オーバーロード -不滅のトランセンダー- (ボンズリ)
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序章 不死者の王と超越者の出会い

深い森に騒々しく草を掻き分ける音が走る。

 

物音の主である男は、、一心不乱に何かから逃亡をしているようだった。

 

しかし、追っている者達は獣などの類ではなく、人間のようだ。

 

そして、追われている男も人間ではなく、人間が持つ筈の肌や髪の毛などはなく、本来目がある箇所は暗い闇の中に紅く光っている、所謂「骸骨人間」であった。

 

小時間程人間達から逃亡をしていた男だったが、不意に後ろの人間が携えていた得物に切りつけられ、無様にも地面に倒れ込んでしまった。

 

 

 

「まったく手間取らせやがって…」

 

「お前がもっと早く切りつけりゃ良かったんじゃねぇか?」

 

「バッカお前、それじゃ『狩り』の意味がねぇじゃねぇかよ。やっぱり相手が逃げ惑う状況を愉しんでこその『狩り』なんだからさぁ!」

 

 

地面に倒れ込む男が存在しているこの世界は、実際には現実のものではなく、現在流行中のDMMORPG『ユグドラシル』と呼ばれるゲームにおける世界である。

様々な種族や職業など、幅広く楽しむことができることもこのゲームでの売りの一つである。骸骨のアバターの種族は、この世界では「異形種」と呼ばれており、人間種プレイヤーから忌み嫌われている種族でもある。

異形種といってもその種類は様々で、見た目が異形そのものの様な姿であったり、一見人間種と同じ姿をしていようとも、吸血鬼などの「人間を辞めた者達」や、不死や何らかの力で「人間を超越した者」も、この異形種のグループに入る。

 

骸骨のアバターを操る男はこのゲームを始めたばかりの初心者であり、ゲーム内で散策をしていたところであった。しかし運が悪いことに、ユグドラシル内では人間種等が異形種を一方的に攻撃する「異形種狩り」と呼ばれるPK行為が横行しており、何も知らずに異形種を選んだ初心者プレイヤーに対しての被害が特に大きくなっていた。

 

そんなことは露も知らず、異形種を選んだ男は何故襲われたのかも分からないまま、異形狩りの被害に遭ってしまった。

 

 

「な、なぜこんなことをするんですか…っ!」

 

「…チッ、まだ生きてやがったか」

 

「教えてください…何故こんな酷いことを平気で行えるんですか…っ!」

 

「グダグダうっせーんだよ!おらぁ!!」

 

「ぐあっ…!」

 

 

イラついた男から体に蹴りを入れられ、骸骨の男は思わず呻いてしまう。

 

 

「なぜ?理由なんてねーよ。もしあるとしたら、それはお前が異形種ってことだけだ」

 

「そ…そんなことで…?」

 

「そーだよ。俺らだけじゃなく、みーんなやってることなだけだし、だから俺達もやってるだけってこと」

 

「そんな…そんなのことでこんな…!」

 

「なぁ、もういいだろ?早いとこそいつ殺して次の奴狩りにいこーぜ」

 

「それもそうだな。じゃあな骸骨君!恨むなら異形種を選んだお前自身を恨むんだな!」

 

 

目の前の人間種プレイヤーはそう吐き捨てると、各々の得物を振り上げた。

 

「ただお前が異形種だから」

 

骸骨の男は、こんな理不尽が罷り通るこの世界に怒り、そして目の前のプレイヤー達を倒すだけの力を持たない自分に対して怒りを感じていた。

 

しかしながら、怒りを感じるだけで今この状況を打破することはできないことは既に理解していた。

 

そして、無慈悲にも人間種プレイヤー達が一斉に得物を振り下ろす…筈だった。

 

 

 

 

「つまらぬ」

 

 

 

骸骨の男の目には、何かが一瞬のうちに目の前のプレイヤー達の体を通り抜けるように見えた。

 

もし何かに例えるとするならば…

 

一閃。

 

まさにその言葉通りだった。

 

何が起こったのか分からないまま、骸骨の男を狩ろうとしていたプレイヤー達は体を両断され、そのまま消え去ってしまった。

 

骸骨の男も状況を掴めていなかったが、そんなことを考える暇もなくなる。

 

彼の目の前には、人間種プレイヤーに変わり、全身に堅牢な鎧を纏ったプレイヤーがが立っていたのだ。

 

鎧の男の手には剣が握られていた。しかもよく見れば、それは普通の剣ではなく、よく侍などの職業が装備している刀であった。しかしながら、刀の刀身はひび割れ、遂には砕けてしまった。どうやらただ砕けてしまったのではなく、鎧の男の放った一閃に刀が耐えられなかったようだ。

 

しかし、鎧の男は砕け散った刀を悲しむどころか、そのまま放り捨ててしまった。どうやらそこまで思い入れのある装備ではないように思えた。

 

更に男を見やると、腰には奇妙な形状の巨大な鞘の様な装備が付けられており、そこにも刀が2刀据えられていた。

 

 

「おーい!ゼノスさーん!!」

 

 

目の前で佇む鎧の男の出で立ちを観察していると、森の奥からまた別の男が現れた。

そして現れた男もまた、全身を鎧を纏っていた。

 

なんなのだろうか、ユグドラシルでは全身鎧が流行っているのだろうか。

 

呑気な事を考える骸骨の男を他所に、目の前の鎧男達は会話を始めだした。

 

 

「ふむ、たっちさんか、遅かったな」

 

「いやー、急に走り出すからどうしたのかと思いましたよ〜。それで、何があったんです?」

 

「なに、狩りの本質を履き違えた者共を消しただけよ」

 

「あー、なるほど。また異形種狩りですか、最近本当に増えましたよね」

 

「全くだ。まさか俺の目の前で異形種狩りを。そしてあろうことか、弱き者を狩ろうとしていたとはな。やはり狩りとはなんたるかを全く心得ておらぬ輩ばかりではないか」

 

「まぁそう言わずに。ゼノスさんのお陰で初心者さんが狩られずに済んだんですから。」

 

「しかし、それでもつまらん。やはり狩りを愉しむのであれば、たっちさんの様な強者でなければ退屈で仕方がない…」

 

「そう思ってくれるのは嬉しいです。ところで、いつまで超越者モードのままなんです?」

 

「ん?…あちゃ〜、またスイッチが入ったままでしたか。すみませんたっちさん」

 

「いいってことですよ。その超越者モード、俺は好きですし!」

 

 

…なんか前の変な鎧2人組が談笑し始めた…

 

骸骨の男は、変化しまくる状況に頭を抱えるが、取り敢えず助けてもらった礼は言わねばならないと思い、思い切って発言することにした。

 

 

「あ、貴方は…?」

 

「おっと、放置してしまってすみません。大丈夫ですか?」

 

「えぇ、お陰様で助かりました。ありがとうございます」

 

「お礼を言われる筋合いはありませんよ。困っている人がいるなら、助けるのは当たり前ですし。そうですよね、たっちさん?」

 

「その通りですとも!」

 

「あの、もし良ければ、貴方方のお名前を教えては下さいませんか?私はモモンガと申します」

 

 

骸骨の男…モモンガは、自身を救ってくれた目の前の男の名を教えてもらおうと声を掛けた。

 

 

「えぇ、勿論。こちらは俺の友人であるたっち☆みーさんです」

 

「たっち☆みーです。気軽にたっちと呼んでくださいね!」

 

「そして俺が、ゼノス。ゼノス・イェー・ガルヴァスといいます。

長いのでゼノスとでも呼んでください」

 

 

そしてこれが、後に「不死者の王」と呼ばれる者と「超越者」との出会いとなった。

 

 

 

 

 



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第1話 -『退屈』な世界の終わりー

ゼノス・イェー・ガルヴァスを操るプレイヤー…妙蓮寺瀬名(みょうれんじせな)は転生者である。

元の世界ではごく普通の一般家庭に生まれ、週末には家族全員でゲームを楽しむほど家族間の仲が良く、充足した日々を送っていた。

そんなある日、友人に都内のゲームセンターで遊ぶ約束をしていた彼は、突然歩道に突っ込んできた車に刎ねられ、命を落とした。

薄れゆく意識の中で、どうして自分がこのような目に遭わないといけないのかと、自分の運命に絶望しつつ、静かに目を閉じた。


そして、次に目を開けた時には、知らない男性と女性が目の前に立っていた。

こうして悲運な最期を遂げた彼は、妙蓮寺瀬名という名ともに新しい世界に転生したのだった。


「つまらん…」

 

 

新しい世界で過ごす瀬名が抱いた感情は、『退屈』だ。

 

 

彼はいわゆる富裕層の家庭に生まれ、何不自由ない生活を送っていた。

しかし、この世界での富裕層という存在はほんの一握りであり、残りの者達は明日を生きることさえままならない状況であった。

 

また、現在の家庭環境も冷え切っており、家族間での関りも無いに等しい。

 

そして彼の『退屈』な感情を更に加速させたのが、義務教育がないということだった。

以前まで過ごしていた世界は違い、学校にも通う必要すらなく、富裕層の生まれのため働く必要もない。

 

何より、妙蓮寺家は他社とのコミュニケーションすら隔絶された環境だったこともあり、こうして彼の心には『退屈』の二文字が常に鎮座するようになった。

 

しかし、『退屈』な日々を過ごしていた瀬名がたまたまネットサーフィンをしていた時、あるゲームの広告が目に留まった。

 

 

「何だこれ…DMMORPG?」

 

 

それが『ユグドラシル』である。

 

前の世界では無類のゲーム愛好家であった瀬名にとって、最初はどこにでもあるようなゲームのように思えたが、実際のプレイ画面や自由度の高い世界観など、今の瀬名の『退屈』な心を埋めるに足る内容であることを知り、すぐさまゲームを購入。そのままユグドラシルの世界にのめり込んでいった。

 

外部ツールを使用することで自分の思う通りのアバターを作ることを知った瀬名は、前の世界で最も愛着のあるキャラクターを模したアバターを作ることにした。

 

アバターに選んだのは、ゼノス・イェー・ガルヴァスである。

 

 

前の世界において、彼はファイナルファンタジーシリーズを特に好んでプレイしていたが、オンライン作品系にはなかなか手を付けることはなかった。

 

そんな中、彼がプレイするディシディアファイナルファンタジー、通称DFFに突如として彼が全く知らないキャラクターが参戦することになった。

 

そのキャラクターこそがゼノスだ。

 

 

彼は非常に刹那的な性格をしており、異常なほどに「戦い」に執着している。仮に彼の前で降伏など許されない。そして、戦うためなら敵の家族や無抵抗な民を殺すことに一切の躊躇もない。また、ただ戦いのみに殉ずる戦闘狂というわけでもなく、世界に争いは尽きぬものと考えている。そんな世界だからこそ、「戦いを愉しめばよい」という達観した面を持っている。

 

初めてゼノスを見たときは、「なんだこのおでこにおできがある男は…」と思っていたが、調べれば調べるほどに彼の魅力に惹かれてゆき、最終的には全シリーズを通して最も愛着のあるキャラクターとなっていた。

 

 

早速アバター制作に取り掛かるが、ゼノスを模して製作するのは並大抵のものではなかった。彼が纏う鎧の意匠や腰に携えた巨大な回転式の鞘のギミックなど、制作時間は予想以上にかかりはしたものの、2日間昼夜を問わず作業を進めたことで、自分に納得のいくレベルの再現度で完成することができた。

 

 

「ひっさしぶりに2徹したな…でも、これはほぼ完璧に再現されているのでは?」

 

 

思わず自分でも惚れ惚れする出来だった。

 

 

 

そして妙蓮寺瀬名は、ゼノス・イェー・ガルヴァスとしてユグドラシルの世界に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから幾らかの時が過ぎた。

 

長く愛され続けたユグドラシルは、遂にサービス終了と相成った。

 

楽しかった日々はあっという間に過ぎ行き、ユグドラシルで出会い、貧富の垣根を超え、称えあったかつての友人達はユグドラシルから去っていった。

 

それは仕方のないことだった。誰にだって生活はある。それも、自分のように働かなくてもいい人間ばかりではないのがこの世界での現実だ。

 

そして、今日がユグドラシルのサービス最終日。

 

瀬名はサービス初期から最後まで居続けたプレイヤーの一人として、この世界の最後を見届けようと考えていた。

 

ユグドラシルをプレイするためにPCを開くと、1通のメールが届いていた。

 

 

「このメールは…モモンガさんからか」

 

 

メールの差出人はモモンガからだった。

 

モモンガとは最初に会ったあの日以来交流を続けており、今ではたっちさんに続く、この世界での親友である。

 

彼は今、「アインズ・ウール・ゴウン」と呼ばれる異形種ギルドのギルドマスターをやっているらしい。

 

そんな彼から、最後に会うことはできないだろうか、という旨のメールが届いていた。

 

現在時刻は23時。サービス終了まであと1時間しかない。

 

 

「やっべ!急がなきゃな…!」

 

 

 

 

急いでユグドラシルを立ち上げた瀬名が、ゼノスとしてモモンガの元に向かおうとするが…

 

 

「うーん、あそこに行くなら衣装を変えたほうがいいかな」

 

 

瀬名はそう呟くとコンソールを開き、慣れた手つきでゼノスの第2衣装を選択し、決定する。

一瞬のうちにゼノスは鎧姿から、豪華な意匠が施された白いコートを両肩に羽織う式典用礼服へと姿を変えた。

これから向かう場所は、瀬名にとって、そしてゼノスにとっても思い入れのある場所なのだ。

最後くらいはビシッと決めたいと思い、この姿を選択したのだった。

 

 

「さーて、待っててくださいよモモンガさん!」

 

 

そしてゼノスは一瞬のうちに姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ―――

 

 

 

 

ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの本拠地「ナザリック地下大墳墓」では、この墳墓の主がいつか来る友人たちを今か今かと待ち続けていた。

 

 

 

「これで最後…かな」

 

 

そして今しがたギルドメンバーの一人と対面し、別れを告げたところである。

 

 

「結局、来なかったなぁ…ゼノスさん」

 

 

巨大な円卓の席で疲れた声を発する骸骨姿の男。この男こそが、かつてゼノスに救われた異形種プレイヤー、モモンガだ。

かつての姿とは異なり、今は豪勢なフードを身に纏い、様々なマジックアイテムを装備する強大な魔術詠唱者(マジックキャスター)となっていた。

 

 

ゼノスが来なかった事実に悲しみと若干の憤りを感じつつも、彼には彼の人生があると割り切り、大きなため息を一つ吐いた。

 

 

「おや、どうしたんですか?ため息なんてついちゃって」

 

 

予想していなかった声に、モモンガは思わず後ろを振り返ると…

 

 

「いやー、遅れてすみません。家族共をあしらうのに時間かかっちゃいました」

 

 

モモンガが待ち望んでいた親友、ゼノスの姿がそこにあった。

 

 

「ゼノスさん…来てくれたんですね…良かった」

 

「本当に申し訳ない!でも、最後に貴方に会えてよかったです」

 

「それは俺もです!」

 

「さぁて。立ち話もなんですし、円卓に座って思い出話としゃれこみましょうや」

 

「えぇ、是非!」

 

 

そこからの時間はあっという間だった。

 

残された時間はあと僅かだというのに、そこでの語り合いは実際の時間以上に長く感じられた。

それだけ、彼らがこのユグドラシルを愛してプレイしていたのかを物語っていた。

 

 

そして、残り時間5分を切ったところで、ゼノスがある言葉をモモンガに投げかける。

 

 

「モモンガさんすみません、俺はそろそろお暇します」

 

「え!?…って、そうでした。そういえば貴方の終わりの決め方がありましたね」

 

 

ゼノスの終わり。それはこの世界の終焉と共に終わりを迎えることだ。

 

最期を迎えるには最もこの世界が見渡せる場所。即ち、彼の「居城」でなければならない。

それはユグドラシルがサービス終了を告知する前から決めていたことであり、平時から周囲にも自分の終わり方について話していた。

勿論、モモンガもそのことを聞いており、寂しく思うところはあるものの、彼なりのポリシーだということを理解していた。

 

 

「すみません、これだけは曲げられないんです」

 

「謝らないでください!普段から言われていたことですし、誰も引き止めませんよ!」

 

「…ありがとう、モモンガさん」

 

 

ゼノスは円卓から立ち上がりると転移魔法を発動させ、目の前には彼の居城へと続くゲートが開かれた。

 

 

「さよならは言いません。また会いましょう、モモンガさん」

 

「こちらこそ、また何処かで、ゼノスさん!」

 

 

二人は固い握手を交わし、別れではなく、再会を誓う言葉で互いを送り出す。

 

ゼノスはゲートを通り、モモンガの前から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

ゼノスの居城

 

 

 

 

居城とはいうものの、辺り一面に広がるのは草原のみ。

 

ここは、ゼノスが自身の最後の為に占拠しておいた場所であり、この草原の眼下にはユグドラシルの世界が広がっていた。

 

この光景だけがユグドラシルの世界の全てではない。ここは、ゼノスが初めてユグドラシルの世界を訪れた際に、初めて見た光景がこそがこの草原から覗く雄大な景色であった。

 

最後に終わるなら、自分にとってのユグドラシルの始まりの場所こそが相応しい。

 

原作のゼノス・イェー・ガルヴァスであれば、それこそ「つまらぬ」と一蹴されてしまうだろうが、この世界でゼノスを知るのは自分のみ。ならばこそ、自分の思うように生き、思うように終わるのもいいのではないかと考えたのだ。

 

ゼノスは草原に腰を下ろすと、ゲーム内タイマーをコンソールから開く。

既に残り時間は1分を切っていた。

 

 

 

「あ~あ、またあの『退屈』な世界に戻んなきゃいけないのか…

 

 

いっそのこと、このまま別の世界に転移してくれないもんかねぇ」

 

 

そんなことあるわけないと思いつつも、この世界を名残惜しく感じたゼノスは、

 

 

「つまらん…」

 

 

と短く呟くと、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

そして、ユグドラシルは正式にサービス終了を迎えた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「…うん?一体どうなってんだこりゃ」


ゼノスが驚くのも無理はない。
彼が再び目を開くと、そこに広がっていたのは深い闇ではなく、あの草原のままだったのだ。


「しかもよく見りゃ、ユグドラシルの世界とは全然違う景色になってるなこれ…」


そう、先ほどまで覗かせていたユグドラシルの世界ではなく、ただ草原がずっと広がっているという、全く別の景色へと変わり果てていたのだ。


「まさかこれ、ゼノスのまま別の世界に来ちまったってことになるのか…?」


ゼノスの予想はまさに的中していた。


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第2話 ー超越者ゼノスー

「さーて、どうしたもんかねぇ」


突拍子もない状況を目の当たりにし、ゼノスは頭を捻る。


「まさか、ホントに別世界に転移したとはな。
 まぁ転生した経験もある以上、そうそう驚く事なんてそうそうないと踏んでいたんだが…」

ゼノスはそうボヤくと、コンソールを開こうとするが、表示される気配は全くない。
だが、頭の中にはアイテム欄や自分の能力、スキルなどが表示されるような感覚を覚える。


「ほう、これは便利だな。わざわざコンソールを開く手間もないとは。
 それじゃ次に使用できるスキルやアイテム。特に、俺の『アレ』が正常に使えるかを試さねば。
 おっと、その前にいつもの鎧姿にチェンジしておくか。」


結果はどうあれ、異世界に来てしまったことは事実。
装備を平時の全身鎧に素早くチェンジしたゼノスは、自身の状況確認に行う事にした。自分の能力や剣技、手持ちのアイテムなどが使えるかどうかを確認しなければならない。

特に、能力の確認は必須だ。もし能力が使用出来ないのであれば、強大な敵が出現した際に苦戦することは目に見えている。
大抵の敵であれば難なく処理できるのだが、もし仮にレベル100推奨の高難易度レイドボス並みの敵が現れた場合、間違いなく苦戦必死とゼノスは推測した。


「ふむ、剣技やアイテムは問題なく使用可能か…。であれば、次は能力の確認だが…」


夜の闇が覆う草原の中で確認作業を進めるゼノス。


「よく考えたら、こんな草原の只中に突っ立ってる全身鎧の男とか、怪しさ全開だよな…」


他人から見た自分の姿を想像し、苦笑交じり溜め息をつく中、頭の中にポーンという音が響く。今の音はユグドラシルではメッセージが届いた事を知らせる音声だ。
だが、ゲームではないこの世界でメッセージが届くなど信じられない。
もし仮にそういった手段を用いる存在がいるとすれば…


「…俺以外にもこの世界に来た奴がいるのか?
 取り敢えずメッセージに応えてみるか…」


鬼が出るか蛇が出るか、そんな思いでメッセージに応える。


「はい、此方ゼノス。そちらはどなた様ですか?」

「ぜ、ゼノスさん!?その声はまさかゼノスさんですか!?」


メッセージの相手は、先程別れた筈のモモンガからだった。




「おや、これはモモンガさん。貴方もこちらの世界に来ていたんですね」

 

「来ていたんですね、じゃないですよ!なんでそんなに落ち着いてるんですか!?」

 

「あー、まぁそれは置いといてください。話すのが色々と面倒なので」

 

 

まぁ普通に考えて「自分は転生者です〜」なんて言えるわけがない。

言ったところで信じてもらえないだろうし、モモンガがよりパニックに陥るのが目に見えている。

 

 

「それはさておき、モモンガさんは今どちらですか?」

 

「えっと…今私はナザリック地下大墳墓にいます。そちらは例の草原ですか?」

 

「ええ。取り敢えずそちらに移動しても構いませんか?

 1人だとやはり寂しいですし、仲間は多いほうがいい」

 

「分かりました。では、第六階層の闘技場に起こし下さい」

 

「りょーかい。では後程」

 

 

そう言うとゼノスはメッセージを終了する。

その後、すぐさまナザリック地下大墳墓入り口付近へとゲートを出現させ、ゲートの中へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓入口前―――

 

 

 

 

 

「さて、到着したのはいいんだが…まさかナザリックごと転移してるとは。しかも草原のど真ん中とか、流石にこれは目立ちまくってんな〜」

 

 

転移するまでのナザリックは、周囲を毒の沼が広がる危険地帯だったが、これでは誰でも容易に入ることできるではないか。

 

ゼノスはモモンガに会った際に、周りの景色と同化させる隠匿魔法を使うように伝える事に決めた。

 

 

「よし、確か第六階層だったな。すぐに向かうとしよう」

 

 

ゼノスは所持アイテムの中からある指輪を選択し、装備する。

この指輪は「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン」と呼ばれる代物で、この指輪さえあればナザリックの一部の領域を除く全ての階層に移動する事ができる。

元来、この指輪を所持されていることが許されているのはアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーのみであり、どこのギルドにも所属していないゼノスが持つ資格はない。

 

だが、アインズ・ウール・ゴウンの中心的存在であった、たっち☆みーとギルド長であるモモンガと旧友であったことと、かつてギルドが四桁を超える討伐部隊によって責められた際、助っ人として最前線で活躍した功績により、アインズ・ウール・ゴウンの全ギルドメンバー満場一致で指輪がゼノスへ贈られることになった。

 

 

「今思えば、あれほどまでに敵を狩った戦場はなかったなぁ…まぁ『狩り場』としてはそこまでではあったが」

 

 

ゼノスはかつての戦場に思いを馳せつつ指輪を起動させ、第五階層へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓「第六階層」―――

 

 

 

 

 

闘技場にてモモンガは配下の階層守護者達と状況確認を行っていた。

この階層守護者らは、ユグドラシルにおいてナザリック地下大墳墓の各階層における守護を任されていたNPC達であり、異世界に転移して以降は自我を持って行動するように変化した。

 

なぜ彼らが自我を持つようになったのかは不明だが、それ以前に自分たちを取り巻く環境の変化を確認することが最優先であった。

 

 

「報告は以上か。では次にナザリックの隠蔽についてだが―――」

 

モモンガは厳格かつ凄みを含んだ声で発言しようとするが、守護者らの背後の空間が歪む光景を目撃する。

 

 

「(あの空間の歪みは『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』によるものだ。ということはつまり―――)」

 

 

空間の歪みが収まると、鎧を纏う人物が姿を現す。

 

 

「ほう。ここが第六階層の闘技場かぁ、中々趣のある場所ではないですか」

 

 

現れたのは、先ほど連絡を受けたゼノスだ。

 

 

「お待ちしておりました、ゼノスさん」

 

「どうもモモンガさん。先ほどぶりですね」

 

「えぇ。皆に紹介しよう、此方の方がゼノスさん。彼は異形種ではあるのだが、我がギルドをはじめとしてどのギルドにも所属していない孤高の存在だ。そして、私とたっちさんの旧友でもある」

 

「…ブフゥッ!?ww」

 

 

再びモモンガが例の威厳のある言葉遣いで守護者達に紹介するが、あのモモンガがそのような言葉遣いをするなど想像もしていなかったゼノスはつい噴き出してしまう。

 

 

「ちょっ、どうしたんですかゼノスさん?」

 

「いやぁすみませんwまさかそんな言葉遣いで喋るなんて考えてなかったから、不意を突かれた感じで噴き出しちゃいましたw」

 

「まぁ、それは私も思ってますが…こればっかりは流石に慣れていただくしかないです」

 

「分かりました。できるだけ早く慣れるように努力をしましょう」

 

 

ゼノスとモモンガは他愛もない会話を楽しむ。

やはり友人との語り合いはいいものだ、とゼノスは心からそう感じた。

できるならば、この尊い時間を邪魔されずに悠々と過ごしたいものである。

 

そんな二人の間に、一人の女性が割って入る。

 

 

「ちょっと貴方」

 

「ん?誰だ君は」

 

「私はナザリック地下大墳墓の守護者統括を務めるアルベドです。それよりも貴方、ただの友人が我らが主であるモモンガ様に対して無礼が過ぎるのではなくて?」

 

「…は?」

 

「分かるように言いましょうか。我らがアインズ・ウール・ゴウンのギルド長であり、至高の御方々の中で唯一この地にお残りいただいたモモンガ様に対して、たかが友人風情が話す資格などないと言っているのよ」

 

 

守護者統括のアルベドが言い放った爆弾発言によって、ゼノスとモモンガの意識は完全に硬直した。

 

 

 

「待て、この私の友人に対してなんという言葉を―――」

 

「お気を害したならば申し訳ありません、モモンガ様。ですが、私はこの者を信用することはできません。

 そもそもギルドメンバーですらないものがこの地に足を踏み込むなど、恥を知りなさい!」

 

「………」

 

「な、何を言い出すんだアルベド!?」

 

「モモンガ様もモモンガ様です!このような者を簡単にこの地に招き入れるなど、しかも先ほどの転移は例の指輪によるもの。あのような者に指輪を手渡すなど、『至高の御方々は何を考えているのですか!』」

 

「………ッ!」

 

「や、やめろ!それ以上喋るんじゃない!」

 

 

モモンガは怒るどころか寧ろ逆に恐れを感じていた。

目の前のアルベドがこのナザリックを思っての発言だということは理解している。彼女の背後に控える守護者達も同じ考えのようだ。しかし守護者達がそう思うのは無理もない。突然現れて自分たちの主の友人を名乗り、そもそもギルドメンバーでない者に対して不信感や疑念を抱くのは当たり前である。

だがそうではない。そんなことはどうでもいい。問題なのは、アルベドがゼノスではなく、「ギルドメンバー達に対して貶める発言」をしたことだ。

 

 

「…ハ」

 

 

黙っていたゼノスが小さく笑いを零すと、空気が一変した。

先ほどまでのゼノスとは様子が違い、冷徹な空気が場を支配した。

 

 

「容赦なく地雷を踏みぬくとは、中々度胸が据わった女ではないか。」

 

「(あ、アルベドォォォォォォ!お前よくもやってくれたなぁぁぁぁぁ!?)」

 

 

 

ゼノスには二つの顔がある。

 

一つは普段のような爽やかな好青年としての顔。

 

そしてもう一つは、超越者ゼノスとしての顔だ。

 

普段であればこの超越者としての顔は出すことはない。

しかし、仲間が貶められた際、仲間が傷つけられた際。そして何より、「彼が気に入らない者」に対してのみスイッチが入る。

 

この超越者ゼノスとしての顔は、当初はたっち☆みーとモモンガのみ知るところであったが、ある一件以降アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー全員に知られており、通称「超越者モード」として恐れられている。

 

この超越者モードに入ったゼノスは普段とは違い、敵味方問わず冷酷無比な性格となり、言葉遣いも非常に傲慢なものとなる。こうなった彼を止めることは非常に困難で、彼が満足しなければ解除されることはまずない。

 

モモンガが心の中で悲鳴をあげるのも当然のことだった。

 

 

「なに?私に対して何か言いたいことでも?」

 

「あぁ勿論あるとも。俺が貶められることなどどうでもいい、つまらぬことだ」

 

「そう、では直ちにこの地から―――」

 

 

アルベドは主の友人を名乗る恥知らずを適当にあしらおうとするが―――

 

「 だ が 」

 

瞬間、ゼノスから強大な殺気が噴き出す。

そのあまりの殺気にアルベドをはじめとする守護者達は体制を崩してしまう。

 

 

「貴様はよりにもよって我が友人達を貶めた。その一点だけは許すことなどできん。貴様が犯した愚行は、いまここで貴様の命を狩り取っても余りある大罪と知れ」

 

「くっ…!(この私が一歩も動けないなんて…この殺気はモモンガ様と同等、或いはそれ以上のもの…!」

 

「そして後ろにいる者共も、この女と同じことを感じていたのであろう?故に貴様らも同罪だ」

 

「ま、待ってくださいゼノスさん!」

 

「モモンガさん、この者等は俺の友人達に唾吐いたも同然。であれば許すことなどできん」

 

「彼らはその友人達から生み出された存在なのです!」

 

「…何?」

 

 

その言葉を聞いたゼノスはモモンガに向き直る。

チャンスは今しかないと踏んだモモンガは、彼らがかつてのギルドメンバーたちによって作られたNPC達であることを伝える。

 

 

「モモンガさん、貴方の言い分は理解できた。だが、この者達を許すかどうかは俺次第だ」

 

「ゼノスさん…!」

 

「だが、しかしだ」

 

 

そう言うとゼノスは殺気の放出を和らげた。

それにより身動きが出来なかった守護者達はようやく解放された。

 

 

「我が友人であるモモンガさんの頼みとあらば、聞かないわけにもいくまい。そこで一つ提案がある」

 

「提案、ですか…?」

 

「ここにいる守護者全員対俺一人で戦わせてほしい」

 

「なっ!?」

 

 

 

モモンガが驚くのも無理はない。レベル100の守護者全員を相手にするなど、どう考えても無謀としか思えなかった。

 

 

「…ふ。何を心配しているのかは分からぬが、貴方は俺の能力を知っている筈だが?」

 

「あ…そういえばそうでしたね。中々お目にかかるものではなかったのでつい…」

 

「なに、殺そうとは考えておらぬ。我が能力が正常に機能しているかどうかの『試し切り』のようなものだ。命までは取らぬ」

 

「で、できるだけ手加減してあげてください…」

 

「ふむ、善処しよう」

 

 

モモンガとの会話を終えたゼノスは、体制を立て直したアルベドら守護者達に向き直り、語りかける。

 

 

「さて。貴様達の主の嘆願により、貴様らは命を繋ぐことができた。モモンガさんに感謝するのだな」

 

「話は聞いていましたが、貴方一人で我々全員を相手取るなど、些か傲慢が過ぎるのではなくて?」

 

「…ハ、それは結構なことだ。傲慢ついでに一つ言っておこう。俺は『俺が満足するまで、この鞘から剣は抜かん』」

 

「…は?舐めているのですか貴方は?」

 

「いやなに、つまらぬ戦いを愉しむための趣向だ。その代わり、最初のうちはこの刀を使うとしよう」

 

 

そういうとゼノスはアイテムの中から一つの刀を手に取った。

その刀は、本来であればユグドラシル初心者が装備するべきであるはずの最弱の刀であった。

 

 

「…ふざけているのか貴様…そのような粗末な刀で我々と対峙しようとは、片腹痛いとはこのことですね」

 

「ふざけてなどおらぬ。貴様ら程度にはこの刀で十分だと判断したまでのことだ。もしこの鞘から剣を抜かせたいのであれば、それこそ己が死を覚悟して挑むがいい」

 

「減らず口を…!」

 

「さて、お喋りはこの辺りとするか。貴様らがこの剣を抜くに相応しいかどうか、見極めさせてもらうとしよう」

 

 

 

語り合いは終わりだと言わんばかりに、ゼノスは再び殺気を放出する。先ほどまでの他者を一方的に屈服させるほどではないにしろ、守護者達に強いプレッシャーを浴びさせる。

 

 

 

「さぁ、一心不乱に、抜かせて見せよ」

 

 

 

 




次回の後書きにてゼノスの詳しいステータスを開示致します。

そして守護者達の運命や如何に…!?



ヒント:圧縮剣気(原作再現)






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第5話 -戦い(狩り)を愉しむために-

「さぁ、一心不乱に、抜かせて見せよ」


ゼノスの言葉を契機に、守護者達は戦闘態勢に移る。
そんな彼らを尻目に、一人残されたモモンガは闘技場の観客席からで戦いを見届けることにした。

「よし。この場所であれば問題ないだろう」

「はい。しかし、些か離れすぎでは?確かにこの場所であれば、守護者達からの攻撃も届くことはないでしょう」



そう疑問を抱いたのは執事のセバス・チャンだ。

彼も他のNPC達と同じく、ギルドメンバーによって生み出された存在だ。
それも、自分やゼノスの親友でもあるたっち☆みーによって作られた。


「守護者達の攻撃が届かないことは理解しているつもりだ。
 だが、もし戦闘中にゼノスさんがアレ(・・)を使用する可能性がある、この場所なら範囲に入ることはないだろう」


アレ(・・)の直撃を受けてしまえば、モモンガクラスのプレイヤーであろうと再起不能に追い詰められてしまう。
後に守護者達を回復しなければならないであろうモモンガにとって、それだけは絶対に避けなくてはならなかった。


「モモンガ様、少しお聞きしたい旨があるのですが…」

「なんだセバス」

「ゼノス様一人で守護者全てに立ち向かうというのは、流石に無謀すぎるのではないでしょうか。
 もしいざとなれば、私がゼノス様の加勢に―――」

「ならん!」


セバスがゼノスを心配するのも無理はなかった。
普通に考えれば、いくらプレイヤーであってもレベル100に到達しているNPC全てを相手取るなど、気がくるっているとしか思えないのだ。


「…理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」

「お前がゼノスさんに加勢したとしよう。その場合、ゼノスさんは何よりもまずお前を『狩る』ことになる」

「なっ…」

「彼は自分の戦いを邪魔されたくはないんだ。それがたとえ私であったとしてもだ。
 そして、お前がゼノスさんに加勢することなど絶対にない(・・・・・)と断言しよう」

「それは一体…?」



「彼が倒れるよりも先に、守護者達が全滅するからだ(・・・・・・・・・・・・)





「さて、ではまずお前たちの名を聞かせてもらおうか。第一階層守護者から順に名乗るがよい」

 

 

まるで余裕綽々といったゼノスに対して怒りを覚えつつも、守護者達は名乗りを上げる。

 

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールンでありんす。よくもまぁ一人で立ち向かおうなどと考えたものでありんすねぇ」

 

最初に名乗りを上げたのは、幼い容姿の真祖(トゥルーヴァンパイア)、シャルティアだ。強さだけなら全階層守護者の中で最強である。

 

「ふむ、貴様は三階層も守護を任せられているのか。これは愉しみだ」

 

「ふん、今のうちに粋がっているといいんす!」

 

 

変な京言葉でゼノスを煽るシャルティアの尻目に次なる守護者が一歩前に出る。

 

 

「自分ガ第五階層守護者、コキュートス。タダ一角ノ武人トシテオ相手致ス」

 

 

守護者の中で特に巨大な体躯を持つコキュートスは蟲王(ヴァ―ミンロード)である。そのため、言葉を放つ際にどこか無理やり声を出しているように聞こえてしまうが、彼の声から伝わる敵への敬意とその心はまさに武人そのものだ。

 

 

「貴様も武人としての誇りを持つか。よかろう、俺もまた武人として相手をするとしようか」

 

「感謝スル…!」

 

「よっし、今度はあたし達だね。行くよマーレ!」

 

「あっ、ひ、引っ張らないでよお姉ちゃ~ん…」

 

 

男勝りの元気っ娘が、どう考えても女装している男の娘の腕を引っ張って前に出る。

 

「あたしは第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ!んでこっちが…」

 

「ぼ、僕も同じく第六階層守護者のマーレ・ベロ・フィオーレです…。ふ、不束者ですが、よろしくお願いします…」

 

 

…戦闘前の空気はどこに行ったのやら。マーレの発言によって変な空気が漂い始めた。

 

 

「…アウラといったな。弟の教育はどうなっているのだ…姉である貴様がなんとかしなければならんのではないか…?」

 

「へ?え、あたしのせい!?」

 

「そしてマーレよ。貴様が先ほど述べた言葉は、今から戦う相手に向けて発するものではない。」

 

「ふぇ?そ、そうんなんですか…?」

 

「あぁ。正しい意味が知りたくば、そこのアウラに聞くとよかろう」

 

「説明が面倒だからってあたしに全部投げてないでよー!」

 

「許せ。姉であるものの務めを果たすがいい。

 それはさておき、おかしな空気になってしまったが続けるとしよう。次の者、名乗るがよい」

 

 

ゼノスがそういうと、待っていましたと言わんばかりに悪魔が名乗りを上げた。

 

 

「お初にお目にかかります。私が第七階層守護者、名をデミウルゴスと申し上げます。どうぞおも知りおきを」

 

 

まさに紳士的な態度でこちらに見事な挨拶と共に深々とお辞儀を決める。ゼノスから見れば、彼が一番まともに話をすることができそうな人物に見える。

 

 

 

「ほう、中々の聡明さを身に纏っているな。貴様ならば、俺がなぜ指輪を所持しているか分かる筈だが」

 

「はい。おおよそのところは推測できておりますが、ほかの守護者達が戦うのに私だけ戦わないというのは、モモンガ様や貴方様に対して失礼だと感じましたのでね。お気を害したならば謝罪させていただきます」

 

「よい。遠慮なく挑んでくるがいい。さて、最後は貴様か…」

 

 

最後に名乗りを上げるは、この状況を作り出してしまった元凶だ。

 

 

「既に名乗ってしまっていますが、改めまして。守護者統括、アルベド。全力で捻り潰して差し上げましょう」

 

「…ハ。よいぞ、その気迫で挑むがよい。もしかすれば、俺の刀を抜かすことは出来るかもしれんぞ?」

 

「戯言を…こちらの数は圧倒的、暴力そのものです。貴方の勝ち目など、初めからないもの知りなさい」

 

「ふむ。確かに数ではこちらが遥かに劣っているな。だが、そんな状況でこそ『狩り』を愉しむことができるというものだ」

 

「戦闘狂いが生意気な…よろしい。お望み通りにして差し上げましょう!」

 

 

アルベドの言葉をきっかけに、守護者達はそれぞれ攻撃態勢へと入る。

あるものは武器を構え、またあるものは魔法による攻撃を画策する。

 

しかし、そんなものは全て無駄であったと身を以て気付かされることとなる。

 

 

「さぁ、この一撃を耐えられたならば、貴様らは俺と戦う資格があるものと認識しようぞ」

 

 

ゼノスは右手に携える刀を、おもむろに振り上げる。しかし、本来守護者らに向けられるはずの刀身が地面に向けられている(・・・・・・・・・)ことがあまりにも不自然だった。

 

 

 

「何をするつもりか知りんせんが、隙ありでありんすよ!」

 

 

絶好の攻撃チャンスと踏んだシャルティアは、独特な形状の槍「スポイトランス」を展開し、ゼノスに突撃する。

残るコキュートスやアウラもシャルティアに続かんと突撃し、マーレとデミウルゴスは突撃する3人を援護せんと、上位魔法による攻撃を仕掛けた。

 

 

「(しかし、なぜ奴は防御すらせず、刀を掲げたままなの?あれじゃまるで『殺してください』と言っているようなものだわ)」

 

 

しかし、アルベドだけは何処か違和感を感じていた。

確かに今のゼノスは隙だらけにもほどがある。あの状態を見て攻撃しないものなど、まずいないだろう。

だが、アルベドにはその隙が余りにも不気味に感じてしまった。そして、ゼノスの意図がどこにあるのかに気付いてしまう。

 

 

「(…まさか!?)貴方達戻りなさい!その男がやろうとしていることは…!」

 

 

アルベドが気付いたときには全てが遅かった。

 

 

 

 

 

「砕け散るがいい」

 

 

 

 

 

ゼノスは掲げていた刀を、刀身を地面に向けたまま勢いよく地面へと振り下ろし、そのまま刺し貫く。

 

その瞬間、ゼノスの周囲から圧縮された「気」のような何かが溢れ出すと同時に、闘技場内は膨大な光の奔流に飲み込まれた―――

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

ゼノスが発した爆発は闘技場内を光の奔流で埋め尽くし、モモンガらの視界を遮る。

 

 

 

「こ、この爆発は一体!?」

 

「くっ―――まさかここまでとは…!」

 

 

闘技場の観客席に避難していたモモンガとセバスは事なきを得たものの、モモンガたちの目の前にまで迫る規模の爆発に驚きを隠せなかった。

 

爆発から数分後、ようやく闘技場内の光が晴れてゆき、現在の戦況を知ることができた。しかし―――

 

 

「こ、これは一体、どういうことなのですか…!?」

 

 

戦況を確認したセバスが表情が驚愕と戦慄で塗り潰される。

 

闘技場に倒れ伏していたのは、ゼノス以外の守護者らであった。

 

 

「やはり、アレ(・・)使ったのか…ゼノスさんも容赦ないな…」

 

「モモンガ様、先ほどから言われているアレ(・・)とは、一体何なのですか?それこそが、この状況を作り出したとでも言うのですか?」

 

 

セバスに疑問をぶつけられたモモンガは、ここらで話すのがいいだろうと、感慨深い声で話し始めた。

 

 

「ゼノスさんが発した爆発の如き光の奔流、それは『圧縮剣気』と呼ばれるスキルによるものだ」

 

「スキル…ですか?」

 

「うむ。あの爆発はゼノスさんが練り上げた膨大な剣気を刀に圧縮し、一気に放出させたものだ。そして、あの『圧縮剣気』には厄介な効果と強力なデバフが付いている。まず、あの爆発を防御することはできん」

 

「防御不可攻撃…!?それではシールド魔法や防御魔法を無視して攻撃するスキルがあるとは…」

 

「そう、あれの前では防御バフを幾ら積んだ所で意味はない。そして、厄介なのはバフだけでなく装備品や自身の防御値すらも無視し、貫通してしまう点だ」

 

「なんと!?」

 

「だがこれだけではない。本当に厄介なのは付与されるデバフのほうだ。『圧縮剣気』を受けた者は、一定時間身動きが取れなくなる『スタン』を受けてしまう」

 

「身動きが出来ない効果を与える…それはつまり、あの攻撃を受けた者達は問答無用で戦闘不能に陥らされてしまう、ということでしょうか」

 

「その通りだ。仮に『圧縮剣気』を受けながらも生き延びることができたとしても、スタンによる行動不能デバフによって回復すらできぬまま、次の敵の攻撃により確実に戦闘不能になる」

 

 

いつ見ても本当に恐ろしいスキルだ、とモモンガは呟く。

と、ここでセバスはあることに気付く。

 

 

「しかしながら、それだけの強力な効果を持っているのであれば敵は近づこうともしないのでは?そもそも、発動されたとしても避けることができれば…」

 

「それは恐らく無理だろうな。私が言うのもなんだが、ゼノスさんが『圧縮剣気』を外す様を見たことがないのだ」

 

「外したことがない?それは何故…」

 

「ゼノスさんは『圧縮剣気』は戦闘の最初にほぼ間違いなく使用する。そしてさらに、相手を如何に逆上させ、自分への憎しみを湧き立たせ、強大な敵に仕立て上げるかを戦闘が始まる前から考えている。あの超越者モードのゼノスさんなら猶更だろう」

 

 

「なぜ、そのような危険な真似を?」

 

「さぁな。だが、私は一度彼に問いただしたことがある。なぜそこまでして強者との闘いを望むのか、と。

 それで、どんな答えが返ってきたと思う、セバス?」

 

 

モモンガから問いかけられたセバスは、自分に頭にある知識をフル回転させて考えるが、やはり答えは思いつかなかった。

 

 

「申し訳ありません、私には到底考えが及ばぬことではないかと思わせていただきます」

 

「奇遇だな、私も同じ思いを抱いたぞ。ゼノスさんはな、『狩りを愉しむため』と答えたんだ」

 

「『狩りを愉しむため』…ッ!ではまさか…!?」

 

「あぁ。逆上した敵、特に憎しみを湧き立たせた敵は強敵となって、必然的にゼノスさんへと矛先を向ける。そうして『餌に飛びついてきた獣をおびき寄せる』かのように『圧縮剣気』を発動させ、生き残った者を自分が狩るべき相手と認め、戦うことを目的としているのだ」

 

 

ゼノスは己と戦うに相応しい敵を狩るために敵愾心を煽り、憎ませ、向かってきた敵の中から相応しき者とそうでない者を選別するために『圧縮剣気』を使用するのだという。

まさに戦闘狂。戦いを愉しむためなら己に向けられる敵意や殺意といったものすら利用するとは、常人ではそのような考えに行き着く筈もなかったのだ。

 

 

「だからこそ、彼は『圧縮剣気』必ず命中させるために戦う前から戦いを愉しんでいるんだ(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

一方の闘技場内は、死屍累々とした戦場と化していた―――

 

 

唯一ゼノスから離れていたアルベドは、ステータスを耐久値に特化されていたこともあり、かろうじて意識を保つことができていた。

 

だが、

 

守護者最強と呼ばれた筈のシャルティアをはじめとして、自分以外の守護者達が全員戦闘不能に陥っていたことが信じられずにいた。

 

 

「そ、んな、馬鹿な…なぜ我々が…この地を守るべき階層守護者達が…たった一人のあの男に…!」

 

 

自分たちは至高の御方々から生み出された最強の存在だ。それは守護者全員がそう思い、誇りにしている。

だが、素性も知らぬ男が放った一撃のみで、自分たちの誇りすらあっさりと吹き飛ばされてしまった。

 

 

「認めない…!私は絶対に、みとめ、な―――」

 

 

戦場の中心に無傷で佇む男への憎悪を滾らせながら、アルベドは意識を手放した。

 

 

 

 

 

一人佇むゼノス。その手に携えていた刀の刀身は、やはりゼノスの剣気に耐えられなかったのか、既に砕け散っていた。

 

 

「つまらぬ…」

 

 

ゼノスは倒れ伏したまま立ち上がってこない守護者らを見やると、退屈だと言わんばかりに刀身の砕けた刀を放り捨て、そのまま戦場を後にした。

 

 




キャラクター名:ゼノス・イェー・ガルヴァス
現実世界での名前:妙蓮寺(みょうれんじ)瀬名(せな)

カルマ値:+100(平常時)-100(超越者モード時)

種族:超越者(トランセンダー)Lv15、不滅なる者(イモータル・ワン)Lv10

職業:グランドセイバーLv10、アルティメイトセイバーLv10、ケンセイLv10、
   ワールド・エネミーLv10、その他Lv35



異世界に飛ばされるまでは、『退屈な世界』をただ惰性で生きていた一般人。
だが、異世界に飛ばされてからはの彼は、常に『退屈』な心を埋めるため、戦いを愉しむために行動している。

好青年な顔と超越者としての顔

果たしてどちらが仮面で、どちらが彼の素顔なのか―――


スキル『圧縮剣気』

ゼノスが纏う膨大な剣気を刀に圧縮させ、一気に解き放ち、敵全体を攻撃するスキル。
劇中でモモンガが解説した通り、防御無視攻撃とスタンデバフという、非常に凶悪なスキルとなっている。
ゼノスが初撃に必ず使うといってもいいほどに気に入られている攻撃であり、初見で避けることはまず不可能。例え初見でなくとも、爆発の発生とダメージ判定が非常に早く、見てから避けるのはLv100に到達したプレイヤーであろうとも困難を極める。

仮に耐えることがようとも、スタンデバフにより行動不能にされてしまい、続く二撃目にて必ず戦闘不能に陥ることとなる。


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