衛宮士郎は英雄と成る【ゆゆゆ編完結】 (読者その1)
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エミヤの章(わすゆ編)
第一話 初陣と誓い
【1】
始まりは何時だったか、
黒い太陽が浮かぶ地獄だったか?
月夜の晩に切嗣と誓いを交わした時か?
一つの聖杯を巡って繰り広げられる戦争に参加した時か?
いいや、違う。
確かに、どれも私を語る上では欠かせない出来事ではある。
だが、この三百年程続く戦いの始まりではない。
……そう、あれは確か、聖杯戦争を勝ち抜いた十年後。
世界を転々とした俺が、故郷で休養をして過ごしていたある日の出来事だ。
白い巨体に、巨大な口が特徴のそいつは突如として現れ、世界を蹂躙した。
その巨大な口で人を喰らい、街を滅ぼし、国を滅ぼし、世界をも滅ぼした。
私は戦った。戦って、戦って、戦い続けた。
その度に私は自分の無力さを知った。自分が如何にちっぽけな存在なのかを知った。
少を切り捨て、大を救う選択も、
大切な誰かを救う選択も、出来なかった。
選択する余裕など、無かった。
ただ、戦うしか無かった。
奴等は無数に湧き出てくる。
一匹を倒しても、その間に別の一匹が人を喰らう。
敵の数に対して、戦える人間の数が少な過ぎた。
通常兵器はほぼ効かない。故に軍隊も警察も意味を成さない。
秘匿された神秘。魔術は効かない訳ではないが、奴等に効く魔術や礼装は少なく、並の魔術では太刀打ち出来ない。
だが、銃火器より効くのは確かだった。奴等に対して戦う事が出来た。
しかし秘匿された神秘故に、その存在を知る者は少数。その中でも奴等と戦える程の者は更に希少だ。
数という暴力の前には無力。太刀打ちする事は出来ても、この悲劇を挽回する程の力は持ち合わせていなかった。
海外との通路も遮断され、食料も資源も輸入に頼っていた日本はあっという間に秩序を失い。治安は悪化した。
民衆は暴徒と化した。少ない食料、資源を巡って人同士で争い、略奪行為が多発した。それを止める機能は政府にも、警察にも無かった。
そんな世間が混乱する中でも、奴等は攻撃の手を休めなかった。寧ろ好機と見たのか、攻撃の手は激化した。
一つ、また一つと、都市が陥落した。
日本の生存圏は四国にまで追いやられた。
私も生存者を連れて、四国を目指した。
共に戦場を越えた戦友は一人、また一人と奴等の餌食になった。私は多大な被害を出しつつも、四国に辿り着き、
そこで神樹と契約して守護者と成った。
守護者と成った後も、私は戦い続け命を落とした。
死後、守護者と成った事で輪廻の輪から外れた私は、奴等が侵攻してくる度に神樹に呼び出され、奴等と戦った。
時には一人で、時には魔術師と、時には勇者と、戦って、戦って、戦い続けて、気が付けば三百年。
守護者と成った事に
私が選び、私が望んだ道だ。
切嗣との約束を果たし、私は人類を守る守護者へと、正義の味方へと成ったのだ。
後悔など、ある筈も無い。
故に、
ーーチリン。
戦いを知らせる鈴が鳴った。
ーーチリン。チリン。
バーテックスの襲来を知らせる鈴が鳴った。
ーーチリン。チリン。チリン。
終わる事のない。戦いの鈴が鳴った。
ーーチリン。チリン。チリン。チリン。
ーー神託ではまだ猶予があった筈なのだが……まあ良い。やる事は変わらない。
命じられるがままに応え、戦うだけだ。
ーーさて、今代の勇者は如何程の者か、お手並み拝見としよう。
それが、それこそが、守護者と成った私の使命なのだから。
・
其処は七色の光を放つ根で埋め尽くされた世界、樹海。
奴等、バーテックス襲来時に神樹が現実世界を守る為に展開される防御結界である。
この結界が展開されている間は現実世界の時間は停止し、現実世界に与えられる被害は最小限に留められる。
その世界に一般人が立ち入る事は不可能。
故に、私達は周囲に気を使う事なく、存分に戦う事が出来る。
しかし、私は今、傍観している。
別に使命を放棄している訳ではない。
単純に彼女達の、今代勇者達の実力を見定めているだけだ。
「弓使いに槍使いに、それと剣……いや、あれは斧か?」
今代勇者の数は三人。少ない方ではあるが、前衛、中衛、後衛が揃っていて非常にバランスの良い。
だが、
「幼過ぎる」
見たところ、全員小学生。
一人中学生に見えなくもないが、顔付きや周囲の態度から察するに同い年。
素質は充分。実力も及第点に達している。
だが、勇者にするには幼過ぎる。
あの若さなら、今回の戦いは見送って、次代の勇者として育成しても良かった筈だ。
いや、そうするべきだ。
それが出来ない程、今代は勇者候補が不足しているのか、或いは神樹の力が不足しているのか、どちらにせよ問題だ。
「あんな幼い少女達を、戦場に立たせるのは忍びないな」
だが、そうしなければならない。
世界の命運が掛かった戦いなのだから、
彼女達に戦ってもらわなければならない。
例え、血塗れになろうと、
例え、手足を失おうと、
例え、命を失おうと、
彼女達に戦ってもらわなければならない。
故に、私に出来る事は一つ。
「せめて、私が居る限りは誰一人として、死なせはしない」
その直後、矢を放った。
彼女達に放たれた水の弾幕を、剣の弾幕で相殺した。
【2】
鷲尾須美。三ノ輪銀。乃木園子。
三人の初陣の相手は水瓶座の名を冠するバーテックスだった。
その全容は高層ビルの如く巨大で、水槽の様な本体に、左右には家一つ飲み込める様な巨大な水球が備えられている。本体の水槽からは長い水の触手が煙突の様に伸びており、そこから機関車の煙の様に無数の水球を吐き出して進んでいる。
水瓶座の攻撃手段は大きく分けて二つ。
一つは水の触手から吐き出された無数の水球による攻撃。その水球一つ一つは人の頭程の大きさはあるが、弾力のある膜で覆われており、攻撃能力はそこまで高く無い。
しかし、侮る事なかれ、無数に襲い掛かる水球はそれだけで脅威。弾力のある膜で覆われているとは言え、それを中途半端に破れば手足に纏わり付き行動を阻害する。頭部に命中すれば呼吸を封じられ、下手すれば溺死する。攻撃能力は高く無くとも、殺傷能力はある。厄介な攻撃だ。
そしてもう一つの攻撃手段。それは左右に備え付けられた巨大な水球から放たれる放水だ。その放水は巨大台風を凝縮したかの如く強力で、射線上にあるもの全てを押し流す。並の人間ならその水圧で押し潰されるか、溺死するかの二択。その威力は凶悪の一言に尽きる。
間違いなく強敵だ。けれど、上手く連携して戦えば勝てない敵ではない。
しかしだ。
「うわっ!何だこれ!?」
「三ノ輪さん!」
一人突っ走った銀は水球の弾幕で弾き飛ばされた。
「ミノさん!わぁ!?」
「乃木さん!」
銀に気を取られていた園子には放水が放たれた。園子は咄嗟に槍傘を展開し防御するが、踏ん張りが利かずに樹海の根から落下した。
「くっ!」
焦った須美は自身が放てる最高火力の技を放った。
「うそっ!」
しかしそれは、水球の弾幕に阻まれ、矢はバーテックスに届く前に失速した。更に反撃とばかりに放たれた水球を受け、根から落下した。
「きゃあ!」
そこに連携という文字は無い。チームでありながら一人で戦った結果、各個撃破された形となった。
戦場を俯瞰していた男から言わせれば未熟の一言。須美達三人にも、三人に教育を行なった大赦にも、今まで何をやってきたのだと、叱責を飛ばす様なザマであった。
「こんなの、どうしたら……」
銀と園子が撃破され、自身が放てる最高火力の技を容易く無効化された須美はバーテックスを呆然と眺めていた。
その隙は致命的な隙となり、バーテックスから無数の水球が須美に放たれた。
ーー迎撃は不可能。手数が足りない。
ーー回避は不可能。数が多過ぎる。
ーー受ければどうなる?
死という単語が脳裏に過り、須美は恐怖で体を硬直させた。
だがその直後、それは突如と放たれ、須美に迫った水球を撃ち抜いた。水球は水飛沫となって散布した。
「な、何が……」
須美は緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込み、地面に突き刺さった無数の剣を眺めた。
それも数瞬後には青い残滓と成って消えた。
何が起こったのか、須美には分からなかった。
けれど、自分に迫った危機から脱した事と、今は幻の様に消えた剣が自分を救ってくれたのだと、それは自分が認知出来ない一瞬の出来事で起こった事なのだと、何となく理解した。
『戦場で惚けるな!愚か者』
「え?な、何!?」
頭に直接響く怒鳴り声に須美は困惑し、声の出所を探して周囲を見渡す。
そして気付いた。自分に水球を放ち、追撃を加えるバーテックスの姿を、その水球を双剣で切り裂く赤い背中を。
素人の須美でも分かる。
それは熟練した動きだった。
そこに無駄な動きなど無く。
効率的に、それでいて的確に、
舞う様に剣を振るう姿に、須美は見惚れた。
それは須美の元に駆け付けた銀と園子も同様だった。
人を魅了する剣でありながら、その剣は的確に水球を切り裂き、水飛沫に変える。
その水飛沫がまた、男の魅せる剣技の演出にも思えた。
通常なら視認する事すら不可能だっただろう。
男の振るう剣は人を魅せる演武ではなく、敵を斬る剣技なのだから、その剣速は剣の達人であろうと視認は困難。
須美達が男の剣技を観る事が出来たのは単に、神樹の力を得た勇者に成っていた事、それによる身体能力が人のそれを超えていたからに過ぎない。
それ故に一瞬の、時間にして一振り0.01秒にも満たない剣技を視認する事が出来た。
けれど、その剣技は最後の水球を水飛沫に変えた事で終わる。
「あ、貴方は……」
「……私はエミヤ。守護者エミヤだ」
「守護者、エミヤ……」
「それって、大赦から聞いた」
守護者。その存在を須美達は知っている。
生前に神樹と契約し、死後輪廻の輪から外れ、神樹を守る存在。
バーテックスが襲来すれば、何処からともなく現れ、時には一人で、時には勇者と共に戦う神樹の、延いては世界の守護者。
その存在が今、目の前に居ると理解した。
「これは、失礼しました。守護者様。私は鷲尾須美と申します」
須美は畏敬の念を抱いた。
「おおっ!本物の守護者。本物の正義の味方!凄い!あの、私三ノ輪銀って言います!」
銀は本物の英雄を目の前に興奮した。
「ほえ〜。守護者様って、男の人だったんだぁ〜。あ、私乃木園子でぇ〜す」
園子は何時もの、のほほんとした態度だった。
「ふむ。自己紹介は程々に、先ずはアレを倒すとしよう。やれるな?」
「「「はい!」」」
寸分の迷いも無く即答した須美、銀、園子。
その表情に怯えや恐怖などは無く。あるのは世界を護らんとする意志のみ。それは正しく、勇者の姿だった。
「ふっ、敵の攻撃は私が迎撃する。鷲尾は敵を攻撃しろ。ダメージを与える必要は無い。敵の注意を引ければ充分だ。その隙に三ノ輪が突っ込め」
「「はい!」」
「守護者さまぁ〜。わたしわぁ〜?」
「三ノ輪を守れ。あの触手から放たれる水球は兎も角、奴の左右にある巨水から放たれる放水も防ぐのは些か手間だ。君はその放水から三ノ輪を守りつつ、援護しろ」
「了解であります!」
敬礼をしてほんわかに答える園子。
「だ、大丈夫かなぁ〜」
「不安だわぁ〜」
「大丈夫だよ♪乃木さん家の園子さんにドーンと任せなさい♪」
須美と銀は若干の不安を感じたが、エミヤは不安を感じなかった。
そのほんわかとした雰囲気と、気の抜けた様な表情とは相対して、園子の目は真剣な物であったからだ。
「では征くぞ!」
「「「はい!」」」
エミヤの号令と共に銀と園子は駆け抜けた。
須美は弓を引き、自身が放てる最高火力の矢を放つ。
バーテックスは水球の弾幕を張るが、その全てをエミヤの矢が撃ち落とす。須美の放った矢は今度は水球の弾幕に阻まれる事なく、バーテックスに命中した。
「やった!」
「良くやった。今の一撃を続けろ」
「はい!」
須美は再び弓を引き、攻撃の準備をする。その合間に銀と園子が駆け抜ける。
近付く銀と園子にバーテックスは水球を放ち続けるが、その悉くがエミヤの矢に撃ち落とされる。
バーテックスは攻撃手段を変え、巨大な水球からの放水を銀と園子に放つ。
園子が槍傘を展開して、放水を耐える。
攻撃準備が完了した須美が矢を放ち、園子と銀を攻撃する巨大な水球を攻撃する。矢は何の障害もなく命中し、放水が止まる。
「今!」
「突撃ぃぃぃ!」
放水が止まると同時に、銀と園子は跳んだ。
勇者の力を得た二人の脚力は凄まじく、一足で百メートル以上の高さまで跳んだ。空中で身動きを取れない二人にバーテックスは水球を放つが、エミヤの矢に撃ち落とされる。ならばと、放水を放とうとするが、須美の矢で妨害された。
「ミノさん!投げるよ!」
「存分にやれ!」
「その心臓、寄越せ!」
空中で身動きが取れない中、園子は銀の胸倉を掴み、銀を槍の様に投擲した。
投擲された銀はそのまま、放水を放とうとする水球に突っ込み、二振りの斧で斬り刻んだ。
「オラオラオラオラオラオラオラ!」
銀の怒涛の連撃に、巨大な水球の一つは大量の水飛沫を上げて破壊された。地面に降り立った銀はそのまま、体をバネの様に弾ませ、本体を斬り刻む。
「オラオラオラオラオラオラオラ!これで、終いだぁぁぁぁ!」
連撃の後に渾身の一撃を振り下ろす銀。
「凄いミノさん!」
「バーテックスが!」
バーテックスはその体を斬り刻まれ、大量の水飛沫を上げる。そこでバーテックスは許容ダメージを超えたのか、進路を反転させ、樹海の外へと後退していった。
「見事だ。だがそれでは足りん」
だが、それを逃がすまいと、エミヤが一本の剣を生み出し、弓に番え、弓を引く。
そこに無駄な動作も、ブレも一切無い。
機械的な動作で弓を極限まで引いたエミヤは唱えた。
「
エミヤが詠唱する。その直後、エミヤを中心とした俯瞰に青い粒子が吹き荒れ、矢は赤い稲妻を迸らせた。
それでもエミヤに一切のブレは無く、限界まで引き絞った弓でバーテックスを狙う。
バーテックスはエミヤに危機を感じたのか、撤退速度を上げ、せめてもの足掻きとばかりに、水球で弾幕を張る。
しかし、それは無意味。
「
エミヤは矢を放った。
その矢は流星の如く飛翔し、水球の弾幕の螺旋状に斬り裂き、バーテックスを射抜き、その中にある御魂をも射抜いて、遥か彼方へと消えた。
御魂を失ったバーテックスはその体を崩壊させ、その体を無数の花弁へと変えた。
「終わった……の?」
後に残ったのは、バーテックスの居なくなった樹海。
そこに立っているのは一人の守護者と、傷だらけになった三人の勇者のみ。
「撃退……」
「……出来た?」
未だに信じられないという表情を浮かべる勇者達に、エミヤは弓を消して言った。
「ああ、君達の勝利だ」
他ならないエミヤの言葉に、須美、銀、園子の三人は安堵の息を吐くのと同時に歓喜の声を上げ、抱き合った。
「「「やったーー!」」」
「いや〜。正直言うと怖かったぁ〜。無事に生き残れて良かったよ」
「私も私もぉ〜。こんなにドキドキしたのは産まれて初めてだよぉ〜」
「本当に、死を覚悟したわ」
年相応に笑い、はしゃぎ合う勇者達。
そんな姿を、エミヤは少し離れた位置から見守った。
そして心の中で誓う。
ーー彼女達を、死なせはしない。
追記解説
本作のエミヤは英霊エミヤや無銘とは違う、星屑が襲来する並行世界にて、世界ではなく、神樹と契約を交わし守護者と成った存在です。
それ故に英霊エミヤとは全く別の人生を歩み、死後も世界の抑止力ではなく、文字通り世界を守る守護者として戦い続けた本作エミヤは、守護者と成った選択に一切の後悔を感じてません。
悲劇が起こった後ではなく、悲劇を未然に防ぐ為に戦う本作エミヤは、衛宮士郎が思い描いた理想を正しく叶えた姿なので、後悔などある筈ないです。
また、英霊エミヤと本作エミヤは似て非なる存在です。
性格は勿論。スペックにも多少の差異があります。
文字通り神の力を得ている本作エミヤの方が基本ステータスが高く、投影レベルも英霊エミヤより高いです。
一方で、対人戦は抑止力として長い間戦い続けた英霊エミヤに軍配が上がります。
宝具の撃ち合いなら本作エミヤに分配が、白兵戦なら英霊エミヤに分配が上がります。
解説終わり。
次回は一週間、遅くても二週間以内を目標に投稿頑張ります!
尚、投稿時点での進捗率0%
この進捗率を少しでも上げるには、高評価と激励の感想が必要です(切実)
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第二話 赤い勇者と赤い英霊。
【1】
三ノ輪銀という少女はよく遅刻をする。
その理由は産まれたばかりの弟の世話があるのもそうだが、一番の理由は彼女の性格故だろう。
良くも悪くも、彼女は困っている人を見過す事が出来ない。自転車で転んだ子供が居れば、子供の元に駆け付けて手当てをする。腰痛で座り込んだ老人が居れば、老人を家まで送り届ける。
それが彼女の目の前で起こった出来事じゃなくてもだ。彼女は視界に困った人が入れば、その人の元に駆け付ける。わざわざ介入する必要の無いトラブルに、彼女は自ら突っ込む。巻き込まれ体質と言うよりも、巻き込まれに行く体質だ。
「……古い鏡を見ている様だ」
かつての衛宮士郎も、彼女と似た体質だった。
トラブルに巻き込まれるのではなく、トラブルに巻き込まれに行く。それは死んでも治らない体質だ。故に。
「時間厳守は基本だ。勇者ともなれば尚更な」
エミヤは何かと理由を付けて、彼女の手助けに向かう。
・
「うぇぇん!うぇぇぇん!」
それは休日の昼。須美と園子と待ち合わせるイネスに向かう途中での出来事だった。
銀は道の真ん中で泣きじゃくる少女と遭遇した。時計を見れば集合時間の十分前。今居る場所なら歩いても間に合う距離ではあるが、時間的余裕がある訳では無い。
「…よし」
迷いは一瞬。
銀は当然とばかりに、少女に声を掛けた。
「どうした。何があった?」
銀はこれまでの経験から、親兄弟と離れたのか、落とし物をしたかのどっちかだと予測していた。前者なら一緒に親を探し、後者なら一緒に落とし物を探すつもりだった。
「ぐすっ、お姉ちゃんと逸れたの……」
前者か、と思ったのも束の間。
「ぐすっ……それで、お姉ちゃんを、探している間に、ぐすっ、髪飾りを落としたの……」
両方だった。銀は遅刻かなぁ……と心の中でぼやく。しかしやる事は変わらない。
「……そっか、なら、そのお姉ちゃんを探しながら、花飾りを探すか。なに安心しろ。私は人探しも物探しも得意なんだ」
銀は胸を叩いて言った。
「ぐすっ……本当?」
「ああ、本当さ。この勇者。三ノ輪銀様に任せろ。姉ちゃんも花飾りも、あっという間に見つけてやんよ」
それから銀は啜り泣く少女をあやしながら、少女の姉と花飾りを探した。
結果だけ述べるなら、姉の方は見つからなかったが、花飾りは見つかった。しかし。
「うぇぇぇん!」
「……参ったな」
見付けた花飾りは車にでも轢かれたのか、黒いタイヤ跡を付けて無惨に壊れていた。
「えっと、泣くな。形ある物は何時か壊れる物さ」
「昨日、誕生日プレゼントで買って貰ったばかりなのに〜!うぇぇぇぇん!」
「……そりゃ、泣くな」
銀とて、前日に貰ったプレゼントを無くし、必死に探した末に無惨に破壊されていたらショックだ。場合によっては泣くだろう。それが自分より幼い少女ならば、尚更だろう。
「どうすっかなぁ……」
銀は頭を掻いて考える。
常日頃から家事の手伝いを行っている銀は、破れた服やぬいぐるみを、ある程度は縫い直す事が出来る。壊れた玩具も接着剤で直る範囲なら器用に直せる。その性格に反して意外と器用なのである。
けれど、車に轢かれた花飾りを直せる程、器用ではない。
手は尽くした。花飾りに関して銀に出来る事はもうない。後の事は少女の姉を探し、任せる事しかない。何時までも少女に付きっきりという訳にもいかない。銀には銀の予定がある。
「げっ、もうこんな時間かぁ……」
ふと見た時計の時刻は集合時間三分前。全力で走っても間に合うかどうかの時間だった。
本来なら須美か園子に連絡して、遅れるのを知らせるのが一番なのだが、生憎と須美と園子と連絡先を交換していない為に不可能である。
遅刻しても、その理由をちゃんと説明すれば、須美と園子は納得して許してくれるだろう。
だけど、それはしたくなかった。銀は何があろうと、遅れたのは自分の責任と考え、その責任から逃れる理由に少女を使うのを嫌う性格なのだ。
遅刻はしたくない。少女の姉も探さなければならない。けど時間が無い。銀の中で焦りが生まれる。
そんな時だった。エミヤが現れたのは。
「何をしているのかね」
銀は声のした方を振り向いた。
そこには樹海で見せた赤い外装ではなく、黒のジーパンに白いシャツ、その上に黒のジャケットを羽織ったエミヤが立っていた。
思わぬ人物の登場に、銀は目を見開いて驚いた。
「うぇ!?守護者様!?」
「エミヤで良い。その敬称も不要だ」
「じゃ、じゃあ、エミヤさんで」
「それで良い。それで?何をしているのかね」
「……うーん。それがですね」
再度問うエミヤに、銀は若干の躊躇いを感じつつ、エミヤに今起こっている事態について話した。
「ーーって、事なんですよ」
「成る程。状況は理解した」
エミヤは顎に手を当て何かを考える素振りを見せると、しゃがんで啜り泣く少女に目線を合わせた。
「どれ、少し見せて見ろ。直せるかもしれん」
「本当!」
「マジっすか!?」
「……ああ、見てみなければ何とも言えないがな」
「お、お願い、します」
エミヤは少女に優しく微笑み、恐る恐る渡された花飾りの残骸を受け取った。
花飾りの残骸を受け取ったエミヤは優しい表情から一変。真剣な眼差しとなって、花飾りの残骸を視た。
「ーーうむ。壊れたのは数分前と言った所か、これなら私でもどうにかなるか」
「本当?本当に、直る……の?」
「ああ、任せたまえ」
エミヤは花飾りの残骸を手で覆い隠し、呟いた。
「ーーMinuten vor schweisen」
その直後、エミヤの手の中で花飾りの残骸は青い光を放つ。
光を放った残骸は大きい破片から小さい破片まで、時間が巻き戻る様に一つに収束し、無惨に破壊された花飾りは、瞬く間にその美しさを取り戻す。
花飾りが直った事を確認すると、エミヤは覆った手を離し、銀と少女に花飾りを見せた。
「えぇ!?何々!?何が起こってんの!?」
「わぁ、凄い。おじさんどうやったの!?」
「なに、ちょっとした魔法さ」
「「魔法!?」」
驚く銀と少女を見て、エミヤの頬が僅かに緩んだ。
そして目を輝かせる二人に、エミヤは何処か懐かしむ様な、表情で言った。
「私はね、魔法使いなんだ」
「魔法使い!?」
「凄い!」
興奮してはしゃぐ少女と銀。その反応もまた、エミヤはどこか懐かしさを感じた。三百年以上も昔、自分を魔法使いと名乗った男と、それに興奮する少年の姿を投影した。
エミヤは少女の頭を撫でて落ち着かせ、その前髪に花飾りを付けて言う。
「もう落とすなよ。それは君にしか似合わない」
「うん!ありがとう。魔法使いのおじさん!」
「樹ぃ〜!何処に居るのぉ〜!」
「あ、お姉ちゃんだ!」
背後から聞こえた姉の声に少女は振り返り、そこに居た姉の元へと走る。
「樹!急に居なくなって心配したんだからね!」
「えへへ、御免なさい」
「全く。あれ?目が赤いじゃない。どうしたの?」
「えっと、何でもないよ。それよりもお姉ちゃん!私ね、魔法使いさんと出会ったの!」
「魔法使いぃ〜?」
「うん!あそこにね!」
そう言って少女はエミヤが居た場所を振り向く。
「あれ?」
「誰も居ないわよ?」
そこには既にエミヤの姿も、銀も無かった。
・
それはほんの数秒前の出来事だった。
姉と再会できて喜ぶ少女と、逸れた妹を見つけて安堵した様子の姉。二人の微笑ましい姿を見て、銀はほっと息を吐いた。
「良かった。花飾りは直って、お姉さんとも合流出来て一安心」
「ああ、後は君が待ち合わせ場所に間に合えば、何も問題は無いな」
「そ、そうだった!時間は……」
確認したスマホの時刻は、集合時間一分前を表示していた。もはや全力で走っても
「根性でどうにかするしかないな!」
よしっ、と頬を叩いて気合いを入れる銀。
そんな銀を見て、エミヤは呆れた様子で息を吐いた。
「全く。先を急いで事故にでも遭ったら目も当てられん。私が送ってやろう」
「マジっすか!」
「ああ、行き先はイネスで良かったか?」
「そうです、そうです」
「ならば、そこまで送ろう」
「おお、助かります!……あれ?」
ふと、銀は疑問に思った。どうやって?と。
エミヤは見たところ、車もバイクも持っていない。なら、どうやって?その疑問の答えは直ぐに分かった。
「失礼」
「え?あわわわ」
銀はエミヤに胴と足裏を持ち上げられ、横向きに抱え上げられた。それは俗に言うお姫様抱っこであった。
活発的で男勝りな部分のある銀だが、彼女も少女だ。お姫様抱っこという行為には一定の憧れがあった。
王子様の様な人にお姫様抱っこをされる。それは自分の柄じゃないと思いつつも、銀が密かに持つ願望であり、夢だった。
それが思わぬ形で叶った。王子ではないが、守護者として、何百年もの間世界を守る戦いを続けたエミヤは、紛う事のない騎士である。そんなエミヤにお姫様抱っこをされる。
「え、え、え、え、エミヤさん。一体ナニを!?」
「なに、こうするのが最短でね。人目に付かない様に行くから少し荒っぽくなるが、そこは了承してくれ」
端的に言うと、銀はパニックに陥っていた。心臓の心拍数は増え、頬に血が集まる。目は上下左右を行き来し、脳内はショートし頭から湯気が出た。
「口を閉じて、しっかり捕まっていろ」
「え?うぉぉぉぉ!?」
だがそんな銀に構わず、エミヤは跳躍した。
少女と姉が振り向いたのは、丁度その時だった。
日常回って難しいですね。
この作品が面白い。続きを読みたいと思った方は励みになりますので、高評価と感想をお願い致します!
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第三話 合同訓練
【2】
バーテックスとの戦いが始まって数日後。
予定より早いバーテックスの襲来というイレギュラーにより、大赦はエミヤからの要請もあって、本来なら来週に予定されていた合同訓練と、その二週間後に予定されていた合宿を前倒しにして行う事を決定した。
だが、その合宿は連休を利用した三日間の合宿ではなく、次の戦いが予想される、二週間程の期間を利用した長期合宿である。
その間、須美、園子、銀の三人は神樹館小学校を公欠し、勉強も大赦に所属する教員による個別指導が行われる手筈になっている。
大赦が行える、最大限のバックアップを受けて今日。二週間に渡る長期合宿が始まろうとしていた。
「貴方達勇者の御役目が本格的に始まった事により、私達大赦は、貴方達を全面的にバックアップします。家族の事、学校の事は気にせず。頑張って」
現在、エミヤ達は大赦が有するリゾート地の浜辺に集合しており、勇者達三人は担任であり、大赦に所属する安芸に激励の言葉を受けていた。
「「「はい!」」」
自信で満ち溢れた表情で応えた三人に、安芸は三人の勇者を誇らしく感じるのと同時に、大人である自分達が戦えない事への歯痒さと、無力さを感じた。
自分達に出来る事は、勇者達の無事を祈る事のみ。安芸はエミヤに深々と頭を下げた。
「守護者様。どうか、この子達の事をお願い致します」
それは一見、端的で社交辞令と言える言葉だった。
しかし、その声、その言葉には、本気で三人の
そんな安芸にエミヤは一言。
「任せたまえ」
そう言って須美、園子、銀の三人を見つめた。
「さて、こうやって頼み込まれた以上。生半可な鍛え方は出来ない。覚悟は良いか?」
エミヤの問い掛けに三人は先程よりも大きく、力強い声で答えた。
三人もまた、安芸の想いを感じ取り、より一層、闘志を燃やしたのだ。
「「「はい!」」」
「うむ。あれが見えるか?」
三人の反応に静かに頷いたエミヤは、浜辺から凡そ二キロ離れた先に位置する展望台を指差した。
「ルールは簡単。あの展望台にまで三ノ輪を送り届けろ」
「え?それだけ……ですか?」
「思ったより、簡単そう?」
「二キロぐらい走れるだけだしな。勇者の身体能力なら直ぐだな」
想像よりもずっと簡単そうな鍛錬内容に三人は戸惑い、拍子抜けとばかりに肩を竦める。
無論。そんな簡単な物ではない。
「勿論。そんな単純な話ではない。あの展望台には私が待機し、君達を狙撃で妨害する」
「狙撃!?」
「あ、危なくないですか?」
「何言ってるのよ。守護者様の弓の腕なら、私達に命中させずに妨害する事朝飯前だわ……ですよね?」
「ああ、勿論だとも。尤も、誤って命中させてしまうかも知れんが」
「っ!?」
冗談混じりに言ったエミヤの言葉に、三人は体を矢で貫かれる場面を想像して硬直した。側で待機していた安芸も三人と同じ想像をし、何か言いたげな表情でエミヤを見つめた。
そんな四人の反応を見て、エミヤはやれやれと呟き、あるボールを取り出した。
「流石に弓矢は使わない。私が使うのはこれだ」
「バレーボール?」
「そんなんで、妨害なんて出来るんですか?」
「ああ、これなら当たっても痛くないだろう?」
「それは確かに……」
「とは言え、これは訓練だ。このボールをバーテックスの攻撃に見立てて、対処しろ。ボールが直撃すれば行動不能判定とし、その者は脱落。三人全員が脱落すれば一からやり直しだ。制限時間は特に無し。三ノ輪が展望台に到達するか、私がこれ以上の鍛錬は続行不可能と判断すれば終了だ。何か質問は?」
エミヤの問いに、三人は一度顔を見合わせて頷く。
「「「ありません」」」
「ならば良し。準備が整えば安芸担任に知らせたまえ。安芸担任の笛の音が開始の合図だ」
そう言い残し、エミヤはその場から消え去った。比喩や誇張ではなく、文字通りの意味で消えた。
「消えた!?」
「わお〜。イリュージョン〜」
「これが霊体化ね。話には聞いていたけど、未だに信じられないわ。人が消えるなんて」
初めて目にした霊体化に勇者組の三人は驚愕し、安芸も三人程ではないが、目を見開いていた。
「はいはい。百聞は一見に如かず。初めて目にする霊体化に驚く気持ちは分かるけど、鍛錬に集中して」
手を叩きながら注意を促す安芸に、須美ははっと気を取り直して表情を引き締めた。
「そうよ。乃木さん。三ノ輪さん。集中しないと!」
「須美は真面目だな〜。ま、言ってる事は正しいけど」
「鍛錬頑張ろ〜!」
安芸と須美の言葉に、武器を構えて展望台を見つめる銀と園子。その様子に安芸は大丈夫そうと考え、笛を口元にやった。
「三人共。準備は良い?」
「はい!視界良好。本日は晴天成り!何時でも往けます!」
「私は大丈夫で〜す」
「ワタシもです!」
三人の答えを聞いた安芸は、満足そうに頷いた。そして息を大きく吸って。
ピィィィィィ!
笛を大きく鳴らした。
「ミノさん。わっしー。往っくよ〜」
「ああ、園子、須美。しっかり守ってくれよ〜」
「任せて、バレーボールの一つや二つ、私が撃ち落としてーー」
見せるわ。須美がそう言おうとした直後。
ドゴッ!
「「「うぇ!?」」」
砂浜が爆発した。
「きゃ!」
「うわぁぁ!?」
「わっしー!ミノさん!」
爆心地から最も近い位置に居た須美は、衝撃で吹き飛ばされた。
銀は斧を盾にして衝撃に耐えるが、爆発によって巻き上げられた大量の砂に押し潰された。
園子は砂煙から顔を庇いながら、須美と銀の名を叫んだ。
突然の事に戸惑いながら、三人はモクモクと砂煙が立ち登る爆心地を見つめた。時間にして数秒後。爆心地の砂煙が晴れ、クレーターが露わになった。そしてそのクレーターの中心に有った物はーー
「バレー……ボール?」
バレーボールだった。
つい十秒程前にエミヤが見せたのと、同じボールだった。
「っ!第二射が来るわ!乃木さん!」
「アイアイサー!」
再び放たれるバレーボールを目にした須美が叫び、園子がそれに応える様に槍傘を展開する。
ボフッ!という砲撃の様な音を発しながら放たれたそれは、もはやバレーボールと言う代物ではなかった。
それは球ではなく弾。砲弾と例えるのが適切な轟音と速度で放たれたそれは、園子が展開した槍傘によって防がれた。
バゴッ!
「重っ〜〜」
想像を超えた衝撃に、園子は軽く吹き飛ばされ、バランスを崩した。そしてその隙を突く様に第三射が放たれ、それは吸い込まれる様にして園子に命中した。
「ぎょぇぇ!」
「乃木さん!」
「園子!」
奇声を上げて脱落する園子。それに気を取られた須美と銀。その隙を突いて二つの凶弾が放たれ、須美と銀は園子の後を追う様に脱落した。
・
二度目の訓練は、そう間を置かずに開始された。
「三人共。準備は良い?」
「はい!須美、園子。往くぞ!」
「ええ!」
「今度は油断しないよ〜」
安芸の問いに応えた三人の表情に気の緩みはない。バレーボールだから大した事はない。心の奥底でそう思っていた考えはとうに無くなった。
そして、もしさっきの訓練が実戦ならば、三人は命を落としていた。それは先のバーテックス戦で水瓶座との戦いを経験した三人だからこそ、その事を強く実感した。
この訓練を実戦だと考え、エミヤを
ピィィィィィ!
そして安芸が出した開始の合図と共に、三人は駆け出した。
ボフッ!
第一射が放たれた。
「撃ち落とす!」
須美が矢を放ち、迎撃した。
ボフッ!
「やあ!」
ボフッ!
「てや!」
続く第二射、第三射は一定間隔で放たれた。
それを須美は落ち着いた動作で矢を放ち、迎撃した。
「行ける!」
三度の攻撃を迎撃した事により、須美は自信を付けた。けれど同時に緊張の系が切れ、僅かながらも、気の緩みを生み出す結果に繋がった。
ボフッ!ボフッ!
続く第四射と第五射は、ほぼ同時に放たれた。
「え!?」
ほぼ同時に放たれた攻撃に須美は焦る。
その焦りは思考を鈍らせ、腕に伝播し、動作を乱れさせた。
乱れた動作から放たれた矢は、須美の思い浮かべた軌道から大きく外れ、ボールを掠める事すらなかった。
迎撃出来なかったボールが須美と銀に殺到する。
「危ない!」
銀に放たれたボールは、園子が槍傘を展開して凌いだ。
「やらせない!」
須美に放たれたボールは、銀が須美の前に立ちはだかり、斬り裂いた。
「三ノ輪さん!乃木さん!」
一人のミスを二人でカバーした見事な連携だった。
けれど、最善かと訊ねられれば、そうではない。
確かに、この攻撃は凌ぐ事が出来た。
けれど、銀は盾役の園子の守備範囲から出た。須美は銀がボールを斬り裂いた際に巻き上げられた砂煙に視界を塞がれた。
結果、次の瞬間に放たれた攻撃で一人孤立した園子が脱落し、続く攻撃で視界を塞がれて弓を使えない須美が脱落した。
「園子!須美!くそっ、よくも二人を!」
一人残った銀は、一つ、二つ、三つ、と放たれたボールを迎撃したが、一人に集中した攻撃を全て捌く事は出来ず、数秒後に顔面にボールが命中してノックアウトした。
「痛たたた」
「御免なさい。私がちゃんと撃ち堕としていれば……」
「ドンマイだよ。私もちゃんと防げなかったし、わっしーだけの所為じゃないよ〜」
「そうだぞ。なんでも一人でやろうとせず、少しはワタシ達の事も頼ってくれよ」
「乃木さん。三ノ輪さん……」
「呼び方も固いんだよ。ワタシは銀で良いぞ」
「私の事はそのっちで良いよ〜」
「わ、分かったわ……銀、そのっち」
照れ臭そうにしながらも、二人の名を呼ぶ須美。その様子に銀と園子は満足そうに頷いて、エミヤの待つ展望台を見つめた。
「よし!もう一回行くよ〜」
「おう!」
「今度こそ、銀を守護者様の下へ!」
その後も合同訓練は続いた。
しかし、その日は訓練を達成する事が出来なかった。
はい。皆さん。一ヶ月と三日ぶりです(白目)
最近はプログレッシブを見てからミト愛に目覚め、興味がSAOに逸れたり、書いては消して、書いては消してを繰り返すスランプに悩まされた結果、遅れました。すいません(土下座)
次は早めの投稿を目指して頑張りますので、応援の方をお願い致します!
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第四話 変化
数時間後。
「「「つ、疲れた〜〜」」」
訓練を終え、砂まみれになって疲れた体を温泉で癒し、夕食を終えた三人は、大赦に用意された宿の部屋で屍の様に倒れ伏していた。
「こ、これは、想像以上に……」
「厳し、過ぎんだろ……」
「うぅ……身体中がジンジンする〜〜」
全身に巡る筋肉痛と疲労感に苛まれる三人。
そんな三人を見て、エミヤはやれやれと、肩を竦めてぼやいた。
「初日からこの体たらくでは、先が思いやられるな」
「うへぇ〜、厳しいな」
「当然よ、銀。守護ひゃ……守護者様は三〇〇年もの間、バーテックスと戦い続けたお方、そんなしゅごひゃ……コホン。守護者様と並んで戦うには、まだまだ鍛錬が必要だわ」
「噛んだ」
「噛んだね〜、二回も」
「くっ〜〜〜」
羞恥心に顔を真っ赤にする須美。そんな須美にエミヤは言った。
「私を守護者と呼び難いのであれば、名前で呼んでくれても構わない」
「そんな!守護者様の名前を呼ぶなんて、神樹様を樹木と呼ぶ様な物です。畏れ多すぎます!」
仰々しい反応をする須美に、エミヤは苦い笑いを浮かべた。
生真面目な須美の性格もあるだろうが、歴代勇者と巫女の中で須美と同じ様な態度を取る者は少なくない。寧ろ、最初の頃は皆、須美と同じ様な態度を取る。
「え?ワタシ、エミヤさんって普通に呼んでるけど、これって畏れ多い事だったの?」
「アハハ〜。どうだろうね〜」
「おい。目を逸らすな園子。不安になるだろ!?」
現に堅苦しい言動を苦手とする銀と園子も、須美程ではないが、エミヤに畏まっている。
こうなった理由としては、大赦が神樹と契約し守護者と成ったエミヤを、神樹と同等の存在として、敬意と信仰を向ける様に教育しているのが原因だった。
エミヤとしては、自分の事を信仰するぐらいなら、世間の期待を背負い戦った初代。人知れず世界の為に戦った歴代勇者達の方を敬ってほしい物だと考えていた。
「そう畏まる必要は無い。歴代勇者の殆どは私の事を名前で呼ぶし、巫女の中にも私の名を呼ぶ者は居る。寧ろ私としては、勇者である君達が、私の事を守護者と呼ぶ方に違和感を感じる」
「そ、そうなのですか?」
困惑気味に尋ねる須美に、エミヤは「ああ」と頷いた。
「尤も、無理強いはしない。私の名を呼ぶのに抵抗があり、守護者という名称も呼び難いのであれば、好きに呼ぶと良い」
「はいはい〜!じゃあ、私はししょ〜て呼んで良いですか〜?」
エミヤの提案に、真っ先に手を上げたのは園子だった。
「し、師匠?」
「駄目ですか〜?」
「いや、別に駄目ではないが……」
「わ〜い!」
「性格は似ても似つかないが、いやはや……」
これが血筋という物かと、エミヤは呟き。
「じゃあじゃあ、ワタシも師匠呼びに変更しても良いですか?」
そっちの方がカッコイイですし、と詰め寄る銀にエミヤは気圧され反射的に「構わない」と答えた。
「やっり〜!」
反射的に答えてしまったエミヤだったが、少年の様にはしゃぐ銀を見て「まあ良いか」と納得した。園子も満面な笑みを浮かべて喜んだ。
「わぁ〜、ミノさんが妹になった〜。嬉しいな〜♪」
「妹?……ああ、先に園子が弟子入りしたから、ワタシは妹弟子で、園子は姉弟子になるのか」
園子の言葉に合点がいった銀は「えへへ」と頬を緩ませた。
「ワタシも弟は居ても姉は居なかったから、なんか嬉しいな〜」
「私もだよ〜♪ミノさん。存分に私に甘えて良いんよ〜」
「園子姉さ〜ん!」
「ミノ〜」
ひしっと抱きしめ合う銀と園子。
その様子を見て須美は「む〜」と頬を膨らませると、抱き合う二人の間に挟まった。
「わ!?」
「ど、どうした?須美」
須美の突然の乱入に驚く銀と園子。
そんな二人に、須美は小さく呟いた。
「私も……」
「え?」
「私も、守護様……いえ、師匠の弟子」
「……えっと?」
「つまり?」
銀と園子の追求に、須美はトマトの様に顔を真っ赤にして呟く。
「私も、二人の姉妹」
湯気が出るのではと思うほど、顔を真っ赤に染めた須美を見て、銀と園子は顔を見合わせて微笑んだ。
「うぇ!?ちょっと、銀。そのっち!?」
「よし、ワタシ達は今日から姉妹だ!」
「姉妹の盃を交わすんよ〜酒だ。酒を持ってこ〜い!」
「もう。二人共……」
須美は銀と園子に抱きしめられ、困惑した。けれど、その表情は満更でもなさげな様子だった。
そんな須美を見て、エミヤは意外そうな表情を浮かべた。
「ほう。君はもっと堅物な性格だと思っていたのだが。年相応の反応もするのだな」
「わ、私だって乙女なんですよ」
「……そうだな。すまなかった」
須美は心外だと、むっと顔を膨らませて反論する。
その反論にエミヤは「それもそうだな」と考えを改め謝罪した。
そんな様子を見て、今度は園子が「むむっ」と唸ると、何かを思い付いたのか、ピカーンと目を輝かせて言った。
「そうだ!この機会にししょーも、私達の事を名前で呼びましょうよ〜」
「お、それ良いな!何時も君とか、君達ってばかりで、偶に名前を呼ばれた時も、苗字かフルネーム呼びだし。この機会に名前で呼んで下さいよ。お師匠〜」
「……君達が望むのなら、そうするが?」
名前呼びを提案する園子と銀。
エミヤとしても、別段断る理由も無かったので、二人の要望を聞き入れた。
「おお〜、じゃ、早速呼んで下さい!」
「下さい!」
「………」
目を輝かせる銀と園子。須美は何も言わないが、ジィーと何かを期待する眼差しをエミヤに向けていた。
名前呼び一つで、こうも期待されるとは思わなかったエミヤは、若干気圧されながらも、ゴホン。と咳払いをして三人の名を呼ぶ。
「銀。園子。須美……ああ、この響きの方が好ましいな。君達に合っている良い名だ」
「なっ!」
「え?えぇぇぇ!?な、なんか、照れますね〜」
「わぁ〜い。褒められた〜」
突然の褒め言葉に、須美と銀は顔を赤くして照れた。その一方で、園子は名前を褒められた事に無邪気に喜んだ。
【3】
翌日。
合宿二日目となるこの日は、昨日の鍛錬とは打って変わって、座学から始まった。
「くっ〜。合宿中なら勉強せずに済むと思ったのにぃ……」
「そんな訳ないでしょ、銀。勉学は学生の本分だもの。御役目も大事だけど、私達の本分も同じくらい大事よ」
「うぅ〜。須美は真面目だな……」
須美に注意され、机に項垂れていた銀は、仕方なしとばかりに起き上がった。
「須美の言う通りだな。尤も、今日学習してもらうのは学校で学ぶ一般科目ではないのだが」
「そうなのですか?」
「ああ、今日学んでもらうのは、今後の戦いで重要となる情報だ。この情報は命の今後の戦いや、君達の生存率に直結する重要な物なので心して聞く様に」
そう言ってエミヤは、座ったまま眠る園子に軽い手刀を喰らわせる。
「あたっ!」
園子は頭に走った痛みで目を覚ました。
「うぅ……痛いよ〜」
「自業自得だ。全く、銀と須美の姉弟子を名乗るのであれば、もっと示しの付く行動を心掛けてほしいものだ」
「は〜い。すみません」
涙目で謝罪する園子を横目に、エミヤは授業を始めた。
「では、先ずはバーテックスの形態からだ」
それからエミヤは、各種バーテックスの形態を描写した資料を交えて、解説した。
バーテックスには複数の形態があるが、その基調となるのは星屑と呼ばれる無数の小型バーテックス。
その無数の星屑が融合する事で、バーテックスは中型、大型と進化を重ねる。
先の戦いで戦ったバーテックスは、現段階では最終形態とされる大型バーテックスで、私達が戦うのはこの大型だ。
大型バーテックスは全部で十二種類。黄道十二星座と拷問具をモチーフにした姿を形取っており、それぞれ違った特性を有する。
先の戦いで戦ったのは水瓶座をモチーフとしたアクエリアス・バーテックス。無数の水弾と強力な放水が厄介だが、殺傷能力は低く、脅威度はそこまで高くない。
「あれで、脅威度が、そこまで高くない……」
「ま、マジか……」
「あれ以上の強敵が居るって事ですか〜?」
園子の言葉にエミヤは頷き、順に説明を開始した。
近距離攻撃も遠距離攻撃も行える。万能型の乙女座。ヴァルゴ・バーテックス。
高い耐久性を有する板を複数操る。鉄壁の蟹座。キャンサー・バーテックス。
バーテックスの中でも、最も高い殺傷能力を持つ蠍座。スコーピオン・バーテックス。
強力な一矢による遠距離攻撃と、千の矢による範囲攻撃を得意とする射手座。サジタリウス・バーテックス。
地震を引き起こす山羊座。カプリコーン・バーテックス。
極めて高い再生能力と、増殖能力を有する牡羊座。アリエス・バーテックス。
強力な怪音波を鳴り響かせる牡牛座。タウラス・バーテックス。
速度と機動力に秀でた双子座。ジェミニ・バーテックス。
自身を高速回転させる事で竜巻を引き起こす天秤座。ライブラ・バーテックス。
地中を水中の様に泳ぎ、神出鬼没な攻撃を行う魚座。ピスケス・バーテックス。
圧倒的火力で蹂躙する獅子座。レオ・バーテックス。
全ての説明を終えた頃、須美達三人は強張った表情を浮かべていた。
「バーテックスの弱点は一つ。御魂という核を破壊する事だ。逆に言えば、御魂を破壊しない限り、如何なる傷を与えようと、内包する星屑によって再生する」
「おお!」
「当然ながら、御魂の位置は巧妙に隠されている上に、御魂その物もかなりの強度を誇る。並大抵の攻撃では傷すら付かない」
「おお……」
「効果的な戦法は二つ。バーテックスの再生限界まで損傷を与え続け、御魂を露出させる方法だ。しかし、この戦法は時間が掛かる上に、リスクが高い」
現実的では無いなと、エミヤは次の戦法を述べた。
「もう一つは、私の宝具を持ってバーテックスの御魂を撃ち抜く事だ」
「ほうぐ?」
「それって、先の戦いでエミヤ先生が使った不思議な矢?の事ですか?」
「ああ、バーテックスを一撃で仕留めた奴!」
須美達の反応に、エミヤは「そうだ」と肯定し、その詳細を話す。
「宝具とは、過去に逸話を残した英霊達が使用した武器や、逸話が物質化した奇跡だ」
「「んん?」」
「つまり、伝説の武器や必殺技って事ですか〜?」
「その認識で合っている」
「おお!それならワタシにも分かるぞ!」
「つまり、織田信長でいうと圧切長谷部や三段撃ち。佐々木小次郎でいうと物干し竿や燕返しが宝具に当たるという事ですね!」
「そうなるな」
エミヤが頷くと、三人は「わぁ!」と目を輝かせた。
「んん。興奮するのは理解出来るが、この話はまた今度にしよう。今は授業中だ」
「は!私とした事が、取り乱しました」
「ちぇ〜。もっと話聞きたかったのに……」
「残念〜」
「そうがっかりするな。授業が終わり、時間が余れば、君達の質問に好きなだけ答えよう」
がっくしと肩を落とした三人だったが、エミヤの提案にやる気を取り戻した。
「少し話が脱線したが、要するに、ある程度ダメージを与えさせすれば、私の宝具でバーテックスの御魂を破壊出来る訳だ」
「はいはい!最初から、師匠の宝具でバーテックスを倒せないんですか?」
「もう。忘れたの?銀。御魂の位置は巧妙に隠されているのよ」
「あっ!そうだった……」
もう!と不満げな表情を浮かべる須美。
「須美の言う通りだ。前述した通り、御魂の位置は巧妙に隠されており、それを発見するのは困難だ」
「今までの経験則から、御魂の位置を割り出せないんですか〜?」
「無理だな。御魂の位置は固定されていない。体の中心部に位置する事もあれば、体の端に位置する事もある。恐らく、バーテックスの体内を移動しているのだろう」
「うへぇ〜。弱点が移動するとか、そんなの有りかよ」
「大変そうだね〜」
「そうね。何処を攻撃すれば良いのか分からないもの」
三人の言葉に、エミヤは言動には出さないものの、内心では同意した。
「故に、合理的な戦い方は、バーテックスに一定のダメージを与え、内包する星屑の数を削る事だ。ダメージを与えても、再生する事から無意味と思える攻撃でも、再生には内包する星屑を消費する。星屑の数が減れば、御魂の隠匿効果も低下し、私の
「「「おお!」」」
「まあ、銀の言う通り、最初から宝具を使い、バーテックスを倒す事も出来なくはないのだが」
「そうなんですか?」
エミヤの言葉に銀だけでなく、須美と園子も意外そうな表情を浮かべた。
「ああ、より強力な宝具を使うか、宝具を二回使えば可能だ」
「え?宝具って連発出来る物なんですか!?」
「可能だ。生前の私では精々一発。神樹と契約した後も撃てて二、三発が限界だった。しかし、死後守護者と成り、神樹から提供される膨大な力。魔力を得た私に宝具の使用限界回数など、無いに等しい」
おお!と目を輝かせる三人に、エミヤは釘を刺す様に「だが」と続けた。
「私に魔力を提供するのは神樹だ。神樹が私に魔力を提供した分だけ、現実世界が受ける神樹の恵みが減る事になる。場合によっては、バーテックスが樹海を枯らすよりも、私が宝具を連発する方が、現実世界へ与える被害を上回る事もある」
「「「……!」」」
「成程。つまり、宝具の使用は最低限にする必要がある。そう言う事なのですね」
「バーテックスを倒しても、現実世界に被害が出たら意味無いもんな!」
「私達が頑張らないとだね〜」
三人の言葉にエミヤは頷いた。
「宝具は極力使わない方が望ましい。しかし、御魂の強度や負傷のリスクを減らす為にも、一戦に一度は宝具を使わざる得ないだろう。宝具無しでバーテックスを倒すのは至難の技だからな」
「「「ゴクリ」」」
「ん〜。そうなると。ししょーには魔力を温存してもらって、私達が中心となって戦う方が良いのかな〜」
園子の言葉にエミヤは頷いた。
「ああ、そのつもりだ。今後は君達勇者組に主力と成って戦ってもらう」
「私達が、主力……」
「ワタシ達がバーテックスにダメージを与えて、師匠の宝具でトドメって事ですね!」
責任重大だ。と顔を引き締める須美と銀。
「神託では、次のバーテックス襲来は十三日後。だが、前回は神託よりも早いタイミングでバーテックスが襲来した事を踏まえ、今日明日にでも、バーテックスの侵攻がある物だと考え、鍛錬に励んでもらう。覚悟は良いか?」
エミヤの問いに、三人は一度顔を見合わせて頷くと、エミヤの方に向き直って答える。
「「「はい!」」」
昨日は厳しい鍛錬。今日はバーテックスの恐ろしさを知って尚、怯む様子を見せない三人。
その表情、その在り方を見て、エミヤはこの瞬間。須美、園子、銀の三人を少女ではなく、立派な勇者なのだと、初めて
「その気概良し。では一時間の昼休憩を取った後、浜辺で鍛錬だ」
「えぇ!?今日は鍛錬無しなんじゃ……」
「そんな事は一言も言っていないが?まあ、銀が座学を望むのであれば、希望通り勉強漬けの一日でも良いのだが……」
「鍛錬でお願いします!」
ビシッと背筋を伸ばし、敬礼をする銀。そんな銀に呆れた視線を向ける須美と、アハハと微笑む園子だった。
その後、一時間の昼休憩を終え、エミヤ達四人とサポート役として合流した安芸を交え、昨日同様の内容で鍛錬が行われた。
しかし、その鍛錬は前日よりも苛烈さを極め、その夜の三人は泥のように眠った。
それから二週間。
須美、園子、銀の三人は大人でも根を上げるであろう過酷なスケジュールの下、鍛錬を続けた。
そして。
ーーチリン。
第二の敵が現れた。
どうも、出来ればゆゆゆが放送される土曜日投稿目指してるんですけど、中々執筆速度とスケジュールの折り合いが付かない読者その1です。
この一週間で高評価とお気に入り登録者数が伸びて感謝感激です!
そんな訳でようやっと、次の戦いが始まります。
執筆速度だけじゃなくて、物語の進行速度も遅いな……。
連載再開時に誓った週一投稿の目標は何処へ……。
この作品が面白い。続きを読みたいと思った方は励みになりますので、高評価と感想をお願い致します!
読者その1にモチベーション向上バフと執筆速度向上バフが掛かります!
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第五話 想定外の出来事
【4】
二週間に及ぶ鍛錬合宿終了の翌日。
第二の敵が現れた。
それ自体は神託の通りの出来事であった。
然し……
「これはこれは……」
「敵が二体」
「あわわ〜、嫌なサプライズだ〜」
現れた敵は
「師匠。今までに、バーテックスが二体同時に現れた事はありますか?」
「ああ、西暦の時代
「……神世紀の時代では?」
「初めてだ。少なくとも、神世紀に入ってからは、二体同時に現れた事はない」
「つまり、イレギュラーって事ですか〜?」
「そうなるな。激戦が予測される。心して掛かれ」
その言葉に須美、園子、銀の三人は固唾を飲んで緊張する。しかし、その瞳には強い闘志が宿り、敵に臆する様子は無かった。武器を握り締め、何時でも行動出来る様に前傾姿勢を取っていた。
エミヤはその様子に満足すると、二体のバーテックスを並んだ。
(一度の襲撃に一体のバーテックス。神世紀に入ってからの原則が破られた。天の神が
何方にせよ。やる事は変わらない。
エミヤは黒弓を投影した。
その直後、ライブラ・バーテックスが動いた。
「このタイミングで回転?」
エミヤは疑問符を浮かべた。
バーテックスとの距離はまだある。ここで回転を始めてもライブラ・バーテックスの暴風はエミヤ達の元に届かない。防御面で考えれば、通常の矢は弾けるだろう。しかし。
「これならば関係無いな」
エミヤは螺旋剣を投影し、弓に番えた。
ドーンッ!
そのタイミングを狙ったかの様に、カプリコーン・バーテックスが地震を発生させた。
「わわ!」
「これが地震を引き起こす能力か!」
「思ったより強力だわ」
勇者組三人は、カプリコーン・バーテックスが引き起こした地震に若干バランスを崩しかけながらも、武器を構えながら悠然と立っていた。
「でも」
「耐えられない程じゃないな」
「あの合宿を耐えた私達に、不可能なんてないわ!」
これが合宿前なら、踏ん張る事すら出来なかっただろう。けれど、大人も逃げ出すであろう地獄の合宿を達成し、勇者の身体能力や体の使い方、基礎的な技術や高等技術まで、多くの事を学んだ三人にとって、地震の揺れを堪える事など造作もなかった。
そんな三人を横目に見たエミヤは、合宿の成果に満足し、ブレのない動作で弓を引いた。
「I am theーー」
その直後、ライブラ・バーテックスから重りが投擲された。
(投擲!?今までそんな攻撃方法は無かったぞ!)
想定外の攻撃に驚愕するエミヤだが、その状況分析は速い。
投擲された重りは四つ。小型の重りが三つに、大型の重りが一つ(小型と言っても、大型トラックに相当する大きさで、大型は小型の三倍程の大きさ)それが疑似台風を引き起こす程の回転力と遠心力が乗った速度で投擲された。狙いは全て勇者組の方に向かっている。
(嫌らしい攻撃をしてくれる)
判断は一瞬。
「
エミヤは弓矢を放棄し、勇者組の前に立つ。
「ーー
直後、展開したアイアスに小型の重りが着弾する。
ビキッ
一つ目の重りはアイアスに罅を入れた。
ビキビキッ!
二つ目の重りが着弾し、アイアスの罅が大きく広がる。
バギン!
三つ目の重りが着弾し、アイアスが一枚破られた。
「くっ!」
バギン!
そこに大型の重りが加わり、二枚目のアイアスが破られる。
(防ぎ切ったか)
攻撃を凌ぎ切った事による安堵感。それによって生じたほんの一瞬の気の緩み、それを狙ったかの様に重なり合った重りは連続して爆発する。
ドカッ!ドカッ!ドカッ!
「くっ!」
思わぬ追撃に、更にアイアスが二枚破られ、結果として四枚のアイアスが破られた。
「まさか、アイアスを半壊させるとはな」
エミヤは投擲した重りの再生を開始したライブラ・バーテックスを睨み、その脅威度を上方修正した。
「
エミヤは再度、黒弓と螺旋剣を投影して矢を番えた。
狙いは当然、投擲攻撃の準備を整えるライブラ・バーテックスだ。然し。
「
「師匠!」
「山羊座が動きました!」
エミヤが螺旋剣を放とうとした直後、カプリコーン・バーテックスが四本の足を束ね、ドリルの様に回転させながらエミヤを攻撃した。
「ちっ」
過去に前例のないバーテックスの連携。それにエミヤは舌を打ち、標的をライブラ・バーテックスからカプリコーン・バーテックスに変更した。変更せざるを得なかった。
「
エミヤの放った
「成程。束ねた足をカラドボルグの放つ螺旋方向とは逆方向に回転させ、カラドボルグの能力を相殺しているのか。考えた物だな」
ならば、とエミヤは
ボーン!
「■■■■■!!」
カプリコーン・バーテックスは声にならない悲鳴を上げた。
壊れた幻想によって引き起こされた巨大な爆発は、カプリコーン・バーテックスの四本の足を全てを吹き飛ばし、本体にも大きなダメージを受けた。
「あと一押し!」
エミヤがそう叫んだ直後。重りを再生し終えたライブラ・バーテックスが回転を始めた。
「ちっ、須美、園子、銀。天秤座は私が相手をする。瀕死の山羊座は君達に任せる」
「「「はい!」」」
エミヤの指示に三人は即座に答え、カプリコーン・バーテックスに向かって駆け出した。
直後、エミヤはライブラ・バーテックス目掛けて大きく跳び、ライブラ・バーテックスが巻き起こす暴風の届かない上空から無数の矢を放つ。
その矢の全てが外れる事なく、ライブラ・バーテックスの体に吸い込まれる様に次々と命中し、爆発する。
「■■■■!」
無数の箇所にダメージを負ったライブラ・バーテックスはその動きを止め、傷の再生を急ぐ。だがそんな隙を見逃すエミヤではない。
「
片手を掲げ、投影するのは大英雄の武器。
「
それは本来ならエミヤが振るうどころか、持ち上げる事すら不可能な超重量の斧剣。その全長は並の成人男性の身長を上回り、その狂剣の一振りは、有りと有らゆる物を両断する事すら可能だろう。
そんな武器を、エミヤは長年培った経験と技術で、使い手である大英雄の経験を、そしてその腕力もを読み取り、自身に憑依・投影させる事で使用可能とした。
「
ここからはエミヤのアレンジだ。
狂人と化した大英雄の武器から読み取れるのは、対人戦が精々だ。大英雄が成した怪物殺しの技量までは読み取れない。
「
十分だ。
大英雄の武器から読み取った経験と技術に、エミヤの経験と技術を加え、ライブラ・バーテックスに最適な攻撃方法と手順を模索、剣技の最適化を行う。
「
そうして振るわれた斧剣は、傷付いたライブラ・バーテックスに最適かつ最も効果的なダメージを次々と繰り出し、ライブラ・バーテックスの体を斬り刻む。
「捉えた!」
エミヤの
エミヤは即座に斧剣を放棄し、黒弓と螺旋剣を投影。
「
ライブラ・バーテックスの御魂は通常のカラドボルグⅡよりも更に劣る、
・
一方の勇者組三人も、盾役の園子を先頭に、銀と須美が続き、エミヤの攻撃によって瀕死のカプリコーン・バーテックスとの距離を詰めていた。
「ちっ、思ったより再生が速い!」
「このままじゃ、敵に辿り着く前に足が再生しそうだよ〜」
想定よりも速い速度で、欠損した足を再生させるカプリコーン・バーテックスを見て焦る銀と園子。
そんな二人に須美は「任せて」と声を上げ、立ち止まる。
「火力も速度も、お師匠には遠く及ばないけど、私だって弓兵!援護くらいしてみせるわ!」
須美は素早い動作で弓を引き、矢を連射した。
毎秒一発。弓とは思えない速度で連射された矢は、その連射速度からは考えられない程、的確な命中精度でカプリコーン・バーテックスの体に次々と命中し、爆発。再生途中のカプリコーン・バーテックスに無視出来ないダメージを与え続けた。
「っ!銀!そのっち!」
「分かってる!」
「後衛を守るのは、前衛の仕事だよ!」
そんな須美を脅威と判断したのか、カプリコーン・バーテックスは再生途中の足を使い、須美を攻撃した。
「友達を傷付けようとする奴は許さないんよ!」
園子は普段ののほほんとした言動からは考えられない、俊敏な動きでカプリコーン・バーテックスの足を弾き飛ばした。
「須美を傷付けようとした報いを受けろ!おんどりゃぁぁぁぁぁ!」
園子が弾き飛ばした足を、銀が身の丈と同じくらいの斧剣を振るい、断ち切る。
「■■■■!」
再生させたばかりの足を再び失い、悲鳴を上げるカプリコーン・バーテックス。
「怯んだ!」
「今がチャンスだ!」
「畳み掛けるよ!」
そんなカプリコーン・バーテックスに須美は矢を放ち続け、銀と園子は追撃を加えようと駆け出した。
「っ!バーテックスが逃げる!」
「逃すか!園子!」
「アイアイサー!」
カプリコーン・バーテックスは、三人の追撃から逃れようと急浮上しようとするが、その動きを察知した三人は即座に連携を取った。
須美はカプリコーン・バーテックスの頭上に矢を集中させ浮上を牽制し、園子は浮遊する刃でカプリコーン・バーテックスまでの階段を構築した。銀は園子の作った階段を駆け上り、カプリコーン・バーテックスに向かって跳躍し、斧剣の間合いまで詰め寄った。
「勇者は、気合と根性ぉぉぉぉぉ!」
その小さな体からは想像も出来ない怪力と速度で繰り出される嵐の様な連撃が、カプリコーン・バーテックスの体を斬り刻む。
「オラオラオラオラオラオラオラ!」
エミヤが振るった斧剣が精密機械だとすれば、銀の振るう斧剣は暴力の嵐。敵を殺すまで攻撃の手を緩めない獣の剣。
その剣は肉を断ち、骨を断ち、遂には体の奥深くに隠れていた
「師匠の手を借りるまでもない!私が、倒す!!」
御魂目掛けて斧剣を振り上げる。その瞬間。
プシュゥゥゥゥ!
御魂から紫色の霧が噴射され、銀は霧の勢いに吹き飛ばされた。
「ちっ、最後の悪あがきか!こんな霧、大した事ーー」
ない。そう続けようとした銀の口から溢れたのは、言葉ではなく、大量の血だった。
「ゴホッ!」
銀は吐血して倒れ、毒霧に呑まれた。
「銀!」
「ミノさん!」
須美と園子は毒霧に呑まれた銀の名を叫び、毒霧に入ろうとした。だが、そんな二人の前に、戦いを終えて合流したエミヤが立場だかり手で制する。
「迂闊に近付くな!恐らく毒霧だ」
「でも、銀が!」
「分かっている!」
焦る須美に、エミヤは怒鳴る様に答えると、数本の矢を放つ。毒霧によって視界が遮られた中、エミヤの放った矢は視界不良を感じさせない的確さで御魂に命中。御魂は爆散し、それと同時に御魂から吹き出した毒霧が晴れ、自身の血流の中で疼くまる銀の姿が露わになった。
須美と園子はすかさず銀の元に駆け付けようとするが、再度エミヤの手で静止された。二人は反射的にエミヤを睨み、抗議しようとするが、その前にエミヤは二枚の布を二人に差し出して言った。
「まだ毒霧が晴れ切っていない。耐毒効果のある礼装だ。近付くなら、これで顔を覆ってからにしろ」
エミヤの言葉に、二人は黙って礼装を受け取り、早る気持ちを抑えてながらも、素早い動作で礼装で顔を覆い、今度こそ銀の元に駆け付けた。
「銀!大丈夫!?」
「しっかりしてミノさん!」
「須美……その、こ……ゴホッ」
「銀!」「ミノさん!」
須美と園子の呼び掛けに応えようとし、吐血する銀。その様子に須美と園子は顔を青くして銀の名前を呼んだ。
「くそっ、私がいながら何たる失態」
エミヤは悪態を吐きながら、銀の体に触れた。
「
須美と園子はエミヤならなんとかしてくれると、期待を込めた眼差しでエミヤを視た。然し、エミヤの表情は険しいものだった。
(いかん。呼吸器系がやられてる。糜爛性の毒か?いや、この感じは毒というよりも、呪詛に近い。それも高位の呪詛だ。並の礼装では効果が無い)
「……お師匠?」
「……ミノさん。助かります、よね?」
「ああ、私がいる限り、誰一人と戦死者は出させない」
不安そうな表情を浮かべる二人にそう答えると、エミヤは自身の胸に触れ、黄金の鞘を取り出した。
「わぁ〜」
「……綺麗」
それはかつて、騎士王と謳われた英雄の鞘。
あらゆる傷を癒し、呪いを跳ね除ける効果を持つ至高の宝具。その名は、
「
本来の持ち主であるアーサー王の魔力無しでは、その真価を発揮しない。だが鞘に魔力を込めれば、ある程度の治癒能力を発揮する。少なくとも、エミヤの半端な治癒魔術よりもよっぽど効果がある。そう判断し、エミヤは黄金の鞘を銀の体に埋め込んだ。
そして有りったけの魔力を注ぎ込む。神樹から魔力提供を受けているエミヤの魔力量は無限と言っていい。その膨大な魔力を注ぎ込んだアヴァロンの治癒能力は、銀の体に残る毒と呪詛を祓い、傷付いた内臓を再生させた。
「ケホッ、ケホッ」
「銀!」「ミノさん!」
「もう大丈夫だ。完治とまでは行かないが、重要器官は治癒した。山場は越えたと言っていい」
エミヤの言葉に須美と園子は「ほっ」と安堵の息を吐いた。
(バーテックスの二体同時の襲来。天秤座の投擲に、山羊座の毒霧という今までに無かった攻撃。そして連携……今後の戦いも今まで通りの展開とは行くまい)
今後の戦いに一抹の不安を残しながらも、こうして第二の戦いは終わった。
【以下解説】
是、星殺す百頭(ナインライブズ・スターブレイク)
簡単に言えば、バーサーカーの斧剣から読み取った技術と、エミヤの経験と技術をいい感じにブランドしたバーテックス殺しの剣技。
全て遠き理想郷(アヴァロン)
騎士王の愛剣の鞘。
あらゆる傷を癒し、呪いを跳ね除ける。
騎士王の魔力が無ければ真価を発揮にしないが、本作では騎士王が提供する魔力の何十倍もの魔力を提供すれば同様の効果を発揮する設定。
本作のエミヤはセイバーに鞘を返さず、生涯持ち続けた。
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英雄の章(ゆゆゆ編)
第1話 プロローグ
【1】
讃州中学勇者部。それは五人で構成された、人々のためになることを勇んで実施する事を目的とした部活である。まあ、言ってしまえばボランティア部であり、名前以外は他校に存在するボランティア部の活動と然程の違いはない。
今回の活動は幼稚園での人形劇。
脚本兼ね監督は勇者部部長の三年、犬吠埼風。
『昔々、人々に嫌がらせをする魔王が居ました。魔王の力は絶対で、誰も魔王に逆らえませんでした。そんな中、人々を苦しめる魔王を退治すべく。勇者が立ち上がりました。勇者は数々の困難を乗り越え、やっと魔王の城に辿り着きました。勇者は魔王に剣を向けて言いました」
ナレーションは二年、東郷美森。
BGMなどを鳴らす演出は一年、犬吠埼樹。
「とうとう辿り着いたぞ魔王!もう人に嫌がらせをするのは止めろ!」
勇者役は一年、結城友奈。
「
魔王役は勇者部副部長であり、三年の
以上五人が、讃州中学勇者部の部員である。
「だからって嫌がらせは良くない!話し合えばきっと分かり合える!」
「話し合い?そんな事をしても、また俺を悪者にするだけだ!何も変わらない!」
「そんな事は絶対にさせない!話し合いをすればきっと平和な世界がくる!だから!」
と、そこで熱意の入った友奈が誤って人形から下、つまり演技をする友奈と士郎を隠す板を叩いてしまい、板が園児達の方は倒れてしまった。
幸いにも、園児達は板から十分距離を取っており、怪我人はいなかったものの、人形を操る
「うぅぅ……勇者キック!」
「なんでさ!」
そんな中、
「ええい!分からず屋め!こうなったら力尽くでも話し合いする気にしてやる!」
「話し合いをするんじゃなかったのか勇者!?ええい、ならば喰らえ、魔王パンチ!」
「勇者バ〜リア!」
「なんでさ!そんなの在りかよ!?」
アドリブで戦いを始める勇者と魔王。
それを見た
「良いね良いね。面白くなって来た!樹、ミュージック」
「ええ!?」
突然の監督命令に戸惑う樹。慌ててボタンを押すと、それは勇者がピンチになった時に流す様の魔王テーマだった。
「ええ!?此処で魔王テーマ!?」
「ふははは、所詮私達が共に手を取り合う世界など理想でしかない!そんな理想を抱いたままでしか生きられないというならば、その理想を抱いて溺死しろ勇者ぁ!」
「し、魔王がいつになく本気だ!?」
困惑する友奈。役に乗った士郎。
そんな二人を見た美森は閃いた。
『皆、勇者を応援して!みんなで勇者を応援して元気を分けて上げて!』
(ちょっ!?それ言っちゃダメな奴じゃないか!?)
『がーんばれ!がーんばれ』
「「「がーんばれ!がーんばれ!がーんばれ!」」」
すると勇者は両手を上げて。
「おおお、なんかみんなの元ーー」
「うぉぉぉ!みんなの声援が、私を弱らせる」
士郎は言わせねぇよと、オーバーに苦しみの演技をした。
「むぅ……」
友奈は頬を膨らませて士郎に不満げな視線を向けるが、士郎は早く締めろとアイコンタクトを送る。
友奈もしょうがないなとばかりに気持ちを切り替え。
「勇者パーンチ!」
「痛ぁ!」
ちょっと本気目のパンチを魔王に食らわせた。
『皆の元気が込められたパンチを受けた魔王は改心し、祖国は護られたとさ、めでたしめでたし』
最後にナレーションが締め、途中でトラブルが有ったものの、人形劇は無事成功に終わった。
【2】
日もすっかり沈んだ夜。
人形劇が終了してから、勇者部一同は士郎の家で打ち上げを行い、士郎と風の手料理、デザートに美森のぼた餅に舌鼓を打ったのはつい先程の出来事。
今は後片付けも完了し、其々の家に帰った後。
士郎は蔵で日課の鍛錬を始めようとしていた。
「
一本のパイプを持ち、士郎は小さく呟いた。
すると、士郎の手から幾つもの青白い線が血管の様に現れる。線は士郎の手を伝い、パイプに浸透する。
「基本骨子ーー解明」
士郎は線を通じてパイプの骨組みを理解した。
「基本材質ーー解明」
次に材質を理解した。今や士郎以上にこのパイプの事を知る人間は存在しない。
「基本骨子ーー変更」
パイプの骨組みをより強固なものへと変更した。
「基本材質ーー補強」
次に材質をより強固な物へと補強しようと試みるが、結果は失敗した。
パイプから浮き出た青白い線は、エラーを起こしたかの様な赤い線に変わり、それが士郎の手にも浸透し、士郎の手に浮き出た線が赤く変わる。
「ぐぁぁ……」
士郎は短い悲鳴をあげると共に、反射的にパイプから手を離す。
カランカランと音を立てて落ちるパイプ。そのパイプにももう先程まで浮き出ていた線は存在しなかった。
それは士郎の手も同じで、今は火傷を負ったかの様に手を抑えて蹲っていた。
士郎が先程まで使っていた物の正体は魔術。
西暦の時代では、中世紀頃は世界中幅広く使用され、後世紀頃からは徐々に一般には秘匿されていった技術であり、新世紀のこの時代では、魔術の使い手は殆ど居なくなった失われかけている技術である。
士郎が行なったのは、単純な強化魔術の鍛錬だったが、それでも、一歩間違えれば命に関わる様な危険な鍛錬だ。
「くそ……また失敗かぁ……」
激痛を少しでも和らげようと呟く士郎。だが、その効果は全くと言っていい程効果は無く。
その後も暫く痛みに悶える苦しみ、漸く痛みが薄れていくと士郎はそのまま気を失うかの様に眠りに就いた。
【3】
それは綺麗な満月の夜だった。
見慣れた家の縁側で、俺は誰かと共に月を眺めていた。
「士郎」
その誰かは、俺の名前を呼んだ。
俺は誰かの顔を見るが、その誰かの顔には霧のような物が掛かっていて、顔が見えない。
「僕はね、正義の味方に憧れてたんだ」
誰かの表情は見えない。けれど、その声のトーンから誰かが男である事と無念さか、或いは悲壮感を感じさせる何かが伝わった。
「なんだよ、憧れてたって。諦めちゃったのかよ?」
それが誰の声か、俺は一瞬分からなかった。
周囲を見渡そうとするが、俺の視線は男の顔に固定されたまま、全く動く事は無かった。
「……うん。正義の味方は期間限定でね。大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんな事、もっと早くに気付いてれば良かった……」
けれど、男は声を発した誰かではなく、俺を見てそう言った。
「そっか、ならしょうがないな」
そして俺は悟った。これは俺と男以外の誰かが発した言葉じゃなく。俺自身が発した言葉だと。
「うん。そうだね……本当に」
「……しょーがないな。だから、俺がなってやるよ」
夢の中の俺さ、今の俺よりも数段高い、幼い少年の声で言った。
「爺さんは大人だから、もう無理だけど。俺ならまだ大丈夫だろ?」
「……そうだね」
男の表情は相変わらず見えない。だけど、その雰囲気から何か重たい雰囲気が取れた様な気がする。
「だから安心しろよ。爺さんの夢は、俺が……」
その後の会話は聞こえない。
【4】
「ぱいーーせーんぱいーーシローせーんぱい」
士郎は誰かに揺すられる揺れと、士郎を呼ぶ少女の声によって目を覚ました。
「んんん……誰だ……」
士郎は少女に手を伸ばした。
それは意識せず、ただ無意識に少女に手を伸ばした行動にも特に意味はなかった……筈である。
少女も士郎の手に何の危機感も無く。避ける事も止める事もしなかった。その選択が後の悲劇を起こすとも知らず、士郎は少女に手を伸ばし、少女は何のアクションも起こさない。
「ふぇ?」
少女は今し方起こった事を理解出来ず、暫し固まる。
「んん?なんだ……柔らかい?」
固まった少女に関係なく。士郎の指は動き、少女の胸に埋まった。
「ひゃん」
少女は一瞬色っぽい声を上げると、次第に状況を徐々に把握していき、見る見る内にその顔を真っ赤に染め上げた。
「んん、あれ?友……奈?」
一方の士郎も寝惚けた視界がクリアになっていき、少女の姿とその少々の胸に自分の右手が触れている……と言うよりも揉んでいる状況に気付くと、少女……友奈とは対照的に、その顔は見る見る内に真っ青に血の気が引いていった。
「あ、あの……友奈……これは……その……」
士郎が弁解するよりも早く(と言うか、この状況は弁解出来ないだろうが)友奈は右手を振り絞り。
「ゆ、勇者パァァァァァンチ!!!」
その手を士郎の腹部目掛けて突き出した。
「ぐぼぉぉぉぉ」
寝起きに強烈な一撃を受けた士郎は、一瞬で目が覚めたが、直ぐに気を失った。
ども、読者その1です。
基本1話辺り、3000〜4000文字以上を目安に書いてます。
この作品が面白い、続きが読みたいと思いましたら、高評価又はコメントお願いします。
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第2話 始まりの日
評価を入れて下さった方、本当にありがとうございます!励みになります!!
今回から、少し独自設定入ります。
【5】
士郎は三十分程気絶した後、腹部に走る痛みに顔を顰めながら玄関に入ると、其処には士郎以外の靴が二組揃っており、台所の方からは香ばしい焼き魚と味噌の匂いが漂って来た。
「あちゃー、今日は俺が作る予定だったのに……」
士郎は申し訳なさそうに呟きながら靴を脱ぎ、リビングに向かうと、其処には車椅子でありながら、器用に料理をしている美森と、完成した食事を机に並べている友奈の姿があった。
「あ、おはようございます先輩」
「……おはようございます」
二人は士郎に気付くと、一旦作業を止めて挨拶をした。
美森はいつも通りの笑顔で、友奈は何時もは明るく元気に挨拶をするのだが、今日はそっぽを向いて顔を赤く染めながら小さく挨拶をした。
「ああ、おはよう。美森、友奈」
二人に挨拶を返す士郎。
「もう朝ご飯出来てますよ」
「ああ、すまないな。今日は俺が当番なのに……」
エプロンを外して、台所から出て来る美森に士郎は謝った。
「気にしないで下さい。昨晩は先輩に台所を任せっきりにしてしまいましたから」
「悪いな。せめて食器洗いは全部俺に任せてくれ」
「分かりました。それじゃ、食器洗いはお願いしますね。さあ、冷めてしまう前に食べましょう」
「ああ」
士郎と美森、偶に友奈を交えて食事をするのが衛宮家の日常だ。
三人の家は此処、衛宮家を中心に左に友奈が住む結城家、右に美森が住む東郷家が存在する。
士郎は家族が居らず、この広い家に一人暮らし。
友奈も美森も両親が共働きであり、美森は朝も夜も一人で食事をし、友奈も稀に一人で食事をする機会がある。
故に士郎と美森は毎日食事を共にし、友奈も家に家族が居ない時は衛宮家で食事をする。
最初は車椅子の美森に気を使って、東郷家に集まろうという話になったのだが、美森自身が衛宮家の方が落ち着くという理由で、衛宮家に集まる様になっている。
「「「頂きます」」」
三人は箸を取り、食事を始めた。
士郎はちらっと友奈を見る。
視線を感じた友奈は、士郎から胸を隠す動作をして箸を進める。
(やっぱり、朝の出来事は夢じゃなかったんだな……はぁ、後でちゃんと謝らなきゃな)
士郎はそんな事を考えながら、
そして液体の掛かったご飯を口の中に運び……
「ふぁん!?」
派手にひっくり返った。
「これ、ソースだぞ!?ソース!!しかもオイスター!!とろとろご飯にオイスター!!」
士郎は口の周りから、ソースを血の様に流しながら叫んだ。
そしてはっ!と何かに気付いた様に友奈を見る。
すると友奈は顔に影を作り、口角を吊り上げていた。そして口が動く。
そしてクスクスと笑い出す友奈。
「引っかかりましたね。シロー先輩」
「ゆ、友奈……お前、まさか!?」
「そのまさかですよ。シロー先輩。私はシロー先輩が此処に来るまでの間に、醤油の中身をソースに変えておいたのです!」
なん……だと!?と驚愕する士郎。
「なんて恐ろしい事をするんだ!まるで魔王!」
「ふふふ、今朝の恨みをこんな程度で晴らせるとは思わない事ですねシロー先輩」
「ま、待て!話せば分かる!話し合おう友奈!」
手の指を動かしながら迫る友奈。後ずさる士郎。
「話し合い?そんな事で私の……む、胸を揉まれた恨みは晴れるなんて理想でしかない。そんな理想を抱いたままでしか生きられないというならば、その理想を抱いて溺死しろですよ♪シロー先輩」
「そ、それ昨日俺が言ったセリフ!」
狩る者と狩られる者。
絶体絶命のピンチを迎える士郎に。
「……友奈ちゃん」
「ひっ」
油の切れたロボットの様に後ろを振り返る友奈。其処には、修羅の様な雰囲気を醸し出した美森が居た。
「友奈ちゃん。其処に正座」
「と、東郷……さん?」
「早く!」
「はい!」
背筋を伸ばし、敬礼をした後に美森の指示通りに正座をする友奈。
「今朝に何があったかは知らないけど、食べ物を粗末にする様な行為は認められません!」
「は、はい……」
「罰として、今晩のカレーうどんは、友奈ちゃんの分だけうどん抜きのカレーうどんにします」
それは、ただのカレーである。
普通なら、それがどうした?と大した効果が無さそうな罰であったが……
「そ、そんな……馬鹿な……嘘だよね……東郷さん……そんなの……そんなのってないよ!」
まるで、この世の終わりかの様な表情を浮かべる友奈。効果抜群であった。まあ、これは友奈に限った話ではなく、香川県民ほぼ全員に効果抜群な罰である。
それは兎も角、一方の士郎は取り敢えず助かった事に安堵し、脱力するが……
「それから先輩」
「は、はい!」
美森の声に、脱力した体に力を入れ直す士郎。
「友奈ちゃんの胸を触ったってのは……どういう事ですか?」
口は笑ってるのに、目が全く笑ってない美森に恐怖する士郎。
そして士郎は悟る。美森は救いの女神などではなく、死神だったのだと。
【6】
結局あの後、友奈も士郎も両者等しく、美森にこってりと叱られた事により、三人は何時もより三十分遅く学校に着いた。
まあ、勇者部の活動として、登校時間の一時間前に部室に集合するのが日課となっているので、学校には遅刻していない。
「へぇ……つまり、寝惚けて友奈の胸を揉んでしまったのと、仕返しで友奈が醤油とソースを入れ替えた事で二人揃って東郷に怒られたんだ」
「ああ、そうなんだけど……」
現在の勇者部部室の図は以下の通りである。
正座する士郎。
その前に仁王立ちで士郎を見下ろす風。
今朝の事を思い出して顔を真っ赤にして俯く友奈。
友奈を慰める美森。
風の隣に立っている樹。
「裁判長、判決」
検察官風の言葉に、裁判長樹は間を空けず判決を言い渡す。
「
「と言う訳で、今度のかめやは士郎の奢りね」
「ま、待ってくれ!弁護士、弁護士を呼んでくれ!」
「はぁ……しょうがないわね。弁護人、異議は?」
弁護士美森は答える。
「有りません」
「なんでさ!」
「嫁入り前の胸を揉んだのよ。当然の判決だわ」
「そうです。おねぇ……検察官の言う通りです」
被害者友奈。
検察官風。
裁判長樹。
弁護人美森。
全員女であるこの部室に、被告人士郎の味方など居る筈もなかった。
士郎は何を言っても無駄だと悟ると、はぁと溜息をついた。
「分かったよ。今度かめや行った時は俺の奢りだ。けど加減はしてくれよ……特に風」
「なんでよ!」
「お前、何時もうどん十杯くらい食べるだろ!幾ら何でも財布の中身が足りないよ」
「失礼な!そんなに食べてないわよ……精々九杯よ」
「ほぼ変わんないよ……お姉ちゃん」
「んぐっ、そんな事よりも、依頼よ、依頼!士郎。アンタにまた電化製品修理の依頼が来てるわよ」
話題を無理矢理変えた風だったが、誰も話題を掘り返す様な事はしなかった。
「またかよ。今度は何だ?」
「生徒会からよ。なんでも扇風機が壊れたんだって。昼休みにでもちょちょいと直しに行ってあげて。そしてさり気無く部費アップの交渉もお願いね」
「はぁ……了解したよ」
【7】
そして時が流れ昼休み。
士郎は風に言われた通り、生徒会室に来ていた。
「それで?壊れた扇風機ってのは?」
「ああ、これなんだが、去年から動かなくなってな。もしかすると天寿を全うされたかもしれんのだ」
「おいおい。天寿を全うされてたら、流石の俺も直せないぞ」
「ああ、だが一応見てくれないか?讃州中学のブラウニーと呼ばれる衛宮で無理なら諦める」
「はあ、分かったよ。少し集中したいからちょっと一人にしてくれないか?」
「ああ、分かった」
そう言って、士郎が話していた男子生徒が生徒会室から出て行くのを確認すると、士郎は扇風機に手をかざして呟いた。
「
士郎の手に昨晩と同じく青白い線が浮き出ると、それは扇風機に浸透し、扇風機の目に見えない内部構造まで隈無く伝染していった。
暫くして、扇風機の内部構造や故障箇所を確認した士郎は再び呟く。
「
すると、青白い線はブレーカーの落ちた電球の様に消え去った。
「よし、これなら問題無いな。修理しても来年か、再来年には天寿を全うするだろうけど、今年か来年の夏までは持つだろ」
誰に言う訳でもなく士郎は呟くと、工具箱からドライバーを取り出し、扇風機の修理を始めた。
ぶっちゃけ、士郎を三年にしたのって、美森に先輩って言わせたかっただけなんだよね♪
いや、だってさ、美森って桜と似てるじゃん。胸とか、髪とか、イメージカラーとか、料理が出来るとことかさ、これってもう、桜ポジションにするしかないじゃん?
この作品が面白い、続きが読みたいと思いましたら、高評価又はコメントお願いします。
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第3話 勇者になった日
【8】
それは、午後の授業での出来事だった。
授業の最中、士郎のスマホからアラーム音が鳴り響いた。
「誰だ?授業中にアラームをセットしたのは」
「す、すいません。俺です」
「衛宮、授業中は電源を切るように」
士郎は「はい」と返事をしながら、ポケットからスマホを取り出した。
「可笑しいな。アラームなんてセットしてなかった筈なんだけど……って、なんだこれ」
そうぼやきながら、士郎はスマホを取り出したが、その画面には赤い枠に【樹海化警報】という文字が表示されていた。
「って早く止めないとな……って、止まんないぞ、これ」
アラームを止めようと、電源ボタンやホームボタンを押すが、その画面に変化はなく、依然鳴り響くアラーム。
「故障か?……しょうがない」
士郎は周囲に目をやり、スマホが死角にやるように隠して、
「あはは、すいません。止まりまし……」
軽く笑いながら周囲を見渡した時、士郎は茫然とした。
「……え?なんだこれ……」
士郎の目に映ったのは、まるで時が止まったかの様に固まって動かないクラスメイトと教師の姿だった。
これがただ、クラスメイトと教師が動かないだけならドッキリの類だと士郎は思っただろう。
けれど、教師が落としたチョーク。隣の席の女子生徒が落とした消しゴム。窓際の生徒が風に吹かれて捲られた教科書のページや髪が時が止まった様に固定されているのを見て、これがドッキリの類ではなく、何かしらの異常事態が発生していると気付くのに時間はかからなかった。
「何が起きて……」
そう呟くのとほぼ同時に、隣の教室からガラガラと扉が勢いよく開く音がした。
この停止した世界に取り残されたのが、自分だけでないと知った士郎は感じていた不安が薄れ、自分以外の動ける人物を確認すべく教室の扉を開け廊下に出る。
すると其処には焦った様子の風が立って、周りを見渡していた。
「風!」
「士郎!」
士郎は自分以外に動ける人物が風だった事に安堵し、ほっと息を吐いて肩の力を抜いた。
だがそれも束の間の出来事、風は士郎の手を引いて、廊下を走り出した。
「ちょっ、風!?」
「説明は後!今は樹達と合流するのが最優先だわ!」
「樹って、樹もこの空間で動けるのか!?」
「そうよ!私達が当たりだった!私達勇者部が!」
「どういう事だよ!ちゃんと説明してくれ!」
「説明は後って言ったわよね!早く合流しないと!大変な事になる!」
「!!」
大変なことになる。風のその言葉に士郎は、この異常事態を知る様子の風を問い質したい欲求を抑え、風の言葉に従い、樹と合流するのを最優先にした。
士郎と風は登りの階段を上がり、一年の学年が集まる階に到着すると、廊下で一人不安そうに周囲を見渡す女子生徒、樹を見つけた。
「樹!」
樹の姿に気付くと、風は樹の名前を呼び駆け付ける。
「お姉ちゃん!」
風に気付いた樹も、不安そうな表情から安堵の表情に変わり、風の元に駆け付けて姉妹は抱き合った。
「良かった。お姉ちゃん無事だった」
「一応俺も居るんだが……」
「あ、士郎さんも無事だったんですね!みんな様子が変で……みんな固まって動かないし、動けるのは私だけだし……私、不安で……不安で……」
「樹!もう大丈夫だから、よく聞いて、士郎も」
「ああ、説明してくれるんだろ?」
「ええ、私は……」
風が次の言葉を発する前に、三人に大きな揺れが襲った。
バランスを崩して廊下に膝をつく三人。
士郎がふと、外の様子を眺めると。空間に黒い亀裂が入り、その中から溢れ出た光を目にした。
亀裂は徐々に広がり出し、亀裂が広がるに連れて、揺れはより大きなものへとなっていき、その光も強くなっていった。
「風!樹!」
士郎は咄嗟に窓側に立ち、二人を庇うように抱きしめた。
やがて、強烈な光は三人を飲み込んだ。
そして光が止むと、其処には七色の巨大な木の根が生い茂った世界が広がっていた。
【9】
士郎、風、樹の三人は七色の巨大な木の根が生い茂った世界、樹海に飛ばされた後、同じく樹海に飛ばされた友奈と美森と合流し、風から説明を受けていた。
勇者部に入部した際、風に言われてダウンロードしたアプリがこの世界、樹海に転送される事態が発生した時に自動的に機能する隠し機能が存在する事。
風が神樹を奉る大赦から派遣された人間である事。
自分達が幾つか存在する班から選出された事。
今いる世界が神樹によって作られた結界である事。
神樹に選ばれた自分達は、この結界内で敵と戦わなければいけないこと。
「来たわね。ノロマな奴で助かったわ」
ある程度の説明を終えた風が、士郎達の背後にある何かを見てそう呟いた。
士郎達も風に釣られて背後を振り向くと、其処には凡そ五〇メートルもある巨大な物体が浮遊して士郎達の方に進行していた。
「あれは?」
「あれはバーテックス。世界を殺すためにやってくる世界の敵」
「世界の?」
「バーテックスの目的はただ一つ。この世界の恵みである神樹様に辿り着くこと。バーテックスが神樹様に辿り着けば世界は滅びる」
風の言葉にゴクリと唾を飲む勇者部一同。
「風。戦うって言ってもどうすれば良いんだ?まさか素手で戦えなんて言わないだろうな」
「勿論よ」
風はスマホのアプリを開いて語る。
「この勇者部に入った時にダウンロードしたアプリ。このアプリは私達が戦う意思を示せば、アプリの機能がアンロックされて、戦うための……勇者としての力を発揮出来る様になる」
「勇者……」
風の説明を聞いて、士郎はスマホに視線を落として考えた。
神樹様を破壊し、世界を滅ぼすバーテックス。それを迎え撃つ勇者。それはまるで……
あの夢の中に現れた男が憧れ、そして諦めてしまった
俺には
あの男と
「皆!あれ!」
美森がバーテックスを指差して叫んだ。
士郎は咄嗟に視線を上げ、バーテックスを見ると、バーテックスが尾と思わしき部分から、巨大な火の玉を自分達の方へ発射したのが見えた。
それを見た士郎は反射的に走り出した。
(戦う意志?そんなもの出来てる)
士郎はアプリを開き、タップする。
すると士郎の体を紅い無数の花弁が包み込み、花弁が晴れる頃には、士郎は赤い外装に身を包んでいた。
「
バーテックスが放った火の玉が命中するまで残り数秒。
赤い外装に身を包んだ士郎は友奈達を守る様に前に立ち、右手を火の玉に
「
すると、士郎の左手に浮き出た花模様の形をした五つの枠。その一画が埋まり、翳した右手からは巨大な五枚の花が咲き誇り、士郎達を守る盾となった。
次の瞬間、アイアスとバーテックスが放った火の玉とアイアスは衝突し、爆発した。
爆発による衝撃波と土埃が友奈達を襲うが、誰一人として怪我を負うことはなかった。
そして爆炎が晴れると、其処には傷一つ付いてないアイアスと右手を翳して立つ士郎の姿を目にする友奈達。
「
士郎はアイアスを消し、代わりに弓とドリルの様に捻れた剣を
「
再び詠唱した直後、士郎の周辺から青白い風が吹き荒れる。
「きゃ!」
その風を受け、風は樹を抱き寄せながら手で顔を庇う。
友奈は風から美森を守るべく、美森の前に立つ。
美森は車椅子にブレーキをかけつつ、士郎の姿を目に焼き付ける様に視る。
バーテックスは再び火の玉を発射し、士郎は力を溜め終えた矢から手を離した直後、左手の花模様の一画が、また一つ埋まった。
「
士郎の放った矢はバーテックスが放った火の玉と衝突するが、矢は火の玉を螺旋状に切り開いて貫通し、そのまま威力が衰えぬままバーテックスに命中すると。
「
大爆発を起こし、バーテックスは大ダメージを負った。
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第4話 最初の戦い
高評価をくれた方々、本当にありがとうございます!
追記・9月16日
後半のシーンに文章を追加しました。
「す、凄い……」
そう呟いたのは誰だったのかは分からない。
けれど、そう呟いたのが友奈だろうと、美森だろうと、風だろうと、樹だろうと関係ない。
何故なら、四人全員が同じ感想を抱いていたからだ。
士郎が放ったカラドボルグは、バーテックスの上半身を吹き飛ばし、中から逆三角形の核の様な物を曝け出させる程の威力だったからだ。
そして、この中では風だけが知っている。あの逆三角形の物こそ、御魂と呼ばれるバーテックスを倒す為には必ず破壊しなければ行けない核である事を、御魂を出させるには本来、封印の儀と呼ばれる儀式を行う事でやっと出させる事が出来るという事を……それを封印の儀を行わず、力尽くで御魂を出させた士郎の異常性を、風だけが理解していた。
「ふ、風先輩。勇者の力って、あんなに凄いんですか!?」
友奈が興奮気味に風に尋ねた。
風は首を横に振って答えた。
「いいえ、確かに勇者の力は凄まじいけれど、士郎程ではないわ……」
風は事前に大赦に聞いていた。
衛宮士郎の勇者適性は
(最初は半信半疑だった。けど、今確信した。大赦の言っていた事は事実だった)
最初のバーテックスから自分達を守った紅い光の盾。その後に放った捻れた剣による攻撃。
その防御力も攻撃力も桁違いだと、勇者としての力を何度か使った事のある風は理解した。
「ちっ、仕留めきれなかったか」
だが、士郎は己が果たした戦果に舌を打ち、悪態を吐いた。
風は何を不満に思う事が有るのかと考えながら、視線を士郎からバーテックスに移す、すると再生を始めるバーテックスを見て風は理解した。
(そうだ。まだ戦いは終わってない。それどころか始まってすらいない)
風は立ち上がり、勇者アプリを使い勇者へと変身しようとしたが、そこで再生するバーテックスの方に向かって走り出した士郎に驚く。
「ちょっ、士郎!?」
「トドメを刺してくる!」
「ま、待ちなさい士郎!士郎!」
風の制止も聞かず、風の視界から消える士郎。
「ああ、もう!」
風は地団駄を踏んだ後、勇者アプリを使い、勇者へと変身した。
「友奈。東郷を連れて逃げて」
「で、でも、風先輩……」
「早く!今は士郎がバーテックスに大ダメージを与えたから良いけど。またバーテックスが攻撃を始めるかも知れない!その前に出来る限り遮蔽物のある場所に逃げて!」
「は、はい!」
風に気圧され、美森の車椅子を押し始める友奈。
「樹も付いて行って」
樹は首を横に振って、風に言った。
「い、嫌だよ!お姉ちゃんを残して行けないよ!」
「樹……」
樹は決意した表情でスマホを構えていた。
何時もとは違う樹の表情を見た風は、説得は無理だと悟ると小さく息を吐くと、口元を若干緩ませた。
「良いわ、なら来なさい」
「うん!」
風の言葉に、今度は首を縦に振る樹。
でも、と風は続ける。
「ついて来れるかな?」
「ついて行くよ!何処までも!」
そう宣言すると共に、樹はスマホをタップして緑色の花弁に包まれた。
【10】
一方、士郎は再生途中のバーテックスを追撃すべく、巨大樹の根から根を跳んで移動していた。
移動の最中、士郎はバーテックスの再生を遅らせるべく、何度か矢を放ちダメージを与えていたが。
「くっ、遅かったか」
御魂が隠れる程度に再生したバーテックスは再び、攻撃を再開した。
尾から放たれる砲撃は、最初の様な威力の高い火の玉ではなく、白い卵の様な何かだった。それも一つや二つではなく、一度に六つの卵を生み出し、それは士郎の方は飛んで行った。
「
士郎は即座に数本の矢を投影、投影した矢を弓に番え放つ。それを六度繰り返し、六つの卵を撃ち抜いた。
撃ち抜かれた卵は爆発を起こし、空中に黒い花を咲かせた。
「爆弾か!」
そう呟いた直後、バーテックスは更に六つの卵を生み出し、士郎に放つ。
「同じこと!
士郎が先程と同じく矢を投影しようとした所で、右腕に激痛が走り投影を止め、右腕を抑えた。
「
だが、卵は依然と士郎に向かってくる。
士郎は咄嗟にその場から跳び去って卵を回避する。卵は先程まで士郎が居た場所に着弾し、爆発を起こす。そして再び、卵を生み出すバーテックス。
「撃ち落せないなら、斬り捨てる!
弓を消して、白い剣と黒い剣を投影する士郎。両手に一本ずつ剣を握りしめ、向かってくる卵を擦れ違いざまに斬り捨てる。当然卵は爆発するが、その頃には士郎は爆発の範囲から離脱している。
撃ち出される卵を斬り捨てながら、バーテックスと距離を詰める士郎。近付くに連れて卵の数が増えていくが、士郎はそんなの関係無いとばかりに侵攻速度を落とすことはなかった。
「あと、少し」
そう呟いた直後だった。
士郎の腹部に布の様な触手が叩き付けられたのは。
「がぁ!」
咄嗟の出来事に反応出来なかった士郎は、そのまま数十メートル先まで吹き飛ばされ、やっと止まった頃には背後の根に巨大なクレーターを作っていた。
「ごほっ」
口の中から
士郎は
(ここまで……か)
士郎が朦朧とする意識で覚悟を決めた直後、士郎の体はまるで
「全く。言わんこっちゃない!」
「士郎さん!士郎さん!しっかりしてください!!」
ドサッと地面に叩きつけられる衝撃と、怒りと悲しみが混じった風と声を震わせながら体を揺さぶる樹によって意識を取り戻した。
「……ああ、悪りぃ……助かったよ風」
士郎は二人に、声を振り絞って答えた。
「全く。助けたのは私じゃなくて、樹よ。お礼なら樹に言いなさい」
「そう……なのか?ありがとう。樹」
「べ、別に私は、私に出来る事をしただけです。無事で良かったです」
「今の士郎が、無事と言えるかどうかは兎も角。士郎。アンタは此処でじっとしてなさい」
「そんな、訳には行かないさ」
そう言いながら、立ち上がろうとする士郎。だが直ぐに膝から崩れ落ちた。
「アンタは無茶のし過ぎよ。
「精霊……バリア?」
「そうよ。私達をサポートしてくれる精霊。まあ、詳しい事は後で話すわ。今はバーテックスが最優先よ。行くわよ樹!」
「うん!あ、士郎さんはちゃんと休んでで下さい!絶対にですよ!」
そう言い残すと、風と樹はバーテックスの方へと跳んで行った。遠去かる二人に手を伸ばしながら士郎は呟く。
「ま、待て……俺も」
もう誰も居ない場所で、立ち上がろうとする士郎だったが。動こうとする度に走る激痛に顔を顰め、座り込んだ。
「無茶、し過ぎたかな……」
そのまま、士郎の意識は暗転した。
【11】
次に士郎が目を覚ましたのは、風と樹。そして途中参戦した友奈の三人で封印の儀を行なって御魂が剥き出しになった状態の時だった。
士郎は最初程ではないものの、痛みが走る体に鞭打って立ち上がって封印の儀を見守る。
「くそっ、あいつ等が戦ってるってのに、俺は何も出来ないのかよ……」
悔しさに歯を食いしばる士郎。
スマホに視線を落とすと、勇者アプリの中に通話機能という物が存在するのを発見する。
士郎は一度、封印の儀を行なっている最中の三人を見る。
距離は四キロは軽く離れているにも関わらず。士郎の目には友奈達の表情どころか、周囲を舞っている花弁の数すら目視出来た。
「これも戦う力の一部か?」
そう呟きながら、士郎は御魂を攻撃している友奈と風を見つめる樹に電話を掛けた。
プルルルル。プルルルル。
数回のコール音の後、樹が通話に出た。
『は、はい!もしもし犬吠埼です。どちら様でしひょうか?』
「ああ、俺だ。士郎だ」
『し、士郎しゃん!?』
二度も噛んだ樹だったが、士郎は気にせず会話を続ける。
「樹。今、どんな状況だ!」
『い、今ですか?今はえっと……封印の儀って奴でみたま?って奴を出して破壊しようとしてる所ですけど……』
「けど?」
『その御魂が……あ、バーテックスの核の様な物なんですけど、お姉ちゃんと友奈さんの二人掛かりでも壊れない程硬いんです』
「そうか、分かった。友奈と風にそこから離れる様に言ってくれるか?」
『士郎さん?まさか、また無茶を!?』
『士郎?樹、アンタまさか士郎と通話してるの!?ちょっと変わりなさい!士郎!アンタは怪我人でしょ!大人しく休んでなさい!』
風の怒鳴り声に、思わずスマホを耳から話す士郎。
「安心しろ……少し寝たら楽になった」
『全然安心出来ないわよ!アンタなんか居なくても、私達で何とかするから!アンタは大人しく休んでなさい!部長命令よ!』
「……俺の体を案じてくれるのは嬉しいけど、それは出来ない。時間が無いんだろ?」
『っ!』
返事は無い。だけど、その沈黙が図星だと確信する士郎。
「無茶はするけど、無理はしない。上手く行けば俺の一撃で方が付くし、付かなくても、それなりのダメージを与えられる筈だ」
『方が付かなかった場合は、私達でトドメを刺せって事ね……』
「ああ」
『………………』
数秒の沈黙。
そして風は士郎の説得を諦め、大きく溜息を吐いて言った。
『分かったわ。正直言って、士郎の火力が欲しい所だし、こうして口論してる時間も惜しい』
だけど、と風は続ける。
『一撃だけよ!それ以降は私達に任せなさい!良いわね!?約束しなさい』
「ああ、分かった。約束する」
『で?私達は取り敢えず避難して置けば良いのね?』
「ああ、巻き込まれるかも知れないからな」
『最初の火力を見たから、洒落にならないわね。どの位距離を置けば良い?』
「みたま?って奴から離れてくれるだけでいい。今回のは最初に使った奴より攻撃範囲が無い」
『そう、分かったわ』
風がそう言い残して、通話が切れた事を確認すると士郎は呟いた。
「
士郎は今まで一瞬で投影を完了させてきたが、今回は時間をかけて投影をする。
バチバチと赤い稲妻が士郎の手から放電する。その激痛から、投影を中止しようとしてしまうが、気合いで痛みに耐え、投影を続ける。
投影するのは、剣ではなく槍。それも、友奈と風が二人掛かりで破壊出来ない御魂を破壊出来るだけの威力を持つ槍。
今の士郎は疲弊しきってて、四キロ先の目標を正確に射抜く力など無い。ならば、狙わずに
「全工程……投影……完了……」
士郎の今持てる力全てを費やして、一本の紅い槍が完成した。
(気を抜けば、意識を失いそうだ。はっきり言って立ってるのも辛い)
今の士郎は全身から大粒の汗を流し、息も上がっている。だが、足元はふらつきながらも、腰を低くて弓を引く様に槍を構える。
そしてクラウチングスタートの様に走り出した。
「
士郎はめいいっぱい槍を引き絞った。そして……
「
槍を投擲した。
その槍は因果逆転の呪いの槍。心臓を射抜いたという結果を出してから、槍を放つ。放たれた槍は既に心臓を射抜いたという結果を出してから放たれた為、回避しようと心臓を穿つまで標的を追跡する。
然し、今回は本来の使用方法である突きではなく、投擲による使用方法を使った。前述の確実に心臓を穿つという効果はかなり薄れるものの、何度回避されようと、標的を貫くまで追い続ける。更にその威力は前述の使用方法で放つより格段と威力が増し、トロイア戦争で大英雄の投擲を凌いだロー・アイアスさえをも破壊する程の物だった。
「ここ……までか……」
士郎はその投擲による戦果を確認する前に、気を失い倒れた。士郎が身に纏っていた勇者服が消えるが、その直前、士郎の左手に浮かんだ花模様の形をした枠は三面まで埋まっていた。
そして、士郎が力を使い果たして放ったゲイボルクは御魂の中心に深く突き刺さり、破壊された。
尚、御魂が破壊される直前に風が「士郎の嘘吐きぃぃぃ」と叫んで吹き飛んだのだが、その声は士郎に届く事は無かった。
うん。3000〜4000文字を目安に書いてたのに、気付けば5000文字……
チェック大変だった……
この作品が面白い、続きが読みたいと思いましたら、高評価又はコメントお願いします。
追記
ゲイボルク使用シーンについて、感想欄で指摘があったので、修正しました。
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第5話 精霊
【1】
次に士郎が目を覚ました時、最初に目に映ったのは見知らぬ天井だった。視線を動かして目に映るのはオレンジ色に染まった空模様。
視線を逆の方へと動かすと、目尻に涙を浮かべて士郎の手を握った友奈と美森の姿と、その二人の背後には、部屋から出ようとしている風と樹の姿があった。
「し、シロー先輩が生き返った!」
「死んでないよ、友奈ちゃん……」
「何!?士郎が目を覚ましたの!?樹!医者呼んで来なさい!」
「うん、お姉ちゃん!」
一気に騒々しくなり、意識がはっきりとしていくと、士郎は入院着を着ている事に気付き理解した。此処は病院だという事に。
「うわぁぁぁん!ずっとぉ目を覚まさないから心配しましたぁ!良かっだでずぅ」
「友奈ちゃん。大袈裟だよ……まだ数時間しか経ってないのに……あれ?目から雫が……」
「本当に心配させて!無理しないって約束したじゃない!士郎の嘘吐き!唐変木!ブラウニー!副部長!」
「先生連れて来たよ!」
それから士郎はあの戦いが終わった後、気を失ったままの士郎は病院に搬送された事。病院に着いた頃には士郎の傷は勇者服による回復機能によって癒え、後は目を覚ますのを待つだけの状態だった事。風と樹が売店に食べ物や飲み物を買いに行こうと、病室を出ようとした時に士郎が目覚めた事を、医者による検査が終わった後に聞いた。
そして説明を受けた後も、士郎は勇者部一同に面会時間ギリギリまで怒られ、今度からは独断専行しない事、無理をしない事を約束させられた。
【2】
次の日の放課後。
勇者部の部室には友奈、美森、風、樹と昼頃に退院して午後から学校に登校してきた士郎が集まっていた。
それだけなら、何時も通りの部室の光景なのだが、今日は何時もと違い、四枚の羽根を生やした両手に乗っかりそうな小さなピンクの牛、目と手が付いた卵、水色の犬、緑の毛玉が部室の中を飛び回っていた。
その部室を飛び回っている者達の正体は精霊であり、風曰く、勇者をサポートしたり、時には致命傷になり得る攻撃からバリアを張って守る役割を担っているそうだ。
「へぇ、それが精霊って奴なのか」
「そうです。名前は牛鬼って言うんです」
「懐いてるんですね」
「うん。ビーフジャーキーが好きなんだ」
「「牛なのに!?」」
ギョッと目を見開く士郎と樹。
その証拠とばかりに友奈がビーフジャーキーを取り出して、ピンクの牛改め、牛鬼の口元に近付けると、牛鬼は何の抵抗も無くパクリとビーフジャーキーを食べた。更に目を見開いた士郎と樹。
「そう言えば、
「ん、ああ、精霊リストってファイルを開いて確認してみたけど、登録された精霊は居なかったな」
「なんででしょうねぇ?」
「さぁ?そう言えば、美森には他にも精霊が居るんだよな?」
「え?あ、はい」
士郎の問いに、今まで会話に入らず、何か考え事をしていた美森は慌ててスマホを操作して、目と手が付いた卵精霊以外にも、目隠しをした狸と青い炎の精霊を呼び出した。
「シロー先輩の精霊ゼロだったり、東郷さんの精霊が三体も居たりするのは何でだろう?」
「大赦のミスですかね?」
「どうだろうな」
士郎がそう呟いた直後だった。
風がずっと黒板に何かを書き続けていた作業を終え、パンパンと手に着いたチョークの粉を落としたのは。
「それじゃ、早速だけと、昨日の事を色々説明していくわね」
それから風の口から語られたのは、神樹のお告げにより、壁の外からバーテックスが全部で十二体攻めて来る事。
目的は神樹様の破壊で、過去にも何度かの襲撃が発生し、その時はダメージを与えて追い返すのが精一杯だった事。
そんなバーテックスに対抗する為大赦が開発したのが、勇者システムだという事。
樹海がダメージを受けると、現実世界にも何かしらの悪影響を及ぼす事。
そうならない為に、勇者部が頑張らなければならない事だった。
一通りの説明を聞き終えた後、士郎が尋ねた。
「その勇者部も、風が意図的に集めた面子なんだな」
士郎の問いに、風は頷いた。
「うん……適正値が高い人は分かってたから。私は大赦から使命を受けて、この地区で貴方達を集めた」
「知らなかった。ずっと一緒だったのに」
樹が信じられないと物語った表情で呟いた。
風は一言「ごめんね」と樹に謝った。
「次の敵は何時来るんですか?」
「分からない。一週間後か、一ヶ月後か、一応、バーテックスは二〇日周期で現れるとされているから、そんなに遠くはないとわ思うけど……」
風がそう答えると、ずっと黙っていた美森が口を開いた。
「……なんで、なんでもっと早く言ってくれなかったんですか?みんな死ぬかもしれなかったのに、現に士郎先輩も入院する程の無茶をしたのに」
「…ごめん。でも勇者の適性が高くても、敵が来るまで分からなかったの。選ばれる確率よりも、選ばれない確率の方が高かったから」
申し訳なさそうに謝る風。
「そう言えば、さっきこの地区って言ってたな。俺達以外にも勇者候補は居るのか?」
「ええ、でも今は居たって言う方が正しいわ。もう私達が勇者として選ばれた訳だからね」
「こんな大事な事。もっと早くに言って欲しかった……そうすれば、私も……」
美森は最後にそう言い残すと、車椅子を操作して部室から出て行った。
【3】
美森を追って、士郎と友奈は部室から出て行った。
そして中庭を見渡せる廊下に佇んだ美森を発見した士郎は、美森に気付かれない様に背後から近付き、先程売店で購入した冷たいお茶を美森の頬に触れさせた。
「ひゃん!?」
小さな悲鳴をあげて、慌てて背後を振り向く美森。其処には悪戯が成功した事で笑った士郎と友奈が立っていた。
士郎はそのまま、美森の頬に触れさせたお茶を「ほら、俺の奢りだ」と言って美森の手に握らせた。
「そ、そんな。悪いです。理由だって無いし」
「あるだろう?さっき俺達の為に怒ってくれたじゃないか」
「そうだよ。ありがとね。東郷さん」
美森はパチパチと何度か瞬きをした後、両手で頬を抑えて言った。
「はぁ……なんだか、二人がとても眩しい」
「え?」
「なんでさ?」
「えっと……その……」
美森は少し言い淀んだ後に、自分の胸の内を明かし始めた。
「昨日、ずっとモヤモヤしてたんです。皆は変身したのに、私一人だけが変身出来なかった事に。このまま変身出来なかったら、私は勇者部の足手纏いになるって……」
「そんな事ないよ、東郷さん」
「友奈の言う通りだ。美森には美森にしか出来ない事がある。敵と戦えなくても、美森は勇者部の一員だ」
「……ありがとう。友奈ちゃん。先輩」
自分の事を肯定してくれた二人に、美森は照れ臭そうに礼を言った。
「さっき怒ったのは私の抱えたモヤモヤも原因で、それを風先輩に八つ当たりする様にぶつけてしまいました。私、悪い事言っちゃいました……」
「東郷さん……」
「美森……」
「皆は変身したのに……国が大変な時なのに……」
美森の声が徐々に低くなって行った。
「と、東郷さん?」
「わ、私は、勇者どころか、敵・前・逃・亡……」
「み、美森ぃ……お、落ち着けよ」
「先輩が勇者部を作ったのだって、国や大赦の命令でやった事なのに……はぁ、私はなんて事を……こうなったら、先輩に詫びる為に腹を……」
徐々に声を低くして、何処から取り出した分からないカッターを握り、腹部のボタンを外し始めた美森を士郎と友奈が慌てて止めた。
「落ち着け美森!本気じゃないたろうな!?なんか、美森が言うと本気でやりそうだから怖いんだけど!?」
「そうだよ!そうやって暗くなってちゃ駄目だよ東郷さん!そうだ!私のお気に入りを見せてあげる!」
そう叫んだ友奈はポケットから手帳を取り出し、パラパラとページを捲り、美森と士郎に見せた。
「ジャジャーン!きのこの押し花!凄いでしょ?他にもトウモロコシの奴も有るよ!」
「「………………」」
暫しの沈黙の後、二人は口を開いた。
「……うん。綺麗だね」
「そ、そうだな……うん。本当に……」
「気を遣わせてしまった!?シロー先輩には同情する様な目をされた!な、なら一発ギャグやります!」
次は一度二人に背中を見せ、頭の上に乗っかっている牛鬼を無理矢理胸に押し込んだ後、二人の方を振り向いて言った。
「見てみて!私のバスト、ホルスタイン!」
「「………………」」
再びの沈黙。
その後、士郎は頬を掻き。美森は顔を伏せて言った。
「す、凄いな……目のやり場困るけど」
「友奈ちゃん……私の為に、こんなネタを……ごめんなさい友奈ちゃん。ごめんなさい」
「逆効果!?」
アタフタとしながら、次はどうするかと慌てる友奈。
そんな友奈に、そして士郎に美森は尋ねた。
「二人は、二人は大事な事を隠されて怒ってない?」
「え?そりゃ、驚きはしたけど、私は嬉しいよ。だって、適性のお陰でみんなに出会えたんだから」
即答する友奈。
士郎は少し顎に手を当てて考えた後、答えた。
「俺もそうだな。少し驚きはしたけど、怒ったりはしてないな。友奈と同じ理由でもあるけど、もう一つ、もしかしたら、約束を果たせたかもしれないんだし」
「「約束?」」
声をハマらせる友奈と美森。
士郎はまあ、言っても良いかなと考え、二人に話した。
「ああ、こないだ夢を見てな。それがただの夢なのか、それとも俺が失った二年以上昔の記憶かは定かではないけど、俺はその夢の中で誰かと約束したんだ……
夢で交わした、約束の事を……
【4】
所変わって部室。
「えっと、説明足らなくてごめんねぇ♪……これだともっと怒っちゃうかな……」
其処では、風が水色の犬の様な精霊、犬神を美森に見立て、謝罪の練習をしていた。
「本っ当にごめんなさい!……低姿勢過ぎるよね。困った。どうやって仲直りすれば……樹ぃ、占いの方はどう?」
「後、もう少し……」
「はぁ、どうしたものか……」
と風がぼやくのと同時に、風のスマホからメールの着信を知らせる音が鳴った。
気怠るそうにメールを確認する風。その件名にはこう書かれていた。
【衛宮士郎の精霊について】
風は直ぐに真剣な表情になり、メールを開く。
【昨晩送られた、衛宮士郎の精霊が存在しない件について。衛宮士郎の使用している勇者アプリは貴方方、正規の勇者が使用しているアプリとは少し異なるものであり、衛宮士郎に精霊が居ないのは、不具合ではなく。衛宮士郎が使用する勇者アプリの正規の仕様である】
昨日、士郎に精霊が居ない事に気付き、アプリの不具合だと考えた風は大赦にメールを送った。そしてその返答がこれだった。
「……どういう事よ、正規の仕様って……つまり、士郎は精霊バリア無しで戦わなくちゃ行けないって訳?」
もしそうなら、士郎が戦う危険度は自分達の比じゃない。怪我をする危険どころか、最悪、一瞬の油断で死ぬ危険だってある。
(急いで伝えなきゃ)
風は士郎を探しに部室を出ようとしたその瞬間、風と樹のスマホからアラームが鳴り響いた。
そして、恐る恐る風がスマホを見ると、其処には樹海化警報と書かれた文字が表示されていた。
尚、ゲームなら美森が腹を切ろうとした時に「慌てて止める」と「冗談だろうと見守る」の選択肢が現れ、後者を選べば美森は本当に腹を切ろうとして、精霊に止められた模様。
そして、腹切りを止められなかった事で士郎と友奈に対する信頼度が低下し、この後の展開で美森が勇者になる為の勇気が足りず、勇者に成れない事で心を病む。
そうなると、美森は自殺を図る様になり、その度に精霊に止められる。大赦はもう、美森は使えないと考え、勇者アプリを一方的にアンインストールして、美森は何時も通り、精霊が止まるだろうと考えて自殺を図り、本当に死んでしまうバットエンドルートが存在するとか、しないとか。
……どうやら自分は、殴り書きで書いておきながら、とんでもない番外編プロットを書いてしまった模様。需要があれば書くかも?
あ、何処ぞの愉悦神父や毒舌シスターなら需要あるかも……
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第6話 第二戦
【5】
昨日の今日で再び、樹海化世界に巻き込まれた士郎達は、最初は士郎、友奈、美森のチームと風、樹のチームに分かれていたが素早く合流し、襲来したバーテックスを眺めていた。
「まさかの連日……しかも、一気に三体と来たか……」
士郎達の目に映るのは、上下に二つの口を持った細長いバーテックス。板の様な物を回転させるバーテックス。針付きの長い尻尾を持った黄色のバーテックスの三体。
「士郎。アンタは病み上がりなんだから、戦いに参加せず東郷の護衛に徹しなさい……って言いたかったんだけどねぇ……」
風は歯切れが悪い様子で、士郎を見た。
「昨日の様に敵が一体なら兎も角、だろ?」
「ええ、そうよ。不本意だけど、東郷を守りつつ、遠距離からの援護に徹して頂戴」
士郎の言葉に、風は苦虫を噛み潰したような表情をしながら頷いて、そう答えた。
「了解したよ。部長」
「いい?あくまでも遠距離からの援護だからね!決して前に出ない事!アンタは私達と違って精霊が居ないんだから!精霊が居ないって事は、つまり私達と違って、士郎には精霊バリアが発動しないって事!昨日の様な無茶はしないで、破ったら退部よ!退部!」
風は昨日、知らず知らずの内に死に掛けた士郎に、釘を刺した。
「ああ、肝に命じとくよ」
士郎のその言葉を信じて、気持ちを切り替えて風は言った。
「そんじゃ、一丁やりますか!行くわよ、樹、友奈!」
風の言葉に、元気よく返事を返す樹と友奈。
そして、四人は勇者アプリを開き、画面をタップ、其々色取り取りの花吹雪に包まれ、勇者へと変身した。
変身した風と樹は直ぐにバーテックスの方は跳んで行ったが、友奈は一度、美森の元へ駆け寄った。
「それじゃ、行ってくるね東郷さん」
「ま、待って!」
先行した風と樹に続こうとする友奈を、呼び止めた美森。
「わ、私も……」
一緒に戦う。美森は友奈にそう言おうとしたが、昨日の戦いを思い出し、恐怖で震え、言葉に出来なかった。
そんな美森を安心させようと、友奈と士郎はそっと美森の手に握る。
「私は大丈夫だよ、東郷さん。それにシロー先輩も着いてる」
「友奈の言う通りだ。美森は俺が守る」
二人の言葉を聞いて、美森の恐怖で強張った体が解れた。
「友奈も背後の事は気にせず、存分に暴れて来い」
「はい!じゃ、行ってくるね東郷さん」
友奈はそう言い残すと、風と樹を追って行った。
【6】
それから数分後。
友奈、風、樹の三人は板を回転させたバーテックスと針付きの尻尾を持ったバーテックスを囲んでいた。
「みんな、位置に着いたわね?」
『うん』
『はい』
「なら良し。遠くの奴は放っておいて、今はこの二体を倒すわよ」
そう言って通話を切ると、風は一瞬遠くに離れた口を二つ持ったバーテックスを見る。
「何故かあいつだけが離れてるのか気になるけど、今はこの二体を倒すのが先決!」
風がそう叫んで、バーテックスに斬りかかろうとした直後だった。口を二つ持ったバーテックスの上の口が開き、巨大な矢を風目掛けて発射したのは。
「やば!?」
風は咄嗟に自分の身の丈よりある巨剣を盾にするが、その行為は無駄な行為に終わった。
バーテックスの矢が風に届く前に、空中で爆散したからだ。
「何が!?」
最初は何が起こったのが、理解出来なかった風だったが、同じ様にバーテックスから一度、二度と放たれ、矢が最初と同じ様に、風に命中する前に空中で爆散し、バーテックスの矢が風に届く事は一度もなかった。
そして、これだけ同じ事が続けば、風も次第に何が起こったのか理解していく。
「まさか!」
風が士郎が居る方角を見ると、其処には弓を構え、矢を放った士郎の姿を確認した。
そして今、士郎の放った矢が、バーテックスから放たれた矢を撃ち落とす為に放たれた物だと気付いたのは、風が背後から爆発音と爆風を受けた後だった。
「……士郎を戦わせるのは不本意だけど、あの矢を放つバーテックスは士郎に任せておけば大丈夫ね。樹!友奈!私達はさっさとこの二体を……」
と、指示を出そうとした時だった。
矢を放っていたバーテックスは、この攻撃は無意味だと理解したのか上の口を閉じ、今度は下の口を開き、無数の矢を吐き出したのは。
「いっ、一杯来たぁぁぁぁ!」
樹が叫んだ。
先程の大きな矢ではないが、小さい矢が十や二十、いや、数百や千単位で放たれた。
「……流石に、これは無理だな」
遠くで矢を迎撃していた士郎は、そう呟いた。
「こんなの反則だよぉ〜」
「正しく、槍の雨ね」
降り注ぐ
そんな
すると、矢を放つバーテックスは二人を狙うのを中断し、別の方向へと矢を放った。
だがそれは友奈に向けてじゃなく、板を回転させるバーテックスに向けてだった。
「え?仲間割れ?」
訳の分からない行動に戸惑い、そう呟いた友奈。
だが、直後に自分の考えは間違いだったと、その身を以て知る事になる。
板を回転させていたバーテックスが、板を回転させるのを止める。すると矢を放つバーテックスから放たれた矢を板が反射して、バーテックスが放った矢は友奈の背後から襲って来た。
「友奈さん!」
「友奈!背後よ!避けなさい!!」
友奈に向かって叫ぶ姉妹。
「あわわわわ!?」
姉妹の言葉に、友奈は慌てて背後を振り向き、襲ってくる無数の矢に気付くと、手足を動かして、矢を弾いた……が、その物量には敵わず、対処しきれなかった矢が友奈を襲い、精霊バリアが発動するが勢いに押され、地面に叩きつけられた。
「友奈!」
「友奈さん!」
姉妹は友奈を心配して再び叫ぶが、友奈を襲う攻撃は未だ続く。
今度は針を持ったバーテックスが、友奈の胴を串刺しにすべく尻尾を振るう。本来なら友奈は串刺しにされ、即死だっただろうが、牛鬼が展開した精霊バリアによって友奈は串刺しにならずに済んだ。
だが、友奈はその攻撃で空高く舞い上がり、バーテックスの尻尾を転げ落ちると、今度は尻尾の側面で叩かれ、友奈は打球の如く吹き飛んだ。
「友奈ぁぁぁ!」
幸いにも、友奈が飛ばされたのが士郎と美森の居る方角だったので、友奈が地面に叩きつけられる前に、士郎が友奈の落下地点に先回りして受け止めた。
「おい、友奈!しっかりしろ!」
士郎の腕の中で気を失った友奈。
士郎は友奈の脈を確かめようと、首筋に手を当てようとしたが、それをする暇は無かった。針付きの尻尾が士郎達を襲って来たからである。
尻尾に気付いた士郎は、咄嗟に攻撃を回避しようとしたが、態勢を崩しながら友奈を受け止め、更に友奈を抱いている今の士郎は、咄嗟に俊敏な動きで回避する事が出来る訳もなく、バーテックスの針が士郎の左の太ももを掠った……いや、削ったという表現が適切かもしれない。
「があ!」
太ももから大量の血を流しながら、地に崩れ落ちる士郎。そんな士郎に構わず、針付きの尻尾は士郎達を襲う。
「ろ、
咄嗟に展開した五枚の花が、バキンと嫌な音を立てながらも尻尾を受け止める。
だが、その後もバーテックスは何度も何度も、尻尾を打ち付けて、士郎が咲かせた花の盾にひびを入れていく。
「くっ、長くは持たないか……」
一度、二度、三度と時には尻尾に着いた針で突き、時には尻尾の面で士郎達を押し潰さんと尻尾を振り下ろすバーテックス。その度に花の盾に入ったひびが広がっていく。
「止めろ……」
その様子を遠くから見ていた美森は、低いトーンで呟いた。
「止めろ……」
やがて、花の盾が一枚、砕け散った。
バーテックスは針で突くより、面で潰した方が効率的だと気付いたのか、針で突くのを止め、尻尾の側面で押し潰しにかかった。
「止めろ、止めろ」
そんな事を呟いてどうなる?心の中で美森は自分に問い掛ける。
「止めろ、止めろ、止めろ」
答えは決まっている。どうにもならない。
このまま放っておいたらどうなる?一番の親友である友奈ちゃんは……
私の大切な人達が、このまま嬲り殺されるかもしれないのに、私はただ見ているだけか?
「友奈ちゃんに……」
否、東郷美森はそんな弱い人間じゃない!
「私の
美森が、そう結論を出してからは早かった。
美森は
勇者アプリを通さず、自力で勇者と成った。
それは友を思う心か、恋する乙女の心か、或いはその両方によって成された奇跡かは誰にも分からない。
だが、東郷美森は、危機に瀕した結城友奈と、衛宮士郎を救い出す為に、その奇跡を起こした。
「綺麗……」
士郎とバーテックスとの攻防の中、意識が戻った友奈は、変身した美森を見てそう呟いた。
(何でだろう……変身したら不思議と落ち着いた。もう、この敵に恐怖は感じない……寧ろ、憎い!)
美森はライフルを取り出し、バーテックスを
「二人から離れろ!」
本来は超遠距離からの狙撃に使うライフル。それを至近距離から放たれれば、その威力は強大。
バーテックスの尻尾に命中すると、尻尾はくの字に曲がって吹き飛び、バーテックスの尻尾を半分にした。
「もう二人には、指一本触れさせない!」
「た、助かったぞ、美森」
「す、凄いよ東郷さん!」
何とか危機を乗り切った事に安堵する士郎と、覚醒した美森に興奮する友奈。
「よし、私も!」
友奈は自分の頬をパンパンと叩き、バーテックスに詰め寄ると、半分になった尻尾をガシッと掴み持ち上げ、円周に回し始めた。
「ゆ、友奈ちゃん?」
「ゆ、友奈?」
友奈の行動に、目を見開く美森と士郎。
そのまま友奈はハンマー投げの様に回転力を加えていくと。
「さっきのお返しだぁぁぁぁ!」
矢を放つバーテックスと連携を取って、風と樹を追い詰めている板を操るバーテックスの方向へと、
「「えぇぇぇ……」」
更に目を見開く、士郎と美森。
「行こう!東郷さん!」
「う、うん」
「あ、シロー先輩は其処でじっとしてて下さいね!足怪我してるんですから!」
「あ、ああ」
風と樹の方へ去って行く、友奈と美森の後ろ姿を見つめる士郎。
「俺も、足を怪我しなければ、着いて行ったんだけどなぁ……」
そうぼやいて、士郎は気付いた。
傷を負った筈の足が、もう
つくづく思うけど、もし精霊バリアが無ければ、この戦いで勇者部全員死んでたよね?
樹に至っては、ヴァルゴ戦で移動の最中に転落死してただろうし……
精霊バリアってマジ便利!ランサーにも実装してあげないと!
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第7話 二人の狙撃手
どうも、最近感想の少なさと平均評価が下がっていく事に落ち込んでる読者その1です。
目標の真っ赤な評価ゲージは程遠い……
【7】
風と樹の二人は驚いていた。
矢を放つバーテックスと、その矢を反射させる板を巧みに使って降り注ぐ矢から逃げ惑う事しか出来なかった風と樹は樹海の根を盾にして、攻撃を凌いでる時、突然空から尻尾を千切られたバーテックスが降ってきて、板を操るバーテックスを下敷きにしたのだ。
突然の出来事に唖然としている二人の元に、友奈と美森が合流した。そして合流するや否や、友奈は二人に向かって手を振って言った。
「その海老持ってきたよぉ〜」
「いや、サソリでしょ」
「ど、どっちでもいいんじゃないかな……」
持ってきたよぉ〜の部分を聞かなかった事にして突っ込む風と、その姉に突っ込む樹。
「遠くの敵は、私が受け持ちます」
「東郷!?」
「東郷先輩!?」
その言葉で、漸く美森の存在に気が付いた風と樹。
「東郷!士郎はどうしたの?」
「先輩なら足を負傷して、安静にする様に言って来ました」
美森の言葉に、目を見開く風。
「足を!?全く、士郎の奴。約束したのに」
「お、怒らないで下さい風先輩。私を庇って負った怪我なんです。東郷さんから聞きました」
友奈の言葉に、怒るに怒れなくなった風は、怒りを鎮める。まあ、そうは言っても大して起こっていた訳ではないのだが。
「……そう、まあ良いわ。今はバーテックスよ!戦えるわよね?東郷」
美森は「はい」と頷くと、ライフルの三脚を立てて俯せになる。
「よし、樹、友奈!手前の二匹纏めて行くわよ!」
風の指示に「オッケー」とフランクに返事をする友奈と樹。
「まだ、敵は隠し技を持ってるかもしれません!不意の攻撃には注意して!」
美森の警告に「はい」と敬礼をして返事をする友奈と樹。その場を跳び去り、バーテックスに向かって行った。
「私のより、返事が良い……」
風は落ち込みながらも、バーテックスに向かって跳んで行った。
そして、先程まで無数の矢を絶え間無く放っていたバーテックスは下の口を閉じ、上の口を開け、美森に向けて矢を放った。
「撃ち墜とす」
そう呟いて引き金を引く美森。ライフルから放たれた弾とバーテックスから放たれた矢が衝突し、爆発する。
「もう、お前達の好きにはさせない」
そう呟き、数回引き金を引く。
放たれた弾は全てバーテックスに命中し、ダメージを与える。
一方の友奈達の方は、封印の儀を始め、二体のバーテックスから御魂が現れた所だった。
「よし、私が行きます!」
そう言って前に出たのは友奈だった。
友奈は御魂に高速で近付き、拳を突き出すが、拳が当たる前に、御魂はヒョイと友奈の拳を避けた。
「あれ?もう一回!」
友奈は再び、御魂に近付き拳を突き出すが、結果はさっきと同じで、拳が当たる寸前で避ける御魂。
更にもう一度、同じ事を試すが、結果は同じだった。
「こ、この御魂避ける!?」
「右に避けろ」
「え?」
背後から此処に居る筈の無い人物の声を聞き、反射的に背後を振り向く友奈。
友奈が背後を振り向いた瞬間、友奈の直ぐ横を矢が突き抜け、御魂に深く突き刺さった。
「
此処に居ない筈の人物、士郎がそう詠唱すると突き刺さった矢が爆発し、御魂は拡散した。直後に板を巧みに使って散々友奈達を苦しめたバーテックスが砂と化した。
「士郎!アンタ何で此処にいんのよ!?」
「約束は破ってないぞ。結果的にトドメを刺してしまったけど、遠距離で援護の範疇だと思うぞ?」
「し、シロー先輩!じっとしてて下さいいって言いましたよね!?」
「あ、足を怪我したんじゃなかったんですか!?」
「ん?ああ、治った。それより、もう一つの御魂を破壊するのが優先だろ?」
士郎の指摘に、三人ははっと御魂がもう一つある事を思い出し、まだ士郎に色々言いたい欲求を、無理矢理飲み込んだ。
「後で覚えてなさいよね……」
風が士郎を睨んで呟き、もう一つの御魂を破壊しようとした時だった。
残った御魂が高速で回転を始め、増えたのは。
「今度は増えた!?」
「硬かったり、避けたり、御魂ってのは面倒ね!樹!増えたなら纏めてやりなさい!」
「うん!お姉ちゃん!」
樹は「えい」と掛け声をかけた後、右手から出したワイヤーで増えた御魂を纏め上げた。
「良くやったわ!よし、トドメはわたーー」
「勇者パァァァンチ!!」
「しが……」
風が言葉を言い終えるよりも早く、友奈の拳が御魂の塊を破壊した。
「えっと、風先輩、何か言いました?」
「……何でもない」
フィニッシュを友奈に取られた風。
この後、鬱憤を晴らすために樹のプリンとアイスが犠牲となるのを、樹はまだ知らない。
「後一体!気合い入れて行くわよ!」
「「「おお!」」」
友奈、風、樹の三人は矢を放つバーテックスの封印に向かい、士郎は援護射撃を続ける美森と合流し、援護射撃に加わる。
「先輩。足はもう大丈夫なんですか?」
美森の問いに、士郎は「ああ」と頷く。
「勇者服の回復機能ってのは凄いな。全治一ヶ月は掛かると思った傷が、たった数分で治るんだから」
「それは凄いですね……ところで先輩」
「なんだ?」
美森は聞こうとした。自分が変身をしようとした時に叫んだ告白紛いの発言を、士郎が聞いていたのかを。
「……いいえ、やっぱりなんでもないです」
けれど辞めた。少なくとも、今は聞かない方が良い。そう考えて。
そしてその間も、士郎と美森は一切手を緩める事なく、性格無慈悲な射撃を続ける。そんな射撃を見て、封印の儀を始めようとしている友奈達は皆同じ事を考えた。
(((あれ?私達要らなくない?)))
と。実際には、精霊を持たない士郎は封印の儀を行えないし、美森もこんな離れた距離から封印の儀は行えないので、友奈達は必要なのだが……それでも、友奈達は自分達の存在価値に疑問を抱かずにはいられなかった。
暫くした後、友奈達の手によって封印の儀が始まり、バーテックスの上の口が大きく開き、その中からは矢ではなく、御魂が現れた。
「出たな」
「これで終わらせる!」
美森が引き金を引くが、そこで初めて、美森が弾を外した。
いや、正確には御魂が動いた事により外れたと言うべきである。動かなければ、そのまま美森が放った弾丸は御魂の中心部を正確に射抜いていた筈である。
「……屈辱」
「気にするな。誰だって外す時は外す」
奥歯を噛み締めて悔しがる美森に、士郎はそう声を掛けて慰めた。
美森は今度こそと、スコープを覗き、目を大きく見開いた。
御魂がバーテックスの体の周りを回り始めたからである。それも超高速でありながら、ただ周囲を回るたげでなく、不定期に進行方向を変え、上下左右に回っていた。
「ちっ」
美森は舌打ちをしながら、引き金を引く。
だが、弾は御魂に当らずに空を切る。
その後も二度、三度と先程まで正確無慈悲な射撃を続けていた美森とは思えない程、ライフルを乱射する美森……半ばヤケになっていた。
「落ち着け美森。ありゃ、無理だ」
そんな美森を落ち着かせる為に、士郎は美森の肩に手を置いて言った。
「……先輩でもですか?」
「ああ、単純に高速回転するだけなら、問題なかった。多分美森もな」
「そんな。ただ回転するだけでも、私じゃ多分……」
「美森に無理なら、俺でも無理だ」
「え?」
「俺と、美森の射撃技術にそれ程の差は無い。いや、どちらかと言うと、美森の方が俺よりセンスがある」
「そんな。謙遜です」
お前もな。と吐き出しかけた言葉を飲み込んだ士郎。
「謙遜なんかじゃないさ。美森は俺よりも凄い」
「いいえ、凄いのは先輩の方です!」
「いいや、美森だ!」
「先輩です!」
「美森だ!」
両者一歩も譲らず、互いを褒め合う二人。暫し睨み合い、やがて二人は同時に微笑んだ。
「啀み合ってもしょうがない。二人共互角って事で手を打とう」
「不服ですが致し方ありません。それで?先輩は何か打つ手があるんですよね?」
「……なんで分かった?」
「女の勘です」
美森の答えに、士郎はふっと息を吐いた。
「そりゃ、敵わないな。ああ、あるさ。逃げ惑う敵を確実に射抜く武器が。
そう詠唱すると、士郎の手に血の様に真っ赤に染まった魔剣が現れる。士郎はその魔剣を弓に番え、弓を引く。すると、士郎の周辺に魔力の風が吹き荒れる。
そして、十分に力を蓄えた士郎は矢を放った。
「
士郎が放った矢は、当然の如く御魂に当たる様な軌道ではなかった。それもその筈、士郎は
本来、矢を引き、
「え?」
隣で士郎の放った矢の行く末を見守っている美森が、驚きの声をあげた。
それもその筈、御魂を大きく外れた筈の矢が、まるで意思を持ったかの様に、御魂の方へと大きく旋回したからだ。
「せ、先輩。あれは?」
思わずスコープから目を離し、士郎の方を見て尋ねた美森に、士郎は先程放った矢の説明をする。
「あれはフルンディング。射手が健在かつ、狙い続ける限り、標的を追い続ける追尾の魔剣だ。正直言って、あれを使うのは反則してるみたいで嫌だったんだけどな」
そう言って頬を掻く士郎。だがその目は、御魂から目を離さない。
逃げる御魂。それを追うフルンディング。速度は変わらない。だが。
「
御魂とフルンディングの距離が数メートルまで近付いた頃、士郎が壊れた幻想を使用した事で決着が着いた。
士郎はフルンディングで御魂を射抜くのではなく。壊れた幻想による爆発で御魂を破壊する手段を選んだのであった。
そしてその選択は正しく、御魂はフルンディングの壊れた幻想によって、破壊され、光となった。
「……終わったな」
光と化す御魂と、砂と化すバーテックスを見て、士郎はそう呟いた。
全てのバーテックスが撃破され、樹海化が解ける頃、士郎の左手に浮かんだ花弁の枠は、
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第8話 ■■の行方
【8】
樹海化が解けた後、勇者部一同は樹海化に巻き込まれる前の場所ではなく、社がある屋上に居た。
「あれ?此処は?」
周囲を見渡しながら、士郎が呟いた。
「学校の屋上よ。そう言えば、士郎は樹海化が解けたら、此処に戻るって知らなかったんだっけ?」
「ああ」
「じゃあ、覚えておきなさい。私達が樹海化した世界から戻ってくる場所は、元いた場所じゃなくて、この社がある学校の屋上よ。因みに、私達が樹海で戦っている間、この世界の時間は止まっているわ」
昨日、友奈達にした説明を士郎にする風。
「そっか、昨日、シロー先輩気絶してたから、知らないんだ」
「私達も、昨日は驚いたよね」
「昨日は突然居なくなった事を問い詰められて、大変だったよぉ〜」
「大赦のフォローのお陰で、今後私達が突然居なくなる時は大赦の御勤めの為って事をクラスや先生方達に説明はしてもらったわ」
昨日の事を各々振り返る友奈、美森、樹、風。
「あ、そう言えば東郷さん!今日の射撃凄かったよぉ!滅茶苦茶かっこよかったよ!私が男なら惚れちゃいそうなぐらい!」
「そ、そう。ありがとう友奈ちゃん」
先程の出来事を思い出して興奮し、美森に抱き着く友奈。そんな様子の友奈を満更でもない様子で受け入れる美森。
「本当に助かったわ東郷……それで」
「覚悟は出来ました。私も友奈ちゃんや樹ちゃん。先輩達と同じ勇者部部員として、勇者として一緒に戦います」
「……東郷。ありがとう。そしてごめんなさい。私がもっと早く、勇者部の本当の目的の事を……」
美森の言葉に感謝し、そして謝罪をする風。
「風先輩。気にしないで下さい。私も部室では言い過ぎました。ごめんなさい」
「東郷……うん。これから、一緒に国防に励もう!」
「国防……はい!」
美森と風が和解出来たことに、ホッと息を吐く士郎、友奈、樹。
「これで士郎の無茶も減るわね」
「あ、そうだ!士郎さん、足怪我してるんでした!病院行かないと!」
「そうだ!私を庇って!血がドバーッと!」
士郎をジト目で睨みながら呟いた風の言葉に、士郎が足を怪我した事を思い出して慌てる樹と友奈。
「落ち着け二人共。もう治ってるし、痛みも無い。ほら」
本当に治ってる事を証明すべく、怪我をした方の足で何回かジャンプする士郎。
「まあでも、一応病院には行きなさい士郎。大赦が経営する病院ならただで診察してくれる上に、勇者の事情も知ってるから」
「そんな、大袈裟な……」
「先輩。病院行かないと、一週間梅昆布茶を出しますよ」
「よし行こう!今すぐ行こう!」
衛宮士郎。苦手な物は梅昆布茶。
曰く、昆布茶のどろっとした感じが駄目らしい。
【9】
その日の夜。
あれから、士郎は勇者部付き添いで、大赦が経営する羽波病院で診察を受け、異常無しと診断された勇者部は解散、其々の帰路に着いた。
そして、友奈は今日は家族と夕食を共にし、士郎と美森は二人きりの夕食を終え、片付けの最中であった。
士郎が食器を洗い、隣に居る美森が食器を拭いて棚に戻す。その光景は夫婦でしかない様に思えるが、実際の所は二人は付き合ってすらいない。あくまで、家が隣同士で先輩後輩の中でしかない。少なくとも、今は……
「せ、先輩……」
「なんだ美森?」
最後の食器を片付けた後、美森は士郎に声を掛けた。
士郎は帰路の途中、夕食を作る時、夕食を食べる時、美森の口数が何時もと比べて少なかった事を気にしつつ、何時もと極力変わらないトーンを心掛けて返事をした。
「あの、その、今日の……今日、私が変身した時の事……覚えて、ますか?」
緊張した様子で、言葉が途切れ途切れになりつつも、なんとか言葉を紡いだ美森。今は士郎から目線を逸らし、顔を真っ赤にしている。
そんな様子の美森に、士郎は申し訳なさそうに、頬を掻きながら答えた。
「……すまん美森。あの時はバーテックスの攻撃を凌ぐのに精一杯で、美森の方を見る余裕が無かった」
「……そ、そうですか」
返って来た答えに、美森は若干ショックを受けつつも、安堵した。頭に登った血も徐々に下がり始め、速くなった鼓動も落ち着きを取り戻し始めた。
(……まあ、あんな勢いで告白しても……でも、唐変木な先輩からの告白は期待出来ないし、いっそ、この場で告白するのも……いえ、でもそんな
徐々に加速し始める、美森の思考回路。
「でも」
そんな思考回路を、士郎は次の一言でショートさせた。
「美森が
その言葉に美森は、
やがて士郎の言葉を徐々に理解すると、落ち着きを取り戻した鼓動が、再び鼓動が高鳴り、血液が顔に集中する。
「俺も大好きだよ。美森」
「はうっ」
ボシュと頭から煙を出す美森。
「そ、それは……つまり、わ、私達は……りょ、りょ、りょ、りょ」
今にも消えそうな声で「両想い?」と言葉を続けようとして、続かない美森。
「勿論。友奈も、風も、樹も、みんな大好きだ」
「は?」
だが、そのヒートアップした思考は、まるで大量の冷水を頭から被せられたかの様にヒートダウンしていった。
「ん?勇者部のみんなが大好きって事だろ?」
その瞬間、美森は理解した。
士郎が受け取った大好きの意味はLOVEではなく、likeだという事を。
その事を理解すると、美森は拳を握り引き絞った。
「せ、先輩の馬鹿ぁぁぁぁぁ!」
「ぐぼぉ」
そして士郎の眉間、人中、鳩尾へと三段突きを放った。
「な、なんで……さ」
美森の三段突きにより、士郎はKO。地に倒れ臥す。
美森は顔を真っ赤にしながら、車椅子を操作して家に帰って行った。
そして、美森の居なくなった部屋で、士郎は薄れ行く意識の中で呟く。
「ま、まさか、美森の言ってた大好きって……そう言う意味、なのか?」
そう呟き、ガクッと気を失う士郎。
美森は知らなかった。衛宮士郎という人間が、それ程鈍い人間ではないという事を……士郎が好意を向ける人間が
だが、士郎はその好意を
これは誰が悪いとも言えず、ただ言えるのは、複数の人間から好意を向けられる士郎を好きになってしまった、美森の不運を嘆くしかないだろう。
そして、今回の出来事で士郎は美森に好意を向けられ、告白されたのだと気付いたのだが……
美森から受けた三段突きにより、士郎は病院で解散して以降の、
つまり、それは美森が変身時に叫んだ告白を友愛による物だと勘違いしたままの士郎であり、告白だと気付き、ちゃんと答えを出そうと決めた士郎は、
仮に、美森が士郎に三段突きを見舞わなかったならば、二人が恋人となった
と言う訳で、自らフラグを折ってしまった美森さんでした。
次回、赤い服に身を包んだ二刀使いが登場!
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第9話 新しい仲間
【1】
士郎達五人が勇者となって、一ヶ月半が経過した。
初めて勇者となった次の日には、三体同時にバーテックスが現れたのに対して、この一ヶ月半は不気味な程バーテックスは現れなかったが今日、一ヶ月半振りにバーテックスが現れた。
勇者部一同は既に勇者に変身を終えており、戦いを始めようとしたその瞬間、バーテックスに複数の剣が突き刺さり、爆発した。
「え、なに!?東郷さん!?それともシロー先輩!?」
「私じゃない」
「俺でもないぞ」
じゃあ誰?と再びバーテックスの方を向く友奈。
すると、バーテックスより上から降ってくる少女の影が目に入った。
「ちょろい、ちょろい。思い知れ!私の力」
少女は再び剣を投擲し、バーテックスに突き刺さると爆発した。
「あの子、一人でやるつもりか?」
更に少女は地面に剣を投擲、地面に突き刺さると封印の儀が始まり、バーテックスの体から御魂が現れると、御魂から紫色のガスが噴出された。
「やばい!」
士郎はそう叫ぶと、ガスの届かない所まで跳んで避難した。友奈達は士郎の様に避難せず、その場に留まりガスを受けたが、精霊がバリアが発動して、ガスから友奈達の身を守っていた。
「精霊がバリアを張るって事は、致命傷になり得る攻撃って事だよな。なら早々に決着を着ける!
士郎は黒い弓と捻れた剣を投影し、剣を弓に番え弓を引いた。
「
青い魔力の風が周囲のガスを吹き飛ばし、士郎は剣から手を離す。
「
士郎の放ったカラドボルグは、樹海に漂ったガスを螺旋状に吹き飛ばしながら御魂に命中し、壊れた幻想を使う事なく、そのまま螺旋状に御魂を破壊した。
光と消える御魂。砂と化すバーテックス。先程までバーテックスと戦っていた少女は、最初何が起こったのか分からず、茫然としていたが、矢を放った士郎を目にすると、顔を怒りに歪ませて、士郎の方へと跳んだ。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと!アンタ何手柄を横取りしてんのよ!しかも、私が華麗なる初陣を華麗なる勝利で収めようって時に!」
激怒しながら士郎に近付く少女に、士郎は謝罪した。
「えっと、すまないな。あのガスを早くどうにかしないとって思ったからな。俺、精霊バリアって奴が無いから、あのガスを直接受ける訳に行かなかったし」
士郎の言葉を聞いて、少女は鼻で笑った。
「はん!成る程ね。アンタが歴代最強とか言われてる割に、精霊バリアの無い成り損ないの半端勇者ね。大赦からアンタを最優先で守る事を命じられてるわ。これからは余計な事はせずに、後方で指を咥えて大人しくしてる事ね。この私の華麗なる戦い振りを見ながら」
「成り損ないって……まあ、間違ってはないのか?」
「えっと……誰?」
士郎の元に合流した勇者部。友奈が一番に口を開いた。
「全く。ま、この四人と比べたら、まだアンタはまともな顔付きしてるわね」
友奈達四人と士郎の顔を見比べて、少女はそう言った。
「私は三好夏凛。大赦から派遣された勇者よ」
「えっと、つまりお姉ちゃんと同じって事?」
「そこの黄色いのと一緒にしないで」
「黄色いのって……」
「私は幼少期から勇者になる為に鍛え上げられた完成型勇者なのよ!つまり、貴方達は用済み。はい、お疲れ様でした」
少女、改め夏凛の言葉に暫し沈黙する勇者部。やがて花凛の言葉を理解して驚愕した。
「「「「「えぇぇぇぇ!?」」」」」
【2】
翌日。この日起こった出来事を簡潔にまとめると以下の通りである。
夏凛が友奈と美森と同じクラスに編入した。夏凛から自分は幼少期から勇者となる特訓を長年受けてきた、完成型勇者であると説明を受けた。勇者部の助っ人として派遣され、士郎達と共に行動する為、勇者部に入部した。
そんな今日起こった事を振り返りながら、士郎は日課の鍛錬を始めた。
「
この鍛錬を何時から始めたのか、士郎は覚えていない。唯一覚えているのはこの世界には魔術という物が存在し、誰かから魔術の練習法を学んだという事だけ。
士郎はこの鍛錬が命の危険を伴う、危険な鍛錬だとは知らない。けれど、失敗すれば怪我をする。酷ければ軽傷じゃ済まない場合だって存在するのを知っている。
それでも尚、この鍛錬を続けるのはこの鍛錬が失った記憶を取り戻す切っ掛けに成ると信じているからである。
「基本骨子ーー変更」
何時もの様に、パイプをより強固な物へとする鍛錬。
普段なら、この段階で九割型失敗するのだが。
「基本材質補強ーー完了」
士郎は
「これで、一ヶ月半連続か……」
士郎は一ヶ月半前、つまり勇者となってから、この鍛錬を
勇者になる前までは、十回やって、九回以上失敗するのが当たり前だった。
だが、勇者になってからは十回やって、十回成功する様になった。更に……
「
何時もと同じ詠唱。けれど、その意味は違う。
士郎の何も無かった筈の右手には、詠唱を唱えた途端、先程強化したパイプと同じ物が握られていた。
士郎はパイプを地面に置くと、両手を開いて再び詠唱する。
「
今度は勇者となった時に握っていた、白い剣と黒い剣……干将と莫耶を投影した。
「構造は勇者の時と比べて、大分荒いけど……それでもあの剣だ」
投影魔術。簡単に言えば、目にした物を複製する魔術。士郎が使えるもう一つの魔術であり、士郎はどちらかと言えば……いや、どちらかと言わずとも強化魔術よりも、この投影魔術が得意である。
士郎は勇者となって以降、強化魔術以外にも、この投影魔術の練度も上がっている。
魔術以外で言えば、料理の腕や弓の腕など、色々な練度が上がっている。
「まあ、今の所は体に害は無いし、別に良いか」
士郎は、この不思議な現象の事を考えるのを止め、今日の鍛錬を終えた。
【3】
次の日は部室で夏凛が、これまでのバーテックスは二十日置きの周期的に現れる物だと予測されていたが、一ヶ月半前には連日での襲来。次は一ヶ月半も時間を置いての襲来が発生し、この理論は破滅した事。
勇者は、戦闘経験を積む事でレベルが上がり、より強くなる満開の存在が説明され、勇者部も基礎戦闘能力を上げる為、朝練をする様に提案されるが、朝起きられないメンバーがいる事からボツ案になったり、その後は日曜日に児童館で手伝う子供会のレクリエーションの話をしたり、色々な事があった。
【4】
六月十一日。この日は士郎の家に夏凛を除く勇者部のメンバーが集合していた。
「先輩。スポンジはこんな感じで良いと思いますか?」
「うん?ああ、良いと思うぞ」
「士郎。生クリームは、こんな感じでどうかしら?」
「うん?どれ……うん。悪くないけど、ちょっと泡だて過ぎたかな」
「あ、やっぱり?」
「まあ、これぐらいなら許容範囲だろ」
「うーん。飾り付けはこうが良いかな?樹ちゃん」
「そうですね。それに更にこうしたらどうですか?」
「おお!良いね」
士郎、美森、風は台所でケーキ作り、友奈と樹はテーブルである飾りを作っていた。
この場に夏凛が居ないのには、別に仲間外れにしようという訳ではなく、ちゃんとした理由が有る。
「ごめんね。いきなり家に上がり込んじゃって」
「気にするな。いきなり家に来て、誕生日ケーキ作れって言われた時は、流石に驚いたけど」
「友奈ちゃんが、明日夏凛ちゃんの誕生日って気付いたから」
そう明日、六月十二日は夏凛の誕生日である。そのサプライズケーキを作る為、今この場に夏凛は居ない。
「えへへ、入部届けに書かれた誕生日が今日だったから、誕生日会しないとって思って」
「ケーキはお店屋さんで買っても良いと思ったけど、どうせなら、みんなで作ろうって話になって」
成る程なと呟く士郎。
「夏凛ちゃん喜ぶかな?」
「ああ、きっと喜ぶさ」
その後も、士郎家でのケーキと飾り作りは続いた。
【5】
そして満を持して、翌日を迎えた勇者部だったが。肝心の夏凛が欠席した事により、誕生会は中止となった。
「あ〜あ。折角、児童館の人達に許可貰って、サプライズ企画してたってのに……」
前日の準備が無駄になった事を残念がる士郎。いや、士郎だけでなく、他のメンバーも同じ思いだった。
「夏凛ちゃん。どうしたんだろう?」
夏凛を心配する友奈。
「朝から、ずっと電話掛けてますけど、電源が入ってない様子ですね」
スマホを操作する樹。
「大赦から、緊急の指示が入ったとか?」
首を傾げる美森。その疑問に風が答える。
「それなら、私の方にも、何かしらの連絡が入ると思うんだけどね」
児童館でのレクリエーションを終えた四人は今、今日無断で欠席をした夏凛のマンションを訪れていた。
そして夏凛が住む部屋の前に到着すると、風がインターホンを押す。
ピンポーンとインターホンが鳴り、暫く経つが、反応は返って来ない。
「留守か?」
「留守は留守でも、居留守かもよ?」
そう呟いて、再びインターホンを鳴らす風。
数秒経っても反応は返って来ない。
「……やっぱり、留守じゃないか?」
「ええい!此処まで来て手ぶらで帰れるか!」
そう怒鳴り、インターホンを連打する風。
そして漸く、部屋の中からドタバタと音が聞こえ始めると、扉が勢い良く開いて、風の顔面に直撃した。
「がふっ」
よろけながら後退して顔を抑える風。扉の方を向くと其処には木刀を握った夏凛の姿があった。
「えっと……大丈夫?」
少し、申し訳なさそうに尋ねる夏凛。
風は若干涙目になりながら言った。
「アンタねぇ……何度も電話したのに、なんで電源入れてないのよ?」
「ご、ごめん。って、そんな事よりなに!」
「何じゃないだろ。みんな三好が来ないから、心配になって見舞いに来たんだよ」
「良かったぁ〜。別に体調が悪くて、寝込んだりしてた訳じゃないんだね」
安堵した様子で尋ねる友奈。
「え、ええ……アンタ達とは体の作りが違うからね」
「んじゃ、上がらせてもらうわよ」
復活した風はそう呟くと、家主である夏凛の返事を待たずに部屋に上がり込んだ。それに続く士郎、友奈、美森、樹の四人。
「ちょ!?何勝手に人ん家に上がり込んでんのよ!」
「殺風景な部屋だな」
「私の部屋なんだから、どうだっていいでしょう!」
夏凛の部屋を見渡して、呟く士郎。
「まあ、良いわ。座って座って!」
「何勝手に仕切ってんのよ!」
本来の家主である夏凛を差し置いて、家主の様に振る舞う風。
「これ凄い。プロのスポーツ選手が使ってる奴みたい」
「勝手に触るな!」
部屋に置いてあるスポーツ用品を、目を輝かせながら眺める樹。
「わあぁ……水しかない」
「本当だ。序でに言えば調理器具が殆ど無い」
「ゴミ袋の中は、コンビニ弁当やサプリばかり……」
「三好、お前……」
「勝手に開けないで!漁らないで!憐れまないで!」
冷蔵庫を勝手に開ける友奈。台所を探索する士郎。ゴミ袋の中身を確認する美森。三人は夏凛の方を見て、憐れんだ視線を向けた。
「やっぱり、持って来て正解だったわね」
「ああ、こんな事ならもっと持ってくるべきだったな」
今度は、テーブルに料理や飲み物を広げ始める風と士郎。
「なんなのよ……」
その様子を眺めて、沸々と込み上げてきた怒りが爆発する夏凛。
「なんなのよ!いきなり来て、上がり込んで、好き勝手して、なんなのよ!」
夏凛の言葉を聞いて、「あ、そうだった」とケーキの入った箱を取り出し、箱を開ける友奈。
「ハッピーバースデー。夏凛ちゃん」
友奈がそう言うと、夏凛に向けてクラッカーを鳴らす勇者部一同。
「おめでとう三好」
「おめでとう夏凛」
「おめでとう夏凛ちゃん」
「おめでとうございます。夏凛さん」
「……………え?」
次々と投げ掛けられた、祝辞に戸惑う夏凛。
「三好、今日誕生日だろ?」
「入部届に書いてるわよ」
夏凛の書いた入部届けを取り出し、夏凛に見せる風。
「友奈ちゃんが見付けたんだよね」
「あって思っちゃった」
「だったら、今日誕生日会しないとな。ケーキも料理も俺達で作ったんだ」
「歓迎会も一緒に出来ますしね」
「本当は、子供達と一緒に、児童館で出来たら良かったんだけど……」
「当の本人が欠席したからな、こうして態々家にまで押し掛けたって訳だ」
「本当だったら、児童館でケーキ食べて、先輩の家で本格的な料理を食べる予定だったんだけどね」
「アンタ惜しい事したわね。士郎の料理は出来立てが一番美味しいのに、ま、冷めても美味しいけど」
「特に最近は、更に腕が上達してますよね」
「本当、プロと同等レベルだよ!お店開けるよ!」
「あはは、俺もなんでだろうって思うんだけどな。ここ最近、勇者になってから調子が良いんだ」
勇者部一同の言葉に、漸く止まった思考が動き出す夏凛。
「……馬鹿、アホ」
「なによそれ」
「た、誕生会なんてやった事ないから……その、なんて言ったら良いのか……その……」
「分かんないのか?」
士郎の問いに、照れくさそうに頷く夏凛。
「へぇ、可愛い所もあるんだな、三好」
「か、可愛い!?」
士郎の言葉に、一気に顔を赤く染める夏凛。
その様子を眺めていた勇者部一同は、士郎をジト目で睨む。
「あ、出た。士郎のタラシ」
「天然ジゴロ」
士郎を罵倒する犬吠埼姉妹。
「なんでさ!?まあ、兎も角として、誕生日おめでとう。三好」
「あ、ありがとう」
それと悪かったわね。と続ける夏凛。
「何が?」
「……色々よ。最初に成り損ないって言った事とか、今まで辛く当たった事とか……」
「ああ、気にするなよ」
その後、夏凛が隠れて折り紙の練習をしてたのが発覚したり、友奈が夏凛のカレンダーに予定を書いたり、文化祭の出し物が演劇になったり、夏凛がSNSに参加したりと、楽しい時間は、あっと言う間に過ぎて行った。
大半の日常回をダイジェストで書いてしまったけど、今にして思えば二話に分けて、ちゃんと書けば良かったかなと後悔しているこの頃。
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第10話 特訓
【1】
キーンコーン、カーンコーンと放課後を知らせる鐘が鳴る。
「起立、礼、神樹様に拝、着席」
休日以外の毎日行なっている動作を終え、放課後を迎えた生徒達は各々、これから部活動に勤しむなり、帰宅するなりと、目的を持って流れる様に教室から出て行く。
その流れに士郎も乗っかろうと、教科書、ノート、筆記用具などを仕舞った鞄を持ち、教室を出ようとした頃、背後から声を掛けられた。
「衛宮」
立ち止まり、背後を振り向く士郎。其処には両手を合わせた二人組みの男子生徒が立っていた。
「日直の仕事代わってくれ!今日部活に遅れる訳には行かないんだ!」
「後は日記書いて、職員室に届けるだけだから」
「ん、ああ良いよ」
男子生徒の頼みを、士郎は考える動作も無く、引き受けた。
「おお、サンキュー」
「恩にきるぜ!」
そう言うと、二人組みは士郎に日記を渡し、教室からそそくさと出て行った。
「なっ、言ったろ?衛宮はどんな頼み事でも断らないって、お前も、これから面倒な事は衛宮に頼め」
「いや、でも悪いだろ」
「良いって良いって、面倒事は衛宮に頼めって諺があるくらいだぜ?」
廊下の外からそんな会話が聞こえて来たが、士郎は眉一つ動かさずSNSアプリを開くと、勇者部グループのチャットに【今日は少し遅れる】とメッセージを送り、日記を書き始めた。
【2】
それから、肩代わりした日直の仕事を終えた士郎は、何時もと大分遅れて部室に到着した。そして扉を開けると、既に集まっていた勇者部メンバーの視線が士郎に集中した。
「お、丁度良いところで来たわね士郎」
「ああ、遅れてすまない」
士郎は一言謝罪をして部室に入り、周囲を見渡した。何時もなら皆バラバラの位置で作業をするのだか、今日は皆黒板の前に集まっていた。
先ず樹が黒板を背にして椅子に座って、その横に風が立っち、二人を囲む形で友奈、美森、夏凛の三人が座っていた。
「今日の活動は、樹を歌のテストで合格させる事よ」
「どう言う事だ?別に樹、歌下手じゃないだろ」
「あはは、そうなんだけどね。人前で歌うと緊張して、上手く歌えないみたいなのよ」
士郎は成る程と納得しながら、側にあった椅子を移動させて、樹と風を囲む円に加わった。
「取り敢えず、歌声でアルファ波を出せれば、勝ったも同然ね」
「何によ」
「良い音楽や歌声という物は、大抵はアルファ波で説明が付くわ」
「本当ですか!?」
「アルファ波凄い!」
「んな訳あるか!」
美森達のやり取りに苦笑いを浮かべる士郎。そんな事出来るのは超能力者くらいだろうなと思いつつ呟いた。
「樹、一人で歌う分には上手いんだけどな」
「そう言えば、なんで先輩が樹ちゃんが歌上手いのを知ってるんですか?」
「そう言えばそうだね。樹ちゃん、カラオケでも歌わないのに」
「ん、ああその事か。去年のある期間から今年の三月くらいまで、訳あって風と樹の家に通う機会があったんだ。それで、樹が風呂で歌ってた歌声を聞く事が何度かあったからな」
「ええ!?アンタ達、そんな関係だったの!?」
夏凛は驚きのあまりに大声で叫んだ。友奈と美森も士郎の言葉に驚いており、樹は顔を真っ赤にして俯いていた。
「多分勘違いしてると思うから正しておくぞ。俺は別に、風と樹のどっちかと付き合ってたとか、そんなんじゃないからな」
「なーんだ。びっくりした」
「じゃあ、なんで風先輩達の家に通っていたんですか?」
美森の問いに、風が答える。
「まあ、隠す理由も無いしね。その期間中、士郎は私達の家で料理を教えてくれていたのよ」
「え?そうなんですか?」
「ああ、本当だ」
「ほら、友奈達には話した事あると思うけど、私達の両親って事故で死んじゃったじゃない。洗濯とかの仕方はスマホで検索してどうにかなったけど、料理はどうしてもねぇ、レシピ通りに作れなくて、最初の一ヶ月くらいはレトルト食品や外食が主だったのよ」
風の言葉に友奈、美森、夏凛は信じられなさそうな表情を浮かべて驚いた。
「まあ、それで色々あって、士郎に料理の伝授を頼んだのよ。はいこの話終わり。話を戻すわよ」
パンパンと手を叩いて、話題を戻す。
「話を聞く限り、樹ちゃんは人前で緊張するってだけなんだから、単純に緊張の問題なんじゃないかしら?」
「じゃあ、習うより慣れろだな」
【3】
それから、勇者部一同はカラオケMANEKIに訪れた。一番手は本日の主役である樹……ではなく、その姉の風が務め、いきなり九十二点を叩き出した。
それに続く様に友奈と夏凛がデュエットを歌い、同じく九十二点を叩き出した事で場は盛り上がった。
「夏凛ちゃん上手だね!」
「ふん、このくらい当然よ。どうよ風?」
「ぐぬぬ……やるわね。士郎、アンタも何か歌いなさい!私達より点数低かったら罰ゲームね」
「おいおい。この点数超えられる訳ないだろ……全く」
そう言って、風から強引にデンモクとマイクを手渡された士郎は渋々と、オススメ曲と書かれたコンテンツに載っていた曲を適当に選び、マイクの電源を入れた。
暫くして、テレビ画面に【
「指から溢れ落ちた輝きの中」
それから数分後、カラオケボックス内は沈黙に包まれていた。いや、スピーカーからはBGMが流れているから完全な沈黙ではないが、勇者部一同は目を見開いて言葉を失っていた。
「う、嘘……」
最初に言葉を発したのは風だった。
「わぁ……シロー先輩凄いですね」
「こ、こんなの、認められないわ……」
「なんか、先輩にピッタリな曲でしたね」
「あわわわ、こんな点数初めて見ました」
それから各々、言葉を発する勇者部一同。
そして沈黙の原因を作った本人と言えば。
「……えっと、俺もまさか、こんな点数取れるとは思わなかったぞ?」
頬を掻いて、点数が表示された画面を眺めていた。
その画面に表示された点数は一〇〇。感想欄には、素晴らしい歌声です。もしかして、プロの方ですか?と書かれていた。
その後、肝心な樹の歌は緊張でまともに歌えず、その次の美森の歌では夏凛を除く全員が立ち上がり、敬礼をしながら聞くなどの出来事があったが、このカラオケの本来の目的である、樹が緊張せずに歌えるという目的は果たせなかった。
【4】
その次の日。部室に来た士郎の目を引いたのは、机にずらりと並んだ多種多様なサプリメントやドリンクだった。
「えっと、これ、何だ?」
「見て分かんない?喉にいい食べ物とサプリよ」
「な、なんか沢山あるね」
「み、三好が持ってきたのか?」
「そうよ」
胸を張って答える夏凛。
その後、持って来た様々なサプリ、ドリンクの事を延々と語り出した。
「く、詳しい。夏凛ちゃんの意外な一面……じゃないわね。よくよく考えれば、部屋に行った時にサプリのゴミとかあったし」
「さ、流石ですね……うん、本当に」
「夏凛ちゃんは、健康食品が大好きなフレンズなんだね♪」
普段よりも活き活きとした夏凛に戸惑う美森と樹。友奈だけは、尊敬の眼差しで夏凛を見つめている。
「か、夏凛は健康の為なら死んでも良いって言いそうね」
「それ、矛盾してないか?」
顔を引攣らせながら呟く風。そんな風に突っ込みを入れる士郎だったが、何故だか心の底では否定出来なかった。
「さあ樹、これを全部飲むのよ。そうすればきっと歌が上手くなるわ」
「ぜ、全部ですか?」
「お、多過ぎじゃないかなぁ」
「流石に三好でも、全部は無理だろ?」
「無理ですって?良いわ衛宮。やってやろうじゃない!」
そう言うと、夏凛は多種多様のサプリをリスの様に頬を膨らませるまで口に含み、オリーブオイルで流し込んだ。
「ぷはぁ!どうよ!」
口の端しから溢れでたオリーブオイルを拭いながら、ドヤ顔を決める夏凛。だが、その顔は次第に青白く染まっていった。
「えっと……無理しないで良いぞ?」
士郎がそう言うと、夏凛は口を両手で押さえて部室から出て行った。
数分後、何食わぬ顔で部室に戻って来た夏凛は言った。
「ま、まぁ、樹はまだ初心者だし、サプリは一つか二つで十分よ」
「はぁ」
「サプリに初心者とか、上級者とか居るのか?」
「突っ込んだら負けですよ。士郎さん」
その後、夏凛の好意を無碍にする訳にも行かず、樹は夏凛が持って来たサプラを数種類摘み、歌を歌ってみるが、やはり駄目だった。
「喉って言うよりも、緊張の問題じゃないか?」
「それもそうね。今度はリラックス出来るサプリメントを持ってくるわ」
「結局サプリなんですね……」
そんなこんなで、一日が終わった。
夏凛を花凛と間違えてたから、花凛を夏凛に直すのが大変だ……もういっそ、本作では夏凛は花凛って改名したいくらいだけど、そうすると夏凛ファンが怒りそうだったから、頑張って残りの花凛を夏凛に直すぜ……
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第11話 犬吠埼樹
今回は前半オリジナル回
【5】
士郎さんと初めて会ったのは確か、お父さんとお母さんが死んじゃって一ヶ月か、二ヶ月ぐらいが経った頃だったと思う。正確な時期とかは覚えてないけど。それでも、士郎さんと初めて会った日の事は良く覚えている。
「樹、ただいまぁ〜。さぁ、
「えっと、お邪魔します」
お姉ちゃんが学校から帰って来た時、その背後に知らない赤髪の男の人……士郎さんが立っていた。
「えっと、君が
「は、はい。犬吠埼樹です」
士郎さんは、優しく語りかけてくれたけど。当初の私は、見ず知らずの人と話すのが怖くて、物陰に隠れながら、自己紹介をした。
「こら樹!ちゃんと前出て挨拶しなさい!」
「いや、良いんだ犬吠埼。そうか、樹ちゃんか……俺は衛宮士郎。君のお姉さんに料理を教えに来たんだ」
私の態度に怒るお姉ちゃんを宥めながら、士郎さんは私に自己紹介をしてくれた。これが私と士郎さんの初めての対面だった……
それから、士郎さんはほぼ毎日、学校帰りに私達の家に来ては、お姉ちゃんに料理を教えながら、私達の夕飯を作ってくれた。
士郎さんは料理がとても上手で、作れる料理の種類もその質も、とても男の人……ううん、お姉ちゃんと同い年とは思えない程の物だった。
だから、私はある日士郎さんに尋ねた。
「なんで、そんなに料理が出来るんですか?何時から料理を始めたんですか?将来は料理人を目指してるんですか?」
と。すると士郎さんは、少し困った様に頬を掻きながら答えた。
「さぁ、分からない。俺には三ヶ月くらい前の記憶が無いんだ。所謂記憶喪失だな」
私は、聞いちゃいけない物を聞いてしまったんだと後悔した。士郎さんに謝ろうとしたけど、士郎さんは「だから」と続けた。
私は士郎さんの言葉を最後まで聞こうと耳を澄ませた。
「なんで、こんなに料理が出来るのかって聞かれたら、多分だけど、俺は記憶喪失になる前からずっと、料理をしてただろうからとしか答えられないし、何が切っ掛けで料理を始めたのか、将来料理人を目指してるのかは、俺でも分からない……けど」
士郎さん優しく微笑んだ。
「多分、俺は誰かに喜んで欲しくて、料理を始めたんだと思う。そんな気がするってだけなんだけどな。だから俺は、妹にちゃんとした料理を食わせてやりたいってぼやいてた、君のお姉さんに料理を教えてるんだ」
そう語る士郎さんの顔は、とても眩しくて、そして胸が締め付けられた。
……ああ、今思えばこの時だ。この時から、私は士郎さんに対する感情が徐々に変わり始めたのは……尊敬する相手、兄や父の様な存在から、■■の関係になりたいと思い始めたのは……
それからも、私達の日常は続いた。
学校が終わって、お姉ちゃんと一緒に士郎さんが帰って来て、士郎さんにお姉ちゃんが料理を教わりながらご飯を作って、そして皆でワイワイしながら食べる。
偶には三人で何処かに遊びに出かけたり、勉強会などを開いたりして私の勉強を見てくれる。
こんな日常が続けば良かったけど、それはある日、終わりを迎える。
「まあ、こんだけ出来たら、もう俺の教えは必要無いな。免許皆伝だ
「……そう、今までありがとね
そんな会話を耳にした時、私は思わず、読んでいた本を落としてしまった。
「え?もう士郎さん、家に来ないんですか?」
「うーん。そうだなぁ、教えられる事は全部教えたしな」
「そ、そんなぁ……」
その時の気持ちを、形容する言葉は思い浮かばなかった。ただ、心が騒ついて、胸が締め付けられて、涙が溢れそうで、只々、悲しい気持ちになった。
何故、これ程心が騒つくのか、分からなかった。
何故、こんなにも胸が苦しいのか。
何故、こんなにも泣きそうなのか。
何故、こんなにも悲しい気持ちになったのか……分からなかった。
士郎さんが、家に来なくなるのが寂しいから?うん。それも大いにあると思う……けど、それだけで、この悲しさを説明するには何か、理由が足りない気がした。
その日の料理の味は、なんだか、塩っぽかったのを覚えている。
そして料理教室が終わり、その次の日、士郎さんは家に来なかった。
全く家に来ないって訳じゃない。偶に遊びに来てくれるし、勉強会を開く事もあった。
けど、この胸の苦しみは、士郎さんと会う毎に増して行く。
そして私と違って、毎日士郎さんと会えるお姉ちゃんに対して、何か黒いドロドロとした感情を抱いていた。この感情か嫉妬という名のものだと気付いたのは、大分後になってからだった。
暫く経ったある日、私は知った。この胸の苦しみの正体が……
恋なのだと。
その気持ちに気付いたのは、中学校の林間学校の夜でした。思春期の男女が夜に行う定番の恋バナ。その時に私は少しぼかして私が長年抱える悩みを打ち明けた。
そしたら、その話を聞いたクラスメイトはみんな同じ事を口にした。
「それは恋だよ」
と。
そして、私がずっと心の奥底に抱えている、お姉ちゃんに対する気持ちの正体が、嫉妬という物だという事も、この時知った。
私が士郎さんに恋をしている。その事に気付いてからの行動は速かった。ううん。その行動を速くさせた要因は、その夜にした恋バナにもあった。
恋バナに参加したクラスメイト、正確には班の中には、私を抜いた五人中五人全員が、気になる先輩の話で全員が士郎さんを挙げたから、今の段階では精々気になる先輩程度。けれど、それが何時本気になるかは分からない。
私は決めた。士郎さんを誰かに取られるくらいなら、私は勇気を出して、この気持ちを士郎さんに打ち明けると……
けど、私はこの気持ちを打ち明ける事を辞めた。
お姉ちゃんが私と同じ感情を、
【6】
音楽の歌のテストが始まる。
「次は犬吠埼さん」
私の前の人が歌い終わり、等々私の出番がやって来た。
「は、はい!」
心臓の鼓動を高鳴らせながら、私は立ち上がり、皆の前に歩いていく。
落ち着け、落ち着け私。大丈夫、きっと大丈夫。昨日だってちゃんと練習したんだ。
私は心の中で自分にそう言い聞かせ、皆の方を向いた。当然、皆の視線が私に向いている。心が折れそうになった。胸が不安で一杯になった。
私を襲うのは失敗した時の恐怖、人前で歌う事に対する恐怖。そして失敗した時、お姉ちゃんが、士郎さんが、勇者部の皆ががっかりするだろうなと考えると、それだけで震えが止まらなくなる。
でも、そんな私に構わず、伴奏が始まる。
やっぱり無理……けど、やらなきゃ。
私は教科書を開き、そしてヒラリと一枚の紙が落ちた。
「あ」
「どうかしました?」
思わず声が出た。
先生と伴奏を止めて、私の様子を見てくれた。
私は咄嗟に落ちた二つに畳まれた紙を拾い、開いてみる。
それは寄せ書きだった。真ん中に大きく【樹ちゃんへ】と書かれていて、それを中心に左上に……
【テストが終わったらケーキ食べに行こう。友奈】
と友奈さんの寄せ書き。右上には。
【周りの人はみんなかぼちゃ。東郷】
縦文字で書かれた東郷先輩の寄せ書き。その直ぐ下には。
【気合いよ】
名前は書かれてないけど、その素っ気なさそうで、気持ちの篭った夏凛さんの寄せ書き。その左下には。
【周りの目は気にしない!お姉ちゃんは樹の歌が上手だって知ってるから風】
お姉ちゃんの寄せ書き。そして最後に右下には。
【イメージするのは常に最強の自分。周りの事なんて気にせず。樹は自分らしい歌を歌えば良い。士郎】
士郎さんの寄せ書き……どうしてだろう。他の皆の寄せ書きは私の緊張を和らげ、速まった胸の音を落ち着かせてくれたのに、士郎さんの寄せ書きを読んで、胸の音は今までにない程に速く脈を打った。
ううん。理由は分かる。私はお姉ちゃんに遠慮して、士郎さんから身を引いた……
けど、この胸の奥底に仕舞った筈の気持ちは、全く色褪せなかった。
「全く……私って、意外と諦め悪いのかな?」
「犬吠埼さん?大丈夫ですか?」
「はい!」
「なら続けますよ?」
「はい!私は大丈夫です」
うん。もう大丈夫。胸の音は、寄せ書きの紙を開く前以上に高鳴ってるけど、恐怖も不安も感じない。感じるとしたら、それは士郎さんに対する
私は士郎さんと、お姉ちゃんと、友奈さん、東郷先輩、夏凛さんの皆と一緒に居る。決して一人じゃない。
イメージするのは常に最強の自分。周りの目なんて気にしない。私は、私らしい歌を届ける!
その日、歌を歌い終えた私はクラスメイトの皆、そして先生からの拍手喝采を受け、無事、音楽の歌のテストを合格した。
そして音楽室から教室に戻り、私は数人の仲の良いクラスメイトに囲まれた。
「犬吠埼さん!歌上手だね!」
「本当本当!歌手目指しなよ!歌手!」
「樹なら、きっと日本一の歌手になれるよ!」
単純かも知れない。自分でも呆れる程だけど、私は友達の言葉を聞いて決意した
。
この歌声で、私は歌手に成ると。
そして、無事に歌手になれたなら……その時は士郎さんに今度こそ、私の気持ちを伝える。
それはきっと、容易な事じゃない。険しい道だと分かってるし、その間にどれだけの年月を要するのか想像すら出来ない。
もしかしたら、歌手を目指す途中で、士郎さんがお姉ちゃんと付き合ってるかも知れない。他の女の人と付き合ってるかも知れない。
そんな未来を想像するだけで、胸がとても苦しくなる。けど、それでも私はお姉ちゃんと隣に立って……ううん。対等な立場に立って漸く、士郎さんに気持ちを伝えられる権利を得ると思っているから。私は険しい道を進むよ。
「まあ、
私はそう呟きながら、ミュージックオーディションの応募ボタンをクリックした。
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第12話 決戦
【1】
この日、久し振りに樹海化に巻き込まれた勇者部一同は、バーテックスが現れた方向を見て唖然としていた。
「おい、これは何の冗談だ?残り七体。全部来てるんじゃないか?」
「来てるんじゃないか、じゃなくて来てるのよ。総攻撃……最悪なパターンね。やりがいあり過ぎて、サプリも増し増しだわ」
そう言って、ポケットから取り出したサプリメントを口に含む夏凛。
「程々にな」
「分かってるわよ。樹もどう?サプリ決めとく?」
「その表現はちょっと、遠慮しときます」
そう言って、サプリの入った容器を差し出す夏凛に、樹は苦笑いをしながら遠慮した。
「バーテックス、何で直ぐに攻めて来ないんだろう?」
「さあ?神樹様の加護が届かない壁の外に誘き出すのが目的なのかも」
「どの道、壁の外に出てはいけないって教えがあるから、私達は此処で待ち構えるしかないわ」
夏凛がそう言った後、偵察に向かっていた風が戻って来て言った。
「敵さん。壁ギリギリの位置から攻めて来るみたいよ」
「決戦だな。俺達も準備を始めるか」
そう言って、士郎は変身しようとしたが、不安そうな表情を浮かべる樹に気付き「不安か?」と声を掛けた。樹は小さく「……はい」と頷いた。
そんな樹に、友奈が励ますように声を掛けた。
「大丈夫だよ樹ちゃん。みんな居るんだから」
「友奈の言う通りよ、樹」
「樹ちゃん。勇気出して行こう」
「ふん、完成型勇者の私が付いてるのよ。何を不安がる必要があるんだか……」
友奈に続いて、樹を励ます風、美森、夏凛。
そして、樹の不安が和らいだ。そう感じた士郎は叫んだ。
「よし、勇者部一同、変身だ!」
「「「「はい!」」」」
「それ、私が言おうとした台詞!?」
士郎の号令に従い、各々は勇者アプリを開き変身を開始した。
赤、ピンク、青、緑、赤と色取り取りな花吹雪に包まれ、勇者に変身した。
「敵ながら圧巻ね」
「まあ、総力戦だからな」
「逆に言えば、こいつ等殲滅すれば戦いは終わりね」
七体のバーテックスを見て、各々感じた言葉を述べる美森、士郎、夏凛。
そんな中、樹とは別の意味で、不安そうな表情を浮かべた風が、士郎に近付いて声を掛けた。
「士郎……」
「なんだ?」
真剣な表情を浮かべる風に、士郎も真剣な表情を浮かべて返事をした。
「無茶をするな、無理をするな……とは、この際言わないわ。これだけの総力戦、無茶も無理も無しに勝てるとは思ってないから……でも、これだけは約束して、死なないで」
「……………」
風の言葉に、士郎は少し間を置いて答えた。
「承知したよ。部長」
士郎の返事に満足した風は顔から不安の表情を消し去ると、何時も通りの明るい表情を浮かべて言った。
「よし、なら此処は、あれやっときましょう」
「あれ?」
夏凛は風の言ったあれの意味が分からず、首を傾げるが、他の勇者部メンバーは風の言った意味を理解し、黙って円に状に集まり方を組み始めた。それを見て、夏凛も風の言うあれの意味を理解した。
「え、円陣?それ必要かしら?」
「勇者には気合が必要なんだろ?」
「なら、これも必要な物よ」
「ほら、夏凛ちゃんも一緒に!」
夏凛の手を引く友奈に、夏凛は満更でもなさそうな表情で言った。
「しょ、しょうがないわね。べ、別にやりたくてやってる訳じゃないんだからね」
「無理しなくても良いんだぞ?嫌なら俺達だけでも」
「む、無理なんかしてないわよ!……嫌じゃないから、私も混ぜなさいよね」
何やかんやで、円陣に混ざる夏凛。円陣を組み終え、風は一度深く息を吸って、吐いた。
「ふう……」
「その息の吐き方は、自分の名前と掛けてるのか?」
「ぷっ!」
士郎の問いに、思わず吹き出す友奈達。
「そんな訳でないでしょう!真剣な事言おうとしてんだから、茶化さない!」
顔を真っ赤にして叫ぶ風。ツボに嵌って声を抑えて笑う友奈と樹。笑いに堪える夏凛。隣で風から顔を晒して、肩を震わせる美森を無視して、風は真剣な声で言った。
「アンタ達、勝ったら好きな物奢ってあげるから、死ぬんじゃないわよ」
風の真剣な言葉に、漸く落ち着きを取り戻した友奈達。
「なら、私は先輩の手料理を所望します」
「え?毎日食ってるだろ?」
美森の言葉に驚く士郎。
「あ、なら私も、東郷さんと同じ物を」
「ゆ、友奈まで!?」
友奈も美森に続き。
「わ、私もです」
「樹!?」
更に樹が続いた。
「そうねぇ。なら私は、美味いって評判の衛宮の和食を頼もうかしら?」
「三好もか!?」
更には夏凛までもが、風が奢れる様な物ではなく。士郎の手料理を所望する。
「なら、私も士郎の手料理をご馳走になろうかしら」
「風が好きな物奢るんじゃなかったのか!?」
その流れに乗っかる様に、風も士郎の手料理を所望し、それに突っ込みを入れる士郎。
「まあまあ。私も手伝いますから」
「勿論私もよ」
美森と風の言葉に、士郎は溜息を吐いて諦めた。そして覚悟を決めた。
「こりゃ、死ぬに死ねない約束を、二つも交わしてしまったな……良いぞ。俺は勝って、お前達に料理を振る舞う。だから、お前達も絶対に生き残れ!」
士郎の言葉に「了解」と答える勇者部一同。
そして戦闘が始まった。
美森はその場に残り、地面に寝そべってライフルを構える。友奈、風、樹、花凛の四人はバーテックスに向かって駆け抜けるが、その四人を追い越して、士郎が前に出た。
「ちょっと士郎!アンタは前に出ない!」
風の制止する声が聞こえなかったのか、或いは聞こえていながら無視したのか、それは定かではないが、士郎は止まらなかった。
「
士郎が最初の標的としたのは、他六体のバーテックスから突出して前に出た、長い胴体に二つの足が着いたバーテックス。
士郎はそのバーテックスに向けて、投影した干将・莫耶を投擲した。双剣は其々、バーテックスの両足の付け根に突き刺さり爆発、バーテックスの足を吹き飛ばして行動不能にした。
その後に、遅れて到着する花凛。
「衛宮!前に出過ぎよ!引っ込んでなさい!」
夏凛の言葉に、士郎はこう反論した。
「いや、前衛後衛を熟せる俺だからこそ、前に出るべきだ。援護は美森一人で十分だし、俺は体力が減れば後方に下がって援護に徹する事が出来る。此処は俺が前に出て、三好達はまだ体力を温存すべきだ」
「それだと、アンタ一人に負担が掛かるじゃない!」
「今回バーテックスは七体も居るんだ。こうでもしなきゃ、きっと勝てない。それよりも封印だ。俺は封印の儀を行えない」
士郎の言葉に夏凛は舌を打ち、八つ当たりをする様に刀を地面に突き刺し、封印の儀が始まった。
出現する御魂。だが、やはりと言うべきか、御魂はただでは壊されないと言わんばかりに、ドリルの様に高速回転を始めた。
御魂に刀を投擲する花凛だが、刀は弾かれて地面に突き刺さる。
「此処は私に任せて下さい!」
士郎と花凛に合流した友奈、風、樹。
友奈がそう叫び、御魂を殴って回転を止める。
「東郷さん!」
友奈が美森の名を叫んだ直後、美森の射撃により、御魂は破壊された。
「ありがとう。東郷さぁぁぁん!」
美森が居る方に向かって、手を振る友奈。
取り敢えず、一体目を難無く倒せた事に安堵する士郎だったが、直ぐに違和感を感じた。
(待て、簡単過ぎる。前回三体同時にバーテックスが襲来した時、バーテックスは連携して襲って来た。なら、バーテックスは連携する知恵が有る。にも関わらずだ。何故、このバーテックスは叩いてくれと言わんばかりに突出して来た?)
士郎がそこまで考えた直後、士郎達の周りから耳を塞いで蹲る程の鐘の音が鳴り響いた。
「くっ!そういう事か!」
「き、気持ち悪い」
「こ、このくらい……勇者なら……やっぱり無理」
「の、脳が震える!」
バーテックスが鳴り響かせる騒音に、戦う力を失う士郎達。そんな状況を打破すべく、鐘の音が届かない程遠くにいる美森は、戦闘不能に陥らせる程の音を鳴り響かせるバーテックスを狙撃しようとするが、そんな美森を大きな揺れが襲った。
「くっ、地面の中に敵が!」
まるで水中の様に、地中を潜りながら地面を揺らすバーテックス。美森は標的を変え、先ずは地震を起こすバーテックスを狙撃しようと試みるが、揺れの所為で標準は上手く定まらず。定まった頃には敵は地中の中だった。
「まるで潜水艦ね。鬱陶しいわ」
そして鐘の音により、行動不能だった士郎達の方で進展があった。
「お、音はみんなを幸せにするもの!こんな音は、こうです!」
樹がそう叫び、騒音を鳴り響かせるバーテックスの鐘をワイヤーで拘束、戦闘不能に陥らせる程の音を止ませた。
「樹!よし、先ずはアンタ達からよ!」
「風!一撃で三体纏めて御魂を破壊するから、時間稼ぎ頼む」
「了解!」
鐘の音が止み、戦闘を再開し始めた勇者部一同。
「
士郎が詠唱すると、その手に赤い稲妻が走り、疲弊しきった前回とは違い、体力に余裕がある今回は、スムーズに赤い魔槍を投影した。
「はぁぁぁ!」
風は身の丈以上ある大剣を更に巨大化し、戦闘不能となった間に、近付いて来たバーテックスを二体纏めて斬り裂いた。
士郎は「よし」と呟くと、魔槍に魔力を込め始めた……その直後だった。風に斬られた二体と、鐘の音を鳴り響かせたバーテックスが後退を始めた。
「あわわわ」
そして鐘の音を鳴り響かせたバーテックスとワイヤーで繋がっている樹が引っ張られ、不味いと思った士郎は、咄嗟に樹と繋がっているワイヤーを魔槍で斬り解いた。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。奴等、何を始めるつもりだ?」
士郎がそう呟いた後、一際大きいバーテックスの元に集まったバーテックスは、まるで士郎の言葉に答える様に、
死亡フラグを乱立させた士郎、果たして士郎は生き残れるのだろうか……
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第13話 咲き誇る花々
皆、オラに、オラに気力を分けてくれ!
バーテックスが融合する光景を見て、士郎達は唖然としていた。
「おいおい、
「こんなの聞いた事無いわよ!?どうなってんのよ全く」
「でも、これなら三体纏めて倒せるよ」
「友奈、一体のバーテックスに三体合体したから、四体よ」
「どうだって良いよ」
各々が言葉を述べた後、融合したバーテックスは縦の円状にポツポツと、蝋燭が灯っていく様に無数の火の玉を作り始め、そして士郎達に襲い掛かった。
「一同散開!」
風の指示に士郎達は言葉じゃなく、行動で答えた。
士郎達は其々が、火の玉の攻撃から逃れる為に散り散りになったが、火の玉は方角を変えて士郎達を追尾した。
「こいつ!追尾してくるのか!」
士郎は追ってくる火の玉を干将・莫耶を数度投擲して、破壊する事で凌いだが、他の面々は士郎の様に凌げず、命中し、地に倒れ伏した。
「友奈!風!樹!三好!ちくしょう!」
士郎は干将・莫耶を消し、弓矢を投影、矢を放つがバーテックスには大したダメージは与えられなかった。
「冗談じゃ、ないわよ……こんな所で、寝てられるかっての……」
士郎の背後で、のそのそと立ち上がる風。そんな風に巨大な水球が襲った。
「風!」
士郎は咄嗟に風の元に駆け寄ると、風の手を掴んで精一杯遠くに投げ飛ばして救ったものの、士郎は風を襲った水球に飲み込まれた。
「いたっ!何するのよ……し、ろう?」
突然投げ飛ばされた事で、士郎に若干の怒りを露わにして士郎の方を睨む風だったが、水球に飲まれた士郎を見て、士郎が自分を助けたのだと理解する。
「……嘘。士郎!今助け」
るわ。と続ける前に、風は再び火の玉による砲撃を受け、吹き飛ばされた。
一方、士郎は水球から脱出すべく、体を動かすが効果は無く、水球の中心から移動出来ずにいた。
(まだだ……まだ、死ぬ訳には行かない。約束したんだ。だから、俺はまだ、死ねない!)
士郎がそう強く思った直後、士郎の左手に浮かんだ紋様が強く輝き、その光は士郎を包み込んだ。
【2】
士郎の左手から放たれた輝きが、晴れた時。士郎を包み込んでいた水球は綺麗さっぱり消え去り、士郎は赤い外装から、赤い装束の様な物へと服が変え……宙を浮いていた。
「溜め込んだ力を解放する。成る程、これが満開か……」
士郎が自身の体を見渡しながらそう呟いた後、バーテックスは最初に士郎達を襲った火の玉を形成していた。
「避けられないなら、撃ち墜とすまで!
士郎は両手を広げ、詠唱する。
すると今まで行って来た投影とは違い、投影した剣は士郎の両手ではなく、背後に現れた。それも一つや二つではなく、数十もの数でだ。
「憑依経験ーー共感完了。全投影待機。停止解凍。全投影連続層写!」
士郎が号令を出すと、背後に投影された剣群が射出された。同時にバーテックスも形成し終えた火の玉を発射した。
士郎が放った剣群とバーテックスが放った火の玉は、まるで双方が引き合っているかの様に衝突し爆発を起こしたが、士郎の剣群だけが生き残り、尚も射出された勢いは衰える事無く、そのままバーテックスの体に突き刺さり爆発した。
だが大したダメージは与えられていない。バーテックスはより巨大な火の玉を形成し、士郎に放った。
「なら、これでどうだ!」
士郎はそれに対抗すべく、人が扱うには大き過ぎる。山をも斬り裂きそうな程巨大な剣を投影し、バーテックスに放った。そして士郎は叫ぶ。その剣の名を……
「
所詮は外見だけを似せた、中身の無い贋作であったが、士郎から放たれたイガリマはバーテックスが形成した巨大な火の玉を難無く斬り裂き、そのままバーテックスの体を貫通した。
「行ける!」
イガリマに串刺しにされ、倒れたバーテックスに更に無数の剣を放つ士郎。
その直後、背後で青紫色の巨大なアサガオが咲き誇った。
「もう、好き勝手にはさせない」
「美森!」
士郎が咄嗟に背後を振り向くと、其処には自分と同じ様に満開を迎えた美森の姿があった。
「我、敵艦隊に総攻撃を実施す。全主砲一斉射ーー撃てぇ!」
美森が何処から取り出したか分からない、日の丸の鉢巻をしてそう言うと、満開によって追加された浮遊砲台が、地中を移動するバーテックスを捉え、一斉に砲撃を行った。
美森の砲撃によって、地中を移動するバーテックスの体が全て消し飛び、御魂だけとなった。
「この程度の敵なら、儀式も必要ないみたいね。制圧射撃!」
残った御魂を砲撃で破壊する美森。
「やるな。美森の奴」
士郎が美森の戦い振りを見てそう呟いた直後、正面にマップを表示したスクリーンが投影され、驚愕する。
「んなっ!?このバーテックス、神樹様に近い!?」
士郎がスクリーンから目を離し、神樹に近くにまで近付いたバーテックスを目視すると、其処には三メートル程の小型のバーテックスが高速で走っていた。
「くそっ!」
士郎は咄嗟にゲイボルクを投影し、魔力を込め始めようとした時、今度は鳴子百合の花が咲いた。
花が咲いた方を振り向く士郎。すると其処には満開を行った樹の姿。
「私達の日常を、壊させはしないーー
樹が
「よ、容赦無いな、樹」
樹の攻撃に顔を引攣らせる士郎だったが、その顔は直ぐに真剣な物に変わり、融合したバーテックスの方を見る。
すると、其処にはイガリマに串刺しにされて尚、今までに無い極大の火の玉……いや、太陽を作り出したバーテックスの姿があった。
「おい、何だよその元気ぽい玉……」
放たれた太陽。それをどうにかしようとする士郎だったが。
「駄目だ!間に合わない!」
士郎がそう叫んだ直後。今度は黄色のオキザリスの花を咲かせた風が、太陽を受け止めた。
「風!」
「勇者部一同!封印開始!こいつは私が受け止める!だから早く!」
風に言われた通り、急いで封印の儀に取り掛かる友奈、美森、樹、夏凛。
風が受け止めていた太陽が爆発し、吹き飛ばされる風。それを士郎が地面に叩きつけられる前に受け止めた。
そして封印の儀が始まり、御魂が出現した……
「おいおい。確実に本体がバーテックスより大きいぞ」
「見りゃ分かるっての!全く、何から何まで規格外過ぎるわ。こんなの……」
「しかも、出てる場所は宇宙……」
「大き……過ぎるよ。あんな物、どうやって」
「樹、その台詞は色々アウトよ」
「言ってる場合か!それにしても、どうやって破壊したものか……」
「そもそも破壊出来るの?こんなの」
士郎達、勇者部が見上げた先にあるのは、町よりも大きそうな巨大さを誇る御魂、しかも、出現した場所は宇宙。この二つが勇者部の戦意を削いで行ったが……
「大丈夫だよ!御魂なんだから、今までと同じ様にすれば良いんだよ!」
友奈のこの言葉が、消え掛かった勇者部の戦意に火を付けた。
「……友奈の言う通りだな。
再びゲイボルクを投影する士郎。
「
魔槍に十分な魔力を込め。
「
今度こそ放った。
放たれたゲイボルクは、あっという間に対流圏、成層圏を破り、御魂に命中したのだが……御魂が破壊された様子はなかった。
「効果無しか……」
「大丈夫。きっと効果は出てます」
若干落ち込む士郎を励ます友奈。
「ああ、そうだな。けど今の所、宇宙空間にある御魂に届く攻撃を出来るのは俺のゲイボルクだけ、そう何度も撃てる物じゃないし、宇宙空間で直接攻撃が出来れば良いんだけど」
士郎がそう言うと、美森が手を上げて言った。
「私なら、今の私なら先輩を宇宙空間まで運べます」
「よし、決まりだな」
「私も行きます」
「友奈、お前は……」
士郎は残れと言おうとしたが、友奈が素直に残るとも思えず、更に友奈と口論になる時間が惜しいと考え、止めようとするのを辞めた。
「ああ、分かった。三人で行こう。風、樹、夏凛の三人は封印作業を頼む」
「ええ」
「早く殲滅してきなさい!」
「士郎さん!友奈さん!東郷先輩!武運を!」
三人の激励を受けながら、士郎と友奈は美森が展開した船に乗り、宇宙へと飛び立った。
アンリミテッド・ジャッジとは、士郎の真名解放に影響され、樹が夜な夜な考えた必殺技である。本編で記述した通り技名を叫ぶ必要はない。
アンリミテッド・ジャッジ以外にも、数々の技名をノートにびっしりと書いており、樹は数年後、このノートとこの日の事を思い出しては悶絶する日々を送る事となるのだが、この時の樹はまだ知らない……
それにしても、日間ランキング50位くらいになったと思えば、いきなり日間ランキングから消えたり、そして気付けばまた載ったりの繰り返し……意味分かんねぇ……
80位とか90位くらいをうろちょろしてるなら兎も角、なんで50位くらいからいきなり消えるんでしょうね?
……は!まさかこれは大赦の陰謀!?おのれぇ大赦ぁぁぁ!
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第14話 決着
ー追記ー
あるシーンに文章を追加しました。
【3】
士郎、友奈、美森を乗せた宇宙戦艦ナガト(美森命名。最初は大和と名付けようとしたが、士郎に止められた)が成層圏を超えた頃、士郎は自身が出せる最強の攻撃の準備に入った。
「
そんな士郎を邪魔立てするかの如く、御魂が無数の火球で攻撃を仕掛けて来た。
「「なっ!?」」
「御魂が攻撃してきてるの!?」
「ええ、恐らくは先輩の力に反応して……でも、先輩の邪魔はさせない。地上にも落とさせない」
そう言って、砲塔を上下左右に動かして火球を迎撃する美森。士郎は美森を信じ、投影に集中する。
「創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定しーー」
その剣は人々の願いから、星の内部で結晶・精製された神造兵装であり、
「構成された材質を複製し、制作に及ぶ技術を模倣しーー」
至高の聖剣と言えるそれは、本来士郎では投影できる代物では無かった。
「成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現しーー」
然し、士郎は満開を通じて神樹の力……神の力を受け取り……
「あらゆる工程を凌駕し尽くしーー」
結果として、本来投影不可能な神造兵器を一度だけ、完璧に投影する事を可能とした。
「此処に、幻想を結び剣と成す!」
友奈はその剣に目を奪われていた。美森もこんな状況でなければ、友奈と同じ様にその
士郎は一度、深く息を吸って吐いて、黄金の剣を掲げた。すると、黄金の剣の周りに光の粒が集まっていく。
だが、これだけでは駄目だ。まだ、この聖剣の力を十全に発揮するには至らない。
「
あの御魂を破壊するには、この聖剣に掛けられた拘束を解かなければならない。
「一つ、共に戦う者は勇者である」
ガヴェイン承認。
「一つ、敵は心の善い者ではない」
ガレス承認。
「一つ、この戦いは誉れ高き戦いである」
トリスタン承認。
「一つ、これは、生きるための戦いである」
ケイ承認。
「一つ、敵は、己より強大な者との戦いである」
ベディヴィエール承認。
「一つ、我は、人道に背かぬ」
ガヘリス承認。
そして、ガチョン! ガチョンと拘束が解除され、聖剣の輝きが増す。
「一つ、あれは、精霊ではない」
ランスロットーー否認。
(ちっ、バーテックスは精霊の扱いか、あれの何処が精霊なのやら……)
士郎は心の中で舌打つが、拘束の解除を続ける。
「一つ、あれは、邪悪である」
モードレッド承認。
「一つ、この身に、私欲は無い」
ギャラハッド承認。
「一つ、これは世界を救う戦いである」
アーサー承認。
バキンと十三の拘束の内、九つの拘束が外れ、聖剣は強大な光を放つーー時は満ちた。
「
士郎は輝きがピークに達した聖剣を、強く握りしめ……
「
御魂に向かって振り下ろした。すると、黄金の剣から光の奔流が放たれ、御魂を飲み込んだ。
その光は地上にいる風、樹、夏凛もしっかりと目に捉え、その光の正体が士郎によって繰り出された物なのだろうと、皆が確信していた。
そして、その光景を間近で見ていた友奈と美森は息を飲んでいた。
「す、凄い……」
「ええ、本当に……まるで戦艦大和の一斉射。これならきっと」
「その褒め方は、よく分からないけど、取り敢えずありがとうと返しておくよ」
でも、と士郎は御魂を見て呟いた。
士郎に釣られて、友奈と美森も士郎の視線の先を見る。すると、二人の目には大部分を溶解炉の中に付け込まれた様にドロドロに溶かしながらも尚、辛うじて黄金の奔流に耐えた御魂の姿が映った。
「「……嘘」」
友奈と美森は驚愕で目を見開いき、士郎は上がった息を整えると、深く吸った息を吐いた。
「全く、俺が持ち得る中でも、最強の攻撃だったんだけどな。完全破壊には至らなかった様だ……」
そう呟くと士郎の満開が解け、何時もの赤い外装の服装に戻った。そして士郎の体は一気に脱力し、崩れるように座り込んだ。
「美森、あれを破壊出来るか?」
士郎の問いに、美森は首を横に振って答える。
「すいません。もう余力は殆ど残ってないです」
「俺も同じ様な物だな。エクスカリバーはもう使えない。宝具も使えて一回だな……って事は」
「私の出番ですね!」
「ああ、結果的に友奈を連れて来たのは、正解だったな……行ってこい、友奈」
「はい!」
士郎の言葉に力一杯に返事を返すと、友奈は軽いストレッチを始めた。
「見てて!シロー先輩!東郷さん!」
「ああ、トドメは任せた友奈」
「頑張って」
士郎と美森の激励を受けて、友奈は跳び立った。そして……
「満開!」
宇宙に巨大な一輪のヤマザクラが咲き誇った。その花は、暗い宇宙空間で咲き誇ったからだろうか、士郎と美森の目には、今まで目にした満開の中で、最も美しく、そして神々しく見えた。
満開によって、友奈の背後なリングと、その左右には巨大なアームが現れた。
「全ての力を、この一撃に込める!」
友奈はそう叫び、満開の力を全て右のアームに注ぎ込む。左のアームは光の粒となって消え、その光の粒は右のアームに集結して行き、巨大なアームは、更にふた回り大きなアームとなった。
そして友奈は右手を引き絞る。それに連動して、アームも友奈と同じ動きをする。
「
友奈もまた、意味も無い必殺技を叫ぶ……いや、友奈の場合は元からだった。
「
友奈の拳は、死に体だった御魂に深く突き刺さり、拡散した。
そして、友奈が戦いが終わった事にホッと安堵の息を吐いた直後、友奈の満開が解け、地球の引力に引かれて自由落下を始めた。
空かさず、友奈の落下地点に最後の力を振り絞り、船を動かした美森。落下してきた友奈をキャッチする士郎。そして美森の満開が解けて同時に船も消える。
三人は地球の引力に引かれ、地球に落下して行く。このままだと、三人は成層圏で焼け死んでしまう。故に士郎は、残った力を振り絞り、花を咲かせる。
「
「……悪いな、二人共。耐えられるか分からない」
「謝らないで下さい。シロー先輩」
「そうです。それに、もし駄目でも三人なら怖くないです……」
「そうか」
そんな話をした直後、成層圏に突入する。
「ぐっ!」
早速、三枚のアイアスが溶ける様に消える。更に三枚が同じ様に溶ける様に消える。
「残り一枚。これじゃ、確実に耐えられない……」
いや、と士郎はそんな考えは捨てた。
「耐えてみせる!絶対に!」
士郎は
再び咲き誇る満開の花。
その花の名を……
「
最初に展開したアイアス。その最後の一枚が消える寸前、士郎は再び満開を発動させた。それは満開時の装備へと変わる事はなく、その力の全てを自分達を守るアイアスへ注ぎ込んだ。
結果、そのアイアスは神聖で、より強硬な盾へと昇華し、その一枚一枚は完成されたアイアスと同等以上の防御力を誇る。つまり、最低でも完成型アイアス七つ分、古の城壁四十九枚分の防御力を誇る物へと変わった。
士郎の満開ゲージは確かに溜まっていた。だが、それを使う体力は残っていなかった。限界を越えた先に咲いた花。それは成層圏の間で六枚の花を散らせつつも、何とか成層圏を突破するまで耐え抜いた。だが……
(地面との衝突に耐えられるか?)
士郎の疑問に答えるなら、否である。
アイアスは既に限界を迎えている。成層圏を突破出来ただけでも奇跡の域を超えている。もう一度満開を使う余力は残っていない。
最後のアイアスは消えかかっている。地面に衝突する衝撃を和らげる事は出来るかも知れないが、それでも普通なら死を免れない。
(友奈と美森なら、精霊バリアで耐えられるかも知れない。けど俺は……)
士郎は気を失った友奈と美森を見て、一言謝った。
「ごめんな。約束、守れないや。けど、せめて二人だけは……」
士郎は覚悟を決めた。自分のこの命、その全てを使い果たしてでも、この消え掛かったアイアスを維持すると。
【3】
「止まれ!」
一方の地上では、落下してくる士郎、友奈、美森の三人を受け止める為、樹がワイヤーで作った網が張り巡らせていた。
風と夏凛はその様子を眺める事しか出来ない悔しさに奥歯を噛み締め、拳を強く握りながらも、落下してくる三人の無事を祈っていた。
「止まれ!」
張り巡らせた網が容易く破られる。
「止まれ止まれ!」
更に樹は二つ、三つ、四つと網を網を張るが、全て貫通する。
「止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!止まれぇぇぇぇぇ!」
無我夢中で網を作り続ける樹。もう、士郎達が地面に衝突するまで時間が無い。
「止まれぇぇぇぇぇ!」
「止まりなさいぃぃぃぃぃ!」
樹の直ぐ側で、行く末を見守っていた風と夏凛も叫ぶ。樹は出せる全ての力を使い、隙間の無い網を作る。
「ミリオンズ・ネット!」
樹がそう名付けた網と、士郎が展開したアイアスがぶつかった。ブチブチと音を立てながら切れるワイヤー。それでも樹は諦めず、ワイヤーに力を流し込む。
そして徐々に減速するアイアス。漸く手応えを感じた樹は、更に気合を入れる。
「はぁぁぁぁぁ!」
「くっ!」
「風!?」
そんな樹を援護するかの如く、風は士郎達が落下するであろう場所に立ち、巨大化させた巨剣を振ってアイアスに突風を放つ。それも一度ではなく、二度、三度と団扇を仰ぐ様に何度も何度も剣を振る。
「止まりなさぁぁぁぁぁぁい!」
その行為に意味があったのかは不明だが、アイアスは地上数メートルの地点で停止した。
止まったアイアスを見て、安堵する樹、風、夏凛。
「もう、立つ力も、残って……ないわ」
風はその言葉を最後に、その場に倒れ伏し、変身が解けた。
「やりました……」
「ええ、良くやったわ樹。アンタの根性、ナイスよ!」
「えへへ、サプリ……決めとけば良かった……です」
樹もそう言い残して、変身が解けて気を失い倒れた。同時に樹が作ったワイヤーも消え去ったが、もう必要無いだろう。
樹が地面に倒れる前に夏凛が受け止める。
「……お疲れ様、樹」
夏凛はそう言って、気を失った樹をゆっくりと地面に寝かせると、士郎達の方は駆け寄って行った。
夏凛が士郎達の元に到着した頃、士郎が気合で維持していたアイアスは花吹雪の様に消え去り、後には気を失った士郎、友奈、美森が残った。
「衛宮!友奈!東郷!三人共、しっかりして!」
「「「……………」」」
夏凛の呼び掛け返事は無く。沈黙が流れる。
脳裏に一瞬、死という文字が浮かび、目尻に涙を溜めるながら、再度三人の名前を呼ぶ。
「衛宮!友奈!東郷!」
「「「……………」」」
再度の沈黙。
「……嘘よね。だって約束したもの……約束は守る物よ……ねぇ、起きてよ……ねえってば……」
夏凛の涙腺が崩壊する。その直前に漸く返事が返って来た。
「う、うぅぅ……ああ、何とか、生きてるよ」
「え、衛宮!」
「わ、私も……なんとか……」
「友奈!」
「帰って……来られたの?」
「東郷!」
最初に意識を取り戻した士郎を皮切りに、友奈と美森も意識を取り戻した。そんな三人に夏凛は、目尻に溜まった涙を拭って文句を言った。
「何なのよ、もう……速く返事しなさいよ。心配させんじゃないわよ……」
長い様で短い。この場にいる勇者部以外、誰も知らない戦いが終わった。
樹海化が解け、現実世界へと戻って行く。
元の世界では誰も五人の少女と、一人の少年が世界を守る為に戦った事を知らない。
けれど、此処の六人は覚えている。この戦いを、世界の命運を賭けた戦いに勝利したこの日の事を、決して忘れはしない。
「三好夏凛です。バーテックスとの交戦終了。負傷者五名。至急、医療班の手配をお願いします。尚、今回の交戦により、残る七体のバーテックス全てを殲滅しました!私達、讃州中学勇者部一同が!」
現実世界に戻り、大赦に連絡した夏凛は、誇らしく宣言した。人類は勝利したのだと……
衛宮士郎は英雄と成る。完結。
ご愛読ありがとうございました。
嘘です。続きます。
ー追記ー
今回のエクスカリバー使用の際、はっきり言って、この話を書いた当初は十三の拘束の存在を知らなかったんですよね(苦笑い)
そして知った後もチェックの際に見落として、十三の拘束の設定を忘れてたんですよね。
自分としてはエクスカリバーは投影品だから十三の拘束無いって設定にするつもりですけど、皆さん的にはどうですか?
ー追記2ー
アンケートの結果、十三の拘束解放の描写を追加しました。
作者自身としては、十三の拘束についてよく理解している訳ではないので、違和感を感じられる方もいらっしゃるかも知れませんが、そこはご容赦ください。
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第15話 赤い記憶
【1】
バーテックスとの戦いが終わった後、士郎達勇者部一同は、大赦が経営する羽波病院で検査を受けていた。
「では、注射しますね」
「ああ」
注射の針が士郎の
「あれ?」
そこで違和感を感じ、士郎は首を傾げた。
「どうかしました?」
「あ、いえ、何でもないです」
士郎はそう誤魔化し、採血を終えた。
そして暫くした後、士郎は医者から診断結果が知らされた。
「君の体についてだけど……調べた限りでは異常は無かったよ」
「え?でも、腕が……」
「ああ、それは恐らくだが、勇者システムの長時間使用と、二回も満開した疲労による物だろう。日焼けと同じだ。時間が経てば少しずつ治り始めると思うが、念の為、君はもう少し検査入院をしてもらうよ」
「……分かりました」
医者の言い分に、士郎はイマイチ納得行かない様子で頷き、診察室を出た。
診察室を出た士郎はそのまま談話室に向かうと、其処には既に検査を終えた友奈達勇者部一同が集まっていた。
「お、士郎も診察終わったのね……って、どうしたのその顔と腕!?」
士郎に逸早く気付いた風が士郎に声を掛け、そして左目付近と左腕を褐色に染めた士郎に驚愕した。風の言葉に釣られて、友奈達も士郎の方を見て、風と同じ様に目を見開いた。
「ん、ああ、ちょっと無理が祟ったみたいだ。大丈夫だ。少し肌が黒くなっただけだ」
「そ、そう、なら良いけど」
「それより、お前こそ、その左目はどうしたんだよ?」
士郎はお返しとばかりに、風の左目に付けられた医療用の眼帯を指差して聞いた。
すると、風は眼帯に手を当て、ポーズを決めて答える。
「ふっふふ。良くぞ聞いた。これは先の暗黒戦争で魔王との戦いでーー」
「単純に左目の視力が落ちてるだけよ」
風の厨二発言を夏凛が遮った。
「ちょっと!一度ならず二度までも!」
「それはこっちの台詞よ!何で一日に同じ突っ込みを二回も行わなきゃ行けないのよ!」
「二度?」
風と夏凛の会話に首を傾げた士郎。友奈が苦笑いしながら士郎に説明する。
「あはは、私が来た時も、同じやり取りが有ったんです」
「へぇ、まあ良いや。友奈達は体に異常は無いか?」
「私は特に何も、ただ樹ちゃんが……」
「声が出せないみたいです。勇者システムの長時間使用による、疲労の所為だろうって、お医者さんは言ってました」
本当か?と樹の方を見る士郎。樹は黙って頷いた。
「成る程な。俺と同じか、なら、風もか?」
「ええ、そうよ。この目も療養すれば治るって」
「そっか……直ぐ治るなら大丈夫ですね!」
其処で友奈は、何かを思い付いた様に手を叩いて言った。
「そうだ!お祝いしないと!」
「そうだな。俺達、残りのバーテックスを全部倒したんだからな」
「ああ、そう言えばそうだったわね」
「実感湧きませんね。色々有り過ぎて」
「でも、あれだけの事があって、戦いはまだ続きますって言われたら、堪ったもんじゃないけどね」
同調して首を縦に振る樹。
その後、売店で購入したお菓子とジュースで軽い祝勝会を行った。
そして風がこの病院に来た時に回収されたスマホの代用品として、新しいスマホを士郎達に配り、精霊達をもう呼び出さない事、勇者部で使っていたSNSがもう使えない事に士郎達は少し残念がった。特に友奈は相棒である牛鬼にお別れを言えなかった事を残念がっていた。
【2】
祝勝会が終わり、病室に戻る最中。
友奈が美森の車椅子を押し、その隣を士郎が歩く。何時も通りの光景だ。
「退院は二日後だって、早く学校に戻りたいなぁ〜」
「病院は退屈か?」
「はい」
「まあ、病院に居て楽しいって答える人も居ないと思うんですけど」
「それもそうだな」
「そう言えば、シロー先輩と東郷さんは、まだ検査で入院するんだっけ?」
「そうだな」
そっかと残念がる友奈。
「一緒に退院したかったな」
「私もそう思うよ……所で友奈ちゃん」
「うん?」
「体におかしい所、有るよね?」
「え?そうなのか?友奈」
「……………」
美森の問いに固まる友奈。士郎は驚いて友奈の方を向くと、観念したかのように口を開いた。
「東郷さん、鋭いなぁ……どうして気付いたの?」
「さっき、祝勝会でジュース飲んでた時。なんか様子がおかしかったから」
「そっか、大した事無いんだけどね……味、感じなかったんだ。飲んでも、食べても。でも多分大丈夫。シロー先輩や風先輩と同じ様な物だろうし、直ぐ治るよ」
明るく振る舞う友奈に、士郎と美森は何と声を掛けたら良いのか、分からなかった。
【3】
その日の夜。私は私に与えられた個室の病室でパソコンと新しく与えられたスマホを繋ぎ、音楽をスマホにダウンロードしていた。
前使っていたスマホは大赦に回収されてしまったから、当然、今のスマホでは前のスマホに入っていた写真やダウンロードした音楽は全て使えない。
大赦の話によれば、数日以内に勇者システム以外の写真やダウンロードしたアプリなどのデータを、今使っているスマホでも使える様にしてくれるみたいだけど。私は毎日聴いている音楽を聴きたくて、今使っているスマホに音楽をダウンロードしている。
別に、スマホにダウンロードしなくても、パソコンから直接音楽を聴く事は出来るけど、やっぱり外でも聴きたいし、何より暇だったからって理由が一番かも知れない。
曲のダウンロードが終わり、私はスマホに繋がったイヤホンを耳に付けて、再生ボタンを押す。流れてくるのは、古今無双という私が最も愛する曲。私は曲が流れて直ぐ、
いや、違和感なら今日ずっと感じていた。けれど、最後に確かめておきたいから、私は一度イヤホンを外し、音が正常に流れてきた右耳のイヤホンを左耳に近付ける。
これで確信した。体の一部が変色した先輩、味覚を失った友奈ちゃん、左目の視力が下がった風先輩、声が出せない樹ちゃん、そして
私達に共通する事はただ一つ、満開を行なった事。私達に起こっている状態異常は、恐らく満開による後遺症。
現に、満開を行なっていない夏凛ちゃんの体に異常は見当たらなかった。まあ、ちゃんと確認した訳じゃないから、もしかしたら夏凛ちゃんも、体の何処かに異常を来しているかも知れないけど。
でもそうなると、少し不可解な事がある。
私達が味覚、視覚、声帯、聴覚と言った、体の一部の機能に異常を来しているのに対して、先輩だけが肌を変色させただけ、それも一部だけを……あまりにも軽傷過ぎる。
私の記憶が正しければ、先輩は成層圏に突入した時、二度目の満開を行った。その時の意識は朦朧としたから、私の勘違いかも知れないけど、満開を二回も行っておいて、あれだけの異常で済むとは思えない。
もしかしたら先輩も、体の何処かに異常を来してるのかも知れない。
「私と先輩の病室は隣……だけど」
私は時計を見た。表示された時刻は二十三時四十五分。
今から先輩の病室を訪ねるには、些か非常識な時間。気になるけどしょうがない。
「聞くのは明日ね」
私はそう呟き、パソコンをシャットダウンして、眠りに就いた。
【4】
それは夜中の出来事だった。
「う、うぅぅぅ」
そんな呻き声が聞こえ、私は目を覚ました。
微かに聞こえる苦しみに悶えた呻き声……それが隣の、先輩の病室から壁越しから聞こえる。
「先、輩?」
その呻き声が先輩の声で、それが先輩の病室から聞こえてくる。そう理解した時、私の朦朧とした意識は瞬時に鮮明になった。
私は急いで車椅子に乗ると、病室を出て隣の先輩の病室の扉を開ける。
「がぁ……」
すると中からは先輩の呻き声と、鼻を摘みたくなる
「先輩!先輩!大丈夫ですか!?しっかりした下さい!」
私は先輩の体に触れる。手に何かヌメッとした
「がぁぁ……」
だけど、先輩からまともな返事は返って来ない。
私に気付いているのか、気付いているけど返事を返す余裕が無いのか分からないけど、先輩がとても苦しんでる事だけは分かった。
私は先輩のベットの側に有ったナースコールを押して叫んだ。
「早く!早く来て下さい!先輩が、先輩が大変なんです!」
私は無我夢中に叫んだ。私は先輩の体を揺するのを止め、先輩の手を強く握った。
「大丈夫。大丈夫ですから、もう少しで、お医者さんが来ますから、耐えて下さい」
今の私に出来るのはこのぐらい、先輩の手を握って先輩を励ますくらいしか出来ない。
「ぁぁぁぁぁ!」
心なしか、先輩は私の手を握り返してくれた気がした。
そして病室の外から、ドタバタと誰が入って来た。多分お医者さんだ。パッと電気が点いた。
夜目に成っていた私は、電気の明かりが眩しくて目を瞑った。そして徐々に明かりに慣れて目を開けた時、私の目には……
血塗れになった先輩の姿が映った。
「……………え?」
良く良く先輩の体を見ると、先輩の体から
私は自分の手を見る。その手には先輩の物であろう血がべったりと付いていた。顔から血の気が引いていくのが実感出来た。
私は恐る恐る周りを見渡すと、至る所に先輩の血が飛び散ってて、床には血で水溜りを作っていた。
「……嫌」
人は二リットルの血を流すと死ぬと言われている。
周辺に散らばった血、そしてベットに染み込んだ血の量から見て、既に二リットル近い血が流れていると分かってしまう。
「嫌、嫌、嫌……」
何故か
知らない筈の光景、その光景が今の先輩と重なった。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!」
病室に、いや病院に私の悲鳴が響き渡った。
赤い記憶と書いて、トラウマと読む。
記憶は無くても、心に染み付いたトラウマは消えない。
念願の赤評価(直ぐにオレンジに戻ったけど)、13日の金曜日、これが揃った時、私は思った。
愉悦教の神は言っている。愉悦を提供しろと……
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第16話 代償
【5】
羽波病院手術室前。
手術中というランプが点灯したその場所に、士郎の血で汚れた虚ろな瞳をした美森と、手術室を交互に見て不安そうな表情を浮かべる友奈、風、樹、夏凛の四人が集まっていた。
「……………」
四人が事態に気づいた発端は、先ず慌しくなる廊下の音で目を覚ました事から始まった。
それから美森の悲鳴で意識を覚醒させ、四人は直ぐに病室を出て、美森の悲鳴がした士郎の病室に向かい、其処で目にしたのは殺人事件が起きたのかと思う程に血塗れの病室、医者と看護師に囲まれる士郎と、取り乱す美森の姿だった。
士郎は四人の訳が分からぬまま、手術室に運ばれた。四人は血塗れの病室と士郎を見て、一時は取り乱したが、自分達以上に取り乱す美森を見て冷静さを取り戻すと、取り乱す美森を宥めなながら士郎が運ばれた手術室前に向かった。
美森はその間、体に着いた士郎の血を拭こうともせず、ただ体を震えさせながら虚ろな瞳で手術室を眺めていた。
四人は士郎の病室では取り乱す美森を宥めるのが精一杯で、手術室に向かう最中も全く言葉を発さなかった美森からは今の所、何故こうなったらのか、士郎はどんな状況なのか、美森は何故取り乱したのか、何一つ情報を得られていない。それを無理に問い質す事もしなかったが……
「ねぇ、東郷。そろそろ何が有ったのか言いなさいよ」
だが、我慢の限界を迎えた夏凛が美森に聞いた。
「夏凛!」
「夏凛ちゃん……」
「なによ、アンタ達も気になってるでしょ?」
「けど、今の東郷に聞くのは酷でしょう!」
「勇者部五箇条。悩んだら相談じゃないの?」
「そうだけど、でも今は!」
「良いんです」
口論になり始める風と夏凛、そんな二人を美森が止めた。
「話します。何があったのか……」
「東郷さん……」
心配そうに美森の手を握る友奈。
「大丈夫だよ、友奈ちゃん」
「東郷……別に無理しなくても良いんだからね」
風の言葉に同調する様に頷く樹。
「大丈夫です。ただ、結構ショッキングな話になりますけど、それでも良いですか?」
「私は良いわよ。私から聞いておいて、今更やっぱり聞かないなんか言えないしね」
「私も聞くよ」
「部長として、部員に何があったのか、知っておかなくちゃ行けないしね。樹も大丈夫?」
風の問いに、首を縦に振る樹。
「分かりました。では話します。先ずは私が異変に気付いた切っ掛けから……」
そして美森は話し始めた。
士郎の呻き声で目を覚ました事、士郎の病室に行った事、電気が点いて血塗れの士郎と病室を見た事、そして士郎の体から剣の様な物が突き出ていた事を……
「そ、それは……」
「思っていたよりも、ハードだったわね……」
「でも、何も知らないまま、モヤモヤしてるよりかはマシだわ」
話を聞き終えた後、四人は皆、顔色を悪くしていた。樹に至っては話しを聞き終えた直後に気を失った。
「……風先輩」
「何?東郷」
「大赦から満開の後遺症とか、それに関する事を何か聞いてませんか?」
「満開の後遺症?何それ、私は何も聞いてないわよ」
夏凛の方を向く風。夏凛は何も知らないと首を横に振って答えた。
「私も、そんな話は聞いてないわね」
「そう……」
「それで?それがどうしたのよ?」
風の問いに美森は少し言い悩んだ後、自分が立てた仮説を述べた。
満開を使った者達は皆、体の何処かが可笑しくなっている事、その説明に伴って美森自身が左耳が聞こえない事、友奈が味を感じない事を明かし、友奈には勝手に味を感じない事を明かしてした事について謝ったが、友奈は良いよ、良いよと笑って許した。
そして話を続け今回、士郎がこんな事態に陥ったのは、満開を二回も使用した事が原因ではないのかと、美森は仮説を述べ終えた。
「なによそれ……私、知らなかった」
「……私もよ」
「き、きっと、大赦の人も知らなかったんだよ。大丈夫、お医者さんも治るって言ってたし、シロー先輩も大丈夫ですよ……きっと」
「そう……だよね。うん、きっと友奈ちゃんの言う通りだよ」
美森の仮説に唖然とする風と夏凛。友奈は目尻に涙を溜め込みながら、ポジティブに考える。友奈の言葉を信じ、士郎の無事を祈る美森。未だ白目を向いて気絶したままの樹。
そんな勇者部の背後から、装束に身を包んだ仮面を付けた集団が現れた。その集団は……
「大赦!」
「え!?あの、意味の分からない格好してる人達が大赦!?」
「友奈!無礼よ、思ってても声に出さない」
「夏凛ちゃんも、十分に無礼な事言ってると思うよ……」
大赦。神樹を祭り上げ、勇者達をサポートする謎に包まれた組織。それが今、友奈達の前に姿を現した集団の正体であった。
「何の用ですか?」
風が前に出て、先頭を歩く大赦に尋ねた。
「貴方方に用は有りません。用があるのは」
そう言って手術室を指差す大赦。
「士郎って訳ね」
「そうです」
素っ気なくそう言い残して、手術室に入ろうとする大赦を、美森が呼び止めた。
「待って下さい」
「……何ですか?わ……東郷美森」
「満開の代償について、貴方達は何か知っているのですか?」
「……………」
暫しの沈黙の後、大赦は答えた。
「いいえ、何も。貴方方の体に起きた異変は聞いてます。医者の言う通り、疲労による物で、それは時間が経てば治るでしょう」
ただ、と大赦は続ける。
「衛宮士郎。彼は少し事情が複雑です」
「複雑?」
「ええ、由来、勇者とは無垢な少女が選ばれる物でした。然し、今代では初の男性勇者として選ばれた衛宮士郎。彼は精霊を持てない代わりに、他の勇者とはかけ離れた戦闘能力を有します」
「ずっと、聞きたかったです。先輩が精霊が使えない理由って……何ですか?」
「それは私達にも分かりません。今回の出来事も、満開による物なのか、それとも男性でありながら、勇者アプリを使用し続けた代償による物なのか、それは調べて見なければ分かりません」
「貴方達が来たのは、何故ですか?」
「衛宮士郎を救いに来ただけです」
「シロー先輩を救いに?」
ここで初めて美森と大赦以外の人物、友奈が口を開いた。
「そんな事、出来るの……ですか?」
「ええ」
その友奈の問いに大赦は肯定し、勇者部メンバーは安堵の表情を浮かべた。
「彼の勇者アプリには
「アヴァロン?」
「それって、薬品の?」
「それはバビロンよ、友奈」
「それも違うよ、夏凛ちゃん」
こほんと咳払いをする大赦。
すると真面目な表情に戻る勇者部メンバー。樹は尚も気絶したままである。
大赦はポケットから、スマホを取り出して勇者部メンバーに見せる。
「それって!」
「シロー先輩の!」
大赦が取り出した士郎のスマホを見て、目を見開く勇者部メンバー。
「このスマホには、新しくアップグレードしたアヴァロンシステムが搭載されています」
「つまり、それを使って士郎を助けるって訳……ですね」
大赦は黙って頷き、そのまま手術室に向かう。美森はまだ大赦に聞きたい事が有ったのだが、それを我慢して大赦が手術室に入るのを黙って見送った。ただ士郎が助かる事だけを祈って。
【6】
その顔を覚えている……いや、正確には思い出したと言うべきだな。
この、まるで地獄の釜をひっくり返し、その中の呪いが地獄の炎となって、物という物、人という人を焼き尽くしたかの様な地獄絵図の中、唯一の生存者である俺の手を握った男の顔を……
生きてる。生きてる。生きてる。
と死の直前の俺の手を握り、まるで救われたのは俺ではなく、その男の方だと思った程に、目に涙を溜め、ありがとう。ありがとうと感謝の言葉を連呼する男の顔を……
見つけられて良かった。一人でも助けられて良かった……
男は只々、俺に感謝の気持ちを述べた。
そして俺は、黄金の光に包まれた。
【7】
それから、士郎が目を覚ましたのは三日後の事だった。
傷自体はアヴァロンシステムによって初日に完治したのだが、回復で体力を使い果たした士郎は目を覚ますのに三日の時間を要してしまった。
士郎は朦朧とした意識で周りを見渡すと、直ぐに自分の手を握り、眠り呆けた美森の姿が映った。
「み、もり……」
士郎は美森の手を握り返し、名前を呼んだ。
すると美森はゆっくりと瞼を開いて目を覚ました。美森は目を覚ました士郎を見ると意識が鮮明になり、次第にその瞳に涙を浮かべた。
「良かった……生きてる。生きてる。生きてる」
美森は士郎の手を両手で強く握りしめて言った。
「ああ、生きてるよ」
士郎の温もりを感じ、士郎の声を感じながら、美森はその瞳に浮かべた涙を流した。
その光景を士郎は、先程思い出した記憶の中にある父親の姿と重ねた。
軈て士郎はゆっくりと身を起こすと、美森に言った。
「ただいま」
士郎の言葉に、美森は涙を拭って答えた。
「お、お帰りなさい」
暫くして、美森の居る逆方向に備え付けられた扉が開いた。
「お〜す。今日も来てやったわよ、し……ろう!?」
「あ、東郷さん。やっぱり此処に……居た」
「どうしたのよ?二人共、固まって……衛宮!」
扉から学校帰りなのか、制服を着た風、友奈、夏凛、樹の順で病室に入ってくる勇者部メンバー。目を覚ました士郎の姿を見て固まり、数瞬後に夏凛を除くメンバーが士郎に抱き着いた。
「良かった。良かった。本当、無事に目覚めて……良かった」
「し、心配じまじだぁぁぁぁジローぜんぱい」
風は身を起こした士郎の胸に顔を埋め、静かに涙を流しながら、樹は士郎の腰に手を回して抱き着きながら涙を流し、友奈は士郎の頭を抱きしめながら泣いた。因みに、士郎の顔は友奈の胸に埋まって窒息寸前である。
少し距離を置いて、友奈達を見守ってる夏凛も目尻に薄っすらと溜めた涙を拭い、言った。
「全く、心配かけんじゃないわよ」
だがその言葉は多種多様な泣き声に掻き消され、士郎の耳に届く事はなく、病室が静かになるのは友奈達の泣き声で駆け付けた看護師に怒られた後だった。
愉悦タイム終了!
次回から暫く日常タイム。
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第17話 約束
【8】
その夜。面会時間が終了した後、美森は士郎の病室に訪れていた。
「満開の後遺症?」
「はい、友奈ちゃんは味覚、私は左耳、風先輩は左目、樹ちゃんは声帯に異常を来し、それは三日経った今でも回復の予兆は無いです」
そこで美森は士郎に自分が立てた仮説を述べた。
「成る程……それは確かに満開の後遺症としか言いようがないな」
「はい……それで、先輩。先輩は体の機能に何か、違和感を感じてませんか?」
「……………」
士郎は暫しの沈黙の後、誤魔化しは効かないなと判断して、素直に打ち明けた。
「ああ、実はな、痛みを……感じないんだ」
「痛み……ですか?」
「ああ、最初に違和感を感じたのは採血の為、注射を受けた時だった」
士郎は過去に感じた違和感を思い出し、語り出す。
「最初は単純に痛みに慣れ過ぎて、痛みを感じないだけだと思ってた……けど、あの夜」
あの夜という言葉で、美森は悲惨な病室を思い出し、顔色を悪くする。士郎は止めようか?と声を掛けるが、美森は首を横に振った。
「いいえ、続けて下さい」
「……分かった」
士郎はあの日の夜を思い出し語る。
「俺は体に違和感を感じて目が覚めた。そしたら、いきなり体から剣が生えてきたんだ……それも一度じゃなくて二度、三度。身体中が燃えるように熱くなって苦しんだけど、痛みは感じなかった」
「それで、痛みを感じないと確信したと?」
美森の問いに頷く士郎。
「激痛で痛みを感じないって言うけどな。その場合は後からジワジワと痛みがしてくるもんだからな。その痛みすら感じなかったって事は、俺には痛覚が無くなったって事だろ……聴覚を失った美森。味覚を失った友奈。片目の視力を失った風。声帯を失った樹。四人に比べたら、俺はどうって事ないな」
「そんな事はないです!」
笑いながら、何ともなさそうに語る士郎に、美森は怒鳴った。
「先輩は、誰よりも頑張って、誰よりも無茶をして、誰よりも苦しみました。どういう原理かは分からないですけど。体から剣が生えてくるなんて体験して、生死を彷徨う重傷を負って、どうって事ない訳ないじゃないですか!」
美森の言葉に、士郎は少しの間黙り込んだ。
「……そうだな」
「もう、自分はましみたいな事、言わないで下さい……もっと、自分を大切にして下さい」
「すまない」
涙ながらに訴える美森に士郎は謝り、美森の涙が止まるまで、美森の頭を撫で続けた。
【9】
それから数日後。士郎と美森の退院日がやってきた。
士郎が美森の車椅子を押してロビーに向かうと、其処には士郎と美森を待つ友奈達の姿があった。士郎は友奈達に声を掛けようとするが、それよりも早く。友奈が士郎達に気付いた。
「あ、シロー先輩!東郷さん!」
「よう、友奈」
「友奈ちゃん」
「し、シロー先輩……その」
「ああ、此処は友奈の定位置だもんな」
士郎は駆け寄って来た友奈に、立ち位置を譲った。美森の車椅子を押し始めた友奈。
友奈に押されて風の元に移動すると、風に美森は敬礼をした。
「東郷三森。衛宮士郎。只今、勇者部に帰還致しました」
風も美森のノリに乗って、敬礼をして答える。
「うむ。ご苦労である。東郷准尉、ブラウニー准尉」
「はい!」
「何で俺はブラウニーなんだよ」
「細かい事は気にしない気にしない。讃州中学のブラウニー」
「全く。相変わらずね。アンタ達」
士郎達のやり取りを見て、樹と友奈は顔を合わせて微笑んだ。
「これで、勇者部は完全復活だね」
【10】
病院の屋上。其処で勇者部一同は夕日に染まったオレンジ色の空と、それに照らされた街を眺めていた。
「風が気持ちいわね」
「そうだね!」
「ええ」
「夕方になって、やっと涼しくなったわね」
士郎はこの心地良い風に身を任せ、リラックスする友奈達に微笑むと、視線を街に移して呟いた。
「この街を、俺達が守ったんだな」
「うん。そうですよ」
「でも、街のみんなは、私達が戦ってたどころか、人類滅亡が懸かった戦いが起こってた事すら、知らないんだけどね」
「そうね。でも、私達が居なければ、この世界は無くなってた。此処で生活する人達は皆、死んでた。何が起こったかも知らずに」
それから少しの沈黙が続いた後、美森が口を開いた。
「私、初めての戦いの時、凄く怖かった。怖くて、逃げたくて……でも逃げられなくて、ずっと震えてた。友奈ちゃんが吹き飛ばされて、先輩が怪我をして、私は無我夢中に変身して戦った。私、ちゃんと勇者出来てたかな?」
不安そうな表情を浮かべた美森に、士郎は美森の頭を撫でで答えた。
「出来てたさ、美森は立派な勇者だ」
士郎の言葉に美森は顔を赤く染める。風と樹はそんな美森を羨ましそうに眺め、友奈は微笑んだ。
「ふふふ、シロー先輩も、立派な
「「正義の味方?」」
声をハマらせる風と夏凛。樹も首を傾げている。
「おい、今その話は止めろよ」
「なによ、なによ、気になるじゃない。言いなさいよ士郎。部長命令よ」
「そうよ、言いなさいよ」
士郎を部長命令で問い質す風。それに乗っかる夏凛、二人に便乗する様に【気になります】とスケッチブックに文字を書いて、士郎に見せる樹。
「はぁ……俺が二年より昔の記憶が無いのは、皆知っての通りだと思う」
士郎は観念して溜息を吐くと、語り出した。
「え?何それ、私初耳よ」
「そう言えば、三好は知らないんだっけか?まあ、その話はまた今度話すよ。それで、俺は勇者になる前日、夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ、それがただの夢なのか、それとも昔の記憶なのかは定かではないけど。俺はその夢の中で、ある男と約束したんだ。正義の味方に成るって」
「へぇ……じゃあ、その約束は果たせた訳だ」
風の言葉に、士郎は首を横に振った。
「いや、まだだ」
「まだ?」
「ああ、確かに、正義の味方に成るって約束は果たせたけど……俺にはもう一つ、果たさなきゃ行けない約束があるだろ?」
士郎の言葉に、何かを思い出した様に、あっと呟く風。他のメンバーも遅れて思い出したようで、士郎はニヤリと笑った。
「今日は俺が本気で、お前達が食いたいもん好きなだけ食わせてやる。美森、風、手伝ってくれるんだろ?」
美森と風は一瞬顔を見合わせて頷くと、士郎の方を向き直して答えた。
「はい!」
「勿論よ」
【11】
それから勇者部一同はスーパーで買い物をして、士郎の家に集まり、士郎は約束通り美森と風の手伝いの下、短時間で大量の料理を作った。
「す、凄い……」
「私達が手伝ったとは言え……」
「よくもまぁ、短期間でこんな量作れたわね……」
「ま、まぁ……見た目が凄いのは認めるわよ」
【美味しそう】
士郎の料理に驚く友奈、美森、風。ツンデレ気味な意見を述べる夏凛と素直な意見を述べる樹。
「し、士郎……もう食べちゃって良いわよね!ね!つまみ食いを悉く阻止された私は、もう我慢の限界よ」
「アンタ、つまみ食いなんてしようとしてたの?」
「全部、私が封じました」
「流石、東郷さん!」
【お姉ちゃん……】
賑やかな勇者部を見て、少し頬を緩ませる士郎。
「ああ、皆席に着いて、冷めない内に食べよう」
士郎の言葉に友奈達は適当な位置に座り、食器を持つ。
「さてさて、どれから頂こうとかしら」
風が箸を握りながら呟いて品定めをしていると、正面に座る樹が掲げたスケッチブックの文字が目に入った。
【でも、友奈さんが……】
風と同じ様に、樹のスケッチブックを見た美森と夏凛はあっと小さく呟いて、友奈の方を向いた。すると、友奈は既に唐揚げを口に含んでいた。
「うん!?何これ!?凄く美味しい!!」
「「「え!?」」」
味を感じない筈の友奈の言葉に驚愕する、美森、風、樹、夏凛の四人。士郎だけは悪戯が成功した子供のように口元を緩ませていた。
「ゆ、友奈。あんた、味を感じない筈じゃなかったの?」
「もしかして、味覚が戻ったの?」
「え、あ、ううん。味は感じないよ。でも、この唐揚げは凄く美味しいよ!」
「ど、どういう事よ?」
友奈の言葉に困惑する四人。士郎が種明かしと言わんばかりに説明を始めた。
「今日の夕食は味はあまり拘らず、食感に拘ったんだよ」
「食感?」
「ああ、語るよりも、実際に食ってみた方が早いだろ、みんなも食ってみろよ」
士郎の言葉通り、友奈が食べた唐揚げを箸で掴み、口に入れる四人。そして唐揚げを咀嚼した瞬間、四人は目を見開いた。四人はよく味わったから唐揚げを飲み込んだ。
「こ、これは……」
「成る程、としか言いようがが無いわね」
「ええ、味は普通の唐揚げ……でも」
【食感が、普通のからあげじゃないよ!】
「これを形容する言葉が、思い浮かばない」
「ええ、外はカリッと、中はジューシーに」
「噛めば噛む程滲み出る肉汁」
【でも、そんな言葉じゃ言い表すことができない!】
全員から高評価を貰い、頬を緩ませた士郎は言った。
「味を感じないなら、食感で楽しませる。折角の祝勝会なんだ。味を感じない友奈に遠慮して、微妙な雰囲気なんてさせない」
「し、シロー先輩」
感激した眼差しで、士郎を見つめる友奈。
「で、でも、唐揚げは今日、病院帰りのスーパーて買ったもので作った筈」
「そ、そうよ。仕込みの時間なんて足りないのに、なんでこんなに美味しい唐揚げが作れたのよ!?」
美森と風の問いに、士郎はこう答えた。
「なに、イメージしただけさ」
『イメージ?』
士郎の言葉に、樹以外のメンバーが声をハモらせた。
「そうだ。イメージするのは常に完璧な料理。固定概念を取り払い、皆に美味いと言わせる料理を志向する。志向して、その料理を実現させる過程をイメージし、それをトレースする」
「す、凄いわね……これが、歴代最強勇者の力……」
【それ、関係あるのかな?】
「す、凄いですシロー先輩!この唐揚げだけで、私ごはん三杯は行けます!」
「ふっ、それは勿体ないぞ友奈」
「ふぇ?」
「ご覧の通り、此処に有る料理、その全てが俺が思考した完璧な料理。俺の持てる技術、経験全てを費やした料理の極地。お代わりは自由。俺に遠慮せず、この家に貯蔵された食材全てを空にするつもりで、恐れずにかかってこい!!」
この後、衛宮家に貯蔵された食材は空になった。
料理描写は苦手だ……
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第18話 海水浴
【1】
七月下旬。夏休み期間へと突入した勇者部は人類の敵、バーテックスを全て倒した事により、大赦から与えられた一泊二日の高級旅館の宿泊券を使い、海に来ていた。
友奈は美森が乗った砂浜用の車椅子を押しながら、砂浜を走っており。夏凛は皆より一足早く、海で泳ぎ。士郎はと言うと……
「ふぅ……日差しが心地良い」
サングラスを掛けながら、サマーベッドに寝転がり、日焼けをしていた。因みに風と樹は士郎の右側にパラソルを立てて、その下でかき氷を食べていた。
士郎は退院した後、後遺症が原因で学校に行ってない。所々が褐色に染まった体はとても目立つ。一応勇者部がお勤めで、急に居なくなる事の説明はされているものの、目立つ事は大赦としては好ましくない。
故に、士郎は夏休みに入るまでの期間、学校を公欠し、自宅での自習や鍛錬に時間を費やしていた。
そして今回、士郎は中途半端に褐色に変色した肌を目立たなくさせる為、全身日焼けさせて自然な形にしようとしている。
それが士郎が海に入らず、砂浜で遊ぶ訳でもなく、ずっと日焼けしている理由である。
「風ぅ〜、衛宮ぁ〜」
そんな中、夏凛が風と士郎の名を呼びながら、駆け寄って来た。
「アンタ達泳がないの?」
「ん?そうだな。折角海に来たんだし、一日日焼けして過ごすのも勿体無いしな」
夏凛の問いに士郎はサングラスを外し、そう答えた。
「なら、競泳よ、競泳。こっちの体は出来上がっているんだから。風、アンタもよ」
夏凛の言葉に風はニヤリと笑うと、左目の眼帯を抑えながら立ち上がり、言った。
「ほう、瀬戸の人魚と呼ばれたこの私相手に、競泳を望むか、良かろう。ならば格の違いを見せてやろうではないか!」
「呼ばれてんのか?」
【自称です】
樹のスケッチブックを見て、士郎と夏凛は風をジト目で睨んだ。風は誤魔化す様に咳払いをした。
「でも水泳は得意よ。幼稚園の時、五年くらいやってたし」
「風、お前……」
「幼稚園で留年したのね……」
「ち、違うから!冗談だからね!」
ジト目が憐れみの目に変わり、慌てて訂正する風。
「まあ、良いや。泳ぐなら早くしよう」
そう言って、サマーベッドから起き上がる士郎。風と夏凛の方へと歩み寄ると、軽いストレッチをした後、海面に進み始めた。
そしてふと、背後を振り向くと何時の間にか立ち上がり、砂浜の上で飛び跳ねている樹の姿が見えた。
「どうした樹?」
「あ、もしかして、砂浜が熱かった?」
風の問いに、何度も頷いて砂浜に走る樹。海に浸かると、ホッと息を吐いた。
「樹は家でも、砂浜でも可愛いわね」
風は、そんな樹の様子を見て、ほっこりとした表情で呟いた。
「風も可愛いと思うぞ?」
「そ、そう……ありがと」
士郎がしれっと言った言葉に、顔を士郎から逸らして礼を述べる風。その顔は赤く染まっていた。
「……アンタ、それ素で言ってるの?それともわざと?」
夏凛は士郎をジト目で睨んで聞いた。
「うん?俺は思った事を言ってるだけだぞ?」
「……そう。背中には気をつける事ね」
「なんでさ?」
呆れた様子の夏凛に、疑問の表情を浮かべる士郎。
「お、遂に勇者部のヒエラルキーが決定するんですか?」
そんな中、現れたのはビーチ用の車椅子に乗った美森と、その車椅子を押す友奈だった。
「ふん。優れた勇者は、水の中も生きるってのを、証明してあげるわ」
夏凛は無い胸を張って、宣言する。
「うん。頑張って夏凛ちゃん。シロー先輩も風先輩も頑張って下さい」
「あれ?そう言えば、先輩って泳げるんですか?」
「ん?ああ、泳ぎはあまり得意ではないな。でも、勇者部唯一の男として、負けられないな」
「大丈夫ですか?夏凛ちゃん、水泳選手並みの能力有りますよ?」
友奈の言葉に、士郎は「えっ?」と固まり、夏凛の方を向いた。
「マジか?」
「マジよ。ハンデは要るかしら?」
夏凛の提案に、士郎は少しだけ考え、不敵な笑みを浮かべて「要らない」と答えた。夏凛は「そう」と受けて立とうとばかりに、笑みを浮かべた。
一方、風は胸を隠しながら、周囲を見回していた。
「どうした?風」
「いや、あんま女子力振り撒くと、ナンパとかされそうだから、注意してるのよ」
「安心しろ、そんな時は俺が守るから」
士郎の言葉に、夏凛は再びジト目で士郎を睨むが、今回はそれに友奈、美森、樹が混ざっていた。
そして風はと言うと、再び顔を赤く染め……
「す、隙ありぃぃぃぃぃ」
海へと走って行った。
「あ、こら、卑怯よ!待てぇぇぇぇぇ!」
「あ、ちょっと待てよ!」
フライングした風を追う夏凛。その背後を士郎が追う。
【2】
結果を述べるなら、士郎が僅差で一位、夏凛が二位、風が最下位である。
特にルールも決めずに始めた競泳は、フライングした風に士郎と夏凛が追い付いてから、誰が一番速く泳げるのかではなく、誰が一番長く泳ぎ続けられるかを競うようになっていた。
その結果、全力で泳いでいた風が一番にリタイヤし、海岸に戻った頃に、夏凛がリタイヤして、その直後に士郎がリタイヤ。体力を使い果たした士郎と夏凛の二人は、ヘトヘトになりながら海岸に辿り着き、砂浜で大の字になって倒れた。
それから暫くして、体力が回復した夏凛は友奈と棒倒しに励んでおり……
「えへへ、また、私の勝ちだね!」
「くっ、これで九連敗……完成型勇者である私が、九・連・敗……」
連敗記録を更新し続けていた。
「まぁ、友奈ちゃんの棒倒しスキルは、子供達との砂遊びで鍛えられてるから……砂遊びランクAくらい持ってるんじゃないかな?」
「砂遊びに関して、友奈に勝てる奴はいないからな」
未だ一度も友奈に勝てず、落ち込んでる夏凛を、美森と士郎が励ました。
そんな二人の
「……うん、そう言う東郷達は、何処でこのスキルを習得したのよ、これ何?高松城?」
【友奈さんが砂遊びスキルAなら、とうごう先輩と士郎さんは城造りスキルEXくらい持ってそう】
「城を作るしろぉ……なに、高レベルなダジャレ?」
途中、風がつまらないギャグを言ったが、誰も突っ込む事は無かった。
【3】
それから暫く経ち。勇者部一同はスイカ割りに勤しんでいた。
「敵影見ゆ。目標二時の方向。おもぉ〜かぁ〜じぃ〜」
「相変わらずだな、美森……」
「それ、分かんないわよ」
「要約すると、樹ちゃんから見て右だよ!」
「友奈は分かるのね……」
挑戦者の樹に、士郎達……と言うよりも、主に美森が指示を出す。
「もどぉ、せぇ〜」
「あ、樹ちゃん。その方角でストップ」
「微速前進。よぉ〜そろぉ〜」
「ゆっくり、前に進んで」
「主砲、砲撃用意!」
「其処だよ!樹ちゃん!」
美森が専門的な指示を出し、それを友奈が要約する。その一連の出来事を士郎、風、夏凛は若干呆れつつも、感心した様子で眺めていた。
一方、指示を出されている樹は苦笑いを浮かべながらスイカの定位置に立ち、敬愛する姉の動作を真似て、手に握った木刀を大きく振り上げる。
尚、真似された当人はと言うと……
「あははは!何よ樹、その大袈裟な構えは」
右手で樹を指差し、左手で腹を抱えながら大笑いしていた。
「いや、風の真似だろ」
「え?私、あんなんなの?」
「あんなんだな」
そんなやり取りの後、樹は木刀を思いっきり振り下ろし、一発でスイカを二つに割った。
おおぉと、短い歓声を上げる勇者部。
「一発かよ。凄いな樹」
「流石、私の技を真似ただけの事はあるわね」
恋心を抱いた相手と、敬愛する姉の賞賛に樹は照れ臭そうに笑顔を浮かべた。
その後、樹が割ったスイカを食べ。海水浴を存分に満喫した勇者部。
気が付けば日が暮れ始め、空模様は快晴だった青空から、夕日に染まったオレンジ色の空へと変わっていた。
その時間にもなると、海水浴に訪れていた客達は皆帰路に着き、勇者部もビーチパラソルやサマーベッドなどを片付け、旅館に戻る準備を始めた。
「私、もうお腹ペコペコだよぉ……」
「夏凛齧って我慢したら?」
「食えないわよ?」
「パクッ……煮干しの味」
「本当に齧るな!」
「夏凛……アンタ、煮干しの食べ過ぎで、体が煮干しに成っちゃったの?」
「そんな訳ないでしょう!」
【ああ、だから、あんなに泳ぐの速かったんですね】
「関係無いわよ!?煮干しの日焼け止めクリームを塗ってただけよ!」
そんなやり取りを横目に見ながら、士郎は一人で夕日が沈む海を眺めていた美森の元に歩み寄り、声を掛けた。
「どうかしたか?」
「え?いえ。何でもないです」
「そうか……なら、旅館に帰ろう」
「はい。先輩」
高評価入っても対して平均評価上がらないのに、低評価入ったら滅茶苦茶下がりやがる……こいつ、俺のやる気削ぎにきやがる。それが赤評価とオレンジ評価の境目だから、余計に効く……
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第19話 旅館
評価入れて下さった方々、本当にありがとうございます!
【4】
その夜。旅館に戻った勇者部一同は、次々と部屋に運ばれて来た料理を見て、呆然と立ち尽くしていた。
今、勇者部一同の目前には人数分の蟹や鯛の刺身を始めとした、高級料理の数々がテーブルに並び、その光景に皆唾を飲んだ。
「え、えっと……部屋間違ってませんか?俺達にはちょっと、豪華過ぎる気が……」
「いいえ、とんでも御座いません。どうぞ、ごゆっくりお楽しみ下さい」
士郎の問いに女将は笑顔で答えると、洗礼された動作で頭を下げ、襖を閉めた。
「私達、好待遇だね」
「此処は、大赦絡みの旅館みたいだからね」
「お役目を果たした、ご褒美って所じゃないかしら?」
「つ、つまり。食べちゃって良いと?良いのよね?良いのでしょう?」
【お姉ちゃん。涎出でるよ】
襖が閉まったのを皮切りに、友奈達が口を開き、各々座布団に座った。位置は奥から順に友奈、士郎、美森。その反対側には奥から風、樹、夏凛。
「はむ。うん、このお刺身の歯応え、堪りませんなぁ〜。お、こっちは喉越しが良いねぇ〜」
「おい友奈。頂きますが先だろ?」
「あ、そうだった。ごめんなさい」
フライングして、食事を始めた友奈を注意する士郎。
普段なら、これに美森も加わって注意するのだが、味を感じない友奈に対して、遠慮する事なくご馳走を楽しめる様にする為の、友奈なりの配慮と分かっている故、美森は何も言わなかった。士郎も普段より優しい声で注意していた。
「食い意地張ってるわね、友奈」
【お姉ちゃんにだけは、言われたくないと思うな】
「樹、どう言う事よ?」
「そのままの意味だと思うわよ」
風達も友奈に気を使う事をせず。何時も通り振る舞う。
「それじゃ、改めて」
士郎は両手を合わせる。
友奈達も士郎に続いて手を合わせ、士郎は「頂きます」と、日本の伝統的な挨拶をする。
「「「「頂きます」」」」
【いただきま〜す!】
士郎に続いて挨拶を済ませると、各々我慢していた食欲を解放する。特に風はパクパクと箸を止める事なく、次々と料理を口に運んだ。
それから記念の為にと、滅多に口に出来ないであろう料理や、勇者部一同で思い出の写真を撮った。
「場所的に私がお母さんするから、ご飯お代わりしたい人は言ってね」
暫くして、ご飯の器が空になり始めた頃、美森が杓文字を片手に、釜の蓋を開いて言った。
「東郷が母親か」
「厳しそうね」
「門限を破る悪い子は、柱に縛り付けます」
美森の言葉に、ひっと夏凛が短い悲鳴を上げた。
「まあまあ、美森。そこまでしなくても」
「貴方は甘いんです。この子の為になりません」
「夫婦か」
「ふ、夫婦!?」
夏凛の突っ込みに、美森は顔を真っ赤にして固まった。
「夫婦……夫婦ねぇ……私達も、何時か結婚して、家庭を持つのかしらね」
「結婚って、私達まだ中学生よ?」
「気が早くないか?」
「そんな事無いわ。私は来年、友奈達は二年後、樹は三年後には、一応は結婚出来る年になるのよ。もしかしたら、年上の彼氏が出来て結婚、なんて事も有り得なくはないわ」
風の言葉を聞き、そう言われれば、そうだと。友奈達は考えた。
「結婚、結婚かぁ……風はどんな人と結婚したいんだ?」
「ふぇ!?えっと……そうね……家事が出来て、強い人……とか?」
士郎の問いに風は顔を少し染め、士郎をチラ見しながら答えた。そしてそんな風を見て、美森は目を細め……
(前々から疑っていたけれど、この反応は間違いない。風先輩は先輩の事が好き……つまり、
そう確信した。
ならば、先手必勝!美森はそう考え、私は先輩の様な男の人が良いです。そう言おうとしたのだが……
「わ、私は、せ、せ……」
「せ?」
結果はご覧の通り。美森は顔を蟹の様に真っ赤に染め上げ、言葉にしようとした事は口に出せなかった。
「せ、戦時日本の活躍。そして戦後日本の血の滲むような努力によって、復興する日本の歴史を熱く語れる人……か、その話を聞いてくれる人が良いです」
「あはは……美森の旦那になる奴は、幸せ者だろうけど……大変そうだな」
結局、美森は言おうとした言葉を誤魔化し、士郎は頬を引きつらせた。
【士郎さんは、お嫁さんにするなら、どんな人が良いですか?】
「俺か?そうだな……」
顎に手を当てて考え込む士郎。そんな士郎を美森、風、樹の三人は真剣な表情で、友奈と夏凛は興味深そうに見詰めた。
「……特に無いかな」
「えぇ……」
時間を掛けてやっと出た答えに、女性陣は不満の声を上げた。
「そんな訳で無いでしょう。なんか有るでしょ?料理出来る人とか、女子力ある人とか」
「結婚とか、そんなの考えた事なかったんだよ。だから、いきなり聞かれて、なんて答えたら良いのか、分からないってのが本音かな」
「成る程。じゃあ、この中の誰かが将来、シロー先輩と夫婦になる未来が、あるかも知れないって訳ですね!」
「うん?まあ、そうだな」
「じゃあ、じゃあ、私達の中で結婚すらなら、誰が良いですか?」
「えぇ!?それを聞くか?」
「良いから答えなさい」
「そうです。あくまでも、例え話ですから」
「早く吐いた方が身の為よ」
【さあ、早く吐いて下さい!】
友奈の爆弾発言から、女性陣に畳み掛けられた士郎は困り、頭を掻いた。
「そんな事言われてもなぁ……」
士郎は悩んだ末に……
「うーん。みんな魅力的だから難しいな……多分、この先誰と付き合って、結婚しても、きっと、幸せな家庭を築けると思うからな」
上手く誤魔化すように答えた。士郎は我ながら、良い感じに誤魔化せたかな?と友奈達を見たが、友奈と夏凜は不満げな表情を浮かべていた。
「なによ、はっきりしないわね。スパッと誰か選びなさいよね」
「そうです!誰が一番なんですか?」
士郎は参ったなぁと呟き、どうするか考えた所で、美森と風から助け船が出された。
「まあまあ、友奈ちゃん。夏凜ちゃん。落ち着いて……これ以上先輩を困らせるのは」
「そ、そうよ。無理強いは良くないわ……」
(あ、東郷先輩とお姉ちゃん……逃げた)
そんなこんなで、この会話は終了した。
【5】
それから温泉を堪能し、寝る準備を始めた頃。士郎達は漸く、ある問題に気付いた。
本来、その問題は旅館に来た時に気付かねばならない問題だった。だが、士郎達勇者部は人類の存亡を賭けた戦いが終わり、高級旅館での宿泊や、海水浴の楽しみに気を取られていた故に、問題に気付くのが遅れた……部屋が二つではなく、一つしかないという問題に……
現在、勇者部が止まっている部屋には和室が一部屋しかなく、テーブルなどを退かし、布団を六枚引ける程度の広さはある、のだが……それは友奈達と士郎が共に寝床を一緒にする事を意味する。
これが家族なり、小学生なりなら、問題は無かった……然し勇者部は皆、思春期真っ只中の中学生。普通に考えれば間違いが起こってもおかしくない。
「えっと……俺は窓際のソファーで寝るよ」
「そ、そうね……それが良いわね」
「男女七歳にして席を同じにせず、食を共にせずと言いますしね……」
「前半は兎も角。私達さっき、衛宮と食を共にしたじゃない」
「えぇ?なんでなんで?別に一緒でも良いじゃないですですか」
【いや、流石に私達中学生ですし……】
「樹の言う通りよ友奈。私達が寝ている間に、士郎が狼に成って、襲ってくる危険があるわ」
「え!?シロー先輩狼男だったんですか!?」
「う、うーん。友奈ちゃん。それは合ってる様で合ってないわ」
「そうよ友奈。士郎は……いいえ、男はみんな狼。夜になったら狼に変身して、私達の様な若い女に襲い掛かるのよ」
「えぇ!?」
【そうだったんですか!?士郎さん!?】
「樹は兎も角。なんで、友奈は意味が分からないのよ……」
風の言葉に、友奈は守る様に美森の前に立ち、拳を構え、樹は士郎から距離を取る様に後退した。二人の反応に士郎と、そうさせた張本人である風は思わず苦笑いを浮かべ、夏凛は呆れた様子で呟いた。美森は友奈に守られている事が嬉しいのか、或いはピンク色の妄想をしているのか、顔を赤くしていた。
毎日投稿してると、後書きに書く事も無くなりますね……
感想評価お待ちしてます。
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第20話 旅行の終わり
【6】
結局あの後。女性陣の信頼あって、士郎も一緒に寝る事となった……それは良いものの、次は士郎がどの位置で寝るかと言う問題が発生した。
士郎に対して恋心を抱いているのは美森と風、それと姉に遠慮して、一歩退いているものの、士郎に対してのアプローチはしている樹を合わせて三人。
因みに士郎に対して、友奈は頼りになる先輩。夏凛は戦友という認識である。
それはさておき、士郎の隣で寝たいものの、恋する乙女達はそれを言い出すだけの勇気は無かった。故に、寝る布団の位置はクジ引きで決める事になり、結果は士郎は美森と友奈に挟まれる位置で寝る事になった。
さぁ、後は寝るだけ……とは当然ならず。風が口を開いた。
「女五人が集まって、旅の夜」
「一応、俺も居るんだけどな」
「細かい事は気にしない、気にしない。こんな時、どんな話をするか、分かってるわよね?夏凛」
え?と話を振られた夏凛は一瞬驚き「そうねぇ」と話題になりそうな事を考えた。
「厳しかった修行の体験談とか?あれは、三年前の勇者選定試験の時ね……銀って言うライバルが居てね。先代剣の勇者としての座を巡って争ったわね……あ、勿論、正当な手段でよ」
「違う!あと、語り出さなくていいから」
「日本という、国のあり方についてとかですか?」
「それも違う!」
「料理が上達するコツの話とか?」
「う、それは聞きたいけど、違う!」
【私も聞きたい。どうしたら、うどんを上手く作れるのか】
「うん……それはちょっと、俺には荷が重いな……」
【そ、そんな……】
「ま、まあ、こんな夜は恋バナ。ですよね?風先輩」
「そ、それよ!友奈。恋バナ!即ち恋の話よ!」
漸く求めていた答えに辿り着き、テンションが上がる風。
「で、では、誰かに恋をしてる人ぉ……」
友奈は苦笑いをしながら、勇者部一同に問いを投げかけたが……
「「「「「……………」」」」」
友奈の問いに答える物は居らず、沈黙だけが流れた……まあ、当然と言えば当然である。
士郎、友奈、夏凛には意中の相手は居らず。残る美森、風、樹の三人の思い人はこの場に居る士郎である。素直に答えられる筈も無かった。
「ま、まあ。勇者とかでみんな忙しかったからな……ね、寝るか?」
「そ、そうですね」
「うん。もう夜も遅いですし……」
そんな短い会話の後、部屋の電気が消された。
その直後、美森が怪談話を行い、勇者部一同を震え上がらせる事件が発生したが、その後は何事も無く、一人、また一人と眠りに就いて行った。
ただ一人、士郎を除いては……
(……眠れない)
左を見渡せば、既に寝息を立てている友奈の寝顔。視線を少し下の方は向けると、何度か寝返りを打った所為で着物がはだけており、鎖骨と胸の谷間が目に映る。士郎は咄嗟に視線を外し、反対側を見ると、今度は美森の横顔が目に映った。
友奈とは違い、美森は寝返りを打った様子は無く。仰向けの姿勢で規則正しい寝息を立てていた。そしてこれはやはり男の性か、士郎は無意識の内に、美森の呼吸と共に上下する山に視線が移っていた。
「で、でけぇ……」
士郎が思わず、そう呟いてしまった後。罪悪感と自己嫌悪に苛まれながら視線を天井に固定して、目を瞑った。
それから士郎が眠りに就いたのは、かなりの時間が経った後であった。
【7】
それは体に染み付いた習慣故か、士郎は早朝六時頃、自然と目を覚ました。
上半身を起こし、軽く伸びをした後、士郎は隣で俯せになって、寝息を立てている友奈を見た。
「うぅ……暑い……」
そんな風の寝言に釣られ背後の方を振り向くと、風に抱き付いて眠っている夏凛が目に映る。
普段の夏凛の態度から絶対に有り得ないだろう光景を目にして士郎は少し驚いたが、同時に微笑ましく思い、口元が緩んだ。
そんな二人の隣で、保護欲を唆る表情で寝息を立ている樹を一目見た後、美森が寝ていた布団の方を向いたが、其処に美森の姿は無かった。士郎は美森が何処に行ったのかと周囲をもう一度見渡すと、直ぐに窓際の椅子に腰掛け、外の様子を眺めている美森を見付けた。
士郎は布団から起き上がり、美森の元へと歩み寄った。
「早いな、美森」
「あ、先輩。おはようございます」
「ああ、おはよう」
美森と挨拶を交わした後、士郎は美森の前に置いてあった椅子に腰掛けた。ふと外の様子を眺めると、昨日海水浴を満喫した海と、其処から昇る朝日が目に映り、その眩しさに顔を顰めて美森の方に向き直す。
すると、美森が握っている物に目が行った。それは二本の白い線が入った緑色のリボンで、毎日欠かさず美森が髪に結んでいる物だった。
「肌身離さずだな。そのリボン」
「はい。私が事故に遭った時、握り締めてた物だったらしいので……誰の物かは分かりませんけど。とても大切な物……そんな気がするんです」
リボンを大事そうに握りしめながら、そう語る美森。その表情は誰かを思い出して、懐かしむような顔をしていた。
「確か、その事故が原因で、記憶を喪ったんだっけ?」
「はい。二年前の出来事です」
「二年前か……」
「先輩が記憶を喪ったのも二年前でしたよね?」
「ああ」
「先輩が喪った記憶と、私が喪った記憶。何か関係性があるんですかね?」
「さぁ?同じ二年前でも、時期がずれてただろ?」
「私は瀬戸大橋の事故で、先輩はもう少し前でしたっけ?」
「ああ、詳しい時期は分からないけど。確か、瀬戸大橋事故の前だった筈だ」
「やっぱり、偶然ですかね?」
「……そうだな。この話はこの辺で良いだろう」
士郎はこれ以上考えてもしょうがないと考え、話題を変える。
「美森は、海を見てたのか?」
「はい……考え事をしてました」
「考え事?」
「はい……ねぇ、先輩」
「なんだ?」
「バーテックスって、十二星座がモチーフなんですよね?」
「そうだな。序でに言えば、拷問器具もモチーフになってるな」
分かり易い例を挙げるなら、樹が倒した小型のバーテックス、双子型が良い例だろう。
双子型は両手と首がギロチンの拘束具の様な物で繋がれていた……と、其処まで考えて、士郎は疑問に思った。
双子型って言う割には、あのバーテックスは一体しか居なかった。双子型って言うなら、二体で一対だったり、分裂したりしても良かったんじゃないか?寧ろ、そうじゃない方がおかしいんじゃないか?と。
「先輩?どうかしましたか?」
「ん、ああ、何でもない。続けてくれ」
戦いは本当に終わったのか?と士郎は不安に駆られるが、それは今考えてもしょうがない事だと割り切り、美森の言葉に耳を傾けてる。
「……星座って、他にも一杯有りますよね?」
「ああ、成る程。言いたい事は分かった。本当に戦いは終わったのか、もしかすると、また敵が攻めて来るんじゃないか。そう言いたいんだな?」
はいと頷く美森を見て、士郎は美森は俺よりも速く、こんな不安に駆られてたんだなと考え、美森を安心させる為の言葉を紡ぐ。
「大丈夫さきっと、大赦は問題ないって言ってるんだ。俺達はその言葉を信じるしかないだろ。それに、俺達を死のウイルスから守ってくれた、神樹様も着いてるんだし」
「そう……ですね」
士郎の言葉に、美森の表情が少し柔らかくなった。
「何故、バーテックスが俺達の方へと攻めて来るのか、何故、俺達が居る地域から遠い太平洋側から攻めて来なかったのか、美森は分かるよな?」
「はい。結界にわざと弱い部分を通していたから……」
「その理由は?」
「神樹様は恵みの源でもありますから、防御に全ての力を使うと、私達が生活出来なくなるから。それに、敢えて勇者として選ばれた私達が住む地域の結界を弱くして、敵を通す事で、素早くバーテックスを倒せるからです」
「そうだ。つまり神樹様にははっきりとした意思がある。そうは思えないか?」
はっと気付いた様子の美森。言われてみればそうだと、考える。そんな美森を見た士郎は微笑んで言った。
「だから大丈夫だ。美森の耳も、友奈の味覚も、風の左目も、樹の声も、きっと治る」
気付けば士郎は、美森の直ぐ側に移動して、美森の頭を優しく撫でていた。
「……その中に、先輩は居ないんですか?」
その心地良さに美森は身を任せながら、訪ねた。
「ん?俺か?俺は痛みを感じないだけだからな。別に治らなくても、困りはしない」
「駄目です!」
美森の大声に士郎は驚き、手を止めた。美森はその事を少し残念に思いつつ、自分の頭に乗った手を両手で包み、ゆっくりと自分の頭から離すと、士郎の目を見て言った。
「先輩も、ちゃんと治りましょう。痛みは、生きてる証なんですから……」
「そうか……そうだな。悪い」
「自分を疎かにしないで下さい。私も、皆も悲しみます……」
「ああ、ごめんな」
泣きそうな表情を浮かべながら言った美森に、士郎は謝った。それから、二人の顔が朝日に照らされると、二人は目を庇いながら朝日を眺めた。
「また、来たいですね」
「ああ、そうだな。また来よう」
二人は約束を交わし、旅行は終わりを迎える。
士郎も所詮は思春期の男子。
一歩間違えれば美森の胸(誘惑)に負け、社会的バットエンドを迎えていた未来(ルート)も存在する……
あれ?なんか強○が和○に変わって、目覚めた犬吠埼姉妹を合わせて乱○騒ぎに成る未来(ルート)が視えた気がするんだけど?これが衛宮士郎(エロゲー主人公)の補正だとでも言うのか!?
くっ、別に羨ましくなんてないんだからね!
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第21話 延長戦
【1】
旅行から帰った後、士郎達勇者部一同は風に呼び出され、家庭科準備室兼ね勇者部の部室に集まっていた。
「つまり、バーテックスに生き残りが居て、戦いは延長に突入した。そう言う事だな?」
「ええ。だから、私達にこれが返って来た」
そう言って風が視線を向ける先には、スーツケースに入った五つのスマホ。それはただのスマホではなく、友奈達が以前使っていたスマホ……つまりは勇者システムを搭載した特殊スマホである。
士郎はスマホを開き、その中にある勇者アプリを開く。すると、昨日まではロックされて使えなかった変身機能がアンロックされていた。
昨日立てた仮説が正しかった事に、士郎は苦笑いを浮かべながら、スマホ画面を閉じる。
「本当、いきなりでごめん……」
「謝るな。風もさっき知った事なんだろ?」
「うん」
「なら、風先輩を責めるのはお門違いですよ」
「東郷さんの言う通りです!風先輩は悪くないです!」
「まあ、仮に風を責めても、生き残りを倒すのに変わりはないでしょう?私達は敵の総攻撃だって、殲滅したんだから今更、バーテックスの一体、二体、追加で倒せって言われても問題ないわ」
【勇者部五箇条。なせば大抵なんとかなるだよ!】
誰一人として、風を責め立てる者は居ない。
皆、ありがとうと風は感謝の気持ちを伝え。よしと窓を開いて叫んだ。
「何時でも来いバーテックス!讃州中学勇者部が相手だぁぁぁぁぁ!」
と、息巻いた物はいいものの、結局夏休みの間にバーテックスが襲来する事は無かった。
【2】
一ヶ月以上あった夏休みが終わり、二学期に突入して二日目の放課後。
部室には本を読む樹。煮干しを頬張る夏凛。修理依頼が来ていた扇風機を直す士郎。そして両手を組んで待ち人を待つ風の姿があった。
暫くして、コンコンとドアがノックされる。風は一瞬キタ!と表情を緩ませるが、直ぐに威厳ある表情に戻す。
「結城友奈入ります!」
「東郷美森入ります!」
敬礼をしながら部室に入る友奈と美森。風はゆっくりと友奈達の方を向き、低い声で答える。
「うむ。よく来たな。結城中尉。東郷中尉」
「は!長官もお元気そうでなによりです!」
「うむ。衛宮大尉。お茶を淹れたまえ。アベンジャーズ計画の概要を説明しよう」
風の言葉に、士郎は思わず作業の手を止めた。
「おい、なんだそのキャラ」
「んー。西暦の時代に流行った映画のキャラ」
「三〇〇年以上も昔のキャラじゃない。何処で知ったのよ……」
「いやぁ〜、昨日古いDVD屋に行ったらそんな映画があってさ、その中の眼帯キャラをリスペクトしてみたんだけど」
「気に入っているんだな。
「まあねぇ、士郎もどう?」
「遠慮しとく」
そう言った直後、士郎の目の前に鎌の様な尻尾を生やしたイタチの様な精霊が現れた。
「うぉ!?びっくりした」
「ああ、ごめんごめん。そいつ好奇心旺盛で勝手に出て来ちゃうのよ」
「確か、風の二体目の精霊だったよな?」
「ええ、名前は鎌鼬よ」
更に共鳴する様に美森の端末から青坊主、刑部狸、不知火、そして四体目の精霊、川蛍が飛び出した。
「美森のは何時見ても賑やかだな」
そう言って近付こうとすると、精霊達に強く睨まれた。
「全員整列!」
その号令で、横一列に並ぶ美森の精霊達。
「訓練されてるな」
そう呟くと、目の前を鏡から植物を生やした精霊が横切った。樹の二体目の精霊、雲外鏡である。
【私のも出て来ちゃいました】
更に友奈の精霊も出て来る。
「あわわ、牛鬼と火車まで!?牛鬼、他の精霊食べちゃ駄目だからね!」
「大赦が新しい精霊を使える様にしてくれたのは良いけど……ちょっとした百鬼夜行ね」
「今昼間で、列をなしてないけどな」
「も、もう文化祭の出し物、これで良いんじゃないんですか?」
「良くないわ、友奈ちゃん」
「だよねぇ……」
「それよりもこれ、どうやって収拾つけるんだ?」
【3】
それから、精霊達は一時間程部室を飛び回ると、満足したのか、一体、また一体と主の端末へと戻った。
「ようやっと、端末に戻ったわね」
疲弊した表情で呟いた風。その様子に苦笑いしながら、士郎は話題を振った。
「それにしても、敵は何時来るんだろうな」
「そうね。私の感だと、来週辺りかしらね?」
「実は敵の襲来は気の所為!とか?」
「だったら、良いんだけどな」
心底、気の所為であってほしいの願う風と士郎だったが、その直後に鳴り響いた樹海化警報を報せるアラーム音によって、その願いは儚く散る事となった。
「どうやら、気の所為じゃないみたいだな」
「感を外したわね。風」
「何よ、夏凛だって外してるじゃない」
「それにしても、このタイミング……」
「狙ってたのかな?」
【神樹様は演出家だった?】
その直後、勇者部一同は最早慣れ親しんだ光に包まれ、樹海に立った。
【4】
樹海に巻き込まれて十分程の時が経ち、美森はスマホ画面を見て呟いた。
「敵は一体。後数分で森を抜けます」
「敵は双子型。てっきり隠された十三体目のバーテックス。蛇使い型……なんて物を想像してたんだけどねぇ」
「でもでも、双子型って、確か樹ちゃんが倒した奴だよね?」
「きっと、双子型って事だから、二体でワンセットのバーテックスなんだろうな」
士郎は概ね、自分が立てた仮説が正しかった事を確信すると同時に何故、前回の戦いで二体揃って現れなかったのか疑問に思った。
疑問に思ったが、同時に倒すべき敵に変わりはない。色々と考えるのは後にして、今は戦いに集中しようととも考えた。
「まあ、何にしろ。一体だけなら楽勝ね!」
「今回の敵で延長戦も終わり」
「気合い入れて行くわよ!」
風の号令に、勇者部はおお!と声を揃えて拳を上げる。
「と、言ったは良いけど。士郎。アンタは留守番ね。変身も許さないわ」
「なんでさ?」
「アンタ、忘れたの?アンタは私達と違って、勇者に変身するだけで、何かしらのリスクがあるかもって話」
うっと返す言葉に詰まる士郎。
「そ、そうだった!シロー先輩。絶対変身しちゃ駄目ですからね!」
「そうです!今回の敵は一体。いいえ、例え一体だけじゃなくても今後、先輩は変身するのは禁止です!」
「少し過保護過ぎないか?」
「そんな事ないわ。衛宮。アンタは此処で私達の華麗なる戦いを見てなさい」
友奈達の有無を言わせない姿勢に、士郎は説得は無理だなと諦めた。
「分かったよ。俺は観戦するよ」
士郎のその言葉に、友奈達は満足そうな表示を見せ、勇者に変身すると、バーテックスの方へと向かっていった。
士郎は誰も居なくなった所で、呟いた。
「
すると、その手には干将・莫耶が現れる。士郎は自身が投影した干将・莫耶の構造を見る。
「基本骨子。基本材質……両方共、勇者の時に使ってた物と変わらない」
そう呟くと、士郎は投影した干将・莫耶を消して、
バーテックスが起き上がり、再び走り出そうとすると、三本の短剣がバーテックスの足に突き刺さり、前のめりに倒れた。更にバーテックスの頭が撃ち抜かれ、封印の儀が始まる。
封印の儀によって無数の御魂が出現し、周囲一帯を埋め尽くす。だがそれを、炎を纏った友奈のキックにより焼き払った。
一連の流れを見届けた士郎は、目の力を抜いた。すると、視力は一般人程度にまで戻った。
「強化とは違う。これは、そう……
そんな事を呟いた後、士郎は現実世界に戻った。
けれど、現実世界に戻った時、其処に友奈と美森の姿は無かった。
【5】
現実世界に戻っても、友奈と美森が居ない上に、二人に連絡が付かない事で勇者部は慌て学校中、町中で二人を探し続けたが見付からず。日没により、捜索は後日改めてと言う事になり解散し、士郎が家に到着した頃、黒塗りの車から降りる友奈と美森を発見した事により、友奈、美森行方不明事件は解決した。
士郎は友奈と美森に何処で何をしていたのか聞こうとしたが、疲弊しきった様子の二人を見て、行方不明になっていた間、何があったのかは明日説明してもらう事にして、その日は何時も通りの夜を過ごした。
そろそろ武器(ストック)の貯蔵も十分とは言えなくなってきたな……
次回はオリジナル回
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第22話 選択
【6】
俺は夢を見ていた。いや、それは夢と言うには余りにも鮮明で、まるで誰かの記憶を見ていると言われた方が納得が行く夢だった。
もしかすると、俺が失った記憶なのでは?と考えたけれど、それは違うと思う。
俺はその夢でバーテックスと戦っていた。そのバーテックスは俺が知る物も居たけど。俺が知らないバーテックスも居た。
俺が知るバーテックスよりも数段小さいけど、数が多くて、大きな口を持った白色のバーテックス。そのバーテックスが融合して、様々な形に進化した中型のバーテックス。そして俺達が戦ったバーテックス……俺はそいつ等と時には一人で、時には勇者の様な格好をしている少女達と共に戦い続けた。
終わりが見えない戦いを延々と続けた。その戦いに意味があるのか分からなくなるまで戦い続けた。それは数年、数十年なんてレベルの物じゃない。数百年レベルの物で戦い続けた。俺は延々と戦い続けた。
そして気付けば、今まで自分の意思で動かさなかった体が自由に動かせていた。
空を見上げれば錆び付いた歯車が浮かんでいて、地を見渡せば、無数の剣が墓標の様に立ち並んでいた。
そしてその墓標の頂点には、赤い外装に身を纏った男が立って、俺を見ていた。
「貴様は……何の為に戦う?」
「この世界を守る為……」
俺は反射的にそう答えていた。
「なら、貴様は世界を救う為に、友を犠牲にする事が出来るか?世界と友。救えるのがどちらか片方だった場合。貴様はどちらを選ぶ?」
俺は返事に詰まる。
「例えば、バーテックスが神樹を破壊する一撃を放とうとしている。当然、貴様が動かなければ神樹は破壊され、世界は滅びる。一方で結城友奈が、東郷美森が、三好夏凛が、犬吠埼姉妹が、バーテックスの攻撃に晒され、放っておけば死ぬ状況にあったとしよう。貴様に出来るのは神樹を破壊する一撃を防ぐか、結城友奈達を助けるかのどちらかだけだ。貴様はどちらを選ぶ?」
正直言って、考えた事が無かった。
でも、今までそんな選択が無かっただけで、そんな選択を迫られる機会があってもおかしくはなかった。
例えば、三体のバーテックスが襲来した時。あの時は運良く俺の方に友奈が飛んで来たけど、もしあれが俺達から離れた所に友奈が飛ばされた場合、俺は無防備な状態の美森を置いて友奈を助けるか、美森の側に居て美森を守るかの選択を迫られていただろう。
もし、友奈の方を助けに行けば、美森は危険に晒され、運が悪ければ俺が居ない隙を狙われて攻撃されていたかも知れない。そうなった場合、美森は間違い無く死んでいた。
そして、友奈を助けに行かなかった場合。バーテックスの攻撃が精霊バリアを貫通して、友奈を刺し殺していたかも知れない。
今となってはIFの話だけど、そんな可能性があってもおかしくなかった。
バーテックスの総攻撃の時だってそうだ。もし、合体した獅子座の攻撃で俺以外の皆が動けなかった場合、きっと、あのバーテックスを相手にしながら、動けない友奈達を庇うなんて芸当は出来なかった。満開を使ってもそれは変わらない。
そして双子型が神樹様に近付いた時、神樹様を守る為に友奈達を見捨てるか、友奈達を守って世界を救うか、選ばなければ行けなかった筈だ。
「さあ、選べ。世界を救う為に少数を捨てるか、少数を助ける為に世界を選ぶか」
世界を救う為に友奈達を見捨てるか、世界を捨てて友奈達を助けるかなんて……そんなの、決まってる。迷わず、前者を選ぶべきだ。だって、友奈達を救えても、世界が滅んでしまえば結局、友奈達も死んでしまう。それだと本末転倒でしかない。
だけど、俺は……
「友奈達を……救う」
友奈達を見捨てる事など、出来ない。出来なかった……
これが、例え話だと分かっている。所詮はIFの話……そんなのは分かってる……けど!
「俺は友奈達を見捨てる選択などしたくない!」
「ほう、それはつまり、少数の為に世界を捨てるという事か?」
違う!と俺は叫んだ。
目の前の男は少し意外そうな顔をして、俺を見た。
「友奈達も世界も両方救う!」
「……そんな事が可能とでも?」
男が眉を顰める。
ああそうさ、アンタの反応が正しいよ。
「勇者部五箇条!なるべく諦めない!友奈達を救って、世界も救う。そんな可能性が僅かにも残っているなら、俺はその選択を取る!」
勇者部を作った時の決まり事だ。
「友を救って、世界も救うだと?話にならんな」
「ああ、アンタの言ってる事は正しいよ。俺が言っている事は理想でしかない。子供の絵空事だ」
「それを分かっていて尚、その答えのままか?」
「ああ、勇者部五箇条。なせば大抵なんとかなる!俺一人じゃ無理かも知れない。けど、友奈達と……勇者部でなら可能だと、俺は信じている」
ふんと男はつまらなそうに鼻を鳴らした。そして……
気付けば男は俺の直ぐ側にまで接近して、俺は刺された。
「え?」
俺は喉から込み上げてくる物を吐き出した。それは大量の血だった。それから遅れて鈍痛が走り、それは程なくして激痛に変わる。
「がぁ……なんで、痛みなんて、感じない筈なのに……」
「貴様は
男は俺の体から剣を抜いて、そう言った。
意味が分からなかった。ふざけるなと声に出したかった。でも、俺の体は言う事を聞いてくれなかった。
剣を抜かれた事で、さっき吐いた血の何倍もの量の違いが溢れ出す。
血が抜けるに連れて、体から力が抜ける……
熱が引いていくのが分かる……
意識も朦朧とする……
ああ、これが……
「諦めるのか?」
死。そう思うとした時に、男の声が頭に響いた。
「なるべく諦めないのではないのか?」
朦朧とした意識が少しだけ蘇る。
「貴様は友を救い、世界を救うと私に豪語した癖に、もう生を諦めるのか?」
冷たくなって行く体が、熱くなる。
「その程度の意識では、友と世界を救うどころか、どちらかを切り捨て、どちらかを助ける事すら出来ぬな」
けど、其処までた。体に力が入らない。
刺された傷口が痛む。
「この世界は精神世界。肉体の損傷など、イメージ一つで完治する」
イメージ……
「だが、この世界で貴様が死ねば、それは貴様の精神の死を意味する。死にたくなければ想像しろ」
想像……
「損傷する前の肉体を辿り、それを今の肉体に上書きしろ。分かっている筈だ。その為の呪文を……」
男に言われ、俺は呟いた。長年に渡り何度も口にしたその言葉を……
「トレースーー
オン」
そう呟いた直後。俺の体は何事も無かったかの様に、傷が塞がった。いや、塞がったというよりも、傷を負う前の体に上書きされた。
現実世界じゃ到底出来ない。精神世界でだからこそ、出来る技だ。直感でそう分かった。
「貴様が勇者システムとして使っていたアプリ。あれは厳密には勇者システムではない」
男は突然語り出した。
「貴様が使っているアプリ。それは勇者システムの原典となった物だ。その名を
「英霊……システム?」
「ああ、神樹を通じて英霊の座にアクセスし、英霊の力を引き出すものだ。然し、システムが完成したは良いものの、システムに適合する者が居なかった……いや、引き出せても、それは雀の涙程の物で、使い物にならなかった。ならば、せめて英霊クラスの身体能力を引き出せる様にと、新しく作られたのが勇者システムだ」
「ちょ、ちょっと待て!いきなりそんな事を言われても意味分かんないぞ」
「理解力出来なくても理解しろ。なせば大抵なんとかなるのだろう?」
いや、確かにそうは言った。言ったけれども、男の言動はさっぱり理解出来なかった。
世界か友奈達かの二択を選択させ、俺を刺し殺そうとしては、俺が死なない様にアドバイスをして生き長らえさせ、今度は英霊システムとやら意味が分からない事の説明を始めた。
ちぐはぐ過ぎる。この男の意図が全く分からない。
「混乱するのも分かる。然し今は時間が無い。なので簡潔に述べるぞ。貴様は英霊システムを使う度、肉体、技術共に私に近付いた。貴様自身、変化を感じているのだろう?」
そう言われて、俺は思い当たる節を思い浮かべた。
料理、魔術の急激な上達。
アプリを使用せずに、勇者に変身した時と同等の投影や四キロ先の戦いを観戦出来た事。
そして満開による後遺症だと思っていた変色した肌。良く良く男を見ると、男の肌も変色した俺の肌と同じ褐色だ。理解は出来ないけれど、納得はした。
「そして今回、貴様は人格の塗り替えという状況に置かれている」
「……俺を殺して、お前が主人格になるって事か?」
「有り体に言えばそうだ。これは私の意思に関係無い事だ。神樹は焦っているのだ」
「何に?」
「今日、結城友奈と東郷美森が満開による後遺症。散華を知った」
「散華?」
花が散るの散華……戦死を美化して使われる言葉でもある。とても良い意味ではなさそうだ。
「概要を述べる時間は無い。本来秘匿されるべき情報。勇者が暴走する危険性を孕んでいる情報。それがあろう事か、勇者の暴走を止めるべき存在である筈の乃木園子の手によって知らされた。故に神樹は恐れている。勇者の暴走を……それを止められる存在の不在に」
意味が分からなかった。いや、薄々勘付いてはいるが、それは当たって欲しくないものだ。
「より厳密には勇者が暴走した際、それを
「つまり、俺なら……いや、アンタならそれが出来ると?」
「正確には、
時が止まった様な錯覚に陥った。当たって欲しくない勘が当たった。そんな俺に構わず、男は言葉を続ける。
「心して掛かれ、衛宮士郎。貴様が私に敗北すれば、貴様の親しい者を、他ならぬ貴様自身の手で殺める事になるかも知れんのだから」
何時の間にか、干将・莫耶を握った男が俺に斬り掛かって来ていた。俺は咄嗟に干将・莫耶を投影し、男の干将・莫耶を受け止めた。
男に殺気や敵意の類は感じ取れない。強制されてやっている事だと分かる。
殺気も敵意も無い強制された戦い、それが今、始まった。
以下独自設定。
精霊バリア
ランク:不明
種別:結界宝具?
主が致命傷となる場合に反射的に防御結界が展開する。ランクB以下の攻撃を防ぎ、神性を持つ攻撃に対してより強固な結界と成る。ただし、呪いの類には弱い。
重症の呪いを軽傷に、死の呪いを重症に軽減する程度の能力はある。
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第23話 守護者
【7】
一体どれだけの時間が過ぎた?この男と剣を打ち合い始めて、どれだけの時間が流れた?分からない……けど、かなりの時間が経っている筈だ。
「はぁ!」
「くっ」
士郎は男、エミヤに何度目か分からないが、また腹を刺された。士郎はカウンターとしてエミヤに出来た僅かな隙を突いて剣を振るう。剣はエミヤに届きはしたが、それは致命傷には至らなかった。
「くっ」
エミヤは苦痛に顔を歪ませながら、士郎を蹴り飛ばした。士郎は何度も地面を跳ねながら、数十メートル先まで飛ばされた。
「
士郎は直ぐに肉体を、傷を負う前の肉体に上書きして傷を癒すと、次の瞬間に無数の矢が飛んで来た。咄嗟に矢を躱しつつ、士郎も弓矢を投影して応戦した。
弓矢での応戦により、着弾した矢が周囲に土埃や爆炎を発生させ視界を悪くした。士郎は視界を確保すべく、見渡しの良い場所に移動する。
「
土埃が魔力の風によって吹き飛ばされた。そしてその先には、士郎が良く知る捻れた剣を構えたエミヤの姿。
「
「
エミヤから放たれたカラドボルグを凌ぐ為、士郎は咄嗟にアイアスを展開する。
衝突するカラドボルグとアイアス。その矛と盾の対決は一瞬で着いた。カラドボルグはアイアスを一枚、また一枚と紙切れの様に破壊して行く。
士郎は直ぐに凌げないと考え、アイアスを斜めにずらし、カラドボルグの軌道を逸らす事に専念したが、軌道を逸らす前にアイアスが全て破壊され、士郎の右半身を抉り取った。
大量に吹き出す夥しい量の血。常人なら発狂しかけない激痛に耐え、士郎は詠唱した。
「
すると、士郎の体は何事も無かったかのように修復されたが、休んでいる暇は無い。
今度は四つの巨剣が士郎に向かって、飛んで来た。士郎はそれを投影した干将・莫耶で逸らし、エミヤの元に走った。その道すがら無数の剣が降り注いだが、士郎は致命傷になる物以外は全て無視し、無数の傷を作りながらエミヤの元に走る。
剣の雨が止んだ頃、士郎は空かさず体を修復し、エミヤに斬り掛かる。右手の一振りをエミヤは弾き、カウンターとして士郎の脇腹目掛けて突きを放つ。士郎は避けず、寧ろ前に進み。エミヤの剣に刺されるが、同時にエミヤに一太刀与えた。
「ちっ」
それは致命傷になり得なかったものの、エミヤは舌打ちをして退がる。エミヤが退がった分だけ前に進む士郎。隙だらけの体に剣が突き立てられるが、それに構わず、カウンターを放つ。
これを幾度と繰り返した。肉を切って骨を断つと言う言葉が存在するが、士郎がやっている事はその逆。骨を切らせて肉を断つ戦術とも呼べないやり方で、士郎は着々とエミヤに傷を与えて行った。
「……正気の沙汰とは思えないな。
士郎の身体能力や戦闘技術は勇者システム改め、英霊システムの多用により、エミヤと互角にまで登り詰めた。
然し、幾ら英霊エミヤの戦闘技術を得て、肉体がエミヤに近付いたとは言えど、その身体能力を現実世界で発揮すれば体が悲鳴をあげる……だが、
故に身体能力、戦闘技術はエミヤと互角である……のだが、それでも士郎は骨を切らせて肉を断つという手段でしか、エミヤに傷を与えられなかった。それは何故か?単純に戦闘経験の差にあった。
幾ら身体能力、戦闘技術が互角でも、それを十全に使い熟すだけの経験が士郎には不足していた。
「だから何だ!身体能力、戦闘技術は確かに互角だ。けど、戦闘経験で負けてる俺は、こんなやり方でしかお前に勝てない!
士郎は傷を修復してエミヤを睨む。エミヤも士郎を睨み返し、考えた。
(こいつ、傷を負えば負う程、修復のスピードが上がり、それに比例して投影速度も速まっている。それも質を落とさずに……より効率的に、より高質な物へと昇華しつつある)
エミヤと士郎の剣が相殺して砕け散る。エミヤは咄嗟に新しい剣を投影しようとするが、それより速く。投影を終えた士郎が突きを放つ。
(いや、既に昇華している。少なくとも、投影スピードに関して言えば、私より速い)
エミヤは突きを躱し、士郎の腕を斬り落とす。
「ぐぁぁぁ」
士郎は激痛のあまりに悲鳴をあげるが、次の瞬間には斬り落とされた筈の腕が治っていた。
(もはや、修復するのに詠唱は要らないのか)
詠唱を唱えずに傷の修復が可能になった。それはつまり、詠唱に要する一、二秒の時間短縮が意味される。その差は大きく。士郎は徐々にエミヤを押し始めた。
防戦になりつつあるエミヤ。だが、士郎の方にも余裕が無かった。
(押し切れない。けど食らい付け!今、この機を流せば負ける!)
士郎の集中力は既に限界を迎えつつあった。
投影魔術と肉体修復。この二つは共に鮮明なイメージが必要である。通常は何度も連続して行える様なものではない。遠の昔に集中力が切れていてもおかしくなかった。
けれど、士郎は友奈達を守る為、気合いと根性で集中力を維持し続けていたが、それも唐突に終わりを迎えた。
「あ」
砕け散った剣を再び投影しようとした時、士郎は投影に失敗した。形取っていた魔力は投影失敗により拡散し、エミヤの剣が目前にまで迫った。
その一連の出来事は、士郎にはビデオのスロー再生の様にゆっくりと見えた。
(……これが走馬灯ってやつか)
このまま行けば、エミヤの剣は士郎の首を刎ねるだろう。そうすれば、流石の士郎と言えど、肉体の修復など出来ない。躱す、止める、流す。死を回避する方法は思い付いても、それを実行するだけの
(ごめん皆……俺、
士郎はゆっくりと目を閉じて、此処には居ない勇者部メンバーに謝った。
思い浮かべるのは今までの日常。朝は早起きが苦手な友奈に起こされる事もあれば、友奈の家に行って友奈を起こす事もあった。
美森と台所に並び、朝食を作り二人、
それから部室で依頼の確認を行い、放課後の活動予定を決める。依頼が無ければ、その日の放課後はダラダラして過ごすのが決定する。それから教室に戻り、授業を受ける。
放課後には依頼があれば依頼をこなし、無ければ雑談やカードゲームなどを行う。
学校が終われば、通学路を朝と同じ様子で歩き、朝と同じ様に夕食を済ませる。
休日は勇者部メンバーで何処かに遊びに行く時もあれば、幼稚園や児童館で
そんな賑やかで、掛け替えの無い日常を思い出しながら、士郎は
『心して掛かれ、衛宮士郎。貴様が私に敗北すれば、貴様の親しい者を、他ならぬ貴様自身の手で殺める事になるかも知れんのだから』
戦いが始まる前、エミヤに言われた言葉を……
士郎は目を開いた。その瞳からは諦めるという意思が消え、新たに戦意が燃えていた。その事にエミヤは少し驚いた。
(消えていた戦意が蘇っただと?だが遅い。数瞬後には奴の首を刎ねる。無駄な足掻きだ)
だがそれだけだった。幾ら戦意が蘇ろうと、この状況を覆す事は出来ない。
(考える時間は無い。だから考えるという過程を省略し、実行という過程すらも省略し、結果だけを生み出すしかない!)
故に士郎は本能のまま、
「
ビデオをスロー再生した様な光景に変わりはない。然し、その中で、士郎は
「なっ!?」
エミヤを目を見開いて驚愕した。
躱せる筈がない。仮に逆の立場だったとしたら、自分でも回避出来なかった攻撃。それを士郎は躱した。
(さっきのはまさか空間転移か、固有時制御か?いや、そんな馬鹿な話があるか。確かに此処は奴の精神世界。だが、それを差し引いても、基本
つまり、士郎は自ら肉体修復を行わなくても、士郎が生を望み続ける限りは死ぬ事は無かったのだ。
肉体修復もエミヤに殺されない為、
だから、士郎がこの世界を思い通りにする事は出来ない。自分の精神世界と言えど、自分に出来る事以上の事は出来ないのだ。
だからこそ、エミヤは驚いたのだ。
そして士郎はそんな隙を見逃さず。エミヤに詰め寄る。右手に握るのは干将・莫耶ではなく、一本の短検。それをエミヤに突き放つ。
エミヤは当然、士郎の突きを回避しようとするが、それは敵わず。腹部に短剣が突き刺さる。そして……
「
士郎は短剣の真名を解放した。その直後、エミヤはまるで、体の内側から爆弾が爆発した様な衝撃を受け、大量の血を吐き、身体中の血管が破裂して、血を吹き出した。
「がはぁ……」
手から干将・莫耶が零れ落ち、エミヤは倒れると、瞬く間に血の水溜りを作った。
勝負は着いた。士郎はそう理解すると、崩れるように座り込んだ。
「……クロノス・ローズに、ファンタズム・パニッシュメント……どちらも
エミヤは倒れたまま、士郎を睨んで尋ねた。
クロノス・ローズに、ファンタズム・パニッシュメント。それが何かと聞かれても、士郎自身にも分からなかった。
「ぐっ……」
突如、士郎は激しい頭痛を感じ頭を抑える。
そしてクロノス・ローズに、ファンタズム・パニッシュメント。それが何なのか、何故それを使えたのか、徐々に理解していった。そして士郎は、無意識の内に理解した事を呟いていた。
「
エミヤは士郎の言葉を聞き、目を見開いた。
「それは、切嗣の……」
生前の出来事を殆ど忘れてしまっているエミヤだが、それでも、自分の父である衛宮切嗣がどんな魔術を使っていたのか、どんな起源を持っていたのか、知っていた。故にエミヤは理解した。
(成る程。
エミヤは消え始めた体を見て、改めて士郎の顔を見た。その顔には魔術刻印と呼ばれる模様が浮かんでいた。
(あれは、凛から移植された物でも、世界と契約した際に得た刻印とも異なる……まさか、切嗣の物か?)
パズルのピースが揃った。
(そう言う事か。あの小僧は知ってか、知らずか、切嗣から魔術刻印を受け継いでいた。その魔術刻印を触媒に
そこまで考えた後、エミヤは笑みを浮かべながら、光の粒子と成って消え去った。
「終わった……のか?」
士郎は疲れ切りつつも、やり切った表情で呟くと、意識を手放した。
以下解説。
言ってしまえば、英霊システムはクラスカードと似たような物です。
ただし、英霊システムを使用出来る人物は何かしらの英霊と縁を持った人物(例:先祖や子孫、関係が深い人物など)
縁が深ければ深い程、引き出せる英霊の力が大きくなる。
そしてシステムを使い続ければ、肉体や人格が侵食されるリスクが存在する。
総力戦後に魔術回路の暴走的な事が起こったのは、満開を使い英霊エミヤを上回る能力を引き出した反動。
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第24話 異変
【1】
士郎の目が醒めると、最初に目に映ったのは空に浮かぶ歯車でもなければ、地に刺さった無限の剣でもない、見慣れた寝室の天井だった。
「帰って……来たのか」
立ち上がって、襖を開けて外の景色を見ると、今にも大量の雫を落としそうな灰色の雲が、空一面を覆っていた。
「嫌な天気だな」
体を反転し、膝を曲げて布団を畳む。そして畳んだ布団を持って立ち上がろうとした時、足から力が抜けて、尻餅をついた。
「いてて、いや、痛くはないんだけど」
士郎は冗談半分に呟くが、その顔に余裕は無い。
感覚がない左腕を見て、士郎は溜息を吐いた。
「参ったな。半身が麻痺してる」
【2】
それから士郎は麻痺した体に鞭打ちながら、台所に立ち、朝食の準備を始めた。
暫く経って玄関の方から鍵が開いて、ガラガラと扉が開く音がすると、友奈と美森が現れた。
「すいません。遅くなりました」
「気にするな。昨日は遅かったもんな。待ってろ、直ぐ朝食にするから」
「手伝います」
「気にするな。座ってろ」
そう声を掛けながら、士郎は壁に掛けられた時計を見る。示された時間は八時丁度。普段と比べて一時間近くも遅れての朝食になるが、今日は幸いにも土曜日、つまり休みだ。学校を気にする必要はない。
(友奈は兎も角、美森がこんなに遅れて来るなんて珍しいな)
そう思いながら、士郎は漬物の乗った皿を移動させる最中、左手を台所の角にぶつけ、皿を落とした。
あっと呟いた直後、パリンと皿が音を立てて割れ、皿の破片と漬物が地面に錯乱した。
「あちゃー。皿を割るなんて、初めてだ」
「先輩?」
「大丈夫ですか!?」
「すまん。直ぐ片付けるから、美森と友奈は気にせず、座っててくれ」
心配して、駆け寄って来た美森と友奈にそう言うと、士郎は屈んで皿の破片を集め始める。
「……先輩。疲れてますか?顔色が悪いですよ」
「片付けは私がしますから、シロー先輩は食器を運んでて下さい」
「……そうか、悪いな」
士郎は最初、断ろうとしたが、片腕が麻痺した状態だと、片付けは満足に出来ないなと考え、素直に友奈に破片の片付けをしてもらう事にした。
そして破片の片付けは友奈に任せ、食器をテーブルに運ぼうとした時、ピンポーンとインターホンが鳴った。
「食器は私が運んで置きますから、先輩は出迎えお願いします」
「分かった」
士郎は麻痺した腕だと、また食器を落としそうなので美森の指示に従い、玄関に向かい扉を開ける。すると其処には、私服に身を包んだ風が立っていた。
「風?なんで此処に?」
「あら?用がなければ来ちゃいけない?」
「あ、いや、別にそう言う意味じゃ……」
「冗談よ、東郷に呼ばれて来たんだけど、聞いてない?」
「初耳だ。まあ良い、上がれよ」
士郎はそう言って道を開けると、風はお邪魔しますと呟いて玄関に入った。
すると風は、スンスンと鼻を動かせて聞いた。
「あれ、朝ご飯まだなの?」
「ああ、風も食うか?」
「いいわ。もう食べて来ちゃった」
士郎と風は一言、二言交わしながらリビングに向かうと、テーブルには既に朝食が並んでいた。
「あ、風先輩おはようございます」
「おはよう。友奈」
「おい美森、風が来るなんて聞いてないぞ」
「すいません先輩。伝えようとしたんですけど、伝える前に来てしまいました」
「まあ良い。俺だけじゃなくて、風にも話しておかない話があるんだろ?」
「……はい」
「それって、昨日の出来事について?」
「そうです」
士郎は少し考えた後、先ずは飯だなと床に座った。
「風はテレビでも見て、寛いでいてくれ」
「んー。分かった」
【3】
それから朝食を食べ、後片付けが終わった後。四人は真剣な表情浮かべ、美森は昨日起こった出来事を順番に説明した。
樹海化が解けた後、倒壊した大橋近くの社に居た事、其処で先代勇者である乃木園子という人物と出会った事。
園子から、勇者は決して死ねない事と満開を使用した代償、散華により体の一部の機能を供物として捧げる事を知らされた事。
一通り説明を聞き終えた後、四人の間には重い空気が流れた。それは二、三分に満たない短い時間の間だったが、四人にとって、一〇分にも、一時間にも感じられた。
「勇者は決して死ねない上、体を供物として捧げるか、それは、まるで……」
士郎は人柱だなと呟こうとして、その言葉を飲み込んだ。
そんなの、此処に居る全員が感じている筈だ。それを態々言葉にするのは野暮だろう。そう考え、騒ついた心を落ち着かせる為にお茶を飲んだ。
「それ、本当なの?やっぱり冗談……って訳ないわよね。その顔じゃ」
風の言葉に、美森ははいと頷く。
「満開の後、私達の体は可笑しくなりました。私なら左耳、友奈ちゃんなら味覚、風先輩なら左目、樹ちゃんなら声帯。そして……」
「俺なら痛覚か、皆体の一部の機能を欠損した状態。つまり、それが」
「体を供物にして捧げるという事だと、乃木園子は言ってました。事実、彼女の体も殆どの身体機能を喪った状態でした」
「……じゃあ、私達の身体は、もう……元には戻らない?」
再び沈黙が流れる。
四人共、大きなショックを受けているが、そのショックが特に大きかったのは風だった。
風は満開を使う以前から、大赦から樹を勇者候補だと知らされた時、樹を勇者候補から除外する様に大赦に懇願しなかった事を後悔している。そして今回、その後悔はより大きく、重い物に成った。
「そう決め付けるのは早計かも知れないぞ、風。俺達は乃木園子って人物を知らない。俺達勇者を混乱させる為の欺瞞工作の可能性も有る」
「そう、ね……」
そう言ったものの、士郎は内心では園子の言った事を信じていた。
士郎は前々から、ただゲージを貯めただけで、
然し、一見平常を保ちつつも、内心は酷く動揺している様子の風を落ち着かせる為、士郎はまだ見ぬ園子の事を悪く言った。その事に罪悪感に心を痛めるが、一応は落ち着いた様子の風を見て安堵の息を吐いた。
「この話、俺たち以外にしたか?」
「いいえ」
「先ずは、風先輩とシロー先輩に相談しようと思って」
「そう……なら、この話は樹と夏凛には話さないで。確かな事が分かるまで、変に不安を煽る事をしたくないから」
「それが賢明だろうな。さあ、この話は終わりだ」
士郎は二度手を叩いて、暗い表情から明るい表情に切り替えた。
「一旦解散して、午後の祝勝会までに辛気臭い顔直そう。俺達がそんな顔してたら、樹も三好にも何かあったって勘付くぞ」
士郎の言葉に三人は同調し、美森、友奈、風は其々の家に一旦は帰ったのだか……家に帰っても特にやる事が無かった四人は、士郎の家で勉強会を開く事になり、再び集まった。
「ああは言ったけど、やっぱり一人だと落ち着かないよな」
「そうですね。一人で居ると、どうしても思考が暗い方に行きますからね。こうして皆と集まって、何かしてた方が気が紛れます」
「私も、樹が居れば何処か遊びに行こうと思ってたんだけどねぇ……帰ったら、既に友達と遊びに出掛けた後だったわ」
「あらら」
雑談を交わしながら、勉強会が進むに連れ、四人の中に有る不安は徐々にだが、和らいで行った。
それから昼時を迎え、士郎は皆に手料理を振る舞い、友奈達はそれを堪能した。
「お皿、此処に置いときますね」
「ああ」
「洗い物くらい、私がしようか?ご馳走になってばかりじゃ、釣り合いが取れないし」
「良い。風はお客さんなんだから、ゆっくりしてろよ」
「じゃあ、私が」
「友奈は勉強の続きをしてろよ。ちょっとやばいぞお前」
「うっ」
昼食を終えた後、士郎はそんな会話を交わしながら、汚れが着いた皿を手に取った直後、手から力が抜けて皿を落とした。
パシャンと皿が割れる音が響き、友奈達は反射的に台所の方を向いた。
士郎は震える手で破片を片付けようと、大きめな破片を手に取るが、手から破片が零れ落ち、パシャンという音が響く。
風達は真剣な表情で立ち上がり、台所に向かう。
「……士郎。ちゃんと答えて、何があったの?」
「何って……何でもないさ」
「嘘です!お皿を割った事がないシロー先輩がこんなにお皿を割る筈ないじゃないですか!」
「……………」
風と友奈の追及に、士郎は何も答えなかった。
「まあ、良いわ。後は私がやるから、アンタはお茶でも飲んで休んでなさい」
「何とも無いって」
「昆布茶出しますよ?」
「ゆっくり休んでます!はい!」
それから、風達が皿洗いを終えると、風達は士郎の正面に座り、真剣な表情を浮かべた。
「さて、さっきの続きと行きましょう。士郎、隠しても無駄だから正直に答えなさい。今日のアンタ、何処か可笑しいわよ」
士郎から目を逸らさずに回答を待つ風。友奈と美森も風と同じく、士郎の方をじっと見つめていた。士郎は誤魔化しは効かないと諦めた。
「……ちょっと体が麻痺してるだけだ」
「麻痺って、どのくらい?」
「……左手だけだ」
士郎がそう告げると、美森が嘘ですと呟いた。
「今日の先輩の様子を見る限り、半身の感覚が無く、胴体が中寄りに七センチ程ズレてます」
「な、なんで分かったんだ!?」
今士郎の体で起こっている異常を完璧に当てられて、士郎は驚愕した。
「ちょっとじゃ、ないじゃない!」
「まさか、満開の後遺症!?」
「違う違う。満開は関係ない。その乃木って奴の言う事が正しいなら、満開の後遺症は直ぐに出る筈だろう?」
友奈の言葉を士郎は慌てて否定して、友奈達もそれもそうだと納得して落ち着きを取り戻した。
「じゃあ、勇者アプリを使った代償?」
「それも違う」
「じゃあ、何?」
「……………」
士郎は考えた。昨日の出来事を全て打ち明けるかどうかを、そして考えた結果、士郎は打ち明けるのを止めた。
英霊システムや英霊エミヤと戦った事を打ち明けた所で何も出来る事は無い上、半身が麻痺している理由に繋がる訳でもない。士郎自身、半身の麻痺が肉体が英霊エミヤに近付いたのが原因なのか、英霊エミヤと戦った事が原因なのか、それとも原因は別にあるのかが分かっていないのだから。
それに今の友奈達は満開の後遺症、散華の事を知ってかなり混乱している。これ以上混乱させる事を言うべきではない。言うとしても、時間を置いてからの方が良い。士郎はそう考えた。
「すまない。原因に幾つか心当たりはあるけど、今は言えない」
「そう……」
士郎が心苦しさを感じながら告げると、風は残念そうに呟き、それ以上追及する事は無かった。それは友奈と美森も同じだった。
ああ、もう直ぐ大学の夏休みが終わる……それまでに何とか最終回を書き上げたい。
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閑話1 犬吠埼風
【1】
あれは二年前、私が中学一年の十月頃での出来事だった。
大赦の人間が私達の家に来て、瀬戸大橋の事故で両親が死んだ事を知らせた。
その話を聞いた時、初めは頭が真っ白になって、混乱した。
大赦の人間が帰った後、私は混乱する頭を整理しながら、樹に両親が死んだ事を告げ、その日は樹と二人で一晩泣き続けた。
次の日、両親の葬儀を終えた頃、再び大赦の人間に会い、私に二つの選択肢を提示した。
一つ目の選択肢は孤児院に入る事。けど、そうすれば樹と別々に暮らす事になるかも知れない。両親には兄弟は居なかったし、両親、私達にとってお爺ちゃんとお婆ちゃんに当たる人も全員他界しているから、本来は孤児院に入る以外の選択肢は無かった。
けれど、私にはもう一つの選択肢が有った。それは勇者候補生に成る事。勇者候補生に成る事で、私達は大赦の保護下の下で今の家で生活を続けられる様になるし、生活費も支給される。私は直ぐに勇者候補生に成る事を選び、勇者のお役目やバーテックスの事を知った。
そして勇者候補に成って一ヶ月ちょっとが過ぎた頃、
「犬吠埼風。明日、貴方のクラスに衛宮士郎と言う男子生徒が転校して来ます。貴方はその生徒と友人になりなさい」
それが私の最初の御役目だった。
【2】
「えっと、訳あってこの学校に転校して来た衛宮士郎です。趣味はガラクタ弄りと家事です。宜しくお願いします」
翌日、大赦の人間が言った通り、衛宮士郎という男子生徒が私のクラスに転校して来た。衛宮の席は私の隣で、衛宮が席に座って直ぐ、私は声を掛けた。
「私、犬吠埼風。宜しく。
「ああ、宜しく。
それが、私と衛宮が最初に交わした言葉。
その日の私は衛宮と親密な関係を構築する為、休み時間と放課後を使って、衛宮に学校を案内した。
その次の日からも、私は衛宮と友人としての関係を築いて休み時間に色々と話したり、放課後には他のクラスメイトを交えて遊びに行ったりした。
友人以上、親友未満くらいの親密度を維持しながら、私達は学校生活を送っていた。その関係が深くなったのは、衛宮が転校して来て一ヶ月が経過した頃の事だった。
午前の授業が終わり、昼休みに入った時、その日は何時も昼休みを共に過ごしてる友達が、皆何かしらの用事で何処かに行って、衛宮と二人きりで昼休みを過ごす事になった。
「はぁ、もう直ぐクリスマスか……」
「もうそんな季節なんだな」
「ええ、そうよ。折角のクリスマスなんだし、樹にちゃんとした物を食べさせてあげたいのよぉ……でも、今月、そんな贅沢する余裕無いのよねぇ……」
「樹って、確か犬吠埼の妹だったよな?」
そうよと、私は机に項垂れながら答えた、
「そんなに生活に困ってるのか?」
「ううん。別に普通に生活する分には問題無いのよ。ただ外食が多くて、贅沢する余裕が無いってだけよ」
「自炊はしないのか?」
「私のこれを見て、自炊してると思う?」
私は売店で売ってる一〇〇円ちょいのパンを指差して、聞いた。
「……思えないな」
「ぐっ」
私が聞いた事とは言え、衛宮の言葉に少し傷付いた。
両親が死んでから、私の食生活は朝は食パン一袋。昼は売店で売ってる一〇〇円のパン二つ。休日の場合はカップ麺。夜はコンビニ弁当か、外食のどちらかだ。
そんな事を衛宮に言うと、衛宮は呆れた様子で私を見ていた。
「しょ、しょうがないじゃない。料理を教わる人なんて居ないんだし、私だって、樹にちゃんとした料理食べさせてあげたいわよ」
「なら、俺が料理を教えようか?」
「え?アンタ、料理出来るの?」
「……この弁当、誰が作ってると思ってる?」
衛宮は色取り取りで栄養バランスが取れた弁当を指差しながら訪ねた。
「親じゃないの?」
「お生憎様、俺も犬吠埼と同じで、親も親戚も居ない。これは自前だ」
「……衛宮って、由緒正しい家の産まれてじゃないの?」
「全然、そんな事ないぞ。結構古い家には住んでるけど、一般家庭の産まれだ」
驚いた。衛宮が私と似た境遇だったのもそうだけど、私は衛宮の事を大赦の中で影響力の高い名家の人間だと思ってたから、私に与えられた役割は衛宮の付き人なり、取り巻きなりに成る事だと思ってたから……
「んで?どうする?」
「え?何が?」
「何がって……料理の事だよ。何なら、今日から教えてやっても良いぞ」
「え、そう?じゃあ、お願いするわ」
衛宮の提案は、私にとって渡りに船だったので、私はその提案を受け、その日から料理教室が始まった。
【3】
料理教室初日。この日は学校帰りに何時も通うコンビニではなくて、スーパーでカップ麺じゃなくて食材を買って家に帰った。勿論、衛宮と一緒に。
「樹、ただいまぁ〜。さぁ、衛宮。上がって上がって」
「えっと、お邪魔します」
私と衛宮が玄関に入ると、樹が奥から顔を覗かせた。何時もならお帰りお姉ちゃんって言ってくれるんだけど、この日は衛宮が居る所為か、物陰に隠れてこちらをじっと見つめていた。
「えっと、君が犬吠埼の妹で良いのかな?」
「は、はい。犬吠埼樹です」
「こら樹!ちゃんと前出て挨拶しなさい!」
私が樹を怒鳴りつけると、衛宮はいや、良いんだ。犬吠埼と私を宥めると、衛宮は樹の下に歩み寄って自己紹介をした。
「そうか、樹ちゃんか……俺は衛宮士郎。君のお姉さんに料理を教えに来たんだ」
そんなやり取りを終えた後、私と衛宮はキッチンで材料を広げた。
「よし、作るのはハンバーグ。初めて作る料理にしては少し難しいかも知れないけど、俺が付いてる」
「宜しくね、衛宮先生」
「それじゃ、先ずは玉ねぎ半分を微塵切りにするんだけど、包丁は使えるか?」
「そ、そんぐらいは使えるわよ!」
嘘である。この時の私は家庭科の授業ですら、包丁をまともに使った事すら無かったけど、思わず見栄を張って使えると言ってしまった。
「なら、俺が指示を出すから、その通りにやってくれ。先ずは玉ねぎを半分に切って、半分を微塵切りだ」
衛宮の指示に従い、私はぎこちない動作で玉ねぎを半分に切って、次に半分を微塵切りにしようとして、止められた。
「はいストップ。犬吠埼が包丁を使った事がない事がよく分かった」
「ど、どうして、そう思うの?」
「包丁の持ち方が違う。いいか、包丁の握り方はただ柄を握るんじゃない。親指と人差し指で刃元の中央をしっかりと握り、残りの3本の指で柄を握るんだ」
衛宮は私の指を動かして、正しい包丁の握り方に直すと、私の背後に立って手を握る。
「うぇ!?え、衛宮何するの!?」
「何って、犬吠埼の動きを補佐するんだよ」
か、顔が近い。こんな近距離で異性と関わる事がなかったから、緊張する。
「続きをするぞ。半分に切った玉ねぎの面を下にして、端から細かく切り込みを入れる」
衛宮は私の混乱はつゆ知らず、私の腕を動かして玉ねぎを切って行く。
「切り込みを入れ終えたら、半回転させ、包丁を斜め横、又は横から切り込みを二、三度入れる。ちょっと難しいからゆっくりな、手を切らない様に気を付けろよ」
この辺りからさきの事はよく覚えてない。けど、衛宮に言われた通りに作業を行い、気付いた時にはハンバーグが完成していた。
「よし、完成だな」
「……これ、本当に私が作ったの?信じられないんだけど」
目の前に広がるハンバーグは、形が崩れる事もなければ、焼き過ぎて焦げている訳でもない、誰が見ても歴としたハンバーグ。
手を抜いていた訳じゃないし、ぼんやりとしか覚えてないけど、真剣に作った。けど……
「ここまで、完成度が高いのが作れるとは思わなかったわ……」
「ああ、俺もだ。犬吠埼は筋が良い」
「……その犬吠埼って言うの辞めない?風で良いわよ」
「そうか?なら、俺の事も士郎で構わないぞ、風」
「なら、遠慮無く。士郎、ありがとね。私だけじゃ、こんなハンバーグ作れなかった」
「どういたしまして。冷める前に食べてしまおう」
私はそうねと呟き、ソファーの影から私達を覗き込んでいる樹に声をかける。
「樹、何時まで其処に隠れてるつもり?ご飯出来たわよ。こっちに来なさい」
この日、人生で初めて作ったハンバーグは、とても美味しかった。
料理描写は苦手だ……何せ、作者自身が料理出来ないからな!
明日も閑話を挟んで、明後日本編に戻ります。それ以降は最終話まで閑話は有りません。
現在アニメ11話部分執筆中!
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閑話2 犬吠埼風Ⅱ
【4】
料理教室がはじまってから一週間経った。最初はぎこちなかった樹と士郎も次第に打ち解け始め、私も自然に士郎の名前呼びや料理にも慣れ始めた。
そんな頃、私は意図せず、樹と士郎が会話しているのを物陰から聞いてしまった。
『なんで、そんなに料理が出来るんですか?何時から料理を始めたんですか?将来は料理人を目指してるんですか?』
『さぁ、分からない。俺には三ヶ月くらい前の記憶が無いんだ。所謂記憶喪失だな』
「……士郎が記憶喪失?」
そんな話聞いてない。
『だから、なんで、こんなに料理が出来るのか、って聞かれたら、多分だけど、記憶喪失になる前からずっと、料理をしてただろうからとしか答えられないし、何が切っ掛けで料理を始めたのか、将来料理人を目指してるのかは、俺でも分からない』
私は士郎の一字一句を聴き逃さない様に、耳を澄ませた。
『けど、多分、俺は誰かに喜んで欲しくて、料理を始めたんだと思う。そんな気がするってだけなんだけどな。だから俺は、妹にちゃんとした料理を食わせてやりたいってぼやいてた、君のお姉さんに料理を教えてるんだ』
そんな言葉を聞いた後、私はその場から離れた。
そして暫くして、何時も通り士郎の指導の下で夕食を完成させ、三人で実食。完食したら食器や調理器具を片付けて、家に帰る士郎を一階まで送る最中、私は士郎に尋ねた。
「士郎。記憶喪失って本当?」
「……やっぱり、聞いてたか?」
私は頷いた。
「ああ、本当だ。俺は三ヶ月以上前からの記憶が無い」
「……原因を聞いても良い?」
「医者は事故による物だと言ってる」
「事故?」
「ああ、記憶が曖昧で覚えてないが、俺は交通事故に遭って記憶を失ったらしい」
結局、記憶喪失の原因は曖昧で釈然としなかったけれど。士郎が嘘を吐いてる様には見えなかったし、嘘を吐く理由も見当たらなかったので、それ以降、私は士郎の記憶喪失に関する事は聞かなかった。
その後、私は暫くはの間、士郎の記憶喪失の原因、士郎が大赦から気を使われる訳も分からないまま、悶々とした日々を送った。
【5】
十二月から始まった料理教室も、気付けば三ヶ月の時が経っていた。この日まで色々な事が有った。
両親を失って初めてのクリスマスには、士郎とチキンやケーキを作って、樹が飾り付けをした部屋で両親が居ない悲しみを感じつつも、楽しいクリスマスを過ごした。
大晦日も三人で年越しを過ごし、年が明ければ三人で初詣に行ったり、お節料理を作ってダラダラと過ごした。
二月には士郎に内緒で、私と樹の二人でチョコレートを作って何度も失敗して、ようやっと完成したチョコレートをバレンタインに士郎にプレゼントした。士郎は驚きつつも、凄く喜んでくれた。お返しのケーキ美味しかったな……
まあ、そんなこんなで三月中旬。もう直ぐ春休みを迎えるといった季節の学校の帰り道。士郎は言った。
「風は凄いな。たった三ヶ月で基礎的な料理は全てマスターした」
「えへへ、流石私ね!」
「ああ、だから、今日の料理の出来次第で……
その日、私は料理を派手に失敗した。
それは、意図せずに起こした失敗。その筈……
「うーん。風にしては珍しい失敗だな。こりゃ、もう少し、俺が面倒見ないと行けないな」
なのに、士郎のその言葉に、私は安心してしまった。まだ、士郎と一緒に居れると……
その翌日からも失敗が
調味料の配分を間違ったり、砂糖と塩を間違ったり、包丁で指を切ったりなど、今までした事が無かった、或いは少なかったミスを連発した。
行けない行けない。ちゃんとしないと。
そう思っているのに、わざとじゃないのに……私はミスを続けた。
「なんで!なんで!なんで!」
士郎を一階のロビーから送った後、私は誰も居ないロビーで叫んだ。
「ちゃんと出来たのに!前はちゃんと出来たのに!なんで!」
今まで当たり前に出来ていた事が出来ない。気を付けていれば、起きない筈のミスを連発してしまう。切っ掛けには心当たりが有る。
『今日の料理の出来次第で、料理教室を終了しても良いな』
あの日のあの言葉、あれが切っ掛けだ。それは分かる。けど、なんでそれが原因で料理が上手く出来なく出来なくてなったのか、検討がつかない。
そんなこんなで、私がミスを連発する様になってから数日後の昼。学校の屋上で味付けを濃くし過ぎた弁当を、空模様をボーと眺めながら食べている最中。士郎から声を掛けられた。
「風。何か悩み事であるのか?」
「……………」
士郎の言葉に、私は何と返せば良いのか分からず、黙り込んだ。暫くの間、沈黙が流れる。
「士郎はさ。当たり前に出来ていた事が、突然出来なくなった事ってある?」
「……分からない。俺には昔の記憶が無いからな」
言われて気付いた。私はとても無神経な事を士郎に聞いてしまったのだと。
「ごめん」
「謝る必要はないさ。ただ、俺が憶えている限り、当たり前に出来ていた事が、突然出来なくなった事はないけど、当たり前に出来ていた事が、当たり前に出来なくなったかも知れない事はある」
「それって……何?」
「……………」
「あ、別に答えられないなら良いの」
また、暫く沈黙が続くと、予鈴が鳴った。
「教室、戻らないとね」
「風」
「何?」
私は立ち上がって、出入り口に向かうと士郎に名前を呼ばれて、振り返る。
「風の料理は美味い。自信を持て。幾ら時間が掛かっても良い。今は無理でも、何時の日か、自分らしい料理を作れば良いさ」
士郎は語りかけた。太陽の様な満面の笑みで、心臓の鼓動が速くて苦しい。顔が火照ってるのが分かる。
「ど、どうしたんだ、風!?顔が真っ赤だぞ?まさか熱でもあるのか!?」
そう言って、士郎は私の熱を確かめる為、デコとデコをくっ付けた。更に鼓動が速くなる。
「な、なんでもないからぁぁぁ!」
私は士郎から距離を取って、逃げる様に屋上を去った。そして、私は理解した。
私は士郎に
だから私は、この笑顔を失いたくないから、何時までも私と樹、そして士郎を合わせた三人で居たいから……私は、意図して失敗してたんだ。失敗して、まだ士郎が居ないと行けないと思わせて、士郎を料理教室という楔に繋ぎ止める為に……
「でも、こんなのは駄目」
私には大赦のお役目が有る。
恋なんてしてられない。
だから私は、この恋を実らせない。実らせては行けない。少なくとも
大赦のお役目には、命を落とす危険性がある。だから、もし仮に私が大赦のお役目で命を落としてしまったら、私と樹が味わった悲しみを、士郎にも味合わせる事になる……きっと、士郎は今の関係のままでも、私が命を落とせば、悲しむ。
けど、もし私と士郎が……こ、恋人になんてなってしまえば、その悲しみはより大きくなる。それに私自身も、きっと、命懸けのお役目を果たすのが怖くなる。逃げ出したくなる。
だから、もし、この恋を実らせる時が来るならば、それは大赦のお役目を果たし終えた時。
「よし、なら、今はこのスランプから脱出する!」
この日、私は最高傑作の料理を作って……
「まあ、こんだけ出来たら、もう俺の教えは必要無いな。免許皆伝だ風」
「……そう、今までありがとね士郎」
三ヶ月続いた、料理教室が終わった。
ずっと続いてたスランプもようやっと終わった。
何時もなら、アニメ1話分の話を1日、2日程度で書き終わるのに、犬吠埼風編書くのに一週間以上も掛かってしまった。
スランプ怖い……
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第25話 決意
今回もオリジナル回。
【4】
あれから、勉強会を三時頃に切り上げ、祝勝会の為の買出しや準備などに邁進していくにつれて、士郎達の重々しい雰囲気は徐々にお祝い雰囲気へと変わり、夕方に衛宮家に訪れた樹と夏凛を交えて、祝勝会が開かれた。
祝勝会の準備から片付けまで、殆ど友奈達に任せる結果に士郎は罪悪感を覚えたものの、友奈達に安静にする様に念を押された為、士郎に出来る事は無かった。
祝勝会は滞りなく執り行われ、九時を回る頃には解散した。後片付けを終えて帰る友奈達に、士郎はもう一度強く安静にする様に念を押された為、士郎は日課の鍛錬を程々に行ってから眠りに就いた。
【5】
俺は気付けば、星空が広がる草原に立っていた。
「これは……夢、いや、此処はーー」
「そう、貴様の精神世界だ」
咄嗟に声がした背後を振り向く。其処には前に会った時の赤い外装ではなく、黒を基調とした格好をした
「……また、俺を殺しに来たのか?」
あいつは首を横に振って答えた。
「いいや、昨日の戦いで私の体……と言うのも変だな。そうだな、私の霊体は酷く傷付き、貴様に危害を加えるだけの力は喪った」
「信じて、良いのか?」
「好きにしろ」
嘘を吐いた様子には見えない。抑も、前回……と言っても昨日の出来事だけど、あいつと殺し合ったのも、あいつが
「で?要件は何だ?お前の事だ。挨拶しに来た訳でもないんだろ?それともなんだ。俺は寝る度にこの世界に来る様になったのか?」
「ふん。私とて、貴様と毎日意味も無く顔を合わせるなど御免だ。安心しろ、この世界には私が呼ばない限り、貴様はこの世界に来る事はない」
その言葉に、俺は首を傾げた。
「俺の精神世界なのにか?」
「貴様は、精神世界に易々と訪れる事が可能とでも思っているのか?」
「……無理なのか?」
「精神世界に訪れる為に必要な理論を語っても良いのだが……聞きたいか?」
いいやと、俺は首を横に振って遠慮した。
多分、説明されても理解出来ない。
「では本題に入ろう。貴様は今日一日、体の大部分を麻痺していたのだろう?」
「ああ、具体的には半身の感覚が無くて、胴体が中寄りに七センチ程ずれてる」
「やはり同じか……」
「同じ?」
どういう事だろうと考えたけど、直ぐにその理由に察しがついた。あいつは此処でない世界、俺ではない俺が至った未来の英霊だ。過去に俺と同じ経験が有っても何ら可笑しくない。
「力になれるかも知れん。背中を見せろ」
俺は言われた通り、背中を見せる。昨日の出来事を考えると無防備すぎる様な気もするけど、きっと大丈夫だろ。あいつに殺意は無い。
それでもあいつは、俺の無防備さに呆れたように溜息を吐いて、俺の背中に触れ、
「トレース・オン」
と、俺と同じ詠唱を呟いた。
「うむ。やはり、ただ閉じていた物が開いただけか。貴様の体が麻痺した原因は、眠っていた魔術刻印が覚醒し、それに全力で魔力を込めた結果だ」
「魔術、刻印?」
「魔術刻印とは先人、正確に言えば歴代継承者達が修めてきた魔術が記録された、謂わば内臓式の魔術書の事だ。それが機能する限り、自分で覚えていなくても、歴代の御業を行使することが可能と成る。貴様の父、切嗣が貴様に残した物だ。父に感謝する事だな。貴様はこの魔術刻印が触媒となり、英霊キリツグの力を引き出せた。つまり、これが無ければ昨日、貴様は死んでいた」
「きり、つぐ?それが俺の親父の名前なのか?」
きりつぐ……初めて聞いた響きなのに、何処か懐かしさを感じる。
「……そうか、貴様は記憶を失っていたのだな。まあ、その記憶もいずれ取り戻す。貴様の記憶喪失も、体の麻痺も一時的な物だ。ふん」
「があ!」
そう言うと、あいつは俺の中に何かを流し込んだ。俺は一瞬、体中に走った激痛に悶えたが、だが、その痛みは直ぐに消えた。
「まあ、こんな物だろう」
「何をしたんだ?」
俺が聞くと、あいつは背中から手を離して答えた。
「私の魔力を流し込んで回路を正常化させた。
「そんな事、今のお前に出来たのか?」
「戦うだけの力は無くとも、干渉する程度の力は残っている。麻痺が治れば切嗣の魔術も使える様になっているだろう」
「そうか、ありがとな」
俺はあいつの方を向いて礼を言った。これで憂いの一つが消えた。あいつ等を心配させずに済む。
「ふん。礼など要らん。忠告しておくが、もう二度と英霊としての力は使うな。投影魔術もだ」
「なんでさ?」
「今の貴様は人と英霊の境目に居る。英霊としての力と投影魔術を使いさえしなければ、貴様はまだ人の身に戻れる状態だ」
「……悪いが、それは出来ない。俺は、今の日常を守る。その為に、この力が必要な時が来るかも知れない」
「なら、貴様が持つ強化魔術と切嗣から受け継いだ魔術を極めろ。日常を守るならそれ以上の力は必要無い」
「……………」
……確かに、その通りだ。バーテックスは全て倒した。日常を守るのに
「確かに、今持つ力を手放すのが怖いのは分かる」
他ならぬ未来の俺だからこそ、今の俺が抱いていた不安を理解したのだろう。あいつは俺の心を代弁した。
「然し、その力を使い続ければ、貴様の肉体も精神も、何れ崩壊する。本来、英霊の力をその身に宿すだけでも、人の身に余る物だ。二人の英霊の力を宿すなど自殺行為でしかない。日常を守りたいのであれば、そんな高リスクな力は捨てろ」
今一度問おう。貴様は、何の為に戦う?あいつは俺にそう問い掛け、俺は……
「世界を救う為」
そう即答した。
「世界なら既に救った。ならば、貴様が戦う意味など無い。貴様は守ると決めた日常を守る為に戦えば良い」
「そう、だな……」
少し考えれば解る事だ。日常を守るのに人知を超えた身体能力なんて要らない。
「貴様はあの男、衛宮切嗣との約束を果たした。貴様は正規の方法で正義の味方へと成ったのだ(私の様な、歪な方法ではなく)」
あいつの言う通り、世界を滅ぼす人類の敵、俺達人類にとって紛いも無く悪と言える存在、バーテックス。それを相手にして、俺達勇者部が勝利を収めた。俺達は胸を張って正義の味方と名乗れる偉業を成した。
あの月の下、父と交わした約束を果たせた。
なら俺は……
「分かった。俺は
あいつ等……勇者部の正義の味方に成る。
「そうか、ならそう成れる様に励め」
あいつはそう言って背を向けた。
「最後に少し、聞いて良いか?」
「なんだね?」
「俺はあの時、二回満開をした……って事は二回散華した事だ」
「そうだな」
「一つは痛覚を失ったって事は分かる」
けど、と俺は褐色に変化した腕を見る。これが、散華による影響とは考えられない。俺がそう言うと、あいつは背中を向けたまま答えた。
「……そうだ。肌の変色は散華によるものではない。その肌の変色も、貴様の体から剣が生えたのも、英霊システムの多用による反動だ」
体から剣が生えた。その単語にあの病院での夜を思い出し、気分を悪くした。
「本題だ。散華で俺が失った。
あいつは少し間を置いて、短く答えた。
「……生存本能だ」
そしてその答えを聞くと、俺の意識は遠のき始めた。まだ聞きたいことがあった。あいつ等、友奈達の散華は治るのか、それを聞きたかったけれど、それは叶わなかった。
俺は体が引力に引っ張られる様な感覚を感じながら、俺の意識は現実世界に引き戻された。
勇者部を守る正義の味方に成ると決意し、英霊の力を手放した士郎。
果して、彼はこの先の困難をどう乗り越えて行くのか……
次回、加速する愉悦(仮)
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第26話 判明する秘密
【6】
眼が覚めると、
一日経過を見てみても、腕に微かな痺れを感じる事を除けば、体の何処にも異常は無かった。その痺れも二日目には完治した。
三日目には病院で検査を受け、異常無しの太鼓判を押され、友奈達を安心させた。
四日目には、中止していた強化魔術の鍛錬、そして新しく固有時制御の鍛錬を始めた。
固有時制御について、俺は全く知らなかったけど、魔術刻印に魔力を通すと、固有時制御の使い方を始めとした、俺が知らなかった魔術知識が次々と頭の中に流れて来た。その影響か、次の日は軽い熱を出して友奈達を心配させてしまったのは反省すべき事だな。
少し話は変わるけど、精神世界であいつと会って以降、俺は精神世界に呼び出される事は無くなり、同時に勇者アプリ……じゃなくて、英霊アプリは
樹海に巻き込まれた際のマップアプリと勇者専用のSNSアプリは問題無く使えるけど、英霊アプリだけはアプリを開く事すら出来なくなっていた。多分、あいつが何かしらの干渉をして使えなくしたんだろう。その証拠に、
【この先、どんな未来を築くかは貴様次第だ】
差出人不明でこんなメールが届いてた。
けれど、差出人が誰なのか想像に難くない。
俺がそろそろ英霊システムの事や、精神世界で起こった出来事を打ち明けようと考えた始めた七日目の朝、美森から、
【話したい事があるので、家に来て下さい】
呼び出しのメールが来た。俺は美森の呼び出しに応え、美森の家に向かった。
美森の家に着くと、美森に応接間に案内され、其処には私服の友奈と風が居た。二人に話を聞く限り、友奈と風も美森に呼び出されたらしい。
「どうしたんだ美森、いきなり呼び出して」
「すいません。先輩方と友奈ちゃんに見てもらいたい物があって」
美森はそう言うと、車椅子を動かして棚の近くまで移動すると、棚の上に置かれていた短刀を取って俺達の方に車椅子を向けた。その顔には恐怖の感情が浮かんでいた。
「すぅ……はぁ……」
美森は一度呼吸を整えると、覚悟を決めたような表情を浮かべ、短刀を鞘から抜き取った。そして短刀で自分の首元の動脈を切ろう動作に入った瞬間、俺は反射的に動いてた。
“
その瞬間、景色がモノクロに変わり、短刀で首元を切り裂こうとしている美森や、美森を咄嗟に止めようとする友奈と風の速度が遅くなる中で、俺だけは普通に動けた。
固有結界の体内展開を時間操作に応用し、自分の体内時間の速度を操作する事で、文字通り人より何倍も速く動ける魔術。それが親父から受け継いだ物だった。
俺はそれを使い美森との距離を詰め、短刀の刃が首元に触れる前に、短刀を持っている手首を掴んで止めた。
“
その瞬間、景色や速度が通常に戻り、俺は固有時制御を使った反動に苦しむが、
「美森、お前何をするつもりだったんだ!」
それを我慢して美森を怒鳴りつけた。
「驚かせてしまってすいません。先輩。でも大丈夫です」
「大丈夫な物か!俺が止めなかったら」
「その時は精霊が止めてました」
「精霊が?」
俺は美森の言い分を聞く為、一旦掴んだ手を離す。その際に短刀を回収するのを忘れない。
「はい。この数日で私は切腹、首吊り、飛び降り、一酸化炭素中毒、服毒、焼身、溺死、衰弱、感電……十回以上の自害を試みました」
美森の言葉に俺は絶句した。
「み、美森……そんなに思い詰めていたんだな」
「あ、いえ。別にそういう訳じゃないんです。ただ実験をしたかったんです」
「実験?」
「はい。先程も言った通り、私が行った自殺行為、あれは精霊が止める筈でした。現に私が過去に試みた自殺行為、その全ては精霊によって阻止されました」
証明しようとして、止められましたけどと、美森は俺を見て言ったが、例え精霊が止めるとしても、その前に俺が止める。何度でも。そう美森に言うと、美森は分かりました。もうしませんと諦めた。
「それで?東郷は結局、何が言いたい訳?」
「今まで、私は自害を試みる祭、勇者システムを起動させてませんでしたし、スマホの電源を切っても、残像バッテリーが無い状態でも、精霊は私を守りました」
「それがどうしたの?」
「つまり、精霊は勇者の意思に関係なく、動いていると?」
俺の問いに、美森は頷いた。
「そうです。私は、私達勇者は今まで、精霊は勇者の戦うという意思に従っているのだと思っていました。でも違う。精霊に勇者の意思は関係無い。思えば、精霊が勝手に端末から出て来る時点で気付くべきでした」
「……精霊に勇者の意思は関係無い。けど、それは精霊に明確な意思があって、主人を助けたいって思いで動いたんじゃないのか?」
「確かに、単純にそう考える事も出来ます。でも、もしそれが、精霊の意思ではなく、そうなる様に仕組まれていたとしたら、どうです?私が考えるに、精霊は勇者の御役目を助ける者などではなく、勇者を御役目に縛り付け、監視する者なんじゃないかって……死なせず、戦い続けさせる為の装置なんかじゃないのかって、そう考えます」
背後で友奈と風が絶句した。俺は何も言えなかった。美森の立てた仮説に、ぐうの音も出ない程に納得してしまったからだ。
「で、でも。精霊が私達を守ったって事は、悪い事なんじゃないんじゃないかな?シロー先輩の言った通り、単純に私達を助けてくれたんじゃないかな?」
「友奈ちゃんの言う事にも一理ある。けど、精霊が勇者の死を必ず阻止するなら、乃木園子が言っていた事が事実だと言う事になる」
「勇者は決して死なない。だったか?」
美森は頷いた。
「彼女の言っていた事が真実なら、私達の後遺症は……もう」
「元には、戻らない……」
「……………」
「乃木園子って言う前例があったのなら、大赦は散華の事について知っていた筈だな」
「ええ、にも関わらず、私達は何も知らされず……騙されていた」
その場に重苦しい雰囲気が流れる。そして……
「じゃあ、樹の声は、もう、二度と……」
風が嗚咽を交えながらそう言うと、その場にへたり込んだ。
「私が……私が、樹が勇者になる事に反対してたら、私が樹の分まで戦っていれば……こんな事には……」
後悔の念に駆られ、泣き崩れる風に俺は何か声をかけるべきだろうか、それとも女性陣に任せて立ち去るべきだったのか分からない。
その時の俺はただ、泣き崩れる風の側に寄り、そっと抱きしめた。
「……士郎」
「すまない、こんな時、どんな言葉をかけるべきか、俺には分からない。嫌なら止めるが?」
「ううん。このままでいて」
風は俺の背中に手を回し、静かに泣いた。
風の心情は俺では測りきれない。きっと、他人である俺が何か言うよりも、こうしているのが最善の選択だと信じて、俺は風が泣き止むまで、風の体を抱き締め続けた。
【7】
その日、士郎の家で思う存分に泣いた風が家に帰ったのは、昼時を過ぎた頃だった。
樹は友達と遊びに行っているのか、家には居なかった。風は昼食を作る気にもなれず、料理を覚えてから滅多に食べる事のなかったカップ麺で昼食を済ませると、
【私達勇者の身体異常について、何か分かった事が有れば、教えて下さい】
羽波病院で体の異常が発覚してから毎日、何回も送ったメールを大赦に送信した。
それからは特にやる事も無く、と言うかやる気が湧かず。風は自室のベットに無造作にスマホを放り投げると、そのままベットに倒れ込んで眠った。
次に目が覚めたのは、空がオレンジ色に染まった夕方だった。
風は重たい瞼を開けて、時計を見る。時刻は午後四時を過ぎた頃だった。眠りに就いた時の時刻が一時過ぎだったので、軽く三時間もの時間眠っていた事になる。
「ふぁ〜。昼寝でこんなに寝たのは初めてかしら?」
風は大きな欠伸をしながら、体を起こした直後、リビングからプルルルル。プルルルルと固定電話が鳴った。風は気怠い体でベットから立ち上がると、リビングに向かい、受話器を取った。
「はい。犬吠埼です」
『突然電話失礼します。宮野ミュージックの杉田と申します』
「宮野ミュージック?」
何でそんな所から電話が?と風は首を傾げた。
『はい。犬吠埼樹さんのご家族でしょうか?』
「……そうですけど」
『ボーカルオーディションで、犬吠埼樹さんが一次審査通過しましたので、ご連絡差し上げました』
……何の事ですか?と風は聞き返した。
『おや?ご存知ないですか?樹さんが弊社のオーディションに応募なさってたんですけど……』
「い、何時の事ですか?」
『ちょっとお待ち下さいーーえーと、三ヶ月程前ですね』
その言葉を聞いて、風は受話器を落とした。
『あれ?如何なさいました?もしもし?もしもーし?まさか倒れた?おい新八!救急車だ!犬吠埼樹の住所を調べて、救急車を手配しろ!』
受話器からそんな声がするが、今の風の耳には届かなかった。風は微かに震える体で樹の部屋に向かう。
「樹……居る?」
……数秒待つが、返事は返って来ない。恐らくまだ家に帰って来てないのだろう。樹の部屋の扉を開ける……部屋に樹の姿は無かった。
風は樹に悪いと思いながらも、部屋の中に進む。すると、机に開かれたノートを見て、風は目を開いた。そのノートには喉を良くする事や、体調を良くする事などが書かれていた。次のページを捲ると、声が出るようになったらやりたい!とデカデカと書かれている文字の下に皆と話す。歌う。などと樹の望みが書かれていた。
ふと視線を上げると、本棚には声を良くする事や、体調管理に関する本がずらりと並んでいた。
背後を振り向く。部屋の中心に置かれたテーブルの上にノートパソコンが開かれていた。風はノートパソコンの元に歩み寄り、マウスを操作する。すると黒い画面に光が灯り、喉に良いハーブティーに関するサイトが表示された。検索履歴を探ると、喉に関する事や健康に関する様々なサイトにアクセスした履歴がずらりと表示された。
そして風は左画面に並んだアイコンの中のオーデションというアイコンに気付くと、そのアイコンをクリックする。
『えっと、これで良いのかな?』
すると、長らく聴いていなかった樹の声で音声が流れ出した。
『こほん。今回ボーカルオーディションに応募しました。犬吠埼樹です。中学一年生の十二歳です。宜しくお願いします』
それから風は知った。樹が自分の背後ではなく、隣を立って歩いて行きたい事、その為に歌手を目指した樹の決意を……そして大赦からメールが届いた。
【貴方達の身体異常は未だ調査中。しかし医学的には肉体に異常が無い事から、時期に治る物かと思います】
風はスマホを握り締めた。
『乃木園子って言う前例があったのなら、大赦は散華の事について知っていた筈だな』
『ええ、にも関わらず、私達は何も知らされず……騙されていた』
脳裏に今朝話した言葉が浮かんで、風は歯が砕けるのではと思う程に、奥歯を強く噛み締めた。そしてその瞳には大赦に対する憎悪が浮かんでいた。
ノートパソコンから、樹の歌声が流れ出した。そして、過去に学校の帰り道、樹が言った言葉を思い出す。
『お姉ちゃん。私、やりたい事が出来たんだ』
今なら分かる。あの時、あの場所で言った樹のやりたい事、それは歌手に成る事だったんだ。でも、その夢を私が……大赦が奪った。
「たぁ……いぃ……しゃあぁぁぁぁぁ!」
その瞬間、憎悪は殺意に変わった。
感想欄で色々と納得が行かない様子のユーザーがいたので、追加解説。
士郎が切嗣から受け継いだ刻印は士郎でも固有時制御が使えるように調整された物、士郎はその刻印を触媒にして、一瞬だけエミヤ(アサシン)の能力の一部を引き出した。あくまで引き出した能力が一瞬で一部だった事、引き出した英霊の力がエミヤ(アサシン)だった事、士郎の肉体や精神がエミヤに近かった事が合わさって、二体の英霊をその身に宿した反動はほぼ皆無だった。
今後、神秘轢断は投影魔術で投影は出来ても、時のある間に薔薇を摘めを再び使えば解除時に反動で瀕死の重傷を負う。
しかし、固有時制御が使える様になったので、時のある間に薔薇を摘めを再び使う機会は無いだろう。
これで納得してくれ……(やつれ気味)
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第27話 暴走
【8】
時は少し遡る。
士郎は精霊の真実、満開の後遺症である散華が治らない事を確信し、誰が見ても精神が不安定な状態だった風の様子を見る為、風と樹が住まうマンションに向かっていた。
そしてその最中、風と樹が住まうマンションの前で立ち尽くす夏凛の後ろ姿が目に映った。
「ん?三好じゃないか」
「衛宮?なんでこんな所に?」
士郎が声をかけると、夏凛を背後を振り向いた。
「ああ、ちょっと風の様子を見にな」
「ふーん。そう」
夏凛はそう言うと、士郎の方へと歩き、士郎とすれ違い様に言った。
「私も、風の様子を見に来たんだけど、衛宮が有るなら安心ね」
「……そうだと、良いんだけどな」
「ま、後は任せたわ」
「三好」
そう言って、立ち去ろうとする夏凛を士郎は呼び止めた。夏凛は足を止めて、何?と士郎の方を向く。
「実はだな……」
士郎は伝えようとした。散華の事を、精霊の事を、同じ勇者である夏凛には知っておく権利が有ると思ったから……
士郎はいざ、口に出そうとした時、背筋が凍てつく様な悪寒を感じた。そして反射的にマンションの風達が住まう部屋のベランダを見た瞬間、ベランダから勇者に変身した風が飛び出した。
「なっ!?」
「風!?」
士郎と夏凛は驚き、風は士郎と夏凛の姿に気付かないまま、跳んで行った。
「あっちは、大赦本部がある場所?」
夏凛の言葉を聞き、士郎は直ぐに大赦を潰す気なのだと、風の行動理由を察した。
「追うぞ!三好!」
「ええ!」
士郎は勇者に変身しようとスマホを取り出して、直ぐにアプリが使えない事を思い出し、舌打ちをしてスマホをポケットに仕舞うと、
「
その瞬間、やめろ!と声が聞こえた様な気がするが、士郎はこれを無視した。
「
士郎は肉体を強化して、勇者に変身した夏凛と共に風を追った。
「ちょっ!?アンタ何で変身しないのよ?ってか、その身体能力は何!?」
士郎が勇者に変身しない事、勇者に変身せずに勇者並みの身体能力を発揮した事に、夏凛は驚き訪ねるが、士郎は説明は後だと言って、風を追った。
勇者は一度のジャンプで数十メートル移動出来る。英霊は一度のジャンプで勇者の倍の距離移動出来る。
本来、肉体が英霊エミヤに近付いている士郎は、強化を施せばエミヤ並みの身体能力や技術を引き出せた筈だったのだが、今は精々勇者並みの力しか発揮出来なかった。それが最近英霊の力を使わなかった事による物なのか、それともエミヤが意図的に士郎に枷を付けているのか定かではないが、今はこれで十分だと士郎は考える事にした。
「見えた」
士郎は風の後ろ姿を捉えると、
風は士郎と夏凛を一瞥すると、再び大赦に向かおうとする。それを士郎が呼び止めた。
「待て風!何をするつもりだ!」
「決まってる!大赦を潰す!」
「大赦を潰すですって!?何考えてんのアンタ!」
「大赦は私達を騙してた!満開の後遺症は治らない!」
「え?」
「だから、邪魔するな!」
風は叫び、夏凛に剣を振り下ろす。士郎は夏凛を庇う様に間に入り、咄嗟に投影した干将・莫耶で風の剣を受け止めるが……力負けして道路の端まで吹き飛んだ。
「衛宮!」
夏凛が士郎の方に駆け寄り、風はその隙に大赦の方に向かって跳び去った。
「……思ったより、弱体化してるな」
本来なら、軽々と受け止められた筈の攻撃で吹き飛ばされた士郎はぼやきながら、夏凛の手に引かれて立ち上がると、再び風を追った。
そして再び風に追い付いた場所、其処は二年前に倒壊した瀬戸大橋だった。其処で士郎は風の前に立ちはだかり、風の背後には夏凛が立ちはだかった。
「其処を退いて!」
「退かない」
「なら、押し通す!」
風はそう言って、士郎に精霊バリアが無い事を忘れて斬りかかる。
「
士郎は風の剣を受け止め、干将・莫耶は砕け散った。
「投影のランクも落ちてるな」
そう呟いている間に、風が再び剣を振るう。
先程と同じ様に干将・莫耶を投影して、剣を受け止め、そして砕け散る。
それからも風は剣を振るう。士郎は干将・莫耶を投影して受け止める。それの繰り返しだった。干将・莫耶は時には士郎の手から弾かれ、時には砕かれた。それが続いて暫くした頃、風は剣を止めた。
「二十七本。それだけ弾いて、まだ有るの?」
「ああ、俺の魔力が続く限り、無限に出せる」
「風!アンタ良い加減にしなさい!大赦を潰すなんて、何考えてんのよ!」
そんなやり取りの直後、士郎と風の戦いを見守っていた夏凛が怒鳴った。風は夏凛に煩いと怒鳴り返した。
「大赦は私達を騙してた!満開の後遺症と、それが治らない事を知ってて黙ってた!」
「何を根拠に」
「根拠なら有る」
「え?」
「勇者は俺達以前にも存在した。満開を使い、その後遺症に体を蝕まれた勇者が」
「……そんな」
夏凛は信じられないと表情を浮かべ、士郎を見る。士郎は風の言う事は真実だと、肯定した。
「そう、だから道を開けなさい!」
「断る!」
再び斬り合って、干将・莫耶が砕ける。
「こんな事をして何になる!」
「分からない!けど、大赦の所為で樹が声を失った!夢を諦めなくちゃ行けなくなった!世界を救った代償がこれかぁぁぁ!」
風は鬱憤を晴らすかの如く、ただ闇雲に剣を振るった。本来なら、ただ闇雲に振るわれた剣など、士郎に取っては脅威ですら無いのだが、今は違った。力も武器の質でも劣っている士郎は干将・莫耶を砕かれ、次の干将・莫耶を用意する前に胴体を
「がぁ」
「衛宮!」
咄嗟に後退した物の、決して浅くない傷を負った士郎。
「え?」
風は士郎の血飛沫を浴びて、呆然となった。そして自分が犯してしまった出来事を理解すると、剣から手を離して顔を青くする。
士郎が重症である事は誰の目から見ても明らかだ。内臓も傷付いている筈だ……
「士郎を……殺した?私が……この手で?」
「安心、しろ……死んでない」
顔を伏せて取り乱しかけた風に、士郎が安心させる様に声をかけた。風はその声に反応して顔を上げる。すると、士郎の傷が黄金の光に包まれ、光の糸が傷口を縫い合わせ、士郎の傷を塞いだ。
「衛宮、アンタ傷が……」
「はは、成る程。俺には精霊は居ないけど、それでも戦わせ続ける力は有ったみたいだな」
アヴァロンシステム。英霊システムに搭載された超回復システム。それが英霊の居ない士郎を死なせずに戦わせ続ける手段だったのだと、士郎は理解すると、口元の血を拭って言った。
「冷静になれ、風。例え満開の後遺症の事を知ってても、俺達は戦ってた。満開を使ってた。世界を救う為には満開を使うしか無かったのなら、満開を使ってた。誰一人例外無く、勇者部の一員ならな」
「それでも!知ってたら私は皆を巻き込まなかった!私一人で戦っていた」
ふざけるな!と士郎は激怒した。
「そうなったらお前は一人で何度も満開して、何度も散華して、樹を悲しませていた。俺もそうだ。風、俺はお前を止めるぞ。此処から先を通りたければ、俺を殺すんだな。もっとも、俺が死ねるならの話だけどな」
士郎は風の前に立ちはだかる。今まではエミヤの言った精霊バリアを貫通出来る唯一の武器が宝具。その言葉が引っかかって士郎は今まで攻勢に出れなかった。
然し、攻勢に出る必要は無くなった。精霊バリアと違って、士郎のアヴァロンシステムの超回復の能力は、必ず死を回避する程の物では無いかも知れない。けど、
風は当然攻撃など出来ない。けど、大赦は憎い、潰したい。その為には士郎を押し通らないと行けない。けど超回復能力を有する士郎は生半可な攻撃では止まらない。手足を切り落とすくらいの攻撃をしなければ止まらない……そんなの出来ない。そんな二律背反に近い思考の沼に風は嵌った。
そんな風を救ったのは、樹だった。士郎と風の戦いの余波、それに気付いた友奈と樹は勇者に変身して、余波の根源たる場所に向かい、漸く士郎達の場所に駆け付けたのだった。
状況は分からない。けど、尊敬する姉が何かに悩み、葛藤した様子だったので、樹は姉を落ち着かせる為に背後から抱き着いた。
「樹……」
「風先輩。私達の戦いは終わりました。もう、何も失う物はないんです」
大凡の概要を察した友奈は、風にそう語りかけた。
「でも、私が勇者部なんて作らなければ……」
「風。勇者部を作らなければなんて、悲しい事言うなよ」
士郎の言葉に続くように、樹はスマホに文字を打ち、風に見せた。
【そうだよ。お姉ちゃん。勇者部の皆と出会わなければ、きっと歌手になる夢も持たなかった。私は勇者部に入ったこと、後悔してないよ】
「私もです。風先輩。だから、もう自分を責めないで下さい」
その言葉がトドメとなり、風は膝を突き、その瞳から溢れる殺意は大粒の涙へと変わり、地面を濡らした。
そんな、声を上げて泣き噦る風と声は出せない物の、風と一緒に泣く樹を見て、士郎は呟いた。
「もう大丈夫だな」
「そうですね……って、シロー先輩その血どうしたんですか!?」
「今頃気付いたのね……」
士郎の横一閃に切り裂かれた血塗れのシャツを見て、友奈は驚き、夏凛は今まで士郎の格好に気付かなかった友奈に呆れていた。
友奈の反応に苦笑いしつつ、士郎はこれまでの経緯を話そうとしたその瞬間、遠くから轟音が鳴り響いた。
なんだ?と呟いたのとほぼ同時に、全員の端末からアラームが鳴り響いた。
もう聞くことは無いと思っていたアラームとは、少し違うアラーム音。只事では無いと士郎は端末を見ると……
【特別警報発令!】
そう表示されていた。
一難去ってまた一難。
今度こそ終わりと思った戦いが、また始まる。
アニメで特別警報の音聞いた時、びっくりし過ぎて鳥肌立った。
おのれぇ、大赦ぁぁぁぁぁ!びっくりして散華した寿命返せ!
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第28話 真実
沢山の誤字報告、お気に入り登録ありがとうございます!
今後も精進致します!
【1】
時は数時間程遡る。
精霊に関する考察を述べた後、美森は大赦の経営する円鶴中央病院、その最上階の病室に訪れていた。
「ヤッホー。待っていたよ」
この病室の主、乃木園子は美森に向かって微笑んだ。
「この前は会えた事が嬉し過ぎて、話が飛び飛びで時間も無かったけど、今日は話を纏めてるし、時間もたっぷりあるから、遠慮なく聞きたい事を聞いてね。わっしー……いや、今は東郷さんだったね」
何処か、悲しそうに美森の呼び名を訂正した園子に、美森はわっしーで構わないと告げた。
「記憶の飛んだ空白の二年間、その間私は鷲尾須美という名だったのだから」
「わぉ〜。よく調べたね」
「適性検査で、高い勇者適性を叩き出した私は、大赦の中で影響力の高い鷲尾家に養子として引き取られ、其処で御役目に着いた」
園子は素直に感心した様子で、その通りだよと頷いた。
「先輩の事については何も分からなかったけど、私達は貴方達と共に戦い、散華による影響で記憶を、そして足の機能を失った……」
「そうだね。わっしーについてはその通りだけど、わっしーの言う先輩。士郎さんについては少し事情が違うね」
え?っと美森は驚きの表情を浮かべた。
「今、わっしー達が使っている勇者システムが完成する前、私達はバーテックスを結界の外に追い出すのがやっとだった。でも、ただバーテックスを追い出すだけじゃ、また直ぐにバーテックスが結界内に侵入してくる。でも私達の力じゃ、バーテックスに大ダメージを与えられるだけの力は無かった。だから、神樹様はバーテックスに大ダメージを与えられる存在を召喚した」
「召喚?何を?」
「私達、先代勇者の師匠……錬鉄の守護者、
「衛宮……士郎?」
予想だにしなかった回答に、美森は困惑した。
「そう、西暦の時代。無限に襲い掛かってくるバーテックスに対抗する力を持っていた数少ない人間の一人。師匠は初代勇者達と共に戦い、その過程でより強い力を得る為に、死後の安らぎを神樹様に売る事で契約した」
「死後の安らぎ?それって、どういう事?」
「多分、わっしーの想像通りだと思うよ。天国や地獄、輪廻転生の輪から離れ、師匠は神樹様の危機に神樹様を守る為に戦う守護者として、戦う事を義務付けられた」
「そ、そんなのって……」
「地獄だよね。師匠は只でさえ、世界と契約した後も人類の為に戦った。戦って、戦って、戦い続けて、最期は自分を犠牲にして息を引き取った。その後の死後も神樹様を守る為に戦い続けた。時には一人で、時には歴代勇者と共に、私達の時代も共に戦った。でも、師匠は全てのバーテックスを倒す前に死んだ。正確には、現世に留まる魔力が無くなって、座と呼ばれる場所に帰ったんだけどね……でも、まだ多くのバーテックスが残っていたから、神樹様は直ぐに師匠を召喚しようとした。けれども、それは叶わなかった。師匠を召喚するだけの余力がなかった。召喚出来たのは……世界と契約して、守護者と成る前の衛宮士郎」
「……つまり、先輩はこの時代の人間じゃない?」
「そう言う事に成るね……多分、わっしーは士郎さんの記憶喪失が散華による物だと思ってたんでしょう?」
ええと頷く美森。
「それは違うよ。士郎さんの記憶喪失、あれは不完全な召喚の所為で、起きた不安な事故による物」
「そんな……」
園子から語られた事は確かにショックだった、然し、同時に美森の抱いていた疑問を一つ、解決させた。
喪失した記憶の差、美森は勇者として活動していたと思われる二年間の記憶の喪失に対して、士郎は二年前以前の記憶を全て失った。記憶の一部と全ての記憶、同じ記憶を供物に捧げたにしては、この喪失の差は大き過ぎる。
士郎の記憶喪失が散華による物ではなく、召喚、時間跳躍による代償だと考えれば、納得出来なくはない。
けれど、それは士郎が望んだ事ではなく、大赦や神樹によって無理矢理行われた事だと考えると、美森は大赦と神樹に怒りを覚え、その怒りを事故による物、故意にやった事ではないのだと考え怒りを鎮めた。
「話を戻すね。確かに召喚は失敗してしまった。でも、それはある意味で僥倖だった。少なくとも、大赦と神樹様にとっては」
「僥倖?」
「うん。召喚を試みる前、大赦はあるシステムを開発していた」
「精霊バリアと満開」
美森の口から自然と出た言葉に、園子はそうだよと頷いた。
「大赦はこの先、師匠が敗北しても、私達勇者だけでもバーテックスを倒せるだけの能力を欲して、精霊バリアと満開システムを作った……話は変わるけど、勇者システムには、英霊システムと呼ばれる、原典となったシステムが存在する」
「英霊システム?」
「そう、西暦の時代、とある名家を中心に作られたそのシステムは、神樹様を通じて過去に偉業を成した英雄の力を引き出す物だった。でも、作ったは良いけど、そのシステムを使い熟せる人物は居なかった。ただ一人を除いて」
……まさかと美森は顔色を悪くした。
「士郎さんだけは、三〇〇年間誰も使えなかった英霊システムを使う事が出来た人物。それも引き出した英霊の能力は、大赦と神樹様が欲した師匠の能力……」
更にと、園子は続けた。
「大赦は英霊システムをアップデートして、英霊システムに満開システムを搭載する事に成功した。英霊システムを使い、更に満開を使えば、その力は師匠の力を上回る」
「……英霊システムを使い続けるリスクは?」
「分からない……何せ、英霊システムをまともに使う事が出来たのは、士郎さんが初めてだからね。けど、大いなる力には、それ相応のリスクが存在する筈だよ」
そう言われて、美森の脳裏には、あの夜見た血塗れの病室や変色した肌、そしてこないだの麻痺を思い浮かべた。
あれが満開による後遺症なんかじゃなく、英霊システムを使い続けた反動だとするなら納得が行く。
「先輩の能力は凄まじいわ。私達勇者とは比べ物にならない身体能力、戦闘技術、そして何よりバーテックスの半身を吹き飛ばす程の威力を持った武器や、この世の物とは思えない黄金の剣」
園子もそれを間近に見て来たのだろう、そうだねと美森の意見に同調した。
「きっと、士郎さんは英霊システムを通じて、師匠の身体能力や戦闘技術を得ていたんだろうね。武器に関しては、きっと宝具だね」
「ほうぐ?」
初めて聞く単語に、美森は首を傾げる。
「うん。過去に逸話を残した英霊達が使用した武器や逸話が物質化した奇跡。師匠はそれを沢山持っていた」
「凄い人なのね……」
「うん。皆尊敬していたよ」
何処か、遠くを見つめながら昔を懐かしむ様子の園子に、美森は胸を痛めた。
「ごめんなさい……何も覚えてなくて……」
「ううん。謝らないでわっしー。しょうがない事なんだから、わっしーは悪くないよ」
園子の言葉に、美森は涙を堪えながら、ありがとうと感謝した。
「ねえ、その私達の師匠の話……ううん。二年前の私達の話を聞かせて貰えないかしら?」
「うん!良いよ!」
それから園子は美森に、どんな訓練をしたのか、どんな風に戦ったのか、休みの日や学校ではどんな事をしていたのか、美森の忘れた思い出話を語った。
そしてその話を聞けば聞く程、美森はエミヤの凄さを感じ、自分が知る士郎と、園子が語るエミヤの共通点を見つけて、やっぱりエミヤは士郎で、士郎はエミヤなんだと感じていた。
そして、園子が存分に語り終えた頃、美森は素朴な疑問を投げかけた。
「ねぇ……師匠がそれだけの力を持っているなら、バーテックスを倒せたんじゃないの?」
満開を使った時、美森達は封印の儀を行わずにバーテックスを倒せた。エミヤだけ、勇者だけなら兎も角、エミヤと勇者が協力すれば、バーテックスを倒す事くらい訳ない筈……美森はその考えに至り、疑問に思った。
「……そうだね。きっと倒せた筈だよ。私達の時には倒せなかったけど、勇者は過去にも何人も存在して、師匠と共に何十回、何百回とバーテックスと戦った筈だよ。でも……」
園子は何かを言おうとして口籠る。そして暫く何かを考えた後、決意して口を開いた。
「落ち着いて聞いてね。この世界の秘密、成り立ちを……」
【2】
空は夕日に染まり、オレンジ色の光が町を照らす頃、美森は勇者と成り、街を、海を越えて、四国を囲う壁の頂上に立っていた。
「見た限りは綺麗な景色ね……」
美森は壁の先に見える海と山を見て呟き、壁の外に踏み出した。そして、先程まで見えていた海と山は消え、目の前に広がったのは、太陽の表面を思わせる灼熱の海と空を泳ぐ様に飛び交う白い生物だった。
「え?」
美森は園子に聞いた言葉を思い出す。
『世界を滅亡に追いやったのは、ウイルスと言われてるけど、本当は現人類を滅ぼし、星の延命を願った天の神様が粛清の為に人類に仕向けた精霊種の頂点ーーバーテックスなんだよ』
「……嘘」
白い生物ーー星屑が美森に襲い掛かる。美森は咄嗟に二丁拳銃を具現化させ、星屑を撃ち、迎撃した。
『それによって、人類は滅亡寸前に陥り、結果としては人類救済を願い、人類に味方してくれた神々が力を合わせ、四国を覆う巨大な防御結界を張った』
美森は震える体で周囲を見渡して、見つけてしまった。
「あれは……バーテックスが生まれてる!?」
無数の星屑が集合し、今まで戦ったバーテックスの体を形成している所を……
そして、理解した。今までエミヤや歴代勇者達はバーテックスを倒せなかったんじゃない。倒したけど、こうやってまた生まれ、襲って来たのだと……
美森は震える体で壁の中に戻った。
「戦いは終わらない……また、戦って、また満開して、また体の機能を失う……」
美森は何回も満開して、何回も散華した結果、体は動かせず、病室で祀られた園子の姿を思い浮かべ、園子に自分や友奈、風、樹、夏凛、そして士郎の姿を重ねて恐怖した。自分達もああ成るのか、ああ成るまで戦わされるのか……
「おぇ……」
そう考えた瞬間、美森は胃の中から込み上げた物を吐き出した。胃の中が空っぽになるまで、全て吐き出した。そして涙を流した。嫌だ、そんなの嫌だと。
「どうすれば良いの……また、あの苦痛を味わう……それも皆が、そして、どんなに苦痛を味わって、死にたいと願っても死なない……絶対、絶対に嫌!」
考えろ、考えろと頭を掻き毟りながら、必死に思考する。そして見付けた。たった一つだけの方法を。
園子は言った。どんな選択をしようと、私は味方だと。本来勇者が暴走した際、止めるべき存在がそう言ってくれた。なら、遠慮する必要は無い。
「
美森は口元を拭い、決意した表情で立ち上がる。
「こんな世界。私が終わらせる」
以下独自解説。
まあ、そう言う訳で、本作に出て来るエミヤはバーテックスの襲撃を受けた平行世界で、守護者となったエミヤです。
士郎はわすゆ編で途中退場してしまったエミヤを再召喚しようとして、失敗してしまった事で300年前(正確には切嗣から魔術刻印を継承した平行世界)から無理矢理タイムスリップ?させられた挙句、記憶を失ってしまった不憫な少年です。
やっと伏線回収出来た……
そろそろストックが……無くなりそう。
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第29話
【1】
士郎達、四人は混乱していた。十二体のバーテックスを倒し、生き残りのバーテックスも倒し、もう二度と聞く筈の無いと思っていたアラーム。それがけたましく鳴り響いたからである。
「なんでよ!なんでまた敵が来るのよ!」
「戦いは終わったんじゃなかったのか?」
そんな四人の混乱に構わず、樹海化を進める光は無情にも、士郎達を包み込んだ。光が晴れた先に広がったのは、もう訪れる事のないと思っていた樹海。
「そんな!バーテックスは全部倒したのに!」
「落ち着け、先ずは現状確認が先決だ」
四人の中で士郎が逸早く冷静さを取り戻し、動揺しながらも、マップアプリを開き、襲来した敵を確認した。そして驚愕した。
「なん、だよ……これ」
どうしたのよ?と夏凛や友奈もアップアプリを開き、画面を埋め尽くさんと上から広がる赤い点を見て驚愕した。赤い点が示すのは敵、それがこんなにも侵入してくるのか、敵は数十や数百ではない、千単位で押し寄せて来る。絶望感が士郎達の体に重くのし掛かった。
そして、そんな絶望感に打ちひしがれる中、士郎はバーテックスが侵入してくる壁の近くに、表示された美森の名前に気付いた。
「戦ってるのか……一人で?」
実際にその姿を目にしている訳ではない、けれど、マップに表示されるバーテックスは美森に近付いては消えている。そして美森はその場から動いていない。
士郎は絶望感を振り払った。正義の味方が戦う前に諦めてどうする?何より、守ると決めた筈の一人が、後輩が、一人で戦ってる。
「
士郎は走った。美森の元へと……
固有時制御は加速する倍速の大きさ、使用時間が長ければ長い程、固有時制御を解除した時の反動が大きくなる。だが士郎には超回復能力が有る。故に死にさえしなければ大丈夫だろうと考え、今の自分が死なない程度の、致死一歩手前くらいを目安に体内時間を加速させた。それが何倍速なのかは、士郎自身にも分からない。
只々、士郎は走った。襲い掛かって来た星屑は無視した。星屑の対処は背後の友奈達に任せ、士郎は美森の加勢にと、最短、最速、最善の方法を取り、士郎は美森が居る壁の頂上に辿り着いた。
「がぁ!」
そして固有時制御が自動で解除され、士郎は体内で爆弾が爆発した様な衝撃と苦しみに襲われ、膝を突き口から大量の血を吐き、身体中の血管は破裂して、血を吹き出した。だがそれも、直ぐに黄金の光によって治癒された。
「本当、痛みを失って良かったな」
そうじゃなきゃ、きっと発狂してただろうなと考え、口元と鼻から出た血を拭った。制服は最早、血で汚れていない所が無く、頭から大量の赤い絵の具を被ったのかと思う程に血塗れの姿だった。
「美森びっくりするだろうな」
そう呟きながら、マップアプリを開こうとしたが、スマホは血で水没して、使い物にならなくなっていた。
「ちっ」
舌打ちをして、スマホを投げ捨てると、士郎は遠くから狙撃音の様な音を聞き、其処に美森が戦っているのだろうと考え、狙撃音の様な物が鳴り響いている場所に走った。
そして士郎は美森の後ろ姿を捉えると、嬉しさと安堵感を感じると、加勢に来たぞと言おうとして憚った。
「美森……何をしてる?」
代わりに出たのは、信じられない物を見た動揺による問い。
一人で戦っている。そう信じてやまなかった美森は、ただ棒立ちしていただけだった。相棒であるライフルは肩に掛けたまま、構えもせず。襲い掛かる星屑に美森は何の反応も示さず、星屑は精霊が自動で迎撃していた。
「おい、美森?」
「……………」
美森の返答は無い。まさか!と最悪な状況を思い浮かべて、美森の肩を掴んで体を士郎の方に任せる。
顔色は正常、脈拍は少し早いが体に異常をきたす程ではない。間違いなく生きてる。士郎はほっと息を吐いた。
一人で戦ってたと勝手な想像をしてしまっていた。マップで見ただけで自分達は絶望感に打ちひしがれたんだ。敵の侵入、その規模の大きさを直接見た美森はきっと、俺達以上に絶望感に打ちひしがれ、放心していたのだろう。士郎はそう推測すると、両手で美森の顔を挟み、目線を自分に固定した。
「美森!何が何だか訳は分からないけど、また敵が来た!戦うぞ!」
士郎は美森の目を見て、そう言うと、美森は口を開き、士郎を驚愕させる一言を放った。
「……先輩。壁を壊したのは私です」
「なっ!?」
「先輩……私はもう、貴方を、友奈ちゃんを、傷付けさせたりはしない」
「どういう事だ。何を言ってる?」
士郎が困惑した調子で聞いた直後、二体の星屑が士郎の方に襲い掛かって来た。美森の精霊は
「せい!」
「勇者パンチ!」
遅れて到着した夏凛が一刀両断に切り裂き、もう一体の星屑は友奈が殴り飛ばして倒した。
「どういう事よ東郷!」
「壁を壊したって……嘘だよね?東郷さん」
「美森、お前……自分が何をしたのか分かってるのか!?」
「分かってる。分かってるからこそ、壁を壊した」
三人の問いにそう答えると、美森は壁の外へと走った。士郎達も反射的に美森を追って壁の外に出て、その光景を目の当たりにした。
「「なっ!?」」
「嘘だろ……おい」
辺り一面に広がる炎の海、宙を駆け回る星屑と、倒した筈のバーテックスが産まれる状況。
「……これが、世界の真実。バーテックスは十二体で終わりじゃない。何度倒しても、また蘇って襲来し続ける。私達勇者の戦いに、終わりは無い。私達はまた満開して、体を供物として捧げ続ける……そして何時か体は動かなくなって、大好きな人や大切な友達の記憶も……何もかもを失う。そんな苦しみ、もう誰にも味わって欲しくない!だから!」
美森は壁を更に壊そうと、ライフルを壁に向ける。
「おい、止めろ!」
士郎がそう叫んだ直後、最初に戦った乙女型のバーテックスからの砲撃が放たれた。
「なっ!
士郎は咄嗟に砲撃を防ぐべく、五枚のアイアスを展開して受け止めた。だが、砲撃を難無く耐え抜いた筈のアイアスは硝子の様に砕け散り、士郎は爆風で飛ばされた。
「くそっ!基本骨子、構成材質の作りが甘過ぎた」
そう悪態を吐いた直後、二度目の砲撃が放たれた。やばい!と思った直後、士郎と友奈は夏凛に首根っこを掴まれて、壁の中へと離脱した。
友奈が砲撃を受けた美森を見て叫んだ。
「夏凛ちゃん!東郷さんが!」
「駄目!一旦引くわ」
「三好!追撃来るぞ!」
「なっ!?」
士郎は近付く砲撃を見て、夏凛に警告するが、砲撃に対処出来ず、直撃した三人は地面へと落下した。
【2】
士郎が落下した衝撃で気を失い、気を取り戻したのは数分後の事だった。士郎は蹌踉めきながらも、立ち上がり、友奈と夏凛の元へと歩んだ。
「無事か?友奈、三好」
「私は大丈夫です……だけど、夏凛ちゃんが」
地面に横たわって気を失った様子の夏凛、士郎は精霊バリアがあるから命に別状は無いと分かりつつも、念の為、夏凛の手首を握り、脈打っている事を確認した。
「気を失ってるだけだな。友奈、戦えるか?」
「はい!今変身します!」
スマホを取り出し、変身しようとする友奈……然し、あれ?あれ?と友奈は焦り出した。
「なんで!なんで!変身出来ない!」
「落ち着け、友奈」
やがて取り乱し始めた友奈の肩を掴み、士郎は友奈のスマホ画面を見た。画面には勇者の精神状態が不安定な為、変身出来ませんと表示されていた。
士郎は勇者の精神状態が不安になって変身が出来なくなるなら、風や美森が変身出来てたのは何故だ?と考え、直ぐに理由を思い付いた。
「大赦か……」
大赦を潰そうと暴走した風、壁を壊した美森。これに焦って、また勇者が暴走して、被害を拡大させない様に安全装置を発動させたのだろうと士郎は考えた。
夏凛は気を失い、友奈は変身できない。風と樹も近くには居ない。
「この場で戦えるのは俺だけ……」
士郎は覚悟を決めた。
「大丈夫だ。俺が守る。勇者部も、世界もな……」
「シロー先輩……」
不安そうな表情で見つめる友奈の頭を、少し撫でて士郎は壁の方へと歩き出した。
空を見上げれば、視界に入るのは空を埋め尽くさんと広がった無数の星屑。壁の方に視線を変えると、今まで倒したバーテックスが侵入してきていた。
これは、俺の力じゃ対処しきれないなと考え、正面を見る。複数の星屑が襲い掛かって来たが、士郎は焦る事なく、干将・莫耶を投影して襲い掛かる星屑を一体、二体と斬ったが、刃は刃こぼれを起こし、星屑に損傷は与えられても倒しきる事も出来なかった。
「ちっ、俺の
士郎は襲い掛かる星屑を往なしながら、空に向かって叫ぶ。
「守護者エミヤ!
英霊の力はもう使わない。そう約束を交わしたのに破る羽目になった。怒っているかも知れない。答えてくれないかも知れないと思いつつも、きっと
「返礼として、俺は、俺の全てを差し出す!」
返答は言葉ではなく、行動で返って来た。
士郎は一瞬赤い光に包まれた。光が晴れると、其処には勇者……いや、英霊の姿をした士郎が立っていた。
「
そして士郎は干将・莫耶を投影し、目前まで迫った星屑を一つ、二つ、三つと襲い掛かった星屑全てを斬り裂いた。一つ目の満開ゲージが溜まった。
「
士郎は自身を限界まで加速させ、壁の方へと駆け抜けた。その速度、倍速した時間は先程の比でない。英霊へと昇華した事により、倍速出来る時間も増えたのだ。
「
士郎は赤い槍を投影し……
「
それを放った。二つ目の満開ゲージが埋まる。
槍は空中で無数に分裂し、星屑を穿つ。
「
次に黒い弓と螺旋状の剣を投影して、番える。
「
弓を十分に引き絞り。三つ目の満開ゲージが埋まった。
「
矢を放った。放たれた矢は星屑が集中した場所に飛び、巨大な爆発を持って数百の星屑を葬った。
「次はこいつだ!」
士郎は赤い魔剣を弓に番え、放った。
「
満開ゲージが更に四つ目の満開ゲージが埋まり、そして遂に固有時制御が解除され、その反動で身体中から血を吹き出す。
直ぐに黄金の光によって傷が修復され、同時に五つ目の満開ゲージが埋まった。
「再生した奴も溢れて来たな……さて」
士郎は血塗れの体で立ち上がり、壁から溢れ出るバーテックスを睨んだ。
「此処より先は死守させて貰うぞバーテックス!讃州中学勇者部副部長の力、その目に焼き付けろ!」
士郎は左手を前に翳し、
「
次回:無限の剣製
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第30話 無限の剣製
BGMエミヤでどうぞ。
たった一文、それを詠唱しただけで、士郎の体は悲鳴を上げた。感じない筈の痛みを感じ、体から煙を発して肉体が侵食された。
「
それでも、士郎は詠唱を続けた。
「
士郎に気付いたバーテックスが、士郎に向かって攻撃した。
「
「
全身は煙に包まれ、肌の色は褐色に染まり、髪の色素は落ちた。
「
それでも、
「
無数の星屑と十二体のバーテックス。それを相手取る為には、これを使うしかないのだから……
「
星の数の敵を相手取るなら、星の数だけの武器を用意しなければ行けない。
「
そんな武器を用意出来る世界など……
「
此処しかない。
「
詠唱が完了した瞬間、左手の模様が強い光を放ち、世界を塗り替えた。
【3】
その世界には
個と世界、空想と現実、内と外を入れ替え、現実世界を心の在り方で塗り潰す魔術の最奥……固有結界。
此処は英霊エミヤの……そして俺の心象世界。
何も無い草原はきっと俺の始まりを表している。記憶が無く、自分が何者かも分からない
空に浮かぶ星々は俺達エミヤが得た物、喪った物、そして辿って来た困難の数を表し、月は衛宮切嗣の終着にして、衛宮士郎の始まりである、あの日の満月を表している。
そんな世界で黄昏ていると、星屑が襲い掛かって来た。
「散れ」
士郎は一言、そう呟くと星屑は
その一連の出来事を満開状態で宙を浮いて、見ていた士郎は散った星屑から、この世界に侵入してくる
「標的補足。武器選定ーー完了。投射準備ーー完了。星剣よ、降り注げ!」
士郎が号令を出すと、空に浮かんだ
それは正しく、剣の雨。空間を埋め尽くさんとした数千の星屑は瞬く間に塵と化し、バーテックスはその身に無数の剣が降り注ぎ、射手型の板、蠍型の尻尾、牡牛型の鐘など、其々のバーテックスが己が持つ特殊武器を破壊、又は拘束されて封じられた。
然し、それでもまた、星屑は無限に湧き出て来る。バーテックスは倒し切れていない。
今、この世界は壁の周辺に居たバーテックスと美森が開けた穴を巻き込んで展開している。あくまでエミヤの固有結界は周辺の人物を巻き込んで展開する形式だったが、今の士郎は満開を、神樹を通して、壁の穴からの侵入者は樹海ではなく、固有結界内に入って来る様に展開する事に成功している。
つまり、樹海では空いた穴からバーテックスが侵入する心配はもう無く、固有結界内に巻き込まなかった星屑が徘徊している程度、その程度なら風や樹がどうにかしてくれると信じて、士郎は倒しても倒しても、また侵入してくる星屑を葬った。
「くっ、流石に辛いな」
そう呟いた瞬間、満開が解けた。
「ちっ!片腕を持ってかれたか……もう一度だ!」
士郎は無数の星屑を葬った事で溜まった満開ゲージを解放して、再び満開を行なった。
そして考えた。このままではジリ貧だと。星屑を葬るのは簡単だが、葬っても葬っても、また湧き出る。このままでは体の全てを散華するのが先だと。
「ならば、その前にバーテックスを葬る!」
士郎は全てを使い切る覚悟を決めた。
「勇者部五箇条一つ!挨拶はきちんとぉぉぉ!」
士郎は満開を使い、
「勇者部五箇条一つ!なるべく諦めない!
士郎はイガリマを振るい、一気に五体のバーテックス。周囲にいた星屑を巻き込みながら殲滅した。
「勇者部五箇条一つ!よく寝て、よく食べる!」
更に満開を使い、もう一本の巨剣を作り出した。
「勇者部五箇条一つ!悩んだら相談!
シュルシャガナを振るい、更に五体のバーテックスを殲滅した。シュルシャガナの間合いに居た星屑は、シュルシャガナの炎に焼かれて炭へと化した。
「勇者部五箇条一つ!なせば大抵、何とかなる!」
地中から飛び出した魚型のバーテックス。それに向かって、士郎は黄金に輝く聖剣を振るった。
「
魚型のバーテックスは、周囲に居た星屑と共に灰となって消えた。
「がぁ……」
士郎は満開が解けて、飛行能力を失って落下する。
「まだまだぁぁぁぁ」
だが次の瞬間、再び花が咲き、地面に衝突する寸前に上空に飛び立ち、近付く星屑を睨んだ。
「降り注げ!」
その号令と共に、
「うぉぉぉぉぉ!」
士郎はそれを千単位の星を降らせて対処した。
そして再び満開が解ける。今度は落下中に満開を行う事が間に合わず、地面に体が叩き付けられた。咄嗟に受け身を取った物の体中の至る骨が折れ、内臓も幾つか損傷したが、直ぐに黄金の光と共に修復された。
士郎は体が修復されると、立ち上がろうとしたが、足に力が入らない事に気付き、目や耳に違和感を覚えた。
「くっ……追加で両足。それと目と耳を片方ずつ持ってかれたか」
だがそれでも、星屑は勿論、一番厄介なバーテックス。レオが残っている。
「まん……かい」
士郎は掠れた声でそう呟き、七度目の満開を発動させた。すると、力の入らなかった手足に力が戻り、目も耳もはっきり見聞きする事が出来る様に成った。
「……成る程、先程までは余裕が無くて気付かなかったが、どうやら俺は満開によって、神樹様に体を捧げるのではなく、英霊エミヤに体を明け渡していたんだな。いや、正確には戦い続けるのに不必要な物は神樹様に、必要な物は英霊エミヤにか……でなければ、この姿になっても痛みや生存本能が戻らない意味に説明がつかない」
士郎は満開を使う事で散華した体の機能は戻る。それは勇者達は満開を使う事で神に近付くのに対して、士郎の使う英霊システムでは満開を使う事で神と使用している英霊に近付く為である。
戦いに不要な物は神樹が取り、必要な部分は英霊が取る。つまり、士郎は手足などを散華すれば、それは供物として捧げたのではなく、ただ自分自身の意思で動かさなくなった訳である。満開を使えば英霊に近付く為、自分の意思で動かさなくなった手足が一時的に動かせる様に成る。
「まあ、返礼として俺の全てを差し出すと決めてたんだ。体を神樹様に捧げるのも、あいつに明け渡すのも、大して変わりはないだろう」
そんな事を呟きながらも、士郎は不敵に笑って敵に立ち向かう。
先程倒したばかりの十一種のバーテックスは既に侵入してきた。先程の手応えからして、勇者部メンバーと共に倒したバーテックスと比べて、幾分かグレードダウンしているのだろう。然し、それでも星屑と比べれば脅威に変わらない。
士郎が世界を守る為の正義の味方にしろ、勇者部を守る正義の味方にしろ、守ると誓ったものの脅威と成るならば、倒すべき敵に変わりはない。
「付き合って貰うぞバーテックス。俺の
敵の数だけ、
もう、士郎は自分が何の為に戦っているのか分からない。勇者部との記憶を散華したからだ。それでも士郎は戦い続ける。何か、守らねばならない物があると、知っているから……
士郎の戦いはまだ、始まったばかりであった。
固有結界の時間が
戦いが始まって十分、樹海世界では漸く、
士郎のやった事。
壁の穴の敵が固有結界内に侵入するように固有結界を展開。長時間維持の為に満開使用。
更に固有時制御の応用で、固有結界内の経過時間を加速させる。
満開を重ね掛けして、神造兵装(イガリマ、シュルシャガナ、エクスカリバー)の投影。固有結界内にもイガリマなどは存在したが、あくまでハリボテ。
満開が解けたら、結界が解ける前に次の満開を行なって結界を維持。
既に片腕、両足、片目、片耳、記憶を散華。
満開中は記憶以外は取り戻せる。
士郎が全てを散華すれば、英霊エミヤと成る。
衛宮士郎は英雄と成る……つまりそう言う事。
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第31話 家族の絆、友の絆
【3】
終わったと思ってた……もう終わったのだと、もう失う事は無いのだと、そう信じていた。それなのに……
空を見渡す限り、埋め尽くされた無数の星屑。その数は万を優に超えている。これを倒すには満開を使うしかない。
「そんなの……嫌」
風はその場に座り込み、顔を伏せた。
これ以上何かを失うくらいなら、もう滅びの時まで何もしない。星屑が風の方に群がった。風は何もしない。
どうせ死なない。精霊が守るから、寧ろ……
「殺せるなら殺して……こんな世界もう嫌……」
風はそう零した。
星屑が風の目前まで迫り、風を食らわんと大口を開けたその瞬間、緑色の糸に切り裂かれ、星屑は光となって消えた。
「樹……」
風が伏せた顔を上げた先には、風を守る様に立ち塞がり、星屑と対峙する樹の姿があった。樹は風の視線に気付くと、風を安心させるように微笑み、そのまま星屑に視線を戻して戦った。
襲い掛かる無数の星屑、倒しても倒しても、また次が来る。終わりの無い戦い。風はなんで、そこまで戦えるの?と疑問に思った。
樹を動かす原動力はただ一つ、姉の為。
両親が死んでから、必死に家事や料理を覚えて、大赦の御役目に就いて、必死に生まれ育った家を守ってくれた自慢の姉。
勇者の御役目が本格的に始まって、色んな悩みを抱えながらも、皆の前では明るく振舞って、頑張り続けた自慢の姉。
満開の後遺症の事を知って、勇者部の皆を巻き込んでしまった事を後悔して、大赦を潰そうとして、でも説得して、戦いが終わった。もう何も失う物は無いのだと、そう信じて落ち着きを取り戻した直後に、この襲来。戦えなくなるのもしょうがない。私だって心が折れそうだ。でも!
皆で守った世界を守るんだ!お姉ちゃんが挫けて、戦えないなら私がお姉ちゃんの分まで戦うんだ!樹はそう考え、折れそうな心を支え、逃げ出したくなる恐怖を抑え、決死の覚悟で星屑に立ち向かった。押し寄せる敵を斬り裂き、一匹足りとも風の下には近付けさせない。
其処に臆病で弱くて、何時も姉の背後を歩いてばかりの事で悩んでいた樹の姿は無い。有るのは勇敢で強い意志を持ち、姉の前に立って戦う
「樹……隣を立って歩くどころか……もう、前に立ってるじゃない」
風は目尻に涙を浮かべながら呟いた。
その間も樹は何度倒れても、何度も立ち上がり、戦い続けた。だが、人には誰しも限界がある。確かに風を守る。その一点に限れば、樹はその目的を果たせていただろう。然し姉を守り、世界も守る。その願いを両立させるには能力も、人手も足りなかった。
樹の顔の付近に空中投影されたスクリーンが表示される。それはあの総力戦の時に表示された物と同じ物だった。星屑が神樹の近くにまで迫っている事を報せる緊急アラートだ。
「っ!」
樹は焦り、迷った。
戦えない姉を置いて神樹様の方に向かうか、姉を守るか……
それは一瞬で判断すべき事案だった。神樹を守らなければ世界は滅びる。勇者には絶対に勇者を死なせない精霊の存在が居る。然し、樹は精霊が勇者を死なせない存在である事を知らなかった。樹にとって、神樹の方は向かうかどうかは、姉を見殺しにして世界を救うか否かの選択をしなければ行けない事柄だった。
当然樹は迷う。そして、その一瞬の迷いの隙を突く様に星屑が樹に体当たりをして、樹は吹き飛んだ。樹は直ぐに立ち上がろうと顔を上げる。すると目前には樹を食らわんと、大口を開けて迫った星屑の姿。
樹は顔を青くする。直ぐに立ち上がろうとするけど、恐怖で体が震え、上手く立ち上がれない。
食べられる!
樹がそう覚悟して目を閉じた直後、はぁ!と力が込められた声と共に振るわれた剣により、樹を食らわんとした星屑は斬り裂かれた。
恐る恐ると目を開く樹、其処には樹を守る様に立ち塞がり、星屑と対峙する風の姿があった。
「ごめんね。樹。もう大丈夫。妹に頼り切る弱い姉は居ないわ」
お姉ちゃん!と樹に声が出せたのであれば、歓喜に満ちた声で叫んでいただろう。
「此処に立っているのは、共に戦場を歩む、頼りになる姉よ」
樹は歓喜の表情で立ち上がる。
そして更に星屑が神樹に近付いた緊急アラートが現れる。その画面には最終警告と表示されていた。
「さあ、行くわよ樹。世界を救いに」
樹は力強く頷き、風と共に神樹の方へと駆け抜けた。周囲の星屑は気に留めず、只々一秒も早く神樹に到達する事を目指した。
そして目にした。神樹に群がらんとする無数の星屑を、このまま向かっても間に合わない。風は自身の満開ゲージを見るが、満開ゲージは四つ溜まっている物の、後一つ溜まっていなかった。風は舌打ちをして足に力を込める。
「間に合えぇぇぇぇ!」
風の決死の叫びは虚しく、星屑は神樹に到達するかに思われた……然し、突如として降り注いだ刀剣類の雨が星屑に襲い掛かり、殲滅した。
風は一瞬、士郎か夏凛の仕業かと思ったが、地面に突き刺さった刀剣類を見て、直ぐに違うと分かった。
「誰?」
そう呟いた直後、背後に誰かが降り立った気配を感じた。
「誰と、聞かれたら」
背後から聞きなれない声が聞こえた。
「答えてやるのが世の情け」
風と樹は背後を振り向く。
「世界の破壊を防ぐため」
振り向いた先に居たのは勇者部の誰でもない、見たこともない勇者。
「世界の平和を守るため」
その勇者は体中を包帯で包み、背後に無数の刀剣類を浮かべていた。
「愛と真実の正義を貫く」
勇者の背後から星屑が襲い掛かると、背後に浮かんでいた無数の刀剣類が星屑の方を向き、迎撃した。
「ラブリーチャーミーな助っ人役」
何処からともなく現れ、何事も無かったかの如く星屑を葬った彼女
「この
「乃木園子様が来たからには!」
「「もう安心だぜぇ!」」
葬った星屑達が二人の背後を鮮やかに飾りながら、紫と赤の勇者は爽快に名乗りを上げた。
「乃木……園子?それって東郷と友奈が言ってた先代勇者!」
「そんな細かい事はどうだった良いんだ」
「此処は私達に任せて、貴方達はわっしーの元に行きな!」
銀と園子は風と樹に背を向けて、そう言う。
「わっしー?」
「須美……美森の事だ」
「東郷の?」
「そう、これはあいつが引き起こしてしまった事だ。世界の真実を知り、それを受け止め切れずに暴走して、壁を破壊した」
「壁を!?」
風と樹は信じられないという表情を浮かべ、驚愕した。そして園子は唇を噛み締めて言った。
「お願い。わっしーを止めて。こんな結末、きっと誰も幸せになれない。私達じゃ止められない。止められるとするなら、貴方達、勇者部だけ……」
「……分かったわ。東郷の事は私が、勇者部部長の私が責任を持って止めるわ」
とても悲しそうな、或いは悔しそうな表情を浮かべた園子の頼みを、風は聞き入れた。
「行くわよ樹」
コクリと頷く樹。二人はこの場を園子と銀に任せ、壁の方へと走る。
風と樹が自分達を追い越し、親友の下へと向かったのを見送ると、園子と銀は視線を空を覆い尽くす星屑に向けた。
「いやぁ〜まさか、あのわっしーがこんな選択をするとは驚きだぜぇ〜」
「呑気な場合か!まあでも、確かにあんな愛国心に溢れた奴がこんな選択するとは、私も思わなかったけどよ」
私なら兎も角と付け足す銀。
「みのさんなら、間違い無く壁をズタズタにしてただろうからねぇ」
「まあな。私は感情的になりがちだし……」
「「……………」」
二人の間に短い沈黙が流れる。
「これ、流石に捌き切れないよね?」
「……そうだな。もう少し神樹様から遠ければやりようは有っただろうけど」
「ごめんなさい。みのさん」
「気にするな。私達二人で決めた事だろ?もし須美に会う事が出来たなら、真実を教えるって。勇者を辞める。大赦を潰す。そんな選択を選んだなら、私達は全力で須美の力に成るって……まあ、世界を滅ぼすって選択をするとは思わなかったけどな」
「それでも……もっと上手くやれたかも知れない」
「あーもう!辞め辞め。私達二人で決めた事なんだから、私達二人の責任だ。尻拭いも二人でする!」
そうだろ?と笑った銀のお陰で、園子の表情は軽くなった。
「ありがとう。みのさん」
「どういたしまして」
二人は顔を合わせ、園子は四肢の中で唯一動く左手で、銀は四肢の中で唯一動く右手で手を繋いだ。
「二人なら怖くないよね?」
「ああ、歴代勇者が、そしてお師匠が三〇〇年間守り続けた世界を、壊させはしない」
二人は決意を固めた。
「行くよみのさん!」
「おうよ!園子!」
二人は握った手を強く握り締め、叫んだ。
「「満開!」」
その直後、紫色の薔薇と牡丹が咲き誇り、槍の刃の様な巨大なオールが羽ばたく様に動く船と、無数の剣が集合して作られた船が宙に浮いていた。
「「うぉぉぉぉぉ!」」
二人は雄叫びを上げながら、星屑の群れに突っ込む。十回も満開して、十回も散華して、十分に満開と散華の恐怖を味わった。だがそれがなんだと、二人は友の為に戦う。友の為に恐れに打ち勝つ。
本当なら、自分達が美森の下に向かいたかった。美森の下に行って、自分達で説得したかった。でも、今の自分達は美森にとっては赤の他人に過ぎない。自分達の言葉よりも、風や樹の説得の方が心に響く。それが悔しくて、悲しくてしょうがなかった。
「私達の世界からぁぁぁ!」
「出て行けぇぇぇ!」
世界を壊させはしない。きっと風や樹などの勇者部が美森を説得すると信じて、二人は世界を守る為に戦う。
園子と銀が参戦!
家族の絆(言うまでもなく風と樹)
友の絆(友奈と美森と見せかけて、先代勇者達)
現在ゆゆゆ編最終話の部分を執筆中。
後3話か4話で終わります。
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第32話 接触
【4】
風と樹は壁に近付くにつれて、数を減らす星屑に違和感を感じながらも、美森のアイコンが表示された壁に向かって走った。
そして壁に近付くと、その壁に開いた巨大な穴を見て驚愕した。美森が暴走して壁に穴を開けた事は聞いていた。でも、まさかここまで大きな穴が開いているとは思いもしなかった。その驚愕故に、風と樹は一旦足を止めて呆然と穴を見て、そしてある事に気付いた。
「……どういう事?」
巨大に開いた穴から一匹の星屑も侵入して来ない事に。周囲を見渡すが、星屑の姿は無い。
【もしかして、今侵入してきたので全部って事?】
「そうだと良いわね」
そう呟き、穴を見渡すとズドン、ズドンと大きな音が聞こえ、穴が広がったのが見えた。
「止めに行くわよ!」
風と樹は穴に向かい走る……
そして、景色が変わった。
「え?」
「っ!?」
風と樹は思わず足を止めて、周囲を見渡した。其処は神樹の根や蔦が生い茂る樹海ではなく、月光に照らされた無数の剣が刺さる草原だった。
ズドン、ズドンと轟音が鳴り響き、草原にクレーターを形成し、新しい
風と樹は揃って顔を上げ、驚愕する。
満開状態の士郎が、千を超える星屑とバーテックス相手に一人で戦っていたからだ。
「加勢しなきゃ!」
そう叫んだ直後、士郎がバーテックスの自爆を喰らい、風と樹の下に落下した。
「士郎!」
風と樹は慌てて、士郎の下に向かう。そして変わり果てた士郎の姿に驚愕する。
「し……ろう?」
肌は褐色に染まり、髪の色は抜け落ち、目の色さえ変わっていた。
「誰か、居るのか?」
「私よ、風よ!」
「ふう?君は……私を知っているのか?」
更に声すらも変わって、その言葉に風と樹は嫌な汗を流す。
嫌な予感がし、そんな筈無い。何かの冗談だと考えたかった。然し……
「私にはもう、記憶が無い。私が何者で、何の為に戦うのか、誰の為に戦うのか、憶えていない」
現実は非情であった。風は奥歯を噛み締めた。
私が、私がもっと早く行動していれば……士郎はこんなに成るまで戦わずに済んだのでは?と考え、あの時塞ぎ込んで居た事を酷く後悔した。
散華は決して治る事は無い……なら、私達の家で料理教室を開いた事、三人で過ごしたクリスマスや正月、バレンタインの思い出、学校での出来事も、勇者部としての活動の事も、皆で世界を救った事も全て……二度と思い出す事は無い……
「あぁぁぁぁ!」
風は士郎の体を抱え、声にならない叫びを上げる。今日何度流したか分からない涙を流す。
樹に肩を叩かれ、樹の方を見る。樹は何処かを指差しており、風は樹が指差した方を向くと、其処には数匹の星屑。それが何だと、風は思ったが直ぐに樹が何を見せたかったのか理解する事になる。何も無かった場所から星屑が現れたのだ。
士郎は徐に立ち上がり、侵入してきた星屑に手を翳す。
「体は……剣で出来ている」
その言葉と同時に、星々が星屑を討ち、士郎は力尽きた様に倒れかけ、その体を風が支えた。風はそのまま士郎を地面に寝かせると、涙を拭った。
「私の名前は犬吠埼風。隣に居るのは妹の樹よ。後な私達に任せて、アンタはゆっくり休みなさい」
そう語りかけると、士郎は安らかな表情を浮かべた。
「そうか……俺は、お前達の為に戦ってたんだな……安心した」
そう言葉を残すと、士郎はゆっくりと目を閉じて眠った。その表情はとても安らかで、もうこのまま、目覚めないのではと不安になる程だった。
士郎の変身が解けると同時に、士郎が維持し続けていた固有結界が解け、景色は樹海に戻る。
【5】
灼熱に包まれた壁の外。
「東郷ぉぉぉぉ!」
其処で風は美森の名を叫びながら、美森に剣を振り下ろし、精霊が剣を受け止めた。
「もうこれ以上、壁は壊させない!」
「何で……何で止めるんですか?こんな世界、こんな滅びを待つだけの世界なら、今滅ぶのも、後に滅ぶのも同じ事です」
「確かに!私もこんな世界、滅びてしまえば良いと思った。でも!この世界の実情を知って尚、この世界を守ろうとする人達が居る!」
風は助っ人に来た園子と銀を思い出す。満開を繰り返した事で得たであろう強力な力、そして散華によって失ったであろう包帯で包まれた四肢や顔を……そして次に士郎の姿を思い浮かべ、美森に告げる。
「アンタはずっと壁を壊す事に夢中で知らなかったでしょうけどね!士郎はアンタが壊した壁から侵入してきたバーテックスを一人で食い止めていたのよ!何回も満開して、何回も散華して」
その言葉に美森は驚愕し、動揺した。
「体が動かなくなっても!記憶を失っても!戦う理由が分からなくなっても戦ってたのよ!」
「記憶を……失った?」
美森の動揺は大きくなり、顔色を悪くして崩れ落ちる。起こって欲しくない事が起きた。忘れて欲しくない人に忘れられた……そして、そうさせたのは紛れも無く、自分自身なのだと理解し、自害したくなった。けど、精霊がそれを許さない。させない。
「そうよ!誰よりも傷ついて、誰よりも失って。誰よりも辛かった筈、誰よりも世界を壊す権利があった筈なのに、あの馬鹿は、それでも正義の味方であり続けた!」
だから!と風は美森の胸倉を掴んで立ち上がらせる。
「アンタを悪にはさせない!
「今更止まれません。もう遅いんですよ」
美森は自分の意思で立ち、風の手を払い除ける。
「私の意思は変わりません」
美森は風に銃を向けるが、それは樹の糸で固定された。美森は驚き、樹の方を振り向く。その隙に風が拳を振り被る。
「歯食いしばれ!東郷!」
そう怒鳴り、風は美森を殴り飛ばした。
そして美森を説得しようと、美森の下に歩こうとした時、樹から袖を引っ張られ、樹の方を見た。
「何?樹」
そう聞くと、樹は壁の方を指差してており、風は樹が指差した方を見て驚く。美森と話している最中も、自分達に構わずに壁内に侵入し続けていた星屑達が、まるで時間が止まったかの様に止まっていたからだ。
「侵攻が……止まってる?」
ぽつりと呟くと、星屑達はまるでビデオを逆再生する様に、或いは何かに引っ張られる様に後退した。風達の視線は自然と交代していく星屑を追った。そして無数の星屑が一体のバーテックスを形成している姿を目にした。
それは獅子型のバーテックス。彼の総力戦時に勇者部を苦戦させたラスボスと言って良いバーテックスーーその名をレオ。その強さは、例え一体でも満開無しに勝てる相手では無い事を、風達は身にしみて分かっていた。
「やばい!止めないと!」
故に風は美森の説得を後回しにして、レオが完成するのを防ごうと行動を起こそうとした瞬間。
「満開」
その言葉と共に、青いアサガオが咲き誇った。
なっ!とアサガオが咲き誇った方向を向いた風と樹、其処には八つの砲身を神樹に向けた美森の姿。風と樹は直ぐに美森の前に立ちはだかる。
「退いて下さい!」
「退く訳ないでしょう!それを向けるのは反対にいるデカブツにでしょう!」
堅い決意を決めている風と樹の顔を見て、美森は一言、ごめんなさいと謝ると、八つの砲身のエネルギーを一つに収束させ、神樹に向かって放った。
「させない!」
風と樹は、射線に入って美森の砲撃を受け止めるが、満開の力で放たれた攻撃を満開も使わずに止められる訳もなく、風と樹は押し負けて壁内に吹き飛ばされる。そして美森が放ったエネルギーは壁内に侵入して直ぐ、神樹に到達する事なく花弁と成って拡散した。
「そう、
こいつならと、美森は背後を振り向く。其処には既に体を形成し終え、巨大な火球を作り出していたレオの姿があった。
「お願い……殺して」
美森がそう願うと、レオはそれに答えたかの様に火球を美森に向かって放つ。美森は火球が命中する寸前で避け、火球は神樹に向かって飛んで行った。
「これで、世界は終わる」
そう安堵の表情を浮かべた直後だった。
「うぉぉぉぉ!勇者パァァァンチ!」
戦線離脱をしていた友奈が勇者へと変身し、火球を破壊したのは。
「友奈……ちゃん」
「もう迷わない。例え、
決意を固め、友奈は美森の下へと降り立った。
大学始まったんで投稿ペース落ちますが、来週か遅くても再来週までには最終話まで投稿します。
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第33話 収束された願いは星をも砕く
【1】
美森の砲撃を受け止め切れず、壁内の数キロ先まで吹き飛ばされた風は変身が解け、数分程気を失っていた。
「くっ……早く、戻らない……と」
星屑との戦い、結界内外の移動を繰り返した疲労と、美森の砲撃で吹き飛ばされた衝撃で少なくないダメージを負った風は、膝を震えさせながら立ち上がるが、直ぐに崩れ落ち、地面に叩きつけられる前に誰かに体を支えられた。
「し……ろう」
倒れる風を支えたのは、樹を背負った士郎だった。樹は意識はあるものの、ぐったりとしている。
「君達のお陰で休めた。此処は危険だ。移動しよう」
士郎はそう告げると風の体を抱え、神樹の方へと飛んだ。
「待って……私は東郷を止めなきゃ……」
「それはピンクの少女に任せろ」
ピンクの少女と言われて、友奈の事が思い浮かぶ。友奈が東郷の説得に行ってるのかと、壁のある方角を見たかったが、風にそんな体力は残ってなかった。
それから暫くして、風と樹は丁寧に降ろされた。
「此処まで来れば十分……と言う訳でもなさそうだな」
三人の下に、燃え上がった星屑が襲い掛かって来た。士郎は咄嗟に弓矢を投影し、星屑を射抜いた。
その一連の動作を見て、風は何時の日か、まだ勇者部を作る前、士郎が弓道部だった頃、弓道部を見学しに行った時に見た士郎の姿と重なった。
「ねぇ……」
「何だね?今は見ての通り忙しい。簡潔に頼む」
「士郎は……何で戦えるの?」
士郎は暫く無言で、襲い掛かって来る燃える星屑を全て撃ち落とすと、風の方を向いて答えた。
「……私が何故戦うのか、その理由は忘れた。だが、今私の背後には君達が居る。今戦う理由はそれで十分だろう?」
そう述べる士郎に、何時もの士郎の顔が重なった。
そして風と樹は安心した。肌や髪の色、声や口調が変わり、記憶を失っても士郎は士郎なのだと、根本的な所は変わってないのだと。
だが次の瞬間、三人の背中に悪寒が走り、安堵の表情が緊張した面持ちに変わる。
自然と三人は同じ方角、壁の方を見た。視線の先には壁に侵入したレオの物と思わしき御魂があり、その御魂に燃えた星屑が群がり、太陽を形成し、こちらーー神樹に向かって飛んで来た。
それは嘗て風が受け止めた太陽の数倍大きく、禍々しい雰囲気を醸し出していた。
「中々手強そうなものが来たな」
士郎は風と樹を庇うように前に立つ。
「I am the bone of my sword」
左手を翳し、詠唱を唱える。
「Steel is my body,and fire is my blood.
I have created over a thousand blades」
左手の満開ゲージが強い光を放つ。
「
そして熾天覆う七つの円環の七倍の防御力を誇る、虹に輝く花が神々しく咲き誇り、太陽を受け止めた。
満開の力を費やし、神造兵装とも呼べる程に強化されたアイアスと、太陽の衝突によって発生した衝撃波は数百メートル離れた士郎達の下にまで到達した。
「くっ!」
衝撃波によって、数歩退がらせられた士郎。押し退けられそうになる衝撃に耐えながら、太陽を押し返そうとするが、寧ろ押されているのは士郎の方だった。
太陽を受け止めたアイアスはジリジリと後退し、アイアスにひびを入れる。そんな士郎劣勢の中、満開状態の友奈と美森がアイアスを押して加勢した。
一瞬だけだが、太陽の動きを止められた……だが。
バキン!と三つのアイアスが破壊された。太陽は再び前進する。士郎はこれ以上押し退けられない様に踏ん張る事しか出来ず、また三枚のアイアスが破壊される。
「くっ、長くは持たないか……」
士郎は最後の一枚となったアイアスを維持しようと、踏ん張りながら呟くと、風が十分よと樹と共に立ち上がる。
「私達、犬吠埼姉妹は守られるだけのお姫様じゃないわ!行けるわよね?樹!」
強く頷く樹。二人は手を繋ぎ叫ぶ。
「満開!」(満開!)
黄色のオキザリスと鳴子百合が咲き誇り、風と樹は太陽に向かって飛んだ。
その瞬間に最後のアイアスが破壊され、友奈は力尽きて落下する。美森は一人になっても太陽を押し留めようと奮闘するが、その努力は虚しく太陽に押され続ける。
「
士郎は固有時制御を使い、落下する友奈を受け止めた。同時に風と樹が太陽を受け止め、美森に加勢した。
「大丈夫かね?」
「……シロー先輩?」
友奈は士郎の変わり果てた姿を見て、驚いた。どうしたんですか!?と問い質したい欲求に駆られるが、今はそんな場合じゃないと抑え込んだ。
「下ろ、して、下さい……まだ止まる訳には」
士郎は素直に友奈を下ろした。だが友奈は足が地面に着き、立とうとしたが、足に力が入らずに崩れ落ちる。
「……そんな、足が」
友奈は足の機能を散華したのだった。
【2】
一方上空では美森、風、樹の三人が太陽を止めようと、懸命に努力していたが、押しても押しても、太陽が止まる素ぶりは見せなかった。
「くっ、止まらない……」
「踏ん張れ東郷!樹!」
「分かってます!」
そうは言っても、三人共限界は近かった。満開の力を全て、太陽を押し返す力に一点集中させているが、全く効果は無く、太陽が発する高熱のエネルギーに三人の体力も精神力も消耗していた。美森に至っては朦朧とした意識の中で満開を維持するのがやっとで、風と樹も意識が朦朧とし始めていた。
「これ以上!出遅れてたまるかぁぁぁぁ!」
そんな中、序盤からずっと意識不明で戦線離脱していた夏凛が三人の中に加わった。勿論満開状態でだ。
「夏凛……ちゃん」
「遅いわよ。夏凛」
夏凛の加勢により、三人の朦朧とした意識が覚醒した。まだやれる。まだ諦めない。三人が共通する
「私とした事が、寝ている間に、一世一代の名シーンを逃した感じがするわ。まだ出番は残ってるでしょうね!」
「ええ、残ってるわよ。取って置きのが」
「そう……なら、もう一つ出血大サービス。手なり足なり持ってけぇ!満開!」
満開状態の夏凛の背後に、ヤマツツジが咲き誇り、四つあった腕が八つに増え、パワーも増した。
「っ!?」
「夏凛、アンタ……」
満開に満開を重ねた夏凛に、三人は目を見開き、夏凛の覚悟に答える為、三人はより一層気合を入れて太陽を押す。
「くっ、これでもまだ駄目なのね……」
だが、それでも辛うじて太陽を減速させるのが関の山だった。
「ラブリーチャーミーな助っ人役!」
「只今参上!」
それに
「銀!」
「やあやあ、久し振りだな夏凛。ちゃんと私の跡を継げているようで何より」
「乃木……さん」
「四人より五人、五人より六人。強力な助っ人は要らんかね?」
「心強い増援、現るね」
十何回と満開を行い、数々の能力が強化された二人が加わった事で、太陽は大幅に減速した。
「勇者はぁぁぁ!気合いとぉぉぉ!」
「根性ぉぉぉ!」
「勇者部!ファイトォォォォ!」
「「うぉぉぉぉ!」」
勇者六人の力が合わさり、一つの巨大な花を作り出すと、太陽は止まった。
「まさか、あれを止めるとは……恐れ入った」
地上では、太陽と勇者の格闘を眺めていた士郎が感心した様子で賛美の言葉を呟くと、とどめを刺すべく動き出す。その背後で友奈が手で地面を這い蹲りながら、太陽の……否、
「おいおい。無茶をするな。後は私がーー」
「駄目です!私は讃州中学勇者部、結城友奈。こんな所で止まっていられないんです!」
頑とした表情を浮かべる友奈。士郎はその表情を見て説得は無理だと諦めた。
「やれやれ、頑固者だな君は……私は君を待たない。ついて来れるか?」
「ついて来れるかじゃないです!シロー先輩の方こそ、ついてついて来やがれです!」
その言葉と共に、友奈はヤマザクラを咲かせると、巨大な手を使って立ち上がった。士郎は立ち上がった友奈を見て不敵な笑みを浮かべると、太陽に向かって飛んだ。友奈も遅れない様に……否、追い越す様に士郎の後を追った。
「私が道を切り開く!私に続け!」
「はい!」
友奈の返事を書くと、士郎は一本の剣を形成した。まるで様々な花弁が集まる様に形成された虹の剣。それは人々の願いが結集された神造兵装。
士郎はそれを振り上げ、太陽に狙いを付け……
「
「
振り下ろし、剣から放たれた虹の斬撃が太陽を斬り裂き、御魂を露わにした。
「行け!結城友奈!」
その言葉に返答は無い。友奈は士郎の言葉に行動で答え、士郎を追い越して御魂に向かって拳を振るった。
「うぉぉぉぉぉ!勇者パァァァンチ!」
友奈の拳は御魂に深く突き刺さり、御魂を拡散させ、太陽は巨大な爆発を起こすと、虹色の光となって散った。
【3】
気付けば士郎、友奈、美森、風、樹、園子、銀の七人は変身が解け、輪に成る様に地面に横になっていた。
「終わった……の?」
「ええ、きっとそうよ」
風の疑問に、夏凛が答えると、銀は今までの緊張が解け、脱力して大きく息を吐いた。
「終わったぁ〜」
「ひぇ〜疲れたぁ〜。こんなに疲れたの、二年振りだよぉ〜」
それは園子も同じだった。否、此処居る全員が同じだった。皆戦いの緊張が解け、地面に身を任せて脱力すると空の風景を見た。
「わぁ……綺麗だねぇ〜」
其処にはレオの残骸か、樹海が解ける前触れの花弁か、或いはその両方が空一面を覆い、花弁は八人の体に降り積もり、心地良さを感じていた。皆はその心地良さに身を任せて、ゆっくりと眠りに就いた。
以下独自設定解説。
収束された願いは星をも砕く(エクスカリバー・スターブレイク)
ランク:EX
種別:不明
レンジ:不明
最大補足:不明
本作のエミヤが生前に使用した宝具。
神樹を通じて、人々の願いを収束させた虹の聖剣。
エクスカリバーと似ているが、別物。
収束した願いによって、種別、レンジ、最大補足が変わる。
例えばレオを倒すなら、一点突破を目的とした宝具に成り、空を覆い尽くす程の星屑を倒すなら、効果範囲が広い宝具に成る。
今回は太陽を止めるという願いが強かった為、御魂までの道を切り裂く程度に留まったが、もし倒すという願いが強ければ、御魂まで斬撃が届いていた。
次の話は完成次第投稿します。
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最終話 歩む道
まさか最終話を書くのに6日も掛かるとは思わなかったよ。
え?6日じゃないって、ハハ、何を言ってるのさ、前回投稿が10月5日で、今日は10月11日。6日じゃないか。ハハ!
【4】
戦いは終わった。
彼の戦いは大規模な山火事という形で、現実世界に影響を与えた。ここ近年では最大の
少なくない数の
世界が滅びかけた戦いだった。それを考えれば、微々たる被害だと、そう思えるかも知れない。
だが、その戦いは起こるべくして、起こった戦いではない。私、東郷美森が起こした戦いだ。
皆は大赦が悪いのだと、私は悪くないのだと、そう言ってくれる。
けれど、私が起こし、私が犯した罪だという事実に変わりは無い。
これから私は、一生この罪を背負う事になるだろう。
私の罪が世間に知れ渡り、大罪人として裁かれるなら、受け入れよう。
腹を切り、この首を世界に晒す事で許されるならば、そうしよう。
神樹様の怒り鎮める為、生贄に成れと言うならば、喜んでこの身を捧げよう。
例え、何百年、何千年もの間、業火に焼かれる事になろうと。
それで許されるならば、そうしよう。
私は如何なる罰を、報いを、受け入れるつもりでいた。
だけど、世界は私を罰しなかった。
それどころか神樹様は、私に赦しを与えた。
神樹様に捧げた供物を、散華した体の機能を、記憶を、私達に返してくれた。
私は二年前の記憶を取り戻した。
銀とそのっち。そして私達の師匠。エミヤ先生と共に戦い、過ごした記憶を。
この足で歩き、
樹ちゃんの声が戻り、風先輩は泣いて喜んだ。
目と耳を散華して、静寂の闇に囚われてて尚、気丈に振る舞っていた夏凛ちゃんも、視力と聴覚が戻った時、泣いて喜んだ。
怖かった。不安だった。と普段は絶対に見せない弱音を、胸の内の本音を、涙と共に吐き出した。
銀とそのっちも順調に回復の兆しを見せた。
過去の思い出話に花を咲かせ、また皆で遊ぼうと約束を交わした。
自分の足で歩き、自分の行きたい場所に行けると、希望に胸を膨らませ、笑い合った。
ずっと、意識不明だった友奈ちゃんも意識を取り戻した。
味覚を取り戻し、私が作るぼた餅を誰よりも美味しそうに、誰よりも幸せそうに食べてくれる。
その表情を、その笑顔を見ると、私達は御役目から解放されたのだと、そう実感出来る。
ーーけれど、私達の日常はまだ戻って来ない。
あの人が……先輩が戻るまでは……。
・
大赦が経営する羽波病院。
その最上階に位置する勇者専用の特別個室。そこに先輩は眠っている。
「……先輩。こんにちは。今日はですね」
私は先輩に語り掛ける。物言わぬ、抜け殻の様に変わり果てた先輩に。
英霊システムと満開の多用。それによって、先輩の姿は変わり果てた。
炎の様な赤い髪は、燃え尽きた灰の様な白髪に。
黄金の様な瞳はその輝きを失い。
肌の色は褐色に染まった。
だけど、先輩は先輩。私は先輩はきっと帰ってくると。そう信じて語り掛ける。
そう時間をおかずして、友奈ちゃんや夏凛ちゃん。風先輩に樹ちゃんが病室に訪れ、皆で雑談に花を咲かせた。
そうすればきっと、先輩が目覚めると信じて。
・
この日は、勇者部が文化祭の出し物で行う演劇について話し合った。
皆の役割は私、夏凛ちゃん。樹ちゃんの三人が其々、モブ役を演じながら、照明や音響を交代交代で行う。
主要となる人物は風先輩が演じる魔王。
友奈ちゃんが演じる勇者。
そして、先輩が演じる正義の味方だった。
正義の味方は勇者を手助けしながら、魔王と戦う重要な役で、この役無くして演劇は出来ない程の重要な役だ。
けど、それを演じる先輩は未だ眠ったままだ。
「さて、文化祭まで後一週間ね。今後の事なんだけど……」
風先輩は言い淀んだ。
言いたい事は分かっている。
部長として、文化祭を成功させる為、風先輩は決断しなければならない。
分かっている。分かってはいるけれど。それでも!
「あの!」
私は割り切れない。
「先輩の役。そのままにしておきたいです」
「……東郷」
ここで割り切ってしまうと、先輩は帰って来ない。
そんな予感がした。だから。
「私の足だって治って来てるんです。だから、先輩もきっと、だから……」
「……東郷の意見に賛成よ。私も、割り切っちゃうのは何か嫌だ」
「私だって、割り切ってなんて……」
「お芝居の、練習……続け、よう。シロ、さんなら、きっと、きっと」
「うん。そうだね。皆で待とう。しろー先輩を、私達の正義の味方を」
・
それからも私は、私達は、先輩の病室に通い続けた。
病院に特別な許可を貰って、先輩の病室で演劇の練習をした。
もし、先輩が本番当日に目が覚めても、台本を覚えている様に、台本を読み聞かせた。
届いている。きっと、私達の声は届いているのだと、信じた。
そしてーー
「とうとう、今日ね……」
「……うん」
「士郎。起きるなら今よ」
「そうね。今ならまだ、間に合うわ」
「……士郎さん」
本番当日の早朝。受付が開始されるよりずっと早い時間。私達は大赦から許可を貰って、先輩の病室に居た。
先輩は結局、目覚めなかった。
本番当日の朝になっても。
「……先輩。起きてください。朝ですよ」
「……………」
私は何時もの調子で呼び掛ける。
先輩の反応は無い。
「あ〜あ。私お腹空いたなぁ〜。シロー先輩の朝ごはん食べたいなぁ〜。このままじゃ私、お腹ぺこぺこで演劇の途中で倒れちゃうかも」
「……………」
友奈ちゃんが態とらしく呼び掛ける。
先輩の反応は無い。
「わ、私も、士郎さんのご飯。食べたい、な」
「……………」
樹ちゃんが遠慮気味に呼び掛ける。
先輩の反応は無い。
「そうね。あれは確かに美味しかったわ。もう一度食べさせなさいよ……」
「……………」
夏凛ちゃんが照れ臭そうに呼び掛ける。
先輩の反応は無い。
「あらら〜。士郎はモテモテね。これは責任取らなきゃ男が廃るわよ♪」
「……………」
風先輩が揶揄う様に呼び掛ける。
先輩の反応は無い。
その後も、私達は様々な話題で、手段で、先輩に呼び掛けたけど、反応は無かった。
「……駄目か」
「そろそろ行かなきゃね」
気付けば、病室に来てから一時間が経過していた。
そろそろ学校に向かわなければ行けない時間だ。
「大丈夫だよ。また、文化祭が終わったら来ましょう。今日が駄目でも、明日も、明後日も、何度でも呼び掛けましょう!」
「……そう、ですね」
友奈ちゃんの言葉に、皆は重い腰を上げて、鞄を取る。
「東郷さん。そろそろ……」
友奈ちゃんが私の肩に手を置く。
「ーーなんでよ」
分かっている。ずっと、ここに居られない事も、そろそろ学校に行かなきゃ行けない事も、分かっている。
「なんで……」
けれど、ここを離れたら、もう先輩は帰って来ない。そんな予感があった。
だから、
「目を覚さないんですか。先輩!」
私は先輩に叫んだ。
「目を覚まして下さい先輩!何時かじゃない。今、ここで目を覚まして下さい!」
「……東郷さん」
「……東郷」
「私は耳が聞こえる様になりました。友奈ちゃんは味を感じられる様になりました。樹ちゃんは声を、風先輩は視力を取り戻しました!足だって動く様になったんですよ。私自身の足で、先輩を起こしに行く事だって出来るんです。誰よりも美味しそうに、幸せそうに、先輩の料理を食べる友奈ちゃんは先輩の料理を待ち遠しく思っています。樹ちゃんは夢に向かって歩んでます。風先輩は副部長の先輩が居なくて忙しそうです。夏凛ちゃんは先輩の料理が忘れられないそうですよ。何時もまたあの料理食べたいわねって、ぼやいてますよ」
友奈ちゃんが居て、私が居て、風先輩が居て、樹ちゃんが居て、夏凛ちゃんが居る。後は先輩が帰って来るだけだ。それで何時もの、勇者部に戻れる。だから!
「帰って来て下さい。先輩!」
「……東郷さん。うん。そうだね。シロー先輩!朝ですよ!起きて下さい!」
「……こりゃ後で大目玉ね。部長命令よ。起きろ、寝坊助士郎!アンタが居ないと、今日の演劇失敗よ!」
「し、士郎さん。お、起きてぇぇぇ!」
「全く、人の為になる事を勤しんで行う勇者が、人に迷惑掛けてちゃ、世話ないわね……すっ〜、起きろ、衛宮!正義の味方なら、勇者なら、誰も悲しませるな!起きて、皆を笑顔にしろぉぉぉ!」
私達は叫んだ。ここが病院である事も、早朝である事も忘れて、ただ、先輩を起こす為に、力の限り叫んだ。
【5】
ーーそこは決して生命が立ち入る事の出来ない荒野。
ーー吹き付ける風は既に風と呼べる代物ではなく、それは絶望そのもの。
ーー鋼の壁が、俺と言う存在を押し潰そうとしている様だ。
ーーこんな物を食らえば、無力な人は立ち待ち遥か彼方へと吹き飛ばされるだろう。
けれど、俺の体は一歩たりとも退く事は無い。
一歩でも退けば、俺と言う存在は直ぐに散漫し、消え去る。そんな予感が……いや、確信がある。
だから、俺は一歩前へと進む。
一歩前へ、もう一歩前へと、俺は歩みを止めない。
一歩進む毎に、俺の中で何かが崩れる。
ーー体は硝子の様にひび割れ、意識は砂の様に無感情に崩れて行く。
前へ。
ーー何の為にここに居る。
それでも前へ。
ーー何の為にこうなった。
あの向こう側に。
ーー何の為に歩みを止めない?
左眼が潰れた。
ーーこのまま風に身を任せれば、楽になる。
風鳴が鼓膜を破る。
ーーなのに何故?
体は既に限界だ。
ーー何の為に、俺は……
意識は薄れ、視界は闇に閉ざされる。
ーーああ、ここまでか。
そう思った瞬間。
『帰って来て下さい。先輩!』
ーー声が聞こえた。
『朝ですよ!起きて下さい!』
ーー少女の声が聞こえた。
『部長命令よ。起きろ、寝坊助■■!』
ーー誰かを呼ぶ、声が聞こえた。
『士郎さん。お、起きてぇぇぇ!』
ーー士郎?
『起きろ、衛宮!』
ーー衛宮……そうだ。俺は衛宮士郎。
讃州中学三年。勇者部副部長の衛宮士郎だ!
閉ざされた視界が燃える。
限界を迎えた体に熱を込める。
手足を剣を振るう様に動かす。
ーー彼女達が待つ光へ。
この風を、俺と言う存在を押し潰そうとする絶望そのものを、切り裂く様に、俺は駆け出した。
ーー彼女達が呼び掛ける場所へ。
俺は風を超えた。
ーーそして。
「ただいま」
俺は帰って来た。
【6】
讃州中学文化祭。
午前の部、午後の部が滞り無く進み、もう間も無く、讃州中学名物である勇者部。その演劇が始まろうとしていた。
「本当に大丈夫なんですか?」
「そうですよ。シロー先輩は病み上がりなんだから、無理しないで下さいね」
「大丈夫……とは言い切れないが、今日、この舞台の為に皆頑張って来たんだ。俺が居なきゃ、演劇は失敗らしいからな。多少の無茶はしなきゃな」
「うぐっ」
士郎からは皮肉めいた視線が、他からは責める様な視線が風に集中する。
「しょ、しょうがないじゃない。士郎を起こす為に必死だったんだから……」
「ああ、何せ部長命令だからな。副部長である俺は逆らえないよ。やれやれ、今朝目覚めたばかりだと言うのに、勇者部の部長は人使いが荒い」
風に集中する視線の鋭さが増した。
「うぇぇぇん。士郎が虐めるぅぅぅ!」
「あははは、士郎さん。その辺で」
その視線に耐えかねた風は樹に抱き付き、およよよ。と泣いた。
その光景に、皆微笑みを浮かべた。
「なんだか、やっと日常に戻ってこれた気がするね」
「そうね。友奈ちゃん。これが
「ま、悪くは無いわね。所で衛宮。本当に大丈夫なの?体の調子は勿論。台本読みも演劇の練習もまともに出来なかったでしょ?」
「珍しいな。三好が俺の心配をしてくれるなんて」
「別に、同じ勇者部として、当然の事でしょ」
士郎は驚いた。
てっきり、別に、アンタを心配したんじゃなくて、演劇の心配をしてるのよ。だとか、何とか言って誤魔化すのかと思いきや、素直に自分の身を案じた事を認めた三好に。
そして嬉しく思った。
「心配してくれて、ありがとな」
「……本当に、心配したんだからね」
頬を染めて、照れる夏凛。
それに対して、友奈は夏凛ちゃん素直に成ったなぁ〜と嬉しく思った。
美森、風、樹は陥落した!?と危機感を募らせた。
「まあ、心配は無用だ。台本は来る途中で目を通したし、演劇の雰囲気は何となく掴めている。あれだけ、側で練習されたからな」
「「「「「っ!?」」」」」
「微かだけど、それでもちゃんと、聞こえていたぞ。お前達の語り掛けや、演劇の練習を」
士郎は笑みを浮かべた。
それは失敗するという不安は一切無く、成功を確信した様な、そんな不敵な笑みだった。
「さぁ、行こう。俺達、勇者部の復活劇を始めに」
この日、勇者部の演劇は大成功を収めた。
【終】
ーーどうやら、君の目論みは外れた様だな。
そこは樹海の最奥。守護者のみが立ち入る領域。
ーー英霊システムの多用による、衛宮士郎の守護者化は失敗だ。まあ、元より、成功確率は低いものではあったが。
そこで彼は、神樹に語り掛ける。
ーー失敗の要因は二つ。一つは私と奴が別人だった事。
確かに、私と奴は同じ衛宮士郎だ。だが、同一人物ではない。衛宮士郎という括りの別人だ。
神樹は黙って、彼の分析を聞く。
ーー例え同じDNA、同じ体を持とうと、どんな環境で育ったのか、どんな経験をしたかで、その後の人生は大きく変わる。
奴がどんな環境で育ち、どんな経験を得たかは不明だが、私と奴が別人たらしめる物こそが、奴が持つ衛宮切嗣の魔術刻印だ。
あれは私が持たず、そしてどんな選択を取ろうと、私が持ち得ない代物だ。切嗣は私に魔術を教えるのを最期まで拒んでいたからな。そんな切嗣が私に魔術刻印を継承する事など、絶対に有り得ない。
神樹は彼の意見に同意する。
ーーそしてその魔術刻印こそが、もう一つの失敗要因だ。
あの魔術刻印が触媒となり、本来は守護者エミヤとしての能力のみを生来させる筈が、別のエミヤを生来させる事となり、衛宮士郎の体を完全に守護者エミヤに置き換える事が出来なかった。
神樹は問う。
ーー確かに、あの時君が
だが、と彼は続ける。
ーー最後には、奴の人格を塗り潰す為、奴と戦う運命にあった。奴と戦うのも、奴が魔術刻印を覚醒させるもの、早いか遅いかの違いしかない。結果は変わらない。
神樹は落胆した。
ーーそうだな。勇者にも、守護者にも成らなかった。その成りの果てがあの抜け殻の完成だ。
最早、衛宮士郎の体は死を待つだけの肉人形でしかない。その筈だった。
彼はいやはや、と肩をすくめた。
ーー人の、いや、勇者部の絆とやらは私達が思った以上に硬いらしい。
彼女達は必死に抜け殻に成った奴に語り掛け、呼び掛けた。奴は後一歩で崩壊する寸前で耐え続け、彼女達の呼び掛けに答えようと、前進を続けた。
ーー終わりの見えない道だった筈だ。本当にゴールがあるのかも、自分の進む道が正しいのかさえも分からなかった筈だ。それでも奴は進み続けた。
ーーその精神力と絆は称賛に値する。私が奴の立場だとして、同じ事が出来たかは怪しいからな。
神樹は彼に言う。謙遜が過ぎると。
ーー謙遜?嘘偽りの無い本音さ。
そんな事はないと、神樹は言った。
ーー君は私を買い被りすぎだ。君も、奴と彼女達の絆を見たからこそ、供物を彼女達に返したのだろう?
神樹は反論した。
ーー全く、君も素直ではないな。
神樹は怒る。
ーー分かった。そう言う事にしておこう。
神樹は問う。
ーーそうだな。私は暫く、奴が歩む道を見守るとしよう。
彼は微笑んだ。
ーー私とは違う。衛宮士郎が歩む。新たな道を。
やあ、皆改めまして。
時が経つのは残酷だね。
何度も最終話を書こうとしたけれど、やる気が出なくて、気付いたら2年も経過していたよ。
そんな僕が続きを書こうとした経緯
・まどマギ本編の続編が決定してテンションUP
まどマギ熱が再燃する。
・まどマギの二次創作を書きたいと、創作熱UP
・世界ではなく、キュゥべえと契約したエミヤとか、面白くないかな?と思いUBWを見てエミヤ成分を補充。
・そんな時、新着アニメにゆゆゆがラインナップしてるのを発見し、クリック。あれ?1話しかアップされて……ゆゆゆ3期……だと!?これは書くしかない!と思い書き上げました。
人は切っ掛けさえあれば、変われるのだなと、実感した出来事でした。
何はともあれ、これで衛宮士郎は英雄と成るは無事に完結!
しません!
勿論続き書きます。
自分が完結と定めた、わすゆ編と勇者の章を書き上げて、本作を完結させますので、応援お願いします!
本作が面白い。続きを読みたいと思った方は励みになりますので、高評価と感想をお願い致します!
では次は本作の過去編に当たるエミヤの章でお会いしましょう。
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