戦姫絶唱シンフォギア ーNoisy Glowー (にこにこみ)
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第1話 芡咲 律

YouTubeで過去作や放送中を見て書いてしまいました。


「んしょ……ふむ」

 

とある都市の中心部にある会館ホール、そこにあるグランドピアノの側に前髪を黒白の2色のヘヤピンで留めている1人のアッシュブロンドの少年がいた。

 

少年はピアノの中を慎重に覗き込み、チューニングハンマーと呼ばれるピアノ専用の工具を使用し、弦が巻かれているチューニングピンを回してピアノの調律(チューニング)を行なっていた。

 

「これで……よしっ」

 

(りつ)。 整音はどうだ?」

 

「あ、はい。 今終わりました」

 

最後の調律を終えると、丁度そこへ平凡なそうも厳格な雰囲気がする男性が横から入ってきた。

 

少年の名前は芡咲(けんざき) 律。 調律師、芡咲 (つるぎ)の養子で、彼から調律の技術を学んでいる弟子である。

 

劔は律が調律したピアノを確認し、一通りピアノを見回すと静かに頷く。

 

「いいだろう。 だが少し時間がかかったな。 次はもう少し早く調律を終わらせるんだ」

 

「はい」

 

褒められもしたかったが、素直にその言葉を受け止めて次に繋げるよう努力する。 それが半人前を自負している律の頑張り方。

 

「芡咲様」

 

と、そこへ、ここの館のオーナーらしき男性が歩いてきた。

 

「ピアノの調律は終わりましたか?」

 

「ええ、つい今しがた。 私も確認しましたが、次のコンサートでも問題なく使用できるでしょう」

 

「素晴らしい。 さすがは世界でも有名な調律師、芡咲 劔の息子でありお弟子様でありますね」

 

「そんな事はありません。 自分はまだまだ半人前、学ぶべき事は多く調律師としての経験も足りません。 慢心せずに精進を続けていく所存です」

 

オーナーの賞賛を謙虚に受け止めながら律は調律器具を片付け終え、劔の横に立つ。

 

「それでは我々はこれで失礼します。 また調律の依頼、お待ちしております」

 

「はい、その時はよろしくお願いします。 本日は誠にありがとうございました」

 

「失礼します」

 

礼をしてから会館ホールを後にし、2人は駐車場に停車していた車に乗り込み、劔が車を走らせる。

 

しばらく車道を走り最寄駅の近くを走っていると……車の外、大きな建物に取り付けられているテレビからニュースが流れていた。

 

『昨夜、〇〇地区で特異災害《ノイズ》の出現が観測されました。 自衛隊の誘導により迅速に住民のシェルターへの避難が行われ、奇跡的に被害は出ませんでした——』

 

「またノイズ、か……」

 

ノイズ——人類共通の脅威とされる認定特異災害。 今から13年前、突如ととして世界に現れた特異災害。 災害の特徴としては、ノイズに触れた者は何者であろうと炭化……炭となって崩れ去ってしまうこと。

 

加えてノイズは自身の存在する比率を自由に変えることで物質の透過が可能、物理的な事象が効かないのである。

 

そのため、世界に現存する兵器ではまるで歯が立たず、ノイズが出現したら自己崩壊するまで避難するか逃げ続けなければいけない。

 

「………………」

 

だが、人々が同じ心境で見上げるニュースを見る中……律だけが複雑そうな顔をしていた。

 

「律? どうかしたのか?」

 

「何でもないよ、父さん」

 

「仕事中は先生と呼べ」

 

「うぐっ……」

 

すでに調律の仕事は終えているが、帰るまでが調律と教えられているので今はまだ仕事中となっている。

 

「……先生、クリスは……どこに行ったんですか?」

 

「………………分からない。 バルベルデ共和国から救出され、日本に帰国後、失踪してしまったらしい」

 

「そんな……2年前に両親が死んで、今まで寂し想いをさせてしまって。 そんな時に限って何も出来なかった自分が……!」

 

拳を固く握り締め、この悔しい気持ちが抑えられない律。 そんな律の頭をを信号待ちで停車した劔の手が撫でる。

 

昔、雪音家という一家と芡咲家との間に交流があり、律は雪音夫妻とその一人娘に良くしてもらっていた。 律が11の頃に、雪音家はNGO活動で南米バルベルデ共和国に向かい……紛争に巻き込まれ雪音夫妻は戦死、娘は行方不明となっていた……この頃までは。

 

つい先日、その娘が発見、保護され日本に帰国したのだが……その直後、失踪してしまい再び行方不明となってしまっていた。

 

「心配するな。 雅律(まさのり)とソネットの事は本当に残念だったが……必ず、私がクリスを見つけ出してみせる。 雅律の名を継いでいるお前も、常に前を見続けろ」

 

「……はい」

 

雅律と律……偶然とはいえ律という同じ文字を関するという関係で律はヴァイオリンの指導を受けていた。 ふと、律は窓越しに空を見上げ、

 

(もう4年か……)

 

昔の思い出を思い出した。

 

4年前……律は意識不明の状態でこの近くの浜辺に打ち上げられている所を保護され。 その後の検査で記憶喪失が判明、年齢が不詳だったので推定10歳として孤児院に入れられた。

 

半年経った後、養子縁組を希望した現在の父、芡咲 劔が訪れた。 劔が律たちがいる部屋に入ると、子ども達は自分を選んでくれるよう、さりげなく自然にアピールを彼に見せ出す。

 

そんな子ども達を流し見する劔は、ある一点に目を止めた。 そこには左右に自分より小さな子どもを座らせ、一緒に歌いながらピアノを弾く律の姿があった。その姿に才能を見出し、律は今の芡咲家に引き取られ音楽や調律の指導を受けて今に至る。

 

「——ツヴァイ・ウィングのライブ?」

 

家族で夕食を食べている時母、芡咲 紅羽(くれは)が一度席を立ってライブのチケットを手渡す。

 

「ええ、行ってみたらどうかしら?」

 

「父さん、俺は調律師であってもギターやドラムの調律はできないよ」

 

「そんな事は知っている。 だが知人からもらったチケットを無下にする訳にもいかないだろう。 聴き慣れているクラシックな曲より、一度はロックな音楽に触れてみるのもまた刺激になるだろう」

 

「そうね。 たまには変化や刺激を入れないと、躓いた時に柔軟な対応は出来ないわよ?」

 

「むぅ……」

 

そう言われて少し納得しながらも手元にあるチケットに目を落とす。

 

(ツヴァイウィングのライブ、かぁ……そういえば、響と未来が行くって言ってたっけ)

 

現在通う中学の後輩の2人がこのライブに行くと騒いでいた事を思い出し、

 

「ま、行くっきゃない」

 

一旦、思考を頭の隅に移動させると同時にチケットを汚れないようにテーブルの端に置いてから再び箸を進める。 と、その時、

 

「——お兄ちゃん!」

 

「ぐえっ」

 

後ろから服の襟を引っ張られカエルが潰れたような声を漏らす。 すぐ襟は離され、後ろを向くと……そこにはツーテイルの髪型をした2、3歳くらいの少女がいた。

 

「お兄ちゃん! ピアノ弾いて!」

 

静香(しずか)。 お行儀が悪いわよ」

 

「早くお歌聴きたーい」

 

この少女は芡咲夫妻の実子の芡咲 静香。 生まれた時から音楽と触れ合っていたためか音楽を聴くのが大好きなのだが……時間を問わないのというのが少々頭を悩ませている。

 

「ご飯が食べ終わったらな」

 

「えー、早く早くーー!」

 

「分かった分かった」

 

椅子を揺らされ、渋々夕食を中断してリビングに置いてあるピアノに座る。 両親も仕方がない、と言った表情を見せ。 静香はウキウキした顔で座る律の膝の上に座り、

 

「……ふぅ……」

 

一息整え、鍵盤に指を走らせた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

数日後、ツヴァイウィングのライブ当日——

 

律は両親に言われた通り、ツヴァイウィングのライブ会場を訪れていた。 都心であることもあるが、それでも大勢の人がここを訪れていた。

 

ライブ会場は独特な形をした高層ビルの上にあり。 加えて会場周囲はとても広く、ここが地上から離れているとはとても思えなかった。

 

「おーおぉー。 こんなに人がいるのか」

 

人の多さにも驚くが、それより律はライブ会場を見る。 正面のメイン会場の前には円と十字架を模した道があり、初見の律にはとても広大な舞台だなと感じる。

 

(ライブ会場か……講堂とは作りは全然違うな)

 

学ぶこともあるという両親の言葉の通り、何か自分の身になるところが無いか探すため仕切りに辺りを見回している。

 

「えーっと、俺の席は………って、ん?」

 

人混みを掻き分けながらチケットを見て番号を探そうとすると……チケットに座席番号が振り分けられていない事に気がつく。

 

辺りを見回すと観客は席はあるも全員立っており、立ちながらライブを見るものだと気がつく。

 

「しまったな。 演奏会やオペラとかしか見た事なかったからかな……」

 

とりあえずどこでもいいので空いている場所を探していると、そこで律は見覚えのある後髪を見つける。

 

「響?」

 

「え……?」

 

思わずその名前を呼ぶと、ボブカットの少女……立花(たちばな) (ひびき)が振り返り、話しかけてきた人物が律だと分かると驚いたような顔をする。

 

「やっぱり響だ! 来てるのは知ってたけど、まさかこの人混みの中で会えるなんてなぁ」

 

「律さん!? 律さんもツヴァイウィングのライブに来てたんですか!?」

 

「まあ成り行きでな。 それより未来はどうした? 確か2人で来るんじゃなかったのか?」

 

「そ、それが未来は用事で来れなくなって……私一人で来たんです」

 

シュン、と響は本当に残念そうに落ち込む。

 

「それならせっかくだ、一緒にライブを楽しもうじゃないか」

 

「はい! 律さんにもツヴァイウィングの素晴らしさを全身で実感してください!」

 

そう言って、響に渡されたのは“ZWEI WING”と書かれている棒だった。

 

「なにこれ」

 

「サイリウムですよー! ライブが始まったら、これを振って応援するんです!」

 

そう言ってサイリウムをブンブン振るう響。 正直言って当たりそうで危ないが、演奏で応援なんて今までの音楽の世界には無かったもの、律は新鮮に感じ少し笑みが浮かぶ。

 

そしてライブ会場は暗くなり、始まったツヴァイウィングのライブ。 最初から観客のテンションは絶好調。

 

羽を舞い上がらせながらライブ会場を飛ぶように現れたのは天羽(あもう) (かなで)風鳴(かざなり) (つばさ)、ツヴァイウィングの両翼だ。

 

その名前の通り、2人は翼を印象付ける左右非対称な白いドレスを着ている。 2人合わせて左右対称な双翼を表しているようだ。

 

「……って、あれ?」

 

周りを見てサイリウムを光らせようとするが、スイッチがどこにもなかった。 どうしようかと辺りを見回していると、隣の響きがサイリウムをパキッと折りサイリウムを光らせていた。

 

それを見習いサイリウムを軽く折ると、同じように光り出す。

 

響は思いっきり、律は軽くサイリウムを振りながらライブを楽しむ。 ライブが絶好調に差しかかろうとすると、ライブ会場の天井が開く……それこそ翼を広げるように、日が落ちる夕暮れを背に雄々しくと。

 

(なんだ?)

 

その時、律は胸元に微かな不信感を感じる。 懐に手を入れ、首にかけていたペンダントを取り出す。 ペンダントは発見当時から所持しているもので、桃色の細長い結晶で作られており、結晶が微かに振動していた。

 

(ペンダントが……)

 

「うわぁ! 凄いですね!」

 

「あ? あ、ああ……」

 

『——まだまだ行くぞー!!』

 

響の声でペンダントの事は一旦頭の端に追いやり、奏が熱狂冷め止まないうちに2曲を歌い出そうとする。 そして、歌いだそうとマイクに口に当てた、次の瞬間、

 

——ドオオオオンッ!!

 

ライブ会場の中央から大きな爆炎が発生した。 ライブは一気にパニック状態……しかし、律は舞い上がる炎や煙より、黒い破片に目を開かせる。

 

「これは……炭!! まさか……!」

 

「——ノイズだあ!!」

 

「きゃああああぁっ!!」

 

熱狂が一瞬で阿鼻叫喚の叫びへと変わった。 観客は我先へと出口に向かっていき、逃げ遅れたものノイズとともに次々と炭化していく。

 

「ノイズ……」

 

「り、律さん……! 早く逃げましょう!」

 

「……いや、ダメだ。 こんなパニック状態じゃあ避難誘導がない限り危険だ。 ここは——」

 

————♪

 

どこからか歌が聞こえてきた。

 

「歌……?」

 

「あれは……」

 

ノイズ蔓延るライブ会場。 そこにはツヴァイウィングの2人がいるが、その姿は先程のドレスと違い機械的なアーマを着ており、ノイズと戦っていた。

 

「天羽 奏に風鳴 翼!? ノイズと……戦っているのか!?」

 

現代兵器を利用してもノイズは倒すことも難しい。 だからノイズと出会ったのなら逃げるしかない、というのが一般的な考えだが……ツヴァイウィングの2人はノイズより優勢になりながら戦っていた。

 

しかし、2人の戦いに見惚れてしまっい、数体のノイズが2人に迫ってきているのに気付くのが遅れてしまった。

 

「あ……」

 

「逃げるぞ!」

 

すぐに響の手を引き、その場から逃げようと走り出す。 だが、逃げた先は人がすし詰め状態で、とても逃げられる状態ではなかった。

 

「あっ!」

 

「しまっ……!」

 

逃げることも出来ず立ち尽くしていると、逃げ惑う人々の奔流に呑み込まれてしまい……2人を繋いでいた手が離れてしまう。

 

「響ぃ!!」

 

「律さーーんっ!!」

 

必至に手を伸ばそうにも2人は引き離されてしまい、律は何とか抜け出そうと無理矢理人混みをかき分けて再びライブ会場に戻ってくる。

 

「くっ!」

 

その先は当然、ノイズが溢れかえっている。 どこを見てもノイズばかり、その中の……丸っこいナメクジのようなノイズに目をつける。

 

「丁度いいところにノイズがいる!」

 

普通なら尻尾を巻いてでも逃げるべき相手だが、律は迷わずノイズに向かって歩き……その手でノイズに()()()。 常識から考えれば自殺に等しい行為だが、律の手、全身は黒く炭化することなくノイズと接触していた。

 

「よっと……ちょっとキツイな」

 

ノイズは位相差やら実体の透過などで触る事もでき通り抜ける事もできる。 律は着ていたパーカーのフードを被り、透過状態を利用してノイズの中に潜り込み、着ぐるみのようにノイズの中に入る。

 

「響ぃ……どこぉ……?」

 

少し窮屈に感じながらもノイズの合間を抜けながら響の捜索を始める。

 

この状態で大声を出し、誰かに聞かれればあらぬ混乱を招くため、小声で呼びかけながら逸れてしまった響を探し回る。

 

「……いた!」

 

意外とすぐに見つけた。 響はノイズ溢れるライブ会場に降りており、怪我をしているのか足を引きづっている。

 

律はノイズを脱いで助けに行こうとした、その時……響を守っていた奏の鎧が砕けて飛び散り、その一つが響の胸を貫いた。

 

「響ぃいいーーーっ!!」

 

人目も気にしてられずノイズを炭化させて飛び出し、胸から大量に出血する響の元に駆け寄る。 しかし医療の心得がない律にはどうするか分からず、無理に動かしてはいけないため響に伸ばされた手は震えながら眼前で止められていた。

 

「死ぬな! 生きろ、頼む……!! 頼む……!!」

 

伸ばされた両手は響の手を握りしめることしか出来ず、律はただ懇願して無事を祈るしか出来なかった。

 

「おい死ぬな! 目を開けてくれ!! 生きることを諦めるなっ!!」

 

「おいよせ! 無理に動かそうとするな!!」

 

響を揺さぶろうとする奏を押さえる。 だがこの鎧はパワードスーツなのか、物凄い力で押し返されてしまう。 響は光も見えない目をゆっくりと開く。

 

「—————」

 

「響!!」

 

「良かった…………」

 

生きている……それだけでホッと一息する。 が、それもつかの間。 背後にはまだまだ脅威たるノイズがうじゃうじゃといる。

 

奏は立ち上がると落とした槍を拾い、再びノイズへと向かって歩いていく。

 

「いつか……心と身体、全部空っぽにして、思いっきり歌いたかったんだよな」

 

「!? おい、何をする気だ!」

 

「あんたはその子を守ってくれ!」

 

ノイズを一掃するため何かをするつもりのようだが、それが捨身の行為ということは奏の目を見れば一目瞭然だった。

 

するとふと、律は奏の胸元にあった結晶に目をやる。

 

(あの胸の結晶って……)

 

懐に手を入れ、首にかけていたペンダントを取り出す。 そこには彼女たちの胸元にある物と同じ、桃色のような細長い結晶のような宝石があった。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal——」

 

「! これは振動して……いや、共鳴している?」

 

彼女が槍を掲げ、歌い出す。 すると、ペンダントが微かに振動していることに気がつく。 しかし、手元に意識が行ってしまっていたため周りに気が回っておらず、

 

「——!! 危ない、逃げろ!!」

 

「え……」

 

背後に迫っていたノイズに気が付かなかった。

 

「しまっ——」

 

咄嗟に振り帰り際に避けようとするが、そうすれば響に当たってしまう……その一瞬の思考が判断を送らせてしまい、ノイズの腕が律に接触してしまった。

 

「そ、そんな……!」

 

(マズイ! ()()()()()()()()()所を見ら……)

 

律が懸念したのは死よりも拒絶や恐怖……ノイズに触れられる人間などそんな感情を向けられて当然、それを律は恐れていたが。 しかしそれは、手に握りられていたペンダントが輝きだした事で振り払われる。

 

「なっ!?」

 

ペンダントから白い光が放たれ、律を飲み込み球状の形となる。 しかし次の瞬間、その白い光は一気に黒く染まる。

 

「ぐあああああああああっ!!」

 

すると中から律の絶叫が響き渡る。 黒い光が収束し次第に人の形を形成していく。

 

「な、なんだあれは!?」

 

「い、一体何が……」

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

強いノイズがかかっており理解する事は出来ないが、歌の体系として成立している事は理解できる。 その絶叫は叫び、嘆きとも言える歌がライブ会場に静かに響く。

 

「う、歌……?」

 

「ノイズが凄くて何を言っているのか……」

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!」

 

そして、黒い人影の眼球に位置する部分が開き、赤い眼光とともに口が開き、天に向かって轟くような咆哮が放たれた。



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第2話 人たる業

「こ、これは……」

 

「おい、大丈夫か!?」

 

ツヴァイウィングのライブ会場下にあった実験施設、爆発の原因となったと思われる場所に数人の大人たちがいた。

 

「司令。 ライブ会場にて未確認の巨大エネルギー反応が!」

 

「何っ!?」

 

爆発で観測、測定等の機材は使用不能になったものの、検出された巨大な反応は携帯端末でも探知できた。

 

「データ照合……該当データなし。 しかしアウフヴァッヘン波形を検出——シンフォギアです!」

 

「同時に巨大なノイズ反応も検出! ノイズ率急上昇! 150%……180——200%を突破!!」

 

「シンフォギアとノイズが同時に……? 何が起こっているって言うの……」

 

次々と襲いかかる事態に、誰もが戸惑いを隠せず、自分たちも避難しなくてはならずただ成り行きを見守るしか出来なかった。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!」

 

変貌した芡咲(けんざき) (りつ)が咆哮とともに彼の周囲に黒い結晶が無数に現れ、律の身体に纏わりつき形を変えていく。

 

全身が張り付くような薄い灰色の服に覆われ。 両腕、両足、腰、胸に鎧が形成されて装着される。 背からは鋭い2つの突起物が出ると縦に開かれて翼となり、血のように紅い光が放出される。 そして頭部にヘッドギアが取り付けられ、目元に紅いバイザーが下される。

 

「きゃっ!」

 

「な、何が起こ——なっ!?」

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!」

 

変身を終えると、ノイズだらけの歌を叫びながら両翼を大きく広げ赤い波動をライブ会場全体に放つ。 すると、ライブ会場を蹂躙していたノイズの侵攻がピタリと止まり……ノイズの軍団が炭化せずにバラバラになり、会場全体を覆うような無数のノイズの欠片が律の翼に吸い込まれるように入っていく。

 

「ノイズを……吸収してやがるのか!?」

 

恐らくは先の赤い波動でノイズを分解し、翼からノイズを吸収しているのだろう。 しばらくして会場にいたノイズが全て黒いシンフォギアに吸い込まれていった。

 

「ノ、ノイズが……一瞬で」

 

「構えろ、翼!」

 

敵ではないかもしれないが、味方とも限らない。 赤いバイザー越しでも分かるくらい赤い目がそれを物語る。

 

「あの胸の黒いコア……シンフォギア、なのか?」

 

奏は胸に手を当てる。そこにはシンフォギアのコアがあり、桃色のコアと違い律のは黒いコアだ。

 

「だとしても、普通じゃなさそう。 完全に暴走していると思う」

 

「敵か……それとも……」

 

槍と刀を構え警戒を続ける奏と翼。 すると、黒いシンフォギアはゆっくりと、足元から地面に吸い込まれていき、その場から消えてしまった。

 

「き、消えた……」

 

「まるでノイズのような物質の透過……一体、アレは何だったんだ……」

 

突然の出来事に頭が回らないが、黒いシンフォギアが消えたことにより、隠れていた血塗れで倒れている響が目に入る。

 

「っ! それよりもあの子だ! 今すぐ手当すれば助かるかもしれない!」

 

「あ、うん!」

 

2人はどこかに連絡を取り、響に駆け寄りがら救援を待った。

 

こうして、ノイズのツヴァイウィングのライブ襲撃事件は終わりを迎えた。 しかし、事件はまだ、始まったばかりだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「…………ん…………」

 

深い微睡みの中、律は全身が包まれる感覚と断続して微かに感じる振動によって目を覚ました。

 

「こ、ここは……」

 

ゆっくりと目を開けると……そこは一寸先も見えない茶色い景色。 身体は自由に動き回るのに、前後左右上下どこを見ても同じ色の景色しか目には写ってはこない。

 

「……どこもかしこもまっ茶色……本当にここどこ? っていうか、この格好は何っ!?」

 

周囲を見回すと自分の身体も視界に入ってくる。 その時に自分が意識を失う前に着ていた格好とは違う事に当然気付く。

 

「何この全身真っ黒のピッチピチタイツアーマード!? スッゲェ恥ずかしい……」

 

カッコいいとは思うが、既に暗黒時代を過ぎた律には羞恥心の方が強かった。 するとふと、律が目を覚ますきっかけとなった振動が頭上から届いている事に気が付く。

 

「よっ! あれ、これどうやって移動すれば——」

 

平泳ぎのように水をかき分けて茶色い世界を進もうにも全く進んでいる気配を感じず、踠いていると……律の心を読み取ったのか、背中の翼が左右に広がり、律を上へと押し上げ、

 

「って、ここ地面の下ぁっ!?」

 

ひょっこりと、地面から生首生やした状態で叫んでしまう。

 

「よっ——っお、とおっ?」

 

地面から這い上がりようやく地に足付けると……同時に律が纏っていた鎧が光となって消え、反動で尻餅をつく。

 

「元に戻った……あれ?」

 

チャリ、っと手に固い感触を感じ目の前に手を差し出すと、そこには黒い結晶のペンダントがあった。

 

「ペンダントの色が黒く……前は赤っぽかったのに」

 

どうして変色してしまったのかは分からないが、ここにいても仕方なく。 律はペンダントを掛け直して見せないように服の中にしまい、少しよろけながら歩き出す。

 

どうやら地下だったようで、迷いながらも地上に戻り、ビルから出ると……ビルの正面は警察や自衛隊で溢れかえっていた。 昨日とは違う意味でごった返している。

 

「警察や自衛隊がこんなに……

 

「——君! そこで何をしている!」

 

無関係な人間が堂々と正面に立っていれば当然目に入る。 警察の人間が詰め寄り、何かを言おうとすると……その言葉は寸での所で、喉元で詰まった。 どうやら叱ろうとしたようだが、律のボロボロの姿を見てライブの被害者だと思ったようだ。

 

「あの……ライブは、どうなりましたか?」

 

「あ、ああ。 昨夜、ノイズの襲撃によりライブは中止された」

 

「昨日!? 丸一日気絶していたのか……」

 

多少混乱したが、律はそのまま治療を受けながら事情聴取を受けた。

 

「死者……12000!?」

 

「ええ……と言ってもほとんどの死者が逃走中に起こった将棋倒しの——」

 

「おい!」

 

女性刑事の失言をもう1人の刑事が声を上げて辞めさせる。 しかし律はそんな事より、

 

「響……響は!?」

 

「え……」

 

「響は!! 友達は無事なんですか!?」

 

大怪我をした響の事が心配で、飛びかからんばかりに律は叫んだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

ツヴァイウィングの公演中にノイズが出現した事件……被害者は観客と関係者合わせて述べ約12000人。

 

律は検査入院ですぐに退院し、響は長いリハビリの後に退院した。 そして2人は復学し、響と律を待っていたのは……世界からの拒絶だった。

 

その内ノイズによる被災で亡くなったのは全体の1/3程度で、残りの2/3以上は逃走中に起こった事故によるもの。 事故の大半が人の手によって引き起こされたものであることから、事故後……生き残った生存者に向けられた苛烈なバッシングが始まった。

 

それは事件で生き残ったことで、死者の遺族から生じた妬みや怒り、行き場のない感情が生き残ってしまった2人に向けられた。 それが大きく肥大化しながらついには社会現象となり、居宅の物的被害に及ぶほどの迫害、学校内でのいじめを受けていた。

 

律は両親ともに有名な音楽家だったこともあり、迫害自体はあったものの頻度は少なかった。 しかし響は、そうではない。 律以上のいじめや迫害を受けた。 “生き残ったから”……ただそれだけで。

 

これには律ももちろん抵抗をしつつ響を助けようとし、親友の小日向(こひなた) 未来(みく)も響を守ろうとした。

 

しかしそうすれば、その矛先は未来にも向けられてしまう。

 

律は理解していた。 例え意味がなくとも、例え関係がなくとも……人は誰かを悪にしなければならないと。 そして、等々……限界が来てしまった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ぐっ、ああぁ……! は、離せ……!」

 

「……………………」

 

放課後の正門……学校の生徒たちが下向を始める中。 正門前で律は1人の男子生徒の胸ぐらを掴み、宙に浮かす勢いで持ち上げていた。

 

その背後には顔に痣が出来ている響と、彼女に寄り添う未来の姿が。

 

「お前誰? いきなり殴り飛ばすなんて常識ないのか?」

 

「う、うるさい! お前と、そいつは殴られても当然なんだよ!!」

 

「はぁ……」

 

退院した日から始まり、徐々にエスカレートしていくイジメと暴力。

 

「なぁ……あのライブにお前の友人や家族がいたのか?」

 

「い、いねぇよ……」

 

「——!! だったら!!」

 

その答えを聞き、怒りを露わにしてさらにもう片方の手で胸倉を掴み、男子生徒をさらに宙に浮かし、両足が地から離れる。

 

「あの時! あの日! 他の10万人に俺たちも含まれれば良かったのか! それでお前たちは救われたのか!! それで納得したのかっ!! 亡くなった人の中に友達がいたのか? 親友、恋人、家族がいたのか? それに対する怒りなら、甘んじて受けよう。 その罪を、この身の血を流して償おう。 それが生き残ってしまった者の責任だ。 だが! それが無く。 ただ“他の人も言われたから、命令されたから”という理由なら……お前はただの虫だ!」

 

「な……っ!」

 

その言葉に、男子生徒はもちろん周りでヒソヒソと見ていた生徒たちも驚きを見せる。

 

「自分の意志を持たず、考える事を他人に譲り、人を辞めた虫だ! だが虫に慣れなければ、周りの虫になった集団から刺され、辛い思いに合うことになる。 それでも自分だけの心を他人に委ねた者は虫になる! 俺は人間だ!! 人間として生きていく! この罪と向き合って人として生きていく!」

 

「ぐはっ!」

 

両手を離し、男子生徒は尻餅をついて地面に落下する。 そんな彼に目もくれず律は踵を返す。

 

「だが自分の言葉を言えず、意志を他人に預けた人間にまで侮辱されるいわれはない! 何も入っていない空っぽな怒り程、虚しいものはない……意志のない、虫の言葉なんか」

 

「………っ…………」

 

もう律には周りなど眼中になく、響の前で膝をつき手を差し伸べる。

 

「立てるか、響?」

 

「う、うん……」

 

「行くぞ」

 

2人を立たせ、響に手を貸しながら学校を出て早足でその場を去った。

 

しばらくして住宅街に入ると、律は足を止めて響を未来に預けた。

 

「未来。 響を頼む。 俺は少し用事を思い出した」

 

「あ! 律さん!」

 

背を向けた律は「済まない」といい、どこかへといってしまった。 その背は酷く愁傷に見えた。

 

「……未来! 追いかけよう!」

 

「響…………うん!」

 

放っては置けなかった2人は律を追いかける。

 

「律さーん!」

 

「どこにいますか、律さーん!」

 

大声で呼びかけるも、その姿はどこにも見えない。 日も暮れかけ、2人はもう家に帰ったのだろうかと諦め掛けていた。

 

「どこ行っちゃったんだろう……」

 

——枯れ果てた空 沈黙の大地

 

「うん?」

 

すると、どこからか歌が聞こえてきた。

 

——祈り(ささ)ぐ当てさえ 見えぬまま

 

「この歌は……」

 

「あっちからだ!」

 

——手折(たお)られた野花のごとく 終わりの夢にうかされて

 

近くに小高い山があり、そこの高台から歌が聞こえてきていた。 2人は山を登り、高台前に向かうと、

 

「あ……」

 

——あー何故(なにゆえ)に 我は膝を折り喉を焼いて叫ぶのか

 

そこには腕を組んで手摺に寄りかかり、空に向かって歌を唄う律の姿が。 その歌は、律の心情を表すようにとても悲しそうに聞こえる。

 

そこで2人に気づいたのか、律は歌を止め。 響と未来が律の前に向かい、少し間を置いてから振り返って背で手摺に寄りかかる。

 

「情けないだろう……」

 

「え……」

 

「あれだけ喚き散らしておいて、結局は逃げることしかできない……情けないったらありゃしない」

 

「そんな事……」

 

「あーあ、何でこうなっちゃったのかなぁ。 響の言う通り“呪われている”のかもね」

 

「今言っちゃったらシャレになりませんけどね」

 

「もう、2人の事なのにそんなあっけらかんとして」

 

再び、律は2人に背をむける。 顔をうつむかせ、重々しい雰囲気を出しながら口を開く。

 

「……近々、引っ越すことになる」

 

「えっ!?」

 

「いくら両親が音楽界の重鎮とはいえ、こうもバッシングを受け続けられるとどうしてもね。 響や未来を見捨てていくようで俺は反対したんだけど……妹もいる。 あの子も見捨ててはいけない」

 

「律さん……」

 

「本当に済まないとは思っている」

 

どんな理由であれ、律は2人を置いて逃げる事になる。 そうなれば矛先がさらに響に向けられる事になる。

 

「い、いえ! 仕方ないですよ。 友達も大事ですが、家族も……」

 

「響……」

 

家族という言葉に、言葉を詰まらせる響。 つい先日、響の父親は仕事に行ったきり戻っては来なかった。 律もまた、同じことをしようとしていると感じ心を痛めていた。

 

「もう一度、再会できる日が必ずくる。 だからその日まで、たとえ世界に拒絶されようとも、俺は歩き続ける! 立ち止まってなんかいられない!」

 

「……はい! こんなの平気、へっちゃらです!」

 

「はいっ! 絶対に、世界になんか負けるもんですか!」

 

そして、3人は顔を合わせて笑い合う。 どんな時でも笑顔を忘れず、見せ合うように……そして、律は寄りかかっていた手摺から離れる。

 

「よし、帰ろう! 今日はウチに来い! ここは思いっきりパーっとやろうぜ!」

 

「やったぁーーっ! 今日は焼肉だぁーー!」

 

「もう、落ち込んだと思ったらすぐに元気になって。 現金なんだから」

 

「素直って言って欲しいなあ」

 

「あってるかもしれないが自分で言うな」

 

空気を良くするため律が提案すると、響は嬉しそうに両手を上げ、未来は少し呆れてしまうも微笑ましそうに笑う。

 

「あ、そうだ。 未来」

 

2人の横を抜け行った律は、振り帰り際は何かを指で弾き、未来に向かって飛ばす。

 

「え? わっ!?」

 

飛んできた物を慌てながらもキャッチする。 両手を開くと、そこには直径5センチ程の丸い鏡があった。

 

「これは……」

 

「去年、中華民国に行った時に妹からプレゼントされたものだ。 それは未来が持っていてくれ」

 

「で、でも、コレは大切なものなんじゃ……!」

 

受け取れないと未来は鏡を返そうとするが、律は首を横に振って断った。

 

「大切だからこそ、だ。 俺は2人を置いていってしまう……だから俺の大切な宝物を渡すんだ。 せめてもの御守りとしてな。 それにさ、どこでそれを手に入れたと聞いたら……山で拾って来たんだとさ。 笑えるだろう?」

 

「ええっ!?」

 

「……分かりました。 大事に預からせてもらいます。 響を必ず、孤独にはさせません」

 

「ああ、よろしくな」

 

「あ! ねね、律さん! わたしには? ね、わたしには?」

 

「お前にはない」

 

「ええぇ!? そんなぁ!!」

 

目に見えてガッカリする響。 だが律が「デザートもつけてやる」というも再び元気を取り戻し、律よりも先に行く勢いで走り出す。

 

そして夜、芡咲邸の食卓ではいつもより人数が多く、その上ご馳走が並べられ、賑やかで楽しそうな声が聞こえていた。

 

その1週間後……芡咲家は遠方に引っ越し、律も学校を転校することになった。

 



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第3話 紅き剣

2年後、某所——

 

『——《変異体》を発見! 追跡を開始してください!』

 

「了解——待てっ!!」

 

「いいぃぃーーっやあぁぁぁーーーっ!!」

 

ノイズが発生し避難警告が出されたこの地区では、1人の防人と1体のノイズに入り込んで涙目で絶叫を上げている1人の少年が走っていた。

 

「全くなんで毎度毎度親の仇のような顔をしながら走ってくるの!? 正直もう飽きたぞっ!」

 

「逃すかっ!」

 

冗談を言いながら少年は大通りに飛び出し、それを追いかけて防人も路地裏を出ると……そこには無数のノイズが蔓延っていた。

 

「くっ! 他のノイズの群れに紛れたか。 だが……」

 

全く怯むことなく、むしろ前へと進み刀を正眼に構え、

 

「全て切り倒すのみ!」

 

ノイズの群れに向かって飛び込んでいく。 振られる刀から蒼い軌跡が走りバッタバッタとノイズ切っては捨て、切っては捨てていく光景を……少し離れた場所から人型のノイズが顔だけを出して覗き見ていた。

 

「ったく、相変わらず容赦ないんだから。 あんなの喰らったら今日の天気は血の雨が降るっての」

 

少年は大通りに出てノイズの群れに入ったと同時にナメクジのようなノイズを脱ぎ捨てると、群れの中にいた適当な人型のノイズに入り込み、再び路地裏に逃げ込んでいた。

 

防人の狙いがナメクジ型に定められている内にさっさとこの場を離脱し。 人目を盗みながらノイズ発生地区から遠く離れた埠頭にたどり着いた。

 

「よいっ……しょ」

 

ニョキッとノイズの足からさらに人間の足が生え、そのまま持ち上げられると、中から背中まである髪を一纏めにしたアッシュブロンドの少年が出てきた。

 

少年は頭上に持ち上げたノイズを……そのまま海にポイ捨て、ノイズは炭となって文字通り海の藻屑となった。

 

「あーー、疲れたぁ……」

 

背伸びしながら固まった体を解す少年の名前は芡咲(けんざき) (りつ)。 近くの音楽学校の2年生で調律師兼ピアニスト兼指揮者として勉強を励んでいる16歳。

 

律は2年前の事件後、引っ越し先の地域から出るとよくノイズと遭遇する事が増えており。 その度にノイズの中に潜り込んで色々としながらその場をしのいでいた。

 

だが、時々防人を名乗る女剣士が追いかけて来ることがあり。 ノイズ被っているとはいえ走るのは己の足……逃げる時はいつも死ぬ気の全力疾走である。

 

炭になって海に消えていくノイズを一瞥してから空を見上げ、夜空に浮かぶ月を見つめる。 そして、大きな溜息をつく。

 

「結局、俺って一体何者で……何やってるんだろうなぁ……」

 

律は自分でも何をしているのか理解できなかった。 2年もこんな事を続けており、加えて日常生活でも走り込みをしているのでスタミナは尋常じゃない程ついていた。

 

音楽や調律、加えて新たに指揮者としての勉強を始め、サボったこともなく熱心に取り組んでいる。 だが、それでも、律の胸の内にある空白は埋まらなかった。

 

「普通じゃないこと、起きないかなぁ」

 

原因はある程度分かっている。 未だに正体の分からない胸元のペンダントとノイズ、そして2年前のライブでツヴァイウィングが見せた兵器と、2人の背後にある組織……律は接触しようも思えば出来るはずなのに、どうしても肝心なところでたたらを踏み奥まで踏み込めなかった。

 

「さてと、帰るかな」

 

道の所々に点々とある()()()()()黒い炭を踏み抜かないよう注意しながら、律は夜の中に消えていった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

アイオニア音楽専門学校——

 

「………………」

 

この学校は各楽器の演奏、調律、専門の楽器職人……音楽に関して勉強がほぼ出来ると言ってもいい程、豊富な施設や音楽設備や教員が揃っており、厳しいながらも充実した音楽教育が受けることが出来る。

 

芡咲 律はここで演奏する場所は音楽室……ではなく専用に設けられているコンサートホールで行われている。

 

律は指揮台の上へと上がり、譜面台に立てかけてあった指揮棒を手に取る。 目の前には扇状に奏者たちが並んでいる。

 

編成としては木管楽器と金管楽器中心の吹奏楽。 曲目はよく練習用で使われる『大草原の歌』。

 

バッ! と両腕を上げ、演奏を始める合図を送り目の前に並ぶ奏者たちが楽器を構え……

 

「——ワッ、トゥッ、スリッ、フォッ!!」

 

始まる演奏。 律が振る指揮棒で音楽が奏でられる。 奏者の音に律が求める音を指揮者として振るい、更なる甘美な響き醸し出す。

 

序盤は緩やかに、中盤から徐々にテンポを上げて指揮棒を振り続け……そして、最後に左手を横に振りながら握りしめ、演奏が終わり……背後から1人の拍手が送られる。 拍手を送っていたのはこの吹奏楽部の顧問の女の先生だ。

 

「先生!」

 

「みんな、この短期間でよくここまで仕上げたわね。 次のコンクールでは入賞はほぼ間違いないわ」

 

「そ、そうですか?」

 

「え、えへへ……」

 

顧問からの太鼓判をもらい、部員たちにホッとした気持ちと笑顔、そして自信が出てくる。 律は“慢心はいけない”と言いたかったが、この空気を読めないように変えるわけにもいかず、1人軽く嘆息する。

 

「さて、と」と、呟いた律はこの後の予定があり、一足先に部活動を抜けようとする。

 

「あの、先輩」

 

譜面を見ながら後片付けをしていると、先程演奏していたトランペットの女子が、後ろに他の女子たちを引き連れて声をかけてきた。

 

「どうかしたか?」

 

「いえ、少し質問があって……」

 

「質問かぁ……俺に答えられるのなら」

 

遠慮がちに質問をお願いする女子。 少し悩んだ後、律は頷く。

 

「先輩は指揮をする時、何を考えて……想って指揮をしているんですか? 私、律先輩の引き込まれるような指揮を見てそう思っちゃって……」

 

「んん? そうだなあ……」

 

後輩からの質問に腕を組んで頭を捻る律。 後輩たちが見守る中、悩んだ末に出した答えは、

 

「“七色の意志を束ね 愛を奏でよう”」

 

「え……?」

 

律は何でもないと誤魔化すように首を横に振る。

 

「そうだね……指揮者は自分が求める音を奏者に出させるけど、それだけじゃダメだ。 いかに奏者が出せる最大限の音を出させる……かな?」

 

漠然とだが指揮をしている時の感覚を思い出しながら直感的にそう言う。 すると後輩たちは「お〜っ」という顔をする。

 

「ま、今のが指揮者が音楽に対して求める物だ。 俺本人、現状ではまず直すべきはペースとテンポだな。 指揮の速度が目まぐるしく変化すれば奏者は混乱し、音を引き出せなくなる」

 

「あー、確かに」

 

「指揮を見ているとそうなるよねぇ。 逆に見ないと音程がズレて周りから浮いちゃうし」

 

何とか上手くアドバイスにはなっただろう、律は少しホッとする。 そして律は自分は出来るが、それを相手に伝える事が苦手だと改めて自覚する。

 

(その内、音楽指導の勉強もしておかないとな)

 

今後の課題を見据えながら後片付けを終え、手提げリュックを持って講堂を出ようとする。

 

「あれ? 先輩、どこへ?」

 

「まだ練習はありますよ」

 

「今日はこの後、走り込みに外周に行く予定なんだ。 管楽器をやっているなら分かると思うけど、長時間楽器を持ち続けて吹き続けるのはとても体力がいる。 それが大型になれば尚更のこと……お前たちも暇があるなら両腕に重りを付けて走り込み……いや、ウォーキングをした方がいい。 健康にもいいし、ダイエットにもなる」

 

ダイエット……その単語が一番効果的だったのだろう。 ほぼ吹奏楽のほぼ全員の女子がやる気になっていた。

 

女子は体重についてだと本気になるんだな、と苦笑していると……いつの間に時間が過ぎていることに気付いて「お先失礼します」と言い、「お疲れ様でしたー!」と返されながら講堂を後にし、駆け足で学校を出た。

 

現在、律は実家を出てアイオニア音楽学校にほど近いアパートで一人暮らしをしている。 家を出る時、律の妹がとても駄々をこねていたが、シスコン……もとい妹大好きな律も心を鬼にして家を出て、防音付き2Kの結構いい部屋だ。

 

……ちなみに、結構過保護な両親はこの部屋よりも数段上のマンションを先に紹介されているが、自粛するように言い聞かせて丁重にお断りしていた。

 

律は帰宅してすぐに学校の制服から動きやすいジャージに着替え、携帯と財布と必要最低限の荷物を持ってから家から出ると、軽快な足取りで軽いランニングを始める。

 

「ほっ、ほっ、ほっ」

 

規則的な呼吸で走りながら音楽学校付近にある住宅街から大通りを通り、海沿いの道を走る。

 

律の両手両足には10キロ程度の軽い重りがついており、それをつけたまま2、3時間同じペースで走り続け……日が暮れ夜になる頃、近くを通りかかった鳥居の前で足を止めた。

 

「お。 こんなところに神社が…………行ってみるか」

 

興味本位で神社に行くことにし、クールダウンのため走らずゆっくりと歩いて階段を登り……数分して神社の境内に足を踏み入れる。

 

神社はどこにでもありそうな神社だが、左右一対の像が狛犬ではなく狐である点が珍しかった。

 

「ふぅん……ま、普通だな」

 

高い位置にある割に普通だと内心ガッカリし、加えて御賽銭箱も無かったので社の周りを散策する。 律は社の裏側まで回ると、

 

「————!」

 

驚きで言葉を失いかける。 社の裏側には、社に寄りかかる様に人が倒れていた。 その人物は小柄で、フード付きのパーカーで顔を隠している。 だが女子であるのは律にも分かる。 ……かなり大きな胸の膨らみがあるので。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「……っ。 だ、誰だ……?」

 

彼女はフードの中から律を見ると……驚愕したように目を見開かせる。

 

「テ、テメェは……!!」

 

「意識はあるか。 どこか体に違和感はないか? 何でもいい」

 

医療の知識はないが一応、聞けるだけ聞いてみる。 しかしパーカー女子は律の問いには答えず、無理に立ち上がろうとする。

 

「うるせぇ……! オメエには関係ないだろ、う……」

 

「おっと……」

 

正面に立つ律を退かそうとするが、ろくに押し返せず前のめりに倒れる所を、寸でのところで律が抱きとめる。

 

…………グウゥゥゥッ…………

 

かなり大きな虫の音が、パーカー女子の腹から轟く。 どうやらただの行き倒れのようだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ハグハグハグ、モグモグモグ」

 

近くの海辺の公園の休憩場で一心不乱にコンビニのおにぎりやパンを貪るパーカー女子と律の姿があった。

 

あの後、見過ごせなかった律は彼女を担いで神社を出て。 担いだままコンビニで適当な食べ物を購入した後ここで餌付け……もとい振舞っていた。

 

「どうだ? 少しは腹は膨れたか?」

 

「(ズーッ!)……まだ足んねぇよ」

 

「さようで……」

 

牛乳を飲みながら図々しくもお代わりを要求するパーカー女子。 律はコンビニを往復し、追加で買った食べ物も半分を切った所で律は話を切り出す。

 

「それで、何であんな所で行き倒れていたんだ?」

 

「……………………」

 

質問されて当然の言葉を投げかけるが、パーカー女子はアンパンを咥えて黙秘する。

 

「家出か?」

 

「……似たようなもんだ」

 

「成る程ねぇ。 察するに母親と喧嘩でもしたのか?」

 

「アイツは本当の母親じゃねえ。 育ての親ではあるかも知れねぇが、少なくとも喧嘩して出てきた訳じゃねえ。 ……自分に嫌気がさしただけだ」

 

「ふぅん、複雑なんだな」

 

律は話を切り出し、事情を聞きながら彼女を落ち着かせようとする。 だが聞いていくうちに自分との共通点がある、少し親近感が湧いてくる。

 

「いいよなぁ、喧嘩とかできて」

 

「はぁ? 喧嘩のどこがいいんだよ」

 

「俺の両親も本物じゃなくてさ。 俺はほとんど意見や反論を言った事がなくて、率先して両親のためになる様な事をやっていた。 その時に感謝された笑顔が見たくて……だから言い合いや喧嘩なんてのは1回もしたことがない」

 

「そうなのか……」

 

「遠慮するな、と言ってはくるけどそんなのは無理。 せいぜい白紙の譜面を買ってもらう、くらいしかない」

 

「そうか。 ……譜面って言ったが、音楽をやっているのか?」

 

フード女子は律の話を聞き、音楽の部分に興味を持ってきた。

 

「ああ。 すぐ近くの音楽学校に通っている。 俺は調律師がメインなんだが、指揮者もやっていてピアノもそこそこ弾ける。 もしかしてお前も何かやっているのか?」

 

「……昔、ヴァイオリンをな。 今はもう弾いてない……」

 

「ヴァイオリンかあ。 でもどうして……」

 

「……………………」

 

どうして辞めてしまったのか、律は聞こうとしたが……彼女から感じられる雰囲気でとても聞ける状況ではないと察する。

 

「……そっちにも事情がありそうだしな、深入りはしない」

 

「……すまねぇな」

 

パーカー女子はここまでしてくれた相手に事情も聞かない律に感謝し、律は「さて」と言ってから立ち上がる。

 

「それじゃあ俺はもう行くよ。 育ての親とはいえ、仲良くな」

 

「ああ、ありがとう——なっ!?」

 

すると突然、パーカー女子が驚いたような声を漏らす。 どうやら律の後ろを見ているようで、振り返ると……1体の卵の形で逆さに浮いているノイズがいた。

 

「お、ノイズ」

 

「チッ! もう追手が……!!」

 

反応が薄い律に対し、パーカー女子は乱暴に立ち上がり……ノイズが一瞬て2人の前に出てきた。

 

「ッッ!!」

 

驚く間も無くノイズの体から複数の筒状の何かが飛び出し……折れ曲りながら全ての筒が2人に向けられた。

 

(砲身付きのノイズ!?)

 

「(やるしかねぇ!)Killter——」

 

流石に律もようやく立ち上がり、突然パーカー女子が歌の一節を歌おうとする。 だが、パーカー女子はどこか歌に躊躇している節があり……その隙が命取り、もう砲弾が発射されてしまう。

 

(間に合わねぇ!)

 

「危ない!」

 

——ドドドドドドンッ!!!

 

律がパーカー女子を引き寄せ……それとほぼ同時に、ノイズの砲身全てから砲弾が発射された。

 

「ぐぎぎ……っ!」

 

パーカー女子をかばいながら撃たれた砲弾の最初の1発を空いた手で掴んで受け止め、その反動で吹き飛びながら他の砲弾を回避する。

 

そして2人はどこかの建物を突き破ってようやく勢いが止まった。

 

「つ……大丈夫? 怪我はしてない?」

 

「あ、あぁ……ここは……?」

 

「すぐ近くあった廃園……吹っ飛ばされたな」

 

もう使われなくなった幼稚園……どうやらそこに突っ込んできたようだ。 パーカー女子は砂埃を払いながら立ち上がると、律の左手に掴んでいた砲弾を見て目を見開く。

 

「お、おいそれって……!」

 

「触らないで。 これはノイズが発射した砲弾、触ると消し炭になるよ」

 

砲弾を離しながら彼女の手を伸ばそうとした手を制するが、同時にパーカー女子は律に詰め寄る。

 

「だ、だったらなんで……何でお前は()()しないんだよ!?」

 

「………………」

 

今度は逆に問い詰められてしまう。 返答も同じ沈黙……と、そこへ再び2人を追ってノイズが現れる。

 

「お前は逃げろ。 あいつは俺が相手をする」

 

「はぁっ!? 何言ってんだよ!」

 

「これ見て分かるだろう? どういう訳か俺はノイズに触れても炭化しない体質なんだ」

 

時間経過で黒く炭化していく砲弾を握り潰し、パーカー女子を下がらせてノイズの前に出る。

 

「あの事件から2年……俺が変態行為でただノイズの中に潜り込んでいたと思うなよ」

 

懐に手を入れ黒いペンダントを取り出す。 それを見たパーカー女子は再び目を見開いて律の持つペンダントを見る。

 

「それは……!」

 

「ツヴァイウィングの2人が音楽活動をしながらノイズと戦うには必ず大人のバックアップが必要だ。 すると俺がこの結晶を使えばすぐに居場所が割れてしまう……ならどうすればいいか。 答えは簡単——ノイズの中で練習すりゃあいいだけのこと!」

 

「……はああぁっ!?」

 

理解不能、言っている意味が分からずパーカー女子は声を上げる。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

律の口から詩が、歌が……聖詠が唱えなれる。 しかし、その聖詠はノイズがかかって読み取る事は出来なかった。

 

ペンダントが強く光り出し、光が律を覆う。黒いノイズが周囲に漂いながら両腕両足、腰と胸に装甲が装置され、そこから滲み広がるように全身を黒いアンダースーツで覆われる。 背からは赤い閃光を放つ一対二翼の翼が、頭部にくの字の(つの)があるヘッドギアが装着され、目元に赤いバイザーが下される。

 

そして、左腰に長剣の黒い鞘が現れる。 次いでその右手には赤い閃光の刀身で構成された黒い剣が握られ、剣は鞘に納められる。

 

「シ……シンフォギア……黒い、シンフォギア」

 

変身した律にパーカー女子が震えながら驚愕し。 律は両手を開いたり腕を回したりしてシンフォギアの具合を確かめ、確認してから空を見上げる。

 

「ノイズジャミングってやつだな。 理屈は知らんけど。 けど、今はノイズの外だから……感知されているかもな」

 

自分に向けられているカメラを見るように、律は自身が観測されているのシンフォギアを通して肌で感じられている。

 

律の予想通り、どこかの指令室ではアラートが鳴り響き。 複数のオペレーターが慌ただしく、かつ冷静に動いていた。

 

「——横浜、西区の廃園に高エネルギー反応を検出!」

 

「エネルギー波形を特定……該当あり! 2年前、突如として現れたシンフォギアです!」

 

「同時にノイズ率が急上昇! 既に200%を超えています!」

 

「現れたというのか……ノイズを喰らう黒きシンフォギア……」

 

モニターに映し出されている観測データを見ながら、赤のカッターシャツとピンクのネクタイを着た筋肉隆々の男は腕を組み目をつぶって黙祷をするように考え込む。

 

そこへ、2人の女子が指令室に入ってきた。 2人はモニターに映し出された黒いシンフォギアを纏う人物を見上げる。

 

「2年ぶりか。 今から行けば間に合うんじゃねえか?」

 

「私がいく。 奏はここで待っててくれ。 もう、戦える身体ではないのだから」

 

「へいへい」

 

青髪の少女に叱られ、赤髪の少女は頭の後ろで手を組みながら生返事を返す。

 

律のシンフォギアとノイズが観測されるも映像は回っておらず、それを感覚的に理解していたから律はシンフォギアを使用した。

 

「さてと、この装備を使いこなすために格闘ゲームやファンタジー系やFPSをやりこみ、特訓に特訓を重ねてきた。 その成果を確かめるために、倒させてもらおうか!」

 

「それホントに意味あんのか!?」

 

多少突っ込まれながらも律は自然な体勢で剣を構え、背中のウィングバーニアから閃光を放出し、滑空するように移動する。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!」

 

ノイズだらけの歌ともに剣を振り下ろす。 ノイズは回避行動をとるも剣は左側面の砲身を斬り落とした。

 

「……避けた……? しかも1発で決まらなかった……やっぱり普通のノイズじゃないな」

 

斬り落とされた砲身と、斬られた箇所からノイズの破片が飛び散り。 剣に集まり吸収されていた。

 

(なんだあのアームドギアは!? 斬られた箇所から、ノイズを取り込んでいる?)

 

剣がノイズを吸い込む現象を陰から見入っていたパーカー女子。 すると、ノイズが残りの砲門の口を狭め……マシンガンの如く弾丸を雨あられと撃ってきた。

 

「うわあっ!」

 

「おっと! こりゃスゲェ弾幕!」

 

軽口を叩きながらも無数の弾を避け、先にパーカー女子が隠れていた壁の後ろに飛び込む。

 

威力重視なのか、すり抜けることもできるはずの弾は壁にしっかりと着弾しており。 いつもは無意味な壁はしっかりと防弾を果たしている。

 

「おい! こんなんでノイズを倒せんのかよっ!?」

 

「うーん、いつもなら速! 瞬! 殺! なんだけど、あのノイズ、なんかおかしいね。 誰かに操られているような……」

 

「……っ……」

 

何か知っているのか、パーカー女子は唇を噛む。 その間、律は目を閉じて呼吸を整え、いつでも動ける準備を進める。

 

「ふぅ……」

 

「お、おい、行けるのかよ……?」

 

「行けるんじゃない……」

 

パーカー女子の疑問に、律は指を鳴らして手の平で掴める大きさの石を手に取り、

 

「——行くぜっ!!」

 

「え……」

 

呆けた声をする彼女を置いて、そのまま石を真上に投げる。 石に狙いが行き弾幕が上を向いたと同時に律は壁から飛び出す。

 

(そ、その癖って……それに、よく見たらその髪……ま、まさか……)

 

今までフードを深く被り、顔すらまともに見てなかったようで、パーカー女子はようやく顔を上げて律の姿を見る。

 

「うぉおおおおおおおっ!!」

 

(……ぁ……)

 

そこには赤い剣を水平に構え、全力の突きを放つ律の姿がようやく目に映った。

 

爆走(ランページ)突撃(ストライク)

 

刀身から赤い閃光を放ち、律と剣が一体化したように槍となりノイズを貫き、中央に大きな風穴が開く。

 

「ほい、回収っと」

 

風化するように破片となっていくノイズを剣が吸収していき、刀身が一度だけ発光する。 1分も満たないとはいえノイズとの戦闘に一息つき、剣を鞘に納める。

 

「あ。 ちなみにこの事はナイショでお願いな」

 

「……誰も信じねえだろ。 ノイズを倒したなんて」

 

「確かに」

 

廃園の割れた窓ガラスに映るシンフォギアを纏う自分を見る。 身体を捻って色んな角度で観察し、次に律は頭を捻る。

 

「うーん、それにしても結局、この装備ってホントなんだろうなぁ」

 

(何も知らずにシンフォギアを使ってたのかよ……)

 

そう小言をこぼしながらシンフォギアが光の粒子となり、律の頭上で集結。 ペンダントに戻り、重力に引かれて落ちてきたところを律の手に収まる。

 

「ま、初戦闘はこんなもんかな」

 

(初めてであれだけ動けんのかよ!? どんなゲームをやったらああなるってんだ!)

 

律がやっていたのは主にリアルタイム系のバトルゲームや、戦略ゲームである。 格ゲーは苦手なのであまりやってはいない。

 

それはともかく、この場に留まってはいずれ政府の人間が来てしまう。 そうなると色々と面倒なので2人は人目のつかないルートを通って廃園から出る。 しばらくは山道を歩き、

 

「お、展望台に出たか」

 

2人が出たのは山の上の高台。 ここから見る街の景色と夜空はとても綺麗に見える。

 

「な、なぁ……お前、幼馴染はいるか?」

 

「はい?」

 

街と空を眺めていると、彼女の唐突な質問に律は意味が分からず間抜けな声を漏らす。 だが目元は隠れているが、彼女は真面目な表情をしている。 少しだけの思考の一巡の後、律は口を開く。

 

「……いるよ、1人。 雪音 クリスっていう女の子」

 

「————!」

 

「でも昔外国でクリスの両親が死んでしまって、クリスも何とか帰国したけど突然の失踪……2年経った今でも探している」

 

「………………どんな、そのクリスって女の子はどんな子だった?」

 

まるで懇願するように、パーカー女子は律の答えを両手を握り締めながら待っている。

 

「んー、そうだなぁ……綺麗な銀髪にアメジストの目が綺麗で、笑顔が可愛くて音楽が好きな子だったな。 喧嘩も嫌いで、近所の子にイジめられた時はよく俺の背中に隠れてたっけ」

 

「………………そうか……」

 

律から背を向けた。 その背は、僅かだが震えていた。

 

「迷惑かけたな。 それじゃあ、な」

 

「え……あ、おい!」

 

走り去っていく彼女を追いかけようとするが、何故か足が前に進まず立ち尽くす。

 

ふと、律はなにかを思い出し、ポケットに手を入れスマホを取り出したが……電源が落ちていたため、公園内に取り付けられていた時計を見る。

 

「!! やっべ、もうこんな時間! “私のヒロインアカデミー”が始まっちまう!」

 

気になる点はあったが、悩んでも時間は過ぎるだけ……一度頭の隅に追いやり、脇目もせず再び全力疾走で山を駆け下りるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あら、自分から戻って来るなんて。 もう追いかけっこはこれっきりにしてちょうだい」

 

「……わぁってるよ」

 

森の闇の中から1人の女性が腕を組みながら出てきた。 女性は金色の鎧をつけており、側から見ても普通の人には見えない。

 

「それはそうと、随分面白いものを見つけたわね。 素でノイズに触れる人間がいるなんて……興味が尽きないわ」

 

「……ああ……」

 

何やら不穏な雰囲気を感じさせる女性、彼女は走り去る律を一瞥し森の中に向かって歩き出す。 パーカー女子も俯きながらその後に続く。

 

(あれから、アタシは変わってしまった。 もう、律の側にはいられない……いちゃいけないんだ。 もう、一緒には歌えない……こんな壊すことしかできない歌じゃ)

 

一度立ち止まって振り返り、フードに手をかけ、

 

「ありがとう、アタシを信じて……想ってくれて。 さようなら、律」

 

パーカー女子の全貌が夜の月にさらされる。 銀髪の髪が月光を浴びて美しく煌めき。 目尻に涙を浮かべ悲しい目をしたアメジストの瞳が、走り去っていく律の背を見続け、再び女性の後について行った。

 



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第4話 始動

XVでのパヴァリア光明結社の残党の3人組の第一印象……怪人(モンストルム)


「えー、つまり電子を手放す、もしくは受け取ったりし原子が電気を帯びた状態になり。 こういった状態をイオンと——」

 

音楽を重点的に学ぶアイオニア音楽学校とはいえ、それでも一般的な高等学校レベルの授業は普通に行われる。

 

しかし、ここには音楽を学ぶために来ている……故に生徒たちのほとんどは他の勉強には嫌な顔をしてしまう。

 

「………………(カリカリ)」

 

だが律はその例外で、先生の話を聞きながら真面目にノートに授業内容を書き写していた。

 

それから数回の授業を終え、昼休みに入り律は食堂で昼食を食べていた。

 

「律くん。 ここいい?」

 

がやがやとちょっとした喧騒がする食堂の中、律がハンバーグ定食を食べていたら、黒髪を三つ編みにしてポニーテールのようにまとめている女子が話かけてきた。

 

彼女はアルフ・ライフォジオ。 同じクラスメイトでヴァオリニストの卵。 彼女はとても優秀で、律やあともう1人の他に彼女の演奏に合わせられる奏者がいないため、音楽の授業ではよく一緒に組んでいるためそれなりに仲は良い。

 

……ちなみに物腰が柔らかい彼女、男子からはモテる。

 

そのため一部男子生徒から怨念が込められた曲を送られることがたまにある。 当のアルフは彼氏を作る気はないらしい。

 

「よう律。 ちょいと話があるから事情聴取させろ」

 

反対から律のトレーを押しつけるようにトレーを置いたバンダナ男は、打鐘(うちがね) (にしき)打楽器(パーカッション)奏者で、打楽器なら何でもこなせる……が、誰かに教えるのは苦手ないわゆる天才肌。

 

なお、打鐘(こっち)は女子からはあまりモテない。 元はいいし悪いヤツでもないが、少々ガサツであるのが1番の理由。

 

「なんだよ事情聴取って」

 

「昨日またノイズがこの辺りで出たらしいじゃねえか。 しかもそこ、お前のランニングコーススレスレときた。 時間帯も一致している。 何か見なかったか?」

 

「あら、またなの? この地域は他よりノイズが多いけど、律くんの行く先々に出会うわね。 少し関係を改めた方がいいかしら」

 

「その方が賢明だろうな。 人としては」

 

「冗談よ。 ノイズなんかに人間関係を操作されてたまるものですか」

 

謝罪をするようにアルフは軽く……にしては少し長めに頭を下げる。 自分でも冗談が過ぎたと反省したようだ。

 

「あ、律。 今日の午前中のノート見せてくれ」

 

「いい加減、自分でとれっての」

 

「音楽に向ける情熱を少しは勉強に向けたらどう?」

 

「無理だ!」

 

「豪語するな」

 

この音楽学校の例外に漏れない錦は、毎度こうして律に迫っている。 アルフはクスクスと笑う。

 

「それにしても律くん。 学校に入ってから指揮者も始めたけど……調律とピアノ以外も勉強してるよねえ」

 

少し呆れ気味にそう言い、錦が思い返しながら指を折り数えだす。

 

「鍵盤楽器に加えて管楽器、弦楽器、打楽器……ギター類にも手を伸ばしているよな」

 

「後パイプオルガンね。 そんなに勉強して大変じゃないの? 指揮者とピアノもあるでしょう?」

 

「折り合いをつけてやっているよ。 慣れればなんてことは無い」

 

「それだけの量をやってなんて事ないって……ヤベェな」

 

「うん、ヤベェーイ」

 

「そうかあ?」

 

側から見ても律の勉強量は異常に見えるらしい。

 

「そういえば、また話は戻るんだが……最近、ホントにノイズの出現が多い気がしないか?」

 

「ああうん、そうね。 でもその割にあまり被害が出てないのが不思議なくらい」

 

「避難誘導が上手くいってるんだろう。 それに、ノイズの避難警告に関して、ふざける人もいないだろう」

 

「そりゃそうだけど……それでも妙じゃねえか? ここ最近のノイズもそうだが、やっぱり被害が少な過ぎる気がすんだよ。 まるでノイズが倒されているような……」

 

「ノイズと対抗できる武器が作られたっていうの? そんな話聞いたこともないわ」

 

「………………」

 

妙に的を射ている話の内容に、律は食事を進めながら無意識に視線を逸らす。

 

「はぁ……結局、ノイズって何なんだよ……」

 

「……悲しい存在」

 

「え……」

 

「ノイズを見てると……悲しく感じるんだ。 何でかは、分からないけどな」

 

律は世界でもノイズと接触する回数が多い人間。 2人には理解し難いが、錦の問いに対する答えはそれ以外には考えられなかった。 言っている意味が理解できないアルフと錦。 律は「何でもない」と言い、いつの間にか食べ終わったトレーを持ち席を立った。

 

「錦。 あなた少しデリカシーが無いわよ」

 

「……どういうことだよ?」

 

「律と、あともう1人……2年前、どんな目にあったか知らないわけじゃないでしょう?」

 

「…………!」

 

クラスメイトで友人でなくとも、ほとんどの人間が知っている2年前の事件。 その後の風評もニュースに大々的に報道されている。 そしてあの事件を経験したからこそ、律はあの答えを出したのだろう。

 

……本当は事件ではなく、それ以降のノイズの中に入っていた感想であるが。

 

「悪りぃ……あとで謝っておく」

 

「そうしなさい。 ——さて、私ももう行くわ」

 

「はっ? ちょ、俺まだ食べ終わってねぇ!!」

 

話をし過ぎて全く箸が進んでいなかった錦を置いてアルフは行ってしまう。 錦も残りをかきこみ、午後の授業開始のチャイムとともにようやく席を立った。

 

午後の授業は音楽関係の授業が行われる。 基本選択授業で自分が受けたい授業を受け、日々自分の腕を磨いている。

 

各々がやりたい勉強を進め……放課後になり、HR(ホームルーム)を終え律は帰り支度をしていた。 するとスマホに1通のメールが届いた。 内容を見ると、リディアン音楽学院からだった。

 

(あ、そういえば今日、リディアンで調律の依頼があったなぁ……)

 

両親が有名ということもあるが、音楽界の上層階級には律個人の実力が認められており、時折こうして調律の依頼が届いてくる。

 

最も、依頼が届くようになったのはごく最近。 2年前まで疎らに来ていたが、あの事件以降は全く来なくなった。

 

「2人はどうするの?」

 

「俺は用事があるから。 先に帰るわ」

 

「また調律か? 今日はどこに行くんだ?」

 

「私立リディアン音楽院」

 

サラリと言ったその名前に、2人は驚きを露わにする。 2人は律が調律の仕事をしているのは知っていたが、問題はその場所だった。

 

「ちょ、あそこ女子校だよね!?」

 

「律テメェ! 俺に内緒で女の花園に行く気だったんだな!?」

 

「内緒も何も関係ないし、お前の求めるお嬢様はいないと思うぞ多分。 それに行くのは仕事のためだ。 あと揺らすな、このドアフォーウ」

 

「おうっ!?」

 

乱暴に肩を組んで揺さぶってくる錦に、律は思いっきりデコピンを喰らわせる。 これが無ければモテるというのに……音楽以外は学習しない人間である。

 

「全く……そんなに打楽器が好きならゲームセンターにでも行ってコダイコの鉄人でも極めてくればいいでしょう」

 

「もう全国ランキング1位だ!」

 

「でもこの前、俺に負けただろ」

 

「うっせえ! つっうか何だよあのバチさばき!? お前はいつも指揮棒を二刀流であんなスピードで振ってんのかぁっ!?」

 

ややキレ気味になって錦は持っていたドラムスティックを律の頰にグリグリと突き付ける。

 

律は鬱陶しそうにするも嫌そうには顔をしない。 前の授業で机の上に置いていた指揮棒をケースに入れようとすると、

 

……パキッ……

 

「あ」

 

手に持った瞬間、指揮棒が音を立てその先端がポッキリと折れてしまった。

 

(昨日、メンテナンスしたばかりなのに……)

 

無言で先端を拾いながら見つめる。 昔から度重なる不幸不運を経験してきた律でも、まだ不吉な予感を感じ始める。

 

「……じゃあ、俺行くわ」

 

「ちょ……っ!?」

 

嫌な予感を振り払い、荷物を持ち……窓から飛び降りた。 律のクラスは2階にあり、さらに中間の高さに丁度いい木の枝を足場にして地上に降り立つ。

 

背後から叫ぶ声を背にし、玄関口で外口に履き替えてから正門に向かって駆け足で向かう。

 

「ふぅ……」

 

「律」

 

正門前で一息ついていると背後から呼ばれる声がかかる。 振り返ると、そこにはこの学校の弦楽器の担当、そして律のクラスの担任の先生が歩いてきていた。

 

「先生」

 

「指揮者を始めて早2年、音楽家の家系とはいえよくここまで成長したものだ」

 

「まだまだですよ。 この前の“大草原の歌”での指揮にまだ甘さがありました。 写譜も吹奏楽とフルオーケストラ中心で月200曲2000枚まで……そろそろロックやジャズ、クラシックにも手を伸ばさないと。 そしてこの基礎から自分自身の音楽を見つけないといけません。 まだまだ努力しないと」

 

「いや、毎月それだけの写譜や練習量は正直、無理し過ぎじゃないか……? というか写譜も指揮者ならフルスコアで充分なのにコンデンス・スコアとパート譜まで書いて……」

 

「フルスコアだけでは見えない部分もあります。 それに指揮者は演奏者あってこそ。 机に齧ってばかりもいられません。 指揮者は指揮棒とハンドジェスチャーだけで指揮しなければいけません。 自分の思いを伝えるために正確かつ迅速な指揮が必要……」

 

そこで言葉を切り、先生に背を向けながら一度息を吸い、

 

「俺、雑音(ノイズ)を消したいんです」

 

そう口にする。 これには担任も意味がわからず、少し問い正そうと問い詰めようとする。

 

「……すみません。 今日は調律の依頼でリディアンに行くので、これで失礼します」

 

その前に律は時間がないという風に半ば強引に話を終わらせ駆け足で正門に、学校を後にした。

 

「やれやれ。 才能もあり優秀で努力家、誇ることも慢心することも驕ることも無いが、どこか余裕がない……一体何が彼をあそこまで駆り立てるというんだ……?」

 

第三者から見ても、危うく見えるのだろう。 向上心があるが、どこに向かっているのかが……それが律からは見えてこない。 それが周りからとても心配されていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ここが私立リディアン音楽院、か……(そういえば響と未来がここに入ったって言ってたっけ)」

 

2年前、響と未来と別れる事になってしまったが、連絡先は交換していたので頻繁に連絡は取っていた。 何でも響が風鳴 翼に憧れてリディアンを志望し、未来もピアニスト志望で今年、ここに入学している。

 

未来はともかく、勉強もあまりできず憧れという理由で入学できた響を関心しながら……律は私立リディアン音楽院に到着する。

 

「おおー、随分と未来チックなデザインだなぁ。 ウチ(アイオニア)とは大違い」

 

リディアンはどこか近代的な雰囲気を感じさせる学校で、初見で音楽学校だと分かる人は少なくだろう。 律は正門前の警備員に目的を伝え、入場許可証をもらい敷地内に入る。

 

「ふーん、寮生活が多いのか」

 

下校する生徒の視線を受けながら、正門前の通りを歩いて帰宅する生徒が少ない事から律は寮生活が多いと考える。

 

「——あーもう、邪魔!」

 

すると、正面通りで清掃していた女の子が苛立った声で箒で道を掃いていた。 しかし掃いているのは道ではなく、ここの通りに点々としている鳩たちだ。

 

「ほらあっち行って! 掃除の邪魔!! ……ああぁぁーーっもう!! 何で今日に限ってこんなにしつこいの!!」

 

普通なら手を振り払うだけで飛び去って行く鳩だが、なぜかあまり飛び立とうとせず、女の子の苛立ちはさらに募っていく。

 

(しょうがない……)

 

——パチンッ!!

 

見てられなかった律は大きく指を鳴らし、掃除をしていた少女と鳩たちの視線を集める。 少女はなぜこのリディアンに男子が……と疑問に思うが、律は右手の人差し指を立て内側に向けて振る。 次に左手で制するようにゆっくりと出す。

 

指揮をする様に指を振り続けると、鳩たちは律に向かって歩き出し、次第に並んで歩いてくる。

 

「嘘……鳩たちを()()しているの……!?」

 

少女が驚きを隠せない中、最後に両手を勢いよく上げ……鳩たちは一斉に飛び上がった。

 

「随分と気の強い鳩たちだったな」

 

「あのっ! ありがとうございます! 鳩をどうにかしてくれて」

 

鳩と悪戦苦闘していたツインテールの少女が、鳩をどうにかしてくれた律にお礼を言って頭を下げる。

 

「気にしなくていいよ。 俺が勝手にやった事だし」

 

「……でもあれって……鳩を指揮していたんですか?」

 

「ああ。 昔、猫の溜まり場でやっててね。 上手くいってよかったよ」

 

律は子どもの頃、指揮者の物真似で数匹の猫を手で誘導して餌を与えていた事がある。 その関係で指揮者を目指そうと思ったと過言ではない。

 

「失礼ですが、ここには何を?」

 

「ああ。 俺は調律師でね。 この学校のピアノの調律しに来たんだ」

 

「え!? えっと、まだ学生ですよね……それで調律を任されるなんて! 凄い……そんなに優秀な人、何だかんだアニメみたい!」

 

「いやアニメって……」

 

妙な例えな上に分かりづらかった。

 

「この流れに乗るなら、私が職員室に案内しますよ?」

 

「いいよ、自分で探すから。 それより掃除を早くやったら? 何かの罰なんだろう? こんな大きな通りを掃除させられてるってことは」

 

「ギクッ!?」

 

明らかに図星という顔をするツインテール少女。 律は彼女が固まっている内に「頑張れよ〜」っと言い残し、本校舎の方に歩きながらヒラヒラと手を振るう。

 

本校舎前に来ると学校から寮に帰る生徒たちが続々と出てきていた。 先程よりさらに強い視線を感じながらも再び本校舎に向かおうとすると、

 

「ニャ〜」

 

足元から猫の声が聞こえてきた。 下を見るとそのには白猫がおり、頰を律の足に擦り付けていた。 律は猫の頭を撫で、人に懐いていると分かると両脇を抱えて胸の前まで持ち上げる。

 

「今度は猫がやってきたよ。 それよりお前、どこから入って来たんだ?」

 

「ニャー」

 

「——ま、待って〜……」

 

すると寮から恐らくは猫を探す人物が走ってきた。 その人物は黒髪を大きな白いリボンで止めている少女、息を切らせながら寮生活の前まで来た。

 

「あ、ありがとうございます……! その子、いきなり走り出して……」

 

「なんだ、未来(みく)じゃないか」

 

「え……」

 

自身の名前を呼ばれ、呼吸を整えながら姿勢を戻す。 そこには、2年前に別れてしまったうちの1人、成長した小日向 未来がいた。

 

未来は律の顔を見て、一瞬思考が停止したように動きが止まる。 だが徐々に動き出して驚愕の表情へと変わっていく。

 

「り、律さん!?」

 

「シンチャオー。 元気してたか、未来?」

 

「……なんでベトナム語?」

 

2年越しの再会だと言うのについ昨日会ったような軽い口調に、未来はクスクスと笑いだす。

 

「相変わらずですね、律さんは」

 

「お互いに、な」

 

数秒後……2人は吹き出し、心の底から笑った。 実際に顔を見せるのは2年ぶりだが、連絡自体は交換していたので、そこまで感動的な再会とはならなかった。

 

どうやらこの猫は響が連れて来たらしく、今は飼い主を探している最中らしい。

 

とりあえず、猫は一旦預かっている寮の寮母に預け。 律は未来の案内で中央棟にある職員室に向かう途中、ここにきた理由を説明した。

 

「なるほど、それでリディアンに……それでどこのピアノの調律を? 正直、リディアンにはピアノがいっぱいあって探すのは大変ですよ」

 

「それはアイオニアも同じだから。 それで確か1のAクラスだったな。 そのクラスにある2つのピアノの調律をして欲しいそうだ」

 

「あ、それ私と響のクラスです。 良かったら案内しましょうか?」

 

「なら、お言葉に甘えて」

 

先は職員室に向かい挨拶をし、未来との軽く関係を交えながら事情を説明。 担任の女性に未来の案内と調律と……2つの許可を得て、未来に、クラスまで案内された。

 

「へぇ、これが……中々立派なグランドピアノじゃないか」

 

全長が長い白いグランドピアノと、茶色いアップライトピアノの2つが教室内に置かれていた。 そのうちのグラントピアノの調律を依頼されてとり、律は屋根を開き、中を見る。

 

「どうですか?」

 

「んー…………ふむ、これかな……こことここが消耗してるな。 」

 

中の状態を確認、メモを取りながら作業手順を決め。 そして調律を始めながら未来に話しかける。

 

「そういえば響はどうした?」

 

「響は翼さんの初回限定生産版の初回限定特典のCDを買いに学外に。 当人も今日発売を忘れてたみたいで慌てて」

 

「あはははっ! 響は相変わらずだなあ」

 

響も相変わらずの慌てん坊に律は笑うしかない。 律と響、2人は変わらなかったが……だがその意味は全くの別だと本人が一番自覚している。

 

それから見学して時折手伝ってくれる未来とお喋りをしながら順調に調律を進めていき、整調、整音も進め……日が暮れる頃にようやく終える事が出来た。

 

「ふぅ、これで良し。 未来、ちょっと触ってみて」

 

「はい」

 

感想を聞くため、未来に音を出してもらうことにし。 未来は鍵盤の端から端、高い音から低い音までを滑るように鳴らした。

 

「……うん。 とても良いと思います!」

 

「そっか。 ならよかった」

 

もちろん一度教員にも確認してもらうことになるが、未来に聞いてもらう方が律には嬉しかった。

 

窓の外を見ると既に夜、時間を見ると7時を回っていた。

 

「思ったより時間がかかったな」

 

「調律ですし、仕方ないと思います」

 

とりあえず調律の完了を伝えに、もう一度職員室がある中央棟に向かおうと調律道具を片付けていると、

 

——キンッ!

 

「!!」

 

その時、律の頭に甲高く鋭い音がよぎる。 咄嗟に律は音を感じた方向を振り向く。

 

「…………? 律さん?」

 

「……いや、何でもない。 行こうか」

 

首を横に振り、荷物を持った律はクラスを出て、その後を未来が追いかける。

 

職員室に行き担任の教師の確認を終えた後、一度寮に向かい。 未来が正門前まで見送りしてくれた。

 

「ニャー♪」

 

「ありがとうございます、律さん。 この子を引き取ってもらって」

 

「ウチのアパートは動物オーケーだからな。 それに広いと逆に虚しいし、1人じゃ寂しかったからな」

 

一度学生寮に行ったのは子猫を引き取りに人になるため。 この子猫は律が引き取る事になり、ケースの中に入れ連れて帰るようだ。

 

「名前は何てつけますか? その子はまだ名前がないんです」

 

「うーん……そういえばオス? メス?」

 

「オスです」

 

「なら、リュートで。 メスだったらリネットにしてた」

 

「弦楽器にクラ()()()()……律さんらしいですね」

 

そう言ってクスクスと笑う未来。 彼女に「じゃあな」と告げて律はリディアンを後にし。 モノレールまでの道のりを歩きながら、

 

——闇に惑う魂よ さあ、逝きなさい

 

不意に歌い出した。 その歌は夜によく似合う歌で、どこか切なく悲しいような歌である。

 

「——いい歌だな」

 

「!?」

 

すると、突然、律の歌を賞賛する声がかかって来た。 声の主は進行方向にあった電柱に隠れており……そこからカジュアルな服装の長い赤髪の女性が出てきた。

 

「……まだ一節しか歌ってないんですけど……」

 

「一節だけで分かるだろ。 いい歌だ。 だが……悲しい歌だ」

 

律の歌をそのように評価し、彼女から自己紹介を始めた。

 

「アタシは天羽 奏。 自分で言っちゃあアレだが、これ以上の自己紹介は省いてもいいか?」

 

「……ああ。 一応、知っているからな」

 

「一応とは言ってくれるねえ」

 

苦笑しながら律の元に向かってくる奏。 目の前まで来ると、その横を横切ろうとしたところで足を止め、

 

「——まどろっこしいのは無しだ。 単刀直入に問おう。 お前は、2年前の事件で現れた《黒いシンフォギア》の装者か?」

 

そう、質問を投げかけてきた。

 



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第5話 律と奏

「お前は、2年前の事件で現れた《黒いシンフォギア》の装者か?」

 

調律を終えてリディアンから帰ろうとしたその最中、あの人気アーティスト天羽 奏が目の前に現れた。

 

2年前の事件以降、活動を休止してどこかで療養をしているという噂はあったが、それ以外は何も分からずじまいだ。

 

そんな彼女が今、律の前に現れ……その正体を暴こうと問い質していた。

 

「……何のことだ?」

 

“シンフォギア”という専門的な用語は、黒とセットにしている事からあのパワードスーツを指している事は察する。

 

だがあくまでシラを切り、律は証拠の有無に限らず出させる。 あったらあったで、潔く認めるつもりだ。

 

「何、証拠なんざありゃしないさ。 ただな……2年前、傷つけてしまったあの子に必死に呼びかける声……顔は見てねえが忘れるはずがねえ」

 

「………………」

 

あの日の出来事を忘れていない……少しの一巡の後、律は首肯した。

 

「……分かった。 認めるよ。 俺がその黒いシンフォギアってやつの装者だ」

 

認めながら首にかけてあったペンダントを見せる。 闇のせいでよく見えないだろうが、彼女にはそれだけ理解できた。

 

「おいおい、えらく簡単に認めたな。 こっちには証拠も何もないただの予想だってのに」

 

「あの日の出来事を忘れてない人間に、悪い奴はいない……勝手な持論だがな」

 

「……そうか」

 

説明になってはいないが、意志は伝わったようで奏は小さく頷く。

 

「それで、俺に一体何の——」

 

——ピリリリリッ♪

 

「ああ、悪い」

 

なぜ接触してきたのか聞こうとすると奏のスマホに着信が入り、奏は一言謝り少し距離をとって電話に出た。

 

「なにっ!? ガングニールだって!?」

 

(ガングニール……? グングニルじゃなくて?)

 

腕を組んで待っていると、奏の声を上げているのが聞こえてきた。 その話の内容を聞いて、有名な槍の名前を思い浮かべる。

 

「……そっか。 あの子か……あの子はまだ、生きる事を諦めてないんだな」

 

ボソリと、何かを呟く奏。 その表情は微笑んでいるものの、どこか哀しそうに見える。

 

「ノイズか?」

 

「ああ。 近くの臨海工場付近に現れた。 行くつもりか?」

 

「いや、パス。 今日は荷物が多い」

 

「ニャー」

 

今から行っても遅いが、加えて律の側には白猫のリュートがいる。 行くとしても連れて行く訳でもないが、置いていける訳でもなかった。

 

「まあ、翼がいるから大丈夫だろう」

 

そこで奏は「コホン」と、話を変えるように一度咳払いをし、ポケットから携帯番号が書かれた紙を差し出しながら真剣な表情で律の目を見る。

 

「敵対しているわけでもないし、お前のことは二課に黙っておいてやる。 ただし今は、だ。 時間が空いたら連絡をくれ。 期限は3日以内だ」

 

「……脅しか?」

 

「今、特機部二(とっきぶつ)で装者は翼しかいない。 今日出てきたあの子がどうするかはともかく……目の前の戦力を放っておける程、ウチには余裕はないんだ」

 

「……分かった。 だが連絡はしない。 明日の午後5時、この地区にある喫茶店《アークスター》という店に来てくれ。 そこで話を聞く」

 

「オーケー。 めかし込んでくるから覚悟しておけ」

 

軽く冗談を言いながら奏は申し出を了承し、律の横を抜けてリディアンに向かって去って行った。 後に残った律は軽く息を吐いた後、再びモノレールに乗るため歩き出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日——

 

学校の一日も終わり放課後、律は約束通りの時間前に喫茶店《アークスター》に入った。

 

「あらー律くん、いらっしゃーい」

 

「こんにちは」

 

感伸びした口調をするこの店の店長に挨拶をし、店内を見回すと彼女はまだ来ておらず、先に席に座って待っていると、

 

「え……」

 

「お、もう来てたのか」

 

どうやら、昨日めかし込んで来ると言っていたのは強ち嘘では無かったようだ。

 

店内に入ってきたのは昨日のカジュアルな服装とは違い、大人の女性をイメージした黒のスーツ姿にサングラスをかけ、鳥のトサカのように癖のあった髪には櫛が入れられて滑らかなストレートになり、首の後ろで一纏めにしていた。

 

「遅れてすまないな。 こんな服着慣れてないんで手間がかかっちまった」

 

「い、いえ……ちょっとその…………」

 

「世間ではアタシは国内のどこかで療養中だ。 昨日のように人通りが少ない場所ならともかく、一眼がつく場所なら変装しないとな」

 

テーブルの近くに来ると一言謝り、奏は律の前の席に座る。 口を開くとガサツに見えるが、静かにしていると本当に大人の女性に見えてくる。

 

「普通に驚きましたよ。 ここまで変わるものなんですね」

 

「自分でもそう思うさ。 アタシは楽な服装がいいんだが、逆に硬い格好をすれば意外にバレないんだなこれが。 長年苦戦していた癖っ毛にもワックスを入れればこの通り……けど素で翼みたいな髪が欲しいぜ」

 

そう言って頭を撫でると……その部分の髪が少し跳ねてしまった。 奏は櫛を取り出して慌てて何度も髪を梳かし、髪型を元に戻した。

 

「それで俺に何をさせたいんですか?」

 

「まあ落ち着けって。 先に何か頼もうぜ。 昼を抜いたから腹減ってよお」

 

そう言ってタイミングよく腹の音を鳴らしてくる。 女性なのに腹の音がなっても赤面一つしない事に苦笑しつつ、律は注文をするために店長を呼んだ。

 

「お待たせしましたー。 って、あら……律くん、そちらの方はー?」

 

「あ、えっと…………お、音楽学校の先輩で、今日は相談があって来てもらったんです」

 

「初めまして」

 

学校の先輩ではないが、音楽界の先輩ではある。 そう思いながら何とか誤魔化すが……店長は律に顔を寄せ小声で話しかけてきた。

 

(結構な美人さんじゃなーいっ! 律くんってあーゆーのが好みなのー?)

 

(俺の何を知ってそんな発言をするんですか……)

 

大人の女性は若い男女の関係をよく聞きたがる。 律は「はいはい」と言って店長を引き離し、注文を取ろうとメニューに目を通す。

 

「それで、あなたはどんな楽器が弾けますかー?」

 

「ちょっと」

 

「アタシは歌手をやってんだ。 楽器は何も」

 

「あら歌手! そういえばどことなく、あの天羽 奏に似てるわねー」

 

((ギクッ!))

 

妙に核心をつくような言葉に、2人は一瞬肩を震わせる。

 

「あ! じゃ、じゃあこのハンバーグ定食をもらおうかな!」

 

「お、俺はミートドリアで!」

 

「はーい、かしこまりましたー」

 

いきなり注文を言って話を無理矢理変え、なんとか誤魔化し店長が厨房に消えた所で、ようやく詰まらせた息を吐いて肩の力が抜ける。

 

「しかし音楽喫茶か……なかなか良いとこ知ってんじゃねえか」

 

「そこにあるピアノの調律の依頼を受けたことがあって、その縁でよく来ているんですよ」

 

「あー、そういえばお前さんは調律師だったけ。 それと敬語はやめてくれ、昨日のようにもっとフランクで喋ってくれ」

 

「了ー解」

 

よくよく考えたら年上という事で敬語で話していたが、本人の許可も得た事で律はいつも通りの口調に戻した。

 

「改めて自己紹介をしておく。 アタシは天羽 奏。 元ツヴァイウィングの片翼で、今はもう飛べもしない人間さ。 今はある組織に参加している」

 

「……芡咲 律。 アイオニア音楽専門学校の高等部2年。 調律師兼ピアニスト兼指揮者をしている」

 

「へえ、多才なことで」

 

自分には出来ることなど限られているためか、素直に感心する。

 

「さて、先はお前に言わなくちゃいけない事がある」

 

奏はカップを置き、真剣な表情で律の目を射抜き、

 

「——済まなかった」

 

テーブルに両手をつきその頭を下げた。

 

「……それは何に対してだ?」

 

「あの2年前の事件で、あの子を救えなかったこと。 そしてお前も、その後に起きた事も……知ってはいた、だがあの時ノイズとの戦闘の影響で指一本も動かせなかったアタシには何も出来なかった。 だから……!」

 

彼女もあの事件を悔いているようで、責を感じている。 決して奏だけの責任ではないが、それでも謝りたかったのだろう。

 

「過ぎたことはもうよそう。 恨んでいない……と言われたら嘘になるだろう。 でも仕方ないと納得している。 だから気にしなくていい」

 

「……分かった。 だが必ず、2人の汚名は晴らしてみせる。 それが戦えないアタシにできる、唯一のことだから」

 

「……それで納得するなら」

 

律は頭を下げる奏の肩に手を置き、顔を上げせる。 と、この話が終わった時、

 

「——お話はもういいかしらー?」

 

タイミングを見計らったように店長が注文の品を持って出てきた。

 

「いやー、空気が重過ぎていつ出たらいいのかハラハラしたわー」

 

「す、すみません、気を遣わせてしまって」

 

「いいのよー、悩める男女って、青春って感じでいいわねえー」

 

頰に手を当てクネクネと身体をしならせる店長。その状態のままピアノの前に移動する。

 

「曲は何がいいー?」

 

「ノクターン8番を」

 

リクエストを聞き店長はピアノの前に座り、曲を弾き始めた。 和やかな雰囲気の曲に浸りながら、妙に疲れながらも2人は注文した品に手をつける。

 

「う〜ん! ウメェ……!」

 

奏はピアノの演奏の妨げにならないよう、なるべく声を抑えて料理の味に歓喜する。

 

「料理に音楽の腕もいいなんて、なかなか無い店だな」

 

「だろ? 昼に学外に出られたらここで食べるくらいだ」

 

目の前の料理に舌鼓ながら多少の会話を交わし、距離感を縮めていく。 そして食後、紅茶を飲みながら本題に入る。

 

「さて、律。 お前さん、自分が使っている力が何なのか分かってんのか?」

 

「実はほとんど分かってないな。 奏ともう1人、風鳴 翼が使っていたパワードスーツ、それに異常がきたしてノイズの力が入ってしまった……この力はそう思っている」

 

律は懐に手を入れ、首に下げていたペンダントを見せる。 それを見た奏は目を見開く。 聖遺物を加工して作られたシンフォギアの核……コアペンダントが黒く染まっていたのである。

 

「ギアペンダントが黒く……」

 

「何かわかるか?」

 

「……いや、ペンダントが黒くなったり、何故ノイズの力が使えるのは全く分からない。 だが、律の言うパワードスーツについてはそれなりに説明できる」

 

腕を組み、そのまま人差し指を立てる。

 

「先ず、聖遺物って知っているか?」

 

「聖遺物? 聖杯とか聖骸とか、聖人の脇腹を貫いた槍とか、そういうの?」

 

「うーん、まあそんな感じ」

 

厳密には違うのだが、説明がややこしくなるのでそう言うことにする奏だった。

 

「んで、それらが歴史上、実在していたのがいくつかあるんだ。 翼が持ってるのが天羽々斬っていう聖遺物で、今は響って子が持っているのがガングニールっていう聖遺物。 と言っても、ごく一部の欠片だけどな。 そして聖遺物の欠片を歌によって増殖させ、鎧とする……それがシンフォギアだ」

 

律は奏の説明を聞き、腕を組み頭を捻りながら何となく理解する。

 

「んー、つまり俺が持っているペンダントはその聖遺物で、黒いパワードスーツってのがシンフォギアって訳か」

 

「で、加えてお前のシンフォギアは何らかの影響でノイズを取り込む性質を持っている。 何か心当たりはないのか?」

 

「あー、それはー……」

 

律は言葉を詰まらせる。 恐らくだがシンフォギアがバグった理由は、律本人のノイズに触れられる体質のせいだろう。 だがそれを言ってもいいのだろうかと迷ってしまう。

 

「…………」

 

(仕方ないか……)

 

ジっと律を見つめる奏の目を見て……お互いに信用させるため、話すことにした。

 

「はああぁっ!?」

 

(シイーーッ! 静かにっ!)

 

(わ、悪りぃ……)

 

素でノイズに触れられる事を説明すると声を上げる奏を、律は慌てて静かにさせる。 すぐに辺りを見回し、声に気付いてヒョッコリと顔を出した店長に苦笑いをして誤魔化し。 奏は顔を寄せて声を潜めながら追求してくる。

 

(でもマジかよ!? 素でノイズに触れても炭化しなってのは?)

 

(ホントだ。 俺は昔からノイズに触れられた。 それで2年前の事件以降、よくノイズと出くわす事が多くなって、よくノイズの中に入って色々やってたんだ)

 

(ノイズの中にって……あ! もしかして《変異体》ってお前のことか!?)

 

(その変異体ってのが何なのか分からないが、ノイズの群れの中で勝手に歩き回っているノイズがいたら……それは俺だな)

 

(あの出るたびに翼を煽ってたのってお前かよ……)

 

奏は変異体が出る度、翼が憤慨した顔で帰ってくる事を思い出す。 2人は席に座りなおし、話を続ける。

 

「ま、まあそれはいいとして……大体分かったか?」

 

「まあ何とか。 ちなみにこれは何の聖遺物なんだ?」

 

「それは専門的な研究機関で調べねえと分かんねえな。 シンフォギアを起動する時に歌う聖詠を聞けばだいたいは分かるんだが……」

 

「起動時に歌う……なら無理かもな。 そのシンフォギアを使っている時の俺、歌がノイズだらけになって何言ってんのか分かんなくなるんだよな」

 

「あー、そういやそうだったな」

 

ノイズの力の影響か、律の歌には強い雑音が入り、何を言っているのか全くわからない。 故に他のシンフォギアと比べて出力が低いのが弱点である。

 

「聖遺物やシンフォギアの事はだいたい理解した。 じゃあ次に……俺を奏の組織に入れたいのか?」

 

「本音を言えばそうだ。 アタシが所属してんのは特異災害対策機動部二課ってとこだ」

 

「二課? 一課じゃなくて?」

 

「一般的に特異災害対策機動部っていえば主に一課だ。 テレビなんかで出てんの。 簡単に言えば二課はシンフォギアの保有してノイズと対抗し、情報操作を主に活動している」

 

「シンフォギアの存在を世間から隠すために?」

 

「鋭いな。 この国にとってシンフォギアはかなり危険視されてんだ。だから二課はシンフォギアを世界にバレないようにしなくちゃいけないんだ」

 

シンフォギアが危険視されているのはノイズに対抗できる唯一の方法だけではないだろう。 先ず現代の兵器を軽く凌駕するだけのスペックを持ち。

 

扱う人間も限られかつ、おおよそ10代前後の若い子どもにしか適合しない。 未成年を戦わせるとなると色々と問題が出るのは仕方ないのだろう。

 

「話を戻そう。 俺が二課に入るか否か……」

 

「ああ、どうだ?」

 

「断る」

 

律はその申し出を考えることなく即答で断った。 ガックシ、と奏は机に突っ伏す。 だが、それでも諦めず粘り強く交渉を始める。

 

「き、希望すれば給料も出るぞ? 装者は特殊隊員に属するから基本給月百万は出るし。 基本給とは別に、ノイズによる緊急出動一回毎に支払われる特殊勤務手当ってのがあって、一回の出撃で五から十万が……」

 

「いやお金とかじゃなくて……というか必死だな」

 

やけに必死な奏を宥めつつ、理由を説明する。

 

「二課には入らないが奏個人には協力する。 まだ二課を詳しくは知らないし、今の段階じゃ信用はできない」

 

「そ、そうか……なら、今はそれでいい」

 

それで納得してもらい、奏は落ち着くために紅茶を飲む。

 

その後、これ以上店に長居する訳にもいかず、大体の話も終わった事で一度連絡先を交換する事になった。

 

「何かあったら連絡をくれ。 一応、今後ノイズが出たらそこに行くつもりだ」

 

「分かった。 律が納得する答えが出たのならいつでも言ってくれる。 アタシはいつでも待ってる」

 

握手の意味も含めて2人のスマホを小突き合わせて連絡先を交換すると……丁度奏のスマホがアラームを鳴らす。

 

「また電話か?」

 

「いや、これは……」

 

律と奏はスマホの画面を覗き込むと、二課からの通達でノイズの出現を報告していた。

 

「ノイズか」

 

「場所は……ここから近いな」

 

ここから近いとわかり、奏は律の顔を見て、

 

「律、ついてきてくれるか?」

 

「乗りかかった船、行ってみよう」

 

顔を見合わせて頷き。 会計を済ませると店を飛び出し、駆け足でノイズがいる地点に向かった。 その際、背後から「頑張ってねー」と店長が手を振っていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あそこだ!」

 

「うわっ、リディアンの目と鼻の先」

 

リディアンの近くを通っている高速道の上にノイズが出現したらしく、2人は出現から少し遅れて日が落ちる頃に到着すると、

 

「はっ?」

 

「響!」

 

そこにはギアを纏っている翼と響の姿があったのだが……どういうわけか翼の刀が響の眼前に向けられて突き付けられていた。

 

今にも翼が攻撃しそうな予感がし、一触即発の状況である。

 

「ヤッベ!! あの堅物侍、何してんだよ!?」

 

「どうする? 俺が止めに入れるけど……」

 

「……もうガングニールを纏えないアタシには止める事は出来ない。 だから律! 翼を止めてくれ! 旦那に任せると被害が増える!」

 

「それが本音かよ!!」

 

しかも被害が増えるというのはどういう事なのか……追求したかったが、それと同時に響と距離をとった翼が頭上高く飛び上がっていた。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

律はノイズだらけの聖詠を紡ぎ、その身にシンフォギアを纏い。 翼を広げ飛翔し、響の前に躍り出る。

 

「なっ!?」

 

「下がってろ」

 

「え……?」

 

翼は突如として現れた黒いシンフォギアに警戒し、アームドギアを投擲……柄のない巨大な剣を形成させ、その後部を蹴り込む翼ごと剣先を律に向けて突貫してきた。

 

「何奴だっ!」

 

【天ノ逆鱗】

 

「はあっ!!」

 

緋血(ブラッド)昇剣(ライジング)

 

下段に構えた紅い長剣を両手で握りしめ、 飛び上がると同時に紅い閃光を放ちながら斬り上げる。 2つ刀身がぶつかり合い、衝撃で強風が巻き起こる。

 

「うわああっ!?」

 

「くっ……!」

 

衝突当初は拮抗していたが、技の威力は律の方が上。 翼は両足と巨大な剣のバーニアをさらに吹かせて押し込もうとするが徐々に勢いが衰えだし、最後には律の剣が翼の剣を砕いた。

 

体勢を崩しながらも受け身を取り着地した翼はその反動でシンフォギアが解除され、黒いリディアンの制服に戻りながら尻餅をつく。

 

「黒い……シンフォギア?」

 

ようやく律の全貌を見た響は、正体がわからないもシンフォギアを見てそう呟く。

 

「ここ最近、また姿を見せるようになったんだな。 黒きシンフォギアの装者」

 

律がいなかったら割って入るつもりだったのだろう、弦十郎が歩きながらこの場に現れた。 警戒して剣を構えようとすると、察した弦十郎は両手の平を見せる。

 

「ああ勘違いするな、敵対するつもりはない。 ただお礼と、謝罪をさせてくれ。 まず、響くんを守ってくれてありがとう。 そして姪が済まないことをした」

 

礼を言った後に、弦十郎は頭を下げる。 律は一応その礼と謝罪を受け取り、尻餅をついている翼を見下ろす。

 

「あまり他人に理想を押し付けない方がいい」

 

「……何っ……?」

 

「こいつは天羽 奏ではない。 そして決して天羽 奏にはなれない。 こいつはこいつだ」

 

「……あ……」

 

後ろにいる響を親指で指差しながらそれだけを伝え、振り返る。

 

「おい」

 

「えっ!? わ、私?」

 

「そいつを知れ。 そして考えろ。 何が出来、何をすべきかを」

 

「え……」

 

何を言っているのか響にはサッパリ分からず、聞き返そうとしたが、

 

「さて、それで君はこの後時間は——」

 

「………………」

 

話の途中で律は背中のウィングバーニアーを広げ、姿が霞む速度で飛び上がり、紅い軌跡を残して闇夜の中に消えていった。

 

後に残された弦十郎は後ろ髪をかく。

 

「やれやれ、せっかちな奴だな。 茶でも飲みながら映画を見ようと誘おうとしただけなのに」

 

「それはそれでいいのかよ?」

 

弦十郎にツッコミを入れながら、タイミングを計っていた奏が現れた。 響は現れた奏を見ると、ワナワナと震え出す。

 

「か、かかっ、か……っ!」

 

「ん? 蚊でも飛んでんのか?」

 

「い、いえ! 奏さん……天羽 奏さんですよね!?」

 

「お前の目が変じゃなきゃあ、ここにあるの天羽 奏だ」

 

響は駆け足で奏の前に行くと、何を話していいのか分からず、今度はワタワタし出す。

 

「あ! えーっと、その、お久しぶりです! 奏さん! 私、立花 響って言います!」

 

「あぁ、聞いてるよ。 すぐに会いに行けなくて済まなかったな」

 

「い、いえ!」

 

「……それと……」

 

響の頭に手を置き、優しく撫でる。

 

「ありがとう。 あの日からずっと、生きる事を諦めないで居てくれて」

 

「は、はいッ!」

 

すると……突然、響の嬉しさとは裏腹に目から涙が溢れ出してきた。 響自身にもなぜ涙が出るのか分からず、拭っても留めなく溢れる涙を拭い続ける。

 

「あ……アレ……? なんでだろ……涙が……アレ……?」

 

「おーよしよし、よく頑張ったなー」

 

「……うっ……うう……うわあああああんっ!!」

 

あの事件以降、生存者が酷い待遇を受けていた。 それが少しは報われた気がし……響は奏の胸の中で今まで溜め込んでいたものを吐き出すように、泣き叫んだ。

 

「………………」

 

その光景を黙って見ていた翼は、踵を返して何も言わずにこの場を去ろうとした。

 

「翼!!」

 

だが奏は見逃さず、翼は背を向けたまま立ち止まる。 奏は泣きじゃくる響を横に移動させ、数歩歩き翼に近寄る。

 

「アタシはもう戦えない。 だからもうアタシの背中を見るな。 とっとと行かないと、ガチで蹴り飛ばすからな」

 

「奏……」

 

「分かったな?」

 

奏の言葉を聞き入れたのかは分からず、翼は何も答えずに去っていった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

道路での邂逅の後、律は夜空の中を飛んでいた。 律のシンフォギアは見た目が真っ黒なため、この夜が保護色となって地上からは見えないだろう。

 

「よっと……」

 

律は自分の部屋があるアパートの屋根の屋上に着地し、

 

「秘技“闇の夜の鴉”ってね」

 

軽く冗談を言いながら周囲に見つからないように地上に降り、シンフォギアを解除する。

 

すると、ほぼ同時に律のスマホに着信が届いた。 相手はつい先ほど連絡先を交換した奏からだ。

 

「もしもし?」

 

『おー、律かー? 今大丈夫か?』

 

「ああ、もう家に帰る。 それでそっちはどうなった?」

 

『問題ない……と言いてえが、翼がな。 どうしても響がガングニールを使うのに納得してねえんだよ』

 

「そりゃ何とまあ……」

 

ツヴァイウィング最後のライブでの印象と比べれば、かなり変わっていると言ってもいいだろう。

 

『あの日から戦えなくなったアタシに変わってノイズと戦うためにずっと自分を押し殺して、刀を持ち続けた。 女子なら当然な恋愛やファッションも全部捨てて……』

 

「それは……」

 

聞くだけでもその過酷さが伝わってくる。 律も誰も頼れず独りで人知れずに戦っていたが……それと比べるのもおこがましいと思うくらいだ。

 

『アタシは、何となくお前になら翼をどうにか出来ると思ってる』

 

「はぁ? 名前も覚えてもらってないのにか?」

 

『そのうち紹介してやんよ』

 

「……さっきの発言はどこから出てきたんだか」

 

律にしか出来ないと言っておきながら、まるで確証の無い発言に失笑するしかなかった。

 



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第6話 流星の涙

翌日——

 

「聖遺物……剣……うーん……?」

 

昼休み時……律は教室の席に座り、ノートパソコンの前で腕を組みながら頭を悩ませていた。

 

昨日聞いた奏の説明が正しければ、律のペンダントも聖遺物になる。 律はシンフォギア装着時の情報でネット上の情報で該当する物がないか探していた。

 

「剣……長剣……鞘に収められた剣…………ハァ、ダメだあ、何にも分かんねえ」

 

「何やってんだ、律?」

 

そこへ、ウンウンと唸る律に興味を持った錦がやってきた。

 

「ちょっと歴史上の剣について調べててな。 でも中々そういうのが見つからなくて……」

 

「ふうん……作曲にでも使うのか? だったらえらくファンシーな作曲になるな」

 

勝手に勘違いしてくれ、律はそのままそういう話にする事にした。

 

「伝説上、架空上ねぇ……エクスカリバーとか、コールブランドとか?」

 

「それ同じ剣」

 

「カラドボルグとか、魔剣グラム、フルディングとか」

 

「うーん、どれもピンと来ないなぁ」

 

出される名前を検索するも、どれも該当するものは無かった。

 

「もっとマイナーなのはないのか?」

 

「後はなぁ、戦女神ザババの双刃《イガリマ》と《シュルシャガナ》」

 

「マイナー過ぎるわ!」

 

「どうしろってんだ」

 

錦はやれやれと肩をすくめる。 怒鳴っても仕方なく、律は溜息をつく。

 

「ふぅ……地道にやるしかないか」

 

「——それが一番でしょうね」

 

そこへ、後ろからアルフが律の考えに同意しながら歩いてきた。

 

「アルフ」

 

「次は移動教室よ。 調べ物は後にして、行くわよ」

 

「あ、ああ」

 

「あ! おい待てよ!」

 

既に荷物をまとめていた律はパソコンを片付けてすぐにアルフと教室を出るが、駄弁っていた錦は慌てて準備してから追いかけるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

1ヶ月後——

 

あれから一月(ひとつき)……ノイズの出現は昼夜問わず多々あったが、律は暇な時と近場に出た時以外は介入してなかった。

 

介入時にシンフォギアでフォローする事もあれば、ノイズに潜り込んで《変異体》として追いかけ回させる事もあった。 時折、翼とも剣を交えたりも。

 

そしてその時に響の様子も見ていたのだが……それが酷いの一言。 本来なら装者の先輩である翼が指導すべきなのだが完全無視。 結果、響は何の考えもなくがむしゃらにノイズと戦う1カ月となっていた。

 

「ふぁ……」

 

今日の授業が終わると同時に律は大きな欠伸をし、身体をうんと伸ばしてから脱力して机に倒れ伏す。

 

「律。 あなた、最近だらしがないわよ」

 

そんな律をアルフはやれやれと言うような顔をしながら注意する。

 

「ごめんごめん。写譜をやってたら深夜を過ぎててな」

 

「写譜なんかもう辞めちまえばいいだろう。 もう十分描いたんだしさ」

 

「前よりは描く枚数は落としている。 それでも100枚くらいはやっておきたいんだ」

 

「うへぇ、聞くだけでうんざりしそう」

 

「錦の場合はやらな過ぎよ。 たまに楽譜の読み方を間違えるのなら、少しは描きなさい」

 

「俺は手順通りより、アレンジを加えた方がいいんだよ」

 

互いに演奏で足りない点を容赦なく言い合えるのが、この学校のいい点である。 そこでふと、律は時間を見ると席を立ち上がった。

 

「——さて。 それじゃあ、俺はこれで」

 

「ええ、また明日」

 

「そう言えばお前、最近この日は帰るの早いよな? なんか外でやってんのか?」

 

「まー、少しな」

 

少し誤魔化しながらも席を立ち「じゃあな」と言って教室を後にする。

 

この日、律はノイズやそれにまつわる情報を得るため隔週で奏と会談をしており、場所は再び喫茶《アークスター》を訪れていた。

 

「これがこの1カ月、ここら一帯のノイズの出現箇所だ」

 

「……多過ぎやしないか?」

 

目の前に差し出されたパソコン、その画面に表示された地図、さらに無数にある点の数に律は驚きを通り越して無心になる。 明らかに避難警報が出ている以外の出現も多々ある。

 

「ノイズの出現は月にあるかないか……それを踏まえれば明らかに異常だ」

 

「ああ。 人為的なものを感じると、二課もそう判断している」

 

このノイズの異常発生は人為的なものだと既に断言は出来るだろう。 方法や目的は定かではないが。

 

「ここしばらくは律に時々の介入をさせていたが、今後は出来ればアタシが出動要請をかけたら現場に行ってもらえないか? そろそろ何かが動き出しそうなんだ」

 

「……つまり、この騒動の主犯が出てくると?」

 

「可能性は高い」

 

それはそうと、律は以前から思っていたあることを指摘する。

 

「というか、これ完全に情報漏洩……というかリークしてるような……いいのか? バレたら面倒ごとになるぞ」

 

「いいんだよ。 実はここだけの話、二課に情報をリークしている奴がアタシ以外に居んだよ。 しかもお前のような味方じゃねえ——米国政府だ」

 

「マジか」

 

「そいつを炙り出すためにもアタシ自身を囮にして、律に協力してもらいたいんだ」

 

奏も乾坤一擲な想いなのだろう。 律は少し思案した後、口を開いた。

 

「分かった。 そういう事なら喜んで協力させてもらう」

 

「サンキューな。 それで、考えはまとまったのか?」

 

奏の言う考えとは本格に二課に協力するかどうか。 律の正体を明かせばより密な協力を得られるが、

 

「俺が基本見ているのは響か風鳴 翼の方だからな。 まだよく分からん。 それに内通者もいる以上、まだ本格に協力はできない」

 

「ま、そりゃそうだな。 アタシもまだ反対だし……気長に待つさ」

 

律の言い分に納得して、「さて」と奏は席を立つ。

 

「あらー? もう帰っちゃうのー? もっとゆっくりしていけばいいのにー」

 

「他に用事もあるし、あまり長居するのも悪いんでね。 これで失礼させてもらうわ」

 

「じゃあ俺も」

 

「えー? もっとお姉さんとお話ししましょうよー」

 

「「働け」」

 

ブーたれる店長を背に2人は喫茶店を後し、一応奏が変装しているとはいえ、人目がつく通りに入る前に別れた。

 

近くのスーパーで買い物を済ませた後、帰宅すると、白い子猫のリュートが元気よく出迎えに来てくれた。

 

「にゃー」

 

「よーしよし、リュート、元気してたか?」

 

「にゃー!」

 

元気よく鳴きながら足元に擦り寄るリュートの頭を撫で、必要な物だけ残しながら買ってきた物を片付け。 そのまま1人と1匹の夕食を用意した。

 

「………………」

 

「………………(ジーーッ)」

 

「…………………………」

 

「……………………(ジーーーッ)」

 

「——ほらリュート、召し上がれ」

 

「にゃー❤︎」

 

お預けをさせる律と、ご飯をただジッと見つめるリュート。 そして食べる許可をした律はねこまんまが入った皿を床に置くと、リュートは美味しそうにがっつく。

 

それに続き、律も自分の夕食を食べようとすると……スマホの着信が鳴った。

 

「もしも——」

 

『お兄ちゃん!!』

 

あまりの大声に律は思わずスマホを耳元から離し、キーンとする耳を抑えながら返事を返す。

 

「はい……お兄ちゃんですよ……」

 

『さいきんどーして帰って来てくれないのー!? しずか寂しくてつまんなーい!』

 

「退屈なだけだろう」

 

静香も律同様、両親から音楽の指導を受けているのだが……どうやら才能が有り余っているらしく、難なくこなせるようでここ最近、退屈しているそうだ。

 

「今度どこかに連れて行ってやるからそれで勘弁しろ」

 

『じゃあぁ……風鳴 翼のライブにつれてって!』

 

「無茶振りな上に高い要求だね妹よ……」

 

そもそも風鳴 翼は2年前の事件、ツヴァイウィングの解散以降は活動を控えており。 現在も月末にしか活動はしていない。

 

「分かった分かった。 出来る限りやってみるよ」

 

『約束だからね!!』

 

半ば強引……いや完全に強引に約束され電話を切られる。 しばらくして通話を切り、溜息をついた後、箸を取ろうとすると……再びスマホが鳴り出す。

 

「(またか)はい、もしもし?」

 

『もしもし、律さん?』

 

少しうんざりしながらも通話に出ると、今度は未来からだった。

 

「未来? どうかしたのか?」

 

『ええ、ちょっとお誘いしたいことがあって……今お時間いいですか?』

 

「ああ、大丈夫だ。 それで?」

 

『実は——』

 

なんでも明日の夜に“こと座流星群”が見れるそうで、響と未来は一緒に見る予定で、どうやら律にもそのお誘いが来たようだ。

 

『それで、律さんも一緒に流れ星を見ようって事になったんです』

 

「こと座流星群かぁ……それで、当の本人はレポートの山に追われていると」

 

『そうなんですよ……それに最近、どこかに出かけることが多くて。 これじゃあ終わるものも終わりませんよ』

 

だが、当の響は学校からの提出物がまだ終わってなく。 このままでは見れる物も見れなくなってしまう。

 

「じゃ、俺も行くって流れで。 場所はいつもの高台でいいんだな?」

 

『はい、いつもの高台です』

 

「なら、また次の夜に。 それと響に伝えておいてくれ。 急ぎすぎて字が汚くならないようにって」

 

『ふふっ……はい、伝えておきますね』

 

通話を切り、一息ついてから窓の外……夜空に映る星々を見上げる。

 

「行けるといいな……」

 

明日にはあそこに無数の流れ星が見える。 それを本当に期待しながら、律は少し冷めた夕食を取るのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日——

 

「ヌウオオオォーー!! 終わらねぇーー!」

 

「叫ぶ前に頭と手を動かせ愚か者」

 

放課後、もう夕方になる事に律と錦はクラス内に残っていた。 その目的は……錦の未完了の課題の手伝いである。

 

「はぁ……何だって今日提出の課題をやって来ないのかなぁ」

 

「いやぁ、ゲーセンでドラム系のゲームにハマってたらつい……」

 

「この馬鹿者め」

 

すでにアルフは見限っており、律は錦の拝み倒しで渋々付き合っている。

 

ふとスマホの時刻を見る。 集合には遅れそうだが、星を見る時刻には間に合うだろう。

 

(……まぁ、流星群は夜からだし、余裕で間に合うだろうな)

 

軽く溜息を吐きながら、律は確認のため錦が急いで書いているレポートに軽く目を通す。

 

「そことここ、間違えてんぞ。 それと急ぎながら正確に書け。 字が造形文字になってんぞ」

 

「ヌッ……ウオオオッ!!」

 

間違いと字の汚さを指摘し、錦は野太い声を上げながらペンを走らせる。

 

その後、半ば渋々ながらも担当の先生は造形文字はおろか象形文字になったレポートを受け取ってもらえ。

 

こうしてお役御免となった律は急いで集合場所の高台へと急いだ。

 

「な、なあ未来……機嫌直せって、響だって残念がっているだろうし」

 

「………………(ムスッ)」

 

高台に到着すると……未来は最初から不機嫌だった。 律は何とか機嫌を直しもらうよう努力する。

 

どうも響が来れなくなったのがそんなに残念だったのか、合流してからムスッとした顔をし続けていた。

 

「えっと……未来は俺と一緒じゃ嫌か?」

 

「!? そ、そんなんじゃありません! ただ……最近、響がよそよそしいとか……ボランティアだって言ってるのに、凄く疲れたような顔をして帰ってきて……」

 

どうやら二課に協力して疲れを見せている響を心配しているようだ。

 

「よし! 心配させたお詫びに、今度は美味い店に行って響に奢らせよう!」

 

「え……ええっ!?」

 

「心配かけたんなら詫びるのが筋ってもんだろう?」

 

「で、でも響だってワザとじゃ……」

 

「それに、響だって俯いて心配そうな顔をしているより……笑ってた方が嬉しいだろうよ」

 

「律さん……」

 

律の言葉を聞き入れ、未来は笑顔を見せながらコクンと頷いた。

 

そして星を見ようとレジャーシートを敷いたり、響のために光量のあるカメラで撮影の準備をしていると、

 

——ピロンピロン! ピロンピロン!

 

いつもと違う着信音。 この着信音は緊急時に奏から来るものである。 律は一言「ごめん」と未来に謝りながら離れ、どうやら奏でからのようで通話に出る。

 

「もしもし、何かあったのか?」

 

『〇〇地区の地下鉄“塚の森”でノイズだ。 すぐに行けるか?』

 

「おいおい今からかよ。 それに珍しいな、ノイズ討伐の電話を寄越すなんて」

 

『頼む』

 

「………………」

 

悪いとは思ってる。 だがそれ以上に大切なことなんだろ……奏はただ一言そう言う。 律は電話越しに頷く。

 

「分かった。 すぐに行ってみる」

 

『……ありがとうな』

 

通信切り。 未来の元に向かうと、物言わず先に律は頭を下げる。

 

「済まない未来、ちょっと用事が出来ちまった」

 

「………………もう、律さんまで? 流石に1人で見る星は寂しいですよ?」

 

「今度、ちゃんと響と一緒に埋め合わせするから許せ。 それに出来るだけ早く終わらせられれば戻ってこられるから」

 

「………………」

 

「あとこれ、夜空を撮れる光量が出せるカメラ。 それで直接見られない響のために見せてくれ」

 

何とかお詫びを対価とするも未来は無言のまま。 これ以上遅れるわけにもいかず……カメラを渡した律は「ごめん」とまた謝り、踵を返して走り出そうとすると、

 

「っ!」

 

「………………」

 

後ろから未来に抱きしめられてしまった。 腕はがっちりとお腹まで回されており、顔も背中に埋もれて微動だにしない。

 

「未来?」

 

「律さん。 私、最近分からなくなってきました……」

 

「……ああ、俺もだ。 なんでこうなってしまったのか……響の言う通り、呪われているのかもしれない。 知らない誰かになっていくのが怖い、大切な人に見られるのが怖い。 守りたいからこそ背を向ける。 それはとても、お互いに傷つく行為だ」

 

まだ星降らない夜空を見上げながら、律は自分の心のままに、未来に思いを告げる。

 

「こんな俺と響が未来にどう映るのか分からない。 今やっていることが正しいのか、悪いのか……けど——必要なんだ」

 

「………………」

 

ありのままの心を言葉に表し、少しして未来がゆっくりと手を離し、律を半回転させて向かい合わせてにする。

 

「行ってらっしゃい」

 

「……ああ、行ってきます!」

 

快く送り出してくれた未来に応え、律は走り出す。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

山を降り走りながら聖詠を紡ぎ、その歌に首のギアペンダントが反応し……シンフォギアを纏い夜空に向かって飛び上がる。

 

「朝飯前に……いや、星降る前に終わらせてやる!」

 

律が出せる最大速度で飛翔し、数分でノイズ発生地点上空に到着すると、

 

「あれって……」

 

空から見下ろすように地上を覗き込む。 シンフォギアの目元のバイザーには高性能の望遠機能がついており、確認されるターゲットを定めながら姿を確認する。

 

「誰か他の装者がいる? それにあのギアは……」

 

『——あれはネフシュタンの鎧! 気をつけろ!! あれはお前の使うシンフォギアの1パーの欠片と違って、100パーの完全聖遺物だ!』

 

「冗談だろ!?」

 

話には聞いていた完全聖遺物の存在。 なんの策もなく正面からぶつかり合えば勝率は限りなく低いだろう。

 

因みにどういう原理か、以前に奏は律のシンフォギアと通信できるように設定し、こうして通信できるようにして戦闘中のサポートを受けることができるようにしていた。

 

「……で、どーすんだ? そもそも俺はまだどっちの敵でも味方でもないんだが」

 

『鎧の方は翼に任せておけ。 律はあの子のフォローを。 はっきり言って見ちゃいられねえ』

 

「だろうな」

 

翼とネフシュタンの少女が戦っているのを尻目に、拘束を解こうと四苦八苦している響の元に降り立った。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

「わっ!? 黒い人!」

 

突然の登場に当然の反応をする響。 何故響が律の事を“黒い人”と読んでいるのかと言うと、響たちは律の正体はまるで分からない……なので便宜的に、響のみ黒い人と呼んでいる。

 

「助けてほしいか?」

 

「はい! 助けてください!」

 

「素直でよろしい」

 

雑音(ノイズ)強襲(パニック)

 

敵なのか味方なのかも分からず、こんな状況でもあんまり変わらない響に苦笑する。

 

律は両翼を広げ無数の細長い紅い光線を拡散させ、ノイズに直撃させると……律はノイズをジャックし、ノイズを操ると出していた粘液を千切り、縛っていた響を解放した。

 

それにより体勢を崩した響を律は抱きとめる。

 

「おっと」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「どういたしまして」

 

少し顔を赤らめながらお礼を言い、そのまま地に立たせる。

 

「あ! 翼さんを助けないと!」

 

「やめておいた方がいい。 戦い方はおろか、対人戦や連携もロクにやってない状態で乱戦に入ったらすぐにやられる」

 

「うっ!」

 

当然、図星なのでぐうの音もでない。 ここはこれ以上事態が急変しないように待機するのが一番だ。

 

「ここは成り行きを見守るしかないな。 ほれ、座るか?」

 

「え、遠慮します……」

 

『お前も大概だな……』

 

首の長い水鳥のような身体が細長いノイズを平伏させ、その頭の上に座る律。 響は、例えノイズで無くとも座りたくはなかった。

 

「——お高く止まるな!」

 

 そこで、ネフシュタンの少女は、翼の足を振り回し地面に向かって叩き付ける。叩き付けられた勢いで、翼は地面を跳ねながら転がり、その先に回り込んだ少女によって顔を踏み付けられた。

 

「逆上せ上がるな人気者! 誰も彼もが構ってくれると思うんじゃねえ!」

 

 煽るように汚い言葉を並べて罵倒するネフシュタンの少女を、翼は顔を踏み付けられながら強く睨み付ける。

 

「この場の主役と勘違いしているなら教えてやる。 狙いは端っからコイツを掻っ攫うことだ」

 

親指で響を指差し、目的を明かす。 だがそこでようやく響が解放されている事と、律がいる事に気がついた。

 

「! って、テメェ、いつの間に!?」

 

「こんばんわ」

 

「わ、私が……?」

 

驚くネフシュタンの少女に律は軽く手を挙げる。 その横で、狙いが自分だと思っても見なかった響が自分に指差しながら呆然とする。

 

「あ、こっちはお気になさらず、どうぞどうぞ」

 

「ッッ……な、舐めてんじゃねえ!」

 

律の態度が気に食わなかったのか、少女は杖によって大量のノイズを律と響の周囲に発生させた。

 

「うわぁ!」

 

「あらら」

 

響は慌てふためき、律はどこ吹く風のようにノイズを見る。 その間、少女は何も行動を起こさずジッと律の事を見つめている。

 

「………………」

 

「——ふっ!」

 

【千ノ落涙】

 

その隙を翼は見逃さず、踏みにじられた状態から大剣を空にかざし、自身に当たらぬよう調整しながら短剣の雨を降らせる。

 

少女は落ちる前に足をどかして距離を取って避け、再び激突する。

 

律は2人の戦闘を一瞥すると、周りを取り囲んでいるノイズをひと睨みし、剣を頭上に掲げる。

 

「俺の前じゃ、ノイズはただの餌だぞ」

 

竜巻(トルネード)投撃(ブロー)

 

頭上に掲げてた長剣を手放すと高速に回転を始め、輪型の刃となって投擲。 ブーメランの軌道のようにノイズを斬り裂き、吸収しながら戻ってきた所を掴む。

 

すると掴んだ手から吸収したノイズのエネルギーが本体に送り込まれ、背中のウィングバーニアが強く紅い光を放出し出す。

 

「ふぅ……ちょっとお腹が……」

 

「——出ろ! アームドギア!!」

 

「ん?」

 

少し苦しそうにお腹をさすっていると、響が右腕に必死に投げ掛けていた。

 

「奏さんの代わりになるには……私にもアームドギアが必要なんだ!」

 

『響……』

 

(違うぞ響。 お前に必要なのは、そんなものじゃない)

 

だが、今それを指摘したところで伝わらないだろう。 それでもなお、響は必死に腕のパーツな語りかけるも変化はない。

 

と、そこでネフシュタンの少女はさらにノイズを出現させ、翼に向かわせた。

 

「おっとまずい。 お前はここで待ってろ」

 

「あ……はい」

 

「それと……」

 

数歩で響の目の前まで歩み寄る。 響はいきなり眼前に来られてビックリし、たじろぐと……その隙に律の左手が伸び、

 

「イタッ!」

 

「お前は決して天羽 奏に代わりになれない。 お前はお前だ、立花 響なんだ」

 

「あ……」

 

中指で強く響の額にデコピンをした。 ジンジンと痛む額を抑える響に背を向け、律は戦闘現場に向かって走る。

 

(……私の名前、教えてたっけ?)

 

自分の名前を教えていたか不思議に思ったまま立ち尽くす響。

 

律はノイズを斬りはらいながら中心に飛び込み、翼と背中合わせにして立つ。

 

「貴様は……!」

 

「間引いておいてやる。 早く行け」

 

「……礼は言わない」

 

信用はされていないが、良し悪しを好んでいられるような状況でもなく。 翼は刀を構え直しネフシュタンの少女に向かっていく。

 

「さて、夜食と洒落込みますか!」

 

大きく意気込みながら律はノイズの群れに飛び込む。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️!」

 

ノイズだらけの歌を歌いながら長剣を縦横無尽に振るい、時には投げノイズを次々と炭にしていくが、一向に数は減らない。

 

「うーん、ちまちまやっても時間がかかるし、かと言って大技を使えば巻き添いにしそうだし……」

 

『全部吸い込んじまえばいいんじゃねえか?』

 

「そろそろパンクしそうだから却下。 でも……」

 

律のシンフォギアにもノイズを取り込める許容量があり、もう全体の8割は埋まっており。 奏の提案を断りつつ上空に飛び上がり、

 

「一気に決める!」

 

漆黒(ブラック)鵬翼(ウィング)

 

翼を大きく左右に広げ、放出されている紅い閃光から無数の紅い光線が放たれる。 光線は時折カクカク曲がりながら全方向に拡散していき、地上のノイズに降り注いだ。

 

今回はシンフォギアの力とノイズの力を同時に放出し、力の節制を図った。

 

「ふぅ、これで全部かな……」

 

「——おらっ!!」

 

一掃して軽く小休止していると、翼と戦っていたはずの少女が律に向かって攻撃してきた。

 

「あっぶな! いきなり何するんだよ!」

 

「お前も捕獲対象に入ってるからなぁ。 少し痛みつけてから回収してやるよ!」

 

少しと言いながらも本気で鞭を振るう少女。 律は右手の長剣と、さらに左手に腰に懸架していた鞘を逆手に持ち襲い掛かる鞭を防いで行く。

 

だが、どう言う訳かネフシュタンの少女は律の方を見ようとせず、顔を俯かせたまま鞭を振るっている。

 

「私を無視するな!」

 

「ハン、人気者から目を逸らすなってか!?」

 

背後から斬りかかる翼。 その瞬間、少女の足元の地面から鞭が飛び出し、振り返らずに翼を弾き飛ばした。

 

「お前なんか端から眼中にないんだよ! いい加減諦めろ!」

 

「クッ!」

 

「それはこっちの台詞!」

 

意識が翼に向けられた隙に距離を詰め、横に振りぬかれた剣を鞭で受け止め押し合い、鍔迫り合いとなる。

 

「最初は彼女を警戒してからだと思ってたけど、何で俺を見ようとはしない?」

 

「ッ!」

 

鍔迫り合いになったためお互いの顔は至近距離にある。 律は顔を寄せてネフシュタンの少女の顔を覗き込もうとすると……彼女は慌てるように顔を逸らした。

 

その意思を逸らした瞬間を狙い力を抜いて彼女を前のめりに倒させ、尻餅をついた彼女に剣を突き付ける。

 

「さあ、まだやるかい?」

 

「!?」

 

挑戦的な口調で剣を彼女の顎に乗せ、クイッと顔を上げさせ、律から向けられる敵意がネフシュタンの少女を射抜く。 すると、

 

「や、やめ……やめて……」

 

「うん?」

 

尻餅をついたまま、何かに恐れるように少女は震えながら後退って行く。

 

「……アタシを……そんな目で……見ないで……」

 

(怯えている?)

 

バイザー越しに見える少女の目は律を見ながら震えており、明らかに何かを怖れて怯えている。

 

何かおかしいと感じた律は警戒を解き、彼女から視線を外して剣を下ろす。

 

「お、おい……」

 

「——離れろ!」

 

「うおっ!? ちょせい!?」

 

突然、警告と共に背後から3本の短刀が投擲されてきた。 咄嗟に剣を振るい短刀を弾き飛ばし、弾かれた短刀は宙を舞う。

 

「いきなり何するんだ!」

 

「そいつは敵だ! このまま放って置けば更に被害が拡大する!」

 

「敵だからと言って全て斬るなんて間違っている! 斬るべき相手は己が見定めなければいけない! 敵というたった一つの言葉で全てを斬り続けたら……その先に何が残るっていうんだ……!」

 

「…………!」

 

その律の言葉に翼は心臓を撃ち抜かれたような感覚を覚え、今まで信じてきた信念と心が揺らぐ。

 

「確かにそうかもしれない……だが、それでも!」

 

刀を変形させて大剣にし、振り下ろしてきた。 律も同様に長剣の幅を広げ大剣にして迎え撃ち、鍔迫り合いになる。

 

「このいい加減に——なっ!?」

 

なおも攻撃を続ける翼に文句を言おうとした時……大剣を掴む柄から先が無かった。 大剣は独りでに律の大剣と鍔迫り合いをし、峰から出るバーニアで押していた。

 

「本人はっ!?」

 

動力付きの大剣に押され、その場から動けないも周囲を見回すと……翼はネフシュタンの少女が放心している隙に背後に回り、両腕を両脇に入れて押さえ込み羽交い締めにした。

 

「ッ!! テメェ、離しやがれ!」

 

「……付き合ってもらおう、地獄の果てまで!」

 

「! まさか、歌うのか——絶唱を!」

 

「絶唱?」

 

専門的な用語に首をかしげる律。 すると耳元から奏の慌てる声が聞こえてきた。

 

『律!! 今すぐ翼を止めろ! 翼がやろうとしているのは、簡単に言やぁ自爆だ!』

 

「はいぃっ!?」

 

奏の説明を聞き、思わず驚きの声を上げてしまう律。

 

「つ、翼さん……?」

 

「——防人の生き様、覚悟を見せてあげる! あなたの胸に、焼き付けなさい!」

 

まるでその生き様を響に見せつけるように、まるで死に様さえも見せるように翼は決死の覚悟で死をも招きかねない歌い始めようとする。

 

「おいおい、大怪我すると分かって、そんな事をやらせるとでも——って、んんっ!?」

 

今すぐ翼を止めようとすると……何故か一歩も動けなかった。 顔もロクに動かさず、何とか目だけで状況を確認すると……月の光に晒されてて出来た律の影に、1本の短刀が刺さっていた。

 

【影縫い】

 

「おいぃー! これ絶対当たる人、間違えてんだろうーーっ!」

 

「………………(サッ)」

 

「図星か!」

 

抜け出そうと右往左往と身悶えながら指摘すると、翼はあからさまに目をそらす。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 だがそれもつかの間、翼は呼吸を整えると歌を——絶唱を歌い始めた。

 

「は、離しやがれ……!」

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

(ッ! う、動かねえ……いや、何で完全聖遺物であるネフシュタンの鎧がたかがシンフォギアなんかに……)

 

少女も抜け出そうと力を込めるも、まるでビクともしない。 それは身に纏う聖遺物の性能の差であり得ないはず……すると、少女は2人の影に刺さる2本の短刀が目に入る。

 

(この影に刺さる短刀……まさか! お互いに動きを封じて……!)

 

翼と少女、両方に影縫いを施し完全に動きを封じていた。 文字通り、翼ひ決死の覚悟で臨んでいる。 だが問題は……2人と律との距離が近いことだ。

 

「ちょっ、待っ!! これ絶対巻き添え喰うから!」

 

自爆技と聞き、このままでは巻き添えを喰う羽目になる。 絶唱を止めようにもまず自分が先に抜け出さなければいけない。

 

「! そうだ! よくわかんない聖遺物だけど、この聖遺物の一端は《光の力》! なら!」

 

律のシンフォギアの力はノイズの部分を抜けば剣と光の力……律は全身を紅く輝かせると、紅い光が月の光を塗り替え影を消し、影縫いから脱する事が出来た。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

『翼ぁ!!』

 

「間に合え!!」

 

「Emustolronzen fine el zizzl」

 

動けるようになった瞬間、ウィングバーニアを最大速で加速させ、2人の元に飛び込んでいく。

 

そして、ネフシュタンの少女を羽交い締めにしたまま、翼は絶唱を歌いきった。 その口元は笑みを浮かべ、血が流れ出た。

 

その直後、翼を中心に凄まじい衝撃波が巻き起こる。

 

「うあぁぁっ!!」

 

巻き起こった衝撃波を至近距離で防御もなく、真正面から喰らったネフシュタンの少女は悲鳴を上げ、纏っていた鎧や目を隠すバイザーにヒビが入っていく。

 

「ぬううっっ——うわああああっ!!」

 

律は絶唱による衝撃を剣を盾にして耐えながら突き進むも、最後には吹き飛ばされてしまった。

 

「うあぁあぁぁぁっ!!!」

 

絶唱のせいか羽交い締めにしていた拘束も解かれ、その直後に少女は絶唱の反動で吹き飛ばされてしまった。

 

木々をなぎ倒し、その衝撃で鎧にも無数の傷が入りながら近場にあった水辺に突っ込み、ようやく止まった。

 

「あ……あぁ……」

 

鎧が破壊された箇所から彼女の色白の肌が露出しており、下半身を水に浸らせながらコンクリートの壁を背にして仰向けに倒れていた。

 

「——うっ、ああっ!? あぅあっ!?」

 

すると突然、少女の顔が苦痛に歪み、苦悶の声を漏らす。 その理由は鎧が軋みながら彼女の体を侵食するように自己修復を始めたため。

 

「ハァハァ……チィッ!」

 

自分の有様を見て、これ以上の戦闘続行が不可能だと判断したネフシュタンの少女は、身を翻して夜空の闇の中に消えていった。

 

「翼さーん! 翼さん——った!」

 

絶唱を行った翼を中心にクレーターが出来ていた。 翼の名を呼びながら響は駆けるも、クレーターに足を取られ転んでしまう。

 

「痛つっ……なんて威力だよ……」

 

絶唱による衝撃で吹き飛ばされた律が頭を振り、揺れる意識を保つ。

 

そこへ、倒れる響の横から車が追い抜き、弦十郎が出てきた。

 

「無事か、翼!?」

 

「……私とて、人類守護の役割を果たす防人」

 

呼び掛けに応えるようにゆっくりと翼は振り返ると……その姿に響と律は目を見開かせる。

 

シンフォギアはボロボロで、なによりも翼本人が目や口から大量の血を流し、目も当てられないほど傷ついていた。

 

「見るな」

 

「————」

 

翼の姿を見せまいと律は響の前に立つが、既に目撃してしまったようで……響は揺らぐ瞳で翼しか見えてなかった。

 

(仕方ない……)

 

——ドスッ……

 

「うっ……」

 

気に病みながら響の首筋に鞘を強打させて気絶させる。 そして律はいつでも剣を抜けるように構えながらゆっくりと後退し、奏からの指示を仰ぐ。

 

「……どうする?」

 

『……その場から離脱しろ。 弦十郎の旦那が本気で確保に来たらマジでヤベェ。 今、お前の捕まえさせる訳にはいかない』

 

「……了解」

 

奏の言葉を聞き入れ、ウィングバーニアを広げて空中に飛び上がる。 踵を返し、後ろ髪を引かれながらも現場から離脱した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「未来!」

 

「あ、律さん……」

 

最高速で高台に戻り、律は未来の元になんとか戻ってきた。

 

「ま、間に合った?」

 

息を切らせながら問いかけると……未来はフルフルと首を振った。

 

「もう終わっちゃいました」

 

「そ、そんなぁ……」

 

仕方ないとはいえ、間に合わなかったことに大きく落胆する律。

 

「ふふっ、ありがとうございます、律さん」

 

そんな律を励ますように未来は肩の上に手を置き、

 

「それじゃあ、律さん。 すぐそこのコンビニで何か奢ってくださいね?」

 

「え…………」

 

「律さんが言ったんですよ。 お詫びをするなら奢らせようって」

 

「い、いやそれは響と一緒という意味で……」

 

「ファミレスの方がいいですか?」

 

「……奢らせていただきます」

 

既に約束した事を撤回する訳にもいかず……有無言わさない未来の圧力に押されながら律は項垂れるのだった。

 



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第7話 もう1人のネフシュタン

翌日——

 

「奏、風鳴 翼の容態はどうなっている?」

 

放課後、律は屋上にいた。 電話の相手は奏、あれから音沙汰なかった彼女からようやく連絡が来たのだ。

 

『今日やっと目を覚ましたが、まだICU(集中治療室)からは出られねぇし絶対安静だ。 これ以上悪化することはないだろうが……』

 

「そうか……」

 

むしろその程度で済んで良かった方なのだろう。 奏から聞こえる声は何となくそう感じる。

 

『それであの時、ネフシュタンの少女の目的は完全に個人……立花 響と芡咲 律の2名に絞られていた。 つまり、二課には内通者がいると確定してもいいだろう』

 

「前に言ってた米国と繋がっているやつか」

 

『ああ。 響はともかく、何故律が狙われているのかは分からん。 ノイズの力を扱えるとこは知られても当然だろうが、素で触れるとまでは知られてないだろうし……」

 

「扱えるだけでも捕獲対象には十分だろう。 個人が特定されてないだけマシだ」

 

『だな。 だが問題は……』

 

「響、だな」

 

絶唱を行なった後の翼を見た響はかなりショックを受けていた。 かなり気に病んでいそうなくらいだ。

 

「響の親友の未来からは話は聞いている。 かなり落ち込んでいるようだな?」

 

『ああ。 翼が傷ついたのを自分の責のように感じている』

 

「……あいつは妙に溜め込むことあるからなぁ。 ま、そこは近くにいる未来がなんとかするだろう」

 

ずっと寄り添って来た未来なら響のいい相談相手になるだろう。

 

『何か分かったらまた連絡を入れる。 それまでは自由にしていいぞ』

 

「了ー解」

 

通話を切り、少し嘆息してから屋上の手すりに寄りかかり空を見上げる。

 

「……もっと訓練を積まないとな。 えっと……どれにしよっかなぁ」

 

そして律はスマホを操作し、訓練の参考にするためのゲームを探した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

数日後——

 

「——んで、何で永田町に?」

 

ネフシュタンの少女の出現から数日……ゲーム式特訓を続けていた律は車の助手席に乗りながら、頬杖をついて不満気味にそう呟く。

 

先程、下校途中に律は有無言わさず半ば誘拐のように奏によって車に乗せられ、そのまま目的地だけを告げて移動していた。 律の質問に奏はニッと笑うと、

 

「勘だ」

 

「いや勘って……」

 

適当な答えに律は呆れるしか無かった。

 

「まあその付近で仮に何が起こるとしたら……国会議事堂辺りか?」

 

「アタシもそこを睨んでいる。 しかも、今日は了子さんもそこに来る予定だ」

 

「了子? 前に言ってた櫻井理論の提唱者で、実質シンフォギアを作った研究者《櫻井 了子》の事?」

 

「そ。 了子さんはお偉いさんに呼び出されて、色々とメンドくせえ話を説明しなくちゃいけないんだとさ」

 

(……関係者なのに何でそんなアバウトな説明……知らないのか、忘れたのか……いや、理解できなかったんだろうな。 絶対そうだ)

 

よくこれで二課に協力できたな、と何度も呆れても足りないくらいだ。

 

そんな溜息ばかりつきながら律たちは永田町に……その地域にある国会議事堂、

 

「張り込みっていやあ、アンパンと牛乳だろう」

 

「いやそれ以前にアポ取ってなかったのかよ!?」

 

の前に到着し。 道路脇に車を止めて張り込みをしていた。 律は半ギレになりながらも移動の途中で寄ったコンビニで買ったアンパンと牛乳を食べる。

 

「しゃあねえだろう。 アタシの勘で動いてるんだからそんなの出るわけねえ(モグモグ、ズーッ)」

 

「……心配になってきた……」

 

そんな無鉄砲無計画な奏に付き合わされている自分にも頭を抱える律である。

 

張り込んでから数十分後……議事堂から場違いなピンクの車が出てきて、律たちの車の横を抜けて走って行った。

 

「……まさか、あの車って……」

 

「ああ、了子さんの車だ」

 

「……あのピンクの車で国会議事堂に出入る勇気は、俺にはないな……」

 

(……だが、予定より出て行くのが遅れてんな……)

 

弦十郎から聞いていた二課の到着時刻は昼ごろ……今から出発してリディアンの地下の二課本部に到着するにしては遅かった。

 

奏は何かあったのかと思っていると……少し遅れて三台の黒い車が出てきた。

 

「お、出てきた。 あの真ん中の車両に広木っつう防衛大臣が乗ってんだ」

 

「なるほど……ここに来た目的はその防衛大臣の暗殺だな?」

 

——ゴンッ!!

 

「ヘブン……ッ!?」

 

「ちげぇよ! 護衛だよ、ご・え・いっ!! 行くぞ」

 

律の脳天に振り下ろされた拳を下ろし、奏は車を走らせ、前方の車両に不審に思われない距離で追跡する。

 

「そもそも何で今日狙われるって知ってるんだよ?」

 

「勘……って言いたいが、もういいだろ」

 

いつになく奏は真剣な表情になりながら車を追いかける。

 

「——2年前だ。 2年前、あの事件の後すぐ、アタシはぶっ倒れた。 LiNKERの投与、そして度重なるノイズとの戦いでアタシの身体はたった3年でボロボロになった」

 

「確かにあの時、無茶しているようには見えたが……」

 

「問題は意識が目覚めた後だ。 アタシは変な能力に目覚めた。 医者が言うようには、人間っては死にかけると稀に特異な能力に目覚めることがあるそうだ」

 

「なるほど……それで、奏にも?」

 

「ああ。 簡単に言やぁ“脳の活性化による思考の加速化”だ。アタシは時折、どこかの景色のビジョンを見ることができて、それが先の未来で実際に起きたことがたまにあるんだ」

 

それは所謂、予知能力というものだろうと、律は考える。

 

「うーん……何となく理解できるような……つまり未来予知ってやつ?」

 

「まあそんな感じだ。 だがアタシの知らない人、場所の予知は出たことがねぇ。 これはアタシの予想だが、この力はアタシが目にした光景と状況を元に活性化した脳が出した予測なんだ」

 

「なるほど……よく分からん」

 

「んー、つまり……車があるとして、アタシがその車が見て、いつ壊れるかがイメージとして現れる。 だがそのイメージが見れるのはその車であって、他の車は見てないから予測もできない……」

 

「……何となく、分からなくもない」

 

とにかく都合のいい未来は出てこない、とだけ分かっていればいいと律は考えた。

 

「んで、ここが本題……つい昨日、そのイメージが出たんだ。 この先で、武装して英語話す奴らが防衛大臣を殺害する光景をな」

 

「ちょ、それ本当かよ!? って、待てよ……あの車について行くって事は……!」

 

「おう。 止めてこい」

 

「結局人任せ!?」

 

暗殺を食い止めるのはいいが、せめて事前に説明して欲しかった。

 

しかも、いつの間に走っている場所が人が住まず車の往来や人通りが全くない開発予定地区に入っていた。

 

「おーい、開発予定地区に入ってるぞ。 これバリバリここで狙われる雰囲気してんだけど」

 

「——! 急ぐぞっ!!」

 

すると突然、奏はアクセルを全開にして速度を上げて走り出した。

 

何故加速したか問おうとする前に前方を見ると、広木大臣が乗る車と護衛の車が上層の道路下にあるトンネルに入ろうとしていた。

 

「おいマズイんじゃないのか!?」

 

「分かってる!」

 

ハンドルを切り、車は車道を外れて側にあった撤去前の瓦礫に向かっていく。 その瓦礫が丁度斜め上を向いており……飛び出し台のような形をしていた。

 

「っておい! 何する気だ!!」

 

「緊急事態だ!! 喋ってると舌噛むぞ!!」

 

さらにアクセルを踏み込んで瓦礫を乗り越えて飛び出し、

 

「うわああああっ!!」

 

上層の道路に着地、ハンドルを切って何度もターンをしながら反対車線で急停止した。

 

「さっさと行けっ!」

 

「人使い荒いっ!!」

 

急停止の勢いで律の方の扉が開き、同時に奏に蹴り飛ばされながら首にかけたギアに手を添える。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

飛び降りながらノイズだらけの聖詠を紡ぎ、その身に黒いシンフォギアを纏い武装集団の前に躍り出る。

 

「よっこい、しょっ!!」

 

武装集団が乗ってきたトラックの正面を蹴り飛ばし、攻撃すると同時にトンネルの道を開ける。

 

「米国人の皆さーん、バッドエンドのお時間ですよー」

 

『どっちが悪役なんだか』

 

律の軽口に、上層の道路に停めた車の中で奏はボソリと呟く。

 

武装集団は体勢を立て直すと横一列、弧を描きながら隊列を組み律に銃口を向ける。 明らかに訓練されていることから、そんじゃそこらのゴロツキではないことが分かる。

 

「(何だお前は!?)」

 

「(日本の新しい兵器か!)」

 

「あー、ごめん。 リスニングそんなに得意じゃないから」

 

沈黙(パラライズ)電波(ウェーブ)

 

本当は何を言いたいのかは察する事が出来るが、律は軽口を言いながら翼を広げ、紅い光を粒子として放出しながら羽ばたき、光を武装集団に向けて飛ばす。

 

すると武装集団の身体が震え出し、手に構えていた銃を次々と落とすと硬直したように動かなくなった。

 

「拘束をお願いします」

 

「あ、ああ……」

 

武装集団の拘束を護衛のSPに任せ、警戒されながらも広木大臣の元に向かう。

 

「大丈夫ですか?」

 

「き、君は……」

 

「広木防衛大臣、下がってください! その黒いシンフォギアは報告にあった正体不明のシンフォギアです! 加えてノイズの力を扱います!」

 

どうやらに二課を通じて存在は知っていたようで、眼鏡の秘書は護身用に持っていた銃を向ける。

 

だが当の広木大臣は「まあ待て」と、眼鏡の秘書を手で押さえ、車から降りて律の前に立った。

 

「君は一体何者かね?」

 

「それにお答えする事は出来ません。 ただ敵ではないとだけ、覚えてもらえれば」

 

「ふむ……」

 

質問に対する答えに、広木大臣は顎に手を当てる。 だが襲撃された以上、ここで話している猶予はない……律がここからの逃走を催促しようとした時、

 

『——律!! しゃがめ!!』

 

「っ!!」

 

両耳のヘッドホンから奏の警告が聞こえ、同時に広木大臣と秘書を庇うように押し倒すと……頭上を凶悪そうな棘がついている鞭が通り過ぎ、トンネルの壁を砕いた。

 

「な、何だ……!」

 

「下がって!!」

 

立ち上がりながら振り返り、鞘から剣を抜き構える。 視線を鞭を伝ってトンネルの出口に向けると……そこには金色の鎧を着ている銀髪の女性が立っていた。

 

「あれは……シンフォギアか?」

 

「これをお前たちのちっぽけなものと一緒にするな」

 

律の言葉を女性が否定しながら鞭を手元に戻す。

 

『あれは……ネフシュタンの鎧だ!』

 

「色違うんですけど!?」

 

以前に戦った少女は銀だったのに対し、目の前の女が纏っている鎧の色は金色。 同じ鎧なのに装着者によって色が変わるのだろうか?

 

「広木防衛大臣。 お前にはここで死んでもらう。 ついでにそのケースも渡してもらう」

 

「……米国の内通者か……」

 

どうやら彼女の目的は大臣の命とケースの2つ。 先ずはどうに逃がそうか考えていると……SPの1人が拳銃を構え、発砲するが容易に鎧に防がれる。 女性はジロッと、発砲したSPを睨む。

 

「くっ!」

 

「——攻撃するな! 死ぬぞ!!」

 

発砲したSPを殺そうと鞭を持つ手が持ち上げてられようとした瞬間、律は飛び出して剣を振り下ろし、鞭と剣で鍔迫り合いをしながら前に押し出した。

 

「この隙に逃げてください!」

 

「感謝する!」

 

「逃すと思うか?」

 

距離を離すために蹴り上げられた脚を避ける。 その間に生きている車に乗り、広木大臣は早急に逃走を計る。 それを見たネフシュタインの女性は舌打ちをし、腰に下げていた銀の杖なようなものを取り出す。

 

「なんだアレ……」

 

『——恐らくアレも完全聖遺物だ! あの杖でノイズを自在に発生さて操ることが出来る! 何であんなもんまで持ってんだよ!』

 

「そいえばこの前の敵が使ってたな。 つまり、ここ最近のノイズの異常発生はあいつのせいか……」

 

「そういう事だ!」

 

杖の宝玉から光線が出ると、無数のノイズを出現させた。 女性は命令をだし、逃走する車を追いかけさせる。

 

『律! 大臣の身の安全を最優先!』

 

「わかってる!」

 

翼を広げ追跡するノイズを食い止めようとすると、その前に女性が立ちふさがる。

 

「逃すと思うか!?」

 

「なら来てもらう!」

 

雑音(ノイズ)強襲(パニック)

 

両翼から光線が拡散し、ノイズに直撃すると追跡の足を止め……女性に向かって攻撃を開始する。

 

「何っ!? ノイズの操作権を奪ったのか!?」

 

「あの銀髪の子から何も聞いてないのかよ!」

 

あの金色の鎧がネフシュタインの鎧なら、必ずあの少女からの報告を受けているはずだ。 それが無いということは、お世辞にも両名の関係はよろしく無いようだ。

 

(…………! アイツらは逃げたか……)

 

いつの間にか拘束していた襲撃を仕掛けた工作員が消えていた。 どうやらこの騒ぎに紛れて逃走したようだ。

 

「行けっ!!」

 

逃げた敵をいつまで考えても仕方なく……律は号令を飛ばし、ノイズの大群を一斉にネフシュタンの女性に襲わせる。

 

だが当然、完全聖遺物相手に効く相手でもないが……律はノイズによる波状攻撃の中に自身も潜り込み、女性の死角から一撃を繰り出す。

 

「チィッ!! 調子に乗るな!」

 

死角からの剣は背中の鎧にヒビを入れるだけに終わり、それも直ぐに塞がってしまう。 女性は鞭でノイズごと全体を薙ぎ払う。

 

そして杖を構え宝玉が輝くと……女性に向かっていたノイズの進行が止まり、ノイズ全部が律に方に向く。

 

「操作が取り返された!?」

 

「自律行動させるから乗っ取られるんだ。 ノイズを完全にコントロール下に置けば何の問題もない! だが……」

 

「ッ!!」

 

コントロール下に置くということは常に自分で操作しなければならない。 律を相手にノイズが役に立たない上に乗っ取られる以上、出しておくメリットはない。

 

女は杖を構えてノイズを戻そうとした瞬間、

 

漆黒(ブラック)鵬翼(ウィング)

 

律は背中のウィングバーニアを広げ、紅い閃光を放出する翼から紅い無数の光線を放出した。 光線は全方位に拡散し、周囲にいたノイズを貫き……崩れ去るノイズの残滓を紅い長剣が吸収する。

 

「使わないのならもらっておきますよ」

 

「ッ!貴様……!」

 

ご馳走さまでした……という風に両手を合わせて挑発的な行動をとる律に、女は鞭を地面にぶつけ怒りを露わにする。

 

「せりゃあっ!」

 

平静さを取り戻さないうち速度を出して攪拌しぬがら攻撃を繰り出す。

 

「調子に乗るな!!」

 

女は鞭を頭上に振り上げると、鞭は根元から無数に枝分かれし、追尾するように全てが律に向かって行く。

 

「ッ!!」

 

上から圧迫するように襲い掛かる鞭の数々。 律は翼を広げ囲まれないうちに退避し、降り注ぐ鞭を避け続けるが……鞭の一つが片翼に巻き付いてしまった。

 

「しまっ——」

 

「ああああああっっ!!!」

 

巻き付いた翼を起点に鞭を全身に巻き付かれ、女の気合の叫びと共に上に引っ張りあげられ、

 

「フンッ!」

 

「ガハッ!」

 

『律!』

 

勢いよく地面に叩きつけられる。 肺から息を吐き出し、一瞬呼吸が止まり律は大きく咳き込む。

 

「ゴホゴホッ!!」

 

「手間をかけさせて……だが、それも無駄な努力だったな」

 

「な、何……?」

 

『——律! 広木大臣が逃げた先にノイズが現れた! 広木大臣含め全員……やられちまった』

 

「なっ……」

 

律がここで食い止めている事虚しく、ここから離れた場所でノイズによって広木大臣が……律は自分の不甲斐なさに歯をくいしばる。

 

「どうやら保険が役に立ったようね。 いくらノイズを乗っ取れようと、お前が認識してなければ意味はない」

 

「……この——ッ……!?」

 

力強くでも鞭の拘束を脱しようとした時……律の身体に異変が起こる。

 

「む……?」

 

「……ほ、放出すんの忘れてた……く、苦しい……!? 身体が、引き裂かれそうだ……!」

 

『り、律……?』

 

「グ……グオオオオ……ッ!」

 

すると、シンフォギアを纏う律の姿にノイズが走り出し、苦しみから逃れるように身をもがき……身体を縛っていた鞭を引き千切りながらゆらりと立ち上がる。

 

「ノイズ率急上昇。 220……250……300——360%……あんなに大量のノイズを内にとどめて置くなんて無茶なことを……それにとんでもない数値ね、この子本当に人間? 中々、興味深いわね」

 

「——オオオオオッ!!!」

 

女性は律の苦しそうな表情を見ながら狂気染みた目で、唇を舌で舐める。

 

長剣を左手に持ち直し、掲げられた右手に紅い結晶が現れ……増殖して刀身の形をとり、身の丈程ある大剣となった。

 

「ふっ……飛べえええーーーっ!!」

 

十字架(クロス)斬撃(カッター)

 

横の長剣が振り抜かれ、縦の大剣が振り下ろされる。 それによる紅い十字架の斬撃が発生する。

 

「ぐっ——うおおおおお!!」

 

女は斬撃に呑まれていき……それでもなお斬撃は止まらず。 縦の斬撃は大地をえぐり、横の斬撃は建造途中のビルを次々と薙ぎ倒し……斬撃は海に入ってもなお衰えず、水平線の彼方まで消えて行った。

 

「う、嘘だろおい……」

 

その威力に奏は口をポカーンと開けるしかなかった。

 

生身にはそれなりにダメージを喰らったようだが、鎧自体には少しの砂煙の汚れとヒビが入る程度のダメージしか負ってなかった。

 

そのヒビも時間が巻き戻るかのようにほんの数秒で塞がってしまう。

 

「ま、まだ……!」

 

「やってくれたわね……!」

 

怒りに顔を歪めながら倒れ込む律の前まで歩み寄る女性。

 

「聖遺物のスペックの差は歴然だが、あれほどノイズを取り込めばここまでの性能を発揮するか。 だが……」

 

「グッ……ハアハア……」

 

「いくらノイズを取り込め、炭化しないとはいえ所詮は異物! それほど大量に取り込み、全力で使えば身体が無事で済むはずがない!」

 

「くっ……」

 

「——律!!」

 

その時、車で待機していた奏が上層の道路から飛び降り、律に向かって走り出す。

 

「待ってろ、今助けてやる!」

 

「お、おい!」

 

助けるというが、動けない律の側にネフシュタインの女性……この状態で救出は、戦える力を失った奏には無茶が過ぎる。

 

それでもなお駆け寄る奏は、走りながら近くにあったペンキ缶を掴んで放ると、

 

「だあああああっ!!」

 

ペンキ缶が凹む威力でボレー気味に蹴り、かなりの速度で女に向かって行く。

 

「チッ!」

 

女は鞭を振るいペンキ缶をはたき落とそうとした。 鞭はペンキ缶に当たると……棘がペンキ缶に穴を開け、緑色の中身が飛び散り女の頭から被ることになった。

 

「ッアアアアアアッ!! 小娘がぁああっ!!」

 

「地味にエグいことを……」

 

「いいから行くぞ!」

 

その隙に律に近寄り肩を貸して立ち上がらせ、安全な場所へ連れて行こうとするが、

 

「この……小娘がぁ!!」

 

そんなことは当然許さない。 女は2人を飛び越えて前に躍り出る。 しかし、その格好は見るに無残と言ってもいい。

 

「やってくれたわね、天羽 奏……ロクにシンフォギアも使えなくなったお前にここまでイラつかされるとはなぁ……!」

 

「お前……アタシの事を知って……!」

 

その疑問に答える間も無く、怒りをぶつけるように奏に向かって鞭が振るわれる。

 

「奏!!」

 

咄嗟に奏の前に出ながら剣を振って鞭を弾こうすると……女が鞭を操り形が山形に唸り、剣を擦り抜け律の左腕に巻き付いてしまう。

 

「ふんっ!」

 

「ぐあっ!!」

 

「律!!」

 

引っ張られると棘が左腕全体に突き刺さり、そのまま前のめりに倒れてしまい。 目の前に女が歩きてくるとひれ伏す律の背中を踏み体重を乗せてくる。

 

「ぐうぅ……」

 

まるで弱者を踏みにじるように……だが律もただでひれ伏す訳には行かず、無理矢理振りほどいて立ち上がろうとすると、

 

「…………! 回収したか……命拾いをしたな」

 

女が横を向きながら呟き自ら足を退け、腕から鞭を取り外すとそのまま背を向けて歩き出す。

 

「ま、待て……お前は……お前は一体……」

 

フラフラになりながらも立ち上がり、女は視線だけを律に向けると、

 

「私は“フィーネ”。 終わりを告げる者。 一応、感謝は言っておこう。 お前たちのお陰で余計な手札を切らずに済み、貸しを作る事ができた」

 

その名を告げ、ネフシュタインの女性……フィーネは飛行型のノイズを出現させるとその背に乗り、飛び去っていった。

 

律はしばらくその姿を見上げてた後、シンフォギアが解除されると、律は鞭が巻かれた左腕を抑えながら膝をつく。

 

「大丈夫か!?」

 

「ま、まあなんとか……左手が痛くて全く動かないけど」

 

「……触るぞ」

 

ゆっくりと慎重に上着を脱がせると、左腕は紫色に腫れており、棘による出血もかなり酷かった。 その腕の症状を見た奏は顔を青くする。 律は調律師でピアニストで指揮者……そんな彼が腕をダメにするなど今までの人生を台無しにするも同然な事なのだ。

 

「す、済まねえ!! アタシが無理を言い過ぎたばかりにこんな事に……!」

 

「いいよ、気にしなくて。 まだ治らない見込みはないんだから。 気にするなら……」

 

我慢強く笑顔を見せていたが、一気に生気のない顔をし、

 

「……早く病院連れてって……」

 

「お、応!」

 

奏は律に肩を貸し、慎重に車に乗せると病院に向けて走り出した。

 




注! 奏はキック力増強シューズを履いていません!


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第8話 入院

最新のXVを見て一番驚いたこと……忍法車分身ってなに? 一番驚いたし、あまりの驚きに「嘘つけえ!」っとツッコんでしまった。

そしてパンピーの1人、世界の果てに行った? のかな?


同日——

 

地上では陽はとうに落ちた頃、リディアンの地下深く……光が落とされ真っ暗になっている二課のブリーフィングルームの一室。 先程まで、ここでは了子が政府から持ち帰った機密資料による情報で、明日の明朝に行われるデュランダル輸送計画を説明していた。 そこに、一つの人影が……奏が明かりもつけないまま入ってきた。

 

奏はスクリーンの前に置かれてあった、アタッシュケースの前まで真っ直ぐに向かう。

 

それは、了子が持ってきた機密情報が入っていたアタッシュケース……奏は無地の白いハンカチを取り出すとその表面を拭き、拭いた箇所を見ると、

 

「っ!」

 

ハンカチは黒く煤汚れていた。 ハンカチに付着していたのは炭……つまり、この二課に来るまでの間、近くでキャンプファイヤーでもしていない限りこのアタッシュケース付近で少なくともノイズが現れている……そう推測できる。

 

「——気付いたか」

 

「!?」

 

音もなく声をかけられ、奏は勢いよく振り返ると……扉の間に寄りかかるように弦十郎が立っていた。

 

「だ、旦那……」

 

「ここ最近、二課の何人かがお前を内通者だと疑い始めている。 だが、恐らくお前はあの黒いシンフォギアの装者と接触して動いていたんだろう。 そして、本当に二課を危険に晒す内通者は他にいる」

 

「し、知ってたのかよ!?」

 

「真相を知るため、敢えて泳がせている」

 

その答えに、奏の拳には握る力が痛いほど込められる。

 

弦十郎は毅然とした態度でいるが、奏は気が気ではなかった。

 

「それで何人死んだと思ってる!! 関係者だけじゃない……守るべき一般市民も含めて!! アタシも、旦那も、もう犯人の目星はついている! 物的証拠もある! 今すぐ確保すべきだろう!」

 

感情を露わにして声を荒げる奏。 だが、それでも弦十郎は首を横に振る。

 

「まだ、その時ではない。 全てを燻り出すまでは……」

 

「ッ! クソっ!!」

 

悪態をつき、奏では弦十郎を乱暴に掃いのけブリーフィングルームから出て行った。

 

(力が……アタシにもっと力があれば!)

 

例え、それが今度こそ自分の身を滅ぼしかねなかったとしても、奏はそう思わざる得なかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日——

 

「ふぅ……」

 

リディアンのすぐ側に隣接する総合病院……そこで入院している翼は先程までリハビリをやっていたが、看護婦に無茶のし過ぎだと言われ一旦休憩し、一階で水を飲みながら一休みしていた。

 

「………………」

 

翼は休みながらでもやるべき事をやる。 マネージャーの緒川からもらった翼が意識を失ってから起こった一連の流れが記載されたレポートに目を通していた。

 

今日の早朝、二課が保管していたデュランダルの移送計画……別名《天下の往来独り占め作戦》が行われたが、敵性勢力の妨害により頓挫。 加え完全聖遺物デュランダルの覚醒が響の手により行われた……

 

「……さて、もういいだろう……」

 

レポートに目を通したと同時に休憩も終え、翼は再びリハビリ室に向かって歩き出す。

 

「……あああああああ…………!」

 

「む……?」

 

すると、階段を上る最中にどこからか声が聞こえてきた。 不審に思いながらも階段を登りきると……リハビリ室の前に人が集っていた。

 

「一体何が——失礼します」

 

断りを入れながら人混みをかき分け、リハビリ室に入ると、

 

「ぎゃあああああああ!! ギブギブギブゥ!!」

 

「大人しく、しろっ!」

 

「あぁああああぁぁ!! 呪印初期のサ○ケに殺られるぅ!! 両手の平の穴から音的なものが出せなくなるうぅ!!」

 

左腕を怪我している律の両腕が後ろに回されその両腕を掴み、律の背中を足蹴にして奏がほぼ全力で引っ張っていた。

 

「か、奏! 何してるのっ!?」

 

「お? おお、翼。 見ての通り、リハビリだ」

 

「げふぁ……」

 

翼が慌てて声をかけると奏はあっけらかんとした風にそう言い、律の両手を離す。 解放された律は血反吐を吐きそうな勢いで力なく地べたに倒れ伏す。

 

「アタシのせいでこいつの左腕がこんなんなっちまってな。 治るまでリハビリを付き合ってるってわけ」

 

「……ヘルプ……病院でサスペンス的に殺される……」

 

律はガクガク震えながら翼に這い寄り、某“早すぎる埋葬”の如く手を伸ばそうとする。

 

因みに、これは拷問ではなくれっきとした治療の一環。 律は左腕のみならず、ノイズの取り込み過ぎで身体中にかなりガタが来ているのである。

 

「えっと……この子は?」

 

「こいつは芡咲(けんざき) (りつ)。 色々と縁あってこうしてる」

 

「は、はぁ……」

 

死に体の律に変わり奏が自己紹介をするも、翼からは呆けた返事した出てこない。

 

「そういや翼もリハビリか? 無茶して絶唱なんてするから……」

 

「か、奏には言われたくはない……!」

 

昔に何度か無茶した場面を知る翼にとって、奏の思っ切りブーメランな発言に、照れながらも否定する。

 

「よし! んじゃそろそろ再開……って、何寝てんだ?」

 

「あのー……それくらいにしておいては?」

 

「ん? そうか? んじゃ今日はここまでって事で」

 

流石に見兼ねた看護婦に言われて、ようやく律は解放され、奏は「また来るなー」と言い残してリハビリ室から出て行った。

 

「た、助かった……」

 

「ごめんなさい。 奏は少しやり過ぎるから。 でも勘違いしないで、貴方のためにやっている事だから」

 

「気持ちが空回りし過ぎてるんですよね。 見ていれば分かります。 なんか今日、かなり苛立ってたようで……酷い目にあった」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「後……それから、貴女も」

 

「……え……」

 

思いがけない所で呼ばれたためか、翼は呆けたような声を漏らす。

 

「力が張り過ぎてますよ。 そんなにカチカチじゃあ、いつかポッキリ折れてしまいます。 もっと人は単純でも、いいんですから」

 

「……ぁ……」

 

その律の優しく投げかける言葉に……翼は少しだけ、心が軽くなるような感覚になる。

 

(何だ……何故か初めて会ったような気がしないのは? それに……)

 

「律くーん! 検査の時間になったから診察室に来てねー!」

 

「あ、はーい! それじゃあ風鳴さん、これで失礼します」

 

「あ、ああ……」

 

手を振って出て行く律に、翼は手を振り返して見送った。

 

(初めてだ。 こうして間違いを指摘されるなど……)

 

身内には何度も戦い方を指導され、間違いを直してもらった事はあるが……赤の他人、しかも歳の近い男子に言われたのは初めてだっだ。 ふと、翼は顔を上げ、

 

「芡咲 律……か」

 

ポツリとその名を呟き、律が去っていった先を見据えた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

さらに翌日——

 

翼は今日も長い時間、自分を奮い立たせるようにリハビリをしていた。 そしてまた、看護師に無茶のし過ぎだと再三言われ、休憩がてら院内を歩いていた。

 

ふと、中庭が見える窓から外を見ると、ベンチに座っている律の背中が見えた。

 

(彼は……)

 

彼の前にはこの病院に入院している数人の子どもたちがおり、子どもたちは笑顔を見せなら律を見ていた。

 

気になった翼は階下に降りて中庭に向かうと、

 

(歌……?)

 

中庭から微かに歌が流れ、進むごとに次第に大きくなる。

 

——Culmare Serra

Culmare Serra

Yu so melty endia soulay

 

「あ……」

 

中庭に入るとそこでは、子どもたちに囲まれながらクラシックギターを弾いて歌う律の姿があった。

 

律は目をつぶりながら歌を唄い、中庭には律の歌と風の音以外の音は聞こえなかった。

 

——Res tommy farrow

Andy maveli

Rerfai Rerfai

Res tommy farrow

Andy maveli

Rerfai Rerfai

Merisotia……

 

最後の一節を紡ぎ、ギターを弾き終える。 そして数秒後……この場にいた聞き入っていた人たちから次第に拍手が起こる。 どうやら子どもたちだけではなく、他の大人たちも聞いていたようだ。

 

「バイバーイ!」

 

「またお歌、歌ってねー!」

 

「おー、またなー」

 

律はギターを持ち主の入院患者の男性に返し、検査で院内に入っていく子どもたちに手を振る。

 

「上手いものね」

 

「ん?」

 

律の周りから誰もいなくなった事を確認してから、翼は律の背後から声をかける。

 

「風鳴さん」

 

「今の曲、何ていうのかしら?」

 

キェル・マーレ・セラ(はるかなる故郷へ)……そういう名前」

 

「はるかなる故郷へ……いい名前ね。 もしかして故郷が恋しくて選んだのかしら?」

 

「いえ、ただこのクラシックギターに合う曲がこれしかなかったので。 それに、俺に故郷はありません」

 

事実な上慣れているので律はサラリと言ってしまったが、失言だと翼はシュンと落ち込みながら謝罪する。

 

「……ごめんなさい。 無神経だったわ」

 

「いえ、気にしないでください。 既にここも俺の故郷……って、生まれ育った街だとは思うけど、故郷までとはいかないかな?」

 

やっぱり恋しいのかもしれませんね、と律は頭をかきながら笑う。

 

「……貴方は凄いわね」

 

「え?」

 

「こうして人々に、歌で笑顔と生きる活力を与えいる。 今の私には到底出来ないことだ……」

 

落ち込んでどんどん項垂れていく翼、律は嘆息した後、頭が下がってちょうどいい位置にあった額に喝を入れるようにデコピンした。

 

「イタッ!」

 

「世界のトップアーティストが、そこらの素人に負けてどうするんですか」

 

「し、しかし……」

 

「貴女は世界を笑顔にできる可能性があるけど、俺にはない。 俺はこれで十分なんですよ。 目に見える範囲で、手の届く範囲で笑顔に出来れば、それで……」

 

律は目の前に手を伸ばし空を掴もうとする。 突然手は空を切り、それを何度も繰り返す。

 

「もし、遠くの人たちまで笑顔にすると願ってしまったら……ここに残してしまった人たちから笑顔が消えてしまう。 手が届かなくなってしまう……悔しいし、悲しいけど、ちっぽけな俺じゃあこれが限界なんです」

 

「芡咲……」

 

「だから風鳴さん、早く元気になって、頑張ってください。 貴女を今もなお待っているファンは大勢います」

 

「……ええ、もちろんよ」

 

律の心からの復帰と応援、そして身を案じてくれる助言を翼は素直に受け止める。

 

と、そこで翼は律の左腕に巻かれた包帯を見る。 そういえば先程まで怪我をしている腕でギターを弾いていた事を思い出す。

 

「そういえば腕は大丈夫? 演奏をしたのだからそれなりに動かしたはずよ、見せてみなさい」

 

「え? ちょっ!?」

 

有無言わさず腕を取られ。 その見た目通り、翼の白魚のように細い指は律の腕を優しく触れられる。

 

「……痛くはないかしら?」

 

「え、ええ……完治までは後一月はかかりますが、痛みとかは特に……」

 

「そう……良かったわ。 でもあまり動かしたりはしないように」

 

「は、はい」

 

律は腕を触る翼の質問に答えながら、彼女の顔が近いことに赤面する。 そして怪我の確認した後、翼は顎に手を当て、少し思案した後、

 

「少し話がしたいわ。 私の病室まで来てはくれない?」

 

「……へい?」

 

唐突にそう提案してきた。 律も思わず呆けたような声を漏らし……流れに流されて翼の先導で病室に向かうことになった。

 

(あっれ〜? なんか疑われるようなこと言ったかなぁ……?)

 

律は誘われた理由が自身が黒いシンフォギア装者だと疑われたと思っていた。

 

だが、当の翼は内心、

 

(な、なぜ私はあのような事を!? こ、これではまるで……いや! 誘うのは病室、なんの問題もないはずだ!)

 

律の予想とはまるで見当違いな上、表面上とは対照的にかなりテンパっていた。

 

そんな2人の内心が大慌てになりながら翼の病室の前に向かうと、その前には響が驚いたような顔をして棒立ちしていた。

 

「あれ、響?」

 

「……彼女を知っているの?」

 

「ええ、中学時代の後輩で、よく一緒にいました」

 

「ふーん」

 

響との関係を伝えると、翼は何故か妙に不機嫌そうになりながら生返事をし、響の前に移動する。

 

「何を騒いでいるの?」

 

「あ!! 翼さん!! 良かった、無事だったんですね! 大丈夫ですか!?」

 

「入院患者に何言ってんだよ」

 

「って、あれ? なんで律さんもここの病院に?」

 

となりに律がいたことに遅れて気がつく。 余程の事があったようだ。 律はここにいる答えを包帯が巻かれた左腕で見せる。

 

「前に左腕をやってな。 大袈裟だと思うが、大事を取って入院中」

 

「うわ、ホントだ。 痛そ〜」

 

そう言ってベタベタと左腕に触ってくる。 しかも以外に力が強く、律は一瞬苦悶の表情を見せ腕を引く。

 

「響……いつの間にそんな馬鹿力になったんだ?」

 

「なっ!? 乙女に向かってなんて事を!」

 

「今回はあなたに非があるわよ。 それで、どうして騒いでいたのかしら?」

 

「あ、そうだった!」

 

騒いでいた理由を思い出し、響は「これ!」と言いながら開けられていた翼の病室を指差す。 釣られて2人は病室内を見ると……色んなものが乱雑に無残に散らかっており、はっきり言って汚かった。

 

「こんなまるで強盗か乱闘でもあったかみたいな病室の有様で! てっきり私、入院中に誘拐されちゃったんじゃないかって……! 二課のみんなが、どこかの国の陰謀を巡らせているかも知れないって言ってたし!」

 

「…………? 何言ってんだ響。 ただの……超汚い部屋だろ」

 

「……ッ……!」

 

「…………え…………え? ——あぁーー……」

 

改めて律に……男子に指摘されて恥ずかしいのか、翼は顔を赤くしながら背ける。 その反応に、響は1人納得した。

 

だが、それにしても酷い。 服や下着は脱ぎ散らかり、ティッシュは至る所、飲み物や塗り薬も溢れ……その他に多々ある。

 

その後、響と律の手によって翼の病室は片付が行われた。 響は主に衣類、律は焼却類を主に担当し……数分でようやく普通の病室となった。

 

「もう、そんなのいいから……」

 

「私、緒川さんからお見舞いを頼まれたんです。だからお片付けさせてくださいね」

 

「というか、どうやったらこうなるのか逆に知りたいんだが?」

 

ここまで部屋を汚く使えるのは逆に才能である。 だからと言って、掃除を知り合いとはいえ身内でもない男性にやらせるのはどうかと思う。

 

「私は、その……こういうところに気が回らなくて」

 

「意外ですね。 翼さんって何でも完璧に熟せるイメージがあったから」

 

「……真実は逆ね。 私は戦うことしか知らないのよ」

 

「え……」

 

「! 今のは忘れてちょうだい」

 

戦うという単語はトップアーティストにとって相応しくないが……律は顔を赤くしながら誤魔化そうとする翼を見て、事情を知る律は内心ニヤリと笑いながらいたずら心で追求を始める。

 

「戦う? そういえばさっき響が二課とかなんとか言ってたような……」

 

「あ! え、ええっとそれはぁ……」

 

「もしかしてそれが響が誘拐に考えが行った理由だったりして……?」

 

「「……………………」」

 

ワザと核心をつくような事を言い、翼と響は汗を流しながら律とは目を合わさないようにする。

 

「ま、そんな訳ないか」

 

そう言うと、2人はホッと息を吐く。 本当に勘のいい人だったら既にアウトである。

 

ふと、律は病室の外を見る。 なんとこの病室は隣にリディアンから丸見えであった。

 

(丸見えって……プライバシーはどうなってんだろうなぁ……)

 

流石にマズイと思い、シャッターに手を掛けようとした時……律はリディアンにある窓の1つに見覚えのある人影を見つける。

 

(あ、これってもしかして……)

 

窓越しに見える未来の表情はこちらを見て驚いた顔をしている。 そして律は次にバッと、楽しくお喋りをする響と翼を見る。

 

(おいヤッベェーよ! 未来、浮気現場目撃した奥さんの顔してるよ!)

 

ここでシャッターを閉めるか、それとも他の手立てを探すべきか、1人ワタワタする律。 その様子を見ていたのか、未来はフッと律に微笑むとポケットからスマホを取り出した。

 

すると、同時に律のスマホがメールを着信した。 律は恐る恐るメールを開くと、

 

〈ありがとうございます、律さん〉

 

感謝を表す文面が書かれていた。 顔を上げ先程のリディアンの窓を見ると、そこには未来の姿は無かった。

 

「——嬉しいです、翼さんにそう言ってもらえるなんて」

 

律が奮闘している間も2人は周りが少し見えないくらい話し込んでおり、照れる響は自分の頰をかく。

 

「でも……だからこそ聞かせて欲しいの。 あなたの……あ」

 

と、翼の言葉が途中で止まる。 その目線は律に向けられていた。

 

「……席を外そう」

 

「え!? あ、律さん!」

 

明らかにシンフォギアを二課に関しての内容を交えそうなので、律は逃げるように席を外そうとする。

 

「2人っきりでしか伝えられない事もあるだろう。 2人が共有している秘密とか」

 

「あ……」

 

「ま、あまり白熱はするなよ。 俺は中庭で暇つぶしているから。 風鳴さん、お話はまた今度で」

 

「あ、ああ……済まない、私が呼んでおいて除け者にしてしまって」

 

謝る翼にヒラヒラと空いた手を振りながら病室を後にし、再び中庭に向かった。 するとそこには先程の子どもたちがいた。 どうやら検査は終わったようだ。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

「よお、元気か?」

 

「入院しているのになに言ってるの?」

 

「あはは、そうだな」

 

あっという間に囲まれてしまい、律は再び子どもたちの相手をすることにした。

 

「ねえねえ、今度はこれで演奏して!」

 

そう言って少女が差し出したのはハーモニカ。 どうやらこれで演奏して欲しいようだ。

 

「お、ハーモニカか。 あんまり使った事は無いけど……よし」

 

ハーモニカに合う曲を選び……ハーモニカのマウスピースを軽く拭いてから口を当てる。

 

「〜〜〜〜♪」

 

——君の影 星のように 朝に溶けて消えていく

行き先をなくしたまま 思いは溢れてくる

 

ゆっくりとした優しいハーモニカの音色を奏でる。 1分程演奏した所で、曲は終わった。

 

「ふぅ……」

 

「なんか静かな歌だなぁ」

 

「ハーモニカにロックを求めるな」

 

出来るかもしれないが、律にそんな芸当は無理である。

 

そんな事はいざ知らず。 子ども達は容赦なく、遠慮なく体を揺さぶり質問をしてくる。

 

「ねぇ、なんて曲ー?」

 

「確か……《星の在り処》だったかな」

 

「? 歌ったのに、よく分からないの?」

 

「ああ。 この曲を歌詞を見たことも、演奏したことも聞いたことも無いのに、なぜか頭に浮かんできたんだ」

 

「??? 知らないで吹いてたの?」

 

「んー……なんでだろうね? 俺にもよく分からん」

 

「分からないで演奏してたの?」

 

「そーなの」

 

「なんでハーモニカ吹いたの?」

 

「お前たちがお願いしたからだろう!」

 

同じような質問に段々と雑な返答をし、最後にキレると子どもは「わー!」っと、からかうような笑顔を見せながら散るように走って逃げて行った。

 

やれやれと、律はハーモニカの口をハンカチで拭きながらやや疲れたような顔をする。

 

(でも、初めて吹いたような気はしなかった。 なんでだ……?)

 

ハーモニカは介護に来ていた親御さんに返し、階段で病室に戻ろうとした途中、踊り場で律は自身の左腕を見下ろした。

 

「………………」

 

そして、無言で左腕の包帯を解いた。 包帯の内には……すでに完治している腕があった。 医者が言うにはまだ一月はかかると言っていたにも関わらず……

 

「もう、俺も人としては生きられないのかもな」

 

異常な回復力。 それがシンフォギアからなのか、それともノイズからなのかは定かではないが……とても正常とは言えなかった。

 

「いいよ、どこまでも行くっきゃない。 突き進んで、抗ってやる。 この世界に」

 

覚悟を決めるようにそう胸の内に秘めるように言い聞かせると、

 

——ピロンピロン! ピロンピロン!

 

そこへ、スマホに奏からの着信が届いてきた。

 

「もしもし」

 

『緊急事態だ、律。 入院中で悪いが動けるか?』

 

「もうとっくに治ってるよ!」

 

待ってましたと言わんばかりに走り出し、階段を一気に登り病室に戻る律。

 

「あれは……律?」

 

その走り去る姿を、屋上から戻って来た翼が見ていた。

 

病室に戻った律はスマホをスピーカー通話に変え、身支度を済ませながら状況を把握する。

 

「それで何があったんだ?」

 

『ネフシュタンの奴が現れた。 狙いは十中八九、響で間違いないだろう』

 

「マジか!」

 

(この声は……)

 

どうやら付近であのネフシュタンの少女が出現したようで、今回はデュランダルではなく直接響を狙ってきたようだ。

 

その会話を、こっそりと病室の外にいた翼が少しだけドアを開けて聞き耳を立てていた。

 

「響はどこに?」

 

『狙いが響である以上、人目と被害を避けるために市街地から離れた場所に誘導してもらう予定だ。 相手は完全聖遺物……響はあれから旦那の指導を受けているとはいえ、まだ不安は残る。 行ってくれるな?』

 

「もちろん! 奏はどうする?」

 

(……え……)

 

その名を聞き、翼は思わず驚愕の声を漏らしそうになる。

 

話の内容はもちろんだが、律の口から奏の名前を出した事に驚いた。 奏自身から律はちょっとした縁がある知り合いと言っていたが、

 

(まさか、奏が……内通者?)

 

どうしても、脳裏に疑惑を招いてしまう。

 

『アタシは二課から流れてくる情報をお前に伝えるため残る。 とはいえ、こんな事してるからどんどん二課でアタシが内通者だと怪しまれるんだけだな』

 

「いや事実、俺と繋がっている内通者だろう」

 

『良い方の、な。 後、終わったらそのまま退院していいぞ。 手続きはこっちでやっておく』

 

「それはありがたいね!」

 

着替えを済ませると……開け放たれていた窓から隣接していた中庭に飛び出し、木を蹴って中継にして地上に着地した。

 

当然、その様子を中庭にいた入院患者や見舞客、看護師は驚いた顔をし、

 

「コラーーッ!! 危ないでしょーー!!」

 

「すみません! 緊急事態なので退院します!」

 

「どんな理由!?」

 

気を取り直した看護師の1人が叫ぶと、律はそう答えながら病院の敷地内から出て行った。

 

その一連の様子を……翼は律の病室に入り、律が出て行った窓の窓際に立つと、

 

「律……あなたは、一体……」

 

走り去る律の背を、ただ呆然と見ていた。

 




キャル・マーレ・セラ《はるかなる故郷へ》は耳コピでカタカタにし、そこから無理やり英訳にしてあります。


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第9話 覚悟と露見

 

 

奏からの連絡でネフシュタンの少女の襲撃を聞きつけ、緊急退院した律は現場に向かって市街地に隣接している森の中を走っていた。

 

どうやら既に交通規制や情報規制などを行なっており、ここまで来るのに人とまるですれ違わなかった。

 

『この先を真っ直ぐだ。 早くしろ、もう接敵している』

 

「急かすな!」

 

奏のナビゲーションで二課の目をくぐり抜け、目的地に向かって走り続ける。 それがかなり遠回りになっており、いっそシンフォギアで突っ切ろうと思いかけた。

 

『おい、一般人が巻き込まれてるそうだぞ!』

 

「何っ!?」

 

居ても立っても居られないくなる気持ちになるが……心は熱くなるも、頭は冷静に奏の指示に従って森の中を駆け抜ける。 そして目的地に到着すると、

 

「あれは……未来!?」

 

ネフシュタンの攻撃によるものだろう、無数の物体が宙に舞い、未来に向かって降り注ごうとしていた。

 

その中の車を、近くにいたシンフォギアを纏った響が受け止めたが……残りの瓦礫が未来に向かって落ちようとしていた。

 

「未来!」

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

聖詠を歌い、その身に黒いシンフォギアを纏うと同時に飛び出す。 そして律は抜刀と同時に剣を一閃して瓦礫を砕いた。

 

「きゃっ!」

 

「未来!?」

 

砕いた破片が未来に飛んでしまったが、大事には至らなかった。 そして律は未来を抱きかかえるとその場から離脱する。

 

「君、大丈夫か?」

 

「あ……はい。 大丈夫です……」

 

抱きかかえていた未来を地面に下ろし無事を確認する。 どうやら大丈夫そうで、律は手を貸して立たせる。

 

(あれ……? この感じって……)

 

顔が隠れて正体は分からないものの、律の手を取って立ち上がる未来はどこか既視感を覚える。 そして顔を上げ、バイザー越しに見える表情を見て、ある人物の名前が思い浮かんだ。

 

「……律さん?」

 

「—————!」

 

いきなり未来に正体を見抜かれ、思わず言葉を失ってしまう。

 

「や、やっぱ……!」

 

律は即座に追求しようとする未来の唇を人差し指で押さえ、静かに黙らせる。

 

(後で事情を話すから今は少し静かにしてろ)

 

(は、はい……)

 

少し顔を赤らめながらも未来は頷き。 それを確認した律は踵を返すと、響とネフシュタンの少女が戦う現場に向かった。

 

そこでは響とネフシュタンの少女が交戦していた。

 

しかし以前は全く違い、逆に響がネフシュタンの少女を押し優勢になっていた。 律は手を耳に当て、奏に指示を仰ぐ。

 

「奏、どうする? 介入するか?」

 

『……正直言って、よくわからねーな。 響が不利って訳でもねえし、それに——ネフシュタンの奴があのノイズを操る杖を持っていないのが気になる』

 

奏に指摘されて気がつく。 そういえば交戦を開始したからまだノイズの姿は見えなく、よく見るとネフシュタンの少女の腰にはあの杖が懸架されてない。

 

「あの杖を持っていないということは……」

 

『今は別の誰が持っているってことで……』

 

「他に考えられる人物は……」

 

『「《フィーネ》」』

 

声を揃えその名を呟く。 恐らく杖を持っているのは少女を裏から操っているフィーネ……そう考えていると、

 

「……!」

 

律を取り囲むようにノイズの群れが現れた。 剣を抜きながら律、そして奏はある確証を得る。

 

『ノイズが出てきたって事は……探せ! 必ずフィーネは近くにいるはずだ!』

 

「了解っ!」

 

一転しながら身体を限界まで捻り上げ……解放すると同時に長剣による広範囲の回転斬りが放たれ、律を中心とした周囲のノイズを含め木々をまるごと斬り払った。

 

時折、エンカウントするノイズを倒しながら森の中を捜索していると、

 

「どこにいるんだ——」

 

ドカアアンッ!!」

 

「うわああああ!!」

 

「どわあっ!?」

 

爆発とともに響が律に向かって吹っ飛んできた。

 

「イタタ……あれ、あまり痛くない?」

 

頭をさする響は思った以上にダメージが無いことを不思議に思い、地に手をつけて立ち上がろうとすると……土とは違う感触が返ってきた。

 

「え……」

 

「早く降りろ……」

 

「わっ、ごめんなさい!」

 

律の上に座ってしまっている響は慌てて退くと、そこへネフシュタンの少女が響を追いかけに現れた。

 

「…………! テメェは……!」

 

少女は律の姿を確認すると警戒を露わにしながら、その口元は強く唇を噛み締めていた。

 

「くっ」

 

少女の相手をするよりもフィーネの捜索を優先したいが……少女はかなり怖い形相で睨んでおり、どうにも逃してはくれなさそうだ。

 

鞭を地面に叩きつけ、律に向かって襲いかかろうとした時……その行く手を響が手を横に出して塞ぎ。 横に出された手の平に橙色のエネルギーが現れる。

 

「あなたの相手は私!」

 

「っ! いっちょ前に戦士ぶりってよお!!」

 

響はアームドギアを展開しようとするが、それは意志に反して叶わない。 しかし、そのためのエネルギーは有している。

 

「この短期間にアームドギアまで手にしようってのか!?」

 

アームドギアを展開するためのエネルギーを握りしめると、その意志に呼応するようにシンフォギアの腕部のアームが限界まで引き絞られる。

 

「パイルバンカー!」

 

『マジか』

 

「させるかよっ!」

 

それを妨害しようと少女は両手で鞭を響に向かって振るう。 鞭は響に襲いかかり……その2本の鞭は片手で受け止められた。

 

「何だとっ!?」

 

「うそーん」

 

受け止められた事に驚く間も無く、響は掴んだ鞭を全力で引っ張り、少女を自分の元に引き寄せる。

 

(稲妻を喰らい、雷を握り潰すようにっ!!)

 

響は地を蹴り、少女に向かって飛び出す。その際、腰部ユニットのバーニアが起動し、加速する。

 

(最速で! 最短で! 真っ直ぐに! 一直線に! 胸の響きを、この想いを伝えるためにっ!!)

 

自分に元に飛んで来る響を見て、ネフシュタンの少女は目を見開き、徐々に加速する響は拳が握られた右腕を大きく引き絞り、

 

「うおおおおおおお!!!」

 

響の拳がネフシュタンの少女の腹部にめり込んだ。

 

さらに掌打と同時に引き絞られたバンカーによる追撃が打たれ、一撃目よりも遥かに強力な拳が撃ち込まれた。

 

それにより、掌打を受けた腹部を中心にネフシュタンの鎧には無数のヒビが走った。

 

「うわお……」

 

『ネフシュタンの鎧を……完全聖遺物を素手で……』

 

そのあまりの威力に、律と奏は驚きの一声しか出なかった。

 

(バカな……ネフシュタンの鎧が……!?)

 

バイザーにも衝撃が到達しヒビが入り、目を見開かせて信じられない表情をする少女。

 

その直後、大きな爆発と大きな衝撃が周辺地域一帯にまで及ぶのだった。

 

「響、律さん……」

 

森から立ち昇る土煙を、離れた場所で見ていた未来、そこにいるであろう2人の名前を呟いた。

 

そして律は……響の攻撃による衝撃によってかなり吹き飛ばされてしまった。

 

「痛つつ……衝撃がこっちまで及んで来やがった」

 

『平気か?』

 

「一応な」

 

少々痛む頭を抑え、律は少しフラつきながら立ち上がった。

 

「響のやつ、一体いつの間に武術なんて覚えたんだ。 しかもこの短期間で」

 

『弦十郎の旦那が鍛えたんだ。 基本、映画見て食って寝てただけだ』

 

「嘘つけ!!」

 

『ゲームやって漫画読んでいる奴に言われたくないと思うぞ……』

 

どっちもどっちである。 その時、現場をモニタリングしていた奏が変化に気がついた。

 

『……! 律、十時の方向、距離200!』

 

「そこかあっ!」

 

疾風☆怒涛(サイクロン)

 

一転して放たれた回転斬りは紅い旋風を巻き起こし、指定通りの方角と距離に向かって飛び、

 

「……ッ……」

 

その箇所にあった木々が跳ね飛ぶと、人影が逃亡するように反対方向に走って行くのが見えた。

 

「待っ——うわっ!!」

 

追跡しようとすると、横から円柱状の物体……ミサイルが飛来し、律の道を塞ぐように目の前で爆発した。

 

「ケホッケホッ! な、なんだあ?」

 

『2人がやり合っている方角からだな』

 

ミサイルが飛んで来た方向、響とネフシュタンの少女が戦っている方向にはネフシュタンの……ではなく、赤い鎧を身に着けている銀髪の少女がいた。

 

ネフシュタンの鎧は破片となって周囲に散らばっている。

 

『随分豪快に脱いだもんだな。 いや、それよりも……』

 

「……え……」

 

土煙が晴れ、律は鎧を脱ぎその日に晒された少女の素顔を見て、

 

「——クリス?」

 

「……ッ!!」

 

昔、一緒にいた女の子と目の前の少女の姿が重なって見え、その名を呟くと少女は肩を震わせる。

 

「お前クリスだろう! 絶対にそうだ、見間違えるはずがない!」

 

「………え……」

 

響は呆けた声を漏らす。しかしクリスは、律から逃げるように徐々に後ず去っていっている。

 

「……るな……!」

 

「クリス!」

 

「私を……見るなああぁっ!!」

 

今の自分の姿を見られるのがイヤだったのか、クリスは叫びながら腰のアーマーを左右に展開し、内蔵されていた追尾型ミサイルを律に向けて一斉に発射した。

 

「どわあああああ!!」

 

真紅(スカーレット)障壁(リジェクション)

 

真紅に輝く光の六角形の障壁……それが飛んでくるミサイルから逃げ出す律の背後に展開され、ミサイルと相打ちになるように破壊される。 しかし、障壁は破壊されるたびに何度でも再展開し、次々と降り注ぐミサイルを防いで行く。

 

「ちょっ、待っ!!」

 

「うわああ!? こっち来ないで下さーい!!」

 

止める暇もなくただ逃げだ先に響がいた。 巻き添えを食らったら響も踵を返し、全速力で追ってくるミサイルから走る。

 

さらに2丁4門のガトリングによる斉射も始まり、2人はミサイルと弾丸の雨の中を逃げ回る。

 

「お知り合いだったんですか——律さん!!」

 

「こっちも会うのは久しぶり! 照れ隠しにしては過激すぎだろう!」

 

並走しながら響の質問に律は答える。 加えて、自覚はないが響は感覚的に目の前の人物が律だと答えた。

 

仲のいい律と響だからこそ自然に出てきたのだが……その事に、今はミサイルから逃げるのに必死で、2人はその事に気付いていなかった。

 

「……ッ! 響!!」

 

「え……!?」

 

1発のミサイルが直撃コースで響に向かっていた。 律は逃走をやめ響の背後に回ると長剣を横に構え、衝撃に備え、

 

——ドガアアアアアンッ!!

 

森を吹き飛ばし、クリスはそれでもなお両手のガトリングを撃ち続ける。

 

ようやくトリガーから指を引き、ガトリングの回転が止まる頃にはクリスは肩を上下させ呼吸を荒げ、興奮によって出てきた汗を拭う。

 

呼吸を整えながら撃ち放った場所に視線をやり、ゆっくりと爆煙が晴れると……そこには青い線が入った白い壁のようなものがあった。

 

「……盾?」

 

「——(つるぎ)だ!」

 

疑問の答えが頭上から聞こえ、クリスは即座に視線を上へと向ける。 そこには巨大化させたアームドギアの柄の上に、以前と変わらぬ姿で立つ翼がいた。

 

「へっ、死に体でお寝んねと聞いていたが……足手纏いを庇いに現れたか?」

 

「……もう何も、失うものかと決めたのだ」

 

以前と同様に口汚ない口調でクリスは煽るが、翼の方は以前と違い、冷静に彼女を見下ろしていた。

 

「翼さん……」

 

「気付いたか、立花。 だが私も十全では無い……力を貸して欲しい」

 

「あ……はい!」

 

翼に認められた……そう思った響は元気よく返事を返す。 そして、次に翼は視線を律に向ける。

 

「貴方も……」

 

「………………」

 

今の律と翼は仲間でも友達でもない。 律は距離を取るため無言でいるが、何かを察した翼はフッと笑う。

 

「私は貴方を信用する」

 

「……何?」

 

「貴方の歌は、例え霞んでいてもわかる。 世界ではなく、隣人を守るための歌だと」

 

「………………!」

 

その言葉は律が素の時に翼に言った言葉……それが今出てきた事に律はバイザー越しに目を見開く。

 

『バレてるなこりゃ』

 

「紹介なんてするから……」

 

『それを言うなら響もだろう。 気付いてないと思うが、さっき普通に名前呼んでたかな』

 

「——おぉらぁ!」

 

すると、痺れを切らしたクリスは、ガトリングを上に構え翼に向けて撃ち放つ。 弾幕を張って迫る弾丸……それを、翼は踊るように弾幕を擦り抜け地上に降り立つ。

 

間髪入れずに距離を詰め、翼はクリスに向かって刀を振るう。クリスは刀の攻撃を後退して避け、反撃でガトリングが放つ。

 

だが、その銃撃も翼は舞うように背中を反りながら跳んで躱し、クリスの頭上を飛び越えてから振り返り際に横一閃を振り、クリスは頭を下げてそれを躱す。

 

その中で、クリスの動きを見切り目を細めた翼はガトリングを剣の柄で突き上げた。反動でクリスは後退り……下がったクリスの首筋に刀が添えられ、翼とクリスは背中合わせになって立ち止まる。

 

(この女……以前とは動きがまるで)

 

「凄い……戦いをこんなに魅せるように出来るなんて……」

 

『今の翼は冷静だ。 これが本来の——守人《風鳴 翼》の剣だ』

 

無駄の無い動きでクリスを翻弄する翼の剣に、律はここがライブ会場だと思えるように錯覚してしまう。

 

不意に律の耳元に雑音が聞こえ、空を見上げると、

 

「なんだ……?」

 

何処からともなく現れた3体の飛行型ノイズが上空を旋回して飛んでいた。

 

『律!』

 

(………!)

 

振り返ると……海が見える高台に、黒揚羽の飾りが付いた黒い帽子と黒いサングラスに黒い服といった全身が黒ずくめの金髪の女が佇んでいた。

 

その手には、以前クリスが持っていたノイズを呼び出す杖が握られている。

 

「見つけたっ!!」

 

その人物を視界に入れるや否や、律はウィングバーニアから一気に推進力となるノイズエネルギーを放出させ、一瞬で女性の前に出て剣を振り下ろし、

 

「——いきなり斬りかかるなんて、無粋ねえ」

 

刃は眼前の所で桃色の障壁に阻まれてしまう。

 

「ふん」

 

「っ!」

 

剣は弾かれ、ウィングバーニアーを広げ律は受け身を取り後退しながらその場に滞空する。

 

(今の、バリアー、みたいのって……)

 

律が攻撃を仕掛けている間に飛行型ノイズからクリスを庇った響は、今しがた剣を拒んだ障壁にどこか既視感を覚えていた。

 

「——命じたことも出来ないなんて、あなたは何処まで私を失望させるのかしら?」

 

律が斬りかかった相手……その人物の声に反応し、地上にいる全員が女性の方を見る。

 

上空には先程とは別の飛行型ノイズが3体飛び回っており、その下には女性が夕日を背にして立っていた。

 

「フィーネ!」

 

(フィーネ?)

 

「“終わり”の名を告げる者……」

 

“フィーネ”とは音楽記号で終わりを意味する“終止記号”。 それが何を意味するのか定かではないが、敵である以上、翼は警戒を続ける。

 

「ッ!」

 

「……ぅ……」

 

クリスは視線をフィーネから抱き留めていた響に向け、唇を噛むと拒絶するように突き放した。 今までの戦闘のダメージで動けない響を、駆け寄った翼が抱き留める。

 

「こんな奴がいなくたって、戦争の火種くらいあたし1人で消してやる! そうすればあんたの言うように、人は呪いから解放されてバラバラになった世界は元に戻るんだろっ!?」

 

「……ふぅ……もうあなたに用は無いわ」

 

「ッ!? ……何だよそれ!?」

 

裏切られたと思われるクリスの怒りを無視し、フィーネは右手をかざす。すると、かざされた手が青白く淡く輝き出し、周囲に散っていたネフシュタンの鎧の破片が粒子に変わってフィーネの下に集まっていく。

 

粒子になったネフシュタンの鎧は全て回収し、何処かへと飛ばすと、フィーネは持っていた杖を構える。

 

「ッ……!」

 

『来るぞ!』

 

「………………」

 

フィーネは杖でノイズを操り、3体ずつ飛行型ノイズが高速に回転しながら攻撃を仕掛けてきた。

 

翼は響を抱きかかえながらも迫ってくるノイズを斬り捨て、律はノイズを突きで串刺しにし、取り込みながらもう一度フィーネに視線を向けると……フィーネは既にその場から姿を消していた。

 

どうやらノイズを囮にして逃走したようだ。 仲間のはずの、クリスを置いて。

 

「待てよ、フィーネェ!!」

 

姿を消したフィーネを追って、クリスもその場から駆け出し。 翼がノイズを全て倒した時にはクリスはもう追いかけられない場所にいた。

 

「クリス……」

 

飛行できる律なら追跡は可能だが、律は裏切られてもなお涙を流してフィーネを追いかけるクリスをどうしてか追える気分にはなれなかった。

 

一方その頃、二課の司令室では職員達が慌ただしく機器を操作していた。

 

「反応ロスト。これ以上の追跡は不可能です」

 

「こっちはビンゴです」

 

藤尭がキーボードを操作して中央モニターにある資料を表示させる。 それは2年前に発行されたとある新聞の一面の記事だった。

 

そこには1人の少女の行方不明について書かれていて、次いで表示はれた写真には今よりも顔に幼さが残っている雪音 クリスのものだった。

 

「あの少女だったのか……」

 

「雪音 クリス。 現在16歳。 2年前に行方知れずとなった、過去に選抜されたギア装着候補の1人です」

 

「それと、もう一つ気になるのが」

 

次に表示されたのは……アイオニア音楽専門学校の制服を着た芡咲 律の証明写真が映し出された。

 

「芡咲 律。 アイオニア音楽専門学校に通う16歳の少年です」

 

「彼と雪音 クリスに何の関係が?」

 

「どうやら彼の両親、芡咲夫妻は雪音夫妻とも交流があり、彼自身雪音 クリスと幼馴染だったそうです。 さらに中学時代、響ちゃんの先輩でもあったそうで」

 

「加えて、響ちゃんと同じ2年前のライブでの生存者です。 さらに気になることが、ここ2年間で出現したノイズ……その殆どに彼が被災しているんです」

 

「何……?」

 

こうして調べてみると装者との関係が多い。 偶然かもしれないが、もしかしたら……弦十郎は腕を組んで目を閉じ、瞑想をしながら考え込む。

 

「1度、会ってみるのもいいかもしれないな」

 

目を開け、律の写真のとなりにあるエレベーター内のライブ映像に映る、黒服の男たちに囲まれてソワソワしている小日向 未来に目をやりながらそう呟いた。

 



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10話 月夜の光

フィーネが現れてからすぐ後に現場から離脱した律は、奏に指摘された場所……河川敷の陸橋下に降り立った。

 

着陸して少し辺りを見回すと、陸橋の柱に寄りかかるように既に黒スーツ姿の奏が待っていた。

 

「よ、お疲れさま」

 

「そっちはどうなった?」

 

「総出でフィーネの追跡に当たってる。 けど、捕まえられないだろうなぁ」

 

そう言いながら持っていたスポーツドリンクを律に放り投げる。 キャッチして受け取った律は疲れた身体にそれを飲ませる。

 

「そういやお前、あのネフシュタンの……雪音 クリスだっけか? 幼馴染だったんだな」

 

「(ゴクゴク)……ふぅ……調べればすぐに分かることだし、あまり言いたくないからこの場では話さないけど。 まさかあんな事になっているとは思ってもみなかった……」

 

ドリンクを飲みながら、律は深く考え込んでしまう。

 

(父さんと母さんに伝えるべきか……?)

 

クリスはいわば、雪音夫妻の忘れ形見……雪音夫妻の友人である両親にすぐにでも伝えるべきなのだろうが、クリスがシンフォギアの装者で少なからず犯罪に手を染めていた事もあり、判断に迷っていた。

 

そこでふと、奏は何かを思い出したかのようにポンと手を打つ。

 

「ああ、そうだ。 律、コレをやるよ」

 

「これは……」

 

奏が懐から取り出し、ヒラヒラさせているのは2枚のチケット。 受け取ると、それは今月に行われる風鳴 翼のライブのチケットだった。

 

「今度やる翼のライブのチケットだ。 確かお前の妹が行きたがってたって言ってただろう? 息抜きがてら一緒に行ってやれよ」

 

「……ありがとう、妹も喜ぶよ。 けど済まないな、気を遣わせて。 しかもこんな良い席まで用意してもらって」

 

「いいってことよ」

 

このチケットはただのライブチケットではない。特別な人にしか取ることの出来ないロイヤルボックスからライブを観る事ができるチケットだった。

 

「さて、アタシは後始末があるからもう行くわ」

 

「ああ。 俺は買い物があるからこれで」

 

「また情報が入ったら連絡を入れる」

 

2人は別れ、律は近くにあるスーパーに駆け足で向かって行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

陽は落ち、月光と街灯が夜を照らす中……二課からの捜索を振り切ったクリスは独り、思考が頭の中をグルグルと回りながら夜の街の中を歩いていた。

 

「何でだよ、フィーネ?」

 

疑問に疑問をぶつけながら歩き続けるクリス。その脳裏で、響の神経を逆撫でるような言葉が何度も反復していた。 そして、律の姿も。

 

「っ、あいつ……くそっ!」

 

苛立ちを隠せず、落ち着かせるように自分の考え……戦う理由を再確認しながら胸に手を当てる。

 

(アタシの目的は、戦いの意思と力を持つ人間を叩き潰し……戦争の火種を無くすことなんだ! だけど……)

 

そのクリスが戦う理由が、響との関わりで変わりつつあった。 それが否が応でも苛立ちを覚える要因である。

 

と、その時、不意に女の子の泣き声が聞こえてき。 それを聞いたクリスの視線は、自然とそちらに向けられる。

 

「泣くなよ! 泣いたってどうしようも無いんだぞ!」

 

「だって……だってぇ……」

 

街灯の側にあるベンチに座りながら泣いている女の子と、少し強めの言葉で女の子を泣き止まそうとしている男の子がいた。

 

それを弱い者虐めだと思ったクリスは眉を釣り上げ、2人の元に向かって行く。

 

「おいこら、弱い者を虐めるな!」

 

「虐めてなんかいないよ。 妹が……」

 

男の子はそう言うが、話している間にも女の子は余計に泣き出してしまう。

 

「虐めるなって言ってんだろうが!」

 

「わっ!?」

 

女の子が更に泣き出したのを見て、クリスは手を上げながら男の子を叱る。 男の子はぶたれると思い、自分の顔を庇うように両腕で顔を隠す。

 

だが、クリスが手をあげるよりも先に……先程まで泣いていた女の子がクリスと兄の間に割り込んで、兄を守るように両手を広げた。

 

「お兄ちゃんを虐めるな!」

 

まだ愚図りながらもクリスを見上げると女の子に、流石に違うと分かったクリスは訳がわからないと困惑した顔をして手を下ろした。

 

「お前が兄ちゃんから虐められてたんだろ?」

 

「違う!」

 

「はぁ?」

 

「……父ちゃんがいなくなったんだ。 一緒に捜してたんだけど、妹がもう歩けないって言ってたから。 それで……」

 

「迷子かよ。 だったら、端からそう言えよな」

 

女の子の兄である男の子から事情の説明をされ、クリスは思わず呆れ返ってしまった。

 

「……だって……だってぇ……」

 

「おいこら泣くなって!」

 

「妹を泣かしたな!!」

 

今度は妹の前に兄が立ち、両手を広げる。 どうしようもないクリスは苛立ちを覚え頭を乱暴にかく。

 

「——いつまで続ける気だ?」

 

その時、後ろから第三者の声が聞こえてきた。 クリスは肩を一瞬震わせ、ゆっくりと振り返ると、

 

「よ、クリス」

 

「んなっ!?」

 

そこには片手あげる律がいた。 クリスは混乱する、なぜここに律がいるのかと。

 

(ど、どうしてここに!? 私を探しに……! いや、今の律は……敵! 敵……なんだ……)

 

目の前にいるのは敵……自分にそう言い聞かせるが、それと同時に目に涙も込み上げてくる。

 

「じゃ、また明日」

 

「お、おう——って、そうじゃねえだろう!!」

 

「ぐえっ」

 

何事もなく去っていく律。 クリスは律の襟を掴んで引き止め、律はカエルが潰れたような声を上げる。

 

「おい可笑しいだろう! 何で再会に喜ぶとか捕まえるとかしないんだよ!?」

 

「感動の再会はさっきしたばかりだろう。 感動の再開は一回で充分……! それに俺は二課とかじゃないし、捕まえる理由がないし」

 

(そ……そうだった……コイツ、昔からこんな奴だった……)

 

人差し指立ててドヤ顔をする律に、手で苦い顔を覆うクリス。 実のところ、律は結構アバウトな性格をしている。 そのおかげで幼少の頃、クリスは何度も失敗していた経験を思い出す。

 

「そ、それよりもどうしてここに!?」

 

「帰る途中でここを通ったら、勘違いして子ども達を泣かしているクリスがいたから……ちょっと、遠くから見させてもらった。 いやぁ、かなり面白かったよー」

 

(ウ、ウゼェ……)

 

プークスクスと手で口を押さえながらニヤケ顔で笑う律に、クリスは先程とは別の意味で苛立ちを覚える。

 

「少しは元気になった?」

 

「は……?」

 

「さっきっから眉にこーんなシワを寄せてたかな。 クリスはそんな顔より、笑ってた方が可愛いよ」

 

「ッ!」

 

クリスは怒りや恥ずかしさ、そしてほんの少しの嬉しさで顔が真っ赤になってしまう。

 

「それで何泣かしてたんだ?」

 

「だから泣かしてねぇよ!」

 

律に振り回されっぱなしなクリスは、子ども達が迷子になっている事をイラつきながらも説明する。

 

それを一通り聞いた律は……ブフッ! と吹き出し笑い出した。

 

「アハハハハハ!!」

 

「な、何笑ってんだよ!!」

 

「いやだって……追われてんのに先に子ども達の心配をして。 久し振りに会ったけど変わってないな、そういう優しいところは」

 

「…………!」

 

律は恥ずかしがっているクリスの横を通り過ぎ、置いてけぼりにされている兄妹の前で両手を膝に乗せ、腰を下ろして目線を合わせてから話しかける。

 

「あのお姉ちゃんと何話してたんだ? 良かったら、俺にも教えてくれないか?」

 

「あ……う、うん。妹と一緒に父ちゃんを捜してたんだけど、妹がもう歩けないって言うからこの場所から動けなくて……」

 

「成る程ね。なら、俺とお姉ちゃんが2人と一緒にお父さんを探してやるよ」

 

「良いの!?」

 

「あぁ」

 

父親を一緒に探すと言い、兄妹の頭を優しく撫でると安心したように笑顔を浮かべた。

 

「おい待てコラ! アタシを抜きにして何勝手に話を進めてんだ!? 」

 

「え? いやだって、クリスが先に首突っ込んだ事だろう。 最後まで責任を持つべきだ」

 

「お前が探すんならアタシは必要ねえだろう!」

 

フンッ!と、腕を組んでソッポを向くクリス。 どうやらついて行きたくないようで……律はクリスに背を向け、兄妹の背を軽く押す。

 

「そっか……それじゃあなクリス。 さ、あの薄情なお姉ちゃんは放っておいて、お兄ちゃんと行こうか」

 

「「うん」」

 

「え!? あ、ちょ、おいっ!? 待ってよ、律ーーーっ!!」

 

置いていかれようとするクリスは、どこか昔の光景のように律を追いかけた。

 

最初は律が女の子を背負って探し回り、しばらくして女の子が歩けるようになってからは律とクリスの間に子ども達を挟むように手を繋じ、夜の歓楽街を歩いていた。

 

すると、近くから鼻歌が聞こえてきた。 律は隣を、兄妹は上を見ると……クリスがその鼻歌を歌っていた。

 

「〜〜〜〜♪」

 

無意識なのだろう、表情も変えず進行方向を向いたまま歌っている。

 

本当に久し振りに聞いた、歌……律は黙ってその鼻歌に聴き惚れる。それはクリスと手を握っている女の子も同様で、クリスの事をジーっと見ていた。

 

「な、何だよ? お前も、何こっち見てんだ!?」

 

流石な2つの動かない視線に気付き、クリスは少し慌てながら乱暴な言葉でそう言う。

 

「お姉ちゃん、歌好きなの?」

 

「……歌なんて大嫌いだ。 特に、壊す事しか出来ないあたしの歌はな……」

 

壊すことしか出来ない歌……シンフォギアのことを指しているのだろう、それしか出来ない自分を、そして歌を嫌悪している。

 

「俺は好きだぞ」

 

「なっ!?」

 

だが律はクリスの歌は子どもの頃から好きだった。 素直にそう言うと、クリスはみるみると顔を赤くする。

 

「ねえねえ、もっと歌って!」

 

「も、もう歌わねえよ!」

 

女の子に歌を催促されるが、クリスは頰が赤いままプイっと顔を背ける。

 

「しょうがないなぁ……」

 

クリスが歌わないのならと、律はスゥと一息吸い込み、

 

——La Luna misteriosa(神秘の月よ)

 

「え……」

 

喉を震わせて歌い始めた。 突然の事にクリス達は驚くが、その澄んだ歌声に横槍を入れる事は出来ず、静かに耳をすませる。

 

——se a te giunge la mio preghiera(私の祈りが届くなら)

 

ゆっくりと、心の奥まで響かせるような歌声に、そのまま歌いながら律は歩みを進める。

 

決して声は大きくないが、喧騒のある繁華街の中でもどこまでも届くような、静寂を呼ぶような歌声がどこまでも響いていた。 道行く人まで歩みを止めて、歌い続ける律に視線を向ける。

 

それからも歌を続け、2人の兄妹を不安取り除き、次第に元気付けていく。

 

——di piu dal conforto gentile(私の胸に注がれる やさしい慰めによって)

versato su(私はこの上ない) questo mio sen(喜びの希望を創り出すのです)

 

途中、律は目を閉じ歌に集中し出す。 律の歩みを左右の手を繋ぐ兄妹が支える。

 

——la pace nel cuore…… fra le nubi dorate(私の心に安らぎが戻る…… 金色の雲の中へ)

cuore…… fra le nubi dorate(心が…… 金色の雲の中へ)

 

最後まで歌いきり……数秒間、繁華街から音が消え、しばらくすると元に戻った。

 

「うわぁ……! お兄ちゃんもお歌、上手だね!」

 

「でも、すごく女の人の声だったんだけど……」

 

「そういう声の出し方があるんだ。 まあ、そもそも俺の声って女っぽいのが原因だけど」

 

「………………」

 

歌い終わった直後に、律たちは交番の前に差し掛かった。

 

と、そこへ丁度、一人の男性が交番から出てきた。 少し疲れたような、心配してそうな顔しながら顔上げると、歩いてきた律達に気が付いた。 その男性を見た子ども達は、パァっと表情を明るくする。

 

「父ちゃん!」

 

「あ、あぁ!!」

 

どうやら男性は今、捜していた子ども達の父親のようで、律とクリスの手から手を離した兄妹が男性……父親の下へ駆け寄って行く。

 

「お前達、何処に行ってたんだ!?」

 

「お姉ちゃんとお兄ちゃんが一緒に迷子になってくれた!」

 

「違うだろ。一緒に父ちゃんを捜してくれたんだ」

 

2人に大事が無かったようで、父親も一安心する。

 

「すみません。 ご迷惑をお掛けしました。 折角のデートのようで、本当にすみません……」

 

「んなっ!?」

 

2人を交互に見て、一般的な勘違いをした父親は頭を下げる。 そしてクリスは再び顔を真っ赤にして慌てふためく。

 

「ち、ちちち、違ぇよ!! べ、別にコイツとアタシはそんな関係じゃ……!」

 

「そうですよ。 彼女とはただの幼馴染です」

 

「……………………」

 

真っ赤になるクリスに対し、あっけらかんと返す律。 そんな律にクリスは不機嫌そうな顔をする。

 

それから父親は再三、自分の子供達が掛けた迷惑を謝罪し、そして別れる時に手を振る子ども達。

 

「じゃあねー」

 

「もう親と逸れるなよー」

 

手を振り返しながら見送り……すぐに姿が見えなくなり、2人は振っていた手を下ろす。

 

「……今の……」

 

「ん?」

 

「今の、《La Luna》か?」

 

クリスがそう尋ねてきた。 今の歌は律の母《紅羽》がイタリア語で作った子守唄……昔、寝る前によく2人に聞かせていたものだ。

 

「ああ。 母さんが子守唄で聞かせてくれたやつな。 よく覚えていたな?」

 

「……忘れるもんか。 あたしに残された、たった一つの思い出を……」

 

最初の頃は紅羽が何を言って、どんな意味なのか分からず聞いていたが……心安らぐような歌であることは実感して感じられていた。

 

「それで……どうするんだ? ここでアタシを捕まえて、特機部二(とっきぶつ)にでも突き出そうってのか?」

 

首を振って、今し方思い浮かべた感情を振り払い、両手の平を見せながら軽く広げ、無抵抗を装う。

 

捕まえるのなら今だぞ……そんなクリスの行動を見た律は、肩をすくめながら首を左右に振った。

 

「俺は今すぐにクリスをどうこうする気はない」

 

「何?」

 

「本音を言えば無理矢理にでも連れ戻して、両親と妹と合わせたい。 でも今、クリスはそう思ってないんだろう? いや、会うべきじゃないと思っている」

 

「………………」

 

「だから待ち続けるよ。 本当は、国を出てでも探すべきだった、失踪した時も探すべきだった……でも、今は待ち続けるよ。 これが最低な行為だと思うかもしれないけど……俺は待ち続ける。 探しに行って、その時にクリスが来たらそこには誰もいないからな」

 

「……ッ!」

 

色んな感情が頭の中でせめぎ合い……途端、クリスは律から背を向け、その場から去ろうとする。

 

「最後にこれだけは覚えていてほしい」

 

「………………」

 

「俺は決して、クリスの敵にはならない。 たとえ世界がクリスを否定したとしても、俺は必ずクリスの力になる。 ……今更、こんな事を言っても遅いかもしれないが」

 

「……ッ……」

 

去り続けるて行くクリスにそれだけを伝え、今度は律もクリスに背を向ける。

 

「待ち続けるよ……いつまでも」

 

「今更……! 何を今更……!!」

 

そう言い、律はクリスの前から去って行き。 クリスも駆け足になりながら路地裏に入り、数分の間当てもなく歩き続け、

 

「今更……あたしに優しい言葉を投げかけないでくれよ……!」

 

拳を握り、横殴りに壁にぶつける。 そしてすぐに力が抜けヨロヨロとへたれ込むと、

 

「すがっちまうだろう……バカ野郎……」

 

ポツリと、涙をこぼしながら呟いた。

 



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11話 喪失

「………………」

 

先程までの一件から時間が経ち深夜前……律は自宅のテーブルに座り、その上にはスマホが置かれていた。

 

無言でスマホをジッと見つめ、何度も深呼吸して自分を落ち着かせていた。

 

「……よし」

 

覚悟を決め、スマホ手に取りある人に電話をかけようとする。 数コール後、電話が繋がった。

 

『……もしもし』

 

「あ、律だけど……今、大丈夫か、未来? 話があるんだ」

 

『……はい』

 

恐らく……いや、確実に二課から機密保持の説明を受け、必要最低限の事情は聞いたのだろう。 どこか未来の声が気落ちしているように聞こえた。

 

「響は?」

 

『……今はもう寝ています』

 

以前聞いたのだが、響と未来は同じ寮の同じ部屋で生活しており、時折……というかほとんど毎日同じベットで寝ていると聞いたことがあった。

 

だが、どうやら今日は別々に寝ているようだ。 まるで今の2人……いや、電話越しの律も含めて距離感を感じてしまう。

 

「恐らく二課の人から説明は受けていると思う。 けど、その人達と俺は無関係だ。 最初にそれだけは分かってくれ」

 

『……はい』

 

本当なら既に色んなことが起こり過ぎて頭がいっぱいいっぱいなはずな未来が、響と律の立場のそ違いなんて理解したくもないはず……だが、未来は精一杯の声で返事を返した。

 

「俺は響と未来は大切な友達だ。 友達だからこそ……秘密にしたかったんだ。 巻き込みたくない、傷つけたくないから」

 

『……でも……』

 

「分かってくれ、許してくれとは言わない。 これは力を持ってしまったが故の責任なのかもしれない、俺と響も……守れる力があるのなら、それを誰かのために使いたい……」

 

『………………』

 

深く考え込んでいるのだろう、沈黙が続く。

 

「未来。 前に言ったと思う。 今、俺のやっていることが未来にどう映るか分からない。 正しいのか、悪いのか……でも」

 

『必要だから……ですね?』

 

「……ああ」

 

自分が正しいと思っての行為でも、それを見る相手が違えば答えも変わる……だが、たとえ人の目に映ったのが悪だったとしても、止めることは出来ない……それが、必要だから。

 

「俺はまだ陰から支える事しか出来ない。 だから未来……響の居場所になってくれ。 帰るべき、居場所に」

 

『律さん……』

 

嘘偽りなく、本心で自分の言いたいこと伝える。 そしてしばらくの沈黙の後、

 

『分かりました。 まだ、どこか納得していない部分もありますが……律さんは、許す事にします』

 

「……ありがとう。 未来が友達で良かった」

 

“律さんは”という部分が気になるが、あえて追求しないでおいた。

 

『ふふっ、律さんも辛くなったら甘えてもいいんですよ? ここは響だけの特等席じゃないんですから』

 

「ああ。 それならお言葉に甘えて」

 

『!!』

 

その提案をありがたくやんわりと受け入れると、未来の息を飲むような声が聞こえてきた。

 

『もう……そんな恥ずかし気もなく……逆にこっちが……』

 

「? 未来?」

 

『何でもありません!』

 

その言葉を最後に、一方的に電話を切られてしまった。

 

「お、おう……?」

 

後に残された律は、意味がわからず呆けた声しか出なかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ふぁ……」

 

翌日、午前6時頃……目覚めた律は身を起こすと軽く欠伸をし、深呼吸してからしばらくボーッとして全身に酸素を行き渡らせるような感覚でジッとした後、ようやくベットから出た。

 

「雨か……」

 

カーテンを開けると外は曇り空で雨が降っていた。 特に気にする事もなく顔を洗った後、朝食の用意をし、寝間着から制服に着替えようとする。

 

「……あれ?」

 

ワイシャツを着てネクタイをしたところで、ふと気付いた。 昨日、就寝時に机の上に置いたはずの黒のギアペンダントが……どこにもなかった。

 

「おっかしいなぁ、確かにここに……」

 

不審に思いながらも机の上やその周囲の床をくまなく探したが、どこにもペンダントは無かった。

 

と、そこで律の前にリュートが前を歩いてきた。 何気なく顔を上げてリュートを見ると……その口元からペンダントのチェーンが垂れ下がっていた。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

無言で見つめ合う1人と1匹。 しばらく見つめ合い時間を置いた後、

 

「コラーーーッ!! リューーーートーー!!」

 

怒りの形相で叱りながらリュートに勢いよく手を伸ばし。 当然なのか、リュートは踵を返して脱兎のごとく逃げる。

 

ドタバタとアパート内を駆け回り、少し反撃されて引っ掻かれながらもリュートの首根っこを掴んで捕獲に成功した。

 

「にゃ、にゃーー!!」

 

「離しなさい……っ!!」

 

垂れ下がるチェーンを引っ張って取り返そうとするも、リュートは頑なにギアペンダントを咥えて離そうとはしない。

 

「こんっっっの!!」

 

少々乱暴だが力付くで引っ張り、

 

「取れた! ——って、ギアがない!?」

 

取れたのはチェーンのみ。 肝心なギアペンダントはまだリュートの口の中……だったが、既に食道を通って胃の中だった。

 

「ペッしなさい、ペッ!!」

 

「にゃ! にゃ! にゃっ!!」

 

すかさず律はリュートの後ろ足を掴んで逆さ吊りにし、ギアペンダントを吐かせようと何度も揺する。

 

しかし、何度振っても出てこなく。 そろそろ動物虐待ではと思い始めた頃……両手両膝をついて項垂れる。

 

「お、おいおい……こんな時にノイズが来たらどーすんだよ……」

 

「にゃー」

 

すると、リュートは後ろ脚立をして前脚を律の右腕に寄りかかるように乗せた。 まるで励ますように……だが、原因はリュートなので、イラッ☆ときた律は首根っこ掴んでゴミ箱にシュートした。

 

……動物虐待である。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……と、言うわけだ」

 

『いや何が“と、言うわけ”だあぁっ!!!』

 

この事態を包み隠さず奏に報告すると……律のスマホが揺れるくらいの怒号が轟いてきた。

 

『何してんだよこのアホ!! こんな大事な時にバカみたいな事やらかしてよお!!』

 

「仕方ないだろう。 食べちゃったんだから」

 

「にゃー」

 

『……おい、リュートもそこにいんのか?』

 

「動物病院に移送中」

 

ギアが猫の胃酸で溶けるとは思ってはいないが、流石に長時間放っておくわけにもいかず。 律は学校を休みリュートの首根っこを掴んで肩に担ぎ、動物病院に連れて行っていた。

 

「とにかくノイズが出ないことを祈ってくれ」

 

『おい、地味にフラグ立てるのやめろ』

 

律の悪い方向への予想はよく当たる……悲しいことに。それが律と響の特徴である。

 

『それはそうと律、あの未来って子とはどうなったんだよ?』

 

「昨日電話して、まあなんとかなったよ」

 

昨夜、電話した結果を奏に掻い摘んで説明した。 それを聞いた奏は電話越しにホッと一息つく。

 

『まあ何にせよ良かった。 だがまだ気は緩めるなよ。 1人2人に正体がバレたら、後はなし崩しだ。 未来はもちろん、翼にもバレてんだ。 響や旦那、二課や政府に見つかるのも時間の問題だぞ』

 

「その前にこの事件を片付ける……そうだろう?」

 

『ああ、わかってんじゃねえか』

 

と、そこで奏はしばらく黙っていた。 何かあったと思いながら一呼吸置いた後、

 

『……なあ……律はそれなりに強くて、頭も良くて、才能もあるよな?』

 

「…………はぁ…………?」

 

唐突にそんな脈絡のない質問をしてきた。 流石の律も意味が分からなかった。

 

『ノイズとの戦闘からお前の強さはよく分かる。 学校での勉強も上手くいって文武両道……他人から見ても優秀な人間だ』

 

何を言いたいのかよく分からず、間を挟もうとするが……その前に「だが……」と、奏は続ける。

 

『どう考えても余裕が無さすぎるんじゃねのか? 上達すれば自然に生まれる、心の余裕が』

 

「…………………!」

 

『上手くなる実感から生まれる自分への甘さ、ゆとりを持とうとする気持ち……それが、お前からは全くない。 まるで自分を一振りの剣として戦い続ける翼のように……』

 

「………………」

 

『別にそれが悪いって訳じゃねぇ。 そのチグハグな部分、お前がよく理解していると思うしな』

 

「…………ああ。 よく分かってるさ。 自分自身……嫌という程にね」

 

スマホを掴む手とは反対の手を胸に当て、ギュッと握りしめる。 言われなくてもわかっていた、律自身がよく……その雰囲気を何となく察した奏は、フゥと息を吐く。

 

『恐らくフィーネは《雪音 クリス》を野放しにしておかねえつもりだ。 口封じのために、ノイズを放っているのが既に何件か確認されている……その時までは待機してろよ』

 

「それって、もしかして今日?」

 

『だからフラグ立てんじゃねえ』

 

律は奏からの電話を切り、不思議にドッと疲れ大きなため息を吐いた。

 

それから律はリュートを動物病院に連れて行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

その頃……ノイズに追われ、疲労困憊で倒れてしまったクリス。 そんな彼女を、かなり思い詰めた顔をして歩いていた未来が発見し《ふらわー》というお好み焼き店の部屋を借りて看病していた。

 

目を覚ましたクリスはかなり困惑したが、優しくしてくれる未来とふらわーのおばさんの好意を流されるように受け止めていた。

 

「喧嘩か……もうアタシには縁遠いことだ」

 

「友達と喧嘩したとないの?」

 

「……友達いないんだ」

 

「え……」

 

「地球の裏側でパパとママを殺されたアタシは、ずっと独りで生きてきたからな……友達どころじゃなかった」

 

「そんな……」

 

「いや……1人だけ、いたな……」

 

着替え終えたクリスは窓に近寄り、雨の上がった空を見上げてながらフッと、思い出したように笑う。

 

「両親が殺される前はここにいて、家族共々そいつとよく遊んでいた。 ガキの頃のアタシはそりゃあ普通で……転んで泣いてたら、慰めてくれておんぶしてくれて。 喧嘩したら食べ物一つであっという間に笑顔になって……でも、それは昔の話、もうアタシとアイツは別々の場所にいる。 もう、会っちゃいけないんだ」

 

「そんな事……」

 

「こんな汚れちまった女より、お前のような身綺麗な女の方がアイツには似合うのさ」

 

自分で言っておいて傷つく……クリスは震えながら胸に手を当てる。 そんなクリスを見て、未来はクリスの前に歩み寄る。

 

「なら……喧嘩しちゃえばいいんじゃないかな?」

 

「はぁ?」

 

「お互いが分からないのなら、喧嘩して言いたいことを言い合って……スッキリしたところで仲直りをする。 隙あれば弱味につけこめばなお良し、奢らせるとか」

 

「……現在進行形で喧嘩しているヤツが言うセリフじゃねぇな」

 

「ふふっ、そうだね」

 

——ウウゥーーーーッ!!!

 

その時、前触れもなく、もう日常的に音を鳴らしている警戒警報が町中に鳴り響いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

数分前——

 

律はリュートを動物病院に連れて行き、何故かこの日は混雑しており、診察までかなり時間がかかったが……何度かお世話になった獣医の診察の結果……出るまで待つしかないという結果となった。

 

「おい、リュート。 ご飯はちゃんと食べていたよな? 何がどうしてギアペンダント(あんなの)を食ったんだよ」

 

「にゃー」

 

動物病院の帰り道、リュートの両頬を引っ張りプラーンとぶら下げながら追求するも、鳴き声しか返ってこなかった。

 

因みに最初からリュートをケージの中に入れて運ばないのは、入れようとしたらリュートがかなり嫌がったため。

 

「はぁ……明日明後日で()()くるとは思うけど……ガチで洗浄に1週間は使いたいかも……」

 

「にゃー?」

 

「おい分かってんのか? 多分嘘偽りなく火を噴く思いになるからな?」

 

まだ少し先になるが、排出されたギアペンダントを首に下げるのは……あまり気分のいいものではないだろう。

 

「…………………」

 

落ち込んでいく気分の中……不意に顔を上げ、空を見上げる。 そこには雲一つない青空に浮かぶ、強く輝いて色すら判別できない太陽があった。

 

「太陽、か……響が太陽なら、俺は月かな」

 

未来は以前、響のことを“陽だまり”と称したことがある。

 

そして自分は裏で光を放つ月。 月は見姿を変えながら神秘な光を映す。 だが、月は太陽無くして輝くことは出来ない。

 

「でも……“太陽は常に1人である”、誰かが側にいないとね」

 

どこかの詩人が言った言葉を言いつつ、家に帰ろうと再び歩き出した、その時、

 

——ウゥーーーッ!!!

 

前触れもなく、町中に警報のサイレンの音が響き渡る。

 

「!! ノイズの警戒警報……! おいおい、本当に来たのかよ!?」

 

嫌な予想が的中してしまった直後、律のスマホに奏からの着信が届く。

 

『やっぱりフラグ立ってたじゃねえか!!』

 

「愚痴言っても仕方ない。 場所は?」

 

『市街地第6区域付近だ! ちょうどお前がいる付近だ!』

 

「分かった!」

 

『いや何が分かっただ!? 今のお前に何が——』

 

奏が何か言いかけていたが、律は無視して走り出しながら電話を切った。

 

ノイズが発生した地点は繁華街の近くのようで、急いでその地点に向かう律。 その時……どこからか少女の叫ぶ声が届いてきた。

 

(この声は……!)

 

律は急いで声がした方向に走り、そしてすぐに町の大きな通りがある商店街に辿り着く。

 

そこには既にほとんどの避難が済み、ゴーストタウンと化した町のど真ん中に……泣き崩れて膝をつき、天を見上げながら涙を流すクリスの姿が。

 

「Killiter Ichai——ケホッ! ケホッケホッ!」

 

「クリス!!」

 

どうやら風邪気味のようで、聖詠の途中で咳き込んでしまった。 その隙が命取りになり、上空に飛んでいた飛行型ノイズが槍となって突貫してきた。

 

助けようと走り出すが、間に合わない……せっかく再開できたのに、最悪な結果が脳裏に浮かんで来た時、

 

「——ふんっ!」

 

大地を揺るがすような踏み込み……震脚でコンクリートの地面を引っ剥がし、それを盾にしてノイズの攻撃を防いた。

 

「はい?」

 

「はっ!!」

 

間髪入れず盾となったコンクリートの壁を拳で砕き、瓦礫で周囲のノイズへの攻撃を行った。 物理的な攻撃を仕掛けてきた今のノイズは透過状態になってはおらず、コンクリートでも倒すことができた。

 

(“旦那に任せると被害が増える”ってそういうことかよおおおおぉぉ!?)

 

クリスを守ったのは二課の指令である《風鳴 弦十郎》その人だった。

 

律は以前、奏が言っていた言葉がようやく理解できた。 が、誰がこんな人間やめたような事を想像できるだろうか。

 

それはともかく……防がれたとしても、ノイズは2人を炭にしようと再度進行してくる。

 

「やばっ! これ以上街を壊されてたまるか!」

 

別の意味でこれ以上の被害を出さないよう律はノイズに向かって走り出す。

 

だが、律は失念していた……今、シンフォギアは使えない。

 

「Feliear ◼️◼️◼️ tron」

 

肝心の聖遺物は肩の上に乗るリュートの腹の中にあるため、聖詠を紡いでもシンフォギアは出てこない。

 

しかし、律はそれよりも自分の口からノイズ以外の音が出てきた事に驚きを禁じ得ない。

 

(今、何を……)

 

今しがた口から出た歌を頭の中で反復する。 恐らく律のシンフォギアの聖詠の一部だろうが、肝心の聖遺物については分からなかった。

 

「——はあっ!!」

 

考え込んでいる間に、いつの間にかイチイバルを纏ったクリスが律の前に現れた。

 

「クリス!」

 

「何してるんだ! 早くシンフォギアを纏え!」

 

「い、今は無理!」

 

「はああ!?」

 

律がシンフォギアを使えないことに、クリスは声を上げる。 しかも銃口を向けかねない勢いだ。

 

だが事情を説明する暇もなく、クリスは次々と襲いかかってくるノイズを撃つ。

 

「チッ、早く行け!! 足手まといだこのバカ!」

 

「分かった! 後は任せる!」

 

「悪いと思ってるのならもう少しそういう態度を取れよ!!」

 

割とアッサリ謝罪して走り去る律に、今度こそ銃口を向けながら吠えるクリス。

 

しかし、走ったはいいが今の律に何が出来るのか……そう考える足を止めた時、

 

「にゃー!!」

 

「あ、おいリュート!」

 

突然、肩に乗っていたリュートが飛び降りて走り出し、近くにあった大きな穴が開き鉄骨が剥き出しになっている工事中の廃ビルに入って行ってしまった。

 

「おいリュート!」

 

今にも崩れそうなビル……律はそれを踏まえ、慎重に歩きながらリュートを追いかけてビルの中に入る。

 

「リュー……」

 

廃ビルに入り名前を呼んで探そうとした時、真上に複数の足があるノイズが出てきた。

 

(うわっ、デカいタコ。 こんなノイズ始めて見た)

 

どうやらタコ型ノイズは律に気が付いていないようで、その下を通り抜け吹き抜けとなっている階下を覗き込むと、

 

「あ」

 

「「!!」」

 

下には響と未来が身を寄せ合っていた。 2人は律が現れた事に驚くも、何故か口を噤んでいた。

 

「ひ——」

 

名前を呼ぼうとした瞬間……いきなり膝裏に何かがぶつかり、膝カックンされた。 その一拍子置いた直後、律の頭上にタコ型ノイズの足が通り過ぎ、律の側にある床を突き破った。

 

それにより床は崩壊し、律は跳躍して落下する瓦礫から脱し、受身を取って階下に着地する。

 

「ん?」

 

着地してからノイズを確認しようと顔を上げると、頭上に白い物体が落下し、受け止めると……それはリュートだった。 どうやら先程の膝カックンはリュートによるもののようだ。

 

「リュー……」

 

名前を呼ぼうとしたその時……背後から回された手が律の口を塞いだ。

 

そのまま後ろに倒されて尻餅をつかされ、ゆっくりと後ろを向くと……片手で律の口を塞ぎ、もう片方の手の人差し指を口元に当てている響と未来がいた。

 

(な、何だ……?)

 

何故口を塞がれているのか、それを質問することもできないまま手を離した未来はスマホを操作し、律に画面を見せた。 そこには〈静かに。 あれは大きな音に反応するみたいです〉と書かれていた。

 

律は口を噤むと、ようやく響が口から手を離してくれ、同様にスマホを取り出して筆談で会話を始める。

 

筆談によると、どうやら未来とすぐ側で気絶して倒れているおばあさんはあのタコ型ノイズに追われてここに逃げ込み、その後に響、そして律がやってきて今に至っているようだ。

 

(どうしたものか……)

 

加えて今の律はともかく、響が聖詠を歌わないのは律を含む3人を危険に晒してしまうから……仮に響が囮になってもこの場に3人を残してしまう結果になり、その間に他のノイズが現れるとも限らない。 完全に動けず、膠着した状態が続いてしまう。

 

すると、未来はまた自分のスマホの画面を見せてくる。

 

〈私が囮になってノイズの気を引くから、その間に2人はおばちゃんと一緒に逃げて〉

 

それを読んだ2人は驚く声を抑え、目を見開く。 急いでスマホを取り出し、言いたい事を急いで入力して未来の眼前に突き出す。

 

〈何考えてるんだ!? そんな事させると思うか!?〉

 

〈そんなこと出来る訳ないよ! 未来にそんな危険なことをさせらない!〉

 

似た内容の文章を見せられ、未来は返答を書く。

 

〈元陸上部の逃げ足だから何とかなる〉

 

〈他に方法はあるだろう!〉

 

〈何とかなる訳無いよ!〉

 

〈じゃあ何とかして〉

 

その文章は響にだけ見せた。 次いでスマホを操作し、次に律にだけ画面を見せる。

 

〈リュートを、守ってくださいね。 響も、必ず。 私は、これが今すべき、正しい事だと信じています。 この行動が——2人に取って必要になるから〉

 

(未来……)

 

律の言葉が完全にブーメランになって返って来て、返答を返す手も止まってしまう。 決意は固い、

 

「……うぅ……」

 

すると、側で横たわっていたふらわーのおばさんが呻き声を上げる。 その声に反応し、頭上のタコ型ノイズが蠢きだす。

 

「……2年前、私は1人だけ安全なところに逃げて、響と律さんの側にいることが出来なかった。 一番大事な時に、一緒にいられなかった。 でも、もう私は、めげたり、諦めたりしない……たとえ拒絶されても、離れ離れになっても……それでも一緒にいたい。私は今度こそ、2人の力になりたいの」

 

「未来……」

 

「そんな事、俺も響も気にしてないんだ。 だからそこまで気負う必要は……」

 

そう言い切る前に、未来は首をフルフルと横に振り、響と律の耳元から顔を離し、2人から離れながら立ち上がると、

 

「私はもう、迷わない! 迷いはしない!」

 

同時に大きな声で叫んだ。 その声に反応し、タコ型ノイズが一気に動き出した。 狙いは未来に定められ、その多数の足を振り下ろそうと構えている。

 

「未来っ!!」

 

「間に合えっ!!」

 

律は駆け出そうとする未来の背を庇うように走り出し……2人の頭上にノイズの足が振り下ろされ、土煙が舞い上がった。

 

「そ、そんな……未来! 律さん!!」

 

ノイズの足が完全に直撃した……そう感じた響は土煙の中で起こっているであろう最悪の事態が脳裏に浮かぶ。 しばらくして、土煙が晴れると、

 

「……あ……」

 

そこには両手でタコ型ノイズの足を受け止めて掴む律の姿があった。 どうやら未来には足は当たらず、そのまま廃ビルを飛び出したようだ。

 

「り、律さん!!」

 

「——ごめんよ……」

 

「え……」

 

想像通り最悪の事態を予想した……だが、いつまで経っても律の身体は黒く染まらず、むしろ謝罪の言葉が聞こえてくる。

 

「ごめんよ……リュート」

 

その名を聞き、響は周囲を見回すと……足の一本が背中に直撃し、地面に押し潰しているリュートの姿があった。

 

「リュ、リュート……」

 

木に登り、降りられなくなった白猫のリュートを最初に保護した響は、この光景にまともな声が出てこない。

 

そして、次第にリュートの身体は黒く染まり……炭となってしまった。

 

「あ……ぁ……」

 

「俺が不注意なばかりに、こんな場所に連れてきて……」

 

自分の軽率な行動が招いた結果……懺悔するように律は呟に、怒りを表すようにノイズの足を握る力が一気に込められていく。

 

「うおおおぉぉっ…………りゃああああっ!!!」

 

足を全力で引っ張り、タコノイズを自分ごと一回転させてから真上に放り投げ、ノイズは建物の外に放り出されてしまった。

 

「……..…………」

 

「ど、どうして……ノイズに触ったのに……」

 

シンフォギアを纏っているならまだしも、生身でノイズに触れても何ともない律に驚きを隠せない。

 

そんな響を律は一瞥し、炭となってしまったリュートの亡骸に手を入れる。

 

突然の奇行に響は驚くが……律は炭の中からリュートに食べられたはずの黒いギアペンダントを取り出した。

 

どうやらペンダントまで炭にはなっていなかったようで、そのペンダントを見た響は目を見開く。

 

「そ、そのペンダントって……」

 

翼とクリスが欠けているギアペンダントと色違いのペンダント……それを着けているのは響が知る中で1人しかいない。

 

律はギアペンダントにチェーンを通して首にかけ。 キッと、殺意に満ちた目で放り投げたノイズによって開けられた穴を睨みつける。

 

「今日という今日は許さねえぞ……! 俺自身も、ノイズも!!」

 

許せないのはリュートを殺したノイズと、リュートを守れなかった自分自身……律は自分を強く責めながら詠う。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

呆然とする響と未来の目の前で聖詠を紡ぎ、その身にシンフォギアを纏い、紅い翼を広げる。

 

「え……」

 

律の正体を知らない響と、正体を知る未来……目の前に立つ律の姿を見て、その驚き用には違いがあった。

 

「律さんが……律さんが黒いシンフォギアの、装者……?」

 

「……………」

 

——きゃあああああああっ!!

 

「未来っ!?」

 

その時、外から未来の悲鳴が届いてくる。 どうやら廃ビルの外にいた別のノイズに狙われてしまったようだ。

 

「……はああっ!!」

 

「あ、律さん!!」

 

すると今度は律が空に飛び上がり、廃ビルの天井を突き破って外に出て行ってしまった。

 

(追いかけないと! でも未来がノイズに……でもあの状態の律さんを……ああもう!!)

 

どちらも大切な友達で、どちらも助けたい……響は頭を抱えて苦悶の表情をし……とにかく、先に歌を歌う。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

聖詠を歌いシンフォギアを纏った響はおばさんを抱えると律が出て行った穴を通って廃ビルから飛び出した。

 

「——響さん!」

 

「緒川さん!」

 

すると、響の落下地点に黒塗りの車が止められ、車内から緒川が顔を出してきた。

 

着地した響は車から出てきた緒川に気絶しているおばちゃんを預ける。

 

「緒川さん、おばちゃんを頼みます!」

 

「響君は、君はどこへ?」

 

「!!」

 

弦十郎にそう聞かれ、踵を返して踏み出そうとした足が止まる。

 

(未来……律さん……未来……律さん……!!)

 

ノイズに追われている未来。 失意に落ちてしまっている律。 どちらか一方しか救うことは出来ない……いつもはあまり使わない頭を両手で抱え込みながらフルで働かせる。

 

「ううぅーー……ああぁーー!!」

 

だが知恵熱で別の意味で暴走しかけた響は……とにかく頭ではなく足を動かして地を踏みしめ、空高く飛び上がった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「うらああああぁぁっ!!!」

 

音速(ソニック)千切(カッティング)

 

目にも留まらぬ速さで縦横無尽に剣を振るい、視界に入るノイズを過剰攻撃で細切れにし、血飛沫のように飛び散る炭すら残さず、剣に取り込みながら町内を飛び回る律。

 

その目は血走っており、ほとんど正気を失いかけていた。

 

「あん?」

 

律の暴走はクリスの元にまで及び、一陣の紅い風がその場を駆け抜けると……クリスと戦っていたノイズが一掃された。

 

「うおっ、律!?」

 

突然、現れた律に驚くクリスだが……その尋常ではない様子に、警戒して思わず銃口を向けてしまう。

 

(何があったんだ……? 完全にシンフォギアが暴走してやがる!)

 

元々黒いシンフォギアがさらに光を呑み込むような漆黒に侵食されており、両眼は血のように赤い眼光を放っている。

 

『ウゥ……ウゥウウウウ……』

 

「ッッ!!」

 

暴走する律から苦しそうな唸り声が聞こえ、クリスは右手に持っていたボウガンを律に向ける。

 

だが、クリスの引金に添えられた指は、震えて引く事が出来なかった。

 

(クソっ! 撃てよ! 今のアイツは正気じゃない! それに何発撃ち込もうが倒れるようなタマじゃないだろう! 動けよ……!)

 

『ウウゥ……ルアアッ!!』

 

「あ!!」

 

自分の中で葛藤する最中、律は辺りにノイズがいない事を確認すると、クリスを無視してどこかへと飛び去って行く。

 

「……チッ!」

 

後に残されたクリスは大きな舌打ちをし、その場から離脱した。

 

『アアアアッ!!』

 

空に飛び上がった律は、獣の如く咆哮で縦横無尽に飛び交い。 空を飛んでいるノイズを剣も使わず、突進で引き裂いて行く。

 

『アア……』

 

眼に映るす全てを破壊しかねない勢いだ。 律が長剣の柄に手をかけようとした、その時、

 

「——あ……」

 

真っ赤に染まっていく律の視界に入ってきたのは……高所から落下していくシンフォギアを纏った響と未来。

 

「……ッ!!」

 

すると、律の視界が徐々に元に戻っていき……正気を取り戻すと一直線に2人の元に飛んでいく。

 

「「あ!!」」

 

いきなり飛んでくる律に目を見開かせる響と未来。 律は響の手を掴んで持ち上げ、2人の間に割って入り2人の足を抱え肩に乗せるように支えた。

 

「大丈夫か?」

 

「「り、律さん…………え?」」

 

お互いに、目の前の人物の正体が律だと知っていることに驚いている。 2人はキョトンとした顔で見合わせながら、そのまま地上に降り立ち、同時に疲れたようにへたれこむと響のシンフォギアは解除された。

 

「……あ、あちこちが痛い……」

 

「律さん! 大丈夫なんですか!?」

 

ノイズに追われて長距離を走り、最後に吹き飛ばされた未来は地べたに座りこみ。 響は暴走してしまった律を心配し、彼の身体をペタペタ触って行く。

 

「ああ、何とかな。 2人の姿を見て、何とか正気に戻った」

 

「よ、良かったぁ……」

 

顔を見合わせて無事を喜び、ボロボロの格好を見て2人して笑いあった。 律はそんな2人を微笑ましそうに見ていた後、踵を返した。

 

「あ、律さん!?」

 

「どこに……」

 

「……響、未来。 俺は……どうすればいいんだろうな」

 

律は背を向け、どこかへと行こうとする。 背後にいる響と未来が呼び止めようとするも、律の歩みは止まらなかった。

 

「律さん!!」

 

「……ごめん。 少し、1人にしてくれ」

 

「あ! 待って、律さん!!」

 

呼び止めに応えることなく、律は森の中に消えて行った。

 



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12話 復帰

 

「はあぁ……はあっ……くっ、はぁはぁ……」

 

2人と別れた律は、息を荒げながら森の中を拙い足取りで歩いていた。 怒りに任せて戦ったため、律は完全に暴走状態になっていた。 加えてノイズも必要以上に喰らってしまった……かなり身体にガタが来てもおかしくはない。

 

「………………」

 

と、その時……視界にオレンジ色の物体が入ってくる。 それは、ノイズだった。

 

「……ノイズ……」

 

よく見かけるナメクジ型ノイズ……いつもの律なら無感情で倒すか見過ごすはずだが、律は怒気がこもった目でノイズを射抜き。 覚束ない足取りでゆっくりと、ノイズに歩み寄る。

 

「……消えろ……」

 

生気のない目で見下ろし。 慈悲もなく、無情に剣を振り下ろそうと手に力を込めた時、

 

「…………?」

 

不意に違和感を感じる。 目の前にいるノイズ……先程からまるで微動だにしない。 普通なら突撃やら弾丸特攻やら攻撃を仕掛けてくるはずなのだが……目の前にいるノイズは縮こまっており、微妙に逃げるように後退ってすらいる。

 

(このノイズ……攻撃も接触もしてこない。 それどころか、逃げて……震えて、怯えている?)

 

機械的に統率されて人を襲うノイズ……それがどうしてか、律が与えようとしている死の恐怖に怯えている。

 

「……はん……」

 

すると鼻を鳴らし、律は剣を地面に突き刺してドカッと地べたに座り込む。

 

シンフォギアが解除され、律はまるで興が削がれたような、毒気が抜かれたような顔をする。

 

「これが本当の“変異体”ってやつか。 機械的に人間を殺そうとはせず、死を恐れているノイズ……」

 

ノイズの攻撃は基本“神風特攻”。 人間のような有機物に接触して自身ごと炭にしたり、弾丸のように突撃したりして攻撃を行なっている。 まるで残りが大量に残っている故の捨て駒のように、湯水のごとく捨てるように……

 

「あぁ……だからか……ノイズが悲しい存在だって思ったのは……」

 

今まで感覚的な感想だったのが、ここに来て身に染みて実感する。

 

「……はあぁ……」

 

大きなため息をつく。 と、ノイズは殺されていないと、不思議そうな目をし顔を上げて律を見る。 顔と目があるかどうかは不明だが。

 

「……外れ者同士、だな……」

 

律は人として、目の前のノイズはノイズとして、どちらも異端な存在。 どこか共通点を感じてしまう。

 

何もしてこないと分かると、ノイズはキョロキョロと辺りを見回す。 それをしばらく見ていた律は立ち上がり、何となくノイズの前に手を差し伸べ、

 

「……一緒に、来るか?」

 

とんでもない事を口にした。 明らかにノイズを飼おうとしている……人類初、前代未聞である。

 

そんな言葉が伝わったのか、ノイズはその場をグルグル回った後、律に擦り寄り身体を律に擦り付ける。

 

「はは、よせよ」

 

くすぐったさを感じながら押し返そうとノイズに触れる。

 

(暖かい……ノイズって、こんなにも暖かいんだな。 それに柔らかい……)

 

その感触は、どこか生命を感じさせるような触り心地だった。

 

「そうだ。 名前を付けてやらないと……」

 

何がいいかなぁ、と律は顎に手を当てて考え込む。

 

「あ……」

 

すると、脳裏にリュートの顔が思い浮かぶ。 目の前のノイズとリュートは全く……いや絶対に似てはいないが、どことなくその姿を重ねてしまった。

 

「……ふふっ、そうだな。 リュート二世……リューツ……リューツがいいな」

 

指をさしながら命名すると、その名前が気に入ったのか、命名《リューツ》はポヨポヨと飛び跳ねる。

 

「そうかそうか。 気に入ったか!」

 

ノイズ……リューツの頭を撫で、律は少し心が晴れる気分になりながら笑顔を見せるのだった。

 

兎にも角にも、何がどうしてこうなったのかは律自身よく分かっていないが……しかし、飼う上で問題があった。 リューツはナメクジ型といっても当然、かなり大きい……こんなのを連れて歩いたら阿鼻叫喚は間違いなし、最悪逮捕は間違いないだろう。

 

「さて、先ずは……◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

対策を講じようと、律は再びシンフォギアを纏った。 “やっぱり殺す気!?”と思ったのか、リューツも再びビクビク怯え出す。

 

「落ち着け、少しイジるだけだ」

 

落ち着かせるように律は優しく呼びかけながらリューツの頭? を撫で、その状態で目をつぶり中を探るように集中する。

 

ノイズが危険視されている原因である人体の炭素転換と分解機能。 この機能を廃せば相手も自身も炭化することなく、時間経過による自壊も無くなる……はずである。

 

もしノイズ的なエサが必要であればシンフォギアに蓄積されているノイズを分け与えれば済む、はず。

 

「これでよし」

 

炭素転換と分解機能を破壊し、ついでに機械的に行動をとる機能を破壊した。 思考や感情は変異体故に問題ないと考えて、付け足す必要は無かった。

 

「後は、この図体をどうしたものか……」

 

ノイズはどうあってもノイズ。無害になったとはいえ、この見た目は人に害なす象徴……大きさゆえに簡単にここから運ぶことも難しい。

 

「……お?」

 

すると、そんな律の思考を読み取ったのか、リューツの身体がウニョウニョとうねりだし、形が変化していく。

 

大きさは徐々に縮んで行き、色も炭化のように黒く変化し、形が整っていくと、

 

「こ、これは……!?」

 

「——がう」

 

声帯が出来たのか、リューツは一声鳴く。 驚きを隠せない律の足元にちょんと座っていたのは……黒毛に白い模様が入った子虎だった。

 

「がーーっ」

 

「か……かわっ……!」

 

「がう」

 

抱きしめたい欲求に駆られながら両脇を抱えて持ち上げ、リューツはがうがうと鳴く。

 

「あぁーー、何だろうなー。 ノイズって分かっててもこの抱きしめたい欲求……抑えきれないーー!!」

 

「ぎゃう!」

 

今まで考え込んでいた複雑な感情が全て振り払われ、モフりたい……ただそれだけが頭の中を一気に埋め尽くした。

 

「あー、ごめんよリュート、ごめんよ……この感触には……抗えないんだよ」

 

天に飛び立っていったリュートに謝るも……リューツの腹にそのダラけた顔を埋めながら謝られても逆にリュートが困る。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

翌日——

 

「ぬはははーー。 可愛いなぁー、リューツは」

 

「がうーー」

 

アパートの律の自室……ナメクジノイズから子虎となったリューツを招き入れた律は、かなりだらしがない顔をして変なテンションでリューツと遊んでいた。

 

「「………………」」

 

そんな1人と1匹の戯れる光景を、お邪魔していた響と未来が居た堪れない気持ちで見ていた。

 

2人は昨日から様子がおかしかった律を心配して、朝早くにやって来たのだが……この光景を見て別の意味で心配になってきた。

 

「お労しいや、律さん……」

 

「痛々しくて見てられないよ……」

 

事情を知る2人には、リュートの死が受け入れられない律が、新しい猫(ノイズである)を拾ってその傷を埋めようとしている光景を見て心を痛めている。

 

実際は、ただ単に可愛いからデレているだけなのだが……

 

「……何だこれ」

 

と、そんな同じ部屋の空間でにこやかな空気と重々しい空気……2つの空気が真っ二つ別れている中で、律の部屋に奏が入ってきた。

 

「おい律。 報告の連絡が来ないから出向いてみれば……何やってんだよ、いやホント」

 

「あ。 よー、奏ー」

 

「いや、よーじゃなくて……」

 

「がう」

 

「うおっ?! 何だ、虎?」

 

足元に歩み寄って、軽く飛びかかるリューツを避けながら、奏は事情を聞くため座って傍観している響たちの元に歩み寄る。

 

「あ、奏さん」

 

「よお、響。 なあ、あれなんだ?」

 

「実は……」

 

未来は、自分と響が既に律が黒いシンフォギアの装者だと知っている伝え、さらにリュートについて説明した。

 

「あー、なるほど……そんな事が」

 

「はい……そんな事があったばかりに、心の傷を埋めるためどこからか拾ってきた虎の赤ちゃんにリュート二世……通称リューツなんて名前を付けて!」

 

「私と未来も寮で預かっていた頃はリュートの事を可愛がっていましたから……気持ちは痛いほど分かります。 けど……」

 

チラリと、2人はデレデレ顔で戯れる律とリューツを見て、

 

「「可愛いいぃーーッ❤︎」」

 

「お前ら病院行け。 頭のだぞ」

 

同時にキャーっと顔をニヘらせる2人に、奏はにべもなくそう告げる。

 

「それはそうと律。 もう昨日の報告は二課の情報で何とかまとめるからいいとして……明日の放課後、時間あるか?」

 

「ん? 明日は情報交換の日じゃないよな?」

 

「ちょっと別件だ。 いけるか?」

 

「まあ、一応は」

 

律はリューツが自分の元を離れたことで正気を取り戻し、何かあるのかと考えながら頷いた。

 

「きゃーー! 可愛いーー!」

 

「がう」

 

そんな中、辛抱堪らなかったのか、未来はリューツを抱きかかえるとそのテンションはうなぎ登りになる。

 

「私にも撫でさせて〜」

 

撫でたい欲求にかられ、響は抱きかかえられているリューツに手を伸ばすと、

 

「——ガブ」

 

「ガブ?」

 

リューツが差し出された響の手に噛み付いた。 さらに、

 

——カカカカカカッ!!

 

「カカカカカカ!!」

 

——カカカカカカカカカカッ!!!

 

「カカカカカカカカカカァ!!!」

 

何度も噛んでいくリューツに呼応して、響の口から似たような声が漏れる。

 

「ギャーーーーーーッ!!!」

 

「響ぃーーーーッ!!」

 

そして痛みが限界に達すると……乙女らしからぬ声で絶叫した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

一悶着ありながらも律たちはそれぞれの学校に登校し、相も変わらない授業を受けていた。

 

まだ夢心地にいる律に、アルフと錦は危ない人を見るような目を向ける。

 

「……おい、何があった?」

 

「んーー?」

 

「こ、こんな律……見たことない……」

 

スマホを見ながらニヤついている律に軽く引きながら錦が遠慮がちに質問をし、律は間抜けそうな返事をする。

 

「この前のノイズ災害の時にな、リュートが死んじゃってよ……そんな時に、こいつが森の中にいたから拾ってきたんだよなぁ」

 

「おい、こいつサラッと重いこと言いやがったよ」

 

「リューツって言うんだけど、可愛いだろ〜?」

 

「リュートの死とこの子虎? の可愛さによる相乗効果でもう色々と壊れかけているわね、これ」

 

スマホの画面に映し出されている写真にはリューツが写っている。

 

「あはははー」

 

「くっ、見てられない……!」

 

「心の傷がかなりヤベェ事になってんな」

 

アルフと錦も先程リュートの事を知り、召された事についても話は聞いている。 その上で、今の律にはまともに目も当てられない。

 

こんな調子でも授業中は正気に戻って真面目に授業を受け、放課後になると……珍しく3人揃っての下校となった。

 

「今日はこの後、2人とも暇なんだよな?」

 

「ええ、特に予定はないわ」

 

「それなら久しぶりにどっかに行くか?」

 

「そうだなぁ……久しぶりに甘い物でも食べに行きたいかな」

 

ここ最近は主にノイズ等の事件が多くロクに休めなかった律。 たまの休みを取ろうと考えていると……進むごとにガヤガヤと辺りが騒がしくなってきていた。

 

「何だ?」

 

「騒がしいわね」

 

「正門からだな」

 

「ねぇ、あの人チョー美人じゃない!?」

「クールで、出来る女の人みたいな!」

「でも……どこかで見たことあるような?」

 

周りから微かに聞こえてくる話し声から、どうやら正門前に誰かがいるようだ。

 

「どうやら正門付近に目立つような人がいるみたいね」

 

「有名人でも来てんのか?」

 

(まさか……)

 

思い当たる節がある律は怪訝な表情を見せ、そのまま正門前へと向かう。

 

そこには黒塗りの車のフロントに寄りかかるように、黒スーツにサングラスを掛けた美女が缶コーヒーを飲んでいた。

 

「うお、何だあの美女は!?」

 

「それに車内にも誰かいるみたいだけど……」

 

「やっぱり」

 

「あ、おい律!」

 

女性の元に向かおうとする律は、アルフと錦に「ごめん、また今度な」と一言謝った。

 

視線と言う名の槍が全身に無数に刺さる中、その女性の前に出ると、

 

「何やってんだ、奏?」

 

「お。 よっ」

 

車の前で待ち構えていたのは変装中の奏だった。 奏は律を見つけると軽く手を上げて呼びかける。

 

変装と2年の月日の成長のお陰で天羽 奏だと気付かれてはいないようだが、そもそもこの状態で黙って佇んでいれば奏はかなりの美人……という事だけは隠しようもない。

 

「どうしたんだ、今日は集まる日じゃないよな?」

 

「いやぁ、それがよぉ……」

 

「——私がお願いしたの」

 

後部座席の窓が降りると……そこには風鳴 翼が座っていた。 突然の有名人の登場に、辺りは騒然となる。

 

「か、風鳴 翼!?」

 

「うそ、本物!?」

 

注目の的の状態からの登場……周りは一気に騒然となる。 流石にマズイと思った奏は運転席前に移動する。

 

「ほら乗れ。 さっさと行くぞ」

 

「了ー解」

 

奏が乗り込んですぐ律も助手席に乗り込み、針のむしろの中、車は発進した。

 

しばらく走行した後、律は自分に用件があるという翼に話しかける。

 

「それで、風鳴さんは俺に何の用なんですか?」

 

「貴方が黒のシンフォギアの装者だということ、そして裏で奏が手を貸していたことについて……問い詰めたい」

 

「………はい?」

 

「あ、あははー……済まねえ、言い逃れ出来なかった」

 

運転をしながらダラダラと冷や汗を流す奏。 そんな奏を見た後、ゆっくりと後部座席の翼に視線を向けると……翼は無言で頷いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

腕を組む翼の対面に座るように、律と奏が顔をうつむかせて正座していた。 不機嫌そうな翼と対象に、お通夜のような雰囲気である。

 

何故こうなったかと言うと……簡単に言えば、懺悔の時間である。

 

律の正体を知った翼は、その裏で奏が繋がっていることにも気が付き……実際に問い詰め、奏が律を巻き込んだようだ。

 

「……それで、君は何者で、何が目的で、どうして奏と手を組んでいたのか……説明してもらえるか?」

 

「え、ええっとぉ……」

 

チラリと、隣に座る奏に視線を向ける。 視線を受け取った奏は、仕方ないなとういうような顔をし、無言で頷いた。

 

「実は……」

 

それを話しても良いとと受け取った律は翼に説明した。 律のシンフォギアや特異な体質について、奏との協力関係、そして2人が行なっている二課にいる密告者の捜索と逮捕……

 

全てを無言で聞いていた翼は、ゆっくりと腕を組み直す。

 

「なるほど……大体の事情は理解した」

 

「……それで、翼はどうする気だ?」

 

「どうする、とは?」

 

奏の質問に答えながらお好み焼きを口にする翼。 その質問に対して律が答える。

 

「いや、この事を二課に報告して、俺をどうこうするのかなぁ……と」

 

「どうこうって何だよ」

 

「実際、俺ってどんな立場かよく分かんないだろ。 ノイズに触れられる上、シンフォギアの装者だからデータを取りたいとかで実験を受けさせられたり。 風鳴さんや響のように二課に所属できるかどうか……」

 

仮に二課に所属した場合の懸念を口にする。心配して当然の事に、翼は腕を組んで考え込む。

 

ちなみに、話し合いの場に選ばれたのはお好み焼き屋《ふらわー》。 以前、響から行きつけの店という事です奏が安易に選んだ店である。

 

律と奏、翼の間にある鉄板には先程からお好み焼きが焼かれており、そろそろ食べないと焦げる頃合いだ。

 

「——お話もいいけど、そろそろお好み焼きが焼きあがるわよ?」

 

「あ、すみません」

 

それを見兼ねたてたのかおばさんが割って入り、お好み焼きを取り分けてくれた。

 

「「「………………(モグモグ)」」」

 

無言が続く沈黙の中、お好み焼きを食べて咀嚼する音だけが鮮明に聞こえてくる。

 

その様子を……少し離れた別の席から、2組の集団が覗き込んでいた。

 

「マジで風鳴 翼じゃねえか。 しかも隣に座ってんのは天羽 奏!?」

 

「《ツヴァイウィング》と知り合いだなんて聞いてないわよ……」

 

一つは律の後をついてきた錦とアルフ。 律がトップアーティスト2人と知り合いだった事に驚いていた。

 

「つ、翼さんにもバレてたみたいだね……」

 

「ど、どうしよう……律さんと奏さん、すごく苦しそう」

 

「うわー、あんな空気アニメでしか見たことないよー」

 

「というより《ツヴァイウィング》と一緒にいる方は一体……?」

 

「な、なんか凄いところに出くわしちゃったよ……」

 

一つは今日、このタイミングでふらわーに来店した響と未来。 そしてリディアンで仲のいい、 安藤(あんどう) 創世(くりよ)寺島(てらしま) 詩織(しおり)板場(いたば) 弓美(ゆみ)の3人。

 

この2組が重々しい空気でお好み焼きを食べている律たちを見ていた。

 

事情を知る響と未来はともかく、それ以外の者は3人の関係に訝しんでいた。

 

当然、律と奏はこの視線に気付いているが……どうやら翼は話し合いに集中しているのか、気付いてはいなかった。

 

「えー……とにかく、特に俺は野望とか計画とかそういうのは全く考えてませんし。 風鳴さんや奏、二課と事を構える気はありません。 それだけは分かっていただけますか?」

 

「……うん。 それはまあ、いいだろう」

 

「ホッ……」

 

「だが」

 

ホッとしたのもつかの間、続けざまに翼は問いただそうとする。

 

「これだけは聞かせてほしい。 ——君は何のために、戦場(いくさば)に立とうとする?」

 

なぜ戦場に立とうとするのか、理由もなくなぜ戦おうとするのか……その質問に対し律は少し間を置いたて考えた後、口を開いた。

 

「人々を助けたい、誰かを守りたい……そんな在り来たりなもので戦おうとは思っていません」

 

「じゃあ、何のために戦ってんだ?」

 

「——自分のために」

 

「何……?」

 

自分のためという余りに勝手な理由に翼は眉をひそめるが、律は胸に手を当てて続ける。

 

「なんか俺の胸の中って……いつもなんかポッカリ穴が空いたような感覚があるんですよ。 何かが欠けているのか、それとも最初からないのか……それを満たそうとして音楽の勉強をしたり、ノイズと戦おうとしたり……でも、それが全く分からないんです」

 

「……………………」

 

「風鳴さんと響と比べたらどうしようもない理由でしょう。 でも、それが俺の……それが芡咲 律の戦う理由です。 斬るべき相手、斬るべき剣は——自分で決めます」

 

最後まで言い切り、少し長話をしたため律は冷たい水を飲んで喉を潤す。

 

それから翼は箸を置き、口元を拭いてから少しの間思案した後……ゆっくりと首肯した。

 

「戦士としては未熟もいいところだが、君が振るうその剣には確かな意志を感じる。 私も戦場に立つ君と、日常で子ども達を笑顔にする君を見た……根拠もない、感覚的だが……」

 

スッと、話の途中で翼は右手を律の前に差し出す。 話を聞いていた律は少しだけ気恥ずかしそうに頰をかくと、その手を握り返した。

 

「私は風鳴 翼だ。 改めて、よろしく頼む」

 

「芡咲 律です。 こちらこそ、翼さん」

 

「呼び捨てで構わない。 奏の事もそう呼んでいるのだろう?」

 

「それはまあ……じゃあ、翼」

 

「………………!」

 

照れながらも律は翼の名前を呼ぶと……いきなり翼はソッポを向いてしまった。 少し見えるその頰は赤くなっているのが見えてくる。

 

と、そこで奏が律の肩を叩く。 何となく意図を察し、律と奏は顔を見合わせ……頷いた。

 

「……それじゃあ、いいか?」

 

「ああ、俺はいいぞ」

 

「?? 2人とも、一体何を話しているの?」

 

「「え……」」

 

「え?」

 

何を言っている? という顔で2人は翼を見る。 本当に分かってなさそうな翼はコテン、と首を傾げる。

 

「まさか、気付いてなかった?」

 

「おいおい、有名人としてそりゃないぜ」

 

「だ、だから一体何のことを……」

 

何も気付いていない翼に、「ハァ……」っと、2人揃ってため息を吐く。

 

次いでスゥ、っと律は息を吸い込み、

 

「アルフ、錦、響、未来!! 後そこの3人も!」

 

『!!(ビクッ!!)』

 

集中して聞き耳立てて所を呼ばれたためか、全員が一瞬ビクッ、っと肩を震わせる。

 

それからソーっと、全員が律の方に顔を向ける。 律はニコッと笑いながら片手を上げ、手招きをして呼び寄せる。

 

みんなは少し申し訳なく思いながらも、律たちの前に来た。

 

「えっと……そのぉ……」

 

「これには訳があって……」

 

「ぐ、偶然ここに出くわしてだけで……」

 

「アルフと錦は完全に追いかけてきただろう」

 

「に、錦が行こうって言ったから、つい……」

 

「お前もノリノリで着いて来たろ……!」

 

しどろもどろになりながら弁明しようとするが、その前に律と奏がクックックと、少し小馬鹿にするように笑い出す。

 

「別に怒っちゃいねえよ。 こんな所で喋ってればそりゃあ目立つってもんだ」

 

「とはいえ、盗み聞きはあまりよろしくなかったけどな」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

少しだけ声色を強めて叱る律に、全員がシュンとなって落ち込む。 一部始終を見ていた翼はクスクスと笑い、奏が「さて」と呟きながら腰を上げ席を立つ。

 

「奏さん?」

 

「アタシと翼はこの後ちょいと予定があってな。 ここいらで失礼させてもらうぜ」

 

「呼び出しておいて、本当にごめんなさいね。 また、話す機会があったらその時に……」

 

奏は財布から少し多めのお札をテーブルに置き、翼と一緒に店を後にした。 後に残された律と響たちは……初対面の人もいたのでとりあえず簡単に自己紹介をした。

 

「へぇー、ビッキーとヒナが言ってた先輩ってサキのことだったんだー」

 

「まあ、一応な……って、サキ?」

 

「うん! 芡咲(けんざき)だからサキ!」

 

自身有り気にそう命名する創世。 そんな彼女の代わりに詩織が律に頭を下げる。

 

「すみません……創世はアダ名を付けるのが好きで」

 

「いや、少し驚いたけど気にしてない。 呼びたいのなら好きに呼ぶといい」

 

「ありがとございまーす!」

 

「因みに、錦に付けるとしたらなんだ?」

 

「おい、巻き込むな」

 

「んー………………シキ?」

 

「なんで疑問形?」

 

「ピンとこないから」

 

ともかく、全員の自己紹介が済み。 律たちはおばさんの好意で店の奥にある座敷に座り、鉄板を囲みながら早速お好み焼きを焼き始める。

 

因みに、今朝リューツに噛まれた響の手の怪我は聖遺物融合症例の影響か、既に完治している。

 

「さあ、食おうぜ。 今日は響の奢りだ」

 

「え……えええっ!?」

 

『ゴチになりまーす!』

 

「えええええええっ!?」

 

突然の律の奢り発言に、驚きのあまり響は絶叫する。 他のみんなはそのノリに乗り、手を合わせて響に合掌をする。

 

「稼いでいるんだろう、二課で?」

 

「だからって酷いですよー!!」

 

「冗談だ。 だろ?」

 

「そうそう! 冗談冗談ー♪」

 

「そう本気にならないで」

 

「うぅ……みんながイジメる……」

 

その後は多少ふざけながら楽しく、律たちはお好み焼きを焼いて食べながらワイワイと談笑するのだった。

 



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13話 雨の日の密会

とある雨の日……放課後、律はリューツを外に連れ出していた。

 

ノイズの災害に見舞われた地区にあるマンション……ここはおろか付近の住宅にも人は住んでいない。

 

「美味しいか、リューツ?」

 

「(プルプル)」

 

律は人通りが少ない場所と天気の日に、学校の終わりにリューツを連れてここに赴き、ギアを通して元の姿に戻っているリューツにノイズの力を与えていた。

 

お腹を空かせて律を探しに来ていたようだが、どうやらリューツは生命維持にノイズの力が絶対に必要という訳は無かった。

 

だが生きる上では力は必要……元は弱攻撃でも死んでしまう無双ゲームの雑魚キャラのような存在。 律はシンフォギアに蓄積していたノイズの力を分け与えることで(レベル)上げをしていた。

 

「……これくらいかな。 これ以上は次の戦いにきたすし」

 

保有しているノイズの7割を渡したところで止め、見た目は変わらないリューツの背を撫でる。 少し実験観察の意味合いが強いが、それでも必要なことだ。

 

「これでだいぶ強くなったかな。 まあ、必要最低限の自衛のためだけどな」

 

「(プルプル)」

 

「ん? 何だリューツ?」

 

「(プルプル)」

 

「上に、誰かいる?」

 

何か言いたそうなリューツは身体の振動で律と会話をし、言いたいことをの理解していた律は頭を上げ上を見上げる。

 

「まだこの付近の避難警告は解除されていない筈なんだけどなぁ」

 

そんな状況でここに人間がいる事を不思議に思いながら、リューツの道案内でマンションの階段を上る。

 

数階程上がり、しばらく歩いた後リューツはマンションの一室の前に止まった。

 

「ここか?」

 

「(プルプル)」

 

扉を指差して確認をすると、リューツは震えながら肯定した。

 

「お邪魔しまーす」

 

取手に手をかけると鍵はかかっておらず、扉を開けて中に入り。 リューツが先に進む中そのまま居間に向かうと、

 

「お」

 

「なっ、ノイズ!?」

 

「何っ!」

 

そこには無防備に座る風鳴 弦十郎と、警戒しながらパンを食べている雪音 クリスがいた。

 

すると、目を鋭くさせた弦十郎は目にも留まらぬ速さで拳をリューツに向けてきた。

 

(しまった! 条件反射で……!)

 

座った状態から放たれる右フック……だが、相手が思いがけないノイズという事を失念しするも、放ってしまった拳は止まらない。

 

(さらば、俺の右腕……!)

 

この手がノイズに接触した瞬間、手の自切も覚悟し……弦十郎はそのままの勢いで拳を振り抜こうとした。

 

「——ぬああああああっ!!」

 

「むうっ!?」

 

瞬間、律は野太いような叫びをしながらリューツを持ち上げ……弦十郎の右フックはリューツを空振りし。 律の腹部スレスレを通り、空振りとなった。

 

弦十郎とクリスが目の前を見る。 そこには目を見開かせて驚いている律がおり、リューツを両手で頭上に持ち上げていた。

 

「あ…………ああ……あっっっぶねぇええぇ!! 今のストレートだったら内臓破裂確実だったわぁ」

 

人並み外れ過ぎている弦十郎の拳に、かなり遅れて身体が震えだし死への恐怖が律に襲いかかる。 ……が、その割にはケッロした顔をしている。

 

「ノイズに、触れている……だとぉ?」

 

拳を引いた弦十郎がまず注目をしたのは律が抱えているノイズ……まるで炭化が起ころうともしてない律に、鋭い眼光を放つ。

 

「や、クリス。 久しぶりー」

 

「り……律……」

 

軽いノリで挨拶をする律。 それに対してクリスは複雑な心境で、身体ごと顔を背けてしまう。

 

次に律は、一緒にいた弦十郎の方を向く。 以前、シンフォギア正体を隠して対面した事はあるが、こうして素顔で対面するのはこれが初めてになる。

 

「あなたは……」

 

「まあまあ。 今、俺の事はいいだろう。 それよりも……」

 

ガサガサと、そばに置いていたビニール袋に野太い手を入れ、何かを取り出すと、

 

「一杯、どうかね?」

 

「……は?」

 

律の前に差し出されたのは未開封の牛乳パック。 いきなりの事で呆けた声を漏らすが、律は恐る恐る牛乳パックを受け取る。

 

「……………………」

 

よく分からないがとにかく一杯、封を開けてゴクリと牛乳を一飲みすると……横から掻っ攫うようにクリスの手が伸び、律の手から牛乳を奪い取ってしまった。

 

「え、クリス!?」

 

「うっせえ!」

 

一喝してから、クリスは牛乳に口を付けようとした時、飲み口を凝視し少し躊躇した後……一気に牛乳を飲み干した。 息を止めるほどだったのか、少し息を荒げており顔はもう真っ赤だった。

 

チラリと、律は弦十郎を睨みつける。 その視線に気付いた弦十郎は笑みをこぼしながら軽く謝る。 悪気は無かったようだが、どうやらクリスに飲ませるために律に毒味をさせたようだ。

 

律は“騙したな”という顔をして少し弦十郎を睨み、リューツを真後ろに起きいて彼の正面に向き直る。

 

「初めまして……でいいでしょう。 アイオニア音楽専門学校2年、芡咲 律です」

 

「特異災害対策機動部二課・総司令官の風鳴 弦十郎だ。 よろしく」

 

今までの事を出さず、何事もなかったかのように2人は握手を交わす。

 

「奏からは何も聞いていないが、奏の行動から君と組んでいたことは予想できた。 君が黒いシンフォギアの装者だな」

 

「まあ、一応は。 報告書とかレポートとかは奏に出してあるので、事情を説明して後で見せてもらうといいですよ」

 

「そうさせてもらう」

 

初の対面は落ち着いたもので、お互いに友好的のようだ。 だが、本当の話し合いはここからである。

 

「君の活躍は見ていた。 何度も窮地に駆けつけてくれて、本当に感謝している」

 

「いえ、褒められることではありません。 ほとんどが気まぐれですし、最近のは奏の要請で出ているだけです」

 

「——ああ。 だが、こうして正体を知った以上、君を野放しにしてはおけない」

 

「…………!」

 

その発言に、律は自然に身構えてしまう。 弦十郎がどんなに優しい人間であっても、彼は国を守る組織の総司令……奏の言う通り、確保できる戦力を野放ししてはおけないのだろう。

 

「……俺を、どうするおつもりですか?」

 

「二課と……俺と協力してもらえないだろうか? 内容は基本、奏が提示したもので構わない」

 

条件は基本、奏と提示したものとほぼ同じ。 情報源が増え、かつ奏が二課内でも動き易くなる……特に断る理由はない。 だが、

 

「……分かりました。 しかしあなたを信用する上で、条件があります」

 

「なんだね?」

 

律は後ろにいたリューツを掴んで弦十郎の前に差し出すと、

 

「リューツに……このノイズに触れてください」

 

「なっ!?」

 

「………………」

 

そう告げた。 普通に考えれば弦十郎を殺そうとしているようにしか見えないが……律の表情は真剣そのものだ。

 

「この子は俺がノイズに潜り込んで徘徊していたのと違って本当の変異体ノイズです。 森で怯えていた所を保護し、俺のシンフォギアの力で炭化能力を消しています」

 

「だ、だからってなぁ……」

 

「いいんだ、クリス君」

 

律の言葉を、律自身を本当に信用するなら触ることが出来るはず。律は何一つ嘘はついていないのだから。

 

クリスは無茶苦茶な律の提案を止めようとするが、逆に弦十郎が止め、臆せず一歩前に踏み出す。

 

「俺はこの子の炭化能力を消していると断言できます。 その上で触れてもらいます。 俺を信用しているのか、否か……」

 

目を瞑り、少しの間考え込んだ後……目を開け、頷く。

 

「……分かった、触れよう」

 

「お、おい!」

 

「大人が子どもの事を信じなければ、子どもは誰も信じられなくなってしまう。 俺は彼を……律君を信じる。 それが……」

 

大きく息を吸い込み、リューツの前に立つと右手を振り上げ、

 

「男同士の会話ってやつだ!」

 

「いや勝手にそんな事言われてもぉ!?」

 

迷いのない動きでリューツに手を振り下ろした。 弦十郎の右手はリューツに触れ……ボヨンっと、跳ねた。

 

「お、おおー……結構、面白い感触をしてるんだな」

 

「結構癖になるでしょう?」

 

手が炭化しない事を確認してから、弦十郎はリューツをポヨポヨと撫で回した。

 

その一部始終を見ていたクリスは、ウズウズしながら律に擦り寄る。

 

「お、おい……アタシにも触らせろよ」

 

「ん? ヤダ」

 

「はぁ!?」

 

にべもなく断られたクリスは当然のようにキレるが、律はどこ吹く風のように流す。

 

「クリスには……」

 

リューツに指をかざしてから振るうと……その身体を変化させていく。 突然の変形に2人は何事かと思い警戒する中……徐々に小さくなり、子虎となったリューツを抱きかかえてクリスの前に突き出した。

 

「こっちをオススメします!」

 

「がう」

 

「か、かわっ!」

 

「これは……」

 

差し出された子虎のリューツ。 クリスはワナワナと震えながら徐々にその手でリューツを掴もうとすると……「ゴホン」と、弦十郎の咳払いにより我に帰り、バッと距離を取りあからさまにソッポを向く。

 

「これはリューツの動物形態です。 この姿なら珍しい目で見られても、誰も怖がらないでしょう」

 

「なるほど、ますます興味深いな」

 

弦十郎は顎に手を当て興味深そうにリューツを観察した後、視線をクリスに向ける。

 

「それで、クリス君。 君は……」

 

「! アタシは信用しねえぞ、大人なんか!!」

 

「なら、俺は信用してくれるんだろう?」

 

「!? う、うう、うるせぇ!!」

 

すると、クリスはイライラとしながら窓に歩み寄って開け放った。

 

「まだアタシは誰の下にもつかねえし、誰も信用はしねえ! アタシはアタシで勝手にやらせてもらう!」

 

それだけを言い残すとクリスは手摺に足をかけて乗り上げ、止める間もなくそのまま飛び降りた。

 

「Killiter Ichaival tron」

 

重力に引かれて落下する前に聖詠を歌いシンフォギアを展開し、無事着地すると同時に飛び上がり屋根伝いでクリスは去って行った。

 

「あーあ、行っちゃった」

 

「がうぅ……」

 

「仕方ないさ……」

 

まだクリスは自分自身に折り合いがつかないのだろう。 考える時間はまだまだかかりそうだ。

 

「それじゃあ俺もこれで。 本格的に貴方達に協力するのは奏とこの件を片付けた後……それで構いませんね?」

 

「ああ、それで構わない。 今後とも、よろしく頼む、律君」

 

協力関係を結んだとはいえ、やる事は奏から来る要請を受けて行動する……やり易くなっただけであまり変わってはいない。

 

律はリューツを肩に乗せると弦十郎と別れ、傘をさしてマンションを後にした。

 

今日の夕飯は何にしようかなぁ、とリューツを肩に乗せて考えながら歩いていると……スマホに着信が届いた。

 

「響? ——はい、もしもし」

 

『あ、律さん? 明日って暇ですか?』

 



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14話 守るべき世界

 

翌日——

 

陽が昇ってから少し、律は都市部の中にある公園の中を歩いていた。

 

「……少し早かったかな」

 

歩きながらスマホの時刻を見て、集合時間までまだ少しあった。

 

先日、響からお出かけのお誘いが来た。 何でも気分転換のため翼とのデートをするとかで、未来を含め4人で出かける事になった。

 

律の服装は灰色のTシャツに黒のジャケット、黒っぽいジーンズと、シンフォギアと似て黒一色のコーディネートである。

 

女子3人と出かけると言うのに、律はいつもと変わらぬ感性で服を選びこうして赴いていた。

 

「えっと……ここだよな?」

 

地図と時間を確認しながら響たちとの待ち合わせ場所である和風の橋の前に到着する律。 辺りを見回しても彼女たちの姿は見えず、やはり早く到着し過ぎたと軽く嘆息する。

 

少しどこかで時間を潰そうと、律はその場から離れようとした時、

 

「えっと……ここよね?」

 

ちょうど川を挟んだ対岸に、私服姿の翼がスマホ片手に立っていた。 変装のつもりなのか、頭に白いキャスケットを被っているが……それで変装しているつもりなら、かなりおざなりである。

 

「「あ」」

 

目と目が合った。 律と翼……同時にお互いの存在に気付くと、少し間抜けな声を漏らしてしまう。 そのまま、お互いに見つめ合ったまま石のように動かなくなり……先に硬直から解けた律が翼の元に歩み寄る。

 

「お、おはよう翼。 まだ時間前なのに、早いね」

 

「そ、それはお互い様だ。 こんなに早くにいるとは思っていなかった」

 

「時間前集合は当然ですからね」

 

そこで、会話が止まってしまう。 お互いに緊張してしまい、2人は微妙に距離を取りながら立ち尽くし沈黙が続く。

 

「……律、前に聞いたな。 何故、戦場に立つのかと」

 

その沈黙を唐突に破ったのは翼。 彼女は以前に問いただした質問をもう一度聞いてくる。

 

「ええ。 俺は自分のために……芡咲 律であるがために剣を取り、戦うと」

 

「そう言っておいてあれだが、私には……君のような心構えは持ち合わせていない。 私の剣は……国に捧げた。 己のために振るう刃はない……防人(さきもり)として、一振りの剣として生きてきた」

 

話しながら翼は少し横に移動して橋の上に乗り、手摺に手をかける。 その後に律も続き耳を傾ける。

 

「故に自分のために剣を振るえない……だが、君と出会って考えてしまった。 意志なき剣には誰も感謝などしてはくれない。 血に濡れ乾き切った刀身のように……容易く心も崩れていく。 今の私は——まさしく鞘を失った抜き身の刃のよう。 護るべき者すら斬り裂いてしまう……」

 

川を覗き込むように、寄りかかった手摺の上に額を当てる。 まるで行先がわからなくなった迷子のように……そんな翼を励ますように、律は彼女の隣に立つ。

 

「なら、俺がなりますよ。 翼の鞘に。 間違いを犯そうとするあなたを止め、導くために」

 

「……え…………、ッッッッ??!!」

 

少しでも翼の支えになるつもりで、律は本心からそう言った。

 

それに対して突然の、思わぬ事だったのか、翼はバッと顔を上げ律の顔を見つめ……みるみると顔を真っ赤にしていく。

 

「た、たたたた、確かに! あなたが共に戦ってくれるのは嬉しいわ! ええ! 剣には鞘が必要不可欠。 男と女、凹と凸が一つに合わされば完璧な布陣になれるでしょう!」

 

「慌てながら何口走ってんの!?」

 

「そ、そうね! 私が鞘になるべきね!」

 

「だから何口走ってんのぉおおおおっ!!」

 

だが思わぬ方向に解釈されてしまい、2人——特に翼——は顔を真っ赤にし、しどろもどろになりながらも落ち着こうとする。

 

数分経って、お互いに息を切らせながらようやく落ち着き。 律は先程言った言葉の解釈を改めて説明した。

 

「と、とにかく……翼の力になりたい……そう言った意味で、言ったんです……」

 

「す、済まない……勝手に勘違いして……」

 

「いえ。 むしろ安心しました。 翼にも女の子らしいとこがあって」

 

「わ、私だって1人の女だ! それは、あまりそれっぽい事はした事は無いが……」

 

しばらくして落ち着いた頃、翼は手首につけていた腕時計を見る。 もう集合時間を30分過ぎようとしている。

 

「……あの子達、遅いわね……」

 

「こりゃ、いつものアレですね」

 

「アレ?」

 

「響の寝坊」

 

数分後……約30分程遅れて、ようやく響と未来が息を切らせながら走ってきた。

 

「す、すみません、律さん、翼さん!」

 

「遅いわよ!」

 

「申し訳ありません……! 御察しの事とは思いますが、響のいつもの寝坊が原因でして……」

 

「だろうと思ったよ」

 

軽く呆れながら律は「ほら」と買ってきた水を2人に差し出す。

 

「時間が勿体無いわ。 行きましょう、律」

 

「あ、ちょっと翼!」

 

「「……………………」」

 

さっさと行こうとする翼を律は追いかけ、その背を見ている響と未来は水を飲みながら怪しむ目でジーッと見ていた。

 

(なんか、2人の距離近くなってない?)

 

(いつの間にか名前で呼び合ってるし……)

 

(うーーっ、私もまだ立花で呼ばれているのにぃー!)

 

心の機微に鋭い女子。 律と翼が仲良くなった事を嬉しく思いながらも、どこか羨むように嫉妬してしまう。

 

「何をしている!」

 

「置いてくぞー」

 

「あ、はーい!」

 

「今行きまーす」

 

待ちきれなそうにウズウズする翼の大声で2人は慌てて駆け出し、ようやく今日のお出かけが開始された。

 

やる事と言えば雑貨を見たり、映画を見たり、アイスを食べ歩きしたり、服を見たり。 時折、ファンの人が翼に勘付いて探し回り、隠れたりもしたが……何とか機転を利かし、4人は休日のショッピングを楽しんだ。

 

そして次に、律たちはゲームセンターで遊んでいた。

 

「翼さんご所望のぬいぐるみは! 不肖、この立花 響が必ずや手に入れてみせます!」

 

「期待はしているが、たかが遊戯に少しつぎ込み過ぎではないか?」

 

「店にはいい顧客だな」

 

意気揚々に響はクレーンゲームにスマホの電子精算をしてから、クレーン移動の横ボタンを拳で思っきり押し込んだ。

 

どうやら翼はクレーンゲームにある青い鳥のぬいぐるみが気に入ったようで、響がそれを取ろうとしている。 因みに、既に10回目の挑戦である。

 

「キィェエエーーーッ!!」

 

「変な声出さないで!」

 

気合いのためか奇声を発する響。 しかし、その気合いとは裏腹に、掴みかけたぬいぐるみは落ちていく。

 

「ウガーーーッ!! このUMAキャプチャー壊れてる!」

 

「壊れてるのはお前の頭だ」

 

「ヒドイ!?」

 

ギャーギャーと喚く響をよそに……律がガラスに手を突っ込み、ガラスをすり抜けながらお目当てのぬいぐるみを掴んでいた。

 

「な、何してるんですか、律さん……?」

 

「ノイズの透過能力。 最近、素でも使えるようになった」

 

「だからって辞めなさい。 誰かに見られたらどうするの?」

 

「はーい。 暴走しかけた響を落ち着かせるためにやっただけですし。 それにちゃんと取りますよ」

 

パッと手を離して腕を引き、今度は律が挑戦するようで……100円を入れてクレーンを動かす。

 

「さっきから気になってたんだけど……あなたって現金を持ち歩いているのね」

 

「ん? あぁ、今時ゲンナマは珍しいですよね。 確かにスマホ一つで気軽に買物が出来るのは便利ですけど……俺にはこっちの方が性に合ってるんです」

 

「律さんの家にあるのも基本アナログっぽくて、なんかおじさんって感じなんですよねー」

 

「ひ、響……」

 

言いたい放題だが、そうこうしている内に律はうまくクレーンを操作し。 上手くタグに引っ掛けてお目当の鳥のぬいぐるみをゲットした。

 

「はい、どうぞ」

 

「あ、ありがとう……」

 

「「………………(ジーッ)」」

 

照れながらぬいぐるみを受け取る翼。 その光景を響と未来は怪しい目で見つめる。 その2人の視線に気付いた律だが、別の意味で解釈する。

 

「もう一回挑戦するか、響? どうせ無理そうだけど」

 

「(ムカッ!)ならとくと刮目してください! 胸に秘めたるこの激情を爆発させれば——シンフォギアで1発です!」

 

「やめなさい!」

 

「うおおおおぉ!! この勢いがあれば、アームドギアだって余裕で出せそうです!!」

 

「無理だろ、絶対」

 

「今の私に不可能はなーーいっ!!」

 

「現在進行形で不可能だぞ」

 

「律さんの裏切り者ーー! ナンドゥルルラギッタンディスカー!」

 

「いやどちらかと言えばそれ俺のセリフ!」

 

「もう、大声で喚かないで! そんなに大声を出したいのなら——」

 

と、言うわけで。 やってまいりました、カラオケ。 確かにここなら大声を出しても誰の迷惑にもならないだろう。 ……本当にシンフォギアを出さない限りは。

 

「おおおおっ!! 凄い! 私たちってば凄ーい! トップアーティストと一緒にカラオケに来るなんてー!」

 

「まあ、普通ならあり得ないかもな」

 

「ですね」

 

すると、唐突に部屋の明かりが消えて部屋の天井に設置されているミラーボールが回転を始める。その直後、設置されているスピーカーから渋い響きな和風テイストの音が流れ始める。

 

「「「ん?」」」

 

誰が始めたのだろうと響と未来、そして律は顔を見合わせて互いを指差すが……違った。

 

部屋にあったテレビには、今流れている曲の題名が表示される。そこには、“恋の桶狭間”という題名と作詞者と作曲者の名前が載っている。

 

この曲を入れたであろう人物に視線を向ける。その視線の先にいる人物こと翼は、1度微笑んでから机に置かれていたマイクを手に取って立ち上がり、少し広いスペースに移動してから3人に向かって深々と一礼する。

 

『1度こういうの、やってみたいのよね』

 

マイク越しにそう言い、歌い始めた。 かなり感情移入しており、とても様になっている。

 

「……渋い」

 

「性格まんまだな」

 

出だしは緩やかだったが、その後は大いに盛り上がり律たちは何時間も熱唱した。

 

そして、カラオケを出る頃には空は赤み出し、夕方になる頃……律たちは近くにあった丘を登っていた。

 

「3人とも、なんでそんなに元気なんだ……?」

 

「翼さんがヘバり過ぎなんですよぉ」

 

「今日は慣れない事ばかりだから」

 

「ほら、大丈夫か?」

 

「あ……うん」

 

軽く息を上げる翼に、律は手を差し伸べる。 やはり慣れないためか、いつも以上に疲労したのだろう。 律の手を借り、翼はようやく階段を登り切る。

 

「防人であるこの身は、常に戦場にあったから……」

 

息を整えながらそう言い、翼は風に揺らされる髪に手を添えながら夕焼けを眺める。

 

「本当に、今日は知らない世界ばかりを見てきた気分ね」

 

「……翼、これが世界だ。 戦場なんてちっぽけな枠の中じゃない、どこまでも広がっている。 知らない世界を守るなんて、そんなのはとても虚しい。 でも今日、守るべき世界を知ることができた」

 

翼が今日感じた気持ちに応えるように、律は手摺に寄りかかり夕日を背にする。

 

「俺たちはこの景色を……今日の出来事を当たり前のようにするために戦っている。 そうだろう?」

 

「……うん。 その通りだ」

 

翼も、響と未来も律の隣に歩み寄る。

 

「守るべき物がある……それだけで、心の支えとなり、強くなれる気がしてくる。 防人と言いながら、今まで私は何も背負っていなかったのだな……」

 

「何もないわけじゃないと思うけど、軽かったのは否めないかな」

 

「ふふ、そうね。 ……これが、奏が見ていた世界なのね……」

 

「私にとっては、いつもの光景ですけど」

 

「そのいつもが当然と思えるここを、守りたいんですよね?」

 

翼は姿勢を戻し、前に数歩だけ歩き、

 

「奏が戦えなくなってから、私は1人でも戦い抜くと誓った。 そのせいで意固地になってしまい、誰の言葉にも耳を貸そうとはしなかった……」

 

ヒラリと踵を返し、律たちと向かい合う。

 

「だが今は、背中を預けられる友がいる。 私はもう、1人ではない。 共に、これからも戦ってはもらえないだろうか?」

 

「当然!」

 

「ええ、モチのロンです!」

 

「私も、微力ながらお手伝いしますよ!」

 

言うや否や響は駆け出し、律たちを急かすように手招きをして呼ぶ。

 

「さあ、最後はバイキングでいっぱい食べて、英気を養いましょう!」

 

「それ響がただ食べただけでしょう」

 

多少呆れながらも、響の後に続こうとする。

 

「あっ……そうだ、翼。 はいこれ」

 

ふと思い出した律は荷物を漁り、何かを取り出し翼に差し出したのは……長方形のケースだった。

 

「これは……」

 

「開けてみてください!」

 

ケースを受け取った翼はゆっくりとケースを開けると、そこには水色の縁取りの眼鏡が入っていた。

 

「眼鏡?」

 

「度が入っていない伊達眼鏡です。 今日何度かファンに気付かれた事もあって、3人で選んだのです」

 

「これを掛ければ印象が変わって、変装になると思います」

 

「……ありがとう。 とても嬉しいわ」

 

早速、翼は眼鏡をかけ「どう?」と顔を振りながら律たちに感想を求める。

 

眼鏡をかけた翼はいつものクールな雰囲気に磨きがかかっており、理知的な雰囲気すら感じられる。

 

「翼さん、よく似合ってますよ!」

 

「これなら、早々に気付かれないだろうな。 ……多分」

 

「ふふっ、でも本当にお似合いですよ」

 

「あ、ありがとう……大切に使わせてもらう」

 

褒め慣れていない翼は顔を薄っすらと朱に染めながらお礼を言うのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

10日後——

 

アーティストフェス当日を迎え、ここで風鳴 翼の復帰ステージが行われようとしていた。 そしてその会場は……2年前で事件が起きた会場。 律や響にとっても因縁深い場所である。

 

「ンーー、フフフ〜〜ン。 んーーー?」

 

そして律は、会場内にある音響スタジオにいた。 急なステージという事もあり人手が足りなく。 急遽、律が音響機器の調整の仕事が舞い込んできた。

 

どうやら律の活躍は音楽界でも幅広いようで、信用されこうして調整を任されている。

 

「《FLIGHT FEATHERS》か……いい歌だな」

 

ヘッドフォンから流れてくる曲を聞き、ここに翼の声が入った場合の曲を予想しながら手を進めていく律。

 

そうこうしている内に妹が来る時間となり。 律は静香と合流するため、一度会場前に出た。

 

(もう、2年か……)

 

入り口を出て、目の前の景色を見ながらそう心の中でごちる。

 

2年前、自分はよく分からないライブを見にあの列に並んでいた……そう思うと時の流れを身をもって感じる。

 

と、そこへ勢いよく律に向かってくる小さな影が、

 

「お兄ちゃーーーん!!」

 

「おー、静——グフォウッ!!」

 

小さな影……律の妹である芡咲 静香は走った勢いのまま律の腹部に激突し、律は肺にあった空気を全て吐きながらそのまま静香に押し倒されてしまう。

 

「ライブだよライブ!! 早く行こうよーー!」

 

「……なんでお前はいつもタックル喰らせてくるんだよ……」

 

お腹の上に跨る静香を退かし、ヨロヨロと立ち上がりながら律は質問する。 だが静香はサッサと会場に入ろうとする。

 

「ほら早く早くーー!」

 

「そんなに慌てなくても会場は逃げないぞ」

 

急かす静香き手を引かれながら、前へと進む。 律たちのチケットは通常とは別の入り口を通る必要があり。 長蛇の列を並ぶファンたちの横をスルスルと抜け、ゲート前に立っていた黒スーツにサングラスの警備員にチケットを見せ通してもらい、2人は会場の上層にあるボックス席に到着した。

 

「うわぁ……! 凄っい眺めーー!」

 

「さすがロイヤルボックス。 ちょっと気を遣わせたかもな」

 

とはいえ、特等席からの観戦は微妙に距離が離れている感じがあるため。 ステージ下からの直近の観戦には劣るだろう。

 

と、そこで扉がノックされ、律が「はーい」と返事をすると、翼が入ってきた。 静香は突然現れたトップアーティストに、目を見開いて言葉を失う。

 

「あれ、翼?」

 

「お邪魔するわね。 今日は来てくれて本当にありがとう」

 

「いいよ。 妹も来たがってたし。 それよりこんなとこに居ていいのか? 準備の方は?」

 

「リハーサルも既に済んでいる。 だが、何より驚いたのは律が音響機器のチューニングに関わっていたことだ。 いつの間に話をつけたのだ?」

 

「このライブは無理矢理に入れたものだろう? 急な話だったんで音響担当が別件でいなくて。 急遽、俺に仕事が回ってきたんだ」

 

「色んな音楽機器の整備に携わっていると聞いていたが……なら、今日の音楽は完璧と言っていいだろう。 なにせ律が整備したのだから」

 

「完璧じゃないよ……そこに翼の歌が無ければね」

 

「ふふ、そうだな」

 

そこで、翼は少し放心気味の静香の元に歩み寄り、腰を落として目線を合わせる。

 

「初めまして。 君の兄君、律からは話は聞いている」

 

「うわぁ……! 風鳴 翼さんだぁ!!」

 

ようやく正気に戻った静香は嬉しそうに声を上げ、その場で飛び跳ねたりクルクルと回ったりして喜びを表現する。

 

「今日は私のライブに来てくれて、本当にありがとう。 最後まで私の歌、聞いてはもらえないだろうか?」

 

「うん!」

 

(翼……)

 

そこで律が翼の背後から……色紙とペンをさり気なく渡した。 どうやら妹に書いて欲しいとの事で、喜んで受け取った翼は自身のサインと、静香のフルネームを描いて静香にプレゼントした。

 

「わぁ……! ありがとー!!」

 

大切な宝物のように静香はサイン色紙を抱きしめ、そんな静香の頭を翼は優しく撫でる。

 

「律、今日のライブを最後まで見ていてくれ。 私は最後に、答えを出したい」

 

「ああ、頑張ってこい」

 

2人から送られる応援に応えるように翼はニコッと微笑み、ステージに立つためボックス席を後にした。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん!! 一体いつ翼さんと知り合ったの!?」

 

「調律の仕事で何度か鉢合わせになったことがあってな。 その時の縁で」

 

当然、静香から翼との関係を追求されるが、慣れたもので律は差し支えない説明で納得させた。

 

後は、ライブが始まるまで待つだけ。 そう思っていると、

 

——ピリリリリッ!

 

「!」

 

スマホに着信が入る。 律は静香に一言「ごめん」と言いながらボックス席を後にし、通話に出る。

 

『ライブ前に悪いがノイズだ。 行ってもらえるか?』

 

「タイミング悪いな……と言いたいが、行くしかないだろう。 このことを翼には?」

 

『まだ連絡してない。 ライブを中止にするわけにも行かないが、本当なら翼にも出撃してもらいたい……』

 

「いや、翼には気兼ねなくライブに集中してもらいたい。 出動はするご、このまま静香を1人残しておくわけにも行かない」

 

『それなら問題ない。 何故なら——』

 

「…………奏?」

 

そこで、いきなり奏からの応答が無くなった。 通話は切れてない事を確認していると、

 

「アタシが相手をするからな」

 

背後からスマホを構えた奏が現れた。 ライブで人が集まっているためか、一応サングラス等の変装はしている。

 

「奏!? どうしてここに?」

 

「一応、アタシは翼のマネージャーの補佐もしてるんでな。 ここにいて当然だろ? 妹はアタシが見ておいてやる。 行ってこい!」

 

「ああっ!」

 

しのごの言ってもいられず、後は奏に任せて律は走り出す。 と、そこで目の前にあるボックス席の扉が開き、

 

「?? お兄ちゃん——」

 

静香が出てきた。 静香は走り去る律の背を見つめ追いかけようとすると、奏が静香の頭を撫でるようにして止めた。

 

「ごめんな、お前の兄ちゃんは大事な用が出来たんだ」

 

「お姉ちゃんは?」

 

「お前さんの兄ちゃんの、友達さ」

 

どこか納得して無さそうな感じはするが、とにかく奏は静香の背を押す。

 

「ほら、兄ちゃんの代わりに、姉ちゃんと一緒に翼のライブを見ようぜ」

 

「ん〜〜? ……うん!」

 

元気よく頷き、2人は仲良くボックス席に入って行った。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

そして、律は会場の裏手から外に出て走りながら聖詠を歌い、シンフォギアを纏うと同時に飛翔。 現場へと飛んでいく。

 

その途中、地上では先に連絡を受けた響がシンフォギアを纏って走っているのが見えた。 律は高度を下げ、自分の姿を響に認識されるとその手を差し出す。

 

「響!」

 

「はい!」

 

跳び上がった響の手を取り、律は響を掴んだまま空を飛び、ノイズ発生現場に向かって飛翔する。

 

すると、進行方向にあるノイズ襲撃現場から爆煙が上がる。

 

「あそこだな……行くぞ、響!」

 

「はい!」

 

「「ここからは俺(私)たちの戦場(ライブ)だ(です)!!」」

 

被害を最小限にし、かつ迅速に事態を収束させるため、律と響は大きく意気込む。

 

そしてすぐに現場に到着すると……そこには無数のノイズと、城塞のような巨大なノイズがひしめき合っていた。

 

加えて既にクリスも交戦に入っており、弾丸やミサイルを発射して殲滅しているが、ノイズの数が余りにも多く苦戦していた。

 

「クリスちゃん!」

 

「危ない!」

 

数に押されたクリスが体勢を崩し。 その瞬間、地上のノイズがその身を捨て突撃と、要塞型ノイズによる砲撃が無防備にクリスに向かって行く。

 

律は咄嗟に……手に掴んでいた響を振りかぶり、全力でクリス向かって投擲した。

 

「って、えええぇ!!?」

 

直撃する瞬間……飛んできた響の蹴りがノイズを撃ち落とし、砲弾は先回りした律が斬り落とした。

 

「お、お前……」

 

「ちょっと律さん!! いきなり酷いじゃないですかー!」

 

「クリスが無事だったんだからいいだろう」

 

「ならよし」

 

「いいのかよ!?」

 

自分の事やりクリスの身の無事を優先した事に、クリス本人が驚いた。

 

そして律は響の真後ろに降り立ち、2人は背中合わせにかかりながら、響は左手で右腕部のユニットをバンカーを引きしぼり。 律は腰に佩刀している長剣の柄に手をかける。

 

「せいっ!」

 

瞬間、抜刀と同時に一転、周囲のノイズを斬りはらい、

 

「でやっ!」

 

次いで、胸の傷から光が輝きながら響は拳を握りしめ、目にも留まらぬ速さで奥にいたノイズの軍団に飛び込み、一掃した。

 

「大丈夫か、クリス?」

 

「……何しに来やがった」

 

「人を助けるのに、理由が必要?」

 

ニコリと笑いながら手を差し出す律。 クリスは「ケッ」と悪態吐きながらもその手を取り立ち上がった。

 

すると……いきなりクリスは両手のガトリングを律に突きつけた。

 

「ちょっ!?」

 

「退け!」

 

言われるがままにその場を退くと同時に発砲し、響を狙っていた砲弾を撃ち落とした。

 

さらにミサイルを周囲に拡散させ、疎らにいたノイズを完全に一掃させた。

 

「これで貸し借りは無しだ!」

 

それだけを言い残すとクリスは飛び上がり、この場から離脱して行った。

 

律と響はクリスの行動を見て、それから2人は顔を見合わせると……フッと笑った。

 

「さぁて……一気に終わらせるぞ!!」

 

緋血(ブラッド)昇天(ライジング)

 

斬り上げにより放たれた紅い斬撃はノイズの群団をかき分けた直進し、要塞型のノイズに直撃する。 が、その外郭に傷はつかない。

 

だが、狙いはそこではなかった。 地面にできた斬撃の跡から地面が割れ……要塞型ノイズは地割れした地面に落ちていく。

 

「行け、響!」

 

「はい!」

 

斬撃の道を一直線に走る響。 飛び上がって拳で殴り、間髪いれず勢いよく引き戻すバンカーの追撃をお見舞いした。

 

拳打とバンカーによる2連撃。 それによりノイズは頭上に打ち上げられ、

 

「律さん!」

 

「ふぅ……ッ!」

 

打ち上げられたノイズ……律はその先にある天に向けて剣を構え、両翼を大きく広げ紅い閃光が迸る。 そして剣を上段に構え、

 

飛翔(シューティング)(スター)

 

「おおおおおおおっ!!」

 

突きを放つと同時に自分自身が紅い閃光となり、流星となって発射され……城塞型のノイズに向かって急降下、真上から大きな城壁に刃を入れ、真っ二つに斬り裂いた。

 

「やった——って、うわあっ!?」

 

しかし喜んでいたのもつかの間、頭上から降り注いできた砲弾の雨に打たれて響は走る。

 

辺りを見回すと……海の上に先程のノイズより一回り大きい要塞型ノイズがいた。

 

「どこからこんなのが!?」

 

「海中に隠れてたんだろう!」

 

どうやら海中に隠れていたノイズが浮上し、攻撃してきたようだ。 奇襲をかけられたとはいえ、あの巨体ではよく当たる的……律と響は同時に飛び出し、剣と拳を振り下ろす。

 

「ッッッウゥーー!! 硬過ぎ!!」

 

「チッ!」

 

しかし、その2つの攻撃は硬い外壁によって弾かれてしまい。 外壁からせり出ていた砲門が一斉に2人に向き……一斉掃射を開始した。

 

響を抱え、砲撃を避けながら後退する。

 

「あそこまで硬いとどうしようもありませんよ……」

 

「……いや、あそこを見ろ」

 

ノイズのある一点を指差す。 そこはノイズが砲撃を行っている正面にある砲門。

 

「砲撃の間隔にほんの少しの間がある。 あそこを狙って攻撃すれば、あるいは」

 

「あ、あそこを狙うんですか……でも、私の拳じゃあ、ちょっと間に合いませんね」

 

「試してみるか……」

 

律は策を試みようと、響を離れた場所に置き。 ノイズの真正面に降り立ち長剣の剣先を向けながら顔の位置まで構え、口を開いた。

 

「——刹那に(はや)し 矢風のさまに そこり開き」

 

しかし、そこには旋律は無く。 詩だけを口ずさんでいる。

 

その律の行動に、響と現場の映像を見ている弦十郎は眉を潜める。

 

「これって……」

 

『歌だと? だが彼はノイズの影響で……』

 

「むくつけしき すまいにて……」

 

律は周りの音も聞こえないくらい集中し、唄いながら一歩前に大きく踏み出し、

 

「すずどけなく過ぐさ!!」

 

()

 

神速の如き速度で放たれた突き。 そこから突きと同じ速度で刃のように鋭い紅い閃光が放たれ、海上要塞のようなノイズを刹那の間に貫き、灰とかした。

 

「——コフッ!」

 

攻撃が止むと……突然、律が吐血する勢いで息を吐き、バタンと倒れてしまった。

 

『おい、どうした!?』

 

「律さん!!」

 

響は急いで駆け寄り、律を仰向けにして様子を確認する。律はどこか放心しており、生気のない目で虚空を見つめている。

 

そこへ秘匿回線で弦十郎が通信を入れてくる。

 

『やはり無理があったのか! おそらくバックファイアだろう、直ぐに救護班を——』

 

「あ、いや大丈夫ですよ。 恥ずかし過ぎて身悶えているだけですよコレ」

 

『……何だと?』

 

急いで救援を向かわせようとする弦十郎に対し、響はあっけらかんと説明する。

 

「今の歌……というか詩は、律さんが中学2年の時に作ったものでして。 その時作った詩を歌うと律さん、こうなっちゃうんですよねえ」

 

『な、何だそれは……』

 

「律さーん、死んでますー? 黒歴史に呑まれましたかー?」

 

「……か、勝手に殺すな……」

 

言葉も出ない弦十郎を余所に、ペシペシと頭を叩く響。 その手を振り払いながら律は足をガクガク震えてさせて立ち上がろうとする。

 

「フ、フフフ……出来ないことをやろうとするから痛々しい目で見られるんだ。 だが、今のは現実に出来たんだ。 実際に手から(はー)! 何が出れば、精神的ダメージは軽減される……」

 

「それでも自爆なんですね……」

 

当時、意気揚々に作っていたとはいえ、実際に口にすると……今となっては悶死する程恥ずかしいものである。

 

「と、とはいえ……効果は実証できた。 これならノイズによるシンフォギアの出力不足を補える」

 

「結局、今後も自爆覚悟で使うんですね……」

 

新たに見つけた戦法は精神的に諸刃の剣……そして、数分経ってようやく復帰した律。 これで本当に何も出なかったら瀕死は間違いなかっただろう。 ある意味命懸けである。

 

「……もう間に合いそうにありませんね」

 

「いいさ。 これからも特別戦場(いくさば)ライブを間近で見られる機会はいくらでもある」

 

「ですね」

 

翼のライブを逃したのはとても残念に思うが、律は気にしてない風に空を見上る。

 

「——翼。 大きく羽ばたくんだ……思いのままに!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「——あぁ、ようやく思い出したわ」

 

月が真上にある深夜……どこかの山奥にある古びた洋館、そこには妖しく微笑んでいるフィーネがいた。

 

彼女は服一つ着ていない裸体のまま、パソコンの画面に表示されていた文面を見ていた。

 

「生き延びてたのね——米国から」

 

月夜は怪しく、真実を照らしていく。

 



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15話 目覚める夢

 

——数日後

 

「ガブガブ……」

 

「美味いか、リューツ?」

 

「ガウ!」

 

「塩気のあるものもオーケーっと……」

 

アーティストフェスから数日が経ち、日常と戦場を行き来する日々が続く中……皿に乗るコンビーフを食べるリューツを観察しながら、律は手に持つメモ帳にペンを走らせる。

 

律はリューツを飼ってからこのような観察記録をつけている。 リューツは犬猫と違い本質はノイズ……確認のため、このように普通の食べ物を与えて食べさせている。 普通と言っても動物用ではなく、人間用のものだが。

 

「ノイズだから人間の食べ物とかどうこう関係ないけど、ネコ科って確か雑食だったよな? セミとか食べてたし」

 

「ガウ?」

 

食べ終え、小首を傾げるリューツ。 律は優しく微笑むと、指で喉裏を撫でる。

 

「よしよし」

 

「ゴロゴロ……」

 

リューツは気持ちよさそうに喉を鳴らす。 和まされる律は時間を忘れかけるほど笑みを浮かべながら撫で続けるが……流石に学校もあり、理性をフル稼働させてなんとか止める事ができた。

 

「………………さて、行くかな」

 

「ガオーッ」

 

かなり名残惜しそうだったが何とか立ち上がり、一時のリューツとの別れを再び名残惜しそうにしながらも鞄を持って、家を出ようとした時……スマホに着信が入ってきた。

 

なんだと思いながらスマホを取り出し着信元を確認。 相手は奏だった。 またか、と少し予感しながら通話に出る。

 

「はい」

 

『律、出動だ』

 

最初の一言がそれだった。 予感が的中してしまった事に頭を抱えながら、律は要件を聞く。

 

「いきなりだな。 何かあったのか?」

 

『ああ——了子さんのアジトを見つけた』

 

「マジですか。 っていうか毎度いきなり過ぎ」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

昼頃……律は今日も学校を休み、奏と共に森の中を走っていた。

 

「済まないな、こう何度も呼び出して。 学校の方は大丈夫か?」

 

「元々調律の仕事でよく休んでいる事もあってそう怪しまれないし、進級までの単位は取れてる。 奏が心配するような事はない」

 

「それなら、まあ良かった」

 

奏自身の勝手で律の生活に支障をきたしてしまっているのではないかと思っていたが、律が気にしてないと答えてくれ、ホッとした。

 

「よっと……この先にあるのか? フィーネのアジトってのが」

 

「ああ。 おそらく、今までの聖遺物やシンフォギアに関する研究データもそこに溜め込んであるはずだ。 それを狙って米国の奴らが動き出している情報も入っている」

 

「それで俺たちも急いでいるって訳か……って言うか、先に行ってもいいのかよ?」

 

「アタシたちの方が旦那たちより早く到着するからいいんだよ!」

 

「どう言う理屈!?」

 

どうやら準備や申請やらで時間がかかっているようで、その間に逃げられる可能性を感じこうして独断専行を強行しているようだ。

 

それからしばらくして、湖に隣接している古びた洋館があった。 しかし、その洋館の一角がかなり近代的に改造されている。 恐らくは研究設備によるものだろ。

 

「ここが櫻井 了子の……フィーネの拠点か」

 

「気をつけろ。 了子さんは確実にいるはずだ」

 

2人は警戒しながら洋館に近付き、律はいつでも動けるように胸のギアに手を添え入り口の前に立つ。

 

「どうやって侵入する?」

 

「こうするんだよ!」

 

どこから侵入しようかと辺りを見回していると……奏はドアを思いっきり蹴破り、ドアを力強くで開けた。

 

「スマートだろ?」

 

「正面突破じゃねえか!?」

 

何事もなかったかのように奏は洋館に入っていく。 もう何度目かも分からないくらい比喩で頭を痛める律、ため息をつきながら奏の後に続く。

 

今度は慎重に警戒しながらゆっくりと廊下を進んで行くが、

 

「……妙だな」

 

「防衛機構の一つも出てこないな。 まるで好きに入ってくださいって言っているようなもんだ」

 

監視カメラはおろか、ノイズの1体も出てこない。 その事に妙な不信感を覚える。

 

「急ぐぞ、嫌な感じがする」

 

「それも未来予測によるものか?」

 

「ただの勘だ!」

 

相変わらず奏の勘と未来予測の区別がよく分からない律。

 

とにかく2人はコソコソと隠れる事もせず、走って館内を散策し、最奥の大広間に辿くと、

 

「なっ!?」

 

「どうなってんだよ、こいつは……!?」

 

大広間には目を疑うような光景が広がっていた。 目の前には武装した米国人と思われる人間の死体が夥しい血を流しながら大広間の至る所に転がっていた。

 

指先一つも動かない彼らのうち一人に奏は近付き、左腕を取って脈を測るも……答えは明白、奏はゆっくり首を横に振るう。 既に事切れている。

 

「この人たち……死んだ防衛大臣を襲撃した米国の」

 

「……新しい硝煙の匂いがするな。 ドンパチやって、返り討ちにあったか」

 

「自業自得だな」

 

「——コイツは!?」

 

その時、背後から驚きの声が聞こえてくる。 振り返ると……そこには呆然と立ち尽くすクリスがいた。

 

「これはテメェらが!?」

 

「そんな訳あるか! アタシらが来た時からこんなんだったよ」

 

「……犯人はもういないようだな」

 

惨劇を目の当たりにしながらクリスは2人の元に歩み寄る。 と、再び足音がし……今度は弦十郎がこの場に姿を見せた。

 

「あなたは……!」

 

「旦那!? もう来ちまったのか!」

 

「ち、違う! アタシじゃない! そもそもアタシは今さっきここに来たばかり——」

 

弁明しようとする前に、後から銃を構えた黒服の男たちが走ってきた。 拘束されるのか、と身構えたが……男たちは律たちの横を素通りして奥へと進んでいく。

 

そして弦十郎が歩み寄り、律とクリスの頭の上に手を置いた。

 

「誰もお前らがやったなどと疑ってなどいない。 全ては、お前たちや俺たちの傍にいた彼女の仕業だ」

 

「え……」

 

「彼女……フィーネか……」

 

その質問に、弦十郎は険しい顔をしながら無言で首肯する。 それ以上、口を開こうとはせず……黒服の1人から弦十郎を呼んだ。

 

視線を見やると、1人の仰向けに倒れる死体の胸の上に“I Love You SAYONARA”と書かれた紙が置かれていた。 確認のために持って行こうと、男は紙に手を伸ばそうとすると、

 

「——! それに触るな!!」

 

すると突然、奏が制止の声を上げる。 だが、時既に遅く……男が紙を引き剥がすと、紙に繋がっていたワイヤーが引っ張られ、大広間内に設置されていた爆弾が起動した。

 

——ドオオオオォォン!!!

 

大広間天井を中心に爆発し、頭上から大小無数の瓦礫が落下してくる。 律は咄嗟に、クリスと奏を押し倒し2人を守ろうとする。

 

爆煙と土煙が舞い、瓦礫が散乱する中……しばらくして顔を上げる。

 

「ふぅ……容赦ねぇなあ」

 

死にかけたのにも関わらず相変わらずケロッとしている律。 立ち上がろうと、地面についていた両手に力を入れようとすると……

 

「あっ!」

 

「んんっ!」

 

「……ん?」

 

右手は沈むような柔らかさが、左手はハリがあり押し返してくる柔らかさが……どちらも手に余るサイズで掴んでいた。

 

律は手に行っていた視線を上にあげ……赤面して睨む2人を見る。

 

「あーー……コホン……」

 

ゆっくりと手を離して立ち上がり、2人にも手を貸して立ち上がらせた後……律は親指を2人に立て、

 

「大っきいね!」

 

「「誰も感想を求めてねえ!!」」

 

「ヘブンッ!!」

 

普通なら平手打ちが飛ぶ場面。 だが2人は少し男勝りな所があるためか、2つの顔面グーパンチが飛び、律は少し吹き飛びながら仰向けに倒れた。

 

「全く! 何でお前はいつもいつもアタシを辱めようとするんだ!」

 

「おいまさか、ガキの頃からこんな事があったのか!?」

 

「ああ! 助けようと思っての事だが、その度にスカートが捲れたり尻を鷲掴みにされたり、挙げ句の果てには転んだ拍子に下着をずり降ろされたりもした!」

 

「……律、お前は二課じゃなく牢屋に行け」

 

「大丈夫、誇れる大きさだよ!」

 

「だから感想は求めてねえよ!」

 

「……何をやってるんだ……全く」

 

3人の若者の青春に、弦十郎は呆れて苦笑いしてしまう。

 

「イチチ……にしても、俺たちよく無事だったな」

 

「俺が発勁で衝撃をかき消したからな」

 

「あ! 他の奴らは!?」

 

「爆発の前に、発勁で外に吹き飛ばした。 湖方面に飛ばしたし、あのくらいで死ぬような柔な奴らじゃないだろう」

 

(発勁すげぇ……)

 

爆発、崩落を全て発勁一つで解決している弦十郎の超人ぶりに、律は戦慄を覚える。

 

「ッ……それはそうと、何でアタシを助けた! ギアも纏えない癖に!」

 

怒りの方向を変えたのか、クリスは自分を助けてくれた弦十郎に噛み付いていく。

 

「俺がお前を守るのは、ギアのあるなしじゃなくて、お前よか少しばかり大人だからだ」

 

「大人……っ!」

 

大人、その単語に強く反応し、クリスはさらに顔を怒りに歪める。

 

「アタシは大人が大嫌いだ! 死んだパパとママも大っ嫌いだ!! とんだ夢想家で臆病者! アタシはアイツらと違う! 戦地で難民救済? 歌で世界を救う? 良い大人が夢なんか見てんじゃねえよっ!!」

 

「大人が夢を、ね……」

 

大人は夢を見るものではない、現実を見るべきだ……そうとしか考えられないクリス。 そんな彼女の前に、律が一歩に出る。

 

「……人が感情を持つ限り、戦争は無くならない。 でも感情を無くしてしまったら、それは人ではなくなる」

 

「ああそうだろうな! あんな奴ら、人の皮を被った化け物どもだ!! アイツらを……アイツらを全員ぶっ潰せば、戦争は無くなるんだ!」

 

律の言葉に……今まで見てきた汚い大人たちを思い出し、怒りを見せながらクリスは声を荒げる。

 

「クリス。 確かに雅律さんたちの活動は夢物語だったのかもしれない……でもね、あの人たちは寝てみる夢だけのために戦場に行ったと思うのか?」

 

怒りの形相を見せるクリスに律は背を向け、崩落した壁に近寄りながら話を続ける。

 

「クリスと、そして雅律さんとソネットさん……家族で最後に会った時、2人は本気で歌の力で戦争を無くそうとしていた。 “音楽で色々な人に勇気を与えたい”……そう2人は言っていた。 その夢に、俺の両親も賛同していた」

 

「……ああ、知っている」

 

「でも、死んでしまった2人の想いは、半ば途絶えてしまった夢は……一体どこに行くんだ?」

 

「…………!」

 

その質問のような問いに、クリスは一瞬身体を硬ばらせる。

 

「俺は歌い続ける。 例え理解されまいとも、2人の……そして俺の両親の夢のためにも。 夢を夢で終わらせないためにも。 楽器でも、剣でもいい、喉を震わせて、俺は歌う——それが俺の……たった一つの望みだから」

 

くるりと踵を返し、クリスたちの方に向き直り、彼女たちの元に歩み寄りながら問いかける。

 

「クリス。 フィーネに従っていて、本当に世界を変えられると思っていたのか? そこに意志は……夢は、無かったのか?」

 

「…………………」

 

「俺は、歌で世界は変わると信じている。 でも俺の歌じゃ、手の届く範囲しか救え。 遠く離れた、置いて行ってしまった者は救えない……」

 

「だったら……だったらどうするんだよ!!」

 

「——手を繋ぐのさ」

 

その質問に、律はクリスに手を差し伸べながら答える。

 

「手を限界まで伸ばし、側の人と繋ぐ。 それがどこまでも伸びて、どこまでも続いていけば……俺の夢は世界に繋がる。 俺の夢は色んな人と、世界中に広がっていく……そうしたかったんじゃないのかな、雅律さんたちは」

 

「なんで……何で! 昔家族ぐるみで付き合っていただけの仲だってのに……何でそこまでするんだよ!?」

 

「そんなの、好きだからだよ」

 

「んなっ!?」

 

思いもよらない答えに、クリスはひどく狼狽しながら一気に赤面する。 そんな事は無視しているのか、それとも気付いていない律は自分の胸に手を当てる。

 

「それにさ、目を背けたくないんだよ。 いくら無くそうと、いくら否定しようとも、その現実からは逃れられない。 向き合わなきゃいけない。 みんなの事が好きだから、夢を終わらせたくないんだ。 忘れないためにも……この夢を否定し、忘れてしまったら、雅律さんとソネットさんも忘れてしまうから」

 

「……………………」

 

と、その時……奏が一歩前に出てきた。

 

「アタシはさ、こう思うんだよな……大人になったからこそ、夢を叶えられるんだって。 子どもの頃は夢見る……いや、アタシには夢すら見られる希望もなかっけどさ」

 

「それは……」

 

その言葉に、弦十郎だけが理解する事ができた。 奏も両親を亡くし、夢も希望も無くし……生きる術をノイズを倒す事のみに捧げた。

 

だが、今はもう戦えなくなっては奏……ノイズと戦場ばかりに目をつけていた頃より、世界を見ることが出来た。

 

「事実、背も考えも大きくなって……大人になってからある程度金を稼いで、それから長年の夢だった職につく人も少なくはない。 大人にだって、夢を想い……叶える権利は確かにあるんだ」

 

そう語りながら奏は真っ直ぐ、クリスの目を見つめる。

 

「クリスの親父と御袋は、ただ夢見てるだけに戦場に行ったのか? 違うだろ……歌で世界を平和にするっていう夢を叶える為に、自分たちこの世の地獄に踏み込んじゃないのか?」

 

「……なんで、そんな事……」

 

「お前に……お前たちに見せたかったんだろう。 夢は叶えられると言う、揺るがない現実をな」

 

弦十郎はクリスに伝えようとしてから、律にも同じ答えを伝えようと律を見やってからそう答えた。

 

「はい……そうだったんだと思います。 “理想は、思い続ければいつか現実になる”。 昔にそう、ソネットさんは言っていました」

 

動揺が身にも現れ、クリスの身体は怯えるようにフルフルと震えだす。 そんなクリスの前に律は立つ。

 

「クリス……2人は戦火に巻き込まれて亡くなってしまった。 けど、間違えないで欲しい。 2人はクリスの事を大切に思っていた。 どんな時でも、どんな事があろうとも……それは、クリスも同じだろう?」

 

「……ッ……」

 

「嫌よ嫌よも好きなうちってな。 本当に両親が嫌いなら、スッパリと忘れるはずだろ?」

 

律がクリスの両親の思いを代弁するよかのように話しかけると……次第にクリスは目に涙を浮かべる。 そんな彼女の前に、律はスッと、手を差し出した。

 

「俺の夢、雅律さんとソネットさんの夢……世界に届かせるために、一番最初の手を繋いでくれないか?」

 

「……律……」

 

形から見れば握手を求めているようにも見える。 手を繋いで世界と繋がると言うのは比喩的な表現だが……最初の手は、しっかりと繋いでおきたかった。

 

クリスは震える手で、律の手を取ろうと右手を上げ……スルリとその手を抜け、律の胸に飛び込んできた。

 

「う、うぅ……うわぁぁぁぁんっ!!」

 

すると、今まで胸の内にしまって溜め込んできた感情が決壊し、クリスは律の胸の中で泣き叫んだ。

 

しばらくの間、クリスは律の胸で泣き。 泣き止むと……クリスはそっと律から離れた。 それからこの場から移動し、洋館を出る最中クリスは泣き腫らして赤くした目を合わせようともしなかった。 やはり恥ずかしかったのだろう。

 

洋館を出ると、正面には数台の車が駐車してあった。 湖から上がってきた濡れ鼠状態の黒服の男たちは駆け足で黒い車に乗り込んで行く。

 

「やっぱり、アタシは……」

 

「……一緒には、来られないか」

 

自分の車に乗り込もうとした弦十郎に、クリスはついてはいけないと告げる。 それは弦十郎本人も、何となく察していたようであまり驚いてはいなかった。

 

「お前は……お前が思ってるより独りぼっちじゃない。 お前が独り道を行くとしても、それは遠からず俺たちの道と交わる」

 

「今まで戦ってきた者同士が、一緒になれると言うのか?」

 

「なれるさ、きっと。 律の道も、まだ別々だしな」

 

「それに早く来ないと、うるさいのが引き込んで来そうだしな」

 

「……あぁー……」

 

苦笑いして頰をかく律を見て、クリスの脳裏にも響の姿が思い浮かんで来た。

 

すると、弦十郎は車の中から取り出した物を律とクリスに向かって投げた。律とクリスは難なくそれをキャッチし、手にした長方形の端末をまじまじと見つめる。

 

「通信機?」

 

「スマホなら持ってますよ」

 

「それにはキャッシュ機能もある。 限度額内だったら公共交通機関が利用出来るし、自販機で買い物だって出来る代物だ。 便利だぞ」

 

弦十郎は通信機の説明をしながら乗ってきた車に乗り込み、出発しようとエンジンを点けた。

 

「——《カ・ディンギル》!」

 

「ん?」

 

すると、クリスは大きめの声である単語を口にした。

 

「フィーネが言ってたんだ。《カ・ディンギル》って。 それが何なのかは分からないけど、そいつはもう完成しているみたいなことを」

 

「カ・ディンギル……?」

 

「……後手に回るのは終いだ。こちらから打って出てやる!」

 

少し考える素振りを見せた弦十郎はそう言い残すと、黒服たちが乗ってきた黒塗りの車と共にこの場から走り去っていった。

 

後に残された律たち……その中の奏は、顎に手を当てて深く考え込んでいた。

 

「……なあクリス、フィーネはここで何か作ってたりはしてたか?」

 

「あん? ……そんな様子は無かったと思う。 ここにそのカ・ディンギルがあると思っているのなら筋違いだ」

 

「そうか。 ならいい」

 

質問の答えを聴くと、アッサリと自己完結した奏に律とクリスは首を傾げる。 そこでふと、律はある事を思い出した。

 

「そういえばさぁ……さっき気付いたんだけど」

 

「な、何だよ……」

 

「クリス。 なんか臭——ぶべっ!」

 

気になっていた事を遠慮なしに言おうとすると、クリスの拳が再び律の顔面を殴った。

 

「だ、だから言いたい事をはっきり言うんじゃねえ!!」

 

「ああ、それアタシも思った。 なんか泥臭くって緑臭いぞ、お前」

 

「うっせえっ! そりゃあ、行く当てもないし。 今までは川か湖で水浴びくらいしか出来なかったし……」

 

「とりあえず律ん()に行くぞ。 一女子として身だしなみくらいは整えなきゃな」

 

「お、おい……!」

 

有無言わさず奏はクリスの背を押して駆け出し、

 

「お……俺の意見は?」

 

後に残された地に伏せる律の言葉など、誰も聞いてはいなかった。

 



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16話 手を繋ぎ、広がる夢

 

 

「はぁ……」

 

山奥の洋館から帰ってきた律は、近くの公園の中をリューツと一緒にとぼとぼと俯きながら歩いていた。 なぜここまで落ち込んでいるのかというと、

 

「俺は奥さんに家を追い出された旦那かっての!」

 

「ガウ」

 

実は先程、律は自宅のアパートに帰ったのだが、奏に、

 

『女子が風呂に入ってんだからお前は終わるまで外にいろ。 ラッキースケベを起こされちゃたまったもんじゃない』

 

と言われ、締め出されてしまった。 洋館での事故とクリスの証言により、かなり警戒されてしまったようだ。

 

律は再び溜息をつきながら、着いてきたリューツを膝元に置き公園のベンチに座り、スマホを取り出して《カ・ディンギル》について調べてみた。

 

「んーーー?」

 

どれもゲーム関連の情報しか出てこなかったが、共通して“巨大な塔”というのが共通して出てきた。

 

「巨大な塔を、作る……」

 

二課は情報収集に特化している政府直属の組織。 そんな目立つような物を二課に知られず作るのはほぼ不可能に近い。

 

「——あれ? 律さん?」

 

「ん?」

 

《カ・ディンギル》が一体どこで建設されているのか考えながら歩いていると……後ろから声をかけられ、振り返るとそこにはリディアンから下校中の響と未来がいた。

 

「よお、2人とも。 今帰りか?」

 

「はい」

 

「わぁーい!! リューーツーー❤︎」

 

「ガブ」

 

「危なっ!?」

 

抱きつこうとした響に……リューツは噛み付こうとした。 寸での所で響は身を引き、噛まれずに済んだ。

 

「なんでリューツは響に懐かないんだろう?」

 

「……うぅ……私、呪わてるかも」

 

「呪いの一言で解決するな」

 

苦もなくリューツの頭を撫でる未来。 どういうわけか、リューツは響にだけは懐かない。 シンフォギアが関係しているのならそもそも律に懐かない。 恐らく、性格も関係はしていないだろう。

 

それから律と未来は他愛ない雑談を交わし、響は何度もリューツに触ろうとチャレンジをしていると、

 

「——ッ!」

 

「律さん?」

 

突然、律がノイズの気配を探知し、その方角を向く。

 

それと同時に、響の通信機……先程律とクリスが受け取った同種の通信機に着信が入ってくる。

 

「……ノイズだ。 しかもかなりデカイ」

 

「ええ?!」

 

(数は……5ってところか)

 

「今は人を襲うと言うよりも、ただ移動していると。 はい……はい!」

 

どうやら二課の方もノイズを探知したようで、響は通話を終えると2人の方に向き直る。

 

「響……?」

 

「平気! 私と翼さんでなんとかするから!」

 

「一応、俺もいるぞ。 未来は学校に避難してくれ」

 

「リディアンに?」

 

「いざとなったら、地下のシェルターを開放してこの辺の人たちを避難させないといけない。 未来にはそれを手伝ってもらいたいんだ」

 

「う、うん。分かった……」

 

「ごめん、未来を巻き込んじゃって」

 

「でも、未来のためなんだ。 分かってくれ」

 

今更ながら、未来を巻き込んでしまった事を後悔する。 さらに避難誘導とはいえ危険な役目を頼んでしまうことを謝ると、未来は小さく首を横に振った。

 

「ううん、巻き込まれたなんて思っていないよ。 私がリディアンに戻るのは、響がどんな遠くに行ったとしても、ちゃんと戻ってこられるように……響の居場所、帰る場所を守ってあげることでもあるんだから」

 

「……私の、帰る場所」

 

そうだよ、と言うように未来は無言で頷く。

 

「だから行って。 私も響みたいに大切なものを守れるくらいに強くなるから」

 

「……俺の居場所はないんだな」

 

「あ! もちろん律さんもですよ! 私のいる所が、律さんの帰る場所です!」

 

「それ無理矢理過ぎないか!?」

 

おいでー、と未来は両手を広げて律を誘ってくる。 このまま飛び込む訳には当然行かない、特に背後から響の視線が強く感じられる……とりあえずリューツを飛び込ませた。

 

……未来はそのまま幸せそうにリューツをモフモフした。

 

「じゃあ、行ってくるよ!」

 

「リューツ、未来のエスコートを頼むな!」

 

「ガウ!」

 

リューツは未来に預け、響と律はノイズを何とかするために走り出した。 その後姿を、未来は心配そうな目でジッと見つめていた。

 

「………………」

 

「ガーー」

 

「……うん。 行こう」

 

そのまま微動だにした未来に、抱えられていたリューツが未来の腕に頭を擦り出す。 早く行こう、とでも言っているようで、未来も2人に背を向けリディアンに使って走り出した。

 

その途中、再び二課から連絡が入っくる。

 

『ノイズ進行経路に関する最新情報だ』

 

「はい!」

 

『第41区域に発生したノイズは、第33区域を経由しつつ、第28区域方面へ進行中。 同様に、第18区域と第17区域のノイズも第24区域方面へと移動中』

 

(第24区域というと……)

 

二課と交信する響の隣で、通話を聞いていた律はノイズが向かっているであろう区域を検索すると、

 

「《東京スカイタワー》……」

 

その区域には巨大な塔とでもいうべき東京スカイタワーがある。 今までの情報を踏まえると、このタイミングでのノイズの出現が示唆しているのは、スカイタワーこそがカ・ディンギルであるという事、だが、

 

——ピリリリリ!

 

すると今度は律の通信機に着信が入り、通話に出る。

 

「はい」

 

『律、そっちにクリスが行った』

 

今日2度目の奏からの説明抜き。 前置きもなく率直に事実だけを伝える。 もう慣れたもので、律は静かに耳を傾ける。

 

『恐らくノイズ迎撃に手を貸してくれるはずだ。 合流してノイズを倒してくれ』

 

「了解」

 

『……それと、ノイズを——』

 

続けて奏から伝えられた指令、その内容に不審を感じた律は眉をひそめる。

 

「……それは、どういう事だ?」

 

『詳しい説明は後だ。 いいな?』

 

「……了解」

 

やはり返答もさせてはもらえず、通信は切れた。

 

「スカイタワーでも、ここからじゃ……」

 

ここからスカイタワーまではかなり距離がある。 律はともかく、響はシンフォギアを使ったとしてもかなり遅れてしまうだろ。 律がまた響を抱えて飛ぶのかと考え始めると、

 

「うわっと!?」

 

「ヘリ?」

 

上空から強風とプロペラ音と共に一台のヘリが降りてきた。

 

『何ともならないことを何とかするのが、俺たちの仕事だ!』

 

いきなり現れたヘリに驚いたが、すぐに響は気を取り戻しヘリにホバリングする乗り込んでいく。

 

『律くん、君も乗るんだ!』

 

「いえ、俺は自力で飛べるので、このまま直行します!」

 

せっかくの弦十郎からの提案だが、自分で飛んだ方が早いため。 律はヘリには乗らず走り出し、

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

聖詠を紡ぎ、黒いシンフォギアを纏うと翼を広げ、ヘリよりも早く飛んでいく。

 

「あれが律さんの、シンフォギア……」

 

初めて律がシンフォギアを纏う瞬間を目撃した響は、改めて律が黒いシンフォギアの装者だと実感する。

 

一足先に現場に到着した律。 そこには巨大な飛行機の形をしたノイズが5体、全機既に合流して街の空を覆い尽くしていた。

 

さらにこの5体のノイズの船底部がスライドして開き、そこから小型のノイズがバラまかれ、街に大量のノイズが放たれてしまう。

 

「先ずは大元を!」

 

巨大飛行型ノイズを先に倒さなければノイズ放出は止まらない……律は真横から一気に接近し、佩刀している長剣の柄を掴み、

 

「せいやっ!」

 

刃速(クイック)範囲(レンジ)

 

抜刀による高速の居合い斬り。 律の剣が届く範囲ならどこでも何でも斬り裂く。 剣の太刀筋はノイズ通り抜き側にその両翼を何度も縦に輪切りにし。 そして振り返り際に横一閃、上下が分かれるように斬り裂き、バラバラになったノイズは最後に炭となって崩壊した。

 

「お、来たか」

 

剣を振り払い刀身についた炭を落としていると、そこで響を乗せたヘリが到着し、別の巨大飛行型ノイズの上空から飛び降りた。 その最中に聖詠を歌い、シンフォギアを身に纏うと背中のバーニアからエネルギーを噴射、落下速度を加速して拳を握りしめながら目の前に突き出す。

 

自分ごと矢を放つように拳がノイズ上部に叩き込まれ、バンカーが引き戻されて大きくめり込み……ノイズを貫き大きな風穴を開け、崩壊が広がるようにノイズは炭となる。

 

その直後、バイクを走行させていた翼が現場に到着する。 翼はバイクを踏み台にして跳び上がりながらシンフォギアを身に纏い、最初からアームドギアを大剣に変形させて構え、

 

「ハァッ!!」

 

【蒼ノ一閃】

 

斬り上げ放たれた蒼い斬撃は、巨大飛行機型ノイズの周囲を飛び交う小型の飛行型ノイズを斬り裂きながら上空へと昇って行くが……その斬撃の勢いは徐々に減衰していき、本命に到達する前に霧散してしまった。

 

「くっ!」

 

着地した翼は上空にいる巨大飛行型ノイズを鋭い目付きで睨み付ける。 落下してきた響はバーニア勢いを落としながら、律は急降下してから一瞬だけ一気に急上昇し速度を殺し、2人は翼の隣に着地する。

 

「相手に頭上を取られることが、こうも立ち回り難いとは!」

 

「俺は飛べるから問題ないけどな」

 

「なら、私たちは空から——」

 

その時、律の視界に上空を旋回していたヘリがノイズに狙いをつけられ襲撃されようとしているのを発見した。 咄嗟に律は飛び上がって透過能力を使いヘリの中に突撃、パイロットだけを引っ張り出し……それと同時にノイズがヘリを貫き、墜落させた。

 

「ギリギリセーフ……」

 

「た、助かった……」

 

パイロットの両肩を掴みぶら下げながら、律はパイロットと揃ってホッと息を吐く。

 

「このまま安全な所に連れて行くから、後は頼んだぞ」

 

「はい!」

 

「早く帰ってこないと、全て片付けてしまうわよ」

 

「アレを見上げながらどうしようか悩んでいるのによく言うよ」

 

響と翼に断りを入れて一時離脱、とりあえず近くのシェルターがある場所まで移動する。

 

「君は、一体……」

 

「しっかり掴まっててください。 早く戻らないと、終わってしまいます」

 

「あ、あぁ……」

 

それからすぐにシェルターに到着し。 律はゆっくりと降下し、パイロットを地面に下ろした。

 

「よっと……それじゃあ、お気をつけて!」

 

「あ、おい!」

 

すぐに戦場に戻るため、律は止める間もなく早々と飛び去っていく。 後に残されたパイロットは、伸ばされた手をゆっくりと下ろし、

 

「男の……シンフォギア装者……?」

 

会話していた時の律の声を改めて思い出し、パイロットはポツリとそう呟いた。

 

現場に帰還した律は、上空からの狙い撃ちで苦戦していた響と翼の援護に入り。 降り注ぐノイズの縦横無尽に斬り払う。

 

本来ならば奏の指令でもう撤退してもいいのだが。 あと一人足りないため、律はまだ離脱出来なかった。

 

「お待たせ! 状況はどう?」

 

「防戦一方、と言ったところだ。 こちらからの攻撃が届かない以上、このままでは消耗していくのみだろう」

 

「なら、俺がひとっ飛びして——」

 

この中で唯一飛行できる律が飛び上ろうとした時……上空から無数のノイズが雨のように、加えて地上からもノイズの突貫してきた。

 

「うわあっ!」

 

「空にも上がらせない気か!」

 

「くっ、身動きが……!」

 

防ぐことはできるが身動きが取れず、後退する訳にもいかずとにかく反撃の隙を伺っていると……突如としてどこからともなく銃弾が飛来し、迫ってきていたノイズを撃ち落としていく。

 

「これは……!」

 

「来たな!」

 

ノイズを倒せる銃弾を撃てるのは、律の知る限り1人しかいない。 弾が飛んできた方向に振り返ると……そこには二丁のガトリングを片手で構えるクリスが立っていた。

 

「チッ……あの女と、こいつがピーチクパーチク喧しいから、ちょっと出張って来ただけ。勘違いするなよ、お前らの助っ人になった訳じゃねえ!」

 

『——助っ人だ。 少々到着が遅くなったかもしれないがな』

 

「うっ……!?」

 

間髪入れず、弦十郎からの補足がクリスの手に持つ通信機から聞こえてくる。 図星だったのか、クリスは羞恥で頰を赤く染める。

 

「助っ人……?」

 

『そうだ。 第2号聖遺物、イチイバルのシンフォギアを纏う戦士——雪音クリスだ!』

 

「クリスちゃーん! ありがとー、絶対に分かり合えると信じてたー!」

 

「ぐっ! このバカ! 人の話を聞いてねぇのかよ!? おい律! このバカを引き剥がせ!」

 

「やれやれ……」

 

嬉しそうに抱きつく響を鬱陶しがるクリス。 律は肩をすくめながら、放置する。

 

『そして今更だが、正体不明の聖遺物を使う雑音(ノイズ)を喰らう戦士——芡咲 律も、ここに改めて俺たちの仲間だ』

 

「……クリスのついでみたいに言わないでくださいよ……」

 

「ふふっ、あなたはもう、私たちの仲間よ。 そこに順序はないわ。 とにかく今は、連携してこの状況を打開する……!」

 

少しだけ落ち込む律に、翼によるフォローを入れられる中、響の抱擁から抜け出したクリスは先に前に出る。

 

「勝手にやらせてもらう! 邪魔だけはすんなよな!」

 

「ええっ!?」

 

まだ協力はできないクリスは単独で交戦を開始し、アームドギアを2丁のボウガンに変化させ、無数の矢を扇状に射る。 矢は全て的確に飛び交う飛行型ノイズを射抜き、上空で矢と同じ数の爆発が起こる。

 

「おお〜」

 

「仕方ない。 空中のノイズはあの子に任せて、私たちは地上のノイズを。 律は彼女の援護を」

 

「了解。 ま、こっちも勝手にやらせてもらうだけだけどな」

 

「は、はい!」

 

装者が4人揃ったとはいえ、まだ足並みを揃えることはなかった。 律とクリスは空のノイズを、響と翼は地上ノイズをとにかく撃破し、数を減らし始める。

 

「喰らい尽くす……!!」

 

飛び交う無数の飛行型ノイズを薙ぎ払ってまとめて斬り裂き、炭にする前に刀身に吸収する。

 

(ん?)

 

不意に、何かを感じた律は手に持つ剣の刀身を目にやる。 一瞬だけ、違和感を感じたようで……

 

「うわっ!?」

 

戦場の只中で無防備に思考に耽ていると、突然周囲から無数の爆発が起こる。 どうやら地上からクリスの斉射によるものだ。

 

「俺ごとやる気かよ!」

 

抗議を申し出ようと、地上を見ると……既にクリスは翼と揉めていた。 仲裁に入ろうと降下しようとすると……間に響が割って入り、クリスと翼の手を取った。

 

「どうして私にはアームドギアが無いんだろうって、ずっと考えてた。 いつまでも半人前はやだなぁって……でも、今は思わない。 何もこの手に握ってないから——2人とこうして手を握り合える! 仲良くなれるからね!」

 

「立花……」

 

(やれやれ……)

 

軽く微笑んだ翼は、握っていた刀を地面に突き刺した。 そしてスッと、何も握っていないその右手をクリスに差し出す。

 

「……ぁ……」

 

手を取り合いたい、友達になりたい……そんな言葉が、差し出された右手から見て取れるような気がする。

 

クリスは差し出された手を見て顔を薄っすらと赤めながらそっぽ向く。しかし、クリスの空いた左手はクリス意志に反して僅かに動く。

 

「……………………」

 

無言でその手を差し出しながらクリスを見つめる翼。 翼の右手を見つめながら、クリスゆっくりと左手を伸ばす。 クリスの手が後少し翼の手に触れるところで……翼は自分からクリスの手を掴んだ。

 

クリスは突然手を握られたのに驚き、翼の手を振り払い左手を引っ込めてしまう。

 

「ッ!? このバカに当てられたのか!?」

 

「そうだと思う。 そして、あなたもきっと」

 

「……冗談だろ」

 

「おいおい、俺を忘れてないか?」

 

そこへ、律が翼とクリスの間に割って入り、離されたクリスの左手を自身の右手で握った。

 

「よっと」

 

「!? は、離せよ!」

 

再び振り払おうとするが……律がニコリと笑うと、顔を一気に赤面させたクリスは振り払う力を無くし、俯いてしまう。

 

「言っただろう、クリス? 手を繋ぐことで、夢はどこまでも広がって行くって。 それは、夢だけじゃ無いのかもしれないな、響?」

 

「はい!」

 

「手を繋ぐことで夢を……それは、どこまで届き、広がって行く手ね」

 

「ああ!」

 

再び差し出された翼の右手と律の左手が繋がり、4人で一つの輪となった。 律たち3人は笑い合い、羞恥で恥ずかしがるクリスは顔を赤らめ嫌そうな顔をしながらもその手を振り払おうとはしなかった。

 

と、そこで4人に大きな影が差す。 4人ら視線を上げると、太陽を遮るようにして飛行する巨大飛行型ノイズがいた。

 

「親玉をやらないと、キリが無いわ」

 

「だったらアタシに考えがある。 アタシでなきゃ出来ないことだ。 イチイバルの特性は、長射程広域攻撃……派手にぶっ放してやる!」

 

「まさか……絶唱を?」

 

最後の手段と思ったのか、響は絶唱を口にするが、クリスは罵倒しながら否定する。

 

「バカ、アタシの命は安物じゃねえ!」

 

「ならば、どうやって?」

 

「ギアの出力を引き上げつつも放出を抑える。 行き場の無くなったエネルギーを臨界まで溜め込み、一気に解き放ってやる」

 

「だがその間、クリスは無防備な状態になるだろう。 この状況で少し無謀が過ぎるかもしれないが……」

 

「はい! 私たちがクリスちゃんを守ればいいだけのことです!」

 

響と翼はノイズをクリスに近づけさせまいとノイズを倒しに屋上から飛び出した。

 

その言葉に、クリスはハッとした顔で驚いて目を見開き、響と翼は軽く笑みを浮かべてから飛び出し、向かって来るノイズを倒して行く。

 

(頼まれてもいないことを……私も引き下がれないじゃねぇか!)

 

「これが仲間だ、クリス」

 

その場に残った律は、クリスの隣に立ちながらノイズと戦う響と翼を見つめる。

 

「出来ないことを補い合って、高い壁を乗り越えていく……それってさ、最高じゃないか?」

 

高い壁が目の前にある、そんな風に左手を空に掲げながら、律は左腰に懸架している鞘の反対側、右腰にあるパーツが形を変え……律の左手に一丁の銃となって収まった。 形状は大型のオートマチックに似た横に長い台形のような黒塗りで銃身をしており、トリガーの前には楕円形に輝く紅いラインが施され、ラインの光はまるで血流のように流動しながら輝いている。

 

「そこっ!」

 

発射されたのは細い紅い光線。 貫通力のある光線は正面とその背後のノイズを貫いて灰へと変え、続けて連射し周囲のノイズを一掃する。

 

「って、銃かよ!? お前の聖遺物は剣じゃねえのかよ!」

 

「弓のくせに弾とミサイルばら撒いている奴に言われたくない!」

 

歌いギアの出力を上げながら器用にツッコむクリスに、律は逆にツッコみ返す。

 

バシュンバシュン!と、光線銃から某“星戦争”で登場する《ブラスター》のような音を出しながら引金を引き続け、ノイズを撃ち倒していく。

 

「ふははは! ゲーセンで鍛えたエイム撃ち、舐めんなよ!」

 

(サイコガン撃ってるヤツじゃないよね?実銃のヤツだよねやってたのって?)

 

律の光線銃を見て、響はノイズを殴りながら妙な心配をする。

 

腕と一体化している訳ではないが、やっている事は宇宙進出したコブラ……つまり「エボ○トォォォォッ!!」ではなく、ある種の宇宙戦争(スター○ォーズ)に出てくる光線銃のようなもの。

 

だがそんな事は特に関係なく、とにかく律は光線銃を撃ちまってノイズを倒していく。

 

(……離脱するためには、派手なのを一気に決めないと……やるしかないか)

 

律はあのノイズを倒した後、すぐにリディアンに向かう算段をつける。 その為には、謳うしかないと。

 

「俺はノイズの影響で歌えない。 だから発生するフォニックゲインは少ないし、ギアの出力も3人のと比べれば低い……」

 

(……だろうな)

 

(あれほどの適合率がありながらも、私たちと比べ出力が低かった原因か……)

 

「だから……(うた)を紡ぐんだ」

 

少なからず敵対していたからなのか、クリスと翼は感覚的に察していた。

 

「——常世の玉響(たまゆら) 散華の日和」

 

羞恥など二の次、クリスたちが心配する眼差しを向ける中とにかく律は謳う。

 

「泡沫に咲ゆく 金の蓮」

 

謳いながらゆっくりと長剣を持ち上げ、剣先をノイズに向けながら顔の側まで持ち上げる。

 

「ひさかたの 天津風(あまつかぜ)……」

 

すると、紅い刀身から紅い輝きだけではなく、蒼い光と翠の光が放たれ出し。 螺旋を描くように三色の光が混ざり合い、

 

「咲きて散り見ゆ!!」

 

極光の穿剣(フォトン=レイ)

 

突きを放つと同時に自身ごと飛び出し、三色の光がドリルのように螺旋を描きながらノイズの正面から突進して行き……光がノイズを削りながら抵抗なく直進、そのまま巨大飛行型ノイズを貫き爆散した。

 

地上で響と翼が、上空では律が攻撃を仕掛けるノイズを倒し、その間にクリスは歌を歌いながら徐々に力を溜めていき……

 

「「クリス(ちゃん)!!」」

 

3人の呼び掛けと同時に、クリスは溜め込んでいたフォニックゲインが解放される。

 

シンフォギアの腰部アーマーが展開されると同時に変形、両手にはいつもの2丁4門のガトリングガン。 腰部のアーマーには通常とは形状の違う小型ミサイル。 肩より上の位置の背部には左右2基ずつ合計4基の大型ミサイルとそれを撃ち出す射出器。 そしてそれらを支えるアウトリガーが展開された。

 

【MEGA DETH QUARTET】

 

クリスが今出せる最大の火力……射出されたミサイルの数々と、銃弾の雨あられを惜しむことなくばら撒いて行く。 射出された三角柱の形をしたミサイルから内蔵されていた小型ミサイルが拡散し、飛び交っていたノイズを一掃。

 

ガトリングで近中距離にいたノイズを撃退。 そして、大型ミサイルが本命である巨大飛行型ノイズに飛来し……着弾と同時に爆発四散した。

 

「やった、のか?」

 

「ったりめぇだッ!!」

 

全てのノイズを殲滅し、残骸である煤や炭が残る中、戦闘が終わり息を吐いた。

 

「やったやったーー!!」

 

「やめろバカ! 何しやがるんだ!」

 

クリスの元に戻った響は嬉しそうにクリスに抱きつく。 だが当然、クリスは鬱陶しそうに押し返す。

 

それと同時に、見に纏っていたシンフォギアが解除され、3人は元の服装に戻った。

 

「勝てたのはクリスちゃんのおかげだよー!」

 

「律のことも忘れるなよ」

 

「っ! だからやめろと言っているだろうが!」

 

響は再びクリスを抱きしめながら翼が補足を加え、そしてクリスも再び響を押し返す。

 

「いいか? お前たちの仲間になった覚えはない! アタシはただ、フィーネと決着をつけて……やっと見つけた本当の夢を果たしたいだけだ!」

 

「夢? クリスちゃんの? 聞かせてよ〜!」

 

「うるさいバカ! お前本当のバカ!!」

 

「アハハ……って、あれ? 律さん?」

 

抱きしめるのと押し返すやりとりが繰り返されていた所で、最後のノイズを倒した律が戻ってこない事に気がつく。 上空を見上げてもその姿はなかった。

 

「律の奴、どこ行きやがったんだ?」

 

「あの攻撃を繰り出した後、真っ直ぐ……待て、あちらには確か……」

 

——ピリリリリ♪

 

その時、響の通信機に着信が入ってきた。

 

「はい?」

 

『響? 学校が、リディアンがノイズに襲われ——』

 

相手は未来だったが、未来は短い通話でそれだけを伝えると……いきなり通信が切れ、話中音だけが通信機から聞こえてくる。

 

「え……えっ!?」

 

しばらく通信機を耳に当てたまま、響は立ち尽くすしかなかった。

 




光線銃の見た目は《PSYCHO-PASS》の“ドミネーター”のイメージで。

決して左腕と一体化した宇宙コブラのサイコガン、またはロックなバスターではない。


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17話 真実を照らす月

数分前——

 

東京スカイタワーにいたノイズを一通り一掃した後、技の勢いのまま律はすぐにリディアンに向かっていた。それは《東京スカイタワー》に向かう前の奏からの通信で、

 

「——それと、ノイズを倒したらすぐにリディアンに来てくれ。 なるべく早く、ノイズも5体いるうちの1体だけでもいい。 残りは翼が何とかしてくれるだろ」

 

律は当然、この命令を疑問に思っていたが、奏が無為な事を言わないのは分かっていた。 律は大型の飛行型ノイズと、このノイズがばら撒いた大元となるノイズを狩って補給した後、現場を3人に任せ。

 

今だに名も分からないシンフォギアの力でその身を光となって飛翔、わずか数秒でリディアンに到着した。

 

「何!?」

 

しかし、そこは先程と変わらぬ……戦場であった。 数種類の大型のノイズがリディアンを襲撃しており、逃げ惑う生徒、戦う自衛隊で学校は大混乱だった。

 

奏と合流すべきだが、彼らを見捨てる事は当然律には出来なかった。

 

「とにかくデカブツだけでも!」

 

先程と同様、ノイズを増やしているのは大型のノイズ。 とにかくそれだけでも倒そうと剣を抜く。 全身を光に変化させるには体力をかなり使う……律は謳で一気に決めることにする。

 

「——心の隈 薔薇(そうび)の息差し」

 

巨大ノイズに向かって急降下しながら謳を紡ぎ、いつもはなりを潜めているフォニックゲインの高鳴りを感じながら頭上に剣を構える。

 

()()む 心見えなり!!」

 

憐惜の拝(サバ・ラファー)

 

刀身に蒼い焔が纏われ、落下の勢いと同時に蒼炎の剣を振り下ろし、ツノが生えた芋虫のようなノイズ左右真っ二つに斬り裂いた。

 

地に足つけ、続けて一回転しながら左手の銃を振り抜き、周辺にいた小型ノイズの撃ち抜く。

 

その時ふと、校舎内にガラス越しに見覚えの3人の少女を見つける。

 

「あの子たちは……確か響と未来の……」

 

お好み焼き屋“ふらわー”で会った3人の少女。 どうやら自衛隊の誘導でシェルターに避難をしているようだ。

 

大丈夫そうだと、律は踵を返し奏を探そうとすると……校舎上空にいた飛行型ノイズが身を捻っていた。 その槍先には、創世たちがいる。

 

「マズイ!」

 

律が飛び出すと同時にノイズは回転しながら落下、校舎をすり抜けて襲いかかる。 対して律は窓ガラスを突き破り、自衛隊の前に出ると、

 

「ぐうっ!」

 

「なっ!?」

 

自衛隊を庇うように、天井を透過して降ってきた鋭利で槍のようなノイズが、律の右肩に突き刺さった。

 

「イ、イヤァアアアアアア!!」

 

すると、それを見ていた弓美の悲鳴が響き渡った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

前触れもなく、突如としてノイズの襲撃を受けたリディアン。 未来は学内に逃げ遅れた生徒がいないか探し回っていると……ノイズによってリディアンが蹂躙されている光景を、未来はただ呆然と見ていた。

 

「学校が……響の帰ってくる所が……!」

 

「ガウウ……」

 

守るべき場所が破壊される光景に動揺する未来。 その時、側にあった窓ガラスが割られ……校舎内にノイズが侵入してきた。

 

「あ……」

 

目と思わしき部分が一斉に未来の方を向く。 未来は恐怖に怯え、後退りするが……未来を守っていたリューツは果敢にも前に出る。

 

「ガルルル……ガァアアア!!!」

 

威嚇するようにリューツ高らかに雄叫ぶと……その身体はみるみると膨張し、リューツの身体は廊下の通路埋めるくらいの大きさになりながらその口には野太い牙、強靭となった四肢には鋭利な爪が……リューツは化物と見間違うような大虎となった。

 

「ガオウッ!!」

 

飛来するノイズ。 それを爪を出した前脚の一振りで弾き返した。

 

ノイズを倒すとリューツはゆっくりと振り返り、未来を見つめる。

 

「あ……」

 

少しリアルさが出て怖かったが、未来はリューツに歩み寄りその首筋を撫でた。

 

「ありがとう、リューツ」

 

「グルル……」

 

「——未来さん!」

 

そこへ、緒川が走ってきた。 緒川は未来のそばにいたリューツを見つけると、懐に手をやり少し警戒してしまう。

 

「緒川さん!」

 

「こ、この大きな虎は……?」

 

「そ、それは後で説明するので……」

 

リューツについて説明しようにも「この虎はノイズです」とはこの状況で言えるはずもなく。 とにかく、危険性が無いと判断した緒川は懐から手を抜いた。

 

「……分かりました。 とにかく今は避難しましょう。 こちらへ!」

 

「あ、はい! リューツ、おいで!」

 

——クル、ポン!

 

「ガウ!」

 

一回転して小気味いい音を立て、リューツは元の子虎になると未来の腕に飛び込み、近くにあった二課に続くエレベーターに飛び乗った。

 

しばらく降下した後、緒川は弦十郎と通信を取る。

 

「——はい。 リディアンの破壊は、以前拡大中です。 ですが、未来さん達のおかげで被害は最小限に抑えられています。 これから未来さんをシェルターまで案内します」

 

『分かった。 気をつけろよ』

 

「それよりも司令」

 

『ん?』

 

「《カ・ディンギル》の正体が、判明しました」

 

『何だと……!?』

 

カ・ディンギルについての情報を掴んだ緒川、弦十郎は驚きの声を上げる。

 

「物証はありません。 ですが、こちらで得られた情報と、奏さんの予知と推理によれば……《カ・ディンギル》とは恐らく——」

 

《カ・ディンギル》の正体を掴んだ緒川は弦十郎にその説明をしようとした時……エレベーターの天井が凹み、周囲のガラス張りの壁にヒビが入る。 まるで、天井に何か落ちてきたような……

 

『キャアアアアア!!』

 

「どうした!? 緒川!!」

 

通信機越しに何かを突き破ったような音と未来の悲鳴が聞こえ、その後すぐに通信は切れてしまった。

 

エレベーター内では緒川の手から通信機が離れ、エレベーターの天井を突き破って侵入してきた人物に踏む潰されてしまう。

 

「うっ、うう……!」

 

「こうも早く悟られるとは……何がきっかけだ?」

 

その人物とはネフシュタンの鎧を見に纏ったフィーネだった。 フィーネは緒川を首を絞めつけながら壁に押し付けていた。

 

「グルル……」

 

(ダメだよリューツ! 今は落ち着いて……)

 

今にも飛び出しそうなリューツを未来は強く抱きしめて抑える。 そして緒川は首を締め付けられる中、何とか口を開く。

 

「塔なんて目立つ物、にも知られず建造するには地下へと伸ばすしかありません。 そんな事が行われているとすれば……特異災害機動部二課本部、そのエレベーターシャフトこそ《カ・ディンギル》。 そして、それを可能とするのは……!」

 

「……漏洩した情報を逆手に、上手くいなせたと思っていたのだが……」

 

「グルルル……」

 

威嚇によるリューツの唸り声に反応したフィーネは振り返り、未来の腕に抱かれているリューツを見る。

 

「その虎……ノイズか。 あのボウヤがペットにしたとは聞いていたが、まさか事実だったとはな」

 

すると、彼女は空いた左手を額にやり、口元は狂気の笑みで歪ませる。

 

「ますます面白い! やはり米国にやったのには惜しい被験体だったな!」

 

「……べ、米国……?」

 

いきなり出てきた米国という言葉、未来はなぜ律の事から米国が出てきたのか疑問に思い……それを察したのか、フィーネは視線だけ後ろを見る。

 

「約10年前……私は奴が幼少の頃、偶然見つけ攫ってきた。 そして、資金確保のため米国にある《F.I.S》という機関に売りつけた」

 

「えっ……!?」

 

フィーネが律の過去を知っていた事よりも、未来は律が人身売買をされていた事実に驚いてしまう。

 

「その後どうなったかは興味はなかった。 だが、流れてきた噂によれば6年前、実験中のシンフォギアを暴走させて施設から脱出。 海上輸送中のタンカーに乗り込むが、事実を隠蔽しようとした米国はタンカーごと奴を海に沈めた……そう聞いている」

 

「……そして、日本に流れ着き。 芡咲夫妻に拾われた」

 

以前、律本人から聞いた話と繋げ補足するが、フィーネは言った通りその後の出来事など興味がなく、未来の話など聞いてはいなかった。

 

丁度そこでエレベーターは停止し、緒川が押さえつけられていた壁……扉が左右に開き、背後に倒れるとフィーネの拘束が少し緩み……それを狙い拘束を抜け出し距離を取らせるように蹴りを繰り出しながらバク転、後退しながら懐に手を入れ、拳銃を取り出しフィーネに向け、3発発砲する。

 

3発の弾丸は鎧に守られていないフィーネの胸、素肌に着弾したが……弾丸は硬い鋼鉄にぶつかったかのようにひしゃげ、地面に落ち転がる。

 

「ネフシュタン……!」

 

余裕を見せるように微笑を浮かべるフィーネ。 彼女は右手の人差し指を緒川に向けると、鎧から垂れ下がっていた鞭が独りでに飛び出し。 緒川の拳銃を手から弾くと同時に身体にまとわりつき拘束した。

 

「ぐああああ!!」

 

「緒川さん!」

 

軽々と緒川は持ち上げられ、強く締め付けられているのか苦悶の声を上げる。

 

「未来……さん……! 逃げて……!」

 

せめて未来だけでもと、緒川は逃げるように言う。 未来も逃げようとするが……意を決し、フィーネに体当たりをする。

 

が、彼女が非力なのか、それとも聖遺物のせいなのか、ピクリともしなかった。 フィーネは振り返り、冷たい目で未来を睨む。

 

「ヒッ……!」

 

「——ガオオオオオッ!!」

 

すると未来の腕からリューツが飛び出し、巨大化すると同時にその牙で噛み付こうとし、

 

「ガッ!!」

 

「リューツ!!」

 

無造作に振るわれた裏拳がリューツの顔面に直撃し、数度バウンドして通路に横たわった。

 

「力は数段に増しているな。 だがそれだけ……道具からただの(けだもの)に成り下がったに過ぎん」

 

再び小さくなるリューツを一瞥し、再び未来の方を向きながら捕まえていた緒川を無造作に捨てた。

 

フィーネは未来に手を伸ばし、顎に触れるとよく見るように上に上げた。

 

「麗しいなぁ……お前たちを利用してきた者を守ろうと言うのか?」

 

「利用……!?」

 

「何故二課本部がリディアンの地下にあるのか。 聖遺物に関する歌やデータを、お前たち被験者から集めていたのだ」

 

顎を撫でられるも動くことも出来ず。 未来はただ、フィーネの話に耳を傾けることしか出来なかった。

 

「その点、風鳴 翼という偶像は、生徒を集めるのによく役立ったよ。 フフフ……フハハハハハッ……!」

 

「——嘘をついても!」

 

騙されているとも知らず助けようとする未来を嘲笑うかのように、フィーネは踵を返し歩き出した。 その時、未来はキッとフィーネを見つめ、叫びながら一歩前に出た。

 

「本当のことが言えなくても! 誰かの命を守るために、自分の命を危険に晒している人がいます! 私は……そんな人を、そんな人たちを信じてる!」

 

「……チッ!」

 

怒りの形相で振り返ると、未来の頰に張り手し。 さらに胸倉を掴んで持ち上げ、もう一度同じ場所に張り手した。

 

加減し、張り手とはいえ聖遺物を使ってでの、床に落とされた未来は倒れ伏し、気絶してしまった。

 

そんな彼女を、フィーネは再び冷めたような目で見下すように見下ろす。

 

「……まるで興が冷める……!!」

 

予期せぬ苛立ちを覚えながらも彼女は踵を返し、二課内を歩き出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

時間は少し遡り……リディアンの校舎内で弓美の悲鳴が届いてくるが、そもそもシンフォギアを纏っているため炭化する事はない。 素でももちろん、だが痛いものは痛い。

 

「ったく……」

 

痛みで軽く悪態をつきながら肩に刺さったノイズを引き抜き、握り潰す。 炭となったノイズ床に落ち、手の中に入った炭も放って捨てると……驚いた表情で彼女たちが律を見ていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ……それより君は平気なのか? 普通にノイズに触れていたが……」

 

「うーん、まあノイズに対抗できる武器って思ってください」

 

一応、シンフォギアは国家機密に指定されている。 どこにも属していない律にそんなのは関係なさそうだが、説明も難しいので曖昧に誤魔化した。

 

「君たちも大丈夫か?」

 

「は、はい……」

 

「何とか……」

 

「え、えぇ……!?」

 

1人は軽くパニック状態だが、残りの2人は落ち着いているようなので避難する上では大丈夫だろう。

 

「彼女たちの避難誘導を。 俺はこのままノイズを討伐します」

 

「ご、ご武運を!」

 

「——律!」

 

敬礼をする自衛隊に首肯で返すと、廊下の先から律を呼ぶ声が。 視線を向けると、そこには奏がいた。

 

「奏!」

 

「……えっ!?」

 

「来い! フィーネが現れた!」

 

「了解!」

 

奏の名に、創世たちは一瞬驚いてしまう。 律は奏の元に駆け寄ると、そのまま走り去ってしまった。

 

「今、奏って……もしかして、天羽 奏さん?」

 

「それに、律って……」

 

「……え、え? え、えっ?」

 

軽くパニック状態な弓美は、口から“え”しか出てこなかった。

 

そして律は、奏と走りながら立ち塞がるノイズを銃で倒して先を進んでいた。

 

「透過能力があるんだったな? アタシごとリディアンの地下に向かってくれ」

 

「あまり分厚い地面の透過はやりたく無いんだけど、地下空間があるなら……」

 

離れないように奏を横抱きに抱え、沈むように地面に透過し侵入して行く。 一寸先まで埋め尽くされた景色は一瞬、降り続けていると、

 

「これは……!」

 

一度地面を抜け見える景色が一変した。目の前には天井から床まで古代の遺跡のような壁画があり、目が眩みそうなくらいの幾何学模様が無数に刻まれていた。

 

その外壁には複数のエレベーターシャフトがあり、どうやらあのエレベーターでリディアンと二課を行き来しているようだ。

 

「高さはおよそ東京スカイタワー2、3個分……これが《カ・ディンギル》だ」

 

「なんだって!? じゃあ、フィーネは二課の本拠地で堂々とこんなものを造ってたって言うのか!?」

 

「灯台下暗しとよく言ったもんだ」

 

それにしても一体いつからこんな巨大な建造物を1人作っていたのだろう。 途方も無い時間と労力、そして執念を感じさせる。

 

「フィーネは……これで一体何をする気だ?」

 

「さあな。 何にせよ、ロクなもんじゃないだろう」

 

ネフシュタンの鎧、ノイズを自在に操る杖……既に国すら脅かすような聖遺物を使っているフィーネ。 そんな彼女が作ろうとしているものなど確かに普通では無いのだろう。

 

「…………! あれは……」

 

ふと、複数あるエレベーターシャフトの一つ、そのエレベーターだけ破損しているのが目に付いた。

 

気になって近づくと、エレベーター側面のガラスはヒビ割れ、天井には大きな穴が開いていた。

 

「……間違いない、フィーネだ」

 

「急ぐぞ!」

 

エレベーターをすり抜けて二課本部に侵入する。 通路は戦闘があったのか、所々銃痕や砕けている場所があった。

 

そして、そこには倒れ伏す未来がいた。 慎重に身体を起こすと、ちょうどそこで意識が戻った。

 

「この子は……」

 

「大丈夫か、未来?!」

 

「……そ、それよりも……リューツが……」

 

よく見ると片方の頰が赤く腫れていた。 未来を奏に預け、辺りを見回すと……通路の先にグッタリと横たわるリューツがいた。

 

「リューツ!」

 

「……私を助けようとして、フィーネって人に殴られるて……」

 

「リューツは通常のノイズより防御力を高めてあるが、それでも完全聖遺物相手には無理があったか……」

 

リューツを拾い上げ優しく抱きしめる。 そこから貯蓄していたノイズのエネルギーをゆっくりとリューツに送り込むと、

 

「……ルゥゥ……」

 

「リューツ!」

 

弱々しくだが、目を覚ましたリューツは無事を示すように静かに鳴いた。 律はリューツを未来に預けると、未来は嬉し涙を浮かべながら抱きしめる。

 

「良かった、リューツ……!」

 

「グゥ……ルル!!」

 

「こら未来、抱きしめ過ぎてリューツが苦しそうだぞ」

 

締め付けが徐々に強くなり始める前に未来を止め。 落ち着かせた後、ここにいる経緯と状況を説明してもらった。

 

「なるほど……よく頑張ったな未来、リューツも」

 

「ガウ!」

 

「で、でも……私、何も出来なくて……あの人に言いたいようにされて……けど! 律さんや響、奏さんや二課の皆さんを貶すような事を……ゴホゴホッ!!」

 

その直後、未来は大きく咳き込んでしまった。 息を整えたらまた喋り出しそうだったので、それを奏が赤くなった頰に手を添えて止める。

 

「いいんだ。 何と言おうとも、アタシらが未来を……リディアンの全校生徒を騙していたことには変わりない」

 

「……奏……さん……」

 

「ありがとう。 なんか救われたって感じがした」

 

何と弁明しようと、二課がリディアンの生徒を騙していたのに変わりはない。 だが未来はそれを知りながらも許し、奏は未来に感謝する。

 

その後、密閉空間と言うこともあり律はシンフォギアの両翼を収納し、その空いた背に未来を乗せ抱え、リューツは奏が抱きかかえた。

 

「辛いと思うが、我慢してくれ。 このまま置いていくわけにも行かないからな」

 

「あ、あの……! さっきまで緒川さんがここにいたのですが……あの人にやられていて……」

 

「……もしかして……!」

 

「急ぐぞ!」

 

どうやら緒川は傷付いたままフィーネを追ったようだ。 このままでは緒川が危ない……律たちは走り出す。

 

「フィーネは一体どこに向かってるんだ?」

 

「恐らく《デュランダル》が保管されている場所……最下層区域《アビス》だ!」

 

奏の道案内で律は広い二課本部内を走り周り、最下層に到着すると、そこには、

 

「見つけたぞフィーネ……いや《櫻井 了子》!」

 

通路の先にネフシュタンの鎧を身に纏う女性……フィーネがいた。 その他にも緒川と、拳を握り構えフィーネと対面する弦十郎もいた。

 

「来たか……」

 

「奏さん! それに、貴方は……!」

 

「身構えなくていい、こいつはアタシたちの味方だ」

 

警戒する緒川を奏が事情を説明し、律は弦十郎の頭上に空く大穴に目を向ける。

 

「うわぁ、綺麗に穴空いてるなぁ」

 

「言っておくが、コレやったの旦那だからな」

 

今更驚くまい。 弦十郎がOTONAという事なので、という理由で律は納得する。 OTONA最強。 ノイズに対して以外は……

 

「天羽 奏……お前もとっく私の正体に気付いていたんだな」

 

「ああ、信じたくはなかったがな。 だが、調べれば調べるほど、あんたの行動は不審な点が多かった。 そして律と響が現れてから、アンタの行動は目に見えて疑わしくなった!」

 

「戦えなくなったばかりに、小細工ばかりが達者になったものだ。 妙な能力に目覚め厄介ばかりだったが……お前の絶唱によりこのネフシュタンの鎧は起動に至った、その点だけは感謝しておこう」

 

「んだとっ!」

 

「言わせておけば……!!」

 

「——2人とも、下がっていろ。 ここは俺がやる」

 

挑発するフィーネに頭にきた律と奏。 律は剣を抜く勢いで身を乗り出そうとする勢いだったが、横に出された弦十郎の手が2人を制した。

 

「さて、お互い策に乗せられたとはいえ……この程度で私を止められるとでも思っているのか!?」

 

「応とも!! 一汗かいた後で、たっぷりと話を聞かせてもらおうか!」

 

床を蹴り、尋常じゃない速度で走り出す弦十郎。 フィーネは鞭を槍のように振るうが、弦十郎は紙一重で避け。 もう一つの鞭を跳躍して避け……天井にあった僅かな出っ張りを砕きながら掴んで身体を固定、そして天井を蹴ってフィーネに飛びかかる。

 

「はあああぁっ!!」

 

落下と同時に振り下ろされた拳。 その拳フィーネは避け、拳は鉄製の床を岩のように砕いた。

 

と、その時……ネフシュタンの鎧にヒビが走る。どうやら拳は避けられたが、衝撃は避けきれなかったようだ。

 

「何っ……!?」

 

鎧にヒビが入ったことに驚愕し、その場から大きく飛び退いた。 ヒビは直ぐに回復したが、ただの人間にヒビを入れられた事実にフィーネは苛立ちを覚える。

 

「肉を削いでくれる!!」

 

交差するように振るわれた二本の鞭。 弦十郎はその動きを見切り……二本とも優に掴むと全力で引っ張り、フィーネを自分の距離へと引き寄せた。

 

「はあああっ!!」

 

そして、その無防備に空いたい腹部に拳を叩き込み……空に浮き上がったフィーネは弦十郎の背後に吹き飛ばされ倒れる。

 

「ガッ! か、完全聖遺物を退ける……? どういう事だ!?」

 

「知らないのか? 飯食って映画見て寝る! 男の鍛錬は——そいつで十分よ!」

 

「へぇ、そうなんだ。 ゲームやって真似る以外にも修行の仕方ってあったんだな」

 

「ねぇよ普通!! お前ら男の頭ってどうなってんだよ!?」

 

やり方は違うとはいえほぼ同レベルの鍛錬法に、奏は思わずツッコミを入れてしまう。

 

「なれど人の身である限りはっ!!」

 

「させるか!!」

 

どんなに強かろうとノイズにとっては無力、ノイズを召喚しようと《ソロモンの杖》を抜いた瞬間……弦十郎は震脚で床を砕き、浮いた破片を蹴り飛ばしフィーネの手から杖を弾き飛ばし、杖は天井に突き刺さった。

 

「ノイズさえ出てこないのならぁっ!!」

 

ノイズを出されなければ完全聖遺物であろうと対抗できる。 弦十郎はトドメとばかりに一気に畳み掛けた、その時、

 

「——弦十郎くんっ!」

 

「っ……!?」

 

「マズイ!!」

 

冷たいフィーネの目ではなく、弦十郎の知る櫻井 了子の表情を出され、動揺により隙が出来てしまった。 フィーネはニヤリと笑みを浮かべ……鞭が弦十郎の胸を貫いた。

 

「ぁぁっ……!!」

 

「司令……!」

 

弦十郎は大量の血反吐を吐き、倒れてしまった。 射抜かれた腹部からは留めなく血が溢れ、そこから血溜まりができる。

 

「イヤァァァァァァァーーーー!!」

 

そんなスプラッターな光景に、未来が悲鳴をあげる。 血を流しながら倒れる弦十郎に、フィーネは息を荒げながら歩み寄り、ポケットを(まさぐ)り通信機を抜き取った。

 

「ハァハァ……抗うも……覆せないのが運命(さだめ)なのだ…!」

 

「——行かせるか!!」

 

するとフィーネを止めようと、律が前に出ながら両手で銃を構え、膝立ちになる。

 

直照(ひたて)真日(まひ)の 駆けし(みち)

 

その口から歌を紡ぎ、紅い光線銃の銃口をフィーネに向け狙いを定める。

 

「歌か……ノイズに(まみ)れたお前から聞けるとはな」

 

「……射向(いむ)けの(そで)と為り 天伝(あまつた)征矢(せいや)と為り……」

 

「律!!」

 

すると、奏が律を呼び、振り返ると……奏は無言で首を横に振った。 意図を察した律は下唇を強く噛み締めると、次第に銃口の先端が紅く輝き出し。 その輝きは徐々に一点に集束していき、

 

(はべ)りたすく!!」

 

射手の輝軌(ルル・アガリウス)

 

トリガーを引くと、銃口から巨大な紅い光線が放たれた。 フィーネは双鞭を操り、二重螺旋を描きながら盾を作り、紅い光線から身を守る。

 

「…………?」

 

鞭から受ける衝撃に違和感を感じ、フィーネは眉をひそめる。 謳ったにしては威力が弱過ぎる……そう思っていると徐々に光線の威力はさらに減衰して行き、最後には消滅した。

 

「………………」

 

盾を振り解くと、そこには誰もいなかった。 血溜まりの中にも弦十郎はいない……フィーネは手にもつ通信機を一瞥し、踵を返しデュランダルが保管されている扉に向かって歩き出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

律の攻撃によってフィーネの目をかいくぐり、その隙に緒川が気付かれないように弦十郎を救出し何とか現場から離脱した。

 

緒川と奏は弦十郎に肩を貸し、少しフラつき気味の律はシンフォギアを解除し、未来の肩を借りていた。

 

「フゥ……流石にここまで長い時間、シンフォギアを使うのは初めてだったな。 少し辛いなぁ」

 

「大丈夫ですか、律さん?」

 

「すまねえな、無理させちまって」

 

「いいってことよ。 それに今回ばかりは無茶しないと、恐らく今が佳境……何とか踏ん張って、乗り越えないと……!」

 

「……その通り、だ……」

 

律の思いに同意するように、弦十郎は脂汗を流しながら何とか喋ろうとする。

 

「旦那!」

 

「ここが正念場だ……! 必ず、彼女の野望を阻止せねば……!」

 

「力まないでください! 血が流れてしまいます!」

 

力を込め出して立ち上がろうとする弦十郎を、何とか緒川は抑えながら司令部に到着した。 オペレーターの女性……友里が振り返ると、弦十郎の状態を見て目を見開かせる。

 

「司令っ!!」

 

「応急処置をお願いします!」

 

奏と緒川は慎重に弦十郎をソファーに寝かせ、友里と女性スタッフが応急処置で止血を施す。

 

「ここが……二課……」

 

「ガウ」

 

「本当ならもっと落ち着いた状況で連れて来たかったんだがな」

 

ゲームに出てきそうだなぁと驚きながら、奏が申し訳なさそうな顔をする。 そして緒川が空いた端末前に座り、状況を説明しながら操作する。

 

「本部内に侵入者です。 狙いはデュランダル……! 敵の正体は……“櫻井 了子”……!」

 

「なっ!?」

 

「そんな……」

 

リディアン、延いては二課を襲撃したのが二課でも重要人物である櫻井 了子である事実に、オペレーター一同は呆然とすることしか出来なかった。

 

「響さんたちに回線を繋げました」

 

「響?! 学校が……リディアンがノイズに襲われているの!」

 

その直後、突然周囲の電源が落ち、重要機器以外の電源以外は落とされ辺りは一気に暗くなる。

 

「何だ?」

 

「本部内からのハッキングです!」

 

「こちらからの操作を受け付けません!」

 

「こんなこと、了子さんしか……!」

 

電源の遮断と機器の乗っ取り……それが出来るのはフィーネ、櫻井 了子しかいない。

 

その後すぐ、端末の電源も落とされた、二課本部は完全に機能を停止されてしまった。

 

「奏、俺は地上に出る。 少しとはいえ、通信が繋がったのなら異変に気付いた響たちがここに来るはずだ。 合流して、フィーネを止める!」

 

「分かった。 気を付けろよ」

 

「来い、リューツ!」

 

「ガウ!」

 

走り出した律の肩にリューツは飛び乗り、律は司令部を飛び出て行った。

 

「ぅぅ……!」

 

「司令……」

 

律が出て行ってすぐ、弦十郎は目を覚ました。 視線だけを動かし、友里に視線を向ける。

 

「状況は……?」

 

「本部機能のほとんどが制御を受け付けません。 地上および地下施設内の様子も不明です」

 

「そうか……」

 

傷が痛みながらも無理に起き上がろうとする弦十郎。 奏が支えに入り何とか起き上がり、その後司令部内に視線を巡らせる。

 

「彼は?」

 

「律なら出て行ったぞ。 了子さんを止めにな」

 

「司令、あの少年が?」

 

「……ああ。 頼もしく、心強い……新しい——仲間だ」

 

仲間として律を認めた弦十郎は、後のこと律、そして響たちに任せた。 が、

 

「………………ここ、どこ?」

 

「ガーー」

 

当然、初めて来る場所な上に電源が落とされ真っ暗なので、律は迷路のように広大な二課本部で盛大に迷っていた。

 



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18話 戦火の花、散華する

フィーネを野望を打ち砕き、止めるため律は司令部を飛び出し走っていたの……だが、

 

「ふぅ……美味しい」

 

今はゆっくりと腰を下ろし、お茶を飲んで和んでいた。 どうやら自販機の電源も生きていたようで、今日もらったばかりの通信機のキャッシュ機能を使って購入した。

 

そんな呑気に休んでいる律の足を“何休んでいるんだ!”とでも言っている風にリューツがペシペシと叩く。

 

「ガーウ!!」

 

「ん? いや、仕方ないだろう。 行っても行っても先は見えないし、上に上がる階段すら見つからない。 なら、ここで体力を回復して、シンフォギアを使って行った方が建設的だよ……決戦に備えても、な」

 

つい先ほど、広大かつ複雑過ぎる二課本部内で迷ってしまい。 無闇に歩いて体力を消耗するわけにもいかず、こうして休むしか選択肢は無かった。

 

「おう?」

 

その時、大きな地揺れが起こった。 恐らくはエレベーターシャフトであった《カ・ディンギル》に何かあったのだろう。

 

「さて……ブレイクタイムは終了かな」

 

腰を上げ、首から黒いペンダントを取り外すとチェーンを握り、ペンダントをぶら下げながら聖詠を紡いだ。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️」

 

ペンダントが強く光り出し、光が律を覆う。黒いノイズが周囲に漂いながら両腕両足、腰と胸に装甲が装置され、そこから滲み広がるように全身を黒いアンダースーツで覆われる。 背からは赤い閃光を放つ一対二翼の翼が、頭部にはくの字の(つの)があるヘッドギアが装着され、目元に赤いバイザーが下される。

 

そして左腰に長剣の黒い鞘が現れ、次いでその右手には赤い閃光の刀身で構成された黒い剣が握られ、剣を鞘に納められる。

 

「行くぞ……!」

 

「ガウ!」

 

肩にリューツを乗せ紅い閃光を放つと両翼を広げフワリと浮き上がり。 天井、床、壁を全てすり抜けながら飛翔し、先ずエレベーターシャフトに出ると、

 

「これは……!」

 

つい先ほどまであった壁画の塔が影も形もなかった。 残されているのは外壁が上に向けて削られた後と、大きな縦穴のみだ。

 

「《カ・ディンギル》が地上に出たのか!」

 

急いで上昇し、天井を突き抜けて地上に出ると……リディアンの校舎を貫くように、天高くそびえ立つ塔が目の前に鎮座していた。

 

「これが……《カ・ディンギル》!!」

 

「——律!!」

 

「律さん!!」

 

《カ・ディンギル》の全貌を見上げていると、地上からシンフォギアを纏っている響たちの呼び掛けが聞こえ、律は彼女たちの元に降り立った。

 

「無事でよかった。 いきなりいなくなるから心配したぞ」

 

「奏の要請でな。 それより、アレが……」

 

「ああ、《カ・ディンギル》だ。 ……アレは塔の形をした荷電粒子砲だとよ」

 

「はあ? 形が塔なんだから砲身が上にしか向かないだろう。 宇宙しか狙えないだろ」

 

「……月を壊すつもりみたいです」

 

響がフィーネの目的が月の破壊と答えた。 流石に冗談だろうと思ったが、崩れた校舎の屋上に立つフィーネを見て、嘘ではないと悟ってしまう。

 

どうやら既に稼働を開始しているようで、ぐずぐずしていたら彼女の目論見通りに月が破壊されてしまうだろう。

 

「何にせよ、月を破壊させる訳にはいかない。 月見が出来なくなるからな!」

 

「そんな理由かよ!?」

 

「重要だ! 月光浴しながらのカフェオレは俺の唯一の楽しみなんだからな!」

 

「眠れなくなりますよー」

 

「そんなにカフェイン効かない体質だから問題ない」

 

(……緊張感のない子たちね……)

 

「ガウ」

 

翼は少し呆れながらも、苦笑する。 そして、リューツが律の肩から離れ、4人はフィーネと正面から対面する。

 

「さて……アンタの野望、止めさせてもらうよ!」

 

「やれるものならやってみろ!」

 

先手必勝とばかりクリスがボウガンの矢を放ち、それを皮切りに律たちは一斉にフィーネに向かって飛びかかって行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

場所は変わりリディアンの地下シェルター……《カ・ディンギル》の隆起により崩落しかけたシェルターの一つ、瓦礫で塞がれた入り口を緒川が力強くで押し開けると、

 

「小日向さん!」

 

「よかった! 皆、よかったぁ!」

 

そこには先に避難していた安藤 創世、寺島 詩織、板場 弓美の3人がいた。

 

詩織が未来に気付き、嬉しそうに駆け寄る。 そこで、未来と同行していた二課の面々に視線を向ける。

 

「この区画の電力は生きているようです!」

 

「他を調べてきます!」

 

シェルターに入るなり携帯用のモニターを電源に接続し、電力の有無を確認する藤尭。 緒川は一言告げてから他の区画を確認するため、1人シェルターを後にした。

 

友人である未来が見知らぬ大人たちと同行している事を疑問に思った創世は、未来に質問を求める。

 

「ヒナ。 この人たちは?」

 

「うん、あのね……」

 

「——我々は、特異災害対策機動部。 一連の事態の収束に当たっている」

 

未来が説明する前に、自分たちのことは自分と言うように先に弦十郎が身元の紹介をした。

 

「それって、政府の……!」

 

「……モニターの再接続完了。 こちらから操作出来そうです」

 

思うところがある弓美が呟く。 それと同時に藤尭が二課本部と回線を繋いだ。 一斉に視線を向けられながらも藤尭が外の映像をモニターに映すと……

 

「……あっ! 響!! 律さん!!」

 

「「「え?」」」

 

「それに…あの時のクリスも……」

 

映し出されたのは交戦中のシンフォギアを纏った律たちだった。

 

「あ……さっきの……」

 

「私たちを助けてくれた黒い人……」

 

その次にフィーネが映し出されると、藤尭と友里が困惑の表情を見せる。 未だにフィーネと櫻井 了子が同一人物だと信じられないようだ。

 

「これが——」

 

「了子さん…?」

 

「どうなっているの?! こんなのまるでアニメじゃない…!」

 

いきなり友人が戦っている姿を見せられる弓美はいつもの口癖も本気で口にする。

 

「ヒナはビッキーのこと知ってたの……? それにサキさんの事も」

 

「…………」

 

未来は創世から視線を逸らし俯いてしまう。 それを肯定と受け取った創世は静かに頷く。

 

「前にヒナとビッキーがケンカしたのって……そっか、これに関係することなのね……」

 

「ごめん……」

 

(それに、風鳴 翼さんも……そしてサキさんと一緒にいた天羽 奏さん……そう、繋がってたんだ)

 

真実を知った彼女たち。 隠していたことを怒ると思いきや、未来の立場だったら……そう思うと、誰も追求することはなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ハァッ!!」

 

急降下から振り下ろされた剣、フィーネは身を捻って避けるが……即座に斬り返した律の剣は、鎧を掠めるだけで済む。

 

「チッ!」

 

「デヤアァァァッ!!」

 

【MEGA DETH PARTY】

 

悪態つく暇もなく離脱し、クリスは雄叫びながら左右の腰部アーマーを展開し、内蔵の多連装射出器から追尾式の小型ミサイルを一斉に発射する。

 

ミサイルは真っ直ぐフィーネに向かって飛来、フィーネは鞭を一振りして全て撃ち落とし、爆発により黒煙が立ち込む。

 

すると、クリスは律たちに無言で視線を向ける。 その視線に気付いた3人は……キッと黒煙、その先を睨みつけ走り出し、黒煙を突き抜けて一気にフィーネに接近する。

 

「はぁ! たぁああ!!」

 

先に仕掛けた響は蹴撃を連続で仕掛ける。 フィーネは襲う蹴りを払い、避けて防ぎ……響はその場で飛び上がると、

 

「はぁあああ!!」

 

間髪入れずに翼が斬り込んで行く。 フィーネは鞭を真っ直ぐに固定し、振り下ろされる刀を受け止め鍔迫り合いとなる。

 

すると、フィーネは硬化した鞭を元に戻して刀に絡ませて 、驚く間も無く翼の手から弾き飛ばした。

 

鞭を振るい翼はそれをバク転して回避、そのまま逆立ちになると脚部のブレードを展開し回転を始めた。

 

【逆羅刹】

 

ノコのように襲いかかる剣。 しかし、フィーネは手に持つ鞭を回転させ逆羅刹を防ぐ。

 

防がれたが……動きは止まった。

 

「ッ!」

 

「——ハァアアアッ!!!」

 

フィーネの側面から拳を振り上げながら響が接近、振り下ろされた拳をフィーネは空いた左腕で受け止める。 直後、衝撃で3人の足元から土煙が舞い、3人は揃って後方に飛ばされる。

 

()くといでませ (すめらぎ)の白」

 

「ッ……!」

 

()くおいでませ (みかど)の黒」

 

すると、フィーネの後ろから謳が聞こえてくる。 背後に振り返ると……そこには右手に剣、左手に銃を構えた律が立っていた。

 

八百(やお)の黎明 盟に心あらば ……」

 

「チィッ!!」

 

既に謳は終盤、銃口と刀身に輝く紅い閃光はその輝きを徐々に収束していく。 妨害を試みようとしたフィーネは即座に防御に変更し、二本の鞭を自身の周囲に張り巡らせ円形のバリケードを作る。

 

「裂きて先見えん!!」

 

黄昏の導(トワイトロード)

 

それと同時に謳い切り、銃口から巨大な銃弾型のエネルギーが発射され。 続けて剣を振り下ろし紅い斬撃を放つ。 2つのエネルギーが合体しフィーネに迫って行き、大きな爆発を起こす。

 

「ッッッ〜〜〜〜!!!! ま、まだまだぁ!!」

 

苦悶の表情を見せながら律は自分の頭をガンガン殴る。 なにかを払拭し、消し去りたいように……それでも、律は叫ぶように謳う。

 

千万華(ちよろずか)()して (まし)()まん」

 

爆煙が晴れる間も、フィーネの姿を確認する間も無く律は一気に上空に跳び上がり、その両翼を大きく広げる。

 

光路(みち)万花(ばんか) されど()朽ち果てぬ」

 

すると律の両翼から紅い閃光が迸り、その紅き閃光を放出して空を舞う翼に、徐々に刃のような鋭利な紅い結晶の羽根が生え出す。

 

「たゆたまえ……」

 

羽が生えて身の丈を優に超える大きさとなった翼を動かし、羽ばたかせ、

 

「されば見集(みあつ)む!!」

 

光芒浄穢(ルカ・カタルシス)

 

羽ばたきと同時に無数の紅い羽根が紅い光線を纏いながら地上に降り注ぎ、黒煙を突き抜けてフィーネに襲いかかる。

 

数十秒は攻撃が続き……羽が打ち終わり荒い息をする律が地上に降り立つ。 しかし、煙が晴れ出てきたバリケードは健在、振り解かれると全くの無傷のフィーネが出てきた。

 

「うぐぐぐぐ……」

 

「ふふふ、中々のフォニックゲインね。 独学でここまでのフォニックゲインを生み出すなんて……でも、何故そこまで身悶えているのかしら?」

 

「う、うっさい!」

 

「——こっちだバカ!!」

 

すると、突然クリスがフィーネを呼び、フィーネはクリスに視線を向けると……クリスが律たちがフィーネの気を引いている間に背に大型射出器と、大型ミサイル2発が展開していた。

 

【MEGA DETH FUGA】

 

2発あるミサイルのうち1つはフィーネに向けられているが、もう1つは斜め上に向けられていた。

 

クリスは視線を向けられた瞬間にミサイルを発射した。 大型ミサイルは追尾型、避け続けるフィーネを執拗に追いかける。 しかし、フィーネは焦りも見せずミサイルを宙を舞いながら躱していく。

 

「ロックオンアクティブ!」

 

フィーネがミサイルに気を取られ徐々に《カ・ディンギル》から離れて行く頃に、もう1つのミサイルを《カ・ディンギル》に向ける。

 

「スナイプ!」

 

「チィッ!」

 

フィーネの余裕があった顔が一気に歪んだ。 そして1拍子起き、

 

「——デストロイッ!!」

 

もう一つのミサイルが《カ・ディンギル》に向けて発射された。

 

「させるかぁぁぁぁ!!!」

 

浮いた状態で鞭を大きく振るい《カ・ディンギル》に真っ直ぐ向かっていくミサイルを切り裂き撃墜、爆発した。 爆発により黒煙が頭上を覆う。

 

「くっ! もう1発は!?」

 

辺りを見回し、フィーネは先程まで自分を追いかけていたミサイルの行方を探す。 すると、次第に黒煙が風に流され晴れていき、フィーネは天を見上げる。

 

そこには急上昇していくミサイルと……ミサイルの先端に乗っているクリスの姿があった。

 

「クリスちゃん!?」

 

「何のつもりだ!」

 

クリスの予想外の行動に響と翼は驚愕する。 その時、稼働していた《カ・ディンギル》からさらに大きな稼働音が聞こえてくる。

 

(まさか……!)

 

「ッ……だが、足掻いたところで所詮は玩具(がんぐ)! 《カ・ディンギル》の発射を止めることなど!!」

 

何をするにせよ《カ・ディンギル》は止められない、そう確信しているフィーネは無駄な足掻きとばかりに吐き捨てる。

 

「——Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

すると、空から歌声が降ってきた。 その歌声から聞こえる歌詞に、その場にいた全員が目を見開かせる。

 

「この歌……まさか!」

 

「絶唱……!」

 

「やめろ……クリスーーー!!」

 

律は叫びなどがら地面を砕き、両翼を広げ一気に急上昇。 クリスを止めにいく。

 

(もしも、もう一度、お前と歌えたら…………ハン、らしくねぇな)

 

その声が聞こえたのか、成層圏付近でミサイルから飛び降り、落下しながらクリスは、あり得ないと分かっていながらもそう考えざる得ない自分を鼻で笑いながらも、絶唱を歌い続ける。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

クリスは自分の身を犠牲にし、月の破壊を阻止しようとしていた。 それは贖罪なのか、それとも善意なのか……本人にしか分からなかった。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

すると、クリスのシンフォギアの腰部のアーマーの一部が腰を起点に上にスライドするように展開され、そこから無数の菱形の結晶……エネルギーリフレクターを周囲にばら撒いた。

 

広げた両手を眼前で交差しながら小型の銃を両手に握り、トリガーを引き左右にレーザーを照射。 レーザーは周囲にばら撒いていたエネルギーリフレクターに当たると反射し拡散、それが幾度と繰り返され……次第にクリスの背に増幅されたエネルギーで構成された大きな蝶の翼が形作られていった。

 

「Emustolronzen fine el zizzl」

 

絶唱を歌い切った直後、持っていた小型の銃は変形し長大なレールガンのような形状となり。 腰部のアーマーもさらに左右に展開される。

 

「くっ……!」

 

絶唱が歌われている間も上昇を続けていた律だが、歌いきってしまった時点でもう止められない……そう分かっていてもその歩みを止めることは出来なかった。

 

クリスは両手に構えた2つの砲身を連結させ、エネルギーを銃口に集め。 そして、それと同時に《カ・ディンギル》の発射準備が完了し……地から天に向かう1本の砲撃と、天から地に向かう無数の糸を束ね1本となった砲撃が発射された。

 

「くあっ!!」

 

その中間にいた律は、2つの砲撃の衝突による衝撃にあおられてしまう。

 

「一点集束!? 押し留めているだと!?」

 

想定外の出来事だったのか、フィーネは目の前で起こる事態に声を荒げる。 恐らくは装者が束になっても止められないと想定していたのだろう。

 

それが絶唱により1人の力で押しとどめられている。 だが、その想定も当たっていたのか……砲撃を放ち続けるイチイバルの砲身に、徐々にヒビが走っていく。 そしてそれを撃ち続けるクリスも絶唱によるバックファイアを受け、吐血している。

 

(ずっとアタシは……パパとママのことが大好きだった……! だから、2人の夢を引き継ぐんだ。 パパとママの代わりに……歌で平和を掴んでみせる。アタシの歌は、その為に……!)

 

走馬灯のように自身の夢を再確認する中、腰部のアーマーにもヒビが走り、出力が落ち損傷と比例するように《カ・ディンギル》の砲撃に押されていく。

 

(この夢は、もうアタシ独りだけのものじゃない。 手を繋いで広がった、律の夢でも……)

 

「——クリスーーーッ!!!」

 

既に押し負け、砲撃が目の前に迫る中……薄れゆく視界に、クリスの元に向かって飛びながら必死に手を伸ばす律の姿が映る。

 

銃のグリップも崩壊し、クリスは空いた手で差し伸ばされた手を取ろうと伸ばし、2人の手が触れようとした瞬間……《カ・ディンギル》の砲撃が、クリスを呑み込んだ。

 

「——————!!」

 

目の前で大切な人が消えていく様を、律はただその目に映し絶句により乾いた声だけが音が響きにくい成層圏で広がる。

 

そして、2つの砲撃のぶつかり合いを地上から見守っていた響と翼、そしてフィーネ。クリスの抵抗により威力が削がれたとはいえ、砲撃は確かに赤に怪しく輝く月に到達した。

 

すると、月の端から《カ・ディンギル》の一撃と同じ緑色の亀裂が走り、その部分が月本体から剥がれ落ちようとしていた。

 

「し損ねた……!? 僅かに逸らされたのか!!」

 

自身の計画を、たかだか数年しか生きていない小娘1人に防がれてしまった事実に、フィーネは怒りと屈辱と共に唇を強く噛みしめる。

 

そして、はるか上空で対空している律。 ただ呆然と、クリスに伸ばした右手を見つめている。 大怪我を負っているとはいえ、クリスが地上に落下しているのにも気付かないで……

 

(俺は……俺は……また……)

 

ただ救えなかった、また救えなかったと……クリスが消える光景ぎ脳裏から離れず、自分で自分を責め続ける。

 

「うう……ううっ!!」

 

その負の想いが胸を、頭を、律自身を苦しめていく。 そしてその心の想いが、シンフォギアにも反応してしまう。

 

「うあぁぁあああーーーーッ!!!」

 

すると、その叫びが律のシンフォギアにも呼応し、さらに紅く閃光を放ち始めた。 全身のアーマーの表面に紅い線が走り、紅い粒子が放出され出す。

 

そして、黒いシンフォギアが変化し始めた。胸部、腕部、脚部……その全てが紅い線を継ぎ目として割れ、露出した部位から紅い結晶体が現れた、さらに大きな紅い光が放たれる。

 

背部にある2つの翼は折りたたまれ縦に縮小し、バックパックのように背に装着、後部から紅い粒子がジェットのように放出される。

 

頭部のヘッドギア、ヘルメットのように顔まですっぽり覆っていたヘッドギアが変形。 今まで左右の頰と顎まで覆っていたギアの一部が頭部に移動、さらにバイザーが収容され律の素顔が空気に晒される。 頭部に屹立していたくの字の角が左右に割れ……Vの字の左右が中折れし垂直に曲がっている2本の角となった。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!!」

 

変化が終わると……今日最初の戦闘で溜め込んできたノイズが無数の四角い黒い破片として律の周囲に飛び交い。 その口から獣のような、それでいて人間がもつ悲痛の叫びがどこまでも、この空に轟いた。

 



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19話 運命の同契(リアクト)

クリスの絶唱による奮闘により、月の破壊は一部だけの崩壊となった。 しかし、その代償は大きかった。 数字だけで見ればたった1つだが、その1は何物にも変えることは出来ない1つ……それが、律の目の前で失われてしまった。

 

変形し、変異してしまったシンフォギアを身に纏い、定まらぬ思考が律の頭を巡らせる。

 

「———————」

 

探す。 クリスを消した人物は誰なのか、本能でしか動くことのできない思考を巡らせる。 そして地表を見下ろす……そこには点にすら見える《カ・ディンギル》があった。

 

アレを作ったのは誰だ、撃ったのは……? その答えがフィーネにたどり着くと、

 

「◼️◼️◼️◼️◼️!!!!」

 

咆哮と共に音を置き去りにして超速で急降下。 地表に向け、数秒もしないうちに律の視界にフィーネが入る。

 

「ッ!!」

 

「◼️◼️◼️ーーーッ!!」

 

異変に気付いたフィーネが頭上を見上げると……眼前には既に紅い眼光を走らせる律の姿が。 その右手は手刀の形で振りかぶっていた。

 

「なっ!?」

 

「うっ……!」

 

次の瞬間、フィーネを中心に衝撃と土煙が吹き飛んできた。 失意に放心していた響と翼は両腕で顔を覆いながら衝撃に耐え、すぐに土煙が晴れていくと、

 

「ウゥゥゥ!!!」

 

「ぐううっ!」

 

フィーネを押し倒し、その右の手刀で彼女を貫こうとしている律の姿があった。 フィーネは今にも自身を貫こうとする右手首を両手で掴み押し留めている。

 

「退け!!」

 

「グアッ! グルアアアア!!!」

 

覆いかぶさる律を蹴り上げて脱し、受け身をとって着地した律は血走る目でフィーネを睨みつける。

 

「あ、あれって……」

 

「律……なのか?」

 

シンフォギアが変化しているが、かろうじて分かってしまう。 目の前で紅く血走る眼光をフィーネにだけ向け、化け物じみた唸り声を上げているのが律なのだと。 その姿は今のシンフォギアと相まって鬼のようだと……

 

その様子を、地下シェルターで見ていた未来たちは律の変貌に言葉を失っていた。

 

「律、さん……」

 

「アレ……本当にサキさんなの……?」

 

面影は確かにあるとはいえ、誰もモニターに映る獣のような人物を、あの優しい律だとは思いたくなかった。

 

「ゥゥ……!!」

 

「恐らく、雪音を目の前で失った失意に呑まれているのだろう」

 

「……もしかしたら、私もああなってたかもしれません……」

 

だが、絶望しかけた響は気を確かに持ち直した。 自分よりも遥かに仲が良かった律が打ち拉がれている中で、自分まで落ち込んでいる暇はないのだと。

 

「律さん……!! 目を覚ましてください、律さん!!」

 

「律! 気をしっかり持つんだ!」

 

呼びもどそうと2人は律を呼びかけるが、律の視界と思考はフィーネ、その一点に集中されておりその他の声や情報はまるで受け付けていなかった。

 

「普通、融合症例である立花 響にしか暴走の傾向は見られなかったのだが……芡咲 律の体質故か、それとも特異な聖遺物故か……中々どうして、意欲を掻き立ててくれる」

 

「……何か、知っているんですか?」

 

響は震える声で、フィーネに質問する。 フィーネは律に一瞥し、今は暴走する力を制御している最中だと判断しその質問に答えた。

 

「そいつが使う聖遺物はお前たちと比べ少し特異でな。 表に出している聖遺物を起点に、別の聖遺物が混ぜ込まれている」

 

「なんだと!?」

 

聖遺物の中にさらに別の聖遺物が……その事実に翼は驚愕し。 そんな翼を小馬鹿にするように、フィーネは苦笑する。

 

「可笑しいとは思わなかったのか? 芡咲 律は確かにノイズに触れても炭化しない特異な存在だ。 だが、それだけだ……それだけでバグを起こしたシンフォギアがノイズを吸収し、エネルギーに変換する機構が取り付けられるはずがない!」

 

言われてみて、ようやくハッと気がつく。 確かに律は素でもノイズに触れられる特異な存在。 その影響でシンフォギアにバグが起きているのも事実、だが……それでノイズを吸収し力にするというのはまた別の話であった。

 

「もっとも、その表に出している聖遺物ですら、出所不明の曰く付きだがな」

 

「え……」

 

最後にフィーネは響たちに聞こえない声で呟いた後、

 

「まあ私としては、立花 響の暴走も一目見たかったがな……」

 

「!! まさか……響を使って実験を!?」

 

「ええっ!?」

 

響はフィーネが櫻井 了子だった時に彼女診察を受けていた。 その時にデータや、何らかの処置がされていてもおかしくないと翼は考える。

 

「実験を行っていたのは、芡咲や立花だけではない。 これはこれで、面白い結末が見られそうだ」

 

「お前はそのつもりで立花を——奏を!!」

 

「ゥルアッ!!」

 

フィーネが行っていた実験は律や響だけではなく、奏の時から行われていた……翼が怒りを露わにすると、同時に唸っていた律が顔を上げ、地を蹴り錐揉み回転しながらデタラメな動きでフィーネに飛びかかる。

 

「律さん!!」

 

右掌を広げ爪を立て振り下ろされる。 フィーネは自然体のまま鞭だけを操り交差させ律の手を受け止めるが、勢いまでは止められずフィーネの足元が陥没する。

 

「……ハハッ!」

 

獣のように吠える律を一笑するフィーネ。 律は空いた左手を爪を立てながら振り上げようとし……上から迫る鞭を受け弾かれてしまう。

 

しかし、律はただでは弾かれず、脚部の踵から刃を迫り出すと蹴り上げ、ネフシュタンの鎧から出ている突起物を切り落とした。

 

「……フン、理性が飛ぼうと身体に染み付いた技は忘れないか。 いや、むしろ動きが良くなっている。 どうやら私を生かそうという甘さがあったようだな」

 

切り落とされた部位を撫でながら律を科学者の視点で分析するフィーネ。 突起物はすぐに再生し、律を睨みつける。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!」

 

背中のブースターから無数の紅い結晶が放出、周囲を飛び交い……増殖し刀身だけの剣となると、フィーネを中心にドーム状に取り囲んだ。

 

「こ、この数の(つるぎ)は……!」

 

「…………! 翼さん!!」

 

次の瞬間、刃はフィーネに向かって振り下ろされた。 しかし、多闇雲に放っているようで、翼に向かって振ってきた刃を響が殴って砕いた。

 

「見境なしか!」

 

「しっかり掴まってください!」

 

すぐさま響は翼に肩を貸し、両脚のジャッキでその場から離脱した。 そして、紅い刃の雨の中心部にいるフィーネは両手の鞭を振り回して降り注ぐ刃を撃ち落としていた。

 

「……人ではなく魔を喰らう概念に変質したか。 正しく“妖刀”だな」

 

破片となり足元に転がる結晶を一瞥しながらそう呟き、全ての紅い刃の結晶を撃ち落とした。

 

鞭を振り払い最後の結晶を撃ち落とすと、息を荒げ唸り続ける律に視線を向ける。

 

「もはや、人にあらず……今や人の形をした破壊衝動。 いや、本当にバケモノか?」

 

フィーネは次第に人から堕ちていく律を蔑むように嘲笑う。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!」

 

叫んでいるんだろうが、それはノイズを口から出しているような咆哮……誰も聞き取ることは出来ず、背のブースターから紅い閃光を噴射させ一瞬でフィーネとの距離を肉薄する。

 

すると、微笑を浮かべるフィーネは頭上に鞭を幾度となく交差し編み込み始める。

 

【ASGARD】

 

そして出来たのは六角形で構成された半透明な障壁。 律は障壁に向かって飛び込み、手刀を打ち込んだ。 衝突により電撃が走り、律は吠えながらも手刀を捩じ込もうとし……障壁にヒビが走る。

 

障壁が破られそうになっているのにも関わらずフィーネはその場から動こうとはせず、笑みを浮かべながら律を見上げ……手刀が障壁を貫き、そのままフィーネに振り下ろした。

 

「くっ……!」

 

「律さん!!」

 

衝突により岩の破片が衝撃ともに周囲に飛び散る。 衝撃が収まり、土煙が晴れると……そこには両膝をつき海老反りになって空を見上げるフィーネの姿が。

 

しかも、フィーネの左の頬から腹部にかけ、右上がりの直線を描き切り裂かれていた。

 

「ひっ……」

 

思わず息を飲む響。 そんな状態にも関わらず、いくらネフシュタンの回復力があるとはいえ未だに笑みを浮かべるフィーネに翼は恐怖すら覚える。

 

その直後、攻撃の勢いで瓦礫に埋もれていた律が瓦礫を粉砕して出てきた。

 

「もうよせ、律! これ以上は、お前の身体が持たないぞ!!」

 

律の身を案じた翼は呼びかけようと声を上げる。 その声に反応したのか、律はゆっくりと振り返り翼を視界にいれると……地を蹴り、翼に向かって襲いかかった。

 

「翼さん!」

 

「ッ!」

 

止める事はおろか、ただ標的が変わっただけ……翼は斬ろうと刀を振り上げようとしたが、寸での所で迷ってしまった。 律が仲間になったからこそ、斬る事は出来ない……翼は苦悶の表情を見せながら振り抜こうとした腕を肘から突き出し、飛びかかってきた律の腹部を打ち付けた。

 

「ウゥゥゥゥッ!!」

 

「律さん……律さん!!」

 

「律ーー!!」

 

再度、襲いかかる律に、響と翼は一心の想いで呼びかけるが……暴走している律には届かず、両手の手刀を2人に向かって振り下ろした。

 

「ガウウ……」

 

その飼主の様子を、近くで見ていたリューツは悲しそうに鳴いた。

 

その後も律は執拗に響と翼を無慈悲に襲いかかり、彼を傷付ける事の出来ない2人はただ防ぐしかなく……次第に疲弊していく。

 

「くうっ……!」

 

「うぅ……」

 

既にシンフォギアも、装者も大きなダメージを置いボロボロ。 手加減するしかない2人と容赦のない律……止める術を持たない以上、耐えるしかなかった。

 

「あのシンフォギア……フィーネが言った通り異常だ! こちらのシンフォギアまで取り込もうとしている!」

 

「シンフォギアって……“魔”とかそういう分類に入ってるんですか? ノイズと一緒とかなんか嫌です……」

 

半ば折れた刀を捨て、新たな刀を手に取る翼。 折られた刀のもう半分は律の手にあり、握りつぶすと律のシンフォギアに取り込まれてしまう。

 

2人の身に纏うシンフォギアの損傷も、ほとんどが接触による吸収である。

 

「はぁはぁ……くっ!」

 

「律、さん……お願い……元に……!」

 

「——ハハッ、どうだ? 芡咲 律と刃を交えた感想は?」

 

すると、今まで動かなかったフィーネから笑い声が。 2人はフィーネの方を向くと……律に付けられた傷が生々しい音を立てながら塞がっていくフィーネの姿が。

 

「中々甘美であろう?」

 

「くっ!」

 

そこで悟る。 恐らくフィーネはワザとダメージを受けたことを。 フィーネは仲間同士で戦う構図を作るための演技だと……そして、ネフシュタンの鎧の力にしては異常な回復力を。

 

「フフ……」

 

「人の在り方すら捨て去ったか……!」

 

「律さんに言ったこと、思いっきりブーメランじゃないですか……」

 

「私と一つになったネフシュタンの再生能力だ。 面白かろう……?」

 

その時、初弾の発射以降、停止していた《カ・ディンギル》が再び起動し始めた。 塔内では雷撃が起き、電子、重イオン、陽子の動きが加速されエネルギーが収束されていく。

 

「……まさか!?」

 

「そう驚くな。 《カ・ディンギル》が如何に最強最大の兵器だとしても、ただの一撃で終わってしまうのであれば兵器としては欠陥品。 必要がある限り何発でも撃ち放てる……その為に、エネルギー炉心には不滅の刃(デュランダル)を取り付けてある。 それは尽きることのない無限の心臓なのだ……!」

 

「そんな……私が暴走して、起動したばかりに……」

 

故意ではないとはいえ、響が自分の手で《デュランダル》を起動させたために世界が破滅に向かおうとしている事実に……響はようやく、クリスが背負っていた自責の念を理解した。

 

「……だが……」

 

「ん?」

 

「貴様を倒せば、《カ・ディンギル》を動かす者は居なくなる……!」

 

「翼、さん……」

 

煌々と笑みを浮かべていたフィーネ。 そしてまだ諦めてはいない翼は《カ・ディンギル》を、延いてはフィーネの野望を止めるべく刀の剣先を突きつける。

 

だがその前に、立ち上がった律を先になんとかしないといけない。

 

「律……」

 

「ゥゥゥ……◼️◼️◼️◼️◼️……!」

 

「ぐっ……翼さん……逃げ、て……!」

 

大きなダメージを負い立ち上がれない響は、せめて翼だけでもと声を振り絞る。

 

翼は唸り続ける律に向けていた目を、フッと閉じる。 その状態が続く間も《カ・ディンギル》の発射時間は刻一刻と迫っている。

 

そして、ゆっくりと開かれた目は、先程のような鋭いものではなく、どこか柔らかく優しい目で律を見る。

 

「律……私は《カ・ディンギル》を止める。 だから……!」

 

「◼️◼️ッ!」

 

翼の声に反応したの、律は右手の真っ直ぐに指を揃え手刀の構えを取り、その手に紅い閃光で構成された刃が纏われる。 そして地を蹴り、翼に使って飛びかかる。

 

咆哮を上げながら右腕を振りかぶる律。 それに剣先を律に向けていた対し翼は……刀を地面に突き刺し、再び瞑目しその場に佇んだ。

 

「ぁ……?」

 

「翼さん!?」

 

傍観していたフィーネも、倒れ伏していた響もその行動に驚かせる。 再び開眼すると、翼の眼前には右腕を振り上げる律の姿が。

 

そして、律の右手は無防備な翼に向かって振り抜かれ……シンフォギアの破片と赤い血液が宙に舞った。

 

「翼さんーーー!!」

 

「翼ぁ!!」

 

響と、一連の出来事を地下シェルターで見ていた奏は思わず叫んでしまう。 誰もが悲惨な光景に目を伏せる中……翼は両腕を上げ、目の前まで来た律を抱きしめた。

 

「なっ……?!」

 

その突飛な行動に、フィーネはもちろん、地下シェルターで静観していた未来たちは驚愕で目を見開かせる。

 

翼は動きを抑えるように右手をそのまま強く律を抱きしめ、左手でその身を貫いた律の血が滴る右手を取った。

 

「これは……夢を繋げ広げる力のはずだろう? 血に汚れてしまったら、誰も掴んではくれないぞ? 夢も、勇気も、希望も……」

 

耳元て優しく問いかけながら、脚部のパーツから短刀を射出。 右手でキャッチするとすぐに投擲し、月夜の光に映る律の影に突き刺さった。

 

【影縫い】

 

その瞬間、律の身体は硬直したように動かなくなった。 まるで影と自身が地面に縫い付けられたように。

 

「……ぁ……」

 

「律……この死が蔓延る世界に、決して屈しないで。 貴方だって、歌で人を幸せに出来た……歌で笑顔になれた。 そして、戦場で歌えなかったとしても……貴方は、貴方の謳で、私たちを救ってくれた」

 

いつもの口調ではなく、女性らしい言葉使いで呼びかける。 そしてもう一度、優しく抱きしめた後、翼はゆっくりと律から身を離し、地面に刺していた刀を抜き律の横を通り抜いた。

 

「だからね、律……貴方も決して——“生きることから諦めないで”」

 

「あ……」

 

「—————」

 

翼から律に送られた言葉、それは2年前に奏から響に送られた言葉だった。

 

倒れながら翼の様子を見た響は声を漏らす。 先程までは律の身体で隠れていたが……翼の胸から血が溢れ、口からも食道からせり上がった血により吐血していた。

 

「……私は……貴方のおかげで救われた。 だから貴方たちが生きる世界は——私が守る」

 

最後の言葉を言い切ると……翼はキッと、その目は再び防人としての戦人の目となりフィーネを睨みつける。

 

「……待たせたな」

 

「その胸に燻る感情を知ってもなお、その想いに蓋をしどこまでも剣と生きるか」

 

口調は女から防人へと元に戻り、その手に握る刀を強く握りしめる。 そして、律から離れるように一歩、フィーネに向かって歩き出そうとした、その時、

 

「……◼️◼️……◼️ァァ……ア、ア……あ……」

 

「………………」

 

律の口から呻き声が聞こえてきた。 翼は一瞥することなく、そのまま向かおうとすると、

 

「——蒼き……心……」

 

「!?」

 

「風、を……鳴らし、て……!」

 

暴走していた律の口から、確かな言語が出てきた。 思わず翼は振り返ると、そこには黒く染まっていた暴走状態の律はいなかった。

 

「契り結ばん!!」

 

そして、最後の詩を紡ぐと……翼の身体が蒼く光り輝き出した。

 

「なっ!?」

 

「翼さん!」

 

突然の現象に誰もが驚く中、翼の身体は光の粒子となり、律の右腕に纏わりつくと……一振りの片刃の大剣、翼のアームドギアがその手に握られた。

 

「な、何が……」

 

「——おわっ!? なんだこれ!?」

 

変化が止まると……律が人のように顔色を変えて驚愕し、周囲や自分の身体を見回す。

 

「律さん! 元に戻ったんですか!?」

 

「ん? あれ、俺何してたんだっけ? というかこれ剣なに? 何で持ってるんだ?」

 

『それはこちらの台詞だ!!』

 

そこで、律の背後に幽霊のように翼の幻影が現れた。 髪は解かれ、服一つ着ていない状態でだ。 だが胸から下は体の線のみが朧げに見えるだけで完全に透明で、胸から上は半透明になっている。

 

『正気に戻ったことは嬉しい。 だがこれとそれとは話は別、私は一体どうなったんだ!』

 

「耳元で叫ばないでくださいよーー……」

 

原因はどうあれ、元に戻れたことに喜ぶ翼。 それでも自分の身に起きた現象について問いただしかない。

 

「フフフ……フハハハハ!! 面白い、面白いぞ芡咲 律!!」

 

すると、一部始終を見ていたフィーネが額に手を押し当て、天を見上げながら狂ったように笑い出した。

 

「お前の魔喰らいの能力は遂にその領域まで達していたか! 他の聖遺物を取り込み、拒絶することなく同化させ力とする! しかも装者ごとだと!? 面白すぎて——反吐が出そうだ!!」

 

「ッ!」

 

笑みから一転、怒気迫る勢いで変貌する。 その怒りの形相に、律は思わす怯んでしまう。

 

「それこそがバグなのだ! 貴様が天羽々斬を取り込んだからなんだ? 加えて今更、歌えもしないお前が正気に戻った所で私を止められるかぁ!!」

 

「ぐッ……!!」

 

大剣ごと蹴り飛ばされ、地面を大きく引き摺りながら後退する律。 受け身のため背中に意識を向けると……

 

「うわっ!?」

 

ブースターが点火し、妙な勢いでフワリと浮き上がるとつんのめりながら着地した。

 

「翼がない! それにこのシンフォギア、いつもと違うし……」

 

今更ながらに律は変形したシンフォギアを見下ろす。 すぐに慣れそうだが、フィーネ相手にそんな試運転や準備運動をする余裕などないだろう。

 

『くっ! この状態でどう動けばよいのだ!』

 

苦戦を強いられている状況や戦えない憤りで翼はバシバシと律の肩を叩く。 精神体というか幽霊に似た状態なので触れる訳もなく、痛くも何ともないのだが、正直鬱陶しい。

 

思い通りに動けない翼の焦りが出てきたからか、大剣の峰の部位が変形し、そこからブースターが出てきた。

 

『よし!』

 

「へ? ——どわっ!?」

 

するといきなり大剣のブースターが火を噴き、勝手に動き出し、大剣を握る律は引っ張られてしまう。

 

翼はフィーネに向かっていこうとしたが、全く違う方向を右往左往し、最後には瓦礫に突き刺さって停止した。

 

「ちょ! 翼、うわっ!」

 

『動き難い! この身は剣として生きていると言ったが、本当に剣になるとこうもやり辛いとは』

 

「……でしょうね……」

 

引きづられ身体中が土だらけとなった律は土を払いながらそうごちり、瓦礫から大剣を抜く。

 

「やれやれ……止める気はあるのか?」

 

『くっ!』

 

ほくそ笑みながら愚者を見るような目でフィーネは律と翼を見下す。

 

翼は歯を食いしばり、もう一度フィーネに斬りかかろうとすると……律が踏ん張りながら柄を両手で強く握り、突っ走ろうとする翼を止めた。

 

『なにをする!!』

 

「翼、一人で突っ走ろうとはしないでくれ」

 

その一言に、翼はハッとする。 すると徐々に大剣から力が抜けていき、律はダラリと両腕を下げるとフゥ、と脱力しながら息を吐いた。

 

「何はどうあれ一緒に戦う以上、呼吸を合わせないと。 フィーネを倒すために……明日を作るためにも」

 

『律……』

 

「鳥は両翼揃ってこそ、空を飛べるんだ。 奏と比べて役不足かもしれないけど……」

 

律は大剣を両手で構え、フィーネに剣先を向けながら叫んだ。

 

「この片翼を、翼に預ける。 だから翼も俺を信じて預けてくれ!」

 

『!!』

 

大剣に向かって、翼に向かって律はそう投げかけた。 少しの間、考え込んだの後……翼は力強く頷いた。

 

『……いいだろう。 この身、この剣は其方と共にあり。 この絶刀、存分に振るうがいい!』

 

「この剣を持って、全ての道を切り開く。 覚悟しろ、フィーネ!!」

 

「舐めるなぁああ!!」

 

堂々とした発言に頭にきたのか、フィーネは狂気に満ちた顔で腕を交差するようにして2本の鞭を律に向かって投擲する。

 

かなりの速度だが……律はヒラリと跳び、余裕を見せるように危なげなく軽く躱した。

 

「凄い……身体が自由に動かせるようだ」

 

『この姿も中々悪くないな。 今の所は助言する以外は何も出来ないが』

 

「それでも十分だし、俺はなんだか安心する。 側に翼がいるだけで心強くて、どこまで一緒に飛べる気がするんだ」

 

『そ、そうか……』

 

褒め慣れていない翼は、律から顔をそらしながら照れ臭そうに赤らめた頰をポリポリとかく。

 

そんな呑気に話している間も先程避けた鞭が再び襲いかかってくる。 律は下段に構え、2回大剣を袈裟薙ぎに振るい、飛来してきた鞭を半ば斬り落とした。

 

「何っ!?」

 

今までの戦闘の中でネフシュタンの鞭が斬れた事は一度たりとも無かった。 それが今、ただシンフォギアが合体しただけの相手にこうも簡単に斬られた事実に、フィーネは激情を覚える。

 

『律、“蒼ノ一閃”だ!』

 

「出るの!?」

 

『出すんだ!』

 

半信半疑になりながらも翼を信じて大きく跳び上がり、上段に構え刃から蒼い輝きを放つ大剣を振り下ろす。

 

【蒼ノ一閃】

 

放たれた蒼い斬撃。 しかし、その大きさは翼のと比べかなり大きく。 速度、威力も段違いで地面を裂きながらフィーネに向かって飛んで行く。

 

「なっ——ぐああっ!!」

 

フィーネは斬撃をかき消すために鞭を振るうが……逆に弾かれ、驚く間も無く蒼ノ一閃が直撃し吹き飛ばされる。

 

「歌を歌っている訳でもないのに……なんだその力は!?」

 

「俺にも分からん!」

 

『だが、無限とも言えるほど溢れ出るこの力……必ずや、この刃を届かせてみせる!』

 

律は大剣を縦横無尽に振るい、フィーネを斬り続ける。 その剣は重く、しかも速い……そう、一振りの剣を振るっているのは律と翼の2人。

 

背後から翼が振るうべき太刀筋を律に見せ、その軌跡に沿って律は大剣を振るっている。

 

「チィッ!!」

 

損傷と再生を繰り返すネフシュタンに大きく悪態を吐くフィーネは、全身を取り囲むように鞭を螺旋を描くように円柱状の壁を作り、大剣からの防御と律から距離をとらせる事を同時に行なった。

 

「ふうっ!」

 

一歩後退してから一転、律は左足を軸に一回転し、そのまま横の回転切りを放とうとし、

 

『そこだ!』

 

振り抜く前の大剣の柄頭がフィーネに向いており、そこから短刀が射出された。

 

「ッ……!」

 

飛来する短刀は展開中の鞭に阻まれるが、一瞬だけ目くらましにはなった。 その一瞬の間に、大剣の峰のブースターが火を噴き、

 

「でりゃあああ!!」

 

「ガッ!!」

 

腕力、回転による遠心力、そしてブースターの加速力の加わった回転斬りが防御を貫いて炸裂。 フィーネは腹部を斬り裂かれながら横へ吹き飛んでいく。

 

「貴様ら……ッ!!」

 

傷はすぐさま回復されるが、負ったダメージは精神的に残る……それがフィーネの怒りをさらに促進させる。

 

フィーネは怒りの形相で律の方を向くと……そこには先程より蒼い輝きを放つ大剣を構えている律の姿が。

 

「はあああああっ!!」

 

『これが、私と律の剣の道だ!!』

 

【十文字・蒼ノ一閃】

 

刹那の間に2度、上段からの振り下ろしと横薙ぎを繰り出し。 その軌跡に十字に蒼い斬撃残り、フィーネに向かって追撃する。

 

「ぐううっ……!」

 

フィーネは鞭を振るい瓦礫から突起している鉄柱に絡ませて自身を引き寄せる。 飛来する蒼い十字の斬撃は数秒までフィーネがいた地点に衝突する。

 

「まだまだ!」

 

『この程度で私たちは止まらないぞ!』

 

【千ノ落涙】

 

大剣を振るうごとにその太刀筋から無数のエネルギー状の剣を生み出し投擲。 フィーネは次々と迫り来る剣を避け、周囲を駆け回る。

 

「くそ!!」

 

降り注ぐ剣を避けながらフィーネは悪態を吐く。 律と翼によって地べたを這いずり回されている事が、それがたまらなく屈辱のようだ。

 

『律!』

 

「そこだ!!」

 

タイミングを見計らっていた翼が指示を出すと、律は大剣を振り下ろしてからすぐに切り上げ、縦の“蒼ノ一閃”を横に並べて並走させ、間にフィーネを挟み込むようにして飛ばし……フィーネの足を止めさせた。

 

「チィッ!」

 

『行くぞ、フィーネ』

 

「これで……最後だ!」

 

そして2人は最後の一撃を繰り出そうと大剣を頭上に掲げるように上段に構え、自然と脳裏に浮かんで来た謳を紡ぎ出す。

 

「『太秦(うずまさ)は 神とも神と 聞こえくる』」

 

2人が紡ぐ謳が揃い、重なりながらエネルギーが上昇。 大剣から蒼い光が溢れ出し、徐々に大きく膨れ上がっていく。

 

「…………! 貴様らッ!!」

 

そこでフィーネは気付く。 自分が背にしているのが《カ・ディンギル》だと……既に蒼き刀身は塔の半分の高さまで伸びている。

 

一応、律は指揮者でもある。 その気になれば相手を任意の場所へ誘導することなど造作もなかった。

 

『「常世(とこよ)の神を……」』

 

「舐めた真似をーーーっ!!」

 

避けることは絶対に出来ない。 フィーネは嵌められた怒りを露わにしながら鞭を操り、無数の六角形で形成された障壁……“ASGARD”を三重に展開した。

 

そして、律が大剣を天に掲げながらフィーネ、延いては《カ・ディンギル》を見据える。 幻影の翼も大剣をその両手に掴み、片足を一歩前に踏み出し、

 

『「撃ち(きた)ますも!!!」』

 

天羽々斬(アメノハバキリ)

 

2人は揃って大剣を振り下ろした。 《カ・ディンギル》よりは劣るがそれでも天貫くが如き巨大な剣、このまま斬り裂ければ確実に塔を破壊することが出来る。

 

「ああああああああっ!!」

 

だが、当然そうはさせまいとフィーネが飛び出す。 フィーネは大剣が振り下ろされたと同時に飛び上がり、大剣が振り下ろされる前に目の前に展開していた三層のうちの一つ、一層目の障壁と激突させた。

 

「ぐっっ!!」

 

両手で障壁を支えながらフィーネは鞭を地上に伸ばし、大剣と直角に鞭を固定し滑り止めとした。 だが、

 

「『はあああああああああっ!!』」

 

それだけでは2人は止められない。 障壁は斬れないながらも押していくことで鞭が地面を大きく削り、フィーネは徐々に後退……比例して《カ・ディンギル》との距離も肉薄されていく。

 

その途中で、ピシリと……一層目の障壁にヒビが走り、斬り裂き砕くと続けて二層目もその勢いで破壊、そのまま三層目で再び衝突する。

 

『行くぞ、律! 今こそ共に明日を切り開くぞ!』

 

「うおおおおおおおおおっ!!!」

 

互いに対面しながら尋常ならざる力を雄叫びと共にぶつけ合い、苛烈にせめぎ合う。 そして、その拮抗は、

 

「この……ガキどもがああああ!!」

 

律と翼が最後の三層目の障壁を斬り裂く事で決着がついた。

 

「や、やった!」

 

「行けえええっ!! 翼、律!!」

 

固唾を飲んで静観していた響と奏も自然と笑みを浮かべて、その期待に応えるように律と翼はそのまま《カ・ディンギル》を斬り裂ことする。

 

「まだだああああああぁぁぁっ!!!」

 

がしかし、まだ諦めないフィーネは、両手を前に突き出し……振り下ろされる大剣をその身で受け止めた。

 

『何!?』

 

「体で受け止めた!?」

 

「この身はどんな損傷を受けたとしても幾らでも回復できる……だが! 《カ・ディンギル》には替えが効かない——ここで破壊されてなるものか!!」

 

完全な捨て身の防御。 ネフシュタンによる異常な再生能力があるからこそ、躊躇なくできる荒業。

 

その執念、そして気迫……気圧されてしまったのか、僅かだが威力が落ちてしまい、大剣を振り下ろす速度が徐々に落ちていく。

 

『気張れ、律! ここが正念場だ!!』

 

「ぐっ……お、おおーーっ!!」

 

翼の叱咤で気を取り戻す律。 翼は大剣のブースターをさらに噴射させ、負けじと律も全力で振り下ろそうとする。

 

「おおおおおおおッ!!!」

 

「うっ……ううぅ……!!」

 

『くうっ……!』

 

しかし、それ以降大剣が進むことが出来ない。このままでは律たちの消耗で技が維持できなくなり、《カ・ディンギル》を破壊する手立てとチャンスが無くなってしまう。

 

(どうすれば……!)

 

『……………………』

 

攻撃の手を緩める気は無いが、その気持ちに反して勢いは体力とともに落ちていく。 悩めども打開策は浮かばず、刻一刻と時間は過ぎて行き……柄を強く握りしめる律の両手の上に、翼の手が添えられた。

 

「翼……?」

 

『後は任せてくれ』

 

すると……律の両手から柄の感触が消えた。

 

「翼!?」

 

『律。 私の声が律の心に届いてくれて……本当に嬉しかった。 私の声でも……歌でも、人々を救えるのだと自信を持てた。 本当に——ありがとう』

 

翼は律にお礼を言いながら変身を解除して元に戻り、消えゆく蒼き大剣の中を突っ切り……刃を受け止めていたフィーネに抱きつき両足のブースターをフル点火して加速、そのまま《カ・ディンギル》に向かって飛んで行く。

 

「何!?」

 

「フィーネ。 共に黄泉路の先へ行こうぞ!」

 

どうやらこのまま《カ・ディンギル》に突っ込み、フィーネもろとも道連れにするつもりのようだ。

 

抵抗するフィーネは腹に抱きつく翼を何度も拳を振り下ろし叩くが、翼は袋叩きになろうとも決して離そうとはしなかった。

 

「翼ーーーーーッ!!」

 

「おおおおおぉぉぉぉ!!」

 

「この……! 風鳴……翼ぁああああ!!!」

 

律の叫びと、フィーネの怒号が同時に響き……2人は稼働する《カ・ディンギル》の内部へと突入。 すると《カ・ディンギル》の至る所から光と雷撃が発生し、次第にそれが爆発へと変わって行き、

 

——ドカアアアアンッッッッ!!!

 

「うっ——うわああああああっ!!」

 

閃光が夜を飲み込み、次いで地を揺るがす程の大爆発を起こした。 至近距離にいた律は耐えることも出来ず爆風に煽られ、迫り来る爆炎の中に飲み込まれていった。

 

 



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20話 響き合える心

律、そして翼の身を投げ打った一刀により月の破壊は免れ《カ・ディンギル》は破壊に至った。

 

チャージ中だったエネルギーの暴発による大爆発により《カ・ディンギル》は黒ずんだ根元部分しかその原型は残っておらず、完全に破壊されもう稼働する事はないだろう。

 

「そ、んな……律、さん……翼、さん……」

 

よろめきながら立ち上がった響はクリスに続き、律と翼が目の前から消えてしまった現実に心が打ちひしがれる。 その時、

 

「——ウアアアアアッ!!」

 

崩落した《カ・ディンギル》の瓦礫の中を砕きながら鎧も生身もボロボロなフィーネが絶叫と共に現れた。

 

「よくも……よくもやってくれてなぁぁっ!!」

 

「う、嘘……」

 

フィーネは道連れに仕掛けた翼に、さらに《カ・ディンギル》を破壊された2つの怒りで顔が怒りと狂気に浮かんでいた。

 

長い年月、幾度の転生を繰り返して達成しかけた悲願をたかが10代の男女によって打ち砕かれた……それが水の泡となった。 フィーネは悲願を実現しかけていた願望機の残骸を見上げる。

 

「月の破壊は! バラルの呪詛を解くと同時に、重力崩壊を引き起こす……惑星規模の天変地異に人類は恐怖し! 狼狽え! そして聖遺物の力を振う私の元に帰順する筈であった!」

 

《ネフシュタンの鎧》の再生能力によりみるみる回復していくフィーネは、最後に残った響を睨みつける。 やり場のない怒りを響にだけぶつけてくる。

 

「痛みだけが人の心を繋ぐ絆! たった1つの真実なのに!」

 

「………………」

 

スクッと、響は顔を俯かせるながらしっかりと立ち上がり。 フィーネは立ち上がった響に向かって歩み寄っていく。

 

「それを! それをお前は! お前たちは——」

 

「うああああああっ!!」

 

言葉を遮るように響は声を上げ、フィーネに飛びかかりその右拳を顔面に叩き込んだ。 フィーネは避けもせず拳を受けたが、あいも変わらず不敵に笑みを浮かべている。

 

響は止まらず、ビクともせず手も出さずに余裕を見せるフィーネのボディーに何度も拳を打ち付ける。

 

「違う!! 痛なんかが人の絆なんかじゃない!人と人を繋ぐ絆は……人の数だけあるんだ!」

 

「違わぬさ! 人は与えた痛みは忘れても、与えられた痛みは忘れようとはしない! 故に争いは終わらない! 痛みと戦いの歴史は未来永劫刻まれ続ける!」

 

「ッ!」

 

響の脳裏に、2年前の人からの暴虐が浮かび上がる。 自身に向けられたのは痛みは被害者やその遺族からの痛み……そして、それに便乗した無感情な虫の群勢からの痛み。

 

皮肉にもフィーネの叫びと2年前の出来事は一致してしまい、響は拳を振るう勢いを落としてしまう。

 

「フンッ!」

 

「ガフッ!!」

 

その一瞬の隙を見たフィーネはカウンターで腹部に蹴りを入れ、乾いた息を吐いた響は数度バウンドしながら吹き飛ばされてしまう。

 

「……ぐっ……ハァハァ!」

 

瓦礫に衝突してようやく停止し、響は地に倒れ伏す。 しかし諦めない響は両腕に力を振り絞って何とか立ち上がろうとし……その前に、歩いてきたフィーネが響の髪を鷲掴みにして顔を上げさせる。

 

「すぐに殺しはしない……ゆっくりと嬲り殺して、私の悲願を邪魔したことを後悔させてやろう……!」

 

「ぐうっ……!」

 

次の瞬間、リディアンの跡地から大きな衝撃音と土煙が上がった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

同時刻——

 

「…………ぅ…………」

 

朦朧とする意識の中、身体中の痛みを訴えながら律は目を覚ました。

 

(ここは……俺は……一体……)

 

目だけを動かして辺り見回すと、空しか見えなかった。 ただし身体が流水に浸かっている事から、どうやら近場の小川まで飛ばされたようだ。

 

(頭が痛い……身体のあちこちも……)

 

シンフォギアも解除されており、とりあえず身体を起こそうと力を入れようとした時、

 

「グゥッ……!」

 

全身から激痛が走り、少しも起き上がれなかった。

 

(駄目だ……動け、ない……)

 

加えて水の中……疲弊している状態でさらに体温が奪われていく。 徐々に意識が、次は目が覚める事のない眠りが律を誘ってくる。

 

『—————』

 

(うっ……意識、が……)

 

意識が薄れるに連れ、何やら幻聴まで聞こえてきた。

 

『起きて、◼️◼️ちゃん』

 

(俺を、呼ぶのは……誰だ……?)

 

脳裏に浮かんで来るのは白い部屋……そこに映るのは1人の少女。

 

『起きて、お兄ちゃん』

 

(……妹がいつの間にツインテになってたんだ……?)

 

顔は見えないが、自分より長い黒髪を左右に結っている髪型……ツインテールの少女が律を“兄”と呼びながら身体を揺すっていた。

 

『お兄ちゃん』

 

『——デエエス!!』

 

「いや誰!?」

 

いきなり出てきた声に思わず飛び起きてしまった。その反動で激痛が起き、それにより朦朧としていた意識がはっきりした。

 

「痛つつ………………変な夢見た気がする」

 

妙に頭の中が“デスデス”煩い気がする律。 何か見覚えのない夢を見ていた気がするが……その内容は頭の中が霧がかかったように何も思い出せなかった。

 

「———ああああああああっ!!」

 

「うおっ!?」

 

すると、脳まで揺さぶるような怒号が地を揺るがしながら響いてきた。 声が聞こえてきた方角には《カ・ディンギル》の残骸……根元の部分だけが目に映る。

 

そして、この声には聞き覚えがあった。

 

「フィーネ……!? そんな……翼が身を呈したのに、まだ生きているなんて……」

 

律を探しているわけでは無さそうだが、このまま見つかってしまえば確実に殺される……ヨロヨロとよろめきながらも腹這いになり、腕の力で身体を引きずってその場から移動しようとする。

 

「ぐっ……くっ……!」

 

川の中を這いずりながゆっくりら岸まで移動し、身を隠そうとする。

 

「ハァ……ハァ……」

 

息絶え絶えになりながらもその歩みを止めようとはしない。 その時、律の耳に微かに複数の声が聞こえてきた。

 

「……歌……?」

 

機械的な雑音が混ざっているものの、確かに聞こえてくるのはリディアンの校歌だった。 老若男女、色んな人が一つの歌を……想いを乗せて戦う者へ送っている。

 

(……みんなの歌……でも、俺には届かない……こんな雑音に塗れた俺には……)

 

身体の中に巡るノイズのせいか、歌が律の心に響いて来ない。

 

すると、歌に呼応するようにリディアンの方角から青、橙色、赤の三色の光の柱が立ち昇った。

 

「あれは……」

 

リューツの柔らかい毛に顔を埋もれながら律は視線だけ空を見上げる。 次第に空高く立ち昇る光が収束していくと……大空の中に、翼を広げて空を舞う3人の少女の姿が。

 

(響……それにクリス……翼…….よかった……)

 

響、そして倒れていったはずのクリスと翼の無事な姿を見てホッとし……その脱力の所為で体勢を崩し律は再び川の中に身を沈めてしまう。

 

(……ヤバイ……ホッとしたら……気が抜けて、力が……)

 

ギリギリ顔までは水に沈んでいないが、このままでは力尽きて溺死してしまう。

 

すると……後ろからバシャバシャと、川の中を歩いて向かってくる音が聞こえてきた。

 

(……くっ……)

 

寄って来る人物が敵か味方か……誰とも分からず、とにかく距離を取ろうとするも、身体に力が入らず全く動けなかった。

 

そして、近付く人物が律の横を抜けて正面に来ると、

 

「ガルルル……」

 

「……リ、リューツ……」

 

そこには黒地の毛に白い模様が入っている大きな虎……巨大化したリューツがそこにいた。

 

「ガル」

 

「グエ……」

 

リューツは律の服の首根っこを咥えると、律がくぐもった声を出しながら器用に上に持ち上げ、自分の背中に乗せた。

 

そしてリューツは踵を返し、リディアンの跡地に向かって歩き出す。

 

「……ありがとうな」

 

「ガウ」

 

どうして危険地帯に向かって行くのか、追求することは出来ずされるがまま。 だが律はお礼を言い、リューツは一吠えして返事をした。

 

そしてリューツは再びリディアン跡地の敷地内に入ると……瓦礫の中をかき分け、地下シェルターへ続く道を開くとそのまま中に入って行く。

 

「……リューツ……?」

 

呼びかけるもリューツは前だけを見て歩き続ける。 しばらくすると、奥から複数人の話し声が聞こえてきた。

 

「ガウ!」

 

「うわあっ!?」

 

「リューツ!」

 

突然背後から現れた大虎に、誰もが悲鳴を上げ距離を取ろうとする。 その中でリューツを知る未来は逆に近寄り、背に乗っていた律を見つけるとその怪我に言葉を失いかける。

 

「酷い怪我……律さん、大丈夫ですか!」

 

「……っ……」

 

「こちらへ!」

 

緒川の手も借りて未来はリューツから律を下ろし、ベットに横たわらせると怪我の手当てを始める。

 

「ひ、響たちは……?」

 

「みんな無事だよ。 今も、私たちのために戦っている」

 

「行かないと……!」

 

無理にでも起きようとする。 未来は慌てて律を抑えようとする。

 

「む、無茶ですよ! そんな怪我で、ビッキーたちの足手まといにもなりかねません!」

 

「なんかアニメみたいにパワーアップしているし、このまま任せても大丈夫じゃないの、かなあ?」

 

弓美の言う通り、画面に映し出される外の映像では響たち3人が姿形が変わったシンフォギアで空を飛び、フィーネが呼び出した無数のノイズと互角以上の戦いを繰り広げている。

 

「それでも……行かないと……!」

 

「律さん……」

 

だが、それでも律は止めようとせず、無理にでも立ち上がろうとする。 そんな律を見て、決心した未来はある事を口にする。

 

「——律さん。 フィーネは記憶を失う前の律さんについて知っていました」

 

「何っ!?」

 

「未来!?」

 

「いきなり何を……」

 

律を後押しするような突飛な発言に、全員が驚愕してしまう。

 

「何でだろうね? 私にも分からないや……でも、言っておかないといけない気がしただけ」

 

「ヒナ……」

 

未来は律の手を取り、懇願するように自分の額へと持っていき握るしめる。

 

「他にも話すべきことはあるのですが……今は言いません。 律さんと響、クリスと翼さんが無事に帰って来たらその時、ゆっくりとお話しします。 だから必ず帰ってきてください」

 

「…………分かった」

 

未来と約束を交わし、律は未来の手を借りて立ち上がる。 そしてふらつきながらも出口に向かおうとすると……その行く手を同じ怪我人である弦十郎が緒川の手を借りて塞がった。

 

「……そこを退いてください」

 

「止めるつもりはないさ。 、今更何を言ってもな……だからせめてもの手助けを……」

 

弦十郎は緒川の手から離れ律の前に立ち、腰を落とす。

 

「コオオオォォ……——喝っ!!!」

 

「うおうっ!?」

 

呼気を高めながら律に向かって掌底を放った。 寸止めで直撃はしていないが、衝撃に似た波動が律の身体を打ち付ける。

 

「くっ……」

 

「司令!!」

 

弦十郎は息を荒げながら膝をつく。 そして律は、自分の身体を怪訝そうに見回す。 先程まで感じていた痛みや疲労がまるで無かったかのように緩和されていた。

 

「こ、これは……」

 

「……点穴をついて、気の流れを全身にまで循環させた。 これで一時的にこれまでの疲れは忘れるだろう。 だが、効果が切れれば通常の倍の疲れが出るから覚悟しておけよ」

 

「(OTONAスゲェ……)その時は同じ病室で、ベットで並んで寝ながら映画でも見ましょう」

 

「ハハッ! それは良いなぁ!」

 

律の提案に、腰を下ろした弦十郎は軽快に笑う。

 

「それじゃあみんな、行って……」

 

「——バクン!」

 

出撃しようと背を向けた瞬間……突然リューツが背後から飛びかかり、律の頭を丸かじりにした。

 

「キャアアアア!! 律さーーん!!!」

 

「な、何してるのリューツ!?」

 

「ペッして! ペッ!!」

 

「ここでギャグアニメ!?」

 

「……………………」

 

未来たちは慌てふためきながら律とリューツを左右に引っ張る。

 

牙を突き立てられている訳ではないので痛くはないが、急に目の前が真っ暗になった律は疲労もあって動けずされるがままだった。

 

そして、リューツから何かを嚥下する音が聞こえて来る。 すると、

 

「…………! これは……」

 

少しずつ、律の身体の中からノイズが吸い出されていく。 どうやらリューツが律の中にあるノイズを残らず吸い出してくれているようだ。

 

「……え?」

 

「律さん?」

 

リューツが律を離し、律はベタベタになった頭になりながら再び自分の身体を見回す。

 

シンフォギアからノイズが吸い出され、今の律の身体にはノイズが無い状態……これで恐らくは、シンフォギア本来の力が発揮できるだろう。

 

「Feliear ◼️◼️◼️ tron」

 

それでも相変わらず肝心な部分だけノイズがかかっているが、それでも完全な聖遺物のみの力が表に顕現できている。

 

ノイズが薄れた聖詠を紡ぎ、その身に再びシンフォギアを纏う。 暴走した鬼のような姿ではなく、以前のような有角で両翼を有した毅然とした姿で。

 

見た目はあまり変わりないが、背の翼から放たれる紅い閃光。 今までは赤黒かったが、今は鮮明な紅い光輝となって放出されていた。

 

「……ありがとう、リューツ」

 

「ガオウ!」

 

お礼を言うと、嬉しそうにリューツは大きく吼える。 そして、律の変身を見ていた未来と避難民、特にその中の女の子がキラキラした目で律の事を見上げていた。

 

「わあぁ……! お兄ちゃん、カッコいい!!」

 

「ま、間近で見るとさらにアニメみたいだと思っちゃうよ……」

 

日常とはかけ離れた変身シーンを目の当たりにし、事情を知る未来を含めたその場にいた一般人たちは呆けた声しか出なかった。

 

「それじゃあ、行ってきます!」

 

「気をつけて行くんだぞ!」

 

律は顔を上げて跳躍し、天井をすり抜け……すぐに地上へと飛び出した。

 

「え!?」

 

「貴様は……!」

 

「ようやく歌える。 旋律を奏で、剣を振るえる!」

 

当然の律の登場に響たちとフィーネが視線を向ける中、まるで呪縛から解放された爽快な気分で律は晴れた顔を上げ、空に埋め尽くされるノイズを見据え……旋律が奏でられる。

 

——汝、その胸に問え 命の泉清きこと

 

目にも留まらぬ速さで飛び上がると同時に腰の長剣を抜刀、通り抜き側に3体のノイズを斬り落とした。

 

「速い!」

 

翼の横を抜け、続けて他のノイズに襲いかかる。

 

——守るべき尊き者 曇りなき瞳に宿す

 

だがノイズの量は予想より多く、1体ずつ相手をしていてはキリがない……律は一旦その場で滞空し、腰を落とし翼に神経を集中させる。

 

——我は森羅(しんら) 全は真へと

 

そして一気に飛び出しノイズの大群へと突っ込み、高速で合間を抜けその中心へと飛んでいく。

 

「還りに……けりー、還りに……けりーー!!」

 

衝撃(ショック)封印(ウェブ)

 

ノイズの中心で停止し、全方位に紅い波動を放った。 すると、波動を受けたノイズ全ての動きが停止した。

 

——只、迷いを滅っし 弛みなき歩幅で 母なる万象委ね さすらば因果の(まま)に 報うのならん

 

動きが止まった瞬間、律は縦横無尽に空を駆け巡り、ノイズに近寄って剣の刀身で触れるだけでそれ以上の事はしなかった。

 

「何やってんだ?」

 

「もしや、本来のシンフォギアの力に振り回されているのか……?」

 

「……待ってください。 何かあります」

 

よく見れば、接触したノイズ全てに僅かな切れ込みと共に紅い結晶が埋め込まれていた。

 

「汝、その胸に問え……」

 

群れを抜け、ゆっくりと剣を鞘に納めて行き、

 

「穢れなき意志の下にぃーー……!」

 

星屑(パーティクル)裂傷(スカー)

 

カチン、と完全に刀身を鞘に納めると……上空にいた全てのノイズから紅い結晶が飛び出し真っ二つに斬り裂かれ、無数の紅い結晶の花吹雪と共に墜落していった。 どうやら埋め込んだ紅い結晶を刃のように薄く肥大化させ、それで斬り裂いたようだ。

 

「あれが……律のシンフォギア本来のポテンシャルか!」

 

「エクスドライブのアタシらと匹敵するってどういう事だよ……」

 

ノイズに侵食されていない、シンフォギア本来の力が今発揮された。 しかしその力は強大……フィーネの言う通り、律の扱う聖遺物は普通ではないのかもしれない。

 

「チィッ……どこまでも邪魔をっ!!」

 

地上にいたフィーネは怒りの形相で上空にいる律たちを睨むと、《ソロモンの杖》の先端を自身の腹部に向けるように構えた。

 

そして……《ソロモンの杖》を切腹するように自身の腹に突き刺した。

 

「グアァッ!!」

 

杖はフィーネの腹部を貫通し穂先が背中から飛び出して、フィーネは痛みに耐えながら痛みに身体を震わせる。 そして、腹部の肌がまるで《ソロモンの杖》に根を張るように伸び、フィーネは口元を吊り上げてニヤリと笑みを浮かべる。

 

その直後に、周辺に残っていた全てのノイズがフィーネに向かって集まり出し、フィーネに近付くと赤紫色の不気味な肉塊のように姿を変形させフィーネを包み込んだ。

 

その不気味な物体かノイズを召喚する際に発生する緑の光が空に向かって再び放たれ、その光は分散してノイズを発生させる前に光を放った何かに吸収されていく。

 

「ノイズに、取り込まれてる……?」

 

「そうじゃねぇ……アイツがノイズを取り込んでいるんだっ!」

 

「何方かと言えば、取り込むというより喰らうという表現が正しいわね」

 

「まさか、俺のシンフォギアの……!?」

 

ノイズを取り込み続け変貌していくフィーネの姿をただ傍観するしかない中、いきなりそのノイズの塊が律たちに向かって飛来してきた。

 

律たちは多少驚きながらも、横に飛ぶことで回避する。 そして、フィーネが入っているノイズの塊は《カ・ディンギル》の跡地へと侵入し、地下へと潜っていく。

 

「来たれ! デュランダル!!」

 

ノイズの塊は破壊された《カ・ディンギル》の地下深くまで伸び、その最深部に設置されていた《カ・ディンギル》の動力源の役割を担っていた完全聖遺物の《デュランダル》をも取り込んだ。

 

取り込まれた《デュランダル》から放たれた瞬間的な光が地上まで漏れ出た直後、地割れが起き底から赤紫色の何かが飛び出した。

 

それは巨大な蛇……いや、鋭い爪と牙を持つ竜であった。

 

「黙示録の赤き竜……」

 

地の底から現れた赤い竜は、その頭部から突起している部位から強力なレーザーを無差別に街へと放射する。 着弾すると大規模な爆発が発生し、着弾地点周辺を吹き飛ばし律たちは余波に煽られてしまう。

 

「……! 街がっ!?」

 

余波の爆風から顔を上げた響が、爆発の規模と吹き飛ばされて黒煙をモクモクと上げる街を見ながら驚愕を声を上げた。

 

逆鱗(さかさうろこ)に触れたのだ……!」

 

「ハッ!?」

 

「ッ!?」

 

後ろからの怒気に満ちた声に翼とクリスが反応し、律たちは後ろを振り返った。

 

振り返った先には、先程の《ネフシュタンの鎧》のような凹凸が多い装いではなく……まるで赤紫色のドレスのような姿へと変わり、その手にデュランダルを握るフィーネがその赤い竜の中心部分にいた。

 

そしてまるで自身が竜とでもなったかように、フィーネはそう言いながら律たちを見下ろす。

 

「相応の覚悟は出来ておろうな……?」

 

薄ら笑いを浮かべるフィーネは、先程のレーザーを律たちに向かって放った。 律たちは即座に回避して避けるが、余波により響と翼は弾かれてしまう。

 

「ぁぁ!」

 

「っ!」

 

「このぉぉっ!!」

 

余波に煽られながらもクリスは瞬時にエクスドライブによって出せている飛行ユニットを展開し、体勢を立て直しながら無数のレーザーを放ち。 律も左手に銃を展開しながら光弾を撃つ。

 

無数のレーザーと光弾がフィーネに迫るが、フィーネの前に金色の鱗のようなものが扉を閉めるように閉じられる。 突然のことに驚愕する中、2人の攻撃は容易く防がれてしまった。

 

蚊ほども効いておらず間髪入れずに赤い竜は翼を広げ、その先端から無数のレーザーが律とクリスに向かって放たれた。

 

「ぐうっ……!」

 

真紅(スカーレット)障壁(リジェクション)

 

律は正面に紅い閃光で構成された円形の障壁を展開して防ぎ。 クリスは回避しようとするが、追尾型のようで執拗に追いかけ、飛行に慣れていないクリスは避け続ける事が出来ず、直撃してしまう。

 

「ぐあぁぁぁ!!」

 

「ハァッ!!」

 

【蒼ノ一閃】

 

反撃のために翼は蒼い斬撃を放ち、赤い龍の頭部らしき部位に命中するが……“蒼ノ一閃”によって付けられた損傷はみるみるうちに塞がって行き、あっという間に元に戻ってしまった。

 

「!?」

 

「タァァァァッ!!」

 

ネフシュタンのような再生能力を有しているようで、翼は目を見開く。

 

その間に竜の懐に潜り込んだ響は、胴体目掛けて既に腕部ユニットのバンカーを引き絞ってある右手の拳を放つ。

 

放たれた一撃は竜の腹部を穿ち背を貫き風穴を開けた。 しかしその穴も即座に塞がり、響は歯を食いしばりながら迎撃によって放たれたレーザーを避ける。

 

「はああっ!!」

 

意識が下に向いている隙に律は上空から急降下し、その勢いのまま剣を首筋に振り下ろし竜の頭部を切り落とそうとする。

 

「ぐううっ!!!」

 

刃は首の半ばで止まってしまい、律は剣の刃の表面に光る閃光を加速させ、チェーンソーのように振動させながら力を込める。

 

『いくら限定解除されたギアであっても、所詮は聖遺物の欠片から作られた玩具……完全聖遺物に対抗できるなどと思うてくれるな』

 

今のフィーネは《ネフシュタンの鎧》と《ソロモンの杖》に加え、《デュランダル》を有している。 いくらシンフォギア本来の力を出せようが限定解除していようがフィーネが負ける要因は無いに等しかった。

 

が、(だが……)と、フィーネは顔を上げ、頭上で竜の頭部を斬り落とそうと奮闘する律に視線を向ける。

 

(……唯一の懸念材料は“芡咲 律”……奴だけを警戒すれば後は有象無象)

 

4人の中で唯一、フィーネを倒せるとしたら他のシンフォギアを装者ごと取り込んで武器とする律のみ。 フィーネは響たちを虫を払う程度の意識だけ向け、律のみを要注意して強大な力を振るう。

 

と、そこでフィーネの言葉を聞いた翼とクリスは何かに気が付いた。

 

『聞いたか?』

 

「チャンネルをオフにしろ」

 

クリスは念話で翼に問い掛けるが、傍受を恐れた翼は口頭での会話をするように促す。

 

幸いに、フィーネは律に付きっ切りで、クリスの念話は聞かれていなかった。

 

「もっぺんやるぞっ!」

 

「しかし、その為に……!」

 

同じ結論に至っていたようで、2人は後ろにいた響に視線を向ける。

 

「…………!」

 

2人に視線を向けられた響は、驚いたように目をパチクリさせた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

同時刻——

 

未来たちが避難していた地下シェルターにも、地上で過激に繰り広げられていた戦闘の余波が届いていた。

 

強い揺れが起きるたびに天井からいくつもの僅かな砂が落ち、恐怖による悲鳴が響き渡る。

 

「律さん、響……」

 

「ビッキーたち、きっと大丈夫だよね?」

 

状況が好転したり悪化したりと転々とする中、創世はもちろん、他の皆も不安がってしまう。 そんな事からか今も毅然とした態度で、律たちを信じ続ける未来に問い掛け、

 

「……うん……!」

 

「グルル……」

 

未来は一瞬の迷いもなく、頷いた。 その答えにリューツも同意するように唸り、未来たちを自身の腹の内に寄せ守っていた。

 

そして弦十郎は、ジッとモニターに映る赤き竜を無言で見続けていた。

 

「黙示録の赤き龍……緋色の女《ベイバロン》……伝承にあるそいつは滅びの聖母の力だぞ、了子くん……!」

 

その姿は滅びの象徴……世界は愚か自身すら滅びかねない力に、弦十郎は今もなおフィーネの事を“了子”と呼ぶのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……ぁぁ……えぇぇっと……やってみますっ!」

 

翼とクリスから伝えられた作戦に、響はその真意は読めないものの、とにかく行動あるのみと意気込んだ。

 

その答えを、心の何処かで予想していた翼とクリスは笑みを浮かべる。

 

「作戦は決まった?」

 

そこへ、降り注ぐレーザーを剣で弾きながら後退してきた律が3人の元に戻ってくる。

 

「律。 どうしてフィーネの聖遺物を取り込もうとしない?」

 

「あれならあの盾っぽいのを削って突破できるだろう」

 

「いやだってなぁ……今のフィーネはノイズも大量に取り込んでいるだろう? 取り込んだりしたら聖遺物の他にノイズが俺にも入ってくるから……スペックダウンは間違いなしなんだよなぁ」

 

3つの完全聖遺物が源とはいえ、その外側はほぼノイズによって構成されている。 律のシンフォギアならノイズを削ってフィーネ本体へと届く事は可能だが……そうした場合、歌は歌えなくなりそれによりフォニックゲインの供給は停止、シンフォギアの出力は落ちてしまうのは明白だ。

 

相談する暇もなく再び迫るレーザー、律たちはそれを避け行動を再開する。

 

「とにかくアタシらの策で行く!」

 

「律、手伝え! 立花が行く道を切り開く!」

 

「ともかく響から意識を外せばいいんだな。 なら……!」

 

今までの交戦からフィーネは律にばかり注意を向けている。 それを逆手に取り、律はクリスとともに降り注ぐレーザーの中を突っ込んでいく。

 

「チッ!」

 

レーザーは律に集中しており、律は防いだり避けたりするので手一杯で近づく事は難しかった。 しかし、クリスにはあまり攻撃の手は来ていないようで、悠々と赤き竜に向かって接近していく。

 

「………………」

 

その一方で、翼は大剣状に変化させたアームドギアを眼前で構え。両手で握り締める柄からエネルギーを送り込み、大剣を通常の2倍以上の大きさに変化させ、振りかぶり、

 

「はああっ!!」

 

【蒼ノ一閃 滅破】

 

通常のより遥かに強力な“蒼ノ一閃”が放たれ、赤き竜の腹部に直撃した。 それにより腹部に切れ込みが入ったが、瞬く間に再生して行き、

 

「……ッ……!?」

 

完全に塞がる前に、その切れ間からクリスが突入し。 フィーネの前に躍り出る。

 

「うぉぉぉらぁぁぁぁっ!!」

 

フィーネが虚を突かれている隙に、クリスは飛行ユニットから8門の砲門を展開し、真紅の光線をを曲線を描いて放射する。

 

光線は竜の内部全体にばら撒くように放射され、内部を破壊しながら爆発と竜内部に爆煙が充満する。

 

「ぬうっ!」

 

鬱陶しそうにデュランダルで自分の周辺の煙を斬りはらい、煙を排出するため金色の鱗を開放し、

 

「!?」

 

「『かくいめ合さん!!』」

 

そこには、再び同契(リアクト)した律と翼の姿が。 既に謳い終わっており、強風纏う大剣が振り下ろされようとしていた。

 

フィーネはとっさに六角形の障壁“ASGARD”を展開して防御し……衝突により赤き竜の腹部から激しい爆発が起こった。

 

今日何度目かも分からない爆煙が立ち込める中、煙の中を飛び出すように1つの物体が赤き竜から飛び出てきた。

 

『そいつが切り札だ!』

 

「ッ!」

 

その物体とはデュランダルだった。 律と翼は先程の一撃で盾を壊し、フィーネの手からデュランダルを響に向かって弾き飛ばしたのだ。

 

『勝機を零すな! 掴み取れ!!』

 

「ちょっせい!」

 

翼は響に向かって一括を入れ、爆発に巻き込まながらもクリスは重力に従って落ちようとするデュランダルを正確な射撃で何度も撃ち上げ、響に元に届けようとする。

 

「行け、響!!」

 

「ッ!!」

 

律の一言で響は飛び出し、自分の元へ向かってくるデュランダルに手を伸ばす。 そして、一同が固唾を飲む中……デュランダルを掴んだ。

 

「デュランダルをッ……!?」

 

律ばかりに警戒していたのを逆手に取られた、デュランダルを奪取されてしまったフィーネ。

 

デュランダルを手にした直後、響とデュランダルを中心に力の波動が音もなく広がっていき。 響の瞳に赤い点が無数に点滅し……一気に赤く染まった。

 

「ぅっ……ぅっ……ゥゥゥ!」

 

すると胸の中心から溢れるように黒い何か……破壊衝動がデュランダルに呼応して表に出てきた。

 

響は何とか堪えようとし、その口から獣のような呻き声を上げデュランダルを握りしめる。

 

「このままではまた……!!」

 

このままでは律の時と二の舞い……響に地揺れが起こされている地下シェルターで様子を見ていた藤尭は不安そうな声を漏らす。

 

その響を見た未来は、意を決して立ち上がるとシェルター内の外に向かって走り出した。

 

「未来さん、どちらへ!?」

 

「地上に出ます!」

 

「無茶よ! 危ないわ!」

 

緒川の問いに迷いのない目で即答し、危険と知りながらも続けて未来は口を開く。

 

「私は肝心なところで響と律さんの側に居てあげられませんでした。 あの時、一緒に居てあげたら苦しみも分かち合えたのかもしれないって! 私はもう2人の側から離れたくない……だから響が闇に飲まれないように、律さんの支えになれるよに応援したいんです!」

 

その言葉に迷いはなく、緒川と友里は未来の言葉とその強い意志が宿った瞳に何も言えなかった。

 

「私は助けられるだけじゃなく、2人の力になるって誓ったんです!」

 

覆ることのない強い言葉に、未来の想いを聞き入れたのか弦十郎が重い腰を上げた。

 

「——子どもの我儘……いや、夢を叶えるのもまた大人の役目。 未来くんのその想いに、我々も応えよう!!」

 

——ドカアアアンッ!!

 

「うえいっ!?」

 

響が黒い破壊衝動に耐えながらデュランダルを制しようと奮闘する中……突然、地上にあった地下シェルターへ続く入り口から大きな音が発生し、予期せぬ事に律は肩をすくめて驚いてしまう。

 

すると、瓦礫を吹き飛ばして起きた土煙の中から地下シェルターに避難していた人々……未来たちが出てきた。

 

「みんな!?」

 

『どうしてここに!』

 

避難していたにも関わらず何故地上に出てきたのか分からない……そんな中で、出てきた全員が空を見上げ、

 

「正念場だッ! 踏ん張り所だろうが!!」

 

「ッ……ッ……!!」

 

暴走しかけている響に向かって、鼓舞を送った。 その声が届いたのか、響は地上に視線を向ける。

 

「響! お前は1人じゃない!」

 

弦十郎を支えながら奏がめい一杯の声を上げる。

 

「強く自分を意識してください!」

 

「昨日までの自分を!」

 

「これからなりたい自分を!」

 

(み、みんな……!)

 

続くように声援を送る緒川と藤尭と友里。 その声援に、響は何とか意識を保つ。

 

すると、剣から元に戻った翼が右側から、クリスが響の元に近寄り。 響の心を支えるようにその漆黒に染まる身体に手を添える。

 

「屈するな立花。 お前が構えた胸の覚悟、私に見せてくれ……!」

 

「お前を信じ、お前に全部賭けてんだ! お前が自分を信じなくてどうすんだよ!!」

 

「グゥゥゥゥゥゥ……!」

 

2人に支えられながら送られてくる激励に、響の意志を保つことができ破壊衝動が明々とし始める。

 

「あなたのお節介を!」

 

「あんたの人助けを!」

 

「今日は、私達が!」

 

一緒に同行していた詩織、弓美、創世の3人が一心の思いで全力で声を上げる。

 

「姦しい! 黙らせてやる!!」

 

だが、その声はフィーネにとっては鬱陶しく。 赤い竜の背から無数の触手を出し、抗う響に向かって伸ばし、

 

「おいおい野暮な真似はよせよ! 今大事な所なんだ!!」

 

間に割って入った律が全ての触手を切り落とした。 律はフィーネを見据えながら、声だけを響に向ける。

 

「俺たちは明日を……いつものような明日、普通な明日、変わらない明日、なんて事のない明日のために戦っている。 そうだろう——響!!」

 

「ゥゥゥゥゥ!」

 

律の声は確かに響に届いていた。 響は苦悶の声を漏らしながら必死に耐え続け、

 

「ゥァァァァァァ——」

 

「響ぃぃぃぃぃぃーーーーーー!!!」

 

意識が破壊衝動に呑まれかけたその時……地上から響に届くように精一杯の力で声を張り上げて叫ぶ未来の声が響き渡った。

 

「ハッ!」

 

破壊衝動に飲み込まれかけた響の意識が戻った。

 

(そうだ……今の私は、私だけの力じゃない……!)

 

目の前が真っ暗になった視界に、一筋の光が差し込んでくる。 その光は響に届けられた声……次々と暗闇に光が差し、闇を払うように響を照らす。

 

「ビッキーー!!」

 

「響ーー!!」

 

「立花さん!!」

 

「……ッ……!」

 

その光は心を照らし、響の身体を黒く飲み込んでいた破壊衝動を払うかのように打ち消して行く。

 

(この衝動に……塗り潰されてたまるかぁぁぁぁぁぁっ!!!)

 

すると、響を飲み込もうとしていた漆黒の破壊衝動がまるで吸い込まれるように、《ガングニール》の破片が埋め込まれている響の胸の傷の中に消えて行き、再びその翼を広げた。

 

その手に握るのは……響が輝く《デュランダル》をその意志と魂で完全に制御した証であり、その光は全ての人々の歌と絆を束ねた輝きだった。

 

闇が晴れ確固たる意志が宿った眼を見て、側にいた翼とクリスは笑みを浮かべる。 そして3人は手に持つ《デュランダル》を確かな意思の元に大きく振り上げる。

 

「それでこそ響だ!!」

 

もう響への心配がなくなり、律は正面……フィーネを見据えながら胸の前で強く両手を合わせた。

 

「東風の神 名はエウロス……」

 

謳を紡ぐと、フィーネの中心に四方から紅い一筋の閃光が伸び、縄となると竜を縛るように巻き付け拘束した。

 

「なにっ!?」

 

「南風の神 名はノトス! 西風の神 名はゼフィロス! 北風の神 名はボレアス!」

 

謳い続けるごとに拘束力が増している。 よく見るとフィーネを中心として東西南北の地面に紅い短剣が刺さっており、それを起点にさらに円形の陣が形成され、フィーネはさらに身動きが取れなくなって行く。

 

四風(よつかぜ)の大神! 禍神を縛り、災厄を封ず!」

 

神気封風縛(しんきふうふうばく)

 

その場の即興で作った封じの技。 デュランダルが響に奪われた事で警戒が彼女に向き、そのおかげで自由に仕込むことができのだ。

 

なお、この技について指摘されれば即死亡(精神的に)するので注意されたし。

 

「くっ……!」

 

「俺が何もせずただ突っ立てたと思うなよ!」

 

竜と一緒にフィーネ本体も拘束し、フィーネは力を込めて引き千切ろうとするも中々千切れない。

 

そして、律がその場を退くと……フィーネの視界に響、翼、クリスの3人で光り輝くデュランダルを天に掲げる光景が映る。

 

「その力……何を、何を束ねたッ!?」

 

目の前にあるのはフィーネの知らない……理解を超えた景色。 フィーネは響がその手に掴んだ力について問わずにはいられず、

 

「響き合うみんなの歌声がくれた——シンフォギアでぇぇぇぇぇぇーーー!!」

 

叫びなら返答し、光り輝く《デュランダル》を振り下ろし全力で振り下ろした。

 

【Synchrogazer】

 

《デュランダル》の延長上に放射された光は刃となり、拘束され動けない赤き竜の頭部に振り下ろされた。

 

金色に輝く刃を受けた赤き竜は異変を起こし、フィーネがいる竜内部の空間も色を失うかのように崩れるように変貌して行く。

 

「完全聖遺物同士の対消滅っ……!」

 

自分と直結しているためか赤き竜に起きている現象をいち早く理解するフィーネ。

 

完全聖遺物の衝突による対消滅……それは《デュランダル》と《ネフシュタンの鎧》の消滅を意味し。 そして《ソロモンの杖》の効果も消えるのと同義のことだった。

 

(どうしたネフシュタン!? 再生だっ! この身、砕けてなるものかぁぁぁ!!!)

 

フィーネは体を再生させようとするが、完全聖遺物の消滅によりその効力も喪失……再生は起きずそれよりも崩壊が促進して行く。

 

崩れ落ちて行く竜の身体……その時、竜の中から大玉サイズの宝石が姿を現した。 その宝石の内部から光が漏れ出しており、徐々にその輝きを増し始めていた。

 

「あれは……!?」

 

「恐らく、あの竜の核だ!」

 

「……この身は時期に朽ち果てよう……だが、私は死してなお息長らえられる……死ねばもろともだあ!!」

 

どうやら先刻の翼が行った道連れの意趣返しのように核を暴走させて自爆するらしい。

 

「恐らく、アレを破壊せねば、対消滅の余波でここら一帯は更地になってしまう!」

 

「!!」

 

響はバッと視線を下に向ける。 そこには響のために危険な地上に出て来てくれた未来たちの姿が……シンフォギアで守られている響たちはまだしも、生身の人間である彼女たちが爆発に巻き込まれたら命の保証はない。

 

「!」

 

するとクリスは逆に顔を上げ、空を見やりある事に気がつくと……ニッと笑みを浮かべ空いた左手に大型のリボルバー型の拳銃を創り出す。

 

「へっ……良いとこだけ取りやがってよお!!」

 

そして、拳銃を空高く上空に向かって投げた。 拳銃は竜より高く放り投げられ、上空で勢いが止まった時、

 

「律さん!」

 

「決めろ、律!!」

 

「うおおおおっ!!」

 

律が拳銃をその手に掴んだ。 律はリボルバーに手を添え、装填されている弾丸に紅い閃光を纏わせる。

 

拳銃を右手に持ち、一気に急降下しながら眼前に構え核に狙いを定め、

 

「ぶっ壊れろーーーーッ!!!」

 

5発……紅い閃光でコーティングされた実弾がコアの中をゴリゴリと抉りながら突き進んでいき、

 

「はああっ!!!」

 

急降下した勢いのまま右腕を振り下ろし、拳銃の銃身を鈍器のように核に叩きつけると同時に引鉄を引き……最後の1発が核の奥深くにめり込んだ。

 

色を失うかのように全身が灰色に変色していき……灰となって朽ち果て崩れるように倒れ伏した。

 



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21話 流れ星、墜ちて燃えて尽きて、そして——

一進一退の苛烈を極めた戦いは終わりを告げた。 陽は沈み出し空は赤み始め、反対に欠けた月が同時に暗くなる空に登りだす。

 

ノイズも例外の1匹を残せば全ていなくなり、リディアンの跡地に静寂が……いや、街全体に訪れた。 道はひび割れ、ビルは崩れ傾き、後に残された傷痕はとても深かった。

 

表向きはノイズ災害による避難……ノイズの反応が無くなった事からか街の地下シェルターに避難していた人々が次々と地上に出て、無残な姿となった自分たちの街を見て言葉も出なかった。

 

「……………………」

 

事態が少しずつ収束に向かって行く中……《カ・ディンギル》跡地の前に律はいた。

 

律は瓦礫の中から飛び出ていた灰色の取っ手を見つけ、

掴んで引き抜くと……手に持っていたのは《ソロモンの杖》だった。

 

「残っちゃったか……出来れば一緒に消えて欲しかったけど」

 

杖についた砂を払いながら律は嘆息する。 響によって歩かされているフィーネの様子から見るに《ネフシュタンの鎧》は既に崩壊寸前だろう。

 

出来るなら破壊した方が世のためだろうが、残ってしまったのなら仕方なし……今後《ソロモンの杖》は2度と使われぬよう、二課もしくは他の機関が厳重に保管、管理することになるだろう。

 

「——ふっ……!」

 

律は杖に意識を向けて力を込めると、杖を握りしめる右手の内から緑色の光が漏れ出していた。 その状態が数分程続き、次第に律のウィングから放たれる紅い閃光や、シンフォギアが黒ずんで行く。

 

「ふう……あーキツかった」

 

光が収まると律は“ようやく一息つけた”という風に息を吐いて脱力した。

 

「ノイズが無い状態が続くのがこんなにも辛いなんて……困りものだなぁ」

 

杖を手の中で遊ばせながら今度はため息をつく。 フィーネが言っていた律の扱うシンフォギアにあるもう一つの聖遺物……その特性は“人喰らい”から変質した“魔喰らい”。

 

先程までノイズが枯渇した状態で戦っていたため、時間が経つにつれ律はいわゆる“餓鬼状態”になっていた。 もし《ソロモンの杖》からノイズを補給しなければ、いつかはリューツに牙を剥いていたかもしれない……そう思うとゾッとしなかった。

 

加えて人喰らいから魔喰らいに変質して良かったとも。 もし人喰らいだったら殺人鬼の出来上がりである。 もっとも、症状が起きるのはシンフォギアを展開している時のみだが。

 

律は踵を返し、陽が見える場所に移動すると……そこには響たちと、フィーネが座っていた。 赤き竜の崩壊直後、響は一瞬の間際にフィーネを助け出していたのだ。

 

「あ、律さん」

 

「無事で何よりだ、未来。 弦十郎さん、これを」

 

「ああ……」

 

未来に向かって無事を示すように軽く手を振り、弦十郎の元に向かうと持ってきた《ソロモンの杖》を渡した。

 

弦十郎は少しの間杖を見つめた後、杖を緒川に手渡し、受け取った緒川は音もなくその場から消えて行った。

 

(……やっぱりこの人たちヤベェ……)

 

恐らく素では持ち運べないのでケース等を探しに行ったのだろうが、やり方が人並みはずれていた。

 

だがいくら驚いても意味はなく、律は少しため息をついてからフィーネの方を向き、響と会話していた彼女の話に耳を傾ける。

 

「……ノイズを造り出したのは、先史文明期の人間。 統一言語を失った我々は、手を繋ぐよりも相手を殺すことを求めた。 そんな人間が分かり合えるものか……!」

 

「人が……ノイズを……」

 

「………………」

 

恐らく先史文明から生き続けているフィーネはノイズ誕生の経緯に携わっている……本当の事なんだろう。

 

それはノイズに何度も触れ合っている律も感覚的に実感していた。

 

「だから私は、この道しか得られなかったのだ…!」

 

「——分かり合えますよ。 俺とリューツがそうだったように」

 

「ガウ!」

 

人でもノイズでも、必ず分かり合える時が来る……そう信じるように小さくなったリューツが律の腕の中に収まる。 ちなみに、

 

「か、可愛い!」

 

「あ、あのモフモフがさっきの虎……? どうなってるの?」

 

「でも可愛いぃ!!」

 

小さくなったリューツを見た詩織、弓美、創世の3人は既にメロメロだった。

 

「どんなに月日が経っても、どんなに嫌悪したとしても……いつか必ず手を交わす時が来る。 それが、どんなに無謀で険しい道だったとしても……俺は必ず、成し遂げてみせる」

 

自身の素直な思いを口にしながら振り返り、律は響たちを見やる。

 

「みんなと一緒に」

 

「……へっ……」

 

「うん……」

 

「はい!」

 

クリスはそっぽを向いて鼻を鳴らしながら、翼はゆっくりと頷きながら、響は元気よく返事をしながら律の思いに応えた。

 

それを聞き届けたフィーネはフッと目を閉じ、しばらくジッとしていた後、

 

「でやぁぁぁぁ!!」

 

開眼と同時に振り返り際に鞭を響に向かって投擲した。 終始落ち着いていた響は慌てず鞭を避け、腹部に殴りつけようとした拳を寸での所で止めた。

 

2つの完全聖遺物の対消滅……それは消えた《ネフシュタンの鎧》とほぼ完全に融合していたフィーネの肉体にも及んでいる。

 

鎧の消滅はフィーネ自身の消滅を意味している……それを予感していた響はそれ以上拳を進めることは出来なかった。

 

「私の勝ちだッ!!」

 

「!?」

 

「ぁっ!」

 

が、響が避けた鞭が今もなお伸び続けており。 鞭は空に……月に向かっていた。 鞭の先端は数秒で月まで到達し、《カ・ディンギル》の砲撃によって宇宙空間に浮いていた欠けた月の破片に突き刺さった。

 

「でぃやぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ピンと張った鞭を肩に担ぎ血が滲む程の力で握りしめ、残された力を限界まで絞り引っ張る。

 

「ぅらぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

フィーネの足元を中心に巨大な地割れを起こす程、力を失い出している《ネフシュタンの鎧》が壊れる程の力が込めて引っ張った。

 

それにより月の破片は、月本体から離れ地球に向かって移動を始めた。

 

「月の欠片を落とすっ!!」

 

「なっ!?」

 

「えぇ!?」

 

急いで顔を上げ、空に映る月を見上げる。 そこには月本体から離れ、徐々にだが大きさを増していく月の欠片に、誰もが言葉を失う。

 

「私の悲願を邪魔する禍根は、ここで纏めて叩いて砕く! この身はここで果てようと、魂までは絶えやしないのだからなっ!」

 

狂ったように声を張り上げながらボロボロと崩れ落ちていく鎧。 今の行動により崩壊が加速してしまったようだ。

 

「聖遺物の発するアウフヴァッヘン波形がある限り、私は何度だって世界に蘇る! 何処かの場所! 何時かの時代! 今度こそ世界を束ねる為にぃ! ハハハッ! 私は永遠の刹那に存在し続ける巫女、フィーネなのだぁぁぁ! ハハハ!」

 

“フィーネ”とは自身の遺伝子を引き継いだ人間を依代にしアウフヴァッヘンとの呼応によって蘇り、永遠の時間を生き続けることができる存在……彼女にとってこの時、この時代で悲願を達成出来なかったとしても、死に朽ち果てたとしてもまた次があった。

 

人類が文明を築き続ける限り、“フィーネ”も比例して生き続ける事が出来る。

 

狂気の笑みを浮かべるフィーネに、響が鳩尾に拳を軽く当てた。

 

そんな響を見て、狂気的に笑っていたフィーネがは唐突に笑うのを止めた。

 

「……うん、そうですよね。 どこかの場所。いつかの時代。 蘇るたび何度でも、私の代わりにみんなに伝えてください。 世界を一つにするのに、力なんて必要ないってこと。 言葉を超えて、私達は一つになれるって事……私達は未来にきっと手を繋げられるということ……! 私には伝えられないから、了子さんにしかできないから……」

 

「お前……まさか……」

 

フィーネは、次々と語られる響の言葉から何を考えているのかを察し目を見開かせる。

 

「了ぉ子さんに未来を託す為にも、私が現在(いま)を守ってみせますね!」

 

「………ふっ」

 

呆然とした顔で響を見ていたフィーネは、呆れるように軽く小さな溜め息を吐いたが、その直後に表情を和らげて優しく微笑んだ。

 

「ホントにもう……放っておけない子なんだから……」

 

呆れたような顔をするフィーネ。 しかしその目は優しさに満ちている……櫻井 了子の目だった。 彼女はトンと、響の胸に指を当て、

 

「胸の歌を——信じなさい」

 

その一言を伝え、一気に彼女の体が朽ちて行こうとした時、

 

「待てフィーネ! いや、櫻井 了子!」

 

律は急いで駆け寄り、消え行こうとするフィーネの……了子の手を掴む。

 

「俺について知っている事を教えろ! 俺どこで生まれて、どこで育って……俺は何者なんだ!!」

 

「………………」

 

未来から聞いていた話を問いただすため、律はまくし立てるように声を荒げる。 既に身体の崩壊が始まっているため時間が残されておらず、焦りが見えていた。

 

そんな律を見て、了子は静かに目を伏せる。

 

「あなたはとても数奇な運命の元に生きているわ。 このまま戦いに身を置き続ければ、自ずと答えは見えてくる」

 

「そんな抽象的なことを聞いているんじゃ……!」

 

「さらばだ——“月読(つくよみ)”……いや、芡咲 律」

 

最後にフィーネが発した言葉に、目を見開く。 聞いたこともない姓に律は思わず聞き返す。

 

「な、何を知っているんだ……」

 

「いいや、知らないさ。 芡咲 律のことはな」

 

言うとフィーネは律から視線を外し……その身は朽ち果て風に流されて行った。

 

律は了子の手を握っていた右手を開く。 その手の中には僅かな灰が残っており、それも最後には風に流されて行った。

 

「……月読……律……」

 

その名前を静かに口の中で転がす。 何もピンとは来ないが、不思議と違和感もなかった。

 

櫻井 了子の死は、彼女と親しかった者からすれば当然悲しく……短い間、利用されていたとはいえフィーネに育てられたクリスも彼女の死に涙した。

 

「クリス……」

 

「ガゥゥ……(ペロペロ)」

 

「……サンキューな……」

 

励ます言葉も出てこず、せめてリューツを行かせる事しか律には出来なかった。 リューツは励ますように涙を流すクリスの頰を舐め、クリスはギュッとリューツを抱きしめた。

 

その間にも藤尭が月の欠片が落下するまでの軌道計算を行い、しばらくして手を止め……顔を俯かせる。

 

「……軌道計算……出ました。 直撃は避けられません」

 

「あんなものがここに落ちたら……」

 

「私たちはもう……!」

 

その結果に誰もが絶望せずにはいられなかった。 一難去ってまた一難……一般人である彼女たちにとってそろそろ心身ともに限界も近かった。

 

「っていうか地表から月に到達する距離を鞭で数秒で届かせたのかよ!?」

 

「地球から月までどれくらいだっけ?」

 

「だいたい38万kmですね」

 

「えっと……道速時(みはじ)で……」

 

「後にしろ」

 

とても気になる物理法則の疑問だが、弦十郎によって後回しにされた。

 

そして、誰もが諦めるように顔を伏せ下を向く中……4人だけが空を見上げていた。

 

「どうやって行くんだ? あそこまで」

 

「そ、それは〜……飛んで? 今ならほら、律さんのように飛べますし」

 

「だが、先の戦闘でかなり消耗してしまった……今のギアの出力では、片道切符で行ったとしても月の破片を迎撃する力は残されていないだろう……」

 

「全力で月の破片の破壊と、ギリギリ帰りの力は取っておきたい……どうにかして行きを何とかしねぇと」

 

本来の力を発揮している律、そしてエクスドライブ状態の響たちなら月の欠片の破壊も不可能ではないが……今までの戦闘による疲労で難しくなっていた。

 

誰もが打開策を見つけようと頭を悩ませる中……律が前に歩き出し、響たちの前に立った。

 

「……俺が、3人を宇宙に届けるよ」

 

「え……」

 

3人は驚愕した表情で律を見て、視線を向けられた律はそのまま続ける。

 

「俺が響たちを宇宙に打ち上げる。 それなら破壊と帰りはそっちで何とかなるだろ」

 

「だ、だがその為のフォニックスゲインだって尋常ではない量が必要で……!」

 

「!! まさか……!」

 

クリスは律が何をしようとしているのかを予感し、その驚いた表情を見た律は首を横に振る。

 

「死にやしないよ。 それに、死ぬ訳にはいかないからね……」

 

「律さん……」

 

「………………」

 

「ほらほら、タイムリミットは迫っているぞ。 早く決めるんだ」

 

顔を俯かせる響たちに律は指で真上を……月を指しながら急かすように煽り、3人は無言でゆっくりと頷いた。

 

そうと決まれば行動あるのみ。 律のシンフォギアにある背中のウィングを取り外して直結させリフターとし、それに3人は乗った。

 

「響! 律さん!」

 

今から月を破壊に向かおうとする彼らの元に未来が駆け寄り、その後に奏もついてきた。

 

「未来。 ちょ~っと行ってくるから、生きるのを諦めないで……!」

 

「ぇ……?」

 

「奏。 律の事、よろしく頼んだ」

 

「ああ、行ってこいよ。 世界を救いに」

 

響と未来、翼と奏。 お互いに親友とも言える人に出発前に挨拶を交わす。 さよならは決して言わない、必ず帰ってくるのだから。

 

そして、クリスは真下にいる律に視線を向ける。

 

「……さよならとは言わせねぇからな。 まだ、劔さんと紅羽さん……それにお前の妹とも会ってねぇからな」

 

「え? い、いきなり家族紹介は……ちょっと恥ずかしいなぁ……」

 

「今更何言ってんだよ!?」

 

親に女性の友達を紹介する……その意味合いを別の意味に捉えた律は恥ずかしそうに顔を赤らめながら目を背ける。

 

そんなこんなで準備は完了し、銃口を真上に……リフターに向ける。 原理としては《カ・ディンギル》と似たようなもので。 下から打ち上げるように月に向かってレーザーをリフターに照射し、宇宙に上げるという寸法である。

 

「……ふぅ……」

 

拳銃を展開して握りしめながら律は呼吸を整える。 そして月を見据えながら一息吸い込み、

 

「——Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

その口から紡ぎ出したのは強大な力と引き換えに最悪死すらもたらす歌……絶唱を歌い出した。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

リフターとなったウィングの底部から紅い障壁が展開される。 この障壁が壁となり、響たちを宇宙まで押し上げてくれる。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

歌による変化は律自身にも現れる。 全身のアーマーの表面に紅い線が走り、紅い粒子が放出され。

 

全身のアーマーが展開し紅いクリアパーツが姿を見せ、ヘッドギアにあるくの字型の角が左右に割れ……シンフォギアが形態を変化させた。 今は確固たる意志もっており、先程のように暴走はしていない。

 

そして、その変化は銃にも現れ。 銃身が縦に割れ、周囲に散布していた粒子が銃口に集束を始め、急速に紅いエネルギー体が充填され出し、

 

「Emustolronzen fine el zizzl……」

 

静かに歌い終わり……トリガーを引いた。

 

——ドオオオオンッ!!

 

すると、銃口から巨大な紅い砲撃が発射され。 すぐにリフターの底部に直撃すると、リフターはかなりの速度で上空へと押し上げられる。

 

「——ガフッ!」

 

「ああっ!」

 

「律くん!」

 

絶唱によるバックファイア……律は吐血し、膝をつくも銃は構えたまま砲撃は続ける。 そして、響たちを乗せたリフターが大気圏を突破し、宇宙空間に到達し……砲撃は止まった。

 

「勝て、よ……ひび、き……みんな……」

 

最後の力を出し尽くし、律は力なく倒れる。 シンフォギアは解除され、薄れる意識の中、何かを掴むように右腕を伸ばし続け、

 

「……立ち止まるな……歩き続けろ……!」

 

「律さんっ!!!」

 

最後に未来の悲痛な悲鳴を聞き届けながら、律はうつぶせに倒れ意識を落とした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

3週間後——

 

この期間を“やっと”と捉えるか、それとも“もう”と捉えるかは人それぞれ。 だがそれでも先の事件で出来てしまった爪痕は今もなお街の至る所に残っていた。

 

だがそれでもゆっくりと、着実に人々の努力によって日常へと戻って来ており。 元通りになる日もそう遠くないと確信できた。

 

そして今日の天気は曇天の空から降りしきる強い雨……そんな雨の中、傘もささず白い白百合の花を携えている1人の少女——小日向 未来がバス停の前に立っていた。

 

「…………………」

 

今まで響たちの捜索は続いていたが……つい先日、戦死扱いにされ捜索は打ち切られてしまった。

 

そして律に関しては重症故に面会謝絶となっているが、どこの病院に入院しているのか……家族にすら知らされていない。

 

しばらくしてバスが到着。 乗り込み、目的地に向けてバスは発進する。 ずぶ濡れた未来が乗り込むも、同乗していた人々は誰も奇異の目で未来を見ていなかった。

 

未来の俯いた暗い表情と、手に持つ花……彼女のような悲しい出来事に合った人も大勢いるため、誰もが察する事ができた。

 

そして、未来を犯している心労はただ一つ、もう響とは会えない……その言葉が胸の中で渦巻きながら1人、都市郊外にある霊園を訪れた。 霊園の中を歩き、一つの墓の前で立ち止まる。

 

「……また来たよ」

 

未来が墓参りに来た墓石には、誰の名前も彫られていない。その代わりに、墓石の前には写真立てが置かれており、片側が破かれている2人が仲直りした時に撮った響の写真が写っていた。

 

その場でしばらくの間立ち尽くしていた未来は、手から白百合の花束を地面に落とし、ゆっくりと膝から崩れ落ち両手両膝を地面に付ける。

 

「会いたいよ…! もう会えないだなんて……私は嫌だよ……! 響……声が聞きたいよ……律さん……」

 

泣き崩れ、嗚咽が漏れ出し涙が雨と一緒に流れ落ちる。 会いたい、声が聞きたい……そんな小さな願いですらもう叶えられない。 すると、

 

「未来ちゃん」

 

「……あ……紅羽さん……」

 

誰かが未来の側に寄り、彼女を傘の中に入れ雨に打たれるのを防いだ。 顔を上げると、そこには黒い喪服姿の女性……律の母親の紅羽と、妹の静香が心配している目で未来を見つめていた。

 

「また来たのね」

 

「…………はい」

 

「お姉ちゃん、大丈夫? 前よりお顔、悪くなっているよ?」

 

子どもにも分かるほど今の未来の顔は悪く、目に見えて体調が思わしく無かった。

 

「この前も聞いたけど、本当に大丈夫? 前よりやつれているし……気持ちは分かるけど、それであなたが倒れちゃったら元も子もないわ」

 

「……へいき、へっちゃらです……」

 

響の真似をするように気丈に振る舞うが、とても平気そうには見えなかった。

 

紅羽は携えていた花を供え未来と顔を合わせるように腰を落とす。 未来は紅羽の顔を覗き込む。 自分と違い、生気を感じる顔色をしている。 大切な息子が行方知れずにも関わらず。

 

「……紅羽さんは、心配じゃ無いんですか……? 律さんが、いなくなって……」

 

「ええ、心配よ。 でも私が慌てても何も解決はしない……私たちだけでもしっかりしなきゃ、静香も落ち着かないわ。 あの人も同じ、内心は心配はしているけど、あの子が帰って来たときのために変わらず迎えて上げるために、今日もいつも通りに出勤したわ」

 

「???」

 

いつでも帰って来たときのため、しけた顔を見せないために日常通りの生活をしながら待ち続ける……静香には少し難しいようで、意味が分からず首を傾げる。

 

「でも……でも! 私にはもう……」

 

だが、自分の元には決して迎え人は来ない……紅羽たちのように生きる事は出来なかった。

 

「あの子も罪な子ね……こんな子を放って行くなんて」

 

「…………………」

 

「未来ちゃん。 あなたには、何が残されているの?」

 

「……え……」

 

「今のあなたは何もかも失ってしまったのかしら? 何か無いの……あの子達から、あなたに贈られた物が」

 

「………………!」

 

——だから、生きることを諦めないで

 

——立ち止まるな……歩き続けろ

 

脳裏に、2人の言葉が蘇る。 次いで未来はポケットに手を入れ何かを取り出す。 取り出され手の中にあったのは手鏡が……2年前、律と別れる時に貰った手鏡が握られていた。

 

「あ! 前に私がお兄ちゃんにあげたかがみだ!」

 

「……ありました……響から、律さんから贈られた思いが、いっぱい……胸に入り切らない程に、私に……みんなに贈られていました」

 

「ふふっ、あるじゃない。 ちゃんとここに……私にも、ね」

 

自分の胸に手を当てながら微笑む紅羽。 紅羽は未来の目尻に指をかけ涙を拭い、顔に両手を添える。

 

「あの子達の思い、夢、歌は確かに広がって……私たちの中に入っている。 その想いを、決して無かった事にはしないでね?」

 

「……はい」

 

頷き、立ち上がる。 2人が立ち上がった直後、未来の心境を表すかのように雨が止んだ。 空にはまだ雲が陰っているが、それでも一歩、確実に前進した。 そう感じていると、

 

「——嫌ぁぁぁぁ!! 助けてーーー!!」

 

「「ッ!?」」

 

女性の悲鳴がどこからともなく届いて来た。 紅羽はすぐに静香を抱きしめて抱え上げ、未来は急いで辺りを見回す。

 

すると、霊園に隣接している道路で、街灯に車をぶつけ女性が複数のノイズ囲まれていた。 事故によって怪我を負ったのか、それとも恐怖故か女性はその場から動けなかった。

 

と、そこで唐突に手を掴まれて引かれ、立ち上げさせられた。 その手を掴んだのは……未来だった。

 

「こっちよ! 早く!!」

 

「は、はい!」

 

霊園にいた紅羽が誘導して別の出入り口から道路に出た未来たちは息を切らせながら必死に逃げる。 その後を、ノイズが機械的に追いかけてくる。

 

しかし、逃亡も長くは続かない……やはり怪我を負っていたのか女性の足は次第に止まって行き。 加えて体力もそれほど多くなく、子ども1人抱えて走っていた紅羽も限界に近かった。

 

「私、もう……」

 

「ハァハァ……静香……あなただけでも……!」

 

「イヤだよ、ママ!! 」

 

「諦めないで!」

 

体力の限界と、迫り来るノイズの恐怖が同時に来てしまったためか、女性は倒れ失神してしまった。

 

未来は歯をくいしばりながら女性と紅羽に肩を貸し、静香も懸命に母親を支えながら少しでも足を前に進める。

 

(諦めない……絶対にっ!!)

 

息を切らせながらも、身体が限界に来ていたとしてもその足は止めたりはしない。 生きる意味を持てた今、決して未来は諦めたりはしなかった。

 

だが、思いに反して逃亡劇は長く続かなかった。 体力の限界に加え、元々体調不良だった事もあり未来は足を取られ転倒してしまった。

 

「うっ……!」

 

「ママ、お姉ちゃん!」

 

静香は未来と紅羽の身体を譲りながら迫り来るノイズと交互に見やる。 迫り来る恐怖、しかし置いてはいけない大切な母親……次第に涙を浮かべ、泣き出してしまう。

 

「……っ……!」

 

するとノイズに囲まれてしまい、もう逃げ場は無かった。

 

「や、やらせない……!」

 

「み、未来ちゃん……!」

 

「お姉ちゃぁん……」

 

未来は身体を奮い立たせながら立ち上がり、ノイズの前に出ると両手を広げる。 そして、迫り来るノイズ……

 

「……ごめんね……」

 

一言、響と律の想いに応えられなかった謝罪がポツリと溢れ、ゆっくりと瞳を閉じる。 未来は死を覚悟した。 だが、

 

「………………」

 

いつまで経っても何も起きない。 代わりに何が飛来する音と同時に未来の身体はフワリと浮き上がり、誰かに抱き起こされた。次いで風を切る音、そして鈍い打撃音が聞こえてきた。

 

「え……?」

 

何が起きているのか全く分からない……だが思考が動いていることから生きている事だけは理解でき、状況を確認するため未来は恐る恐る目を開けると……まず目に入ったのは黒だった。

 

次に入ってきたのは、黒の間を横切るように紅い粒子が舞い、辺りに漂っていた。

 

「……ぁ……」

 

顔を上げると、そこには紅いバイザーで顔を隠しながら剣を振り抜いている……この世で唯一ノイズに対抗できる装備《シンフォギア》に身を包んだ者“装者”がいた。

 

「大丈夫か、未来?」

 

「あ……あぁ……!」

 

そのシンフォギアを纏っていたのは、アイオニア音楽専門学校2年“芡咲 律”その人だった。 律はシンフォギアを解除すると、後ろにいた紅羽と静香は驚いたような顔をして目を見開かせる。

 

未来は色々と言いたい事があったが……先に嬉しさが溢れ涙を流し、律に抱きつく。

 

「律さん……律さん……!」

 

「ごめんな、未来。 みんなの安全のために機密とか色々と守らないといけなくては……未来には心配かけた」

 

「——私もいるよ!」

 

声が聞こえた方向……道路の坂の上、そこには響と、翼とクリス、そして弦十郎と緒川が立っていた。

 

「響!!」

 

「未来! 立花 響、ただいま帰ってきました!!」

 

律に続き響たちの無事も確認できると、ホッとしたのか未来は脱力し、律は彼女をソッと地面に下ろした。

 

「ガウ!」

 

「リューツ!」

 

ヒョッコリと現れたリューツは未来の胸に飛び込み一鳴き。 雨に打たれ冷えた身体ゆえか、とても暖かく感じられ優しくギュッと抱きしめる。

 

「ただいま、母さん、静香」

 

「ええ、おかえりなさい」

 

「おに゛い゛ぢゃあああぁん!!」

 

すると、静香が律に向かって突撃し、律は両脇を掴んで受け止め。 そのまま抱きしめ、泣き叫ぶ妹の背を撫でた。

 

「うえええええん!!」

 

「おー、よしよし、よく頑張ったなー静香ー」

 

「泣いているのはノイズではなく、貴方のせいじゃないかしら?」

 

「ったく、昔っから妙にズレてるヤツだぜ」

 

「! あ、貴女は……!」

 

クリスに身体を起こされた紅羽は、クリスの顔を見て2度目の驚愕を見せる。 律の両親にとって、クリスは亡き雪音夫妻の忘れ形見……驚かずにはいられなかった。

 

「久し振り、でいいのかな? 紅羽おばさん」

 

「クリスちゃん……なの?」

 

「……ああ……」

 

クリスの無事に、紅羽は涙を流す。 積もる話があるが、今はそれよりも先に、

 

「帰ろう。 俺たちの街に」

 

「はい!」

 

「……ええ!」

 

律たちは海の方角を向き、帰るべき家がある……守り抜いた街、世界を見下ろした。

 

今日、災害的にノイズが現れたように、ノイズの脅威はまだ終わらない。 フィーネの言う戦いは今もなお続いているが……彼らなら、決して乗り越えられない壁ではない。

 

いつかは必ず、手を繋ぎ、歌を歌いながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

《カ・ディンギル跡地》

 

政府によって完全に立ち入りを禁じられているこの場所に……ひとつの影があった。

 

影は風が吹き、砂埃が舞うこの場所を歩き、足を止めた。

 

「刹那の“終焉”は、再び輪廻の中に巡ったか……」

 

視線を落とすと、風に砂が流され、ふたつの貴金属が砂の中から姿を見せた。

 

「役目を終えた“聖物”砕け。 再び、欠片となったか……」

 

膝をつき腰を下げ、両手を地面に伸ばして何かを拾い上げる。 右手には銀のカケラ、左手には金のカケラが握られていた。

 

「光り輝くふたつのカケラ

ひとつは白銀(はくぎん)の“無限”

ひとつは金色(こんじき)の“不滅”

ふたつの力で過去が繋がり

ふたつの力で光り輝く

そして、新しい世界が見えてくる……」

 

立ち上がり、空を見上げる。 そこには月が……本体の月が欠け、月周囲に土星の輪のように破片が浮いている月を見上げる。

 

「次の舞台は出来上がった。 開演は——」

 

姿勢を元に戻し、踵を返すと同時に一陣の風が吹き抜け、

 

「もう、始まっている」

 

そこには……もう誰もいなかった。

 




次話から“しないフォギア”の幕間になります。


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幕間 事件後

 

事件より2日後——

 

「………………ん…………」

 

曇天とした意識の中、律はゆっくりと目を覚ました。 目を開けるとまず見えるのは白い天井、少し目を動かすと点滴が下げられており、自身を取り囲むようにカーテンが仕切られていた。

 

(……なんか見たことあるような光景……)

 

この光景は2年前と、つい最近入院した景色によく似ていた。 それで律はどこかの病院のベットの中にいると判断できた。

 

と、そこで顔の近くにフワフワした感触があった。首を横に曲げると、

 

「……ぶっ……」

 

顔面がフワフワの毛に埋もれた。少し体をずらしてみると……そこには身体を丸めて寝ているリューツの姿があった。

 

「……ッ……!」

 

なるべくリューツを起こさないように少し鈍った身体を起こし、息を整える。 そしてガートル台を杖代わりに掴みベットから出て、カーテンを開ける。

 

至って普通の病室のようで、隣のベットには誰もいなかったが、畳まれた布団を見るからに以前まで誰かが使用していた形跡があった。

 

誰でもいいので話を聞こうと律は病室から出ると、

 

「は?」

 

目の前にはガラス張りの窓があったが、問題はそこに映る景色。 先も見えない暗闇だった。 それだけなら今の時間が夜だと判断するが、どうにも“質感”が違う感じがした。

 

「これって……海の中?」

 

窓に近寄り手を添える。 そこはどこかの海底……海の中だった。

 

「ここって……」

 

「——律さん!」

 

自分が今いる場所について何となく予想していると……通路の先からリディアンの制服姿の響が出てきた。

 

「ひび——ヘブッ!!」

 

律は無事を示すように片手を上げて呼ぼうとすると、響は一目散に駆け出し

 

「良かったよー、目を覚ましてー!」

 

「このバカ! はやく律から離れろ!」

 

「病み上がりなのだ、いきなり抱きついては……」

 

律から離れて響は身を起こすと、

 

「………………(チーン……)」

 

「り、律さーーーん!!」

 

そこには生気を無くして気絶している律がいた。

 

その後、息を吹き返した律は精密検査を受け。 しばらくは絶対安静という事になり再びベットに横たわっていた。

 

律は上半身だけ起き上がるとスマホを操作し、現在までのニュースや新聞の記事に目を通していた。

 

〈政府が非公式に保有していた兵器に関し、野党からは『戦後最大の憲法違反だ』との声が相次ぎ、補正予算の審議が中断する一幕も見られました。 この問題に対しアメリカ政府は、日米の安全保障上、きわめて憂慮すべき事態であると、異例の大統領声明を発表し、すべての秘匿事項を開示するように要求。 外務省はその対応に追われ——〉

 

そこまで見てスマホを持っていた手をベットに落とし、背もたれに寄りかかって天井を見上げる。

 

フィーネが行おうとした地球に向けて月の欠片の落下事件は《ルナアタック》と呼称された。 だが、この名前は世間には伝わってなく、事情を知る一部の者にし伝わっていなかった。

 

そして、あの激戦が嘘みたいに静かである。 律は逆に落ち着かなかった。 すると、そこで病室のドアが開き……弦十郎が入ってきた。

 

「よっ、養生しているか?」

 

「見ての通りです」

 

「ガウ」

 

弦十郎は「差し入れだ」とビニール袋を律に手渡した。 中身を見ると……アンパンと牛乳だった。 ネタにするなら時と場所が違う気もするが、それよりも気になることが。

 

「……ここに購買ってあるんですか?」

 

「潜水は得意だ」

 

「ここをどこだと思っているんですか!?」

 

海底なのは間違いない。 だが行き帰りを息継ぎなしで行くとなると……想像はつかなかった。 というより想像出来なかった。

 

「はぁ……そういえば、響たちは今どういう状態なのですか?」

 

「……表向きはMIA(作戦行動中行方不明)となっているが……近々KAI(戦死)に変わるだろう。 仕方ないとはいえ、申し訳なく思っている」

 

「生きているとはいえ、少々申し訳ないですね。 それで生きている事はある程度分かっている自分については?」

 

「君については完全に面会謝絶となっている。 申し訳ないがな……」

 

「……両親には、なんと?」

 

「情報漏洩を防ぐため、同様の内容を説明している」

 

「……そうですか……」

 

お互いの身の安全のためとはいえ、嘘をつくのは心が痛む。 加えて無事を知らないあちら側の方が心労は計り知れないだろう。

 

(帰ったら謝らないとなぁ……)

 

「ヤッホー律さん! 元気ですか!」

 

「病人に何言ってるのよ」

 

と、そこへ病室に入ってきたのは響、翼、クリスの3人。響の手には見舞いの品であろう、果物の詰め合わせが入った籠を持っていた。

 

クリスは律が寝るベットに腰掛ける。

 

「しっかし、お互いに絶唱したのにも関わらず、えらい差だな」

 

「それについては詳しいことはまだ不明だが……響くんのおかげだろう。 響くんがいたおかげで3人が受けるはずだった絶唱による反動を無効化した……とだけは分かっている」

 

「このバカがねぇ……」

 

クリスは律から視線を外すと、ウキウキ顔でリンゴと果物ナイフを持つ響に視線を向ける。

 

「では律さん、私リンゴ剥きますので食べてください!」

 

「立花、お前はそそっかしい。 ここは刃物の扱いに慣れている私が切ろう」

 

「家事全般が絶望的なヤツがなに抜かしてやがる。 ここはお、幼馴染である私が……」

 

「あー! クリスちゃん、ズルい!!」

 

ギャイギャイと騒ぐ響たちを余所に、律は籠の中にあったバナナを取り食べ始める。

 

「誰が切っても同じでしょうに」

 

「そう単純な物じゃないのさ。 彼女たちにとっては」

 

「そうなんですか? よく分かりません」

 

「はっはっはっ!! 頑張りたまえよ、律くん」

 

「(どうでもいい……)……ふああ〜……」

 

睡魔に襲われ思考が定まらずに大きな欠伸をし、律はベットに潜り込み、姦しい騒音をスルーして眠りについた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ルナアタックから1週間——

 

ある程度動けるようになった律は、響たちと共にこの潜水艦の前部にある管制司令室を訪れていた。

 

「色々と手を尽くして解析しましたが、やはりノイズに侵食されている原因はおろか、聖遺物すら特定出来ていません」

 

「ま、当然の結果だろう」

 

メインモニターに表示されているのは黒いギアペンダントの映像……律が使うシンフォギアについての解析結果が表示されていた。

 

この解析については本人が寝込んでいる間に勝手に行われたそうだが……律も実際に知りたかった内容なのでスルーする事にしていた。 もっとも、結果は思わしくないようだが。

 

「ただ、フィーネ……了子さんが言った内容の断片から、律くんのシンフォギアに組み込まれている第二の聖遺物についてはある程度目星をつけました」

 

「確証はありませんが」と補足を付ける。 フィーネが話した内容……“人喰らいが魔喰らいに変質”、“妖刀”。 キーワードはこの2つだけだが、藤尭は何とか見つけ出したらしい。

 

藤尭はコンソールを操作し、メインモニターにある情報を映し出した。

 

「“人喰らいの妖刀”……このキーワードに当てはまる物が一つだけありました。 《アイヌ神話》に登場する刀……《イペタム》です」

 

「イペ……タム……」

 

「ガーー」

 

ゆっくりと呟きながら、手元にある黒いギアペンダントに視線を落とす。 確かに何度かアームドギアで刀状に変形させた時、どこか禍々しい感じを醸し出していた気もする……

 

「主な能力としては人喰らいと、人の血を求めるために自立して動くと言った所でしょうか」

 

「お、恐っそろしぃ……」

 

「……魔喰らいに変質して良かった……」

 

「ふむ、そういえば先の暴走の時に無数の剣を浮かしていたな……あれがそうか」

 

人喰らいだったら目も当てられない結末を迎えていたと思うと、ゾッとしてしまう。

 

翼は律が暴走時に見せた紅い“千ノ落涙”とも言うべき技を思い出し納得していた。

 

「ただ、その恩恵もタダじゃないそうだ。 そうだな、律くん?」

 

「ええ。 リューツにノイズを取ってもらった後、しばらくして酷い空腹感を覚えました。 “ノイズが欲しい”、“ノイズを喰らいたい”……そんな欲求が出てきたんです。 だがらあの時、慌てて《ソロモンの杖》からノイズを摂取したんです」

 

「恐らく、人の血を求めて自立して動く《イペタム》の所以(ゆえん)でしょう。 味方に被害が及ばないとはいえ……使い所を誤れば、かなり危険な力ですね」

 

「シンフォギアを使っている時のみなので、普段は平気ですよ」

 

「ガウス」

 

それがせめてもの幸いである。 常時、ノイズ枯渇による餓鬼に苛まれるのはとてもじゃないが正気を保てなくなってしまう。

 

ある意味、依存性の高い“薬”と同じくらいタチが悪い。

 

「でも、律さんがいつも使っている聖遺物については……?」

 

「これ以上の解析は、私たちだけでは……」

 

「それに、これまでの情報もただの証言による推測……確証はありません。 了子さんがいれば……」

 

その一言で、この場は静まり返ってしまう。 確かに聖遺物の権威であった櫻井 了子ならば解析は可能だっただろう。 だが、仲間だった彼女はもういない。

 

結局の所、二課によるアプローチでは何も分からなかった……そんな結果となった。 その中で一番堪えている弦十郎は腕を組み少しの間佇んだ後、口を開いた。

 

「分からないのは分からない。 無い物をねだっても仕方ない……この件はこれで一時保留とし、この場で解散とする」

 

「承知しました」

 

「ま、しゃーねーか」

 

報告は以上となり、各々が司令室を後にする中、律は手の中にある黒いギアペンダントをジッと見続けていた。

 

「………….……」

 

「やっぱり気になりますか?」

 

「……気にならないと言ったら嘘になるけど、とりあえず試してみるさ」

 

「試す?」

 

踵を返し律も司令室を後にし、その後に響も付いていて行く。

 

しばらくしてこの潜水艦内でそれなりの広いスペースが使われている部屋……シュミレーションルームに到着し。 律はそこでペンダントを掲げた。

 

「Feliear ◼️◼️◼️ tron」

 

中途半端な聖詠を紡ぎ、その身に黒いシンフォギアを纏う。

 

「よっと……」

 

シンフォギアを纏った状態で準備運動を行い、ギアと身体の調子を確かめる。

 

「身体は大丈夫ですか?」

 

「問題なさそうだな」

 

「ガウ」

 

「さて……ふうっ!!」

 

問題ないことを確認すると、左腕のパーツを変形させ……紅い片刃の刀身と鍔から柄頭まで黒塗りにされた一振りの刀が握られていた。

 

「おおっ……! これが……妖刀《イペタム》のアームドギア……」

 

嬉しそうな表情を見せながら剣先から柄頭までじっくりと見つめ。 具合を確かめるため、試しに素振りを始める。

 

動きやすいようウィングは折りたたみ、左手で握った柄に右手を添え上段に構える。

 

「せいっ!」

 

「わっ!」

 

刀を振り下ろすと、剣圧により風が巻き起こる。 律は続けて自分が知る限りの剣道の型を出し……一通り振った所で刀を下ろした。

 

「ふう……問題はなさそうだけど、実戦で出すにはまだまだダメだな」

 

「そ、そうなんですか? とても凄かったですけど……」

 

「ああ。 そのうち翼に指南してもらわないと……」

 

今までは我流だったが、手本になる方がいるなら教わるに越したことはない。

 

「う、浮いた……!?」

 

「言ってただろう? 《イペタム》は独りでに動き出して人斬りをしていたって。 ……俺の意志でちゃんと動くみたいだな。 っと、鞘は……」

 

刀を納めようと考えだすと……自動で律の右腰に鞘が現れた。 律は少し驚きながらも、刀を鞘に納める。

 

そして何故が鞘には留め金があった。 不思議に思ったが、《イペタム》の性質を考えた律は留め金を入れ刀が鞘から抜けないように固定した。

 

「それにしても、長剣と刀の二刀流ってかなり変ですねぇ」

 

「聖遺物がふたつ何だから、まあそうなるだろう」

 

現実ではもちろん、ゲームや漫画等の創造物の中でも大剣と刀の二刀流などほとんど見たことはない。

 

だが、それも面白いと律は口元を少しだけ吊り上げニヤついてしまう。

 

「さて……とりあえず部屋に戻って刀を使う良さげなゲームでも探すか」

 

「あ! それならいいのを知ってますよ! サイボーグのミスターライトニングボルトが戦う——」

 

和気藹々と、2人は雑談を交えながら部屋を後にし。 その後は、翼とクリスも巻き込んでゲームをしたようだった。

 



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幕間 特訓?

「……ん?」

 

二課の潜水艦内で着替えの途中、ジャケットのジッパーを上げようとした時……ふと奏は眉をひそめる。

 

「んんっ?」

 

ジッパーがこれ以上、上がらない。 少し力を込めても、手には強い抵抗が返ってくるばかり。

 

「あ、あれれぇ〜? おっかしいなぁ〜?」

 

しかし認められない。 認めてはならない……というよりも現実逃避気味にプルプルと手を震わせながら奮闘を続ける奏。

 

「あっれれーー! おっっかしぃーなぁーー!」

 

——ビリッ!

 

「—————」

 

絶句の一声。 無理矢理履こうとしたジャケットは無情にも音を立てて縫い目が割かれてしまった。

 

奏は両膝をつき、次いで両手をついて項垂れてしまった。

 

「な、何でだ……装者を辞めてから確かに運動量は減ったが、ここまでなるほど食ってなんか……!」

 

「——あれだけ食べていれば当然でしょう」

 

背後から声がかけられ、奏は振り返ると、そこには呆れ顔で腕を組んで立っている翼がいた。

 

「つ、翼……」

 

「仕方ないとはいえ、奏の運動量は2年前と比べ減ったわ。 それに対して食べる量は変わらず……太るというものよ」

 

仕方ないとはいえ装者を下りることになった奏は辞めなかったとはいえ日々の特訓の回数を減らしてしまっていた。 にも関わらず食べる量は変わっていなかったので、当然体重は増えてしまった。

 

「少し食べる量を減らしなさい」

 

(……片付けも出来ない汚部屋で家事全般出来ないのに食事に関しては煩い翼の癖に……)

 

「何か言った?」

 

「——いいえなにも」

 

ボソリと呟く奏を、腕を組んで見下ろす翼。 聞こえていたのかは定かではないが、薄っすらとだがこめかみに血管が浮き出ている気もする。

 

「ほら行くわよ」

 

「あーーれーー」

 

そんな翼の心境を表すように、翼は奏の首根っこを掴むとそのまま引き摺ってどこかに連れて行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

肥えてしまった奏と、なし崩し巻き込まれてしまった律たちは模擬戦などを行なっているシミュレーションルームを訪れていた。

 

ここは密閉された新二課本部潜水艦内でも多少はドンパチが出来るよう頑丈に作られている部屋である。

 

「これより奏のダイエットも兼ねて、日頃の運動不足を解消するため特訓を始めるぞ!」

 

「なんだってアタシまで……」

 

「まあまあ、そう言わずに一緒にやろーよ!」

 

「ま、リハビリには丁度いいな」

 

クリスは文句を言いながらも、響はウキウキしながら、律は丁度いいと言いながら準備運動を進めていた。

 

「おー、これは見事に肥えてますねー」

 

「つ、突っつくなよ!」

 

「これじゃあ双翼の比翼というより、肥沃(ひよく)だな」

 

「なっ!? 何故私までそう呼ばれなければいけない!?」

 

「連帯責任だ」

 

兎にも角にも、約一名のみがダイエットと称したトレーニングが始まった。

 

「さあ走れ! 走って脂肪を火刑に処すんだ!!」

 

「言い方!!」

 

翼の言い方に少し気になったが、とにかく律たちは外回りを全速力で走る。

 

走るだけでもなく、他に趣向を凝らして出来る限りの特訓を行った。

 

「蹴れ! ボールは友達なのではない、ボールなのだ!」

 

「確かにその通りなんですけども!!」

 

と言うものの、色々とスポーツ関連をやっていたが、途中から完全にサッカー中心に奏は特訓していた。 もちろんこれもダイエットには効果的なのだが……どうにも趣旨が変わっている気がしている。

 

「うおおおおおぉ!!」

 

裂帛の気合いを叫びながら奏はボールを頭上に蹴り上げ、

 

「——フンッ!!」

 

両手を広げながら意気込むと、落下してきたボールが奏の頭上で渦巻くオレンジのエネルギーに包まれる。

 

「ふうっ!」

 

そのエネルギーの球を飛び上がると同時にオーバーヘッド気味に下に向かって撃ち落とし、

 

「せいっ!!」

 

一瞬で地上に降りて回り込み、足払いをかけるようにボールに強烈な横回転を与え宙に浮かび上がらせ、

 

「でやあああああっ!!」

 

最後に全力で、まさに自身が槍と化すような鋭いキックを放ち、ボールは勢いよく前方に飛んで行く。

 

【Last∞Resort】

 

そのボールが辿った奇跡にはオレンジ色の線が残り……しかし、途中でボールはブレ、軌道がズレると縦横無尽に室内を飛び交った。 どうやらまだ未完成のようだった。

 

「ふむ……まだまだ未完成であるが、まさに御業(みわざ)ね」

 

「御業っていうか人様の技だよね!? 英語表記にして単語の間に無限の記号入れてるけどパクリだよね!?」

 

「というかなんで打てんだよ」

 

「……奏さんもOTONAなんですね……」

 

呆れ半分で関心する。 と、そこで思い出す……あのシュートが未だに止まらず、部屋を飛び交っていることを。

 

「って、誰がアレ止めんだよ!!」

 

『あ……』

 

すると、ボールは一直線に出入り口に向かって飛んでいき……丁度そこへ、扉が開き運悪く弦十郎が入ってきた。

 

「むっ!?」

 

「危ない!!」

 

流石と言うべきか、警告する前にいち早くボールの接近に気付いた弦十郎は即座に拳を握り、構えを取ると、

 

「はああっ!!」

 

【政府の鉄拳】

 

捻りを効かせうねりあげる拳が奏のシュートと激突し……その衝撃に耐えられなかったボールは見事に破裂し四散した。

 

「やれやれ……ビックリしたぞ」

 

「悪りぃ悪りぃ。 まさか旦那が出てくるとは思っても見なくてよぉ」

 

「しかし……見事な必殺技だった」

 

「いやあれただのパンチ!!」

 

「いえ、あれはパンチングです」

 

「どっちも同じだっての!」

 

何にせよ、普通の範疇には収まらない大人たちである。 二課の人々は……

 

「まあ何にせよ、特訓はいいことだ! 大いに励むといい!」

 

「はい、師匠!!」

 

「……そういえば弦十郎さんはどうしてここに?」

 

「なに、ちょっとした散歩さ。 こう狭っ苦しい空間に居続けると息苦しくて仕方ない」

 

(……普通に外と行き来できるくせに……)

 

見舞いの品以外にも、弦十郎は主にDVD借りに行っている度、緒川に叱られている。 総司令が自分で出した命令を守らないって……

 

「よし! サッカーで特訓ならこれだ! 少◯サッカー!! これから見に行くぞ!」

 

「おおっ!!」

 

「結局映画!?」

 

弦十郎と、乗り気な響。 2人は揃って踵を返し走り出そうとすると、

 

「行くぞ! “空太り”の奏!」

 

「“空渡り”だろ!! っていうか、アタシは太ってねえぇ!!」

 

「……もうどうにでもなれ……」

 

なし崩しに、律たちは弦十郎と一緒に映画を視聴し……特に技など何も覚えなかったのだった。

 

なお、今回のダイエットで奏の体型と体重は元に戻ったらしい。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日——

 

「む……」

 

「………ッ………」

 

通路の曲がり角で、翼とクリスが出会い頭になり足を止める。 しばらくの間両者は無言で見つめ合う。 すると、クリスが先に引き攣った顔で片手をあげる。

 

「よ、よお……」

 

「珍しいな、こんな所で。 雪音も鍛錬に参ったのか?」

 

「違げぇよ。 律とバカが練習に行ったっきり戻ってこないから、気になって見に来たんだよ」

 

「ふむ? ではともに参ろうか」

 

せっかくなのでと、2人は揃って並んで律たちがいるであろうシミュレーションルームに向かう。

 

「「……………………」」

 

しかし、その間は完全に無言で沈黙が続き、2人が歩行する音しかこの場の音が無かった。

 

翼とクリスは目的地に到着し、中には入ると、

 

「おーい、お前ら。 いつまで——」

 

「「シンフォギア!! 少年/少女はみーんな〜!! シンフォギア!! 明日の装者ーー! Oh yeah!!」」

 

シンフォギアを纏った律と響がデュエットで歌っていた。 しかし、歌って戦うというよりただ普通に歌っている。

 

「「シンフォギア!! O・TO・NAのようにーー!」」

 

「「………………」」

 

熱唱する律と響に対し、翼とクリスは少し冷えた目で2人を見つめる。

 

「「シンフォギア!! 今こそ!!」」

 

すると、2人はいきなり走り出し、

 

「「羽ーばーたーけーーッ!!」」

 

2人は揃ってジャンプすると同時に拳を振り上げ、歌いきった。

 

「……………………」

 

「……何を、歌っているの?」

 

「あ、翼とクリス」

 

そこで、律たちは翼とクリスの存在に気がつく。

 

「シンフォギアの歌です」

 

「いや何自分で作ったような顔してんだ。 ただの替え歌だろ」

 

律と響が熱唱していたのはとある某“小宇宙を感じた事があるか?”系アニメの主題歌の替え歌。 意外にも替え歌として成立しているのが驚きであった。

 

「それよりも! 私、律さんと合体したいんです!」

 

「んなっ?!」

 

そんな事よりもと、大胆な響の発言にクリスは一瞬で赤面し、大きく狼狽する。

 

「私自身、拳でも槍でも武器になれば……何か見えてくると思うんです!!」

 

「なるほど……」

 

「な、なんだよ……そういう事か……」

 

「逆にクリスは何だと思ったんだ?」

 

「うっせえ!!」

 

気になって質問したが、逆上され一蹴されてしまった。

 

「それにしても合体か……私も数度経験したが、中々不思議な感覚だった。 この身が剣になったと思いきや、剣を通して斬った防いだの感覚はほぼ無く……まさしく律と一体化したような感覚だった」

 

「シンフォギアごと武器になるからなぁ。 あれも《イペタム》の能力なんだろう?」

 

「さあな。 こればっかりはフィーネが言っていたバグなんじゃないか?」

 

「《イペタム》の書籍にそのような記述はないからな……」

 

《イペタム》の能力には無い能力……これがフィーネが言っていたバクによるものだろうか。 考えても答えは出ない。

 

「……考えてもしかたない。 今度は立花の……絶唱に関する訓練を試みよう」

 

「響の絶唱から推測されたアレですか?」

 

「アレいちいち手を繋ぐから気に食わねぇんだが……」

 

「あれぇー? クリスちゃん恥ずかしいのー?」

 

「うるせぇこの馬鹿!」

 

「あうっ!? ひ、酷いよクリスちゃ〜〜ん……」

 

「寄るな馬鹿ーー!!」

 

煽ってきた響の脳天に手刀を入れたクリス。 響は涙目で頭を押さえながらクリスに這い寄り、それからクリスは喚きながら逃げ惑った。

 

「やれやれ……」

 

「貴女たち! いい加減にしなさい!!」

 

やれやれと律は呆れ、翼の一喝で諍いを丸く納め。 それからの4人の特訓は夜遅くまで続くのだった。

 

 




自分で替え歌作っておいてアレですが、素で笑ってしまいました。

元ネタは《聖闘士星矢Ω》より。


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幕間 行動制限中の生活

間違えて一話飛ばして投稿してしまいました。


月の欠片落下から2週間——

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

装者たちが集まって室内で寛いでいると……その中の響がいきなり発狂したように叫び出した。

 

「今日も今日とて、立花の様子がおかしいのは相変わらずだな」

 

「分かっているのなら無視無視。 響の脳のキャパは少な過ぎなのもあるだろうし。 oh NO()

 

「——クシュッ!」

 

のたうち回る響、本を読んでいた翼が手を止め。 律の寒いギャグに反応したのか、眠っていたリューツはクシャミをする。

 

「だって! だって! だってぇ!! 翼さんと律さんは何ともないんですか!? こんなところに閉じ込められてもうずっとお日様を拝んでいないんですよ!!」

 

「そうは言ってもだな……月の損壊、及びそれらにまつわる一連の処理や調整が済むまでは行方不明としていた方が何かと都合がいいというのが指令たちの判断だ」

 

「ギャーギャー言う暇あったら勉強をしろ、 勉強を。 海に沈んでいるからといって疎かにしていい理由はないぞー」

 

律は全員のために用意していた課題のプリントの束を見せると……スンっと、響は大口を開けてわめいていた口を閉じ、流れるように倒した椅子を元に戻しそのまま席に着いた。

 

予測通りの結果に律は“やれやれ”と首を振り、自分の前に置かれている課題に向き直る。

 

「まあでも確かに、死んでいた事になっていたのにいざ“無事でしたー”って出て行くのはかなり気を使うな。ドッキリにしてもたちが悪い」

 

「ふむ……菓子折でも用意した方が良いのだろうか?」

 

「そう言う問題じゃないと思いますよ〜……」

 

どちらにせよ、どうしても気が咎められる気持ちになってしまい、無為にも頭を悩ませてしまう。

 

「会うときに言葉が詰まらないように考える必要があるかも……」

 

「気楽にトラックに轢かれそうになりながら“私は死んでません!”でいいんじゃないですか?」

 

「気楽過ぎるわ」

 

「司令が言うには形だけの墓を設けているらしい。皆で“千の風”を歌えばよいのではないか?」

 

「……なんか色んな意味で却下っ!!」

 

確かに曲の通り“その墓には誰もいなく眠っていない”が、それを歌うのは逆効果だと思われる。

 

そこでふと、部屋の隅で深刻そうな顔をしながらテーブルに片肘をついて座っているクリスが目に入る。とても思い詰めているようで、仕切り溜息を吐いていた。

 

「——どうしたのクリスちゃん?さっきから黙ってて?」

 

「…………………」

 

「分かった!お腹空いたんだよね!!分っかるよぉ、分かる!マジでガチでハンパなくお腹空くと、おしゃべりするのも億劫だものね」

 

「…………………………」

 

「どうする?あ、ピザでも頼む?さっき新聞の折り込みチラシを見たんだけどね、カロリーに比例して美味さが天上——」

 

「——ってか……」

 

「ガブッ!!」

 

「ギャアアアアア!!」

 

あまりにもしつこさにクリスは声を荒げようとしたが……その前にリューツがクリスの周囲をうろちょろしていた響に背後から飛びかかり、その頭に齧り付いた。

 

「ホント、なんで響には懐かないんだろうなー?」

 

翼やクリスはもちろん、司令を含めた二課の面々も拒絶される事なく難なく触れ合えていた。未だにリューツが響を嫌う理由に頭を悩ませてしまう律たち。他の人たちには普通に接するため余計に疑問が増えてしまう。

 

なお、ピザのデリバリーを頼んだとしてもここには届かないだろう。仮に弦十郎に頼んだとしても陽射しも届かない深海の温度では確実に冷めている。

 

「ハァ……」

 

痛みに喚く響を一瞥しながらクリスは溜息を吐く。

 

クリスは思い悩んでいた。今はこうして収まっているが、自分が犯した罪のせいで負い目を感じ……ここに、律たちの元にいていいのかと。

 

そんな気落ちしているクリスの元に、一仕事を終え満足げな表情をしているリューツが歩み寄り、腕にモフモフな身体を擦り付けて励まそうとする。

 

「……サンキューな……」

 

「ガウ!」

 

お礼にクリスはリューツの頭を撫でる。そこで、諦めきれない響はソーッとリューツに近寄り、

 

「ほ、ほーらリューツーー……お、お手……」

 

「——ギャウ!!」

 

「あべしっ!?」

 

響がお手をしようと手を出し身を屈めた瞬間……リューツはジャンプすると同時に右前脚の肉球を振り上げ、響の顔面に猫パンチが炸裂した。

 

「な、なんだ私だけ〜……?」

 

「…………(プイ)」

 

殴られた頰を抑える涙目の響。リューツは素っ気なくソッポを向く。そこでふと、クリスは自身に向けられている視線に気がつく。視線を探ると……翼が無言でジーっとクリスのことを見つめていた。

 

(じー……)

 

(……何であいつは逆に黙り決め込んでやがるんだよ!?)

 

騒ぐ響とは違い無言な翼に逆に戸惑ってしまうクリス。お互いに無言で見つめ合い、この空気に耐えられなくなったクリスが静寂を破る。

 

「な、なんだよ!?黙って見てないで何か喋ったらどうだ?!」

 

慌てているクリスの表情を見て、翼はゆっくりと口を開くと、

 

「……常在戦場」

 

結構物騒な言葉を呟いた。意味も分からず意図も読めない涙目になりクリスは恐れ慄く。

 

特機部二(とっきぶつ)にはまともな人間はいないのかぁーッ!?」

 

「いないな」

 

「ガウ」

 

その発言が思っきりブーメランだということは、律自身は知るよしもなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

その後、律たちは唐突に弦十郎に召集をかけられ、潜水艦内にあるブリーフィングルームへと足を運んだ。

 

そこでは……弦十郎を始めとした二課に所属しているクルーのほとんどが集まっており、可愛らしく飾り付けがされ、机に上には多種多様な料理とお菓子やドリンクが置かれいた。

 

極みつけは部屋の中央にどデカく“熱烈歓迎! 芡咲 律♡ 雪音 クリス様♡”と書かれた大きな横断幕が張られていたことだ。

 

「「……………………」」

 

「なんか見たことあるー……」

 

「……えぇ……」

 

この突飛な光景に律とクリスは横断幕を茫然と見上げ、既視感を覚える響の呟きに翼が頷いた。

 

律とクリスは弦十郎に肩を掴まれ横断幕前、パーティ会場の前に連れられ、響と翼もジュースが注がれた紙コップを藤尭と友里に手渡された。

 

「皆も既に知ってると思うが、改めての紹介だ! 芡咲律君と、雪音クリス君! クリス君は第2号聖遺物《イチイバル》の装者。 律君の聖遺物は未だ不明だが、それでも……2人は心強い仲間だぁ!」

 

「ど、どうも……。改めて、よ、宜しく……」

 

「——ちょっと待ってください!」

 

そこでいきなり、不満そうな律が横槍を入れる。 何が不満なのかと全員が思っていると……律は足元にいたリューツを抱える。

 

「リューツを忘れてます!」

 

「ギャーウ!」

 

「おお!これはすまない!」

 

胸元まで抱えられたリューツは不満そうに鳴きながらシュッシュッと前脚を振り抜く。 理由が分かり、すぐに友里が横断幕の右下に“+リューツ♡”と書かれた紙がペタリと貼られた。

 

それで律も納得し。気を取り直し、弦十郎は咳払いをする。

 

「2人が正式な二課の装者となったことで、二課の装者の数も4人となり、装者の数も最大記録を更新した! 二課としてもめでたい日だ! 皆、記念すべき今日というこの日を存分に楽しもう! では、乾杯!」

 

「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

「かんぱ〜い」

 

「か、乾杯……」

 

弦十郎が祝辞を述べてジュースの入ったグラスを掲げると、この場の全員がノリ良くグラスを掲げた。

 

2人の歓迎会が始まり、二課の面々は時に律とクリスに話し掛けたりしながら各々歓迎会を盛り上げ、律は和気藹々と会話を楽しみ、クリスは次々と来る話題や質問に振り回されていた。

 

「ガブガブ!」

 

「「「きゃーー! 可愛いーー♡!!」」」

 

その中で、美味しそうに料理を頬張るリューツの愛くるしさに、二課の女性クルーからは絶大な人気を誇っていた。

 

「すっかり人気者だな。 あの愛くるしさなら当然かもしれないが」

 

「なんだ〜? 二課内のアイドル的立場を奪われてしまうと危ぶんでんのか?」

 

「そ、そんな訳ないわよ! それに、リューツはアイドルというよりマスコット的立場でしょう!」

 

リューツを囲む人混みを見ながら翼に、奏はニヤつきながら冗談を呟くと翼は口調を崩して慌てふためく。

 

「ふぅ……」

 

「やっと抜け出せた……」

 

ようやく質問攻めも落ち着き、抜け出してきた律とクリスは人心地つくように大きく息を吐く。 響はそんな2人のためにジュースボトルを持っていく。

 

「2人とも、お疲れ様」

 

「ったく、私はこういうのは慣れてねぇってのによ……」

 

「ま、慣れるしかないさ。 全部ノイズだと思えばいいんじゃないか?」

 

「それやっちゃダメなやつです」

 

響からジュースを注がれながら悪態をつくクリスにそういう律。 と、そこへリューツも人混みから抜け出し、律たちの側にあったテーブルに飛び乗った。

 

「ガウ」

 

「お。サンキュー、リューツ」

 

しかも丁度いいタイミングでお手拭きを持ってきてくれ、律はリューツにお礼を言う。

 

「ねえねえリューツ! 私にも頂戴!」

 

「……ガウゥ……(フルフル)」

 

リューツはやれやれと首を振り溜息を吐きながら、自分でやれと横向きになりながら前脚でお手拭きを響に押しやった。

 

(……この(とり)ゃぁ……)

 

この塩対応に流石の響も、怒りを覚えてしまう。 そこへ、翼と奏が3人の元に寄ってくる。

 

「よっ。 もう二課のメンバーと仲良くやっているようだな」

 

「質問攻めばかりだけどな。 俺は主にシンフォギア関連の質問ばかりだったけど」

 

「貴方のシンフォギアは未だ謎ばかりだからな。 3億にも及ぶロック以外にもバグが発生しているからな」

 

「——そこをどうにかするのも我々の役目だ」

 

翼の話に答えるように、弦十郎が手羽先チキン片手にやってきた。

 

「やあ! 楽しんでいるようだな!」

 

「これの何処が楽しそうに見えんだ……!」

 

「まあそういうな。 実はさっき言い忘れていたが……本日を以て装者達4人の行動制限も解除となる!」

 

「!! 師匠! それってつまり!」

 

「そうだ! 君達の日常に帰れるのだ!」

 

「いやったーー! やっと未来に会えるー!!」

 

晴れて自由……という訳でもないが、それでも陽の下と家族友人に会いに行ける喜びに、特に響ははしゃぎながら喜んだ。

 

「クリス君の住まいも手配済みだぞ。そこで暮らすといい」

 

「ア、アタシに!?いいのか?」

 

「もちろん。 勿論だ! 装者としての任務遂行時以外の自由やプライバシーは保証する。 それと律君も、念の為クリスの隣の部屋を用意した」

 

「え?」

 

タイミングよく友里から手配されたであろうマンションのパンフレットが手渡され、流し読みして行く律の目が驚愕で見開かれる。

 

「今までのアパートではもしもの時の召集に遅れが出てしまうからな。勝手ながら用意したのだが……」

 

「い、いえ。そうではなく……このマンション、以前父から勧められたマンションだったのに驚いてしまって」

 

「ああ、そうか。 以前、(つるぎ)に紹介したのもここだったな」

 

「えっ!?」

 

突然弦十郎の口から父親の名前が出てきた事に、律は再び驚きを禁じ得なかった。

 

「弦十郎さんは父と知り合いなのですか!?」

 

「む? ああ、そういえば言ってなかったな。 劔は俺の学生時代の友人だ。 よく勉強をアイツに助けてもらっていた」

 

「な、なんて偶然……って、そうだクリス。 クリスはそれでいいのか?」

 

「ッ……!」

 

「!!」

 

茫然と驚く中、嬉し涙を流していたクリスは突然話しかけられた事に身を竦めながら乱雑に涙を拭って平静そうに振る舞った。

 

「しょ、しょうがねぇよな! 用意しちまったもんはしょうがねぇし! 別に壁と天井があればどこでもよかったし! 律が隣の部屋にいるんなら色々と便利だし! 任務を受ける時に近い方が楽だし! 仕方ねぇから妥協して納得してやるよ!」

 

口では不満があるが仕方ない風に言っているが、その表情は不快とは思っておらず、嬉しそうに口元を釣り上げていた。

 

「案ずるな、雪音。 合鍵を持っているから、何時でも遊びに行けるぞ!」

 

「はぁ!?」

 

そう言う翼の手には一つの鍵が。 翼が言うことが本当ならその鍵はクリスが住う予定の合鍵なのだろう。

 

「私も持ってるばかりかなーんと! 未来の分まで!」

 

「自由もプライバシーもどっこにもありゃしねぇじゃねぇかぁぁぁぁぁぁーーーーッッ!!!」

 

勝手に合鍵を作られた事に怒ったクリスの怒号が室内に鳴り響く。 そこでふと、考え込んでいた律が顔を上げる。

 

「な、なあ……よく見たらその鍵束。 鍵が2本付いているけど……」

 

「うん。 これは律の部屋の鍵だ」

 

「……入口の鍵変えるか……」

 

「律さん酷い!?」

 

「酷いのはどっちだよ!」

 

その後も歓迎会は続いた、が……この数分後、ノイズ出現の警報が鳴り、装者が出動して律たちは待ち人と再開するのだが、それはまた別の話。

 



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幕間 当たり前な日常の光景

行動制限が解除され、体調不良で痩せていた未来も元の健康な身体を取り戻し、装者とその周りの人々に日常が戻ってきた。

 

その前に、装者としての律たちの姿を見られてしまったため、(つるぎ)を含めた芡咲家族の説明が行われた。 父母揃っていい顔はしなかったが、律本人が決めた事であるならと反対はしなかった。

 

だが劔は弦十郎と友人であったからかクリスの保護者は譲ってもらうと言い出したようで、お互いに大人気なく親権を譲らなかったが……最終的に静香の一声でクリスが芡咲家を選んだ。

 

街も徐々に元に戻って行き、各々がアーティストとしてや学生として、そして新たな道を歩いて行くため日常に戻って行き。 律もアイオニア音楽専門学校に復学していた。

 

「緒川さん、持ってきました」

 

「お忙しい中、ありがとうございます」

 

だが、その前に装者として二課と協力するための契約等があり、律はそれを提出しに二課にいる緒川の元を訪れていた。

 

何でも申請が遅れたらしく、行動制限中に用意出来なかったららしい。 なので律は送られた翌日に提出しにきていた。 受け取った緒川はパラパラとめくりながら流し見し「確かに」と受け取った。

 

それで確認できているのかと問いたいが、緒川さんなので納得した。

 

「お疲れ様でした。 律くんも復学したばかりなのにお手を煩わせて申し訳ありませんでした。 学校の方はどうしでしたか?」

 

「先の事件についてあれこれ質問されましたよ。 触りない程度で受け答えしましたが、中々大変でした。 そう言えば、ほぼ全壊したリディアンは? 確か別の校舎に移るとかどうとか」

 

「実は新しく設立されるリディアンは共学になるのです。 表向きは少しでも退学者の補填と言う名目ですが……」

 

「——はっきり言えば、律くんがリディアンにいてもおかしく無いようにする……という意味合いが強いかもしれないな」

 

「弦十郎さん」

 

そこへ、コーヒーを両手に歩いてきた弦十郎が隠し事もせずそう答え、コーヒーの紙カップを律の前に置いた。

 

現状、律は貴重な男性装者として弦十郎の元で保護……というより監視下にある。 そのため弦十郎個人としては今の学院に在籍しても問題はないようだが、政府側としては是が非でも手の届く場所に置いておきたいようだった。

 

「ですが、いくら人数が激減したとはいえリディアンは女子校です。 共学化するにしても無理があるのでは?」

 

「ああ、それなんだが——」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

律たちの行動制限はようやく解除され……多少ゴタついたが無事に復学、こうして日常の中に戻ることができた。

 

どうやらクラスメイト中で律は先の事件で天に召されていたことになっていたらしい。 あれだけの大きな規模の事件が起こった後なので仕方ないかもしれないが……縁起でもないことを言われ、律は少し不機嫌になってしまう。

 

昼時……律はいつものメンバー、アルフと錦と一緒に中庭で昼食を食べていた。 和気藹々と雑談を交わしながら食を進めていると、律の何気ない一言で会話が止まった。

 

「——はあっ!? 近々リディアンに転校する!?」

 

「ああ」

 

軽く返事をしながらサンドイッチを咥える律。 流石にアルフも驚き、どうしてそうなったか説明してほしいと聞かれたため律は昨日、弦十郎から提案された内容を説明した。

 

知っての通り、先の事件でリディアンは壊滅状態……というか更地になって壊滅した。加えて《カ・ディンギル》の残骸である根元がまだ残っているため、厳重な立ち入り禁止にせざる得なかった。

 

という理由で現在、リディアンは政府から用意された昔廃校になったミッションスクールを改装したものを使われている。しかし、ノイズの襲撃や校舎が古いのに変わった事から生徒達の何人かはリディアンを去ってしまった。

 

それを少しでも減らすために取られた対策が……

 

「はあっ!? リディアンに交換編入ぅ!?」

 

今日2度目の驚愕。 錦は血気迫る勢いで律に詰め寄る。

 

「そっ。 新しく新設されるリディアンに交換編入として来てくれないかって打診があったんだ。 あの事件でリディアンの生徒数は6割まで減少。 そこで交換編入の話が入ってきて、何人かはリディアンに在籍しまま他の学校に編入できると言うことから……何とか7割までに抑えることができたんだ」

 

「それで、その話が律にも?」

 

「このアイオニア音楽専門学校にも何件か来ていてな。 人選は俺に任せるからっていくつかの編入権が与えられている。 ——とりあえず、2人とも乗るか?」

 

「心の友よぉぉ!!」

 

「やかましい!!」

 

「ぶへっ!」

 

感激のあまり抱きしめようと飛びかかって来た錦を鳩尾に1発入れて沈める。

 

「受験当初はリディアンも候補に入ってたんだけど、ヴァイオリン……というかピアノ以外の楽器等にはあまり力を入れてなかったし、受験から外したのよねぇ。 でも、女の私でもいいのかしら」

 

「人数補填のためだからな。 男女は問わないそうだ」

 

リディアンの設立目的はシンフォギア装者候補を集めるため。 今はもうその側面は無くなりつつあるため、こうして交換編入の話が出てきたのだろう。

 

……もしくは、律のような男性の装者を見つけるのが……

 

(……やめとこ)

 

そう考えて頭を左右に振り、思考を振り払う。 例え、仮にいたとしても戦わせたくはない。

 

「しっかしリディアンにかぁ……行きたいが、あそこって歌とか合唱に力入れてんじゃん。 やりたい事がない気がするな」

 

「それなら心配ない。 新しく、このアイオニアと同じくらいの規模にするそうだから」

 

「ならよし!」

 

「そういえば、この学校からの定員はどれくらいなの? 貴方を含めて3人でいいのかしら?」

 

「いや、俺を含めて5人……つまりあと2人探さないと行けないんだが……」

 

「——それならお姉さんを選んで欲しいな♡」

 

「ひゃう!?」

 

“フゥ”っと背後から優しく耳元に息を吹きかけられ、律は変な声を上げて身を震え上がらせる。

 

バッと振り返ると……そこには“してやった”と言うような顔でほくそ笑む一つ学年が上の女子生徒がいた。

 

「す、鈴先輩!?」

 

「はぁ〜いっ」

 

この薄く長いプラチナブロンドを三つ編みにしている女子生徒はアイオニア音楽学校3年生の藍川(あいかわ) (すず)。 トランペット奏者をやっている。

 

この学校は学校行事で1、2、3学年での混同によるコンクールやコンサートが多く、他の学校に比べて部活以外での縦の関係が強い。 律たちの鈴も何度か一緒に演奏して、数えるくらいだが賞も取っていた。

 

しかし、マイペースで悪戯好き、しかも天然と来ているのでよくからかわれたりする。 だがその実、ムードメーカーで全体の中心を担っており、彼女がいなくては演奏が成り立たないと言われる程である。

 

「い、いきなり何するんですか!!」

 

「いや〜、面白い話が聞こえてきたから、つい?」

 

「いやこっちに質問を振られても……」

 

「相変わらずだな、鈴先輩は」

 

唐突に現れて律たち……いや律のみをからかう鈴はにやけ顔で律にすり寄って行く。

 

「ね? ね? いいでしょう律くぅん」

 

「え、ええっと……」

 

腕は確かたが正直、この人を連れてくると後々律本人にも人選不備等の誹りを言われかねないと考えてしまい、すぐには承諾出来かねなかった。

 

それを見た鈴は目を潤めると、

 

「酷いよ律くん!! 律くんはお姉さんを搾るだけ搾ってから捨てて新しい女の子たちの所に行って——酒池肉林のハーレムを満喫しようとしているんだねーーっ!!」

 

「事実無根風評被害名誉毀損んっっっ!!」

 

態とらしくオヨヨと泣き崩れ、かなり大きめな声で鈴は根も葉もない事を口にする。 律は反論するも、中庭で同じく昼食を取っていた生徒からひそひそ声で汚物を見るような視線を向けられてしまう。

 

「ちょっと適当な事言うのやめてもらえます!?」

 

「いやぁーー。 捨てないでーー、貴方としか寝た事ないのにーー」

 

(……棒読み……)

 

「鈴先輩、あまりふざけた事は……」

 

「——おら律ぅぅ!!!」

 

「えぶしっ!?」

 

またもや当然、律の脳天に衝撃が走り。 律は頭を押さえながら振り返ると、

 

「女を捨てるたぁ、男の風上にもおけねぇなぁ!!」

 

——ジャジャンッ!!

 

「ゆ、由叉先輩!?」

 

この暑苦しくギターを弾くのは同じか3年の守条(かみじょう) 由叉(ゆざ)。 コントラバスの奏者だがそれはコンクール等の演奏会のみで、メインはギター又はエレキギターと変わり者。

 

正義感があり誰にでも優しく接する人だが、直情的なのが玉に瑕な人だ。

 

「フフッ、落ち着いて由叉くん。 冗談だから」

 

「なんだ冗談かぁ。 そりゃあ済まねえ事したな!」

 

(不幸だ……)

 

はめられた上に飛んだとばっちりである。

 

「分かりました。 分かりましたから。 鈴先輩も推薦します。 もう面倒だから由叉先輩も」

 

「やったーー♪」

 

「ん? 何の話だ?」

 

ハァっと疲れたように息を吐き、再び食を進めようとすると……鈴と由叉がそのままその場に座った。

 

「って、なんでそのまま居座っているんですか!」

 

「えぇ? いいでしょ、別にぃ」

 

「そうだそうだ。 男はもっと心が広くねぇと」

 

「ちょっ!? それ俺のパン!!」

 

「……もう滅茶苦茶ね」

 

律は、本当にこの2人をリディアンに入れてしまっていいのかと……どう考えても悪影響しか出かねないと本気で心配してしまった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ふぃ〜……終わったーー」

 

放課後……律は休学中に進んでしまっていた授業に追いつくため学校から課題が出ており。 それをたった今提出したため解放された気分になっていた。

 

「さてと、帰るか」

 

本当なら2週間以上触れてなかった指揮や調律の感覚を取り戻したかったが、今日はちょうど練習の休みだったため明日にすることにし、律は二課から新しく用意されたマンションに向かった。

 

もう引っ越しは済んで……というより、行動制限中に勝手にされてしまっていた。 別に見られても恥ずかしいものなどないのだが、せめて事前に連絡を入れて欲しかった。

 

このマンションはかなりの防犯対策がされており、鍵がなければまず入れない。 二課が用意した事もあり当然といえば当然なのだが。 律はマンション中層にある家に帰ると、

 

「「「きゃーーーっ! 可愛いーーっ♡」」」

 

「ギャーーウッ!!」

 

自分の部屋には響と未来の他に創世、詩織、弓美の3人がおり。 ほぼメロメロ状態でリューツに襲いかかり、モフモフの感触を楽しんでいた。 逆に全方向から手が伸びくすぐられているリューツは嫌そうにじたばたしていた。

 

「あ! 律さん、お帰りなさい!」

 

「今日は珍しく遅かったですね」

 

「……合鍵は不法侵入するためにあるものじゃないぞ……」

 

「はい。 不法じゃありません」

 

「だったらせめて家主に一言くらい連絡を入れろ!!」

 

隣のクリスの部屋の合鍵も持っていることから、今後クリスも同じような目に合うだろう。

 

「——バカはいるかあぁっ!!!」

 

いや、既に合っていたようだ。 ノックもチャイムもせずに入ってきたお怒りのクリスは真っ直ぐ響に詰め寄る。

 

「勝手にうちに入るなって言ってんだろ!」

 

「な、なんのことぉ?」

 

「仏壇の前に線香焚いていたら誰でも分かるわ!」

 

「いやぁー、クリスちゃんのご両親にも挨拶しなきゃと思ったし。 カッコいい仏壇があったから、つい」

 

「わ、分かってんじゃねえか……」

 

仏壇とはクリスが装者としての初めて給料で買った両親が帰るべき場所を作ってあげるため、この前の休みで律と同伴で購入したものだ。

 

どういう感性か1番カッコいい仏壇を買ったため、少し装飾が多く派手な仏壇が隣の部屋に鎮座している。

 

「って、不法侵入したこと有耶無耶にしようとしてんじゃねぇええーーーっ!!」

 

「ぎゃあああああぁーーーーっ!!」

 

煽てて誤魔化そうとしたが、気付かれたためクリスは両拳を響のこめかみに当て加減なくグリグリする。

 

「ガゥゥ!!」

 

「おっと! リューツ、大丈夫か?」

 

やっとの思いで抜け出してきたリューツは律に飛びつくと胸の中に収まり動かなくなってしまった。

 

リューツを愛でていた3人組は心底残念そう、そして羨ましそうな目で律のことを見ていた。

 

「あうぅ、いいなぁ〜」

 

「もう、みんなリューツの気持ちも考えてよね。 怒ったりしたら私たちじゃ手がつけられないんだから」

 

「そりゃ一応、ノイズだもんね……」

 

見た目は子虎で可愛くても本質はノイズ。 たとえ炭化せずとも巨大化すれば別の意味で命の危機に晒されるだろう。 もっとも、そんな事は飼い主がさせず、躾もしっかりつけている。

 

「それで、今日は何しに来たんだ?」

 

「あ! 実は最近スゴイ歌を歌う歌手がいるんですよ!」

 

「なんかサキさんにも知ってもらいたいみたいで」

 

「……そういうのはスマホとかで連絡すればいいじゃないのか……?」

 

「私もそう言ったのですが……」

 

「こうして実際に会った方がいいと私は思います!」

 

律はアプリやメール等で、弓美は実際にあって……これが男女の価値観の違いなのだろうか。

 

「あ、あはは。 歌はさっきダウンロードしたので、聴いてみますか?」

 

「ふぅ……誰の歌なんだ?」

 

「この人なんですけど……」

 

弓美がスマホを操作し、歌が流れる。英語で歌っているため歌詞はよくわからないが、力強くどこか引き込まれるような歌声に、律たちは次第にその歌を聞き惚れて行く。

 

「いい歌声だね」

 

「最近米国でデビューし始めた新人の歌姫みたいです!」

 

「へえ……」

 

興味を覚えながらアルフから手渡されたCDのパッケージを見て、

 

「マリア……カデンツァヴナ・イヴ……」

 

記載されていた歌手の名前を呟く。 律はその名前に、どこか既視感を感じる。

 

(どこかで……)

 

その疑問を答えるものはいなかった。

 




次回からG編に入ろうと思います。


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SG G編
22話 ガングニールの乙女


——返さん◼️◼️◼️ 砂時計を

 

いつかの、どこかの大きな船の上……そこには複数の武装した兵士と、その背後で捕らえられているであろう少女たちがいた。

 

——時は溢れん Lulala lila

 

夜遅く、雨が降りしきり風が荒れ狂う陸も月も見えない嵐の中……兵隊が構える銃口は1人にだけ向けられていた。

 

その銃口と敵意と対面しているのは、漆黒の装いに身を包んでいるこの夜が保護色となっており、輪郭しか捉えられないがまだ幼い子どもである事がわかる。

 

——幾億数多の命の炎 するりと堕ちては星に

 

歌が紡がれているが、その歌は途絶え途絶えになりかけており。 酷く疲労しているが、決して諦めようとはせず兵隊を睨みつける。

 

——流れ流れては美しく / ()がれ()がれ慈しむ

 

その時……兵隊の背後に捕らえられていた少女の1人が歌い出し。 2人の歌が重なり、旋律が奏でられる。 しかし、片方はゆらりとふらつき、ゆっくりと端へと歩いていき、

 

——また生死の揺りかごで(やわ)く 泡立つ

 

その隙に1人はゆっくりと後退し。 歌を途中で、その詩を最後に……1人は海の中に堕ち、消えていった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ルナアタック事件から3ヶ月後——

 

現在、本日の夜に行われるドーム型のライブ会場では設営準備に追われていた。

 

「フーーン、フフフーーン、フーフーーン♪」

 

ステージの足場や背景モニターの映像確認が行われる中、今回のライブの音響機器の調整は律が行なっていた。

 

その最中、観客席に座っている人物が目に入ってくる。 猫耳と見えるような形に見える桃色の特徴的な髪型をした綺麗な女性は、静かに自分が立つ予定のステージを見つめていた。

 

(彼女がマリア・カデンツァヴナ・イヴ……)

 

デビューからわずか2か月で米国チャートの頂点まで昇りつめた新進気鋭の歌姫。 そのミステリアスながらも力強い歌声で瞬く間に世界に知れ渡った彼女だが、

 

(……早すぎないか?)

 

確かに容姿実力共に文句がつけようがない。 だが“ツヴァイウィング”とて引けは取らない。 この両者を比較してもどちらに軍配が上がるかは誰にも分からない。 故にデビューからここまで辿り着くのが早過ぎる気がしてならず、どこか作為めいた感覚を覚えてしまう。

 

と、その時、二課直通の通信端末に着信が届いてきた。 律は人気がない場所に移動し、通信に応答した。

 

「はい、芡咲 律です」

 

『律、今大丈夫か?』

 

「はい、大丈夫です。 それでどうかしましたか?」

 

弦十郎が言うには、響とクリスがソロモンの杖を岩国の米軍基地に輸送中にノイズによる出撃にあい。 結果的に輸送は完了したが、その直後に再び襲撃にあいソロモンの杖を何者かに奪取されてしまったらしい。

 

『すぐに響くんとクリスを帰投させている。 それまでは君だけが頼りだ』

 

「了解。 待機行動に移ります」

 

通信を終え、律は再び音響調整をしに会場に向かいながら考え事をする。

 

(ノイズは組織的な行動をとっていた。 ソロモンの杖以外で。 ……逆に言えば、ノイズを操れるのはソロモンの杖のみだと仮定すれば……)

 

ステージに出て、吹き抜けになっている空を見上げ、

 

(怪しいのは死亡が確認されておらず、行方不明になっているウェル博士その人)

 

夕月で空に映る土星のような月を見上げた後、再び作業に戻った。

 

「!!」

 

その後ろ姿を、ほんの少しだが観客席から見ていたマリアが視界に映し、マリアは勢いよく立ち上がった。

 

(今のは、まさか……!)

 

頭を動かし、その姿を再び探そうとすると……律は舞台裏に入って行ったため、その姿を彼女が見つける事はなかった。

 

しばらくして諦めがつき、マリアは再び腰を下ろすと顔を俯かせる。

 

(そんなはず、無いわよね……あの子はもう……)

 

頭を振り払いながらポケットに手を入れ、その中にある物を握りしめた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ライブ開始前には準備が完了し、空は赤みだし時刻は夕方……来場客が次々と押し寄せ会場は大いに盛り上がっていた。

 

『この盛り上がりは皆さんに届いていますでしょうか? 世界の主要都市に生中継されているトップアーティスト2人による夢の祭典! 今も世界の歌姫マリアによるスペシャルステージにオーディエンスの盛り上がりも最高潮です!』

 

直接会場から生中継でアナウンスしているアナウンサーの言う通り、このライブ世界各国に中継されている。 それほどまでに《風鳴翼》と《マリア・カデンツァヴナ・イヴ》という2人の歌手の夢の共演という大きさを物語っているようだ。

 

(……なんか妙だ……)

 

だが、律にはどうにも負に落ちなかった。 確かに2人の歌手は世界的に人気があり、共演も大々的にとり行われていたが……このライブ“QUEENS of MUSIC”を世界中に生中継するほどの理由がない気がしていた。

 

律は音響機器と直結しているスマホを操作しながら会場の舞台裏を歩いていると、正面からどこか不満そうな顔をした翼が歩いてきた。

 

「翼、いまから舞台入り?」

 

「ああ……」

 

翼は律の横を抜けようとし、その直後に足を止め。 振り返らずそのまま聞いてくる。

 

「律、裏は任せてもいいか?」

 

「……もちろん」

 

「……表は私に任せろ。 私は、私を信じる者たちのために歌おう」

 

再び歩き出し翼はステージに向かって行った。 律は一度深呼吸し、

 

「……よし! やるか!!」

 

気合を入れ、先ずはライブを成功させるために自分の仕事を行った。

 

それから時が経ち……ライブ開始時刻、日は落ち夜となり。 夜空にルナアタックにより右下が欠け、その破片が土星のように輪となって浮かぶ月の下……《風鳴 翼》と《マリア・カデンツァヴナ・イヴ》によるライブが行われようとしていた。

 

「響とクリスは間に合わなかったか……」

 

ライブ当日に諸事情で来られなくなる……どこか2年前の再現に思えてならなかった。

 

(……はぁ、今日何かあったらそのうち何人かがライブ恐怖症を発症するかも……)

 

2人はノイズ襲撃により出発が遅れ、現在ヘリでこの会場に向かっているようだが……いないものはしょうがないと割り切り、見回りを再開する。

 

場所は変わりロイヤルボックス。 そこには未来と響と同じクラスメイトの弓美、詩織、創世の3人の他に、律の妹の静香が今か今かとライブ開始を待ちわびていた。

 

「おおーっ! さっすがは世界の歌姫《マリア・カデンツァヴナ・イヴ》!! やーっぱ生の迫力は違うねー!!」

 

「全米チャートに登場してまだ数ヶ月なのに、この貫禄はナイスです!!」

 

「ねぇねぇ。 マリアはまだー?」

 

「んー、まだーー」

 

弓美の袖を引きながら質問する静香に、弓美は笑顔で答え、その後に少しため息をつく。

 

「今度の学祭の参考になればと思ったけど、流石に真似出来ないわ」

 

「それは初めから無理ですよ、板場さん」

 

「うん。 無理無理」

 

「……遠慮なくそう言われるとイラッ☆て来るね」

 

静香からの容赦のない否定に弓美は震える手を何とか抑えようとする。

 

彼女たちの会話を聞きながら、未来は手首にあるピンク色の腕時計に目を落とす。 既に時計の針は5時半という時間を指し示いた。

 

「まだビッキーから連絡来ないの? メインイベントが始まっちゃうよ?」

 

「うん……」

 

「サキさんも音響スタッフとして忙しいようですし……」

 

「運が良いのか悪いのか困っちゃうよね。 舞台裏のスタッフって」

 

創世から訊ねられたことに未来は眉を八の字にしながら答え、小さく顔を俯かせる。

 

律もライブのスタッフという事で、対応に追われ観るどころでは無いだろう。

 

「折角風鳴さんが招待してくれたのに、今夜限りの特別ユニットを見逃すなんて……」

 

「本当に期待を裏切らないわね、あの子ったら!」

 

そうこうしている内に会場の照明が落ち、サイリウムの明かりだけが灯る会場でライブが始まった。

 

先に現れたのはマリア・カデンツァヴナ・イヴ。この時のためにあしらえた白色で彩られた衣装に身に着込んでおり、その手にはレイピアのような形状をした金色のマイクが握られている。

 

次に現れたのは風鳴翼。 マリアの衣装の対比になるような黒色の大きな袖が目立つ和装を彷彿とさせる衣装を纏い、マリアと同じマイクが握られている。

 

「律」

 

「奏。 そっちはいいのか?」

 

「ああ。 警備状況は問題なく、筒がなくな」

 

そこへ、会場警備の監督を請け負っていたスーツにサングラス姿の奏が歩いてきた。 奏は律の前で止まると、顔を上げライブの中継が行われているテレビ画面を見上げる。

 

「ちぇ。 アイツの隣は私だけって思ってたのによ……」

 

「まあまあ。 そう嫉妬しないで」

 

「わぁってるよ」

 

本来なら翼の隣は奏しかいないと思っていたが、今はその隣で歌うマリアに奏は少し妬いてしまう。

 

そして歌が終わり、歓声を送ってくれる観客達に向けて翼とマリアは手を振り返し、翼は2、3歩前に進み出て観客達に言葉を送る。

 

『——ありがとう、皆!』

 

翼がまず謝辞の言葉を述べると、その言葉に応えるように沢山の歓声が翼に返ってきた。

 

『私は、何時も皆から沢山の勇気を分けてもらっています。だから今日は、私の歌を聞いてくれている人達に少しでも勇気を分けてあげられたらと思っています!』

 

翼の言葉に会場内のテンションが高まり、より一層の歓声と拍手が巻き起こる。 その歓声、想いを受け翼は静かに、しかし強く手を握りしめる。

 

「翼……」

 

『私の歌を全部!!世界中にくれてあげるっ! 振り返らない。全力疾走だ━━付いてこれる奴だけ付いて来い!!』

 

「……なんだかアタシの台詞を聴いてるみたいだな」

 

「あ、あはは……まあ、似てるかも」

 

翼の隣に立っているとどうしても2年前の奏と写し合わせてしまい、似てないにしても重なってしまう。

 

翼が右手を差し出すと、マリアもそれに応じるように右手でその手を握り返した。

 

『私達が世界に伝えていかなきゃね。歌には力があるってこと』

 

『それは世界を変えていける力よ』

 

2人の歌姫の言葉に再びライブ会場が歓声と拍手に包まれる。

 

すると、握手を終えたマリアはその身を反転させて再び観客達の前に歩み出た。

 

『そして、もう1つ……』

 

演出の予定に無かった言葉をマリアが口にし始め、その様子を見守っている翼は怪訝な表情を浮かべた。

 

そして、マリアがスカート状のマントをはためかせると……会場内の至る所に無数のノイズが出現し、翼は目を見開かせながらマリアを見る。

 

直後、ライブ会場には歓声から一転して阿鼻叫喚の悲鳴が鳴り響き始める。

 

「嘘だろオイ!?」

 

「会場に行く! 奏は避難誘導を!」

 

「あ! オイ!」

 

「——あの時の二の舞にはするなよ!!」

 

「!!」

 

走り出そうとする律を待てと止めようとした奏に、律はそれだけを伝え走り去った。 奏は今の言葉の意味をよく理解している。

 

それは、2年前のような惨劇を繰り返してはならないと。

 

「……わぁったよ!!」

 

奏も同じ結果、思いを防ぐべく自分が出来る事を始めるため駆け出す。

 

会場では大混乱の直前だったが、しかしその直前マリアの一喝で鎮まり返った。 だが、それでも観客の目の前には明確な“死”があり、とてもではないが気が気ではなかった。

 

そして、目の前に人間がいるというのに全く微動だにしないノイズ……明らかに何者かにより操られている。

 

「《ソロモンの杖》がこの会場内にある……!」

 

岩国から短時間でここまで来られた方法は不明だが、確実にこの会場内にある。

 

律が走っている間、ステージ上で言い合っていた翼とマリア。 マリアは潮時とばかりに左手に持っていたマイクをクルクルと回した後に持ち直し、会場内に響き渡るハウリング音が鳴り止んでから言葉を紡ぐ。

 

「私達は……ノイズを操る力を以ってしてこの星の全ての国家に要求するっ!!」

 

「世界を敵に回しての口上!? これはまるで——」

 

「宣戦、布告!」

 

ノイズを持ってしての世界への宣戦布告。 誰もが耳を疑うような内容だが、彼女の鮮烈な声は確かにその言葉を聞き届けてしまった。

 

「そして——」

 

マリアは宣戦布告を告げると前振りの左手に持っていたレイピア状のマイクを空高く放り投げ、

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

 

歌が紡がれた。 光がマリアを包み込むと、同時に身に纏っていた衣装も弾け飛ぶ。 そして、その彼女の首元には装者たちと同じクリスタル状のペンダントが輝いていた。

 

「まさかっ!?」

 

差異があるものの、翼はその歌に聞き覚えがあった。マリアから放たれるその歌と輝きに目を疑ってしまう。

 

「この音は……」

 

「この波形パターン、まさかこれは!?」

 

会場内を走り続ける律は感覚的に感知し。 二課の司令部で観測されたアウフヴァッヘン波形の波形パターンを見て、オペレーターの藤尭も驚きを隠せず目を見張る。

 

次いで過去の波形パターンと写し合わせて計測結果が正面ディスプレイに表示されると、

 

「ガングニールだとぉ!?」

 

マリアの装いは純白から漆黒へと変わる。 細部の形状が異なるものの奏や響のギアと似たような形状をしており。 背のマントをはためかせ、落ちてきたマイクをキャッチする。

 

「黒い、ガングニール……ッ!?」

 

「……二振り目の撃槍……」

 

「私は……私達はフィーネ。そう、終わりの名を持つ者だっ!!」

 

会場のステージ上で2度、高らかに宣言したのは黒いガングニールのシンフォギアに身を纏ったマリアだった。

 



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23話 《光剣》

世界中で人気沸騰中であった“QUEENS of MUSIC”。 その開催中でトップアーティストのマリアからの突然の宣戦布告。 それが世界に拡散されてしまった。

 

普通なら荒唐無稽、だと一蹴されてしまうが。 会場内にいるノイズと彼女がいましがた世界に見せた“力”が人々の口を詰むがせる。

 

(とにかく、今ノイズに対して動けるのは俺だけ。 なんとかしないと……だけど!)

 

その中で走るのは、動けない翼に変わりノイズに対抗できるのは律。 マリアはシンフォギアを使ったが翼は使うことができない。 この会場内で動けるのは律のみ。 しかし、

 

(1体ならまだしもこんなに……! これじゃあ確実に犠牲が出てしまう……!!)

 

目の前のノイズを倒したとしても、残りのノイズが確実に観客を襲いかかるだろう。 この広いドーム内全てをカバーするのはとてもではないが無茶であった。

 

「全く……穏やかじゃないな!」

 

とにかく行動あるのみ。 中継でニュースから流れる会場の様子を走りながら確認すると、

 

「会場のオーディエンス諸君を解放する!ノイズに手出しはさせない。速やかにお引き取り願おうか!」

 

静寂が続いていた会場よりマリアから人質の解放が告げられた。 どう言うことなのかと、翼や大勢の観客から動揺が広がっていく。

 

「何が狙いなの?」

 

「ふ……」

 

目を細めながら疑問を答える翼に、マリアは不敵に笑みを浮かべる。

 

マリアが告げた通り、ノイズが襲い掛かるような素振りを見せること無く。 人質となっていた観客はゆっくりとライブ会場から次々と解放されていく。

 

「緒川さん!!」

 

「律くん!」

 

律は何とか緒川と合流し、今後の行動を検討し合う。

 

「緒川さん。 俺はノイズに扮して何とか会場内に入り込もうと思います。 緒川さんは……」

 

「——テレビ中継の回線切断、ですね? お任せください、律くんは翼さんを!」

 

「分かりました!」

 

役割を確認し、すぐにお互い背を向けて走り出す。 律は上層から会場内に向かおうとすると、視界に手を繋ぎながら走る2人の少女の姿が映った。

 

「今のは……」

 

時間は惜しいが、人質解放完了の時間を考えればまだ猶予があるだろう。 そう考えた律は確認しに人影が消えた方向に向かう。

 

その姿を、物陰で隠れて見ていた金髪の少女は慌てふためくようにしきりに左右を見回す。

 

「ヤッベー、あいつこっちに来るデスよ」

 

「大丈夫だよ、切ちゃん」

 

慌てる切ちゃんと呼ばれた金髪の少女を安心させるように黒髪の少女は胸元に下げていたペンダントを見せる。

 

「いざとなったら……」

 

それは、翼やクリスのようなシンフォギア装者たちが常に身に付けているペンダントと同じ形状をしていた。

 

「わわっ!? 調ってば穏やかに考えられないタイプデスか? そういうところ、本当に“お兄”そっくりデスね!」

 

金髪の少女は平然とする調と呼ばれた黒髪の少女の手に持っているペンダントを慌てて彼女の服の内に忍ばせた。

 

「君たち!」

 

「わっ!?」

 

それと同時に律が2人に追いつき、金髪の少女が慌てながら振り返ると……律の顔を見た2人は目を見開かせた。

 

「「!!」」

 

「道に迷ったの? 案内するからここから離れよう」

 

「「………………」」

 

膝をついて視線を合わせながらそう言うが、2人の少女はジーッと律の顔を見て何も喋らなかった。

 

「え、ええっと……君たち?」

 

「あ! な、何でもないデス!」

 

「デス?」

 

その特徴的な語尾の口調にどこか覚えがある律は思い出そうと頭をひねる。 だがそんな事よりも、と思考を振り払い、

 

「ここは危険だ。 早く避難しよう」

 

「え、ええっと……」

 

「どうしんだい? もしかして、何かあったのかな?」

 

「——大丈夫です」

 

なぜ避難しないのかと聞き出そうとすると、金髪の少女の後ろに隠れていた黒髪の少女が律の前に出てそう答えた。

 

「調?」

 

「……大丈夫だから……私たち、大丈夫だから……」

 

真っ直ぐ、少女は律を見る。 必死に語りかけるその目に負けたのか、律はゆっくりと立ち上がり、出口の方角を指さした。

 

「…………分かった。 出口はあっちだから。 落ち着いて、慌てずに行くんだよ」

 

「……うん」

 

「……デス」

 

「いい子だ」

 

「「あ……」」

 

律は優しく2人の頭を撫でた後、すぐさま走り出し2人の前から消えて行った。 後に残された2人の少女は、お互いの顔を見合わせる。

 

「調、今の人って……」

 

「……分からない……」

 

とある人物に似ているが、確証がなかった。

 

「と、とにかく行くデスよ………!」

 

「……うん」

 

2人は手を繋ぐと律が指差した方向とは逆の方へと走っていく。

 

(お兄、ちゃん……)

 

手を引かれながら黒髪の少女は走りながら後ろを振り返り、律が消えた先を見つめるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

刻一刻と時が進んでいき……会場の外周、その屋上に辿り着いた律はそこから会場内を見下ろす。

 

(……よし、これなら!)

 

マリアの言う通り観客は全て避難されており、これなら問題なく動けると確認できた。

 

「やるよ……リューツ!」

 

「ガウ!」

 

「Feliear ◼️◼️◼️ tron」

 

服の内の中に入れていたペンダントを取り出し、ギア内に入っていたリューツを出しながら律は聖詠を紡ぐ。

 

すると、律の周りを黒いノイズが周囲に漂いながら両腕両足、腰と胸に装甲が装置され、そこから滲み広がるように全身を黒いアンダースーツで覆われる。 背からは黒い突起物が生えると縦に裂かれ赤い閃光を放つ一対二翼のウィングが、頭部にくの字型の(つの)があるヘッドギアが装着され、目元に赤いバイザーが下される。

 

大まかな変化はないが細部は変わっており、片側のウィング内に3本のニードルのような針が両翼合わせて6本あり、放出される閃光の形を整えウィングの形成を手助けする役割を担っており。

 

さらに腰部の装甲パーツが増え鞘の懸架が楽になった上、羞恥が僅かばかり減った。 以前はタイツ1枚だけを着ているようで恥ずかしくて仕方なかった。

 

ともかく、律のシンフォギア……名称は不明だがノイズを操る力がある。 律はウィングを折りたたみ身をかがめ、1体のノイズに狙いを定め、

 

「——フッ!」

 

音もなく黒いなめくじ型のノイズに飛び降り、手刀で背中を突き刺した。 手はノイズの芯まで届きノイズの“核”を握り潰すと即座に律のシンフォギアに吸収され、その直後に頭上にリューツが飛び降り、先程の黒いなめくじ型のノイズの姿を真似ると律に覆いかぶさった。

 

この間、ものの数秒で行われた。

 

(さて、ここからどうするか……)

 

気付かれないよう1番遠くのノイズを狙ったため、このままでは翼は助けられない。

 

『——マリア』

 

「はいマム」

 

『先程、微弱ですが正体不明のアウフヴァッヘン反応を検出しました。 恐らく例の“4人目”の可能性があります。 十分に警戒なさい』

 

「……分かったわ」

 

シンフォギアのヘッドギアから聞こえてきたのは老齢の女性の声。 マリアはその警告を聞くとグルっと、次第に観客が消えゆく会場を見回す。

 

そして律はどうやって近づこうか考えていると……マリアはノイズしか残っていない静けさに包まれたライブ会場を見渡した。

 

「帰るところがあるというのが、羨ましいものだな」

 

「マリア、あなたは一体……?」

 

不意に呟かれた寂しい雰囲気を持ったマリアの言葉を聞き、翼は思わずその言葉の是非を問うように言葉を投げ掛けた。

 

「観客はみんな退去した。もう被害者が出ることはない。それでも私と戦えないと言うのであれば、それはあなたの保身のため」

 

笑みを浮かべるマリアが翼に向けてマイクを突き出すと、今まで静観していたノイズの群れが一斉にステージの方に向き、そちらに向かって歩き出し始めた。

 

(よいしょっと……)

 

その進行するノイズに紛れた律も、堂々と一緒にステージ前へと移動する。

 

ステージ上ではこれ以上の問答は無用とばかりに両者が持っていたレイピアの形を模したマイクスタンドで斬り合っていた。

 

当然、シンフォギアを使えない翼の方が部が悪いが。 翼は回避と防御に集中することで何とかマリアの攻撃を耐えていた。

 

「いつまで耐えられるかしらね!」

 

マリアは身をひねり回転させながら背から伸びるマントを翻し、ノコのように攻撃を繰り出す。

 

翼は迫るマントをマイクで防ごうとすると、マイクは一瞬で斬られてしまい、マントはそのまま翼に迫り来る。

 

「ッ!」

 

驚く間も無く翼は膝を曲げ体を逸らし直撃を回避。 その勢いでその場からバク転して飛び退いた。

 

立ち上がった翼は手に持っていた根元から切られたマイクを一瞥すると、そのまま放り投げた。

 

「……………………」

 

無手になりながらも諦めず構えをとる翼。 だが、そんな彼女をマリアは見ておらず……ステージ下に集まっているノイズの集団を一瞥していた。

 

(4人目のシンフォギア装者……来るなら来なさい。 あなたがいる事は分かっているわ)

 

マリアはマイクを反対の手に持ち、右腕の腕部ユニットを展開、右手に《ガングニール》の象徴たる槍のアームドギアを展開する。 居場所は分からないが、シンフォギア起動時のアウフヴァッヘン反応は彼女たちの方でもキャッチしていた。

 

ステージを照らす照明以外の場所は暗い。 暗闇から奇襲をかけられたらたまったものではない……そのために、何としても4人目を光の下に出さなければいけない。

 

「はあっ!!」

 

「ぐうっ……!」

 

槍を一振りすると衝撃が走り、翼は耐えられず吹き飛ばされてしまう。 うつ伏せに倒れ込んでしまう翼の下にマリアは歩み寄り、槍の穂先を翼の背に向ける。

 

「出て来なさい!! いるのは分かっている! 彼女がこのまま串刺しにされてもいいのなら——!」

 

「ッ……!」

 

槍を逆手で握りながら棒を握りしめ、頭上に掲げる。 そして、振り下ろされた槍が翼を貫こうとした、その時……

 

——バシュンッ!!!

 

ステージ前から赤い閃光が奔り、2人の前に割って入るように躍り出た。

 

「ッ……!!」

 

マリアの持つ槍は紅い刀身を持つ長剣の峰で止められており、その剣を持っているのは、

 

「律さん!」

 

「遅えんだよ!!」

 

シンフォギアを纏う芡咲 律であった。 ヘリから中継の映像を見ていた響とクリスも律の当時に笑顔を浮かべる。

 

ちなみ顔は隠しているため、問題なく生中継の前に出られている。 司令の確認も取り許可も出てます。

 

「無事か、風鳴 翼?」

 

「……ああ、大丈夫だ」

 

無事を確認しながら槍を弾き返し、マリアが後退。 律は彼女から視線を外さずに翼に歩み寄り、小声で話しかける。

 

(緒川さんがこの状況の対処に向かっている。 もう少しの辛抱だ)

 

(承知した)

 

静かに首肯する翼に頷き返し、マリアと向かい合って剣を向ける。

 

だが、マリアの表情は今まで見たことのないような、驚愕した顔で律のことを見ていた。

 

「…………ぜ」

 

「…………?」

 

ポツリと、マリアは呟き。 次の瞬間、顔を上げると怒りの形相で律に向かって勢いよく突っ込んできた。

 

「なぜ貴様が《光剣》を持っている!?」

 

「ぐうっ!?」

 

槍を全力で振り下ろし、律はそれを受けると衝撃でステージが凹んでしまうも何とか受け止められ、そのまま鍔迫り合いになる。

 

「答えろ! そのシンフォギアはどこで手に入れた!?」

 

「な、にを……言ってる!」

 

反論するように律を膝を上げ、マリアを押し返していく。 マリアも正面から押し返しながら答える。

 

「——それは、そのシンフォギアは《クラウソラス》!! 何故貴様が使っている!?」

 

「なっ!?」

 

マリアから告げられたのは律が使うシンフォギアの名称……カチリと、律は歯車が噛み合うような感覚を覚える。

 

(このシンフォギアの名前は……クラウソラス……)

 

真偽はともかく、律には今自身が身に纏うシンフォギアが《クラウソラス》だと確証もなく、しかし確信してしまった。

 

「ッ……どういう事だ!? 貴女はこのシンフォギアの何を知っている!!」

 

「質問しているのは——私だ!!」

 

怒号の勢いでマリアは一気に押し返し、律をステージ上から押し出す。

 

「くっ!」

 

「! 舞台を降りるにはまだ早いわよ!!」

 

この場にいては邪魔になると判断したのか、翼は踵を返し走り出した。 しかしマリアはそれを許さず、まだ持っていたマイクを翼に向かって投擲した。

 

投擲されたマイクは足に当たりそうになるが、とっさに跳躍しマイクは足下を素通りしていく。

 

「——あっ!」

 

しかしその直後、着地の際に翼の履いていた靴のヒールが折れ体勢を崩してしまった。 ライブ用の靴とはいえ、それでも今までの激しい動きには耐えることは出来ず。 とうとう限界が来てしまったようだ。

 

「翼!!」

 

「ふんっ!」

 

「あぐ……っ!!」

 

先回りしたマリアが翼の腹部に鋭い蹴りを放ち、ステージ下にいるノイズに向かって蹴り上げた。

 

「戦って歌姫と死ぬか、そのまま守人として死ぬか……選んでみなさい!!」

 

「くっ!」

 

このまま落下すればノイズの餌食になる……マリアはシンフォギアを出さぜる得ない状況を作り出した。

 

体勢を即座に立て直し律は一目散で駆け出し、必死に手を伸ばそうとするも……その行手をマリアが塞ぐ。

 

「さあ、答えてもらおう! そのシンフォギアの出所を!!」

 

「っ……!」

 

それほどまでに律のシンフォギアが気になるのか、歌姫か守人かの生死を問われている翼に目も向けなかった。

 

(流石にリューツを中継させるわけには……!)

 

最悪の事態に備え、リューツで受け止める策はあったが……それではリューツという個体名ならまだしも“人が触れても問題ないノイズがいる”という事実が世界に周知されてしまう。

 

それによる影響はまだ分からないが、それでも軽く見せてはいいものではない事は確かである。

 

(間に合えっ!!)

 

ウィングを広げ紅い閃光を迸しらせる。 律は“漆黒(ブラック)鵬翼(ウィング)”を両翼を広げるように放射状に放ち、屈折させてマリアを越え翼の落下地点にいるノイズを倒すつもりでいた。

 

「させない!」

 

しかしそうはさせまいとマリアは一瞬で肉薄し妨害しようと槍を振り抜くと……いとも簡単に、抵抗なく律の身体を貫いた。

 

「何っ!?」

 

忍者(ニンジャ)術攻(アタック)

 

だがそれはフェイント。 槍が貫いたのは律の姿を模した分身。 本体は音を出さず影を落とさずマリアの頭上を越え、手を伸ばす。

 

「律……!」

 

「手を掴めっ!!」

 

互いに顔を合わせ、互いに届くように手を伸ばし……律はその手を掴み引き上げた。

 

「ギ、ギリギリセーフ……」

 

「……………………」

 

「翼?」

 

「い、いや……何でもない」

 

律に横抱きに……お姫様抱っこされている翼は恥ずかしいのか、落ちないよう律の肩に手を添えながら顔を合わせないよう赤らめた顔をそっぽに向けた。

 

「っていうか、いつの間に緒川さんの影分身を……」

 

「元々似たような技を覚えていたからね。 自分なりにアレンジしたんだ」

 

(……私が《影縫い》を習得するのに3年かかったのに……)

 

少し口調が砕ける翼。 自分が緒川の忍びの技を3年かかって覚えたというのに当の律はものの一月で習得したことに不満を覚えた。

 

「この私を無視するとはいい度胸ね」

 

「俺の視線は翼に釘付けだからね」

 

「!? 歯が浮くような台詞を言うな!!」

 

顔を真っ赤にした翼は押し出すように律の顎に掌底を叩き込んだ。

 

律は「いや、もしくは前のクリスみたいに“のぼせ上がるな人気もの!”って言った方がいいのかな? いやそれだと世界中に配信されちゃうし……」と顎に掌底を喰らって大きく横を向きながらズレた事を言っていた。

 

その時、ステージ上の大型スクリーンの映像が途絶えた。

 

「何が……!?」

 

「これは……」

 

「緒川さん……間に合ったんだ!」

 

世界に中継されていた映像が途切れた。 これにより世界からこの場がどのような状況になっているのか分からなくなる。

 

「中継が中断されたっ!?」

 

会場全ての画面に“NO SIGNAL”と表示がノイズ音と共に映し出されている。 中継が切られ、ドーム内が世界から切り離された証拠であった。

 

「シンフォギア装者だと世界中に知られて、アーティスト活動が出来なくなってしまうなんて……風鳴 翼のマネージャーとして許せる筈がありません……!」

 

ドームの管制室では息を荒げながら笑みを浮かべる緒川の姿があった。

 

籠から解放された鳥は自由に羽ばたける。

 

「律!!」

 

「行け、翼!!」

 

翼は律の右腕に乗り、律は翼を上に放り上げ翼は腕を蹴り上げ大きく飛び上がった。

 



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24話 胸に力と偽りと

「——Imyuteus amenohabakiri tron」

 

緒川が中継を遮断に成功し、籠から解き放たれた翼は空に舞い上がる。

 

上昇しながら聖詠を歌い、シンフォギア《アメノハバキリ》が起動する。 翼は起動したシンフォギアをその身に纏うが、その姿は以前のものとは少しばかり差異があった。

 

ギアの色合いが以前は青と黒に対して今は青と白。 まるで不純な物が取り除かれ鮮明になっている。 両脚部に装備されていた脚部ブレードも刀身の長さが自在になっているのか、以前は膝まであった刀身が小太刀程度の大きさになっている。

 

これは装者にかかる負荷軽減の為にシンフォギアにかけられた3億近くあるロックのうち幾つかが系統的、段階的に限定解除されたことにより起きた変化であった。

 

響、翼、クリスの3人は今までの戦闘経験の蓄積によりギアとの適合率や親和性が高まり、こうして成長の形はシンフォギアにも現れた。

 

ただし律の場合、通常のシンフォギアとは大きな相違があるため響たちと比べロックは僅かにした解除できておらず、目に見えるシンフォギアの変化は起きていない。

 

「リューツ!」

 

「ガウッ!」

 

先にノイズの群れの中にいたリューツを回収した直後、ギアを纏った翼がノイズの中を真っ直ぐ切り進み。 跳び上がると同時に手に持つアームドギアの形状を刀から蒼い刃の大剣へと変化させ振りかぶる。

 

【蒼ノ一閃】

 

振り下ろされた大剣から放たれた斬撃はノイズを切り捨てながら突き進み、衝撃でノイズが左右に吹き飛ぶとその空いた間に翼は両手で着地し、

 

【逆羅刹】

 

両脚を広げると同時に脚部ブレードが展開し回転、群がるノイズを一掃する。

 

「せいやっ!!」

 

律も見てばかりはいられない。 せっかくのシンフォギアを動かすエネルギーとリューツの餌……長剣で斬ってはその残滓を吸い取り糧とした。

 

ノイズの相手を律に任せ、翼は再びステージに戻り剣先をマリアに向け青眼の構えを取る。

 

「いざ、推して参る!」

 

先に出たのは翼、一気に駆け斬りかかる。 それに対しマリアは繰り出された剣戟を踊るように、マントを翻しながら避け続ける。

 

「はっ!」

 

横薙ぎに振られた刀を跳躍して避け、身を翻しながらマントで攻撃を繰り出す。 翼は迫るマントを切り払おうとするが、それは舞う布を切るような事……伸縮自在なマントを捉えられる事は出来ず、刀を擦り抜けて行く。

 

防御を越えられた事に目を見開くも咄嗟に空いた左腕を眼前に出し、弾かれ後退する。

 

「このガングニールは本物!?」

 

感覚的なものだろうが、奏と響の《ガングニール》を通してマリアの使うシンフォギアが《ガングニール》だと確信してしまう。

 

「漸くお墨を付けてもらった。 そうよ、これが私のガングニール——何者もを貫き通す無双の一振り!!」

 

会場からノイズを一掃した律がステージに降りてきた。

 

「翼!!」

 

「——助太刀無用! これは、私の戦だ!!」

 

共闘しようとしたところを翼の一喝で止められた。 律はどうしようかと考え、長剣を鞘に納め一歩下がった位置で静かに佇んだ。

 

「……槍を使わずして戦うとは……私を舐めているのか!?」

 

「必要がない、それだけよ!」

 

そう答えながら槍を使わないという体を表すように槍を右腕の装甲に戻し納めた。

 

マリアは飛び上がりながマントを剣のように扱い斬り下げ、そして着地からの斬り上げを繰り出し。 続けて自身の身体を包むようにマントを巻き付かせて回転を開始、コマのようになりながら突撃する。

 

翼は2段攻撃を防ぐと足を広げ腰を落とし刀を両手で握りしめ、それを受け止める体勢を取り。 マントと刀が接触すると火花を散らし稀有な鍔迫り合いとなった。

 

「だからとて! 私が引き下がる通りなど……ありえはしない!!」

 

たとえガングニールが相手だろうと、翼がたじろぐ事はない。

 

すると、その最中にマリアのギアに通信が入る。

 

『マリア、お聞きなさい。フォニックゲインは現在22%付近をマークしています』

 

(なっ!? まだ78%も足りてない!?)

 

予定よりもはるかに少ない数値にマリアは驚きを隠せなかった。 通信先にいる妙齢の女性が報告を続ける。

 

『加えて《クラウソラス》の装者が放つノイズがフォニックゲインの上昇を阻害しています。 かの装者からノイズ率が300%以上を叩き出しています』

 

(ッ……! 個人でそれだけ高いノイズが!?)

 

視線を佇む律に向ける。 彼女たち武装組織《フィーネ》の目的遂行のためには律の存在そのものは邪魔でしかならなかった。

 

「…………(ギリッ)」

 

今は彼女たちの目的が第一優先。 だが律が使うシンフォギアについて知りたい。 この2つのどちらかの選択に迫られマリアは歯軋りをしてしまう。

 

「マム! あの装者は……!」

 

『私にも分かりません。 それに、今はそれを確認している暇はありません』

 

「………!」

 

鍔迫り合いの最中、マリアの意識が自分から離れたと察した翼は鍔迫り合いをやめ後ろに向かって飛び上がる。

 

気が動転してしまったマリアは急に攻撃による支えが消えてしまった事で前のめりにつんのめってしまう。

 

空中で柄を収納している太ももの部位にある装甲から2振りの柄が射出され、展開され両刃の直剣のアームドギアを逆手で掴み取る。

 

「私を相手に気を取られるとは!!」

 

翼は持っていた2本のアームドギアの柄頭を連結させて一振りの双刃剣とし、連結部位を中心に両手の中で回転を始めると刀身に燃え盛る炎を纏った。

 

着地と同時に脚部ブレードを展開し加速、滑空しながらマリアとの離れた距離を一気に肉薄する。 体勢を崩しているマリアは回避も間に合わず、

 

【風輪火斬】

 

風の如き勢いで業火を纏った剣の袈裟薙ぎが炸裂した。

 

「ぐぅ……!」

 

咄嗟にマントで防御し直撃は避けたが大きな手傷は負ってしまい苦悶の表情を見せる。

 

「話はベットで聞かせてもらおう!!」

 

身を翻し再び業火を纏った双刃剣を手の中で回転、文字通りその炎でレア(戦闘不能)状態にさせるためにトドメを射しに行った、その時、

 

「ッ……!?」

 

突如、翼の背後から甲高い音を立てながら無数の飛来物が迫ってきた。 翼はトドメを中断し振り返りながら回転させていた双刃剣を盾にして防ぐ。

 

「丸鋸……!?」

 

傍観していた律も他者からの乱入に驚き、飛来してきた方向を確認すると……そこにはピンクと黒のシンフォギアを身に纏っている黒髪の少女がいた。

 

(さっきの……!)

 

その少女は律が先程移動中に出会った2人の少女のうちの1人だった。

 

少女は歌を歌いながらステージに降り、両側頭部に装着されているツインテールのようなアームドギアを展開し、無数の円盤……先程の丸鋸を翼に向かって射出する。

 

【α式 百輪廻】

 

その直後、背後からもう1人……片割れのもう1人の金髪の少女が緑と黒のシンフォギアに身を包み、巨大な大鎌を振りかぶると鎌の刃が3枚刃に分裂する。

 

「行くデス!!」

 

金髪の少女は空中で一転し、その勢いで大鎌を振り抜いた。

 

【切・呪リeッTぉ】

 

振り抜かれた大鎌から上下2刃が投擲され、回転しながら翼の左右から弧を描きながら飛来してくる。

 

翼は絶え間なく飛んでくる丸鋸の防御に追われてしまい、身動きが取れなかった。

 

「せいっ!」

 

しかし傍観していた律は即座に動き出し、翼の背後に回ると左右から飛来して来た鎌を斬り落とし翼の腰に手を回すとその場から飛び退き、遅れて無数の丸鋸がステージを刻みながら次々と刺さって行く。

 

「危機一髪……」

 

「まさに間一髪だったデスよ」

 

マリアを守るように現れたのはさらに2人の装者だった。

 

「装者が……3人!?」

 

「君たちは、さっきの……!」

 

装者は貴重で、1人を見つけるのにも多大な時間がかかるというのにも関わらず。 立て続けに3人、敵として現れた事に驚きを隠せない。

 

「調と切歌に救われなくても、あなた程度に遅れを取る私ではないんだけどね」

 

「通信に気を取られていてよく言うよ」

 

形勢逆転とばかりに笑みを浮かべ歩いてくるマリアに、律は先程の隙ができた原因を指摘する。

 

その間、2人の少女は律のシンフォギアを驚きを隠せない表情で見つめていた。

 

「……マリア。 あのシンフォギアって……」

 

「分かってる。 でも今はそれどころではないの」

 

「で、でも! あれは間違いなく《クラウソラス》デス!!」

 

どうやらマリアだけではなく、2人の少女……調と切歌も律のシンフォギアについて知っているようだった。

 

「……答えてくれ。 《F.I.S》とは何なんだ?」

 

「ッ……先に答えるのは貴方よ! そのシンフォギアを——」

 

すると突然、マリアは喉に出かかった言葉を止め、上を見上げる。 そこにはプロペラ音を立ててホバリングしているヘリの姿があり……そのヘリから2つの人影が降下していた。

 

「土砂降りの——10億連発!!」

 

【BILLION MAIDEN】

 

1人は《イチイバル》のシンフォギアを纏った雪音 クリス。 空中で二丁の4門ガトリングを展開すると真下に向かって、まさに雨の如く銃弾を撃って行く。

 

調と切歌はその場から飛び退き、マリアはマントを頭上に張り硬化させ、傘のように降り注ぐ銃弾から身を守る。

 

「おおおっ!!」

 

雨の中に一つの巨大な霰が落ちてくる。 それは《ガングニール》のシンフォギアを纏った立花 響。 急降下しながら拳を振り上げ、マリアに向かって拳を振り下ろす。

 

だが寸前での所でマリアは身をよじり、響の拳はステージを打ち抜いた。 避けながらマリアは反撃に転じマントを振り抜き、響は身を屈めて頭上にマントが通り過ぎて行き、地を蹴りステージを降り距離を取った。

 

律と翼もクリスが攻撃を開始した時点でステージを降り、4人は合流するとステージ上にいる3人の装者を見上げる。

 

「やめようよこんな戦い! 今日出逢った私たちが争う理由なんて無いよ!」

 

「ッ……そんな綺麗事を……!」

 

「え……」

 

響は響らしく説得しようとするが、それが気に食わないのか調は顔を怒りに歪める。

 

「綺麗事で戦う奴の言う事なんか、信じられるものかデス!」

 

「そんな……話せばわかり合えるよ。 戦う必要なんか……」

 

「——偽善者」

 

献身的に説得を試みる響の言葉を、調は綺麗事のように吐き捨て睨みつける。

 

「この世界には、貴方のような偽善者が多すぎる……!!」

 

今度は憎悪と嫌悪が混じった歌を歌い始めるとアームドギアを持ち上げて展開し“α式 百輪廻”を響に向かって撃ってきた。

 

「何をしている立花!」

 

「……ぁ……」

 

響の前に割って入った翼がまだ展開していた双刃剣を回転させて先程と同じように丸鋸を防ぐ。

 

「クリス!」

 

「わぁってるよ!」

 

戦闘が再開し律とクリスは左右に分かれ律は光線銃、クリスは二丁のガトリングを構えると彼女たちに向かって撃ち出す。

 

3人は襲いかかる銃弾を別々の方向に避け、クリスは上空に跳んで攻撃を回避した切歌に狙いをつけて撃つが……切歌は大鎌のアームドギアを手の中で振り回すことで翼のように攻撃を防ぎながらクリスに接近する。

 

そのまま切歌の攻撃が届く位置まで肉薄され、クリスは横に振り抜かれた鎌を飛んで避けながらガトリングをボウガンに換装する。

 

「近過ぎんだよ!」

 

シンフォギアの特性上、近距離が苦手なクリスは悪態つきながら2つボウガンの矢を扇状に放つが。 切歌は迫る矢を大鎌で防ぎ、再びクリスに向かって行く。

 

別の場所では翼とマリアが対峙しており。 翼は襲ってきたマントを避けながら双刃剣の連結部位を外し、逆手の双剣でマリアに斬りかかる。

 

「はっ!」

 

手数を生かし何度も斬りかかるが、マントを巧みに操ることで防ぎ。 自身を中心にマントを回転させることではじき返した。

 

「ふっ……!」

 

その攻防の間に律はマリアの背後に周り、光線銃を撃つが……マントに触れると鏡で反射したようにあらぬ方向に光線が反射されてしまう。

 

「何それ!?」

 

「《クラウソラス》の特性は知っているのよ!」

 

疑心暗鬼だったが、ここまで特性を知っているとなると律のシンフォギアが《クラウソラス》だという真実味が増してくる。 だがそうも言ってはいられず。 マリアはマントを横に振り抜き、律と翼を薙ぎ払った。

 

さらに響は調の説得を続けており。 巨大鋸を装着した2本のアームから繰り出される攻撃に響は手を出さず避け続ける。

 

「私は困ってる皆を助けたいだけで……だから!」

 

「━━それこそが偽善!!」

 

バッサリと断言されてしまう。 どんなに差し伸べる言葉を並べようとも、その全てが調にとっては偽善にしか聞こえなかった。

 

「痛みを知らない貴方に“誰かの為”なんて言って欲しくない!!」

 

【γ式 卍火車】

 

アームに巨大鋸が装着されている状態で、アームを振り抜き鋸を投擲してきた。 ただ立ち尽くしてしまう響は避けることが出来ず、

 

「っ!」

 

「くっ!」

 

再び間に割って入ってきた律と翼がそれぞれ鋸を剣で受け止め、左右に弾くように跳ね返した。 そしてクリスが響の背後から歩み寄り……その後頭部にボウガンの柄頭を叩き込んだ。

 

「あだっ!?」

 

「鈍臭いことしてんじゃねえ!」

 

「気持ちを乱すな!」

 

「あまり落ち込むなよ」

 

「は、はい!」

 

調とわかり合えなかった事は悲しいが。 3人からの叱咤を受け、響は気を引き締めた。

 

その時……ステージ上に緑色の光が溢れ出し、そこから生々しい音を立てながら緑色の物体が膨張し、巨大な緑色のノイズが出現した。

 

「うわぁ……! 何あのデッカいイボイボ……!?」

 

「増殖分裂タイプ……」

 

「こんなの使うなんて、聞いてないデスよッ!」

 

(え……)

 

調と切歌も響たちと同じ表情でノイズを見上げていた。 どうやらこの規格外のノイズの出現は彼女たちにとっても予定外のようだ。

 

(彼女たちは……武装組織《フィーネ》はノイズを操る術《ソロモンの杖》を保有していない? 《ソロモンの杖》の所持者は仲間ではなく協力者?)

 

杖の所有者はおおよそ予想はついているが、協力関係ではなかった事に律は疑問を覚える。

 

「……マム」

 

『3人共、退きなさい』

 

「……分かったわ」

 

マリアは指示を仰ぐと撤退命令が出た。 マリアは両腕の装甲を合体させて射出すると、そこから槍のアームドギアが展開されマリアの手に収まった。

 

「ここでアームドギアを……?」

 

「なんで今更……」

 

先程は律を炙り出すために抜かれた槍がこのタイミングで再び抜いた事に疑問を覚える。

 

その疑問が答えられぬままマリアは槍を出現したノイズに向けると、槍の先端部から半ばまでの刀身部分が展開され砲身が形成される。

 

砲身部分にエネルギーが集束されたことで砲身付近に紫電が走り、砲身から高出力のビームを目の前のノイズに向けて放った。

 

【HORIZON†SPEAR】

 

「おいおい、自分らで出したノイズだろ!?」

 

砲撃を受けたノイズは破片が会場に飛び散る。 すると、彼女たちは踵を返しステージで飛び上がり、即座に会場から出て行った。

 

「ここで撤退だと!?」

 

「折角温まって来たのに尻尾を巻くのかよ!」

 

「…………! 待て、様子がおかしい!」

 

「あっ!? ノイズが!!」

 

ノイズから周囲に飛び散った破片が蠢きブクブクと膨張を始め、先程よりも大きくなろうとしていた。 それも一つや二つではない。

 

翼は排除しようと双剣を直結に繋ぎ大剣に変形し“蒼ノ一閃”を放つも、それを気にノイズはさらに大きく膨れ上がる。

 

「このノイズの特性は、増殖と分裂……」

 

「放って置いたら際限無いってことか……その内ここから溢れ出すぞ!」

 

「これが狙いだったのか」

 

自分たちが出現させたノイズを攻撃した目的が判明するもそれは今更。 その時、管制室から戦況を見守っていた緒川から通信が入る。

 

『皆さん聞こえますか! 会場の直ぐ外には、避難したばかりの観客達がいます! そのノイズをここから出す訳には……!』

 

「観客!? 皆が……!」

 

未来たちを含めたライブ会場を訪れていた大勢の観客たち。 そのほとんどがまだ会場外におり、このままノイズを膨張巨大化し続ければ2年前と同じ悲劇が起こってしまう。 必ずここで欠片も残さず討伐する必要がある。

 

「迂闊な攻撃では悪戯に増殖と分裂を促進させるだけ……律」

 

「無理無理。 入りきらない。 それにお餅みたいに喉つまらせそう」

 

「どうすりゃ良いんだよ!?」

 

「——絶唱……絶唱です!!」

 

翼が期待する目で律を見ると、律は手を横に振る。 律のシンフォギアにはノイズをエネルギーとして吸収する機構があるが、あのノイズは受け付けないようだった。

 

策を講じようと案を張り巡らせていると、響が“絶唱”を提案してきた。 その単語を聞き、響が何をしようとしているのか察する。

 

「もしかして、アレをやる気か?」

 

「あのコンビネーションは未完成なんだぞ!?」

 

それは絶唱を使ったコンビネーション技。 絶唱の特性上とても危険が伴ってしまう。 それでもと、響の決意は固く無言で頷く、

 

「増殖力と上回る破壊力で一気殲滅……立花らしいが、理に叶っている」

 

「おいおい、本気かよ!?」

 

しかし、他に方法はなくこの場にあのノイズを残しておくわけにもいかない。 そうと決まればと、律は3人の方に向き直る。

 

「なら……俺は彼女たちを追う」

 

「律っ!?」

 

クリスが驚愕した表情で律を見るが、律は無言で首を横に振るう。

 

「俺のシンフォギアから放出されているノイズはフォニックゲインの上昇を阻害する効果がある。 一緒にいたらせっかくの絶唱も台無しになる」

 

「それはそうだが……」

 

「適材適所だ。 律、頼めるな?」

 

「諸事情優先だから保証はしない」

 

彼女たちを追いかける理由は捕縛ももちろんあるが、それよりも律は彼女たちが自分について知っている事を話してもらう事にあった。

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

「ガウ!」

 

響たちにこの場のノイズを任せて背を向け、ウィングを広げると紅い閃光を放出して浮遊。 マリアたちが消えた方向に向かって飛翔する。

 

会場から離れて行くマリアたちは、真っ暗な夜空の中に紅い光があるため、背後から律が追ってくることがすぐに分かった。

 

「……マム。 彼が追ってきます」

 

『よろしい。 そのまま引きつけなさい。 絶唱によるフォニックゲイン上昇を阻害させないため、会場から引き離すのです』

 

そこで言葉を止め。 少し嘆息してから女性は続ける。

 

『……足止めをする時間が必要です。 追いつかれた際、彼の質問には答えて差し上げなさい』

 

「……了解。 2人とも、上がるわよ!!」

 

通信を切ると同時にマリアたちは地上から付近のビルを駆け上り、見つかりやすいように屋上伝いで移動を始める。

 

「……見つけた!」

 

マリアの目論見通り、律が目元にあるバイザーが3人の姿を捉えた。 彼女たちはビルの屋上を飛び移りながら移動していた。

 

律のシンフォギアは空を飛べるため速度は速い。 両者の距離は徐々に縮まって行く。

 

「追いつかれるデス!」

 

「飛べるなんてズルい……」

 

「問題ないわ。 でももう少しだけ……あの廃ビルまで頑張って」

 

「うん」「デース」

 

人気のないエリアにある廃ビルに飛び移ると反転し、反撃に出る体勢を取った。

 

その様子を見ていた律に、本部から通信が入ってくる。

 

『律くん。 相手は3人だ。 戦闘はできるだけ控えてくれ』

 

「分かっています。 俺は知りたい事を問いただしたいだけ……けど最悪の場合《SG-D》を使用します」

 

『……それは最後の手段だ。 相手の目的や背景が見てない以上、こちらとしても情報が欲しい。 なるべく対話で収めてくれ』

 

「誠心誠意努力はします」

 

《SG-D》とは“シンフォギア・デストロイヤー”の略称で、律のシンフォギアの副次的に組み込まれている聖遺物《イペタム》を前面的に起動した状態の事である。

 

《イペタム》の特性上、別段対シンフォギア特化だけの兵装ではないが。 それでもシンフォギアの天敵には変わりないのでこう言った名称になった。 さらに暴走の危険があるため使用限界時間が定められており、使い勝手の悪い“諸刃の剣”という扱いになっている。

 

その事は置いておき……律は本部からの通信を切り。 逃走する足を止めこちらを見上げる3人が立つ廃ビルの屋上に降り立つ。

 

「追いかけっこはもう終わりか?」

 

「……………………」

 

「デース……」

 

ジロリと睨み付ける律に、2人の少女は武器を構えて身構える。

 

「わざと陰から出て俺に視認させ、誘導したと言うことは……おそらく時間稼ぎがしたいんだろう。 なら俺の質問に答えてもらう……」

 

「………………」

 

見抜かれている事に驚愕するが、なるべく無表情を貫くマリア。

 

そんな彼女たちの前で律は……シンフォギアを解除し、生身の姿で向かい合った。 隠されていた素顔を見るとマリアは目を見開きながら息を飲む。

 

律は首に下げていたギアペンダントを手に取り彼女たちに突き付ける。

 

「俺の名前は芡咲 律。 約10年前にこの日本に流れ着いた。 それ以前の記憶は全くない……」

 

「…………え……」

 

「このペンダントはその時から所持していたものだ。 これがシンフォギアと知ったのはごく最近だし《クラウソラス》だというのも今日知った」

 

マリアが知りたがっていた律のシンフォギアについて説明する間、彼女たちは何も言ってはこない。 律は続けて説明する。

 

「だが、つい最近……俺の素性を知る人物が現れた。 君たちも知ってるだろう……櫻井 了子が、フィーネが俺について知っていた」

 

武装組織《フィーネ》を名乗っているのなら、当の本人の正体やどのような結末を迎えた事くらいは知っているだろう。 それを前提に律は切り出す。

 

「まだ聞きたいことはあるが、そっちも俺から聞きたいことがあるんじゃないのか?」

 

「……………………」

 

彼女たちの疑問は先程の説明で既に解決したのだろう誰も口を開かない、納得しないにせよ……ならばと律は質問を続ける。

 

「——なら答えてもらおう! 記憶を失う前俺は《F.I.S》という機関にいた! 《F.I.S》とはなんだ——月読とは何だ!!」

 

「ッ!!」

 

少々怒号混じりだが律は自分が知りたい真実を彼女たちに問いかける。 すると、その質問に調は泣きそうな顔になり、律に顔を見せないように俯く。

 

「調……」

 

「……大丈夫」

 

「こんなのって……ないデス……」

 

他の3人もショックを受けているようだ。 調は声を殺し堪えるように泣き出してしまい、流石に律も動揺してしまい。 声をかけようとした時……頭に軽く鈍痛が走る。

 

「ッ……!」

 

思わず膝をつきかけるが何とか堪え、脳裏に記憶にない光景が映りだす。

 

『名前なんていうんデス?』

 

『…………◼️◼️』

 

『変な名前……』

 

場所は以前にも見たことがあるような無機質な白い部屋。 そこには質素な服を着た少女たち……目の前にいるマリアたちと、マリアとよく似た少女の4人がいた。

 

『なら読み方を変えて……り……つぅ……“律”がいいよ』

 

『それがいいデス!』

 

『……呼びたければそれでいいよ』

 

『うん! よろしく、律』

 

マリアに似た少女が自分に向かってそう名付けると、自分は鬱陶しそうに背を向けていた。

 

この記憶は失われていた記憶なのだろうか? 証明する方法などありはしない……律は顔を上げ、調べの方を見て、

 

「しら、べ……月読……調?」

 

「!!」

 

不意に呟いた名前。 調は顔を上げゆっくりと、律に向かって歩み寄ろうと、した時、

 

「お、おにい——」

 

『行けませんよぉ〜』

 

そこで、奇怪な声が……通信越しでも口元が歪むように吊り上がっていると分かるような男の声が調たちのギアから通信で横槍を入れてきた。

 

『感動の再開ですねぇ。 ですが悲しいかな、再開した兄妹は敵同士! 分かって……いますよねぇ?』

 

「……ッ!」

 

まるで命令を強制されているようで、思い通りにできない歯痒さに調は強く拳を握りしめる。

 

「調、ここは耐えて……」

 

「…………うん…………」

 

彼女たちはアームドギアを抜き、対話から再び敵対姿勢を見せる。

 

「……何よりも優先すべきことなんだろう。 だが……」

 

これ以上の問答は無用と判断した律はギアペンダントを握りしめ、歌を紡ぐ。

 

「——Feliear c()l()a()i()o()m()h()s()o()l()a()i()s() tron」

 

名前が判明したからか、聖詠をノイズ無く歌いきり。 律は再びシンフォギアを纏い、剣を握り締める。

 

「それはこちらも同じこと!」

 

「くっ!」

 

一瞬でウィングを広げる飛び上がり、彼女たちの頭上を取ることで空を制し有利な立ち位置を取る。

 

「早いデス!」

 

「調! あなたは下がってなさい!」

 

「……大丈夫。 私も……!」

 

あの中で1番律と戦いたくなかった調だが、自分を押し殺してでも成し遂げたい彼女たち目的があるのか……調は律と対面しながら身構える。

 

先に律が空から仕掛ける。 急降下から剣を下段から振り上げてから急上昇、相手からの攻撃が届かない空まで離脱し反撃をする機会も与えずヒット&アウェイを繰り返す。

 

「ダメデス! 早過ぎるしこっちの攻撃が届かないデス!」

 

「まともにやり合ってはくれないようね……」

 

「しかも簡単には逃げられない。 やっぱり……」

 

彼女たちの攻撃は空にいる律には届かず、かと言って逃げようとすればすぐに追いつかれ背後から狙われてしまう……マリアたちは期せずして自分たちから鳥籠に入ってしまった。

 

「このぉ!!」

 

マリアは再び攻撃を仕掛ける律の前に飛び出し、槍を横にして突撃し、屋上を引き摺って削りながらもなんとか受け止め、鍔迫り合いとなる。

 

「さっきから歌を歌わないなんて、私たちを舐めているのかしら!?」

 

「それはお互い様でしょう!!」

 

律が歌えないのはノイズによる影響だが、どちらにせよお互いに本気を出していないのは確かだった。

 

すると、言い合っている隙に律の背後から調と切歌が襲いかかってくる。

 

「甘い!!」

 

「……ッ……」

 

「デス!?」

 

漆黒(ブラック)鵬翼(ウィング)

 

背を向いたままウィングから無数の光線を発射させ、背後から襲いかかる2人を迎撃し、その発射の勢いで鍔迫り合いを押し返し再び空に上がろうとすると、

 

「逃がさないデスッ!!」

 

しかし、逃さないと切歌のギアの右肩部装甲が展開するとアンカーが射出され、空中で飛んでいた律の左脚に絡み付いてしまう。

 

「しまっ——」

 

斬り裂こうとする前に、アンカーが巻き取られるように急激に引っ張られてしまい、

 

「はあっ!」

 

「ぐっ!」

 

さらに飛び上がってきたマリアが槍を振り下ろし、防ぎはしたが律は屋上に叩き下ろされてしまった。

 

「そこデス!!」

 

頭上にあった鉄柱を足場にして蹴り上げ、大鎌をギロチンに変形させさらに肩部プロテクターから小型ブースターを点火させて加速しながら急降下して追撃を仕掛けてきた。

 

「ッ!!」

 

吸音(アブソーブ)光剣(クラウソラス)

 

《クラウソラス》と自覚してから使えるようになった技。 長剣の刀身に紅い光を纏わらせて下段から振り上げ、落ちてきたギロチンを一刀両断した。

 

「デェス!?」

 

ギロチンが真ん中から両断され、切歌は慌てながらブースターを横向きにしバランスを崩しながら勢いよく屋上を突き破って廃ビル内に突っ込んで行った。

 

「今のうちに……」

 

「させないわ!」

 

足の拘束を斬ろうとすると、そうはさせまいとマリアが突撃し。 今度は動けない律に攻撃しては後退……つまり先程の律と同じことをやり返してくる。

 

「このっ!」

 

「2人とも!」

 

横に振られた剣を避けながらマリアが合図と共に離脱する。

 

「やあっ!!」

 

【γ式 卍火車】

 

「今デェースッ!!」

 

【揺殺・剥ンZ流】

 

間髪入れずに正面から走ってきた調はギアのツインテール部分から2枚の巨大鋸が装着されたアームを展開し、甲高い音を立てて回転させながら突撃してきた。

 

行儀良く階段から屋上に上がってきた切歌の方はどうやら設置型の技のようで。 彼女が律の頭上にあった鉄柱にアームドギアの柄を仕込んでいたようだった。

 

そこから三日月のような両刃の大鎌が展開され、振り子のように揺れ動きながら律に迫ってくる。

 

(流石にこれは……!)

 

すぐに動けない状態で左からは大鎌、右からは丸鋸、さらに頭上からは落下しながら槍を展開して砲身を見せているマリアの姿が……完全に詰んでしまっている。

 

弦十郎のようなとてつもない手練れというわけでもないが、それでも多勢に無勢……数の差に押されてしまった。

 

(——やるしか、ない!)

 

【SG-D】

 

苦渋の決断のように覚悟を決めると……ヘッドギアのバイザーに“SG-D”の文字が表示される。 すると律の纏うシンフォギアの装甲に紅い線が走り、同色の粒子が全身から溢れ出す。

 

全身まで引かれた紅い線が継ぎ目として割れ、露出した部位から紅い結晶体が現れさらに大きな紅い光が放たれ、背部にウィングは折りたたまれバックパックのように背に装着される。

 

そして頭部のヘッドギアが変形。 装甲が頭部に移動しながらバイザーが収容され律の素顔が空気に晒され。 頭部に屹立していた“くの字”の角が中央から左右に割れ……2本の角となった。

 

「変形、した!?」

 

「いや、変身デェス!!」

 

「あれはガン——」

 

「その先は言っちゃダメデェーースッ!?」

 

「——せあっ!!」

 

彼女たちが驚く間も無く律は全体に回転切りを放つ。 一撃目で迫る大鎌を斬り裂き、二撃目で調の丸鋸を斬り裂きながらはじき返し。 そして回転による剣圧で空中にいたマリアの体勢を崩し狙いをつかないようにさせる。

 

そして、一撃目と二撃目が切歌と調のアームドギアを捉えた事により、2人のアームドギアが律のアームドギアに吸収されてしまった。

 

「何デスか!?」

 

「こんなの……《クラウソラス》には……」

 

「…………! まさか《イペタム》の……!!」

 

「シュルシャガナとイガリマ……いただき」

 

柄頭を掴み、ジャッキを上げるように引くと柄頭が柄の半分程度の長さが引き出された。 すると、刀身に纏わりついていたピンクと緑色のエネルギーが吸収される。

 

「アームドギアが……!」

 

「吸収されたデス!」

 

「倍返しだ!!」

 

強奪(ジャッキング)武具(ギア)

 

律の昂る感情に反応したのか剣の柄頭のジャッキが戻り、振り抜いた剣から無数のエネルギー状のピンクの丸鋸と緑色の鎌が飛び散っていく。

 

「ッ……!!」

 

「マリア!」

 

マリアは律に背を向けて切歌と調を抱き寄せ、マントを広げると盾となり丸鋸と鎌から身を守る。 が、完全には防ぎきれないようでマリアは苦悶の表情を漏らす。

 

「行くぞ!!」

 

陽炎(カゲロウ)影牢(カゲロウ)

 

畳み掛ける律は分身を繰り出す。 忍者(ニンジャ)術攻(アタック)から続く派生技。 無数の分身が彼女たちを半球状になるよう常に走りながら取り囲み、動きを封じ込めた。

 

『一気に決めさせてもらう!!』

 

全方位から声が振りかかりマリアたちが身構える中、律は謳を歌い始める。

 

「——何を(かた)らむ」

 

歌を歌っているのにも関わらず、マリアたちは自分たちに比べフォニックゲインの高鳴りが僅かにしか感じられなかった。

 

「白銀の根はその足に 黄金の茎はその腕に 白き玉はその魂に 既にその(たなごごろ)に……」

 

「デス……?」

 

「! みんな、月を!」

 

不思議に思っていると調が夜空に浮かぶ月を指差す。 そこには……砕けた月を背景にウィングを広げる律の姿が。 それはまるで紅く空に輝く“暁”のようだった。

 

「ありぬべし!!」

 

永夜の月輪(ルナ・イルメナイト)

 

暁月の両翼から無数の閃光が溢れ出し、その光が一点に、前に突き出した律の両手の中に収束して行き……巨大な紅い光線がマリアたちに向かって放たれた。

 

咄嗟にマリアはマントで自分たちを覆い球状になり……光線は彼女たちを飲み込んで廃ビルを中心から貫き、廃ビルは一気に崩落した。

 

大きな土煙が立ち込め、律はゆっくり降下、着地し辺りを見回すと……光線の着弾付近にはボロボロになって倒れ伏しているマリアたちの姿があった。

 

「ぐうっ!!」

 

「う……」

 

「デー……ス……」

 

これで無力化に成功した。 このまま拘束しようと手錠を作ろうとした時、

 

「これでチェック——」

 

——………カタ……

 

「!!」

 

突然、長剣からまるで柄がゆるんだような音が聞こえてきた。 それが徐々に大きく断続的に鳴り始める。

 

——カタカタカタカタ……!

 

「ッ……もう限界か……!」

 

この音は《SG-D》の稼働限界時間の合図。 すぐにシステムを解除しなければ暴走の危険がある。

 

律はすぐさまシステムを停止し、シンフォギアは再び元の形態に戻った。使用回数に応じて稼働時間は伸びるが、まだ5分と保たなかった。互いに動けない状態になってしまった、その時、

 

「「「「ッ!!」」」」

 

膨大なフォニックゲインの高鳴りを感じ全員が同じ方向……先程までいた会場の方角を向くと、轟音と共に突如として会場から虹色の竜巻が舞い上がった。

 

「何デスか、あのトンデモは!?」

 

「……綺麗」

 

切歌はその光景に驚愕し、調はその虹色の輝きに忌憚のない感嘆の声を漏らす。

 

「成功したのか……」

 

「……こんな化け物もまた、私たちの戦う相手……」

 

この光は響たち3人の絶唱によるもの。 僅かに見えるノイズの破片が消滅していくのを見るに、完全に駆逐出来たようだ。

 

「行くわよ」

 

「あ……デス」

 

「……………………」

 

「あ!」

 

虹色の竜巻に目を奪われている隙にマリアたちは動けるようになったようで、即座に撤退した。 その際、調は名残惜しそうに律の方を向き……最後には背を向けてマリアたちの後に続いた。

 

「くっ……逃げられた!」

 

立て続けに思いがけない出来事が起こり、彼女たちを逃してしまった。 追うことは出来るが、再び彼女たちがわざと姿を表すことはないだろう……加えてやはり《SG-D》の起動は早計だった。

 

律は大きな溜息をつくとシンフォギアを解除し、立ち上がるとギアペンダント内にいたリューツが出てきた。

 

「……恐らく、彼女たちも《F.I.S》という組織にいたはずだ。 俺と、彼女たちの関係は一体……」

 

「ガゥゥ……」

 

(それに何だ……何か不穏な存在が目覚めたような……)

 

きっかけは不明だが、律は自身を襲う不吉な予感を感じられずにはいられなかった。

 



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25話 終焉の始まり

1週間後、10月中旬——

 

“QUEENS of MUSIC”から1週間……あれから武装組織《フィーネ》は何の動きもないまま鳴りを潜めていた。 逆に言えば何も出来ず何も分からない状態が続いてしまった。

 

マリアが宣言した国土割譲も、結局は言っただけで実際に国境が増えたり減ったりもせず何も変わらなかった。

 

このままでは完全に後手に回ざる得ないが、それでも律たち装者は今日も情報収集を続ける二課からの報告を待つしかなかった。そして、

 

「つまりこの数式を代入して——」

 

教卓の前で教師が授業内容を口にしながら黒板に文字を書き綴る。 律は新たな学び舎である《リディアン音楽院》の2年の教室にいた。

 

付近に街の人々の通学のために使われる路面電車が走っており。 レトロな雰囲気があるここは新設された《リディアン音楽学院》。

 

以前にも話した通り、律はリディアンの新校舎の設立と学院再開と同時に交換編入という名目でこの学院に来ることになった。 交換編入なので制服は以前の《アイオニア音楽専門学校》の制服のままになっており、周りと比較すれば浮きがちになる。

 

入学当初は在学生の女子たちと少なからず壁はあったが、授業を共にして一月も経てば立派なクラスメイトの一員になっていた。

 

(彼女たちは、一体……)

 

授業を真面目に受けながらも、先程から律はマリアたちの事で深く考え事をしていた。 脳裏に思い返されるのは調の表情。 とても悲しんでいる顔が脳裏から離れられなかった。

 

(月読……俺とあの子は、兄妹……なのか?)

 

そう言っても何故かピンとこなかった。 兄妹だとしても先ず、2人はあまり似ていなかった。 髪の色も調は黒に対して律は灰色のアッシュブロンド。

 

各部の顔のパーツを比べても差異しかなく、それぞれが母親似と父親似と言ってしまえばお終いだが、それは推測で結局は何の結論も出来なかった。 言ってしまえば家族の静香と似たような感じに思えてしまう。

 

(……ダメだ。 考えれば考えるほどドツボにハマっていく……)

 

サラッと、数式を描く途中で“家族?”と目に見えて確認するように書いてしまう。

 

「ふぅ……」

 

「…………!」

 

一度考えを捨てようと律が溜息を吐くと、その様子を見ていた同じクラスになって隣の席のクリスが見ていた。

 

(アイツ、もしかしてアイツら(マリアたち)の事で悩んでるな。 あの馬鹿もわかり合えなかったで性に合わずに悩んでいるようだし……)

 

「……——おい」

 

(だがアタシに何が出来るんだ? 言えたもんじゃねぇが撃った壊したぐらいしか出来ることねぇし……)

 

「……おい、雪音」

 

「っ〜〜! こんな事してる場合じゃねえってのに〜!?」

 

「ほお? 私の授業が“こんな事”か」

 

「……へっ?」

 

頭をワシャワシャと掻き毟ったクリスは頭上から降りかかった声を聞き、唖然としながら顔を上げると……そこにはこのクラスの担任の黒スーツを着た茶髪のポニーテールの先生が鋭い眼光で腕を組んで見下ろしていた。

 

「訳ありと聞いて目をかけていたが……雪音、私の授業がそんなに退屈か?」

 

「い、いや……そういう訳じゃ——」

 

——スパーーーッン!!!

 

「教師には敬語を使え、馬鹿者」

 

「………………(シュー……)」

 

先生からの出席簿アタックが繰り出され、クリスは脳天から煙を上げて机に突っ伏した。

 

「お前のせいだぞ!」

 

授業終了後、すぐにクリスは開口一番に先程叱られて事で律を非難する。

 

「いや、どう考えたってクリスが勝手に自爆しただけだろう」

 

「そ、そりゃそうだが……」

 

しどろもどろになるクリス。 そんな彼女を見て律はフッと笑った。

 

「ありがとな。 俺のことを心配してくれたんだろう? 俺は大丈夫だから」

 

「!! う、自惚れんな馬鹿! 誰もお前の事なんか心配してねぇよ!!」

 

お礼を言われたクリスは腕を組み顔を真っ赤にしてそっぽを向く。

 

「とはいえ、もう1週間……彼女たち《フィーネ》はなんの活動もせずに篭っているだけ……」

 

「なんの尻尾も出さねぇし、雲を掴むような状況だ……」

 

「マリアたちの目的はなんだ? それが見えてくるまでは待機するしかないだろう」

 

「ああ。 しかし、世界に宣戦布告たぁとんでもねぇ奴だな。 あれが世に聞く悪女ってやつか?」

 

「うーん、そんな人には見えなかったけどなぁ」

 

遠目で見た事しかないが、実はライブ開始前に腹ごしらえとして関係者全員のためにケータリングが用意されていたのだ。

 

その一角で、ステージ衣装を着ていたマリアがタッパー片手に忙しなく、料理を人目を気にしてタッパーの中と自分の口の中に詰め込んでいたのだ。 その表情はタッパーに入れている間は母親で、自分の口に入れている間はまるで子どものような表情にコロコロ変わっていたので……クリスの言う悪女やステージ上で立つ歌うマリア・カデンツァヴナ・イヴとはまた別の一面が見られたようだった。

 

(でも、不思議と唖然はしなかった。 まるで“相変わらずだなぁ”って思って……)

 

「——何話してんだ、律?」

 

「ご一緒させていいかしら?」

 

そこに、一緒に交換留学する事になりリディアンでも同じクラスとなった打鐘 錦とアルフ・ライフォジオが2人の元にやってきた。

 

「他愛のない雑談でいいなら」

 

「よ、よぉ……」

 

まだ人見知りであるクリスは愛想悪く、小さな声で返事をする。

 

「さっきは自分の過失だったとはいえ、ご愁傷様だったわねクリス」

 

「……フン……」

 

「それで何話してたんだ?」

 

「この前の事件についてな」

 

そう言われて「ああ」と2人は納得する。 周知の通りライブ時の状況は世界に中継されていたため、先の事件を知らない人はいない。

 

錦はスマホを取り出すと今日のニュースにもなっているニュース番組の映像を映し出して見せた。 ちょうどもう1人の装者……律と戦っている最中の映像だ。

 

「また律はノイズ絡みの事件に巻き込まれて……もうそういう星の元に生まれてきたのかしら?」

 

「俺だって毎度毎度巻き込まれるの嫌だよ」

 

「もう1週間だってのに、まだニュースになってるよな」

 

「彼女の宣戦布告にも驚いたけど……結局、この似たような人も誰なのかしら?」

 

「……………………」

 

そう言ってアルフは動画に映っているマリアと斬り合っているもう1人の人物……シンフォギアを纏っている律を指差す。 引き合いに出された当の律は無言になる。

 

「SNSだとマリアと同じ兵装って話が多いな。 それに中身の方も風鳴 翼と普通に喋っていたことから、知り合いって話もあるな」

 

「へぇ…………あら、軽く炎上してるわね」

 

(え、炎上……)

 

他人事ではない律は当然この話のど真ん中にいるため、バレてないとは言え気が気ではなくとどめなく冷や汗をかいてしまう。 炎上した内容は翼がノイズに落下しかけたところを助けた場面の事を指している。

 

その軽い救出劇は当然世界に中継されていたため、様々な憶測が飛び交ってしまった。 せめてもの救いは顔出しして無かった事や、二課の真骨頂である情報規制のお陰で律個人の特定は避けられていたことである。

 

「ま、まあそれはともかく……世間は騒がしいけど、それよりもこっちにもやる事は多いんだ。 そっちにも目を向けないと」

 

「あー、そうだったなー」

 

「そっちはそっちで面倒だなぁ……」

 

「ええ、急ピッチで《学祭》の準備もしなくちゃいけないし……流石に疲れてきたわね」

 

溜息をつきながらアルフは壁に寄りかかる。 3日後に開催を控えている学祭《秋桜祭》。 出来たばかりのリディアンで急遽決定したのには理由があった。 それは共同作業による連帯感や、共通の想い出を作り上げる事で、 生徒たちが懐く新生活の戸惑いや不安を解消することをという名目で企画されている。

 

加えてこのリディアンには律たちの《アイオニア音楽専門学校》の他にも交換留学を行なっている学校が合計して4校あり。 これから学び舎を共にする他校の生徒たちとの交流を深める意味合いも含まれている。

 

だが、実のところこの学院で律はかなり肩身の狭い思いをしている。 それは、

 

「しっかし、ホント少ないよなぁ……男」

 

「少ないというかこのクラスには2人しかいないからな」

 

錦と律の言う通り、このクラスには律と錦の他に男子生徒はいない。 大半が女子だ。

 

リディアンが元々女子校という事もあるが、この学院と交換留学をした4校中2校は女子校。 つまり圧倒的に男子の数が少ないのだ。 両手で数えれば足りる程の人数しかこのリディアンにはいないのだ。

 

“音楽”という共通する話題があるため孤立する事はないが、それでも日々向けられる視線には耐え難かった。

 

「歓迎されているだけマシだろう。 これで敵意を向けれてたらやってられないわ」

 

「俺はむしろそれが……」

 

「それ以上言ったら軽蔑しますよ」

 

「うぇ……」

 

ゾクゾクっと身体を震え上がらせる錦にアルフは冷めた目を向け、クリスは少し顔を青ざめながら身を引いた。

 

学院の現状やマリアたち、色んな事に頭を悩ませても時間は過ぎお昼休み……律は学院の購買で昼食を買い中庭に向かっていた。

 

「リューツ? リューーツーー? ルールルルーー」

 

キョロキョロと中庭を見回しては“ルルル”とリューツを呼ぶ。

 

律は毎日リューツをリディアンに連れてきており、この辺りで離している。 本当は家で大人しくさせておきたいが万が一、暴れでもしたら溜まったものではないので、こうして連れてきている。

 

二課を通じて学院にも許可は取ってあるが、あまり教師陣にいい顔はされなかった。

 

「全く。 お昼には顔を出せって言っているのに……」

 

ここの中庭はそれなりに広いため探すのに一苦労する。 そこで律の耳に女子たちの和気藹々とした声が聞こえてきた。恐らくは、

 

「ガウ」

 

「「「キャーーー!!!」」」

 

「……………………」

 

……律は予想はしていた。 響たちや二課の女性陣がああだったので、リディアンもその例に漏れなかったと。

 

ちょこんと座るリューツの周囲にはリディアンの女子生徒たちが取り囲んでおり、黄色い声を上げてリューツの事を撫でたりめでたりしている。

 

「リューツ!」

 

「! ガゥウ!!」

 

名前を呼ぶとリューツは律に気が付き、女子たちの間を擦り抜けて駆け寄り。 ジャンプして腕を駆け上り、定位置である肩の上に乗った。

 

律はリューツと戯れていた女子たちに「ごめんな」と一言謝ってから、リューツを名残惜しそうに見つめる目を背けてその場を離れた。

 

その後律は同じ中庭……小さな林に移動すると、その木陰にクリスたちと、1学年下にいる響たちが先に昼食を食べていた。

 

「お待たせ」

 

「あ、サキさん。 リューツは見つかりましたか?」

 

「ガウ」

 

今日は天気も良いという事です中庭で食べるか事になり、1年生の響たちも交えての昼食となった。

 

創世の質問に答えたのはリューツ自身で。 リューツは律の肩から飛び降りるとクリスの側により、丸くなって寝そべった。

 

「皆さんはもうリディアンには慣れましたか?」

 

「それはお互い様でしょう。 まあ、少し好奇な目にさらされているようでまだ気が休まりませんが……」

 

「あー、分かります。 私も結構みんなに色んな視線を向けられます」

 

「それは響が遅刻したり寝てたり話を聞いてなかったりしてるからでしょ」

 

「女子はいいが、俺ら男子には結構苦痛だぜ」

 

「そうなの?」

 

「落ち着かないのは確かだな。 とはいえ、学祭も近いしそうとは言ってられない」

 

このリディアンが新設してまだそんなに経ってない状況での学祭、かなり急であるため悠長な事は言っていられない。

 

「そう言うそっちはどうなんだ? リディアンが共学化して、他校の生徒が入ってきて?」

 

「うーん、あんまり変わらないですね。 うちのクラスに入ってきた子とも仲良くしていますし」

 

「それに私たちのクラスに男性の方はいませんし……1学年に片手で数えるくらいの人数しかいないのでしょうか?」

 

「1学年で3人いるかいないかくらいだったと思うよ。 アニメみたいなハーレム状態だねー」

 

「……実際にそうなったら気が気じゃないがな。 ま、慣れるしかない」

 

昼食を食べながら新しい学院での生活を伝える律たち。

 

「放課後からまた学祭の準備に追われる。 とりあえず自分たちのクラスの出し物をやりつつ、学院全体を手伝うとしよう」

 

「んー、そんな感じでいいんですかねぇ?」

 

「あまり肩筋張っては疲れるわ。 成功を考えるより止まらず完走する気構えの方が気が楽になるわよ」

 

「確かに。 その方が楽しくなりそうです!」

 

「サボらない程度に、反感を買わない程度にやりゃあいいか」

 

「特にクリス。 ちゃんとクラスメイトのみんなと仲良く……とは言わないけど、なるべく協力するんだぞ」

 

「そうですよ——キネクリ先輩」

 

「誰がキネクリだ!!」

 

注意を促すようにそう言うが、クリスは創世の独特な渾名に反感を買う。 因みに錦は“ネシキ先輩”、アルフは“フォジ先輩”と呼ばれている。

 

錦はともかく、アルフはこの渾名はクリス同様に不評である。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

放課後——

 

日は沈み出し夕方になる頃、学院内にはまだ生徒たちが残っていて学祭の準備を進めていた。

 

新校舎から移転して初めての学祭……生徒たちの気合いの入りようが違く、夜が来ても準備を続けるような勢いである。

 

かく言う律も大いに準備に追われていた。 というのもクラスの出し物以外にやる事が多いのだ。 特にここは音楽学校……その学際ともなれば当然音楽に関する出し物が多くなり、そのための楽器等の調律を任されてしまった。

 

(ピアノ類ならまだしも管とか弦楽器とかは自分でやって欲しいな……)

 

学院中にある楽器の調律をお願いされ量が量になってしまい、流石に律も疲弊してしまった。

 

なおクリスは先程クラスメイトの女子たちに呼ばれており、律は最後の調律を終え自分のクラスに帰る途中廊下を歩いていると、

 

「律」

 

「ん?」

 

そこには様々な小道具が入った紙袋を抱える翼が立っていた。 彼女も学祭のための準備に追われているようだ。

 

「翼か。 そっちも学祭の準備か?」

 

「ああ。 こう言う祭事は不参加が多かったが……今回は何とか参加できそうだ。 今はまだ準備の最中だが、まるで舞台裏の方々の仕事を体験できているようで……たまにはこういうのも悪くない」

 

「そうだな……先の事件が無ければ、後腐れなく楽しめるんだが」

 

武装組織《フィーネ》が野放しになっている以上、心ゆくまで学際を楽しめる訳もない。 そのまま2人は揃って歩いていると、

 

「ッ!」

 

「って!!」

 

「おっと……!」

 

曲がり角から飛び出し、正面から勢いよく走ってきた人物とぶつかってしまい、両者は弾かれるように尻餅をつく。

 

翼が抱えていた紙袋からは翼のクラスが学際で使用するであろう紙やテープ、色紙類が宙に飛び散る。 その寸前、持ち前の反射神経で律が翼が倒れる前に背中に手を回して抱き留め、続けて重力に従って落ちてきた小道具を地面に落ちる前に全て受け止めた。

 

「大丈夫か?」

 

「あ、ああ……ありがとう……」

 

翼は少し顔を赤らめながら礼をいい、立ち直ると気恥ずかしいのか少し律から距離を置きぶつかってきた人物に目を向ける。

 

「……脇見しつつ廊下を駆け抜けるとは……あまり関心できないな」

 

「痛っつぅーっ!!」

 

「そっちも大丈夫か……って、クリス?」

 

ぶつかってきたのは痛そうにお尻をさするクリスだった。

 

「雪音? 何をそんなに慌てている?」

 

「奴らが……奴らに追われてるんだ。 もう直ぐそこにまで……」

 

「?」

 

すると、どこからか複数人が走って近付いてくる音が聞こえてきた。

 

クリスは慌てて立ち上がると校舎の影に息を潜めながら隠れ始める。

 

その直後、目の前廊下を3人の女子生徒たちが誰かを探すように律たちの側を駆け抜けていった。

 

(今のはクラスメイトの……)

 

「特に怪しい人物など見当たらないが……?」

 

「そうか……上手く撒けたようだな……」

 

想像していた怪しい人物が来なかった事に疑問を覚える翼に、クリスはホッと息を吐いた。 この一連で察した律は腕を組みジト目でクリスを見つめる。

 

「クリス。 もしかして学祭をバックれようとしてるんじゃないだろうな」

 

「……………………」

 

「もしや、奴らとは……」

 

「あぁ……何やかんやと理由を付けて、アタシを学校行事に巻き込もうと一生懸命なクラスの連中だ」

 

「やっぱりか……」

 

「雪音さーん!」

 

「もう、何処行っちゃったのかしら……?」

 

クラスメイトである3人の少女たちがクリスを捜す中、当の本人は言い訳じみた愚痴を零しだす。

 

「フィーネを名乗る謎の武装集団が現れたんだぞ。アタシらにそんな暇は……って、そっちこそ何やってんだ?」

 

「見ての通り、雪音が巻き込まれ掛けてる学校行事の準備だ」

 

「はい、翼」

 

そう言われて律は手に持っていた物を紙袋に入れた。 翼は「ありがとう」と一言お礼を言い、重くなった紙袋を抱え直す。

 

「それでは、雪音にも手伝ってもらおうかな?」

 

「何でだ!?」

 

「戻った所でどうせ巻き込まれるのだ。 ならば、少しぐらいは付き合ってくれても良いだろう」

 

翼の手伝いをするかクラスメイトの方に行くか……その二択を迫られたクリスは「ぐぬぬ」と嫌そうな顔をする。

 

「俺も手伝いますよ」

 

「いいのか? 律は私以上に忙しいはずだろう」

 

「その仕事もついさっきひと段落しましてね。 クラスの方の手伝いをと思ったんですけど……ここで目を離すと、ね」

 

「ああ、なるほど……手を貸してくれるのならありがたい事この上ない」

 

「おい。 言いたい事があるならはっきり言えよ」

 

「いいから行くぞ」

 

翼はクリスの腕を掴み半ば強引に連れて行き、律も苦笑しながらその後に続く。

 

そして3人は翼の教室で、仕入れてきた色紙を使った装飾や色取り取りの花紙を使った装飾を作る作業を進めていた。

 

「まだこの生活には馴染めないのか?」

 

「まるで馴染んでない奴には言われたかないね。 律とかでも見習っとけ、もうクラスメイトの女子たちと仲良いぞ」

 

「それどちらかと言えば俺の台詞じゃあ……ともかく、俺は普通通り接しているつもりなんだが……」

 

「あーあ。 いいご身分だな、チヤホヤされて」

 

(……なんだ。 すっかり馴染んでいるではないか)

 

仲良さそうに会話する2人を見て、翼は無用な心配とばかりに微笑んでいると、

 

「——あっ、翼さん! いたいた!」

 

校舎側の廊下から翼を呼ぶ声に3人が振り返ると、恐らくは翼の同級生であろう3人の女子生徒たちがいた。

 

彼女たちは心配した風に、それでいて遠慮しない気さくな物言いで歩み寄ってくる。

 

「材料取りに行ったまま戻ってこないから、皆で捜してたんだよ?」

 

「でも心配して損した。 何時の間にか可愛い下級生連れ込んでるし」

 

「みんな……先に帰ったとばかり」

 

「だって翼さん、学祭の準備が遅れてるの自分のせいだと思ってそうだし」

 

「だから私達で手伝おうって!」

 

「私を……手伝って?」

 

近寄り難い雰囲気を出していると自覚している翼だが。 クラスメイトからはそんなの関係なく慕われていており……彼女たち高坂(たかさか) (あゆむ)佐部(さべ) 瞳子(とうこ)大木(おおき) 杏胡(あこ)の3人が翼に手伝いのために駆けつけたようだ。

 

その中の1人……杏胡が律とクリスを見回し、そして律に視線を止めると、

 

「もしかして、彼氏?」

 

「ち、違う! 彼は、その……」

 

ワタワタと顔を真っ赤にして慌てふためく翼。 そんな翼を見て彼女たちはニヤニヤとにやけてしまう。

 

「案外人気者じゃねえか」

 

「“のぼせ上がって”ないからじゃないか?」

 

「!? う、うっせい!!」

 

律は以前にクリスが翼に吐き捨てた台詞を言うと、クリスは顔を真っ赤にして律の事をど突いた。

 

そして翼は彼女たち3人の申し出を快く受け入れ、6人で机を囲み再び準備を進めた。

 

「でも、昔はちょっと近寄り難かったのも事実かな」

 

「そうそう。 孤高の歌姫って言えば、聞こえは良いけれどね」

 

「初めはなんか、私達の知らない世界の住人みたいだった」

 

作業の手を止めないまま3人は翼と出会った当初の印象を本人の前で口にする。 彼女たちの忌憚のない印象を聞きたかったのか、翼は口を出さず耳を傾けた。

 

「そりゃー、芸能人でトップアーティストだもん!」

 

「でもね」

 

「うん!」

 

「思い切って話し掛けてみたら、私たちと同じなんだってよく分かった」

 

「みんな……」

 

「特に最近はそう思うよ!」

 

「その子の影響かな?」

 

そう言って彼女たちは視線を律に向ける。 その視線に気付いた翼は夕陽と同じような顔色になる。

 

「だ、だから違うと言っているだろう!」

 

「あー、ムキになった」

 

「怪しいなぁ〜」

 

「か、からかうんじゃない!」

 

「………? どうかしたのか?」

 

「——律は関係ない。 大丈夫だ」

 

「お? お、おお……」

 

声を荒げていた翼を気になった律は作業の手を止め顔を上げると……真顔になった翼から関係ないと言われ、困惑しながらも頷いた。

 

「……はぁ。 ちぇ、上手くやってらぁ」

 

「……面目ない、気に障ったか?」

 

「さぁーてね」

 

翼たちの遣り取りを見てクリスは呆れるように溜め息を吐く。 先程言っていた自分のように馴染めていないという失言を思い出し、クリスは頬杖をついてそっぽ向きながらはぐらかすように言葉を返した。

 

「だけどアタシも、もうちょっとだけ頑張ってみようかな……」

 

「……そうか」

 

「???」

 

クリスも自分のクラスメイトともう少し話そうかなと聞き、翼は前向きになったクリスを見て笑みを浮かべた。

 

話についていけない律はキョロキョロと2人の顔を見回すしか出来なかった。

 

「じゃあ、もうひと頑張りといきますか!」

 

「うん!」

 

「よし! さっさと片付けちゃおう!」

 

3日後の学祭に間に合わせるため、翼たちは帰宅時間ギリギリまで作業を続けるのだった。

 



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26話 夜深き闇に退き忍び

 

 

 

「なんか出そうな場所だなぁ」

 

「ガウ」

 

肩にリューツを乗せた律は目の前の病院……人気のない廃棄された《浜崎病院》や周りの景色を見て、心霊的な現象が起きそうな場所だと感想を述べた。

 

陽は沈み、すっかり夜が更け既に1日経っているこの時刻、律たち装者は人工島の一角にある廃棄施設付近の建物の物陰に潜んでいた。

 

『良いか! 今夜中に終わらせるつもりで行くぞ!』

 

「はん! こんなの朝飯前に……いや、日の出前に終わらせてやらぁ!」

 

『明日も学校があるのに……夜半の出動を強いてしまいすみません』

 

「気にしないで下さい。これが私たち……防人の務めです」

 

通信機から弦十郎の気合いと緒川の謝罪が聞こえ、翼は問題ないと返す。

 

「街のすぐ外れに、あの子たちが潜んでいたなんて……」

 

『灯台下暗しってやつだな。 まさか同じ手を喰らうとは思ってもみなかったぜ……』

 

奏が以前、フィーネが二課本部で《カ・ディンギル》を建造していた事を思い出し。 吐き捨てるように皮肉を言ってしまう。

 

『ここはずっと昔に閉鎖しれた病院なのですが……2カ月前から少しずつ物資が搬入されているみたいなんです。 ただ、現段階ではこれ以上の情報は得られず、痛し痒しではあるのですが……』

 

「結局。 鬼が出るか蛇が出るか、開けてみないと分からないって事」

 

「ガウ!」

 

「尻尾が出てないのなら、こちらから引き摺り出してやるまでだ!」

 

そう言ってクリスは物陰から飛び出し、それに続くように律と響と翼も走り出し廃病院に向かって駆け出した。

 

「シンフォギア装者、建物内へと踏み込みます」

 

司令室から現場を観測していた友里は装者たちが状況開始したことを通達し、弦十郎は腕組みをしながら司令室のメインモニターを静かに見詰めていた。

 

この動きは二課だけでなく、廃病院に残っていたドクターウェルもモニターで彼らの動きを捕捉、監視していた。

 

「御持て成しといきましょう」

 

ウェルがコンソールを操作すると、律たちが潜入していた廃病院の通路内に血のように赤い霧状の何かが散布される。

 

しかし、明かりもない病院では現場にいる律たちは目視で確認することは難しく、赤い煙に気付けなかった。

 

「……ガウゥ……」

 

「リューツ? どうした?」

 

リューツは本能的に反応できたが、それを伝える術が無かった。

 

「やっぱり……元病院ってのが雰囲気出してますよねぇ……」

 

「何だぁ、ビビってるのか?」

 

「そうじゃないけど……! なんだか空気が重いような気がして……」

 

「あれ? 確かクリスって怖いのダメじゃ……」

 

「——黙ってろ!!」

 

「痛い!?」

 

「……気を引きしめろ。 意外に早い展開だぞ……」

 

周囲を警戒していた翼の鋭い視線の先に、真っ直ぐ律たちに向かって侵攻してくるノイズの群れの姿があった。

 

それを確認した4人は頷き。 シンフォギアを起動するため胸から湧き出てくる聖詠を紡ぐ。

 

「Feliear claiomhsolais tron」

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

「Killiter Ichaival tron」

 

聖詠が響き渡り、起動したシンフォギアは装者たちの体に展開される。 そして歌はクリスが歌い出し、歌が波紋として広がるとノイズの位相差障壁を無効化し、ノイズをこの世界に暴き出した。

 

そしてクリスがすぐ様アームドギアを展開すると2丁4門の2連装ガトリングで射線上にいるノイズを鉛玉の雨で一掃し始める。

 

【BILLION MAIDEN】

 

正面にいたノイズは無数の銃弾で撃ち抜かれた炭になり、初撃を終えたクリスの左右に翼と響が並び立つ。

 

律はこの狭い空間ではウィングが邪魔になるとウィングを折り畳んでから、次々と現れるノイズの方を向く。

 

「やっぱり、このノイズは……!」

 

「ああ。 間違い無く制御されている!」

 

「ならここにいるのは間違いなさそうだな!」

 

この廃病院のどこかに彼女たち《フィーネ》が潜んでいると確信し、4人は一斉に飛び出す。

 

「立花! 雪音のカバーだ! 懐に潜り込ませなように立ち回れ!」

 

「はい!」

 

「律! お前は先行しろ!」

 

「了解! さあリューツ! ランチタイムだ!」

 

「ガウ!!」

 

翼が現場指揮を出し、響は先に先行したクリスのカバーに周り。 ペロリと唇を舐めた律は一気に駆け出し、クリスたちの頭上を超えてさらに前に出る。

 

クリスが正面のノイズを2丁のクロスボウから放たれる矢で撃ち抜き、横からクリスの懐に忍び込もうとする他のノイズを翼が斬り捨て、響はクリスが撃ち漏らしたノイズを打撃で粉砕する。

 

そして先行する律はこの狭い空間では長剣は使い難いため長さを縮め片手剣とし、とにかく数を減らすため通路ギリギリの範囲で剣を振り回し乱舞する。

 

「リューツ!」

 

「ガーーブ!!」

 

剣で切り裂いたノイズを吸収しながら狙って四肢を切り落としたノイズを背後にいたリューツに放ると、リューツは笑顔で大口を開けノイズに牙を立てて噛み付き美味しそうに捕食する。

 

いつも通りにノイズを倒していく律たち。 しかし、クリスが撃ち抜いたノイズが……前触れもなく突如として攻撃しても倒し切れずに元通りになってしまった。

 

「でやあっ!!」

 

響の渾身の右ストレートがノイズの胴体を打ち抜くが、時間が巻き戻るかのようにすぐに空いた穴が塞がってしまう。

 

「ええ……!?」

 

いつもなら朽ちていくノイズ。 だが再生した事実に響は驚愕してしまう。 次いで翼は刀を大剣に変え振りかぶり、

 

「はぁ!」

 

【蒼ノ一閃】

 

繰り出された“蒼ノ一閃”が直線上にいたノイズを切り裂く。 だが、斬られたノイズはクリスと響と同じ結果となり、再生して再び動きだす。

 

「なっ!?」

 

驚く間も無く、続けてノイズが槍となり特攻してきた。 響は殴り、蹴りを入れて弾き。 足元に着弾したノイズを後退して避け、翼とクリスに背を向けながら着地すると息を荒げる。

 

他の2人も同様で、思い通りにならずどんどん疲弊していく。

 

「なんで……こんなに手間取るんだ!」

 

「ッ……ギアの出力が落ちている……!?」

 

原因不明のギアの出力低下に、響たちは徐々に焦ってしまう。

 

二課本部でも響たちのギアの出力低下を観測しており、異常事態として対応していた。

 

「装者たち、適合係数が低下!」

 

「このままでは戦闘を継続できません!」

 

「何が起きている!?」

 

弦十郎たちは驚愕するだけで原因も解決策も出ず、徐々に下がっていく適合係数……このままではノイズを倒すどころか身を守るためのギアすら纏えなくなってしまう。 そうなれば命の危険に晒されてしまう。

 

ノイズに囲まれ、響たちは息を荒げながらも諦めずにアームドギアを構える。 その時、紅い閃光が響たちの周囲に走り、ノイズを一掃した。

 

「おい! 何やってる!?」

 

「ギ、ギアがおかしくて……!」

 

後方の様子が変わった事に気付いたのか、先行していた律が戻ってきたようだ。

 

「——せいっ!!」

 

劣勢になってしまった3人の現状を見ながら律は横一線、確認のため吸収せずにノイズを切り裂くと……いつも通りに炭化して朽ちていく。 元に戻る気配もない。

 

「何もないじゃないか!」

 

「な、なんで律さんだけ!?」

 

「もしや、律のシンフォギアにあるノイズが……!」

 

翼は律のシンフォギアが3人とは違うという点がギアの出力低下に関係していると仮定する。

 

「「…………!!」」

 

その時、律と響が同時に同じ方向……通路の先の方を向くと、それと同時に拳と剣を振り抜き……突如として現れクリスを襲い掛かろうとした影に直撃した。

 

「2人共気を付けて! 何かいる!!」

 

「この感触は……」

 

影は顔面に拳、胴体に剣を受け影は受け身を取り天井を蹴り上げ、再び襲い掛かろうとした所を翼が斬りつけ、影を大きく弾き返した。

 

「アームドギアで迎撃したんだぞ!?」

 

「なのに、なぜ炭素と砕けない!?」

 

「まさか、ノイズじゃ……ない?」

 

「……斬りつけた時、ノイズを吸収出来なかった。 アレはノイズじゃない……」

 

「じゃあ、あのバケモノは何だっていうんだ!?」

 

原因不明の今の状況ではノイズは倒しづらいが、攻撃の過程でノイズは必ず黒く炭化していた。 だが襲ってきた影はその炭化すら起きなかった。

 

そう言って律は左手に紅い光を集束させ、光球として周囲を照らしながら前に放ると……目が無く口からは涎を垂らしながら凶悪な牙を剥き出しにしている身体中に黄色い線が走る黒い獣がその姿を見せた。

 

「な、なんだアレ!?」

 

「ノイズでは、ないのか……?」

 

「……どっかの国の生物兵器か……完全聖遺物」

 

色んな憶測が行き交う中、完全聖遺物と思われる正体不明の敵の後方からパチパチと、拍手を打つ音が施設内に響き渡る。

 

律は光球を前進させると人影が映り、次第にその全貌が見えてくると、

 

「君は()()()聡い子でした。 それ故にとても惜しい子を亡くしたと思っていたのですが……この地で生き延びたようで何よりです」

 

「ドクター……ウェル」

 

白衣に身を包み眼鏡をかけた白髪の男性……ドクターウェルが律たちの前にいた。 そのウェルの足元にはゲージが置いてあり、化け物は大人しく自分からその中に入った。

 

「そんな……博士は岩国基地が襲われた時に……」

 

「……つまり、ノイズの襲撃は全部……」

 

輸送中や岩国での襲撃が全部自作自演だと気付いてしまう響とクリス。 その中で律が一歩前に出る。

 

「やっぱり生きていたのですね」

 

「おや? 君が記憶を失ってから初めて会ったというのに、どうして私が生きていたと?」

 

「簡単な推理です。 ノイズを制御する《ソロモンの杖》を搬送中でのノイズによる襲撃……当然、杖が手元にある以上、杖以外の方法での“ノイズを制御できる方法があるのか?”と考えてしまいます。 ですが、ノイズを操る方法が《ソロモンの杖》しかないと仮定すれば……犯人は自ずと分かりました。 岩国基地の襲撃で貴方が消えた事で確信になりました」

 

張り付いたような笑みを崩さぬウェルは律の推理を聞き……最後まで聞き届けるとその笑みを少し歪ませた。

 

「——素晴らしい! ええ、実はあの時すでに、アタッシュケースに《ソロモンの杖》はなく、コートの内側にて隠し持っていたんですよ」

 

「《ソロモンの杖》を奪うため、自分で制御し、自分に襲わせる芝居を打ったのか……」

 

「彼の言う通り。 《バビロニアの宝物庫》よりノイズを呼び出し、制御することを可能にするなど、この杖を置いて他にありません!」

 

そう言うと、懐に忍ばせてあった《ソロモンの杖》を起動させ、自身の周囲に再び複数のノイズを召喚した。 それに反応したのか、ゲージに入っている化け物が唸り声を上げる。

 

「そしてこの杖の所有者は、今や自分こそが相応しい! そう思いませんか?」

 

「シランガーナ」

 

「ッ! 思うかよッ!」

 

律はウェルの言葉を一蹴したが、クリスは自身が起動させてしまった杖が悪用されてしまっている事に怒りを覚える。

 

そして、ウェルが呼び出したノイズを迎撃すべく追尾型の小型ミサイルが内蔵された左右の腰部アーマーを展開する。

 

「ッ!」

 

しかし、クリスがシンフォギアの武装を展開した瞬間、体に激しい痛みが走り、クリスは痛みで苦悶の表情を浮かべる。

 

身体が痛みを訴えるが怒りは止まらず、激情に身を任せ、そのまま小型ミサイルを一斉発射した。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

「クリス!!」

 

発射と同時に激痛がクリスを襲い、クリスは苦しむように絶叫した。

 

発射されたミサイルは一直線に飛んでいき、ノイズの群れに着弾するとその爆発で施設諸共ノイズを吹き飛ばした。

 

現場が混乱していく中、弦十郎達たちいる司令室には比例して無数のアラート音が鳴り響いていた。

 

現在、司令室のメインモニターには各装者の状態が映っており。 律を抜いた3人のバイタルが状態が危険であることを表示している。

 

「適合係数の低下に伴って、ギアからのバックファイアが装者を蝕んでいます!」

 

原因は以前不明だが、適合指数の低下により通常のシンフォギアの使用でも“絶唱”によるダメージと同じ現象が起きているようだ。

 

クリスの爆撃により廃病院は崩壊し、黒煙が立ち上る。 その中からノイズの塊が飛び出し、炭化して崩壊すると中から無傷のウェルが現れた。 どうやらノイズで自身を覆う事で爆発から身を守ったようだ。

 

続いて律たちも外に出るが、クリスは先ほどの攻撃によるバックファイアで負傷しており、翼の肩を借りて立っていた。

 

「くそッ……なんでこっちがズタボロなんだよ!」

 

(この状況で出力の大きな技を使えば……最悪の場合、そのバックファイアで身に纏ったシンフォギアに殺されかねない……)

 

クリスの状態を見て、翼は推測を立てる。

 

「はあっ!!」

 

「おっと!」

 

しかしそんなのは関係ない律は飛び出し、ウェルに向かって剣を振るうと……ウェルは頑丈なノイズを正面に召喚すると盾とし、律は現れたノイズを突き刺し、吸収して排除した。

 

その一連を後退したウェルは興味深そうに観察していた。

 

「やはり君の適合係数はそれほど低下してませんねぇ。 報告通り、シンフォギアにバグが発生し、ノイズを取り込む事でギアとして形成している……と言った所ですか。 中々興味深いですが……」

 

「……! あれは!?」

 

その時、響が空から飛行音のような音を聞き顔を上げると……夜空に気球のようなノイズが飛んでおり、そのノイズの足元には先程の化け物が収容されているゲージがあり。 そのノイズを護衛するかのように無数の飛行型ノイズがいた。

 

「ノイズがさっきのケージを持って……!」

 

正体は不明であれ、あの存在は野放しにして良いものではない事は明白だった。 その様子は二課も観測していた。

 

「このまま直進すると、洋上に出ます」

 

「……くっ!」

 

藤尭が言う通りノイズの進行方向には海があり、このままでは取り逃してしまう可能性があった。

 

(さて、身軽になったところで、もう少しデータを取りたいところだけれど……)

 

ここから離れていくノイズを見上げていたウェルはウェルがデータの収集をしたいと呑気に考えていると、

 

「ん……?」

 

「動くな」

 

その首筋に刀が添えられた。 首だけ後ろを向くと、翼がウェルに刀を突きつけていた。

 

ウェルは目を伏せると、降参とばかりに両手を上げた。 だが《ソロモンの杖》を手放さない辺り、まだ何か企んでいるようで気は抜けなかった。

 

「立花!その男の確保を!」

 

「はい!」

 

「私が雪音を見ている。 律、お前はあのゲージを!」

 

「ああ!」

 

翼の指示を聞き入れ、律は折り畳んでいたウィングを広げると空に飛び立とうとした時、

 

「……待ちやがれ……!」

 

「クリス?」

 

飛び立とうとした律の腕を息絶え絶えのクリスが掴んで引き留めた。

 

「アタシも……連れて行け……!」

 

「で、でもその身体じゃ……ハッキリ言って……」

 

「みなまで言うな……! 足手まといになる気はねぇ——せめて、アタシを使え……!!」

 

「それって……」

 

言いたいことを理解した律は少し考え込んでしまう。 それを見たクリスは急かすように無言で手を掴む力を込める。

 

“早くしなければ逃げられてしまう、考える暇があるなら早くしろ”……そう言っているようだった。

 

ここでクリスを止めるよう説得している時間も無い、律は渋々頷いた。

 

「いいんだな?」

 

「ああ……」

 

再度意思を確認し、律はリューツを呼び出し、

 

「リューツ!!」

 

「——ガブ!!」

 

自分の頭にかぶりつかせた。 律は振り解くこともせず、リューツはそこからシンフォギア内にあるノイズを吸い出し……全て吸い出すと律は目を伏せ、握られている右手に意識を集中させる。

 

「——赤き心。 降りしきる雪の音を……」

 

すると胸から謳が浮かび上がり、その謳に身を任せて紡ぎ、

 

「契り結ばん!!」

 

謳いきると……クリスの身体が赤く輝きだし、クリス身体は光の粒子となって律の右腕に纏わりつくと……水平に向けられた弓と弦、銃身にトリガーが取り付けられた赤いボウガン、クリスのアームドギアがその手に握られた。

 

それと同時に《SG-D》も起動し、ギアが変形し紅い粒子が大量に放出される。

 

「ええっ!?」

 

「雪音!?」

 

(これはこれは……)

 

『……変な感じだな。 だが悪くねぇ!』

 

痛みは薄れたのか、強気になったクリスの幻影が律の背後に現れる。

 

律のシンフォギアには他のシンフォギアと装者ごと取り込む事で武器とする能力が備わっており、この事を総じて同契(リアクト)と言い。 その際に歌われる謳を同契(どうけい)の謳と呼んでいる。

 

加えてこの状態になるには律の体内やシンフォギアからノイズを除去して《SG-D》を起動する必要があり、使用するにあたってリューツの存在が必要不可欠になっている。

 

そして同契が完了し、ボウガンを握りしめ律は再度飛び上がり、逃走するノイズを追跡を開始する。

 

「………………」

 

その途中、ウェルに視線をやる。 彼も律の失われた過去を知る人物……問い質したかったが、

 

『律』

 

「分かってる」

 

それよりも今はあの化け物を確保するのが優先。 クリスに叱咤を受け、前だけを見据え速度を上げで飛翔する。

 

「律くん! 逃走するノイズに追いつきつつあります!」

 

「律くんのシンフォギアは飛行が可能です。 このままなら……!」

 

飛行ができる《クラウソラス》なら海の上だろう空の上だろうと追跡が可能。 小回りは効かないが最高速度なら《天羽々斬》を軽く上回る。

 

次第にその姿が見えると、護衛らしきノイズが律に気付き迎撃行動を始める。

 

「行くぞ……!」

 

無数の方向から接近するノイズ……クリスは律の背後で人差し指を立て手銃で狙いをつけ、観測手(スポッター)としてノイズの狙いを定める。

 

律もボウガンを構えると自動で弓が引かれ複数の矢が扇状につがえられる。 そしてトリガーに指をかけ、

 

『狙い撃つぜ!!』

 

【NEEDLES CUTTING】

 

引金を引き、矢が扇状に放たれた。 飛来していく矢は追尾機能と拡散効果があり、自動でノイズを射抜くとそこから拡散、矢は累乗的に増殖しあっという間に空からノイズを一掃した。

 

クリスは銃口から出る硝煙を吹き消すように人差し指に息を吹きかけた。

 

『フッ……狙い通りだぜ』

 

「まだ気を抜くな」

 

格好をつけるクリスを注意しながら前進する律。 最後にゲージを持っていたノイズを射抜き、支えがなくなり重力に引かれ落下していくゲージに律は接近し手を伸ばし。 手がゲージに届こうした瞬間、

 

「ッ!?」

 

『律!』

 

頭上から飛来した物体に手を弾かれてしまう。 すぐさま体勢を立て直し、海上ギリギリの所で静止し顔を上げると……海上に穂先を下にして槍が浮いており、その柄頭の上に人影が降り立ち、落下してきたゲージをキャッチした。

 

そこで丁度、日の出の時間になったのか海から太陽が登り……槍の上に立つ人物が日に晒されると、

 

『アイツは……!』

 

「時間通りですよ——《フィーネ》」

 

「「!?」」

 

日に晒された人物を見て、響に拘束されているウェルがその人物の事を《フィーネ》と呼んだ。

 

その名は、今は彼女たちの組織の名前を意味している。 にも関わらずウェルは呼称として彼女の事をそう呼んだ。

 

「フィーネだと!?」

 

「“終わりを意味する名”は、我々組織の象徴である彼女の二つ名でもある……」

 

「まさか……じゃあ、あの人が……」

 

「新たに目覚めし、再誕した《フィーネ》です……!」

 

海面に浮かぶ槍の上に佇んでいたのは……黒いガングニールに身を纏った《マリア・カデンツァヴナ・イヴ》その人だった。

 



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27話 朝日の真実

 

夜明けと共に現れたマリア。 その彼女が再び現れた《フィーネ》の転生体であると言う発言に、その状況をモニタリングしていた二課も驚きを禁じ得なかった。

 

「つまり、異端技術を使う事から《フィーネ》の名をなぞらえたワケでは無く——」

 

「蘇った《フィーネ》そのものが組織を統率しているというのか……」

 

「……またしても先史文明期の亡霊が今に生きる俺達の前に立ちはだかるのか。 俺たちはまた戦わなければいけないのか……了子君……!」

 

誰もが《フィーネ》の再臨に驚く中、特に弦十郎は再び彼女と戦わなければいけない事実に俯きながら拳を強く握りしめる。

 

「ウソ、ですよ……だってあの時、了子さんは……」

 

今もなお信じられない表情を見せる響。 ついこの間、朽ちて死にゆく彼女を目の前で看取ったというのに、こうも簡単に再会してしまった。

 

「“リインカーネーション” ……」

 

『遺伝子に《フィーネ》の刻印を持つ者を魂の器とし……永遠の刹那に存在し続ける……“輪廻転生システム”』

 

「そんな……じゃあ、アーティストだったマリアさんは……?」

 

「さて……それは自分も知りたいところですね」

 

ウェルは《ソロモンの杖》を翼に没収され、響に拘束されながらも余裕の表情を見せる。

 

彼女が仕組んだシステムの通りなら、既にマリアの主人格は《フィーネ》に呑み込まれている。 以前のライブで歌ったのはどちらなのか……それを知る由はなかった。

 

(《ネフィリム》を死守できたのは僥倖………だけどこの盤面、次の一手を決めあぐねるわね)

 

恐らくは手にもつゲージを守るため現れたマリアは、鋭い視線で周囲を警戒していた。

 

自分の手には死守すべき化け物……《ネフィリム》があり、そして敵の手には余裕の表情で捕らえられているウェルの姿が。 マリアたちにとってこの2つは今後の目的達成のためには欠かせないピースであり、このまま撤退することは出来なかった。

 

(それにしても……《クラウソラス》にあんな機能が備わっていたかしら……?)

 

今し方見せた律のシンフォギアがクリス事取り込んで武器とした現象……彼女が知る限りそんな機能は無かったと、律の方に視線を向けようとした時、

 

『——ふざけた事抜かしてんじゃねぇ!!』

 

「うわっ!?」

 

マリアと対面していた律の手にもつボウガンがクリスの怒りに呼応して勝手に動き、一撃に集中した1本の矢を高速で放ってきた。

 

「ッ!!」

 

考え込んでいたため顔を渋らせながら矢を避けると、ボウガンに引っ張られるように律が接近し。 ボウガンの弓が広がり、弧に刃が展開されると斬りつけてきた。

 

「ちょっとクリス!?」

 

『戯言を言うやつに聞く耳は持ってねぇんだよ!!』

 

マリアは出鱈目に、しかも律に意志に反して動くボウガンの刃をどこ吹く風のように槍の上から動かずに華麗に避ける。

 

通常ならまだしも、平静さを失っているのなら余裕で避けることが出来きた。

 

「風鳴 翼もそうだけど、貴女も? 余程信じたくないようね?」

 

『たりめえだ! あの女はなぁ……そう易々と帰ってくるような女じゃねえんだ!!』

 

「クリス!!」

 

律は怒鳴りながら無理やりマリアから引き離す。 その際に上に向かれたボウガンから追尾型の矢が放たれたが、マリアは迫ってきた矢をマントで苦もなく防いだ。

 

「足手まといにはならなくても、邪魔になったら世話ないでしょう!」

 

『わ、悪りぃ……』

 

律はボウガンを小突きながら叱り、幻影のクリスはばつが悪そうにシュンとなる。 気を取り直し、律は眼下にいるマリアを見下ろす。

 

「とにかく姿を見せた以上、その身柄を確保する——行くぞ!」

 

『おう!!』

 

マリアのシンフォギアは響のと同様、飛行仕様ではない。 律は以前と同じように制空権を取りつつ、今回は《イチイバル》の高火力の遠距離武装による射撃を仕掛ける。

 

『全弾味わいな!!』

 

「くっ!!」

 

マリアは自身をマントで覆い、周囲を旋回しながら絶えず射撃を行う律の攻撃から身を守る。

 

マリアの射程外からの遠距離攻撃……律は今度こそ、確実に彼女を確保する気でいた。

 

(よし……このまま……!)

 

(——防戦一方、そう思っているわね)

 

このまま決めようとした律に対し、マントの内側で薄く笑みを浮かべるマリア。 すると……マントが全方位に広がり、移動し続ける律に圧を入れてくる。

 

「ッ!?」

 

「はあっ!!」

 

視界が塞がれ射撃の手を止めた瞬間を狙い、一気に接近したマリアがボウガンを持つ手を蹴り上げてから一転、回し蹴りを放ち律を吹き飛ばした。

 

「ッ……! 弦十郎さん!!」

 

『分かった!』

 

『仮設本部、浮上します!』

 

吹き飛びながら律は通信を取ると、それだけで意図が読めた弦十郎たちが行動を開始し……海面から水飛沫を上げながら潜水艦が浮上してきた。

 

律は受け身を取りながら潜水艦の甲板に着地し。 笑みを浮かべたマリアはネフィリムのケージを上に投げると……ゲージは何もない空間で消えてしまった。

 

そして彼女も後を追って甲板へと跳び乗り、掲げた手に槍を呼び寄せ、飛んできた槍を握りしめる。

 

「手加減は無しよ——全力で貴方を打ち倒し、引きずってでも連れて行くわ!!」

 

「えっ!?」

 

『はああっ!?』

 

突然のマリアから告げられた律の誘拐宣言に、律はもちろんクリスも驚愕してしまう。 だが驚く間も無く有言実行、マリアは飛び上がり律に向かって槍を振り下ろす。

 

「はああっ!!」

 

「ッ! クリス!!」

 

『何がどうなってんだよ!?』

 

意味が分からなく、混乱しながらもクリスはアームドギアをボウガンからリボルバーに換装し。

 

さらに分裂、二丁拳銃となり律は振り下ろされてきた槍を銃身で受け流して防ぎ、二撃目が振られる前に両手の銃を発砲、振り抜かれる前に槍を撃ち抜き弾き飛ばした。

 

「ちょっと趣旨変わってない!?」

 

「貴方が私たちの知る人物と同一人物なら……貴方はこちらの陣営にいなければならない!」

 

「何その理屈!? 俺は記憶喪失だって言ってるだろう!」

 

「だから、思い出させるためにも!!」

 

マントを翻し左右から挟み込むように襲いかかる。 律は駆け出し、迫りくるマントを避けながら距離を詰めていく。 だがその間、攻撃が外れたマントが潜水艦の甲板に傷をつける。

 

「ッ!」

 

潜水艦はとてもデリケートな船だ。 少しの傷でも水深が深ければ致命的な損傷になる事も多い。 しかも今潜水艦には二課の面々が乗船している、このまま戦い続けていればいつかは危険に晒される可能性がある。

 

(先ずは戦いの場を変えないと……!)

 

追撃を仕掛けたマリアはマントを槍と自身の周囲で高速に回転させ、まるで竜巻のように姿を変えて突撃。 そのまま直進してくる。

 

「ぐっ……つあっ!!」

 

銃を交差して受け止め、押し返そうとするも質量の差で逆にあっさりと跳ね返される。

 

『ならコイツだ!』

 

即座にクリスが左手の銃を換装。 大口径の単発式の拳銃へと姿を変える。 するとシンフォギアの頭部のヘッドギアから右眼にバイザーが降り、弾道補正と照準機能を表示させる。

 

『台風の目だ——吹っ飛ばせ!』

 

「行けっ!」

 

【MEGA DETH SOLO】

 

大口径の単発式の拳銃というのは言い換えれば“グレネードランチャー”。 上向きで発射された擲弾は弧を描き竜巻の中に入り……内側から台風を吹き飛ばした。

 

「くっ……出鱈目な!」

 

爆煙と爆風に煽られマントの中からマリアがよろけながら姿を現すと……眼前に広げられたネットが迫り、マリアに覆いかぶさると身体中に絡まり動きを封じた。

 

律の右手には拳銃型のネットランチャーがあり。 そこからネットが発射されていた。

 

「きゃあ!」

 

「確保!」

 

『まだ無力化してねぇ。 先ずはここから離れるぞ!』

 

「了解!!」

 

すぐに脱出されると思われるがその間に甲板から離脱するため、このまま引っ張って陸地に連れ出そうとした時……突然の右腕に激痛が走り、ネットを落としてしまう。

 

「ぐうっ!?」

 

『律!? 何して——』

 

クリスは右腕を抑えて蹲る律の前に回ると……右腕の装甲が砕けており、その下もアンダースーツが剥がれてそこから見える素肌に青痣が出来ていた。

 

律が突然蹲る様子を、島の上で響たちも見ていた。

 

「律……!?」

 

「もしかしたら、最初にもらったのが効いているのかも」

 

響は律が右腕を抑える理由を、初撃目の槍の一撃……律がゲージを確保しようとした際に受けた傷だと予想する。

 

「くっ……ここからでは何もできない……!」

 

(ではこちらもそろそろ……)

 

どうする事も出来ず地団駄を踏みそうになる翼を一瞥しながら、拘束されていたウェルが頃合とばかりに不適な笑みを浮かべる。

 

すると、突然何もない空間から無数の丸鋸が響たちに向かって飛来してきた。

 

「立花!」

 

「うわっ!」

 

防御が間に合わないと判断した翼は響を押しながら抱き寄せ、その場から退いた。 その際にウェルは解放されてしまうが致し方なかった。

 

「なんとイガリマァァァーー!!」

 

同じように突然、どこからともなく空から現れた切歌は翼に向かって鎌を振り抜く。 狙いは翼が手に持つ《ソロモンの杖》の奪還、そうはさせまいと翼は刀を抜き鎌を受け止める。

 

続けてさらに調が現れ、脚部に装着した丸鋸をローラー代わりにして走行し。 ツインテール型のアームドギアを展開し再び丸鋸を浴びせてくる。

 

「やっ! てやあっ!!」

 

響は襲ってくる丸鋸を拳で打ち砕きながら防ぎ。 続けて調は脚部から刃を展開しながら前転し、円状の丸鋸の内側に入りながら回転、地面を切り刻みながら疾走する。

 

【非常Σ式 禁月輪】

 

「うおっ!?」

 

予想外の攻撃に驚きながらも横に跳んで避け、調はそのまま直進し響の背後にあった壁を砕きながら衝突した。

 

「デェース!!」

 

「くっ……!」

 

ポールと鎌を交互に振り回し、時間差による連撃を苦戦しながらも防ぎ避け続ける翼。 リーチの差はもちろんあるが、ギアの出力低下と片方の手が杖によって塞がれている事により防戦一方だった。

 

しかし、鎌だけに気を取られていた翼は……攻撃を続ける切歌のシンフォギアの肩部装甲が展開した時の反応が遅れてしまい、

 

「ほいっ!」

 

「しまっ——ぐあっ!!」

 

「翼さん!」

 

射出されたアンカーが壁を反射して翼の背後に回り《ソロモンの杖》に巻き付き、巻き取られ奪取されたと同時に振り抜かれた柄が腹部を打ち抜いた。

 

吹き飛ばされる翼、響はすぐに駆け寄る。 そして取り返された《ソロモンの杖》は調に投げ渡され、そのままウェルの元に向かった。

 

「時間ピッタリの帰還です。 おかげで助かりました。 むしろ、こちらが少し遊び足りないくらいです」

 

「助けたのは、あなたのためじゃない」

 

「や、これは手厳しい」

 

淡々と、にべも無く返す調にウェルは肩をすくめる。

 

「くっ! 適合係数の低下で思うように動けない……!」

 

「でも、いったいどこから……?」

 

翼に肩を貸しながら響は周囲を見回し、奇襲を仕掛けてきた調と切歌が隠れられそうな場所を探すが……それらしき場所はどこにも見当たらなかった。

 

「伏兵が潜んでいるのか。 交戦地点周辺の索敵を徹底するんだ!」

 

「やってます。 ……ですが」

 

「装者出現の瞬間まで、アウフヴァッヘン波形その他シグナルの全てがジャミングされている模様……!」

 

「クッ……俺たちの持ち得ぬ異端技術」

 

つまり、マリアたちは物理、電子的な監視全てをかい潜りいきなりこの人工島に現れた。 二課も知り得ぬ技術を使って。

 

だが、今はそれよりも目の前の敵の対処が先決。

 

『律。 少しずつだがギアの出力が戻ってきてる。 大技で決めるぞ!』

 

「痛ッ……! 分かった……」

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

クリスの提案に、律は右腕の装甲を増やして固定しながら了承する。

 

ギアの調子が戻って来たのを感じながら2人は意識を集中させる。 それに対し、マリアは何もしていないのにも関わらず息を荒げ、額から汗を流し始める。

 

(ギアが重い……)

 

先程までは思い通りに動けたが、時間の経過に比例して今はギアが身体に重くのしかかる重りのように感じていた。

 

『「天津招かん 白雲の羽衣」』

 

ギアが重くなろうとも相手は待ってはくれない。 律とクリスは声を揃えて謳い出すと左手に構えた銃が変形、銃口が無く変わりに2極の針が出ている銃……テーザー銃のような形状になる。

 

『「もやくる闇に せかるまつわり (たば)かりて……」』

 

すると、2極の針の間に電撃が走る。 2人は確実にマリアを落とすつもりでいた。

 

『「瀬瀬(せせ)のしめらにわな刺さん!!」』

 

呼号螺旋(ラウドスネーカー)

 

謳い切ると同時にトリガーを引くと……まるで2極の針が牙のように、電撃が蛇のように螺旋を描きながらマリアに襲いかかる。

 

「ッ!!」

 

身体が鉛のように重いマリアに避けることは出来ない。 だがまともに喰らうつもりもなく、自身をを囲うようにマントを纏い、甲板に槍を突き立てると、

 

「ぐうぅ……!」

 

雷の蛇がマントに噛み付いた。 電撃は毒のように襲いかかるがマントは絶縁をなしているのかマリアまでは届かず。 かつ槍が避雷針の役割を果たし電撃の大半が甲板を通して潜水艦に流れる。

 

『——律くん! 電撃がこちらに流れて計器に異常が……!!』

 

「あっ! ごめんなさい!」

 

『チッ……やっぱ大技つってもこの程度か……!』

 

そうすると当然、潜水艦は電撃による被害に遭い。 律は慌てて技を止めた。 クリスも予想以上に威力が出なかった事に苛立ちを覚える。

 

マリアは何とか防げたとホッと息をついた時、

 

「ッ!」

 

危険を察したマリアはその場から退くと、遅れて甲板に刀が突き立った。 マリアは島の方を見ると、響に支えられながらも投擲した姿でマリアを睨みつける翼の姿があった。

 

(……隙あらば噛み付いてくるなんて……あの劔、可愛くない)

 

マリアは翼を睨み返すと、そこで通信が入る。

 

『適合係数が低下しています。 《ネフィリム》はもう回収済みです——戻りなさい』

 

「チッ……時限式はここまでなの」

 

『「!?」』

 

苛立ちを覚えながら呟いた言葉に、島にいた翼と艦内にいた奏が耳を疑う。

 

「まさか……奏と同じ“LiNKER”を?」

 

『おいおい。 あんなヤベェの使ってんのかよ』

 

“LiNKER”とは適合指数が低い装者が人工的に適合指数を上げるために投薬される薬品のことである。 だが副作用が酷く、使い続ければ装者の身体を絶唱のバックファイアの如く蝕んで行く。 実際、奏もそれで装者を辞めざる得なくなっている。

 

「ッ……!?」

 

その時、いきなり突風が起こり。 律は風に煽られ、手で顔を覆う。 海風ではなく、規則的に起こる風……何かの飛行機体だと判断する。

 

すると律の頭上の空間が歪み、垂直離着陸型の大型ヘリ……“エアキャリア”が姿を現した。

 

『光学迷彩かぁ!?』

 

「いや……アレはそんなに生優しいものじゃ……!」

 

二課の最先端のレーダーにも映らない程のステルス機能……マリアが再臨したフィーネだと言う真偽はともかく、これは彼女たちの組織《フィーネ》の異端技術が本物である物的証拠であった。

 

律も直感的に、アレはただ透明になるだけの技術ではない事を感じ取っていた。

 

エアキャリアはマリアを回収すると姿を消し……再び姿を見せたのは人工島付近、そこにいる3人を回収しに行っていた。

 

「しまった……!」

 

『逃がさねぇ……これ以上《ソロモンの杖》で好き勝手させっかよ!!』

 

クリスにとって《ソロモンの杖》は忌むべき存在、みすみす逃す訳には行かない。 思いは違うが同じ考えの律も左右の銃のグリップを連結して変形、恐らくは《イチイバル》の名に相応しいロングボウの形状になる。

 

律は左手でしっかりグリップを握りしめ、弓から飛び出るように展開した鋭利な菱形の形状をした矢尻の矢を弦につがえる。

 

「……………………」

 

『《ソロモンの杖》はぜってぇ渡さねぇ……!』

 

照準はクリスに任せ律は矢を射る事だけに集中する。 マリアたちを乗せたエアキャリアは撤退を始め、律とクリスは海洋へと逃げていくエアキャリアに狙い定める。

 

しかし、海から顔を覗かせる朝陽に向かっていくエアキャリアは溶けるように、少しずつ姿を消していき……視覚、モニターから敵機の姿が完全に消失しようとした時、

 

「——ッ!!」

 

【SAGITTA ARROW】

 

パァンッ!! と、張り詰めた弦がまるで銃声のような音を立てながら矢を放った。 高速で放たれた矢は風を切りながら真っ直ぐ飛んで行き……そのまま水平線の先まで行ってしまった。

 

『……避けやがったか』

 

「…………ふぅ…………」

 

直撃や矢の迎撃がない事からそう判断し、律は嘆息しながらゆっくりと弓を下ろす。

 

「反応……消失」

 

「超常のステルス性能……これもまた、異端技術によるものか?」

 

二課の計測器でも彼女たちの姿は完全にロストしてしまい、これ以上追跡する手立てはなかった。

 

「正義では、守れないもの……」

 

「……悪を為してでも守るべきものか……」

 

エアキャリアが消えた海を見ながら、響と翼は立ち去り側に言い残した調の言葉を思い返していた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

エアキャリアに乗り込み人工島から立ち去った彼女たち《フィーネ》。 そのコックピットでは装置に設置されている一つの聖遺物を見つめる眼帯をつけ車椅子に座る老女……ナスターシャがいた。

 

(《神獣鏡》の機能解析の過程で手に入れた“ステルステクノロジー”。 私たちのアドバンテージは大きくても同時に儚く脆い……)

 

皮肉のようにそう考え込んでいると……突然、ナスターシャは口元を押さえて酷く咳き込んだ。

 

「ゴホッ! ゴホッ!」

 

ナスターシャは口元を押さえていた手を退けると……その手のひらには血があった。

 

「急がねば……儚く脆いものは他にもあるのだから……」

 

時間が残されていない……彼女はゆっくりと、しかし精一杯の力で吐いた血ごと手を握りしめた。

 

「——グヘッ!」

 

エアキャリアの後部ハッチでは、ウェルを抱えていた切歌が乱暴にウェルを床に叩きつけ。 切歌は怒りに満ちた目で見下ろす。

 

「下手打ちやがって! 連中にアジトを抑えられたら計画実行までどこに身を潜めればいいんデスか?」

 

「おやめなさい。 こんなことしたって何も変わらないのだから」

 

「胸糞悪いデス」

 

ウェルを罵倒する切歌をマリアはやんわりと止めるが、虫が治らない切歌は苛立ちを抑えられなかった。

 

「驚きましたよ……謝罪の機会すらくれないのですから」

 

「ッ!」

 

『——虎の子を守り切れたのがもっけの幸い。 とはいえ、アジトを抑えられた今、ネフィリムに与える餌がないのが我々にとって大きな痛手です』

 

その物言いで切歌の怒りが再燃しかけた所で間に割って入ったのは、コックピットの様子がモニターに映るナスターシャだった。

 

「今は大人しくしてても、いつまたお腹を空かせて暴れ出すかわからない」

 

「持ち出した餌こそ失えど、全ての策を失ったわけではありません」

 

そう言いながら「様子を見て来ます」と、ウェルは踵を返す。 恐らく《ネフィリム》の元に向かうのだろう。

 

後部ハッチを後にしようとした時、ウェルは扉に手をかけながら振り返る。

 

「そうそう。 《クラウソラス》の装者の彼……十中八九“律くん”でしょうね」

 

「「「!!」」」

 

「そもそも装者1人を見つけるのにどれだけの設備と資金と時間と労力、聖遺物と適合する実験動物(モルモット)——おっと失敬。 人材が必要になるか……言うまでもないでしょう。 大変残念な事に、私のことも忘れてしまったようですが」

 

会話の途中で煽るような発言をしたが、ウェルはマリアたちの顔を見ぬままそのまま立ち去ってしまった。

 

後に残された彼女たちは少しの間、無言で立ち尽くす。

 

「……マリア……本当に、本当にお兄ちゃんが、生きていたの?」

 

「……ええ。 改めて向かい合って分かったけど……あの子で間違い無いわ。 けど……」

 

「折角再開したのに、敵同士なんて……」

 

律自身には全く身に覚えがないが、彼女たちにとって律は大切な存在……憎しみをぶつけ合うような戦いなどしたくは無かった。

 

「マリア! お兄ぃをアイツらから取り戻せないのデスか!?」

 

「……あの子が生きていてくれて、本当に嬉しいし助けたいわ。 でも、今の私たちにそんな余裕は無いのよ……」

 

「あ……」

 

今すぐにでもこの手で取り戻したいが、世界を敵に回した彼女たちにそんな余裕はなく。 雑念を振り払うように早々とマリアもこの場から出て行った。

 

「マリア……」

 

「……………………」

 

後に残された2人は、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

マリアたちを逃してしまった響たちは、潜水艦の甲板で落ち込んでいるように座り込んでいた。 唯一立っているのは彼女たちが消えた水平線を見続ける律のみ。

 

「無事か!? お前たち!」

 

「師匠……!」

 

そこへ甲板のハッチが開き、弦十郎が出てきた。 響はそちらの方を向くと、再び顔を俯かせる。

 

「了子さんとは……たとえ全部が分かり合えなくても……せめて少しは通じあえたと思ってました……なのに……」

 

「通じないなら、通じ合うまでぶつけてみろ! 言葉より強いもの……知らぬお前たちではあるまい!」

 

自分がその言葉よりも武力行使できる程強い存在だろう、と言いたかったが……そうとは言えず律は苦笑いし、クリスは呆れてため息をついた。

 

「言ってること全然わかりません……でも、やってみます」

 

「ふ……」

 

考える前に動け……頭でなぜどうしてと考えるより行動で示すのが響のやり方。 少しは励ましになり元気が出た響を見て、弦十郎はニッと笑った。

 

「……………………」

 

「やはり気になるのか? 自分と彼女たちの関係について……」

 

茫然と立ち尽くしていた律の側に翼が歩み寄り、そう投げかけてくる。

 

「気になっていないと言えば嘘になる。 俺の失った過去を知る人物だからな……」

 

「……たとえ、これから何度も刃を交える事になろうとも?」

 

「ふっ……こんなの、ただの子どもの喧嘩だよ。 仲のいい、家族のね」

 

「……そうか」

 

家族という実感はまだないが、律にはどうしてかそれが1番しっくりきた。

 



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28話 真実が謎を増やす

同日——

 

秋差し掛かる時期なので日の出は徐々に遅くなっているため、学生の律たちはろくに寝る事も出来ずリディアンに登校した。

 

「……眠い……(ジューーッ)」

 

「………………(ZZZ……)」

 

眠気に耐えながらテーブルに紙パックのカフェオレをだらしない体勢で啜っている律。 その隣では完全に落ちたクリスが爆睡していた。

 

別の教室で、恐らく翼は背筋を張りながら黙祷風に寝ているだろう。 響は……言わずもがな。

 

「全く。 そんなに大変なら私たちも頼ればいいでしょう」

 

「あ、あはは………何とかなると思ったんだけどねぇ……(ジューー……)」

 

「そう言って2人揃ってダウンしてんじゃねぇか。 ——! ま、まさか……本当はお前ら、夜のプロレスに興じて……!」

 

「……錦……そんなネタここでやったら今後生きていけないぞ?」

 

「——ごめんなさい」

 

馬鹿なことを考えた錦は即座に土下座した。 ここリディアンの圧倒的女子率を考えれば、悪い噂の一つでも立てば卒業まで汚物扱いにもなりかねない。

 

因みに、寝不足の理由は夜遅くまで学祭の準備をしていたから、となっている。 そのための物的証拠を二課のスタッフがものの数時間で用意してくれた。

 

受け取る際、律は死屍累々と倒れ伏しているクルーの皆さんにグッ!とサムズアップすると、彼らも倒れながら返してくれた。

 

「だったら“今日の練習”はお休みにする?」

 

「そうしてくれると助かる……(ジューーーッ)」

 

「とりあえず喋りながら飲むのやめろ」

 

実は律を含めたアイオニア音楽専門学校の学生同士、学祭で彼らとバンドを組むことになっている。 開催まで残り少ないというのに、休ませてもらう事がとても申し訳なかった。

 

と、そこで担任の女教師が教室内に入ってくると……目をかけられていると言うより目をつけられている、寝ているクリスに歩み寄ると、

 

——スパーーンッ!!……

 

「痛ってえぇぇ!!」

 

お馴染みになりつつある出席簿か脳天に振り下ろされた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

それから何とか眠気を堪え続け放課後になり、律は学祭の準備を手伝えない事をクラスメイトに謝り、昨夜……と言うより半日前に訪れていた《浜崎病院》に欠伸を噛み殺しながら再び踏み込んでいた。

 

既に二課の手によって封鎖されており、恐らく大した証拠も残っていないが調査も行われ、つい先ほど終えて撤退した後だった。

 

(やっぱり何も残ってないようだけど……)

 

スマホに送られてきた報告書に目を通しながら律が気になったのは最初のノイズに襲撃……自分を除いた装者の適合係数が下がった現象。 何故そのような事態になったのか自分なりに解明したかった。

 

まず気になったのは壁の下側に設置されているエアダクト。 通常、煙は上に上がるためエアダクトも天井に設置されるものだが、この病院は下に設置されていた。

 

(どこに繋がっているんだ……?)

 

ダクトの前で膝をついて蓋を外し、中を覗くも暗くて先が見えない。 律は肩に手を回すと、肩に乗っていたリューツを抱え床に下ろした。

 

「リューツ。 中を見て来てくれないか?」

 

「ガウ!」

 

元気よく承諾してくれ、リューツはトコトコとダクトの中に入って行った。 待つ間、律はシンフォギアとリューツとの連携について考え出す。

 

同契するためにはリューツによってのノイズを吸い出す必要があるのだが、その間リューツは外に出しておかなくてはいけない。 もしもの時、リューツに何かあれば……律は丁度いいタイミングで現れたノイズを捕食しなければ暴走してしまう危険がある。

 

(……リューツだけじゃ色々と危険も多いし……増やすか)

 

リューツというノイズの枠組みから外れたノイズがいたのだ。 もう1匹や2匹いてもおかしくないだろう。 既に新しいペットを飼う感覚でいると、

 

「あ」

 

「デス?」

 

曲がり角から切歌が現れ、バッタリと鉢合わせしてしまった。

 

「「………………」」

 

目と目が合い、無言で見つめ合う2人。 どちらも動けず声をかけられずしばらくその状態が続き、

 

「じ、実はガスの元栓を閉めたかなぁーーっと気になってデスねぇ……」

 

「あぁ! 分かる分かる。 元栓を閉めたか閉めてないか気になると確認したくなるよなぁ——って主婦かぁ!!」

 

「デェーーース!?」

 

テロリストの構成員《暁 切歌》確保。 何故か落ちていた縄で簀巻きにして目の前に正座させた。

 

「犯人は現場に戻るって言うけど……そんな理由で戻ってきた人は前代未聞だろ」

 

「デェーース……」

 

「困った時は「デェース」で済ませるな」

 

先程からとにかく「デェース。 デェース」しか言わない切歌。 黙っているのならまだしも、誤魔化そうとしてこればかりだと流石に律もイライラしてくる。

 

「さて。 俺は君に聞きたいことがあるんだけど……」

 

「……………………」

 

話を切り出そうとすると途端口を紡ぐ。 まずは自己紹介からと律は地べたに座り目線を合わせる。

 

「改めて、俺は《芡咲 律》。 君の名前は?」

 

「……《暁 切歌》デス。 切歌でいいデス」

 

「よし切歌、ならこうしよう。 俺の質問に答えてくれたら解放する。 それでいいか?」

 

「え……いいんデスか?」

 

「ああ、約束する。 それじゃあ早速……切歌は俺と調の両親について何か知っているか?」

 

「——デス? 調はお兄ぃの親なんて知らないと思うデスよ?」

 

「……はい?」

 

予想外の回答に、律は呆けた声を出してからもう一度聞き返す。

 

「いやだって、俺と調は兄妹……なんだろう?」

 

「違うデース。 調はあたしみたいに“お兄ぃ”って呼んでるのと同じデス」

 

「……………………」

 

何を言っている風に話す切歌。 律は額に手を当て、もう一度考え直す。

 

「ちょっと待ってくれ……だったら俺の“月読”って言う苗字は……」

 

「それは最初、お兄ぃに名前が無いからって“セレナ”が《律》って名前をつけて。 そしたら「苗字はどうする?」ってなって……ジャンケンで決めたら調が勝ったからお兄ぃは《月読 律》になったんデス」

 

「——————」

 

衝撃の事実に絶句する律。 自分の苗字がただジャンケンの勝ち負けによって決められた事より、本当は調とは実の兄妹でもなんでもなかった事に驚いた。

 

(そう言えばライブの時に思い出した? ような記憶だと俺は名付けられていた……調と俺が本当の兄妹だったのなら名付けられる必要無かっただろう!)

 

よく考えたらすぐに分かる事だったが、今の今まで失念していた律はガックシと、床に両手両膝をついて項垂れる。

 

「……お兄ぃ?」

 

「……大丈夫。 大丈夫だから……」

 

つまり、結果によっては“暁 律”や“リツ・カデンツァヴナ・イヴ”になっていた可能性が大いにあったわけだ。

 

「……ふぅ。 ありがとう、切歌。 色々と気になるけど、少しスッキリした」

 

「ええっと……よく分からないけど、良かったデス!」

 

律は納得しないながらも、スッキリはした。 約束通り縄を解き、切歌を解放した。

 

「いいんデスか? 言っておいてあれデスけど、このまま見逃して?」

 

「本当ならダメだけど……見逃すって約束したからな。 知りたい事は知れたし、無理に捕まえる理由もないし」

 

「——ガウ」

 

そこへ、探索を終えたリューツが戻ってきた。 再び膝をつくと、リューツが何かを咥えていた。 一言「ありがとう」と頭を撫でお礼を言いながら受け取ると、それは試験管の容器のような空のアンプルだった。

 

(これから何か出てくるといいんだけど……)

 

立ち上がりながら淡い希望を抱いていると、切歌がキラキラした目でリューツの事を見ていた。

 

「そ、その猫……なんデスか?」

 

「ああ。 俺が飼っているリューツだ。 触るか?」

 

「いいんデスか!?」

 

言うや否や地面に膝をつき、両手を気持ち弱めほどに広げて待つ体勢を取る。 律はリューツに呼びかけ切歌の方に向かわせ、寄って行ったリューツが切歌の膝の上に前脚を乗せると

 

「キャーーー!! カワイイデーース!!」

 

「ギュウゥ……」

 

一瞬でリューツを抱きしめ頬擦りをする。 顔が押し潰されたリューツは苦しそうな声を漏らす。

 

「さて……それじゃあ行くか」

 

「? どこに行くんデスか?」

 

「ガスの元栓の確認」

 

「…………冗談だったんデスけど………」

 

「ムキュウ……」

 

ガスの元栓は閉めてありました。 そもそも廃棄された病院なのでガス事態通っていなかったが。

 

そして2人は揃って病院を後にし、付近にあったスーパーに差し掛かると、律が足を止めた。

 

「切歌。 少し待ってろ」

 

「デス?」

 

そう言い残すと律は駆け足でスーパーの中に入って行った。 茫然と残された切歌は事情が事情なので行ってしまおうかと思ったが……素直に言葉を受け止めて待つ事数分、両手にビニール袋を下げた律が戻ってきた。

 

「ほれ」

 

「これって……」

 

ビニール袋の中には大量の食料があった。 律はそれを切歌に手渡すと、

 

「デスッ!?」

 

あまりの重さに持ちきれず地面についてしまう。 「買い過ぎたかな?」と律は少し苦笑いする。

 

「調もそうだが、ちゃんと食べているのか? 初めて……というか、久しぶり? にあった時から少し窶れてるだろう。 逃亡中で料理するかよく分からないから、とりあえず日持ちするのを選んでおいた」

 

「……………………」

 

一瞬、切歌は驚いたような顔をしたが……すぐに律に向かって嬉しそうな顔を見せた。

 

「やっぱり……やっぱりお兄ぃはお兄ぃデス。 記憶がなくても、あたしと調のお兄ちゃんデス……」

 

「そうか? まあ、今お世話になっている家族に妹がいるから……あの子と接する時のようにしているのかもな」

 

「あの子?」

 

「ああ。 記憶を失った俺を向かい入れてくれた“芡咲”の事さ。 その実子の女の子が俺の義妹って事」

 

「!!」

 

それを聞くと切歌は今までで一番驚いたような顔をし、律から顔を背けて明後日の方を向く。

 

(ヤ、ヤッベーーデス! この事を調が知ったりでもしたら……)

 

「切歌?」

 

「な、なんでもないデス!!」

 

慌てて切歌は首を横にブンブン振り、何でもないように取り繕う。

 

「それじゃあ——デスッ!!」

 

両手が塞がっているためピョンと跳ね、器用にフードをかぶり顔を隠してから、切歌は力強く踏ん張りながらビニール袋を持ち上げ。 フラフラしながらも去って行こうとする。

 

「おーい、大丈夫かー?」

 

「だ、大丈夫デーース……」

 

手助けしたいが、一応2人は敵同士……切歌はフラフラと歩きながら行ってしまった。 後に残された律はその姿を見て軽く嘆息する。

 

「やれやれ。 俺には世話が焼ける妹が何人いるのやら」

 

「ガウゥ……」

 

切歌返してもらったリューツは、手酷くやられたようで腕の中でグッタリしていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

秋桜祭、前日——

 

この日は授業はお休み、明日に備えて学祭の準備が行なわれ今まで以上に学内は騒がしく、慌ただしくなっていた。

 

そんな中、クラスの出し物の準備を大体終えた律は学内で空いているホールに向かった。

 

「遅れましたー」

 

「遅ぇぞ」

 

「もうみんな来てるよー」

 

そこにはクラスメイトのアルフと錦の他に、同学校から来た先輩の藍川 鈴と守条 由叉がいた。

 

クラスの出し物もあるので、時間が空いた時にはこうして顔を合わせて練習を重ねていた。

 

「律くん聞いたよー? 寝不足なんだってね?」

 

「音を聞いてもらうから帰してはやれねぇが、気分が悪いのなら休んでもいいぞ?」

 

「それは昨日の話です。 ちゃんと寝たので問題ありません」

 

「……まあ、お前がそう言うのなら」

 

早速準備を始め、奏者がそれぞれの楽器を抱え。 律は指揮棒を片手にその前に立つ。

 

「——それじゃあ、本番前のセッションを始めます」

 

アルフのヴァイオリン。 錦のドラム。 由叉のギター。 鈴のトランペット。 全く統一性のない楽器の面々を、律の指揮がまとめあげ……一つの音楽として成立させる。

 

「——まただ……」

 

同時刻。 二課の潜水艦仮説本部では藤尭が先日の報告書をまとめていた時、本部の計測機がある反応をキャッチした。

 

そこへ丁度、司令室に弦十郎が入ってきて、メインモニターに表示されている数値を見た後、藤尭の方を向いた。

 

「何かあったのか?」

 

「ええ。 新設されたリディアンから僅かではありますがフォニックゲインの反応が」

 

「またか」

 

リディアンからフォニックゲインとなると、必然的に4人の装者の誰かだと思われるが……反応が検出される時は誰も授業などで歌ってはいなかったのだ。

 

そして調査の結果……学祭準備期間の最中に律を含めたある集団、バンドの演奏によるものだと判明した。

 

「今回も同様か?」

 

「はい。 バンドによる演奏が開始されてから検出されています。 律くんがいるとはいえ、彼はそもそもノイズの影響で歌は……」

 

「……歌声ではなく、演奏によってフォニックゲインを生み出す、か……」

 

信じられないが、現に微弱ながらも検出されており、弦十郎はやれやれと首を横に振るう。 リディアンは元々、データ収集と装者候補を発見するための機関であった。 それが新設されてからは一時的に凍結、二課の意向により廃止の方向に進んでいる。

 

だがそうなって今、無くなってから新たな可能性が発見されるなど……もう苦笑いしか出なかった。

 

(興味があるほど遠ざかり、興味を失うほど近寄ってくる、か……全く、ままならないものだな)

 

以前なら大なり小なり喜ぶべきだったのだろうが、今となっては複雑な気持ちであった。

 

場所は戻りリディアンのホール。 バンドの通しの演奏が終わり、しばらく余韻に浸った後奏者たちは今の演奏の感想を言うため口を開く。

 

「少し緩い気がする。 もう少しテンポを上げてもいいんじゃないか?」

 

「そうなると尖った音になってしまいがちです。 とにかく今は数をこなして音を整えるべきでは?」

 

「っていうかトランペット! どんだけアクロバット演奏してんだよ!

 

「人は演奏なんかよりパフォーマンスに興味があると思うんだよね!!」

 

「あんたそれでも演奏家かよ!?」

 

演奏はちゃんとして音もバッチリなのに荒ぶりながら演奏する鈴にツッコミを入れる錦。 そんなこんなで練習は続き、

 

「そういえばさぁ……」

 

「何でしょうか?」

 

「このバンドの名前って……何?」

 

唐突に鈴がこんな事を指摘してきた。 言われて気づいたが、律たちはバンドを結成して練習を続けているだけでバンド名など決めていなかった。

 

「そういえば決まってなかったな」

 

「何かいい案がないかしら……」

 

「はいはーい! “鈴ちゃんスターズ——」

 

「却下」

 

「酷い!?」

 

センスの欠片もない命名を即座に却下し。 何かいい名前が無いかと練習の手を一時止め全員で考えを募る。

 

「普通でいいんじゃねぇか?」

 

「それが一番困ります」

 

名付けや献立と同じように、人任せや何でもいいが一番困ってしまう。

 

「じゃあ……《レゾナンス》で」

 

「レゾナンス?」

 

「まあ、いいんじゃね? 小洒落てて」

 

「私も異論はありません」

 

「それじゃあ決定!! 私たちは《レゾナンス》!!」

 

バンドの命名としては捻りもないありきたりな名前だが、悪くもなかった。 それから気持ちを新たにその後も練習は続き……陽が落ち明日に備えて早めに帰宅した。

 

「あー……疲れたぁ……」

 

「クァ〜……」

 

疲労と肩に欠伸をするリューツの重さのせいで猫背になりながらも帰路につき。 マンションに辿り着くと既にクリスは帰っているようで。 律はクリスの部屋の前を通り過ぎ隣にある自分の部屋に入ると、

 

「……………………」

 

「ガウ?」

 

玄関先にアンティークドールが置いてあった。 今朝家を出る前はこんなのは絶対に無かった。 人形は白いゴスロリチックな服を着ており、背中を中ほど覆うくらいの長さの橙色の髪に、両側頭部から後頭部にかけて蝶をあしらったような髪飾りを付けている。

 

「よっ」

 

危険な物かもしれないと律は人形を避けながら壁伝いに家の中に入り、家の中をくまなく捜索するが……侵入や荒らされた形跡、電化製品や貴重品等の無くなった物は無く。 逆にこのぬいぐるみだけが家の中に増えていた。

 

「うーん……」

 

再び玄関に戻り、ツンツンと人形を突く。 目は閉じられ顔を俯かせている所が、どこか本物の人間のような気がしとても精巧に作り込まれているのが分かる。

 

「クゥゥ……」

 

「リューツ?」

 

するとリューツが人形に歩み寄り、気持ちよさそうに頬を人形に擦り付けた。

 

「気に入ったのか?」

 

「ガウ!」

 

これが何なのか不明だが、とりあえず家に置いておく事にしてリビングのソファーまで持っていきその上に座らせておいた。

 

(それにしても、どこかで見た気が……)

 

微動だにもしない人形を見ながらそう思う律。 あのような人形など見たこと無いはずだが、律はどこか既視感を覚え首を傾げるのだった。

 



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29話 秋桜祭

 

 

「——では、自らを《フィーネ》と名乗ったテロ組織は米国政府に所属していた科学者たちによって構成されていると?」

 

二課の仮設本部の司令室では、弦十郎と緒川がとある人物と通信を取っていた。

 

モニターの中では、相変わらず蕎麦を啜っている老人……日本国外務省事務次官の《斯波田 賢仁》がその質問に答える。

 

『正しくは、米国聖遺物研究機関《F.I.S》の一部諸君が統率を離れ暴走した集団ということらしい』

 

「《F.I.S》……! それは律くんが過去に所属したとされる……!」

 

「やはり無関係ではなかったか……《ソロモンの杖》と共に行方知れずとなり、そして再び現れたウェル博士も《F.I.S》所属の研究者のひとり。 律くんを知っていた素振りも納得がいく」

 

戦闘中の記録映像からウェルが律の事を知っている素振りを見せた事から、彼が《F.I.S》の関係者だという事実が濃厚になってくる。

 

『こいつは、あくまでも噂だが《F.I.S》ってのは日本政府の情報開示以前より存在しているとのことだ。 その《クラウソラス》の小僧が日本に流れてきた時期から考えれば証明にもなる』

 

「つまり、米国と通謀していた彼女が……フィーネが由来となる研究機関というわけですか?」

 

「……彼女は彼をどこからか攫い、資金源として売ったそうだ。 間違いないだろう」

 

今までの情報を照らし合わせ、ようやく点と点が繋がって次第に背景が見え始める。

 

『何にせよ。 出自がそんなだからな、連中が組織に《フィーネ》の名を冠する道理もあるのかもしれん』

 

そこで一度、蕎麦を啜り。 言葉を切り咀嚼しながら再開する。

 

『ただのテロ組織には似つかわしくないこれまでの行動……存外、周到に仕組まれているのかもしれないな』

 

「……………………」

 

蕎麦を嚥下しながらそう答えると、考え込むように弦十郎は終始無言だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

リディアン音楽院・秋桜祭。 1日目——

 

裏で陰謀が蠢こうが表はいつも通りの日々が送られる。 こうして新設されて始めての学祭が無事に開幕され、生徒はもちろん周辺の住民も活気付いていた。

 

「……………………」

 

しかし、舞台裏にいた律は暗い表情をしながら観客が続々と増えていくホール内を静かに見ていた。 恐らく、響たちも似たような心境だろう。

 

「おい大丈夫か、律?」

 

「どうもお加減が悪いようですが……」

 

「錦、アルフ……いや、大丈夫だよ。 少し考え事をね……」

 

その様子を心配した2人が声をかけるが、律は何でもないように気丈に振る舞う。

 

「ガウゥ……」

 

そこへリューツも寄ってきた。 リューツも楽しんでいるようで、女子たちがやったであろう首や尻尾にはリボンが結ばれ、その背には例のアンティークドールが乗っていた。

 

「お。 リューツもおめかしか?」

 

「あら。 とても精巧な人形をお持ちなのですね?」

 

「あ、ああ……家にあったのをリューツが気に入ってな」

 

「——キャーー! 可愛い〜〜♡」

 

「ギャーウ!!」

 

「おっと……」

 

突如として現れた鈴はリューツを目にするや否や飛びかかり、リューツを強烈にモフリ始めた。 その際背に乗っていた人形は落ちたが、既の所で律がキャッチした。

 

「あー可愛い! モフモフー……可愛いモフモフーーッ!!」

 

「落ち着けこのバカ」

 

興奮が止まらない鈴の背後から由叉が現れると、リューツの首根っこを掴んで鈴から引き剥がしてくれた。

 

因みに4人ともステージ衣装に着替えており、男子は黒いタキシードのような。 女子は白いドレスのような衣装に着替えていた。

 

「あぁーん、返して〜〜……」

 

「これから本番だぞ? 浮かれてると足元すくわれるからな」

 

「はぁーい」

 

「はい、リューツ」

 

「ガウ!」

 

ようやく収まったところで律は人形をリューツに返した。

 

「皆さんはご家族の方は来ているんですか?」

 

「俺のところはないな。 実家は四国の方だし」

 

「同じく」

 

「私は来てるよ〜。 お母さんが」

 

「うちも来てると思うけど……」

 

「《レゾナンス》の皆さーん。 そろそろ開幕式が始まりますので、準備の方をお願いしまーす」

 

「はーい」

 

と、そこで関係者の女子生徒がそう伝え。 鈴が返事をし、律の方に振り返ると、

 

「 ——それじゃあ律くん。 おめかししましょうね〜〜」

 

「え!? あ、あれ冗談じゃなかったんですか!?」

 

「ええ。 貴方の衣装もこの通り」

 

そう言ってアルフは背に回された両手を横にズレながら差し出すと……そこには由叉がおり、彼は右手に肩出しの白いドレスを、左手に律と同じ髪の色のウィッグを持っていた。

 

律の見た目が童顔や、声が女性よりであることから受け狙いで全員から着るように言われていた。 もちろん、律自身は拒否していたが……

 

「い、いつの間に……で、でもサイズが……」

 

「クラスで給仕の執事やるんだろ? その際の寸法をこっちにも教えてもらったから問題ねぇ」

 

「だ、だからって……」

 

「せっかく作ったのに……お姉さん、悲しいなぁ……」

 

「見てください。 この手を……毎晩毎晩夜なべして作って……」

 

そう言いながらアルフは鈴の手を掴み……全く無傷な手を今から絆創膏を張り出した。 しかし律からそれが見えず、絶えず「うぐぐ」と唸り声を漏らす。

 

「っていうかもう衣装の替えはないぞ。 お前だけ制服になるが……それでもいいか?」

 

「かなり浮くだろうな」

 

「ね? ね? いいでしょう……?」

 

「う、うぐぐ………………はい…………」

 

律は最後までこの姿で出るのは断固拒否していたが……結局、最後は渋々頷いてしまった。

 

そして定刻になり……生徒会主催の“勝ち抜きステージ”が開催された。 一見すれば学祭ならどこにでもありそうな企画だが、ここリディアンの学祭で勝ち抜けは一味違かった。

 

『——さあ始まりました! リディアン音楽院《秋桜祭》“勝ち抜きステージ”!! ここで優勝すれば、生徒会権限の範疇で一つだけ望みが叶えられます!!』

 

生徒会で出来える範囲でなんでも望みを叶えられる権利が与えられる。 そして、その開始一曲目を、律たちのバンドが行うことになっている。

 

『最初の一曲目は勝ち抜きとは関係はありませんのであしからず。 それでは、このステージのオープニングを飾るのはこの人たち——《レゾナンス》の皆さんです! どうぞ!!』

 

司会の女子の声で1度ホールは真っ暗になり……ステージ上がライトアップされると、5人の男女が光の下にさらされる。

 

「——静寂が今動き出すー……勇気を歴史に変えてー……」

 

錦がドラムの前でスティックを構え、アルフが首元にヴァイオリンを当て、鈴がトランペットのピースに口元を寄せ、由叉がギターにピックを当てる。

 

そして、演奏が始まると両肩が晒されている美しい白いドレスに身を包んだ長いアッシュブロンドの女性……もとい、女装した律が歌い出す。

 

律はボーカル兼指揮者。 律は奏者たちに背を向けながら歌と身振りそぶりで指揮し、その歌声や姿に観客を一気に魅了する。

 

「天に奏でたこの声よー……」

 

歌詞のようにゆっくりと、右手を上げ、

 

(つるぎ)に! なぁーーれぇーーー!!」

 

勢いよく、剣を握るように振り下ろし歌い、歌い続ける。 オープニングという事もあるが、もちろん審査員にも失格として歌を止める権利はあるが……審査員の方は誰も手を動かそうとはせず、律たちの歌を聞き入っていた。

 

律は歌いながら華麗に舞い踊る。 その動きや身振り手振りが観客を魅せ、装者たちへ指揮を送る。

 

——羽撃け……さあ 唄よ翼に変われ

神話へと続くはずさ 君の向かう道が

響いて……さあ もう迷わないで

 

歌は終盤に入り、ボーカルもバンドもどんどんヒートアップしていく。 それに呼応して観客たちも彼らから目が離せなくなる。

 

「ぎゅうっと持った願いの刃……!かかーげーてぇーー! 未来を!! 目指ーーしーーてーー!!」

 

最後の詩を歌いきり両手を広げながら徐々に歌声を落としていき、同じように伴奏も終わると、

 

『素晴らしい演奏をありがとうございました! 思わず私も聞き入ってしまいました! それでは、もう一度《レゾナンス》の皆さんに大きな拍手を!!』

 

司会を含めた観客から、ホールから溢れんばかりの拍手が彼らに送られ、最初の舞台の幕は閉じられた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「や……やりきった……!!」

 

「お疲れ様〜」

 

次の演目もあるため手早く撤収し控室に戻ってきた律たちはぐでぇっと、椅子に座ったり地べたに座ったりしていた。

 

一曲5分と満たない時間だったが、特に律は自分の恥ずかしい姿が見られると思うと気が気では無かく、他の4人より精神的疲労が大きかった。

 

「まあ……急造だったが何とかなったんじゃね?」

 

「観客たちの反応を見れば……成功と思いたいですが」

 

「そこは素直に喜んでもいいだろうよ」

 

勝敗に関係ないとはいえ、観客の反応を見る限りは十分に成功したと言えるだろう。

 

「うーん。 よし、次はピアノとフルートも加えてやってみよう!」

 

「次って……鈴先輩と由叉先輩は卒業するでしょう……」

 

「鈴先輩らしいというか……さてと」

 

これ以上この格好をしている理由もないので着替えようとすると……どこにも律の制服が無かった。

 

「………………あの…………俺の服は?」

 

「ん? ああ、お前の服は教室にあるぞ。 その方が面白いって鈴先輩が」

 

「ちょっといい加減にしてもらいますか!?」

 

そういえば着替えさせられた後、鈴に回収されたような……あまりのショックで完全に失念していた。 してやったように、律の反応を見て鈴はケラケラとお腹を抱えて爆笑する。

 

「くっ……この人たちに頼めるわけないし。 この醜態を晒してでも逝くしかないか……!」

 

「だ、大丈夫ですよ。 よくお似合いです」

 

「それ、フォローになってないから!」

 

アルフはフォローしようと褒めるが、女装を褒められたってそのような趣味を持ち合わせていない律にはあまり意味はなく。

 

ともかく律はリューツを預け、女装したまま慌てて控室から飛び出した。

 

(とにかく服を取りに行かないと……でも、歩きづらい……!!)

 

ご丁寧に靴もヒールにされており。 加えてドレスはロングスカートなので両裾を持ち上げなければ歩きづらいのこの上ない。

 

(女子は女子で大変なんだなぁ……)

 

時折こちらに視線を向ける女子生徒たち……その制服のスカートで走ったりでもしたら下着など見え放題である。 女装してようやく女子の気苦労を知れた律であった。

 

「——律ーー!」

 

「げっ……」

 

と、廊下の途中で名前を呼ばれて振り返ると……律は嫌そうに顔を痙攣らせる。 そこには娘の《静香》の手を引きながら母の《芡咲 紅羽》が律に向かって手を振っていた。

 

「母親に向かって「げっ」とはなんですか?」

 

「こんな格好を見られてそう思わない息子はいないよ。 絶対」

 

「あら、とっっっても! よく似合ってるわよ」

 

頰に手を添えて惚けながら、紅羽は長くためを作ってそう豪語した。 対して律はげんなりとため息を吐く。

 

「……静香?」

 

「お兄ちゃんはお姉ちゃんだったの?」

 

「ち・が・い・ま・す!!」

 

妹からも性別を間違えそうになられ、律は本気で泣きそうになる。 この格好ならさめざめと泣いたとしても問題ないような気もする。

 

「昔から童顔で女装も似合いそうだなぁとは思っていたけど……こうしてみるともう美人ね」

 

「外国のお姫様みたーーい!」

 

「……嬉しくない褒め言葉をどうも……」

 

日本育ちなので自分を日本人と思っているが、出生不明なのでもしかしたら外国人の血が入っているかもしれないと……女装してようやくそう考えてしまった。

 

ともかく、律は2人に逃げるように背を向けて再び走り出す。

 

「とにかく着替えてくるから。 2人は適当に楽しんでて」

 

「えー? もったいなぁーーい」

 

「恥ずかしいの……!」

 

妹からのブーイングが飛ぶがそんなの関係なく、校舎内に入ろうとなるべく急いで走っていると、

 

「ッ……!」

 

「キャ……!」

 

曲がり角で出会い頭になってしまい、ぶつかってしまい思いっきり尻餅をついてしまった。 いつものなら軽やかに避けることも出来たが、今は慣れない格好のため真正面からぶつかってしまった。

 

「イタタ……」

 

「大丈夫……?」

 

「あ、うん。 大丈——」

 

痛みを訴える臀部を撫でているとぶつかってしまった相手が手を差し伸べ、その手を取ろうと顔を上げようとすると……相手の顔を見て固まってしまった。

 

「……どうしたの?」

 

「大丈夫デスか?」

 

「! あ、あぁうん。 大丈夫大丈夫」

 

その相手と、同行していた1人は……調と切歌だった。 変装をしているのかそれぞれのギアと同色の伊達メガネをつけている。

 

一瞬呆けてしまったが、何事も無かった課のように取り繕うと律は差し出された手を取り。 ヒールで少しフラつきながらも立ち上がった。 と、切歌が怪訝そうな目で律を見ていると、

 

「あ! あなた……」

 

(やば……この前会ったばかりだし……)

 

何かに気がついたように切歌が律を指差す。 正体がバレたと律は身構えるが、

 

「さっき歌っていたお姉さんデス! 中継で見てたデス!」

 

「……うん。 とっても良い歌だった」

 

「え? あ、うん……ありがとう……」

 

どうやら2人も先程のライブを見ていたようだ。 よく見ると切歌の手には綿飴があった。 口元にも少しソースの汚れが付いている所から、意外と素で学祭を楽しんでいるのかもしれない。

 

と、そこで律は地面に何かのチラシが落ちているのに気がつく。 拾い確認すると、この学祭で出店している屋台の“うまいもんマップ”だった。 既に半分は埋まっている。

 

「あ! それあたしのデス!」

 

「……ぶつかった時に驚いて手放しちゃったんだね」

 

「——ふふ、食いしん坊なのね」

 

声色を少し変え女性口調で話しながらマップを渡す律。 自分で喋っておいて怖気がするが、正体がバレないためにも安いプライドを捨てて通し抜く。

 

せめて2人がここに潜入してきた目的を確かめなければならない。 この女装も意外に役に立ってしまった。

 

「折角だし、このままリディアンを案内するわよ?」

 

「え……?」

 

「い、いやいいデスよ! あたしたちちょっとやる事が……」

 

「遠慮しないの。 来年の後輩になるかもしれないんだから!」

 

リディアンの生徒数が少ない事をだしにして2人の肩に手を回し、強引に連れて行く。 これで目が届く場所で監視することができる。

 

律は2人にリディアンを案内しながら、主に食べ歩きをして不審に思われない程度に学祭を満喫した。

 

「そういえば、2人はどうしてリディアンの学祭に? やっぱり進学を考えて?」

 

「そ、それは……」

 

歩き回りながらそれとなく学祭を訪れた理由を聞き出す。 調は“この学院にいる装者から聖遺物を奪いに来た”とは言えるわけもなく、何か別の理由を考えていると、切歌が一歩前に出た。

 

「それはもちろん! “うまいもんマップ”を完成させるためデェース!」

 

「へぇ、そうなんだぁ」

 

(ほら。 やっぱりうまいもんマップはやっておいて正解だったデェース)

 

(……………………(ジーッ))

 

(……サッ)

 

誤魔化す事はできたが、切歌はジト目で見つめてくる調の視線に耐えきれずソッポを向いた。 対して聞き出せなかった律は別の案を模索する。

 

(仕切りに辺りを見回していることから恐らく、俺たち4人の装者を探している。 だがなぜ……)

 

いくら考えても2人の目的が分からない。

 

「「あ……」」

 

と、そこで変装中で学祭を歩き回っていた奏と鉢合わせしてしまった。 お互いに顔を見合わせて固まり、調と切歌が2人を交互に見回す。

 

「……この人は?」

 

「わぁ……! キレェーな人デェース……」

 

「えっと……わ、私の知り合いよ……」

 

「ブフッ……! こ、こいつとは……それなりの、付き合いでな……」

 

「「??」」

 

女装をしている理由や敵である2人と行動を共にしている理由を後回しにし、とにかく誤魔化そうと先に答える律。

 

2人が知り合いという事は分かったが、調と切歌にはなぜ奏が笑いを堪えているのか分からなかった。

 

「あ! あそこに美味しそうな匂いがするデス!」

 

「待って、切ちゃん……!」

 

と、そこで漂ってきた料理の匂いに釣られた切歌は走りだし。 その後に調も続き、律と奏がその場に残されると、

 

「——ブハアッーーハッハッハッハッ!!!」

 

「笑うな!!」

 

決壊したダムのように、堪えていた息を吹き出しながら奏は涙目で律を指差しながら大爆笑した。

 

「ヒーヒー!! に、似合い過ぎだブフォ!」

 

「最後まで言い切れ! 俺だって好きでこんな格好してるんじゃない!」

 

腹を抱えながら、途中笑い過ぎて酸欠になり笑いが止まるまでしばらくかかった。

 

「あーー笑った笑ったーー。 こんなに笑ったの初めてだわー」

 

「……そりゃようございましたね」

 

ようやく収まり涙を拭う奏に、律は酷くげんなりする。

 

「んで、真面目な話……あの子達の目的は?」

 

「さあね? まだそれとなく探っている最中。 奏の方は何か分からないのか? 例の予知とかで」

 

「あれは都合よく見られるもんじゃないんだよ。 それに最近、調子悪くてなぁ……マンホールに落ちそうになったオバハン助けたりとか飛びそうになった風船を取るくらいしか役に立ってねえ」

 

「……奏なら予知抜いたらただの人だね」

 

「うっせい」

 

いわゆる響のような人助けぐらいしか使えないという訳である。 ある意味人助けは《ガングニール》の使い手の宿命なのだろうか?

 

「ま、ともかくアタシがいちゃあ邪魔になんだろう。 これで失礼するぜ」

 

「おー、行け行け」

 

シッシッと追い払うように手を払い、奏はケラケラと笑いながら行った。 入れ替わるように切歌と調が戻ってきた。

 

「あれ? あの人はどっか行っちゃったデスか?」

 

「少し気を使わせちゃってね。 2人が気にする事じゃないよ」

 

『「——確かここから声が……」』

 

「「!?」」

 

「はっ?」

 

いきなり廊下の陰から律の声が聞こえてきた。 本人は当然ここにいるのであり得ないはずなのだが……よく見ると曲がり角の陰に寄りかかっている奏の姿があった。

 

「ちょ、ちょっと大通りに行こうデス!」

 

「う、うん……!」

 

「あ、ちょっ!?」

 

調と切歌は律の手を取ると慌ててこの場から去ろうとする。 律は何とか首だけ後ろを向くと……奏は口元にネクタイを近づけており、そのネクタイを元に戻すとドヤ顔で変装の眼鏡をクイッと持ち上げていた。

 

(そういえば声真似が出来ると言ってたけど……似過ぎだろう!?)

 

律が目の前にいると怪しまれない為のフォローかもしれないが、もう少し別のやり方でも良かったんじゃないかと思ってしまう。

 

2人に手を引かれるまま移動し、再び学院内を歩き回ると、

 

「そう言えば、お姉さんはなんて言うんデスか?」

 

「……え……」

 

ふと、唐突に切歌に名前を聞かれて呆けてしまう。 女装しているとはいえ素直に《律》と言ったら怪しまれるだろう。

 

(名前……女性の名前……! いきなり言われたら逆に出てこないわ! えっと、響未来翼……って、今の見た目なら外国人の方が……クリス……)

 

「……どうかしたの?」

 

「え? いや、そのぉ……」

 

『——ナ』

 

いきなり黙ってしまい不審がられる。 取り繕うと律はしどろもどろになりながら名前を考え続ける。

 

「デス?」

 

『—レナ』

 

「わ、私の……名前は……」

 

『セレナ』

 

「セレナ! セレナって言うの!」

 

「「!!」」

 

ふと、いきなり脳裏に思い浮かんだ名前をそのまま叫ぶと……2人は驚いたように見開いた目を律に向けた。

 

(なんか地雷踏んだ!?)

 

硬直してしまっている2人を見てやらかしたのか? と思ってしまうが、律はシラを切るように。 あくまでも平静を装って話しかける。

 

「ど、どうかしたかな?」

 

「…………ううん、なんでもない」

 

「ちょっと知り合いと同じ名前だったから、驚いただけデェース」

 

「そ、そう……なら良かった」

 

なんとか切り抜け、本当に良かったと律はホッと息を吐いて胸を撫で下ろす。 と、そこで近くにあったモニターにホール内の映像が映る。 そこには何かのコスプレをした創世、詩織、弓美の1年生3人組がステージに立っていた。

 

(そろそろ板場たちの番だっけ……確かなんとか刑事の……)

 

彼女たちも正式に“勝ち抜きステージ”に参加しており“アニソン同好会”の設立の夢を掲げている。 確か打ち切りアニメの主題歌を歌うらしいが……主人公のコスプレをしている弓美と少し露出度の高い格好をしている詩織はノリノリだが、敵役のカマキリの格好をしている創世がとても恥ずかしがっていた。

 

そして音楽が始まり、弓美は熱唱する。 本人たち……というより弓美は至って真剣だが、あまり観客にその熱意は伝わらなかった。 歌や歌声というより歌詞そのものに。 そして、

 

——カーン!

 

1番も歌い終わらずに無情にも失格の鐘が鳴り、歌は止められた。

 

『えーッ!? まだフルコーラス唄ってない……2番の歌詞が泣けるのにぃ!! なんでぇ~! うう……』

 

『……ホッ……』

 

失格となった弓美はショックで崩れ落ち、創世はホッとしたように息を吐く。 彼女のアニソン同窓会の設立は夢で終わった。

 

その映像は2人も見ており、次いでパンフレットに目を落とし詳細に目を通していく。

 

「“勝ち抜きステージ”……優勝したら豪華景品をプレゼント。 あ、飛び入りもオーケーだって」

 

「面白そうデス! 行ってみるデース!」

 

「え……?」

 

本当に趣旨が変わっているのではないかと思うくらい学祭を楽しんでいる2人。 もう目的などなくただ単に楽しみに来ているのではないかと本気で思ってしまう。

 

とにかく2人は音楽ホールに向かって行き、律は擬似暗鬼になりながらもその後に続く。

 

「ほぉー! 人がいっぱいデース!」

 

「……あそこ空いてる」

 

「ありがとう、調」

 

ホール内に到着すると既に弓美たちは撤収しており、次の挑戦者が歌っている最中だった。 切歌が人の多さに驚く中、袖を掴んできた調が空いている席を見つけてくれた。

 

律はお礼を言うとその席に向かい、挑戦者の歌に耳を傾けて観賞しようとし……そこで失格となった。 そして次の挑戦者だが……舞台裏からまるで押し出されるようにクリスがステージに出てきた。

 

「あれって……」

 

「クリス」

 

「知ってるんデスか?」

 

「うん。 クラスメイトだよ」

 

切歌の質問に差し障りない程度の内容を伝える。 ステージにいるクリスは恥ずかしいのか、顔を赤らめながら俯いていた。

 

そして音楽が流れ出し……クリスはそのまま立ち尽くしてしまい、ホール内に動揺が広がっていく。

 

「デス?」

 

「……歌わないのかな?」

 

「………………」

 

リディアンに入ったとはいえ、クリス自身はまだもう一度音楽を好きになれていない。 過去を顧みれば抵抗があるのは仕方ないが、律は静かに見守っていた。

 

クリスがチラリとステージ脇を見ると、クラスメイトの子達が応援するように手を振っていた。 それで覚悟を決めたのか、手に持っていたマイクを口元に近付け……歌い出した。

 

最初は不安そうだったが、徐々に笑みを浮かび出し……楽しそうに歌うようになる。

 

その甘美ともいえる歌声に、隣で見ていた調と切歌も聞き入っていた。

 

「——こんなこんな暖かいんだ……あたしの帰る場所 あたしの帰る場所」

 

最後まで笑顔で歌いきり……クリスが観客に向かって礼をすると溢れんばかりの拍手と歓声がクリスに送られた。

 

(良かったな……クリス)

 

このリディアンとクラスメイトのお陰でもう一度、クリスが音楽を好きになってくれて律は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「勝ち抜きステージ! 新チャンピオン誕生日!!」

 

「ッ!?」

 

ステージを進めるため、突然のライトアップと背後に現れた司会で驚くクリス。

 

「さあ! 次なる挑戦者は!? 飛び入りも大歓迎ですよぉ〜!」

 

「——やるデスッ!」

 

誰でも飛び入り歓迎と聞くや否や、隣に座っていた切歌がいきなり突然立ち上がり。 彼女の上がライトアップされ、その隣に座っていた調も立ち上がる。

 

「なっ!? あいつら……!」

 

「ちょっ!?」

 

ステージにいたクリスはもちろん、観客席にいた響も2人がこの場にいる事に驚きを禁じ得なかった。

 

「チャンピオンに——」

 

「挑戦デェス!!」

 

伊達眼鏡を外しながら、クリスに宣戦布告した。

 



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30話 血飛沫の小夜曲(セレナーデ)

 

 

秋桜祭で企画された“勝ち抜きステージ”で新たなチャンピオンとなったクリスに、調と切歌が宣戦布告した。

 

普通ならさらに盛り上がる所だが、彼女たちの正体を知るクリスたちは驚きを禁じ得なかった。

 

「翼さん……あの子たちは……」

 

「ああ……だが何のつもりで……」

 

律たちと同じように観賞していた翼、響もこのリディアンに2人が現れた事に驚いていた。

 

「響……あの子たちを知ってるの? 律さんと一緒にいるけど」

 

「う、うん……あのね未来——って、律さん」

 

「律が……? どこにいるというのだ?」

 

そう聞かれ未来は「ほら、2人の隣に」と調と切歌の横を指差すと……白い肩出しのドレスを着た長いアッシュブロンドの美少女がいた。 それを見て響は冗談を言っているように苦笑いする。

 

「何言ってるの未来。 律さんはあんな美少女、じゃあ……」

 

響はそう言ってから言葉を止め、少し考えてから再び口を開く。

 

「そういえば、見てなかったけどさっき律さんのバンドをやっていたような……」

 

「風の噂では、学院では見たことない美少女が歌っていたと……」

 

「最初見たときは私も驚いたけど……歌声が律さんと同じだったからすぐに分かったよ」

 

未来がそう言うと2人はポカーンとし、開いた口が閉まらなかった。 理由は不明だが、2人にとって容姿にも負け、そして律は隣人にクリスがいるとはいえ今も一人暮らし……炊事洗濯料理ができるので女として色々と負けているような気がしてならなかったという。

 

翼と響が唖然としている間に完全に灯りがつけられホールで調と切歌は席から移動し、ステージ前まで来た。 その後に律も慌てて続く。

 

「べーーッ」

 

「ぐぬぅ……!」

 

ステージ上にいたクリスに切歌が“あっかんべー”をし、その挑発に乗ったクリスが簡単に乗ってしまった。

 

そんな子どもじみたやり取りがされていると、調が横から割って入ってくる。

 

「キリちゃん。 私たちの目的は?」

 

「聖遺物の欠片から造られたペンダントを奪い取ること……デェス」

 

「!!」

 

その話を聞き、律は咄嗟に胸元に下げていたギアペンダントに手を添える。 何に使うのか不明だが、奪われてしまえば戦力低下は間違いない。

 

「お前らが何でここにいるのかはこの際どうでもいい。 っていうか、お前はなんでそっちに——」

 

「わぁわぁわぁーーー!!」

 

クリスが2人の背後いた律の事を呼ぼうとすると……その前に律がなるべく女性に見えるように甲高い悲鳴を上げながらクリスの前まで移動し、首を小脇に抱えて小声で話しかける。

 

(ッ〜〜〜〜〜!!)

 

(偶然2人を見つけたから監視してたの! 不本意だけどこの格好ならバレないし……!)

 

(わ、分かったから離れろ……!)

 

クリスは顔を真っ赤にしながら力強くで律から慌てて離れ、距離を取ると背を向け息を荒げながら呼吸を整えようとした。

 

その間、司会が選曲を聞くため調たちに近寄る。

 

「それじゃあ、2人は何を歌うのかな?」

 

「《ツヴァイ・ウィング》の“Orbital Beat”で」

 

「お願いするデス!」

 

「オーケー!」

 

(それって……)

 

2人が歌うのは翼と奏の歌……まるでこちらに向けた挑発のようにも取れるチョイスだ。

 

証明が落とされ、マイクを片手に持った調と切歌がステージ上でライトアップされる。

 

「それでは唄っていただきましょう! え~……っと……」

 

「月読 調と——」

 

「暁 切歌デス!」

 

「OK! 二人が唄う“Orbital Beat”! もちろん《ツヴァイウィング》のナンバーだ!」

 

その曲目を聞き、客席にいた翼が顔を顰める。 真意がどうあれ、やはり少なからずかんに触ったのだろう。

 

「これは……」

 

「フン。 中々うめぇじゃねえか」

 

だが挑発しているとはいえ、それでも本気の歌……上位に喰い込むくらいの歌声である。 特に2人のコンビネーションが群を抜いており、《ツヴァイウィング》をも上回るようだった。

 

挑発は挑発でも、まるですでに殴りかかって喧嘩をしているようだ。 いくら敵とはいえその歌には素直に称賛し、素で拍手をする。

 

「おおぉ……(パチパチ)」

 

「チャンピオンとてうかうかしてられない素晴らしい歌声でした! これは得点が気になるところです!」

 

「2人がかりとはやってくれる!」

 

両者甲乙つけがたい歌声で勝敗は分からなくなり、判定はリディアンの教師陣に委ねられた。 と、その時、調と切歌は同時に耳に手を当てた。

 

『アジトが特定されました』

 

「「……ぇ?」」

 

通信はナスターシャからで、彼女からの開口一番の言葉に2人は同時に呆けた声を漏らす。

 

『襲撃者を退けることはできましたが、場所を知られた以上、長居はできません。 わたしたちも移動しますので、こちらの指示するポイントで落ちあいましょう』

 

「そんな! あと少しでペンダントが手に入るかもしれないデスよッ!」

 

『緊急事態です。 命令に従いなさい』

 

「——ッ!!」

 

「さあッ、採点結果が出た模様で、す……!?」

 

採点が決まり司会が2人の方を向くと……切歌は最後まで渋っていたが、調はそんな切歌の手を引きステージから降りていた。

 

「え?」

 

「お、おい! ケツをまくんのか!」

 

クリスは先に吹っかけておいて逃げ出す調たちにそう言うが2人は振り返らず、その後を追って律が追いかける。

 

「2人とも!」

 

「……ごめんなさい……急な用事が出来たから……」

 

「今日食べた分はツケておいてデェス!」

 

律が案内するということで、お金は全て律が持っていた。 そのままホールを後にした。 残された律は、その背を見届けながらフッと笑った。

 

(馬鹿だな……覚えてないとはいえ、家族からお金なんか取らないよ)

 

翼に続き、響とクリスも2人の後を追いホールを出て行く。 律も行きたかったが……いかんせんこの格好では色々と無理があった。

 

という訳で、律は舞台裏に駆け込み《レゾナンス》の控室の扉を勢いよく開け、まだいたメンバーの錦に視線を向けると、

 

「錦! その服寄越せ!!」

 

「は!? 何言って——」

 

「いいから寄越せ!!」

 

「いやちょ、待ってイヤァァアーーー!」

 

(これ誰得……?)

 

知らない人が見れば男子から服を剥ぎ取る美少女の絵だが……知る人が見れば混沌極まりない絵面であった。

 

「グフフフフ……」

 

その様子を、全く律たちとは面識もない無関係なリディアンの漫画部の女子生徒が、腐ったような目で2人のやり取りをドアの隙間から見ていたという。 その視線を受けた律は酷い悪寒がしたらしい。

 

身長は律の方にが大きく鍛えている為、錦の制服は小さかったが……しのごの言ってはいられず調たちの後を追い走り出す。

 

後に残されたパンイチの錦は、部屋の隅でメソメソ泣いており。 その背中を由叉が優しく撫で慰めたという。

 

「いた……!」

 

上着を着ながらホールから飛び出し、正門まで向かうとまだ調と切歌が学院内におり。 2人を取り囲むように響たちも一緒にいた。

 

「ここで今戦いたくないだけ……そうデス! 決闘デス! 然るべき決闘を申し込むのデス!」

 

そこで切歌が響たちに向けて決闘を申し込んでいた。

 

「みんな!」

 

「遅せぇぞ、律!」

 

「何をもたついていた」

 

「察してくれよ……」

 

「お兄ぃ……」

 

「……………………」

 

遅れた理由をゲンナリしながら呟く律。 そして律の登場に切歌と調が悲しそうな顔をして律のことを見つめてくる。

 

「どうして!? 会えば戦わなくちゃいけないってわけでもないわけでしょ?」

 

「「どっちなんだよ(デス)!!」」

 

響の曖昧な言い分に対してクリスと切歌の言葉が被り、気恥ずかしかったのか2人は揃って顔を赤らめる。

 

「……決闘の時はこちらが告げる。 だから……」

 

名残惜しそうにしながらも雑念を振り払い、切歌の手を掴み翼の横を抜けて去っていく。 この場に一般人が大勢いる以上、律たちは彼女たちを無理に捕らえる事は出来なかった。

 

調と切歌が去っていく背を見送っていると、

 

「お兄ちゃん!」

 

「うお!?」

 

背後から静香が駆け寄り、律の背に飛び乗って来た。

 

「着替えちゃったの〜? 綺麗だったのに〜」

 

「嬉しくない褒め言葉をどうも」

 

「こんな所でみんな揃ってどうしたの?」

 

「あ、えっと……その……」

 

妹の嬉しくない褒め言葉を律は溜息を吐きながら受け取り。 どうしてここにいるか問いかける紅羽にクリスはしどろもどろになる。

 

「—————」

 

「調? 何して……」

 

急に足を止めた調はジーっと後ろを見ており、つられて切歌も振り返ると……静香が律にじゃれついている光景を目にする。

 

(や……やっっっべぇぇぇ!! そういえば今の家族にお兄ぃの妹がいるって言ってなかったデェェェス!!)

 

内心慌てて右往左往する切歌は繋いでいた調の手を引き、急いで学院を出ようとする。

 

「し、調! 早く行くデスよ!」

 

「……………………」

 

(ヒィィィ!! 輝きのない目が怖いデェェーース!!)

 

目の輝きを失っている調に目尻に切歌は涙を浮かべて泣きそうになりながら駆け足で出て行った。

 

その直後、律たちの耳につけていたインカムに通信が入ってくる。

 

『4人とも揃っているか? ノイズの出現パターンを検知した。 程なくして反応は消失したが……念のために周辺の調査を行う』

 

「「はい!」」

 

「……はい」

 

どうやらどこかでノイズが現れたようで、何かしらの手掛かりが見つかる可能性を確かめる為、装者の召集をかけたようだ。

 

「ごめん。 少し呼ばれたから、母さん達は先に帰ってて」

 

「あ! 律!?」

 

不審に思われてしまうが、律たちはこれ以上の追及を避ける為に逃げるようにその場から駆け出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……………………」

 

近隣にあった廃工場跡……そこにノイズが出現したようで、律は現場に足を運び周囲に散らかる炭の山の前に膝を下ろす。

 

ソッと炭に触れ、指についた炭を擦り合わせるように撫でる。 これが元はノイズなのか人間なのか……確かめる方法は無く、関係者も掃除機を使い無心で炭の除去作業を行っている。

 

(無情にも、か)

 

響たちはこの場で計測された解析データを仮設本部で見ており、律は自身の特異な感受性を使い証拠が無いか捜索していた。

 

「律、こっちにこい」

 

一緒に同行していた奏が奥から律を手招きし、律は誘いに乗り奏の側まで歩み寄る。

 

「こいつを見てみろ」

 

「これは……」

 

床に散乱していたのは空のカップ麺や惣菜の容器、菓子パンの袋……これは先日、律が切歌に買ってあげた食料だ。 これを買ったスーパーのビニール袋もあるため間違いない。

 

「どうやらここにマリアたちが潜伏していたのは間違いなさそうだな。 そして、検知された反応からギアとノイズを出したって事は第三者による戦闘がここでおっぱじめたわけか」

 

「もしかして……《F.I.S》?」

 

「恐らくそうだろう。 あたしが《F.I.S》のお偉いさんだとしたら……アイドル大統領なんつう馬鹿な作戦はやりたくもねえ」

 

推測だがどんどん彼女たちの姿が見えて来るが……それでも肝心な部分がスケスケのまま。 同期も目的も何も分からないままだ。

 

引き続き捜索を続け、律は外に出ると、

 

(これって……)

 

気になったのは廃工場の外にある炭。 路地裏を直ぐ出た所に一つの炭が、その近くに三つの炭が……同じ数の自転車と共にあった。

 

「………………(ギリッ)」

 

「部活帰りにここを立ち寄った所を巻き込まれたようだ」

 

歯軋りをする律の元に、届いてきた情報を伝えるために奏がため息混じりにこの惨状の原因を伝える。

 

「今届いた二課の見解だと……どうやらマリアたち《フィーネ》は“F.I.S”の管理から聖遺物に関する情報や技術を独占して離れ、暴走した集まりのようだな」

 

「それが分かったところでこんな外道を許すわけにはいかない。 とはいえ……彼女たちの目的が分からないままだと後手に回るばかりだ。 どうにかして先手を取りたいけど……」

 

その時、二課から緊急の通信が入ってくる。

 

『ノイズの出現パターンを検知!』

 

「場所はどこだ?」

 

『位置特定……ここは!』

 

友里の驚愕の声と共に位置情報がスマホに転送され表示される。 そのノイズの発生地点が、

 

「ここって……!」

 

「旧リディアン音楽学院……《カ・ディンギル跡地》か……」

 

東京番外地にある特別指定封鎖区域……そこで決闘の狼煙が上げられた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

同日、深夜——

 

ノイズの出現のあるところマリアたちあり……響たちと合流した律は決闘のため《カ・ディンギル跡地》に足を踏み入れた。 念のため、リューツは本部に置いて来ている。

 

「確かに人里離れているから多少ドンパチしても問題なさそうな場所だな」

 

「決着を求めるには、おあつらえ向きの舞台というわけか……」

 

律たちは警戒しながらカ・ディンギル前まで向かうと、塔の前に人影が……《ソロモンの杖》を持ったウェルが1人立っていた。

 

「……フン」

 

「野郎!」

 

ウェルは鼻を鳴らすと杖を構え、ノイズを目の前に出現させた。 対抗すべく律たちも聖詠を唱え……その身にシンフォギアを纏った。

 

開戦と共に歌いながら飛び出した響が1発の拳で何体ものノイズを重ねて殴り込み。 続いて翼が刀で斬り裂き、クリスが二丁のガトリングで蜂の巣にする。

 

律も迫りくるノイズを斬り伏せながらウェルに近付こうとする。

 

「あなただけか? マリアやあの子達はどうした?」

 

「彼女やあの子たちは謹慎中です。 だからこうして私が出張って来ているのですよ。 お友達感覚で計画遂行に支障をきたされては困りますので」

 

「何を企てる《F.I.S》!?」

 

ノイズを倒しながら翼が真意を問いただそうとする。 その問いに対しさも当然のように受け止める。

 

「企てる? 人聞きの悪い。 我々が望むのは……人類の救済! 月の落下にて損なわれる無垢の命を可能な限り救いだす事だ!」

 

「月の!?」

 

「なっ!?」

 

ウェルは真上に向けて指をさす。 それが指し示すのは夜空に浮かぶ月……ウェルはあの月が落下すると宣言し、響たちは目を見開かせる。

 

「……………………」

 

「何を世迷言を……! 月の公転軌道は各国機関が三カ前から計測中! 落下などの結果が出たら黙って——」

 

「黙ってるに決まってるじゃないですか」

 

「…………!」

 

「対処方法の見つからない極大災厄など、さらなる混乱を招くだけです。 不都合な真実を隠蔽する理由などいくらでもあるのですよ!」

 

翼の言葉を遮るようにウェルがそう告げ、無用な混乱を避けるために真実を隠蔽するという至極当然な事を言う。

 

「クッ! まさか、この事実を知る連中ってのは! 自分たちだけが助かるような算段を始めているわけじゃ……!?」

 

「だとしたらどうします? 対する私たちの答えが——《ネフィリム》!」

 

呼ばれて反応したのか、地面を揺らしながら地中から完全聖遺物の怪物……《ネフィリム》がクリスを吹き飛ばしながら現れた。

 

「グハッ!」

 

「クリスちゃん!」

 

「ッ!」

 

吹き飛ばされたクリスを助けに律が飛び出し、空中で受け止めたクリスは気絶してしまったようで、律の腕の中でグッタリしていた。

 

着地した律は容態を確認しようとすると……いきなり頭上から粘着質な糸を吹きかけられた。 目の前には細長い体に鳥の頭のような形をしたノイズがおり、そのノイズの口から糸が吐かれていた。

 

「うわっ、汚ねぇ!!」

 

「人を束ね、組織を編み、国を建てて命を守護する! 《ネフィリム》はそのための力!」

 

「ッ! それは人の命を無為に奪ってまでする事なのか!?」

 

「必要悪、ですよ」

 

「巫山戯るなッ!!」

 

身動きが取れない律。 翼が糸を吐くノイズを斬りながらネフィリムの前に立ち、ネフィリムは涎を溢れ出させながら襲いかかってくる。

 

「くっ……!」

 

「——せいっ!」

 

翼に襲いかかるネフィリムを横から飛んできた響の飛び蹴りが直撃し、そのまま肉薄してインファイトで何度も殴り蹴り、時に反撃されれば冷静に受け止めるカウンターを繰り出す。

 

「ルナアタックの英雄よ! その拳で何を守る!?」

 

響は両腕のアームパーツのジャッキを交互に上げ、右腕の拳をネフィリムの腹部に打ち込むと同時にジャッキを戻し、その勢いでネフィリムを仰向けに吹き飛ばす。

 

間髪入れず、トドメを刺すため腰部のブースターを点火し。 左腕を振り上げながら再び突撃していく。

 

「そうやって君は! 誰かを守るための拳でもっと多くの誰かをぶっ殺してみせるわけだぁぁぁ!」

 

「——ッ!?」

 

叫びながらウェルが間に妨害のノイズを出現させ、響は構わず倒していくが……途中でウェルの言葉によって、脳裏に調の冷たい言葉が浮かび上がる。

 

「待て、響!!」

 

「ええい!」

 

律の静止を聞かず、雑念を振り払うようにネフィリムに向かって左腕を突き出した時……待ち構えていたかのように大口を開けていたネフィリムの口の中に響の左腕が咥えられてしまった。

 

「…………え…………」

 

——ガブ!!

 

惚ける響を正気に戻すようにネフィリムが力を込めて牙を突き立て……響を持ち上げるように左腕を喰い千切り、響の左腕から噴水のように夥しい血が噴き出す。

 

「立花ぁぁぁぁッ!!」

 

「響!!」

 

「ふ…ふふ…!」

 

「…………ぇ……?」

 

ウェルは歪んだ笑みを浮かべて見下ろす。 何も状況が飲み込めない響は無くなってしまった左腕を抑えながら顔を上げると……口から自身の血を垂らし、唸り声を上げて腕を咀嚼するネフィリムを茫然と見上げる。 響は徐々に顔を歪めていき、

 

「……ぅ…ぅぅぅッ……うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

恐怖と激痛が入り混じった、悲鳴を上げた。

 



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31話 聖遺物喰らい(ネフィリム)

 

 

「っ……」

 

「こんっの……邪魔!!」

 

響は左腕がネフィリムに喰い千切られてしまい、痛みも鈍く感じるように立ち尽くしてしまった。 あまりの衝撃に同様に立ち尽くす翼。 いち早く立ち直った律は鬱陶しそうに糸を斬り裂き、素早くと気絶したクリスを横たえると急いで響の元に向かう。

 

「ぬふぅ……!」

 

そしてこの惨劇が予定通りというように、ウェルが歪んだ笑みを浮かべ。 咀嚼を終えたネフィリムがそのまま響の腕を嚥下して腹に飲み込んだ。

 

「ぁぁ……」

 

「響!! しっかりしろ!!」

 

左腕を抑えながら膝をつく響。 律は急いで左腕を見ると、左腕の肘から先が無くなっていた。

 

「いったぁぁぁーーッ!! パクついた……シンフォギアをぉ……これでぇぇぇーー!!」

 

狂ったように目玉が飛び出る勢いで見開いて叫ぶウェル。 そんな奇行に付き合ってはいられず、翼も響の元に近寄る。

 

「くっ……ぅぅ……」

 

「出血が酷い! 傷口を焼くか!?」

 

「それは最後の手段! とにかく止血する!!」

 

火や高熱で傷口を火傷させて止血しようとする翼の提案を却下しながら律はシンフォギアを解除し。 上着を脱ぎYシャツの片袖を引きちぎり響の左腕の付け根に巻き付け、応急処置としてキツく縛り上げた。

 

この光景を、別の場所に着陸させていたエアキャリア内で待機していたマリアたちも見ていた。

 

「あんのキテレツ! どこまで道を外してやがるデスかッ!」

 

「ネフィリムに聖遺物の欠片を餌と与えるって、そういう……」

 

「ぁぁ……」

 

流石の奇行にマリアたちも着いては行けず、憤慨する切歌は壁を強く殴りつける。 スクリーンに移る、蹲る響を見て……マリアの脳裏に先程、廃工場で無残に殺されてしまった一般人の子どもたちが蘇る。

 

「——ッ!!」

 

「どこへ行くつもりですか? あなたたちに命じているのはこの場での待機です」

 

振り払うように頭を左右に振るい、踵を返してこの場から出て行こうとした所をナスターシャに引き留められる。

 

「あいつは! 人の命を弄んでいるだけッ! こんなことがわたしたちのなすべきことなのですかッ!?」

 

「……………………」

 

この愚行とも言える行いにさすがのマリアも怒りを露わにする。 切歌は血を流す響の姿をこれ以上見たくないように顔を伏せる。

 

「……あたしたち……正しいことをするんデスよね……」

 

「間違っていないとしたら……どうしてこんな気持ちになるの?」

 

「……その優しさは今日を限りに捨ててしまいなさい。 わたしたちには微笑みなど必要ないのですから……」

 

「くっ……」

 

これ以上見たくないように目を伏せ、マリアはこの場を後にした。

 

出て行ったマリアは閉じられた背に寄りかかり、祈るように天を仰ぐとその場に座り込み、ポケットから損傷したギアペンダントを取り出す。

 

「何もかもが崩れていく……このまま……じゃいつかわたしも壊れてしまう……」

 

マリアはペンダントを大切に手の中に包み込み、

 

「セレナ……律……どうすればいいの……!」

 

独り、後悔するように涙を流した。

 

「ああ……ああぁぁぁぁ……」

 

ようやく痛みを実感し始めたのか、額から脂汗を出しながら響は呻き、強く左腕を握りしめだす。

 

「立花! しっかりしろ、立花ぁ!!」

 

「心拍が上昇……! 出血が止まらない! すぐに救護を——ッ!!」

 

急いで救護を呼ぼうとし……気配を感じ咄嗟に立ち上がりながら振り返ると、目の前にさらに夥しい程の涎を出すネフィリムが、獲物を狙うような目で律たちの方を見ていた。 ……目などないが。

 

「完全聖遺物《ネフィリム》は、いわば自律稼働する増殖炉! 他のエネルギー体を捕食し、取りこむことでさらなる出力を可能とするぅ~! さぁ始まるぞ! 聞こえるか? 覚醒の鼓動! この力がフロンティアを浮上させるのだ! フハハハ! ハハハハ! フヒヒヒヒ!」

 

ウェルが狂いながら懇切丁寧に説明する間、ネフィリムの身体に走っていたオレンジ色の線が赤く輝き出し、肉体が膨れ上がるように膨張を始めより怪物的な姿に変貌して行く。

 

「外道め……!」

 

(フロンティア? 浮上? 何を言っている……)

 

「ぅぅぅぅぅ……ゥゥ……!』

 

「フヒヒヒヒッ……ヒヒ……うぇ……?」

 

狂いながら笑うウェルを睨みつける翼。 律も怒りを露わにしたかったが、それでも冷静になりウェルの言葉の意味を探っていると……息を荒げていた響から唸り声が出始める。

 

律と翼がウェルに向けていた視線を下ろすと……響の胸元から“f”字の輝きが発生しており。 その輝きが黒くなると、響の全身を一気に黒く染め上げた。

 

『ウウウウ! ウガァァァァァ! ッアアアアアアア!!』

 

「そんな……まさか……!」

 

「ッ——離れろ!」

 

急いで律はシンフォギアを再装着し、翼を抱え響を置いてその場から離脱する。

 

この事態には流石のウェルも予想外のようで、狂ったような笑みが止み響を驚愕の目で見ていた。

 

『ァァァァ……ゥァァァ! ガァァァァ!!』

 

獣のような唸り声と共に立ち上がった響は目の前にいたネフィリムを睨み。 ネフィリムも口元を半開きにして涎を垂らしながら響を睨む。

 

両者、先程と姿が一変し今にも殺し合いそうな雰囲気になる。

 

「これが……フィーネの観測記録にあった……立花 響の——」

 

「暴走……だと!?」

 

別の場所で響の暴走を見ていたナスターシャと弦十郎も驚愕を露わにする。

 

『グゥゥゥ……アアァァァァァァ!!』

 

暴走した響は咆哮とともに無くなった左腕を振り上げると、そこから黒いエネルギーのような物が飛び出し。 溢れ出していたエネルギーが徐々に収束し、元の左腕を形作った。

 

「左腕が!?」

 

「ギアのエネルギーを腕の形に固定!? まるでアームドギアを形成するかのように!」

 

「槍が出来ないからってそんなのアリかよ!?」

 

今まで散々アームドギアが出ないと喚いていたにも関わらず、失われた腕を生やすという離れ技ができたことに絶句してしまう。

 

そして暴走した響はネフィリムに襲いかかり、型もなくただ力任せにネフィリムをボコボコに攻撃していく。 反撃をまともに受けてもお構いなし、再び獣のように襲いかかる。

 

「や、やめろー! やめるんだー! 成長したネフィリムは、これからの新世界に必要不可欠なものだ!それを……それをぉぉぉぉ!!」

 

「身から出た錆だろう!!」

 

「あんなの放っておけ! とにかく今は響を止めるのが先決だ!」

 

一方的にやられるネフィリムにウェルは絶望的な表情で苦しそうに息を荒げる。 翼は自分が招いた結果だと一蹴し、律はそんなのは無視し急いでなるべく気付かれないよう背後から響に近付こうとする。

 

「いやぁぁぁぁぁぁあーーー!」

 

やられるネフィリムを見て、ウェルは悲鳴を上げながら出鱈目にノイズを大量出現させ、そしてその全てを集結させ……一体の巨大なノイズを出現させた。

 

『ハッ! ハッ! グアアアア!』

 

獣のように四足で走る響は現れたノイズの口の中に自ら飛び込むと……ノイズの中で暴れ回り、腹わたを切り裂き炭と化しながら咆哮と共に出てきた。

 

その咆哮により本能で危機を察したのか、背を向けて逃げ出すネフィリム。 しかし、暴走した響は逃す訳もなく……赤い眼光がネフィリムに捉える。

 

『ガウゥッ!』

 

飛び上がり、背を向けて逃げるネフィリムの背を押し潰しながらマウントを取り。 右腕を振り上げ、手刀を放とうとする。

 

「ま、まさか……!?」

 

「やめろ立花!! やめるんだ!!」

 

響が何をしようとしているのか察したウェル。 その瞬間、横から翼が飛びかかり、ゴロゴロと転がりながら響を地面に組み伏せた。 解放されたネフィリムはというと……隙が出来たと思ったのか、背を向ける翼と響に再び襲いかかる。

 

「お前も黙ってろ!!」

 

すぐさま間に割って入った律は回し蹴りでネフィリムの腕を弾き上げ、両手で構えていた剣を握りしめて懐に飛び込み、

 

「せりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 

掛け声と共に瞬く間に何度も剣を振るい、同じ箇所……心臓がある左胸の位置を何度も斬り裂き、ネフィリムの硬い皮膚に風穴を空け、

 

「せりゃあっ!!」

 

緋血(ブラッド)斬奪(ライジング)

 

即座に右手の指を揃え手刀で空いた左胸に突き刺し……何かを掴んで強引に引き抜いた。 律の右手には紅く鼓動する心臓のような物が握られていた。

 

「うわっ、ノイズで練習はしてたけど……メタルなライジングじゃなくてシンフォギア・ライジングで出来ちゃったよ」

 

今まではフィーネ戦以降に見え出したノイズの“核”で練習をしていたが、ノイズ以外ではこれが初めて。 律は赤く鼓動する心臓を気持ち悪そうにポイッと、握り潰す事なく背後に放り捨てた。

 

「ひぃぃぃ! あああああーーー!! ああ! あああぁ!」

 

律はネフィリムの心臓が抉り取られてしまった事に頭を掻き毟るように絶叫するウェルを無視し、すぐに暴走する響を抑え込む翼の元に向かう。

 

「落ち着くんだ、立花!!」

 

『ゥゥゥァアアアアッ!!』

 

「抑えておいて! このまま“調律”する!」

 

「“調律”……!? 立花を止めることが出来るのか!?」

 

「シンフォギア相手は初めてだけど……やるしかない!」

 

「ごめん」と一言謝りながら響の胸元の傷に手を当て。 紅い粒子が周囲に散布されると背のウィングが広がり、右手を通して響を覆う黒いモヤが徐々に吸い出されて、同時に浄化するように黒の色合いが薄れて行く。

 

『グァァ!グアアア!アアアア!』

 

「ぐうっ……!」

 

「動くな……!」

 

しかし、暴走はすぐには止まらず。 2人は暴れる響を精一杯抑えつけていると……気絶から目が覚め、状況が飲み込めないクリスが走ってきた。

 

「おい! 何がどうなってんだ!?」

 

「起きるの遅い!! とにかく響を抑えるのを手伝って!」

 

「わ、分かった!」

 

とにかくクリスも暴走する響の腕を掴み、抑え込むのに協力しする。

 

「い、いやぁぁぁぁぁ~~! あぐっ……ひぃぃぃぃ……あぐっ……」

 

すると、とうとう響に恐れをなしたのかウェルが悲鳴を上げて、何度も躓き転びながら不様にも尻尾を巻いて逃げ出した。

 

そんなのを律たちが気にしている余裕など無く……そしてゆっくりと暴走を鎮め完全に調律を終えると、

 

「うわっ!?」

 

「くっ……!」

 

響から強い閃光が放たれ、律たちはあまりの光量に目を閉じ腕で覆い……光が収まると、響は暴走が止まってクリスたちの手の中でグッタリと気絶しており、ギアも解除され制服姿になっていた。

 

「立花? 立花!」

 

「大丈夫。 気絶しているだけ、みたいだけどこれは……」

 

身体に異常が無いことを確認して優しく、ゆっくりと横たえる。 外傷は特に見られない……喰いちぎられた左腕も何事もなかったかのようにちゃんとある。

 

(左腕は……無事なのか……?)

 

制服が無事なのは特に問題ない。 ギアを装着する際、着ていた服はどういう原理か粒子化され一旦ギアペンダント内に入れられ。 解除する際に再構成されるため、左腕を千切られようとも破かれる事はない。

 

それは置いておき。 律は気絶する響の左手を取り、肘まで袖を巻くって傷が無いことを確認する。 傷どころか元通り、噛み千切られた様子もなく最初から無くなってもいなかったようだった。

 

夢か幻だったのか、と思いたかったが。 地面に散らばる大量の響の血が実際に起こった出来事だと実感させる。

 

「とにかく急いで救護班を。 念のためクリスもね、頭を強く打ったんだから」

 

「あ、ああ……」

 

「既に司令が手配したようだ。 もう時期に来るだろう」

 

「そうか……」

 

救護班が来ることを確認すると律は立ち上がり、響を翼たちに任せ……ネフィリムの元に向かった。 地にうつ伏せで倒れ伏すネフィリムはピクリとも動かず、既に生き絶え亡骸となっていた。

 

「よっ」

 

そんなネフィリムの亡骸に剣を突き刺し、亡骸を吸収すると剣先の1箇所に収束させ……ギアペンダントと同じ形状の結晶にして封印した。

 

機能を停止したとはいえ完全聖遺物……使い道はいくらでもある。 悪用されるくらいならこうした方が世のためだ。

 

「……さてと……って、あれ?」

 

地面に落ちた結晶を広い、先ほど抉り取った心臓を探そうと辺りを見回すと……心臓がどこにも無かった。

 

「確かこの辺りに……どこいった?」

 

この暗闇では探す事は困難……心臓とはいえ、流石に適当に放るべきでは無かったと今更ながらに後悔する。

 

「——律! 何してんだ!」

 

「……今行く!」

 

手を貸せとクリスに呼ばれ。 右手に視線を落とし、その中にあるネフィリムが封じられたペンダントを一瞥して握りしめ……踵を返し響を連れて行くため翼たちの元に向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

《カ・ディンギル跡地》での戦闘から時間が経ち日付が変わり……左腕の切断と暴走により緊急搬送された響。 検査の結果からある一点を除けば問題は無く、時期に目を覚ますらしい。 同様にクリスも特に異常はなく、結果を知らされた律と翼はようやく一息つけた。

 

響は翌日には目を覚ましたが……暴走により響の胸に埋め込まれた《ガングニール》の欠片が癌のように広がり浸食深度が進んだのだ。 このまま繰り返しシンフォギアを使い続ければ文字通り命を削る事になりかねない。

 

そして……響は翼から、延いては司令から離脱を言い渡された。

 

「あいつが戦線離脱、か……」

 

「まあ、しょうがないよな。 命に関わる事だし」

 

二課内にある自販機の前でお茶を買い、律の膝の上でリューツが寝る中、2人は響の心配をする。

 

響はこの戦線から強制離脱。 当分の間、少なくとも胸のガングニールの浸食の抑制、もしくは除去等の解決方法が見つけるまでは待機となるだろう。

 

「遣る瀬無いとは思うけど、後は俺たちでやるしかない」

 

「……わぁってるよ」

 

返事をしながらクリスはグイッとコップを仰り、残りを飲み干すとその場から空の紙コップを放り投げ、綺麗な弧を描いてゴミ箱に入れた。

 

「しかし、これからマリアたちは……特にウェル博士はどうするんだろうな?」

 

「と、いうと?」

 

「言ってたろ? “落下する月から世界を救うのは《ネフィリム》だけ”だと……そのネフィリムがご臨終したんだ。 あの発狂具合から相当大事な物で、アレで月を救おうとしていたのも本気だったのかもしれない。 真意はどうあれ、な……」

 

ネフィリムが一方的にやられる光景に奇声を発して発狂していたウェル……どれだけネフィリムが彼にとって重要だったのか見てとれた。

 

「そもそも、あの化け物を使ってどう月の落下から地球を救うのか全く分からん」

 

「確かにそうだな。 アレを使って物理的に地球から押し遣る訳でもあるまいし……結局、相変わらず何も分からず仕舞いか」

 

「やれやれ、頭を悩ませてばかりだな」

 

「クァ〜……」

 

欠伸をするリューツの頭を撫でながらそうごちる律。 状況が刻一刻と確実に進んでいるとはいえ、律たちは解決の糸口は全く掴めていなかった。

 

結局、響は経過観察のためそのまま入院となり。 律とクリスは一緒に家に帰宅していた。 帰り道では雑談などする空気でも無く、終始無言になっていた。

 

その途中、進行方向にあったスーパーが視界に入って来て、律は足を止めた。

 

「確か家には何も無かったな……クリスもついてくるか?」

 

「んー、そうだなぁ……冷蔵庫の中身も少なくなってたし、アタシもついて行くわ」

 

クリスも同行することになり、「ギャーウ」と少し不満そうな顔をするリューツを外で待たせて2人は店内に入った。

 

「んーこの際だし、クリスもウチで食って行けよ」

 

「そ、そこまで世話になるつもりはねぇよ……」

 

「隣なんだし、別に赤の他人って訳でもないんだ。 それに母さんからしっかり面倒を見ろって言われてもいるんだ。 クリスは放っておくと偏った食生活になるだろう。 俺がこうして健康にいいものを食わしておけば万事解決なんだから、黙って俺の料理を食え」

 

「…………!?」

 

強要するようにそう言い、何を作ろうかと品を取る律。 その背後ではクリスが絶句して顔を真っ赤にさせる。 と、そこで律はクリスが押していたカートの中を見る。 籠の中には飲み物やお菓子の他に、既に料理として作られた弁当や惣菜ばかりが入っていた。

 

「って言うか、惣菜と弁当ばっかだなぁ。 こんなのばっかだと栄養が偏って……」

 

そう言いかけて律は少し視線を落とし、

 

「……手遅れか」

 

「おい! 今身長見て言ったな!?」

 

装者の中でも身長が低いクリス。 幼少期の頃、戦禍に巻き込まれて充分な食事が取れなかったせいもあるが……それによる人体による防衛機構なのか、逆に栄養を貯め込むようにある部位だけが大きくなっていた。

 

「あれ、サキさん?」

 

「ん?」

 

声をかけられ振り返ると、そこには同じように買い物カゴを乗せたカートを押す詩織がいた。

 

「こんにちは。 お買い物の最中でしたか?」

 

「ああ、夕食の買い出しにな。 そっちもか?」

 

「はい。 お母さんにお使いを頼まれまして……」

 

隣にクリスがいる事に気がつき、詩織は2人に交互に視線をやる。

 

「……んだよ、ジロジロ見て」

 

「いえ。 こうして見ると、仲のいい恋人か夫婦に見えて」

 

「んなっ!?」

 

クリスは酷く狼狽しながら顔を真っ赤にする。 その詩織の言葉に律は呆れ顔になる。

 

「何を馬鹿な……」

 

「違うんですか?」

 

「そうだ! 何が馬鹿だ!!」

 

「あれぇー? なんで俺が怒られてるのー?」

 

「んー! ナイスです!」

 

何故かクリスに怒りの矛先を向けられ、律は意味が分からないと肩を竦める。 そんな2人のやりとりを見た詩織は笑顔で親指を立てた。

 

その後も詩織を交えて買い物は続き、青果類があるフロアに足を踏み入れると、

 

「リンゴ……」

 

先ず目に入り、手に持ったのは赤く熟れたリンゴ。 それを手に持ちジッと見つめていると、ふと口が独りで動き出す。

 

「……リンゴは……浮かんだ お空に リンゴは落っこちた地べたに……」

 

ボソリと紡がれたのは歌詞。 脳裏に突然浮かんできたこの歌を呟くように歌い……首を傾げた。

 

(スッと出て来たけど……こんな歌、聞いたことあったか? ニュートンの“万有引力”をモチーフにした歌っぽいけど……)

 

記憶を失ってから今までの生活で多種多様な歌と触れ合って来ていたが、こんな歌は聞き覚えがなかった事に疑問を感じる律。

 

「律さーん!」

 

「こっちはもう終わったぞ。 お前も会計に……って、何してんだ?」

 

「……! いや、何でもない」

 

誤魔化すようにリンゴを籠に入れ、律は会計を済ませるために財布を取り出しながらクリスと詩織の元に向かった。

 



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32話 異なる者

お久しぶりです!


 

数日後——

 

響が二課の部隊から外されてから何事もなく、今日も学校が終わり放課後……律とクリスは揃って下校していた。 その間、あまり口数も少なく、横に並びながらとぼとぼと歩いていた。

 

「あいつはどうした?」

 

「今日は未来たちと“ふらわー”に行くらしい。 心配ならついて行けばいいんじゃないかな?」

 

「べ、別にそんなんじゃ……」

 

「ガゥゥ……」

 

響は以前と同じように一時ではあるが平穏な生活に戻っている。 とはいえ、マリアたちの事が気になって心からは楽しめないだろう。

 

それは律たちも同じ気持ちであった。 その気持ちを汲み取ったようにリューツも悲しそうに鳴く。

 

「気になるのか?」

 

「まあ……いくばくばかりは……」

 

「響がいない分、俺たちが頑張らないといけない。 今は情報が入ってくるのを待つしかない」

 

「分ぁってるよ。 けどなぁ……」

 

理解はしているが納得は出来ないクリス。 マリアたちに向ける響の思いは2人も理解している。 しかしこのまま戦い続ければ命を落としかねない……この2つが板挟みになり、常に顰めっ面になってしまう。

 

(何だかここ最近、悩んでばかりな気がするなぁ……)

 

マリアたちとの関係で悩み、《フィーネ》の目的が何なのかと悩み、そして今は響のことで悩んでいる……ある意味、煩悩塗れである。

 

「だぁぁ!! もう! なんかムカムカしてきたあ!」

 

「はいはい落ち着く」

 

クリスは悩み過ぎて逆にキレてしまい、律はそんな彼女を見て逆に冷静になりながら宥める。苛立つ気持ちは分からなくもないが……と、その時、

 

——ピリリリリッ!

 

悩める2人の下に、二課からの緊急通信が届いて来た。

 

『付近でノイズ反応を確認! 装者全員は現場へ急行して下さい!』

 

「了解しました!」

 

出動を了承し、2人はすぐ様ノイズ出現地点に向かおうとした。

 

『ノイズとは異なる高質料のエネルギーを検知!』

 

『波形を照合——ッ…まさかこれって……』

 

『……ガン……グニール、だと』

 

「「!!」」

 

その言葉を聞き、2人は目的地を確認するやいなや一目散に駆け出す。 その反応が出ているのはつまり、響が戦ってしまったということ。

 

「たっく! 響も何で行く先々でトラブルに巻き込まれるのかなぁ!?」

 

「オメェも似たようなもんだろう!」

 

よくノイズ発生地点に出くわす律もだが、響も似たようなものでどっちもどっちだった。 ともかく急いで事件現場である都市部まで行こうとすると、

 

「——ッ!?」

 

「ぶっ!?」

 

突然、律は足を止めた。 急には止まれなかったクリスは律の背に顔を突っ込ませながら止まる事が出来た。

 

「い、いきなり止まるんじゃねえよ!」

 

「………………」

 

赤くなった鼻頭を押さえながら怒鳴るクリスを無視して律は真っ直ぐ、険しい目で前を向いている。 「何だってんだよ」と愚痴を零しながらクリスも横を抜けて同じ方向を向くと……そこには全身をローブで覆い隠している道の真ん中に人物が立っていた。

 

顔はフードを目深く被って見えず、身体も足首まであるマントで覆っており人物像は見えなかった。 だが身長は幾分小柄である事から、おおよそ10代前後だというのが分かる。

 

『……………………』

 

(……なんだ……この感じ……?)

 

「一般人、じゃあなさそうだな」

 

このタイミングで現れる事から、味方ではない事は確かである。 その問いに答えるようにフードの人物は男かも女かもわからない、ノイズがかった声で答える。

 

『これより先は既に舞台の公演中……ここで引き返してもらおうか?』

 

「テメェ……お前もアイツらの、フィーネの仲間か!?」

 

『——否』

 

クリスの問いにボソリと返しながら僅かな、しかし剣のような鋭利な殺気が律とクリスに向かって放ってくる。

 

「手加減できる相手じゃなさそうだ……リューツは離れてろ。 やるよ、クリス!」

 

「ガウゥン……」

 

「ああ!」

 

殺気に当てられ身を竦めるように身構え、寂しそうな声を漏らすリューツは渋々と律から降りて離れた。 2人は服の内からギアペンダントを取り出して掲げる。

 

「Feliear claiomhsolais tron」

 

「Killiter Ichaival tron」

 

聖詠を歌い、その身にシンフォギアを身に纏う。 ギアを纏いアームドギアを展開し律は長剣を、クリスはボウガンを構える。

 

『フン』

 

2人の武器を確認したフードの人物はマントから左手を出すと……その手には金色の片手剣が握られていた。

 

(あの剣は……)

 

「先手必勝ッ!!」

 

律はフードの人物が持つ剣が気になり、注意深く見ていると……先にクリスが飛び出す。

 

「その面拝ませてもらうぜ!」

 

『不敬な』

 

クリスはボウガンを連射しながら接近する。 フードの人物はクリスの物言いに無礼と一蹴し、剣を持ち上げ……飛来して来た矢を全て斬り落とした。

 

「んな馬鹿な——」

 

『破ッ!!』

 

「ぐわぁ!!」

 

驚く間も無く続けて接近してきたクリスを斬り払い、そのまま律に向かって襲いかかる。

 

「でやっ!」

 

『フッ……』

 

お互いに横薙ぎに剣を振り抜き、刃が激突すると火花を散らしながら鍔迫り合いになる。

 

「一体何が目的だ!?」

 

『足止め、とでも言っておこう』

 

「ふざけるな!!」

 

奴は律の怒号を受けながらもビクともせす、律も負けじと押し込もうとするが……一向に押し返す事が出来ず。 ウィングの推進力を加えても押し返す事が困難だった。

 

(ッ……!! こんな細腕で……なんてパワーだ……!)

 

このままではまずいと刃の上で奴の刀身を走らせて受け流し、金色の剣が地面を斬り裂くと同時に律は距離を取り、

 

「吹っ飛びやがれッ!!」

 

【MEGA DETH PARTY】

 

間髪入れずクリスが無数のミサイルを発射して来た。

 

いくら飛来する無数の矢を斬れる敵だとしても、斬った瞬間に爆発するミサイルは避けるか防御する以外に防ぐ方法はないだろう。

 

嘲笑うかのようにフッと軽く口元を吊り上げると、

 

『軽い』

 

剣を円を描くように振るうと迫って来ていたミサイルの軌道は外側に向き、奴には当たらず素通りし。 背後にあった建物を爆破解体した。

 

「クリス! 街中でそれはやり過ぎ!」

 

「当たっていれば問題なかったんだよ!」

 

「もう少し被害とか考えろよ!?」

 

戦っている以上、街への被害は当然出るが。 特にクリスのシンフォギアではどうしても周囲への被害が出やすい。 クリスが仲間になってから二課の修繕費が割増になっていた。

 

『こんな時に痴話喧嘩か?』

 

「ち、痴話ッ!?」

 

クリスが狼狽し……その隙を狙われ、一瞬でクリスとの距離を詰めて剣を振り下ろした。 咄嗟に律が間に割って入り、振り下ろされた剣を受け止めた。

 

「グッ!」

 

『随分と余裕なのだな? そちらが不利だというのに?』

 

「それは……失礼しまし、た!」

 

こちらに非があるので素直に謝罪をしながら左手に構えた光線銃を突き出し、奴の腹部に当て至近距離で撃つ。

 

奴は撃たれた瞬間にバク転して後退、身を捻り光線の合間を抜ける。

 

「クリス!」

 

「これならどうだ!!」

 

【BILLION MAIDEN】

 

遮蔽物のない空中に向けてなら気兼ねなく撃てる。 ガトリング4門による弾幕を張り、逃げ場をなくす。

 

『チッ』

 

避けられないと踏んだ奴は舌打ちをしながら剣を前に突き出すと、

 

——ドォンッ!!

 

剣自体が小規模な爆発を起こし、その衝撃で銃弾を防ぐ壁を作り出し、その間に奴はその場から飛び退いて銃弾の射線上から逸れた。

 

「チッ」とクリスは防がれた事に舌打ちし、次第に爆煙が晴れると……地上にはクリスしかいなかった。

 

『ッ!』

 

バッと急いで振り返りなが横薙ぎに振るい……剣は背後に回っていた律の剣に直撃した。

 

「これでもダメか……!」

 

『惜しかったな』

 

これが通用しないとなるとこれ以上奇襲、奇策を重ねても効果はないだろう。 弦十郎なら真っ向から撃ち破るのに対し、奴は巧みな技で防ぎ掻い潜って行く……今まで相手にした事の無い敵に文字通りなす術がなかった。

 

(なんとか打開策を……)

 

歯軋りまじりに剣を握り直した、時……突然、律の脳裏に歌詞が浮かび上がり、シンフォギアから旋律が奏でられる。

 

(な、何だか……いきなり歌が……)

 

『何?』

 

「お、おい……まさか歌うんじゃ……」

 

クリスが律のみを案じて止めようとする前に、律は歌うと同時に駆け出す。

 

——哀しみの城に囚われ 泣いている……魂よ……

 

「グゥッ!!(体内にある……ノイズが……!)」

 

『この歌は——ッ!』

 

ノイズを吸い出していない状態で歌い出した事によりフォニックゲインとノイズ……相反する二つが律の身体の中で暴れ出し、苦悶の表情を見せるも律は湧き出る旋律を口にする。

 

対して奴は律が歌い出した歌に驚愕した。 だがその前に律が動き出し、下段から振り上げた剣で奴を後ろに弾き飛ばした。

 

——身を守る 茨の刺も……すべて! 受け止め、抱きしめよう

 

『ぐっ!』

 

反撃に転じた奴は目にも止まらぬ、金色の剣が光の速さの如き剣捌きで律に襲いかかるが……その人が生きられる隙間もない剣戟の中を律は掻い潜るようにいとも簡単に避け。

 

そしてにその合間に掌打や蹴撃によるカウンターを返していく。

 

『動きが、読まれているのか……』

 

——その瞳に映る色が 空虚なら……そう、空を描き

 

避けるもその先には既に律が回り込んでおり、動き続ける奴は次第に息を荒げ疲弊し動きが鈍くなっていく。

 

『ぐっ!』

 

思い切ってその場から飛び退いてビルから飛び降り、着地してから顔を上げると……目の前には刀で居合の構えをする律が。

 

「——暁の先へ! 羽ばたこおおぉう!!」

 

抜刀による横一閃。 避けようと仰け反ったため直撃はしなかったがフードの一部を切り裂いた。

 

『くっ……』

 

咄嗟に手で残りのフードを押さえた事で顔は見られなかったが、一部だけ見えたフードの中を見て……2人は目を疑った。

 

「こいつは……!?」

 

「まさか、人間じゃ……ないのか?」

 

『……………………』

 

見えたのは右側頭部のみ。 確認できたのは相手が金髪であることと……()()()()()()()()()()()()()()()()()事であった。

 

「お前は一体何者なんだ。 何が目的——ガハッ!!」

 

「律!?」

 

再度、律は剣先を向けながら目的を問い詰めようとした時……突然、律は吐血し、その場で膝をついてしまう。

 

『不完全とはいえ《禁忌の歌》を口にしたのだ。 むしろその程度で済んで幸運と言うべきか』

 

奴は剣をマントの内にしまいながら律を一瞥し、踵を返して背を向けると、

 

『我らが求めるは“大いなる黄昏”を告げる時の笛——《ギャラルホルン》』

 

「「!?」」

 

『いずれこの現世に来たるだろう。 痛み、嘆き、悲しみ、怯え、恐怖……悲鳴より生まれし異形が……』

 

何かを示唆しているような言動で律たちに向けてそう言い、奴の身体が光るように一瞬で白くなり……シュンッ! と甲高い音を出しながら消えていった。 まるでどこかに瞬間移動したようだ。

 

「……な、何だったんだ?」

 

「ッ……どうやら、マリアたち《フィーネ》とは完全に別の目的、組織なのは確かだ。 しかし、《ギャラルホルン》か……」

 

口元の血を拭いながら情報をまとめる。 ここで現れた新たな敵……一体何者で、何が目的なのか定かではないが。 それよりも今は優先すべき事がある。

 

「お、おい! 無茶するなよ! ノイズがある状態で歌ってバックファイアを受けたんだろう!?

 

「問題ない……! 時間を取られた。 早く響の元に向かうぞ!」

 

「いやだから——キャッ!?」

 

有無を言わさずクリスを横抱きで抱え、その際に可愛らしい悲鳴が聞こえて来たが。 律は痛む身体を奮い立たせてウィングを広げると浮かび上がり、ノイズ反応がある地点に向かって飛翔した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『…………………』

 

3人が戦っていた地点より程近い雑木林。 そこに律達と戦っていたマントの人物がいた。 その者は顔を上げて木々の合間に見え、飛び去って行く律達の事を見つめていた。

 

『どうじゃった、あやつは?』

 

その時、背後からマントの人物と同じようなノイズが掛かった声で話しかける人物がいた。 その者も同じような格好をしており、どんな人物か認識出来なかった。

 

『まだまだだな。 アレでは露払いや殿(しんがり)が関の山だろう』

 

『ふーむ。 舞台に上がるには役者不足という事か」

 

結果を聞き少し嘆息してから振り返り、律達がいるであろう方角を見つめ、

 

『せめて“錬金術師”が出てくる前には……思い出して欲しいものじゃのぉ。 己が使命を、の』

 

やれやれと首を横に振り。 同じ格好をした2人組は踵を返してその場から去って行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

途中、翼と合流しながら律とクリスはようやく現場に到着する。 そこには未来と、異常な程の高温を発するシンフォギアを纏いながら茫然と両膝をついて立ち尽くしている響がいた。

 

「この熱気は……!」

 

「響!!」

 

「律さん! 響が……響が!」

 

「落ち着け! クリス、未来を!」

 

「あ、ああ」

 

必死になる未来をクリスに任せて連れて行かせ、律は真上に飛び上がると側のビルの屋上にあった給水タンクに向けて剣を向け一閃で斬り裂き。 続けて足場の留め具を切って屋上から落とし、給水タンクが響に向かって落下。

 

「翼!」

 

「はっ!」

 

続いて到着した翼が地上から飛び上がり、真ん中から真っ二つに斬り裂くと中から水が出てきて地上にいた響に降り注いだ。 水は見る間に蒸発して湯気となり、まさしく焼け石に水のような状態だった。

 

「ッ……! 熱が下がらない!」

 

「ダメ元で調律する! とにかくシンフォギアの機能を停止させる!」

 

調律を始めるため律は響の胸元に左手を当てる。 しかし、今の状態の響を触れるという事は、

 

「ぐあああぁぁ!!」

 

「律!!」

 

ジュウウと、肉が焼ける音が律の手の平から発せられる。 シンフォギアの装甲越しでもこの高温には耐えられるなかった。 しかし律は決して手を引こうとはせず、神経を集中させる。

 

すると、次第に熱は引いていき……熱が完全に引くと同時に響のシンフォギアは解除され、倒れようとした所を律が抱きとめた。

 

「ハァハァ……は、早く響を……」

 

「司令! 急いで救護班を!!」

 

『既に手配済みだ!』

 

律もシンフォギアを解除した。 響を抱きとめる律の左手は酷い火傷を負っていた。 もしシンフォギアを纏っていなかったらノイズを触れたようにこの左手は消炭になっていたかもしれない。

 

「全くお前はまた手を傷つけて! お前の手は歌を導き指揮する手だ、このような無茶をすればいずれ使い物にならなくなるぞ!!」

 

「は、はは……人の、友だちの命が救えるためならそれも本望かもしれないな」

 

「——ガウッ!」

 

「ぎゃああああぁぁ!!!」

 

脂汗を流しながら軽口を叩く律の左手を、出てきたリューツがペシっと前足ではたくと……律は絶叫をあげてのたうち回る。

 

「リューツもお怒りのようだな。 律、もっと自分を大切にするんだ。 立花もそうだが、傷ついて心配しない者はいないんだ」

 

「こ、この状態での肉体言語は……やめてください……」

 

翼はリューツを抱き抱え自分の気持ちも交えながらリューツの気持ちを代弁する。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

同日——

 

律の部屋……外では大変な事が起きている時、居間にあるソファーに置かれていたアンティークドールがパチリと、息を吹き返すように目を覚ました。

 

「……あ、あれ……? 私は……」

 

口から発せられたのは少女の声。 人形は俯いていた体勢からカタカタと人形特有の音を立てながら身体と顔を起こし、キョロキョロと部屋を見回す。

 

「……確か……絶唱を歌って……それから……」

 

額に手を当て意識が失う前の記憶を思い返しながら、人形はまるで本物の人間のようや困惑した表情で辺りを見回してから小首を傾げ、

 

「ここ、どこ?」

 



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33話 人形

ちょっと短めです。


 

仮設本部である潜水艦へと搬送された響と律。 律の調律を行なって火傷をした左手の治療はすぐに終わったが、響は依然手術室の中だった。

 

治療室から出た律は少し歩いていると……手術室からすぐ近くのベンチで懇願するように両手を握りしめながら口元に当てて俯きながら座っている未来がいた。

 

「……あ、律さん……」

 

「響はまだ?」

 

「……はい」

 

響はまだ手術中と聞き、律は未来の隣に座る。 未来は隣に座る律の左手に視線を向ける。 隙間なく白い包帯でグルグル巻きにされており見るからに痛々しかった。

 

「律さんも、左手は大丈夫でしたか?」

 

「ああ。 皮膚が少しばかり焼け爛れただけだ。 後遺症はない」

 

「それは、あまり大丈夫とは言えないような……」

 

「ウゥ……」

 

問題ないと左手を軽く振るう律。 だが未来とリューツはそれが空元気に見えた。

 

だが、それよりも律は調と切歌の方が心配だった。 なんでもLiNKERを過剰投与して適合係数を無理に上げての絶唱を試みたらしい。 LiNKERは奏を通して話しは聞いていたため、どれほど危険な行為か怒りを覚える反面、2人が無事かどうか心配で心配で仕方なかった。

 

そんな律の心労で身体が堪えたのかふらつきながら

 

「あーでもダメ。 ついでに貧血で今にも倒れそう」

 

「ええっ!? そ、そんな酷い怪我してましたっけ?」

 

「ついでに献血もされてな。 なんでも俺の血液型は140万人にいるかいないかの珍しい血液型なんだと。 だからもしもの時のために、戦いを始める前から頻繁に献血していたんだけど……戦い出してからその回数も増えたよ」

 

もしもの自体に備えてにしては大袈裟かもしれないが、絶唱や響の腕が喰われたような事態を考えると必要なのかもしれない。

 

と、そこへ駆け足で緒川が2人の元にやってきた。

 

「緒川さん。 響は……?」

 

「……当座の応急処置は、無事に終わりました」

 

「……無事……? 響は、無事なんですよね……?」

 

「……はい……」

 

こちらへと、緒川は2人を司令室まで案内する。 司令室に入ると、そこには弦十郎とクリスがいた。 2人の表情から見るに、とても深刻な状況のようだ。

 

「君たち……特に未来君には、知っておいてもらいたいことがある」

 

「——ぁ……!」

 

メインモニターに表示されたのは1枚のカルテ。 当然、響のものである。 胸を中心に赤く表示された聖遺物の侵食の状態が写し出されている。 身体に根を張るようにかなり人体に侵食していた。

 

「くそったれが……!」

 

自分がいながらこんな事になってしまった苛立ちで、クリスは悪態をつきながら近くの椅子に蹴りをいれ八つ当たりする。

 

「やれやれ。 あたしの不手際がここで巡ってくるとはな……」

 

「誰のせいでもありませんよ。 あまり自分を責めないでください」

 

故意ではないとはいえ響の胸に“ガングニール”を埋め込んでしまった奏は責任を感じてしまう。

 

「胸に埋まった聖遺物の欠片が、響君の体を蝕んでいる。 これ以上の進行は、彼女を彼女でなくしてしまうだろう……」

 

「——つまり、今後響が戦わなければ、これ以上の進行はないのですね?」

 

「響君にとって、親友の君こそが最も大切な日常……君の側で、穏やかな時間を過ごす事だけが、ガングニールの侵食を抑制できると考えている」

 

「私が……響を……」

 

「うむ……響君を……守って欲しい……」

 

「………………」

 

律も当然守ってあげたいが、既に自身は日常とは遠く離れた裏の人間……側にいてもノイズ等の事件が起こればそこに向かい、響から離れなければならない。 それでは到底、響を侵食から守る事は出来ない。

 

「それと律くん、これを」

 

話が一区切りした所で、緒川が一つの書類を渡してきた。それは、以前に律が《浜崎病院》で見つけたアンプルの調査結果だった。

 

「これは……」

 

「前に浜崎病院で律くんが見つけたアンプルを調べた結果です。 どうやら入っていた薬品は装者の聖遺物へと適合係数を下げる作用があるそうです。……いわば“アンチLiNKER”とでも言うべきものです」

 

「……これがあの時に散布されていて、それで響たちのギアの適合係数が低下していたという訳ですか」

 

「ええ、対策が必要になりますが……今、二課にそれほどの技術者は……」

 

そもそも二課でLiNKERを作ったのは櫻井 了子……つまりフィーネである。 彼女ほどの技術者がそう見つかる訳もなく、対策らしい対策は講じられないだろう。

 

「警戒する以外、対策はないと言うことですか……まあ、その時になったら俺がフォローしますよ。 どうせ効きませんし」

 

「情けない話しですが、どうかよろしくお願いします」

 

と、ふとそこで律は先の戦闘であることを思い出し、弦十郎に質問をする。

 

「……司令。 ひとつお聞きしたいことが」

 

「ん? なんだ?」

 

「——《ギャラルホルン》とは、なんですか?」

 

すると、弦十郎は驚いたように目を見開き……腕を組んで目を閉じ考え込み出した。 答えないようにも見えたため、律はさらに質問を続ける。

 

「響が襲撃にあった際、俺とクリスを足止めしたローブの人物がそう言っていました。 それが必要だと、何か知っていることがあれば教えてくれませんか?」

 

「…………今はまだ言えない」

 

「言えないと言うことは……知ってるんだな? その《ギャラルホルン》ってのがなんなのか」

 

「………………」

 

答える事は出来ない、そう沈黙で返答する弦十郎。 響がこの状態で追及しては手術の邪魔になりかねない……今は抑え、律は無理矢理にでも連れていかなければ離れようとはしないであろう未来を連れ病院を後にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「たっだいまー」

 

「ガウー」

 

未来を寮に送りクリスと買い出しをしてから帰路についた。 クリスと別れて自宅に入り荷物を置いて一息ついていると、

 

「ふぅ………………ん?」

 

ふと視界に妙なものが映る。 居間の床にあの人形がうつ伏せで倒れていたのだ。

 

「ガウ?」

 

「あれ? ここに置いておいたのか?」

 

「………………」

 

朝出た時にはちゃんと居間のソファーの上に置いてあった。 大きな地震もなく、何かの弾みで落ちるような位置にもなかったはずなのだが。

 

「………………」

 

「………………」

 

人形を持ち上げ、顔を自分の方に向ける。 どこも変化はないがどことなく表情というか、前より生気を感じるような顔をしている。

 

(ジーーー……)

 

(……………)

 

(ジロジロ……)

 

(ダラダラ……)

 

(ジーーーーーー……)

 

(ダラダラダラダラ……)

 

目を細めたり色んな方向から見て違和感がないかジーッと見つめ続ける律。 対して人形は汗腺が無いにも関わらず表情を変えないまま汗をかいているように見えた。

 

「……ご飯にするか」

 

気のせいかと目を閉じ、人形をソファーの上に置くと夕食の支度をするため台所に向かった。

 

(ホッ………)

 

律が居なくなるのを確認すると、人形はホッと息を吐いて胸を撫で下ろした。 が、

 

(ジーーー)

 

ふと視線を感じ、横を向くと……お座りしていたリューツが獲物を睨んでいるかのような視線を人形に向けていた。

 

「…………(フイッ)」

 

「——ガブ」

 

「ギャァアアアア!!」

 

たまらず視線を逸らすとリューツが人形の頭にかぶりつき、人形は絶叫を上げてのたうち回る。

 

「わたしを食べても美味しくないよ! お腹壊すよ! 絶対お腹壊すんだからね!? どうなっても知らないよ!? お腹開いて化けて出てやるんだから!!」

 

「いや食べないから」

 

叫び声を聞きつけて戻ってきた律は人形を抱き上げ助けながらそう言った。

 

しばらくして人形は落ち着き、簡単な3分飯を用意するためケトルの電源を入れてから事情を聞くため居間で机を1人と1体と1匹で囲んだ。

 

「まさかあの人形が動き出して喋るとはな。 どうなってるんだ?」

 

「さ、さあ?」

 

「自分の事なのに分からないのか?」

 

「わたしだって目が覚めたのついさっきですし。 なんでこんな身体になっちゃったのかこっちが聞きたいくらいなんです」

 

どうやら元は人間で、どういった経緯で今のような姿になってしまったようだ。

 

「名前は分かるか? ちなみに俺は律だ、芡咲 律。 こっちはリューツ」

 

「ガウ」

 

「それなら覚えています。 わたしはセレナ、セレナ…………あれ?」

 

(セレナ?)

 

人形……セレナは自分の名前を言おうとすると途中ど言葉を詰まらせる。 律はそんなセレナを不審に思うより、その名前は以前に調と切歌に対して咄嗟に名乗った名前だった事を不思議に思う。

 

「……どうしよう……分かんない。 それに、どこかの場所で……歌って……誰かを……」

 

「無理に思い出さなくてもいい。 時間はまだある。 セレナについてはこっちのツテでそれとなく調べてみるから、今はゆっくりするといい」

 

「うーん、そうですね。 このままなんでも仕方がないですし、なんだか頭を使ったらお腹が空いてきちゃいました」

 

「えっ」

 

「え?」

 

お湯をカップ麺に注ごうとした時にセレナも食べる聞き、律は思わず聞き返してしまう。

 

「……食べれるの? その身体で?」

 

「……とりあえず食べられるのなら食べたいです」

 

とにかく食べたいという事なのでカップ麺を2つ用意しながら律はリューツとじゃれるセレナに——遊んでいると言うより虎が人を襲っている感じである——視線を向ける。

 

(セレナ……俺の失われた過去に、関係があるのか?)

 

人間の意識が入った人形がいきなり自宅に置かれるなど普通にあり得ない。 恐らくは何者かの陰謀や策略があるのだろう……だが、今はとにかくお腹を満たすためにカップ麺をセレナの元に持っていった。

 

「おおぉ……! すごいご馳走だぁ!! さては君、プロの料理人!?」

 

「いや、これただのカップ麺だから」

 

「……かぷめぇん?」

 



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34話 沈む陽

 

翌日——

 

律はセレナについて調べるために学校を休んで調査活動をしていた。 と言っても名前しか手がかりがない……なのでセレナは自分の過去に関係があると仮定し、その紐付けで《F.I.S》について調べることにした。

 

二課の藤尭と友里などのオペレーターに協力して調べてもらった方が早いが、それだと足がつきそうなので別の手を考えていた。

 

「さて、どうしたもんかなぁ」

 

「ガゥゥ……」

 

「(ゴソゴソ……)プハァ! 何かいい方法はないんでしょうか」

 

律とリューツが並んでベンチに座って考え込んでいると、持ってきていたリュックからセレナが顔だけ出してきた。 律は普段は使わないリュックを背負っており、この中にはセレナが入っている。

 

「セレナも何でもいいから覚えているものがあれば良かったんだけど……」

 

「なんで絶唱を歌ったのか、それ以前の記憶がさっぱりなくなってますから」

 

シンフォギアを使用した状態で絶唱を口にして気絶した……セレナはそれだけ覚えているらしい。 どんな理由で、どんな聖遺物のシンフォギアを使用したのか、誰に対して歌ったのか全く覚えていないらしい。

 

情報が限定されているため、最初っから手詰まりである。

 

「うーん……だったら裏の事情に詳しい人に聞いてみるのはどうでしょう?」

 

「外部の人間で裏の事情……情報屋みたいな人か。 確かにそれなら足はつかないと思うけど、そんな人知らない——いや、緒川さんならおそらく」

 

もしかしたらそう言った裏事情に詳しい外部の人物を知っているかもしれない……律たちは丁度外回りだった緒川を探し、何とか合流して事情を軽く仄めかしながらも説明した。

 

「それでどうにか《F.I.S》について調べたいんです。 自分の過去もそうですが、何を目的として彼女たちが動いているのか……理由が知りたいんです」

 

「なるほど……」

 

緒川に《F.I.S》について知りたいと、本当に自分が知りたいという本音と事情を交えながら説明し、律とセレナは固唾を飲んで返答を待ち、

 

「……分かりました。 それなら協力できる人を丁度知っていますので聞いてみますね」

 

電話を取り出してどこかへと連絡し、なんとか協力してもらえた。 緒川はかなり鋭いので、バレなかった事に律は内心かなりホッとしていた。

 

本当ならこの後、響の容体について報告するために集まる予定だったが……薄情だと思われても仕方ないと溜息を吐いた。 色々な結果が予想されるが、最終的にまた戦線離脱になるだろう。

 

その後、律は緒川の運転で車で移動し、新宿歌舞伎町に到着。 そこにあるホストクラブ“絶対隷奴(アブソリュートゼロ)”に2人は入った。 入る際、律は「なんだこの名前」と店名について呟いた。

 

昼とはいえど当然ホストクラブなど入った事など無いので、律はキョロキョロと興味深そうに店内を見渡しながら少し緊張してしまった。

 

すると、奥から白いスーツを胸元をはだけさせている少しチャラそうなホスト風の男性が2人を出迎えた。

 

「紹介します。 彼は私の弟の……」

 

「緒川 捨犬(すていぬ)って言いま〜す。 よろしく!」

 

「——親が子につける名前じゃねぇ!!」

 

調子軽そうに言うが、律はあまりにも酷いネーミングセンスに思わずツッコミを入れてしまった。 それが面白かったのか、緒川は口元を手で隠しながらクスクスと軽く笑う。

 

「ご心配なく。 これは字名(あざな)……両親につけられた本名はまた別にあります」

 

「気軽に“すてくん”って呼んでね〜」

 

「………………ワンさんで、お願いします」

 

親が付けたであろうがそんな酷い名前言える訳がない……なんてデリカシーのない事を言える訳もなく。 とはいえそんな気軽に呼べる訳もないので“犬”の部分を変える事でギリギリだった。 まだ何も始まってもいないのに律はかなり気疲れしてしまう。

 

そして3人は会話が届かない隅にある席に案内される。 捨犬を対面に座って見た感じ普通である。 こうして見ると似てはいるが、隣に座っている緒川とは雰囲気が違った。 なんの変哲もない一般人だ。

 

「それにしても緒川さんの弟さんだから、てっきり弟さんも人間辞めているのかと……」

 

「捨君は遺産を含む、一切の奥義継承を行わないことを条件に基本的に自由にしているんです。 このホストで勤務しているのも好きでやっているからなんです」

 

「一応、ここのNo.4ホストで“亜蘭”って通り名で通ってるんだぜ〜」

 

「へ、へぇ……」

 

名前が捨犬(あんなの)だから、グレてしまって家から出たのではないかと思ってしまう律であった。

 

だが、軽そうな雰囲気から一転、捨犬は真剣な目に変わりケースから数枚の紙資料を取り出した。 今のこのご時世なら電子化してパソコン等に保存するが秘匿情報を紙媒体で保存する点、どことなくプロ感を感じてしまう。

 

「さて、本題に入ろうか。 律君が知りたいのは今世間を騒がせているアイドル大統領……もとい《F.I.S》について。 元はアメリカの聖遺物研究所、それが一部独立してなんらかの目的で動いている。 ここまでは知っているね?」

 

「はい」

 

「それで、つい最近気になる情報が入ってね」

 

そう言って数枚の資料を律との間に置く。 一番上の資料には破損した大型の輸送船の写真と、それについての詳細な情報が記載されていた。

 

「6年前……太平洋でアメリカの輸送船が原因不明の事故があったんだ。 ただこの輸送船、何を運んでいたのか完全に秘匿されていてね。 政府は軍事機密の一点張りだったんだけど、当然調査の手が入ったんだ。 っで、これがその時の輸送船の写真」

 

トントンと、輸送船の写真を指で叩く。 そのままスーッとある部分をなぞる。 その撫でた輸送船の部分には焼き切られたような大きな裂き傷があった。

 

「これって……」

 

「鋭利な太刀筋……普通ではまずあり得ない傷ですね」

 

「普通ではありえないけど、可能にするものならあるにはある。 それは——」

 

「シンフォギア……」

 

普通に考えてこんな大きな傷、現代兵器を持ち得たとしても不可能だろう。 他に可能性があるとすればSF映画で出てくるようなラ○トセ○バーくらいだろう。

 

「シンフォギアならあの3人のうち誰か、この傷なら誰にでも可能性はあるけど……」

 

「——それなら君じゃないのかい、律君?」

 

「え……」

 

捨犬の指摘に、律は思わず声を漏らす。

 

「これは6年前に起きた事故。 そして、君が流れ着いた所を見つかったのも……6年前だよ」

 

「それは……確かに」

 

言われてみれば、年は同じで日にちは1ヶ月半くらいの差がある。 《クラウソラス》ならこの破損も可能で、あり得なくもなかった。

 

(って、船でも太平洋横断に大体1ヶ月かかるのに、俺はどうやって日本に来たんだよ?)

 

疑問は残るが、とりあえず頭の隅に追いやった。

 

律は資料を手に取り、とりあえず今は分かりやすい写真だけを見ていく。 そして……ある写真を目に止める。

 

「こ、れは…………ぐぅっ!!」

 

そこには、酷く破損したコンテナが写っていた。 コンテナの中から何か大きな力がこじ開けられ放たれたような壊れた方をしている。 それを見た律は激しい頭痛が起こる。

 

「律君!」

 

「ぐっ……そ、うだ……あの時……俺は……!」

 

脳裏に記憶がフラッシュバックされる。 扉が1つしかない無機質な部屋……そこには自分以外にも質素な服を着た少女たちがいた。 そこにはあのマリア、調と切歌、そして……人間の姿をしたセレナがいた。

 

「どうやって……どうやって俺はあそこから……!!」

 

「律君ッ!!」

 

今、断片的に思い出したのは施設の記憶……律は続けてこの輸送船での記憶を思い出そうとすると、緒川が律の肩を揺さぶって正気を取り戻そうとする。

 

「落ち着いてください、そう焦ってはいけません」

 

「……あ……」

 

律はなんとか気を取り戻し。 息を整え、心を落ち着かせ今しがた思い出した記憶を整理する。

 

「……ご心配かけてすみません」

 

「ご無事で何よりです。ですが、あまり無理をしてはいけません。 ゆっくり、焦らずに思い出して行きましょう」

 

「いやー悪いね。 こっちも君の事を考えずにベラベラと軽い感じで喋っちゃって」

 

記憶がこんがらかった状態でふと、疑問を思い出し律は質問してみた。

 

「そう言えば……前々から気になっていたんですけど、どうやって俺は太平洋を横断したんでしょう? 生身で流れ着いたのなら途中で荒波や低体温症とかでお陀仏になっていると思うんですけど……」

 

「ああ、それならこれが原因だろうね」

 

資料の中から1枚を取り出した。 そこにはどこかの海底の写真が。 その中心には円窓がついた四角柱型のポッドのようなものがあった。

 

「小型の脱出ポッドだよ。 4年前、君が見つかった浜辺の沖合で見つかったんだ。 調査の結果、アメリカが使用している形式ということから、君がこれに乗って日本に来たのは間違い無いと思う」

 

「って事は、俺はこれで脱出して……」

 

どうして途中でポッドを出て漂流したのかは定かではないが……これで律が五体満足で日本に流れ着いた原因が判明した。

 

「とりあえず今日はここまでとしましょう。 いくら律君でも一気に新しい情報を許容できないでしょう」

 

「……はい、そうですね。 そうします」

 

律は大きく息を吐き、目を閉じて今まで得た情報を整理する。 記憶に間違いがなければセレナは律やマリアたちと同じF.I.Sにいた。 ほとんどが過去のもので主に律についてだったが、それでも充分過ぎる情報が得られたのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

現在、何が起きても即座に行動に移せるように、なるべく2人でいるようになっている。 今はクリスの部屋に集まっており、律は写譜、クリスはボーッと猫じゃらしを振りながらリューツと戯れている。

 

ちなみにセレナは律の部屋でテレビ鑑賞をしている。 どうやら今まで娯楽とは縁がなかったようで、かなりのめり込んでいる。

 

「……響は、今日どうしてるんだ?」

 

「確か未来と出かけているようだな。 今は穏やかに過ごす事が大切だけど……」

 

ひと度戦いに繰り出せばもう予断を許さない状況になるだろう。 だが、律には不安が拭えなかった。 どういう星の元に生まれたのか響が望まずとも戦乱の方から寄ってくる。 そして、響の1番近くにいる未来もそれに巻き込まれる……2年前からそうだった。 ノイズからも、人からも。

 

(ノイズの方が単純明快だ。 人の方が……醜く度し難い……)

 

ある意味この世で最も業が深い……“原罪”の生物とも言えるだろう。 自然界でも身体部位の欠損や形状、色彩の差異で群れから淘汰される動物もいるが……人はそれ以上に最悪で捻くれているだろう。

 

どこまでも執拗に追い立てる。 享楽に浸りたいがために狩りのように。 そのためには何でもしてしまう……タダで遊べるゲームのように、壊れてもいいおもちゃのように。

 

(……話が逸れたな)

 

趣旨が変わっていることに気が付きトラウマを払うかのように頭を振るう。

 

気を取り直し、気分を変えようと律は写譜を片付けて本でも読もうとした時、律のスマホに着信が入る。 相手は奏だった。

 

「もしもし?」

 

『——すぐに来てくれ、大事な話がある』

 

前置きもなく奏は律を呼び出す。 いつもなら理由を追求するが、通話越しに伝わる雰囲気から律は出しかけた言葉を飲み込んだ。

 

「……俺だけか?」

 

『ああ』

 

「了解。 すぐに向かう」

 

通信を切り律は立ち上がるとクリスは心配そうな表情で見ていた。

 

「呼び出された、少し出る。 クリスはこのまま待機してくれ」

 

「お、おい……」

 

「大丈夫。 まだ何も起きてないから」

 

何もないとクリスの頭をポンポンと撫でながら部屋を後にし、地上に降りてマンションから出る。

 

(そう。 まだ、何も……)

 

「——ところがギッチョン!!」

 

「ヘブッ!?」

 

突然、後頭部に強い衝撃が走る。 不意打ちを食らった律は地べたに倒れ、その目の前に1体の人形……セレナが華麗にシュタッと着地した。

 

「もうダメだよ律ー。 私を置いていっちゃあ」

 

「……もっとまともな登場の仕方はなかったのか……」

 

「お仕置きです」

 

ムスッと頬を膨らませるセレナ。 痛む頭を摩りながらやれやれと律はセレナが持っていた鞄を持ち……そのまま鞄を頭から被せてセレナを収納した。

 

鞄からはみ出た足がジタバタするのを無視して律は指定された場所に向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

同日——

 

町ではノイズ警報が鳴り響き、人々は慌ただしく避難をしていた。

 

そして、スカイタワー付近にあるビル。 ノイズの出現で客や従業員が避難して誰もいなくなくったレストランに1人だけ残っていた。

 

スカイタワーが見える席で、側に《ソロモンの杖》を携えているウェルが優雅に紅茶を飲んでいた。

 

「誰も彼もが好き勝手なことばかり」

 

そうボヤキ、呆れながらウェルは紅茶を口にする。 すると、向かいから2人組の男女が側まで歩いて来た。

 

「おや……」

 

「ご相席しても?」

 

テーブルに片手をつきながら上から目線で威圧する様にスーツ姿の女性が……奏が同席を願い出る。 その隣には律がいた。

 

ウェルは笑みを浮かべながら無言で向かいの席にどうぞと言わんばかりに手のひらを向け、奏と律はウェルも向かい合って並んで腰掛ける。 律は持っていた鞄は膝上に置き、中に入っているセレナも聞き耳を立てる。

 

「何か好きな物でも注文しても構いませんよ。 ここは年長者である私が持ちます」

 

「もう誰もいやしねえよ。 それに、あんなのがいちゃあ落ち着いていただけるわけもねえだろ」

 

奏はクイっと顎でスカイタワーを指す。 スカイタワーの展望台の周囲をノイズが飛び交っている。

 

身の危険があっては落ち着けるわけもない……だがウェルはそんな事はお構いなしにもう一口、紅茶を飲んだ。

 

「さて……ここに来たという事はそれなりの目的があっての事でしょう。 私を見つけられたご褒美と言ってはあれですが……制限時間はありますが、その間なら答えられる範囲でお答えしましょう」

 

「それじゃあ単刀直入に聞く——何が目的だ」

 

「それは以前にお答えしたじゃありませんか。 月の落下を阻止し、地球を救う……それだけです」

 

「それは建前だろう」

 

奏の質問に答えたウェルの問いに、律は異議を申し立てる。

 

「ほう?」

 

「俺は以前、仲間の中で一番先にあなたと接触していた響とクリス、友里さんからあなたの表向きの第一印象を聞いていました。 そこで一番気になったのは響との会話……俺たちが事件解決の後に一部の人間からこう呼ばれている事に尊敬していたそうですね?——“ルナアタックの英雄”と……俺はそこに答えがあると思っています」

 

「………………」

 

律に質問に笑みを浮かべたままウェルは無言になる。

 

彼は響たちの名前に強く反応し、本人も預かり知らないような“ルナアタックの英雄”という名前を知っていた。

 

英雄を求め、英雄の姿に憧れていると……英雄という単語、名誉に異様なほどこだわっている点、律はそこが気になっていた。

 

「……やはり、君はとても頭がキレるようだね」

 

「……………」

 

「——ですが、見透かされているようでいささか不愉快ですね」

 

「——! 奏!!」

 

笑みを浮かべいたウェルは不快な表情に変わると同時に律は奏を押し倒し……それと同時にガラスを突き破りノイズが突撃してきた。

 

「ッ……サンキュー、律」

 

「どこに……!」

 

律は突撃して来たノイズを蹴り飛ばしながら辺りを見回してもウェルの姿はどこにもない。 その時、どこからか徐々にプロペラ音が聞こえてきた。

 

「ヘリの音!」

 

「奴らが乗っていたエアキャリアか!」

 

どうやら以前に確認されたエアキャリアで逃走を図るようだ。 律たちは急いで非常階段を駆け上がり、ビルの縁からホバリングするエアキャリアに《ソロモンの杖》を片手に飛び乗るウェルを発見する。

 

「待て!!」

 

「これでも私は忙しいのでね。 これにて失礼を……」

 

「——最後に、ひとつだけ」

 

「うん?」

 

エアキャリアの風に煽られながら律は前に出て、もう一つ気になっていた点を質問する。

 

「尖った耳をした金色の剣を待つ人物に心当たりは?」

 

「律?」

 

「……何を……いや、まさか……」

 

以前に現場に向かおうとする律とクリスの行手を阻んだフードの人物。 その素顔は最後まで確認出来なかったが、特徴な武器と耳をしていた。

 

その質問を聞きウェルは心当たりがあるようで顔に手をやり驚愕の表情を見せ……口元が吊り上がった。

 

「フッ、フフフフッ……なるほど、こちらとは完全に連絡を絶ったと思ったら、そちらと接触していましたか」

 

「心当たりが?」

 

「それを教える義理はありませんよ。 どのみち、君が戦いを続ける限りいずれ合い見えるでしょうし、ここで話しては楽しみが減ります」

 

するとエアキャリアが透明になって消え始め、ハッチが閉まり出す。

 

「くっ、待て!!」

 

「それでは皆さま、ご機嫌よう」

 

ハッチが閉まり、エアキャリアはビルから離れて行った。 追うこともできるがそれよりも前にやる事があった。

 

「逃したか……」

 

「一応、収穫はあった方か……」

 

微々たるものだが得るものはあった。 気持ちを切り替えて律はスカイタワーの方を向き、ノイズを睨みながらギアペンダントを取り出す。

 

「奏、俺は残り物を片付けに行く。 後の事は任せた」

 

「ああ、行ってこい」

 

「Feliear claiomhsolais tron」

 

律は走り出しながら聖詠を口にし、ビルから飛び降りると同時にシンフォギアを装着。 スカイタワーに向かって飛翔しようとした時、

 

「ッ!?」

 

スカイタワーの展望台が爆発した。

 

(爆発!? 避難誘導は終わってるのか……!)

 

ノイズの殲滅は後に到着するであろう翼かクリスに任せ、念のためと律は飛び交うノイズを斬り払いながらスカイタワーに突入する。

 

「……誰もいないか」

 

「——プハアッ!!」

 

誰もいないことを確認した時、背負っていた鞄が蠢き……セレナが苦しそうに飛び出て来た。

 

「ああ、いたのか」

 

「いたよずっと!! 何言ってるのか分からないし話ついて行けないからずっと黙ってたの! それよりも——ヒッ!?」

 

鞄から頭を出し、律を見ていたセレナは火事現場を見回すと……突然、怯えた表情になり再び鞄の中に引っ込んでしまった。

 

「セレナ? おい、セレナ?」

 

『……いや……いやぁ……』

 

律は鞄の中を覗き込むと、セレナは頭を抱えうずくまり怯えるように震えていた。

 

律は何も言わずに鞄を閉じ、胸に抱えながらポンポンと背に当たる部分を叩いて宥めようとし。 周囲の捜索に入る。

 

時折、外にいるノイズに手を出したながら捜索を続け、律は崩落した展望台に到着する。

 

(……誰もいないか。 避難誘導は迅速に行われたようだ——)

 

辺りを見回し、最後に外を確認すると……スカイタワーから落下している黒い影を発見する。

 

「あれは……」

 

気になりすぐさま追いかける律。 悟られぬようノイズをかわしながらスカイタワーに沿って垂直に地上に向かい、最後に影が消えた河川降り立つ。

 

「どこに消えた……?」

 

周辺の避難は終わっているので誰かに見られる心配はせず、シンフォギアを装着したまま捜索を続ける律。

 

すると、スカイタワー方面の地上から銃撃やらミサイルやらがノイズに向かって飛び交い、ノイズを殲滅していく。

 

(クリスの仕業か? 相変わらず派手だな)

 

あれがクリスのシンフォギアによるものと確認しながら河川を上っていく律。 だが何も見つからず、次第に気のせいだったのかと思い始めた時……河川の側に陽の光に反射する物体を見つけた。

 

「これは……」

 

拾い上げたのは傷ついた通信機。 しかも携帯やスマホではなく二課で使用されている壊れにくいハードタイプのキャッシュ機能とGPS付きの物だった。

 

「どうしてこれがここに……?」

 

その呟きに答える者はいなかった。 そして、すでに手遅れになっていることを、今の律には知る由もなかった。

 




ワンさんの名前は自己解釈で字名って事にします。
生まれた後、家業を継がないと言うことで捨犬になったのならまだしも、
生まれた時から捨犬はキツイです。じゃなきゃ可哀想過ぎます……
長男、総司
次男、慎次
三男、捨犬……なんで!?


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35話 英雄故事

 

同日、夜10時過ぎ——

 

響はシンフォギアを起動したが極短い間だったため身体に異常はなかった。 だが、心は別だった。 あの日、響と未来はスカイタワーにいた。 2人は避難誘導のため最後まで展望台に残り、響は崩落によりタワーから落下。 響はシンフォギアによって事なきを得たが、その直後……展望台が爆発した。

 

そのショックで現在、響は完全に落ち込んでしまっている。 当然、その後の知らせを受けた律や翼たちも。

 

後の事は二課に任せて装者たちは一時解散となり、律は足早く出て行ってしまった。

 

現在、二課本部の潜水艦は河川に停められている。 響は車で送られることになり。 奏、翼、クリスたち3人は揃って桟橋に降りる。

 

「ったく、律のやつはどこいった?」

 

「奏。 やはりそっとして置くのが良いのではないか? 立花同様、かなり動揺している」

 

「だからって放っては——」

 

——手折られ…………終わりの……

 

「ん?」

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、どこからか歌が……」

 

「この歌は……」

 

どこからともなく歌が聞こえて来た。 3人は歌がする方向に向かいだし、進むたび徐々に歌が大きくなっていきしばらくすると、

 

「あ……」

 

——あー何故(なにゆえ)に 我は膝を折り喉を焼いて叫ぶのか

 

近づくにつれて歌が鮮明に流れてくる。 河川の間にかけられた対岸に続く橋の真ん中……そこには手すりに両肘を当て、顔を伏せながら歌う律の姿があった。

 

——よるべなく彷徨(さまよ)う魂は 黄昏に溶けては朽ちてゆく

 

「……なんて……」

 

「……なんて悲しい歌……」

 

翼と奏は歌を聞き、共感するように悲しい気持ちになってしまう。 それほど律の歌には感情がこもっていた。

 

——誰か 誰か 凍える手を握りしめ 眠らせたもう

 

「この歌、律が落ち込んでいる時によく歌うだ」

 

「やっぱり、結構気にしていたんだな……」

 

この歌の歌詞を知り聞いたことのあるクリスは悲しそうに目を伏せる。 まるで悲しみを、そして怒りを吐き出すかの様に歌う姿を見たくない様に。

 

——慈悲もなき うつつのため生きわ 報われず 嘆きの歌となる どうか どうか 凍える身をかき抱き 眠らせたもお……

 

最後まで歌いきり、次第に声が薄れていくと……ゆっくりと静寂が訪れた。

 

「………………」

 

「またその歌、歌ってんのか?」

 

「……歌でしか感情が、想いが出せないからな。 でも、そろそろこの癖も卒業しないとな」

 

「ん? なんでだ? 悲しい歌だが、とてもいい歌じゃねえか」

 

「歌は歌うものだ。 決してストレスの吐口に使われるものじゃない……いい加減、俺も大人にならないと」

 

「……気持ちは分かる。 だがそうまで自分を追い詰める事はない。 これは律だけの責任ではないのだ」

 

「アタシもお前を連れて行った以上同罪だ。 自分ばかり背負い込むのは逆に子供っぽいぞ?」

 

「……分かったよ。 時々愚痴を聞くくらい付き合ってもらおうかな」

 

「そんくらい、いつでもいいっての」

 

それから奏は用があるからと別行動を取り。 律、翼、クリスの3人は、クリスが話があるからと行きつけのファミレス《イルズベイル》に集まっていた。

 

「ハグハグ」

 

「あーもうクリス。 綺麗とは言わないけどもっとゆっくり食べて」

 

注文したナポリタンにがっつくクリス。 その食べる様子は食器の使い方がおぼつかない子どものようで、口元は汚しソースはテーブルに飛び散っていた。

 

横に座っていた律は呆れながら、クリスの口元やテーブルを拭き。 自身もサンドイッチを口にする。

 

クリスの食器を使った食事はこのザマなので、学院では主に手づかみで食べられるおにぎりやパン類にしていた。 この様子では箸まで握れるようになるまでまだまだ時間はかかるだろう。

 

「はむ……むぐむぐむぐ……あんかはのめよ。おぼるぞ(なんか頼めよ。おごるぞ)

 

「飲み込んでから喋りなさい」

 

「……夜の9時以降は食事を控えている」

 

「そんなんだから、そんななんだよ」

 

「何が言いたい! 用が無いなら帰るぞ!」

 

クリスの遠慮のない物言いに翼は苛立ちを顕にする。 その苛立ちはクリスの発言によるものだけではないのは翼自身がよく分かっている。

 

「……怒っているのか?」

 

「愉快でいられる道理がない! 《F.I.S》のこと、立花のこと。 そして……仲間を守れない私の不甲斐なさを思えば……くっ」

 

「それを言うなら俺も同じだ。 敵ばかりを追いかけて、結局何も守れてないんだから……自分自身が嫌になるよ」

 

もしもあの時、ウェルばかりに気を取られずノイズが現れていた時点でスカイタワーに向かっていれば……この様な結果にはならなかっただろう。 そう思うと律は自分ばかりを責めてしまう。

 

「呼び出したのは、一度一緒に飯を食ってみたかっただけさ。 腹を割って色々話しあうのも悪くないと思ってな」

 

「え? クリスにそんな気遣いが?」

 

「んだよ悪いか? あたしらいつからこうなんだ?目的は同じハズなのに、てんでバラバラになっちまってる。 もっと連携を取り合って——」

 

「雪音」

 

「ぁ……?」

 

「——腹を割って話すなら、いい加減名前くらい呼んでもらいたいものだ!!」

 

「はァッ!? そ、それは……おめぇ……あっ! ちょ、ちょっと!」

 

「ありがとうございました」

 

クリスの意見も間違ってはいないが……それに対して返された全くの正論にクリスは狼狽し、ヘルメットを持って立ち上がると止める間も無く翼はファミレスを出て行ってしまった。

 

「考えは悪くないけど……流石に早急すぎたし時期も悪かったな。 まあ当の本人も苗字呼びだけど」

 

「かもな。 はぁ~……結局、話さずじまいか……でも、それで良かったのかもな……」

 

「………………」

 

呟きに含むところがあるのを感じだが、クリスのコーヒーを飲んだ後の「苦いなぁ」と呟きに耳にしながら律は嘆息した。

 

その後、2人は気まずい雰囲気のままマンションに帰宅。 帰宅後律はすぐに鞄からセレナを出した。

 

「大丈夫か、セレナ?」

 

「う、うん……もう大丈夫。 心配かけてごめんね」

 

「クゥ……」

 

事故現場で混乱状態になったセレナに、リューツも心配そうに駆け寄る。

 

「とりあえずゆっくり休むといい」

 

「うん。 ありがとう」

 

律は使ってない部屋をセレナに開け渡していた。 元々荷物も少なく物置部屋としても使ってなかったのですぐに使えるようにしていた。

 

セレナは文字通り身の丈に合わない広すぎる部屋で1人、思い馳せる様に窓の外の夜空を見上げる。

 

(姉さん……)

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

同日——

 

新しい報告があると深夜に弦十郎に呼び出された律たち装者。 まず始めに奏が通信機を響に手渡した。

 

「これは……?」

 

「それって俺が回収した……」

 

「ああ。 スカイタワーから少し離れた地点より回収された未来くんの通信機だ」

 

「……………」

 

解析の結果、どうやらこの通信機は未来に渡していたものだと判明する。 響は暗い表情を見せるが弦十郎は報告を続ける。

 

「発信記録を追跡した結果、破損されるまでの数分間、ほぼ一定の速度で移動していたことが判明した」

 

「ぇ……?」

 

「未来くんは死んじゃいない。何者かによってつれだされ、拉致されたと見るのが妥当なとこだが——」

 

「師匠……それってつまり……!」

 

未来が生きている……囚われの身であるが少なくとも生存が確認できただけでも響の生きる活力が戻る。

 

「こんなところで呆けてる場合じゃないってことだろうよ! さて!気分転換に身体でも動かすか!?」

 

「はいっ!」

 

「「いやなんでそうなる!?」」

 

響に元気になったのはいいが、律と奏は声を揃えてツッコんだ。

 

翌日——

 

日が昇り出した早朝から律たち4人の装者に加え、奏と弦十郎を交えながらランニングをしていた。 弦十郎はラジオの曲に合わせながら歌い出す。

 

「憑自我 硬漢子 挨出一身痴! 流汗血 盡赤心 追尋大意義!」

 

「何でおっさんが歌ってんだよ!?……ってか、そもそもコレ何の歌だ? 大丈夫か?」

 

「色々あんだろ? 色々」

 

「結局何があるのか分かんないんだけど?」

 

弦十郎と曲にツッコミながら嫌々走るクリス。 隣を走る晴れた表情を見せる響を見てため息を吐く。

 

「ったく……慣れたもんだな」

 

「かもな」

 

(そうだ……うつむいてちゃダメだ。 私が未来を助けるんだ……!)

 

「「昂歩顧分似醒獅!!」」

 

響は弦十郎と合わせて歌いながら速度を上げた。

 

そして、一昔前の地獄の修行が始まった。

 

時に両足を柱に括り付けて両手の茶碗に水を汲み体を起こして桶に水を入れる特訓を行い。

 

「頭に血が上りそうだな」

 

「終わりが見えねぇなー」

 

「ゼェゼェ……」

 

時に縄跳びを行い持久力を高め。

 

「これボクシングでもあるよな?」

 

「そう言えば、縄跳びは最初にどこから生まれたのだ?」

 

「よいしょ……よいしょ……」

 

時に両腕両足、頭に水が入った茶碗を乗せ体制を維持し続け。

 

「これは疲れるなー」

 

「だなー」

 

「あぁあああ溢れる——どわっ!?」

 

時にどこかの冷凍庫で凍った生肉で殴り込みをし。

 

「せいっ! せいっ! 人を殴るのに近いからコレでやってるのか、なっ!!」

 

「ふっ! ふっ! 確かバナナ木でも代用できるって話を聞いた事がある、なっ!!」

 

「ううぅ〜、寒ぃ〜〜……やぁ〜、たぁ〜」

 

時に胡桃の殻を素手で割ったり。

 

「これ10円玉でやってなかったっけ?(バキッ!)」

 

「それは別の映画ではなかったか?(バキッ!)」

 

「ウギギギギ……!」

 

時に雪が積もった道なき山道を走り込み。

 

「ここどこだよ!?」

 

「どこだろうな?」

 

「ヒィ……ヒィ……!」

 

体力をつける為に生卵をジョッキでそのまま飲み。

 

「流石に、生卵は、無理……!」

 

「旦那〜、プロテインでもいいか〜?」

 

「……ぅぉぇ……」

 

そんなジ◯ッキーオマージュの地獄の様な特訓を続けた。

 

「これって酔拳のやつだっけ?」

 

「メダルで不死身になるやつだろ」

 

「ラッシュなアワーではなかったか?」

 

「子どもを弟子にするのじゃなかったですか?」

 

「今更気にするとかそこかよ!?」

 

「——ふむ。 では、続いてはこれで行こう」

 

映画談義をする中、弦十郎がそう言って取り出したのは……“史上最強の弟子ケン◯チ”だった。

 

「嘘だろ!?」

 

「律くんから借りて読んでみたが実に興味深い。 これならより高みを目指せるだろう」

 

「いや漫画だから現実より修行内容がよりバイオレンスなってるんですけどそれ!?」

 

「ちょっと律さん! なんて物を薦めているんですか!? 流石にコレは死んじゃいます!!」

 

映画だから線引きはある。 だが漫画となればそんなものはなく、主人公に容赦がない修行が多い。

 

それを現実に行うとなるとかなりキツイものになるだろう。

 

「では、始めよう」

 

「いや、ちょっとまっ——」

 

——じぇろにもーーーッ!!! ×5(意味不明)

 

その後、名状し難き修行が行われた……

 

それから一同はどこかの山の頂上に辿り着き、頂上に建てられてあったどこかの外国の神殿風の建物を背にしながら朝焼けを眺めていた。

 

「そのうちドラゴン◯ールとかもやり始めたりして……」

 

「……修行内容はいいですけど、甲羅を背負い続けるのはなぁ……」

 

「そういえばあの甲羅って、あの喋る亀の甲羅か? 名前忘れたけど」

 

「ノコ◯コではなかったか?」

 

「それマ◯オだから」

 

「ハァハァ……たっく……」

 

またもやつまらない講談を繰り広げる律と響にクリスは肩で息をしながら呆れる。

 

(どいつもこいつもご陽気で……あたしみたいな奴の場所にしては……ここは暖かすぎるんだよ……)

 

まるでこの中に自分の居場所がない、いるべき場所ではないかの様にクリスは自虐的に笑いながら地べたに座るのだった。

 

「っと、そうだ! 頑張ったクリスくんにご褒美だ! 家に帰ったら開けてみるといい!」

 

「おー……さんきゅー……」

 

疲れ切って生返事をするクリスは何も気にせず紙袋を受け取った。

 

帰宅後……お隣の部屋から興奮気味のクリスの声が聞こえて来た。

 

「なんだろう?」

 

「ガウ?」

 

「弦十郎さんの策にハマったな」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

数日後——

 

律たちを乗せた二課の潜水艦は海底に沿いながら移動していた。 目的は米軍所属の艦艇の追跡……《F.I.S》の次の目標が分からない以上、接触があった米軍を追跡していた。

 

そして、前触れもなくアラート音が鳴り響く。

 

「ノイズのパターンを検知!」

 

「米国所属艦艇より応援の要請!」

 

どうやら目論見通りに米軍の艦艇がノイズによる襲撃を受けた様で、メインモニターに艦艇が映し出された。

 

「藪蛇突っついた結果だな。 しかも諦め悪く逃げてねえとは」

 

「スカイタワーでの事件より前から仲悪いからな。 目をつけられたんだろう」

 

「そう言うな。 この海域から遠くない! 急行するぞ!」

 

「応援の準備にあたります!」

 

「あ……翼さん! わ、わたしも——」

 

「死ぬ気かお前!」

 

「ぅぇ……」

 

後を追おうとする響をクリスがネクタイを乱暴に掴んで引き止める。

 

「ここにいろって! な。 お前はここからいなくなっちゃいけないんだからよ……」

 

「……ん……」

 

「頼んだからな……」

 

響のネクタイを直すとクリスも後に続いた。

 

「未来の事は任せてくれ」

 

「……お願いします」

 

律も後に続いて出ていってしまい、響は待つ事しかできなかった。

 

「そう気負うな。 これもあたしたちの務めだ」

 

「……はい」

 

奏に慰められ、こうなってようやく戦えなくなった装者の気持ちがわかった響だった。

 

艦艇の甲板では既に交戦という名の虐殺が繰り広げられていた。

 

「……っ!」

 

米軍兵の銃火器は当然ノイズに意味をなさず、次々と炭素の山が増え続けている。 その光景を見下ろしていた操縦席に座るマリアは下唇を強く噛みしめ、口元から血を流す。

 

そんな辛そうな表情をしている調はとても見ていられなかった。

 

「こんなことがマリアの望んでいることなの? 弱い人達を守るために本当に必要なことなの?」

 

「くっ……!」

 

反論できず、傍観する事しかできないマリア。 何も言い返せないマリアを見て調は心を決め、踵を返してドアに向かう。

 

「———!」

 

「調?」

 

不安そうに見ていた切歌は、調がドアを開けるのを見て慌てた声を上げる。

 

「何やってるデスか!?」

 

「マリアが苦しんでいるのなら……私が助けてあげるんだ」

 

「調!

 

止める間も無く調は空に躍り出る。 眼下に広がる海原を見下ろしながら聖詠を口にする。

 

「Various shul shagana tron」

 

調は桃色と黒を基調とした、頭部のギアが特徴的なシンフォギア《シュルシャガナ》を装着した。

 

「調ッ!」

 

引き止めようと飛び降りようとした時……切歌の肩に手が置かれる。

 

「連れ戻したいのなら、いい方法がありますよ」

 

ウェルは不穏な笑みを浮かべながらそう告げた。

 

重力に引かれて落下する調は歌いながら艦艇に向かって落ちていき、頭部のギアを展開し無数の丸鋸を射出する。

 

【α式 百輪廻】

 

射出された無数の丸鋸はノイズを切り刻み、空いたスペースに調は降り立つとすぐさま靴底から歯車が迫り出して回転、艦艇を駆け抜けノイズの群れの中に飛び込みながら頭部のギアから巨大な丸鋸を取り出しその場で回転、徐々に丸鋸を大きくしながら次々とノイズ切り裂いて行く。

 

「——調!」

 

その時、水柱を上げながらシンフォギアを纏った律が携帯型の小型酸素ボンベを咥えながら海中から飛び出て来た。 律の《クラウソラス》は透過移動が可能なので一足先に現場に急行していた。

 

「……お兄ちゃん……ッ!?」

 

気を取られてしまい、背後から襲い掛かるノイズに反応が遅れ……上空から降りて来た鎌が襲って来たノイズを切り裂いた。

 

そして鎌の持ち主である切歌が甲板に降り立つ。

 

「キリちゃん! ありが——」

 

——カシュッ!

 

「なっ!?」

 

切歌も同じ気持ちなのだろう。 そう思いながら調は笑顔で近寄ると……切歌は無言で調の首筋に圧力式の無針注射を打ち込んだ。

 

「あっ……何を……?」

 

何をしたのか、何故こんな事をしたのか……何も分からずふらつき、足元がおぼつかないながらも後ろに下がる。

 

「ぁっ……」

 

そしてヘタレこみ、調の意志に関係なく勝手にシンフォギアが解除されてしまった。

 

「……ギアが……馴染まない……?」

 

「この薬品……まさか、あの時の!」

 

以前《浜崎病院》で使われた適合係数を下げる効果がある薬《アンチLiNKER》……それが原液で調に使われた様で。 結果、調のシンフォギアが起動状態を維持できずに解除されてしまったようだ。

 

問題は、何故仲間である切歌が調に使用したかにある。

 

「あたし、あたしじゃなくなってしまうかもしれないデス……そうなる前に何か残さなきゃ……調に忘れられちゃうデス……」

 

「キリちゃん……?」

 

「例えあたしが消えたとしても、世界が残れば……あたしと調の想い出は残るデス。 だからあたしは、ドクターのやり方で世界を守るデス。 もう……そうするしか……」

 

「おい切歌、一体何を——」

 

調と切歌の話が噛み合ってない、何を考えているのか聞こうとした時……水柱を上げながら装者搭載型ミサイルで発射された翼とクリスが甲板に降り立った。

 

「はッ!」

 

「くっ!」

 

「あ……」

 

翼は切歌に向かって斬りかかり、律は調を抱えると後退して距離を取った。 この場で1番命の危険に晒されているのはシンフォギアを使えなくなってしまった調であり、律は調を守るために剣を握った。

 

「邪魔するなデス!!」

 

「キリちゃん……!

 

翼と切歌が交戦を始め。 クリスがすごい剣幕で律に……調に迫ってきた。

 

「おい!ウェルの野郎はここにはいないのか?!」

 

「え……」

 

「ソロモンの杖を使うあいつはどこにいやがる!!」

 

「おいクリス、落ち着け。 お前も何を……」

 

クロスボウを突きつけながら脅迫気味に問いただそうとするクリスに、律は調を庇いながら落ち着かせようとする。

 

敵味方関係なく何がおかしい。 この場で様々な感情が錯綜して滅茶苦茶な状況になっている。

 

そうこうしている内に翼の刀が切歌の喉元に突きつけられ決着がついた。 そもそも鎌は元々草刈り用で対人に使われるものではなく、加えて一対一なら経験が多い翼の方に軍配が上がったのだろう。

 

そして、この状況を見ていたウェルが次の行動に入る。

 

「切歌!」

 

「ならば傾いた天秤を元にもどすとしましょうよ」

 

「………!」

 

「できるだけドラマティックに、できるだけロマンティックに……」

 

「まさか……あれを!?」

 

ウェルは操作盤を操作し、何かを起動させた。 そしてハッチが開き……エアキャリアから紫色に光る物体が投下された。

 

(なんだ?)

 

いち早く気付いた律は落ちてくる物体がなんなのか目を細めて確認しようとし、

 

「——Rei shen shou jing rei zizzl」

 

(え……)

 

その物体から、上空から突如として混沌めいた戦場に聞き覚えのある声。 しかし決して口にする事はない、いやしてはいけない歌詞を口にして聞こえて来た。

 

「まさか……!」

 

その物体は艦艇の前方にある甲板を砕き煙を巻き上げながらながら降り立つ。

 

艦艇にいる誰もが降りてきた物体に視線をやり、次第に煙が晴れると……そこには紫を基調とした装甲、上下に分かれているバイザー。 初めて目にするシンフォギアであったが、そこにいたのは間違いなく、

 

「未来!!」

 

律と響が探し求めていた“小日向 未来”だった。

 

 



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36話 《妖刀》

 

 

「《神獣鏡》をギアとして人の身に纏わせたのですね」

 

「マム! まだ寝てなきゃ……!」

 

「あれは封印解除に不可欠なれど、人の心を惑わす力……! あなたの差金ですね、ドクター……!」

 

「ふん、使い時に使ったまでの事ですよ」

 

ナスターシャは一言も相談もなく勝手に《神獣鏡》のギアを使用したウェルを睨む。

 

ウェルは《神獣鏡》のギアペンダントを差し出した時、手に取ろうとした時の未来の決心した眼を思い出していた。

 

「マリアが連れてきたあの娘は融合症例第一号の級友らしいじゃないですか」

 

「リディアンに通う生徒はシンフォギアへの適合力が見込まれた装者候補たち……つまり、あなたのLiNKERによってあの子は何も判らぬまま無理やりに——」

 

「ん・ん・ん~、ちぉょっと違うかな」

 

ウェルは小馬鹿にするようにナスターシャの言葉を否定する。

 

「LiNKER使ってほいほいシンフォギアに適合出来れば誰も苦労はしませんよ。 装者量産し放題です」

 

「なら……どうやってあの子を!」

 

「——“愛”、ですよ」

 

「何故そこで“愛”!?」

 

とても科学者としても今までの奇行を繰り返して来た彼自身としても、そのような非科学的な回答にさしもナスターシャも思わず動揺してしまう。

 

「LiNKERがこれ以上、級友を戦わせたくないと願う思いを《神獣鏡》に繋げてくれたのですよ! やばい位に麗しいじゃありませんか!」

 

不確かであろうともこうして証明し、“愛”という感情が未来をあそこに立たせた。 ウェルにとってはそれで十分なのだろう。

 

「ま。 どうやら、それだけでも無かった様ですがね」

 

「それは一体……」

 

「見ていれば分かりますよ」

 

「ウオオオオオオオオオオォォォーーーッ!」

 

論より証拠というように、ウェルはモニターを差し出し。 そして、未来は獣のように咆哮する。

 

「くっ! 未来……!」

 

「小日向がっ!」

 

「何で……そんな格好してるんだよ……」

 

「あの装者はLiNKERで無理やりに仕立てられた消耗品……私たち以上に急ごしらえな分、壊れやすい……」

 

「チッ! あの博士に最悪な形で利用されてしまったか!」

 

未来の変わり果てた姿、調の説明を聞いて律は思わず悪態を吐く。

 

「行方不明となっていた小日向未来の無事を確認……ですが——」

 

「無事だとッ!! あれを見て無事だと言うのか!? だったらあたしたちはあのバカに何て説明すればいいんだよ!」

 

通信で本部に報告する翼。 その内容を思わずクリスは異議を唱える。

 

「《神獣鏡》……!! まさかこんな所で会うことになるとはな……」

 

「奏……」

 

肩を振るわせながら奏は怒りを抑えようとしていた。 5年前、奏の両親が死ぬきっかけになったのはあの《神獣鏡》を探索していたから。 後の調査でフィーネによるものと判断されあの聖遺物は狙われただけであるが……それで納得できるほど奏は落ち着いていられなかった。

 

律は溜息をつきながらも周囲を、翼からクリス、切歌から未来、そして腕の中にいる調を今一度確認する。

 

(くっ! もう完全に流れが滅茶苦茶だ! 未来を助けたい……だが、本質を見誤ればまた……!)

 

未来を救出すれば、律と響は安堵するだろう。 しかし、この状況を引き起こしたウェルの思惑を読めなければ……またスカイタワーの二の前になるのは必至だった。 ゆえに律は未来を助けようと行動に移せず手をこまねいていた。

 

そんな律の葛藤を無視するように鰐口のようなバイザーが閉まり、剣先が扇状の形をしている剣……斬首刀、いわゆる“エクセキューショナーズ”のような剣を構えながら未来が襲いかかってきた。

 

「「!!」」

 

「こういうのはあたしの仕事だ!」

 

先に走り出したのはクリス。 歌い出しながら両腕にボウガンを展開、未来は剣から紫色の光弾を発射し、クリスは跳躍して避けながらボウガンを構える。

 

「うおおおおっ!!」

 

【QUEEN’s INFERNO】

 

扇状に広がったエネルギー状の矢を撃ちまくる。 ひらりと軽やかに矢弾の雨を避けた未来は海に降り、海面をホバリングしながら移動する。

 

追撃するため未来を追うクリスが一度翼の背後に降り立ち、翼の視線が背後に向いた。

 

「隙あ——」

 

その一瞬を見逃さなかった切歌は踵を返して走り出そうとし、

 

「……りじゃないデスね」

 

一瞬で回り込んだ翼の刀によって止められた。

 

(すまない雪音……)

 

切歌を抑えながら翼は心の中で汚れ役を買って出ったクリスに謝罪する。

 

クリスはこの海域内にある艦艇を足場にして移動しながら未来に攻撃を続ける。 しかし、移動速度や方法の違い、距離もあり全く当たらなかった。

 

「イ・イ・子・は・ネンネしていなッ!!」

 

【BILLION MAIDEN】

 

効果が薄いと判断しボウガンから二門のガトリンに換装、先程の矢弾以上の弾数と弾速で未来に襲い掛かる。

 

急に変わった弾の速度に対応しきれないのか、光弾で反撃しながらも徐々に被弾していく。

 

「脳へのダイレクトフィードバックによって己が意思とは関係なくプログラムされたバトルパターンを実行! さすがは《神獣鏡》のシンフォギア! それを纏わせる僕のLiNKERも最高だ!」

 

「それでも偽りの意思ではあの装者たちには届かない……」

 

「ふん……」

 

否定されて頭に来たのか、ウェルは狂気の表情でナスターシャを見下ろす。

 

「……くっ……!」

 

「お兄ちゃん……」

 

仕方ないとはいえ、未来が攻撃を受け傷ついていくのを見ている事しかできない律。 何もできない自分に嫌気が刺し自然と腕に力が入り、その腕の中にいる調は心配そうに律を見上げる。

 

そして、再び律たちの乗る艦艇に戻ってきた2人。 クリスはミサイルポッドを展開させる。

 

【MEGA DEATH PARTY】

 

大量のミサイルを発射、さらにガトリングによる攻撃も行い。 飛び込んできた未来にガトリングで体勢を崩したところでミサイルが未来に降り注いだ。

 

倒したというのにクリスの気は晴れなかった。 未来を確保しようと手を伸ばし、

 

『女の子は優しく扱って下さいね。 乱暴にギアを引き剥がせば、接続された端末が脳を傷つけかねませんよ』

 

「んな……!?」

 

未来のシンフォギアからウェルの声が聞こえてきた。 真偽は分からないが、クリスはこれ以上手が出せなくなってしまった。

 

迷っている隙に未来は起き上がると同時に剣を降り、クリスが離れたと同時に剣が広がった。

 

「避けろ、雪音!」

 

【閃光】

 

どうやら剣は扇子だったようで、1回転して展開した扇子から無数の光線を拡散させクリスはギリギリのところで避ける。

 

「まだそんやちょせぇのを!?」

 

驚く間も無く未来は脚部から鏡のようなものを円状に展開させる。

 

「と、不味い……」

 

「あ……」

 

律と調、クリスは未来の真正面に立っていた。 律は不味いと思い調を抱えて上空に退避しようとし……いつの間にかウィングが被弾していているのに気がつく。

 

「これはっ!?」

 

「チッ!」

 

律はウィングを確認する。 ウィングが高熱に晒されたように膨張していた。 どうやら最初の時の光弾が飛散して当たったようだが……それだけにしては大きな被害を受けていることに不審に思う。

 

その間に未来は歌い始めると、同時にエネルギーを鏡に収束していく。

 

「だったらぁぁぁぁ!!!」

 

クリスは未来の攻撃を受け切る構えをとり、未来は扇子をしまうと腰部のリボン状の装甲が展開、光り輝く菱型のリフレクターを展開させる。

 

「やめろクリス! まともに受けるな!!」

 

「リフレクターでぇーー!!」

 

【流星】

 

嫌な予感がしたが、止める暇もなく巨大な紫色の光線が発射された。 紫色の光線がリフレクターと衝突、拡散した光線は後方の艦艇に流れ爆発する。

 

「くっ!」

 

受けている隙に律は調を連れて跳び上がって横に退避する。 歌い続け出力が増しながら光線を放射し続ける。

 

「《イチイバル》のリフレクターは月をも穿つ一撃すらも偏光できる! そいつがどんな聖遺物から造られたシンフォギアか知らないが、今更どんなのぶっこまれたところで——って何で押されてんだ!?」

 

かの《カ・ディンギル》の荷電粒子砲の一撃を耐えた《イチイバル》のリフレクター……だが、クリスの自信に反して周囲のリフレクターは徐々に欠け、崩れ出している。

 

「クゥ……ッ! グッ!」

 

「無垢にして苛烈……魔を退ける輝く力の奔流……これが《神獣鏡》のシンフォギア」

 

「……退魔の閃光か……《イペタム》の魔喰らいと似かよった力か。 つまり、あの閃光は……!」

 

あの紫の光線が強力と言うわけではない、あの光は概念的にシンフォギアを無力化している。

 

「…………!? リフレクターが分解されていく……?!」

 

「逃げろクリス!!」

 

次々とリフレクターの数が減り、交差した両腕の装甲が膨張を始める。 このままでは直撃する……そう思った瞬間、クリスの目の前に壁が降りてきた。

 

「ぁっ!?」

 

「——ッ! 呆けないっ!」

 

間一髪の所で翼が救出し、上空から降り注ぐ剣の壁を下ろしながら逃げるが……退魔の光線の前には防ぐことは出来ず直撃を遅らせることしか出来ない。

 

光線は光としてならばかなり遅いが、それでも《アマノハバキリ》の移動速度を超えていた。

 

(横にかわせば減速は免れない……! その瞬間に巻き込まれる!)

 

防御不能の攻撃。 避けるしかないが左右に避ければ直撃してしまう……

 

(助けに……!)

 

調を置いて2人を助けに行こうとするが、まだその時なのかと迷ってしまいますたたらを踏んでしまう。

 

(ならっ!!)

 

律はこの場から動かずに2人を援護しようと決め、調を背後に移動させ剣を光線銃に換装する。

 

直照(ひたて)真日(まひ)の 駆けし(みち) 射向(いむ)けの(そで)と為り 天伝(あまつた)征矢(せいや)と為り……」

 

心を落ち着かせながら謳を歌い出し、徐々に出力を上げながら狙いを定め、

 

(はべ)りたすく!!」

 

射手の輝軌(ルル・アガリウス)

 

引き金を引き、赤い光線が放たれた。 赤い光線は紫の光線の横を直撃し、相殺とまでは行かずも減衰させる事ができた。

 

「今だ!」

 

「助太刀感謝!」

 

左右に避けられる速度になり、急いで翼は左に避け……数秒遅れて紫の光線が2人の側を通過した。

 

「あ、危っねえー……ギリギリじゃねえか」

 

「これが《神獣鏡》のシンフォギア……なんて厄介な」

 

(それにしても、今の歌……)

 

シンフォギアの歌は装者個人の心象に作られる。 未来の歌からは自分の非力さと、そして響への想いが込められていた。

 

操られているのかもしれない、けど……シンフォギアを求めたのは紛れもなく未来の意志だろう。

 

そして翼たちは逃げるためにかなり走らされ、艦艇の端まで来てしまった。

 

そして、未来は鏡を収納すると顔を横に向け……律に、調に視線を向けた。 未来はもう一度扇子を取り出すと調に突きつける。

 

「…………」

 

「未来……!」

 

「やめるデス! 調は仲間! あたしたちの大切な——」

 

『仲間と言いきれますか? 僕たちを裏切り、敵に利する彼女を……』

 

「この声は……!」

 

『——月読 調を仲間と言いきれるのですか!?』

 

「っ!!」

 

(切歌……)

 

どうやら調は彼らの作戦から外れて動いていたようで、切歌は組織の仲間か親友か……どちらを優先するか迷っていた。

 

「耳を貸すな切歌!」

 

「違う……あたしが調にちゃんと打ち明けられなかったんデス……! あたしが調を裏切ってしまったんデス……」

 

「キリちゃん!」

 

迷う切歌を前に、調は律の腕から出て一歩前に出る。

 

「ドクターのやり方では弱い人達を救えない!」

 

「…………」

 

『そうかも知れません。 何せ我々はかかる災厄に対してあまりにも無力ですからね』

 

「「ッ!」」

 

「…………」

 

否定したり、肯定したり……相変わらず人を見下すような物言いに律は苛立ちを覚える。

 

「シンフォギアと聖遺物に関する研究データはこちらだけの占有物ではありませんから……アドバンテージがあるとすればせいぜいこの《ソロモンの杖》……!」

 

すると、開かれたエアキャリアのドアの前にいたウェルは手にもつ《ソロモンの杖》を構え、放たれた緑色の光線を艦艇全体に薙ぎ払いノイズが再投入される。

 

再びパニックに陥り、阿鼻叫喚の悲鳴と爆音が飛び交っていく。

 

「ノイズを放ったか!」

 

「くそったれがぁぁ!」

 

悪態吐きながらクリスは走り出しノイズの殲滅に入る。

 

(《ソロモンの杖》がある限りは……《バビロニアの宝物庫》は開きっぱなしってことか……!)

 

歯を食いしばりながらも飛び上がり、回転しながらガトリンとミサイルを全方位に発射、領域内のノイズを殲滅していく。

 

「やっぱり、ウェル博士が原因……《ソロモンの杖》や《ネフィリム》が彼の絶対的な自身の源か……なら!!」

 

《ソロモンの杖》の執着。《ネフィリム》が討伐された時の異様な狼狽ぶりを見てようやく心が決まった律。 頭上を見上げるとエアキャリアが上空にある事を確認し、ウィングを広げ一気に急上昇する。

 

「おっと……」

 

飛んできた律の目的が今いるエアキャリアと気付いたウェルはコンソールを操作し……律の行手を未来が塞いだ。

 

「…………」

 

「未来……!」

 

既にバイザーは降り表情が見えない。 未来とはいえど顔が見えない方が幾分やりやすい……訳もなかった。 どれだけ自分を正当化しても罪悪感が止めなく出てくる。

 

だが、それでもやるしかなく律は剣を構える。

 

「《クラウソラス》なら喰らって機能を停止させる事ができる。 少々荒療治になるけど容赦はしないから——悪く思え!!」

 

「……………」

 

お互いに守りたい者、救いたい者は同じはずにも関わらず相いれず、対立する2人……望まれない戦いが始まった。

 

「未来ちゃん。 律くんと接触……交戦を開始しました!」

 

「律さん、未来……」

 

「ノイズの殲滅はクリスくんに任せろ! 翼は《イガリマ》の装者を制圧次第救護活動に参加! 俺たちは人命の救助にまわるんだ!」

 

響はギュッと手を握り締め任せる事しかできなかった。 弦十郎は潜水艦を浮上させ、今できる最善の指示を出し続ける事しか出来なかった。

 

(《神獣鏡》は鏡を利用した中遠距離の武装……泣き所は——接近戦!)

 

光線の網目をかいくぐり、罪悪感を残しながらも一太刀で決めようと一気に懐に飛び込み、

 

——ガキンッ!!

 

「!?」

 

その一太刀は、いつの間にか両手に展開されていた2つの扇子によって防がれた。

 

「くっ!?」

 

驚く間も無く背後から鏡から反射した光線が襲い掛かる。 すぐ様落ちる様に離れると光線は未来に迫ったが……扇子もまた鏡であったためさらに反射され、再び襲って来た光線は右肩の装甲を掠めた。

 

それだけで装甲は崩壊し、他の部位に侵食する前に装甲をパージして被害を最小限まで抑えた。

 

「そういや……未来も家に来たらバトル物のゲームやら漫画やら見せてやってたっけなぁ〜……」

 

未来はもちろん、響とも色々遊んだ結果が目の前にいる未来となると複雑な気分になる。

 

(どうすれば……いや、そうだ!)

 

八方塞がりになりかけた時、ある事をひらめき。 律は呼吸を整え息を吸い、

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!」

 

ノイズだらけの歌を歌い出した。 讃美歌に似た旋律が戦闘地域内に広がる。 その歌の波動が広がり、シンフォギア装者に影響が出始める。

 

「これは……!」

 

「あいつ、歌いやがったのか!」

 

「……デス? ギアが!?」

 

翼とクリスは律が歌い始めたのに気づくと戦いの手を止め、切歌はギアの適合係数が落ちている事に気がつく。

 

「これは……装者たちの適合係数が下がっていっているだと?」

 

「適合者の適合係数を下げる歌……《クラウソラス》の装者である彼だけが歌える争いを収める鎮魂歌 (レクイエム)……皮肉なものですね」

 

シンフォギアの戦いを収めたのがノイズによるものなど……皮肉以外の何物でもなくナスターシャは無言で首を振った。

 

しかし、この状況を変える一手であり。 このまま行けばシンフォギアを強制解除させ無傷で未来を確保することができる。

 

「ですが……させませんよぉ!!」

 

「!? 何を!?」

 

ウェルは再びコンソールを操作する。 するとエアキャリアの側面が迫り出し、展開して数発のミサイルを律に向けて発射した。

 

「◼️◼️◼️——チッ!!」

 

上空から迫るミサイルに気付き、律は歌うのをやめミサイルを避ける。 すると発生していたノイズが消え、装者たちの適合係数は元に戻る。

 

「やはり、他の装者と違って戦いながら歌う事はできないようですね」

 

歌い出してから動かない律を不審に思ったウェルは科学者らしく仮定し、実証し、証明した。

 

未来は続けて円型の鏡を展開し光線を鏡に当てる。 すると乱反射し無数の光線が律に襲いかかる。

 

「ぐうっ!!」

 

時間が経つごとに線が増え続け、これでは近づく事もできず逃げるしかない。

 

そして、二課では未来の纏うシンフォギアについて解析結果が出ていた。

 

「未来ちゃんの纏うギアより発せられたエネルギー波は聖遺物由来の力を分解する特性が見られます!」

 

「それってつまり……シンフォギアでは防げないって事!?」

 

「この聖遺物殺しをどうやったら止められるのか……!」

 

相性最悪の相手にどうすればいいのか……そんな悩む暇もなく、モニターに映る律に光弾が着弾してしまう。

 

「律さん!」

 

「不味い!!」

 

徐々に追い込まれて行き、次第に逃げ場も狭まっていく。 そして……逃げ道を無くし行手を阻まれ足を止めてしまった。

 

「律!!」

 

「お兄ちゃん!!」

 

(避けられない!)

 

間髪入れずに未来から巨大な光線が放たれる。 どこを見ても逃げられる隙間もなく完全に包囲され、死を覚悟した時、

 

『——◼️◼️◼️◼️server Access?』

 

「———!!」

 

死と共に迫り来る紫色の光を前に突如として律の耳に機械音声が聞こえ……閃光が律に直撃した。

 

「律ーーーッ!!」

 

「お、お兄、ちゃん……」

 

「あ……あぁ………」

 

「お兄ぃ……くっ!」

 

《神獣鏡》の攻撃をまともに喰らっては生きてはいられない。 誰もが律の死を予感したその時、

 

——ビーーッ!! ビーーッ!!

 

二課艦内から激しいアラート音が鳴り響く。 オペレーターの2人はすぐさま手を動かし状況を確認する。

 

「な、なんだこれは……!」

 

「どうした? 状況報告を」

 

「作戦エリア内に強力なノイズ反応を検知!」

 

「ノイズ率急上昇! 400……450——500%突破しています! 同時にノイズが広範囲に広がっていきます!」

 

「な、なにこれ……《クラウソラス》のアウフヴァッヘン波形の位相が逆転——反転しています!」

 

「まさか……!?」

 

「ウゥゥ……」

 

(——!! この感じ、律……)

 

ここまでのノイズ率を叩き出せる存在は1人しかいない。 だがそれでも過去にここまで値を出した事は一度なく、加えて怯えて伏せているリューツを見て弦十郎に嫌な予感が走る。

 

そして、連れてこられて律の部屋にいたセレナも嫌な予感を感じ、真上を見上げる。

 

『———』

 

同時刻、ここより遥か南にある年中氷に覆われた湖の底から……何が紅く蠢いた。

 

「………………」

 

誰もが固唾を飲む中次第に煙が晴れると……そこには1人のシンフォギア装者が立っていた。

 

全体の色が黒から赤に。 腕部、脚部、胸部といった部位の装甲が一回り厚くなっており、特に肩部の装甲が左右に大きく飛び出ている。加えて左右の肩部に円型の装置があり、そこからほぼ無尽蔵に高濃度の黄色いノイズが放出されていた。

 

頭部にはヘッドギアと目元を隠す赤いバイザーに加えてU字型の角が屹立していた。 胸元のギアペンダントは、濃く赤くなっていた。

 

さらに背部には円錐型の装置が搭載されている。 装置の隙間からノイズが黄色い粒子として静かに放出され続けている。

 

「な、何だあれは……?」

 

「あれは、律……なのか?」

 

変化した姿に疑問を抱く中、律は意識を無くしたように無表情のまま、動くことも言葉を発すこともなく呆然と立ち尽くしている。

 

「………………」

 

「!! マズイ、律! 避けるんだ!!」

 

無慈悲にも未来から光線が放たれ、棒立ちしていた赤いシンフォギアを身に纏う律に直撃する。

 

もう一度誰もが息を呑む。 そして海風に流されて煙が晴れると、

 

「………………」

 

表情を一切変えず、シンフォギアも全くの無傷の律が立っていた。 その佇まいに誰もが驚愕する。

 

「う、嘘だろ……」

 

「《神獣鏡》の攻撃をノーガードで耐えただとぉ!?」

 

「なんて防御力……いえ、これはもはや硬さどうこうでは説明できません!!」

 

「これは……どうなっているんだ……」

 

「デ……デ、デ……」

 

「お、お兄、ちゃん……?」

 

先程まで必死になってない逃げていた紫色の光線を物ともしない律の姿に誰もが驚きを隠せず。 切歌も“デス”もまともに言えず、調も信じられない様子を見せる。

 

「……………」

 

「律? おい、律!」

 

「返事をしろ、律!」

 

様子がおかしいと感じクリスと翼は声をかけるも律は無視、いや全く声が届いていなかった。

 

すると突然、シンフォギアの両肩の円型の装置が分離、左右を向き両腕の装甲が変形、腕部同一型の大砲となる。 両脚部も装甲が左右に迫り出し、そこから無数の赤い結晶体を覗かせる。

 

「何っ?」

 

「まさか……!?」

 

その答えはすぐに出た。 敵味方関係なく律は出鱈目に砲撃を始めた。

 

円型の装置から黄色い極太の光線が薙ぎ払い、両腕の大砲からはエネルギー状の黄色い砲弾が放たれ、脚部の結晶体からは無数の細長い赤い光線が縦横無尽に放射される。

 

「んなっ!?」

 

「炭素も残らず一瞬で風化した!?」

 

「なんて破壊力!!」

 

主にノイズに直撃しており、ノイズは炭素の痕跡も残さず消滅している。 しかし、流れ弾が海面に直撃し海を荒らし。 少なからず艦隊にも被害が出ている。

 

そして、その攻撃に未来のシンフォギアにプログラムされた命令が働き……未来は攻撃を繰り出し、2人は再び戦い出す。

 

「律くん! 再び未来ちゃんと交戦を開始しました!」

 

「くっ! 連絡は取れないのか!?」

 

「ダメです! この高ノイズ下では律くんは愚か他の装者とも連絡は取れません!」

 

「一体、何が起こってる……?」

 

「律さん、未来……」

 

状況が悪化の一途を辿っている。 自分にできることは本当にないのか……考えて考えて……そして響は決心する。

 

「——師匠! お願いがあります!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ところ変わり、某国のホテル。 その一室に律たちの様子を見ている2人の人影があった。

 

「どうやらかの()()()()にアクセスしたようだ」

 

「まだ“異形”が出現していないとはいえ、ハラハラさせる男よなぁ」

 

「私たちにできるのはこの物語を台本通りに進行させる、それだけのこと。 失敗すれば……」

 

「分かっておる。 しかし、数奇な運命に生きるおとこよのぉ……“芡咲 律”や」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

場所は戻り戦闘空域を飛ぶエアキャリア……律の無差別の攻撃を必死に避けるマリアの荒い運転の中ウェルは興味深そうに、ナスターシャは表情を変えずに律を見ていた。

 

「いやぁ、中々面白くなって来たじゃあーないですかぁ。 ふむ、しかし妙ですねぇ。 あれだけの好き放題ばら撒いているにも関わらずガス欠の気配もありませんねー。 となると、原因は恐らく……」

 

ウェルは律が映る観測結果のモニターの画像を操作し、2つの円型の装置と背部の円錐型の装置を拡大した。

 

「近接格闘型の黒いシンフォギアとは打って変わっての遠距離砲撃型……それに外部のノイズを狩って行う配給ではなく、自らノイズを生み出している。 この3つの装置はノイズを発生させるジェネレーターと言った所でしょうか。 そうですねぇ……《ノイズドライヴ》——Nドライヴと命名しておきましょう」

 

「勝手に命名するのはさておき……それがあの無尽蔵とも言える無差別攻撃の源、ですか……」

 

2人の研究者は律の姿を見てそう考察し、所変わって同じように情報を集めている二課内では慌ただしく計器が鳴り響いていた。

 

「ノイズ率、以前500%圏内維持。 しかしノイズ発生領域は以前拡大! 既に近隣島々に通信障害の影響が! 日本列島までの到達予想時刻およそ残り40分! このままでは通信障害はもちろん、交通機関や医療機器にも甚大な被害が発生すると予想されます!!」

 

「律君から発せられるシンフォギアのエネルギー波形の解析しました! モニターに表示します!」

 

《code : Ipetam》

 

「《イペタム》だとぉ!?」

 

メインモニターに表示された単語を見て弦十郎は声を上げる。 《イペタム》は《クラウソラス》の副次的に搭載された聖遺物……それがどういう訳か《クラウソラス》を抑えて高い反応を出しながら表に顕現している。

 

さらに立て続けに病のように広がるノイズがタイムリミットを表しているようで、弦十郎たちはより一層焦っていた。

 

「この状況を打開するには、やはり……」

 

「——律さーーーんッ!! 未来ーーーッ!!」

 

「頼んだぞ、響くん……」

 

「響……」

 

浮上した二課の上に響は立っていた。 見上げる先に律と未来がいるが、2人とも響は眼中にない様子だった。

 

「やっぱり聞こえないか、な……でも! 届かせる! この声を、この思いを、この歌を!! 2人に!!!」

 

響は胸に手を当て、聖詠を口にする。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

シンフォギアを身に纏い、脚部のジャッキを利用して空中に飛び上がる。

 

「響ちゃん、交戦を開始!」

 

「カウントダウン開始します!」

 

残された時間は2分40秒……その間に止めることが出来なければ響の命は、いや……恐らくは高い確率で死ぬことになるだろ。

 

だが例え死ぬかもしれないのだとしても、響は止まらない。 響は真下から律の背後をとり、飛びかかって抱きつく。

 

「律——ぐううっ!!!」

 

抱きつくと今までも強く感じらたノイズがより強く感じられるようになり、ノイズが痛みとなってビリビリと響の身体に電撃のように流れていく。

 

(な、なんて強いノイズ!! でも……!)

 

「だああああっ!!」

 

抱きつきながら後頭部を殴って離脱。 それにより律の気は響に逸れ、砲撃は響に集中して向かっていく。

 

「ひいぃぃぃ!!!」

 

情け容赦のない砲撃に響も情けない声を上げながら逃げる。

 

(とりあえず、これで……!)

 

砲撃から逃げ惑いながら次は未来に向かっていく。 その最中に響の身体から尋常ではないほどの熱が放出される。

 

「(身体が、血が沸騰する……! でも! )未来ーーッ!!」

 

「……………」

 

未来に向かって飛んでいく響。 その背を律は光の宿らぬ視線を、同じような眼を向ける未来に向け。 右腕の装甲が変形、腕部同一型の大砲となる。

 

『オオオオオオッッ!!!』

 

雄叫びと共に右腕の大砲の砲口内に周囲に拡散していたノイズが全て収束していく。 それと同時に両肩に装着していた2つの円型の装置が分離、取り囲むように律の周りを円形に周回する。

 

そして2つの円型のジェネレーターと背のドライヴから大量のノイズが放出される。

 

「な、なんというノイズだ! ここまで離れているというのにこちらのシンフォギアが完全に抑え込まれている!!」

 

「ア、アレはまずいデェス!!」

 

「ドクター! 《神獣鏡》でなければフロンティアへの道は……!?」

 

「問題ありません……さあこじ開けなさい!! その一撃で、フロンティアに至る道を!!」

 

問題ないと豪語しながらウェルは狂乱したように声を上げる。

 

そして、二課では藤尭は不安そうに弦十郎に視線を向ける。

 

「ここまで来て今更ですが、上手くいくでしょうか?」

 

「……信じるしかあるまい」

 

腕を組みながら答え、弦十郎は響を送り出す前に交わされた会話を思い返す。

 

「何!? 律くんを利用して未来くんのギアを解除する……だと!?」

 

「はいッ!! 今の律さんのシンフォギアが《イペタム》なら……可能かもしれません!!」

 

「おい響、気持ちは分かるがあまり無茶を言うな。 大体誰がそれをやるってんだ?」

 

「私がやりますッ!やってみせますッ!」

 

「だが、君の体は……」

 

自分のことは、自分がよく分かっている。 だがそれでもと、響は俯きながら拳を握りしめる。

 

「もう、後悔したくないんです……私は昔から助けられてきました。 律さんは自分が傷つくのも恐れずに助けてくれて、未来はいつだって私を支えてくれた……私は優しく手を差し伸べる手を握ってただただ甘えていただけでした。 そんな2人を、今度は私が救いたいんです!! ですから、行かせてください!!」

 

「……分かった!」

 

「旦那!?」

 

「責任は俺が取る。 だから、死ぬな。 決して死ぬんじゃないぞ!」

 

「はいッ!! 死んでも生きて帰ってみせます!」

 

「響ちゃん、それ矛盾してるわよ……」

 

自信満々に言う響に友里は苦笑いする。

 

「し、しかし! 仮に成功したとしても当の律くんの方は何も解決しませんよ!?」

 

「その時は、その時になったら考えます!!」

 

「えええっ!?」

 

ここまで言っておいてノープランだった事に藤尭は驚く。 逆に予想通りだったのか友里はクスクスと笑う。

 

「そこは、たとえ微力でも私たちが響ちゃんを支えることができればきっと……」

 

「あー、もう! やりますよ、やってみせます!」

 

「しょうがねえなぁ……どこまでも付き合ってやるよ」

 

「よし、タイムリミットは?」

 

「過去のデータと現在の融合深度から計測すると、響さんの活動限界は……2分40秒になります!」

 

「充分です!」

 

「勝算はあるのか?」

 

「そんなもの、動いてから考えます!!」

 

「……むぅ……!?」

 

「やれやれ、無鉄砲なこった」

 

あまりの無鉄砲振りに弦十郎も面食らってしまい、響はニヤリと笑みを浮かべる。 放たれる光線と光弾、響は避けながら隙を伺い飛び込もうとした時、

 

「ぐっ……ぐぅッ!グッ!ウァァ……!」

 

進行が早まり響の身体のいたるところから聖遺物の結晶が隆起し始める。 それを見た未来は動揺し、脳裏にある場面が思い浮かぶ。

 

(正しいのか、悪いのか……けど——必要なんだ)

 

「——!? 違う! 私がしたいのはこんな事じゃない! こんな事じゃないのにぃぃーー!!」

 

(未来……!)

 

動揺し狼狽する未来。 その隙を狙い一気に距離を詰め、響は未来に抱きついた。 その頭上で、律が構える砲門にノイズが一点に収束していき、

 

「離して!」

 

「イヤだ!離さない!もう二度と離さない!」

 

『レッドガイア——』

 

「響ーーーッ!!」

 

「撃ってください——律さーーんッ!!」

 

【流星】

 

『イレイザーーーーッ!!!』

 

紅黒い高濃度ノイズの収束砲が発射。 さらに周回していたNドライヴから先に発射された砲撃を取り囲むように高濃度ノイズの光線が螺旋状に放射。

 

同時に放たれた未来の紫色の閃光と衝突し……それすらも一瞬で飲み込んで海面を貫いた。

 

「くっ! どうなった……響くんと未来くんは!?」

 

「現在確認中です!」

 

「………! これは……海中から高エネルギー反応を検知!」

 

律たちの無事を確認している最中に、砲撃が直撃した付近な突如として海中から眩い光の柱が昇る。

 

「当初の予定とだいぶ異なりましたが……まあ良しとしましょうか」

 

ウェルはそう呟き、エアキャリアは光が立ち昇る方向に向かっていく。

 

「封印は解除されました! さぁ、フロンティアの浮上です!」

 

光が終息すると……海中から石造りの遺跡のような巨大な建造物が浮上してきた。

 

「一体何が……」

 

切歌と交戦していた翼は突然の事態を把握できずにいると、意識を失った律が上空から落下しているのを発見する。

 

「律——」

 

——パァンッ!!

 

「なっ……!!」

 

いきなり背後から発砲音と共に背中を撃たれ、翼は倒れ伏す。 なんとか首だけを動かしてみると、

 

「ッ……!? 雪音……!?」

 

「——さよならだ」

 

そこにいたのは、銃を片手に持つクリスが翼に向かって銃口を向けおり。 クリスは無表情のまま謝罪するともう一度引き金を引き……乾いた音が鳴り響いた。

 



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37話 《フロンティア》

 

 

「……っ……」

 

目が覚めるとまず目に入るのは見覚えのある天井。 どうやら律はまたこの病室のお世話になってしまったようだ。

 

加えて体がとても重く感じ、律は力を振り絞りながらゆっくりと起き上がる。

 

「一体何が……確か、俺は……」

 

『◼️◼️◼️◼️server Access?』

 

絞るように記憶を思い出す。 あの時、死を間近かにして突然聞こえた電子音……一体自分はこの質問にどう答えたのか、それ以降の記憶がスッポリと抜け落ちていた。

 

ふと、側にあったギアペンダントを手に取ると、

 

「ギアペンダントが……紅く!?」

 

黒かったギアペンダントが赤くなっていた。 本当に何が起きたのか……そう思っていた時、病室に奏が入ってきた。

 

「よお、目が覚めたか」

 

「奏。 一体何があったんだ? 未来に殺されそうになって、それからの記憶が曖昧で……」

 

「それについては旦那たちと集まってから話す。 今は身体を休めるんだ」

 

「そう……いや、そうだ! 調は!?」

 

「あの子は緒川さんが保護した。 ちょっと悪いがギアを押収した上で独房に入れてある。 まあ悪いようにはしねえから安心しろ。 リューツも気になったのか一緒にいるようだし」

 

「そうか……」

 

仕方ないとはいえ、妹が捕虜となり手錠をかけられるのはやはり良い気はしなかった。

 

「あー、それとな。 お前に聞きたい事があるんだが……」

 

「ん、なん——」

 

そう言って奏が突き出したのは……首根っこ掴まれてプラーンと揺れるセレナだった。 思いがけない登場に驚いたが、気を取り直してなんとか誤魔化そうとする。

 

「あ、あーそれねー。 リューツが駄々をこねるから仕方なく持ってきたんだよねー」

 

「こいつさっき廊下で歩いてたぞ」

 

「…………リューツが背中に乗せていたのを勘違いしたんじゃないかな?」

 

「捕まえたら「ギャー食べられるー!」って叫んでたぞ」

 

「………………」

 

「ご、ごめんなさ〜い……」

 

手詰まりになったところでセレナの謝罪が入り完全にアウトとなった。 律はセレナがいつの間にか家に置いてあった日から今日までの経緯を奏に説明した。

 

「なるほどなぁ……どうして動いているのかはともかく、セレナ自身もどうしてそんな姿になったのか分かってねえのか」

 

「はい……それ以外の記憶もまだ断片的にしか思い出せてません」

 

「とはいえ……絶唱、ねえ。 私たちと全く無関係とも言えなさそうだな」

 

シンフォギアの機能の1つである絶唱……装者の負荷を省みずにシンフォギアの力を限界以上に解放する歌。 しかし装者への負荷も生命に危険が及ぶほどに絶大で、響のような例外がいない限り使えないような歌である。

 

ともかく、今重要なのはセレナが絶唱を歌ったことにある。 つまり、セレナも装者だったのか、少なくともシンフォギアに対する関係者だったのは間違いなかった。

 

「全く、もっと早くに行ってくれればやりようはあったのによお。 《フロンティア(あんなの)》が出てきた以上、もう手遅れかもな」

 

「ご、ごめん……セレナにも人には話さないでってお願いされてたし」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

誰にも相談しなかった2人は軽率だったと謝罪すると、別に良いという風に奏は手をヒラヒラさせる。

 

「とはいえセレナ、お前の存在は切り札になり得るだろう」

 

「そ、そうなんですか? ぶっちゃけ私、役に立ちませんよ?」

 

「重要なのはお前という存在だ。 奴らの主力である残り2人の装者を切り崩す事ができれば、残りの戦力はノイズのみ……じゃ、ないか。 ともかく! 少なくともこちらの有利な状況になるだろう」

 

「……言ってることは分かるが、切り込み方がエグいな」

 

「うっせえ」

 

確かにセレナの存在が少なくともマリアの心を動かす事になれば、状況は多かれ少なかれ好転するだろう。

 

とはいえ《フロンティア》という大陸を前にどう戦うか考えていると……唐突にドアが開いた。

 

「………!(コテン)」

 

セレナは一瞬で固まり人形のフリをして奏は自然体の流れでセレナを律の側に起き、続いて病室に未来と友里が入ってきた。

 

「未来! 無事でよかった!」

 

「それはお互い様ですよ、律さん。 本当に良かったです……」

 

「意識もはっきりしているようですね。 本当に無事でよかった」

 

近寄ってきた未来は律の手を取って握りしめ、無事を確認した友里は備え付け受話器で律の様子を連絡する。

 

「そういえば、響は?」

 

「響も無事だよ。 逆に有り余るくらい」

 

「そうなんですか? でも確か響は……」

 

「ええ、無事よ。 加えて響ちゃんの身体を蝕んでいた《ガングニール》も律くんの攻撃で完全に除去されたようなの。 それにあの強すぎるノイズも侵食を遅らせる効果があったようで……制限時間を少しオーバーしても無事だったみたい」

 

「ノイズも悪いことばかりじゃなかったわけだ。 まあ、随分と都合のいい攻撃をしたもんだな」

 

「は、はあ……?」

 

「それと律さん、実は見てほしいものがあって……」

 

自分が響と未来を都合よく救ったと言われ、身に覚えのない律は気の抜けた返事をする。

 

そして未来が言いづらそうにそう言うと、友里が隣に寄って手を差し出し、その手の平には1つのギアペンダントがあった。

 

「このギアは……」

 

「《神獣鏡》です」

 

「え!?」

 

先刻、未来が使っていた《神獣鏡》シンフォギア。 それがどうしてここにあるのか。

 

「さっきも言ったけど、響ちゃんの中から《ガングニール》の破片は完全に除去されたわ。 けど、同じ攻撃を受けたにも関わらずどういうわけかその《神獣鏡》のギアは綺麗に残ったのよ。 この結果からどうして《神獣鏡》だけが残されたのか全く検討がつかないの」

 

「ちぃっとばかし、良い意味でも悪い意味でも厄介なものが転がり込んだな。 これが知られたらまた上から突っつかれるのが目に見える」

 

「あ、あはははー……」

 

実際、完全聖遺物《デュランダル》も不積の担保か何かで国家間の交渉の材料に使われていたり。 《ソロモンの杖》も米国政府から密約で“フィーネ”に譲渡されたりしていたのだ——結局、フィーネの目的に利用されただけに終わり。 今現在もロクな使われ方をしてないが——欠片といえど手に入ったら入ったで困るのだろう。

 

(あ、そういえば回収した《ネフィリム》の亡骸……俺が持ちっぱなしだった)

 

「ともかく。 一度ギアとして纏ったからって今後もそうなる訳じゃない、“LiNKER”込みだった事だしな。 まあ少しばかり検査はする必要はあるがな」

 

「……例え結果がどうであれ。 未来を戦わせるのは反対です。 それは譲れませんよ」

 

「わぁってるよ。 お前も中々愛されてるな」

 

「も、もう奏さん!」

 

キッパリと言い切る律、奏はニヤニヤしながら肘で小突くと未来は顔を真っ赤にする。

 

「そういえば、翼とクリスは?」

 

「……翼は響と旦那たちとで会議中だ。 クリスは……」

 

「……………」

 

クリスがどこにいるのか聞くと……奏は言い淀み、未来は暗い表情になって俯く。 どうやら何かあったようだった。

 

「とにかく動けるのなら来い。 まとめて詳しく説明してやる」

 

「あ、ああ……」

 

少しふらつき、未来の手を借りながらも立ち上がり。 律たちは指令室に向かった。 そこには弦十郎たちと顔にいくつもの絆創膏を貼った響、頭に包帯を巻いている翼がいた。

 

「あ! 律さん! 無事で良かったです!」

 

「お互い様にな」

 

「君たち、まだ安静にしてなきゃいけないじゃないか!」

 

「ごめんなさい……でも、居ても立っても居られなくて」

 

「クリスが居なくなったと聞いて、おみおち寝てもいられませんよ」

 

「……確かに、響くんとクリスくんが抜け、律くんも出撃できないことは、作戦遂行に大きな陰を落としているのだが……」

 

「え、ダメなんですか?」

 

「はい。 律くんの身体の調子もそうですが、それ以外にも容認できない点が多く出撃は許可できません」

 

「むぅ……」

 

緒川の説明を聞くも納得できない律。 身を案じていることは理解できるが、もう少し説明をして欲しかった。

 

「でも、翼さんに大事がなかった本当によかった。 致命傷を全て躱すなんて……流石です」

 

「……………」

 

(……翼?)

 

友里からの賞賛を受けたが、当の翼は腑に落ちないような表情を見せる。

 

「それより弦十郎さん。 一体俺の身に何が起きたのですか? 俺が響と未来を救ったと聞いているんですが全然身に覚えがなくて……」

 

「……うむ。 それは見てもらった方が早いだろう」

 

そう言って映し出されたのは律が未来の一撃を受け、赤いシンフォギアに姿を変えてからの暴走振りを見せられた。

 

余りの滅茶苦茶な好き勝手振りに律は目も当てられなかった。

 

「これって……!」

 

「こちらの測定結果から何らかが原因で《クラウソラス》シンフォギアから《イペタム》シンフォギアに変わった……というのがこちらの結論だ。 暴走も、響くんに似た症例だと思うが……一体何があったんだ?」

 

「……分かりません。 あの時死を覚悟したら、いきなり通信が入って……」

 

「通信だと?」

 

「戦闘時間内で、我々以外に律くんのシンフォギアに通信が入ったログはありませんが……」

 

藤尭はすぐさま履歴を調べるも記録に残ってはいなかった。 他の装者と米軍間にやり取りされた通信も同様に。

 

「とはいえ、これ救ったと言えるのか? 一歩間違えれば俺が響と未来を手にかけてる事になるだろう。 素直に全然喜べないな」

 

「そんな細かいこと気にしなくていいんですよ、律さん!」

 

「はい。 私と響は律さんに救われました。 私はそう信じてます」

 

全然細かくないが、終わりよければ全て良しの2人は結果は気にせず律を励ました。

 

「《フロンティア》の接近はもう間も無くです!」

 

そこで藤尭がそう告げメインモニターに映された《フロンティア》。 映っている部分だけでも氷山の一角、相手にする敵の大きさを文字通り表しているようだ。

 

「あれが《フロンティア》……」

 

「マリアたち《F.I.S》が求めていた新天地……一体何があるってんだ?」

 

「………! フロンティアに動きが!!」

 

《フロンティア》が動き出し、1番高い建造物から発射された3つのエネルギーは天高く、絡み合うように螺旋を描きながら宇宙まで登り……まとまって1つに集約するとエネルギーがヒモのような役割を果たして釣り上がるように《フロンティア》が浮上した。

 

その影響で海流が乱れ、潜水していた二課仮設本部は荒波に揉まれる。

 

「一体、何が!?」

 

「広範囲に渡って海底が隆起! 我々の直下からも迫ってきます!」

 

「それって……!」

 

すると潜水艦は大きな衝撃を受けながら海底に落下、いや衝突した。 まるで海底が上がってぶつかってきたように。

 

「まさか……」

 

「《フロンティア》が浮上してんのか!?」

 

律と奏はこの状況が《フロンティア》が浮上したことを予想する。

 

すると、《フロンティア》近海にいた米軍艦隊の第二陣が《フロンティア》に向けて攻撃を開始した。 だが、余りの質量の差に戦艦の砲撃といえど無力だった。

 

そして《フロンティア》下部の装置が起動、全ての艦隊は重力から解き放たれたような浮上し……強力な圧力をかけられペシャンコに、そして爆発した。

 

「そ、そんな……」

 

「どこのラ◯ュタだよ」

 

「さしずめウェル博士はム◯カ大佐ってとこか。 「見ろ! 人がゴミのようだ!」って叫んでるんじゃないのか?」

 

「………バ◯ス……(ボソッ)」

 

「聞こえてるぞ」

 

「……ジ◯リは専門外だ」

 

「気にするところ、そこですか?」

 

そうこうしている内に潜水艦は海を出て《フロンティア》に上陸した。

 

「下から良いのをもらったみたいだ」

 

「計測結果が出ました!」

 

「直下からの地殻上昇は、奴らが月にアンカーを打ち込む事で——」

 

「《フロンティア》を引き上げた!?」

 

「はい! それだけでなく……」

 

「結論から、月の落下が加速しました!」

 

自分から月の落下から人類を救済すると言っておきながらの奇行振りに、律たちは比喩でも頭痛が起きだす。

 

「月から世界を救うと言っておきながら何考えているんだあの男は?!」

 

「……自分の都合の良い人間だけを生かす、ということなんだろうな」

 

「……私もあの人の甘く優しい言葉に唆されてあんな事になっちゃいましたけど……やっぱり狂ってる……」

 

 

 

もう予断は許さない事態となったため二課もすぐさま作戦行動に移る事になり、ライダースーツを着てヘルメットを持つ翼がいた。

 

「翼、行けるか?」

 

「無論です」

 

「翼さん!」

 

出撃しようとした翼を響が呼び止める。

 

「案ずるな! 1人でステージに立つのは慣れた身だ」

 

「寂しいこと言うねぇ」

 

「なら、早く私のいるステージに戻ってくることだ」

 

「そうだな……考えておく」

 

奏から翼にとって1番の激励をもらい、翼はバイクで出撃しそのまま聖詠を口にする。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

バイクに騎乗したままシンフォギアを身に纏い、ウェルによって放たれたノイズに向かって疾走する。

 

翼はバイクの前方部分に巨大な刃を突出させ、一気にアクセルを回す。

 

【騎刃ノ一閃】

 

バイクの刃で突進しながら刀ですれ違い様にノイズを斬り捨てて進んでいく翼。 相変わらずとんでもないドライブテクである、どうやったら蛇のようにクネクネと走らせる事ができるのだろうか。

 

「流石翼さん!」

 

「こちらの装者はただ1人、この先どう立ち回れば……」

 

「いえ、シンフォギア装者は1人じゃありません」

 

「ギアのない響くんを戦わせるつもりはないからな。 律くんもギアの変質が明らかでない以上、使わせる訳にもいかない」

 

「おい響、まさか……」

 

「はい、そのまさかです!」

 

律と響以外でシンフォギア装者であるのは1人しかいない。

 

そして、呼び出された調と一緒にいたリューツ。 緒川はかけられていた手錠のロックを解除して外した。

 

「捕虜に出撃要請って……どこまで本気なの?」

 

手錠が付けられていた部分を摩りながら調は冗談で言っているのかと質問する。

 

「もちろん全部!」

 

「……あなたのそういう所、好きじゃない。 正しさを振りかざす“偽善者”のあなたが……」

 

「んー……私、自分がやっている事が正しいだなんて思ってないよ」

 

調の率直な物言いに響は困った表情を見せる。

 

「私以前、大きな怪我をした時、家族が喜んでくれると思ってリハビリを頑張ったんだけどね……私が家に帰ってからお母さんもおばあちゃんもずっと暗い顔ばかりしてた。 それでも私は、自分の気持ちだけは偽りたくない。 ……偽ってしまったら、誰とも手を繋げなくなる」

 

「手を繋ぐ……? そんな事本気で?」

 

「だから調ちゃんにもやりたい事をやり遂げてほしい。 もしもそれが私たちと同じ目的なら……少しだけ力を貸してほしいんだ」

 

響は調の手をとりお願いするように握りしめる。

 

「……私の、やりたい事……?」

 

「ガウ!」

 

「やりたい事は、暴走する仲間たちを止める事……でしたよね?」

 

調は響の手を振り解くと律の背に隠れてしまう。

 

「お、おい……」

 

「みんなを助けるためなら手伝ってもいい」

 

背中から少しだけ顔を出しながら答える。 そんな調の頭を律は苦笑いしながらポンポンと撫でる。

 

「やれやれ、俺も言いたいことは全部響に言われちゃったな」

 

「……だけど信じるの? 敵だったんだよ?」

 

「敵とか味方とか言う前に、子どものやりたい事を支えてやれない大人なんて……かっこ悪くて叶わないんだよ」

 

「師匠!!」

 

大人の許可ももらい、最後に調は腰を落として足元にいたリューツに問いかける。

 

「あなたも、そう思うの?」

 

「ガウ!」

 

そうだ、と言う風に元気よく鳴く。 心が決まり、調は立ち上がりながら頷いた。 そして弦十郎は押収していた《シュルシャガナ》のギアペンダントを調に返した。

 

「こいつは可能性だ」

 

「……相変わらずなのね」

 

「それが旦那の……いや、この二課の良いところさ」

 

「甘いのは分かってる。 性分さ……——ん?」

 

(調?)

 

まるで以前から弦十郎のことを知っている言い方だったが、その前に響は調の手を取る。

 

「ハッチまで案内してあげる!」

 

「あ……」

 

「急ごう!」

 

「待て! お前は——」

 

引き止めようと手を伸ばしたが、その前に響が半ば強引に調の手を引きながら階下に降りていった。

 

「律さん? どうかしたんですか?」

 

「いや、ちょっとな……ん? ちょっと待て、もしかして響……」

 

「……かも、しれねぇなあ……」

 

律と未来、奏は響が案内したことにある疑問を抱き、ほぼ同じ予想をする。 その予感はすぐに的中する……ハッチから出ていった調の背に響が同乗していた。

 

「あーー……」

 

「やっぱり……」

 

「何をやってる!? 響くんを戦わせるつもりはないと言ったはずだ!」

 

『戦いじゃありません! 人助けです!』

 

「減らず口をうまい映画など、見せた覚えはないぞ!?」

 

「行かせてあげてください。 人助けは——1番響らしい事ですから」

 

「趣味とも言ってましたしね。 元々の性分、映画の影響じゃない……あれが《立花 響》なんです」

 

人助けをするのが立花 響なのだ……そう言われて弦十郎は苦笑する。

 

「……こういう無理無茶無謀は、本来俺の役目だったはずなんだがな」

 

「あたしもな」

 

「弦十郎さんに奏さんも?」

 

「まあぶっちゃけ言えば、未来も含めた全員だがな」

 

「ええっ!?」

 

「帰ったらお灸ですか?」

 

「特大のをくれてやる! だから俺たちは!」

 

「バックアップは任せてください!」

 

「私たちのやれる事でサポートします!」

 

「子どもばかりに良い格好させてたまるか……!」

 

弦十郎は拳を鳴らしながら気合を入れた。 今の一連を翼に連絡した。

 

『了解です。 ただちに合流します』

 

捕虜を出撃させたりギアもないのに着いて行ったりと、突拍子のない報告に翼は苦笑しながら了解し通信を切る。

 

「このまま何事もなければいいが……」

 

「奴さんがそれを許してくれるかねぇ?」

 

「あの博士が暇じゃなければな」

 

「……! 前方に第二波ノイズ軍、進行してきます!」

 

言うな否や、ノイズの集団が二課に向けて進行してきた。 翼が撃ち漏らすとは思わないので、恐らく別ルートから進行してきたのだろう。

 

「くっ! やはり防ぐ術がない事を見抜かれているか……!」

 

「まあ予想できた展開だが……行けるか?」

 

「問題なし!」

 

奏の質問に即答する。 もう二課に装者がおらず、ノイズが進行してきた以上出張らずにはいられない。

 

「……分かった。 だが無理はするなよ」

 

「補償はしかねます」

 

「律さん、どうか気をつけて……」

 

「ああ」

 

彼我の戦力差も明らか、無茶しなければ先ず勝てない相手だろう。 律は手をヒラヒラさせながらその場を後にし、潜水艦から《フロンティア》に降り立ち迫ってくるノイズを見据える。

 

「さて、どうなることやら……」

 

ピンッと赤くなったギアペンダントを指で上に弾き、落下してきたのを掴みながら構える。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

以前のように完全にノイズだらけの聖詠を口にし、シンフォギアを身に纏う。 それは黒ではなく赤……《イペタム》のシンフォギアを装着した。

 

「これが……《イペタム》のシンフォギア……」

 

両手を上げ感覚を確かめながら身体を見回す。 《クラウソラス》と違って全体的に重鈍な感じで、あまり素早く動けなさそうと思った。

 

その間にも第二陣のノイズが接近。 律は右腕を上げると意志に反応して自動で腕部一体型の大砲となり、大きめの光弾を発射すると着弾と同時に破裂、一気にノイズを倒した。

 

「お、おおー……!」

 

余りの威力に感嘆の声を上げる律。 クリスはいつもこんな感じで撃ちまくっていたのかと思うと羨ましくなってしまった。

 

続けて両肩のジェネレーターを分離、丸鋸のように回転しながらノイズに向かって左右から挟み込む飛来し直接ノイズに衝突して切り裂き。 切り裂きながら中央によると面の部分を見せながら頭上を取りそこから砲撃を照射、ノイズを薙ぎ払い一層する。

 

「す、凄まじいですね……」

 

「見た目と色もそうですが、戦い方がクリスちゃんの《イチイバル》と似ていますね」

 

「だが、威力も規模も律の方が上だ……」

 

「あの威力の要は恐らくあの背中の装置……色は違うが間違いない。 あの粒子、あれは《クラウソラス》の光……」

 

奏は律の背にあるNドライヴに目をつけ、あれが《クラウソラス》に由来するものだと推測する。

 

そして、律は腕の大砲で攻撃を続けながら移動を開始する。

 

「う、動きにくい……空も飛べないし、性に合わないなぁ……」

 

見た目通りの重鈍なシンフォギア……今まで飛び回っていた律にとってはやり辛くて仕方なかった。

 

(あ。 そういえば映像で見た時は飛ぶまではいかなくても浮いていたような……)

 

そう思い出しながら浮くようなイメージを思い浮かべると……フワッと浮き上がるように足が地面から離れた。

 

「っと……行けそうかな」

 

速度はまだまだ足りないが、徒歩で進むよりはマシだった。

 

「さて、次は謳を試すか!」

 

ノイズもまだまだいる事もあり、試しとして思い浮かんだ謳を紡ぐ。

 

「——()(うてな) けわいに心足らい ()正真(しょうじん)音柄(ねがら)

 

謳い出すと2つのジェネレーターが両肩に戻り、回転を始める。

 

「さしぐみに気取(けど)らんを 心の(ほしきまま)うたく……」

 

謳い続けるのに比例してジェネレーターも徐々に加速、加えて振動し出し、

 

健気(けなげ)(しか)()うた!!」

 

音波の初弦(サーパス・レンジ)

 

両肩のジェネレーターから前方にノイズの衝撃波を放った。 衝撃波は広範囲に広がり、衝撃波に煽られたノイズは吹き飛び一掃した。

 

「ふぅ、問題はなさそう、だけど……」

 

息つく暇もなくノイズの第三波がやってきた。

 

「キリがないな……」

 

ここまで来ると意外にウェルも暇なのかと思い始める。 もう面倒になった律は一気に片付ける事にした。

 

右腕の大砲を構えながら両肩のジェネレーターが正面を向き、両脚部からアンカーが降りると背中のNドライヴから大量に粒子が放出され、3つの砲門にノイズが収束して行く。

 

バイザーに表示されたノイズ圧縮率のメーターが90%を超え、次いでターゲットをロックし、

 

「圧縮ノイズ——解放!!」

 

三葉(ミツバ)大砲(メガキャノン)

 

引き金を引くと……三門の大砲による巨大な赤黒い砲撃が発射され線上のノイズを一掃する。

 

「おおおおおおおっ!?」

 

余りの威力と、反動によりアンカーが降りているにも関わらず大きく後退しながら驚きのあまり声を上げる律。

 

「はぁ、はぁ……」

 

数秒にも満たない砲撃……それだけで律の体力は消耗してしまった。 主にこのシンフォギアに慣れていない事にある。

 

「これが《イペタム》の力……原型留めてないじゃん……」

 

この有様に律は思わずツッコんでしまう。 もはや《妖刀》でもなければ魔喰らいでもない……一体どうやったらこんな力になるのか不思議で仕方なかった。

 

歌やクリスの《イチイバル》の通り、多少は装者の心象によって変化するのは分かっているが……これはあまりにも原型を留めてはいなかった。

 

「ギリギリ刃物と言えば2つのジェネレーター(コレ)くらいだし……なんだか扱いづらいなぁ。 う〜〜ん〜〜……」

 

ペシペシとジェネレーターを叩きながらボヤく律。 このまま使い方も分からずに決戦に向かうのは危険過ぎる……びっくり箱のようで奇襲にはもってこいだがウェル相手となればまだ弱く、律はどうすればいいかと腕を組みながら唸る。

 

「ふぅ、とりあえず移動するか。 弦十郎さーーん、ヘイバーーイク」

 

『君は二輪免許を持ってないだろう……』

 

「ここ日本領土でもないし市有地みたいなものですしてセーフじゃないんですか?」

 

『大人からの観点で言おう、ダメだ』

 

「じゃあタクシーで」

 

『そんなものはない』

 

「ケチ」

 

せっかくなのでバイクに乗ろうとしたがやんわりと断られ顔に似合わず律は拗ねる。

 

「ガウ!」

 

「律!」

 

「お、リューツに奏」

 

と、そこへ潜水艦からリューツと奏が出てきて駆け寄ってきた。

 

「ここは任せたぞ。 みんなを守ってくれ」

 

「ガウ」

 

「あんまり無茶すんなよ、ほれ」

 

そう言いながら手渡されたのは……微動だにしないセレナだった。

 

「連れてくのか?」

 

「切り札を持っていかなきゃ切り札って言わねえよ」

 

律は奏からセレナを受け取り、どうやって持ち運ぼうか悩み……腰に提げる事で落ち着いた。

 

「それじゃあ、行ってくる!」

 

「気をつけろよー!」

 

「ガウゥーー!」

 

奏とリューツに見送られながら律は移動を開始した。 だが《クラウソラス》と違って有効な移動手段はなく、地道に徒歩で進んでいくしかなかった。

 

「うへぇ、またノイズかぁ……あ、そうだ!」

 

しかし、またすぐにノイズの軍勢が現れた。 流石に面倒になった律は何か手がないかと考えて……何かを閃いた。

 

雑音(ノイズ)強襲(パニック)

 

両砲門と展開した脚部から光線が拡散し、ノイズに直撃すると……ノイズ軍は進行方向から反転、ノイズをジャックして操作権を奪い取り《フロンティア》中央に向かって進行を始める。

 

「ふはははは!! いざ、進軍だぁ!!」

 

「……どこの魔王なんだよ……」

 

律は大きめのノイズに飛び乗り、腕を組みながら高笑し腰に提げていたセレナは思わずツッコんだ。

 

「……相変わらずやる事滅茶苦茶だな、あいつ」

 

「ふふ……でも、とっても律さんらしいです」

 

「むぅ、俺も戦国物の映画を見ておけば……」

 

「そう言う問題なのですか、司令?」

 

将軍気分になっている律を見て未来たちは微笑ましそうに笑った。

 

「ちょっと律! 目的ちゃんと分かってるの!?」

 

「分かってるけど、このギアはそんなに早く走れないし……」

 

「何のためにそんな趣味の悪い世紀末みたいな肩パッド付けてるの!?」

 

「これ別にファッションで付けてるんじゃないんだけど!? って……ああ、そうか」

 

そういえば4人の装者の中で1番機動性のないクリスは自分で発射したミサイルに乗って飛んでたりしていたのを思い出す。

 

浮く事自体は出来るので後は推進力……両砲門を後ろに向け、広範囲に拡散するように砲撃を放射すると……律は空に向かって吹っ飛んだ。 その勢いで地上にいたノイズが吹き飛ぶ。

 

「どわあああああっ!?」

 

「きゃあああああっ!?」

 

軽めに放射したはずがかなりの勢いがついてしまい、故障したように縦横無尽にあっちこちに飛び回る。

 

滅茶苦茶に飛び回りながらなんとか放射を止め、徐々に勢いを失い地面に向かって落下する。

 

「わあああっ!? ぶつかるぶつかるぅ!!」

 

「ええっと、防御防御……」

 

「今から考えてるの!?」

 

戦闘を開始してから攻撃一辺倒だったため防御のやり方など分かるはずもなく、手探りで色々試していると、ノイズで構成された球状のバリアフィールドが展開し……律たちは地面を削りながら勢いよく不時着した。

 

「ってて、加減が難しいなぁ……」

 

「し、死ぬかと思った……」

 

2人は横に並んでだらしなく地面に突っ伏してホッと一息つく。

 

「もう律!! あなたってなんでいつもいつもそんな無鉄砲で考えなしなの!!」

 

「ごめんごめん」

 

ご立腹のセレナは起き上がってゲシゲシと律に蹴りを入れるが体格差のせいでこそばゆいだけで全く痛くもなかった。

 

「——お兄、ちゃん?」

 

「そ、それ、なんデスか……?」

 

「「……あ……」」

 

いつの間にか切歌と調が戦っている場面に突っ込んでいたようで、今の一連の会話を見られてしまった。 律は「あははー」と笑いながらセレナの首根っこを掴み……背を向けて逃げ出した。

 

「待って!!」

 

「そのちっこいセレナを説明するデス!!」

 

「ち、ちっこくないやい!!」

 

追われながら律はチラリと背後を、切歌と調を見比べる。 先程の調の違和感……ここに来て切歌にも感じられる。

 

(でもこの感じ……まるで1つだったものが分けられて2人に宿ったような……)

 

「律、追いつかれるよ!」

 

(ああ、もう! どうすればいいんだよ〜!!)

 

律は浮きながら今度は最低出力のブースターで地面をスレスレで滑空しながら逃げる。 最低出力でもかなりの速度を出しており、とにかく良い考えがないかと模索しながら逃げるのだった。

 



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38話 《撃槍》

 

「待つデェース!!」

 

「止まって……!」

 

「そう言われて止まる奴が——あっぶね!?」

 

2人の戦いに水を差してからセレナを見られ、物理的に追求されるように背後から丸鋸やら鎌やら飛んでくる。

 

「ちょっと律? どうする気なの?」

 

「どうもこうも……どうしよう?」

 

本当は教えるべきなのだが、残念ながら今はそんな時間はない。 しかしこのままでは振り切る事は出来ず悩んでいると、

 

『——私は、マリア・カデンツァヴナ・イヴ』

 

突然、通信からマリアの声が聞こえて来た。

 

「これは……!」

 

「姉さん!?」

 

どうやらあのフロンティアの中核から世界中に放送しているようだ。 飛行音と背後から襲ってくる2人のおかげでよく聞こえないが、何やら世界に向けて演説しているように聞こえる。

 

『——米国国家安全保障局と“パヴァリアの光明結社”と共に月の落下を隠蔽し……』

 

(パヴァリアの……光明結社?)

 

サラッととんでもない事を言っているが、この切羽詰まっている状況で推理している余裕も最後まで聞いている余裕もない。

 

(とにかく、一度整理しないと。 今の俺の目標は….…!?)

 

自問自答し自分のやるべき事を再確認する。 やらなければ何も残せない切歌と、やってしまえば何も残らない調……この2人の間を取り持つのは不可能、彼女たち自身で解決しなければならない。

 

次にクリスと翼……翼の目的は明快、この異変を止める事。 ならばクリスは? 裏切ってまで敵に組みするクリスの目的は……?

 

(答えは、そこに行けばある!)

 

目標は決まり、とりあえず追いかけてくる2人をどうにかしなければいけない。 であれば、答えは決まった。

 

「セレナーーーッ!!」

 

「な、何ーー!?」

 

「ちょっと覚悟しろーーーッ!!」

 

有無言わさずセレナの胴体を思いっ切り鷲掴みし、大きく振りかぶって、

 

「え!? あのちょっと——」

 

「飛んでけーーーッ!!!」

 

全力で投げた。

 

——いぃぃやぁぁぁぁ!!!

 

セレナは悲鳴を上げながら大きな弧を描いて《フロンティア》中枢に向かって飛んでいった。

 

「あっ!?」

 

「セレナが……って、いない……!?」

 

切歌と調の視線がセレナに向いた隙に、律は全速力でその場から離脱するのであった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

響は立ち止まらず、ただひたすらに走っていた。

 

(誰かが頑張ってる……!)

 

——……ぁぁぁ……!

 

(私も負けられない!)

 

——ぁぁぁ!!

 

「ん?」

 

「あああぁぁぁ!!!」

 

意気込んでいると何が頭上から聞こえて来て、響は振り返ると同時に顔を上げると、

 

——ゴチーンッ!!!

 

——ギィィャァァァァーーーッ!!!

 

鈍い音に続いて、2つの悲鳴が鳴り響いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ところ変わり、クリスと翼は1人以外にとっては不毛な戦いを強いられていた。

 

「ククククッ……面白くなって——」

 

「ほいさぁ!!」

 

「グフォッ!?」

 

そんな高みの見物をしていた例外の背後から律が現れ、容赦なく拳を頬にぶち込んで上空にかち上げた。

 

例外……ウェルは放物線を描きながら落下し、律は遅れて落ちて来た《ソロモンの杖》を掴んだ。

 

「グフッ……! お、お前は……!?」

 

「魅入ってるからって目の前のステージばかり気にしちゃ駄目だよ……博士?」

 

突然現れた律に、翼とクリスはポカーンとした顔で戦いの手を止めていた。 そして律は《ソロモンの杖》を眺める。

 

「クリスはこれが目的だったのか。 全く無茶をするな」

 

「そんな格好に変わってるお前に言われたくねえ!」

 

と、そこで律はクリスの首にチョーカーが巻いてあるのに気が付き。 下まで降りて首筋に手を当て、ノイズを流して故障させてから砕いた。

 

「さ、サンキュー……」

 

「もっと他にやりようがあったんじゃないのか?」

 

「……これはあたしの罪だ。 言われるがまま《ソロモンの杖》起動させちまった背負うべき十字架だ。 それを誰かに肩代わりさせるなんざ……」

 

「アホ」

 

——ビシッ!

 

どんどん声量が落ちて行くクリスの額に思っ切りデコピンをした。

 

「痛っ! 何しやがる!?」

 

「馬鹿な事言ってるからだ。 何でもかんでも1人で背負い込もうとするな……俺たちは仲間なんだから。 俺も、自分と響たちを守るために罪を犯した。 守るためとは言えど正当化できないものだ……だが後悔はしてない。 罪を背負ってでも生き続ける」

 

「そうだぞ、雪音。 私にも奏を失いかけ、そして2年前に多くの犠牲を出してしまった……私も同じものを背負っているのだ、今更増えたところで何ら問題はない」

 

お互いにさらけ出すように罪を告白し、クリスはむず痒そうに頭をかいた。

 

「クソ! クソ! クソォォ!! どいつもこいつも邪魔しやがってえ!!」

 

自分の顔を掻きむしりながらイライラしながら錯乱し狂乱するウェル。 そんなウェルを見て律は怪訝そうな表情をする。

 

「…………? あんた誰?」

 

「……ハアァッ!?」

 

律はジーッとウェルの顔を観察し、ポンと手を叩いた。

 

「ああごめん、眼鏡(ウェル)がいなかったから気付かなかった」

 

「おい、眼鏡がってなんだ……僕を馬鹿にするな——」

 

「まあそんな事は放っておいて……こんな事をしてもあなたは“英雄”にはなれない。 これはもはや悪魔の所業だ」

 

「なれたとしても“魔王”くらいだろうな」

 

「そもそも英雄なんて称号、欲しくないんだよ。 と言うわけでお前が英雄になるなんて無理無理」

 

「そーだ、最初から無理なんだよ!」

 

「ええい、子どもじみた真似はやめろ!」

 

「黙れええええ!!!」

 

はっきりと分からせた方がいいと思い似合わない真似をして子供っぽく煽ってみたが……当然、理解してもらえる訳もなく逆ギレしてしまった。

 

「……!? 《ネフィリム》の亡骸が!」

 

すると、ウェルの変異した左腕に反応したように、律の懐からネフィリムのギアペンダントが飛び出しウェルの元に転がって行った。

 

ウェルはペンダントを掴むと歪んだような笑みを浮かべる。

 

「——フヒッ!! そうかそうか、お前が持っていたのか!!」

 

ウェルはペンダントを地面に埋め込むように沈めると……地面が隆起し、ネフィリムが再び姿を現した。

 

「なっ!?」

 

「復活しただと!?」

 

「さあネフィリム!! お前を殺したそのガキを喰い殺せ!!」

 

そう捨て台詞を残すとウェルは情けない姿を見せながら逃げて行った。 追おうとするもその行手をネフィリムが塞ぐ。

 

「チッ! 後生大事に持たずにとっとと処分しとけばよかった! 俺もすっかり忘れてたけど」

 

「忘れてたのかよ!?」

 

あの時は響が重傷を負ったりしてバタバタしていたため、深夜で頭が回らなかったりですっかり忘れてしまっていた。

 

とはいえ、これで3回目だというのにこうして明るいうちにネフィリムと対面するとかなりリアル味が増しているように見えてしまう。

 

「厄介なのを残して行きやがって……!」

 

「相当お腹を空かせてそうだな」

 

「話は後にしろ、来るぞ!」

 

——グワアァァァァッ!!

 

ネフィリムは天に轟くような咆哮をする。 空気が震え、ビリビリとした衝撃が3人に襲いかかる。

 

「へっ! 今更そんな奴にビビるかよ!!」

 

【BILLION MAIDEN】

 

怯まなかったクリスが両腕にそれぞれ二門のガトリングを展開し、集中砲火で撃ちまくって行く。 だが元々素早い動きをするネフィリム、ジグザグに左右に避け的を絞らせないようにする。

 

「相変わらず知恵が回るこった!!」

 

クリスは牽制させながら移動させ、右から接近してきた翼は飛び上がり、刀を大剣に変形させながら斬り下ろし。 左に回った律は右腕を大砲に変形させ光弾を撃つ。

 

「やあっ!!」

 

【蒼ノ一閃】

 

「そこだ!」

 

右から蒼い斬撃、左から光弾が迫る。 だがこれも避けられてしまい、さらに外れた光弾は地面に着弾して破裂すると大きな衝撃を生み、近くにいた翼はその余波に煽られてしまう。

 

「ッ! 律、火力が高すぎだ! もっと抑えられないのか!?」

 

「まだそんな細かい加減は出来ないよ!」

 

《イペタム》のギアは動きが鈍い分とにかく威力が強い。 ノイズにぶつければ炭素も残さずに風化させる程だ。

 

1人で戦うのならまだしも、いきなり仲間と共に戦うのは無茶であった。 武器や戦い方を把握できていないため、お互いに合わせることが出来ない。

 

「面倒な事になったもんだ……私と組んで蜂の巣にするか?」

 

「それは最後の手段にしよう。 クールではない」

 

「今更クールさを求めるのかよ」

 

よく分からない理由だがとりあえず納得し、律は今度は両腕を大砲に切り替え光弾を乱射する。 無策である以上、当然当たる訳もなく。

 

逆に接近を許してしまい、飛びかかって噛みつこうとし、

 

「外っれー」

 

忍者(ニンジャ)術攻(アタック)

 

「おーまけ!!」

 

【MEGA DETH PARTY】

 

「はあっ!!」

 

【千ノ落涙】

 

ネフィリムが噛み付いた律は分身、間髪入れずに無数のミサイルと無数の剣の雨を叩き込んだ。

 

だが効き目は薄かったようで、まるで弱った様子もなく高らかに咆哮するネフィリム。

 

「相変わらずタフなことだ」

 

「また心臓を抜き取るしかねぇのか?」

 

「このギアじゃ無理だし、そもそももうやりたくない」

 

あの一件以来、手にあの生々しい感触が全くならなかった。 今まではノイズ相手に無双ゲームの雑魚キャラを倒すような調子で戦っていたが、ネフィリムの心臓を抉り取った時はまるで初めて殺しをしてしまったかのような感じになってしまい……律はもう二度とやりたくなかった。

 

「とにかくこっちから行く!」

 

「あ、おい!」

 

嫌な記憶を振り払うように、痺れを切らした律が砲撃のブースターで加速しながら一気に接近し、潜り込むように懐に入り、

 

「うおおおお!!!」

 

ガッシリと掴んでフルブースト、力任せに相撲のように押しながら持ち上げ、

 

「どりやぁあああ!!!」

 

思いっきり地面に叩きつけた。 さらに続けて片足を掴み、ジャイアントスイングのように全力で回す。

 

「せいやあああ!!!」

 

最高速度に達した瞬間放り投げ、ネフィリムは勢いよく壁に衝突、崩落が起きて瓦礫の中に埋もれてしまった。

 

「ふぅ、ふぅ……どうだ!?」

 

「おい、油断するな!」

 

「大丈夫だよ。 思いっきりやったんだ、少しくらい——」

 

力任せに、自分を奮い立たせるように律は声を荒げる。 そして律は問題ないと言いながら振り返り……ネフィリムは瓦礫から飛び出し、背後を取られてしまった。

 

「やばっ……!」

 

「律!!」

 

痛みを覚悟し、ネフィリムの爪が律を斬り裂こうとし、

 

『…………!?』

 

突然、律が消えネフィリムの爪は空振りした。 代わりに周囲には背にあったコーンスラスターから放出されていた黄色い粒子が拡散していた。すると、

 

「んなっ!?」

 

ネフィリムの背後で拡散していた黄色い粒子が集まってまとまり、

 

「____おおおりゃあっ!!」

 

律を形取るとネフィリムの振り返り側に顔面を思いっきり殴り、大きく吹き飛ばした。

 

「な、何が起きたんだ……?」

 

「まさか……装者を含めたシンフォギアの粒子化、だと!?」

 

「んな出鱈目な!?」

 

簡単に説明すれば装者が元々着ていた服が粒子化してから再構成される原理を、人間に置き換えて行ったと同じ事である。

 

見た目から無事に見えるが、心配したクリスは急いで律に近寄る。

 

「お、おい律! 無事なのか!?」

 

「あ、うん……なんか変な感じだった。 上手く説明出来ないけど、みんなと繋がったような不思議な感覚だった……」

 

自分の両手のひらを見下ろし不思議な感情に浸る律。 クリスもペタペタ触って確かめるが特に異常はなかった。

 

「これも《イペタム》の力なのか?」

 

「……もう何もかも関係ないだろう……」

 

「クリスにだけは言われたくないかもね」

 

そんな軽口を言っている場合ではなく、不意打ちを食らってもネフィリムはピンピンしている。

 

「さて——あれこれ試したが動きも素早くタフと来た。 生半可な策や攻撃では奴を倒せない……ゆえに律、お前が倒すんだ」

 

「俺が!?」

 

「お前のバカみてぇな火力ならあいつもひとたまりもないだろうな。 誘導してやるから上手くやれよ」

 

バカみたいな火力と言われたが、もしかしなくても響と未来を吹き飛ばして《フロンティア》を浮上させるきっかけとなったあの一撃の事を言っているのだろうか。

 

(色々やったけどあそこまでの出力出すと勢い余って吹き飛ぶんだよなぁ……どうやって撃ったんだ?)

 

実際アンカー込みでなければ軽々と吹っ飛んでいただろう。 意識がなかったとはいえ、どうやって撃ったのか不思議で仕方なかった。

 

律はどう攻撃するか考えている間、翼とクリスはネフィリムを牽制しながら策を練っていた。

 

「策はあるか?」

 

「可能性があるならあんたの《影縫い》だな。 あたしが煙幕で撹乱する。 日が差すように疎らに撃つが、その中で影を見つけるのは困難だ……できるか、()()?」

 

「——! いいだろう、完璧にこなしてみせよう!」

 

クリスの含みのある作戦と言い方に翼は一笑し、2人はネフィリムに向かって走り出す。

 

「はあっ!!」

 

少なめのミサイルを撃ち、ネフィリムを取り囲むように煙幕が張られる。 クリスは拳銃を両手で持ちながら煙の中に入り、ヒット&アウェイでネフィリムの動きを抑え込む。

 

翼は短刀を取り出し刃を持ちながら構える。 煙幕の切れ目からはネフィリムが見え、その中は縦断が飛び交っている。

 

そして、一陣の風が吹き、

 

「はあっ!」

 

その一瞬を逃さず投擲。 煙幕の合間を縫い、ネフィリムの影に短刀が刺さった。

 

【影縫い】

 

「今だ! 撃て!!」

 

(とにかく! 再生出来ないくらいの攻撃を喰らわせればいいこと!!)

 

あーだこーだと悩んでいた律、もうヤケクソ気味になり。 威力がダメなら数で押す……2つのジェネレーターが無数に分裂、ノイズを充填しながらネフィリムを取り囲んで行く。

 

最後に律本人からの砲撃を撃ち、1枚のジェネレーターに当たる事でノイズが他のジェネレーターに行き渡り、

 

「原初に還れ!!」

 

極大(ビッグ)爆発(バン)

 

全方位からの砲撃による飽和攻撃……逃げられる隙間も与えず圧殺し、放射し過ぎて飽和したノイズがさらに大きな爆発を呼んだ。

 

「「うわああああ!?」」

 

「なんとおおおお!?」

 

その爆発は、フロンティアを揺るがすほどだった。 爆発の瞬間に律たちは爆発地点に足を向けながら頭を抱えて倒れ爆発に耐え……収まってから爆発地点を見ると、大きなクレーターだけが残されネフィリムは影も形も残って無かった。

 

「……弱めにしたんだけどなぁ……」

 

「どこかだよ!?」

 

弱めにしたつもりだったが、思いがけない威力に横にいたクリスにバシンと叩かれてしまう。

 

火葬ならぬノイズ葬、もしくは砲撃葬によりネフィリムを滅した律は、せめてもの供養として合掌した。

 

「何をしている?」

 

「……今にして思えば、ネフィリムもまた被害者だったんだなあって思って。 あいつも目覚めてなければ、こんな事にはならなかったんだろうに」

 

「……かもしれねぇな。 馬鹿の腕を喰ったのは許せねぇが……それも本能によるものだったんだろうし。 そう考えれば利用されただけで何の罪もないんだよな……」

 

「ああ。 かの獣の汚名を雪ぐためにも、本当の元凶を止めねば」

 

「……何はともあれ、何個かあるうちの一つが一件落着だな」

 

「あ……」

 

そう言いながら持っていた《ソロモンの杖》をクリスに手渡す。 すると、クリスは罰が悪そうな顔をして俯く。

 

「……1人で飛び出して、ごめんなさい……」

 

「気に病むな。 私も1人では何もできない事を思い出せた。 何より……こんな殊勝な雪音を知ることができて行幸だ」

 

「それはよかった。 素直に謝るクリスってあんまり見ないからね」

 

2人のそんな恥ずかしい感想を言われ、クリスは顔を赤く染める。

 

「……それにしたってよ、なんで私の言葉を信じてくれたんだよ?」

 

「雪音が“先輩”と呼んでくれたのだ。 信頼する理由はそれで事足りる、雪音なら必ず私の望む位置に影を呼び込んでくれるとな」

 

「それだけか?」

 

「それだけだ。 さあ、立花と合流するぞ」

 

あっけらかんと言うそう言い切り、翼は足早く進んでいく。 その背を見ていたクリスは呆れながらも苦笑する。

 

「全く、どうかしていやがる」

 

「でも、悪くないだろう?」

 

「かもしれねえな」

 

律も後に続き、クリスも一息溜息を吐きながらその後を追う。

 

(だからこいつらの側は……どうしようもなく——あたしの帰る場所なんだな)

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「つまり、あなたはマリアさんの妹さん……?」

 

「はい……セレナです」

 

「ほえー、マリアさんの妹さんがまさかお人形だったなんてビックリだなー」

 

「いえ、私は元々人間でした」

 

2人は揃って額に大きなたんこぶを作り、お互いに正座しながら向かい合って自己紹介をしていた。

 

「私はお姉ちゃんを止めたいです。 でも、今の私ではお姉ちゃんの元には行けませんし何もできません……ですから立花さん! 私をお姉ちゃんの元に連れて行ってください!!」

 

「うん! いいよ!!」

 

2つ返事で了解してくれ、清々しいまでの返事振りにセレナはキョトンとした顔になる。

 

「信じて、くれるんですか? こんな、人形の私を?」

 

「もちろん! マリアさんの妹さんというのは驚いたけど……律さんの友だちなら、私とも友だちです! 友だちを信じないわけには行きません!」

 

響は立ち上がるとセレナに手を伸ばす。

 

「一緒に行こう! そして——」

 

「はい!」

 

2人は揃って片手を頭上に上げ、拳を握り締めながら胸の前に下ろすと、

 

「「律(さん)をブン殴る!!!」」

 

額に血管を浮かばせながら“オーーッ!!”と海に向かって叫んだ。

 

ところ変わり、中枢に向かっていた律一同。 不意に律が悪寒を感じ震え上がった。

 

「——!? 何だ、急に寒気が……」

 

「なんだ、風邪か?」

 

「気をつけろよー」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

月を正しい軌道に戻すため独り……マリアは歌い続けていた。 しかしそれはとても孤独な戦い、歌えども目標に届かず心も身体も挫けかけていた。

 

『マリアもう一度月遺跡の再起動を……!』

 

「無理よ! 私の歌で世界を救うなんて……」

 

『マリア! 月の落下を食い止める、最後のチャンスなのですよ!』

 

檄を受けてマリアは再び立ち上がろうとしたが、

 

「——バカチンがっ!!」

 

「っぁ!!」

 

戻ってきてしまったウェルの異形の左腕に殴り倒されてしまう。

 

「月が落ちなければ好き勝手できないだろうがッ!」

 

『マリア!!』

 

「あぁ!? やっぱりオバハンか……」

 

ナスターシャが大人しくしている訳がないと予想していたウェルは、左腕を端末にかざして起動させる。

 

『お聞きなさい、ドクターウェル! 《フロンティア》の機能を使って収束したフォニックゲインを照射し《バラルの呪詛》を司る遺跡の再起動できれば、月を元の軌道に戻せるのです!』

 

「そんなに遺跡を動かしたいのなら! あんたが月に行ってくればいいだろう!?」

 

ナスターシャの話しなど微塵も聞いていないウェルは端末を叩きつけるように操作すると、

 

——ドオオオオンッッ!!!

 

《フロンティア》にあった1つの建造物がロケットのように下部から轟音と共に火を噴き上げ、そのまま空高く昇って行く。 どうやら今飛ばしたのがナスターシャがいたエネルギー制御室のようだ。

 

「マム!!」

 

「有史以来! 数多の英雄が人類支配を成し得なかったのは、人の手に余るからだ! だったら……支配可能なまでに減らせばいい!! 僕だからこそ気付いた必勝法ッ!! 英雄に憧れる僕が英雄を超えてみせる!! ふへはは、うわはははははははぁッ!!!」

 

ロケットのような機能を持っていたとしても、あの古い建物自体に対真空や対放射熱等の対宇宙用の処置が施されているとは思えない。

 

加えてご老体であるのと病に侵されている今のナスターシャでは、大気圏離脱時の衝撃すら耐えきれないだろう……実質殺したようなものだ。

 

狂いながら笑うウェルに、マリアは怒りを露わにしながら立ち上がり、アームドギアの槍を展開して立ち向かう。

 

「よくもマムをっ!!」

 

「手にかけるのか? この僕を殺す事は、全人類を殺す事だぞ!?」

 

異形の左腕を持っていたとしてもウェルに勝ち目はないだろう。 しかし殺せるわけがない……そう思い込んで信じ込んでいるウェルは余裕の表情を見せ続ける。

 

そんな余裕すら今のマリアにとって神経を逆撫でする以外の何者でもなかった。

 

「殺すッ!!」

 

「ひゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「——ダメッ!!」

 

全力で槍を突き出そうとした時……その間に響が割って入り、両腕を広げウェルを庇った……のではなく、マリアに人殺しをさせるのを止めた。

 

「そこを退け、融合症例第一号!! 」

 

「違う! 私は立花 響、16歳! 融合症例なんかじゃない! ただの立花 響がマリアさんにとお話ししたくてここに来てる!!」

 

「お前と話す必要はない! マムがこの男に殺されたのだ!! ならば私もこいつを殺す! 世界を守れないのなら……私も生きる意味はない!!」

 

妹同然だった調と切歌は仲違いし、母親同然だっまナスターシャも死んでしまい、最後の肉親だったセレナはもういない……誰もおらず、独りぼっちの世界を生き続ける意味も救う意味もなくしたマリアは自暴自棄になる。

 

「——だったら、私となら話してくれる?」

 

「———……ぇ……」

 

その時、突然聞こえてきた声がマリアを話を聞く程度には正気が戻る。 ゆっくりと下を向くと……そこには人形の姿をしたセレナが立っていた。

 

「久しぶり、と言えばいいのかな。 マリア……姉さん」

 

「セ……レナ……?」

 

「あ……あぁん……?」

 

突然現れたセレナに錯乱していたウェルは睨みつけるように見下ろし。 少しの間生きていたのかと感情に浸り……ハッとなったマリアは顔を大きく左右に振って気を取り直し、槍の矛先をセレナに突きつける。

 

「こんな姿を似せた人形で私を惑わすか!? セレナは死んだ! もういない!! こんなもの……!」

 

「——リンゴは浮かんだ お空に……」

 

槍を振り上げて薙ぎ払おうとした時……セレナは歌い出す。 その歌を聞きマリアは大きく目を見開いて動揺する。

 

「そ、その歌は……」

 

「リンゴは浮かんだ お空に……」

 

もう一度、セレナは同じ場所を歌う。 まるで誰かを待つように。 力を無くしたように振り上げた槍をダラんと下ろし、

 

「リンゴは浮かんだ お空に……」

 

「……リンゴは落っこちた 地べたに……」

 

セレナの歌詞に続くように、マリアが歌い出す。

 

「星が」

 

「生まれ「て」」

 

「「歌」が生まれて」

 

そこまで歌い、セレナは手の平を見せてから閉じ、歌うのを止めた。 そして、響がマリアに向かって歩み寄り、

 

「意味なんて後から探せばいいじゃないですか」

 

「ッ!? お前、何を!?」

 

槍の穂先を素手で掴んだ。 穂先の刃によって手の平は裂け、血が槍伝って行く。 そんな奇行をしているのにも関わらず響は笑顔のままだった。

 

「だから……生きるのを諦めないでッ!!

Balwisyall Nescell gungnir———trooooooon!!」

 

「聖詠ッ!? 何のつもりで……!?」

 

《神獣鏡》の一撃を受けた事やここに来るまでシンフォギアを使用していないことから、立花 響の体内にあった《ガングニール》の欠片が消失、もうシンフォギア装者でなくなった事は容易に推測できる。

 

にも関わらず、もう何も持っていない彼女が今更歌ったところで何になるのだろうか。

 

その時、響の歌に反応するように握っていた槍が輝きだし……槍が消え出すと同時にマリアが纏っていた《ガングニール》のシンフォギアも消えてしまった。

 

「きゃあっ!?」

 

ギアは光り輝く粒子となってこの場所を、そして《フロンティア》全体を包み込む。

 

「何が起きているの……? こんな事ってあり得ない! 融合者は適合者ではないはず……これは、あなたの歌……? 胸の歌がしてみせた事……!?」

 

心臓の、命の鼓動が聞こえてくる。 その音は、目の前にいる少女から聞こえてくる。

 

「あなたの歌って何——何なのッ!?」

 

心臓の鼓動が大きく、速くなっていくのと同時に粒子が響に集まり、形作って行く。 そして、立花 響のシンフォギア、

 

「撃槍! ガングニールだああああぁ!!」

 

《ガングニール》のギアを、もう一度纏うのだった。

 



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39話 遥か彼方、星が音楽となった…かの日

 

フロンティア制御室——

 

狂気と悲しみといった感情がこの場で錯綜する中、そこには真の意味で《ガングニール》の装者となった立花 響が立っていた。

 

「ガングニールを……適合、だと……?」

 

「——ぬおおおおお!!」

 

すると、ウェルが奇声を上げながら逃げ出し、階段から降りようとすると足を滑らせて滑落する。

 

「こんな所で……終われる、ものか!!」

 

階下に落ちたウェルは左腕で床に穴を開け逃げ道を作る。 響は後を追おうとするが、側にいたマリアが力無く倒れようとする所を抱き止める。

 

丁度そこへ弦十郎と緒川がこの場に突入してきた。

 

「ウェル博士!」

 

呼び止めるも応じる訳もなく、ウェルはその中に潜り尻尾巻いて逃げていった。 逃したと顔を顰めるが、2人は響が再びシンフォギアを纏っている事に驚愕する。

 

「響さん! そのシンフォギアは!?」

 

「マリアさんの《ガングニール》が、私の歌に応えてくれたんです!」

 

——ゴゴゴゴ……

 

その時、鈍い音と共に地面が振動を始める。

 

「これは……!」

 

『重力場の異常を計測!』

 

『《フロンティア》、上昇しつつ移動を開始!』

 

二課からの報告を受け、どうやら《フロンティア》は真上に上昇を始めてたらしい。 こんな事が出来るのはウェルしかいない。

 

「ッ……」

 

「今のウェルは、左腕を《フロンティア》と接続する事で意のままに制御できる……」

 

「姉さん!?」

 

マリアがまるで懺悔するようにこの事態について話し始める。

 

「《フロンティア》の動力は《ネフィリム》の心臓……それを停止させればウェルの暴挙を止められる。 お願い……戦う資格のない私に変わって、お願い……!」

 

今更自分が頼める立場でないのは分かっている。 だがそれでもマリアは響たちに頼る他なく、頭を下げて懇願するしかなかった。

 

「——調ちゃんにも頼まれてるんだ、マリアさんを助けてって。 だから心配しないで!」

 

調に頼まれたのもそうだが、響は当たり前のように笑顔で引き受ける。

 

——ドガンッ!!

 

また轟音が響き渡る。 階下では弦十郎が拳を振り下ろして地面を大きく左右に割っていた。

 

「師匠!」

 

「ウェル博士の追跡は俺たちに任せろ。 だから響くんは——」

 

「ネフィリムの心臓を止めます!」

 

「フッ……行くぞ!」

 

「はい!」

 

お互いに役割分担をし、弦十郎と緒川は割れた亀裂の中に飛び降りウェルの追跡を開始する。

 

「待ってて、ちょーっと行ってくるから!」

 

気安くウィンクを交わし、響は一直線に走り出した。 後に残されたマリアは彼女の背を呆然と眺める。 そんな彼女の前にセレナが近寄る。

 

「私もまだ会って間もないけど……響さんはどこまでも真っ直ぐな人だよ。 1つの目標に向かって、ただ一直線に……」

 

「セレナ……」

 

「信じよう、姉さん」

 

自分を見上げるセレナ。 その眼は昔と変わらない眼だった……マリアは俯くように頷いた。

 

そして飛び出て行った響は宙に浮かぶ岩石群の上を飛び移り、待機していた律たちの元に降り立った。

 

「律さん! 翼さん! クリスちゃん!」

 

「立花!」

 

「どうやら答えは出たようだな?」

 

「はい! もう遅れは取りません、だから!」

 

「ああ、一緒に戦うぞ!」

 

「はい!」

 

と、そこでクリスが《ソロモンの杖》に持っていることに気がつき、響は嬉しそうに彼女の両手を取る。

 

「ぅぉ……!?」

 

「やったねクリスちゃん! きっと取り戻して帰ってくると信じてた!」

 

「お、おう……ったりめぇだ!」

 

「やれやれ。 響の中じゃ最初から“裏切り”の言葉は無かったらしいな」

 

「実に立花らしい」

 

裏切られようが嫌われようが、最後には必ず帰ってくると信じているんだろう。

 

「って、あれ? 律さん、なんかシンフォギアが変わってませんか?」

 

「いやこうなった時を見てたし、その後にも説明受けてただろう。 どういうわけかこんな風になったんだよ、元に戻る方法もよく分からん」

 

「ほへー、不思議ですねー」

 

「不思議で済ませられるのかよ……」

 

緊張感もなく和気藹々と会話を交わしていると、律たちのギアに通信が入ってくる。

 

『本部の解析にて、高質量のエネルギー反応地点を特定した! 恐らくそこが《フロンティア》の炉心——心臓部に違いない! 装者達は本部からの支援情報に従って急行せよ!』

 

「——行くぞ! この場に槍という……そして剣を携えているのは私たちだけだ!」

 

翼が号令を出し、律たちは本部から誘導に従い行動を開始した。

 

その様子を動力部にいたウェルが憎たらしいそうな目で見ていた。

 

「人ん家を走り回る野良猫め……! 《フロンティア》を喰らって同化した《ネフィリム》の力を……思い知るがいぃ!!」

 

左腕を操ってフロンティアを操作すると、動力部に埋め込まれていた心臓が大きく鼓動する。 すると、律たちの進行方向の地面が隆起を始め律たちは足を止める。

 

「な、何……?」

 

「今更何が来たって!」

 

地面が盛り上がって形作り……巨大な怪物が出現すると同時に咆哮、さらにミサイルを飛ばしてきた。

 

飛来してくるミサイルを律たちは難なく避けるが、その怪物の姿に驚きを見せる。 大きさは全然違うが、まず間違いなくネフィリムであろう。

 

「あの時の……自立型完全聖遺物なのか!?」

 

「ついさっき倒したばかりだろ!?」

 

「いくらでも作りたい放題ってわけか!」

 

「にしては張り切り過ぎだ!」

 

規模も威力も大きくなった地面を融解させる程の火球を避けながらクリスは愚痴を吐く。

 

「喰らい尽くせ……! 僕の邪魔をする何もかも……暴食の二つ名で呼ばれた力をぉ……示すんだ! ネフィリィィィム!!!」

 

ウェルの枯れることの無い欲望に当てられたように《ネフィリム》が咆哮する。

 

そして、フロンティアの制御室にいたマリアは意気消沈しへたれ込んだままだった。

 

「……私では、何もできやしない……セレナの歌を、セレナの死を……無駄なものにしてしまった……」

 

「——姉さん」

 

理由は不明だが人形として戻ってきたとはいえど一度セレナは死亡している。 それに加えて月の遺跡の再起動すら出来ない不甲斐なさといった自負の念で意気消沈しているマリアの前に、セレナが歩み寄ってくる。

 

「姉さんが、今やりたい事はなに?」

 

座り込むマリアを見上げながら、セレナは真っ直ぐマリアの目を見つめる。

 

「……歌で、世界を救いたい……月の落下がもたらす災厄から、皆を助けたい……」

 

「そんなありきたりで義務的な事を聞いてるんじゃないの!!」

 

「ブフッ!?」

 

意気地なく言うマリアにセレナは飛び上がって容赦なく頬に張り手をして張っ倒した。

 

「言葉にも行動にも、心にも飾りを付けない!」

 

「セ、セレナ……」

 

呆然とするマリアにセレナは小さな手を差し伸べる。

 

「さあ、歌を歌おう。 ありのままに、あるがままに」

 

マリアはゆっくりと顔を上げ、セレナの小さな手をとる。 するとセレナが目を閉じて息を吸い歌い始める。

 

「リンゴは浮かんだ お空に……」

 

「リンゴは落っこちた 地べたに……」

 

——星が生まれて 歌が生まれて

ルルアメルは笑った 常しえと

星がキスして 歌が眠って

 

また、光が溢れ出し2人を取り囲む。 そして、2人が歌う場所はまだ世界に繋がっている……2人の歌が、祈りが世界に広がる。 歌が世界に届き、そして人の心に届き広がって行く……その歌は宇宙に飛ばされたエネルギー制御室にいたナスターシャにも届いていた。

 

ナスターシャは自分の車椅子を変形させて鎧として身に纏わせ、大気圏離脱の衝撃や瓦礫の崩落にも何とか耐える事が出来た。 だが無傷とはいかず、血を流しながらも力を振り絞って立ち上がった。

 

「世界中のフォニックゲインが、《フロンティア》を経由してここに集束している……これだけのフォニックゲインを照射すれば、月の遺跡の再起動させ、公転軌道への修正も可能……しかし、私の命も残りわずかのようね……あの子の歌まで聞こえてくるなんて……」

 

聞こえてくる姉妹の歌……しかしセレナは既に死んでいると思っているナスターシャは、セレナの歌が幻聴として聞こえてくると勘違いしてしまう。

 

『——マリア! マリア!』

 

「……! マム!?」

 

ナスターシャは通信を繋げマリアに呼びかける。 マリアはナスターシャが生きていたことに喜ぶが、喜ぶ暇もなくナスターシャは告げる。

 

『あなたの歌に、世界が共鳴しています。 これだけフォニックゲインが高まれば、月の遺跡を稼働させるのに十分です! 月は私が責任を持って止めます!』

 

「マム!」

 

「ダメだよ、マム!!」

 

『……!! ……いえ、そうですね……そこにいるのですか、セレナ?』

 

研究者として、そして彼女を看取った1人としてあり得ないのは分かっている。 だがナスターシャは敢えて受け入れ、セレナの言葉に耳を傾ける。

 

「うん! いるよ、ここに! どうして生きているのかさっぱりだけど、ここにいるよ! マム!! 私はマムを恨んでなんかいない、だって……マムはマム(お母さん)なんだから!!」

 

『セレナ……』

 

母親でもなければ母親の代わりにもなれなかった自分を母と呼んでくれる……それだけでもナスターシャはここまで足掻いてきた意味があったと思いだす。

 

『マリア、もう貴女を縛るものはありません。 行きなさい、セレナと共に。 行って、私に貴女の歌を聴かせなさい……!』

 

「マム……」

 

母親のようにマリアに優しい声をかけ、マリアは涙を流す。 そして、ナスターシャの最後の願いに応え、マリアは涙を流しながら笑みを浮かべる。

 

「OK、マム!」

 

気を取り戻して立ち上がりながら身を翻し、まるでマントを払うかのように腕を横に振り払った。

 

「世界最高のステージの幕を開けましょう!」

 

「わーい!」

 

復活したマリアは世界に見せつけるように声高らかに見せつけ、セレナはどこからか取り出したサイリウムを笑顔でブンブン振るった。

 

 

律たちは《ネフィリム》と交戦を開始していた。

 

「はあああぁ!!」

 

律が無数の光弾で、クリスが矢の弾幕で引きつけながら響と翼が先行。

 

翼が大剣で右腕を斬り落とそうと振り下ろすが、あまりの硬さに弾かれ。 懐に入った響の拳もビクともしなかった。

 

「なら——全部乗せだあぁ!!」

 

「ほいさー」

 

クリスが4門のガトリングとミサイルを発射、律は気の抜けた掛け声で両腕の大砲と両肩のジェネレーターから砲撃を放射する。

 

全弾命中し、黒煙が立ち上りながらクリスはニヤケ顔を見せる。

 

「へっ、どうだ?」

 

「効くわけないだろ!」

 

《ネフィリム》のタフさは身に染みており、律はクリスの手を掴んで走り出すと……黒煙を払って出てきた《ネフィリム》は口から巨大な火球を放ち、律たちは間一髪のところで回避できた。

 

「無事か!?」

 

「問題なし!」

 

「翼さん!」

 

次は翼に襲い掛かり、翼は危なげなく避けるも続けて左腕を鞭のようにしならせ今度は響に向かって襲い掛かる。

 

「ッ……!」

 

「響!」

 

腕が響に向かって迫り……その腕にワイヤーが絡み付いた。

 

「デェース!!」

 

ワイヤーを引いて切歌がギロチンの刃の上に乗ってブースターで加速しながら滑り降りるように突進、ネフィリムの腕を切り落とし、

 

「ッ!」

 

背後から現れた鋸の車輪に乗った調が通り抜け側にネフィリムの脇腹を切り裂く。

 

そして切歌と調は響の前に降り立ち、この窮地に駆けつけてくれた。

 

「《シュルシャガナ》と」

 

「《イガリマ》! 到着デェス!」

 

「来てくれたんだ!」

 

「とはいえ、こいつを相手にするのは……結構骨が折れそうデスよ」

 

「——だけど歌がある!」

 

その勇ましい声と共に振り返ると……そこには浮遊する岩の上に堂々と胸を張りながらマリアが立っていた。

 

「マリア……」

 

「マリア!」

 

律たちは浮遊する岩の上に飛び降り、マリアの腕の中にいたセレナは軽く手を挙げる。

 

「久しぶり、2人とも。 大きくなったねー、マリア姉さんだと若干分かりにくかったけど、2人を見たら時間の流れを実感するよ」

 

「ちょっとセレナ、それはどういうことかしら?(グイ〜)」

 

「ひはいひはい!」

 

「あ! やっぱりこの人形、セレナデス!」

 

「どうなってるの……?」

 

「あはは、まあ詳しいことは落ち着いてからで」

 

「もう迷わない。 だって……マムが命懸けで月の落下を阻止してくれてる」

 

空を見上げながらあの空の向こうで戦い続けるナスターシャを思うマリア。

 

再びネフィリムが攻撃を開始し、巨大な火球を放つ。 火球は律たちのいる足場に飛来し……直撃する。

 

「うあはははははは!!」

 

直撃し、ウェルは狂い笑う。 しかし、

 

「——Seilien coffin Aigrtlam tron」

 

「んんっ!?」

 

歌と共に煙の中に一筋の光が見え、光が煙を払うと……そこにはシンフォギアを起動させようとしているマリアがいた。

 

(調がいる。 切歌がいる。 マムもついている、そしてセレナも……皆がいるなら、これくらいの奇跡——)

 

「安いもの!!」

 

「装着時のエネルギーをバリアフィールドに!? だがそんな芸当、いつまでも続くものではなぁい!!」

 

苦し紛れだとウェルは叫び、ネフィリムは火球を放つ。 その火球に向かって律が飛び出し、2つのジェネレーターを前に突き出し、半球状のバリアを展開して塞いだ。

 

「はぁ……ノイズだらけの我が身、当たり前だけど仲間外れにされてこう言う役回りになるな……」

 

「嫌なの?」

 

「どんとこいだ!!」

 

マリアと響たちが歌を重ね、フォニックスゲインの輝きが高まっていくのを感じる。 だが、その光は律にとって毒のようなもの、光を浴びた部分がピリピリと焼けるような感覚を覚える。

 

「フォニックゲインの光……俺には眩しいな」

 

フォニックゲインを出せなくもないが、他の装者と比べて微々たるもので自身も傷つけかねない。 やはり仲間外れな気分になりながらネフィリムを睨みつける。

 

「八つ当たりだけど、付き合ってもらうよ……ネフィリム!!」

 

肩部に戻したジェネレーターを背後に向けてブースターとして放射、一気に真下に潜り込んでアッパー気味に殴り上げる。

 

「おおっと! 律選手、ネフィリムを吹っ飛ばし頭を下に向けながら抱え込み……!」

 

律の動きを見ながらセレナがサイリウムをマイクに見立てながら捲し立てるように叫ぶ。

 

律は逆さまになったネフィリム背を掴み、螺旋回転をしながら一気に落下し、頭からフロンティアに叩きつけた。

 

「決まったぁ、ローリングドライバーだあ!!」

 

(なんかあのちっこいの、実況を始めたぞ?)

 

いきなり熱く実況するセレナをクリスは不思議そうな目で見る。

 

「さらに続けて飛び上がりぃ……サマーソルトプレス!!」

 

再び飛び上がった律は全身にバリアを纏いながらブースターで加速しながら突進、さらにネフィリムを地面に叩き込む。

 

「だがネフィリム! 全く効いていない! 何というかタフだ!」

 

地面を砕きながら起き上がるネフィリム。 完全に律に狙いを定め、両腕を鞭のようにしならせる。

 

「ネフィリム! 出鱈目にチョップ! チョップの連続! しかし当たらない! 的が小さ過ぎる!」

 

指先がないだけに加えて出鱈目に振り回しているのをチョップと言い切るセレナ。 そんなチョップを避けながらネフィリムの足元の地面を持ち上げ、転倒させながら大岩を持ち上げる。

 

「おおっと! 砕けた地面から岩を持ち上げ……殴りつけたぁ! 壊れたらまた次の岩! ヒール! ヒールです! パイプ椅子殴りならぬ岩殴り! ヒールと化した律選手! これは酷い!」

 

「喧しい!!」

 

転んだネフィリムに向かって岩を殴りつけ、それを何度も繰り返す。 横からの実況がうるさくて咆えるも手は止めず、何度も叩きつける。

 

だがただ岩がそんなに効くわけもなく。 ネフィリムは起き上がるのと同時に頭突きで岩を砕き、さらに腕で律を薙ぎ払った。

 

「しまっ——ぐあっ!」

 

「律!!」

 

咄嗟にノイズのバリアを張るもその威力当然凄まじいもので、フロンティアの中心部まで吹き飛ばされてしまった。

 

「痛てててて……」

 

「——お、お前は!?」

 

瓦礫をどかして起きあがろうとすると、目の前にウェル博士がいた。 どうやら彼がいるフロンティア炉心部まで飛ばされたようだ。

 

「おやウェル博士。 こんな所で何を?」

 

「そ、それはこっちの台詞だ! 何故貴様がここに!?」

 

「あなたのネフィリムのせいですよ。 見てたのなら分かるでしょう。 お……」

 

ウェルが律たちを見ていた宙に浮いていた映像を見ると、6人はエクスドライブとなってた。 どうやらギリギリの所で間に合ったみたいである。

 

「さて、ネフィリムはあっちに任せるとして……丁度いいからこのまま拘束させてもらいますね」

 

「く、来るなぁ!! ぼ、僕は……英雄になるんだぁ!!」

 

「まだそんな世迷言を……」

 

まだ英雄を諦められないウェルに、律は呆れて何も言えなかった。 と、そこで一際大きな振動がここまで伝わってくる。 律は映像を見ると、響たちがエクスドライブによってネフィリムを倒した。

 

「——ウェル博士!」

 

それと同時にこの場に弦十郎と緒川がやってきた。

 

「律くん!? どうしてここに!」

 

「あはは、ちょっとしくじりました。 まあ結果的に良かったです。 この人はネフィリムよりも厄介ですし」

 

「否定は出来ませんね」

 

「くっ!!」

 

不利だと判断したウェルは制御盤に手を伸ばそうとし……その前に緒川が抜き側に発砲された銃弾はあり得ない軌道を描いてウェルの左腕に差した影に着弾した。

 

【影縫い】

 

「ぬあっ!?」

 

(ありえねー……)

 

影縫いは翼に教えた事から使えるのだと分かっているが、あんな銃弾の軌道は実際に目の当たりにしても信じられなかった。 もはや“異能”とも呼べるだろう。

 

「あなたの好きにはさせません!」

 

ビクともしなくなった左腕を動かそうとするウェル。 異形の腕から血が噴き出るほど無理矢理動かし、

 

「奇跡が一生懸命の報酬なら——僕にこそぉぉ!!」

 

制御盤に左腕を当てた。 そして命令を送ると、炉心が輝く始める。

 

「な、なんて人だ……!」

 

イカれ、狂っているとはいえど紛れもないその執念には驚きを禁じえない。

 

「何をした!?」

 

「ただ一言……ネフィリムの心臓を切り離せと命じただけ……!」

 

「「ッ!?」」

 

「こちらの制御から離れたネフィリムの心臓は、フロンティア全体を喰らい……糧として暴走を開始する! そこから放たれるエネルギーは——1兆度だあぁぁ!!」

 

ウェルの言う通り、輝いていた炉心がネフィリムの赤黒い光に呑み込まれていく。 自分の思い通りにならなければ全てなくなってしまえばいい……ウェルは再び狂ったように笑う。

 

「僕が英雄になれない世界なんて蒸発してしまえば——」

 

「ふんっ!!」

 

血涙を流しながら笑うウェルを他所に、弦十郎は制御盤を拳を振り下ろし破壊した。 だが、淡い希望を消すかのように暴走は止まらなかった。

 

「壊したところでどうにかなるような状況では、なさそうですね」

 

「ここまで来ると、下手に手も出せませんしね。 どうすれば……」

 

「簡単さ——宇宙(そら)でやればいい」

 

緒川はウェルに手錠をかけると、弦十郎が首根っこを掴んで担ぎ上げる。

 

「うへっ!?」

 

「この状況を翼たちに連絡、俺たちはウェル博士を二課に連行する! すまないが、後のことは任せたぞ」

 

「了解です! 任されました!」

 

2人は崩落が開始したフロンティアから脱出し。 律は炉心を一瞥した後、入って来た穴から飛び出した。

 

フロンティアの外はとうに成層圏を超えて大気圏外になっており、それと同時に暴走が限界まで達し……フロンティアが壊滅するほどの大爆発が起こった。

 

「うわああああ!!」

 

爆心から近かった事もあり律は爆風に煽られ、明後日の方向に吹き飛ばされてしまう。

 

「うわぁ!! うわ、うわわ!!」

 

全く足元が定まらずジタバタと手足を動かすも、制動がまるで効かない。 少ししてからブースターを作動させて制動を取り、ようやく周囲を確認する。

 

「って、ここ宇宙じゃん!?」

 

通りで制動が効かないと納得する。 だがそれ以前になぜ呼吸が出来ていることに疑問を持つ。

 

しかし、そんな事を考えている暇もなく……ネフィリムの心臓がフロンティア全てを飲み込み、今までより数倍巨大な怪物となって復活した。 もはやネフィリムというより、ネフィリムの心臓そのものがネフィリムを形作っているようだ。

 

「ネフィリム……いや、それよりももっと強大な! これなら1番最初のがマシだ!」

 

すぐに響たちと合流するために飛ぼうとしたその時、律の視界に宇宙を漂う建造物を発見する。

 

「あれは……!」

 

あれはウェルによって切り離されたフロンティアのエネルギー制御室。 そして今もなお大量のフォニックゲインを月遺跡に送り続けている。 つまり、あそこにナスターシャがいる。

 

(……ごめん、みんな!)

 

一瞬の考え込んだ後……心の中で謝りながらも、こんな大事な時に律は私情に走ってしまう。 響たちなら必ず無事だと信じ、律はナスターシャの元に向かった。

 

律は制御室前まで近寄ると透過し、壁をすり抜けて侵入した。 そして直ぐに中枢に出ると……そこには吐血したナスターシャがおり、ふらりと倒れようとした所を抱き止めた。

 

「ナスターシャ教授!!」

 

「ッ……あ、あなたは……」

 

ナスターシャは口からだけではなく、頭や目からも血を流している。 もう、長くないだろう。

 

「な、ぜ……ここにいるのですか?」

 

「こんな非常時に場違いな真似をしているのは重々承知です! それでも、俺はあなたにどうしても会って起きたかったんです! 俺に当時の記憶は持っていませんが……それよりも!」

 

律はマリアと会ってからつのっていた自覚のない思いを打ち明ける。

 

「あなたはこれでいいんですか!? 独りで戦い、独りで死ぬ! それが本当に正しいと思っているのですか!? 世界をから否定されながらも世界を救うことが……本当に、正しいと思ってるんですか!?」

 

「……正しいとは、思ってないわ……でも、それが私の運命、この罪が許されるとは思ってはいない……けど、これは私が命を賭してでもやらなければならない……」

 

「それでも、俺は……俺たちはあなたに育てられていた! あなたのおかげで強くなれた!」

 

記憶はない。 だが心が理解している……彼女もまた律の母親だと。 律が律である基板を作った人だと。

 

「私は……あなたが思っているような、誇れる人間ではないわ……」

 

「今なら分かります。 あなたは厳しく、ただ厳しかった。 それでも、俺たちはあなたに愛されていた……まだ戦うには早過ぎる調と切歌が欠けずにいるのがその証拠。 だから信じることができた!」

 

「……ただ実験を効率よく行うための処置に過ぎない。 感謝される言われはないわよ」

 

「それでもいい!! それでも俺は……」

 

「——人は、獣にあらず……」

 

否定的なナスターシャを肯定しようと言葉を続けようとした時、その前にナスターシャが言葉を重ねる。

 

「人は、神にあらず……人が、人であるために……」

 

「……今一度、考えるのだ……人とは何かを……何を、すべきかを……」

 

その言葉を聞き、律は脳裏に浮かんだ言葉を流れるままにその続きを口にし、ナスターシャは微笑んだ。

 

「強情なのは、変わらないのね……」

 

すると、ナスターシャは車椅子に手を伸ばそうとする。 律はそれを支え、腕掛けにあったパネルを操作すると……律のシンフォギアにデータが送信され始める。

 

「こ、れは……」

 

「ソロモンの杖のデータです。 通常なら不可能ですが、エクスドライブによって大きく開かれた扉は閉じた後もその場に揺らぎとして残ります。 あなたのシンフォギアなら、それをこじ開ける事が出来る……カフッ!」

 

「ナスターシャ教授!!」

 

再び吐血し、右手は真っ赤に染まる。 律は汚れるのも構わずそんな震える手を握りしめる。

 

「——生きなさい。 私のことを恨むかもしれない……でも……生きて、()きなさい……立ち止まらず、歩き続けなさい……」

 

「そんな……勝手な事を言わないでください……」

 

「……許して欲しい……あなたとは、もっと……もっと……!」

 

ナスターシャは後悔と懺悔を口にしながら最後の力を振り絞り、律の手を握る力を込め震えながらも律の頬に手を添える。

 

律は頬が血で汚れるのも厭わず、添えられた手を重ねる。

 

(調……切歌……マリア……セレナ……律……私の、望みは……ようやく、叶ったわ)

 

心残りはもうない。 ナスターシャはゆっくりと瞼を閉じ……律の頬に添えていた手がするりと落ちてしまった。

 

「——マム! マムーーッ!!」

 

脳裏に自然と思い浮かびその名前を呼ぶも……ナスターシャがそれを聞き、答える事は2度となかった。

 

独り残された律はナスターシャを抱きしめ、静かに歯を食いしばり肩を振るわせて涙を流し、涙は下に落ちず宙に漂う。 そして、ナスターシャを静かに横たわせ、ナスターシャの目元と口元の血を綺麗に拭い取ると律は涙を拭いながら立ち上がる。

 

「……マム、ごめん——俺、行くよ……!」

 

覚悟が決まり目に闘志を宿し、再び透過して宇宙に飛びなしながら二課と連絡を取る。

 

「本部! ソロモンの杖によって開かれた扉の地点を送ってください!」

 

『律くん!? 今までどこに……』

 

「急いで!!」

 

『……藤尭、送ってやれ』

 

『りょ、了解しました!』

 

すぐさま座標が送られて、最高速度で目的地に向かう。

 

『気をつけろよ』

 

「分かってます!」

 

弦十郎の言葉に答えながら律は移動しながら焦る気持ちを抑えつつも謳を紡ぐ。

 

「——ひたひしる 弥猛(やたけ)こころに

交じりて雨夜(うや)と掛かり」

 

謳を詠いながらフォニックゲインを高めていき、目標座標地点に到着すると両手を組んで巨大な大砲へと換装する。

 

「されど(すずろ)なりに……」

 

肩部の2つのブースターを作動させて身体を固定し、まるで地球に狙いを定めながら大砲の砲口にエネルギーが集束していき、

 

(はだ)かりて()(こも)らん!!」

 

燎火の咆哮(バニシングカノン)

 

大砲から巨大な砲撃が螺旋を描きながら発射され、砲撃は一直線に地球に向かい……その途中で空間を突き破ってその中に入って行った。

 

律はすぐさま割れた空間に飛び込むと……そこは広大な異空間だった。 様々な古代建造物や宝石類があったが、それ以上に1番多かったのは多種多様なノイズだった。 このどこまでも広がる空間の中にかなりの数がひしめき合っていた。

 

「多過ぎるだろ……!?」

 

「——律さん!」

 

そこへ、律の存在に気が付いた響たちが集まってくる。

 

「ソロモンの杖を使わずどうやってここに!?」

 

「遅れてごめん。 さっきの砲撃でこじ開けて何とか来れたんだ」

 

「ソ、ソロモンの杖無しでよくやるぜ……まあ、さっきの砲撃は援護になって助かったが……」

 

「……! お兄ちゃん、顔から血が……怪我してるの!?」

 

調が律の頬についた血を見て心配する。 指摘され、律は悲しそうな表情をしながら右手で血がついた左頬を撫でる。

 

「ああ、これはな………さっき、俺はナスターシャ教授のところに行って……そこで、マムを看取った」

 

「——!!」

 

「そんな、マム……」

 

「……分かって、いたけど……」

 

元々長くないとは分かっていた。 だがこうしてナスターシャの死去を聞き、マリアたちは心を痛め悲しみに暮れる。

 

「みんな、私だって悲しいけどそれは後!!」

 

だがそんな暇を周りが許してはくれず、セレナの叱咤で律たちは気を引き締め、マリアたちは涙を拭う。

 

「そうね……先ずはここから脱出するのが先決よ!」

 

「それじゃあレッツゴー! ハイヨー、律ーー!」

 

すると、マリアにくっ付いいたセレナが律の頭に飛び移った。

 

「……俺は馬じゃないぞ」

 

「私、まだ許してないんだからね?」

 

「イタタタタッ!? 髪は手綱でもなければ操縦桿でもないからな!」

 

「……さっきもそうだったけど、セレナってあんな感じだっけ?」

 

「驚きデース……」

 

「もっとこう……穏やかというか、落ち着いていたと思うんだけど……」

 

マリアたちは記憶の中の過去のセレナを思い出しながら、熱く実況していたり律の頭の上でわんぱくしているセレナを見て唖然とする。

 

「全く、こんな時に忙しない」

 

「たっく、バカは1人だけでも手に余るってのによお」

 

「そうだね、クリスちゃん!」

 

「オメェだよオメェ!」

 

「ええぇ!?」

 

——うるちゃいうるちゃいうるちゃい!! バーカバーカ!! 禿げちゃえ!!

 

——それが許されるのは手乗りサイズだけだ! お前は重量オーバーだ!!

 

世界が終わるかもしれない瀬戸際で緊張感のない2人のじゃれつく姿を見て、響たちは少しばかりの希望が持てた。

 

「時間を稼ぐ……行くぞ!」

 

「ああ!」

 

「マリアさん! その杖でもう一度宝物庫を開けることに集中してください!」

 

「何ッ!?」

 

「外から開くなら! 中からでも開ける事だって出来るはずだ!」

 

「鍵なんだよ、そいつは!」

 

律たちが時間を稼ぐため戦闘を再開し、マリアはソロモンの杖を構え、

 

「——セレナァァァーーーッ!!」

 

「やめて姉さん! 恥ずかしいから!!」

 

杖から緑色のエネルギーを放ちながら妹の名前を掛け声として叫ぶマリアに、セレナは顔を真っ赤にして両手で覆い隠す。 だがその妹への思いは確かなものらしく、再び開かれた扉の先にどこかの島の砂浜が映し出された。

 

「脱出デスッ!!」

 

「ネフィリムが飛び出す前に!!」

 

「行くぞ、雪音!」

 

「おう! 吹っ飛びやがれー!!」

 

エクスドライブによって展開した重装備をパージし、パージした装備から無数の赤い光線が全方位に照射、周囲にいたノイズを一掃する。

 

ここのまま宝物庫を脱出しようとし……大きな影が先回りし、律たちの行手をネフィリムが立ち塞がる。

 

「……迂廻路は無さそうだ!」

 

「ならば、往く道は唯一つ!」

 

「手を繋ごう!!」

 

「露払いは任せろ!」

 

「律って結局こういう役回りだね!」

 

「やかましい!!」

 

セレナのツッコミを一蹴しながら律は右腕を掲げ、響たちが手を繋ぐ間に腕と一体化している黄色い六角形の結晶で構成された剣を展開し、謳を紡ぎ出す。

 

「——刹那に(はや)し 矢風のさまに そこり開き むくつけしき すまいにて……」

 

ブースターで加速しながら剣を青眼に構え、

 

「すずどけなく過ぐさ!!」

 

()

 

神速の如き速度で放たれた突き。 そこから突きと同じ速度で刃のように鋭い黄色い閃光が放たれネフィリムを貫く。

 

「せりゃあああああ!!」

 

さらに続けて目にも止まらぬ速さで連続で突き、響たちの準備が整うまでの時間を稼ぐ。

 

そして、セレナの《アガートラーム》がマリアに応えるように胸から白銀の剣が生まれ響たちと手を繋ぐ。

 

「この手——簡単には離さない!」

 

6人は手を繋ぎ、そして響とマリアが繋いだ手を掲げる。

 

「「最速で、最短で、真っ直ぐにッ!」」

 

すると上昇しながら響とマリアのシンフォギアの装甲がパージし、それぞれが集まって一つになると……金の右腕と銀の左腕となった。

 

そして2つの腕は手を繋ぎ、響たちを覆い隠しながら一直線にネフィリムに向かって行く。

 

『一直線にいいいいいッ!!』

 

そのまま腕は回転し、さらに加速。 ネフィリムが反撃に出るも止める事は出来ず、

 

『おおおおぉぉぉーーーーッ!!!』

 

【Vitalization】

 

ネフィリムを貫き、その勢いのまま扉から出て元の世界に戻り……勢いよく砂浜に突っ込んだ。

 

「みんな、無事か!?」

 

後から砂浜に降りてきた律は身もギアもボロボロになった響たちに駆け寄る。

 

——ゴアアアアァァァァ!!!

 

すると、世界を揺るがしかねないような咆哮が真上から轟く。 律たちは頭上を見上げると……胸元に風穴が空いたネフィリムは吼えながら扉の枠を掴み、こちらに出てこようとする。

 

「まだ動けると言うのか……!」

 

「こっちはもう、ヘトヘトだってのによ……!」

 

「くっ! ここは、俺1人だけでも……!」

 

もう響たちは疲労困憊、律は刺し違えてでも止めよう決死の覚悟で飛び立とうとすると……その手を響が掴んだ。

 

「ダメだよ律さん! そんなのダメなんだから!!」

 

「だが、このままじゃあ世界は……!」

 

「——大丈夫だよ、律」

 

絶対絶滅かと思われた時……頭に乗っていたセレナが飛び降り、律の事を見上げる。

 

「セレナ!?」

 

「シンフォギア装者の皆、律のために、この世界に生きる人々のために、力を貸して……!」

 

セレナはまるで懇願するように両手を組んで願う。 すると、地面から溢れるように光が立ち上り周囲を明るく照らす。

 

「こ、これは……!」

 

「何と暖かく、力強い力だ……」

 

「心の中に、溢れる気持ち……これは……もしかして……」

 

「セレナ、あなたは……」

 

「そのシンフォギアには多くの鍵がかけられている。 そのひとつ……“枷”を外すよ。 さあ、歌を歌おう……」

 

「鍵……? 枷……? 何であなたがそんな事を知っているのかは不思議だけど、とにかく歌えばいいのね?」

 

まだ手はある……それだけで希望は出てくる。 もう二度も挫けたりしないマリアは再び立ち上がる。

 

「みんな、歌いましょう! もう一度、歌をひとつに!」

 

「で、でもマリア……こんなギアもあたし達もボロボロの状態でどうするのデス……って、あ、あれ?」

 

「どうしてなんだ……心の中から、歌が湧き上がって来やがる」

 

もうギアも機能せず歌も歌えないような状態だったが、まるでギアからではなく彼女たち自身から歌が溢れ出てくるような感覚を覚える。

 

恐らく、6人の胸の内から同じ歌詞が溢れてきているのだろう。

 

「鍵と枷……つまり歌が鍵で、この歌の歌詞が枷というわけか」

 

「だったら、この鍵で開ける!」

 

「みんな、声を合わせよう!!」

 

世界を救うためかもしれない、ネフィリムを止めるためかもしれない。 だが、今だけは律のために……響たちは手を繋ぎ、歌を歌う。

 

——運命も未来も この手で掴もう

この胸に熱く揺れる、衝動

止める術など知らない、要らない

 

「「「「「「光、解き放て……!」」」」」」

 

歌によって、律のシンフォギアが反応を示しギアから光り輝く黄色い粒子が放出される。 そしてその粒子が律の元に集まって行く。

 

(歌の力が、みんな想いが注ぎ込んでくる……みんなの祈り、みんなの心……確かに受け取った!)

 

右手を掲げ、その右手に光が収束し……そこに刀身が金色に輝く身の丈程の太刀が握りしめられた。

 

「お前も、本当はそんな姿ではないんだろうな。 お前また被害者だ……」

 

ネフィリムを見据えながらそう律は呟く。 ウェルによって狩りに使われただけの獣。 罪はない、だが人類に仇なす存在……放置は出来ない。

 

「——だから!!」

 

『◼️◼️◼️◼️server Access?』

 

またあの電子音が聞こえると同時に金色の粒子が律の身体を覆い隠し、

 

「ギアチェンジ——《クラウソラス》!!」

 

腕を横に振り払うと、そこには《クラウソラス》の黒いシンフォギアを身に纏う律がいた。

 

「この終わらない螺旋に終止符を打つ!」

 

背のウィングバーニアを展開、ギア内にある全てのノイズを外に放出した。

 

さらに律は続け様に《SG-D》を起動し、その右手に黄金に輝く金色の太刀を両手で握りしめた。

 

そして、ネフィリムに向かって一直線に飛んでいく。 その際に、歌と共に声が聞こえてくる……世界中の、みんなの想いと声が。

 

胸を熱く滾らせ、さらにその胸の内から歌が……そして問いかけるような言葉が聞こえてくる。

 

内からも外からも力が溢れ出しながら、律はネフィリムに向かって行く。

 

『頑張れ、律くん!』

 

『君ならやれると信じてるわ!』

 

『世界を、お願いします!』

 

『ここが踏ん張り所だ……気合いを入れていけ!!』

 

『……好きにやればいいさ、今まで通りな』

 

「大人の期待に応えるのもまた、子どもの役目だってな!!」

 

——人と人は、支え合って生きている

 

【壱】

 

刀を青眼に構え、目にも止まらぬ速度で突く。

 

『世界中……みんなの思い、みんなの希望を……!』

 

『私たちの力と共に、歌声に乗せるデス……!』

 

『だから律! 絶対に勝ちなさい!!』

 

「みんなの想い、みんなの心……確かに受け取った!」

 

——人を慈しみ、愛する心

 

【弐】

 

自分ごと持ち上げるように、バク転する勢いで斬りあげる。

 

『律、お前のおかげで私は前に進む事ができた。 そしてそれはお前もだ……自分を信じ、思っ切りやるがいい!』

 

「ありがとう、翼! 一緒に剣を握り、研鑽を積んだ一振りを見せてやる!!」

 

——人は強くなれる、守るために

 

【参】

 

上段に構え、押し潰し叩きつけるように斬り下ろす。

 

『お前に預ける……私の罪を、私の悲しみを、私の歌を……一緒に、お前に……半分こだけ貰ってくれるか?』

 

「ああ! 一緒に背負おう!そして赦そう……誰が赦さなくても俺がクリスを赦す! 共に歩いて行こう!!」

 

——人は、何度でもやり直せる

 

【肆】

 

納刀、鞘を盾にしてぶつかり擦りつけるように抜刀する。

 

『私がみんなの陽だまりであるように、みんなもまた私の陽だまりなの。 太陽が1人だって誰が決めたの? だから戻ってきて、ひとつも太陽を欠けないように!!』

 

「想いは受け取るだけじゃない。 返して、繋がって、広がっていく……必ず未来に返そう、みんなと一緒に!!」

 

——人は迷う、正しい道を進むために

 

【伍】

 

柄頭で突き、一転して斬り払う。

 

『律さん……私も未来も律さんがいたから救われたんです。 でもって、まだまだやりたい事はいっぱいあるんです! 律さんとなら……どんな事でも!!』

 

「響……ありがとう! お前の気持ち、そしてお前の力……全て受け止める!!」

 

——あなたと手を繋ぎたい、さあ……手を伸ばして

 

【陸】

 

納刀、抜刀し斬撃が飛来し斬り裂く。

 

「終わりにしよう……愛を知らぬ悲しき獣よ!!」

 

【漆】

 

八相の構えを取り、全力で振り抜くと巨大な団扇で仰いだかのような突風が巻き起こり。 ネフィリムを宝物庫に押し返して行く。

 

すると、徐々にネフィリムの身体が崩壊を始めボロボロと崩れ始めた。 恐らく臨界点までもう間もない。

 

「まだまだぁーー!!」

 

踵を返して一転、響たちの元に向かう。 それを見ていた響はニヤリと笑みを浮かべ、律に向かって思いっきりジャンプした。

 

「響ーーーッ!!」

 

「律さーーん!!」

 

2人はお互いに呼び合い、伸ばした手を掴み取る。

 

()の心 立ちゆく花と……」

 

「「契り結ばん!!」」

 

謳を紡いで同契(リアクト)を結び、律の右脚に白い装甲で構成されたジャッキが付いた右脚を覆う程のプロテクターが装着され、幻影となった響が背後霊のように律の両肩に手を置く。

 

「それだけではダメよ! 早く杖を!」

 

「問題、ねぇよ……」

 

「我々には、まだ頼れる仲間がいる……!」

 

「仲間……?」

 

『私の——親友です』

 

すると、みんなの期待に答えるように不時着した潜水艦から未来が全速力で走って来た。

 

「(ギアだけが戦う力じゃないって響と律さん、みんなが教えてくれた……!)私だって、戦うんだ!!」

 

未来は砂浜に突き刺さっていたソロモンの杖を掴み、

 

「お願い——響、律さーーーんッ!!」

 

そして大きく振りかぶり、空を飛んでいた律に向かって投擲する。

 

「っと! すごい肩してるな!?」

 

『未来ってば怪力ー♪』

 

「もうからかわないで!!」

 

まさか届くとは思っていなかった律は驚きながらも飛んできた杖を掴み、響がからかうと未来は憤慨する。

 

「『——遅遅(ちち)せずと むくりこくりに 霊早(ちはや)ぶる (みだ)(やから)(しら)まして……』」

 

だが軽口を叩く暇もなく続け様に謳を詠いながらジャッキを上げて接近し、最高速のまま右脚をネフィリムの腹部に向け、

 

「『まぶる(みさお)を打ち調(ちょう)ざん!!』」

 

鎮魂の刺突(ギムレット)

 

蹴りを叩き込むと同時に下ろされたジャッキを撃ち込んだ。 するとネフィリムの腹部にアウフヴァッヘン波形のような聖痕が撃ち込まれ、抗う力を無くした今にも飽和寸前のネフィリムは勢いよく《バビロニアの宝物庫》に押し込まれ、

 

「——閉じろーーッ!!」

 

すぐさまソロモンの杖を扉に向かって投擲し……一瞬、空の色が暗く変化しながら扉は閉められて行った。

 

「……どうか、安らかに……」

 

『……………』

 

ネフィリムを最後まで見送った後、律は胸に手を当て黙祷し、響もそれに続いて黙祷する。

 

数秒の間その状態が続き、先に律が黙祷をやめ口を開いた。

 

「……なあ、響……」

 

『……何ですか、律さん?』

 

「——変身解けた」

 

「へ?」

 

いつの間にか同契(リアクト)が解除され、シンフォギアも溶けるように霧散した。 宙に浮かんでいる状態で解除すると……2人は重力に従って落ち始める。

 

「いやああああぁぁぁ!? これ死ぬ!! これ死んじゃいますって!!」

 

「いやー、死んじゃうねー」

 

「何でそんなに冷静なんですか!?」

 

「もうガス欠だし、一周回って冷静になっちゃってるからねーー……」

 

響は意識が朦朧とし黄昏気味の律の胸倉を掴みガックンガックン揺らす。 そして目前まで地上が迫り……急に何が割って入ったらバフンと、律と響は柔らかいクッションの上に落ちた。 そしてすぐにクッションは萎み、1枚の布になって地面の上に乗った。

 

「……あ、あれ?」

 

「……生きて、る?」

 

「——お2人とも、ご無事ですか?」

 

「お、緒川さん!? もしかして、緒川さんが助けてくれたのですか!?」

 

「ええ。 間に合って良かったです」

 

地に足ついてようやく正気に戻った律。 よく観察すると、布は大きな風呂敷のようだった。 もしかしたら本来はこれで空を飛んだりするのかと、あり得なくもない想像をする。

 

「良かった……2人とも無事で本当に良かったよ!」

 

「結構身体にガタが来て無事とは言えないけどな……」

 

「ふはー、律さんとの同契(リアクト)は疲れるなー」

 

「律、よくやったわ。 これでマムの望みも叶ったでしょう……」

 

「そうだね……そうだと、いいな……」

 

「——それより、律。 アレをどうにかしろ」

 

「アレ?」

 

クリスが指を刺した方向を見ると……そこには数個の赤黒い結晶のような球体が浮遊していた。

 

「……何アレ?」

 

「こっちが聞きたいわ」

 

「どうやら律くんが放出したノイズが霧散、自然消失せずにまとまった……ものだと思われます」

 

「……とりあえず回収するかな」

 

放置する訳にも行かずノイズと言うのならギアペンダントを掲げると……吸い込まれるようにノイズの球体がギアペンダントに吸収されていった。

 

「これでよしっと」

 

「何だったんだろう?」

 

「まあ、便利になったからいいかな」

 

「それでいいのかよ?」

 

バビロニアの宝物庫が無くなった事でこれ以上のノイズの配給は無くなった事になる。 《イペタム》の時はどういう訳か自分でノイズを生成できるが、《クラウソラス》の時はできないので使い分けが必要になる。

 

ともかく……こうして事件は解決となり、二課は政府の協力のもと事後処理を開始した。 確保していたウェルは薄気味悪く笑いながら到着した自衛隊に連行されて行った。

 

「月の軌道は正常値へと近付きつつあります。 ですが、ナスターシャ教授との連絡は……」

 

「……………」

 

二課は何度か連絡を試みるも、当然ナスターシャからの応答はなかった。 そして律はナスターシャの血が塗られた右手で、同様に血塗られた左頬を撫でる。

 

「マムは……」

 

「——言うな」

 

宇宙でナスターシャが死去してしまった事を伝えようとすると……奏が律の言葉を止める。

 

「それ以上は、言うな」

 

「……はい」

 

空を見上げながら奏は強くそう言い、律は静かに頷いた。

 

そして戦いも目的も終えたマリアたちも同様に空を見上げ、その先にいるナスターシャを思いながらさらに破損してしまったアガートラームのギアペンダントを撫でる。

 

「マムが未来を繋げてくれた。 ありがとう……お母さん」

 

「マリアさん」

 

響はマリアを呼びかけると、響は取っていたガングニールのギアペンダントをマリアに返そうとするが、マリアは首を振った。

 

「ガングニールは君にこそ相応しい」

 

マリアから正式に譲られ、響はギアペンダントを握りしめる。 そして再び月を見上げる。

 

「だが、月の遺跡を再起動させてしまった……」

 

「《バラルの呪詛》か……」

 

「人類の相互理解は、また遠のいたって訳か……」

 

「——平気、へっちゃらです」

 

誰もがこの先の未来について悩ませている中、いつもと変わらぬ響はいつもの台詞を大きな声で言う。

 

「だってこの世界には——歌があるんですよ!」

 

「響……」

 

響らしい答えに、未来たちは笑い合った。

 

「歌、デスか……」

 

「いつか人は繋がれる……だけどそれはどこかの場所でも、いつかの未来でもない。 確かに、伝えたから」

 

「……うん」

 

「——立花 響」

 

そして、マリアは響に名を呼び、

 

「君に出会えてよかった」

 

微笑みながらお礼を言うようにそう言った。

 

それから弦十郎たちもやって来て、マリアたちの処遇について話し出す。

 

「君たちの身柄は、日本政府で預からさせてもらう。 今後の事態収拾に協力して欲しい」

 

「分かってる……」

 

「きっとまた……会えますよね」

 

「…………」

 

「姉さん……」

 

弦十郎も強硬手段を取ったとはいえマリアたちにはまだ釈明余地がある。 無罪とまではいかなくても可能な限りの減刑は望めるだろう。 直ぐにとまでは行かずとも必ず、また会えるだろう。

 

「そしたらいっぱいお話しましょうよ。 私達ずっと、きっと、もっと……仲良くなれるはず」

 

「なれるの……かな……」

 

「なれるさ。 俺たちだって最初から仲が良かった訳じゃない。 翼は文字通り刀みたいに刃を尖らせてたし、クリスなんてな……」

 

「……私はそんな感じではなかったぞ……」

 

「お、おい!? こんな時に何を!?」

 

「いや〜、見せてあげたいねぇ。 知らない人たちには《ネフシュタンの鎧》姿を〜」

 

「うう……おい、ちょっ……!」

 

「——では、皆さんこちらに」

 

クリスが慌てふためく中……準備が整い緒川が案内し、マリアたちは響の会話を横見しながらその後に続く。

 

「トゲトゲのって感じのトゲトゲしてるし……あ、言ってることもトゲトゲしてたけど、これは今のクリスちゃんもそう変わらないかぁ〜」

 

「いや、ちょって……ぁぁあああ!! GO TO HELL!!」

 

「スーパー懺悔タイム!」

 

「もう滅茶苦茶だな」

 

響は意味不明な事を叫びながらクリスに張っ倒される。

 

「マリアさん」

 

「…………?」

 

倒れながらマリアを呼び止め、顔を上げ打たれた頭を撫でながら笑顔を見せる。

 

「とまぁ、こんな風ですよ。 だから——」

 

「……ありがとう。 また、いつか……」

 

「またね、マリア——姉さん」

 

「すぐに会いに行くからね、マリア姉さん」

 

「——ああ、そうでした」

 

——ガシャン!

 

「ほえ?」

 

いつの間にか背後に回り込んでいた緒川が鳥籠をセレナに被せ捕獲した。 呆けてしまうセレナに緒川は鳥籠を持ちながら説明する。

 

「彼女についても詳細を説明していただきますので……律くん、ご同行をお願いします」

 

「は、はい……」

 

笑顔なのに目が笑ってない……両手に手錠をかけられる前に律もマリアたちの後に続き、「だせぇーーー!」という鳥籠の中で暴れながら叫ぶセレナの声が無常にも響いた。

 



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