ストライク・ザ・ブラッド~白き焔~ (燕尾)
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聖者の右腕編
第一話


おはようございますこんにちはこんばんは! 燕尾です!
ストーリ内容は変えず若干の文の変更をしました!
気づかない人は気づかず、前とどう違うんだと思われると思いますが明言します。
"若干"変えました!

バイトのシフトがアレなせいで夏休みが夏休みでなくなっているので亀更新となりますがどうぞお付き合いの程お願いします。


 

 

「あー、暇だ、退屈だ、なんか面白いことない? 古城」

 

 

何もすることがなく、暇をもてあましていた楠劉曹は目の前の友人に問いかけた。

 

 

「暇なら俺の追試の勉強を手伝ってくれよ。劉曹」

 

 

そんな劉曹を見て古城と呼ばれた少年は呆れたように返す。

しかし劉曹は溶けたアイスのようにだらんと机に伏して言った。

 

 

「えーなんか見返りがほしい」

 

 

「見返りってお前……」

 

 

そこで区切って古城は横目でテーブルに積み上げられた皿を見て怒鳴る。

 

 

「それだけ人の金で物食ってよくそんな事が言えるな!」

 

 

「冗談だ。だから基樹と浅葱が帰っても俺が残ってるだろ」

 

 

はぁ、と古城はため息をつく。

 

 

「なぁ、何で俺はこんなに大量の追試を受けてるんだろうな」

 

 

古城はわけがわからないという風にぼやいている。そんな古城に劉曹は呆れたようにため息をつく。

 

 

「そりゃ、毎日毎日授業サボって夏休み前のテストもサボってたんだ。自業自得だろ」

 

 

「わかって言ってるだろお前。吸血鬼が朝イチにテストなんて辛過ぎるんだっつーの。それなのにあの担任は……」

 

 

「那月ちゃんは感謝こそされ、恨まれる筋合いはねーだろ。お前の足りない出席日数もそれで補ってくれてんだからな」

 

 

まぁなと古城も同意する。

 

 

「それに――ってもうこんな時間か」

 

 

時計を見ると時刻は四時を少し回ったころ。十二時ぐらいに入ったからもうかれこれ四時間くらいファミレスにいることになる。

 

 

「古城、続きは図書館かお前の家でやらないか。これ以上居座っているわけにもいかないだろ」

 

 

「そうだな、それじゃ家でやるか」

 

 

そういって支払いを(古城が)済ませてファミレスを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「暑い……焼ける……焦げる……灰になる……はぁ」

 

 

「古城うるせぇ。俺までだるくなるだろ」

 

 

強い日差しが二人の体力を奪う。

ここ絃神島は日本本土から約南方三百三十キロメートルの太平洋上にあり、魔族と人間が共に暮らす海上浮遊都市である。位置的に考えると季節は一年中夏なので吸血鬼である古城にとっては日中はやはりキツイようだ。

二人は海沿いのショッピングモールを歩いている。

普段はモノレールを使うのだが古城はさっきの支払いでお金がほとんどないのだ。よって徒歩で帰ることになった。なのだが……

 

 

「古城、気づいているか」

 

 

「やっぱりつけられてるよな。俺たち」

 

 

後方十五メートル位に劉曹たちの学校の中等部の制服を着てギターケースを持った少女がファミレスを出てから二人のあとをつけている。

 

 

「ああ、たちっていうより古城、お前だ。大方お前の正体を知ったどこぞの機関が送ってきたんだろう。とりあえずゲーセンにでもはいって様子を見てみようか」

 

 

「そうだな」

 

 

二人はゲームセンターにはいって少女の様子をうかがう。

少女は店前で足を止めて困ったようにオロオロしている。姿を見失うのは避けたいが、かといって店内に入ってしまえば二人とばったり顔を合わせる可能性が可能性が高くて、それも困る。そのような葛藤(かっとう)の板ばさみになっているのだろう。その様子を見て劉曹と古城は…

 

 

「なぁ古城。なんか俺凄い罪悪感に襲われているんだが」

 

 

「奇遇だな劉曹、俺もそんな感じだ。どうする? 話しかけてみるか?」

 

 

「まぁ、このまま置いて帰ることが出来るほど俺は神経図太くないし。なんか見てて本当にかわいそうに思えてきたし」

 

 

二人はそう言って通路に出ようとする。だが、少女も同じことを考えていたのかばったり会ってしまった。

 

 

「だ……第四真祖!」

 

 

彼女は重心を落として身構え、そう叫んだ。なかになにが入っているのかはわからないが、ギターケースを抱え、いつでも中身を出す準備をしている。

 

 

「誰だ、お前?」

 

 

警戒心をあらわに少女をにらむ古城。

 

 

「わたしは獅子王機関の剣巫です。獅子王機関三聖の命により、第四真祖であるあなたの監視のために派遣されました」

 

 

少女の話を聞いて劉曹は古城に耳打ちした。

 

 

「やっぱりお前だったな古城。んじゃ俺はこれで失礼するよ」

 

 

そそくさと逃げようとする劉曹。だが古城は劉曹の腕を掴む。

 

 

「待てぇ! お前だけ逃がすわけないだろ」

 

 

「いやいや、わざわざ可愛い女の子からご指名されたんだ。俺がいるのは無粋というものですよ、暁古城君」

 

 

「いやいや、そんなことはないぞ。せっかくだしその可愛い女の子と一緒にお話しようじゃないか、楠劉曹君」

 

 

「あの、二人ともちょっと……?」

 

 

少女は戸惑ったようにヒソヒソ話をする二人に声をかける。

 

 

「ああ、わるいな。たぶんそれは人違いだからほかを当たってくれ」

 

 

「え? 人違い?」

 

 

「そ、人違い。俺たちは第四真祖とか伝説じみた存在とか、獅子王機関の剣巫とかまったく知らないから、それじゃ」

 

 

「えっ……え?」

 

 

劉曹の言葉をそのまま信じたみたいだった。なかなか素直な性格の少女なのかもしれない。

立ち去ろうとした二人を少女は慌てて呼び止める。

 

 

「待ってください! 本当は人違いじゃないですよね!?」

 

 

「いや、監視とか間に合ってるから。じゃあ、俺たち用事があって急いでいるんで」

 

 

古城にそう言われた少女は混乱した表情のまま、その場に呆然と立ち尽くしていた。その間に二人は歩き出す。

 

 

「まったく監視とか洒落にならんな。しかも一方的だったし」

 

 

「ま、政府機関なんて勝手なもんだ。自分の利益のためなら犯罪すら容認する。よくあるだろ? 裏でこそこそ指示して自分の手は汚さない汚いやつって。結構多いんだよああいうの。行方不明として扱えばそれで済むから邪魔であれば存在を消すことも厭わない」

 

 

「それは考えすぎなんじゃないか?」

 

 

「……ま、色々あるんだよ」

 

 

劉曹の雰囲気が変わった気がした古城は怪訝(けげん)そうにする。しかし劉曹は、なんでもない、と笑う。

 

 

「そういえばさっきの女の子ついてきてないみたい……って、おいおい」

 

 

劉曹はさっきの少女がついてきていないか確認するため振り返る。そこで目にした光景にぎょっと目をむいた。古城も劉曹後ろを向くとさっきの少女が明らかにチャラチャラしてる二人組みに付きまとわれていた。

 

 

「ねぇねぇ、そこの彼女。逆ナン失敗? だったら俺たちと遊ばないか?」

 

 

「そうそう、俺らいま給料入って金持ってるからさ」

 

 

距離が離れているので何言っているのか聞こえないが状況からしてナンパしようとしているのだろう。

少女は冷ややかな態度で男たちを追い払おうとしたが、そのせいか、少し険悪な雰囲気になっていた。男の一人が荒っぽい声で怒鳴り、少女が刺々しい表情で言い返している。

そして男の一人が少女の腕を掴みつれていこうとする。そしてもう一人が少女のスカートをめくろうとした瞬間----

 

 

「まてまて、なにやろうとしてんだ」

 

 

劉曹は男の手を掴んでいた。

 

 

「は? 何だてめぇ」

 

 

「おまえ、さっきの二人組みの高校生か」

 

 

「いい歳こいて中学生をナンパすんなよ、おっさん共。あれか? ロリコンなのか?」

 

 

「ふざけてんのかてめえは!!」

 

 

劉曹の物言いに腹を立てた短髪の男が劉曹に殴りかかろうとする。だが…

 

 

「ぐはぁ!」

 

 

男は一瞬にして吹っ飛び、看板のポールに激突していた。

 

 

「「なっ----」」

 

 

もう一人の男と少女は唖然としていた。劉曹は手をぶらぶらと振っている。おそらく殴り飛ばしたのだろう。

 

 

「先に手出したのはそっちだ、正当防衛正当防衛。それに魔族ならそんくらい大丈夫だろ」

 

 

「えっ!?」

 

 

劉曹のひとことに少女は目を剥く、なぜわかったんだろう、と。

 

 

「てめぇ、ただじゃおかねぇぞ。来い灼蹄(シャクテイ)!」

 

 

しかし、先に我に返った男が恐怖と怒りに顔を歪ませ魔族としての本性をあらわにする。真紅の瞳と牙、そして眷獣(けんじゅう)

 

 

「あれは、D種----!」

 

 

少女が表情を険しくしてうめいた。色々な吸血鬼の中でも特に欧州に多く見られる"忘却の戦王(ロストウォーロード)"を真祖とする者たちを指す。

眷獣の魔力を検知した街の警報器が鳴り響く。周りはパニックになり逃げ惑っていた。

劉曹は呆れたように言い放つ。

 

 

「おいおい、街中で不用意に眷獣を出すもんじゃないぞ」

 

 

「うるせぇ! 行け灼蹄、やっちまえ!」

 

 

灼蹄と呼ばれる灼熱の妖馬は一直線に劉曹に襲い掛かる。このまま当たれば劉曹は業火に包まれて焼け死ぬだろう。

だが、妖馬の眷獣は途中で消え去ってしまった。

 

 

「なんだと!? 俺の眷獣が消えた……!?」

 

 

劉曹は吸血鬼の男に歩み寄る。何が起こったかわからず男は怯えたように後ずさる。

 

 

「今回、俺に向かって眷獣ぶっ放したのは見逃してやるよ。あの眷獣のようになりたくなかったら仲間連れてさっさと行け。もう中学生をナンパするのはやめろよ」

 

 

「わ、わかった……」

 

 

消え入りそうな声で頷き、吹っ飛ばされて気絶した仲間を担いで去っていった。

あー疲れた、と劉曹が肩をもみほぐしているとゴスッと鈍い音がした。いつの間にか来ていた古城が劉曹の頭を殴っていたのだ。

 

 

「痛っ! 何すんだ古城!」

 

 

「お前が何してんだよ! こんなところで」

 

 

言い合ってる二人をよそに少女は呆然と立ち尽くしていた。やがて我に返り……

 

 

「あ、あの!」

 

 

少女は劉曹に呼びかける。

 

 

「? どうした」

 

 

「あなたは何者ですか。一体どうやって眷獣を……」

 

 

「俺は楠劉曹、人間だ。んで、こっちが暁古城。第四真祖だ」

 

 

いきなり少女に正体を言われた古城はびっくりする。

 

 

「お、おい!」

 

 

「いいだろ、別に。お前の監視のためにこっちに来たんなら、お前の正体ももう知られているだろ」

 

 

「いや、そうだが…」

 

 

「ところで、君の名前は?」

 

 

劉曹は少女に質問する。

 

 

「えっ? あ、わたしは姫柊雪菜(ひめらぎゆきな)といいます」

 

 

「いったんここを離れるぞ、姫柊、古城。そろそろ特区警備隊(アイランド・ガード)が来るからな。事情聴取とかは御免だ。あの人にばれたらなにされるかわかったもんじゃない」

 

 

わかりました、わかった、と同意して三人はその場から離れるのだった。

 

 




改めて、お久しぶりです。
何度もいいますがあまり変わっていません!
もしかしなくても駄文のままかもしれないですががんばりますのでよろしくお願いします。


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第二話


はい、どうも燕尾でございます!
二話目です。どうぞ!



 

 

ショッピングモールでの一件のあと劉曹と古城は明日詳しく話すことを条件に雪菜と別れ、古城の家で追試の勉強をしていた。

 

 

「そういえば劉曹、よかったのか?」

 

 

問題を解いている途中、古城が尋ねてくる。なにが? と劉曹が聞き返すと古城は心配そうに、

 

 

「いや、あの姫柊って攻魔師なんだろ? そんな奴の前で力使っただろ。お前の素性がばれるんじゃないのか?」

 

 

付き合いが始まってから数年経つが、古城自身、劉曹が何者なのかを知らない。が、人間でありながら素手で、しかも片手一本で吸血鬼の眷獣を消し去ることが出来るほどの力を持っているのは知っているのだ。もし、街中で起こったことを姫柊という少女が上司に報告なんてしたら、劉曹にも監視が来るなんてことになりかねないのではないか。

不可抗力とはいえ巻き込んでしまう可能性が高いことに古城は不安を覚えていた。だが、劉曹は呆気からんとして返す。

 

 

「ああ、それに関しては俺の情報を記録しているところにハッキングかけてあらかた消去している。まず並みの人じゃ探し当てることすら無理だ。ほとんど残ってないからな。もし仮に見つけたとしてもソレが俺の情報なのかどうかすらわからないだろ」

 

 

「なんだそれ、そこまでする必要があるのか? ていうかそれ普通に犯罪だろ」

 

 

「向こうはすトーキングだのして得た個人情報を本人の了承無しに勝手に記録してんだ。そんなこといわれる筋合いはない。ハッキングかけたのが俺だって誰もわからんだろうし」

 

 

「おまえ、コンピュータ関係も強いんだな」

 

 

「ある程度はな。ただまあ、浅葱なんかに調べられたらアウトだな。あいつのこういうものに関するスペックは神レベルだからな。でもあいつは人の情報を(あさ)ることはしないだろから大丈夫だろ。……そこエックスの二乗だ」

 

 

「は? ああ…」

 

 

「それに、"触らぬ神に祟りなし"だ、古城」

 

 

悪戯っぽい笑みを浮かべそういう劉曹に「おまえなにしたんだよ……」と古城はジト目で言うが劉曹は内緒だ、と逸らす。

 

 

「とりあえず、お前は明日の追試のことだけを考えろ。その後のことは……まぁ何とかなんだろ」

 

 

「ちょっ、おまえ適当すぎるだろ!?」

 

 

俺のプライバシーがかかっているんだぞ! とギャーギャー喚く古城を劉曹は無視して数学の問題を解いている。

実際のところどれだけ拒否しようが相手は勝手に任務を実行するだけ。派遣された監視役と接触した時点で劉曹と古城にできることなんてなにもなくおとなしく受けるしかないのだ。

 

 

(確か姫柊は獅子王機関の剣巫って言っていたな。ということは"あいつ"の差し金か。こうなった以上は仕方ないがちょっと釘刺しといた方がよさそうだ)

 

 

そう考えつつ、劉曹は未だにうるさい古城を物理的に黙らせて追試の勉強を進めさせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

次の日朝、時刻は七時くらい。劉曹は古城の家のインターフォンを押した。

古城の自宅はアイランド・サウスこと、絃神島南地区の九階建てマンションの七階。人工島(ギガフロート)内では、比較的背が高く、見晴らしのいい建物だ。

その一室の扉の奥からはいはーい、と可愛らしい声が聞こえてくる。

 

 

「はーい。あ、曹君おはよう。古城君だよね、ちょっと待ってて! 叩き起こしてくるから。そうだ、朝ごはん食べていく? これから作るところだったんだ」

 

 

朝から元気に話す大きな瞳が印象的で表情豊かなこの少女は暁凪沙、古城のひとつ年下の妹である。

 

 

「おはよう凪沙ちゃん、朝から元気だな。朝は食べてきたから大丈夫だ。古城は俺が叩き起こしてくるから凪沙ちゃんは朝ごはんを作ってきな」

 

 

「ありがと曹君。それじゃ、古城君をよろしくね」

 

 

そう言って凪沙はパタパタとキッチンへ戻っていき、劉曹は古城の部屋に入り寝ている古城に向かって思い切り腕を振りかぶる。

 

 

「顔面パンチ発射五秒前! 四……」

 

 

「ん、なんだ……?」

 

 

大きな声がして起きた古城は焦点の合っていない目で目の前を見る。完全に意識がはっきりしていなかった古城だったが、束の間、一気に覚醒する。

 

 

「三……二一ゼロ発射ドーン」

 

 

「どあああああああああ!!」

 

 

悲鳴をあげながら顔を横にずらす古城。さっき自分の顔があった場所には劉曹の拳が突き刺さっていた。

 

 

「おはよう古城! いやー気持ちのいい朝だな! さぁ、今日も一日ガンバロー!」

 

 

爽やかな顔で言ってそそくさと部屋を出ようとする劉曹。

 

 

「ちょっと待てェ! 何で朝からこんなアグレッシブなことしやがる! しかも二からカウントダウン早すぎだろ!」

 

 

「うるさい、お前が毎日毎日起きるのが遅くて凪沙ちゃんが困っているからこうやって俺が優しく起こしてやっているんだろうが」

 

 

「お前の起こし方のどこに優しさがあるのかぜひとも教えてほしいもんだな」

 

 

「ま、それはいいとして」

 

 

「よくねぇよ!」

 

 

「うるさい。さっさと顔洗って朝飯食いに行け。凪沙ちゃんが準備してるんだから」

 

 

古城は納得できんという感じだったが、しぶしぶと洗面所へ向かっていった。

 

 

「まったく、あんなんじゃ凪沙ちゃんも苦労するよな」

 

 

やれやれ、とため息をつきながら劉曹も部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古城が追試を受けている間、劉曹は別教室で待機していた。このあと昨日出会った姫柊雪菜と話をするために。だったのだが……

 

 

「おい姫柊、何しているんだ。そんなところで」

 

 

「なっ――」

 

 

雪菜はばれるとは思っていなかったようで声を掛けられて驚いていた。

 

 

「古城は気づいていなかったがバレバレだったからな? 朝からご苦労なことだが尾行するならもっと気配を消せ」

 

 

「昨日から思っていたんですけど。楠先輩。あなたは一体何者なんですか?」

 

 

「普通の人間だよ」

 

 

「普通の人間に眷獣を消し去ることなんてできません」

 

 

はぐらかそうとしたのがわかったのか雪菜は少しムッとして問い詰める。

 

 

「何で政府機関の人間は個人のプライバシーを侵害するのだろうか」

 

 

「それが任務ですから」

 

 

「その一言ですべて収めようとするな。第一、姫柊の任務は俺じゃなくて古城だろ」

 

 

「うっ……」

 

 

そういわれて言葉に詰まる雪菜。案外言葉を返されるのに弱いのだなと劉曹は感じる。

これ以上何を言っても教えてはくれないだろうと判断した雪菜は話を変えた。

 

 

「では、暁先輩がここで何をするつもりなのか教えていただけませんか」

 

 

「そういう話をするのは古城の追試が終わった後って言ったよな? まぁ今の言葉で姫柊が勘違いしていることはわかった」

 

 

「勘違い? どういうことですか?」

 

 

「だから、話はあいつが来てからだって。俺は古城が来るまで俺は寝るから」

 

 

「えっ、ちょっと――」

 

 

雪菜が話しかける前にもう劉曹はすぅすぅと寝息を立て始めていた。

 

 

「寝るの早すぎじゃないですか!? まったくもう……」

 

 

これから先のことを考えると溜息しか出ない雪菜であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古城の追試が終わり、昼時だったため三人は彩海学園の近くにある大手チェーンのハンバーガーショップで昼食をとることにした。一息ついたあと劉曹が口を切る。

 

 

「それじゃ、話をしようか。古城」

 

 

「言い出してすぐ放棄するなよ… まぁいい、姫柊。改めて聞くけどお前は一体何者なんだ?」

 

 

「私は獅子王機関の剣巫です。獅子王機関は知っていますよね?」

 

 

「いや知らんが」

 

 

即答する古城に雪菜は目を(またた)いた。

 

 

「どうして知らないんですか!?」

 

 

「そんな知ってて当然みたいに言われても困るんだが……初めて聞いたぞ。そんな名前」

 

 

古城の反応に困った表情の雪菜。そこに劉曹が助け舟を入れる。

 

 

「古城。獅子王機関ってのは、国家公安委員会に設置されている特務機関のことで、大規模な魔導災害や魔導テロを阻止するための情報収集や謀略(ぼうりゃく)工作をやったりしている」

 

 

「楠先輩の言うとおりです。もともとは平安時代に宮中を怨霊や妖の類から護っていた滝口武者が源流(ルーツ)なので、今の日本政府より古い組織なんです」

 

 

源流(ルーツ)とかはよくわからないけど……要するに公安警察みたいなものか」

 

 

古城は一応理解はできたようだ。

 

 

「で、何で俺たちを尾けてきたんだ? 魔導災害やテロの対策なら俺とは関係ないだろ」

 

 

「あの、暁……先輩? ひょっとしてご存じないんですか?」

 

 

「なにをだ?」

 

 

「えっと……あの……」

 

 

「お前は戦争やテロ、災害と同じ扱いを受けているって話だ。真祖は一国の軍隊と同格、それ以上なんだよ。当然お前も当てはまることになる」

 

 

言うのをためらっている雪菜に代わって劉曹がストレートに言った。唐突に災害扱いされた古城は、はぁ!? と声を上げる。

 

 

「何だよそれ、生物ですらないのかよ。第一そんな扱いされる覚えはねーぞ。俺はなにもしてねーし、支配する帝国(ドミニオン)なんざどこにもねーし」

 

 

「そうですね、わたしもそれを訊きたいと思ってました。先輩方はここで何をするつもりですか?」

 

 

「おいちょっと待て、なんで俺も入れている!?」

 

 

自分も入れられて驚く劉曹。そんな劉曹のツッコミも虚しく雪菜は続ける。

 

 

「正体を隠して魔族特区に潜伏しているのは目的があるんじゃないですか? 暁先輩の正体を知っている楠先輩と絃神島(いとがみじま)を影から支配して登録魔族を自分たちの軍隊に加えようとしているとか。あるいは自分の快楽のために彼らを虐殺しようとしているとか……なんて恐ろしい!」

 

 

それ途中から俺は関係ないんじゃないのか。俺人間だし、と思っていたがここは口に出さずこらえる劉曹。古城はなんでそうなる、と低く(うな)り、

 

 

「まてまて、姫柊は何か誤解しているぞ」

 

 

「誤解?」

 

 

「潜伏もなにも、俺は吸血鬼になる前にこの街に住んでいたんだ。この体質になったのは今年の春だ」

 

 

古城の話に雪菜は信じられない、というふうに首を振る。

 

 

「そんなはずありません。第四真祖が人間だったなんて!」

 

 

「そんなこといわれても事実そうなんだよ。俺は先代の第四真祖にこの厄介な体質を押し付けられただけだ」

 

 

「先代の!? 本物の"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"にですか!? どうして第四真祖が暁先輩に……そもそもなぜあの"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"に遭遇したりしたんです?」

 

 

「それは……」

 

 

「まて古城! それ以上は考えるな!」

 

 

雪菜の質問になにかを思い出そうとする古城。その様子を見て声を上げて止めようとした劉曹だったが一歩遅かった。突然として古城は激しい苦痛に襲われてたように顔を歪ませた。

 

 

「あ、暁先輩!? 楠先輩、これはどういう……」

 

 

雪菜は突然のことにおろおろして劉曹に問う。

 

 

「こいつの記憶の一部が欠落しているんだよ。無理に思い出そうすれば激しい頭痛に見舞われる」

 

 

古城は痛みが引いてきたのか息を整えて落ち着かせている。

 

 

「なぜ記憶がないんですか? 楠先輩はなにかご存じないんですか?」

 

 

「知ってる」

 

 

「「は!?」」

 

 

古城と雪菜は同時に声を上げる。

 

 

「なぜこいつが第四真祖になったのか、その日に何が起こったのか、俺は全部知ってる。今となっては世界中でも俺しか知らないだろうな」

 

 

「なんでお前が……」

 

 

「おまえは覚えていないかもしれないが俺もいたんだよ、あのとき」

 

 

「教えてください。なにがあったのか」

 

 

雪菜に詰め寄られるが劉曹は首を横に振った。

 

 

「すべてを教えることはできない。古城のためにも。ただひとつ、記憶がないのは固有堆積時間(パーソナルヒストリー)を奪われたせいだ」

 

 

固有堆積時間(パーソナルヒストリー)ですか」

 

 

「なんだそれ」

 

 

「ある存在が生み出されてから現在まで過ごした時間の総和、人の歴史だ。簡単に言えば記憶と経験。第四真祖とかかわった人間は全員第四真祖に関する時間、記憶、経験をすべて奪われたということだ。だからこそ第四真祖は架空の、伝説の存在として扱われているんだ」

 

 

「なら、なんでお前の記憶は残っているんだ?」

 

 

「そうですね、楠先輩も例外ではないと思います」

 

 

劉曹はそう説明するが古城と雪菜はある意味当然の質問を投げかけた。

 

 

「色々やった」

 

 

「いや、そうなんだろうけどさ」

 

 

「もっとこう、具体的なことは言えないんですか?」

 

 

「コジンジョーホー プライバシー タイセツ」

 

 

「「あ、もういいです」」

 

 

古城と雪菜はこれ以上問い詰めるのをやめた。二人ともこれ以上聞けることはないと悟ったのだ。

 

 

「ま、とりあえず。これからどうするんだ姫柊?」

 

 

劉曹はこれからどうするかを姫柊に問う。とはいっても答えはもちろん……

 

 

「もちろん暁先輩の監視任務につきます」

 

 

「マジか……ちなみに俺に拒否権は?」

 

 

「ありません」

 

 

きっぱり言われた古城は最後の砦というふうに劉曹に助けを求めた。

劉曹は満面の笑みを浮かべ古城の肩に手を置き、そして……

 

 

「古城、あきらめろ。言っただろ、政府機関は勝手だって」

 

 

唯一の希望にも見捨てられた古城は天を仰いで嘆息(たんそく)するのだった。

 

 

「勘弁してくれ」

 

 





ちょっと台詞が多い二話目です
こんな感じで前に投稿したものを少し改変して更新していきます。


バイト超だるい(泣)


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第三話


どうも燕尾です。
今回もお付き合いの程よろしくお願いします。

バイトつらい……



 

 

「……………」

 

 

夏休み最終日。ここ最近、ずっと古城の追試の勉強を手伝っていた劉曹は今日こそゴロゴロと堕落(だらく)した生活を送ろうと心に誓っていた……のだが。

 

 

「どうした楠。げんなりした顔して」

 

 

「どうしたもクソもありませんよ。なんだって夏休み最後に学校に来なきゃいけないんですか」

 

 

劉曹は今、彩海学園の教職員棟最上階に来ている。

劉曹の恨み言を意にも介さないで、呼び出した本人は涼しげな表情で紅茶を飲んでいた。

 

 

「おまえのことだから今日はダラダラ過ごすと思ったからだ」

 

 

彩海学園高等部英語教師兼国家攻魔官、南宮那月は言う。

 

 

「そうですよ。ダラダラゴロゴロ過ごそうと思ってましたよ。わかっているならなんで呼ぶんですか」

 

 

ため息をついて愚痴をこぼす劉曹に那月はふふん、と得意げな顔で返す。

 

 

「お前が喜ばないことを私がしないわけがないだろう」

 

 

「なんつー理由だ。そんな格好でそんな子供じみたこと考えてるからちゃん付けで――」

 

 

「ほう、いい度胸だな楠。今度の課題は五十倍にして出してやろう」

 

 

「すいませんでした、勘弁してください」

 

 

地獄の閻魔様も逃げ出すぐらいの殺気を当てられた劉曹はすぐさま土下座した。

自称二十六歳の那月は真夏の気温にもかかわらず何故かゴスロリ服を着ている。しかも体格的に那月が着ていると中学生ぐらいに見えてしまうのは仕方ないことだろう。

そんな考えが読まれたのか那月にもう一度睨まれる。ごほん、と気を取り直して劉曹は尋ねた。

 

 

「で、俺を呼び出した理由はなんですか」

 

 

「最近魔族が襲われる事件が多発していてな。私は夜に見回りをしている。その手伝いだ」

 

 

「俺、一介の高校生なんだけど」

 

 

「ほう、十年前と二年前、時期は違えどあんなことをした子供が今更一介の高校生と言い張るか、なかなか面白いな、楠」

 

 

「う゛っ、那月ちゃ――那月先生? そのことは……」

 

 

劉曹が控えめに那月に言うと、彼女はふっ、鼻で笑い、

 

 

「安心しろ。誰にも言うつもりはない」

 

 

からかわれたことに気づいた劉曹は溜息をつきながら那月の手伝いを引き受けることにした。断ったところで強制連行は目に見えているのだ。

 

 

「で、俺はなにをすれば?」

 

 

「私と一緒に見回りをすればいい。なにか起きたらその対処。それだけだ」

 

 

それなら那月だけで事足りるのでは、と思う劉曹だったが口にはしない。口にしたところで目の前の担任に対しては無意味なのだ。

ここでふと思いついたように劉曹は那月に問いかける。

 

 

「そういえば姫柊の事気づいているのか?」

 

 

「当たり前だ。暁はごまかしたと思っているがな。ちなみにお前が魔族どもに力を使ったのもわかっている」

 

 

「あっはっはー…」

 

 

「ふん、あまり大きな力を使って正体がばれるようなことないようにしろ」

 

 

那月はぶっきらぼうに言っているがちゃんと劉曹のことを心配している。

実際のところ劉曹も那月の協力で自分の正体を隠せている事が大きいのだ。故に劉曹は古城と同様に那月にはあまり頭が上がらない。

 

 

「集合は夜十時、場所は学校校門前だ。いいな」

 

 

「了解」

 

 

必要事項を確認して劉曹は学園をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー夜だってのに暑いな」

 

 

時が経つのは早く、約束の時間になった。

学園を後にした劉曹は帰りの途中古城と雪菜、浅葱に出会った。

古城と雪菜はホームセンターケイユーでの買い物帰りで、何でも雪菜が古城の隣に引っ越してきて足りない生活用品を買いにいっていたという。

浅葱は古城に世界史のレポートを渡そうとしていたのだが、古城のデリカシーがないせいで静かに怒りながら帰っていった。もちろん世界史のレポートは貰えなかったみたいだ。

不思議がっている古城に劉曹と雪菜は呆れるように深々と息を吐くだけだった。

 

 

「どうやら時間通りに来たようだな」

 

 

いきなり背後から声を掛けられる。声の主はもちろん南宮那月だ。

 

 

「そりゃ来るだろ。引き受けたからには。で、どこから行くんだ? 那月ちゃん」

 

 

「私をちゃん付けで呼ぶなと言っているだろう! まぁいい、まずはアイランド・サウスの駅前からだ」

 

 

「わかった」

 

 

そうして二人は並んで歩き出す。

そして駅前近くを見回っていると二人はゲームセンターの入り口前に置かれているクレーンゲームをプレイしている見覚えのある二人組みを見つけた。

 

 

「あれって……」

 

 

灰色のパーカを着てフードをかぶっている男子とギターケースを持った彩海学園中等部の制服を来た女子。あの組み合わせは一つしかない。古城と雪菜である。

ニヤリと悪い顔になった那月は先に二人の元に行く。あーあ、と劉曹は二人に同情しつつ様子を伺う。

 

 

「そこの二人。彩海学園の生徒だな。こんな時間になにをしている」

 

 

声を掛けられて二人は固まる。古城はガラスに映る彼女が見えたのか息を呑んでいた。

 

 

「そこの男。どっかで見たような後姿だがフードを脱いでこっちを向いてもらおうか」

 

 

どこか楽しそうな那月。二人をじわじわと追い詰めようとしているみたいだった。

さすがにこれ以上はかわいそうだと思った劉曹は助け舟を出すように優しく言う。

 

 

「観念してこっち向いたら? これ以上那月ちゃんにいじめられたくないでしょ」

 

 

「「なっ――」」

 

 

古城と雪菜はいるとは思わなかった予想外の人物に驚きながらもまだ劉曹たちのほうを向かない。

 

 

「どうしたんだ? 意地でも振り向かないというのなら、私にも考えがあるぞ――」

 

 

那月がそう言った瞬間――ドンッと人工島が大きく揺れた。一瞬遅れて爆発音が響く

 

 

「なんだ!?」

 

 

那月が異様な気配に反応して振り返った。那月の注意が完全に()れたのを見て古城は雪菜の手を引いて駆け出した。

 

 

「あ、待て、お前ら!」

 

 

那月は咄嗟(とっさ)に結界を張り、後を追うがそこには破られた気配だけがあり、二人の姿は見えなかった。

 

 

「覚えていろ、暁古城!」

 

 

「なに悪役の捨て台詞を言ってんだよ。で、どうする」

 

 

呆れたように言う劉曹にあからさまに不機嫌そうに那月は返した。

 

 

「私は好き勝手には動けん。そのためのお前だ」

 

 

了解、といって劉曹はその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

探索(サーチング)

 

 

那月と別れた後、人気のないところで劉曹は意識を集中させていた。周りの喧騒を消し、目的のものだけに感覚を機敏にさせる。

 

 

「さっきの爆発音は絃神島東地区(アイランド・イースト)の倉庫街。関係ない奴は避難済みだな。爆発の中心地にいるのは三人。モノレールで接近している者が一人。そのはるか後方から接近する者が一人か」

 

 

モノレールにいるのは雪菜でその後ろにいるのは古城だ。

 

 

「さて、どうしたものか」

 

 

めんどくさいが自分が行ってすぐに場を収めるか、それとも雪菜と古城にやらせるか。

 

 

「もう、事態は動き出している……か。とりあえず"あいつ"の予定どうりってのは(しゃく)だが二人に任せてみるか。姫柊の実力も確認しないといけないしな」

 

 

考えがまとまった劉曹は現場へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、雪菜はロタリンギアの殲教師(せんきょうし)、ルードルフ・オイスタッハと対峙していた。

 

 

「なぜ西欧教会の祓魔師(ふつまし)が、吸血狩りをしているんですか!?」

 

 

「我に答える義務はなし!」

 

 

振り下ろされる戦斧(せんぷ)が雪菜を襲う。

 

 

雪霞狼(せっかろう)!!」

 

 

雪菜は紙一重でそれをすり抜け、攻撃を終えた直後のオイスタッハの右腕へと槍が伸びる。オイスタッハは回避不能のその攻撃を鎧に覆われた左腕で受け止めた。だが、そのせいで彼の腕を守っていた鎧が粉々に砕ける。

 

 

「我が聖別装甲の防護結界を一撃で破りますか! さすがは七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツアー)――実に興味深い術式です。素晴らしい!」

 

 

オイスタッハの禍々しい気配を感じ、この男はここで止めなければならないと雪菜は決心する。

 

 

「獅子の神子(みこ)たる高神(たかがみ)剣巫(けんなぎ)が願い奉る。破魔破魔(はま)曙光(しょこう)雪霞(せっか)神狼(しんろう)、鋼の神威(しんい)をもちて我に悪神百鬼(あくじんひゃっき)を討たせ給え!」

 

 

祝詞(のりと)を唱え七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツアー)で呪力を増幅させた雪菜は一気にたたみかける。

 

 

「ぬお……!」

 

 

嵐のような連撃にジリジリと後退していくオイスタッハ。一瞬の隙を突いて雪菜から大きく距離をとることができたが、防具に続き、オイスタッハの戦斧(せんぷ)は雪菜の攻撃で粉々に砕けた。

 

 

「これが獅子王機関の剣巫(けんなぎ)ですか、見事です。ですが獅子王機関の秘呪(ひじゅ)、確かに見させてもらいました――やりなさい、アスタルテ!」

 

 

命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)、"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"」

 

 

オイスタッハの背後から飛び出してきたのは藍色の髪の少女。少女のコートを破って出てきた虹色に輝く巨大な腕が雪菜を襲う。雪菜は雪霞狼(せっかろう)で迎撃し彼女の眷獣を切り裂いていく。だが……

 

 

「あああああああああ――っ!」

 

 

彼女の背中から現れたもう一本の腕が雪菜の頭上から襲いかかる。

雪霞狼(せっかろう)は眷獣の右腕に刺さったままで雪菜はよける(すべ)がない。

雪菜は一瞬だけ、見知った少年の姿が脳裏をよぎる。ほんの数日前に出会ったばかりのいつも気怠(けだる)そうな顔をした少年の面影――

 

 

(私が死んだら先輩は悲しむのだろうか…?)

 

 

そう思った瞬間、

 

 

「姫柊ィ――――!」

 

 

その少年は雪菜の名を叫びながら思い切り眷獣を殴り飛ばした。

 

 

「先……輩…?」

 

 

「なんだかよくわからねーけど、助けに来たぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、こいつらは一体なんなんだ?」

 

 

「わかりません。あの男はロタリンギアの殲教師(せんきょうし)だそうですが……」

 

 

雪菜の言葉に古城は混乱し、問いかける。

 

 

「何でヨーロッパからわざわざやってきて暴れてるんだ、あいつは?」

 

 

「先ほどアスタルテを殴り飛ばしたときの魔力……ただの吸血鬼ではありませんね……もしや第四真祖のうわさは真実ですか?」

 

 

破壊された戦斧を投げ捨てて、オイスタッハが言う。

 

 

その殲教師(せんきょうし)を庇うように、藍色の髪の少女が前に出て静かに言葉を紡ぐ。

 

 

再起動(リスタート)完了(レディ)命令を続行せよ(リエクスキュート)、"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"」

 

 

「待ちなさい、アスタルテ。今はまだ真祖と闘う時期ではありません!」

 

 

オイスタッハが叫び、少女止めようとするがすでに命令を受けた眷獣は止まらない。

先ほどの巨大な腕が古城を狙って降下する。すると…

 

 

「悪いがそこまでだ」

 

 

空からどことなく声がして、その声とともに眷獣は跡形もなく消え去った。声の主は地上に着地して二人のほうへ向く。

 

 

「大丈夫か? 古城、姫柊」

 

 

「劉曹!」

 

 

「楠先輩!?」

 

 

楠劉曹はよっ、と軽い挨拶をする。いきなりの友人の登場に古城は戸惑う。

 

 

「なんでお前がこんなところに――」

 

 

「それはこっちの台詞だアホ古城。なに面倒ごとに首つっこんでんだ。姫柊も後で覚悟して置けよ。かんかんだぞ、我らが担任は。明日なにされるかわからんほどに」

 

 

震える二人にため息をつきながら劉曹は殲教師(せんきょうし)と少女の方を振り向く。

 

 

「次から次へと……貴方はいったい――」

 

 

と、苛立たしげに殲教師(せんきょうし)は呟くも劉曹の姿を見て言葉を切り、目を見開いた。

 

 

「混じりけのない白い髪に真紅の目。そして眷獣を消し去ったときのその異様な力……貴方はあの"白焔の神魔"ですか!?」

 

 

「"白焔の神魔"!?」

 

 

その言葉を聞いた雪菜は驚きを隠せないでいる。

 

 

「知っているのか?」

 

 

「はい」

 

 

劉曹の背中を見つめ雪菜は語り口調のように口を開く。

 

 

「――二年前、たった一人の中学生とおぼしき少年が戦王領域、滅びの王朝、混沌界域…三つの夜の帝国夜の帝国(ドミニオン)を巻き込んだ事件を起こしたんです」

 

 

雪菜の話にはっ、と古城も思い出す。

 

 

「その事件知ってる。確かそれぞれの夜の帝国(ドミニオン)で魔族を無差別に襲われた事件だったな。短期間なのにそれぞれの場所での被害件数が多すぎてニュースでも大々的に取り上げていた」

 

 

「ええ。最初は各夜の帝国(ドミニオン)が対処しようとしていたんですが、被害がなくなることはありませんでした。そこで今まで手を取り合わなかった第一、第二、第三真祖はこのとき初めて手を組んで、その少年を迎え撃ったんです」

 

 

雪菜は劉曹を見つつ説明を続ける。

 

 

「三日三晩、終わることなく三人の真祖と互角以上に戦っていたんですが、ある時少年は途中で戦うのをやめてどこかに消えていったんです」

 

 

「真祖三人を相手に互角以上って…」

 

 

「戦う少年の神々(こうごう)しくも時に悪魔のような姿から"白焔の神魔"といわれ世界中で消えたその少年を追っていたんですけど誰にも見つかるはことなかったんです。まさか楠先輩だったなんて…」

 

 

雪菜の説明を聞いていた劉曹はめんどくさいような顔をして、ため息をついた。

 

 

「その厨二っぽい二つ名はどうにかならないのか? まぁいい。おいそこの殲教師(せんきょうし)、どうする?」

 

 

「今の私たちでは"白焔の神魔"には勝てません、逃げますよ。アスタルテ」

 

 

命令受諾(アクセプト)

 

 

オイスタッハが呼びかけると少女は巨大な手を出現させ、地面を叩いて土煙を起こした。煙が晴れるとそこに二人の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オイスタッハたちが立ち去ったあと劉曹たちは特区警備隊(アイランド・ガード)に見つからない様にその場を離れ、古城と雪菜のマンションへと歩く。

 

 

「古城、前からそうだったがなんでお前はこう面倒ごとに首つっこむんだ?」

 

 

「不可抗力なんだからしょうがないだろ! てか、おまえもおまえで首つっこんでるだろ」

 

 

「俺は那月ちゃんに頼まれただけだ。断ると後が怖いからだ」

 

 

「あの!!」

 

 

ギャーギャーと言い合いしている劉曹と古城を雪菜が一喝する。

 

 

「ん? ああ、古城なんかより俺的に面倒ごとはこっちか」

 

 

雪菜の存在を忘れていた劉曹は、どうしたもんかと考える。

彼女が所属している獅子王機関の一部には顔を知られているのでいまさら報告されたとて大した問題はないのだが、下手なことになれば、よくわかってない人間が劉曹にも監視をと寄越しかねない。

 

 

「このことは出来るだけ内緒にしてほしいんだがな……」

 

 

そんな劉曹の呟きが聞こえたのか雪菜は、

 

 

「わかりました。このことは内密にしておきます」

 

 

と、以外にもあっさりと了承してくれたのだ。

 

 

「いいのか?」

 

 

「はい、今回楠先輩の正体を知られたのは元をただせばわたしのせいですし、先輩が内緒にしてほしいというのならそうします」

 

 

それでいいですか、と訊いてくる雪菜にぜひお願いします、と即答で劉曹は答えた。

一番厄介な事態を回避できたようで劉曹は安堵の息を洩らす。

 

 

「とりあえず、今日のところは家に戻るぞ。古城、姫柊これからはこの時間帯に出歩くのはやめろよ――那月ちゃんにいじめられたくなければ」

 

 

最後のひとことで思い出したのか古城と雪菜は顔を青ざめさせながら頷くのだった。

 

 





はい、次の更新はいつになるのやら……

気長に待ってくださると嬉しい所存でーありますm(_ _)m


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第四話


燕尾でございマース!
四話目です。ごゆっくりどうぞ


 

 

古城たちをマンションまで送った劉曹が家に着いたのは日付が変わる頃だった。そしてことの出来事を那月に報告するため、資料をまとめているうちに朝方になり、少しでも寝ないとまずいとベッドに潜った結果、

 

 

「……」

 

 

時刻は八時十五分。完全に寝過ごしていた。

 

 

「しまった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう……ってなんだ、これ」

 

 

身支度だけして家を飛び出した劉曹はギリギリに学校に着いた。欠伸をかみ殺しながら教室に入るとその中は異常に殺気立っていた。

殺気の原因はクラス大半の男子。そしてその殺気は一人の男子生徒に集中していた。

 

 

「おい、古城。おまえなにしたんだ」

 

 

殺気の集中砲火を浴びている親友、暁古城に訊く。

 

 

「………」

 

 

古城は脂汗をたらしてこちらを見ずにただ黙っている。

 

 

「築島、この状況はどうなってんの?」

 

 

なにも話そうとしないので近くで古城を見下ろしているクラスメイト、築島倫に訊いてみる。

 

 

「ん? ああ、楠くんおはよう。さっき那月ちゃんがきてね、なんか昨日の夜のことで話があるって呼び出しくらったんだよ。中等部の転校生と一緒に、ね。――さて、暁くん。どういうことなのかな? 昨日の夜のこと、詳しく説明してくれる?」

 

 

劉曹に説明してもう一度古城に向き直る。倫はにこやかに古城に訊いてるが迫力がすさまじい。

 

 

「昨日の夜って、あれのことか」

 

 

呟く劉曹に視線で助けを求めてくる古城。しかし劉曹は自分で何とかしろ、と視線で返すとうなだれつつも打開するため古城はようやく口を開いた。

 

 

「つ、築島。これはいろいろあってだな……あれ、浅葱は?」

 

 

「浅葱なら、あっちだよ」

 

 

さっきまで一緒にいた浅葱がいなくなったことに気づいた古城が問いかけると、倫は無表情に教室の後ろを指した。

浅葱はなぜかゴミ箱の隣に立って、手に持っていた紙の束をビリビリと無心に破り続けている。

 

 

「ま、待て。それって、もしかして俺が頼んだ世界史のレポート……」

 

 

うろたえる古城を浅葱は静かな怒気をはらんだ半眼で睨みつけ、

 

 

「ふん」

 

 

荒っぽく鼻を鳴らして、破り終えた紙をまとめてゴミ箱に投げ捨てた。

 

 

「あーあ、浅葱様はご立腹のようですな。古城?」

 

 

わざとらしく言う劉曹に古城は顔をしかめて溜息をつくだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか、暁……なんでお前までいるんだ楠」

 

 

昼休みに入り、古城、雪菜、劉曹は生徒指導室に来ていた。那月は劉曹の顔を見るなり嫌そうな顔をした。

 

 

「俺は昨日の出来事を報告にね。俺に言っておいて忘れるだなんて、それはないと思うぞ。ついにボケが入り始めたか那月ちゃ――はいすいません調子に乗りました。だからその魔力こめて振り上げた扇子をおろしてください那月先――ゲボォ!」

 

 

無慈悲にも振り下ろされた扇子の角は劉曹の額にクリティカルヒットした。

悶絶する劉曹を那月は一瞥して古城たちに向き直る。

 

 

「さて、おまえたち。昨日、アイランド・イーストで派手な事故が起きたのは知ってるな?」

 

 

「え、ええ。それはまあ」

 

 

昨日の事件の当事者である古城たちは居心地悪い気分で頷く。雪菜も緊張した面持ちだった。

 

 

「実を言うとここ二ヶ月の間に六件、似たような事件が起きている。今回のやつで七件目だ。さすがに"旧き世代"が巻き込まれたのは初めてだが」

 

 

那月はそう言って、分厚い資料の束をテーブルの上に投げ出した。

 

 

「こいつらはあのときの……」

 

 

資料に貼り付けられている写真を見て古城はつぶやく。そこに移っていたのは劉曹と古城が初めて雪菜と出会った日に彼女をナンパしようとして一悶着あった吸血鬼と獣人の二人組みだった。

 

 

「いまお前が見ているのは六件目の被害者の写真だ。発見されたのは二日前だそうだが……知り合いか?」

 

 

「この前街をぶらぶらしていたときにこいつらと色々あってな。知り合いってわけじゃない」

 

 

復活した劉曹は額をこすりながら言う。

どうでもいい連中なのだが、気になった古城は問いかけた。

 

 

「こいつらは……どうなったんだ?」

 

 

「入院中だ。一命は取り留めたそうだが、今も意識は戻っていない。生命力が取り柄の獣人(イヌ)と不老不死の吸血鬼(コウモリ)を相手に、どうやったらそんなことができるのかは知らないが」

 

 

険しい目つきで訊いてくる古城を眺めて、那月は優雅に頬杖をついた。

 

 

「お前たちを呼び出したのは、それが理由だ」

 

 

「え?」

 

 

「なにが目的かは知らんが、この無差別の魔族狩りをしている犯人は、今も捕まっていない。つまり、暁古城、お前が襲われる可能性もあるということだ」

 

 

「あ、ああ……そうか。そっすね」

 

 

「企業に飼われている魔族や、その血族には、魔族狩りに気をつけろとすでに警告が回っているらしい。お前にはそんな上等な知り合いはいないだろうから、あたしが代わりに警告してやる。感謝するがいい」

 

 

「はあ。それはどうも」

 

 

「というわけでこの事件が片付くまではしばらく昨日のような夜遊びは控えるんだな」

 

 

「は……」

 

 

あまりにもさりげない口調に、古城は思わず、はい、とうなずいてしまいそうになる。しかしその直前劉曹に突っつかれた。

 

 

「いや、夜遊びとか言われても、なんのことだか」

 

 

「……ふん、まあいい。とにかく警告はしたからな。暁と中学生は行っていいぞ。楠は残れ」

 

 

那月は二人に、出て行け、と追い払うように手を振った。古城と雪菜は立ち上がって、生徒指導室から立ち去ろうとする。

 

 

「ああ、そうだ。ちょっと待て、そこの中学生」

 

 

不意に那月が、雪菜を呼び止めた。

那月は黒いドレスの胸元から何かを取り出して、雪菜へと軽く放った。

 

 

「……ネコマたん……」

 

 

自分の失言に気づいた雪菜はハッと口元を抑える。そんな雪菜を見上げて、那月はニヤリと不適に笑った。

 

 

「忘れ物だ。そいつはおまえのだろう?」

 

 

雪菜はなにも言わず静かに会釈をして、古城と部屋を出て行った。

 

 

「……ほんと、意地悪いな」

 

 

横目で見る劉曹に那月はふん、と不機嫌に鼻を鳴らして紅茶を飲み干す。

 

 

「それで、昨日はなにがあったんだ?」

 

 

「ああ、アイランドイーストの倉庫街で"旧き世代"が襲撃された。襲撃の主犯はロタリンギアの殲教師(せんきょうし)人工生命体(ホムンクルズ)の少女だ、これ資料」

 

 

殲教師(せんきょうし)だと? なぜ、西欧教会の祓魔師(ふつまし)が魔族狩りをしている」

 

 

資料をめくりながら呟く那月。

 

 

「それはわからん。だが、問題はもう一人のほうだ」

 

 

「どういうことだ」

 

 

那月が怪訝そうに訊いてくる。劉曹は真面目な面持ちで答えた。

 

 

殲教師(せんきょうし)についていた人工生命体(ホムンクルズ)の少女は眷獣を使っていた。能力は相手の魔力を簒奪。おそらく孵化前の眷獣を寄生させ……」

 

 

そこまで言って劉曹は気づいた。那月も劉曹と同じ答えに行き着いたように話す。

 

 

「魔族を襲撃していたのは魔力を得るため。つまりその人工生命体(ホムンクルズ)の命を繋ぐためか」

 

 

本来吸血鬼が使役する眷獣は、実体化する際に凄まじい勢いで宿主の命を喰らうのだ。だからこそ眷獣を扱えるのは不老不死で無限の生命力を持つ吸血鬼だけしかいない。

だが、どんなものにも抜け道というものは存在する。条件さえ満たすことが出来れば吸血鬼でなくとも眷獣を宿し、扱うことが出来るのだ。

いま那月が言ったように彼女の寿命を延ばすために魔族を襲っているのなら――

 

 

「――魔族襲撃は本来の目的じゃない。となると西欧教会と絃神島に関係していること」

 

 

情報が少なすぎるため、結論を出すことが出来ない二人。すると、昼休み終了のチャイムが鳴り(ひび)く。

はあ、とため息をついた那月は劉曹が渡した資料を閉じて、新たに入れた紅茶に口をつける。

 

 

「西欧教会の僧侶(ボウズ)がどういう目的でこの島に来たかは今はまだわからん。とりあえず楠、おまえはいつでも動けるようにしておけ」

 

 

「俺は攻魔師でもなんでもないんだがな……まあ首をつっこんだ以上はやるか、それに生活もかかってるし」

 

 

そういって劉曹は生徒指導室を去った。廊下を歩いているうちに劉曹は、ふと、あることに気づいた。

 

 

「そういえば、朝からなにも食べれてないじゃん、おれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に入った劉曹は朝とはまた違った違和感を感じた。

クラスメイトたちがなんかビクビクするように席に座って一人の女子生徒をちらちらと見ているのだ。その女子生徒は不機嫌オーラを撒き散らしながらただ黙っている。

 

 

「浅葱、どうかしたのか?」

 

 

その女子生徒、浅葱に問いかけるも彼女は、別に、とぶっきらぼうに答えるだけだった。

教室を見渡すと古城がいないことに気づいた劉曹は原因がなんなのかすぐにわかった。

一応、確認のためにあることを問いかける。

 

 

「……浅葱。古城どこに行ったかわかるか?」

 

 

すると、浅葱は劉曹をキッと睨みつけ、

 

 

「知らないわよ! 急用ができたとかいってどっか行ったのよ!」

 

 

「そ、そうか……大変だなおまえも」

 

 

怒鳴り散らす浅葱にさすがに劉曹も同情した。まわりを見渡すと、とばっちりを恐れたクラスメイトは慌てて目を逸らし、基樹と倫はよくいったな、といった目で見ている。

 

 

「授業は受けてから行くか。ここで俺も急用ができたとかいうと絶対やばい」

 

 

殲教師(せんきょうし)や眷獣を使う人工生命体(ホムンクルズ)より浅葱の方が恐ろしい、そう思う劉曹だった。

 

 





いかがでしたでしょうか
感想、評価、批判、なんでもバッチコイです!


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第五話


前書きってどんなことを書けばいいのか
そんなことを最近悩んでいる燕尾です。

五話目、ちょっと改変してみたら前より大分長くなっている気がします。




乱心した浅葱の恐怖に屈し、午後の授業をきっちり受けた劉曹。放課後になった直後、教室から飛び出して古城と雪菜を探していた。

 

 

「あいつらの本業は学生のはずなんだがなあ。授業放り出してなにしてるんだか――探索(サーチング)

 

 

一人愚痴りながらも意識を集中させる劉曹。

 

 

「(浅葱によると古城はスヘルデ製薬の研究所に行ったらしいな。そこらへんを中心に調べてみるか…………いた、海辺の公園か)」

 

 

二人の位置を確認することができた劉曹は消えるようにその場から二人のもとへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩……」

 

 

雪菜は傍らで寝ている少年の頭を()でていた。

 

 

古城が浅葱に調べてもらった情報を元に彼とともにスヘルデ製薬の研究所へ乗り込んだ雪菜。そこで先日会った殲教師(せんきょうし)のルードルフ・オイスタッハと人工生命体(ホムンクルズ)のアスタルテと再度対峙した。

しかし結果は敗北。そこで雪菜を庇った古城はオイスタッハの斧で無残に切り裂かれ死んでしまった。はずだったのだが……

 

 

「(まさか第四真祖がここまでなんて……)」

 

 

時間が経つにつれて周囲に飛び散った血や古城の肉片が本体に集まっていき、死んだはずの古城が息を吹き返したのだ。

信じられないことが起きたが雪菜は古城が生き返ったことに一安心していた。

しかし、雪菜は疑問が尽きなかった。

 

 

「なんで、先輩は私のことを……私は、私は……」

 

 

「魔族と戦うために獅子王機関に育てられた道具なのに……ってか?」

 

 

「!?」

 

 

自分の呟きの続きを言われるとは思わなかった雪菜はビクッとする。

ばっ、といきなり声がした方に向くとそこには見知った顔があった。中世的な顔立ちに特徴的な真紅の瞳と純白の髪。

 

 

「楠先輩!? なぜ……あぅ!」

 

 

雪菜が言い終わる前に劉曹は彼女の頭にチョップをかました。頭を抑えている雪菜に向かって劉曹はため息混じりに言う。

 

 

「なぜ、じゃないだろ。学校サボってなにしてんだお前らは。まあ予想はついているが……負けたんだろ、あいつらに」

 

 

「……はい」

 

 

落ち込んだように雪菜は俯く。そしていまも眠り続ける少年に目を移した。

雪菜を庇って一度死んだ古城。しかし、いまは死んだとは思えないほど安定した寝息を立てている。

何故わたしを庇ったのだろう。先ほど感じた疑問が雪菜の頭の中で渦巻く。

古城にとって雪菜は自分を監視する厄介者でしかないはずだ。どんな形であれいなくなるのであれば喜ばしいことだろう。それに加えて自分は親に売られ、魔族と戦うためだけに獅子王機関で育てられた一つの道具に過ぎない。

しかし古城は自分の身を挺して雪菜を助けた。そのことが雪菜は不思議でならない。

 

 

「わからないか?」

 

 

「えっ?」

 

 

突然思考の海から引き出された雪菜は素っ頓狂な声を出す。劉曹は古城を見ながら口を開く。

 

 

「古城にとって姫柊は自分の生活を監視してくる迷惑者でしかない。そして獅子王機関のほとんどの子供は自身の親に金で売られて魔族と戦うために育てられた、ただの使い捨ての道具。それなのにどうして古城は姫柊を庇ったのか」

 

 

劉曹は雪菜がいま感じていたことを間違えることなく言う。

疑問をズバリと当てられた雪菜はしばらく黙った。そして震える声で呟いた。

 

 

「売られて……道具として育ったわたしには家族も何もありません。私が死んでも悲しむ人なんていないんです。でも、先輩は違います。先輩がいなくなって、悲しむ人が大勢います。私なんかとは違うんですよ」

 

 

弱々しく語る雪菜。そこには先日オイスタッハと戦っていたような勇ましい少女の姿は微塵もなかった。

 

 

「わたしは先輩を殺すためにここに来たんです。それなのに……」

 

 

雪菜の言っていることに、はぁ、と溜息をつきながら、

 

 

「……あぅ!」

 

 

劉曹は雪菜の頭にもう一度手刀を振り下ろした。

 

 

「さっきからなにするんですか。……っ!」

 

 

涙目になりながらもキッ、と劉曹を睨みつける雪菜。その瞬間、雪菜は息を呑んだ。

雪菜を見る劉曹の目が一瞬だけどろりと濁った目になっていたのだ。様々な感情が入り混じり複雑な目をしている。だが次にはそんな目はしていなかった。

 

 

「自虐的な姫柊にお仕置きだ。後はそこで寝腐ってる駄吸血鬼に任せる。俺はそろそろ行くから」

 

 

そう言って去ろうとする劉曹。しかし、一度立ち止まりまた雪菜のほうに振り返る。

 

 

「これだけは言っておく……いなくなってもいい人間なんていやしない、よほどの犯罪者じゃなければな。もう一度考えてみろ。獅子王機関(あの場所)には大切なやつらが本当にいなかったのか?」

 

 

「それは……」

 

 

言い淀む雪菜。それが答えといわんばかりに劉曹は優しく微笑む。

 

 

「姫柊、おまえは道具なんかじゃない……そんなものは俺で十分だ」

 

 

「――っ!?」

 

 

最後に小さく言い放たれた言葉はかすかにだが確かに雪菜の耳に入った。言葉を失っている彼女を置いて言いたいことを言った劉曹は踵を返す。

 

 

「待ってください! まだ……」

 

 

はっ、となり雪菜は慌てて引き止めようとするも言い終わらないうちに劉曹はその場からいなくなっていた。その直後強い潮風が吹き荒れる。

脳裏に浮かぶ自分を見てきたときの濁った目と最後の言葉。

 

 

「楠先輩、一体あなたになにがあったんですか……?」

 

 

雪菜の呟きは風に流され、誰にも聞こえることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪菜と別れてから劉曹は一人ぶらつきながら考えていた。

オイスタッハの目的がわからない以上、手を打つことはできない。すべてが後手へ後手へとまわってしまう。

 

 

「さて、どうしたものか……ん?」

 

 

すると、携帯電話がなった。画面を見てみるとディスプレイには那月ちゃんと表示されていた。

 

 

「那月ちゃんからか」

 

 

通話ボタンを押してスピーカー部分を耳に当てる。

 

 

「もしもし」

 

 

「楠、キーストーンゲートに向かえ。今すぐだ」

 

 

唐突に、若干焦ったような口調で那月が指示を出してきた。

 

 

「キーストーンゲート? どうしてそんなところに――ってまさか」

 

 

「ああ、そのまさかだ。今キーストーンゲートが襲撃されている。おそらく例の西欧教会の僧侶(ボウズ)人工生命体(ホムンクルズ)だ」

 

 

劉曹の予感は見事に的中した。だがわからないことはまだある。

 

 

「どうしてキーストーンゲートなんだ? 理由はわからないのか?」

 

 

「聖遺物だ。聖人の遺体の一部がキーストーンゲート最深部にある。ここまで言えばお前もわかっただろう。わたしもやらねばならないことがあるのでな。切るぞ」

 

 

そう言って那月は一方的に電話を切った。ようやく全てがつながった劉曹は納得したように頷いた。

 

 

「とにかくキーストンゲートに行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通路を塞いでいる瓦礫(がれき)を吹き飛ばし最深部へと向かおうとした劉曹の眼に映ったのは悲惨だった。

数十人もの警備員が重傷を負って周囲に倒れ、流れ出した血のにおいが大気に充満しており、自力で動けるものはほとんどいない。通路も所々が瓦礫(がれき)でふさがっている。

そんな凄惨(せいさん)な中、一人無傷で半ば放心状態の少女を見つけた。

 

 

「浅葱! 大丈夫か!?」

 

 

「劉曹!? なんであんたがここにいるのよ!? それにちっとも大丈夫じゃないわよ! ここが襲われて人がいっぱい怪我して、火の手が上がって閉じ込められて……」

 

 

怒鳴るように愚痴っているが、劉曹の姿を見て少し安心した様子の浅葱。

 

 

「とりあえず、こいつらの手当てが先だな。浅葱、怪我人を並べるのを手伝ってくれ」

 

 

「……わかったわ」

 

 

色々と納得いかない浅葱だったがやるべきことはわかってるので、とりあえず劉曹に協力する。

 

 

「動ける連中は手伝え! 俺は南宮那月に頼まれてここに来た!」

 

 

状況が状況であり、それに加え那月の名前は伊達ではなく彼女の名前を出した瞬間、警備員たちは劉曹の指示に従ってくれた。

そうして重傷の警備員たちを何列かに並べる。

 

 

「浅葱、下がってろ」

 

 

「なにをするの」

 

 

「悪いが説明をしてる暇はない、とりあえず大人しくしといてくれ……――治癒(ヒーリング)

 

 

床に手を置き眼を閉じる劉曹。すると、怪我人と劉曹が光りだした。浅葱は突然のことに、そしてそれを起こしたのが自分の友人ということに戸惑う。しかし、いま頼れるのは目の前にいる友人だけ。言われた通り、浅葱は行く末を見守っている。

彼から発せられているその光はなんともいえない暖かさで溢れていた。まるで劉曹の感情そのもののように感じた。

横になっている警備員たちを見るとみるみる傷が癒えていた。だがその反面、劉曹は苦悶の表情をして辛そうだ。

大方治ったのを確認した劉曹は意識を集中させるのを止める。同時に包み込んでいた光が消える。

 

 

「あんた、一体……」

 

 

なんなの? と、訊こうとしたが、その前に突如として劉曹が倒れた。

 

 

「がはっ……!」

 

 

「!? どうしたの!?」

 

 

いきなり吐血して倒れこんだ劉曹を抱き起こす浅葱。だが、吐血だけではなかった。よく見てみると劉曹の腹部からどんどん血が(にじ)み出ているのだ。

 

 

「ちょっと! 大丈夫なの!? ねぇ、劉曹ってば!!」

 

 

「ああ……大丈夫……――回復(リカバリー)

 

 

息絶え絶えに返事をして劉曹は再び意識を集中させ呼吸を整える。すると腹部の傷がどんどん塞がっていった。ふう、と一息つく劉曹を浅葱は唖然として見ている。

 

 

「久しぶりだとキツイな」

 

 

「きつかったじゃないわよ! バカ!!」

 

 

あっさり言う劉曹の頬に我に返った浅葱は思い切りビンタを入れる。

 

 

「痛てぇな、無事だったからいいじゃねーか」

 

 

「よくないわよ! 血が止まらなくて……死ぬかと思ったんだから!!」

 

 

涙目で訴えてくる浅葱に劉曹は視線を逸らしながら悪い、と一言謝る。

 

 

「それでさっきのはなんだったの!? なんで公社が襲われてるの? あんたはなにを知ってるの!」

 

 

それでも、混乱は収まらないらしく、浅葱は次々と()くし立てた。

 

 

「ああもう、一回落ち着け! ちゃんと順を追って説明するっ!」

 

 

怒鳴ったのが効いたのか浅葱は次第に落ち着きを取り戻す。

劉曹ははぁ、とため息をつき今回のあらましを語り始める。

 

「まず、俺は那月ちゃんの依頼で、最近起きていた魔族襲撃事件を追っていた」

 

 

「なんであんたがそんなことするわけ?」

 

 

「さっきも見ただろ。ちょっとした力があるからだ。このことに関してはあまり話したくはないから勘弁してくれ。それでだ、襲撃事件の犯人はいまここを襲った奴らだ」

 

 

浅葱は劉曹の説明に納得がいかないという風に口を挟む。

 

 

「ちょっと待って、どうしてここを襲うのよ。ここに魔族なんてそんなにいないのよ?」

 

 

「単純だ。魔族の襲撃は副次的なものでしかないからだ。本当の目的は――」

 

 

劉曹が説明の続きを喋ろうとした瞬間、下のフロアから爆発音が響く。

 

 

「っ!!」

 

 

「ちっ……浅葱、時間がない。俺が来た道を通って警備隊員と避難しろ。事の顛末はニュースでも見てくれ」

 

 

そういって、劉曹は駆け出した。

 

 

「ちょっと待ちなさいよ――!」

 

 

浅葱は叫び引きとどめようとするも、その場に劉曹の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キーストーンゲート最下層。海面下二百メートルにあるその場所は四基の人工島(ギガフロート)から伸びる連結用のワイヤーを調律することで、島全体の振動を制御し、無害化している。

その最下層を隔てている気密隔壁が悲鳴のような軋み音を上げて、こじ開けれ荒れていく。

 

 

命令完了(ミッションコンプリート)。目標を目視にて確認しました」

 

 

「お……おお……」

 

 

オイスタッハは悲嘆と歓喜の声を漏らしながら、中央を見上げている。そこにあるのは黒曜石に似た質感の半透明の石柱----要石(キーストーン)である。

 

 

「ようやく……ようやく見つけたぞ!」

 

 

全身を激しく震わせ、目に涙を浮かべて、その場に(ひざまず)きながら叫ぶ。

 

 

「ロタリンギアの聖堂より簒奪(さんだつ)されし不朽体……我ら信徒の手に取り戻す日を待ちわびたぞ! アスタルテ! もはや我らの行く手を阻むものなし。あの忌まわしき(くさび)を引き抜き、退廃の島に裁きを下しなさい!」

 

 

高らかな笑い声を上げながら、オイスタッハが従者たる人工生命体(ホムンクルズ)に命じた。しかし……

 

 

命令認識(リシーブド)。ただし前提条件に誤謬(ごびゅう)があります。ゆえに命令の再選択を要求します」

 

 

「なに?」

 

 

戦斧(せんぷ)を握り締めて立ち上がるオイスタッハ。アスタルテの命令拒否の理由に、彼も気づいたのだ。要石(かなめいし)によって固定されたところの上に誰かがいる。

破れかけた制服を着た少年と銀色の槍を持った少女。

 

 

「悪いな。さっきの命令は取り消ししてもらうぜ、オッサン」

 

 

第四真祖――暁古城が、気怠げな表情で笑っていた。

 

 





後書きって何を書けばいいのか
そんなことを最近悩んでいる燕尾です。

というわけで五話目でした。
約五千字。
改変前は確か四千にも満たなかったような気が……
まぁ気にしません!

感想、評価、批評酷評何でも受けてやらぁ!!!


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第六話

一週間ちょっとぶりです。燕尾です。

大学後期とバイトの生活がそろそろ始まると思うと憂鬱ですね。

六話です……どうぞ……


「西欧教会の"神"に仕えた聖人の遺体……聖遺物っていうんだってな。あんたの目的はこれってわけか」

 

古城は哀れみの目で見ながら言う。

空間の中央に置かれているのは誰だかわからない人の腕だ。

 

「貴方たちが絃神島と呼ぶこの都市が設計されたのは、今から四十年前のこと」

 

低く厳かな声で、オイスタッハが語りだす。その口調には司教としてのふさわしい威厳があった。

 

「レイライン――東洋で言う龍脈が通る海洋上に人口の浮島を造り、その霊力で都市を繁栄させよういう発想に基づいています」

 

「魔族特区には理想的な条件だな」

 

「都市の設計者、絃神千羅はよくやったといえるでしょう。彼は東西南北----四つに分割した人工島を風水でいうところの四神に見立て、それらを有機的に繋ぐことで龍脈を制御しようとした。だが、どうしても解決できない問題が一つだけ残ったのです」

 

「要石の強度、だな……」

 

古城のつぶやきにオイスタッハが重々しく首肯(しゅこう)する。

 

「いかにも、四神の長たる黄龍の役割を果たすに足る強度の建材を作り出す技術は四十年前にはなかった。ゆえに彼は忌まわしき邪法に手を染めた」

 

「供儀建材……」

 

弱々しく雪菜はうめく。

 

「そう。魔族どもが跳梁(ちょうりょう)する都市を支える"人柱"として彼が選んだのは、我らの聖堂より簒奪(さんだつ)した尊き聖人の遺体でした。決して許せるものではありません。ゆえに!」

 

オイスタッハは話は終わりといわんばかりに戦斧を構える。

 

「我らは実力をもって我らの聖遺物を奪還します! 立ち去るがいい、第四真祖よ。これは我らと、この都市との聖戦です!」

 

「それは違うな」

 

するといきなり聞きなれた声がオイスタッハの言葉を否定した。

 

「お前がやっているのはただの私戦(しせん)――自力救済だ。聖戦なんて大層なものじゃない」

 

「劉曹!」「楠先輩!?」

 

オイスタッハたちが破壊したドアから、よっ、といつもの軽い挨拶をする劉曹。

 

「"白炎の神魔"……」

 

オイスタッハは憎々しげにうめく。

劉曹はオイスタッハを無視して古城たちのもとへ跳躍する。そして古城たちにこれ以上にない笑顔を向け、

 

「ふたりとも、これが終わったら説教だから」

 

それだけを言い放った。古城と雪菜は顔面を蒼白にしてうん、と頷く。

さて、と劉曹はオイスタッハのほうを振り向き、オイスタッハを睨む。

 

「聞かせろ、殲教師。なぜおまえはこんな方法をとった? 他にも聖遺物を取り戻す手段はあっただろう」

 

「……貴方にわかりますか? 今現在も我らの信仰を踏みにじられているこの屈辱」

 

オイスタッハは怒りに満ちた口調で答える。しかし、劉曹はさぁな、と軽く否定する。宗教に入っておらず信仰もない彼にとってはオイスタッハの気持ちなど知る由もないのだ。

 

「確かにあんたたちの気持ちはわかる。絃神千羅は最低だ。だけど、何も知らずにこの島で暮らしている五十六万人を殺してどうする? 無関係なやつらを巻き込むんじゃねーよ!」

 

しかし、古城はオイスタッハの言葉に強く反論する。彼の気持ちはわからなくもない、だからと言って一個人が大勢の命を奪う理由にはならない。

 

「それはこの街が贖うべき罪です。その程度の犠牲、一顧だにする価値もなし」

 

オイスタッハは冷酷に告げる。

そんな彼の前に立ちはだかったのは雪菜だった。凛と澄んだ声で叫ぶ。

 

「供儀建材の使用は、今は国際条約で禁止されています。ましてやそれが簒奪された聖人の遺体を使ったものなら尚更……!」

 

「だから、なんだというのです、剣巫よ? この国の裁判所にでも訴えろと?」

 

「現在の技術なら、人柱なんか使わなくても人工島の連結に必要な強度の要石が作れるはずです。要石を交換して、聖遺物を返却することも――」

 

「貴方は、己の肉親が人々に踏みつけにされて苦しんでいるときにも、同じことが言えるのですか?」

 

そういわれた雪菜の背中に、動揺が走る。あえてオイスタッハは肉親を知らない雪菜に言い放ったのだ。

 

「オッサン……あんたは……!」

 

激昂した古城が、オイスタッハに詰め寄ろうとする。

だがそれを、雪菜が左腕を伸ばして制止した。大丈夫、というふうに微笑んでみせる。

 

「もう話はいいでしょう。我らは聖遺物を奪還する。邪魔立てすると言うなら実力をもって排除するまで――アスタルテ!」

 

命令受諾(アクセプト)執行せよ(イクスキュート)、"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"――」

 

沈黙していたアスタルテが感情のない声で答える。

 

「古城、姫柊。俺はあの人工生命体をやる。お前らはあの殲教師を止めろ」

 

古城と雪菜はともに頷きオイスタッハのほうを向く。

 

「なあ、オッサン。俺はあんたに胴体をぶった切られた借りがあるんだ。とっくにくたばった設計者に対する復讐なんかよりも先に、その決着をつけようか」

 

古城の全身を稲妻が包む。古城の血の中に棲まう眷獣が目覚めようとしているのだ。

 

「さあ、始めようか、オッサン――ここから先は、第四真祖の戦争(ケンカ)だ」

 

雷光をまとった右腕を掲げて、古城が吼える。

古城の隣で寄り添うように銀の槍を構えて、雪菜が悪戯(いたずら)っぽく微笑んだ。

 

「いいえ、先輩。わたしたちの聖戦(ケンカ)、です――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおッ――!」

 

青白い稲妻を撒き散らしながら古城がオイスタッハに殴りかかる。

 

だがオイスタッハは、巨体に似合わない敏捷(びんしょう)さで古城をかわし、戦斧で反撃してくる。

速くて、重い。まともに当たれば古城の肉体は一撃で両断される。

 

「凄まじい魔力。ですがそのような攻撃では私に触れることはできませんよ。まるで浅はかな素人同然の動きですね、第四真祖!」

 

「本当に素人なんだよ。俺は!」

 

「わたしもいますよ!」

 

雪菜は一瞬でオイスタッハに詰め寄り銀の槍を一閃する。

戦斧で防ぐオイスタッハ。連撃が来ると思っていたが雪菜はすぐにオイスタッハから距離をとる。するといつの間にか後ろに回っていた古城が魔力で作った雷球をオイスタッハに投げつける。その威力は殲教師の表情を強張らせた。

 

「くッ……! 第四真祖と剣巫、やはり侮れませんね。先ほどの言葉は撤回しましょう。ここからは私も相応の覚悟を持ってあなた方の相手をします」

 

「なに……っ!?」

 

オイスタッハの全身から噴出した凄まじい呪力に、古城の顔から血の気が引いた。

殲教師がまとう法衣の隙間から、輝きが漏れる。法衣の下に着こんだ装甲強化服が黄金の光を放っているのだ。その輝きを見た古城の瞳に激痛が走り、光を浴びた古城の肌が焼ける。

 

「ロタリンギアの技術によって造られし聖戦装備"要塞の衣(アルカサバ)"――この光をもちて我が障害を排除する!」

 

オイスタッハの攻撃の速度が増した。装甲鎧が、彼の筋力を強化しているのだ。

 

「先輩!」

 

オイスタッハの戦斧を雪狼霞で受け止める雪菜。その隙に古城はオイスタッハから距離をとる。だが、黄金の光で視界を奪われた二人は防戦一方だ。

 

「おい、大丈夫――」

 

執行せよ(イクスキュート)、"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"」

 

余所見をしている暇はないといわんばかりに眷獣をまとったアスタルテは劉曹へと襲いかかる。拳は最大級の威力を持つ呪砲の一撃に等しい威力だ。その拳が嵐のように劉曹を襲う。

劉曹はギリギリのところでかわしながら気づかれないように古城と雪菜からアスタルテを遠ざける。そして、

 

「おまえはあの殲教師に従っているだけだろうが、ちょっとやりすぎだ」

 

アスタルテと距離をとった劉曹の目の前で、空気がうねりだす。

見たことのない現象に古城と雪菜はもちろん、オイスタッハまでその光景を注視していた。

 

「なんだ、あれは!?」

 

「これは魔力!? いや、違う!」

 

膨大な力を感じ取り、その場の全員がうろたえる。

 

召喚(サモン)――顕現(けんげん)せよ、獅子王アリウム」

 

出現したのは、白炎をまとった赤獅子――

大きさこそ普通だが、纏っている白炎と持っている力は凄まじいものだった。

 

「あまり力は使いたくないんだが、仕方ない」

 

白炎の獅子はアスタルテに向かって炎を吐く。

だがアスタルテは虹色の眷獣をまとった手でその炎を受け止め、吸収する。

 

「無駄なことです、"白炎の神魔"。いくら貴方でも今のアスタルテには勝てま――」

 

「なに寝ぼけたこと言ってんだ」

 

「ああああああ!」

 

すると炎を吸収していたアスタルテが突然苦しみ始めた。

 

「アスタルテ……ッ!? 貴様、なにをした」

 

「得体の知れないものを吸収するからそうなる。アリウムは吸血鬼たちが使役する眷獣とはまったくの別個体だ」

 

「なに……ッ?」

 

「こいつは眷獣が存在する異界とは違う世界に住まう生物だ。その世界では魔力や呪力といった概念は存在するみたいだが、こいつは神力を使う」

 

劉曹の説明に古城と雪菜、オイスタッハは驚きを隠せない。それもそのはず、この世に存在している力とはまったく別の、聞いたことのない力だからだ。

 

「(楠先輩、本当に何者なんだろう)」

 

「さて、頼みの人工生命体(ホムンクルズ)はもう使えない。どうする殲教師。俺としてはさっさと降参してほしいんだが」

 

静かに歩み寄っていく劉曹に殲教師はニヤリと笑みを浮べる。

 

「貴方こそなにを言っているんですか。まだ終わりではありませんよ? アスタルテ!」

 

「なんだと? ――――ッ!!」

 

オイスタッハが嘲笑した理由に気づいた劉曹だったが、すでに遅い。いつの間にか復活したアスタルテに殴り飛ばされた。魔族でも瀕死にする拳をモロに喰らった劉曹は壁に叩きつけられる。

 

「劉曹ッ!!」「楠先輩!」

 

古城と雪菜が呼びかけるが反応がない。ピクリとも動かず血を流して倒れている。

 

「あなたに対して何も対策をしていないとでも思いですか。万が一のことを考えて自己治癒の能力を与えておいて正解でした」

 

最も一度限りの能力ですが、とオイスタッハが言うも劉曹には届かない。

 

「"白炎の神魔"といっても生身の人間、あの攻撃には耐えれるはずもない。あとはあなた方です」

 

オイスタッハは戦斧を構え直し、先ほどより速いスピードで古城の方へ襲いかかった。古城は呆然と立ち尽くしている。

 

「先輩!?」

 

雪菜は戦斧が古城に当たる寸前に雪霞狼で弾く。

 

「先輩、どうしたんです――」

 

そこまで言いかけて、古城の様子を見て雪菜は息を呑んだ。

怒りに顔を歪めている古城。異常なほどの稲妻が古城から放たれている。

 

「くそ……くそおおおおおおおおッ!」

 

「先輩、落ち着いてください!」

 

雪菜が声をかけるが古城の耳に入らない。そしてオイスタッハを目がけて突き出した古城の右腕が、鮮血を噴く。

 

「"焔光の夜伯"の血脈を受け継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ――!」

 

その鮮血が、輝く雷光へと変わった。第四真祖の眷獣が現れる瞬間である。

 

疾く在れ(きやがれ)! 五番目の眷獣、"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"――!」

 

 




いかがでしたでしょうか

シルバーウィークも終わりこれから仕事や学校で忙しくなると思いますが皆さんも頑張ってください!

健康が一番! また次回お会いしましょう!!


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第七話

どうもお久しぶりです、燕尾です!

約二週間ぶりですね大変お待たせしました!!

第七話です。これで聖者の右腕編完結です!


 

疾く在れ(きやがれ)、五番目の眷獣、"黄金の獅子(レグルスアウルム)"――――!!」

 

出現する雷光の獅子。戦車ほどもある巨体は、荒れ狂う雷の魔力の塊。

その眷獣は古城の怒りに呼応して、力が大きくなっている。

 

「これほどの力をこの空間で使うとは、無謀な!」

 

雷の獅子の前足がオイスタッハ目がけて振り下ろされる。その攻撃はオイスタッハを掠めただけ。普通ならばなんともない。だが相手は第四真祖の眷獣。それだけでオイスタッハの巨体が数メートル撥ね飛ばされていた。

そして眷獣の攻撃の余波は、キーストンゲートにまで及んでいた。

撒き散らされた稲妻が壁やら監視カメラやらを次々と破壊していく。

 

「これが第四真祖の眷獣の力か……!」

 

殲教師(せんきょうし)は古城を睨み、憎々しげに(うめ)く。

 

「アスタルテ――!」

 

殲教師(せんきょうし)がついに従者を呼ぶ。古城の眷獣に対抗できるのは彼女の眷獣"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"しかないと判断したのだ。

 

「行け、"黄金の獅子(レグルスアウルム)"!」

 

「やりなさい、アスタルテ!」

 

ぶつかり合う雷光の獅子と人型の眷獣。その瞬間、アスタルテの眷獣を包む虹色の光が輝きを増した。

神格振動波の防御結界が、古城の眷獣の攻撃を受け止め、反射する。

 

「うおおおおおおおっ!」

 

「先輩! 落ち着いてください。先輩!」

 

怒りのままに眷獣を振るう古城を落ち着かせようとする雪菜だが、彼の耳には届かない。雪狼霞で古城の眷獣を止めることもできない。そんなことをすれば人工生命体(ホムンクルズ)の少女の眷獣が彼を殺しにかかる。まさに八方塞がりだった。

アスタルテに跳ね返された魔力の雷が、暴発してキーストンゲートを襲う。分厚い天井があっさり打ち砕かれ、壁を抉り、吹き飛ばす。

崩壊していく様をみて雪菜は呆然と立ち尽くしている。

 

「一体どうすれば……」

 

「落ち……つけ……。姫柊……」

 

「楠先輩!」

 

振り向くと、そこには血まみれで息を荒々しくしている劉曹が立っていた。

雪菜はふらふらな足取りで歩く劉曹を慌てて支える。力が入らないのか劉曹は全体重を雪菜に預けた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫……そうに……見え、るか? 眼科を、お勧め……するぞ」

 

死にかけているのに劉曹の口調にどこか安心感を覚えてしまう雪菜。この人なら何とかしてくれる、そう思えるのだ。

 

「少し離れてろ」

 

そういわれて、劉曹から距離をとる。雪菜という支えを失った劉曹は倒れそうになるも震える膝に鞭を打ち、倒れるのを我慢する。

 

回復(リカバリー)

 

劉曹の身体が輝く。その光はみるみると劉曹の傷を癒していった。

 

「(なんて暖かい光……心地いい……)」

 

近くにいた雪菜にも劉曹が発している光にここが戦場だというのも忘れるほどの暖かさを感じた。ただ熱があるだけではない、全てを包み込むような優しい暖かさ。

雪菜はその光に思わず見入ってしまった。

 

「くそ、やっぱり全快とはいかないか」

 

毒づいた劉曹の頭からは未だに血が流れていた。だが、あの状態からここまで回復できただけでも十分なものだと雪菜は思う。

 

「まあいい、姫柊、こっち来い」

 

すると雪菜の手を取る劉曹。唐突な行動に雪菜は戸惑うも劉曹はそんなことお構いなしにギュッと手を握り締める。

 

「なにをするつもりですか?」

 

「少しじっとしてろ――譲渡(トランスファー)

 

そう呟くと今度は赤く光ってその光が雪菜の身体を伝って雪狼霞に流れ込み、雪菜の身体から今までの疲労が一切なくなった。

 

「これは!?」

 

「俺の力を流し込んだ。これであの人工生命体の防御結界を確実に破れるはずだ。まず俺は古城を落ち着かせる。あとはおまえの出番だ、姫柊」

 

「わかりました」

 

「さて、さっさと終わらせようか。この戦い(ケンカ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劉曹は跳躍し手を天に掲げる。劉曹の手の中に小さなうねりが生じ、透明の小さな玉が作り出される。

 

「死ぬなよ二人とも――風弾(かざたま)

 

作り出された玉がアスタルテと黄金の獅子の間に放たれる。地面についた瞬間、大きな衝撃が襲う。

 

「これは!? 下がりなさいアスタルテ!」

 

生物的危機感を感じ取ったのかアスタルテはオイスタッハの助言より前に後ろに下がっていた。

古城は目の前の衝撃に耐えるように足を踏ん張っている。

 

「なんだ? いったいなにが起きたんだ!?」

 

いきなりのことで古城も我に返った様子だ。そんな彼に劉曹は呆れたように声をかける。

 

「まったく、少しは力を抑えろよ古城。おかげでここにいる全員が死ぬところだったぞ」

 

「劉曹! お前、無事だったのか!?」

 

「勝手に人を殺すな馬鹿、これ以上はここも持たない。さっさと片をつけるぞ」

 

「――おう!」

 

二人はオイスタッハに向き直る。今いる場所も古城の眷獣のせいで崩壊しかけている。あまり長い時間は掛けていられない。

 

「顕現せよ――獅子王アリウム!」

 

再び現れる白炎の獅子。その咆哮は地を揺るがすほどだ。

 

「何度も悪いな、最大火力でやってくれ」

 

劉曹の指示で白炎を吐き出す獅子。それは最初より強大なものであった。

 

「同じことをしても無駄なだけです。アスタルテ――!」

 

アスタルテはオイスタッハの盾のように前に立ち、白炎を受け止める。

だが、劉曹はニヤリと笑い、

 

「いや、これでいいんだ」

 

そう呟いた劉曹の脇から雪菜が飛び出した。

 

「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

銀色の槍とともに、彼女が舞う。神に勝利を祈願する剣士のように。あるいは勝利の預言を授ける巫女のように。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪人百鬼を討たせ給え!」

 

粛々とした祝詞とともに、雪菜の槍が輝きを放ち始める。

 

「ぬ、いかん!」

 

雪菜の狙いに気づいたオイスタッハが、無防備な雪菜めがけて戦斧を投擲げる。しかしオイスタッハの放った戦斧は雪菜に届く前に劉曹に迎撃される。

その隙に雪菜が駆けた。音もなく彼女は宙を舞う。

 

「雪霞狼!」

 

次の瞬間、銀色の槍が、アスタルテの防御結界を突き破って、顔のない人型の眷獣の頭部に深々と突き刺さる。

 

「古城!」

 

ここまでくれば古城も劉曹と雪菜の行動の意味を理解していた。

 

「"黄金の獅子(レグルスアウルム)"ッ!」

 

避雷針となった雪霞狼に古城の眷獣が牙を立てる。

雷に姿を変えた眷獣の魔力が"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"の体内へと流れ込む

魔力の塊である眷獣を倒す方法はより強力な魔力をぶつけること――

真祖の眷獣の圧倒的な魔力が、今度こそアスタルテの眷獣を焼き尽くし、消滅させる。

 

「アスタルテ……ッ!?」

 

その場に倒れこむ人工生命対の少女を呆然と見てうめくオイスタッハ。

動揺する殲教師(せんきょうし)の眼前に、劉曹が一瞬で近づく。

 

「これで終わりだ、ルードルフ・オイスタッハ」

 

鎧越しで彼の腹部を殴りつけた。鎧は砕け、オイスタッハはよろめく。そして追い討ちのように、彼の頭をまわし蹴りした。

屈強なオイスタッハの身体が、吹き飛んだ。何度かバウンドして、ついに倒れる。

 

「聖遺物は必ず返還させる。屈辱的かもしれないが今は我慢してくれ」

 

要石のほうへと手を伸ばしている彼に劉曹は声をかける。そして殲教師(せんきょうし)は力尽きたように沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、やっと終わった」

 

直りきっていない頭から痛みを感じるも劉曹は軽く伸びをしてつぶやく。

オイスタッハは意識を失っている。たとえ意識を取り戻したとしても、彼に戦闘を続ける意思はないだろう。劉曹たちがアスタルテを倒した時点で、彼の敗北は決まった。オイスタッハの聖戦は終わったのだ。

 

「さて、古城、この()をよろしく。この娘には罪はない」

 

「わかってる」

 

そう言って二人は倒れているアスタルテを見下ろした。

ひどく消耗していたが、彼女はまだ生きていた。彼女の寿命を喰っている眷獣を古城の支配下に置けば彼女はまだ長く生きることができるのだ。

 

「俺はまだやることがあるから先に出てるわ、古城、死ぬなよ――」

 

「なんだって――?」

 

最後の言葉が聞こえなかった古城は訊き直すが、じゃあな、と劉曹が手を振って消える。

このあと、最下層から男の悲鳴が聞こえたのだが、劉曹は気にせずとある場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かくして血の伴侶を得た暁古城は眷獣一体を掌握。また一歩、完全なる第四真祖に近づいた、というわけだ」

 

夜の彩海学園高等部。誰もいないはずの教室に、一人の男子生徒の姿がある。

短い髪を逆立てて、ヘッドフォンを首からぶら下げた少年だ。

壁に寄りかかる彼の隣には、一羽の烏。

 

「しかし、わからんな。あんな化け物を、なぜわざわざあんたらが目覚めさせようとしてんのか……」

 

「それがこいつらの目的なんだろう。姫柊を送り込んだのも古城を自分たちの扱いやすいようにするためだろ」

 

「っ!!」

 

ばっ、と少年が振り向くとそこにはいるはずのないと思っていた人物の姿がいた。

 

「よう、基樹。面白そうな話をしてんな。俺も混ぜてくれよ」

 

「劉曹、どうしておまえが……」

 

矢瀬基樹は警戒したように劉曹を見る。

 

「安心しな。別にお前が第四真祖の監視役ということをあいつらにばらすことはしない。いまはそこの彼女に話があってね」

 

「"白焔の神魔"か。久しぶりですね」

 

劉曹の二つ名を聞いた基樹は目を見開いて劉曹を見る。只者ではないと、前から感じてはいたが、まさか二年前に真祖三人を同時に相手取った少年だとはさすがに思っていなかったのだ。

 

「ああ、数ヶ月ぶりだな、"静寂破り(ペーパーノイズ)"。今は閑古詠だったか? 相変わらず裏でこそこそするのが好きみたいだな」

 

「何のことでしょうか?」

 

「とぼけるな。俺から言わせてみればあいつ(第四真祖)よりお前ら(獅子王機関)の方が害に思えるわ。自然な流れでよくあのアホを巻き込ませられるもんだ」

 

「………」

 

烏は黙って話を聞いている。劉曹はさらに怒気をこめたような口調で喋る。

 

「なにを考えているのかは知らんが、ほどほどにしておけよ。もし、一線を越えようものなら」

 

基樹は息が詰まる。劉曹の言葉の節々から感じる威圧が尋常ではないからだ。身体の穴という穴から汗が噴き出す。

 

「――お前ら(獅子王機関)を潰す」

 

普段の彼からは想像し難いほどの殺気と低い声。正気を保てているのが奇跡のように思えた。

 

「……肝に銘じておこう」

 

しばしの沈黙の後、それだけを言って烏は一枚の紙となり、ふわりと風にのって舞い上がる。彼女がいなくなった瞬間、劉曹からでていた殺気が消えた。

 

「なあ、劉曹」

 

重圧から開放された基樹が発した第一声は問いかけの声だった。

 

「どうした?」

 

先ほどまでの殺伐とした雰囲気はなく普通の友人として接するような声で応える劉曹。

 

「こんなところを見るのは初めてだがなんでおまえはあの人らに敵愾心(てきがいしん)を向けているんだ?」

 

そのとき彼が一瞬誰かを(いた)むような表情をしたのを基樹は見逃さなかった。そして次の瞬間には困ったような笑顔を浮かべて、

 

「昔、色々あってな」

 

「やっぱり、教えてくれねーのな」

 

はぐらかされるが最初から期待をしていなかった基樹は苦笑いで流す。劉曹は自分のことを話すことはほとんどないのだ。

さて、とわざとらしく背伸びをして話は終わりといわんばかりに出口に向かって歩く劉曹。

 

「帰るか。あ、俺のことは秘密にしといてくれ」

 

そういって劉曹は帰っていった。その姿を見送って、基樹は溜息(ためいき)をつきながら髪を()でつける。

 

「やれやれ……めんどくさいことになりそうだ」

 

彼の呟きは、無人の教室に響いて消えるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「熱い……焼ける。焦げる。灰になる……つか、追々試ってなんだ。あのチビッ子担任、絶対俺のこといたぶって遊んでやがるだろ!」

 

宿題漬けの週末を乗り越えた月曜日の放課後。古城は学生食堂の端っこの、テラス席に突っ伏していた。

 

「うるさい、古城。夏休みの追試の点数が出席日数の埋め合わせに足りなかったからだろうが。それに夏休み明けの授業もサボってんだ。しかたないだろ」

 

報われないぜ、と愚痴(ぐち)をこぼしている古城。

 

「確かに絃神島を沈没の危機から救った代償がこれだと愚痴(ぐち)りたくなるのもわかるが、もとをいえばお前が遅刻だのサボりだのするから悪いんだよ」

 

自業自得だ、と劉曹はため息混じりに言う。夏休み最後に古城が受けた追試験の点数がサボりをカバーするだけの点数に到達せず追々試を受けなければならなくなったのだ。

 

「でも、浅葱に勉強教えて貰えているんだからまだいいだろ」

 

「浅葱なあ……」

 

古城ははあ、とため息をつく。

キーストンゲート襲撃の一件以来、妙に浅葱が親切になっており、今日もわざわざ放課後居残って勉強を教えてくれている。

その浅葱は、飲み物を買うために購買部の方へと出かけていた。

 

「…………」

 

浅葱からやっておけ、と言われた問題集から、無意識に目を逸らす古城。

浅葱はすごく成績がいいが、教えるのが上手くない。なので劉曹も補助として古城の勉強を見ているのだが、どうも古城の様子がおかしい。

そこで劉曹は一つの考えにいたる。

 

「……姫柊のことが心配か?」

 

「まあな。あんなことしちまったし」

 

古城はまた溜息をつく。

オイスタッハとアスタルテと戦うため古城は眷獣を一体掌握した。眷獣を掌握するということは当然、アレをしたということだ。本人の了承があったとはいえ、古城は気が気でなかった。

 

「先輩」

 

すると雪菜が古城たちのもとへ来る。

 

「姫柊、どうだった?」

 

古城はさっそく結果を聞く。雪菜は、心配ない、とうなずいて、

 

「検査結果は陰性(だいじょうぶ)でした」

 

そう聞いて古城はほっと胸を撫で下ろす。

 

「よかったよ。痛い思いをさせたし、姫柊を俺の血の従者にしちまったかと気が気じゃなかったんだ」

 

「少し血が出ただけですみましたし、あの日なら比較的安全ってわかってましたから。それに先輩に吸われた(あと)はもう消えていますし」

 

「おーい、お前ら。勘違いされそうな会話は二人のときだけにしておけ。でないと……」

 

途中で割り込んできた劉曹が雪菜の背後の植え込みの方を指した。そこからゆらりとゾンビのように立ち上がる少女たちがいた。それを見た瞬間、古城の全身が凍りついた。

 

「ふーん……痛い思いをさせて、血が出て検査して、安全日で陰性なのね?」

 

「古城君のドスケベ! 変態っ! エロっ!」

 

「浅葱!? それに凪沙まで!」

 

浅葱は古城を(にら)んでから、戦意を()き出しにして雪菜に詰め寄る。

 

「あなたが姫柊さんね。いい機会だからはっきりさせておきたいんだけど、古城とどういう関係なの?」

 

「わたしは暁先輩の監視役です」

 

雪菜が冷静に言い返す。

 

「監視? ストーカーってこと?」

 

「違います。私は先輩が悪事を働かないようにと思って――」

 

「そのあなたが、このバカを誘惑してどうするのよ!?」

 

「それはそう……ですけど……」

 

「違うだろ、姫柊。そこは否定しろ!」

 

古城は納得してしまいそうになる雪菜に思わず叫ぶ。浅葱は、そんな古城を蔑むように冷ややかに眺めて、

 

「誰か、ここに淫魔(いんま)が! 妹さんのクラスメイトに手を出す淫魔(いんま)がいますよ――!」

 

「やめろ、浅葱! 劉曹もとめてくれっ!」

 

古城は劉曹に助けを求める。しかし、

 

「これはお前の行動の結果だ。後始末も自分で何とかするんだな」

 

そういって手を振りながらその場を離れる劉曹。

ちらりと見れば、その場から逃れようとするも二人の少女に前を塞がれてうんざりとした表情を浮べている古城とただおろおろとしている雪菜。

一体だけとはいえ眷獣を掌握した古城は完全な第四真祖へと近づいていく。そして今回のことで第四真祖が暁古城で絃神島にいるのがばれるのももはや時間の問題だろう。この先どんなことに巻き込まれるのか誰にもわからない。

 

「動き出した運命の歯車はもう誰にも止められない、か。古城、お前はこの先どう生きる?」

 

劉曹の呟きは誰にも聞こえることはなかった。

 

 




いかがでしたでしょうか?

誤字脱字、文章がおかしい、感想などあれば遠慮うせず書いてください!

お知らせとしては今後、不定期更新にならざるを得ないといっておきます
今回のように更新まで期間が開いてしまうこともありますが。よろしくお願いします。


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戦王の使者編
第八話


燕尾でございまーす!

お魚銜えたドラちゃーん! おやつよー!




……はい、すみませんでした。第八話です。


「はーい、そこまでですよー」

 

深夜の古い倉庫で間の抜けた声が通る。彼の視線の先にはカードゲームに興じる男たちが数人いた。

 

「だれだ!?」

 

倉庫内の男たちが一斉に立ち上がる。

白髪紅眼で細身の身体、女の子の服を着せれば間違えそうな中性的な顔立ちをした少年は(うやうや)しく一礼をして、

 

「楠劉曹といいます。密入国の犯罪魔族たちによる武器の闇取引が行われているという情報が入ってきまして、こちらとしましては見過ごせないので大人しく捕まってください」

 

「ふん、ガキ一人になにができる」

 

そういって男たちはゲラゲラと笑い始める。

失礼極まりない男たちの態度にも劉曹は気にもしない様子で、手を挙げる。

 

「そうですかわかりました、それでは――狩りの時間だ」

 

劉曹の言葉が合図のように、投擲されていた音響閃光弾が炸裂する。その直後、ボディーアーマーを着こんだ特区警備隊強襲班(アイランド・ガードきょうしゅうはん)が突入し始めた。そして視界を奪われた男たちをサブマシンガンで滅多打(めったう)ちにする。

急襲を受けるとは思っていなかった男たちは為す統べなく倒れ伏す。そんな彼らを劉曹は覚めた目で見下ろす。

 

「まさか、本当に俺一人だけがここにきたと思ってたのか? 普通に考えてありえないだろ。獣"人"って言ってもお前らの知能は犬以下か?」

 

「ち、くしょう……」

 

男たちは劉曹の挑発に返すことも出来ずに(うめ)くだけだった。

 

「あっけないもんだな、拘束してくれ」

特区警備隊に指示を出して行動不能にした獣人たちを拘束させる。そこで劉曹は気づいた。

容疑者の獣人は全部で八人。しかし、今目の前にいるのは七人。一人足りないのだ。

 

「一人逃したか」

はあ、とため息を洩らす劉曹に強襲班の分隊長が申し訳なさそうに頷く。

 

「そのようで、いかがいたしましょう?」

 

強襲班の分隊長が聞いてくる。劉曹は面倒くさいな、と呟きながらも、

 

「あんたたちはこの獣人たちを連行、俺は取り逃した一人を追う」

 

「了解しました、お気をつけて」

 

敬礼する隊長を後目に劉曹は気配をたどり、捕り逃した一人を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ、クソクソクソッ!! やってくれたな、人間どもが!」

 

倉庫からからがら脱出した豹頭の男は深夜の街を疾走する。

武器の取引を潰され、同志を失った。計画に支障はないが上の信用も失ったのは間違いない。このままおめおめと逃げ帰っても用済みと始末されるだけだろう。

こうなったのもさっきの少年と彼が引き連れてきた特区警備隊のせいだ――

油断していた事実もそっちのけで男の頭は復讐心でいっぱいいだった。

 

「許さんぞ、やつら……必ず後悔させてやる」

 

男は懐からあらかじめ仕掛けておいた爆弾のリモコンを取り出し起爆スイッチに指をかける。

 

「同志の(かたき)、思い知れ――!」

 

そう叫んで男は起爆スイッチを押す。だが、いつまで経っても爆発することはなかった。

男は何度も起爆スイッチを押しなおすがそれでも反応がない。

何故だッ!! と喚く男の後ろから唐突に気だるげな声が聞こえる。

 

「今どき、暗号化処理のされていないアナログ無線式起爆装置を使ってもすぐ対処されるのは普通わかるだろ。今の時代はハイテクなんだ。ほんとに犬以下か?」

 

「おまえは、さっきの……どうやって俺に追いついた?」

 

馬鹿にするように呟いた劉曹を豹頭の男は睨む。劉曹は呆れたように男を見る。

 

「世の中には、お前ら獣人より速く移動できる奴もいるってことだ。自分たちが一番だとは思わない方がいい」

 

「ただの小僧が、調子に乗るな!」

 

男がトップスピードで劉曹に襲いかかる。所詮は人間、自分の攻撃は避けられないと男は思っていた。

しかし、男の攻撃は空を切った。その瞬間、背中から衝撃が走る。いつのまにか後ろに回りこんでいた劉曹に蹴飛ばされたのだ。

 

「なんだと……」

 

男はなにが起きたのか理解できなかった。

 

「さっきも言っただろ、おまえより早く動けるやつもいるって。まああまり隙がないのは訓練された獣人といったところか。だが、俺からしてみればまだ動きに無駄がが多いな」

 

「殺す、絶対に殺す!」

 

自分より大きく離れた少年に指摘された男は再び鉤爪を振るう。だが、何度やっても劉曹にはあたることはなかった。

 

「そろそろいいだろう、明日学校もあるしな」

 

そして劉曹は姿を消した。男はあたりをキョロキョロ見回しているが劉曹を捉えることができない。

 

「どこに行った!?」

 

「ここだ」

 

男の言葉に答えるように劉曹は顎を目がけて回し蹴りを放つ。

悲鳴を上げることもできず、吹き飛ばされた男は意識を失った。

 

「はあ、ようやく終わった。なんでこんな時間に一般高校生の俺が攻魔官の真似事を……もう少し楽な仕事をするはずだったんだけどなあ……」

 

残りの獣人を特区警備隊(アイランド・ガード)に引き渡した劉曹はひとり愚痴をこぼしていた。

携帯を確認すると時刻は午前四時。海のほうでは空がうっすらと明るくなっていた。

 

「あー……報告めんどくさい、学園でいいか……」

 

劉曹は那月にメールをして家に帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠い、眠すぎる……」

 

劉曹が家についたころには完全に夜が明けていた。当然、寝る時間もなく劉曹は欠伸(あくび)を噛み殺しながら登校している。

 

「おはようございます、楠先輩」

 

後ろから声をかけられる。振り返るとそこには古城と不機嫌そうな雪菜、そして凪沙がいた。

 

「おはよう三人とも。古城はなんで鼻血出して……ふあーあ」

 

「なんだか眠そうだね、そう君。昨日はちゃんと寝たの? きちんとした生活しないと駄目だよ?」

 

凪沙は心配そうに劉曹の顔を見る。

 

「ああ、気をつけるよ。昨日はいろいろあってね……そっちもなんかあったみたいだな」

 

古城と雪菜を交互に見る劉曹。凪沙はやれやれという風に溜息を出す。

 

「そうなんだよ、実は今朝……」

 

「古城が起きてリビングにいったときなぜか朝食が三人分あって、母親が帰ってきたのかと思った古城が凪沙ちゃんに聴こうと思ってノックもせず凪沙ちゃんの部屋に入ったら、実はチアガールの衣装の採寸に来ていた姫柊の下着姿を偶然見てしまった……ってところか?」

 

「そうなんだよ、まったくこの変態君は本当にどうしようも……って、なんでわかったの!?」

 

言おうとしたことを当てられて驚く凪沙。

古城と雪菜も唖然として劉曹を見ている。劉曹は視線を古城に移して、

 

「というか古城、この年になったら普通家族でも部屋に入るときはノックをするもんだろ。明らかに古城の過失だ」

 

「いいえ、楠先輩。暁先輩がいやらしい人だと失念していた私が悪いんです」

 

「だめだよ、雪菜ちゃん。この変態君の行いを簡単にゆるしちゃ」

 

三者三様それぞれ口にする。あまりの言い様に古城が軽くキレた。

 

「おまえらな……」

 

睨んでくる古城に自業自得だ、と劉曹は一蹴する。取り合ってすらもらえなかった古城は溜息をついた。

 

「ところで、なんでチアの衣装の採寸なんてしてたんだ?」

 

気を取り直した古城が二人に聞く。すると雪菜は気鬱(きうつ)な表情を浮かべ、

 

「そんなつもりはなかったんですけど、どうしても断り切れなくて……」

 

重苦しげに深々と息を吐く。そうそう、と対照的に明るい声で凪沙が笑い、

 

「クラスの男子全員が、土下座して雪菜ちゃんに頼んだの。姫がチアの衣装で応援してくれるなら家臣一同なんでもする、死に物狂いで優勝目指してがんばるって」

 

「男子全員、土下座?」

 

「アホすぎるだろ、凪沙ちゃんのクラスの男子たち……」

 

凪沙の説明に古城は唖然とし、劉曹はドン引きしていた。

 

「普通ならそう君みたいにドン引きするけど、ほら、相手が雪菜ちゃんだし、男子がそう言いたくなる気持ちもわかるから、女子も協力しようって話になったんだ」

 

「恐るべし、姫。クラスを掌握しているな……」

 

「そ、そんなことしてません!」

 

ニヤニヤした目で雪菜を見る劉曹に焦ったように反論する雪菜。

 

「それでおまえも一緒になってチアをやるのか、凪沙」

 

「へっへー、いいでしょ。あ、もしかして古城君も応援して欲しかった?」

 

「いやそれはべつにどうでもいい」

 

古城は無頓着(むとんちゃく)に答えて首を振る。くるくるとよく動く凪沙の表情が、たちまち目に見えて不機嫌なものへと変化して、

 

「えー、どうして!? うれしくないの!?」

 

「たかが学校の球技大会で、そんな気合の入れた恰好で妹に応援されたら恥ずかしいっての」

 

「は、恥ずかしい……恰好……」

 

古城の素っ気ない口調で言い放った言葉に雪菜は憂鬱(ゆううつ)そうにうつむく。

 

「いや、違う。姫柊に応援されるのが恥ずかしいとか、そういう意味じゃないからな」

 

言い繕うとした古城にますます凪沙は不機嫌な様子で、

 

「は? なにそれ? 雪菜ちゃんはよくて、あたしに応援されるのは恥ずかしいわけ!?」

 

「そうじゃねーよ。学校の球技大会なんて遊びみたいなもんだから、わざわざ見に来なくたっていいってこと」

 

古城は面倒臭げに言い訳する。そんな古城を見て劉曹は溜息をつく。凪沙もどこか不安そうな口調で、

 

「……古城君、もしかしてまだ気にしてる? その……去年の大会のこと」

 

「大会……? ああ、違う。それは関係ねーよ」

 

「本当に?」

 

「綺麗さっぱり無関係だ。俺はべつにバスケが嫌いになったわけじゃないからな」

 

古城は笑いながら妹の額をぽんぽんと叩く。

 

「あの……楠先輩?」

 

目配せをして問いかけてきた雪菜に、劉曹は静かに首を振った。

 

「あんまり人の過去を詳しく詮索(せんさく)してやるな、ある程度のことは聞いたんだろ?」

 

自分の言おうとしたことを見破られて思わず目をむく雪菜。劉曹は凪沙に聞こえないように続けて、

 

「それに古城に本気でスポーツなんてやらせてみろ、試合にすらならん。それは古城もわかっているようだが」

 

「あ……」

 

今の古城は世界最強の吸血鬼、"第四真祖"である。普通の高校生に混じってインターハイ出場なぞすれば簡単に勝ててしまう。球技大会で手を抜いたとしても異常な身体能力を見せてしまうだろう。

 

「でも、それをいうなら楠先輩もですよね」

 

「おいおい、俺は魔族じゃないんだぞ?」

 

「そうですけど第四真祖以上の力を持つといわれている"白炎の神魔"もかわりはないですよ」

事実を言い放つ雪菜に、ぐっ、と言葉に詰まる劉曹。

 

「ま、まあ、おれも本気なんて出さないよ、出場しないってのが一番いいんだけどなあ」

 

「だめだよ、そう君。あたしそう君の試合も楽しみにしているんだから」

 

「いや、だけどな……」

 

「出場しないなんて絶対だめだからね。あたし楽しみにしているんだから」

 

「……はい」

 

いつのまにか機嫌のよくなった凪沙に押し切られる劉曹。

 

「おまえも凪沙には弱いんだな」

 

古城にそういわれて溜息をつく劉曹だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――以上、昨日の報告。何か質問あるか? 那月ちゃ――ってあぶな!」

 

放課後、昨日の件の報告をしにきた劉曹はギリギリのところで飛んできた辞書をかわす。

 

「教師をちゃん付けで呼ぶ名と何度言えばわかる」

 

「だって、もう容姿からしてちゃんって呼んでもおかしくは……すみませんでした」

 

ギロリと睨まれた劉曹はおとなしく謝っておく。

あいも変わらず南宮那月は黒いレースのいわゆるゴスロリ服を着ている。それに加え、低身長なので子供に見えるのは仕方のないことだろう。

 

「ふん、それにしても黒死皇派の死に損ないどもがいまさら何をしようというのか」

 

那月は不機嫌そうに資料を放り投げて紅茶を口にする。

 

「まあそれもそうだけど、問題はそれだけじゃない」

 

「どういうことだ」

 

那月が問いかけると劉曹は少し面倒くさそうな面持ちでポケットから黒の封筒を出す。

 

「今朝、ある人物から手紙が届いてたんだよ。この手紙の送り主がこれまためんどくさい奴でね」

 

「まわりくどい説明はいい、誰だ?」

 

催促され、劉曹はとても面倒くさそうな表情でその送り主の名を言う。

 

「蛇遣い、アルデアル公国君主ディミトリエ・バトラー」

 

「ちっ……次から次へと」

 

思わず舌打ちをする那月。だが、劉曹の話はそれだけでは終わらなかった。

 

「もしかしたら、黒死皇派とも関わりがあるかもしれないな」

 

「なんだと」

 

睨むような視線を送ってくる那月に対し、劉曹は淡々と告げた。

 

「直接加担じゃないがあの変人のことだ、そういう情報を嗅ぎつけてきた、ということもないことはない。それに古城のこともバレてるだろう。まあ、あくまで憶測の話だが」

 

「だが、そうだとしたら余計に面倒だ。楠、追加依頼だ。有事の際の沈静化をしろ。報酬は上乗せする」

 

「了解……というか、もはややってることが攻魔官の仕事だよな。いいのか? 資格も持ってないやつがそんなことして」

 

意地悪な問いかけをする劉曹に那月はニヤリと不適に笑い答える。

 

「いまはこういうことを生業(なりわい)としてやっているおまえのことだ、そんなのは気にもしていないだろう?」

 

ごもっとも、と核心を突かれた劉曹もまたニヤリと笑う。

 

「そうだ。おい、こっちに来い」

 

すると那月は思い出したように誰かを呼んだ。

 

「こいつと一緒に行動しろ」

 

「アスタルテ?」

 

扉の奥から出てきたのは藍色の髪の少女――アスタルテだった。

 

「どうしてここに? てか、なんでメイド服なんだ?」

 

彼女は以前、ロタリンギアの殲教師(せんきょうし)ルードルフ・オイスタッハの従者として彼と一緒に魔族狩りやキーストーンゲート襲撃などしていた人工生命体(ホムンクルズ)だ。

そのアスタルテがメイド服でここにいることに疑問を持つ劉曹。

 

「アスタルテはあの一件のことで三年間の保護観察処分を受けることになってな。私が身元保証人になった」

 

「まあ、考えたらそれが妥当な処分だろうな」

 

「それに、忠実なメイドが一人欲しかったしな」

 

「それが身元保証人を引き受けた理由か……」

 

ひどい理由に呆れる劉曹。那月は相変わらずである。

 

「とにかく、今回はアスタルテと事にあたれ、いいな」

 

「了解、よろしくな。アスタルテ」

 

命令受諾(アクセプト)

 

左右対称の人工的な顔立ちで感情のない淡い水色の瞳の少女は端的(たんてき)に頷くだけだった。

 





いかがでしたでしょうか?

誤字脱字、文章のおかしな点、感想、評価、批判、何かあればお気軽にアフラッ……げふんげふん

ではまた。


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第九話


はい、前回謎のテンションだった燕尾です。

今回は粛々とお送りしたいと思います。

第九話です。どうぞ!


 

 

劉曹は非常に困っていた。それというのも……

 

「……なあ」

 

「なんでしょうか"白炎の神魔"」

 

劉曹の後ろをぴたりと歩いているメイド服の少女――アスタルテは無表情で訊いてくる。

端整な顔立ちをしている彼女に間近で見つめられて劉曹は少しばかり緊張した。

 

「その"白炎の神魔"ってのはやめてくれ。劉曹でいい。それと仕事をするのは夜からだから今からついてこなくてもいいんだが」

 

「否定。私には今、連絡手段がありません。よってあなたと行動した方がいいと判断します」

 

「それはそうなんだが……」

 

劉曹はここで重々しく溜息をつく、そして、

 

「すげえ、目立ってんだよ!!」

 

思い切り声を荒げた。劉曹の大声で遠巻きにいる人たちがビクッとする。

 

放課後とはいえ、まだ学園にはたくさん人がいるのだ。その中をメイド服を着た少女と歩けば、まわりから奇異の目で見られるのは当然のことである。

あたりからは「メイド服着せて連れまわしているなんて……」とか「あいつ楠だよな。メイド服が趣味だったのか」とか「くそう、俺の楠をあんな小娘に……」とか聞こえてくる始末だった。

 

「このままじゃまずいな。どこか人気のないところに……というか一人だけおかしいやつがいるし」

 

「あれ、劉曹?」

 

移動しようとしたが後ろから声をかけられる。振り向くとそこには浅葱がいた。

 

「あ、浅葱(あさぎ)……」

 

「なにやってんのよこんなところで。というかその子だれ? なんでメイド服なのよ。まさかあんた……メイド服が趣味だったの?」

 

「違う! こいつは那月ちゃんの仕事の手伝いをしている奴だ。今は俺と行動しているだけだ!」

 

盛大に勘違いしている浅葱に声を上げる劉曹。しかし、

 

「ま、まあ、あんたにそんな趣味があってもあたしは気にしないから大丈夫よ。それじゃ球技大会の練習があるから、じゃあね!」

 

「だから違うっての! ちょ、逃げるようにいくな、コラ、浅葱ィーー!!」

 

劉曹の叫びに足を止めることなく浅葱は去っていった。残された劉曹はただ立ち尽くして、アスタルテはそんな彼を不思議そうに見つめている。その間にもまわりからは変な話が駆け巡っていた。そして……

 

「だー! もう我慢ならん、アスタルテ! こっちに来い!!」

 

まわりが余計にざわめきだしたのも無視して、アスタルテの手を引いてその場を急いで離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、まったく……」

 

二人は人気のない場所として体育館の裏に来ていた。

ただ校舎内を歩いていただけなのに疲れてしまった劉曹はふうっと息を吐く。

 

「とりあえず少し時間が経ってから学校を出よう、飲み物買ってくる。ちょっと待っててくれ」

 

そういって歩き出そうとした劉曹の裾をアスタルテがつかむ。彼女は無表情のまま黙り込んでいる。

 

「もしかして、那月ちゃんの命令を守ろうとしている?」

 

「肯定、あなたと一緒に行動するのがマスターからの命令です」

 

そう言われて、はあ、と何度目かわからない溜息をつきながら彼女と一緒に自販機に向かう。

そこで見覚えのある姿をみつけた。気だるげな猫背に灰色のパーカー姿の男子学生。

 

「あれは、古城か」

 

「肯定、第四真祖の特徴に一致しています」

 

第四真祖――暁古城もまた溜息をつきながら自販機そばのベンチに座っていた。

おい古城、と声をかけようとした瞬間、彼の座っていたベンチが膨らみきった風船のように弾け飛んだ。

 

「アスタルテ! 古城の護衛を頼む」

 

咄嗟の判断でアスタルテに指示を出す劉曹。偶然椅子が破裂したなんてありえない。何者かが古城に危害を加えようとしているのは明らかだった。

 

命令受諾(アクセプト)

 

そして二人は古城のもとに駆け寄り、攻撃の気配を察した劉曹は、

 

「古城伏せろ!」

 

彼に目がけて発射された閃光を素手で弾く。アスタルテは眷獣の片腕だけを出現させて古城の前に立っていた。

 

「劉曹? それにアスタルテ!?」 

 

いきなりの二人の登場に戸惑っている古城。だが答える暇もなく次々と古城目がけて襲ってくる閃光を劉曹は弾いていく。だが――

 

「めんどくさいな」

 

地面に刺さっていた閃光が形を変えて金属の獣の姿へと変形していく。

 

「ライオンと狼!?」

 

古城が驚いている間にも鋼鉄のライオンと狼は同時に跳躍する。狙いはもちろん古城だった。

 

「俺がいるのに古城を襲えると思っているのか? ――空切(くうせつ)

 

二体の獣と同時に跳躍していた劉曹は右手に力を集中させ手刀を振り下ろす。

空中にいる二体の獣は当たってもいないのに真っ二つに切り裂かれ消え去った。

 

「終わりか…… ご苦労様、アスタルテ」

 

「否定、事態の収拾は劉曹が行いました。私は何もしていません」

 

そういいながらアスタルテは眷獣を消す。それでもだ、と頭を撫でる劉曹にアスタルテは無表情ながらどこか照れているようだった。

 

「先輩! 大丈夫ですか!?」

 

すると聞き慣れた凛とした少女の声が響く。

 

「一足遅かったな姫柊。もう片付いた」

 

銀色の槍を持った少女、雪菜が駆けつけてきた――チアガール姿で。だが、古城の疑問はそこではなかった。

 

「姫柊、どうしてここに?」

 

雪菜は槍の柄を握ったまま、ぎくり、と背中を硬直させて、

 

「先輩を監視していた私の式神が、攻撃的な呪力の存在を知らせて来たので、気になって来てみたのですが……」

 

「は? 監視? 式神ってなんだそれ?」

 

聞き(とが)めた古城から目を逸らし、雪菜が、ぎく、ぎく、と肩を震わせた。

俯く彼女の横顔を、古城が無言のままじっと見つめると、雪菜はわざとらしく咳払いしながら顔を上げた。(やま)しいところはない、と開き直ったように胸を張る。

 

「――任務ですから」

 

「ちょっと待てェ! もしかして、これまでずっとそうやって俺のこと見張ってたのか!? 今日だけじゃなくて!?」

 

「まあ当然だろうな……」

 

劉曹が呟くと、雪菜は弁解するように、

 

「だ、大丈夫です。先輩のプライバシーはちゃんと守ってますから、安心してください」

 

「安心できるかっ!」

 

古城は頭をかきむしりながら怒鳴る。

 

「そんなことよりも楠先輩、なぜアスタルテさんと? それとなぜメイド服なんですか?」

 

「とある依頼を受けてな、今はアスタルテと事に当たっているんだ」

 

「なんでアスタルテなんだ? 一応オイスタッハのオッサンのやってたことに加担していたんだぞ?」

 

古城の言っていることに、ごもっとも、と返す劉曹。

 

「その処分が三年間の保護観察だ。身元引受人は那月ちゃんだ。忠実なメイドが欲しかったんだと」

 

那月が身元引受人を申し出た理由に古城と雪菜は苦笑(くしょう)する。

 

「話を変えるが古城、誰かに狙われる覚えは?」

 

「やっぱり狙われているのは俺なのか?」

 

「目的はおまえだが、狙っているというのはまた違うか。それなら式神なんて使わないだろう。そうだよな姫柊」

 

「そうですね……」

 

雪菜は劉曹が破壊した鋼鉄製の獣の断片を拾い上げる。厚みのない安っぽい金属の薄片。

 

「本来は遠方にいる相手に書状などを送り届けるためのもので、こんなに攻撃的な術ではないはずなんです」

 

「手紙を送る? そしたらあれって……」

 

雪菜の説明に古城は先ほどから気になっていたところを指差す。そこには真新しい封書があった。

 

「あーそれは…」

 

その封書に見覚えがあった劉曹は疲れたような顔で溜息を吐く。

雪菜は動揺を隠し切れないようすだった。

 

「劉曹、姫柊、この手紙に心当たりでもあるのか? なんか嫌な気配を感じるんだが……」

 

「はい……ですけど、そんなはずは……」

 

「あるんだよ、姫柊。なんたって第四真祖だからな。ちなみに俺もその手紙が来た」

 

劉曹はもう一度溜息をつく。古城と雪菜は驚いた様子で劉曹のほうを見る。

 

「なんでおまえに?」

 

「それもそうですけど楠先輩、あなたは何の依頼を受けているんです?」

 

「ちょっとした攻魔官かぶれのことだ」

 

「なっ――」

 

「はあ!?」

 

劉曹がぶっきらぼうに言い放ったことに古城と雪菜は絶句する。そして怒るように、

 

「なに考えているんですか! 攻魔官の資格も持たない人がそんなこと!」

 

そういって劉曹に詰め寄る雪菜。だが劉曹は焦りもせずただ淡々と、

 

「落ち着け姫柊、そもそも俺はいろいろな依頼を受けて生活している。これもその範疇(はんちゅう)だから資格とか俺には関係ない。作中にはあまりかかれてないが子供のお守りから傭兵まで何でもやっている。困ったことがあればいつでも楠センターまで」

 

「作中とか言うな! さりげなく宣伝するな! ああ、もうツッコミどころがおおするぎる!」

 

「暁先輩、落ち着いてください!」

 

ギャーギャーと(わめ)く古城をなだめる雪菜。さらに劉曹は付け加える。その様子はまじめそのものだった。

 

「ひとつだけ言っておく。人はそれぞれだ。必ずしも馬が合うわけじゃあない。だからそのときは……覚悟しておけよ」

 

劉曹の行ったことに騒いでいた古城と雪菜は押し黙る。雪菜は劉曹を睨み、

 

「おい、姫柊!」

 

「それはどういうことですか?」

 

雪霞狼を構え穂先を劉曹に向ける。手元が少しでも狂えば顔を傷つけられる位置にある槍の先端にも劉曹は動揺せず、返す。

 

「言葉通りだ、俺の行動が必ずしも獅子王機関の正義(あいつら)と一致するってわけじゃない。それに、獅子王機関のやることなすことがすべてが正しいとは限らない」

 

「そんなことはありません!」

 

声を荒げて強く否定する雪菜。古城は何か不思議そうに劉曹を見ていた。

 

「ま、そう思っているならそれでいいさ。考え方もまた人それぞれだ。いくぞ、アスタルテ」

 

命令受諾(アクセプト)

 

そういってその場を去る劉曹とアスタルテ。古城と雪菜はただ黙ってその背中を見送るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後十時ちょっと前、劉曹とアスタルテは港に来ていた。

 

「はあ、面倒臭い」

 

スーツ姿の劉曹はだるそうに愚痴をこぼす。

アスタルテは青色のドレスに身を包みながら黙り込んでいる。

二人の目の前にあるのは巨大な船体。

 

洋上の墓場(オシアナス・グレイヴ)ね、馬鹿馬鹿しい名前だな。とりあえずいくか、アスタルテ」

 

命令受諾(アクセプト)

 

二人は船の甲板に移動する、そこには大物政治家や経済界の重鎮、政府や弦神市の要人たちがほとんどだった。

 

「あいつは……アッパーデッキか」

 

劉曹は要人たちをことごとく無視して、アスタルテとアッパーデッキにあがっていく。すると、

 

「やあ"白炎の神魔"! 久しぶりだね、会いたかったヨ」

 

歓喜の声をあげ、突然現れる白いコートの男。劉曹はその姿を見るなり嫌悪感を露にしてその男を睨む。

 

「相変わらず気持ち悪いな、ディミトリエ・ヴァトラー。どうやって俺を特定したんだかそれだけならまだしも家にまでこんなもん送りつけやがって」

 

胸元から取り出した黒の封筒を目の前の男に投げつける。

ディミトリエ・ヴァトラー、戦王領域の自治領のひとつ、アルデアル公国の君主にして第一真祖、"忘却の戦王(ロストウォーロード)"直系の血族から生まれた、純血の吸血鬼である。

 

「愛する君のことならすぐわかるヨ」

 

「あのときみたいにもう一度半殺しにしてやろうか、ああ?」

 

近づいてくるヴァトラーに対し、劉曹は凄まじい殺気を放つ。

おお恐い恐い、とヴァトラーは両手を上げて緊張感のない声で言う。

 

「で、何の用だ。弦神島の観光ってわけでもないだろう」

 

「まあ、それはもう一人主役が来てからにしよう」

 

ヴァトラーがそういった瞬間、聞きなれた声が聞こえる。

 

「劉曹?」

 

現れたのは古城と雪菜、それと長身でチャイナドレス風の衣装を着た女が古城を睨みながらアッパーデッキに上がってくる。

 

「よう、二人とも。そっちのやつは――」

 

劉曹が言いかけると突然、ヴァトラーの全身が純白の閃光に包まれ、膨大な魔力を纏う。

 

「おい、まてコラ!」

 

劉曹が制止する前に光り輝く炎の蛇の眷獣を放つヴァトラー。

いち早く気づいた古城が雪菜と長身の女を突き飛ばして、雷をまとった拳でヴァトラーの眷獣を迎え撃った。

ヴァトラーの眷獣が消滅し、それと同時に古城の稲妻も消失する。

 

「あっ……ぶねえ! なんだこれっ!?」

 

戸惑い気味に古城がうめく。

劉曹の非難の目を流し、ヴァトラーは疎らな拍手をしながら、古城のほうへ歩いていく。

 

「いやいや、お見事。やはりこの程度の眷獣では、傷をつけることもできなかったねェ」

 

のんびりとした緊張感のかけらもない声でヴァトラーが言う。古城は低く身構えたままヴァトラーを睨んでいる。

そしてヴァトラーは片膝を突き、恭しい貴族の礼をとる。

 

「御身の武威(ぶい)を検するがごとき非礼な振る舞い、衷心(ちゅうしん)よりお詫び申し奉る。我が名はディミトリエ・ヴァトラー、我らが真祖"忘却の戦王(ロストウォーロード)"よりアルデアル公位を賜りし者。今宵は御身の尊来(そんらい)をいただき恐悦の極み――」

 

あまりにも見事な口上に、古城はうろたえる。

銀色の槍を構えた雪菜、そして長身の女までもが呆然とその場に立ち尽くしている。

 

「ディミトリエ・バトラー……? 俺を呼びつけた張本人?」

 

かすれた声で古城が訊く。

ヴァトラーはニヤリと微笑み顔を上げる。

 

「初めまして、と言っておこうか、暁古城。いや、"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"。我が愛しの第四――」

 

そこまで言いかけてヴァトラーは吹き飛んだ。

 

「「「……は?」」」

 

いきなりの出来事に三人とも唖然としている。

そしてヴァトラーのいた位置に劉曹が着地した。

 

「ひ、ひどいな。いきなり飛び蹴りだなんて……」

 

「うるさい。いきなりなにをして、なにを言っているんだ」

 

さっさっ、とスーツをたたく劉曹。ようやく事態を把握できた古城は劉曹に訊く。

 

「そうだ、何でお前がいるんだ。劉曹」

 

「言っただろう。俺も手紙をもらったと。それで……」

 

雪菜の隣にいる長身の女の方へ視線を傾ける。

 

「そっちの奴は昼間古城を襲った奴だな」

 

劉曹は長身の女を睨みつける。長身の女は身を強張らせて黙り込んでいる。

 

「姫柊に引っ付いているってことはお前も獅子王機関か。相変わらず面倒臭いことをしてくれる」

 

「あなたはいったい何者?」

 

女は劉曹を睨み返し、問いかける。

 

「人にものを尋ねるときはまずは自分からだろ」

 

苛立ちから高くものを言う劉曹にむっとするも女は自己紹介をする。

 

「失礼。私は煌坂紗矢華。獅子王機関の舞威媛よ」

 

「そうか、俺は楠劉曹。なんでも屋みたいなことを生業としている。普通の人間だ」

 

「嘘よ! そんな人間が私の攻撃を素手ではじくなんて……」

 

「紗矢華嬢、落ち着きたまえ。彼は"白炎の神魔"だよ、二年前のあの事件を起こした張本人」

 

劉曹が隠そうとしていたことをあっさりばらしたヴァトラー。

 

「"白炎の神魔"!? この男が!?」

 

ありえない、という風に劉曹を見る紗矢華。劉曹は面倒臭そうに溜息をつく。

 

「俺のことはどうでもいい。それより本題に入ろうか、ヴァトラー」

 

「まー、話は中でするよ。ついてきたまえ」

 

こうして、ヴァトラーの案内で船内に入り込むのだった。

 

 





はい、いかがでしたでしょうか?

週一ペースに更新できればいいなぁと思っているこの頃です(遠い目)

感想、どこかおかしいところがあればどしどしとオナシャス!!



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第十話


最近ようやく落ち着いてきました。燕尾です。
ああ、土日が休みってなんてすばらしいのだろうか……!


「さっきの気配、"黄金の獅子(レグルス・アウルム)"だね……ふゥん、普通の人間が第四真祖を喰ったって噂、わざわざ確かめに来たのも、案外無駄じゃなかったわけだ」

 

古城にいきなり攻撃の仕掛けておきながら、ヴァトラーは悪びれもせずに船内を進みながらそう言った。

 

「……"黄金の獅子(レグルス・アウルム)"を知ってるのか……?」

 

「"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"アヴローラ・フロレスティーナの五番目の眷獣だろ。制御の難しい暴れ者と聞いていたけど、うまく手懐けてるじゃないか。よっぽど霊媒の血がよかったんだな」

 

淡々と告げられたヴァトラーの言葉に、古城は無言で顔をしかめた。"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"――先代の第四真祖アヴローラ・フロレスティーナ――その言葉の響きが古城の精神をかき乱し、耐え難いほどの頭痛を引き起こす。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「ああ、なんとか」

 

古城の身に起こっていることをすぐに察した劉曹は声をかけ、ほかの人に気づかれないように古城の背中に手を当てる。不思議に思っていた古城だったがすぐに異変に気づいた。先ほどまでの頭痛が完全とまではいかないが大分薄れたのだ。

するとヴァトラーが劉曹とアスタルテの方を見てニヤリと笑う。彼はアスタルテの力にも多少の興味を持ったのだろう。

 

「相変わらずすごいね、君は。うちの第一真祖(じいさん)と張り合っただけある。それに、眷獣を宿している人工生命体までいるなんてね」

 

いきなりわけのわからない話をしたため、雪菜と紗矢華はお互いに顔を見合わせている。アスタルテは無言で一礼し、劉曹は苦虫噛み潰したように顔をしかめる。

 

「そんなことより、どういう目的で絃神市に来た? 古城に挨拶ではい終わりじゃないだろ」

 

「ああ、そうだ、忘れていたな。いやなに、ちょっとした根回しって奴だよ。この魔族特区が第四真祖の領地だというのなら、まずは挨拶しておこうと思ってね。もしかしたら迷惑をかけることになるかもしれないからねェ」

 

「迷惑ってどういうことだ?」

 

古城はヴァトラーに訊く。

 

「クリストフ・ガルドシュという名前を知っているかい、古城?」

 

ヴァトラーがそういった瞬間、劉曹は溜息を吐いた。ヴァトラーが関わるという予感が見事的中したのだ。

 

「いや? 誰だ?」

 

そんな劉曹の様子もわからずに古城は首を振る。そんな古城にヴァトラーの執事らしき男がワイングラスを手渡してくる。未成年なので、と断りかけた古城だが、男の顔を見て逆らうことを諦めた。物腰は静かで知性的だが、凄まじい威圧感を備えた強面の老人だ。頬に残された大きな古傷が、彼の苛烈な人生を想像させる。

ヴァトラーも同じようにグラスを受け取って、乾杯、と古城の前に掲げて見せた。

その姿はなかなか様になっていて古城は少し悔しく思った。

話が進まないと思った劉曹が口を開く。

 

「戦王領域出身の元軍人で、欧州では少しばかり名前を知られたやつだな。黒死皇派という過激派グループの幹部で十年ほど前のプラハ国立劇場占拠事件では民間人に四百人以上の死傷者を出したテロリスト」

 

「黒死皇派って名前は聞いたことがあるな。だけど何年も前に壊滅したんじゃなかったか?」

 

古城は劉曹の説明で古いニュースを思い出す。

ヴァトラーは悠然と笑いながら、

 

「リーダーは僕が殺した。ガルドシュは黒死皇派の生き残りさ。正確に言えば、黒死皇派の残党が新たな指導者としてガルドシュを雇ったんだ。テロリストとして圧倒的な実績を持つ彼をね」

 

「ちょっと待て。あんたが絃神島に来た理由に、そのガルドシュって男が関係してるのか?」

 

嫌な予感を覚えて、古城が訊いた。ヴァトラーは感心したようにうなずいて、

 

「察しがよくて助かるよ、古城。そのとおりだ。ガルドシュが、黒死皇派の部下たちを連れて、この島に潜入したという情報があった」

 

「そういうことか……」

 

ようやくすべてのことに合点がいった劉曹は呟く。しかし、今日知ったばかりの古城は首をかしげる。

 

「どういうことだ、劉曹?」

 

「黒死皇派は、差別的な獣人優位主義者だ。奴らの目的は聖域条約の完全破棄と、第一真祖を殺して戦王領域の支配権を奪うことだ。そしてこの絃神島は聖域条約で成立している街。ここで事件を起こせば黒死皇派の健在を印象付けることができる。だが、それだけじゃない」

 

「ほかにも何かあるのか?」

 

「考えてみろ、魔族特区はほかの国にもある。それなのに奴らがわざわざ絃神島に来たということはなにか別の理由があるということだ」

 

「なにか……ってなんだ?」

 

「具体的なものはわからない。だがさっきも言ったが、最終的な奴らの目標は第一真祖を殺すか聖域条約の破棄。それらを可能にするものがこの島にあるってことだ。でなければこんなところにはこないだろ」

 

「さすがだね、劉曹。そこまでわかるなんて」

 

劉曹の説明を聞いてヴァトラーは賛辞を送る。しかし、劉曹は嬉しがることもなくヴァトラーを睨む。

 

「うるさい、今回お前が正式な外交使節としてここに来たのは正当防衛の大義名分を使って黒死皇派と殺りあうためだろうが」

 

劉曹が責めるようにヴァトラーに問いかけると、

 

「うん、そうだよ」

 

「即答かよっ!」

 

短く叫ぶ古城。しかしヴァトラーは満面の笑みを浮べて、

 

「僕の眷獣は危険が迫ったらなにをしでかすかわからない。この島を沈めるくらいのことは平気でやるヨ。だから迷惑をかけるかもしれないと思って、古城に謝っておこうと思ったのサ」

 

迷惑をかけることを詫びる様子もなく話すヴァトラーに古城は絶句し、劉曹は思わずチッと舌打ちをしてしまう。

すると冷たく澄んだ声が船内に響いた。

 

「恐れながら、あなたの出る幕ではありません、アルデアル公」

 

「姫柊?」

 

今まで黙っていた雪菜が強気に前に出る。雪菜の存在を石ころほどにも意識していなかったヴァトラーは、面白そうに彼女を見る。

 

「きみは?」

 

「獅子王機関の剣巫、姫柊雪菜と申します。今夜は第四真祖の監視役として参上いたしました」

 

「ふゥん……なるほど。紗矢華嬢のご同輩か」

 

(うやうや)しい言葉遣いで名乗る雪菜を、ヴァトラーは退屈そうに見下ろして呟いた。興味があるものにはとことんしつこいがないものには存在すらないように振舞うヴァトラー。

少し空気を嗅ぐような仕草をして雪菜を見る。

 

「そういえば、古城の身体から、きみの血と同じ匂いがするんだが……もしかしてきみが"黄金の獅子(レグルス・アウルム)"の霊媒だったりするのかな?」

 

「「……っ!?」」

 

思いがけないヴァトラーの指摘に古城と雪菜は全身がぎこちなく硬直する。まるで秘め事がばれたかのように。

 

「血の匂い……って、そんなことまでわかるものなのか……!?」

 

思い切り動揺している古城。嘘に決まってるだろ、と言おうとした劉曹だったが異常なまでの殺気を感じた。

その殺気の元は紗矢華だった。憎しみに満ちた目つきで古城を睨んでいる。古城もそれをわかっているようで紗矢華の方を見ないでいる。

 

「いや、嘘だよ。でも、きみが古城の"血の伴侶"候補だというのなら僕にとって恋敵になる。それに敬意を表して聞いてあげよう。どうして僕の出る幕はないと言うんだい? もしかして古城が、僕の代わりにガルドシュを始末してくれるとでも? だけど第四真祖より、まだ僕の眷獣たちのほうがおとなしいと思うけど」

 

ヴァトラーから問われると、雪菜は静かな決意を浮かべて首肯し、

 

「そうですね。ですから、わたしが第四真祖の代わりに、黒死皇派の残党を確保します」

 

「――雪菜!?」

 

紗矢華が悲鳴のような声を漏らす。有能ぶっている彼女も雪菜が絡むとそんな余裕はないらしい。しかし古城にも紗矢華が焦る気持ちはよくわかる。劉曹もあきれるように溜息をついた。

 

「なんでそうなる!? 代わりもなにも俺はガルドシュとかと関わるつもりなんてまったく――」

 

「先輩たちは黙っていてください。監視役として当然の判断です。第四真祖をテロリストと接触させるわけには行きませんから。相手が真祖を殺そうとしているのなら、なおさら」

 

勝手に思い込んで頑固になっている雪菜に劉曹も口を開く。

 

「だから古城はガルドシュと接触する気はないって言っているだろうが。おまえがそうやって行動することで古城が巻き込まれるのがわからないのか?」

 

「ですが、黒死皇派がこの島でテロ事件を起こすというのなら獅子王機関の管轄です。動かないわけには行きません!」

 

的外れなことを言っている雪菜にだんだん苛立ちを覚える劉曹。だが、ここはぐっ、とこらえて、

 

「少し落ち着け、この件には国家攻魔官も動いている。それに獅子王機関の管轄というのなら、増援でも求めればいいだろう」

 

「犠牲が出てからでは遅いんです!」

 

「肯定するわけじゃないが、犠牲は必ず出てしまう。それとも姫柊はこの島の五十万人を救えるとでもいうのか?」

 

「救うために未然に防ぐんです!」

 

「確かに未然に防げることができるならそれが一番だ。だが、できるのか? 黒死皇派の情報もろくに持っていないで」

 

「そ、それは……」

 

「それにだ、おまえがガルドシュたちを追っている間こいつを自由にさせるのか? できないよな、おまえの任務はこの第四真祖の監視だ。だからいってるだろ、おまえが動けば古城も来るって」

 

劉曹の話に冷静さを取り戻したのか言葉に詰まる雪菜。するとそこにヴァトラーが横槍を入れてきた。

 

「まーまー、いいじゃないか。一度彼女に任せてみるのも。僕としても獅子王機関の剣巫実力が、古城の伴侶にふさわしいか、見極めたいし」

 

「そんな理由が通るとでも思っているのか? そもそも、俺がおまえの要望を聞き入れると思うか?」

 

劉曹はヴァトラーの提案を当然ながら撥ねつける。だが、ヴァトラーは笑みを崩さず、

 

「なら、きみも手伝えばいいじゃないか。"白炎の神魔"がやるなら大事にはならない法が大きい。それに、以前からきみも黒死皇派を捕らえようとしていたんだろう? 捜査人員が増えたと思えばなんともないさ」

 

「……誰から聞いた」

 

「怖い怖いお嬢さんからだよ。どこかのね」

 

ヴァトラーが話の出所を言うと空気が凍った。劉曹は青筋を立て顔をひくつかせていた。

 

「あくまで関わらせたいのか、あの女」

 

「それに彼女に勝手に行動されるより、君の目の届くところに置いといたほうがいいと思うけど?」

 

そういわれて劉曹は黙り込んでしまう。そして何度目かわからない溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、お前は承諾したのか」

 

「はい……」

 

翌日、昨日のことを那月に報告した劉曹は床に正座させられていた。そこに真祖三人を同時に相手取った姿はなかった。

 

「まるく収めるためには、そうするしかなかったというか……あだっ!」

 

那月は黒レースの扇子を一閃する。どんな術を使ったのか、その瞬間、普通の人間なら頭蓋骨が陥没するくらいの衝撃が劉曹の額を襲った。

 

「言い訳するな。だいたいお前は考え方が甘すぎる」

 

「すみません……」

 

言い返すこともできずただただ謝る劉曹。そしてこの状況を打破するため話を変える。

 

「それで、なにか新しい情報は入ってきたのか?」

 

「ナラクヴェーラは知っているか?」

 

唐突に訊き始める那月。劉曹は思い出すように呟く。

 

「確か南アジア、第九メヘルガル遺跡から発掘された先史文明の遺産で、かつて存在した無数の都市や文明を滅ぼしたといわれている古代生物兵器だな」

 

「そうだ、昨日、カノウ・アルケミカル社にいた黒死皇派の賛同者(シンパ)を捕らえた。やつはナラクヴェーラについての石版の解読作業をしていた。おそらくナラクヴェーラ制御するためだろう」

 

無駄だと思うがな、という那月に劉曹もうなずく。

 

「たしかに、自慢ではないが、古代の石版の解析ができるのは俺ぐらいなものだからな」

 

「ああ。それに今日明日にでも特区警備隊(アイランド・ガード)がガルドシュを狩り出すつもりだそうだ。私も出るつもりでいる。捕らえられるのも時間の問題だ。だが、まだ油断はできん。おまえは引き続きアスタルテと事に当たれ」

 

了解、といって劉曹はアスタルテと部屋を出る。

校舎に戻った劉曹はまたもや好奇の目にさらされていた。原因はやはり隣のメイド人口生命体だ。

さすがに授業中は一緒ではなかったが休み時間に入ると毎度毎度劉曹のクラスにやってくるアスタルテ。そのたびにクラスのヒソヒソ話が劉曹を襲うのだ。

どうしたものかと考えていると、唐突に一定の気配を感じた

 

(……この力と殺気は、面倒だな……)

 

そう思った瞬間、劉曹はアスタルテに指示を出した。

 

「アスタルテ、屋上で面倒ごとだ。いくぞ――」

 

命令受諾(アクセプト)

 

そういって二人は昼間の廊下を駆け抜けるのだった。

 





いかがだったでしょうか。

どこかおかしいところがあればご指摘ください。
感想、批評、なんでもオッケーです


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第十一話

ちょっと早めに投稿します
今週早くもテストがあるので勉強せねば……


「なんでおまえここにがいるんだよ」

 

古城が非難の目を向ける先には、ほっそりとした身体で背の高い少女がいた。

身に着けているのは、短いプリーツスカートにサマーベスト。ポニーテールに束ねた栗色の長い髪。咲き誇る桜のような、清楚にして艶やかな美貌。そして戦闘機の主翼を思わせる、流麗な長剣。

獅子王機関の舞威媛、煌坂紗矢華――

 

「黙りなさい、犯罪者! そして死ね!」

 

古城の非難を気にもせず紗矢華は叱責し、古城にむかって剣を振りまわす。

古城も当たるわけにはいかず、ほとんどカンだけを頼りにして必死によけている。

 

「なんで避けるのよ!」

 

「避けなきゃ死ぬだろうが!」

 

「おとなしく死ねって言ってるのよ、女の敵っ! 雪菜の血を吸ったくせにほかの女とイチャイチャと……。あなたがいなければ、雪菜が危険な目にあうこともないのよ。あの子にはロタリンギアの殲教師(せんきょうし)や、黒死皇派の残党と戦う必要なんてないのに!」

 

「うっ」

 

怒りとともに放たれた紗矢華の言葉が、古城のいちばん触れられたくなかった部分を正確にえぐる。

 

「あなたには妹さんや両親や学校の友人も大勢いる! それなのに私から雪菜を奪う気なの!? 私のたった一人の友達を――!」

 

紗矢華の叫びに集中力を奪われて、古城は攻撃に対する反応が一瞬遅れる。

殺意そのものが形になったような勢いで、紗矢華の剣が突き出される。古城は避けきれないことを直感して、迫り来る苦痛を覚悟した。

 

 

 

 

 

 

―――だが、いつまでたっても痛みがくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「学校の屋上でなにをやっている。煌坂紗矢華」

 

濃密な殺気を紗矢華に向けて放ち、指二本で彼女の剣を止めている白髪紅眼の少年と虹色の手を出現させ古城の前に立っている少女。

 

「劉曹……? それにアスタルテも……」

 

「あなた、どうやって……」

 

劉曹は動揺している紗矢華の隙を突いて彼女の剣を止めていた手を離し、思いきり剣を蹴り上げる。

 

「……くっ」

 

剣を蹴り上げられてようやく我に返った紗矢華は劉曹から距離をとる。空高く上がった剣はやがて落ちて劉曹の手に収まる。

 

「"あなたがいなければ雪菜が危険な目にあうこともない"か……。まったく、呆れてものもいえないな」

 

そういいながら劉曹は剣を紗矢華に放る。異常なまでの殺気にあてられた紗矢華は剣を取ることができず冷や汗を流し、ただ立ち尽くしている。少しでも動けば()られる、そう思えて仕方がないのだ。

 

「とれ」

 

「えっ……?」

 

思ってもいなかった言葉に紗矢華は間の抜けた声で返す。だが劉曹は無感情に、

 

「とれっているんだ。おまえは姫柊のために古城を殺そうとしているんだろ? なら、俺は古城を守るためにおまえを殺す」

 

普通の人間には出すことのできないほどの殺気を出して、紗矢華を睨む。

劉曹の様子に古城はもちろん、普段表に感情を出さないアスタルテでさえ戸惑っている。

 

「おい、劉曹、落ち着けって。俺は大丈夫だから」

 

古城がどうにか劉曹を落ち着かせようとするが、劉曹の耳には届かず彼は紗矢華を罵倒する。

 

「政府機関の人間が私情に駆られて人を殺そうとすることがどういうことかわかってないみたいだな」

 

「そ、それは暁古城が第四真祖で、雪菜にいやらしいことをしたから――」

 

「第四真祖、それで殺すだなんて、おまえは神にでもなったつもりか? それに姫柊と古城のことも、それは本人たちが決めることであっておまえが決めることじゃない」

 

正論を言われて言葉に詰まる紗矢華。

 

殲教師(せんきょうし)との一件も今回の黒死皇派のことも姫柊が首を突っ込んでいっただけだ。俺から言わせてみればお前ら(獅子王機関)が古城にちょっかいを出さなかったら何事もなく姫柊ももう少しは平和に過ごせたはずだがな。まあ、あんなところに所属している時点でいつかどっかに駆り出されるのはわかりきっていたけど」

 

「そんなことはない! 暁古城が、第四真祖がいるから雪菜が……あの子が苦しむのよ!」

 

精一杯声を上げて劉曹に反論する紗矢華。

話の平行線をたどっても意味はない。お互いの主張を押し通すためにはもう言葉だけでは足りないのだ。

 

「もう話すだけ無駄だ。どちらが正しいか決めようじゃないか。おまえが勝てばおまえが正しい。古城も殺せるなら殺せばいい」

 

殺れるものならな、念を押すようにいって劉曹は構える。

紗矢華もようやく剣を拾って構える。だがその顔はまだ劉曹に対する恐怖と戸惑いが残っている。

先に仕掛けたのは劉曹だった。

 

「――っ!」

 

「はっ!」

 

一瞬で紗矢華との距離を縮め、右ストレートを放つ。

 

(速いっ――!それにこんなに重いなんて……!)

 

紗矢華はそれをぎりぎり剣で防いだが、予想以上の拳の重さに紗矢華の手が痺れる。

次々に繰り出される劉曹の拳の嵐に、紗矢華は防戦一方になっている。

 

(くっ……いったいどうすれば……)

 

「獅子王機関の舞威媛の力はこんなものか? もっと足掻いてみろ。そんなんじゃすぐ殺されるぞ」

 

紗矢華の焦りを見透かしたように劉曹は挑発し回し蹴りをする。紗矢華は呪力を剣に注ぎ込んで回し蹴りを弾き、劉曹から距離をとる。

 

「おい、やめろ。おまえが暴れまわってどうする!?」

 

古城は劉曹に向かって叫ぶ。だがやはり劉曹に届くことはない。

 

「くそっ、しょうがねえ。力を最小限に抑えて……」

 

古城は立ち上がり野球ボール程度の雷球をつくり劉曹と紗矢華の間に投げようとする。

しかしその瞬間、アスタルテの眷獣の片腕によって消されてしまった。

 

「アスタルテ、邪魔しないでくれ! このままじゃ煌坂が殺される」

 

「否定、あなたが力を使えば学園が倒壊する恐れがあります」

 

「うっ」

 

アスタルテの指摘に古城は言葉を詰まらせる。

第四真祖の力は最小限に抑えたとしても建物ごと吹き飛ばすほどの力があるのは間違いない。それを放てば一般生徒まで巻き込まれるのは当然のことである。

結局、古城は行く末を見ることしかできないのだ。

 

「だんだん様になってきたな、だがまだ全力を出せていない。本気を出せずに殺されました、なんてお笑いものだぞ」

 

「うるさい!」

 

ようやくある程度の冷静さを取り戻した紗矢華は劉曹に向かって怒鳴る。劉曹はそんな紗矢華の様子を見てニヤリと笑い、

 

「威勢は戻ってきたようだな。なら、これを防いでみろ――」

 

劉曹は紗矢華に向かって正拳突きを放つ。紗矢華との距離があるので直接正拳突きが当たることはない。しかし――

 

「――っ! 煌華麟(こうかりん)!」

 

あることに気づいた紗矢華は剣で空中を切り裂いた。するとなにかが紗矢華の眼前で見えない壁にぶつかったように遮られ、消滅する。

 

「まさか衝撃波を空間のつながりを切り裂いて防ぐとはな。獅子王機関のやつらもいろいろと考えたものだ」

 

それを見た劉曹は感心したように呟く。だが、紗矢華にはそんな余裕はなく、憎々しげに劉曹を睨む。

 

「いったいなにが起こったんだ?」

 

「説明、劉曹は衝撃波、いわゆるソニックブームというものを放ち、煌坂紗矢華は剣で一時的に空間を断絶し防ぎました」

 

戸惑っている古城にアスタルテが説明に入る。

古城の戸惑いはそれだけではなかった。

 

(劉曹の様子がおかしいな……)

 

さっきまでは劉曹は怒りで我を忘れていると思っていた古城。しかし、殺気はあれど怒っているようには見えなかった。

 

(もしかして、最初から怒っていなかった……?)

 

もう一度対峙している劉曹を見る。明らかに彼は殺気を飛ばしているのがわかった。しかし、本当にそれだけで殺そうとしているわけではなく、どこか紗矢華を試しているように見えた。

すると、今度は紗矢華が劉曹に仕掛ける。劉曹のところまで一気に詰め寄り、剣を振り回す。

劉曹は次々と紙一重で回避している。まるで紗矢華がどう振るうのかを読んでいるみたいに。

 

「どうした、当てられなければ意味がないぞ」

 

劉曹の言葉に紗矢華は焦る。そして焦りからは必ず隙が産み出されてしまう。

 

「はああああああ!」

 

上段から剣を大きく振りかぶる紗矢華。劉曹はその隙を見逃すほど甘くはなかった。

振り下ろされる前に自分から剣に向かい手を伸ばし、動きを止める。

 

「動きはなかなか。だがまだ無駄が多すぎる」

 

そして劉曹は紗矢華のお腹あたりに衝撃波を叩き込み吹き飛ばす。

吹き飛ばされた紗矢華はごろごろと地面を転がる。

 

「うっ……」

 

「そんな状態でも待ってはくれないぞ」

 

劉曹は追撃の準備をしていた。彼の片手のなかにはなにか圧縮されたものがあった。

それを放とうとした瞬間、劉曹の様子が一変した。

 

「――っ!? おい待てっ、そこまでする必要はない!!」

誰かと対話するように叫ぶ劉曹。そこには誰もいない。しかし、やめろ、と声をあげてもう片方の手で必死に制御しようとしている劉曹。

彼の手のなかにあるモノの力がどんどん強大になっていくのが古城にもわかった。ソレがヤバイということも――

 

 

 

 

 

 

 

 

「古城!? 劉曹もいったいなにやっているのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで少女の声が響く。先ほど古城と一緒にいて飲み物を買いに行くるといっていった浅葱だった。

一番来てはいけないタイミングで来てしまった彼女に古城は叫ぶ。

 

「浅葱! 来るなっ!」

 

「あ、浅葱!? ――っ、しまっ――」

 

いきなり聞こえて浅葱の悲鳴に劉曹は動揺してしまった。それにより劉曹の両手にあった留まっていたものが暴発して屋上にいる全員に破壊的な超音波が襲う。

 

「くっ……がああ!」

 

「きゃああああああ――!」

 

「ああああああっ!」

 

眷獣のおかげでアスタルテと古城は超音波にやられることはなかった。だが無防備だった劉曹と紗矢華、浅葱がそれぞれ苦悶の表情を浮かべる。

そして、超音波がやんだとき紗矢華と浅葱はがっくりと倒れこむ。

 

「大丈夫か!?」

 

止んだ後、古城は浅葱のところへ駆け寄る。どうやら気を失っているみたいだった。

紗矢華のほうを見ると彼女もまた気を失っており、あの中で唯一意識を保っていたのは劉曹だけだった。

 

「おい、劉曹! なにやってんだよ!!」

 

古城は劉曹のもとに近づく。彼は片膝をつき荒々しく呼吸をしていた。

 

「わ、悪い……ちょっとやりすぎた……」

 

「ちょっとどころじゃねーよ! 明らかにやりすぎだ!! こんなのを姫柊にでも見られたら……」

 

「誰に見られたらですか……? 先輩」

 

「だから姫柊に……は?」

 

間抜けな声を出して後ろを向いて表情を凍らせる古城。そこには"雪霞狼"をもった雪菜がいた。

 

「先輩方はいったいこんなところで、なにをしているんですか?」

 

全てを凍らせるような声と目で劉曹と古城を睨む雪菜。どう言い繕っても彼女が納得する答えを古城は出せる気がしない。

 

「いや、それは……」

 

「古城……俺が、説明する」

 

言葉に詰まっている古城の肩を引き無理やり後ろに下げる劉曹。

 

「で、なにがあったんですか?」

 

「煌坂が古城を殺そうとしていたから俺が介入した」

 

劉曹は端的に説明した。だが、雪菜は厳しい表情を変えず、

 

「それで、なんでこんな状況になっているんですか?」

 

「状況を利用して煌坂の強さを試してたんだが、俺が力の制御を(あやま)った。結果この有様だ。悪いな……」

 

素直に謝る劉曹に雪菜は、はあ、と溜息をつく。

 

「事情はわかりました、詳しい話は後にしてとりあえず二人の治療をしないと……」

 

「それは俺がやる」

 

そういって劉曹は立ち上がり、まずは紗矢華のところへ行く。

 

「おい、劉曹。大丈夫か?」

 

ふらついている劉曹の足取りを見て心配そうに声をかける古城。

 

「問題ない――治癒(ヒーリング)

 

そういって劉曹は紗矢華を目の前にして屈み、手を地面に置く。すると劉曹と紗矢華の体が(あわ)く光りはじめた。

その光景を始めてみる古城と雪菜は驚いた表情をしている。しばらくたった後、二人から輝きが失われる。

 

「悪いがアスタルテと古城、煌坂を見てやってくれ、そいつを校舎に入れることはできないから。浅葱は保健室で治療する」

 

そういって浅葱を抱えて歩き出す劉曹。

しかし、紗矢華の治療を終えてからいっそう劉曹の足取りが悪くなっていた。

 

「わたしが藍羽先輩を保健室まで連れて行きます。それにもっと詳しいことを知っておく必要もありますし」

そんな劉曹の状態をみて、そう申し出たのは雪菜だった。劉曹は(こば)むことはせず、

 

「頼む」

 

と、一言だけ言って浅葱を任せ、一緒に保健室に向かうのだった。

 





いかがだったでしょうか
読んでくださっている皆さんに感謝です。
次回投稿は来週の日曜日になるかもしれません
ですが出来次第投稿するつもりです。


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第十二話

「くっ……」

 

ひとつひとつ歩くたびによろめき、倒れそうになるがどうにか(こら)える。自業自得でこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。となりで気を失っている浅葱を担いで歩いている雪菜を見る。

彼女はムスッとした不機嫌そうな顔をしている。

 

「……悪いな、本来は俺が運ばなきゃいけないのに任せてしまって」

 

切り出す劉曹に雪菜は、今の楠先輩には任せてはおけませんから、とぶっきらぼうに言い放つ。そんな彼女の態度に劉曹は詰まる。やはりまだ雪菜は屋上での一件のことで怒っている様子だ。

しばらく無言のまま歩いていると雪菜はふと思い出したように口を開く。

 

「楠先輩。()きたいことがあるんですけど」

 

「なんだ?」

 

「紗矢華さんにおこなった回復術、あれはなんですか。呪術に近しいものでしたがそうではありませんでした」

 

劉曹はしばらく黙り込んだ。しかし、ずっと視線をはずしてくれない雪菜にやがて、観念したように溜息をついた。

 

「あまり話したくはない内容なんだけど、今回は迷惑料だ。誰にも話さないと約束できるか? もちろんおまえの上司にもだ」

 

雪菜はこくり、と頷く。本当に話したくなかった劉曹は気まずい表情のままもう一度ため息をつく。

 

「あれは呪術と仙術を組み合わせたものだ。まあ、呪術は補助で主体は仙術なんだがな」

 

しれっと言う劉曹に雪菜は絶句する。そんなことはありえない、とでもいいたそうな顔で劉曹の方を見る。しかし劉曹はなんでもないようなふうに、

 

「そんなにおかしいか? 呪術は神霊、霊魂の力を利用しているんだ。仙術と組み合わせても問題はないだろう」

 

「それはそうですけど……」

 

雪菜は言葉が出ない。呪術や仙術は使えるまでに何年もかかるというのに目の前の少年は十数年という短い間で二つ使いこなし、なおかつ、組み合わせて一つの術を作り出しているのだ。そんなことができるのはこの世で彼だけだろう。でたらめにもほどがある。

そんなでたらめの少年に対して、まさか、とある可能性が雪菜の頭をよぎった。以前起こったキーストーンゲート襲撃事件の際に劉曹が見せた今まで聞いたこともないのないあの力。

 

「もしかして、あの"神力"というのも扱えたりするんですか?」

 

そう思った理由は特にない。はずれているならそれでいい。ただこの規格外すぎる劉曹だったらありえなくないのではと感じ雪菜は口にしたのだ。

そしてそれは見事に的中する。

 

「……限定的にだが使える」

 

「いったい、どんなことをしてきたんですか……」

 

驚きを通り越してなぜか呆れてしまった雪菜。

幼いころから獅子王機関で修行していてもまだ完全に呪術を行使できるわけではない彼女には想像のできないことだった。

そんなのは今はどうでもいい、と強引に話を戻す劉曹。そんな彼に雪菜も追求することはせずに説明を聞く。

 

治癒(ヒーリング)は呪術で傷や痛みを吸い取って仙術で俺の気を送り込むんだ。複数の対象でも単体でも完璧に回復することができる。だが、欠点があるんだ」

 

「欠点?」

 

「まずひとつはものすごく効率が悪いということだ。使うたびに全ての力の半分以上消費する。そして……」

 

言葉を切る劉曹、言うのを躊躇っているようだ。雪菜は怪訝そうにして、

 

「そして、なんですか?」

 

今更言い逃れは出来ないのはわかっているはずなのに劉曹は言葉に詰まる。

 

「呪術がフィードバックする」

 

「呪術のフィードバック……ってまさか……!」

 

そこで雪菜は、屋上での光景を思い出す。紗矢華の傷を癒しているときに見せた苦悶の表情。そして、現状こうして辛そうに歩いている劉曹の姿。

 

「いま姫柊が想像しているとおりだ。"治癒(ヒーリング)"は相手の傷を治す代わりに自分がその傷を負わないといけないってことだ」

 

開いた口が塞がらない雪菜。獅子王機関でともに育ってきた紗矢華を見てきた雪菜は彼女の強さを知っている。その彼女すら気絶するほどの負荷を劉曹はいま、自分の分を含めてまとめて背負っているのだ。

 

「まあ、もっとも今の俺はあいつら(真祖たち)を相手取った時からかなり弱くなってるけどな」

 

「それってどういう――」

 

「やっと見つけた!」

 

雪菜がそういいかけたとき、後ろから耳慣れた元気な明るい声が聞こえる。

振り向くとそこには中等部の制服を着たポニーテールの女子生徒、暁凪沙が仁王立ちしていた。

 

「まったく、雪菜ちゃんがいきなり教室から飛び出すから何事かと――ってそう君と浅葱ちゃん怪我してる!? ほんとうになにがあったの!?」

 

劉曹と浅葱の格好を見た凪沙は驚き、二人に駆け寄る。

 

「凪沙ちゃん、落ち着いて。ただ屋上の配管が急に破裂しただけだから。それで保健室に行くところだ」

 

「そっか……あたしも付き合うよ」

 

咄嗟に出た劉曹の嘘を疑うこともなく、ついてくる凪沙に罪悪感を覚えながら保健室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

保健室についた後、浅葱をベッドに寝かせ、紗矢華と同様治癒を掛けようとする劉曹だったが、一つ問題があった。

 

「浅葱ちゃん大丈夫かな……」

 

ベッドに眠る浅葱の隣に屈みこんでいる凪沙。

一端とはいえ力を凪沙に見せることになるのだ。あまりいい気はしなかった。しかし原因が自分にある以上やらないわけにはいかない。溜息をつき浅葱の隣に立つ劉曹。

 

「凪沙ちゃん、今から見たことは他言無用で頼むよ」

 

「えっ?」

 

唐突に言われた凪沙はキョトンとしている。

劉曹は意識を集中させ、浅葱が眠っているベッドマットに手を置く

 

治癒(ヒーリング)

 

劉曹と浅葱の体が徐々に淡く光り始める。唐突な光景に戸惑いを隠せない凪沙。

 

「なにこれ……」

 

呆然としている彼女のとなりでは雪菜が見守っている。先ほどの説明を聞いたからこそ劉曹の身体を心配しているのだ。

これで劉曹が治癒を使うのは二度目だ。しかも連続で使用しているため今の劉曹は限界に近いぐらい、もしくはそれ以上の力を失っていることになる。

しばらくすると劉曹と浅葱の体から光が消える。

 

「これで……大丈夫だ……」

 

それだけをいってぐらつく。激しい頭痛で平衡感覚を失う。劉曹はもはや意識を保つのも難しくなってきているのだ。

 

「楠先輩!」

 

「そうくん!!」

 

雪菜は倒れこみそうになった劉曹の体を受け止めてそっと床に横にする。

ハァハァ、と息苦しそうに呼吸をする彼を慌ててベッドに運ぶ二人。その身体は男なのにとても軽かった。

 

「雪菜ちゃんどういうことなの? そう君、呪術とか使えたの?」

 

どうして劉曹が急に倒れるのか。状況がいまだ把握できない凪沙は焦ったように雪菜に訊く。

 

「楠先輩は呪術を使えるみたいです。あまり人には知られたくないみたいで隠しているんですけど。詳しいことはわかりませんが様子を見ると回復系の術だと思います」

 

所々ぼかしながら説明する雪菜。劉曹との口約束を律儀にも守っているみたいだ。

 

「(くそ……完全に(なま)ってやがる)」

 

心の中で悪態をつきつつ息を整えようとする劉曹。やがて安定した劉曹の息に雪菜と凪沙は大事に至らないことを確認するとほっと息を吐く。

――その直後、浅葱が不意に目を覚ます。

 

「あれ……ここどこ? 保健室?」

 

「浅葱ちゃん、気がついた? あたしのことわかる? これ何本に見える? どこか痛いところはない?」

もの凄い勢いで質問してくる凪沙に、浅葱はしばし呆気にとられて、

 

「起き抜けでその質問攻めはつらいわね。いったいなにがどうなってたんだっけ?」

 

「えーとね、屋上の配管が破裂したらしいよ。そのときのショックで気絶したんだって」

 

「配管が破裂? それにしても痛みとかぜんぜんない気がするんだけど――ってなんで劉曹もベッドに横になってんの? なんか辛そうだけど……」

 

怪訝そうに訊いてくる浅葱に凪沙も雪菜も黙り込む。

えっ、と不思議そうにしている浅葱に劉曹が答える。

 

「おまえに……治癒(ヒーリング)をかけただけだ…」

 

治癒(ヒーリング)って……あんたまさかあの時と同じことをあたしにしたの!?」

 

浅葱がいうあの時とはキーストーンゲートの一件のことを言っているのだろう。

以前ルードルフ・オイスタッハ殲教師(せんきょうし)が聖人の遺体を回収するためにキーストーンゲートを襲撃した際、劉曹が負傷した警備員を治したのを浅葱は(そば)で見ていたのだ。そのあと劉曹に起きたことも含めて――

劉曹はゆっくりと上体を起こす。

 

「こういうのはもう慣れた。最近ご無沙汰してたからこうなっているだけだ」

 

「慣れたって……そういうこと言っているんじゃないのよ!」

 

「浅葱の傷は治った……だったらそれでいいじゃねーか」

 

「あんた……それ本気で言ってるの?」

 

剣幕に迫ってくる浅葱に、劉曹は顔を背ける。

その瞬間、劉曹はなにかを感じた。

 

「(この感じ、獣人か? こっちに向かってきている……?)……三人とも! 今すぐ保健室から出ろ!」

 

振り絞れる限りの声で叫ぶ劉曹。そして力の入らない足でベッドから降りる

 

「どうしたんですか、楠先輩? いきなり――」

 

「侵入者だ。獣人数名……保健室に向かってきている」

 

「え?」

 

劉曹が言っている意味を、雪菜は一瞬、理解できなかった。なぜ獣人がこの学園に、しかも保健室なのか。

困惑している雪菜の背中に、誰かが突然しがみついてくる。

 

「嘘……」

 

全身を激しく震わせながら、そう呟いたのは凪沙だった。いつもの快活な彼女とは別人のような、弱々しい呟きだ。

 

「凪沙ちゃん?」

 

「どうしよう、雪菜ちゃん……あたし……恐い……」

 

真っ青な顔で震え続ける凪沙を、雪菜が戸惑いながら抱き支える。

 

「よくわからないけど、逃げるわよ。ここにいなければいいんでしょ!」

 

そう言って浅葱が保健室の出口へと向かった。

だがその前に、扉が乱暴に開けられた。

浅葱の行く手を阻むようにぞろぞろと灰色の軍服を着た大柄な男たちが入ってくる。その顔は銀色の獣毛に覆われて、とがった口元から鋭い牙がのぞいている。

 

「ちっ、獣人だけあって早かったな」

 

小声で悪態をつく劉曹。凪沙の方をチラッと見ると、彼女は立つことすらもままならないほどに怯えている。劉曹は雪菜に耳打ちした

 

「姫柊、おまえが抵抗するのはよくない。ここは俺がやる」

 

「どうするつもりですか」

 

真剣な眼差しで雪菜は訊く。

普段の劉曹なら軍人の獣人でも退かせることは簡単だ。だが、いまの劉曹は限界に近いほどに消耗しているのだ。とても対処できるとは思えなかった。

 

「あいつらを結界で閉じ込める。その隙に浅葱と凪沙ちゃんを連れて窓から逃げろ。古城たちと合流して、その後は任せる」

 

「先輩はどうするんですか」

 

「……俺はうまくやるから、姫柊はまず二人の安全を確保してくれ。素手でもそこそこいけるみたいだが"雪霞狼"はあったほうがいいだろ」

 

そういうことでよろしく、と劉曹が話を終わらせたのと同時に、

 

「見つけたか、グリゴーレ」

 

最後の軍服の男が一人入ってくる。こちらは人間形態のままだが凄まじい威圧感を持つ初老の男性だ。

 

「この女性三人の誰かですな、少佐。一人ずつ嗅ぎ比べれば、すぐわかりますがね」

 

「日本人の顔は見分けにくくていかんな……まあいい。まとめて連れて行く。交渉の道具には使えるだろう。人質にもな」

 

近づく獣人をにらんで、浅葱がじりじりと後ずさる。

劉曹は浅葱と獣人の間に割って入る。そして少佐と呼ばれた男の顔をはっきり見て劉曹は目を見開く。

秀でた額と尖った鷲鼻(わしばな)。知的でありながら、苛烈(かれつ)な威圧感を持つ老人の顔。

そしてその頬には見覚えのある目立つ傷跡があった。

ヴァトラーの奴今度マジで三枚に下ろしてやろうか、と心の中でつぶやきつつ劉曹は目の前の獣人たちを睨む。

 

「あんたら何者だ?」

 

自分たちの姿にも恐れず、むしろ睨みつけてくる劉曹に少佐と呼ばれた男は賛嘆(さんたん)の表情を浮かべ、

 

「これは失礼。戦場(いくさば)の作法しか知らぬ不調法(ぶちょうほう)な身の上ゆえ、名乗りが遅れたことは詫びよう、少年」

 

男は紳士的な物腰でそう言って、帽子を脱ぐ。

 

「我が名はクリストフ・ガルドシュ――戦王領域の元軍人で、今は革命運動家だ。テロリストなどと呼ぶものもいるがね」

 

「その名前は聞いたことがある。ああ、自分から名乗りもせず相手に名を聞くのは失礼だったな。俺は楠劉曹、この学園の生徒だ」

 

名乗る劉曹を見て、ガルドシュは不敵な笑みを作る。

 

「それで、この学園になにか用か? この学園に授業参観なんて日があった記憶は無いんだが。テロリストとはいえ誰かの親かもしれないからな」

 

「きみたちの中にアイバ・アサギがいるな。われわれのためにちょっとした仕事をしてもらいたい。それが終われば全員無事に解放すると約束しよう」

 

冗談に反応することも無く用件を言うガルドシュに劉曹は無感情な声で、

 

「世間にテロリストと呼ばれる奴らに、はいそうですか、と友人を差し出すほど俺は腐っちゃいないんだが」

 

「そうか――残念だ」

 

そう言った瞬間、乾いた破裂音が保健室に鳴り響き、劉曹に衝撃が奔る。

ガルドシュが目にも留まらぬ速さで拳銃を引き抜いて撃ったのだ。

弾丸を叩き込まれた劉曹の体は吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……君…? いや……いやああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

呆然としていた凪沙は目の前で起こったことを理解した瞬間、叫び、雪菜から離れ、劉曹のもとに駆け寄る。

 

「そう君! 死んじゃいやだよ、目を開けてよ!!」

 

「劉曹!」

 

「楠先輩! しっかりしてください!」

 

浅葱と雪菜も劉曹に声をかけるが、反応がない。ただ劉曹の身体から血がにじみ出るだけだった。

普段の劉曹なら銃弾をかわすことなど造作もないことだ。しかし、限界を当に越している劉曹は反応することすらできなかったのだ。

 

「さて、我々と来てもらおうか」

 

ガルドシュは拳銃をしまいながら淡々と言い放つ。

 

「誰があんたらなんかと!」

 

感情的に怒鳴る浅葱。やれやれ、とため息をつきながらガルドシュは部下に目配せする。

 

「あまり貴婦人には乱暴なことはしたくないが、仕方が無い」

 

そして獣人の一人が浅葱たちに近寄ろうとしたその直後――

 

「ぐああああああ――」

 

いきなり悲鳴を上げ、意識を失った。

ガルドシュは憎々しげに血まみれの腕を自分たちに向けている劉曹を睨んだ。

 

「……やってくれるな、楠劉曹とやら。まさか力すら感じさせないとはな」

 

「悪……い…な、連れ……て…いかせるわけ……には…いかない……んでな…」

 

「楠先輩!」

 

劉曹はゴフッ、と大きく血だまりを吐き出して、

 

「姫……柊……、浅……と……沙…ちゃん……今の…うちに……逃げろ」

 

「劉曹、あんたはどうするの!?」

 

「俺なら……大丈夫だ…」

 

息絶え絶えに言う劉曹に凪沙は首を横に振る。

 

「そう君を置いていけないよ!」

 

「時間が……無い…、早く……!」

 

「嫌……嫌だよ!」

 

大粒の涙を流しながらギュッと劉曹の服を握る凪沙。

そんな凪沙の様子を見て劉曹は軽く微笑み、そして凪沙の額に手を当てる。

 

「そう……君……」

 

すると凪沙は力が抜けるように眠った。

 

「楠先輩、なにを?」

 

「―――」

 

凪沙を支えるように近寄った雪菜に劉曹はいきなり顔を近づけ、雪菜にしか聞こえないように耳打ちする。

 

「――っ! わかりました……」

 

「また、後でな…二人、を……頼んだ」

 

そう言う劉曹に雪菜は決心したように劉曹から背を向け、

 

「藍羽先輩、窓から出ましょう」

 

「……あなた、本気で言っているの……!?」

 

戸惑い気味に雪菜に問う浅葱。雪菜は真剣な眼差しで浅葱に返す。

 

「ここにずっといたらそれこそ楠先輩の気持ちを無駄にするだけです。それに――」

 

雪菜は劉曹の方をチラッと見ると劉曹も雪菜の視線に気づいたのか雪菜に向かってコクリとゆっくり頷く。

 

「楠先輩は"また後で"といいました。わたしはそれを信じます」

 

そういう雪菜に対し、浅葱は少し苦悶の表情を浮べるも必死の劉曹の顔を見て、決断する。

 

「……わかったわ、行きましょう」

 

眠っている凪沙を背負い、窓のほうに向かう雪菜と浅葱。

そして、浅葱は窓から出ようとしたとき劉曹の方に振り向いて、死んだら許さないわよ、と、ひとこと言い残して窓から出て行った。

ガルドシュたちを結界で封じるために一人残った劉曹は窓のほうを見て微笑む。

 

「許さない、か……それは怖い…な……」

 

そして眠るように目を閉じたっきり動くことはなくなった。

 





いかがだったでしょうか?

感想、評価やもし文章や文字の誤りがあったらお願いいたします。

次会更新はちょっとわかりませんがそう遠くないうちにとだけいっておきます。

ではまた。


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第十三話


お久しぶりです。
前回から一ヶ月以上経ってしまって申し訳ないです。

そう長くないうちに更新すると嘘をついてしまいました本当にすみません。

第十三話です、どうぞ。


劉曹と雪菜が浅葱を背負って保健室に向かってから十数分後、気を失っていた紗矢華は目を覚ます。

 

「ん、ここは……」

 

陽の光がまぶしく。はっきりと目を開けることが出来ない。しかし突然、影が差す。

 

「ようやく目を覚ましたか。気分のほうは大丈夫か?」

 

紗矢華は自分の顔を覗きこみ、気だるそうに声をかけてきた少年を睨む。

 

「なに人の顔じっと見ているのよ暁古城。ていうか、離れなさいよ。空気感染で妊娠したりしたらどうしてくれるのよ?」

 

「そんなわけあるかっ! おまえは吸血鬼をなんだと思ってやがる」

 

変な理屈を挙げながら拒絶してくる紗矢華にさすがの古城もツッコミを入れる。

 

「あなたならやりかねないわ。私の雪菜の血を吸ったくせに私の雪菜の血を吸ったくせに」

 

しかし、古城のツッコミを聞くこともなく、紗矢華は恨みがましく()くし立てる。

雪菜のことをすごく大切にしていることがわかるが、そろそろ鬱陶しく思ってきた古城。

ボソボソといまだに何かを言っている紗矢華を無視して古城は劉曹に言われたことを実行する。

 

「んじゃ、アスタルテ。よろしく頼む」

 

命令受諾(アクセプト)

 

アスタルテも劉曹が居ない間は古城の言う事を聞け、と言いつけられているので、素直に古城の指示に従う。

 

「なんのつもり?」

 

近くに寄って紗矢華の身体に触れ始めるアスタルテ。害意がないことをわかっているのかアスタルテを跳ね除けるようなことはしないが、その代わり思い切り警戒し古城を睨む紗矢華。

 

「劉曹から聞いたんだが、アスタルテはもともと、医療品メーカーに設計された臨床試験用の人工生命体(ホムンクルズ)らしい。医療活動に必要な知識は低いものから高度なものまで持っているとのことだ」

 

「別にわたしは大丈夫だからそんなことしなくてもいいのだけれど」

 

「それはあいつがおまえの傷を治したからだ。だけど、念のために診たほうがいいだろ」

 

「余計なお世話よ。そもそも、私を殺そうとしてたやつがどうして私の傷を治すのよ。意味わかんないんだけど」

 

まあそうだよな、と紗矢華の言い分に頷く古城。どう説明したら紗矢華が納得するか悩んだ古城は頭を掻く。

 

「俺は途中から気づいたんだが、あいつは最初からおまえを殺すつもりなんてなかったんだよ」

 

「は? それって――」

 

「――|診察を終了しました《メディカル・チェックアップ・コンプリーテッド》」

 

問いただそうとする紗矢華の声をアスタルテの無感情な声が遮った。古城たちが会話をしている間も診察を進めていたアスタルテはその結果を報告する。

 

「身体に異常はありませんでした。ですが不可解なことがあります」

 

不可解なこと? と、聞き返す二人にコクリと頷くアスタルテ。

 

「先ほどの劉曹の攻撃の痕跡がまったくありません。それとミス煌坂の身体に多少の活性が見られます」

 

「たしかに……身体が軽い気がするわ」

 

「劉曹が回復させたからじゃないのか?」

 

「活性はそれで説明がつきます。ですが、負傷した事実は変わりません。傷が治っても多少の情報は肉体に残ります」

 

そういうことか、と二人は同時に理解する。

 

「つまり、煌坂はもともとダメージを受けていなかったってことになっているのか」

 

肯定、とアスタルテは頷き心配するような顔で続ける。

 

「そして、治癒の術をかけた後の劉曹は明らかに様態が悪化していました。以上のことから――」

 

「――楠劉曹は私が負った傷を自分が代わりに受けた、そう言いたいのね」

 

紗矢華がそう言うと三人の間に沈黙が訪れた。

その沈黙が気まずかったのか、はあ、とため息をつき古城は口を開く。

 

「なんかというか、悪いな。いろいろと」

 

唐突に謝りだした古城に紗矢華はきょとんとしている。

 

「そうしてあなたが謝るのよ? 気持ち悪いんだけど」

 

「うるせえな! ……劉曹はあんなこと言っていたけど、煌坂が言っていたことは正しいと思ってさ」

 

古城は頭をぽりぽりと掻きながら紗矢華から目を逸らす。こういう話をするのはどこかやはり恥ずかしい。

 

「殲教師のオッサンのときも、今回のテロリスト騒ぎでも、姫柊は俺のせいで面倒な事件に巻き込まれたのは間違いじゃない。だから姫柊の友達が怒るのは無理も無いかな、とか」

 

「たしかにあなたのせいだけど、雪菜は任務だから仕方なくあなたの監視をしているだけで、好きで協力しているわけじゃないんだからね。別にあなたが気にすることないじゃない」

 

「あー……まあそうなんだけどな。助けてもらったのも本当だし。監視は迷惑だけど姫柊はいいやつだしな」

 

「どうしようもない男だと思っていたけど、少しは見る目があるみたいね。そこだけは認めてあげてもいいわ」

 

どこか嬉しそうに、どこまでも上から目線で言ってくる紗矢華に古城もうんざりする。しかしそんな古城の気持ちも露知らず紗矢華はますます調子に乗って、

 

「でも、いい奴、なんて陳腐な表現は感心しないわね。雪菜のことを褒める以上は、それなりの覚悟と誠意を持ってやってもらわないと」

 

「……覚悟と誠意が必要な褒め言葉ってなんだ?」

 

「そんなに難しいことじゃないわ。あるがままの雪菜の姿を忠実に再現すれば言いだけだから。きめ細やかな肌、金色の産毛、鎖骨の下にあるほくろ。天使の翼のような肩甲骨から、引き締まったわき腹と、骨盤にかけての高低差が織りなす黄金比――!」

 

「身体のことだけじゃねえか! もっとほかに褒めるところがあるだろ! たとえば、真面目なこととか、努力家なこととか、人見知りのくせに意外に世話焼きなこととか、気が強いくせになんだかんだで甘くて押しに弱いところとか――」

 

次々と雪菜のことをあげる古城に紗矢華は呆気にとられる。

 

「や……やるわね、暁古城。まさかこの私とここまで張り合うなんて……言っとくけど、わたしは雪菜と一緒にお風呂に入ったことだってあるんだからね!」

 

一瞬言葉に詰まるが、それでもあくまで自分が上ということを示したいらしい。どんどん変な方向に話が逸れていく。

 

「知るかんなこと! わけわからん対抗心を燃やされても困るわ!」

 

「うるさいわね! 私はあの子が七歳のときから一緒にいたのよ。雪菜の本当の家族よりも私のほうがあの子といた時間が長いんだから――」

 

そういいながら紗矢華は勝ち誇ったように自分の携帯電話を古城の前に突き出した。

画面に表示されていたのは幼いころの雪菜と紗矢華だった。

 

「ふーん。たしかにこれは可愛いかもな」

 

「かもじゃなくて可愛いのよ。私の雪菜は天使なの」

 

「いや、姫柊もそうだけど、おまえもこのころから美人だったんだなー」

 

「は……!?」

 

考えなしのただ率直な古城の感想に紗矢華は固まる。

 

「ば、ばか……な……なにを……」

 

異性からいわれたことのない言葉に紗矢華は茹蛸のように顔を真っ赤に染め上げて狼狽(ろうばい)する。そして、いきなり剣を抜き始めた。

 

「やっぱりあなたはここで殺すわ!」

 

「なんでそうなる!?」

 

剣を突きつけてくる紗矢華から慌てて距離をとろうとする古城。すると今まで無言で二人の話を聞いていたアスタルテが二人の間に割り込んだ。

 

「――警告(ウォーニング)。校内に不審な者の気配を感知しました」

 

「「は?」」

 

アスタルテの言葉に声をそろえて固まる古城と紗矢華。

 

「不審者? アスタルテ、そいつはどこに向かっているかわかるか?」

 

否定(ネガティブ)、なにかしらの不確定要素によって阻害」

 

アスタルテが淡々と告げた直後、一瞬、強烈な閃光がどこからか放たれ、少し遅れて爆音が鳴り響いた。

 

「なにいまの? まさか黒死皇派が……!?」

 

古城はくそっ、と悪態をついて屋上から出て行く。嫌な予感しかしない。

 

「ちょ――、暁古城、待ちなさい!」

 

古城についていくように紗矢華とアスタルテも屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼ごっこは終わりだ。我々と来てもらおう」

 

ガルドシュら保健室に来た獣人たちに加え、増援を求めたのか先ほどより多くの獣人たちに囲まれている雪菜たち。

 

「くっ……」

 

苦虫を噛み潰したような表情をする雪菜。素手で獣人を倒すことは出来なくはないが、いささか数が多すぎる。"雪霞狼"が無い今の雪菜にこの包囲網を崩すことは不可能だった。

それに、浅葱の前で彼らと戦うのは自分の正体をばらすのと同じだ。自分のが誰なのかを知られれば古城が第四真祖と気づかれる可能性が格段に高くなる。

すると雪菜と眠っている凪沙をかばうように浅葱が前に出た。

 

「ちょっと待って、あいつは……? 劉曹はどうしたの!?」

 

浅葱は嫌な予感を感じつつ、ガルドシュに問う。彼らがここにいるということは当然劉曹が張った結界をどうにかしたことになる。

ガルドシュは敬意を表した表情で無常な一言を放った。

 

「彼は死んだ」

 

「なん……ですって……」

 

浅葱は言葉を失う。嘘だと信じたい。だが、その希望は目の前にいる彼らが否定している。

 

「最期の最後まで彼はわれわれの結界を解くことはなかった。そして安らかに逝った」

 

「嘘よ……」

 

続けて語られたガルドシュの言葉は浅葱には聞こえず、彼女は崩れるようにへたり込む。

 

「藍羽先輩、気をたしかに持ってください!」

 

雪菜が声をかけるが浅葱は何も答えない。ただ呆然と虚空を眺めている。

無理もないだろう。友人の死を告げられて正気でいられるほど精神的に強い人はそういない。

 

「いつまでもそうしていられるのも困る。もう一度言おう、我々と来てもらう」

 

詰め寄ってくるガルドシュ。しばらく黙っていた浅葱だったが、

 

「……本当に仕事が終われば解放してくれるんでしょうね」

 

睨みつけるように見上げて言う。

 

「君が仕事終えたときはそこの彼女たち二人含め必ず無事に解放すると約束しよう」

 

浅葱は決意した目で、ガルドシュらを睨む。

 

「わかったわ」

 

「……藍羽先輩」

 

承諾した浅葱を不安そうに見つめる雪菜。だが、ここで雪菜がなにを言っても浅葱が揺らぐことはないだろう。

 

「ごめん、少しだけ付き合って」

 

困ったような笑顔を浮かべそういうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……これ……」

 

古城たちは絶句していた。

屋上から飛び出した後、階段を駆け下りている途中に血の臭いがしたのだ。臭いを頼りにたどっていくとそこは保健室だった。しかし、その中は荒れていた。

保健室の備品は所々破壊されており、ベッドもひっくり返っており、そして様々なところに血痕が付着していた。

そして壁にもたれかかり、血塗れになっている少年を見つけた古城は膝をついた。

 

「おい……嘘……だろ……」

 

「……劉曹の脈が止まっています。彼はもう――」

 

劉曹の手をとり、無感情な声で告げるアスタルテ。だが、その声にはどこか悲しみと怒りが入り混じっていたようだった。

 

「どうして……」

 

さすがの紗矢華も動揺を隠しきれていなかった。

 

「なんでおまえは……死んでんだよ……」

 

激しい怒りとともに古城の身体の中から膨大な力がこみ上げてくる。異変に気づいた紗矢華は声を上げる。

 

「暁古城、落ち着きなさい! ここで暴走してはだめよ!!」

 

「わか……っている……!」

 

紗矢華の言うとおり、ここで暴走してしまえばこの島を沈めてしまいかねない。古城はやるせない気持ちと爆発しそうな力を必死に抑えている。

しかし、抑えきれない魔力が古城から漏れ出して、周囲を破壊していた。

多少とはいえ第四真祖の力は強大なものだ。もはや学校の崩壊は免れない、そう思った瞬間、古城の額に腕が伸び、こつん、と指で打たれる。

 

「まったく、なにやってんだ」

 

聞こえるはずが無いと思っていた声が三人の耳に届く。三人は目を見開きながら声の主に視線を向ける。声の主はなんともないような平然とした声で、

 

「学園を壊すつもりか、アホ」

 

「劉…曹……?」

 

そういった直後――

 

「ゴフッ――」

 

劉曹の口から大きな血塊がこぼれた。ゲホ、ゲホッ、とむせたように血を吐いている劉曹を古城は支える。

 

「おまえほんとに大丈夫なのか!?」

 

「ああ、問題ない。見てみろ」

 

袖で口をぬぐった劉曹は吐き出した血塊を指差す。そこには複数の弾丸が含まれていた。

唖然とする古城。普通ならば銃弾を口から出すことは出来るはずがない。紗矢華もわけがわからないというように呟く。

 

「あなたの身体はどうなっているのよ、もしかして新種の魔族?」

 

「違う。俺は人間だ」

 

そういう劉曹に紗矢華は半眼で睨む。

 

「普通の人間は打ち込まれた弾丸を吐き出すことなんてできないわよ」

 

「おまえがなんと言おうと俺は人間だ。それは揺るがない事実だ」

 

それより、と劉曹は古城たちを見回してため息をつく。

 

「古城とアスタルテと煌坂しかいないということは姫柊たちは連れて行かれたか」

 

「「は?」」

 

古城と紗矢華が固まっている中、アスタルテは冷静に劉曹に訊く。

 

「どういうことですか? 説明を求めます、劉曹」

 

「ああ、アスタルテは気づいたと思うが獣人たちが侵入したんだよ、この学校に」

 

「肯定。しかしわかったのは侵入者がいるというだけでした。なにかに阻まれて魔族の種類、位置の特定は出来ませんでした」

 

「なら、よくここにたどり着いたな?」

 

「それは俺が血の臭いを嗅ぎ取ったからだ」

 

劉曹の率直な疑問に古城が答えた。吸血鬼の五感は人間より鋭い。古城は屋上から出たあとすぐに血の異臭を感じたのだ。

 

「嗅ぎ取ったって……古城、おまえ将来警察犬にでも就けばいいんじゃないか」

 

「うるさいわ! そもそも警察犬は職業じゃねえ!」

 

ギャーギャー横で喚く古城を無視して劉曹は話を戻す。

 

「話がそれたな、侵入者の獣人はクリストフ・ガルドシュたち、黒死皇派のテロリストたちだ」

 

「「なんだ(です)って!?」」

 

まさか学園に黒死皇派の頭がくるとは思ってなかった古城と紗矢華はほぼ同時に驚く。そんな二人に劉曹は思わず苦笑いする。

 

「おまえら仲いいな」

 

「「仲良くないわ!!」」

 

また同時にツッコム二人に、息ピッタリじゃん、と心の中で呟きながらも話を進める劉曹。

 

「ガルドシュたちは浅葱に頼みたい仕事があるといっていた」

 

「それってナラクヴェーラのことでか?」

 

「ああ、おそらくそいつの制御プログラムの解析とかだな。それで奴らは浅葱と一緒に姫柊と凪沙ちゃんを人質として連れて行っただろう」

 

「凪沙!? なんであいつまで!?」

 

自分の妹が(さら)われたと聞いた古城は焦った表情で劉曹に詰め寄る。剣幕に迫ってくる古城に劉曹は落ち着け、と手刀を古城の頭に振り下ろす。

 

「浅葱を保健室に連れてくときに会ったんだよ。教室から飛び出していった姫柊を探していたらしい。一緒にいる奴を人質として連れて行くのは定石だ」

 

「それならなんであなたは撃たれたの? ……っていうかどうやって生き返ったのよ」

 

紗矢華は疑問に思っていたことを口に出す。人質として連れて行くのが普通ならば本来劉曹も連れて行かれるはずである。しかし、彼は撃たれて放置されていたのだ。劉曹の言動とガルドシュたちの行動が合わない。

 

「まあ、いろいろとな……」

 

そういって紗矢華から視線を逸らす劉曹。あからさまな態度に紗矢華は劉曹をジト目で睨む。

 

「ひ、姫柊には古城たちと合流するように言っておいたんだ。おまえらがここにいるってことは連れて行かれた可能性が高い」

 

「でも、どこに連れて行かれたかわからないだろ」

 

「おそらくアジトだろうな、おまえらには心当たりあるんじゃないのか?」

 

「心当たりっていわれてもな」

 

劉曹に指摘されて、古城はしばらく考え込む。いつまでも答えを出せない古城に紗矢華は呆れたように言う。

 

「暁古城。さっきあなたもなにかが爆発したのを見たと思うけど、それはおそらく黒死皇派と特区警備隊(アイランド・ガード)によるものだったんでしょうね」

 

「そんなことがあったのか」

 

関心もない無感情な声で言う劉曹を無視して、紗矢華は続ける。

 

「今この島でそんな戦闘があるとしたら、どこだと思う?」

 

「あ……」

 

思い当たる場所を思い出した古城は、ぽん、と両手を鳴らす。劉曹もなるほどな、と呟く。

 

「そっちはおまえらに任せる。俺はちょっと寄っていくところがあるから、後で合流しよう。行くぞ、アスタルテ――」

 

命令受諾(アクセプト)

 

「ちょっと待て劉曹。おまえ――っていない!?」

 

劉曹は古城が言い終わる前にアスタルテとともにその場からいなくなっていた。

残された古城と紗矢華はただ呆然としており、

 

「ねえ、暁古城」

 

「……なんだ」

 

「彼って本当に人間なの?」

 

「人間……だと思う」

 

紗矢華の質問に古城は自信ないように答えた。

 





いかがでしたでしょうか

更新まで期間が空くことはありますが失踪はしないのでお付き合いの程よろしくお願いします


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第十四話

お久しぶりです。 燕尾です

年が明け、2016年になりました。
皆さんの健康とご活躍を祈ります。




彩海学園の保健室から飛び出してから劉曹たちは"洋上の墓場(オシアナス・グレイヴ)"が停泊していた港湾地区(アイランド・イースト)に来ていた。しかし、そこに船はなく、海の広がりが見えるだけ。

予想通り、と呟き目を閉じる劉曹。

 

「さて、浅葱たちを助けに行くとするか」

 

探索(サーチング)――劉曹は意識を集中させる。周りの音が消え、自分の感覚が鋭くなっていく。

広範囲だと疲れるのであまりすることはないが、その気になれば絃神市全体の人一人の行動を把握することもできるのだ。広々とした海の中、目的の船を捉える。

 

「船の位置は……あそこか。海岸に向かってきているのは好都合だな」

 

浅葱たちを連れて行ったであろうヴァトラーの船の位置を確認した劉曹は行くか、と言ってアスタルテの横に回りこみ、膝下に腕をまわし、背中を支えて抱え上げる。

 

「劉曹、いったいなにをするんですか?」

 

いわゆるお姫様抱っこの状態なのだが、恥らうこともなくただ淡々と聞いてくるアスタルテ。

 

「今から、浅葱たちのところに行く。しっかり掴まってろ」

 

「わかりました」

 

アスタルテは劉曹の首に手をまわしてしっかりと抱き着く。

 

「いくぞ……空歩!」

 

そう叫んで、人間には不可能な高度まで跳躍し、空中を駆ける。

 

「アスタルテ、気分は大丈夫か?」

 

「肯定、問題ありません。」

 

いきなりの気圧変化に普通に耐えているアスタルテに驚きつつ、空をどんどん駆け抜けていく劉曹。

 

「あの船の速度とここからの距離を考えて……この調子だと十分ぐらいで船につく。一応俺もやるが警戒よろしく、アスタルテ」

 

命令受諾(アクセプト)

 

無感情な声だがどこか機嫌がいいように指示を聞くアスタルテに劉曹はふっ、と笑いつつ、さらにスピードを上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劉曹たちが動き始めた頃、浅葱は"オシアナス・グレイヴ"の一室でキーボードをはしらせていた。

クリストフ・ガルドシュの依頼――それはナラクヴェーラの制御コマンドの解析だった。

浅葱はテロリストに手を貸すのを拒絶してたが、そうも言っていられなくなった。

以前、浅葱の元に送られてきたメールの中に解読希望と謎の物が送られたときに浅葱は暇つぶしとして解いていたのだ。それがナラクヴェーラの起動コマンドとは知らずに。

そして、いま増設人工島(サブフロート)で一体のナラクヴェーラが無差別の破壊活動している。このままではいずれ絃神島を沈められかねない。それを防ぐには制御コマンドを解析しないといけなかったのだ。

人工知能(AI)のモグワイに指示を出しながら解析を続ける浅葱。

 

「仕組みがわかればどうってことはない、時代遅れのアーキテクチャだわ」

 

こんなもののために劉曹は……と呟きながらそれでも絃神島を沈めないためにキーボードを叩く。

だが、このまま解いたら命を賭けて自分たちを守ろうとした劉曹も報われないだいろう。彼の仇を討つにはどうしたらいい? 下手なことをすれば一緒に連れてこられた雪菜と凪沙も危険に晒してしまう。彼らの目を欺きながら自分になにが出来るのだろうか?

 

「そうだ――」

 

何かをひらめいた浅葱は鮮やかな手つきでキーボードを打ち続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、雪菜は作業する浅葱とその傍で眠っている凪沙を残して部屋から抜け出し、船内を偵察していたのだが、

 

「……おかしい」

 

雪菜はそう感じた。自分たちがいた部屋の外に監視する見張りの兵はいなく、そのほか諸々あまりにも無警戒過ぎるからだ。

そしていま現在、有利な状況にいる黒死皇派たちがわざわざ船を手放す必要がないのに船の乗員や黒死皇派の非戦闘員たちが次々と連絡艇に乗り移っている。なにか理由があるとしか思えない。

 

「この船にまだなにかあるとしたら……?」

 

そこで雪菜は思い出す。"オシアナス・グレイヴ"はクルーズ船と同時に輸送艦のようなスターンゲートを持っていたことを――

 

「もしかして……!?」

 

気づいたように走り出す雪菜。その行き先は貨物室のほうだった。

そして、雪菜の考えどおり貨物室の前には見張り兵として武装した黒死皇派の獣人が二人立っていた。

雪菜は不意をついて見張りの獣人を倒し、貨物室の中へと入り込む。

 

「これは……!?」

 

雪菜の視線の先には所狭しと詰め込まれた五体の兵器だった。分厚い装甲に覆われた、六本足と二本の副腕。真紅に輝くレーザー砲の瞳。彼女の勘が正しければ、

 

「まさか……これら全部ナラクヴェーラ!?」

 

「そのとおりだ」

 

驚愕している雪菜の背後から猛々しくも穏やかな声が聞こえてくる

 

「まさか素手で訓練された獣人を倒すとは見事なものだ。噂以上だな、獅子王機関の剣巫よ」

 

賞賛の言葉を送ってくるガルドシュに対し、雪菜は睨んで返す。

 

「クリストフ・ガルドシュ、これがあなたの目的だったんですか。このナラクヴェーラの軍団を手に入れることが!?」

 

そう問う雪菜にガルドシュは重々しく頷いた。

 

「戦争というものは総合的な戦力で決まるものが多い。いくら個々の能力が高がろうが個人で"戦争"に勝つのはほぼ不可能だ。たとえ第一真祖を倒せなくとも"夜の帝国(ドミニオン)"が崩壊すれば、どのみち聖域条約を維持することはできなくなる。つまり、その"戦争"はわれわれの勝利になるのだよ」

 

「絃神島だけでなく、自分の故郷まで犠牲にするというのですか」

 

憤怒の眼差しでガルドシュを睨み臨戦態勢をとる雪菜。ガルドシュは表情を変えずうなずき、

 

「もちろんだ、だからこそ我々はテロリストと呼ばれているのだよ!」

 

獣人化をしてガルドシュはナイフを抜き、凄まじい勢いで次々とナイフを突き出す。

雪菜は紙一重に暴風のような攻撃をかいくぐり彼のわき腹に手のひらを当て、

 

「――(ゆらぎ)よ」

 

零距離からの掌打を打ち放つ。相手の内臓へと直接衝撃を送り込む雪菜の近接戦闘での切り札。

しかし、異様な手ごたえに雪菜は顔をしかめて距離をとる。

 

「――生態障壁!?」

 

「きみたちが気孔術と呼んでいるものだな。獣人だからといって使えないとでも?」

 

「くっ――鳴雷(なるいかずち)!」

 

今度は彼の頭部目掛けて飛び膝蹴りを放つ。

ガルドシュはヘッドバットのように迎え撃ち雪菜の身体を吹き飛ばす。

猫のように着地する雪菜。

その瞬間を狙ったように猛然と肩から突っ込んでくるガルドシュを雪菜はギリギリまで引きつけてかわす。

ガルドシュの自爆を狙ったのだが、彼はそのまま外壁を破って外へと出た。

雪菜もガルドシュを追って甲板へ出る。

 

「(戦闘技術はほぼ互角。それでもやはり力に差がありすぎる……一体どうすれば……)」

 

どう考えても雪菜は目の前の老将校に勝てるビジョンが思いつかない。

軽く絶望し始めたそのとき、凄まじい突風が発生した。そして、その風に乗ってなにかが飛んでくる。

 

「あれは――雪霞狼!?」

 

飛来してきた銀色の槍を空中でつかみ取る。

 

「誰が……どうやって……」

 

不思議そうに自分の槍を見つめる雪菜。

 

「気流使いか。さすがは極東の魔族特区といったところか。奇妙な技を使うものが多い。だが――」

 

槍を構える雪菜を見て、彼は愉快そうに唇を吊り上げた。

 

「これで君の本当の力が見れるというわけか、やはり戦闘はこうでなければな!」

 

「……獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

静かに祝詞を口にしてガルドシュへ駆ける雪菜。同時にガルドシュもナイフを構え雪菜へと突進していた。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪人百鬼を討たせ給え!」

 

そして、銀光が交差する。その直後勝敗が決した。

 

「……見事だ、剣巫よ」

 

ガルドシュの右手が鮮血を噴きながら落ちる。だが、ガルドシュは斬り落とされた右手を拾い余裕の表情で、

 

「だが、この戦争は私の勝ちだ」

 

そういって、上部甲板(アッパーデッキ)のほうに跳躍する。そこには浅葱と凪沙を抱えているガルドシュの部下が二人いた。

そして、海面を突き破るようにして浮上して来る五体の古代兵器。

 

「ナラクヴェーラ! 制御に成功している!?」

 

「そういうことだ。投降したまえ、もう君の相手をしている暇はないのだ」

 

雪菜は無言で唇を噛む。たとえ雪霞狼があってもガルドシュら三人の獣人を相手取るのは難しい。なにより、彼らは浅葱と凪沙を人質にとっているのだ。下手に手を出すわけにはいかない。

完全に手詰まり、そう思った瞬間、

 

「いや、まだ相手してもらおうか」

 

突如、聞き覚えのある声が雪菜たちの耳を掠った。

 

「だれだ!?」

 

辺りを見回しながら叫ぶガルドシュ。だが、どこを見渡しても姿が見えない。

すると船の真上からガルドシュたちに向かって暴風が襲う。雪菜が雪霞狼を受け取ったときよりも強い。

 

「ぐっ――」

 

「なんだこの風は――!?」

 

あまりの激しさに獣人二人の手から浅葱と凪沙が空に放り出される。

 

「藍羽先輩! 凪沙ちゃん!」

 

飛ばされた二人を見て叫ぶ雪菜。このままだと二人は海に落ちてしまう。

そう思った雪菜だが、彼女らは空中で虹色の腕に捕まえられていた。

 

「あれは――」

 

雪菜の視線は空中に止まっている二人に向いていた。そこには見覚えのある少年、少女の姿があった。

 

「楠先輩!」

 

濁りのない真っ白な髪に、真紅の瞳。女の子と間違えそうな中世的な顔。そして彼に背負われた、藍色の髪をした人工生命体(ホムンクルズ)の少女。

 

「くそ、思ったより時間がかかったか」

 

「否定、それは仕方のないことだと思います。あなたもまだ本調子ではありません」

 

こんな状態なのにどこか余裕のある声で着地する。雪菜は駆け寄り、はっきりと二人の名を口にする。

 

「楠先輩! アスタルテさん!」

 

「無事だったか、姫柊。二人も大した怪我はないみたいだな」

 

「はい、先輩もご無事でよかった。……状況はかなりまずいです」

 

雪菜は視線を後方へ向ける。そこには船体に張り付きながらも誰も攻撃しようとしない五体の古代兵器。

 

「奴らに制御されてるか。浅葱も相当頑張っちゃったみたいだな」

 

眠っている浅葱を見て軽く苦笑いした後、劉曹はガルドシュたちを睨む。

 

「さて、あんたには二つの選択肢をやる。まず一つ、おとなしく投降するか。二つ、抵抗して捕縛されるか。さあ、どっちがいい? おすすめは一つ目だぞ」

 

「どちらもお断りしよう、楠劉曹。いや、"白炎の神魔"よ。君の相手は私たちではなく……」

 

すると、今まで止まっていた古代生物兵器が一斉に動き出す。

 

「ナラクヴェーラだ」

 

ナラクヴェーラ一体から劉曹たちに向けて大口径レーザーが放たれる。

 

反射(リフレクト)

 

劉曹は自分を中心とした半球の結界を展開する。結界に衝突した真紅のレーザーはナラクヴェーラへと跳ね返り、分厚い装甲を貫く。

 

「姫柊! アスタルテ! 浅葱と凪沙ちゃんを頼む!」

 

「わかりました!」

 

命令受諾(アクセプト)。執行せよ"薔薇の指先"」

 

雪菜は銀色の槍を構え、アスタルテは虹色の眷獣を纏い、防御体制にはいる。

その直後、絶叫にも似た獣の遠吠えが空に鳴り響き、発生源の中心の増設人工島(サブフロート)が、海までもがその咆哮に震えている。

海岸から大分離れている海の上からでもその姿は見えた。緋色にきらめく鬣と、双角を持つ巨大な獣の姿。

 

「あの緋色の双角獣(バイコーン)は"九番目"か。古城の新しい眷獣だな。ということは……」

 

冷や汗をたらしながらチラッと自分の後ろを見る劉曹。そこには明らかに不機嫌そうにしている雪菜の姿があった。

ご愁傷様、と心の中で合掌する劉曹。

一方、眷獣の姿を捉えたガルドシュの行動は早かった。

 

「第四真祖の眷獣か! グリゴーレ! 私が女王(マレカ)で出る。それまでやつの相手をしろ」

 

『――了解です、少佐』

 

無線越しに言い残してガルドシュは部下二人を連れて、船倉のほうへと走り出す。そして、四体のナラクヴェーラは双角の眷獣のほうへと向かう。

 

「待て……――っ!」

 

ガルドシュの後を追おうとした劉曹だったがさっき壊したはずの一体が立ちふさがる。

 

「こいつ自己修復しているのか。ならまずはこいつをどうにかしないとだめだな」

 

分析している間にも古代兵器は先ほどの真紅のレーザーを放ってくる。

 

「何度やっても無駄だ、もう一度壊れておけ――反射(リフレクト)!」

 

劉曹はもう一度結界を展開し、光線を跳ね返す。

このまま先ほどと同じようにナラクヴェーラを貫くと思われたレーザー砲は、ナラクヴェーラに当たった瞬間掻き消えた。

 

「なるほどな、"学習"するのか。神々が造った古代兵器っていうのは伊達じゃないな。まあ、ほんとに造ったのかはあいつに(・・・・)問い詰めたいところだが」

 

劉曹はナラクヴェーラを閉じ込めるようにして結界を展開する。

なにが起きているのか理解できていないナラクヴェーラは光線を放つも結界が全てナラクヴェーラに跳ね返す。しかし、学習済みのナラクヴェーラは当たると同時に光線を掻き消す。

そんな堂々巡りをしばらく見ていた劉曹は雪菜たちのほうを向く。

 

「壊せないまでもしばらく足止めにはなるだろう……なあ、姫柊、アスタルテ」

 

「なんですか」

 

「なんでしょう」

 

微塵の焦りもなく雪菜とアスタルテにに声をかける劉曹。雪菜はなぜこんな状況なのにそんなに落ち着けているのか不思議に思いつつも応答する。

 

「この船って沈めていいと思う?」

 

「……は?」

 

「………」

 

思いもしない一言に雪菜は素っ頓狂な声を出して、アスタルテは黙ったままだった。

 

「いや、だって、この船ってヴァトラーのだろ? どうせあいつ、知っててガルドシュに船を明け渡したんだから別に沈めてもよくないか? そうすれば簡単にナラクヴェーラも海の底に沈められ――」

 

最後まで劉曹が言う前に雪菜は一喝する

 

「だめに決まっているじゃないですか! そんなことすれば国際問題に発展します!! それに浅葱先輩や凪沙ちゃんがいるんですよ!?」

 

「ナラクヴェーラを止めるために沈めたといえば大丈夫だろ。それにその二人に関しては問題ない――そうだよな、那月ちゃん」

 

劉曹は上部甲板(アッパーデッキ)にいる黒いフリルの日傘をさした豪奢(ごうしゃ)なドレスを着た女性に声をかける。

 

「ちゃんをつけるなといっているだろう!」

 

「南宮先生!?」

 

「……どうやら無事だったようだな」

 

虚空から音もなく出現した那月を、雪菜は驚きに打たれて見上げる。

最高難易度の魔術の一つである空間転移を気楽に使いこなす術者はそういない。改めて雪菜は那月のすごさを認識する。

 

「私はこいつらを安全な場所まで連れて行く。おまえたちはどうする?」

 

「わたしは……」

 

そういって、雪菜はチラッと劉曹を見る。

彼女は迷っているのだ。彼女は古城の監視役だ。浅葱と凪沙の安全が確保されたいま、いち早く合流したい。だが、目の前にあるナラクヴェーラを劉曹に押し付けるわけにはいかない。

 

「姫柊。おまえは古城のところにいってやれ」

 

板ばさみのような葛藤(かっとう)をしている雪菜に優しく声をかける。

 

「いくら新しい眷獣を手に入れたとしても古城と煌坂二人じゃ勝てない。それに戦力は多いに越したことはない。こっちは俺とアスタルテだけで事足りる」

 

「でも……」

 

いまだ迷っている雪菜。そこに携帯の着信音が鳴る。着信音の源はなぜか雪菜の懐に入っていた浅葱のスマートフォンだった。

 

『よお、嬢ちゃん。例の作業、終わったぜ』

 

「(この声……モグワイか?)」

 

「え……と、モグワイさん?」

 

電話回線から聞こえてきたのは、浅葱の相棒の人工知能(AI)の声だった。恐る恐る呼びかける雪菜。モグワイはすぐにそれを解析して、声の主を割り出したようだった。

 

『ありゃ。あんた、嬢ちゃんの恋敵(ライバル)の転校生ちゃんか』

 

「ら、ライバル?」

 

すると、劉曹がかわれ、と合図してくる。劉曹は雪菜から携帯を受け取る。

 

「モグワイ、俺だ」

 

『その声は劉坊か。なら話は早い、浅葱嬢ちゃんはいるか?』

 

「浅葱はいま安全なところに避難した」

 

『そうか、実はテロリストに気づかれないように携帯に送れといわれていたものがあってな』

 

「もしかして、制御コマンドか?」

 

『ああ、ナラクヴェーラの制御コマンドだ――五十五番目のな』

 

話を聞いた劉曹は大きく目を見開く。

 

「五十五番目だと? いつの間にそんなもの作った……いや、いまの問題はそこじゃないな。どういうものなんだ?」

 

『ナラクヴェーラの自己修復機能を悪用して、連中を自滅させる一種のコンピューターウィルスだ』

 

ナラクヴェーラは音声認識で制御されているのを知っている劉曹はモグワイの話を聞いてどうすればいいのかすぐに答えを出す。

 

「つまりナラクヴェーラにこの音声を認識させればいいんだな?」

 

『そういうことだ』

 

わかった、といって、電話を切る劉曹。そして雪菜に携帯を渡し、

 

「姫柊、聞いてただろ。モグワイが音声流してくれるから、姫柊は携帯をナラクヴェーラの操縦室に投げ込んでくれ。さっきも言ったとおりこいつは俺たちで十分だ」

 

携帯を受け取る雪菜にただし、と付け足す。

 

「認識させれるのはおそらくガルドシュが乗り込んでる女王(マレカ)という機体だから気をつけろ。アスタルテは俺の支援、頼めるか」

 

「わかりました」

 

命令受諾(アクセプト)

 

雪菜は那月とともに空間転移で増設人工島(サブフロート)へ転移する。それと同時にナラクヴェーラを捕らえていた結界が破られる。

 

「さて、できるだけフルボッコにして、古城たちの援護に向かうとするか」

 

そして、再びナラクヴェーラと対峙するのだった。

 





今年もどうぞよろしくお願いします。


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第十五話


お久しぶりでございます! 燕尾です。
遅くなりまして申し訳ないです。改編版十五話どうぞ!

ちなみに原作の古城と紗矢華が地下水路に転落して吸血するシーンはすっ飛ばしてます。
け、決して面倒だったわけじゃないんだからね!!


紗矢華の血を吸って手に入れた新しい眷獣の力で地下のメンテナンス通路から地上へと出られた古城と紗矢華。しかし……

 

「まったく……あなたは本当に無茶苦茶ね」

 

増設人工島(サブフロート)の表面を覆っていた鋼板製の大地が同心円状に陥没しているのを見て、紗矢華は心底呆れ果てたという表情で嘆息する。

 

「確かに地上には出られたけど、だからってこんなクレーターを造ることないじゃない。煌華麟の障壁がなかったら今ごろ生き埋めよ」

 

「文句は眷獣に言ってくれ、俺は通路を塞いでる瓦礫をどうにかしてもらえればそれでよかったんだよ」

 

古城が精神的疲労の(にじ)んだ声で反論する。

古城としては通路の瓦礫を吹き飛ばすだけでよかったのだが、緋色の双角獣(バイコーン)は『終わりよければすべて良し』といわんばかりに、徹底的な破壊を敢行し、増設人工島の天井を陥没させてしまったのだ。その結果、出られることになったのだが、あまりにもな方法に古城も溜息しか出なかった。

 

「"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"もそうだけどこいつも大概傍迷惑(はためいわく)な眷獣だな……というか、こいつの方が輪をかけて凶暴だと思うのは気のせいか?」

 

「あなたの眷獣はみんな凶暴よ。やっぱりあなたなんかの近くにいたら、雪菜が危険だわ。だから――」

 

紗矢華は古城を見上げて笑みを浮かべてみせる。

 

「今回だけは、私があなたの面倒を見てあげる。さっさとあいつらを片付けましょう」

 

紗矢華が視線を向けた先には、地下から這い上がってきた古代兵器(ナラクヴェーラ)の姿があった。だが、最初に交戦したときより明らかに動きに変化があった。はじめは敵対するものをただ排除しようとするだけだったが、今は操縦者の意思を反映したような知的な動きだった。陥没した地表をたてのように使って、副腕から真紅の閃光を放つ。

紗矢華は瞬時に古城の前に立ち、光速の一撃を剣で受け止める。

 

疾く在れ(きやがれ)、九番目の眷獣"双角の深緋(アルナスル・ミニウム)"――!」

 

現れた緋色の双角獣(バイコーン)が咆哮する。

"獅子の黄金"が雷の塊なら、陽炎のような姿のこの眷獣は、振動の塊といえるだろう。

頭部に突き出した二本の角が、音叉のように共鳴して高周波振動を撒き散らし、双角獣(バイコーン)の咆哮が衝撃波の弾丸となってナラクヴェーラを襲う。

 

「これ……中の操縦者は大丈夫か? 死んでないよな?」

 

双角獣(バイコーン)の攻撃で原型を留めないほど破壊されたナラクヴェーラ。その中に黒死皇派のテロリストが乗り込んでいることを思い出した古城は軽く焦る。

 

「あの程度じゃ獣人は死なないわ。それより、残りの四機を潰して!」

 

「わかった――"双角の深緋(アルナスル・ミニウム)"!」

 

緋色の眷獣が古城の指示に従って古代兵器の群れに襲いかかろうとしたそのとき、その巨体を、横殴りの巨大な爆発が襲った。

 

「なんだ!?」

 

飛んできた方を向くとそこには一機のナラクヴェーラ。しかし、ほかのものとは違い、桁違いにでかかった。八本の足と三つの頭。そして女王アリのように膨らんだ胴体。さきほど双角獣(バイコーン)を襲ったのはこの機体から放たれた戦輪(チャクラム)によるものだった。

そして古城たちは異様な光景を目の当たりにする。

 

「どういうことだ……!?」

 

「ナラクヴェーラがこんなに……!?」

 

先ほど戦輪を放った女王のようなナラクヴェーラ。その一機を中心に複数のナラクヴェーラが輪を作って守るように並んでいた。

 

「ふゥん……これが本来のナラクヴェーラの姿、ということか」

 

すると突然、どこか浮かれたような男の声が聞こえてくる。どこからともなく現れたのはヴァトラーだ。

 

「一体の指揮官機に無人の子機が付き従い真の力を発揮する。やってくれるじゃないか、ガルドシュ。まさかこんな切り札を隠し持っていたとはね。どうする、古城? やっぱり僕がかわりにやろうか?」

 

好戦的な笑みを浮べて言うヴァトラー。古城はもう一度溜息をついてから攻撃的な視線を送る。

 

「引っ込んでいろって言ったはずだぜ。……ったく、どいつもこいつも好き勝手しやがっていい加減こっちも頭に来てるんだよ! 相手がテロリストだろうが古代兵器だろうが関係ねえ、ここから先は第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

啖呵を切る古城。そしてそんな彼に寄り添うように銀色の槍を持った少女が歩み寄る。

 

「――いいえ、先輩。わたしたちの、です」

 

姫柊雪菜がムスッと不機嫌そうな顔をして古城を睨みながら槍を構えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劉曹とアスタルテは今もまだ"オシアナス・グレイヴ"で一機のナラクヴェーラを相手取っていた。

放たれる真紅の閃光をすべて跳ね返し、ナラクヴェーラにぶつける。しかしすでに一度自分の攻撃を受けて"学習"しているためナラクヴェーラが傷つくことはない。戦いは平行線をたどっていた。

 

「ま、このままじゃ埒が明かないよな……アスタルテ、少しの間足止めを頼む!」

 

命令受諾(アクセプト)執行せよ(イクスキュート)"薔薇の指先(ロドダク・テュロス)"」

 

アスタルテは虹色の眷獣を駆使し真紅の閃光を防ぎ、古代兵器を殴り飛ばす。

呪力の砲撃のようなその一撃はナラクヴェーラの装甲を粉砕する。自己修復する暇を与えないほどの連撃にナラクヴェーラは原型を保てなくなっている。

しかし、次第に受けている間にナラクヴェーラは自己修復を行ってアスタルテの攻撃を分析し、対応してきている。いつまでもこのまま押し切られるわけではないのだ。

アスタルテが奮闘して時間を稼いでくれている間に、劉曹は言葉を紡ぐ。

 

「我、汝と契約を結びし力を解放する者」

 

劉曹の周囲の空気がうねり、巨大な旋風が巻き起こる。

 

召喚(サモン)――顕現せよ、黒竜王オルタリア」

 

出現するのは黒焔を纏った黒竜――

巨大な身体は決して傷つくことのない鋼の塊。広げた漆黒の翼は刃のように鋭く、一度羽ばたくだけで衝撃波を巻き起こす。

 

「よくやった、アスタルテ。後ろに下がれ!」

 

劉曹の声を聞いたアスタルテはナラクヴェーラから大きく距離をとる。

 

「頼むぞ、オルタリア」

 

劉曹の命令を受けた黒竜はアスタルテがいた場所に降り立ち、黒焔のブレスをナラクヴェーラに放つ。

闇のように暗い炎に包まれるナラクヴェーラ。端からボロボロと崩れ去っていくソレを尻目に劉曹は言う。

 

「その黒焔は対象を燃やし尽くすまで消えることはない。それに、おまえ程度の機械(・・・・・・・・)に理解できるものじゃない。そのまま消えろ」

 

そう言い放った後、古代兵器は塵となって風に吹かれていった。

その様子を眺めていた劉曹はアスタルテのほうに振り向いてアスタルテの頭に手を置き、

 

「ひとまずお疲れさん、アスタルテが足止めしてくれて助かった」

 

「いえ、私が足止めしなくてもあなたなら破壊できたと思います」

 

頭を撫でてくる劉曹にアスタルテは顔を赤らめて気持ちよさそうに答えた。

ようやく人間らしい感情の一つを見せたアスタルテに劉曹はふっと、笑みをこぼす。

 

「さて、古城たちと合流してこの件に片を付けるか」

 

劉曹は跳躍し、黒竜の背中に飛び乗った。そして、アスタルテに手を差し伸べる。

 

「最後の一仕事だ。アスタルテ」

 

命令受諾(アクセプト)

 

アスタルテは劉曹の手をとり黒竜に乗り込む。

 

「劉曹、これは……」

 

「ん? なんか問題あったか」

 

アスタルテは少し戸惑い気味に呟いた。

黒竜の背に乗ったのだがアスタルテが前、劉曹が後ろにいるせいでアスタルテは劉曹に抱かれている状態なのだ。

そのことにまったく気づかない劉曹にアスタルテは少し自信を失った表情で、何でもありません、とどこか拗ねたようにそっぽを向いた。

劉曹は不思議そうな顔をして古城たちのもとへと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリストフ・ガルドシュ率いる古代兵器の軍団と対峙している古城たちだったが、ナラクヴェーラの攻撃に対する耐性と自己修復能力で次第に追い詰められていた。

 

「暁古城。このままじゃジリ貧だわ!」

 

「わかってる! ――疾く在れ(きやがれ)、"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"!」

 

古城が右腕を高らかに掲げて、もう一体の眷獣を喚び出した。

雷光の獅子が、稲妻を撒き散らしながら子機のナラクヴェーラを一掃する。

そして続けざまに指揮官機へと突撃。女王ナラクヴェーラの巨体を海へと突き落とし、さらに追撃を加えようとする。

 

「だめです、先輩! あんな電力の塊を海水にぶつけたら――」

 

雪菜が慌てて古城を制止するが時すでに遅し。雷光の獅子は海面へ激突していた。その瞬間、大きな水蒸気爆発が起きる。

 

「ぐわっ……」

 

予期せぬ衝撃に古城がたじろぐ。巨大な水柱が上空数百メートルまで立ち上がり、大きな振動を生み出したのを見て古城は、今後水中で"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"を喚ぶのは絶対によそう、そう心に誓う。

 

「馬鹿野郎! 俺たちを殺すつもりか!!」

 

その直後、大きな怒号が空から聞こえる。古城と雪菜と紗矢華は空を見上げると共に驚愕する。見えるのは巨大な黒い影。

漆黒の鱗をまとった鋼の身体に、刃のように鋭く大きな翼。俗に言う黒竜の背に乗った劉曹がアスタルテとともに現れたのだ。

古城たちはあんぐりと開いた口がふさがらない。

やがて正気に戻った古城は劉曹に向かって大声で叫んだ。

 

「劉曹! なんだその巨大なドラゴンは!?」

 

「死にたくなかったら伏せていろ!!」

 

問いかけに待ったく別の返答をした劉曹に古城は、は? と呆ける。すると黒竜は大きく息を吸い込み、黒焔のブレスを吐き出した。

 

「おいおい、マジかよ!?」

 

「「先輩(暁古城)、伏せてっ!」」

 

雪菜と紗矢華はそれぞれ槍と剣を振って防御障壁を造り出す。しかし黒焔は障壁に守られた古城たちを大きく避けて、ナラクヴェーラに襲い掛かった。

黒焔に包まれたナラクヴェーラは次々と塵となっていく。

 

「ちっ、半分残したか。面倒くせえな」

 

「残したか、じゃねーよ! おまえも俺たちを殺す気か!?」

 

地上に降りてきた劉曹に古城は思い切り叫ぶ。雪菜と紗矢華もどこか恨みがましい目で劉曹を睨んでいる。

しかし非難を浴びている本人は鬱陶しそうに返した。

 

「ギャーギャー喚くな、お前らに当てる気なんてあるわけないだろ。それより……まだ片付いてなかったのか」

 

劉曹の言葉に古城は渋い顔をする。

 

「あいつら、いくら攻撃してもすぐに自己修復するからきりがないんだよ。しかもこっちの攻撃に耐性つけてきてるから倒せねーんだ」

 

「姫柊、まだこいつらに話してなかったのか?」

 

「話をしようとしたんですけど、楠先輩に邪魔されました」

 

「そうか、悪かったな」

 

雪菜の嫌味を劉曹は軽く流す。

古城と紗矢華はなんの話をしているのか分からず、お互いに顔を見合わせていた。

 

「なあ、なんの話だ?」

 

「浅葱が造ったナラクヴェーラの制御コマンドだ。指揮官機のなかにこの音声を流せば他の子機含めて止めることができる」

 

「女王の中に入れるって……どうやってだ? せめてあいつらの動きを止めないと集中砲火にやられるだけだぞ」

 

半分まで減らしたとはいえ、指揮官機を含めてナラクヴェーラは残り三機。古城の二体の眷獣は古城たちの防御に回って手一杯の状態だ。そんな中、無鉄砲に突撃するのは愚作だろう。しかし、こうして手を(こまね)く間にも被害は広がる一方だ。一刻も早く決着をつけなければならない。

 

「ナラクヴェーラの動きは私が止めるわ」

 

そこで前に出たのは、紗矢華だった。

 

「煌坂?」

 

突然自分がやると言い出した紗矢華に古城は怪訝そうな顔をして、劉曹はほう、と面白そうに見る。

 

「わかってるわね、暁古城、楠劉曹。敵がこちらの攻撃を解析して進化するというのなら、チャンスは一度きりよ。私と雪菜の足を引っ張ったら、灰にするからね」

 

「そこまで言うのならしっかりナラクヴェーラを止めて見せろ。舞威媛」

 

誰に言っているのよ、と反発しつつ、紗矢華は剣の姿を弓へと変える。

 

「なるほど、六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)か。古城、"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"と"双角の深緋(アルナスル・ミニウム)"で同時に攻撃。俺が煌坂の影響をなくしてやるから、姫柊は女王に集中しろ。アスタルテは俺の援護を頼む」

 

「おう」

 

「わかりました」

 

「命令受諾」

 

「さあ終わらせようか、この戦争(ケンカ)――」

 

いくぞ! と劉曹の声と共に女王ナラクヴェーラに向かって駆け出した。

 

「――獅子(しし)舞女(ぶじょ)たる高神(たかがみ)舞姫(まいひめ)(たた)(たてまつ)る」

 

その直後、紗矢華の唇から、澄んだ祝詞が流れ出す。太腿辺りに備えていた呪の矢を取り出し、ピンとした姿勢で弓を引く。

 

極光(きょっこう)炎駒(えんく)煌華(こうか)麒麟(きりん)()天樂(てんがく)轟雷(ごうらい)()べ、憤焔(ふんえん)をまといて妖霊冥鬼(ようれいめいき)射貫(いつらぬ)く者なり――!」

 

弓から射放たれる銀色の矢。大気を引き裂く甲高い飛翔音が鳴り響き、空に半径数キロメートルにも達する巨大な魔方陣を描き出した。

そこから生み出された膨大な"瘴気"が古代兵器に降りそそぎ、彼らの機能を阻害する。

 

「"反射(リフレクト)"」

 

劉曹は四人を守るように結界を張る。

神々の古代兵器が耐えきれないほどの膨大な瘴気。そんなもの浴びれば人間である劉曹は確実に死ぬ。世界最強の吸血鬼の第四真祖ですら耐えれるかわからない。

 

「(もうほとんど俺とアスタルテがすることはないんだよなあ……)」

 

劉曹は心の中で呟く。

実際のところ、魔方陣から降りそそぐ瘴気は雪菜のもつ"雪霞狼"が無効化してくれるのだ。劉曹がこのような役を買って出たのはなにもすることがないからだ。それでも万が一紗矢華の鏑矢が効かない場合の保険でもある。その保険が必要だったかどうかはいうまでもない。

雨のように降っていた瘴気が止むとそれまで耐えていたナラクヴェーラが一斉に動き出そうと立ち上がる。

 

「いまだ古城、思い切りやれ!」

 

結界を解いて劉曹が叫んだ。

 

疾く在れ(きやがれ)――"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"! "双角の深緋(アルナスル・ミニウム)"!」

 

雷光の獅子と緋色の双角獣(バイコーン)が女王ナラクヴェーラを襲った。

同時攻撃から生み出された凄まじい爆圧で大型古代兵器の装甲を破砕し、骨格をバキバキと押し潰す。

女王が一時機能停止したことによって、周りの小型古代兵器も次々と動きを止めた。

 

「――はははっ、戦争は楽しいな、剣巫!」

 

血まみれの状態で破壊された女王ナラクヴェーラのコクピットを開けて出てきたガルドシュはナイフを引き抜く。

 

「守るべき国も、守るべき民も持たないあなたに、戦争を語る資格なんてありません!」

 

雪菜の叫びに、憤怒の雄叫びを上げてガルドシュが雪菜へと突進する。

雪菜は槍を構えることもなく、身体をずらしただけだった。

すると雪菜に迫るナイフは風を裂いて飛来してきた矢によってガルドシュの手から離れた。遠くのほうでは紗矢華が微笑んでいる。雪菜は唖然としているガルドシュを飛び越えそのまま女王ナラクヴェーラへと向った。

 

「――終わりだ、オッサンっ!」

気をとられて隙ができたガルドシュの脇腹を、古城が力任せに殴りつけた。

ひるんでいる隙にさらに殴る。浅葱と凪沙、そして雪菜の分といわんばかりに殴りつける。そして最後に下から突き上げるように彼の顎を殴った。

強靭で重たいガルドシュの身体が空を飛び地面に叩きつけられる。そして彼は意識を失った。

 

「ぶち壊れてください、ナラクヴェーラ!」

 

古城の攻撃を修復し再び動き出そうとした女王ナラクヴェーラの操縦席に雪菜は音声ファイルを再生した浅葱の携帯を投げ込み離脱する。

音声を認識したナラクヴェーラは風化した木のようにガラガラと崩れ去っていき、他の子機も同様に崩れ去る。

それは黒死皇派の野望が終わったことを意味していた。

 





いかがでしたでしょうか。

感想、評価をもらえると助かります。批評でも褒め言葉でもなんでもいいです。意見をください。

あと、面白いラノベがあったら紹介してください。
ではまた十六話でノシ


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第十六話



現在バイトに生きているような生活を送っています、燕尾です。
なんで春休みは言った瞬間に週六も入らないといけないんでしょうか。やってられませんっ!

というわけで現実逃避しながら書いた十六話目です。どうぞ


 

「放せ、アスタルテ。俺はあいつを三枚に下ろさなければ気がすまない。これ、命令」

 

アスタルテの眷獣に拘束されている劉曹は目の前にいる青年貴族に思い切り殺気をぶつけていた。古城や雪菜、紗矢華が一歩以上引いている中、劉曹の殺気を一身に受けている青年貴族はただただ微笑んでいる。

 

「否定、その要求は聞くことはできません。ここは抑えてください」

 

「僕は別に放してくれてもかまわないんだけど? むしろ放してあげてほしいね」

 

ヴァトラーはにこやかに提案する。

 

「だめに決まってるだろ! おまえと劉曹が暴れたら、確実に絃神島が沈没するだろうが!!」

 

疲れた表情で古城は叫ぶ。両隣にいる雪菜と紗矢華も同じく疲れきっているように溜息をついていた。三人の気も知れず、劉曹は一切の感情がこもってない声で喋る。

 

「ああいう快楽主義者は今すぐ消滅させるべきなんだ。この世にいたらいけない存在なんだ。ここでこいつを逃したら絶対また面倒ごとを持ってくるに違いない。古城、よく考えてみろ。掃除をして悪いことがあるだろうか、いやないだろう。というわけで殺す」

 

「なんで反語なんだ!? 劉曹も落ち着けって。今ここでやりあったってなんにもならないだろ?」

 

「なるぞ。この雑菌を滅することによって世界がより美しく、澄んだものになる」

 

自信満々に呟く劉曹に紗矢華が頭が痛いという風に額に手を当てて返す。

 

「なるわけないでしょう。国際問題とかに発展してさらに汚くて(よど)んだものに……最悪、第一真祖との戦争よ」

 

「俺がこのゴミクズを片付けるのに証拠を残すと思ってんのか? 塵も残さず綺麗に出来るぞ」

 

なにを言っても聞く耳持たない劉曹。困り果てた表情の古城と紗矢華。すると雪菜が何かをひらめいたように劉曹に声をかける。

 

「楠先輩、病院にいきましょう!」

 

「病院? 俺の頭はまだ正常だぞ? まっとうに仕事しようとしているぞ、汚物の排除という……」

 

「そういうことではありません! 浅葱先輩と凪沙ちゃんに会って無事な姿を見せてあげてください! 凪沙ちゃんは眠っていたからともかく浅葱先輩は楠先輩が死んでいると思っているので」

 

雪菜がい言うと劉曹が纏っていたものが霧散した。

 

「……それもそうだな。放してくれ、アスタルテ。いまヴァトラーと()り合うことはしないから」

 

言葉が本当だと感じたアスタルテは眷獣を消す。しばらく拘束されていた劉曹はほぐすように身体を伸ばした。

 

「なんだ、()らないのかい?」

 

残念そうに劉曹に向かって言う青年貴族にふんっ、とそっぽを向いて歩き出した。その後ろにアスタルテがついていく。

 

「おまえの相手よりしないといけないことがあるからな。それに……」

 

立ち止まって劉曹は停泊しているオシアナス・グレイヴの甲板のほうに視線を移す。そこには三つ編みのお下げの眼鏡をかけた女性がいた。

 

「タイミングが悪い。おまえはともかくあいつまで殺したら、俺は追われる身になるしな」

 

劉曹がなんのことを言っているのかわからず、古城たちは怪訝そうにして彼を追うようについていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

白いシーツに包まれたベッドの上で目を覚ました浅葱。

 

「ここは……?」

 

浅葱は虚ろな状態で周りを見渡した。

清潔感溢れる白い壁に、嗅ぎ慣れない薬品の臭い。そして、自分の傍で手馴れた様子でリンゴをむいているのは――白髪紅眼の少年。

 

「…………劉曹っ!?」

 

中途半端な意識が目の前の少年のおかげで一気に覚醒して、大きな声が出る。

いきなり大きな声を出されたはずなのに特に驚くこともなく、なにもなかったようにスルスルとリンゴの皮を剥いて、いつも通りの声で浅葱に話しかける劉曹。

 

「気がついたか、浅葱。気分のほうはどうだ?」

 

一口大の食べやすい大きさに切って、爪楊枝を添えて安心した表情で浅葱の目の前に差し出す。

それは大丈夫だけど、とリンゴに爪楊枝を刺し自分の口に運ぶ。

しっかりとした歯ごたえにひんやりとしたちょうどいい温度。噛めば噛むほどに甘いリンゴの果汁が溢れ出る。

 

「美味しい――」

 

思わず呟いた浅葱はそこでハッとする。

 

「――って、そうじゃなくて! どうしてあんたが!? あんた……し、死んだんじゃ……」

 

「人を勝手に殺すなよ」

 

「だ、だって、あのガルドシュってやつが劉曹は死んだって言ってたから……」

 

「んじゃ、俺は幽霊で浅葱にとり憑くために化けてでてきた。恨めしや~」

 

手首を折り、指先を下に向けてぷらぷらさせ浅葱に迫る劉曹。

そんなおふざけが気に食わなかったのか浅葱はばかっ、と不機嫌そうな顔をしてそっぽを向く。そして、そのまま俯き黙り込んでしまった。

意地悪だったかと思っていたのだがそこで劉曹は浅葱の肩がわずかに震えているのに気づく。

 

「……浅葱?」

 

俯いたまま肩を震わせ動かない浅葱の顔を覗き込んだ劉曹は目を見開く。彼女の瞳に涙が溜まっている。溢れ出た滴がぽたぽたと白いベッドスーツを濡らした。

 

「ほんと……に…無事で……よかっ…た……っ! わたしのせいで……死んじゃったんだと思ってたから……」

 

声を掠らせて、かすかな嗚咽(おえつ)を漏らす浅葱。泣いてはいるが安堵の涙なのだろう。

浅葱はやるべきことを正確に判断して冷静に対処していた。普通ならばテロリストに連れ去られるという時点で取り乱すものだ。そう考えると目の前の少女は肝の据わった強い人間だと思われるだろう。

しかしそれは違う。犠牲者を増やさないためにも強がっていなければならなかっただけなのだ。

本当は、友人が生死不明に陥ったことに対する不安と後悔、そしてその原因が間接的とはいえ自分だという責任が重くのしかかり、怯えていた。

泣きじゃくる浅葱の頭に手を置き、劉曹は優しく撫でる。

 

「心配かけて悪かった。よく頑張ったな、浅葱」

 

「ほんとうよ、馬鹿……馬鹿ァ……」

 

服の裾をギュッと掴み、馬鹿、と呟き続ける浅葱。劉曹はその言葉を甘んじて受け入れて彼女が落ち着くまで頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「………」

 

劉曹がそう問いかけても浅葱は答えない。顔を真っ赤にして黙り込んでいた。

 

「(ありえないありえない! なんであたしあんな事したのよ!? いくら安心したからってあれはありえない、絶っっっっっっ対ありえない!!)」

 

うあああああ! と小さくうめきながら顔をぶんぶん横に振りっている。

 

おそらく――ではなく間違いなく羞恥に悶えているのだろう。

 

「んじゃ、俺はそろそろ行くよ」

 

そっとして置いたほうがいいと判断した劉曹は一言だけ言って退室しようとする。すると、待って、と呼び止められた。

 

「えっとその……あの……」

 

振り向いていて浅葱の次の言葉を待っているが気恥ずかしさからかしどろもどろになっている。

一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせた彼女はしっかりとまっすぐ劉曹を見て、

 

「どうやってあんな状態からそんなに元気になるのかはわからないけどあんたが無事で本当によかったわ。それと、あたしたちを助けてくれて――」

 

ありがとう、その一言を言おうとしていた。だが、劉曹に遮られる。

 

「――それは古城に言うんだな。おまえや凪沙ちゃんを助けたのは古城だ。よかったな古城(王子様)に助けられて」

 

「な……なにいっているのよ、馬鹿! 私はそんな……」

 

先ほどのように顔を赤くして否定する浅葱。しかしそんなことはお構い無しに劉曹は意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「さて、そろそろ古城が来るだろうな。お邪魔虫は退散――する前に一つアドバイスだ。少しぐらい大胆にならないと姫柊に取られるぞ?」

 

「なっ――」

 

「じゃあな」

 

絶句する浅葱を置いて劉曹は部屋を後にする。

その直後、なんなのよ劉曹の馬鹿ーー! と浅葱の叫びが部屋から廊下へと響いた。

 

「おまえ、なに言ったんだ?」

 

浅葱の様子を見にちょうどやってきた古城がジト目で尋ねてくる。傍に雪菜の姿はなく、彼女とは別行動のようだ。

 

「別に。さっさといってやれ」

 

そういって劉曹は古城の横を通り過ぎ、古城は浅葱の部屋に入っていく。

 

「さて……どうしようか」

 

んー、と背を伸ばして考える劉曹。浅葱や凪沙の無事は確認した。なにかあっても古城と雪菜がいる。やることがなにもなくなった劉曹は家に帰ってさっさと寝ようと思い病院の廊下を歩く。

するとロビーに楽しそうに話をする雪菜と凪沙の姿が見えた。

 

「あ、そう君!」

 

「楠先輩」

 

劉曹に気づいた凪沙は劉曹の元に駆け寄り、雪菜もその後をついてくる。

 

「もう動いて大丈夫なの? しっかりベッドで休まなきゃだめだよ!」

 

ポニーテールを揺らして勢いよく劉曹に詰め寄る凪沙。

 

「あ、ああ。ある程度休めたから大丈夫だよ、問題ないから」

 

「しっかり休まないとだめ! 大した怪我じゃなかったみたいだけど入院って扱いになっているんだから」

 

凪沙は劉曹が撃たれたときの記憶がない。保健室で凪沙を眠らせたときの催眠術で記憶も書き換えていたのだ。あのときの光景は凪沙には刺激的すぎてトラウマになりかねないから。

 

「いや、事件関係者で事情聴取を含めた入院だったから。もうそれも終わったし帰りたいなと」

 

意地でも病院から出ようとする劉曹に凪沙はムスッとする。

 

「むー……。言うこと聞かないのなら美森ちゃんのところに連れて行くよ?」

 

「美森ちゃん?」

 

いち早く反応したのは雪菜だった。古城と劉曹と関わっている中で一度も聞いたことのない名前だからだ。しかし、劉曹はその名前を出された瞬間、顔を青ざめさせていた。

 

「あの、凪沙さん? 自宅療養でしっかり休ませていただきますので帰していただけないでしょうか?」

 

劉曹は身体を九十度に曲げて懇願(こんがん)する。だが、凪沙の態度は変わらずやや威圧的に言い放つ。

 

「自宅療養は駄目に決まってるでしょ。ここか美森ちゃんのところだよ」

 

「勘弁してくださいお願いします」

 

「く、楠先輩?」

 

雪菜は困惑する。黒死皇派やナラクヴェーラと対峙しているときの勇敢な姿ではない、一つ年下の少女に土下座をしている情けない先輩の姿に。

 

「ど、どうしたんですか、楠先輩? 美森ちゃんって誰ですか?」

 

問いかける雪菜に劉曹は身を固めて震えながらも答える。

 

「美森ちゃんっていうのは古城と凪沙ちゃんの母親だ。暁家の母親は一癖どころか二癖も何癖もある人で、何度も俺は……いや、やめよう。思い出したくもない。俺としてはもう美森さんと会うのも遠慮したい」

 

「(楠先輩をここまで怯えさせる凪沙ちゃんたちの母親って……)」

 

怯え震える劉曹に、雪菜は会ったことのない凪沙たちの母親を想像する。

 

「えー、最近そう君に会ってないって美森ちゃんぶーたれてたよ? それにそう君の女装はかわいいからいいじゃん。女の私でも羨ましく思っちゃうもん」

 

「じょ、女装……!?」

 

思わず大きな声で復唱してしまう雪菜。

驚きを隠せず劉曹の方を見る。劉曹はこっちを見るなという風に睨んできた。

 

「も、もしかして楠先輩はそういう趣――」

 

「違う!!」

 

雪菜の話を最後まで聞かずに否定される。雪菜も劉曹がそんな趣味を持っているとは最初から思ってはいない。

 

「では、どういうことですか?」

 

尋ねる雪菜に劉曹は深いため息をつく。説明をするのも億劫だという態度の劉曹に変わって凪沙が口を開く。

 

「ほら、そう君って女の子っぽい顔や身体してるでしょ? それで美森ちゃん――お母さんが見たときに無理やり女の子の格好をさせたの。それが凄い美森ちゃんのツボにはまっちゃって、そのあとも会うたびにこういう格好させてるの」

 

ほらこれ、と携帯の画面を雪菜に見せる。そこには苦笑いしている古城と笑顔の凪沙、そして涙目でいじけている可愛い女の子がいた。

 

「凪沙ちゃん、この女の子って」

 

「うん、女の子の格好をした中学生くらいの頃のそう君だよ。家のアルバムにはもっと可愛い格好をしたそう君の写真があるよ」

 

「なんで暁家のアルバムにあるんだよ……」

 

深々とため息をつく劉曹。

 

「なんでしょうか、これを見ると自分に自信が持てないです」

 

スラリと細く長い足にくびれた腰。パットを入れているのかその頃の同い年よりはるかにある胸。腰まである長く艶のある白い髪に真紅の潤んだ瞳。雪菜はお世辞抜きで女装した劉曹は可愛く、綺麗だとおもった。逆にこれ以上ルックス、スタイルがいい女の人がいるのかどうかわからなくなるほどだ。

 

「姫柊、それ以上考えるな。俺は男だ。つまり、比べるのは根本から間違っているんだ。というか、こんな女装した男なんて気持ち悪いだけだ」

 

「男の人に劣るんですね、私たちは……」

 

「世の中って非情だね……」

 

明らかに落ち込んでしまった雪菜。そしてわざとらしく呟く凪沙。

だー、もう! と叫んだ劉曹は凪沙の携帯を取り上げてその画像を消去する。

 

「あー!! なんてことをするのそう君!? あたしの大切なそう君メモリーの一つがが!」

 

大声で非難する凪沙。しかし、劉曹も引き下がるわけにはいかなかった。それになぜ凪沙が女装した写真データ大量に持っているのか疑問に思う。

 

「なんだ、そう君メモリーって! いつの間にそんなもの作ったんだ!?」

 

「女の子の携帯奪ってデータをいじる人には教えない! それに画像は全部家にバックアップとってあるから携帯の消したって意味ないもんね!!」

 

あーでもないこーでもないと言い争う凪沙と劉曹。そしてそれは、あの、と突然凪沙の袖を引っ張った雪菜によって止められる。

 

「ん、どうかしたの? 雪菜ちゃん?」

 

ふー、ふー、と肩で息している凪沙に雪菜は遠慮がちに言う。

 

「え、えっと、その――後で写真のデータをもらえますか」

 

「姫柊さん!?」

 

「もちろんだよ! 後で雪菜ちゃんにデータ送ってあげるから」

 

劉曹の介入する余地が微塵もなく話が勝手に進んでしまう。何故だと劉曹は雪菜に問い詰める。だが雪菜は、秘密です、と劉曹に教えることはなかった。

頭痛が起きたように頭を抑えて劉曹はため息をつく。

 

「はあ、もういいや……それより浅葱が目を覚ましたぞ。古城もちょうど様子を見にいった。二人もいったらどうだ?」

 

「浅葱ちゃん目覚ましたの? なら、いかなきゃだね!」

 

「暁先輩が……?」

 

古城の名前が出た瞬間、雪菜の眉がピクリと動いたのを劉曹は見逃さなかった。

 

「ああ、俺はさっき起きたのを確認したし、他にやる事もあって(家に)戻るから」

 

古城ご愁傷様、と心の中で合掌し、凪沙たちと反対方向に歩き出そうとした劉曹だったがその手を凪沙ががっちりと握る。

 

「凪沙ちゃん、やることあるから(家に)戻りたいんだけど……」

 

「戻るってどこに? 絶対部屋じゃないよね?」

 

にっこりと笑う凪沙。しかし、笑顔のはずなのに目は笑っていなかった。圧倒的オーラを感じる。

 

「い、いやいや……部屋に戻るよ。荷物をまとめにね。先生に傷が治っているところを見せたら退院していいって言われたし、言って置くけど俺は事情聴取込みの検査入院的な扱いだかね? 終わったから帰っていいんだよ」

 

出任せの口上で何とか逃れようとする劉曹。だが、それは雪菜の一声で一瞬にして崩れ去る。

 

「そういえば……さっき看護師の人たちが先輩が病室にいないって騒いでましたよ」

 

「…………」

 

凪沙は劉曹をジトッと睨み、手を握る力を強める。劉曹は恨めしそうに雪菜を見る。だが、雪菜はなんでもないように振舞う。凪沙に引き摺られて連れて行かれる劉曹は諦めたように溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

三人が浅葱の病室に入るととんでもない光景が広がっていた。

古城と浅葱の顔がキスできてしまうほどに近く、何故か古城が鼻血を大量に出していたのだ。

 

「古城君、浅葱ちゃん、顔近っ! しかも古城君なにそれ鼻血!? 二人でいったいなにやってんの!?」

 

軽く混乱した様子で叫ぶ凪沙。浅葱は穏やかな笑顔で答える。

 

「ん、ちょっとね、なんだろ。球技大会の練習……だったりして?」

 

「ええー……? 怪しい……」

 

凪沙が疑わしげな表情で、兄とその友人の顔を見比べる。

 

「いや、怪しいとかそういうのじゃなくてだな……」

 

すると古城は手で鼻血をぬぐいながらようやくドアの前でたたずんでいる雪菜に気づいた。しかも明らかに不機嫌な顔で。その後ろで劉曹が笑いをこらえている。

 

「――反省してくださいって言いましたよね、先輩」

 

凍えた刃物のような雪菜の声を聞いて今度は激しく咳き込んだ。

古城は途方に暮れながらも必死に首を振り、

 

「待て、反省というか、これはそういう問題じゃなくてだな……」

 

視線を移し劉曹に助けを求めるも、彼はニヤニヤしながらどこかに去っていった。

 

「もう知りません。先輩のばか」

 

拗ねた子供のような雪菜の声が病室に響いた。

その後、劉曹が居なくなったことに気づいた凪沙があれこれ脅して病室に連れ戻すのはまた別の話。

 





いかがでしたでしょうか?
しばらく更新してない間にお気に入りが500を越したということが起きていました。
二週間以上も更新していないのに読んでくれる人がいるというのは嬉しいものですね。
これからもよろしくお願いしますm(..)m


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天使炎上編
第十七話



集中講義も終わりようやく春休み!

……と思ったらバイト三昧になりそう(泣)
私に長期休みなんてないみたいです……


 

 

時刻深夜0時ちょうど、劉曹の元に一本の電話が入る。ディスプレイを見て表示されている名前を見た劉曹は顔をしかめたが無視した方が余計に面倒臭くなるので通話ボタンを押した。

 

『楠、起きているな』

 

声の主は攻魔官兼彩海学園英語教師で"空隙の魔女"の異名を持っている南宮那月だ。

那月が劉曹に連絡するのは教師としてか攻魔官としてかの二つ。

電話口から聞こえる周りの騒がしい声や電話してくる時間帯からして今は攻魔官として動いているのだろう。

 

「那月ちゃん、またなんか依頼でもあるのか? 俺、そろそろ寝ようと思ってたんだけど」

 

『私をちゃん付けで呼ぶな! 今すぐ西地区(ウエスト)の市街地まで来い。今お前が言ったとおり依頼だ』

 

那月の言葉に劉曹は、はっ? と聞き返す。しかし、那月は詳しいことは来てから説明するとだけ言って一方的に電話を切った。

劉曹は都合上、南地区(サウス)東地区(イースト)に住家を持っている。そして今いるのは東地区の住宅。つまり正反対のところに呼ばれたのだ。

 

「俺の家から凄く遠いんだけどな……面倒くさ」

 

誰もいない部屋で一人呟く劉曹だったがここで行かなければ、後で那月にどんなことをされるかわからないので、動きやすい格好に着替えて家を出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

指定された場所付近に着いた劉曹は周りを見渡して小さく呟いた。

 

「これはまた……派手にやらかしたもんだ」

 

半壊したビルが五棟に延焼したビルが八棟ほどでいまも消火活動をしている。この有様だと停電や断水そのほかの被害も考えられた。

特区警備隊の人たちが慌ただしく動いている中、その中心で指示を出している小柄のゴスロリ服を着た女性が劉曹に気づく。

 

「来たか、楠」

 

「ああ、随分と急がしそうだな、那月ちゃん?」

 

「だから私をちゃん付けで呼ぶなといっているだろう!」

 

那月が額目掛けて振り下ろすも劉曹はひょいとかわす。なんでもない風にする劉曹を那月は恨めしそうに睨んだ。

 

「それで? なんの依頼?」

 

改めて劉曹が訊ねると那月はため息をついて呼び出したわけを言う。

 

「少しおまえに診てもらいたい小娘がいる」

 

小娘? と問いかける劉曹に那月はコクリと頷く。そして、那月に少女を乗せた救急車まで案内された。

おそらく中に(くだん)の子がいるのだろう。

 

「南宮教官、お疲れ様です」

 

特区警備隊の一人が那月に敬礼している。小学生と間違いそうになるほどの容姿をしているが、彼女のオーラは本物なのだ。

ただのちびっこ教師ではないんだよな――そんなことを劉曹が考えていることなど知らず那月は隊員にご苦労、とだけ言って救急車の中に劉曹を入れようとする。

 

「きょ、教官!? 困ります、こんな一般学生を入れるのは!」

 

しかし隊員が慌てて那月を止めにはいった。当たり前だ。逆の立場ならば劉曹だって同じことをするだろう。相手からしてみれば劉曹は一般人となんら変わりないのだ。

 

「心配ない。癪だがこいつは指折りの実力者だ。私が保証する」

 

だが、那月にそういわれて引き下がらない隊員はいない。そのまま扉を開けてお気をつけて、と紳士的に対応される。

中に通された劉曹は見て早々言葉を失った。

 

「これは……」

 

簡易ベッドに横たわる少女の姿。身には服など何も纏っておらず、秘所と怪我をしている部分だけ包帯が巻かれている。しかも、傷が深いのか巻いている包帯は血だらけだ。

後ろから那月の厳しい声が聞こえる。

 

「最近、未登録魔族が暴れまわっているというのは知っているな」

 

「何度かニュースでやっていたな。この()はその原因の片割れ、ということだな」

 

そういうことだ、と頷く那月。

 

「………」

 

劉曹は腹部の傷周辺に手を当て触診する。何かに貫かれたような、それとも、食い破られたような穴。

一目見た劉曹は苦虫噛み潰したような表情をする。

 

「傷の位置からすると横隔膜(おうかくまく)腎臓(じんぞう)の周辺。腹腔神経叢(マニプーラ・チャクラ)のところだ」

 

「喰われたのか……」

 

要点だけまとめて劉曹が言うと、那月が吐き捨てるように呟いた。

 

「詳しく言うと奪われたのは内臓じゃなく、霊的中枢……霊体そのものだ」

 

劉曹も苦々しい顔している。そして劉曹が終始そんな顔をする理由は他にもまだあった。

 

「この件は未登録魔族が暴れまわったと報道さているみたいだがこの()は魔族じゃない」

 

「魔族じゃないだと……?」

 

那月がめずらしく驚きを表に出す。それも当たり前のことだろう。西地区の市街地の被害を考えると魔族以外にこんな被害を出せるのはゼロといっていいほどだ。

この女の子を喰った相手が魔族や魔獣ということもあるが、劉曹はその可能性はないと断言する。

 

「ああ、今回のこの事件を考えると誰かが何らかの実験として普通の人間だったこの()を魔術的肉体改造をしたといっていいだろう。おそらく他にも数人、この()のような人がいるだろうな」

 

「ただの人間が魔族特区の上空を飛びまわり、ビルを薙ぎ倒し炎上させたというのか。笑えるな」

 

「笑えねェよ、こんなこと」

 

劉曹は静かに憤怒の感情を抱いていた。握り締めた拳から血が滴れる。

 

「那月ちゃん、この()の治療、俺がしても?」

 

那月の方を向くこともなく問う劉曹に那月は好きにしろ、と言って外に出て行った。

残った劉曹は重体の少女に治癒をかける。彼女の身体が輝き、傷を負っている部分の血が次第に止り、塞がっていった。

 

「ぐっ……」

 

治療を終えた後、代償として彼女のダメージが劉曹にフィードバックし彼女が傷を負っていたところと同じ場所に劉曹が傷を負い、血が滝のように流れた。

 

回復(リカバリー)――」

 

力を集中させて傷を治そうとする劉曹。しかし、そこで違和感を感じた。

いつもより治りが悪い――というより、ほぼ回復していないのだ。

 

「どういうことだ……!?」

 

初めての事態にさすがの劉曹もと(まど)う。何度か回復をかけるが効果が出たとしても雀の涙程度だった。

 

「くそっ、しょうがない。ちょっと拝借するか……」

 

救急車に備え付けられていたガーゼや包帯などを手に取り、体に巻きつける。しかし、定期的に取り替えなければすぐに血が滲み出てしまうほどひどいものだった。

だが、自分の身体よりも今はやらなければならない事があるのだ。劉曹は眠っている少女に目を移す。

 

「あまりやりたくはないがしょうがない。ごめんな」

 

劉曹は名を知らない少女に謝り、彼女の頭に手を置き、静かに目を閉じた。

直後、車の中が光に包まれて車外にも漏れたはずなのだが、那月を含め誰一人気づくことは無かったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と遅かったな……何だその傷は!?」

 

車から出てきた劉曹の状態に那月はギョッとする。

巻かれている包帯からは血が滲み出て、劉曹が着ている服にも血が広がっている状態だ。

 

「なぜか、"回復(リカバリー)"が効かなかった。それで、用件は?」

 

「あ、ああ。おまえにはこの件について調査をしてもらいたいと思っている。私のほうでも調べはするがな」

 

「わかった……その依頼受ける……それと報酬なんだが……」

 

「ギャラはいつもどおり振り込んでおくから安心しろ」

 

すると劉曹はいや、と首を横に振る。

 

「報酬は無しでいい」

 

そういう劉曹に那月の眉がピクリと動き怪訝そうな顔をする。

劉曹の生計は主に依頼の報酬で成り立っている。それを自ら断るということは普通ならばありえないのだ。

 

「どういう風の吹き回しだ?」

 

「今回、俺は自由にやろうと思っている。ようするに那月ちゃんの指示も受けない――こういう類は一番嫌いだ」

 

劉曹は今まで見せたことのない鋭い目をして那月を見据える。普段の劉曹からは想像もつかないほどの強い言葉と確固たる意思。

 

「そうか……なら好きにしろ」

 

それを感じ取った那月はフッ、と優しく笑って、そう返した。劉曹も申し訳ないと思いつつ頷く。

 

「悪いな。手伝ってほしいことがあれば言ってくれ。ちゃんと情報も渡すから」

 

そして協力と情報提示の約束をする劉曹に対して那月は、当たり前だ、と言って空間転移でどこかに去っていった。

 

「必ず潰す……潰してやる……」

 

残った劉曹の呟きは、周りの喧騒に溶けて消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平日である限り、学生は学園に行かなければならない。劉曹は痛む傷を我慢しながら家を出て、駅に向かう。

 

「今日も暑いな……」

 

モノレールの駅は劉曹の家から徒歩でも十分もかからない距離であり、比較的に楽な通学である。なのだが、腹部の一番深い傷が劉曹の足を遅くする。

朝起きたときに"回復"を何度かかけるも治る気配が一向にないので、消毒液に浸したガーゼを何重にも重ねて包帯を巻いてきたのだが、気休めにもならなかった。

 

「(普通じゃないのは当たり前だが、原因はなんだ?)」

 

駅に着き、モノレールを待っていた劉曹は思考の海に意識を沈める。

 

「劉曹」

 

「(傷が治らない――傷を負わせたやつの力だろう。ならそれはなんだ?)」

 

後ろから声をかけられているが、劉曹は気づかない。傍からしてみれば無視しているように見えるが劉曹にはそんな気はないのだ。

 

「おい、劉曹」

 

「(昨日の記憶からだと、やっぱ――)」

 

強めに声をかけられるもやはり劉曹は気づくことはない。

 

「劉曹!!」

 

「うおう!?」

 

肩をつかまれ飛び退く劉曹。

振り向くとそこには灰色のパーカーを着てフードをかぶった男子高校生と黒いギターケースを背負った女子中学生。事情を知らない人が見ればカップルに見えるが実際そんな関係ではない。

 

「おはよう……古城、姫柊」

 

最強の吸血鬼(第四真祖)監視役(剣巫)である古城と雪菜に挨拶をする。それぞれ、おはよう、おはようございます、と返すが、その直後二人はマジマジと劉曹の顔を見てくる。

そして先に口を開いたのは雪菜だった。

 

「楠先輩……すごく顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?」

 

「ああ、顔が真っ青だぞ、おまえ」

 

「別になにもないぞ、気のせいじゃないのか? 俺は普通だぞ」

 

劉曹何とか隠そうと平然と装うが、この二人にはまったく通じなかった。

 

「いやいや、いまのお前が普通なわけないだろ。こんなクソ暑いのに上着なんて着てるし」

 

「なにか、あったんですね?」

 

二人は引き下がらず、雪菜においては勝手に結論付けている。

間違っては居ないのだが、この二人のことである。必ず関わってくるに違いない。

それだけは何としてでも避けたい劉曹は抵抗を試みる。

 

「だから――」

 

「――なら、上着を脱いでください楠先輩」

 

が、最後まで言うことも叶わず雪菜に迫られる。

上目遣いで見てくる雪菜の顔を直視できず劉曹は顔を背ける。

 

「何もないというのなら上着脱げますよね?」

 

そういわれた劉曹は自分の肩を抱いて、恥ずかしそうな表情を作る。

 

「……いやん、雪菜さんのエッチ」

 

「そういう意味ではではありません」

 

「それ棒読みで言っても意味無いし、そもそも逆だろ」

 

ポーズと顔の割に棒読みだった台詞(セリフ)に雪菜のジト目の睨みと古城の呆れたツッコミが炸裂する。

このまま誤魔化せるとは思えなかった劉曹は諦めたようにため息をつき、上着を脱いでワイシャツのボタンを外す。

 

「「なっ――!?」」

 

古城と雪菜は劉曹の身体に巻かれている包帯を見て絶句した。

傷から出ているであろう血は包帯から滲み出てワイシャツに付着していた。

 

「どうしたんですか!? そのきむぎゅっ――」

 

「声がでかい。もう少し音量を落とせ」

 

劉曹は雪菜の口を塞ぎ自分たちに注目している周りの人に一礼して雪菜の口から手を放した。

 

「劉曹、本当になにがあったんだ?」

 

古城は真面目な様子で劉曹を問いただす。劉曹は他の人に見られないようにボタンを閉め、上着を羽織り、

 

「ちょっといろいろなあったんだよ……まあ、古城と姫柊が気にすることじゃない」

 

暗に、関わるな、と言う劉曹。しかし当然、雪菜が退くわけがなかった。

 

「その傷を見て気にしないほうがおかしいです」

 

雪菜は語調を強め、劉曹を見上げる。劉曹はだから見せたくなかったんだよ、ともう一度ため息をついて、

 

「お前らが厄介ごとに首を突っ込むのはこういうところがあるからなんだろうな」

 

と小さく呟いた。

 

「とある事件の調査をしていた、怪我した人がいた、その怪我を治した、その代償。俺が言えるのはこれだけだ」

 

「おまえ、またあの治癒術を使ったのか!?」

 

古城は先日の紗矢華と屋上での一件を思い出したのだろう。劉曹はアスタルテと古城の目の前で紗矢華に治癒術をかけていた。そのとき劉曹は仕組みを教えなかったのだが、どうやら勘付かれたようだった。

叫ぶ古城に迂闊(うかつ)だったと後悔しつつ劉曹はああ、と端的に答える。すると雪菜は不思議そうに、

 

「なんで先輩はその傷を治さないんですか。前に言ってましたよね? 他人より自分を治すほうがあまり力を使わずに済むと。だったらもう治せるほどの力は――その傷を負ったときからあったのではないんですか?」

 

雪菜の言っていることは正しい――が、今回はそうではないのだ。

 

「姫柊の言う通り、余力は全然ある。ただ、治らないんだよ。これ」

 

「「は?」」

 

二人とも面食らったような顔をする。

 

「だから、いくら"回復"を使っても治らないんだよ」

 

「その理由は? わからないんですか?」

 

「わからないからこうして考えていたんだが?」

 

古城を見て言う劉曹。すると今度は古城がバツの悪そうな顔をして顔を逸らす。

 

「さっきも言ったけどお前らが気にすることはない」

 

「そうかもしれないですけど……」

 

さっきと同じことをもう一度言うが、納得しない雪菜。なおも食い下がってくる雪菜に対して劉曹は頭を掻く。

 

「なあ、知ってるか?」

 

そして突然の劉曹の問いかけに古城と雪菜は首をかしげるすると劉曹は飛びっきりの笑みを浮かべた。

 

「苦痛ってしばらくすると快楽に変わるらしい。俺は今どんな気分だと思う?」

 

まったく想定外すぎることを言われて雪菜と古城はドン引きしていた。

冗談だ、といいながらホームに入って来た学園行きのモノレールに乗り込む劉曹。

 

結局、なにも知ることができなかった二人は怪訝そうな顔をするだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「那月ちゃん、いるか」

 

放課後、劉曹は那月のいる学園の執務室に来ていた。

 

「……なぜお前たちは私をちゃん付けでしか呼ばないんだ」

 

高価なアンティークチェアに座る那月は心底不機嫌そうに呟いた。その隣にいるメイド服のアスタルテが劉曹に一礼する。

 

「こればかりは仕方ないけど那月ちゃんは童顔で身長が低すぎるからなあ。あとその服装がいけないと思うぞ」

 

「ほう……言うようになったな楠。そういえば、来週英語の課題を出す予定だったな。なんか無性に誰かの課題を百倍にしたくなってきた」

 

ニヤリと不適に笑う那月の前に劉曹は資料を置く。何の反応も示さなかった劉曹をつまらなさそうに見て、那月は資料に目を通す。そこには事件に関わっている人間、会社などこと細かく書かれていた。

 

「これは本当なのか? 昨日の今日でここまで詳しいものを作り上げるのは無理だと思うのだが」

 

那月は若干驚いた様子で資料から目を離し、劉曹に訊く。

 

「憶測で書いているところもあるが信憑(しんぴょう)性はあるはずだ」

 

もう一度資料に目を移し、あらかた読み終えた那月は劉曹に向き直る。彼女の表情は厳しいものになっていた。

 

「――核心部分が無いぞ」

 

「まだ材料が足りない。だけど、その会社と人物を重心において調べればいずれわかるだろう。俺も時間はかかるがまだ調べるつもり――」

 

すると突然、携帯の着信音が部屋に鳴り響いた。画面には非通知の表示。

嫌な予感しかしないが、劉曹は悪い、とひとことだけ那月に詫びを入れて電話に出る。

 

「もしもし」

 

『やあ、愛しの劉曹。元気に――』

 

受話器の向こうにいる相手が言い終わる前に劉曹は電話を切った。

那月も声が聞こえたのか、もの凄く嫌そうな顔をしており、アスタルテも無表情ながらどこか哀れむような顔をしている。

すると、沈黙していた部屋にもう一度着信音が鳴り響いた。

このまま黙っていたら、また何度でも着信音がなりそうなので劉曹は渋々電話に出る。

 

『ひどいじゃないか、劉曹。愛しの僕から電話をかけたというのにいきなり切るなんて――』

 

「黙れ、この駄吸血鬼。お前を愛した覚えは一度たりともない、なんの用だ、ヴァトラー」

 

開口一番くだらないことを言うのは、戦王領域アルデアル公国の君主にして"長老(ワイズマン)"を二人も喰らい、真祖に最も近いといわれている吸血鬼――ディミトリエ・ヴァトラーは陽気な声で話す。

 

『面白い情報を手に入れてね、君はいま、最近騒がれている事件について調べているのだろう』

 

「情報? おまえ、なにか知っているのか」

 

昨日調査し始めたばかりなのにどこでどうやって知ったのか、劉曹は疑問に思ったが、そこはいま重要ではない。

 

『"ランヴァルド"という名前に聞き覚えあるかい?』

 

「……アルディギアの装甲飛行船だな。聖環騎士団の旗艦でヴェルンド・システムが搭載されているやつか。それがどうした」

 

『まだ公式には発表されていないが、昨夜から消息を絶っているそうだよ。位置情報が途絶えたのは、絃神島の西、百六十キロの地点だそうだ』

 

なんだと? と劉曹は聞き返す。

アルディギアはアルデアル公国に隣接している決して小さくはない国だ。そんな国の飛行船が非公式で空を渡っていて、消息を絶った。そしてそのことをわざわざヴァトラーが知らせてくるということは、考えられることは一つしかない。

 

「お前はアルディギア王家がこの事件に関わっているといいたいのか」

 

劉曹とヴァトラーの電話のやり取りを聞いている那月も厳しい顔をしていた。

当然那月がいることなど知らないヴァトラーは陽気な声で答える。

 

『確たる証拠はなにもないけどね。だけど、タイミングがよすぎるとは思わないか? いずれにせよ、僕はしばらく傍観させてもらうから安心してくれ』

 

「俺がお前の言うことを信じるとでも思うのか?」

 

『このことについては僕も見返りがほしくてやっていることだからね』

 

「見返り?」

 

すると電話の向こう側の雰囲気が一瞬にして変わった。本物の殺意を放ち威圧するような声で、

 

『この件に、第四真祖を巻き込むな』

 

「俺は古城を巻き込むつもりははなからないが……どういういうことだ」

 

『古城では彼女に勝てないからさ。我が最愛の第四真祖には、まだ死なれては困るんだ』

 

それじゃそういうことでヨロシク、とだけいってヴァトラーは電話を切ってきた。

 

「……那月ちゃん、どう思う?」

 

「アルディギアがこの件に絡んでいるかどうかか?」

 

那月が問うと劉曹はこくりと頷く。

 

「今の状態ではなにも言えん……ただ、あの蛇使いと同じなのは(かん)(さわ)るが、確かにタイミングが良すぎるな」

 

「そうだよな……とにかく、情報が少ない今は結論を出せない。俺はもう少し情報を集める」

 

そうか、という那月を背にして、劉曹は執務室から出て行った。

 

 






お疲れ様です。
自分が同じことをしていたのでこんなこと言える立場じゃないんですけど
計画立てていて希望とか問いかけているのに反応がまったくないって言うのはなかなか腹が立ちますね。
私も反省しなくては……

というわけでいかがでしたでしょうか、第十七話。
楽しめたのならば幸いです。
また十八話で会いましょう。
ではでは~



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第十八話


どもです。燕尾です。
春休みってなんでしょうね……

休み期間中だからってなんでシフトをポンポンポンポンポンポン入れてくるんだろうか
「春休みだからいいでしょ」とか言ってくるし。
シフト希望は夜勤週3だって最初から言ってるのにね……
四連勤週5とかふざけてる。

――関係ない愚痴をしてしまいました、でも言わずにはいられなかった!!


ということで第十八話目です。


 

 

退屈な授業を終えて放課後。劉曹は机に()していた。傷が痛み、動くのも億劫に感じるほどだった。

顔色も余程悪いのだろう。朝に顔を合わせた古城や雪菜だけでなく、浅葱や基樹、倫にまで具合が良くないのでは、と昼休みに寄ってたかって心配されたのだ。その場では何とか誤魔化したが、これ以上悟られるわけにはいかない。

重たい身体を動かして、劉曹は校舎の外へと出る。太陽の暑い日ざしが劉曹からさらに体力を奪っていく。

 

「くそ……血が足りない……やっぱり、傷は(ふさ)がらないか」

 

小さく呟き、おぼつかない足取りで道を歩く劉曹。身体的に限界を迎えてきていた。

 

「少し休むか……」

 

劉曹は周りから見づらい木陰に入り、横になる。日差しがないだけで大分暑さが紛れ、わずかながらに気分がよくなる気がした。

 

「ヴァトラーが言っていたアルディギア飛行船の失踪――アルディギアか……」

 

反芻(はんすう)するようにとある国の名を言う。

涼しい風が真夏の人工島を駆け抜けるのを感じた。

なんともいえない気持ち良さに瞼は重たくなり、段々と劉曹の意識が薄れていく。

心地よいまどろみの中で浮かんでくる、白衣を着た白髪交じりの男。年齢は五十になるかどうかくらい。

さして大柄ではないが、奇妙な威圧感のある男だった。しかし劉曹は昔に一度だけ、アルディギアの王宮で見たことのある顔だった。確か名前は……

 

叶瀬賢生(かなせけんせい)……」

 

魔導技師で知られている男の名前を呟いて、劉曹の意識は堕ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そう……劉曹……

 

 

どこからか少女の声が聞こえる。透き通るような綺麗な声だった。

 

「誰だ? 誰が俺を呼んでいるんだ」

 

声がしたと感じる方向へと振り向くもそこには誰もいない。そしてやけに視線が低いと感じる。

 

「ん? なぜか都合よくこんなところに鏡が――って、なんだ、これ!?」

 

目の前に都合良く置かれていた鏡を見た劉曹は驚く。

 

身長は百三十センチ後半、くりんと大きな瞳に少し膨らんでいるように見える頬。髪も背中ではなく肩くらいのセミロング。

 

「これは……小さい頃の俺……?」

 

 

――劉曹、私はここです……

 

 

「とはいっても、誰だ……一体どこから……」

 

声の主を見つけようと周りを見渡しても、白一色の世界。自分が今どの方向を向いているのか、誰が声をかけているのかもわからない。

 

 

いつかわたしの手を……わたしをここから連れ出してくださいね。約束ですよ――

 

 

そういわれた刹那、劉曹は幼い少女が手をこちらに伸ばしている姿が見えた。しかし、肝心の容姿が見えない。

 

「待ってくれ、お前は――」

 

劉曹が最後まで言おうとした瞬間、視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――! おい劉曹!」

 

「楠先輩、しっかりください!」

 

「ん……誰だ、お前ら?」

 

重たい(まぶた)を開けて、自分の顔を覗き込んでいる二人に問う。

二人は、ホッと息をつき劉曹に厳しい視線を送る。

 

「……ぼけてんのか? 俺たちだ。古城と姫柊だ」

 

「古城と姫柊……ここは? ああ、そうか」

 

いつの間にか眠っていたことにようやく気づいた劉曹。

一人で勝手に納得している劉曹に古城と雪菜は呆れたような、しかしどこか安心したような顔をする。

 

「で、どうしたんだ二人とも? そろいもそろって」

 

劉曹がそう問いかけると二人とも頭が痛いという風に手を当てる。

 

「おまえな……どうしたじゃねーよ、お前がそこに倒れていたから俺も姫柊も心配していたんだぞ」

 

「は……?」

 

何のことか分からないといったような顔をしている劉曹に雪菜が付け足す。

 

「楠先輩が血を流して倒れているのを暁先輩が見つけまして……」

 

「血……?」

 

腹部を見ると服から染み出した血がぽたぽたと垂れている。その血が劉曹の周囲を真っ赤に染め上げていた。

傍から見れば殺人現場にしか見えないだろう。

 

「なるほどな、いや悪かった。俺はただ寝てただけなんだが……それより、よく見つけられたな? ここは周りから死角になっていて、気にしない限り見つけることなんてできないのに」

 

「それは、暁先輩が血の臭いがするといって……」

 

雪菜のささやきに劉曹はまたか、と苦笑い交じりに呟いて、古城の肩にポンッと手を置く。

 

「古城、お前の将来は安定だな。いい給料出してもらえるぞ――警察犬は」

 

「なんでまた警察犬なんだよ!?」

 

「いいじゃないか、警察犬。誰一人として職に就くことが出来ない特別だ。古城だけのオンリーワン(・・・・・・)だ」

 

「犬だけにってか? やかましいわ!!」

 

「お前がやかましい」

 

ぎゃーぎゃーと喚く古城の鳩尾に拳を入れて物理的に黙らせる劉曹。

理不尽だ、と、うめく古城を無視して劉曹ははいままで一言も言葉を発していない少女に目を向ける。

 

「それで今更だけど……そこのお嬢さんはどちら様?」

 

劉曹の視線の先の少女は銀色の髪を揺らして、子猫を三匹抱いている。

古城とのやり取りと劉曹の状態があいまって恐怖感を覚えたのか、少女は少しぎこちない笑みを浮かべて、

 

叶瀬夏音(かなせかのん)です」

 

そう名乗って、ぺこりと頭を下げる。

あー、と苦笑いを浮べて、

 

「楠劉曹だ。今はこんななりだが、気にしないでくれ。俺のことは呼びやすいもので呼んでくれ」

 

手をぷらぷらと振り笑顔で答え返す劉曹。

しかし、血を失いすぎてかなり顔は真っ青になっている。

 

「あ、はい。……では、劉さんと呼ばせていただきます。私のことは夏音(かのん)で構いません」

 

気にするなという言葉をすんなり聞いて、触れてこないあたりは彼女の優しさなのだろう。今はその気使いがとても嬉しい。

 

「わかった、よろしく、夏音(かのん)

 

「劉さんはお兄さんと姫柊さんのお友達……ですか?」

 

「お兄さん……? ああ、まあそんな感じだな。夏音と古城たちは今日知り合ったみたいだな?」

 

視線を古城と雪菜に向けると、古城は逃げるように目を逸らし、雪菜は苦笑いしている。何か訳ありのようだ。

 

「実は――」

 

「昨日の夕方に凪沙ちゃんに手紙を渡した男子がいて、それが気になった古城は今日の放課後に中等部の校舎の屋上でなにをしているか確認しようとしたけど変な声がしたから乗り込んでみたものの凪沙ちゃんはただ猫と(たわむ)れていただけで、実は夏音の保護した大量の猫の里親探しを手伝っていただけだった……ってところか」

 

「ええ、そうなんですよ――ってなんでわかったんですか!?」

 

「そのリアクションはもう凪沙ちゃんがしたよ。結局のところ、古城のシスコンが発動したってことだな」

 

「そういうんじゃねーよ」

 

ニヤニヤと笑いシスコン発言する劉曹を軽く睨み、そっぽを向く古城。

妹のことが心配なのは劉曹もわからなくはないが、古城は度を越している気がする。もう少し人のプライベートも考えたらいいのではないだろうか。

そんなことを思っていた劉曹に雪菜が近づき耳打ちをする。

 

「あの……楠先輩も手伝ってくれませんか?」

 

「俺が?」

 

「先輩が行っていたとおり、叶瀬さんは多くの猫を保護しているみたいでわたしたちだけで探すのも無理があるので」

 

「ああ……夏音、俺も手伝わせてもらってもいいか?」

 

「えっ? でも……」

 

夏音は戸惑った様子で口ごもる。

ためらうのも無理はない。重傷の状態を見てそれでもモノを頼む人は誰もいないだろう。劉曹だって気が引ける。

 

「手伝うっていっても猫好きのツテとかがいるからその紹介と交渉ぐらいだ。そんな負担じゃない。それに――」

 

劉曹は夏音の頭に手を置きゆっくりと撫でる。

 

「俺がやりたいからやるんだ。だから夏音は気にしなくていい」

 

優しい声色で言う劉曹に夏音は少し顔を赤らめる。そしてまっすぐ劉曹を見て柔和に微笑んだ。

 

「……はい、お願いします。劉さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏音についていって向かった先は学校の裏手にある丘の上の廃墟となっている灰色の建物だった。

 

「……これって、教会か?」

 

建物の屋根に刻まれたレリーフを見上げて、古城は訊いた。

 

「私が幼い頃にお世話になっていた修道院でした」

 

夏音は少し懐かしそうに、朽ち果てた中庭を見つめていた。

 

「夏音はシスターなのか?」

 

「いえ、違います。憧れでした……けど」

 

劉曹の疑問に、夏音は静かに首を振る。古城がなにか訊こうとする前に、夏音は建物の扉に手をかけた。ぎしぎしと蝶番(ちょうつがい)(きし)ませて、傷んだ木製の扉が開く。

 

「わっ……」

 

ボロボロになった建物の中を覗きこみ、雪菜がかわいらしい歓声を()らした。

勢いよく振り返った彼女の瞳が、めずらしく年相応の無邪気な感情を(あらわ)にして輝いていた。

 

「猫! 猫です! 猫ですよ、先輩!」

 

「あ、ああ。それは見ればわかるが……」

 

雪菜の普段見せることのないテンションの高さに、古城は軽く気圧される。

 

「おーい、助けてくれ……」

 

突然、劉曹の情けない声が聞こえた。

おそらくこの修道院にいるであろうすべての子猫が劉曹の足元に殺到していた。

 

「楠先輩……うらやましいです……」

 

雪菜が羨望(せんぼう)の眼差しで劉曹を見ている。

 

「劉さん、すごいです。中には人見知りする子達もいたのですが」

 

「そういえば劉曹って何故か動物に好かれやすいやつだったな。ずいぶん前に凪沙に付き合わされてペットショップに行ったときは大変だったほどに……」

 

「これは、好かれやすいというレベルで片付けていいのか? はぁ……」

 

劉曹は諦めたように言いながら座り込み、子猫の相手をし始める。すると、雪菜もそばに寄ってきて、

 

「楠先輩、私が抱いても大丈夫でしょうか?」

 

「ああ、基本子猫はおとなしいからな。嫌なことをしなければ大丈夫だ」

 

おどおどして近寄る雪菜に、ほら、と一匹渡す。

 

「ふわあ……可愛い……よしよし、よしよし……」

 

不慣れながらも子猫を抱き上げて、雪菜が幸せそうに笑う。

 

「えーと、これって、全部、きみが育てているのか?」

 

子猫の相手をしている劉曹と雪菜を眺めて、古城は夏音に訊いた。

夏音は、慣れた手つきでキャットフードの準備をしながら頷いた。

 

「みんな……捨てられた子たち、でした。引き取り手が見つかるまで、預かっているだけのつもりだったんですけど」

 

「引き取り手を見つけるって……これだけの数はさすがに無理だろ……」

 

「だから凪沙ちゃんとかに手伝ってもらっていたんだろ」

 

軽く唖然としながら言う古城に劉曹が口を開く。

 

「……いまのお前、すごいことになってるな」

 

いきなり、猫の相手をしていた劉曹が喋ったので、そちらを向くとすごい格好になっていた。

劉曹の頭の上に乗っかってくつろぐ子猫がいれば、背中に張り付く猫やひざの上でくつろぐ猫、とにかく劉曹は子猫のくつろぎスペースと化していた。

 

「劉さんの言うとおり、私一人では無理でした。だから凪沙ちゃんや、他の人にも助けてもらってました」

 

「……凪沙が俺に手伝えといってたのは、このことか」

 

やれやれと肩をすくめる古城を見上げて、夏音が遠慮がちに訊く。

 

「すいませんでした。迷惑でしたか?」

 

「さっきのことがあるから、頼まれたら嫌とはいえないんだけどさ。姫柊や劉曹もこんなだし」

 

「よかった。少し悩んでたんです。この子たちの面倒をいつまで見られるか、自信がなくて」

 

淡い碧眼を細めながら、夏音は愛おしげに雪菜や劉曹と(たわむ)れている子猫とたちを見つめて呟いく。

 

「……叶瀬さんは、きっといいシスターになれると思うよ」

 

正直な感想を口にした古城を、夏音が驚いたように見上げた。

 

「ありがとうございます。その言葉だけで私には十分……でした」

 

夏音はやわらかく微笑む。

その言葉の前に夏音に一瞬だけ(かげ)がよぎったのを劉曹は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと片付いたな……」

 

夏音と出会ってから数日、金曜の放課後。古城が子猫が入ったダンボールをクラスメイトに渡すのを見て劉曹は呟いた。

もともと、凪沙や夏音が何日もかけて里親を探し続けていたので、劉曹や古城が手伝うことはほとんどなかった。

 

「全員に引き取り手が見つかってよかったな」

 

「はい。あとは、さっき拾ってきた一匹だけですから、私一人でも大丈夫です」

 

「また拾ったのか……」

 

夏音が抱いていた毛布の中に眠っている子猫を見て、劉曹は溜息をついた。

 

「夏音がそういうのなら大丈夫だと思うが、また増やすなよ?」

 

劉曹は念のために軽く釘を刺しておくと夏音は、はい、と頷く。

話をしていた古城も戻ってきたのだが夏音が抱いている子猫を見ると、さすがに愕然としていた。

夏音が劉曹にした説明をして、古城がなにか夏音に訊こうとしかけたとき、

 

「――ほう、美味そうな子猫だな」

 

日傘をさした小柄な女性が、横合いからぬっと顔を出す。

 

「那月ちゃん?」

 

「担任教師をちゃん付けで呼ぶな」

 

脇腹(わきばら)に強烈な肘打(ひじう)ちを喰らって、古城は苦悶の声を()らした。南宮那月は、古城や劉曹を涼しげな顔で見返して、

 

「知っていたか、暁に楠。学校内への生き物の持ち込みは禁止だ。というわけで、その子猫は、私が没収する。ちょうど今夜は(なべ)の予定だったしな」

 

淡々と告げられる那月の言葉に、夏音が、ひうっ、と息を()んだ。そんな彼女を見つめて那月は舌なめずりするように笑う。

 

「――すみませんでした、お兄さん、劉さん。私は逃げます」

 

「お、おう……気をつけてな」

 

銀髪を揺らして駆け出す夏音を、古城は安堵の息を吐きながら見送った。

那月は心なしか傷ついたように口を尖らせて、

 

「ふん。冗談の通じないやつだ。なにも本気で逃げなくてもいいだろうに」

 

「アンタが言うと冗談に聞こえないんだよ」

 

そういう劉曹に古城も頷く。

 

「それで、なにか用か?」

 

「ああ……ところで今の小娘は誰だ?」

 

「自分の学校の生徒に向かって小娘はないだろ。中等部の三年生だよ。叶瀬夏音」

 

古城は疲れたように息を吐いて、那月に教える。

ほう、と走り去っていく夏音の背中を見つめ、そして劉曹を見る那月。

 

「なかなかの気合の入った髪だな。楠と同じ反抗期か?」

 

「いやいや、劉曹はともかく叶瀬は違うだろ。 父親が外国人みたいなことを言っていたから、そのせいじゃないか? 親父(おやじ)さんの国籍とか、詳しいことは本人も知らないみたいだけど」

 

「那月先生、俺の事情は知っているはずですよね? それと古城、ちゃんと俺のこともフォローしろよ」

 

「そうか」

 

劉曹の一言を無視して、ふむ、と那月は、少し思案するような表情を浮かべたが、すぐに顔を上げて古城を見た。

そのとき劉曹は何か悪い予感がした。

 

「暁古城、おまえ、今夜、私につき合え」

 

那月の言葉は劉曹の悪い予感が的中させるものだった。

 

 




いかがでしたでしょうか

次はもっと早く更新できるといいなあ(遠い目)


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第十九話



前書きも何書いていいかわからなくなってきました。燕尾です。
第十九話です、どうぞ~


 

 

「まったく……この人は……」

 

日傘をさして、横柄な態度でいう那月に劉曹は大きく溜息をつき、小さく呟く。

もちろん交際の意味で言っているのではないのはわかっているが面倒ごとになる予感しかしない劉曹。

 

「もう一度言う、暁古城。おまえ、今夜、私につき合え」

 

「……え!? いやあの、それはいったいどういう意味で……?」

 

「なにを挙動不審(キョド)ってる。私の副業(しごと)を手伝えといっているんだ」

 

「……もしかして攻魔官の?」

 

嫌そうな顔で訊き返す古城に、那月が冷たい視線を向けた。

 

「二、三日前に、西地区(ウエスト)の市街地で戦闘があったことは知っているな」

 

「……未登録魔族が暴れてたって話は、クラスのやつらに聞いたけど」

 

「暴れてたのは未登録魔族じゃない。あまり大っぴらにはできない情報だがな」

 

「魔族じゃない……? じゃあ、いったい誰が?」

 

「私は知らん。このことに関しては楠のほうが詳しい」

 

「劉曹が? ってことは、その傷ももしかして……?」

 

那月と古城の視線が劉曹に向いた。劉曹はもう一度大きく溜息をついて、口を開いた。

 

「……そういうことだ。別にそれはどうでもいい」

 

「どうでもいいって……」

 

「話を戻すぞ。暴れてたのは魔族じゃなくて、人間だ……魔術的改造を(ほどこ)されたな」

 

「なっ――」

 

古城は絶句する。だが劉曹はそれを無視して続ける。

 

「しかも一人だけじゃなくて複数人……おそらく七人くらいだ」

 

「この市街地での戦闘があったのは、昨夜が初めてというわけじゃない。規模こそ小さいが同様の騒ぎは、ここ二週間で五件確認されている」

 

「五件……!?」

 

マジか、と古城が顎を落とす。那月の話が事実なら、三日に一度くらいのハイペースで謎の市街戦がおきていることになるからだ。

 

「じゃあ、また今夜あたりに似たような事件が起きるかもしれないわけか……」

 

「察しがいいな、暁古城」

 

フリルまみれの日傘を優美に傾けて、那月は満足そうに微笑み、となりの劉曹は諦めたような顔をしていた。

 

「――というわけで、お前には私の助手として犯人確保に協力してもらおう。いくら私でも一人で複数の犯人を捕らえるのは難儀だからな」

 

「いやいやいやいや……!」

 

古城は必死で首を振る。

その古城の肩をポン、とたたく劉曹。そして宣告を出す医者のような申し訳ない口調で言う。

 

「諦めろ、古城。お前はこの人には勝てない……」

 

「ぐっ……」

 

古城は劉曹の言葉を認めざるを得なかった。この状態から那月を論破することは古城にはできない。

 

「安心しろ。俺も手伝うつもりだから、死にはしない」

 

「いや、おまえその状態で大丈夫なのか!?」

 

すると古城に対してさらに追い討ちをかけるように那月はニヤリと笑い、付け足した。

 

「おまえが協力を拒むというのなら、楠はその負傷したボロボロの身体をさらに酷使(こくし)することになるだろうな?」

 

那月の卑劣な交渉手口に劉曹は呆れたような顔をして、古城は戦慄していた。

 

「それに、ディミトリエ・ヴァトラーに忠告されてな。暁古城を今回の事件に巻き込むな、とな」

 

「忠告されたのは俺なんだが」

 

「なんだそれ!? あいつの忠告、完全にスルーかよ!? てか、劉曹が忠告されたのになんでそれを那月ちゃんが知っているんだ!?」

 

「あの男が嫌がるようなことを、私がしないはずがないだろう」

 

「那月ちゃんの目の前で俺がヴァトラーと電話していたから……」

 

堂々と胸を張って情けないことを言う那月とバツが悪そうに顔を逸らす劉曹。古城は諦めたように溜息をついた。

 

「こんや九時にテティスモール駅前で合流だ。遅刻するなよ。一秒でも遅れたら、お前と藍羽が美術室で生着替えしている写真をクラス全員の携帯に送りつけるぞ」

 

「へぇ?」

 

那月の宣告に劉曹は一変して面白そうな顔をする。

 

「――なんであんたがそんなもの持ってるんだよ!?」

 

「担任だからな」

 

悲鳴を上げる古城に、那月はふふん、と得意げに微笑む。

 

「那月ちゃん、あとでその写真、古城の遅れとか関係なしに俺に送ってくれ」

 

「いいだろう」

 

二人のやり取りに古城はやめてくれ、と大きく叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜になり、劉曹と古城は指定されていた場所であるテティスモール、商業地区である絃神島西地区(アイランド・ウエスト)のほぼ中枢の繁華街の象徴であるショッピングビルの前に来ていた。

そこへ、アスタルテを連れて那月が現れたのだが、

 

「なあ、攻魔官の仕事を手伝えって話じゃなかったか? 俺に遅れるなとまで言って」

 

「そうだが?」

 

不満そうに那月を睨む古城を意にも介さず、何か問題があったかとでも言いたげに訊き返す那月。

 

「――遅ェよ! ていうか、なんだよ、その格好!? 人を二時間も待たせておいて!」

 

「この近くの商店街で祭りをやっていてな。アスタルテに夜店を堪能させてやろうと思っただけだ」

 

「それならそれで連絡ぐらいしろよ!」

 

「その辺にしておけ、古城。この人だからしょうがない。アスタルテは初めての夜店は楽しめたか?」

 

古城を(なだ)めて、アスタルテに向く劉曹。アスタルテは肯定、とだけ告げて嬉しそうにタコ焼きを頬張る。

人工生命体である彼女がいろいろな表情をするようになってきたことに劉曹は少し嬉しく思った。

 

「おまえが約束すっぽかさなくて何よりだ。それよりも――」

 

那月はそういって古城の背後を迷惑そうに一瞥する。

 

「どうしてお前がここにいるんだ、転校生」

 

「私は第四真祖の監視役ですから」

 

ギターケースを背負って立っていた雪菜が、無感情な声で言い返した。だが那月は目を細め、雪菜の姿をじっくり見る。

 

「監視には浴衣が必要なのか?」

 

「こ、これは、お祭りの話を聞いた凪沙ちゃんが無理やり……」

 

痛いところを突かれた雪菜は言い訳っぽく言った。今の雪菜は藍色ベースに水玉模様という浴衣姿なのだ。

 

「浴衣姿にギターケースって合ってるような合っていないような……そのせいか、余計に周りから注目されてたな」

 

「楠先輩は黙っていてください!」

 

「まあ、なんにせよ、人手は多くて困ることはないからな。おまえたち、楠がメールで送った資料は読んだか?」

 

「まあ、いちおう。"仮面憑き"だっけ? そいつを捕まえればいいんだろ」

 

「正確には"仮面憑き"を二体とも、だ」

 

答え合わせをするように、那月が勝手なことを言う。

 

「簡単に言うけど、そいつら空を飛ぶんだろ? どうやって捕まえればいいんだ?」

 

古城が疑問に思ったことをそのまま口にすると那月は得意そうに、

 

「撃ち落せ、楠はともかくおまえが空に向かって眷獣をぶっ放すぶんには、市街地には影響は出ないからな」

 

「無茶言うぜ、まったく……」

 

古城は疲れたようにうめく。

 

「変ですね……」

 

すると雪菜は突然呟いた。

どうした、と訊く劉曹たちに雪菜が指を差す。その方向には上半分をごっそり抉られたオフィスビルだった。

 

「あれって"仮面憑き"のせいですよね? あのぐらいの被害が魔術や召喚術によって引き起こされたものだとしたら私も気づくはずなんですけど」

 

「やはり獅子王機関(ししおうきかん)剣巫(けんなぎ)であるおまえにも、連中の攻撃は感知できなかったのか……」

 

「それはそうだ、"仮面憑き"が使っているのは呪術や召喚術なんかじゃないからな。そもそもあんな大きな事しておきながら誰一人として気づかないのがおかしいだろ。実際に奴らは今どんぱちやってるぞ?」

 

「「「……は?」」」

 

那月の呟きに劉曹がいきなり説明する。()も当たり前のように言う劉曹に全員が驚いた顔をする。

 

「ちなみに、奴らはどんな魔術や眷獣などは効かないだろうな。第四真祖の古城の眷獣でも足止めがせいぜいで、傷つけることは無理だろう」

 

「楠――お前なにを知っている?」

 

那月は劉曹を睨みつつ問いただす。しかし、劉曹は何も答えることなく

 

「百聞は一見にしかず、俺は先に行って相手をしてくる――空歩!」

 

「は? おい劉曹、おまえその傷で無理するな!」

 

「待て、楠――」

 

古城と那月の制止も聞かずに劉曹は空へと飛び出していって、もの凄いスピードで繁華街の外れに立つ巨大な電波塔へと向かっていった。

その直後、劉曹が向かった先、電波塔の付近で禍々(まがまが)しい光に包まれたなにかが、暗い夜空を舞っているのが見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空中を走ること数分。電波塔に到着した劉曹は作り出した炎の球を戦闘中の"仮面憑き"たちに向けて投げ飛ばした。

 

炎弾(フレイム・バレット)

 

隙を突かれた二人の"仮面憑き"はかわすことなく炎に包まれる。しかし、

 

「……やっぱりそうか」

 

二人の"仮面憑き"は炎を意にも介さず、そのまま邪魔してきた劉曹に光の刃を放つ。劉曹はそれを次々とかわしつつ、苦虫を噛み潰したような表情で納得するように呟いた。

そんな劉曹に一体の"仮面憑き"が猛スピードで接近し、襲い掛かる。

劉曹の胴体を貫かんとばかりに放たれた鉤爪の腕を劉曹は身体を捻ってかわし、仙術の力をこめた裏拳を放つ――が、

 

「くっ――!」

 

激突の瞬間、"仮面憑き"を(おお)禍々(まがまが)しい光の輝きが増し、劉曹の攻撃を当てさせない。

競り合っている二人をまとめて始末するつもりか、もう一体の"仮面憑き"が光の刃を大量に放った。

劉曹は拳を振り切って相手との反動を利用し、その場から離れる。

 

「間違いないな……こいつらは天使だ」

 

劉曹は今のやりとりで"仮面憑き"の正体を確信した。

そして、"仮面憑き"に目をやる。二体の"仮面憑き"はともに小柄な女性の姿をしていた。

そのうちの一体の姿には見覚えがあった。

輝いているような銀色のショートヘアに仮面から覗かせる透き通るような淡い碧眼(へきがん)。仮面で顔が隠れているが、劉曹に判断させるには十分なものだった。

 

「これはおまえが望んだことなのか……? 夏音!!」

 

劉曹の叫びにも反応せず"仮面憑き"と化した夏音ともう一体の"仮面憑き"が同時に光の刃を放つ。もはや邪魔するものを排除することしか頭にないようだった。

 

「空歩――!」

 

劉曹は空を蹴り、光の刃をかわす。だが、いつの間にか劉曹の後ろに回りこんでた"仮面憑き"が鉤爪で劉曹を引き裂こうとする。

 

「甘い」

 

劉曹は自分の服を(かす)らせる程度に身体を反らし、顔面に拳を叩き込もうとする。

だが、やはり、当たる寸前で禍々(まがまが)しい光に阻まれ、直撃させることができない。

 

「ちっ、面倒臭いな。」

 

焦ったように呟きながら劉曹は仮面憑き二体の攻撃を捌いていく。。

"仮面憑き"を退けることは劉曹にとってはあまり難しくない。しかし、そのための時間が必要なのだ。

すると、いきなり劉曹の背後でドン、と爆音が鳴った。色とりどりの火花が、夜空に大輪の花模様を描く。

そして、どこからか矢のように放たれた銀色の鎖が夏音と"仮面憑き"の一体を搦め捕った。

電波塔のほうを見るとそこには古城、雪菜、那月、アスタルテの四人がいた。

 

「ようやく、来たか……って、おい!」

 

劉曹は一瞬安堵の表情を浮かべたが、張り巡らされた鎖を伝って、一気に"仮面憑き"へと向かっていく雪菜を見て叫ぶ。

 

「――"雪霞狼(せっかろう)"!」

 

「待て、姫柊!」

 

"仮面憑き"に銀の槍を突きたてようとする雪菜を制止しようとした劉曹だったが遅かった。

 

「えっ!?」

 

劉曹のときと同じように光に阻まれる。そのことに動揺を覚える雪菜。

 

「姫柊、そこから離れろ! 那月ちゃんの鎖も砕かれるぞ!!」

 

「は、はい!」

 

咄嗟に聞こえてきた劉曹の声に反応して雪菜は跳躍し、電波塔に着地する。

その直後、不揃(ふぞろ)いな黒い翼を広げて、"仮面憑き"が咆哮する。彼女たちを縛っていた鎖が弾け飛んだ。

 

「"戒めの鎖(レージング)"を断ち切っただと……!?」

 

「だから言っただろ、あいつらは魔術や眷獣の(たぐい)は効かないって」

 

驚愕する那月に対して、電波塔に着地した劉曹は冷静に言い放つ。

 

「劉曹、どういうことだ」

 

古城は劉曹、雪菜のところに駆け寄り、問いかける。

 

「それは、"仮面憑き"の正体に関係するものだ。いま、悠長に話している時間はない。古城、少しだけ時間を稼いでくれ」

 

「時間を稼ぐって言われても、俺の眷獣は効かないんだろ? どうやってやるんだ?」

 

「お前の眷獣だったら軽い足止めにはなる――ってまずいぞ!」

 

劉曹たちが話し合っている間に一体の"仮面憑き"は電波塔のほうに突っ込んできた。

仮面の下の唇を張り裂けんばかりに開いて咆哮し、その全身が紅い光を放つ。

その光が電波塔の根元部分を、ごっそりと抉り取った。

自重を支えきれなくなった電波塔が傾き、ゆっくりと倒れていく。

 

「那月ちゃん! 電波塔を頼む!」

 

「わかっている、やつらは任せたぞ!」

 

「というわけだ古城、五分……いや一分だけ頑張ってくれ――空歩!」

 

そう言い残し、那月は空間転移で姿を消し、劉曹は空へと飛び出していった。

 

「え!? ちょっ……」

 

古城は唖然としていた。任せると言われても、古城は倒れていく鉄塔から投げ出されないようにするだけで精一杯だ。

だが、途中で鉄塔の落下が停まった。周りを見ると地面から伸びてきた無数の鎖が、鉄塔の倒壊を防いだのだ。

 

「この鎖は……」

 

「那月ちゃんか……」

 

体勢を立て直し、向かってくる"仮面憑き"を見据える。

 

疾く在れ(きやがれ)、九番目の眷獣"双角の深緋(アルナスル・ミニウム)"――!」

 

膨大な魔力を撒き散らしながら実体化した緋色の双角獣(バイコーン)は迫り来る"仮面憑き"に咆哮した。

その咆哮は衝撃波の砲弾と化して、"仮面憑き"を襲った。だが――

 

「マジか!?」

 

「本当に真祖の眷獣の攻撃に耐えるなんて……!?」

 

古城と雪菜は唖然(あぜん)としていた。劉曹から訊いてはいたが、まさかここまで通用しないものだとは思っていなかったのだ。

 

疾く在れ(きやがれ)、五番目の眷獣"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"――!」

 

古城は自分が従えられるもう一体の眷獣を呼び出し、双角獣(バイコーン)と同時に攻撃させる。しかし結果は同じだった。少し相手の動きを止めるだけで、まったく"仮面憑き"が(こた)えた様子がない。

 

「やばい――! 劉曹はまだなのか!?」

 

"仮面憑き"が生み出した巨大な光剣に気づいて、古城は全身を凍らせた。そして、"仮面憑き"が光剣を古城に投擲しようとした瞬間、

 

「よくやった、古城」

 

そんな声と共に上から白い光をまとって降りてきた劉曹が落下のスピードを利用して"仮面憑き"を蹴り落とした。

 

「「なっ――!?」」

 

古城と、雪菜は驚愕していた。

獅子王機関(ししおうきかん)の秘奥兵器"雪霞狼(せっかろう)"や世界最強といわれている第四真祖の眷獣さえまったく通用しなかったのにただの蹴りが通用したのだから、当然といえば当然である。

蹴り落とされた"仮面憑き"は電波塔の中腹に激突し、動きを止めた。

すると、鎖から脱出してからなにもしなかったもう一体の"仮面憑き"――夏音が、斃れた同類の元へと向かおうとする。

 

「夏音、なにをするつもりだ」

 

その前に立ちはだかる問いただす劉曹。しかし、なんの反応もなく鉤爪で劉曹の身体を抉ろうとする。

それをあえて避けず、貫かれる劉曹。顔が歪み、口から大きな血だまりを吐く。

引き抜こうとする腕をつかみ、真正面から彼女を見据える劉曹。

 

「もう一度訊くぞ、これはおまえが望んだことなのか? どうなんだ、夏音!」

 

劉曹の言葉に夏音は一瞬ピクリと反応したが、すぐに足で劉曹の顔を狙う。仮面から覗かせる目からは涙が流れていた。劉曹は戦闘など忘れさせるような優しい笑みを浮かべ、

 

「その涙で十分だ。待ってろよ、必ず……助けてやる」

 

光の輝きを失い、力を入れられなくなった身体はそのまま真っ逆さまに落ちていった。

 

 





どうでしたか?

誤字脱字、文章のおかしいところなどがあったら指摘してください。
あと小説書く上でこうしたほうがいいんじゃないかなぁ、などのアドバイスがあればぜひご教授をm(_ _)m


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第二十話


こんにちわ。燕尾です

第(十九話+一話)目です。

次回更新早くできるといいなぁ……


 

 

「(やっぱり、長くは保たなかったか……それに失血が多すぎる。動けない……どうしよ)」

 

"仮面憑き"との膠着(こうちゃく)状態から力尽きたように落下していく劉曹。いつの間にかまとっていた白い光も消えていた。

 

「いきなりどうしたんだ!?」

 

その光景を見ていた古城は戸惑い始めた。よく理解はできないがこの高さから地上にたたきつけられれば人間である劉曹が死ぬのは明確だ。だが、劉曹は身動き一つとることなく――正確にはとることができず自然の摂理(せつり)に身を任せていた。

劉曹のような空中移動の手段を持たない二人には彼を助けることはできない、そう絶望した瞬間、

 

執行せよ(イクスキュート)"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"」

 

無機質な声が古城たちの背後で響く。少女から生えるように現れた腕が劉曹に向かって伸び、受け止める。

 

「ありがとう……アスタルテ」

 

劉曹は自分を助けてくれた少女の名を呼び、礼を言う。

引き寄せられた身体はゆっくりと床に置かれる。

 

「楠先輩!」

 

「おい、大丈夫か!?」

 

古城と雪菜は慌てて、そばに駆け寄る。

横たわる劉曹の身体は以前の傷に加え、胸元を大きく抉られている。生きているのがおかしいほどにダメージを負っている。

 

「先輩、今すぐ救急車を呼んでください。 アスタルテさんは楠先輩の止血をお願いします!」

 

指示を出す雪菜の声に古城はスマホで電話をし始め、アスタルテはどこからか取り出したのか医療道具を取り出し、劉曹に応急処置を施そうとする。

しかし、劉曹はアスタルテの手を払いのけ、身体を起こす。

 

「楠先輩、無理したら駄目です!」

 

「いい……それより、"仮面憑き"…は……?」

 

「そういえば見当たらないな。どこにいったんだ?」

 

古城は周りを見わたすが、空に"仮面憑き"の姿はなかった。それに加え、先ほどまで戦闘が行われていたのが嘘のように静かだ。

 

「先輩、あそこです!」

 

雪菜が指差した先には劉曹に落とされた"仮面憑き"がいた。そこにもう一体の"仮面憑き"が馬乗りになり、鍵爪の生えた腕で、負傷した同類の身体を抉った。

 

「なっ……!?」

 

「えっ!?」

 

劉曹と戦っている姿しか見ていなかった二人は予想外の出来事のように驚いている。

激しく抵抗した"仮面憑き"の攻撃がもう一体の"仮面憑き"の仮面を砕く。

 

「……馬鹿な! あいつ……あの顔!?」

 

「嘘……」

 

仮面の下の素顔を目にした瞬間、古城と雪菜は言葉を失った。

 

「叶瀬……」

 

古城は先日まで捨てられた子猫の里親探しを一緒にやっていた、動物好きの女子中学生の名前を呟いた。

古城と雪菜を気にすることなく、夏音は同類の喉元に鋭い牙を突き立てた。

喉を裂かれた"仮面憑き"が、傷ついた身体を痙攣(けいれん)させる。

淡い碧眼から涙を流しながら、夏音は噛みちぎった肉片を咀嚼(そしゃく)し、目的を果たしたようにその場から離れて飛翔する。

古城たちは為すすべもなくそれを呆然と見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洗いざらい吐いてもらおうか、楠」

 

ベッドに横たわる劉曹を威圧的に見下ろして、那月は言った。その後ろにはアスタルテもいる。

昨夜の"仮面憑き"との戦闘のあと、古城が呼んだ救急車によって劉曹は緊急搬送で病院送りとなっていた。劉曹自身は自宅に運んでもらえればよかったのだが、古城と雪菜、そしてアスタルテさえもそれを許さなかったのだ。

 

「わかりました……」

 

劉曹は動くようになった片腕で傷が塞がっている脇腹をさすりながら溜息をついた。

 

「最初に那月ちゃんに呼ばれたあの夜、重傷の少女を治したあとに彼女の記憶を覗かせてもらった」

 

「ああ、わたしが出たあと(みだ)らな行為に(ふけ)っていたのは知っている」

 

面白がるように言う那月にどうしてそうなる、と劉曹は那月を睨み、続ける。

 

「見えたのは彼女に改造を施したやつとそれに加担した会社。それとそいつらの会話の内容だ」

 

「まわりくどい説明はいらん。結局、やつらは小娘どもを使ってなにをしようとしていた?」

 

「そいつらは彼女を霊的進化させようとしていた――つまり、天使を造ろうとしていたんだよ」

 

「なんだと?」

 

表情には表れていないが、言葉の節から察するに珍しく那月が驚いていた。それほどまでに劉曹の言葉が信じられないことなのだ。

 

「仮説はあるけど、まだどういう理論なのかははっきりわからん。でも間違いない。」

 

そういう劉曹に、いいから全部言え、と言わんばかりに睨む那月。劉曹はもう一度溜息をついた。

 

「最初に見た少女と昨日のことから、彼女らは自分の同類と戦い、霊的中枢の奪い合いをしていた。敗者は勝者にソレを喰われる。ということは、だ。魔術的改造を施されたのは彼女らの霊的中枢。そしてその人体の限界まで強化された霊的中枢を取り入れることで――」

 

「人間の肉体の霊的容量(キャパシティ)を超えることなく、霊的進化――つまり天使になる」

 

そういうことだな、と確認してくる那月に、劉曹は頷く。

 

「那月ちゃんの鎖や姫柊の"雪霞狼"、古城の眷獣が効かないのは神に近しい存在……天使だったから――神や天使を傷つけることは普通の人間や魔族にはできない、そういうことだ」

 

「となると、おまえはどうやってあの天使を……ああ、なるほどな」

 

勝手に納得する那月。劉曹の事情を知っているからこそである。

 

「まあ、俺は新世界の神だからな」

 

劉曹はニヤリと不適に笑い、片腕を前に突き出して言う。そんな劉曹に対して那月は、

 

「アスタルテ、楠の頭を治してやれ。ついでに、わたしの言うことを絶対に聞くように脳を改造しろ」

 

それだけを言い残して、空間転移でどこかに行ってしまった。

 

命令受諾(アクセプト)

 

「待てェい! 前半もそうだけど明らかに後半おかしいだろ! アスタルテも受諾するな! お願いします、無言で両手を挙げてこっちにこないでください!!」

 

唯一動かせる片腕を伸ばしてアスタルテに懇願(こんがん)する劉曹。アスタルテは冗談です、と少しだけ笑って、いつもの無表情に戻った。しかし、その顔には今まで見たことのない真剣な顔が混じっていた。

 

「この件はマスターに任せてしっかり休んでください。劉曹の身体は本来人間ではあいえないほどの疲労を蓄えています。これ以上無理すると高確率で死亡する可能性が――」

 

「ストップだ、アスタルテ」

 

伸ばした手でアスタルテの口を塞ぐ。むぎゅ、と可愛らしい声を出したアスタルテは不満そうに劉曹を見る。

最近、アスタルテが色々な表情をするなー、と嬉しく思いながらも劉曹は口を開く。

 

「それについては、力が戻れば回復で全快できる。脇腹の傷も手術で一応塞がったし」

 

「否定、そういう問題では――」

 

「夏音を必ず助けると俺が言ったんだ。それに、この件には心底腹が立っているんだ。徹底的に潰してやらないと気がすまない」

 

有無を言わさない圧倒的な威圧感を放つ劉曹にアスタルテは息を呑む。だが、次の瞬間には優しい笑みを浮べて、

 

「大丈夫だ。普段やる気のない俺がここまで言ってんだ。だから安心しろ」

 

アスタルテはしばらく無言だったがようやく頷いた。

 

「まあ、体が動くまでしっかり休ませてもらうさ。アスタルテ、そこに置いてる携帯をとってくれ」

 

命令受諾(アクセプト)

 

アスタルテは棚においてある携帯をとって劉曹に渡す。劉曹は動くようになった手で携帯を操作して、

 

「あ、俺だけど――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと……大丈夫か、姫柊」

 

岸壁に呆然と立ち尽くす雪菜に近づいて、古城はおそるおそる呼びかけた。

 

「すみません、先輩。わたしの失策です」

 

「別に姫柊が謝ることじゃないだろ、騙されたのは俺も同じだし」

 

「いえ、油断していました。メイガスクラフト社が"仮面憑き"の事件に関わっている可能性は、当然予想できたのに」

 

「まあ、油断っつーか……あんだけ飛行機にビビッてたらなあ」

 

「そんなことありませんから! 油断しただけですから!」

 

声を上げて虚勢を張る雪菜に、まあなんでもいいけど、と古城は苦笑いしながらパーカーのフードで強い陽射しを遮る。

 

「結局、あのメイガスクラフト社のベアトリスって女も叶瀬の親父とグルだったってわけか……クソ。携帯もつながらないし、那月ちゃんや劉曹に黙って会いに行ったのが完全に裏目に出ちまったな」

 

「そうですね。やられました。まさかこんな方法で"第四真祖"を絃神島から排除するなんて」

 

昨夜、"仮面憑き"と化していた叶瀬夏音を目撃してから一夜明けた今日。古城と雪菜は夏音に会うため、彼女が住んでいるメイガスクラフト社に行った。

しかし、夏音はいなかった。そこで、夏音の保護者的立場である叶瀬賢生と接触しようとした。

だが叶瀬賢生もおらず、現れたのが登録魔族であり、彼の秘書と名乗ったベアトリス・バスラーという女性だった。

賢生は島外にあるメイガスクラフト社所有の研究施設に行っており、夏音もそこに行っていると彼女はそう言ったのだ。

古城と雪菜は連絡用の軽飛行機に乗り、これまた登録魔族であるロウ・キリシマ操縦のもと、研究施設がある島へと送ってもらったのだが、

 

 

「悪いな、バカップル。ま、恨むならベアトリスのやつを恨んでくれ」

 

「ちょ……待てコラ、オッサン!」

 

「誰がオッサンだ、クソガキ! 俺はまだ二十八――――!」

 

 

そんな叫び声とともに飛行機は去っていき、古城と雪菜は無人島に残されてしまったのだ。

 

「脱出する方法は後で考えるとして、とにかく水と食べ物。それと雨風をしのげる場所も見つけないといけませんね。できれば日が暮れる前に」

 

ギターケースから取り出した銀色の槍で、邪魔な木の枝を切り払って森の中を進んでいく雪菜。

 

「……なんか無人島に流れ着いた漂流者の気分だな」

 

緊張の欠片もない声で言う古城に、雪菜は溜息混じりに見返して、

 

「気分じゃなくて、本当に無人島にいるんですけど」

 

「そ、そうか……このまま救助がこなかったら、最悪、ここで二人きりで暮らさなきゃいけないのか。それはシャレになんねーな……」

 

「最悪、ですか……わたしと二人きりだとシャレにならない……そうですか」

 

そういいながら雪菜は目の前にある木の幹を片手でへし折る。

 

「え? 姫柊……さん? なんか怒ってるのか……?」

 

「いいえ。全然、怒ってませんから。道に迷わないように目印をつけているだけです」

 

そういいながら次々と木をへし折り、森の中を進んでいく雪菜。

古城はあまり納得できない気分で、どんどん進む雪菜のあとを追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――わかった、ありがとな。それじゃ」

 

耳から携帯を放して、ピッ、と電話を切った劉曹は曇り一つない空を見上げて大きく溜息をついた。

 

「どうしたの?」

 

突然聞こえた声にも振り向くことなく、携帯を操作しながら答える。

 

「いやちょっとな……とあるアホ共二人が居なくなったせいで問題がさらに面倒臭くなったというかなんというか。でもまあ、とりあえず場所とかはわかるからなんとかなる――」

 

そこまで言って劉曹の手が止まる。

 

「へー、そう君はまた危険なことに手を出してるんだ……」

 

非難するような声にギギギ、と錆付いたロボットのように首を動かす劉曹。

そう君と呼ぶのはこの世に一人しかいない。

 

「な、凪沙ちゃん……?」

 

窓から吹き込む風でポニーテールを揺らしながら仁王立ちして劉曹を睨んでいたのは古城の妹だった。

どうしてここに、と引きつった顔をする劉曹をむすっとしたような顔で、

 

「そう君が事件に巻き込まれて大怪我して入院したって聞いたからお見舞いにきただけなんだけど……悪かった?」

 

「いや、悪いことはないんですけど……凪沙ちゃん、なんかすごい怒ってる……よな?」

 

「別に。少し前にテロ事件にあって死にかけたはずなのにまたなんかの事件に首突っ込んで大怪我してわたしや浅葱ちゃんを心配させて性懲(しょうこ)りもなく病院から抜け出そうと画策していることに対して怒ってなんかないよ。うん、まったく、これっぽっちも怒ってないよ」

 

「……なんで覚えてんの?」

 

劉曹は青ざめる。

以前凪沙が黒死皇派に捕われたときの記憶は書き換えて置いた筈だ。しかし、彼女は本当の情報を知っていた。

 

「あ、そうだ美森ちゃんに連絡取らないと。そう君が動けないから女の子の格好させるチャンスだって。MARに連れて行けるって」

 

「ちょっ、待ってください! お願いします!」

 

笑顔で携帯を高速で操作する凪沙に劉曹は土下座するような勢いで懇願(こんがん)する。ここで彼女の母親が居るところに連行されたら、抵抗できない劉曹は着せ替え人形にされること間違い無しだ。それはなんとしてでも阻止せねばならない。

 

「話して」

 

どうやって逃れるか考えていた劉曹は虚をつかれた。

 

「はっ……?」

 

「こんなに大きな怪我をしている原因。凪沙の知らないところでそう君がなにしているのか。私が納得するように話して」

 

操作の手を止めてまっすぐ劉曹を見つめる凪沙。

大きな瞳はいつまで経っても一瞬たりと劉曹から逸らされることはない。話さない限りてこでも動かないという意思が凪沙にあった。

 

「――わかった」

 

諦めて劉曹は息を吐く。ここまで詰め寄られたら話さないと彼女は引かない。劉曹は大きく溜息をついた。

俺が呪術とかを使えるのは知っているよな? と、劉曹が訊くと凪沙はコクリと頷く。

 

「俺が使う呪術は少し特別なんだ。それでたまに攻魔官の仕事に駆り出されて……いや、それを売りにして依頼を受けている」

 

「どういうこと?」

 

「そのまんまだよ、俺は呪術の力をその方面にアピールして売り込む。そのときに力を貸してほしいという依頼者の仕事をこなす。それで報酬をもらって生計を立てているってことだ。要するに何でも屋だ」

 

「資格もないのにそんなことしていいの?」

 

そう訊いてくる凪沙に劉曹は感心する。

見た目と普段の印象からそう思われないことが多いが、凪沙は頭の回転が速い。兄である古城も勉学面では優秀ではないが、発想力や機転に関してはずば抜けて秀でている。

 

「何でも屋だからな」

 

「こう言っちゃあれだけど、そんなことわたしに言っちゃってよかったの?」

 

凪沙は真剣に返しながらも不安そうな顔をしていた。

 

「納得してもらうにはしょうがないからな、でもこのことは内密に……そういうことで、要は仕事で少ししくじってその結果がこれだ」

 

だから心配するな、と言う劉曹だったが、凪沙の顔は晴れなかった。

 

「それでも……わたしは心配なんだよ。そう君、わたしや古城君に黙ってどっかに行ってしまいそうで」

 

「凪沙ちゃん」

 

「なにそうく――ふにゃ!? ひゃひふるの(なにするの)!?」

 

手招きして、近寄ってきた凪沙のほっぺたを劉曹は片手で軽く引っ張った。マシュマロのような白く柔らかい凪沙の頬を劉曹はくりくりとこね回す。

 

「おー、柔らかーい。ほーら、笑って笑って」

 

ほへはい(おねがい)やめへ(やめて)!」

 

適当に弄り倒したあと、劉曹は手を離した。

 

「もう、なにするの!?」

 

凪沙は頬をさすりながら、涙目で劉曹に抗議する。劉曹は軽い感じで笑って、

 

「元気出たか?」

 

一言だけそう訊く劉曹に凪沙はいじけたような顔でうー、と唸り、劉曹を睨んだ。

劉曹はさっきとは違う優しい笑みを浮べて、凪沙の頭に手を置いた。

 

「安心しろ。凪沙ちゃんや古城たちを置いていなくなることは絶対ない。これでもしぶとい方なんだよ」

 

頭をなでられている凪沙は恥ずかしさからなのか、少し顔を赤らめて、

 

「ん……、約束だよ。もし、破ったら女の子の格好で一週間すごしてもらうから」

 

劉曹にとってシャレにならない言葉を残して病室を出る凪沙に、劉曹はわかった、と声を震わしながら言うのだった。

 

 





いかがでしたでしょーか

次回更新早くできるといいなぁ(二回目)


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第二十一話


どもです。燕尾です

酔っ払っての投稿なので文がおかしいところがあるかもです

二十一話ご覧ください。


 

 

「……眠れねえ」

 

椰子(やし)の枝を()き詰めただけの硬い寝床の上で、古城はぼんやりと暗い天井を見上げていた。

正確な時刻は知らないが、おそらくまだ午後八時前。今どきの高校生が眠る時間帯ではない。ましてや夜行性の吸血鬼では尚更(なおさら)だ。

そして今、雪菜の姿はない。

昼間の探索で見つけたトーチカ(鉄筋コンクリート製の軍用防御陣地のこと)を拠点にしつつ、交代で近くを通りかかる船を見逃さないように見張りをしているのだ。

 

「……つか、昼間、あんだけ眺めてて、船なんか一隻も通らなかったのに、今さらだよな」

 

古城の言う通りこの島に残されて、探索してトーチカを見つけた後、船が通りかからないかずっと海を見ていた。

しかし、この無人島はメイガスクラフト所有とされているのだ。漁業の船などが通りかかるはずもなく、もし、通りかかったとしてもメイガスクラフトの船だけだろう、そう古城は思った。

気怠く息を吐き出しながら、古城はむくりと上体を起こす。

喉の渇きも覚えたことだし、雪菜の様子見かてら水でも汲んでこよう、と思ったのだ。

 

「おーい……姫柊ー……起きてるかー?」

 

声をかけるも雪菜からの返事はなかった。ただ古城の声が、暗がりの中にむなしく反響するだけだ。

 

「姫柊ー……? おーい」

 

トーチカから出て浜辺を歩きながら呼びかけるも、やはり姿も返事もない。

古城は雪菜を探しつつ、水を汲んでこようと、森の中へと向かった。

 

 

 

 

 

 

月齢の若い月の光は頼りなく、森の中は闇が濃い。だが古城の目は、陽光の下よりも鮮明に景色を知覚する。

勘だけ頼りに、古城は島の中心部へと進むと不意に視界が開けた。

そこは森の木々と霧に包まれた泉――

カルデラ状の岩の(くぼ)みに湧き水がたまっているらしい。透明度の高い澄んだ水面(みなも)からは、美しい満月が浮かび、無数の石柱が突き出して、なんともいえない不思議な感じを(かも)し出している。

すると、遠くで水音が聞こえた。

反射的に向けた古城の視線の先には、女がいた。

妖精じみたほっそりとした体つきに銀色の髪と碧い瞳。日本人離れした端整な容姿。

 

「叶瀬……?」

 

古城は無意識に呟いた。

自分の言ったことに気づいた古城はすぐさまそれを否定する。昨日の今日で、しかもこんな場所のこんな時間に叶瀬がいるはずがない、と。

しかし、泉の中にいる少女は古城がそういってしまうほどに叶瀬夏音によく似ていたのだ。

古城の存在を感じ取ったのか、少女がこちらを向いた。

そして、目が合った瞬間――

 

「――っ! やばっ――!」

 

古城は口元を覆って顔を伏せる。

 

「こんなときに吸血衝動かよ! くそっ……勘弁してくれ!」

 

低くうめき、衝動からくる血への渇望と性欲の(たか)ぶりを必死に抑える古城。だが、衝動はすぐに止んだ。

吸血衝動は長くは続かない。要は血が恋しくなっただけなのだから、それを味わえば嘘のように消滅する。たとえそれが自分の流した鼻血であってもだ。

無くなったことに多少の安堵を覚え、古城は顔を上げる。しかし、少女の姿はすでに消えていた。

 

「――動かないでください」

 

「ひ……姫柊!?」

 

背後から聞こえた雪菜の声に古城は反応して後ろを向こうとすると、いきなり銀色の槍の穂先が突き出された。

 

「動かないでください、振り向いたら刺します。生き返ることはわかってますから」

 

そういって、雪菜は槍の穂先を古城の首の動脈にぴたりと当てる。

 

「えーと、姫柊さん……? こんなところでなにを?」

 

少しでも状況を確認しようと古城は頭を動かす。その瞬間、首に当たる鉄の冷たい温度がさらに伝わってきた。

 

「い、今振り返ったら、本気で怒りますからね!」

 

「って……あの、もしかして姫柊さんも、水浴び中だったとか? それならそうと言ってくれれば――」

 

「そしたら先輩はのぞきに来るじゃないですか、現にこうして――!」

 

確信に満ちた口調で声を上げる雪菜に、さすがの古城もムッとして、

 

「なんでそうなる、俺は外にいなかったのを心配して、探しに来ていただけだ! べつに姫柊のことなんかをのぞきに来たわけじゃないっ!」

 

「……わたしのことなんか……ですか。そうですか」

 

雪菜が冷え冷えとした声を出す。それから拗ねるように、もう、と溜息をついて、そこで血に染まった古城の手が目に入った。雪菜はさらに一層声を冷やかにして、

 

「……なら先輩は一体誰をのぞいていたんですか?」

 

「だからのぞきから離れろって……今さっき、そこに叶瀬みたいな子がいたんだ。」

 

「叶瀬さん、ですか?」

 

「ああ。とはいっても叶瀬を大人にしたような感じで身長も少し高かったし、髪も長かった。とりあえず叶瀬本人ではないのは確かだった」

 

「大人にした叶瀬さん、ですか……そうですか。先輩、よく見ていましたね。やっぱりどうしようもない変態ですね」

 

槍をぐりぐりと押し付けながら、責めるような口調で言う雪菜。だからなんでそうなる、と反論する古城にもう一度溜息をする。

 

「先輩のパーカーをお借りできますか?」

 

「ああ、べつに構わないけど――」

 

そう言って古城は、羽織っていたパーカーを背後の雪菜に渡す。かすかな衣擦(きぬず)れの音とファスナーを上げる気配がして、

 

「もうこっちを向いてもいいですよ」

 

ようやく首元から刃をどかされて解放感に脱力しながら古城は振り返る。

あんまり見ないでください、と雪菜は足をもじもじさせている。どうやらパーカーの下には、本当になにも身につけてないらしい。そして気を取り直した様子で、

 

「とりあえず、その大人の叶瀬さんを探しましょう。この先にも人が通れそうな道がありますし」

 

そう言って裸足のままで森の中を進みだした雪菜のあとを古城は追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予定より早く動けるようになったな」

 

薄暗い闇が弦神島を覆い隠し、月光が島を照らし始めたころ、劉曹はゆっくりと上体を起こした。

ベッドから下り、の力を入れたり抜いたりして感覚を確認して、そのあと精神を集中させる。

 

再生(リサシテーション)

 

病室を埋めるほどの緑色の淡い光の玉が無数に出現する。その光の玉がすごいスピードで劉曹の体の中に入っていった。

光に包まれた劉曹はずっと精神を乱さないように瞳を閉じている。そして、光が止むと同時に劉曹も目を開けた。

 

「やっぱり、今回ばかりは俺だけじゃどうしようもないか……」

 

んー、と身体を伸ばし呟く劉曹。すると、病室に一人の少女が入ってきた。

 

「劉曹」

 

「アスタルテか……ってまだメイド服なんだな……どうした?」

 

夜も本格的になる時間でもアスタルテは那月の言いつけを守ってメイド服でいるアスタルテ。その姿で街の中をを歩いたなら相当周りから注目されただろう、と劉曹は言ったがアスタルテは気にもしない様子だった。

 

「マスターからの伝言です」

 

伝言? と聞き返す劉曹にアスタルテはコクリと頷いた。

 

「はい。『出した課題の来週火曜日まで。期限厳守だ』 とのことです」

 

アスタルテから那月からの伝言を訊いた劉曹は口角を上げて、ふっとその場から消えていった。

 

「楠さん、調子のほうは……って、いない!? あ、そこのあなた! 楠さんがどこに言ったか知りませんか!?」

 

様子を見に来た看護婦は焦ったようにその場にいたアスタルテに訊く。

 

「否定、わたしが来たときにはいませんでした」

 

アスタルテは劉曹が飛び出していった窓のほうを向き空を見上げる。無事に劉曹が帰ってくるように祈りながら――

 

 

 

 

 

 

「モグワイ、浅葱が調べた島はここからどこだ?」

 

空を移動しつつ、スマートフォンの電話口に声をかける。浅葱の相棒である人工知能モグワイはケケケ、と笑い、

 

『珍しいな、浅葱嬢ちゃん並みのハッキング能力を持つ劉坊が俺を頼るなんて』

 

「今は時間がないんでな。それに俺と浅葱じゃ比べ物にならねーよ。ハッキング戦でやっても一時間が関の山だ」

 

そういう喋る劉曹にモグワイは呆れたようにため息をつく。

 

『よく言うぜ。劉坊が本気を出したら浅葱嬢ちゃんだって負ける。たとえ――』

 

「俺だからいいが、それ以上言うなよモグワイ。お前でもただじゃすまないぞ」

 

声を低くして言葉を遮る劉曹におっと、とわざとらしく言うモグワイ。

 

「そんなことより、さっさと教えてくれ。島はどこだ?」

 

『いま劉坊がいる位置から南方二十キロだ。そこにメイガスクラフト社所有の無人島がある。第四真祖と転校生ちゃんはそこにいる』

 

わかった、と劉曹は電話を切って、モグワイから得た情報どおりに進路を南に変え、スピードを上げる。

 

「ん、あれは……」

 

目的の島がうっすらと見えてきた頃、劉曹と同じ方向に向かっている一隻の船が見えた。

 

「中に人の気配は……無し。遠隔操作で動いているのか。それに、あの島に向かっているということはメイガスクラフト社の船で中に入っているのは自動機械人形(オートマタ)か」

 

劉曹は気づかれないように船に着地し、船内を探る。劉曹の予想通り、目に入るのはメイガスクラフト製の自動機械人形(オートマタ)ばかりだった。

 

「さて、どうしようか。そうだ、空を飛ぶのも疲れたし連れてってもらおうか。ついでに船内を調べないとな」

 

そういって振り返ったとき、ジャキン、と劉曹の頭に向けられた何かがあった。目の前には一体の自動機械人形(オートマタ)

 

「……どうも、こんばんは。きれいな月が出ている夜は風情(ふぜい)があっていいですね」

 

『……』

 

劉曹は咄嗟(とっさ)に言葉をしぼりだすが当然ながら相手は反応しない。

その直後、(かす)れた破裂音が夜の空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中をしばらく歩いていた古城と雪菜は浜辺へ出かかる頃、ふと足を止めた。沖合いから聞こえてくる騒音に気がついたのだ。

 

「船!? 助けに来てくれたのか――!?」

 

「待ってください先輩! あれは――」

 

船に駆け寄ろうとする古城を雪菜が制止する。古城も船をよく見るとその理由がわかった。

沖合いから向かってくる船の姿を古城は見覚えがあった。戦争映画でよくある海軍の兵士が敵国への上陸に使う、エアクッション型揚陸艇だ。積荷のコンテナにも"メイガスクラフト"と企業ロゴが描かれていた。

すると甲板に設置されていた数基のサーチライトが一斉に点灯し、獲物を探すように夜の無人島を照らしていく。

突然のことで反応が遅れて、古城と雪菜は光に晒されてしまう。慌てて茂みの中に身を伏せるが新たに点灯したサーチライトが古城たちがいた場所の近くを照らしている。

 

「見つかった……か?」

 

「先輩、こっちです!」

 

雪菜に(うなが)されて古城は森の奥に行き、光から逃れるように走る。

岸に乗り上げた揚陸艇のゲートが開く。

そこから降りてくるのは、全身を黒い鎧に包んだ兵士たちだ。彼らの手には大型軍用アサルトライフルだった。

見つからないように必死に走る二人だが、存在に気がついた兵士たちは銃口を定め発砲してきた。

 

「伏せて!」

 

雪菜が古城を突き飛ばして、そのまま覆い被さってくる。

もつれ合うように転倒した古城たちの頭上を機銃弾の一連射が通り過ぎていった。

 

「問答無用か!? いきなり発砲してきやがったぞ――!」

 

「実弾ですね……先輩、絶対ここを動かないでください!」

 

古城にそう言い残すと、突然、地面を蹴ってうす闇の中へと飛び出していった。

 

「姫柊!? うお!?」

 

雪菜が飛び出したことで位置捕らえられたのか、古城がいる付近に銃弾が集中する。

 

「――――鳴雷(なるいかずち)!」

 

雪菜は黒の鎧を(まと)った兵士の後頭部を素足で蹴り飛ばす。屈強な獣人すら一撃で昏倒させる彼女の蹴りをまともに受けて、兵士はひとたまりもなく吹き飛んだ。そして、槍を一閃して、アサルトライフルを両断して兵士の腹部を石突きで殴り倒す。

 

「姫柊、無事かっ!?」

 

集中砲火から解放された古城は、兵士を倒した雪菜のほうへと走り寄る。

 

「っ! 動くなってお願いしたじゃないですか!!」

 

古城に気づいた雪菜は慌ててパーカーの裾を押さえる。

すると、雪菜の背後に倒れていた兵士がゆっくり立ち上がり、銃を構えた。

 

「!? 姫柊っ!」

 

気がついた古城は雪菜の肩をぐっと力をこめ雪菜を押しのけて、

 

「だらあああ――!」

 

古城は吸血鬼の腕力を全開にして、力任せに殴り飛ばす。兵士はたまらず吹き飛ぶ。が、

 

「嘘だろ……手加減しなかったぞ!?」

 

岩場に激突して動きを止めたと思った兵士は平然とまた立ち上がる。古城は今度こそ顔色を変えた。

 

「すみません、先輩……囲まれました」

 

雪菜は周りを見渡してそう呟いた。

先ほどまで倒れていた兵士たちと新たに船から来た援軍たちが古城たちを中心に円を描いていた。

それほど数はいない。しかし、二人で捌き切れるかどうかは微妙なところだ。

古城は考える。眷獣を放てば、武装した兵士なぞどれだけいようと一瞬で排除することができる。しかし、それはこの世からという意味だ。古城にはそんなことする覚悟はなかった。

どうすればいい、と古城が呟く。その直後、

 

「――!?」

 

古城たちの眼前にいた黒鎧の兵士たちが、轟音とともに飛来した二つの閃光に貫かれた。

 

「二人とも無事ですか」

 

緊張感のないおっとりした声が、近くの岩壁の上から聞こえてくる。

そこに悠然と立っていたのは、美しい銀髪の女だった。古城が泉で見かけた、叶瀬夏音に似た顔立ちの少女である。

 

「今のうちにこちらへ。早く」

 

銀髪の少女は優雅に微笑んで、古城たちを手招きした。

古城と雪菜は互いに頷き、銀髪の少女へと近づいた。

 

「あなたは――?」

 

「ラ・フォリア・リハヴァインです。また会えましたね、暁古城」

 

問いかける雪菜に、銀髪の少女は先ほどの優雅な笑みを浮かべそういうのだった。

 

 





いかがでしたでしょうか?

絶賛、読者様方の意見を募集中でーす☆ キャルン☆

ごめんなさい、酔っ払って変なテンションなんです……


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第二十二話



どうも燕尾です

見事に風引きました。辛いです

だけど講義とバイトがある……辛いです

だがしかし、わたしは投稿します!
二十二話目ですどうぞ!!


「はあ、面倒臭かった」

 

船の甲板(かんぱん)に積みあがった人形を見下ろして、ポンポン、と服の(ほこり)を払い呟く劉曹。

一体の自動機械人形(オートマタ)に見つかったあと、次々と応援を呼ばれ囲まれた劉曹は、仕方なく処理する羽目になったのだ。

船はいつの間にか無人島の浜辺に停まり、上陸のスロープが降ろされていた。少し先の浜辺には自動機械人形(オートマタ)がどこかに行ったと思われる足跡があった。

 

「この様子だと残りの人形は出払ったようだな」

 

劉曹は周りを確認して船内へと入り、一つの扉の前に立った。扉の上のプレートには機関室と書かれていた。

中に入っても自動機械人形(オートマタ)は一体もいなかった。

 

「やっぱりこっちには操縦桿(そうじゅうかん)なんてないよな」

 

そう呟きつつ、どうにか動かすことができないかと色々と操作するが母艦に逆らうことができないようになっている。

ハッキングして動かすこともできないわけではないが、時間がかかる。その間に人形が戻ってこられても困る。どうしたものか、と考える劉曹。すると、いきなり現れた膨大な魔力が感じられた。

 

「この魔力……古城の眷獣か――!?」

 

嫌な予感がした劉曹は急いで甲板のほうに向かう。表に出た直後、金色の光に目が襲われる。

劉曹は光を発している正体に気づき、げっ、と悪態をついた。

戦車にも劣らない大きさの雷光をまとった獅子が、メイガスクラフト社の揚陸艇(ようりくてい)に神速のごとく迫ってきている。その距離残り十メートル――

劉曹の叫びが船の爆発と共に夜の空に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして俺の名前を?」

 

自分の名前を言い当てたラ・フォリアと名乗った少女に古城は驚いて訊く。

 

「暁古城なのでしょう。日本に出現したという第四真祖の」

 

「ああ……そうだけど……」

 

「今のが最後の呪式弾でした」

 

戸惑う古城を放置して、ラ・フォリアは一方的に会話を続ける。

古城の話を聞いていない、というより、自分のペースで喋っているのだろう。

 

「あいつらは?」

 

「メイガスクラフトの自動機械人形(オートマタ)です。わたくしを追ってきたのでしょう」

 

自動機械人形(オートマタ)? そうか、それで……」

 

ラ・フォリアの言葉にようやく古城は肋骨や頚椎をへし折られたまま動いていた兵士に納得がいった。

 

「あの揚陸艇(ふね)は無人です。あなたの眷獣なら沈められますね、暁古城」

 

「あの船は使えないのか?」

 

「奪い取ったところで、母艦に遠隔操作されているあの船を動かすことはできません。それよりも、船の中に残っている自動機械人形(オートマタ)たちのほうが脅威です」

 

古城の疑問に、ラ・フォリアは悠揚(ゆうよう)と答える。

 

「先輩、来ます」

 

古城の耳元で、雪菜が警告する。新たな兵士たちの一群が船から降りてきたのだ。

 

「迷ってる暇はないか……」

 

やれやれ、と首を振りながら、古城は兵士たちの前に姿を晒した。

無防備に歩き出した古城を兵士たちの銃撃が襲う。

しかしその弾丸は届かない。漏れ出した魔力が、青白い雷光となって古城の全身を覆い、銃弾を防いでいるからだ。

 

「悪いな、そういうことだからさ――疾く在れ(きやがれ)、"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"!」

 

古城の腕から放出された魔力の波動が巨大な雷光の獅子の姿を形成した。戦車をも凌ぐ巨体が咆哮し、黒鎧の兵士たちを薙ぎ払う。そして、雷光の獅子は紫電と化して、海岸へと移動し、停泊していた揚陸艇(ようりくてい)を跡形もなく破壊した。

しかし、獅子が破壊したのは自動機械人形(オートマタ)と船だけではなかった。

森は数十メートルに及び焼き払われ、大地はえぐて、海は砂と混じり泥のようになっている。

古城は満足げに消え去る眷獣をみて疲れたように頭を抱えた。雪菜も眷獣の力に目を見開いて固まっている。ただ、ラ・フォリアだけは、

 

「見事です、暁古城。"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"……アヴローラ・フロレスティーナの五番目の眷獣ですね」

 

満足げに微笑むラ・フォリアに古城は長い溜息をつく。すると――

 

「ほんとにな、見事だよ」

 

「だれだ!」

 

突然、聞こえてきた声に古城は臨戦体制に入る。海のほうからノロノロと自分たちのほうへと向かってくる人影。敵か見方かわからない状態に雪菜も銀色の槍を向け、ラ・フォリアは呪式銃を構えた。

 

「お前……劉曹か……?」

 

泥で汚れた白い長い髪が、顔を隠していているが時折見える紅い目と、その白い髪を見て古城は戸惑い気味に質問する。

 

「まさか、あの船に乗り込んでいたとか……?」

 

「せっかく助けに来たってのにこの仕打ちか。なぁ、古城?」

 

髪を上げて満面の笑みで問いかける劉曹。雪菜もご愁傷様といわんばかりに合掌している。

 

「いや、これはだな「正座」……」

 

劉曹は何か言おうとする古城を遮ってそう言った。

 

「まず話を「正座」……はい」

 

古城は笑みを浮べる劉曹に逆らえずその場に正座する。そして、劉曹は雪菜のほうを向き、

 

「姫柊もこっちに来て正座」

 

「わたしもで「何か文句でも?」……はい」

 

笑みを崩さず静かな声で問いかける劉曹に雪菜は顔を真っ青にして古城の隣に正座する。

 

「古城、お前はどうしていつも勝手に行動するんだ? 夏音が心配なのはわかるがなんでもう少し考えて行動しないんだ? こんなバレバレの罠に引っかかって周りに心配かけて迷惑がかかっているのがわからないのか?」

 

「はい、ごめんなさい」

 

「姫柊もそうだ。監視役としての自覚があるのか? おまえが首を突っ込むことで古城が巻き込まれることがまだわからないのか? それに古城がこういうことに関わらないようにするのがお前の役目だろ」

 

「はい、すみません」

 

息継ぎもせずに説教をする劉曹。いつもの彼からは想像できない速さで言葉をまくし立てる姿に、

 

「あの……楠先輩って怒るといつもこんな感じなんですか? なんか……とても怖いです」

 

「いや、今回はまだいい方だ。本気で怒ったこいつはその場にいるだけで気絶するレベルだ」

 

顔を近づけひそひそと話している古城と雪菜。劉曹はそんな二人の頬を引っ張る。

 

「人の話を聞かないでお喋りか、ん? だったら今度一度戦闘訓練を付けてやろう。もしもまたこういうことに巻き込まれたときのために、な。きっと楽しいものになるだろうなあ」

 

ニヤア、と効果音が出てこんばかりの笑みを浮べそういう劉曹。

 

「「本当にすみませんでした!!」」

 

二人は同じタイミングで土下座する。今二人は劉曹の顔を怖くて見ることはできなかった。

 

「あの!」

 

すると今まで黙っていたラ・フォリアが口を開く。劉曹はラ・フォリアに気づいていなかったのか顔を見た瞬間、表情を凍らせた。

 

「あなたの名前は劉曹というのですか?」

 

ああ、そうだけど、と明後日の方を向いている劉曹にラ・フォリアは期待と不安の眼差しで続ける。

 

「では、幼い頃にアルディギアに滞在したことはありませんか? 具体的には十年ほど前なんですけど」

 

「あるな」

 

答える劉曹にラ・フォリアは息を呑む。そして一拍置いて声を震わしながら、

 

「最後です。その時に同い年くらいの少女と出会った覚えはありませんか? 銀色の短い髪の少女を……」

 

「……」

 

劉曹はしばらく黙っていたが観念したように溜息を吐いて、

 

「……あるよ、久しぶりだな、ラ・フォリア。覚えていたとは思わなかった」

 

十年ぶりにあった成長した少女をまっすぐ見据える。

 

「やっと……やっと会えました……劉曹。ずっと、ずっとあなたを探していました」

 

銀髪の少女は目に涙を浮かべ嬉しそうにはっきりとそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劉曹とラ・フォリアが知り合いだったことに古城と雪菜は驚いていた。

 

「劉曹、おまえ知り合いだったのか!?」

 

「とはいっても、十年前に会った程度の話なんだけどな。それに俺は名乗ってなかったしな。顔でバレるとは思ってなかった」

 

「そうなのか、それで彼女は一体何者なんだ?」

 

古城は改めて劉曹に訊いた。状況が状況だったので古城はラ・フォリアの正体を正確に把握できないでいたのだ。

 

「王女だ」

 

は? と訊き返す古城。劉曹は面倒くさそうにラ・フォリアに説明を促す。

 

「劉曹の言った通りです、古城。北欧アルディギア王国ルーカス・リハヴァインが長女ラ・フォリア――アルディギア王国で王女の立場にあるものです」

 

あらためてよろしくお願いします、と短いスカートの裾をつまみながら優雅に一礼する少女に今度こそ古城と雪菜は絶句する。

 

「とりあえずこちらへ、わたくしの救命ポッドがあるのでそちらに行きましょう」

 

ラ・フォリアが拠点にしていたのは古城たちがいたトーチカのちょうど反対側だった。

 

「あんた、本当に王女様だったんだな……」

 

砂浜に残された救命ポッドを見て、古城がしみじみと感想を呟いた。

 

「俺たちが嘘ついて何の得がある」

 

劉曹は、混乱している古城を呆れながら見て溜息をつく。

 

「あんたのことは、なんて呼べばいいんだ。殿下でいいのか?」

 

王女からもらった非常食を(かじ)りながら、古城が聞く。と、彼女は少しムッとして、

 

「ラ・フォリアです、古城。殿下も姫様も王女も聞き飽きました。せめて異国の友人には、そのような堅苦しい言葉で呼んでほしくありません。あなたもですよ、雪菜」

 

「え? いえ、ですか、しかし……」

 

「大丈夫だ、姫柊。むしろそうしないと変なあだ名を呼ばされることになるぞ」

 

劉曹がそういっても、政府の機関の人間である雪菜にはやはり抵抗があるみたいでまだ迷っている。

渋っている雪菜を見てラ・フォリアはなにか思いついたように、

 

「では、愛称というのはどうでしょう? たとえば、そう和風に、フォリりんと、こう見えてわたくし日本文化に詳しいのですよ」

 

それ和風じゃねえよ、と劉曹は思ったが口には出さない。

 

「……僭越(せんえつ)ながらご尊名で呼ばせていただきます、ラ・フォリア」

 

雪菜は諦めたような口調で言った。このままでは劉曹の言う通りふざけたあだ名で呼ばされかねない、と危機感を覚えたのだろう。

 

「で、あんたはなんでこんなところにいるんだ?」

 

「大方、絃神島に来る最中襲撃されてこの島に逃れてきたってところか。襲ってきたのはメイガスクラフトの魔族と例の天使(アレ)か。でなければ安々と()とされることはないだろう」

 

古城の問いの答え合わせをするように劉曹は口を開く。ラ・フォリアは静かに頷いて、

 

「そうです。おそらく、わたくしを拉致するためでしょう」

 

「拉致ね……そういうことか」

 

劉曹はようやく納得がいったように頷く。

 

「なにかわかったのか?」

 

「ああ、詳しい動機とかはわからんが、大体説明はつく」

 

古城が劉曹に訊くと雪菜も教えてください、と説明を促す。

 

「夏音をあの姿に変えたのは叶瀬賢生という男だ」

 

「叶瀬賢生って……叶瀬夏音の父親のことか?」

 

思いかけず訊かされた名前に古城が息を呑む。だが劉曹は知らん、と一蹴した。

 

「叶瀬賢生は昔アルディギアの王宮に使えていた宮廷魔導技師だ。あいつの扱う魔術奥義はおそらく霊媒に王族の力が必要だった」

 

ここまではいいな、と訊く劉曹に三人は頷く。

 

「ならメイガスクラフトはどう関係があるのか――古城、会社が最優先に位置づけて求めるものはなんだ?」

 

うーん、と唸る古城。そして少し考えてから、

 

「利益……か?」

 

そう答えた古城に劉曹が頷き肯定した。

 

「そうだ。そもそも叶瀬賢生がやっていることには莫大な金も必要になってくる。そこで出資者になったのがメイガスクラフトだ。奴らは夏音を商品として売り出そうと考えたんだろう。だが、一体だけじゃ商品にはならない。だからラ・フォリアを拉致しようとした。王族のクローンを作るために。これは賢生も知らないだろう。たぶんメイガスクラフトの連中は独自で数体造ってるだろうな」

 

「ちょっと待ってください。それは根本的におかしいです。どうして叶瀬さんなんですか? 先輩の話が本当なら叶瀬賢生が一番最初に狙うのはラ・フォリアなのでは……」

 

雪菜が腑に落ちない様子で訊いてくる。しかし、劉曹は慌てることもなく冷静に返した。

 

「言っただろ? 霊媒には王族の力が必要だったって」

 

「だからおかしいだろ。叶瀬は王族じゃ――」

 

古城は不意に言葉を切る。そしてなにかに気づいて驚いた様子で劉曹を見る。雪菜も古城と同じ考えに至ったらしく言葉を失っていた。

 

「まさか、叶瀬は……」

 

「俺も最初は違うと思ってたよ。でも間違いじゃない、叶瀬夏音はアルディギアの王族だ。そうだろ、ラ・フォリア」

 

ラ・フォリアは劉曹を見つめたまま沈黙した。だが、これ以上隠し通せると思えなかったのかゆっくりと口を開いた。

 

「叶瀬夏音の父親はわたくしの祖父です」

 

「……そふ? お祖父さん?」

 

言葉の意味がよく理解できないまま、古城はオウム返しに訊き返す。劉曹も祖父と言われるとは思わなかったらしく目を見開いている。

 

「十五年前、祖父がアルディギアに住んでいた日本人女性との間に作った娘が、叶瀬夏音です」

 

「てことは夏音はラ・フォリアの叔母ってなるのか、さすがにそれは読めないわ……それより今更になってバレたってのも不思議な話だな、どうしてだ?」

 

「先日、祖父の腹心だった重臣が他界しまして、彼の遺言で叶瀬夏音の存在が発覚しました。祖父が逃亡して祖母は怒り狂っ……いえ、王宮内は今、少々混乱しています。ですが、彼女を放っておくわけにもいきませんし」

 

王女がめずらしく弱気な溜息をつく。

 

「まあ、人によっては怒り狂う人もいるからな」

 

「怒り狂ってません、少し混乱しているだけです!」

 

自分に同情の目を向ける劉曹にラ・フォリアは勢いよく否定する。

 

「それで、絃神市に来る最中にメイガスクラフトの連中に襲われたのか」

 

「はい。祖父の名代として、わたくしが叶瀬夏音を迎えに行く予定でした」

 

劉曹の問いにラ・フォリアは淡々と首肯する。すると古城はなにか思い出したように、

 

「そう言えば煌坂が言ってたな。護衛するはずだったアルディギアの要人にトラブルがあった、って。あれはあんたのことだったのか」

 

「獅子王機関の煌坂紗矢華ですね。あなたの情婦の」

 

ラ・フォリアが、好奇心の(にじ)悪戯(いたずら)っぽい表情で古城を見た。

 

「……情婦?」

 

「彼女は第四真祖の愛人の一人だと聞きました。愛欲にまみれた淫猥(いんわい)な関係だと」

 

ぶはっ、と古城は激しく咳き込んだ。隣にいる雪菜の冷ややかな視線が肌に刺さる。

それがあいつらの目的だからなあ、と劉曹は三人に聞こえないように呟き古城を同情の目で見た。

 

「――そんなわけあるかっ! 誰がそんな無責任な噂をあんたに吹き込んだ!?」

 

「ディミトリエ・ヴァトラーです。戦王領域の貴族の」

 

ラ・フォリアはあっさりと白状する。劉曹は名を訊いた瞬間頭を抱えた。

 

「あああ、あの男は……っ! って、なんであんたが、あんなやつと知り合いなんだ!?」

 

「そりゃ、国交があるからだろう。よく考えればヴァトラーの領地とアルディギアは一部接しているからな。姫柊、ヴァトラーが言ったことなんだからその冷たい視線をやめてやれ」

 

ぐうの音も出ないといった様子の古城。雪菜はなんのことですか、と知らん振りしている。劉曹は疲れたように溜息をついた。

 

「話が大分逸れたな。ラ・フォリアは今回のことについてどれくらい知っている?」

 

「……あなた達は知っているのですか? 賢生の魔術儀式がどのようなものか」

 

劉曹たちに問いかけるラ・フォリアの声には、これまでにない深刻な響きがあった。

 

「色々調べたからな、俺は大体予測を立てている。古城と姫柊は夏音が化け物のような姿に変えられて、同類と殺しあっていたぐらいの認識だ」

 

「そうですか……叶瀬賢生が行っているのは模造天使(エンジェル・フォウ)という魔術儀式です」

 

模造天使(エンジェル・フォウ)?」

 

聞き慣れない言葉に古城は眉を潜める。

 

「人為的に霊的進化を引き起こして、人間を高次の存在へと生まれ変わらせる。要は人を進化させて天使にするってこと」

 

「叶瀬のあの姿が、霊的に進化した存在だってのかよ……」

 

「姿かたちがどうあれ、あれが霊的に進化しているんだ。完全にではないがな」

 

弱々しく首を振って呟く古城に劉曹は厳しい言葉をかける。

 

「魔術なんてなにかの犠牲の上に成り立ってるようなものだ。人・生物・時間……挙げればきりがない。それを否定しなかったから今がある」

 

「……わたしはそうは思いません」

 

「まあ今は前より規制が厳しくなったからな。昔、公的機関以上に裏であれこれやってたところはいなかった」

 

劉曹の話を聞いて複雑そうな顔をして、口を閉ざす雪菜。

もしもそのなかに自分の所属する機関の名があったら、と思うとそこから一歩が踏み出せない。

そんな雪菜の思いを感じ取った劉曹は、はあ、と息を吐く。

 

「姫柊。世界は複雑だ。だからこそ姫柊が信じるものだけを貫いていけ。お前自身が考えて答えを出していくんだ」

 

雪菜の頭に手を乗せクシャクシャと撫でる劉曹。

 

「――っ、子ども扱いしないでください!」

 

大人しかったのも一瞬、雪菜は慌てるように劉曹から離れた。

そして頬を紅く染め、微笑ましく眺めていた古城の方をチラリと見て、

 

「ち、違いますからねっ!!」

 

「なにがだよ!?」

 

「ちょっと気持ちいいとは思いましたけど……ふ、深い意味はありませんから!!」

 

「わかった、わかったから落ち着いてくれ姫柊!」

 

いきなり怒鳴り散らす雪菜に、まったく話の脈絡が分らなかった古城は混乱するだけだった。

 

「おーい、二人とも。イチャつくのは終わりだ」

 

「イチャついてなんていない!!」

「イチャついてなんていません!!」

 

古城と雪菜は同時に叫ぶ。

 

「というか楠先輩が最初に私の頭をんんっ!?」

 

詰め寄って抗議しようとする雪菜の口を塞ぐ。いきなりの行動に雪菜は驚くも劉曹の顔を見てすぐに落ち着いた。

 

「そこまでだ、もう話してる暇はない――来たぞ」

 

そう言う劉曹の視線の先には古城が破壊したのより少し大きめの軍用揚陸艇があった。

 

「あの船……また自動機械人形(オートマタ)か?」

 

うんざりした様に古城がうめく。

 

「いや、人と魔族、それと――かすかに天使の気配がする」

 

覚悟しておけ、という劉曹に古城と雪菜は息を呑む。しかし、

 

「ん? ちょっと待て。あれは――」

 

古城がなにかを見つけたように言う。

島へと向かってくる揚陸艇(ようりくてい)から自分達に向けてなにかを振り回しているのに古城は気づいた。

 

「白旗……ですね」

 

それは停戦を示す白い旗だった。

 

 








いかがでしたでしょうか?







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第二十三話



えー、燕尾です。
今回は事前に言っておきます。


ものすっっっっごい駄文です。
こんな感じのシーンを書きたかった衝動があったからです。
読まれる方はお覚悟を!!


 

 

白旗を振りながら接岸してきた揚陸艇(ようりくてい)から下りてきたのは革製の深紅のボディースーツを着た豊満な肉体の女性と革ジャン姿の長髪の男、どちらも登録魔族の腕輪を付けていた。そして最後に聖職者を思わせる黒服に白衣を着た男が上陸してくる。

 

(男は獣人で女の方は――吸血鬼か)

 

劉曹は二人の登録魔族の気配で正体を察する。

 

「よう、バカップル。元気そうだな。仲良くしてたか――?」

 

革ジャンの男が軽い口調で言った。

劉曹は後ろの白衣の男はともかく目の前の二人に面識はない。おそらく古城と雪菜ことを言っているのだろう。

 

「……ロウ・キリシマ……てめえ、よくもぬけぬけと」

 

案の定、古城がロウ・キリシマという男を睨み、殺気だった声を出している。彼は慌てて白旗を振った。

 

「待て待て。恨むならベアトリスを恨めって言ったろ。俺はただの使いっ走りだっての」

 

責任を押し付けられたベアトリスと呼ばれた女は、気怠(けだる)げに髪をかき上げる。

艶かしくも退廃的な色香を振りまく彼女に、古城は言いかけた文句を忘れて黙り込んだ。

どことなく責めるような目つきで、雪菜が古城を睨む。劉曹も呆れたように溜息をつく。

 

「久しぶりですね、叶瀬賢生」

 

無防備に前に歩み出たラ・フォリアが、黒服の男を見つめて言った。

自分の胸に手を当てて、叶瀬賢生が(うやうや)しく礼をする。

 

「殿下におかれましてはご機嫌(うるわ)しく……七年ぶりでしょうか。お美しくなられましたね」

 

「わたくしの血族をおのが儀式の供物にしておいて、よくもぬけぬけと言えたものですね」

 

冷ややかな口調で、ラ・フォリアが答えた。しかし賢生は表情を変えない。

 

「お言葉ですが殿下。神に誓って、私は夏音を(ないがし)ろに扱ったことはありません。わたしがあれを、実の娘同然に扱わなければならない理由――今のあなたにはおわか「そんなこと、どうでもいいんだよ」――なに?」

 

冷気のような低い声でさえぎった劉曹を睨む賢生。

 

「どうでもいいといったんだ。お前らが模造天使(エンジェル・フォウ)を造るためになにをして夏音になにをさせたなんか……ただ」

 

劉曹が途中で言葉を切る。その瞬間その場にいた全員が劉曹が放った凄まじい殺気に身体を強張らせる。

 

「お前らは許されざることをしているんだ。それ相応の覚悟があるんだろうな?」

 

「……はっ、なにいきがってんの? ガキ一人になにができる」

 

凄まじい殺気を放つ劉曹に一瞬(ひる)むも、ベアトリスは劉曹を挑発し気力を保つ。

 

「面倒くさいからそこのガキは置いといてとりあえずこっちの要求を伝えるわ。まずはアルディギアのお姫様、あんたは無駄な抵抗をやめて投降しな。おとなしくしてれば命までは取らないわ」

 

「企業の走狗(そうく)ごときが、このわたくしに指図しますか。ずいぶんとのぼせ上がったものですね」

 

ラ・フォリアが、(さげす)むような視線をベアトリスに向けた。

 

「舐めた口を利いてくれるじゃないの、雌豚(メスブタ)。まあいいわ。今すぐあんたを殺す気はないから。代わりに死んだほうがマシってくらい、気持ちいい思いをさせてあげる」

 

酷薄(こくはく)そうに舌なめずりをして、彼女は気怠(けだる)げな視線を古城たちに向けた。

 

「で、あんたたち二人にはチャンスをあげる」

 

どういう意味だ、と古城はベアトリスを睨む。

ベアトリスはキリシマに視線を送り、彼は甲板に積まれていたコンテナのケースの(ふた)を開けた。

 

「――叶瀬!」

 

「叶瀬さん!?」

 

「……」

 

古城と雪菜はケースの中に横たわっていた少女の名を叫ぶ。

賢生は服の懐から制御端末(リモコン)を取り出しボタンを押す。すると夏音は白い冷気をまとったままゆっくりと起き上がった。

 

「第四真祖に、獅子王機関の剣巫。そして、ついでにそこのガキ。三人ががりでもかまわないからさ。この子と本気で戦りあってくれる?」

 

「ふざけるな。なんで俺たちがそんなことしなきゃなんねーんだ!?」

 

「そんなこと、決まっているでしょうが。売り込みに使うのよ。我が社の"天使もどき"が、世界最強の吸血鬼をぶち殺しました――ってね」

 

物分りの悪い幼児を見るような、鬱陶(うっとう)しげな表情でベアトリスが言う。その直後、

 

召喚(サモン)――獅子王アリウム、黒竜王アルタリカ」

 

今まで黙っていたが、我慢の限界だった。劉曹は自分と契約を結んだ二体の王を召喚する。そして、

 

「我、汝と契約を結びし力を解放するもの」

 

続けて言葉をつむぐ劉曹。彼の周りに巨大な旋風が巻き起こる。

 

召喚(サモン)――顕現せよ。鷹王オウガ」

 

甲高い奇声を上げ、現れたのは巨大な鷹だった。

白炎の獅子にも劣らない身体に羽ばたくたびに凄まじい風を巻き起こす大きな翼。鋼をも貫く鋭い(くちばし)

召喚を終えた劉曹は古城が今まで見たこともない憎悪にまみれた目をしていた。

 

「さあ、始めようか」

 

「おい待て、劉曹!」

 

「たかが吸血鬼と獣人だ。すぐに終わらせてやる」

 

聞いた者をすべて凍らせるような声で言う劉曹を古城は制止しようとする。しかし、劉曹は聞く耳を持たなかった。

古城もベアトリスたちが言っていることには腹が立っている。だが、劉曹の怒りは異常なものに思えた。

 

「はっ……言ったはずだよ、あんたがいきがったところでなにも出来やしない」

 

ベアトリスは異様な瘴気を噴出す夏音を見てニヤリと笑う。

不揃いな翼を展開して、夏音がゆっくりと浮上する。見開かれた彼女の目に感情の色はなく、瞳孔は焦点を結んでいない。

 

「あなたはそれでいいのですか、賢生」

 

制御端末(リモコン)を握る賢生を見つめて、ラ・フォリアが問いかけた。

賢生は、王女の視線から逃れるように背後を振り向き静かに言う。

 

「やれ、XDA-7。最後の儀式だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に動き出したのは雪菜だった。

翼を広げ浮上する夏音に弾丸のような勢いで跳躍し、銀の槍を突き立てる。が、

 

「くっ――!?」

 

夏音に穂先が届く直前に雪菜は弾き飛ばされてしまった。

 

「これは!?」

 

槍を地面に突き立てながら着地した雪菜が驚愕の表情でうめいた。

以前"仮面憑き"と戦ったときと同じように禍々しい光が雪菜の槍を阻んだのだ。

 

「夏音が起動する前に魔術を無効化させようとしたみたいだが無駄だぞ。夏音はいま存在自体が天使になっているといっても過言ではないからな」

 

極めて冷静に雪菜に告げる劉曹。その声色が普段の劉曹からはでないほど感情の無いものだった。

 

「その通りだ。人の手で生み出した神の波動が、本物の神性を帯びた模造天使(エンジェル・フォウ)を傷つけられる道理もあるまい」

 

後に続いて雪菜の持つ銀の槍を眺めながら説明する賢生。

 

「そんな……ことが……」

 

雪菜がきつく唇を噛む。真祖の眷獣すら(たお)し得る彼女の槍が、ここまで完全に無効化されるのは初めてのことだったので、さしもの雪菜も動揺を隠せない。

それなら、と雪菜は制御端末(リモコン)を持つ賢生に向き直り、走り出そうとする。だが、それをわかっていた劉曹は雪菜を呼び止める。

 

「待て、姫柊。言ったはずだ。あんな雑魚どもなんざすぐに終わる」

 

「楠先輩……?」

 

どこか様子がおかしい劉曹に雪菜は違和感を覚える。彼らを見る劉曹の目に正気が無い。

 

「フフフフフ、殺す、殺してやる。じっくり嬲って絶望を味わわせてから殺してやろう」

 

そう言う劉曹は殺気の塊だった。湧き上がる泉のように劉曹から力が感じられる。

その膨大な力の前に全員が固まる。

 

「おい、劉曹! ――ぐっ!?」

 

落ち着かせようと古城が劉曹の肩をつかむ。その瞬間、古城の手が弾き飛ばされた。

ジンジンと痺れるような痛みが襲う。まるで劉曹から拒否されたように。

 

「先輩、大丈夫ですか!?」

 

「あ、ああ。だけど一体劉曹になにが起きてんだ? この感じはいったい……」

 

「呪力や仙術の類ではありませんね。どちらかというと魔力に近い感じがします」

 

ラ・フォリアが冷静に分析する。それでも正体はわからなかった。

 

その中でもただ一人――雪菜だけは覚えがあった。

 

「まさか、あれが神力……!?」

 

「わかるのですか、雪菜」

 

問いかけてくるラ・フォリアに雪菜は頷く。

以前に西欧協会の殲教師、ルードルフ・オイスタッハと戦った際に雪菜は劉曹の力を受け取った。そのときのものと似ていたのだ。

しかし、今劉曹から感じられる力はあのようなものとはまったく別――凍てつくような冷たさだった。

 

「ですが、これは別物――というより逆だと思います」

 

「どういうことだ?」

 

「楠先輩が使う"神力"は二つの性質があると思うんです。おそらく楠先輩の"感情"で性質が変わっているんじゃないでしょうか?」

 

「感情……確かにいまの劉曹は普通ではありませんね」

 

ラ・フォリアは心配そうに劉曹を見る。

虚ろな目はなにも映さず小さく呟いている。その間にも劉曹の神力が上がっている。

 

「なあ、いま劉曹が戦ったらまずくないか?」

 

「劉曹がこのまま力を振るえば島ごと吹き飛ぶでしょう」

 

最悪の状況を想像した古城にラ・フォリアが付け足すように言う。

 

「古城、雪菜。劉曹のことはわたしに任せてもらえませんか?」

 

「大丈夫なのか、ラ・フォリア?」

 

「はい。これでも劉曹についてはわたくしもわかっているつもりなので」

 

そういって、決意したように前に出るラ・フォリア。劉曹は虚ろな目で呟いている。

 

「殺す……殺す……」

 

「劉曹」

 

ラ・フォリアはギュッと劉曹を抱きしめた。劉曹からの拒否反応で激しい痛みが奔るが関係ない。

 

「劉曹、落ち着いてください。もう誰もあなたを使ったりしません(・・・・・・・・・・・・)。大丈夫です――ちゃんと劉曹(あなた)を見ていますよ」

 

耳元で優しく囁くラ・フォリア。抱いている劉曹の身体は生きているとは思えないほど冷え切っていた。

ラ・フォリアは抱く腕の力を強める。

 

「……ラ……フォリ…ア……?」

 

徐々に劉曹の身体に温もりが戻っていく。それと同時にラ・フォリアを襲っていた拒絶の痛みが退いていった。

 

「はい、劉曹」

 

途切れ途切れに呼んだ名前にラ・フォリアは笑顔で答える。次第に劉曹の目に正気が戻っていく。

そして力の奔流が止まり、先ほどとは打って変わって急激に収まっていく。

 

「大丈夫ですか? 辛いようでしたらもう少しこのままでも――といいますかずっとこのままでも……」

 

「いや、大丈…夫……」

 

若干恥ずかしさ交じりに言うラ・フォリア。そこで劉曹は気がつく。彼女の柔らかさに。

 

「――――悪いっ!!!!」

 

顔を真っ赤にしてバッと離れる劉曹にラ・フォリアは惜しそうな表情をする。

もっと、あのままでもよかったのに、そう言いたそうにしていた。

劉曹は抱かれていたときの色々が頭の中で渦巻いていたのか、顔を紅くしてひとこと。

 

「迷惑かけた」

 

「全然迷惑なんてありませんよ。むしろわたし的にはまだ足りないくらいです」

 

自分の失態にただただ紅くなる劉曹。二人の間に妙な空気が生まれる。

 

『…………』

 

劉曹の力を目の当たりにして固まっていた全員が、今度は二人に呆れるような視線を注ぐ。

 

「……姫柊」

 

「なんですか……」

 

代表するように古城が力なく口を開く。雪菜も疲れたように返事をする。

 

「なんで俺らはこんなイチャついているところを見せられないといけないんだ」

 

「見てるこちらも恥ずかしいですよね……」

 

敵を目の前にして繰り広げられた光景に二人はため息をつくしかなかった。

 

 






はい、今回はちょっと短めに終わりです。

ええ、こんなひどい文。さっさと終わらせるに限ります。

次回は少し長めに投稿する予定でふ


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第二十四話


o hi sa shi bu ri death☆

燕尾です。

レポートやらうんやらかんやらで更新が出来ない状況でした。
理系のレポートってなんであんなに面倒臭いのでしょう……?



「――さて、気を取り直さないとな」

 

んんっ、と咳払いをして言う劉曹。その顔はまだ若干赤色に染まっている。しかし、目を閉じて数秒、劉曹の表情は真剣そのものになる。

 

「姫柊、おまえはあの女吸血鬼をやってくれ。俺と古城は夏音を抑える。ラ・フォリアは最初は後ろに下がってろ。それで状況に応じて動いてくれ」

 

自分は何もしなくていいと言われたような気がしたラ・フォリアは少しムッとする。

 

「ですが私が何もしないというのも――」

 

「呪式銃は弾切れだろ? それに隠し玉は知られてないからこそ発揮するもんだ」

 

「……わかりました」

 

ぼそりと耳元でそう言われておとなしく引き下がるラ・フォリア。どこからそんな情報を手に入れたのかは今はあえて問わない。

 

「楠先輩、叶瀬さんを止めるなら叶瀬賢生の持ってる遠隔装置(リモコン)を奪えばいいのでは?」

 

今度は雪菜が提案する。が、劉曹は却下する。

 

「そんなの吸血鬼(コウモリ女)獣人(イヌっころ)がさせてくれないだろ」

 

「そのとおり。あんたの相手はそっちじゃないっての」

 

気怠(けだる)げな口調でぼやきながら、紅い槍を構えるベアトリス。言葉の節々からは怒気が篭っていた。

 

「イチャコラしたり相談したり、目の前で随分と余裕ぶっこいてくれるじゃないの。いい加減こっちもムカついてんだよ」

 

「怒りすぎるとシワが増えて貰い手なくすぞー。あ、でも性格がブスだから相手自体いるわけがないか」

 

その劉曹の言葉が引き金だった。

 

「――っ、"蛇紅羅(ジャグラ)"!」

 

ベアトリスが鬼の形相で叫ぶと深紅の槍が蛇のようにしなって、ありえない角度から劉曹たちを襲う。

 

劉曹たちは大きく後退し、ソレをかわす。そしてそれぞれの役割を果たすために駆け出す。

 

「じゃ、姫柊。あの女は任せた。行くぞ古城!」

 

「はい!」

 

「ああ!」

 

劉曹と古城は夏音に、雪菜はベアトリスに迫る。

 

「串刺しにしてやんな!」

 

ベアトリスはもう一度槍を振るう。先ほどと同様に切先がうねり、あらゆる方向から雪菜に向かう。

 

雪菜は身軽に槍をかわし、ときには"雪霞狼"で迎撃しながら駆け抜ける。

 

雪菜がその奇襲を避けられるのは、一瞬先の未来を察知する剣巫の霊視の賜物だ。

 

「眷獣が、槍の形になるなんて――」

 

「"意思を持つ武器(インテリジェンスウェポン)"ってやつだよ……そうめずらしいもんじゃないだろ?」

 

無感情に告げるベアトリス。雪菜は刺突を繰り返す深紅の槍を迎撃するので手一杯だった。

 

「――っ! しまっ――」

 

あまりの手数に防御に回っていた雪菜だったがついに槍を大きく弾かれてしまった。

 

槍の穂先が雪菜を貫こうとした瞬間、

 

「アリウム!!」

 

白炎をまとった獅子が深紅の槍の穂先を鋭い爪で引き裂く。そして、次々と襲ってくる槍をその巨体からでは想像できない速さで引き裂いていった。

 

「ちっ……余計な邪魔を……キリシマ、あんたなにやってんのよ! さっさとそこの雌豚(メスブタ)を回収しな!!」

 

苛立ったように叫ぶベアトリスにキリシマは面倒臭そうに船から飛び降りた。

 

「はあ……じゃあ、こっちはこっちで仕事を終わらせるか」

 

獣化したキリシマはラ・フォリアへと近づいていく。

 

「そんなことさせると思ってんのか?」

 

声とともに極太の何かが一閃される。

 

その正体は劉曹が従えていた黒竜の尾だった。キリシマは間一髪のところで避ける。

 

立ちはだかる黒竜を見上げながらキリシマは苦笑いする。

 

「これは少し骨が折れそうだ。まったく……使いっ走りのやつにこんなことさせるなよな」

 

「ならさっさと――っ!?」

 

劉曹は唐突にその場から後ろへと跳躍する。その直後、彼のいた場所に閃光が降り注ぎ着弾とともに爆発した。

 

「Kyriiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii――――!」

 

甲高い叫び声が聞こえた方を向くと不揃いな翼を広げ、全身に魔術の紋様を浮かばせている夏音だった。

 

彼女の翼面の眼球が見開かれ、先ほどの閃光を放つ。その狙い先は古城だった。

 

「気をつけろ古城! 完全に狙いはお前だ!!」

 

古城はその場から離れ、閃光をかわすが余波の爆風に吹き飛ばされる。

 

「くそっ――疾く在れ(きやがれ)。"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"! "双角の深緋(アルナスル・ミニウム)"!」

 

身体をうまく使い体勢を立て直した古城は雷光をまとった黄金の獅子と振動の塊である緋色の双角獣(バイコーン)を召喚する。

 

空を浮遊する夏音に紫電と衝撃波の塊が襲う。しかし、夏音の身体を傷つけることはなかった。

 

蜃気楼のように肉体を揺らめかせただけで、すべての攻撃は模造天使をすり抜けていく。

 

「無駄だ、第四真祖よ。今の夏音は、すでに我らとは異なる次元の高みに至りつつある。君の眷獣がどれほど強大な魔力を誇ろうとも、この世界に存在しないものを破壊することはできまい――」

 

「くっ……」

 

哀れみの眼差しで見つめる賢生に、古城はなにも言い返すことは出来なかった。

 

模造天使の六枚の(いびつ)な翼の巨大な眼球が再び古城に向ける。

 

禍々しい閃光が、古城の心臓へと吸い込まれるように放たれる。

 

「ちっ、あのアホ……」

 

「叶瀬――――――っ!」

 

頭上の夏音に手を伸ばしながら、古城が叫んだ。直後、巨大な爆発を巻き起こした。

 

「先輩!?」

 

「古城!」

 

雪菜とラ・フォリアが同時に叫んだ。近づこうにも燃え盛る炎に(はばか)られ、状況が確認できない。

 

「なんだよもう終わりか……世界最強の吸血鬼にしちゃ、ずいぶん呆気なかったな」

 

爆心地を眺めてキリシマは呟いた。生きているならそろそろ黒煙からでてくるはず。しかし、古城はでてこない。

 

模造天使の閃光で肉体ごと消滅したんだろうとキリシマは思った。が、

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、なにやってんだお前は。吼えてもなにも変わらないぞ」

 

「しょうがないだろ……あれぐらいしかすることなかったんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

その声は上空から聞こえた。一つは責める声、もう一つは言い訳の声だ。

 

雪菜とラ・フォリアは声がするほうへ向く。そこには大きな鷹に乗っている劉曹と古城だった。

 

閃光が古城を貫く直前、鷹に乗った劉曹に助けられたのだ。

 

雪菜とラ・フォリアはあの一瞬のうちに古城を救い出した少年と鷹に驚きを隠せない。

 

「お前は考えなさすぎなんだよ。また姫柊に心配かけることになったんだぞ」

 

劉曹は溜息をつきながら古城の頭を叩く。悪かったって、と口を曲げながら謝る古城。

 

すると、二人の脇を閃光がよぎる。古城がまだ生きているとわかった夏音が撃ってきたのだ。劉曹はちっ、と苦しげに舌打ちし、大きく息を吸い込み、

 

「姫柊! アリウムに乗れ! ラ・フォリアはオルタリアだ!」

 

劉曹の判断は早かった。戦闘が始まって間もないが大きな声で二人に後退の指示を出す。雪菜とラ・フォリアは頷き、雪菜は赤い獅子に、ラ・フォリアは漆黒の竜の背に乗る。すると二体の王は神速のごとき速さで島の反対へと移動していった。

 

「古城、一端退()くぞ、このままだと分が悪い。お前の力も必要だ」

 

「俺の力って……まさか……」

 

古城も察したらしく、いやいやいや、と首を振る。古城が新しい力を得るためには当然吸血(アレ)をしなければならないのだ。

 

「俺一人でもどうとなるが、最悪夏音が死にかねない。おまえの中に宿ってる三番目(・・・)が安全で確実だ」

 

劉曹は真面目に言う。古城はうっ、と黙り込んだ。

 

古城はこれ以上――そもそも最初から力を手に入れることに抵抗があった。しかし、いろんな事件に巻き込まれたせいで臨まぬ力を次々と手に入れてしまっていったのだ。

 

そしてなにより、吸血をするのは雪菜かラ・フォリアのどちらかになる。古城としてはすることなく夏音を助けたいのだ。

 

古城の表情から読み取ったのか劉曹はバツの悪そうな顔をしてため息を吐く。

 

「勝手なこと言ったな。とりあえずお前らは退()け」

 

「お前らは……って、劉曹はどうすんだよ!?」

 

古城は声を上げて劉曹に問いかけた。

 

「とりあえず夏音を足止めする。今の模造天使(夏音)の目的は魔族の殲滅(せんめつ)だからな。なら、足止めには俺が最適だ」

 

劉曹は表情一つ変えずにそう言う。そういうことじゃないだろ、と古城は食い下がるが劉曹の意思は変わらない。

 

「はっきり言う、足手まといだ。今のままだとお前らは夏音に殺される。それはおまえが手懐けてる眷獣と姫柊の"雪霞狼(せっかろう)"が効かないことでわかっただろ」

 

それどころか古城に反論の余地を与えないように厳しい言葉を投げかける。

 

古城は再び言葉に詰まる。劉曹の言う通り今のままでは夏音を助けることができないことは自分でもわかっていた。

 

「ならどうすればいい。叶瀬を助けるために俺に出来ることは――」

 

「だから、少しは自分で考えろ。ただ、一つだけ可能性をやるとしたらこれだ」

 

劉曹は古城の胸に手を当てる。古城はなにをするのかわからなく、首をかしげている。

 

「"起動(アウェイクン)"」

 

「――っ!?」

 

古城の全身に電気がはしる。直後、古城は自分の体の中でなにかがたぎっているような感覚に襲われた。

 

「時間制限は一時間、過ぎればまた眠りにつく。後はどうするか古城自身が決めろ。眷獣を解放しないやり方があるならそっちを優先してもいい」

 

「おい、待――」

 

劉曹は言うだけ言って鷹から飛び降りる。

 

古城の制止は虚しく響き、鷹は雪菜とラ・フォリアのあとを追うように去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたものか。今のままだと殺されるだけだし……かといって"あいつ"の手を借りるとなると今後がなぁ」

 

古城たちを安全な場所に退(しりぞ)かせて、空中へと身を投げ一人ごちる劉曹に複数の閃光が襲ってくる。

 

普通の人間ならばそのまま貫かれるはずだった。

 

「空歩!」

 

劉曹は虚空を蹴ってそれを横にかわす。

 

「Kriiiiiiiiiiiiii――――っ!」

 

「――そうだな。渋ってる場合じゃない。行くぞ」

 

夏音は翼を広げ、咆哮する。劉曹にはそれが夏音が助けを求めて叫んでいるようにしか思えなかった。

 

古城がいなくなったいま、夏音は標的(ターゲット)を自分に敵対する劉曹に変え、翼の巨大な眼球を劉曹に向け、何度も閃光を放ってくる。先ほどまでのものとは違い放たれた閃光は剣の形に変え、劉曹に向かっていく。

 

「我、御身の器となりて共に在り」

 

劉曹は最小限の動きで光の剣をかわし、口を開く。

 

「汝に(あだ)なす者、我が身をもって討ち滅ぼさん」

 

言葉を紡いだ劉曹は黄金の輝きに包まれる。少年が放つ神々しい波動に賢生が表情を変える。

 

「神霊武装・天――悪いな、夏音」

 

劉曹は落下の勢いを使って、無防備な夏音を地上へと蹴り落とした。

 

「なんだと……!?」

 

賢生は蹴り落とされた夏音を見て驚愕(きょうがく)の相を浮かべた。高次の存在へと変わりつつある夏音に攻撃を通じさせたことに。

 

「貴様……なにをした?」

 

今まで無感情を貫いてきた賢生の言葉に焦りが(にじ)み出る。

 

「夏音は異なる次元の高みに至りつつある――なら、自分も同じ存在かそれより上になってしまえばいい。至極単純なことだろ」

 

「それは不可能というものだ! 人間が(おのれ)の霊格を一段階引き上げるのに必要な霊的中枢は最低でも13は必要のはず――!!」

 

淡々と告げる劉曹に賢生は異を唱える。しかし、目の前にいる少年は顔色一つ変えずに、

 

「神に近い存在になれるのはなにも魔術儀式だけじゃないだろ」

 

「――っ! まさか自分の身体に神を降ろしているというのか!?」

 

賢生は今度こそ動揺を隠さず劉曹を見てそう叫ぶ。彼はようやく少年のした事に気づいたのだ。

 

「正解。俺はいまそら――最高神天照大神(あまてらすおおみかみ)を身に宿している。簡単に言えば神憑り(かみがかり)だ。まあ、制限付きでかなり限定的だけどな」

 

「馬鹿な、そんなことすれば肉体がもつはずがない! ましてや最高神と呼ばれるものならば尚更……」

 

そこまで言って賢生は一つの答えを導き出した。

 

「まさか……貴様はあの"白炎の神魔"か!?」

 

「だから、その中二病的な二つ名はどうにかならんのか」

 

いい加減その敬称を呼ばれるのもうんざりしてきた劉曹。誰がつけたのかは知らないのだがよくこんなこっ恥ずかしい名前を思いついたのか、むしろ感心してまでしてしまう。

 

「そんなことはどうでもいいのよ。人間のクソガキが……やってくれるじゃない……!」

 

ベアトリスは憎々(にくにく)しげに劉曹を睨んだ。劉曹は無感情な目で見下ろしている。そのことがベアトリスをさらに苛立(いらだ)たせた。すると彼女はポケットから何かを取り出した。

 

「あれは……」

 

ベアトリスがもっていたのは賢生が持っているものと同じような制御端末(リモコン)だった。

 

「本当は隠しておくつもりだったけどしょうがない。さっさとあんたをぶち殺してラ・フォリアを回収にいくとするわ」

 

勝ち誇ったようにボタンを押すベアトリス。すると船から飛び出す二つの影があった。

 

「やっぱりか」

 

劉曹は二つの姿を見て小さく呟いた。

 

(いびつ)で不揃いの四つの翼、そして金属製の奇怪な仮面。

 

模造天使(エンジェル・フォウ)の素体であり"仮面憑き"と呼ばれていた少女たちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劉曹の指示に従った古城たちは島の中央の泉にいた。古城たちを運んできた三体の王たちは自分たちの役目が終わったのか消えるようにどこかに去っていった。

 

「暁先輩!」

 

最後に来た古城の姿を確認した雪菜は傍に寄って来る。ラ・フォリアも後に続いてきた。

 

「楠先輩はどうしたんですか?」

 

「劉曹は一人残って叶瀬たちの相手をしている……」

 

「なっ――」

 

(うつむ)きながら雪菜の問いに答える古城に、彼女は驚いて、

 

「なんで一緒に来なかったんですか!? いくら楠先輩といえど今の叶瀬さんに勝てるはずが……」

 

「落ち着いてください、雪菜。それは古城だってわかっているでしょう。劉曹が言ったんですね?」

 

責めるような口調で言う雪菜をラ・フォリアが制止し、古城に訊く。

 

「ああ、足手まといで、今のままだとただ夏音に殺されるだけだって……」

 

古城は悔しそうに拳を握りそう答える。するとラ・フォリアは何故か満足げに微笑んだ。

 

「今のままだと、ですか。なら……」

 

「えっ――?」

 

「なっ――!?」

 

古城に歩み寄ったラ・フォリアは急に古城の服を脱がせ始めた。

 

「ちょ、なにやってんだあんたは!? ――ってなんであんたまで脱ごうとしている!?」

 

「ら、ラ・フォリア!?」

 

それどころか、彼女は自分のシャツに手をかけてボタンを外し始めたのだ。雪菜も戸惑いの声を上げている。

 

ラ・フォリアははだけた古城の身体にその白い指先をツゥっと滑らせて興味深そうに微笑んだ。

 

「……これが殿方のお身体なのですね」

 

「お、おい……」

 

「劉曹は言ったんですよね? 今のあなた(・・・・・)では、と。ならばやることは必然的に見えてきます。それに先ほど劉曹から何かされましたね? 眷獣が目覚めかかっています」

 

真剣な目でまっすぐ捉えて言うラ・フォリアに古城は言葉に詰まる。

 

ラ・フォリアは優しい笑みを浮かべ、古城の首に手を回し、顔を近づけていく。そして二人の唇が触れ合う瞬間、

 

「――駄目です!」

 

今まで呆然と見ていた雪菜が無意識に叫んだ。古城とラ・フォリアは少し驚いたように雪菜を見る。

 

「雪菜?」

 

「だ、駄目です、ラ・フォリア! あなたがそんなことをする必要はないと思います!」

 

奪うような形で古城とラ・フォリアを引き離し、上擦(うわず)った声でそう言った。しかし、王女は冷静な眼差しで、

 

「わたくしたちと叶瀬夏音、そして彼女のために戦っている劉曹を救うためです。やむを得ません」

 

「それはそう……ですけど、なにかほかの方法があるかもしれませんし……」

 

頼りなく呟く雪菜を見返して、ラ・フォリアが淡く微笑んだ。

 

「心配してくれてありがとう。でも、わたくしは大丈夫です。やるべきことをやれる人がいる。なら、それを行うのは当然のことではありませんか?」

 

健気な王女の物言いに、雪菜はわずかに気圧される。

 

ラ・フォリアの言っていることは正しい。彼女はこの場にいる全員を救うための最善の方法を取ろうとしているに過ぎないのだ。目の前にいる王女は今までも、そしてこれからも常に最善を尽くすために自分を捧げることを(いと)わないだろう。しかし――

 

「なら――ならわたしがやります。わたしは第四真祖の監視役ですから!」

 

今度こそ古城を自分のほうに引き寄せ、宣言する雪菜。

 

ラ・フォリアは少し驚いたように目を瞬くも、すぐにいつものような微笑を浮かべ、

 

「わかりました、雪菜。では、この場はあなたに任せます」

 

あっさりと頷いた王女に雪菜は、ぽかんと、気の抜けた表情を浮べた。

 

「古城、あなたは叶瀬夏音を救いたいですか?」

 

そんな雪菜を置いて、ラ・フォリアはもう一度古城を見つめ問いかける。

 

「……ああ」

 

少し遅れて答える古城。しかし、ラ・フォリアはそのことを咎めはしなかった。

 

「ならば迷ってはいけません。あなたが出来る最大限のことをするのです。後悔の無いように」

 

優しく諭すような口調に古城は、はっ、として、ラ・フォリアを見た。彼女は無邪気な笑顔を浮かべ、

 

「やっとわたくしをちゃんと見てくれましたね。それでは古城、またあとで。ごゆっくり」

 

そう言ってラ・フォリアは森の奥に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、統率されてる分、夏音より厄介だな」

 

劉曹は苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちをして、空中で"仮面憑き"二体の攻撃をあしらっている。

 

「"蛇紅羅(ジャグラ)"! さっさとそいつの身体をぶち抜いてやんな!」

 

ベアトリスの槍の形をした眷獣の穂先が隙を突くように死角から劉曹に殺到する。

 

しかし、劉曹を貫こうとする瞬間に槍が弾かれる。

 

「なっ――」

 

驚愕の表情を浮べるベアトリス。そんな彼女を呆れたように眺める劉曹。

 

「頭悪いんじゃないのか? さっき丁寧に説明してやったってのに」

 

劉曹は身体を捻りかわした後、手刀で穂先を裁つ。その直後、夏音の翼から光の刃が放たれる。

 

「空歩!」

 

虚空を蹴り光の刃を横にかわし、劉曹は攻撃に転じる。

 

ベアトリスとの距離を肉薄にし、無防備な彼女の腹部に掌底を打ち込む。神の力を宿した劉曹の攻撃はベアトリスを無力化するまでのダメージを与えた。が、

 

「手加減しすぎたか。やっぱりまだ制御するには厳しいな」

 

手を握ったり開いたりして調子を確認しながら蹲っているベアトリスを無機質な目で見下ろす。

 

「安心しろ、死ぬようなことはしない。殺したところで意味もない」

 

「ぐっ……このあたしが、あんたみたいな人間のガキなんかに……」

 

一撃でダウンしたことに混乱し、喀血しながらベアトリスはうめく。

 

「吸血鬼が恐れられているのは膨大な魔力を持ち、眷獣を使役することができることにある。だが……」

 

劉曹は今にも倒れそうな彼女を冷え切った目で見ていた。

 

「俺から言わせれば虎の威を借る狐ってやつだ。脅威なのは眷獣であってお前たちじゃない。それだけだ」

 

劉曹は淡々と告げ、止めを刺すべくベアトリスの顔面目掛けて拳を振りぬく。

 

「そうは問屋が降ろさないってな」

 

ベアトリスと劉曹の間に入って劉曹の拳を防いだキリシマは顔を歪める。吸血鬼よりも身体能力の高い獣人である彼でも劉曹の攻撃は確実に深手を負うものだった。

 

「なんて力だよ。腕が折れちまったじゃねえか、ちくしょう。おいBB、早くしろ!」

 

「いまやってるっつーの」

 

腕をぶらりと下げて苦笑いしながらキリシマはベアトリスに問いかける。彼女は制御端末(リモコン)を弄っていた。

 

「っ! 邪魔だ!!」

 

劉曹は軽く舌打ちをしてキリシマを蹴り飛ばし、立ち直りかけているベアトリスへと迫る。これ以上"仮面憑き"の少女たちを彼らたちの好きにはさせてはいけない。

 

彼女から制御端末(リモコン)を奪うため追撃をかける。しかし、届く直前に指示を受けた"仮面憑き"二体がベアトリスの目の前に立った。

 

「ちっ……」

 

小さくうめき"仮面憑き"に当たる既の所で追撃の手を止める、止めてしまった。

 

「――っ」

 

最初から捨て駒にするつもりだったのか二体の"仮面憑き"の鉤爪の腕が劉曹の腹部に伸ばされていた。そして腹を交差するように貫いた。(まと)っていた光が消えかかり、その場に崩れ落ちそうになる劉曹を見てよろめきながら立ち直ったベアトリスは口角を吊り上げた。

 

「随分と優しいじゃないの、クソガキ」

 

「そういうおまえは……優しくねえな。命を大事にしないとバチあたんぞ、ババア」

 

腕を抜かれると同時に、ごぼっ、と血反吐を吐き出してしまう。

 

攻勢が逆転したと思っているのか、劉曹の嫌味にも余裕を持って返すベアトリス。

 

「そんなもん知ったこっちゃねーんだよ。あんたらみたいなのはこういうことでしか役に立たないんだから、黙ってあたしらに従ってればいいんだよ」

 

「救いようのないクズだな……それと」

 

気怠げな口調で言うベアトリスに劉曹が嫌悪を込めて言い返す。そして、"仮面憑き"の頭に手を添えて、

 

「お前らも何時までも言いなりになってんじゃねーよ!!」

 

思い切り顔と顔をぶつけた。

 

その衝撃に耐えられず仮面が砕け散る。仮面が無くなったことによりベアトリスたちの制御下から離れた少女たちは文字通り憑き物が落ちたように眠りについた。

 

貫かれた腹部からは大量の血が流れ出ている。治癒術も使えないことはないが、時間がかかり過ぎてしまう。なにより夏音や、ベアトリスたちがそれを許さないだろう。

 

「はぁ、ここ最近血を流しすぎだな。――わかってる、大丈夫だ。あいつらは別になんともない。厄介なのは夏音だ」

 

「ふん、そろそろ終わりにしましょうか。最期は大事なお友達に殺されな」

 

ベアトリスはそういって空を見上げた。そこには翼の眼球を劉曹に向けて空に漂っている夏音。光の剣が劉曹目掛けて発射される。

 

避けようとする劉曹だったが、数日の間で血を失いすぎたせいか一瞬視界が揺れる。それが仇となった。

 

放たれた閃光が腕や足などの節々を貫き、爆風で劉曹の身体が吹き飛ぶ。

 

貫かれた肉体はズタズタに引き裂かれ焦げ臭い匂いが漂っている。

 

「ぐっ……」

 

強烈な痛みが襲うが、劉曹の命はまだこの世に留まっていた。しかし、もはや虫の息程度で意識も朦朧(もうろう)としている。

 

夏音は虚ろな瞳で動かない劉曹を見下ろしている。その瞳からは深紅の涙が流れていた。

 

そして、止めを刺すべく閃光を放つ。が、それは劉曹の身体から離れたところに着弾した。それから何度も閃光を放つが、劉曹に当たることはもうなかった。

 

「どうしたXDA-7。早く止めを……っ!?」

 

今まで黙っていた賢生が夏音の異変に気づいた。夏音の身体に浮かんでいた魔術紋様が薄れ、瞳に正気が戻りつつあったのだ。

 

「どういうことよ、叶瀬賢生」

 

苛立ちを隠すことなくベアトリスは賢生に問いかける。

 

「わからん。おそらく、あの少年――"白炎の神魔"が夏音をこの世界に繋ぎ止めている大きな存在となっているのかもしれん」

 

「ちっ……面倒くさい。"蛇紅羅(ジャグラ)"、 今なら殺れるわ。さっさとそいつに止めを刺しな!」

 

ベアトリスは深紅の槍の眷獣を呼び、劉曹に向かって振るう。槍が伸び、複数の穂先が劉曹を貫こうとした瞬間、

 

「させるかああああ!!」

 

叫び声と共に雷球が飛来した。黄金に輝くその球は槍の穂先をすべて焼き切った。

 

「劉曹! 無事か!?」

 

森から飛び出した古城は劉曹を庇うように前に立つ。

 

「大…丈夫に……見え……か」

 

息絶え絶えに悪態をつく劉曹。

 

「楠先輩、しっかりしてください!」

 

「落ち着きなさい雪菜、まず止血します!」

 

あとから駆けつけた雪菜とラ・フォリアは劉曹の元に駆け寄り、応急処置を施そうとする。

 

「無駄なことさ、そいつはもうすぐに死ぬ。そのくらいは状態を見ればわかるだろう?」

 

ベアトリスは嘲笑うかのように言い放つ。周りを見ると劉曹のものと思しき血が浜辺をべっとり赤色に染めている。

 

誰の目から見ても劉曹が助からないことはわかりきっていた。

 

「ラ……フォリ……ア、姫…柊」

 

喀血しながらも劉曹は身体を起こそうとするが思うように身体が動かず身動ぎしている。

 

「楠先輩。無茶をしないでください!」

 

すぐさま身体を支える雪菜。そもそもどうして死にかけの状態で身体を動かせるのか雪菜は不思議に思う。

 

だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。早くどうにかしなければ、目の前の少年の命は尽きてしまう。

 

いや、もう尽きるのだろう。呼吸も浅くなり脈もかなり弱まっているのだ。

 

「わ、る……い……」

 

ただ一言の謝罪が劉曹の口から漏れる。それがどんな意味を持っているのか二人は理解した。

 

「かっこ……わるい……な……このざま……じゃ」

 

「そんなこと聞きたくありません!!」

 

「そ……ら……ね……」

 

「劉曹、しっかりしなさい! わたくしを二度も置いていくなんて、許しません!!」

 

ラ・フォリアも叱咤するが劉曹はもはや反応せず、虚ろな目で空を眺めているだけ。

 

「先輩……楠先輩……? あ、ああ……」

 

劉曹の身体を支えていた雪菜が嘆く。

 

今まで身近な死を経験したことがない雪菜には堪えられるものではなかった。ラ・フォリアも目に涙を滲ませ、悔しそうに唇をかんでいる。

 

「劉曹……くそっ!」

 

昂ぶる気持ちを古城は必死に抑える。このまま、怒りに任せて力を振るえば雪菜やラ・フォリアまで危ない。

 

だが、抑えきれない力が身体から漏れ出す。溢れ出た魔力が周囲の空間を削り取るように飲み込んでいく。

 

もうもたない、そう思ったとき、

 

 

 

『まったく仕方が無いな、劉曹は。死んだら元も子もないじゃない』

 

 

 

響いたのはこの場にいない第三者の女の声。その直後、劉曹の身体が光り輝く。その光は劉曹が"仮面憑き"や模造天使と戦っているときのものと非常に似ていた。放たれた光は古城の魔力を無効化していき、飲み込まれていった空間が元に戻っていく。

 

 

 

『このまま向こうで劉曹を愛でるのもいいけど、まだこの世界を楽しみたいからね。私が一肌脱いで挙げる』

 

 

 

「誰だ? 一体どこから――うおっ!?」

 

古城の問いかけを遮るように光が弾け飛んだ。

 

目蓋が真っ白に焼かれて、何も見えなくなる。

 

「くっ!」

 

「一体、なにが起こっているのですか!?」

 

雪菜とラ・フォリアも同じように目が眩み、動揺していた。

 

視界が晴れると同時に目に映ったのは艶やかな長い黒髪の女性。整った顔は美しさと同時に元気溢れる可愛さを兼ね備えてるような人だった。いつの間にか雪菜の手から劉曹を離して抱きかかえていた。

 

「相変わらず劉曹は敵にも甘いようね。まあ、そんな所も愛おしいんだけど」

 

なんともいえない苦笑いをしながらいう女性。その声はどこか神々しさを含まれている。

 

「そこのあなた」

 

「は、はい。なんでしょう……?」

 

指名された古城は思わず敬語で返す。怪しさ全開で初対面のはずなのだが、彼女には絶対に逆らえない雰囲気があった。その証拠に突然現れた彼女以外、誰一人として動けていない――。操られている夏音ですら、微動だにしないのだ。

 

「ちょっと劉曹を借りていくよ。戻ってくるまでの間、あれらの相手よろしくね」

 

「あ、ああ」

 

少なくとも敵ではないことに安心し、頷く古城。

 

それだけを確認した女性は劉曹と共に虚空へと消えていく。

 

その場に残された全員は突然のことにただ立ち尽くしていた。

 

 

 





do u de shi ta?

初めて一万字以上書きました。

久しぶりなので内容におかしな部分が合ったら教えてください。

次はもう少し早めに……うん。


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第二十五話


更新は二ヶ月ぶりです。大変申し訳ありませんでしたぁ!

テストにバイト、その他諸々で更新できなかったというのもあります。

申し訳ございません。

第二十五話目です。どうぞ楽しんでください。



 

 

「……ん、なんだ?」

 

生暖かい感触を体中に感じた劉曹は目を覚ます。その瞬間、劉曹は絶句した。

 

「まったくいっつも無茶ばっかりして、今回は特にひどいよ!!」

 

意識が完全に覚醒した劉曹に対して唐突に説教を始めたのは全裸の女性。しかも、劉曹と同じように寝転がって足を絡ませるようにして、正面から抱きしめていた。

 

「……」

 

だが、劉曹は何も答えない。と、言うより答えることができないほど唖然としてた。

 

「しかもここ数年間、全然会いにきてくれなかったからすごく寂しかったし」

 

女性は頬を膨らませていかにもな怒っているアピールをする。

 

「……」

 

「ちょっと、無視は良くないよ」

 

「…………ろ」

 

搾り取るように言葉を発する劉曹。しかし、よく聞こえなかったようで女性は首をかしげる。

 

「なに?」

 

「いいから服を着ろおおおおおおおおお!!」

 

劉曹は我慢ならずに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を失った劉曹が目を覚ましていた場所ははまっさらな純白の世界だった。

 

目を覚まして早々に絡んできた女性はなぜか裸だった。劉曹に怒鳴られたその女性は口を曲げて手を振りかざす。すると、(またた)く間に衣服が女性を包み込む。

 

「相変わらずだな、天照大神(あまてらす)。てかなんで巫女服なんだ?」

 

劉曹は問いかけながら女性の名を口にする。

 

天照大神(あまてらすおおみかみ)――明治時代以降に日本で最高神の高位に位置づけられた太陽を神格化した神であり、皇祖神の一柱。

 

「その名前で呼ばないでよー。ちゃんと劉曹が付けた名前で呼んでほしいな」

 

「……」

 

神はぷくっと頬を膨らませて劉曹に抗議する。その姿はとても神とは思えないものだった。

 

「ねえってばー」

 

反応しない劉曹にもたれかかる神。劉曹は疲れたように溜息をつく。

 

「わかったよ。わかったから離れてくれ――空音(そらね)

 

空音――そう呼ばれた神は満足そうに微笑み、ぴょんと劉曹から離れる。劉曹はどこか感慨深そうに辺りを見回す。

 

「こういう形で幽世(ここ)にくるのは初めてになるのか……」

 

「そうだよ」

 

空音は劉曹の呟きに首肯する。しかし、どこかその様子がおかしかった。

 

「……空音?」

 

「ほんと――なんで死んで(こんな形で)こっちに来ちゃうのかなぁ、劉曹?」

 

呟いた劉曹に空音は笑いながら問いかける。

 

「そ、空音? 目が笑ってないぞ」

 

「笑えると思う?」

 

その一言だけで劉曹は悟った。目の前の神様は怒っている、と。

 

「劉曹が優しいのは昔から知ってた。でも、その優しさが今は甘さになってない? わかってる? あの時、わたしの名前を呼んでなかったらもう終わってたんだよ?」

 

「それは」

 

「傷つけずに救おうだなんておこがましいにも程があるよ、人間」

 

低く、有無を言わせない言葉が劉曹に突き刺さる。

 

「劉曹は他より飛び抜けた力を持っているけど、なんでも出来るわけじゃない。君は(わたしたち)じゃないんだし、そこのところを勘違いしちゃ駄目だよ」

 

「ああ……そうだな。悪かった」

 

目を伏せながら、劉曹は空音の言葉を噛み締める。

 

今まで周りの心配を余所に大丈夫、何とかなると言い聞かせていた。そして、実際それで何とかなっていた。

 

しかし今回は違う。取り返しのつかないほどの失敗だった。

 

自分一人でもどうとでもなる、そんな慢心が心の中であったのだ。

 

劉曹はそのことを反省する。

 

「なあ、空音」

 

気まずそうに言う劉曹。

 

これから言うことはあまりにも自分勝手なこと。そして、それを通そうとしようとする自分に嫌悪してしまう。

 

「あの女の子を助けたいんだよね」

 

しかし、空音はすべてわかっているという風に言った。本当に彼女には頭が上がらなくなる。

 

「でも大丈夫? これ以上わたしの力を使うのなら、それなりの代償があるんだよ。加えて、わたしから引き出すということはあなた本来の力が戻り始める」

 

「ああ、覚悟は出来ている。もう迷わないし、間違えない」

 

迷いなく答えることに神は優しい笑みを浮かべ、劉曹をぎゅうっと抱きしめた。

 

「お、おい……」

 

「ふふふ、やっぱり劉曹は優しいんだね。十年前、わたしと初めて会ったときもそうだったよね」

 

抱きしめられて戸惑っている劉曹の頭を優しくなでる。劉曹は気恥ずかしさから顔を逸らす。

 

「気のせいだ。というか早くしてくれ」

 

「もうわかったわよ、久しぶりに会ったのにそんなに()かさなくてもいいじゃない」

 

空音は不満そうにして手を振りかざす。その直後、二人の足元が光で包まれ始め、上へと迫ってくる。

 

「まあいいわ。あなたへの身体の影響は最小限に抑えるようにしてあげる。でも、完全ではないから覚悟はしておいてね」

 

「さっきも言ったが覚悟はできている。ありがとな」

 

「なにが?」

 

感謝の言葉を言った劉曹に空音はきょとん、と見つめる。しかし、彼はすぐにそっぽを向いて、

 

「いや、なんでもない」

 

「なによー、教えてくれてもいいじゃない! 珍しい言葉を聞けたんだから」

 

「な、なんでもないって! そろそろ時間だ、行くぞ」

 

「了解!」

 

そして、光は強さを増し、二人は純白の世界ごと包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー……怠っ! 余計な手間ァかけさせてんじゃねーわよ、第四真祖!」

 

ベアトリスが、制御端末(リモコン)を弄る。

 

すると船から新たな"仮面憑き"が二体飛び出し、唐突に古城へと無数の光剣を乱射し始める。

 

「――邪魔だ」

 

古城は振り返りもせずに、飛来する剣を無造作に右手で受け止める。それだけで、いびつな光剣はすべて消滅した。

 

「……おい、どういうことだよ、BB!?」

 

それを見たキリシマは、話が違うじゃねーか、といわんばかりの顔で隣にいる女吸血鬼に訊く。

 

「知らねーよ! さっきのクソガキといい、第四真祖といい舐めた真似しやがって……!」

 

ベアトリスは声を荒げて叫ぶ。顔は屈辱の怒りで(ゆが)んでいた。だが、その顔はすぐに勝ち誇ったような不適なものに変わった。

 

「いいのかい? お仲間ががら空きだよ!!」

 

ベアトリスは制御端末(リモコン)をすばやく操作する。"仮面憑き"は光剣を古城から離れて仮面憑きだった少女たちをを介抱しているラ・フォリアへと放った。

 

「なっ――!?」

 

古城は驚愕する。だが、それは当然のことだった。ベアトリスたちにとってはもうつかえることのない少女たちを生かす理由もない。ラ・フォリアと共に少女たちも処分しようとする。

 

「ラ・フォリア! くそっ――!」

 

急いで、駆けつけようとするが、夏音が光剣を乱射しきて、防ぐのに精一杯だった。

 

そして、ラ・フォリアが為す統べなく爆炎に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、どうやら間に合ったようだな」

「(間一髪ってやつかな? 大丈夫?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

声と共に爆心地から風が吹き荒れる。

 

嵐のような風は炎と黒煙を吹き飛ばし二人を守るように渦巻いていた。

 

「悪いな心配かけて。もう大丈夫だ」

 

劉曹はそういって、自分の腕の中にいるラ・フォリアに優しく微笑みかける。

 

「劉曹? 本当に劉曹なのですか……?」

 

王女はまっすぐ劉曹をみて返す。

 

「ああ、偽者でも幽霊でもない。心配かけて悪かった」

 

「いえ、信じてました。あなたは約束を違わないと」

 

そういって微笑み返してくるラ・フォリアに劉曹はバツが悪そうに苦笑いする。

 

もう少しでその約束を違える所だったなんて口が裂けてもいえない。誤魔化すようにラ・フォリアの頭を撫でる。

 

「――っ!!」

 

最初こそ気持ちよさそうにしていたが、置かれている状況を理解したラ・フォリアは茹蛸のように顔を真っ赤にさせた。

 

横たわっているような体勢の自分を抱きかかえている――いわゆるお姫様抱っこである。

 

「どうした?」

 

不思議そうに顔をのぞいてくる劉曹。吐息がかかるほどの近さに劉曹の顔があることにラ・フォリアはさらに顔を赤らめた。

 

「イチャイチャしてんじゃねーよクソビッチどもが!」

 

ベアトリスは"仮面憑き"に指示を飛ばし、劉曹たちに光剣を飛ばさせる。ラ・フォリアを抱えた劉曹はピクリとも動かない。

 

二人を貫くと思われた光剣は目の前で消滅した。それでも諦めずに二人の"仮面憑き"は劉曹たちに向けて連射する。しかし、二人には当たらずに目の前で消滅する。

 

「無粋な奴らだな。ラ・フォリア、俺は古城と一緒に夏音を助ける。メイガスクラフトの連中を任せても大丈夫か?」

 

「はい、わたくしのことは気遣い無用です。存分に、劉曹」

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

ラ・フォリアをおろして、古城と雪菜の元に駆け寄る。

 

「姫柊、お前もメイガスクラフト(連中)を頼む。ベアトリスが持ってる制御端末(リモコン)を奪えば"仮面憑き"も止められる」

 

はい、と力強く頷いて、雪菜はベアトリスたちのほうへと駆け出した。

 

「"蛇紅羅(ジャグラ)"っ!」

 

雪菜の接近に気づいた女吸血鬼が、舌打ち交じりに眷獣の槍を構えた。

 

自由自在に形や長さを変え、あらゆる角度から雪菜へと殺到する。雪菜は槍で迎撃しつつ槍をかいくぐり、

 

「――若雷(わかいかずち)!」

 

零距離で、呪力をこめた肘打(ひじう)ちを女吸血鬼の無防備な脇腹に叩き込んだ。

 

「――(ゆらぎ)よ」

 

それだけでは終わらず雪菜はよろめいているベアトリスの頭に掌打を打ち込む。

 

脳を揺さぶられれば脳震盪(のうしんとう)を起こす――それは人外の魔族といえども例外ではなかった。

 

一瞬意識が飛んだベアトリスから雪菜は携帯電話型の制御端末(リモコン)を奪い取る。

 

「冗談……だろ。こんな小娘が素手で、あたしを……」

 

「眷獣は確かに強力ですが、あなたが強いわけではありません」

 

劉曹と同じことを口にされたベアトリスは屈辱と怒りで表情を歪ませていた。

 

「ロウ――!」

 

追い込まれた女吸血鬼は部下の名を叫ぶ。王女を捕らえ人質にし、三人を(なぶ)り殺す。そう考えた。が、

 

「ハ……ハハッ……なんだよ、そりゃ……完璧に(だま)されたぜ、畜生」

 

()まし討ちをしたような言われ方は心外です」

 

人の姿へと戻り、鮮血を吐きながら倒れこむキリシマを、呪式銃を構えたままの姿勢で冷酷に見下ろすラ・フォリア。銃の先端に取り付けられた銃剣(バヨネット)が彼の胸を貫いたのだ。

 

「雌豚一匹絞められねーのかよ、このカス野郎……!」

 

血まみれで倒れる部下を苛立たしげに叫ぶベアトリス。雪菜の攻撃で平衡感覚を失った彼女はどうにか立ち上がった。しかし、足取りはおぼつかず、それだけで精一杯の様子だった。

 

雪菜は警戒し攻撃の構えを取るが、ラ・フォリアが制止した。自分が片を付けるから手出しは無用、と目配せしながら。

 

「やってくれるじゃないの……小娘ども。商売なんざ知ったことか、全員ぶっ殺してやる……!」

 

女吸血鬼の手中に、再び深紅の槍が現れる。宿主の怒りに呼応してなのか、槍方の眷獣は、いくつもの鉤爪や逆棘を生やした凶悪な姿へと変わっていた。

 

「まずはおまえからだ、雌豚ァ! 串刺しにして腹腑(はらわた)引きずり出してやる!」

 

ベアトリスは絶叫し、槍を振るう。彼女の眷獣が幾筋にも枝分かれしながら、王女へと殺到する。

 

「――我が身に宿れ、神々の娘。軍勢の守り手。剣の時代。勝利をもたらし、死を運ぶ者よ!」

 

ラ・フォリアの口から紡がれた美しい祈りの詩。

 

その詠唱が終わる前に、ラ・フォリアの銃剣(バヨネット)が閃光に包まれる。王女は太陽のような温かい光を放つ剣を一閃した。

 

「ヴェルンド・システムの擬似聖剣……!?」

 

自分の眷獣を(ほふ)った光の剣をベアトリスは凝視し、

 

「馬鹿なっ、そいつは精霊炉を備えた母船が近くになきゃ……――っ!」

 

彼女は自分が持っている情報をすべて言い終える前に気づいたように言葉を切った。

 

「……まさか……精霊を召喚したのか……自分の中に!?」

 

「ええ。今は、わたくしが精霊炉です。ベアトリス・バスラー――」

 

自らの肉体を精霊の依代(よりしろ)とし、膨大な霊力を操りながら、王女は高々と剣を掲げた。

 

「騎士のみならず、非戦闘員にまで手にかけたあなたの所業――ラ・フォリア・リハヴァインの名において断罪します。我が部下たちの無念、その身で思い知りなさい」

 

劉曹と雪菜に深手を負わされたベアトリスが、ラ・フォリアの攻撃を避けられるわけもなく、魔族の天敵である聖剣で袈裟懸(けさが)けに切り倒される。

 

ちくしょう、とだけ呟き、ベアトリスはそのまま動かなくなった。

 

ラ・フォリアは空を見上げる。そこには交差する二つの閃光。人ならざるものへと変わりつつある少女を救うために戦っている少年たち。

 

「信じていますよ、古城、劉曹」

 

彼らなら必ずやってくれる、と心に刻み王女は静かに行方を見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古城と軽い打ち合わせをした劉曹は空を舞っていた。

 

「Kriiiiiiiiiiiiiiii――――!」

 

深紅の涙を流しながら絶叫し、劉曹と古城の両方に向けて閃光を乱射する。劉曹は虚空を蹴ってかわし、古城は手を振りかざして光の剣を消滅させる。

 

「待ってろ夏音、すぐに助ける――空音」

 

(ええ、わたしの力はあんなまがい物とは違うところを見せてあげる。)

 

再び黄金の輝きを纏う劉曹。しかし、始めのものとはなにかが違っていた。輝くだけでなく全てを浄化するような暖かさがあった。

 

「いくぞ、神霊武装・神」 

 

(うん!)

 

劉曹は虚空を蹴り夏音の背後に回る。

 

"仮面憑き"の状態だったときと違い、人の身体をも貫く鉤爪が無く、接近戦ができない模造天使(夏音)は劉曹から距離をとろうとする。しかし、霊的進化だけさせた霊媒の強い夏音ではスピードで劉曹に勝てるはずも無く、肩翼両断される。

 

「古城!」

 

劉曹は地上にいる古城に向けて叫びその場から離脱する。コクリと頷いた古城は左腕を天に突き出し、

 

「"焔光の夜伯(カレイド・ブラッド)"の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の(かせ)を解き放つ――」

 

突き出した腕からは鮮血が迸り、徐々にその血が魔力の波動へと変わっていき実体を持つ形へと変化していった。

 

「――疾く在れ(きやがれ)、三番目の眷獣"龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)"!」

 

出現したのは龍だった。緩やかに流動してうねる蛇身、鉤爪を持つ四肢、そして禍々しい巨大な翼。水銀の鱗に覆われた蛟龍だった。それも、二体――

 

「叶瀬、今そこから引きずりおろしてやる」

 

古城が呟くのと同時に双頭龍は模造天使へと襲い掛かる。

 

「Kriiiiiiiiiiiiiiii――!」

 

残った肩翼から、古城の眷獣に向けて、模造天使(エンジェル・フォウ)が光剣を放つ。

 

だが、龍たちは、それぞれ巨大な(あぎと)を開き、その奥の底知れぬ深淵へと光の剣を?みこみ、一片の欠片も残さずに消滅させる。

 

「やれ、"龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)"!」

 

二体の龍たちは残った模造天使(エンジェル・フォウ)の肩翼を喰いちぎる。

 

翼力を失った夏音は垂直に落下する。

 

「劉曹、頼んだ!」

 

交代といわんばかりに大声で叫ぶ古城。劉曹は一直線に落ちる夏音の元へと翔ける。彼女に触れようとしたまさにその瞬間、

 

「なっ――!?」

 

夏音は凄まじい閃光を放ち、劉曹を弾いた。体勢を立て直し向き直ると、夏音の千切れた翼の断面から神気の炎が噴き上げていたのだ。

 

「危ねェ、この力が無かったら、一瞬で死んでたな」

 

(本当よ、気をつけてよね。そうそう幽世から連れ出すことは出来ないんだから)

 

呆れたように呟く神に悪いと一言謝る劉曹。

 

ふわりと浮き上がり劉曹たちを見下ろす夏音を見て、劉曹は冷静に分析する。

 

「夏音の霊的中枢を引きずり出すしかないか。それも賢生の施した魔術を無効にして」

 

できるか? と、うちにいる神に問いかける。

 

(馬鹿にしてるの? 所詮は人の子がやったこと。わたしがどうにか出来ないはずが無い)

 

自信満々に答える神に劉曹は軽い笑みをこぼし再び模造天使へと向かう。

 

もはや暴走気味に、無数の光剣を無差別に放っている。劉曹はお構い無しに夏音へと突っ込み、

 

「ごめんな」

 

それだけを言って、光を纏っている腕で掌打を夏音の腹部へと叩き込んだ。

 

身体の空気をすべて吐き出すように夏音の身体はくの字に折れ、淡い光に包まれる。それと同時に夏音から三対六枚の翼が離れた。制御の術を失った霊的中枢が暴走する。

 

落下する夏音を今度こそ受け止め、古城へと目配せする。

 

「古城、終わらせろ」

 

「ああ――喰い尽せ、"龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)"!」

 

飛来した巨大な二つの(あぎと)が、全てを呑みこんだ。金色の輝きが消滅し、あふれ出していた神気が消失する。

 

「終わったな……」

 

夏音を抱えたまま劉曹は賢生の前に着地し、座り込んでいる彼を見下ろした。

 

「ああ、そのようだ」

 

賢生は喪失感に満ちた目で劉曹を見上げる。

 

「あんたがしたことは許されることじゃない。自分の価値観を押し付けて、何人もの命を危機に晒した。そして、何よりも夏音がしたくないことをあんたはさせたんだ」

 

劉曹は少し怒気のこもった声で言った。賢生は黙ったまま夏音を見る。

 

「なぜ、こんなことをした?」

 

「娘を大事に想い、幸福を願わない親がいるかね?」

 

「本当にそうだったのか……?」

 

「なに……」

 

すぐさま否定された賢生は少し怒りが混じった目で劉曹を睨む。劉曹は落ち着いた様子で、

 

「いや……親として曲がりなりにも(夏音)のことを大事に想い、幸福を願っていたのは間違いないだろう。だが、それは建前だったんじゃないのか? 本当は――あの御方を滅ぼすためだろ」

 

劉曹が言った言葉に賢生は息を呑む。その反応を見た劉曹はやっぱりな、と軽いため息をついた。

 

知りたいことを知れた劉曹は賢生に背を向け、古城たちの元へと歩き始める。

 

「きみはどうするんだ"白炎の神魔"」

 

問いかけられた劉曹は立ち止まる。しばらく黙り続けたが、やがて賢生のほうを向き、

 

「なるようになるだろ。それに、俺はもう立ち止まってはいけないんだ。それに――」

 

劉曹は古城たちに視線を向ける。古城たちはようやく来た救助船に手を振っている。

 

「いざとなれば()ってくれるやつがたくさんいるさ」

 

それだけを言って今度こそ劉曹はその場を去っていった。

 

 





いかがでしたでしょうか?

久しぶりの更新なんでおかしなところとかがあったら教えてください

「ラブライブ」の二次も書き始めたので興味のある人はぜひ見てください。

では、また次に(・ω・)ノシ


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天使炎上編後~幕間
第二十六話




お久しぶりです。二十六話目です。
どうぞ楽しんでいってください。





 

 

「楠、お前あの力を使ったな?」

 

沿岸警備隊(コースト・ガード)の巡視船で救助に来た(那月)がついて早々ギラリと(劉曹)を睨みつけていた。

 

「いや……あのですね……」

 

プルプルと小刻みに震える(劉曹)。しかし、小動物なりの最後の抵抗を見せる。

 

「那月ちゃんが感じたものはまったく別の「使ったな?」――はい」

 

ウサギがトラに喰われた瞬間である。

 

(まあまあ、那月ちゃん。そんな怒らないで)

 

「やっぱりいたか、駄神(だしん)

 

呆れたように呟く那月。この二人―― 一人と一柱はある一件で知り合っているのだ。

 

(ちょっ、最高神に駄神(だしん)ってひどくない、那月ちゃん!?)

 

那月の脳内に直接語りかけ叫ぶ空音に、彼女は鬱陶(うっとう)しそうに顔をしかめ、

 

「わたしをちゃん付けで呼ぶな!」

 

持っている扇子を劉曹の頭に振り下ろした。人間が出さない音を出した劉曹は悶絶する。

 

「何で俺が叩かれるんだ……」

 

「楠、気をつけておけ。おまえが大きな力を使うほど正体がばれやすい。あまりにもお前が力を使うようなら、獅子王機関の連中(あいつら)も黙ってはいないだろう」

 

「ああ、わかってるよ」

 

(わたしと劉曹なら誰にも負けないよ)

 

返す劉曹たちに那月はふっと笑みをこぼす。

 

「ならいい、この件の後始末は特区警備隊(うち)とあそこの舞威媛がやる。お前はせいぜい言い訳を考えておくんだな」

 

言い訳? と、意味がわからなかった劉曹は聞き返す。しかし、那月はそのまま巡視船へと入っていった。

 

「どういうことだ?」

 

(さあ? わたしは劉曹が来るまでずっと"あっち"ですごしてたから。"あっち"、ですごしてたから)

 

言葉を強調し、不機嫌そうに答える空音。劉曹は軽く溜息をつく。

 

「悪かったよ。ここ数年、色々あったんだよ。たまに見てたからわかってるだろ」

 

(それはそうだけど、もう少しわたしに頼ってくれたっていいじゃない……)

 

神様はしょんぼりと語気を弱めていく。

 

「それじゃ、駄目だったんだよ。空音の力を借りず、自分でやらないと……」

 

「一人でなにを言っているのですか?」

 

すると、いきなり後ろから声をかけられた。

 

「ら、ラ・フォリア!?」

 

空音との話で近づいてくるのがわからなかった劉曹は突如現れた王女に驚いた。

 

「悪い、またあとでな」

 

(もーーーー!!)

 

ギャーギャー喚いている神様をおいて、劉曹はラ・フォリアのほうに向き直る。

 

「どうしたのですか?」

 

慌てていた様子を不思議に思ったのか、王女は問いかける。

 

「なんでもない。それより夏音の容態はどうだ?」

 

「劉曹が治癒をかけてくれたので命に別状はありませんがまだ少し衰弱しています。そのほかのことを考えるとしばらくの入院が必要でしょう」

 

夏音は天使に進化するために無理やり霊的中枢をと体に取り込んだのだ。肉体の霊的容量(キャパシティ)を超えることなく進化できるとされていたが、所詮理論上であり、実際には肉体に大きな負担がかかっていた。そして、劉曹と古城との戦闘でさらに体を酷使したのだ。しばらく安静にするのは当然のことだ。

 

「おーい、劉曹、ラ・フォリア!」

 

「船が出ますよ!」

 

船の甲板から顔をのぞかせた古城と雪菜が呼びかけてくる。

 

「劉曹、いきましょうか」

 

ラ・フォリアは優雅に微笑み手を差し出してくる。ここでなにをしなければいけないのかわからない劉曹ではない。差し出された手を劉曹は優しくとろうとする。が、

 

(ごめん、劉曹。時間みたい)

 

不意にうちにいる神が申し訳ないように呟いた。その直後――

 

「――っ!!」

 

「劉曹!?」

 

呼吸が出来ないほどの激痛が胸に走り、劉曹は膝をつく。ラ・フォリアは突然のことで戸惑いを隠せなかった。

 

「どうしたんだ!?」

 

「楠先輩、大丈夫ですか!?」

 

劉曹の様子がおかしくなったのを見ていた古城と雪菜の二人も船から飛び出してくる。

 

「大……丈夫……離れてろ……」

 

なんとか立ち上がる劉曹。その体は淡い光に包まれていた。なにが原因がわからない三人はその場に立ち尽くしている。

 

「ぐ……あ……」

 

次第に体を包む光が強くなっていく。それに比例して、劉曹を襲う痛みが強まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああ――――!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劉曹の絶叫と共に辺り一帯が光に包まれた。あまりのまぶしさに古城たちは目を伏せる。

 

しばらく経つと、三人の視界が晴れた。

 

まだ慣れない目で状況を確認する。劉曹はその場に倒れていた。

 

「劉曹、しっかりしろ――……?」

 

古城は倒れている劉曹を抱き起こす。そのとき微かな違和感を感じた。

 

丸みを帯びた肩、キュッとくびれた腰、元から華奢な体つきをしている劉曹だったがあの一瞬でさらに拍車がかかったようだった。そして――

 

「柔らかい……」

 

脇から抱えあげている古城に劉曹からは絶対に感じることの無い柔らかさ。

 

「――って、えええええええええ――!?」

 

無意識に呟き、ようやく思考が追いついた古城は叫ぶ。

 

「く、楠先輩が……」

 

「女の子になっていますね……」

 

状況を理解した雪菜とラ・フォリアも驚愕の表情をして、それぞれ呟いた。

 

「なにがどうなってんだ……」

 

古城は疲れたように呻く。しかし、どれだけ考えても古城たちにわかるはずが無かった。

 

「とりあえず、絃神島に帰還しましょう。このことについては劉曹が目覚めてからではないと分りませんし」

 

ラ・フォリアの提案に古城と雪菜は頷く。この状況を説明できるのはこの場にいる劉曹だけなのだ。彼が目覚めなければ、なにも進まない。

 

「古城、劉曹を船までお願いします」

 

わかった、と頷き、古城は劉曹を抱え上げる。

 

先輩、変なことをしないでくださいね、と冷ややかな視線を送ってくる雪菜に、なにもしねーよと、呆れたように返しながら船へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劉曹が目を覚ましたのは沿岸警備隊(コースト・ガード)の巡視船が絃神島に帰還したときだった。

 

すでに日は傾き始め、水平の彼方に沈もうとしている。

 

自分が気を失っていたことを思い出した劉曹は深く溜息をつく。

 

とりあえず古城たちのところに行こう、とベッドから体を出す。そのとき体に妙な重さを感じる。

 

「これは、胸? まさか、嘘だろ」

 

その正体がなんなのかわかるまでに時間はかからなかった。

 

都合よくあった姿見で自分の姿を見て、その瞬間唖然とする。

 

「空音! おい、空音!」

 

劉曹は驚きをあまり隠せない様子で神に声をかける。

 

(……なあに?)

 

寝起きのようなやる気の無い声で答える神様。

 

「なんで俺は女になっている!? まさかこれが……?」

 

普段とはまったく違うソプラノボイスで、劉曹は率直な質問を空音に投げかける。

 

(えーとねー……それがー……わたしと融合した代償だよー……)

 

空音も今まで寝ていたらしく、まだ意識がはっきりしない様子で答える。だが、彼女が言っていることは間違っていないだろう。

 

「まじかよ……。声もなんか変わってるし、これはいつまで続くんだ?」

 

(軽く一週間ぐらいかな~)

 

「い、一週間……?」

 

あまりの長さにオウム返しよろしく繰り返す劉曹。

 

(まあ、それだけで済んでよかったと思いなよ。そうじゃなかったら今頃生死の境を彷徨(さまよ)っていたんだから)

 

「学校どうしようか……」

 

今は当然、夏休みや冬休みなどではない。明後日からは普通に学校が始まるのだ。そのことが劉曹をさらに絶望の淵へと突き落とす。

 

「とりあえず、那月ちゃんに相談するか……」

 

劉曹は那月と連絡を取るべく、部屋を後にする。

 

船の甲板にいたのは古城、雪菜、ラ・フォリア、紗矢華の四人。那月はどこにもいなかった。

 

「お、おう、劉曹、体の調子は大丈夫なのか」

 

古城が目を逸らしながら訊いてくる。古城、雪菜、ラ・フォリアの間に変な緊張が走っていた。紗矢華に至っては知らなかったのか、劉曹の姿を見て絶句していた。

 

「ああ、問題ない」

 

一言返しただけで四人全員が驚いていた。劉曹は不思議そうにして、

 

「なんでそんなに驚くんだよ」

 

「「「「誰だって驚くだろ(きますよ)(きます)(わ)!!!!」」」」

 

四人は口をそろえて返す。

 

「女になって、声がそこまで変わったら誰だって驚くに決まってるだろ……」

 

疲れたように言う古城に三人はうんうんと頷いた。

 

「まあ、しょうがないさ。これが代償なんだから」

 

「代償?」

 

「ああ、瀕死から回復して、神をも殺せる力を得る」

 

「それだけ聞くとあんたってとんでもない人間よね……」

 

しれっと言う劉曹に紗矢華が頭を抱えながら呟く。

 

「ま、本来ならまた瀕死状態に戻るものなんだけどな。あいつがサービスしてくれたおかげで楽なもんだ。それでもこの姿で一週間って言うのはちょっと厳しいけど――」

 

「あいつって……誰ですか、劉曹?」

 

劉曹の言葉を遮って問いかけたのはラ・フォリアだった。

 

「いや……その……」

 

「誰ですか? 劉曹」

 

自分の失言に気づいた劉曹は口篭(くちごも)る。ラ・フォリアは嘘は許さないというような目で劉曹を追い詰めていた。

 

「お、王女! そろそろ時間です!」

 

そこで助け舟を出してくれたのは紗矢華だった。

 

「帰るのか?」

 

話を盛大に逸らした劉曹を王女はむっと不満そうに見つめる。しかし、予定を狂わせるわけにもいかないと感じたのか諦めたように語る。

 

「これから病院に向かうのです。墜落した飛行船の生存者が収容されているそうなので」

 

「そうか。なら、労りの言葉をかけてやれ。大変だろうけどそれだけでも嬉しいもんだからな」

 

「はい。あまり時間はありませんがそうするつもりです。そのあとこちらに戻って劉曹を問い詰めたいところですが――」

 

恐ろしいことを言う王女に体を強張らせる劉曹。彼女は悪戯(いたずら)っぽい光をその瞳に宿して、

 

「んっ……」

 

「――!?」

 

柔らかい唇を劉曹の唇に押し当てる。驚いて固まっている劉曹を見たラ・フォリアは好きなだけキスの感触を味わっていた。

 

「今回はこれで我慢しましょう。では、ごきげんよう」

 

それだけを言って王女は満足げに去っていった。劉曹は一歩も動けずにその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そーうーくーんー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、背後から異常な殺気が感じられた。劉曹は振り返らずともソレを発している人物がわかった。そもそも自分をこう呼ぶ人物は一人ぐらいしかいない。

 

「な、凪沙ちゃん……!?」

 

うろたえる劉曹に詰め寄り、下から覗き込むようにして睨み、

 

「なんでまた病院を勝手に抜け出したのかな? 反省していないのかな? お仕事なのはわかったけど無理してたら死んじゃったかもしれないんだよ。わたしとの約束をそう君はもう破るつもりなのかな? しかもさっき外国の美人さんとキスしてたよね。わたしはすっごく心配していたのにそう君はあの王女様みたいな人とイチャイチャしてたんだ」

 

怒りで我を忘れているのか劉曹が女になっているのも気づかないで言葉をまくし立てる凪沙。

 

「凪沙、少し落ち着け。というか、なんで、おまえがこんなところに……?」

 

古城は怒り狂っている凪沙を(なだ)めつつ状況を確認する。しかし、凪沙のあとについてきた人物に今度は古城が顔を青ざめさせた。

 

「あ、浅葱……? なんでおまえまで……?」

 

なぜか気合の入った私服姿の浅葱が、うろたえる古城を愉快そうに見つめていた。

 

「あたしが連れてきたのよ。煌坂さんが、あんたがこの船に乗ってるって教えてくれたから」

 

「おまえ、いつのまに煌坂と結託していたんだ…………!?」

 

背筋をじっとりと汗で湿らせて、古城がうめく。

 

「軍隊がらみの企業に誘拐されたって言うから心配してたんだけど。余計なお世話だったみたいね。可愛い外国人の女の子とそこにいる女の子とも随分と仲良くなったみたいで」

 

「まてまてまて! ラ・フォリアとはなにも無いし、そこにいるのは劉曹だぞ!?」

 

「まあいいわ。時間はたっぷりあることだし、嘘までついて隠そうとする理由をゆっくりと聞かせてもらおうじゃないの。絵のモデルでもやりながら」

 

「絵のモデルって……ああ!!」

 

古城は思い出したように叫ぶ。それが逆鱗に触れたようで、浅葱はこめかみに青筋を立てている。

 

「そう君に似合うスカートはどれがいいかな? 深森ちゃんにも相談しよう。明日から楽しくなりそうだなあ!」

 

「凪沙ちゃん落ち着いて!? お願いだからぁ!」

 

高速で携帯を操作している凪沙にソプラノボイスで叫ぶ劉曹(女)。

 

「まさか嫌とは言わないわよね。おかげで俄然、創作意欲が湧いてきたし」

 

「まて、それは創作意欲とは言わない!」

 

華やかな笑みを浮べて、ポキポキと指を鳴らす浅葱に顔を引きつらせている古城。

 

「なんでしょうか、この状況は……」

 

一人蚊帳(かや)の外で見ていた雪菜は疲れ切ったように深く溜息をつくのだった。

 

 






いかがでしたでしょうか?
アドバイスという名の感想などを求めています。
よろしくお願いします。




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第二十七話


更新約半年ぶりですね……




 

あの()、モデルさんなのかな? すごく可愛いくない?」 「あんな娘、この町にいたっけ?」

 

「おい、おまえ声かけて来いよ」 「いやいや、俺なんか相手にされるわけ無いだろ」

 

「ちょっと! なにあの娘ばかり見ているのよ!!」 「別に見てないぞ!? あんな綺麗な娘なんて!」 「見てるじゃないのよ!!」

 

混じりけの無い白く長い髪。丸みをおびた身体、汚れ一つない真っ白で綺麗な肌。二つの豊かな山脈を持ちながら腰まわりはキュッと絞まっており、スカートからはスラリと細長く、それでいてしっかりとした足が伸びている。

 

「落ち着かない」

 

街往く人々の視線を集めている少女はソプラノボイスで呟き、重々しく溜息をついた。

 

「そうちゃん、はやくはやく!」

 

「ちょっ……待って凪沙ちゃん、見える! 中見えるから!」

 

スカートを抑えながら、凪沙に手を引っ張られて走っている劉曹。

 

「よりによって、なんでこんな短いスカートを選んだの!? というか、曹ちゃんってなに!?」

 

目的地に着いたのか凪沙は立ち止まって振り返り、満面の笑みを浮べて、

 

「だってそれじゃないと罰にならないでしょ? それに今のそう君はそうちゃんになってるんだから女の子の格好をしないと不自然じゃん!」

 

「そうかもしれないけど……古城、姫柊、なんとかしてくれ!」

 

「先輩……これはちょっと……」

 

「ああ……破壊力ありすぎだろ……」

 

本当の姿はどうあれ、今の劉曹は百人に聞けば全員が首をたてに振るほどの美少女なのだ。涙目で助けを求められた古城と雪菜は顔を逸らして、ヒソヒソと話していた。

 

「目を()らさないでくれ!」

 

「ほらほら、そうちゃんこっちこっち! 今日はとことん付き合ってもらうんだから!」

 

再び劉曹の手を引き人ごみを避けてかける凪沙。その顔は楽しくて仕方が無いというようだった。

 

「(まあ、しょうがないか……)」

 

その顔を見た劉曹は諦めつつも、今日は精一杯この女の子に付き合ってあげようと心に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一日付き合おう。そう心に決めたはずの劉曹は早速心が折れそうになっていた。

商業地区の海沿いにあるショッピングモール。雑貨、服、飲食、娯楽、なんでもある超大型店だ。

 

「あの、凪沙さん? ここは……」

 

劉曹は店を目の前にして現実逃避気味に問いかけた。

 

ショーウィンドウに飾られているのはフリフリのランジェリーを身に着けているマネキン。そして店の中には女性用下着、下着、下着のオンパレードだった。

 

「見ればわかるでしょ、ランジェリーショップだよ」

 

死刑宣告にも等しい答えを表情崩さず言う凪沙。

 

「それは本当に駄目だって! 俺、色々と失っちゃうから!!」

 

必死に声を上げて、劉曹は抗議する。

 

「凪沙ちゃん、いくら楠先輩が女の子になっているとはいってもここに入るのは……」

 

さすがに哀れに思ったのか雪菜も凪沙にストップをかける。が、

 

「大丈夫だよ雪菜ちゃん。それに……気にならない? 女の子になったそうちゃんがなんでこんなにスタイルがいいことに。今しかその謎を解明するチャンスはないんだよ!」

 

「…………気になります」

 

「姫柊さん!?」

 

さらりと好奇心に負けた雪菜に劉曹は叫んだ。そんな彼を無視して二人は話で盛り上がっている。こうなったら頼れるのは古城しかいないと彼のほうを向く。

 

「(悪い、劉曹。ちゃんと供養はしてやる)」

 

手を合わせ、一礼する古城に劉曹は諦めんなよ! と目で訴える。すると、がしっと力強く両肩をつかまれた。振り返るとそこには今まで見たことのない笑顔を浮べた二人。

 

「さあ、そうちゃん♪」

 

「行きましょうか」

 

「え……って、力強っ! ちょっと待って、二人とも! お願いします待ってください――いやあああああああああ――――っ!」

 

甲高(かんだか)い声で叫んだ劉曹は抵抗むなしくずるずると二人に()()られていった。

 

 

 

 

 

数十分後、三人がランジェリーショップから出てくる。

 

「古城……俺……もう死にたい……」

 

疲弊(ひへい)しきった顔で呟く劉曹に古城は同情の目を向け、お疲れ、と肩にぽんと手を置いた。

 

「なんで……なんでそうちゃんは……反則だよ……」

 

「男の人に劣るわたしたちって一体なんなんでしょうか……」

 

道の角で丸まって暗いオーラを漂わせ呟いている凪沙と雪菜。

 

「と、とりあえずどこかで休憩しないか?」

 

混沌とした状態の中にただ一人正常でいる古城は深く溜息をつき、提案する。

時刻はちょうど正午を回ったころ。荷物もちとして朝から同行していた古城は大分疲れてきており、ここら辺で休憩を取りたいのだ。

 

「そうだね……わたしたちも立ち直るのに時間が必要だし。昼ごはんでも食べに行こっか」

 

凪沙に続き劉曹と雪菜も頷いた。四人は近くにあったレストランの中に入る。そこには、見覚えのある顔がいた。

 

「浅葱?」

 

古城は席の一角のテーブルの上に大量の皿を山積みにして座っていた友人の名前を呟いた。

 

「古城に凪沙ちゃんに姫柊さん。それと――誰?」

 

浅葱は古城の隣にいる劉曹に目を向けて問いかける。ただ問いかけてきただけなのに古城は彼女からもの凄い威圧を感じた。

 

「ああ、こいつは――」

 

「なに、異国の王女の次はその娘? わたしが心配とかしていたあいだに随分と仲良くなったみたいね」

 

いつもの表情で言っているはずなのに言葉の節々にどこか(とげ)を感じる古城。

 

「待て浅葱。俺だ」

 

これ以上放置すると収拾つかなくなりそうだと感じた劉曹は前に出る。初対面だと思っていた相手に自分の名前を呼び捨てにされたのと女の子なのに男口調で話してきたことに驚いたが、浅葱は目の前にいる少女を凝視して、

 

「あんた、もしかして……劉曹!?」

 

頷く劉曹に浅葱はありえないものを見ているような目でさらに驚く。彼女が知っている劉曹は男なのだから当然の反応である。

 

「あんたその服装……女装癖でもあったの!?」

 

「そんなわけあるかぁ!」

 

もともと中世的な顔立ちをしている劉曹が胸を盛り、女の子の格好をしているのだ。そう疑われるのも当然ではあった。が、やっぱりあらぬ嫌疑には納得いかず叫ぶ。

 

「浅葱ちゃん、今そうくんはそうちゃんなんだ」

 

端的に教える凪沙。だが、それは浅葱の混乱を助長させた。

 

「え、なに? 劉曹が女の子になったっていうの? もともと女の子になりたかったから性転換したとか?」

 

「だから違うっつーの! 頼むから俺をそっち方面に持っていかないで頼むからちょっと落ち着いてくれ」

 

冷静な口調だが戸惑いを隠せていない浅葱。しかし、劉曹の懇願により何とか一息ついてくれた。

 

「っていうか、明日から学校なのにどうするつもりなのよ」

 

「那月ちゃんに頼んでうまくやってもらう。だからまずは話をさせてくれ」

 

次第に冷静さを取り戻した浅葱はごめんとひとこと謝る。劉曹たちはそのまま浅葱の席に座りメニューを見て注文する。

 

「それで、これは一体どういうことなの」

 

注文をし終え、料理が来るまえに浅葱が切り出した。

 

「昨日、誘拐された二人を助けにいったんだけどそのときに魔族と戦ったんだよ。そのとき使った力の副作用でこうなった」

 

凪沙もいる中ほんとのことは言えないので嘘を織り交ぜつつ話す劉曹。

 

「あんたって一体なに? 魔族なの?」

 

「そんなわけないだろ。普通の人間だよ、人間」

 

普通の人間は性転換なんてならないんだけど、と呆れたように呟く浅葱に古城と雪菜、凪沙までもがうんうん、と頷いた。

 

「それに、前々から思ってたけどあんたが使う呪術は副作用が重すぎなのよ。もっと軽いものとかはないの?」

 

「あるにはあるんだが、俺が関わったものって一筋縄じゃいかないものが多いんだよなあ……ナラクヴェーラとか、模造天使(エンジェル・フォウ)とか」

 

最後のほうを浅葱に聞かれないように小さく呟く劉曹。

 

模造天使(エンジェル・フォウ)……?」

 

だが、その小さい呟きを聞き取れた浅葱は劉曹に問いかける。

 

「なんでもない」

 

「なんでもないわけないでしょう。まさかこのまえ古城と姫柊さんが誘拐されたときに戦ったのって天使なの?」

 

なんでそんなに勘が鋭いんだよ、と劉曹は心の中で悪態をつく。睨んでくる浅葱にどう言い訳を仕様か考えてる劉曹の前にウエイトレスがやってきた。

 

「ほら、頼んだものが来たぞ。食べよう」

 

「……どうしてあんたたちはあたしに隠そうとするのよ」

 

露骨に話を逸らした劉曹を睨む浅葱。その顔は明らかに不機嫌な顔をしていた。だが、自分たちの正体を知られるわけにはいかない劉曹たちはどうにか誤魔化す。

それぞれが頼んだものが自分の目の前に置かれる。

劉曹はミートスパゲッティ、古城がハンバーグで雪菜はチャーハン、凪沙はドリアを頼んだ。しかし――

 

「浅葱……お前それらを一人で食べるのか」

 

劉曹はぎょっとしたように浅葱を見る。彼女の目の前にはイチゴのショートケーキにチョコレートケーキ、モンブランや抹茶パフェとスイーツ物がこれでもかというほどずらりと並んでいる。浅葱は不機嫌そうな表情を変えることなくケーキを口へと運ぶ。

 

「いいのよ、ここ最近面倒ごとばかりで嫌になってきているし」

 

「そんなやけ食いみたいに食べると太――」

 

「あ゛あ゛!?」

 

女の子らしからぬ形相(ぎょうそう)と声で(にら)みつける浅葱に、なんでもありません、と震えた声で返す劉曹だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、劉曹は那月の元にいた。彼女の手には彩海学園高等部の制服――しかも女子の。

 

「あの、南宮先生? これは一体……」

 

「見ればわかるだろう、制服だ」

 

「いや、でもこれ女子の……」

 

「わたしに任せたのはおまえだろう。それでも昨日、時間がないうちに考えたんだぞ」

 

笑いをこらえるように那月は言う。絶対楽しんでいるだろ! と叫びたかった劉曹だったが頼んだのは劉曹自身なのでなにもいえない。なので――

 

「わかりました。やっぱり元に戻るまで休ませていただきます」

 

劉曹は(きびす)を返し、那月の部屋から出ようとする。

 

「アスタルテ」

 

彼女はメイド人工生命体の名前を呼ぶ。

 

命令受諾(アクセプト)執行せよ(イクスキュート)"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"」

 

アスタルテの背から虹色の眷獣の腕が召喚され、劉曹をがっしりと拘束した。

 

「ちょっ……なにするんだアスタルテ!? 放せ!」

 

脱出するために暴れようとするも眷獣と純粋な力勝負で勝てるわけもなく、身動き一つも取れない劉曹。

そんな劉曹の目の前に口をニヤリと歪ませて制服を持ち、迫ってくる那月。

 

「一週間のなかで私の授業もある。休ませるはずがないだろう」

 

「劉曹、諦めてください」

 

明らかに面白がっている那月と、無機質だがどこか楽しそうな声で言うアスタルテ。

 

「ふざけるなよ……アスタルテ、ちょっと痛むからな。覚悟しろ」

 

「――っ」

 

洒落にならない劉曹は怒気を含めた声で呟く。それだけで、アスタルテの眷獣は消し飛ぶ。拘束が解かれた劉曹は急いで部屋から飛び出そうとする。が、

 

「おまえがそうすることくらいわかっている」

 

那月が虚空から銀の鎖を放ち、エックスの字に劉曹を再び拘束した。

 

「なんでこの体勢で拘束するんだ!?」

 

「逃げるおまえが悪い、さっさと制服を着ろ」

 

「こんな状態じゃ着れるわけないだろうが! ってか、そもそも着たくねェ!」

 

「安心しろ、アスタルテが着替えを手伝うからな」

 

「そういう問題じゃねええええええええ――――!!」

 

まだ生徒のいない学校一体に一人の少女の叫び声が響くのだった。

 

 



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第二十八話


約一ヶ月ぶりです

がんばります。




 

 

学校にギリギリで来た古城は机に()してだらけていた。

 

「そういえば今日、うちの学校に転入する人がいるみたいだぜ」

 

「ああ、なんか一週間だけらしいけどな。唐突過ぎだろう」

 

「学校来るときに見たやつがいるみたいだけどすごい美人だって言ってたぞ」

 

周りのクラスメイトは今日突然来る一週間だけの転入生の話で盛り上がっていた。が、古城には嫌な予感しかしなかった。

 

「おはよう古城、だらしない顔してるわね」

 

「浅葱……だらしないは余計だ」

 

「本当なんだからしょうがないじゃない。それより……」

 

浅葱は周りを見て苦い顔をして続ける。

 

「今日転入生が来るって話だけど、やっぱりあいつ(・・・)のことよね?」

 

「ああ、あいつ(・・・)、だよな」

 

周りが転入生の話で盛り上がる中、古城と浅葱はお互いの顔を見てため息をつく。

 

「おまえら席につけ、ホームルームを始める」

 

ざわめいた教室が那月が入ってきたことにより一気に静かになり、それまで立ち歩いていた生徒は自分の席へと戻る。

 

「今日は転校生を紹介する。とはいっても一週間程度だがな。入れ」

 

教室のドアに向かって那月が言い、一人の少女が入ってくる。

その直後、おお、と教室内の生徒たちが感嘆の声を()らす。その反面、古城と浅葱は頭を抱えた。

 

「始めまして、今日から一週間お世話になります。楠香織(くすのきかおり)です。よろしくお願いします」

 

楠香織と名乗った少女は優雅に微笑み、ぺこりと礼をする。

 

「「「うおおおおおおおお――――っ!!!!!」」」

 

その瞬間、教室に歓声が響く。

 

「銀髪巨乳美人キタ――――!」

 

「やっば、超可愛い!」

 

「結婚してください! 一生幸せにするから!!」

 

次々と湧いてくる言葉に香織は笑顔で返しながら、しかしどこか引きつったような笑顔で男子たちを見る。

 

「静かにせんか。馬鹿共!」

 

那月の一喝で教室にまた静寂が訪れる。彼女はため息をつきながら古城のほうを見て、

 

「おい暁、こいつの面倒を見てやれ」

 

「はぁ!?」

 

古城は思わず立ち上がる。クラス男子の殺気が古城に向く中で、那月はニヤリと笑い、

 

「お前はこいつのことを知っているだろう(・・・・・・・)。一週間だけだからなにも不都合はないはずだと思うが?」

 

「いやそれはそうっすけど……」

 

「なら決まりだ。異論は認めん。ホームルームを終わるぞ」

 

言うだけ言って那月は教室から出て行ってしまった。

クラス中の嫉妬の視線を集めている古城は今日二度目のため息をついて香織を睨む。彼女は笑いをこらえているようにプルプルと小刻みに震えていた。

 

「悪い古城、頼んだ」

 

「ふざけるな! なんで俺まで巻き込むんだよ!?」

 

わざとらしく言って手を上げる()に古城は声を荒げた。

 

「しょうがないだろ、那月ちゃんに相談したらこうなったんだから。無理やり女子の制服を着せられた俺の身にもなれ」

 

「知らねーよ! なんで俺まで巻き込むんだよ!!」

 

「それは俺が苦労してるのにおまえだけのうのうとしているのが気に入らないからだ」

 

理不尽極まりない理由にこれ以上怒る気にもなれなかった古城は疲れた顔で香織を睨む。

 

「暁君、ちょっといい?」

 

後ろから突然声をかけてきたのはクラスメイトの月島倫だった。その後ろにはげんなりとした様子の浅葱がいた。

 

「その娘、楠さん(・・・)って言うんだよね。楠君(・・・)となにか関係があるの? っていうかなんで暁君は知っているのかな?」

 

倫はそう問いかけて古城に詰め寄る。クラスメイトたちは倫と同じことを思っていたのか一気に古城に視線が集まる。

 

「あーそれはだな……」

 

「それはわたしが説明しましょう」

 

静かに香織が前に出た。驚いた表情でみんなが香織のほうを見る。

 

「私は楠劉曹の妹です。古城さんとは兄の知り合いということで交流がありました」

 

「ちょっと待って、妹さんがなんで高校に? 普通なら中学のはずだよね?」

 

「わたしと兄は義理の兄妹ですので」

 

「あ……ちょっと悪いことを聞いちゃったかな?」

 

周りが変に静まってしまう。だが――

 

「いえ、気にしないでください。兄さんたちに引き取られて私も幸せなので」

 

ニコッ――

 

「「「うおおおおおおお!!!! 超可愛いいいいいい――!!!!」」」

 

男女問わずクラスの歓声の中、口に手を当て満面の笑みを浮べている香織に、彼女の正体を知っている古城と浅葱は顔を蒼くして戦慄するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛ー、疲れた……」

 

「おいおい、気をつけておけよ、今おまえは女子生徒なんだから」

 

古城は足を投げ出し、だらしなく椅子に座っている香織――もとい、女の子になった劉曹を注意する。

 

「そうよ、一週間とはいってもばれるわけにはいかないんでしょう」

 

しょうがないだろ、と劉曹は疲れたように呟いた。

高等部にはもちろん、中等部にも(うわさ)がまわっていたらしく放課後になった瞬間クラスを包囲されてしまったのだ。

次々とやってくる野次馬たちをかいくぐり、全力で誰もいない屋上へと逃れてきた。

 

「それにしてもおかしいだろ、あの数は。うちの学校はあんな馬鹿共が多かったのか? 俺は男だってのに……」

 

「今のあんたは正真正銘女の子よ。男だって気づくほうが無理な話よ」

 

呆れて言う浅葱にぐうの音もでない劉曹。古城はそんな彼に問いかける。

 

「本当にこれからどうするんだ、劉曹」

 

「那月ちゃんに言われた以上、学校を休むわけにもいかない。なるようになるさ――ん? 悪い電話だ」

 

ポケットの中で振動した携帯電話と取り出し、ディスプレイを確認した瞬間劉曹は固まった。

ある程度経つと携帯が鳴り止んだ。だが、まだ劉曹は動かないままだった。

 

「おい、劉曹?」

 

「ちょっと、どうしたのよ。電話切れたわよ?」

 

心配した古城と浅葱が劉曹に声をかける。するとまた携帯電話が鳴り響いた。

 

「でたほうがいいんじゃないの?」

 

浅葱に言われ、我に返った劉曹は恐る恐る受信ボタンを押し、機器を耳元へと持っていく。

 

「もしもし」

 

『なんで一度でなかったんですか――兄さん』

 

澄み切った透き通ったような、だがしかし、どこか威圧するような声。そして兄さんと呼んだ少女の声に劉曹は顔を青くする。

 

「いや、これはだな……」

 

『なんででなかったんですか?』

 

ごめんなさいと、素直に謝る劉曹に電話の向こうの少女はあれ? 不思議そうな声を出す。

 

『兄さん風引いているんですか? なんか声が変ですよ』

 

ギクッ、と体を強張らせる劉曹。

 

「あ、ああ! 最近少し体調が悪くてな、ちょっと声が裏返るんだ。だけど大丈夫、それでどうしたんだ? 電話なんて珍しいじゃないか」

 

『ええ、ちょっと兄さんに知らせておこうかと思いまして』

 

なにをだ? と聞く劉曹に彼女は声を弾ませた様子で、

 

『実は明後日から絃神島(いとがみじま)に行くんですよ。そのときに兄さんのところでお世話になろうかと』

 

「……ヨクキコエナカッタモウイチドイッテクレナイカ?」

 

そういう劉曹にですから、と電話相手の少女は楽しそうに繰り返す。

 

『明後日から絃神島(いとがみじま)に行くのでお世話になろうかと』

 

ソ、ソウカ。と頭を抱えながら劉曹はひとことだけ返す。そんな劉曹の気配を感じ取ったのか少女は声のトーンを落として、

 

『なんか残念そうですね。まさかわたしに知られたくないことでもあるんですか?』

 

追い詰めるように問いかける少女。劉曹は出来るだけ平静を装う。

 

「いや、そんなことはないぞ。久しぶりに会うのを楽しみにしてるから」

 

『はい、わたしも楽しみにしています』

 

それでは、と一変して上機嫌になった彼女との通話が終わる。携帯をしまった劉曹は雲ひとつない空を見上げる。

 

「劉曹、大丈夫か?」

 

「……古城、来世で会おう」

 

「まてまてェ――!!」

 

フェンスに手をかける劉曹を慌てて古城は制止する。

 

「放せ古城、俺はどのみち死ぬことになる。ならおまえらに見取ってもらったほうが――」

 

「落ち着け! 一体さっきの電話で何があった!?」

 

古城の必死の説得で我に返った劉曹は悪い、とひとこと謝る。

 

「さっきの電話は妹からだ。明後日絃神島に来るから俺のところで世話になりに来るらしい」

 

「あんたって、妹いたの?」

 

「ああ、日本本土で暮らしているけどな」

 

「でも、その妹がなんで絃神島に? いくらなんでも急過ぎないか?」

 

そうだな、と理由を聞いてなかった劉曹はしばらく考える。そして、あることを思い出したのか劉曹はああ! と大きな声を上げた。

 

「月末の波朧院(はろういん)フェスタか!」

 

波朧院(はろういん)フェスタって来週行われるハロウィン行事のことよね。彩海学園の生徒や地元の人達が仮装したり出店を出したりする絃神島最大のイベントの」

 

「詳しい説明ありがとう、浅葱」

 

「妹が来る理由はわかったけど、なんで劉曹は慌ててるんだ?」

 

古城の問いかけに劉曹は憂鬱そうな表情を浮べ、ため息をつきながら、

 

「うちの妹は一癖どころか二癖以上あってな。兄貴が姉貴になったと知ったらどうなるか……」

 

震える劉曹をどこか同情の目で見る古城と浅葱。

 

「それに、あいつにこうなった理由を知られでもしたらそれこそなにをされるかわかったもんじゃない」

 

「でも、会わないわけにはいかないんじゃないの?」

 

そうなんだよな、と劉曹はうなだれる。

 

電話で会う約束をしてしまった以上、劉曹に会わないという選択肢は存在しない。かといってこの姿を晒せばその先に待っているのは死しかない。

 

八方塞(はっぽうふさが)り、四面楚歌(しめんそか)とはまさにこのことか……!」

 

「いや、一つは違うだろ……」

 

古城は呆れたように劉曹に言う。劉曹はしょうがないともう一度深くため息をついて、

 

「まあなるようになるだろ」

 

劉曹は空を見上げて言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日後、学校が終わった劉曹は空港へと来ていた。その表情は浮かばれないものだった。それというのも――

 

「なんでおまえたちまでいるんだよ!?」

 

後ろには古城、凪沙、雪菜、浅葱、そして基樹までいた。

基樹には古城と浅葱と相談した結果、協力者は一人でも多いほうがいいということで正体を明かしたのだ。そのときの基樹の反応に劉曹は半狂乱になったが。

 

「まあまあ、そんなこと言わずにそうちゃん。同じ妹として気になるし」

 

「俺たちのことは通行人とでも思ってくれれば大丈夫だ」

 

明るく言う凪沙と基樹に、はあ、とため息をつき、時計を見る劉曹。そろそろ来る時間だと、そう思った矢先――

 

「兄さん、お久しぶりです!」

 

「うわっ!!」

 

後ろからいきなり抱き疲れてバランスを崩しそうになる劉曹。

 

「おい、愛華。いきなり抱きついてくるのはやめろ」

 

「いいじゃないですか、久しぶりに兄妹が再開するんですから。それにしても兄さんまだ風邪が治っていないんですか? 「むにょん」まだ……こ……え……が……」

 

愛華と呼ばれた少女が劉曹に本来ないものを触って、次第に声が沈み無表情になる。

 

「あなた、誰ですか。なぜわたしの名前を知っているんですか。あなたと兄さんの関係はなんですか」

 

無表情のままもの凄い声のトーンを低くし問いかけて、愛華は殺気を放つ。

 

「愛華、こんな姿してるけど劉曹だ。おまえの兄だ。だから落ち着いてくれ、な?」

 

まじまじと姉に代わってしまった劉曹を見る愛華。

 

「たしかに、どこか兄さんの面影がありますし、喋り方も兄さんと一致しますね。とりあえず信じておきましょう」

 

よかったと一安心する劉曹だったが、やはり一筋縄ではいかなかった。

 

「それで、なんで兄さんはそんな姿になっているんですか」

 

まっすぐ自分を見て問いかけてくる愛華から劉曹は目線を逸らし、

 

「ちょっと色々あってな……」

 

「色々ってなんですか。まさか……また無茶したんですか?」

 

「いや、それは……その……」

 

いいごもる劉曹に愛華は周辺から冷気のようなものを漂わせる。

 

「また無茶したんですね。昔から変わらないんですね。いつも仕事だと言ってふらっとどこかに行っては死にそうになって帰ってきて、そのたびに女の子と仲良くなって、わたしが心配しているのもそっちのけでまたどっかに行って……」

 

「お、おい……愛華……?」

 

絶対零度にも匹敵するほどの冷気を纏って愛華は劉曹を睨む。

 

「いつもいつも兄さんは……お兄ちゃんは……」

 

「ま、待て、愛華。それはマジでやばい!」

 

肩を震わせながら愛華は構える。それを見た劉曹は顔を青くして制止するが、

 

「わたしのことなにもわかってくれないんだからああああ――――っ!」

 

愛華は聞く耳を持たずに叫び、正拳や上段蹴りを劉曹に叩き込もうとする。しかも仙術の力をこめて。

 

「ちょ、落ち着け愛華! 洒落にならないから!!」

 

次々と出される攻撃を(さば)きながら、どうにか説得を試みる。しかし、愛華は止まらない。

 

「なんだこれ……ってか、妹の身体能力高すぎじゃね……?」

 

「なんかそうちゃんの妹だから落ち着いているようなイメージがあったんだけど……」

 

「たぶん普段は落ち着いている人なんでしょうけど、そこは楠先輩の妹なんでしょうか……?」

 

「劉曹も大変ね……」

 

「これは劉曹の自業自得なんじゃないのか?」

 

目の前で繰り広げられている激しい兄妹ゲンカ(?)を通行人たち(古城たち)は呆然と見ているのだった。

 

 

 





いかがでしたでしょうか?

がんばります(二回目)


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第二十九話



えー、お久しぶりです。燕尾です。

こちらの更新は一ヶ月半ぶりぐらいでしょうか?

理由としてはラブライブのほうに筆が乗ってしまってという――すみません

第二十九話目です。楽しめたら幸いです。





 

 

「えーと、先ほどは見苦しい姿をお見せしてすみません」

 

(われ)に返った愛華は顔を赤くして謝る。妹の攻撃に耐え、どうにか落ち着かせた劉曹は息を切らしていた。

 

「紹介するよ……左からクラスメートの暁古城、藍羽浅葱、矢瀬基樹、後輩で古城の妹の凪沙ちゃん、そして凪沙ちゃんのクラスメートの姫柊雪菜」

 

「いつも兄がお世話になっています。妹の楠愛華(くすのきあいか)です。短い間ですがよろしくお願いします」

 

礼儀正しくお辞儀をする愛華。どこぞのお姫様を連想させるような美しい動作に、異性の古城たちはもちろん、同性の浅葱たちまでもが見惚れていた。

 

「なんというか……」

「ええ、すごいわね」

「すごいですね」

「うん、すごいよね」

「ああ、すごいな」

 

五人はそれぞれすごいという言葉を口にした。今まで劉曹の影からしか姿を見ていなかったが正面から見るとその理由がはっきりとわかる。

大人びた、だがどこか幼さを感じさせるような顔立ち。肉付きがよく、それでいて締まるところは締まっており、女性としてのラインが綺麗に映っている。そしてなにより――

 

「「「「「でかい……」」」」」

 

古城たちは口をそろえて言った。男である古城と基樹が言うのもどうかというものだが女性陣たちはそんなことを気にする余裕がなかった。

 

「なにあれ、反則じゃない……」

 

「どうやったらあんなに……」

 

「うらやましい……」

 

浅葱の年下、凪沙、雪菜と同い年ぐらいとは思えないほどの山脈が胸元にそびえたっているのをみて三人は自信を無くしたように呟いた。

 

「それで、どうしたんだ? いきなり絃神島(いとがみじま)に来るって連絡きたときは驚いたが」

 

通行人(古城たち)が言っていることを無視して劉曹は愛華に問いかける。

 

「もともと、今月末にある波朧院(はろういん)フェスタを見たいということで来る予定だったんですが、どうせなら早めに来て兄さんと過ごすのも悪くないなと思いまして」

 

笑顔で兄冥利に尽きることを言ってくれる愛華。だがその笑顔になにか裏があることを劉曹は見逃さない。

 

「愛華、なにを隠している?」

 

劉曹が言った瞬間、愛華はぎくりと固まる。だが、固まったのも一瞬だけで愛華はすぐに取り(つくろ)った。

 

「なにを言っているんですか兄さん。わたしが兄さんに隠し事なんてあるわけないじゃないデスカ」

 

「……」

 

明らかに隠している様子だったが、古城たちの手前、言いづらいのかと思った劉曹は、

 

「!?」

 

愛華に顔を近づける。いきなり近づいた兄の顔に愛華は真っ赤になった。

 

「兄さん!? いきなりなにを……今の兄さんは女の子ですし、するなら人がいない、家とかで……でも、いま兄さんがしたいというのならわたしは……」

 

「後でちゃんと聞くからな、覚えて置けよ」

 

ひとこと耳元で(ささや)いた劉曹に、えっ? と()頓狂(とんきょう)な声を上げたあと愛華は不満そうに、わかりました、と返した。

そんな楠兄妹のやり取りを見て不機嫌そうにしていた人物がいた。

 

「むー……」

 

「どうした、凪沙?」

 

「なんでもないっ!」

 

不機嫌になった自分の妹に問いかける古城だったが、凪沙はちょっとお手洗い、と言ってその場からすばやく離れてしまった。

 

「どうしたんだ凪沙ちゃんは」

 

「さあ?」

 

走っていく姿を見て劉曹は問いかけたが、古城にもわからず首をかしげている。

 

「ねえ、古城もそうだけど劉曹もつくづく鈍いわよね。どうしてわからないのかしら?」

 

「普通は気づいてもおかしくは――というより気づくはずなんですけど」

 

「こいつらの鈍感さは現代の医学じゃ手のうちようのないものだからな。もう諦めて周りが頑張るしかないだろ」

 

「矢瀬さんの言う通りです。兄さんのこれには何度被害にあったか……正直私も心が折れかかっています」

 

深々と言う愛華に雪菜、浅葱、基樹の三人は同情の眼差しを送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……酷い顔……」

 

ため息混じりに呟く凪沙。鏡に映るのは誰が見てもわかるようなイラついた顔だ。

長い時間ここに居られないのはわかっているのだが、まだ表情は戻りそうにない。

先ほどの楠兄妹のやりとりを思い出すと苛立ちこみ上げてくる。

 

「あんなの、家族の距離じゃないよ」

 

何を言っていたのかはまったくわからないが、顔を近づけて耳打ちするのは兄妹でもしない。凪沙自身、古城にやれといわれても絶対断るだろう。

 

「はぁ、本当に何であんなことしちゃったんだろ……」

 

しばらく思考を巡らせているうちに少し落ち着いて、込みあがってきたのは後悔だった。

心配してくれた兄にやり場のない気持ちをぶつけて、空気を悪くした。

そんなことした自分にいやな気持ちが湧いてくる。だが、劉曹が他の女の子と仲良くしているのを見るとどこか気に食わないと思っている自分がいる。その気持ちに凪沙は心当たりが合った。

 

「――嫉妬、なのかなぁ……」

 

もっと自分を見てほしい、他の子ばかりを見ないでほしい。そんな感情を表に出してしまったことに自嘲(じちょう)交じりのため息が出た。

もっとも、なぜ嫉妬をしてしまうのか、その原因には凪沙は気づいていない。

 

「そろそろ戻らないと、本当にみんなを心配させちゃう」

 

頬を両手で叩いて気合を入れ、皆の所に戻る凪沙。

持て余した気持ちがなんなのか、それがわかるのは大分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこんな店があったなんて、今まで知らなかったわ」

 

ナポリタンを口に運びながらそう言う浅葱。

凪沙が戻ってきた後、劉曹たちは空港から移動し、やってきたのは西地区(ウエスト)のショッピングモールから少し離れた路地裏にある隠れ家のような喫茶店。

 

「その店を劉曹が知っていたのも驚きだよ、俺は」

 

「基樹の言い方に何か引っかかるんだが――散歩していたときに偶然見つけたんだよ。コーヒーも飯も美味いし、今じゃすっかり常連だよ」

 

週一回は必ず、多いときだと二、三回はこの店に足を運んでいる劉曹。カウンターにはマスターが居るのだがチラッと見るとマスターは恭しく一礼した。

 

「それに劉曹に妹がいるって聞いていたけどまさかあそこまで美人だとは思わなかったわ」

 

浅葱が、通路を挟んで向かいの席に座っている愛華を見る。

劉曹、古城、基樹、浅葱の高校生組み。愛華、雪菜、凪沙、の年下妹組みという分け方で席についていた。彼女たちは彼女たちで話に華を咲かせている。

 

「まあ、前から愛華は可愛かったからな」

 

当然のように言う劉曹に古城たちは引いていた。

 

「あんたもシスコンだったのね……」

 

「おい、浅葱。何で俺のほうをながら言うんだ。俺はシスコンじゃないぞ!?」

 

在らぬ疑いに古城は狼狽(ろうばい)する。古城は劉曹みたいなシスコンじゃないと言い張っているが彼女たちにはどこ吹く風だ。、

 

「妹が嫌いな兄は極少数だ。愛しているし、大事に思ってるよ」

 

いっそ清々しいほど断言する劉曹に古城は苦笑いする。一方、浅葱と基樹は――

 

「(あるのは家族愛だけ――愛華さんも苦労してるわね)」

 

「(こりゃ、余程の事がないと一生愛華ちゃんの気持ちに気づかないだろうな)」

 

と、心の中で愛華に同情した。

 

「でも、兄妹って言うほど似ていないよな、劉曹と愛華さん」

 

単純な疑問を古城は口にする。対して劉曹はあー、と目を愛華に向ける。

 

「俺と愛華は血は繋がっていないんだ」

 

「わ、悪い。なんか込み入ったこと聞いた」

 

別に聞かれるのが嫌な訳ではない。劉曹自身、愛華との関係に気まずさなどの感情は持っていない。

 

「再婚、って訳じゃないのよね? 物心ついたときには両親が居ないって言っていたものね、劉曹」

 

古城とは違い、確認するように訊く浅葱。劉曹は彼女のようにフランクにしてくれるほうが疲れず、楽に感じる。

 

「愛華とはアルディギアの路地裏で出会ったんだよ」

 

「アルディギア……? でも愛華ちゃんって――」

 

「ああ、日本本土の人間だよ」

 

艶やかな黒い髪に、漆黒の瞳。鼻が高いという訳でもない、日本本土に見られる人達の顔立ちだ。

愛華は日本で、日本の両親の間に生まれ、そして――

 

「愛華は、アルディギアで捨てられたんだ」

 

劉曹の告白に三人は息を呑む。今見えている愛華の表情からは想像できないことだった。

 

「愛華は望まれて生まれた子供じゃなかった。物心ついたときには虐待されていたそうだ」

 

死なない程度にしか与えられないご飯。ストレスの捌け口として殴る、蹴るの暴力を受けていた愛華。

 

「毎日受けていた暴力に精神がやられて、愛華はいつの日か殴られても蹴られても反応しなくなった。ストレス発散の道具として使えなくなった愛華を両親はばれないようにアルディギアに渡航して、捨てたんだ」

 

「信じられないな……」

 

古城が言う、信じられない、というのは劉曹の話がということではない。愛華がそんな目にあっていたというほうだ。

 

「俺が最初見たとき、愛華は糸の切れた人形のようだったよ。物のように居た」

 

「今の愛華さんを見てると、本当に想像もつかないわね」

 

「だろ? 感情を取り戻すのに一年かかったよ」

 

瞳には何も映さず、話しかけてもほとんど反応しなかった愛華には当時の劉曹も少しばかり困っていた。

 

「でも、本当に大変だったのはそのあとだったよ」

 

「どういうことだ?」

 

「感情を失っていたのは自分の心が完全に壊れないよう守っているためだったんだよ。だけど感情を取り戻したことで両親と居た頃のことを思い出して感じてしまうようになった」

 

「なるほど、トラウマか」

 

基樹の答えに劉曹は頷いた。

 

「ああ。日常的なフラッシュバックと夢を見るようになって毎日毎晩、悲鳴を上げるように取り乱しながら泣いてたよ。それが落ち着くまでの一年間、まともに寝た記憶がない」

 

三人は言葉も出なかった。

愛華と同い年ということは、当然、その頃の劉曹も幼い。浅葱が言ったように、物心ついたときから劉曹には両親が居ない。ということは、病んでしまった愛華を日々支えてきたのは幼い頃の劉曹だ。

尚且つ、その当時から攻魔官かぶれとして働いていたのは三人とも訊いた経路(ルート)は違えど知っている。その事実に改めて劉曹の底の無さに驚いてしまう。

 

「あんた、小さい頃から化け物だったのね」

 

「なんでそんな不名誉なこと言われないといけないんだよ!?」

 

浅葱の一言に劉曹は声を上げる。

おかしいだろ、と古城と基樹のほうを向くも二人はごめんと言って、

 

「悪い劉曹。俺に浅葱の言葉は否定することできない」

 

「俺も」

 

浅葱の言葉に同意した。

 

「お前ら覚えて置けよ。特に古城」

 

「なんで俺!?」

 

おまえが第四真祖(化け物)だからだよ、と理不尽な気持ちを抱く劉曹。しかし、浅葱と基樹の手前口にはしない。

 

「まあとにかくだ。今は別で暮らしているが、俺と愛華は幼い頃から二人三脚で生きてきたんだ。パートナーであり、同士であり、大切な家族だよ」

 

劉曹は愛華の方に視線を向ける。それと同時にあのときの記憶が呼び起こされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前にいる膝を抱えたボロボロの少女。劉曹は目線を少女に合わせてまっすぐ瞳を見つめている。

 

『俺はおまえのお兄ちゃん――家族だ。だから愛華はもう一人じゃない』

 

『かぞく……? おにいちゃん……? おにいちゃん、わたし……かぞく?』

 

言葉の意味がよくわかっていない少女は言葉を反芻(はんすう)させるだけだ。それでも少女は何かを感じていると劉曹は確信していた。

 

『ああ、家族だ。これからはお兄ちゃんが愛華を守っていく。約束だ』

 

少女に手を伸ばす。そして、ビクつく少女を劉曹は優しく抱きしめて背中をポンポン、とゆっくりしたリズムで叩いてやる。

少女の体は震えていたが、やがてそれも止まる。そして、少女の手が恐る恐る、劉曹の背中に添えられた。

 

『わたし、おにいちゃんと……かぞく、か…ぞく……っ……ひぐっ……うっ……』

 

『そうだ、お兄ちゃんと愛華は家族だ』

 

『う……うわあああああああああああああん……!! え、えぐっ……うぐっ……ああああああ……!!』

 

今まで溜まっていたものをすべて吐き出すように泣く少女。それは少女が泣き疲れて寝てしまうまで続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(あれから約十年。俺はちゃんと約束を守れて居ただろうか。なあ、愛華?)」

 

コーヒーに口をつけて、笑顔の義妹を見ながらそんなこと思う劉曹なのであった。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか。

つぎは……なるべく早く投稿できるといいなぁ……



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蒼き魔女の迷宮編
第三十話



こちらを投稿するのは七ヶ月ぶりですね。
これから、亀ではありますが、ちょくちょく更新していきます。





 

 

 

十月最後の一週間、絃神島全体が波朧院フェスタの準備で騒然としていた。

彩海学園も例外でなく、祭りの準備にむけて色々な話が進められている……のだが、

 

「なんなんだ、いったい……」

 

なんだかんだで日曜日の朝に姿が男に戻り、ようやく堂々と学園に行くことができた劉曹は周りに聞かれない程度で疲れたように呟いた。

 

「なあ楠、今年はうちのところでバイトしないか? 今ならバイト代も弾むぜ」

 

「いやまて、どうせ働くならぜひ俺の所でやろうぜ」

 

いや俺と、まて俺だ、と次々と勧誘してくるクラスメイトの男子たちに劉曹はうんざりした様子で聞き流していた。

ふと視線を移すと古城のところにも同じように男子が寄ってたかって古城を誘っていた。

 

「(姫柊狙いの阿呆(あほ)どもか……古城も大変だな)」

 

「あー……いや、誘ってもらえるのはありがたいけど、やめとくわ」

 

古城がきっぱりと断る。彼の周りにいた者たちは少し驚き、なんとか自分のところに来てもらおうとさらに畳み掛けていく。だが、古城の返答は変わらなかった。

 

「今年は一緒に回る約束をしているやつがいるから、ちょっとそういうのは無理なんだ、悪ィな」

 

一緒に回るやつがいる、そんな言葉を聞いたクラスメイトたちは一気にドス黒いオーラを出した。

彼らは古城といつも一緒にいる雪菜と回るのだろうと思っていたが、古城からの返答は思いがけないものだった。

 

「いや、姫柊は関係ないぞ。別のやつだ」

 

そういう古城に劉曹も若干驚きを感じつつ話を聞いていると周りのクラスメイトは浅葱のほうへと視線を移して円を作り、

 

「転校生……じゃない?」

 

「じゃあ、もしかして藍羽か?」

 

「藍羽だな……まあ、この際、藍羽で妥協するか」

 

「うむ、やむを得ん。藍羽もありといえばありだな。というわけでやはり暁にはうちのイベントに参加してもらわなければ」

 

「あいつらひどい言いようだな……」

 

浅葱に聞こえないように言っている彼らだが浅葱より遠くにいる劉曹にははっきりと聞こえた。浅葱も何かを感じ取ったようでこめかみに青筋を立てている。

すると古城の周りにいた人達は劉曹の方に殺到した。

 

「それなら頼む楠。俺のところに来てくれ! 妹の香織さんと一緒に!」

 

「俺も頼むよ、香織さんと一緒に来てくれ!!」

 

「おい、おまえら暁のほうじゃなかったのかよ!?」

 

「ずるいぞ!」

 

香織という名前が出た瞬間、劉曹は苦い顔をする。

香織とは劉曹が女性になったとき、クラスメイトにばれないように作った仮名なのだ。当然、香織は劉曹であり、今となってはもうどこにもいない。

劉曹は興奮する彼らを見渡して、

 

「あのな、香織は帰ったんだよ。そんなすぐに絃神島(ここ)に来れるわけがないだろう」

 

呆れるように言う劉曹に周りは一歩引き下がるが、一人の男子が逆に一歩前に出てきた。

 

「それなら前に香織さんと歩いていた女の子はどうなんだ」

 

「は? なんだ?」

 

男子はとぼけても無駄だと言って続ける。

 

「俺は見たんだ。数日前に仲良さそうに歩いている香織さんともう一人の美人が歩いているところを……しかも腕を組んで!!」

 

なにィ! とクラスがざわめくなか、劉曹は冷静に返す。

 

「なんで俺が関係するんだよ。香織の友達だろ? 俺は知らないぞ」

 

「だからとぼけるなといっただろう。この話にはまだ続きがある」

 

「(なんでこいつこんな出しゃばってくるんだ……名前のないモ……ゲフンゲフン)」

 

「俺はさらに見た……昨日の夜、仲睦(なかむつ)まじそうにおまえとその美人さんが一緒に歩いているところを……これもなぜか腕を組んで!」

 

『な、なんだってええええええええ――――!?』

 

クラス中に叫び声が(とどろ)き、男子の殺気が一気に劉曹に突き刺さる。だが、劉曹は冷ややかに睨み返し、

 

「あいつが勝手にやってきたことだ。それで、それがなんだっていうんだ」

 

「開き直りやがったぞこいつ!?」

 

「なんてやつだ!!」

 

「なんでこんなやつにあんな可愛い子が……!」

 

「ちくしょう……!」

 

周りが悲壮に満ちているなか、これまた一人の男子が立ち上がった。

 

 

 

 

 

「みんな、こんなやつを許せるか……」

 

「いや、許せない」 

 

「やつには神罰を」

 

「なら立ち上がれ! 今こそ我らが正義を掲げるときだ!!」

 

『おおおおおお――――!!』

 

クラスの大半の男子が拳を上げ団結を始める。いつの間にかリーダーになっていた男子生徒は声を上げる。

 

「我は問う! やつは何者だ!」

 

『この世の法則を破り、世界に害を為すもの!!』

 

「我は問う! 有罪か無罪か(ギルティオアノットギルティ)!」

 

有罪(ギルティ)!!!!』

 

「ならば、(おの)が灯火を消してでも、やつを打ち滅ぼすのだ! かかれィ!」

 

『うおおおおおおおおお――――!!!!』

 

一斉にかかってくるクラスメイトになんでこうなるんだ、と諦めたように劉曹は息を吐いて、ひとこと、

 

「――後悔するなよ」

 

そう呟いた瞬間、学園中に断末魔の叫びが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、教室には(クラスメイト)の山が出来ていた。

 

「おいおい、いくらなんでも……」

 

「やりすぎじゃないのか?」

 

その山を見て基樹と古城は顔を引きつらせていった。

しかし、浅葱や彼女の友人である月島倫、そのほかクラスの女子たちは怯えることなく、それどころか男子の自業自得でしょ、といわんばかりに(クラスメイトたち)を見ていた。

すると屍の山(クラスメイトたち)の上に座っていた劉曹は教室の出入り口に立っていた一人の少女に気がついた。

 

「夏音!」

 

劉曹は少女の名を呼び、山から下りて、彼女の元に駆け寄る。

 

「劉さん。こんにちは」

 

「ああ、学校にこれるようになったんだな」

 

「劉さんのおかげで早く退院することができました。ありがとうございます」

 

ぺこりと頭を下げる夏音にいいって、と劉曹は返す。

 

「どうしたんだ高等部まで来て」

 

「あ、劉さんとお兄さんに用事があってきました」

 

「なら、古城呼ばないとな。おい、古城。こっちに来い」

 

今まで劉曹と夏音が話しているのを見ていた古城は自分が呼ばれたことに驚きながらも歩いてきた。

 

「久しぶりだな叶瀬、身体のほうはもう大丈夫なのか?」

 

「はい、もう問題ないといわれました」

 

同じやり取りをする古城。劉曹はそれで、と本題へと移る。

 

「俺たちに用事ってどうしたんだ?」

 

「実は、あの……」

 

夏音は少し言い淀み、古城と劉曹は彼女の言葉を待つ。いつの間にか他のクラスメイトたちも静かになり、夏音に集中している。やがて夏音は勢いよく緊張気味に古城に尋ねた。

 

「今日の夜、泊まりにいってもいいですか? お兄さんのお宅に」

 

瞬間、教室が凍りついた。今まで倒れていた死体(クラスメイト)たちも驚愕の眼差しで夏音を見ていた。

奥のほうで「なっ!?」と唯一声を上げて驚いている浅葱。

 

「それで、その……劉さんも一緒に来てほしい、でした」

 

劉曹の方をおずおず見て顔を赤らめて言う夏音に、教室内は絶対零度と化した。

 

「「ああ、別に構わないけど」」

 

そんななか、平然と答える古城と劉曹。すると後ろのほうからちょっとまったぁ、と大きな声が聞こえた。そこには浅葱の手をつかんで高く上げている基樹。

 

「あたしたちも一緒にお邪魔していいかな、暁くん」

 

そして、にっこりと笑って言う倫に古城はきょとんとしている。

 

「え?」

 

浅葱は高らかに挙げられている自分の手と倫の顔、古城の顔を見渡して、

 

「ええええぇ――っ!?」

 

どうしてこうなったのかわけがわからず叫ぶ浅葱だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曹くん、そこにあるお皿取って」

 

「はい。あ、凪沙ちゃんそっちにある胡椒(こしょう)とってくれないか」

 

はい、と手を伸ばして渡してくる凪沙から胡椒を受け取り、フライパンのなかに振りかざす。

 

「相変わらず手際良いね。わ~おいしそう!」

 

「まあ、俺が作ってるのは手軽なものが多いけどね。時間があれば凝ったものも作れるけど」

 

そういってフライパンから皿に移したのはトマトと卵の炒め物。半熟卵にトマトを入れ、塩と胡椒で味付けした実にシンプルなものだが、トマトの酸味が卵の甘みを引き出し、あっさりと食べられるので口直しにはなかなかの一品である。

そのほか色々と作った劉曹はんーっ、と軽く背伸びをする。

 

「でも意外だな~、楠くんが料理できるなんて」

 

すると、リビングに座っていた倫からそんな声が聞こえてきた。

 

「まあ、できて損はないからな。一人暮らしだから余計に必要だったんだよ」

 

「俺も食ったことあるが、劉曹の作る飯にハズレはないぞ、誰かと違って」

 

そういいながら目を向けてくる基樹に浅葱は不機嫌そうに返した。

 

「なによ、わたしだってやれば出来るんだから」

 

「そういうのはやってからいうことだな、浅葱」

 

料理をおきながら言う劉曹にぐっと言葉に詰まる浅葱。そんな彼女を回りは苦笑いしながら見ていた。

 

「こんなものかな、みんな座って座って!」

 

凪沙の一声でみんなが席に着く。そしていつの間にか持っていたクラッカーの紐を引っ張った。

 

「それじゃあ――夏音(カノ)ちゃん、退院おめでとう!」

 

爆ぜる音と共に凪沙の声が響く。夏音はいきなりなった音に縮こまりながらも柔和に微笑み、

 

「あ、ありがとうございます、皆さん……私なんかのために」

 

「なに言ってんの。今日は夏音ちゃんが主役なんだから。ほら食べて食べて。このサラダとかコロッケ、曹くんと作ったんだ。ソースやドレッシングも自家製だよ!」

 

「劉さんと……?」

 

夏音はちらりと劉曹の方を見る。劉曹は夏音に気づいたのか、優しい笑みを浮べる。

 

「うまく出来てると思う、遠慮せずに食べてくれ」

 

「はい……いただきます」

 

夏音は箸を伸ばし、料理を口へと運ぶ。その直後、頬に手を当て幸せそうに微笑んだ。

なにも言わなかった夏音だったが表情と仕草でわかった劉曹や凪沙は嬉しそうに笑う。

 

「おー、さすが凪沙ちゃんと劉曹だ。いつもながら美味い」

 

「ほんとね。古城の妹にしとくのがもったいないわ」

 

「おまえらな……」

 

「まあ、いいじゃないか古城。こういうときぐらい」

 

堂々と居座って料理を口に運び、勝手なこと言っている二人を呆れたように咎める古城を劉曹は(なだ)める。みんながおいしそうに食べているのを見ていた劉曹はいつの間にか一人、この場からいなくなっていることに気がついた。

 

「へえ、ここが暁くんの部屋かぁ。意外に普通だね。うーん。興味深いな」

 

「他人の部屋に入って早々、ベッドの下を物色するのもどうかと思うぞ、築島」

 

床に(かが)みこんで弄っている倫に劉曹は呆れたように言う。古城もなにやってんだよ、と上擦(うわず)った声で倫を止めていた。それでも倫は止まらず、部屋を探索する。

 

「あ、アルバム発見。見てもいい?」

 

「いいけど、そこにあるのは小学生のときのやつだから、別に面白くないと思うぞ」

 

「いやいや、小学生の頃だからこそ興味がそそられるのだよ」

 

そういって倫はアルバムを開く。古城の警告とは裏腹に興味を持った雪菜や浅葱も倫の周りに集まっていく。

 

「小さい頃の暁くんだ。今とあんまり変わらないね」

 

「小学生の時代の先輩……かわい……い?」

 

「なんで疑問系なんだよ!? そこは素直に褒めるところだろ!」

 

憤然と文句をたれる古城。そのやり取りを聞いていた夏音がクスクスと笑う。

 

「これって、古城が絃神市に引っ越してくる直前くらいよね」

 

「大体そんな感じだな。このあたりの写真は小六のときに撮ったやつだからな」

 

「こいつ、誰だ? よく一緒に写っているみたいだけど」

 

基樹がアルバムを持ち上げて訊く。劉曹も覗き込んだ。そこには古城と同じバスケ部のユニフォームを着たチームメイトの姿が映っていた。なかなか凛々しい顔立ちの小学生だ。

しかし、劉曹はその顔を見た瞬間、目を見開いた。まるでありえないようなものを見ているように。

そんな劉曹の反応は知らず、古城は端的に答えた。

 

「ああ、ユウマか」

 

「ユウマ?」

 

「ガキの頃から一緒につるんでた遊び仲間だよ。幼なじみっていうかバスケ友達っていうか、とにかく、腐れ縁の親友みたいなもんだな」

 

へえ、と倫が感心したように目を細める。

 

「男前だねー。暁くんの友達にしとくのがもったいないくらい」

 

倫の言葉に浅葱も頷く。そんな二人に古城は傷ついたように、

 

「おまえらさっきから好き勝手なこといいやがって、べつにいいだろ、俺の友達の顔がよくても!」

 

がーっ、と喚く古城に劉曹は教室での出来事を思い出し、質問する。

 

「今年の波朧院フェスタを一緒に回るってやつはこいつなのか」

 

「ああ、親戚のツテで、フェスタの招待チケットをもらったらしい。まあ、フェスタだけじゃなくて島の案内も頼まれたけどな」

 

二人の会話を聞いていた倫は含みのある表情で、浅葱の肩に手を置いた。

 

「お友達の案内じゃ仕方ないわね。ね、浅葱」

 

「いいわよ。どうせそんなことだと思ってたから」

 

そういって浅葱はテーブルの前に戻って隣にいる雪菜に「ねえ」と問いかけた。

 

「あなたは知ってたの? 古城の友達が来るってこと……」

 

「いえ」

 

雪菜が残念そうに首を振った。

 

「今、初めてお祭りの間の予定を聞きました」

 

ほんのわずか視線を交わして、二人は同時に溜息をついた。

 

「そういうやつよね」

 

「……ですね」

 

そろって慰める二人に劉曹は心の中で頑張れ、と応援しておくのだった。

 

 





いかがでしたでしょうか。
幕間の話は残しておきますが忘れてください。



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第三十一話


どうも、燕尾です。
第三十一話目です。





 

 

夏音の快気祝いのパーティーは盛り上がりを残したまま終了した。

お泊まり準備をしていなかった浅葱たちは、終電間際になって仕方なく帰宅した。残っているのは家の主である古城と凪沙。彼らのお隣の雪菜、夏音と劉曹であった。

劉曹は台所に立って皿洗いの手伝いをしている。

 

「そんな残ってまで片付け手伝わなくてもよかったのに」

 

「凪沙ちゃん一人でやるのも大変だろうからね。それに家も遠くはないから、気にしないでいいよ」

 

ありがとー、と凪沙は皿を拭きながら笑う。今の時代、食器洗浄機など便利なものがある中、凪沙は手洗いをしているのだ。理由を問いかけても、なんとなく、としか言わず真相は謎のままだった。

冷たい水でさらについた泡を落としていると、くいくいっと引っ張られる。振り向くとそこには劉曹の服の袖をつかんでいた夏音がいた。

 

「あの……私にもなにかお手伝いしたい、でした」

 

一人で居間にいるのが申し訳なくなったのか、夏音が手伝いを申し出てきた。ちなみに古城は風呂に入っており、雪菜は一時自分の部屋に戻って必要なものを取りにいっている。

 

「いいよいいよ。夏音(カノ)ちゃんはゆっくり(くつろ)いでて」

 

「でも……私だけなにもしないのも」

 

やんわり断る凪沙に食い下がる夏音。このままでは延々と続くだろうと思った劉曹は口を開く。

 

「それじゃあ、手伝ってもらおうか。夏音、ここら辺の皿を棚にしまっていってくれないか」

 

そういう劉曹に凪沙はえっ!? と驚いたような顔をして夏音ははい、と嬉しそうにして皿を片付けていく。

そんな夏音の姿を見て微笑んでいる劉曹に凪沙はむーっと頬を膨らまして睨んだ。

 

「どうした、凪沙ちゃん」

 

「なんでもない……そうくんのばかっ!」

 

そういって皿をすべて拭き終わった凪沙はすばやく自分の部屋に戻っていった。

なんで俺は罵倒されたんだ、と疑問に思いながらも夏音と共に皿を戻していく。

 

「あの、劉さん。すみませんでした」

 

「ん、なにがだ?」

 

唐突に謝る夏音に劉曹は問いかける。夏音は神妙な顔つきになって劉曹をまっすぐ見る。

 

「……夏音?」

 

この表情を見ていると、どうにも嫌な予感がする。なにか後悔しているような、今にも泣き出してしまいそうな、夏音はそんな顔をしていた。

 

「私、全部覚えていました」

 

「覚えているって、なにをだ?」

 

そう聞き返すも、もうそれだけで何のことだかわかっていた。

 

模造天使(エンジェル・フォウ)のことも、劉さんやお兄さんが私を必死に呼んでくれたことも。私、全部覚えてました」

 

模造天使――

 

魔術で霊的中枢の強化を施し、同類(なかま)と戦わせて強化したソレを喰らう。そうやって最後に生き残った一人が高次の存在へと進化させること。夏音の養父、叶瀬賢生が行っていた魔術儀式だ。

夏音はその実験体に選ばれ、最後まで残った一人だったのだ。霊的中枢を取り込んだ夏音は天使に近いしい姿まで変貌した。しかし、劉曹、古城、雪菜、ラ・フォリアの奮闘のもと元の姿に戻すことができたのだ。

事件の後、賢生は逮捕され人工島管理公社に拘束されている。模造天使の被験者たちにも一応事情聴取をしたらしいが、夏音をはじめとして彼女たちはなにも覚えていないと劉曹は那月から聞いていた。

だが、彼女は覚えているといったのだ。ということは、同類(なかま)と殺し合いをしたことや、市街地や無人島で劉曹たちと戦ったこともすべて覚えているということになる。

 

「私は……劉さんを殺そうとしました……何度も……何度も……っ!」

 

震えた声で夏音は叫ぶ。たくさんの人を傷つけた。なにより、自分に良くしてくれた人たちをを殺そうとしたことに心優しい少女は事件が終わった後も抱え込み、苦しんでいたのだ。

 

「ですから……許されることではないですけど……謝りたかった……でした」

 

心の内を吐露する夏音。涙を流し心の底から謝罪する彼女に劉曹は、

 

「許すよ」

 

「えっ……?」

 

ひとことだけそういう劉曹に夏音は戸惑う。しかし、劉曹は優しい笑みを浮べ、頭を撫でて言った。

 

「俺は……いや、俺たちは夏音を許す。だからもう泣かないでいい。苦しまなくていい。これからは笑って楽しく過ごしてくれ。それが、夏音がすることだ」

 

「……はい、ありがとう……でした」

 

そういって涙を浮べつつも、夏音は今まで見せたことのない最高の笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、兄さん」

 

日が変わり、周りが寝静まった頃に帰宅した劉曹を迎えたのは妹の愛華だった。

 

「愛華、まだ起きてたのか?」

 

「ええ、少し調べものをしていたので」

 

調べもの? と訊く劉曹に愛華はパソコンの画面を見せてきた。そこには数人の男女の画像が上がっていた。

 

「これは……犯罪者の写真か?」

 

「はい、過去に犯罪を犯して逮捕された人達のなかで、特に凶悪だったものと厄介だったものをピックアップしました。それぞれの事件の資料もファイルにしてまとめました」

 

画面のアイコンをクリックして、資料を見ていく。そのなかには重要でないものから極秘に扱われるべき内容まで事細かにまとめられていた。

 

「なあ、これはどうやってまとめたんだ? ここら辺のものは大抵公社あたりが情報規制かけて見られないようにしているはずなんだが」

 

「普通にハッキングしただけですけど?」

 

さも当然のように言う愛華に劉曹は頭が痛くなる。愛華は何かを期待したように劉曹を見つめていた。

 

「まあ、助かった。ありがとな、愛華」

 

「はい……」

 

眼を細め気持ちよさそうにする愛華。彼女に対してまだまだ甘いなと思いながらも優しく愛華の頭を撫でてやる劉曹。

 

(………………)

 

すると自分のなかでドス黒いものが渦巻き始めた。まるで今まで溜め込んでいたものがためにたまって漏れ出したように。心当たりのある劉曹は冷や汗が止まらない。

 

「そ、空音……?」

 

(つーん……)

 

今まで劉曹の奥底にいた神様が我慢ならずに表層まで出てきたのだ。しかし、声をかけても反応がない。

 

(劉曹、最近私を忘れてたよね……具体的に四話分くらい忘れてた)

 

「本当に具体的だな。そういう発言はよくないぞ――そうだな、後でなんだって空音のいうこと聞いてやるから我慢してくれ」

 

(……本当に?)

 

劉曹は半ばやけくそ気味に答えた。空音はそっか、と機嫌を良くしたのか身を再び潜めてくれた。

 

「なにを一人で呟いているんですか、兄さん」

 

「な、なんでもない! なんでもないぞ愛華」

 

不思議そうに顔を覗き込む愛華に劉曹は少しどぎまぎしながら返し、再びパソコンへと目を向ける。画面をスクロールしていくなかで、劉曹はあるところで止めた。

煌びやかな長く黒い髪に燃えるような紅い眼。和装美人という言葉がぴったり合うような顔立ち。写真だけなら、それ相応の人気が出そうな人物だ。

しかし、画面に映っているのは過去に犯罪を犯した者だ。それも格段と凶悪な事件を起こしたものである。

 

「解放、ねぇ……面倒臭いことにならなければいいんだが」

 

これからのことを考えると溜息しか出ない劉曹。

絃神島の夜は静かな熱を帯び、不穏な風が吹きぬけたまま更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、劉曹と愛華はまた空港に来ていた。それというのも、

 

「なあ、なんで俺たちは柱に隠れているんだ?」

 

目の前にいるのは華やかな髪型の女子高生と、ヘッドフォンを首にぶら下げた短髪の若い男――浅葱と基樹である。変装しているつもりなのか、それぞれ目元をド派手なカーニバルマスクで覆っていた。

 

「静かにしなさい、ばれちゃうじゃない」

 

浅葱が(とが)るように言う。おそらく古城にはもうばれているのだろうなあ、と思うも、劉曹は口にしなかった。

いま古城は妹の凪沙と友人の夏音と雪菜と一緒にこれから来る人を待っていた。すると古城はこちらに寄ってきて、

 

「ところで、なんでお前らまでいるんだよ」

 

案の定不機嫌そうに劉曹たちを睨んで言ってきた。

 

「……よく見破ったわね、あたしたちの完璧な変装を」

 

浅葱は正体を看破されたことに若干の驚きを感じながら渋々とマスクをはずす。

 

「いや変装云々(うんぬん)より、隣に劉曹と愛華さんがいる時点でバレバレだっつーの。どっかから持ってきたんだ、そんな仮面」

 

「いやー、仮装パレードようのやつをちょっとな」

 

仮面から生やしたクジャクの羽を撫でつつ、矢瀬は得意げに胸を張る。

 

「おまえら、そんな手間暇かけてなにがしたかったんだ? 劉曹や愛華さんも混ざって」

 

「悪いな、俺らもおまえの幼なじみを一目見ておきたかったんだよ」

 

古城に視線を向けられた劉曹と愛華は苦笑いする。古城は呆れたように、

 

「それならわざわざ隠れて見に来なくても、言ってくれれば普通に紹介するのに……」

 

「それは俺も言ったんだがな、この二人に止められたんだよ。それより――来たみたいだぞ」

 

「は――?」

 

「――古城!」

 

劉曹が言ったことの意味を問いかける前に頭上から誰かが大声で古城の名を呼んだ。

その声につられて全員が顔を上げる。そこから見えたのは、階段から身を乗り出した快活そうな少女だった。

 

「うおっ!?」

 

突然のことで叫んでしまったがどうにか少女を受け止めた――――劉曹が。

 

「おい、人を間違えているぞ……」

 

抱き合うような姿勢になってしまったが、そんなことを気にする余裕もなく、劉曹は少女に言う。

 

「あれ? 古城の上に飛び降りたつもりだったんだけど、ごめんね」

 

爽やかに笑いながら謝る彼女を劉曹は呆れながらもそっと地へと降ろす。

 

「ユ、ユウマ!?」

 

「久しぶり。元気そうだね、古城」

 

ユウマと呼ばれた少女が、悪戯っぽく目を細めて笑う。ボーイッシュと呼ぶには可憐すぎる笑顔だ。

 

「相変わらず無茶苦茶するな、おまえは。劉曹も大丈夫か?」

 

「ああ、問題ない。ユウマ……だったか、君も大丈夫か?」

 

「うん、君が受け止めてくれたおかげでなんともないよ。ありがとね」

 

純粋な笑顔を浮べていう少女。それに対して劉曹はああ、とぎこちなく返すことしかできなかった。そんな二人の間に凪沙が劉曹だけを押しのけるように割り込んだ

 

「ユウちゃん、久しぶり!」

 

「凪沙ちゃん。美人になったね。見違えたよ」

 

「またまたー……こないだも写真を送ったばっかじゃん」

 

「いやいや。写真より実物はもっとね」

 

再会の喜びをしている少女と暁兄妹を呆然と眺めている雪菜たち。すると突然、浅葱が隣にいる雪菜の肩をつかんで勢いよく揺さぶった。

 

「なにあれ。どうなってるの!?」

 

「そ、それはわたしに聞かれても……」

 

雪菜が珍しく途方に暮れたように口ごもる。小学生時代の友人を迎えに来たはずの古城がどうしてあんな美少女と親しげに会話しているのか、第四真祖の監視者たる彼女にもさっぱりわからないのだ。

 

「そういえば古城と凪沙ちゃん、写真を見ていたとき、ひとことたりとも男だって言ってなかったな」

 

混乱している二人に劉曹はぼそっと呟いた。その言葉に雪菜と浅葱は不満そうに沈黙する。すると一通りの会話が終わったのか古城は劉曹たちの方を見て、

 

「ユウマ、紹介するよ。こっちの二人は凪沙のクラスメイトの叶瀬夏音と姫柊雪菜。こっちの二人はただの通行人」

 

「誰が通行人かっ!?」

 

夏音と雪菜はぺこりと一礼し、ぞんざいに紹介された浅葱は本気で怒鳴って、基樹はちわーす、と軽く挨拶をする。

 

「で、さっきおまえを受け止めたのが楠劉曹でその妹さんの愛華さん」

 

よろしく、と言う劉曹と愛華を少女はじっと見ていた。

 

「どうした、ユウマ?」

 

「い、いや、なんでもないよ!」

 

古城に問いかけられた少女は慌てたように誤魔化して、礼儀正しく頭を下げた。

 

「仙都木優麻です。みなさん、どうぞよろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港で自己紹介等を済ませ、劉曹たちはキーストーンゲートの最上部の展望ホールへと来ていた。

お一人様千円という少々高く感じる入場料金だったが、ホールは想定以上に混んでいた。

観光のためにきた優麻はもちろん、定番スポットとはいえ、普段見ないような景色に古城たちも感嘆としている。

劉曹と愛華は少しはずれのところにから真剣な眼差しで優麻を見ていた。

 

「兄さん、やはり彼女は……」

 

「ああ、間違いない。考えたくはないが、もしものときは頼む、愛華」

 

「はい」

 

「そうくん、愛華さん、なにやってるの?」

 

いきなり後ろから声をかけられて驚く劉曹と愛華。そんな二人を不思議そうに凪沙は見る。

 

「なんでもないよ。どうしたの、凪沙ちゃん?」

 

「せっかく来たのに、そうくんと愛華さん風景とか見ないでずっと話してるから、もったいないよ!」

 

「ご、ごめんなさい凪沙さん、少し気になることがあって兄さんに訊いていたんですよ」

 

「気になること?」

 

「え、ええ。わたしもこの島に来ることはありませんでしたから。あまり知らないんですよ」

 

「そうなの? それじゃあ、あたしが教えてあげるよ!」

 

そういって凪沙は愛華の手をとりウィンドウガラスのほうまで走っていった

最初に合ったときのような緊迫した様子がなくなってよかったと劉曹は安堵の息を吐く。

 

「あんたも、古城に負けず劣らずのシスコンよね」

 

「だよな。劉曹も愛華ちゃんのことになると考えが甘くなるもんな。いまも連れて行かれる愛華ちゃんをずっと目で追いかけてたみたいだし」

 

後ろでニヤニヤしながら言っている浅葱と基樹に劉曹は不満そうに返した。

 

「別にそういうわけじゃない。愛華と凪沙ちゃんが最初あったとき、雰囲気が悪い感じだったからな。ああいう風に仲良くなっていてよかったと思ってただけだ」

 

「劉曹……気づいてないのかしら」

 

「こいつ、人のことには敏感なくせに自分のこととなると超鈍感だからな。凪沙ちゃんも愛華ちゃんもこれから大変な目にあいそうだ」

 

そろって溜息をつく浅葱と基樹に納得がいかない劉曹。すると突然、ポケットの中のスマートフォンが振動した。

ありえないことに、浅葱と基樹にも着信が来ていたみたいで三人それぞれはなれて電話に出る。

 

「もしもし、どうしておまえが俺の電話番号を知っているんだ? ラ・フォリア」

 

『うふふふ、あなたが眠っている間に登録しておいていたんです』

 

アルディギアの王女様は悪戯がうまくいって喜ぶような声で言う。劉曹は呆れたように溜息をついた。

 

「それで、急にどうしたんだ。確か今日帰国の予定じゃなかったか?」

 

劉曹が問いかけると神妙な声でラ・フォリアが答えた。

 

『それが、不思議なことがおきまして』

 

「……どういうことだ?」

 

なにも問題がなければ飛行場から飛行機に乗ってアルディギアに帰国するはずなのだが、彼女はまだ絃神島にいるのだ。飛行機に乗ってないとなるとなにかしらの問題が起きたことになる。

必然的にそう考えた劉曹は追求するようにラ・フォリアに状況の説明を求めた。

 

『ありのままを話しますと、航空機に乗ろうとした瞬間、建設中の増設人工島にいたんです』

 

「なんだって?」

 

信じがたい話に劉曹は困惑する。だが、わざわざ王女様がいたずらを考えて言っているとは微塵にも思わなかった。

 

『それだけではありません。扉やゲートをくぐる度にいつの間にかまったく別の場所にいるんです』

 

「なるほどな……」

 

劉曹は、いま彼女たち――だけでなくおそらく絃神島に起こっているであろう事態が把握できた。その考えが正しければかなりまずい状況である。

 

「ラ・フォリア。いま、誰と一緒にいる?」

 

劉曹は確認を取る。アルディギア王族の強力な霊媒体質で並外れた戦闘力を持っている彼女でもさすがに一人は危ないのだ。だが、いい意味でラ・フォリアは劉曹の考えを裏切った。

 

『となりには紗矢華が。彼女はいま、古城に連絡を取っています』

 

そういわれて古城のほうをちらりと見ると、彼も電話で話していた。

 

「そうか、今のところは大丈夫そうだな。俺に連絡したってことはなにか頼みたいことがあるんだな」

 

『ええ、夏音のことを頼みたいんです』

 

「夏音?」

 

予想外の人物名がでてきて劉曹はオウム返しに聞き返した。

 

『夏音の護衛のために呼び寄せたアルディギアの騎士たちと連絡が取れません。今回の異変は、彼女とは無関係だと思いますが、気にかけてあげてもらえませんか』

 

「ああ、わかった。任せておけ」

 

『お願いしますね。それと、くれぐれも無理はしないようにしてください』

 

「別に俺は無理なんか『いいですね?』……はい」

 

では、といって王女様からの通信が切れる。最近、押しに弱くなってしまったとつくづく思う劉曹だった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

次回更新も頑張ります。




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第三十二話


どうも燕尾です。
三十二話目、です。





 

 

劉曹がラ・フォリアとの通話を終えた同じタイミングでそれぞれの通話が終わった。すると、浅葱と基樹は深刻な顔をしてエレベーターへと走り出す。

 

「悪い、俺、少し用ができたから帰らせてもらうわ」

 

「わたしもちょっと臨時のバイトが入ったから帰るわ」

 

「お、おう……」

 

あまりの突然のことで紗矢華との通話を終えた古城も拍子抜けの様子で彼らを見送る。古城は視線で劉曹に問いかけたが、彼も首を横に振るだけだった。

彼らがエレベーターで下りたのと同時にエレベーターである人物が上がってきた。

藍色の髪に淡い水色の瞳。人形めいた無機質な美貌。あからさまに場違いなメイド服を着た人工生命体(ホムンクルズ)の少女は劉曹を発見するや否や、劉曹のもとに寄って、

 

「捜索対象を目視にて確認」

 

「どうした、アスタルテ」

 

「現状報告。本日午前九時の提示連絡を持って教官との連絡が途絶しました」

 

「……連絡が途絶?」

 

「南宮先生が失踪したということですか?」

 

劉曹の隣で聞いていた古城と雪菜が、半信半疑の表情で聞き返す。アスタルテは肯定、と淡々と首肯した。

 

「発信機、および呪符の反応も消失(ロスト)しています」

 

そうか、と劉曹は一片の戸惑いも見せず返し、アスタルテの次の言葉を待つ。

 

「このようのような場合の対応手順を、事前に教官から伝えられています」

 

「那月ちゃんはなんて言ってたんだ?」

 

叶瀬夏音(かなせかのん)を最優先保護対象にし、劉曹の指示を仰げ。とのことです」

 

ほとんど丸投げじゃねーか、と劉曹は呆れたようにため息をついた。

 

「ちょっと待ってくれ、那月ちゃんは自分がいなくなるって前から知ってたのか?」

 

「不明。データ不足より回答不能」

 

古城がアスタルテに問いかけるも、彼女は目を伏せ答えるだけだった。

アスタルテもまた、那月の失踪に不安を感じているのだろう。口数こそ少ないが、表情がわかりやすくなっているアスタルテに古城はすまん、とひとこと謝る。

 

「なんか……嫌な感じだな」

 

「同感です。楠先輩はどう思いますか? 今回のこと」

 

古城と雪菜がそろって劉曹を見る。だが、劉曹はなにやら考え事をしていたようで反応がなかった。

 

「楠先輩……?」

 

「あ、ああ……どうした?」

 

なにも聞いていなかった劉曹に雪菜は不思議に思いつつももう一度問いかける。

 

「ですから、南宮先生の失踪や紗矢華さんやラ・フォリアに起こった異変についてどう思います?」

 

「そのことか……」

 

そのこと? と雪菜が聞き返す前に劉曹は言葉を重ねる。

 

「那月ちゃんなら特に問題はないだろう。あんなナリでも攻魔官なんだ。仕事で誰にもわからせないようにしていたとしてもおかしくはないしな。異変については今のところ、各々(おのおの)気をつけておけとしか言いようがない」

 

「まあ、そうだよなぁ……」

 

古城は劉曹に同意するが、雪菜はどこか釈然としないような表情だった。

 

「アスタルテは那月ちゃんが言った通り、夏音の護衛を最優先に頼む。姫柊、悪いが那月ちゃんが戻ってくるまで二人を泊めてやってくれないか?」

 

命令受諾(アクセプト)

 

「え、あ、はい、大丈夫ですよ」

 

「とりあえず、俺は今から那月ちゃんの足取りを調べてみる。愛華、いくぞ」

 

「わかりました。では皆さん、また」

 

劉曹と愛華は足をそろえて、立ち去っていった。古城と雪菜はそのうしろ姿を怪訝そうに見つめるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいんですか?」

 

劉曹の後ろを歩いていた愛華が唐突に問いかけてくる。劉曹はなにがだ、と振り返ることなく訊き返すと、彼女はどこか心配した口調で、

 

「南宮攻魔官と……優麻さんのことを古城さんや雪菜さんに言わなくて」

 

「那月ちゃんに他言無用って言われたんだ、喋るわけにはいかない。それに仙都木優麻(とこよぎゆうま)のこと言っても意味ないだろ」

 

「ですが……」

 

「俺なら大丈夫だ。心配要らない」

 

珍しく食い下がってくる愛華を遮って、劉曹は言い聞かせるように優しく言葉を放った。

愛華はわかりました、と頷くが、その顔はまだ納得がいかないようだった。だが、これ以上劉曹に言えることはなにもなく再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島内を軽く一周して、古城たちが自宅に戻ってきたのは日没前のことだった。

前夜祭のイベントはパスして明日の波朧院フェスタ本番に備えて早めに休むことにしたのだ。

 

「もしもし、どうだ、そっちは」

 

『問題ありません。叶瀬さんはいま、アスタルテさんとお風呂に入っています』

 

夕食を食べ終え、凪沙と優麻が仲良くお喋りをしながら皿を洗っているなか、古城は雪菜と連絡を取っていた。

 

「悪いな、護衛を押し付けるような形になって」

 

いくら、劉曹に指示されたとはいえ、雪菜一人に負担をかけていることに申し訳なく思った古城はひとこと謝る。

 

『かまいません。もし、なにか起きたとして、凪沙さんや優麻さんを巻き込むほうが危険ですから。それに先輩は優麻さんとつもる話もあるでしょうし』

 

雪菜の気遣いを古城は嬉しく思った。ここで彼が言うのは謝罪の言葉や労いの言葉ではない。

 

「いつもありがとな、姫柊」

 

『い、いえ、別にどうってことも』

 

感謝の言葉を述べた古城に照れた様子を隠すように返す雪菜。しかし、次の瞬間には真面目な声で、

 

『それより先輩、今日の楠先輩どう思いますか』

 

「劉曹?」

 

唐突に話が変わり、出てくるとは思わなかった名前が出て、古城は素で返してしまう。

 

『はい、今日の楠先輩はどこかおかしいと思いませんでしたか?』

 

そう雪菜に言われて古城はしばし考える。今まであまり気にはしなかったが、言われてみれば確かに今日の劉曹は様子がおかしいように思えた。

那月の失踪に一片の不安や疑問を持たず、紗矢華が絃神島で起こったという異変にも動じず淡々と指示を出す劉曹。もともと荒事に慣れているとはいえ、今回は妙に落ち着きすぎていたと、思い出しながら口にする古城に、雪菜も同意した。

 

『わたしもそう思います、楠先輩はなにか知っていたのではないでしょうか』

 

「なにかって、なんだ?」

 

『わかりません。ですが、おそらく南宮先生の失踪とこの異変についてだと思います』

 

「言わなかったのは俺たちを巻き込みたくなかったから、か」

 

そういって古城は溜息をつく。劉曹は誰にも相談することなく一人で解決しようとする傾向がある。今回もその範疇(はんちゅう)だということだろう。自分にできることはほとんどないといわざるを得ないが、それでも手伝えることがあるとは思っていた。

なのに、劉曹はなにも言わない。それはそれでどこか虚しく思えてくる。

まあ、この体質になる前まで普通に過ごしていた古城は劉曹にとっては一般人という扱いなのだろう。そう考えたらまだ納得はできた。

 

『先輩?』

 

考え込んでいた古城の耳に雪菜の声が通った。古城は慌てて返す。

 

「ああ、悪い、ちょっと考えてた。とりあえず、俺たちは俺たちの出来ることをしよう」

 

『はい、それでは、また』

 

雪菜からの通話が切れる。それと同時に優麻がエプロンで濡れた手を拭きながらやってきた。

 

「今の、姫柊さんかい?」

 

「え、ああ……」

 

急に声をかけられた古城はそっけない答え方をしてしまった。そんな古城に優麻は一瞬、遠くを見るような表情を浮かべ、

 

「ときどきさ……古城から彼女と同じ(にお)いがする」

 

「え!? なにそれどういう意味?」

 

優麻の言葉に反応したのは凪沙だった。彼女は包丁を握り締めて、古城を睨んだ。同じ匂い、という発言を物理的な意味で捉えたのか、目が洒落になっていない。

慌てている古城を尻目にクスクスと優麻が笑っていた。

 

「なんてね、それくらい仲がよく見えるってこと。たまに二人でこそこそ内緒話をしてたからさ」

 

勘弁してくれ、と古城は呆れたように溜息をつく。凪沙も正気に戻ったようで、包丁を下ろしてくれた。

 

「古城君、なにもしないなら先にお風呂入っちゃってよ、あたしユウちゃんと後で入るから」

 

「ああ、わかったよ……」

 

邪魔者を追い払うような口調で言われて、古城は着替えを持って脱衣所に向かう。そして、もそもそと衣服を脱ぎ、バスルームの扉を開ける。

その瞬間、視界が揺れた――。

戸惑いの声を上げる暇もなく、真っ白な湯気が漂うバスルームの中に入ってしまう。

 

「なんだ……今の……って、え?」

 

状況を確認しようとした古城は目の前のことを理解できずに、呆然と立っていた。

 

「お兄さん……ですか?」

 

「第四真祖の侵入を確認」

 

古城が入ってきたのに気づいて振り向き言うのは銀髪の少女と人口生命体の少女。

 

「叶瀬……とアスタルテ? なんで……!? ここ、俺んちの風呂……」

 

明らかにいるはずがないと思っていた二人がいたことに動揺しながら周りを見渡した古城は異変に気づいた。

造りと間取りは暁家とどこも変わっていない。しかし、浴槽や蛇口の位置が対象になっていた。

 

「すみません。先にお風呂いただいてます」

 

シャンプー中にもかかわらず、礼儀正しく頭を下げて夏音が言う。泡まみれの姿でも透き通るような彼女の肌の白さはよくわかる。無表情なアスタルテから来る視線がいつもよりなぜか痛い。

 

「あ、ああ……どうぞ……ごゆっくり」

 

古城は回れ右をして浴室を出ると、後ろ手で思い切り扉を閉めた。

その瞬間、ものすごい勢いで噴出した冷や汗が古城の全身を濡らした。

 

「……なんだ、今のは!? どうなってんだよ!?」

 

もう一度周囲を見回すがそこにあるのは見慣れた暁家の脱衣所だ。洗面台の棚にもちゃんと古城の歯ブラシが置かれている。

すると凪沙と優麻が勢いよく脱衣所に入ってきた。

先ほどのドアを閉める音がキッチンのほうにも聞こえたのか二人は脱衣所まで来てしまったのだ。

 

「古城君! どうしたの!? なにかすごい……音……が……」

 

「古城! なにかあった……の……?」

 

入ってきた二人の声が目の前の光景で徐々に弱まっていった。その直後、古城も自分の状態を把握した。

先ほどまで腰に巻いていたタオルが(ほど)け落ち、古城はいま、なにも見につけていないのだ。つまり、素っ裸を見られているわけで――

 

「こ、古城君のヘンタイ――――っ!!!!」

 

顔を真っ赤にした凪沙は家のどこにそんなものがあったのかは知らないが、巨大なハンマーを取り出して、思い切り古城の頭へと振り下ろす。

 

「不可……抗…力……だ…」

 

頭にでかいたんこぶをつけられた古城はそのまま地面へとダイブして、意識を失うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ねぇ劉曹、暇だよ~)

 

「空音、俺はいま作業中なんだ。それに、そんなこと言われても中にいるんじゃなにも出来ないだろ」

 

自宅のパソコンで作業をしていた劉曹は聞こえてくる間延びした神の声に困ったように返す。

すると、空音は名案を思いついたといわんばかりの明るい声で言った。

 

(そうだ、劉曹。わたしを外に出してよ!)

 

「無理だ。空音を外に出したら周りに被害をもたらしかねない」

 

(……なんだって言うこと聞くって言った)

 

即答する劉曹に空音はいじけたように呟き、その言葉に劉曹はうっ、と言葉に詰まった。

 

(劉曹はあとでなんだって言うことを聞くって言ったよ、あれは嘘だったの……?)

 

悲しみを含めた言い方に劉曹は諦めて、はあ、と溜息をつく。

 

「わかったよ……」

 

(ほんと?)

 

「ああ、言うこと聞くって約束だったからな。ただ、周りのことを考えて力を抑えておいてくれよ」

 

うん! と元気よく二つ返事する空音。劉曹は苦笑いしながら意識を集中させる。

 

「我、御身の器となりて共に在らん」

 

静かに言葉を紡いだ劉曹から光が溢れ出た。その光は部屋の一点に集中する。

 

「いまこそ我が名のもとに、顕現せよ。世界を創造せし一柱――天照大神」

 

劉曹がそう叫ぶと光が人の形を作っていき、実体と化していく。

床にまでとどきそうな(つや)やかな黒い髪。肉付きがよく、しかし、決して太っているわけではないバランスの取れている身体。深紅色に染まっており、この世のものを全て虜にしてしまいそうな大きな瞳。

 

「久しぶりに外に出たよ」

 

んー、と大げさに体を伸ばし、周りをきょろきょろと見回す空音。中にいた時は劉曹が見ているものと同じものしか見えなかったが、全てを見れるいま、彼女にとってこの世界は新鮮なものなのだろう。

そんな彼女の姿を微笑ましく見て、劉曹も身体を伸ばす。長い間、デスクワークに勤しんでいたので一部凝っていたのだ。

 

「さて……それじゃ、俺は続きやるから適当に(くつろ)いでてくれ」

 

一通り身体を伸ばした劉曹はもう一度パソコンに向かおうとする。しかし、

 

「だーめ、えいっ!」

 

「うおっ!?」

 

突然飛びついてきた空音を受け止めた劉曹はバランスを崩し倒れこんでしまう。

 

「いきなりなにするんだ」

 

空音が劉曹を押し倒したような体制になり、劉曹は咎めるようにいう。だが、空音に反省の色はなく、えへへ、と笑っていた。そんな彼女の笑顔を見て苦笑いする。

 

「こうして劉曹と触れ合うのはいつ以来からかなー?」

 

大人びた容姿の割りに、子供のような無垢な笑顔を浮かべて言う空音。そんな彼女を見て劉曹はいつぶりだろうかと記憶を辿る。

それを思い出すと同時に、罪悪感がこみ上げてくる。

考えてみれば今まで劉曹は空音に何一つ楽しいことなどをさせたことがなかった。この世界に関与させたときは必ず仕事のときだけで、こうして気楽に外に出すことなんてしてこなかった。

だけど空音は一切文句を言わず、俺と一緒にいてくれた。いまさらながらにそれを自覚した劉曹はばつが悪くなる。

 

「空音」

 

劉曹は自分でつけた天照大神の名前を呼ぶ。出会ったときにつけてと言われてつけた神様の名前。

いましかない。これからと向き合っていくには、今ここで空音としっかり話さないといけない。俺は覚悟を決めて、しっかりと空音を見る。そして、

 

「――ずっと放っておいて、悪かった」

 

「えっ……?」

 

唐突な謝罪の言葉を言う劉曹に空音は首をかしげる。劉曹は動くことなくまっすぐ空音を見て、目を伏せた。

 

「俺は、都合のいいときだけ空音を呼び出して、どうでもいい理由を勝手に作って閉じ込めていた」

 

自嘲するようにポツリと話す劉曹。空音は真面目な面持ちでただ聞いていた。

 

「空音の優しさに甘えていたんだ。なにも言わないでそばにいてくれるお前の気持ちをわかろうともしないで、俺はただ自分を優先させていた」

 

「……」

 

空音はなにも言わない。結局、また彼女の優しさに甘えることになった劉曹だったが、それでも言わなければならない。

 

「自分ばかりで、空音にはなに一つしてやれてなかった。だけど、空音はずっと一緒にいてくれた」

 

それだけで、俺はいつも救われていた。一人の世界に空音が光を差してくれた。

俺は空音の頬を手でなぞる。

 

「今までごめんな、空音。それと――ありがとう」

 

ありがとう、そうはっきり言った劉曹に空音は驚いた顔をしたあと柔和に微笑み、劉曹の首に手を回す。

 

「なにを……――っ!?」

 

確認する暇も持たせないまま空音はぐんっと劉曹を抱きしめた。勢いよく空音の胸へと引き寄せられた劉曹は絶句する。

 

「おい、なにしてるんだそら――うぷっ」

 

抗議の声を上げようとする劉曹だったが空音の胸に顔がうずまり、声を発するどころか、息が出来なくなった。どうにか離れようとするが体勢が悪く、彼女の方が力が強いため離れることもできない。

すると、空音は抵抗している劉曹の頭を優しく撫で始めた。

 

「わたしはね、昔からずっと人や神に畏れ敬われてたの。わたしはそれが寂しくて嫌だった」

 

悲しそうな声で語り始めた空音に、劉曹は抵抗するのをやめる。

 

「それが原因で一時期荒んでいた時があったの。わたしは嫌な気持ちを発散しようとこの世に降り立った。それである場所で一人の幼い男の子に出会ったの」

 

覚えている。その場所も、どんな状況だったのかも、忘れたことは一度もない。

 

「その男の子は心がない人形のような子だった。でも感じたの、奥底のなかにある何か暖かい感情を」

 

空音は逃がさないようにしていた腕の力を弱めた。しかし、劉曹はそこから離れることもなく話を聞いている。

 

「その子にある感情を知るためにわたしはしばらく小さい男の子を観察してた。その子は幼いながらも人を助ける仕事をしていたの。ずっと見ていてわかったことは、すごいことに男の子がいた仕事では犠牲者どころか負傷者もいなかった。ただ一人を除いて――誰だと思う?」

 

「わからない」

 

即答する劉曹に空音は苦笑いをして答えを言う。

 

「男の子自身だよ。彼はいつも決まって死んでもおかしくないような傷を負って戻って来たの」

 

「幼かったから、どこかで失敗でもしたんだろう。犯罪者とのやり取りは命のやり取りだ。向かってくる奴の年齢なんて関係ない」

 

まったくの正論を劉曹は言う。だが、空音は首を横に振った。

 

「確かにそうだね。でも違う。その男の子は怪我した人たちを力で治していったの――自分の体を使ってね」

 

「……」

 

「それがわかったとき、わたしは一緒にいたいと思ったの。この子といたら退屈もしないし、わたしが抱えてたものが薄れるかなって」

 

劉曹が話し終えたとき彼のことを責めることをしなかったのは、空音もまた自分の都合で行動していたに過ぎないとわかっていたからだ。

 

「わたしも甘えてたの。わたしを受け入れてくれた劉曹に。みんなから畏れ恐れられてたわたしを一人の人間のように接してくれた君に」

 

「空音……」

 

「だからね、わたしも、ありがとう」

 

優しい笑みを浮かべ、少し顔を紅くして空音は見つめる。それは神でもなんでもない一人の少女の笑顔だった。

 

「ここで顔を背けるなんてひどいよ」

 

劉曹は気恥ずかしくなったのか顔を背けた。が、空音がそれを許さず顔を抑えられて真正面を向かせられる。

 

「空音、今更だけどこの体勢は本当にやばい。放してくれ」

 

真面目な話をしていただけに頭の中の彼方に追いやっていたが、いま、劉曹と空音は抱き合っているのだ。しかし、空音は、

 

「いいじゃん、せっかく劉曹が素直になってくれたんだから。今まで構って貰えなかった分甘えさせてよ」

 

「その気持ちはわかってやらないでもないけど、こんなところを愛華に見られでもしたら俺は――」

 

「なにやってるの……お兄ちゃん……」

 

扉のほうから聞こえる声が説得を試みようとした劉曹の言葉が遮られる。

 

「……殺されるんだ」

 

自分の末路を言葉にした劉曹はおもちゃのようにぎこちなく振り向いた。そこには笑顔の般若がいた。

 

「わたしが作業しているお兄ちゃんのために夜食を作っている間、お兄ちゃんは部屋で知らない女の人とイチャイチャ……ふ…ふふふ……」

 

「愛華、落ち着け……決してイチャイチャしているわけではないから。この子は俺の知り合いで今後の話をしてただけだから」

 

「今後の……話……?」

 

うんうんと劉曹は勢いよく頷いた――それが、どつぼに嵌っているとも知らずに。

 

「抱き合っている状態で今後の話……結婚……子供……夜の営み……!?」

 

「どうしてそうなる!?」

 

「ふ、フフフフフ……」

 

ゆらりゆらりと劉曹に近づく愛華。その一歩一歩が彼の死へと近づいている。

 

「お兄ちゃんの馬鹿ああああああ!!」

 

他の住人が寝静まったころ、一人の男の叫び声がマンション中に轟いた。

 

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか?
また次回にお会いしましょう。
ではでは~



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第三十三話



どうも、お久しぶりです。
卒論が終わる気がしない!





 

 

「事情がよく()みこめないのですが……」

 

冷たい板張りの床の上で、古城は深々と土下座していた。暁家と同じ間取りだが、ほとんど格のない殺風景な部屋。雪菜のマンションのリビングである。

ひれ伏す古城を見下ろすように、彼の正面に仁王立ちしているのは雪菜。彼女の隣には、洗い髪の夏音とアスタルテの姿もある。

 

「……つまり、叶瀬さんとアスタルテさんのお風呂をのぞいたので、自首しにきた、ということですか?」

 

「違う! いや、違わないけど、最大の問題点はそこじゃない!」

 

確かに、夏音とアスタルテの入浴中に乱入してしまったのは事実だが、暁家の脱衣所が、隣の姫柊家の風呂場につながっていたのだ。古城は必死に重要な点を説こうとするが、雪菜には通じなかった。

 

「でも、のぞいたんですよね」

 

雪菜が古城を見つめたまま訊いてくる。あまりにも静かすぎる彼女の口調に、さっきのようなプレッシャーを感じて、古城はブルブルと首を振り、

 

「だから、のぞいたわけじゃない! それに、アスタルテは湯船に使ってたし、叶瀬はシャンプーの泡とかでほとんどなにも――」

 

「でも、のぞいたんですよね」

 

「すみませんでした」

 

雪菜から放たれる圧力に耐え切れず、古城は穴を開けるような勢いで床に額をぶつける。

 

「謝罪を承認」

 

「お、お粗末様でした」

 

無感情に言うアスタルテと顔を赤らめて言う夏音。

 

「いや、お粗末なんてことは……あっ……」

 

古城はお粗末と言う言葉を即座に否定したが、雪菜から来る視線の鋭さが増し、言葉を引っ込めた。雪菜は、本当に仕方のない人だ、と言わんばかりに溜息をつく。

 

「ですが、奇妙ではありますね」

 

ようやく注目すべき重要なところに雪菜に古城もそうだろ、と念を押すように言う。

 

「紗矢華さんが伝えてきたことも考え合わせると――仮説ですが、絃神島周囲の空間に、なんらかの(ひず)みが生じているのかもしれません」

 

「空間の(ひず)み……? もしかして、那月ちゃんの失踪と関係があったりするのか?」

 

「わかりません。でも、偶然にしてはタイミングが出来すぎてる気がしませんか?」

 

「だな」

 

古城が唇を歪めて頷く。

頼りの劉曹も今回のことではあてに出来ない。那月を探すにしてもどこからどういうように探せばいいのか古城には見当もつかない。

 

「とりあえず今は様子を見ましょう。先輩はご自宅に戻ってください。この状況で、下手に出歩くのも危険ですし、凪沙ちゃんや優麻さんが巻き込まれる可能性もありますし」

 

「そうだな、今回はよかったが、次また飛ばされたときにとんでもないところだったら洒落になんねーからな」

 

そういう古城に、なぜか雪菜はまた口を尖らせて、

 

「今回はよかったんですか……そうですか、やっぱり先輩はいやらしい人ですね」

 

古城の言葉を勘違いしたのか、雪菜は小さくボソボソと呟く。

 

「ん? なんだって?」

 

「なんでもありません、先輩の馬鹿!」

 

急に馬鹿呼ばわりした雪菜に、心当たりのない古城は首をかしげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古城と雪菜たちがこれからのことを話し終えてから数時間後、楠家。そこのとある一部屋で床に額をこすりつけている劉曹と正座している空音の姿があった。

 

「色々聞きたいことがあるんだけどいいよね――お兄ちゃん」

 

彼らの目の前には愛華が鬼のような威圧感を放って立っている。

いつもは兄さんと呼び、丁寧な言葉遣いの愛華だが、いまはお兄ちゃんと読び、砕けたような口調になっている。それは、相当なお怒りモードなのを示していた。言葉を慎重に選ばなければ劉曹の首が飛ぶほどにいまの愛華は相当危険なのである。

 

「まず、この女の子は誰?」

 

空音を指して愛華が静かに問う。劉曹は、どう説明しようかと悩んだ。

愛華にとって空音は"いつの間にか家に入り込んでいた女の子"であり、天照大神(あまてらすおおみかみ)と言っても信じてくれる要素は一つもない。

しばし考え込んでいた劉曹に、話したくないから黙り込んでいると思った愛華からの喝が飛んでくる。

 

「早く答える!!」

 

「はい! 彼女は天照大神、本物の神です!!」

 

あっさりと口にする劉曹。愛華は驚きも疑うこともせず話を進めた。

 

「なんで天照大神がうちにいるの。それより、神様といつ、どこで知り合ったの」

 

あっさりと信じてくれた愛華に逆に劉曹が驚いた。

 

「信じるのか? 神だってことを」

 

「お兄ちゃんがこの()に及んで嘘をつくなんて思ってないよ。それで、いつどこで知り合ったの?」

 

ちゃんと信頼されているのか、それとも自分にとって重要な部分以外どうでもいいのかわからない発言に劉曹も複雑な気持ちになる。

もう彼女に隠すことは不可能だ。しかし、これを愛華に言っていいものかと劉曹は迷う。

 

「お兄ちゃん……?」

 

愛華からくる威圧に抗うことの出来ない劉曹は渋々と口を開いた。

 

「……空音――天照大神と出会ったのは十年前のアルディギア。愛華、おまえと出会う一年前だ」

 

「えっ……?」

 

愛華は言葉を失った。目の前の少女が自分より前に出会っていたとは思っていなかったからだ。

 

「わたしと出会う前……? でも、いまのいままでどこにいたの?」

 

「俺の体の中、深層意識内と言ったほうがいいか。だから意思疎通も出来るし、空音の力も借りて仕事をこなしてたときもあった」

 

劉曹の話に愛華はハッ、となる。彼と過ごすとき、やたらと独り言が多いときがあった。それはもしかして空音と話していたのではないかと――

 

「お兄ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「も、もしかして、十年間、ずっと一緒だった……? 片時も離れずに、四六時中……?」

 

「まあ、そうなるな」

 

愛華の問いに劉曹は正直に答えた。つい先刻までの怒りがいまの愛華には感じない。しかし、今度は虚ろな目をして、力なく笑った。

 

「そう……わたしが……だったのね。ふ、フフ……」

 

「おい、愛華?」

 

戸惑いを隠しきれず彼女の名前を呼ぶ。だが、それに反応することなく笑い続けてる。そして、

 

「わたしが…邪魔……いらない子……また、わたしは……」

 

そう呟いて、愛華はフラフラと部屋を出て行った。

 

「……」

 

「……ねえ」

 

いままでなにも喋らなかった空音が気まずそうに呼びかける。さすがの彼女もこの状況に少し焦っていた。

 

「ちょっとまずいと思うんだけど。愛華ちゃん、かなり不安定になってたよ」

 

「ああ、だからこそ愛華にはいいたくなかった。あいつは一緒に過ごした時間に執着してしまうから」

 

「まあ昔よりは全然よくなってるけど、それでも根付いているものは早々変わる分けないのはわかっていたじゃない」

 

劉曹と空音は同時に溜息を吐いた。愛華が空音のことを知らなくとも、十年前から劉曹と一緒にいた空音は愛華のことを知っているのだ。もちろん、愛華の心の傷(トラウマ)こともわかっていた。

 

「ちょっと、いってくる」

 

正座で痺れた足を無理やり動かして立つ劉曹。そのまま愛華がいるであろうリビングに足を運ぶ。

 

「いってらっしゃい」

 

すべてを知っているからこそ、空音は駄々をこねて劉曹を止めるようなことをすることなく、見守って送り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案の定、部屋を出てった愛華はリビングの角にうずくまっていた。近づくと、なにかブツブツと呟いている。

 

「わたしは…邪魔……いらない子……」

 

「愛華」

 

優しく声をかけるが、先ほどと同じで一人の世界に入り込んでいるようで、まったく劉曹の言葉が届かない。

 

「邪魔な子は、消えなきゃいけない……そうしないと、迷惑をかけるのだから……」

 

「愛華!」

 

今度は強く名前を呼ぶ。すると、彼女の呟きが消え、ゆっくりと虚ろな目で劉曹の方を向いた。

 

「…………お…兄……ちゃん?」

 

時間はかかったが認識できていることに、劉曹は安堵する。

 

「そうだ、愛華のお兄ちゃんだ」

 

目線をうずくまっている彼女に合わせ、わからせるように言う。しかし、手を伸ばした俺に愛華は怯えたように、

 

「ごめんなさいごめんなさい! もう姿を見せないから! だから、もう殴らないでっ!!」

 

「愛華!」

 

過去の記憶と混同しているのか、身を固めて謝る愛華。そんな彼女を見ていられなくなった劉曹は優しく彼女を包み込んだ。

 

「いや……いやぁ……」

 

まだ恐怖を感じているのか、力弱く抵抗する。劉曹は頭を撫でながら、子供をあやすように(ささや)いた。

 

「大丈夫。おまえのお兄ちゃんは殴ったりしない」

 

「ごめんなさい……邪魔な子は出て行きます……だから……」

 

「出て行かなくていい。愛華、おまえは俺の大切な家族だ。邪魔なわけがない。思い出せ。あの日、あの時に、ちゃんと約束しただろう? 俺はそれを絶対に違えない」

 

「う、あ…」

 

劉曹の言葉で、愛華の目に次第に正気が戻っていく。記憶が整理され、はっきりと自分を抱いてくれている人を間違えることなく認識する。それと同時に目の前の少年と幼い日に交わした言葉が(よみがえ)る。

 

「お兄ちゃん…」

 

「なんだ?」

 

「わたし…わたしは、また……」

 

「大丈夫だ。愛華の済むまで好きにするといい」

 

劉曹はよしよしと頭を撫でて言う。次の瞬間、愛華は泣いた。子供のように、声を上げて。

劉曹は愛華が泣き止むまで、優しく、しっかりと抱きしめているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたみたいね」

 

しばらく経った後、空音がリビングへと入ってきた。

ああ、と劉曹は頷き、すうすうと音を立てている愛華を見つめる。泣きつかれたのか、それでもどこか安心したように、劉曹の腕の中で眠っている。

まるで子供みたいね、と微笑んでみている空音に劉曹も同意する。時折、お兄ちゃん、と寝言で呟いているのがなんとも可愛らしく、劉曹も笑みがこぼれる。

だが、いつまでもそうしているわけにもいかなく、劉曹は愛華を抱え挙げて、自分の部屋へと向かい、ベッドに寝かせ毛布をかけてやる。そして、

 

「空音、愛華のことを任せてもいいか?」

 

「どこに行くの?」

 

外へ出ようとする劉曹の背中に問いかける。すると、劉曹の顔つきが変わった。

 

「LCOが動き出したみたいだ。愛華にはこれからなにするか指示してあるけど、さっきあんなことあったからな。サポートが必要だ。だから、頼む」

 

「……わかったよ」

 

真面目な面持ちで頭を下げる劉曹に、空音は渋々といった様子で頷いた。

 

「でも、一つ条件! 一段落したら私と二人で出かけること、いいね!」

 

「は、はい……」

 

ものすごい勢いで迫ってくる空音に劉曹はたじろぎながら首をたてに振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェスタ当日の朝は色々な人達の喧騒と共にやって来た。それはマンションの住人も例外ではなく、朝から騒がしく準備を始めていた。

 

「ん……」

 

しかし、愛華は、そんな人々の声ではなくカーテンの隙間から入り込んできた日差しで目を覚ました。そもそも、このマンションは防音がしっかりしているのだ。

 

「……ここは?」

 

まだ寝ぼけていたせいで自分がどこにいるのかはわからない。だが、次第に目が覚めてくると、ここが自分がいつも寝ている場所ではないことに気がついた。

 

「ここは……兄さんの部屋? ってことはわたし、兄さんのベッドで――!?」

 

すると、ガチャと、不意に扉が開いた。混乱していた愛華は、毛布で顔を隠す。

入ってきたのは劉曹ではなく、自分と同じ年頃の女の子だった。その顔を見た瞬間、愛華は驚愕の眼差しで彼女を見た。

 

「起きてるみたいだね。どう? 気分のほうは」

 

「あなたは、昨日兄さんといた……」

 

「待って待って、とりあえず話をさせて!」

 

颯爽(さっそう)とベッドから降りて、睨む愛華に少女は敵意も戦意もないことを示す。だが、愛華の警戒は解けない。

 

「確か、天照大神――空音さんでしたっけ」

 

「うん、こうやって会うのは初めてだね、愛華ちゃん。天照大神こと空音だよ、よろしく」

 

「楠愛華です。あまりよろしくしたくないです」

 

ぶっきらぼうに本音を交えて自己紹介する愛華。彼女にとって重要なのは兄――劉曹との関係なのだ。

 

「それより、兄さんとは「はい、ストップ!」――む」

 

訊きたいことを遮られた愛華はムッとし、再度空音を睨む。

 

「まあまあ、そのこともちゃんと話すから、まずはわたしの話と質問を聞いてよ」

 

「……まあ、いいでしょう。話してください」

 

愛華は渋々承諾する。若干上から目線の彼女に空音はわたしこれでも神様なんだけど、と苦笑いしつつも口を開いた。

 

「まず第一に、心の傷(トラウマ)の方は大丈夫?」

 

「――っ!? なんであなたが……」

 

強烈な一撃を喰らったように、愛華は顔を(ゆが)ませる。初めて顔を合わせた人が自分の抱えているものを、何故、彼女は知っているのか。その答えはすぐに言ってくれた。

 

「わたしは今まで劉曹と一緒にいたんだよ? だから、愛華ちゃんのことは九年前から知っているの。昨日、劉曹が説明したんだけど……」

 

その様子だと覚えてないみたいだね、と言われて、愛華は記憶を探っていく。

絃神島の空間変異の情報を整理していた劉曹に夜食を持って、彼の部屋に入ったとき、劉曹は彼女と抱きしめあっていた。そのときに愛華は憤怒し、彼を問い詰めたのだ。しかし、問い詰めた内容や彼の答えたことなど、その後のことはなにも思い出せない。それは、自分の心の傷(トラウマ)が出てしまった証拠だと、愛華自身わかっていた。

だが、思い出せはしないが一つだけわかることがあった。絶望した暗闇にいる中で、いつも、どこからかやってきた光と温もりを感じていた。愛華はそれだけは絶対に忘れていないのだ。

そのあともざっくりとだが、過去のことから今現在に至るところまでの空音の話を聞き続けた。

 

「――まあそういうことで、わたし自体こうして外に出るのはよくないけど力を抑えれば問題ないから、お願いして出させてもらったんだ」

 

一通りの話を聞いたところで、愛華は不思議に思っていたことを問いかけた。

 

「では、兄さんが度々独り言を言っていたのは……」

 

「わたしと話してたからだね」

 

「じゃあ、兄さんが女の子になったのも……」

 

「わたしの力をフルで使ったからだね、わたしも久しぶりだったから力が鈍って、副作用を全部抑えるのは無理だった」

 

そうですか、と愛華は大方の事情を把握した。そして、いま一番問いかけたいことを口にする。

 

「あなたと……空音さんと兄さんの関係はなんですか?」

 

「そうだね――頼り頼られ、支えあって一緒に生きてきたって感じかな、愛華ちゃんと同じように」

 

最後の言葉に、愛華はえっ、となる。

 

「わたしと、同じ……? わたしは頼られたことなんて……」

 

「それは愛華ちゃんが気づいてないだけだよ、劉曹は愛華ちゃんがいたおかげで頑張れることもあった。それはほんとだよ」

 

そう言われるが、愛華はパッとしなかった。いつも迷惑をかけてばかりだと思っているからだ。心の傷(トラウマ)やLCOのことだって、ただ一人では出来ないから、劉曹に助けを求めたのだ。それは彼にとって迷惑の何者でもないと感じていた。だが、空音は否定した。

 

「それは違うよ。愛華ちゃんは一人では出来ないと思ったから劉曹に助けを求めた。それは劉曹も同じ。自分では出来ないことを愛華ちゃんに"頼った"んだよ。誰よりも真っ先にね」

 

「あ……」

 

空音の言葉に愛華は思い出す。絃神島観光のときに劉曹が愛華にいった言葉を。

 

「だから、わたし少し妬いちゃったな。すぐ頼られる愛華ちゃんに」

 

少し膨れっ面になったがその顔には笑みが混じっていた。愛華も最初のような警戒はなく、むしろ近くにいると安心できるような気持ちになった。これが彼女の人柄――ではなく神柄なのだろう。

 

「愛華ちゃんはどう思ってる? 劉曹のこと」

 

唐突に聞かれて、うぇ!? と変な声が出てしまう。なぜこんな話になるのか理解が出来なかった。だが、空音はお構い無しに続ける。

 

「わたしは好きだよ。ライクじゃなくてラブのほうで。愛華ちゃんは? 嫌い?」

 

「わ、わたしも好きです! 家族や妹としてではなく、一人の女の子として!」

 

大声でカミングアウトした愛華は羞恥で顔が紅く染まる。空音は満足そうに微笑み、頷いて、

 

「それじゃあ、これから一緒に頑張ろう、劉曹に振り向いてもらえるように! あ、これからはわたしに対して敬語禁止ね」

 

「わかりました。わたしのことはちゃん付け無しで呼んで。よろしくね ――――空音」

 

わかった、と共に握手を交わす二人。その顔はどちらも少女らしい笑顔だった。

 

「ま、とりあえずやるべきことをやってからだね。愛華、わたしがサポートに回るから」

 

こうして二人は、事件解決のために動き出す。互いに大切だと想っている少年のために。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
卒論卒論卒論、そつろぉーん!!!!

気が狂いそうです




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第三十四話


お久しぶりです、燕尾です。

卒論本文、予稿の提出が終わりました!
これで後は発表オンリーです!!





 

 

波朧院フェスタ当日。凪沙に渡された衣装を選らんで試着しているとき、呼び鈴が鳴らされた。

下着姿にパジャマの上だけ羽織っている格好だったが何度も鳴らされるため、雪菜はドアを少しだけ開けて確認する。訪れてきたのはショートボブに寝癖をつけた、端整な顔立ちの少女だった。

 

「優麻さん?」

 

「こんな早く悪い、姫柊。俺だ」

 

古城の旧友である仙都木優麻が自分を指しながら言っている姿に雪菜は不思議そうに目を瞬いた。すると優麻は一瞬落胆した後、

 

「あのさ、落ち着いて聞いてほしいんだが」

 

真面目な面持ちで、話そうとする優麻。この格好で玄関で話をするわけにもいかない雪菜は、

 

「優麻さん、すみません……その前に中に入ってもらえませんか。ここでは、ちょっと……」

 

優麻を自宅に引き入れドアを閉める雪菜。女同士でも恥ずかしい部分があるのか、優麻は雪菜の姿を見てぎょっとしていた。

 

「ごめんなさい。こんな格好だったので、表でお話しするわけにはいかなくて」

 

雪菜は照れたように言い訳をしながら、中へと案内する。リビングには雪菜同様、衣装選びをしている夏音とアスタルテの姿がある。

夏音が選んだのは修道女(シスター)の衣装で、アスタルテはオレンジ色のケープコートと全身タイツを着て、馬鹿でかいかぼちゃお化けの被り物をかぶっている。雪菜も衣装を選び、いそいそと着替える。童話の主人公を彷彿とさせる、水色のエプロンドレスだ。

 

「おはようございます、優麻さん。優麻さんは魔女でした? 可愛いです」

 

「ああ、ありがとう……って、そうじゃなくて!」

 

優麻は声を上げ、雪菜の肩をつかむ。そして、優麻は焦ったように口を開いた。

 

「落ち着いて聞いてくれ、俺は優麻だけど、中身は優麻じゃないんだ!」

 

「はい?」

 

彼女の言っていることが理解できず、ポカンとする雪菜たち。そんな三人に彼女――ではなく、彼は驚くべき事実を言うのだった。

 

「俺だよ、暁古城だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精神が優麻と入れ替わってしまった古城は、それまでの経緯を話した。姫柊家から戻った後、何故かはわからないがロタリンギアの殲教師(せんきょうし)ルードルフ・オイスタッハが住宅街を徘徊しているのを目撃して彼と交戦し、斬られると思ったら幻影のように消え去ったこと。

自宅に戻れば優麻が魔女の格好で待っており、キスされた瞬間意識が遠のき、起きて気づいたら、すでに入れ替わっていたこと、優麻どころか凪沙までいなくなっていること、古城は思い出せる限りのことを話す。

すると、聞き逃せないところがあったのか雪菜は半眼になり、

 

「……優麻さんとキスしたんですか?」

 

「ん……? いや、したんじゃなくされた、っていうか問題はそこじゃ――」

 

「キス、したんですか」

 

冷ややかな声と共に詰め寄ってくる雪菜に古城は後ずさる。

 

「いや、えっと……おい、"雪霞狼(せっかろう)"を展開するな! いくらなんでも優麻の体だぞ!?」

 

「問答無用です」

 

ゆらり、と燃え上がるような闘気をまとって雪菜が告げる。

無駄にかわいらしい声の古城の悲鳴が、朝のマンションに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さすがは魔女といったところか、気配も魔力も完璧に消しているな」

 

意識を集中させ、探索していた劉曹は面倒臭そうに呟いた。絃神島全域に捜索網を張ったのだが目的の人物が引っかからないのだ。

だが、探している中で特定の僅かな力と気配を感じた。標的とは違うが、関連しているのは間違いなかった。

 

「アッシュダウンの魔女――LCO第一隊"哲学(フィロソフィー)"のメイヤー姉妹、空間の歪みはこいつらの仕業か。普通なら第七隊"芸術(アーツ)"か第五隊"科学(サイエンス)"がやるはずなんだが……同盟でも結びやがったか。幸いなのは脅威がメイヤー姉妹だけって所だな」

 

そう考えても、厄介なのに変わりはなかった。

LCOとは高位の魔導師、そして魔女だけで構成される巨大犯罪組織である。構成員は数千人規模であり、強力な魔導書を多数有している。"図書館"という通称はそこから命名されたといわれている。メイヤー姉妹は、組織内でも優秀の武闘派として知られていた。絃神島の攻魔師が束になっても勝てないだろう。そもそも、実戦経験が少なすぎるのだ。

彼女らを撃破するには那月のような彼女たち以上の魔女か雪菜や紗矢華クラスの攻魔師、吸血鬼の貴族ぐらいが必要になっていく。しかし、劉曹は可能性を全て却下した。

 

「全部無理だな、那月ちゃんはいないし、煌坂はラ・フォリアの護衛、ヴァトラーに関しては論外だな。姫柊が動くとなると古城もついてくるしなあ。まあもっとも、もう巻き込まれている(・・・・・・・・・・)のだろうが」

 

深く溜息をついた。自分の友人はこうも巻き込まれ体質だったのか、と。だが、嘆いたところでどうにもならない。

 

「さて、行くか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暁家のリビングは、古城が飛び出したときのままの姿で、ひっそりと静まりかえっていた。優麻や凪沙が帰ってきた気配はない。もちろん古城自身の肉体も戻ってきてはいなかった。

 

「――本当に誰もいませんね」

 

雪菜が呟く。部屋の中を見回していると、ふと、テーブルに置かれているものが目に入った。大きな黄色い塊――オムレツだ。おそらく凪沙が作っていったのだろうと見られる。

古城もいつも凪沙が作っているものだと気がついた。

 

「先輩、凪沙ちゃんが朝食を作っているってことは――」

 

雪菜の問いかけに古城も頷く。

 

「ああ、無理やり連れて行かれたわけではないみたいだ。携帯が繋がらないのは心配だけどな」

 

「大丈夫だと思いますよ。凪沙ちゃんは優麻さんの目的とは無関係ですから」

 

即答し、さらに断言までする雪菜に古城は驚いた表情で見つめた。

 

「なんでそう言い切れる? 姫柊はわかってるのか? あいつの目的を」

 

「はい、先輩が見た青い影の正体も説明がつきます。優麻さんの目的は――」

 

「古城さん、あなたの身体ですよ」

 

すると、リビング入り口から透き通るような澄んだ声が聞こえた。ばっ、と振り返るとそこには劉曹の妹の愛華と見知らぬ少女がいた。

 

「あ、愛華さん!? それと誰!?」

 

戸惑いの声を上げる古城に愛華と少女はペコリと一礼して、

 

「彼女は天神(あまがみ)空音(そらね)、私の友人です。すみませんね古城さん、勝手に家に上がりこんでしまって」

 

「いや、それは大丈夫なんだが……それより、優麻の目的が俺の身体ってどういうことだ?」

 

「言ったとおり古城さんの身体、つまり第四真祖の肉体ということです。そうですよね、雪菜さん」

 

いきなり現れて自分の台詞をとられポカンとしていた雪菜だが、ハッとなって答える。

だが古城はいきなり言われて理解が出来ず、愕然としていた。

 

「待ってくれ、どうしてあいつがそんなことを? そもそも、吸血鬼の真祖の肉体なんてそんなに簡単に奪えるものなのか?」

 

次々と浮かびあがってくる古城の質問を愛華と雪菜が一つずつ答えていく。

 

「優麻さんの目的に必要だからです。古城さんの肉体といっても彼女が必要としているのは第四真祖の膨大な魔力のほうでしょう」

 

「肉体を乗っ取るだけなら、魔術的にはそれほど難しいことではありません。魂の入れ替え、つまり互いに相手の肉体に憑依している状態を作り出すことも、理論的には可能です。でも、吸血鬼だけは例外なんです」

 

「吸血鬼だけ例外……? どうして?」

 

「吸血鬼を生み出しているのは神々の呪いだからです。神がかけた呪いを上書きするような魔術を使える者は存在しないんです。もし、成功したとしても、逆流してきた呪いによって術者自身が吸血鬼の"血"に取り込まれます」

 

「私たち、そんな呪いなんてかけ記憶はないんだけどなぁ――あ、でもあいつらならありえそうかも…」

 

「空音」

 

小さく呟く空音を愛華がたしなめる。空音は、はーい、と素直に従う。

 

「取り込まれたらどうなるんだ?」

 

「感情や生きる能力をすべて失うことになります。わかりやすくいえば、自我を喰われて廃人になる、ということです」

 

雪菜の解説に古城はひどい悪寒を感じる。そこに愛華の説明が加わる。

 

「おそらく優麻さんは空間を歪めて古城さんの五感と自分の五感をただ入れ替えて、本来古城さんに伝わる神経パルスを自分のもので置き換えたんでしょう」

 

二人の説明で古城は大方理解できた。優麻の目に見えたもの感じたものを自分で見ている、つまり、自分の身体を操作しているつもりで優麻の身体を操作をしているということなのだろう。だが、それでも疑問は残った。

 

「大体はわかった。でもそれってできるものなのか? 常に空間を制御し続けることだろ?」

 

「それは、優麻さんの正体にかかわります」

 

正体? とオウム返しに訊いてい来る古城に愛華は頷く。それは優麻が普通の人間ではないということを言っているも同然だった。

 

「空間制御に長けた存在をあなたはご存知のはずですよ、古城さん」

 

その言葉で古城はなにかに気づいたように目を見開く。雪菜も銀色の槍を強く握りながら俯く。

 

「まさか、同じ……なのか。那月ちゃんと……」

 

震えながら言う古城。愛華は真面目な面持ちで頷き、口を開いた。

 

「そうです。優麻さんは"空隙の魔女"……那月さんと同タイプの――魔女です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キーストーンゲート頂上部。そこにはそれぞれ漆黒のローブと緋色のローブを(まと)った二人の魔女たちがいた。

 

「"魔導書№539"……すばらしいわ。空間の軋みが、心地好いわね」

 

漆黒の魔女は中央の巨大な深紅の魔法陣の中にある魔導書を眺めながら言う。緋色の魔女もそれに同意する。

 

「ええ、本当に。まったくもって凄まじい力ですわね、"蒼の魔女"――」

 

緋色の魔女は感心したように呟くがその顔は無意識に悔しげな表情を浮べていた。

 

「当然よ。彼女はこのためだけに設計られた生まれながらの魔女なのですもの。せいぜい利用させてもらいもしょう。あれが見つかるまでは」

 

漆黒の魔女は負け惜しみのように言いながら笑った。それに追従するように、緋色の魔女も笑みを浮べる。が、

 

「あれはお前らの手には余るものだ」

 

突然聞こえてきた謎の声に二人の笑みは凍りつく。

 

「何者!?」

 

描かれた魔方陣から、半透明の触手がずるりと這い出す。自分たちの結界に入り込んだ侵入者を迎撃するためだ。

 

「なっ――!?」

 

「私たちの守護者が――きゃあ!?」

 

だが、迎撃するはずの守護者がズタズタに切り裂かれ、二人の魔女は侵入者の衝撃波で吹き飛ばされた。二人の目の前に立っているのは白髪紅眼の少年。

 

「なんですの…いきなり!?」

 

「あなたは…誰ですか……っ!?」

 

苦しそうに(うめ)き、よろめきながら立つ二人。その顔は困惑と怒りに満ちていた。

 

「"アッシュダウンの魔女"エマ・メイヤーとオクタヴィア・メイヤー、国家攻魔官代理楠劉曹が南宮那月の名のもとにおまえたちを拘束する」

 

劉曹は事務的な口調で告げ、二人に迫る。メイヤー姉妹は聞き覚えのない少年に遅れをとったことを屈辱に思いながらも抵抗するために魔導書を起動した。

 

「舐めないで頂戴……っ!!」

 

「南宮那月の代理なんて、たかが知れていますわ……っ!」

 

二人が発動したのは"魔導書№193"――過去に"アッシュダウンの惨劇"を引き起こした、脅威の書物だ。

 

「「モナドは窓を持たず、ただ表象するのみ――!」」

 

マヤ、オクタヴィアの詠唱に反応して、魔方陣から瘴気の霧が噴出した。その霧が、再び触手の姿に変わる。しかし今度は、先ほどのような半透明ではなく、漆黒と緋色のおぞましい(まだら)模様だった。

魔導書からの魔力の供給を受けて、今や"守護者"の触手は特殊な属性を帯びてる。"№193"の能力は「予定調和」。いかなる攻撃も"守護者"を傷つけることはできず、いかなる防御も"守護者"の攻撃を防ぐことはできない。

これを破れる者は誰ひとりいないだろう。たとえ南宮那月の代理だろうがなんだろうが。

メイヤー姉妹はそう思っていた。

 

「「なっ……」」

 

だが、驚愕の声を()らしたのはその二人の魔女だった。

劉曹はあらゆる角度から襲ってくる触手をすべてかわしていたのだ。中には死角となるところから迫るものもあったはずなのだが、劉曹には掠りもしなかった。そして、殺到してくる触手をかわしながら劉曹は徐々に近づき、まずは緋色の魔女に掌底を打ち放った。

 

「オクタヴィア!」

 

「心配してる暇はないぞ」

 

妹に視線を向け、隙を見せたマヤに同じく掌底を放つ。まともに受けたメイヤー姉妹は膝をつき、倒れた。

 

経絡(けいらく)を打ち抜いた。しばらくは魔力を使うどころか動くこともままならないだろ」

 

「そんな……あの"守護者"をすべてかわすなんて……ありえない……」

 

「私たちが……こんな愚民に……」

 

見下ろす劉曹に二人の魔女は悔しそうに言う。劉曹の言う通り、体がまったく動かないのだ。

劉曹は動けない二人を背に中央にある魔導書に目を向けた。

 

「とりあえず、あの魔導書を停止させよう。空間の歪みはそれで直るだろう」

 

描かれている魔方陣に足を踏み入れようとする。だが次の瞬間、劉曹は跳躍しその場から離れた。

するとその直後、先ほどいた場所に爆風が放たれた。劉曹は爆風を放ったにもかかわらず笑みを浮べて歩いてくる金髪碧眼の男と、その隣にいる友人を睨む。

 

「さすが劉曹。"アッシュダウンの魔女"程度じゃ相手にならなかったね。見事な手際だヨ」

 

拍手をもらうが劉曹にとってそれはなにも嬉しくないことである。

 

「なんのつもりだヴァトラー。邪魔をするな」

 

殺気を放ち、威圧する劉曹。ヴァトラーはおお怖い怖い、といいながらもその表情には余裕さが感じられた。

 

「いま君に、その魔導書を止められるのは困るんだ。しばらく黙っておいてくれないかい? ちょっと古城とやりたいことがあるんだ」

 

「そんなものに俺が騙されると思っているのかヴァトラー。舐められたもんだな」

 

劉曹はそういって隣にいる友人――暁古城に目を向け、問いかけた。

 

「おまえはそれでいいのか――仙都木優麻(とこよぎゆうま)

 

「……やっぱり気づいていたんだね」

 

古城の姿、古城の声で彼女は言った。劉曹は溜息交じりで、

 

「空港で感じた魔力が古城の身体からわずかに感じるからな。絃神島にきた理由も監獄結界にいる母親、仙都木阿夜(とこよぎあや)の解放のためだろう」

 

「すべてお見通しか、さすがだね。"白焔の神魔"と呼ばれることだけはある」

 

「おまえとあいつは似すぎているからな。それに、仙都木なんて苗字はそういない」

 

なるほどね、と優麻は困ったように笑う。そして劉曹は再度ヴァトラーのほうを向き、

 

「大方、こっちの駄血鬼は監獄結界の囚人たちと()りあえるのを条件に丸め込んだんだろ。傍観しかしないと思っていたが、まさか邪魔をしてくるとは思っていなかった」

 

最悪だった。このまま優麻を見逃せば監獄結界を見つけられ、彼女の母親である仙都木阿夜と獄中の囚人たちが絃神島に放たれ、それを再収監するという大義名分の下、ヴァトラーが戦いを始めるだろう。逆に、優麻を阻止しようとすれば、彼女の話に乗ったヴァトラーが劉曹の邪魔をするため力を振るう。

どちらをとってもこの戦闘狂にとっては好ましいことこの上ない状況だろう。どちらを選んでも大差はない、ならば――

 

顕現(けんげん)せよ、獅子王アリウム」

 

劉曹は白炎を纏った赤獅子の王を召喚する。ここで優麻たちを止めるほうを選んだのだ。

 

「仙都木優麻……いや、優麻(・・)。考え直すつもりはないのか」

 

劉曹は説くように訊く。優麻は目を伏せ、俯いた。

 

「境遇はよく知っている。だが、友人を裏切ってまでこんなことしても無駄ってことは一番おまえがわかっているはずだ」

 

優麻に反応はない。それでも劉曹は語り続ける。

 

「優麻の周りには俺がいる。姫柊や夏音、愛華やアスタルテ、凪沙ちゃんがいる。なにより古城がいる」

 

「……」

 

「もう一度訊く。優麻、おまえはそれでいいのか?」

 

波朧院フェスタによる街の喧騒がある中、劉曹の問いかけは静かに、はっきりと響いた。

しばらく黙っていた優麻だったが、やがてその口が開かれた。

 

「……定められた運命(プログラム)には従わなければいけない。これを否定してしまったら……ボクは、ボクでなくなる」

 

「……そうか」

 

優麻の答えに劉曹はひとことだけ返した。すると、

 

「最後に一つだけ訊いてもいいかい?」

 

「なんだ?」

 

「昨日知り合ったばかりだけど……友達かな?」

 

「もちろんだ、俺は優麻の友達だ」

 

即答する劉曹に優麻は嬉しそうに、しかしどこか儚げな笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、その言葉が聞けてよかったよ……じゃあ、始めようか」

 

その言葉を合図にヴァトラーはようやくかといわんばかりに不適に笑い、膨大で強力な魔力を放ち、優麻は"守護者"の青騎士を召喚する。劉曹も臨戦態勢に入った。

 

「仙都木優麻、俺はおまえの友達として、おまえを止めよう」

 

そう言って、劉曹は赤獅子と共に駆け出す。

次の瞬間、キーストーンゲート頂上部全体が爆煙に包まれるのだった。

 

 

 





いかがでしたでしょうか?

ではまた次回に! 更新は卒論発表終える今週末を予定しています!


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第三十五話



どうも、燕尾です
特にここで語ることはありません、三十五話目です。





 

 

「美味しいですね、このカボチャプリン」

 

「私もさっき食べたところでした。こちらのパンプキンパイもなかなかです」

 

「空音、このモンブラン食べてごらん。はい、あーん」

 

「あー……もぐもぐ……うん、甘くて美味しい!」

 

お菓子よりも甘い光景をただ見つめている古城。自分がいまどんな状況なのかさえ、(かす)んでしまいそうだった。

西地区の繁華街のカフェ。古城たちはそこのケーキバイキング九十分コースをオーダーし、お茶をしていた。

 

「おかわりをどうぞ、第四真祖」

 

「ああ……サンキュ」

 

アスタルテが選んできたドリンクバーの紅茶を受け取って、古城は物憂げに溜息をつく。

 

「一緒に菓子の追加はいかがですか、と提案。この店舗の通常価格とケーキバイキングの料金を比較すると、損益分岐点を越えるためにはあと三品注文する必要がありますが」

 

「そ、そうか。だったら、シフォンケーキとスコーンを……って、ちがーう!」

 

古城は思わずテーブルをたたいて声を荒げる。雪菜と夏音は、驚いたように食事の手を休めて顔を上げた。空音とアスタルテはマイペースに紅茶とケーキをいただいている。

 

「まぁまぁ、古城さん。このケーキ美味しいですよ。はい、あーん」

 

愛華は微笑みながらフォークを無理やり古城の口につっこんだ。

 

「むぐむぐ……ん? これは……っ!」

 

「どうですか?」

 

「紅茶を飲んだ後なのに甘すぎずくどすぎない味。しっかりとした重量があるけどそれでいてふわふわのスポンジ。ケーキとしては最大点の……だからそうじゃなくて! 愛華さん、わざとやってるだろ!?」

 

そういわれ、愛華はフフッと笑っていた。まるで恋人のようなやり取りをしている二人を雪菜はむくれた様子で睨む。我慢の限界がきたのか古城はだーっ、と叫び愛華に迫った。

 

「今こうしている間にも優麻が俺の身体を使ってなにかしようとしているんだぞ!? まだ俺たちはなにも情報を得てないのに、なんでのんびりケーキバイキングに挑戦してるんだよ!?」

 

古城の言うことはもっともだった。だが、それに対して雪菜は口にケーキを運ぶ手を止め、冷静な口調で返す。

 

「落ち着いてください、先輩。優麻さんを探そうにも、なんの手がかりも無いですし。それに、下手に移動して大変な場所に転移してしまったら危険ですから」

 

正論で返す雪菜に、ぐ、と言葉に詰まる古城。愛華も雪菜に賛同した。

 

「そうですね、それにいま、兄さんも動いているはずですから」

 

ケーキを口に運びながら言った愛華の言葉に古城は思い出したように愛華に向き直る。

 

「そういえば愛華さん。劉曹はどこでどうしているんだ?」

 

「そうですね。最近、楠先輩の様子が変だったようですし」

 

二人の問いかけに、愛華はやってしまったといわんばかりの気まずい表情をする。目を逸らそうとするも、二人の視線から逃れられなかった愛華は一息溜息をついた。

 

「おそらくですが、兄さんはいま、優麻さんと対峙しているでしょう」

 

「「なっ――!?」」

 

「古城さんの家で優麻さんがこの島に来るということを知ってから兄さんは彼女のことを警戒していました。そもそも、兄さんは優麻さんが魔女だって最初から知ってましたから」

 

初めから優麻の正体を看破して、なおかつ彼女の居場所を突き止めている劉曹に、雪菜は驚愕する。

 

「それならなんで俺たちに言ってくれなかったんだ!」

 

だが、古城は多少の怒りをこめて愛華に詰め寄った。彼女は取り乱すことなく真正面から古城を見つめる。そして、出会ってからの愛華からは聞くことのないような冷ややかな口調で返された。

 

「言ったところでどうなるっていうのですか。優麻さんの正体を知って、古城さんはどうしたんですか。優麻さんに――犯罪組織に所属している彼女にあなたはなにができますか」

 

「愛華さん! それは――」

 

さすがに言い過ぎだと雪菜は(とが)める。だが、古城はそれを手で抑えた。

確かに愛華の言う通り、優麻が魔女だということを知ったところで古城はなにもできないし、どうもしなかっただろう。彼女は彼女で変わりはないと、その存在を受け入れるだけだった。

冷静に考えれば劉曹や愛華が黙っていた理由も頷ける。世界最強の吸血鬼、第四真祖になってしまったとはいえ、古城は半年前まではただの学生だったのだ。雪菜のように剣巫の訓練を行ったわけでもなく、劉曹のように実戦を積み重ねたわけではない。それを知っているからこそ、楠兄妹は古城を普通の少年として扱い、危険な目に遭わせたくない。ただ、それだけなのだ。

 

「愛華さんの言ったことは正しいと思う。だけど……それでも俺は……」

 

優麻を止めたい、あいつの友達だから――

古城の言葉は静かに響いた。

しばらく視線が交錯する古城と愛華。夏音たちも緊張した面持ちでその場を見守っている。

先に折れたのは愛華のほうだった。諦めたように愛華はため息をつく。

 

「……わかりました。優麻さんの居場所を教えましょう」

 

「えっ?」

 

知っていたのか、と訊く古城。だが、愛華は首を横に振った。

 

「私も兄さんも予測を立てているだけです。ですが、十中八九そこに現れるでしょう」

 

そう言ってのける愛華、そして彼女の兄であり、いま優麻の元に辿り着いているであろう劉曹。古城は改めて楠兄妹の凄さがわかった。

 

「それで愛華さん、優麻さんの居場所はどこですか?」

 

雪菜は銀の槍を展開しながら訊く。古城もすぐさま向かうつもりだ。

 

「キーストーンゲート頂上部。そこに優麻さんと兄さんはいます。ですが……」

 

愛華は席を立ち、店の入り口付近を睨む。そこには死神のような黒いローブを包んだ男たちがあちらこちらで監視していた。

気づいていない古城たちを店の外に出させると、彼らはこぞっと妨害するように立ちふさがった。

 

「なんだ、こいつら!?」

 

「私たちをずっと監視していた者たちです。ざっと数十人はいます」

 

古城の戸惑いにすぐ愛華は答えた。

よくよく考えればあたりまえのことである。身体を取り戻そうと古城が動けば優麻の計画に障害をきたすのは明白であり、彼女は当然警戒するはずだ。古城は自分の間抜けさに歯噛みする。

そして、それに追い討ちをかけるように店の周りに人が集まってきた。おそらく波朧院フェスタの路上パフォーマンスと勘違いされたらしい。これでは完全に逃げ場を失ったも同然であった。

 

「あなたたちをこの先に行かせるなというご命令です。おとなしくしてください」

 

黒ローブの男たちの一人が腰低く言った。だが、愛華は一蹴する。

 

「わたしたちがあなたたちのような犯罪組織に従うとでも思っているのですか?」

 

「そのときは致しかたありません。従わなければ殺せという命令なので、覚悟してもらいます」

 

「組織の(した)()(ごと)きが随分と言いますね――アスタルテさん、叶瀬さんをお願いします」

 

命令受諾(アクセプト)

 

愛華は、無防備に立ち尽くしている夏音の保護を指示する。アスタルテは頷いて、自分の眷獣を召喚した。彼女の背中に出現した翼が、左右一対の巨大な腕の姿へと変わる。

それを見た周囲の人々がなぜか、おおっ、と歓声を上げた。次々に拍手が巻き起こる。

 

「完全に祭りのアトラクションだと思われてるぞ……」

 

「どうしましょうか……騒ぎにならないの好都合ですけど、この人混みでは……」

 

古城と雪菜は途方に暮れたような表情をする。そんな二人の前に愛華は進み出た。

 

「二人とも下がってください、すぐ終わらせます」

 

「すぐ終わらせるって、どうやって……」

 

不安そうにする二人に、愛華は安心するような笑みを浮かべ、

 

「まあ、見ていてください」

 

そういって愛華は目を閉じる。その間にも黒ローブの男たちは動きを止めるために手を伸ばす。一人の男の手が、愛華に触れようとする。

瞬間、微弱な風が吹き抜けた。意識しないと気がつかない非常に弱い風。

その風が収まると同時に愛華たちを取り囲んでいた男たちは白目をむいて倒れた。

 

「いったい、どうなってんだ……!?」

 

「わ、わかりません……」

 

「す、凄い……でした、愛華さん」

 

「肯定、さすがです」

 

古城たちはなにが起きたのかわからなかった。唯一(ただひと)つ理解できるのは、彼らが突然気を失ったということだけだった。

 

「いまので全員ですか……わかってはいましたが、所詮彼らは雑兵(ぞうひょう)だったということですか」

 

つまらなさそうに男たちを見下ろし、冷徹な言葉を浴びせる愛華。そんな彼女に代表して雪菜が質問した。

 

「愛華さん、いまのはいったい……?」

 

「威圧と殺気です。それを彼らだけにぶつけただけですよ」

 

然も当然のように答える愛華に古城と雪菜は愕然とする。気絶するほどの威圧と殺気など、普通の人間には持ち合わせるようなものではないからだ。人類最強といわれる"白焔の神魔"の妹はやはり伊達ではないらしい。

万雷の拍手の中、夏音をアスタルテに任せて愛華の案内の元、古城たちは走り出した。

祭りが終わるのはまだまだ先である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"徳叉迦(タクシャカ)"!」

 

ヴァトラーの冷淡な指示の声と共に全長数十メートルに達する禍々しい緑色の大蛇が、瞳から閃光を放つ。

 

「――っ! "反射"!!」

 

劉曹は空中へ回避すると共に鏡のような結界をキーストーンゲート頂上部一帯にはった。閃光は着弾する前に結界によって空の彼方へと弾かれる。

 

「ヴァトラーのやつ、塔内にいる人達なんて気にもしていないな! いや、わかってたけど!!」

 

「"(ル・ブルー)"!」

 

一人ごちていると優麻の守護者である青い鎧騎士の剣が劉曹を襲う。劉曹は身体を捻って剣の腹を蹴り、弾き飛ばす。弾いた勢いは、鎧騎士を出現させている優麻を地上へと落とす。すると、優麻と鎧騎士の影から無数の蛇が飛び掛ってきた。ヴァトラーの眷獣だ。

だが、劉曹に届く前に下から来た白い焔によって焼き尽くされる。劉曹が従えている赤獅子のブレスである。

無事に着地できた劉曹は。寄り添ってきた赤獅子の頭を撫で、薄気味悪い笑みを浮べているヴァトラーを睨む。

 

「さすがだヨ、劉曹。もっとボクを楽しませてくれ……"摩那斯(マナシン)"、"優鉢羅(ウハツラ)"!」

 

ヴァトラーは二体の眷獣を召喚する。それぞれ紫と青色に輝く蛇だった。

そして出現した直後、二匹の巨大な蛇は絡まりあうように一体化する。"蛇遣い"と呼ばれる所以(ゆえん)の一つ、眷獣の融合だ。

 

「劉曹の相手はボク一人でするから、君は早く監獄結界を見つけてくれ」

 

ヴァトラーは優麻にわき目も振らずそう言った。優麻はヴァトラーの性格を知っているのか(かしこ)まりましたとただ一礼して"魔導書No.539"へと向かおうとする。

阻止しようとするが、ヴァトラーの眷獣が先ほどよりも大きい閃光を放ち、劉曹を狙う。

 

「――フッ!!」

 

一息入れて、手を前に振りかざす。それだけで身体を貫こうとした閃光は届く前に消滅した。

ヴァトラーの眷獣を赤獅子に任せ、劉曹は魔力を供給している優麻に迫る。魔力の制御のために優麻は動けない。

だが、劉曹の手が優麻に触れようとした瞬間、強烈な殺気を感じた。そして、

 

「がっ――」

 

突然、身体の内部を破壊するような衝撃が劉曹を襲った。

劉曹自身、なにが起こったかわからない。ただ、攻撃を受けたという時間があの一瞬の間に割り込んできたというような感覚だった。

内臓をズタズタに壊されたらしく、血反吐を吐く。

そんな劉曹を見下ろすような形で一人の少女が現れた。彼女を見た劉曹は自分の身になにが起こったのか理解できた。それと同時に怒りがこみ上げてくる。

 

「ふざけるなよ…それがおまえたちがすることなのか……」

 

「いま、あなたに終わらされると困るのです。彼を完全な第四真祖にするためには」

 

「それでお前が出しゃばるのか――獅子王機関"三聖"の長、"静寂破り(ペーパーノイズ)"」

 

少女は無言でどこからか槍を取り出し、展開する。それは雪菜が持っている銀色の槍に似ていた。その槍を劉曹の頭へと突きつける。

 

「さようならです、"白焔の神魔"」

 

無慈悲な言葉と共に銀色の一閃が振り下ろされた。

 

 

 







いかっがでしたでしょうか?
ここでも特に語ることはありません、ではまた次回に





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第三十六話



どうも、燕尾です。
第三十六話です。






 

 

 

「愛華さん、一体どこに向かっているんだ!?」

 

古城は戸惑いながら叫ぶ。雪菜も心なしか心配そうな表情だった。

キーストーンゲートにいる優麻の元に行くため、古城と雪菜は愛華の後を追って走っていた。しかし、愛華は目的地に向かうどころか、まったく別の方向に向かっているのだ。

それでも、彼女の意図がわからなくても古城たちは困惑しながらついていくしかなかった。

 

「まあ、おとなしくついてきてください。もうすぐわかりますから。次、二百メートル先信号を右折です」

 

愛華の指示に従って走る。信号の角を曲がると、前にも体験したような浮遊感に襲われる。気づけばさっきまでいた場所から遠く離れた、見知らぬ商店街にいた。

 

「愛華さん、まったく別のところだぞ!?」

 

なにがなんだかわからない古城は、愛華に問いかける。すると愛華ははあ、とため息をつき自分のスマートフォンを古城に投げ渡す。その画面にはルート検索とだけ書かれたアイコンがあった。

 

「それは兄さんが作ったものです。空間の(ゆが)みを利用して目的地までの道順が表示されます」

 

「! そういうことか!」

 

愛華の言葉で古城はようやく理解できた。

現在絃神島は空間が(ゆが)んでランダムに転移されるようになっている。だが、何度同じところから入っても転移先は同じ場所なのだ。ならば、特定の転移をしていけば目的地に到達できるという発想に基ずいたアプリケーションということだろう。

だが、これを作るときのシステム構築には、並外れた高度な技術が必要なはずである。それを一晩とかからずに作ってしまった劉曹に古城たちは相変わらず驚かされるばかりだ。

 

「後数回転移を繰り返したら、ゲートの頂上部に辿り着きます」

 

「わかった(わかりました)!!」

 

二人は頷いて次の転移先へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「劉曹。この娘誰?」

 

彼女は最高神にふさわしい神気を(まと)って、劉曹を切り裂いていたであろう銀の槍の穂先を二本指で挟み、槍を振り下ろした少女を睨む。その声は怒りで(あふ)れていた。

 

「ねえ、答えて劉曹。君にこんなことをしたこの娘は誰?」

 

再び問いかける彼女は力を込め過ぎて槍を砕いてしまう。

 

「落ち着け空音、抑えるんだ。おまえが力を振るうのはまずい」

 

空音が現れたことで時間ができ、気による内臓の修復をすることが出来た劉曹は彼女の肩を強く(つか)む。しかし、彼女の怒りは収まらない。

 

「我、御身の器となりて共にあらん」

 

このままではまずいと思った劉曹は言葉を紡ぐ。

 

「契約を結びし神よ、心を一つに、羅刹悪鬼を打ち滅ぼせ――」

 

空音の身体が黄金の霧状に変わり、劉曹に吸い込まれていく。だがそれでも、内から溢れ出る力は抑えきることが出来ない。

深層意識へと入れられた空音は冷え切った声で不満を洩らす。

 

(なんでわたしを中に入れるの? ねえ、出してよ劉曹。あの女殺せないよ)

 

「少し頭を冷やしとけ。いま空音が暴れると世界が終わる」

 

疲れたように溜息を吐き、改めて自分を攻撃した政府機関の長と貴族の吸血鬼に向き直る。

 

「ハハハ、やはり君には興味が尽きないよ。劉曹」

 

「黙れヴァトラー、そして滅びろ」

 

笑うヴァトラーに劉曹は辛辣な言葉を浴びせる。だが、ヴァトラーは少したりとも堪えた様子はない。

 

「あなたも大変そうですね、"白焔の神魔"」

 

淡々と気持ちがこもってないように言う少女。劉曹は疲れたように溜息をつく。

 

「おまえもその原因を作っている一人だろうが」

 

「あなたが獅子王機関の障害にならなければよかったのですが、そうもいってられなくなりましたから」

 

「政府機関の都合で人を殺そうとするのか」

 

「これも世界のためなので、仕方のないことです」

 

その言葉を聞いた劉曹は心底うんざりした顔になる。

 

「もういい、お前らの戯言はもううんざりだ。これまでの鬱憤も含めていまここでお前らを潰してやる」

 

そう言って、劉曹は溢れ出る力に上乗せするように気と呪力を高める。だが、

 

「いえ、ここまでです。私の目的は終わりましたから」

 

どういうことだ、と劉曹が問いかける前に、では、とそれだけを言って去っていってしまった。直後、突如現れた三人の気配に劉曹は気がついた。

 

「ユウマ! 劉曹!」

 

少女の声が響く。振り向くとそこにはコスプレをした少女二人と、妹がいた。

 

「愛華……」

 

劉曹がジト目で妹を見つめると、彼女はばつが悪そうに顔を逸らし、鳴らない口笛を吹いている。

 

「キミは昔からそうだったよ。なにもわかってないのに、本当に大切な場所に現れる。随分(ずいぶん)早かったね、古城」

 

古城と対面した優麻は昔の記憶に(ひた)るように言う。

 

「愛華さんと劉曹のおかげだよ、ユウマ」

 

返す古城の表情は晴れない。まだ心のどこかでは彼女が今回の事件とは無関係だと信じていたかったのだろう。

しかしそれは叶わない。こうして古城の身体を乗っ取り、魔導書で空間の歪みを起こしている。それが何よりの事実だった。

 

「ユウマ……俺の身体を返してくれ!」

 

悲痛な面持ちで古城は叫ぶ。それに対して優麻は柔らかな笑みを浮かべ、いたわるように言う。

 

「心配しないで。この身体はすぐに返す。だから、少しだけ待っていてくれないか。もうすぐ見つけられそうなんだ」

 

「見つける……って、なんのことだ……?」

 

「っ!! 悪いが話はそこまでだ」

 

古城が真意を問いただそうとする前に、劉曹が優麻を止めるべく駆け出した。が、

 

「――"娑伽羅(シャカラ)"!」

 

声と共に膨大な魔力を持つ巨大な蛇が劉曹へと向けて閃光を放った。ヴァトラーの眷獣である。

ヴァトラーの相手は劉曹が従えている赤獅子に任せていたのだが、目をやると赤獅子は力尽きたように横たわっており、やがて光の粒子となって消えていった。

 

「いやー、このボクが獅子(ごと)きに手こずらされるとはネ。さすが劉曹の従者というところか」

 

舞っている光の粒子を裂いて不敵な笑みを浮べ、歩いてくるヴァトラー。

 

「でも、僕を殺すにはまだまだ実力不足だヨ。さあ、次はどうするんだい? もっと……もっと僕を楽しませてくれ……!」

 

「ちっ……この戦闘狂(バトルジャンキー)が……っ!」

 

苦虫を噛み潰したような表情をする劉曹。もはや、自分ひとりではどうすることも出来ないと悟った劉曹は思い切り叫ぶ。

 

「愛華、おまえは仙都木優麻を止めるんだ! 俺はヴァトラーを抑える!」

 

「はい!」

 

指示を受けた愛華は優麻に向かって走り出す。劉曹に負けず劣らずのまるで瞬間移動をしたような速さで詰め寄った。

しかし、相手は空間制御を扱う魔女。危険を察知した優麻は空間転移でその場から離れた。だがそこで優麻は驚愕した。自分の目の前に愛華がいたからだ。

 

「わたしは兄さんのように甘くはないですよ」

 

愛華の鋭い蹴りが優麻の首に迫る。しかし、その蹴りは空を切った。優麻は当たるギリギリのところでなんとか空間転移でかわしたのだ。

 

「"(ル・ブルー)"!」

 

優麻がそう叫ぶと、彼女の背後の空間が揺らぎ、青色の甲冑(かっちゅう)をまとう騎士の幻像が出現する。そして今度は優麻が攻めに転じた。先ほどとは逆に愛華との距離を詰め、背後の騎士が剣を振り下ろす。が、それは振り切られることなく途中で動きを止めた。剣の腹には愛華の綺麗な手が伸びていた。

所謂(いわゆる)真剣白刃取りである。動きが止まり、隙ができた優麻に蹴りを放つ。

今度は反応できなかった優麻はビルの端へと蹴り飛ばされ地面を転がる。

 

「ちょ……それ俺の身体なんですけど……!?」

 

遠くにいる古城が悲鳴に近い叫びを上げているが、そんなことを気にしている場合ではない。

 

「魔導書を止めなさい、優麻さん。あなたに勝ち目はありません」

 

這いつくばっている優麻を見下ろして愛華が言う。愛華の攻撃が相当効いたのか震える手で身体を持ち上げ、愛華を見る。

愛華に勝てないのは今の攻防で優麻自身わかった。だが、それは戦闘面のことでだ。彼女は含みのある笑みを浮べる。

 

「いや、僕の勝ちだよ。愛華さん」

 

愛華が言葉の意味を知るのはその直後だった。

中央にある魔導書から常軌を逸した莫大な魔力が天へと放出されたのだ。

 

「ハハハハハ! どうやら止めることはできなかったみたいだね、劉曹」

 

その光景を見て高笑いするヴァトラー。劉曹は悔しそうに顔を歪める。

絃神島北端の海上に出現する岩塊で覆われた小さな島。その頂上にそびえたつ石造りの聖堂。

異世界に隔離されていたはずの巨大な建造物が、世界の境界を引き裂いて、通常空間に強引に割り込んだのだ。

 

「それじゃあ僕はこれで失礼するよ、劉曹。これからの敵に備えて力を蓄えておくためにね」

 

やりたいことだけやっていき、ヴァトラーは黄金の霧へと変化して姿を消そうとする。

 

「待て……――っ!」

 

完全なる霧になる前に追撃をしようとする劉曹だったが、背後から禍々しい魔力を感じた。そこには劉曹の攻撃から立ち直った漆黒と緋色の魔女がいた。

 

「ねえ、オクタヴィア。わたくしいま、とっても不愉快ですの。あんな愚民にしてやられたことを」

 

「奇遇ですわね、お姉様。わたくしもいま、殺したくてたまりませんの」

 

二人はそれぞれ魔導書を開き、魔力を流し込む。すると二人の"守護者"である斑模様の触手が一面に現れた。

 

「経絡を打ち抜いたはずなんだが…どういうわけだ?」

 

「まさかあなたのような愚民にこんな高価な道具を使わされるとは思いませんでしたよ」

 

そういうメイヤー姉妹の手からは何かクリスタルのような欠片が落ちた。

 

「魔力結晶か」

 

「そう。事前に自分の魔力をしみこませることで、魔力回復や傷の治癒が出来る優れものですわ。ただし一回限りですが」

 

「ちっ…そんなものまで持っていたのか」

 

ちらっとヴァトラーがいたところを確認するが、気をとられたその隙に彼は完全に姿を消してしまっていた。

 

「さて……悪いけど僕はもう行くよ」

 

優麻は震える足で立ち上がり、自分の目の前の景色を揺らがせる。水面に広がる波紋のような空間の歪み。空間転移のためのゲートを開いたのだ。

 

「お待ちを――"蒼の魔女"」

 

漆黒の魔女が、慌てて優麻を呼び止めようとする。どうやら任務と私情は(わきま)えているらしい。しかし優麻は振り返らずに、

 

「キミたちはここで彼らの足止めを」

 

「殺してしまってもよろしいので?」

 

そう問いかける彼女に優麻は少し間を空けるも、

 

「好きにするといい」

 

それだけを言ってゲートに入ろうとする。

 

「待てよ……ユウマ……!」

 

呼びかける古城。優麻は一瞬振り返って微笑むも、すぐに虚空に吸い込まれるように消えた。

 

「では、"蒼の魔女"の許可を得たことですし、わたしたちを怒らせたことを後悔させてあげましょう」

 

「穴という穴から、我らが"守護者"の枝をぶち込んで、引き裂いて内臓をかき混ぜて、綺麗なお肉の塊に変えて差し上げましょう!」

 

優麻が消えたことを確認した二人の魔女は、"守護者"の全てを劉曹へと向ける。どうやら狙いは先ほど自分たちを貶めた劉曹だけのようだった。

三百六十度逃げ場がないように触手たちが一斉に劉曹に殺到する。それに対して、劉曹は前へと駆け出して触手の一部を気を纏った手刀で切り落とし、スペースが出来たところに逃れた。しかし、残りの触手が追ってくる。

 

「あらあら、逃げることしか出来ないのですか」

 

避けることしかしない劉曹の姿を見て、緋色の魔女は嘲笑うかのように挑発する。だが、その余裕じみた表情は一変した。劉曹は触手をかわしながら、オクタヴィアとの距離を肉薄にしていたのだ。

 

「なっ――」

 

「自分の力を過信しすぎだ。オクタヴィア・メイヤー」

 

劉曹の拳がオクタヴィアの腹部へと迫る。だが、

 

「そこまでです! この小娘たちの命が惜しければ止まりなさい!」

 

漆黒の魔女の声が響き渡る。その言葉に劉曹の拳はピタリと止まり、姉のマヤを睨む。その後ろには、

 

「くそっ……! はなせ、この……!」

 

「くっ……油断しました」

 

「すみません、兄さん……」

 

触手に絡めとられた古城、雪菜、愛華の姿があった。三人は必死にもがくも、四肢を拘束され身動きが取れなくなっている。

 

「残念でしたわね、愚民。あなたに勝ち目はなくなりましてよ」

 

目の前のオクタヴィアが甲高い声で高笑いする。人質を取られている以上、劉曹は迂闊な行動が出来ない。が、

 

「あまりお笑いになると小じわが目立ちますよ、おばさま方」

 

突如、透き通るような綺麗な、明らかに二人の魔女を小馬鹿にする声とともに銃声が(とどろ)き、噴射された光の奔流に古城たちを捕らえている触手が焼かれる。そして、

 

「――"煌華麟"!」

 

長身長髪の少女が飛び出して、銀色の長剣を振り下ろし、無数の触手を難なくまとめて両断した。

 

「悪いな、助かった――ラ・フォリア、煌坂」

 

窮地を脱することが出来た劉曹は、助太刀に来てくれた二人に礼をする。

 

「この貸しは高くつきますよ、劉曹」

 

ニコリと微笑むラ・フォリア。だが、身体の全体からドス黒いオーラを放っている。紗矢華もなにか言おうとしていたようだったが、言葉を引っ込めた。ラ・フォリアのあまりの抑圧感に古城と雪菜、愛華も引いている。

 

「そ、それで、どうやってここまできたんだ? まだ空間の歪みは収まってないはずなんだけど?」

 

「彼に連れてきてもらいました」

 

彼? と返す劉曹。すると、ラ・フォリアの陰から一人の人物が出てきた。

 

「おまえは……」

 

「久しいな、"白焔の神魔"」

 

そう言うのは僧衣のような黒服を着た中年男性。アルディギアの元宮廷魔導技師で今は人工管理公社に拘束されているはずの男――叶瀬賢生だった。

 

「一時的な釈放をお願いしました。彼はこの状況に必要な人ですから」

 

紗矢華と賢生を除く全員の疑問を先読みするように言うラ・フォリア。それに紗矢華が続く。

 

「私たちが空間転移でここにきたのも彼の魔術のおかげなの」

 

「なるほどな……早速で悪いが叶瀬賢生、現れた監獄結界の近くに空間転移はできるか? 早急にこいつらをそこまで送り届けたいんだが」

 

古城と雪菜の二人を指して問いかける劉曹に賢生は可能だ、と端的に答える。

 

「決まりだな。古城、姫柊、お前らは先に行け」

 

「でも……」

 

「でももクソもあるか。優麻にとって唯一無二は俺じゃない。おまえなんだ。ならもうおまえが止めるしかないだろ」

 

劉曹に強く言われた古城は思い当たることがあるのか、ハッとする。劉曹はやれやれと溜息をつき、賢生に目配せをする。

黒衣の魔導技師はもう準備は出来ているといわんばかりに無言でうなずき、手に持っていた小瓶から水を()いた。彼の足元に出来た水溜りが、転移先である場所を映していた。だが、

 

「そう簡単に行かせるとおもって?」

 

漆黒の魔女の声と共にメイヤー姉妹の触手たちが再び動き始める。足止めを指示されている二人はやはりそう易々と行かせてくれるつもりはないようだった。"守護者"である触手の数が増幅する。

 

「全員伏せろ!」

 

構える劉曹の咄嗟の声に反応して、古城たちは伏せる。それを確認した劉曹は薙ぎ払うように手を振り払った。

すると、無数に蔓延る触手たちが根元から切断され、粒子となって消える。

 

「いまだ、行け! 古城、姫柊!」

 

「ああ、わかった!」

 

「はい!」

 

隙が出た古城と雪菜はそれぞれ駆け出し、水面に映る景色の中に飛び込んでいった。

 

「さて……ラ・フォリア、煌坂、叶瀬賢生を頼む」

 

力尽きたように膝をついて息を切らす彼を二人に任せ、劉曹は前に出る。そしてその隣には愛華の姿があった。

さも当然のようについてきた愛華に微笑みながらも劉曹は真面目な面持ちで魔女姉妹に向き直る。

 

「オクタヴィア。わたくし、ここまでコケにされたのは初めてですわ」

 

「同感ですわ、どうやらとことん礼儀がなってない愚民のようでしたわね」

 

二人は怒りに(まみ)れた形相で劉曹と愛華を睨んでいた。

 

「愛華」

 

「はい、兄さん!」

 

二人は同時にうなずき魔女たちへと向かっていくのだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に





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第三十七話



どうも、お久しぶりです。燕尾です。

一ヶ月以上更新が空いて申し訳ないです。






 

 

 

あれから攻防を繰り返した劉曹は面倒臭そうにため息をついた。そんな彼に何度目かわからない触手の襲撃が来る。それを劉曹は先ほどと同じような要領で、手を振り払った。触手は劉曹に届く前に細切れになって消滅する。

 

「満足か?」

 

つまらなさそうに言う劉曹に、魔女姉妹は憤怒の形相で劉曹を睨む。だが、劉曹はそんなことを気にも留めず愛華に問う。

 

「愛華。こいつらの"守護者"の正体はなんだ?」

 

「大元を言うと植物。この触手はアッシュダウン近郊の森の木々が怪物化したものですね」

 

「正解。そこまでわかってるなら俺が隙を作るから仕上げは任せた」

 

「わかりました」

 

愛華の透き通ってはっきりとした返事を聞いた劉曹は、空高く跳躍する。

その後を追うように触手が一気に襲い掛かる。しかし、劉曹に当たることはなかった。どこにくるのかわかっているかのように避けていく。

 

「なぜ当たらないの!?」

 

触手が劉曹に触れるどころか(かす)りもしないことに焦燥に狩られるオクタヴィア。

そんな緋色の魔女を馬鹿にするように劉曹は口を開いた。

 

「それがおまえの限界だ。オクタヴィア・メイヤー」

 

「――っ! 愚民ごときが、どれだけ私たちをコケにすれば……!」

 

怒りに満ちた声で緋色の魔女は"守護者"に魔力を注ぎ込んで触手を増強させる。

そして、触手は今までとは比べ物にならないほどのスピードで劉曹に殺到する。が、

 

「お止めなさい、オクタヴィア!」

 

姉であるマヤがオクタヴィアを止めようとするももう遅かった。劉曹の口元がニヤリと上がる。まるで狙い通りというような笑みだった。

劉曹を貫かんとする触手たちは束のように一つに纏まっており、オクタヴィアが怒りで我を忘れていることもあって、動きが一直線と単調になっているのだ。スピードが上がっているとはいえ、避けることは劉曹にとってさほど困難なものではない。

最小限の動きでかわした劉曹は伸びきった触手の根元を一振りで()()った。

 

「契約を結びし精霊よ、邪を払え。混沌としたこの世界を在るべき姿に(かえ)し、光をもたらせ!」

 

澄んだ声が力強く響く。その直後、目も開けられないような光が辺りを照らした。光源である愛華が静かに瞳を開ける。

 

「"精霊の加護"――炎精霊イフリート」

 

着ていた服が燃え、深紅の炎が纏わりつくように愛華の身体を包む。そして深紅の炎によって新たな服が精製される。

裾や袖が広がった赤色の和服。艶やかな漆黒の黒髪は真紅の髪に変わり、瞳も赤色に変化した。

 

「焼き払え」

 

愛華は自在に混じりけのない(くれない)の炎を操り、再生途中の触手を燃やす。燃え盛る触手を見て二人の魔女は驚愕の表情でただ立ち尽くしていた。

 

「精霊の力を操っているというのですか!?」

 

「ありえない……わたしたちのアッシュダウンの守護者が……」

 

守護者である触手が燃やし尽くされて、敗北を悟った魔女姉妹は魔導書を後生大事そうに抱え込み階段のほうに走り、逃走を図ろうとする。だが、そんな彼女たちの逃げ道を防ぐように劉曹が立ちはだかった。

 

「おまえたちに選択肢をやろう」

 

戦う手段を失い、後ずさる魔女二人。だが後ろには精霊の力を使う愛華が立っていた。楠兄妹に(はさ)まれ、守護者を失っているメイヤー姉妹にはもはや為すすべはなく、劉曹の死刑宣告にも等しい言葉を聞かされる。

 

「抵抗していまここで命を散らすか、牢獄で一生を終えるか――さあ、どうする?」

 

兄さんそれあまり変わりないですよ、と愛華が苦笑いしながら言うも、魔女二人は劉曹から放たれた言葉に対する恐怖でその場にへたり込んだ。

戦意喪失を確認した劉曹はふう、と一息つけて無線機を取り出す。

 

「"アッシュダウンの魔女"マヤ・メイヤー、オクタヴィア・メイヤーを無力化。拘束、連行してくれ」

 

劉曹からの連絡を受け、階下で待機していた特区警備隊の隊員たちが入ってきて、震えながら抱き合う魔女姉妹を捕らえる。

 

「お疲れ様でした。劉曹」

 

眼前の事態が収束したことを確認したラ・フォリアは劉曹に()()(ねぎら)うように微笑み言った。が、

 

「――それで、その方はどちら様ですか?」

 

労いの微笑みから一変、ドス黒いオーラを(まと)った笑みへと変わり、ラ・フォリアは愛華のほうを向いて劉曹に訊いた。

言い表せれないラ・フォリアの謎の威圧感に劉曹は言葉を出すことが出来なかった。すると、愛華が一歩前に出て、

 

「挨拶が遅れて申し訳ありません、ラ・フォリア王女。わたしは"義妹(いもうと)"の愛華と申します。以後お見知りおきを」

 

"義妹(いもうと)"という部分を強調するも礼儀正しく挨拶する愛華。笑顔で手を差し出す愛華だが、ラ・フォリア同様ドス黒いオーラを(まと)い、謎の威圧感があった。

 

「そうでしたか。これからよろしくお願いしますね、愛華。わたくしのことはラ・フォリアで構いません」

 

笑顔のまま、差し出された手をしっかりとラ・フォリア。

 

「わかりました。こちらこそよろしくお願いします、ラ・フォリア」

 

そういいながら握り返す愛華。彼女も顔を崩すことなく笑顔だった。二人はふふふ、と互いの顔を見て笑いあっていた。

 

「……ねえ、楠劉曹」

 

いつの間にか劉曹の隣に立っていた紗矢華が問いかけてくる。

 

「……なんだ」

 

「あの二人は初対面なのよね?」

 

「そうだけど……」

 

「それにしては、なんか、こう……もの凄いものを二人から感じるのだけれど。例えて言うならとある道端で出会った犬と猿のような、それか決して混じることのない、龍か虎?」

 

「俺の義妹と一国の第一王女を動物に例えるのはどうかと思うが煌坂、おまえの言いたいことはわかっている」

 

劉曹と紗矢華はギリギリと音を立てている二人の手を見て溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウマ!」

 

出現している監獄結界の近くに転移した古城は錆びたコンテナの上に立ち、監獄結界へと架かる蜃気楼のような橋を見つめている少女の名を呼ぶ。

 

「もうボクに追いついたのか。あそこからは距離があるはずだけど」

 

優麻は不思議そうに問いかける。

今の古城は、なんの力ももたない普通の人間だ。空間を跳び越えて移動した優麻に追いつくことは出来ない。

しかしそれは彼一人の力の話である。優麻の顔は次第に納得したようなものになる。

 

「いい友達に恵まれたんだな、古城」

 

「――他人事(ひとごと)みたいに言ってんじゃねえよ。おまえだってその中の一人だろうが」

 

古城が苦々しく(くちびる)(ゆが)めて答えてくる。優麻は、面喰(めんくら)ったように目を(またた)いて彼を見返した。

 

(うれ)しいな。まだ僕のことを友達だと思ってくれているのかい?」

 

「言っとくけどこっちは魔女なんか見慣れてるし、その程度じゃなんとも思わねーよ。こいつが島に来たあたりから、おかしな知り合いばかり増えてるからな」

 

古城はそう言って、隣にいる雪菜を指さした。

銀色の槍を構えていた少女が、心外だ、と言わんばかりに目を大きくして古城を(にら)む。世界最強の吸血鬼から、おかしな知り合い呼ばわりされたら、文句を言いたくなるのも無理はない。しかし彼女は、あえて古城の言葉を否定しようとはしなかった。

 

「どうしておまえが刑務所破りの手伝いなんかやってるんだ」

 

古城が真剣な表情で優麻に訊く。優麻の返答は簡潔だった。

 

「ボクはそのために作られたからだよ」

 

「……作られた?」

 

「ボクの母親は仙都木阿夜(とこよぎあや)――LCOという犯罪組織の元締めなんだ。十年前、お母様は魔女を(さげす)む人間に復讐するため"闇誓書"をつかって世界を書き換えようとしたんだ。だけどお母様は失敗して監獄結界に投獄された。とある一人の"人間"によってね。古城、君もよく知っている"人間"だよ」

 

人間、という言葉を強調する優麻。

 

「その人間って、まさか……」

 

一人の人間と訊いた古城はすぐその人物が誰なのかが思いついた。LCOという巨大犯罪組織の、ましてやそのトップを破り牢獄へと叩き込めるの"人間"は彼ぐらいしかいないだろう。

 

「名前は楠劉曹。後に"白焔の神魔"と呼ばれる少年だよ。彼は当時七歳にしてお母様を監獄結界へ収監させたんだ。年端もいかない子供に"闇誓書事件"を片付けられたなんていえなかった政府は仙都木阿夜を止めたのは国家攻魔官の南宮那月だと報道したらしいけどね。彼女は行動を起こす前、自分が失敗して収監されたときのことを考えて脱獄の道具を準備した。それがボク――仙都木優麻さ」

 

優麻はそう言った後、自嘲(じちょう)したように笑って、古城に操られている自分自身の身体を指した。

 

「ボクは急速成長させられた試験管ベビーだ。十年前に、六歳の姿で産まれた。古城、君と出会うほんの少し前のことだよ。ボクが魔女になることも、絃神島の監獄結界を破ることも、最初からお母様が設計(プログラム)したことさ」

 

「……俺と知り合ったのも、おまえの母さんの計画通りだったてのか?」

 

頭の整理が追いつかない古城だったが、これだけは訊かなければならないと優麻に返す。すると彼女は、迷いなく首を振った。

 

「違うよ、古城。それだけはボクが選んだことだ。言っただろ、ぼくにはキミしかいないんだ。ボク自身の持ち物と呼べるようなものは、キミに出会えたこと以外なにもない」

 

「そんなことはないだろっ! おまえには俺だけじゃない、凪沙や姫柊、劉曹、浅葱や愛華さんや叶瀬に矢瀬……ここで出会ったやつらだっているだろう。これからだって――」

 

優麻は一瞬驚いたような顔すると最後まで古城の言葉を聞かずに彼に背を向ける。

 

「劉曹とまったく同じことを言うとは思わなかったよ」

 

「えっ?」

 

「本当はね、監獄結界の封印を(やぶ)るために、絃神島(ここ)の住民を十万人ばかり()(にえ)に使う予定だった。だけど古城、キミが第四真祖の力を手に入れたことでそれをする必要がなくなったんだ……ありがとう」

 

優麻がそう言い終えた直後、彼女の背後に浮かんでいた顔のない青騎士が両手を掲げる。

"守護者"の両手の隙間(すきま)に生まれたのは、黄金の輝き。轟音(ごうおん)をともなう(まばゆ)雷光(らいこう)

その光の正体に気づいた古城と雪菜の表情が凍りついた。

 

「"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"……!?」

 

「第四真祖の眷獣!? そんな……!?」

 

「眷獣の支配権を奪い取ったわけじゃない。時空を(ゆが)めて、古城が過去に使った眷獣の一部を呼び出したんだ。ほんの一瞬、このときのために――」

 

実体を持つ膨大な魔力の(かたまり)()りかかり、(はかり)り知れない(いかずち)が監獄結界を襲う。

それによっていままで蜃気楼のように不安定だった島が完全に実体化する。

 

「くっ――!!」

 

彼女はほんの数百分の一秒にも満たないという(ごく)短い時間、古城が過去に眷獣を使った瞬間と現在の時空を連結したのだ。

どのような者がいかなる手段をもってしても第四真祖の眷獣を召喚、使用するということはそれ相応の危険(リスク)がある。逆流してきた魔力の反動が優麻を(おそ)い、弾き飛ばされたように彼女は倒れた。

 

「さすが第四真祖の眷獣……ボクの"(ル・ブルー)"でも制御しきれないか……だけど、犠牲(ぎせい)(はら)った甲斐(かい)はあったね」

 

優麻は弱々しく(つぶや)いて実体化した橋を渡り聖堂内へと向かう。古城たちも優麻を追いかける。

聖堂内部はなにもなくただがらんとしていた。優麻は最初から中を知っているかのように進んでいく。そして一つの巨大な空間に出たところで立ち止まった。

優麻の視線の先には一つの椅子(いす)。その椅子には眠るように目を閉じたままの一人の女性がいた。

追いついた古城たちは彼女の姿を見て息を呑んだ。

 

馬鹿(ばか)な……なんであんたがこんなところに……」

 

呆然としている古城たちを尻目に優麻は恭しく一礼をする。

 

 

 

 

 

「お目にかかれて光栄です、監獄結界の(かぎ)"空隙の魔女"――南宮那月」

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
次は第一クウォーターが終わる頃に更新できればいいなぁ……




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第三十八話



ども、燕尾です。
第1Qの講義のテストが終わりやした。一段落です。







 

 

「この(たび)はご助力ありがとうございました、楠さん」

 

「ああ、お疲れさん。一応負傷したやつらには治癒をかけたが、しっかり休ませてやれ。いつ命を失ってもおかしくない職なんだから、後悔のないようにな」

 

了解しました、と敬礼し警備員は劉曹のもとから去っていく。

メイヤー姉妹が護送車で送られたのを見送った後、劉曹は特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員から報告を受けていた。

絃神島に潜り込んだLCOの人員は一部を除いてほぼ確保。アスタルテに頼んでいた夏音は応援に駆けつけてきた国家攻魔官で四拳仙(しけんせん)の"仙姑(せんこ)"と呼ばれている笹崎岬(さささきみさき)に保護を引き継いでもらい、彼女と共に安全なところにいるとのことだった。そしてアスタルテは特区警備隊(アイランド・ガード)と共にLCOの確保に向かっているようだ。

 

「空音」

 

劉曹はいま自分の中にいる少女の名前を呼んだ。

 

(ん……)

 

落ち込んだような、覇気のない声で返事をする空音。おそらく先ほどのことを気にしているのだろう。

 

「落ち着いたか、空音」

 

(うん、ごめんね、劉曹。約束してたのにあんなことして……)

 

「反省してくれているのなら大丈夫だ。俺も悪かったな、あんな醜態を見せて。おまえに心配をかけた」

 

(ううん、無事でよかった。ところで、途中で劉曹を襲ったあの女は誰だったの?)

 

あの女とは"静寂破り"のことだろう。劉曹も単独で動くとはいえ、彼女の介入は予想していなかった。

古城や雪菜や紗矢華と行動することが多かったため感覚が麻痺していたんだろう、と劉曹は改めて自分を戒めた。

 

「まあ、なんというか…あいつらは那月ちゃんが言うような商売敵みたいなものさ」

 

(……)

 

はぐらかした言い方なのは当然空音も気づいている。だが、それ以上は何も言わなかった。

 

(ねえ、劉曹)

 

だが、これだけは訊いておかなければいけないと彼女は口を開いた。

 

「なんだ?」

 

(もし前のように戻ったとき、劉曹はどうするの?)

 

空音の言う"前"とはいつのことを指しているのかはすぐわかった。しかし、今の劉曹にはその質問に答えることは出来ない。

 

「さあな、それは神のみぞ知るなんとかだ」

 

(わたし、神様なんだけど)

 

「それならもう誰にもわからんだろ」

 

適当にはぐらかした劉曹に空音はもう、とため息をつく。そんな彼女を置いておいて劉曹はラ・フォリアのほうを向いた。

 

「はい、あなた方も大儀でした。それでは用が済みましたらそちらに向かいます。心配しないでください、友人に別れの挨拶をするだけです」

 

彼女の方も無事騎士団と合流できたようたようで彼女も状況報告を受けていた。(ねぎら)いの言葉をかけた後、紗矢華と共に劉曹のもとにやってきた。

 

「行くのか?」

 

「ええ、もう少し事の成り行きを見守っていたかったのですが、どうやら時間切れのようです。わたくしは、すぐにこの国を離れます」

 

そうか、と返して劉曹は止めもせずに気をつけてなとだけ言った。

彼女の意図に気づいた劉曹はそうやって(うなず)くも紗矢華はなぜ急に、という表情をしていた。

 

「紗矢華、あなたには随分(ずいぶん)と苦労をかけてしまいました。このあと次の任務まではあなたは自由の身です。お祭りを楽しむのも良し、誰かさんを助けに行くのも良し――」

 

そこまで言われたところでハッとする紗矢華。

ラ・フォリアが絃神島を離れるということは彼女の護衛の任についていた紗矢華の役目が終わるということ。自分の判断で自由に動くことができるのだ。

獅子王機関から帰還命令や新たな任務が命じられるまでは古城と雪菜の援護にまわることも可能なはずである。

 

「獅子王機関にもあなたが十分な休養を得られるようわたくしからもお願いしておきますね」

 

事情を知るものだけが理解できる、そんな含みのある微笑みをこぼすラ・フォリア。

 

「お気遣いありがとうございます、王女」

 

紗矢華は力強く頷いて長剣の(つか)(にぎ)()める。

 

「俺たちはもう行く、煌坂、ここからは別行動だ」

 

「わたしは"兄さん"とするべきことがあるので、ここで」

 

そういって劉曹と愛華はその場を立ち去ろうとする。てっきり一緒に事にあたるのかと思っていた紗矢華は戸惑った表情をし、言葉の一部を強調した愛華に対してラ・フォリアはムッとする。

しかし、ラ・フォリアはなにか悪戯(いたずら)を思いついたかのような笑みを浮べて、

 

「待ってください、劉曹!」

 

「なん……――っ!?」

 

ラ・フォリアは振り向いた劉曹の顔を両手で優しく押さえ、唇を強引に(ふさ)いだ。

 

「「なぁ!?!?」」

 

突然の王女の行動に愛華だけでなく、紗矢華も声を上げる。

 

「んっ……ちゅっ…れろっ……」

 

周りには騎士団や特区警備隊(アイランド・ガード)、一般市民が大勢いる中で人目も(はばか)らずに舌を入れ込み、(むさぼ)るラ・フォリア。

ただ彼女のすごいところはこんなにも間近に人がいるにもかかわらず、愛華と紗矢華だけにしか自分がしている行為を見せていないのだ。

そして、劉曹が驚愕で固まっているのをいいことに彼女の行動はさらに加速する。劉曹の服の中に片手を入れ、弄りはじめる。

 

「くちゅ…はむっ…んっ……ぷはっ――フフッ♪」

 

しばらく堪能してたラ・フォリアが離れた。お互いの口から唾液の糸が引き、ラ・フォリアは満足そうな顔をしている。

状況の整理ができずにただ呆然と立っている劉曹。その隣でなっ、なっ、と壊れたロボットのように言葉に詰まっている愛華。

 

「では、ごきげんよう」

 

どこか勝ち誇ったような口調でそれだけを言って騎士団の方へと向かっていく。

 

「兄さん……?」

 

(劉曹……?)

 

「え……はっ…えっ……?」

 

一人と一柱のとてつもない殺気を感じた劉曹はようやく思考が追いついた。自分はラ・フォリアにキスをされたのだと。それも周りがあっけにとられるほど熱烈な――

 

(知ってた、劉曹? 今までしなかっただけであなたの中からお仕置きぐらい、いくらでもできるんだよ)

 

「お兄ちゃん、ふふ……ふふふふふ……」

 

二人とも笑顔でいるが目が笑っていない。命の危険を感じた劉曹は後ずさる。助けを求めようと紗矢華のほうを見るも

 

「私はなにも見てないわ。さて、雪菜の援護に行かなきゃ!」

 

と、足早に去っていってしまった。

 

「行くならどうにかしてからいってくれ!」

 

「兄さん……逃がしませんよ……」

 

(愛華、どうしようか?)

 

頼みの綱も失い、愛華に肩をつかまれた劉曹は孤軍奮闘、二人の説得を試みる。

 

「おい、二人とも……ちょっと待て、落ち着け、なっ?」

 

「(うるさい! お兄ちゃん(劉曹)の馬鹿ぁ――――!!)」

 

地獄の閻魔様も逃げ出してしまうような二人の攻撃に劉曹は悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ、那月ちゃんが監獄結界の(かぎ)……?」

 

目の前に眠りながら座っている自分の担任を見つめ、戸惑うように問う古城。そんな彼に優麻は、冷ややかに那月を(にら)みながら答える。

 

「"空隙(くうげき)魔女(まじょ)"南宮那月は、監獄結界の看守であり、門番であり、扉であり、そして鍵だ。そもそも監獄結界というのは、凶悪な魔導犯罪者を封印するための魔術の名前――その唯一の使い手が彼女なんだ。古城、魔女とはなんだい?」

 

そう優麻に返されて古城は考える。

魔女とは、悪魔と契約を交わした女性の異称だ。悪魔の眷属である"守護者"を経由して彼女たちは悪魔と同じ力を使う。人の身でありながら魔力を操り、その力はときに上位魔族や最高位の魔術師を越えるのだ。

だが、悪魔との契約には代償が必要だ。

優麻が払った代償は監獄結界の解放という絶対命令(プログラム)刷りこみ(インストール)。彼女はその命令を果たすために母親に作られ、その命に従う代わりに空間制御の力を使っている。

 

では、那月が支払った代償とはなんだ? 彼女が魔女になるために悪魔に差し出したものとは――?

 

いま自分の目の前にある状態がその答えなのだろう。

監獄結界の使い手として未来永劫眠り続け、この巨大で空虚な監獄を制御する。

それこそが那月が悪魔と交わした契約なのではないか――?

 

「この聖堂は、南宮那月の居城なんだ。彼女はずっとここで暮らしていたんだよ。十年前から一度も外にでることなく。たった一人きりで、眠り続けていた」

 

薄暗い聖堂の中を見回して、優麻が言う。

 

「そんなのおかしいだろ。那月ちゃんは俺らの学校でずっと教師やってたんたぞ」

 

古城は即答でそれを否定した。しかし、優麻は(かな)しげに微笑(ほほえ)んで首を振る。

 

「キミが知っている南宮那月は、本物の彼女が魔術で生み出した幻影だ。ここにいる(あわ)れな少女が見ていた、ただの夢だよ」

 

「幻影……だと……?」

 

「そう、幻影をいくら壊しても意味がない。だからこれまでLCOは彼女に手が出せなかった。監獄結界の封印が解けて、彼女の本体がこちらの世界に戻ってくるまではね」

 

優麻の背後に青色の甲冑(かっちゅう)(まと)った騎士が浮かぶ。青騎士は装備している剣を掲げる。

優麻はゆっくりと那月の方へと歩き出す。

 

「監獄結界の犯罪者たちは、南宮那月の夢の中に囚われているんだ。彼女を破壊(ころ)せば、囚人たちは解放される」

 

「――解放して、どうするんだ?」

 

古城の言葉に優麻の歩む足が止まった。

 

「監獄結界を解放するためだけに生み出されたおまえが、役目を果たし終えたらどうなるんだ? 母親がおまえを()めてくれるのか? 違うだろ……!」

 

「古城……」

 

「使い捨ての道具のように捨てられて終わりじゃないのか!? それがおまえの望むことなのか、ユウマ!?」

 

「わかってるよ!!」

 

突然声を荒げる優麻。古城は今にも泣き出しそうな彼女の表情を見て黙ってしまう。そして彼女は、力なく(つぶや)くように口を開く。

 

「わかってるんだ、古城。ボクの行動になんの意味も無いことなんて、ボクが誰よりも知ってる」

 

「だったら「でも!」――」

 

次は悲痛な声を上げ、優麻は古城の言葉を(さえぎ)った。

 

「決められた運命(プログラム)には逆らえない! それが悪魔との契約の代償だ! ボクにはこの運命(プログラム)しかないんだ。これを無意味だというのなら、ボクの全てが無意味になってしまう!」

 

「違う!」

 

古城が、一歩、足を踏み出す。それに気圧されたように、優麻が一歩後ずさる。

 

「さっきも言ったはずだ。おまえにはみんながいる、俺がいる。俺が、俺たちがおまえの生きる意味を認めてやる。だからそんなくだらない運命(プログラム)なんかに従わなくていいんだよ!」

 

迷いなく言い切る古城。優麻の目元に、一瞬だけ泣き笑いのような表情が浮かんだ。

 

「……昔からなにも変わってないね。だからボクは――」

 

優麻は途中まで言って口を閉ざした。そこから先は自分が言う資格がないとでも言うように、そして再び足を動かして、那月の目の前まで行く。

 

「やめろ……ユウマ……」

 

震える(くちびる)を古城は動かす。身体を動かそうにもなぜだか動くことが出来ない。

そして傷だらけの青騎士が、眠っている少女を切り裂こうと剣を振り下ろす。

が、その刃が彼女に届くことはなかった――

那月の頭上直前で剣と拮抗している銀色に輝く槍。それを操るメルヘン風味の蒼いドレスを着た少女が青騎士の剣を防いだのだ。

 

「――姫柊!?」

 

「その槍、そうか……"七式降魔突撃機槍(シュネーヴァルツアー)"か……」

 

優麻が表情を強張らせる。あらゆる魔力を無効化する破魔(はま)の槍。魔力で実体化を保っている魔女の"守護者"にとっては、相性が悪すぎる武器なのだ。

 

「獅子王機関より派遣された、第四真祖の監視役です」

 

青騎士を弾き飛ばして一度距離をとり、槍を構える雪菜。古城の説得が失敗した以上、手加減するつもりはない。

 

「――暁先輩の肉体、回収させてもらいます!」

 

「甘いな……その槍でボクの本来の身体を攻撃すれば簡単にケリをつけられるのに、それをしないのは古城に感化されたのか。やっぱり君も古城にたぶらかされた口かな?」

 

「違います!」

 

淡く失笑する優麻に雪菜がムキになったように言い返す。

 

「げ、現状ではこれが最善だと判断しただけです! それに――」

 

雪菜は聖堂の床を蹴り飛ばして青騎士との距離を肉薄にし、槍で何度も切りつける。

限界を迎えた青騎士は反撃できず虚空に溶けるように消えた。

 

「――どちらも難易度は大差ありませんし」

 

「……さすがは獅子王機関の剣巫、でも――」

 

槍の穂先を突きつけられた優麻は苦虫を噛み潰したような表情をする。が、それはすぐ不敵な笑みに変わった。

 

「忘れたのかい。ボクはキミと馬鹿正直にやりあう必要なんてない――!」

 

そう言い残して、優麻が空間転移する。転移先は、雪菜が追撃できない聖堂の上空だ。

 

「――っ!?」

 

優麻の狙いに気づいた雪菜は、表情を凍らせた。

再び出現した青騎士は両手を(かか)げ、黒い火球を作り出す。普通の魔術師が作り出すものならば、対象を燃やすことしかできない威力だろう。しかし、魔女の魔力で作られたそれはちょっとした爆弾並みの威力を持つ。そして優麻が攻撃対象として選んだのは、雪菜でも那月でもなく聖堂の天井。

あらゆる魔力を無効化する"雪霞狼(せっかろう)"といっても、魔力を持たない物に対してはただの槍と同じなのだ。雪菜の腕力で(くず)()ちる石塊(せっかい)をどうにかできるはずもない。数トンもの重さをほこる石塊が那月の頭上から降り注ぐ。

瓦礫(がれき)の山を絶望した顔で見つめる雪菜。土煙が晴れる頃、ゴホッ、と咳をする音が聞こえた。

 

「先輩!」

 

そこには眠ったままの那月と古城がいた。優麻が攻撃に移る前に走り出し、瓦礫で押し潰されそうになった那月を担いで間一髪(かんいっぱつ)救ったのだ。

だが、自分の未来視よりも早く古城が動けたことに疑問を持つ。

その答えはすぐに古城の口から語られた。

 

「悪いな、ユウマ。おまえがスリーポイントシュートを狙ってるときの顔は、よく覚えてるぜ」

 

誇りまみれの顔を上げて、古城は不適に笑って見せた。懐かしい幼なじみの得意技を古城はまだ忘れていない。優麻の奇襲(ロングシュート)を、彼は最初から警戒していたのだ。

 

「古城……っ!!」

 

突然苦しみだした優麻を怪訝(けげん)に思う古城だったが彼女が苦しみだすと同時に額から何か滴る感触を感じた。

触ってみると手についたのはドロリとした赤い液体。そんなものが流れるほどの傷を負った覚えのない古城は愕然とする。

 

「なんだ……これは……!?」

 

「優麻さんの身体が限界を迎えているんです! 優麻さん、もうやめてください!!」

 

「関係ない……!」

 

自分自身の身体の苦痛を受けているが、それでも優麻は凄絶に笑った。

 

「あと少しで、僕の役目が終わる。これでようやく……自由になるんだ……!」

 

なにかにとらわれたように言う優麻に雪菜が無言で唇を噛む。限界を迎えている彼女を救うにはもはや迷っている暇はない。決意したように深く息を吐く。

 

「――獅子(しし)神子(みこ)たる高神(たかがみ)剣巫(けんなぎ)が願い(たてまつ)る」

 

雪菜の唇が、粛々(しゅくしゅく)祝詞(のりと)を紡ぎ出す。銀色の槍と共に、彼女が舞う。

 

破魔(はま)曙光(しょこう)雪霞(せっか)神狼(しんろう)(はがね)神威(しんい)をもちて(われ)悪神百鬼(あくじんひゃっき)を討たせ(たま)え!」

 

爆発的な霊力(れいりょく)が流れこみ、銀色の槍が閃光を放つ。その閃光をまとって雪菜が疾った。優麻には雪菜の動きが見えていない"雪霞狼"の一撃が優麻の――暁古城の肉体の心臓を刺し貫く。

そう思われた瞬間、雪菜の攻撃が止まる。銀色の槍の先端は、古城の胸に届いていない。

躊躇ってしまったのだ。あらゆる魔力を無効化する獅子王機関の秘奥兵器、"七式降魔突撃機槍(シュネーヴァルツアー)"は不老不死の吸血鬼、それが世界最強の第四真祖であっても致命傷を与える。復活できる保障はどこにもない。胸元直前に留まっている槍はカタカタと震えていた。

 

「姫柊!」

 

「先輩!?」

 

いつの間にか近くまでやってきた古城の声でハッとする雪菜。これまで戸惑っていたユウマも動き出す。

 

「"(ル・ブルー)"!」

 

青騎士の巨大な拳が、横殴りに雪菜を襲ってくる。

 

「でりゃあああああ――!」

 

古城は声を上げ跳び蹴りを繰り出す。狙うのは雪菜の持っている銀色の槍の柄の尾。

蹴られた槍は青騎士の拳が雪菜を殴るよりも早く古城の肉体に届いた。

青騎士の攻撃は雪菜の目の前で止まり、空間に溶け込むように消失する。

 

「古城……どうして……?」

 

放心したように問いかける優麻の呟きは、ガラスが砕け散るような甲高い衝撃波にかき消される。

 

「ぐあああああああああ――――!」

 

空間制御の魔術が無効化され、その反動が大気を揺らし古城を襲う。

 

「あああ……あ…」

 

それが収まった頃古城の肉体が、糸の切れた操り人形のように、ゆっくり仰向けに倒れこむ。

しかし古城の背中に伝わってきたのは硬い床の感触ではなく、包み込むような柔らかな弾力だった。転倒する古城の身体を雪菜が背後から抱きとめたのだ。

 

「あー……(いて)ェ……」

 

暁古城が胸元を押さえて弱々しくうめいた。

 

「先輩! なんであんなことしたんですか!? 馬鹿ですか!」

 

古城が戻ってきたことがわかった雪菜は口早に古城に問い詰める。

 

「せっかくもとに戻ったのにその言い方はひどくねえか?」

 

はあ、とため息をついて抗議する古城。

胸元には、深々とやりに抉られたあとが残っている。だが、ギリギリ心臓は外れていた。古城は心臓を避けて槍を蹴りこんだのだ。

そうであれば吸血鬼にとっては致命的な負傷ではない。だが、雪菜の表情は晴れなかった。

 

「でももし、万が一のことがあったらどうしたんです!」

 

「ま、こうやって無事だからいいじゃないか」

 

あっけからんという古城に雪菜はまったくもう、とため息をつく。

 

「それでですね姫柊さん……」

 

「なんですか?」

 

何か頼みごとをするように言う古城。すると彼は苦笑いするように、

 

「あのですね……血を……吸わせていただけませんか?」

 

「なっ――」

 

控えめに言ったつもりだったが雪菜ははっきりと聞こえており、顔を紅くして、

 

「吸わせませんよ。絶対、吸わせませんからね。大体、先輩の自業自得じゃないですか! これに()りて今度からもっと女の人に対して慎重にですね――」

 

と説教が始まってしまった。悪い冗談だ、と謝る古城だったが、雪菜は、むーっ、と唇を(むす)んで古城の(ほお)をつねた。

 

「そういうことは冗談でも言わないでください。誰かに聞かれたらどうするんですか」

 

「そうだ、ユウマは!?」

 

誰かという言葉を聞いた古城が、ガバッ、と起き上がる。優麻は瓦礫の頂上に倒れこんでいた。

 

「ユウマ!」

 

痛む体を無視して優麻のもとへと駆け込む。抱えると気づいたようにゆっくりと優麻は目を開けた。

優麻の目に映るのは優麻自身の身体ではなく暁古城。

 

「失敗……したのか、ボクは……」

 

「違う、そうじゃない」

 

平坦な口調でぼそりと呟いた優麻の言葉を古城は即否定する。

 

「解放されたんだよ、おまえは」

 

「解……放……?」

 

オウム返しに聞いてくる優麻に古城は優しく頷いた。すると優麻は目に涙を()めて、

 

「そうか、やっと……自由に――」

 

そう呟く優麻の表情は()き物が落ちたように晴れやかだった。

 

「――一件落着、か」

 

すると唐突に背後から懐かしい声が聞こえてくる。舌足らずなようでいて、奇妙なカリスマ性を感じる不思議な声音(こわね)だ。

振り返ると、そこには眠り続けていたはずの南宮那月が立っていた。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
また次回更新に


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