

ミレディゴーレムがそう言うが、ハジメは想定内とばかりに声を上げる。

 

「シア!!」

 

パイルバンカーの杭以外を格納すると、ハジメが下がり、代わりにシアがドリュッケンを手に飛来する。

そして、杭を餅つきウサギの如くミレディゴーレムへと叩き込む。

 

そして…

 

パキンッ!!

 

そんな音が装甲の内側から聞こえてきた。

ミレディゴーレムの核が砕かれたのだ。

 

こうしてミレディゴーレムを撃破した一行は互いにサムズアップをして笑い合っていた。

但し、セレナだけは微妙に寂しそうな表情をしていたが…。



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第二十話『ご褒美は…?』

辺りにもうもうと粉塵が舞い、地面には放射状の罅が幾筋も刻まれており、激突した浮遊ブロックが大きなクレーターを作り、その上に胸部から漆黒の杭を生やした巨大なゴーレムが横たわっていた。

 

そのミレディゴーレムの上で、ドリュッケンを支えに息を荒げたシアの元に、ハジメ達がやって来る。

 

「やったじゃねぇかシア。最後の気迫は凄かったぜ。見直したぞ?」

 

「……ん、頑張った」

 

「いやぁ、今回は持ってかれちまったなぁ」

 

「凄かったわね」

 

「皆さん…えへへ、ありがとうございます。でも、ハジメさん。そこは"惚れ直した"でもいいんですよ?」

 

「直すも何も元から惚れてねぇよ」

 

そう言ってるハジメのシアを見る目は最初の頃に比べたら優しいものであった。

 

「ふぇ? な、なんだか……ハジメさんが凄く優しい目をしてる気が………夢?」

 

「お前なぁ。いや、まぁ…日頃の扱いを考えたら仕方ないと言えば、仕方ない反応なんだが…」

 

「そこは親友の自業自得だろ?」

 

シアの反応に難色を示すハジメに対して忍が笑う。

そんなシアの元にユエがトコトコと近寄っていき、服を引っ張り屈ませると徐にシアの頭を撫でる。

 

「え、えっと…ユエさん?」

 

「……ハジメは撫でないだろうから、残念だろうけど代わりに。よく頑張りました」

 

「ゆ、ユエさぁ~ん。うぅ、あれ、なんだろ? なんだか泣けてぎまじだぁ~、ふぇぇん」

 

「……よしよし」

 

緊張の糸が切れたのか、ユエに抱き着いてわんわんと泣くシアをユエが優しく頭を撫でている。

 

「セレナ。お前さんもお疲れさん」

 

「私は…特に役には立たなかったから…」

 

「別に役立つとか役立たないとかじゃなく、何の力もなくここまでついてきてくれたことへの感謝さ」

 

「感謝なんて…されても困る」

 

「それでも、ここまでついてきた根性はシアさんにも負けてねぇよ。ま、比較対象がおかしいだけだしな」

 

「………………」

 

そう言って忍もセレナの頭を撫でて慰めていると…

 

『あのぉ~。良い雰囲気のとこ悪いんだけどぉ~、そろそろヤバいんで、ちょっといいかなぁ~?』

 

その声にハッとハジメ達はミレディゴーレムを見る。

微かにだが、光る眼が蘇っていた。

咄嗟に全員が身構えると…

 

『ちょっ、待った待った! 大丈夫だってぇ~。試練はクリア! アンタ達の勝ち! 核の欠片に残った力で少しだけ話す時間を取っただけだよぉ~。もう数分も持たないから』

 

それを証明するかのようにピクリとも動かないゴーレムの躯体と明滅する眼を見て警戒心を少しだけ解いたハジメが前に出る。

 

「で? 何の用だ、死にぞこない。死してなお空気を読めんとは……残念さでは随一の解放者ってことで後世に伝えてやろうか?」

 

『ちょっ、やめてよぉ~。なに、その地味な嫌がらせ。ジワジワきそうなところが凄く嫌らしい』

 

「アンタ程ではないだろ、ミレディおばあちゃん」

 

『まだそれを言うか!?』

 

「忍」

 

「悪い悪い」

 

話の腰を折られ、少しだけ忍を睨むと、ハジメに謝罪しながら続きを促す。

 

「で? "クソ野郎共"を殺してくれっていう話なら、聞く気はないぞ?」

 

『言わないよ。言う必要もないしね。話したい……というよりも忠告かな。訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること。君達の望みのために必要だから…』

 

何やら意味深なことをミレディゴーレム。

 

「全部、ね。なら、他の迷宮の場所を教えろ。失伝してて、ほとんどわからねぇんだよ」

 

『あぁ、そうなんだ。そっか……迷宮の場所がわからなくなるくらい……永い時が経ったんだね……うん、いいよ………場所はね……………………』

 

そうして、ハジメ達はミレディゴーレムから他の大迷宮の場所を聞く。

 

『…以上だよ。頑張ってね』

 

「……随分としおらしいじゃねぇの。あのウザったい口調やら台詞はどうした?」

 

ハジメの言う通り、今のミレディゴーレム…いや、ミレディはあのウザい文面やらトラップを設置したとは思えない誠実さや真面目さを感じさせる。

 

『あはは、ごめんねぇ~。でもさ……あのクソ野郎共って……ホントに嫌な奴等でさ……嫌らしいことばっかしてくるんだよね……だから、少しでも……慣れておいてほしくてさ…』

 

「おい、こら。狂った神のことなんざ興味ないって言っただろうが。なに、勝手に戦う前提で話してんだよ」

 

ハジメの不機嫌そうな声に、しかしてミレディは意外なほど真剣さと確信を宿した声音で言った。

 

『……戦うよ。君達が君達である限り……必ず……君達のどちらかが、きっと神殺しを為す。もしかしたら、両方かもしれないしね』

 

「……意味が分からねぇよ。そりゃあ、俺の道を阻むなら殺るかもしれないが…」

 

「それは…やはり、覇王にも関係してるのか?」

 

『ふふ、それでいい。君達は君達の思った通りに生きればいい…………君達の選択が………きっと……この世界にとっての……………最良だから………………………それにしても新しい覇王か…………………君なら、きっと…………………繋げられるよ』

 

「なに?」

 

『巫女ちゃんと、仲良くね?』

 

「!? おい、その話、もっと詳しく!!」

 

忍が追求しようとしたが、眼の光は弱々しく今にも消えそうだった。

そこにユエが前に出て…

 

『なにかな?』

 

「……お疲れ様。よく頑張りました」

 

『…………………』

 

ユエの言葉に一瞬押し黙ったが…

 

『…………………ありがとね』

 

「……ん」

 

ミレディがお礼を言うと、ユエも小さく頷く。

 

『さて、時間の……ようだね………君達のこれからが………自由な意志の下に………あらんことを……………』

 

オスカーと同じ言葉をハジメ達に贈り、ミレディは淡い光となって天へと消えていった。

 

「「「「「……………………」」」」」

 

しばし5人は天に消えていった光を見ていたが…。

 

「……最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思ってたんですけどね。ただ、一生懸命なだけだったんですね」

 

「……ん」

 

「神の嫌がらせに慣れるように、か…」

 

女の子3人はしんみりした雰囲気で話していると…

 

「親友はどう思う?」

 

「どうでもいい。さっさと行くぞ。それと、断言するが、あいつの性根の悪さも素だと思うぞ? あの意地の悪さは、演技ってレベルじゃねぇよ」

 

なんとも淡白なハジメの反応に女性陣から苦言が届く。

 

「ちょっと、ハジメさん。そんな死人に鞭打つようなことを。酷いですよ。まったく空気を読めないのはハジメさんの方ですよ」

 

「……ハジメ…メッ!」

 

「忍からもなんか言ってやんなさいよ」

 

「ん~…悪いが、今回は親友側に回るわ」

 

「「「えぇ~」」」

 

忍の言葉に明らかな不満、というか非難の声が上がる。

 

そうこうしてる内に、いつの間にか壁の一角が光を放っているのに気付き、気を取り直してその場所へと向かう。

光ってるのは上方の壁なので、浮遊ブロックを足場にしようとすると、一つのブロックに飛び移る。

すると、そのブロックがスィーと動き出して光る壁までハジメ達を運んでいく。

 

「「………………」」

 

「わわっ、勝手に動いてますよ、これ。便利ですねぇ」

 

「……サービス?」

 

「もしそうならやっぱりミレディって良い子なんじゃ…」

 

ますますハジメと忍の株が下がりそうになる。

ただ…2人共、物凄く嫌そうな表情だったが…。

 

そして、光る壁の5メートル前に到着すると壁の光が薄れていき、スッと音も立てずに発光部分の壁だけが手前に抜き取られる。

その奥に続くのは白い壁で出来た通路だった。

 

ハジメ達の乗る浮遊ブロックは、そのまま白い通路を滑るように移動し始める。

どうもミレディ・ライセンの住処まで連れてってくれそうな勢いだ。

そうして進んだ先には、オルクス大迷宮にあったオスカーの住処へと続く扉に刻まれた例の7つの紋様と獣が描かれた壁があった。

その壁に近付くと、壁が左右にスライドしていき、奥の部屋へと誘う。

 

そして、壁を潜り抜けると…

 

『やっほ~! さっき振り! ミレディちゃんだよ!』

 

ミレディゴーレム(ミニバージョン)が待っていた。

 

「「「……………………」」」

 

それに固まる女性陣。

 

「ほれ、みろ。こんなこったろうと思ったよ」

 

「いやはや…アレで昇天してるならこの大迷宮、破綻してるもんなぁ~」

 

ハジメと忍は何となくこんなことだろうと思っていたらしい。

あのウザい文面や嫌らしい罠の数々は真面目な性格ではまず出てこないだろう。

だが、あの場面での真面目な口調や誠実さも本物だという妙な確信がハジメと忍にはあった。

さらにミレディは魂をゴーレムの中に移して生き永らえてきたのだ。

そんな人物がたった1回の試練のクリアで昇天するとは思えなかった。

もし、それで昇天したら2回目以降の大迷宮の最終試練がなくなり、そもそも試練の意味がなくなるからだ。

それらを総合した時、ハジメと忍はミレディのあの昇天のように見せたのは"演出"の可能性が高いと判断したのだ。

そして、それは移動した浮遊ブロックで確信に変わったとか…。

 

『あれあれぇ~? テンション低いよぉ~? もっと驚いてもいいんだよぉ~? あっ、それとも驚き過ぎて言葉も出ないとか? だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね☆』

 

ミレディゴーレム・ミニ(巨大ゴーレムと異なり、人間らしいデザインで、華奢なボディに乳白色のローブを身に纏い、ニコちゃんマーク付きの白い仮面を顔に当たる部分に引っ付けている)がハジメ達の前にトテトテと歩いてやってくる。

女性陣は顔を俯かせ、垂れ下がった髪のせいで表情が見えないが…若干、身体がプルプルと震えている気もしないでもない。

 

「……さっきのは?」

 

『ん~? さっきの? あぁ、もしかして消えちゃったかと思った? ないな~い! そんなことあるわけないよぉ~!』

 

「でも、光が昇って消えていきましたよね?」

 

『ふふふ、なかなかよかったでしょ? あの"演出"! やだ、ミレディちゃんってば、役者の才能もあるなんて! 恐ろしい子!』

 

「つまり…私達の悲しみ損?」

 

『悲しんでくれたの? でも、私ってばまだこうして生きてるし、悲しんでくれたのは嬉しいけど…まぁ、確かに損だね!』

 

ミレディゴーレム・ミニ…否、ミレディのテンションの上がり方に比例してウザさも上昇する。

それに反比例するかのように女性陣の周りの温度が下がり続ける。

そして、ユエは手をミレディに突き出し、シアはドリュッケンを構え、セレナは忍の腰から無造作に銀狼と黒狼を抜く。

心なしか、3人の眼がギラリと光った気がする。

 

『え、え~と…』

 

事ここに来て、ミレディも『あれ? やり過ぎた?』と思ったのか…

 

『テヘペロ☆』

 

可愛い子がやれば男ならちょっとは大目に見そうな仕草でそんなことを宣う。

しかし、悲しいかな。

今のミレディはゴーレムの躯体であり、相手は女子だ。

むしろ、殺気が増す。

 

「……死ね」

 

「死んでください」

 

「死になさい」

 

一斉にミレディに飛び掛かる女性陣。

 

『ま、待って! ちょっと待って?! このボディは貧弱なのぉ! これ壊れたら本気でマズいからぁ!? 落ち着いて! 謝るからぁ!!?』

 

何とも騒がしく3人から逃げるミレディだった。

 

そんな騒ぎを無視して部屋を観察していたハジメと忍。

部屋自体は全てが白く、中央の床に魔法陣が刻まれている以外だと、壁の一部に扉らしきものがあるだけだった。

 

「親友、どうよ?」

 

「あぁ、多分これが神代魔法の習得用の陣だろうな」

 

徐に魔法陣に近寄って調べるハジメに忍が尋ねる形だ。

それに気付いたミレディがハジメと忍の元に駆け寄り、それを追って女性陣も迫ってくる。

 

『君達ぃ~、勝手に触っちゃダメだよぉ。ていうか、お仲間でしょ!? 無視してないで止めようよぉ~!』

 

「いや、自業自得でしょうよ。ミレディおばあちゃん」

 

『おばあちゃん言うな!』

 

「つか、人を盾にしてんじゃねぇよ」

 

何気にハジメと忍を盾にして女性陣から逃れようとするミレディ。

そんなミレディにハジメが義手でアイアンクローを決めると、宙ぶらりんに持ち上げる。

 

「おい、ミレディ。このまま愉快なデザインになりたくなかったら、さっさとお前の神代魔法を寄越せ」

 

「ついでに覇王の能力が封印された宝玉もな」

 

『あのぉ~、言動が完全に悪役とその悪友だと気付いて…"メキメキッ!!"…了解であります! すぐに渡すであります! だからスト~ップ! これ以上は、ホントに壊れちゃう!!』

 

ジタバタと藻掻くミレディを見てか、多少は冷静さを取り戻した女性陣はそれぞれ武器を収める(セレナは忍に二刀を返す)。

それから魔法陣の中にハジメ、ユエ、シア、忍が入る。

 

『ん? 君は?』

 

唯一魔法陣に入らないセレナにミレディが声を掛ける。

 

「どうせ亜人族には魔法が使えないし」

 

『ん~? じゃあ、なんでここに?』

 

そんなことを言うセレナに対して首を傾げると…

 

「セレナは覇王の巫女だ。それがどういうものか知りたいから付いて来たんだ。あと、俺の見極めもか」

 

忍が補足する。

 

『てことは、彼女が"今の"巫女ちゃんの1人?』

 

「あぁ。一応、巫女らしい人物はセレナを含め4人は判明してる。今んとこ全員が亜人族だが…」

 

『ということは……あと、3人か…』

 

「やっぱり、7人いるのか…」

 

『そりゃね。覇王は7体いたんだから巫女ちゃんも7人"いた"よ』

 

「(やはり、ミレディは巫女についても知ってるか…)」

 

そんな忍とミレディのやり取りに業を煮やしたのか…

 

「おい、話は後にしてさっさと神代魔法を寄越せ」

 

ハジメがイラついたように促す。

 

『はいはい。ただいまぁ~』

 

そうしてミレディが魔法陣を起動させ、神代魔法を4人の脳へと刻み込む。

今回はミレディ本人が試練のクリアを見届けているので、オルクス大迷宮のように記憶を探ることはしない。

ハジメ、ユエ、忍は経験済みなので特に反応を見せなかったが、シアは未経験だったのでビクンと身体が跳ねてしまう。

ものも数秒で刻み込みが完了し、あっさり味みたいな感じでミレディ・ライセンの神代魔法を手に入れた。

 

「これは……やっぱり、重力操作の魔法か」

 

『そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法はズバリ"重力魔法"! 上手く使ってね……って言いたいとこだけど、君とウサちゃんは適性ないねぇ~。もうビックリするくらいのレベルでないね!』

 

「やかましいわ。それくらい想定済みだ」

 

ミレディの言葉にハジメがそんな風に言い返す。

 

『まぁ、ウサちゃんは体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな? 君は生成魔法使えるんだから、それでなんとかしなよ。逆に金髪ちゃんは適性バッチシだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ。覇王君は…まぁ、普通だね。可もなく不可もなく、って感じ? ま、ごーちゃんの能力得るんだし、問題ないっしょ』

 

ミレディの何とも投げやりな言葉にハジメは肩を竦め、ユエは頷き、シアは意気消沈し、忍は微妙な表情をする。

 

「おい、ミレディ。さっさと攻略の証を渡せ。それから、お前の持ってる便利そうなアーティファクトの類と感応石みたいな珍しい鉱石も全部寄越せ」

 

そんな中、ハジメがミレディに容赦のない要求する。

 

『……君、台詞が完全に強盗と同じだからね? 自覚ある?』

 

さっきのアイアンクローで歪んだニコちゃんマークが若干ジト目に見えなくもないが、ハジメは気にした様子はなかった。

ミレディはごそごそと懐の中を探ると、一つの指輪(上下の楕円を一本の杭が貫いたデザイン)を取り出してハジメに放り投げる。

さらに虚空に大量の鉱物類を出現させる。

 

ハジメがそれらの鉱物類を調べてる間に…

 

「さて、ミレディおばあちゃん。さっきの話の続きだ。アンタの口から覇王や巫女についても教えてほしい」

 

忍が覇王と巫女について話を聞こうとする。

 

『オーちゃんやオーちゃんとこのはーちゃんから聞いてないの?』

 

「覇王についてはちらほら聞くが、巫女に関しては情報が無いんだよ」

 

『ふ~ん…』

 

少しだけ考える仕草をすると…

 

『いいよ。教えてあげる。けど、私もそんなに詳しいわけじゃないから、そこは割り切ってね?』

 

「あぁ」

 

真面目な口調でミレディが言うので、忍もそこは頷く。

 

『まず、覇王。元々は7体の獣っていうのはわかってるね?』

 

「あぁ。さっきの壁…というよりもオルクス大迷宮やハルツィナ樹海の大樹のとこでも7つの紋様と共に描かれてあったな」

 

『うん。それがそれぞれの覇王の姿。それぞれが覇の道を歩んできた獣。あのクソ野郎共に対する切り札の一つでもあったんだよ』

 

「切り札? 何か勝算があったのか?」

 

『……それはいずれ覇王君が自ずと答えを見つけるよ。"繋げる"、この言葉を覚えていてね?』

 

「………………わかった」

 

この場で言いたくないのなら深くは追求することはない、と忍は判断した。

 

『次に巫女ちゃんだけど…そもそも前の巫女ちゃんは皆人間族だったからあんまり参考にはならないと思うんだけど…』

 

「そうなのか?」

 

『少なくとも当時の巫女ちゃん達は皆特殊な能力とかもなかったし、基本的には覇王に寄り添ってたからね。その関係性を強いて表すなら……(つがい)、かな?』

 

「………………なに?」

 

なんか聞き捨てならないことを言われ、忍が固まる。

 

『だから、番。まるで夫婦みたいな感じ? 獣夫に人間妻みたいな…今思うと、そんな雰囲気だった気もするんだよねぇ』

 

「………………その当時の巫女達はどうなったんだ?」

 

『クソ野郎共の言葉に踊らされた人達に、ね。亡骸は覇王がそれぞれ後生大事にしてて、覇王達が亡くなった時に一緒にね』

 

「そうか…」

 

『他の皆がどうしたかまではわからないけど…少なくとも、私はごーちゃんと一緒に、と思ってさ』

 

「………………」

 

忍は当時の巫女や覇王達を想って冥福を祈った。

 

『私が知ってるのはこれくらいだよ。参考になったかな?』

 

「あぁ、何もわかんないよりはマシだったよ」

 

『そっか。じゃあ…はい、これ』

 

忍の言葉に満足したのか、ミレディが取り出したのは漆黒の宝玉だった。

 

『これがごーちゃん…"獄帝"の能力を封じた宝玉だよ』

 

「獄帝…」

 

そう呟いて宝玉を受け取ると…

 

カッ!!

 

漆黒の光が忍を包み込む。

 

「……………………」

 

そのまま忍の意識は闇の中へと落ちてしまい、その場で後ろに向かって倒れてしまった。

 

『あらら』

 

忍が倒れた後…

 

「ちっ、またかよ。おい、ミレディ。それ、宝物庫だろ? それごと全部寄越せ」

 

鉱石類を調べ終わり、自分の宝物庫に鉱石類を収納したハジメが忍の状態を見て舌打ちし、ミレディに更なる要求を突きつける。

 

『あ、あのねぇ~。これ以上は渡すものないよ。宝物庫も他のアーティファクトも迷宮の修繕や維持管理とかに必要なんだから』

 

「知るか。寄越せ」

 

『あっ、こら! ダメだってば!?』

 

ハジメの横暴な態度と根こそぎ持ってかない勢いにミレディも逃げる。

浮遊ブロックを浮かせてその上に逃げるくらい、ハジメの強盗っぷりは酷かった(が、親友は寝てるのでツッコミ役がいない)。

 

「逃げるなよ。俺はただ、攻略の報酬として身ぐるみを置いてけと言ってるだけだぞ? 至って正当な要求だろうに」

 

『それを正当と言える君の価値観がどうかしてるよ!? うぅ、いつもオーちゃんに言われてたことを私が言うようになるなんて…』

 

「ちなみにそのオーちゃんとやらの迷宮で培った価値観だ」

 

「オーちゃぁ~~ん!!」

 

セレナは忍の介抱をしてるので参戦しなかったが、ユエとシアもハジメに加勢して包囲網を狭めていると…

 

『はぁ~、初めての攻略者がこんなキワモノだなんて……もういいや。君達を強制的に外に出すからね! 戻ってきちゃダメだよぉ!』

 

今にも飛び掛からんとしているハジメ達に、いつの間にか天井からぶら下がっている紐にミレディが飛びついた。

 

「「「「?」」」」

 

"なんだろう?"と思った瞬間…

 

ガコンッ!!

 

この迷宮で聞き慣れた罠の作動音が聞こえてくる。

 

「「「「っ!?」」」」

 

それと共に四方の壁から途轍もない勢いと量の水が流れ込んできて部屋を激流で満たし、同時に部屋の中央にある魔法陣を中心に蟻地獄のように床が沈んで穴が開き、激流はその穴に流れ込んでいく。

そう、その様はまるで…

 

「テメェ!? これは!?」

 

便所である。

それに気づき、ハジメが屈辱に顔を歪める。

 

『嫌なものは、水に流すに限るね☆』

 

どういう仕組みか、ニコちゃんマークがウインクする。

 

「『来しょ…』」

 

『させなぁ~い!!』

 

ユエが魔法を使う寸前でミレディが先回りして重力魔法でハジメ達に加重を加える。

 

『じゃあねぇ~。迷宮攻略頑張ってねぇ~』

 

「ごぼっ!? テメェ、俺達はは汚物か!? いつか絶対破壊してやるからな!!」

 

「ケホッ……許さない」

 

「殺ってやるですぅ!! ふがっ!?」

 

「覚えてなさ…ぶぐぐ!?」

 

ミレディの激励を受けながらも、それぞれ捨て台詞を吐く。

こんな仕打ちを受けたのだから当然と言えば、当然なのかもしれない。

穴に落ちる寸前、ハジメが何やら投擲したようだが…。

 

そして、流されたハジメ達がいなくなると、部屋は綺麗に元通りとなる。

 

『ふぃ~。濃い連中だったねぇ~。それにしてもオーちゃんと同じ錬成師に覇王の魂を継いだ新たな覇王が一緒だなんて、なんだか運命感じちゃうね。願いのために足掻きなよ。さてさて、迷宮やらゴーレムの修繕やらしばらく忙しくなりそうだね…………………ん? なに、これ?』

 

そんな風にミレディが独り言ちると、何やら部屋の壁に見覚えのないモノが突き刺さってるのを見つける。

それは…

 

『へっ!? これって、まさかっ!!?』

 

ハジメお手製の手榴弾が、ナイフに括りつけられて壁に突き刺さっていたのだ。

 

しかし、気付いた時には既に遅し。

 

カッ!!

 

一瞬の閃光と共に爆発が部屋を満たしたのだった。

 

『ひにゃあああ!??!』

 

そんな悲鳴が迷宮の最奥で響き渡り、その後は修繕がさらに大変になって泣きべそを掻く小さなゴーレムいたとかどうとか…。



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第二十一話『ブルック、再び』

迷宮の最奥で便所の如く流されていた時、忍の意識はというと…

 

「またか…」

 

漆黒の空間で、漆黒の毛並みに白い縞模様のあり、翠色の瞳を持った巨躯の虎を対峙していた。

不思議と互いの輪郭は見えている。

 

『我が覇王の魂を継ぐ者よ』

 

覇狼の時と同じように語り始める。

 

『我が名は監獄を司る帝、"獄帝"。汝、己の中に眠る闇を受け入れ、それを力と変えよ。さすれば、汝は何者にも止められぬ。監獄とは即ち、受け入れることと同義である。心の奥にあるモノを守ることだけが監獄ではない。それを解き放ち、認めることで出せる力もあると悟れ』

 

覇狼とは異なった内容に忍は首を傾げる。

 

「つまり、どういうことだ? 俺の中の闇…?」

 

『汝に我が力を継承する。受け取るがいい。神へ反逆する新たな覇王よ』

 

「今回の覇王は難解な解釈を示すなぁ…」

 

頭を掻いて悩んだ末に…

 

「ま、心に闇がない奴なんていないか。それと向き合い、解き放つことで何かしら得られるものもある、って解釈しとくよ」

 

とりあえずはそんな風に解釈したようだ。

 

「しかし、監獄を司る、ね。受け入れることも同義? こりゃ咀嚼の時間が掛かりそうだ」

 

難解な言葉の意味を考えていると…

 

『ガオオオオオッ!!!』

 

獄帝の咆哮と共に忍の意識も現実世界へと戻るのだった。

 

………

……

 

そして、忍の意識が戻ると…

 

「ごぽっ…? ゴボッ!?」

 

何故か、地下水脈の激流に流され、忍の身体に必死にしがみついているセレナがいた。

 

「(なに!? これ、どういう状況!? さっきまでミレディの部屋んとこにいたよな!!?)」

 

目覚めたら水の中、そら混乱するわな。

しかも今回は覇狼の時と違って耐性も出来てたせいか、一時間も眠ってたわけではないので激流の中で目覚めた訳だが…。

 

忍が頭を振って周りを見れば、ハジメやユエ、シアも近くにいた。

その他にも影が通り過ぎていく。

魚だ。

どうにも流された地下水脈はどこかの湖や川とも繋がっているらしく、魚が逞しく泳いでいた。

 

その内の一匹がシアと並走…いや、並泳するように泳いでいた。

ふとシアがそちらを向けば……目が合った。

魚の眼ではない。

なんとその魚は人面魚だった。

そのどこかふてぶてしさと無気力さを感じさせるおっさん顔は地球の某育成ゲームを思い出させる。

 

シアがそんな人面魚に驚き、目を見開いていると…

 

『ちっ、何見てんだよ?』

 

という声がシアの頭の中に響いてきた。

 

「っ!?!?」

 

それに耐えられなかったシアは必死で止めていた息を吐きだしてしまい、白目を剥いて意識を手放してしまった。

 

 

 

そして、一行は…

 

ゴボッ!

ゴボゴボッゴバッ!!

 

とある泉から巨大な水柱と共に激流から放り出されるのだった。

 

「どぅわぁあああ!?」

 

「んっーーーー?!」

 

「…………………」

 

「なんでだぁぁぁぁ!?」

 

「きゃああ!?」

 

5人中4人の悲鳴が木霊する。

 

「げほっ、がほっ! ~~っ、酷い目に遭った。あいつはいつか必ず壊してやる。お前等、無事か?」

 

「ケホッ、ケホッ……ん、大丈夫」

 

「な、何がどうなって…???」

 

「な、なんとか平気よ」

 

ハジメの点呼にシア以外が答えるが、忍はなんでこうなったのか疑問が尽きなかった。

 

「シア? おい、シア! どこだ!?」

 

「シア……どこ?」

 

「シアさん…?」

 

「ちょっと、どこなの!?」

 

今の忍は役に立たないと判断したハジメは周囲の気配を探るが、シアの気配がないとわかると、急いで水中に潜った。

案の定、シアが底の方に沈んでいたので、ハジメが救助する。

引き上げたシアは顔面蒼白で白目を剥いていて呼吸と心臓が停止していた。

それとその表情はよほど嫌なものでも見たのか、意識を失いながらも微妙に引き攣っていた。

 

「ユエ! 狼女でもいいから人工呼吸を!」

 

「じん…?」

 

「なに?」

 

どうやらこちらの世界では心肺蘇生法はあまり認識されていないようだった。

 

「くそっ、今は忍も当てにならねぇし」

 

そして、意を決した様子でハジメがシアの心肺蘇生を試みる。

心臓マッサージを行い、気道を確保して人工呼吸を施す。

 

「む…」

 

それを見てユエが不機嫌そうな表情になる。

 

「ぅ、ぁ…///」

 

まさか、こんな人前で口付けするとは思わず、セレナも顔を背ける。

 

「(ったく、見直したと思ったら、全部終わった後で死にかけるとか……お前はホントに残念な奴だよ)」

 

まぁ、それはともかく心肺蘇生を繰り返いしていると…

 

「ケホッ、ゴホッ! …………………ハジメさん?」

 

シアが水を吐き出そうとし、ハジメが気管を塞がないように横向けにして水を吐かせると、意識が戻ったのかシアがハジメを見つめる。

 

「おう、ハジメさんだ。ったく、こんなことで死にかけてんじゃ…んっ!?!?」

 

ハジメが最後まで言い終わる前に何を思ったのか、シアがハジメに抱き着き、そのままキスをし始めた。

さっきまで人工呼吸をしていたために至近距離だったのと、完全な不意打ちのためにハジメが回避し損ねた図だ。

 

「んっ! んーーっ!!」

 

「あむ、むちゅ…」

 

シアは両手でハジメの頭をしっかり抱え込み、両足を腰に回して完全に体を固定すると、遠慮容赦なく舌をハジメの口内に侵入させていた。

 

「…………………ブツブツ(今だけご褒美、今だけご褒美…)」

 

「////」

 

「お~」

 

ユエは物凄く不機嫌そうな表情を隠しもしないが、シアの活躍を考慮して今だけは見逃そうとブツブツ呟き、セレナは完全に顔を手で覆いつつも指の合間からチラチラとそれを見て、忍はなんか感心したような声を上げる。

 

ただ、この場には一行以外にも人が複数名いた。

 

「わわっ、なに!? なんですか、この状況!? す、凄い……濡れ濡れで、あんなに絡みついて……は、激しい! お、お外なのに! あ、アブノーマルだわっ!!」

 

「あら? あなた達は確か…」

 

ブルックの町の妄想過多な宿屋『マサカの宿』の娘『ソーナ・マサカ』、同じくブルックの町の服飾店の店主にして巨漢の漢女『クリスタベル』、それと冒険者風の男3人と女1人である。

但し、冒険者の男共は嫉妬の炎を瞳に宿し、剣に手を掛けそうな手を必死で抑えており、そんな様子を女冒険者は非常に冷めた目で見ていた。

 

未だに吸い付いてくるシアを、ハジメは体ごと持ち上げると、シアのむっちりとしたお尻を鷲掴みにして揉みしだく。

 

「あんっ!」

 

思わず喘ぐシアのその一瞬の隙を突いてシアを引きはがすと、そのまま泉へと放り投げる。

 

「うきゃああ!?」

 

ドボンッ!

 

悲鳴を上げながら泉に落ちたシアを尻目にハジメは荒い息を吐きながら髪を掻き上げる。

 

「ゆ、油断も隙もねぇ。蘇生直後に襲い掛かるとか……流石に読めんわ」

 

意識が回復してるからか、自力で泉から這い上がってくるシアを見て戦慄を覚えるハジメ。

 

「うぅ~、酷いですよぉ~。ハジメさんの方からしてくれたんじゃないですかぁ~」

 

「はぁ? あれはれっきとした救命措置で…………って、ちょっと待て。お前、意識あったのか?」

 

「う~ん…なかったと思うんですけど…なんとなくわかりました。ハジメさんにキスされてるって……うへへ」

 

「その笑い方やめろ。いいか? あれはあくまでも救命措置であって深い意味はないからな? 変な期待はするなよ?」

 

「そうですか? でも、キスはキスですよ。このままデレ期に突入ですよ!」

 

「ねぇよ。てか、お前等も止めてくれよ」

 

シアから視線をユエ、忍、セレナに向けてハジメが言う。

 

「……今だけ………でも、シアは頑張ってるし………いや、でも……」

 

「まぁ、一刻を争ってたみたいだし、仕方ないんじゃね?」

 

「……………………////」

 

という具合に返事(?)をしていた。

忍以外は返事にもなってないようだが…。

 

やれやれ、と肩を竦めるハジメはこちらの様子を窺っていたクリスタベル達へと視線を向ける。

冒険者達、ソーナ、クリスタベル、またソーナと視線を切り替える。

どうもクリスタベルは見なかったことにしたいらしい。

 

ハジメの視線に晒されたソーナはというと…

 

「お、お邪魔しましたぁ! ど、どうぞ、私達のことは気にせずごゆっくり続きを!」

 

そんなことを叫びながら踵を返そうとするソーナの首根っこを摘まみ、クリスタベルがハジメ達の方にやってくる。

ハジメがクリスタベルにドン引きしていると…

 

「あっ、店長さん」

 

シアが知り合いらしいリアクションを取るので、仕方なく話に応じることにした。

 

結論として、ここはブルックの町から1日ほどの場所であることが判明したので、ハジメ達もブルックの町に寄ることにした。

 

こうして何とか2つ目の大迷宮を無事クリアした一行。

新たな仲間や色々なこともありつつも、次の戦いに向けて英気を養うために一時の休息を取るのだった。

 

………

……

 

あれやこれやとブルックには一週間ほど滞在した一行。

 

その間にも色々なことがあった。

ユエ、シア、セレナを手に入れようと決闘騒ぎを起こす奴等がいたり、宿屋の娘は覗きを敢行しては女将に仕置きされたり、何か知らないが変な派閥が五組ほど出来ていたり等など…。

 

ともかく、休息したのに妙な疲労感があったのは間違いない。

 

そんな一行は冒険者ギルド・ブルック支店にやってきていた。

 

「おや、今日は全員一緒かい?」

 

そんな一行をカウンターで出迎えたのはキャサリンだった。

 

「あぁ、明日にでも町を出ようと思ってな。アンタには色々世話になったし、一応挨拶をとな。ついでに、目的地関連で依頼があるなら受けておこうってな」

 

ハジメが代表してそう言うと…

 

「そうかい、行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。アンタ達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

 

「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエ達に踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態共といい、"お姉さま"とか"お兄さま"とか連呼しながら俺以外をストーキングする変態共といい、決闘を申し込んでくるアホ共といい……碌な奴がいねぇじゃねぇか。出会った奴の七割が変態で、二割がアホとか……どうなってんだよ、この町」

 

苦々しい表情のハジメが愚痴を零す。

 

まず最初の部分から、宿屋の看板娘・ソーナちゃん。

彼女はハジメ達の夜やら情事を見るために覗きを敢行しており、やる度に手口が巧妙化していくほどだ。

まぁ、その度に女将から折檻を受けているのだが、反省の色なし。

但し、彼女が力を注ぐのはハジメ達だけなので他の客には無害なのだ。

 

次に服飾店の店長・クリスタベル。

彼女は肉食獣の如き目でハジメや忍を見ていたりする。

これといった実害はなかったものの、精神的に削られたのは言うまでもない。

 

次はブルック五大派閥・『ユエちゃんに踏まれ隊』・『シアちゃんの奴隷になり隊』・『セレナちゃんに罵られ隊』・『お姉さま達と姉妹になり隊』・『お兄さまの妹になり隊』。

ぶっ飛んだネーミングセンスと思考、それぞれの願望を胸に秘めたおかしな集団(×5)である。

一つ目は町中で突然土下座すると、ユエに向かって「踏んでください!」と力強く叫ぶのだ。もはや恐怖である。

二つ目はどういう思考過程を経たのか不思議でならない。亜人族は被差別種族ではないのかとか、お前等が奴隷になってどうするとか、深く考えたら負けな気がしてならない。

三つ目はまだ可愛らしく思えるが、これも町中で突然土下座して「罵ってください!」と叫ぶのだ。しかも亜人族に対してそんなことを言うんだから、実はこいつらが一番怖いのかもしれない。

四つ目は女性のみで構成された集団で、ユエ、シア、セレナに付きまとうか、ハジメか忍の排除行動が主だった。一度は強硬策に出た者もいるが、ハジメの鬼畜行動で過激な行動はなりを潜めた。

五つ目も女性のみで構成された集団なのだが、元々は四つ目から派生した集団でもある。というのも、ハジメが鬼畜行動をした反面、忍は紳士的且つ年下の女の子の扱いに慣れていたがために穏便且つ優しく諭したのだ。それを目の当たりにした四つ目の一部が何かに目覚め、新たに立ち上げたのがこの集団だったりする。

 

最後に決闘を申し込んできた奴等。

ハジメはまともに関わるのも嫌だったので「決闘しろ!」という"け"の字の辺りでゴム弾を発砲して駆逐していた。

逆に忍は面倒そうにはしているが、ハジメのようにゴム弾発砲が出来ないので、仕方なく相手をしていた(もちろん、無手で)。

まぁ、その違いもあってハジメは『決闘スマッシャー』と呼ばれ、以前ユエに付けられた『股間スマッシャー』と共に『スマッシュ・ラヴァーズ(略して『スマ・ラヴ』)』という風に呼ばれていたりする。

あと、忍も毎度毎度決闘に付き合ってるせいで、五つ目の集団の好感度も爆上がりしてるとかどうとか…。

 

そんな風に思い出してハジメが顔を顰め、後ろの忍が苦笑したり、女性陣が微妙な表情をする。

 

「まぁまぁ、なんだかんだ活気があったのは事実さ」

 

「ヤな活気だな」

 

「で、何処に行くんだい?」

 

「フューレンだ」

 

それを聞いてフューレン関連の依頼がないかを探すキャサリン。

 

フューレンとは、中立商業都市である。

一行の次の目的地は『グリューエン大砂漠』にある七大迷宮の一つ『グリューエン大火山』であり、大陸の西に行く必要性があるので、その行く途中にある『中立商業都市フューレン』に一度は寄ってみようという話になったのだ。

ちなみに『グリューエン大火山』の次は西にある海底に沈む大迷宮『メルジーネ海底遺跡』を目指すことになっている。

 

「う~ん……おや? ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。空きが2人分あるよ。どうだい? 受けるかい?」

 

そう言ってキャサリンが差し出してきた依頼書を確認する。

依頼内容は、中規模の商隊の護衛で16人ほど護衛を求めているらしい。

女性陣は冒険者登録をしてないので、ハジメと忍でちょうどだ。

 

「連れの同伴はOKなのか?」

 

「あぁ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れてる冒険者もいるからね。ユエちゃんやシアちゃんも相当な実力者だ。2人分の料金でもう2人優秀な冒険者を雇えるようなもんだから、断る理由はないさね。あ、別にセレナちゃんが優秀じゃないって話じゃないよ。比較対象がいないからね」

 

ハジメの質問にそう答えつつもセレナへのフォローを忘れない。

 

「ん~…」

 

ハジメはしばし逡巡してから意見を求める様に後ろのメンツを見る。

 

「……急ぐ旅じゃない」

 

「そうですねぇ~。たまには他の冒険者の方と一緒というのもいいかもしれませんね。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」

 

「ま、確かにたまにはのんびりするのもいいかもだぜ?」

 

「そうね。別に急ぎ足でなくてもいいと思うわ」

 

「……そうだな。急いでも仕方ないし、たまにはいいか」

 

そんな結論で、ハジメと忍が依頼を受けることにした。

その同伴で女性陣がついてくることになる。

 

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

 

「わかった」

 

「あいさい」

 

ハジメと忍が依頼書を受け取る。

おれを確認すると、キャサリンが2人の後ろにいる女性陣に目を向ける。

 

「アンタ達も体に気を付けて元気でおやりよ? この子達に泣かされたらいつでも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」

 

「……ん、お世話になった。ありがとう」

 

「はい、キャサリンさん。良くしてくれてありがとうございました!」

 

「まぁ、色々とありがと」

 

キャサリンにそれぞれお礼を言う3人に満足そうに頷くと…

 

「アンタ達もこんな良い子達を泣かせるんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」

 

「精進しますよ、キャサリン姐さん」

 

「…ったく、世話焼きな人だな。言われなくても承知してるよ」

 

サムズアップする忍と、苦笑するハジメもキャサリンの言葉に答えていると、キャサリンから1通の手紙がハジメに渡される。

 

「これは?」

 

「アンタ達、色々と厄介そうなもん抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなもんさ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 

それを聞いてハジメは「アンタこそ何者だよ?」と言いたげな表情をした。

 

「おや、詮索はなしだよ? 良い女には秘密がつきものさね」

 

「流石、キャサリン姐さん」

 

「……はぁ、わぁったよ。これは有難く貰っておくよ」

 

「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

こうしてお世話になった人達に挨拶回りをした一行は翌日には新たな旅へと向かうのだった。



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第二十二話『中立商業都市フューレンまでの道のり』

ブルックからフューレンへと向かう商隊の護衛依頼を受けたハジメ達は、翌日の早朝に正面門へと到着した。

そこには既に商隊のまとめ役と、他の冒険者達が集まっていた。

どうやらハジメ達が最後のようで、そのハジメ達を見て他の冒険者達が一斉にざわつく。

 

「お、おい…まさか残りの5人って『スマ・ラヴ』なのか!?」

 

「マジかよ!? 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」

 

「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」

 

「いや、それはお前がアル中だからだろ?」

 

色んな反応を示す冒険者達を尻目にハジメと忍はまとめ役らしき人物の元へと近寄る。

 

「君達が最後の護衛かね?」

 

「あぁ、これが依頼書だ」

 

「俺のもね」

 

ハジメと忍は懐から取り出した依頼書を見せる。

それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始める。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

 

そう自己紹介されたハジメは…

 

「……もっとユンケル? 商隊のリーダーって大変なんだな……」

 

「親友、それ絶対に違うと思う」

 

とある栄養ドリンクを思い出させる名前にハジメの眼が同情を帯び、忍がツッコミを入れる。

 

「? まぁ、大変だが慣れたものだよ」

 

ハジメの眼に疑問を抱きながらも苦笑い気味に返すモットー。

 

「まぁ、期待は裏切らないと思うぞ。俺はハジメで、こっちはユエとシア」

 

「俺は忍で、こっちはセレナね」

 

そう言ってハジメと忍も軽い自己紹介と後ろにいる3人をそれぞれ紹介する。

 

「それは頼もしいな。ところで、そこの兎人族と狼人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが…」

 

モットーの視線が値踏みするようにシアとセレナを見た。

 

「うっ」

 

「………………」

 

その視線を受け、シアがハジメの背後にそそっと隠れ、セレナも忍の腕にしがみつく。

 

「ほぉ、どちらとも随分と懐かれていますな。なかなか、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが…いかがですかな?」

 

その言葉にハジメと忍は…

 

「ま、アンタはそこそこ優秀な商人のようだし……答えはわかるだろ?」

 

「ハッハッハッ、うちの子が魅力的なのはわかるけど、こればかりはね」

 

シアとセレナの様子を興味深そうに見ていたモットーがハジメと忍に交渉を持ち掛けるが、2人ともあっさりした対応だった。

そして、2人は揃って揺るぎない意志を込めた言葉を口にする。

 

「「例え、どこぞの神が欲しても手放す気はない」」

 

実はこれ、念話を使って少し相談してから一緒に言うことにした言葉だったりする。

 

「理解してもらえたか?」

 

ハジメがモットーに言うと…

 

「…………………えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になった時は是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間もなく出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

 

そう言ってモットーは商隊の方へと戻っていく。

 

「最後に自分の商会まできっちり宣伝するとは……ありゃ大した商人だな」

 

「確かにな」

 

そんな風に2人がモットーを評していると、不意にハジメは背中から抱き締められ、忍は腕から伝わる力が強さを増すのを感じていた。

ハジメが肩越しに振り返ると、肩に顎を乗せたシアの真っ赤になって表情が緩んでいる顔が至近距離で見え、忍も腕の方を見ればセレナが恥ずかしそうに顔を肩に埋めていた。

 

「……いいか? 特別な意味はないからな? 勘違いするなよ?」

 

「うふふふ。わかってますよぉ~、うふふふ~」

 

ハジメはハジメで"身内を捨てるようなことはしない"的な意味合いで言ったらしく、シアに色々と言っているが、当のシアがあんまり聞いてない様子だった。

 

「俺は別に本心でもあるから気にしないが…」

 

「余計恥ずかしいじゃない!!////」

 

忍は忍で本心でもあったので問題なさそうだが、言われたセレナとしては恥ずかしいことこの上なかったようだ。

 

そんな正反対な反応を見せるハジメと忍だが、さっきの発言は色々とギリギリだった。

下手すれば聖教教会から異端の烙印を押されかねない発言に近かった。

ただ、歴史的に最高神たる『エヒト』や魔人族の信仰してる神の他にも崇められていた神は存在するので、直接的に聖教教会に喧嘩を売る言葉ではなかった。

それでもギリギリはギリギリなので仕方ないが、それだけでもモットーを引かせる要因になったのには違いなかった。

 

そんなハジメの傍にトコトコと寄ったユエはハジメの袖を引っ張り…

 

「? なんだ、ユエ?」

 

「ん……カッコよかったから大丈夫」

 

「……慰めありがとよ」

 

そんな風にハジメを慰め、ハジメもユエに感謝しつつ頬を撫でる。

 

………

……

 

ブルックの町から中立商業都市フューレンまでは馬車で約6日の距離である。

 

日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。

それを繰り返すこと3回目。

フューレンまで残り3日の位置まで来ていた。

ここまでは特に何事もなく順調に進んできている。

 

ちなみにこういう護衛時の冒険者の食事関係は自腹であり、商隊の人々とは別々に食べるのが暗黙のルールとなっている。

さらに冒険者達の場合、任務中は酷く簡易な食事で済ませるらしい。

何故なら、ある程度凝った食事を用意すると、それだけで荷物が増えていざという時に邪魔になるからだという。

その代わり町に着いて報酬を貰ったら即行で美味いものを腹いっぱい食うのがセオリーなのだとか。

 

そんな話をこの2日の食事の時間にハジメ達は他の冒険者達から聞いていた。

ハジメ達が用意した豪勢なシチューもどきにふかふかのパンを浸して食べながら、だが…。

 

「カッーー、うめぇ! 美味いわぁ~、流石シアちゃん! もう亜人とか関係なく俺の嫁にならない?」

 

「ガツガツッ、ゴックンッ! ぷはぁ、テメェ、なに抜け駆けしてんだよ!? シアちゃんは俺の嫁!」

 

「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ? 身の程を弁えろよ。ところで、シアちゃん。町に着いたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」

 

「な、なら、俺はユエちゃんだ! ユエちゃん、俺と食事に!」

 

「ユエちゃんのスプーン……ハァハァ…」

 

「セレナちゃん、俺と一緒に旅に出よう!」

 

シアのお裾分けで他の冒険者達にも振舞われた食事を食べながら冒険者達が調子に乗り出している。

 

こうなったのも初日にハジメが宝物庫を隠しもせずにシアに料理をさせたのが原因だ。

そうしてハジメ達が食事した頃には他の冒険者達が涎を滝のように流して血走った目を向けるという事態に陥る。

それに物凄く居心地が悪くなったシアがお裾分けを提案し、今の状況に至る。

それから食事の時間になると、こぞって冒険者達がハジメ達の元へと集まってくるようになった。

 

そして、ぎゃーぎゃーと騒ぐ冒険者達(男共限定)に向かい、ハジメは威圧を、忍は覇気を無言で放つ。

威圧と覇気を同時に受け、シチューもどきで体の芯まで温まったはずなのに、一瞬で芯まで冷えた冒険者達は青ざめた表情でガクブルし始める。

 

「で? 腹の中のもん、ぶちまけたい奴は誰だ?」

 

「ハッハッハッ」

 

ハジメの囁くような、されどやたら響く声と忍の笑顔なのに目が笑ってない笑い声に…

 

『調子に乗ってすんませんっしたー!!』

 

2人よりも年上でベテランな冒険者達が見事なハモリとシンクロした土下座で即座に謝罪する。

2人の威圧感が半端ないのもあるが、ブルックの町での所業を知っているので、ハジメに逆らおうというものはいなかった。

 

「もう、ハジメさん。せっかくの食事の時間なんですから、少しくらいいいじゃないですか。そ、それに、誰がなんと言おうと、わ、私はハジメさんのものですよ?」

 

「そんなことはどうでもいい」

 

「はぅ!?」

 

はにかみながら、さりげなくハジメにアピールするシアだが、当のハジメはそのアピールを一刀両断する。

 

「……ハジメ」

 

「ん? ……なんだよ、ユエ」

 

そんなハジメを咎めるような視線を向けるユエは、人差し指をピッと突きつけると…

 

「……メッ!」

 

としていた。

 

それには訳がある。

ブルックの町での宿泊時、シアのことも優しくしてあげてほしいとユエに言われていたのだ。

ハジメとしてはユエ一筋で、シアに恋情を抱いてる訳ではないので、仲間という身内に対する配慮程度でいいだろうという気持ちでいたのだが、ユエ的にはそれでもダメらしい。

 

「ハジメさん! そんな態度を取るなら、この串焼き肉はあげませんよ!」

 

しかし、シアも最近はへこたれなくなっていた。

ハジメがツン発言をしても大抵はびくともせず、衝撃を受けてもすぐに復活して強気・積極的なアプローチを繰り返すようになっていた。

 

「わかったから、その肉を寄越せ」

 

「ふふ、食べたいですか? で、では…あ~ん」

 

見れば、隣でユエもスタンバっている。

つまり、そういうことだ。

 

「あ~ん」

 

「…………………」

 

シアから差し出された肉にかぶりつくと無言で食べる。

 

「……あ~ん」

 

「……………………」

 

今度はユエから差し出された肉にかぶりついて無言で食べる。

しばし、そんなことを繰り返す。

 

「いやぁ、シアさんも逞しくなったもんだな」

 

そんなハジメ達の姿に忍はほのぼのとしていた。

 

「ま、だからと言って目の前でイチャつかれる身としては、爆発しろと言わざるを得ないが」

 

そんな忍の発言に激しく同意するかのように他の冒険者達がガクガクと首を縦に振った。

 

が、しかし…

 

「あ、セレナ。ジッとしてろ」

 

「?」

 

何故かセレナの頬に顔を近付けたかと思うと…

 

ペロッ

 

「っ!?////」

 

頬を一舐めする。

 

「シチュー、頬についてたぞ?」

 

一応、後からそんなことを言って…。

 

「だ、だからって舐める奴がいるか、バカァァァっ!!////」

 

セレナの絶叫が木霊し、他の冒険者達は『お前も爆発しろよ!!』的な視線を向けられたのでした。

 

………

……

 

それから更に2日経ち、フューレンまで残り1日の道になった頃…。

 

「敵襲です! 数は100以上! 森の中から来ます!!」

 

のどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れ、それにいち早く気付いたシアが警告を発していた。

その警告を聞いて、冒険者達の間に一気に緊張が走る。

現在通っている街道は森に隣接しているが、そこまで危険な場所ではない。

なんせ、大陸一の商業都市へのルートなのだから、道中の安全はそれなりに確保されている。

故に魔物に遭遇する話はよく聞くが、せいぜい20体前後、多くても40体くらいが限度のはずなのだが、シアが言った数は100体。

明らかに普通ではない。

 

「くそっ、100以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったが、勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

護衛隊のリーダー『ガリティマ』が悪態を吐きながら苦い表情をする。

商隊の護衛は16人、ユエ、シア、セレナを含めれば19人になり、その人数で商隊を無傷で守り切るのは難しく、単純に物量に押し切られると考える。

ならば、いっそのこと隊の大部分を足止めにして商隊だけでも逃がそうかと考え始める。

 

すると…

 

「迷ってんなら、俺等がやろうか?」

 

「えっ?」

 

なんとも軽い口調で言ってのけるハジメにガリティマが間抜けな声を漏らす。

 

「だから、なんなら俺等が殲滅しちまうけど? って言ってんだよ」

 

「い、いや…それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいが……えっと、出来るのか? この辺りの魔物はそれほど強いわけではないが、数が…」

 

「数なんて問題ない。すぐに終わらせる。ユエがな」

 

「ん……」

 

その自信たっぷりな言葉にガリティマは少し逡巡する。

 

「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅出来なくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法でさらに減らし、最後は直接叩けばいい。皆、わかったな!」

 

『了解!』

 

逡巡したガリティマの判断に他の冒険者達も気迫を込めて応える。

そして、商隊を守るように陣取り隊列を作り、緊張感を漂わせながらも覚悟を決めた良い顔つきになる。

 

「(なるほど。こういうのがベテラン冒険者か)」

 

そんな彼等の姿に感心しつつもハジメ達は馬車の屋根にいた。

 

「ユエ。一応、詠唱しとけ。後々、面倒になるからな」

 

「……詠唱……詠唱…?」

 

「まぁ、それっぽく聞こえるように言っておけばいいんだよ」

 

「接敵、10秒前ですよ~」

 

「来る…!」

 

そうこうしている内にシアやセレナから報告が入り、ユエは右手をスッと森に向けて掲げ、透き通るような声で詠唱を唱え始める。

 

「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん。古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん。最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれ、『雷龍』」

 

ユエの詠唱が終わり、魔法のトリガーが引かれる。

その瞬間、詠唱の途中から立ち込めた暗雲より雷で出来た蛇を思わせる東洋の龍が現れる。

 

「な、なんだ、あれ…?」

 

それは誰が呟いたのか…。

その異様な光景に敵味方問わず、誰もが息を呑んだ。

 

そして、天よりもたされる裁きの如く、ユエの細く綺麗な指に合わせて、天すら呑み込むと詠われた雷龍は魔物達へとその顎を開いて襲い掛かる。

 

ゴォガァアアアッ!!!

 

「うわっ!?」

 

「どわぁあ!?」

 

「きゃああ!!」

 

凄まじい轟音を迸らせながら大口を開くと、なんとその場にいた魔物の尽くが自らその顎に飛び込んでいった。

さらに、ユエの指揮に従い、雷龍はとぐろを巻いて魔物達の逃げ場を塞ぐ。

突如として出来た雷の壁に逃げようとした魔物が突っ込み、その身を消滅させる。

逃げ場を失くし、魔物の頭上で再び雷龍がその顎を開けば、再び魔物達が雷龍の顎に殺到する。

そうして魔物達を殲滅させた雷龍は荘厳な雄叫びと共に霧散する。

 

『……………………』

 

それを見ていた冒険者達、商隊の人々は恐怖で身を竦ませながらもあんぐりと口を開けて固まっていた。

 

「……ん、やり過ぎた」

 

「おいおい、あんな魔法、俺も知らないんだが…」

 

「ユエさんのオリジナルらしいですよ? ハジメさんやシノブさんから聞いた龍の話と例の魔法を組み合わせたものらしいです」

 

「いやはや、流石はユエさん。魔法の扱いがチート過ぎだぜ」

 

「つか、さっきの詠唱って…」

 

「ん……出会いと、未来を詠ってみた」

 

無表情ながら『ドヤァ!』と言いたげな雰囲気のユエを見て苦笑しながらハジメはユエの髪を撫でた。

 

その後、ユエの雷龍を見てテンションがおかしくなった冒険者達だった。

ただ、その中で唯一平静を装っていたガリティマがハジメ達に色々と聞いたが、さりげなく躱されてしまうものの、同じ冒険者でも手の内を隠すのは当然だと割り切って他の冒険者達を抑える役に回ってくれた。

 

………

……

 

そして、ラスト1日も何事もなく、商隊はフューレンへと辿り着く。

フューレンの東門には六つの入場受付があり、そこで持ち込み品のチェックをするらしい。

ハジメ達もその内の一つに並んでおり、順番が来るまでしばらく掛かりそうだった。

 

馬車の屋根でユエに膝枕され、シアを侍らせていたハジメと、セレナの見守る中で銀狼の(知識がないので、なんちゃってっとつくが)手入れをする忍がいた。

と、そこにモットーがやってくる。

何やら話があるようで、それに若干呆れる様にしながらもハジメが代表として屋根から飛び降りる。

 

「まったく、豪胆ですな。周囲の眼が気になりませんかな?」

 

モットーの言う視線とは、ハジメや忍への羨望と嫉妬の目、ユエ、シア、セレナに対する感嘆といやらしさを含んだ目、それに加えて今はシアとセレナを値踏みするかのような目もあった。

流石は大都市の玄関口である。

様々な人間が集まる場所では、3人に対して単純な好色な目を向けるだけではなく、利益も絡んだ注目を受けているらしい。

 

「ま、確かに煩わしいけどな。仕方ないだろう。気にするだけ無駄だ」

 

そう言って肩を竦めるだけのハジメにモットーは苦笑している。

 

「フューレンに入ればさらに問題が増えそうですな。やはり、彼女達を売る気は…な」

 

『その話は終わっただろ?』と目で語るハジメに、モットーは両手を上げて降参のポーズを取る。

 

「そんな話をしに来たんじゃないだろ? 用件は何だ?」

 

「いえ、似たようなものですよ。売買交渉です。貴方の持つアーティファクト。やはり、譲ってはもらえませんか? 商会に来ていただければ、公証人の立会の下、一生遊んで暮らせるだけのきんがくをお支払いしますよ。貴方のアーティファクト…特に『宝物庫』は商人にとっては喉から手が出るほどに手に入れたい代物ですからな」

 

そう言いながらもモットーの眼は笑っていなかった。

『喉から手が出る』というよりも『殺してでも』と言いそうなくらいの眼だ。

 

「何度言われようと答えはノーだ。諦めな」

 

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりにも有用過ぎる。その価値を知った者は理性を利かせられないかもしれませんぞ? そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうなぁ。例えば、彼女達の身に…『ゴチッ』…ッ!!?」

 

ハジメの答えがわかっていたのか、モットーが少々狂気的な発言を眼差しで屋根の上にいる3人を見た瞬間、ハジメがドンナーの銃口をモットーの額に押し付け、ピンポイントの殺気を叩き付ける。

ただ、場所が馬車の影ということもあり、周りの人間は気付いていない。

 

「それは…宣戦布告と受け取っていいのか?」

 

静かな声音がモットーの耳に嫌に響く。

 

「ち、違います。どうか……私は、ぐっ……お連れの方は、ともかく……特に、あなたが……あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と。ただ、それだけで………うっ…」

 

モットーの言う通り、忍はそれとなく実力を隠したり、アドバンスド・フューラーの使用を控えているが、ハジメは実力やアーティファクトをそこまで隠すつもりがないのか、オープンな部分があった。

まぁ、ハジメはこの世界に対して『遠慮しない』と決めているので、敵対する者は全てなぎ倒してでも進む覚悟がある。

逆に忍は覇王になる覚悟は持っているが、ハジメほど世界に対して達観していない部分がある。

 

「そうか。なら、そういうことにしておこうか」

 

そう言ってドンナーを仕舞い、殺気を解いたハジメの前で、モットーは崩れ落ちる。

見れば、大量の冷や汗を流して肩で息をしていた。

 

「別にお前が何をしようとお前の勝手だ。或いは、誰かに言いふらして、そいつらがどんな行動を取っても構わない。ただ、敵意を持って俺達の前に立ちはだかったら……生き残れると思うなよ? 国だろうが、世界だろうが、関係ない。全て血の海に沈めてやる」

 

「……はぁ…はぁ、っ……なるほど。割に合わない取引でしたな…」

 

未だ青ざめた表情ではあるものの、気丈に返すモットーは優秀な商人なのだろう。

それに加え、道中での商隊員とのやり取りから、かなり慕われている姿も何度か見ていた。

そんな彼が、こんな強硬な手段に出るほど、ハジメ達のアーティファクトは魅力的なのだろう。

 

「ま、今回は見逃すさ。次がないといいな?」

 

「……まったくですな。私も耄碌したものだ。欲に目が眩んで竜の尻を蹴り飛ばすとは…」

 

『竜の尻を蹴り飛ばす』。

この世界の諺で、竜とは『竜人族』を指す。

彼等は全身を覆う鱗で鉄壁の防御力を誇るが、眼や口内を除けば唯一尻穴の付近に鱗が無く弱点となっている。

その防御力の高さから眠りが深く、一度眠ると余程のことがない限り起きないのだが、弱点の尻を刺激されると一発で目覚め、烈火の如く怒り狂うというものだ。

昔、何を思ったのか、それを実行して逆襲されたアホがいたらしい。

そこから因んで手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに遭う愚か者という意味で伝わるようになったのだとか。

 

ちなみに竜人族は500年以上前に滅びたとされている。

理由は諸説ある。

 

「そういえば、ユエ殿のあの魔法も竜を模したものでしたな。詫びと言っては何ですが、あれが竜であるとは、あまり知られぬがいいでしょう。竜人族は、教会からもよく思われていませんでしたからな。まぁ、竜というよりも蛇という方が近いので大丈夫でしょうが」

 

そう言って立ち上がるまで回復したモットーは服の乱れを直す。

あんなことがあったにも関わらず、それでも忠告をする辺り、なかなか豪胆な人だ。

 

「そうなのか?」

 

「えぇ、人にも魔物にも成れる半端者。なのに恐ろしく強い。そして、どの神も信仰していなかった不信心者。これだけ揃っていれば、教会の権威主義者には面白くない存在というのも頷けるでしょう」

 

「なるほどな。つか、随分な言い様だな。不信心者と思われるぞ?」

 

「私が信仰しているのは神であって、権威を笠に着る"人"ではありません。人は"客"ですな」

 

「……なんとなく、アンタのことがわかってきたわ。根っからの商人なんだな、アンタ。そりゃあ、これ見て暴走するのも頷けるわ」

 

そんな会話を繰り広げ、手元の指輪を弄るハジメの言葉にモットーは複雑極まりない表情をしていた。

 

「とんだ失態を晒しましたが、ご入用の際は我が商会を是非ご贔屓に。あなた達は普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ」

 

「……ホント、商売魂が逞しいな」

 

「それでは、失礼しました」

 

ハジメの呆れた声を背に受け、モットーは前列へと戻っていく。

 

「よっと」

 

すると、銀狼の手入れが終わったのか、忍がハジメの隣に降りてくる。

 

「いやはや、アレを龍だと看破するとはな。しかも最後にはしっかりと自分の商会アピールしてくるんだから、抜け目がないというか何というか…」

 

話を聞いていたのか、忍がモットーをそう評する。

 

「お前はどう思った?」

 

「ん? ああいう人なら信用してもいいと思うぞ?」

 

「……そうか」

 

「ま、あんまり敵ばかり作ってもな。キャサリン姐さんやあのモットーさんとか…たまには信用してもいいんじゃね?」

 

「……………………」

 

忍の言葉にハジメは空を見上げる。

 

「親友。別に今の考えを改めろって言ってるんじゃない。俺はたまには外にも目を向けてもいいんじゃないかな、って言ってるだけさ」

 

「…………一応、考えとく…」

 

「おう。そうしてくれ」

 

そう言ってニカッと笑う親友に苦笑するハジメの心境はどうなのだろうか?

それは本人しかわからないだろう…。



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第二十三話『ギルドでの揉め事と支部長からの依頼』

中立商業都市フューレン。

 

高さ20メートル、長さ200メートルの外壁に囲まれた大陸一の商業都市。

あらゆる業種が日々鎬を削っており、夢を叶えて成功する者もいれば、あっさり無一文となって悄然と出て行く者も多くいる。

観光で訪れる者や取引に訪れる者など出入りの激しさでも大陸一と言える。

 

その巨大さからフューレンは四つのエリアに分かれている。

この都市における様々な手続き関係の施設が集まっている中央区、娯楽施設が集まった観光区、武器防具はもちろん家具類などを生産、直販している職人区、あらゆる業種の店が並ぶ商業区。

東西南北にそれぞれ中央区に続くメインストリートがあり、中心部に近いほど信用のある店が多いというのが常識らしい。

それに比べてメインストリートからも中央区からも遠い場所は、かなりアコギでブラックな商売、言い換えれば闇市的な店が多いものの、時折とんでもない掘り出し物が出たりするので、冒険者や傭兵などの荒事に慣れた者達がよく出入りしているという。

 

そんな話を、中央区の一角にある冒険者ギルド・フューレン支部内にあるカフェで軽食を食べながら聞くハジメ達。

この話をしているのは『案内人』という職業の女性『リシー』だ。

 

案内人とは、都市が巨大であるために需要が多く、それなりの社会的地位にある職業であり、案内屋は客の獲得のために日々サービスの向上に努めているらしい。

 

そんな案内人に料金を支払い、ハジメ達は軽食を共にしながら都市の基本事項を聞いていた。

 

「そういう訳なので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをお勧めしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

 

「なるほどな。なら素直に観光区の宿屋にしとくか。どこがお勧めなんだ?」

 

「お客様の要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

 

「そりゃそうか。そうだな……飯が美味くて、風呂があれば文句はない。立地とかは考慮しなくていい。あと、責任の所在が明確な場所がいいな。忍はどうする?」

 

「俺も似たような感じでいいかな。ゆっくりと寛げるなら問題はないかな?」

 

「ふむふむ…………………ん?」

 

リシーはハジメと忍の要望に頷くが、ハジメの最後の要望に引っ掛かりを覚える。

 

「あの~、責任の所在ですか?」

 

「あぁ、例えばの話。何らかの争い事に巻き込まれたとして、こちらが完全に被害者だった時に宿内での損害について誰が責任を持つのか、ということだな。どうせならいい宿に泊まりたいが、そうすると備品なんか高そうだし、あとで賠償額を吹っ掛けられても面倒だろ?」

 

「え~と、そうそう巻き込まれることはないと思いますけど…」

 

困惑するリシーにハジメは苦笑する。

 

「まぁ、普通ならそうなんだが、連れが目立つんでな。観光区なんて羽目を外す奴も多そうだし、商人根性逞しい奴なんかが強行に出ないとも限らないからな。まぁ、あくまでも"出来れば"だ。難しければ考慮しなくていい」

 

「ハッハッハッ、親友は基本事なかれ主義だもんなぁ~」

 

ハジメの言葉と忍の笑い声にリシーはハジメの両隣にいるユエとシア、忍の隣にいるセレナを見ると、納得したように頷く。

 

「しかし、それなら警備の厳重な宿でいいのでは? そういうことに気を遣う方も多いですし、良い宿をご紹介しますが……」

 

「あぁ、それでもいい。ただ、欲望に目が眩んだ奴ってのは、時々とんでもないことをするからな。警備も絶対じゃない以上は最初から物理的説得を考慮した方が早い」

 

「ぶ、物理的説得ですか……なるほど、それで責任の所在なわけですか」

 

完全にハジメの意図を理解したリシーは、あくまでも"出来れば"でいいというハジメに、案内人根性が疼いたようでやる気に満ちた表情をすると…

 

「お任せください。それでお三方の要望は?」

 

そう返事してユエ達の要望を尋ねる。

 

「……お風呂があればいい。但し、混浴で貸し切り必須」

 

「えっと、大きなベッドがいいです」

 

「アンタらねぇ……私も別に2人部屋でいいけど…出来ればベッドは二つにして…」

 

「承知しましたわ。お任せください」

 

ユエとシア、セレナの要望を聞き、澄まし顔で答えるリシーだが、若干顔が赤い気がする。

まぁ、確実にいらぬ想像をしたに違いないが、セレナの要望が一番まとものように聞こえるが、忍と同室という時点で色々と手遅れな気もしないでもない。

 

ちなみにすぐ近くのテーブルにたむろしていた男連中が『視線で人が殺せたら!』と言わんばかりの視線をハジメと忍に向けているが、2人にとってはどうでもいいのでスルーしている。

 

それから他の区のことを聞いていると、不意に5人は強い視線を感じる。

特にユエ、シア、セレナに対しては、今までで一番不躾でねっとりとした粘着質な視線が向けられており、いつもなら気にしない3人もその気持ち悪い視線に珍しく眉を顰める。

 

ハジメと忍がチラリと視線の先を辿ると…ブタがいた。

肥えた体に、脂ぎった顔、豚鼻と頭にちょこんと乗ったべっとりした金髪だが、身なりだけは良いようで、遠目にもわかる良い服を着ていた。

そのブタが3人を欲望で濁り切った瞳で凝視していた。

 

「(面倒な)」

 

「(豚に真珠?)」

 

ハジメと忍がそんな風に思っていると、ブタ男がハジメ達の元へと歩いてくる。

 

「げっ!」

 

その存在に気付いたのか、リシーも営業スマイルも忘れてはしたない声を上げる。

 

ハジメ達の座るテーブルまでやってくると、ブタ男はニヤついた目でユエ、シア、セレナを見るが、シアとセレナの首にある首輪を見て不快そうに目を細める。

そして、今まで一度も目を向けなかったハジメと忍に、さも今気付いたような素振りを見せ、随分と傲慢な態度で一方的な要求をする。

 

「お、おい、ガキ共。ひゃ、100万ルタやる。そこの兎と犬を、わ、渡せ。それと、そっちの金髪は、わ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

ドモリ気味にきぃきぃ声でそう告げると、ブタ男はユエに触れようとする。

 

と…

 

「おっと、手が滑った~」

 

バシャッ!

 

わざとらしく忍が手元の飲みかけのコーヒーカップの中身をブタ男の顔を引っ掛ける。

しかも器用なことにカップの取っ手の部分に人差し指を差してクルクルと回している。

どこからどう見てもわざとだと言ってるようなものだ。

 

それと同時にその場に凄絶な殺気が降り注ぐ。

発信源はもちろんハジメだ。

周囲のテーブルにいた者達ですら顔を青ざめさせて椅子からひっくり返り、後退りながら必死にハジメから距離を取り始める。

 

しかしてその殺気をまともに受けたブタ男はと言えば…

 

「ひぃっ!?」

 

コーヒーを引っ掛けられた上に情けない悲鳴を上げて尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で失禁する。

 

「お前等、場所を変えるぞ」

 

もはや興味ないとばかりにハジメが席を立つと、同じように忍達も席を立つ。

 

「えっ? えっ??」

 

リシーは何が何やらと言いたげな困惑した表情だった。

 

実はその場に叩き付けられた殺気という威圧は"リシー以外"を対象としていたので被害が無かったのだが、それ以外からしたらとんだとばっちりである。

が、そのとばっちりにもちゃんと意味はある。

要するに『手を出すなよ?』、という警告である。

ちなみに忍が平然としてるのは…単なる慣れである。

 

そうしてハジメ達がギルドを出ようとすると、その進路を塞ぐような位置取りに移動して仁王立ちする巨体の冒険者が1人いた。

その巨体の冒険者にハジメ達が訝しげな目で見ていると…

 

「そ、そうだ、レガニド! そのクソガキ共を殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!!」

 

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバいですぜ。半殺しくらいにしときましょうや」

 

「やれぇ! い、いいからやれぇ!! お、女は傷つけるな! 私のだぁ!!」

 

「了解ですぜ。報酬は弾んでくださいよ?」

 

「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!!」

 

レガニドと呼ばれた巨体の冒険者はブタ男に雇われた護衛らいく、ブタ男はレガニドきぃきぃ声で何やら喚き散らしている。

そのブタ男の言葉にニヤリと笑ったレガニドはハジメと忍を見る。

 

「おう、坊主共。悪いな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。なに、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃん達のことは……諦めな」

 

あくまで自然体のハジメと忍が、目の前のレガニドを見上げる。

レガニドは既に拳を握って構えている。

周囲の人間はレガニドの名を聞いて驚いていた。

周囲の声を聞けば、どうも『暴風のレガニド』という二つ名を持つ"黒"の冒険者らしく、金好きでもあるらしい。

 

「(親友、俺がやろうか?)」

 

「(黒か。ま、見せしめにはちょうどいいか)」

 

などと念話会議をしていると…

 

「……ハジメ、シノブ、待って」

 

「どした?」

 

「なんすか、ユエさん?」

 

ユエがシアとセレナを連れてハジメと忍の前に出る。

 

「……私達が相手する」

 

「えっ? 私もですか?」

 

「私も…?」

 

意外なことを言うユエに…

 

「ガッハハハハ!! 嬢ちゃん達が相手をするだって? なかなか笑わせてくれるじゃねぇか。なんだ? 夜の相手でもして許してもらおうって……「……黙れ、ゴミクズ」『プシュッ!』……ッ!!?」

 

レガニドが爆笑して戯言を吐こうとした矢先、辛辣なユエの言葉と共に神速の風刃がレガニドの頬を斬り裂いた。

小さな音を立ててその頬から血がだらりと流れ、床に滴り落ちる。

ユエの魔法速度が速過ぎて全く反応出来なかったレガニドは、必死に分析する。

 

「……私達が守られるだけのお姫様じゃないことを周知させる」

 

「あぁ、なるほど。私達自身が手痛いしっぺ返し出来ることを示すんですね」

 

「……そう。せっかくだから、これを利用する」

 

「私、大丈夫かしら?」

 

ユエとシアはともかくセレナは不安そうだ。

 

「まぁ、言いたいことは分かった。確かに、お姫様を手に入れたと思ったら実は猛獣でした、なんて洒落にならんしな。幸い、目撃者も多いし…………うん、いいんじゃないか?」

 

「……猛獣は酷い」

 

「セレナ。自信を持てよ。アレを一緒に攻略したんだ。力は確実についてるはずだ」

 

「……まぁ、やるだけやってみるわ」

 

そうしてハジメと忍が一歩下がると、ユエがシアとセレナに先に行けと合図を送る。

それをくみ取り、シアはドリュッケンを構え、セレナも軽くジャンプして体をほぐす。

 

「おいおい、亜人に何が出来るってんだ? 雇い主の意向もあるんで、出来れば大人しくしててほしいんだが…」

 

ユエの方を油断なく見ているレガニドがそう言い放つ。

 

「腰の長剣、抜かなくていいんですか? 手加減はしますけど、素手だと危ないですよ?」

 

「まぁ、私は別にいいんだけど…」

 

「はっ! 大きく出たな! 坊ちゃん、傷の一つや二つは勘弁してくださいよ!」

 

そうブタ男に断りを入れるレガニドだが、ここで気付くべきであった。

愛玩奴隷として人気の高い兎人族が何故戦槌なんて持っているのか…。

 

そして…

 

「やぁ!!」

 

シアが一瞬にしてレガニドの眼前に現れると、ドリュッケンを振り下ろす。

 

「ッ!?」

 

それに辛うじて両腕をクロスさせて防御態勢に移るレガニドだが…

 

「ふっ!」

 

「なっ!?」

 

シアに一拍遅れることセレナがレガニドの後ろに現れると、膝に蹴りを入れて体勢を崩させる。

素早くセレナがレガニドから離れると同時にシアのドリュッケンがレガニドに炸裂する。

 

「(お、重過ぎだろ!?)」

 

その衝撃に吹き飛びながらレガニドは思った。

 

グシャッ!!

 

という音と共にギルドの壁にぶつかると、そこにユエが追撃とばかりに魔法を発動させる。

 

「(坊ちゃん、こりゃあ、割に合わなさ過ぎだ…)」

 

「舞い散る花よ、風に抱かれて砕け散れ。『風花』」

 

レガニドがそう思う中、複数の風の砲弾を自在に操りつつ、その砲弾に込められた重力場が常に目標の周囲を旋回することで全方位に"落とし続け"空中に磔にして、レガニドをサンドバッグにする。

ちなみに詠唱は適当だ。

そんな空中での一方的なリードによるダンスを終えると、レガニドは意識を失って床に落ちる。

ピクリとも動かない。

あと、ユエは意識を失ったレガニドの股間を集中的に狙っていたりして、周囲の男達を竦ませた。

 

「おぅ」

 

「わぁ」

 

その所業にはハジメも忍も戦慄を覚えていた。

 

静寂に包まれるギルドのカフェ。

あり得べからずの光景と、その容赦のなさに誰もが戦慄を覚えているのだ。

その静寂を破る者がいた。

 

「…………………」

 

ハジメだ。

何を思ったのか、ブタ男の元に歩み寄っていた。

 

「ひぃ!? く、来るなぁ! わ、私を誰だと思っている!? プーム・ミンだぞ! ミン男爵家に逆らう気かぁ!」

 

「……地球の全ゆるキャラファンに謝れ、ブタが」

 

ゲシッ!!

 

「プギャ!?」

 

ハジメがブタ男の顔面を踏みつける。

しばらく騒いでいたが、それに比例して足の圧が上がるのに気付き、大人しくなるブタ男。

 

「おい、ブタ。二度と視界に入るな。直接・間接問わず関わるな………次はない」

 

そう言って足を一旦離すと、靴底にスパイクを錬成してもう一度踏みつける。

 

「ぎぃやあああ!?!?」

 

それをもってハジメが踵を返してリシーの元に戻る。

 

「じゃあ、案内人さん。場所を移して続きを頼むよ」

 

「はひっ! い、いえ、おの、私、何といいますか……」

 

ナチュラルに話の続きをしようとするハジメにおっかなびっくりするリシー。

 

すると、そこにギルド職員がやってくる。

 

「あの、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います」

 

男性職員の他にも5人ほど、ハジメ達を包囲するように集まっているが、さっきの惨状を見ていたのか腰が引けており、数名がブタ男とレガニドの容態を見ていた。

 

「そうは言ってもな。あのブタ男が俺の連れを奪おうとして、それを断ったら逆上して襲ってきたから返り討ちにしただけだ。それ以上、説明することがない。そこおの案内人とか、その辺の男連中も証人になるぞ? 特に、近くのテーブルにいた奴等は随分と聞き耳を立てていたようだしな?」

 

「正当防衛。とは言え、過剰防衛になっちまうのか? でもさ、俺達も穏便に済ませようとしたのに向こうが先に突っかかってきたんだし、ダメですかね?」

 

ハジメと忍の言い分に困ったような表情をする男性職員。

 

「それはわかっていますが、ギルド内で起こされた問題は当事者双方の言い分を聞いて公正に判断することになっていますので……規則ですから冒険者なら従っていただかないと…」

 

「当事者双方、ね」

 

そう呟いてハジメが気を失っている2人を見る。

どう見積もっても2、3日は目覚めそうになかった。

 

「みんな、やり過ぎだよ」

 

やれやれと言った具合に忍が肩を竦める。

 

「アレが目を覚ますまで、ずっと待機しろって? 被害者は俺達なのに? …………………いっそ、都市外に拉致って殺っちまうか?」

 

「ハッハッハッ、親友。流石にそれは手間だぜ?」

 

「それもそうか」

 

などという物騒な会話を全力で聞かなかったことにしたい男性職員だった。

 

すると…

 

「何をしているのですか? これはいったい何事ですか?」

 

眼鏡をかけた理知的な府に気を漂わせる細身の男性が厳しい目をハジメ達に向けてきた。

 

「ドット秘書長! いいところに! これはですね」

 

かくかくしかじか、と男性職員が『ドット秘書長』と呼ばれた男性に状況を説明していた。

 

「なるほど。話はだいたいわかりました。証人も大勢いるようですし、嘘はないでしょうね。やり過ぎな気もしますが……まぁ、死んでいませんし許容範囲としましょう。とりあえず、彼らが目を覚まし、一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもおらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……それまで拒否されたりはしないでしょう?」

 

言外に『これ以上の譲歩はしませんよ?』と伝えるドットにハジメは肩を竦め、忍は頷く。

 

「あぁ、構わない。むしろ、そっちのブタがまだ文句を言うようなら連絡してほしいくらいだ。今度はもっと丁寧な説得を心掛けるよ」

 

「いやはや、すみませんねぇ。親友ってば容赦ないところがありまして」

 

そう言ってハジメと忍がステータスプレートを呆れ顔のドットに差し出す。

 

「連絡先は、まだ滞在先が決まってないから……そっちの案内人にでも聞いてくれ。彼女の薦める宿に泊まるだろうからな」

 

それを聞いてリシーががっくりと項垂れる。

 

「ごめんね、リシーさん。でも、今頼れるのはあなただけなんだ。だからよろしく頼むよ」

 

そんなリシーにフォローを入れつつ年上だろうに頭を軽く撫でる忍に、リシーの中の何かが目覚める。

 

「は、はいっ! 任せてください! 『お兄さま』!」

 

微妙にキラキラした目を忍に向けるリシーに忍は『あ、もしかしてまたやっちまった?』とも思いつつ"お兄さま"発言をスルーする事にした。

 

「ふむ。まぁいいでしょう。どちらも"青"ですか。向こうで伸びてる彼は"黒"なんですがね。そちらのお三方のステータスプレートはどうしました?」

 

「彼女達は…ステータスプレートを紛失しててな。再発行もまだしてない。ほら、高いだろ?」

 

そんな風に平然と嘘を吐くハジメに…

 

「しかし、身元は明確にしてもらわないと。記録を取っておき、君たちが頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、加害者・被害者関わらずブラックリストに載せることになりますからね。よければギルドで立て替えますが?」

 

そうドットがそう言い放つ。

 

「(親友。ちょっと相手が悪過ぎやしないか?)」

 

「(ったく、面倒な…)」

 

忍が念話でハジメと相談する。

 

すると、ユエがハジメの袖を引っ張り…

 

「……ハジメ、手紙」

 

そう言ってキャサリンに渡された手紙のことを伝える。

 

「? あぁ、あの手紙か」

 

「おっ、キャサリン姐さんの手紙か!」

 

忍の声にドットの眉が微かに動く。

 

「今、なんと?」

 

「えっ? ブルックの町の受付嬢、キャサリン姐さんの手紙だと言ったんだが?」

 

「っ!!」

 

それを聞いてドットの顔色が変わる。

 

「と、ともかく、その手紙をこちらに…」

 

「あ、あぁ…」

 

懐から手紙を取り出し、ドットに手渡すと…

 

「しばらくお待ちいただきたい。支部長にお取次ぎをしますので。10分程度、応接室でお待ちください」

 

そう言われたので仕方なく、応接室へと向かうハジメ達と、カフェの奥の席で宿屋を脳内検索するリシーに分かれた。

 

 

 

それからきっかり10分。

応接室で待機していたハジメ達の元に、金髪オールバックに鋭い目つきの30代後半くらいの男性とドットがやってきた。

 

「初めまして。冒険者ギルド、フューレン支部支部長『イルワ・チャング』だ。君たちがハジメ君、シノブ君、ユエ君、シア君、セレナ君……でいいかな?」

 

簡潔な自己紹介のあと、ハジメ達の名を確認がてら呼び、握手を求める支部長イルワ。

代表してハジメが握手に応じる。

 

「あぁ、構わない。名前は手紙に?」

 

「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目を掛けられている……というよりも注目されているようだね。将来有望、但しトラブル体質なので、出来れば目を掛けてやってほしいという旨の内容だったよ」

 

「トラブル体質…」

 

「トラブル体質ねぇ…」

 

そう言って互いに視線を向けるハジメと忍。

 

「なんだよ?」

 

「なんだい?」

 

バチバチと微妙に火花を散らす2人。

暗にどちらがトラブル体質なのか、と言いたげだった。

 

「ともかく、先生が君達を問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以って君達の身分証明とさせてもらうよ」

 

どうやらキャサリンの手紙は物凄く有用な手段であった。

随分と信用があると認識出来た。

しかもイルワは"先生"と呼んでる辺り、そこそこ濃い付き合いの関係もあるようだ。

 

「あの~、キャサリンさんって何者なんでしょう?」

 

おずおずといった感じでシアがイルワに尋ねる。

 

「ん? 本人から聞いていないかい? 彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の5、6割は先生の教え子なんだ。私もその内の1人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいってね。彼女の結婚発表は蒼天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が…」

 

それを聞き…

 

「はぁ~、そんなに凄い人だったんですねぇ~」

 

「……キャサリン、凄い」

 

「確かにの人柄は人気がありそうね」

 

「キャサリン姐さん、マジパネェ」

 

「只者じゃないとは思ってはいたが……思いっきり中枢の人間だったのか…」

 

改めてキャサリンの凄さを感じていたとか…。

 

「まぁ、それはそれとして、問題ないならもう行ってもいいよな?」

 

という具合に席を立とうとした時…

 

「少し待ってくれるかい?」

 

イルワの瞳の奥が光り、ドットに目配せすると、ドットが持っていた依頼書をハジメ達の前のテーブルに置く。

 

「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」

 

「断る」

 

イルワの依頼を即断ると再び立ち上がろうとする。

 

「ふむ。話だけでも聞いてくれないかな? 聞いてくれたら、今回の件は不問とするのだが…」

 

「………………」

 

「親友。聞くだけならタダだ。不問にしてくれる可能性があるなら聞こておこうぜ?」

 

「ちっ…」

 

イルワの言葉に忍の説得もあってソファに座り直すハジメだった。

 

「聞いてくれるようだね。ありがとう」

 

「……流石、大都市のギルト支部長。いい性格してるよ」

 

「君も大概だと思うけどね。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の1人の実家が捜索願を出した、というものだ」

 

イルワの依頼は要約すると、つまるところこうだ。

 

最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。

北の山脈地帯は一つ山を越えるとほとんど未開の地となっており、大迷宮の魔物程ではないが、それなりに強力な魔物が出没するので、高ランクの冒険者がこれを引き受けた。

但し、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人間が些か強引に同行を申し込み。紆余曲折あって臨時パーティーとして組むことになった。

 

この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男『ウィル・クデタ』という少年なのだが、伯爵家は家出同然で冒険者になると飛び出したその三男の動向を密かに追っていたらしい。

で、今回の調査依頼に出た後、三男に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したという。

 

「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど、手数は多い方がいいとギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練れでね。彼等に対処出来ない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ、二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」

 

「前提として、俺達にその相応以上の実力ってやつがないとダメだろう? 生憎と俺達は"青"だぞ?」

 

「(とは言え、そんなんで逃げれるとは思えないけどな…)」

 

イルワの説明を聞き、ハジメは言い訳をするが、忍はここまで来たら無駄だと思った。

 

「さっき"黒"のレガニドを瞬殺したばかりだろう? それに………ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何というのかな?」

 

「! 何故知って………手紙か? だが、彼女にそんな話は……」

 

ハジメ達がライセン大峡谷を探索してた話は誰にもしていない。

だが、手紙に書かれていたということはキャサリンはその情報をどこからか入手したことになる。

ハジメが頭を捻っていると…

 

「あの~、話が弾みまして……てへ?」

 

発信源が自白した。

 

「あとでお仕置きな」

 

ハジメの無慈悲な宣告である。

 

「!? ゆ、ユエさんやセレナさんもいました!」

 

「……シア、裏切り者」

 

「わ、私はやめとけって言ったわよ?」

 

「2人には俺からお仕置きだ」

 

「セレナは俺が担当な」

 

口は禍の元とはよく言ったものだ。

お仕置き宣言にユエとシアが内心震え、セレナも自分の体を抱き寄せていた。

 

「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね。出来る限り早く捜索したいと考えている。どうかな? 今は君達しかいないんだ。引き受けてもらえないだろうか?」

 

「ふむ…」

 

ハジメが逡巡してる合間に…

 

「友人の息子が無理矢理パーティーに組み込まれた。イルワさん、アンタもしかして…」

 

忍が何やら不審な点があると思って、その部分を突いてみると…

 

「……鋭いな。そうだ。ウィルにあの依頼を勧め、パーティーにも話を通したのは私だ。異変の調査と言っても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出てなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね。しかし、残念ながら本人にその資質は無かった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟ってほしかった。冒険者は無理だと。昔から私に懐いていてくれて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに…」

 

そんなイルワの独白に…

 

「ふぅ…アンタもまたまどろっこしいことを…」

 

忍は呆れたように呟く。

 

「…………………」

 

イルワは黙って忍を見る。

 

「そんなまどろっこしいことをするくらいなら最初から言えばいいものを…君には資質がない、ってな」

 

「忍?」

 

いつもらしからぬ声音で言葉を発する忍にハジメも少なからず驚く。

 

「そんなこと、言える訳がないだろ!!」

 

イルワが怒鳴るが…

 

「最後まで聞けよ。資質がなくたって、冒険者に関わる仕事は山のようにあるだろうに…」

 

しかし、忍は怒鳴るイルワを真っ向から見返し、そう言ってのけた。

 

「なに?」

 

「別に冒険者になれなくても"冒険者に関わる仕事"を教えることは出来たんじゃないのか? 特にアンタはギルド支部長なんだろ? その伝使ってそのウィルってやつに紹介してもいいだろうに…」

 

「だが、彼は貴族だ。そんなこと…」

 

「関係ねぇよ。やりたいことがあって挫折しようが、他の似たような道を指し示すことは出来たんじゃないのか?」

 

「それは…」

 

「ま、これ以上はアンタの事情には口出ししないさ。だが、そういう道もあるってのを覚えておけよ。あとは、アンタがどうするかってだけだ」

 

「…………………」

 

「ま、それも相手が生きてればの話だがな」

 

「っ…」

 

まさか、この歳になって諭されるとは思ってもみなかったのか、イルワは苦い表情をする。

 

「親友。この依頼、受けようぜ?」

 

「ギルドの後ろ盾を獲得するチャンスでもあるか」

 

忍の意外な部分を垣間見ながらもハジメはそんな風に呟くと…

 

「引き受けてもいいが、二つ条件がある」

 

ハジメが条件を提示した。

 

「条件?」

 

「あぁ、そんなに難しいことじゃない。こっちの3人にステータスプレートを作ってほしい。そして、そこに表記された内容について他言無用を確約すること。さらに、ギルド関連に関わらず、アンタの持つコネクションの全てを使って、俺達に便宜を図ること。この二つだな」

 

「「………………」」

 

その要求にイルワはもちろん、ドットも絶句する。

 

「……何を要求するつもりだい?」

 

「そんなに気負わないでくれ。俺達だって無茶な要求はしない。ただ…そうだな、強いて言うなら教会と敵対した時に味方になってくれればいい」

 

「「なっ!?」」

 

その要求に揃って声を上げるイルワとドット。

 

「秘書長さんは見たよね? 俺のステータスプレート。公になると困るけどさ…知られたら絶対に教会とかに目を付けられるわけよ。だって俺…天職が『反逆者』だもん」

 

少しだけ覇気を発動させると、忍はニヤリと笑う。

 

「そ、それは…」

 

「別に表立って擁護しろとは言わない。ただ、指名手配されたとしても、施設の利用を拒まないとか。そういう影ながらの支援をしてほしいんだよ」

 

ハジメの言葉に忍の覇気も受けているだろうイルワは…

 

「………いいだろう。但し、犯罪に加担するような案件には応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私が判断する。だが、出来る限り君達の味方になると約束しよう。それに、教会と敵対するかもしれないという君達の秘密に個人的な興味も湧いてきた。先生が気に入った人物だ。そういう意味でも気にはなる。どうかな?」

 

「OKだ。それで構わない。報酬は依頼を達成した時でいい。お坊ちゃん自身か、遺品辺りを回収すればいいな?」

 

「あぁ、それで構わない。秘密の方は後のお楽しみに取っておくとしよう。どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてくれ。その後は…今度こそちゃんとウィルと向き合おうじゃないか。頼んだよ、ハジメ君、シノブ君、ユエ君、シア君、セレナ君」

 

そう言ってイルワは真剣な眼差しで5人を見ると、深く頭を下げた。

 

「あいよ」

 

「任せな」

 

「……ん」

 

「はいっ」

 

「善処するわ」

 

気負いのない返事を返し、一行は依頼書や件の冒険者達の資料、紹介状などを一通りを受け取ってから応接室から出て行き、目的地を急遽変更して湖畔の町へと向かうのだった。

 

 

 

一行が去った後の応接室ではイルワとドットが話をしていた。

 

「支部長。よかったのですか? あのような報酬……」

 

「……ウィルの命が掛かっている。彼ら以外に頼める者はいなかった。仕方ないよ。それに考えたこともなかった…他の道を示すか。ウィルが貴族だからと遠慮していたのかな…………それに彼等に力を貸すか否かは私の判断でいいと彼等も承諾しただろう。問題ないさ。それよりも、彼等の秘密だ」

 

「ステータスプレートに表示される"不都合"ですか」

 

「ふむ、ドット君。知っているかい? ハイリヒ王国の勇者一行は皆、とんでもないステータスらしいよ?」

 

「っ!? 支部長は彼等が召喚された者……"神の使徒"だと? しかし、彼らはまるで教会と敵対するような口振りでしたし…第一、勇者一行は聖教教会が管理しているのでしょう?」

 

「あぁ、その通りだよ。でも…今からおよそ4か月前、その内の2人がオルクスで亡くなったらしいよ。奈落の底に魔物と一緒に落ちて、ね」

 

「……まさか、その2人が生きていたと? 4か月前と言えば、勇者一行もまだまだ未熟だったはずでしょう? オルクスの底がどうなっているのかは知りませんが、とても生き残るなんて……」

 

「そうだね。でも、もし、そうなら…彼等は何故、仲間と合流せずに旅なんてしてるんだろうね? 彼等は一体、闇の底で、何を見て、何を得たんだろうね?」

 

「何を、ですか…」

 

「あぁ、それがなんであれ。きっとそれは教会と敵対することも辞さないという決意をさせるに足るものだ。それは取りも直さず、世界と敵対する覚悟があるということだよ」

 

「世界と……」

 

「私としては、そんな特異な人間とは是非とも繋がりを持っておきたいね。例え、彼らが教会や王国から追われる身となっても、ね。もしかすると、先生もその辺りを察して、わざわざ手紙なんて持たせたのかもしれないよ」

 

「支部長……どうか、引き際は見誤らないでくださいよ?」

 

「あぁ、もちろんだとも」

 

ドットの言葉に答えると、イルワは窓の外を見た。



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第二十四話『思わぬ再会』

広大な平原のど真ん中に北へ向けて真っ直ぐ伸びる街道。

街道とは言え、そこは何の整備もされていない、人や馬車の踏みしめたことで自然と雑草が禿げて道となったものである。

 

そこをひた走る二つの影がある。

シュタルフとアステリアだ。

搭乗者はもちろん、ハジメ達だ。

いつものようにシュタルフはハジメが、アステリアは忍が運転し、ハジメの前にユエと後ろにシア、忍の後ろにセレナが乗っている。

ライセン大峡谷のように魔力分解作用がないため、十全に発揮されるその速度は実に時速80キロは出ていそうだった。

 

天候は快晴。で暖かな日差しが降り注ぎ、ユエと忍の魔法で風圧を調整しているから絶好のツーリング日和とも言えなくない。

 

「このペースなら後1日で到着するだろうな」

 

「だな」

 

ハジメの左隣を走る忍が頷く。

 

ウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い町まで残り1日という距離まで来ていた。

このまま休憩を挟まず、一気に進み続ければおそらくは日が沈む頃には目的地に到着すると考えていた。

なので、一晩その町で宿を取って休息して、明朝から捜索を始めようと予定を立てていた。

こんなにも急ぐ理由は、時間が経てば経つほど、ウィル一行の生存率が低くなるからだ。

 

「……積極的?」

 

「まぁ、生きてるに越したことはないからな。その方が感じる恩はデカい。これから先、国やら教会やらとの面倒事は嫌ってくらい待ってそうだからな。盾は多い方がいい。いちいちまともに相手なんてしたくねぇし」

 

「ハッハッハッ、親友らしいねぇ」

 

「……なるほど」

 

ハジメの答えに忍は笑い、ユエは納得したように頷く。

ちなみにシアは夢心地、セレナも忍にしがみつきながらうたた寝をしている。

 

「それに聞いたんだが、これから行く町は湖畔の町で水源が豊かなんだと。そのせいか、町の近郊は大陸一の稲作地帯なんだそうだ」

 

「やっふぅ~! それだけでも少しテンションが上がるぜ!」

 

「……稲作?」

 

忍は変な雄叫びを上げ、ユエは首を傾げる。

 

「おう。つまり、米だ、米。俺達の故郷…日本の主食だ。こっちに来てから一度も食ってないからな。同じものかどうかはわからないが、早く言って食ってみたい」

 

「だな! やっぱ、日本人たる者、米を食わにゃ!」

 

何やら珍しく賑やかな2人を見てユエもつられて笑みを浮かべる。

 

「……ん、私も食べたい。町の名前は?」

 

「湖畔の町『ウル』だ」

 

………

……

 

そうして一行は予定通り、日が沈む頃に湖畔の町『ウル』に到着していた。

宝物庫にシュタルフとアステリアを格納し、まずは町長の元へと向かい、イルワからの紹介状を渡して事情を説明した。

明朝捜索に出る旨を話した後、ハジメ達は宿『水妖精の宿』へと足を向けていた。

 

「ハッハッハッ、それにしても楽しみだな、親友」

 

「あぁ、この世界に来てから一番の楽しみかもな」

 

「そこまでなの?」

 

2人の妙な浮かれっぷりにセレナが首を傾げる。

扉を開けて受付を済ますと、そのまま一階のレストランへと向かう。

 

「そういうもんなの。日本人たる者、やっぱ米を食わにゃね!」

 

「お前。それ、さっきも言ってたろ?」

 

「ハッハッハッ、親友だって内心思ってることだろ?」

 

「まぁ、否定はしねぇけどな」

 

「むむむ、ユエさん、ユエさん! なんだかハジメさんがシノブさんと良い雰囲気に!」

 

「なってねぇよ、バカヤローが」

 

「こういうのは意気投合というのさ」

 

「忍、浮かれ過ぎなんじゃない?」

 

「……ハジメも、なんか楽しそう」

 

そんな会話をしながらカーテンが引かれている一角を通り過ぎようとした時…

 

シャァァァ!!

 

突然、カーテンが思いっきり開け放たれ、驚いた一行は立ち止まってしまう。

 

「南雲君! 紅神君!」

 

カーテンの向こうから聞こえてきたのは…ハジメと忍の"苗字"を呼ぶ女性。

 

「おや?」

 

「あぁ?」

 

2人揃ってその女性を見ると…

 

「「先生?」」

 

声を揃えてそのように呟いていた。

 

そう、その女性とは『畑山 愛子』。

社会科教師であり、稀少な天職『作農師』を持つ転移組の保護者役である。

よくよく見ると、席にはハジメのクラスメイトの生徒数人と、騎士風の男達も数名いた。

 

「南雲君、それに紅神君も……生きて、いたんですね? 本当に生きて…」

 

目の端に涙を浮かべる愛子に対し…

 

「いえ、人違いです。では…」

 

「へ?」

 

ハジメが即座に否定して踵を返す。

その様子を見てやれやれと肩を竦める忍は少し静観していた。

 

「ちょっと待ってください! 南雲君ですよね? 先生のことを"先生"と呼びましたよね? どうして、人違いだなんて…」

 

「あ~、そりゃあれだ。聞き間違いだ。そう…方言で"ちっこい"って意味の"センセェ"と間違えたんだよ、うん」

 

「それはそれで物凄く失礼ですよ!? ていうか、そんな方言ありません! なんで誤魔化すんですか? 紅神君も何か言ってください!」

 

ハジメがはぐらかすので愛子の標的が忍に移行した。

 

「ハッハッハッ、親友。今のはないだろ。流石に見逃されないと思うぜ?」

 

「その笑い方はやっぱり紅神君ですね! それに親友ってことは南雲君じゃないですか!」

 

そんな愛子の言葉にハジメはガリガリと頭を掻いていた。

笑い方で認識された忍的には微妙な心境だったが…。

 

すると…

 

「……ハジメが困ってるから、少し落ち着いて」

 

ユエが愛子にそう言って間に入る。

 

「うっ…」

 

確かに冷静さを欠いていたと思い、僅かに怯む。

 

「……すみません、取り乱しました。改めて…南雲君と紅神君ですよね?」

 

そして、少し深呼吸してから改めてハジメと忍に視線を向けて問い直す愛子に…。

 

「……あぁ、久し振りだな。先生」

 

「ハッハッハッ、実際いつ振りよ? 愛ちゃん先生もお変わりないようで」

 

ハジメも忍もそのように返していた。

 

「やっぱり、やっぱり南雲君と紅神君なんですね……生きて、いたんですね……」

 

再び涙を目の端に溜める愛子に、ハジメは肩を竦め、忍は後頭部に両手を回す。

 

「まぁな。色々あったが、なんとか生き残ってるよ」

 

「右に同じく。親友と一緒に行動してたしな」

 

「よかった……本当によかったです」

 

それ以上の言葉が出てこない様子の愛子を一瞥すると、ハジメは近くのテーブルに歩み寄るとそのまま座席に座り、忍もやれやれといった具合にハジメの向かい側に座る。

ユエとシア、セレナもそれぞれハジメの両隣と、忍の右隣に座る。

シアとセレナが微妙に困惑していたが…。

 

「え~と…ハジメさん。いいんですか? お知り合いなんですよね? 多分ですけど……元の世界の……」

 

「忍も、その…いいの?」

 

「別に関係ないだろ。流石に現れた時は驚いたが、ま、それだけだ。元々、晩飯食いに来たんだし、さっさと注文しよう。マジで楽しみだったんだよ。知ってるか? ここのカレー……じゃ、わからないか。ニルシッシルっていうスパイシーな飯があるんだってよ。想像した通りの味なら嬉しいんだが…」

 

「だなぁ。他にも米関係の料理とかあんのかな? 有名なニルシッシルだけ頼むのももったいないし……親友、俺は別のやつ頼むわ。だから、一口やるから一口くれ、な?」

 

「ちっ、いいだろう。それで手を打ってやる」

 

「へっ、流石は親友。話がわかるな」

 

「……むぅ、そういうことなら私がハジメにあげる」

 

「あ、ユエさん、ズルいです! 私も別の料理を頼みますからハジメさんと交換しますぅ!」

 

「だ、だったら、私がニルシッシルを頼んで忍と交換するから、ね?」

 

という何とも微妙に甘ったるいような気もしないでもない会話を繰り広げていると…

 

ペシッ!

 

まるで何事もなかったかのように注文しようとするハジメ達に愛子がテーブルに歩み寄ると、優しくテーブルを叩いた。

『先生、怒ってます!』と言いたげな表情でハジメと忍を交互に見る。

 

「南雲君も紅神君も、まだ話は終わってませんよ? なに、物凄くナチュラルに注文をしようとしてるんですか?」

 

「あ、やっぱダメ?」

 

忍が愛子に向けてそう言うと…

 

「当たり前です! だいたい、こちらの女性達はどちら様ですか?」

 

そんな愛子の言葉に、後ろにいた生徒達や騎士風の男達も『うんうん』と頷いていた。

『面倒な…』と思いつつも、ハジメは愛子が持ち前の行動力を発揮して食い下がるだろうと想像したのか、仕方なく愛子に視線を戻す。

忍は椅子の背もたれに体を少し預けて視線を宙に彷徨わせた。

 

「依頼のせいで1日以上、ノンストップでここまで来たんだ。腹減ってんだから、飯くらいじっくり食わせてくれ」

 

「だねぇ~。飯時くらいゆっくりしたいよ」

 

「で、こいつらは………」

 

そう言ってハジメが視線をユエ達に向けると、ユエとシアが立ち上がり…

 

「……ユエ」

 

「シアです」

 

「……ハジメの女」

 

「ハジメさんの女ですぅ!」

 

それはもう、堂々とした名乗りをした。

 

「えぇ~…この流れやだぁ…」

 

セレナが唯一ついていけなさそうにしていると…

 

「こっちはセレナで……ふむ、今更ながら俺の女と言っていいのだろうか?」

 

「悩むくらいなら言わないで!///」

 

そう真剣に悩む忍にセレナは頬を染めて叫ぶ。

 

「お、女?」

 

その言葉に5人を順番に見ていく愛子。

その後ろで生徒達が驚愕の表情をする。

 

「おい。ユエはともかく、シアは違うだろ?」

 

「そんなっ! 酷いですよ、ハジメさん! 私のファーストキスを奪っておいて!」

 

「いや、いつまで引っ張るんだよ。あれはきゅ…『南雲君?』………なんだよ、先生?」

 

「おっと、これは雷様が落ちるかな?」

 

などと他人事のように呟いていると…

 

「女の子のファーストキスを奪った挙句、ふ、二股だなんて! すぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか! 紅神君も何も言わなかったんですか!? もしもそうなら…許しません! えぇ、先生は絶対に許しませんよ!! お説教です! そこに直りなさい、南雲君! 紅神君!」

 

「(なんか、俺にも飛び火してね?)」

 

「(知るかよ…)」

 

愛子がきゃんきゃん吠えている時に、念話で会話するハジメと忍だった。

 

 

 

愛子が散々吠えた後、宿のVIPルームへと案内されたハジメ達と愛子達。

そこで食事を取るハジメ達に対し、矢継ぎ早に質問の豪雨を浴びせる愛子達。

 

Q、橋から落ちた後、どうしたのか?

A、超頑張った(ハジメ)。親友となんとか合流した(忍)。

 

Q、何故2人して髪が白くなっているのか?

A、超頑張った結果(ハジメ)。色々あったんだよ(忍)。

 

Q、ハジメの眼はどうしたのか?

A、超超頑張った結果(ハジメ)。あんなことがあればなぁ(忍)。

 

Q、何故、すぐに戻らなかったのか?

A、戻る理由がない(ハジメ)。ま、戻ったところで互いの目的が違うんじゃね(忍)。

 

という具合の質問に対する投げやりな答えに…

 

「南雲君、真面目に答えなさい! 紅神君ももうちょっと詳しく教えなさい!」

 

愛子が頬を膨らませて怒る。

そんな迫力のない愛子の怒りにハジメ達は食事の感想を言い合っていた。

 

すると…

 

「おい、お前達! 愛子が質問しているのだぞ? 真面目に答えろ!!」

 

愛子専属護衛隊隊長『デビッド・ザーラー』がテーブルに拳を叩き付けると、そのように怒声を発してハジメ達を睨む。

 

「こっちは食事中だぞ? 行儀良くしろよ」

 

「騎士って行儀も知らないの? よくそれで護衛とか務まるよね」

 

ハジメと忍の投げやりな返答に顔を真っ赤にするデビッドはその矛先をシアとセレナに向ける。

 

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣人風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前達の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳やら尻尾を斬り落としたらどうだ? そうすれば少しは人間らしく…『黙れよ、おっさん』…ッ!?」

 

最後まで言い終わる前に忍の覇気がデビッドを襲い、息が詰まるのを感じる。

 

「礼儀だと? 口で負かされそうになったからって人の連れにケチつけようってか? テメェ、ホントに騎士かよ? 騎士の名が聞いて呆れるな。あぁ? どうなんだよ、"エセ騎士"様よ?」

 

ハジメの威圧のように忍もデビッドにピンポイントで覇気を叩き付けているが、口調に怒気が含まれていることからVIPルームにいるハジメ達以外の人間は戦々恐々としていた。

しかも忍は挑発するように"エセ騎士"という言葉を強調していた。

 

「き、貴様…!!」

 

キッと忍を睨むデビッドだが、忍の覇気を受けて得体の知れない力に怯えているようにも見えた。

 

ちなみにデビッドの言葉を受けたシアとセレナはすっかり委縮してしまっている。

そんな2人の手を握ったユエがデビッドに絶対零度の視線を向ける。

 

「……なんだ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!?」

 

忍から逃れる様にユエの視線に気づいたデビッドが噛みつくが…

 

「……小さい男」

 

「はっ! 逃げたか、腰抜けが…」

 

ユエと忍から嘲りの声が同時に響く。

 

ただでさえデビッドは神殿騎士にして重要人物の護衛を任される隊長を務めているのだ。

そこには自然と肥大化したプライドがあり、怒りで冷静さを失っていることも加わり、今の嘲りだ。

護衛隊の皆は愛子を慕っている。

それはデビッドも例外ではなく、その慕っている愛子の前で男としての器を嗤われ、完全にキレる。

 

「……いくら神の使徒だろうと、異教徒とつるむのであれば同罪! そこの獣風情と共に地獄に送ってやる…!!!」

 

そう言うと、デビッドは腰に帯剣していた剣に手をかけ、鞘から引き抜こうとする。

その様子に生徒達はオロオロし、愛子と他の騎士達が止めようとした時…。

 

ドパンッ!!

 

乾いた破裂音が『水妖精の宿』全体に響き渡ると同時に、今にも飛び出しそうだったデビッドの頭部が弾かれたように後方へ吹き飛び、凄まじい音を立てて壁に後頭部を激突させる。

そのせいで白目を剥き、ズルズルと崩れ落ち、手にしていた剣が放り出されて床に転がる。

 

その光景に誰もが硬直し、デビッドを見たままだった。

そこへ宿のオーナー『フォス・セルオ』が何事かとカーテンを開けて飛び込んできた。

が、その光景にフォスもまた硬直してしまう。

 

代わりにフォスが入ってきたことから愛子達が我を取り戻し、視線をデビッドから破裂音の発信源に向けられる。

 

そこにはドンナーを構えたハジメがいた。

一応、銃撃はしたが、非致死性のゴム弾であるので、デビッドは単純に気絶しただけだろう。

 

詳細はわからないものの、ハジメが攻撃したのを察知したのか、残りの騎士が剣に手をかけて殺気を放ちながら立ち上がろうとすると、それ以上の凄絶な殺気がハジメと忍から同時に騎士達に向けられる。

 

『ッ!?!?』

 

その二重の殺気に立ち上がることすら許されない騎士達と、殺気を向けられているわけではないのに顔を青ざめさせてガクガクと震える愛子と生徒達。

 

ハジメはわざとゴトッとという音を立たせてドンナーをテーブルに置くと…

 

「俺達はアンタらに興味がない。関わりたいとも、関わってほしいとも思ってない。いちいち、今までのこととか、これからのことを報告するつもりはない。ここは仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る。そこでお別れだ。あとは互いに不干渉でいこう。アンタらがどこで何をしようと勝手だが、俺達の邪魔だけはしないでくれ。今みたいに、敵意を持たれちまうと……つい、殺っちまうかもしれない」

 

「親友は本気だぜ? まぁ、かくいう俺も既に一線は越えてる。だからさ…出来ればそっとしておいてくれ。俺達には俺達の目的があるんだ」

 

遠慮のないハジメと優しさを含めた忍の言葉に誰も何も言えなかった。

 

「な、南雲…」

 

ただ、生徒の1人『園部 優花』だけはハジメに何かを言いたそうだったが…。

 

「(ありゃ? あの娘って確か…)」

 

そんな優花のハジメに向ける視線に忍は記憶を漁る。

 

「(というか、意外なとこで親友へのフラグが建ってる?)」

 

結局、思い出せなかったが、忍はハジメが知らず知らずのうちに優花へのフラグを建てていることへの驚きが強かったようだ。

 

「おい、シアに狼女。これが"外"での普通なんだ。気にしてたらキリがないぞ?」

 

「はぃ、そうですよね……わかってはいるんですけど……やっぱり、人間の方には、この耳は気持ち悪いんでしょうか?」

 

「わかってるわよ……今までが特殊だっただけ。これが普通なのよね…」

 

ブルックが比較的友好的、フューレンでは値踏みされてただけだったので、デビッドの暴言が近いのだと思い知ってシアもセレナも落ち込んでいた。

 

「……シアのうさ耳は可愛い」

 

「ユエさん、そうでしょうか?」

 

ユエの慰めにも自信なさげなシアに…

 

「あのなぁ、こいつらは教会やら国の上層に洗脳じみた教育をされてるから忌避感が半端ないだけだ。兎人族は愛玩奴隷としての需要が高いんだろう? なら、一般的には気持ち悪いなんて思われてねぇんだよ」

 

ハジメがフォローを入れる。

 

「セレナの耳も尻尾も俺は好きだぞ?」

 

セレナへのフォローは忍が担当しているが、ハジメに比べると結構直球だった。

 

「うぐっ…相変わらず、人の気も知らないで…///」

 

忍の直球に頬を赤くするセレナを横目に…

 

「そう、でしょうか? あ、あの、ちなみにハジメさんは……どう思いますか? 私のうさ耳」

 

シアも出来れば忍のように直球気味に言われたいが、そこはハジメである。

 

「……別に、どうも……」

 

と素っ気なく答えていた。

ところが…

 

「……ハジメのお気に入り。シアが寝てる時にいつもモフモフしてる」

 

「ユエ!? それは言わない約束だろう!?」

 

「相変わらず親友は不器用だな~」

 

「は、ハジメさん…私のうさ耳、お好きだったんですね。えへへ…」

 

ユエの裏切りでハジメの密かな楽しみが暴露され、それを暖かい目で見るユエと忍、嬉しそうにうさ耳を動かすシア、呆れた表情をするセレナといつもの調子を取り戻していた。

 

その光景を見て…

 

「あれ? 不思議だな。さっきまで南雲と紅神のことマジで怖かったのに…今は殺意しか湧いてこねぇ」

 

「お前もか。つか、あの3人、めっちゃ可愛いんですけど……ドストライクなんですけど……なのに、目の前でイチャつかれるとか、拷問なんですけど」

 

「……南雲の言う通り、何をしていたかなんてどうでもいい。だが、異世界の女の子と仲良くなる術だけは……聞き出したい!」

 

上から男子生徒の『相川 昇』、『仁村 明人』、『玉井 淳史』が変なやる気を出し、それを横で見てた女子生徒3人が物凄く冷たい目を男子達に向ける。

 

「(わかる。凄くわかるよ。君らの気持ち…)」

 

忍は理解を示していたが、口には出さなかった。

奈落の底で味わったあの拷問の日々を思い出したのかもしれない。

 

そんな中、護衛騎士の副隊長『チェイス・ドミノ』がデビッドの治療を他の騎士に任せるとハジメに話し掛ける。

 

「南雲君と紅神君でいいでしょうか? 先程は隊長が失礼しました。何分、我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関することになると、少々神経が過敏になってしまうのです。どうか、お許し願いたい」

 

チェイスの謝罪にハジメと忍は適当に手をひらひらと振って答えた。

 

「……そのアーティファクト、でしょうか? 寡聞にして存じないのですが、相当強力な代物とお見受けします。弓より早く強力にも関わらず、魔法のように詠唱も陣も必要ない。いったい、何処で手に入れたのでしょう?」

 

若干そのおざなりな返答に思うところはあったものの、それを我慢して微笑んでいるように見せて、眼は全く笑っていないチェイスが尋ねる。

 

ハジメと忍が互いに一瞬だけ目配せしてからハジメが改めてチェイスを見て何かを言おうとした時…

 

「そ、そうだよ、南雲! それ銃だろ!? なんで、そんなもん持ってんだよ!?」

 

淳史が興奮した様子でハジメに問うた。

 

「"じゅう"? 玉井は、アレが何か知っているのですか?」

 

「え? あ、あぁ。そりゃあ、知ってるよ。俺達の世界の武器だからな」

 

その淳史の答えにチェイスの眼が光る。

 

「ほぅ。つまり、この世界に元々あったアーティファクトではないと。とすると、異世界人によって作製されたモノ……製作者は当然…」

 

「俺だな」

 

あっさりと銃の製作者は自分だと公言するハジメ。

 

「あっさりと認めるのですね。南雲君、その武器が持つ意味を理解していますか? それは…」

 

「この世界の戦争事情を一変させる、だろ? 量産が出来ればな。大方、言いたいことはやはり戻って来いとか、せめて製作方法を教えろとか、そんな感じだろ? 当然、全部却下だ。諦めな」

 

取り付く島もないハジメの言葉に、チェイスは食い下がる。

 

「ですが、それを量産出来れば、レベルの低い兵達も高い攻撃力を得ることが出来ます。そうすれば、来たる戦争でも多くの者を生かし、勝率も大幅に上がることでしょう。あなたが協力することで、お友達や先生の助けにもなるのですよ? ならば……」

 

「なんと言われようと、協力するつもりはない。奪おうというなら敵とみなす。その時は……戦争前に滅ぶ覚悟をしろ」

 

ハジメの静かな言葉に全身を悪寒に襲われつつも、チェイスは諦めきれないのか標的を忍に移す。

 

「紅神君はいかがですかな? 親友なのでしょう? 彼に協力するように説得を…」

 

「こんな言葉を知ってるかい? "過ぎたる技術は毒にもなりうる"って…」

 

「どういう意味ですかな?」

 

「要するに、その世界に住む人間にとって過ぎた技術は、確かに生活を豊かにする薬になると同時に使い方を一歩間違えれば、世界を滅ぼす毒にもなるってことさ。仮に銃で戦争が終わったら? その銃を用いて今度は人同士の争いだ。戦争に勝っても、次の争いで被害が広がる。そうして、何も知らない子供に銃を持たせて暗殺とかな? 目先の益よりも、今後起こるだろう火種になるくらいなら、最初から教えない方がいい。俺は親友だからこそ説得はしない。親友がそのことを一番理解してると信じてるからな」

 

「……………………」

 

忍の具体的な内容の言葉にチェイスが押し黙る。

 

「な、南雲君も紅神君も過激なことを言わないでください。もっと穏便に……南雲君も紅神君も、本当に戻ってこないつもりなんですか?」

 

その間に割って入るように愛子が口を挟む。

 

「あぁ、戻るつもりはない。明朝、仕事に出て依頼を果たしたら、そのままここを出る」

 

「悪いね、愛ちゃん先生。親友も俺もまだ道半ばなんだよ」

 

そう答えると、2人は同時に席を立った。

見ればハジメ達は全員食事を終えていたのだ。

愛子達に背を向けてVIPルームから出て行こうとするハジメ達の背中に…

 

「どうして……」

 

愛子の悲痛な問いが投げかけられたが、それに答えることなくハジメ達は二階へと上がっていった。

 

残された愛子達の間には、何とも微妙な空気が流れたのだった。

 

死んだと思っていたハジメと忍の生存。

その衝撃もあるだろう。

しかし、忍はともかく、ハジメの豹変っぷりに誰もが何と言っていいのかわからなかった。



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第二十五話『苦悩と捜索と絶望』

その夜。 

皆が寝静まった深夜のことだ。

 

「…………………」

 

愛子は1人部屋でソファに座って火の入っていない暖炉をなんとなしに見ていた。

 

ハジメと忍が生きていたことは素直に嬉しいと感じる反面、2人の非友好的…特にハジメの無関心な態度を思い出して眉を八の字にする。

デビッドの言動によって垣間見たハジメの力に、そのような変貌をしなければ生き残れなかったかもしれないと、ハジメが経験したであろう苦難と、それと同様な状況にいながらも前の面影が残っている忍との違いに思いを馳せたり、何の助けにもなれなかったことに溜息を吐く。

しかし、その後に見せた3人の女の子とのやり取りに信頼出来る仲間を得ていることに頬を緩ませる。

 

そんな風に愛子が思い悩んでいると…

 

「なに、1人百面相してるんだ、先生?」

 

「色々悩み事でもあるんでない?」

 

「っ!?」

 

突如としてそんな声が聞こえてきて、ギョッとしたようにそちらを向ければ、入り口の扉に背中を預けながら腕を組むハジメと、後頭部に両手を回して体をユラユラと左右に振る忍の姿があった。

 

「な、南雲君に、紅神君? な、なんでここに…どうやって…?」

 

「どうやってと言われると…普通にドアからとしか答えられないが…」

 

「えっ? でも、鍵が…」

 

「俺の天職は錬成師だぞ? 地球の鍵でもあるまいし、この程度の構造の鍵なら問題なく開けられる」

 

「ハッハッハッ、親友がどんどん犯罪者になってきて俺はどうしたらいいのかわからんぜ」

 

飄々とした答えのハジメと忍に愛子はしばらく呆然としていたが、眉を顰めて咎めるような表情になった。

 

「こんな時間に、しかも女性の部屋にノックもなしでいきなり侵入とは感心しませんよ。わざわざ鍵まで開けて……いったい、どうしたんですか?」

 

そう言って愛子が2人を見ると…

 

「そこは悪かったよ。他の連中にこの訪問を見られたくなかったんだ。先生には話しておきたいことがあったんだが、さっきは教会やら国の連中がいたから話せなかったんだよ。内容的に、あいつ等は発狂でもして暴れそうだったからな」

 

「俺は単なる付き添いさ。ま、親友の話す内容は知ってるし…ほら、1人よりも2人の方が信憑性も高いっしょ?」

 

「お話ですか? 南雲君達は、先生のことはどうでもよかったんじゃ……」

 

そこまで言って『もしかして戻ってきてくれるの!?』と目を輝かせていると…

 

「いや、戻るつもりはないからな? だから、そんな期待した目で見るのはやめてくれ。今から話す内容は…先生が一番冷静に受け止められるだろうと思ったから話すんだ。聞いた後にどうするかは先生の判断に任せる」

 

「悪いね。俺達が戻ったところで聖教教会には従えないんだよ。従うつもりもないしな」

 

そんな前置きを2人して言うので、ガッカリしたように愛子がすると…

 

「先生。この世界の神は狂っている」

 

開口一番、ハジメはそこから語り始めた。

真のオルクス大迷宮の最下層…オスカーの住処でオスカーの記録から聞いた今は反逆者と言われている"解放者"と狂った神の遊戯についてを…。

 

ハジメと忍が愛子にこの話をすると決めたのには理由がある。

神の意志に従って勇者である光輝達が盤上で踊ったとしても、彼等の意図した通り神々が元の世界に帰してもらえるとは思えなかった。

魔人族との戦争に勝ったとしても、そのまま『はい、そうですか』と帰す保証がない。

特に『勇者』という面白い駒を…道楽で戦争をしているような神々が簡単に手放すとは思えず、むしろ新たなゲームの駒として利用すると考えた方が妥当だ。

 

ただ、ハジメも忍もこの話を、神の使徒と言われてる生徒達…特に光輝に言うつもりはなかった。

ハジメにとってはクラスメイトの行く末に興味はなかったし、忍も光輝にはあまり良い感情を抱いていないので、恐らく言っても無駄だと思っているからだ。

正義感と思い込みの塊のような男が、ハジメや忍の言うことを信じるとは思えなかった。

 

たった2人の、しかも片方は変貌した少年とその親友を自負する少年の言葉と、大多数の救いを求める声。

光輝がどちらを信じるかなど考えるまでもない。

間違いなく、大多数の救いの声を取り、それが正しいことだと言うに決まっている。

そして、大勢の人が崇める『エヒト様』を愚弄したとして非難されるのがオチだろう。

 

だが、偶然出会い、再会した愛子は違う。

愛子の行動原理が常に生徒を中心にしていることを、ハジメも忍も知っている。

つまり、異世界の事情に関わらず、生徒のために冷静な判断が可能で、日本での慕われ具合や今日の生徒達の態度から、愛子が話したのならきっと彼女の言葉は光輝達にも影響を与えると、2人は考えた。

 

その結果、彼等の行動にどのような影響が出るかはわからない。

だが、この情報によって光輝達が神々の意図するところは異なる動きをすれば、それだけ神の光輝達への注意が増すはず。

ハジメは大迷宮の攻略の旅中で、自分達が酷く目立つ存在だと推測しており、最終的には神々から何らかの干渉を受ける可能性を考えていた。

なので、間接的に信頼ある人物から情報を伝えてもらうことで、光輝達の行動を乱し、神から受ける注目を遅らせる、ないし分散させる意図があった。

これは忍も同意・賛成している。

 

また、神に縋る以外の方法且つ、ハジメ達とも異なる帰還を探ってくれるのではないかという意図も僅かにあった。

さらに"解放者"の例もあるので、その再現をされぬように光輝達には神への不信感を植え付けることで楔を打ち込むという意図もある。

 

もっとも、この考えは偶然愛子と再会したから思いついたものである。

ハジメはクラスメイトに対して恨みも憎しみもなく、ただひたすらに無関心になっていた。

忍の場合、隣のクラスでハジメのクラスメイトというだけなので、特に愛着があるわけでもないから多少の関心はあってもホントに多少であり、今は深く関わろうとは思ってない。

そのため、利用出来ればそうするし、役に立ちそうにないなら放置するスタンスを取る。

今回は、たまたま利用出来ると思ったので、情報を開示したに過ぎなかった。

 

ハジメからこの世界の真実を知らせられ、呆然とする愛子。

 

「まぁ、そういう訳だ。俺達が奈落の底で知ったことはな。これを知ってどうするかは先生に任せるよ。戯言と切って捨ててもよし、真実として行動を起こすもよし。好きにしてくれ」

 

「な、南雲君達は…もしかして、その"狂った神"をなんとかしようと……旅を?」

 

「ハッ! まさか。この世界がどうなろうと心底どうでもいい。俺達は俺達なりに帰還の方法を探るだけだ。旅はそのためのものだよ。教えたのは、その方が俺達にとって都合が良さそうだっただけだ」

 

「ま、その神とやらが帰還の邪魔をするなら、噛み砕くだけだけどな」

 

その2人の答えに微妙な表情をする愛子。

 

「当ては、あるんですか?」

 

「まぁな。大迷宮が鍵だ。興味があるなら探索してみたらいい。オルクスの100層を越えれば、めでたく本当の大迷宮だ。もっとも…今日の様子を見る限り、行ってもすぐに死ぬと思うぞ。あの程度の"威圧"や"覇気"を受けて耐えられないようじゃ論外だ」

 

「だな。あの程度で竦んでちゃ、生きてはいけない。それが真の大迷宮だ」

 

「…………………」

 

愛子は夕食時のハジメと忍から放たれたプレッシャーを思い出し、どれだけ過酷な状況を生き抜いて来たのかと改めて2人に同情やら称賛やら色々なものが詰まった複雑な眼差しを向ける。

 

その眼差しを受け、揃って肩を竦めると話は終わったとばかりに入口へと足を向ける。

そんな時、愛子は1人の生徒のことを思い出していた。

 

「白崎さんは、諦めていませんでしたよ」

 

「…………………」

 

愛子の言葉にハジメの足が止まる。

 

「皆が南雲君は死んだと言っても、彼女だけは諦めていませんでした。自分の眼で確認するまで、南雲君の生存を信じると。今もオルクス大迷宮で戦っています。天之河君達は純粋に実戦訓練として潜っているようですが、彼女だけは南雲君を探すことが目的のようです」

 

「へぇ~?」

 

その言葉に忍は意外そうな声を漏らす。

この"意外そうな"というのは、他が死んだと判断した親友を未だ想っているのか、という意味だ。

 

「…………白崎は無事か?」

 

少し長めの沈黙の後、ハジメが背中越しに愛子に尋ねた。

そんなハジメの言葉に忍は笑みを浮かべ、愛子も喜色を浮かべる。

 

「は、はい。オルクス大迷宮は危険な場所ではありますが、順調に実力を伸ばして攻略を進めているようです。時折届く手紙にはそうありますよ。やっぱり、気になりますか? 南雲君と白崎さんは仲が良かったですもんね」

 

「(いや、ありゃ一方的に話し掛けてただけで、仲が良かったとは言い難いぞ?)」

 

愛子のどこか見当違いな言葉に内心忍はツッコミを入れるが、口には出さず苦笑を浮かべていた。

 

「そういう意味じゃないんだが……手紙のやり取りがあるなら伝えとくといい。あいつが本当に注意すべきは迷宮の魔物じゃない。仲間の方だと」

 

「…………………」

 

ハジメの言葉に忍はある男子生徒のことを思い出す。

 

「え? それはどういう……」

 

「先生。今日の玉井達の態度からだいたいの事情は察した。俺達が奈落に落ちた原因はベヒモスの戦闘、または"事故"ってことにでもなってるんじゃないか?」

 

「そ、それは……はい。一部の魔法が制御を離れて誤爆したと…………南雲君はやはり皆を恨んで……」

 

「そんなことはどうでもいい。肝心なのはそこだ。誤爆? 違うぞ。あれは明確に俺を狙って誘導された魔弾だった」

 

「俺は完全に自分から突っ込んだって訳か」

 

「え? ゆ、誘導? 狙って?」

 

ハジメの言葉に訳が分からないような表情の愛子にハジメは断言した。

 

「俺は、クラスメイトの誰かに殺されかけたってことだ」

 

「っ!?」

 

「(ま、俺は犯人の目星はつけてるが…今言うべきか?)」

 

顔面蒼白の愛子を見て忍は"やめとくか"と考え、口を閉ざしたままでいた。

 

「原因は白崎との関係くらいしか思いつかないからな。嫉妬で人一人殺すような奴だ。まだ無事なら白崎に後ろから襲われないように忠告しといてくれ」

 

そう言い残し、今度こそ退室するハジメと忍。

 

取り残された愛子は自分の体を抱き寄せるように抱き締めて苦悩するのだった。

 

そして、その帰り道…

 

「おい、忍。お前、犯人が誰か知ってるだろ?」

 

最後の話を愛子にした時の様子から忍は知ってると思って尋ねると…

 

「聞いてどうする?」

 

やはり知っているような口振りだった。

 

「別にどうもしねぇよ。激しくどうでもいいしな」

 

「そうかい。あの奈落へと落ちる時、俺は落ちる俺達を見て嗤ってる奴を見た。"檜山"だ」

 

それを聞き…

 

「……そうか」

 

興味無さそうに答える。

 

「ホントにどうでもよさそうだな」

 

「まぁ、あいつならさもありなんだ」

 

「白崎さん、無事だといいな?」

 

「………………今の俺にはユエがいる」

 

「……そうかい」

 

という会話をした後、それぞれの部屋に戻った。

その際、ユエとシアに預けていたセレナを伴って忍は部屋に戻ったりする。

 

………

……

 

そして、夜明け。

 

月の輝きが薄れ、東の空がしらみ始めた頃、ハジメ達はすっかり旅支度を整え終え、ウルの町の北門に向かっていた。

ちなみにそれぞれの手には朝食用に握り飯が入った包みを持っていた。

これは『水妖精の宿』のオーナー・フォスからの粋な計らいであった。

 

ウィル・クデタ一行が北の山脈地帯に調査に入り、消息を絶ってから既に5日。

生存は絶望的だが、万が一ということもある。

生きて帰せれば、イルワのハジメ達に対する心象は限りなく良くなるだろうから、出来るだけ急いで捜索するつもりだ。

幸いにも天気は快晴であり、捜索にはもってこいの日だ。

 

だが、北門に近付くにつれ、ハジメは気配を、忍は匂いを感じた。

しかも忍にとってはつい昨日感じた匂いだった。

 

そして、朝靄をかき分けて見えた先には…愛子と6人の生徒の姿があった。

 

「はぁ……なんとなく想像つくけど一応聞こう。何してんの?」

 

面倒くさいとばかりにハジメが尋ねると…

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多い方がいいはずです」

 

ハジメの一瞥に一瞬ビクッとしながらも毅然とした態度で愛子が言い放つ。

その周りに園部 優花、『菅原 妙子』、『宮崎 奈々』、玉井 淳史、相川 昇、仁村 明人が集まる。

 

「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。だが、一緒は断る」

 

「な、何故ですか?」

 

「単純に足の速さが違う。先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられないんだ」

 

見れば、愛子達の後ろには馬が人数分用意されていた。

が、馬とシュタルフ及びアステリアとでは速度が断然違う。

それを知らない優花がカチンときたのか、ハジメに食って掛かる。

 

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ? 南雲が私達のことをよく思ってないからって、愛ちゃん先生にまで当たらないでよ」

 

「はぁ?」

 

優花の物言いに呆れた表情を浮かべると、ハジメは宝物庫からシュタルフとアステリアを呼び出す。

 

『っ!?』

 

突如、虚空から大型バイクが2台も現れ、驚く愛子達。

 

「理解したか? お前等のことは昨日も言ったが、心底どうでもいい。だから、八つ当たりする理由もない。そのままの意味で移動速度が違うんだよ」

 

論より証拠と言った具合にハジメがそう言うと…

 

「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか?」

 

「まぁな。それじゃあ、俺等は行くから、そこを退いてくれ」

 

バイク好きの昇が興奮したように尋ね、おざなりにハジメが答える。

アステリアには既に忍が搭乗し、その後ろにセレナが乗っている。

それに倣ってハジメもシュタルフに搭乗しようとするが、そこで愛子が待ったをかけた。

 

「南雲君。先生は先生として、どうしても南雲君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。南雲君にとって、それは面倒なことではないですか? 移動時間とか、捜索の合間の時間でも構いませんから、時間を貰えませんか? そうすれば、南雲君の言う通り、この町でお別れできますよ。一先ずは」

 

そう言ってハジメを見る愛子の眼は真剣そのものだった。

 

「…………………」

 

ハジメは明るくなってきた空を見てからアステリアに乗る忍を見る。

 

「ハッハッハッ、俺等が先行していいなら話しててもいいけどよ。流石に範囲が広い。親友がいないと時間が掛かり過ぎるからな。こっちが折れた方がいいかもな」

 

と言っていた。

 

「ちっ、わかったよ。同行を許可する。と言っても、俺から話せることなんて殆どないけどな…」

 

「構いません。ちゃんと南雲君の口から聞いておきたいだけですから」

 

「はぁ…まったく、先生はブレないな。何処でも何があっても先生か」

 

「当然です!」

 

"むんっ!"と胸を張る愛子にハジメと忍が苦笑を浮かべる。

 

「……ハジメ、連れて行くの?」

 

「あぁ、この人はどこまでも"教師"なんでな。生徒のことに関しては妥協しない。放置しておく方が後で絶対面倒になる」

 

「ほぇ~、生徒さん想いの良い先生なんですねぇ~」

 

「人は見かけによらないものなのね」

 

ハジメが折れたことに驚くユエ、シア、セレナだった。

 

「でも、このバイクじゃ乗れても3人でしょ? どうするの?」

 

優花が尋ねると、シュタルフだけを宝物庫に格納すると、今度は魔力駆動四輪『ブリーゼ』を呼び出す。

外見はハマーに似ている。

 

『…………………』

 

「乗れない奴は荷台な」

 

愛子達が驚く中、ハジメが運転席に向かいながらそう言い残す。

ちなみに座席はベンチシートになっていて、運転席はハジメ、隣に愛子、その隣にユエが座り、後部座席には優花と妙子に挟まれたシアに奈々という女性陣が座り、荷台には残った淳史、昇、明人が乗っている。

忍はセレナと共にアステリアに搭乗しているので問題ない。

 

そうしてようやく北の山脈地帯へと出発する一行。

 

その道中で後部座席の女性陣は恋バナに興じ、前の席ではハジメと愛子が昨日の話の続きをしていた。

忍から聞いた犯人の名を一応推測の域程度で話していた。

そうこうしているうちに愛子は寝不足だったのでハジメに膝枕される形で眠ってしまったりもした。

 

………

……

 

北の山脈地帯。

標高1000メートルから8000メートル級の山々が連なったそこは、どういう訳か生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だった。

普段見えている山脈を越えても、その向こう側にはさらに山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっており、現在確認されているのは4つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域となっている。

しかも山を一つ越える度に魔物が強くなるという、まるで大迷宮を彷彿とさせる場所なのだ。

 

ハジメ達はその山脈の麓で一旦ブリーゼやアステリアから降りると、ハジメは生成魔法と重力魔法を組み合わせて作り上げた『無人偵察機』を4機ほど飛ばして周囲を探らせる。

忍も忍で匂いを確かめていたが、流石に5日も経っていると自然の匂いが強かった。

 

そこから1時間ちょっと。

山の六合目までをハジメ達の速過ぎる速度で登り、それに追いつこうと全力疾走気味になった愛子達。

当然ながらハジメ達にとっては特に平気だったのだが、愛子達の体力が限界にきて休憩を取るが、ハジメ達はそんなんお構いなしに川が流れてる方へと歩いていく。

 

そんな中…

 

「この匂いは…」

 

忍が何やら匂いを察知する。

 

「……………」

 

ハジメの方も何かに気付いたようだった。

 

そうして、ハジメ達が川の上流へと駆け出していくと、そこには…

 

「親友」

 

「あぁ、これは…」

 

小振りな金属製のラウンドシールドと、鞄が散乱していた。

 

「微かに血の匂いもする。ここで戦闘があったのか…」

 

そう言ってハジメ達が周囲を観察していると、セレナの先導で後続の愛子達が息を切らしながらやってくる。

 

周囲を観察していると、痕跡が上流へと続いて向かっているのがわかった。

 

「あ、ハジメさん。これ、ペンダントでしょうか?」

 

「ん? あぁ、遺留品かもな。確かめよう」

 

シアが見つけたペンダントを調べると、実はロケットであることが判明し、中には女性の写真が入っていた。

その後も遺留品の数々が見つかり、身元特定に繋がりそうな代物だけを回収していく。

 

そうして一行は八合目と九合目の合間にある場所までやって来ていた。

その間、魔物に遭遇しなかったことに不気味さを覚えていた。

 

そして、一行はある場所に到着していた。

そこは上流に小さな滝があるものの、水量が多く流れが激しく、本来なら真っ直ぐ流れているはずなのに、今は途中で大きく抉られて小さな支流が出来ていた。

その不自然な支流と周辺の異常を見て、ハジメ達は不審に思った。

 

「ここで本格的な戦闘があったようだな。この足跡、大型で二足歩行する魔物か? 確か、山二つ向こうにはブルタールって魔物がいたな。だが、この抉れ方は…」

 

「どう見ても放出系だよな。ブルタールって放出系なんて持ってないしな。そもそもこんなとこに来るか?」

 

「それもそうだよな」

 

ハジメと忍がそんな会話をいながら次の行き先を決める。

 

で、今度は川に沿って下っていくと、立派な滝を発見する。

 

「! これは…」

 

「……ハジメ?」

 

滝壺付近へと降り立ったハジメが声を上げる。

 

「おいおい、マジかよ。気配感知に掛かった。感じから言って人間だと思う。場所は、あの滝壺の裏だ」

 

「匂いじゃわからんが…………あ、ホントだ。なんか反応があった」

 

「お前、最近鼻に頼り過ぎだろ?」

 

「ハッハッハッ、面目ねぇ」

 

「つまり…生きてる人がいるんですね!」

 

ハジメと忍の会話でシアが驚きを含んで叫ぶ。

それは愛子達も同じのようだった。

まさか、失踪して5日経っても生き残りがいるとは…。

 

「ユエ、頼む」

 

「……ん」

 

ユエが滝壺の元へと歩いていくと…

 

「『波城』、『風壁』」

 

ユエが魔法を発動させると滝から流れる水が真っ二つに開く。

唖然とする愛子達を促して滝壺の裏へと向かう。

洞窟と言える滝壺の裏の空間は、入ってすぐ上の方へと曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。

天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜まりに流れ込んでいた。

 

その空間の一番奥に横倒しになっている男を発見した。

年の頃20歳くらいの青年だとわかり、端正で育ちの良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。

だが、大きな怪我はなく、鞄の中には未だ少量の食料があることから単純に眠っているだけのようだった。

 

そんな青年に向かい、面倒そうにしてたハジメは義手デコピンを敢行した。

 

バチコンッ!!

 

「ぐわっ!!?」

 

悲鳴を上げて青年が飛び起きる。

が、余程痛かったのか、額を押さえてのた打ち回っている。

 

「お前がウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男坊の」

 

「いっっ!? えっ、君達は一体、どうしてここに…………」

 

状況が分かってない青年が目を白黒していると、ハジメが再び義手をデコピンの形にする。

 

「質問に答えろ。答え以外の言葉が出る度に二割増しで上げていくからな?」

 

「えっ、えぇっ!?」

 

「お前は、ウィル・クデタか?」

 

「えっと、うわっ!? はい! そうです! 私がウィル・クデタです!」

 

ハジメが再びデコピンしようとして、慌てて青年…ウィルが答える。

 

「そうか。俺はハジメ。南雲 ハジメだ。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングの依頼で捜索に来た。(俺の都合上)生きていてよかった」

 

「イルワさんが!? そうですか。あの人が…また、借りが出来てしまったようだ……あの、あなたもありがとうございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

尊敬を含んだ眼差しと共に礼を述べるウィル。

そこで一通りの自己紹介も済ませると…

 

「それで、一体何があってこんなとこに?」

 

忍の疑問にウィルが答える。

 

5日前、五合目辺りでブルタール10体と遭遇して即座に撤退戦に移行したものの、何故かブルタールの数が増える一方だったという。

気づけば六合目の川の辺りに追い込まれたらしく、盾役と軽戦士が犠牲になった。

その後、大きな川まで行くと、今度は漆黒の竜が現れたらしい。

その黒竜はウィル達が川沿いに出た瞬間に特大のブレスを放ち、その余波でウィルは川に落ちて流された。

そして、ウィルが最後に見た時、1人はブレスで跡形もなく消し飛び、残る2人も挟撃されていたのだという。

ウィルはそのまま流されて滝壺に落ちると、この洞窟を見つけて隠れていたのだと。

 

こうして、今に至る。

 

「わ、わたしは…最低だ! うぅ、みんな死んでしまったのに、何の役にも立たない………私だけが…生き残ってしまった! それを……喜んでいる……私はっ!!」

 

涙を流しながらウィルの慟哭が洞窟に木霊する。

その様子に愛子達は何を言っていいのかわからなかった。

 

だが…

 

「…………………」

 

ハジメがウィルの胸倉を掴んで宙吊りにする。

 

「生きたいと思うことの何が悪い? 生き残ったことを喜んで何が悪い? その願いも感情も当然にして自然にして必然だ。お前は人間として、極めて正しい」

 

「だ、だが……私は……」

 

「それでも、死んだ奴等のことが気になるのなら……生き続けろ。これから先も足掻いて足掻いて死ぬ気で生き続けろ。そうすりゃあ、いつかは……今日、生き残った意味があったって、そう思える日が来るだろ」

 

「生き、続ける……」

 

涙を流しながらハジメの言葉を呆然と繰り返すウィルをハジメは乱暴に放り投げる。

 

「ま、生きてりゃ良いこともあるもんさね。確かに辛いが、その人達のことを覚えておくのも立派な供養さ」

 

そんなウィルの肩を叩いて忍が語り掛ける。

 

「はい…」

 

ウィルが頷くのを見ると、忍は満足そうな笑みを浮かべた。

 

そうして一行は下山することとなった。

確かに気になる点はいくつもあるが、足手纏いを連れたまま調査など出来るはずもなく、危険なことに変わりないのもあって愛子が反対し、日が暮れる前に下山することになったのだ。

 

そうして再度、ユエの魔法で滝壺を開いた時だった…。

 

『グゥルルルル…!!』

 

低い唸り声をあげ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より、金の眼で睥睨する…竜がいた。



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第二十六話『竜人族』

その竜の体長は7メートル程で、漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には5本の鋭い爪があり、背中からは大きな翼を生やしていて、薄っすらと輝いて見えることから魔力が纏われているようだ。

だが、それよりも印象的で目を引くのは…夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろうか。

爬虫類らしく瞳孔は縦に割れており、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。

 

その黄金の瞳が空中よりハジメ達を睥睨していた。

 

『グゥルルルル…!!』

 

そして、その口からは低い唸り声が聞こえてくる。

 

その圧倒的な迫力は、以前忍がライセン大峡谷で駆逐したハイベリアの比ではなかった。

ハイベリアも一般的には厄介なことこの上ない高レベルの魔物であるのだが、目の前の黒竜と比べてしまうと、まるで小鳥だ。

その偉容は、まさに空の王者というに相応しい。

 

蛇に睨まれた蛙の如く、愛子達は硬直してしまい、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうにしていた。

ハジメや忍も、川に一撃で支流を作ったという黒竜の遺した爪痕を見ているので、それなりに強力な魔物だと思っていたのだが、実際に目の前に現れた黒竜から感じる魔力や威圧感は、想像の三倍以上はいくと認識を改めていた。

ハジメや忍、ユエはオルクス大迷宮を攻略した経験から、奈落の魔物ではヒュドラよりも弱いが、それでも90階層クラスの魔物と同等くらいかと肌で感じていた。

 

その黒竜がウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。

そして、硬直する人間達を前に、徐に頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門を"ガバッ!"と開け、そこに魔力を収束し始めた。

 

「ッ!! 退避しろ!!」

 

その動作を見てハジメが叫び、ハジメ、ユエ、シア、セレナがすぐさまその場から逃げる。

 

「親友! 俺等はともかく、他は無理だぜ!」

 

そう叫んで忍は黒竜と愛子達の間に割り込み、左手で支えた右腕を黒竜へと向ける。

 

「忍!?」

 

「獄帝の力を使う! 何かしないよりはマシだろ!」

 

「チィッ!!」

 

舌打ちしたハジメが縮地を使って忍の後ろに戻り、宝物庫から2メートルほどの棺型の大盾を取り出して構える。

 

「闇の焔よ、隔てろ!!」

 

忍の右腕から黒い焔が燃え盛ると同時にそれが壁となる。

 

その直後、レーザーの如き黒いブレスが黒竜から一直線に放たれる。

音すら置き去りにして一瞬で忍の黒い焔の壁に衝突し、轟音と共に衝撃と熱波を周囲に撒き散らす。

 

「ぐっ…ぁああああ!!!」

 

その威力をなんとか凌いでいるが、忍の表情はかなり苦しそうだった。

それでも必死に後ろを守ろうと衝撃と熱波をその身に受けながらも耐えていた。

それに比例して忍の魔力も消費されていく。

10秒程度のブレスでも体感的に長く感じるほどだったが、それがまだ続いてる中…

 

「ユエ!! シア!!」

 

忍の後ろからハジメが叫ぶ。

 

「『禍天』」

 

すると、黒竜の頭上に直径4メートル程の黒く渦巻く球体が現れる。

直後、落下すると押し潰すように黒竜を地面に叩き付けた。

 

『グゥルァアアアッ!!?』

 

轟音と共に地べたに這いつくばらせられた黒竜は衝撃に悲鳴を上げながらブレスを中断させる。

しかし、渦巻く球体はそれだけでは足りないとでも言うかのように、消えることなく黒竜に凄絶な圧力を掛け続けて地面に陥没させていく。

 

「やぁ!!」

 

その地面に磔にされた黒竜の頭目掛けてシアがドリュッケンを大上段に振り下ろす。

 

ドォガァアアア!!!

 

その衝撃は今までの比ではなく、インパクトの瞬間に轟音と共に地面が放射状に弾け飛び、爆撃でも受けたかのようなクレーターを作り出す。

 

これはハジメがドリュッケンを改造した結果だ。

主材である圧縮されたアザンチウムに重力魔法の"加重"を付与したので、魔力を注いだだけ重量を増していくのだ。

そのため、超重量の一撃をまともに受ければただでは済まない。

 

そう、まともに受けていれば…

 

『グルァアア!!』

 

ドリュッケンの一撃を持ち前の膂力で紙一重に回避していた黒竜は咆哮と共に火炎弾を吐き出し、ユエを狙う。

 

「!?」

 

ユエは咄嗟に右に"落ちる"ことで緊急回避するが、そのために重力魔法『禍天』が解除されて黒竜が自由になる。

 

「あの状態で避けるのかよ…!?」

 

右腕を押さえながら忍が驚いたように言う。

 

拘束から解放された黒竜は体を高速で一回転させると、ドリュッケンを引き抜いたばかりのシアに大質量の尻尾を叩き付ける。

 

「あっぐっ!?」

 

シアも咄嗟にドリュッケンを盾にし、後方に跳んで衝撃を殺すことに成功するが、そこは大きさの差もあって木々の向こう側へと吹き飛ばされてしまう。

 

「シア!」

 

『グゥルルルル…!!』

 

シアの心配もしていられる状況ではなく、黒竜はその黄金の瞳を忍やハジメ…を通り過ぎて後方のウィルを睨む。

 

「ちっ! 忍!」

 

「わぁってるって!!」

 

ハジメの言葉に応えるように忍が左拳で右腕を殴って活を入れると、ハジメはドンナー・シュラーク、忍はアドバンスド・フューラーR/Lをそれぞれ抜いて左右に割れて黒竜へと接近する。

 

「おら、こっちだ! 駄竜!」

 

「こっちでもいいぜ?」

 

ドバババババッ!!

 

左右からの銃撃に黒竜は…

 

『グルァアア!!』

 

その銃撃を無視してウィルへ向けて火炎弾を放つ。

 

「なに!?」

 

「俺達を無視して…!?」

 

黒竜の行動に驚きながらもハジメは…

 

「ユエ!」

 

「んっ、『波城』」

 

ウィル達の近くにいたユエに向かって叫んでいた。

その意図を察し、ユエも高密度の水の壁を作ることで防いでいた。

 

そんな怒涛の展開にやっと我に返った生徒達が援護しようと魔法を発動させて黒竜に向けるが…

 

『ゴォアアア!!』

 

しかし、黒竜の咆哮一発で魔法は掻き消え、生徒達の戦意が消失していく。

 

「ちっ! 先生!! ウィル達を連れてさっさと逃げろ!!!」

 

ハジメが声を張り上げ、ドンナー・シュラークをレールガン仕様で黒竜を狙い撃つが、一向に黒竜の眼はウィルから離れない。

忍もアドバンスド・フューラーを同じくレールガン仕様で撃ち込んでいるのだが、微かに鱗を削れる程度で鱗の内側まで貫通はしなかった。

 

「硬ぇ!!」

 

「こういう時の装備だってのにな!!」

 

そうしてる合間も黒竜はウィルに向けて火炎弾を連射しており、それをユエの波城が防いでいた。

 

「ユエ! ウィルの守りは任せる! こいつは俺達がやる!!」

 

「んっ、任せて!」

 

ユエがウィル達の前に移動するのを確認すると…

 

「で、親友、どうするよ!?」

 

「どうもこうも、ここまで無視されたのは初めてだからな。無視出来ないようにしてやる!」

 

ドンナーをホルスターに仕舞うと、宝物庫からシュラーゲンを出して構えた。

そして、纏雷を発動させて3メートル近い銃身に紅いスパークを迸らせる。

 

『ッ!!』

 

それはマズいと感じたのか、黒竜の視線がハジメに移り、口内に魔力が収束していく。

 

ゴオォォォ!!

チュドンッ!!

 

黒竜のブレスとハジメのシュラーゲンが発砲したのはほぼ同時。

 

交差する黒と紅の閃光は激突し、凄まじい衝撃波を周囲に撒き散らすが、拮抗はしなかった。

ブレスが威力と持続力を重視するのに対し、ハジメのシュラーゲンは一点突破の貫通特化仕様なので、その弾丸を黒竜へと届かせることが出来た。

しかし、いくらシュタル鉱石製フルメタルジャケット弾丸でもブレスの威力に狙いが捻じ曲げられてしまい、黒竜の頭部側面ギリギリを横切り、羽ばたかせていた翼を吹き飛ばすだけであった。

 

『グルァアアア!!?』

 

痛みを感じているのか、悲鳴を上げながら錐揉み状になって地面に墜落する黒竜に、ブレスを空力で回避していたハジメはこれ幸いと、逆さまになって空力と縮地を用いて超速落下すると、黒竜の腹に『豪脚』を見舞っていた。

 

ズドンッ!!

 

と重たい音を響かせて黒竜の体がくの字に曲がる。

地面は衝撃によって放射状に罅割れていたが、黒竜は悲鳴じみた咆哮を上げるが、そこまでダメージは通っていないだろうとハジメは感じていた。

 

更なる追撃を仕掛けようとハジメが黒竜に義手を向けた時だった。

 

『グルァアアアア!!!』

 

黒竜とは別方向…正確には空から咆哮が周囲に響き渡る。

 

『ッ!?』

 

誰もがその咆哮のした空に目をやる。

そこには翡翠の鱗で全身を覆った藍色の瞳の、黒竜と同じくらいの竜が佇んでいた。

 

「もう一匹!?」

 

しかし、翡翠の竜はウィルを見ずにハジメに鋭い眼光を飛ばしていた。

そして、翼を羽ばたかせて風の刃をハジメに向かって飛ばしていた。

 

「ちっ!」

 

「親友! こっちは任せろ!!」

 

空力と神速を用いて空に飛び上がると、銀狼と黒狼を抜いて風の刃を防いでいた。

 

「頼むぞ、忍!」

 

義手の振動破砕を起動させて黒竜の腹を殴りながらハジメは忍に空の竜を任せた。

 

「任された!」

 

翡翠の竜と対峙した忍が残像を残すほどの速度で翡翠の竜の周りを移動し…

 

「雷光剣!!」

 

その無数の残像が銀狼と黒狼の刀身に雷を宿し、斬撃と共に翡翠の竜へと飛ばしていた。

 

『グゥウウ!!』

 

忍の残像で、どれが本物かわからない翡翠の竜は防御態勢を取っている。

しかし、残像と思っていた雷の斬撃は四方八方から繰り出されているようで、全てが本物のようだった。

 

その合間にもハジメは黒竜を滅多打ちにしており、ヒット&アウェイの要領でフルボッコにしていた。

忍も翡翠の竜がハジメの邪魔をしないようにと足止めをしている。

 

その光景に愛子達は信じられないようなものを見てる気がしてならなかった。

たった2人の人間が2体の竜を相手に優位に戦いを進めているのが信じられなかったのだろう。

が、次の瞬間、さらに度肝を抜く事態が起こる。

 

『えぇい、邪魔をするな!!』

 

「喋った?!」

 

翡翠の竜が喋り、忍は驚愕の声を上げる。

 

「……まさか…竜人族…?」

 

翡翠の竜の言葉を聞き、ユエがそのように呟いていた。

 

『貴様ら! ひ………お嬢様に対して無礼であろうが!』

 

「(ひ?)」

 

何故言い直したのか、そこが気になった忍だったが、聞き捨てならないことを翡翠の竜が言っていた。

 

「お嬢様だと? 寝言は寝て言え。こいつがしつこくウィルを狙ってるから迎撃してんだよ」

 

そう言うハジメはパイルバンカーを黒竜に設置しようとしていた。

 

『たかが人間一人にお嬢様が拘るわけないだろう! お嬢様もお戯れはいい加減に…』

 

『グゥガァアアアアア!!!』

 

翡翠の竜が黒竜にそう言った瞬間、黒竜の咆哮と共に全方位に向けて凄絶な爆風が発生する。

純粋な魔力のみの爆発。

さらに一瞬にして最大級の身体強化を行ったらしく、ただでさえ強靭な筋肉が爆発的な力を生み、パイルバンカーを固定するアンカーを地面ごと引き抜き、同時に盛り上がった筋肉がアームをこじ開けた。

そして、ハジメを振り落とすように一瞬で反転する。

 

「うおっ!?」

 

ハジメが思わずたたらを踏み、パイルバンカーの重さに引かれて発射直前のパイルバンカーの杭が天に向かって放たれてしまった。

 

「ぬおっ!?」

 

それを偶然、その射線上にいた忍も慌てて回避する。

黒竜の方は最後の足掻きとばかりにウィルの方へと突進していた。

 

「ちっ、悪足掻きを…シア!!」

 

「は、はいですぅ!」

 

セレナと共にちゃっかり戻ってきて観戦してたシアが突進してくる黒竜の頭を狙ってドリュッケンを思いっきり振りかぶって振り下ろしていた。

最初の一撃とは状況が異なるため、今度はしっかりと脳天に突き刺さる。

 

『あぁ!? お嬢様!!』

 

翡翠の竜が黒竜の元へ行こうとするが、忍がその前に立ちはだかる。

 

『邪魔だ!』

 

「まぁ、待てよ。アレも本当に竜人族なら、何故アンタの声にも答えない?」

 

『む、それは…』

 

言われて翡翠の竜も答えに詰まっていると、何かに気付き声を荒げる。

 

『き、貴様!? お嬢様に何をするつもりだ!!?』

 

「あん?」

 

翡翠の竜の慌てように忍も黒竜の方を見ると…

 

「お、おいおい。親友…まさか…」

 

ハジメがパイルバンカーの杭を担いで、黒竜の後ろに近寄っているのが見えて何をやるつもりなのか察した。

そして、その通りのことが起きる。

尻尾の付け根の前に陣取ると、まるで槍投げでもするかのように杭を構えると…

 

「ふんっ!!」

 

一切の容赦もなく、それを投擲した。

ズブリ、という生々しい音と共に杭が突き刺された瞬間…

 

『アッーーーーーーなのじゃあああーーーーー!!!!』

 

『お嬢様あああーーーーー!!!』

 

2匹の竜から絶叫が木霊した。

 

『お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~』

 

黒竜の悲しげで、切なげで、それでいてどこか興奮したような声が聞こえてきた。

 

『抜いてたもぉ~、お尻のそれを抜いてたもぉ~』

 

『お、お嬢様! 気をしっかり!』

 

杭を尻に突き刺された黒竜の傍に翡翠の竜が近寄り、オロオロとしている。

 

「シュールな絵面だな…」

 

「知るか。つか、なんでここに竜人族がいるんだよ。500年前くらいに滅びたんじゃないのか?」

 

忍の呟きにハジメが気になることを竜達に尋ねる。

 

『それは…』

 

『し、"シオン"、よい。わ、妾が話す。実は……』

 

黒竜の話によると、こういうことらしい。

 

まず竜人族の隠れ里があり、黒竜も翡翠の竜もそこから来たという。

何故、出てきたかと言えば、魔力に敏感な者が巨大な魔力の放出と、何かがこの世界にやってくるのを観測し、それを調べるためだという。

 

竜人族には表舞台に関わらないという種族の掟があるらしいのだが、流石にこの未知の来訪者の件を知らぬまま放置するのは、自分達にとってもマズいのではないかと議論した末、遂に調査が決定された。

黒竜はその調査で隠れ里から出てきて、そのお付きとして翡翠の竜も付いて来たという。

 

黒竜が長旅の疲れから一休みしてる間、先に情報を集めようと翡翠の竜が近くの町に出向いていた時、黒竜は黒ローブの人物の一日がかりの闇魔法で操られていたのだと。

 

では、何故ああも完璧に操られていたのか。

それは…

 

『恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった』

 

『おいたわしや、お嬢様…』

 

"一生の不覚!"と言いたげな黒竜と、それを悲しむ翡翠の竜。

が、ハジメはとても冷たい目を向けていた。

 

「それはつまり何か? 調査に来ておいて丸一日、魔法を掛けられているのにも気付かず、爆睡してたってことじゃないのか?」

 

「そっちの竜もなんで今頃になって戻ってきたよ?」

 

ハジメと忍の指摘に黒竜と翡翠の竜は遠い目をした。

 

『私は…その、お嬢様のために出来るだけ情報を集めようとしてだな。近くのウルという場所を中心に聞き込みをしていたのだ。そしたら、いつまで経ってもお嬢様が来ないが、お嬢様なら大丈夫だろうと思っていたのだ。で、そこで豊穣の女神とやらが北へ向かったというからお嬢様のことも気になってたし、行ってみたら…その……』

 

翡翠の竜は言い訳っぽく言うが、本人からしたら『お嬢様を置いていったのは間違いだった』という反省の意もあった。

 

一方の黒竜の方はというと、洗脳されても意識と記憶は残っていたらしく、ローブの男に従って二つ目の山脈以降で洗脳の手伝いをしていたが、ローブの男が魔物を洗脳して数を揃えているのを気付かれるわけにもいかず、万全を期して調査にやってきた冒険者達に黒竜を差し向けたらしい。

が、ハジメにフルボッコにされた挙句、殺されそうになったがためにパニックに陥り、魔力爆発が起きた。

そして、シアの脳天への一撃で意識が飛び、ハジメの尻への一撃で意識が覚醒したのだという。

 

そうして状況説明が終わると…

 

「……ふざけるな」

 

ウィルが激情を必死に押し殺したような震える声を発する。

 

「操られていたから……殺したのは仕方ないとでも言うつもりか!!」

 

『貴様! お嬢様に対して…!』

 

『よせ、シオン』

 

翡翠の竜を黒竜が制止する。

 

「だいたい、今の話だって本当かどうかわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当なでっち上げを言ってるに決まってる!!」

 

『貴様…!! 言うに事欠いてお嬢様を言うことが嘘だなどと…!!』

 

『シオン。三度は言わん。よせ』

 

『ぐっ…御意』

 

翡翠の竜は顔を歪めたものの、それ以上は何も言わなかった。

 

『……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りに懸けて嘘偽りはない』

 

その黒竜の言葉に対し、ウィルがさらに何かを言い募ろうとすると…

 

「……きっと、嘘じゃない」

 

ユエが待ったをかけた。

 

「っ、一体何の根拠があって、そんなことを…」

 

「……竜人族は高潔にして清廉。私は皆よりもずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は"己の誇りを懸けて"と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに……嘘つきの目がどういうものか私はよく知ってる」

 

「ユエ…」

 

そんな風にユエが黒竜を擁護するとは思わず、ハジメも少し驚いたような表情をする。

 

『ふむ、この時代にも竜人族の在り方を知る者が未だいたとは……いや、昔と言ったか?』

 

「……ん。私は吸血鬼族の生き残り。300年前は、よく王族の在り方の見本に竜人族の話を聞かされた」

 

『なんと、吸血鬼族……しかも300年前とは。なるほど、死んだと聞いていたが、お主がかつての吸血姫か。確か

名は…』

 

「ユエ。それが今の私の名前。大切な人に貰った大切な名前。そう呼んでほしい」

 

そのような会話の後、ウィルが蒸し返すように黒竜が殺した人達の事情を語ると、ハジメが捜索中に拾ったロケットを取り出す。

が、それはウィルの物で、中の写真は母親の若い頃の写りがいいやつだと発覚した。

 

それで多少冷静さを取り戻したウィルが黒竜を殺すように提案するが…

 

『操られていたとは言え、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えと言うなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今しばらく猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大軍を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置は出来んのじゃ……勝手は重々承知しておる。だが、この場は見逃してくれんか?』

 

魔物の大軍という言葉に緊張が走り、自然と全員がハジメへと視線を向ける。

そのハジメの答えは…

 

「いや、お前の都合なんざ知ったこっちゃない。散々面倒掛けてくれたんだから、詫びとして死ね」

 

そう言って黒竜に義手を向けるハジメに…

 

「……殺しちゃうの?」

 

ユエの静かな言葉が届く。

 

「え? いや、そりゃさっきまで殺し合いをしてたわけだし」

 

「……でも、敵じゃない。殺意も悪意も、一度も向けてこなかった。意思を奪われてた」

 

「…………………」

 

ユエの言葉を聞き、改めて黒竜を見る。

 

「……自分に課したルールに妥協すれば、人はそれだけ壊れていく。黒竜を殺すことは本当にルールに反していない?」

 

「…………………」

 

ユエが心配していることをハジメも察し、逡巡する。

 

『迷いがあるなら…とりあえず、お尻の杭だけでも抜いてくれんかの? このままではどっちにしろ死んでしまうのじゃ』

 

『そ、そうだ! その凶悪なモノをお嬢様からさっさと抜かんか!』

 

黒竜の言葉に"ハッ!"と思い出したように翡翠の竜も騒ぐ。

 

曰く『竜化状態で受けた外的要因は元に戻った時、そのまま反映される』らしい。

つまり、今の状態で人間体に戻ると、そのまま……。

 

ハジメはユエの言葉に従い、殺すのを取りやめると、黒竜から杭を引っ張り始めた。

 

『はぁあん!? ゆ、ゆっくり頼むのじゃ。まだ慣れておらっあふぅうん! やっ、激しいのじゃ! こんな、ああんっ! きちゃうぅ、なにかきちゃうのじゃ~!』

 

『お、お嬢様…?』

 

ハジメが突き刺さった杭をああでもないこうでもないといった具合に、最終的には遠慮なしに"ズボッ!"という音と共に引き抜いた。

 

『あひぃいーーー!! す、凄いのじゃ……優しくって、お願いしたのに、容赦の欠片もなかったのじゃ……こんなの、初めて……』

 

気のせいか…どこか恍惚とした声音で黒竜は、その体を黒い魔力の繭で包まれていき、人と同じくらいの小ささになった後、魔力が霧散する。

そうして現れたのは、両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支えながら、もう片方の手でお尻を押さえて、うっとりと頬を染める黒髪金眼の美女だった。

見た目は20代前半の背丈は170cmはあるだろうか、見事なプロポーションをしている。

シアがメロンなら、こっちはスイカと表現でもしようか。

 

一方の翡翠の竜も竜化を解くと、腰まで伸ばした翡翠色の髪と藍色の瞳を持ち、キリッとした雰囲気の綺麗な顔立ちに女性らしい柔らかさを持ちつつ全体的に引き締まった体型をしており、髪型は黒い帯でポニーテール状に結っている女性だった。

こちらも結構大きい方である。

 

どちらも和装っぽい服装を着ているが、黒髪美女は気崩しているのに対し、翡翠美女はきっちりと着込んでいる。

 

「ハァハァ、うむぅ、助かったのじゃ……まだお尻に違和感があるが……それよりも全身あちこち痛いのじゃ。ハァハァ……痛みというものがここまで甘美なものとは…………」

 

「お嬢様。それよりも顔が人様に見せるそれではないかと…」

 

黒髪美女の発言に翡翠美女がツッコミを入れる。

 

「う、む。面倒を掛けた。本当に、申し訳ない。妾の名は『ティオ・クラルス』。最後の竜人族クラルス族の1人じゃ」

 

「私は『シオン』と申します。この度はお嬢様をお救い頂きありがとうございます」

 

ティオはともかく、シオンは渋々といった感じで答える。

 

その後、ティオの証言で魔物の数は3、4000くらいだと伝えられた。

また、ローブの男は黒髪黒目の少年であることが発覚し、愛子達と同行していたハジメのクラスメイトの1人『清水 幸利』のことを思い出す。

幸利は愛子と同行していたものの、二週間前から行方をくらましていたのだ。

その幸利の天職は『闇術師』。

これだけ状況が重なると色々と厄介なことに考えが至りそうだった。

 

と、その時…

 

「こりゃあ、3、4000ってレベルじゃないぞ? 桁が一つ追加されるレベルだ」

 

ティオの話を聞いて無人偵察機を飛ばしていたハジメが魔物の大軍を見つけたらしく、そのように報告していた。

ハジメの報告にその場の全員が目を見開く。

そして、どうやら進軍も開始しているらしい。

しかも方角的にウルの町がある方である。

 

愛子達が混乱する中…

 

「ハジメ殿なら、何とか出来るのでは…?」

 

ウィルが何気なく言った言葉に、混乱してた愛子達がハジメを見る。

 

「そんな目で見るなよ。俺の仕事はウィルをフューレンに連れ帰ること。足手纏いを連れたまま、こんな遮蔽物の多い場所で殲滅なんて、やりにくくて仕方ないし、真っ平御免だ」

 

そう言って肩を竦めるハジメにしょんぼりする愛子達だが、ここにいても時間の無駄であると、早急にウルの町へと戻ることとなった。

先のティオやシオンとの戦闘でハジメ達もそれなりに疲弊している。

そんな状況で足止めもくそもないのだ。

戦力が圧倒的に不足している、と誰もが思った。

ただ、数名を除いて…。



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第二十七話『女神の説教』

山脈の麓まで降りた一行はブリーゼとアステリアに乗ってウルの町へと急行していた。

行きよりもなお速い速度で帰り道を爆走する。

ちなみにティオはブリーゼの屋根に縛り上げられ、場所がなかったシオンは忍の運転するアステリアの後ろに乗っており、セレナは忍の前に横座りするように乗っている。

 

途中、護衛騎士の一団ともすれ違ったが、ハジメはそんなの無視してウルの町へとブリーゼを全力で走らせた。

デビッドを始めとした騎士達が愛子の姿を見て手を広げ、笑顔を向けたのを気持ち悪いと断じて停まることはないな、とハジメが思ったからだが…まぁ、些細なことだ。

それに追従する形で忍も護衛騎士を無視したが、問題ないだろう。

 

 

 

そして、ウルの町に到着した途端、ウィルと愛子達が急いで町役場に走っていってしまったが、ハジメ達は悠然と町役場へと歩いていく。

その間に町を見ると、とても活気に満ち溢れていた。

一日後には魔物の大軍に蹂躙されると、誰が思おうか?

 

そうしてハジメ達が町役場に到着すると、既に場は騒然としていた。

ギルド支部長、町の幹部、教会の司祭達が集まっており、喧々囂々たる有様だ。

皆一様に、"信じられない"、もしくは"信じたくない"といった様相で、その原因たる情報をもたらした愛子達とウィルに掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。

 

普通なら、"明日にでも町は滅びます"と言われても狂人の戯言と切り捨てられるのがオチだろうが、今回ばかりは状況が違った。

『神の使徒』であり、『豊穣の女神』たる愛子の言葉であり、さらに最近は魔人族が魔物を使役するというのは公然の事実であることもあるから、無視など出来ようはずもなかった。

また、車中での話し合い(忍は念話で参加)でティオとシオンの正体、及び黒幕が清水 幸利である可能性については伏せることで一致していた。

 

そんな喧騒の中、ウィルを迎えに来たハジメがやってくる。

周囲の混乱などどこ吹く風だ。

 

「おい、ウィル。勝手に突っ走るなよ。自分が保護対象だって自覚してくれ。報告が済んだのなら、さっさとフューレンに向かうぞ」

 

ハジメの冷た過ぎる言葉にウィル他、愛子達も驚いたようにハジメを見る。

他の重鎮達は『誰だ、こいつ?』と、危急の話し合いに横やりを入れてきたハジメに不愉快そうな眼差しを向ける。

 

「な、何を言っているんですか? ハジメ殿。今は、危急の時なのですよ? まさか、この町を見捨てて行くつもりでは…」

 

信じられないという表情でハジメに言い募るウィルに、ハジメはやはり面倒そうな表情で軽く返す。

 

「見捨てるも何も…どの道、町は放棄して救援が来るまで避難するしかないだろ? 観光の町の防備なんてたかが知れてるんだから……どうせ、避難するなら目的地がフューレンでも別にいいだろ? ちょっと、人よりも早く避難するだけだ」

 

「そ、それは……そうかもしれませんが……でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません! 私にも、手伝えることが何かあるはず。ハジメ殿も……」

 

"協力してください"と言おうとしたウィルの言葉を遮り、ハジメの冷たい眼差しと冷え切った言葉がその場に響く。

 

「……ハッキリ言わないとダメか? 俺達の仕事はお前をフューレンに連れ帰ること。この町のことなんて知ったことじゃない。いいか? お前の意思なんて聞いてないんだ。どうしても付いてこないというのなら……手足を砕いて引きずってでも連れていく」

 

「なっ……そ、そんな…」

 

すると、ウィルはハジメの背後に控えている忍を見る。

 

「し、忍殿はどうなんですか? 忍殿はハジメ殿の親友なのでしょう!?」

 

「ん~…そうさな…」

 

忍が少しだけ答えを先延ばしにしていると、ハジメが面倒だとウィルに一歩近づく。

それに対し、ウィルは無意識に一歩後退る。

 

が、そこに割り込む小さな影が一つ。

 

「南雲君」

 

愛子だ。

決然とした表情でハジメを真っ直ぐな眼差しで見る。

 

「南雲君達なら、魔物の大軍をどうにか出来ますか? いえ…………出来ますよね?」

 

愛子の半ば確信めいた言葉に、重鎮達が騒めく。

 

「いやいや、先生。無理に決まってんだろ? 見た感じ40000は超えてるんだぞ? とてもとても……」

 

愛子の強い眼差しを鬱陶しげに手で払う素振りを見せながら、ハジメが言うと…

 

「でも、山にいた時、ウィルさんの南雲君なら何とか出来るのでは、という質問に対して"出来ない"と答えませんでしたよね? それに"足手纏いを連れたまま、こんな遮蔽物の多い場所で殲滅なんて、やりにくくて仕方ないし、真っ平御免だ"とも言ってましたよね? それは平原なら殲滅戦が可能ということですよね? 違いますか?」

 

「……よく覚えてんな」

 

愛子の記憶力の良さに"下手なことを言ったか"と顔を歪めて逸らすハジメに対して、愛子はさらに真剣な眼差しのまま頼み込んだ。

 

「南雲君。どうか力を貸してもらえませんか? このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われることになります」

 

「……意外だな。アンタは生徒のことが最優先なんだと思っていた。色々活動しているのも、それが結局は少しでも早く帰還出来る可能性に繋がっているからじゃなかったのか? なのに、見ず知らずの人々のために、その生徒に死地へ赴けと? その意志もないのに? まるで、戦争に駆り立てる教会の連中みたいだな?」

 

ハジメの揶揄するような言葉に、愛子は動じなかった。

その表情はさっきまで沈んでいたものとは違い、決然とした"先生"の顔だった。

まぁ、教会の司祭だけはハジメの言葉に含まれる教会への侮蔑と取られるものに眉を顰めたが…。

 

「……元の世界に帰る方法があるなら、すぐにでも生徒達を連れて帰りたい。その気持ちは今でも変わりません。でも、それは出来ないから……なら、今、この世界で生きている以上、この世界で出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を…少なくとも出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います。もちろん、先生は先生ですから、いざという時の優先順位は変わりませんが…」

 

愛子が一つ一つ確かめるように言葉を紡いでいく。

 

「南雲君。あんなに穏やかだった君が、そんな風になるには、きっと想像を絶する経験をしてきたのだと思います。そこでは、誰かを(おもんばか)る余裕などなかったのだと思います。君が、一番苦しい時に傍にいて力になれなかった先生の言葉など…南雲君には軽いかもしれません。でも、どうか聞いてください」

 

「…………………」

 

ハジメは黙って続きを促すように見つめ返す。

 

「南雲君。君は昨日、絶対に日本に帰ると言いましたよね? では、南雲君。君は、日本に帰っても同じように大切な人達以外の一切を切り捨てて生きますか? 君の邪魔をする者は皆排除しますか? そんな生き方が日本で出来ますか? 日本に帰った途端、生き方を変えられますか? 先生が、生徒達に戦いへの積極性を持って欲しくないのは、帰った時、日本で元の生活に戻れるか心配だからです。殺すことに、力を振るうことに慣れてほしくないのです」

 

「…………………」

 

「南雲君。君には君の価値観があり、君の未来への選択は常に君自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制するようなことはありません。ですが、君がどのような未来を選ぶにしろ、大切な人以外の一切を切り捨てるその生き方は……とても"寂しいこと"だと、先生は思います。きっと、その生き方は、君にも大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから……他者を思いやる気持ちを忘れないでください。元々、君が持っていた大切で尊いそれを……捨てないでください」

 

一つ一つ思いを込めて紡がれた愛子の言葉が、向き合うハジメに余すことなく伝わっていく。

それと同時にハジメの後ろに控えていた忍、町の重鎮達、生徒達も静かに聞き届けていた。

 

そんな静寂の中…

 

「く、クックックッ…ハッハッハッ、アーハッハッハッ!!」

 

突如として忍が盛大に笑い始めた。

 

「べ、紅神君! な、何が可笑しいんですか?!」

 

「あ~、いやいや、悪い悪い。別に可笑しくて笑った訳じゃないさ。ただ、先生のことが眩しくてさ……そっか。俺達のこと、そこまで真剣に考えててくれたのか、ってな。そうだろ、親友?」

 

そう言った忍は頬を緩めたままハジメの方を見る。

 

「…………………」

 

かく言うハジメも愛子の言葉に心揺さぶられているようで、反論しなかった。

確かに反論するのは簡単だった。

しかし、それをしては…あまりに自分が見苦しいと思ったからだ。

 

ハジメの視線は隣のユエを見る。

奈落で出会った最愛の彼女。

奈落で"堕ちる"寸前だったハジメの人間性を繋ぎ止めてくれた愛しい彼女の幸せを確かに願っていた。

そう出来るのが自分であればいいと思っているが、愛子の言葉を信じるなら、今のハジメの生き方ではユエを幸せには出来ないかもしれない。

 

そこからさらにシアを見る。

ユエと忍という理解者がいればいいという狭い世界に、賑やかさをもたらしたうさ耳少女。

何度も邪険にされようと、物好きなことに必死に追いかけてきて、今ではむしろユエの方が仲間として、友として彼女を可愛がっている。

それはハジメがシアを受け入れたことで、ユエにもたらした幸せの一つではないだろうか?

 

そして、最後に後ろの忍を見る。

出会いこそ高校一年生の時であり、それから幾度もなく絡んできては自分のことを友と呼ぶ物好きな少年。

異世界に飛ばされた後もハジメと共にあり、奈落に落ちた時もユエに出会うまで一緒に苦楽を共にしてきた戦友であり、親友。

そんな彼にも元の世界に置いてきてしまった最愛の女性がいるのは知っている。

そんな親友の手をこれからも自分の一存で穢させてしまっていいものだろうか?

 

ハジメにとって、この世界は牢獄だ。

故郷への帰還を妨げる檻である。

それ故に、この世界の人や物事に心を砕くようなことは極めて困難だ。

奈落の底で、故郷に帰るために他の全てを切り捨てて、邪魔するモノには容赦しないと心に刻んだ価値観はそう簡単には変わらない。

だが、"他者を思いやる"ことは難しくても、行動自体は出来る。

その結果が、大切な者……ユエやシアに幸せをもたらし、共に歩んでくれた忍に少しでも報いるのであれば、一肌脱ぐのも吝かではない。

 

ハジメは、愛子の言葉全てに納得した訳ではなかったが、"自分の先生"の本気の"説教"だ。

戯言と切って捨てるのは少々子供が過ぎる。

それにいずれは存在も気付かれることだろう。

だったら、ここで派手に暴れても遅かれ早かれの違いでしかない。

ならば、派手に力を示すことにした。

 

そんな風に考えたハジメは愛子に再度向き合う。

 

「……先生は、この先何があっても、俺の先生か?」

 

それは、言外に味方であり続けるのかという問い。

 

「当然です!」

 

その一瞬の迷いも躊躇もなく答える愛子に…

 

「……俺がどんな決断をしても? それが、先生の望まない結果でも?」

 

「言ったはずです。先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。より良い決断が出来るようにお手伝いすることです。南雲君が先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」

 

「………………言ったな?」

 

ハジメがニヤリと笑うと、踵を返して出入り口へと向かう。

それを追うようにユエとシアも付いていく。

 

「な、南雲君?」

 

そんなハジメに愛子が慌てたように声を掛けると、ハジメは肩を竦めて答える。

 

「流石に数万もの大軍を相手取るなら、それ相応の準備も必要だからな。話し合いはそっちでやっといてくれ」

 

「ハッハッハッ、無双ゲームもビックリな数を相手にしないとならないからな」

 

ハジメが隣を通ろうとした時にハジメに首に腕を回して忍も笑いながら返事をしていた。

 

「南雲君! 紅神君!」

 

その答えに愛子もパァーと笑顔になる。

 

「俺の知る限り一番の"先生"からの忠告だ。ましてや、それがこいつらの幸せに繋がるなら……少し考えてみるよ。とりあえず、今回は奴等を蹴散らすことにするさ」

 

そう言いながらユエとシアの肩をポンと叩き、忍に絡まれたハジメは部屋から出て行く。

その後をユエとシアがそれはもう嬉しそうに、セレナも優しげな表情で追いかけていった。

 

その後、愛子は町の重鎮達に事情説明を求められたが、愛子の頭は"もっと他にやりようがあったのでは?"という考えに陥っていたりしてした。

 

それでも、願ってしまう。

生徒達が皆、元の心を失わないまま、お家に帰れるように、と…。

それが幻想だとわかっていても、そう願わずにはいられなかった。

 

あと、完全に空気と化しているが、ティオとシオンもその場にいたのだが…

 

「こ、これが放置プレイかのぉ…」

 

「お嬢様…」

 

完全に忘れ去られていることに恍惚とした表情を浮かべるティオにシオンは遠い目をしていたとか…。

 

………

……

 

翌日。

ウルの町は本来ないはずの"外壁"に囲われていた。

この外壁はハジメがシュタルフの整地機能を利用し、錬成で外壁を即席で作ったものだ。

ただ、ハジメの錬成範囲の都合上、4メートル程度の高さしかないので大型の魔物だとよじ登ってきそうであるが、そもそもハジメは魔物を近寄らせるつもりは毛頭なかった。

 

町の住人達は最初こそパニックを起こしたものの、愛子による事情説明によって冷静さを取り戻した。

そして、町の住人は二つのグループに分かれる。

故郷を捨てられず町に残って少しでも手伝いをする居残り組と、救援が駆け付けるまで逃げ延びる避難組である。

 

避難組は夜明け前には荷物を纏めて町を出て、居残り組は"自分達の町は自分達の手で守ってみせる!"と意気込んで出来ることをしようと色々頑張っている。

 

そんなすっかり人が少なくなった町を背後に、即席の城壁の上に腰掛け、何処を見るでもなくその眼差しを遠くに向けている。

その傍らにはユエとシアがおり、城壁の町側の下では忍が壁に背を預けて腕を組んで瞑想しており、その隣にはセレナがいた。

 

そこへ愛子と生徒達、ティオとシオン、ウィル、デビッド達護衛騎士数名がやってくる。

 

「南雲君、紅神君も、準備はどうですか? なにか必要なものはありますか?」

 

「いや、問題ねぇよ、先生」

 

「こっちも問題ないさ。あとは向こうさんがいつ来るかにもよるかな?」

 

ハジメの素っ気ない返事と忍の気負いのない返事に…

 

「おい、貴様ら、愛子が…自分の恩師が声を掛けているのになんだ、その態度は? 本来なら、貴様らの持つアーティファクト類のことや、大軍を撃退する具体的な方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやってるのは、愛子が頼み込んできたからだぞ? 少しは…」

 

「デビッドさん、少し静かにしてもらえますか?」

 

「うっ……承知した……」

 

デビッドが文句を言っていると、愛子からお叱りを受けてシュンとなる。

 

「(忠犬か?)」

 

ハジメがデビッドの姿を見てそんなことを思っていると…

 

「南雲君。黒ローブの男のことですが……」

 

愛子が本題らしいことを言う。

 

「正体を確かめたいんだろ? 見つけても、殺さないでくれってか?」

 

「……はい。どうしても確かめなければなりません。その……南雲君達には、無茶なことばかりを……」

 

「とりあえず、連れてくる」

 

「え?」

 

「黒ローブを先生の下へ。先生は先生の思う通りに……俺も、そうする」

 

「ハッハッハッ、親友がそう言うなら俺も可能な限り善処しようか」

 

「南雲君、紅神君……ありがとうございます」

 

一向に振り返らないで返事するハジメと、腕を組んだまま肩を竦めるという器用な動作をする忍に愛子は感謝の念を覚える。

と、愛子との会話が一区切りしたところで、ティオとシオンが前に出て声を掛ける。

 

「ふむ、よいかな? 妾もご主……ゴホンッ! お主に話しが……というよりも頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

 

「?」

 

その声にハジメが頭だけを振り返らせて…

 

「………………………………………………………あぁ、ティオか」

 

ティオの姿を見てしばし考えてからそう漏らす。

 

「お、お主、まさか妾の存在を忘れておったんじゃ……ハァハァ、こういうのもあるんじゃな…///」

 

「お嬢様…」

 

明らかに存在そのものを忘れていた反応のハジメに、ティオは頬を赤く染めて若干息を荒げていた。

その様子に半歩後ろに控えていたシオンは手で顔を覆い、天を仰ぐ。

 

「んっ、んっ! えっとじゃな、お主はこの戦いが終われば、ウィル坊を送り届け、また旅に出るのじゃろ?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「うむ、頼みというのはそれでな。妾達も同行させてほし……」

 

「断る」

 

「……ハァハァ。よ、予想通りの即答。流石、ご主……ゲフンッ! もちろん、タダでとは言わん! これよりお主を『ご主人様』と呼び、妾の全てを捧げよう! 身も心も全てじゃ! どう…」

 

両手を広げ、恍惚とした表情をして奴隷宣言するティオに対し…

 

「帰れ。むしろ土に還れ」

 

まるで汚物を見るような眼差しでティオを見下すハジメはバッサリと切り捨てた。

 

「あふんっ!///」

 

「お嬢様!?」

 

その眼も言葉もツボに入ったのか、ティオがゾクゾクしたように体を震わせるのを見てシオンが驚く。

どっからどう見ても反応が変態のそれだ。

それ故に周囲の皆さんもドン引きしている。

 

「そんな……酷いのじゃ……妾をこんな体にしたのは、ご主人様じゃろうに……責任取ってほしいのじゃ」

 

『えっ!?』

 

その場にいる大半がそのような声を出してハジメを見る。

 

「…………………」

 

とんでもない濡れ衣にハジメも体をティオの方に向けて"どういうことだ、こら?"という目でティオを睥睨する。

 

「あぅ、またそんな汚物を見るような目で……ハァハァ……ごくりっ……その、ほら、妾って強いじゃろ?」

 

昨日の戦闘を思い返し、ハジメは微妙な顔をする。

洗脳されていたとは言え、確かに強かった。

 

「里でも1、2を争うくらいでな。特に耐久力は群を抜いておったんじゃ。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃ」

 

近くにティオとシオンの正体を知らない護衛騎士達がいるため、所々誤魔化して話す。

 

「それがじゃ、ご主人様と戦って、初めてボッコボコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの体の芯まで響く拳! 嫌らしいとこばかり責める衝撃! 体中が痛みで満たされて……ハァハァ」

 

とても人様に見せられないような表情で1人熱く語るティオだが、状況やティオの正体を知らない者からしたら完全に婦女暴行の詳細を聞かされているようなものだ。

当然、騎士達のハジメを見る目は厳しい。

が、ティオの様子に悲愴さの欠片もないので、どうしたらいいのか困っていた。

 

「…つまり、ハジメが新しい扉を開いちゃった?」

 

「その通りじゃ! 妾の体はもう、ご主人様無しではダメなのじゃ!」

 

「……きめぇ」

 

ユエがとても嫌なものを見たとばかりに表情を歪めながら要約すると、ティオが強く頷き、ハジメが心からの本音を漏らす。

 

「それにのぅ…」

 

たった今、その変態性を遺憾なく発揮したばかりだというに、突然しおらしくなって両手を自身のお尻に当ててモジモジし始めると…

 

「……妾の初めても奪われてしもうたし」

 

特大の爆弾を投下した。

その言葉にハジメとティオ以外の全員がバッとハジメを見る。

ハジメは顔を引き攣らせながらブンブンと首を横に振る。

 

「妾、自分よりも強い男しか伴侶として認めないと心に決めておったんじゃが……じゃが、里にはそんな相手おらんしの……敗北して、組み伏せられて……初めてじゃったのに……いきなりお尻でなんて……しかもあんなに激しく……もうお嫁にいけないのじゃ……じゃからご主人様よ。責任取ってほしいのじゃ」

 

お尻を押さえて潤んだ瞳をハジメに向けるティオ。

発言が発言だけにハジメが黒にしか聞こえない。

事情を知らない騎士達はともかく、事情を知ってるはずの愛子達までハジメを睨み、ユエとシアまで視線を逸らす。

唯一忍だけが『ご愁傷様』という哀れみを帯びた同情の視線をハジメに向けている

 

「お、お前、色々やることあんだろ? そのために里を出てきたって言ってたろうが」

 

忍以外の味方がいないというプチ四面楚歌状態にハジメはそう返していた。

 

「うむ。問題ない。ご主人様の傍にいる方が絶対効率良いからの。まさに、一石二鳥じゃ……ほら、旅中では色々あるじゃろ? イラッとした時は妾で発散していいんじゃよ? ちょっと強めでもいいんじゃよ? ご主人様にとって良いこと尽くしじゃろ?」

 

「変態が傍にいる時点でデメリットしかねぇよ。つか、お付きのテメェもそれでいいのかよ?」

 

そこでハジメは途中から死んだ目でティオを見ていたシオンに声を掛ける。

 

「お嬢様が決めたことだ。ならば、私も付いていくのが道理というものだろう」

 

「ダメだ、こりゃ」

 

ハジメが物凄く面倒そうにしていると…

 

「! 親友」

 

「! 来たか」

 

忍の鼻が遠方から伝わってくる微かな匂いを察知し、ハジメの方も無人偵察機から送られる映像で敵の襲来を知る。

 

北の山脈地帯から迫ってくる魔物の大軍。

その数……ざっと60000近くである。

バリエーションも豊かで、本当に様々な魔物が進撃しているようだ。

その中、空の魔物の1匹…一際大きなプテラノドンもどきの上に人影があるのをハジメは探知していた。

 

「……ハジメ」

 

「ハジメさん」

 

「親友」

 

ユエとシアがハジメの様子で気を引き締め、忍もセレナを抱えて一足飛びで壁を登るとシアの隣に立つ。

 

「来たぜ。予定よりもかなり早いが、到着まで約30分ってとこか。数は60000近く。複数の魔物の混成だ」

 

ハジメが緊張気味の愛子達にそう報告すると、不敵な笑みを浮かべた。

 

「そんな顔すんなよ、先生。たかだか数万増えたくらいで俺達が負けるとでも? 予定通り、万が一に備えて戦える者は"壁際"で待機させてくれ。ま、出番はないと思うけどな」

 

何の気負いもなく、任せてくれというハジメに愛子は少し眩しいものを見るように眼を細めた。

 

「わかりました。君達をここに立たせた先生が言うことではないかもしれませんが………どうか、無事で………」

 

そう言って愛子達が居残り組に情報を伝えるべく駆け戻る。

護衛騎士達は不信感でいっぱいだったろうが…。

ウィルもティオに何かを語りかけた後、愛子達を追いかける。

 

「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達のこと、少なくともウィル坊は許すという話じゃ……そういうわけで助太刀させてもらうからの。なに、魔力なら大分回復しておるし、竜化せずとも妾の炎と風はなかなかのものじゃぞ?」

 

「お嬢様の不始末は私の落ち度でもある。私も参戦させてもらう。私はお嬢様ほど疲弊してたわけではないから魔力は問題ない。それに、私には捜さないとならない人がいる」

 

そう言ってティオはユエの隣に飛び上がり、シオンもセレナの隣に立つ。

 

「む? シオンよ。捜し人とは妾も初耳じゃが?」

 

シオンの発した最後の言葉に疑問を抱くティオが聞き返すと…

 

「はい。昨日不思議な夢を見まして…詳細は省きますが、私は"覇王"なる者を捜し、見極めねばなりません」

 

『…………………は?』

 

シオンの言葉に今度はティオとシオン以外が忍を見る。

 

「む? 皆どうしてその者を見る?」

 

「いや、覇王って言ったら、なぁ?」

 

「……ん」

 

「あはは…」

 

「まさか、巫女仲間?」

 

ハジメ、ユエ、シア、セレナの順でそう言うと…

 

「すんません、"覇王"は自分です」

 

忍が困ったように自白する。

 

「「は?」」

 

今度はティオとシオンが目を丸くして驚く。

 

「まぁ、その話は戦いが終わった後だ」

 

ハジメが仕切り直すように言うと、ティオに魔晶石の指輪を投げ渡す。

 

「ご主人様……戦いの前にプロポーズとは……妾、もちろん、返事は…」

 

と、いつかの誰かさんみたいなボケをかますティオにハジメは砲台として役立て、指輪は後で返せという折を言って???いた。

以前同じようなことを言ったユエは物凄く嫌そうな表情だったが…。

 

そうこうしている内に壁際に町の居残り組がやってくる。

と、同時に目視でも魔物の大軍を見ることも出来た。

 

すると、ハジメが壁から土台を錬成し、簡素な演説台っぽいものの上に立って居残り組を睥睨したかと思えば…

 

「聞け! ウルの町の勇敢なる者達よ! 私達の勝利は既に確定している!」

 

突然、そんなことを宣い、居残り組は混乱する。

 

「何故なら、私達には女神がついているからだ! そう、皆もよく知っている"豊穣の女神"愛子様だ!!」

 

ハジメの言葉にそこかしこから『愛子様?』、『豊穣の女神?』という言葉が囁かれる。

 

「我等の傍に愛子様がいる限り、敗北はあり得ない! 愛子様こそ、我等人類の味方にして"豊穣"と"勝利"をもたらす、天が遣わした現人神である! 私は、愛子様の剣にして盾。彼女の皆を守りたいという想いに応えてやってきた! 見よ! これが、愛子様により教え導かれた私の力である!!」

 

しかし、ハジメの言葉は止まらず、虚空からシュラーゲンを出現させると3射ほど空の魔物に向けて発砲する。

 

「(親友に扇動家の才能があったとはなぁ~)」

 

などと忍は思っていたが、色々な思惑があるのを察しているので何も言わない。

 

「愛子様、万歳!!」

 

空の魔物を駆逐したハジメは最後の締めの言葉を高らかに叫ぶ。

 

『愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!』

 

『女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!』

 

そんな居残り組の雄叫びを尻目にハジメは前を向く。

遠くで愛子が顔を真っ赤にして『ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!』と口を動かしていたが、そんなもん無視である。

 

そして、ハジメが定位置に戻って宝物庫からメツィライを二門取り出して両肩に担ぐ。

その左右に並ぶ忍、ユエ、シア、ティオ、セレナ、シオンもまたそれぞれの武器やハジメから借り受けた武器を持って臨戦態勢へと移行する。

 

「じゃ、やるか」

 

まるで"ちょっとコンビニに行ってくる"くらいの気軽さで、気負いなく呟くハジメ。

 

60000対7人。

開戦である。



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第二十八話『蹂躙劇後の望まぬ結末』

その戦場の様は、既に蹂躙劇と化していた。

 

ドゥルルルルルルルッ!!!

 

チュドォォンッ!!!

 

ゴオォォォッ!!!

 

ハジメ謹製の現代兵器風アーティファクト、ユエの魔法、ティオとシオンのブレス攻撃。

 

それらが6万もの魔物に火を噴く。

 

中央のハジメがメツィライ二門を扇状に広げるように薙ぎ払って弾幕を張り、まるで魔物の侵攻を妨げる難攻不落の城壁があるかのように一切近付けなかった。

 

ハジメの左に陣取り、ハジメからオルカンを借り受けたシアもロケット弾頭を撃ちまくり、再装填はセレナが手伝っていた。

ちなみにロケット弾頭だが、通常の着弾時に爆発する系と空中で爆発して中身のフラム鉱石から抽出した摂氏3000度の燃え続けるタール状の液体が降り注ぐ系とがある。

 

ティオとシオンは左右の端に分かれ、両手からブレス攻撃(人型でも使えるらしい)を放っていた。

ティオが右、シオンが左に手それぞれ手を薙ぎ払うと、それに呼応してブレス攻撃もそれに倣って魔物達を薙ぎ払っていく。

しかしながらブレス攻撃は魔力消費が激しいらしく連発はしなかった。

その代わりに魔法で対応もしていた。

 

ハジメの右隣にいるユエは重力魔法を用いて魔物達を地形ごと押し潰すという芸当を見せていた。

こちらはユエをして発動までに少し時間が掛かるが、それでも広範囲且つほぼ一撃で魔物を押し潰すので問題はない。

但し、燃費はまだ研究中につき、魔力が結構持ってかれる模様。

 

忍はハジメからシュラーゲンを借り受け、硬そうな装甲や甲殻を持つ魔物を中心に狙撃していた。

狙撃とは言え、その弾丸は威力も弾速も尋常ではないのでその余波だけでも結構な数の魔物を削っていたりするのだが…。

 

その圧倒的且つ一方的な蹂躙劇に町の居残り組は湧き上がった。

風で運ばれてくる魔物の血の匂いに吐き気を催す人々もいたが、それでも吐き気よりもそのすさまじさに歓声があがる。

 

町の重鎮や護衛騎士達は、初めて見るハジメ達の力に呑まれているように呆然としていた。

生徒達もまた改めてその力を目の当たりにし、自分達との"差"を痛感して複雑な表情をしていた。

かつて"無能"と呼ばれていたハジメと、その親友を自称する武器を持たなかった忍に町の人々と同様に守られているのだ。

その心境は複雑、という他ない。

愛子もハジメ達の無事を祈りながらも、今更ながら自分のしたことの恐ろしさを実感していた。

 

そうしてアーティファクトの連射やら、広域殲滅系の魔法のオンパレードやらを見舞い、魔物の数が目に見えて減り始め、密集した大軍のせいで隠れていた北の地平が見え始めた頃…

 

「むぅ…妾はここまでのようじゃ……もう、火球の一つも出せん……すまぬ」

 

「はぁ…はぁ…っ、はぁ…」

 

ティオとシオンが限界を迎えてその場にへたり込む。

 

「……十分だ。変態とそのお付きにしてはやるじゃねぇの。後は任せてそのまま寝てろ」

 

「……ご主人様が優しい……罵ってくれるかと思ったのじゃが……いや、飴の後には鞭が……期待しても?」

 

「そのまま死ね」

 

ハジメの一言にゾクゾクと身体を震わせて満足そうな表情になるティオを、これまた嫌なもん見たとでも言うかのような表情をするハジメだった。

 

「き、貴様…お、お嬢様に対し…無礼で…」

 

「この様子のどこが無礼だって?」

 

「ぐっ…」

 

ティオの様子を横目で見たのだろうシオンがティオの変わりように膝を屈する。

 

既に魔物の数は10000を切って8、9000といったところである。

最初の大軍を思えば、壊滅状態と言ってもいいほどの被害を与えている。

しかし、魔物達は依然、猪突猛進を繰り返している。

正確に言えば、一部の魔物がそう命令を出しているようにも見えた。

大抵の魔物は、今の蹂躙劇で完全に及び腰になっており、命令を出している各種族のリーダー格の魔物に従いつつも、戸惑った様子で突進してきている。

数が少なくなったことで、ハジメはそのことに気付く。

 

この事件の犯人が清水 幸利だとして、例えチート持ちであっても、果たしてこれほどの大軍をティオにしたように洗脳支配出来るものだろうか、という点ではハジメも疑問に思っていた。

だが、それも数万の魔物を支配するのではなく、各種族のリーダー格である魔物のみを支配し、その配下の魔物はそのリーダーに従わせるという方法を取っているのであれば、わからなくもない話だ。

この方法ならばリーダー格という上位個体を支配すれば自動的にその配下も加わるのだから効率的と言えば、効率的だ。

もっとも、この短期間でこの頭数を揃えられるのか、という疑問も当然あるが…。

 

とりあえず、その辺の事情は犯人取っ捕まえた後に聞けば問題ないかと結論付け、動きが鈍く単調なリーダー格と、動きに臨機応変さがあっても命令に従って猪突猛進を繰り返す及び腰の魔物達という構成なら、あとはリーダー格を潰せば勝手に逃げ出すだろうとハジメは考える。

 

「ユエ、魔力残量は?」

 

「……ん、残り魔晶石2個分くらい……重力魔法の消費が予想以上。要練習」

 

「そうか。残りはピンポイントで殺る。援護を頼む」

 

「んっ」

 

ハジメの少ない言葉に委細承知と頷くユエ。

 

「シア、忍。魔物の違いはわかるな?」

 

「はい。操られていた時のティオさんみたいな魔物と、へっぴり腰な魔物ですよね?」

 

「血の匂いが邪魔だが、感知系で捕捉は出来てる。操られてる頭を潰せばいいんだな?」

 

「あぁ、恐らくはティオもどきの魔物が洗脳されてる群れのリーダーだ。それだけ殺れば他は逃げるだろ」

 

「なるほど! 私達の方も残弾が心許ないですし、直接殺るんですね!」

 

「あ、あぁ…なんていうか、お前も逞しくなったなぁ」

 

「ハッハッハッ、確かに」

 

「ハジメさんとユエさんの傍にいるためですから当然です!」

 

胸を張ってそう言うシアにハジメは苦笑しつつも優しげな笑みを浮かべ、忍もそんな一幕に笑っていた。

 

メツィライ二門、オルカンと残りの弾頭、シュラーゲンを手早く宝物庫に回収すると、ハジメはドンナー・シュラーク、シアはドリュッケン、忍はアドバンスド・フューラーR/Lを構える。

 

「セレナはそこの2人を見てやってくれ」

 

「わかったわ」

 

「じゃあ、行くぞ」

 

セレナの答えを聞いてからハジメが飛び出し、それを追うようにシアと忍も飛び出す。

 

「『雷龍』」

 

即座に立ち込めた天の暗雲から激しくスパークする雷の龍が落雷の咆哮を上げながら出現し、前線を右から左へと蹂躙する。

大口を開けた黄金色の龍に自ら飛び込むように滅却されていく魔物の群れを見て、後続の魔物が二の足を踏む。

その隙を縫ってハジメ、シア、忍が一気に群れへと突撃する。

 

ドパンッ!!

ドゴンッ!!

 

ハジメは縮地、忍は神速を用いることで大地を疾走しながら銃を連射する。

群れの隙間から僅かに見えるリーダー格の魔物の姿を捉えられており、撃ち放たれた銃弾がその僅かな隙間を縫うようにして目標に到達し、急所を容赦なく爆散させる。

ただ、そんな風に精密射撃するハジメに対して、忍は銃の特性からリーダー格を見つけたら邪魔な魔物も纏めて吹き飛ばすので、精密さで言えばハジメには劣るものの、威力で言うなら忍の方が上なのだ。

 

しかし、忍もただリーダー格を潰すだけではなく、"ある実験"を行っていた。

それは…

 

「『マジック・バレット』、『雷鳴弾(らいめいだん)』!」

 

ドゴンッ!!

 

発砲した弾丸が魔物のリーダー格に着弾すると…

 

ピシャアアァァァァ!!!

 

突如としてリーダー格の魔物を中心に凄まじい雷が広がり、配下の魔物達にも浴びせられる。

 

「う~ん…魔法の種類が少ないせいかな? それとも俺がまだ慣れてないせいか? 両方な気もするが…ま、何とかするか」

 

忍の実験とは、生成魔法を応用して魔法を銃弾に付与して着弾時にその魔法を発動させるというものだ。

もちろん、実験なので他にも試したいことはあれど、今は支配されているだろうリーダー格の魔物を倒すことに重きを置かねばならないので、攻撃魔法を中心に試している。

現状の結果はイマイチだが、試みは自分でも面白く思っているので、要練習だなと考えていた。

 

「マジック・バレット、『超重弾(ちょうじゅうだん)』!」

 

重力魔法を銃弾に込めて発砲する。

すると、今度はリーダー格の魔物の頭上で魔法が発動し、超重力のフィールドが発生して同時発砲した弾丸が不規則な感じに急降下してリーダー格の魔物の頭を粉砕する。

さらに超重力のフィールドが周囲の魔物を圧殺する。

 

そんな中、一部の魔物……四つ目の黒い狼が独自の動きを見せる。

魔物の強さで言えば、かつて奈落で遭遇した二尾狼に匹敵する程だった。

違いを挙げるとしたら、二尾狼が攻撃的な"纏雷"の固有魔法を持っていたのに対し、四つ目の黒い狼は"先読み"系の固有魔法を持っていることだろうか。

連携もかなりの練度であり、ハジメや忍は二尾狼とタメを張れるのでは、と考えると同時に、何故こんな魔物がいるのか不思議でならなかった。

 

そうこうしている内に四つ目の黒い狼とリーダー格の魔物を屠り続けた後…

 

「(忍、合わせろ!)」

 

「(応!)」

 

念話でタイミングを計るとハジメと忍は…

 

「「カァアアアアアアアア!!!」」

 

魔力放射と同時にハジメは威圧、忍は覇気を放って咆哮を上げる。

そうして放たれた魔力と威圧・覇気によって残りの魔物の本能に恐怖を与え、リーダー格の魔物がいなくなったことも相俟って残りの魔物達が退き始める。

 

その中を最後の一頭となった四つ目の黒い狼に跨って逃げる幸利の姿もあったが、ハジメが逃がすわけもなく、ドンナーの射撃で四つ目の黒い狼の動きを封じる。

その後、四つ目の黒い狼にトドメを刺し、シュタルフを取り出して走って逃亡する幸利に追いつくと、その後頭部を義手で殴りつけて取っ捕まえる。

取っ捕まえられた幸利がハジメにシュタルフで引きずられていく様は…敗残兵のそれと同じだった。

 

………

……

 

戦闘が終わり、場所は町外れ。

その場には愛子と生徒達、デビッド達護衛騎士、町の重鎮達数名、ウィル、ハジメ達がいた。

もちろん、犯人である白目を剥いて気絶している幸利もだ。

 

流石に町中に連れて行くのは危ないとの判断で、この町外れに連行してきたが、未だ目を覚ましてない。

そんな幸利を愛子が揺さぶって起こす。

目が覚めた幸利は、咄嗟に距離を取ろうと立ち上がるが、ハジメに引きずられて連れてきた時に後頭部を何度も打っていて、その後遺症が残っているのか、尻餅をついてズリズリと後退って、警戒心と卑屈さ、苛立ちがない交ぜになった表情で目をギョロギョロと動かす。

 

「清水君、落ち着いてください。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません。先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんなことでも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

膝立ちで幸利に視線を合わせる愛子に、幸利のギョロ目が動きを止める。

 

「何故? そんなこともわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。バカにしやがって……勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに……気付きもしないで、モブ扱いしやがって……ホント、バカばっかりだ……だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……」

 

そんな風にボソボソと聞き取りにくい声で悪態を吐く幸利に…

 

「お前……自分の立場がわかってんのかよ!? 危うく町が滅茶苦茶になるとこだったんだぞ!」

 

「そうよ! バカなのはアンタの方でしょ!」

 

「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」

 

淳史や優花達の憤りを多分に含んだ反論がなされ、幸利は顔を俯かせて黙秘を貫く。

愛子はそんな生徒達を抑えると、なるべく声に温かみを宿らせるように意識して語り掛ける。

 

「そう、沢山の不満があったのですね。でも、清水君。皆を見返そうというのなら、なおさら先生にはわかりません。どうして、町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて……多くの人々が亡くなっていた……多くの魔物を従えるだけならともかく、それでは君の"価値"は示せません」

 

愛子のもっともな言葉に、幸利は顔を少し上げると薄汚れて垂れ下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を愛子に向け、薄ら笑いを浮かべる。

 

「……示せるさ……魔人族になら」

 

『なっ!?』

 

その幸利の言葉にハジメ達以外が驚く中、幸利は話し続ける。

 

「魔物を捕まえに1人で北の山脈地帯に行ったんだ。そこで、俺は1人の魔人族と出会った。最初はもちろん警戒したさ。だが、その魔人族は、俺との話し合いを望んだ。そして、わかってくれたのさ。俺の本当の価値ってやつを。だから、俺はそいつと……魔人族側と契約したんだよ」

 

「契約? それは、どのような?」

 

愛子が尋ねると…

 

「畑山先生……アンタを殺すことだよ」

 

「…………え?」

 

幸利は何でもないように言い、愛子は何を言われたのかわからずに間の抜けた声を漏らす。

 

「なんだよ、その間抜け面。自分が魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか? ある意味、勇者よりも厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ。"豊穣の女神"……アンタを町ごと滅ぼせば、俺は魔人族側の"勇者"として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。勇者の下で燻ってるのはもったいないってさ。やっぱり、わかる奴にはわかるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、おれで想像以上の軍勢も作れたし……だから、だから絶対にアンタを殺せると思ったのに! なんだよ! なんなんだよ!! なんで、60000の軍勢が負けるんだよ!? なんで、異世界にあんな兵器があるんだよ! お前は…お前達は一体何なんだよっ!!」

 

嘲笑するように言っていた幸利だったが、最後の方は喚き散らしてハジメ達にドロドロとヘドロのような濁り切った目を向けていた。

その合間に愛子も我を取り戻し、幸利の手をそっと握る。

 

「清水君。落ち着いてください」

 

「な、なんだよ! 放せよっ!」

 

突然触れられたことにビクッとした幸利は咄嗟に振りほどこうとしたものの、愛子が絶対に放さないと言わんばかりにさらにギュッと握り締め、真剣な眼差しを幸利に向ける。

その眼差しから目を逸らすように再び俯く幸利の表情は前髪で隠れてしまう。

 

「清水君。君の気持ちはよくわかりました。"特別"でありたい。そう思う君の気持ちは間違ってなどいません。人として自然な望みです。そして、君ならきっと"特別"になれます。だって、方法は間違えたけど、これだけのことが実際に出来るのですから……でも、魔人族側には行ってはいけません。君の話してくれたその魔人族の方は、そんな君の思いを利用したのです。そんな人に、先生は大事な生徒を預けるつもりは一切ありません。清水君。もう一度やり直しましょう? みんなには戦ってほしくありませんが、清水君が望むなら先生は応援します。君なら、絶対に天之河君達とも肩を並べて戦えます。そして、いつか…皆で日本に帰る方法を見つけ出して一緒に帰りましょう?」

 

幸利は黙って愛子の話を聞いて肩を震わせている。

誰もが、愛子の言葉に心打ったのだと思った。

 

しかし、現実とはいつも非情である。

 

「動くなぁ! ぶっ刺すぞ!!」

 

幸利の頭を撫でようとした愛子を、幸利は逆に愛子の首を絞めるように捕まえてどこからか針を取り出して愛子の首筋に突きつけた。

 

「いいかぁ!? この針はな、北の山脈の魔物から採った毒針だ! 刺せば、数分と持たずに苦しんで死ぬぞ! わかったら、全員武器を捨てて手を上げろ!!」

 

狂気に満ち、ヒステリックを起こした幸利の言葉に誰もが動きを取れないでいた。

 

「おい、お前! 厨二野郎! お前だよ! 後ろのもう1人じゃねぇよ! お前だっつってんだろ!! バカにしやがって、クソが! これ以上、ふざけた態度取る気ならマジで殺すからなっ! わかったら、銃を寄越せ! それと他の兵器もだ!」

 

幸利あまりに酷い呼びかけに、つい後ろを振り返って『自分じゃない』アピールをしてみるハジメだが、無駄に終わって嫌そうな表情をする。

ちなみに振り返った先の後ろには忍がいたのだが、忍は肩を竦めてやれやれと首を振っていたりする。

 

「いや、お前、殺されたくなかったらって……そもそも、先生殺さないと魔人族側に行けないんだから、どっちにしろ殺すだろ? じゃあ、渡し損じゃねぇか」

 

「うるさいうるさいうるさい! いいから黙って全部渡しやがれ! お前等みたいなバカ共は俺のいうことを聞いてればいいんだよ!! そ、そうだ、へへ。おい、お前のその奴隷も貰ってやるよ。そいつに持ってこさせろ!」

 

冷静に正論を言われてさらに喚き散らす幸利に対し…

 

「なぁ、親友。こういうクソ雑魚系ってもっと序盤に出てくるもんじゃないかい?」

 

「言ってやるな。勇者願望あんのに、セリフだけ聞いたら最初期に出て踏み台にされる盗賊レベルだしな」

 

というなんともシリアスの欠片もないやり取りをする化け物コンビ。

ちなみに幸利に視線を向けられたシアはハジメの後ろに隠れてしまった。

 

「俺が勇者だ。俺が特別なんだ。どいつもこいつもバカばっかりだ。あいつらが悪いんだ。問題ない。望んだ通りに上手くいく。だって、勇者だ。俺は特別だ。キヒ、キヒヒヒ……キヒャハハハハ!!」

 

そんな化け物コンビに怒りを抱きつつも、ブツブツと何にやら呟いて最後には奇声を上げて笑い出す。

 

「……し、清水君……どうか、話を……大丈夫…………ですから………」

 

そんな幸利に苦しそうながらも再度語り掛ける愛子だが…

 

「……うっさいよ。良い人ぶりやがって、この偽善者が。お前は黙って、ここから脱出するための道具になってればいいんだ」

 

しかし、愛子の声を聞いて幸利は首を絞める力を強めた。

そして、暗く澱んだ目をハジメに向け、ホルスターに収まる銃を見る。

 

仕方ないとばかりにハジメが手を下げた次の瞬間…

 

「っ!? ダメです! 避けて!」

 

そんな叫び声をあげると、一瞬にして完了した身体強化でハジメの縮地並みの速度で愛子に飛び掛かった。

突然の事態に幸利が愛子に毒針を突き刺そうとするが、シアが無理矢理愛子を引き剥がし、何かから庇うようにして身を捻ったのと同時に…

 

ギュインッ!!

 

蒼色の水流が幸利の胸を貫通して、ついさっきまで愛子の頭があった場所をレーザーの如く通過した。

 

「がぁっ!?」

 

幸利が吐血し、向かってくるレーザー水流『破断』をハジメがドンナーの早撃ちで撃ち払う。

 

「うぐっ」

 

シアの方は愛子を抱き締めながら突進の勢いのまま肩から地面にダイブして地を滑る。

 

「シア!」

 

そんな中、いち早くユエがシアの元へと向かい、追撃からシアと愛子を守るように陣取る。

 

「忍!」

 

「ちっ…血の匂いが濃くて索敵が遅れた!」

 

2人して『遠見』の技能で『破断』の射線を辿り、遠くで黒い服を着た耳の尖ったオールバックの男が、大型の鳥のような魔物に織り込む姿を見つける。

 

「外すなよ!」

 

「わかってる!」

 

ドンナーを両手で構えたハジメがレールガンを6発を撃つも、相手もそれは予期していたのかバレルロール気味に回避運動を行い、ハジメの銃撃を避けるが、魔物の片足と男の片腕が吹き飛ぶ。

 

「マジック・バレット、『雷鳴弾』!」

 

その追撃とばかりにアドバンスド・フューラーRを抜いた忍も即座に雷鳴弾を12発分撃ち込む。

 

ピシャアアァァァァッ!!!

 

暗雲もなく響く雷鳴と共に目標の空一体に雷撃が走る。

 

「ちっ…」

 

「……マジかよ」

 

雷撃に打たれて表面が黒焦げになりつつも魔物と男は遁走を図る。

その姿にハジメは舌打ちし、忍も驚愕の表情をする。

 

それでもダメージは相当与えたはず。

運よく生き延びたとしても戦場にはもう立てないだろう。

今から忍の神速で追いかけて確実にトドメを刺してもいいが、逃げた先がウルディア湖の方向だったので、流石に水の上は渡れないと忍も歯噛みする。

だが、どっちにしろハジメ達の情報が魔人族側に渡る可能性が出てきた。

出来れば、どこかで野垂れ死にしてくれればいいが…と思わずにはいられないハジメと忍だった。

 

「ハジメ!」

 

ユエも敵の逃走を察したのか、普段の落ち着いた声音とは異なる焦りを含んだ声でハジメを呼ぶ。

 

「は、ハジメさん……うくっ……私は……大丈夫、ですから……早く…先生さん、を………毒針が、掠っていて…」

 

脂汗を流しながらも引き攣った笑みを浮かべるシアと、顔が真っ青になって手足が痙攣し始めている愛子を見比べる。

その様子にやっと事態を飲み込み始めた生徒達や護衛騎士達がパニックを起こす。

 

「黙れ」

 

が、ハジメの押し殺したような一言に気圧され、パニックを起こしてた生徒達と護衛騎士達が後退って押し黙る。

 

ハジメが宝物庫から神水の入った試験管を取り出すと、その蓋を親指で弾き、愛子の口へと咥えさせる。

愛子としてはシアを優先しなかったハジメを咎めるような眼差しで見るが、ハジメからしたらシアの意思を優先したに過ぎなかった。

それほどまでにハジメの中でのシアの存在は大きくなっていたようだ。

 

しかしながら愛子の体は毒に侵され、思うように動かないらしく神水が飲めない。

業を煮やしたハジメは残りの神水を口に含むと、何の躊躇いもなく愛子に口付けして直接飲ませる方法を取る。

 

「っ!?」

 

その瞬間、愛子が大きく目を見開き、周りの男女から悲鳴と怒声が響き渡るが、そんなもんハジメは無視して自分の為すべきことを為すために真剣だった。

やがて、愛子の喉がコクコクと動いて神水を飲んでいく。

 

一瞬とも長いとも言える口付けを終え、ハジメは愛子から口を離して愛子の様子を観察する。

対する愛子はどこかボーっとしたまま焦点の合わない瞳でハジメを見つめている。

 

「先生」

 

「………………」

 

「先生?」

 

「………………」

 

「おい、先生!」

 

「ふぇ!?」

 

ハジメの呼びかけにやっと正気に戻る愛子。

 

「体に異変は? 違和感はないか?」

 

「へ? あ、えっと、その、あの、だ、だだ、大丈夫ですよ。違和感はありません。むしろ気持ちいいくらいで………って、今のは違います! 決して、その、あ、あれが気持ちよかったというわけではなく、薬の効果が……」

 

「そうか。ならいい」

 

テンパる愛子に対し、ハジメはかなりあっさりした対応でシアの方へと向かう。

 

「(ふむ、これでフラグが建ってたら…愛ちゃん先生、意外とチョロい?)」

 

その様子を見てた忍が不謹慎なことを考えてる間にシアにも神水が使われた。

まぁ、シアも口移しを要望したが、受け入れられず、ユエのお叱りやら愛子の弁解もあったものの、残る問題は…。

 

「……アンタ、清水は生きてるか?」

 

幸利の近くにいた護衛騎士に声を掛け、その一言に全員が『あっ』という顔をして幸利の方を向く。

 

「清水君! あぁ、こんな……酷い」

 

幸利の下へと駆け寄る愛子だが、出血が激しく持って数分だろう。

 

「し、死にだくない……だ、だずけ……こんなはずじゃ……嘘だ……あり得ない……」

 

幸利が助けを求めても誰も動かない。

これまでの所業から考えれば、さもありなんといったところだろうか。

だが、愛子だけは諦めておらず、藁にも縋る思いでハジメを見た。

 

「南雲君! さっきの薬を! 今ならまだ! お願いします!」

 

「やっぱりか…」

 

なんとなく予想していただろうハジメは溜息を吐きながら愛子と幸利の元へと歩み寄る。

 

「助けたいのか、先生? 自分を殺そうとした相手だぞ? いくらなんでも"先生"の域を超えてると思うけどな」

 

その問いに一瞬だけ揺らいだ瞳を見せたものの、すぐさま毅然とした表情で答える。

 

「確かに、そうかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。でも、"私が"そういう先生でありたいのです。何があっても生徒の味方、そう誓って先生になったのです。だから、南雲君……」

 

予想通りの答えにハジメはガリガリと頭を掻いて不機嫌そうになる。

しばし逡巡した後…

 

「清水。聞こえているな? 俺にはお前を救う手立てがある」

 

「!」

 

「だが、その前に聞いておきたい」

 

「………………」

 

救える、という言葉に反応し、幸利のギョロ目がハジメを見据える。

 

「……お前は……敵か?」

 

その問いかけに幸利は何かを宣うが、ハジメは言葉ではなく幸利の眼をジッと観察した。

そして、その結果、愛子を一瞬だけ見る。

 

「ダメェ!」

 

愛子もハジメを見ていたことから、その意図に気付き、ハジメの前に飛び出そうとするが…

 

ドパンッ!

ドパンッ!

 

それよりも早くハジメが幸利の頭に1発、心臓に1発を撃ち込み、その命を絶った。

 

…………………

 

ハジメが幸利の命を奪い、静寂が支配する。

 

「……どうして?」

 

そんな静寂の中、愛子が絞り出すような声で呟く。

 

「敵、だからな」

 

愛子の問いにハジメは簡潔に答えた。

 

ハジメは奈落の底での経験から幸利が改心する兆しがあるなら、愛子に首輪付きで任せようと考えていたのだが、その考えに反し、幸利の眼は酷く濁り切っていた。

つまり、改心する兆しがない。

なら、いずれ敵になる可能性もあるのなら今の内に芽を摘んでおこう、と…。

 

それがハジメの…今の生き方であり、愛子の言葉でも揺るがないほどの価値観を培ってしまっていた。

それでも愛子の言う『寂しい生き方』はハジメに色々と考えさせられているのも事実であり、もはやここでのやるべきことは終わったとばかりに踵を返す。

 

ただ、去り際に…

 

「先生の理想は、既に幻想だ。ただ、世界が変わっても俺達の先生であろうとしてくれていることは嬉しく思う。出来れば、折れないでくれ」

 

ハジメはそう愛子に伝え、ウィルを連れてブリーゼとアステリアを取り出すとそのままウルの町から去っていった。

 

後に残ったのは…何とも言えない微妙な空気と、生き残ったことを喜ぶ町の喧騒だけだった。



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第二十九話『フューレン、再び』

北の山脈地帯を背にブリーゼとアステリアが砂埃を舞い上げながら南へと街道を並走しながら疾走する。

目的地はフューレンだ。

 

ちなみにブリーゼの運転は当然ハジメで、隣にはユエがいて、そのさらに隣にはシアが座っている。

後部座席にはウィルの隣にセレナが座っている。

また、アステリアの方には忍の運転は変わらず、その後ろにシオンが乗っている。

ちなみにティオは…何故かブリーゼの荷台にいて、車体と荷台を繋ぐ窓から頭を車内に入れている。

 

「あのぉ~…本当にあのままでよかったのですか? 話すべきことがあったのでは? 特に愛子殿とは……」

 

そんな中、ウィルが気まずそうにハジメに声を掛ける。

 

「ん~? 別に、あれでいいんだよ。あれ以上、あそこにいても面倒なことにしかならないだろうしな。先生も今は俺がいない方が良い決断が出来るだろ」

 

「それは、そうかもしれませんが……」

 

「お前、ホントに人がいいというか何というか……他人のことで心配し過ぎだろ?」

 

そんな風に言うウィルに対してハジメは苦笑していた。

 

「ハッハッハッ、それがウィルの良いとこなんじゃないか? そうやって真摯に相手のことを気遣えるんだからよ」

 

と、そこへ忍も会話に参加する。

風の魔法で風圧などを調整しているので、普通に会話も可能なのだ。

 

「……いい人」

 

「いい人ですね~」

 

「いい人ね」

 

「いい奴じゃのぉ~」

 

「まぁ、いい人なのでは?」

 

そこにさらにユエ、シア、セレナ、ティオ、シオンと立て続けに"いい人"と褒められるウィルは嬉しさ半分微妙半分といった複雑な表情をする。

 

「あ、ありがとうございます……って私のことはいいのです。私は、きちんと理由を説明すべきだったのでは、と…そう言いたいのです」

 

「理由だと?」

 

「ほぉ?」

 

そんなウィルの言葉にハジメは眉をピクリと動かし、忍も感心したように耳を傾ける。

 

「えぇ。何故、愛子殿とわだかまりを残すかもしれないのに、清水という少年を殺したのか……その理由です」

 

「……言っただろ、敵だからって…」

 

「それは、彼を"助けない"理由になっていても、"殺す"理由にはなりませんよね? だって、彼はあの時、既に致命傷を負っていて、放っておいても数分の命だったのですから……わざわざ殺したのには理由があるのですよね?」

 

「……意外によく見てるんだな」

 

「ハッハッハッ、親友のそれに気付くとはやるじゃないの」

 

ハジメがどう答えたものかと考えている中、忍はただただ可笑しそうに笑っていた。

 

「……ハジメ、ツンデレ」

 

「………………」

 

『ツンデレ?』

 

ユエの言葉にハジメは黙秘を貫き、忍以外のメンツが首を傾げる。

 

「ツンデレとは、普段ツンケンしてるのに、時折見せるデレた時の言動のことを言うのさ」

 

「解説しなくていい」

 

忍の解説にハジメはゴム弾を発砲しようかと思っていると…

 

「……愛子へのお返し? それとも、ただの気遣い?」

 

「……もののついでだよ」

 

ユエに言われ、ハジメはそっぽを向いて運転に集中する。

 

その合間にユエによる説明が行われた。

簡単にわかりやすく言えば、愛子が幸利の死に責任を感じないように意識を逸らしたのだという。

 

そもそも幸利は魔人族に言葉にそそのかされていたものの、結局のところ自分の意志と欲望を優先して選択した結果が今回の"死"という形だったというだけだ。

さらに言えば、最終的に幸利に致命傷を与えたのは、逃げた魔人族である。

ハジメがトドメを刺さなくても時間が幸利を死へと誘っていただろう。

 

だが、それで愛子が納得するか?

と、問われれば答えはおそらくはノーだ。

最後の攻撃は明らかに愛子を狙ったものなのだから、それに"巻き込まれて幸利は死んだ"と勝手に解釈する可能性もあった。

そうした考えに至った時、ハジメは愛子の心が耐えられるだろうか?

と危惧した。

 

愛子とて、異世界召喚の被害者であり、不安も恐怖も感じているはずだ。

それでも今も頑張っているのは"先生"としての矜持を持っているからだろう。

そんな愛子を"先生"たらしめているのは"生徒"の存在があるから。

 

その矜持があるからこそ、逆に自分のせいで死なせてしまったという衝撃は大きく、下手をするとぽっきりとその心を折ってしまう可能性があった。

ハジメはこんなことで愛子に折られても困るという打算があったものの、それでも心配する気持ちも確かにあった。

 

それほどまでに愛子の説教がハジメに影響を与えたと言ってもいい。

例え、変心していても…その価値観が覆らなくても…先生には先生であってほしいのだと…。

ユエとシアの幸せのために説教してくれた恩師に義理を果たすべく、ハジメは幸利を"敵"として殺すことで強く印象付けることで、先生の心を守ろうとしたのだ。

 

そんなユエの説明を受けた一行の反応はというと…

 

「そういうことでしたか。ふふ、確かにツンデレですねぇ、ハジメさん」

 

「そういうことでしたか…」

 

「なるほどのぉ~、ご主人様は意外に可愛らしいところがあるのじゃな」

 

「意外よね」

 

「意外過ぎる」

 

「ハッハッハッ、流石は親友。アフターケアもバッチリだな!」

 

ハジメに向けられる一行の眼に生暖かさが宿る。

約一名、ケラケラと笑っているが…。

 

「……でも、愛子は気が付くと思う」

 

「………………」

 

無言でユエに視線を転じるハジメに、ユエは優しさを乗せた瞳を向ける。

 

「……愛子はハジメの先生。ハジメの心に残る言葉を贈れる人。なら、気が付かないはずがない」

 

「……ユエ」

 

「……大丈夫。愛子は強い人。ハジメが望まない結果には、きっとならない」

 

「………………」

 

その瞳を受け、ハジメも優しい表情になってユエを見つめる。

 

「はぁ~、また2人の世界を作ってます。いつになったら私もあんな雰囲気を作れるようになるのでしょう…」

 

「こ、これは何とも…口の中がなんだか甘く感じますね…」

 

「むぅ~、妾は罵ってもらう方が好みなのだが……ああいうのも悪くないのぉ」

 

「これを忍はずっと見てたのね」

 

「なんなのだ、一体…」

 

「ハッハッハッ、親友。運転中に2人の世界はやめとけって」

 

ハジメとユエのなんとも甘い雰囲気に当てられてブリーゼ車内のメンバーが居心地悪そうにしている。

特にシアは頬を膨らませて唇を尖らせている。

忍もその空気に当てられないように少しだけ距離を置く。

 

「それで、貴殿が覇王とはどういうことだ?」

 

ブリーゼとの距離が少し置いたところでシオンが忍に尋ねる。

 

「ん~、簡潔に言うと、俺の中には覇王の魂が宿っているんだ。7体全てのな。どういう経緯で俺の中に入ったかまでは知らないが…ともかく、大迷宮を創った解放者達7人と契約してた古の覇王達。俺はその能力を求めることにした。理由は…親友と同じく故郷に帰りたいからだ」

 

「故郷?」

 

「あぁ…実は俺と親友はアンタらの言うところの別世界の来訪者でな」

 

「なっ!?」

 

「この世界の神が召喚した神の使徒だなんて言われてるが、真実を知った以上…俺達は故郷へと帰る手段を探すことにしたのさ。ハッキリ言って誘拐されたも同然だしな。そこで神だのなんだのが立ち塞がるなら、俺達は噛み砕いて前に進む。そういう覚悟で旅をしてるんだ。ま、今回の場合は完全な寄り道だが…それでも収穫があったからな」

 

「…………………………」

 

忍の言葉にまじまじと忍の後頭部を見つめるシオン。

 

「既にオルクス大迷宮とライセン大迷宮は攻略し、俺達はそれぞれの神代魔法と、俺は覇王の能力を獲得した。次はグリューエン大火山だ。ま、その前にフューレンって商業都市にウィルを連れていかないと依頼達成にはならないからな」

 

そうしてシオンに色々と情報を開示していると…

 

ドパンッ!

 

ブリーゼから発砲音が聞こえてきた。

 

「なんだ?」

 

ふと気付けば少し距離が開いていた。

話に集中してて速度が落ちたのだろうか、と思って忍が再びブリーゼに並走するように速度を上げて追いつくと…

 

ドパンッ!

ドパンッ!

ドパンッ!

 

連射音が響くと同時に…

 

「あぁあん!」

「激しいのじゃ!」

「ご主人様ぁ~」

 

発砲音ごとにティオの妙に艶めかしい声が聞こえてきた。

 

「「……………………」」

 

シオンはどこか虚ろな瞳になっており、忍は何と声を掛けていいのか迷っていた。

そうこうしてる内にティオがブリーゼの中に侵入する。

 

「ハァハァ、全く……所構わずじゃな。しょうがないご主人様じゃ。じゃが、安心せよ。どのような愛でも妾は受け切ってみせる。だから……もっとしてもいいんじゃよ? もっと激しくしてもいいんじゃよ?」

 

「黙れ、変態。身を乗り出すな、こっちに寄るな。むしろ、今すぐそこのドアを開けて飛び降りろ」

 

「ッ!? ハァハァ……どこまでも妾を理解してくれるご主人様め。じゃが、断る。妾は、ご主人様について行くと決めたからの。竜人族としての役目も果たせそうじゃし、責任も取ってもらわねばならんし、別れる理由が皆無じゃ。ご主人様がなんと言おうと、ついて行くぞ。絶対に離れんからな」

 

ティオの変態発言に対し、冷たく対応するハジメだが、その一言でも感じるらしく表情が蕩けている。

しかし、断固とした主張を掲げている。

…………………とても台詞と表情が合っているとは言い難いが…。

 

「ふざけんな。何が責任だ。あれはただの殺し合いの延長だろ。殺されなかっただけマシだと思え。それに、竜人族の役目というなら勇者君がいるだろうが。あいつが召喚の中心なんだから、あいつのとこに行けよ」

 

「嫌じゃ。絶対に嫌じゃ。勇者とやらがどんな奴かは知らんが、ご主人様より無慈悲で容赦ないお仕置きをしてくれるとは思えん! それに見くびるでない! 既に妾は"ご主人様"と呼ぶ相手を決めておる。気分で主人を変える尻軽ではないわ!」

 

眼を"クワッ!"と見開いて拳を握りながら力説するティオだが…その根本にはハジメの情け容赦ないお仕置きが捨てられないという変態宣言である。

 

「あぁ、お嬢様にこんな性癖があったなんて…」

 

忍の後ろでシオンが泣いている。

 

「まぁ、その扉を開け放ったのは親友だからなぁ…」

 

その事実があるので、忍もハジメの弁護はしなかった。

 

「逃げても追いかけるからの? あちこちの町で、妾の初めてを奪った挙句、あんなことやこんなことをしてご主人様無しでは生きていけない体にされたと言いふらしながら、ご主人様の人相を伝え歩くからの?」

 

「お、お前なぁ~…」

 

「うわぁ、質が悪ぃ~」

 

ティオの脅迫まがいの言葉に心底嫌そうにティオを睨むハジメと、それを横で聞いて引き攣った表情になる忍。

 

「そう嫌そうな顔をするでない、ご主人様よ。妾は役に立つぞ。ご主人様達ほど規格外ではないが、あの戦いで証明は出来ているじゃろ? 何を目標としておるかわからんが、妾にもお供させておくれ。ご主人様、お願いじゃ」

 

「生理的に無理」

 

「っ!?!?! ハァハァ………んっ! んっ!」

 

破壊力抜群の一言に体を自分で抱き締めるようにして何かに堪えるような声を漏らす。

もはや、色々と手遅れだろう。

 

「……と言いたいところだが、何を言っても無駄なんだろ? 俺達の邪魔さえしなければもう好きにしろよ。俺には、もうお前をどうこうする気力自体が湧かない…」

 

が、ハジメの方が折れた。

 

「お? おぉ~、そうかそうか! うむ。では、これからよろしく頼むぞ、ご主人様、ユエ、シア、忍、セレナ。妾のことはティオでいいからの! ふふふ、楽しい旅になりそうじゃ。シオンも良いな?」

 

それを聞いてティオが嬉しそうに並走してる忍の後ろにいるシオンに声を掛けた。

 

「はぁ…………………はい、お嬢様」

 

虚ろな瞳で答えるシオンは遠くを見た。

 

「皆さま。お嬢様がご迷惑をかけると思いますが、何卒ご容赦ください。私も、覇王を見極めるために同行させていただきますので、よろしくお願い致します」

 

その後、気を取り直してティオとは逆にしっかりとした挨拶をするシオン。

そんなシオンの様子に、ユエはかつて憧れた竜人族の姿を垣間見たのか、少しだけイメージが回復するのを感じるような気がした。

まだ、幻想と消え去った訳ではない。

ティオが酷いだけで、シオンはきっと普通であると信じることにした。

 

こうして新たな旅の仲間を迎え、一行はフューレンへと向かう。

 

………

……

 

そうしてフューレンへと到着した一行はブリーゼとアステリアに乗ったまま門前の長蛇の列に並んだ。

ウルでの大立ち回りというか大暴れというか…余程の田舎でもない限り、一週間くらいで情報が出回ると予想したためにブリーゼなどのハジメ謹製のアーティファクトを隠すのをやめたのだ。

 

まぁ、待ってる間にシアの首輪をチョーカーに手直ししたり、前にいたチャラ男が絡んできてハジメがぶん投げたり、それに気づいた門番達に(こちらに非がないというように)説明したりしていた。

その後、ハジメ達のことをギルド支部長から通達されていたのか、順番をすっ飛ばしてフューレンの中へと入っていった。

 

そして、冒険者ギルドに向かい、中の応接室で待つこと5分。

 

バンッ!!

 

応接室のドアを文字通り蹴破って支部長のイルワ・チャングが入ってきた。

 

「ウィル! 無事かい!? 怪我はないかい!?」

 

以前の落ち着いた雰囲気などかなぐり捨てて、視界にウィルを捉えると挨拶もなく安否を確認するイルワは、かなり心配していたのだろうことがわかる。

 

「イルワさん。すみません……私が無理を言ったせいで、色々と迷惑を…」

 

「何を言うんだ。私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった。本当によく無事で……ウィルに何かあったらグレイルやサリアに会わせる顔がなくなるところだよ。2人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来てるんだ」

 

「父上とママが……わかりました。すぐに会いに行きます」

 

「あぁ、そうしなさい。それと後で大事な話があるから、用事が済んだら来てくれ」

 

「? わかりました」

 

イルワの最後の言葉に首を傾げながらも、ウィルは両親の滞在先を聞くと、イルワとハジメ達に改めて礼を言ってからその場を後にした。

ウィルが出て行った後、イルワはハジメ達に頭を下げる。

 

「ありがとう。君達には本当に感謝の念しかない。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった」

 

「まぁ、生き残っていたのはウィルの運が良かっただけだろうさ」

 

「ふふ、そうかな? 確かに、それもあるだろうが……何万もの魔物の群れから守ってくれたのは事実だろう? 女神の剣様?」

 

にこやかに笑いながらハジメの演説時に言った二つ名を言うイルワに、ハジメは顔を引き攣らせる。

 

「ハッハッハッ、情報は既に入ってるってか?」

 

「ギルドの幹部専用だけどね。長距離連絡用のアーティファクトがあるんだ。私の部下が君達に付いていたんだよ。といっても、あのとんでもない移動用アーティファクトのせいで常に後手に回っていたようだけど……彼の泣き言なんて初めて聞いたよ。諜報では随一の腕を持っているんだけどね」

 

「なるほど」

 

イルワの苦笑いに忍が相槌を打つ。

 

「それにしても大変だったね。まさか、北の山脈地帯の異変が大惨事の予兆だったとは……二重の意味で君達に依頼して正解だったよ。数万の大軍を殲滅した力にも興味はあるが……聞かせてくれるかい? 一体、何があったのか」

 

「あぁ、構わねぇよ。だが、その前にユエとシアのステータスプレートを頼むよ。ティオは…」

 

「うむ、2人が貰うなら妾の分も頼めるかの?」

 

「……ということだ」

 

そんな風にハジメが要求すると…

 

「あ、俺にはステータスプレートを7つ用意してくれ」

 

忍が便乗するように要求した。

 

「な、7つも?」

 

「あぁ、ちょっと渡す相手が都合7人いるからな。セレナとシオンの分も含めて、な」

 

「ふむ…?」

 

「ま、その話も後で親友と一緒にするさ」

 

「………………いいだろう。ステータスプレート10枚だね」

 

「悪いね」

 

そうしてイルワは職員に真新しいステータスプレートを10枚持ってこさせ、その職員に退室を命じた。

 

その内、3枚はユエ、シア、ティオに渡され、残る7枚は忍が持っていき、セレナとシオンに渡した。

 

-----

 

セレナ 16歳 女

レベル:28

天職:覇狼の巫女

筋力:95

体力:100

耐性:75

敏捷:150

魔力:-

魔耐:-

技能:覇道巫女

 

-----

 

シオン 519歳 女

レベル:70

天職:皇龍の巫女

筋力:680 [+竜化状態4080]

体力:950 [+竜化状態5700]

耐性:900 [+竜化状態5400]

敏捷:750 [+竜化状態4500]

魔力:4290

魔耐:3940

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏]・支配巫女・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]

 

-----

 

ユエ、ティオ、シオンは既に滅んだとされる種族固有のスキルを持ち、シアも種族の常識を完全に無視しており、いずれもステータスが特異なことになっている。

唯一セレナだけが一般的…かどうかはともかく、よくわからない技能を持っている以外は問題視されないだろう。

ただ、このパーティー内で言えば………多くは語るまい。

 

「いやはや……何かあるとは思っていましたが、これほどとは…」

 

そんなこと言っていつもの微笑みが引き攣ったイルワに対し、ハジメはお構いなしとばかりに事の顛末と情報を開示していく。

 

狂った神の遊戯、大迷宮の秘密、反逆者の本当の姿、神代魔法のこと、旅の目的、先のウルでの出来事など。

覇王に関しては忍が伝え、巫女の存在や覇王の能力についても簡単に説明した。

 

全てを聞き終わったイルワは、一気に10歳くらい歳を取ったような疲れた表情でソファに深く座り直した。

 

「……道理でキャサリン先生の目に留まるわけだ。ハジメ君とシノブ君が異世界人だということは予想していたが……実際は、遥か斜め上をいったね……」

 

「……それで、支部長さんよ。アンタはどうするんだ? 危険分子だと俺達を教会に突き出すか?」

 

その質問にイルワは佇まいを正すと、ハジメに非難じみた視線を送る。

 

「冗談がキツイよ。出来るわけないだろう? 君達を敵に回すようなこと、個人的にもギルド幹部としてもあり得ない選択肢だよ。それに、見くびらないでほしい。君達は私の恩人なんだ。そのことを私が忘れることは生涯ないよ」

 

「……そうか。そいつは悪かったな」

 

ハジメが肩を竦めながら謝罪する。

 

「私としては、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は、上の方も議論が紛糾して君達に下手なことはしないと思う。一応、後ろ盾になりやすいように、君達の冒険者ランクを"金"にしておく。普通、"金"を付けるには色々と面倒な手続きがあるんだが……事後承諾でも何とかなるよ。キャサリン先生と私の推薦、それに"女神の剣"という名声があるからね」

 

他にもフューレンにいる間はギルド直営の宿のVIPルームを使わせてもらったり、イルワの家紋入り手紙を用意してくれたりした。

何とも大盤振る舞いなイルワだが、今回のお礼の他にもハジメ達とは友好な関係を築いておきたいという、かなりぶっちゃけたことも言っていた。

 

イルワと別れた一行は早速フューレン中央区にあるギルド直営の宿のVIPルームで寛いでいた。

途中、ウィルが両親であるクデタ伯爵夫妻と共に訪ねてきたりもした。

筋の通った人物であるのか、しきりにお礼をしたいと言っていたが、ハジメも忍も辞退したので、何か困ったことがあったら力になると言い残して去っていった。

 

VIPルームは広いリビングの他に個室が四部屋付いていて、その全てに天蓋付きのベッドが備え付けられており、テラスからは観光区の方を一望出来るようになっている。

リビングの超大型ソファに寝転ぶハジメに膝枕するユエと、足元に座るシア。

忍はセレナを連れてテラスに出ている。

ティオとシオンは物珍しげにキョロキョロとしている。

 

「とりあえず、今日はもう休むか。明日は消費した食材とかの買い出しとかしないとな」

 

ハジメが明日の予定を口にすると…

 

「あのぉ~、ハジメさん。約束……」

 

シアから待ったがかかる。

 

「……そうだったな。観光区に連れて行くんだったか」

 

頑張ったシアにご褒美として一日付き合う約束をしていたハジメだった。

 

「それなら俺らが行っとくから、親友はゆっくりデートでも楽しめばいいさ」

 

「……ん、シノブの言う通り。買い物は私達で済ませておくから、シアを連れてってあげて?」

 

テラスから戻ってきた忍がそう言うと、ユエもシアの後押しをするように言う。

 

「……いいのか?」

 

そのハジメの確認に忍とユエが頷く。

ただ…

 

「ん……その代わり……」

 

「代わりに?」

 

優しげな表情から一瞬にして妖艶なものに変わると、舌なめずりをしてからハジメの耳元に口を近付けて…

 

「……今夜はたくさん愛して」

 

そう囁いていた。

 

「……ん」

 

ユエみたいな返事をするハジメを見て…

 

「ごちそうさまで…」

 

「慣れって怖いわ…」

 

「……気が付けば、ごく自然に2人の世界が始まる。ユエさん、パないです」

 

「ふむ、それでもめげないシアも相当だと思うがのぉ。まぁ、妾はご主人様に苛めてもらえれば満足じゃから問題ないが……シアは苦労するのぉ~」

 

「………………///」

 

残りのメンバーがいろいろ言っている。

シオンだけ頬を染めて顔を逸らしたが…。

 

こうして、その日の夜は更けていく。



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第三十話『そうだ、裏組織を壊滅させよう』

翌日。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「行ってきますですぅ~♪」

 

ハジメとシアが観光区にデートに出掛ける。

 

「おう、気ぃつけてなぁ~」

 

「……いってらっしゃい」

 

忍とユエがそれを見送る。

 

「さてはて、こっちもこっちで商業区に買い出しに行きますか」

 

「……ん」

 

「そうね。まぁ、人は多いから分担してもいい気がするけど…」

 

「「…………………」」

 

セレナの言葉にティオとシオンが視線を逸らす。

 

「まぁ、かくいう私も市場なんてフェアベルゲンしか知らないんだけど…」

 

「団体行動かねぇ~?」

 

「……ん。シノブが荷物持ちなのは確定」

 

「ですよね~」

 

ハジメを除けば唯一の男手なので、忍はしゃあないかとも思っていた。

 

「宝物庫は親友が持ってるしな…借りときゃよかったか?」

 

そんな愚痴を零しつつも皆で出掛けることとなる。

 

「とは言え、人数が増えたからな。それなりに必要かな?」

 

「……一応、宝物庫の備蓄はあったはずだから。そんなには必要ないと思う。まぁ、商業区で色々見て回るのもいいかも」

 

「さいですか」

 

宿から出て商業区へと向かう忍達はそんな会話をしていた。

 

 

 

それから忍達5人は本当に商業区をぶらぶらとしていた。

昼食も適当に取りつつ、なんでもないような会話も交えていた。

 

そんな中…

 

「ふむ。それにしても、ユエよ。本当に良かったのか?」

 

ブティックで商品を品定めしているユエにティオが尋ねる。

 

「? ……シアのこと?」

 

「うむ。もしかすると今頃、色々と進展しているかもしれんよ? ユエが思う以上にの?」

 

「確かに、意中の殿方なのだろう? それを親しいとは言え、他の女性に勧めるというのは…」

 

ティオの言葉に続くようにシオンも気になったのか、少し躊躇いながらも言葉にする。

 

「……他の女性じゃない。シアだから。それにそうなってくれた方が嬉しい」

 

「嬉しいじゃと?」

 

「な、何故?」

 

ユエの言葉にティオとシオンが首を傾げる。

 

「……最初は、ハジメにベタベタするし、色々と下心も透けて見えたから煩わしかった。でも、あの娘を見ていてわかった」

 

「「わかった?」」

 

「……ん。あの娘はいつも全力。一生懸命。大切なもののために、好きなもののために。良くも悪くも真っ直ぐ」

 

「ふむ。それは見ていてわかる気がするの。だからほだされたと?」

 

「確かに、あの明るさは周囲の人間にも影響を与えそうではあるが…しかし、それだけでは理由としては弱いのでは?」

 

ティオとシオンが確認すると…

 

「……半分は」

 

ユエはそう答える。

 

「半分? もう半分はなんじゃ?」

 

「……シアは、私のことも好き。ハジメと同じくらい。意味は違っても大きさは同じ。可愛いでしょ?」

 

ティオの疑問に口元に笑みを浮かべてユエが答える。

 

「……なるほどの。あの娘にはご主人様もユエもどちらも必要ということなんじゃな。混じりけのない好意を邪険に出来る者は少ない。あの娘の人徳というものかの。ふむ…ユエのシアへの想いはわかったが……じゃが、ご主人様の方はどうじゃ? 心奪われるとは思わんのか? あの娘の魅力は重々承知じゃろ?」

 

その質問に対し、ユエは肩を竦めたかと思うと、おもむろに妖艶な笑みを見せて唇をチロリと舐める。

ちなみにユエの色気で通行人が立ち止まって見惚れていたり、通行人同士が衝突したりとプチ事故が多発した。

 

「……ハジメには"大切"を増やしてほしいと思う。でも……"特別"は私だけ。奪えると思うなら、やってみればいい。いつでもどこでも誰でも……受けて立つ」

 

そんな絶対の自信を持ってユエはティオを見る。

 

「っ…」

 

その言い知れぬ迫力に無意識に後退るティオ。

 

「なっ…」

 

そんなティオの姿を見てシオンも言葉が出なかった。

 

「まぁ……喧嘩を売る気はない。妾は、ご主人様に罵ってもらえれば十分じゃしの」

 

「……変態」

 

「お嬢様…」

 

呆れた表情を向けるユエと諦めの表情を浮かべるシオンに、ティオはカラカラと笑うのだった。

 

「混ざらないの?」

 

「流石にガールズトークに割って入る程の度胸はないさ」

 

完全に蚊帳の外であった忍にセレナが声を掛ける。

 

「そういえば、シノブはセレナを大事にしておるが、もうそういう関係なのか?」

 

「ド直球ですな、ティオさんや」

 

カラカラ笑うティオが次なる標的として忍に言った。

 

「まぁ、セレナが大事なのは確かなんだが…俺、向こうの世界に恋人いるしな」

 

「ほ?」

 

「は?」

 

「………………」

 

予想外の答えにティオとシオンが驚き、セレナは特に何も言わなかった。

 

「まぁ、告って一日未満でこっちに飛ばされたからな。仮にこっちと向こうの時間の流れが同じだとして…普通なら自然消滅って言われてもおかしくないんだけどな。明香音のやつ、大丈夫だといいんだが…」

 

そう言って空を見上げる忍の眼は本気で心配しているようだった。

 

「それなのに、セレナが大事と?」

 

そんなティオの問いに対し…

 

「あぁ。明香音のことも確かに心配だが…帰る目処がつくまではこっちの世界に居続ける必要があるだろ? なら、こっちで出会った"大切"を俺は大事にしたいんだよ。巫女だなんだと言ってもセレナはそんなん関係なくついてきてくれたしな」

 

忍はそう答えていた。

 

「わ、私は覇王を見極めるために…///」

 

「わかってるって……でも、それとこれとはまた違うだろ? だから、俺はセレナを大事にしたいんだよ」

 

「な、何が"だから"か意味わかんないし!///」

 

「ハッハッハッ、照れない照れない」

 

「照れてない!///」

 

そんな忍とセレナのやり取りを…

 

「…………………………」

 

シオンが微妙な目で見ていた。

 

「(同じ巫女であるはずなのに、この差は何なのか?)」

 

という具合なことを考えていたりする。

 

「(私だって巫女なのだ。だったら…………………"だったら"? 私は一体何を…そもそも彼とは出会って間もない。互いを知らないではないか。それに彼には恋人がいるというし……いや、それを言ったらセレナ殿はどうなるという話に……やはり、そうとなれば同じ巫女として、私もセレナ殿のように親密に………なってどうする!? 私は見極めねばならない立場だろうに!)」

 

そんなことを思いながら、なんか色々と百面相しているシオンだった。

 

「シオンは、どうしたんだ?」

 

そんな様子を見て忍が首を傾げると…

 

「やれやれ、じゃな」

 

シオンもまた乙女なのだな、とティオが肩を竦めた時だった。

 

「? この匂いは…」

 

忍が何かに感付き、そちらの方を見ると…

 

ドガシャンッ!!!

 

「ぐへっ!?」

「ぷぎゃあ!?」

 

すぐ近くの建物の壁が破壊され、そこから2人の男が顔面で地面を削りながら悲鳴を上げて転がり出てきた。

さらに同じ建物の窓から数人の男がピンボールのように吹き飛んでくる。

さらにさらに建物の中から壮絶な破壊音が響き渡っており、その度に建物が激震して外壁が罅割れ砕けて落ちていく。

そして、男共が変な方向に腕を曲げながらビクンビクンと痙攣していると、遂に建物が耐えられなくなったのか崩壊していった。

 

「「「「「…………………………」」」」」

 

野次馬が逃げていく中、忍が動かずに建物の方を向いているので、他のユエ達も揃って建物の方をじっと見ていると…

 

「あぁ、やっぱりお前等の気配だったか……」

 

「あれ? ユエさん達じゃないですか。どうして、こんなところに?」

 

そこには何故かデート中であるはずのハジメとシアの姿があった。

 

「……それはこっちの台詞。デートにしては過激過ぎ」

 

「全くじゃのぉ~。で? ご主人様よ。今度はどんなトラブルに巻き込まれたのじゃ?」

 

「ハッハッハッ、これでトラブル体質は親友で決まりだな」

 

「そういう問題?」

 

「違うと思うぞ?」

 

忍のズレた発言にセレナとシオンがツッコミを入れる。

 

「あはは、私もこんなデートは想定していなかったんですが……成り行きで、ちょっと人身売買している組織の関連施設を潰し回っていまして…」

 

「……成り行きで裏組織と喧嘩?」

 

呆れた表情のユエにシアが乾いた笑みを浮かべる。

 

「で? どういうことよ。親友?」

 

ハジメに事情を聞く忍にティオ、セレナ、シオンがうんうんと頷く。

 

「まぁ、ちょうどいい。人手が足りなかったとこだ。説明すっから手伝ってくれないか?」

 

通りに倒れている男共を瓦礫と化した建物の上に放り投げた後、ハジメは事情を説明した。

 

シアとデートしている時、下水道に気配を感じた。

ハジメの感じた感覚としては子供だったので、さっそく助けに錬成を用いて助けに行った。

そこには流されている3、4歳くらいの子供がいた。

但し、その子供は亜人族である『海人族』である。

 

海人族は西大陸の果て、『グリューエン大砂漠』を越えた先の海、その沖合にある『海上の町エリセン』で生活しており、ハイリヒ王国から公に保護されている亜人族の中でも特異な立ち位置を持っている。

彼等はその種族特性を活かして大陸に出回る海産物の八割を担っていることが理由だ。

 

話を戻そう。

その海人族の幼女…名を『ミュウ』という…を助け、簡素な風呂に入れて着替えも買ってきて着させ、髪をドライヤー(これもアーティファクトで再現)で乾かしたりした後、保安署に預けることにした。

のだが、ミュウがハジメとシアに懐いてしまい、それをなんとか保安署の人達とともに宥めたりして預けた。

しかし、保安署が爆破され、再びミュウが連れ去られてしまった。

 

『海人族の子を死なせたくなければ、白髪の兎人族を連れて○○まで来い』

という置手紙を残して。

 

そして、指定してきた場所に行ったら、そこには武装したチンピラがうじゃうじゃいて、ミュウ自身はいなかったらしい。

相手の意図が透けて見えるとはこのことだろうか。

あと、ユエやティオ、セレナ、シオンの誘拐計画もあったそうで…

 

しかも今回の相手がかなり悪かった。

化け物に手を出したのだから、恐らくこの裏組織は今日中には壊滅するだろうことは確定事項なのだろう。

 

何故なら…

 

「ハッハッハッ、水臭いじゃないの。そういうことなら是非手を貸そうじゃないのさ」

 

化け物コンビが手を組むのだ。

これで相手は逃げることも許されないだろう。

 

こうして、ハジメとユエ、シアとティオ、忍とセレナとシオンの三組に分かれ、裏組織『フリートホーフ』の殲滅に乗り出すのだった。

 

………

……

 

シアとティオがフリートホーフの本拠地に向かい、ハジメとユエは観光区の近くに向かう中…

 

「ここか」

 

忍とセレナとシオンは職人区の外壁近くにある建物の前にいた。

 

「じゃ、行きますか」

 

何の躊躇いもなく建物に入ると…

 

「なんだ、テメェら…ふぎゃ!?」

 

「はいはい。そういうのいいから…」

 

立ちはだかる男を蹴り飛ばして中に入っていく。

 

「ふ~む……特にこれといった匂いはしないな………まぁ、強いて言うなら…」

 

「「強いて言うなら?」」

 

「カビっ臭い」

 

そう答えながら地下への階段を降っていく忍の後を付いていくセレナとシオンは顔を見合わせる。

 

「ん?」

 

地下には牢獄があり、ここには年頃の少年少女の姿がちらほらと見える。

見た感じ、人間族が占めているようである。

心なしか皆絶望しているようにも見える。

 

「ここで監禁して、闇オークションに出す時に移送する感じか?」

 

そんな予想をしながら忍は牢獄が左右に並ぶ通路を歩いていく。

 

「親友みたく錬成使えないしな…かと言ってここで手間取るわけにもいかないし……よし、こうしよう」

 

すると、忍は黒狼を抜き…

 

「ふっ!」

 

斬ッ!!

 

奥の牢獄の鉄格子を文字通り"斬って"人一人通れる隙間を作る。

 

「さ、逃げるチャンスだぜ? とは言え、ちと待っててほしいがな」

 

牢獄にいる自分よりも2、3歳下の少年少女達にそう言いながら次々と牢獄の鉄格子を斬っていく。

 

すると…

 

「貴様! 何をして……!!」

 

ドゴンッ!!

 

アドバンスド・フューラーRを素早く引き抜いてやってきた男の頭部に発砲すると、男の頭が吹き飛び血飛沫を上げて崩れ落ちる。

 

「ひっ…!」

 

それを間近で見ていただろう牢獄にいた少女が小さく悲鳴を上げると…

 

パタリ…

 

気を失ってしまった。

 

「あ、刺激が強過ぎたか?」

 

「そういう問題じゃないでしょ!!」

 

「はぁ…」

 

そんな風に言う忍にセレナが苦言を呈し、シオンが頭痛そうにする。

 

「(しかし、普通にヘッドショットしちまったな……俺もだいぶ麻痺してきたか?)」

 

そう思ってアドバンスド・フューラーRを握る右手を見ると、微かに震えていた。

 

「(…………………そうでもないか…)」

 

自虐的な笑みを浮かべながら忍は全ての牢獄の鉄格子を斬ると、気絶した少女をお姫様抱っこで抱え、捕まっていた少年少女を引き連れて地上へと向かう。

ちなみにセレナとシオンは殿を務めている。

 

で、地上に出た瞬間…

 

「出てきたぞ! やっちまえ!!」

 

複数の男共が襲い掛かってきたが…

 

「遅い」

 

神速を用いて男共の頸椎を蹴り砕いて一瞬で絶命させていく。

ただ、その度に忍は無意識に顔を顰めるが、本人は気付いていない。

 

傍から見れば忍が消えたように見えたか、もしくは普通に歩いているようにしか見えず、周りの男共は勝手に倒れているようにしか見えない。

 

すると…

 

ドッガァアアアン!!!

 

観光区の方角から『花火』という名の爆破が起き…

 

ピシャアアァァァァ!!!

 

4体の雷龍がフリートホーフの重要拠点4ヵ所に落ちる。

 

「親友も派手にやったなぁ~」

 

「「…………………………」」

 

忍の言葉にセレナもシオンも言葉がなかった。

 

『…………………………』

 

後ろから付いて来て、その様にただただ呆然とする少年少女達を尻目に…

 

「(全員、イルワ支部長のとこに集合な)」

 

ハジメからの念話が届き…

 

「さてと…では、皆の者。強く生きろよ!」

 

そう言い残し、忍は颯爽とその場を後にした。

それを慌てて追いかけるセレナとシオンだったが…一つ気掛かりなことがあった。

 

「その娘、どうするの?」

 

忍は気を失った少女を抱えたままだ。

 

「あぁ…この娘から気になる匂いがした」

 

「「匂い?」」

 

「ユエさんと似た匂いだ」

 

それはどういうことなのか…セレナとシオンは再び顔を見合わせた。

 

………

……

 

騒動の後、冒険者ギルドの応接室に集まった一行はイルワと面会していた。

 

「倒壊した建物22棟、半壊した建物44棟、消滅した建物5棟。死亡が確認されたフリートホーフの構成員112人、再起不能40人、重傷27人、行方不明者107人……で? 何か言い訳はあるかい?」

 

「カッとなったので計画的にやった。反省も後悔もない」

 

「はぁ~~~~~~」

 

報告書を片手にハジメにジト目を向けるイルワだったが、ハジメの回答に深く長い溜息を吐く。

 

「まさかと思うけど……メアシュタットの水槽やら壁やらを破壊してリーマンが空を飛んで逃げたという話…………関係ないよね?」

 

「え、なにその面白そうな話?」

 

イルワの言葉に忍が面白そうな話題だと興味を示す。

 

「まぁ、ともかく…今回の件、やり過ぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね。正直、助かったと言えば、助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きは真っ当な商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね。ハッキリ言って彼等の根絶は夢物語というのが現実だった。ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね。はぁ…保安局と連携して冒険者も色々と大変になりそうだよ」

 

「まぁ、元々その辺はフューレンの行政がなんとかするとこだろ? 今回は、たまたま身内にまで手を出されそうだったから反撃したまでだし…」

 

忍の言葉をスルーしてイルワが話を続け、それにハジメが答える。

 

「ただの反撃で、フューレンにおける裏世界三大組織の一つを半日で壊滅かい? ホント、洒落にならないね」

 

その答えにイルワは苦笑いしか出来なかった。

 

「一応、そういう犯罪者集団が二度と俺達に手を出さないように、見せしめを兼ねて盛大にやったんだ。支部長も、俺等の名前を使ってもいいんだぞ? 何なら、支部長お抱えの"金"だってことにすれば…相当な抑止力になるんじゃないか?」

 

「おや、いいのかい? それは凄く助かるけど……そういう利用されるようなことは嫌うタイプだろ?」

 

ハジメの言葉にイルワが意外そうな表情をするが、その瞳は『是非、使わせてもらいたい!』と雄弁に物語っていた。

 

「まぁ、持ちつ持たれつってな。世話になるんだし、それくらい構わねぇよ。支部長なら、その辺の匙加減もわかるだろうし。俺等のせいで、フューレンで裏組織同士の戦争が起きて、一般人も巻き込まれました、ってのは気分が悪いしな」

 

「……ふむ。ハジメ君、少し変わったかい? 初めて会った時の君は、仲間のこと以外はどうでもいいと考えてるように見えたけど……ウルで良いことでもあったかい?」

 

「……ま、俺的に悪いことばかりじゃなかったよ」

 

「ハッハッハッ、流石ギルド支部長。よく見てるな」

 

そんな風に話した後…

 

「それで、そのミュウ君と、そちらの……」

 

イルワがハジメの膝に座るミュウと、少し離れた場所に座る忍が連れてきた少女を見る。

 

「……………………ファルよ」

 

膝裏まで伸びた銀髪と深紅の瞳を持ち、儚げな印象を与える可愛らしい顔立に全体的な線は細いが、均等の取れた体型の少女は、不機嫌そうな表情をしながらも自分の名を名乗る。

 

「ファル君だね。では、先にミュウ君についてだが……こちらで預かり、正規の手続きでエリセンに送還するか。君達に預けて依頼という形で送還してもらうかの二つの方法がある。君達はどっちがいいかな?」

 

それを聞き…

 

「公的機関に預けなくていいのか?」

 

「まぁ、君の"金"と今回の暴れっぷりの原因がそのミュウ君の保護だからね。それなら任せてもいいと考えているよ」

 

ハジメが疑問を口にするが、イルワは問題ないと言う。

 

「ハジメさん……私、絶対この子を守ってみせます。だから、一緒に……お願いします」

 

「お兄ちゃん……一緒……め?」

 

シアの願いとミュウの悲しそうな表情にハジメは肩を竦める。

 

「まぁ、最初からそうするつもりで助けたしな。ここまで情を抱かせておいて、"はい、さようなら"なんて真似はしねぇよ」

 

「ハジメさん!」

 

「お兄ちゃん!」

 

ハジメの言葉に満面な笑みを浮かべるシアとミュウ。

 

「では、ミュウ君のことはそれでいいとして…………ファル君はこれからどうするつもりだい?」

 

「別にどうも…」

 

イルワの質問にファルはなんとも無気力気味に答える。

 

「ご家族の元に戻らないのかい?」

 

「家族や親戚なんてのもいないし……」

 

どうやらファルには頼れる存在がいないようだ。

"それに…"と続けたファルの言葉に一同は驚くことになる。

 

「覇王だの何だのなんてのにも興味はないし…」

 

「「「……え?」」」

 

その言葉に忍、セレナ、シオンがファルを見た。

 

「……なによ?」

 

ファルは鬱陶しそうな表情で忍達を見る。

 

「まさか、巫女?」

 

「こんな立て続けに?」

 

「とりあえず、ステータスプレートを渡してみるか」

 

残っていた5枚のステータスプレートの内、1枚をファルに渡した。

 

「なんで、そんなもん渡してくるのよ?」

 

「まぁいいから。とりあえず、受け取ってくれ」

 

「ふんっ…」

 

仕方ないとばかりにステータスプレートを受け取ると、起動させる。

 

-----

 

ファル 16歳 女

レベル:10

天職:真祖の巫女

筋力:45

体力:60

耐性:35

敏捷:45

魔力:70

魔耐:75

技能:血力変換・血盟巫女

 

-----

 

『……………………』

 

その表記に誰もが口を閉ざしたように無言が続く。

ステータス的には一般人なのだが、技能欄にユエと同じ種族固有スキルがあった。

 

「ユエさんと似た匂いを感じると思ってはいたが……こういうことだったのか」

 

そんな中、忍が一番に再起動するとそんなことを呟いていた。

 

「吸血鬼族の末裔ってとこか?」

 

「………………」

 

ハジメが確認するように聞き、ユエも気になるのだろうかファルを見つめる。

 

「そうなんじゃないの? ま、食欲がなくなってきたのは捕まる前だったし、その頃かしらね」

 

自分のことながらどうでもよさそうな口調で言うファル。

 

「どうしようかしら…」

 

ファルがこれからのことを思い悩む中…

 

「なら、俺等と来るか?」

 

忍がファルにそう言っていた。

 

「アンタ達と?」

 

「何処にも行く当てがないなら、俺等と一緒に行かないか?」

 

「…………………………」

 

ファルは忍の眼を見て、忍もファルの眼を見つめ返す。

 

「危険が多い旅ではあるが、俺が君を守るよ」

 

「それは私が巫女ってやつだから? それとも同情から?」

 

ファルがそのように尋ねると…

 

「どちらでもないさ。俺がそうしたいからだ」

 

忍はそう答えていた。

 

「随分と自分勝手ね…………少し考えさせて」

 

「もちろん」

 

とりあえず、ファルの答えは一時保留となった。

 

「あ、そうだ。ミュウ、"お兄ちゃん"ってのはやめてくれないか? 普通にハジメでいい。なんというか、むず痒いんだよ、その呼び方」

 

場の空気を変えるためか、ハジメが膝に座るミュウに『お兄ちゃん』呼びをやめるように言うと…

 

「………………パパ」

 

もっと場の空気が固まるような言葉が出てきた。

 

「…………………………な、なんだって? 悪い、ミュウ。よく聞こえなかったんだ。もう一度頼む」

 

「パパ」

 

「そ、それはあれか? 海人族の言葉で"お兄ちゃん"とか、"ハジメ"という意味か?」

 

「ううん。パパはパパなの」

 

「うん、ちょっと待とうか」

 

思いの外、ダメージが大きかったのかハジメは目元を手で押さえて揉み解す。

 

「ミュウね、パパがいないの。ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの。皆にはパパがいるのに、ミュウにはいないの。だからお兄ちゃんがパパなの」

 

「なんとなくわかったが、何が"だから"なんだとツッコミたい。ミュウ、頼むからパパは勘弁してくれ。俺はまだ17なんだぞ?」

 

「やっ、パパなの!」

 

「わかった。もうお兄ちゃんでいい! 贅沢は言わないから、パパはやめてくれ!」

 

「やっーーー! パパはミュウのパパなの!」

 

そんな一幕を見て…

 

「ぷ、くくく……し、親友がパパ……ククク…やべぇ……腹痛ぇ…」

 

凄く面白そうに噛み殺せてない笑いを上げる忍だった。

 

ミュウにとってハジメは"お兄ちゃん"よりも"パパ"の方がしっくり来たらしく、結局撤回することは出来なかった。

 

ちなみに忍は"お兄ちゃん"呼びに慣れているので、そこはすんなり受け入れた。

ハジメは恨めしそうに忍を見ていたが、そんなんスルーした。

残りの女性陣は全員"お姉ちゃん"で落ち着いた。

ユエとかは"ママ"と呼ばせたかったらしいが、"ママ"は本物のママしかダメらしく断念したとか。

 

ハジメが17歳で"パパ"になり、ここからしばらく子連れの旅が始まるのだった。



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第三十一話『ちょっと義理を果たしに行くか』

フューレン滞在から少ししてハジメ達一行はブリーゼ、シュタルフ、アステリアを走らせ、左側にライセン大峡谷と右側に雄大な草原に挟まれながら太陽を背に西へと疾走していた。

ちなみにブリーゼにはハジメを運転手に、前の座席にユエとミュウ、後部座席にティオとシオン、そしてファルが搭乗していた。

アステリアはいつもの如く忍とセレナが乗っており、シュタルフにはシアが単独で搭乗している。

 

ファルは、当初"覇王なんて興味ない"として一行に加わることには否定的だった。

しかし、忍が根気よく話し掛け、事情を聞いて天涯孤独の身だと判明した。

頼れる相手がいないのであれば、覇王である自分を頼ってくれてもいいとも言った忍だったが、覇王に興味のなかったファルは当然の如くスルーした。

しかし、先祖返りとは言え、吸血鬼族の末裔ということが判明してしまい、それを隠しながらの生活は大変ではないかと問うた。

その点、ハジメと忍の化け物コンビを中心としたこのパーティーはそんなことを気にするようなものはおらず、同じ吸血鬼族の生き残りであり、王族でもあったユエもいるので、"何かとアドバイスを受けられるのではないか?"ということも伝えた。

その結果、"生きてくために必要なら仕方ないか"という、まるで妥協したかのような態度で同行することになった。

 

一応、ブティックでミュウやファルの服は買っているので問題はない。

 

一緒に疾走しているシアがプロのエクストリームバイクスタンド顔負けの技を披露する中…

 

「やっぱ、シアさんもハウリアなんだなぁ~」

 

ハルツィナ樹海に置いてきたハウリア族の面々を思い出しながら忍がそんな風に言う。

 

「にしても大所帯になったもんだ」

 

「二桁いってないだけまだマシだろ」

 

「ハッハッハッ、確かに」

 

ハジメと忍が他愛のない会話していると…

 

「パパ! パパ! ミュウもあれやりたいの!」

 

ミュウが窓からシアの方を指差してハジメにおねだりしていた。

 

「ダメに決まってるだろ」

 

だが、ハジメは即答する。

それに対して駄々をこねるミュウだが、ユエに叱られて目をウルウルとさせる。

仕方ないとしてハジメが後でシュタルフの後ろに乗せる妥協案を出した。

 

「親友って案外、過保護なのな…」

 

その様子を見てた忍はそう漏らしていた。

 

そうして一行は……宿場町『ホルアド』へと到着する。

 

………

……

 

本来、ハジメ達はホルアドに立ち寄る予定はなかった。

しかし、フューレンのギルド支部長イルワに頼まれごとをされたので、立ち寄ったのだ。

まぁ、グリューエン大砂漠に行く道すがらだったので、こうして寄り道したのだが…。

 

メインストリートを歩き、ホルアドの冒険者ギルドへと向かう中…

 

「懐かしきかな、ホルアド~」

 

という感じに忍が適当なリズムで口ずさむ。

 

「…………………」

 

かく言うハジメも懐かしさに目を細めていた。

 

「パパに、お兄ちゃんも、どうしたの?」

 

そんな2人の様子にハジメに肩車で乗っているミュウが尋ねる。

 

「うん? あ~、いや…前に来たことがあってな。まだ4ヶ月くらいしか経ってないのに、もう何年も前のような気がしてな」

 

「だなぁ。それだけ濃密な時間を過ごしてきたってことかな?」

 

そんな風に4か月前を振り返るハジメと忍に…

 

「……ハジメ、大丈夫?」

 

「忍も…無理してないわよね?」

 

ユエが心配そうな眼差しをハジメに向け、セレナも忍のことを心配そうに見る。

 

「あぁ、問題ない。とは言え、思えば…ここから始まったんだよなって……緊張と恐怖と若干の自棄を抱いて一晩過ごし、次の日に迷宮に潜って……そして、落ちた」

 

「ハッハッハッ、だな。あの時の親友は……」

 

「忍。それは言わなくていい」

 

「……はいはい」

 

ハジメの殺気に忍は肩を竦めた。

 

「ふむ。ご主人様もシノブも、やり直したいとは思わんのか? 元々の仲間がおったのじゃろ? ご主人様の境遇はある程度は聞いているが……皆が皆、ご主人様を傷つけた訳ではあるまい? まぁ、シノブが助けていたようじゃが…シノブ以外にも仲の良かった者もいるのではないか?」

 

そんな中、仲間になって日の浅いティオがハジメと忍にそう尋ねた。

 

「………………」

 

そのティオの問いにハジメは特に気にした様子もなかったが、その脳裏には迷宮に潜る前夜にしたお茶会の映像が過ぎっていた。

しばし遠い目をしてから…

 

「確かに…そういう奴等もいたな。でも、もし仮にあの日に戻ったとしても、俺は何度でも同じ道を辿るさ」

 

「俺は…どうかな? 特に仲が良かったのは親友だけだし、そもそも俺だけクラス違うしな。それに天職が天職だから…多分、俺も似たような道を進むかもしれない。親友が落ちたなら、助けるために俺は手を…体を動かしたと思うからな」

 

自信を持って言い放つハジメに対し、忍は熟考してから答える。

 

「ほぅ、何故じゃ?」

 

ティオが再度尋ねると…

 

「もちろん、ユエに会いたいからだ」

 

「……ハジメ」

 

ハジメはユエを見つめたまま力強く宣言し、ユエもハジメの方を見つめていた。

 

「覇王。それが何なのかはあの奈落を攻略したから分かったことだ。それに能力もな。でも…そうだな。巫女なんて存在もいると知ってたら、多分巫女探しのために旅に出てたかもな。俺も皆に会いたいと感じたから」

 

「忍…」

 

「忍殿…」

 

「………………」

 

忍の答えにセレナ、シオン、ファルの3人が忍を見る。

 

ただ、ハジメの答えに対し…

 

「ティオさん、聞きました? そこはシノブさんみたいに"皆に"って言うところだと思いません? ユエさんオンリーですよ。また、2人の世界を作ってますよ。もう、場所も状況もお構いなしですよ。それを傍から見てる私達にどうしろと? いい加減、あの空気を私との間にも作ってくれてもいいと思うのですよ。私はいつでも受け入れ態勢が整っているというのに、いつまで経っても残念キャラみたいな扱いで……いや、わかっていますよ? ユエさんが特別だということは。私も元々はお2人の関係に憧れていたからこそ、一緒にいたいと思ったわけですし。だから、ユエさんが特別であることは当然で、それはそうあっていいと思うんですけどね。むしろ、ユエさんを蔑ろにするハジメさんなんてハジメさんじゃないですし。そんなことしてユエさんを悲しませたら、むしろ私がハジメさんをぶっ殺す所存ですが。でも、でもですよ? 最近、ちょっとデレてきたなぁ~、そろそろ大人の階段を登っちゃうかなぁ~、って期待しているのに一向にそんなことにならないわけで、いくらユエさんが特別だからって、もうちょっと目を向けてくれてもいいと思いません? 据え膳食わぬは男の恥ですよ。こんなにわかりやすくウェルカムしてるのに、グダグダ言って澄まし顔でスルーして、このヘタレ野郎が! と思っても罰は当たらないと思うのですよ。私だってイチャイチャしたいのですよ! ベッドの上であんなことやこんなことをしてほしいのですよ! ユエさんがされてたみたいなハードなプレイを私にも! って思うのですよ! そこんとこ変態代表のティオさんはどう思います!?」

 

余程鬱憤が溜まっていたのか、えらいマシンガントークでティオに意見を求めるシア。

 

「し、シアよ。お主が鬱憤を溜め込んでいたのは分かったから、少し落ち着くのじゃ。むしろ、公道でとんでもないことを叫んでおるお主の方が注目されとる。というか、最後さりげなく妾を罵りおったな? こんな公の場所で変態扱いされてしもうた。ハァハァ…心なしか周囲の妾を見る目が冷たいような……ハァハァ、んっんっ」

 

そんなシアに気圧されつつも、周囲の目が冷たい気がして高揚感から体を震わせるティオ。

 

悲しきかな、美少女や美女なのに変なこと叫んだり、興奮から息を荒げてる姿に通行人はドン引きしていた。

 

「パパ~、シアお姉ちゃんとティオお姉ちゃんが……」

 

「ミュウ。見ちゃダメだ。他人の振りをするんだ」

 

「……シア……………今度、ハジメを縛ってシアと一緒に……」

 

「ハッハッハッ、これも親友のヘタレが原因だな」

 

「シアも大変ね…」

 

「お嬢様…」

 

「………………いつもこんななの?」

 

ミュウの教育上に悪いと判断したハジメだが、ユエの何気ない一言に首裏に冷や汗を流すのだった。

忍はいつもの如く笑っているし、巫女達はそれぞれ同情やら諦めやら呆れやらをそれぞれの表情に浮かべていた。

町の警備兵が遠くに見えたので、仕方なくハジメはシアとティオの首根っこを掴んで引きずっていき、それを追う忍達の図が出来上がる。

 

 

 

そうして周囲の視線を無視しながら冒険者ギルド・ホルアド支部にやってくるハジメ達一行。

ミュウを肩車したままハジメが金属製の扉を押し開けて中へと入る。

それを追って忍やユエ達もぞろぞろと入っていく。

 

ギルドの中は、床や壁が所々壊れていたり大雑把に修復した跡があり、泥や何かのシミがあちこちに付いていて不衛生な印象を持つ。

内部の造りは他の支部と同様、入って正面がカウンター、左手側に食事処がある。

2階部分にも席があるが、そちらは強者の雰囲気を持つ者が多く、そういうルールなのか暗黙の了解なのか判断しかねるが、高ランクの冒険者は基本的に2階に行くのかもしれない。

 

冒険者自体の雰囲気も他の町とは異なっており、誰も彼も眼がギラついていた。

ブルックのようなほのぼのとした雰囲気は皆無である。

冒険者や傭兵など、魔物との戦闘を専門とする戦闘者達が自ら望んで迷宮に潜りに来ているのだから気概に満ちているのは当然と言えば、当然であるのだが…どうにもそれを差し引いてもギルドの雰囲気はピリピリしているようにも感じられた。

明らかに歴戦の冒険者も深刻そうな表情をしていて、何かが起きている様子だ。

 

そんな雰囲気の中、平然と入ってきたハジメ達に殺気がこもったような視線を送る冒険者達。

 

「ひぅ!?」

 

ミュウなんてその視線に怯えてハジメの頭にしがみつく。

そんなミュウを片腕抱っこに切り替えると、ミュウはハジメの胸元に顔を埋めて外界のあれこれをシャットアウトした。

ミュウを優しい手つきであやしながらも…

 

ドンッ!!

 

そんな音を立てるかのような濃密にして凄絶な殺気がハジメから放たれて、ハジメ達に殺気を向けていた冒険者達が気絶したり、意識を保っていながらガクガクと震えたりと様々な反応を見せる。

 

そんな中、ハジメが声を掛ける。

 

「おい、今こっちを睨んだやつ」

 

『!』

 

その声にビクリと反応する冒険者達は恐る恐るハジメの方を向く。

 

「笑え」

 

『え?』

 

そんな一方的な命令に困惑する冒険者達。

 

「聞こえなかったか? 笑えと言ったんだ。にっこりとな。怖くないアピールだ。ついでに手も振れ。お前等のせいで家の子が怯えちまったんだ。トラウマになったらどうする気だ? ア゛ァ゛? 責任取れや」

 

そう言ってハジメが冒険者達を睨んでいると…

 

「いやいや、親友。そんなことしても逆効果だって…」

 

忍がハジメの方をポンポンと叩いて落ち着かせる。

 

「あぁ? じゃあ、どうしろと?」

 

とハジメが忍を睨むと…

 

「ミュウちゃん、ミュウちゃん。大丈夫だから顔を上げてごらん。確かにあのおじさん達は怖いけど、よく見てみたら意外と怖くないかもよ?」

 

そんなことを言って聞かせる。

流石、妹がいるだけあって年下の子供への対応が適切だった。

 

「うぅ~…」

 

ハジメの胸元からチラッと冒険者達を見るミュウに対し、冒険者達も忍のくれたチャンスに軽く手を振って愛想よくしてみる。

 

「…………………」

 

チラ見からジーッと冒険者達を見た後、ミュウの方からも小さく手を振っていた。

 

「よしよし、よく頑張ったね。ミュウちゃんは出来る子だね。な、親友?」

 

「あ、あぁ…そうだな…」

 

ミュウの頭を軽く撫でた後、忍がハジメに話題を振り、若干戸惑いながら答えつつもカウンターへと向かう。

 

「支部長はいるか? フューレンのギルド支部長から手紙を預かってきたんだが、本人に直接渡せと言われているんだ」

 

そう言いながらハジメはステータスプレートを受付嬢に提示する。

ちなみに受付嬢はハジメと忍と同い年くらいで可愛かったが、その表情は緊張で滅茶苦茶強張っていたが…。

 

「は、はい。お預かりします。え、えっと…フューレン支部のギルド支部長からの依頼、ですか?」

 

しかし、そこはプロ。

緊張しつつも居住まいを正して対応するが、少し怪訝そうに首を傾げる。

 

「き、"金"ランク!?」

 

冒険者において"金"ランクを持つ者は全体の一割にも満たない。

しかも"金"ランク認定を受けた者についてはギルド職員にも伝えられているので、最近フューレンで"金"への昇格の話が出たハジメ達のことなど、この受付嬢が知らなくも無理はない。

ただ、ランクも個人情報としても扱うのか、大声で叫んでしまった受付嬢は顔を青ざめさせてハジメに頭をペコペコと下げていた。

 

「申し訳ありません! 本当に、申し訳ありません!」

 

「あ~、いや…まぁ、別にいいから。とりあえず、支部長に取り次いでくれるか?」

 

「は、はい! 少々お待ちください!」

 

このままでは、いつまでも謝り続けそうな受付嬢に苦笑しながらもハジメはそう言うと、受付嬢は奥の部屋へと小走りで向かう。

その間、"金"というランクにハジメ達に注目が否が応でも集まり、それに居心地を悪くしたミュウを全員であやす。

 

すると、5分もしない内にギルドの奥から"ズダダダッ!"という何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえてきた。

何事だと、ハジメ達がそちらの方を向くと、カウンター横の通路から全身黒装束の少年が"ズザザザザザー!"と床を滑りながら猛烈な勢いで飛び出してきて、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

 

その人物にハジメは見覚えがあり、まさかこんなところで再開するとは思わず目を丸くして呟く。

 

「……遠藤?」

 

「!」

 

ハジメの呟きを聞き、全身黒装束の少年『遠藤 浩介』は叫ぶ。

 

「南雲ぉ! いるのか! お前なのか! 何処なんだ! 南雲ぉ! 生きてんなら出てきやがれぇ! 南雲 ハジメぇ!!」

 

あまりの大声に思わず耳を塞ぐ者達が続出する。

ただ、その声音は死んだクラスメイトが生存しているかもしれず、それを確かめたいという気持ち以上の必死さが含まれているようだった。

 

「ハッハッハッ、親友も人気者だねぇ~」

 

「うるせぇよ。あと、遠藤。ちゃんと聞こえてるから大声で人の名前を連呼するのはやめてくれ」

 

「!? 南雲だけじゃなく紅神もいるのか!? 何処だ!」

 

グリンと声の方に顔を向けた浩介。

そのあまりに必死な形相にハジメが思わずドン引きする。

一瞬、ハジメと視線が合うも、すぐにハジメから目を逸らすと再び辺りをキョロキョロと見渡し始める。

 

「くそっ! 声は聞こえるのに姿が見当たらねぇ! 幽霊か? やっぱ、化けて出てきやがったのか!? 俺には姿が見えねぇってのか!?」

 

「いや、目の前にいるだろうが、ド阿呆。つか、いい加減落ち着けよ。影の薄さランキング生涯世界一位」

 

「あ~、遠藤ってあのやたら影の薄い奴か。匂いまで希薄とか…地球も案外ファンタジーなのか?」

 

「?! また声が!? てか、誰がコンビニの自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか存在自体が薄くて何時か消えそうな男だ! 自動ドアくらい3回に1回はちゃんと開くわ!!」

 

「3回中2回は開かないのか……お前、流石だな」

 

「マジか。そんな感じなら、その内開かない回数の方が増えてくんじゃね?」

 

そこまで言葉を交わし、ようやく浩介は目の前の白髪眼帯の男と、その後ろにいる白と黒の混ざりあった髪の男が会話している本人だと気付き、まじまじと交互に見つめ始める。

男に見つめられて喜ぶ趣味のないハジメは嫌そうに顔を逸らし、忍は後頭部で手を組んで笑っていた。

 

「お、お前等……お前等が南雲と紅神、なのか?」

 

「はぁ……あぁ、そうだ。見た目こんなだが、正真正銘、南雲 ハジメだよ」

 

「ハッハッハッ、右に同じく紅神 忍だ」

 

忍の方は僅かに面影や雰囲気があったのか、すんなり受け入れた浩介だが、ハジメの変貌ぶりには驚く他なかった。

 

「お前等……生きていたのか」

 

「今、目の前にいるんだから当たり前だろ」

 

「そうそう。ちゃんと足だってあるだろ?」

 

「紅神は見た目以外はそんな変わってなさそうだけど、南雲は…………………なんか、えらい変わってるんだけど……見た目とか、雰囲気とか、口調とか……」

 

「奈落の底から自力で這い上がってきたんだぞ? そりゃあ、多少は変わるだろ?」

 

「ハッハッハッ、親友の場合は"多少"で済ますレベルじゃねぇけどな」

 

そんな風に他愛のない会話をして浩介も2人の生存に安堵するが…。

 

「そういや、南雲は冒険者してるのか? しかも"金"て…」

 

「ん~、まぁな」

 

「ちなみに俺も冒険者で"金"だ」

 

その言葉に浩介は…

 

「……つまり、迷宮の深層から自力で生還出来る上に、冒険者の最高ランク貰えるくらい強いってことだよな? しかも2人も…………………信じられねぇけど…」

 

そう尋ねていた。

 

「まぁ、そうだな」

 

「あの死線を潜り抜けりゃそうなるかな?」

 

そう言いながらも、今更ながら浩介のボロボロな姿に気付き、2人は内心首を捻る。

しかし、それを聞いた浩介はハジメの肩を掴んで、今まで以上に必死さの滲む声音で懇願する。

 

「なら頼む! 一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないとみんな死んじまう! 1人でも多くの戦力が必要なんだ! 健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ! 頼むよ、南雲、紅神!」

 

「ちょ、ちょっと待て。いきなりなんだ!? 状況が全く分からんのだが? 死んじまうってなんだよ? 天之河がいれば大抵何とかなるだろ? メルド団長がいれば、2度とベヒモスの時みたいな失敗もしないだろうし…」

 

「ふむ? 確かに状況が読めん。もちっと詳しく話をしてくれてもいいだろ?」

 

ハジメと忍が状況の説明を求めると、"メルド団長"の名が出たところで浩介が暗い表情で膝から崩れ落ちる。

 

「……んだよ」

 

「は? 聞こえねぇよ。なんだって?」

 

「……死んだって言ったんだ! メルド団長もアランさんも、他の皆も! 迷宮に潜ってた騎士はみんな死んだ! 俺を逃がすために! 俺のせいで! 死んだんだ! 死んだんだよぉ!!」

 

「……そうか」

 

「…………………」

 

浩介の慟哭にハジメはそう返し、忍も瞑目した。

 

「で、結局何があったんだ?」

 

「それは…」

 

浩介が崩れ落ちたまま事の次第を話そうとした時…

 

「話の続きは奥でしてもらおうか。そっちは俺の客らしいしな」

 

しわがれた声が聞こえ、そちらを向けば60歳過ぎくらいのガタイの良い左目に大きな傷を負った迫力のある男がいた。

恐らく、彼がここのギルド支部長なのだろう。

ギルド支部長が浩介の腕を掴んで無理矢理立たせると奥へと連れていき、ハジメ達もそれを追う形で奥へと向かう。

 

………

……

 

奥の応接室で、浩介から事情を聞くと、迷宮攻略中に魔人族の襲撃を受け、勇者パーティーが窮地に置かれているらしい。

その話を先に聞いていたのであろう冒険者ギルド・ホルアド支部支部長『ロア・バワビス』が深刻そうな表情をしていた。

 

「……魔人族、ねぇ…」

 

話を聞き終わったハジメはそう呟いていた。

 

「つぅか、なんなんだよ! その子! なんで、菓子食わしてんの!? 状況理解してる!? みんな、死ぬかもしれないんだぞ!!」

 

そんな中、浩介がハジメの膝の上でリスのようにお菓子を食べるミュウに指を突き付けて怒声をあげる。

 

「ひぅ!? パパぁ!」

 

その怒声に驚き、ミュウがハジメに抱き着く。

 

「テメェ……なに、ミュウに八つ当たりしてんだ? ア゛ァ゛? 殺すぞ?」

 

「ひぅ!?」

 

ハジメの人外レベルの殺気を受け、浩介もソファに腰を落とす。

 

「……もう、すっかりパパ」

 

「さっき、さり気なく"家の子"とか口走ってましたしね~」

 

「はてさて、ご主人様はエリセンで子離れ出来るのかのぉ~」

 

「ハッハッハッ、親友は親バカの素養があったか~」

 

「話が進まないわね」

 

「そうだぞ。今は一刻を争うのだろう?」

 

「…………………」

 

ユエ、シア、ティオ、忍がハジメを生暖かい目を向ける中、セレナとシオンが話が進まないことに注意する。

ファルは相変わらず興味なさげだが…。

 

「そうだな。ハジメ、シノブ。イルワからの手紙でお前達のことは大体わかっている。随分と大暴れしたようだな?」

 

「まぁ、全部成り行きだけどな」

 

「俺は親友に付き合っただけさ」

 

そんな風に事も無げに言う2人にロアは面白そうに唇の端を釣り上げた。

 

「手紙にはお前達2人の"金"ランクへの昇格に対する賛同要請と、出来る限りの便宜を図ってやってほしいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も浮かんでいるんだがな。たった数人で60000もの魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅。にわかに信じられんことばかりだが、イルワのやつが適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん。もう、お前達が魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ?」

 

「!!」

 

そのロアの言葉に浩介の表情が驚愕に染まり、ハジメと忍を見る。

 

「バカ言わないでくれ。魔王だなんて…そこまで弱くないつもりだぞ?」

 

「俺は覇王を目指してるので……それに魔王くらい、今なら噛み砕ける自信はありますよ?」

 

「ふっ…魔王を雑魚扱いか? 大言を吐く奴等だ。だが、それが本当なら俺からの、冒険者ギルド・ホルアド支部支部長からの指名依頼を受けてほしい」

 

「……勇者達の救出だな?」

 

ハジメの言葉に浩介がハッとなる。

 

「そ、そうだ! 南雲! 紅神! 一緒に助けに行こう! お前達がそんなに強いなら、きっとみんなを助けられる!」

 

「「…………………」」

 

浩介の言葉を聞き流し、ハジメは遠くを見て何かを考えていた。

忍は忍でハジメの言葉を待っていた。

 

「どうしたんだよ! 今、こうしている間にもあいつ等は死にかけてるかもしれないんだぞ! 何を迷ってんだよ! 仲間だろ!?」

 

「……仲間?」

 

浩介の言葉にハジメは底冷えするかのような冷たい視線を浩介に向ける。

 

「あ、あぁ、仲間だろ! なら、助けに行くのはとうぜ……」

 

「勝手にお前等の仲間にするな。ハッキリ言うが、俺がお前等に抱いている認識は、ただの"同郷"の人間程度であって、それ以上でもそれ以下でもない。他人と何ら変わらない」

 

「なっ!? そ、そんな……何を言って…………べ、紅神は、どうなんだよ!?」

 

「ん~…元々、俺って別クラスだし、親しい相手なんて親友くらいだからな。最初の頃は、確かに仲間意識はあったよ? でもなぁ……今となっては、そこまで強い仲間意識を持てそうにない」

 

「な、なんで…?」

 

ハジメと忍の答えに愕然とする浩介。

 

だが、ハジメの意識は別の所にあった。

光輝達を助けることで生じるデメリットを考える横で、思い浮かぶのは…あの月下のお茶会だった。

このホルアドに来てからというもの、ハジメは香織のことを思い出していた。

 

「白崎は……彼女はまだ、無事だったか?」

 

「え?」

 

愕然としていた浩介にポツリと尋ねるハジメに、浩介も一瞬何を言われたかわからなかったが…

 

「あ、あぁ。白崎さんは無事だ。っていうか、彼女がいなきゃ俺達が無事じゃなかった。最初の襲撃で重吾も八重樫さんも死んでたと思うし……白崎さん、マジで凄ぇんだ。回復魔法がとんでもないというか……あの日、お前達…というか、南雲が落ちてから、なんていうか鬼気迫るって言うのかな? こっちが止めたくなるくらい訓練に打ち込んでて……雰囲気も少し変わったかな? ちょっと大人っぽくなったというか、いつも何か考えてるみたいで、ぽわぽわした雰囲気がなくなったというか……」

 

「……そうか」

 

「(彼女は…それだけ親友のことを……)」

 

浩介の話を聞き、ハジメがそう返す横で、忍がその想いの強さに感嘆する。

そして、ハジメはというと頭をカリカリと掻いてユエの方を見る。

 

「……ハジメのしたいように。私は、何処までもついて行く」

 

そんなユエの言葉に続くように…

 

「わ、私も! 何処までもついて行きますよ! ハジメさん!」

 

「ふむ、妾ももちろんついて行くぞ。ご主人様」

 

「ふぇ!? えっと、えっと、ミュウもなの!」

 

シア、ティオ、ミュウが主張する。

まぁ、ミュウに関してはまだよくわかってなさそうだが…。

 

「え? なにこのハーレム……」

 

「ハッハッハッ、親友は存外モテるんだよ」

 

浩介が驚く中で、忍がやれやれといった具合に肩を竦める。

 

「ありがとな、お前等。神に選ばれた勇者になんて、わざわざ自分から関わりたくないし、お前達を関わらせるのも嫌なんだが……ちょっと義理を果たしたい相手がいるんだ。だから、ちょっくら助けに行こうと思う。ま、あいつらのことだから、案外自分達で何とかしてそうな気もするがな」

 

「あのヒーローがヘタレてなきゃな」

 

ハジメの言葉に忍がそんなことを言って互いに苦笑する。

 

「え、えっと…結局、一緒に行ってくれるんだよな?」

 

「あぁ。ロア支部長。一応、対外的には依頼ということにしておきたいんだが……」

 

「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」

 

「そうだ。それともう一つ。帰ってくるまでミュウのために部屋を貸してくれ」

 

「あぁ、それくらい構わねぇよ」

 

流石にミュウを連れて行くわけにもいかず、ハジメはお守兼護衛としてティオも置いてくことにした。

 

「セレナ、シオン、ファルも残ってくれ」

 

消去法とは言え、ティオという人選に忍も心配したのか、巫女達を置いていくことにした。

シオンはともかく、セレナとファルを迷宮に連れてくのは心配、というのもあった。

 

そうして浩介の案内の元、ハジメ、忍、ユエ、シアの4人が迷宮へと出発することになった。

 

「おら、さっさと案内しやがれ、遠藤」

 

「うわっ?! ケツを蹴るなよ! っていうか、南雲、お前は色々と変わり過ぎだろ!?」

 

「やかましいわ。サクッと行って1日……いや、半日で終わらせるぞ。仕方ないとは言え、ミュウを置いてくんだからな。早く帰らねぇと」

 

「まぁ、うちの巫女達もいるからそんな心配しなくてもいいと思うけどな」

 

「巫女ってなんだよ!? 紅神、お前もお前でハーレム築いてんじゃねぇよ!」

 

「喋る暇あんならキビキビ走れ!」

 

「わっ!? ホント、何があったら、あの南雲がこんなのになるんだか…」

 

「色々あったのさ」

 

そんな風に会話しながら迷宮の深層へ向けて走る。

 

果たして、迷宮の深層で待っているのは…?



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第三十二話『戦場での再会・前編~無双の果ての相違~』

ハジメ達が浩介の案内で迷宮を踏破していく。

ただ…

 

「弱ぇ…」

 

「……弱い」

 

「う~ん、これが本当に迷宮なんですかぁ?」

 

「ま、奈落の方が圧倒的に強いからな」

 

ハジメ、ユエ、シア、忍が迷宮の魔物を悠々と屠る姿に…

 

「…………………」

 

浩介があんぐりと口を開けたままの状態で固まる。

 

「おら、固まってないで案内しろ、案内」

 

「だからケツを蹴るなって! あんなに苦労してきたのに、この力量の差…ホント、なんなのさ…」

 

浩介の尻を蹴りながらハジメが急かし、浩介はここまでの苦労を嘲笑われているかのような気分に陥っていた。

 

そんな時だった。

 

ゴォォォ……!!

 

「「ッ!!」」

 

化け物コンビがその場で立ち止まる。

 

「親友」

 

「あぁ、これは…」

 

「? どうしたんだよ。2人共?」

 

急に立ち止まったハジメと忍に浩介が振り返って訝しげな表情をする。

 

「天之河だ」

 

「この感じからすると…限界突破の派生か?」

 

互いに魔力感知と気配感知をフル活用して場所を特定していく。

 

「この辺りかな?」

 

そう言ってハジメが宝物庫からパイルバンカーを取り出すと…

 

「な、何をする気だ? てか、どっから出てきたんだよ、それ!?」

 

いきなり虚空から出てきたパイルバンカーに浩介が騒いでいるが、そんなん無視して…

 

「行くぞ」

 

「応!」

 

「……ん」

 

「はいですぅ!」

 

ハジメの言葉に忍達が頷き…

 

ドォゴオオンッ!!!

 

パイルバンカーを起動させ、下層に向けて発射する。

 

「どわぁぁぁ!?!?」

 

パイルバンカー発射の余波で浩介が吹き飛ぶ。

 

「錬成!」

 

それを無視してハジメが錬成を使って地面に穴を開けると、そこから下層に向かって飛び降りる。

 

「よっと」

 

それに続くように忍も穴から飛び降りる。

ユエとシアは少しだけ待機する。

 

「な、なんなんだよ、今のは!? マジで何してんだよ!?」

 

浩介が戻ってきながら騒ぐが、ユエもシアもスルーした。

 

………

……

 

そして、ハジメと忍が飛び降りた先では…

 

グチャッ!!

 

何かを踏みしめてハジメと忍が着地していた。

紅いスパークを放っているパイルバンカーの杭が真下にいた"何か"をその凶悪な威力で押し潰したようで、何やら肉片と化した残骸が周囲に飛び散っていた。

 

そんなんはどうでもいいと言いたげなハジメは背後に感じる2人分の気配に気付き、肩越しに顔だけ振り返らせると、そこには互いに寄り添い合う『白崎 香織』と『八重樫 雫』の姿があった。

その姿を見て…

 

「……相変わらず仲が良いな、お前等」

 

そう苦笑しながら告げていた。

 

そして、そんなハジメと目が合った香織はというと…体に電撃が走ったような感覚に襲われていた。

悲しみと共に冷え切っていた心が…いや、もしかしたら大切な人が消えたあの日から凍てついていた心が…突如、火を入れられたように熱を放ち、ドクンッドクンッと激しく脈打ち始めていた。

香織の心は考えるよりも早く歓喜で満たされていく。

 

髪の色が違う、纏う雰囲気が違う、口調が違う、目付きが違う。

だが、香織にはわかった。

生存を信じて探し続けた彼だと…。

 

故に…

 

「ハジメくん!!」

 

香織はハジメに向かって叫んでいた。

 

「(わぉ、こんなに変貌してんのに親友だって気付きやがった。彼女はそれだけ親友のことを…)」

 

その香織の叫びに忍は目を見開いて驚いていた。

 

「へ? "ハジメくん"? って、南雲くん? えっ? なに? どういうこと?」

 

香織の歓喜に満ちた叫びに、隣にいた雫が混乱した様子で香織とハジメを交互に見る。

どうやら、香織は一発で目の前の白髪眼帯コートの人物がハジメだと看破したようだが、雫の方はまだ認識が及ばないらしい。

 

「ハッハッハッ、やっぱり彼女が特別なんだろ。な、親友?」

 

「…………………」

 

静寂の中で笑う忍の声にハジメは肩を竦めていると…

 

「えっ? えっ? ホントに? ホントに南雲くんなの? えっ? なに? ホントにどういうこと?」

 

「いや、落ち着けよ、八重樫。お前の売りは冷静沈着さだろ?」

 

「ていうか、俺の存在はスルーなのな?」

 

どうも記憶にあるハジメと目の前の人物の輪郭が重なり始めたのか、雫がハジメだと認識してさらに混乱していると、ハジメが雫にそんなことを言う。

そんなハジメの横では悲しげな声を漏らす忍の姿があった。

 

「(ユエ、シア、降りてこい)」

 

念話で上層にいたユエとシアを呼ぶと…

 

ヒュッ!

 

ユエとシアが降りてきて、ハジメがそれを優しく受け止めて傍らに降ろす行為を2回繰り返した。

その後を追うように全身黒装束の少年…浩介も降ってくるが、そこはスルーした。

 

「お、お前等…もう少し説明をだな!」

 

降り立った浩介はハジメと忍に文句を言うが、周囲の目がこちらを向いているのを見て…

 

「ぬおっ?!」

 

そんな奇声を上げていた。

そして、そんな浩介の姿を見て再会を喜びと何故戻ってきたのかという憤りを半分ずつ含めた声が掛かる。

 

「「浩介!!」」

 

「重吾! 健太郎! 助けを呼んできたぞ!」

 

浩介の言葉で止まっていた時が再び動き出す。

 

「ユエ、悪いがあそこで固まってる連中の守りを頼む。シアは向こうで倒れてる騎士甲冑の男の容態を見てくれ。忍は俺と暴れてもらうぞ?」

 

「ん……任せて」

 

「了解ですぅ!」

 

「あいよ、親友」

 

ハジメの指示に従い、ユエは魔物達を無視して悠然と歩いていき、シアはハジメから試験管を貰うとその身体能力を遺憾なく発揮して倒れているメルドの元へと跳躍していた。

そして、ハジメと並び立つように忍が銀狼と黒狼を引き抜く。

 

「は、ハジメくん…」

 

香織がハジメのことを呼ぶが、その声音には再会の喜びと同じくらいの悲愴さを含んでいた。

恐らくは、どういう理由があったとしてもこの死地に来てしまったことへのことを思ってのことだろう。

 

「いいから、そこにいろ」

 

そんな香織の心配をよそにハジメは肩を竦めてそう言うと、瞬光を発動して知覚能力を引き上げ、宝物庫から無人偵察機と同じ原理で浮かぶ十字架型の攻撃特化ユニット『クロスビット』を3機取り出し、香織と雫の近くに配した。

 

「おい、そこの赤毛の女。今すぐここから退くなら追わないでやる。だから、さっさと消えろ」

 

「なんだって…?」

 

「聞こえなかったのか? 見逃してやるから、さっさと消えろと言ったんだ。戦場での判断は迅速にな?」

 

ハジメの提案とも言えぬ提案に魔人族の女の表情が消える。

 

「なぁ、親友。その言い方だと、十中八九…」

 

「殺れ」

 

魔人族の女がハジメに向かって指を差すと、一言魔物達に命令していた。

 

「ほらね。こうなった」

 

「なら"敵"ってことでいいじゃねぇか。その方がわかりやすい」

 

「やれやれ」

 

ハジメの答えに忍も肩を竦めると…

 

『ガアァァァ!!』

 

ハジメと忍にキメラ2匹が左右から襲い掛かる。

 

「おいおい…なんだ、この半端な固有魔法は? 大道芸か何かか?」

 

「なんともお粗末だな~」

 

右のキメラを忍が二刀を用いて首と胴体を斬り裂くのと同時に左のキメラをハジメが義手でもって頭を鷲掴みにすると、『グシャッ!!』という生々しい音を立てて地面に叩き付けた。

 

「雷光剣!」

 

忍は斬り捨てたキメラを尻目に四つ目狼に神速で接近し、雷の宿った銀狼で横一文字に斬り裂く。

一方のハジメも殺したキメラを捨て置き、ドンナーを抜いて何もないと思われた空間に銃撃すると、キメラとブルタールもどきが現れたが、既に絶命した後だった。

 

あまりにあっさりと魔物達を殺すハジメと忍に唖然とする魔人族の女と、ハジメの使っているこの世界には無いはずの銃に立ち尽くす生徒達を置いて、魔物達は魔人族の女の命令を遂行すべく行動を起こす。

 

が、それらを歯牙にもかけないのが化け物コンビである。

襲い来る魔物達を次々と屠っていく様は一方的な処刑とも言えなくもない。

 

忍が斬れば、ハジメが撃ち抜く。

ハジメが撃てば、忍が斬り裂く。

互いに死角はなくとも、互いにフォローする様はまさに化け物コンビに相応しいものだろう。

 

そんな中、六足亀の魔物が何やら口を開き、チャージ動作をしていた。

それにハジメが対応しようとしたが、忍が前に出て黒狼を納刀すると左手を亀に向けて円形状の闇を展開する。

 

「ま、実験もしないとかないとな」

 

そんなことを言う忍の背後をハジメが守っていると、チャージが完了したのか、高密度の魔力砲撃が亀の口から忍に向けて放たれる。

が、しかし…

 

ゴォォォ!!

 

その砲撃はまるでブラックホールに吸い込まれるが如く闇の中へと吸収されていった。

 

「なかなかの威力じゃん」

 

銀狼も納刀し、右手にも円形状の闇を展開するとニィと嗤い、上級魔法の詠唱をしている魔人族のへと向ける。

 

「"複製"」

 

そう言った瞬間、右手側の円形状の闇から亀の放った砲撃と同規模の砲撃が放たれる。

 

「っ!? ちくしょう!」

 

詠唱を中断せざるを得なくなり魔人族の女はその砲撃を回避する。

 

傍から見たら吸収した砲撃をそのまま左から右へ受け流してるように見えるが、厳密には違う。

これは吸収した魔力攻撃はそのまま忍に還元され、その還元した魔力を用いて受けた魔力攻撃を複製…つまりコピーして放っただけに過ぎない。

故に亀の砲撃が終わったとしても、忍の魔力残量がある限りは撃ち放題なのである。

まぁ、コピーした魔力攻撃は一日も経てば消滅してしまうが、それでも相手の魔力攻撃を複製出来るのはそれはそれで脅威だろう。

しかもコピーする数に制限はない。

 

そうして、右手を薙いで魔人族の女を砲撃で追っていると、忍の左手側から衝撃がなくなってきた。

亀の砲撃が止まったのだろう。

 

「親友」

 

「あぁ」

 

忍の一言でハジメも何発もあんなのが撃たれたら面倒だと察したのか、ドンナーを亀に向けてその脳天を貫いた。

忍も左手の闇を消すと、右手の闇からの砲撃を止めた。

流石にこのまま追いかけっこするのは面倒なのと、砲撃が闇と闇の間を通り抜けたと周りに錯覚させることにしたためだ。

 

砲撃が止まり、ホッとした様子の魔人族の女だが…

 

ドパァンッ!!

ベチャッ!!

 

次の瞬間、自身の肩に留まっていた白い鴉が肉片と化していた。

ハジメがシュラークをノールックで白い鴉に向けて発砲したのだ。

ついでとばかりに忍も銀狼を抜いて魔力斬撃を放って魔人族の女に護衛をしに戻った魔物を一刀両断していた。

 

それはつまり、ハジメも忍もいつでも魔人族の女を殺せるということを示していた。

その事実を突きつけられて魔人族の女は身震いする。

 

そんな光景を見て…

 

「なんなんだ…彼等は一体何者なんだ!?」

 

どういう理由か知らないが、動けない体を地面に横たわらせている光輝が呟く。

 

「はは、信じられないだろうけど…あいつらは南雲と紅神だよ」

 

『は?』

 

浩介の言葉に生徒達が「こいつ、頭大丈夫か?」という視線が向けられる。

 

「だから、南雲 ハジメと紅神 忍だって。あの日、橋から落ちた2人だよ。迷宮の底で生き延びて自力で這い上がってきたんだと…。ここに来るまでも迷宮の魔物を雑魚扱い。"マジあり得ねぇ!"って俺も思ったけど、事実なんだよ」

 

「南雲と紅神って、え? 南雲と紅神が生きていたのか!?」

 

光輝の戸惑いの叫びに、他の生徒達も現在進行形で殲滅戦を行っている2人の少年を見て…片方はかろうじてギリギリ忍だと判断出来るようだったが、もう一方のハジメの方は皆否定気味だった。

 

「いや、まぁ…紅神は話せばわかると思うけど…南雲はなぁ。滅茶苦茶変わってるけど、本当なんだって。ステータスプレートも見たし」

 

その心情を察したのか、浩介が再度そのように伝えた。

 

が、そこに酷く狼狽した声が響く。

 

「う、嘘だ! 南雲は死んだんだ! だって、そうだろ? みんな見てたじゃんか! 生きてる訳がない! 適当なこと言ってんじゃねぇよ!!」

 

「うわっ?! なんだよ! ステータスプレートも見て、本人も認めてんだから間違いないだろ!」

 

「嘘だ! なんか細工でもしたんだろ! それか…そうだ、なりすましてなにか企んでんだ!」

 

「いや、なに言ってんだよ? そんなことする意味、何もないじゃないか」

 

浩介の胸倉を掴んで喚くのは…『檜山 大介』だった。

そんな風に錯乱気味の大介に、比喩ではなくそのままの意味で冷水が浴びせかけられた。

 

「……鬱陶しいから、静かにしてて」

 

やったのはユエだ。

後ろが騒がしかったので、その元である大介の頭上に大量の水を発生させて小規模な滝を作って黙らせたのだ。

 

そんな中、魔人族の女が一部の魔物に標的を生徒達に変えて襲うように指示していた。

 

「『蒼龍』」

 

それをユエが迎撃する。

『雷龍』と同じ、蒼天と重力魔法の複合魔法だ。

 

さらに魔人族の女は手薄なメルド団長を診ているシア、香織と雫の方にも魔物を向かわせるが、シアもまたドリュッケンを振るって魔物を一捻りにしている。

香織と雫の方はクロスビットが合間に入り、魔物を銃撃していた。

 

そうこうしている間にも魔物達はその数をどんどん減らしていき、遂には魔人族の女1人を残すのみとなる。

 

「ホントに…なんなのさ」

 

最後の悪足掻きと、情報を持って帰るために温存していた石化の魔法『落牢』をハジメと忍が一緒にいる時に向けて放ち、全力で出口の一つに駆け出すが…

 

「チェックメイトだな」

 

神速で魔人族の女の前に現れた忍は銀狼の切っ先を魔人族の女の喉元に突きつける。

 

「ははっ…既に詰みだったわけか…」

 

「その通り」

 

その背からハジメも悠々とやってくる。

石化の煙をものともしない様に魔人族の女は諦めたような目になる。

ちなみに拡散しようとする石化の煙は紅い波動(ハジメの"魔力放射")で他の通路へと流されている。

 

「……この化け物共め。上級魔法が意味をなさないなんて…アンタら、本当に人間?」

 

「実は自分でも結構疑わしいんだが……化け物というのも存外悪くないものだぞ?」

 

「まぁ、色々とあったからね。今更感がある」

 

そんな風に言ってくるハジメと忍から目を逸らして部屋の中を見れば、もはや魔物の軍団は壊滅していた。

 

「化け物共め」

 

それを見て魔人族の女は小さく2人を罵った。

 

「さて、普通なら遺言くらい聞く場面ではあるんだろうが……生憎とそんなもんに興味はない。俺が気になるのは、何故魔人族がこんな場所にいるのかと、あの魔物達を何処で手に入れたのか。この2つだ」

 

「まぁ、確かに気になる点ではあるね…(想像はつくけど)」

 

「はっ…あたしが話すと思うのかい? 人間族に有利になるかもしれないのに? バカにされた…」

 

ドパァンッ!

 

「あがぁああ!?」

 

最後まで言い終わる前にハジメが魔人族の女の太腿を撃ち抜き、悲鳴を上げて崩れ落ちる魔人族の女を見て、背後にいた生徒達が息を呑むのが伝わってくる。

 

「(この程度で動揺しちゃこの先、生きていけるかな?)」

 

忍が別の心配をしている合間にも…

 

「人間族だの魔人族だの関係ない。むしろ、こっちは迷惑してんだ。戦争したけりゃ自分達で勝手にしてろ。それに俺は人間族として聞いてるんじゃない。俺が知りたいから聞いてるだけだ。ほら、さっさと答えろ」

 

「……………………」

 

ハジメの尋問は続いており、魔人族の女はだんまりを決め込む。

 

「まぁ、大体の予想はつく。ここに来たのは、"本当の大迷宮"を攻略しに来たからだろ?」

 

「……っ」

 

ハジメの言葉に僅かにだが、眉をピクリと動かしてしまう魔人族の女。

 

「あの魔物達は、神代魔法の産物。図星か? なるほど、魔人族の変化は大迷宮攻略によって魔物の使役に関する、もしくは魔物かなんかに作用する神代魔法を手に入れたからか」

 

「となると、魔人族側は勇者達の調査と勧誘も並行してたのかにゃ~? そのついでに大迷宮の攻略にも動いている可能性があると…」

 

ハジメと忍の推測は当たっているのか、悔しそうな表情になる魔人族の女。

 

「どうして、そこまで……………まさか!?」

 

そして、気付いてしまった。

こいつらは…否、こいつら"も"大迷宮を攻略したのではないかと…。

その答えをハジメは「正解」と視線だけで伝える。

 

「なるほどね。"あの方"と同じならば、その化け物じみた強さも頷ける。もう、いいだろ? 一思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になる気なんてさらさらないからね…」

 

「"あの方"、ね。魔物は攻略者からの贈り物ってわけか」

 

「みたいだな。ま、これ以上はもう何も得られるもんはないか…」

 

ハジメと忍の瞳に殺意が宿る。

 

「いつか、あたしの恋人がアンタらを殺すよ」

 

その負け惜しみの言葉に…

 

「敵ならば、神だって殺す。その神に踊らされている程度の奴じゃあ、俺達には届かない」

 

「立ちはだかる敵なら噛み砕くのみ。それが覇王に繋がるのなら…俺はその覇道を進むだけさ」

 

ハジメも忍も不敵な笑みを浮かべ、ハジメはドンナーの引き金に、忍は銀狼を振りかぶっていた。

 

が、その時…

 

「ま、待て! 待つんだ! 南雲! 紅神! 彼女はもう戦えないんだ! 殺す必要はないだろ!!」

 

少し回復したのかフラフラと立ち上がる光輝が2人を制止しようとする。

 

「「…………………」」

 

ハジメは「何言ってんだ、あいつ?」という訝しげな表情をし、忍も険しい表情を光輝に向ける。

 

「捕虜に…そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて絶対にダメだ。俺は勇者だ。2人共、俺の仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」

 

そう言う光輝だが、忍が"わざと"銀狼を納刀するのを見せて少し距離を置くと…

 

「紅神はわかってくれたのか。さぁ、南雲も彼女から…」

 

何を勘違いしたのか、光輝がそのように言う中…

 

ドパンッ!!

 

ハジメが問答無用に引き金を引いて、魔人族の女の額を撃ち抜いた。

 

「なっ!?」

 

「俺があそこにいたら射線的に邪魔だもんな」

 

"わかってくれた"のではなく、単に"ハジメの邪魔をしない"だけであることを忍は伝えたかったらしいが、どうにも伝わっていないようである。

 

「…………………」

 

それを特に気にした様子もなく、ハジメはシアの元へと歩いていく。

その後を忍もついて行きながら…。

 

「何故…何故、殺したんだ…? 殺す必要があったのか…?」

 

そんな風に呟きながらハジメに鋭い目を向ける光輝の横をハジメが素通りし、忍も横切ろうとした時…

 

「寝言は寝て言え、"ヒーロー"」

 

忍が光輝に向けて冷たい言葉を言い放つ。

 

「ッ!?」

 

言われた光輝は何か言おうとするも、忍の覇気に気圧されて何も言えなかった。

 

そして、メルド団長を診ていたシアの元にハジメが到着すると…

 

「シア。メルドの容態はどうだ?」

 

「危なかったです。あと少し遅ければ助かりませんでした。指示通り、"神水"を使っておきましたけど…よかったんですか?」

 

「あぁ、この人には…それなりに世話になったんだ。それにメルドの抜ける穴は色んな意味で大き過ぎる。特に勇者パーティーの教育係に変なのがついても困るしな。ま、あの様子からして、メルドもきちんと教育しきれてないようだが…人格者であることには違いない。死なせるには色んな意味で惜しい人だ」

 

「確かにな。俺が"反逆者"って天職を持ってても色々と忠告してくれたし、何かと世話になったのは間違いない。ま、色々と葛藤を抱いたのかもしれないけどな。実際問題、この人が抜けることで生じる歪みの方が心配だな」

 

ハジメと忍がシアにメルドへの神水使用の理由を語る。

 

「……ハジメ」

 

「ユエもありがとな。頼みを聞いてくれて」

 

「んっ」

 

ユエが到着した途端、2人の世界を作り出すハジメとユエに対して…

 

「やれやれ、平常運転だねぇ~」

 

「お2人共、空気読みましょうよ。ほら、ぞろぞろ集まってきましたよ!」

 

肩を竦める忍と、正気に戻すシア。

 

「……っ」

 

そんな中、ハジメは自分に向けられる視線の中から微妙に殺気に似たような感覚を覚えて、背筋が粟立った。

 

「おい、南雲に紅神。何故、彼女を……」

 

「ハジメくん。色々と聞きたいことはあるんだけど…とりあえず、メルドさんはどうなったの? 見た感じ、傷が塞がってるみたいだし、呼吸も安定してる。致命傷だったはずなのに…」

 

ハジメと忍を問い詰めようとした光輝をサクッと遮って香織がメルドの容態を診ながらハジメに尋ねる。

 

「あ、あぁ、それな。ちょっと特別な薬を使ったんだよ。飲めば瀕死でも一瞬で完全治癒するって代物だ」

 

さっきの視線が香織から向けられたもの、だと思いたくなかったハジメは気のせいだと思い込んで答える。

 

「そ、そんな薬、聞いたことないよ?」

 

「そりゃあ、伝説になってるくらいだしな。普通は手に入らない。だから八重樫は治癒魔法でもかけてもらえ。魔力回復薬はやるから」

 

「え、えぇ…ありがとう」

 

今のハジメと前のハジメとのギャップに未だ慣れないのだろう。

大多数の生徒達が本当にハジメと忍が生きていたことに戸惑っている中…

 

「おい、南雲。メルドさんのことは礼を言うが、何故、かの……」

 

「ハジメくん。それに紅神君も…メルドさんを助けてくれてありがとう。私達のことも、助けてくれてありがとう」

 

再び口を開こうとした光輝を、またサクッと遮って香織がハジメの前まで歩み寄る。

 

「~~~」

 

「(ククク…)」

 

なんとも微妙な表情になる光輝を見て内心で笑う忍だった。

 

「ハジメ、くん…生ぎてでくれて、ぐすっ…ありがとうっ。あの時…守れなぐて…ひっく……ごめんね? ぐすっ…」

 

だが、そんなことは気にならないのか、香織がお礼と共に謝罪をハジメにするも、気持ちが抑えられなかったのか、ホロホロと涙を流していた。

 

「ふぅ…ほれ、なんか言ってやれよ」

 

すると、忍がハジメの背中を押して香織との距離を縮めさせる。

 

「あ~…なんつーか、心配かけたようだな。すぐに連絡しなくて悪かったよ。この通り、しっかり生きてっから…謝る必要はないし……その、なんだ、泣かないでくれ」

 

そう言って香織を見るハジメの眼は、あの日『守ってくれ』と言った時と同じように香織を気遣う優しさが宿っていた。

その眼を見て香織も感極まったのか、ワッと泣き出してそのままハジメの胸に飛び込んでいた。

自分の胸元で泣きじゃくる香織にハジメは両手をホールドアップして途方に暮れる。

 

「親友。そこは抱き締めてやっても罰は当たらないと思うぞ?」

 

ニヤニヤと笑いながらそんな無責任なことを言う親友にハジメは…

 

「……………………」

 

黙秘を貫いた。

だが、周囲の視線…特に無表情のユエと、雫からの視線が痛く感じるハジメだった。

なので、ハジメは右手でもって香織の頭を優しく撫でる程度に留めた。

 

「……ふぅ。香織は本当に優しいな。クラスメイトが生きてたことを泣いて喜ぶなんて…でも、南雲も紅神も無抵抗の人を殺したんだ。話し合う必要がある。もうそれくらいにして、南雲から離れた方がいい」

 

そんな光輝の言葉に…

 

「お前、空気読めよ」

 

忍が一部の生徒達の誰もが思ったことを代弁する。

 

「空気? 何を言ってるんだ?」

 

「それすらわかってなかったのか…」

 

そんな光輝に呆れを通り越して憐みの視線を向ける忍。

 

「ちょっと、光輝! 南雲くんも紅神くんも私達を助けてくれたのよ? そんな言い方はないでしょう!?」

 

「だが、雫。彼女は既に戦意を喪失していたんだ。殺す必要はなかった。南雲と紅神がやったことは許されることじゃない」

 

「あのね、光輝。いい加減にしなさいよ? だいたい…」

 

光輝の物言いに雫が反論する。

それが次第にハジメと忍の行動に対する議論が白熱することになる。

 

すると…

 

「……くだらない連中。ハジメ、もう行こ?」

 

「あ~、そうだな」

 

「じゃあな、皆。達者に生きろよ?」

 

ユエの絶対零度という表現がピッタリな言葉が響き、ハジメの手を引いて部屋を出て行こうとする。

シアも周囲を気にしながら追いかけ、忍に関しては"もう用はないし、これ以上関わることもないだろ"的な意味合いで手を振る。

 

「待ってくれ。こっちの話はまだ終わってない。南雲の本音と、紅神の今の言葉の真意を聞かない限り、仲間として認められない。第一、君は誰なんだ? 助けてくれたことには感謝してるけど、初対面の相手に"くだらない"なんて、失礼だろ? いったい、何が"くだらない"んだい?」

 

「…………………」

 

話し掛けられたユエは、今の光輝の物言いで既に見切りをつけたのか視線すら合わせない。

それに対して光輝は一瞬ムッとするが、すぐさま女の子受けする笑みを浮かべて再度ユエに話し掛けようとするが、そこにハジメが割り込む。

 

「天之河。存在自体が規格外で冗談みたいなお前にいちいち構ってやる義理も義務もないが、それだとお前は納得しないし、めんどくさく絡んできそうだから少しだけ指摘してやる」

 

「指摘? 俺が明違ってるとでも言う気か? 俺は人として当たり前のことを言ってるだけだ」

 

やはり、どこかズレている光輝の発言に…

 

「そこからまず違うんだって気付けよ」

 

「つか、いい加減、誤魔化すのもやめろよ」

 

「どういうことだ?」

 

忍もハジメも心底面倒そうな表情をする。

 

「はぁ…いいか、ヒーロー? お前が安請け合いした戦争参加。なんのために行われてると思うんだ? 人と人が殺し合うために戦うんだよ。どちらかの生存を賭けてな。それを理解してなかったのか? 戦争に参加するってのは…つまり、人を殺すことだ。人々のために力を振るう? そりゃあ、大した理想だ。だが、相手の"人"はどうなる? 魔人族も間違いなく"人"だな。感情もあれば意思もある。それはさっきわかったな? ならば、改めて問いたいが…ヒーロー、戦争に参加するってことは相手を殺す覚悟があるんだな? 相手を殺さないなんて選択肢はない。弱みを見せた瞬間、確実に自分が死ぬからな」

 

「忍の言う通りだ。相手に付け入る隙を与えれば、それだけ自分の死に繋がる。それを理解してない時点で、勇者としては失格だろう。というか…俺があの女を殺したのを責めたいんじゃない。むしろ、自分に出来なかったことをあっさりやられて八つ当たりしてるだけだろ? さも正しいことを言ってる風にして……ホントに質が悪いよな。お前のその無自覚なご都合解釈」

 

「なっ!? ち、違う! 勝手なことばかり言うな! 俺は安請け合いじゃなく勇者として当然のことを…!!」

 

「敵なら殺す。当然のことだろ?」

 

「ひ、人殺しなんだぞ!? そんなこと子供だって…」

 

「この世界では子供でもわかってる。生き残るために殺すことの意味をな。第一、気付いてるのか? ヒーロー」

 

「何にだ!?」

 

「お前の戦争参加で…俺達も神の使徒だのと言われて戦争に参加するんだ。つまり、お前は…クラスメイトに殺人の片棒を担がせてるってことに…」

 

「っ!!? そ、そんなこと俺は…」

 

「自覚がないのが尚質が悪い。よく考えてみることだな。自分の発言の軽さを…」

 

「だ、だからといって殺す理由にはならないだろ!!」

 

「俺達は敵対する者に対して一切の容赦はしないことにしてる。敵対した時点で明確な理由でもない限り、必ず殺す。そこに善悪や抵抗の有無は関係ない。さっきも言ったが、弱さを見せた瞬間に殺されると嫌でも理解させられたからな。これは俺達が奈落の底で培った価値観であり、他人に強制するつもりはない。だが、それを気に食わないと言って俺達の前に立ちはだかるなら…」

 

ハジメと忍が光輝と少しだけ長めの指摘をした後、ハジメと忍の姿が一瞬にして光輝の間合いに入り、ハジメはドンナーの銃口を光輝の額に押し付け、忍も銀狼を峰打ちの形で光輝の首に寸止めする。

そして、互いに威圧と覇気を周囲に叩き付けている。

 

『ッ…!?』

 

その威圧と覇気に誰もが息を呑む中…

 

「例え、元クラスメイトでも躊躇いなく殺す」

 

「俺はそもそもクラスメイトでもないが……ま、立ちはだかるなら噛み砕くぜ?」

 

「お、お前達……」

 

2人の動きを捉えられず、光輝が戦慄の表情を浮かべる。

 

「勘違いするなよ? 俺は戻ってきたわけじゃない。ましてや、お前達の仲間でもない。白崎に義理を果たしに来ただけだ。ここを出ればそこでお別れだ。俺には…いや、俺達には俺達の道がある」

 

「ま、そういうこった」

 

それだけ言うとハジメはドンナーをホルスターにしまい、威圧を解除する。

それに倣い、忍も銀狼を納刀してから覇気を解除する。



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第三十三話『戦場での再会・後編~女の戦場~』

2人の威圧・覇気から解放され、一息吐く生徒達だが、光輝だけは納得いかないような表情でさらに言い募ろうとしたが…

 

「……戦ったのはハジメとシノブ。恐怖に負けて逃げ出した負け犬にとやかく言う資格はない」

 

「なっ!? 俺は逃げてなんて…!」

 

光輝がユエに反論しようとした時…

 

「よせ、光輝」

 

いつの間にか意識を取り戻していたのか、メルドが光輝を止める。

 

「メルドさん!」

 

意識が戻ったと言ってもまだ病み上がりのようなもなので、まだ本調子とはいかないものの、その場で頭を振って立ち上がる。

自分の負傷が完全に治っていることに疑問を持つが、それは香織が簡単に説明し、メルドが貴重な薬で奇跡的に助かったことと、その薬を持ってきてくれたのがハジメと忍であり、その生存に驚いたものの心底喜んでいた。

礼を述べると共にあの日、助けられなかったことを土下座する勢いで謝ってきた。

ハジメはその謝罪を受け、忍も『まぁ、俺は自業自得な部分もあるんで気にせんでください』とだけ返していた。

 

そして、メルドは光輝達にも頭を下げていた。

 

「め、メルドさん? どうして、メルドさんが謝る必要があるんだ?」

 

「当然だろ。俺はお前達の教育係なんだ。なのに、戦う者として大事なことを教えなかった。人を殺す覚悟のことだ。時期を見て、お前達には賊なりなんなりを、偶然を装ってけしかけるなりして人殺しを経験させようと思っていた。魔人族との戦争に参加するなら絶対に必要なことだからな。だが、しかし…俺の中で疑念もあった。本当にお前達にそんなことをさせる必要があるのか? 多くの時間を共に過ごし、語らい合ってしまったが故の俺の甘さだろう。これが終われば、次こそは……そんな風に先延ばしにしてた結果がこれだ。私が半端だった。そのせいで、お前達を死なせるところだったんだ。本当に、申し訳なかった…」

 

深々と頭を下げて謝罪するメルドの姿に生徒達が慰めに入る中…

 

「…………………」

 

「ホント、人格者…というよりも頼りになる兄貴分ってとこだねぇ」

 

ハジメはその様子を黙って見ていて、忍はメルドの姿をそう評した。

 

「…………………」

 

ハジメと忍…というよりもハジメを見つめている香織はずっと考えていた。

それは以前の優しいながらも体を張って行動出来るハジメと、今のクラスメイトだろうと本気の殺意を向けてくるハジメの違いに心が揺れているのだ。

 

だが、不意に香織はそんな自分に向けられる視線に気づき、そちらを向く。

 

「…………………」

 

そこにはユエがいた。

そういえば、えらく親しい感じだったと思い出し、香織もユエを見つめ返す。

 

「「…………………」」

 

しばらく、少女達が見つめ合っていたが…

 

「……フ」

 

「っ…」

 

その見つめ合いはユエの方から嘲笑付きで逸らされた。

 

つまり、『この程度のことで揺れる想いなら、ハジメのことは忘れてしまえ』とユエは今の嘲笑で香織に伝え、それを感じ取った香織も思わず息を呑んでしまう。

そして、それを感じ取ったからこそ、香織はユエの自信に満ちた表情の意図もわかった。

 

『お前なんて相手にならない。ハジメはこれからも"私の"ハジメだ。ハジメの"特別"は私だけだ!』

 

という意図が言外に香織に伝わり、香織は顔を真っ赤にするが、反論が出来なかった。

それは過去のハジメと今のハジメの狭間で揺れ動いている香織自身もわかっていること。

ハジメという人間を見失いかけている今の状態ではどう足掻いてもユエには敵わない、と…。

 

そんなこんなで光輝達の纏う空気が微妙なことになっている合間にハジメがパイルバンカーの杭などを回収していき、いざここから出ようとした時だ。

生徒達の消耗が激しいので、ハジメ達に便乗してここから出ようと浩介が提案し、メルドもハジメ達に頼み込んで了承を得たので、仕方なく勇者パーティーなどを引き連れて迷宮から出ることになった。

 

迷宮を出る道中、色々と問題がなかったと言えば、嘘になるが概ね何もなかったんじゃなかろうか。

特に美少女なユエとシアにちょっかいかけようとした者達がいたが…まぁ、ハジメが恐怖を叩き込んでいたので問題はなかろう(野郎限定でだが…)。

その様子を忍がケラケラと笑っていたが、慣れたものでスルーしていたりもする。

 

そして、オルクス大迷宮の入場ゲートに辿り着いた時だった。

 

「あっ! パパぁ~!」

 

「むっ! ミュウか」

 

ハジメをパパと呼び慕う幼女がハジメに向かって駆け寄ってきたのだ。

 

「パパぁ~! おかえりなの~!」

 

よくある光景として元気な幼子のタックルを喰らい、悶絶する場面を想像するだろうが、生憎とハジメの肉体は頑丈であって逆にミュウに怪我をさせないように衝撃を受け流しているくらいだ。

 

「もう、ミュウ! 危ないから、いきなり走らないで!」

 

「はぁ…めんどい…」

 

そこに無気力なファルの手を引いたセレナがやってくる。

 

「お疲れさん。シオンとティオさんはどした?」

 

そんなセレナ達を忍が迎え、ここにいない2人を軽く見渡して探す。

 

「妾達ならここじゃよ」

 

「はぁ…」

 

そこには妙に疲れた様子のシオンと、悠々と歩いてくるティオがいた。

 

「おい、ティオ。あんまりミュウから離れるなよ」

 

「仕方ないじゃろう。セレナとファルもおったし、ちゃんと目の届く範囲にもいたのでの。ただ、ちょっと不埒な輩がいたからお灸を据えに行ってただけじゃ」

 

「だからといって半殺しにする必要があったのでしょうか?」

 

「これくらいの見せしめは必要じゃよ。それにご主人様ならきっと…」

 

「だな。きっと皆殺しにしてるな」

 

「あれだけパパ呼びを嫌がってたくせに…」

 

「ちっ…まぁ、ティオ達がやったのなら大目に見てやるか…」

 

「……本当にこの調子で子離れ出来るのかの?」

 

などという会話をしていると…

 

「……………………」

 

突然の出来事に唖然と驚愕、羨望、嫉妬等、様々な視線を光輝達がハジメに向ける中、香織がゆらりゆらりとハジメの元まで歩み寄り…

 

「ハジメくん! どういうことなの!? 本当にハジメくんの子供なの!? 誰に産ませたの!!? ユエさん!? シアさん?! それともそっちの誰かに!? いったい何人孕ませたの!? 答えて!! ハジメくん!!!」

 

クワッと目を見開いたかと思えば、マシンガントークの如く問い詰めてハジメの襟首を掴んでガクガクと揺さぶっていた。

 

「いや、誤解だから…」

 

とハジメが言っても、どうも香織には聞こえていないらしい。

 

「落ち着きなさい、香織! 彼の子供なわけないでしょ!?」

 

親友の雫も香織を羽交い絞めにして落ち着かせようとするが、こちらも聞こえていないらしい。

 

その様子を見てた周囲がひそひそと小声で話していた。

その結果、何故だかハジメは『妻帯者なのにハーレム築いて何十人もの女を孕ませた挙句、それを妻に隠し通してたが、たった今気付かれた鬼畜野郎』ということになっていた。

 

「はぁ…」

 

そんな状況にハジメは深い溜息を吐いていた。

 

 

 

その後、しばらくして…

 

「うぅ~…///」

 

「よしよし、大丈夫だからね~」

 

顔を真っ赤にした香織が雫の胸に埋めていた。

さっきの変なことを口走ってしまったことでの羞恥である。

 

「やれやれ…」

 

その様子を傍から見て肩を竦めるハジメはロア支部長への依頼達成の報告をしに向かい、忍達もそれについていく。

ロア支部長に報告し、2、3話をした後、ハジメ達はホルアドから出て行こうとする。

 

が、それについていく勇者パーティー。

理由は香織がどうすべきか未だ悩んでおり、ハジメ達についていったからだ。

香織の心情的にはハジメについて行きたい。

やっと再会した想い人なのだから、ここで離れたくないという想いが当然ながらある。

しかし、光輝達の元から離れる罪悪感や、ハジメへの揺れた想いのままついて行ってもいいものかという気持ちがあった。

さらに言えば、ユエの存在も大きかった。

初邂逅で嘲笑されたこともあり、自分のハジメに対する想いの強さは本当に"その程度"なのか、疑念を抱いてしまっていた。

そして、ハジメとユエの絆の強さにも圧倒されている。

そういった様々な点から香織は自分の想いに対して自信を喪失していた。

 

そんな中、不穏な空気が流れ、ハッと顔を上げれば十数人の男達がハジメ達の前に立ち塞がっていた。

 

「おいおい、何処に行こうってんだ? 俺等の仲間をボロ雑巾にしてくれたのに、詫びの一つもなしか? ア゛ァ゛?!」

 

どうもティオとシオンが退けたという奴等の仲間らしい。

冒険者ギルドでの一件を知らないところを見るに、チンピラが絡んできた程度の認識しか持てないハジメ達だった。

どうにも女が多いことを見てハジメと忍を威嚇しているが、その眼は欲望に塗れており、ハジメと忍以外を性欲処理の道具として見始めていた。

が、しかし、チンピラ風情が喧嘩を売っていい相手ではなかった。

 

「「あぁ?」」

 

ドォンッ!!

 

周囲一帯にとんでもないプレッシャーが降り注ぎ、チンピラ共の動きと口を封じる。

また、チンピラの言動に怒りを覚えた光輝が前に出ようとして、ハジメと忍の威圧・覇気圏内に入り、そのプレッシャーに少しふらつく。

 

「親友、どうするよ?」

 

「こうするに決まってんだろ?」

 

ドンナーを抜くと情けの欠片もなく、チンピラ達の股間をゴム弾で銃撃していき…

 

「は~い。通行人の邪魔だからあっちに行ってような」

 

忍が地面にのた打ち回るチンピラの骨盤を絶妙な加減で蹴り飛ばして破砕していく。

 

そうして積み上げられたチンピラ達に殺気をもう一当てしてから戻ってくるハジメと忍。

その所業を見てた生徒達…特に男子は股間を押さえて身震いしていた。

そんなハジメと忍の周りに集まるユエ達。

 

「また容赦なくやったのぉ~。流石はご主人様とその戦友じゃ。女の敵とは言え、少々同情の念が湧いたぞ?」

 

「いつになく怒ってましたね~。やっぱり、ミュウちゃんが原因ですか? 過保護に磨きがかかってるような」

 

「……ん、それもあるけど…シアのことでも怒ってた」

 

「えっ!? 私のことでも怒ってくれたんですか? えへへ、ハジメさんったら…ありがとうございますぅ!」

 

「ユエにはすぐに見透かされるな…」

 

「忍は…その、どうしてあそこまでやったの?」

 

「ん~? 単純な独占欲だな。俺、こっちに来てから自分でもかなりそういうのが強いんだって自覚してきたわ」

 

「ど、独占欲ですか…」

 

「…………………」

 

そんな風に会話するハジメ達…特にハジメの様子を見て香織は思った。

 

本当に変わっているのなら、そもそも自分の無事を知らせに…迷宮に潜ってくれるのだろうか?

今の怒りを抱いて反撃したのも、あの女性陣のためではなかったか?

暴力を振るうことに躊躇いがなかったとして、それは本当に優しさを忘れたことになるのだろうか?

 

いや、違う。

優しさを持ってるからこそ、力を振るって守ることに躊躇いがないだけだ。

大切なものを守るために振るわれる力は…今の彼の優しさの表れではないのか?

 

今のハジメは髪の色を失っている。

右目の眼帯もなにかしら怪我か何かで塞がれており、左腕の鎧もきっと事情があるのだろう。

きっとあの後…『奈落』という場所に落ちた日から自分の想像を絶するような体験をしてきたに違いないと…。

それは価値観や雰囲気すらも変えてしまうほどの凄絶な体験だったに違いないと…。

 

そう考えていくと、今この時…たくさんの笑顔に囲まれているハジメは…きっと自分なりの道を歩んでいるのだろうと…。

それが香織の中に渦巻いていた靄を吹き飛ばした。

 

目の前に"ハジメ"という想い人がいる。

変わった部分もあれば、変わらない部分もある。

だったら、それを近くで見ればいい。

あの中に自分が飛び込んだっていいじゃないか…。

今度こそ離れてなるものか!

 

そういった決意と覚悟が香織の瞳に宿る。

それを見て親友の雫が優しい笑みを浮かべて香織の背中をそっと押す。

香織もそれに頷き、ハジメ達の方へと歩いていく。

 

「むっ?」

 

「あらら?」

 

「ほぉ~? これは修羅場じゃの」

 

ハジメのことを好いている3人はそのように呟き…

 

「頑張れよ、親友」

 

忍はハジメにエールを送っていた。

 

「ハジメくん、私もハジメくんについて行かせてくれないかな? ううん、ちょっと違うね。絶対について行くから、よろしくね?」

 

「……………………は?」

 

まさかの確定宣告にハジメもポカンとしてしまう。

そんなハジメの代わりにユエが香織の前に歩み出る。

 

「……お前にそんな資格はない」

 

「資格ってなにかな? ハジメくんをどれだけ想っているかってこと? だったら、誰にも負けないよ?」

 

「むむっ」

 

今度は真っ向からユエを見て言い返す香織に、ユエの口がへの字に曲がる。

 

「あなたが好きです」

 

そして、香織はユエからスッと目を逸らすと、ハジメを見て一呼吸置いてから…あの日、あの時から抱き続けてきた想いを、ハジメに告げる。

 

「……白崎」

 

香織の表情が真剣だったので、ハジメもまた真剣な表情になって返す。

 

「俺には惚れている女がいる。白崎の想いには応えられない。だから、連れてはいかない」

 

真っ直ぐに答えたハジメに香織は泣きそうになるも、"それでも!"と力強い決意を宿した瞳をハジメに向ける。

ちなみに香織の背後では、光輝達が唖然、呆然、阿鼻叫喚という状況に陥っているが、ハジメ達側で気にする者などいない。

 

「……うん。わかってる。ユエさんのことだよね?」

 

「あぁ、だから…」

 

「でも、それは傍にいられない理由にはならないと思うんだ」

 

「……なに?」

 

「だって、シアさんも…ちょっと微妙だけどティオさんもハジメくんのことが好きだよね? そっちの女の人達は紅神くんが気になるみたいだから数えないけど。特にシアさんはかなり真剣だと思う。違う?」

 

「それは…」

 

「ハジメくんに特別な人がいるのに、それでも諦めずにハジメくんの傍にいて…ハジメくんもそれを許してる。なら、そこに私がいても問題ないよね? だって、ハジメくんを思う気持ちは……あの日、あなたに出会った時から、ずっと想い続けてきたんだから…誰にも負けないし、負けるつもりもないから…」

 

そう言ってユエを見る香織の瞳には揺れていた時とは違う、確かな決意が宿っていた。

それに対してユエは…

 

「……ならついてくるといい。そこで教えてあげる。私とお前の差を」

 

「お前じゃなくて香織だよ」

 

「……なら私のこともユエでいい。香織の挑戦、受けて立つ」

 

「ふふ…ユエ。負けても泣かないでね?」

 

「……ふふ、ふふふふふ」

 

「あは、あははははは」

 

好戦的な笑みを浮かべて香織の挑戦を受けていた。

しかも心なしか互いの背後に暗雲と雷を背負った東洋龍(ユエ)と刀を構えた般若(香織)の幻影が出現していた。

ハッキリ言って怖い。

その証拠にハジメの左右からシアとミュウが抱き着き、ガクブルしている。

忍側もその様子に引き攣った笑みを浮かべる忍の背に隠れるようにセレナとファルが身を潜め、シオンもどこか戦慄した表情を浮かべる。

ティオだけベクトルが違うので割愛するが…。

 

そんな中、香織の決断に異議を唱える者がいた。

『勇者』天之河 光輝である。

 

「ま、待て!? 待ってくれ! 意味が分からない。香織が南雲を好き? ついていく? えっ? どういうことなんだ!? なんで、いきなりそんな話になる!? 南雲! お前、いったい香織になにをしたんだ!!?」

 

「……なんでやねん」

 

「おっ、親友のそれ。久々に聞いたわ」

 

光輝のご都合脳に思わずツッコミを入れるハジメの言葉に、忍は懐かしい思いを抱く。

 

「光輝。南雲くんが何がするわけないでしょ? 冷静に考えなさい。アンタは気付いてなかったみたいだけど、香織はもうずっと前から彼を想ってるのよ。それこそ日本にいた時からね。どうして、香織があんなに頻繁に話し掛けてたと思うのよ」

 

頭痛を堪えている様子の雫が光輝を諫め始める。

 

「雫。何を言ってるんだ? あれは香織が優しくて、南雲がクラスで1人でいるのを可哀想に思ってたからだろ? それに紅神だっていたし……それでもクラスの中では協調性もやる気もないオタクな南雲を香織が好きになるわけないじゃないか」

 

そんな風に返す光輝の言葉に、頬をピクつかせるハジメだったが、その横では…

 

「テメェは自分の物差しでしか人を測れないのか? 人の気持ちもちゃんと理解してなさそうだもんな…いっそ独善とか偽善なんて言葉がテメェにピッタリだと思うわ」

 

"さっき指摘したことをもう忘れたのか?"と言わんばかりの毒を吐く忍にセレナとシオンがギョッとしたように驚く。

どうにも忍は光輝のことが嫌いらしい。

本当は無関心を貫きたいのだが、見ててイライラを抑えられないらしい。

 

と、そんな光輝達に香織が自らケジメをつけるために話しかける。

 

「光輝くん、みんな、ごめんね。自分勝手だと自分でも思ってる。だけど、私はどうしてもハジメくんについて行きたいの。だから、パーティーからは抜ける。本当にごめんなさい」

 

深々と頭を下げる香織に、生徒達…特に女性陣は黄色い声援を送り、一部の男子は香織の気持ちを察していたのか苦笑しながら手を振っていた。

 

だが、それに納得出来ないのが光輝である。

 

「嘘だろ? だって、おかしいじゃないか。香織はずっと俺の傍にいたし、これからも同じだろ? 香織は俺の幼馴染みで…だから、俺と一緒にいるのが当然だ。そうだろ?」

 

「えっと、光輝くん。確かに私達は幼馴染みだけど…だからってずっと一緒にいるわけじゃないよ? それこそ当然だと思うけど…」

 

「そうよ、光輝。香織は別にアンタのものじゃないんだから、何をどうしようと決めるのは香織自身よ。いい加減にしなさい」

 

光輝の言葉に幼馴染み2人がそう言うと、その言葉に被弾した者がいた。

 

「うっ…耳が痛い…」

 

忍である。

忍も幼馴染みがいて、その娘と恋人同士になっているが…告白の理由が独占欲からくるものであったような気がしなくもないので、香織と雫の言葉は地味にダメージになっていた。

しかし、恋人同士になったということは少なくとも相手側も忍を好いていたので、問題ないと言えば問題ないのだが…。

 

普段の仕返しの意図もあるんだろう忍の肩をポンポンとニヤニヤと笑いながら叩くハジメを光輝が見る。

その周りには美女・美少女達が侍っている。

その光景に光輝の中の黒い感情がふつふつと湧き上がっていく。

 

「香織、行ってはダメだ。これは香織のために言ってるんだ。見てくれ、あの南雲と紅神を。女の子を何人を侍らせて、あんな小さな子まで……しかも兎人族と狼人族の女の子は奴隷の首輪まで着けさせられている。黒髪の女性もさっき南雲のことを『ご主人様』と呼んでいた。きっとそう呼ぶように強制されているんだ。南雲も紅神も女性をコレクションか何かと勘違いしている。最低だ。人だって簡単に殺せるし、強力な武器を持っていながら仲間の俺達に協力しようともしない。香織、あいつらについて行っても不幸になるだけだ。だから、ここに残った方がいい。いや、残るんだ。例え恨まれても君のために俺は君を止めるぞ! 絶対に行かせはしない!!」

 

「なんか、俺までディスられてね?」

 

光輝のあまりにあんまりで突飛な発言に香織達が唖然とする中、忍が"解せぬ"と言わんばかりに言葉を漏らすが、そんなんお構いなしに光輝がユエ達の方を向くと…

 

「君達もだ。これ以上、その男達の元にいるべきじゃない。俺と一緒に行こう! 君達ほどの実力者なら歓迎するよ。共に人々を救おう! シアにセレナ、それともファルと言ったかな? 安心してくれ、俺と共に来てくれるのならすぐに奴隷から解放しよう! ティオも、もうご主人様なんて呼ばなくていいんだ!」

 

そう言って爽やかな笑顔と共にユエ達に手を差し伸べる光輝。

そんな光輝に顔を手で覆いながら天を仰ぐ雫に、ハジメと忍は同情の念を向ける。

そして、手を差し伸べられたユエ達はというと…

 

『…………………』

 

もはや言葉すらなかった。

ユエ、シア、ティオ、セレナ、シオン、珍しくファルも光輝から視線を逸らすと、前者3名はハジメの背にそそくさと隠れ、後者3名はセレナとファルが忍の背に隠れてシオンがそのまま残る。

よくよく見ると、6人とも両手で腕を擦っており、鳥肌が立っているようにも見えた。

結構なダメージのようだ。

 

「これはちょっと違うのじゃ…」

 

ティオでさえ、この反応なのだ。

他の女性陣の心中はどのようになっているのか…。

 

「なに、あいつ。気持ち悪いんだけど…」

 

それをド直球に言うのは…ファルだった。

 

「っ……南雲 ハジメ! 紅神 忍! 俺と決闘しろ! 武器を捨てて素手で勝負だ! 俺が勝ったら2度と香織に近寄らないでもらう! そして、そこの彼女達も全員解放してもらう!!」

 

ファルの一言に傷付きながらもハジメと忍に勝負を挑もうとする光輝は、一度は聖剣を抜くもそれでは勝ち目がないと判断したのか、聖剣を地面に突き刺していた。

 

「イタタタ…やべぇよ。勇者が予想以上に痛い。なんかもう見てられないんだけど…」

 

「いやはや、ここまで酷いとは……もう色々と手遅れなんじゃね?」

 

「何をごちゃごちゃ言っている! 怖気づいたか!?」

 

そう叫んで光輝が先にハジメへと殴り掛かりに行くと、ハジメは2、3歩ほど後退していた。

それを良いように解釈した光輝が力強く一歩踏み込んだ時だ。

 

ズボッ!!

 

「ッ!?」

 

突如として真下に開いた落とし穴に光輝が落ちた。

 

ゴオォォ…!!

 

その落とし穴が石畳に戻ると、そこからくぐもった爆発音が聞こえてくる。

どうにもハジメのあしらい方の方が上手だったようだ。

というか、ステータス的なことを言えば、ハジメも忍も光輝に負けることはないのだが…そんな面倒事に関わってやるほど暇ではないので、ハジメが適当にあしらったのだ。

 

「ものの見事にハマったな」

 

「ま、生きてるだけマシだろ。そういうわけで、八重樫。一応は生きてるから後で掘り出してやってくれ」

 

などと忍と話したハジメは雫に光輝のことを丸投げした。

 

「……言いたいことは山ほどあるのだけど……了解したわ」

 

心労の絶えない雫にやはりどこか同情的な目を向けてしまうハジメと忍。

 

その後、大介達が騒いだりもしたが、ウルで忍の話を聞いていたハジメによって封殺され、逆に脅したような感じにもなったが、ようやっと出発出来る。

 

そんな中、得物を失っていた雫にハジメが以前作ったまま放置してた『黒刀』を手渡していた。

日本にいた時から何かと世話になった礼として…。

『黒刀』は小烏丸造りに似た構造で、忍の持つ銀狼と黒狼の雛型とも言える代物だ。

それを受け取り、自然と可憐な笑みを浮かべる雫にユエや香織が警戒したりもしたが…。

 

ハジメが宝物庫からブリーゼとシュタルフ、アステリアを取り出してそれぞれ決まった乗り物に搭乗していく。

ブリーゼには運転手のハジメを始め、ユエ、ティオ、ミュウ、シオン、ファルに加えて新たに香織が搭乗し、途中まではシュタルフにシアが乗り、アステリアには忍とセレナがいつものように乗る。

 

こうしてホルアドでの一件も解決(?)したハジメ達は次なる目的地…3番目の大迷宮『グリューエン大火山』に向けて発進するのだった。



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第三十四話『アンカジ公国』

グリューエン大砂漠。

そこは赤銅色の世界と言うべき場所だった。

砂が赤銅色なのもそうだが、砂自体が微細なためにちょっとした風でも砂が舞い上がって空を赤銅色に染め上げるのだ。

それに加えて太陽の熱を砂が吸い込み、とてつもない熱気を放っているのだ。

 

が、しかし…そんなことはどうでもいいと言わんばかりに爆走する物体が二つあった。

 

「シノブさん、よく走れますよね。大丈夫なんでしょうか?」

 

「ふむ。こっちと違って野ざらしに近いはずじゃが…」

 

ブリーゼの車内でシアとティオがブリーゼと並走しているアステリアに乗る忍を見て呟く。

ちなみに忍はローブっぽい羽織りものとゴーグルを身に着け、ローブの余った部分をマスクとして活用している。

 

「流石に私もこっちに乗れって言われたけど…」

 

「えぇ…その…流石に狭いですね…」

 

セレナとシオンが言うようにブリーゼの車内は結構ギュウギュウ状態になっていた。

スタイルの良い人が多いのも狭さに拍車をかけたのだろうか?

 

「こんな大所帯なんざ当初想定してなかったんだから仕方ないだろ」

 

運転中のハジメがそんなことを言う。

とは言え、それだけではなく姦しかった。

ユエと香織がハジメを巡って言い争ったり、セレナとシオンが忍のことで話し合っていたり、ミュウがユエと香織の言い争いに対して『喧嘩ばっかりするお姉ちゃん達なんて嫌い!』と言ってシアの元に行ったり、そのシアにユエと香織が怒られたりと…それはもう姦しいと言ってもいいのではないだろうか?

特にユエと香織が、だが…。

逆に静かなのは興味なさげなファルと、面白そうに事態を見てるティオくらいだった。

 

そんな道中の中…

 

「む? なんじゃ、あれは? ご主人様よ、3時方向で何やら騒ぎじゃ」

 

「あぁ?」

 

ティオの言う通り、ハジメが右側を見るとミミズ型の魔物『サンドワーム』が相当数見えた。

 

「? なんで、あいつ等…あんなとこをグルグル回ってるんだ?」

 

見れば、サンドワームの群れはグルグルと回っていた。

まるで、この獲物を食べるかどうか迷っているかのように…。

 

「そんなことあんのか?」

 

「妾の知識にはないの。奴等は悪食で有名じゃから獲物を前に躊躇うことはないはずじゃが…」

 

ティオがそのように言って首を傾げる。

ティオはユエ以上に長生きで、ユエと違って幽閉されてたわけではないので知識も深い。

そのティオをして首を傾げる事態なので困惑しているといった感じだ。

 

と、その時…

 

「(親友!!)」

 

「! 全員掴まれ!!」

 

忍の念話で反応したハジメはブリーゼを加速させていた。

直後、地中からサンドワームが奇襲を仕掛けてきた。

ハジメと忍はそれぞれブリーゼとアステリアを巧みに動かして奇襲を回避する。

数は3匹。

 

その3匹は今度は頭上からブリーゼに襲い掛かろうとする。

 

「そういや、何気に使うの初めてだな!」

 

ブリーゼをドリフトさせ、車体の向きを変えてバック走行に移行すると、魔力を流し込んでブリーゼに内蔵されているギミックを発動させる。

そのギミックとは、ボンネットの一部がスライドして開き、そこから4発のロケット弾がセットされたアームがせり出てくる。

 

「(親友。毎度思うが、乗り物にそんなギミックが必要か? あと、アステリアにも変なギミックないだろうな?)」

 

その様子を見てた忍が念話でハジメに尋ねる。

 

「(当たり前だろう? あと、アステリアに関しては…お前の要望次第だな)」

 

「(……………………じゃあ、人型への変形機構を…)」

 

「(腕が上がったらな)」

 

「(え? それ、本気で…?)」

 

等という念話をしてる間にもロケット弾はサンドワームを粉砕していた。

そのせいでサンドワームの血飛沫が舞い、忍にも少なくない被害が…。

 

「(あとで浴室か、シャワーを貸せ…)」

 

「(……あぁ、わかった)」

 

忍がジト目をブリーゼに向けながら走行してるのがわかったのか、ハジメも素直に応じた。

 

それから今の騒ぎを嗅ぎつけた困った様子だったサンドワーム達との交戦がもう一回あったが、今度はブリーゼに内蔵されたシュラーゲンで粉砕したり、忍がアステリアからブリーゼの車体上部に乗り移り、そこにハジメがメツィライを車体上部に召喚し、憂さ晴らしの如く忍が斉射していた。

もう"後で全部洗い流すからいいや"的な具合の開き直りである。

おかげで忍はサンドワームの血飛沫やら肉片を浴びまくってしまったが…。

 

そんな中、サンドワームが困惑していた原因も発覚した。

そこには地球で言うエジプトの民族衣装みたいな白い装束を身に纏った20代半ばくらいの青年だった。

サンドワームを撃退した一行はその青年を助け、香織が診察する。

 

その青年の体内では魔力暴走が起きており、香織の状態異常回復魔法でも治癒は出来なかった。

そのため、香織は『廻聖』という上級魔法を用いて青年の魔力を強制的に吸収し、ハジメから渡された神結晶の腕輪に譲渡する。

そうすることで一時的に青年の魔力を排出し、落ち着いたところで傷付いた血管を『天恵』で癒す。

 

その間に忍は少し離れたところでハジメから宝物庫を借りて簡単な仕切りを取り出すと、そこで頭から水を被っていた。

当然だが、服も着替えた。

そうして軽い水浴びを済ませた忍が戻ってくると、何故かハジメが青年を踏んづけ???ていた。

 

「この短時間で何があれば親友の機嫌が悪くなるんだ?」

 

そう言って忍が来ると、青年をブリーゼに乗せて水を与えながら事情聴取を行った。

 

青年の名は『ビィズ・フォウワード・ゼンゲン』と言い、アンカジ公国の領主の息子だという。

 

そのビィズ曰く、四日前にアンカジにおいて原因不明の高熱を発して倒れる者が続出したらしい。

この高熱の症状を訴える人間の数が多くなっていき、意識不明者も出ている。

そんな中、ある一人の薬師が飲み水を調べると、そこに体内の魔力の暴走を促す毒素が含まれていた。

これを調べるべく直ちに調査チームが結成され、オアシスを調べると案の定唯一の水源であるオアシスが汚染されていることが発覚する。

しかしながら厳重な警備を掻い潜り、どのようにオアシスを汚染したのか不明である。

そのため、飲み水は使えなくなり、患者も死亡する件数が増えていく一方であった。

 

但し、全く対策がないわけでもなかった。

『静因石』と呼ばれる魔力の活性を鎮める特殊な鉱石である。

採掘場所は北方にある岩石地帯か、『グリューエン大火山』である。

だが、前者は距離的な問題、後者も既に冒険者が感染しているために不可能と思われていた。

 

だが、この場にはそれを可能とする者達がいる。

ハジメ達だ。

そのため、ビィズはハジメ達にアンカジ公国領主代理権限で正式な依頼を求めて頭を下げた。

 

静寂に包まれた中、全員の視線がハジメに注がれる。

このパーティーのリーダーはハジメであり、忍はサブリーダー的な立ち位置にある。

香織の視線とミュウの直球な言葉や、グリューエン大火山の道程というのも相俟ってその依頼を受けることにしていた。

 

こうして一行はアンカジ公国へと進路を取る。

ちなみにビィズはブリーゼに乗せられることとなった。

流石に荷台に寝かせる訳にもいかず、セレナが忍のアステリア、ティオとシオンが荷台に移動することになったが…。

 

………

……

 

一行がアンカジ公国に着くと真っ先に宮殿へと向かい、ビィズの父親『ランズィ・フォウワード・ゼンゲン』の元へと進んでいた。

執務室にいたランズィにビィズが事情を説明し、ハジメが色々と指示を出す。

 

とりあえず、香織がビィズにやった応急処置を他の患者達にも行い、魔力を魔晶石にストックする。

その魔晶石をユエに渡し、水を作る足しにする。

その間にハジメと忍がオアシスの原因を調べて解決出来そうならして、出来なかったらグリューエン大火山を攻略しにかかる。

そんなプランを取ることにした。

 

そうして役割分担してそれぞれ現場に向かうと、その先々でランズィとお付きの護衛達は"顎が外れるんではなかろうか?"というくらい驚愕に満たされた。

それだけハジメ達の所業は常軌を逸していた。

 

患者達は香織、水の確保をユエ、それぞれの補佐をシア達に任せ、ハジメと忍はランズィの案内でオアシスへと赴いていた。

 

「…?」

 

「どした、親友?」

 

「いや…今、魔眼石に反応があったような…領主。調査チームの調べた範囲はどの程度なんだ?」

 

オアシスに着くと、ハジメがランズィに尋ねる。

 

「地下水脈には異常はなかったが、オアシスを中心にそこから流れる川や井戸などが汚染されていたな。流石にオアシスの底までは手が回ってなかったはずだ」

 

「ふむ。なら、オアシスの底にアーティファクトの類はあるのか?」

 

「? いや、オアシスの警備と管理に用いているアーティファクトは地上に設置してある。結界系のアーティファクトでな。オアシス全体を守っていたのだが…」

 

その言葉を聞き…

 

「へぇ…じゃあ、アレはなんだろうな?」

 

そう言ってハジメがオアシスに近づくと、宝物庫から少し大きめの代物を取り出し、それに魔力を注いでオアシスに放り投げた。

 

「おい、親友。あれって…」

 

「おう。メルジーネ海底遺跡用に作った試作品だ」

 

「あちゃあ~」

 

ハジメの言葉を聞いて忍が額に手を当てて見てられないと視線を逸らす。

 

2人がそんなやり取りをしていると…

 

ドゴォオオオ!!!

 

特大の水柱が発生し、何が起こったのかわからないランズィ達が再び驚愕の表情となる。

 

「ちっ…意外とすばしっこい。いや、耐久力が高いのか?」

 

「あれで仕留められないとか。う~ん…微妙なとこだねぇ~」

 

爆発にも動じず、ハジメと忍が何やら話していると、ハジメがさらに10個くらいオアシスに同じものを投じていた。

 

「あぁ~!? 我がオアシスが、魚の肉片で赤く染まってぇ~!?」

 

「なんか、すんません…」

 

忍がランズィに謝っていると…

 

「まだ捕まらないのか。なら、もう50個追加して…」

 

ハジメが物騒極まりないことを呟き、それをランズィ達が阻止しようとした時だった。

 

「っ!」

 

忍が水面から何か出てくるを見た後、神速と銀狼と黒狼を用いて"水の触手"を全て斬り伏せていた。

 

「親友。なんか出てきたぞ?」

 

それは水面が盛り上がっていき、重力に逆らうようにせり上がり、10メートル近い高さの小山となった。

 

「な、なんだ…これは…バチェラム、なのか?」

 

ランズィの呟きに答えることなく、ハジメがドンナー・シュラークで核と思しき魔石を狙うが、思ったように当たらない。

そんなハジメを守るように忍が神速で水の触手を迎撃していく。

 

「俺も火や水系統の魔法が習得出来てればな…」

 

そんな愚痴を零しながらもハジメとランズィ達に触手が到達することはなかった。

 

「……………よし、捉えた…!」

 

シュラークをホルスターに戻したハジメはドンナーのみによる精密射撃体勢を取ると、一撃で魔石を撃ち砕いた。

 

「「……………………」」

 

崩れ落ちる水の塊をしばらくハジメと忍が睨んでいると、徐に武器をそれぞれ収めた。

 

「終わった、のかね?」

 

「あぁ。もう、ここに魔力反応はない。だが、原因は排除したが、それがイコール問題の解決になったかまではわからんが…」

 

ハジメがそう言うと、ランズィが部下の1人に水質鑑定を指示した。

 

「どうだ?」

 

「いえ、汚染されたままです」

 

どうもあのバチェラムを倒しても水は元には戻らなかったようだ。

落胆の色が濃いランズィ達の心境は如何様なものか…。

 

「まぁ、気を落としなさんな。地下水脈が無事なら後は上手い具合に汚染された水を掻き出しさえすりゃ元のオアシスに戻るだろ?」

 

なんとも楽観的な忍の意見だが、原因が排されたのも事実なのでランズィ達にも復興の意気込みが表れてきた。

そして、ハジメ達はこれが魔人族によるものだと予想し、それに関する情報も交換していた。

 

「ハジメ殿、シノブ殿。アンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、国を代表して礼を言う。この国は貴殿らに救われた。本当にありがとう」

 

ランズィが深々頭を下げると…

 

「あぁ、たっぷり感謝してくれ。そして、この恩を忘れないようにな」

 

「親友も図太くなったなぁ」

 

ハジメの言動に忍が肩を竦める。

それからランズィは静因石のことも頼むと、ハジメはどのくらいの量が必要かを聞いた。

どうせ、元々行く予定であったのだから、ついでとばかりに採掘してこようというのだ。

 

それから2人はユエ達とも合流し、医療院に詰めている香織達と合流して今後の方針を定めた。

 

グリューエン大火山を攻略するハジメ、忍、ユエ、シア、ティオの5名。

居残って医療院の手伝いをする香織、ミュウ、セレナ、シオン、ファルの5名。

 

この二グループに分かれてそれぞれの役割を果たすこととなった。



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第三十五話『グリューエン大火山』

 『グリューエン大火山』

 

 アンカジ公国より北方に約100キロ進んだ先に存在する直径5キロに標高3000メートル程の巨石で、普通の成層火山と違って溶岩円頂丘という平べったい見た目をしており、山と言われているが、どちらかと言えば巨大な丘と言った方がしっくりくる形状をしていた。

 

 七大迷宮の一つとして認識されている『グリューエン大火山』だが、『オルクス大迷宮』のような新人訓練や冒険者の出入りが少ない。理由は色々あれど一番の問題点があった。

 

「こりゃ、また…」

 

「うん。流石に俺もアステリアで特攻する気にはならんかな」

 

 ブリーゼの中でハジメと忍が眼前の問題を見て…

 

「「(あと、天空の城もビックリだよな)」」

 

 そんな感想を抱いていた。

 

 そう、その問題点とはグリューエン大火山をすっぽりと覆うが如く巨大な渦巻く砂嵐に包まれているのだ。しかも砂嵐の中には魔物も生息しているので、魔物側からしたら奇襲のし放題である。それ故に冒険者達もこの砂嵐を突破するにはそれ相応以上の実力が求められているのだ。

 

「徒歩でなくてよかったですねぇ~」

 

「さしもの妾もこの砂嵐は勘弁じゃの…」

 

「……ん」

 

 いくら規格外な強さを誇るこのパーティーでもこんな巨大砂嵐を徒歩では行きたくないらしい。まぁ、当然と言えば当然と言えるが…。

 

「よし、じゃあ行くぞ」

 

 ハジメの掛け声と共にブリーゼが加速し、砂嵐の中へと突っ込んでいく。事前情報からブリーゼの走行なら5分くらいで突破可能だろうと予測は立てていた。

 

 その途中、サンドワームが複数追跡してきたが、ユエとティオの環境を利用した風刃で乗り切ったり、ブリーゼ後部に搭載された手榴弾で粉砕しながら進んでいった。

 

「…………なぁ、親友。この車、一体いくつギミックを隠してるんだ?」

 

 シアと共にお荷物状態な忍が興味本位で運転中のハジメに尋ねる。

 

「そうだな。最終的には変形して人型汎用兵器…巨大ゴーレムになる」

 

「「「………………………」」」

 

「そりゃたまらんね。実際にあれば、だが…」

 

 ハジメの答えに女性陣は沈黙し、忍はなんとなく察したのでそのように返していた。

 

「まぁ、流石にそりゃ冗談だがな。憧れるのは間違いない」

 

「親友ならいつか絶対にやらかすに違いないと俺は思うね」

 

「「「(コクコク)」」」

 

 ハジメの言葉に忍がそう呟けば、女性陣も頷いていた。

 

 

 

 そうして、砂嵐を無事突破した一行の目の前には巨大な岩山が現れる。

 

 『グリューエン大火山』の入口は山頂にあるということで、一行はブリーゼで出来る限りその岩山を登り、ブリーゼでの走行が難しくなってきたところで下車して徒歩で山頂へと向かうことにした。

 

「うぅ~…あ、暑い、です~」

 

「………ん…」

 

「確かにな。こりゃタイムリミット云々関係なく、さっさと攻略するに限る」

 

「流石にオルクスとかには熱耐性のスキルはなかったなぁ…」

 

「ふむ? 妾的にはわりと適温なのじゃが……そうか、熱さに身悶えることもないのか。少し残念じゃ」

 

 ハジメ達が火山の熱に参っている中、ティオだけは平然としていた。流石は腐っても龍種、この環境を適温という辺り、頑丈さが窺える。発言は変態だが…。

 

「ま、暑いのは仕方ないとして、とっとと攻略しようや」

 

「そうだな…」

 

 忍の気を取り直した言葉で、一行は山頂へと進む。しかし、そこは規格外パーティー。一時間もしない内に山頂に辿り着き、迷宮への道である階段を発見する。

 

「よし、やるか!」

 

「ん!」

 

「はいです!」

 

「うむ!」

 

「応!」

 

 グリューエン大火山、攻略開始。

 

………

……

 

 『グリューエン大火山』の内部構造は先に攻略したオルクスやライセンと異なり、かなりとんでも空間となっていた。具体的に言うと、マグマが文字通り宙を川のように流れており、当然ながら地面にもマグマが流れているので攻略者は地面と宙、2種類のマグマに気を付けないとならない。さらに言えば、壁のいたるところからマグマが噴出するという天然のブービートラップがあるので、普通なら慎重に進まなければならない。

 

 しかし、ハジメには『熱源感知』というスキルをオルクスで入手しており、マグマの噴出を事前に察知することが出来た。ちなみに忍は運悪く習得はしていないので、ハジメに任せっきりになっている。

 

 そして、この大迷宮最大の特徴…茹だるような暑さである。あらゆる場所にマグマが流れているので、当然と言えば当然なのだが、その暑さは攻略者の集中力を乱し、いらぬミスを引き起こしそうになる。ハジメ達に関して言えば、現状はまだミスしていないが…。

 

 そうこうしている内にハジメ達は静因石が発掘された後であろう広間に辿り着き、そこで小粒程度の静因石を宝物庫に回収していた。そして、攻略組一行はグリューエン大火山での冒険者が降った最高階層…つまり、7階層から先へと進むのだった。

 

 8階層に辿り着いた瞬間…

 

ゴオオオオ!!!

 

 強烈な熱風がハジメ達を襲い、その後から追撃でもするかのように巨大な火炎の渦が襲い掛かってきた。

 

「っ!」

 

 忍が咄嗟に前に出ると、左手を突き出して円状の闇を展開して火炎の渦を闇で呑み込む。そうすることで火炎の渦を放ってきた襲撃者の正体がわかる。

 

『ギュォオオ!!』

 

 雄牛である。しかもマグマの上に立っていたり、マグマを纏っていたりと…どう見ても普通の雄牛ではない。

 

「なぁ、親友。こういう時、俺はマタドールになるべきなのか?」

 

「んなことしてる場合じゃねぇだろ!」

 

 今にも突進してきそうな雄牛に対し、忍が左手を引っ込めて今度は右手を突き出して再び闇を展開すると、そこから"複製"した火炎の渦を雄牛に向かって放っていた。

 

ドゴオォォッ!!

 

 忍の魔力を含めた火炎の渦は雄牛を壁まで吹き飛ばしていたが、大したダメージは与えられていないようだった。

 

「やっぱ、火属性だとこんなもんか…」

 

「マグマ纏ってる時点である程度わかってたことだけどな」

 

 そんな会話をしている合間にも雄牛は態勢を整えて突進してくる。それを見てハジメがドンナーを抜こうとすると…

 

「ハジメさん! ここは私に任せてください!」

 

 シアが何やら気合を入れていた。ハジメが魔眼石でシアの得物であるドリュッケンを見ると、その意図を察してドンナーを抜くのをやめて任せることにした。

 

「殺ってやるですぅ!」

 

 任されたことを確認すると、シアが軽くステップを踏んでから突進してくる雄牛に向かって飛び掛かる。体を縦に一回転させて遠心力を乗せたドリュッケンを雄牛の頭部目掛けて思いっきり振り下ろす。いつもならこれだけでも十分なのだが、ハジメが新たにドリュッケンに組み込んだ機能がここで発揮される。ドリュッケンが直撃した直後、直撃した部分を中心に淡青色の魔力の波紋が広がると共に凄まじい衝撃が発生して雄牛の頭部を爆砕していた。そして、シアはドリュッケンを支点に再び一回転すると、頭部を失った雄牛を飛び越えて綺麗に着地する。ちなみに雄牛の死体は突進した勢いのまま地面に崩れ落ちていく。

 

「お、おふ…は、ハジメさん。やった本人である私でも引くぐらいには凄い威力ですよ、この新機能…」

 

「あぁ、みたいだな。"衝撃変換"…どんなもんかと思ったが、これはなかなか使い道がありそうじゃねぇの」

 

「また物騒な発想が出来てそうだな。まぁ、俺も人のことは言えねぇかもだが…」

 

 この"衝撃変換"というのは先のオルクス大迷宮で魔人族との戦闘の際、光輝を追い詰め、ハジメのパイルバンカーで無残にもミンチにされた馬頭が持っていた固有魔法で、能力は文字通り魔力を衝撃に変換するというものだ。その馬頭の肉をハジメは杭を回収する際にこっそりと入手し、忍と一緒に食べたのだ。並みの魔物ではもうステータスも上がらないし、能力も得られないハジメと忍だが、チート級の光輝の限界突破でも倒せなかった魔物の肉ならば、或いは、ということで実食した結果、ステータスはちょい上がり、馬頭の固有魔法を2人揃って習得することが出来た訳である。その衝撃変換をハジメは生成魔法で鉱石に付与し、ドリュッケンを改造したのだ。

 

「……ハジメ」

 

「ん? あぁ、そうだな…考察はこのくらいにして先を急がないとか」

 

 ユエの言葉にハジメは雄牛の観察をやめて先を進むことにした。

 

 

 

 それから階層が下がる度に魔物のバリエーションも増えていき、刻一刻と暑さも増していった。

 

「あ゛、あづいですぅ~…」

 

「……シア、暑いと思うから暑い。流れてるのはマグマじゃなくてただの水…ほら、涼しくなった。ふふ」

 

「これはマズいのぉ。ご主人様よ。ユエが壊れかけておるのじゃ。目も虚ろじゃし」

 

 この暑さに唯一対応しているティオはともかく、冷房系アーティファクトを事前に用意して身に付けているハジメ達でもダウン寸前状態になっていた。焼け石に水とはよく言ったもんだと、痛感しているハジメは休憩が必要と判断し、次の広間でマグマから比較的離れている壁に錬成で横穴を開け、そこにユエ達も招き入れる。それからマグマの熱気が直接入り込まないように最小限まで穴を閉じてから、小さな部屋全体に"鉱物分離"と"圧縮錬成"を行って表面だけを硬い金属でコーティングしてマグマの噴出やマグマに潜む魔物からの奇襲を防止する。

 

「ユエ。氷塊を出してくれ。少し休憩しよう」

 

「賛成~。でなきゃその内ミスしそうで怖い」

 

「……ん、了解」

 

 虚ろな目でユエが氷系魔法で氷塊を部屋の中心に出し、ティオが気を利かせて風系魔法で冷気を部屋全体に行き渡らせる。

 

「うっはぁ~~、生き返りますぅ~~」

 

「……んみゅ~~」

 

 熱気から解放された涼しさに女の子座りで崩れ落ちたユエとシアを見ながらハジメが宝物庫から人数分のタオルを取り出して配っていた。

 

「ユエ、シア。ダレるのもいいが、汗くらいは拭いとけ。冷えすぎると、今度は逆に動けなくなるからな」

 

「……ん~」

 

「はいですぅ~」

 

 ハジメに渡されたタオルをノロノロと広げながらユエとシアが汗を拭おうとする中、ティオがハジメと忍に話しかける。

 

「ご主人様もシノブも、まだ余裕そうじゃな?」

 

「お前ほどじゃない。だが、この暑さは流石にヤバい。もっと良い冷房系アーティファクトを揃えるんだったな」

 

「いやいや、そう見えてるだけで実際はキッツいのなんの。こりゃ最下層まで行くまでにちと時間が掛かりそうだよな」

 

「化け物コンビでも参る程ということか。おそらくは、それがこの大迷宮のコンセプトなのじゃろう」

 

 暑さに強くても汗を掻かないという訳ではないので、ティオも渡されたタオルで汗を拭いながらそんなことを言うと、ハジメと忍がティオの最後の方の言葉に首を傾げる。

 

「「コンセプト?」」

 

「うむ。皆から色々と話を聞いて思ったのじゃが、大迷宮は試練なのじゃろう? 神に挑むための……なら、それぞれに何らかのコンセプトでもあるのかと思っての。例えば、『オルクス大迷宮』は数多の魔物とバリエーション豊かな戦闘を経て経験を積むこと。次に『ライセン大迷宮』、魔法という強力な力を封じられた上でのあらゆる攻撃への対応力を磨くこと。そして、この『グリューエン大火山』は…暑さによる集中力の阻害と、その状況下での奇襲への対応を磨くため。まぁ、オルクスもライセンも話で聞いただけじゃから何とも言えんが、少なくともこのグリューエン大火山はそのように感じての」

 

「なるほどな。攻略することに変わりないから気にしたこともなかったが、言われてみればそうかもな。試練自体が解放者達からの"教え"になってるってことか」

 

「ほへぇ~、そこまで意味深なもんだったんだな。大迷宮って…」

 

 ティオの考察にハジメも忍も妙に納得してしまった。ドMの変態というレッテルが無ければ、知識深く思慮深い肉感的で匂い立つ色気がある理知的な黒髪美女なのに、とハジメは物凄く残念なものを見るような眼差しをティオに向ける。

 

 そんなハジメの視線を知ってか知らずか、ティオの掻いた汗が胸の谷間に吸い込まれていき、何となく顔を逸らすハジメ。だが、逸らした先では今度はユエとシアが際どい姿をしていたので、ハジメの視線はユエに吸い込まれていく。ちなみに忍は忍で部屋に入ってから女性陣を見ないようにずっと壁の方を見てたので、特に気にした様子はなかったが…。

 

「(やれやれ。ラブコメってんなぁ~)」

 

 気配やら匂いやら騒がしい声やらでハジメ達の行動を把握してしまったので忍は肩を竦めていたりする。

 

「(ん~…ここの覇王ってどんなもんなのかねぇ)」

 

 背後で行われているラブコメ(?)を無視し、忍はここの覇王に興味を抱いていた。

 

………

……

 

 それから一行はちょっとしたアクシデントによって、グリューエン大火山の50階層くらいの位置にいた。何故、"くらい"と曖昧な表現なのかというと、現在ハジメ達は宙を流れる大河の如きマグマの上を小舟のようなものでどんぶらこっこと流されているからだ。

 

「これがこの迷宮の恐ろしさか…」

 

「まぁ、親友にしては確かに珍しく迂闊だったな」

 

 何故、このような事態になってしまったのか。それは先程言ったアクシデントに起因する。

 

 そのアクシデントとは、マグマの動きが不自然なことに気付いたハジメ達はその不自然な部分に静因石があることにも感付く。そこでハジメは"鉱物分離"のスキルを使い、静因石だけを取り出すことにしたのだ。が、これがいけなかった。静因石で抑制していたマグマが静因石を取り除かれたことでダムが決壊するかの如く壁から噴き出し、ハジメ達を囲んでしまったのだ。ユエの結界でなんとか全滅はしなかったが、このままではいかんと即席で小舟(金剛で付与強化している)を作り、その上に全員が避難してマグマに流されることになったのだ。ちなみにシアの咄嗟の判断で重力魔法の付与効果で小舟の重さを軽減したのでマグマに沈むことはなかった。

 

 それがこの事態に繋がり、今現在の正確な階層が不明であるのだ。

 

 そうこうしている合間にも川下りならぬマグマ下りでどんどん下層へと下っていく一行は途中で遭遇する魔物を殲滅し、マグマの滝から転覆しないように落ちたりしていき、遂に終着点へと辿り着くこととなる。

 

 そこはライセン大迷宮の最終試練の部屋よりも、かなり広大な空間だった。ライセンとの違いは球体状ではなく、自然をそのまま活かしたような歪な空間であり、正確な広さは把握できなかったが、それでも直径3キロメートル以上はありそうな空間だった。地面のほとんどはマグマで満たされ、所々に岩石が飛び出していたり、周囲の壁も大きくせり出していたり、逆に削られている場所もある。そして、空中にはこの迷宮の名物なのか、マグマの川が流れており、そのほとんどが下のマグマの海へと消えていっている。

 

「~♪ こりゃまるで地獄の釜だぜ」

 

 口笛一つ吹いて忍がこの場を言い表すだろう表現の言葉を呟く。

 

 そんな中、マグマの海の中央に小さな島が見える。その島はマグマの海面から10メートルはせり出している岩石の島で、その上をマグマのドームが覆っており、まるで小型の太陽を思わせるものであった。

 

「……あそこが住処?」

 

「階層の深さ的にもそう考えるのが妥当だが…」

 

「もしもそうならガーディアンがいるしなぁ~」

 

「ショートカットしたみたいですし…もう通り過ぎたとかないですかね?」

 

「それは…どうじゃろうな?」

 

 などという会話をしながらも一切の油断した様子もない一行。

 

 と、次の瞬間、宙を流れるマグマからマグマの塊が弾丸の如く撃ち出された。

 

「任せよ!」

 

 ティオが魔法を発動し、炎塊でもってマグマを迎撃していた。この攻撃が戦闘開始の狼煙となったようで、マグマの海やマグマの川から今のマグマの塊と同規模のものがマシンガンの如く撃ち出された。

 

「散開しろ!」

 

 ハジメの声に小舟を捨てて全員がそれぞれ別の足場へと散開し、マグマの弾丸を迎撃していく。そんな中、ハジメがユエに迫るマグマを迎撃し、僅かな隙が出来たことでユエが魔法を発動させる。

 

「『絶禍』」

 

 重力魔法の星がマグマを吸い込み、その超重力で押し潰していく。これによって出来た隙を見逃さず、ハジメが中央の島を調べようと"空力"で跳ぶ。

 

 が、しかし…

 

『ゴァアアアア!!』

 

「っ!?」

 

 完全な不意打ちでマグマの海から蛇のような魔物が現れてハジメを急襲する。その急襲をハジメはとんでもない反射神経で避け、蛇の頭を銃撃したのだが…

 

「なにっ?!」

 

 なんとこの蛇、マグマだけで体が構成されており、核である魔石を潰さないと倒せないと判明した。その蛇の追撃を躱してハジメが再度島へと向かおうとするも、さらに複数の蛇がマグマから現れてハジメを奇襲する。その奇襲を本能的な勘で避け、後退したハジメの元にユエ達も合流する。

 

「さてはて、こいつらがガーディアンか。親友の見立ては?」

 

「おそらくは、バチュラム系の魔物と一緒だ。どっかに核…魔石があって、それで動いてんだろ。流石に俺の魔眼石でもマグマが邪魔で特定できないが…それを壊せば、倒せるだろ」

 

 そんな会話をしてる合間にもマグマから現れる蛇は20体にまで増えていた。それを見ながらもハジメの見解に頷き合うと同時に20体もの蛇も襲い掛かってきた。

 

「では、先陣を切らせてもらおうかの!」

 

 そう言ってティオが両手を突き出し、黒き魔力砲撃…竜人族の『ブレス』を放っていた。これにより、一気に8体もの蛇を消滅させていた。その空いた包囲の穴から飛び出すハジメ達だが、さっきのティオの攻撃で減ったはずの蛇の数は20体に戻っていた。

 

「どういうことだ? 倒すことがクリア条件じゃないのか?」

 

 ハジメが頭を捻っていると…

 

「ハジメさん! なんだか岩壁が光ってますよ!?」

 

「なんだと?」

 

 シアが中央の島の岩壁の変化に気付き、それを見たハジメが"遠見"のスキルで確認したところ、オレンジ色に輝くのは何らかの鉱石で、それが規則正しく並んでいるのだ。そして、輝いている鉱石の数は8個。ティオが倒した数と一致する。そして、鉱石の数は推測で100個だと予想する。

 

「つまり、あれか。この状況で、蛇を100体も倒さないとクリアしたことにはなんねぇのか」

 

「なるほどな。てことは、あと92体か」

 

 ハジメが推測を口にし、忍が残り数を計算していると…

 

「残念じゃが、あと91体じゃよ!」

 

 なんだかんだ言いつつティオが追加で蛇をもう1体倒したらしい。

 

「ご主人様よ! 妾が一番多く倒したらご褒美(お仕置き)を所望する! もちろん、2人っきりで一晩じゃ!」

 

「いや、そんn…」

 

「なっ!? ティオさんだけズルいです! そんなの私も当然、参戦しますよ! ハジメさん、私も勝ったら一晩ですぅ!!」

 

「だから、おま…」

 

「……なら、私も2人っきりで一日デート」

 

「……………………」

 

 ティオから始まり、シア、ユエとそれぞれ勝手な要望を言うと、女性陣が蛇を殲滅するが如く撃退していき始めた。当の景品にされたハジメは置いてけぼりを食らいつつも…

 

「ハッハッハッ、モテる男は辛いね、親友」

 

「……ま、楽しそうだからいいけどな」

 

「あとで、白崎さんにもフォローしとけよ」

 

「……善処しよう」

 

 そんなこと言い合い、男2人も蛇撃破に動き出す。

 

 そうして大迷宮のコンセプトをガン無視して攻略を進める一行は蛇達を殲滅していき、最後の1体にハジメがトドメを刺そうとドンナーの引き金を引いた。

 

 だが、その時だった。

 

ズドォオオオオオオ!!!

 

 ハジメの頭上より、極光が降り注ぎ、ハジメと最後の蛇を呑み込んでいた。



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第三十六話『活火山での死闘と、焔の帝』

ズドォオオオオオオ!!!

 

 最終試練の最中のこと、突如として空から降り注いだ白き極光がハジメと蛇を呑み込んでいた。

 

「は、ハジメぇ!!」

「ハジメッ!!」

 

 ユエと忍の絶叫が空間に木霊する。それと同時に2人がハジメの元へと飛び出す。2人がハジメの元に到着する頃には極光も消え去っていた。ちなみに極光の威力はマグマの海を穿ち、底が見えるほどの威力を誇っていた。

 

「ハジメ! しっかりしろ!」

 

「ハジメ! ハジメ!」

 

 忍がハジメを抱えて近くの足場に着地すると、ユエが神水を取り出してハジメに飲ませる。ハジメの状態はかなり悪く、右腕は焼き爛れて骨が見え、左腕の義手も半ば融解しており、眼帯もちぎれ飛んで頬から首筋にかけて深い傷が入っていて血がとめどなく流れ続けており、腹部全体も黒く炭化しているが、奇跡的にも内臓までは損傷していなかった。

 

 この結果はハジメの驚異的な反射神経と本能が成した技で、極光が降り注いできた瞬間、ハジメは体を捻ることで極光の正面を向き、金剛を"集中強化"と"付与強化"で発動していたのだ。それにより、頭部を付与強化した義手で守り、心臓や肺は右手とドンナーで守ることに成功した。さらにユエ謹製の衣服も今回に限っては防御力を底上げし、ハジメの魔耐の数値も桁違いになってたことから命に別状はないが…

 

「っ、治りが遅い!」

 

「くそが…!!」

 

 2人にとってハジメが極光に焼かれる光景を見るのはこれが初めてではない。かつてオルクスの最終試練で現れたヒュドラの最後の頭が見舞った極光とそれによって倒れたハジメ。あの時と違い、力を付けた今だからこそユエは二度とあんなことを繰り返さないようにと、忍も油断するつもりはなかった。だが、今の状況はあの時の再現にも見えてしまい、当時を知る2人だからこそ悔しさに満ちた表情をしていた。

 

「上じゃ! 馬鹿者共!」

 

「ッ!」

 

 ティオの警告に忍が反応し、ハジメとユエを守るように黒い闇を広範囲に展開していた。ユエは神水をハジメにもう1本飲ませているので身動きが取れなかったが、それをカバーするのが自分の役目だと忍が獄帝の力を発揮する。

 

 その直後…

 

ズドドドドドドドッ!!!

 

 先程の極光よりも10分の1程度の威力しかないだろう縮小版の極光の豪雨が降り注いできた。だが、それでも極光は極光。その威力は普通の人間を死に至らしめるだろう。

 

「ぐぅっ!!?」

 

 闇を維持する忍の手に極光を吸い込んだ衝撃が伝わり、忍の表情が苦悶に歪む。

 

「ハジメさん! ユエさん!」

 

「シア! お主も死にたいのか!? 今、妾の守りから出たらダメじゃ!」

 

「でも! ハジメさんが!」

 

 その一方で極光の豪雨がハジメ達に集中していることで別の足場にいたシアとティオが足止めを食らっていた。

 

 そして、極光の豪雨が止むと、周囲は見るも無残な惨状となっていた。ティオは今の防御で魔力をだいぶ消費したらしく、魔晶石にストックしていた魔力を補充する。

 

 すると…

 

「……看過できない実力だ。やはり、ここで待ち伏せして正解だったようだな。お前達は危険だ。特にそこの男共は…」

 

 上空から感嘆半分呆れ半分といった具合の男の声が降ってきた。忍達が上空を見れば、そこにはいつの間にか夥しい数の竜と、それらの竜とは比べられないくらいの巨体と存在感を放つ白竜がおり、その白竜の背には赤髪で浅黒い肌に僅かに尖った耳の魔人族の男が、黄金の双眸を細めて忍達を睥睨していた。

 

「まさか、私の白竜のブレスの直撃を受けたにも関わらず、仕留めきれぬとは…。おまけに報告にあった強力にして未知の武器。そちらの男に、そっちの女もだ。総勢50体もの灰竜の掃射に耐えるとは…常軌を逸している。貴様らは何者だ? 一体、いくつの神代魔法を持っている?」

 

 魔人族の男がそのような質問をすると…

 

「質問するなら、まず名乗ったらどうだ? それともあれか? 魔人族に礼儀なんてなかったか?」

 

 魔人族の男の問いに対して答えたのは、さっきまで倒れていたハジメだった。

 

「ハジメ!」

 

「ハジメさん!」

 

「ご主人様よ、無事か!?」

 

「起きたか、親友」

 

 忍達の声にハジメが何とか立ち上がろうとするも、結構なダメージを受けているようで足がふらつき、また倒れそうになる。それをユエと忍が支え、シアとティオも狭い足場の中をやってきてハジメに寄り添う。

 

「……これから死にゆく者共に名乗る必要があるとは思えんな」

 

「同感だ。テンプレだから聞いてみただけだしな。俺も興味ないから安心しろ。そういや、お友達の腕やら全身の調子はどうだ?」

 

「……………………」

 

 ハジメは回復する時間稼ぎがてら、そんなことを揶揄して尋ねた。魔人族の男の言葉から推察するに、以前ウルの町で暗躍してハジメと忍の2人が銃撃した魔人族が、どうやら生き延びていてそれをこの男に報告したのだろうと踏んだのだ。

 

「……気が変わった。貴様は、私の名を骨身に刻め。私の名は『フリード・バグアー』。異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒だ」

 

「神の使徒、ね。大仰なこって。神代魔法を得て、そう名乗ることを許されたってか? 魔物を使役する魔法じゃねぇな……こんな極光をポンポン出せる魔物がうじゃうじゃいて堪るか。おそらくは、魔物を作る類の魔法だな? 強力無比な軍隊を作れるなら、そりゃ神の使徒も名乗れるだろうよ」

 

「その通りだ。神代の力を得た私に『アルヴ様』は直接語り掛けてくださった。『我が使徒』と。故に、私は己の全てを賭けて主の望みを叶える。その障害となりうる貴様らの存在を、私は全身全霊を以って否定する」

 

 ハジメと忍はフリードと名乗った男の狂信的とも言える言葉に既視感を覚えた。聖教教会教皇イシュタルのことだ。だが、それよりも重要なことは目の前にいるあいつらがこちらを否定してきた敵だと言うことだ。

 

「上等だ。俺の前に立ちはだかったお前は敵だ。敵は…皆殺す!!」

 

 そう言ってハジメが臨戦態勢に移行しようとした時…

 

「親友。無理はすんな。今はまだ回復に専念しとけ。ユエさん達は親友を頼む。ここは俺が一肌脱ごうじゃないの」

 

 ハジメを支えていた忍が一歩前に出て跳躍すると空力でさらに跳躍する。

 

「マジック・バレット、雷鳴弾!」

 

ドゴォンッ!!

 

 跳ぶと同時にアドバンスド・フューラーR/Lを抜き、すぐさま雷鳴弾を発砲する。だが、忍とフリードの射線上に灰竜と呼ばれた体長3、4メートル程度の竜が2体割り込み、正三角形が無数に組み合わさった赤黒い障壁が出現する。

 

ピシャアアァァァァ!!!

 

 雷鳴弾が障壁に着弾し、雷撃を撒き散らす。

 

「ふん、無駄なことを…」

 

 その様子にフリードがそのようなことを呟く。が、アドバンスド・フューラーの真骨頂はこういう場面でこそ活きる。着弾で障壁に傷を付け、その傷を雷撃で押し広げることで"同時発砲"していた後続の弾丸が灰竜へと直撃し、雷撃でその身を焼く。そうして2体の灰竜は墜落していく。

 

「なにっ!?」

 

 まさか、たった一撃で突破されるとは思わず、フリードも驚愕の表情になる。

 

「ハッ! 俺とは相性が悪かったみたいだな? ついでだ、これも持ってけ!!」

 

 言うが早いか忍は闇を展開し、そこから先程吸収して複製しておいた極光の豪雨を撃ち出していた。

 

「これは…!?」

 

 まさか自分達が行った攻撃を返されるとは思ってもみなかったらしく、フリードから動揺が伝わってくる。

 

「小癪な真似を…! だが、私にはもう一つの神代の力がある!」

 

 障壁を何重にかして忍の放った極光の豪雨を凌ぎながらフリードが詠唱を紡ぎ出す。その手には何やら複雑奇怪な魔法陣が描かれた布を持っている。

 

「忍!」

 

「わかってるよ!」

 

 忍が空力で射線を開けながらアドバンスド・フューラーでフリードを狙撃する。それを追うようにハジメはオルカン、ユエは雷龍、ティオはブレス、シアはスラッグ弾を一斉に放っていたが、先程の忍の攻撃の教訓か、単体ではなく複数体で以って忍やハジメ達の攻撃を灰竜が防いでいた。

 

「ちっ!」

 

 現状、覇狼から得た属性以外の魔法の種類が少ない忍は舌打ちしていた。

 

「『界穿』!」

 

 そして、フリードの詠唱が終わり、前方に薄い光の幕が現れたかと思うと…

 

「っ!! ハジメさん! 後ろです!!」

 

 シアが未来予知で危険を察知し、警告する。それに従い、ハジメ達が背後を向くと、たった今光の膜に飛び込んだフリードと白竜がハジメ達の背後に陣取っていた。しかも白竜のブレスはチャージ完了済みというおまけ付きで…。

 

「まずは負傷している者から片付けさせてもらおう!!」

 

 フリードがそう言うと、ほぼゼロ距離からのブレスがハジメに襲い掛かる。が、ハジメは即座にオルカンを盾にして水平に吹き飛ばされる。

 

「ぐぅぅ!!? あぁああ!!?」

 

 オルカンを盾にしたおかげでかろうじて直撃は避けたハジメだが、先のダメージに加え、今の一撃で体が悲鳴を上げて口からも苦しそうな声が漏れ出る。

 

「ハジメ!?」

 

 ユエがすぐさま白竜に攻撃しようとするも、灰竜達による掃射で足止めされてしまう。忍が2体倒したと言っても総数は48体になってる状況は変わらず、忍もそんな数をたった1人で押さえられるわけもなかった。

 

「っ、このぉぉ!!!」

 

 ハジメが限界突破を発動する。だが、今この状況で使う限界突破は非常にリスクが高かった。

 

「こなくそがぁぁぁ!!!」

 

 盾にしたオルカンで白竜の極光を上方に無理矢理軌道を逸らすも、完全には逸らせず極光のダメージがハジメに入る。しかし、そこに追撃するかのように白竜が光弾を連射してハジメを追い詰めようとする。

 

「クロスビット!!」

 

 限界突破の上に瞬光も発動し、極限状態で光弾を避けつつ、使い物にならなくなったオルカンを宝物庫にしまい、ドンナーを連射する。それと同時にクロスビットをフリードに向けて飛ばしていた。

 

「なんというしぶとさだ! 紙一重で決定打が打てないとは…!!」

 

 そう言ってフリードはハジメに驚嘆の眼差しを送り、白竜を高速で飛ばしながら再度詠唱を開始しようとした。

 

『そうはさせん!!』

 

 そのような声が響き、赤黒い障壁(実は白竜や灰竜の背中に乗っている亀型魔物の固有魔法)でクロスビットの攻撃を耐え、追従してくるハジメから距離を取ろうとしていたフリードと白竜の横合いから強い衝撃が襲い掛かった。

 

「なっ!? 黒竜だと!!?」

 

 今の衝撃で白竜から落ちそうになるフリードだったが、なんとか踏み止まって衝撃を与えてきた正体を見て絶叫する。

 

『紛いモノの分際で随分と調子に乗るの! もう、ご主人様は傷つけさせんのじゃ!!』

 

 そう吠えるのは、竜化したティオだ。体躯に関しては一回り白竜よりも小さいが、纏う威圧感は白竜を遥かに凌ぐ。

 

「ティオ!?」

 

 ティオの竜化にはハジメも驚いていた。それだけティオの中でのハジメの存在が大きくなってしまったのかが窺える。

 

『若いの! 覚えておくんじゃな! これが"竜"のブレスよ!!!』

 

ゴォガァアアアア!!!

 

ティオの漆黒のブレスと、白竜が迎撃として放った極光のブレスが衝突し、マグマの海をその衝撃で津波を発生させた。最初こそ拮抗していたブレス対決だが、徐々にティオの方が押していった。

 

「くっ…まさか、このような場所で竜人族の生き残りに会うとは……かくなる上は、この魔法で空間ごと…」

 

「させねぇよ」

 

「そういうこと」

 

「ッ!!?」

 

 フリードが新たな布を取り出し、詠唱を始めようとしたが、背後と上空からの声と背後から撃ち出された衝撃で中断せざるを得なかった。

 

「忍、やれ!」

 

「応! 『猛牙墜衝撃(もうがついしょうげき)』!!」

 

 傷を負いながらもハジメがフリードの背後を取り、障壁が張られていようとゼロ距離発砲と6発の弾丸のピンポイント射撃によって障壁を破壊し、それを見計らって忍が上空から急襲したのだ。

 

「ぐぅう!?」

 

 フリードも咄嗟に後退し、直撃は避けたものの…

 

『クルァアア!!?』

 

 下にいた白竜に忍の攻撃が直撃し、極光の威力が弱まる。それによってティオのブレスが極光のブレスをぶち破る。

 

「『旋風脚(せんぷうきゃく)(ごう)』!」

 

グキャ!!

 

「がぁあ!?」

 

 その僅かな隙を突き、カポエラの要領で忍がフリードの脇腹に衝撃変換も加味した横蹴りを見舞ってから、ハジメと共にその場を離脱する。直後、白竜にティオのブレスが直撃する。

 

「逃がす、がぁ!?」

 

 さらに追撃しようとしたハジメだが、限界突破のタイムリミットになり、盛大に血を吐く。

 

「親友!?」

 

 それを空中で忍がキャッチし、一度ユエ達の元へと飛び退いていた。そして、両陣営ともに再集結を果たす。よく見れば灰竜の3割くらいは削られている。たった1人と言えど、化け物コンビの片割れ。このくらいの仕事はしないとならない。

 

「なんということだ。よもや、これほどの戦闘力とは…しかも灰竜の3割近くがもう1人の男に沈められるとは……竜人族の生き残り、無詠唱無陣の魔法の使い手、未来予知と人外の膂力を持つ兎人族…どの者も尋常ではない。神代の力を使ってなおこの結果…最初の奇襲を仕掛けてなければ蹴散らされていたかもしれぬとは…」

 

 フリードが静かに、何かを押し殺したような声音で呟き、ハジメ達を見る。

 

「なに勝手に勝った気でいやがる? 俺はまだ戦えるぞ」

 

「その傷で戦意が衰えない親友が怖くもあるがな」

 

 ハジメの言葉に忍は肩を竦めるが、戦意を滾らせているのはハジメだけではないとアドバンスド・フューラーLの銃口をフリードに向ける。

 

「……凄まじい殺意…いや、生き残ろうとする執念か。仕方あるまい。この手だけは使いたくなかったが…貴様らほどの強敵を殺せるのなら、これが必要な代価だったと割り切ろう」

 

「何を言ってやがる?」

 

「どういう意味だ?」

 

 フリードの言葉に疑問符を浮かべていると、いつの間にやらフリードの肩に留まっている鳥型の魔物に何かを伝えていた。

 

 すると…

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

「うおっ!?」

 

「んっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

『ぬお!?』

 

「な、なんだ!?」

 

 突如、下から突き上げるような衝撃に見舞われ、五者五様の声を上げてバランスを取ることに集中する。が、激震は刻一刻と激しさを増していき、マグマの水位もせり上がってきた。

 

「テメェ…何しやがった?」

 

 この状況ではフリードが何かをしたのは明白だった。

 

「なに、要石を破壊しただけだ」

 

「要石…?」

 

「不自然には思わなかったか? 『グリューエン大火山』は活火山だ。なのに、噴火の記録がない。何故か? それは外部から何かしらの要因でマグマをコントロールしているからだ」

 

「それが要石か………っ、まさか!?」

 

「そうだ。その要石を破壊した。じきにこの大迷宮は潰える。神代魔法を同胞に授けられなかったのは痛恨だが、致し方なし。貴様らをここで葬れる対価としては十分だろう。大迷宮諸共滅べ」

 

 そう言ってフリードはハジメ達を冷たく見下ろすと、首にかけたペンダントを掲げると、天井に亀裂が走って左右に開き始める。円形に開かれた天井の穴は、そのまま頂上までいくつかの扉を開いて直通となる。フリードは最後にもう一度ハジメ達を睥睨すると、白竜と共にその扉へと消えていく。

 

「………………………」

 

 ハジメはその僅かな時間、何かを考えるように眼を細める。が、それも数瞬で何かを決断したように怪我を押して立ち上がる。そこに残っていた灰竜の一団が小極光を放ってきた。

 

「邪魔だ!!」

 

 忍が空力を用いて飛び出し、灰竜の一団と一戦交え始める。

 

「ティオ、よく聞け。これを持ってお前1人で、あの天井から脱出しろ」

 

 忍が灰竜の一団と交戦してる合間にハジメがティオも頭に触れてこちらを向かせると、そのように言い放っていた。その手には宝物庫が握られている。

 

『ご主人様よ。妾は…妾だけは最期を共に過ごすに値しないと…? 妾に切り捨てろと、そういうのか? 妾は…』

 

 ハジメの言葉が、ティオだけを生き残らせるようなニュアンスに聞こえ、悲しみを交えた声音になる。

 

「ティオ、そうじゃない。一度しか言わないからよく聞け。俺は何も諦めちゃいない。神代魔法は手に入れるし、忍の覇王の力も手に入れる。いつかあの野郎をぶっ殺すし、静因石も送り届ける。だが、俺1人じゃ無理だ。だからこそ、お前の力を貸してほしい。お前じゃなきゃ、突破できないし、期限内にアンカジに行くことも出来ないだろう。だから頼む、ティオ」

 

 今までになく真剣な眼差しでティオの瞳を見つめるハジメ。その意図が分かったからこそ、ティオもまた腹を括る。

 

『任せよ!』

 

 その言葉にハジメも頷くとティオの鱗の内側に宝物庫を入れる。

 

「ティオ、香織とミュウに伝言だ。"後で会おう"だ。頼む」

 

『ふふ、委細承知じゃよ』

 

 そう言ってティオが飛翔しようとすると…・

 

「忍! 途中までティオの援護を頼む!!」

 

「無茶言うなよ!? 残弾数も心許ないんだぞ!?」

 

「途中で戻ってくりゃいい」

 

「おっふ…マジか。ティオさん、すみません、一時的に背中借ります」

 

 こういう時に冗談を言わないのがハジメクオリティー。仕方なく、ティオの背に忍が乗ると、急上昇を開始した。

 

『むぅ…緊急時じゃから仕方あるまい。じゃが、忍もこのまま残るのかの?』

 

「まぁ、覇王の宝玉があれば入手したいんで。あの野郎に持ってかれてなきゃいいんだが…」

 

『ふむ。見た感じ、宝玉らしきものは持っておらんかったがの』

 

「まぁ、普通の人が持っても価値ないんで。っと、そろそろ出ますね。援護したらまた落ちるんで」

 

『うむ。ご主人様達をよろしくの』

 

「セレナやシオン、ファルにも"必ず会おう"と伝えてくださいよ?」

 

『わかっておるよ』

 

 そんな短いような長いような会話が終わると同時に、ティオが地上へと飛び出ていた。

 

「あの状況から出てくるとは! 化け物揃いめ!! だが、いかに黒竜と言えど、満身創痍! ここで仕留め……「させるかよ!!」……ッ!!?」

 

 出口でフリードが待ち構えてたらしいが、ティオの背に隠れていた忍が跳ぶと共に…。

 

「ありったけ持ってけ!!!」

 

 空中で回転しながら雷鳴弾を乱射した。

 

ピシャアアァァァァ!!!!

 

 雷鳴が轟き、周囲の灰竜達が撃墜されていく中、忍は仕事が終わったとばかりに火山の中へと落下していく。その乱射に紛れ、クロスビットがフリードと白竜の四方に配置されると…

 

ズガァアアアン!!!

 

 クロスビットが自爆した。

 

「ぐぉおお!?」

 

『ルァアアン!?』

 

 その爆発で吹き飛ばされたフリードと白竜に追い打ちでティオが竜巻を放つ。本来ならブレスの一つも見舞いたかったが、そこは余裕がなかったので仕方がない。

 

 ティオはしばらくフリード達が吹き飛んだ砂塵を見つめた後、火山の方を向いて一つ頷くと、アンカジ公国へと進路を取った。

 

 

 

 一方の忍はというと…

 

「なんで俺、フリーフォールする羽目になってんのぉぉ!!」

 

 という具合に落下していたが、このままではマグマにダイブすることになるので、空力と神速を用いてさらに落下速度を上げていき…

 

「待ってぇぇ!! 俺も入れてくれぇぇ!!」

 

 今正に最深部の中央にあった岩場の建造物の中に入るハジメ達の姿を見て、さらに速度を上げた。

 

 結果…

 

ドンガラガッシャァァン!!

 

 という風にギリギリ住処の中に入ったものの、まるで漫画に出てきそうな転がり方をしながら背中から壁に激突していた。

 

「忍、大丈夫か?」

 

「………………………」

 

「……反応がない」

 

「ただの屍の様ですぅ」

 

 という酷いナレーションをユエとシアにされても反応がない。マジで気を失っているようだった。が、よく見ると、紅蓮の輝きが忍を包み込んでいた。どうやら偶然にも覇王の宝玉と衝突して意識を持っていかれたようだ。まぁ、それを差っ引いたとしても今の衝撃ではさしもの化け物コンビの片割れと言えど、気絶は免れないかもしれないが…。

 

………

……

 

「うぅ…痛ぇよぉ~…」

 

 忍が現実での痛みを引きづりながら周囲を見渡せば、そこは紅蓮の空間に紅蓮の羽衣を纏い、3対6枚の翼を持った不死鳥の如き鳥が灼熱の双眸を忍に向けて対峙していた。

 

「ま、あの野郎が宝玉を持って行かなかっただけでも儲けもんか。痛つつ…」

 

 そんな風にホッとしつつも忍もまた覇王を見る。

 

『我が覇王の魂を継ぐ者よ』

 

 いつもの前口上から語りが始まる。

 

『我が名は(ほむら)を司る(みかど)、"焔帝"。汝、あらゆる熱情を胸に、全ての障害を焼き尽くせ。その熱情がある限り、汝は何度でも甦らん。それが我が力の源。熱情を忘れるなかれ。汝の熱き魂を解放せよ。さすれば、汝は何処までも飛んでいけよう』

 

 覇狼とも獄帝とも異なる内容に忍は軽く頷く。

 

「強いて言うなら獄帝に通ずるかもか。ま、それはともかく…熱情か。熱き魂ってフレーズと言い、精神論的なことかね? 嫌いではないが…」

 

 そう言って忍が不敵な笑みを浮かべると…

 

『キュオオオオオオオ!!』

 

 焔帝が雄叫びを上げると共に忍の意識が現実へと引き戻される。

 

………

……

 

「んぁ…?」

 

 ものの数分で目覚めた忍だったが…

 

「おい、忍。目覚めたんならさっさとお前も神代魔法を修得しろ。そろそろ俺らも脱出するぞ」

 

「お? おう…」

 

 頭をさすりながら忍も魔法陣の元へと入り、神代魔法を修得する。ここでの神代魔法は『空間魔法』だった。先の戦闘でフリードが見せた移動もこれに該当するのだろう。

 

「よし。じゃあ、サクッとマグマん中を泳いで脱出するぞ」

 

「……ん?」

 

「……はい?」

 

「ん~?」

 

 ついさっき起きたばかりの忍はともかく、ハジメの言葉にユエもシアも心配そうな表情でハジメを見る。

 

 ハジメ曰く次の『メルジーネ海底遺跡』でのことを考え、密かに潜水艇も建造していたらしく、それをマグマの中に転送していたそうだ。金剛を付与した小舟が大丈夫だったことを踏まえているので問題ないそうだ。

 

 その後、4人はユエの結界を三重くらいに張ってマグマの中を移動して潜水艦へと乗り込むが、その直後に噴火らしき衝撃が潜水艇を襲った。だが、潜水艇は外に出るどころか、地下へと進んでいった。こうなれば出たとこ勝負だと割り切り、4人は潜水艇に乗ってマグマの中を進むのだった。

 

 ただ、若干忍が居心地悪そうにしていたが…。



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第三十七話『母娘の再会と、最後の巫女』

 周囲を見渡せば、青一色の大海原だった。

 

 グリューエン大火山でのマグマの中を流され続けたハジメ達の乗る潜水艇は金剛を付与されているとは言え、色んな場所にゴツンゴツンとぶつかり続け、挙句の果てには海底火山のマグマ水蒸気爆発に巻き込まれて赤いマグマの世界から今度は青い海の世界へと放り出されていた。そこからさらに海の魔物に襲われ、内臓武器を使い果たしたりしたが、ユエと忍の魔法でなんとか切り抜けたのだ。

 

 そして、潜水艇は海上まで浮上し、今は休憩中という訳である。

 

「親友は随分とハッスルしてんなぁ…オルクスを思い出すわ」

 

 小波とはまた違った揺れを潜水艇の中で感じてる操縦席に座る忍はオルクス大迷宮でのことを思い出していた。

 

「シノブさんはよく我慢出来ましたね」

 

 そう言うのはこの揺れで目を覚ましたシアだ。近接主体のシアはユエに血を提供することでしか役に立たなかったので貧血で寝込んでいたのだが…。

 

「慣れって怖いよな…」

 

 自嘲気味に笑う忍にシアは同情の視線を送る。

 

 

 

 そして、しばらくして揺れが収まるとハジメとユエが船内に戻ってくる。シアがジト目で出迎えてハジメとユエに慰められることしばしば。

 

「良いとこ悪いんだが、親友。進路はこのままでいいのかい?」

 

「あぁ、このまま進んでくれ」

 

「了解」

 

 回復中のハジメに代わり、忍が潜水艇を操縦して大陸があるだろう方角へと向かう。

 

………

……

 

 潜水艇で南に進路を取ってから二日目の昼のことだった。

 

「まさか、覇王も能力をこんなことに使われるとは思わんかっただろうなぁ~」

 

 忍の新たな覇王の能力『焔帝』の一つ、紅焔を空中に固定し、それを用いて今さっき採った魚を焼いて食べるということを行っていた。焼いてる間に水平線を見てボケ~っとゆったりとした時間を過ごすのも悪くないが…。

 

 そんな具合に全員が魚を頬張っていると、シアのうさ耳、忍の鼻、ハジメが気配をそれぞれ感知する。その直後、潜水艇を囲むようにして三又の槍を持った複数人(ざっと20人程度)が海から飛び出してハジメ達を包囲する。見れば、全員エメラルドグリーンの髪と扇状のヒレのような耳を持っており、海人族であるのは間違いなさそうだった。ただ、彼等の目はいずれも警戒心に溢れ、剣呑に細められていた。

 

「お前達は何者だ? 何故、こんな場所にいる? その乗っているものはなんだ? というか、何故火が宙に浮いている?」

 

 海から出てきた集団の内の1人がハジメに槍を向けて問い質す。もっとも、ハジメは全長60センチ近くはあるだろう魚を頬張っていて、思いの外咀嚼に時間が掛かっているようだったが…その態度が海人族からしたら舐めてるように見えたらしく、質問した男の額に青筋が走る。

 

「まぁまぁ、そう殺気立たせなさんな。こっちも予想外と言うか、そんな状況でね。よかったら穏便に話し合いで済ませましょうや。何事も平和が一番だからね」

 

 喋れないハジメに代わりに忍が屈託のない笑みを浮かべてそのように言うが…

 

「そうやってあの子も攫ったのか? また、我等の子を攫いに来たのか!?」

 

「え? いや、それはちょっとごか…」

 

「黙れ! もう魔法を使う隙も与えん! 海は我等が領域。無事に帰れると思うなよ!」

 

「いや、だから、話を…」

 

「手足を斬り落としてでも、あの子の居場所を吐かせてやる!」

 

「聞けよ。だから…」

 

「安心しろ。王国に引き渡すまでは生かしてやる。状態は保証しないが」

 

「……………………」

 

 海人族が話を聞いてくれず、途中から忍の額にも青筋が走り始める。

 

「やれぇ!!」

 

ブチッ!!

 

 話を聞かない海人族に堪忍袋の緒が切れた様子の忍は…

 

「バレッテーゼ・フレア」

 

パチンッ!

 

 一言呟き、右手の指を鳴らす。それと同時にビー玉程度の大きさの火球が20人の懐に発生したかと思えば、次の瞬間…

 

チュドンッ!!

 

『どわぁぁぁぁ!!?』

 

 小規模な爆発を起こして全員を吹き飛ばしていた。小規模とは言え、結構な威力だったためか、20人もの海人族はプカ~と気絶したように海面に浮かび上がる。

 

「安心しろ、峰打ちだ」

 

「ゴックン。爆発に峰打ちなんてねぇだろ」

 

 咀嚼がやっと終わったのか、珍しくハジメがツッコミを入れ、その言葉にユエとシアがうんうんと頷く。

 

「人の話を聞かんのが悪いんだよ」

 

 とは言ったものの、ここに放置しておくわけにもいかなかったので浮かんでいる海人族を回収し始めるのだった。その際、1人だけ…最初にハジメに槍を突き出した男にだけは威力を加減したこともあってすぐに目覚めて、改めて事情を説明した。が、ミュウの特徴を言った途端にまた犯人扱いされたので、イラッとしたハジメが無表情無言で往復ビンタを繰り返し、やっと大人しくなったところでエリセンに案内させるのだった。

 

 

 

 そして、案内の元、数時間ほど海原を潜水艇で移動していくと…

 

「あっ、見てください! 町ですよ!」

 

「おぉ~。ホントに海のど真ん中にあるんだな」

 

 忍に潜水艇の操縦を任せ、ハジメが潜水艇の上でシアやユエ、そして案内役の男と共に『エリセン』へと到着する。ちなみに気絶した他の連中は潜水艇の一部を改造した荷台に放り込んでいる。

 

 ハジメの指示で忍が桟橋の多く突き出たところへと向かう。当然ながら得体の知れない船(と認識されるだろうか?)はそれはもう目立った。しかも荷台には絶賛気絶中の方々もいるので、港にいた人達はプチパニックになった。それでも気絶中の彼等をハジメと、船から出てきた忍、案内役の男で降ろしていく中、完全武装した海人族と人間族の兵士達が詰め寄ってくる。

 

 案内役の男がなんとか事情を説明するが、どうにも雲行きは怪しかった。案内役の男を退かして兵士達がハジメ達を包囲する。

 

「なんか町に着く度に揉め事に巻き込まれてね?」

 

「言うなよ」

 

「ま、トラブル体質は親友の方が強そうだしな」

 

「……うっせぇ」

 

 包囲されているにも関わらず、軽口を叩き合うハジメと忍に包囲している兵士達の視線が鋭く突き刺さる。

 

「大人しくしていろ。事の真偽がハッキリするまで、お前達の身柄は拘束させてもらう」

 

「おいおい、話はちゃんと聞いたのか?」

 

「無論だ。だが、確認はこちらの人員だけで行う。お前達が行く必要はない」

 

「あのなぁ。そっちの勘違いで襲ってきたのをこうやって連れてきたんだぞ?」

 

「果たして勘違いかどうか、わかったものではない」

 

「こっちにも仲間達がいるんだから、もうちっと譲歩してくれてもいいんじゃね?」

 

「譲歩も何も情報が不確かな以上、お前達に拒否権はない。第一、そう言って逃げ出すつもりじゃないだろうな?」

 

「逃げるつもりなら、最初からこいつらを助けてないんだが?」

 

「その件もだ。お前達が無断で管轄内に入ったことに変わりない」

 

「それは…不幸な事故だったんだよ」

 

「事故で済めば、我々は必要ない。第一、その事故というのも胡散臭い」

 

 ハイリヒ王国の紋章の入ったワッペンを着けた兵士の隊長格とハジメ、忍との会話は平行線のままだった。それにハジメがイライラし始め、忍がハジメの肩に手を置いて落ち着かせようとしている時だった。

 

「? 今、何か…?」

 

 シアのうさ耳がぴくぴくと動き、何かの音を拾おうとしていた。

 

「? 空の空気が、変わった?」

 

 忍も鼻で何かを察知したのか上を見る。

 

「2人共、どうした?」

 

 隊長格の兵士から視線を離さず、ハジメがシアと忍に尋ねるが、ハジメの気配察知や耳にも上からの反応を捉える。

 

「---!!」

 

「あん?」

 

「---パ!!」

 

「おい、まさか!?」

 

「---パパぁ!!」

 

 ハジメもだんだん聞こえてきた聞き覚えのある声に視線を上に向ける。そこには幼女がパラシュート無しでスカイダイビングする光景が広がっていた。ちなみに黒竜姿のティオとその背に乗る香織、同じく竜化したシオンとその背に乗るセレナとファルがかなり慌てた様子で急降下してくるのが見えた。

 

「ミュウッ!?」

 

「おいおい、マジか!?」

 

 驚いた様子のハジメが縮地と空力を用いてミュウへと向かって跳ぶ。その余波で兵士達が海に落ちるが、そんなことに構ってる余裕はない。

 

「いやはや…子供って怖いわ」

 

 スキルをフル活用し、ミュウをキャッチするハジメを見上げながら忍はミュウの行動力にちょっとした恐怖を感じていた。

 

 

 

 その後、ミュウを抱き留めて着地したハジメだが、危ないことをしたミュウを叱り付けていた。まぁ、上空から落ちてきたのだから当然と言えば当然なのだが、怒られて素直に反省するミュウを許してハジメはミュウをあやす。その光景には集まった野次馬達も困惑して事の成り行きを見守っていたが、落ち着いたと感じたのかにわかに騒ぎ始める。

 

「うぅ…よかった…よかったよぉ…」

 

 そんな中、香織もハジメの生存と再会にハジメの肩に顔を埋めて涙を流していた。それをハジメは困ったように頭を撫でていた。

 

「お、お前…一体、これはどういうことか、説め…"ドンッ!"…ぷげら!?」

 

「む? すまぬ」

 

 先のハジメの跳躍の余波で海に落ちた隊長格の兵士が、同じく跳躍の余波でボロボロになった桟橋に這い上がってきたのだが、竜化を解いて人型に戻ってハジメに駆け寄るティオに吹き飛ばされて再び海に落ちる。それをティオは詫びていたが、そんなことよりも、とハジメの頭を抱き寄せて自らの胸の谷間に導く。

 

「ぬおっ!? おい、ティオ」

 

「信じておった。信じておったが…こうして再会すると……しばし、時間をおくれ、ご主人様よ」

 

 そう言うティオの表情は大切なものが腕にあることを噛み締めるようで目の端に涙を溜めており、そんな愛しい者に対するようなものだったので、ハジメも今回ばかりは流されることにした。そうこうしてる間にもユエとシアも参戦し、なんだかハジメに対する視線が生暖かいものや若干殺意じみたものが混ざり始める。

 

「お嬢様が…あんな表情をされるとは…」

 

 そんなティオの変化にシオン(こちらも竜化を解いている)は目を見開いて驚いていると…

 

「ハッハッハッ、あの時の戦いでティオさんの心も完全に親友に落ちたのかね?」

 

 先の戦闘の様子を見ていたので、忍がそのように呟いていた。

 

「忍!」

 

 セレナが忍の背中に抱き着く。

 

「よっ、セレナ。まさか、こんなに早く会えるとはな。シオンもファルも元気そうで何よりだ」

 

 巫女達に軽口を叩く忍だが…

 

「バカ…! 本当に、心配したんだから…!」

 

「忍殿もご無事で何よりです。ですが、セレナの言う通りです。流石にお嬢様しか戻ってこなかった時には、嫌な想像をしてしまいました」

 

「ま、生きてるなら別にいいけど…」

 

 どうにもいらぬ心配をさせてしまったようだ。

 

「悪かったよ。だが、無茶したおかげで3体目の覇王の能力も入手できたし、神代魔法も修得した。それに俺は親友ほど負傷してなかったから大丈夫だよ」

 

 そう言ってニカッと笑う忍にセレナは抱き着く力を強め、シオンは困った人を見るような苦笑し、ファルはなんだかんだ言ってさり気なく忍の羽織ってるコートの袖口を摘まんでいた。

 

「(あんま人のこと言えねぇな、俺も…)」

 

 忍がハジメのことを笑えねぇな、と思っていると…

 

「き、貴様ら…一度ならず、二度までも……公務執行妨害で捕縛してやろうか!?」

 

 再度海から這い上がってきた隊長格の兵士が憤怒の形相でハジメ達と忍達を交互に睨む。そんな隊長格の兵士にハジメはティオから返してもらった宝物庫からステータスプレートやらイルワの依頼書などを取り出して隊長格の兵士に提示した。

 

「……な、なっ!? き、"金"ランクに、フューレン支部長の指名依頼だとぉぉ!?」

 

 一緒に提示された手紙も読み進めると、隊長格の兵士は盛大な溜息とどっと疲れたような表情をしてから、ハジメ達に敬礼する。

 

「依頼の完了を承認する。南雲殿、紅神殿」

 

「疑いが晴れたようで何よりだ」

 

「だな」

 

 それぞれ女性陣の輪から抜け出すと、ハジメと忍は隊長格の兵士といくつか話をする。その際、時間が出来たら色々と説明することになり、今はミュウを母親の元へと連れていくことを優先させてくれて、隊長格の兵士…今更ながら名乗り『サルゼ』と判明…が野次馬の騒ぎの収拾に入った。

 

 そして、遂に母娘の再会が実現する。

 

「叔母様、落ち着いてください!」

「シェーラちゃんの言う通りだ!」

「その足じゃ無理だ!」

「そうよ、レミアちゃん。ミュウちゃんならちゃんと連れてくるから!」

 

 通りの先の一軒家から何やらおのような声が聞こえてくる。

 

「嫌よ! ミュウが帰ってきたのでしょう!? なら、私が迎えに行ってあげないと…!!」

 

 なんとも悲痛な女性の声が聞こえてくる。その声を聞き…

 

「ママーー!! シェーラお姉ちゃぁぁん!!」

 

「っ!? ミュウ? ミュウ!!」

 

「ミュウちゃん!」

 

 ハジメの手を握って先導していたミュウがその一軒家の玄関先に座る女性の姿とその隣に佇む少女を見つけると、スタタタターと走り出していき、女性の胸に飛び込んでいた。

 

「ごめんなさい…ごめんなさいね、ミュウ」

 

 女性はミュウを抱き締めると何度も謝っていた。それは目を離してしまったことか、それとも迎えに行けなかったことか、それともその両方なのか。

 

「よかった…本当に、よかった…」

 

 隣にいた少女も抱き合っている母娘の姿に涙を流していた。

 

「ママ、シェーラお姉ちゃん、ミュウはここにいるの。だから、泣かないで」

 

「ミュウ…」

 

「ミュウちゃん…」

 

 そんなミュウの言葉に母親『レミア』と、姉(?)『シェーラ』は驚いたような表情を見せる。そんなミュウの成長にレミアは愛おしさから再び抱き締め、ミュウも抱き着く。

 

「ママ!? 足、どうしたの!? 怪我したの!? 痛い痛いなの!?」

 

 が、レミアの足の状態を見てミュウが悲鳴を上げる。サルゼから聞いていたことだが、どうやらミュウの誘拐時にレミアがそれを目撃したらしく、口封じのために襲撃を受けたらしい。その際、足に魔法が当たって神経がやられてしまったらしく、今は立つこともままならないという。

 

 そこでミュウは今最も頼れる人物を呼ぶ。

 

「"パパ"ぁ! ママを助けて! ママの足が痛いの!」

 

「み、ミュウちゃん?」

 

「えっ!? み、ミュウ? 今、"パパ"って…?」

 

「パパ! 早く早くぅ!」

 

「あら、あらら? やっぱり、"パパ"って呼んだの? その、"パパ"って?」

 

「お、叔父様? い、いえ、流石にそれはないですよね。えっと…これはどういう…?」

 

 ミュウの発言にレミアもシェーラも頭上に疑問符を盛大に浮かべる。当然、周囲の人々も騒ぎだす。

 

「れ、レミアが、再婚? そんな……バカな!!?」

「あらやだ。レミアちゃんにも次の春が来たのね!」

「嘘だろ? だ、誰か…誰か嘘だと言ってくれ!!」

「パパ、だと? ハッ! 俺のことか!?」

「ちげぇよ。きっと俺のことだ!」

「寝言は寝て言え!!」

「おい、緊急集会だ! 『レミアさんとミュウちゃんを温かく見守る会』のメンバー全員に通達しろ! こりゃあ、荒れるぞ!」

 

 という具合に非常に行き辛いことこの上なかった。

 

「(行きたくねぇ~)」

 

「(親友、ガンバ♪)」

 

「(あとで、シバキ倒す…!)」

 

 心の中でハジメが愚痴ると、隣の忍からの念話とサムズアップが届き、それに返答してから意を決して前に出で親子の元へと歩み寄る。

 

「パパ、ママが…」

 

「大丈夫だ、ミュウ。ちゃんと治るさ。だから泣きそうな顔すんな」

 

「はいなの…」

 

 やってきたハジメにミュウが泣きそうな顔をするが、そんなミュウの頭をくしゃくしゃと撫でると、ハジメの登場に目を丸くするレミアに目を合わせる。レミアとシェーラ、そしてさらに騒ぎ出す周囲の人々を無視してハジメは動き出す。

 

「悪いが、ちょっと失礼するな?」

 

「はい? っ!? あらら?」

 

 ハジメがヒョイッと全く重さを感じさせずにレミアをお姫様抱っこで抱き上げると、家の中へと入っていく。それに続くように忍達も入っていく。

 

「いやはや、こんな大所帯でお邪魔してすみませんね」

 

「あ…い、いえ…」

 

 忍がシェーラに詫びを入れていると、ハジメがレミアをソファにそっと降ろして座らせていた。その座らせたレミアの足を香織に診察してもらう。

 

「香織、どうだ?」

 

「ちょっと待ってね。レミアさん、少し足を診させてもらいますね? 痛かったら言ってくださいね」

 

「え? は、はい。えっと…これは一体どういう状況かしら…?」

 

 レミアもシェーラも困惑極まったという表情で一行とミュウを見比べていると、診察を終えた香織がレミアの足は治癒魔法で回復可能であることを告げ、早速治療に取り掛かる。その間に、レミアとシェーラにミュウとの出会いやそれに付随する騒動を説明する。

 

「本当に、なんとお礼を言えばいいのか。娘とこうして再会できたのは皆さんのおかげです」

 

「私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございます」

 

 レミアとシェーラが揃って深々と頭を下げる。ハジメ達は"気にしないでくれ"と言ったが、せめてエリセン滞在中はこの家を使ってくれと申し出ていた。しかし、流石にレミアやシェーラを含めて12人もの人数を収容するには手狭と言えた。なので、忍は裏庭の方を借りてテントを張ることにしたそうだ。

 

「そういや、聞き忘れてたけど…ミュウちゃんってお姉さんがいたの?」

 

 今更な気もしたが、忍がシェーラを見ながら尋ねる。

 

「私はレミア叔母様の姉の娘で、ミュウちゃんの従姉妹になります。レミア叔母様のことやミュウちゃんのことが心配だったので、こちらでお手伝いをしてました」

 

 そんな風に改めて自己紹介をするシェーラ。

 

「へぇ~、そうだったのか」

 

 なんとなく納得した忍は、ハジメから宝物庫を借り受け、寝床となるテントを張りに裏庭に向かった。

 

………

……

 

 翌日のこと。

 

「ん~…」

 

 ハジメが色々とメルジーネ海底遺跡の攻略のための準備をしている中、シェーラが少しだけ遅れて起床してきた。香織がレミアの治療を行い、忍と巫女達もリビングに集まっている。

 

「おはよう、シェーラちゃん。珍しいわね、あなたがこの時間に起きるなんて」

 

「叔母様。はい、なんだか変な夢を見まして…」

 

「夢?」

 

「はい。覇王がどうとか…」

 

 そのシェーラの言葉に…

 

「ぐふっ…!?」

 

 忍が飲み物を逆流させてしまっていた。幸い、コップを傾けていた時だったので被害は忍のみにとどまったが…。

 

「ちょっ、大丈夫!?」

 

「汚いわね…」

 

「まぁ、気持ちはわからなくもありませんが…」

 

 セレナは忍の心配し、ファルがジト目を忍に向け、シオンが唯一理解を示す。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 シェーラも忍を気遣っていた。

 

「あ、あぁ…平気平気。それにしても君が最後の巫女か…」

 

「巫女?」

 

 首を傾げるシェーラに覇王と巫女についてわかってることを簡単に説明し、未使用のステータスプレート渡して起動してもらう。

 

-----

 

シェーラ 15歳 女

レベル:8

天職:雪羅の巫女

筋力:37

体力:49

耐性:16

敏捷:22

魔力:-

魔耐:-

技能:絶氷巫女

 

-----

 

 このようなステータスが表示された。

 

「……………………」

 

 自らのステータスを見てシェーラも目をパチクリさせる。

 

「まぁ、いきなりこんなこと言われても困惑するだけか」

 

「いえ、確かに驚きましたが……なるほど。巫女ですか」

 

 覇王と巫女の関係についても聞いたので、しばし考え込むような仕草をする。

 

「君はどうしたい?」

 

「私は…」

 

 答えを出してもらうには早計かとも思ったが、忍は聞かずにはいられなかった。

 

「エリセンに残ろうと思います」

 

 が、シェーラはハッキリとそう答えていた。

 

「そうか…」

 

「はい。私では、きっとお役には立てませんし。人を見極めるなんて、恐れ多いですから…」

 

「わかった。君の意志を尊重しよう」

 

「ありがとうございます」

 

 少し申し訳なさそうにしながらもシェーラは忍に頭を下げていた。

 

 こうして最後の巫女は旅への同行や見極めもしないことにしたという。しかし、覇王と巫女はいずれ交わる運命にあるということだが…。

 

 

 

 それからさらに二日が経ち、いよいよ『メルジーネ海底遺跡』へ向けて出発することとなった。レミアの足も無事に回復し、ミュウと共にハジメを見送る姿は、もう妻と娘にしか見えなかったそうな…。そんな光景にハジメは迷宮からの帰還を少し躊躇う気持ちになったとか…。

 

 ちなみに今回もセレナ、シオン、ファルの3名はお留守番を言い渡された。セレナの場合、ライセンの時とは違って一緒にいないとならない理由が薄れたからだ。当時はまだパーティー人数も今の半分で、一緒に行動した方が安全だったというのもある。ファルの場合は単純な非戦闘員が理由。シオンの場合はそんな2人とミュウ達の守りに置いていく感じだ。帰ってくる場所が分かっている以上、そこで待っているのも一つの選択肢だということだ。



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第三十八話『メルジーネ海底遺跡』

 エリセンから西北西に約300キロメートルの地点。

 

 かつてミレディ・ライセンから教えられた七大迷宮の一つ、『メルジーネ海底遺跡』のある地点だ。教えてもらった時はあまり時間が無かったので詳しくはわからなかったが、ミレディは"月"と"グリューエンの証"に従え、という言葉だけを伝えていた。

 

 昼間の内にその地点に到着したハジメ達一行は、とりあえず大まかな距離と方角を頼りに昼間の内に捜索したのだが、これといった収穫はなかった。が、周囲100キロメートルの水深に比べると、この地点周辺の水深は浅く感じたので場所自体は間違っていないはずだとハジメは考えていた。

 

 時間的には日没で、潜水艇の甲板でハジメと忍が日没の太陽を眺めながら黄昏ていた。

 

「………………………」

 

「こういう景色を見てると、世界が違っても自然って美しく感じるよな」

 

「あぁ、そうだな…」

 

 男2人で適当に雑談を交わしていると、潜水艇内のシャワーを浴びていた女性陣も甲板に上がってきた。そうしてハジメの周りに女性陣が寄り添うのを忍が横目で見て肩を竦めていると、ハジメが故郷の話をし出し、忍と香織が補足していき、ユエ、シア、ティオの3名が興味深そうに耳を傾ける。

 

 そうこうしてる間に日も落ち、月が満ちてきた頃、ハジメはグリューエンの証であるサークル状のペンダントを取り出す。このペンダントはサークル内に女性がランタンを掲げている姿がデザインされており、ランタン部分がくり抜かれて穴あきになっている。

 

 そのペンダントを月に翳すが、しばらくは変化はなかった。しかし、変化は徐々に起こっていた。ペンダントの穴あき部分に月の光が溜まっていくという幻想的な光景が広がった。その光景に女性陣は少しうっとりとした表情をし、ハジメと忍も感嘆いたような表情を見せる。

 

 そして、月の光が満ちた時、ランタンの光が海面へと向かってこれから行くべき道を指し示す。この光がいつまで持続するかわからない以上、早速ハジメ達は潜水艇に乗り込むと光の道標に従って潜水艇を航行させる。光の導きに従い、潜水艇で移動すると、昼間にも近くを調べた岩壁地帯に光が当たり、『ゴゴゴゴ!』という地響きと共に岩壁が扉のように開く。

 

 そこからさらに進むと、魔物の襲撃などもあったが、魚雷などの武装で撃破していく。が、道なりに進んでいるのに同じところを回っていることに気付き、さらにはメルジーネの紋章(五芒星の頂点の一つから中央に向かって線が伸びており、その中央に三日月のような文様がある)が円環状の通路に五か所あることが判明した。そして、ペンダントにも光が残っている。このことを加味して考えた結果、五か所の紋章にペンダントをかざすと光が注がれて紋章が輝く。

 

 そうして全ての紋章に光を灯すと、新たな道が開かれる。何事もなくそちらへ向かい、水路の通りに進む。と、そこで潜水艇は真下に落下する。というのも水路の先は海中ではなく、空洞になっていたのだ。それ故に潜水艇が落下したようだ。

 

「こっからが本番か」

 

「らしいな」

 

 潜水艇から出てハジメと忍が表情を引き締める。他のメンツも潜水艇から出て、ハジメが宝物庫に潜水艇を格納した後、奥に見える通路へと進もうとした時だ。

 

「ユエ、忍」

 

「ん」

 

「あいよ」

 

 ハジメの声にユエは障壁を展開し、忍も闇を頭上に展開する。その直後、レーザーのような水流が流星の如く降り注いできたが、それは忍の展開した闇に吸い込まれていき、闇から漏れたレーザーもユエの障壁によって防がれる。伊達に幾たびもの死線を共に潜り抜けてきたわけではなく、ハジメ、ユエ、忍は阿吽の呼吸で奇襲を防ぎ切っていた。ハジメの一言で攻撃を察していたシアとティオも動揺はない。

 

 しかし、香織は違った。

 

「きゃあ!?」

 

 いくらオルクス大迷宮を攻略してきたと言っても香織がいたのは表層部。奈落や他の大迷宮での戦闘経験もなく、真の大迷宮攻略は今回が初めてとなる。そんな彼女をハジメとユエの目は見逃さなかった。

 

 攻撃を仕掛けてきたフジツボもどきの集団をティオの火属性魔法『螺炎』によって焼き尽くされた。その後、奥の通路へと進み、海水を掻き分けて進んでいると、今度はヒトデっぽい魔物が手裏剣の如く向かってきた。それをハジメがドンナーで迎撃する。さらに足元の水中から海蛇のような魔物が迫るが、ユエが氷の槍で串刺しにする。

 

 そこでハジメが一言。

 

「……なんか、弱過ぎないか?」

 

 香織以外のメンバーが揃って頷く。

 

 今までの大迷宮…と言っても三つだが…は、そのどれもが単体で強力、複数で厄介、単体で強力且つ厄介というのがデフォだった。だが、このメルジーネ海底遺跡で出会った魔物は…お世辞にもそれらと比べることが出来ないくらい弱かったのだ。そのことに疑問を抱きつつも、一行は広い空間に出る。

 

「っ…なんだ?」

 

「この匂いは…?」

 

 ハジメ達がその空間に入った瞬間、半透明のゼリー状の何かが通路へ続く入り口を塞いでしまう。

 

「私にお任せを! うりゃあ!!」

 

 咄嗟の出来事に最後尾を歩いていたシアが、その壁を壊そうとドリュッケンを振るうが…表面が飛び散っただけで、ゼリー状の何かで構成された壁は壊れなかった。

 

「ひゃわ!? なんですか、これ!?」

 

 今の一撃で飛び散ったゼリー状の何かがシアの胸元辺りに付着したらしく、それが衣服を溶かし始めていた。

 

「シア、動くでない!」

 

 それをティオが絶妙に加減した火でもって焼き尽くすが、どうにも肌にも少し付いてたらしくシアの肌が赤く腫れる。

 

「っ! まだ来るぞ!」

 

 ゼリーの壁から距離を取ったハジメ達の頭上から無数の触手が襲い掛かってくる。その触手もまたゼリー状であり、先のシアに付着したものの特性を考えると溶解作用も有していると考えた方がいいだろう。

 

「バレッテーゼ・フレア!」

 

 その触手に対し、忍が触手がやってくるだろう先の空間に火球を配置すると…

 

チュドンッ!!

 

 その火球と触手の先端が触れた瞬間、爆炎が広がって触手を焼き尽くす。

 

「?(なんだ? この手応えは…?)」

 

 忍が少し手応えに違和感を覚えている間にユエが障壁を展開し、ティオも追撃とばかりに先端が爆破して動きが鈍くなった触手を炎で焼き払っていく。

 

「? ……ハジメ。このゼリー、魔法も溶かすみたい」

 

「ふむ、やはりか。先程から妙に炎の勢いが弱くなってると思っておったが、どうやら炎に込めた魔力すらも溶かすらしいの。シノブの方もそうじゃろ?」

 

「あぁ、そういうこと。だからさっき違和感があったのか」

 

 障壁を展開してたユエが障壁が溶かされてることに気付き、ティオも忍も合点がいったような表情をする。

 

 そうこうしている内に、このゼリーを操っている魔物が姿を現す。半透明で人型、但し手足はヒレのようで、全身に極小の赤いキラキラとした斑点があり、頭部には触覚らしきものが2本生えている…全長10メートルはあるだろうクリオネのような魔物だった。

 

「ユエも攻撃して! 防御は私がやるから! 『聖絶』!!」

 

 香織がユエの代わりに聖絶を発動させると、巨大クリオネに向けてユエ、ティオ、忍が炎の攻撃魔法を繰り出し、シアもドリュッケンを砲撃モードにして焼夷弾を発射する。それら全ての攻撃が巨大クリオネに直撃し、爆発四散させる。その光景にユエ達がいい仕事したと言わんばかりの表情をするが、攻撃した側の1人である忍は表情を強張らせる。そして、それはハジメも同様だったようで…

 

「まだだ! 反応が消えてない! 香織は障壁を維持してろ。なんだこれ? 魔物の反応が部屋全体に…」

 

「くそっ、どうなってやがる?」

 

 ハジメの魔眼石には部屋全体が赤黒い色一色で染まって見えており、忍の鼻もそこら中から魔物の魔力の匂いを察知していた。

 

 すると、四散したはずのクリオネが瞬く間に再生し始め、その腹の中には先程倒したヒトデや海蛇の魔物がおり、ジュワーという音を立てて溶かされていく。

 

「どうやら、あの魔物達はこやつの食料だったようじゃな。ご主人様よ。無限に再生されても厄介じゃ。魔石の場所は?」

 

「そういえば、透明のくせに魔石が見当たりませんね?」

 

 ティオの問いハジメはチラリと忍の方を見る。その視線を受け、忍も首を横に振る。

 

「……ハジメ? シノブ?」

 

 その2人のやり取りにユエが再度尋ねると…

 

「…ない。あいつには、魔石がない」

 

「あぁ、俺も心眼でも見たが…親友の言う通り、魔石がないと言った方がいいかもしれん」

 

 2人の言葉にユエ達も目を丸くする。

 

「ま、魔石がないって…それじゃあ、あれは魔物じゃないってこと?」

 

「わからん。だが、強いて言うなら、あのゼリー状の体全てが魔石だ。俺の魔眼石には、あいつの体全てが赤黒く染まって見える。あと、部屋全体も同じように見えてるからな。下手すりゃ、俺達は既にあいつの腹ん中にいるってことになる!」

 

「要するに、俺等は自分で奴のテリトリーに入っちまった訳か。くそっ!」

 

 ハジメが宝物庫から火炎放射器を取り出して、周囲のゼリーを焼き尽くす。忍もユエ達と共にクリオネへと攻撃を集中させていき、何度も撃破するが、その度にクリオネは即座に再生いていく。さらに悪いことに水位も高くなっていく始末。正にジリ貧である。

 

「……一度態勢を立て直す。地面の下に空間がある。何処に繋がってるかわからん。覚悟を決めろよ!」

 

 この状況にハジメもいよいよヤバいと感じたのか、一時撤退を決断していた。

 

「んっ!」

 

「はいですぅ!」

 

「承知じゃ!」

 

「わかったよ!」

 

「了解だ!」

 

 全員の返事を聞き、ハジメが火炎放射器でゼリーを迎撃しながら地面の一部にあった亀裂に"錬成"を用いて穴をこじ開けていき、最後のダメ押しとしてパイルバンカーで粉砕する。その貫通した縦穴へと途轍もない勢いで水が流れ始め、ユエ達もそれに浚われる形で、流されていく。

 

 ハジメはそんな激流の中、なんとか踏ん張りながら宝物庫から巨大な岩石と無数の焼夷手榴弾を転送しつつ、ユエ達と共に地下の空間へと流されていく。

 

………

……

 

「げほっ…がはっ…ったく、海水はしょっぺぇな…」

 

 忍は1人で、砂浜に漂着していた。

 

「あちゃ~…俺1人ですか。オルクスを思い出すわ」

 

 周囲の様子と匂いを窺い、自分1人だけだということにオルクスでのことを思い出す。

 

「ま、あん時と違って力はあるし、他の皆も大丈夫だとは思うが…問題は組み合わせか」

 

 特に香織が1人だけだった場合、生存は絶望的だろう。まぁ、そこはハジメ辺りが一緒にいることを祈るのみだ。

 

「……親友も親友で、ぶきっちょなとこあるし…下手なこと言ってなきゃいいんだが…」

 

 とは言え、ハジメと香織が一緒にいたとして、ハジメが下手なことを言って関係が拗れる可能性も否定出来なかったが…。

 

「ともかく、現状1人で攻略を進めるしかないか。住処にでも行ければ合流は可能そうだしな」

 

 あちらの心配よりもこちらの心配ということで、忍は砂浜から近くにあった雑木林へと移動を開始した。

 

「しっかし、海底なのに、よく植物が育ってるよな。オルクスの人工太陽的なのでもあんのか?」

 

 そんなどうでもいいことを考えつつも忍は雑木林を抜ける。

 

 その先には…

 

「うん? 廃村?」

 

 何やら朽ちた村っぽいモノがあった。

 

「規模はそれほど大きくはないが…これにどんな意味が…?」

 

 忍が首を傾げながら廃村跡に足を踏み入れると…

 

グニャリ…

 

 空間が歪み、何やら周囲の光景が火の海と化した。

 

『ウオオオオオオオ!!!』

 

 さらに村を襲う魔人族の大軍が現れ、村の人間族を皆殺しにしていく。

 

「幻覚か?」

 

 その様子を見て忍は幻覚の一種かと思っていたが、幻覚が忍にも襲い掛かってきて咄嗟に避けると、その襲い掛かってきた魔人族の剣が地面に突き刺さるのを見て驚いた表情になる。

 

「幻覚であって幻覚じゃないってか?」

 

 即座に忍もアドバンスド・フューラーLを抜いて実体弾を撃ち込むが…

 

スッ!

 

「なに!?」

 

 実体弾2発分が幻覚を通り過ぎてしまった。

 

「なら…こっちはどうだ?」

 

 すぐさまアドバンスド・フューラーLを仕舞うと、右手から闇を展開してフジツボもどきから複製した水のレーザーを撃ち出す。

 

ジュワッ!!

 

 今度は幻覚の胸に穴を開けていた。そして、その幻覚は崩れ落ちて消える。

 

「魔力攻撃はOKなのな。なら…」

 

 それを確認した忍は銀狼と黒狼を抜き、刀身に魔力を帯させてから一気に神速で駆け出した。武装している魔人族を片っ端からその二刀によって斬り伏せていく。

 

 その間、忍は似たような叫びを聞き続けた。

 

「アルヴ様、万歳!!」

「アルヴ様の神罰を!!」

「異教徒共に裁きを!!」

 

 聞くに堪えなかった。狂気の沙汰と思えてならなかった忍は…

 

「(そういや、オスカーの話…"神々"とか言ってたな。つまるところ、そういうことか)」

 

 かつてオルクス大迷宮の最深部で聞いたオスカーの言葉で、少しだけ合点がいったような表情をする。それと同時に嫌悪感バリバリに顔を歪めると…

 

「ホント、この世界の神ってのはロクなもんじゃねぇな!!」

 

 そんな風に吠えて怒りのまま魔人族を殲滅していった。

 

 

 

 幻覚の魔人族殲滅後、周囲の光景が元の廃村に戻ると、その奥に森があったのを見つけ、そちらに歩を進めていく。森の奥まで進んでいくと、古びた祭壇があった。忍は目を鋭くして周囲の匂いを嗅いで警戒していると、案の定、空間がグニャリと歪み始めて新たな光景が現れる。

 

「我が同胞よ、エヒト様への供物をここへ」

 

 そこでは生贄と思しき年若い女の子達が祭壇の前に集められていた。

 

「これでエヒト様への祈りも届くというもの」

 

「さぁ、お前達…エヒト様に祈りを捧げながら自らの命を差し出せ!!」

 

 司祭っぽい服装をした男達が狂気の目で女の子達に命令する。

 

「この命はエヒト様のために」

「この命で魔人族を滅ぼしてください」

「エヒト様、エヒト様」

 

 女の子達の目は既に虚ろでそれぞれの手に持たれたナイフを自らの首に次々と押し当てていき、その命を投げ出す。

 

「ククク。いいぞ、いいぞ! そのまま死して魔人族への怒りをエヒト様に晴らしてもらうのだ!!」

 

 そんなことを宣う司祭だった。すると、後方から数人の村人がやってきた。

 

「こ、これは?! し、司祭様!? これはいったい!?」

 

 村人の1人が司祭に事情を聞こうとする。

 

「これは神聖なる儀式だ。エヒト様にお声を届けるためのな」

 

「そんな!? 娘がこのようなことをするはずが…」

 

 どうやら女の子達の中に彼の娘がいたようだ。それが信じられず、村人はおずおずと娘の元へと歩み寄ろうとするが…

 

「触れるな!! その供物は既にエヒト様のものぞ!!」

 

「ぐわっ!?」

 

 司祭が歩み寄ろうとした村人に魔法を放ち、その村人を吹き飛ばす。

 

「し、司祭様? な、何故、このようなことを…?」

 

「貴様の娘はとうにエヒト様の供物なのだ。神の供物に人が触れるなどあってはならぬ!」

 

「む、娘は供物なんかじゃない! 私と妻の子供だ! 返してくれ! 娘を返してくれぇ!!」

 

 村人が悲痛な絶叫を上げる中、司祭の近くにいた騎士が村人に向かう。

 

「えぇい。神に逆らう愚か者め! 粛清しろ!!」

 

「はっ!」

 

「や、やめ……ぎゃあああ!!?」

 

 村人が騎士に殺され、他の村人が及び腰になってしまう。

 

「これは天命である! エヒト様は供物を欲しがっているのだ! それを達成すれば、エヒト様は我々を救済してくれる!! ハッハッハッ、ヒャーハッハッハッ!!」

 

 狂った神に信仰した者もまた狂い出す。とでも言うのか、物凄くムカムカする惨状を見せつけられた忍は…殺気を抑えられなくなり、周囲に殺意の波動が広がっていく。

 

「………………………」

 

 幻覚が終わっても濃密な殺意を纏った忍は無言のまま、祭壇の上に輝き始めた魔法陣へと足を運んだ。

 

 ただ、幻覚が終わる直前、司祭側の人間の内に1人だけフードを目深に被った人物が目に留まり、注意深く見たところ銀色の髪が少しだけ見えた気がしたのだった。

 

………

……

 

カッ!!

 

 魔法陣から現れた忍の殺気が次の空間でも持続してしまい…

 

ドバンッ!!

 

 その空間に銃声が響く。その音にハッとして忍は黒狼を抜くと自分に向かってきた銃弾を叩っ斬る。それと共に忍も垂れ流していた殺気も抑える。

 

「なんだ、忍かよ。驚かせるな」

 

「悪い悪い。てか、殺気を感じたら即発砲な親友もどうかと思うけどな」

 

 見れば、忍以外のメンバーが中央の神殿の祭壇っぽいところにある精緻で複雑な魔法陣の前に全員集合していた。忍は祭壇を見てさっきのことを思い出して物凄く嫌そうな顔をする。

 

「てか、地味に俺が最後かよ」

 

 そんなことを言いながら忍もハジメ達に合流を果たすと…

 

「あれ? 白崎さん、なんか雰囲気変わった?」

 

 香織の纏う雰囲気が迷宮に入った頃に比べ、微妙に変わったことに忍が察知する。

 

「……開き直っただけ」

 

「うん。私は私の気持ちを貫き通すって決めたから、だからハジメくんの傍に居続けることにしたの」

 

「へぇ~」

 

 香織の決然とした態度に忍も感心したような声を漏らす。

 

 忍が来たことで全員揃ったところで、ハジメ達は揃って魔法陣の中へと足を踏み入れる。すると、大迷宮でお馴染みの脳内精査が始まるが、今回に限っては他のメンバーとの記憶の共有化も行われた。その際、ハジメと香織は船の墓場みたいな場所で豪華客船での惨劇、ユエとシアとティオは人間の王都らしき場所での教会の凶行をそれぞれ目の当たりにしていたことがわかった。忍の見た光景も嫌なものだったが、他のメンバーが見たものも大概だろう。

 

 そうして記憶を共有化の後、記憶の確認も終わって無事全員攻略者として認められたようで、新たな神代魔法が脳内に刻まれる。

 

「ここで、この魔法か……解放者め」

 

「……見つけた、"再生の力"」

 

「ものの見事に大陸の端と端だねぇ~」

 

 その神代魔法とは、『再生魔法』だ。再生…つまり、かつてハルツィナ樹海の大樹の下で見つけた石碑の文面にあった一節だ。つまるところ、ハルツィナ樹海の大迷宮に挑むためには、反対の位置にあるこのメルジーネ海底遺跡を攻略する必要があり、それにはグリューエン大火山も攻略する必要もあったという、なんとも手間のかかることこの上ない。

 

 ハジメが解放者の嫌らしさに眉を顰めていると、魔法陣の輝きが薄くなっていき、直方体状の新たな小さな祭壇が姿を現す。その上には真紅の宝玉が乗っていた。

 

「この後、何があるかわからんし…サクッと覇王に会ってきますか」

 

 忍の脳裏にあのクリオネの姿が浮かび、ここは早々に覇王の能力を手に入れる必要があると判断して真紅の宝玉を手にする。

 

カッ!!

 

 忍の体が真紅の光に包まれていき、宝玉が忍の体に溶け込むと共に意識が途切れる。

 

………

……

 

「さてはて、此度の覇王は、っと…」

 

 忍が真紅の空間に視線を巡らせると、漆黒と真紅の甲殻で体を覆われた真紅の瞳を持つ飛竜(ワイバーン)が両翼を広げて佇んでいた。

 

『我が覇王の魂を継ぐ者よ』

 

 いつも通りの前口上。

 

『我が名は(まこと)を司る始祖、"真祖"。汝、傷付くことを恐れることなかれ。負う傷も与える傷も皆等しく同じなり。故に傷付き傷付けることを恐れるな。さすれば、汝は何人にも阻まれることはない。(まこと)の道とは、己の信ずる先にこそある』

 

 今まで邂逅してきた覇王とはまた違った趣があるように感じた。

 

「要するに…自分の進む未来は自分で勝ち取れ。そして、そのために自分が傷付き、相手を傷付けることを恐れるな、ってことかね?」

 

 獄帝と同じく咀嚼に少し時間が掛かりそうな気がしなくもない忍だったが、今はそれよりも大事なことがあった。

 

「ま、なんにせよ。これで折り返しか。残りの覇王の能力も必ず手にしてやるよ。そして、必ず家に帰ってやる」

 

『ガァアアアアアア!!!』

 

 忍の決意に満ちた宣言に呼応するかのように飛竜も雄叫びを上げ、忍の意識も現実へと帰還するのだった。

 

………

……

 

「ん…?」

 

 忍が目覚めると…

 

『どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられることに慣れないで。掴み取るために足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前に進んで。どんな困難や難題でも、答えは常にあなたの中にある。貴方の中にしかない。神の魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志の下にこそ、幸福はある。あなたに、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています』

 

 解放者の1人『メイル・メルジーネ』がオスカーと同じようにメッセージを遺していたようで、ちょうど締め括りだったようだ。

 

「終わったのか?」

 

「あぁ、目覚めたのか。オスカーの内容と似たり寄ったりだったよ」

 

 忍が目覚めたことにハジメが気付き、声を掛けると祭壇からメルジーネの紋章が彫られたコインを確保する。

 

「覇王との邂逅でも思ったが、これでやっと折り返しか」

 

「そうだな。残る大迷宮は3つ。それにこれでハルツィナ樹海も攻略可能になった訳だ」

 

 しばし感慨に耽っていると、神殿が鳴動して周りの海水がいきなり水位を上げ始めた。

 

「おいおい、ミレディみたく強制排出ってか?」

 

「漆黒の波動、帯式」

 

 ハジメがこの状況をそう分析していると、忍が魔力で練った闇を硬質化させて帯状に形成させると全員の腰に巻き付ける。

 

「これでバラバラにはならんだろ」

 

「覇王の能力も使い方次第だな」

 

「まぁな」

 

 そんなやり取りをしていると、あっという間に水没してしまい、忍の機転もあって離れ離れにならないようにはなった。その間にハジメが宝物庫から人数分のシュノーケル型酸素ボンベを全員の口に転送する。その直後、天井が開いて海水が流れ込み、ハジメ達はまるで間欠泉の如く噴射する水の流れで上へと吹き飛ばされていった。

 

 メルジーネ海底遺跡のショートカットから海中に放り出された一行はハジメが宝物庫から出した潜水艇に乗りこもうとしたがしたものの、それは忍が懸念していた"あいつ"によって阻止されてしまった。



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第三十九話『悪食討伐と、新たなる誓い』

ズバァアアアアアアッ!!!

 

 潜水艇が半透明の触手によって凄まじい勢いで吹き飛ばされていた。

 

「(ユエ!)」

 

「(凍柩!)」

 

 ハジメがそちらに視線を向ければ、そこには巨大クリオネがいた。ハジメの念話でユエが咄嗟に氷の障壁を球状に張り、その氷の障壁をクリオネが攻撃してくる。そのあまりの衝撃に中にいたハジメ達がシェイクされる。

 

「(くそっ! ここでこいつかよ!!)」

 

「(ご主人様よ、どうするのじゃ!?)」

 

 忍が悪態を吐き、ティオが念話石でハジメにどうするか尋ねる。

 

「(全員、上を目指せ! 水中じゃ嬲り殺しだ。時間は俺が稼ぐ!)」

 

 そう念話を飛ばしながら、ハジメが指輪型感応石を用いて吹き飛んだはずの潜水艇を操作し、クリオネに対して魚雷の嵐を見舞う。合計で48発もの魚雷を撃ち込まれ、流石に時間が稼げると思ったが、その目論見は儚くも散ってしまう。

 

「(ユエ、上だ!)」

 

「(っ……ダメ、間に合わない!?)」

 

 潜水艇を回収しながら浮上していくハジメ達の行く先にゼリーが漂っていて、それが3メートル程度のクリオネに再生すると、その頭部を大きく開いて氷の障壁で覆われたハジメ達を"バクンッ!"と呑み込む。

 

「(くそっ! 再生が速過ぎるぞ!?)」

 

「(ちぎれた触手から再生したみたい!)」

 

「(マズいですよ、ハジメさん! 辺り一面がゼリーだらけですぅ!?)」

 

 周りがゼリー故に氷の障壁がどんどん溶かされていくが、ユエがなんとか補強しようと試みるも海水がないために苦戦している。

 

「(ちっ! 全員、衝撃に備えろ! 忍、絶対に離すなよ!)」

 

「(わぁってるって!!)」

 

 さっきから忍が闇の帯で全員が逸れないように繋ぎ止めており、ハジメも氷の障壁を金剛で補強しながら、障壁の外にロケット弾の弾頭や魚雷を大量に転送してクリオネを腹の中から吹き飛ばす。間近にいたせいもあり、ハジメ達も吹き飛ぶが、忍がしっかりと捕まえているので離れ離れになることはなかった。

 

 しかし、クリオネもただでやられたわけではなく、ハジメ達の頭上に大量のゼリーを配置していた。さらに厄介なことにクリオネは潜水艇を潰しにかかっていた。

 

「(ユエ。"界穿"を頼む)」

 

「(……40秒はかかる)」

 

「(邪魔させるかよ。こっから出るにはそれしかない)」

 

「(……わかった)」

 

 それを見てハジメはユエに空間魔法である『界穿』を行使を頼んでいた。これはフリードも使っていた空間と空間を繋げる魔法で、ありていに言えばワープゲートを作る魔法だ。さしもの魔法チートであるユエであっても修得して日が浅い魔法を行使するにはそれだけの時間が掛かるらしい。

 

 その間にも襲い掛かってくる触手をティオの縮小版ブレスの連射と忍が全員を捕まえている帯とは別の闇の帯を生成して迎撃している。忍とティオが迎撃してる合間にハジメが宝物庫から鉱石を次々と取り出して錬成して鉄球を作る。

 

「(忍! ティオ! 来い!)」

 

 ハジメの言葉で忍とティオも様々な鉱石で作られた鉄球の中へと入り、完全に穴を塞いで密閉する。その鉄球を紅の魔力が覆い、金剛が付与されていく。が、それよりも速いスピードで触手が鉄球に纏わりついて表面からどんどん溶かしていく。それに対抗すべくハジメが連続錬成で鉄球をかろうじて維持する。

 

 そして、長いようで短いような40秒の時間が経過する。

 

「(界穿!)」

 

 ユエの傍に楕円形の光のゲートが現れる。

 

「(よし、全員飛び込め!)」

 

 ゲートを次々と潜るメンバー。忍が帯を引っ張り、ハジメを勢いよく引き寄せる。そうして全員がゲートを潜った後、ゲートは消滅して残った鉄球は触手に破壊されて溶かされていく。

 

 ゲートを潜ったハジメ達は上空100メートル程度の地点に放り出されるが、ティオが即座に竜化してハジメ達を背に乗せて浮遊した。その背の上でユエが崩れ落ちそうになるが、それを香織とシアが支えて魔晶石から魔力を供給する。さしものユエも魔力が枯渇したようだ。

 

「ユエ、助かったよ。空間転移は相当難易度が高いってのに…」

 

「……んっ、頑張った」

 

「流石は魔法チートのユエさんだ」

 

「……とは言え、まだ実戦レベルじゃない」

 

 そのようにユエを称賛するハジメ達だったが、ハジメ達は気を抜くことを許されなった。

 

ドォゴオオオオオオオ!!!

 

ザバァアアアアアアア!!!

 

 そんな轟音と共にハジメ達の背後から巨大な津波が発生する。その津波は、100メートル上空にいたティオを優に超えていて、500メートルはあるだろう。しかも直径は1キロメートル程度。

 

「ッ!? ティオ!!」

 

『っ、承知っ!!』

 

 ハジメの叫びにティオも我を取り戻して津波へと全速力で突っ込む。

 

「解除してなくてよかったぜ!」

 

「「聖絶!!」」

 

 忍が闇の帯を解除しておらず、全員と繋がった状態でさらに追加としてティオの胴体にも体を固定するために巻き付けると、ユエと香織が二重の結界を張る。

 

「ティオさん! 津波の中にアレがいます! 気を付けて!」

 

 そこにシアが己の固有魔法『未来視』の派生『仮定未来』の光景を伝えると、ティオは身を捩った。結果として津波からやってきた触手を回避することは出来たが、津波との差が詰まる。

 

「バレッテーゼ・フレア!」

 

 津波から襲い掛かる触手を忍が焔帝の能力で迎撃するが、天災級の津波が遂にハジメ達を呑み込む。その衝撃で聖絶の一枚破壊され、もう一枚にも罅が入る。そして、再び海中に戻されたハジメ達だった。

 

「くそ、狙った獲物は逃さないってか?」

 

 残った聖絶に守られながらハジメ達が前方を見ると、そこには20メートルにまで巨大化したクリオネがいた。

 

「そんな…死なない上に、何でも溶かして、海まで操るなんて…どうしたら…」

 

「……ハジメさん。冗談抜きにキスしてくれませんか? 最期くらいハジメさんからしてほしいです」

 

「……ふぅ、ご主人様よ。妾も、最期はキスを所望するのじゃ」

 

 香織が絶望し、シアとティオが何やらのたまっているが…

 

「「「………………………」」」

 

 ハジメ、ユエ、忍の3名の眼は諦めていなかった。むしろ、どう殺して生き延びてやるかとハジメの眼は爛々と輝いている。それはユエも忍も同じで微塵も諦めていない。

 

「「「っ!?」」」

 

 そのハジメの表情に香織、シア、ティオの3人は体をビクッと震わせ、ハジメのその獰猛な表情に心奪われたかのように惚けていたが、クリオネが30メートル級になって攻撃を再開したところで我を取り戻し、香織は聖絶を張り直し、シアは仮定未来で勝利の道を模索し、ティオはブレスを放つ。

 

 ユエと忍も攻勢に出ながら防御を固める。そうしている間にハジメが最初に遭遇した時の戦いと今の戦いを比べて打開策を模索する。すると、一筋の光明が見えた。

 

「(あの時にあって、今にないもの……待てよ? さっきに比べて火を使ってたか…?)っ! そうか、火だ!」

 

 確証はない。推測の域も出ない。それでも可能性が一筋でも見えるのであるのなら、それに賭けてみる価値はあった。だが、ここは海中。頼みの火属性魔法は使えない。ならば、ハジメの取る手段は一つ。

 

「無ければ、作ればいいだけだ!」

 

 そう言ってハジメは宝物庫から次々と鉱石や魚雷を取り出し、何やら物凄い勢いであるモノを作り始める。

 

「……ハジメ? 何か思いついた?」

 

「あぁ、海で火を使うにはこれしかない。上手くいけば、あいつを倒せるはずだ…!」

 

「ハジメくん、ホントなの!?」

 

「流石はハジメさんです! 最初から信じてましたぁ!」

 

「……シアよ。お主、真っ先に諦めてキスを強請っていたじゃろうに…」

 

「で、親友。俺達は何をすればいい?」

 

「錬成の間、何が何でも凌いでくれ。頼むぞ!」

 

 そうして忍達がクリオネの猛攻を必死に耐えている中、ハジメが瞬光と限界突破すら利用し、クリオネを一撃で倒すために錬成を繰り返していく。

 

 だが、現実は非情だ。海中というクリオネにとって圧倒的アドバンテージの中、忍達の必死の抵抗も長くは保たない。

 

「(あと、3分。せめて、3分あれば…!!)」

 

 思わず念話を発動させて絶叫するハジメに、忍も覚悟を決めて特攻してしようと瞬煌を発動させて銀狼と黒狼を引き抜いて一気に駆け出そうとした時だった。

 

『若ぇの。命を粗末にするもんじゃねぇよ。ここはおっちゃんに任せな』

 

「(……は?)」

 

 忍が渋いおっさんの声に諭されて、足踏みしていると…

 

「(そ、その声は、まさかリーさん!?)」

 

『おうよ、ハー坊の友、リーさんだ。なんだかヤバそうだから助っ人に来たぜ?』

 

 何やらハジメが驚いたような念話を発動しており、不思議と忍達にも伝播していた。すると、突然クリオネが巨大な銀色の物体に横合いから体当たりされて吹き飛ぶ。

 

 その間に聖絶の近くに人面魚の魔物リーマンが寄ってくる。事態の急変さに忍達の頭が追い付けてない。ユエとティオはリーマンの登場に目を丸くし、香織は小さく悲鳴を上げ、忍はハジメとリーマンを交互に見る。

 

『シアの嬢ちゃんも息災かい?』

 

「ふぇ!? えっと、は、はい! 健康そのものですぅ!」

 

『そいつは重畳だ。で、ハー坊は何ぼさっとしてんだ。あと3分ありゃあ、"悪食"をどうにか出来んだろ? やること、さっさとやりな。そう長くは保たないぜ?』

 

「(あ、あぁ。なんかよくわからんが、助かった。ありがとう、リーさん)」

 

 あまりの事態にハジメは困惑しながらも作業する手を再開して武器作製に戻った。ちなみにクリオネに体当たりした銀色の物体は、ただの魚の群れだが、それが数万単位で向かえば怪物の時間稼ぎにもなるようだ。

 

「(アンタ、何者だよ? 親友の"友"とか言ってたが…)」

 

『なに、ハー坊にはフューレンで見世物になってたところを助けてもらったことがあってな。その見世物になってた時にハー坊と出会って色々話したんだよ』

 

「(……あぁ、そういや、フューレン支部長がそんな話題出してたな…)」

 

 イルワが水族館から逃げたリーマンの話題をしたのを思い出す。

 

『そういう若ぇのはハー坊の親友なのかい? 何気に念話使ってるから驚くのを忘れたぜ?』

 

「(あ、あぁ、俺はハジメの親友を自負してる紅神 忍ってもんだ)」

 

『シノブ…なら、これからはしー坊と呼ばせてもらうぜ? お前さんもハー坊のように桁違いの魔力を持ってるな』

 

「(まぁ、親友と一緒に苦労してきたからね。親友みたく物作りは出来ないが、その分前に出ることにしてんだ)」

 

『そうか。だが、無謀なことはするな。"悪食"相手に単身乗り込もうってのは無謀でしかない』

 

「(あのクリオネ、"悪食"って言うのか?)」

 

『クリオネ? あぁ、奴は海に巣食う天災でな。魔物の祖先とも言われてるが、あんなのが先祖とは思いたくないがな』

 

「(確かに…)」

 

『それに友の危機を見過ごすなんてのは男の恥だぜ』

 

「(……………………俺もリーさんと呼ばせてもらっていいっすか?)」

 

『ハ-坊の親友なら是非もない。よろしくな、しー坊』

 

「(こちらこそ、よろしくだ。リーさん)」

 

 何やら忍もリーさんとの友情が芽生えたようだった。

 

「(ところで、リーさん。あの魚の群れはどうしたのさ?)」

 

『あぁ、そいつはな。俺達の種族が使う念話ってのは海の生物はある程度操る能力があってな。それで誘導したんだよ』

 

 忍の問いにリーさんがそう答える。と、忍とリーさんが会話している間にも3分が経過し、ハジメの準備が整ったようだ。

 

 見れば、聖絶の周りに通常よりも大きな魚雷群、およそ120発が展開されており、ハジメの周りにも同数の円環が浮かんでいた。

 

「(リーさん。もしかしたら、親友は爆発物を使うかもしれんから退避してくれ)」

 

『む? そうか。なら、ちと避難しとくぜ。後でまた会おうぜ、ハー坊、しー坊』

 

「(あぁ、ありがとな。リーさん!)」

 

 ハジメがリーさんにお礼を言うと、忍の忠告もあって後方に退避する。そして、ハジメは手元の感応石を起動させ、魚雷群を一斉に動かす。夥しい触手が魚雷群を迎え撃とうとするが、瞬光と限界突破を同時発動中のハジメの操作で紙一重で回避していく。

 

「お前は避けたりしないよな? さぁ、たらふく喰ってくれ」

 

 クリオネ改め悪食に魚雷群が着弾して突き刺さる。が、爆発はしない。半透明の全身に黒い斑点が浮かび上がるという構図はなんらかの重病患者を連想させる。

 

 だが、これで終わるはずがない。魚雷群が溶かされる前にハジメは次の一手を打つ。それは宝物庫に大量に保管されている鉱物の一つであり、ハジメが攻撃用兵器に多用する『フラム鉱石』が液体化したタールだ。そのタールを周りの円環の内側に滝のように注ぎ込む。すると、悪食の体にも変化が起きる。それは半透明だった悪食の体内にタールが侵食していき、その体を黒く染めていったのだ。悪食も体を分離して逃れようとするが、それは忍達が徹底的に邪魔をした。

 

 そして、タールが十分に悪食の体に浸透したのを見計らい…

 

「身の内から業火に焼かれて果てろ」

 

 ハジメが最後の一押しとして火種を円環の一つへと投下する。すると、タールに火が燃え移り、摂氏3000度の灼熱が一気に悪食の中にも広がる。そうして、悪食を文字通り体内から燃やしたタールが悪食から漏れ出て、海水にも影響を出した結果…

 

ゴォバァアアアアア!!!

 

 凄絶な水蒸気爆発を発生させ、周囲一帯に影響を与える。次第に落ち着く海中でハジメは悪食の痕跡を念入りに探す。が、反応は完全に消え去っていた。

 

「ふぅ……なんとか、終わったか…」

 

「いやぁ、ヘビィな相手だったな…オルクスのヒュドラを思い出したぜ?」

 

 色々使い過ぎてふらつくハジメを忍が支える。そのハジメの眼には勝利と生き残ったことへの歓喜が宿っていた。そんなハジメを香織が癒し、他のメンバーとも和気藹々としていると…

 

『見事だったぜ、ハー坊。まさか、あんな風に悪食を倒すとはな』

 

 退避していたリーさんが戻ってきたらしく、ハジメに声を掛けていた。

 

「(あ、リーさん。いや、リーさんがいなかったら、どうなってたか。ありがとな)」

 

『どういたしましてだ。まぁ、仁義を貫いただけさ。気にするな』

 

「(相変わらず漢だな。流石はリーさんだ。ここにいてくれた偶然にも感謝だ)」

 

『ハー坊。積み重なった偶然は、もはや必然と呼ぶんだぜ? おっちゃんがお前さん達に助力できたのも必然。こうして生き残ったのも必然さ』

 

「(おふ。会って間もないけど、リーさんの深みのある言葉と漢気に惚れそうだぜ)」

 

『よせやい、しー坊。おっちゃんに惚れても仕方ねぇだろ』

 

 意気投合する男共に女性陣がヒソヒソと会話しているが、男共は気にしていない。

 

『じゃあ、おっちゃんはもう行くぜ。ハー坊、しー坊。縁があったらまた会おうぜ』

 

「(あぁ、リーさんも元気でな)」

 

「(リーさんも達者でな)」

 

 男共がそのような別れの挨拶をした後、リーさんがその場を後にしようとしてふと何かを思い出したかのように振り返ると…

 

『嬢ちゃん、ライバルが多そうだけど頑張んな。子供ができたら、いつか家の子と遊ばせよう。カミさんにも紹介するぜ。じゃあな』

 

 その言葉を聞き、全員が固まる中、リーさんは今度こそ大海原の彼方へと消えていく。

 

「「「「「「結婚してたのかよぉぉぉぉ!!!」」」」」」

 

 そして、その場に残った全員がリーさんへのツッコミを叫んでいた。

 

………

……

 

 その後、竜化したティオの背中に乗ってエリセンへと帰還を果たしたハジメ達は、そのままレミアとミュウの家で過ごすこととなった。とは言え、元々住んでいたミュウとレミア、従姉妹で泊まりに来たシェーラ3人を除き、留守番組を加えると、総勢9名にもなる人間が家に寝泊りするには少し手狭感があったので、忍は来た当初と同じように裏庭にテントを張って寝泊りしていた。

 

 かくして6日もの日数をエリセンで過ごしたハジメ達は、その6日の間にハジメ達は新たに手にした神代魔法や能力の習熟、装備品の充実、消耗品の補充などに時間を割いていた。それでもエリセンの気候やら海鮮系の料理が充実してたこともあってか、ちょっとしたバカンス気分だった。

 

 しかし、6日も滞在してたのは、ミュウのこともあってのこと。ハジメはミュウのことで真剣に考えており、どう別れを切り出したものかと思い悩んでいた。いくらハジメでも何の力も持たない4歳児を連れて大迷宮攻略に乗り出そうとは思わなかった。

 

 残る大迷宮は三つ。その内の一つ、ハルツィナ樹海は既に攻略する目処が立った。が、残る二つの大迷宮が面倒な立地にあるのだ。まず一つは魔人族領にある『シュネー雪原』の『氷結洞窟』。それともう一つは、なんと聖教教会の総本山がある『神山』なのだ。どちらも大勢力の懐に飛び込まなければならない。

 

 とは言え、なんだかんだ言ってハジメがミュウとの別れを延期しているので6日も経ってしまった訳だが…。

 

「はぁ…」

 

 桟橋で装備を錬成で作りながらハジメが深い溜息をする。

 

「どうしたもんかな…」

 

「ミュウちゃんのことかい?」

 

 そんなハジメに忍が声を掛ける。

 

「あぁ…いざ別れの言葉を言ったら、泣かれそうで…………憂鬱だ」

 

「ハッハッハッ、親友も変わったもんだ」

 

 そう言って忍が笑顔のままハジメの隣に座ると…

 

「良い傾向だと、俺は思うけどな」

 

 ちょっと真剣な表情でそう伝えていた。

 

「あん?」

 

「親友はさ。この世界なんてどうでもいいんだろ? だったら何も考えず、別れを告げればいいだけじゃないかい?」

 

「それは、そうだが…」

 

「でもさ……そういう風に誰かのために考える姿勢は、愛ちゃん先生の言ってた"寂しい生き方"じゃないと思うぜ? だからこそ、あんな風に笑顔が溢れてるんだしさ。見てみな」

 

「……………………」

 

 忍に促されて海で遊ぶミュウやユエ達を見たハジメは、少し黙ってそれを眺めていた。

 

「それにさ、親友。子供って、俺達が思ってるよりもずっと強いんだぜ?」

 

 忍がそう言うのと同時に桟橋から投げ出してたハジメの両足の間からザバッと音を立てて人影が現れる。

 

「おや、レミアさんじゃないっすか」

 

 忍が現れた人影…レミアに挨拶する。ちなみに出会った当初はミュウのことでやつれていたが、今のレミアは再生魔法という規格外の回復魔法で以前のような健康体を取り戻している。そのためか、未亡人ということもあってか、結構な色気を醸し出している。しかもエメラルドグリーンの長い髪は緩い三つ編みに結い、ティオ並みのスタイルでライトグリーンの際どいビキニも着用しているので、その破壊力は凄まじいことになっている。そんな女性がいきなり両足の間に出てきたのだからハジメとしても不意打ちを食らっていた。

 

「あら、ベニガミさんもいらしたんですね」

 

「ついさっき来ましてね。ちょいと親友と今後の話をしてました」

 

「そうでしたか」

 

 ハジメの膝に手をついて体を支えると、レミアは優しい表情でハジメを見る。

 

「ハジメさん、ありがとうございます」

 

「? 別に礼を言われることは…」

 

「うふふ、娘のためにこんなにも悩んでくださってるんですもの。母親としてはお礼の一つも言いたくなりますよ」

 

 その言葉でようやく合点がいったようだ。

 

「それは……バレバレか。一応、隠してたつもりだったんだがな」

 

「あらあら、知らない人はいませんよ?」

 

「ま、親友は隠し事がわりと苦手だからな」

 

 レミアと忍に言われ、微妙な表情をするハジメ。

 

「ベニガミさんやユエさん達もそれぞれ考えてくださってるようですし……ミュウは本当に素敵な人達と出会えましたね」

 

 肩越しに海で遊んでるミュウ達の方を見てレミアが笑みを零すと、再びハジメを見る。さっきまでの優しげな表情とは打って変わり、少し真剣な表情だ。

 

「ハジメさん。もう十分です。皆さんは、十分過ぎるほどしてくださいました。ですから、どうか悩まずにハジメさん達のすべきことのためにお進みください」

 

「レミア…」

 

「皆さんと出会って、あの子は大きく成長しました。甘えてばかりだったのに、自分よりも他の誰かを気遣えるようになりました。あの子もわかっているんです。ハジメさん達が行かなければならないことを……まだまだ幼いですからついつい甘えてしまいますけれど、それでも一度も"行かないで"とは、言ってませんでしょう? あの子もこれ以上、ハジメさん達を引き留めてはいけないと、わかっているのです。ですから…」

 

「な? 子供って案外強いだろ?」

 

 レミアと忍の言葉を受け、ハジメは片手で目元を覆い、天を仰いだ。

 

「……幼子にそこまで気を遣わせてちゃ世話ないな。わかった。明日、出発する折を今晩伝えよう」

 

 ハジメもまた決心したようである。

 

「では、今晩はご馳走にしましょうか。ハジメさん達のお別れ会ですからね」

 

「あぁ、楽しみにしてるよ」

 

「うふふ。はい、期待してくださいね。あ・な・た♪」

 

「いや、その呼び方は…」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべながらレミアが言うと、ハジメがツッコミを入れる前にブリザードのような冷たさが周りに漂う。どうもユエ達が戻ってきてレミアを半眼で睨んでいた。当のレミアは「あらあら、うふふ」と流していたが…。

 

「ハッハッハッ、流石は親友。遂に未亡人まで落とすか」

 

「どういう意味だ、こら」

 

 ハジメを中心に姦しいことになってる状況に忍は笑うが、ハジメは解せぬと言いたそうな表情だった。

 

 

 

 そして、その日の晩。ハジメはミュウに別れを告げるのだった。

 

「………もう、会えないの?」

 

「……………………」

 

 泣くのを精一杯我慢してミュウがハジメに尋ねる。その問いにハジメは答えを窮していた。かつて、ミレディは望みを叶えたければ全ての神代魔法を集めろと言っていた。もしかしたら、集め終わったタイミングで何かしら起こる可能性もあり、エリセンまで戻ってこれる可能性も低い。つまり、これが今生の別れになるかもしれない。それ故に安易な答えは言えなかった。

 

「……パパは、ずっとミュウのパパでいてくれる?」

 

 ハジメが何かを答える前に、ミュウが重ねて尋ねる。

 

「……ミュウが、それを望むのなら」

 

 ハジメがそう答えると、ミュウは涙を堪えて食いしばっていた口元を緩め、二ッと笑みを浮かべる。その表情にユエ達がハッとする。その表情は、どこか困難に立ち向かう時のハジメに似ており、一瞬だが、2人が本当の親子に見えてたのだ。

 

「なら、いってらっしゃいするの。それで、今度はミュウがパパを迎えに行くの」

 

「迎えに……ミュウ。俺は、凄く遠いところに行くつもりなんだ。だから…」

 

「でも…パパが行けるなら、ミュウも行けるの。だって…ミュウはパパの娘だから」

 

「っ…」

 

 ハジメは、そんなミュウの姿に、昼間レミアや忍の言った言葉を思い出し、改めて子供の成長の早さに感嘆し…そして、もう一つの誓いを立てることを決めた。

 

「…………ミュウ。待っててくれ」

 

「パパ?」

 

 今の今ままで思い悩んでいたのが嘘のようにハジメは真剣な眼差しでミュウの瞳を射抜く。それは、ミュウが見続けてきた"パパ"の力強くも真っ直ぐな眼だった。

 

「全部終わらせたら、必ずミュウのところに戻ってくる。皆を連れて、ミュウに会いに来る」

 

「……ホントに?」

 

「あぁ、本当だ。俺がミュウに嘘吐いたことあるか?」

 

 そのハジメの言葉にふるふると首を横に振るミュウ。

 

「必ず戻ってきて…ミュウに俺の生まれ故郷を見せてやるよ。きっとびっくりするぞ? ある意味、ビックリ箱みたいなとこだからな」

 

「! パパの生まれたところ? 見たいの!」

 

 ハジメの言葉に嬉しさを行動で表現するミュウに、ハジメは優しげな視線を向けてミュウを抱っこする。

 

「なら、いい子にしてるんだぞ? ママの言うことをよく聞いて、手伝いなんかもしっかりしてな」

 

「はいなの!」

 

 そんな光景の中、ハジメはレミアに視線で謝罪するが、レミアは『気にしないでください』と視線で返す。そうしてミュウを抱っこするハジメに寄り添うレミアの図は…もう"夫婦"と言ってもいいのではないだろうか?

 

 まぁ、流石にそんな図を香織達が許すはずもなく、レミアとのプチ戦争に発展したが…。

 

「……………………」

 

 そんな光景を羨ましそうにシェーラが見ていた。

 

「少しいい?」

 

 そんなシェーラにセレナが声を掛ける。

 

「セレナさん。はい、何か?」

 

「本当に来ないのね?」

 

「はい。私ではきっと足手纏いになりますから…」

 

「そう…」

 

 改めて旅に同行するかを聞いたが、シェーラの意志は固かった。

 

「でもさ。夢に出てきた覇王は、覇王と巫女はいずれ交わるって言ったわよね?」

 

「? えぇ、確かに言ってましたが、それが?」

 

「忍達の旅…その全てが終わった時にここへまた来る。つまり、忍もきっとアンタに会いに来ると思うわ」

 

「……………………」

 

 エリセンに来た当初の3日と、大迷宮攻略後の6日の合わせて9日、忍はシェーラに覇王や巫女についての話をしつつも自分の家族や恋人の話、他愛のない世間話もしていた。そんな他愛ない時間がを、シェーラは知らず知らずの内に心地よく感じていた。それは忍の人柄からくるものなのか、覇王と巫女だからなのか…それとも別の…。

 

「セレナさんは…忍さんと一緒にいて楽しいですか?」

 

「そうね…最初は色々見極めるつもりだったけど。今になってみると、ちょっと楽しい、かな? もちろん、危険な旅なのはわかってるけどね」

 

「そう、ですか…」

 

 セレナの答えを聞き、ハジメと談笑してる忍の姿を見る。

 

「私も、待ってみようかな…」

 

「……………………」

 

 そんなシェーラの呟きをセレナは聞かなかったことにした。同じ巫女仲間なのだ。その心境は察することが出来た。

 

 

 

 翌日、一行はミュウ、レミア、シェーラに見送られながらエリセンを旅立つのだった。目指すは、ハルツィナ樹海の大迷宮だ。



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第四十話『異端認定と、意外な再会』

 エリセンを発った一行は、一路『ハルツィナ樹海』へと進路を取る…はずだったのだが、香織がアンカジ公国のオアシスを再生魔法で元に戻せるかもしれないので、立ち寄ってほしいと提案していた。その提案を呑んだハジメはアステリアで追走する忍にその折を念話で説明すると、忍も快諾していた。こうして一行はアンカジ公国へと立ち寄ることが決定した。

 

 アンカジ公国の入場門が見え始めたところで、前回とは違った風景がハジメ達の目の前に広がっていた。それは大きな荷馬車が数多く並んで行列を作っていたのだ。

 

「随分と大規模な隊商だな…」

 

「……ん、時間掛かりそう」

 

「多分、物資を運び込んでいるんじゃないかな?」

 

 ブリーゼの中で、ハジメ達が会話しつつもブリーゼを進ませていく。

 

「行列はガン無視かい」

 

 その様子に追走してた忍がやれやれと肩を竦めながら愚痴を零す。隊商の横を走り抜けるブリーゼとアステリアに隊商の人間達は目を見開き、門番も警戒心と恐怖をない交ぜにしたような表情をしていた。ところが、奥で休憩していたであろう兵士の1人が、ブリーゼとアステリアを見ると警戒を解くようにと伝え、伝令も走らせていた。

 

 そんな中、ハジメ達がブリーゼやアステリアから降り、隊商の人間がユエ達の美貌に惚け、ハジメが宝物庫にブリーゼとアステリアを収納する様子に瞠目したりと結構忙しかった。

 

「あぁ、やはり使徒様方でしたか。戻ってこられたのですね」

 

 その奥から出てきた兵士は、香織の姿を見てホッとしていた。おそらくこの兵士は、ビィズを連れてきた時か、ハジメ達がグリューエン大火山へ静因石を取りに向かった時にでもブリーゼを見たことがあったのだろう。『使徒様方』という呼称や、患者を診ていたことからも香織がこの中で一番知名度が高いのだろう。そのためか、香織が前に出て話をする。

 

「はい。実は、オアシスを浄化出来るかもしれない術を手に入れたので、試しに来ました。領主様に話を通しておきたいのですが…」

 

「え!? オアシスを!? それは本当ですか!?」

 

「は、はい。あくまでも可能性が高いというだけですが…」

 

「いえ、流石は使徒様です! と、失礼しました。こんなところではなんですから、中の待合室でお待ちください。先程、伝令も走らせましたので、入れ違いになっても困るでしょうし」

 

 そう言って待合室に案内されるハジメ達一行。やはり、国を救ってもらったという認識なのか、兵士のハジメ達を見る目は多大な敬意を含んでいた。逆に隊商の人間達からは好奇の目で見られていたが…。

 

 

 

 約15分後。

 

「久しい、という程でもないか。無事なようで何よりだ、ハジメ殿。ティオ殿に静因石を託して戻ってこなかった時は本当に心配したぞ? 貴殿らは既に我が公国の救世主なのだからな。礼の一つもしておらぬのに、勝手に死なれても困る」

 

 息せき切ってやってきたランズィは少し頬がこけていたが、それでもハジメ達の無事に穏やかに笑っていた。

 

「一介の冒険者に何言ってんだよ。でもまぁ、この通りピンピンしてっから。ありがとよ。それよりも領主、どうやら救援も無事に受けられているようだな」

 

「あぁ、備蓄していた食料と、ユエ殿が作ってくれた貯水池のおかげで十分に時間を稼げた。王国から救助の他、商人達のおかげで何とか民を飢えさせずに済んでいるよ」

 

 アンカジのために連日東奔西走していたのだろうが、その努力も報われているようだった。

 

「領主様。オアシスの浄化は…?」

 

「使徒殿……いや、香織殿。オアシスは相変わらずだ。新鮮な地下水のおかげで、少しずつ自然浄化しているが、なかなか進まん。今のペースだと、完全な浄化には半年。土壌に染み込んだ分の浄化までとなると、一年は掛かると計算されている」

 

 少し憂鬱そうな表情で香織の問いに答えるランズィ。

 

「領主様。そのオアシスですが、もしかしたらすぐに浄化することが出来るかもしれません」

 

「は…? い、今なんと…?」

 

「ですから、私達は手に入れた術で、オアシスの浄化が出来るかもしれないと…」

 

 そのランズィに浄化の可能性があることを伝えると… 

 

ガシッ!!

 

「きゃ!?」

 

「マジで!? マジでオアシスが浄化出来るの!?」

 

「は、はい!」

 

 香織の両肩を掴んで凄むランズィに香織もドン引きしながらもコクコクと頷き、解放されると同時にハジメの背に隠れてしまった。

 

「ゴホン。し、失礼しました。あまりのことに取り乱してしまった。改めて、オアシスの浄化を頼んでも?」

 

「元からそのつもりで立ち寄ったからな」

 

「ありがたい。では、早速こちらへ」

 

 こうしてハジメ達がランズィの案内で再びオアシスへと向かう。

 

 

 

 オアシスに到着し、香織がオアシスの畔に立って再生魔法の詠唱を開始する。

 

 余談だが、再生魔法の適性は香織が一番高く、次点でティオ、その次がユエ、さらにその次が忍となっており、ハジメとシアに関してはいつもの如く適性がなかったらしい。だが、シアの場合はまともに発動出来なくても、自動回復効果というものが勝手に発動するらしく、シアの超人化を助長するような形で習得してしまったようだ。

 

 話を戻そう。ユエは自前の再生能力があるので回復系の魔法は苦手なのだ。今回得た覇王の能力でユエばりの能力を得た忍も元々攻撃的な魔法の使い方というのもあってあまり得意ではないが、修練次第ではユエよりは得意になれそうな気がしないでもない。逆に香織は天職『治癒師』であり、回復と"再生"に通じるものがあるようで一際高い適性を持っていた。

 

 そうこうしている内に香織の詠唱が終わり、再生魔法が発動する。

 

「『絶象』」

 

 香織が瞑目したままアーティファクトの白杖を突き出すと、前方に蛍火のような淡い光が発生し、スッと流れるようにオアシスの中央へと落ちる。すると、オアシス全体が輝きだし、淡い光の粒子が湧き上がって天へと昇っていく。

 

 その幻想的で神秘的な光景にランズィ達が息をするのも忘れて見惚れていたが、術が終わって疲れた様子の香織を支えながらハジメがオアシスの状態を調べるように促すと、慌てた様子でランズィが部下にオアシスの水質を調べる。

 

「……………………戻って、います…」

 

 オアシスの水質を調べた部下が震える声でそう呟く。

 

「……もう一度、言ってくれ」

 

 ランズィもその言葉を再確認するように言うと…

 

「オアシスに異常なし! 元のオアシスです! 完全に浄化されています!!」

 

『うおおおおおお!!!』

 

 部下の、今度はハッキリとした言葉に他の者達も歓声を上げる。ランズィもそれが真実なのだとわかり、感じ入ったように眼を瞑って天を仰いだ。

 

「あとは、土壌の再生か。領主、作物は全て廃棄したのか?」

 

「……いや、一ヵ所に纏めてあるだけだ。廃棄処理にまで回す人手も惜しかったのでな。まさか……それも?」

 

「ユエとティオ、忍も加わればいけんじゃないか? どうだ?」

 

「……ん、問題ない」

 

「うむ。せっかく丹精込めて作ったのじゃ。全て捨てるのは不憫じゃしの。任せるが良い」

 

「ハッハッハッ、俺は3人ほど出来る訳じゃないがな。ま、何とかしてみせるさ」

 

 ハジメ達の言葉とオアシスで実証された浄化で、本当に土壌も作物も復活するのだと実感したランズィは感極まり、その場で胸に手を当てて深々とハジメ達に頭を下げた。

 

 そんなランズィの姿に頭を掻きながらもハジメはその礼を受け、農地地帯へと移動をしようとした時だった。

 

「? これは…敵意、か?」

 

 鼻を微かにスンスンとさせた忍がそう言うと、ハジメ達も歩を止めて不穏な気配を感じ、そちらの方を見る。見れば、明らかに殺気立った集団がハジメ達に向かって一直線に進んでくる。それは聖教教会関係者と神殿騎士の集団だった。

 

 集団がハジメ達の元へとやってくると、彼等はハジメ達を半円状に包囲する。それを予期してか忍とシオンがセレナとファルを背中に隠すようにして前に出る。そして、神殿騎士達の合間から白い豪奢な法衣を纏った初老の男が出てくる。

 

 物騒な雰囲気に堪らず、ランズィがハジメと男の間に割って入る。

 

「ゼンゲン公、こちらへ。彼等は危険だ」

 

「フォルビン司教。これはいったい何事か? 彼等が危険? 2度に渡り、我が公国を救った英雄ですぞ? 彼等への無礼はアンカジの領主として見逃せませんな」

 

 フォルビン司教と呼ばれた初老の男は、ランズィの言葉をまるで馬鹿にするかの如く鼻で笑う。

 

「ふん、英雄? 言葉を慎みたまえ。彼等は、既に異端者認定を受けている。不用意な言葉は、貴公自身の首を絞めることになりますぞ?」

 

「異端者認定だと…? 馬鹿な、私は何も聞いていない!」

 

 ハジメ達に対する『異端者認定』という言葉にランズィが息を呑むのがわかる。

 

「(親友)」

 

「(あぁ、遂にこの時が来たか)」

 

 フォルビン司教の言葉に忍とハジメは念話で会話する。

 

「当然でしょうな。今朝方、届いたばかりの知らせだ。このタイミングで異端者の方からやってくるとは……クク、何とも絶妙なタイミングだと思わないかね? それに異端者の内の1人は、反逆者という天職を持つというではないか。まさか、この時世に伝承にある反逆者がいようとはな」

 

 どうにもハジメや忍が聖教教会から異端者認定されたのは間違いないらしく、ランズィも思わず後ろのハジメと忍を見る。

 

「「……………………」」

 

 当の本人達は肩を竦めるだけで全然気にした様子もなく、むしろランズィに『どうするんだ?』という視線を送っていた。その視線を受け、眉間に皺を寄せるランズィに対し、いかにも調子に乗った様子のフォルビン司教がニヤニヤと笑いながら口を開く。

 

「さぁ、私はこれから神敵を討伐せねばならん。相当凶悪な者共だと聞いているが、果たして神殿騎士100名を相手にどれだけ抗えるものか見ものですな」

 

「……………………」

 

「さぁさぁ、ゼンゲン公よ。そこを退くのだ。よもや、我等教会と事を構える気ではないだろう?」

 

 フォルビン司教の言葉に対し、ランズィの出した答えは…

 

「……断る」

 

 たった一言の拒絶の意志であった。

 

「…………今、何と言った?」

 

 その答えはフォルビン司教だけではなく、その場にいた誰もが驚くに値するもので、ハジメ達ですらランズィを見る。

 

「断る、とそう言った。彼等は救国の英雄。例え、聖教教会であろうと彼等に仇なすことは私が許さん」

 

「なっ!? き、貴様、正気か!? 協会に逆らうことがどういうことかわからんでもないだろう! 貴公も異端者の烙印を押されたいのか!?」

 

 ランズィの決然とした態度にフォルビン司教は息を詰まらせながら怒声を上げており、周囲の神殿騎士も困惑したように顔を見合わせている。

 

「フォルビン司教。中央は彼等の偉業を知らないのではないか? 彼等はこの猛毒に襲われ滅亡の危機に瀕した公国を…報告では他にも勇者一行、ウルの町をも彼等が救っているというではないか。そんな相手に異端者認定? その決定の方が正気とは思えんよ。故に私、ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、この異端者認定に対しての異議と、アンカジを救ってくれたことを新たに加味した再考を申し立てる」

 

「だ、黙れ! これは決定事項だ! これは神のご意志だ! 逆らうことは許されん! 公よ! これ以上、その異端者共を庇うのであれば、貴様も…いや、アンカジそのものを異端認定することになるぞ! それでもよいのか!?」

 

 どこか狂的な光を瞳に宿しながら、とても聖職者とは思えない言動となるフォルビン司教をランズィは冷めた目で見る。

 

「……こんなこと言える立場じゃないが、いいのか? 王国と教会の両方と事を構えることになるぞ? 領主としてその判断はどうなのよ?」

 

 そこへいつの間にか近寄っていたハジメがなんとも言えない表情でランズィに尋ねる。しかし、ランズィは答える代わりに部下たちへと視線を送った。それにつられてハジメも視線をそっちに向けると、驚いたことに部下達も瞳をギラリと輝かせていた。つまり、ランズィと気持ちは一緒ということだ。

 

「いいのだな? 公よ。貴様はここで終わることになるぞ。いや、貴様だけではない。貴様の部下も、それに与する者も全員終わる。神罰を受け、尽く滅びるのだ」

 

「このアンカジに自らを救ってくれた英雄を売るような恥知らずはいない。神罰? 私が信仰する神は、そんな恥知らずを裁くお方だと思っていたのだが……司教殿の信仰する神とは異なるのかね?」

 

 ランズィの言葉に怒りを通り越して無表情になったフォルビン司教が片手を挙げて神殿騎士達に攻撃を合図しようとした時だった。

 

ヒュッ!

コンッ!

 

 神殿騎士の1人の被っていた兜に何やら飛来して当たったようだ。見れば小石が落ちている。首を捻る神殿騎士達にさらに小石の雨が降り注ぐ。何事かと周りを見渡せば、アンカジの民が憤慨した様子で投石していたのだ。

 

「や、やめよ! アンカジの民よ! 奴等は異端者認定を受けた神敵である! 奴等の討伐は神の意志である!」

 

 フォルビン司教の言葉に一時は民の手が止まるも…

 

「聞くのだ! 我が愛すべき公国民達よ! 彼等はたった今、我等のオアシスを浄化してくれた! 我等のオアシスが彼等の尽力で戻ってきたのだ! それだけでも感謝の念が湧くと言うのに、彼等は汚染された土地も、作物も、全て浄化してくれるという! 彼等は我等のアンカジを取り戻してくれたのだ! この場で多くは語れん。故に、己の心で判断せよ! 救国の英雄を、このまま殺させるか、守るか。私は……守ることにした!!」

 

 続くランズィの言葉を聞いた民達の答えは…

 

コンッ!コンッ!コンッ!コンッ!

 

 投石という形で示された。

 

「なっ!?」

 

 この結果に再び息を詰まらせるフォルビン司教。

 

「これが"アンカジの意志"だ。司教殿、先程の件…聞いてはもらえませんかな?」

 

「ぬ、ぐぐ……ただで済むとは思わないことだなっ!!」

 

 ランズィの言葉に吐き捨てるような物言いでフォルビン司教はその場から立ち去っていく。

 

 結局、当事者なのに最後まで蚊帳の外にいたハジメ達一行だったが、つまるところ教会との最初の衝突はランズィの英断とアンカジの民によって回避されたのだった。

 

 この騒動から2日も余分にアンカジに滞在したハジメ達一行は、アンカジに別れを告げるのだった。その際、ハジメの意外な性癖も発覚したが…まぁ、それはそれとして今度こそハルツィナ樹海へと進路を取る一行だった。

 

………

……

 

 アンカジを発って2日。そろそろホルアドに通じる街道に差し掛かる頃、一行の前に賊らしき連中に襲われる隊商と遭遇した。

 

「あれ? ハジメさん、なんか襲われてません?」

 

「(お~い、親友。イチャつくのもいいが、前見ろ、前)」

 

 ブリーゼに同乗してるシアと、横を走行してる忍からの念話でハジメがやっと前を見る。

 

「確かに賊っぽいな。小汚い格好をした連中が40人。それに対して隊商の護衛が15人程度……あの戦力差でよく対抗してるな」

 

「……ん、あの結界はなかなか」

 

「ふむ。さながら城壁の枠割じゃな。あれを崩さんと本丸の隊商に接近できん。結界越しに魔法を撃たれては、賊もたまったもんじゃなかろう」

 

「でも、一向に退く気配がありませんよ?」

 

「そりゃあ、あんな結界、異世界組でもなければそんな保たんだろうしな。多少の時間はかけても、待ってりゃ向こうが勝つだろうよ」

 

 そんな悠長に話していると…

 

「ハジメくん、お願い! 彼等を助けて! もしかしたら、あそこに…」

 

 何やら切羽詰まった様子の香織が叫び、それに応えるようにハジメもブリーゼを加速させる。

 

「ハジメくん……ありがとう」

 

 が、ハジメの意図を察したユエ達はシートベルトを締め、どこかに捕まる。

 

「あ、あの…ハジメくん? もしかして…」

 

「犯罪者を見たらアクセルを踏め。教習所で習うことだろ?」

 

「(白崎さん、諦めて。親友はもう常識に囚われないんだ…)」

 

「そこは諦めないでよ!? まだ教習所にも行ってないのに習うはずないよ!? というか、交通ルールを勝手に捻じ曲げないで!?」

 

 そんな風に香織が苦言を呈している合間にもハジメはブリーゼのギミックを発動させてブレードを展開する。

 

 そして、始まる蹂躙劇。香織が隊商の負傷者を治癒しに行ってる間にハジメ、ユエ、シア、ティオ、忍が賊を殲滅していく。ただ、シオンはその蹂躙劇とティオの容赦のなさに呆然としていた。ブリーゼ内で待機してたセレナはともかく、ファルは顔を青くして今にも吐きそうであったが…。まぁ、かく言うセレナも顔が青くなってはいたが…。

 

「お嬢様が、どんどん遠くへ行ってしまう気がする…」

 

「まぁ、親友の影響もあるだろうしな。そこは、すまん」

 

 嘆くシオンに何故か忍が謝る。

 

 そんな中…

 

「香織!」

 

 小柄でフードを深く被った人物が香織に駆け寄り、抱き着いた。

 

「リリィ!? やっぱり、リリィなのね? あの結界、見覚えがあったと思ったら……まさか、こんなところにいるとは思えなかったから、半信半疑だったけど…」

 

 その声を聞き、香織も心底驚いたように相手を見る。

 

 その相手とは……ハイリヒ王国王女『リリアーナ・S・B・ハイリヒ』である。

 

「おいおい、マジかよ。なんで、こんなとこに…?」

 

 忍は香織と同じくらい驚いた様子で香織とリリアーナの様子を窺っていた。

 

「?」

 

 ただ、ハジメの反応は芳しくない。

 

「(あれ? この親友の反応…もしかして…)」

 

 嫌な予感がしつつもハジメの後を追う忍だった。そして、香織とリリアーナの元に気配もなく近寄った後…

 

「……南雲さんに、紅神さん、ですね? お久し振りです。雫達からあなた方の生存は聞いていました。あなた方の生き抜く強さに敬意を。本当に良かった」

 

「ハッハッハッ。まぁ、親友に比べたら大したことじゃないさ」

 

 忍も香織も普通に会話しているから知り合いかもしれん、という懸念もあったが、ハジメは率直な言葉を投げかけた。

 

「……誰だ、お前?」

 

「へっ?」

 

 その言葉にリリアーナと香織が固まり、"あちゃ~"と言った具合に忍は天を仰いだ。

 

「ボソリ(は、ハジメくん! 王女! 王女様だよ! ハイリヒ王国の王女リリアーナだよ! 話したことあるでしょ!?)」

 

「? ………………………………………………………………あぁ」

 

 香織に小声で言われ、何となく思い出したような思い出さないような曖昧な声を漏らす。

 

「あぁ、やっぱり忘れてたか。まぁ、あんなことあった後じゃな」

 

「ていうか、お前はなんで覚えてんだよ?」

 

「俺は物覚えは良いからな」 

 

「その割に自分の彼女のこと忘れてたろ」

 

「ハッハッハッ、それを言われると耳が痛いぜ」

 

 化け物コンビの会話を尻目にリリアーナを香織が必死にフォローする。そんな微妙な雰囲気の中、ハジメ達の元にユエ達や隊商の人間がやってくる。

 

 その隊商の人間とは、以前ブルックの町で依頼を受け、フューレンまで護衛したユンケル商会のモットーだった。しかもハジメは一回しか会っていないモットーのことを『栄養ドリンクの人』と覚えていたため、リリアーナに更なる追い打ちをかけてしまっていたが…。

 

 それはそれとして、ユンケル商会に便乗してたった1人でここまでやってきたリリアーナの目的が気になるところである。ハジメがキナ臭さを感じながらも香織の無言の圧力で押し黙っていると、モットーとリリアーナがいくつか話をしてから、リリアーナをハジメ達に任せてモットー達隊商はホルアドへと続く街道を進んでいく。別れ際、モットーとハジメも軽く言葉を交わし、それぞれ情報を交換していた。

 

 そして、新たにリリアーナが加わった一行は、とりあえずリリアーナの話を聞くべくブリーゼに全員搭乗したのだが…

 

「流石に手狭だね~」

 

「うっせ、仕方ねぇだろ」

 

 元々いた9人に加えてリリアーナもブリーゼの中に入ったのだ。そりゃ狭いってもんだろ。しかし、別々に聞くなんて二度手間は避けたいので仕方なく、ぎゅうぎゅう詰め状態で話を聞くことになった。

 

「で、何があった?」

 

 狭い車内の中でハジメが切り出すと、緊張感と焦燥感が入り混じった表情のリリアーナが声を発する。

 

「愛子さんが……攫われました」

 

「「………………………」」

 

 予想以上に最悪な状況のようだ。

 

 リリアーナが話す内容は要約すると、こうだ。

 

 近頃、王宮内の空気がどこかおかしく、リリアーナはずっと違和感を覚えていたらしい。エリヒド国王は、今まで以上に聖教教会に傾倒していき、時折熱に浮かされたかのように"エヒト様"を崇め、それに感化されたのように宰相や他の重鎮達も信仰心を強めていった。ただ、それだけであるなら各地で暗躍している魔人族のことが相次いで報告されていることからも聖教教会との連携を強めた副作用なのだと、リリアーナは自分に言い聞かせていたようだ。

 

 だが、違和感はそれだけではなく、まるで生気がない騎士や兵士達が増えていったようだ。受け答えはしっかりしてるのに、まるで機械的な風に聞こえたらしい。そのことをメルド団長に相談しようにも捕まらなかったという。何故なら、姿が見えず、光輝達の訓練をして終わったらすぐに立ち去ってしまうからだとか。

 

 そして、極めつけはハジメと忍の異端者認定の即時決定だ。愛子がウルの町から戻り、その顛末を報告した後に強行採決に至った。その場にはリリアーナも同席してたようで、ウルの町や勇者一行の救出という功績、"豊穣の女神"である愛子の異議・意見もガン無視で決定してしまった。

 

 そのことにリリアーナは父親であるエリヒド国王に猛抗議したが、エリヒド国王の眼が正気とは思えず、その場凌ぎで理解した振りをしてその場を後にし、愛子と話したようだ。すると、愛子からハジメと忍から聞かされた神に関する話をするので、同席してほしいと頼まれていた。

 

 そして、夕食の時間になり、リリアーナも愛子達の元へと向かう途中でそれを目撃した。銀髪の修道女が愛子を攫うところを。身の危険を感じたリリアーナは近くの部屋の隠し通路へと逃げ込み、なんとかやり過ごすと、そのまま王宮を抜け出して今に至る。

 

「この出会いを、少し前なら"神のご加護"として受け入れられましたが…今はその教会が怖いのです。一体、何が起きているのでしょうか…?」

 

 話を終えて震えるリリアーナを香織がそっと抱き締める。

 

「ふむ。先手を打ったつもりが、逆に打ち返されたって感じか。どうするよ、親友?」

 

 リリアーナの話を聞き、十中八九自分達のせいだな、という考えがある忍はハジメに尋ねる。

 

「とりあえず、先生を助けに行かねぇとな」

 

 "今"の悪くないと思える生き方の道を示してくれた恩師を、ハジメは助けるべく行動することを選んだ。その言葉にリリアーナが期待半分驚き半分の表情でハジメを見る。

 

「勘違いしないでくれ。王国のためじゃない。先生のためだ。先生が攫われたのは、きっと俺達のせいだからな。放っておくわけにもいかねぇよ」

 

「愛子さんの…」

 

 その視線を受け、ハジメはあくまでも先生のためだと言っていたが…。

 

「ま、先生を助ける過程で、その異変の原因が立ちはだかるならぶっ飛ばすけどな」

 

「ハッハッハッ、違いない。あくまでも邪魔するのであれば、な」

 

「……ふふ。では、私はそうであることを期待しましょう。よろしくお願いしますね。南雲さん、紅神さん」

 

 リリアーナの言葉に軽く手を上げて答える化け物コンビは別のことを考えていた。

 

 愛子救出以外の目的。それは聖教教会の総本山たる『神山』にある神代魔法と覇王の宝玉だ。ミレディが教えてくれた大迷宮の一つがそこなのだから、ついでに襲撃でも何でもして神山の大迷宮を攻略してしまおうという魂胆もあった。どうせ、既に異端者認定を受けている身なのだ。今更、罪状が一つ増えたくらいでものともしない、という雰囲気でハジメと忍は口を歪める。

 

 それと、2人には共通して銀髪の女について心当たりがあるものの、確信はない。メルジーネ海底遺跡で見せられた過去映像の中に"銀"の髪を持つ者がいた。そいつらが同一人物かはわからないし、特定も不可能だろう。だが、2人には予感があった。きっと、そいつと殺し合うことになる、と。

 

 獰猛な笑みと熱く滾った闘志が全身から滲み出ていく2人の姿は、まるで野生の獣を思わせるに十分なものだった。

 

「……ハジメ、素敵」

 

「はぅ、ハジメさんがまたあの顔をしてますぅ~。なんだか、キュンキュンしますぅ~」

 

「むぅ、ご主人様よ。そんな凶悪な表情を見せられたら……濡れてしまうじゃろ?」

 

「あぅ…なんか久々に見た気がするけど…悪くない、わね…///」

 

「これが、忍殿の………あぁ、でもこれは…///」

 

「……………………覇王」

 

 その姿を見たユエ達とセレナ達はそれぞれの想い人に対して頬を染めていたが、何やら呟いていたが…。

 

 こうして一行は神山、及びハイリヒ王国へと進路を取るのだった。



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第四十一話『神の使徒』

 夜。一行は、いくつかのグループに分かれて行動を開始した。

 

 まずハジメは単独で神山へと向かい、愛子の救出。次にリリアーナを筆頭にして香織、ユエ、シア、セレナ、シオン、ファルが隠し通路を使って王宮へと向かい、光輝達勇者パーティーを含めた異世界組との合流。ティオと忍は万一の事態に備え、王都のどこかでそれぞれ待機している。

 

 異世界組との合流に人員を割いているのは、リリアーナだけではなくセレナとファルの護衛も兼ねている。セレナはライセンを攻略した1人であるが、重力魔法は習得してないし、その能力値は亜人族特有のものだ。シア程超人化していないし、魔力も持っていないため、嗅覚による索敵くらいしか役に立たないが、無いよりはマシだし、最悪はシオンという竜人族もいるので大丈夫だろうと踏んでいる。ファルに関しては…ちょっと保留気味、というか役に立つのかわからないというのが本音だ。未だに吸血鬼族としての"血盟契約"もしてないし、魔力も少しあるが、魔法とかも特に修得していない。本当に忍に同行している程度なのだから。そして、シオンである。この中ではユエとシアを除けば、格段に強者である。竜化も出来るし、風属性魔法に関してはそれなりの使い手。そんな彼女が護衛をしているのだから滅多なことは起きないだろうが、何が起きるかわからない以上、警戒は必要だった。そのことをシオンも意識しているので、最後尾で常に周囲を警戒していた。

 

 とは言え、今は皆が寝静まった頃の時間帯だ。見張りの兵も動いているが、そこはシアとセレナの索敵で上手く回避している。ちなみにリリアーナが合流したい人物の筆頭は…雫だった。勇者である光輝との合流でなく、雫を選んだ辺りにリリアーナの評価もわかるというものだ。

 

 が、それは突然起きた。

 

ズドォオオオン!!

 

パキャァアアアン!!!

 

 突如として、砲撃でも受けたのかのような轟音が響き、次いでガラスが砕け散ったような破砕音が夜の王都に響き渡る。その衝撃に近くの窓もガタガタと震える。

 

「わわっ!? なんです、これ!?」

 

「これは…まさかっ!?」

 

 慌てて窓に近寄ったリリアーナが外の空を見上げる。それに付いて来た皆も窓に近寄り、空を見る。

 

「そんな……大結界が、砕かれた…?」

 

 信じられないようなものを見るかのように口元を手で押さえながらリリアーナが呟く。が、さらに轟音が響くと共にさらに空の色が明滅して軋みを上げたような音がする。

 

「第二結界まで……どうして…? こんなに脆くなっているなんて……これではすぐに…」

 

 『大結界』。それは外敵から王都を守る3枚で構成された巨大な魔法障壁のことで、三つのポイントに障壁を展開するアーティファクトがあって、定期的に宮廷魔法師が魔力を注ぐことで間断なく展開維持している王都の守りの要である。その強固さは折り紙付きで、数百年に渡り魔人族の侵攻から王都を守ってきた、戦争が拮抗している理由の一つだ。

 

 その絶対守護とでも言える結界が破られた。それだけでも大事だと言うのに、2枚目の結界も悲鳴を上げている。もはや、ただ事ではない。それを証明するかのように城内のあちこちから明かりが出始めた。

 

『こちら、ティオ。状況の説明が必要かの?』

 

『こちら、忍だ。こりゃあ、ちょいと面倒なことになってんぜ?』

 

 そこへハジメからユエに渡されていた念話石に王都で待機してたティオと忍から連絡が入る。

 

「ん……ティオ、シノブ、お願い」

 

『心得た。王都の南方1キロメートル程の位置に魔人族と魔物達の大軍じゃな。あの時の白竜もおるぞ?』

 

『こちらでもそれは確認してる。あのフリードって野郎の匂いはまだ確認出来てないがな。ともかく、こりゃ王都を奇襲された形になったな』

 

 そんなティオと忍の報告に…

 

「そんな、まさか本当に敵軍が? でも、一体どうやって…」

 

 リリアーナが困惑する中、ユエ達にはなんとなく察しがついていた。『グリューエン大火山』で入手した空間魔法だ。流石に大軍ともなると、ユエでもかなり厳しいが、何らかの補助があればもしかしたら可能かもしれないと…。

 

 そうこうしている内に再びガラスが砕け散る音が響き、第二結界も破壊されたのだとわかる。いよいよもって危険な状況になってきた。

 

「……ここで別れる。あなたは先に行って」

 

「なっ、ここで? 一体何を…?」

 

 ユエの言葉に驚くリリアーナを尻目に、ユエが窓から外に出ようとする。

 

「……白竜使いの魔人族はハジメを傷付けた。泣くまでボコる」

 

「お、怒ってますね、ユエさん…」

 

「シアは? もう忘れた?」

 

「まさか! 泣いて謝ってもボコり続けてやりますぅ~!」

 

 そこにシアも加わり、2人は揃って窓に足を掛ける。

 

「シオンさん、皆さんをお願いします。私とユエさんは調子に乗ってるトカゲとその飼い主を躾けてきます」

 

「……ん、シオン。皆を守ってあげて。邪魔するその他大勢がいたら潰す」

 

 どちらもシオンにこの面子の守りを任せ、後半過激なことを言って今にも飛び出しそうだった。

 

「はい。何があろうと守ってみせます。お嬢様のように、とはいきませんが…全力を尽くさせてもらいます」

 

 シオンの言葉にユエとシアが頷くと、そのまま窓から飛び出していった。

 

「……………………」

 

「ほら、ボサッとしてないで速く行きましょう。確か、あの女剣士のところよね? 匂いが移動してるから、多分この騒ぎに起きて移動してると思うわ」

 

 リリアーナが固まっているのを見てセレナがそう言う。

 

「あ、はい。南雲さん……愛されてますね」

 

「うん。狂的……ううん、強敵なんだ」

 

「香織、死なない程度に頑張ってくださいね。応援してますよ」

 

「ありがとう、リリィ」

 

 セレナに言われ、ハッとしたリリアーナも香織と少し会話する。

 

「では、セレナ。先導をお願いします」

 

「えぇ」

 

 そうして、セレナの先導で、異世界組が緊急時に集まる集合場所へと向かう。その先で悲劇が待っているとも知らずに…。

 

………

……

 

 一方、忍とティオはというと…

 

「(ティオさんは親友の所へ行ってくれ。流石の親友も先生を助けた直後じゃ色々とキツいだろ。首尾よく先生を助けられたとして、教会の連中が邪魔しないとも限らないし)」

 

『うむ。それはいいが、シノブはどうするのじゃ?』

 

「(なに、流石に虐殺を見過ごすほど、外道じゃないんでな。ちょっと大軍相手に喧嘩売ってくる)」

 

『ほっ、流石は化け物コンビの片割れじゃの。よかろう、妾はご主人様の元へ行こう』

 

「(よろしく~)」

 

 そのような会話を念話でしながらティオは神山へと、忍は南方に展開している魔人族と魔物の混成軍に向かった。ただ、その途中…

 

「あれ、ユエさんにシアさん?」

 

「……シノブ」

 

「シノブさんもあのトカゲ使いを絞めに来たんですか?」

 

「いや、怖いこと言うな。それよりアンタら、姫さん達はどうした?」

 

 時計塔の辺りでユエとシアと合流し、忍が眉を顰める。

 

「……それは些事。シオンもいるし、大丈夫」

 

「そうです。あの野郎を殺らないと気が済みません。シオンさんがいるし、大丈夫ですよ」

 

「いや、シオンに丸投げかい。ちょっと心配だが、こっちも厳しいしな…」

 

 忍が少し王宮組が心配になってきたので、そちらに向かうか、このまま大軍に喧嘩を売るかで少し迷っていると…

 

『クェエエエエエ!!!』

 

「あ?」

 

「ん?」

 

「はい?」

 

 そんな雄叫びを上げて3人に迫ってくる黒鷲の魔物がいたが…

 

「バレッテーゼ・フレア」

 

パチンッ!

 

 黒鷲を見もせずに忍が技名と指を鳴らすと同時に迫ってきた黒鷲が紅蓮の焔によって爆散する。黒鷲を爆砕したことで周囲に飛行型の魔物が旋回し始める。見れば、魔物の三分の一には魔人族が乗っているのも確認出来る。

 

「ま、しゃあないか。元々喧嘩売りに来たわけだし、少しは暴れますか」

 

 ギラリと瞳を輝かせると、忍は周囲一帯に紅蓮の焔を内包した球体を無数に配置する。

 

「紅蓮の(ほむら)に抱かれ、焼け落ちろ。バレッテーゼ・フレア・フルレンジ」

 

パチンッ!

 

チュドドドドドドドドドドン!!!

 

 忍が指を鳴らすと共に、その無数の球体が爆ぜ、内包していた紅蓮の焔が夜空一面に広がり、まるで昼間かと錯覚するかのような明るさが支配する。だが、それも一瞬のことで次の瞬間には魔物なり魔人族なりの肉片が周囲に降り注ぐが…

 

「ま、とりあえず初撃としてはこんなもんでしょ」

 

 忍がいい仕事したみたいな感じでいると…

 

「っ! ユエさん! シノブさん!」

 

「ん」

 

「ほいほい」

 

 シアが警戒を発し、全員が時計塔から飛び退いていた。その直後、何もない空間に楕円形の幕が出来、そこから特大の極光が迸り、時計塔の上部とその射線上にあった建物を吹き飛ばしていた。

 

「本命の登場かね?」

 

 忍が匂いを確かめていると…

 

「やはり、予知の類か。忌々しい…」

 

 聞き覚えのある声に忍達の視線が楕円形に注がれると、そこから白竜に乗った赤髪の魔人族、フリードが現れる。その表情は苛立ちに染まっている。どうにも今の不意打ちを回避されたことへのものだろうが…。

 

 白竜がゲートから完全に出てきたところで、黒鷲や灰竜に乗った魔人族が数百単位で忍達を包囲する。次いで地上部隊なのだろうか、王都の外壁を突破していくつかの部隊がこちらに迫ってくる。ここでハジメの仲間たる忍、ユエ、シアを仕留めたいのだろう。

 

「まさか、あの状況で生還しているとは。そちらの男は黒竜から落ち、マグマに沈んだものとばかり思っていたが……特にあの男に垣間見たおぞましい程の生への執着は危険だ。貴様達が今こうして生きているのなら奴も生きているのだろうな…。ならば、まずは確実に奴の仲間である貴様らを仕留めさせてもらう」

 

「ハッ!」

 

 そんなフリードの言葉を鼻で笑った忍に続くようにユエとシアも不敵に返す。

 

「「「殺れるもんなら殺ってみな!(みて)(みてください!)」」」

 

 その言葉が開戦の合図だった。包囲していた魔人族から次々と魔法が放たれていき、さらには白竜から極光も放たれる。

 

「『界穿』」

 

「闇よ」

 

 数の暴力に対し、何の気負った様子もないユエがゲートを二重にして開き、忍もゲートに重ならないように周囲に闇を展開する。

 

「?」

 

 その行為に訝しげな表情をするフリード。あんな風にゲートを開いてもゲートを出た瞬間に直撃するだけだろうと思っていた。だが、それはフリード基準でしかない。相手は魔法チートのユエ。そんな愚策を弄するはずもない。

 

「しまっ!? 回避せよ!!」

 

 その意図に気付いたのはユエ、シア、忍がゲートに飛び込んだ直後にわかり、部下にも警告を発するが、時既に遅し。フリード達の"背後から"極光が襲い掛かり、部下たちが死に絶える。フリード自身は白竜と共に何とか回避していたが…。さらに言えば、魔人族達の魔法や利用した極光は忍の展開した闇に吸い込まれていき、王都への被害を最小限に留めていた。

 

「おのれ! 私に部下を殺させたな!! まさか、同時発動を可能にしていたとは……私はまだ見くびっていたのか!?」

 

 そのように瞳に憤怒を宿しながらも詠唱も陣も出した様子もなかったユエに対し、フリードは些かの畏怖を覚えていた。

 

「フリード様! あそこに!」

 

 部下の1人が外壁の外を指差す。そちらを向けば、忍、ユエ、シアがおり、ユエが右手をフリード達に向けると、指をクイクイッと曲げて挑発していた。

 

ブチッ!!

 

 その挑発にプライドの高い魔人族達はキレる。どの道、侵攻を優先すれば背後から忍達がその猛威を振るうだろうから、フリード達側も相手するしかないのだ。

 

 そうして魔人族が忍達に襲い掛かるが…

 

「マジック・バレット、雷鳴弾」

 

「でりゃああぁぁぁ!!!」

 

「『絶禍』」

 

前衛のシア、後衛のユエ、オールラウンダーの忍の即席連携の前に襲い掛かってきた魔人族の誰もが墜とされていく。

 

「くっ! 私の知らない神代魔法か。総員、聞け! 私は金髪の術師を殺る! 残りは兎人族を全力で殺れ!」

 

「男の方はどうするので?」

 

「遺憾ながら、『奴』に任せる! 行け!!」

 

『ハッ!!』

 

 そうして魔人族側の作戦が決まり、黒鷲に乗る魔人族が竜巻を纏ってシアに突撃し、他の魔人族も続く中、フリードはユエへと向かう。その際、手を大きく掲げていたが…。

 

「ユエさん! シアさん!」

 

 ユエとシアに魔人族がそれぞれ殺到する中、忍がどちらの救援に向かうか一瞬迷っていると…

 

「ッ?!」

 

 言い知れぬ寒気が忍を襲い、瞬間的にその場から神速と空力を用いて退避すると…

 

ゴオオォォォ!!!

 

 銀色の砲撃が忍がさっきまでいた場所に通過する。

 

「ちっ…何の匂いもしなかったぞ? 誰だ?」

 

 そう言って忍が夜空を見上げると、そこには…

 

「初めまして、もう1人のイレギュラー」

 

 白を基調としたドレス甲冑を身に纏い、額、腕、足に金属製の防具を着け、腰から両サイドに金属プレートを吊るした銀髪の女が突きを背にして佇んでいた。その姿はまるで地球の神話に出てくる戦乙女を彷彿とさせるが、どこか人形を思わせる雰囲気があった。

 

「イレギュラー、ねぇ。もう1人ってことは、他にもいるよな。親友のことかい?」

 

「えぇ、今は私の同胞がお相手しています」

 

「そうかい…(ティオさん向かわせといて正解だったな)」

 

 そんなことを考えながら忍は以前考えていたことを思い出す。

 

「(しかし、これであの話が現実味を帯びてきたな。おそらくは駒を見定めたりするためなんだろうな。両陣営に自分の駒を潜ませつつ、色々と報告や洗脳でもしてんだろうな…となると、早期決着が望ましいな。当然、殺すことが前提になるが…)」

 

 忍が思考していると、女は両腕のガントレットが輝き、そこから鍔のない白い2メートルくらいの大剣を2本出現させて両手で構え、背中から一対の翼を広げる。

 

「改めまして、神の使徒『サファリエル』と申します。主の盤上から不要な駒を排除させていただきます」

 

「ハッ」

 

 神の使徒と名乗った女…『サファリエル』が壮絶なプレッシャーを放つが、忍は鼻で笑い…

 

「覇王の前に沈めや。神の駒さんよ」

 

 銀狼と黒狼を抜いて一気に空を駆け上がる。

 

「(どんな能力があるか知らんが、ともかくやってみるか)」

 

 まず手始めに相手の手札を知るべく、忍は神速と空力の組み合わせで空を駆け、サファリエルの眼前へと姿を現し、銀狼を振るう。 それをサファリエルは双大剣の片割れに銀の魔力を纏わせて防ごうとする。

 

「ッ!!」

 

 しかし、忍は何か嫌な予感がしたので銀狼を振るう手を、左手の黒狼を逆手に持ち替えてその柄頭で右腕を弾いて無理矢理自制させ、その勢いのまま回転しながら後方に飛び退いていた。

 

「ふむ、攻撃したかったのでは?」

 

「……直感的にその魔力はマズいと思ってな。何かあるだろ?」

 

「さて、それはどうでしょうか?」

 

 無機質な瞳を向けられながらも忍は目を細めて警戒していた。銀狼と黒狼を鞘に戻すと、今度はアドバンスド・フューラーR/Lを抜く。

 

「(俺は親友ほど多彩な武器も持っちゃいねぇし、銃に関しても一歩先んじられてる。が、身体能力や技能で負けてるとは思ったことがない。確かに親友は歩く武器庫だが、俺には俺の、覇王の力がある。それらをフル活用すりゃ、何とかなるだろ)」

 

 深呼吸一つしながら忍はそのように結論付け…

 

「………………………」

 

 目の前の神の使徒に殺意を向ける。

 

「………………………」

 

 サファリエルもまた無機質な瞳を忍に向ける。

 

バッ!!!

 

 次の瞬間には2人の姿は掻き消えていた。

 

ドゴンッ!!

ズバァッ!!

 

 聞こえてくるのは銃撃と斬撃の音のみ。姿が見えず、音だけが周囲に響き渡る。

 

ギュインッ!!

 

 時折、何か…まるで削られるような音もするが、それを認識する頃には次の銃声と斬撃音が響く。

 

「(心臓部は人と同じか。つか、魔力が全然減ってねぇな…)」

 

 心眼を用いてサファリエルの弱点、というよりも急所を見抜きつつもサファリエルから感じる魔力が変動してないことにも気付く。

 

「(やっぱ、持久戦に持ち込まれると不利か。とは言えど、弾がいくつか"分解"されてたしな。それがあの悪寒の正体と見ていいが…さてはて、どうしたもんか)」

 

 忍はオールラウンダーだが、それでもどちらかと言えばインファイターの質が強い。故に決め技も近接戦に比重を置いたものが多い。まぁ、中・遠距離用の技もなくはないが、決定打に欠ける部分があると自己分析している。

 

 そんな風に思考を巡らせる合間も神速と空力を用いた超高速移動を行っていた。幸い、と言っていいのか、サファリエルは忍の神速に対応出来ていないように見える。その証拠にサファリエルの斬撃は空を斬っているのだから。

 

「(だが、親友の所にも他の使徒が行っているような口振りだったしな。それにシオンがいるとは言え、姫さん達のとこも心配だしな…………よし、俺は目の前のこいつを殺って、王宮に行ってみるか)」

 

 そう決めると、忍は…

 

「ヴァリアブル・バレット!」

 

 サファリエルにではなく、明後日の方向に銃弾を撒き散らす。

 

「もう手札が尽きましたか?」

 

「さ~て、そいつはどうかな?」

 

 サファリエルが忍に無機質な視線を送るが、忍はどこ吹く風という感じに流す。

 

 すると…

 

シュッ!!

 

「?」

 

 サファリエルの頬に何かが掠るが、それは決して一つにあらず…

 

キキキキキキキキンッ!!

 

「っ!?」

 

 けたたましい音を響かせ、サファリエルの周囲の空間を包囲する、その正体は…

 

「跳弾による包囲網だ。ついでに結界で覆わせてもらった」

 

 獄帝の監獄による結界と、その中で跳弾させ続けている合計24発の弾丸である。跳弾させ続けている、というのは比喩だ。実際は結界内に閉じ込めた時点でランダム性の高い跳弾が中にいるサファリエルをあらゆる地点から襲い掛かる仕様だ。しかも結界内には金剛の集中強化で補強しているのでレールガン仕様の弾丸にも耐えられる。

 

「くっ…!?」

 

 前後上下左右と死角、あらゆる地点に跳弾して襲い掛かる弾丸をサファリエルは翼で自身を包み込むが如き防御態勢で凌ぐ。

 

 それを見て忍は次の仕込みに移ろうとするも…

 

ゴオオォォォ!!

 

 サファリエルを中心に銀色の光が爆発する。

 

「ちっ、やっぱそう上手くはいかんか」

 

 舌打ちしながらも神速で後退しようとするが…

 

「逃がしませんよ」

 

 体に銀色の魔力を纏い、威圧感すらも跳ね上がったサファリエルは忍の神速に追いつく。

 

「なっ!?」

 

 そのことに驚きながらも咄嗟に金剛の集中強化を発動し、アドバンスド・フューラーR/Lの表面にコーティングすると、振り下ろされた双大剣を受け流す。

 

「(限界突破、か? このままじゃマジでジリ貧になる!)」

 

 弾丸を装填するのも時間が惜しいと感じ、アドバンスド・フューラーをホルスターに収めると…

 

「(仕方ねぇ。使ってみるか…)」

 

 忍は新たに得た覇王『真祖』の力を試すついでに把握することにした。

 

「ふんっ!!」

 

 忍もまた限界突破を発動し、『怪力』及び金剛の集中強化を拳に施すと、空力で空を蹴ってサファリエルへと殴り掛かる。

 

「万策尽きましたか。その程度の拳で何ができ…"ビキッ!!"…っ!?」

 

 忍の無謀な特攻を双大剣の片割れで防ぐが、忍の拳が入った瞬間、その大剣に罅が入り、サファリエルの眼が大きく見開かれる。

 

「そんな野蛮な戦法で、私の剣を…!」

 

「ハッ! 野蛮で結構! どんな手を使おうが、勝ちゃいいんだからな!!」

 

 そう言いながらサファリエルはもう片方の大剣で、忍の真横から斬りかかる。

 

「ふんぬっ!!」

 

 それを左腕と金剛で防ぐも、いくばくか大剣の刃が腕に沈み、血を流す。

 

「ッ!!」

 

 しかし、そんなことは構わないとばかりに右拳に衝撃変換も加味させて大剣を折りに掛かる。

 

「くっ、調子に…っ!?」

 

 左腕に食い込んだ大剣が超速再生によって縫い留められてり、抜けなくなっていた。しかも血は流れ続けていて大剣の刀身を伝ってサファリエルの右手を汚す。

 

「この、いい加減に…!!」

 

 いよいよ苛立ってきたのか、サファリエルの表情が無機質でなくなってきた。

 

「ハッ! 随分と人間らしい表情になったな?」

 

「黙りなさい!!」

 

 そう言いながらサファリエルは大剣を抜くのをやめて、左腕を切断するように力を込める。

 

「(やるなら、今か?)鮮血のブラッディ・フィアー!!」

 

「? 何を言って…」

 

 忍が技名を叫ぶと、突如としてサファリエルの右手を汚していた忍の"血"が蠢き、小さな槍状となって至近距離からサファリエルの肉体を射抜く。

 

「がぁあ!?!?」

 

「(勝機はここか!!)」

 

 サファリエルの体が大きく揺らいだのを見て、忍は左腕を犠牲にしてさらに一歩前に出ていき、右拳をサファリエルの心臓の位置へと押し当て…

 

「『猛牙撃墜衝(もうがげきついしょう)終焔(しゅうえん)』ッ!!!!」

 

 紅蓮の焔を纏わせ、ありったけの魔力を込めた一撃を押し込んでいた。

 

「-----ッ!?!!??!」

 

 サファリエルの心臓部を貫き、忍の右腕がサファリエルの肉体を貫通する。サファリエルの瞳から光が失われていき、それと同時に肉体が紅蓮の業火に焼かれていく。

 

「--------」

 

「………………………」

 

 サファリエルが完全に沈黙したのを確認し、右腕を引っこ抜くとサファリエルだったモノが地に落ち、忍も地上に降りる。そして、大剣の刀身に変な風にくっついてる左腕を回収し、元の腕にくっつける。

 

「完全に化け物の行動やん。痛覚遮断とかないから滅茶苦茶痛いし!!」

 

 自分の行動にセルフツッコミを入れつつも、落ちたサファリエルだったモノを尻目に王宮へと向かおうとした時…

 

ズドォオオオオオオオオオオンッッッ!!!!!

 

 神山から物凄い爆発音が響き渡り、見ればキノコ雲が発生していた。

 

「……………………親友。お前、何やったん?」

 

 神山にいるだろうハジメに向かい、そのようなことを呟いていた。



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第四十二話『裏切りの爪痕と、王都での話し合い』

 神山での大爆発を見た忍は…

 

「ともかく、王宮に向かうか。なんだかんだでユエさんとシアさんからも離されちまったし…」

 

 大爆発のことは後でハジメに尋ねることにして王宮方面へと駆け出していた。

 

「なんだろうな…妙な胸騒ぎと嫌な予感がするぜ…」

 

 左腕の感触を確かめながら神速で駆け出す。

 

………

……

 

 時は少し巻き戻る。

 

 異世界組との合流のために集合場所へと向かっていたリリアーナ達は…

 

「…………この先なのよね?」

 

 訝しげそうにセレナが尋ねる。

 

「はい。緊急時はこの先に集合する手筈になっています」

 

「……………………」

 

 それを聞いてセレナが押し黙る。

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、何か…この先から"死臭"がするのよ。1人じゃなくて、大勢の…」

 

 シオンがそんなセレナに尋ねると、セレナがそう返していた。

 

「し、"死臭"?」

 

「死んだ、臭い…?」

 

 それを聞き、リリアーナと香織の顔が青ざめていき…

 

「もしかして、雫ちゃん達の身に何か!?」

 

「あ、香織!? 待ってください!」

 

 そう言って香織が先行し、リリアーナもそれを追う。

 

「ちょっ、待ちなさいよ!」

 

「セレナとファルは到着したらすぐに物陰に隠れててください」

 

「…………………わかったわ」

 

 そうしてシオンを先頭に香織とリリアーナを追い掛けた先で見たのは…

 

「香織ぃぃいいい!!」

 

 雫の悲痛な叫び声と、檜山 大介に背後から剣で胸を貫かれた香織の姿があった。

 

「「「っ!?」」」

 

 その光景にセレナ達も固まってしまう。

 

「ッ!! お前らぁぁぁ!!!」

 

 さらに騎士達に拘束されている光輝が何やら怒髪天を衝くような怒りの絶叫を上げていた。

 

「-----ここ、に……せいぼ、は……ほほ、えむ……『せい、てん』…」 

 

 だが、香織は大介に刺されているというのに、回復魔法を実行してみせた。回復の波紋は広場に広がり、香織にも効果を発揮したが、大介が半狂乱の状態で傷を抉るので完治はしなかった。しかも香織が受けたのは致命傷。死が…やってこようとしていた。

 

「貴様ら!! そこを退け!!!」

 

 その香織の姿に感銘でも受けたのか、シオンが咆哮を上げて騎士達を吹き飛ばす。その瞳は竜のモノへと変化しており、威圧感が半端ない。

 

「わっぷ、なに、この感じ?」

 

 シオンの威圧感に『中村 恵里』が微妙な表情をする。

 

「私がいながら…彼女達を先行させた挙句、死を迎えさせるなど…!!」

 

 そして、シオンはわなわなと震えながら、ゆらゆらと歩き出す。

 

「お嬢様…申し訳ありません。シオンは……自分が許せそうにありません…!!!」

 

 "守る"と言いながら守れなかったことへの責任と、自分自身への怒りと苛立ちを、感情のまま解放させようとした時だ。

 

「……一体、何がどうなってやがる?」

 

「……これは…!?」

 

 それぞれ神の使徒を倒してきたハジメと忍…化け物コンビが登場したのだ。

 

「………………………」

 

 一瞬、目を細めたハジメだったが…

 

ドガァアアンッ!!

 

 一瞬で消えたかと思えば、大介を吹き飛ばして香織の容態を診ていた。

 

「ティオ!」

 

「っ、わかったのじゃ!」

 

「し、白崎さん!」

 

 ハジメがティオに香織を託すと、周囲の騎士達を睥睨した。あと、ついでに愛子の救出もしっかり出来ているようだった。そして、ティオはシオンに少し心配そうな眼差しを向けるが、それよりも香織を優先したようで何やら詠唱を開始する。

 

「アハハ、無駄だよ。もう既に死んじゃってるしぃ。まさか、君達がここに来てるなんて……いや、香織が来てる時点で気付くべきだったかな? でも、まぁ…うん。檜山はもうダメみたいだし、南雲にあげるよ? 僕と敵対しないなら、魔法で香織を生き返らせてあげる。まぁ、疑似的に、だけどね。ずっと綺麗なままだし、腐るよりいいよね? ね?」

 

「中村…お前、何を言って…」

 

 恵里の言葉に忍がハジメの様子を気にしつつも意味が分からないという言葉を漏らす。

 

「紅神は黙ってなよ。僕は今、南雲に話してるんだからさぁ」

 

「(こいつ、こんな奴だったか?)」

 

 記憶にある『中村 恵里』という人物と今目の前にいる人物が重ならないのか、忍が周囲の匂いを改めて確認する。

 

「来る途中からわかってたが…やっぱり、死臭が濃い。まさかと思うが、お前…」

 

 恵里の天職を思い出しながら忍が最悪の図式を考えていると…

 

「忍。そんなことはどうだっていい」

 

「親友…」

 

 圧倒的な殺意を撒き散らしながら、ハジメが恵理に向かって歩いていく。

 

「わかっていることは、こいつが"敵"ってことだけだ」

 

「ま、待て。待つんだ、南雲。ほら、周りの人達を見て? 生きているのと変わらないと思わない? 死んでしまったものは仕方ないんだし、せめて彼等のようにしたいと思うよね? しかも、香織を好きなように出来るんだよ? それには僕が必要で…」

 

「………………………」

 

 後退りながら必死に言い募る恵里に対し、無言のハジメ。

 

「(ありゃガチでキレてるな…)」

 

 それを見て忍はハジメがキレてることを察する。

 

 そんなハジメの背後に『近藤 礼一』が迫る。礼一は既に恵理によって他の騎士と同様、傀儡となっているのでもう死している訳だが、ついさっき来たばかりのハジメ達にはそれがわからない。が、ハジメの答えは一つ。

 

ドグシャ!!

 

 『敵対する者は殺す』。それは死して操られている者も例外ではなく、礼一の攻撃を金剛で防ぎながら義手の左肘を礼一の頭部に向け、ショットガンを発射したのだ。見るも無残な肉塊となり、地に伏せる。

 

「っ!? や、殺れ!!」

 

 その光景に恵里は他の騎士とメルド団長を差し向ける。が…

 

「………………………」

 

 ハジメは無言のままメツィライを取り出すと、それを構えた。

 

「みんな! 伏せなさい!!」

 

 雫の絶叫に龍太郎や重吾などが立ち尽くしているクラスメイト達に覆い被さるようにして引きずり倒す。忍は巫女達の元へと移動し、シオンを抱き寄せて結界を何重にも張る。

 

 直後…

 

ドゥルルルルル!!!

 

 メツィライの咆哮が轟き、メルド団長を含めた傀儡騎士達を原形を留めないほどの肉塊へと変えていく。

 

 やがて、メツィライの咆哮が止むと、ハジメは再び恵里の元へと歩み、伏せている恵里の眼前に立って一言告げた。

 

「で?」

 

 それはすなわち『お前如きに何が出来るんだ?』という問いに他ならなかった。

 

「っ…」

 

 それを理解した恵里はギリッと歯を食いしばり、唇の端から血を流す。そして、感情のままハジメに呪詛の言葉でも言ってやろうとした時には、ハジメの方が早くドンナーの銃口を恵里の額に押し付けていた。

 

「……テメェの気持ちだの動機だの、そんなくだらないことを聞いてやる気はないんだよ。他にもう何もないのなら……死ね」

 

 ハジメが恵里を睥睨したまま引き金に指を掛ける。が、その瞬間、ハジメに向かって白熱化した火炎弾が飛来する。

 

「親友!」

 

 忍が飛び出そうとするのをハジメは視線で制した。そして、ドンナーで火炎弾の核を撃ち抜いて無力化した。

 

「なぁぐぅもぉおおお!!!」

 

 霧散した火炎弾の向こうから大介が、醜い形相でハジメに向かってきた。

 

「うるせぇよ」

 

ドゴンッ!!

 

 向かってきた大介にヤクザキックをかまし、その衝撃で宙に浮かす。そこからさらに踵落としを決めると、バウンドした大介の首を掴んで宙吊りにする。そこで大介は何かハジメに言っていたが、それを意に介することなく、ハジメは何かに気付く。それは忍も匂いでわかっており、ハジメが何をするのか何となく察した。

 

 そして、ハジメは…大介にもう一、二撃与えると、魔物が群がってきたところへと吹っ飛ばす。そこで大介がどうなろうと知ったことではない。これは復讐。奈落へ叩き落とされたことに対してのではない。香織を傷つけたことへの、だ。それをハジメ自身が自覚しているかはともかくとして…。

 

「(ある意味、良い傾向…と言っていいんだか、どうなんだか…)」

 

 忍はそんなハジメの心情を察してか、そのようなことを考えていた。

 

 その直後…

 

ズドォオオオオオオオオ!!!

 

「ちっ…」

 

 またも奇襲の極光が降り注ぎ、それをハジメは舌打ち気味に回避する。

 

「おい、忍!」

 

「悪ぃ。死臭やら血の匂いが強くて索敵が遅れた。つか、半分は親友のせいだかんな?」

 

 忍がそのようにハジメに返していると…

 

「……そこまでだ。白髪の少年と、神速の少年よ。大切な同胞と王都の民達をこれ以上失いたくなければ大人しくしていることだ」

 

 何やら半分くらい負傷しているフリードが白竜に騎乗したまま降りてきた。

 

「お~お~、ユエさんに手酷くやられてんなぁ~」

 

「あ? どういうことだ? そういや、ユエとシアがいないのはそのせいか?」

 

「ハッハッハッ、それは後で説明するわ」

 

 化け物コンビの平常運転を受け、フリードは眉をピクピクさせていた。その間にも魔物達が周囲を取り囲んでおり、異世界組やティオ達を狙っているようだ。

 

 と、その時…

 

「ご主人様よ! どうにか固定は出来たのじゃ! しかし、これ以上は……ユエの助力が必要じゃ。半端な固定では、いずれ…」

 

 ティオの言葉を受け、ハジメも頭だけ振り返って力強く頷く。それを聞き、異世界組は首を傾げていたが、忍やフリードといった神代魔法の使い手達は察した。

 

「ほぉ? 新たな神代魔法か。もしや、『神山』の? ならば、場所を教えるがいい。逆らえば、きさ…『ドパンッ!!』…ッ!?」

 

 どうにも人質を取って気が大きくなったような態度のフリードに向けて問答無用でドンナーを発砲する。咄嗟のことだったが、亀型魔物の結界で弾は半ばで止まり、その行動にフリードは眼を険しくして包囲網を狭める。

 

「どういうつもりだ? 同胞の命が惜しくはないのか? お前達が抵抗すればするほどに王都の民は傷付いていくのだぞ? それとも、それが理解できない程に愚かなのか? 外壁の外には10万もの魔物。そして、ゲートの向こう側にも100万もの魔物が控えている。お前達がいくら強かろうとこの物量の前には…」

 

 フリードが何か宣っているが、ハジメがフリードから視線を外して宝物庫から拳大の感応石を取り出して操作し始める。それに嫌な予感を覚えたフリードは白竜に命じて極光を放とうとするが…。

 

「親友の邪魔はさせんぜ?」

 

 そう言いながら忍がさっき複製しておいた極光を放って白竜の横っ腹に直撃させる。

 

『クルァアア!!?』

 

「くっ…」

 

 フリードと白竜がよろめくと共に、それは起きた。

 

 夜天の空から降り注ぐ断罪の光。

 

 とでも表現するかのような膨大な光が王都外壁の外にいた10万もの魔物や魔人族を皆平等に一瞬で蒸発させていき、凄絶な衝撃と熱波を周囲に撒き散らす。

 

「--------」

 

 その様子にフリードは絶句する。

 

「愚かなのはお前だ、ド阿呆。俺がいつ、どこで、王国やらこいつらの味方だと言ったよ? テメェの物差しで勝手にカテゴライズしてんじゃねぇよ。戦争したけりゃ、勝手にしてろ。但し、俺等の邪魔をするなら、今みたいに全てを消し飛ばす。まぁ、100万もいちいち相手しれられねぇし、やらなきゃならないこともあるからな。今回だけは見逃してやる。さっさと残りを引き連れて失せろ。お前の地位なら出来るだろ?」

 

「まぁ、確かにこっちはこっちでやること多いし? 構ってやれるほど暇でもないか。ほら、さっさと撤退でも何でもしてくれよ。それとも、ここでその100万って魔物も失うかい?」

 

 不遜な態度で見逃されるという事態にフリードの眼は明らかな憎悪と憤怒が宿っていたが、ここで退かねばまたさっきの攻撃が来ると思ったのか…。

 

「(ギリッ!)…この借りは必ず返す! 貴様達だけは、我が神の名に懸けて、必ず滅ぼす!!」

 

 そう言ってからフリードは恵里に視線を向け、恵理もそれに従い、白竜へと乗る。だが、恵里の眼は妄執と狂気に彩られていた。そうしてフリードと恵里を乗せた白竜はゲートの奥へと消え去った。

 

 また、それと入れ違うように…

 

「……ハジメ。あいつは?」

 

「ハジメさん! あいつはどこです?」

 

 ユエとシアがやってきた。しかしながらそんな些事に費やす時間などないとばかりに香織が死んだことを伝えた。2人共、最初は動揺していたが、ハジメの確固たる眼を見て何か解決策があるのだと理解し、気持ちを持ち直す。そして、ユエ達が香織の元へ行くのを見て雫がハジメに声を掛ける。その様子は折れかける一歩手前といったところだ。ハジメが雫を説得し、神水を渡したのを見て忍達もハジメ達を追う。

 

………

……

 

 それから5日が経った。様々なこと(恵里による王国重鎮の殺害や聖教教会からの音沙汰なし、大規模転移陣の発見と破壊、大介の遺体発見など)が判明しつつも、王都の復興作業は続いていく。異世界組も療養もあったが、動ける者は復興作業を手伝っていた。しかし、それでも恵里の裏切りや大介と礼一の死が重なり、全体的な空気は重かった。

 

そんな中、王国騎士団の再編成のために練兵場にて各隊の隊長格選抜を行っており、光輝や雫といった面子も模擬戦の相手をしていた。動いていた方が色々と気が紛れるのだろう。

 

 そんな時だった。空から黒い点が降ってきたのは…。

 

ズドォオンッ!!

 

 まるで墜落でもしたかのような着地を決め、砂埃がもうもうと舞う中、練兵場の中央に降ってきた影がハッキリ見えてきた。その影は…ハジメ、ユエ、シア、ティオ、セレナを抱えた忍、ファルを抱えたシオンだった。

 

「南雲君!」

 

 それを見て真っ先に駆け寄ったのは雫だ。

 

「よぉ、八重樫。ちゃんと生きてるな」

 

「南雲君。香織は? どうして、香織がいないの?」

 

「あ~、それだけどな。もうすぐ来るぞ? ただまぁ…見た目が少~し変わってるが、気にしないでくれ。いや、気にしてもいいが、断じて俺のせいじゃない。それだけは言っておく」

 

「え? ちょっと待って。なに? それはどういうことなのかしら? 物凄く不安なのだけれど……紅神君。説明して」

 

 ハジメの曖昧な言葉に雫の視線が事情を知ってそうな忍を射抜く。

 

「そこで俺に振るの!? いやぁ~、何と言いますか。白崎さんって、その…結構頑固者なんだね?」

 

「それはよく知ってるけど…どういうことなのか、もっと具体的に…」

 

 それにギョッとしながら忍もまた曖昧な答えを言い、雫がいよいよハジメの贈った黒刀に手を掛けようとした時…。

 

「きゃああああ!!? ハジメく~ん! 受け止めてぇぇぇ!?」

 

 新たに落下する物体が現れる。その物体は全体的に"銀"であり、ハジメに向かって落下していた。しかし、そこは鬼畜なハジメさん。落下してきた人物を受け止める素振りすら見せず、ひょいっと避けてしまう。

 

「え?」

 

 その人物は目を丸くしながら地面に激突し、新たな砂埃を発生させる。その砂埃が消えると、そこには銀髪碧眼の美女がいた。それは忍と戦ったサファリエルと瓜二つのような、芸術品のよな美貌を持った美女だった。その姿を見た愛子とリリアーナが警戒の声を上げる。

 

「なっ、何故あなたが…!?」

 

「皆さん、離れてください! 彼女が愛子さんを誘拐し、恵里に手を貸していた危険人物です!」

 

 その言葉にハジメ達一行以外の異世界組や騎士達が殺気立って女を警戒する。

 

「ま、待って待って! 雫ちゃん! 私、私だよ!」

 

「?」

 

 女の気安い態度に訝しげな表情を見せる雫。

 

「どっかの詐欺師みたいだな…」

 

「親友、それは言わぬが花だろうよ?」

 

 女は後ろのハジメを"キッ!"と睨むが、ハジメはすぐさまそっぽを向く。そんな様子に忍はやれやれといった風に肩を竦める。一方の雫は、目の前の女の何気ない動作に己の親友を幻視していた。

 

「……香織…?」

 

 居合いの構えをしていた雫だが、疑問を抱きながらも目の前の女をそう呼ぶ。その言葉に女は怜悧な顔を"パァ!"と輝かせて頷いていた。

 

「うん! そうだよ、香織だよ。雫ちゃんの親友の白崎 香織。見た目は変わったけど、ちゃんと生きてるよ!」

 

「……か、おり…香織ぃ!」

 

 それがわかった途端、雫が女…香織に抱き着いて大泣きするという一幕があった。

 

 

 

 その後、散々泣いた雫を含めた異世界組(生き残っているクラスメイト全員と愛子)とリリアーナ、ハジメ達一行は場所を変えて話し合うこととなった。場所は普段光輝達が食事処として使用している大部屋だ。

 

「それで、一体これはどういうことなの?」

 

 公然と泣いたことへの羞恥を隠したいのか、雫が顔を背けてハジメに尋ねる。

 

「そうだな。端的に言えば、魔法で香織の魂魄を保護し、俺と戦った『ノイント』っつう『神の使徒』とかいう人形の残骸を修復して香織の魂を定着させたんだよ」

 

「ハッハッハッ、親友。説明する気ねぇな」

 

「………………………」

 

 ハジメの説明になってない説明と、笑う忍に雫がジト目を向ける。まぁ、他にも呆れたような微妙な視線もちらほらあるが、気にしてたらキリがないので無視してる。

 

「えっとね、雫ちゃん。私達が使ってる魔法が神代と呼ばれる時代の魔法の劣化版だってことは知ってるよね?」

 

 見兼ねた香織が雫にそう切り出すと…

 

「えぇ、この世界の歴史なら少し勉強したもの。この世界の創世神話に出て来たものでしょ? 今の属性魔法とは異なって、もっと根本的な理に作用す……待って? もしかして、そういうこと? 南雲君達はその神代魔法を持っていて、それは人の魂に干渉できる力なの? だから、死んだはずの香織の魂を保護して、別の体に定着させたのね?」

 

「そう! 流石は雫ちゃんだね!」

 

 なんと、すぐに正解に行き着いてしまった。

 

「わぉ、凄ぇ理解力」

 

「そうだな…」

 

 雫の頭の回転の速さに素直に感心するハジメと驚く忍だった。それから雫は香織の元の体についても聞いたが、それは香織から直に説明していた。曰く『ハジメの隣に立つなら、人の身を捨ててでも強くなりたい』と…だからこそ元の体に戻らず、神の使徒の体に定着したのだと。それを聞いたハジメ達も困惑して説得も試みたが、香織は頑固として譲らなかったのだ。

 

「……なるほどね。はぁ…香織、あなたって昔から突拍子もないことをしでかすことがあったけど、今回は群を抜いてるわね」

 

「えへへ、心配かけてごめんね。雫ちゃん」

 

「……いいわよ。生きていてくれただけでも…」

 

 雫の表情は心底安堵したものだったが、すぐさま真剣な表情に切り替えると深々とハジメ達に頭を下げていた。

 

「南雲君、ユエさん、シアさん、ティオさん、紅神君、セレナさん、シオンさん、ファルさん。私の親友を救ってくれてありがとうございました。借りが増える一方で、返せる当てもないけれど……この恩は一生忘れない。私にできることがあるなら、何でも言ってちょうだい。全力で応えてみせるから」

 

「……相変わらず律儀な奴だな。気にするなよ。俺達は俺達の仲間を救っただけに過ぎないからな」

 

 手をひらひらさせながら軽く答えるハジメに、雫は少し唇を尖らせる。

 

「……その割には、私のことも気遣ってくれたし、光輝のために秘薬もくれたわよね?」

 

「ハッハッハッ、俺の親友は照れ屋だからな。素直になれねぇんだよ」

 

「誰が照れ屋だ、誰が……どこかの先生曰く『寂しい生き方』をするなと言われただけだ。それを守ったに過ぎねぇよ」

 

「! 南雲君…」

 

 ここまでハジメ達と雫の話を黙って聞いていた愛子が感無量といった表情且つ潤んだ瞳でハジメを見つめる。が、その見つめ方は妙に熱っぽい。他の生徒達は誤魔化せても、ユエ達と雫には見抜かれている。その様子を見てた香織も驚いてユエ達と雫を見る。ユエ達側は鋭い視線で頷き、雫は目を逸らして天を仰いだ。

 

「(親友も罪な男になってまぁ…)ハッハッハッ。そういや、どうして愛ちゃん先生は誘拐なんぞされたんだ?」

 

 この妙な雰囲気の中、忍が軽快な笑いと共に話題を転換する。

 

「そういえば、あの日…何か話があるとか言ってましたよね?」

 

「あ、はい。実は、南雲君や紅神君から聞いたのですが…」

 

「2人から…?」

 

「(あれ、藪蛇だった?)」

 

 話題転換には成功したものの、忍は"失敗したか?"と思い直したが、今更感や"いずれは知ることだし、まいっか"と半ば傍観者気取りで愛子の語る、というかハジメと一緒に教えた狂った神に関する話に耳を傾けた。

 

 愛子が話し終わった後…。

 

「なんだよ、それ。じゃあ、何か? 俺達は神様の掌の上で踊らされていたっていうのか? なら、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ!? オルクスで再会した時に伝えることも出来ただろう!?」

 

 真っ先に声を荒げたの光輝だった。その眼は2人を批難するようなものだった。

 

「「………………………」」

 

 ある意味、ハジメと忍にとっては予想通りの反応に黙秘を貫く。見向きもしない2人の態度に、光輝が"ガタッ!"と音を立てて椅子から立ち上がり、吠える。

 

「何とか言ったらどうなんだ!! お前達が、もっと早く教えてくれていれば…!!!」

 

「ちょっと、光輝!」

 

 諫める雫の言葉も聞かず、さらに何かを言い募ろうとした時だ。

 

「仮に言ってたとして、だ。ヒーロー、お前に何が出来た?」

 

 まるで光輝には何も出来ないような言い草に視線が忍に集中する。

 

「なんだと…?」

 

「なぁ、ヒーロー。俺、オルクスで再会した時に言ったよな? お前が安請け合いした戦争参加で、俺達も人殺しの片棒を担ぐことになったんだって…それから、何か行動でも起こしたのかよ?」

 

「そ、それは…」

 

「なんだ。結局は言われるがままに『勇者』でもしてたのか? そんなんだから言う必要性が見つからないんだよ。第一、俺達があの時、この話をしてお前さんは信じたのかい? 他の連中にしてもそうだ。この話を俺達から聞いて、信じたか?」

 

 その問いに大多数の生徒達が目を逸らした。つまりはそういうことだ。恐らくは気が触れたとか、そんな感じで誰も信じなかっただろう。だからこそ、愛子には話していたのだが…。

 

「だ、だけど…何度もきちんと説明してくれれば…」

 

「説得する時間が惜しい」

 

「アホか。誰がそんなことに時間を費やすか。それだったらとっとと迷宮探索に行った方がいい。まさかとは思うが、クラスメイトだから協力するのは当たり前、とかほざくなよ?」

 

「そもそも、俺はクラスメイトじゃないしな」

 

 光輝の言葉にハジメと忍は永久凍土のような視線を向ける。それに一瞬怯んだものの、光輝は未だに厳しい視線を2人に向けている。

 

「でも、これから一緒に神と戦うのなら…」

 

「はぁ?」

 

「人の話、聞いてたか? 向こうから来るなら当然殺すが、こっちから探し回すなんて論外だ。俺達は大迷宮を探索して、日本に帰る」

 

 "こいつ、何言ってんだ?"的な視線を向けながら話すハジメと、それに相槌を打つ忍を見て光輝の目が見開く。

 

「なっ、まさか!? この世界の人達がどうなってもいいっていうのか!? 神をどうにかしないと、これからも人々は弄び続けられるんだぞ!? それでもいいのか!?」

 

「顔も知らない誰かのために振るえる力は持ち合わせちゃいないな…」

 

「右に同じく。そういうことはヒーローの仕事だろ?」

 

「なんで…なんでだよ! お前達は俺よりも強いじゃないか! それだけの力があるのなら、何だって出来るだろ!? 力があるなら…正しいことのために使うべきじゃないのか!!」

 

 あまりにもハジメと忍が無関心なのに腹を立てて光輝が吠える。確かに、光輝の言葉は正義感溢れる素晴らしいものに聞こえる。が、そんな"軽い言葉"では、ハジメにも忍にも届かない。だからこそ、忍は許せなかった。

 

「黙れよ…」

 

 忍がそう発したと同時に部屋中に怒気を含んだ覇気が撒き散らされる。

 

『ッ!?』

 

 その場にいたハジメ達を除く全員が息を呑み、気絶しない程度の覇気を発しながら忍が言葉を紡ぐ。

 

「テメェらに指図される謂われはない。そもそも無能だのと言って親友を馬鹿にし、助けもしなかっただろ? 俺の目が届かなった時に誰か親友を助けようとしたのか? ヒーロー。親友を仲間だと囀るのなら何故手を差し伸べなかった? 無能だからか? それとも別の理由でもあったか? まぁ、親友がお前の手を取るとも限らないがな。でもな、オルクス初挑戦の時、親友は皆のために撤退を推奨し、ベヒモスにも1人で勇敢にも立ち向かったんだ。だが、それは起きた。檜山による親友の殺害未遂。あの時、俺は奈落に落ちる中で確かに見た。檜山が薄ら笑いを浮かべているのをな。それを事故で片付けたのは? 教会か? それとも仲間内の空気か? まぁ、どちらにせよ、俺達が死んだっていう事実が残ったわけだ。実際は生きてたわけだが…その間に俺達がどれだけ苦しんだと思ってる? 特に親友の味わった苦しみなんてな…」

 

「忍。もういい。お前が怒ってくれるのは嬉しいが、そこまでだ。言ったところでもうどうしようもない」

 

 ヒートアップしてきた忍の肩をハジメが掴んで制止させる。忍の方も少し熱くなり過ぎたか、と反省して覇気を収める。

 

「天之河。お前は"力があるなら"と言ったが、俺の考えは違う。力は、いつだって明確な意志の下、振るわれるべきだと考えている。力があるから何かを為すんじゃない。何かを為したいから力を求め使うんだ。"力がある"から意志に関係なくやらなきゃならないってんなら、それはもう"呪い"だろうな。お前はその意志が薄弱すぎるんだ。だから肝心なところでいつも這いつくばることになるんだよ」

 

「なっ…」

 

 ハジメの言葉に光輝は二の句が出てこなかった。他の生徒達も忍の言ったこともあってか、ハジメと忍に視線を向けられなかった。

 

「……やはり、残ってはもらえないのでしょうか? せめて、王都の防衛体制が整うまでは滞在してほしいのですが…」

 

 そんな重苦しい空気の中、リリアーナがそう願い出ていた。

 

「悪いな、姫さん。神の使徒と本格的に事を構えた以上、先を急ぐ必要があるんでな。香織の蘇生にも5日使っちまったしな。明日には出発したいと考えている」

 

 しかし、ハジメがそう言うと…

 

「ハッハッハッ、親友。大結界くらいは直してってもいいんじゃね? ミュウちゃんの事もイルワ支部長に報告しないとだしな」

 

 調子の戻った忍が間を取り持っていた。

 

「…………そうだったな。わかったよ。もう1日だけ滞在してやるよ」

 

「南雲さん! ありがとうございます!」

 

 忍の言葉もあったが、香織、雫、愛子の無言の視線を送っていたというのもあったりする。"パァ!"と表情を輝かせたリリアーナと、同じく笑みを浮かべる3人を見て苦笑するハジメだった。

 

 その後、ハジメ達一行がそのまま東のハルツィナ樹海へと向かうことを聞き、リリアーナが同行を願い出た。帝国領を通るなら、ついでに送ってほしいと。曰く『直接乗りこんで話した方が早い』とのことだ。

 

 さらに光輝、雫、『谷口 鈴』の懇願によって一回だけ大迷宮攻略に同行することを許可していた。忍は心底嫌そうな顔をしていたが、ハジメが何の意味もなく同行を許可するはずもないと考え、気持ちを切り替えて我慢することにした。

 

 こうして、ちょっと賑やかになりつつもハジメ達は動き出す。故郷に帰るため、その決意を胸に秘めて…。



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第四十三話『王都での一日』

 現在、王都は喧騒に満ちていた。5日前の魔人族襲撃という事態に、誰もが困惑していた。中には親しい者を亡くしたために悲しみに暮れたりもしているが、復興に向けて歯を食いしばって頑張る者の方が多く見える印象だ。そうした"人の強さ"は、何事にも代えがたいものなのだろう。

 

 そんな王都のメインストリートを歩く5人分の影があった。

 

「ハッハッハッ。しっかし、親友、大人買いしたな」

 

「モグモグ…ゴックン。もうやらんぞ?」

 

「いやいや、もういいって」

 

 大人買いしたホットドックもどきを頬張るハジメに忍は呆れたように肩を竦める。ちなみにハジメの横にはユエと雫が歩いており、忍の右隣にはシオンが歩いていた。シアやセレナといった亜人族組は王宮でお留守番だ。魔人族の急襲があって、王都内がピリピリしていて人間族以外に敏感なので自重してもらっている。ティオは連日の魔法行使で魔力消費が著しかったので休息中、香織もなんだかんだであの見た目なので待機、ファルは色々と考え中、そして残りの愛子達はリリアーナのお手伝いをしていたりする。

 

「結局、ギルド本部には何しに行くの?」

 

 雫は大結界修復のための案内人であるが、その前にハジメが王都にあるギルド本部に行くと言い出したので、それに付き合う形となったわけだ。

 

「ん? あぁ、それは依頼完了のことを伝言してもらえるかなと思ってな。事が事だから直接の方がいいんだろうが…ま、これから樹海行くのにフューレン経由するのはめんどいし……だったら、本部に行って伝言を頼む方がいいかなって。報告に関しても上手く対応してくれると思ってな」

 

「報告って……あ、もしかしてあのミュウって子のこと? そういえば、姿が見えなかったけど…」

 

「そういうこと。ちゃんと母親のとこに連れてったしな。ま、親友はちょっと色々とあったけどさ」

 

「色々?」

 

 ハジメの説明の後、ミュウがいないことに思い至り、そこに忍の説明もあって雫は首を傾げる。

 

「テメェも人のこと言えねぇだろうが」

 

「でも、そっちの方が積極的なアプローチだったろ? なぁ、お父さん? いや、旦那さん?」

 

「テメェ…ユエの前でいい度胸だな?」

 

「ハッハッハッ、気にしたら負けじゃないか?」

 

 カラカラと笑う忍に対し、ハジメはドンナーを抜こうとするが、人通りの多い場所で使うわけにもいかず、横のユエを見る。

 

「……ん、レミアも要注意…」

 

「……ちょっと話が見えないのだけれど…?」

 

 雫が物凄く嫌な予感を抱いていると…

 

「簡単に言うと、親友はミュウちゃんの母親…未亡人に気に入られた可能性が高いってことだ」

 

「えっ…?!」

 

 忍の言葉に"バッ!"とハジメを見る雫。

 

「別に、レミアはそんな感じじゃねぇだろ…」

 

 雫の視線から目を逸らしながらそう言うハジメだが…

 

「……"あなた"と呼ばれてたのに?」

 

 そう言うユエさんからの視線も突き刺さり、ハジメはホットドックもどきの咀嚼に集中する。

 

「ぐふっ!? ケホケホ! それって…!」

 

 今の発言を聞き、雫が咽るが、すぐに気持ちを持ち直すとハジメを"キッ!"と睨む。

 

「ハッハッハッ、親友の守備範囲の広さには脱帽だぜ」

 

「テメェはもう黙ってろ」

 

 ハジメがいよいよ忍に殺意を向けてきたので、忍も肩を竦めるだけで口を閉じた。これ以上は流石にからかえないな、と。

 

「でも……抱っこ、したかったなぁ…」

 

 ミュウの愛らしさを思い出したのか、雫がそのような言葉を漏らす。

 

「……大丈夫。ハジメが日本に連れていくと約束してたから、また会える」

 

「………………………は? それってどういう…?」

 

「どうもこうも、ユエの言う通り、ミュウと約束したんだよ。俺の生まれ故郷…日本に連れてくってな」

 

 どこか遠い眼差しを空に向けながらハジメが言うので、雫としても反応に困った。

 

「私も、ついて行っていいのでしょうか?」

 

 そんな風に雫に色々と説明しているハジメをよそにシオンがぽつりと呟く。

 

「まだ引きずってんのか?」

 

「それは……当たり前です。『守る』と言いながら守れなかった…。自分がもっと早く…いえ、あの2人を先行させなければ、と…」

 

 そんな風に自分を卑下するようなことを言うシオンの肩を忍はそっと抱き寄せた。

 

「………真面目だな、シオンは…」

 

「………………………」

 

 真面目と言われ、少しだけ心外だというような表情をするシオンに忍は小さく語りかけた。

 

「ま、気持ちはわかるつもりだ。ここだけの話。俺だって親友を助けようとして、そのまま一緒に奈落に落ちた。その後、親友に何があったかまではわからん。でも、結局のところ…俺は親友の一番苦しかった時、近くにさえ行けなかった。自分の身を守る程度で精一杯だったんだ」

 

「え…?」

 

 その言葉にシオンはちょっと驚いたように忍の顔を見る。

 

「まぁ、それが今では化け物だのと言われたり…個人的には覇王のつもりなんだがな…」

 

 そう言うとシオンの肩から手を離し、少し距離が開いてしまったハジメ達を追うように歩き出す。

 

「忍殿…」

 

「だからさ。シオンもあんま考え過ぎるなよ。実際、白崎さんは生きてんだし」

 

「だからと言って…」

 

「そんなに気になるなら、帰ってから本人に直接聞けばいい。ついでに、前を歩いてる八重樫さんにも聞いたらどうだ?」

 

「それは…」

 

「何なら俺も付き添うからよ」

 

 そうしてハジメ達に追いつきながら忍がそう提案する。

 

「何の話だ?」

 

 追いついた忍の声が聞こえたのか、ハジメが尋ねてくる。見れば、険しい眼をした雫がハジメを見ていた。

 

「ん~? うちの可愛い巫女ちゃんの1人が色々と悩んでてな。八重樫さん、一つ聞いていいかい?」

 

「え? 私? 何よ?」

 

 急に話題を振られて慌てて雫が忍の方を見る。

 

「5日前。白崎さんを守れなかったシオンを、どう思う?」

 

 まさか、いきなり聞くとは思わずシオンもギョッとし、話題を振られた雫も驚いた様子だった。

 

「俺は途中からしか見てなかったが…白崎さんが檜山に刺されてた時、シオンからも怒りの感情を感じた。白崎さんを守れなかった事実が今もシオンに影を落としててな。ここは白崎さんの親友たる八重樫さんから何か言ってもらおうかと…」

 

「そうね…」

 

 忍の言い分を聞き、しばし思案した後の雫の答えは…。

 

「5日前は、どうして一緒にいなかったのとか…後から出てきて怒りを振り撒いてなんだったのとか…そんな風に考えてたのは事実よ」

 

「………………………」

 

「でも…香織が生きててくれて、本当に嬉しかった。そして、そんな香織のことを本気で考えてくれてたんだと思ったら…ありがたいな、って…」

 

「え…?」

 

「付き合いはきっと短いですけど、その短い間に仲間だと認識してくれてるんだなって考えると…ちょっと複雑だけど、あの時本気で怒ってくれてたんだって考えると、ありがとう、と言わせてもらいたいですね。聞けば、香織とリリィが突っ走ったのも私達の危機が原因だったと聞きますし、私ももう気にしてませんから」

 

「ぁ…」

 

 雫の答えを聞き、シオンの眼から一筋の涙が流れ落ちる。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「は、はい。平気です…ちょっと安心してしまって…」

 

 すぐさま涙を拭うと、シオンは何事もないように振舞った。

 

「な? 大丈夫だったろ?」

 

 そんなシオンに軽いウインクをしてから忍はそう言っていた。

 

「……はい」

 

 そう答えるシオンの笑みは、何だか晴れやかに見えた。

 

 

 

 その後、ハジメ達は無事にギルド本部に到着した。ギルド本部は現在数多くの冒険者達がひっきりなしに出入りしている。王都侵攻に伴って依頼も増えているらしい。

 

 そして、ハジメ達がギルド本部に入ると、ざっと10列以上はあるだろう巨大なカウンターへと向かう。冒険者でごった返しになっているものの、そこは流石本部の受付嬢と言える。見事な処理速度で手続きを行い、回転率が凄まじいことになっていた。ちなみに補足しておくと、受付嬢は皆美人か可愛い子がほとんどだった。

 

「ハッハッハッ、親友も懲りんな~」

 

「………………………」

 

 忍の言葉に特に何も返さないハジメは、手をユエにニギニギされていたりする。そのニギニギもメリメリに変化しつつあるが…。その様子に雫とシオンも呆れた目をハジメに向けている。

 

「(なんで、お前はそんな平然としてられるんだよ?)」

 

 思わず、念話で忍に問いかけるハジメだった。

 

「(ハッハッハッ、そこはほれ、親友は幻想を抱き過ぎなんだよ。確かに美人も可愛い子も多いが…それはそれ、これはこれ、ってな具合に区切りを付けとかないとね。俺の傍には明香音…はいないが、巫女ちゃんズがいるし)」

 

「(解せん…)」

 

 忍の答えにハジメは心底解せないという表情で忍を見る。同じオタク趣味を持っていても、この差は何なのか? と地味に本気で思い悩むハジメだったが、順番が回ってきたようでステータスプレートと資料を取り出し、横にいた忍も一応ステータスプレートを取り出して、受付に提出する。

 

「依頼完了の報告なんだが、フューレン支部のイルワ支部長に本部から伝言を頼むことは可能か?」

 

「あ、ちなみに俺は親友と掛け持ちしてるようなもんなんであまり気にしないでくださいな」

 

「はい? 指名依頼、の掛け持ち、ですか? すみません、少々お待ちください…」

 

 ハジメの言葉に受付嬢が困惑しながらもハジメと忍の提示したステータスプレートに目を通す。と、すまし顔がギョッとしたような表情になり、2人の顔とステータスプレートを見比べてから、慌てて立ち上がる。

 

「な、南雲 ハジメ様とべ、紅神 忍様で間違いございませんか?」

 

「? あぁ、ステータスプレートに表記されてる通りだが?」

 

「どうかしたんで?」

 

 2人が首を傾げていると、受付嬢がこのように言った。

 

「申し訳ありませんが、応接室までお越し頂けますか? お2人がギルドに訪れた際は奥に通すようにと通達されておりまして…すぐにギルドマスターを呼んで参ります」

 

「は? いや、俺達は依頼完了の報告をイルワ支部長に伝言してほしいだけなんだが……それにこの後、大結界の修復にも行かないとだしな」

 

「えっと、そこをなんとか…というか、すぐに私がギルドマスターを呼びに行きますので、少々お待ちください!」

 

 言うが早いか、受付嬢はそう言い残してハジメと忍のステータスプレートと、ミュウ送還の証明書類を持って奥へと引っ込んでしまった。

 

「………………………」

 

「まぁまぁ、親友。あんだけ大暴れしてりゃ上層部も会いたくなるってもんだ。ちょっと我慢して待ってようぜ?」

 

 憮然としているハジメに忍が声を掛けて宥め、しばらく待つことにした。

 

 そして、待つことしばし。ハジメが"もうイルワへの報告なんてどうでもよくね?"と考え始めた頃、奥の方から顎鬚たっぷり生やした細目の老人(異様な覇気を纏っている)が先程の受付嬢と共に現れた。

 

「(絶対雄叫び上げながら上半身の服を筋肉だけで吹き飛ばすマッチョ爺の類だろ…)」

 

「(俺もあれくらいの覇気を習得すべきか?)」

 

 その老人を見てハジメは失礼なこと、忍は感嘆した感想をそれぞれ抱いていた。それはともかくとして、この老人がギルドマスターであることに間違いないらしく、周囲がにわかに騒ぎだす。老人…『バルス・ラプタ』がハジメと忍に声を掛けたのもあってギルド内の騒ぎも大きくなりつつあったが、ギルドマスター曰く『イルワから連絡があったので一目会いたかっただけ』とのことらしい。これといった面倒事はなかったので、ハジメはホッと胸を撫で下ろす気持ちだったが、トラブル体質はこんなことでは回避出来ないのだ。

 

「バルス殿、僕にも彼等を紹介してくれないか?」

 

 そんなことを言って近寄ってきたのは金髪のイケメンだった。その後ろには美女を4人も侍らせている。明らかに面倒事がやってきたな、とハジメが物凄く嫌そうな顔をする。ちなみに周りでヒソヒソ話してる冒険者達から、目の前のイケメンは"金"ランクで『"閃刃"のアベル』というらしいことが判明。

 

 ギルドマスターも律儀なことでアベルにハジメと忍が同じ"金"ランクの冒険者だと説明し、周囲の騒ぎも大きくなる。紹介されたからと言って真面目に対応する程、ハジメは出来た人間ではなく、さっさとギルドから出ようとしたが、アベルが通せんぼしてしまう。どうにも彼はハジメや忍よりもその傍にいるユエと雫、シオンに興味を抱いてるようだった。

 

「ふ~ん…君達が、"金"ねぇ~。かなり若いみたいだけど…一体どんな手を使ったんだい? まともな方法じゃないんだろ? あぁ、まともじゃないなら言えないよね。配慮が足りなくてすまないねぇ」

 

 などと口にするので、ハジメはアベルに対応する気はもう微塵も残っていなかったが…

 

「ハッハッハッ、そういうアンタこそ顔だけでなったんじゃねぇの?」

 

 忍は違ったようでハジメの代わりに対応していた。

 

「……なんだって?」

 

「だから、顔だけで金になっちゃったんじゃねぇの?、って。いるよねぇ。そういう勘違い野郎って。ま、金なんだからそれなりに腕も立つんだろうけどさ」

 

「ふん、そんなの当たり前…」

 

 忍の言葉にアベルが何かを言う前に…

 

「あ、でも…こういう奴に限って裏で女の子を食い物にしてそうで生理的に受け付けんわ」

 

「な…!?」

 

 真っ向から毒を吐き返し、アベルも顔を真っ赤にして怒りを抱いていた。

 

「君達も気を付けなよ? 同じ"金"なのに、こうやって難癖付けるって大抵自分にも触れられたくないことがあるもんだからさ。まぁ、それでもいいなら別にどうでもいいし、気に障ったらゴメンね?」

 

 忍はアベルに侍ってる美女達に忠告してからシオンの肩を抱き寄せ…

 

「あと、シオンに近寄ろうとすんな。ついでに往来の邪魔だし、そろそろ退いてくんね? 金(笑)の先輩?」

 

 笑顔で毒を吐いて堂々とアベルの横を通り過ぎる。そんな忍に倣い、ハジメ達もアベルを素通りしたのだが…

 

「あらぁ~ん、そこにいるのはハジメさんと、忍お兄様に、ユエお姉様じゃないのぉ~?」

 

「ッ!?」

 

「あん?」

 

 そんな野太い声にハジメは咄嗟にドンナーに手を掛けて身構え、忍は"はて、知り合いなんぞいたか?"と疑問顔でそれぞれ振り返る。

 

 そこには劇画のような濃ゆい顔に2メートル近くはあるだろう身長と全身を覆う筋肉の鎧…だが、髪型は赤毛を可愛らしいリボンでツインテールに結い、服装はフリル沢山の浴衣ドレスという装い。漢女だ。ブルックの町にいたクリスタベル、とは別人である。

 

「………………………」

 

「(フルフル)」

 

 ハジメが忍に確認のために視線を向けると、忍は首を横に振った。つまり、匂いが違うので別人であるという証拠だ。

 

 ちなみに謎の漢女にロックオンされたアベルだったが、簡単にハグを受けて戦意喪失。さらにはユエに股間を撃ち抜かれ、男としての人生を終えたのだった。その後、彼がどうなったかは…多くは語るまい。

 

 そして、当の漢女はというと…

 

「お三方とも元気そうで何よりだわぁ~」

 

「……いや、誰だよ、お前。クリスタベルの知り合いか?」

 

 ハジメ達に絡んでいた。ちなみに雫はハジメを盾にするような形でハジメの背に隠れている。

 

「あら、私としたことが挨拶もせずに………この姿じゃわからないわよねん? 以前、ユエお姉様に告白して文字通り玉砕した男なのだけれど…覚えてるかしらん?」

 

「……あ、ホントに?」

 

 ユエがブルックでの出来事を思い出したのか、漢女を仰ぎ見る。

 

「あの時は本当に愚かだったわん。ごめんなさいね? ユエお姉様」

 

「……ん、立派になった。新しい人生、謳歌するといい」

 

「んふ♪ お姉様ならそう言ってくれると思ったわん」

 

 ちなみに漢女…名を『マリアベル(クリスタベル命名)』と言い、彼女の言葉からクリスタベルの元に続々と漢女道の入門者が大勢来ているらしく、店舗拡大も考えているそうだ。

 

「ちなみに何故俺はお兄様なんだい?」

 

「町の子達に倣ってそう呼ぶようにしてるのよん。嫌だったかしら?」

 

「いや、別に俺は気にしてないぞ。まぁ、実の妹がいるのは確かだしな。流石に様付けはされてないが…」

 

「あら、その話題は町でしない方が良さそうね。暴動が起きかねないわ」

 

「そこまでなのか…」

 

 そんな風にユエと忍がマリアベルと平然と話しているのを見ながらハジメは一刻も早くこの世界からの脱出を決意していたりするが…。

 

「自業自得でしょうに…」

 

 雫がハジメの背からそのように呟くと、それにイラッときたハジメが大人気もなく雫をマリアベルへと突き飛ばしていた。結果、マリアベルに気に入られたためかハグを受けて雫が青ざめるということがあった。そして、マリアベルと別れた後にハジメと雫が盛大な喧嘩をしたのだが…まぁ、傍から見たらなんとやら。忍は面白そうに傍観してたが…。

 

………

……

 

 その後、当初の目的である大結界の修復へと向かったハジメ達は、無事に目的を達したのだが…その手際を見たハイリヒ王国直属の筆頭錬成師『ウォルペン』を始め、多くの錬成師がハジメに弟子入り希望してきた上、ハジメから錬成の極意を聞き出そうと王都中の職人を巻き込んだ鬼ごっこが始まったのだ。

 

「やっぱ、親友のトラブル体質の方が強いみたいだな」

 

「助けなくていいのですか?」

 

「いいのいいの。その内、収まるっしょ」

 

 付き添いでついてきてた忍はシオンと共に王宮へと早々に帰っていったのだった。ちなみにユエと雫も先に王宮に戻っていたりする。

 

 最終的に王族の介入もあって鬼ごっこは収拾したが、ハジメの疲労感は半端なかったようだ。

 

 

 

 王宮へと戻ってきたハジメはユエや雫と合流したらしく、忍とシオンは別行動を取っていた。

 

「ただいま~」

 

「ただいま戻りました」

 

 忍はシオンを伴って宛がわれた部屋へと戻り、中にいるだろうセレナとファルに声を掛ける。

 

「あ、お帰り」

 

「………………………」

 

 セレナは返事をしたが、ファルは窓から外をボ~ッと眺めていた。

 

「夕飯までもう少し時間があるし、俺はひと眠りするわ」

 

 言うが早いか、ベッドの上に身を投げると忍は目を閉じてしまった。

 

「親友が来たら起こしてくれ」

 

 最後にそう言い残し、忍は意識を落としていった。

 

………

……

 

 それは5日前に神山で入手した覇王と邂逅した時の夢だった。

 

『我が覇王の魂を継ぐ者よ』

 

 いつもの前口上を紡ぐのは、純白の空間に溶けてしまいそうな程の純白の毛並みを持ちながらも輪郭がくっきりとわかり、先っぽが蒼く染まった九つもの尾と前足に異形の篭手を装着した黄色い瞳を持った狐だった。

 

『我が名は武を司る鬼、"武鬼(ぶき)"。汝、希望と絶望を胸に武の頂へと挑み、極めよ。希望とは未来への道標、絶望とは過去での罪の数。それらを超えし時、我の持つ"武天十鬼(ぶてんじっき)"の力が顕現せり。我が内に眠りし十の魂を震わせ、従えてみせよ。さすれば、十鬼の魂は汝と共に歩まん。覇道の先の真道を目指すが良い』

 

 他の覇王とも異なことを伝えてきた今回の覇王は覇道の先…『真道』を目指すことも視野に入れろということだろうか?

 

………

……

 

 ゆさゆさ。

 

「ん?」

 

 身体を揺さぶられて忍の意識が覚醒する。

 

「南雲達が夕食にするって」

 

「もうそんな時間か。わかった。今行くよ」

 

 なんだかんだ眠ってたんだな、と思いつつも忍はベッドから起き上がるとセレナ達を連れて王宮内の食堂へと向かう。

 

 

 

 食堂でハジメ達を見つけた忍達だが、なんだかユエを除く女性陣が微妙にピリピリした空気が漂っていた。

 

「どったの?」

 

「あ、シノブさん! 聞いてくださいよ! ハジメさんったら…」

 

 忍が座席に着くと、ハジメの左隣に座って忍とも隣り合ったシアが事情を説明した。曰く『ハジメが先生にトドメを刺した』らしいと。

 

「ハッハッハッ、遂にフラグの完全回収か。いやぁ、俺が寝てる合間に親友はそんなこともしてたのか。俺も後で寄ってくるか。無論、メルドの旦那に手向けるためにな」

 

 盛大な笑い声が食堂に響き渡り、忍も後で忠霊塔の石碑版に行くと決めたらしい。

 

「おや?」

 

「どした?」

 

「いや、団体様のお越しのようだぜ?」

 

 しばらく仲間内で団欒してたが、忍が匂いで察知したのか、そのように呟いていた。すると、食堂に異世界組…つまり、愛子や光輝達生徒組がやってきたのだ。しかも香織の勧めで雫が香織の隣に座ったことで忍達とは反対側の座席に座ることとなっていた。

 

 そうして食事をしている間にもハジメへの"あ~ん"合戦があり、それを微笑ましそうに見てた忍が笑ったり、女生徒達が恋バナのネタを見つけてきゃいきゃいしたり、男子生徒が嫉妬と羨望の目を向けたりした中…

 

「そういや、園部さん、参加しないのか?」

 

 忍が優花に声を掛けていた。

 

「は、はぁ!? 紅神、何言ってんの!?」

 

 いきなり声を掛けられた優花は妙に慌てた様子だった。

 

「いや、親友のことが気になってるかと思ってな。老婆心から提案させてもらった」

 

 キリッとしたような表情でそんなことを言う忍に対し…

 

「ば、ばばばば、馬鹿じゃないの!? なんで、私が南雲に"あ~ん"しなきゃならないのよ!?」

 

 という至極当然の反論が放たれる。が、しかし…

 

「ふむ? 俺は別に"あ~ん"に参加しろとは言っていないぞ?」

 

「……………………へ?」

 

 忍の言葉に優花が間抜けな表情をし、その場のほぼ全員の眼が優花に向けられる。

 

「俺は"会話"に参加したら、という意味合いで言ったんだが……そうか、親友に"あ~ん"したかったのか」

 

「なっ!?///」

 

 勝手にうんうん頷く忍の言葉に優花の顔がみるみる赤くなっていき…

 

「この潜在犯め」

 

「~~~~~っ!!////」

 

 何の潜在犯かはこの際置いておくとして、その言葉にキレた優花が投げナイフを取り出す。

 

「ちょっ!? 優花っち! 食堂でそれはマズいって!!?」

 

「離して、奈々! 紅神だけはここで始末してあげるから!!////」

 

「ハッハッハッ、恨むなら自分を恨むがいいさ」

 

「殺す!!////」

 

「紅神っちも煽んないでよ!?」

 

 という一幕があり、ハジメパーティーの女性陣(と愛子)が優花に警戒の目を向けていた。

 

「誤解! 誤解なんだってばぁ~!!////」

 

 その後、ティオのご褒美問題があってさらに食堂がカオスとなり、ハジメを見る目が魔王を見るようなものに変わってたりもするが、たった一日で様々な騒動に巻き込まれるハジメは真のトラブル体質保持者とも言えた。まぁ、他のメンバーも大なり小なりのトラブル体質持ちではあるが…。

 

 それはともかくとして、明日にはリリアーナも伴って王都を出て帝国領へと向かうのだ。何事もないと祈るばかりだったとか…。



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第四十四話『巫女との再会、そして…』

 遥か上空を飛ぶ黒い影があった。

 

 鳥か? 飛行型の魔物か? いや、飛行艇だ。しかし、地上から見た人々にとって、果たしてそれを正しく認識出来るかと言われれば、多分ノーだろう。全長120メートルのマンタのような形状をした飛行艇など、一体誰が想像するだろう? しかも中は前面高所にあるブリッジと中央にあるリビングのような広間の他、キッチン、バスルーム、トイレなど完備した居住区まであるのだ。普通に常軌を逸している。そんなとんでもない代物を作る奴がいるとしたら、それはもうハジメしかいないだろう。

 

 ハジメパーティーは光輝達勇者パーティーとリリアーナとその護衛騎士達数名をその飛行艇『フェルニル』に乗せて帝国へと向かっていた。ちなみに王都から馬車で帝都まで向かうとなると二ヶ月の時間を費やすが、空を飛べば一日半で走破してしまうという。

 

 このフェルニルは主材料を重力石と感応石として、その他諸々で構成されたブリーゼ・シュタルフ・アステリアに代わる移動手段だ。元々、重力石で物体を浮かせることは可能だったが、前のハジメならクロスビット1基で人1人を持ち上げるのが関の山だったが、空いた時間を使って生成魔法を熟練させた今のハジメは遂に大質量での浮遊・操作までも可能にしたため、その集大成としてフェルニルを開発したのだ。

 

 お披露目した時のハジメのドヤ顔ときたら…それはもう楽しそうであった。但し、フェルニルを動かすのはハジメの魔力であり、長時間での使用は魔力消費も激しいのでフェルニルの操縦を教わった忍との交代制を採用している。交代制とは言え、これだけのものを動かす魔力となると、流石は化け物コンビと言わざるを得ない。

 

 ちなみに今はハジメが操縦している。

 

「ん~…流石に親友みたくスムーズにはいかんな。まぁ、仕方ないとは言えばそれまでだが…」

 

 休憩がてら忍は後部甲板に出ようとしたが…

 

「……こんな凄いものを作れて、滅茶苦茶強いくせに……なんであんな風に平然としていられるんだ。なんで、簡単に見捨てられるんだよ…」

 

 どうやら先客がいたらしい。

 

「……………………」

 

 その声を聞き、忍が嫌そうな顔をしてその場を引き返そうとしたが…

 

「……選んでいるのでしょうね」

 

「選ぶ、だって?」

 

 先客はもう1人いたらしく、そのように呟くのが聞こえてきた。

 

「…………………………」

 

 忍は引き返すのをやめると、壁に背をつけて先客達の会話を盗み聞…もとい拝聴することにした。

 

「彼は…見た目ほど余裕がある訳じゃないと思うの。平然としているように見えて、今を"必死"に、大切な人達と生き抜こうと足掻いているのよ」

 

「……………………」

 

「彼も言ってたでしょ? 力があるから何かを為すんじゃなくて、何かを為したいから力を得て振るうんだって。光輝が今感じている彼との"差"は、彼が最初から持っていたものじゃないわ。"無能"、"役立たず"、そんな風に言われながらもどん底から這い上がってきて得たものよ。彼の親友を名乗ってるもう1人だって、彼を助けるために一緒に落ちて、そして一緒に這い上がってきた。文字通り、決意と覚悟の果てに手にしたもの。神を倒すわけでもなく、世界を救うためでもない。ただ、もっと身近な…それでいて具体的な目的のために力を手にしたんだと思うの。私達みたいに"出来るからやる"のとは根本的に違うのよ。今更、"出来るんだからやれ"と言ったって頷かないわ。それくらい彼の…いえ、彼等の中の確固とした部分は揺るがないのよ。そうして余所見した時に、大切な何かを手から零れ落とさないようにするためにね」

 

「……わからないな…」

 

「(わからんのかい…)」

 

 忍がガックリと首を下げる中、説明は続いていく。

 

「う~ん…ちょっと違うかもだけど、例えば、格闘技の世界大会を目指して強くなったのに、町の不良を退治してくれ、なんて言われたら困るじゃない? そんな感じ、かな?」

 

「それは……言いたいことはわかるが、かかっているのは、この世界の人達のことなんだぞ?」

 

「まぁ、困ってる人がいたら放っておけないのは光輝のいいところではあるけど……その価値観を南雲君や紅神君に押し付けるのは、違うでしょ?」

 

「……なんだよ、それ。雫はあいつらの肩を持つのか?」

 

「なに子供っぽいこと言ってるのよ。ただ、人それぞれってことでしょ? 第一、彼等…なんだかんだ言って私達やこの世界の人を救ってるじゃない。オルクスの時もそうだったし、ウルの町、香織の話ではアンカジ公国、あとはミュウって子のためにも動いてたでしょ?」

 

「それは…」

 

「自分のため…いえ、大切な人のためにやったことなんでしょうけど……案外、そんな感じで神様もやっつけちゃうのかもね」

 

「なんなんだよ、その哀れな神様って…」

 

 そんな雫と光輝の会話を聞いた忍は…

 

「……………………」

 

 聞き終えると共にその場から離れていった。

 

「八重樫さんの方が、よっぽど勇者の度量がありそうだけどな」

 

 そんなことをポツリと呟きながら…。

 

 

 

 少し経った頃、フェルニルが進路を変える感覚を足元から感じた。

 

「なんだ?」

 

 不審に思ってブリッジに足を向けると、光輝と雫も今来たような感じだった。見れば、中央の立方体型水晶に映像が映し出されていた。帝国兵と兎人族のリアル鬼ごっこだ。

 

「ん?」

 

 水晶に映された兎人族の女性2人のズーム映像を見て忍が首を傾げてハジメとシアの方を見る。

 

「間違いないです。ラナさんとミナさんです」

 

「やっぱ、そうか…。豹変具合が凄かったから俺も覚えちまってたな」

 

 その会話を聞き…

 

「あちゃ~、ってことは見間違いじゃないんだ…」

 

 忍もその場で目元を手で覆い、天を仰いだ。記憶力がいい忍もまた"あの兎人族達"のことを記憶していた。そんな悠長とも言えるハジメ、忍、ユエ、シア、セレナの様子に正義感の強い光輝が今にも飛び出しそうになるが…。

 

「……え?」

 

 次の瞬間、水晶に映し出された兎人族による帝国兵の首狩りという名の蹂躙劇にハジメ達5人以外の誰もが絶句した。首狩りの光景に光輝達は顔を青ざめさせ、リリアーナと護衛騎士達も驚いたようにシアの方を凝視する。

 

「あ~…その、"アレ"は訓練で培ったものであって決して特別なものじゃないですよ? 私みたいな例外が他にいるわけないじゃないですか。"アレ"はハジメさんの地獄すら生温い訓練の賜物ですよ」

 

 シアの言葉に事情を知らない者達がハジメを見る。その眼は一様に物語っていた。『また、お前か!?』と…。

 

「……………………」

 

 忍達以外からの視線に対してハジメはスッと目を逸らしながらも状況を把握し…

 

「ふん、練度が上がってるじゃねぇか。サボってはいなかったようだし…褒美として詰めの甘さを認識させとくか」

 

「それ、褒美じゃなくね?」

 

「うるせぇよ」

 

 忍にフェルニルの操縦を任せ、ハジメはシュラーゲンを取り出すと、開閉可能な風防の一部を開いて立射の姿勢を取った。ちなみに距離的には5キロメートルはまだある。その行動に忍達以外が驚く中、物凄い集中力を発揮してシュラーゲンの引き金を引いた。

 

ドバァンッ!!

 

 その一射は何らかの馬車から出てきて魔法を使おうとした帝国兵の頭蓋を粉砕していた。当然ながらその光景も水晶に映し出されているので、耐性のあまりない光輝達にとっては殺しの現場にも等しかったが…

 

「この程度で喚くなよ? あれは親友の身内に対する"助け"なんだからな」

 

 忍が光輝達を睨みながらそう告げていた。

 

「あいつらを身内として受け入れたくはないが……ま、シアの家族だしな」

 

「ハジメさん……それはそうと、早く降りましょうよ。樹海の外で、こんなことしてるなんて…また暴走してるんじゃ…」

 

 シアが速く降りるように促すが…

 

「さて、一概にはそうとも言えないかもよ?」

 

「どうしてそう言い切れるんですか?」

 

「あの馬車…なんかキナ臭いんだよな…」

 

 忍が帝国兵の乗ってた馬車を見て訝しげにする。

 

「忍。いいから降ろせ」

 

「あいあい、了解」

 

 水の流れていない狭い谷間へとフェルニルを慎重に着陸させる。そして、フェルニルから谷間へと降り立ったハジメ達の目に映ったのは、100人近くいそうな亜人族の女子供だった。よく見れば、ハウリア族以外の亜人族達は皆首輪、手枷、足枷を着けられていた。要は奴隷用の枷と言ったところか。

 

 亜人族達は未知の飛行物体から降りてきたハジメ達を驚愕8割、警戒2割で見ていると、その中からクロスボウを担いだ1人の兎人族の少年が颯爽と駆け寄り、ハジメの手前で止まると背筋を伸ばして"ビシッ!"と敬礼した。

 

「お久しぶりです、ボス!」

 

 少年こと『パル』くん…いや、『必滅のバルドフェルド』がハジメと会話してる中…

 

「(ん? この匂いは…)」

 

 忍は"見知った匂い"を感じ、そちらに向かって歩いていくと…

 

「こんな場所で再び会えるとは思いませんでした」

 

「お前…」

 

 その人物を見て忍は驚いたように目を見開く。

 

「お久しぶりですね、覇王」

 

「レイラ…」

 

 そこにはかつて樹海にいた時に覇王の巫女の1人として邂逅していた狐人族のレイラがいた。どうやら、帝国兵に捕まっていたらしく、その首と手足には枷がしてあった。

 

「覚えていてくれたのですね。ですが、このような醜態を見られるとは…」

 

「樹海で何があったんだ?」

 

「それは……話せば長くなります」

 

 そう言うレイラの表情は少し悲しそうにも見えた。

 

「……わかった。場所のこともあるしな。親友なら樹海に行くついでに送ってくれるだろうし、そこで詳しく聞くさ」

 

「……そうですか」

 

 その受け答えに…

 

「……………………あ~、もう。俺は親友みたくスマートな方法は取れないんだよ」

 

 忍が頭をガリガリと掻きながら居合の構えを取り、黒狼を振るった。

 

『っ!?』

 

 その光景に周囲の亜人族達がレイラを斬られたと思って警戒心が鰻登りになったようだが…

 

「?」

 

 当のレイラは何が起きたか全くわからず、首を傾げると…

 

チャリンッ…

 

 レイラに着けられていた首輪、手枷、足枷が綺麗に斬れて、地面に落ちていた。

 

「人の巫女に手を出しやがって…帝国め。今度会ったらどうしてくれようか…」

 

 そんなことを呟きながら忍は黒狼を鞘に収める。

 

「……………………」

 

「親友なら錬成でもっと簡単に外せるんだろうけどな。悪いが、俺はこうでもしないと外せないんだよ」

 

 そう言ってレイラの手を引いてハジメ達の元へと戻る。

 

「急にいなくなったと思ったら、なに女引っ掛けてんだよ」

 

 戻ったら何故かハウリア族達がのた打ち回っている現場が見えたが、それを気にするでもなくハジメが忍にそんな小言を言うが…

 

「あ、アンタ…」

 

「あなたは…」

 

 レイラの姿を見てセレナが反応し、レイラも驚いたようにセレナを見る。

 

「お知り合いですか?」

 

 それにシオンが尋ねると…

 

「違ぇよ、親友。前に言ったかもだが、樹海ではセレナ含めて4人の巫女が見つかってんだよ。で、このレイラがその内の1人な」

 

 とりあえず、ハウリア族はスルーして簡潔にレイラのことを説明した。

 

「あの…よろしいでしょうか?」

 

 すると、そこに1人の、足元まである金髪を波立たせた森人族のスレンダーな美少女がやってきた。

 

「ぁ…」

 

「アルテナ様」

 

 セレナとレイラが咄嗟に美少女に対して跪いていた。

 

「あなた達は、南雲 ハジメ殿と紅神 シノブ殿で間違いありませんか?」

 

「ん? あぁ、確かにそうだが…」

 

「それが何か?」

 

 ハジメと忍が揃って頷いてみせると、森人族の美少女はホッと胸を撫で下ろしたような素振りを見せる。彼女も他の亜人族達の例に漏れず、首輪や手枷足枷を着けられているが…。

 

「では、わたくし達を捕らえて奴隷にすることはないと思ってよろしいですか? 祖父からあなた達の種族に対する価値観は良くも悪くも平等だと聞いております」

 

「祖父? もしかして、アルフレリックのことか?」

 

「あ~、言われてみれば面影があるような…」

 

「はい。申し遅れましたが、わたくしはフェアベルゲン長老衆の1人、アルフレリックの孫娘『アルテナ・ハイピスト』と申します」

 

「長老の孫娘が捕まるって…本当に色々あったらしいな」

 

 物凄く面倒そうな表情をしたハジメは、ハウリア族に声を掛けてここにいる亜人族をもののついでに纏めて樹海に送り届けることにしたようだ。

 

 ハウリア族の先導で亜人族達がフェルニルへと搭乗する際、アルテナが転びそうになってハジメの背中に掴まってしまい、ハジメが面倒そうに首輪から手枷足枷を外すという一幕があり、忍はニヤニヤ、光輝達は複雑、ハウリア族は誇らしげ、亜人族達は不思議そうに見ていて、ユエ達は呆れと鋭さを含んだ眼差しを送っていたりした。その後、他の亜人族達の枷も全て外されることになったが…。

 

………

……

 

 フェルニルのブリッジでハジメ達はハウリア族から事情を聞いていた。

 

「なるほど。そっちも魔人族共が絡んでやがったか」

 

「肯定です。帝国の詳細までは知りませんが、樹海の方は未知の昆虫型の魔物の群れにやられました。予め作っておいたトラップ地帯に誘い込んでなかったら、こちらもヤバかったです」

 

「(この部族…逞しくなり過ぎだろ…)」

 

 パル達の報告によれば、樹海にも魔人族が魔物を引き連れてやってきたらしい。大迷宮攻略…というよりは神代魔法を目当てにしている魔人族が樹海に眼を付けるのも当然と言えば、当然だろう。

 

 そして、これも当然だが、樹海に侵入した魔人族をフェアベルゲンの戦士達が黙認するはずもなく、最大戦力を持って対応したが、結果は惨敗。魔人族はかつてのハジメ達と同じく大迷宮の場所を聞いて回ってたらしいが、ハジメ達とは決定的な違いがあった。それは種族への価値観だ。魔人族は自分達こそが絶対の種族だと、獣風情が国を持つことを許さず、この機に駆逐しようとしていたようだ。

 

 そんな中、1人の熊人族がハウリアに助けを乞いにハウリア族の元へと赴いていた。その男の名は『レギン・バントン』。かつて長老衆の1人である『ジン・バントン』をハジメに再起不能にされ、逆恨みからハジメ達を襲撃しようとして逆にハウリア族に返り討ちにされた男だ。そのレギンがハウリア族に『助けてほしい』と地に伏して願い出て、それにハウリア族の族長『カム・ハウリア』が応えたのだ。

 

 このハウリア族の参戦により、魔人族と魔物の群れを撃破することには成功した。具体的には外側から魔物を各個撃破していき、徹底的に、それはもう使える手段は何でも使って敵の情報を搔き集めていた。そして、情報が集まった後は配置が終わったチェスの盤面のように一斉に攻勢に出て魔物を撃破していった。そして、ダメ押しにトラップ地帯へと誘導し、首魁の魔人族を討ち取ったという。もちろん、ハウリアにも少ない犠牲が出たが…。

 

 だが、事態はそれだけに留まらなかった。魔人族の次は帝国がフェアベルゲンに侵攻してきたのだ。目的は人攫い。帝国でも魔人族の襲撃があり、復興のための労働力確保と"消費した亜人族"の補充が必要だったらしい。

 

 フェアベルゲンは魔人族の襲撃による復興、死者の弔い、負傷者の看病とで警備に回せる人員が無く、ハウリアも戦後処理のために集落に引っ込んでしまったために対応が遅れ、完全に後手に回ってしまっていて多数の亜人族が帝国に捕まってしまった。

 

 そして、それを知ったハウリアは過半数をフェアベルゲンの警護に回し、カムを含めた少人数での帝国への侵入を計画したが、帝国に着いただろうカム達からの連絡が途絶えてしまい、樹海の残った中から斥候を選抜して出向いた。その結果、カム達は帝国に侵入してから出てきてないと分かった。その後、パル達が情報収集をする中で、亜人族の奴隷を他の町に輸送する情報をキャッチし、それの奪還に動いていたのが事の真相だったらしい。

 

「しかし、ボス。"も"ということは、魔人族は他でも動いてたんですか?」

 

「あぁ、あちこちで暗躍してるぞ。まぁ、運悪く俺達がいたから、尽く失敗してるけどな」

 

「ハッハッハッ、降りかかる火の粉は、ってやつさ」

 

 そんなハジメと忍の言葉に『流石です、ボスとその親友』という具合の視線がハウリアから2人に突き刺さる。

 

「まぁ、大体の事情は分かった。とりあえず、お前等は引き続きカム達の情報収集をするんだな?」

 

「肯定です。あと、ボスには申し訳ないんですが…」

 

「わぁってるよ。どうせ、道中だ。捕まってた連中はフェアベルゲンまで乗っけてってやるよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「……………………」

 

 パル達が一斉に頭を下げる中、シアが何か言いたそうだったが、結局何も言わずにいた。

 

「(親友。いいのかい?)」

 

「(シアが自分から言うのを待つ)」

 

「(そうかい…)」

 

 忍がハジメに念話で尋ねるが、ハジメの言葉にそれ以上は何も言わなかった。

 

 最後にパル達から樹海に残っている仲間への伝言を預かると、帝都から少し離れた場所に着陸してリリアーナ達とハウリアを降ろし、一行は『ハルツィナ樹海』へと向かうのだった。

 

………

……

 

 『ハルツィナ樹海』。相も変わらず一寸先は闇が如く、霧が立ち込めていた。人外感覚を持つハジメでも感覚が狂わされる中、忍は平然としていた。どうにも覇王の力に目覚めてから獣の感覚がわかるようになってしまったようだ。

 

 まぁ、それはともかくとしてハウリアに案内してもらった時のようにハジメ達を中心に亜人族が囲んで進むこと一時間。

 

「む? 親友、前方から武装した集団が来るぜ?」

 

「え? ぁ、ホントです。正面から集団が来ますね」

 

 忍に遅れてシアも反応する。そのことに周囲の亜人族達が驚いたように忍とシアを見る。亜人族の中にはシアと同じ兎人族もいるのだが、そちらはまだ気づいていない様子だった。

 

「お前、本当に人間か?」

 

「ハッハッハッ、親友にだけは言われたくないね」

 

 忍の索敵能力にハジメがそんな風に言うが、忍はケラケラと笑ってそう返していた。

 

 そして、2人の言葉通りに霧を掻き分けて虎人族の集団が現れた。彼等も同じ亜人族の気配に気付いていたのか、すぐには仕掛けてこなかったが、皆その眼は険しくそれぞれ武器を手にしている。

 

 そんな中、リーダーらしき人物の眼がハジメ達を捉える。

 

「お前達は…」

 

 そのリーダーを見てハジメ達も彼を想い出す。彼の名は『ギル』といい、以前にも警備隊の隊長としてハジメ達と相対した人物だ。

 

「一体、今度は何の……」

 

 ギルがハジメに目的を聞こうとした時、傍らにいたアルテナを見てギョッとする。

 

「あ、アルテナ様?! ご無事だったのですか!?」

 

「あ、はい。彼等とハウリア族の方々に助けて頂きました」

 

 アルテナの助けてもらった発言にギルは何とも微妙な表情になる。

 

「それはよかったです。アルフレリック様も大変お辛そうでした。早く元気なお姿を見せて差し上げてください」

 

 アルテナにそう言ってからギルはハジメ達に視線を向ける。

 

「少年。お前達はここに来る時は亜人を助けてからというポリシーでもあるのか?」

 

「んなポリシーなんぞあるか。偶然だ、偶然」

 

「ハッハッハッ。まぁ、トラブル体質の延長ってとこかね?」

 

「……そちらの少年はともかく、相変わらず傲岸不遜な少年だ。だが、礼は言わせてもらおう」

 

 そんな風に久々に会った知り合いと会話でもしてるような雰囲気に事情を知らない雫達が疑問顔になっているが、シアがこっそりここで起きたことを簡潔に説明していた。その説明を受け、シアがハジメに惚れているのも何となく理解して納得顔を見せる。

 

「そんなことより、フェアベルゲンにハウリア族の連中はいるか?」

 

「む? ハウリア族の者なら数名ほどフェアベルゲンにいるぞ。聞いてるかもしれないが、襲撃があってから常駐してもらっているのだ」

 

「そうか。なら、さっさとフェアベルゲンに向かうぞ」

 

「ハッハッハッ、親友は平常運転だねぇ~」

 

 先を促すハジメに呆れつつもギルが部下の武装を解除させて案内を引き継ぐ形でフェアベルゲンへと向かうこととなった。

 

 

 

 そうしてギルの先導の元、フェアベルゲンに辿り着いた一行の目の前には…

 

「こりゃあ、また…」

 

「酷い…」

 

 忍と誰かが呟いていた。それほどまでに、フェアベルゲンの惨状は酷かったようだ。フェアベルゲンの門は破壊されたまま残骸が放置され、木と水で構成された幻想的だった都は、あちこちが破壊されていてかつての都の姿の見る影が無かった。

 

 すると、フェアベルゲンの住民がアルテナ達に気付き、硬直の後に喜びが爆発したように駆け寄ってきた。近くに人間族もいたが、アルテナ達が助けてもらった折を伝えると、警戒心を残しつつも帰ってきた同胞と喜びを分かち合った。

 

 その喧騒が伝播したのか、ハジメ達を囲む輪が次第に大きくなり、気付けば周りがフェアベルゲンの住民で埋め尽くされていた。そんな中、不意に人垣が割れていき、その先には長老衆の1人『アルフレリック・ハイピスト』の姿があった。

 

「お祖父様!」

 

「おぉ、アルテナ…! よくぞ、無事で…」

 

 そんな祖父と孫娘の再会に周囲の住民達も涙ぐんでいた。しばらく抱き合った後、アルフレリックがアルテナの頭を撫でると、ハジメ達の方を苦笑いで見る。

 

「……とんだ再会になったな、南雲 ハジメに紅神 忍。まさか、孫娘を救われるとは思いもしなかった。縁というのはわからないものだ。ありがとう、心から感謝する」

 

「俺は送り届けただけだ。感謝ならハウリア族にしてくれ。俺達はここにハウリア族がいると聞いて来ただけだしな」

 

「ハッハッハッ、俺は特に何もしてねぇけどな」

 

「そのハウリア族をあそこまで変えたのは、南雲 ハジメ、お前さんだろうに。それが巡りに巡って、このフェアベルゲンや孫娘を救ってくれたのだ。この莫大な恩、どう返していいものやら…せめて礼くらいは受け取ってくれ」

 

 アルフレリックの言葉にハジメは少し困ったように頬を掻いていた。そんなハジメをユエ、シア、ティオ、香織が微笑ましそうに見ていたりする。

 

「……………………」

 

 一方、光輝は複雑な表情でハジメを見ていた。自分がしてきた迷宮での訓練の日々と、ハジメ達の世界を巡る旅の日々を比較しているのかもしれない。

 

 

 

 その後、一行はアルフレリックの家で行き違いになったらしいハウリア族を待つことになったのだが、忍はセレナ、シオン、ファル、レイラを連れて別行動を取っていた。

 

「さて、ジェシカとティアラは、っと…」

 

 残る2人の巫女を捜すべくフェアベルゲンを歩き回っていた。

 

「それにしても…あなたはあの時、彼について行ったのですね」

 

「えぇ、私はあの時がそうだと思ったから」

 

「……いずれ機会はあるとは思いましたが、まさかああいう形で再会するとは思いませんでした」

 

「そうね」

 

 散策中、セレナとレイラが話し合っていた。

 

「シェーラもいたら、巫女が一堂に会したんだがな。ま、しゃあないか」

 

 エリセンに残ると決めたシェーラのことを考えながらも、戦いの残り香で上手く鼻での索敵ができない忍は根気よく足で捜していた。

 

 そして…

 

「あ~、覇王だ~」

 

「覇王…!!」

 

 野戦病院的な場所でジェシカとティアラを発見した。

 

「よっ、どっちも元気そうだな」

 

 忍はそう言うが、ジェシカは負傷しており、ティアラがそれに寄り添っていた。

 

「話がある。ちょいついてきてくれるかい?」

 

「……あぁ」

 

「うん、いいよ~」

 

 野戦病院的な施設の外に出て、忍達…覇王組が一堂に会した。

 

「これで、7人全ての巫女と邂逅したな」

 

 感慨深そうに忍が告げる。

 

「7人? ここには6人しかいませんが…?」

 

「最後の1人はエリセンにいるのよ」

 

「エリセンに…?」

 

 忍の言葉に疑問に思ったレイラだが、セレナの一言で疑問の色を濃くする。

 

「彼女は故郷に残ることを選んだんだ。俺は彼女の意志を尊重するつもりだ。そして、それは君らにも当てはまる」

 

 その言葉に巫女達が忍に視線を向ける。

 

「だからこそ、ここで再度考えてほしい。自分の意志で…俺についてくるか、それとも別の道を進むかを…」

 

『……………………』

 

 ジェシカ、レイラ、ティアラはキョトンとしているが、セレナ、シオン、ファルは目を見開いて驚いていた。

 

「俺達は……いや、俺は…大迷宮を攻略して全ての覇王の力を手にしたら、故郷に帰るつもりだ。その想いに変わりはない。でも、お前達がそれに付き合うことはない。覇王を見極めるだのなんだのと、それでお前達を縛り付けるのは、なんか違う気がしてな。昔の覇王と巫女の関係は朧気ながら理解してるつもりだ。だが…俺達は俺達だろう? 昔のことなんか気にせず、自由にしよう。今更、こんなことを言うのは間違ってるとは思うけどな」

 

 そう言ってから忍は残り3枚のステータスプレートをジェシカ、レイラ、ティアラに手渡す。

 

「俺は、これから帝都に向かうことになると思う。帝都から戻ってくる間に答えを決めてくれ」

 

 さらにセレナの首から首輪を外すと、そう言い残してその場から立ち去った。

 

『……………………』

 

 残された巫女達は誰も何も言わず、妙に重い沈黙がその場を支配していた。

 

 

 

 ちなみにジェシカ、レイラ、ティアラのステータスだが…

 

-----

 

ジェシカ 20歳 女

レベル:37

天職:獄帝の巫女

筋力:180

体力:190

耐性:55

敏捷:80

魔力:-

魔耐:-

技能:監獄巫女

 

-----

 

レイラ 18歳 女

レベル:31

天職:武鬼の巫女

筋力:75

体力:120

耐性:55

敏捷:95

魔力:-

魔耐:-

技能:武天巫女

 

-----

 

ティアラ 15歳 女

レベル:21

天職:焔帝の巫女

筋力:55

体力:70

耐性:55

敏捷:90

魔力:-

魔耐:-

技能:灼熱巫女

 

-----

 

 という具合になっていた。



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第四十五話『帝都での件と、新生ハウリア族の覚悟』

 忍達覇王組がちょっと重ためな話をしてる間、ハジメ達の方でも動きがあった。新生ハウリア族を伴って帝都に侵入したカム達を捜すことになったのだ。

 

 忍がハジメ達の元に戻ってくると、既に出発の準備が整っていた。

 

「……巫女連中はどうした?」

 

「今回はここに置いてくさ。なに、シオンもいるから平気だろ」

 

「……………………」

 

 そんな風に言う忍をハジメは黙って見るが、特にそれ以上は言わず、フェルニルに搭乗するよう促した。

 

「後悔だけはすんなよ」

 

 ただ一言、ポツリと零した忍にしか聞こえないような声で…。

 

「……あぁ、わかってるさ」

 

 忍も忍でそれは理解してるのか、そう小さく囁いていた。

 

………

……

 

 帝都に辿り着いた一行は、ストリートを進んでいた。帝都は区画整理をしていないのか、雑多で実用性を突き詰めたような大小様々な建物が立ち並んでおり、あちこちに裏路地への入り口があった。さらに雰囲気は宿場町『ホルアド』に似てなくもなく、どこか張り詰めたような緊張感がある。『やりたいことを自己責任でやりたいようにやる』。そんな気概を感じる雰囲気だ。

 

 そんな帝都に入ったハジメ達一行だが、美女美少女を連れてる一行に目が行くのは当然で、ちょっかいをかけてくる輩もいるが、そんな命知らずはハジメが片っ端から処理している。しかし、この程度の暴力沙汰で動揺すらしないのは、流石軍事国家で有名な帝国の帝都といったところだろうか?

 

 とりあえず、一行は冒険者ギルドへと足を向ける。だが、その道中…帝国における奴隷制度を嫌というほど見せつけられることとなった。帝国は使えるものは何でも使う主義なので、亜人族を奴隷として売買することが盛んだ。ハイリヒ王国では聖教教会の意向もあって亜人族に対する差別意識が高いものの、奴隷として傍に置くことも忌避されているので目にしなかったが、帝国はそうでない。故に正義感の塊の光輝が暴走しそうになるのだが、それを雫が度々諫めている。

 

 帝都の警備だが、過剰と言ってもいいほど厳重で、帝都への入場には1人1人身体検査があり、外壁の上には帝国兵が常駐して常に目を光らせていた。帝都内もスリーマンセルでの帝国兵が巡回しており、裏路地にも目を通しているようだ。

 

 ちなみに今更だが、パル達と増援部隊として連れてきたハウリア族は帝都から離れた岩石地帯に目立たぬよう潜伏している。ハジメの奴隷として扱うにも限度があるから仕方ない。逆にカム達がどうやって入ったのか、気になるとこではあるが…。

 

 そうこうしている合間にも一行の歩調は変わらず、被害が出た場所の瓦礫の撤去を行う奴隷に堕とされた裸足の亜人族達を視界に入れることとなる。

 

 そんな中、10歳くらいの犬耳少年が瓦礫に躓き、手押し車の瓦礫を派手にぶちまけてしまい、監視役の帝国兵の目に留まり、棍棒を持ってその犬耳少年の元へと歩いていく。何をするかは…言わずもがな。

 

「! おい、やめ…」

 

 それを看過できなかったらしい光輝が駆け出そうとするが…

 

パシュッ!

 

 微かに空気の抜けたような音がすると同時に、犬耳少年に向かっていた帝国兵が盛大にコケて顔面から瓦礫に前のめりに倒れ、ピクリとも動かなくなった。流石に死んではいないだろうが、何とも間抜けな光景に同僚の帝国兵が慌てて駆け寄り、容態を診て呆れた様子でどこかに運んでいく。

 

 一方の犬耳少年はというと、何が起こったのかわからなかったが、すぐに正気を取り戻すと散らばった瓦礫を手押し車に乗せ直すと、何事もなかったように作業に戻る。

 

「面倒事に首を突っ込むのはお前の勝手だが、俺達に迷惑が掛からないようにしろよ?」

 

 出鼻を挫かれた格好の光輝にハジメがそのように言う。

 

「迷惑、だって? 助けることが悪いって言うのか?」

 

「はぁ…いいか、天之河。こんなとこで無用な騒ぎを起こしてみろ。すぐに帝国兵がわんさかやってくるぞ? そんな面倒にいちいち構ってられるか。俺達は人探しに来てるんだぞ? 奴隷解放運動をしに来たんじゃない。もし、やるならバレないようにやるか、俺達に迷惑が掛からない遠くでやってくれ」

 

 光輝の問いに適当な感じで返答するハジメに光輝の正義感がヒートアップする。

 

「お前は! あの亜人族の人達を見て何とも思わないのか!? 今、こうしてる時だって彼等は苦しんでるんだぞ!?」

 

「……八重樫、この目的を忘れてるアホをどうにかしてくれ。お前の担当だろ?」

 

 面倒になって雫に丸投げするハジメに…

 

「雫は関係ないだろ! 俺は今、お前と話をしてるんだ! シアさんのことは大切にするのに、あんなに苦しんでる亜人の人達は見捨てるのか!?」

 

 光輝がさらに言い募る。声量が大きくなるにつれて人目も何事かと一行に目を向け、帝国兵にも目を付けられそうになる。いつもなら光輝に突っかかる忍も今回ばかりは少しだけ上の空な状態だし…。

 

「……天之河。俺達は仲間でもなければ連れ合ってる訳でもない。ただ単に俺達に"付いてくる"ことを"許可"しただけだ。わかるな? お前の正義感や倫理観に同調することもなければ、賛同もしない。だからいちいち突っかかってくるな、鬱陶しい。それとも何か? 今ここで本来の目的も果たせず、四肢を砕かれて王国に帰還したいのか?」

 

「…っ」

 

「俺達はカム達を捜しに来たんだ。それ以外にかまけてる余裕はないんだ。それでも人助けをしたいなら、俺達に迷惑が掛からないようにしろ。俺達はお前達に干渉する気はないからな。そっちもそうしろ。あと、シアが他の亜人と同列なわけないだろ?」

 

 ハジメの言うことに歯噛みしながらも睨む光輝を尻目にハジメは踵を返して進む。

 

「(ま、あのヒーローにそんな覚悟が持てるはずもないか…)」

 

 微妙に上の空でもハジメ達の会話は聞いていたのか、忍はそんな感想を抱いていた。

 

 

 

 そうして、辿り着いた冒険者ギルドは…まんま酒場という印象だ。広いスペースに乱雑に置かれたテーブルに、カウンターは二つある。一つは手続きなどを行うだろうカウンターで、もう一つはバーカウンターだ。今までもあったことだが、入った瞬間に女性陣に下卑たる視線が集まってきたのでハジメが面倒そうに威圧を放つ。が、流石は軍事国家にいる冒険者だけあって気絶する者はおらず、逆に酔いが醒めて警戒心を露にする程だった。

 

「(へぇ~、親友の圧を受けてもこのくらいとはな…)」

 

 その様子に忍も少し驚いていた。

 

「情報を貰いたい。ここ最近、帝都内で騒ぎを起こした亜人がいなかったか?」

 

 忍が驚いている横でハジメは気怠そうな受付嬢に情報を貰おうとしていた。

 

「そういうのはあっちで聞いて」

 

 受付嬢は胡乱な目でハジメを見たものの、すぐに面倒そうにバーカウンターの方を指差す。そちらを見れば、ロマンスグレーの初老の男性がグラスを磨いていた。それだけ伝えると受付嬢はもう我関せずといった風の態度だった。

 

 バーカウンターへと足を向けたハジメ達は、マスターらしきロマンスグレーの男性に受付嬢にした問いと同じものをしたのだが…

 

「ここは酒場だ。ガキ共が遠足に来ていい場所じゃない。第一、酒も飲まない奴を相手にする気もない。さっさと出て行け」

 

 なんとも渋い声でそのようなことを言い放っていた。

 

「(おっと、これは…親友のボルテージが上がるな…)」

 

 テンプレ大好きハジメさんがこんな素晴らしいマスターを見て嬉しくないはずがないと思った忍はハジメの方を見る。

 

「もっともだな。マスター、この店で一番キツくて質の悪い酒をボトルで頼む」

 

 カウンターにお金を置きながらそんな注文をするハジメの横顔は平静を装ってはいるものの…

 

「(あ~あ…やっぱり、喜んでる…)」

 

 付き合いの長い忍からしたら、かなり気分がよろしいことが窺えた。

 

「……吐いたら、叩き出すぞ?」

 

 ハジメの注文に一瞬眉をピクリとさせたマスターだが、特に断るでもなく背後の棚から一升瓶を取り出してカウンターに置いた。

 

「うっ…?!」

 

 嗅覚が敏感になってる忍はこの時点で顔を顰めている。そんな忍を他所にハジメはボトルの先端を指先で撫でるように切断する。その行為自体と切断面の滑らかさに周囲が息を呑む。マスターも同様に少しばかり目を見開いている。封を切ったボトルからキツいアルコール臭が溢れ出し、ハジメ以外の者が鼻を覆って咽たり、後退ったりしていた。

 

「な、南雲君? そ、それを飲む気なの? 絶対にやめた方がいいわよ?」

 

「そ、そうだよ。絶対吐いちゃうって…」

 

「ていうか、ハジメ君。どうせ飲むならもっと良いお酒にしようよ」

 

「そうですよ。どうしてわざわざ質の悪いお酒なんて…」

 

 女性陣がハジメを止めようとするが…

 

「いや、味わう気もないのに良い酒をがぶ飲みなんて……酒に対する冒涜だろ?」

 

『え~』

 

 ハジメの軽口に女性陣が批判めいた声を漏らすが、マスターは違った。口元が僅かに楽しげな笑みを浮かべているのだ。

 

「(今、親友の心はマスター一色だな)」

 

 そんな感想を抱きながら忍が横で見てる中、ハジメはボトルを一気に飲み干していた。

 

ガンッ!

 

 飲み干したボトルをカウンターに叩き付けるようにして置くと、ハジメはマスターを見てニヤリと笑う。その眼は『文句あるか?』と言いたげだ。

 

「……わかった、わかった。お前は客だよ」

 

 マスターは苦笑いしながら両手を上げて降参の意を示していた。

 

「それで? さっきの質問に対する情報はあるか? もちろん、相応の対価は払うぞ?」

 

「いや、対価ならさっきの酒代で構わん。お前さんの聞きたいのは…兎人族のことか?」

 

「! 情報があるようだな。詳しく頼む」

 

 マスター曰く、数日前に大捕物があったようだ。その時、兎人族でありながら帝国兵を蹴散らし、逃亡を図ったとんでもない集団がいたらしい。だが、数の暴力には敵わず、城に連行されていったそうだ。まぁ、兎人族の常識を覆す実力だったから都内でも話題になっていたそうだが…。

 

「へぇ、城にねぇ…」

 

 その話を聞き、ハジメは隣のシアの手をカウンターの下で握っていた。反対側の手はユエが握っている。

 

「マスター。言い値を払うと言ったら、帝城の情報、何処まで出せる?」

 

「! 冗談でしていい質問じゃないが…その様子を見る限り、冗談というわけじゃなさそうだな…」

 

 ハジメの表情は笑ってるのに、全く笑ってない眼を見てマスターは決断を迫られた。

 

「…………警邏隊の第4隊に『ネディル』という男がいる。元牢番だ」

 

「ネディル、ね。わかった。訪ねてみよう。世話んなったな、マスター」

 

 聞きたい情報を聞けたハジメ達は冒険者ギルドから出てメインストリートで次の動きを話し合う。

 

「さて、情報も仕入れたことだし、ここから更なる情報源に聞きに行きますか。俺とユエがネディルって奴に聞いてくるから、お前等はその辺で飯でも食っててくれ。2、3時間で戻ってくる」

 

「あいよ、親友」

 

 忍は普通に答えるが、他の皆は疑問顔になる。

 

「? どうして2人だけで…………ハッ!? まさか、ユエさんとしっぽりねっとりする気ですか!? いつもみたいに……いつもみたいにぃっ!!」

 

「なっ!? そうなの、ハジメ君!?」

 

「むっ? ユエばかりズルいのぉ~」

 

 シアの邪推が伝播し、香織とティオまで往来で騒ぎだす。

 

「んなわけあるかっ!」

 

 思わずハジメもツッコミを入れるが、不意に袖をクイクイと引っ張られてそちらを見れば…

 

「……お外でするの?」

 

 ユエが上目遣いで尋ねてきた。

 

「いや、しねぇから…」

 

「……じゃあ、何処かに入る?」

 

「そういう問題じゃねぇよ。頼むから、そっから離れてくれ」

 

「……むぅ、わかった。夜戦に備える」

 

「その夜戦は帝城への侵入のことを言ってるんだよな?」

 

 ハジメの疲れたような態度に残念がるユエはそのように言っていたが、はてさて…どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか。

 

 ちなみに…

 

「お、大人だぁ! 同級生が物凄く大人な会話してるよぉ! シズシズ、どうしよう!?」

 

「……やっぱり、そういうこともしてるのね。でも、香織はまだ? どうしましょう? ここは親友として応援すべき? それともまだ早いと諫めるべき? ……わからないわ。私には会話のレベルが高過ぎる!!」

 

「(オカンやなぁ~)」

 

 鈴と雫が何やらブツブツ言ってるが、その様子に忍はぼんやりとそんなことを考えていた。

 

「お前等…いい加減にしろよ? この人選はあくまでもネディルが口を割らなかった時のためだ。ユエならある程度慣れてるだろうし、再生魔法も使えるしな」

 

「再生魔法なら私だって…」

 

「香織。ここは2人に任せましょう」

 

「雫ちゃん…」

 

 まぁ、帝国兵に帝城内の構造を教えろと言っても普通に口を塞がれるのが関の山だ。つまり、無理矢理聞き出す必要があるので、人を癒すことに慣れてる香織よりもユエの方が適任という訳だ。あとは、香織に凄惨な光景を見せる訳にもいかないという配慮も多少あるのかな?

 

「ハジメさん、ユエさん。その……………エッチはほどほどに!」

 

「台無しだよ! この残念ウサギ!!」

 

 そうしてハジメとユエが人混みの中へと姿を消していく。

 

「ま、後はゆるりと待つだけさ」

 

 ここまで特に何の弁護もしなかった忍が近場の宿屋の食事処に入っていく。それに倣ってシア達や光輝達も食事処に入っていく。

 

………

……

 

 数時間後。

 

 忍達が入った宿屋の食事処に、妙にツヤツヤしたユエと、少しやつれた感じのハジメが入ってきた。

 

「「……………………」」

 

 その2人の様子にシアと香織からブリザードの如き寒気と殺意が溢れ出していた。

 

「……………………」

 

 当のハジメは居心地悪そうにしてたが、2人の殺意に対して微妙に恐怖を感じていたような…。

 

「で? 親友、情報の方はどうだったよ?」

 

 そんな冷たい空気の中、忍がハジメに尋ねる。

 

「あぁ、そっちは問題ない。ただ、再生魔法を使ったせいか、ユエのガス欠が多くてな」

 

「なるほど。それでユエさんが"吸血行為"をしたから、そんなやつれてるのな」

 

 忍は何となしに言ったが…

 

「「へ…?」」

 

 シアと香織が間抜けな声を漏らす。

 

「…………おい、お前等。まさか、本当に俺がこの短時間でユエを抱いたと思ってたのか? 随分な評価だなぁ? えぇ?」

 

 女性陣からずっと冷たい視線を向けられていたハジメが嫌味と共にジト目で女性陣を見る。

 

「あ、あははは、そ、そんなことはないですよぉ~」

 

「そ、そうだよ。再生魔法って燃費が悪いもんね!」

 

「「……………………///」」

 

 シアと香織は目を逸らしながら必死の弁明、雫と鈴は頬を染めて明後日の方向を見る。

 

「はぁ………まぁいい。さっきも言ったが、情報は得られた。今晩、行動を起こす。潜入メンバーは俺、ユエ、シアの3人だ。数は少ない方が発見されるリスクも少ないしな。ホントは忍も面子に入れたかったが…」

 

「ま、今の俺じゃちょい不安だしな」

 

「それを自覚してる分だけマシだろ。残りは帝都外に待機しているパル達と共にいてくれ。直接転移する」

 

 肩を竦める忍にハジメはそう言っていた。

 

「なぁ、南雲。今更なんだが、シアさんの家族が帝城に掴まってるなら、普通に返してくれと頼めないのか?」

 

 黙って聞いていた光輝が今更なことを言うが…

 

「「対価は?」」

 

「え?」

 

「おいおい、ヒーロー。いくら勇者だろうと、何の対価もなしに知り合いの兎人族ってだけで解放されたりはしないだろ?」

 

「そうだ。しかもカム達は帝都に不法侵入し、帝国兵を殺したんだぞ? そんな兎人族を"はい、そうですか"と無条件に返してはくれねぇよ。それはもう足元を見たドデカい見返りを要求されるだろうな。下手すりゃ姫さんの交渉にも響くかもしれないぞ?」

 

「そ、それは…」

 

 ハジメと忍の言葉に、口を噤んで考え込んでしまう光輝を見て2人は凄く嫌な予感を感じてしまい、同時に雫をチラッと見る。

 

「…………」

 

 その表情は『あ、これはヤバいわ』といったものだったので、ハジメは先手を打つことにした。

 

「なぁ、天之河。一つ、お前に頼みたいことがあるんだが…」

 

 ハジメは光輝に陽動役の任を与え、潜入に参加しないように誘導したのだ。そして、その際…ハジメは仮面を光輝達に渡して正体を隠すように勧めていた。ちなみに仮面には色があり、光輝は赤、龍太郎は青、鈴は黄色、雫はピンクという配色がなされた。

 

 まぁ、ピンクを拒否った雫が身内から色々と暴露されたりもしたが、それは些事だ。

 

「(親友ってたまに子供っぽいよな)」

 

 ハジメの意図を何となく察したユエと忍は呆れた表情だったりもするが…。

 

………

……

 

 そして、深夜。

 

「……………………」

 

 ティオや香織と共にパル達と待機していた忍は岩の上で座禅を組んで瞑想していた。

 

「(ハルツィナ樹海の大迷宮を終えたら、次はいよいよ最後の大迷宮だ。地理的に魔人族領になるからな。しかも極寒地帯。やはり、巫女達は置いてくしかないな。正直、手が回りそうにないのが実情だ。ただ、シオンだけを連れていくわけにもいかないが…シオンにもシオンの事情があるしな)」

 

 巫女の中で唯一とも言えるまともに戦闘出来るのはシオンだけだ。ハルツィナ樹海の中で、という限定条件ならばセレナやジェシカも該当するが、ハルツィナ樹海の外に出たら魔法の餌食になるのは目に見えている。しかもシュネー雪原に安全な場所はないだろう。だったら、巫女達をフェアベルゲンに残す方がまだ安全だろうという結論に至る。

 

 事実としてシェーラもエリセンに残る選択をした。ファルは吸血鬼族の末裔だが、見た目は人間族と大差ない。シオンと共にいれば問題ないだろうが、そのシオンがティオのお付きというのもあるので、何とも悩ましい問題でもある。今回は例外的にフェアベルゲンに置いてきたので、後で色々と文句を言われることは間違いない。

 

「(悩むくらいなら、最初から受け入れなければよかったのかもな……でも、俺の芯の部分が、なんとなく拒否るのを拒んだのかもな。これも覇王の影響かね…?)」

 

 そんな風に考えていると、不意に空間の歪む気配と匂いがしたので、瞑想を中断する。

 

「来たか」

 

 呟きと共に岩から降りて帰還しただろうハウリア族の元へと向かう。

 

「親友はまだか」

 

 帰還したハウリア族と待機してたハウリア族が喜びを分かち合っている中、忍はハジメの姿を捜すが、見つからなかったので、まだ救出の途中かと考えた。

 

 それから少ししてカムを連れたハジメ達が空間魔法で戻ってきた。

 

「あぁ、親友。おつか…」

 

 忍がハジメに歩み寄ろうとしたが…

 

ヒュッ!

 

 それより先にハジメの背後から奇襲する者がいた。

 

「……何のつもりだ? 八重樫」

 

 背後を見ずに鞘に収めた状態の黒刀をキャッチしながらハジメが奇襲者こと、雫に問い掛ける。

 

「……ストレス発散のために南雲君に甘えてみただけよ」

 

 どうやら陽動の際に何かあったらしい。それとも仮面のせいだろうか? ともかく、ハジメに八つ当たりしている。

 

「……雫ちゃんが八つ当たりなんて…」

 

「……甘え、とも言う」

 

 その様子を見てた香織とユエがヒソヒソと会話していた。

 

「ボス。よろしいですか?」

 

 ハウリア族での再会の喜び、という名のド突き合いが終わったのか、カムがハジメ達の元へとやってくる。とても真剣な表情だ。

 

「……………………」

 

 ハジメは即席の椅子と車座を用意してから、そこに腰掛けるとカムに話の続きを促した。

 

 カムの話によれば、ハウリア族はやり過ぎたらしい。魔人族襲撃で疲弊したフェアベルゲンに帝国が攻め寄せてきたのは、以前パル達が話してた通りだが、ハウリア族は相当数の帝国兵を撃破したらしく、それが帝国に伝わって謎の暗殺部隊か何かだと警戒させたらしい。

 

 そうして帝国ではその暗殺部隊の捕縛に乗り出し、帝都まで誘い込んでの包囲・捕縛に追い込んだようだ。が、捕まえてみれば、温厚で知れ渡る兎人族だったのだ。しかも包囲したにも関わらず、巧みな連携を駆使して帝国兵と渡り合ったというのだから、帝国上層部も興味が湧いたらしい。

 

 その結果、生け捕りにされて色々と情報を聞き出されたのだが、ハウリア族は一族郎党処刑される寸前だった上、フェアベルゲンから追放された関係だとは帝国は思いもよらないだろう。

 

「で? 捕虜になった言い訳がしたいんじゃないだろう? さっさと本題を言え」

 

「失礼しました、ボス。我々、ハウリア族と新たに家族に迎え入れた者を合わせた新生ハウリア族は……帝国に戦争を仕掛けます」

 

『……………………』

 

 ハジメと新生ハウリア族以外の時が止まる。それほどまでに驚愕で誰もが理解が追い付かなかった。

 

 一番最初に口を開いたのは、当然ながらシアだった。家族のことだから心配もしてのことだろう。いつものムードメーカーな雰囲気は何処へやら、怒気を孕んだ気迫の表情で父親であるカムにドリュッケンを突きつける。突きつけられたカムはただ黙って娘を見ていた。

 

 その空気を壊したのは…やはり、ハジメだった。シアの尻尾を鷲掴みにして気勢を削いだのだ。そして、シアが落ち着いたところでハジメはカムに問うた。

 

「カム。まさかとは思うが、その話をしたのは俺を参戦させるためじゃないだろうな?」

 

「ははっ。それこそ"まさか"ですよ。ただ、こんな決断が出来たのもボスのおかげなので、せめて決意表明だけでも、と思っただけです」

 

 それだけでカム達の総意が本気なのだとわかり、シアが悲痛な表情になる。

 

「……理由は?」

 

「意外ですな。聞いてくれるのですか? 興味ないかと思いましたが…」

 

「それだけならな。が…」

 

 ハジメはチラッと沈んだ表情のシアを見て、カムも納得したように理由を話す。

 

 カムの尋問の時、皇帝自らが出てきてカムに『飼ってやる』と言ったらしく、カムはその返答に対してツバを吐きかけてやったらしい。それが逆に皇帝の興味を強くしたらしく、強欲そうな顔で『全ての兎人族を捕らえ、調教してみるのも面白そうだな』という風に言ったようだ。

 

「断言しますが、あの顔は本気です。我等のせいで他の兎人族の未来を奪われるのは、耐え難い。故に行動を起こすのです」

 

 カムの言葉にハジメは推測出来る範囲で考える。

 

「……………………暗殺、か」

 

「肯定です」

 

 カム達は皇帝一族を狙うのではなく、周囲の人間を狙うようだ。だが、それは…時間が掛かる上に、その時間で報復の準備を整えさせるのに十分だ。時間との勝負になるだろう。

 

 それを承知でカム達は覚悟を持っていた。

 

 だが、それを聞いて黙っているハジメではなかった。

 

「わかった。俺は一切戦わない。が、うちの元気印がこんな顔してるんだ。黙って引き下がると思ったら大間違いだぞ?」

 

「し、しかし、ボス。一体何を…?」

 

「カム、ハウリア族。こいつを泣かせるようなチンケな作戦は全て却下だ。やるなら、皇帝の首にその刃を突きつけろ!!」

 

『ッ!!?』

 

 ハジメの扇動に新生ハウリア族のみならずその場にいた者全てが息を呑んだ。

 

「おっふ…親友よ。目的を帝城落としにすり替えやがった。しかもお膳立てもすんのかい」

 

 あまりの新生ハウリア族の熱狂ぶりに忍達は唖然としていた。

 

 

 

 こうして新生ハウリア族による帝城攻略に向けての作戦を詰めることになった。もちろん、サポートとしてハジメ謹製のアーティファクトも使用して、だが…。

 

 はてさて、帝国はどうなることやら…。



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第四十六話『帝国崩しと亜人解放』

 ヘルシャー帝国を象徴する帝城。それは帝都の中にありながら周囲を20メートル近くある深い水路と魔法的な防衛措置が施された堅固な城壁で囲まれており、水路の中には水生の魔物すら放たれている。さらに城壁の上にも見張りが巡回しており、入り口は巨大な跳ね橋で通じている正門のみとなっている。

 

 帝城に入れる者も限られており、基本的には魔法を併用した入城許可証を提示しなくてはならなく、跳ね橋の前にある巨大な門型の詰め所での検査も容赦ない。正規の手続きを踏んだとしても身体検査や荷物検査など徹底されている。もし、不埒な者がいようものなら、魔物の放たれた水路に突き落とされることもあるとかないとか…。

 

 それほど厳重な警備体制を敷いた帝城に乗り込むのは至難を極める。が、ハジメ達は光輝の勇者という肩書を利用し、堂々と正面からの侵入をしようとしていた。

 

 少しの混乱はあったものの、詰め所で待機してもらっていた一行の元へ、1人の大柄の帝国兵がやってきて部下にリリアーナの元へと案内させると言っていた。

 

 その際、その帝国兵『グリッド・ハーフ』がシアの存在に気付き、シアにかつてハウリア族を襲った帝国兵のことを思い出させる。グリッドこそがその時の隊長だったのだ。しかし、ハジメとユエの無言の激励でシアは当時の恐怖を克服し、毅然とした態度でグリッドに言い返す。そして、グリッドが邪魔だったハジメの言葉の切れ味もあって一行はリリアーナの元へと案内された。

 

 リリアーナの待つ部屋に案内された一行だったが、ハジメがリリアーナの質問に対してのらりくらりと適当なことを言いつつ、帝国との協議内容を聞いたり、シアとグリッドとの関係を話したりで時間を潰していると、遂に皇帝との謁見の時間がやってきた。

 

 皇帝が待つ応接室に案内された一行。そこには既に30人は座れるだろう縦長のテーブルの上座に頬杖をついて不敵な笑みを浮かべる男『ガハルド・D・ヘルシャー』が座っており、その背後には如何にも"出来る"とわかる研ぎ澄まされた雰囲気を纏った2人の男が控えていた。

 

「(なぁ、親友)」

 

「(あぁ、わかってる)」

 

 部屋に入った一行の内、ハジメと忍が念話で話し合う。気配と匂いで壁に2人、天井に4人、入ってきた扉が閉まると同時に2人、計8人の手練れが何らかの準備をしていると…。

 

「お前等が、南雲 ハジメと紅神 忍か?」

 

 一行が中に入るなり、ガハルドはハジメと忍に向けて鋭い視線を向けると共に異様なプレッシャーを叩き付けていた。

 

 流石は数十万もの荒くれ者共を力の理で支配する男の威圧。普通の相手なら、気押されてしまうか気絶してしまうだろう。同じ王族であるリリアーナは少し苦しそうに、光輝達勇者パーティーは思わず後退る。

 

 しかし、そんな強烈なプレッシャーの中、ハジメ、忍、ユエ、シア、ティオ、香織の6人は平然としていた。一番経験の浅い香織ですらガハルドのプレッシャーの中を平然としている。伊達に大迷宮を攻略した訳ではなく、さらには"悪食"なんて太古の化け物とも戦って生き残ったのだ。いくら皇帝の威圧だろうと、大迷宮攻略者にとってはそよ風にも等しいのだ。

 

 その様子を見て面白そうに口の端を吊り上げるガハルドに問われた2人が返事をする。

 

「えぇ、俺が南雲 ハジメですよ。お目に掛かれて光栄です、皇帝陛下」

 

「同じく紅神 忍です。陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう」

 

『!?』

 

 忍はともかく、ハジメの対応に光輝達が目を見開いて驚く。

 

「ククク…思ってもいないことを。そっちの紅神 忍はともかく、南雲 ハジメ。いつもは傍若無人とした態度らしいじゃねぇか。うん? 何処かの姫様が対応の違いに泣いちまうぞ?」

 

 ガハルドの言葉にハジメがチラッとリリアーナを見る。それに対してりりあはプイっとそっぽを向いてしまう。

 

「(ん~…フラグの匂いが…しなくもないか?)」

 

 その様子を横目で見てた忍が内心で少しニヤニヤしてた。

 

「どっちも似合わねぇ喋り方してねぇで、普段通りに話せよ。俺は素のお前達に興味があるんだからよ」

 

「……はぁ、そうかい。じゃ、普段通りで」

 

「ハッハッハッ、堅苦しいのは性に合わんからな」

 

「クク、それでいい」

 

 そうしながらも一行は席に着いていく。

 

 ガハルドがハジメと忍から視線を外すと、ハジメの傍に陣取るように座るユエ達を興味深げに見て、その中のシアを見て意味深げな視線を向ける。が、すぐに光輝達の方に視線を向けると、光輝を無視して雫をロックオンする。

 

「久しいな、雫。俺の妻になる決心はついたか?」

 

 帝都を歩いてた時、ちょろっと話題に挙がったが、雫は皇帝に気に入られて求婚されていたのだ。

 

「おい! 雫はもう断っただろう!」

 

 雫の返答よりも早く光輝が反応するが、ガハルドは鼻で笑うと光輝を無視した。光輝が額に青筋を立てるのを見て雫が澄まし顔で答える。

 

「前言を撤回する気は全くありません。陛下の申し出はお断りさせていただきます」

 

 というような会話があったものの、ガハルドは諦めた様子が微塵もなく、むしろますます気に入った様子だった。しかも何気に正論を言うので、雫としても対応に困っていた。

 

 ふと嫌そうにそっぽを向いた先で雫とハジメの眼が合う。

 

『流石は苦労人(笑)』

 

 目は口程に物を言う、とはよく言ったもので、ハジメの面白さを多分に含んだ色の視線を受け、イラッとした雫は手近にあった角砂糖を指で弾いていた。所謂、指弾だ。ハジメも使ったことはあるが、ハジメのそれとは比較にはならないものの、それでも結構な勢いで飛んだ角砂糖はハジメの澄ました顔面に飛来し…

 

パクッ!

 

「もごもご……ごっくん」

 

 その角砂糖はハジメが口でキャッチすると、これ見よがしに口を動かして角砂糖の甘さを堪能してから胃に収めた。それを見て雫は悔しそうな顔をしたのに対し、ハジメは澄まし顔のままだった。

 

「(完全にじゃれてるよな。この2人…)」

 

 忍が紅茶に口を付けながらもハジメと雫のじゃれ合いを内心呆れて見ていたのと同じく、ユエと香織もジト目で2人のやり取りを見ていた。

 

「ふんっ。面白くない状況だな。南雲 ハジメ。お前には色々と聞きたいことがあるが、これだけは聞かせろ」

 

「あぁ? なんだよ?」

 

「お前。俺の雫をもう抱いたのか?」

 

『ぶふぅーー!!?』

 

 真剣な表情でガハルドが唐突に言った言葉に紅茶を飲んでいた数名が紅茶を噴いた。

 

「陛下……最初に尋ねるのが、それですか…」

 

 思わずガハルドの背後にいた護衛の1人がそう呟いていた。

 

「ハッハッハッ、楽しい皇帝陛下じゃないの。なぁ、親友?」

 

「どこかだよ…」

 

 忍は笑っていたが、ハジメは心底面倒そうな顔をしていた。

 

「ちょっ、陛下! いきなり何をっ……!」

 

「雫。お前は黙ってろ。俺は南雲 ハジメに聞いてんだからよ」

 

 雫が何か言いたそうだったが、ガハルドはそれを無視してハジメを睨む。

 

「今のを見てどっからそんな発想に行き着くんだよ」

 

 そんなガハルドに対し、ハジメは呆れている。

 

「どうやら、雫はお前に心を許しているようだからな。態度からして"ない"とは思うが、念のためだ」

 

「はぁ、あるわけないだろ?」

 

「……ふむ。嘘はついてないな。なら、雫のことをどう思ってる?」

 

「八重樫のことを…?」

 

 ガハルドに言われ、ハジメは雫に視線を向ける。ハジメに見つめられた雫の表情は、なんか大変なことになってた。若干、雫の耳が赤くなり始めたような気がしないでもないが…。

 

 ちなみにガハルドの質問で周囲の目がハジメに釘付けになっている。ユエ達や光輝達の様々な意味が込められた視線が突き刺さっているとも言うが…。

 

 そして、少しの間考えて出したハジメの答えは…

 

「……オカンみたいな奴」

 

「ぷっ!」

 

 ハジメの答えに忍が思わず噴き出してしまい、笑いを堪えるので必死そうな感じだった。

 

「OK、その喧嘩買ったわ。表に出なさい、南雲君! あと、ついでに紅神君も!」

 

 さっきまでの微妙な雰囲気は何処へやら、据わった視線の雫が椅子から立ち上がりかけ、光輝と鈴が慌てて腕を押さえて止めに入る。

 

「……まさかの返答だったが…まぁいい。雫、うっかり惚れたりするなよ? お前は俺のモノなんだからな」

 

「だから、陛下のモノでもなければ、南雲君に惚れるとかありませんから! いい加減、この話題から離れてください!」

 

「わかったわかった。そうムキになるな。過剰な否定は肯定と取られるぞ?」

 

「ぬっぐぅ……!」

 

 ガハルドの正論に雫が不機嫌そうにドカッと椅子に座り直す。それを隣の鈴が宥めている。

 

「南雲 ハジメ。お前も雫に手を出すなよ?」

 

「興味の欠片もねぇから安心しろ。つか、ホントに無駄話しかしてねぇな。これ以上、無駄話するんなら退出したいんだが?」

 

「無駄話とは心外だな。新たな側室…もしくは皇后が誕生するかもしれない案件だぞ? 帝国の未来に関わるというのに……まぁいい。確かに話したかったのは、雫のことじゃない。わかってるだろ? お前達の異常性についてだ」

 

 雫を絡めることでハジメと忍の観察する時間を稼いでいたガハルドが雰囲気をガラリと変えて本題を切り出す。

 

「リリアーナ姫からある程度は聞いている。お前達が大迷宮攻略者であり、そこで得た力でアーティファクトを創り出せると。特に南雲 ハジメの技術力は凄まじく、魔人族の軍勢を一蹴し、二ヶ月は掛かる道程を僅か2日足らずで走破する。そんなアーティファクトを……真か?」

 

「あぁ」

 

「そして、そのアーティファクトを王国や帝国に供与する意思がないというのも?」

 

「あぁ」

 

「ふん、一個人がそれだけの力を独占か。そんなことが許されると思っているのか?」

 

「誰の許しがいるんだ? 許さなかったとして、一体アンタらに何が出来るんだ?」

 

 ハジメの簡潔な返しにガハルドの眼が細められ、プレッシャーが増していく。

 

「ハッハッハッ、流石は親友。ブレないねぇ~」

 

 今の返しにケラケラと笑っている忍にガハルドが視線を向けた。

 

「そういうお前はどうなんだ? 紅神 忍?」

 

「およ? 俺かい?」

 

「南雲 ハジメの影に隠れがちだが、お前だって攻略者だろう? つまり、南雲 ハジメと同等の力を得ているはずだ。それを俺達に貸す気はないのか?」

 

「無いね」

 

「お前も即答かよ。理由は?」

 

「俺の力は俺のもんさ。俺がどう使おうと俺の勝手じゃん? だって俺、覇王だし」

 

「覇王、か…」

 

「そ。あと、そんなことして親友と事を構えたくないってのもあるしな。親友とは刃を交えたくないのよ。親友とガチに戦うの面倒だし」

 

 忍の返答にガハルドが一瞬眉をピクリとさせるが、背後の護衛はそうともいかなかったようで殺気が滲み出ている。それと共に場の緊張感が高まっていくのが肌で感じる中…。

 

「「……………………」」

 

 ハジメが視線を天井や壁に向け、忍が指を鳴らそうと手をユラユラと動かしている。それらの意図を察したのか…。

 

「はっはっは、止めだ止めだ! バッチリ、バレてやがる。こいつらは正真正銘の化け物共だ。何かしようものなら、一瞬で返り討ち…いや、全滅されそうだな!」

 

 ガハルドは豪快に笑って覇気を収める。それに合わせて周囲の者達も剣呑な空気を収めていく。

 

「なんで、そんな楽しそうなんだよ?」

 

「おいおい、俺は"帝国"の頭だぞ? 強い奴らを見て、心が躍らなきゃ嘘ってもんだろ?」

 

「わぉ、戦狂一歩手前な感じの発言だぜ。まぁ、わからなくもないが…」

 

「ほぉ、覇王はわかってるじゃねぇか」

 

 それからガハルドの興味はハジメが侍らしてるユエ達に向き、シアを見てカム達のことを間接的に話す。だが、ハジメは『興味ない』の一点張りでガハルドの口撃をのらりくらりと躱していたが、ガハルドの方も何の収穫もなかったわけではなかったらしい。

 

 そして、一行は今夜のリリアーナの歓迎、"兼婚約披露"パーティーへの出席を求められた。初めて聞く情報にリリアーナへと光輝達が質問する中、リリアーナは同盟国との関係を強化するために必要だと言っていた。

 

 その後、一行はリリアーナと別れ、別部屋へと案内されていた。そこで忍は案内してくれたメイドさんを丁重な感じで追い返し、ハジメは何かの作業に没頭する。

 

 決戦の刻は…近付いてくる。

 

………

……

 

 そして、夜。帝城内の会場にてリリアーナ姫の歓迎、兼『バイアス・D・ヘルシャー』皇太子との婚約披露パーティーが催された。形式は立食式で純白のテーブルクロスを敷かれたテーブルの上には様々な料理やスイーツがあり、会場の装飾も豪華絢爛なものだった。

 

 このパーティーに参加しているのは全員、帝国のお偉方であり、煌びやかな衣装を着ていても武官と文官では立場が違うような印象である。実力主義国家であるから武官の方が文官よりも少し偉いのだろうか?

 

 そんな会場の中でも一際目を引くのが、ハジメ一行だ。ハジメと忍は既に決別しているとは言え、この世界の人から見たら彼等もまた"神の使徒"である。帝城に堂々と入る際に"勇者一行"の肩書を利用したので、仲間だと思われても不思議ではない。利用出来るモノはとことん利用するのが化け物コンビの流儀だ。

 

 そんなハジメの傍にはこのパーティーの主役よりも着飾ったユエ、シア、ティオ、香織がいるのだが…まぁ、着飾った原動力のことを考えれば、致し方ないとも思えなくもないが、やはり主役よりもかなり目立った存在になっている。ハジメに話し掛けているお偉方の大多数は彼女達目当ての方が多い。

 

「やれやれ。親友も大変だねぇ~」

 

 グラスを傾けながらハジメや光輝達とも距離を取って壁際に陣取る忍はハジメの様子を見て苦笑する。

 

「巫女ちゃん達を置いてきたのは正解だったかな。今回に限っては」

 

 そんなことを呟きながら忍は周囲の観察に徹していた。ちなみに忍は気配遮断を使っているので、滅多なことでは声をかけられないようにしている。

 

 そんな中、会場の入り口がにわかに騒がしくなり、このパーティー本来の主役の登場するようだ。しかし、どうにも周囲の反応がイマイチだ。それもそのはず。主役であるリリアーナのドレスが漆黒で、いかにも『義務としてここにいます』といった澄まし顔であり、婚約者であるはずのバイアスも苦虫を噛み潰したような表情だったからだ。とてもこれから夫婦になる2人とは思えなかった。それからガハルドからの軽い挨拶もあり、リリアーナとバイアスの挨拶回りとダンスの時間となる。

 

「(? これは、俺等の知らないとこで何かあったと見るべきか?)」

 

 そんなリリアーナの様子を見て忍はハジメの方を見るが、当のハジメはユエと一曲躍っている最中だった。そして、女性陣の方を見れば『二番手は誰だ!?』と言わんばかりの気迫で競り合っていた。

 

「(何してんだか…)」

 

 やれやれ、と言った具合に肩を竦める忍は曲が終わるのを見極めて壁際から移動し、ハジメに何があったのか聞こうとしたが、その前にリリアーナがハジメに近付き、ダンスの相手を頼んでいた。そのリリアーナとハジメが踊り始めたため、忍は仕方なく気配遮断をゆっくり解除しながら女性陣の方に向かった。

 

「親友って案外踊れたのな」

 

「……意外?」

 

「まぁ、どちらかと言えばインドア派な親友だしな」

 

 そして、ハジメとリリアーナのダンスが終わり、リリアーナの見せた満面の笑みに会場中の殆どの者が心撃たれていた。リリアーナは他の上役とも躍る関係上、途中でハジメと別れており、戻ってきたハジメを女性陣はジト目で出迎えた。

 

「ハッハッハッ、で? 結局、親友は何をしたんだ?」

 

「別に大したことじゃねぇよ」

 

 そう言うハジメは、壇上に上がって演説を始めたガハルドを見ていつでも動けるように準備していた。

 

『ボス。この戦場に導いてくださったこと、感謝いたします』

 

 そのような念話がハジメに届く中、ガハルドが声高らかに宣言する。

 

「この婚姻により人間族の結束はより強固なものとなった! 恐れるものなど何もない! 我等、人間族に栄光あれ!!」

 

『栄光あれ!!』

 

 そして、その瞬間…会場の光は消え、暗黒が支配した。

 

「な、なんだ!?」

「きゃあ、なに!?」

 

 一瞬にして視界を奪われた会場内の貴族達は混乱していた。一部、冷静な者が指示を出そうにもその前に各個撃破されていく。

 

「狼狽えるな! 貴様らはそれでも帝国の軍人か!!」

 

 ガハルドの一喝によって混乱が少しだけ鎮静したものの…

 

ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!

 

「っ!? ちぃっ! コソコソと鬱陶しい!!」

 

 視界を封じられているにも関わらず、風切り音だけで飛来してきた矢を捌くガハルドだが、会場の混乱もあって防戦一方となっている。ただ、会場で火球で光源を作った者は軒並み首を刈られてしまっていた。

 

 しかし、そこは皇帝とその側近。すぐさま陣形を作ってガハルドの背後を守りに入る。それで幾ばくかの余裕が出来たガハルドが、矢を叩き落とし詠唱に入った。いざ反撃、といったところで、ガハルド達の近くに金属の塊がコロコロと転がってきた。

 

「なんだ?」

 

 側近の1人が警戒しながらもその物体に近寄ろうとした時だ。

 

「よせっ! 近付くな!」

 

「っ!?」

 

 ガハルドが嫌な予感を覚えてその側近に警告し、側近も飛び退こうとしたが、一手遅かった。

 

カッ!!

キイイィィィン!!

 

「がぁあ!?」

「うぐぅ!?」

「何がぁ!?」

 

 金属の塊が爆ぜると共に目映い閃光と甲高い音の衝撃がガハルド達を襲い、一時的に視覚と聴覚を奪う。これを好機と見たハウリアが一気に攻勢をかけ、側近達の手足の腱を斬り裂き行動を封じていき、舌も切って詠唱を封じる。

 

 だが、ガハルドは違った。目も耳も封じられているにも関わらず、ハウリアの猛攻を凌ぎ、あまつさえ魔法も使って善戦していたのだ。その様子からハウリアも連携で皇帝を仕留めようと殺気を迸らせる。

 

「ククク、心地いい殺気を放つじゃねぇか! なぁ? ハウリアぁ!!」

 

 どうやらガハルドは相手がハウリアだとわかっているようだ。

 

 そして、ガハルドとハウリアの攻防が続く中、ガハルドの身に異変が起きる。麻痺毒が散布されてたのだが、ようやっと効き目が出てきたのだ。そして、その好機にガハルドは他の将校達のように手足の腱を斬られ、衣服に施された魔法陣なども破壊されえしまい、敗北を喫する。

 

 ヘルシャー帝国皇帝の敗北に、会場中の貴族達が言葉を失う。

 

 そして、ガハルドとカムによる交渉(?)が始まる。ガハルドの言動一つで会場内の誰かの首が物理的に飛ぶ。その中には息子であるバイアスもいた。さらには民を人質に取られたことで、強硬姿勢だったガハルドが遂には折れた。このことで帝国は亜人の奴隷制度の撤廃、ハルツィナ樹海への干渉しないことなどを制約させた。

 

 こうして新生ハウリア族の最初の戦いは終わった。だが、これは新生ハウリア族がこれから先、戦い続けるためのほんの序章でしかない。彼等の戦いは、これからが本番なのだ。

 

 ちなみにリリアーナだが、襲撃開始と共にハジメに回収されていたりする。

 

 

 

 とにもかくにも長い夜が明け、パーティーの翌日には帝室からの正式な発表がなされ、亜人奴隷の解放が行われていったのだった。当然ながら反発もあったが、ハジメの過剰演出もあって神による信託だとでっち上げて民衆を騙した。神の使徒たる光輝や、使徒の体を使ってる香織も協力して…。

 

 帝国での一件も無事(?)解決した一行は、故郷に帰れると喜び合う亜人達を見て…

 

「俺達も、いつか…」

 

「あぁ、そうだな…」

 

 化け物コンビは、いつか自分達も、と決意を新たにしていたりする。

 

 次はいよいよ6つ目の大迷宮攻略だ。果たして、そこには何が待ってるのやら…。



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第四十七話『"本気"の想い』

 帝国から解放された亜人達は、フェルニルの下に急遽設けられたゴンドラに乗って空の旅をしていた。解放された亜人族は数千人にも及ぶため、全員をフェルニルに乗せることが出来ないので、このような措置を取っていた。

 

 ただ、樹海に送り届けるだけならば、転移でもよかったのだが、それでは『亜人族は神の意志で解放された』という名目上、示しがあまりつかないとなったので、記憶に残る手段。つまり、空飛ぶ物体によっての帰還となったのだ。

 

 しかしながら、数千人規模を運ぶ代償としてフェルニルを起動させることが出来るハジメと忍には結構な負担になっている。現在、忍は仮眠室で休憩しており、ハジメが操縦しているが、ハジメも忍もこの際だからと魔力制御の訓練も兼ねていたりする。余計に神経を使いそうだが、これも努力を怠らないハジメと忍なりのやり方だろう。

 

 そんな中、フェアベルゲンに宣誓を伝えるためにガハルドや、見届け人としてリリアーナも同行している。光輝達勇者パーティーも大迷宮に挑むために一緒だ。

 

 ガハルドがハジメに飛行艇を強請るも取り付く島もなく、逆に見せつけたことで空気を吸いに甲板に出て行った。その際、女性陣にもちょっとした争いが勃発したが…ハジメは自然体で特に何もしなかった。まぁ、女性陣のじゃれ合いは一種のコミュニケーションという側面もあるが…。

 

 そして、一行はフェアベルゲンへと舞い降りた。そう…物理的に…。

 

 

 

 フェアベルゲンの広場はフェルニルやゴンドラで一杯になりつつもゴンドラから降りた亜人達と、フェアベルゲンの住民達は唖然としながらも再会を喜び合った。

 

 そんな中、フェルニルから降り立ったハジメ達一行に長老衆が駆け寄ってきた。一応、降りる時に折った樹などはユエが再生魔法で修復したが…。

 

 ともかく、ハジメは長老衆にこの亜人解放はハウリア族が帝国に勝利した結果だと伝え、アルフレリックもそれを再度確認するように認めていた。

 

 その際、カムが戦力増強のために演説めいたことして兎人族の何人かはその瞳に炎を灯していたとか、どうとか…。

 

 それから一行はアルテナの案内で広間へと向かい、長老衆と対面するような形でカム達ハウリア族、ガハルド、ハジメ一行といった具合に座った。そして、ガハルドの口から敗北宣言と、宣誓についてを語り、長老衆を納得させた。その後、用が済んだガハルドをハジメが問答無用で開いたゲートの向こう側…つまり、帝国へと送り返していた。正直、皇帝に対する扱いではないのだが、それを見たリリアーナがちょっとだけ仲間意識を持ったとか…。

 

 さらに話題はガハルドからハウリア族のことに移り、カムが新たな長老衆への在籍を断ったため、フェアベルゲンと同盟関係として外部組織みたいな立ち位置に落ち着いた。その際、カムが勝手に大樹近辺と樹海南部の土地を縄張りにすると言ったため、長老衆…アルフレリックも頭が痛そうだったが…。

 

 ちなみに一行は大樹へ行くための次の周期…2日後までフェアベルゲンに滞在することが決まった。ハジメ達は宛がわれた部屋で寛ぐことに、光輝達は何か出来ることがないかと飛び出していった。

 

 そんな中、忍はというと…

 

「さてはて…どう会ったもんかね」

 

 置いてけぼりにした巫女達にどう会ったものかと、夜のフェアベルゲンの樹の枝に座って考えていた。

 

「月が綺麗だ……こういうのを幻想的というんだろうな」

 

 樹海の樹々の合間から見える月を見上げながら、そのような感想を抱く。ちなみに下の方では奴隷だった亜人達の帰還を祝って宴会が開かれているのだろうか、喧騒が聞こえてくる。

 

「明香音…」

 

 月を見上げながら忍は、地球にいる幼馴染みであり、恋人の名を呟いていた。

 

「あの日からもう半年近くは経ったか。もし時間の流れが同じだとして…明香音は、俺のことを覚えてくれてるかな…?」

 

 そんなことを呟きつつも、それを確かめる術がないもどかしさに苦笑を浮かべる。

 

「ダメだな…必ず帰って安心させてやらねぇと。あいつ、アレで案外脆い部分もあるしな……あ、でも、その隙を突かれて知らない男に言い寄られてたりしてねぇよな? いや、あいつは身持ち堅いし…心配ないだろうが………むしろ、心配かけてんのは俺か……帰ったら一発殴られるのも覚悟しとくか…」

 

 そんな風に樹の枝の上で独り言ちる忍は、不意に覚えのある匂いを感じ取った。

 

「ま、帰還後のことより、まずは目の前の問題だよな…」

 

 そう呟くと、樹の枝から降りて喧騒から離れるように歩き出す。

 

 

 

 しばらく歩いていると、少し開けた小さな広場へと出た。

 

「……………………」

 

 その広場の中心に立つ忍を月明かりが照らす。その月明かりは…まるで忍を断罪するかのような…そんな風にも見えなくはなかった。

 

「……答えは、出たのか?」

 

 忍が問うと、広場に6人分の人影が立ち入る。

 

『……………………』

 

 言わずもがな…セレナ、ジェシカ、レイラ、ティアラ、シオン、ファルだ。

 

「答える前に、一つだけ聞かせて」

 

 セレナが一歩前に出ると、忍に厳しい視線を送りながら問う。

 

「うん?」

 

「この場にシェーラがいたら…あの子にも同じことを言ったの?」

 

「この場に全員が揃っていたら、か………仮定の話をしても意味はないぞ?」

 

「いいから、答えて」

 

 有無を言わさない雰囲気のセレナに対し、忍は…

 

「……そうだな。シェーラがこの場にいても……多分、言ったんじゃないか?」

 

 そう答えていた。

 

「っ!!」

 

 その答えにセレナから殺気が漏れ出す。

 

「? 質問の意図がわからないんだが…」

 

 忍も今の質問の意図がわからず、首を傾げていると…

 

「あの子は…待ってみようかな、って言ってたのよ…」

 

 セレナが絞り出すような声で言う。

 

「?」

 

「アンタが来るのを待ってみるのもいいかもって…あの子はそう言ってたのよ!!」

 

 エリセン最後の夜にセレナとシェーラは短い会話をしていた。その心情を知っているセレナからしたら、今の忍の言葉はカチンときたらしい。

 

「……………………なに…?」

 

 その言葉に忍も目を丸くしていた。

 

「それを…あの子の決意をダシにして…今更、自由にしよう? ふざけんじゃないわよ!!」

 

「……………………」

 

 その叫びに忍が何も言えなくなっていると…

 

「私達は…巫女は……アンタを覇王なんて認めない!!」

 

「ッ!?」

 

「たとえ、覇王の魂が宿ってたとしても…今のアンタを認めてやるもんか!!」

 

 セレナの宣言に忍も他の巫女を目で見るが、一様にセレナの言葉に同意しているようにも見えた。

 

「(そうか…これが、俺への(ばち)、なのかな…)」

 

 忍は右手で顔を覆うと月を見上げるように天を仰ぎ、今までのことを思い返す。

 

「(最初は"本当にどうでもよかった"んだ。親友と異世界ライフでも楽しめればとも考えてたか。でも…それもあの時に終わった。奈落に落ちて、俺は本当に帰りたいと願った。でも、力が圧倒的に不足してた。そんな時に親友と再会した。俺は、親友のやり方を真似て力を得た。そして、奈落の最下層で真実を知った。この世界のこと、覇王のこと、反逆者と呼ばれた解放者達のこと…でも…正直、"実感が湧かなかった"。俺自身も覇王とは名乗っていた。けど、その反面…俺は、"覇王なんて、どうでもいい"って考えてた。それが巫女だの新しい事実だの…ハッキリ言って、"煩わしかった"。俺には、明香音がいればよかった。ただただ、明香音と過ごす日々を大切にしたかった。けど、ここに明香音はいない。だからか、明香音の代用として巫女を許容してた。でも、全然ダメだった。俺が本当に欲しいと感じた温もりは…得られなかった。それは、俺も本当は心のどこかが壊れてるから? わからない…自分が、わからなくなってきた…)」

 

 これが、忍の本心。今まで誰にも明かしてこなかった、心の闇。

 

「(戦闘はいつも無我夢中だった。親友に合わせてた部分も多大にある。俺は、"本気になってない"んだ。いつもそうだ。大抵のことはそつなく熟せる。でも、本気を出したら…"つまらない"って言われる。昔、俺と遊ぶと大抵の友達は"つまらない"って、遊ばなくなった。その中でも、明香音だけはいつも傍に居てくれた。だからこそ、俺は"本気になれない、なっちゃいけない"って考えるようになった。中途半端な能力なら、相手は楽しめるから…でも、俺は満たされない。本気を出すことでいつかは明香音からも見放されるんじゃないかって…正直、そう思えてた。だから、告白とかもしなかった。そういや、なんで今になって告白なんかしたんだっけ? 誰かに明香音を取られるのが嫌だったから? それもあるだろうな……でも、それより一番の理由…なんかなかったっけ?)」

 

 忍は月を見上げながら、ふと右手の隙間から見える月の光を受け、明香音に告白した時のことがフラッシュバックした。

 

~~~

 

『なぁ、明香音』

 

『なに、しぃ君?』

 

 学校から自宅への帰路の途中、何の気なしに聞いた言葉。

 

『俺が告白したら、お前、俺と付き合ってくれる?』

 

『ん~…しぃ君が本気ならね』

 

 明香音の言葉に忍はしかめっ面を見せる。

 

『本気って…俺は本気ってのが嫌いなんだよ』

 

『知ってる。でも、しぃ君が本気で私に告白してくれたのなら、私もちゃんと応えるよ?』

 

『俺は…』

 

 それでも踏ん切りのつかなそうな忍に、明香音が言う。

 

『大丈夫。私はいつでもしぃ君の味方だよ。だから、怖がらないで、ね?』

 

『……………………』

 

 しばしの沈黙の後…

 

『……わぁったよ。俺は本気でお前が欲しいんだ。他の誰にもお前を渡したくない。だから…俺の、恋人になってくれるか?』

 

 真っ直ぐに明香音の瞳を見つめながら言った言葉。

 

『…………うん、いいよ』

 

 忍の眼を見て、それが本気なのだと確信してから明香音は微笑んでいた。

 

『じゃあ、これからもよろしくな、明香音』

 

『うん。それとね、しぃ君。これだけは約束して?』

 

 嬉しそうに忍の腕を抱き寄せた明香音は、ぴとっと頭を忍の肩に乗せると追加注文をしていた。

 

『あん?』

 

『しぃ君が"本気"を嫌いなのは重々承知してるよ。でもね。もし、本気のしぃ君が必要になったら…ちゃんと本気になってね?』

 

『なんだよ、そりゃ?』

 

 明香音の意味不明な言葉に忍も苦笑する。

 

『ふふ。さぁね? でも、私が好きになったしぃ君は、いつでも本気を出せるような、あの頃のしぃ君だから』

 

『まるで今の俺は本気を出してねぇ上に、好きじゃないような言い方しやがって…』

 

『でも、事実でしょ? ただ、好きなのは変わりないけど』

 

『……………………』

 

『だからね。本気になった今のしぃ君を、いつか、必ず見せてね? そしたら、また惚れ直すから』

 

『……へいへい、機会があったらな』

 

『うん。楽しみにしてるね♪』

 

 その会話後、明日の昼飯を作ってくれる約束もしてから明香音を家に送り、自分も自宅に帰った。その時の月は、今のような優しい光を携えていたように感じたのだ。

 

~~~

 

 そのことを明確に思い出した忍は…

 

「(あぁ…そうか。なんで、忘れてたんだろうな……こんな、大切なことを…)」

 

 静かに、一筋の涙を流していた。

 

「? 忍?」

 

 月明かりで照らされた忍の右手の隙間から光るものが見え、セレナが怪訝に思っていると…

 

「……………………よし、決めた」

 

 忍が一呼吸置いてから言葉を紡ぐ。

 

「俺は、今から"本気"になる」

 

『???』

 

 その言葉に巫女達が顔を見合わせて首を傾げる。

 

「"本気"でお前達と向き合う。"本気"で世界を超えて帰ってやる。"本気"で大迷宮を攻略してやる。"本気"で覇王になってやる。そして、"本気"になった俺を明香音に見せつける!」

 

 まるで新たな目的が出来たように瞳の奥から決意の焔が燃え盛っていた。

 

「え、えっと…?」

 

 いきなりの"本気になる"宣言に巫女達も戸惑っていると…

 

「サンキューな。お前等のおかげで大切な約束を思い出せた。そして、本気で覇王になる決心もついた」

 

 忍のあまりに生き生きとした表情に巫女達がポカンとしているにも関わらず、忍は言葉を続ける。

 

「お前達ともしっかり対話しないとな。シェーラがいないのは残念だが、ま、いる奴等だけでまずは話さないとな」

 

 いつもの陽気に発せられる『ハッハッハッ』という笑いもせず、ギラリとした獰猛な視線で巫女達を見る。

 

『っ!!?』

 

 巫女達はその視線を受け、自分の身を抱き寄せながらブルリと身体を震わせていた。

 

「安心しろ。夜は長いんだ。じっくりねっとり相互理解を深めようじゃねぇか。なぁ?」

 

 忍がそう言った瞬間…

 

「ねっとりの意味が分からないんだけど!?」

 

「話よりも殴らせろ」

 

「確かに対話は必要ですが…」

 

「わぉ、なんだか野獣~」

 

「何故でしょう…身の危険を感じます…」

 

「……変なスイッチ入った?」

 

 巫女達から六者六様の反応が返ってくる。

 

 

 

 その後、巫女達の身に何が起きたかは…多くは語るまい。だが、収穫も大いにあったことだけは伝えておこう。忍が今まで溜め込んでいた心の内を巫女達に曝け出した結果、巫女達もまた忍に対する共有意識を持つことができ、それぞれの持つ覇王の巫女としてのスキルの理解を深めるようになっていた。

 

 いずれ覇王の巫女のスキルを語る時もあるだろうが、今はまだ理解を深めただけで行使するレベルには達していなかったりするので、割愛するが…。

 

 忍は思った。かつて獄帝との邂逅で言っていた言葉の真意は今回のことだったのかも、と。

 

 大切な想いを思い出し、"本気"となった忍は、翌日も巫女達と共に過ごし、大迷宮攻略に備えた。次にハジメ達と会う時、忍はどのような変化を見せているのか…。



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第四十八話『ハルツィナ大迷宮・序』

 大樹への道が開ける周期の日の早朝。フェアベルゲンの大門の前でハジメ達と勇者パーティー、そしてハウリア族は忍が来るのを待っていた。

 

「……………………」

 

 ハジメは特に何も言わずに忍のことを待っていたが…

 

「紅神の奴。遅いな…」

 

「もしかして、何かあったとか?」

 

 光輝達勇者パーティーは何かあったんじゃないかと少しソワソワしていた。確かに何かあったことには変わりないが、光輝達が心配するようなことは何一つない。何より、ここはフェアベルゲンだ。忍の身体能力を考えれば、脅威になることの方が少ない、というよりもほぼ皆無だろう。

 

「ボス。如何致しますか?」

 

 そこにカムがハジメに話し掛ける。

 

「あいつは俺並みの化け物だぞ? 必ず来る」

 

 ハジメはそれだけ言うと大門に背を預けて腕を組んだまま意識を町の方へと向ける。

 

 すると…

 

「ッ!」

 

 その気配にハッとしたハジメがドンナーを抜いて"町の方"へと向ける。

 

「……ハジメ?」

 

「ど、どうしたんですか? 急に…?」

 

「そっちは町の方じゃが…まさか、敵でも?」

 

「ハジメ君?」

 

 ハジメの行動に驚いたユエ達がハジメに尋ねるが…

 

「っ!? なんですか? この重圧は…?」

 

 ハジメに次いで気付いたのはシアとハウリア族で、町の方から確かな重圧を感じ取っていた故に警戒態勢を取る。

 

「こんな重圧を持つ者が町の中に? だが…」

 

 そして、シアとハウリア族に倣ってその場にいた全員が警戒していると、町の方から"7人分"の人影が見えてきた。

 

「………どういう訳か知らんが、そうか…お前かよ」

 

 重圧の正体を理解したハジメはドンナーを人影の先頭に向けたまま、その先頭の人物に話し掛けた。

 

「あぁ、待たせたな。"ハジメ"」

 

 そう言ってきたのは…濃密な気配を纏った忍だった。その後ろには巫女達も控えている。

 

「……何があった?」

 

「なに、ちょっと"本気になった"だけだ」

 

「"本気"? まるで今まで本気じゃなかったような言い方だな?」

 

「そこは悪いと思ってる。が、これからは違う。俺は本気であいつの元に帰りたいからな。ただ、それだけだ」

 

 今の忍の言葉にハジメの眼もスッと細くなり、殺気も漂い始める。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 しばし、ハジメと忍が睨み合っていると…

 

「……いいだろう。この際、今までのことは見て見ぬふりをしてやる。だが、もし今後本気でないと知ったら…わかるよな?」

 

「あぁ、わかってるさ。二度とお前のことを親友だなんて言わないし、お前の前から消えてもいい。俺は俺で大迷宮を攻略するさ」

 

 ハジメと忍の一触即発めいた言葉の応酬に、周囲の皆も驚いていた。

 

「随分と変わったな」

 

「お前ほどじゃない」

 

 ハジメがドンナーをホルスターにしまい、出発を促す。

 

「行くぞ。その覚悟が本物か、大迷宮で試してやる」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 

「巫女連中は?」

 

「ここまでだな。ここからは俺1人だ」

 

「わかった」

 

 そうして一行は巫女達の見送りで大樹の下へと向かうのだった。

 

………

……

 

 大樹への道中。当然の如く樹海の魔物が奇襲してきたが、それらは全て光輝達が大迷宮挑戦へのウォーミングアップとして対処していた。その中には香織の姿もあり、ノイントの体の掌握のために自主訓練をしていたのだ。

 

 そして、一行が大樹に辿り着くと、枯れていてもその偉容に光輝達は目を見開いて驚いていた。

 

「カム。お前達は離れておけ。こっから先は何が起こるか予想出来ないからな」

 

「はっ! 了解です、ボス。ご武運を」

 

 ハウリア族に指示を出してからハジメは宝物庫から攻略の証を取り出し、石碑の裏側に移動する。それを見てハジメの元に集まる忍、ユエ、シア、ティオ、香織、光輝、雫、龍太郎、鈴の挑戦者達と、律儀にも敬礼してから距離を取るハウリア族。

 

 それを確認してからハジメはオルクスの紋章に対応した指輪を窪みに嵌め込む。そうすることで石碑が淡い光に包まれ、以前のような文面が現れる。

 

『四つの証』

『再生の力』

『紡がれた絆の道標』

『全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう』

 

「前と同じだな。使う証は……そうだな、『神山』以外のでいいか」

 

 そう呟くと、ハジメは対応した紋章の窪みに『ライセンの指話』、『グリューエンのペンダント』、『メルジーネのコイン』を嵌め込んでいき、一つ嵌め込む度に石碑の輝きが増していく。そして、四つ目を嵌め込むと同時にその輝きが解き放たれたようにして地面を這って大樹へと向かい、大樹そのものを盛大に輝かせて不思議な文様を浮かび上がらせる。

 

「これで下準備は完了、ってか?」

 

「……なら、ここで再生魔法?」

 

 忍の呟きにユエが大樹へと近づくと、大樹に浮かび上がった七角形の紋様の中心に手を触れさせながら再生魔法を行使した。

 

パァアアアアア!!!

 

 直後、今までの比ではない輝きが大樹を包み込み、ユエの手が触れた場所からまるで波紋のように何度も光の波が大樹の天辺に向かって走り出す。

 

 燦然と輝く大樹は、まるで根から水を汲み取るように光を隅々まで行き渡らせて大樹本来の瑞々しさを取り戻していく。その様はまさに幻想的な光景だった。

 

  そうして枯れた状態から復活を遂げた大樹の目の前の幹が裂けるようにして左右に分かれると、そこには数十人は優に入れそうな洞窟が現れる。それを確認すると、ハジメ達は顔を見合わせて頷き合い、その樹の洞窟へと迷いなく入っていく。

 

 が、洞窟に入ったものの、これといった変化はすぐにはなかった。

 

「行き止まり、なのか?」

 

 光輝が訝しげに首を傾げると、全員が洞窟に入ったところで逆再生でもするかのように幹が閉じ始めた。

 

「っ?! 入り口が!?」

 

「落ち着け、天之河」

 

 完全に閉じ切った幹。それと同時に洞窟内の地面に魔法陣が浮かび上がって輝きだす。

 

「うおっ!? なんだ!?」

 

「なになに!?」

 

「騒ぐな! 転移系の魔法陣だ! 転移先で呆けるなよ!!」

 

 ハジメの注意を発すると同時に転移が発動し、ハジメ達の視界が暗転する。

 

………

……

 

「っ……ここは…?」

 

 再び光を取り戻したハジメ達の視界に映ったのは、樹々の生い茂る樹海の中だった。大樹の中に樹海…なんとも不思議な感覚だ。

 

「みんな、無事か?」

 

 光輝が軽く頭を振りながら周囲の状況を確認して仲間の安否を確認する。それぞれが返事をする中…

 

「……………………」

 

 何故か不機嫌そうなハジメに光輝が声を掛ける。

 

「? 南雲、ここが本当に大迷宮なんだよな? どっちに向かえばいいんだ?」

 

 ハジメ達がいるのは、周囲全てが樹々に囲まれたサークル状の空き地であり、ぱっと見は何処にどう向かえばいいのかわからなかった。だからこそ、光輝は大迷宮攻略経験者であるハジメに尋ねたのだ。

 

「……とりあえず、探すしかないか」

 

 不機嫌さを隠そうともせず、ハジメはそう呟くと近くの樹の幹に追跡のマーキングを行使する。それを見て目印を残しながらの探索なのだと理解した光輝が率先して歩き出す。それについていくように皆も歩き出す中…

 

「「……………………」」

 

 ハジメと忍が底冷えするかのような鋭い視線のまま、その場を動こうとはしなかった。

 

「? ハジメさんにシノブさん? どうかし……」

 

 その様子に気付いたシアが振り返ると同時に…

 

シュバッ!!

ブンッ!!

 

 二種類の風切り音が響いたかと思えば、一瞬でユエがワイヤーに巻きつかれた挙句、両端の球体が空中で固定されて拘束した。それと共に忍がティオと龍太郎を組み伏せ、逆手に持った銀狼と黒狼の刃を首へと寸止めで押し付ける。

 

「南雲!? 紅神!? 一体、何のつもりだ!?」

 

 突然の乱心とも言える行動に光輝が怒声を上げ、残った面子も緊張した面持ちになる。

 

「……少し黙ってろ」

 

 ハジメはそんな光輝達を尻目に拘束したユエの元へと歩いていき、ドンナーを抜いてユエの額に銃口をゴリッと押し付けた。

 

「ハジメ! どうしっ」

 

ドパンッ!!

 

 ユエが信じられないといった表情で喋ろうとするが、ハジメが有無を言わさずユエの肩を発砲する。しかし、不思議なことに血飛沫が上がることも、流血することも、そして何より"傷口が塞がる"様子がなかった。

 

「っ!」

 

 その光景に違和感を覚えたシアが今にも飛び出しそうだった香織と雫を手で制する。

 

「シノブ!? お主、正気か!?」

 

「おいおい! 紅神! どういうつもりだ!!?」

 

 忍が取り抑えてる2人も慌てた様子で喚き、光輝が先に忍を羽交い絞めにしようとした時だった。

 

「黙れ、"偽物共"。許可なく喋るな。紛いモノの分際でユエの声を真似てんじゃねぇよ」

 

 ハジメから発せられる体感的な温度を低くさせるような錯覚さえ覚えるほどの殺意の暴流がその場を支配する。

 

「お前は何だ? 本物のユエは何処にいる?」

 

「……………………」

 

 ハジメの問いにユエの姿をしたモノは、ストンと表情が抜け落ちたようになって答えなかった。いや、そもそも答えることが出来るかどうか…。

 

「まぁいい。そんな都合のいい機能はないか。なら、死ね」

 

ドパンッ!!

 

 ドンナーが火を噴くと共に偽ユエの頭部が吹っ飛び、赤錆色のスライムのようなモノが飛び散り、一拍置いてから偽ユエの体がドロリと溶けて地面にシミを作った。

 

「忍。そっちもいいぞ」

 

「あぁ」

 

 ハジメの合図を聞き、"シュランッ!"と二刀を偽ティオと偽龍太郎の首に走らせると、偽ユエと同じようにドロリと赤錆色のスライムとなって地面のシミになる。仲間内からしたらなかなかにショッキングな光景ではあるが…。

 

「チッ、流石は大迷宮だ。初っ端からやってくれるじゃねぇか…」

 

 ハジメがドンナーをホルスターに戻しながら悪態を吐く横で、忍も銀狼と黒狼を一振りしてから鞘へと収める。

 

「ハジメさん。ユエさんとティオさんは…?」

 

「おそらくは転移の際に別の場所に飛ばされたんだろうな。僅かにだが、神代魔法を取得する時の記憶を探られる感覚があった。あの擬態能力を持つ赤錆色のスライムにでも記憶を植え付けて仲間に成りすまして、隙を見て背後からって感じか?」

 

「だろうな。しっかし、それにしても悪趣味な…いや、悪辣と言うべきか?」

 

 恋人をダシにされたハジメが不機嫌そうに表情を歪める中、雫と鈴が感心したように問う。

 

「なるほどね。それにしてもよくわかったわね」

 

「うんうん。鈴には見分けがつかなかったよ。2人はどうやって気付いたの?」

 

 その問いに対するハジメと忍の回答は…

 

「どうって言われてもな……見た瞬間、わかったとしか言いようがない。目の前のこいつは、"俺のユエじゃない"、ってな」

 

「俺は覇王の影響で嗅覚が異常発達したからな。さしもの偽物や大迷宮も"匂い"までは真似出来なかったんだろ」

 

『……………………』

 

 とても参考にはならなかった。特に前者に関しては、どんな惚気だよ、と言いたくはあったが…。

 

 その後、シアの何気ない一言をあっさり返したハジメにシアと香織がジト目を向けたのだが、当の本人たるハジメはどこ吹く風だった。

 

………

……

 

 ユエ、ティオ、龍太郎を欠いた一行の前に昆虫型魔物の軍団が現れ、その対処を全員で行っていた。そのバリエーションはスズメバチのような幼児サイズの蜂型魔物の群れ、2メートルはありそうなカマキリ型の魔物、3メートルはあるアリ型の魔物の群れとなっている。

 

 ハジメ、忍、シア、香織は問題なく立ち回っていたが、光輝、雫、鈴のパーティーは蜂型魔物の群れに苦戦を強いられていた。そんな中、光輝の隙を突いて魔物が殺到し、あわや光輝に死の兆しが見え隠れしたのだが、ハジメのフォローで九死に一生を得ていた。そして、物量で押し切られると光輝が思った直後、ハジメと忍の銃撃の嵐で蜂型魔物は殲滅されていた。

 

 魔物殲滅後…

 

「ちっ…喰っても意味無さそうだな」

 

「だな。流石に固有魔法は手に入りそうにない」

 

 魔物の残骸を見ながら会話するハジメと忍に…

 

「え? く、喰う? 南雲君に紅神君、これを食べる気だったの?」

 

 今の発言にギョッとしたようなドン引きした様子で雫が2人に尋ねる。

 

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

「……言ってないなら言ってないで別にいいんだが、まぁ今更か。自分と同等以上の魔物を喰うと、相手の固有魔法を手に入れることがあるんだよ。奈落の底じゃ、喰うもんなんて魔物くらいしかなかったしな。あぁ、お前等は真似すんなよ。まず間違いなく死ぬから」

 

「いやぁ、俺も最初聞いた時は耳を疑ったがな。まぁ、俺は親父からサバイバル技術を叩き込まれてたから別にそこまで抵抗感はなかったけどな。でもま、あの時の苦痛は凄まじかった」

 

 当時のことを思い返しながらハジメと忍は説明していた。

 

「改めて聞くと、本当に壮絶ね…」

 

 雫が何とも言えぬ微妙な表情でハジメと忍を見た。

 

 

 

 その後、昆虫型の魔物軍団を殲滅してから30分ほど樹海を探索していた一行だが、そこに猿型の魔物が襲来した。だが、それがある種の悲劇の始まりだった。ここでも光輝達は苦戦を強いられたが、ハジメや忍にとっては瞬殺対象だったので、ユエと早く合流したかったハジメは猿型魔物の瞬殺を繰り返していた。が、多少知恵が回ることが災いし、猿型魔物はあろうことか、ユエに擬態してあられもない姿の状態で虐待するという最悪の選択をしてしまった。その選択がハジメの逆鱗に触れ、周囲500メートル四方を焼け野原へと変貌させたのだ。その際、光輝の眼を潰していたり、忍にも同じことをしようとしたが、忍は直感的にそちらを見ないように努めていたので何が起きたのかはハジメの怒声で察していたりする。

 

「オラぁ!! 森ごと果てろや、ドカス共がぁぁ!!」

 

 重火器を両手に持ってぶっ放す姿は、どこかハリウッド映画を彷彿とさせるような、させないような…

 

「いやぁ、ハジメの逆鱗に触れるとは、愚かな真似を…」

 

 などと和んだ風に呟く忍だったが…

 

「紅神君も少しは止めようとしなさいよ!」

 

 雫から小言を言われる。その間にもシアと香織が2人掛かりでハジメを宥めに入っていた。そうしてやっとこさハジメも冷静になって落ち着いたようだった。さらに目潰しを食らった光輝も回復させる。

 

「ハジメも落ち着いたようだし、そろそろ……おや?」

 

 ハジメが落ち着いたのを見て忍が何か言い掛けると、鼻をスンスンとさせる。すると、焼け野原となったこの場に一匹のゴブリンがやってきた。

 

「グギャ!」

 

 だが、そのゴブリンは襲い掛かってくることもせず、むしろ自分の声にハッとしたように身動きを止めてハジメを見つめる。

 

「……………………」

 

 そのゴブリンをハジメもまた見つめ返していた。

 

「ハジメ?」

 

 その行動に違和感を覚えつつ忍もまた何もせずにいると、光輝がゴブリンに肉薄し、聖剣を掲げてゴブリンに斬りかかっていた。

 

 だが…

 

「何しようとしてくれてんだ、このボケ勇者がぁぁ!!」

 

「んなっぐべら!?」

 

 なんとハジメが光輝の横合いからローリングソバットを決めて光輝を吹き飛ばす。

 

「ちょっ!? 南雲君!? 今のは何!? いくらなんでも無茶苦茶よ! 光輝はただ魔物を倒そうとしただけじゃない?!」

 

「そうだよ! っていうか、光輝君、大丈夫かな? 捜しに行った方がいい気が…」

 

 ハジメの奇行に雫と鈴が文句を言いに駆け寄る。シアや香織も困惑気味だ。忍も首を傾げている。吹き飛ばされた光輝も戻ってきて怒りをぶつけるが…。

 

「魔物じゃない」

 

 ハジメはそう言うとゴブリンの前に跪いて視線を合わせると…

 

「……ユエ、だよな?」

 

「グギャ!」

 

『……………………はい?』

 

 ハジメの驚愕の一言にポカンとする残りのメンバー。

 

「あのハジメさん? まさかと思いますけど、ユエさん、なんですか? その、私には魔物に見えるんですけど…」

 

「わ、私も魔物に見えるんだけど……本当にユエなの?」

 

「こっちの匂いは魔物っぽいんだが…ハジメが言うなら間違いはずだ。しかし、肉体が変質してるのか?」

 

 ハジメパーティーの面子はハジメが『ユエ』だというゴブリンを注意深く観察している。その間にも魔物の言葉を発するユエゴブと自然に会話を繰り広げるハジメ。その様子にはさしもの忍も驚いていた。その後、色々とハジメにツッコミを入れた一行だったが、とりあえずハジメの受け答えに死んだ魚のような目になったとか…。とりあえず、香織に再生魔法を行使してもらうも、ユエゴブは元には戻らなかった。そのため、ユエゴブには念話石を持たせて意思疎通を図ることおなる。そして、一行は残るティオと龍太郎を捜すべく探索に戻るのだった。

 

 

 

 その30分後、一行は一匹のゴブリンが他のゴブリンに虐められている現場に出くわした。が、その虐められているゴブリンの表情は……何故か、恍惚としていた。

 

『あれはティオ(さん)だな(ですね)(だね)』

 

 ハジメパーティーの一同が声を揃えていた。さらに言うなら、まるで汚物を見るような目を向けていたりする。それには流石の光輝達もなんて言っていいのか困っていた。結局、他のゴブリン達に気付かれ、光線を余儀なくされた一行はティオゴブとも合流を果たした。

 

 さらにその後、オーガ同士が死闘を繰り広げている場面にも出くわし、その内の1体がやたら洗練された武術…要は空手の動きをしていたのでそれが龍太郎だと発覚して助け出したりもした。

 

 あと、ティオゴブと龍オーガにも念話石を渡して意思疎通が出来るようにもした。これで無事全員集合した一行は探索を続けた。

 

………

……

 

 そして、一行は周囲の樹々とは明らかにサイズの違う巨木の鎮座した場所へと辿り着いた。のだが、その巨木は直径10メートル、高さ30メートルのトレントもどきだった。そして、トレントもどきはまるで門番かの如くその場で暴れ始めたのだ。ここまで特にいい結果を残せてない光輝達がトレントもどきに戦いを挑み、香織も回復役として支援している。ちなみにハジメ達は後ろで観戦している。

 

 そんな中、光輝が勇者の切り札である最上級の攻撃魔法『神威』を発動させてトレントもどきを倒そうとしたが、必殺技がトレントもどきに届くことはなく、逆襲されることとなった。

 

 その様子を見ていたハジメ達は…

 

「ここまでかな?」

 

「もう少し頑張ってもらいたかったがな」

 

 忍とハジメがそのように呟いていると…

 

『ご主人様よ。戦闘での成果は二の次でいいと思うのじゃが…』

 

 ティオゴブが念話石を用いてそのように進言してきた。

 

「うん? どういうことだ? 大迷宮のコンセプトか?」

 

『うむ。おそらくじゃが、ハルツィナは妾達の"絆"を試しておるのじゃろう』

 

「絆?」

 

『ほれ、入り口にもあったじゃろう? あれは大迷宮攻略のヒントにもなっていた訳じゃな。仲間の偽物を見抜くこと、変わり果てた仲間を受け入れること、まさに"紡がれた絆"が試されておるようにも思えんかの?』

 

「なるほどな」

 

「てことは俺達がアレを倒しても問題はないってことか」

 

「だな。この後に来るだろう試練を天之河達がクリアさえすればいいってことか」

 

『あくまでも推測じゃがの』

 

 そんな風にして聞くと色々と納得できるし、改めてティオ本来の魅力もわかるのだが…

 

『……………………』

 

 ハジメとティオゴブ以外の忍、ユエゴブ、シアの視線がハジメに集まる。その眼は一様に『ハジメ(さん)が原因』と物語っていた。

 

「はぁ…」

 

 その視線に気づきつつもハジメは溜息を吐くだけだった。

 

「じゃ、俺が燃やしてくるかね」

 

 そんな中、忍が一歩踏み出し、焔帝の力を解放しようとする。

 

「っと、その前に…(谷口さん、ちょいと熱いかもだが、結界を全力で維持してろよ? 焼死したくないだろ?)」

 

「え?」

 

 忍が念話で結界を維持してた鈴に警告を発していた。その念話に素で驚く鈴だが、物凄く嫌な予感を覚えて結界に力を注ぐ。

 

「じゃあ、行きますか」

 

 紅蓮の焔を両手に宿した忍が一足飛びでトレントもどきの頭上へと跳び上がると…

 

「その身を焦がれて焼死しろ。四神奥義! 『霊覇緋天朱雀(れいはひてんすざく)』!!」

 

『キュオオオオオオ!!!』

 

 両手をトレントもどきに突き出すと共に、その両手から火の鳥の如き炎の塊が現れ、トレントもどきを焼き尽くす。たとえ、トレントもどきが固有結界で増殖しようが…

 

「『バレッテーゼ・フレア・ヘルフレイム』!」

 

 生えた先から爆炎の焔で焼き尽くす。その光景はまさに灼熱地獄の如し。しばらくしてトレントもどきが沈黙したのを見計らい…

 

「『バレッテーゼ・フレア・サイレント』」

 

 指を鳴らして爆風を巻き起こして漏れ火などを鎮火する。

 

「別に放置しててもいいだろうに…」

 

「ま、一応、自然は大切にってな」

 

 忍に近付きながらハジメがそう言うと、忍はそう返していた。

 

「てか、なんだよ。『四神奥義』って…」

 

「なんとなくインスピレーションが湧いてな。カッコいいだろ?」

 

「アホか…」

 

 などと話しているハジメと忍を横目に蒸し風呂と化した結界内から光輝達が出てきた。その後、トレントもどきの巨木が再生を果たしたが、根本の幹が開いて洞窟を形作る。

 

「中ボス兼扉だったか」

 

 ハジメがそんなことを言いながら洞窟内に入り、全員が入ったところで入り口の時と同じようなことが起こる。つまり、転移だ。

 

 そして、転移魔法陣が輝き、莫大な光が一行の眼を潰し、意識を暗転させるのだった。



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第四十九話『ハルツィナ大迷宮・破』

チュンチュン、チュン

 

 朝を知らせる鳥の声が閉め切ったカーテンの外から聞こえてくる。

 

「んぁ…?」

 

 ベッドから身を起こし、しばしボケ~っとする忍だったが…

 

「朝練に行かねぇと…」

 

 ベッドから降り、チームジャージに着替え始める。制服はスポーツバッグに入れて準備を済ませると、学生鞄に今日の授業分の教科書やらペンケースを入れて部屋から出る。

 

「あ、お兄ちゃん、おはよう」

 

 部屋から出た忍の隣の部屋から銀髪紫眼の美少女(キッチリした学校の制服姿)が出てきて忍に挨拶する。

 

「おう、『雪絵(ゆきえ)』か。いつも早いな。『夜琉(よる)』は?」

 

「まだ寝てるよ」

 

 銀髪紫眼の美少女こと『雪絵』。忍の妹の1人だ。その雪絵が苦笑いを浮かべながら忍にもう1人の妹のことを伝える。

 

「また遅刻しなきゃいいが…後でちゃんと見てやってくれよ?」

 

「うん。夜琉ちゃんのことは任せて」

 

 くすっと微笑みながら雪絵が忍の隣を歩いて階段を下りていく。

 

「(双子でなんでこうも違うかね…)」

 

 同じ環境で育ったにも関わらず、なんでこうも違うように育ったのか、忍は不思議でならなかった。ちなみに夜琉というのは忍のもう1人の妹で雪絵の双子の姉である。黒髪琥珀眼の美少女なのだが、雪絵と違って少しズボラというか大雑把な性格をしている。

 

「あら、おはよう。忍君、雪絵ちゃん」

 

 そんなことを考えながら忍と雪絵が降りてくると、リビングダイニングで朝ごはんの準備をしている銀髪碧眼の女性(かなり若く見える)が、2人に挨拶した。

 

「おはよう、母さん」

 

「おはようございます、お母さん」

 

 その女性こそ、忍達の母親である『雪音(ゆきね)』だ。外人離れした容姿をしているが、れっきとした日本人である。ただ、遠い祖先にロシア系の血が流れているらしい。

 

「父さんは?」

 

「昨日遅かったみたいだからまだ寝てるわ」

 

「探偵業も大変だよな…」

 

 そんなことを呟きながらテーブルの席に座る忍と、雪音の手伝いをするためにエプロンを着ける雪絵。

 

「はい、お兄ちゃん」

 

「サンキュ」

 

 モーニングコーヒー(ブラック)を雪絵に淹れてもらい、その匂いを嗅いでから一口飲む。

 

「(あれ? なんか匂いが強い気がしないでもないが…って、匂いに敏感とか俺は犬かよ……………………なんか、自分で言っといてモヤモヤすんな)」

 

 そんな風に考えていると…

 

「お兄ちゃん? 美味しくなかったですか?」

 

「え? あぁ、いや、悪い。ちょっと考え事してたわ」

 

 雪絵の声にハッとした忍は自分の表情が険しくなってたのに気づき、すぐに笑みを浮かべた。

 

「忍君。時間は大丈夫?」

 

「っと、そうだそうだ。今日も今日とて朝練だった」

 

 雪音の用意してくれた朝食を食べると、テーブルの横に置いた学生鞄とスポーツバッグを持って立ち上がる。

 

「じゃ、行ってくるわ」

 

「いってらっしゃい、忍君。車に気を付けてね」

 

「俺は小学生か!」

 

 雪音の天然発言にツッコミを入れてから玄関を出る忍は少し小走りで学校へと向かった。

 

「(あれ? 俺ってこんなに遅かったっけ? ……………………まいっか。別に"本気出さなくても楽しめればいいし")」

 

 などと考えつつも学校に着くと、体育館へと直行した。

 

「うぃ~っす」

 

「よぉ、忍」

 

「紅神先輩、ちわっす」

 

「紅神! 荷物くらい部室に置いてこい!」

 

 そんな風に部活の先輩後輩同級生と駄弁りながら朝練に精を出す。

 

 そんな中…

 

「もう! しぃ君! 私を置いてかないでよ!」

 

 朝練も終盤に差し掛かった頃に体育館の入り口に腰まで伸ばした緋色の髪を水色のシュシュでポニーテールに結い、藤色の瞳を持ち、可愛らしくも綺麗な顔立ちに学生にしては大人顔負けの豊満な体型の持ち主の女生徒(制服姿)がぷんすかしながら入ってくる。

 

「げっ、明香音」

 

「何が『げっ』よ? "恋人"を置いてくなんて酷いんじゃない?」

 

「いやぁ~、ハッハッハッ。悪かったって…あとで埋め合わせすっから許してくれよ。な?」

 

「もう! 調子いいんだから!」

 

 などというやり取りに…

 

「けっ! 見せつけやがって!」

「天月先輩と恋人とか、ホント羨ましいなぁ~」

「うちの部のマドンナだったのにな。ったく、これだから幼馴染み属性は…」

 

 部員達がこぞって忍に嫉妬の眼差しを向けている。

 

「(いやぁ…恋人になってまだ少ししか経ってなんだけどな……………………あれ? 少し? もうだいぶ経ってた気がするけど…)」

 

 忍が妙な違和感を覚えていると…

 

「しぃ君? 聞いてるの?」

 

 明香音が忍の顔を覗き込んで尋ねてきた。

 

「あ? あぁ、悪い悪い。ちとぼ~っとしてた」

 

「もう、本当に反省してるの?」

 

 そんなことを言いつつも『仕方ないな』と言わんばかりに笑みを浮かべる明香音に…

 

「(そうだよな。ここに明香音がいる。それだけで、俺は…)」

 

 忍はそんなことを考えていた。

 

 

 

 その後、忍は普通に学校生活を送った。授業を受け、昼飯を親友の南雲 ハジメと食べながら駄弁り、放課後の練習にも精を出し、帰宅する。

 

「いらっしゃい、明香音ちゃん」

 

「お邪魔します、雪音さん」

 

 本日の夕食は明香音も招待していた。元々、家族ぐるみの付き合いがあったし、明香音の両親は今日から小旅行に出かけていて家にはいないのだ。そのため、両親が帰ってくるまで忍の家に厄介になるようだ。

 

「あ、兄さん、お帰り~」

 

「あぁ、ただいま。夜琉」

 

「明香音さんもようこそ」

 

「夜琉ちゃん、しばらくよろしくね」

 

 忍の妹と明香音はそれなりに仲が良く姉妹みたいにも見えるが、こと忍に関係したことになると、たまに火花を散らすことがある。理由は…まぁ、色々あるよね。

 

 夕食後、風呂にも入り、自室に引っ込んだ忍は…。

 

「なんか、今日はやけに違和感の強い日だよな」

 

 朝から本能的に感じた違和感の考察をしていた。

 

コンコン。

 

「しぃ君。起きてる?」

 

「明香音? あぁ、起きてるぞ」

 

「入ってもいい?」

 

「あぁ」

 

 ガチャ、とドアを開けた明香音は桜色のパジャマ姿だった。下ろした髪は乾かしているが、風呂上り特有の上気して赤みがかった頬はなんとなく色っぽい。

 

「どうした?」

 

「今朝の、埋め合わせ…してもらおうかなって…」

 

 髪を指で弄りながら明香音が上目遣いで忍を見る。

 

「そう、だったな。何してほしいんだ?」

 

「うん。今夜は一緒にいていい?」

 

「そんなことならお安い御用ってな」

 

 そんなことを言いながら忍がふと…本当に、何となし気に聞いた。

 

「なぁ、明香音。俺、本気を出さなくてもいいんだよな?」

 

 その質問に明香音から返ってきた答えは…

 

「? うん、しぃ君はしぃ君で今のままでいいと思うよ?」

 

 こうだった。

 

「……………………」

 

 その瞬間、忍の脳裏に過ぎる光景があった。

 

『だからね。本気になった今のしぃ君を、いつか、必ず見せてね? そしたら、また惚れ直すから』

 

 それは、告白した時のことだ。あの時、明香音は忍の本気が見たいと言った。ならば、今の言葉は矛盾してないだろうか? それを自覚した時、忍は全てを思い出す。今が、"大迷宮攻略の途中"であることを…。

 

「そうか…これが試練か」

 

「しぃ君?」

 

 忍の様子が変と感じた明香音が近寄ってくる。

 

「……………………」

 

 幻である明香音を一瞥してその手を握ると…

 

「明香音。必ず帰るからな」

 

「? しぃく…」

 

「だから、こんな夢はもうおしまいだ。俺は、現実で明香音の元に帰るんだからな!」

 

 そう言って明香音の手を離すと同時に、忍の背後から光が漏れ始める。

 

「待ってろよ、明香音!」

 

 その光に向かって忍は駆け出した。

 

………

……

 

「ぬがぁ~! ご主人様の折檻はそんな生温くないわぁぁぁ!! 一から出直してくるんじゃな!!」

 

「ん?」

 

 そんな叫び声を聞いて忍はむくりと起き上がる。

 

「ここは……そうか、夢から覚めた訳だな」

 

 1人寂しくそのことを認識していると…

 

ドパンッ!!

 

 銃声が聞こえてきたのでそっちを見れば、さっきの声の主…ティオが後頭部から地面に激突し、寝返っているとその背中をハジメがグリグリと容赦なく踏みにじっていた。

 

「え、なに、このアブノーマルプレイ?」

 

 せっかく起きたのに見せつけられるアブノーマルプレイに引き攣った表情をする忍だった。

 

「おう、忍。お前も起きたのか」

 

 ティオに折檻してから忍が起きたことにも気付いたハジメが声を掛けてきた。

 

「あぁ、うん。ティオさんと同じタイミングってのは、俺的にショックかな」

 

 そう答える忍は既に起きているハジメ、ユエ、シアを見て少し残念そうにしていた。

 

「てか、ユエさんもティオさんも元の姿に戻ってるのな」

 

 今更ながらその事実に気付き、どういう構造してんだよ、と大迷宮の謎仕様に頭を捻る。と、誰かしらが閉じ込められている琥珀が輝き、中の人物がさらに目覚める。その人物とは、香織だった。香織は目覚めると、ハジメの顔を見るなり距離を取ってしまい、誤解だと弁解する。

 

 まぁ、ともかくとしてハジメ達側の面子はこれで全て起きたことになる。残るは勇者パーティーだが…

 

「ま、しばらく待ってみるか」

 

 ハジメがそう言うと、起きた面子は体感的に3時間ほど勇者一行の目覚めを待った。その間にハジメ達は休憩がてらティータイムをしていた。

 

「そろそろ助けに入るか…」

 

「まぁ、時間も有限だしな」

 

 といった風に話していると、香織が"もう少しだけ"と懇願してくる。その言葉に呼応するかのように一つの琥珀が輝きだす。

 

「あの琥珀は……っ! 雫ちゃん!」

 

「やっぱり、一番早かったのは八重樫か」

 

「流石は八重樫さん、ってとこかね?」

 

 雫が目覚め、その休息も兼ねてさらに数時間、光輝達が目覚めるのを待ったが、一向に目覚める気配がないので強制脱出が決定された。

 

「じゃあ、香織。任せた」

 

「うん、任せて」

 

 香織がノイントの使っていた『分解』で、琥珀だけを分解して光輝達を強制的に目覚めさせたのだ。目覚めた時の反応は皆一緒に見えたが、その後の反応はバラバラだった。特に鈴など、親友と信じていた者の名を呼んでいたくらいだったのだから…その夢の内容と心情はかなり傷付いていると見るべきだ。

 

 だが、ここは大迷宮。こちらの事情などは鑑みられることなどなく、全員が目覚めたのを見計らってか、新たなステージに強制転移させられることとなる。

 

………

……

 

 転移した先は、再び樹海の中だったが、"天井"があることから地下空間にあると推察出来る。さらに最初の樹海と違い、空間の一番奥に一際大きな巨木があるので、今度はそこを目指すのだろうと判断出来た。

 

「今回は全員いるみたいだな」

 

「匂いも異常なし」

 

 ハジメと忍がまた偽物がいないか、チェックしてから出発の号令をかける。が、チラリと後ろを見れば、龍太郎はともかく、光輝と鈴の表情が曇っている。

 

「天之河、谷口。お前等、やる気あるのか?」

 

 それを見兼ねてハジメが棘のある言葉を投げつける。

 

「なっ、あ、あるに決まってるだろ!」

 

「え? あ、あるよ!」

 

 いきなりの言葉に光輝も鈴もそう答えるが、その苦悩に満ちた表情からは感情が手に取るようにわかる。が、そんなことは知ったことかとハジメは言葉を続ける。

 

「ここは大迷宮だ。一歩踏み込んだ先、1秒先の未来、そこに死が手ぐすね引いて待ってるような場所だ。集中出来ねぇようなら、攻略は今ここで諦めろ。無駄死にするだけだからな」

 

「ま、待て…俺は…」

 

「何をどう言い訳したところで、さっきの試練をクリア出来なかったことに変わりはない。なら、最低でも必要なのは、こっから先に待ち構えてるだろう残りの試練を全て踏み越えてやるという決意だ。今のお前等からはそれが見えない」

 

「………お、れは…」

 

「出来そうなら大迷宮の外までゲートを開いてやるし、出来なくても結界くらいは敷いてやる。ここから進むか、それとも退くか。今決めろ。惰性で進むことは俺が許さない」

 

 ハジメの言葉に辺りが静寂に包まれる。今の言葉で、光輝は自分が許せない気持ちで胸がいっぱいになるも、深呼吸を繰り返すことで心を落ち着けさせると…

 

「南雲。もう大丈夫だ。俺は先に進むぞ!」

 

「……………………」

 

 実力はともかく、意気込みは復活したと判断し、ハジメは光輝から鈴に視線を移す。

 

「鈴も行く! 気合十分だよ!」

 

 鈴の方も空元気そうだが、意識が現実に戻ってきたと判断したため…

 

「そうか、ならいい。集中を切らせるなよ」

 

 そう言ってハジメが先頭を歩いていく。その背を皆が追い、殿を忍が務めた。

 

 そうして進んでいるのだが、道中は虫の声すら聞こえてこない静寂で満ちている。その周囲の様子に一行は嫌な予感を感じていたが、ハジメの危険発言を諫めつつ普通に進むことを選んだ。

 

 が、ここで異常事態が発生する。

 

「……ん? 雨か?」

 

 光輝の何気ない一言に、ハジメ、忍、ユエが反応する。

 

「チッ、ユエ!」

 

「……んっ、『聖絶』!」

 

「匂いも特にしなかったが…くそったれ!」

 

 ユエが空側に障壁を展開すると、ユエの張った障壁に何かが弾かれてその表面を"ドロリ"と滑り落ちていく。

 

「明らかに雨じゃねぇだろ!」

 

「そもそも雨が降る空間でもねぇだろ!」

 

 そんなことを言い合いながら周囲を観察す忍とハジメに雫から声が掛かる。

 

「2人共! 周りが…!」

 

 その声に2人も周りを見れば、乳白色の何かが蠢いていた。

 

「スライムか?」

 

「ハジメの魔眼石や俺の鼻にも引っ掛からないって、どんな隠密性だよ!」

 

「南雲! 紅神! 足元からも!」

 

 そうこう言ってる合間にも地面からも乳白色のスライムっぽいものが這い出てくる。『聖絶』は球状に障壁を張るため、地面にも展開が可能なのだが、展開した時に既に地面に潜んでいたものまでは範囲の対象外なのだ。

 

 そうして障壁内でもスライム討伐が行われたのだが…正直、絵面が悪かった。なにせ、"乳白色の、ドロリとした、スライム"であるため、それが女性陣に飛び散ると非常に心象的にマズい。ハッキリ言ってこんな魔物(でいいのか?)を配置したハルツィナさんの心持ちが気になるところだ。

 

 纏雷を持つハジメと忍はスライム限定の無敵状態になって迎撃しているが、忍はともかくとしてハジメの心境は、もしユエ達の今の姿を光輝と龍太郎が見ようものなら目潰しも辞さない覚悟だったが、何が起こるかわからない以上、それは自重していた。

 

「結局はこうなんのか…」

 

 ハジメはそう呟くと、障壁の外にクロスビットと円月輪を転送した。結果として、忍とは違ったやり方でこの場は灼熱地獄と化した。具体的にはメタリックな蜘蛛型ゴーレムで、天井の穴を塞ぎ、フラム鉱石(タール状)を黒い雨のように降らして乳白色のスライムに浸透させてからクラスター爆弾による絨毯爆撃で焼き尽くしていたのだ。

 

 その後、地面からも這い出ることのないように天井に張り付いていた蜘蛛型ゴーレム達を呼び戻し、地面も錬成していくハジメを見て各々が少し休憩する。

 

 が、ここで更なる異常が発生する。ハジメと忍、"ティオ"を除いたメンバーが発情状態に陥ったのだ。

 

「くそったれ! これがあのスライムの神髄か!」

 

 悪態を吐くハジメが大迷宮に入った直後に偽ユエに使った拘束型アーティファクト『ボーラ』を光輝、龍太郎、鈴に使用し、身動きを封じていた。あのままでは男衆は雫や鈴を襲っていたに違いないし、鈴も女の子同士の扉を開け放ちそうだったからだ。

 

「むぅ、ご主人様にシノブよ。無事かの? どうやら、あの魔物の粘液が強力な媚薬になっとったようじゃの」

 

「「っ!?」」

 

 そんな風に平然と話し掛けてきたティオにハジメと忍が目を丸くする。それを知ってか知らずか、ティオは己の見解を口にする。

 

 曰く『快楽に溺れさせることでの人間関係の破壊と、その後の不調和。さらに快楽による魔法阻害といった副次的な意味合いもある』とのこと。

 

「「……………………」」

 

 すらすらと己の見解を話すティオにハジメも忍も度肝を抜いていた。何故なら、障壁内での討伐でスライムの被害を一番被っていたのは、何を隠そうティオなのだ。ちなみにハジメも忍も毒耐性があるので、平気だった。

 

 なので、ハジメは尋ねてみた。

 

「その推測には俺も同意する。あのスライムが元凶なのは間違いない。でもな、ティオ。あの粘液を一番浴びてたのはお前だよな? なのに、なんでそんな平然としてられる?」

 

「確かに、妾の体も粘液の効果が出ておる。しかし、舐めてくれるなよ、ご主人様よ。妾を誰だと心得ておる?」

 

「ティオ…」

 

「いやぁ、今回ばかりはティオさんのことを見直し…」

 

 ハジメと忍がティオのことを見直して感動しそうになった瞬間…

 

「妾はご主人様の下僕ぞ! ご主人様から与えられる快楽に比べたら、こんな快楽は生温いにも程があるわ! 妾をそこいらの尻軽女と同じと思うてくれるなよぉ!!」

 

「「そうっすか」」

 

 ティオの残念過ぎる熱弁に、"俺達の感動を返せ!"とばかりに冷たくもまるで汚物を見るような視線を向けるハジメと忍だった。

 

「流石はティオさん…いや、クラルスさんっすわ。マジ、パないっすわ。とりあえず、それ以上近寄ってこないでくださいね?」

 

「け、敬語じゃと?! しかも族名呼び!? 半端ない距離感じゃ! まさか、このタイミングで他人扱いとは!!」

 

 ハジメの敬語と距離感で快楽に負けそうになるティオを見て…

 

「シオンが見たらまた泣くだろうな…」

 

 忍はここにはいないシオンのことを思って呟く。

 

 その後、ユエ、シア、香織の3人にハジメがちょっと意地悪な文句を言い、ハジメに抱き締められながらも、なんとかその身に襲い掛かってくる快楽を克服しようと精神を集中させていた。その際、ティオも混ざりたかったらしいが、ハジメの他人行儀な態度に堕ちかける。

 

 そして、見事精神力だけで快楽を乗り切った3人はハジメの腕の中で嬉しそうにし、同じく精神統一で耐え凌いだ雫がハジメの元にやってくる。ちょうど蜘蛛型ゴーレムの錬成も終わったので、ついでだから着替えも済ませろとみんなに伝える。さらにティオにも一矢報いたとしてティオへの態度を元に戻すのを横で見ていた忍は一言…。

 

「ハジメ、お前も十分変態のご主人様の素質があるって」

 

「忍。嫌なことを言うなよ。どこからそんな評価が出てきた?」

 

「ティオさんと相対する時の自分の顔を鏡で見て見ろよ。すっげぇ嗜虐心の塊みたいな表情だったぞ?」

 

「ハハハ、何を馬鹿な」

 

「現実逃避をしたって俺からはそう見えたんだよ」

 

 ジト目でハジメを見る忍に、ハジメは真面目に取り合わなかった。

 

 そして、簡易更衣室で着替え終わったメンバーは…一部を除いてサッパリしたようだ。まぁ、その一部は光輝、鈴、龍太郎なのだが…。

 

 とにもかくにも次なる試練へと向かい、巨木の元へと向かい、再三に渡る根元の洞窟からの転移が行われたのだった。はてさて、次はどんな試練が待ってるのやら…。



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第五十話『ハルツィナ大迷宮・急』

 一行が転移した先は、また洞窟の中だった。だが、今度は前方に光があり、そこへ進めということだろう。ハジメと忍の偽物チェックも全員白だと判断され、そのまま光の方へと進んでいく。

 

 光の先にあった光景は…

 

「こりゃあ、おったまげた…」

 

「まるでフェアベルゲンみたいだな」

 

 洞窟の先は、そのまま通路になっているのだが、その通路というのが巨大な枝だったのだ。よく観察すれば、出てきた洞窟も巨大な樹の幹の一部に空いていたものだとわかる。そして、巨木の枝も大きいがために通路となっているようだ。さらに巨木から生えた枝が空中で絡み合って空中回廊のようになっている。

 

 上を見上げると、石壁が見えるのでここが広大な地下空間だというのが分かる。つまり、今一行がいる空間というのは…

 

「……大樹?」

 

 地上に見えた大樹は先端部分であり、根はもっと深い場所にあるということになる。そんな大樹の神秘に一行が驚嘆していると…

 

「?」

 

 シアのうさ耳が何かの音を拾ったようだ。枝の淵に移動して下を覗くが、音は聞こえど姿が見えず、といった状態だった。ただ、生理的嫌悪感を覚えたらしく、鳥肌が立っている。

 

「あの、ハジメさん」

 

「どした?」

 

「なんだか、下の方から嫌な音が聞こえてくるんですけど…」

 

「嫌な音?」

 

「はい。でも、私の目じゃ見えなくて…」

 

「あぁ、俺に確認しろと?」

 

「はい、お願いします。何か、蠢いている、ような?」

 

「……嫌な音ってのはよくわかったよ」

 

 シアに呼ばれたハジメは、そのまま枝の淵に移動し、そこから下を覗き込む。ハジメには『夜目』と『遠見』があるので、暗い場所でも見えるのだ。だが、今回はそれが裏目に出ることとなる。

 

「? ……………………ッ!?!?」

 

 しばし下を凝視していたハジメだが、その正体を知った途端、声にならない叫びと共にガバッと顔を仰け反らせて目頭をキツく指先で摘まみながら青褪めた表情になる。

 

「は、ハジメさん!? 一体、どうしたんですか!?」

 

「……ハジメ、大丈夫?」

 

 一体何事かと、他のメンバーも集まってきた。その内の1人、忍も下を覗き込むと…

 

「ほほぉ。これはこれは…また大量だな」

 

 忍もまたハジメと同様の『夜目』と『遠見』を持つが故に見えたのだが、反応が些か違う。

 

「なんでテメェはそんな余裕そうな表情してんだよ!?」

 

 忍の反応にハジメはまるで自分がおかしいみたいな感じになりそうだったので、忍を問い詰めた。

 

「いやまぁ…別に深い意味は、ね?」

 

 そう言いながらも微妙に視線を逸らす忍。

 

「何が"ね?"だ! 絶対なんかあるだろ! 白状しろ!」

 

「えぇ~…言ったら絶対にドン引きされるから言いたくねぇんだけど…」

 

「いいから言え!」

 

 ハジメの剣幕に忍は肩を竦めて諦めたように語る。

 

「しょうがねぇな。親父のサバイバル訓練の一環として"喰った"ことあるんだもん」

 

「喰っ!?!?」

 

 その言葉にハジメが絶句した。魔物を喰っておいてその反応もどうかとは思うが…おそらくはジャンルの違いだろう。

 

「ほらね? やっぱり、ドン引きされた。だから言いたくなかったんだよ」

 

『???』

 

 などと会話しているハジメと忍だが、他のメンバーには何のことか、サッパリわからなかった。

 

「あの悪魔を喰うとか、正気を疑うぞ!?」

 

「魔物喰ってる俺等にとってはもう似たようなもんだろうに…」

 

「全然違ぇよ!」

 

「えぇ~…」

 

『悪魔?』

 

 ハジメの言葉に忍以外のメンバーが首を傾げていると…

 

「そうだよ! お前等もよく知ってる黒い悪魔だ!」

 

 そう言うと、ハジメはクロスビットを一機だけ出して下へと降下させる。そして、小型の水晶ディスプレイを皆が見えるように掲げる。

 

 そして、僅かなノイズの後に映し出されたのは…

 

『ッ!?!?!』

 

 Gというの名の黒い悪魔…そう、皆さんご存じ『ゴキブリ』だ。しかも尋常じゃない夥しい数の…。

 

「な、なんてもの見せるのよ!」

 

「うぅ…GがGがあんなにいっぱい、いっぱいぃ!?!」

 

 雫と鈴が鳥肌が立った腕をさすりながら青褪めさせて目を背けた。他のメンバーも似たり寄ったりだ。そして、さっきの会話を思い返した光輝が忍を見て呟く。

 

「そ、そういえば、今さっき紅神が恐ろしいことを言ってたような…」

 

『ッ!!?』

 

 その言葉に忍を除いたメンバーが忍をまるでエイリアンでも見るかのような畏怖の視線を向ける。

 

「いや、だから…ゲテモノ料理とかでもあるし…俺が喰ったのは自然にいた奴だから、そんな害はないんだって。確か、漢方にだって使われることがあるとか…」

 

『具体的なことを言うな!!』

 

 忍以外の全員から怒声のツッコミが入る。

 

 忍の株がだだ下がりした後、一行は道なりに進んで枝通路が4本合流してる地点があったので、そこを目指すこととなった。そして、到着してからどうするか悩んでいると…恐れていた事態が起きた。

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!

 

 下から大量の羽音が聞こえてきたのだ。

 

『ッ!?!』

 

 眼下を確認すると、大量のゴキブリが下から津波の如く押し寄せてきたのだ。

 

『------ッ!!!』

 

 声にならない悲鳴、絶叫が木霊し、それぞれハジメはオルカン、ユエは雷龍、シアは炸裂スラッグ弾、ティオはブレス、香織は分解砲撃、光輝達も咄嗟に放てる遠距離攻撃で迎撃した。ただ1人を除いては…

 

「皆、騒ぎ過ぎだろ。たかが非常食相手に…」

 

 とは言いつつも流石にここで迎撃しないと後で何を言われるかわからないので、忍もバレッテーゼ・フレアで迎撃する。

 

「うぅ……『聖絶』ぅ!!」

 

 そんな中でもゴキブリ達は波の如く高く上がると、一気に一行へと向かってきたのだが、鈴の張った障壁にベチャといった生々しい音と共に体液を撒き散らしたり、障壁の上をカサカサと移動したりと視覚的にもかなりアウトな光景だった。

 

「……………む、り……」

 

 鈴の意識が飛び退きかけるのを光輝が支えて必死に呼びかける。

 

「寝るな、鈴ぅ! 寝たら死ぬぞ! 俺達の精神が!!」

 

 まぁ、こんな大量のゴキブリが襲ってきたら、そらトラウマもんだわな。

 

 そうこうしてる内にゴキブリ達の一部が魔法陣を形成するように並び始めた。

 

「おいおいおいおい。まさか、魔法陣を形成してるのか?」

 

 ハジメの言葉にその魔法陣を形成しようとしているゴキブリ達に攻撃が再開されるも、ゴキブリ達の津波が肉壁となって阻む。

 

「むぅ…距離が掴みにくいな…」

 

 バレッテーゼ・フレアは空間認識力が必要な技なので、これだけいると適当に放っても威力は出せるが、特定の場所に放つとなると距離感も必要になるらしく、忍も少し苦戦していた。

 

 だが、その努力も虚しく、魔法陣が関S寧してしまったようで、魔法陣から強烈な赤黒い光が放たれ、光が収まると魔法陣の中央にあったゴキブリ達の塊が、体長3メートルはある巨大ゴキブリとなって顕現した。巨大ゴキブリとは言えど、そのフォルムはゴキブリとは言い難く、ムカデのような胴長で足が10本はあり、一番前の足は刃物のように鋭い指があり、背には3対6枚の半透明の羽が生え、顎も鋭く巨大で、黒一色の眼がある。一目見てボス級なのは間違いなかった。

 

『ギギチチチチチッ!!』

 

 そのボスゴキブリが他のゴキブリ達を操ってまた別の特殊なゴキブリを呼び出そうと魔法陣を形成し始める。

 

「チッ、させっ…!?」

 

「……んっ!?」

 

「下か!?」

 

 ハジメ、ユエ、忍がボスゴキブリに攻撃を仕掛けようとした瞬間、枝の裏側に別の魔法陣が形成してたらしく、それが発動して赤黒い魔力の奔流が辺り一帯を包み込んでいた。

 

 光が収まると、無傷の一行がそこにはいたが…

 

『……………………』

 

 纏う雰囲気は最悪の一言だった。誰も彼もが、結界内にいる誰かしらに殺意を向けている。具体的にはハジメとユエが互いに武器を構えてメンチを切り合い、それを仲裁するでもなくシアが2人に殺意を抱き、忍もハジメの背後から銃口を突きつけ、香織と雫の関係も最悪と化している。そんな中、光輝がハジメや忍を仲裁しようとしているが…。

 

 原因はさっきの魔法陣だ。おそらくは発動時に光を受けた者の感情を反転させたのだろう。その絆が深ければ深い程に反転した時の感情も比例するのだろう。さらに言えば、ゴキブリ達に対しても悪感情から愛おしさに代わっていたが…。

 

 だが、感情が反転しても記憶は残るので、その記憶を頼りに今の状況を推測したハジメとユエはボスゴキブリを、忍、シア、ティオ、香織はボスが呼び出した中型ゴキブリ達を激情のまま蹂躙していった。残った光輝達は小さなゴキブリ達を相手にしたが…。

 

 そして、ユエが新たな魔法『神罰之焔』を発動させ、一行以外の者を全て焼き尽くしていた。

 

 『神罰之焔』。それは炎系最上級魔法『蒼天』を重力魔法で計10発分を圧縮し、さらに魂魄魔法でユエが"選定"した魂を持つ者だけ、或いは指定しなかった魂を持つ者だけを焼き滅ぼす殲滅魔法だ。

 

 ただ、蹂躙中にハジメ達側は自力で反転作用から脱したようで、光輝達側は雫を除いて落ち込んでいたりする。

 

 その後、天井に向かって新たな枝の通路が現れ、そこを登っていくことになった。その際、ハジメとユエが離れなかったので、シアと香織が左右、背後からティオがそれぞれ抱き着いてハジメがミノムシのような状態にもなったが…。

 

………

……

 

 一行が登った先に待っていたのは…庭園だった。学校の体育館程度の大きさの庭園は、可愛らしい水路と芝生のような地面、あちこちから突き出すように伸びている比較的小さな樹々、小さな白亜の建物と、一番奥には円形の水路で囲まれた小さな島の中央に一際大きな樹、その樹の枝が絡みついた石板があり、その前にはちょこんと黄金の宝玉が置いてあった。

 

「ここがゴールで間違いないな」

 

「だな。宝玉もあることだし」

 

 そう言ってから奥の小さな島へと渡る一行。その瞬間、石板が輝き、水路に若草色の魔力が流れ込んで魔法陣を形成する。元々、水路そのものが魔法陣の役割だったのだろう。

 

 いつものように記憶を精査され、直後に知識を刻まれていく。

 

「うっ」

 

 約1名が呻き声を上げる中、忍が宝玉を回収しようと歩き始めた時だった。石板に絡みついた樹がうねり始めたのだ。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に身を引く忍と身構えるハジメ達を尻目に樹はぐねぐねと形を変えていき、女性のような人型となる。

 

『まずはおめでとう、と言わせてもらうわ。よく、数々の大迷宮とわたくしの、このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えたわね。あなた達に最大限の敬意を表し、酷く辛い試練を仕掛けたことを深くお詫び致します』

 

 どうやらオスカーのような記録媒体なのだろう。リューティリスの記録は、神々解放者の関係や過去の悲劇、絆についてを説き、この大迷宮で与えた神代魔法『昇華魔法』についても語った。

 

 だが…

 

『この魔法の真価は、もっと別のところにあるわ』

 

「ッ!」

 

 その言葉にいつもの記録か、と高をくくって焦れていたハジメの眼がクワッと見開かれた。

 

『昇華魔法は、文字通り全ての"力"を昇華させる。それは神代魔法も例外じゃない。生成魔法、重力魔法、魂魄魔法、変成魔法、空間魔法、再生魔法。これらは理の根幹に作用する強力な力。その全てが一段進化し、さらに組み合わせることで神代魔法を超える魔法に至る。神の御業とも言うべき魔……"概念魔法"に』

 

「最後の一つは『変成魔法』っていうのか…」

 

 忍がポツリと呟く合間にもリューティリスの記録は語る。

 

『概念魔法。そのままの意味よ。あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法。但し、この魔法は全ての神代魔法を手に入れたとしても、容易に修得することは出来ないわ。何故なら、概念魔法は理論ではなく"極限の意志"によって生み出されるものだから』

 

「極限の、意志…?」

 

『わたくし達、解放者のメンバーでも7人がかりで何十年かけても、たった3つの概念魔法しか生み出せなかったわ。もっとも、わたくし達にはそれで十分だったのだけれど…。その内の1つをあなた達に…』

 

 リューティリスの言葉の後、石板の中央がスライドし、奥から懐中時計のようなものが出てきた。ハジメが代表してそれを手に取る。

 

『名を"導越の羅針盤"。込められた概念は、"望んだ場所を指し示す"よ』

 

「っ…!」

 

 それを聞いてハジメの心臓が跳ね上がる。

 

『全ての神代魔法を手に入れ、そこに確かな意志があるのなら、あなた達はどこまでも行ける。自由な意思の下、あなた達の進む未来に幸多からんことを祈っているわ』

 

 いつもの締め括りの言葉を紡いだ後…

 

『そして、もしこの場に覇王を継ぐ者がいるのなら…どうか、彼等の意志を、"元の世界へと連れて行ってあげて"。あの神の酔狂でこの世界に迷い込み、わたくし達に力を貸してくれた仲間を…』

 

「覇王とは、やっぱり別の世界から来た存在だったのか…」

 

『わたくし達には埋葬しか出来ませんでした。ですが、覇王を継ぐ者ならば、いつか彼等の魂を故郷へと連れて行ってくれると信じております』

 

 その言葉を最後にリューティリスの媒体は樹の中へと戻っていく。

 

「……ちょっと覇王と会ってくるわ」

 

 沈黙が場を支配する中、忍がそう言って石板の前に置いてある黄金の宝玉を手にした。

 

カッ!!

 

 直後、黄金のオーラが忍を包み込み、忍は背中から倒れた。

 

………

……

 

「……………………」

 

 忍は目がチカチカしそうな黄金の空間で、新たな覇王と対面していた。その覇王は白銀の龍鱗にその身を包んだ金色の瞳を持つ東洋龍だった。

 

『我が覇王の魂を継ぐ者よ』

 

 いつもの前口上だ。

 

『我が名は(すめらぎ)たる龍、"皇龍(おうりゅう)"。汝、皇であることを自覚せよ。皇の命令とは絶対なり。支配すべきは民草や兵に非ず。己が力を掌握せずして皇は名乗れぬ。支配せよ。己が運命を、己が力を、己が行くべき道を…支配して進んでみせよ』

 

「支配、か。覇王と皇…一体何が違うんだろうな? この前のは真道とも言ってたしな…」

 

 覇王の言葉の意味を考えるが、現状では答えは出てこなかった。

 

「まぁいいさ。もし余裕があったら…アンタらの魂をいつか元の世界に連れてってやるよ。ま、俺達が帰るの先だろうけどな」

 

『グオオオオオオッ!!!』

 

 龍の咆哮と共に忍の意識も覚醒していく。

 

………

……

 

「やけに自信なさそうに聞いてくるじゃねぇか。さては、お前等…ダメだったな?」

 

「「「うっ!?」」」

 

 ハジメの言葉に光輝、龍太郎、鈴の3人が胸を押さえて項垂れる。

 

「よっと…」

 

 それを聞きながら、忍がひょいっと起き上がり、ハジメ達の元へと向かった。

 

 

 

 こうして長かった大迷宮攻略は幕を閉じた。帰還への手掛かりを手に入れ、残る神代魔法はあと一つ。故郷に帰る日も、現実味を帯びてきて、そう遠くはないだろうと考えるハジメ達。

 

 次なる最後の大迷宮に挑む前に、一行はフェアベルゲンで休息を取ることとなったのだった。



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第五十一話『明日に備えて』

 ハルツィナ大迷宮を攻略した一行は、フェアベルゲンへと戻って英気を養うことにしていた。

 

 そんな大迷宮攻略の翌日の朝。

 

「うおっ!?」

 

 忍が外を歩いていると、偶然にも十字架に磔にされた雫を近くに浮かべたハジメと遭遇し、驚きのあまり変な声を上げてしまった。

 

「なにしてんだ、ハジメ?」

 

「ん? あぁ、忍か。なに、ちょっとした訓練だ」

 

「いや、訓練て……というか、なんで八重樫さんと…?」

 

 見ればぐっすりと眠りこけている雫を見ながら忍はハジメに問う。

 

「あぁ、なんか昨日の今日で訓練してた八重樫がいてな。黒刀強化したついでに俺も訓練してたら寝こけてたから…運ぶついでに重力石の訓練でもと思ってな」

 

「八重樫さん、ご愁傷様…」

 

 ハジメの簡潔な説明に忍は雫に合掌する。

 

「で、運ぶ先は?」

 

「部屋知らねぇし、香織のとこでいいかなって」

 

「さいすか…」

 

 ハジメの雑な扱いに再度雫に合掌を送る忍だった。

 

「そういうお前は?」

 

「ちょっと新しい覇王の能力の試運転だな。前の分も含めて調整しないとならないからな」

 

「そうか。ま、そっちも頑張れよ」

 

「あぁ」

 

 そのような会話を交わしてから別れ、ハジメは宿舎に、忍は森へと足を運んでいった。

 

 

 

 霧の立ち込める森の中…。

 

「ここでいいか」

 

 人気がなく、ある程度の広さがある天然の広場へとやってきた忍は…

 

「『監獄結界』」

 

 立方体型の黒い結界を展開し、外部との接触を遮断した。忍が焔を用いる関係上、森に燃え移って被害が出ないように張ったのもあるが、他にもこの結界がどれだけの強度を持つか、自分の能力が外部に漏れないように、といった意図もあった。

 

「顕現せよ、『武天十鬼』」

 

ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ!

 

 忍が呟いた瞬間、10もの色とりどりの焔(配色は白銀、赤、黄、青、水、深緑、薄緑、茶、灰、紫)が忍の周囲に現れる。

 

「ふむ、魂だけの状態なら全員を召喚することも可能か。が、これが実体を持たせての顕現だったり、武具顕現を使うとなると話が違うんだよな…」

 

 周囲の焔…鬼火とも言える、それらを見ながら忍は自らが得た能力の分析を行う。

 

「次が最後の大迷宮だからな。それまでにいくつか掌握しておきたいが…」

 

 ふよふよと浮かぶ鬼火を眺めながら忍は思案する。

 

「(皇龍の支配の力を使うか? いや、それでは意味がない。他の覇王の力で支配したところでそれは仮初…いや、下手したら機能を十分に発揮出来ない可能性も高い。だったら、実力を伸ばすしかないか…となると、問題はやっぱ武の頂に迫る技量を身に付けないとか……本気を出すと言った手前、やらないこともないが…はたして、我流がどこまで通じるか…)」

 

 武鬼の言っていた"武の頂"をどう捉えていいのか、忍は悩んでいた。我流も極めれば、相応の境地へと至れるのではないのか、と…。

 

「(まぁ、そんな簡単には答えは出ないか…)」

 

 そう考えてから、フッと鬼火を消すと忍は次の能力を発動する。

 

「『轟龍(ごうりゅう)』」

 

 呟いた瞬間、まるで龍の鱗のような六角形型の障壁が忍の四肢の表面に展開される。

 

「ふむ、これはこれで使い勝手が良さそうだな」

 

 軽く我流の体術紛いの動きをしながらスキルの感覚を覚える。

 

「支配、は対象がいないから現状無理か。どういう風に支配するのか試したかったが…まぁ、スキルがスキルだし、こればかりは下手なことも出来んか」

 

 支配というスキルを試したかったようだが、下手なことをしたくなかった忍は監獄結界内で色々と技を試すことにしていた。

 

 それから一通り技の精度を高めた忍は…

 

「よし、とりあえずはこんなもんかな?」

 

 ひとまずだいぶボロボロとなりつつあった監獄結界を解除し、外へと出ていた。

 

「ん~…そろそろ飯でも食いに行くか」

 

 体感的に飯時だと判断し、宿舎へと戻ることにした。宿舎の1階に食堂があるからだ。

 

 

 

 そして、到着した食堂では…

 

「オラオラオラオラッ! やめてほしかったら、ハジメさんに色目を使わないと誓いやがれですぅ!!」

 

「やぁあああ!! 恥ずかしいのぉ~~!!」

 

 なんかシアがアルテナにキン肉バスターを決めていた。

 

「……………………」

 

 そのあまりにもあまりな光景に二の句が出てこず、忍はハジメとユエを見た。

 

「「……………………」」

 

 2人共、ティオの方を物凄く嫌そうな表情で見ていた。そして、そんな目を向けられているティオは…まるで"仲間"を見つけたような、慈愛に満ちた表情だった。なんの"仲間"かは…まぁ、推して知るべし。

 

「シア、その辺にしとけよ」

 

 見兼ねたハジメがシアを止めようとするが、シアが断固としてアルテナから言質を取るまでやめるつもりがないようなことを言うので、仕方ないとばかりにハジメが動く。

 

「ふぇ?」

 

 ハジメが席を立ってシアを抱き寄せる。

 

「「あっ」」

 

「(おや?)」

 

 その様子を見てた香織と雫から声が漏れ、それを耳聡く聞いた忍は少し笑いを堪えるようにしながらも事の成り行きを見守る。

 

「シア、ユエはお前のライバルか?」

 

「え? ユエさん? いえ、ライバルだなんて、ユエさんは特別ですよ…………あの?」

 

「なら、既にお前にライバルなんて存在しない。少なくとも、俺はシアを他の女と同列に語るつもりはない。アルテナとシアを天秤にかけるなんて有り得ない。それなら、俺はシアを優先するし、特別扱いもする」

 

「は、ハジメさん……///」

 

 不意打ちの言葉に赤面するシアと、その言葉に固まるユエと忍以外の面々。

 

「(ハジメも遂に心を砕き始めたか。良い傾向だな…)」

 

 忍が妙に優しい眼差しをハジメに送っていると…

 

「それとな、シア。アルテナに関しては、俺じゃなくて、むしろお前にちょっかいを掛けてるんだと思うぞ?」

 

「ほぇ? な、なんです? え? 私?」

 

 ハジメの言葉に再びアルテナに視線が集中する。

 

「えっと、私にちょっかいって……やっぱり、ハジメさんのことで気に食わないってことじゃ…?」

 

「ち、違いますわ! シアさんのことを悪くなんて思っていません! ただ、わたくしはシアさんに遠慮なく"ああいうこと"をして頂きたいだけですわっ!!」

 

「え……」

 

 その言葉を聞き、シアがハジメに縋りつくように後退ってドン引きする。

 

「へ、変態…?」

 

「ち、違いますわっ! シアさんは誤解しています! わたくしは、ただシアさんと仲良くしたいだけです!」

 

「わ、私と、ですか?」

 

 曰く、『お姫様扱いばかりされてて、対等な友人というのが出来なかった』らしい。だから、どうやって友人を作るのかもわからず、ハジメに近付いてシアに構ってもらえることに、妙な嬉しさを覚えていたという。

 

 ともかく、そういった事情であればシアも無下には出来ないと、アルテナの友達になることを承諾して握手をしたのだったが…

 

「?」

 

 何故だか知らないが、アルテナがシアの手を離そうとしない。

 

「あの、アルテナさん? そろそろ手を…」

 

「わたくしのことは、どうか"アルテナ"と呼び捨てに。わたくしも"シア"と呼びますわ。し、親友なら普通ですわよね?」

 

「(あれ? 何だかやっぱり、この娘、ヤバくないですか?)」

 

 友達になって即親友呼び…という一足飛びな状況にシアが冷や汗を掻く。

 

「そ、それで、シア。今度はどんな技を掛けてくださいますの?」

 

「はい?」

 

「とっても恥ずかしくて、痺れるように絶妙な痛さで、シアの温もりが伝わってきて……わたくし、シアの親友ですから、もっともっと色んな技を掛けてくださっていいのですよ? もっと、わたくし"で"遊んでくださっていいのですよ?」

 

「---ッ!?!!?」

 

 それを聞いた瞬間、シアがアルテナの手を振りほどいてズザザザザーっと壁際まで後退った。

 

「な、何が親友ですか!? やっぱり、ただの変態じゃないですか!!?」

 

「そんな! わたくしはただ、明日には旅立ってしまうシアと少しでも同じ時間を過ごしたいだけです!」

 

「だったら、なんでわたくし"で"遊んでほしいになるんですか! そこは"と"でしょうに!」

 

「?」

 

 シアの物言いにキョトンとするアルテナに薄ら寒いものを感じたらしく、シアが逃亡しようとする。

 

「流石、俺のシア。苦労を分かち合ってくれるなんて感激だな」

 

 そんなことを言うハジメは助ける気が無さそうだ。涙目になったシアは食堂の窓から正に脱兎の如く逃げることを選択した。が、しかし、アルテナはその妙に高い身体能力でシアを追走し始めてしまった。意外なことに速いアルテナの足にはシアも驚いていたようだが…。

 

 そんなことがあった中…

 

「……ハジメ君。さっきのはどういうことかな? かな?」

 

 香織が、何故だか目元部分だけ薄暗くなっており、ノイントの冷え冷えとした美貌と相俟って物凄い迫力でハジメに迫っていたのだ。

 

「なんとなく感じてはいたんだけど……シアも"特別"になったの? いつ? どうして? 何があったの?」

 

 問い詰めてくる香織に、ハジメは指で頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。

 

「あ~、なんというか、だな。どうやら、俺はユエとは同列に語れないくせに、それでもシアに対して独占欲を持っているらしいと、少し前に自覚してな。ユエの助言もあって、シアに対しては相応の態度でいこうと決めたんだ。特に何があったという訳じゃない」

 

「そ、それは、シアに恋愛感情があるってこと?」

 

「それは……よくわからない。違うような気もするが………ただ、愛おしいとは思う」

 

 そんなハジメの心情を聞かされた食堂にいる面々は、その多くが何かとても甘いお菓子を頬張ったような表情となり、ユエとティオはどこか優しげな表情、忍はニヤニヤと笑い、雫は複雑な表情をしていた。

 

「……そっか。うん、わかった」

 

 そして、問い詰めていた香織は納得顔をしたかと思えば、何故か嬉しそうに微笑みを零していた。

 

「ホント、俺には勿体ない奴ばかりだよ…」

 

 そんなことを言いつつハジメは香織の頬をムニっとしていた。

 

「ふぇ? は、ハジメ君? それってどういう…」

 

 ムニムニとハジメに頬を弄ばれる香織はなんとも嬉しそうにしながらも尋ねるが、ハジメは特に答えなかった。そして、ハジメは少し困ったような表情でユエを見やる。

 

「……………………」

 

 当のユエもハジメの視線に気づき、クスリと笑みを零して軽く頷いた後、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべると手元のパンを少しちぎってスープに浸すと、そのまま香織目掛けてふやけたパンを指弾する。

 

ベチャ!

 

 そんな音と共に香織のこめかみにふやけたパンが着弾する。ピクピクと頬が引き攣る香織は、ふやけたパンを食べてからユエに襲い掛かる。

 

「ユ~エ~!」

 

「……ふん、無駄な努力はやめて尻尾を巻いて帰るといい」

 

 そう言って香織の手を掻い潜りながらユエもまたシアの出てった窓から外に飛び出す。その際、肩越しに振り返ると挑発的な笑みを浮かべていた。

 

「うぅ~!」

 

 それが挑発だとわかっていても香織は銀翼を展開してユエを追いかけ始めた。

 

「仲が良いんだか、悪いんだか…」

 

 その様子に忍がそんなことを呟いていた。

 

「ふむふむ。遂にご主人様もシアに陥落したようじゃの。この分なら、妾と香織の溢れ出る魅力に堕ちる日も近そうじゃな」

 

 そう言うティオはわざと胸元を寄せ、その凶悪な双丘を強調しながらハジメに向かってウインクを決める。その色気には食堂内の男性陣(ハジメと忍を除く)も前屈みになっていたが…

 

「香織はともかく、お前は無い」

 

 その色気を一番受けているだろうハジメの言葉は何とも辛辣だった。

 

「っ!? ハァハァ、な、なんという強烈な言葉を……この愛おしいご主人様め! 的確に妾のツボを突きおって! ハァハァ、堪らん!」

 

 もはや救いようのない変態の姿に前屈みになっていた男性陣も萎えたようで、全員ドン引きしている。

 

「やれやれ…」

 

 そんな昼間の一幕を見ていた忍は肩を竦めていたのだった。

 

………

……

 

 そして、その日の夕方。

 

「次が最後の大迷宮だ。だが、今回もお前達を連れてくことは出来ない。わかってくれるな?」

 

『……………………』

 

 ハジメ達とは別行動を取った忍が巫女達と話をしていた。

 

「私だけでも、というのはダメでしょうか?」

 

「ファルのこともある。出来ればシオンは一緒にいてやってくれ」

 

 シオンの提案に忍がそう返すと…

 

「……悪かったわね。足手纏いで」

 

 珍しくムスッとした感じでファルが呟く。

 

「別にそういうんじゃないがな…。あと、セレナは痛感してると思うが、フェアベルゲン外での亜人族の戦闘力は上手く発揮できない。魔法のこともあるしな」

 

「ライセンの時に嫌っていう程してるから、わかってるわ」

 

 この中で大迷宮を共にしたのは、実はセレナだけである。シオンはファルやセレナの護衛としてアンカジ公国やエリセンに留まっていたのだ。一応、神山で魂魄魔法を修得する機会はあったが、シオンはそれを辞退している。理由は『上手く言えませんが、私は神代魔法は習得しません。感覚的なことですが、そんな気がするのです』とのことだった。それは、覇王の巫女という立場からなのか…どうかは不明である。

 

「まぁ、大迷宮を攻略したらまた戻ってくるさ。地球への帰還も一筋縄にはいかなさそうだしな」

 

「狂った神ってやつか…」

 

 忍の言葉にジェシカが反応する。巫女達には本気を出すと言った夜に狂った神のことを改めて語っていた。

 

「元凶が健在な以上、絶対にちょっかいを掛けてくるだろうしな」

 

「確かに。この世が神の盤上ならば、駒が勝手にいなくなるのを見過ごすのはあり得ませんね」

 

「まぁ、万事無事にいけば、御の字だが…そうそう簡単にはいかないわな」

 

 忍の懸念にレイラも頷いていた。

 

「じゃあさ、忍はどうするの?」

 

「うん?」

 

「その神様が邪魔してきたら、どうするのかな、って」

 

 ティアラの何気ない質問に忍は…

 

「決まってる。噛み砕いてやるさ。神ってのが召喚した覇王達の代わりにな」

 

 不敵な笑みで返していた。

 

 

 

 その後、忍は巫女達を連れてハジメ達と合流すると、最後の大迷宮があるシュネー雪原の氷雪洞窟には光輝達勇者パーティーも同行することが決まったことを聞く。鈴が揺るがぬ決意を瞳にハジメに頼み込んだのが発端らしく、それを聞いた忍も驚いていた。

 

 そして、夜はそれぞれ思い思いの時間を過ごし、明日の出発に備えるのであった。



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第五十二話『いざ、氷雪洞窟へ』

 『シュネー雪原』。『ライセン大峡谷』によって真っ二つに分けられる大陸南側、その東にある一大雪原。年中曇天に覆われており、雪が降らない日が極稀にあるくらいで、晴れることはなく、ずっと雪と氷で覆われた大地が続いている。東の『ハルツィナ樹海』と南大陸中央に位置する魔人族の国『ガーランド魔王国』の間に挟まれているのだが、どういう訳かそこに壁でもあるかのようにピタリと雪も氷雪も突然区切られているという不思議な場所である。そのため、樹海にも魔国にも氷雪被害は一切出ていないという。

 

 さらに雪原の奥地にはかなり大きな峡谷があり、氷と雪で出来たその峡谷の先に最後の大迷宮である『氷雪洞窟』があるらしい。一般的には、辿り着くまでに寒さなどで消耗して倒れるか、どうにか洞窟まで辿り着いたとしても誰1人として帰ってこなかったため、その生存困難性から、おそらくは大迷宮の1つと目されていた。

 

 だが、ハジメ達はミレディから大迷宮の場所を聞いていたので、氷雪洞窟が大迷宮の1つだと確信を得ていたが…。

 

 とまぁ、そういう事情もあり、フェルニルなんて飛行艇がある以上、馬鹿正直に歩いてやるものかと、一行は空から氷雪洞窟へと向かっていた。

 

 そして、その雲の上を滑るようにして移動するフェルニルのブリッジでは…

 

「いやはや、部外者にとっては居心地が悪いね」

 

 ハジメ達の醸し出す桃色空間(ハジメ、ユエ、シア、香織、ティオが原因)に同じくブリッジにいた忍が呆れるような、それでいて居心地悪そうに肩を竦めていた。

 

「お前も巫女連中を連れて来ればよかっただろうに」

 

「そこはそれ。分別はちゃんとつけとかないとね。第一、大半は神代魔法を習得出来ないって…シオンはともかく、ファルはどっちかと言えば、日常系だしな」

 

「シオンも妾離れの時かのぉ~」

 

 などと言いながらも話題はハルツィナ大迷宮で手にした羅針盤に移る。

 

「いやぁ、まさか俺等が使っても魔力が不足するとはな…」

 

「それだけ地球が遠かったってことだろ。それよか、不思議と距離感までわかるとはな。概念魔法、恐るべしだな」

 

「そうだね。確かに不思議な感覚だったかも」

 

 羅針盤に付与された概念魔法『望んだ場所を指し示す』。そのとんでも性能にはハジメや忍をして地球を索敵した途端、魔力枯渇に陥りそうになったほどだ。一応、魔晶石から魔力を補充したので2人共、気絶するという無様は晒さなかったが…。索敵する対象によって消費魔力も比例するのだろう。

 

「にしても…」

 

 ハジメの左隣で妙に恥ずかしがるシアを見て忍が一言…

 

「初々しくて、見てられねぇや」

 

 とても甘い砂糖菓子でも無理矢理頬張らせられたような表情でそう漏らす。

 

「うっせぇ。冷静に言われると、こっちもこっちで恥ずいんだよ」

 

「はいはい、ご馳走さまで」

 

「あぅ~///」

 

 ちなみに昨夜は思い思いの夜を過ごしたのだが、ハジメはシアと共に過ごしていた。出歯亀はユエが徹底して排除したとか…。その中には森人族のお姫様も入っていたとかどうとか…。

 

「で、シアよ? ご主人様との初めての夜はどうじゃったんじゃ? ちょっと詳しく妾に教えてたもう」

 

 そんなシアにティオがニヤニヤと笑いながらちょっかいを掛けていた。ちょっかい掛けられたシアは羞恥心がマッハで頂点に達していたが、ハジメがシアを抱き寄せると、ティオに義手による凄まじいデコピンを食らわせていた。

 

「うっわ…」

 

「今度は3人で…」

 

「次は私も…」

 

 ティオに見舞ったデコピンの威力に忍が顔を引き攣らせる中、ユエと香織が何やら言っていたが…とりあえず、床にのた打ち回りながらも恍惚とした表情のティオはスルーの方向だった。

 

「い、いよいよ最後の大迷宮ですね! 早く攻略してミュウちゃんを迎えに行ってあげたいですね!」

 

 そんな場の空気を変えようとシアが話題を逸らす。

 

「そうだな。それと、カム達との時間も作らないとな」

 

「ハジメさん…」

 

 そんなハジメの気遣いの言葉にシアは首を横に振った。

 

「父様達とのお別れは十分に済ませました。だから、あまり気にしないでください。その方が父様達も嬉しいと思うので」

 

「そうか?」

 

「はい。ふふ、ミュウちゃんの時にも思いましたけど、ハジメさんって身内に対しては過保護ですよねぇ~」

 

 そんなシアの言葉に…

 

「……ん、ハジメは甘々。溺れないようにしないといけない」

 

「あはは。確かに、ハジメ君に甘え過ぎるとダメになりそうだね」

 

 ユエは悪戯っぽく、香織も可笑しそうにクスクスと笑みを零していた。

 

「……………………」

 

 それを聞いたハジメは仏頂面となる。

 

「ククク…ダメな女製造機だってよ…」

 

「テメェ…」

 

 それを傍から聞いていた忍が笑い声を殺しきれずにいるのと、それに対してハジメがドンナーに手を掛けようとするのと同時にブリッジに続くスライド式の扉が開いて光輝達が入ってきた。入った途端、足元で気持ち悪い笑みを浮かべるティオを見てギョッとするも、全員スルーしてハジメの向かい側のソファーに座る。

 

「アーティファクトの調子はどうだ? だいぶ慣れたか?」

 

 ドンナーに伸ばした手を引っ込めてハジメが問うと…

 

「あ、あぁ。驚いたよ。出力は倍以上だし、新しい能力もかなり有用だ」

 

「いや、マジで凄いぜ! 空中を踏むって感覚は戸惑ったけどよ。慣れればマジ使える。重さを増減できるのも最高だな!」

 

「鈴も大満足だよ! 種類は限られるけど、今までとは比べ物にならないくらい結界を操れるんだもん。ありがとう、南雲君!」

 

「私も問題ないわ。むしろ、能力が多過ぎて実戦での選択に不安があるけど…そこは経験値を稼がないとならないわね」

 

 概ね高評価のようだったが、光輝は少し複雑そうだった。あっさり強くなったことに対して思うところがあるのかもしれない。

 

「そいつは重畳。完全に使いこなせれば単純に考えても戦闘力は数倍になる。それなら魔人領に行っても問答無用で潰されることはないだろ。まぁ、せいぜい気張れよ」

 

「大盤振る舞いだねぇ。あと、ツンデレっぽいよな?」

 

「殺すぞ、テメェ?」

 

 ハジメの言動に忍が茶々を入れて再びハジメがドンナーに手をかけようとする。が、次の瞬間にはハジメの眼がスッと細くなって真剣みを帯びる。

 

「……着いた?」

 

「いよいよか」

 

 それを察してユエが尋ねて、忍も気を引き締めた。

 

「あぁ。雲の下に降りるぞ」

 

 厚い雲を下に抜け、曇天が広がる極寒の白銀世界。一瞬にしてフェルニルの窓が凍てつく。

 

「グリューエン大火山の時の轍は踏まねぇよ。全員、俺が渡した防寒用アーティファクトを失くすなよ? それがあれば常に快適な大迷宮の旅が約束されるからな」

 

「快適な大迷宮の旅ってのもどうかと思うけどな」

 

「ほっとけ」

 

 そう言い合うハジメと忍はそれぞれ鉱石を加したエンブレム(ハジメは十字型、忍は鯱型)を右手に嵌めたОFGの手の甲部分に着けていた。

 

「……ん、ハジメのお手製。素敵」

 

「ですねぇ~。雪の結晶をモチーフにしてる辺りがなかなかに憎いです」

 

「ハジメ君からの贈り物第三弾。えへへ」

 

 ユエ、シア、香織には水色がかった半透明の石の内部が光を吸い込むように煌めく意匠を凝らした雪の結晶をモチーフにしたペンダント型の防寒用アーティファクトが贈られており、3人共ご満悦のようだ。

 

「……のぅ、ご主人様よ。何故、妾だけちっちゃな雪だるまなんじゃ? いや、これはこれで可愛いとは思うんじゃが……忍のエンブレムですら微妙に意匠を凝らしておるのに…妾も出来れば意匠を凝らしたアクセサリーを…」

 

 そう、ティオだけはやたら前の忍のように陽気な笑い声を発しそうな雪だるま型のペンダントだったので、他の3人のペンダント、と忍のエンブレムをチラチラと見ながら物欲しそうな表情でハジメを見る。

 

「お前の性癖が快方に向かったら、祝いに何か贈ってやるよ」

 

「!? それはつまり、妾には一生女らしい贈り物はせんということか!?」

 

「なんでそうなるんだ?」

 

「……つまり、それは性癖が治らないのは確定事項ってことかよ」

 

 若干うんざりしたようなハジメに縋るティオを見ながら雫と鈴が顔を見合わせる。

 

「……シズシズ。鈴達のなんか作った感すらないよね。どう見てもただの石ころだよ。これなら、まだ雪だるまの方がマシだよ」

 

「言わないで、鈴。扱いの歴然とした差に悲しくなるから…」

 

「そうかぁ? 別にただの石ころでも効果があるならいいじゃねぇか」

 

「……龍太郎、そういうことじゃないと思うぞ?」

 

 一方で勇者パーティーにはただの鉱石に防寒効果を付与させただけの物を支給してる辺り、ハジメの中での扱いが分かるというものだ。

 

 そうこうしている間にも、フェルニルは大きな大地の割れ目が幾条にも広がっている場所に辿り着く。これが『氷雪洞窟』に続く『氷雪の峡谷』であり、本来なら深い谷底を探索しながら進むだろうが、一行はフェルニルを使ってショートカットを行う。だが、それも峡谷の終わりまでのこと。そこから先は峡谷の幅が狭くなっており、上に氷雪が積もって巨大なドーム状の通路となっているようで、峡谷自体はまだ続いているのがわかった。

 

「しゃあない。あとは地上を歩いて進むか。洞窟までは1キロもないしな」

 

 ちょっとした邪念を振り切りながらハジメは峡谷の上にフェルニルを着陸させ、外へと出る一行。ただ、身に付けた防寒用アーティファクトは一定範囲内の温度を適温にしてくれるだけで障壁などが発生するわけではないので、念のため着てきたコートを各自目深に被る。ただ1人を除いて…。

 

「わぁ! これが雪ですかぁ! シャクシャクしますぅ! ふわっふわですぅ!」

 

 雪自体が初めてのシアが大はしゃぎで飛び出していた。そして、はしゃいだまま雪にダイブしてしまう。が、そこはちょうど峡谷に沿うように亀裂があったらしく、雪が崩れてシアが落ちていった。

 

「……………………」

 

 それを呆れた表情で見た後、フェルニルを宝物庫に回収するハジメ。

 

「いやいやいや!? なんでそんな冷静なの!? シアさんが死んじゃうわよ!?」

 

「ひぃ!? シアシア~~!!」

 

 あまりに落ち着き払っているハジメ達に雫と鈴が亀裂の下を覗き込む。光輝と龍太郎もまさかの事態に顔が真っ青になっていた。

 

「落ち着くのはお前等だ、ド阿呆共。シアがこの程度のことで死ぬと思うのか? それよりもだ。俺らも下に降りるぞ」

 

「……ん」

 

「うん」

 

「応」

 

 そう言って崖から飛び降りたハジメに応えるようにユエ、香織、忍も崖の下へと飛び降りていく。そのなんともあっさりしたやり取りに下を覗き込んでいた鈴が涙目になった。そして、上に残ってた勇者パーティーもティオに強制的に落とされる鈴という犠牲で全員が飛び降り、最後にティオも飛び降りるのだった。

 

………

……

 

 谷底へと降り立った一行は、真っ先に落っこちたシアとも合流し、羅針盤の導くままに峡谷を進んでいく。その道中、勇者パーティーの、ハジメによって魔改造されたアーティファクトによる経験値稼ぎも行いながらも『氷雪洞窟』へと踏み込むのだった。

 

 『氷雪洞窟』。その中はまるでミラーハウスの如くクリスタルのような透明度の高い氷で覆われた大迷宮だった。さらに洞窟内にはどういう原理か、雪が舞っていて触れた瞬間に凍傷を起こす代物だ。あと、ライセンのように炎系魔法限定で阻害効果があるようだった。

 

「にしても、ハジメ様々だな」

 

 防寒用アーティファクトや宝物庫、さらには羅針盤の存在からハジメ達は迷いなく大迷宮の通路を進んでいく。

 

「役に立って何よりだ。ああはなりたくないしな…」

 

 そう言ってハジメの視線を辿ると、氷の壁の中に埋まっている男の姿があった。外傷一つない姿から寒さによって眠ってしまい、そのまま事切れたのだろうとは思うが…。

 

「……? ハジメさん。なんだか、あの死体…おかしくないですか?」

 

「言われてみれば、確かに不自然だな」

 

 シアの言葉に忍も違和感を覚えたようで死体を観察している。

 

「ん? そういえば、やけに綺麗に壁の中に埋まってるな」

 

「はい。まるで座り込んだ場所まで氷の壁がせり出てきたような…」

 

「もしくは壁に取り込まれたか。とにかく、普通じゃねぇわな」

 

「ふむ…」

 

 ハジメも2人の感じる違和感に死体を観察する。

 

「…………魔力反応は氷壁にも死体にも見えない。まぁ、念のために壊しておくか」

 

ドパンッ! ドパンッ!

 

 昇華魔法によって強化措置を施されたドンナーから二条の閃光が放たれ、氷壁の中に埋まった男の頭と心臓を撃ち貫く。その光景に光輝が何か言いたそうだったが、特に何を言う訳でもなく開きかけた口を閉ざした。しばし、ハジメが死体を観察したが、特に変化もなかったのでそのまま一行は先を進んでいた。

 

 羅針盤のおかげもあり、大迷宮の三分の一を踏破した一行。道中、トラップはあったが、魔物の襲撃はなかった。ある意味、不気味な静けさである。

 

 そんな中、四辻に辿り着いた一行に大迷宮の試練が襲い掛かることとなる。

 

「む? 冷気の流れが微妙に変わった?」

 

「ハジメさん、何か来ます」

 

 忍とシアがそれぞれ鼻とうさ耳を反応させた。

 

「魔物か? やっとおいでなすったか。何処からだ?」

 

「……四方、全部からです」

 

「なに? 後ろからもか?」

 

「間違いなく。どういう原理だろうな?」

 

 2人の警告に背中合わせとなる一行の前に…

 

『ヴァア゛ア゛ア゛ア゛』

 

 そのような唸り声と共に現れたのは、氷壁の中に埋まっていた死体だ。その大半は軍服を着た魔人族だったが、その全身には霜が張り付いており、瞳は赤黒くなっていた。

 

「ふん、やることは変わりないんだ。お前等、蹴散らすぞ!」

 

 ハジメの掛け声が合図になったのか、凍てついた動く死体…フロストゾンビが一行に襲い掛かってくる。それをそれぞれ迎撃する一行だが、如何せん数が多かった。何より…

 

「うそ、再生してるの…?」

 

 迎撃されたフロストゾンビの肉片が勝手に動いて集まると元の状態に戻ってしまっていた。しかも香織の分解で破壊された個体は氷壁を取り込むことで元の姿を維持していた。

 

「……あぁ? 近くにないだと?」

 

 ある意味、無限とも言えるフロストゾンビの襲撃にメルジーネ海底遺跡にいた太古の怪物『悪食』を思い出したのか、ハジメがうんざりしたような表情をしながらも羅針盤で元凶たる魔石の位置を探すと、どうにも近くにないらしいことが判明した。

 

「ここにいてもジリ貧だ。なら、元凶を断ちに行くぞ!」

 

 ハジメの声に全員が頷く。

 

「殿は任せろ!」

 

「よし、行くぞ!」

 

 ハジメがオルカンを取り出して先陣を切り、殿に忍が陣取り…

 

「弾の節約も兼ねて能力で封じるか。『監獄結界・障壁ver』」

 

 四辻の一角の通路に入ると、忍は漆黒の壁を作ってフロストゾンビの追撃を封じていた。ついでに監獄結界の表面に魔力吸収も付与しているので、フロストゾンビが触れた瞬間に少しは無力化出来るはずだと踏んでいた。

 

 結果はまぁまぁだったようで、通路の先にいた分のフロストゾンビはともかく、壁の向こうにいた分の足止めは成功していた。

 

 そして、一行はドーム状の大きな空間に出た。大きさは東京ドームほどある空間だ。

 

「『監獄結界・多重障壁ver』」

 

 全員がその空間に入ったのを見て殿の忍は、通路と空間の出入り口に監獄結界を張って塞ぎ、外からのフロストゾンビの侵入を防いだ。

 

「見えた!」

 

 目標の魔石を魔眼石でも捉えることの出来たハジメが強化シュラーゲンを取り出して魔石を狙うが…。

 

「……ハジメ!」

 

「ちっ、新手か!」

 

 ユエの警告に空から強襲してきた氷の大鷲…フロストイーグルをシュラークで迎撃するハジメ。だが、迎撃しながらもシュラーゲンの狙いを魔石へと照準していたので、そのまま引き金を引く。

 

 だが…

 

「なっ、避けやがった!?」

 

 魔石はまるで意思を持ったかのように動いてシュラーゲンの一撃を回避していた。さらにドームの天井からはフロストイーグル、壁からは二足歩行の狼…フロストワーウルフが大量に出現し、魔石のあった壁からは20メートルはあろう巨大な氷の亀…フロストタートルが現れたのだ。

 

「ゾンビ共は俺が抑える。残りは頼んだ」

 

 監獄結界の維持のため、忍はその場から動くことをせずにフロストゾンビを一手に引き受けることを宣言した。

 

「よし。じゃあ、逝ってこい、天之河」

 

「え?」

 

「"え?"じゃねぇよ。何のためにお前らまで連れてきたと思ってんだ。サクッとあの大亀を倒してこい。周りの奴等は俺達で片しとくから」

 

「っ…あ、あぁ、そうだな! わかった!」

 

「頼むぞ。忍はゾンビで手一杯っぽいし、俺達を除けば天之河が一番の火力持ちなんだからよ。残りの3人と一緒に魔石を破壊しろ。もし腑抜けてたら、俺が横からかっさらうからな?」

 

 ハジメの挑発的な物言いに光輝の瞳に決意の炎が宿っていた。

 

「大丈夫だ。俺だってやれる! 絶対に倒してみせる! 龍太郎、雫、鈴、行くぞ!」

 

「おっしゃあ! やるぜぇ!!」

 

「援護するわ。背中の氷柱にも気を付けなさいよ。きっと何かあると思うから」

 

「防御は任せて! 全部、防いでみせるよ!」

 

 光輝の号令に威勢良く答える勇者パーティーの面々。その直後、銀色の砲撃がフロストタートル目掛けて駆け抜けると、射線上にいた魔物達を一瞬で分解・殲滅していった。

 

「行って! 皆、無茶はしないでね!」

 

「香織…助かる!」

 

 香織が放った分解作用を持つ銀の砲撃によって光輝達とフロストタートルを一直線に結ぶ進撃ルートが確保される。香織に礼を述べ、その道を光輝達が駆け抜ける。

 

「さてはて、勇者はこの局面を仲間と共に乗り切れるかな?」

 

 忍が宣言通りフロストゾンビの群れを一手に引き受けながらそのようなことを呟く。

 

 

 

 結果として光輝達はあの巨大なフロストタートルを撃破した。魔改造された聖剣による光輝の切り札『神威』によって分厚い氷の亀を粉砕したのだ。しかし、フロストタートルは神威で粉砕される直前に、自身の魔石を足元に移動させてフロストイーグルによって回収させて逃亡を図ろうとしたのだ。だが、それを雫がフロストイーグルを撃破し、フロストタートルの魔石も破壊したことで大量の魔物は氷の残骸となって消滅していった。

 

 トドメを刺し損ねたことに光輝の心の中には仄暗い感情があったようだが、それも表に出すことなく光輝は仲間と共に大迷宮の魔物を倒せたことを喜んだ。ただ、雫はそんな光輝の危うさを感じ取っていたようだが…。

 

 そして、一行はフロストタートルが現れた氷壁に大きなアーチを描く穴が開いていることを確認すると、その先へと歩を進めていた。その先に待っていたのは……広大な迷路だった。

 

 その広大さに龍太郎が面倒そうにしつつも、フロストタートルに勝った余韻もあったのだろうが、浅慮な行動を取ってしまう。迷路の上が開けていたので、そこを飛び越えようとしたのだ。当然、大迷宮がそんなことを許すこともなく、龍太郎は六角氷柱の中へと閉じ込められてしまった。その龍太郎を助けるに辺り、一悶着もあったが…龍太郎は反省し、迷路を普通に通ることになった。もちろん、羅針盤が機能したのでそれを用いてだが…。

 

「迷路が迷路じゃなくなったな…」

 

 そんなハジメの呟きに…

 

「う~…これがあればミレディさんなんて目じゃなかったのに」

 

「……ん、仕方ない。多分、わざとハルツィナに預けてた」

 

「ミレディばあちゃんならやりかねんな…」

 

 ライセン大迷宮を共に攻略した面々が不満そうにしていた。それを察してハジメがユエとシアの肩をポンポンと叩き、忍も肩を竦めて4人で苦笑する。

 

 そんな迷路の道中、ハジメとユエ、シアの夜の話題が挙がったり、壁から氷の鬼…フロストオーガの奇襲もあったりしたが、一行は通路の先に大きな両開きの扉がある突き当たりに出くわした。その巨大な扉は氷だけで作られているとは思えぬほど荘厳で美麗だった。茨と薔薇の花のような意匠が細やかに彫られており、それとは別に不自然な大きめの円形の穴が4つ空いている。

 

「セオリー通りなら、この不自然に空いた穴に何かを嵌め込めば扉が開くんだろうが……面倒な」

 

「俺らがセオリーを言うか? かなり無視ってる気もするが」

 

「うるさい」

 

 なんだかんだと迷路を歩き続け、15時間くらいは経っている。それだけこの迷路が広大である証拠というのもあるが、その中から探し物までするとなると、そら嫌にもなる。

 

「……ハジメ。とりあえず」

 

「そうだな。一旦、休憩にするか」

 

 そうして一行は部屋の中央で休息を取るため、ハジメの取り出した10畳はありそうな天幕(壁の代わりに結界、絨毯、コタツ付き)の中へと入る。その間、ハジメはクロスビットで鍵を探すことにした。ただまぁ、ハジメ達の桃色空間に当てられ、忍は勇者パーティーと同じコタツに居座ることになったが…。

 

 その後、休息がてら食事もすることとなり、シアと忍が料理の腕を振るった。ただ、その際…

 

「シアさん、こっちは切り終わったぞ」

 

「ありがとうございます。出汁の方もお願いできますか?」

 

「了解した」

 

 何故か息の合ったコンビプレイを発揮する忍とシアの調理風景に…

 

「……………………なんかイラッとするな…」

 

「というか、紅神君。料理出来たのね…」

 

 ハジメが嫉妬を覚え、雫達は忍の料理の手際の良さに驚いていた。

 

「まぁ、シアさんはハジメの方に付きっきりになるだろうしな。やれるやつがやらないとな」

 

 などというが、実は忍はシアの技法を見様見真似で手伝ってるだけだ。特に料理が得意という訳じゃない。それでも出来てしまうのが忍の怖いところではあるが…。

 

 そうして出来上がった海鮮鍋を二組に分かれて箸を突く一行。当然、ハジメ側のコタツでは桃色空間が広がり、対面にいた光輝達がうんざりした様子だった。

 

「飯時くらい余裕を持った方がいいぞ。周囲の目なんて気にしてたらキリがないしな」

 

 鍋に具材を投入しつつもしっかり自分の分を食べる忍が光輝達にそう言った。

 

「そうは言ってもよぉ」

 

「バカップルのイチャつきほど見てて楽しくなるはずはないだろ? アレはああいうものだと考えれば気にならないんだよ」

 

 龍太郎の言葉に忍はそう返していた。

 

「紅神…お前、悟り過ぎじゃねぇか?」

 

「あのバカップルに関しては奈落からの付き合いだぞ? 嫌になるほど見てきたからな。そら、対処法の一つや二つは身に付けるわ」

 

「そういうもんか?」

 

「そういうもんなんだよ」

 

 意外と龍太郎とは普通に会話する忍に雫や鈴は少し意外なものを見るような眼差しを向けていた。

 

 

 

 その後、食事を終えた一行はハジメを残して三方に分かれ、鍵である宝珠を取りに向かうのだった。ちなみに1個は既に食事中に入手しており、残りはユエ達、勇者パーティー、忍(単独)で入手することにしていた。

 

 そして、ユエ達と忍が同時くらいに宝珠を手にしてハジメの元に戻り、光輝達も無事に宝珠を入手して戻ってきた。

 

 そうして集めた鍵で開いた扉の向こうへと一行は足を向ける。果たして、その先に待つ試練とは…?



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第五十三話『心の底にあった闇と、最後の神代魔法』

 『氷雪洞窟』の中にあった迷路を抜けた先は、本格的なミラーハウスの様相を呈していた。

 

「これはまた凄いな…」

 

 鏡と見紛うほどの氷壁が通路を作り、合わせ鏡のようにしてそこにいる一行の姿を無数に映し出していた。

 

「ともかく、先に進みますか」

 

「そうだな。とは言え、何があるかわからないから全員警戒しとけよ」

 

 そうして先へと進む一行だったが、不意にそれは起きた。

 

「?」

 

 突然、光輝が立ち止まったかと思うと、キョロキョロと周りを見回したのだ。

 

「光輝? どうかしたの?」

 

 訝しむメンバーを代表して雫が尋ねると…

 

「あ、いや…今、何か聞こえなかったか? 人の声みたいな…こう囁く感じで」

 

「ちょ、ちょっと光輝君。やめてよ。そういうのはメルジーネだけで十分だよ…」

 

 光輝がそう答えると、ホラー系の苦手な香織が両腕をさすりながら抗議の声を上げる。

 

「他に何か聞こえた奴はいるか? シアと忍はどうだ?」

 

「いいえ。私には何も聞こえませんでした。人の気配もここにいる皆さん以外には感じません」

 

「俺も聞こえてないし、特に冷気の流れも変わってないぞ」

 

 ハジメが忍とシアに尋ねるが、2人共同じような反応を見せる。

 

「……確かに聞こえたと思ったんだけどな…」

 

 現状、光輝しか聞こえなかったようで皆の中で本当に気のせいだということになったが…

 

「……シア、忍、頼むぞ」

 

「あぁ」

 

「はいです」

 

 ハジメはどうも嫌な予感を覚えたようで、この中では1、2を争う索敵能力を持つ忍とシアに念を押す。

 

 

 

 それからしばらく順調に歩いていくと、再び光輝が声を上げる。

 

「っ、まただ! やっぱり気のせいなんかじゃない! また聞こえた!」

 

 周囲を見回す光輝に、他のメンバーは困惑顔だった。

 

「シア、忍」

 

「いえ、私には何も…」

 

「右に同じく。あと、空気の流れも変化なしだな」

 

「ふむ…」

 

 ハジメの確認に首を横に振るシアと忍にハジメは思案するような表情となる。

 

「天之河。とりあえず、落ち着け」

 

 そして、まずは光輝を落ち着かせようと声を掛ける。

 

「っ、南雲。本当なんだ。確かに、俺は…」

 

「わかってる。お前の気のせいで片付ける気はない」

 

「えっ?」

 

 今までの扱いが扱いだったので、光輝はハジメの言葉に目を丸くする。

 

「何らかの干渉を受けている。そう考えた方がいい。それが、この大迷宮の試練の1つだと言うなら、天之河だけじゃなく、ここにいる俺達全員も既に干渉を受けている可能性が高い。今のところ、防ぐ手立てがないのも事実だからな。全員、十分に注意して進め」

 

 真剣な眼差しで言ったハジメの言葉に光輝達も一度顔を見合わせると、互いに頷いてみせた。

 

 

 

 その後、囁くような声は全員が聞くこととなり、その声は誰しもが聞き覚えのある声音だったそうだ。そんな中、ハジメが声の正体を自分のものだと看破した。つまり、囁き声は自分の心の中の声だという。内容はそれぞれだが、心の中を土足で踏み荒らされてるような感覚に精神的な疲労が溜まっていく。

 

 小休憩を挟みつつも距離的に一気に攻略した方がいいと判断したハジメが全員にそう告げる。

 

 そして、一行が進んだ先は巨大な空間を発見し、その部屋の奥には迷路の時にも見た意匠の凝らされた巨大な門があった。

 

「ふぅ、ようやく着いたらしいな。あの門がゴールだ。だが…」

 

「ん……見るからに怪しい」

 

「ですねぇ。大きい空間に出たら大抵は襲われますもんねぇ」

 

「確かに…まぁ、それが大迷宮の醍醐味とも言えなくはないが…実際にやられると面倒なことこの上ない」

 

 今までの経験則からそのように言いつつもハジメと忍が索敵を行うが、一切の反応はなかった。

 

「ちっ…行くしかねぇか」

 

 ハジメの先導でユエ達もそれぞれ後に続く。と、それは起きる。

 

「あ? ……太陽?」

 

 突如、頭上より光が降り注ぎ、それを見上げたハジメがそのように言う。他の面々も頭上を見上げれば、確かに"太陽"というべきものがあった。

 

「……ハジメ。周りが」

 

 ハジメが頭上を警戒しながら見上げていると、ユエから警告が入る。見れば、周囲の全てが煌めいていたのだ。天空から空を覆う雪煙を貫いて差し込む陽の光が空気中の細氷に反射することで起きる現象…ダイヤモンドダストだ。しかし、自然界で出来るものと明らかに違う点がある。その煌めきの強さだ。

 

「ダイヤモンドダストにしちゃあ、危険な香りがするな。全員、防御を固めろ!」

 

 ハジメの警告に一塊になった一行の周りをユエと鈴の聖絶が覆う。

 

 その直後…

 

ビィィッ!!

 

「っ!? まるでレーザー兵器だな!」

 

 部屋に浮かぶ幾百もの輝く氷片から溜め込まれた熱が閃光となって走る。特にハジメ達を狙った訳ではなく、まるで乱反射でもするかのように縦横無尽に閃光は部屋中を走っている。

 

「完全ランダムの無差別攻撃か」

 

 さらには空を覆っていた雪煙が降りてくる。視界を塞ぐつもりなのだろう。

 

「ちっ。視界まで奪われちゃかなわん。一気に駆け抜けるぞ!」

 

「ん……鈴、合わせて」

 

「は、はい! お姉様!」

 

 ハジメの号令で突破を狙うも、そう簡単にはいかないのが大迷宮である。

 

ズドンッ!!

 

 地響きを立てながら上空から迫る雪煙から、大型自動車くらいの大きさの氷塊が複数落ちてくる。その氷塊の中央には赤黒い結晶が見える。

 

「本命か…!」

 

 すると、氷塊は一気に形を変えて体長5メートルほどの人型となり、両手にはハルバードとタワーシールドを持ったゴーレムと化す。数は10体。ちょうど一行の人数と同じだ。そのフロストゴーレム達は横並びになってゴールの門を守るように立ちはだかる。

 

「蹴散らすぞ!」

 

「応!」

 

 ハジメの声に忍が呼応し、前に出ていた。そして、ユエと鈴以外のメンバーも攻撃に転じようとした時に、それは起こった。

 

「っ!?」

 

「え?」

 

 光輝の放った斬撃と龍太郎の放った衝撃波はハジメを、香織の放った分解砲撃はユエを、雫の放った斬撃はシアへとそれぞれ向かっていた。

 

「「「っ!!」」」

 

 味方からの攻撃をハジメ、ユエ、シアは何とか凌ぐも…

 

「……何のつもりだ?」

 

「……香織、良い度胸」

 

「し、雫さん? 私、何か気に障ることでも?」

 

 ただのフレンドリーファイアで済ませるつもりはなく、攻撃を受けたハジメ達3人はそれぞれの襲撃者を見る。

 

「ち、違う! 俺は、そんなつもりはなくて……気が付いたら……ホントなんだ!」

 

「あ、あぁ、そうだぜ! 南雲を攻撃するつもりなんてなかったんだ! 信じてくれ!」

 

「そ、そうなの! 気が付いたらユエに……なんで、私…あんな」

 

「ごめんなさい、シア! でも、自分でも訳が分からないのよ。敵を斬るつもりだったのに……」

 

 必死に弁明する光輝達にハジメが眉を顰める。

 

「ご主人様よ。奴等を攻撃する直前、囁き声が聞こえた気がするんじゃが…あるいは…」

 

 ブレスでフロストゴーレムを牽制していたティオが推測を語る。

 

「どっちにしろ、奴等は襲ってくるんだ。ハジメ! ここは各個撃破で行こうぜ!」

 

 ティオと同じくフロストゴーレムを牽制していた忍が声を上げる。

 

「仕方ねぇな。その案で行く。全員、遠慮するんじゃねぇぞ!」

 

 この中でフレンドリーファイアの対象になったのはハジメ、ユエ、シアだけだ。この3人なら何とでもなる。が、その中でも少し不安のある者もいた。

 

「(正直、前に出てなきゃ天之河を撃ってたかもしんねぇな…)」

 

 忍だ。どうも忍も危うくフレンドリーファイアを行いそうになってたようだ。しかも対象は光輝だ。化け物スペックとアドバンスド・フューラーの殺傷能力を考えれば、いくら勇者でハジメに魔改造されたアーティファクトを持つ光輝でもひとたまりもないだろう。

 

「(仕方ねぇ。飛び道具や飛び技は使わない方向で殺るか)」

 

 遂に雪煙で視界が奪われ、気配も感知出来なくなり、レーザー攻撃も続く中、それらを掻い潜って忍は銀狼と黒狼を抜いてフロストゴーレムに肉薄した。

 

「つ~か、おっそ!」

 

 神速を用いた移動法でフロストゴーレムの背後を取ると…

 

「ふっ!」

 

 硬度重視の黒狼の切っ先を赤黒い結晶へと向け…

 

「『妖覇玄武掌打』!!」

 

 そのまま黒狼の柄頭を掌底で押し出すようにして氷塊の体を貫く。

 

『ッ!?!?』

 

 赤黒い結晶を貫かれたフロストゴーレムはガラガラと音を立てて崩れ去り、雪煙もまた晴れていく。

 

「クリアした奴だけが通れるってことかね?」

 

 先にゴール前にいたハジメを見ながら忍もゴール前に移動していた。

 

「流石に早かったな。忍」

 

「お前ほどじゃないさ」

 

 右腕同士をぶつけ合いながらそう言い合うハジメと忍。その後、ユエ、シア、ティオ、香織も無事にやってきた。残りはいつもの勇者パーティーだけとなる。その中でも一番にクリアしたのは雫だった。そして、限界突破を使用した光輝、結界を駆使して勝利を手にした鈴、避けることを早々に諦めて殴り合いを制した龍太郎の順にクリアしていく。ただ、その際、龍太郎は気絶してレーザーの餌食になりそうなのを香織が引っ張ってきたが…。

 

 無論、限界突破を使用した際の光輝の攻撃もハジメに向かってきたが、ハジメはそれを簡単に流していた。

 

 そして、全員が門の前に集まったのを確認したかのように頭上の太陽がフッと消える。それと共にレーザー包囲網も消え、門の表面に転移系のゲートらしきものが展開される。

 

「さて、これで終わりだといいがな」

 

「そう簡単には終われそうにないが…」

 

 香織による治療もあらかた終わると、全員が光の門へと飛び込む。

 

………

……

 

「ふむ、分断されたか…となると、個人別の試練がまだあるってことか」

 

 視界が戻った忍は独り言ちるように周囲を見回す。

 

「ま、メルジーネの時も似たようなことあったし、別にいいけどな」

 

 そのまま通路を道なりに歩いていくと、中央に天井と地面を結ぶ巨大な氷柱のある大きな部屋へと辿り着く。

 

「ふむ。ハジメほどではないにしろ…俺も十分厨二臭いな…」

 

 氷柱に映る自分の姿を見ながら忍はやれやれと肩を竦めた。

 

 すると…

 

『それだけじゃないだろう?』

 

「ふむ?」

 

 目の前から聞こえてくる自分の声に忍は改めて氷柱を見ると…

 

『よぉ、"俺"。随分と余裕じゃねぇか?』

 

 氷柱に映る"忍"が話し掛けてきたのだ。

 

「ま、ある程度は予想してたしな」

 

『コンセプトか?』

 

「あぁ、"自分に打ち勝つこと"ってところか? ここに来るまでに割と心の中をズケズケと入られた気分だったし、そういう俺達個々の中に眠ってる負の部分を抽出し、最終的にはお前という"審判"が出来たんじゃないか?」

 

『大正解だ』

 

 そう言った瞬間、忍が後方へと飛び退き、それを追うようにして氷柱に映った"白い忍"が実体を持って現れる。

 

『さぁ、審判の時間だ。紅神 忍。お前は"(お前)"に勝てるかな?』

 

「……………………」

 

 互いに銀狼と黒狼を抜き、同時に神速を用いて斬り結ぶ。

 

「(どうにも能力や武器まで複製してるっぽいな。なら、勝敗を分けるのは…)」

 

 斬り結びながらも忍はあることを考えていた。

 

『いくら本気になったと口では言えても、所詮は付け焼き刃。わかってるだろう?』

 

「……………………」

 

『"(お前)"は本気が嫌いだ。それは今でもそうだろう? ハジメが見てる手前、本気を出さないとならない。本当に面倒だよなぁ』

 

 実際のところ、忍が本気かどうか…いや、人の本気を測れるかどうかと聞かれたら難しいだろう。むしろ、そういうことは本人しかわからないのではないだろうか?

 

『本気になったからと言って故郷に帰れるのか? 違うだろう。本気になっても良いことなんて何もない。今までだってそう考えてきたじゃないか?』

 

「……………………」

 

『なのに、明香音との約束を守るために本気を出す? いやいや、違うよな? ここに明香音はいないんだ。だったら本気を出す必要性もないだろう?』

 

 白い忍の言葉と攻撃に忍は防戦を徹していた。

 

『巫女連中に見栄を張りたかっただけだろう? シェーラをダシに、なんて言われたらそりゃあ、お前だって本気にならざるを得ないもんな?』

 

「……………………」

 

『その巫女連中だって、明香音の代用品だろ? そう思ってても仕方ないよな。明香音がいない寂しさを巫女連中で満たしたいんだろう? 酷い男だよなぁ、"(お前)"』

 

 白い忍の言葉に対し、忍は何も答えない。

 

『おいおい、どうしたぁ? いつもの調子で笑い飛ばしてくれよ。それとも図星過ぎて何も言えないのか?』

 

 白い忍の攻撃は一層過激になっていく。

 

『というか、"(お前)"。さっきヒーローを攻撃してたかもしれないんだよな? なんでだろうな~?』

 

「……………………」

 

『わかる。わかるぜ。あいつは何でも出来る奴だ。常にグループの中心にいて、そのカリスマで邁進していく。なんだか、似てるよなぁ? "(お前)"によぉ』

 

 忍と光輝。一見、共通項の無さそうな2人だが…

 

『幼馴染みに対しての独占欲。あいつはクラスの中心で、"(お前)"は部活でその存在感を示してる。なんでもそつなく熟せて、女子からはちやほやされる。意外と共通項が多いな。もしかして、"同族嫌悪"ってやつか?』

 

 白い忍はそのように評する。いや、これが忍自身が心の奥底で感じていたことなのかもしれない。

 

『共通項は多くとも、あいつは勇者。"(お前)"は反逆者。まるで正反対の天職だよな。もし逆の立場ならお前が勇者だったかもしれないのに……そうすれば、また色々と違った景色が見られたのになぁ~』

 

「……………………」

 

『残念だよな。あいつと"(お前)"の何が違うってんだか?』

 

 防戦に徹していた忍はいつの間にか壁際に追い込まれていた。

 

『まぁいいや。ここで"(お前)"の覇道も終わりだな。覇王になんてならなきゃよかったんだ』

 

 そう言って白い忍が忍に向かって二刀を振り下ろす。

 

ガキンッ!!

 

 が、それは同じく二刀によって容易に防がれてしまう。

 

『なに!?』

 

「いやはや、耳が痛くてしゃあないわ」

 

ドガッ!!

 

『ぐふっ!?』

 

 忍が久し振りに声を出しながらヤクザキックで白い忍を吹き飛ばす。

 

「確かに。俺と天之河はジャンルが違うけど似てる。嫌なとこが似てるが、まぁ事実だし、そこはしゃあない。うん」

 

 軽く埃を払って忍は白い忍の言葉を肯定した。

 

「それに巫女達に対してもそういう反面があったのも事実だ。我ながら最低だとも思うさ」

 

『この…っ!?』

 

ギンッ!!

 

 白い忍がアドバンスド・フューラーを抜こうとした瞬間に、忍の銀狼と黒狼を投擲し、白い忍の両腕を貫いて背後にあった氷柱に磔にする。

 

「本気が嫌いなのは今も変わらない。でもな、明香音との約束のためだけに本気になった訳じゃないんだ」

 

『なら、何故…?』

 

「簡単だよ。ちゃんと見ててもらいたかったのさ。巫女達に…そして、親友にもな」

 

『-----』

 

 そんな忍の独白に絶句する白い忍。

 

「けど、お前の言葉が心に刺さったのも事実だ。だったら、これからも変わり続ければいい。その果てに、俺が成るべき理想があるならな。だからこそ、俺自身の言葉もひっくるめて成長してみせるさ。だって、俺…"覇王"だからな」

 

 ニカッと笑う忍はそのまま右手に魔力を集約させていき…

 

「猛牙墜衝撃・無拍子」

 

 白い忍の胸に手を当てて、力を解放した。

 

『ふっ……参ったぜ。覇王』

 

 白い忍はそう呟いて陽炎のように消えていった。氷柱に突き刺さった銀狼と黒狼を回収して鞘に収めていると、壁の一部が溶けていき、新たな通路が現れる。

 

「他の連中は…大丈夫かねぇ?」

 

 そんなことを呟きながら忍は通路を歩いていく。

 

………

……

 

 忍が通路を抜けた先で見た光景は…

 

「もう一遍、人生やり直してこい。大馬鹿野郎」

 

ゴガッ!

 

 何故か瀕死の光輝の胸倉を義手の左手で持ち上げ、その顔面を生身の右拳で殴りつけて地面に叩き付けるハジメ、という図だった。

 

「何があった?」

 

 そんなことを呟く忍のちょうど反対側からハジメ、光輝、忍を除いた他の面子がハジメと光輝の元へやってくるのを見て…

 

「あれ? もしかして、俺だけハブられた?」

 

 と呟いてしまった。

 

「忍も無事だったか。簡単に言えば、天之河が癇癪起こして俺に八つ当たりしてきたんだよ」

 

「……何があったらそうなる?」

 

「色々あんだよ」

 

 説明が面倒なのか、ハジメはそう言っただけだった。その後、何故だか光輝に殺気を向けるユエとシアをハジメが宥めると、2人はハジメに甘えだす。そこにあざとい仕草のティオ、光輝の治癒を適当に終わらせた香織も参戦し、いつもよりちょっと増した桃色空間が展開されるが、一方でユエと香織の間に極低温空間も形成されていたりもした。

 

「皆さん、色々あったようで…」

 

 そんないつもな光景を見て肩を竦める忍は1人、状況に追いつけないことに若干拗ねてるようにも見えた。

 

「紅神もお疲れさん。つっても、そっちは少し出遅れたみたいな感じか」

 

 そこに光輝を背負った龍太郎が忍に話しかけてきた。

 

「坂上……そうみたいだな。何があったかは後で詳しく聞きたいが…」

 

「あ~、まぁ…光輝の黒歴史みたいなもんだから、あんま触れないでやってくれ」

 

「……………………ま、笑い話に出来るようになった頃にでも聞くさ」

 

「悪ぃな」

 

「別に坂上が謝ることでもないだろ?」

 

「そうか、ありがとよ」

 

「……………………」

 

 龍太郎の言葉に忍は肩を竦めてみせた。そんな中、雫がミノムシ状態なハジメの傍まで歩いていくのが見えて忍、龍太郎、鈴も追従する。

 

「南雲君、ありがとう。光輝を助けてくれて」

 

「ぶん殴っただけだが?」

 

「殺さなかったでしょ? 香織と、少しだけ私のために。二割くらいね?」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 なんだか妙に通じ合ってるようにも見えるハジメと雫の会話に勘の良い者はそれぞれ反応を見せる。

 

「(あ~、これはアレか? ハジメの傍に居たい女子が増えた、と?)」

 

 忍がそんなことを思っている合間にも2人の会話は続き…

 

「だ、だから、これはお礼よ。そ、それとあの時言ったことは、じょ、冗談じゃないってことの証よ」

 

 そう言うと、雫は身動きの出来ないハジメの頬に自らの唇をそっと触れさせていた。

 

「お~」

 

 忍がその行為に小さく拍手していると、隣でドスンッという音がした。どうやら龍太郎が驚愕のあまり背負っていた光輝を落としたようだ。それを気にする者はおらず、ハジメの周りにいる女子達はきゃいきゃいと騒ぎ出す。

 

「……雫も、かよ。どうなってんだ、南雲の奴。いや、ホントに」

 

「そういや、いつの間にか八重樫さんの髪飾り、変わってね?」

 

「あ、ホントだ!」

 

 知らぬ間に関係が進展していたことに驚く3人を尻目にハジメはどうしたもんかと、遠い目をしていた。

 

 

 

 その後、一行は光輝の試練の場に現れた通路からさらに奥へと進み、七角形の頂点に各大迷宮の紋章と覇王の姿絵があしらわれた魔法陣が刻まれた氷壁のある部屋へと辿り着く。そして、その魔法陣が淡く輝き、壁全体を光の膜のようなもので覆われる。転移ゲートだ。ハジメ達は頷き合うと、転移ゲートへと飛び込む。

 

 転移ゲートの先にあったのは、大迷宮内ではついぞ見なかった水で溢れた床、透き通るような純氷で作られた氷壁、巨大な氷の神殿だった。

 

 その神殿へと進んだ一行は、神殿の入り口には『ヴァンドゥル・シュネー』の紋章(雪の結晶)と、その上に鯱の絵が描かれていた。特に封印もされていないようで、ハジメが扉を押せば簡単に開いた。中はちょっとした邸宅のような居住区となっていた。

 

 ハジメが羅針盤で魔法陣を探り当て、一階の奥にあった重厚な扉の中へと入る。そこには魔法陣と瑠璃色の宝玉があった。

 

「よかった。フリードの奴は宝玉を置いていったらしいな」

 

 忍が安堵しながらもハジメ達と共に魔法陣の中へと入り、最後の神代魔法『変成魔法』を光輝以外が修得することになった。が、喜び合うシア達とは別に…

 

「ぐぅ!? がぁあああっ!!?」

 

「……っ、うぅううううっ!??!」

 

「ぬぁあああああ!?!?」

 

 ハジメ、ユエ、忍から苦悶に満ちた悲鳴が上がる。激しい頭痛でも堪えるように頭を抱えて膝まで付く3人にギョッとする他の面々。

 

「っぁ……」

 

「……んっ」

 

「かっ……」

 

 脂汗を大量に浮かべた3人は、謎の苦痛から解放されたのか、ガクッとその場で倒れ込む。それをシアがハジメ、雫がユエ、龍太郎が忍をそれぞれ咄嗟に支える。3人共、気絶したようだった。

 

「とりあえず、3人を休ませんとの……」

 

 年長者の余裕か、年の功か、冷静だったティオがその場で急遽指示を出すことになった。

 

 一体、3人に何が起きたのか…?



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第五十四話『帰還の鍵と、揃いし覇王』

「んぁ…?」

 

 忍が目を覚ますと、そこはこの大迷宮に入ってから見慣れた氷壁、自分が寝ているベッド、さらにはいくつかの家具があった。そして…

 

「なんで、俺は天之河の隣で寝てんだ?」

 

 隣のベッドには光輝の姿があった。

 

「……………………あ~、そうか。俺は…いや、俺達は最後の神代魔法を修得して、概念魔法の概要を強制的に教えられたのか…」

 

 上体を起こして記憶を辿り、何故寝ていたのかを思い出す。

 

「だからって、天之河と同じ部屋にしなくてもいいだろうに…」

 

 などと愚痴を零しながらも、ベッドから降りる。

 

「ハジメとユエさんは目覚めたのか? というか、どんだけ寝てた?」

 

 忍がそんなことを考えていると…

 

「アホですかぁぁぁぁ!!」

「ダメに決まってるでしょおぉぉぉ!!」

 

 邸宅のどこからかシアと香織の絶叫が聞こえてきた。

 

「うおっ!? な、なんだ!?」

 

 忍はとりあえず、光輝がまだ眠っているのを確認してから部屋を出る。

 

「えっと…匂いは、こっちか」

 

 匂いを頼りに忍は邸宅の一角にあるらしいリビングルームへと向かう。

 

「あ、ティオさん」

 

「おぉ、シノブか。起きたようじゃの」

 

 その途中でティオと合流をした。

 

「えぇ、まぁ…ハジメとユエさんは?」

 

「シア達が様子を見ておるじゃろうが、さっきの叫び声からして目覚めたはずじゃ」

 

「ですよね…」

 

 そう話し合いながらティオと歩き、ある部屋の扉を開いて中へと入る。

 

「うむ。ご主人様もユエも無事なようじゃな」

 

「よっ」

 

 ティオと共に忍もリビングルームに入る。と、そこには何故か床でのた打ち回る龍太郎の姿や、服がはだけてるハジメとユエの姿があった。

 

「あ、ティオさん。すみません、伝えに行くのを忘れてました」

 

「紅神君も起きたのね。よかったわ。光輝は?」

 

「ん? 天之河なら、まだ寝てたから置いてきた」

 

「そう…」

 

 雫が光輝のことを聞いてきたので忍はそう答えた。

 

「それでハジメ君達に一体何があったの?」

 

「3人が、あんな風に苦しそうな声を上げて気を失うなんて余程のことよね?」

 

 香織と雫の問いにハジメ達は衣服を直してからソファに座る。龍太郎も座り直し、ティオが床に正座する。忍は立ったままだ。

 

 すると…

 

「お、覇王の宝玉じゃん。持ってきてくれてたんだ?」

 

 よくよく氷のテーブルを見れば、瑠璃色の宝玉が鎮座していた。

 

「あぁ、紅神がなんか拾おうとしてたのに、気絶したからな。一応、回収しておいたんだよ」

 

「坂上、サンキュー」

 

「でも、不思議だよな。俺達が触っても何の反応も見せなかったのにな」

 

 不思議そうに宝玉を持ってみせる龍太郎はバスケットボールみたいに指先で宝玉を回してみせる。

 

「ん~、その辺の説明はハジメとユエさんに任せるよ。俺は最後の覇王に会ってくるわ」

 

「わかった」

 

 忍の言葉にハジメが頷くと…

 

「坂上、パ~ス」

 

「おう」

 

 龍太郎から瑠璃色の宝玉を投げ渡してもらうと、忍の体を瑠璃色の光が包み込み、その場で背中から倒れ込む。最後の覇王に会いに行った証拠だ。

 

………

……

 

「さてはて、最後の覇王のお言葉とは、なんでしょうか、っと」

 

 そう呟く忍の前には、まるで海でも思い起こさせるような瑠璃色の空間と、瑠璃色と白の体躯に黒い瞳を持った鯱がいた。

 

『我が覇王の魂を継ぐ者よ』

 

 いつもの前口上もこれで最後となる。

 

『我が名は雪に連なる者、"雪羅(せつら)"。汝、鏡の如く揺れぬ水面(みなも)のように静かなる心を持つべし。如何なる時、如何なる場、如何なる状況でも心を乱すなかれ。さすれば、汝は更なる高みへと至れよう。その先にこそ新たな可能性が汝を待っている』

 

 最後の覇王の言葉は、焔帝の言葉と真逆なようにも聞こえなくはない。だが、忍は別の言葉に反応していた。

 

「新たな、可能性…?」

 

 忍がその言葉に対して思案していると…

 

『クォオオオオオオオ!!!』

 

 覇王の雄叫びと共にこれで終わりかと、そう考えていたのだが…一向に目覚める気配がなかった。

 

「な、んだ? いつもならここで目覚めるはずだが…」

 

 突然の事態に動揺していると…

 

『今、全ての覇王が揃った』

 

「っ!?」

 

 忍の背後から声が聞こえ、そちらを振り向くと…

 

「覇狼…?」

 

 そこには瑠璃色の空間の中から白銀の空間が出現し、その白銀の空間の中に覇狼の姿があった。

 

「いや、覇狼だけじゃない…!?」

 

 よくよく周囲を見れば、いつの間にか瑠璃色の空間から七色の空間へと変貌しており、各色の空間の中にはそれぞれの覇王がいた。

 

「ど、どういうことだ…?」

 

『我等、七星の覇王を継ぐ者よ』

 

 全覇王が同時に声を発する。

 

『全ての覇王が揃いし時、新たな可能性の扉が開かれる。覇道から真道へ。真なる道を巫女達と共に進め。そして、我等の力を繋げ、新たなる覇王への道へと邁進せよ』

 

「繋ぐ……ミレディばあちゃんが言ってたのはこのことか!?」

 

 かつてライセン大迷宮の最深部にてミレディから教えられた言葉に、忍は驚きの声を上げる。

 

『新たな…否、真なる覇王の誕生を祝す。汝に七星の導きあれ!』

 

 そう言った後、各覇王はそれぞれの空間と同じ色の光の球となり、一斉に忍の体内へと飛び込んできた。

 

「ぐっ…ぁあああああ!!!」

 

 その身に七つの光の球を受けた忍は本日二度目の絶叫しながら意識が落ちていった。

 

………

……

 

「ああああああああ!!!」

 

『っ!?』

 

 リビングルームに忍の絶叫が木霊し、リビングルームにいた面々が何事かとギョッとしたように倒れてた忍を見る。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 その場から飛び起きるように覚醒した忍は荒い息を吐いていた。

 

「し、シノブさん…だ、大丈夫ですか…?」

 

 代表してシアが声を掛けると…

 

「あ、あぁ…シアさんか……大丈夫だ」

 

 とてもそうは見えないが、忍はとりあえず…

 

「すぅ……ふぅ……すぅ……ふぅ……」

 

 深呼吸をして息を整えると、顔色も元に戻ってきた。

 

「まさか、概念魔法の概要を刻まれた後にまた同じくらいの苦痛を強いられるとは…」

 

 そんなことを愚痴りながら周囲を見ると…

 

「ハジメとユエさんは?」

 

「お2人なら概念魔法を付与したアーティファクトの作製に入ってます。えっと、かれこれ2時間くらい経ちますかね?」

 

「そんなに寝てたのか…」

 

 覇狼と初めて会った時でさえ1時間くらいだったことを考えると、今回はやけに長く寝ていたことが分かった。

 

 すると…

 

「なんだか凄い叫び声が聞こえたんだが…」

 

 リビングルームの扉が開いて光輝が入ってきた。その光輝に対し、雫がいくつかの質問をして光輝が安定しているかを確かめる。安定してるとは程遠いようにも思えるが、一応の納得を見せた雫は光輝に聞きたいことはないかと尋ねていた。

 

 光輝は自分が気絶した後のことを尋ねた。光輝以外が大迷宮攻略を認められたこと、ハジメとユエ、忍の3人が概念魔法という魔法の深淵に手を掛けたこと、そのハジメとユエが帰還用アーティファクトの作製で別室に籠っていることが伝えられた。

 

 そして…

 

「……光輝。私ね、南雲君のことが好きになったわ。彼に、1人の女として見てほしいと思ってる」

 

「っ……」

 

 雫が己の自覚した気持ちを幼馴染みに報告していた。やり切れない気持ちを感情のまま吐き出してしまう光輝は、香織によって叩かれてしまう。

 

「……光輝君。光輝君のことは大切な幼馴染みだと思ってる。……だから……嫌わせないで」

 

「か、おり…」

 

 その時だ。

 

ゴゥ!!

 

 豪風の圧力にも似た衝撃が邸宅を駆け抜ける。その正体は、絶大な魔力の波動だ。

 

「これは…!?」

 

「ハジメさん! ユエさん!」

 

 明らかに異常な事態に忍とシアがリビングルームから飛び出し、ハジメとユエの元へと向かう。その後に続くように固まっていたメンバーもリビングルームを出る。

 

 そして、ハジメとユエの籠ってた部屋に辿り着く。中では紅と金の魔力が渦巻いて吹き荒れている状態だった。その中心にいるハジメとユエは向かい合って瞑目して微動だにせず、2人の間には青白い光を放つ拳大の結晶といくつかの鉱物が置かれていた。だが、よくよく見ると、2人共かなり集中しているらしく、顔中に汗を流し、他のメンバーが来たことにも気付いていない様子だった。

 

 そんな中、他のメンバーが部屋を後にしようとした時だった。

 

「なんだ…?」

 

 忍が何かに気付き、紅の魔力の奔流を凝視する。

 

 すると、紅の魔力がスクリーンのようになってどこかの風景を映し出す。

 

「ここは…『奈落』!」

 

「それってお2人が落ちたっていう…?」

 

「あぁ、間違いない」

 

 そして、紅の魔力から感じる恐怖や不安、焦りなどからこの映像はハジメが奈落に落ちた時の記憶だと判断された。それを知った面々はその場に留まり、自分達の知らないハジメの過去を見ようということになった。その中には忍の姿もある。忍が再会したのは変貌した後だったので、その前のことを知りたかったのだ。

 

 その映像はハジメの視点で起きた出来事を映し出しており、蹴りウサギに嬲られて左腕を粉砕されて苦悶の感情が紅の魔力を通して伝播する。

 

「ハジメさんが……こんな、一方的に……」

 

「これが、私達の知っていた南雲君よ。戦う力なんて無いに等しかった……」

 

 ハジメが一方的にやられる姿にシアは涙目になりながらも見ており、補足するように雫が呟く。

 

 次に映像が映し出したのは、爪熊と最初に出会った時のものだ。爪熊の眼光は敵に対する者ではなく、"食料"に対するモノだったため、それを映像越しにでも射抜かれたシア達はハジメの根源的な恐怖も伝播されてたこともあって、身体をビクッと震わせた。

 

 その後、ハジメは爪熊に左腕を切り裂かれ、目の前で捕食された。その光景で恐怖を覚える者などおらず、ハジメの視界は少しでも爪熊から少しでも離れようと錬成を使って壁の奥へと這いずり回る。

 

 暗転した視界の中、飽和した感情が紅の魔力から伝わるが、弱々しくなっていくのが分かる。

 

「ハジ、メさん…」

 

 シアが涙を流し、傍らの香織や雫、鈴が口を手で押さえる。ティオは爪熊に対して殺意を募らせていた。

 

 そんな彼女達が見守る中、暗転した視界が復活する。錬成した先にあったのは、神結晶と神水だった。神水を啜り、命を繋いだハジメはそこから助けを待つ。

 

 だが、待てども待てども助けなど来ず、孤独な闇がハジメの精神を否応なく苛む。死を求めるようになるが、神水の効果でそれも許されず、クラスメイトを呪うようにもなった。

 

 しかし、それも徐々にどうでもよくなっていき、ハジメは生き残ることへの渇望を強くしていき、邪魔する存在への殺意を募らせていく。

 

 そして、ハジメは動き出した。生き抜くために…。

 

「っ……これが、あの姿の…」

 

「聞いちゃいたが…こいつは強烈だな」

 

「あぁ…俺と再会する前に、こんなことになってたとは…」

 

 その映像を見てた男性陣も言葉を零す。

 

「紅神はどうしてたんだよ?」

 

 不意に気になったので、龍太郎が忍に尋ねる。

 

「水源に陣取って十日以上、凌いでただけだ」

 

「……………………それもかなりどうかと思うぞ?」

 

 そんな会話をしてる合間にもハジメは魔獣を喰らい、錬成師としての技能と異世界の火薬を用いて試行錯誤の上で兵器を産み落とし、一度は己の心を砕いた爪熊へと再戦していた。激戦を制し、ハジメはその血肉を喰らった後、ハジメは己の奥底からくる願望を自覚する。

 

『帰りたい』

 

 その想いに呼応するように、部屋を満たしていた魔力が脈動し、ハジメとユエを中心に魔力が跳ね上がる。

 

『帰りたい』

 

 その魔力は渦巻くように収束していき、紅の魔力に寄り添うように金色の魔力が支え、それは煌めく銀河のように燦々としていた。

 

『故郷に、帰りたいんだ』

 

 ハジメの強い想いが、極限の意志となり、今…概念へと昇華される。

 

 先程の映像を見て、今のハジメを形作った凄絶な過程に呆然とするシア達。だが、シアや香織、ティオ、雫はハジメの辿ってきた道程とその切実な想いに自分でも理解しきれない感情からホロホロと涙を流し、それと同時に再び立ち上がって這い上がってきた想い人に誇らしさを感じ、ほんのりと微笑を浮かべる。

 

 鈴や龍太郎も口を噤み、圧倒されたかのようにどこか納得した表情となっていた。あの後、忍と合流したとしても、あの圧倒的な孤独の中でたった1人で生き抜こうと足掻き抜いたのだ。それを見て、敵わない訳だと思ったのだ。

 

 忍もまたハジメの道程を見て、親友として誇らしく感じていた。だが、それと同時にすぐに助けに行けなかったことやここまで精神をすり減らしていたことに気付けなかった自分の不甲斐なさに怒りも感じていたが…。

 

 そんな中、光輝は…力の抜けたような、空虚な眼差しを虚空に向けていた。

 

「(帰りたい、か…)」

 

 1人、心の中で呟き、ハジメの強烈で純粋な想いと自分の今までの行動や想いを比較してしまい…

 

「(ち、違う……俺は間違ってなんかいない。南雲の想いは、わかったけど……でも、だからって…)」

 

 自己否定の感情を必死に振り払おうとしていた。

 

 すると、ハジメとユエの間にあった結晶体と鉱物に変化が起きる。澄み渡った紅の魔力に包み込まれ、徐々に形を変え、或いは融合し、魔力を取り込んでいき、それは"持ち手側に正十二面体の結晶を付け、先端の平面部分に恐ろしく精緻で複雑な魔法陣の描かれた鍵"の形へと錬成されていく。神結晶と他の鉱物との融合で創られ、ハジメとユエの魔力を大量に取り込んで紅水晶に金の意匠をあしらわれた何とも美しい芸術品めいたアンティークキーとして仕上がっていく。

 

 そして、完全に形が創られた直後、今まで微動だにしなかったハジメとユエが手を繋いだままスッと薄く目を開き、小さく呟く。

 

「「"望んだ場所への扉を開く"」」

 

 その瞬間、恒星の如き眩い光の奔流が2人を中心に噴き上がり、一度は落ち着いたはずの銀河の流れは、まるで超新星爆発でも起こしたかのように部屋を純白の光一色に染め上げ、その場にいた者全ての意識を白く塗り潰した。

 

 だが、それも一瞬のこと。その大きな意志の奔流に意識をグラグラさせながらも、頭を振ってふらつく体を持ち直す一同は、視界の先にある美しい輝きを見た。

 

「って、ハジメさん! ユエさん! 大丈夫ですかぁ!?」

 

 いち早く我を取り戻したシアが駆けていた。よくよく見れば、鍵の傍でハジメとユエが手を繋いだまま崩れ折れるように倒れていた。それを見て他のメンバーも2人の元へと駆け寄る。

 

「香織さん。お2人は…?」

 

「……うん、大丈夫。気を失ってるだけみたい。原因は魔力枯渇だね」

 

 診察した香織が、そのように言うと安堵した表情になる面々。それから魔晶石から魔力を取り出し、等分した魔力を譲渡すると2人が目覚める。

 

「あぁ? どうなった?」

 

「……んぅ。アーティファクトは…?」

 

 そんな2人に香織が鍵を渡しながら状況を説明し、ハジメが鍵を受け取ると…

 

「……会心の出来だな。デカい力を感じる。導越の羅針盤と似たような感覚だ」

 

 満足そうな笑みを浮かべると、その場で早速実験を行った。が、実験のせいでシアの精神がかなり削られていた。具体的に言うと、実の父親と一応友人という枠の森人族の姫のアブノーマルな現場に出くわしたからだ。ハッキリ言ってシアには同情しか湧かないが…。

 

 一行は改めてリビングルームに集まると…

 

「さて、初めての試みで色々と手際の悪さも目立ったが…」

 

 ハジメはニヤリと笑い、帰還用アンティーク調の鍵型アーティファクト『クリスタルキー』を掲げて一言。

 

「帰る手段を、手に入れたぞ!」

 

 その言葉に地球組の面々が喜びを露にする。暗い表情のままだった光輝も、これには薄らと微笑む。

 

 

 

 その後、ハジメとユエの魔力が完全に回復するのを待つ間、鈴達は樹海へと赴き、魔人領に行くための準備として樹海の魔物を捕獲しに向かう。

 

 戻ってきた鈴達にユエとティオが指導しながら魔物を強化に費やしていく。

 

 そして、休んでいたハジメ達も十分な休息と装備の補充を行った後、一行は氷雪洞窟を出ることにした。氷雪洞窟のショートカットは氷で出来た竜に乗っていくものだった。行き先は北西の境界だ。

 

 北西の境界から目と鼻の先に着いた一行は、そのまま徒歩で進んでいくが…

 

「ハジメ」

 

「ハジメさん」

 

 索敵能力の高い忍とシアから声が掛かる。

 

「あぁ、わかってる。全員、警戒しろ。境界の外に色々いやがるぞ」

 

 ハジメも気配に気付いていたのか、そう警告を発する。そうして境界の外に出ると、待っていたのは…

 

「やはり、ここに出てきたか。私の時と同じだな。それで、全員攻略したのか? 白髪の少年よ」

 

「ふふ、光輝君、久し振り~。元気だった?」

 

 二回りは大きくなった白竜と、その上に騎乗するフリード。灰竜を主とした数多の魔物。灰色の魔力の翼を広げた恵里。そして、数百体はいるだろう、夥しい数の銀翼を持つ同じ顔の女『真の神の使徒』が待ち構えていた。



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第五十五話『降臨する神』

 一行の目の前には、視界を覆わんばかりの夥しい数の魔物と真の神の使徒。そしえ、それらをまるで従えているかのようなフリード・バグアーと中村 恵里。

 

 2人共、余裕そうな雰囲気で軽口を叩いていた。それは真の神の使徒の存在もあるからだろうとは予測しやすい。

 

「(やっぱ、いやがったか。ゴキブリみたいな奴だな…)」

 

 そんなことを考えたハジメだが、同じ容姿をしている香織が女の勘なのか、ピクリと反応したのを感じて思考を殲滅方法の模索に切り替える。依然ならハジメと忍がそれぞれ一対一で限界突破などを用いて死闘を演じていたが、現在は昇華魔法によって肉体的にも、武装的にもスペックが底上げされているので、余程のことがない限りは苦戦しないだろうと感じていた。

 

 ハジメが忍やユエ達に目配せし、先手必勝とばかりに殺意を解き放とうとした矢先、フリードが機先を制すように口を開く。

 

「逸るな。今は、貴様等と殺し合いに耽るつもりはない。地に這い蹲らせ、許しを乞わせたいのは山々だがな」

 

「へぇ。じゃあ、何をしに来たんだ? 駄々を捏ねるしか能のない神に絶望でもして、自殺しに来たのかと思ったんだが?」

 

 揶揄するような口調のハジメに、フリードの繭がピクリと反応する。ハジメの言う『能のない神』とは、エヒト神のことだ。真の神の使徒がいる時点で、以前から感じていたハジメと忍の推測は、どうにも当たりだったと確信を得ていた。

 

「……挑発には乗らん。これも全ては我が主が私にお与えくださった命。私はただ、それを遂行するのみだ」

 

「そうかい。で? 忠犬フリードは、どんなご褒美(命令)を貰ったんだ?」

 

「……寛容なる我が主は、貴様等の厚顔無恥な言動にも眼を瞑り、居城へと招いてくださっている。我等は、その迎えだ。あの御方に拝謁出来るなど有り得ない幸運。感動に打ち震えるがいい」

 

「はぁ?」

 

 何を考えているのかわからないフリードは無表情になりながら抑揚のない声で告げてきた言葉に、ハジメを始め、忍やユエ達も訝しげな眼差しを向ける。

 

「エヒトやら、アルヴとやらは神なんだろ? なんで、城にいるんだよ?」

 

 当然の疑問をぶつけるハジメに、フリードは…

 

「アルヴ様は確かに神。エヒト様の眷属であらせられるが…同時に我等、魔人族の王。すなわち、魔王様でもあるのだ。神界よりこの汚れた地上へと顕現なされ、長きに渡り、偉大なる目的のために我等魔人族を導いてくださっているのだよ」

 

 そう答えていた。

 

「偉大なる目的、ねぇ…」

 

「さて、魔人族はどこまで踊らされているんだろうな?」

 

 それを聞いて忍とハジメがポツリと呟いていた。

 

「何か言ったか?」

 

「いや? 魔王様ご立派ご立派と褒めていたところだよ」

 

「だな。さぞご立派な神界から汚れた地上に降りてきてくれたよなぁ、って」

 

「……………………」

 

 適当に軽口で返す2人にフリードもこめかみをピクリとさせる。

 

「ちょっと、フリード。ペチャクチャ喋ってないで、さっさと済ませてよ。ボクは、早く光輝君との甘~い時間を過ごしたいんだからさぁ~」

 

「…………わかっている」

 

 フリードが声を出す前に、今度は鈴が恵里に話し掛けるが、興味無さそうに恵里の視線は光輝に釘付けだった。その光輝が恵里の肉体的な変化を問うと、どうも恵里は神から真の神の使徒と同じ分解能力を授かったようだった。

 

「とりあえず、皆殺しでいいだろ?」

 

「……ん。招きに応じる理由もない」

 

「ぶっ飛ばして終わりですぅ!」

 

「……流石に、こんなに同じ顔が揃うと、自分じゃないとわかっていても不気味だしね」

 

「そも、招き方がなっとらんのじゃ。礼儀知らずには、ちと、お灸を据えてやらねばいかんのぉ」

 

「ま、行くんだったら手土産くらい用意しないといかんしなぁ?」

 

 ハジメを皮切りにユエ、シア、香織、ティオ、忍が戦闘態勢に移行する。だが、ハジメ達が攻撃を行う寸でのところで、フリードと恵里の前にまるで鏡のようなものが発生した。それは一瞬ノイズを走らせると、グニャリと歪んで何処かの風景を映し出す。

 

 空間魔法の1つ、『仙鏡』。遠くは離れた場所の光景を空間に投影する魔法である。

 

 仙鏡に映し出されたのは、荘厳な柱が幾本も立ち、床にはレッドカーペットの敷かれた大きな広間だった。そこからカメラが視点を切り替えるように映像が動き出す。見え始めたのは、玉座が置かれている祭壇のような場所。どうも魔王城の謁見の間を映しているのだとわかる。その映像が、玉座の脇へと移っていくと、そこに見えたのは銀色の金属と輝く赤黒い魔力光で包まれた巨大な檻。当然、この状況で中に捕まっているモノと言えば…

 

「…………クソが」

 

 それを見てハジメが悪態を吐く。同時に忍やユエ達も苦虫を噛み潰したかのような険しい表情になる。

 

「みんな……先生っ!」

 

「リリィまで!」

 

 そこに映っていたのは、ハイリヒ王国にいるはずの生徒達と愛子、そしてリリアーナが檻の中に捕まっている様子だった。

 

「チッ……本物か」

 

「マジかよ…」

 

 ハジメは咄嗟に導越の羅針盤を取り出して確認すると、どうも本物らしいことがわかった。

 

「ほぅ? 随分と面白い物を持っているな、少年。探査用アーティファクト、にしては随分と強い力を感じるぞ? それで大切な仲間の所在は確かめられたか?」

 

 フリードから発せられたその言葉は、妙に優越感を持ったものだった。そんなフリードに対し、光輝が我先にと噛みつくが、恵里が横から言葉を投げかける。

 

 だが…

 

ドパンッ! ドパンッ!

 

 聞き慣れた銃声が響き、弾丸がフリードの頭蓋と恵里の体の一部を狙うも、それを真の神の使徒が割り込んで防いでいた。だが、その銃弾は一発で使徒の大剣を大きく罅割らせていた。忍のアドバンスド・フューラーなら容易に砕けるだろう。

 

「……この狂人が。仲間の命が惜しくはないのか?」

 

「はっ。前に同じ状況でご自慢のお仲間が吹き飛ばされたのを忘れたか? 大人しくついていったところで皆殺しだろうに。なにせ、自称神とやらは、俺の苦しみながら死ぬ姿をご所望らしいしな」

 

「それなら、仲間を見捨ててでも己だけは生き残ると?」

 

「何度も言わせるな。あいつらは仲間でも何でもない」

 

 そうしてハジメは不敵な笑みを浮かべ、ギラギラと獣のように輝く眼光を見て、騎乗する白竜『ウラノス』の背でフリードが一歩後退る。

 

「お前等を皆殺しにしてから招かれても、別に問題ないだろう?」

 

「乗ったぜ、ハジメ。どっちにしろ、こいつらの首を手土産にする気だったし、何の問題もねぇな」

 

 その言葉に光輝達は『こいつらの方が魔王じゃないか?』という戦慄の表情を浮かべる。ちなみにユエ達は見惚れてたが…。

 

「威勢のいいことだ。まさか、これだけの使徒様を前にして正気とは思えんが……ここは、もう2枚のカードを切らせてもらおう」

 

「あぁ?」

 

「2枚だぁ?」

 

 フリードの言葉を訝しげに思っている2人の前で、映像を映す仙鏡が2つに切り替わり、そこに新たな者達が映った。片方は愛子達の捕えている横に、同じ作りの檻があって、それは1人、2人程度を捕らえるものだ。もう片方には7本の十字架状の柱が併設されていた。

 

 そこに囚われている者達が映った瞬間…

 

-----

 

 世界から、音が消えた。

 

 そう錯覚するほどに常軌を逸した殺意の奔流が2種類、辺り一帯を覆い尽くしたのだった。音が消えたと認識出来たのは強者の部類だ。そんなハジメと忍の殺意…或いは鬼気とも言うべきおぞましいものが2種類も辺りを支配しているのだ。そんなモノに対し、生物的な本能が精神を保護するために、フリード配下の魔物は"全て"即座に意識をシャットダウンさせて地に落ちていき、使徒も数名が膝を屈していたほどだ。

 

「っ--っ--き、貴様等…あの魚もどきや獣もどき共が、どうなっても、いいのかっ!!?」

 

 そう叫ぶフリードは既に冷静さを装う余裕すらないのか、止まってしまいそうな呼吸を意識して行いながら、表情を歪める。

 

 "魚もどき"と"獣もどき"…フリードがそう呼び、ハジメと忍の気配が激変した理由。ハジメ側は、檻に捕らえられたミュウとレミアだ。忍側は7本の十字架状の柱にまるで晒し者の如く磔にされた巫女達"7人"だ。ミュウとレミアは無傷だったが、巫女達はそうもいかなかったようだ。ファルとシェーラ以外の5人は抵抗でもしたのか、酷く傷だらけだった。特に酷かったのはシオンであり、意識が無いらしく頭がだらんと垂れ下がっていた。

 

「シオン!!」

 

 堪らずティオが声を上げる。

 

「「……………………」」

 

 ハジメと忍は互いに目配せをすると、どうも同じ結論に至ったらしく、ハジメが代表して口を開く。

 

「……招待を受けてやろう」

 

「な、なに…?」

 

 迸る鬼気はそのままに、ハジメが発した言葉に戸惑ったような表情になるフリードに対し…

 

「聞こえなかったのか? その招待を受けるって言ってんの」

 

「あぁ。だから、さっさと案内しろ」

 

 不遜な態度で忍が繰り返すと、ハジメも肯定とばかりに首を縦に振る。

 

「っ……ふん、最初からそう言えばいいのだ」

 

 フリードは変成魔法の1つで気絶した魔物達を叩き起こすと、魔王城へのゲートを開くための詠唱を開始した。

 

「……さぁ、我等が主の元へと案内しよう。なに、粗相をしなければ、あの半端な生物共と今一度触れ合えることもあるだろう。あんな汚れた生き物の何がいいのか、理解に苦しむがな」

 

 そんなフリードの嘲りなど興味がないように進むハジメ達に、フリードは…

 

「そうだった。少年共よ、転移の前に武装を解いてもらおうか」

 

 武装解除を要求してきた。

 

「「……………………」」

 

 そんなフリードを静かに見据えるハジメと忍は…

 

「「断る」」

 

 そう言っていた。

 

「理解しているのか? 貴様等に拒否権などない。黙って従わねば、あの醜い母娘と獣共を…「「調子に乗るな」」…っ、なんだと?」

 

 言葉の途中で2人同時に遮られて目を吊り上げるフリードに対し、2人は何の感情も感じさせないような声音で言葉を紡ぐ。

 

「ミュウとレミアを人質にすれば、俺の全てを封じられるとでも思ったのか? 理解しろ。お前達が切ったカードは、諸刃の剣だってことを」

 

「巫女達に手を出した時点で、俺は割とキレてるんだがな。ただまぁ、これ以上何かする気なら…容赦はしない」

 

「あぁ。2人に傷の一筋でも付けてみろ。子供、女、老人、生まれも貴賎も区別なく、魔人という種族を……絶滅させてやる」

 

「--っ」

 

 その2人の言葉に息を呑むフリード。戯言と切って捨ててしまえばいいものだが、フリードは一瞬この2人ならそれが可能なのでは、と考えてしまった。それでも何とかハジメ達の武装を解除させようと考えるフリードだったが…

 

「……フリード。不毛なことはやめなさい。あの御方は、このような些事を気にしません。むしろ、良い余興とさえ思うでしょう。また、我等が控えている限り、万が一はありません。イレギュラー共への拘束は我等の存在そのもので事足ります」

 

 使徒が割り込み、そのように言い放っていた。

 

「むっ、しかし…」

 

 渋るフリードを尻目に使徒がハジメと忍を見る。

 

「私の名は『アハト』と申します。イレギュラー共、あなた達とノイント、サファリエルの戦闘データは既に解析済みです。二度も、我等に勝てるなどと思わないことです」

 

 そう言う『アハト』と名乗った使徒は、その瞳を僅かに揺らしているように見えた。だが、そんなアハトの視線など知ったことかと、ハジメはゲートに目を向ける。とっとと案内しろ、と言外に伝えている。

 

「……………………」

 

 アハトからの催促もあって仕方ないとばかりにフリードがゲートを潜る。その後ろをハジメ達も付いて行く。が、潜る寸前、ハジメの手元が一瞬だけ輝いたのだが、それを知覚したのは傍らにいたユエと、忍だけだった。

 

………

……

 

 ゲートを潜った一行は魔王城のテラス(学校の屋上くらいの広さがある)に着いた。灰竜達の群れはどこかに飛び立ち、使徒も10名ほどを残してどこかに行ってしまう。残った10名ほどの使徒はハジメ達を取り囲むように待機する。

 

 背後でゲートが閉じると、フリードの先導で謁見の間へと向かう。途中、恵里が光輝にベタベタとしていたが、誰も何も言えなかった。人質がいる以上、下手なことは出来なかったのだ。

 

 そうして、遂に一行は謁見の間へと辿り着く。そこには映像通りの光景が広がっていた。空の玉座の傍へと近づいていくと、向こうからも見えたのか、愛子とリリアーナがハジメの名を呼ぼうとして…

 

「パパぁーー!!」

 

「あなた!!」

 

 ミュウとレミアの母娘に持っていかれた。

 

「(あの2人も可哀想に…)」

 

 愛子とリリアーナがハジメとレミアを剣呑な視線で行き交わせるのを見て忍は微妙に同情した。

 

「ミュウ、レミア。すまない、巻き込んじまったな。待ってろ。すぐに出してやる」

 

「パパ……ミュウは大丈夫なの。信じて待ってたの。だから、悪者に負けないで!」

 

「あらあら、ミュウったら……ハジメさん。私達は大丈夫ですから、どうかお気をつけて」

 

 そんなやり取りにフリードが口を開こうとした時、玉座の背後から声が響く。

 

「いつの時代も、いいものだね。親子の絆というものは。私にも経験があるからわかるよ。もっとも、私の場合、姪と叔父という関係だったけれどね」

 

 玉座の後ろの壁がスライドして開くと、そこから金髪紅眼の美丈夫だった。漆黒に金の刺繍があしらわれた質の良い衣服とマントを身に着けており、金髪はオールバックにしている。何筋か前に垂れた金髪や僅かに開いた胸元が妙に色気を漂わせている。しかし、漂わせているのは色気だけでなく、若々しい力強さと老練した重みを感じさせていた。見る者を惹きつけてやまないカリスマもある。十中八九、この美丈夫が魔王であろう。そして、神を名乗る『アルヴ様』とやらだ。

 

「……う、そ………どう、して……?」

 

「ユエ?」

 

 そんな魔王を見たユエが酷く動揺したように、あり得ないものでも見たかのような表情だった。

 

「やぁ、"アレーティア"。久し振りだね。相変わらず、君は小さく可愛らしい」

 

「……叔父、さま……」

 

 魔王はユエに対し、親しげに話し掛けていた。

 

 魔王の名は『ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタール』。かつての吸血鬼族の国『アヴァタール王国』の宰相であり、ユエの叔父だ。その魔王は自らを『神に反逆する者』だと言い、フリードや恵里、アハトを含む使徒達を無力化し、金色の結界を張り巡らせる。

 

「「……………………」」

 

 約2名、物凄く訝しげな表情をする中、魔王は語る。

 

 曰く、ディンリードはアルヴと協力し、エヒトを打倒するとか。

 

 曰く、そのためにアルヴは地上に降りて戦力を整えようと画策したとか。

 

 曰く、ユエ…本名『アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール』が神に届く切り札になりうるとか。

 

 曰く、そんなユエを守るために幽閉することを決断したとか。

 

 そんな風にユエと魔王が色々と話をし、やっと話が終えた頃…

 

「さぁ、共に行こう。アレーティ…」

 

ドパンッ!!

 

 魔王がユエに手を差し伸べ、それをユエが取ろうとした瞬間、銃声が響き渡る。

 

「ドカスが。挽き肉にしてやろうか?」

 

 ハジメの、明らかに不機嫌度MAXの声音が響くと、同時にさらに引き金を引いて魔王の四肢を撃ち抜く。ビクンビクンと震える魔王の体。さらにハジメはボーラで魔王を拘束した後、オルカンを取り出して使徒達に向けて発射する。

 

「ハジメ。悪いが、俺は巫女達の治療する。その間、奇襲に気を付けろよ」

 

「あぁ」

 

 忍が神速で巫女達の救助を行っている間にハジメへの批難が殺到した。しかし、ハジメはそんな批難など気にした様子もなく、むしろ油断なくドンナー・シュラークの銃口を魔王と使徒達に向けている。

 

「ユエが自分で区切りをつけるまでは、と思って黙っていたが、どうにもユエが動揺し過ぎであの戯言を受け入れそうだったからな。強制的に終わらせてもらった」

 

「……戯言? どういうこと?」

 

「いや、どういうことも何も、穴だらけの説明じゃねぇか」

 

 そこからハジメが指摘したのは、ユエの存在を隠す必要があったのと、最愛の姪なら顔喰らい出すだろうということ。戦力を集めていたなら他にも神代魔法の使い手がいそうなものだが、フリード以外にいないのは不自然。さらにハジメは機能を追加した魔眼石で魔王の魂魄を見たが、あるのは薄汚い魂が一つきりだったという。それらのことを手短に説明したハジメに、ポカンとするメンバーだが、何故か妙に納得できてしまうところがあった。

 

「そういうわけで、野郎の言葉を信じる理由なんざ微塵もないってことだ。何より…」

 

 そこでハジメの本音が飛び出す。

 

「何が"私の可愛いアレーティア"だ、ボケェ! こいつは"俺の可愛いユエ"だ! だいたい、アレーティア、アレーティア連呼してんじゃねぇよ、クソが! "共に行こう"だの、抱き締めようだの、誰の許可得てんだ? ア゛ァ゛? 勝手に連れて行かせるわけねぇだろうが! 四肢切り取って肥溜めに沈めんぞ、ゴラァ!!」

 

 明らかな嫉妬であった。それに総ツッコミが入るものの、ユエは改めてハジメへの想いを吐露する。

 

 その時だった。

 

「いや、全く…多少の不自然さがあっても、溺愛する恋人の父親同然の相手となれば、少しは鈍ると思っていたのだがな。まさか、そんな理由でいきなり攻撃するとは……人間の矮小さを読み違えていたようだ」

 

 パチパチと拍手が響き、魔王…アルヴが起き上がっていた。ボーラで拘束していたにも関わらず、だ。

 

 そして、状況は目まぐるしく変化する。

 

「うぉおおおおおおっ!!」

 

 アルヴと対峙するハジメ達の後方で、恵里の傍らにいた光輝が雄叫びを上げながら"ハジメに"斬りかかり…

 

「っ」

 

 天から白銀の四角柱の光が"ユエに向かって"降り注ぎ…

 

「『堕識』ぃ」

 

 そのユエに向かって倒れたままの恵里の体とは、全く別の方向から"恵里の"闇系魔法が放たれる。見れば、何もない空間から、倒れている恵里と寸分違わぬ無傷の恵里が滲み出ている。

 

「『震天』!」

 

 恵里と同じく、粉砕された肉体とは別の場所からフリードが空間を割って出現し、既に詠唱を完了した空間爆砕魔法を、ミュウとレミアに向けて放つ。

 

「お返しだ。イレギュラー」

 

 アルヴのフィンガースナップと同時にハジメ目掛けて特大の魔弾が飛ぶ。

 

「駆逐します」

 

 何もない空間が波立ち、滲み出るように現れた数十体の使徒達がハジメ達へと一斉に襲い掛かる。

 

 タイミングを見計らったかのような完璧な同時奇襲攻撃。

 

 

 

 だが、それは既に予測の範疇である。

 

「予測済みだ。ドカス共が! 忍!!」

 

「わぁってるよ!!」

 

 そう、この場には"もう1人のイレギュラー"が存在する。忍の鼻はフリードと恵里の肉体に違和感を覚えていた。だからこそ、ハジメに密かに念話で伝え、奇襲に気を付けろと忠告していたのだ。

 

「『眷属召喚』! 来い、『地鬼(ちき)』! 『鉄鬼(てっき)』!!」

 

 その場で武天十鬼の守りに適した2体を呼び出し、十文字の槍を携えた灰色の鎧武者を思わせる鬼をミュウとレミアの眼前に、腕を組んで仁王立ちする茶色の鎧武者を思わせる鬼を捕まってる生徒達や愛子、リリアーナの元へと送る。これでフリードの魔法を鉄鬼が身を挺して守り、ミュウとレミアの安全を確保したのだ。同様に使徒達が向かってくるのを床から土の壁のようなものを出して進撃を阻害する地鬼がいる。

 

「クロスビット!」

 

 ハジメもまた宝物庫からクロスビットを数基取り出して結界を張る。

 

チュドオォォォン!!

 

 アルヴの魔弾と恵里の魔法、光輝の斬撃を防ぎ切り、いざ反撃に移ろうとした時だ。

 

ゴオォォ!!

 

「なにっ!?」

 

 クロスビットの結界を"素通り"して天から降り注いだ光がユエを呑み込む。ユエもハジメの展開した結界を素通りするとは思わず、完全に意表を突かれた。ユエを呑み込んだと同時に光の柱から波動のようなものが広がり、クロスビットを破壊してハジメ達も吹き飛ばしてしまう。

 

「「「ぐぅっ!?」」」

 

「「「「きゃあああ!?」」」」

 

 その光景に…

 

「ハジメ!? 皆!?」

 

 忍も慌てて戦線復帰しようと神速を用いるが…

 

「はぁあああ!!」

 

 その忍の動きを予測していたように光輝が迫る。

 

「なっ!?」

 

ガキィィンッ!!

 

 咄嗟に銀狼と黒狼を逆手で抜いて交差すると、交差する二刀と聖剣がぶつかる。

 

「天之河!? 正気に戻れ!!」

 

「正気だって? 正気に戻るのは紅神。お前の方だよ」

 

「なんだと!?」

 

「ディンリードさんの話は聞いていただろ? 彼はこの世界を救おうとしているのに、そんな立派な人をお前達は……許せないな」

 

「(こいつ!?)」

 

 思わぬ敵と相対してしまった忍をよそに、ハジメ達とユエの間には無数の魔物と使徒、傀儡兵となった人間族や魔人族がひしめき合っていた。

 

「邪魔だ! 木偶共が!!」

 

 そんな中、限界突破を用いたハジメの猛進は止まらない。伊達に忍と共に対使徒戦を想定した模擬戦を密かにしていたわけではない。ちなみにシアはちょうど愛子達の方に吹き飛んでしまい、忍の召喚した地鬼と共に愛子達を守っており、他のティオ、香織、雫、龍太郎、鈴もバラバラのまま使徒や魔物、傀儡兵の相手で手一杯のようだった。鉄鬼もミュウとレミアを守ることに専念していた。

 

「っ、止まりなさい。イレギュラー!」

 

「邪魔だ!!」

 

 ハジメの快進撃は止まらない。そんなハジメに対し、アルヴとフリードが攻撃の意思を見せ、使徒達も強襲する。

 

『させんぞっ!!』

 

 ハジメとアルヴ達の間に竜化したティオが割り込み、攻撃を一手に引き受ける。

 

「ティオ!!」

 

『いいから、早く行けぃ!』

 

「っ、あぁ!」

 

 アルヴ達の攻撃を無視したハジメは進行方向にいる敵の殲滅にシフトした。そして、遂にユエを呑み込んだ光の柱へと辿り着く。

 

「ぶっ壊す!!」

 

 パイルバンカーを以って柱を貫通させる。しかし、ここである疑問が湧くが…それを考える間もなく、ハジメはそのまま義手を用いて木っ端微塵に粉砕しきった。その際、光の粒子が煙のように2人の姿を隠してしまう。

 

「っ、ユエ!」

 

 何度かハジメがユエの名を呼ぶと…

 

「……ここにいる」

 

 光の粒子の狭間からユエが姿を現し、ハジメの胸に飛び込む。

 

「ユエ! よかった。なんともないか?」

 

「……ふふ、平気だ。むしろ、実に清々しい気分だ」

 

「あ? ユエ? ………ッ!? お前……『ズシャッ!!!』…!!?」

 

 ハジメがユエから距離を取ろうとした瞬間、それより速くユエの手刀がハジメの腹を貫通させていた。

 

「ガハッ……て、テメェ…」

 

「ふふふふ、本当にいい気分だよ、イレギュラー。現界したのは、一体いつ振りだろうか…」

 

 光の粒子が逆巻くようにして頭上に消えると、いつの間にか動きを止めていた使徒達をシア達は警戒しながらも、ハッとした様子でハジメの方を見る。そして、そこで起きている理解しがたい光景に目を見開く。

 

 ハジメが何とか距離を取ろうとすると…

 

「"エヒト"の名において命ずる。"動くな"」

 

「ッ!?」

 

 その言葉にハジメの意志とは関係なく、身体が言うことを聞かなくなった。

 

「ほぅ、これが吸血鬼の感じる甘美さというものか。悪くない。お前を絶望の果てに殺そうと思っていたが……なんなら、家畜として飼ってやろうか? うん?」

 

「ふぅ、ふぅ、ッッアアアアアアッ!!!」

 

 ハジメの雄叫びと共に"バキンッ!"と何かが壊れるような音がし、ハジメの体が自由を取り戻す。それと同時に距離を取ったハジメはドンナーの引き金を引く。

 

「っ」

 

 だが、その弾丸はユエ…否、ユエの肉体を乗っ取った『エヒト』には届かなかった。

 

「これはこれは、私の"神言"を自力で解くとは。流石、イレギュラーと言ったところか。『天灼』」

 

 エヒトが感心したようにハジメに雷系最上級魔法を繰り出す。それでもかろうじて耐えたハジメにエヒトは無慈悲にも神代魔法の嵐を見舞った。

 

「ハジメさん!」

 

「ハジメ君!」

 

「ご主人様!」

 

 シア、香織、ティオもハジメを助けに向かうが、エヒトの言葉一つで封殺されてしまい、抵抗していた雫達も言葉一つで戦意を喪失させてしまう。

 

「ふむ。まぁ、こんなものだろう。我が現界すれば、全ては塵芥と同じということだ。もっとも、この優秀な肉体がなければ、力の行使などもままならなかっただろうがな。聞いているか、イレギュラー?」

 

「ぐっ……」

 

 ハジメは自爆特攻もやむなしと宝物庫を起動させようとしたが…

 

パチンッ!

 

 エヒトが指を鳴らすと、ハジメが手掛けたアーティファクトがエヒトの周りに転移していた。

 

「良いアーティファクトだ。この中に収められているアーティファクトの数々も、中々に興味深かった。イレギュラーの世界は、それなりに愉快な場所のようだ。ふふ、この世界での戯れにも飽きていたところだ。魂だけの存在では、異世界への転移は難航であったが……我の器も手に入れたことでもあるし、今度は異世界で遊んでみようか」

 

 邪悪な笑みを浮かべたエヒトは周りに浮かんでいた宝物庫やハジメの造ったアーティファクトを全て破壊していた。ついでとばかりにハジメの義手も…。

 

「くそったれがぁあああああ!!!」

 

「よく足掻くものだな」

 

 そう言っていると…

 

「当たり前だ。ウチの総大将を舐めんなよ?」

 

 そこには頭や体から血を大量に流した忍が歩いている姿があった。どうやら光輝との戦闘中に武器が手元から離れたため、光輝の攻撃をまともに受けてしまったようだが、無理矢理吹き飛ばしてエヒトの方にやってきたようだ。

 

「ほぅ? そういえば、イレギュラーはもう1人いたな」

 

 まるで今まで眼中にもなかったかのような言葉に忍がピクリと反応する。

 

「テメェを……噛み砕く!!」

 

 エヒトの前に立つ傷だらけの覇王。



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第五十六話『奪われたものを奪い返すために…』

 エヒトの前に立った忍だが、武器はなく、手元に残っているカードは取り込んだ魔物のスキルと神代魔法、覇王の能力だけだ。

 

「お前が戯れで召喚したのは…俺達だけじゃねぇだろうが…!!」

 

「ふむ?」

 

「忘れたとは言わせねぇぞ! "覇王"の存在を!!」

 

「覇王……………………あぁ、我が暇潰しに召喚し、解放者共に(ほだ)された"害獣"共か。随分と懐かしい名を出すな」

 

 害獣と呼ばれた覇王に対し、忍の怒りのメーターも振り切れそうになる。

 

「害獣、だと?」

 

「我に従わぬのなら害獣で十分だろうよ」

 

「ふざけるな! テメェに覇王の力ってのを見せてやる!!」

 

 瞬間、忍の七色の魔力が噴き上がる。

 

「ぁあああああ!!!」

 

 それと同時にハジメも咆哮と共に紅の魔力が膨れ上がっていく。ここにきて2人に新たな技能が開花する。『限界突破』の最終派生『覇潰』だ。2人のスペックが化け物じみていて、強敵らしい強敵は…ぶっちゃけ悪食以外にはいなかった。そのため、2人共限界突破を使ったとしても瞬殺に近かったので、派生まで到達しなかったのだ。しかし、エヒトという目の前の創世神の圧倒的な力を前に2人は限界を超える必要があった。ハジメがユエの体を我が物顔で使われた怒り、忍が覇王を害獣と言われた怒りで到達した境地は、現界したアルヴに匹敵するものだった。

 

「我が主!」

 

 それに気づいたアルヴが慌てるが…

 

「よい、アルヴヘイト。所詮は羽虫の足掻きだ。"エヒトルジュエ"の名において命ずる。"鎮まれ"」

 

 アルヴを制し、エヒトがそう言うと、うねりを上げて上昇していた2人の魔力が急速に収まっていく。

 

「ぁあああああ!!!」

 

「うぉおおおおお!!!」

 

 2人の絶叫が木霊し、七色の魔力と紅の魔力が明滅する。

 

「ほぅ、まさか我が真名を用いた"神言"にすら抗うとはな。中々、楽しませてくれる」

 

「ざっけんな…誰が、テメェの思惑通りになるかよ…!」

 

「…そう、だ……テメェは……殺すっ。ユエは……取り戻すっ。……それで終わりだ!」

 

「クックックッ、そうかそうか。ならば、そろそろ仕上げといこうか。一思いに殲滅しなかった理由を披露出来て我も嬉しい限りだ」

 

 苦しみながらも反撃の機会を窺っている2人に対し、エヒトはユエのオリジナル魔法を行使する。

 

「"五天龍"だったか? 中々に気品のある魔法だ。我は気に入ったぞ」

 

 エヒトを中心に5体の魔龍が出現する。だが、その威容はユエが行使していた時のそれを遥かに超えていた。

 

「ユエッ! 目を覚ませ!!」

 

「ふふ、遂に恋人頼りか? 無駄なことを…」

 

「テメェは黙ってろ!」

 

「ユエッ! 俺の声が聞こえてるはずだ! ユエッ!!」

 

 ハジメの声が響く中、エヒトが五天龍を操作しようとした時…

 

「ッ?! な、なんだ? 魔力が、身体が……まさか、有り得んっ!!」

 

 エヒトが大きく目を見開き、その身を震わせた。まるで、身体の自由が利かないとでもいうようにふらつき、魔力制御もままならない様子で、五天龍が明滅する。

 

『……させない』

 

 念話のように謁見の間に響いた声は、確かにユエのものだった。

 

「ユエっ!」

 

「ユエさん!」

 

 ハジメとシアが喜色を含ませて声を弾ませる。そして、それを合図にそれぞれが気合を入れ直して立ち上がろうとする。

 

「くっ、図に乗るな! 人如きが! エヒトルジュエの名において命ずる! "苦しめ"!」

 

 エヒトの真名を用いた"神言"が、その場にいた抵抗する者達を苦しめる。ハジメと忍は何とか耐えながら、忍が右腕に魔力を収束していく。

 

「アルヴヘイト。我は一度、『神域』へと戻る。お前の騙りで揺らいだ精神の隙を突いたつおmりだったが……やはり、"開心"している場合に比べれば、万全とはいかなかったようだ。我を相手に、信じられんことだが、抵抗している。調整が必要だ」

 

「わ、我が主。申し訳ございません」

 

「よい、3、4日もあれば掌握出来よう。この場は任せる。フリード、恵里、共に来るがいい。お前達の望み、我が叶えてやろう」

 

「はっ、主の御心のままに」

 

「はいはぁ~い。光輝君と2人っきりの世界をくれるんでしょ? なら、なんでもしちゃいますよぉ~っと」

 

 苦しみに悶えるハジメ達を尻目にエヒトがアルヴに指示を出すと、天に向かって手を掲げた。すると、光の粒子が舞い上がり、謁見の間の天井の一部を円状に消し去り、直接外へと続く吹き抜けを作り出す。さらに光の粒子はそれだけに留まらず、魔王城の上空で波紋を作りながら巨大な円形のゲートを作り出した。

 

「逃がすかよ! 『ブリザード・ファング』ッ!!」

 

 だが、それを見て忍が黙っているはずもなく、右腕に収束した魔力を解放し、氷属性の幾重にも分かれたレーザー状の砲撃を放つ。凍結させて少しでも時間を稼ぐ算段だったのだが…。

 

『……………………』

 

 無表情の使徒達が壁となって忍の砲撃を防いでいた。

 

「くそっ!」

 

 更なる魔力を解放しようとした時、忍の四方から分解砲撃が迫る。

 

「ッ! 『監獄結界』!!」

 

 それを闇の障壁で吸収するが、それだけで足止めされてしまった。

 

「イレギュラー諸君。我は、ここで失礼させてもらおう。可愛らしい抵抗をしている魂に、身の程というものをわからせてやらねばならんのでね。それと、3日後にはこの世界に花を咲かせようと思う。人で作る真っ赤な花で世界を埋め尽くす。最後の遊戯だ。その後は、是非、異世界で遊んでみようと思っている。もっとも、この場で死ぬお前達には関係のないことだがね」

 

 どうやら、エヒトは本気でこの世界に見切りをつけ、地球を新たな新天地として選ぶつもりらしい。そして、そのタイムリミットは3日。ユエの肉体を掌握するといった時間だ。

 

「待、てっ。ユエを、返せ……!!」

 

 ハジメがユエに向かって手を伸ばすが、それを許さないとばかりに使徒達がハジメを組み伏せ、アルヴの術で動けなくする。

 

 エヒトがゲートに向かって上昇し、それと共についていくフリード、恵里、そして光輝。さらに使徒や魔物、傀儡兵などもこの場に残る者以外がゲートに向かって飛んでいく。よくよく見ると、外でも使徒や魔物、魔人族がゲートに向かう光景もあった。彼等は大歓声を上げている。

 

 エヒトはその光景に満足しつつ、ゲートの中へと消えていく。

 

「ユエぇええええええええええッ!!!!」

 

 ハジメの悲痛なまでの絶叫が木霊する。

 

「テメェらぁあああああ!!!」

 

 親友の最愛が連れ去られたという一大事に何も出来なかった怒りで忍も絶叫する。

 

「体内から燃え尽きろ!!! 『バレッテーゼ・フレア・フルレンジ』ッ!!!!」

 

 そして、空間認識力をフル活用し、ハジメを拘束する使徒やシア達を拘束する魔物達の"体内に"爆炎を撒き散らす。

 

『!?!?!?』

 

 体内を爆炎で焼かれた使徒や魔物が次々と苦しみながら倒れていく。

 

「はぁああああああ!!!!」

 

 怒りのまま魔力と覇気を振り撒き、全ての敵の目を自分に向けさせる。少しでも多くの"時間を稼ぐ"ために…。

 

「ちっ、イレギュラーの片割れめ。面倒な……アルヴヘイトの名において命ずる。"鎮まれ"」

 

 腐っても創世神の眷属神。真名を用いた神言を用いて忍の動きを封じようとする。

 

「何度も同じ手が通用すると思ったら大間違いだッ!!!」

 

 カッ!! と見開いた忍の瞳は獣のように瞳孔が縦にスッと伸び、アルヴの進言を弾く。

 

「なに!?」

 

「覇王を…俺達を舐めるなッ!!!!」

 

「っ…行け!」

 

 神言が効かなかったことに対し、アルヴは地上に残った使徒や魔物を忍に向かわせた。

 

「(そうだ! 俺に向かってこい!! 俺を狙え!!)」

 

 そう内心で叫びながら忍はシア達に目配せをした。

 

『ハジメを守れ。白崎さんを起こして回復を…』

 

 ただ、それだけのことだ。ハジメさえ生き残ればまだ逆転の目がある。このまま終わる男のはずがない。そう信じて…忍は時間稼ぎを行う。

 

「『瞬煌』!!」

 

 爆発的に上がった魔力を纏い、ここまでの戦闘でボロボロになったロングコートも邪魔だとばかりに魔力だけで吹き飛ばす。

 

「『ブリザード・ファング』ッ!!」

 

 両手から先程の氷属性の拡散砲撃魔法を繰り出し、使徒の足止めをしつつある一点に氷の砲撃を収束させる。

 

「『ブリザード・ファング・エクシード』ッ!!!」

 

 神速でその一点に集めた魔力の塊を、これまた纏った魔力を炸裂させて右腕に送り込んだ濃密な魔力と一緒に殴り飛ばす。すると、超高密度の氷属性収束砲撃がアルヴに向けて解き放たれる。

 

「アルヴ様!」

 

 それを使徒数名が分解砲撃を以って相殺しようとするが、忍の怒りがこの程度で止まるはずもなく…

 

ゴオオォォォッ!!!

 

 分解砲撃を突破して忍の収束砲撃が使徒達を呑み込む。呑み込まれた使徒達は氷の棺に封印されていた。

 

「ちっ!」

 

 使徒達が時間を稼いだために回避行動に移っていたアルヴがその光景を見て舌打ちする。

 

「どうしたぁ!! 俺はまだまだ健在だぞ!!」

 

 忍が暴れている間、確実に注意は忍に向く。忍の意図通りに…

 

 だが…

 

「ガハッ!!?」

 

 盛大に血反吐を吐く。さっきからしていた無茶が祟って魔力が急速に萎えていく。

 

「(まだ、だ! まだ十分に稼げたとは…!!)」

 

 それでも、と身体を動かし、抵抗の意志を見せる忍に…

 

「そこまでだ、イレギュラー」

 

 アルヴの放った魔弾が忍に直撃し、柱の一本に背中から激突する。

 

「ぐっ!!?」

 

 その隙を逃すまいと使徒達が大剣の面部分を押し当てて動きを封じる。

 

「(マズい。このままだと、ハジメが…)」

 

 覇潰の反動で一時的に身体能力が激減した忍が藻掻いていると…

 

「やめてっ! ミュウを返してくだ…あぐっ!?」

 

「ママぁ!」

 

「(しまった!?)」

 

 複数の使徒が相手では鉄鬼が突破されてしまい、レミアからミュウを引き離し、アルヴの元へと連れ去ってしまった。

 

「エヒト様は次の遊戯の場へと赴く準備と、この世界での最後の仕事のために骨を折ってくださるのだ。『神域』より、使徒の軍勢を召喚し、この世界の住民を皆殺しにする。それでこの世界での遊戯は終わりだ。光栄に思うがいい。さて…」

 

 そう言いながら連れてこられたミュウを魔法で空間に固定し、ハジメを睥睨するアルヴ。

 

「イレギュラー。いつまでそうしている? お前には色々と贖ってもらわねばならない。わかるか? エヒト様の盤上を狂わせ、私に恥をかかせた罪。その身を絶望に堕とした程度で済むと思うなよ? 手始めにお前を父と慕うこの小娘から血祭りにあげてやろう。そして、更なる絶望に堕ちるがいい!」

 

「パパぁ! 死なないで! 起きてぇ!」

 

「やめろぉぉぉ!!!」

 

 忍を始め、使徒達に抑えられているシア達も絶叫する中、異様に静かなハジメ。なんとも奇妙な光景である。今までなら諦めることなく、何度だって立ち上がってきたハジメが動かない。だが、今更気付くこともある。それはその場にいる全員が不安を募らせていることだ。

 

「パ、パ?」

 

 それはミュウも同じだったのか、少し怖がった様子でハジメを見る。痺れを切らしたハジメを再度拘束し直した使徒に目配せする。その使徒が、まるで嫌な予感を覚えつつも決死に思いで、ハジメの髪を掴んで顔を上げさせる。

 

 と、そこには…

 

「--ッ」

 

 それを見たアルヴが一歩、後退った。その理由はただ一つ…ハジメの隻眼が深淵…否、それすらも呑み込むような"無"に染まっているからだ。

 

「こ、ころ…」

 

 アルヴが命令を下すがが、それは叶わなかった。

 

「『全ての存在を否定する(何もかも、消えちまえ)』」

 

 ハジメの口から紡がれた呪言。それが解き放たれたからだ。

 

ボバッ!!

 

 ハジメを拘束していた使徒達が何かに粉微塵に両断され、消滅する。その消滅の仕方も刃物によって両断されたのではなく、まるでワイヤーに振動でも加えたかのような両断の仕方だった。それと、いつもの鮮やかな紅色の魔力ではなく、血色の如き毒々しい暗赤色の魔力がハジメを中心に渦巻いていた。。

 

 そこから先の光景は、まさに一方的な虐殺だった。ハジメの負の感情から生み出された概念魔法『その存在を否定する』。ユエに繋ぎ止められていたハジメの最終防衛線…それが消え去ったことにより、発現した恐るべき概念。ユエのいなくなった世界の、ありとあらゆるものに存在する価値を認めない。存在することを許しはない。何もかも一切合切…消えてしまえ、という怨念じみた末に生み出された概念が猛威を振るう。

 

 全ての使徒は両断され、魔物も殺し尽くし、そしてアルヴの四肢をも引き裂いて…最終的にはその存在を否定して消滅させた。

 

 そして、ハジメの虚無の目は空の『神門』へと向いて跳ぶが…移動中だった魔人族の妨害もあってハジメの目の前で神門は閉ざされてしまう。

 

 そんな風に魔人族も数十名残ってしまったが、ハジメは我関せずといった具合に細切れにしていく。そんなハジメの前に立ったのは…

 

「パパっ、ダメなの! いつものパパに戻って!!」

 

 幼き1人の女の子だった。

 

「……退け」

 

「退かないの! い、今のパパなら、み、ミュウは絶対に負けないの! だって、だって…!!」

 

「……………………」

 

「ミュウのパパはこんなに格好悪くないの! もっともっと、格好良いの! そんな目はしないの! もと強い目なの!!」

 

 ミュウの必死の呼びかけ。それに対し、ハジメは…

 

「三度目はない。ど……」

 

 ミュウにその矛先を向けようとした時…

 

「ハジメぇ!! 歯ぁ、食いしばれぇぇ!!!!」

 

 フラフラな体を引きずった忍が最後の力を振り絞って神速を用いた拳打でハジメの右頬を殴っていた。

 

「ッ!?!」

 

 思わぬ一発を貰い、謁見の間の柱へと背中から衝突するハジメに、忍が神速の勢いのまま追いつき…

 

「テメェ、何が『何もかも、消えちまえ』だ! そんな無様を晒すために俺達は旅を続けてきたのか!? 違うよな!? 全ては故郷に帰るため…そして、"皆"に俺達の故郷を見せるためだろうが! その中には当然、ユエさんも入ってるはずだ!! お前は…たった一回奪い取られただけで諦めたのか!!」

 

 ハジメに頭突きをかましながら吠えた。

 

「ここにいる連中は…シアさんも、ティオさんも、白崎さんも、ミュウちゃんも、新参の八重樫さんだって誰一人、ユエさんの救出を諦めちゃいないはずだ!! なのに、総大将のお前がはなっから諦めてんじゃねぇぞ!! 俺達には半端なことをするなと言っておきながら、テメェが一番半端じゃねぇかよ!!」

 

「……………………」

 

「お前が二度とユエさんの顔を見たくないなら、俺が『神域』に行ってユエさん諸共神を噛み砕いてやる! それでもいいのか!!?」

 

 そんな忍の絶叫に…

 

「いいわけ、ねぇだろうが…くそったれ…!!」

 

 ハジメの眼が正気に戻り始めた。

 

「そうだ、その眼だよ。俺の親友は、いつだって諦めが悪いんだからよ」

 

「あぁ…」

 

 そんなハジメから忍が離れると、香織、シア、ティオ、雫と心配かけた上に諦めかけていたハジメにそれぞれが仕置きとして一発ずつ頭を殴っていた。

 

「まだ、俺達は生きてるんだ。生きている限り、俺達は負けてねぇ。そうだろ?」

 

「あぁ…そうだったな。すまん、みんな」

 

 いつものハジメに戻り、謝罪したところで小さな英雄が走ってきた。

 

「パパぁーーーー!!」

 

「ミュ……ゲフッ!?」

 

 ミュウの歓喜の突撃がハジメの体を襲い…

 

「あ、ダメだ……」

 

 限界をとうに突破していたハジメの体がミュウの一撃で沈み、"心肺停止"を引き起こした。急いで香織の必死の治療が始まり、何とかハジメの命を繋ぎ止めた。

 

 

 

 しばらくしてハジメが復活すると、とりあえず残った魔人族に尋問したが、有益な情報はなかったことから檻に閉じ込め、集まってきた愛子、リリアーナ、生徒達、そして巫女達を交えて話し合いをすることになった。

 

 ハジメはテーブルセットを二つ作り、ハジメ、忍、シア、香織、ティオ、雫、鈴、龍太郎、愛子、リリアーナ、ミュウ、レミア、巫女達が集まる側と、残った生徒達が集まる側の二手に分かれて座った。

 

「まず、情報の整理だ。エヒトと名乗る神がユエの肉体を乗っ取った。だが、エヒトの言葉が正しければ、その肉体を完全に掌握するには最低でも3日はかかる」

 

 ハジメの言葉に一部を除いて痛ましい表情になる一同。だが、その一部…忍、シア、香織、ティオ、そして雫は微塵も揺るがない強い眼差しをしていた。

 

「ユエさんを取り戻すには、彼等の言う『神域』とやらに行かなければなりませんね。でも、あの黄金のゲートはハジメさんを通しませんでした。エヒトによって通れる者が限定されてしまうなら、別の対策が必要です」

 

「そうね。こっちで『神域』へ行く手段を手に入れるか…或いは、3日後の大侵攻の時に出現すると予想される『神門』を突破出来る手段が必要だわ」

 

「ふむ、直接行く方法としては……ご主人様よ。やはり、クリスタルキーは…」

 

「ダメだ。宝物庫と一緒に、な。確かに、アレがあれば『神域』へ直接乗り込むことは出来るだろうが……忍に手伝ってもらうことも考えたが…」

 

「いやぁ、俺にユエさんほどの精密な魔力操作は難しいだろうな。出来たとしても劣化版の質がちっとだけ良くなる程度じゃね? 第一、俺も概念への手は伸ばせたが、まだ至ってねぇし。こういうのは一度成功してるペアの方が成功率は高いだろ?」

 

「完成品を作るなら、な。が、今回は突破を図るんだ。少しでも質の良いのを作るために協力してもらうぞ。ついでだからお前も概念の一端に触れとけ」

 

「はいはい、仰せのままに」

 

 そんな風に内輪だけで話していると、クリスタルキーの存在をまだ知らない愛子や生徒達に雫が沈痛な面持ちで大まかに説明した。

 

『ええぇぇぇぇ!?!?』

 

 それを聞いた愛子や生徒達が驚愕の声を響かせる。

 

「うるさいっての。どっちにしろ壊されたんだから意味ねぇよ。騒ぐな」

 

「まぁ、気持ちはわからんでもないがな」

 

 せっかくの帰郷の手段が失われ、それを作れる人物達が神に喧嘩を吹っ掛けようとしているのだ。そりゃあ、騒ぐというものだ。愛子のお言葉と、ハジメの現状を再認識させる言葉で生徒達も落ち込んだり嘆いたりしていたが…。

 

「で、話を戻すが…或いは、劣化版クリスタルキーなら、あの『神門』を突破するくらいは出来るかもしれない。悔しいが、3日後の大侵攻の時、使徒達が現れる瞬間まで待つしかないだろうな」

 

「アルヴヘイトが戻らないことを気にして、向こうから出てきてくれたら楽なんだけど…」

 

 そんな風に話していると…

 

「……それ以前に、勝てるのかな?」

 

 不意に鈴がポツリと呟いた。

 

「勝つさ」

 

 その呟きに、気負った様子もなくハジメがそう返す。

 

「……手も足も出なかったのに?」

 

「あぁ。それでも次は勝つ」

 

「どうして、そう言い切れるの!? 言葉一つで何でも出来て、魔法なんか比べ物にならないくらい強力で、おまけに使徒とかフリードとか魔物とか……恵里とか……光輝君まで向こう側に……正真正銘の化け物なんだよ!?」

 

 下を向き、心が折れかけている鈴はそのように否定的な話をするが…

 

「それがどうした?」

 

「だな」

 

「え?」

 

 ハジメと忍の言葉に鈴が顔を上げる。

 

「相手が化け物? 多勢に無勢? そんなことが、何かの障害になるのか?」

 

「な、なるのかって……そんなの……」

 

「忘れてないか? 俺は…いや、俺達はお前等が『無能』と呼んでいた時に、奈落に落ちて這い上がってきたんだぞ?」

 

「ぁ…」

 

 その言葉に絶望を感じていた生徒達がハジメと忍を見る。

 

「誰の助けもない。食料もない。周りは化け物で溢れかえってた。おまけに、魔法の才能もなくて、左腕も失くした。だが…生き残った。生き残って友に会えた」

 

 シンと静まり返る謁見の間で、誰もがハジメの言葉に耳を傾けた。

 

「同じことだ。相手が神であろうと、その軍勢だろうと、な。俺達は今、生きている。奴は俺達を殺し損ねたんだ。それも、自分の情報を与えてな」

 

 ギラギラと輝くハジメの瞳は殺意に燃え上がっていた。

 

「ユエは奪い返すし、奴は殺す。攻守どころの交代だ。俺が狩人で、奴が獲物だ。地の果てまでも追いかけて断末魔の悲鳴を上げさせてやる。自分が特別だと信じて疑わない自称神に、俺こそが化け物なのだと教えてやる」

 

 その瞳を鈴に向け、ハジメは問うた。

 

「谷口。もう無理だってんなら、眼を閉じて耳を塞いでいろ。俺が全部、終わらせてやる」

 

 鈴に問うた後、ハジメは視線を雫と龍太郎にも向けた。言外に光輝と恵里の処遇についてどうするのか、というのが伝わる。

 

「必要ないよ、南雲君。恵里のことも、光輝君のことも、鈴に任せて。『神域』でもどこでもカチ込んでやるんだから!」

 

「だぁあああああ!! よし、くよくよすんのは終わりだ! 南雲や鈴にばっか格好はつけさせねぇ! 光輝の馬鹿野郎は俺がぶん殴って正気に戻してやるぜ!!」

 

「ふふふ。光輝の馬鹿にはきついキツい、それはもうキツ~いお仕置きが必要だし、恵里のあのニヤケ面は一度張り倒さないと気が済まないわ。……そ、それに、南雲君の行くところなら、どこでもついて行くつもりだし……その、ずっと、ね…」

 

 鈴と龍太郎の折れかけた心が元に戻ると、やる気を見せていた。それと同時に雫も頬を染めてハジメの方を見ながらそんなことを言う。

 

「そうか。なら、『神域』へのカチ込みは俺達と谷口、坂上……まぁ、最近のメンバーそのままってことだな」

 

 ハジメが突撃メンバーを確認していると…

 

「いや、ハジメ。俺は地上に残るぜ?」

 

 不意に忍がそう言っていた。

 

「忍?」

 

「いくらユエさんを取り返しに行ったとしても、帰る場所がなきゃ意味ないだろ? 俺も神には一矢報いたかったが…ここはお前に譲るよ。俺は地上で大暴れでもしてるさ。必ず、ユエさんと一緒に帰って来いよ?」

 

「……………………あぁ、わかった」

 

 忍が地上に残る理由を聞き、ハジメも頷いていると…

 

「あ、あの~、ハジメさん。ちょっといいですか?」

 

「ん? なんだ、姫さん?」

 

「えっとですね。大侵攻の時に、ハジメさん達、最高戦力が『神域』に乗り込んでしまった場合、その間、攻撃を受ける王都はどうすれば……エヒト達の言葉が正しければ、始まりは『神山』からですよね? いくら紅神さんが残ってくださるとは言え、使徒達の物量を考えると、長期戦は不利な気がしまして……何か『神門』を一時的に封じるような手立てはありませんか?」

 

 リリアーナが当然と言えば当然の心配と疑問を口にする。いくら忍のスペックが使徒達を上回っていようと、"物量で来られたら厳しいのでは?"というものだ。

 

「今から、その話をしようと思ってたんだ」

 

 だが、ハジメに抜け目はなかった。

 

「と言いますと?」

 

「俺は、エヒトが気に食わない。だから、この先、なに一つとして奴の思い通りにさせてやるもんかよ。この世界の住人がどうなろうと知ったこっちゃないが……だからと言って、今際の際に虐殺された人々を思って高笑いでもされたら不愉快の極みだ。だから、使徒も眷属も、フリードも、その魔物共も皆殺しコースだ。奴のものも、その思惑も、根こそぎ全部ぶち壊してやる」

 

 クックックッ、と邪悪な笑みを浮かべるハジメに生徒達がドン引きした。

 

 そして、提示されるハジメの案。それはハジメ謹製のアーティファクトを大解放し、一般兵や冒険者、傭兵などを超強化することだ。さらにハジメが魔王城に来る前に地中に転送していた代えの利かない代物や重要品などがあるので、それらを用いて各地から戦力を掻き集める方針も取る。そして、各方面の上役には再生魔法を用いた映像記録を見せることで神が如何に醜悪な存在かを知らしめ、戦力を円滑に王都に集結させることも提案していた。それらの戦力を纏めるために愛子やリリアーナにも奮闘してもらうことにもなった。

 

 そこからさにハジメによって3日後の大侵攻に向けて各自に役割が割り振られていく。

 

 ハジメは香織、ミュウ、レミアを連れてオルクスの深奥でアーティファクトの大量生産。

 

 シアはライセン大迷宮に赴き、ミレディに協力を仰ぐ。

 

 ティオとシオンは里帰り。

 

 雫は帝国へ。

 

 鈴や龍太郎は巫女4人を連れてフェアベルゲンに向かった後、オルクスで変成魔法を用いた魔物の捕獲と強化を。

 

 愛子とリリアーナは王都で扇ど…もとい演説による士気向上。

 

 忍はファルとシェーラを連れてアンカジとエリセンに向かわせる。

 

 その他、生徒達にもそれぞれ役割を持たせた。

 

 それらと細かい話を終えてハジメが席から立ち上がる。

 

「敵は神を名乗り、それに見合う強大さを誇る。軍勢は全てが一騎当千。常識外の魔物や死を恐れず強化された傀儡兵までいる」

 

 静かな、それでいて力強い声が響く。

 

「だが、それだけだ。奴等は無敵なんかじゃない。俺や忍がそうしたように、神も使徒も殺せるんだ。人は、超常の存在を討てるんだ」

 

 語るハジメを誰もが見る。

 

「顔も知らない誰かのためとか、ましてや世界のためなんて思う必要はない。そんなもの、背負う必要はなんてない。俺が、俺の最愛を取り戻すために戦うように、ここにいる者全員がそれぞれの理由で阿多飼えばいい。その理由に代償なんてない。重さなんてない。家に帰りたいから、家族に会いたいから、友人のため、恋人のため、ただ生きるため、ただ気に食わないから……なんでもいいんだ」

 

 その言葉にそれぞれが自らの望みを自覚する。

 

「一生に一度、奮い立つべき時があるとするなら、それは今この時こそがそうだ! 今、この時に魂を燃やせ! 望みのために一歩踏み込め! そして、全員で生き残れ!! それが出来たら、お褒美に故郷への切符をプレゼントしてやる!!」

 

 そして、最後に一言。

 

「勝つぞ!」

 

『おおおおおおおおおおッ!!!』

 

 ハジメの声に応えるように、無数の咆哮が鳴り響く。

 

 決戦は…3日後。



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第五十七話『決戦の前日』

 約一日を使い、各地に散らばるいつもの面子や生徒達は、それぞれの役目を果たしていた。各地の戦力を王都の郊外に集結させ、非戦闘員である住民を各地に移送させていた。

 

 それと並行して異世界転移組の野村 健太郎を筆頭に土系統の適性のある者達や職人連中が急速に簡易的な防衛陣地を構築している。ハジメ謹製のアーティファクトの力もあって、その構築速度はかなり上がっており、もはや超効率化してるレベルだ。

 

 そんな風に急速に拡大する戦力は、"豊穣の女神"たる愛子の演説によって士気を高めていく。そのため、雫やリリアーナからハジメにアーティファクトの制作をせっつかれたりもしていた。

 

 そのハジメもまたオルクスの深奥、オスカーの隠れ家でアーティファクトの量産や身近な者へと贈るアーティファクト、及び自らの強化版装備の数々の制作に従事していた。ただ、その際、忍から連絡があり、刀はいらないから銃だけ用意してくれとの要望があった。その要望を少し不審に思いながらも強化版アドバンスドフューラーの制作も行っていた。

 

 ちなみにその要望をした忍はというと…

 

「はぁああああああ…!!!」

 

 『神山』の頂上で魔力を身に纏い、体中に巡らせて変換効率をさらに最適化しようとしていた。

 

「「……………………」」

 

 その様子を見守るのはファルとシェーラの2名だ。ファルは表情が読めないが、シェーラは心配そうに忍を見つめていた。

 

 ちなみに何故『神山』の頂上にいるかと言えば、劣化版クリスタルキーを作る前に魔力の変換効率をもう一段上に上げておきたかったからだ。昇華魔法を使ってもよかったのだが、忍は自力で引き上げる方が感覚的にも扱いやすいだろうと判断して、誰にも邪魔にならない場所…つまり、神門が開く神山の頂上で魔力を練り上げて自らの糧にすべく自己鍛錬を積んでいたのだ。

 

「ふしゅぅぅぅぅ……」

 

 そして、その鍛錬も一段落したのか、忍が深く息を吐く。よく見れば、忍の顔中には大量の汗が滴っており、いかに集中していたかがわかるというものだ。

 

「よし、こんなもんかな?」

 

 身の内に宿る魔力の変換効率の上昇を感じ、忍が袖で汗を拭おうとすると…

 

「忍さん、どうぞ」

 

 シェーラが近寄ってきてタオルを渡してくる。

 

「ん? あぁ、ありがとう」

 

 そのタオルを手に取り、汗を拭う忍は…

 

「悪いな。2人共、こんな個人的な野暮用に付き合わせて」

 

 2人に軽い感じの謝罪を行っていた。

 

「………別に」

 

「いえ、私達は非力な身ですので、せめてこのくらいは…」

 

「……そうか」

 

 一通り汗を拭った後、忍はタオルを首にかけてからハジメより支給された小型版飛行アーティファクト『ミク・フェルニル』に乗り、ファルとシェーラを抱き寄せる。

 

「それじゃあ、俺らもオルクスに行きますか。今頃はハジメもアーティファクトの量産に入ってるあだろうし、クリスタルキーの制作補助や素材集めもしねぇとな」

 

 そう言ってミク・フェルニルを飛翔させ、ライセン大峡谷へと進路を取った。

 

「あ、汗臭くないか?」

 

「……別にこのくらい、平気」

 

「はい。全然大丈夫ですよ」

 

「なら、いいんだがな…」

 

 空でそんな会話をしつつも、そうしてライセン大峡谷へと着いた忍達は、ハジメから借りていたオルクスの指輪を使い、ショートカットからオルクスの深奥に入っていく。

 

「ここが…大迷宮の深奥…?」

 

「不思議な場所ですね…」

 

 オスカーの隠れ家に着き、一旦屋敷の外へと足を伸ばした忍達。ファルとシェーラが驚いている横で、忍が匂いで集まっている面子の確認をする。

 

「坂上や谷口の匂いがする。お、シアさんも戻ってきたのか…」

 

 そんなことを呟きながら工房の方へと歩いていく。

 

「あ、お兄ちゃん達! お帰りなの!」

 

 と、そこへなんかゴーレムっぽいものに乗ったミュウが現れる。

 

「ミュウちゃん!?」

 

「あぁ、さっき戻ってきたんだ。てか、絶対にハジメ作だな、それ…」

 

 ゴーレムに乗っかってる従姉妹に驚くシェーラをよそに忍がそんなことを言う。

 

「うん! パパに貰った"べるちゃん"達なの!」

 

「"べるちゃん"、達?」

 

 聞けば、ハジメがミュウやレミアのために作ってお手伝いさせている生体ゴーレムの名は『べるふぇごーる』と『あすもでうす』の2体だけだったが、手が足りないと追加で5体増やしたらしい。で、その名は『さたん』、『るしふぁー』、『まもん』、『れう゛ぃあたん』、『ばあるぜぶぶ』というらしい。どれもミュウが命名している。

 

「……………………」

 

 それを聞いて忍はポカンと口を開いてしまった。そりゃそうだろう…だって、七つの大罪を象徴する悪魔の名前と被っていたのだから…。オタク趣味でその手の知識も持ち合わせていた忍も、これには度肝を抜かれた。

 

 しかも何故だろう…。紹介されたゴーレム達が香ばしいポーズを取っているのだ。ミレディの大迷宮で見たゴーレムは命令通りに動いていたことを考えると、ハジメがそんなおふざけをこんな緊急時にやるわけないと考えた忍は首を捻っていた。

 

 ハジメが何も言っていないのなら、俺が言うのもお門違いか、と忍も何も言わずにハジメの元へと向かった。

 

「…………………え…なに、このカオス?」

 

 工房の扉を開けた忍の第一声がそれだった。何故か龍太郎が床に放置され、同じくシアと"蹴りウサギ"が白煙を上げながら撃沈していて、香織と鈴が顔を引き攣っている。

 

「忍か。お前が来たなら、とっととクリスタルキーの制作もするぞ」

 

「あ、あぁ…わかった」

 

 この状況の説明はないのな、と思いつつ忍も準備を行う。他の面子は工房から出て行く。

 

「魔力変換効率を一段階上げてきた。まぁ、ユエさんほど上手くはいかんだろうが…出来るだけの補助はする」

 

「あぁ、頼むぞ」

 

 香織がオルクス大迷宮…奈落で掻き集めてきた神結晶の欠片を用いて作業に入る。紅の魔力を七色の魔力が支え、神結晶の欠片を集約させ、忍の提案で"想い人の元への道を切り開く"という概念を付与した一回限りの劣化版クリスタルキーを作製することに成功した。

 

「想い人の元への道を切り開く、か。考えたな」

 

「あぁ、どうせ一回で成功させなきゃならんのだし、そういう概念でも十分だと思ったんだよ」

 

 そう言って魔力を使い過ぎてへばってる忍に、ハジメが声を掛ける。

 

「……なぁ、忍」

 

「おっと、それ以上は言いっこなしだぜ? 俺達は皆でこの戦いに赴くんだ。明香音に会いに行くのは…終わってからでも十分に間に合うさ。何より、俺だけ帰っても仕方ないだろ?」

 

「忍……」

 

「だから、気にすんな。お前はお前のやることだけに集中しろよ」

 

 忍の言葉にハジメは笑みを浮かべると…

 

「……ありがとな、忍」

 

 それだけ伝えていた。奈落に落ちてから苦楽を共にしてきた、最愛のユエを除けば、恐らくは二番目に心を許しているだろう唯一の親友に様々な感情を乗せた礼を告げたのだ。

 

「おう」

 

 忍も短くそれに応えた。自称親友から始まった関係も、今では本物だと実感しているし、ハジメが無茶を押し通すならそれを後ろで支えてやるのも親友の役目だと言わんばかりに…。

 

「地上は、香織と一緒に頼む」

 

「白崎さんもこっちに残るのか?」

 

「あぁ、使徒の体だし、何かあった時に封殺されても困るからな」

 

「わかった。上手くフォローするさ」

 

「頼む。その代わり…」

 

「あぁ、神殺しは頼んだ。地上は何があっても守るからよ」

 

 そう言い合った後、2人はコツンと互いの右拳を合わせていた。

 

………

……

 

 決戦前夜。いや、より正確に言うのであれば3日目に突入したばかりの深夜だ。

 

 ハジメ達はゲートを使って決戦の舞台…王都前にある大平原へとやってきていた。ちなみにこの場にミュウとレミア、シェーラ、ファルはいない。オルクスの深奥…オスカーの隠れ家に居てもらった。だが、ミュウとレミアが従えていた生体ゴーレム群、通称『大罪戦隊デモンレンジャー』の7体はついてきている。なんでもハジメが遠隔操作出来るようにしたのだとか…。

 

 そんなハジメ達を出迎えたのは、雫だった。

 

「ようやく来たわね。みんなが待っているわ。ついてきて」

 

 そう言って踵を返す雫の前を見れば、急造にも関わらず完成度の高い赤レンガ色の要塞が鎮座していた。要塞の他にも数十万もの戦力が野営しており、明かりのアーティファクトの影響で、深夜にも関わらず昼間のように明るかった。

 

「八重樫、何かあったのか?」

 

 何故だか不機嫌そうな雫の後ろ姿を見てハジメが声を掛ける。

 

「……………………」

 

 その言葉にピタリと立ち止まった雫は、その直後に勢いよく向き直ると、ツカツカと足音を立ててハジメの隣に歩み寄ると、ハジメの右腕を取って恋人がやるような"腕を組む"状態になる。そんな普段なら見せないような雫の態度に後ろの忍達も驚く。

 

「おいおい、八重樫。本当にどうした?」

 

「雫よ。今更感あるけど、雫と呼んでちょうだい。私も、ハジメって呼ぶから」

 

「はぁ?」

 

 困惑するハジメに、雫はなんだか疲れたような溜息を吐いて説明する。

 

「皇帝陛下が鬱陶しいのよ。なにかと理由を付けては私を傍に置こうとするし、口説いてくるし……そのくせ、建前はいちいち的を射ている上に、やることは完璧にこなしているから、文句も言えないし」

 

 どうもガハルドにちょっかいを掛けられて辟易していたらしい。

 

「そういう時は俺の名前を出していいって言ったろ?」

 

「言ったわよ。私が、す、好きなのは…なぐ、は、ハジメだって」

 

「テレテレじゃねぇか。で? それでも絡んできたなら連絡すればよかったろ?」

 

 ハジメがそう言うと、雫は不機嫌そうな表情から困ったような表情になる。

 

「……これくらいのことで面倒はかけたくなかったのよ。何せ、は、ハジメは、連合軍の勝利の鍵でしょ? それにあのエヒトに勝つためにも色々と対策を練る必要もあるでしょう?」

 

「そういう気遣いはしなくていいんだよ。ゲート開いて銃弾しこたまぶち込めば終わりなんだし」

 

「ふふ、そうすると思ったから遠慮したの。ゴム弾でも、この大事な時に一国のリーダーにダメージを与えるのは、ね? だから、代わりに今こうして甘えさせてもらってるの。会議室には皇帝陛下もいるし、これを見せつけておくっていう意図もあるの」

 

「なるほどな」

 

「そういう訳だから、シア達も少しだけ許してね?」

 

 そんな風にちょっと申し訳なさそうな表情で言う雫に、シア達も気にすることないと微笑み返した。

 

 

 

 道中、兵士達の視線もあったが、雫のストレスもある程度回復し、要塞内の大きな広間へと到着する。その中心には大きなテーブルが置かれ、上座にはリリアーナやランデル、ガハルド、アルフレリック、カムなどが愛子を中心に座っている。さらには『アンカジ公国』のランズィとビィズ、ギルドマスターのバルス、イルワ、キャサリン、クリスタベル。そこに各国の軍の司令達や側近達。生徒達の代表として永山 重吾と園部 優花もいた。

 

 彼等はハジメが入った途端、「やっと来たか!」という表情になったが、雫を侍らせてるハジメを見て頬を引き攣らせた。別に時間に遅れた訳ではないが、"世界の重鎮達を待たせておいて女を侍らせて来るとか、どんな神経してるんだ…"という空気が司令達や側近達の間に流れる。

 

 ただ、重鎮中の重鎮、各勢力の代表達はというと…

 

「おいおいおい、南雲 ハジメぇ。雫を侍らすたぁ、俺への当てつけか? あぁ?」

 

「南雲さん!? 何故、雫とイチャついているんですか!?」

 

「や、八重樫さん? せ、先生は、そういうのどうかと思いますよ? あなたはもう少し節度あるお付き合いが出来る人だと思っていたのに……うらやま……じゃなくて、破廉恥ですよ!?」

 

「貴様ぁ! か、香織の前で、その親友にまで手を出すとはっ! 香織! やっぱり余はお前を諦めんぞ! その悪魔から必ず引き離してやるぅ!」

 

「流石ですっ、ボス! 最愛の女性をさらわれてなお、新しい女を侍らせて余裕の態度とはっ! 決戦前の景気づけに酒池肉林ですか…『ドパンッ!』…へぼぁ!?」

 

 上からガハルド、リリアーナ、愛子、ランデル、カムの順にガタッと席から立ち上がって何やら喚いている。約1名、全然方向性が違うため、ハジメの抜き撃ちの餌食になったが…。

 

「雫がこうなってんのは全てガハルドのせいだ。文句はそいつに言え。あと、ガハルドは漢女になるか、雫にちょっかいかけるのをやめるか、今選べ」

 

「あらあらん♪ ハジメちゃんたら、また同胞を増やしてくれるのん? もうっ、私への贈り物を欠かさないなんてぇ! 愛しているわん!」

 

 ハジメはクリスタベルの言動にドンナーを抜きたい衝動を抑えながら、ガハルドに目で訴えた。

 

『これの仲間にするぞ?』

 

 と、流石の皇帝陛下も委縮した様子で席に座り直す。それを見て他の立ち上がってた重鎮達も席に着く。次いでハジメ達も席に座る。

 

 そこから気を取り直して始まった最終会議。装備・兵器の配備や分配、習得率、大侵攻時における行動方針、指揮系統の確認など、認識を共通すべきことの確認に終始した。特に忍と香織は入念にチェックしていた。ここ最近のいつものメンバーで地上に残るのはこの2人だからだ。

 

 ちなみにここにはいない他の生徒達やハウリア族が中心になってハジメのアーティファクトの使用法と効果をレクチャーしている。また、要塞もとりあえずは完成したということで、現在は塹壕掘りなどのフィールド形成に終始しているとか…。

 

「際どい所だが、どうにか形になったようだな。これも『豊穣の女神』の恩恵か」

 

 という風にハジメが呟くと、愛子とリリアーナが低レベルな口喧嘩をし出す。その内容にガハルドや他の重鎮達も微妙な表情をする。唯一、首狩り族の族長だけはハジメにサムズアップしていたが…。

 

 そんな中、アンカジ公国のランズィが感慨深そうに口を開く。

 

「それにしても、我が公国の英雄達が、遂には世界の英雄か。やはり、あの時の決断は間違いではなかったようだ」

 

 その言葉に続くようにキャサリン、イルワ、クリスタベルが口を開く。

 

「初めてうちに来た時から、何か大きなことをやらかしそうだとは思っていたけれどねぇ。でも、まさか世界の命運を左右するまでになるなんて…流石のあたしも、予想しきれなかったよ」

 

「そうですね。フューレンで大暴れしてくれた時は、まだまだ何かやらかすだろうとは思っていましたし、或いは世界の秘密に関する何らかの騒動に関わるだろうと思っていましたが……それが世界の存亡を賭けた戦いとは。はぁ、胃が痛い。もう"イルワ支部長の懐刀"なんて肩書き、恥ずかしくて使えませんね」

 

「あらん? 私は最初からわかっていたわん。ハジメちゃんもシノブちゃんもいつか魔王だって倒すって」

 

 そんな彼等にハジメは不敵な笑みを浮かべて肩を竦めてみせた。

 

「別に不思議なことじゃないだろ? 空気の読めない馬鹿な自称神が、俺の女に手を出したんだ。だから、死ぬ。それだけだ。アンタらも、この程度の戦いで死んでくれるなよ? ユエを連れ帰ったら、もう一度くらいアンタらの町に遊びに行くからよ。今度は冒険なしで、のんびりと観光でな」

 

 その言葉にランズィ達も励まされる。

 

「ま、今回は俺も地上で暴れるんで期待しててくださいな。真の魔王(ハジメ)に並び立つ存在…真なる覇王として、ね」

 

 忍がそんなことを言っていると、突然兵士の1人が慌てた様子で会議室に駆け込んできた。誰もが『遂に侵攻が始まったか!?』と身構える中、兵士は…

 

「ひ、広場の転移陣から多数の竜が出現! 助力に来た竜人族とのことです!」

 

「来たか!」

 

 最後の頼れる仲間が帰ってきたらしく、ハジメはニッと笑みを浮かべ、スッと立ち上がると、同じく席を立った忍達を連れて会議室を出て行った。他の者達も顔を見合わせた後に、ハジメ達の後をついていく。

 

 

 

 そして、広場に集まった皆を前に…

 

「ご主人様よ! 愛しの下僕が帰ってきたのじゃ! さぁ、愛でてたもう!」

 

 黒竜姿から人型に戻ったティオが周囲の視線など気にした様子もなく、ハジメにダイブした。

 

ドパンッ!

 

 なので、ハジメは発砲した。ちなみにその横では…

 

「忍殿!」

 

「シオン!」

 

 まるで再会した恋人のように抱き締め合う忍とシオンの姿があった。

 

「よく間に合ってくれた」

 

「いえ、世界存亡のためにと里の皆をお嬢様が説得してくれたおかげです」

 

「それでも、よく戻ってきてくれた。これで地上戦力もだいぶ強化される」

 

「はい!」

 

 ハジメとティオのアブノーマルなのに自然に思える関係と、忍とシオンのちょっと照れくさくなりそうな関係のギャップの差が激しく、その場の誰もが空気となる。

 

「あの、ハジメさんもティオさんもあっちを見習ってくださいよ」

 

「うん。改めて思うけど…ハジメ君も大概だよね」

 

「ある意味、ハジメはティオさんの主になるべくしてなったという感じかしら?」

 

「「?」」

 

 シア達の言葉にハジメもティオもきょとんとする。

 

 そうこうしている間に広場に転移してきた6体の竜が輝きだし、次の瞬間には6人の人型となる。全員が男で、筋骨隆々の和服テイストな服装を身に纏ったイケメン達だ。ただ、髪は竜化した時と同じでカラフル(緋色、藍色、琥珀色、紺色、灰色、深緑色)だ。

 

 その内の1人、緋色の髪をした、一際威厳を放つ初老の男性が前に出る。その偉丈夫が前に歩み出ただけで、大樹を思わせる"重み"という威圧を放っている。それに対して、各国のリーダーが一歩後退る中、ハジメや忍は特に気にした様子もなく、凪に風と受け流している。それを見てその偉丈夫は目を細めて2人を興味深そうに見るも、すぐに名乗りを挙げた。

 

「ハイリヒ王国リリアーナ・S・B・ハイリヒ殿、ヘルシャー帝国ガハルド・D・ヘルシャー殿、フェアベルゲンの長老アルフレリック・ハイピスト殿。お初にお目にかかる。私は、竜人族の長『アドゥル・クラルス』。此度の危難、我等竜人族も参戦していただく。里には未だ同胞が控えており、ゲートを通じていつでも召喚可能だ。使徒との戦いでは役に立てるだろう。よろしく頼む」

 

『おぉ!』

 

 アドゥルの挨拶に各国のリーダー達も返礼していた。そして、侵攻時の行動方針について話し合うべくリリアーナ達と共に会議室に向かおうとする。ハジメ達、突入組は別で話し合う必要があったため、広場に残ったのだが…。

 

「……貴様。"姫"にいったい、何をした…?」

 

 藍色の髪の竜人がハジメの元までやってきて押し殺したような声で問うた。

 

「?」

 

 質問の意味が分からず、ハジメ達はリリアーナの方を向くが…

 

「何処を見ている! 竜人が姫と言ったら、ティオ様のことに決まっているだろう!」

 

 その言葉にハジメ達が固まる。

 

「姫?」「姫?」「姫?」「姫?」「姫?」

 

 ハジメ、シア、香織、雫、忍が口々にした後…

 

「「「「「ないわ~」」」」」

 

 その言葉にさしものティオも吠えた。

 

「な、なんじゃ! "姫"と呼ばれとったら悪いか!? 一応、族長の孫なんじゃから、そう呼ばれてもおかしくなかろう!」

 

 まぁ、確かに一理、どころか納得のいく説明だった。その際、ハジメがドS顔でティオを言葉責めし、忍達から呆れられてたりもした。

 

 その後、藍色の髪の竜人…名は『リスタス』という…の嫉妬による八つ当たりを見兼ねたアドゥルが諫めに入り、ハジメと対面する。

 

「初めまして、南雲 ハジメ君。君のことはティオから聞いている。魔王城での戦いぶりも見せてもらった。神を屠るとは、見事だ。我等では束になっても敵うまい」

 

「初めまして、アドゥル殿。あなたの孫娘の変な扉を開けてしまったのは俺が原因です。決戦前ではありますが、一発くらい殴られる覚悟はありますよ」

 

『ッ!?』

 

 ハジメの敬語を聞き、周囲がパニくる。

 

「まぁ、ハジメは傲岸不遜を地で行くような奴になっちまったし、ある意味で自業自得?」

 

「うるせぇよ」

 

 唯一忍だけがわかったような口を開いたので、ハジメが恨めしげに一言放つ。

 

「ふむ。映像や聞いていた話とは少し異なるようだが…周囲の反応も普段の君と違うと言っているようだ」

 

「まぁ、ティオの身内なんで。竜人族の族長ならタメで話しますが、ティオの祖父とあらば、言葉遣いくらいは改めますよ」

 

「ほぅ! ティオの祖父だから、か。ふふっ、なるほど、なるほど」

 

 その後、いくつか話をした後、アドゥルはハジメにティオのことをどう想っているのか問い、ハジメは自らの答えを示した。 

 

「最近、よく言われるんですが…俺、魔王らしいんで」

 

「ふむ?」

 

「だから、欲しいものがあれば全部手に入れますし、邪魔するものは全部ぶっ飛ばします」

 

 ティオの腰に腕を回した状態で、アドゥルを前に堂々と告げていく。

 

「俺はティオが欲しい」

 

「っ!?////」

 

「もう、ティオがどう思うかなんて関係ない。今更逃がすつもりはない。確かにユエは、俺の最愛ですが……それでもティオを愛おしい思う。だから…」

 

「だから?」

 

「ティオはもう、俺のモノだ。俺が気に食わないってんなら、力尽くで奪ってみせろ。いつでも、どこでも、何度だって、受けて立ってやるよ」

 

 その言葉に成り行きを見守っていた一同が絶句する。忍はやれやれと肩を竦め、シア達は「仕方ないなぁ」みたいな表情だったりする。

 

「確かに理不尽の権化。御伽噺の中の魔王のようだ。ふふっ、なるほど。私の孫娘は魔王の手に堕ちた訳か。世界を救うかもしれない魔王の手に。くははっ」

 

 ハジメの本心を聞き、満足したような表情のアドゥルはハジメにティオを託す言葉を贈り、ハジメもまたアドゥルに誓いの言葉を贈った。

 

 アドゥルは同胞の竜人達に喝を入れると、リリアーナ達と共に会議室へと向かう。その際、リリアーナや愛子が物凄く羨ましそうにハジメをチラ見して未練たらたらであったが…。

 

 そして、突入組もまた各自の動きや新たに渡されたアーティファクトの習熟を行いながら、その時を待つ。

 

 

 

 訪れる日の出。東の地平線から太陽が顔を覗かせ、西へと大きく影を伸ばす。

 

「来たか」

 

「来たな」

 

 2人の化け物が別々の場所で呟いた瞬間、真っ赤に燃える太陽が完全にその姿を現した時にそれは起きた。

 

ビキッ!!

 

 世界が赤黒く染まり、鳴動する。ハジメ達が見上げた神山の上空に亀裂が入り、深淵が顔を覗かせた。

 

「さぁ、決戦の時だ…!」

 

 終わりの始まりが今、幕を開ける。



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第五十八話『神話大戦』

 赤黒く染まった世界。

 

 朝焼けの燃えるようなオレンジ色ではない。もっと人々の不安を掻き立て、恐怖心を煽るような酷く不気味で生理的な嫌悪感を抱かずにはいられない色だ。そんな風に染まってしまった世界で、連合軍の兵達は根源的な恐怖からか、ビクッと身を震わせる。

 

ビキッ!!バキッ!!

 

 そんな音を立てながら神山の上空に入った亀裂がさらに広がっていく。

 

「っ、総員ッ!! 戦闘態勢ッ!!」

 

 そんな恐怖に負けそうになる兵達に向けて叱咤を含んだ命令が下される。拡声アーティファクトで声を拡大したガハルドの怒声だ。その怒声で兵達の呪縛も解け、各々が動き出す。

 

 その間にも神山上空の亀裂は大きさを増していき、兵達が配備についた頃、遂に轟音と共に空間が粉砕された。ガラスのように吹き飛び散らばるキラキラした空間の破片。大地に空いた裂けめの如く、空に出現したそれは深淵を覗かせる。エヒト達が神域に戻るために使った荘厳さすら感じさせる黄金の渦とは真逆の深く濃い闇。渦の代わりに粘性を感じさせる瘴気のようなものを噴き出している。

 

 その闇から、黒い雨が降り始める。否、黒い雨のようにも見えるそれは、魔物だ。それが雨の如く地上に降りてきたのだ。その黒い魔物の豪雨は、神山の山頂を瞬く間に黒く塗り潰し、そのまま雪崩の如く神山を降り始める。

 

 さらに黒い瘴気に覆われた空間の亀裂から、今度は白い雨が水平に放たれた。赤黒い天にはよく映える白…否、銀の雨。

 

「使徒の数も半端ではない、か」

 

 そんな雨を険しい視線を送りながら呟くのはガハルドだ。戦装束で身を固め、連合軍大将として、直属の部隊と共に前に出ていた。そこにリリアーナから念話が届く。"女神"と"剣"の出番のようだ。

 

「連合軍の皆さんっ! 世界の危機に立ち上がった勇気ある戦士の皆さん! 恐れないでください! 神のご加護は私達にあります! 神を騙り、今まさに人類へと牙を剥いた邪神から、全てを守るのですっ! この場に武器を取って立った時点で、皆さんは既に勇者です! 1人1人が、神の戦士です! さぁ、この"神の使徒"である"豊穣の女神"と共に、叫びましょう! 私達は決して悪意に負けはしないっ! 私達が掴み取るのは、"勝利"のみですっ!!」

 

『勝利! 勝利!! 勝利!!!』

 

「邪神に滅びを! 人類に栄光を!」

 

『邪神に滅びをっ!! 人類に栄光をっ!!』

 

 特に打ち合わせした訳ではないが、愛子の演説に連合軍の兵達はその瞳に希望を携え、咆哮を上げる。

 

「悪しき神の下僕など恐れるに足りません! "我が剣"よ! その証を見せてやるのです!」

 

 愛子がそう叫んだ瞬間、落ち着いた声音が戦場全体に拡大して木霊する。

 

「仰せのままに。我が女神」

 

 ハジメが何もない空中で踏み止まると、どこからか取り出したダイヤモンドのような宝珠を頭上に掲げた。その宝珠が太陽の如く燦然と輝き、兵達を照らし出した後、それは起きた。

 

 赤黒い天の一部が、一瞬キラリと光った刹那、黒い魔物の雪崩に覆われて色を変えつつあった神山の山肌の一部が、凄まじい轟音と共にごっそりと吹き飛んだ。だが、それだけでは終わらない。天が瞬いたと思えば、次から次へと何かが神山に降り注ぎ、標高8000メートルの山を、まるで海辺で作った砂山で棒倒しのゲームでもするかのように崩していった。ちなみに落下物の正体は金属塊だ。それを成層圏から自由落下させただけである。だが、その破壊力は凄まじいの一言だ。そんな破壊の権化が数百発単位で、局所的に降り注がれる。

 

 その光景に兵達はというと…

 

『----ッ』

 

 震えていた。恐怖に、ではない。歓喜だ。そして、胸の内に湧き上がる闘志に、だ。

 

『ウォオオオオオオオオオオオオッーーー!!!!!』

 

 腹の底から、まさに神話のような光景に身を震わせつつ、雄叫びを上げる。

 

『愛子様万歳! 女神様万歳!!!』

 

 開戦直後の『神山崩し』に兵達の闘志が高まっていく。

 

 神山の崩壊に、天空の使徒達も流石に動きを止めていた。だが、次の瞬間にはまるで鳥の一糸乱れぬ集団飛行のように動きを揃えながら猛スピードで要塞へと迫ってきた。

 

 神山崩壊によって半壊状態の王都を、さらに迫りきた粉塵が包み込み、そのまま砂嵐の如く要塞へと迫ってくる中、ハジメは別の宝珠を取り出して輝かせた。

 

「随分と虚仮にしてくれたんだ。この程度で済ますわけがないだろ? かのイカロスのように、翼を焼かれて堕ちろ。木偶共が」

 

 ハジメがそう言った直後、大気を切り裂いて光の豪雨が降り注いだ。

 

 太陽光収束レーザー『バルスヒュベリオン』。以前、王都に魔人族が侵攻した時に使用した、あの殲滅兵器だ。しかも1機だけではない。高度10000メートルに合計で7機のバルスヒュベリオンが浮かんでおり、ハジメの持つ宝珠によって制御され、殲滅の光の柱を突き立てていた。

 

 バベルの塔の如く、大地と天空を繋げる光の七柱は、空間の亀裂から一直線に連合軍へと迫っていた使徒達を一気に呑み込んでいく。

 

 不意を突かれて消滅した使徒達は数知れず。中には防御しようとした使徒もいたが、それも叶わず。運よく躱した使徒や新たに出現した使徒達は上空へと向かう。

 

「遠慮するな。まだまだ、たらふく喰わせてやるよ。それこそ、全身はち切れるくらいになぁっ!!」

 

 それすらも想定の範囲内だと言わんばかりに、上空のバルスヒュベリオンから小型ビットが射出され、それらが太陽光収束レーザーを歪曲・拡散させていき、空を覆い尽くさんばかりのレーザーの包囲網を以って使徒達をレーザーの監獄に閉じ込める。

 

「まぁ、こんなもんだろ」

 

 そこに更なる追撃を加える。

 

「纏めて消えろ」

 

 バルスヒュベリオンからポタリと7個の輝く何かが落ちると…

 

ドォオオオオオオオオンッ!!!

 

 赤黒い天空に太陽の華が咲いた。それはまるで七つの太陽が同時に生まれたかのような輝きが空を覆い、直後に凄まじい威力の衝撃波と熱波が降り注いだ。そのあまりにも絶大な破壊の衝撃波は使徒達を容易に巻き込み、神山崩壊によって要塞に迫ってきた粉塵も一気に押し流されていく。ちなみに要塞にも衝撃波は届いたが、それは王都から移設し、ハジメが改良を加えた"大結界"によってかろうじて防がれていた。

 

「……………………」

 

「(あ、これ。絶対に想定よりも破壊力が凄まじいことになってるな?)」

 

 ハジメの冷や汗に気付いた忍が、ちょっと呆れたような表情でハジメを見る。最近のパーティーメンバーも口々にハジメに自重させないととか言ったりしている。竜人族組も驚愕に白目を剥いたり、腰を抜かしたりもしていたが、うさ耳集団だけは狂喜乱舞していた。

 

「こ、これが、我が剣の力! 勝利は我等と共にあり!!」

 

『勝利! 勝利!! 勝利!!!』

 

 その光景にどこか引き攣った声音で叫ぶ愛子だが、そんなことは気にしてないように兵達も雄叫びを上げる。

 

「総員、武器構え!! 目標上空! 女神の剣にばかり武功を与えるな! その言葉通り、我等1人1人が勇者だ! 最後の一瞬まで戦い抜け! 敵の尽くを討ち滅ぼしてやれ!! 我等"人"の強さを証明してやれッ!!!」

 

 半笑いだったガハルドが気を取り直して指揮を行った。

 

『オォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』

 

 そのガハルドの声に応えるように兵達から凄まじい雄叫びが上がる。それぞれがそれぞれの役割を果たそうと、闘志を滾らせる。

 

 

 

 そんな中、ハジメが愛子の元へと歩み寄る。

 

「先生、見事な演説だった。流石、豊穣の女神だな」

 

「南雲君。私は、もう何と言ったらいいのかわかりません…」

 

 そんな風に言った後、ハジメは愛子にバルスヒュベリオン操作のための宝珠を愛子に託した。戦々恐々とした面持ちで、それを受け取る愛子を尻目にハジメは香織に目を向けた。

 

「顔は使徒だが、髪色1つで香織に見えるな。うん、やっぱ香織は黒髪の方が似合う」

 

「えへへ、そうかな? なら早く終わらせて、元の体に戻らなくちゃ」

 

 今の香織の肉体は元々が使徒のものだ。それをハジメの用意した変装用アーティファクトで偽装している。間違って香織をやらせないための措置だ。

 

「忍、香織。後は頼んだぞ?」

 

「あぁ、任された」

 

「うん。こっちは大丈夫。ハジメ君達の帰る場所は、私達が必ず守るよ。ミュウちゃん達にも、もう手は出させないから。だから、ユエをお願いね」

 

「あぁ、楽しみにしとけ。帰ってきたら、ユエと一緒に弄り倒してやる」

 

「もう! ハジメ君の意地悪!」

 

「仲が進展してるようで何よりだな」

 

 そんな軽口を叩いていると、ハジメの後ろにシア、ティオ、雫、龍太郎、鈴が歩み寄る。その周りには要塞内部にいながらも外部の状況が分かるようにと、無数の水晶ディスプレイが設置されているが、今は逆に要塞内部の司令室と、そこにいるリリアーナ達、そしてカムなどの各部隊の隊長格が映っていた。

 

「姫さん。対使徒用アーティファクト、上手く使えよ。適任だと信じて託したんだからな?」

 

『ぷ、プレッシャーを掛けないでくださいよ。まぁ、こちらはどうにかします。ハジメさん、ご武運を』

 

「あぁ」

 

 ディスプレイ越しのリリアーナと頷き合ったハジメは、同じくディスプレイに映るカムに視線を向ける。

 

「カム。今更、御託はいらないな……暴れろ」

 

『クックックッ、痺れる命令、ありがとうございます。しかと承知しました。ボスの神殺し、ハウリア一同、楽しみにしております』

 

「当然だ。奴は俺が殺す」

 

 不敵な笑みを浮かべ合った後、その場で見える全員…ランズィやアルフレリック、イルワなどの各国のトップ陣達に視線を巡らせ一言。

 

「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」

 

 その軽そうに見えても力を感じるハジメの言葉に…

 

『いってらっしゃい』

 

 地上に残る面々は一言、そう返していた。そして、飛び上がる六条六色の魔力光が尾を引いて天へと昇っていく。目指すは、神山上空の深淵、空間の裂け目だ。

 

 ハジメの前方攻撃とハウリアの狙撃衆の援護によって空間の裂け目へと辿り着いた突入組は、劣化版クリスタルキーでその扉をこじ開け、想い人のいる世界…すなわち『神域』へと突入したのだった。

 

 ここから先は我慢比べとなる。突入組が…否、ハジメが神を殺すのが先か、それとも地上の人類が使徒達に蹂躙されるのが先か、という神話級の我慢比べだ。

 

 

 

 地上に残った化け物の片割れと、魔王に侍る堕天使は…

 

「さて、白崎さん。いっちょ派手に暴れますか!」

 

「うん!」

 

 黒銀の4枚の翼を展開する香織と、"紅蓮の3対6枚の翼を背中から広げた"忍が上空へと飛翔する。

 

「テメェらが害獣と蔑んだ古の覇王の姿を…今、見せてやる!!」

 

 そう言った途端、忍の体を紅蓮の翼と焔が包み込む。

 

「何をしようとしているかはわかりませんが、いい的ですね」

 

 使徒の1人がそう言うと、忍に向けて四方八方から分解砲撃を放つ。

 

ブォン…!

 

 その周囲に、まるで卵のような漆黒の闇が展開されて、分解攻撃を吸収していく。

 

「ならば、直接…」

 

 そう言い、使徒達が双大剣を手に忍の元へと集まっていく。

 

ピキッ!

 

 だが、その判断は少し遅かったようだ。まるで本当に卵から雛が孵る様に闇の卵が罅割れる。

 

 そして…

 

『キュオオオオオオオ!!!』

 

 闇の卵から紅蓮の不死鳥が誕生する。

 

「っ!?」

 

 その光景に一瞬怯んだ使徒達に向かい、不死鳥…否、忍が声を漏らす。

 

『顕現。"焔帝"』

 

バサァ!!

 

 大きく広げられた3対6枚の翼から紅蓮の羽が舞う。その威風堂々たる姿に戦場の誰もが息を呑む。

 

『邪神の使徒よ。覇王の前に平伏せ』

 

 そう言って赤黒い天を駆ける一羽の不死鳥が器用に襲い掛かってくる使徒達や地上から放たれる銃弾の雨の合間をすり抜けていく。だが、ただすり抜けるだけではない。小さな紅蓮の球体を使徒達の体内へと仕込んでいる。

 

『愚かな使徒に爆炎の裁きを。バレッテーゼ・フレア!』

 

チュドドドドドドドッ!!!

 

 忍の言葉をキーに数多くの使徒達が体内から爆散する。

 

『花火にしちゃあ、品がねぇな』

 

 自分がやっておいて酷い言い様であるが、実際その通りなのと、誰もが目の前の使徒を殺すのに集中しているため、誰も気に留めていないが…。

 

「害獣の一匹如きが随分な口を利きますね」

 

 新たに現れた使徒達の群れに包囲される忍。

 

『あぁ? 誰に向かって言ってるんだ?』

 

「あなたにですよ。もう1人のイレギュラー!」

 

 包囲網から一斉に放たれた分解砲撃は中心に位置する忍目掛けて殺到するが…

 

『ふっ…』

 

 忍が翼で自身を包み込むのを見て、防御を固めたかと考える使徒達だが…

 

『顕現。"獄帝"!』

 

 翼が漆黒に染まり、その翼が崩壊すると、翼の中から白い縞模様に漆黒の体毛の虎が出現し、漆黒の足場を作りながら空を移動し、使徒の1体に飛び掛かる。

 

「なっ!?」

 

『人形のくせに、随分と人間らしい表情をするじゃねぇか?』

 

 驚愕に見開かれた目と表情の使徒を見て忍が冗談交じりにその頭部を噛み砕く。それと同時にその頭を噛み砕いた使徒の体を踏み台にして別の使徒に飛び掛かる。

 

「くっ…!」

 

 それをかろうじて回避する使徒だが…

 

シュッ! ガチッ!!

 

 尻尾の先から闇が溢れ、尻尾の先が延長したようにも見える長い尾でその回避した使徒の胴を捕まえる。

 

『そのまま死ね』

 

 地上に落ちる反動を利用し、その使徒を頭から地面に叩き付け、自身は上手い具合に着地していた。

 

『ガオオオオオオオオオッ!!!』

 

 戦場に今度は虎の咆哮が響き渡る。

 

 ちなみに連合軍も作戦通りに動いており、聖歌隊による使徒の弱体化や、使徒を地上に墜とすアーティファクトで地上戦に持ち込んだりして連合軍は使徒達と死闘を繰り広げていた。さらにはハジメの考案した『人類総戦力限界突破』もあって互角以上に渡り合っていた。

 

 

 

 さらに時間が経ち、制空権の奪取のために竜人族も遂に出陣する。

 

『流石に壮観だな』

 

 "10体もの鬼を従えた純白の九尾の狐"の姿…すなわち『武鬼』の状態となった上に武天十鬼全てを召喚することが出来た忍が地上の使徒達を屠りながら、空の光景を見上げると、そう感想を漏らした。

 

『こっちも負けてられんなぁ!!』

 

 武天十鬼を戻すと、空へと跳躍し…

 

『顕現。皇龍』

 

 白銀の龍鱗が美しい東洋龍が顕現し、空を駆ける。

 

『さぁ、テメェらを"支配"しよう』

 

 忍の瞳が一瞬煌めき、その視界にいた数体の使徒が動きを止めたかと思えば…

 

『人形同士で潰し合え』

 

 忍の言葉に動きを止めた数体の使徒が同胞たる使徒に向かって襲い掛かり始めた。

 

「な、にを…!」

 

「主の命令は絶対です」

 

 まるで主の存在を上書きされたかのように忍の命令に忠実になる使徒達に同胞の使徒達が困惑する。

 

「イレギュラー…!!」

 

『はっ、感情なんてないんじゃないのかよ?』

 

 忍に向けられた敵意に忍は鼻で嗤い、次の覇王となる。

 

『顕現。雪羅』

 

 瑠璃色と白の体躯を持った鯱となった忍は空間に穴を開け、そこを飛び跳ねるようにして泳ぎながら…

 

氷河期(アイス・エイジ)!』

 

 飛び跳ねた先の空間を凍結させて使徒達を氷の彫刻にしていた。

 

『流石に魔力消費が馬鹿にならんな』

 

 空間魔法を使いながらの移動で魔力を消費してしまった忍は次の一手に移る。

 

『顕現。真祖』

 

 真紅の甲殻と漆黒の体躯を持つ飛竜(ワイバーン)と化した忍は、近場にいた使徒の両腕を拘束しながら組み付くと…

 

『いただきます』

 

「なにを…『ガチュッ!!』…!?」

 

 おもむろに忍は使徒の首に食らいつき、使徒の体内に宿る魔力を吸い尽くす勢いで貪る。

 

「がぁっ!?」

 

『流石は無限の魔力タンク。お前1人で賄えそうだ』

 

 忍が使徒の魔力を貪ってる合間も攻撃されているのだが、傷を負ったそばから回復してしまう驚異の再生能力を発揮していた。

 

『ぷはぁ~、ご馳走様でした』

 

 やっと魔力の補給が完了した忍は、そのまま使徒の首を噛み千切り、しっかりと絶命させてから他の使徒に投げつけた。

 

『さぁて、次行こうか!』

 

 その場で羽ばたき、使徒に向かおうとした時だ。魔物の第二軍と使徒数千体が追加でやってくる。が、それだけではない。

 

「『壊劫』」

 

 その言葉と共に大地が魔物と共に消えた。

 

「--『壊劫』--『壊劫』」

 

 三度響いた女の声と、消滅した魔物達に戦場が唖然とする中…

 

「やほ~☆ ピンチになったら現れる、世界のアイドル、ミレディちゃん見参ッ!! あはは~、最高のタイミングだったねぇ! 流石、わ・た・し♪ 空気の読める女! 連合のみんな~、惚れちゃダ・メ・だ・ぞ?」

 

 巨大なゴーレムと、その肩に乗ったちっこい人型(乳白色のローブとニコちゃんマークの仮面装備)が出現したのだ。そのゴーレム達の登場に連合の時が止まる中…

 

『ミレディばあちゃん!』

 

 その正体を知る忍が大声を上げた。

 

「誰がばあちゃんだ! 私は永遠の17歳なんだから、そこんとこ気を付けてよね! って、そんなこと言うのは…」

 

 忍が巨大ゴーレムの空いている方の肩へと移動し、その姿を獄帝のものへと変化させて着地する。

 

「……………………ごー、ちゃん…?」

 

『姿はな。だが、中身は俺だ』

 

「あ、覇王君。ってことは全部集まったんだね? 『絶禍』」

 

『あぁ、真なる覇王に大手ってところだ』

 

「そっか。うん、最期にごーちゃんとまた会えて嬉しいな。『崩軛』」

 

『そうか』

 

 そんな会話をしながらも2人は、重力魔法と闇の力で魔物を屠り続けていた。その姿は歴史の闇に埋もれてしまった古の覇王と解放者を彷彿とさせるものだった。

 

 そんな中、1000体もの使徒が連合の攻撃を無視して聖歌隊を標的として一斉に降下した。

 

『顕現。覇狼!』

 

 それを見て忍が神速を用いて聖歌隊の頭上に陣取り…

 

『今見せよう。"真なる覇王"の姿を!!』

 

 叫んだ瞬間、忍の体に更なる変化が起きる。その肉体が盛り上がっていき、巨躯となって聖歌隊を覆う結界をも覆うような巨体となり、その姿は狼の頭部、虎の胴体と後ろ脚、狐の前足と九尾、背中に鯱の背びれ、飛竜と不死鳥の変則的な4対8枚の翼、龍の鱗のような鎧といった合成獣(キメラ)を思わせるものとなる。

 

『ウォオオオオオオオオ!!!!』

 

 そして、咆哮一発と共に口から膨大な魔力を放ち、1000体もの使徒を迎撃する。

 

『なんと…!』

 

「紅神君…!」

 

 が、全ての使徒を迎撃出来た訳ではなく、何百という使徒が忍の巨躯に大剣を突き刺していた。

 

『ぐぅぅ!!!』

 

 それに苦しみながらも再生能力や氷河期を用いて使徒達を駆逐していき、聖歌隊を守る。

 

 だが、使徒はそんなことなどもう構うものかと、数の暴力で連合軍を蹂躙しようと行動を開始する。そして、銀の魔力が収束していくのが見え、竜人達や香織が収束に集中して動かない使徒達を駆逐していく。

 

 それでも使徒達の収束は止まらない。滅びの閃光が放たれようとする。

 

『させるかぁああああああ!!!!』

 

 限界突破を発動し、魔力の底上げを行った忍が口の中に魔力を収束させ、再度ブレスを放つ準備に入った。

 

『(白崎さん、守りは頼む!)』

 

 香織に防御を任せるのと同時に、銀の閃光が放たれ、忍もまた前進してブレスを放っていた。

 

ゴオオオオオオオオオオオッ!!!

 

 銀の閃光と特大ブレスが衝突し、その余波が周囲に多大な被害をもたらそうとする。

 

「『不抜の聖絶』ッ!!」

 

 その被害を最小限に留めようと香織もまた専用アーティファクトで障壁を展開していた。障壁外にいる忍の肉体には多大なダメージが残るものの、それでも使徒達の攻撃の手を緩めない。

 

 そうして数秒か、数分か…長いようで短い時間が過ぎていき、耐えきった忍達の前には…

 

「我等、神の使徒は無限」

 

 本当に無限に湧き出るような使徒達を見て連合の誰もが、絶望に顔を沈めるが…

 

『諦めるかよ。なにせ、俺の親友は…最強なんだからな』

 

 そう言った直後だ。フッと霧散する銀の光と、カクンッと力の抜けた使徒達の群れが見えた。

 

『やったのか、ハジメ!』

 

「ハジメ君、ユエ、みんな…」

 

 忍も香織もボロボロの体で上空に現れた神域に向かって飛びだそうとした時だ。

 

「彼等のことは任せて。皆に愛されて幾星霜、このミレディちゃんに、ね☆」

 

 そうしてミレディが神域へと飛び立っていった。

 

 

 

 ミレディが飛び立った後、世界の崩壊を前にして誰もが空を見上げる中…

 

『皆さん、絶望する必要などありません! あそこには、あの人がいるのです! 今、この瞬間も、あそこで悪しき神と戦っているはずです! 使徒が堕ちたのも、空の世界が壊れていくのも、悪しき神が苦しんでいる証拠です! だからっ、祈りましょう! あの人の勝利を! 人の勝利をっ! さぁ、声を揃えて! 私達の意志を示しましょう!』

 

 愛子の言葉が戦場に響き渡る。

 

『勝利をっ!』

 

 リリアーナが…

 

『勝利をっ!!』

 

 ガハルドが…

 

『勝利をっ!!!』

 

 カムが、アドゥルが、アルフレリックが…いや、戦場にいる全ての者が雄叫びを上げる。

 

 そして、シアとティオが、雫達が光輝を連れてそれぞれ神域から帰還してくる中……遂に虹色のオーロラの狭間から深紅の波紋が広がるのが見えた。

 

『わ、私達の、勝利ですっ!!』

 

 それが見えた愛子がそう言っていた。

 

『ォオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』

 

 戦場に、否、新たな世界に人々の爆発したような歓声が響いた。

 

『終わった、か…』

 

 ボロボロの体を横たえさせ、忍また元の姿へと戻っていく。

 

「あとは…帰るだけだな…」

 

 世界が煌めく中、空を見上げて忍は一言、そう漏らしていた。



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最終話『ただいま』

 あの神話を思わせるような大戦から一ヵ月が経った。

 

 その間、色々なことが起きたのは言うまでもない。

 

 例えば、愛子の演説で7人の解放者の名が七賢人として表舞台に上がったり、亜人族の名称が『獣人族』と改名されて差別意識を改める動きなんかもあったり、神域にいた魔人族が眠ったまま発見されたり、大戦で使ったハジメ謹製のアーティファクトを処分したりもした。

 

 ハイリヒ王国の王都があった場所では今も喧騒が続いている。だが、それは復興のための喧騒だ。大戦直後の数日は戦後処理に費やされ、散っていった命の弔いなども行われた。それでも、人は前に進むのだ。

 

 あと、ハジメ達異世界転移組はというと…まだ帰還していない。何故ならあの戦いで羅針盤も失ってしまい、新たに作り直す必要があったからだ。だが、ハジメは一回こっきりではなく、こちらの世界…トータスへと行き来するためにも神結晶が必要だったのだが、生憎とそんな都合よくあるはずもない。だったら、とハジメは神結晶を"作る"ことにしたのだ。

 

 そうして人工魔力溜まりのアーティファクトへと毎日魔力を注ぎ込むこと一ヵ月。異世界転移組の協力もあって直径17センチメートル程の神結晶を精製することが出来た。

 

 そして、遂にハジメとユエによる"導越の羅針盤"と"クリスタルキー"の作製作業に入ることとなる。ちなみに場所はフェアベルゲンの噴水広場だ。この一ヵ月のハジメ達の滞在場所でもあった。

 

 概念魔法を改めて創造し、神結晶を中心にした鉱物で錬成する。そうして出来上がった新たな羅針盤とクリスタルキー。その二つは無事に作動し、異世界転移組は無事日本に帰れることになったのだ。

 

………

……

 

 その後、異世界転移組は地球とのゲートを開き、トータスから地球へと帰還を果たす。

 

 帰還した地球の日本は夜だった。

 

「帰って、きたんだな…」

 

 誰かがそう呟けば、月夜の大歓声が上がった。そんな中、ハジメは地球でも魔法やアーティファクトが使えるのか確認した後、それぞれ自宅へと向かうのだった。

 

 その中には当然、忍の姿もあり…

 

「やっと会えるな…」

 

 そう呟いていた。

 

 約1年の歳月を経て、異世界転移組は帰還を果たした。この1年に自身の身に起きた事柄を包み隠さず、全て伝えたら…果たして、家族はどんな目を向けてくるだろう?

 

 だが、その体験してきたことも糧に進むと決めた帰還者達は、自宅の呼び鈴を鳴らすのだった。

 

ピンポーン♪

 

 こんな夜更けに誰だろうと訝しむ家族に紛れ、もう1人の人物がその玄関を開ける。

 

「……………………ぇ…?」

 

 そこにいたのは、再会を渇望してきた…懐かしい緋色の髪をした、幼馴染みの姿があった。

 

「ただいま、明香音」

 

 それだけ言うと、忍は玄関を開けた緋色の髪の女の子『天月 明香音』をそっと抱き締めた。

 

 驚きのあまり固まる明香音を置いて、リビングから足音が聞こえてくる。それは紛れもない…家族の足音だった。そして、忍を見るなり驚きで声が出ない様子の家族に…

 

「ただいま、みんな」

 

 忍はただ一言、伝えたのだった。



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アフターストーリー
オリキャラ紹介(アフターストーリー版)


名前:紅神(べにがみ) (しのぶ)

 

容姿:背中まで黒の混じった銀髪と右は琥珀、左は真紅の瞳(オッドアイ)を持ち、野性味溢れる端正な顔立ちをしている

体格は長身でガタいも良く筋肉質になった

髪質は癖っ毛気味でボサボサ系

 

性別:男

 

身長:184m

 

年齢:17歳

 

性格:普段は社交性の高い落ち着いた性格の雰囲気を纏うようになっているが、本気になると冷徹さと熱血漢が同居したような荒々しくも静かな性格となる

 

詳細:この作品のもう1人の主人公的な位置の青年。

通称『七星の覇王』。

親友のハジメと共に数々の試練を乗り越え、神殺しを成したハジメや他の生徒達と共に地球に帰還を果たす。

再戦魔法を使えば、元通りの体に戻ることが出来たが、ハジメ同様今までの道程をなかったことにするのは嫌だと、今の肉体や技能を持ったままだが、唯一変成魔法で白髪部分を銀色に変色させている。

帰還者の中で唯一元々のクラスが違うが、学校復帰に伴ってハジメ達と正式なクラスメイトになる。

また、帰還の際、巫女達も連れてきたので、ハジメから偽装アーティファクトの数々を受け取っている。

 

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レベル:???

天職:反逆者

筋力:13200 [+最大88200]

体力:16000 [+最大91000]

耐性:12200 [+最大87200]

敏捷:18100 [+最大93100]

魔力:15000

魔耐:14900

技能:七星覇王[+覇気][+覇王解放Ⅶ]・覇狼[+嗅覚強化][+神速][+瞬煌]・獄帝[+黒焔][+監獄][+魔力攻撃吸収][+複製][+魔力硬質化]・焔帝[+紅焔][+熱耐性][+熱吸収][+爆撃]・真祖[+吸血能力][+血液媒体][+怪力][+超速再生]・武鬼[+武天十鬼][+眷属召喚][+眷属使役][+武具顕現]・皇龍[+支配][+轟龍][+龍眼][+逆鱗]・雪羅[+絶対零度][+氷河期][+寒耐性]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化][+部分強化][+集中強化][+変換効率上昇Ⅴ]・胃酸強化・風爪[+五爪][+飛爪]・天歩[+空力][+縮地][+爆縮地][+重縮地][+残像][+豪脚]・纏雷[+出力増大]・夜目・遠見・気配察知[+心眼]・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性耐性・金剛[+部分強化][+集中強化]・念話・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力][+速度][+衝撃変換]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・水属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+氷属性]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・闇属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・限界突破[+覇潰]・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・言語理解

 

-----

 

………

……

 

名前:天月(あまつき) 明香音(あかね)

 

容姿:腰まで伸ばした緋色の髪と藤色の瞳を持ち、可愛らしくも綺麗な顔立ちをしている

学生にしては大人顔負けの豊満な体型の持ち主

髪型は水色のシュシュでポニーテールに結っている

 

性別:女

 

身長:163cm

スリーサイズ:B92/W57/H89

 

年齢:17歳

 

性格:誰とでも分け隔てなく接することの出来る明るく社交的で親しみやすい性格だが、少しばかり気丈で頑固な一面もある

 

詳細:忍の幼馴染みにして恋人、且つ正妻。

忍の家とは家族ぐるみの付き合いがあり、忍の妹達とも交流がある。

ちなみに忍の呼び方は『しぃ君』。

忍が異世界で女の子達と仲良くしていたことには嫉妬を覚えていたが、それでも彼が無事に帰ってきてくれたことや"本気"になってくれたことを本心から喜び、一層の愛情を覚えていたりする。

ただ、やっぱり想い人を独占したいという気持ちがないわけではないので、どうやって忍と一緒に過ごすか、日々悩んでいるとか。

 

………

……

 

名前:セレナ

 

容姿:背中まで伸びた銀髪と琥珀色の瞳を持ち、凛々しさを含んだ綺麗な顔立ちをしている

全体的にバランス良く手足がスラッとしていて均等の取れた体型

頭と臀部からは髪と同色の狼の耳と尻尾が生えている

 

性別:女

 

身長:156cm

スリーサイズ:B84/W56/H87

 

年齢:17歳

 

性格:一匹狼然とした雰囲気を纏ったクールな性格だが、仲間意識が強く情に篤い気質の持ち主

また、口下手なところもあって誤解されやすい

 

詳細:狼人族の少女。

トータスから他の巫女達と共に忍についてきた。

現在、忍達の学校に通っている留学生、ということになっている。

クラスは明香音と同じにしている。

 

-----

 

レベル:28

天職:覇狼の巫女

筋力:95

体力:100

耐性:75

敏捷:150

魔力:-

魔耐:-

技能:覇道巫女

 

-----

 

………

……

 

名前:ジェシカ

 

容姿:前髪に白いメッシュの入った短めの黒髪と翡翠色の瞳を持ち、野性味溢れつつも整った綺麗な顔立ちをしている

女性としては長身で、線も少し太めな筋肉隆々とまではいかないまでもそれなりに筋肉質でやや凹凸の激しい体型

頭と臀部から黒に白い縞々の虎の耳と尻尾を生やしている

 

性別:女

 

身長:178cm

スリーサイズ:B99/W59/H89

 

年齢:21歳

 

性格:気性が荒く喧嘩っ早い短気且つ強気な性格で、後先考えない短絡的な部分も少なからずある

 

詳細:虎人族の女性。

一人称は『オレ』。

トータスから他の巫女達と共に忍についてきた。

何故か、総合格闘技に興味を抱き、女子プロレスラー(悪役レスラー)になっている。

 

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レベル:37

天職:獄帝の巫女

筋力:180

体力:190

耐性:55

敏捷:80

魔力:-

魔耐:-

技能:監獄巫女

 

-----

 

………

……

 

名前:レイラ

 

容姿:腰まで伸びた流れるような白髪と黄色い瞳を持ち、理知的な雰囲気を纏った綺麗な顔立ちをしている

全体的な線は細く見えるが、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでる女性らしい体型

頭と臀部から髪と同色の狐の耳と尻尾を生やしている

 

性別:女

 

身長:166cm

スリーサイズ:B88/W58/H89

 

年齢:19歳

 

性格:常に理知的で冷静沈着な性格で、感情よりも理で物事を決める性質の持ち主

 

詳細:狐人族の女性。

トータスから他の巫女達と共に忍についてきた。

何故か…ハジメの立ち上げ、レミアとティオが働いている会社の専属モデルになっている。

 

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レベル:31

天職:武鬼の巫女

筋力:75

体力:120

耐性:55

敏捷:95

魔力:-

魔耐:-

技能:武天巫女

 

-----

 

………

……

 

名前:ティアラ

 

容姿:背中が隠れる程度に伸ばしたまるで燃え盛るような紅蓮の髪と赤い瞳を持ち、ちょっと幼げな印象を纏った可愛らしい顔立ちをしている

全体的には華奢に見えるが、程良い背丈に女性らしい肉の付き方をした体型

背中から1対2枚の紅蓮の翼を生やしている

 

性別:女

 

身長:153cm

スリーサイズ:B81/W56/H84

 

年齢:16歳

 

性格:基本的にノリが軽く好奇心旺盛で無邪気な性格で、楽しいことを優先するちょっと快楽主義的な感性の持ち主

 

詳細:翼人族の少女。

口癖は『きゃはっ♪』。

トータスから他の巫女達と共に忍についてきた。

現在、忍達の学校に通っている留学生、ということになっている。

クラスは一学年下。

 

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レベル:21

天職:焔帝の巫女

筋力:55

体力:70

耐性:55

敏捷:90

魔力:-

魔耐:-

技能:灼熱巫女

 

-----

 

………

……

 

名前:シオン

 

容姿:腰まで伸ばした翡翠色の髪と藍色の瞳を持ち、キリッとした雰囲気の綺麗な顔立ちをしている

女性らしい柔らかさを持ちつつ全体的に引き締まった体型

髪型は黒い帯でポニーテール状に結っている

 

性別:女

 

身長:166cm

スリーサイズ:B90/W58/H88

 

年齢:520歳

 

性格:正義感が強く騎士道精神を貴ぶ生真面目な性格で、面倒見の良い一面もある

 

詳細:竜人族の女性。

トータスから他の巫女達と共に忍についてきた。

何故か…ハジメの立ち上げ、レミアとティオが働いている会社の専属モデルになっている。

 

-----

 

レベル:70

天職:皇龍の巫女

筋力:680 [+竜化状態4080]

体力:950 [+竜化状態5700]

耐性:900 [+竜化状態5400]

敏捷:750 [+竜化状態4500]

魔力:4290

魔耐:3940

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏]・支配巫女・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]

 

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………

……

 

名前:ファル

 

容姿:膝裏まで伸びた銀髪と深紅の瞳を持ち、儚げな印象を与える可愛らしい顔立ちをしている

全体的な線は細いが、均等の取れた体型

 

性別:女

 

身長:155cm

スリーサイズ:B86/W56/H88

 

年齢:17歳

 

性格:ちょっと気難しくて誰に対しても無愛想な性格だが、実際は親しい人がいなかった故に感情表現が苦手なだけ

 

詳細:吸血鬼族の末裔の少女。

トータスから他の巫女達と共に忍についてきた。

現在、忍達の学校に通っている留学生、ということになっている。

クラスは明香音と同じにしている。

 

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レベル:10

天職:真祖の巫女

筋力:45

体力:60

耐性:35

敏捷:45

魔力:70

魔耐:75

技能:血力変換・血盟巫女

 

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………

……

 

名前:シェーラ

 

容姿:エメラルドグリーンの髪と瑠璃色の瞳を持ち、愛らしい雰囲気の可愛らしい顔立ちをしている

小柄で華奢なスレンダー気味の体型

耳は扇状のヒレになっている

 

性別:女

 

身長:150cm

スリーサイズ:B79/W56/H79

 

年齢:16歳

 

性格:気性は穏やかで争いを好まない優しく淑やかな性格

 

詳細:海人族の少女。

トータスから他の巫女達と共に忍についてきた。

現在、忍達の学校に通っている留学生、ということになっている。

クラスは一学年下。

 

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レベル:8

天職:雪羅の巫女

筋力:37

体力:49

耐性:16

敏捷:22

魔力:-

魔耐:-

技能:絶氷巫女

 

-----

 

………

……

 

名前:紅神(べにがみ) 狼牙(ろうが)

 

容姿:オールバックにした黒髪と琥珀の瞳を持ち、渋めでワイルドな顔立ちをしている

体格は線が太く長身で筋肉質

 

性別:男

 

身長:195cm

 

年齢:45歳

 

性格:がさつで大雑把な性格に見えるが、その本質は冷静沈着で人や物事を観察することに長けている

 

詳細:探偵業を営む紅神家の大黒柱であり、忍の父親。

それなりに名の通った探偵で、1人で探し物の捜索から警察への協力など幅広く行っている。

実兄が警察関係の仕事をしており、その伝も使って失踪した忍達の行方を捜していたが、一向に手掛かりが掴めないことに焦りを覚えていた。

 

………

……

 

名前:紅神(べにがみ) 雪音(ゆきね)

 

容姿:肩辺りまで伸びた銀髪と碧眼を持ち、ほんわかとした雰囲気の可愛らしい顔立ちをしている

ちょっと小柄に見える体型だが、出るとこは出て引っ込んでるとこは引っ込んでる

 

性別:女

 

身長:145cm

スリーサイズ:B83/W57/H85

 

年齢:43歳

 

性格:何事にもマイペースで優しくおおらかで性格で、かなりの天然さん

 

詳細:専業主婦で、忍の母親。

元は良家のお嬢様だったらしいが、窮屈な生活に飽き飽きしていて、家督を実妹に譲って狼牙と駆け落ちした過去を持つ。

駆け落ちしてから身籠った忍のことは大切に想っており、その後に生まれた双子の娘も可愛がってきた。

それ故か、忍が行方不明になったと聞いた時は卒倒してしまい、しばらく寝込んでしまっていた。

 

………

……

 

名前:紅神(べにがみ) 夜琉(よる)

 

容姿:腰まで伸ばした黒髪と琥珀色の瞳を持ち、凛々しい雰囲気を纏う綺麗な顔立ちをしている

スラッとした細身な体型で、胸はちょい控えめ

髪型は白のリボンでポニーテールに結っている

 

性別:女

 

身長:147cm

スリーサイズ:B82/W55/H84

 

年齢:15歳

 

性格:女の子にしてはがさつで大雑把な性格をしている

 

詳細:雪絵の双子の姉で、忍の妹。

勉学が苦手なスポーツ少女。

陸上部に所属しており、俊足の持ち主で短距離走の選手。

忍の呼び方は『兄さん』。

実の兄である忍に兄以上の想いを抱いているブラコン。

明香音や雪音、雪絵ほどではないが、忍の行方不明を聞いてショックを受けていた。

 

………

……

 

名前:紅神(べにがみ) 雪絵(ゆきえ)

 

容姿:腰まで伸ばした銀髪と紫色の瞳を持ち、清楚な雰囲気を纏った綺麗な顔立ちをしている

スラッとした細身な体型で、胸はちょい大きめ

髪型は蒼いリボンでツーサイドアップにしている

 

性別:女

 

身長:147cm

スリーサイズ:B85/W55/H84

 

年齢:15歳

 

性格:気性は穏やかで気配りの出来る淑やかな性格

 

詳細:夜琉の双子の妹で、忍の妹。

スポーツは苦手だが、勉強は得意な文学少女。

料理部や手芸部に籍を置き、家事スキルも高い『嫁にしたい女子ランキング』上位者。

忍の呼び方は『お兄ちゃん』。

実の兄である忍に兄以上の想いを抱いているブラコン。

忍の行方不明の報を聞き、雪音と同様に卒倒してしばらく学校を休んだほど。

 



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After.1『覇王の修羅場』

 とある高校で起きた一クラス分の生徒達が集団神隠しに遭ったとして世間を騒がせてから約1年。

 

 当初、集団誘拐にしては日中の学校で他のクラスに気付かれることなく、一瞬で攫うという有り得なさと、かといって自主的な集団失踪というには食べかけの昼食ややりかけの宿題、蹴倒されたままの椅子などといった不自然さに、注目したメディアが過熱していた。

 

 しかし、世間というのはなかなかに非情であり、そんなオカルト紛いな大事件に対して関心が長く続くということはなかった。半年も経てば、短い時間で事件の進捗のなさを報道したり、賢しらなコメンテーターやこの事件を機にブレイクしようと下心を抱えた自称オカルト研究者などが様々な見解で話題を引き延ばそうとするくらいだった。だが、それも芸能人夫婦の離婚だの熱愛だの、大物政治家の汚職発覚など、メディアは次から次へと新しい話題を振り撒いた。

 

 そんな風に世間で過熱していたメディアも落ち着いてきて、人々の関心が他に移り始めた頃においても、依然として失踪した学生達の家族や警察が必死に行方を捜していた。しかし、手掛かりすら何1つも得ることが出来ず、誰もが心身の疲労と諦念に侵され始めていた。

 

 その家族の1つ。探偵業を生業としている紅神家の大黒柱『紅神(べにがみ) 狼牙(ろうが)』もまた日夜手掛かりを求めて奔走していた。

 

 狼牙はそれなりに名の通った探偵だ。メディアも無視して日本中を東奔西走して手掛かりを見つけようとした。失踪した生徒達の家族達が立ち上げた『家族会』も狼牙なら、と期待したが…その狼牙をもってしても手掛かりを掴めずにいた。

 

 そして、生徒達が失踪してから1年の歳月が経とうとしていた。

 

「兄さん。そっちの状況は?」

 

『毎日電話してきてんじゃねぇよ。何度も言わなきゃならねぇが、全っ然だ。お前の方もそうだろ?』

 

「わかってる! だが、少しでもあいつの…あいつらの手掛かりを見つけねぇと…!!」

 

 ダンッと自室の仕事机を叩きながら電話向こうの兄に悲痛な言葉を漏らす狼牙。

 

『………気持ちは痛いほどわかる。あいつは、俺にとっても可愛い甥っ子だ。手を尽くさない理由にはならない。だが、今は冷静になれ。お前がそんなんじゃ、嫁さんや娘も心配になるだろう』

 

「………悪ぃ、兄さん」

 

『いいってことよ。何か情報が入り次第、お前にもすぐ回す。いつでも出れるように体、ちゃんと休めとけよ?』

 

「あぁ…」

 

『じゃあ、またな』

 

ピッ…

 

 そう言って電話先の人物は電話を切る。

 

「…………………はぁ…」

 

 椅子に座り、深い溜息を吐く。

 

「確か、今日は明香音ちゃんも来てたか」

 

 そう口にすると、自室から出て、一階のリビングダイニングへと降りていく。

 

「あ、おじさん…」

 

「あなた。さっきちょっと声が聞こえてきたけど…」

 

 リビングの方にあるソファに座っていた家族と、友人の娘が狼牙に気付き、声を掛けてきた。ちなみに時間だが、既に夜遅く、双子の娘はパジャマ姿だったりする。

 

「ちょっと狼夜兄さんと話しててな…」

 

「兄さんのこと?」

 

「お兄ちゃん…」

 

 狼牙の言葉に双子の娘がそれぞれ反応を示す。黒髪琥珀眼の双子の姉『夜琉(よる)』と銀髪紫眼の双子の妹『雪絵(ゆきえ)』。どちらとも双子故に顔は瓜二つだが、纏っている雰囲気は真逆だった。夜琉は凛々しい印象を、雪絵は清楚な印象をそれぞれ与える雰囲気で、髪は寝る前なのでおろしている。

 

「……しぃ君…」

 

 夜分遅くに紅神家にいる、制服姿の緋色の髪の少女『天月(あまつき) 明香音(あかね)』もまた想い人のことを考え、顔を伏せる。

 

「明香音ちゃん…」

 

 銀髪碧眼の女性『雪音(ゆきね)』が明香音の隣でそっとその手を握った。

 

「大丈夫だ。必ず…何年かかったとしても、絶対に見つけてみせる…」 

 

 そんな決意と共に狼牙が呟いていると…

 

ピンポーン♪

 

「?」

 

 こんな夜分遅くだというのに、不意に呼び鈴が鳴る。

 

「私が、出てきますよ」

 

 そう言って明香音が立ち上がり、玄関へと向かう。少しフラフラしていて雪絵なども心配していたが、明香音は帰るついでだと、玄関に向かったのだ。

 

ガチャ…

 

 そして、玄関を開け放つ。

 

「……………………ぇ…?」

 

 玄関先に立っていた人物を見て、明香音は小さく声を漏らした。そこにいたのは、黒の混ざった銀髪に、右は琥珀、左は真紅の瞳(オッドアイ)を持ち、野性味溢れる端正な顔立ちをした、ガタいの良い長身の男だった。服装は上に白いシャツを着て、下に黒の長ズボンを穿き、黒のロングコートを羽織っており、手にはОFGをしていて、靴はコンバットブーツっぽいものを履いている。一見すると怪しさ抜群の人物だが、明香音はほろりと涙を流した。それは、ずっと会いたかった幼馴染み…背丈も、纏う雰囲気も、目付きも変わっているように見えたが、明香音には分かった。目の前のこの人は…

 

「ただいま、明香音」

 

 そう言って目の前の人物は明香音をそっと抱き締めた。そのあまりにも急な展開に明香音が固まっていると…

 

「明香音ちゃん」

 

「やっぱり、心配だし…私が送ってくよ」

 

「う~ん…それは夜琉ちゃんじゃなくて、お父さんに任せましょう?」

 

「流石に女の子を1人で帰すわけにもいかんしな…」

 

 明香音が心配だったのか、リビングからぞろぞろと狼牙達がやってくると、明香音を抱き締める人物を見て全員が固まった。

 

「ただいま、みんな」

 

 その人物は、顔を上げるとそう言葉を紡いでいた。

 

「『紅神 忍』。帰ってきたぜ」

 

 その人物…忍が笑っていると…

 

「っ…しぃ君!」

 

「兄さん!」

 

「お兄ちゃん!」

 

 3人の声が重なり、忍に思いっきり抱き着く。

 

「忍、君…?」

 

「ハッ…この馬鹿息子が…一体、どこをほっつき歩いてやがった?」

 

 雪音はまだちょっと信じられないようにほろりと涙を流し、狼牙もまた嬉しそうにしながらも必死に涙を堪えていた。

 

「明香音、親父、お袋、夜琉、雪絵…」

 

 そんな家族と恋人を前に忍は改めて言葉を紡いだ。

 

「ただいま」

 

「「「「「お帰り(なさい)、しぃ君(忍)(忍君)(兄さん)(お兄ちゃん)」」」」」

 

 

 

 その後、忍は家族や明香音と共にリビングダイニングのリビングの方へと移動していた。久し振りの我が家に忍は懐かしさを覚え、壁に手を添えていた。そんな忍と今は片時も離れたくないのか、明香音が左腕を取り、双子もロングコートの裾を握って離さなかった。その様子に苦笑しながらも忍はソファに座り、その対面に両親が座る。明香音や双子は忍の隣とソファの背もたれから忍に抱き着くことで陣取る。

 

 そんな光景を見ながら狼牙が真剣な面持ちで口を開く。

 

「……お前が…いや、お前達が失踪してからの1年。俺は兄さんにも協力してもらって手掛かりを探してきた。だが、手掛かりは見つけられずじまい。家族会の人達にも申し訳なく思っていた。だが、こうしてお前が戻ってきたってことは…他の生徒達も…?」

 

 その問いに忍は…

 

「あぁ…数名を除いて、な…」

 

 そう答えていた。

 

「つまり、全員が全員、無事じゃない、と…」

 

「そういうことになるな」

 

「……そうか…」

 

 狼牙は探偵で警察に協力することもあり、観察眼にはちょっと自信があった。そして、その観察眼をもって忍の今の格好や態度からきっと凄絶な経験を積んできたのだろうと推測していた。

 

「お前が無事だったのは素直に嬉しい。が、その数名の生徒の親御さんには何と言ったらいいのか…」

 

「……………………」

 

 重たい雰囲気はリビング内に立ち込める。

 

「忍。正直に話してくれ。お前達の身に一体何が起きたのかを…」

 

「親父。元から話すつもりだったんだ。誤魔化しはしない。この1年で、俺達に何があったのか…それを今、話すよ。そして、俺のやってきたことも…」

 

 そこから忍は異世界・トータスに召喚された時から、奈落でハジメと共に駆け抜けたこと、大迷宮と世界を巡る大冒険、世界を壊そうとした神との最終決戦、そして自分が敵対した数多くの人間を殺してきたことも包み隠さず、全て話した。もちろん、全てを語るには時間が掛かるので、要所要所で纏めた手短な話にしたが…。

 

 その間、狼牙はずっと忍の眼を見ていた。忍が本当のことを話しているか、確かめるために…。

 

「お前がオタク趣味ってのは知ってるし、そういうネタもあるのは知ってる。が、"実際に"となると、また話は別だ。本当にそんなことが、起きたなんて…にわかには信じがたい」

 

「だよな。普通は病院にでも放り込んでるような案件だ。でも、事実なんだよ」

 

「……………………」

 

 だからこそ、狼牙は困惑した。忍の眼は嘘を吐いていない。つまり、今の話は真実の可能性が高い。催眠なり暗示なりを掛けられているという可能性もあるが、少なくとも忍からはそういった類のものを狼牙は感じなかった。そういったものは大抵の場合、目が濁っている。仕事柄、そういうものも見慣れている狼牙もそれを疑ったのだが、忍の眼からはそれが見受けられないのだ。

 

 つまり、忍がその手を血で汚してきたことも必然的に真実ということになる。

 

「あ~、まぁ、なんだ…」

 

 ガリガリと頭を掻きながら狼牙は…

 

「正直な話…息子から人を殺したなんて言われたら真っ先に兄さんに連絡を入れたいところではあるが…それはそれだ。忍。これだけは聞かせろ」

 

「なに?」

 

「人を殺して怖いと思ったか?」

 

 それだけを聞いていた。

 

「…………………あぁ、怖いし、慣れたくもなかった。でも、そうしないと守れないことも多々あったからな。だから、俺は…」

 

「……………………」

 

 忍の瞳を見ながら狼牙は思った。

 

「(それほどまでに切羽詰まっていた、訳でもないか。いずれにしろ、理由があった。だから、その手を汚してきた、か…)」

 

 肉体は人外となった忍だが、その精神はまだ未熟な部分も見受けられることを知り、狼牙は少し安堵していた。

 

「わかった。お前が無事に帰ってきてくれただけでもよしとしよう。他の家族には申し訳ないがな…」

 

 そう狼牙が言うと…

 

「…………いいのか?」

 

「あん?」

 

「俺は、人殺しもしてきた。そんな俺を、受け入れてくれるのか?」

 

 忍が、ちょっと不安げにそう尋ねてきたのだ。

 

「バ~カ、俺等は家族だぞ? お前に起きた変化も全部ひっくるめて受け止めんのが家族ってもんだろうが」

 

「親父…」

 

「そうだよ、忍君。私達は家族なんだから、どんなことでも受け止めてみせるよ」

 

「お袋…」

 

 両親の言葉と共に自分に寄り添う3人の手にも力が入る。

 

「やっと…しぃ君が本気になってくれたのに、また離れ離れとか…私、嫌だからね?」

 

「細かいことはともかく、もう何処にも行かせないからね! 兄さん」

 

「もう何処にも行かないでください、お兄ちゃん」

 

「お前等…」

 

 忍はそんな家族と恋人の温もりを感じ…

 

「ありがとう」

 

 一言、礼を述べていた。

 

「あ~…それで、だけど…その、異世界を証明する方法はあるにはあるんだよ」

 

 そして、忍は思い切って"ある事実"をこの場で公開することにしていた。もちろん、家族と恋人に隠し事はしたくないという忍の想いなのだが…如何せん、それをやるには勇気が必要だった。

 

「あん? そんな方法があんのか?」

 

「ただ、まぁ…その、なんだ…確実に空気が死ぬと思うんだよ」

 

 狼牙の言葉に忍は明香音の方を見ずにそう言う。

 

「あ~…」

 

 話の中でちょこっとだけ触れていた『巫女』という言葉を思い出し、狼牙はなんとなく察した。

 

「まぁ、無理はするな」

 

「いや、だが……隠し事はしたくないからな。特に明香音には…」

 

「覚悟があるなら…俺からはもう何も言わねぇよ。漢なら、気合で乗り切れ」

 

「覚悟ならある。が、乗り切れる自信がねぇ…」

 

 そんな微妙に男にしかわからない会話に…

 

『?』

 

 女性陣は首を傾げる。

 

「……よし。じゃあ、見ててくれ」

 

 覚悟を決めたらしく、忍が明香音や雪音、夜琉の手から抜け出すと…

 

「………『界穿』」

 

 忍が口を開くと、グニャリと空間が歪み、それが楕円形を形成すると、学校の屋上らしき場所と繋がった。

 

「なぁっ!?」

 

「あらまぁ…」

 

「な、なに!?」

 

「ふぇ!?」

 

「これって、学校の屋上?」

 

 五者五様に驚きを見せる中…

 

「もういいの?」

 

 屋上からぴょこっと狼耳を生やした少女『セレナ』が顔を覗かせる。

 

「あぁ…他の巫女達にも入ってくれと伝えてくれ。あ、靴は脱げよ?」

 

「えぇ、わかったわ」

 

 そう言って顔を引っ込めると、靴を手にセレナが先陣を切り、その次から『ジェシカ』、『レイラ』、『ティアラ』、『シオン』、『ファル』、『シェーラ』の順でリビングに入ってくる。

 

「ここが…」

 

「覇王の実家か」

 

「少々手狭に感じますね」

 

「きゃはっ♪」

 

「失礼します」

 

「……………………」

 

「お、お邪魔します」

 

 リビングに入ってきた巫女達がそれぞれ好き勝手に言う。

 

『……………………』

 

 シオンとファル以外の外見が人とは違うことに家族と恋人が固まる。

 

「い、今のが、『魔法』だ。そして、こいつらが覇王の巫女達だ。コスプレとかではなく、耳は本物だからな?」

 

 一応、そんな風に忍が説明しているが…

 

「「「……………………」」」

 

 明香音と双子の忍を見る眼が非常に冷たかった。

 

「あ、明香音。これは、その…」

 

 恋人の冷たい視線に耐えかねて忍が弁解をしようとするが…

 

「しぃ君…」

 

「は、はい…」

 

 妙に迫力のある明香音に神の使徒とだって死闘を繰り広げてきた覇王は静かに正座した。

 

「私がずっと心配してたのに、他の女の子と仲良くしてたの?」

 

「いや、お前のことを決して忘れてた訳じゃなくて、だな…その…」

 

「なに?」

 

「いえ、その………………………すみません…。色々、してしまいました…」

 

「"色々"?」

 

 キッと忍を睨む明香音は、視線だけをセレナ達に向けた。

 

『……………………』

 

 巫女達は総じて視線を逸らした。いつもは喧嘩っ早いジェシカでさえ、今の明香音は喧嘩を売るのはやめとこうと思えるほどに恐怖をちょっと覚えていた。

 

「良い御身分だったんだね?」

 

「いえ、あの…」

 

 明香音の物言いに冷や汗をダラダラと流す忍の姿は、完全に浮気がバレた彼氏の図、にしか見えない。

 

「私にだって、そんなことしてくれなかったのに…」

 

「いや、まさか…告って1日も経たずに召喚騒動に巻き込まれるとは思わず…そのまま1年も放置したようなもんだから、その…色々と埋め合わせもしたいな、と思ってはいるんだが…」

 

「埋め合わせって…具体的には?」

 

「その…向こうで親友に頼んで作ってもらった物があるんだが、まずはそれを受け取ってはくれないかな、と…」

 

「プレゼントだけで私の不満は解消されないよ?」

 

「わ、わかってる、つもりだけど…」

 

 とりあえず、と忍はロングコートのポケットから小さなケースを取り出す。

 

「これ、なんだが…」

 

「?」

 

 小さなケースに明香音が首を傾げていると、おもむろに忍がケースを開けて中身を見せる。

 

「……………………へ…?」

 

 そこには装飾のない白銀のシンプルな指輪があった。

 

「その、だな。1年も放っておいてなんだが…俺と、結婚してくれないか?」

 

「……………………////」

 

 まさかのプロポーズに"ボンッ!"という音が聞こえそうなくらい顔を真っ赤にする明香音。

 

「若ぇな…」

 

「あらあら」

 

 息子のプロポーズ場面を両親はニヤニヤと笑ったり、微笑ましそうに笑みを浮かべており…

 

「……………………」

 

「むぅ~…」

 

 双子の妹達はジト目を深くしたり、頬を膨らましたりと今にも文句を言いそうな雰囲気だ。

 

「私達、ここにいる必要あるのかしら?」

 

「なんかイライラすんな」

 

「なんとも口の甘い空気ですね」

 

「結局どうするの~?」

 

「忍殿、頑張ってください」

 

「はぁ…」

 

「あ、あまり騒がない方が…」

 

 巫女達も思わず、口々に好き勝手なことを言う。

 

「……………………それで、返事を聞きたいんだが…」

 

「ひゃ、ひゃい…!////」

 

 周りに見られている状況で答えを聞く辺り、忍もわりと神経が図太いのかもしれない。当の明香音はそわそわと視線を彷徨わせた後、チラッと忍の眼を見る。

 

「……………………」

 

 その眼は真剣そのもので、忍が嫌いなはずの"本気"を感じさせるものがあったのを、明香音は気付いた。

 

「ぁ…////」

 

 それを見た途端、明香音はさらに顔を赤くすると一言…

 

「………す、末永く大切にしないと、ゆ、許さないんだから…////」

 

 そう伝えながら左手をそっと差し出していた。

 

「……ありがとな。明香音」

 

 それを了承と受け取った忍はケースから指輪を取ると、そっと明香音の薬指に嵌める。が…

 

「ちょっと、緩い…」

 

「そこは、すまん。サイズがわからなかったから…ちょっと大雑把で…」

 

 なんとも締まらない一幕だった。

 

 その後、明香音を忍が送り、明香音の両親からも盛大に驚かれたりもしたが、そのついでとばかりに親御さんに『娘さんをください』という定番もやったりした。明香音の両親は、忍なら大丈夫だろうと許可してくれた。セレナ達のことは今は伏せておいたが、いずれは話さないとならないと忍は改めて決意を固める。

 

 そんなこんなとありながらも帰還者達は地球に帰ってきて、まず家族の説得に費やしていったのだとか…。



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