鬼舞辻無惨の娘 (メガラプラス)
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第1話 出発

閲覧ありがとうございます

注意1
・無理やり押し通すところ押し通すスタイル


第1話、よろしくお願いします


これは酷い…

 

とある若い鬼殺隊員は、鎹鴉に連れてこられた現場を見る。

製薬会社の家族と多くの使用人が住んでいた、という豪邸は、夥しい量の遺体と血で埋め尽くされ、夜風に晒されている。

じきに柱達もこの現場に来るだろう。それぐらいに酷い地獄絵図だった。

 

あまりの恐怖で足がすくむ中、その鬼殺隊員はまだ微かに肩が上下している若い女を見つけた。

 

「大丈夫ですか?!」

 

思わず駆け寄るが、一瞬見てギョッとする。その女には腕がなかった。

 

「ぁ…ね…つき……」

「喋らないで下さい!傷が…」

 

もう助けられないのは分かっていても、喋ることは少しでも彼女の苦痛を増長させる。

 

「つきひ……こさ……が…や……」

 

自分が、あと少しでも早く来ていれば、助けられたかもしれないのに。

 

「おに…だった…だ……このこ…も…」

 

急に、女は体をずらした。動かないで、と抑えたが無駄だった。

だが、彼女が片腕で下に抱きかかえていたのは、まだ幼い子供だった。彼女の子だろう。

 

『鬼だった。この子も。』

 

彼女が言ったのは、そういう事なのだろうか。だがその子供の口にも手にも、衣服以外に一切血は付いていない。

と、彼女が手を握ってくる。死を真近にした者とは思えない強さだった。

 

「さい…ご…きいて……くだ……さ」

 

『最期に聞いて下さい』

 

 

 

 

____________________________

 

 

 

 

坂部 十十乃は、「鬼殺隊」という文字通り鬼を滅する組織の一員、坂部 晴之助の元で修行を重ね、まあ平凡な実力を持つ、普通の鬼殺隊見習いであり、水の呼吸の使い手である。

 

暗い冬の夜に。

 

「いっやぁ〜昨日の子が可愛くてさぁ〜ついつい長居しちゃいましたぁ〜」

 

坂部家の庭で、ヘラヘラしながらフラフラしている、これが坂部 晴之助という男である。そしてこれが十十乃を育てた男である。

 

「また借金を作り、私が鱗滝さんの所へ行かないといけなくなり、叩き出されるのでおやめください。ついでに明日は最終選別です」

 

十十乃は晴之助とは別の方向に視線を向けながらそう言う。晴之助の元には、時々弟子入りしたいと訪ねてくる者がいるが、大体”一身上の都合“や”師との相性が合わなくなりました“などで辞めていく。

しかしそれでも十十乃がやめないのは、十数年もいたら慣れたから、である。

 

「借金上等ッ〜」

 

バタッ!と倒れ込んだ晴之助を、ズリズリ引きずって行き、とりあえず屋内に入れる。

 

最終選別という人生の分かれ道に、自分は本当に何をやってるのだろうか。

 

そもそも、いつの間にか晴之助の元で育てられていた訳だし、立派な理由や敵討ちで鬼殺隊に入る訳ではない。最初なんて鬼を過激派仮装集団かと思っており、晴之助及びその(元)弟子達に唖然とされた。

 

晴之助から教わり、十年もかけてようやく全部習得した“水の呼吸”も、(大量に金を借りている)鱗滝さんのところの竈門炭治郎という子は、二年で習得したらしい。五分の一。十分の二。

 

まあ鱗滝育手は元柱であるし、晴之助はこう見えても元、階級 甲。そして次期柱となぜか名高かった。事実、一時期、一種の怨念を感じる頻度で現水柱が、柱を代わり、隊員として復帰して欲しいと晴之助の元に通いつめていた事があった。なぜか九十九日目に来なくなったが。

 

だから呼吸法を早くに習得できなかったのは、決して育手の問題ではなく、単に自分の努力不足だろう。

 

 

 

 

「十十乃。」

 

と、後ろから晴之助に声をかけられ、振り向く。

 

「ばあちゃん寝てる?」

 

「それより、先程会った芸者さんの名前、珠緒といったでしょう?」

 

「げっ…なんで知ってるんだよ…」

 

「あれがばあちゃんです。」

 

しばしの沈黙の後、それを破るように、少し真面目な口調で晴之助が切り出す。

 

「明日、最終選別だろ?日輪刀、渡すの忘れてたからさ」

 

あえて渡さなかったのではなく、忘れていたからなのか。

晴之助は、薄暗い部屋の中を移動し、隅に立てかけてある、上質な布で包まれた刀を静かに持ってきた。

 

「これが日輪刀ですか…水色ですね。」

 

十十乃は刀をジッと見ながら、自分が切られるのではないか、となぜか一瞬ビクッとしてしまった。

だがそんな十十乃とは反対に、穏やかに笑いながら晴之助は言う。

 

「そうそう、それが俺の刀第一号。“激流嵐水“だ。大事にするんだぞ。絶対に俺に返せよ。」

 

激流嵐水て。

 

 

だが、絶対に返せ、の意味は分かる。必ず帰ってこい、ということだ。

女を口説く時は饒舌になる癖に、こういう時は素直に言わないのだ、この男。

 

「ありがとうございます。必ず返すので、心配はしないで下さい。”激流嵐水“」

 

「おう。」

 

 

 

夜明け前に、十十乃は、坂部家を発った。最終選別に向かうために。

 

出て行く時、晴之助とばあちゃんは最後まで手を振ってくれた。いつもは午後過ぎに起きて芸者の元に行っているのに、早朝にわざわざ起きて来てくれて、何気に少し嬉しかった。

 

 

 

______________________

 

 

 

 

最終選別の行われる場所は、“藤襲山”と言うらしく、なんでも一年中藤が咲き誇っているのだとか。

藤の花がこの世で最も嫌いな花である十十乃にとっては、あまり良い山とは言えないだろう。なんか匂いが嫌なのだ。

 

でも小さい頃には、

 

「藤襲山の藤は人を喰うから、その藤+鬼と、朝が来ないまま七日間ずっと戦い続けなければならない」

 

などと言われていたので、主催者が鬼畜なんじゃないか、と本当に思っていた。

もちろん、かなり前にその考えは例の水柱と鱗滝さんのお陰で正しいものに直されたが。

 

教えられた方角通りに進むと、段々とすれ違う人の数が減ってゆく。

 

早朝に出発したはずなのに、もうすでに日は南に高く上がっている。

 

 

 

 

 

 

さらに山を越え谷を越えて、休憩もろくに挟まずに、十十乃はひたすら歩いた。

そしてようやく視界に紫色の藤の花がいっぱいに広がった頃には、日が暮れていた。

 

確かに、壮観だった。藤の花が幾重にも続く美しい景色は。

そしてその藤の花を散らしながら、十十乃はようやく、“入山口”にたどり着いた。

 

 

_____________________________

 

 

 

同じ頃、また竈門炭治郎も藤襲山にたどり着いた。鱗滝の造ってくれた厄除の面と、青色の日輪刀を携えて。

 

そういえばよく鱗滝の元に金を無心しにきていた子__話したことも会ったこともないが、鱗滝から聞いた__その子もこの最終選別に来ているのだろうか。その子の匂いは、鱗滝の家には長居しないせいか、嗅いだ覚えがない。ので、その子がここにいるかは分からない。

 

入山口前には、黒い髪と白い髪の、不気味な笑みを浮かべている二人の少女が、微動だにせず立っている。

 

そちらの方は凝視せずに、だが一瞬鼻をよぎった匂いに、炭治郎は思わず目を見開き、バッと辺りを見回した。

 

 

 

今、確かに匂いがした。あの日炭治郎の幸せを壊した匂い、そして禰豆子を鬼にした、鬼舞辻の匂いが、一瞬。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




坂部さん誰状態。

月彦さん

激流嵐水(笑)

上司が今回お留守。


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第2話 選別

第2話です。よろしくお願いします




炭治郎は、少し身体を強張らせながら、藤の花が広がる辺りを見回した。

 

自分を鬼殺隊員として育て上げてくれた鱗滝左近次から聞いた、唯一人を鬼にできる鬼、鬼舞辻無惨。

彼こそが鬼の頂点である鬼だ、と鱗滝は話していた。

 

もちろん、鱗滝自身は鬼舞辻無惨と対面したことはない、と言っていたが。

 

だがその話を聞いて初めて、あの日竈門家に染み付いていた襲撃者の匂いは鬼舞辻という鬼のものなのだと、炭治郎は分かった。

 

そして今、藤の心地の良い匂いの中に、一瞬その匂いが混じっていたのだ。

 

この場には、少なくとも二十名弱の鬼殺隊見習いが来ている。一人ずつ聞いていくことも不可能ではないが……

 

「死ぬ死ぬ死ぬ…はい俺の人生は終わった…可愛い女の子をお嫁さんに欲しかった…料理できて、可愛くて、優しくて、桃色の着物着てるんだ……あ、あははっ…ダメだ、もう俺は死ぬんだぁぁ誰かぁぁ俺を守ってくれよ〜」

 

「激流嵐水て…くくっ…」

 

やめておこう。

 

あの匂いは一瞬、しかもすぐに消えていった。もしこの場に鬼舞辻本人がいるなら、もっと濃い血の匂いや異臭がしたはずだ。

 

内心気が気ではなかった。

妹の仇が、家族の仇がここにいるのなら、どんな事をしてでもその頸に刃を振るい、禰豆子を人間に戻す方法を聞き出さねば、と思う。

そう何度願ったことか。

 

しかし冷静に考えて、今の匂いの薄さだけなら、鬼舞辻とただ対面したことのある者、偶然近くにいた者に匂いが移っただけ、と考えるのが妥当だ。

 

それより、今は目の前の試練に集中しなければならない。

 

 

 

___________________

 

 

 

「ここ藤襲山には、鬼殺隊の剣士が生け捕りにした鬼どもが閉じ込めてあり、決して外に出ることはできません」

 

「鬼どもが嫌う藤の花が、山の麓から中腹にかけて、一年中狂い咲いているからでございます」

 

「しかしこの先に、藤の花は咲いておりません。この中で七日間生き抜く、それが最終選別の合格条件でございます」

 

藤の花といい、最終選別のこの説明をしているおかっぱ双子といい、どうやって一年中咲いているのか、この双子ズは何者なのか、全体的に謎が多い。

 

『知ってるか〜十十乃〜あれはな〜鬼を藤の木が吸い込んで栄養に……』

 

嫌なことを思い出した。

 

しかし、ほのかに薄紫に光る藤の花が広がるこの広場から、十十乃は早く逃げたくてたまらない。

ここにいると藤の花の匂いが段々と腐臭に感じてくるのだ。

この藤嫌いはもはや遺伝子レベルと言って過言ではない。

 

黒白の髪のおかっぱの双子が話を終えた。双子は、焦点が合わないような、何とも不思議な目をしていたのが印象深かった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、最終選別は開始された。

 

 

 

 

_____________________

 

 

「そうかい…そんな子がいたのか…」

 

静まり返った大きな屋敷の庭先で、その若い男は腕に艶やかな濡羽色の羽を持つ烏を、優しい手つきで撫でる。

 

「その子のことは少し気になるね……最後まで残ってくれるといいのだけれど…」

 

_____________________

 

 

 

 

まず十十乃が始めたこと、それは東に向かうことだった。

 

が、それは誰しもが同じことを考えるようで、やはり日が早く上り、遅く落ちる方にいて損はない、と、最終選別に参加した大部分の人間が東に向かっていた。

 

ものの……

 

やはり鬼の襲撃は避けられず、途中から、かなり大人数いた東に向かう者達は、かなりバラバラになってしまっていた。

十十乃自身、今は枯れ木の森の中を一人で走っている。

 

『ギョェェェ、ギョェェェ』

 

と、鬼の叫び声のような声がし、十十乃は刀に手をかける。

 

段々と声が近くなってくる。

 

そして…

 

「ギャァァァァ!!」

 

悲鳴をあげながら終われていた黄色い羽織の人物が、急に木々の間から飛び出してきた。

 

「食べないで!俺まずいからさぁぁぁ!」

 

大声でそんなに叫べば、さらに鬼が多く寄ってきてしまうではないか、と十十乃はその黄色い羽織の人物に伝えようとしたが、

それより先に、ギョェェェの鬼を倒すことが先決だ。

 

ここはカッコよく一発で……

 

だが刀を握ると、どう足掻いてもこの距離から、しかも動いている鬼の頸をとる自信が消えていく。

 

いや、でも、私はできるやつだ。毎日毎日酔い潰れた師匠の後始末をして、鱗滝さんの家に金を借りに行かなければならなくなった挙句に叩き出され、しまいには激流嵐水。藤の花に対する恐怖も、最終選別に関する変な作り話にも耐えてきたじゃないか。

 

思い出したら少し恐怖が消えてきた。そうだ、水柱の…名前が咄嗟に出てこないが、あの人に金を借りに行った時に向けられた哀れみのようななんというかの視線の方が怖かった!よし、行けるぞ!頑張れ、坂部 十十乃!

 

「そこのギョェェェ!こっちに来い!」

 

大声を張り上げると、黄色い羽織の子を追っていたギョェェ鬼は、十十乃の方をジロリと見る。

お…おう…思ったより怖い外見だ。

両目が白濁して黒目がなく、手はダラーンと下に揺れてるが、足だけはなぜかお元気。

 

『ギョェェェ、ギョエェェェ、ギョェェェ』

 

奇妙な鳴き声をあげながら、鬼は真正面からこちらに向かってくる。

これくらいの強さの鬼、そしてこの距離なら、呼吸を使うまでもなく、一撃で頸を落とせるだろう。

刀を構える。

 

と、

 

なぜか一瞬、その鬼の動きが止まった。

 

その間に、十十乃は刀を振るい、思ったよりも力を入れずに頸を落とせた。

 

「ビビった…」

 

「あれ…?今の君がやったの…?」

 

急に十十乃の横にいたのは、先程ギョェェに追われていた黄色い羽織の子だった。

鼻水を啜りあげているところを見ると、よっぽど怖かったのだろう。

 

「ああ…うん。」

 

「あぁりがどおお!!」

 

と、急にまた涙を流しながら、その黄色い羽織がしがみついてきた。足に。

 

「一回落ち着くんだ。さっき私が大声を出したせいで、また鬼が来るかもしれない。それに一つの場所にずっといるのは危ないだろ?」

 

「うんっ、そうだねっ…グスッ…」

 

 

 

 

その黄色い羽織の子__名前は我妻 善逸と言うらしい__が、鼻水をすする紙を持ってないか、と聞いてきたが、日頃から“宵越しの金は持たない”主義の十十乃は、そんな物持っていなかった。

 

「私は坂部 十十乃だ。」

 

と名前を彼に言うと、

 

「え?!じゃあ俺が好きだから助けてくれたの?!」

 

という謎の反応が返ってきたので、自己紹介はとりあえず置いておいた。

 

「それより、我妻?善逸?まあいい善逸、さっき追いかけっこしてた鬼が、一瞬止まるの見なかったか?」

 

「ごめん、全然見てなかった…ああでも俺、もうすぐ死ぬのか……」

 

「そうか…」

 

でも気のせいではない、確かにあの鬼は、一瞬硬直して動かなくなったのだ。

もしかして自分は、何か特別な能力に目覚めたのか、それともただの偶然か。

 

今、流れで共に行動している十十乃と善逸は同じ目的地、東に向けて再び進んでいた。

 

夜闇は入山時よりかなり深く、風はもっと冷たくなっていた、

 

「十十乃ちゃんは普段何色の着物着てるの?」

 

唐突。

 

まあ彼も彼で疲れが出てるのだろう。

 

「緑だな。」

 

「料理できる?」

 

「普通だな。」

 

「俺を守ってくれる?」

 

「私が先に死ぬ可能性の方が高いなぁ」

 

なぜこの質問が来るのか、少しよく分からなかったが、善逸の言う道を選ぶと、不思議と鬼に合わなかったので、それはかなり助かった。

 

それにあの入山口で見た鬼殺隊見習いの面々は、誰も彼もとても屈強そうだったので、善逸のように親近感の湧く人物と緊迫した状況下で話せたことで、少し緊張が和らいだ。

 

 

 

だが、しばらく走ったところで異変が起きた。

 

「うわぁ…どの方向にも鬼がいる…ダメだ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……」

 

急に善逸が耳を塞いで涙目になりながら死ぬを連呼し転げ回り始めた。

 

「そういう時には最も腹立たしいことを思い出すんだ。」

 

「死ぬ死ぬ…十十乃ちゃん!俺を!守ってぇぇ!」

 

ダメだ通じていない。

 

なぜ、“どの方向にも鬼がいる”と、善逸は分かったのだろうか。

 

しかし地面でミノ虫のように転がり回る善逸に聞いても答えてくれなさそうである。

 

だが善逸が動かないかといって置いていく訳にはいかない。

 

そこで十十乃は、とりあえず善逸を落ち着かせることを最優先にしようと思ったのだが……

 

 

「あなたたち、早くそこから動いて。危ないわよ!もうすぐあの鬼が来るわ!」

 

 

前髪を眉上で切り揃えた少女が、こちらに向かってそう忠告しながら走ってくる。

 

「どうしたんだ?」

 

十十乃は、走ってくる少女に向かって尋ねた。

 

 

「おかしいのよ、今年!普通は弱い鬼しかいないはずなのに…なぜか異形の鬼が“二体”もいるの」

 

 

 

善逸が最も怯えていた音の正体は、これだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





バトルロイヤル開幕

産屋敷さん

善逸さんとはお友達でいたいの

少女の名前村田さん

上司は待機中

鬼一体でも怖いもんは怖い


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第3話 東雲

第3話です

よろしくお願いします



「はあ…はあ……」

 

警告をしてくれた少女と共に、十十乃と善逸は、かなりの距離を走り、残念ながら目的地の東からかなり進路がズレてしまった、気がする。

 

というのも、善逸が恐怖のためか先程から落ち葉に埋もれてしまい、警告してくれた少女も疲れ果てて肩で息をして、十十乃自身もビビって落ち葉に埋もれているので東に向かうどころじゃなくなったのだ。

 

「ねえ…もう、鬼、消えた……?」

 

「私に聞くなよ……」

 

多分少女から見れば、盛り上がった落ち葉二体が声を発しているように見えるだろうが、れっきとした善逸と十十乃である。

 

「ねえ、あなた達、少し落ち葉から卒業するのはどうかしら…」

 

その少女は少し苦笑いをしながらそう言う。焦っていて気がつかなかったが、よく見ると彼女は髪質がツヤッツヤだ。癖毛の混じる十十乃は、いいなー、と思う。

 

「君は命の恩人だよぉぉ〜」

 

「恩人だよ…」

 

二体の落ち葉がズズズッ…と寄ってきて、こんなことを言われれば、いくらこの穏やかそうな少女でも、怒るのは時間の問題だろう。

 

「え…ええ…いいのよ、気にしなくて…それより、あたしの名前は村田 加奈子。あなた達は?」

 

「私は坂部 十十乃だ。さっきは本当に助かったよ。ありがとう」

 

「俺は我妻 善逸。加奈子ちゃん、よろじぐねぇ……グスン…」

 

どっちがどっちか、落ち葉のせいでよく分からないが、右の落ち葉が十十乃で、左の落ち葉が善逸だろう、と加奈子はなんとなく予想を付けた。

 

「その…もう鬼はいないから、でてきていいんじゃない?」

 

「そうだねぇ…」

 

「うんっ…」

 

少し恐怖も和らいだし、この彼女、加奈子に迷惑をかけすぎないうちに、と十十乃は落ち葉の中から脱出した。しかし出てきてから赤面する。十五歳にもなって一体自分はなんて恥を晒してしまったのか。

 

だが善逸の方はまだ落ち葉人間をやっている。まあ移動する時に引っ張り出そう、と十十乃は決める。

落ち葉で色々忘れていたが、加奈子には一つ重要なことを訊きたかったのだ。

 

「そういえばさっき、“異形が二体”いる、と言っていただろ?あれは…本当なのか?」

 

「ええ…信じたくないけど、本当よ。」

 

加奈子が少し悲しげにうつむく。

枯れ木の森に、夜の冷たい風が吹きぬけた。

 

「い、い、異形の鬼が二体も?!一体でもおかしいのに…だって爺ちゃんは、最終選別にいる鬼は、人を少し喰ったやつしかいないって…」

 

落ち葉の中から善逸の震えた声が発せられる。

 

「あたしも、兄さんにそう言われてた。でも、本当にいたのよ!」

 

「兄さん?加奈子の兄さんも鬼殺隊員なんだ」

 

加奈子が小さく頷く。

十十乃は、異形の鬼についてを思い出す。異形の鬼は大人数を喰って、普通の鬼から異形へと変化するらしい。そして異形がさらに力をつけると“血鬼術”というなんか怪しい術を使う鬼も出てくるらしい。師匠 晴之助の提供情報、だが。

 

「どんな姿だったんだ、その、異形の鬼は。」

 

十十乃は尋ねる。

 

「一体は、全身が手で覆われていたわ。もう一体は…よく見えなかったけど…」

 

加奈子も、その話をしながら少し顔が強張っている。よほど恐ろしい姿をしていたのだろう、二体の異形の鬼は。

善逸の方を見ると、今の話で既に落ち葉から半身が飛び出てしまっている。

 

「あと六日間も、そいつらに会わないで生きてけるのかなぁぁ俺は……あと六日ッ!六日もアルッ!死んでしまうっ…」

 

「日中は大丈夫だから、実際に命の危機に晒される時間は三日だな」

 

「十分長いわよ…」

 

あと六日、夜間のみなら実質三日…だが今後東にたどり着いた所で、あと数日はそこを拠点とし持ちこたえなければならない。食料は乾物を持たされているのでどうにかなるが。

 

 

「じゃあもう一回、東に向かうか。」

 

と、十十乃は言った。

 

 

 

 

______

 

 

 

善逸と加奈子に出会ってから二日目の夜を、十十乃は迎えた。

 

一応三人は、まだ行動を共にしている。善逸は話を聞くに女の子に目がなさそうだったが、鬼に対する恐怖に加え、自分のタイプから大きく異なる二人とは、普通に協力関係が成り立っていた。加奈子に若干興味が無いわけではない様子も見せていたが…

 

一日目の夜が終わる頃には、三人は最東端に到達し、今はそこに簡易的な拠点をつくっている。

だが思いのほか東に到達している者は少なく、また集団行動をしている者も少なかった。

 

 

 

 

「アーーーッ(ギリ汚くない高音)こっち見ないでぇぇ!」

 

「おお、早速引っかかったか…試作品だったんだけどな。」

 

善逸が悲鳴をあげたのには理由があり、それは今、木に宙ぶらりん状態の鬼である。

 

 

この鬼は十十乃考案の罠に引っかかって、このような状態に陥った。

他にも善逸考案、加奈子考案の罠が、それぞれ拠点の周りに張られている。

 

『ガァッアガッ、アガッ』

 

と、鬼。

 

「ギャーッ!!」

 

と、善逸。

 

では十十乃考案の罠の作り方を説明しよう。

まず中太の木の枝を杭代わりに、四角形になるよう地面に打ち込む。それから蔦を縄の代わりに細い木とその杭に引っかけ……いや、やはり長くなるのでまた今度。

 

「こっちも順調よ」

 

と向こうからは加奈子の声がする。

 

「良かった。それじゃ戻るか善逸…」

 

だが横で鬼に「ギャーッ」と言っていた善逸がいなくなっている。

まさか、鬼に喰われたのでは…

一瞬嫌な映像が頭をよぎる。

 

「大丈夫か、善逸!聞こえるか?」

 

鬼に居場所が知られないよう、少し控えめな声で十十乃は呼びかける。

やはり夜は月明かりしか頼りがない。

あまり広い範囲は見えないのだ。

 

「え、何これ....?!真っ暗だぁぁぁ」

 

だが明かりに頼らずとも、善逸の声で、すぐに彼の居場所を発見した。

 

善逸の作った落とし穴に、善逸がはまってた。

 

 

 

「という訳で、仕掛けた罠九個中、七個に鬼がかかっていたわ。」

落とし穴から善逸を救出した後に、二時間ほど木を擦りまくってようやくついた焚き火を囲みながら、加奈子がそう報告した。

 

ところで十十乃と善逸は暗闇の森の中、数体の鬼に襲われながら必死の思いで帰ってきたが、途中善逸が気絶し、なんとか彼を運びながら十十乃が帰ってくるとまあ不思議。

 

いつの間にか辺りの鬼がほとんど頸を斬られていた。

誰か他の隊員見習いがやってくれたのか、そこら辺は謎のままだが。

 

「で、罠にかかった鬼はどうしたの、加奈子ちゃん。」

 

「そうそれでね、早く言うべきだったんだけど....」

 

「ところで鬼はどうしたんだ、加奈子」

 

「異形の鬼のことについてなんだけれど....」

 

なぜか加奈子は鬼について教えてくれなかった。

十十乃はかなり気になったが、世の中には知らない方がいいこともある。

 

「そういえば俺さ、異形の鬼の声かは分からないけど年号ガァァって声が聞こえたんだけど」

 

善逸が急に思い出したような顔をして言った。

 

「それよそれ!あたしが今言おうとしてたことは。」

 

「え?そんな声聞こえなかったぞ」

 

十十乃は驚いてそう言う。

 

「え、じゃあもしかして聞こえてなかったの私だけか?」

 

善逸と加奈子が同時に頷く。

二人の耳が良すぎるだけだ、と十十乃は自分に言い聞かせておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日は、生憎の雨だった。

日光さえなければ鬼は活動できてしまう。

 

「ほら、昨日の夜にさ、近くにいた鬼の頸がほとんど斬られてただろ。あれ本当凄いよな...誰がやったか見なかったか?」

 

十十乃は善逸と加奈子に訊く。

 

議論の末、毎日少しずつ拠点を移すこととなった十十乃達は、雨で日光が当たらないため鬼を警戒しつつ、前進していた。

 

「俺は気絶してたから....」

 

「鬼の死体は見たけど、誰がやったかは見てないわ。」

 

三人はそのまましばらく前進し続けた。

いくら進んでも、広がっているのは薄い霧と枯れ木の森だけなので、どれほど進んだかは分からない。

だが恐らくかなり進んだところで、善逸が急に足を止めた。

 

「な、な、なんかささぁ…向こうから来、来るん、だ、だけど……」

 

ガタガタ震えてかなり膝にきてるようだ。

 

 

 

『か〜ごめ か〜ごめ〜 籠の中の鳥は〜 いつ いつ 出〜会う 夜明けの晩に〜』

 

 

 

「急に歌うなよ!ていうかこんな時に歌うなよ!恐怖で心臓がまろび出てしまうッ」

 

「誰も歌ってないぞ」

 

十十乃はビクビクしている善逸に言う。

それでも膝八割がガクガクしている善逸には、歌が聞こえるようだ。

 

『鶴と亀が滑った〜』

 

「歌…?もしかしてかごめ歌?」

 

加奈子の顔が急に青ざめる。

 

 

 

『後ろの正面だぁれ〜』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最終選別編はあと1、2話で完結させる予定です

村田さん兄妹

年号ガァァが倒された日が何日目かよく分からないけど、そこら辺はお気にせず

かごめ〜


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第4話 呪い

今回少し長めです。

よろしくお願いします。

あと一話で最終選別編、完結させます。


十十乃は目を開ける。

 

辺りを見回すが、全く見覚えのない景色が広がっていて、善逸も、加奈子も、最後に聞こえた不気味な歌の主も、人っ子一人見当たらない。

 

あれか、死んだのか。

 

苦しんだ覚えも、痛みに襲われた覚えもない。

だから安らかに死ねたんだろう、と思っておく。

 

再び目の前の光景をよく見直す。

畳が敷かれ、香の良い匂いがする部屋はしかし、着物やら紅やらでかなり散らかっていて足の踏み場がない。

十十乃の部屋といい勝負だ。

 

「誰かいないのか?」

 

十十乃は声をあげる。

ふと気になって腰に手を当てると、激流嵐水改め、晴之助の日輪刀はそのまま腰に差してある。リアル冥土の土産。

 

だが服装を確認すると、先程まで着ていた蛇目模様の羽織も、下に穿いていた袴も、全て無くなっている。

 

とはいえ何も着ていない訳ではない。

その代わりに、鮮やかな紅色の、質の良さそうな着物を着させられている。

絹の肌触りが心地よい。

 

地獄では服を剥がされるそうだ。この調子なら大丈夫か

 

十十乃は立ち上がる。服が重い。

 

「あんた、誰よ。勝手にあたしの部屋入ってさ。」

 

急に聞こえた声にギョッとして、十十乃はその声の主の方を見た。

若い女だ。随分と派手な化粧をしている。

 

「あ....すみません。」

 

「謝るのはいいんだけどさ。何してたのよ、あんた。」

 

「すみませんが急いでいるので。」

 

スタコラサッサ、と十十乃は部屋から出て行こうとする。

けれど着物が重すぎて、足がもつれる。

 

柱にまで金を無心しに行くだけあり、残念ながら十十乃の家にはこんなに高級な着物はなかった。だから慣れてないのだ。

 

「ねえ!ちょっと!それあたしの服じゃない!」

「エェ?」

 

そういえば、と十十乃は着ている着物を見る。

 

「すぐ返すので....」

 

 

 

 

雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃

 

 

しかしそう言いかけた時、十十乃の眼前は真っ白な光で包まれた。

 

 

 

____________________

 

 

 

「よかった...生きてるわ...」

 

最初に飛び込んできたのは加奈子の声だった。

着物も、部屋も、全て消えている。

おや?生きてるぞ。

 

「死んでない?」

「生きてるわよ!」

 

ほとんど逆ギレ気味で加奈子にそう返される。

鬼に殺されていないなら、先程の光景は一体何だったのだろうか。

しかしそれについて考える前に、十十乃は目の前の光景に唖然とする。

 

夥しい量の着物が積もって、散らばっていた。

赤色も、桃色も、桜柄の物もある。

 

「これは一体どういう状況なんだ…?」

「あの異形の鬼の着物の中にあなたが飲み込まれたの。そうしたら善逸君が急に倒れて…」

 

しかし加奈子も分かりかねた顔で首を振る。だが十十乃には、あの変な部屋の記憶しかなく、着物の鬼に飲み込まれた記憶などない。

そういえば善逸はどこに行ったのだろうか。先程から姿が見当たらない。

 

「ヒィィィッ!死んでるッ!なんで?!……ハッ!もしかして、十十乃ちゃんがやったの?それとも加奈子ちゃん?」

 

と、散らばった大量の着物の向こうから、善逸の泣き声混じりの声が聞こえた。

 

「ハッ!もしかして…善逸?」

 

この状況から見て、恐らく着物の塊を斬ったのは、今手に刀を握っている善逸だろう。

十十乃と善逸はお互いに顔を見合わせる。

 

「あぁぁりぃぃがぁぁとぉぉお」

「あぁぁりぃぃがぁぁとぉぉ」

 

森に騒音が響く。

善逸は十十乃が着物の塊に刃を振るったのかと思い、十十乃の方は、善逸が着物の塊に刃を振るったのだと思っている。

 

(後者の方が正しいのだが、前者は絶賛勘違い中。)

 

「やっぱり善逸は強いんだな」

 

「十十乃ちゃんこんなに強いなら先に言ってよぉぉ」

 

「いや、やったのは私じゃない。」

 

「え」

 

善逸が首をかしげる。

十十乃は一瞬理解が遅れた。善逸は“十十乃が”、着物の塊を斬ったのだと思ってるようだ、と十十乃は今、気がついた。

 

「じゃあ……加奈子ちゃんなの?」

 

と、善逸。

 

「違うわ。多分あなたがやったのよ…?」

 

「エェ?」

 

加奈子にそう言われ、善逸の顔は、ますます訳の分からないことになる。

三人共よく訳の分からない顔になったところで、残念ながら休憩時間は終了した。

 

着物の塊が再び奇妙な音をあげながら動き始めたのだ。

 

『か ご め か ご め か ご の な か の と り は』

 

しかし動きが鈍い。それに“かごめ歌”もギシギシと軋むような音を挟みながら流れている。

弱体化したのか。善逸が斬ったから。

散らばった着物がソワソワと蠢き、本体の着物の塊へと滑り寄って行く。

 

「ヒ、ヒィィィ!!動いたッ!まままずい!恐怖が膝と腰に八割来てるッ」

 

「善逸!さっきみたいにもう一回やれないか?」

 

「さ、さっきぃ?!」

 

残念ながら彼には全く斬った自覚がないらしい。

あれだな、必殺技的な感じだから何かが貯まらないとできない技なんだな。十十乃は勝手にそう納得しておく。

 

だがそんなことを考えているうちに、頭上に着物が降ってきた。赤い着物だ。

見ると、善逸の頭上にも、加奈子の頭上にも着物がヒラヒラと舞っている。

 

 

十十乃はもう一度、降ってきている着物を見る。赤い着物だと思っていたのは元の色は白い着物だったようだ。

赤いモノは、人間の血だった。

着物は十十乃を飲み込もうと、静かに、確実に獲物を狙って迫ってくる。

 

一度深く息を吸う。緊張して頭が熱くなる。

実戦で呼吸を使うのは初めてのことだ。

 

 

全集中 水の呼吸 弐の型 水車

 

 

息を深く吸い込みながら飛び上がり、降ってきた着物を縦に切り裂く。水車は、その名の通り円を描くよう縦に回転して繰り出す斬撃だ。

 

これは地面に足が付いている状態よりも、一度飛んでから繰り出す方が使いやすい技でもある....あくまで個人の感想だが。

 

この着物は恐らく鬼の身体の一部なのだろう、着物の破片は血飛沫に変わり、十十乃の顔に飛んだ。

 

「よしっ!」

 

実践呼吸成功だ。

 

その勢いで、頭上から迫り来る鬼の着物を裂いていく。

水車は、比較的連続して繰り出しやすい技だ。上から降ってくる鬼の着物も、気持ち良いほどスパスパ切れる。

 

再び地に足を付け、足に力を込めた。

 

 

 

あと少しだ。あと少しで、着物の鬼本体に近付ける。

 

だがしかし、気になることが一つある。

 

着物を切っても切っても、本体の鬼の着物が、全く減っていないように見受けられるのだ。

と、着物鬼本体から、キリキリキリと妙な音が聞こえる。

 

『よ よ あ け の けっ けけけっ けけけけけっ』

 

そのキリキリキリという音は、次には不気味な笑い声に変わった。

 

「アーッ!アーッ!」

「アーッ!アーッ!アーッ!」

 

そのあまりの気味の悪い声に対し、十十乃と善逸は驚きの声をあげた。

枯れた森に、三つの不気味な声が反響する。

 

しかし、休む間も無く、今度は着物が降ってくる速度が上がってきた。

十十乃の上に、水色の着物と、桃色の着物が降る。

 

水車を繰り出し、再び着物を斬り裂こうとする。だがその時、十十乃の頭にあることが閃いた。

先程、加奈子は、十十乃が着物の中に飲み込まれた、と言っていた。

そして十十乃があの妙な部屋に飛ばされたのも、着物に飲まれた時である。

まさか……あの部屋の女が、本体に関係あるのか?

 

よし、と十十乃は意を決する。惨たらしい死を迎えるよりはコレを実行した方がいいだろう。

 

「ちょっと!何してるのよ十十乃さん!」

 

加奈子の怯えた声が耳に届く。

 

十十乃は、自ら着物の中に入ろうとしているところだった。

 

「着物に飲まれた時に、本体を見た気がするんだ。だからもう一度試そうかと…」

 

十十乃は、降り注いできた青色の着物を、斬らずにそのまま受ける。善逸がそれを見てガクガクになっているのが、見なくてもなんとなく分かる。が、何も変化は起きない。

 

「あれ?」

 

十十乃は、止めようとする加奈子の言葉を聞かずに、再び今度は花柄の橙色の着物に入ってみる。

何も起こらない。

 

「おかしいぞ、これ。着物の中に入っても何も起きない。」

「あ、本当だ!」

 

たまたま、というか恐らく避けきれずに桃色の着物に入ってしまった善逸にも、何も変化は起きていなかった。

 

「じゃあさっきあなたが飲み込まれたのは何だったのかしら?」

 

もはや避ける必要がなくなった着物を見上げ、加奈子がポツリとそう呟く。

十十乃もそれには首を傾げた。一体この着物と、十十乃を飲み込んだ着物に、なんの差があるのか。

 

色?

 

降ってくる着物の色の種類は様々だ。青もある。橙もあれば桃もある。

そう、降ってくる着物の差といえば、色くらいしかない。

 

「さっき私が飲み込まれた着物の色は何だ…?」

 

先程飲み込まれた時のことを細かく思い出そうとする。

駄目だ、部屋のことは覚えていても、直前のことは思い出せない。トラウマかな。

 

けれども思いもよらない形で、善逸がその答えを教えてくれた。

 

「アーーーーッ!誰か助けてぇぇ!十十乃ちゃんっ!膝から喰われてるよッ」

 

「そうか、紅色の着物か。ありがとう善逸」

 

「なんでこの状況でお礼言うのッ?!」

 

善逸が、飲み込まれていたのだ。紅色の着物に。

着物の塊から助けられたり、着物の色を身をもって教えてくれたり、善逸には本当に世話になりっぱなしだ。

 

「紅色の着物だけ人を飲み込むんだ。それ以外は(多分)無害なはず!」

 

善逸を助け出すべく刀を構えている加奈子に向かってそう言う。

 

「多分?!」

 

「とりあえず、飲み込まれてくる」

 

十十乃は、善逸が膝八割を飲み込まれているのを強引に引きずり出し、代わりに着物の中に潜り込んだ。

善逸が何か言ったのを最後に、十十乃の視界は真っ赤に染まった。

 

_________________

 

「あんたもあたしを捨てるつもりなんでしょ」

 

十十乃が聞いた第一声はそれだった。

見れば再びあの散らかった畳の部屋にいるではないか。

 

「あたしのお金が欲しいだけなのよ」

 

「違うんだ。ただ君とは...もう終わりにしたいんだよ」

 

「違う、違う!あたしが必要なくなっただけでしょ!」

 

随分と感情的な女の声と、それを宥めようとする声が交互に聞こえてくる。

そう、そしてこの喧嘩は、十十乃の眼前で行われているのだ。気まずいことこの上ない。

 

もちろん女の方は先程も部屋で見たあの女性であり、けれど男性の方は見覚えがなかった。

 

「どうせあんたもそうなのよ!みんなそうだわ!あたしのこと好きなだけ使ってさ!」

 

「だから違うんだよ!」

 

と、十十乃の目の前で、女の目が白濁し、その身体はズブズブと妙な方向に蠢き始める。

 

「ど、どうしたんだよ....百合江!」

 

「み、みんあそ、そうなのよ!母さんも..みんな...ざ、ざあぁ」

 

急に変貌し始めた女の姿に、目の前にいた男も、十十乃も顔が青ざめる。

と、その白濁色の瞳で、女は男の方を向く。

 

「ぎぇっぎぇっ...あ、んた....」

 

女の腕がみるみる歪な形に変形していき、鋭く尖った爪は男の首筋に向かって伸びる。

 

「危ないっ」

 

十十乃はすぐに剣を取り出し、鬼のように変形した女の右腕を斬り落とした。

 

 

_____________________

 

 

「十十乃ちゃぁ〜ん…」

 

善逸は大泣き声でそう言う。

加奈子も落ち着かない様子で、着物の塊を睨んでいる。

 

「でもさっきから着物が全然降ってこないわ。」

 

「ギェッ!ちょ、ちょっと加奈子ちゃん!なんか、着物の中から腕が…」

 

善逸がワナワナ震えながら着物の塊を指差す。

加奈子も善逸の指差した方を振り向いた。

 

着物の中から、溶解しかけている赤黒い右腕が覗く。

 

それは十十乃がいる部屋の中で斬り落とした、女の右腕と同じ形をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公の外見はまた後々記載予定

腕といえば朱紗丸さん

加奈子ちゃんも椿油愛用

上司ぃぃぃ



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第5話 帰着

遅くなりましたが主人公の容姿について
髪は黒でやや癖毛。長さは短め。
目の色とかはまた随時書いていきます。

第5話よろしくお願いします(割と長め)


斬ってしまった。

 

 

異形に半分ほど変貌を遂げていたとはいえ、半人間の女の腕を斬ってしまった。

 

けれどもあのまま放っておけば男の方はこの女に殺されてただろうし、これは第三者による正当防衛だ。

と、十十乃は自分を落ち着かせる。

 

それにしても不思議だ。

 

十十乃が右腕を斬ったのに、女はこちらを見向きもしない。同じ畳の部屋にいるのに、まるで透明な空気の壁で仕切られているようだ。

そして更に十十乃を驚かす出来事が起きる。

 

半分異形と化した女に襲われかけ、そして十十乃が助けた男が、突如消えた。

それはこの女に喰われた、とかではなく、塵が風に飛ばされるように、自然に消えていったのだ、

 

と、同時に、白濁した女の目が十十乃をギラリと睨む。

 

だが考えてみてほしい。見知らぬ和室に一人で、目の前には半分異形と化した恐ろしい姿の女がいて、自分を睨んでいる。日輪刀に手を伸ばす気力が失せる。

先程までは自分に見向きもしなかった女にこちらを睨まれ、十十乃は、蛇に睨まれた蛙はおろか、小虫気分だ。

 

完全に心が折れた。

 

なんで意気揚揚と紅色の着物に入ったのか、自分の愚かな判断を心から悔やむ。

 

 

 

ズリ…ズリ…と、妙に間の開く奇妙な音を立てて、異形の女が近付いてきた。

 

『か〜ごめ か〜ごめ か〜ごのな〜かのと〜りは〜』

 

唐突に、女が甲高い声で歌い始めた。

 

これは、確か十十乃達が初めにあの着物鬼と遭遇してしまった時に流れていた歌だ。

それをこの異形の女が歌うということはやはり、この女が着物鬼本体なのか…?

 

ということはやはり今、十十乃はあの着物の塊のなかにいる、ということだろうか。

では、斬り落とした女の腕は、なぜ再生されない?

じゃあこの女の頸を取れば着物鬼は倒せるのか…?

 

『今難しいこと考えてる場合じゃないよぉぉ〜十十乃ちゃぁ〜ん』

 

なんだ今の声。

 

 

しかし謎の声の言う通りだ。今は余計なことを考えるより、この部屋から退却する、もしくはこの女の頸を落とす事を考えなければ先に進めない。ここ最近、というかこの最終選別中、自分はビビリすぎた。一回落ち着きを取り戻そう。

 

澄んだ水色の日輪刀を、鞘からスラリと抜く。

 

 

全集中 水の呼吸 壱の…………

 

 

 

「えっ?!」

 

と、その時、十十乃の視界は突如暗転し、目の前からはあの女も、和室も、何もかもが消え去る。

 

だが次の瞬間、再び十十乃の視界は開けた。

暗転したり明るくなったり、色々と忙しすぎる。

 

そして目の前に広がっていた光景は……

 

 

__________

 

 

 

村、だった。

 

 

 

「誰か!気がつかないのか?」

 

十十乃は、目の前を通る畑仕事の服装をした人々に呼びかける。

けれども誰一人として、十十乃のことには気がつかない。透明な壁で隔てられているのだ。

 

今、十十乃が見ている“村”は、どこにでもある、と言っても村に住んだことがないので分かりかねるが、 ただ広く青緑色の田畑が広がり、穏やかな風が吹き、茅葺屋根の家が立ち並ぶ何も特徴のない村だった。

 

さてさて今度は一体どこに飛ばされたんだ。

 

「お母様!」

 

と、目の前を嬉しそうな笑顔を浮かべた少女が走っていく。

なんだ、ここにも人がいるのか。また急に消えないでほしいな。

 

「こっち来んなって言ったでしょ。騒がしい。」

 

しかし少女が駆け寄っていった女性、恐らく少女の母であろう人物は、この少女のことを冷たくあしらう。

 

「この新しいお着物、あたし凄く好き!」

 

「汚したら次こそ家から出てって貰うわ。」

 

少女は自分の着ている赤い色の花があしらわれた着物を、母に見せる。

だがもちろん母親の氷のように冷たい態度は変わらなかった。

干渉できないこちらも、見てて気分が悪くなってくる。

 

「ねえお母様、次はお母様の牡丹の着物も見せて!」

 

「ねえ……」

 

少女がいくら話しかけても、彼女の母は見向きもしない。それどころじゃない、しまいには少女のことを突き飛ばした。

 

「煩い!何が母親よ!あんたが女だったせいで私はこんなに家で冷たくされなきゃなんないのよ!どうせあんたはもうすぐ養子に出されるんだから、それまでの間くらい黙ってられないのかしら?!頭は父親似なのね!ようやくあんたが消えて清々するわ。」

 

突き飛ばされ、少女の気に入っていた赤の着物が、泥と土埃で汚れる。

 

十十乃は、その光景をただ黙って見ていた。自分はこの空間に干渉できないのだ。話す事も窘める事も、何もできない。

 

 

 

 

また、かごめ歌が流れ出す。今度は泣き声と共に。

 

_____________________

 

 

気がつけば、元の部屋に戻っていた。良い匂いのする香、畳に、散らかった着物。

けれど着物は、全て泥にまみれていた。

 

今見てきた光景は、全てこの女の人間であった時の記憶なのだろう。

この泥まみれの着物が、そして人を喰うのが紅色の着物だけだったという理由が、それを裏付けている。

 

半分異形と化し、かつてはあの少女だった女の顔は、なぜか十十乃の指先にほんの少し、触れていた。

鬼も皆、昔は人だった。この女の鬼も。

 

 

『あ…あなた様は……!』

 

女の鬼が最期に発して言葉は、それだった。

 

 

_______________________

 

 

 

善逸は、いつまで経っても微動だにしない着物鬼と、帰ってこない十十乃を待ちながら、ただひたすらに震えていた。

しかも先程はあの着物鬼から急にドロドロとした溶けかけの腕が出てきた。

 

もう本当に怖い。

 

まあ、この後もっと恐ろしいものを見ることになるのだが。

加奈子がいてくれなければ失神してただろう。

 

「ん……?ヒィィッッ!!」

 

「なんてこと……」

 

と、善逸と加奈子は、思わず同時に口を押さえた。

 

急に着物鬼が歪に揺れ始めたかと思うと突如、ドス黒い緑のような色をした巨大な腕が、着物を引き千切りながら

着物鬼の体内から出てきたのだ。

 

『ギィィィィイィィヤァァア』

 

辺り一帯におぞましい断末魔が響き渡る。

善逸はもう顔がクシャクシャになっていた。加奈子も耳を塞いで肩を震わせた。

 

腕に引き裂かれた着物は、血とも肉ともつかないグチャリとした物に変わり、善逸の目の前にも飛んできた。

 

「アーーーーーーッ!!加奈子ちゃんっ!」

 

「無理無理無理!あたし菜食主義だから!」

 

会話が噛み合うどころの話じゃなく、善逸と加奈子は二人して意味不明の奇声を発した。

鬼が目の前で引き千切られていく光景など、見た事がなかったし、今後も見たくなかった。

 

「十十乃ちゃん死んじゃうよッ!千切られて死んじゃうよッ!」

 

ガタガタ震えながら、善逸は、もはや原型を留めぬ形になっている着物鬼を指さす。

 

だが....

 

 

 

腕が真っ二つに割れた、と思うと、その合間から血も何も付いていない状態の十十乃が這い出してきた。

 

善逸と加奈子は、一瞬ポカンとした後、すぐに十十乃に駆け寄る。

 

しかし、三人は更に一生トラウマレベルのものを見ることとなる。

 

着物を引き裂いていた巨大な腕は、着物鬼の上に被さっていた着物を、全て引き裂いてしまった。

 

そして、引き裂くものがなくなった腕は、その“着物の奥”に潜んでいた本体を破壊する。

 

あの、十十乃が見た不思議な空間にいた、女だった。

 

 

 

日が昇る。

 

 

_____________________四日後___________________

 

 

「皆様にはこれから、鎹鴉を支給させて頂きます」

 

一瞬理解が遅れた。

 

はて、と周りを見回すと、隣に泥で汚れ震える善逸、そしてそのまた隣には肩で息をしている様子の加奈子がしゃがみこんでいる。

 

「駄目だ....ここで生き残ってもどうせ死ぬんだ、俺....」

 

目の前には、十十乃の嫌いな藤の花が静かに揺れている。

結局、腕に突然引き裂かれた鬼が、なぜ引き裂かれる羽目になったのか、全く推測は付かなかったが。

 

七日間が、終わったのか。

 

薄紫が優しく光る入山口は、たった今まで十十乃達がいた鬼の巣窟とは比べものにならない程穏やかだ。

が、十十乃は吐き気が込み上げてきた。疲れた体に藤の花はキツイらしい。

 

「鴉なんてどうでもいい。さっさと刀寄越せよ!鬼殺しの刀!色変わりの刀!」

 

急な大声に十十乃はビクリとした。

 

そういえば他にも生き残りはチラホラいる。

善逸や加奈子に加え、水色で渦巻き模様の羽織の子、蝶の髪飾りをつけた子、顔に大きな切り傷があるモヒカンの子。ちなみに騒音の元はこの傷があるやつである。

 

「さっさと寄越せっつってんだろ!」

 

白髪の方の双子ズの片割れを、モヒカンがむんずと掴む。

髪が千切れそうな勢いで掴んだのに、白髪の双子ズは薄笑いを浮かべたままだ。

 

十十乃はモヒカンよりそっちの方が余程不気味だった。

でも一応、

 

「その子が刀匠に見えるか?どう見ても(ちょっと不気味だけど)普通の女の子だ。手を離せよ」

 

止めに入った。

 

「あぁ?んだよてめえ。気味悪りぃ服着やがって。」

 

十十乃は自分の服を見る。赤地に、白の蛇目模様の羽織。

別に派手だが変ではない。

 

「別に気味悪くない」

 

と、話が脱線しかけた時、水色の羽織を着た子が二人の間に入ってきた。

 

「その子から手を離せ。離さないと、腕を折る。」

 

優しそうな、暖かみのある目と裏腹に、その子は随分物騒な事を言った。

だが少しの間の後、モヒカン少年は舌打ちしながら渋々白髪双子ズから手を離す。

白髪が数本、はらりと地面に落ちた。

 

 

と、時を同じくして羽音と共に数羽の鳥がやってきて、各々の肩に止まる。

 

そうか、これが鎹鴉か。"鴉"か。

 

「これ鳩じゃね?」

「これ雀じゃね?」

 

善逸と声が重なる。

 

「鎹鴉って.....」

 

「ではこちらで、皆様の日輪刀の元となる鋼をお選び頂きます。」

 

「あの、鴉は....」

 

善逸、十十乃、二人の訴えが棄却されたところで、刀を造る元となる鋼を選ぶ儀式が始まった。

 

案内された通り、鳥居をくぐり、双子ズの背後の階段を上ると、鋼の塊がいくつか置かれていた。

選べ、と言われても.....どれを選んでも一緒な気がするんだが。

ああそういえば、味が良いと良い刀が造れるとか。

 

味て。大衆の面前で鋼を舐めろと。

 

十十乃は、余り物には福がある作戦を実行した(ものの複数残り物があり結局適当に選んだ)

 

『オマエ、テキトウ二エランダダロ』

 

耳元で声がして、十十乃は後ろを振り返る。

誰もいない。空耳か?

 

 

というのが、最終選別の最後の記憶である。

 

 

 

__________________

 

 

 

「十十乃、お疲れ様だ。」

 

いつの間にか家の前にいた。

肩に鳩が止まっていて、隊服を包んだ風呂敷を背負い、椿油の入った小壺を片手に握った状態で。

 

「あ、ありがとうございます」

 

目の前で待っていたのは、師匠である坂部晴之助。

 

「疲れてるだろう、早く家に入ろう。」

 

「はあ....」

 

頭の中がぐしゃぐしゃだ。どうやって帰ったのか記憶がない。それほど疲れている証拠だろう。

 

 

 

その後は泥のように眠り、気がつけば次の日の夕方だった。布団虫のようになっていた十十乃は、ズズズと起き上がる。

 

「今日は巴さんとこに行かなくていいんですか?」

 

「あ〜あの子ね。巴ちゃんにはねぇ...振られちゃった。」

 

あはは、と右手で頭をかきながら晴之助は笑う。

晴之助はいつも、右手しか使わない。いや、使えないのだ。

 

「腕の調子は....」

 

「ん?あ、俺?俺はいつも通りだから気にするなよ。それより今は、自分のことを心配しろよ十十乃。」

 

「私は大丈夫です。あ、激流乱水お貸しいただきありがとうございました。」

 

やっとあの刀の名前で笑わなくなった。

しかし晴之助の左腕を見るたびに、どうもモヤモヤした気持ちが湧き上がる。

 

「また婆ちゃんから聞いた話気にしてんのか〜?」

 

「ですが…その怪我であなたは戦線に立てなくなった。将来有望な剣士だったと、水柱の方が言っていたじゃないですか。」

 

「あ〜ね、それは信じない方がいいよ。あの後輩みんなに嫌わ…」

 

言いかけて晴之助は咳払いをする。

 

「あ、そういえば、鎹鴉を貰っていないんですが…試験に合格点が足りなかったとか?」

 

十十乃は鴉を貰っていないことに気がつく。嫌われてるのだろうか、試験官に。

 

「ん?ああ、鳩々丸のことか。鳩々丸なら元気にしてるぞ。ホラ」

 

ヒョイッ、と頭に何かが乗る。何だこれは。

 

「は?鳩」

 

「これがお前に当てられた鎹“鳩”みたいだな。な、鳩々丸。」

 

『ソウダソウダオクビョウモノ』

 

立派な商標詐欺だろ。なんだ鎹鳩って。鴉と鳩と雀の区別もつかんのか。鬼殺隊の面々は。

ていうか何だよ臆病者って。

 

「名前は…せめて何か格好いいものを…」

 

「鳩々丸。」

 

「すみませんが今なんと」

 

「鳩々丸だ。」

 

晴之助はシレッとした顔でそう言う。

 

「じゃあ今から改名だ。鳩信はどうだ?鳩三郎は!」

 

『ダマレダマレオクビョウモノ。ワレハ、ハトハトマル』

 

十十乃が言った案はことごとく却下された挙句、なぜかこの鳩はやたら臆病者を連呼したがる。

誰だよ臆病者って。

 

「という訳だ、十十乃。鳩々丸を可愛がってやれよ〜可愛いでちゅね〜鳩々丸〜」

 

「おい坂部!……いえ師匠、まあ鳩は一旦置いておきましょう」

 

「今坂部って言ったよね…何?怖いんだけど。実の弟子に殺される系、俺?」

 

「真面目な話、一つ相談したいことがあります。」

 

十十乃が真面目な声音でそう言えば、先程までおちゃらけていた晴之助も、物腰が落ち着く。

この雰囲気の切り替えようは、なるほど確かにただの遊び人ではない。

 

十十乃は、七日間の最終選別であった、腕に引き裂かれ殺された鬼のこと、そしてその鬼が最期に言った、貴方様は…という言葉についてを語った。

 

普段のあのふざけた様子とは真反対の沈黙を漂わせた後、晴之助は短く口を開いた。

 

「急で悪いが…お前の親は生きている。元気だ。確実にな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




善逸登場回数

双子ズという言葉はおかしいと思います。に対する答え→英語で双子はTwinsなのでsを付けてもいいと思った。魔がさした。反省している。

オクビョウモノ〜

我が名はチュンチュン丸

椿油は、癖毛に悩む主人公に贈られた村田加奈子ちゃんからのプレゼント

最終選別の雑さ

次回上司が出社されます




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第6話 父親

第6話です。よろしくお願いします

注意2:どんどん長くしてくスタイル(文字数を)

ある方についてのみ若干名前バレあり。


坂部晴之助は、かつて非常に優秀な剣士であった。

 

最終選別をくぐり抜け、二年も満たないうちに、癸から甲までに階級を上げた。

次期柱も夢ではない、とまで言われた。

 

二十歳となったある年、あの鬼と出会うまでは。

 

 

ある屋敷で、凄惨な殺人事件が起こった。その惨状から、後に柱が出向いたほどに。

晴之助も、先遣隊として現場へ急行した。

 

 

 

血の海が広がる屋敷で、赤子を抱いたままの若い女の最期を看取った晴之助は、恐ろしい者を感じた。

 

 

振り返りたくなかった。今すぐでも逃げたかった。

こんな禍々しい気配を感じたことは後にも先にも一度もない。

 

これほどまでに人を喰うとは、十二鬼月か。

意を決して振り返る。

 

暗くてはっきりと顔立ちは見えないが、顔に赤い線が入っている、若い男の姿をした鬼だ。

しかし、暗闇の中でもよく分かった。この鬼には血の一滴すら付いていない。ならばこの屋敷の大量殺人は、他に犯人がいると言うことだ。

 

もう一体、強力な鬼が。

 

 

 

 

晴之助は、走った。赤子を抱いて。動かない左腕に構わず、ただひたすらに走った。

先程、あの鬼が言ったことを鎹鴉は見ていた。このまま鴉を放っておけば、お屋形様まで情報が回ってしまう。

今晴之助が走っているのは、あの鎹鴉を捕まえるためだった。だが、どう足掻いてもこの傷で、空を飛ぶ鳥を捕まえることなど不可能だった。

 

「無理だった!あの子は連れ去られた!応援を!柱を要請する!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どこからそんな情報を?」

 

十十乃は衝撃の告白を聞いた割にはあっさりとそう言う。

 

「ん?ああ、お前の父親についてか?」

 

「父親?さっきはただ“親”とだけ」

 

「言い忘れてたな、父親だ。」

 

晴之助は胡座をかいている足を組み替えた。

 

「十十乃、お前は俺が、俺の従兄弟の姪の知人の弟の所に、両親を事故で亡くしたと言われて預けられていたのを預かった、って話したよな。小さい頃から。左腕の怪我は家に来た鬼と戦ったからで、そいつが強かったせい。何度も言うがお前のせいじゃない」

 

「従兄弟の姪の知人の弟…」

 

「そう、という訳だ。話以上。」

 

「わっ?」

 

結局何も答えは得られていない、と十十乃は抗議の声をあげる。

 

「いや、こんな話すべきじゃなかったな…忘れてくれ。父親は生きてるが、探す価値はない。小さい頃にお前を捨てたやつだぞ?」

 

「探すつもりはないですよ。面倒くさいし。でも途中で切られると、ねえ…?」

 

「お!鳩々丸から伝言だぞ!初任務じゃないか〜浅草だって…」

 

「何を隠蔽したいんですか」

 

「記憶にございませんな」

 

十十乃がひたすら訊いてもひたすら躱され、十十乃はもう諦めた。

 

それにいつのまにか初任務の伝言が来ており、晴之助によれば鬼殺隊はかなりのハイペースで任務があるらしい。

 

休暇もほぼ無いとのこと。やっていけるかますます不安になってきた。

 

着物鬼のことも、晴之助と話していたところで何も答えは出ないだろうし、自分で考えてもこの頭じゃ何も分からないだろう。

 

今後任務で他の鬼と対峙することがあれば、もしかしたら何か分かるかもしれない。

急に焦って答えを求める必要もないな。

 

 

 

 

ところで。数日待てば、日輪刀が届くらしい。

 

この刀は、持ち主の呼吸の適性によって色が変化する。通称、色変わりの刀。

ちなみに黒、という色に変化する者もいるらしく、その色の日輪刀の持ち主は”出世できない“んだとか。

 

「十十乃は黒かもなー日輪刀。だったら師匠として悲しいわー」

 

ちょうど日輪刀のことを考えている時に落ち込むようなことを呑気に言って下さる師匠。性格。

 

しかし、十十乃自身もそんな気がする。かなり前に家出し、今では立派に剣士として活躍している姉弟子には散々、

『努力が足りない。将来出世できなくなる』

とか

『臆病すぎる。もっと自分から勝負に挑みに来い』

などかなり厳しく指導された。

 

ん?そういえば鳩々丸が言っていた”臆病者“とは…まさか自分か?

 

『キガツクノガ オソイ』

 

と鳩々丸。

 

「私は根に持つ性格じゃないが今のは傷ついたよ。」

 

まあ臆病なのは事実だな。最終選別でも変な光景を見て、逃げて、走っただけであり…自分が鬼殺隊に入る資格などないんじゃないだろうか。

 

「はあ…」

 

少し溜息を吐いた。

 

『オチコムナヨ』

 

「優しいなぁ〜鳩々丸〜」

 

『ウヒヒヒ』

 

 

やはり鳩は鳩だ。

 

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

 

 

また数日の後。

 

 

 

「坂部十十乃の家はここか。」

 

家に訪ねて来たのは、ヒョットコ面の男だった。

しかしヒョットコといえば…例の刀匠、鋼鐵塚か?晴之助から話を聞いたことがある。

 

「もしかして日輪刀を…」

 

「お前の刀を持ってきた。俺は鋼鐵塚という。」

 

人の話をちゃんと聞いているのだろうか。

晴之助によると相当な変人らしいので、実力 大なり大なり 人格の鬼殺隊らしい人物なのだろうな。

いつのまにか鋼鐵塚は家に上がりこんでおり、勝手に何やら広げ始めた。

 

「日輪刀は、一年中陽の射す陽光山で採れる、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石から打った刀だ。そして唯一鬼の頸を取れる刀…よしよし、今度こそ当ててやる…お前は…うむ…濃い青だ!もしくは薄い水色!いや、ここは久しぶりに濃い青が見たいな。この前の赫灼の子は赤色の刀身を見たかったのに…」

 

さらにブツブツと呟き始める。こんなヒョットコ面が家にいたら、少し怖い。

十十乃は黙って、鋼鐵塚が日輪刀を取り出すところを見守った。

 

「あれ〜蛍ちゃん?元気にしてた?」

 

しかしちょうど、部屋の奥から晴之助が寝起き姿のまま出てきた。

と、その瞬間、恐ろしいことが起こった。

 

ヒュンッ

 

急に壁に何かが突き刺さった、と思うと、それは三本の出刃庖丁だった。誰が投げたか、無論ヒョットコである。

 

「お前…なんでまだ生きている?確かに俺が始末したはずだが…」

 

と、鋼鐵塚。この言葉は晴之助に向けられた言葉だった。

始末、とは。というか蛍、とは。

 

「坂部ぇ〜お前が一本目を折った時、俺はお前の顔を書いた藁人形に釘を五百本打つだけで済ました。だが二本目を折った時…」

 

「わざわざ刀をありがとうございます!早速持たせていただきます。」

 

話が物騒な方向に向かっていたので、十十乃は、鋼鐵塚が先程取り出した日輪刀の鞘を外し、手にした。

 

 

そして......

 

 

 

確かに、色は変わった。かなり濃い青に。

変わったのだが……

 

「止まりましたね…」

「止まったな」

「はああああああ?!」

 

刀の色変わりは、刀の三分の一で終わった。

半分までギリギリ届かなかった。

 

「これは珍しいことなんですか?…ってイダダダッッ!」

「またか!まただァァ!途中まで青だったのに!なぜ!なぜ止まる?!せっかく濃い青だったのにィィ!また見たい色が見れないッ」

 

鋼鐵塚はヒョットコ面から蒸気を吹かせながら、ひたすら十十乃に関節技を決めてくる。止めてくれよ師匠。

 

正直かなり痛い。

 

それよりも三分の一で色変わりが止まるなんてことはあまり聞かないが、鋼鐵塚は色が見れなかったことにショックを受けているらしい。

 

しかし十十乃も三分の一で色変わりが止まったことにショックを受けている。

 

「なんで三分の一しか変わらないんだァァ!」

「赤も見れないし青も見れないのカァァ!」

 

奇声を発するヒョットコ面と、奇声を発しながら関節技をかけられている少女という極めて稀な光景と騒音のせいで、後で通報された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからしばらくして、怒涛のごとく鋼鐵塚はどこかへ去って行った。けれど最後に残していった脅迫の言葉は未だ忘れることができない。

十十乃は、刀身の三分の一だけ青い日輪刀を眺めながら、脅迫言を思い出す。

 

『もし刀を折れば殺す』

『花火と共にお前を打ち上げ殺す』

『海に沈めて殺す』

 

鬼と戦うだけでも惨たらしい死を迎えそうなのに、刀を折っても惨たらしい死を迎えなきゃいけんのか。

 

ていうか何だ惨たらしい死って。

 

『オマエ バカカ アサクサノ ニンムガアルト スウジツマエ ツウタツ シタゾイ』

 

「え?私は聞いてないんだが」

 

『アチャア』

 

鳩が自分で自分の頭を叩くところなど、十十乃は人生で初めて見た。寿命が延びる思いだ。

 

『ワレガ アノダメシショウ ニ ツウタツシタノガ ダメダッタ』

 

「そうだったのか....ってマズくないか、これ」

 

『テイウカ オマエハ ホケツダッタカラ ベツニ ダイジョブ』

 

「泣きっ面にハトだな。本当なんで鎹"鴉"じゃなくてうちは鳩なんだ...」

 

十十乃は畳の上に寝転がった。が、すぐに飛び起きる。

何もしていないとはいえ、自分は既に鬼殺隊の一員。

 

急に目が冴えてきた。

 

着物鬼の最期についても調べたいのだ、ただ鍛錬せず寝転んでいる鬼殺隊員があっていいものか。

庭へ出て行く。

 

「師匠!鋼鐵塚さんはもう帰りました。もう包丁で刺されないので出てきて下さい。」

 

「よいしょっと」

 

晴之助が華麗に着地を決める。

 

「木の上にいたんですか」

 

「だって蛍ちゃん怖いし。」

 

「誰ですか蛍ちゃんって....それより急で悪いのですが、久しぶりにご指導受けたく存じます。」

 

「気まぐれだねぇ。最近ずっとやる気なさそうだったのに」

 

「日輪刀を届けてもらって、三分の一を見てから少し目が覚めました。」

 

「確かに俺も三分の一は見たことないな」

 

十十乃は早速、三分の一青い日輪刀を持ってくる。

 

鞘から刀を抜き、構えると、思ったよりもずっと軽く、借り物の日輪刀よりもずっと手に馴染む。

さらに冷水に手を浸したように、ヒヤヒヤと冷たさが伝わってきて、持っていて心地が良い。

こんな感覚は初めてだ。

 

三分の一とは思えない。

 

「やっぱり一本目は良いだろ〜」

 

「ええ。今まで握ったことがある、どの刀よりも手に馴染む。」

 

うんうん、と晴之助は笑顔で頷く。

 

「当たりの鋼を引いたな、十十乃。」

 

うんうん、舐めなくてよかった。鋼。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり動きが少し良くなったな。」

 

十十乃達は庭先でも訓練する時はする。でもそれは近所迷惑にならない範囲だ。

なる時は、裏山でする。もちろん坂部家代々の山である。たまに熊が出るが。

 

「そうで…しょうか…ハア…最終選別は…逃げてただけですよ…ハア…」

 

投げられた十個ほどの鞠に、刀を再び持ち上げる。

 

全集中 水の呼吸 漆の型 雫波紋突き

 

刀を、穏やかな水面に一直線に落ちる雨粒を想像しながら、突き出す。

この型を使う時、肘下から刀は同じだ。腕も刀だと思いながら真っ直ぐに突き出せ。

 

晴之助からはそう教わった。

 

雫波紋突き は突き技だが、これでは鬼の頸はとれない。よって球状のなにかの攻撃を受けた時、又は相手の目を狙う時など、それでも使いようによっては便利な技だ。

 

そして一番十十乃の苦手な技だ。

 

突き出した刀は、練習用ではない本物の、硬い蹴鞠を三個、貫いた。

 

「最高記録更新だ…!」

 

「前まで頑張っても二個だったが…やはり最終選別で鍛えられているぞ、十十乃。気がついていないかもしれないが…」

 

「逃げてただけですって…ハアア…」

 

ここまで連続で、五つの型を練習した。繰り返し。

その五つは、全て十十乃が苦手とすると型だ。

 

「でも着物の鬼?だっけ、を倒したんだろう?異形が選別にいる事自体おかしいのに、倒せただなんて凄いことだぞ。」

 

「倒してませんよ… この前話した通り、あれは善逸と加奈子と…あと鬼が自滅したんだ……」

 

かなりの疲労感で、敬語が崩れてくる。

 

「変な部屋を見て、その部屋にいた女を斬ったら、鬼は腕に引き千切られて死んだ、と?」

 

「そうそう、それです。」

 

晴之助の言葉に同意を示すと同時に、十十乃は近くにあった木に寄りかかる。

 

晴之助はどうもこの話になると普段しない物憂そうな顔をする。二回しただけであるが。

と、

 

『キンキュウ!キンキュウ!オイ ホケツ!アサクサニムカエ!サキニムカワセテイタ タイシ ガ ショウソクフメイ!』

 

「先に行った隊士は私より階級が上なのか?」

 

『ソウダ』

 

生存率が著しく下がった気がする。

最低階級の自分が、先輩剣士が無理だった鬼に対処できる訳なさそうだ。

無意識に少しだけ呼吸が浅くなる。

 

「そんな悲観的になるなよ。臆病、というか消極的は良いことだが、それは防御に使え。」

 

鳩々丸を撫でながら、晴之助がそう言った。

十十乃が考えていることが分かっているように。

 

「惨たらしい死を迎えないために?」

 

十十乃の頭に、鬼に脳味噌を吸われる映像がよぎる。すぐに頭を振った。

 

「ああ、そうだ。でも防御に徹し過ぎるな。防御だけでは惨たらしい死を迎える。いいか、十十乃」

 

晴之助は一回言葉を切ると、鳩々丸を下ろして、十十乃の肩にそっと手を置いた。

 

「水のような精神を持て。時に四角い箱に、丸い球体にも入り、激流になり、穏やかに流れても、自分が水であることは忘れるな。」

 

彼の目は、かつて逸材とも謳われた剣士だった頃のように、若く明るく笑った。

 

十十乃は久しぶりに、そんな晴之助の姿を見れた。

彼が言った言葉の意味は、自分にはあまり深く理解できない。

 

今は。

 

次会える時には、それが分かるほどに、そして剣士として成長できていれば、いいな。

 

 

 

初めて。

鬼殺に対して、人生で初めて、“怖い“と思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________浅草_____________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅草の街は、夜でも賑やかだ。街灯は多く設置され、人も多い。噴水の水は綺麗に光る。

屋台や舞台小屋が立ち並び、洋装をした人も和装の人も、色々な者がこの街には住んでいる。

 

すれ違い行く人は皆他人。

 

誰がいようがあまり気にしないのだ。

 

 

 

「お父さん!今日はあれ買ってよ〜!」

 

「ここには明日も来るよ。今日は少し我慢してくれるかい?」

 

「ええ〜!でも今日がいい!明日じゃ嫌!」

 

「ほら、お父さんに我儘言わないのよ。明日も来れるのだから、我慢しなさい。」

 

そんな人混みの中を、少し肩身狭そうに歩く三人の家族。

いかにも質の良さそうな洋服で身を包んだ家族は、若々しい父、可愛らしい顔立ちの母、そして幼い母似の娘だ。

 

父は娘を抱きかかえ、あちこち行きたがる娘を、母がなだめている。

その上品な振る舞いは、一見で上流階級の人間だと分かる。

 

「月彦さん、この子を甘やかし過ぎないであげてちょうだいね。」

 

「もちろんだよ。」

 

誰が見ても微笑ましい家族。

 

 

 

 

 

 

そう見えなければ困る。

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

今は”月彦“であるその男は考える。

最近、気になる事が起きた。無能どもがまた何かやらかしたのかと思ったが、それは違った。

 

私の呪い が、私以外の手で発動された。

 

こんな出来事は初めてだった。

 

”私“以外が発動させた呪いは、その呪いで破壊された鬼が 私の名前 を呼んだから発動されたのではない。

もしそうならば、先に 私 に分かるはずだ。

 

呪いが発動されたから、破壊された鬼が名前を呼んだのか、と推測したのだ。

 

つまるところ、順番が逆だったのだ。

 

こんな事は初めてであったが、しかし想定の内だ。

むしろ、これで 目的の一つ に少し近付けることができる。

 

こんな事を引き起こせそうな者には、一人心当たりがある。

 

 

だが、もう一人の、あの花札の鬼狩りは、早急に始末せねば。

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ねえねえ、お父さん、あそこになんか変なお姉ちゃんがいるよ」

 

幼い娘役が、前方を指差す。

俯いていた月彦は顔を上げた。

 

「鳩々丸ーお前浅草育ちって言ってただろー?あれ経歴詐称か?案内するって言うから、有り金叩いて粟を買ったんだぞ…なのにさぁぁ鳩々丸〜何食い逃げしてるんだよ」

 

「見ちゃいけないよ。」

 

気味の悪い赤い羽織を着た少女が、挙動不審なことをしていたのを、幼い娘が見つけたらしい。

やたらと人が多い街だ。おかしな奴はよく見かける。

 

だがしかし、

 

その赤い羽織の少女と、人混みの中すれ違う時、月彦、いや、月彦の役をしている 鬼舞辻無惨 は何故だかその少女と目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの…大変恐縮ですがこの手は一体」

 

「ああ…これは失礼を。親戚の子に似た子がいましてね。」

 

似た子にも同じことするのかよ。

 

帽子を深くかぶった、洋装の男にすれ違い様急に両肩を掴まれれば、いくら十十乃でも刀の方に手を伸ばしたくなる。

というか正直引いた。

 

しかし見れば、小さい子供を抱きかかえているし、傍には彼の妻とおぼしき女性も控えている。

それに洋装、ということは上流階級のお家なのだろう、まあ変質者ではなさそうだ。

 

 

「さっきの変なお姉ちゃんだ!」

 

「お姉ちゃんは変じゃないよ…」

 

むしろちょっと変なのは君の父さんじゃないのか……

とは口が裂けても言わない。いきなりそんなこと言ったら失礼すぎる。

 

だが、さっきのこの幼女の父親、どう見てもマトモな目をしていなかったように見えた。両目が一瞬、ギラリとした赤色に見えたのだ。

妄想だとしたら、思春期全開すぎるだろう、自分。

 

しかし…なぜだか不思議な安心感を感じる。この父親が側にいてくれれば、鬼もあの鳩も寄って来なそうだ。

という全く根拠ない安心感。

 

「いくら人が多いからとはいえ、子供一人で出歩くには時間が遅いんじゃないのかい」

 

と、その怪しい父親。

 

「いえいえ、ご心配には及びませんよ。家が近いので。この辺に住んでいるんですよ、鳩々丸という叔父が。」

 

では、と言って十十乃は、本業の鬼探しに行こうと思った、が。

 

 

「何をそんなに急いでいる?」

 

 

地の底からでも響いてきそうな凍てついた声に、アーーッ!と叫び心臓と膝をまろび出しそうになるのを止めた。

 

ギィィィィ、と目だけ後ろをチラリと見る。おかしいな、誰もいない。

怖っっい。こんなに怖いのに走り出さずに留まり、さらに表情にそれを出さなかった(出てた)自分を盛大に褒め称えてやりたい。

 

「大丈夫?どうしたの、急に?顔が青白…」

 

「本当に、お時間を取らせ申し訳ない。では私はこれにて…」

 

今度は母親の方に心配されて、十十乃はもうタジタジだった。

 

何せ大人の女性とまともに会話する機会が少なかったのだ。十五年生きてきた中で。

 

姉弟子や婆ちゃんはいたが、ちょうど自分の母親くらいの年代の女性と、会ったことがあまりなかった。

 

「そうですか。では気をつけて帰るんだよ。最近は都会にも鬼が出ると聞くからね。」

 

父親の方にそう言われて、ギクリとする。

鬼殺隊員は政府非公認組織であり、鬼の存在も非公式だ。

こんな教養のありそうな上流階級の人間が信じる話か…?

 

と、彼の娘が尋ねてきた。

 

「鬼?鬼って何?」

 

「怖いやつだよ〜。でも君のところには多分一生来ない。私が鬼を退治してあげよう」

 

「どうやって?」

 

「右手に宿…ごめん本当何でもない。」

 

とりあえず、とその幼い娘に十十乃は笑いかける。

 

「今は怯える必要はないよ。」

 

 

 

 

今度こそ、鬼を探しに行く。

こんな人の多い場所に溶け込める鬼、そして既に一人の隊員が行方を絶っている。

油断どころか、厳重に警戒して挑まなければ。

 

 

家族の方に一礼し、十十乃はすぐに、目立たない路地に入り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

無惨は、たった今殺した三人の人間の前に立っていた。娘役も妻役も、あの後さっさと家に戻しておいた。

 

 

しかし…さっきの鬼狩りの娘、彼女の顔を見た時の歓喜は、相当なものだった。

だが、同時に失望した。

ようやく見つけたと思えば、よりによってあの一番目障りな鬼殺隊の鬼狩りになっているとは…

まあそんなことはどうにでもなる。

 

あの娘は顔立ちが本来の自分とそっくりそのままだった。気味が悪い。違ったのは目の色と髪型くらいか。

彼女は娘役、ではなく娘だ。顔立ちが似て当然ではあるが、それは今どうでもいい。

とりあえず彼女は思いのほか短い時間で手に入れることができそうだ。

 

 

早急に娘を手に入れるべきだろう。無能な今の下弦どもより、いや上弦と同じ程に使えるはずだ。

一度血を直に注ぎ込む必要があるが。

 

指を鳴らす。

 

『気味の悪い赤い羽織を着た鬼狩りの娘を連れてこい。それと…花札のような耳飾りを付けた鬼狩りもだ。こっちは首だけでいい。』

 

『御意』

『御意』

『御意』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遂に出勤された上役

上司による主人公の紹介がザツ

長男は次回出社。withネズコちゃん

ここでも気味悪いって言われる羽織。

役に立つ(未来形)鳩々丸。

日光克服という特典の引換券は身体能力と治癒能力です=99%人間

臆病は完全なるDNA

坂部さん二本目折った時は、蜂に刺されて、囲炉裏で火傷して、蟹に挟まれて臼で潰された。

蛍ちゃん

三分の一

やっぱ上司は直接手は汚しませんから(の類義語→憶病も……)

今回やたら時間の進みが早い

長男でいう沼鬼回が無いからといって安心していた主人公には次回、沼鬼よりハードモード鬼が…








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第7話 刺客 (前半戦)

今回もよろしくお願いします








鬼舞辻無惨!

 

俺はお前を絶対に許さない

 

地の果てまで追いかけて、必ずお前の頸に刃を振るう!

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

十十乃はお腹が減っていた。

それもかなり。

空腹ながらも夜道を歩いていた。

 

『トドノ、ミチガ オカシインジャナイノカ』

 

「経歴詐称して逃げたくせに。私は何も間違えない。道に限るけど。」

 

空腹だと誰しも機嫌が悪くなる。

なにせ鳩々丸のせいであの怖い男と鉢合わせる羽目になったのだ。

 

と、丁度いいところに、うどん屋台を発見した。

 

「フフフ」

 

空腹のあまり変な声が出る。

十十乃は、早速屋台に向かって走った。

 

 

 

「いらっしゃい嬢ちゃん!」

 

席につくと、見るからにクセの強そうな兄ちゃんが話しかけてくる。

 

「うどん一つお願いします。」

 

だがうどんを待っている間、屋台の隣に置いてある長椅子に、桃色の着物を着た少女と二人で座っている、緑と黒の羽織を着た鬼殺隊員を見つけた。

 

というか、一度見たことある顔だ。確か最終選別の時、モヒカン君との仲裁をしてくれた彼である。

 

 

 

こんなところで会うとは。

 

「ごめんな....禰豆子....」

 

しかし彼は、何やら少女に向かって謝っているではないか。

気軽に話しかけていい雰囲気でもなさそうなので、十十乃は少し、距離を置いて座った。

 

 

と、彼はうどんを食べ終わったらしく、十十乃の目の前を通って、店主に皿を返しに行こうとする。

 

パリィィン!

 

けれどもこのうどん屋は、本日二回目の皿割れを迎えることとなる。 一回目は炭治郎が鬼舞辻を追いかける時に割ったやつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし分かった。本当にすまない。斬りかかったのはこっちだ。三、二、一で刀を下ろそう。」

 

「いや、先に手を出してしまったのは俺だ...何でやったのか...本当にごめん。」

 

今、十十乃ともう一人の隊員の少年は、ちょうど刀を合わせている状態だった。

 

どうしてこんな状況になったのか、残念ながら十十乃自身説明がつかなかった。

唯一言えるのは、この最終選別でも見た少年が付けていた、花札のような耳飾に、どうしようもなく攻撃をしてしまった、というところか。

 

だが最終選別でも見かけたこの少年、あの時も確かこの耳飾を付けていたのだ。

その時は何も思わなかったのに、なぜ今になって急に....?

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

炭治郎も困惑していた。

 

一瞬、今刀を交えてしまっているこの赤い羽織の少女から、先程無念にもその頸をとれなかった、炭治郎の家族の仇 鬼舞辻の匂いがした。

そして___彼女の顔が、鬼舞辻にそっくりだったのだ。

 

だが今の彼女から鬼舞辻の匂いはしない、というか遮られてしまっているのだ。椿油の匂いで。

 

でも明らかに、敵意の匂いも鬼の匂いも感じられない。

 

それに彼女の目は、赤色ではなく灰色だ。

 

「三、二、一」

 

彼女の声と同時に、炭治郎は刀を下ろす。

二人同時に地面に手をつき、

 

「すみませんでしたッッ!」

 

「すみませんでしたッッ!」

 

そして同時に謝罪した。

 

それはそうだ。お互いに確たる理由もなしに斬りかかってしまった。これは鬼殺隊の御法度であるし、一歩間違えれば死人が出る行為かもしれないのだ。

 

「どう詫びていいものか…つい出来心で…」

 

「本当にごめん…君のことを全く知らないのに…」

 

「いや、前に会ったぞ。最終選別で。」

 

ん?

彼女と自分に面識があったか…?

 

「あ、もしかしてその羽織…」

 

「ほら、腕を折るって言ってただろ」

 

思い出した。最終選別の時に、白髪の少女に掴みかかっていたやつを止めた時、最初にそいつを止めていたのは、この彼女だった。

なぜ今まで思い出せなかったのだろう。

 

鬼舞辻と出会った時に思い出せそうだったほど、彼女は鬼舞辻と顔が似ているのに。

しかしなぜだか、彼女の顔を見ても鬼舞辻だとは思わないし、嫌悪感も湧かない。

 

敵意のない、穏やかな匂いだからだ。椿油に混じってよく分からないもう一つの匂い以外は。

 

それに、彼女は鬼殺隊員だ。

 

「じゃあ俺たち同期なのかぁ。 俺は竈門 炭治郎。君は?」

 

「炭吉、って言うのか。私は…」

 

「炭吉じゃなくて、炭治郎だ。炭は合ってるけど。」

 

「ああ、悪い。聞き間違いすることじゃなかったな。私は坂部 十十乃だ。」

 

坂部、坂部…どうも聞き覚えがある。

炭治郎は再び、自分の記憶を辿る。そうだ、鱗滝さんから聞いたことがある名前だ。

 

「坂部晴之助さんの所の…あの子なのか?」

 

十十乃に聞くと、そうだ、と彼女は頷いた。

 

「なぜ坂部のことを知ってるんだ?」

 

「じゃあ君が、毎月やってきては鱗滝さんにお金を貰っていたという坂部さんの所の子だったんだ!」

 

炭治郎に悪気は全くなかった。鱗滝さんがそう言ってたのだ。

坂部の所の子が、毎月毎月金を借りに来る

と。

 

しかし十十乃の反応は、思いのほか良くなかった。

 

顔が引きつっている。

 

「あ、ごめん。嫌だよな急にそんな事言われたら…」

 

炭治郎はすぐに謝った。

 

「炭治郎は悪くないんだ。悪いのはあの坂部だ。今度鱗滝さんには謝罪の文を書く。」

 

ところで、と十十乃は炭治郎の背後を指さす。

 

「その女の子は炭治郎の妹か?可愛いなぁ。さっきからずっとお前の背中にくっついてるぞ。」

 

炭治郎はハッとして後ろを向く。

禰豆子が、ムスゥ〜とした顔でこちらを見つめてくる。

 

兄の自分が言うのもなんだが、本当にこんな美人はあまりいなのではないか、と思うくらい可愛いなぁ、禰豆子は。

可愛い。

 

しかしすぐに冷静になり考える。

十十乃、彼女は鬼殺隊員なのだ。そして今、禰豆子は鬼になってしまっている状態。

禰豆子がいくら善い鬼だとはいえ、他の隊員の目には”鬼“として一括りで見られてしまうこともある。一回箱に戻らせよう。

 

「妹の禰豆子だ。」

 

十十乃に言いつつ、禰豆子にはそっと、箱に戻るよう耳打ちする。

 

「ああ、浅草に住んでるのか、妹さんは。まさか妹を連れて任務なんて、ないもんな〜。会うのは久しぶりなのか?」

 

「う、うん…」

 

炭治郎は生来嘘をつけない性格をしている。

 

少し言葉を濁して、物陰で禰豆子が箱に入ったことを確認した。

と同時に、うどん屋の少し先にある木の陰に、人影を見た。

 

先程警官達から救ってくれた、“珠世さん”の連れの少年だ。

 

(さっさと来い)

 

と、こちらを睨みつけてくる。早く行かないと本気で刃物を持ち出してきそうな匂いだ。それに、待たせちゃ悪い。

 

「あー、じゃあ俺はちょっと先に行くね。会えて良かったよ十十乃。」

 

「それじゃ、またな炭治郎。禰豆子ちゃんも。」

 

炭治郎は、十十乃の方に手を振って、箱を背負い、少年の方へ小走りで向かった。

 

坂部 十十乃、彼女がなぜ、ああも鬼舞辻と顔が似ているのか…

それだけが唯一心に引っかかっていたが。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「あの…代金多くないですか。」

 

「まず割れた皿分、それとうどん代。」

 

「皿の方がうどんより高いッ」

 

服の至る所を調べた結果、例の坂部が出し忘れていた小銭やらトカゲの尻尾やらが隊服から出てきて、ギリギリうどん代は払える、と希望を見出したのにこの仕打ち。

十十乃は絶望した。

 

「ねぇ…数銭くらいは見逃して下さいよ…」

 

「そうしたいのは山々なんだけどねぇ。さっきの兄ちゃんに皿割られて、残ったのが一番高い皿だったんであんたに出したんだけど…」

 

ハァァ、とうどん屋もうどん屋で溜息を吐く。

 

「俺のうどん講座を三時間聞けるなら、まあ皿はタダにするよ。」

 

「分かりました。聞きます。明日の朝からすぐ聞きに来ます。」

 

即答だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の道を子供一人で歩くのは、危ない。

 

 

 

『ケイカイシロ、ワレラ ノ ウシロニ ナニモノカガイル。オソラク オニ。』

 

あの後、鬼が現れないか、と足がすくみつつ十十乃は夜道を巡回していた。

そこへさらに、鳩々丸からの警告と来る。

 

もう完全に足がすくみまくる。恐怖が九割心臓に来た。

 

辺りは真っ暗で、月明かり以外に十十乃を照らすものはない。

運悪く、目の前は行き止まり。こんな不運があっていいものか。

 

惨たらしい死を迎える。惨たらしい死を迎える。アーーーッ!!

 

「鳩々丸、遺言だ。まず師匠に、大変世話になったことへの感謝、そして鱗滝さんへの返金を早急に、と。あと例の水柱には金を借りたことを謝ると、あと…もしいつか見つけることがあれば。私の父親に一つ尋ねてくれ。なんで…」

 

言い終える前に、十十乃の背後から、女の冷たい声がする。

 

『おやおや、気味の悪い羽織の娘とは、こやつのことかのぉ〜』

 

『目が見えなくとも気味が悪い…妙な羽織だな』

 

 

「どいつもこいつも気味悪いって言いやがって」

 

十十乃は、恐怖より若干苛立ちが上回り、日輪刀を構えながら背後を振り返る。

 

路面に三つの影を落とす、三体の鬼。いや、人間の姿をしているが、その目は人間のものではない。

 

右の一体は、橙色の瞳の、おかっぱ頭の女。瞳孔は縦に割れている。

 

真ん中の一体は、目を閉じている。しかし…コイツの手のひらの目の方がよっぽど気味悪い。

 

そして左の一体…高い下駄を履いて、目には白眼がない。何だコイツ。いたっけ?

 

『あまり獲物で遊び過ぎるな。両腕両足を切り取って、さっさとあの方の元へ連れて行くぞ。』

 

『下弦だからといってそう威張るな。煙羅よぉ。少々遊んでからでもいいじゃろ〜』

 

あの方、とは一体誰の話をしているんだ。

だが、腕を切り取るだの何だの言っていた奴は、どうやら煙羅と言うらしい。このおかっぱ頭によると。

 

どうでもいいが、十十乃が鬼達の目を見ることができたのは、その目が爛々と光っているからであり、鬼から十十乃の顔は、暗くてあまり見えないだろう。

 

『おいそこの鬼狩りの娘よ。』

 

と、手のひら目玉。

 

『大人しくついて来れば、害は加えん。』

『途中味見するかもしれんがなぁ〜』

『黙れ朱紗丸。』

 

手目玉は茶々を入れてきたおかっぱ___朱紗丸と言うらしい____に忠告し、再び口を開く。

 

『だがもし少しでも抵抗するならば、煙羅の言う通り、生きたまま両腕両足を切り取る。』

 

諦めた。大体、三体も鬼がいて、勝てる見込みがない。

それに、両腕両足を生きたまま切られるなど....想像を絶する痛みだろう。

 

だが、煙羅という鬼の一言で、その考えは大きく覆ることとなる。

 

『矢琶羽はさっさと花札の耳飾りの方を殺してこい。ここら辺にいるんだろう。この鬼狩りは僕がやる。』

 

「花札の耳飾り…?」

 

耳飾り。覚えがあるのは、その耳飾が原因でちょっとイザコザを起こし、ちょうど先程会話を交わした、炭治郎兄妹。

まさか、彼も狙われているのか?

 

もしそうなら、ここで一体でも足止めをしておくべきだ。炭治郎兄妹がコイツらに殺されてしまうなど、あってはならない。

腕と足の痛みを恐れ、兄妹を見殺しにするか、少しでも彼らが生き残れるように、一体でもこの場に留め、戦いを挑むか…

 

怖い、大変怖いが、答えは決まっている。

 

「平和的解決法を持ち出して来た所悪いけど、ついて行く気はない。」

 

『まあいいじゃろう。お陰で久しぶりに、鞠で遊べるわい。』

 

笑いながら、朱紗丸がチリンチリン、と鈴の音がする手毬をつき始める。

 

煙羅も首を回転させながら、面白そうに笑う。

 

『付き合ってやろう。十二鬼月であった僕に、負ける方に賭けるが。』

 

十二鬼月だと?!…十十乃はもう生きた心地がしなかった。いや、しかしこの場に二体留めることができれば、手目玉の鬼の方は炭治郎でも対処しきれるかも…いや、炭治郎は多分、自分よりよっぽど強い。必ず勝てるはずだ。

 

 

全集中 水の呼吸 壱の型 水面斬り

 

 

今まさに手毬を投げようとしていた朱紗丸の頸目掛け、速度をつけて、クロスさせていた腕を振るう。

 

 

 

だが……鬼の手毬が、普通に飛ぶのだと考えていた自分が悪かった。 この鬼、最終選別にいた鬼とは、次元が違う。

投げられてもいない鞠は、急に十十乃の背後に回り込み、後ろからから激突してきた。

 

「…………ギッ!」

 

感じたこともない衝撃。何かがひび割れた気がする。

完全に水面斬りの体勢が壊れてしまう。

 

『楽しいのぉ〜楽しいのぉ〜鞠で遊ぶのは久しぶりじゃ。ほら。煙羅よ。お前も見ておらんで遊べばよい。』

 

『お前一人でもソイツは十分だ。あっちの耳飾りの方も、矢琶羽にやらせておけばいい。僕はお前が、その鬼狩りを殺さないか見張っておく』

 

全集中 水の呼吸 参の型 流々舞

 

 

さり気なく馬鹿にされるのは気にしない。

十十乃はすぐに立ち上がり、再び新たな技を繰り出す。

 

流流舞は、攻撃と回避に優れた技である。

 

やはり妙な方向に曲がって飛んできた鞠を、眼前でギリギリ躱しつつ、十十乃は朱紗丸に、駆けながら真っ直ぐ飛び込もうとする。

 

『馬鹿じゃのぉ。そんな正面から来れば、容易に頭が潰せてしまう。』

 

『殺すなよ!朱紗丸!』

 

やはり、鞠は背後から、どういう原理か、投げられた方向を捻じ曲げて、十十乃に襲いかかってくる。それを無視して、なお流流舞で、右へ左へ、時に塀を伝いながら、鞠を刀で叩き落としながら、朱紗丸にジリジリと、けれど正面から向かうことは変えずに、走り込んで行く。

 

恐怖が痛みで紛れることを、十十乃はほんの少しだけ良かったと思う。そうじゃなければ、もう失神するぐらい怖かっただろう。

さらにここが、屋外であったことも多少功を奏した。鞠の跳ね返りによる危険性が低いのだ。

 

全集中 水の呼吸 捌の型 滝壺 改 逆滝壺

 

 

『殺しはせぬよ。もちろん、腕の一本くらいは貰うがなぁ』

 

流流舞を、滝壺に無理やり切り替えるその反動で、十十乃は、朱紗丸の足元に、前傾に倒れ込みそうになる。

背後から自分に激突してきた鞠達は、今度は十十乃の頭上に浮かぶ。

頭に直撃してくるつもりだろう。

 

 

そしてそのまま、十十乃は、朱紗丸の足元に倒れ込んだ。

 

いや、正確に言うと、“滑り込んだ。”

 

連続の呼吸、さらに鞠の打撃を受けてもそのまま突っ込んだ身体で、全力を出し、出せる技は、恐らくこれが最後。

だからこそ、これで仕留めなければ、もう自分に手札は残らない。

 

 

捌の型 滝壺 改 逆滝壺

 

 

足元に滑り込んだ十十乃は、そこから身体を仰向けにし、下半身のみを思い切り上へと跳ね上げ、それを勢いよく地面に下ろす。

その勢いで、上半身を思い切り起こし、“下から”刀を叩き上げる。

 

 

そう、逆滝壺は、本来“上から”跳躍し繰り出す滝壺を、“下から”勢いをつけて刀を“叩き上げる”技へと改変させた技だ。

 

 

途中振り上げた足が、鞠の囮になってくれたお陰で、刀を握っていた上半身を守れた。

 

 

 

 

『なっ……右腕が!右目がァァァ!!』

 

下から斬れたのは、朱紗丸の、若干右半身。

血が顔にボタボタ落ちてくるので、すぐに朱紗丸の足元から抜け出し、だがすぐに、十十乃も倒れこむ。

 

最初に直撃してきた鞠、さらに鞠を躱しきらず突っ込んでいったため、全身が痛む。

見れば足首が、妙な方向に捻れている。

 

「頸を斬らないと、死なないんだったよな……」

 

朱紗丸にトドメを刺さねば。

 

なんとかヨロヨロと立ち上がろうとするが、地面についた左手首が痛む。立ち上がろうとする右足首が痛い。背中にも針で刺されるような激痛が走るが、これは朱紗丸と十十乃、どちらが先に立ち上がるか、それで勝敗が決まる。

 

痛みを、息を浅く吸うことで和らげ、なんとか片膝を上げようとする。が…

 

『朱紗丸、お前あれだけ調子に乗っておいて右腕切り落とされるなんて、恥だな。』

 

「煙羅っ?!…」

 

一つのことに夢中になり過ぎていたせいで、周りのことが目に入っていなかった。

 

痛みを感じる暇さえないほどの衝撃が、横腹を襲う。そしてそのまま、行き止まり塀があった方まで飛ばされる。

一瞬感覚が麻痺したようになり、それからすぐに、今の全身の痛みをかき消すほどの激痛に刺される。

 

悲鳴をあげることさえも痛みが伴い、十十乃の目から涙が溢れた。

死ぬ時は、こんなに痛いものなのか。

 

『約束通り、腕と足は斬り落とす。』

 

やめてくれ、と言いたかった。けれどそれを言う程の力すら、吹っ飛ばされたせいで残っていない。

 

煙羅が、履いている下駄の底を、鋭い刃へと変化させた。

 

もう駄目だ。炭治郎、禰豆子ちゃん、ごめん。やっぱり私くらい弱い奴だと、ほんの少し時間を稼ぐのが限界だった。

頸の一つもとれなかった。

 

大体、なんで私が狙われてたんだ……こんなにも弱くて臆病なのに。

 

 

全集中 水の呼吸 弐の型 水車 !!

 

 

十十乃の目の端に、あの花札のような耳飾りが見えた。




〜後編に続きます〜


※炭治郎は既に無惨様と対面済の前提で十十乃と会いました


なんだこいつ、(原作に)いたっけ?

椿油

出ました元下弦勢。


近日、再び上司出社予定


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第8話 刺客 (後半戦)

お久しぶりです。第8話、よろしくお願いします。

今回ずっと戦闘モード。


あの時と、違う。

 

あの時は、自分へ刃を向けたあの耳飾の剣士が、今は自分に背を向け、自分のことを庇っている。

 

ん? いや、あの時って...?

 

 

 

 

 

「十十乃?なぜここに..それより、大丈夫か?!向こうから急に飛んできて…わっ!また矢印が……」

 

間違いない。今、水車を繰り出し、十十乃を煙羅の下駄から守ってくれたのは、先程会った耳飾を付けた少年、炭治郎だ。

 

だが、彼はなぜか額に変な紙を貼り付け、急に「矢印が!」と言って、消えた。

というより、横に飛ばされて行った。

 

「炭治郎!」

 

『邪魔が入った。矢琶羽、こっちに飛ばすな。』

 

と、煙羅が、手から煙を出しながらそう言う。

 

十十乃は浅く呼吸をして、痛む両脚を立ち上がらせた。

本当に、自分が鬼達にこうも追われる理由が分からない。ただの鬼殺隊員なのに。しかもあんまり強くない。

 

煙羅が出している煙……これに一体何の効果があるか検討は付かないが、間違いなく吸ったり触って良いことはないだろう。

死ぬとか、激痛が走るとか…考えるのはやめだ。

だがそれより、

 

「なんで私と炭治郎を狙うんだ。」

 

『おや、まだ知らないのか。』

 

煙が、蛇のように纏わりついてくる。

十十乃はそれを刀で払うが、斬っても煙は固体じゃない。ようは、斬れないのだ。

 

『だが残念ながら、僕も教えられない。』

 

煙が立ち込めてくる。煙は既に濃くなっており、周りの景色、そして煙を出している煙羅のことも見えなくなってきた。

 

 

このまま反撃せず、煙の中から不意打ちされれば、まずい。

だが呼吸を使えば、煙を吸うこととなる。

 

逆に、煙を気にしなければ、呼吸を使える。

一瞬大量の煙を吸い込むか、このままジワジワ死ぬのを待つか。

それなら前者を選んで、今、抜け出す方がいい。即死レベルの煙じゃないことを祈るしかない。

 

全集中 水の呼吸

 

煙が喉に肺に大量に流れ込んでくる。喉が熱い。

肺が重いが、それでも刀を構えた。

 

 

 

 

と、突如として煙が晴れる。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

煙は晴れた。だが、視界は霧がかかったようにボンヤリとしていて、目の前にどのような光景が広がっているのか分からない。

 

 

『十十乃。』

 

誰のものだろう、この声は。

確かに聞き覚えがある。

 

「なぜ私の名前を?」

 

視界が少しだけ晴れてきた。

目の前に誰かがいる。男?

 

「ここはどこだ…」

 

この男の声を、十十乃は最近、いや、もっと前にも聞いたことがある。

 

懐かしい。いつのことだったっけ。

 

『自分で考えることを知らないのか。どこか分からないなら考えろ。』

 

「それより、お前は誰だ?私はさっき煙から逃れようとして、急にここまで飛ばされてきた。」

 

落ち着け、こんな状況、前にもなかったか?

 

いや、確かにあった。最終選別だ。

 

あの時も十十乃は、急に妙な場所に飛ばされた。原因は分からないままだが。

 

そして今回も、妙な場所に飛ばされている。

そしてやけに色々言われている。

 

『父親に向かってお前とは。十十乃、お前を育てた奴は礼儀を教えなかったようだな。』

 

「まあ礼儀は無かったが……今、父親と?」

 

十十乃は唖然とした。なぜ、こんな所で父親を名乗る男が現れるんだろう。走馬灯か。

 

『鬼の素質は十二分にあるが、剣士としては弱い。弱過ぎる。鬼狩りには向いておらん。下弦ども相手でも死にそうだ。』

 

「鬼の素質?!お前本当に何の話をしてるんだ。それに下弦だと?」

 

『もういい。この無能はさっさとやれ。二度と他の鬼を通して私の頭の中に入ってくるな。まあ、どちらにせよ、近いうちに会うことになるだろう。』

 

 

やっと、視界の霧が晴れる。

目の前にいる男……

 

 

彼は、十十乃と全く同じ顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ?!」

 

思わず大声でそう言ってしまう。

 

今見てきた光景。あの男は、“父親”だと言った。それが誰を指しているのか、彼自身のことなのだろうか。

彼の顔は、十十乃と瓜二つだった。

 

まさか、本当に…でも彼は一体、誰なんだ。

 

と、

 

『僕に何をした。』

 

 

煙が、だいぶ薄くなっていることに気がつく。

十十乃は煙羅の方を見た。

 

 

 

煙羅の右腕が、なくなっているのだ。

傷口は、何かに引き千切られたように裂けて、ボタボタと血と肉片が垂れている。

 

だが、おかしい。

 

鬼は腕が飛ぶくらいの怪我、すぐに再生させてしまうはずなのに。

 

 

『もういいよ。遊びの時間は終わりにしよう。』

 

煙羅は顔を歪めた。

 

「なんだ、今までのあれ遊びなのかよ。」

 

結構苦戦してたのに。

 

 

全集中 水の呼吸 肆ノ型 打ち潮

 

 

まだ煙が濃い、煙羅の周りは避けつつ、横から回り込んで斬撃を繰り出す。

 

打ち潮は本来、複数の敵に対して攻撃する場合が多い。

だが淀みのない斬撃を繋ぎながら出せるこの型は、動きにかなり自由がきき、流々舞よりも攻撃向きだ。

 

しかし、煙羅の間合いに踏み込む寸前で、下駄の刃で打ち潮を阻まれる。

 

咄嗟に、背後に建っている家の屋根に飛び上がって避けた。

空は真っ暗だ。夜が明けるにはもう少しかかるだろう。

 

「えっ……禰豆子ちゃん?」

 

だが、その屋根の上で、十十乃は驚くべきものを目にした。

 

先程右腕を切り落とした朱紗丸が、あの炭治郎の妹、禰豆子と戦っている、というより鞠を蹴り合っている。

その背後には、和服の女性と、書生の服を着た少年が立っていた。

 

普通の人間、しかもあの年齢の女の子が、鬼と渡り合える訳がない。

 

『朱紗丸、あんな鬼相手に手こずってるのか。』

 

十十乃を追って屋根に上がって来た煙羅が呟く。

あんな鬼。もしかして、禰豆子は鬼なのか…?

 

と、何かが迫ってくるような気配を感じを上空を見上げる。

 

炭治郎だ。

 

「捌の型 滝壺!」

 

彼は滝壺を受身に使い、ちょうど十十乃の真横に叩きつけられると、再び宙に飛ばされる。

 

 

「炭治郎、なんでそんなに飛ばされてるんだ!」

 

「あの矢印が色んな方向に…まただっ!」

 

『あんまりよそ見するなよ』

 

 

煙羅の煙が襲いかかってくる。恐ろしく素早い攻撃に、十十乃は横に転がり避けることしかできなかった。

 

何か、何か煙をも払うような威力を持つ型は…

 

 

「陸の型 ねじれ渦!」

 

 

炭治郎の声が聞こえる。

 

分かった。

 

ねじれ渦は水の中でこそ真価を発揮する型だ。水流が鋭い刃になり、自分の全方位にいる敵を切り裂く。

もし、それを地上で繰り出せば、角度にもよるが、煙を晴らすくらいの風速の風を起こせる。理論上。

 

炭治郎に感謝だ。

 

 

 

『これは避け切れるかな?」

 

 

全集中 水の呼吸 陸の型 ねじれ渦

 

 

大量の煙が一直線に襲いかかってくる。

 

十十乃が狙うは煙羅の右側、右腕だ。まだ再生はされていない。

少しでもこちらが有利なうちに頸を斬らなければ。

 

多少、喉に入ってくる煙もあったが、先程よりは大量には吸い込んでいない。

 

「陸から、壱の型 水面斬り!」

 

『遅いなあ。それじゃ左腕だけでも勝てる。』

 

ねじれ渦で煙を払ったお陰で、一気に煙羅の間合い近くに入り込めた。

あとは、水面斬りで頸を狙う。

 

 

が、突如脚に痛みを感じ、十十乃は膝から崩れ落ちそうになった。

 

『ほら、遅いって言っただろう。下駄の刃が届くよりも遅い。』

 

「その下駄、本当困るんだよな…」

 

腿に、煙羅の下駄の刃が突き刺さっていた。隊服に血が滲んでいる。

でもここで膝をつけば、足を切り落とされる。

 

確かに朱紗丸と戦った後、全力で出せた技は1つもない上、攻撃の速さが落ちていた。

 

後ろに下がるのが、間に合うだろうか。

 

「十十乃、危ない!伏せるんだっ」

 

「なんだ?!」

 

急に炭治郎の声がする、と思うと、透明な何かが、正面から十十乃に直撃する。

 

十十乃の、あまり愉快じゃない空中散歩が始まる。

 

 

まず、屋根に二度叩きつけられると、次に後ろに引かれる。

そのまま空中に投げられると、今度は地面に落とされる。さらにそこから飛ばされて、誰かの足元に突き落とされた。

 

『おい、急に落ちてくるな…ん?お前も鬼殺隊か?』

 

「ああ、そうだ。それより、今すぐ離れて下さい。鬼がこっちに来る。」

 

十十乃は、その人の足元でそう言った。

 

『知っている。それよりお前ら鬼殺隊のせいで今日は本当に…』

 

『愈史郎、およしなさい。』

 

『ハイッッ!そうです、珠世様。ついでにこの鬼殺隊員も囮に…』

 

本当に、この人は誰なんだろう。囮て。

十十乃は受け身を咄嗟に取っていたお陰で、すぐに立ち上がることができた。

 

『冗談ですッッ!!エエ、タンジロウガ、ガンバッテイルノニ、ニゲルナド』

 

冗談ですッッ、の辺りで、声の主と目が合う。

 

屋根から見た時に、禰豆子の背後にいた、書生姿の少年だ。

では、もう一人の女性の声は誰だろう。

 

『鬼殺隊の方ですね…。お怪我はされていませんか…?』

 

「大丈夫です。それより、早く離れないと…」

 

愈史郎、と呼ばれた少年が、珠世様、と呼んだ美しい女性と目が合う。

美しい。

立てば芍薬、座れば牡丹というがまさに……

 

『おい離れろ。近すぎだ。ああ、もう仕方ないな!お前にもこれを貼ってやる。精々頑張れ。』

 

愈史郎が、顔に何かを貼ってきた。なんだ、この紙は。炭治郎も貼っていたような…

 

 

だが、今まで見えなかったものが、急に見透かせるようになる。

壁の向こうが、さらにはもっと先の距離まで、恐ろしく澄み渡って見える。

 

けれど、この人達はなぜ鬼を恐れないんだろう?なぜこんな紙を持っているのか?それに、禰豆子は…いや、

 

考え事をし過ぎるのは悪い癖だ。今はよそう。

 

「とにかく、この紙、ありがとうございます!では!」

 

『待って!』

 

煙羅の方へ向かおうとしたその時、十十乃は後ろから呼び止められた。

珠世様の声だ。

 

『お名前は存じ上げませんが…お嬢さん、後でお話ししたい事があります。どうか、ご無事で…』

 

「分かりました。」

 

一体どんな要件だろうか、初対面で、しかも珠世様は十十乃の名前も知らないはずなのに。ああ、考え事は禁止だ。

 

 

簡潔に返事をし、十十乃は構えを直す。

 

『さっきまで耳飾りの方を相手してたが…矢琶羽がまたどこかへやってしまったな。』

 

「煙羅。なぜ腕を再生しないんだ。」

 

目の前に、再び煙が広がる。

煙羅だ。

 

『お前がやったんだろう。』

 

「私は何もやっていない。勝手に腕が取れたんじゃないのか?」

 

全集中 水の呼吸……

 

少し、息が詰まる。やはり、全力の技を出せない。それでも容赦なく、次の煙の蛇が襲いかかってくる。

今、背後には珠世様、それに姿は見えないが側には禰豆子もいるのだ。愈史郎の姿がいつのまにか消えているが。

 

 

水の呼吸 肆の型 ねじれ渦

 

 

再び、風を起こして煙を払う。だが今度の煙は重く、全てを払いきれない。

防御から攻撃に転じようと、煙羅の間合いに踏み込もうとすれば、すぐに煙蛇の攻撃が来てしまう。

 

もっと速く動ければ…煙幕を突破して一気に頸を切り落とせるのに。

 

と、目の端に何かが過ぎった。赤い矢印だ。

 

「矢印って、炭治郎が言っていたのは、この矢印か!」

 

『そうだ。今まで見えていなかったのか?』

 

煙の奥から、愈史郎の声が聞こえる。居場所は分からないが、恐らく近くにいるのだろう。少し影が見える。

 

『煙の中だと姿が見えてしまうな…』

 

少し舌打ちする音が聞こえると同時に、煙が薄い場所ができる。

 

見れば、煙羅は愈史郎に殴られているようではないか。愈史郎が素手で鬼を殴れる程の力を持ってることに驚いたが、彼を助け、今のうちに間合いに入り込もう、と、足を動かした瞬間だった。

 

『煙羅よ、たかだか一人に手こずり過ぎではないのか』

 

目の前に矢印が現れる。反射的に刀でそれを避けるが、そのまま壁に激突した矢印は、再び十十乃の元へ跳ね返ってくる。

さらに十十乃はそれを刀で下受けするが、今度は地面から跳ね返って向かってくる。

 

心なしか、跳ね返るにつれ速度が速くなっている。

 

ああ、お月様が笑ってラァ…

 

下から槍に貫かれたように、十十乃の身体は上空へ持ち上げられた。矢印は、相手を自在に動かせるらしい。

と、矢印が消え、十十乃は下へ下へと突き落とされて行く。

 

だが、電撃のように、十十乃の頭の中に妙案が浮かんだ。

 

全集中 水の呼吸 捌の型 滝壺

 

「炭治郎!!」

 

滝壺で受け身を取り、着地をすると同時に、十十乃は、矢印と格闘する炭治郎に向かい、声を張り上げた。

 

「その矢印、刀で避ければ、他の方向に曲がるだろう?その矢印、全部私の方向に曲げてくれないか!」

 

「何言ってるんだ十十乃?!」

 

炭治郎は、返事をしながら、矢印をねじり取る。

彼もまだ、矢琶羽の間合いに届いていない。

 

十十乃は、煙羅と愈史郎が戦っている方に、正面を向いた。

 

「大変な時にすまない!でも頼む。矢印は跳ね返らないようにする。」

 

十十乃がそう言うと、一瞬の後、背に衝撃が走る。

矢印が来た。

 

「気をつけてくれ」

 

炭治郎の、その声を最後に、十十乃は勢い良く突き動かされる。物ではなく人に当たった矢印は、炭治郎の方には跳ね返らず、標的を十十乃に変えた。

 

 

全集中 水の呼吸

 

 

矢印は直線上を進み、狙った通り、煙羅と愈史郎の方へと進んで行く。

 

今の十十乃は、矢印に引っ張られなければここまでの速さは出せない。

当たりの方向の矢印で良かった。

 

 

「壱の型 変 水面斬り!」

 

矢印に、煙羅の方向へ突き動かされたその状態のまま、十十乃は技を繰り出す。

加速されているせいで狙いが定めにくいが、確かな手応えを感じた。

 

『チッ!邪魔をするな。逃れ者の珠世の味方をする鬼め。』

 

『お前ごときが軽々しく珠世様の名前を呼ぶな。見るな。』

 

矢印が、急に斜めに動く。そのせいで頸は斬れなかったが、煙羅の左肩を斬り落とした。

もう一回、何か物にぶつかり、跳ね返って方向修正できれば……

 

だがなんでも望み通りには行かないものだ。

矢印は滅茶苦茶な方向に動き出す。効果が先ほどの矢印より長い。

 

上に上げられたと思えば、下に叩きつけられる。右に引きずられる。

 

ああ、お月様が……

 

『ムムーーッ!』

 

と、斜めに向かっていた矢印と十十乃に、正面から鞠がぶつかってくる。それを蹴ったのは…

 

「ね、禰豆子ちゃんッ!」

 

『ムゥーーー!ムー!』

 

言葉は分からなかったが、桃色の着物の彼女は、十十乃の救い主だった。

十十乃に直撃した鞠を、矢印は“物”だと認識した。そして、矢印は再び直線上を逆行しだす。

 

 

さっき来た順を逆に行くなら、右、下、そして上に上がり、そのまま後ろに引かれるだろう。

 

今、十十乃は下に引っ張られている。次が、上だ。

 

 

全集中 水の呼吸 捌の型 …

 

 

効果は普段の幾ばくか下がるが、これは得意技だ。

 

愈史郎と戦っている煙羅の方だけを狙い、矢印に後ろに引かれる前、着地の瞬間に刃を振り下ろさなければならない。

 

 

今だ。

 

 

 

全身の力を腕に込めて、今できる限界まで息を吸い込む。

 

と同時に、矢印が、十十乃を上から下へと引きずり下ろし始めた。

矢印が加速させてくれるお陰で、腕に力を込めることだけに集中できる。

 

 

 

 

 

捌の型 滝壺 !!

 

 

 

 

 

全身に衝撃が走り、電流が流れたように身体のあちこちが痺れる。

 

『頸を斬れ!今ならいける!』

 

愈史郎の声だ。

だが、刀を再び構え直した時、十十乃は、その必要がないことが分かった。

 

滝壺で身体を2つに割かれた煙羅の身体は、徐々に燃え尽きていく。

 

朝陽が、昇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





詰め込みまくり


ユシロウ→タンジロウ→ネズコに救われた。


出会って一発で珠世様チルドレン入り。


珠世様の剥がし。


遂に名前を呼んでも怒るレベルに。


十二鬼月って言ったけど〜ドッキリでした〜大成功〜
の被害者が三人になりました。(鞠鬼、矢印鬼+α)


珠世さんにとっちゃあ見覚えのある顔。


右腕ごめん

滝壺の乱用


型についての説明はあくまで個人の感想で…


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第9話 善鬼

第9話よろしくお願いします

もうすっかり珠世様チルドレン。今回ずっと珠世様チルドレン。

《皆様お気に入り登録、ありがとうございます》





これは陽が昇りきる少し前。

 

 

『あのお方…鬼舞辻様に……』

 

『その名を言いましたね。可哀想ですが、お嬢さん…呪いが発動しますよ。』

 

 

 

陽が昇る前、十十乃は、朱紗丸が、頸を斬られるでもなく日に焼かれるでもない、おぞましい死に方をしたのを見た。

そしてそれは、最終選別で引き裂かれた、着物の鬼と同じ死に方だったのだ。

 

 

血鬼術・白日の魔香

 

 

『脳の機能を低下させ、虚偽や隠し事をするのが不可能となる、珠世様の血鬼術…美しいッ。さすがです、珠世様。』

 

愈史郎が歓喜の表情を浮かべながら、十十乃の隣でそう言った瞬間だった。

蛙が潰れるような、グシャリ、ともドチャッ、ともつかない嫌な音がした。

 

『どうか、どうかお許しを!!もう二度とあなた様の名前は口にしません!!だから、どうか……』

 

朱紗丸の、岩をもつんざくような絶叫が、辺りに響き渡る。

庭に植えられている桜の幹に、血が降り注ぎ、朱紗丸の黒いおかっぱ頭が、無残にもブチブチ引き千切られる。

 

 

そして…

 

「………ヒッ!」

 

『お願いです…どうか…』

 

朱紗丸は、顔面の半分を“腕”に引き千切られながらも、十十乃の側に迫り、その肩を掴んで揺さぶった。

 

『“鬼舞辻様”…』

 

十十乃は即座に刀を取り出し、呼吸を使う間もなく、彼女の頸を斬り落とした。

 

あんな状態で近付かれた恐怖で、十十乃は一瞬息が止まった。

 

「なんでこっちに来たんだ…」

 

『知らん。どうでもいい。あと珠世様の血鬼術を吸うなよ。人間には有害だ。あ、少し手遅れっぽいな。』

 

と愈史郎。

 

血鬼術?

 

一方で、朱紗丸の身体は、頸を斬り落とされてもなお、“腕”にズタズタにされる。

どんどんボロ雑巾のようにされて行くその様子に、珠世様は顔をしかめ、地面に倒れ込んでいる炭治郎は目を大きく見開いていて、愕然とした表情を浮かべた。

 

確かに、あまりにも酷い。あんな死に方するくらいなら、一発で頸を落とされた方がまだ楽だろう。

 

 

 

それよりなんだか、気持ちが悪い。

甘い蜂蜜のような匂いが、喉の奥まで入ってくる。

 

『愈史郎、このお嬢さんに私の血をそれ以上吸わさせては駄目です。』

 

『ハイッ』

 

そう言うや否や、愈史郎は十十乃、さらには少し離れた場所に倒れている炭治郎を担ぎ上げ、半壊している家の中へと運び込む。

人間の力とは思えない。それに仕事が異常に早い。

 

「ゆ、愈史郎さん…あの鞠の鬼は……」

 

『ああ、鬼舞辻の呪いが発動されたからな。珠世様のお顔を傷付けた、当然の報いだ。』

 

担がれている途中で、炭治郎と愈史郎が、そう言葉を交わした。

鬼舞辻の呪い、って一体何の話だ。

 

「鬼舞辻の呪い?それは一体何ですか?」

 

『あとで教えてやる。それより珠世様の血を吸ったんだろう。一回そこで転がってろ。』

 

十十乃が気になった事を、炭治郎が訊ねるが、それより前に炭治郎と十十乃は共々、階段を降りた先で転がされた。

 

ここは地下室だろうか。

 

愈史郎は、パンパンッ、と手を払い

珠世様に褒めて頂けるかなぁ〜とかなんとか言いながら、再び階段を上がっていった。

そして、放置された十十乃と炭治郎。

 

 

 

炭治郎が声をかけてきた。

 

「十十乃、本当によかったよ、無事みたいで。」

 

「ああ。炭治郎と禰豆子ちゃんのお陰だよ。愈史郎さんも。いやぁ禰豆子ちゃん凄いな。鬼の鞠蹴ってたぞ。」

 

「え…あっ……」

 

だが十十乃が禰豆子の話を出すと、炭治郎は急に言葉に詰まりだす。

 

「どうしたんだ、炭治郎?」

 

「あのな、十十乃…もしかして、気がついてるか?」

 

「何に?」

 

炭治郎は少し鼻を動かすと、ますます気まずそうな顔をする。

生来嘘をつけない性格なのか、何か隠し事をしているのだと一発で分かる。

 

まあ隠し事は誰しもある。深入りはしないでおこう。

 

「あれ、禰豆子ちゃん達来ないな。心配だから上がろうか?」

 

「あ、ああ!そうだな。俺も心配だ!」

 

十十乃は若干助け舟を出し、二人は少しヨロヨロしながら階段を上って行った。

半壊して、穴が空いた壁からは、もう薄く朝の光が射し込んでいる。

 

「あっ……」

 

地上に出てから、炭治郎は何かを見つけた。

朱紗丸の、ボロボロになった身体だ。もう灰になりかけて、風に飛ばされている。

あんなに強かったのに、こんな風に死んでしまうのか。

 

と、炭治郎はその身体に寄り添うように屈んだ。

何をしてるんだろう。

 

「ほら、鞠だよ。」

 

炭治郎はそう言いながら、朱紗丸の持っていた鞠を彼女の傍らに置いた。柔らかな太陽の光が、そっと朱紗丸を照らす。

 

禰豆子ちゃんはいいのか、と思ったが、禰豆子は既に炭治郎の背中の、ちょうど影になっている場所でくっついていた。

 

十十乃は驚く。炭治郎の行動に。

 

なぜ自分を襲い、そして彼の妹をも傷つけようとした鬼の最期を、こんな優しく看取れるのか。

 

『お嬢さん』

 

と、後ろから珠世様の声が聞こえる。

 

「珠世様!」

 

『珠世様だとォ?おい小娘。珠世様に珠世様と呼んでいいのは俺だけだぞ!』

 

愈史郎が急にそう言ってくる。だが、愈史郎といえば、少し気になることがあった。

 

「ハイ。にしても、私より少し歳上で鬼と素手で渡り合えるとは…」

 

『俺は35歳だ。』

 

「え」

 

十十乃は、炭治郎達から愈史郎の方に向き直り、思わずまじまじとその姿を見つめてしまった。

 

「お若いですね。」

 

『黙れ』

 

『愈史郎……!』

 

愈史郎は珠世様に声をかけられると、急にいい子になる。

 

『そのお嬢さんを離しなさい。もう怒りますよ。』

 

『いえ珠世様!今回は殴ってません、投げていません、絞めているのですッ!』

 

『…………!』

 

文字通り、十十乃は愈史郎に締め上げられていた。腕を。

だが最近ヒョットコ面にやられたお陰で、十十乃は痛みに耐性ができていた。

 

しかし珠世様のドン引きにより愈史郎の態度は急に軟化する。

 

『ハハハ、ゴメンヨ。オジョウサン。』

 

「イエイエ、オキニセズ。」

 

愈史郎と十十乃は、お互い無表情で握手を交わした。

 

『本当に愈史郎が無礼を…申し訳ありません。』

 

「大丈夫です。」

 

十十乃は珠世様がずっと日陰から出てこないのが気になったが、炭治郎と禰豆子と共に、珠世様によって再び地下室へ連れて行かれた。

 

 

 

 

______________________________________________

 

 

 

 

 

『まだお名前を伺っていませんでしたね。』

 

「坂部 十十乃と言います。」

 

『坂部…そうですか……』

 

地下室にある一室で今、十十乃は珠世様と向き合って座っている。

 

 

炭治郎と禰豆子は、愈史郎が別室に連れて行った。

怪我の治療をするらしい。確かに、命に別状は無いが、炭治郎の方は重傷のようだった。禰豆子の方はピン

ピンしていたが。

 

 

だが…やはり大人の女性と話すのは慣れない。視線をチラホラと外してしまう。

 

「あの…坂部と知り合いだったり…?」

 

『いえ、残念ながら存じ上げません。でも…』

 

珠世様は少し目を伏せた。

美しいッ憧れる。

 

「そういえば珠世様…じゃない珠世さん、炭治郎と禰豆子ちゃんとはどのようなご関係で?」

 

『あのご兄妹には今日出会ったばかりです。禰豆子さんが……』

 

禰豆子の名前を出し、珠世様は急に口をつぐんだ。

 

十十乃はまただ、と思う。

禰豆子のあの強さ。あれには何か理由があるのか。もちろん、それについては炭治郎も隠したがっていたので、聞く気はなかったが。

 

しかしその前に、十十乃は衝撃の事実を聞くこととなる。

 

『それより、単刀直入に申し上げましょう。私は鬼です。』

 

「はい……エッ?!」

 

十十乃は珠世様を思わず凝視する。

どこからか愈史郎の叫び声が聞こえた。

 

今、確かに彼女は“自分が鬼である”と言った。一体どういうことだ。それも唐突に。

 

だが、

 

『斬ろうと、しないのですね。』

 

「しませんよ。だってもし“鬼”なら、夜明けを待たずに、私や炭治郎達を食べているはずだ。何か事情があるのではないですか?」

 

十十乃はかなり驚いた。驚いたけれども、珠世様が鬼なら、ここまで手間をかけて、ましてや同胞であるはずの鬼を斃してまで、十十乃や炭治郎兄妹を喰おうとする意味が分からない。手間暇かけたいタイプなら別だが。

 

しかし人間にもあるように、鬼にも突然変異種がいてもいいのではないか。というのが、十十乃が瞬時に出した結論だった。

これで血鬼術とか色々言っていた理由が分かった。

 

それに、物事は一面だけじゃないのだ。時には多面的に見なければならない事もある。

 

 

十十乃の返答に、珠世様は驚いたような表情をする。

 

『恐ろしい程に似ているけれど…あなたは違うのですね。』

 

「すみません、今何と?」

 

珠世様が小さい声で何かを呟いたが、十十乃の耳には届かなかった。

 

『いえ…何でもありません。それより…立て続きになってしまい申し訳ありませんが、一つお聞きしたいことがあります。』

 

「何でしょうか?」

 

『十十乃さん、あなたのご両親は、どのようなお方でしたか?』

 

珠世様にそう訊かれ、答えられず、一瞬固まってしまう。

 

両親。

 

母親についてはおろか、父親についてもただ“生きている“としか聞いていない。それもあやふやな情報だ。

十十乃には今まで、師匠である晴之助と、姉弟子しかいなかった。

 

「さあ…私の師しょ…育ての親の知人に預けられていた私を、引き取った、とだけ。」

 

『そう、ですか…。』

 

部屋に、沈黙が広がる。

 

「もしかして、私の両親について何かご存知なのですか?」

 

『それに近い男を…知っています。』

 

「そうですか。」

 

訊いておいてこの反応は失礼だが、血縁者が周りに一人もいなかったせいで、十十乃はどうも、家族に関する執着が薄い。

 

だが…煙羅との戦いの途中で見た男。彼のことがどうも気になる。彼は自身を“父親”と言ったのだ。それは気になる。

 

「あの…その父親について、詳しく教えては頂けませんか。」

 

『残念ながら、深くは私も知りません…ですが、十十乃さん。あなたは何か…普通では起こらないような事に遭遇したりした事はありませんか。』

 

そう言われて、十十乃は一瞬で思いついた。

 

最終選別のあの光景、そして煙羅との戦いで見たあの男。

 

珠世様なら、何か知っているかもしれない。

そう考えて十十乃は、最終選別で戦い、そして引き裂かれて殺された鬼のこと、そして自分と瓜二つの相貌をした男の話を、そのまま話した。

 

 

すると、珠世様が、信じられない、とでも言うように口を抑える。

 

よほど特殊なことなのだろうか。

 

「どうされましたか。」

 

『その…着物の鬼が死んだ時、確かに“腕”に引き裂かれたのですね?』

 

「ええ、あの鞠の鬼、朱紗丸のように。」

 

『何か…腕に殺される前に、何か言葉を発しては?』

 

「いや、何も。一言も喋ってはいませんでした。」

 

そんな、ありえない、と珠世様が微かにそう言う。

 

そういえばさっき、愈史郎は“呪いがなんとか”と言っていた。あの着物の鬼も同じ死に方をしたという事は、なんらかの“呪い”で殺されたのだろうか?では一体誰に?

 

『すみません…取り乱してしまい…あなたはその時、鬼に何をしたのか、覚えてらっしゃいますか。』

 

「着物鬼も、煙鬼も…」

 

待て、よく思い出せ。二つの共通点は……

 

「鬼に触れた、いや、煙羅の方は彼の血から作られた煙を吸った、と言うべきでしょうが、とにかく共通点は触れたことくらいしか…」

 

しばし室内は再び沈黙に包まれる。

 

だが珠世様には、その答えだけで十分だったようだ。

 

『ありがとうございます…質問攻めにして申し訳ありません。では炭治郎さんの治療も終わった頃でしょう、お時間をお取りしました。』

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

今から約十六年前、当時から珠世は、医者として人間の世界で愈史郎と共に生きてきた。

 

だがある日、運悪く、というべきか。偶然にも珠世の抹殺すべき相手、鬼舞辻無惨その鬼を、珠世は街の雑踏の中、見かけてしまった。傍らに若い女性を連れた彼を。

 

いくら“呪い”を解除し、居場所を探知されない珠世とて、鬼舞辻と出遭えば滅殺は避けられない。さらに珠世には、愈史郎がいる。

無闇に挑み、殺されても意味はない。

 

 

 

珠世はそれから、遠からず近からずのギリギリの場所で、鬼舞辻が人として潜む家を観察し続けた。

 

 

だが珠世は後で、後悔することになる。

家の人間に事実を伝え、逃すべきだったと。

 

彼は大量虐殺をしない。臆病だから。そう油断していた。

 

 

 

 

一年が過ぎた後、珠世は驚くべきものを見た。

 

鬼舞辻が、赤ん坊を抱いていた。その赤ん坊を、珠世は遠目にしか見たことがない。けれどはっきり覚えている。

 

 

髪質から、目から。

 

赤ん坊は、鬼舞辻無惨と瓜二つだった。

 

 

 

鬼が子を成すなど、二百年の間、一度も見たことも、聞いたこともなかった。

だが、偽りの家族にしては、あの子は鬼舞辻に似過ぎていた。

 

しかもあの時の鬼舞辻の表情は……今この瞬間ですら忘れたことがない。

 

 

 

そして今日

 

十六年が経った今出会った、鬼殺隊員の一人。

坂部十十乃、という少女は、鬼舞辻と全く同じ顔と、同じ髪を持っていた。違うのは目の色と、人格くらいだ。

 

 

彼女はあまりにも“鬼”に対してすんなりと受け入れた。

個人の性格の問題もあるだろう。だが、本当にそれだけだろうか。それ以前に、何か……

 

そして彼女はもしかしたら、“鬼舞辻の呪い”について、何か関与できるのではないだろうか。

彼女の話を聞いていて、珠世は色々な推測をした。

 

 

珠世は、十十乃を治療した時に、ほんの微量の血を、彼女から採った。

 

真実を、確かめるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





郷に入っては郷に従え精神


愈史郎が原作よりmore珠世様ガチ勢


珠世様観察日記の間隔が秒単位に。


ネズコちゃんゴメン


兄弟が多かった炭治郎と一人っ子の相性はいかに


臆病だから はお約束。


色々無礼







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第10話 道連

今回もよろしくお願いします。

先週1話しか投稿できていないので、今週は頑張ります。

※今回は(も)2視点から


十十乃は、珠世様から色々な話を聞いた。

愈史郎も鬼であること、二人とも少量の血で生きていけること、医者として生計を立ていること…そして珠世様はかつて、鬼の頭領 鬼舞辻無惨 の呪いに捉われ、そして自らの手でそれを解除したことを。

 

だが一つ、驚くべきことがあった。“呪い”は、その効果が、十十乃が出遭った奇妙な死に方に酷似していたのだ。

 

『そう…それと、十十乃さんが出遭った呪いの現象について、詳しく考えがまとまり次第、あなたの元に文を送ります。』

 

珠世様には、そう言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして十十乃は今、なぜか禰豆子に頭を撫でられている。

最初は戸惑った。けれど、愈史郎、珠世様と撫でられた後に、横に自分がいたのだ。

 

順番的に撫でられるだろう。

 

「ああ、禰豆子、あんまりやったら失礼だぞ〜」

 

炭治郎が優しく注意してくれるが、十十乃は別に構わなかった。

 

「いや、嬉しいよ。」

 

だって本当に嬉しかった。懐かれてる。

 

なんか分からないが、十十乃は年下から好かれない。一回、近所の子と顔を合わせた時、顔を合わせただけで泣かれた。

あやせば泣かれ、迷子を助けては泣かれた。もうこっちが泣きたい。

 

歳下には見えるのだろうか、背後にある黒いモヤモヤしたモノとかが。

 

でも最近、浅草の街中で出会った不気味な奴の子といい、禰豆子といい、少し懐いて貰えている。

 

「なんで撫でてくれるんだ、禰豆子ちゃん」

 

本人は答えないが、代わりに炭治郎が答えてくれる。

 

「多分…十十乃のことも、珠世さんと愈史郎さんのことも…家族だと思ってるんだと思います。」

 

『まあ……』

 

その言葉に、薄紫色をした珠世様の目が、僅かに潤む。美し……

禰豆子はそれを見ると、ン?と首を傾げて、珠世様に抱きついた。十十乃は離れられて少し悲しかったが。

 

直接聞いた訳ではないが、禰豆子はほぼ確実に鬼だろう。十十乃はそう推測していた。

彼女の異常な力、そして喋らない理由…珠世様がそうであるように、彼女も“鬼の突然変異種”なのではないだろうか。

 

禰豆子は、鬼に狙われている炭治郎の妹。鬼ぐるみで一芝居打った可能性も無くはないが、可能性は低い。事実、煙羅は彼女の事を“あんな鬼”と言っていた。

 

それに家族を、愈史郎や珠世様に重ねるなんて。やっぱり禰豆子も“鬼”だと思えない。

 

 

 

と、一方で。

 

 

 

禰豆子には、目の前にいる紫色の美しい瞳を持つ女性が、自らの母のように映っていた。いつも穏やかに微笑み、自分を見つめてくれた。

隣にいる同じ瞳を持った少年は、腕白で、よく外で元気よく走り回っていた弟に。

もう一人、灰色の目をした少女は……

 

 

 

「ね、禰豆子ちゃん?なんか焦げてない?」

 

「コラ、禰豆子、撫ですぎは失礼だぞ〜」

 

『ムゥ……』

 

 

再び十十乃の頭を撫で始めた禰豆子は、少し煙が出そうな勢いで、そのまん丸の桜色の目で、ジーッと十十乃を見つめながら手を動かす。

 

「煙ッ」

 

「ごめん十十乃!ほら、禰豆子、もうやめよう。な?」

 

炭治郎が、ビロ〜ンと手を広げる禰豆子を、そっと、けれどすぐに十十乃から離す。

 

一方、十十乃の髪は、数本焦げた。恐るべし、禰豆子の摩擦。ていうか摩擦でこんなになるのか?

 

『フガ〜〜』

 

「今のは駄目だろう、禰豆子。」

 

『ムゥゥー』

 

「分かったよ。でも、これからは気をつけるんだぞ。」

 

『ムウッ〜』

 

「よしよし、良い子だなぁ禰豆子。」

 

暖かい笑みを浮かべながら、頰を膨らませている禰豆子の、柔らかく長い髪を撫でる炭治郎を見て、十十乃はどこか…懐かしさを感じる。

かなり前に、自分も同じ風に頭を撫でられたことがある。大きな、丈夫で骨張った手に。

 

誰にだっけ。

 

無意識に、自分の頭に手をやった。

 

「アぢッ」

 

そういえば、焦げてた。

それを見た炭治郎が、少し慌てたような表情をしてこちらに来る。

 

「あ!ごめんな、十十乃。禰豆子が…」

 

「心配ない。ちょっと焦げただけだから…」

 

でも…と言うと、炭治郎は手拭いを、彼の羽織から取り出し、まだ少しチリチリしている十十乃の髪をはたいてくれた。

 

「うん、これで消えた!」

 

良かった、と屈託のない笑顔を見せる炭治郎。

まるで太陽の、優しい光のようだ。

 

だが。

 

どうも彼の耳飾りに目が行く。

 

怖い。

 

こんなに暖かい笑顔なのに、十十乃の、彼に対する大きな感情は“恐怖”だ。

 

「ありがとう…炭治郎…」

 

 

『オイ、サボリ トドノ!サッサトハタラケ!ツギダ、ツギ!』

 

「また鳩か」

 

『ウルサイ ダマレ マメデッポウ クライタイカ 』

 

唐突に鳩々丸が、この地下室にまで入り込んでいる。無礼極まりない。

それより、もう次の任務か。

浅草の鬼はもういいのだろうか。

 

『アサクサ ノ オニ ハ スデ二 トウバツサレタ』

 

そうですか。

 

 

 

 

ここで、珠世様と愈史郎さん、炭治郎兄妹とは別れることになるだろう。

実は先程、珠世様から、このまましばらく自分達と一緒にいないか、と誘われた。理由は少しはぐらかされたが。

しかし、とにかく今は無理そうだ。

 

それに珠世様は、明らかに何かを、十十乃に隠している。

 

『では…お別れですね。炭治郎さん、禰豆子さん、十十乃さん…。あと炭治郎さん、十十乃さんには私が鬼であることを伝えました。愈史郎のことも…』

 

珠世様が鈴の音の鳴るような声で、そう言う。

恐らく彼女は、間接的に、“十十乃に禰豆子のことを話しても問題はないのでは” と炭治郎に伝えてくれているのではないだろうか。

 

炭治郎も、その言葉を聞いて少し固まると、しかしすぐに理解したように頷く。

 

「お世話になりました。珠世さん、愈史郎さん。」

 

「私も短い間でしたが…お邪魔しました。」

 

炭治郎、十十乃は共に珠世様と愈史郎に一礼すると、炭治郎はいつの間に持ったのか頑丈そうな木箱を背負い、階段の方へ向かっていた。

十十乃もそれに倣い、地下から上がる階段に向かう。

だが、それを呼び止める声がした。

 

『おい、炭治郎。』

 

「何ですか?」

 

愈史郎だ。

 

『あ…あのな…お前の妹は醜女じゃない…前言撤回だ。で…えーと……可愛いし、美人だ。認めてやる!』

 

それだけ言うと顔をプイッと逸らす愈史郎に、炭治郎は嬉しそうにニコリと笑う。

 

それ以前に愈史郎は禰豆子に対して“醜女”と言ったのか。前言撤回は当然だな、と十十乃は勝手に納得しておく。が、

 

『おいッ!あとお前だ!お前!』

 

「ハイなんでしょう。」

 

と、十十乃。

愈史郎が目を釣り上げてこちらを見てくる。

 

『お前は距離が近いッ!珠世様とお話しされる時はあと数尺離れろ!見つめるな!珠世様と呼ぶなッ!』

 

「それは…失礼。」

 

『愈史郎!』

 

『ハイッ!』

 

珠世様に呼ばれると、愈史郎は人が変わったように穏やかになる。

しかし彼は拗ねた子供のように、十十乃から目を逸らしている。

 

『フンッ。まあ精々死なないように努力するんだな。』

 

「ありがとうございます。」

 

けれど愈史郎は、十十乃の命の恩人であり、短時間だが共闘した仲である。

彼なりの心遣いはありがたかった。

 

 

 

 

階段を上がると、もうすっかり陽は昇りきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

炭治郎と十十乃は一緒の道を歩いている。というのも、なんと奇遇なことか、鎹鴉によって告げられた二人の任務の目的地が(正確にいうと三人だが)全く同じだったのである。

 

 

炭治郎は、迷っていた。

 

自分は鼻がよく効く。

 

十十乃から香る主な匂いは、穏やかな、というより自由に流れを変えられる川のような匂い、というべきか。柔軟性がある性格、という感じだろう。どうも、鬼に強く固執している様子が見られない。

 

 

珠世は先程、自分が鬼であることを十十乃に告げた、と言っていた。十十乃の目の前で。

つまりそれは、彼女がその事実を受け入れた、ということだ。

 

では、禰豆子のことは…?

 

しかし、十十乃とは出会ってまだ間もない。会話も多くは交わしていない。今早急に言うべきでもないだろう。

珠世のことは受け入れられても、同胞である鬼殺隊員が鬼を連れ歩いている、と知れば複雑な心境になるかもしれない。

 

でも彼女は、禰豆子が急に姿を消した(箱に入った)事について、何も聞いてこない。やはり気が付いてるのだろうか。

 

それともう一つ、僅かに炭治郎を躊躇わせる要因があった。

 

「炭治郎も鎹“鴉”なんだ。」

 

「ああ、うん。ていうか鳩々丸が言っていること、分かるのか?十十乃は。」

 

「え?聞こえないのか?!」

 

「俺はてっきり言葉が分からないものかと…」

 

鎹鳩を持つ彼女。

彼女の顔は、鬼舞辻無惨そのもの。けれど匂いは全く違う。違うからこそ、炭治郎は問題なく接することができた。

 

だが…時折、十十乃の顔がどうしても、鬼舞辻と重なってしまうのだ。

炭治郎は、それが申し訳なくて堪らなかった。本当に、なぜ彼女はこんなにも顔が似ているのだろう。

 

「そういえばなんか忘れてる気がするんだけどな……」

 

かなり歩き、田んぼがチラホラ見える場所まで来た頃、十十乃が急に立ち止まり、そう言った。

 

「忘れてるって、何を?」

 

「なんだっけな〜」

 

炭治郎が訊いても、十十乃は少し唸るだけで、どうも思い出せていないようだ。

はて、それより十十乃から急にうどんの匂いがするが、何か関係あるのだろうか。

 

「十十乃、それってうどんと関係あることなのか?」

 

「あっ!」

 

十十乃が急に手を叩く。

 

「まずい、うどん講座聞きに行き忘れた!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎹鴉、及び鳩によると、次の任務の場所では、近頃度々人が消えるそうだ。

 

「一番最初に消えたのは若い男、その後は老女で、次に少年…以降度々消えている、と。」

 

珠世達の家から出発し、かれこれ数時間経っただろうか。日がもう高く昇っているところを見ると、正午前ぐらいだろうか。

ここまで十十乃と共に、一回も休憩を挟まずに歩いてきた。

 

辺りはすっかり都会っ気がなくなり、田園風景が広がっている。

 

「うん。でもあまり頻繁ではないらしいんだ。」

 

炭治郎は、十十乃にそう返す。

 

「おかしいな…普通、鬼は女を好んで狙うだろう?なのに消えてる人は年齢も性別もバラバラ、それに不定期…」

 

「確かに…。何か狙う条件でもあるのか…?」

 

二人して考え込む。

 

だが、その間にも足は止めない。

十十乃が先導して歩くからだ。珠世の家から、一切道に迷っている様子が見えない。

彼女は方向上手なのだろう。

 

と、

 

 

「結婚してぇぇ!俺と結婚してぇぇ!だってさァァ俺、これから死ぬのッ死ぬ前に女の子と結婚したいッ!だって君さぁぁ俺のこと好きなんでしょぉぉ??だから声かけてくれたんだよネッ!ね?!だって加奈子ちゃんには置いてかれるしぃぃ?アーッ俺もう死ぬ死ぬ死ぬ!」

 

 

「なんだ?!今の声」

 

少し先の方から、酷い高音の断末魔が聞こえてくる。

炭治郎が思わず顔をしかめる。

 

声はまた聞こえてくる。

 

「桃色の着物じゃないけどッ、君結構可愛いし?!料理うまいなら十分許容範囲だからぁぁ!お嫁に来てェェ名前知らないけどざぁぁぁぁ!」

 

 

「恥を晒している匂いがする…」

 

「聞き覚えのある声がする…」

 

炭治郎と十十乃は同時に呟いた。

 

本当に、恥を晒している匂いがしてくるのだ。炭治郎は匂いだけでドン引いた。

隣を見れば、十十乃も複雑な顔をしている。かなり複雑な顔をしている。

 

「よし、炭治郎。少し先に行って確かめてくる。あの声……多分、私の知り合いだ。」

 

「あ、分かった…え?知り合い?」

 

十十乃はそう言うやうなや、恐ろしい速さで駆けていく。十十乃の友人関係は一体。

それより、彼女も、骨を折るまでの怪我はしていないといえ、よくあんなに速く走れるものだ。

 

炭治郎も彼女を追って走り始めようとする。だが…

 

痛い

 

少し、折れた肋が痛むが、自分は長男だ。これくらい我慢できる。と、炭治郎は自分に言い聞かせて足を動かした。

 

 

 

その先で意味不明な光景を見るとは知らず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「善逸ー元気にしてたかー最終選別以来だなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




髪が一部アフロになった人。コゲチャッタ。


〜を付けた途端にドウマチックな喋り方に。


ユシロウ→ネズコちゃんへの評価が原作より高く。


見覚えのある黄色髪。


前科が一犯に(後日うどん代は払われました)


善逸さんこんにちは。



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第11話 再会

第11話、よろしくお願いします。


「申し訳ありませんでした!!」

 

「エェェ俺のお嫁さんになってくれるんじゃなかっ………」

 

「申し訳ありませんでしたっ!!」

 

 

炭治郎が十十乃を追って走ってみれば、そこには匂いの元となっているらしい…鬼殺隊服を身につけた黄髪の少年と、十十乃が、頭を地面に擦り付けているところだった。

 

何かと お嫁さんに…… と言う往生際が悪い黄髪の少年の言葉を遮り、十十乃がひたすら謝罪の言葉を口にしていた。

 

二人が謝罪している相手は、十十乃と少年より少し歳上くらいの女性だ。

 

「え?俺が好きなんじゃないの?ねえぇぇ」

 

また立ち上がってその女性に縋りつこうとする黄髪を、今度は炭治郎が引き剥がした。

 

「何で道端で恥を晒すんだ!」

 

「恥なんて晒してない!俺はただこの人と婚約しようとしただけだろぉぉ」

 

「それが恥なんだ!」

 

この黄髪の少年の執念深さ、というか何というかに、さすがの炭治郎も本気で引いた。匂い以上に実物で引いた。

 

「エ?何、君そんな顔してるの?俺なんか変なこと………」

 

「してます!なんなんですかあなたは!急にあたしに掴みかかってきて…あなたにもお付き合いしてる人がいらっしゃるのに!なんて浮気性な人!それにあたしにはもう決まった人がいるんですっ!」

 

声を張り上げたのは、黄髪の少年が今日最も迷惑をかけた相手、もとい彼が縋り付いていた女性である。

そして、この後、十十乃が妙な二次被害を被るのを見て、炭治郎はこの少年にもう本気の本気でドン引いた。

 

そう、付き合ってる人、と言って女性が指差したのは、なぜか十十乃だった。

 

「私ですか……え?なぜ?違いますよ、私達は鬼さ……」

 

「ワーワーワー!!」

 

鬼殺隊、と言いかけた十十乃の口を塞いだのは、他でもない元凶、黄髪である。妙な時に冷静になっている。

 

炭治郎はもう疲れてきた。

 

「違うんですよ!俺は付き合ったら一途で情熱的なんですって!この子はね、十十乃ちゃんは友達!付き合ってなんかないですッッ。俺の好きな女の子は桃色の着物着てて、料理上手くて……」

 

「善逸、やっぱり血鬼術でやられたのか。さぞ痛ましい戦いに違いなかったんだね、ああ可哀想に。」

 

十十乃と炭治郎は、共同作業で黄髪…十十乃によると善逸と言うらしい少年を押さえつけ、ひたすら女性に向かって平謝りしていた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

アホ〜 アホ〜

頭上でアホウドリが鳴いている。珍しい。

 

 

十十乃は、どこかの教祖のような笑みを浮かべながら、炭治郎と共にひたすら山を登っていた。

 

「エット…あの、怒ってる…怒ってますか?」

 

あの後、あの女性から連続平手打ち二十五発を受けた善逸は、少し小さくなりながら、十十乃と炭治郎の後を歩いていた。

 

「はあ…一体なんで君はあんなに恥を晒していたんだ?善逸?」

 

と、炭治郎が少し呆れた様子で善逸に訊く。

 

「恥?!だってあれはあの子の目の前でずっと止まってたから…俺のこと好きかなぁって……」

 

語尾が消えかけている。

十十乃は彼が落ち着くまで話しかけないことに決めた。

 

「あ、ああそういえば、十十乃ちゃんは前会ったけど、会うの初めてだよな」

 

気まずくなったのか、善逸が炭治郎を指差して、急に話題を変える。

 

「俺は竈門 炭治郎だ。」

 

「炭治郎かぁ。俺は我妻 善逸。」

 

広がる沈黙。

そして…

 

「あのさ…今思ったんだけど…」

 

再び善逸が口を開いた。十十乃は一切教祖笑みを止めない。なんとなく、言われることの予想がついたからだ。一方の炭治郎は、少し引いた顔で善逸を見ていた。

 

 

 

「は?何二人して俺の婚約邪魔しちゃってんの?!こういうのイジメって言うんじゃないのッ」

 

 

 

「は?」

「は?」

 

 

 

え…これって謝罪する雰囲気じゃないか?

 

十十乃と炭治郎はほぼ同時に同じ返事を返した。は?、という返事だ。だが善逸の愛の暴走は止まらない。

 

「あのさぁぁぁ、俺、めっちゃいいとこまで行ってたの!見てた?!ねえ!?はぁ……それをさ、何邪魔してくれてんの?絶対あの子俺のこと好きだったじゃん?!」

 

「よし善逸。一回あの場面を客観的に考えてみろ。」

 

十十乃はなるべく平静を装ってそう言った。善逸は、一呼吸置いて、そして言う。

 

「え?どこからどう見ても両思いですけど?十十乃ちゃんどうしたの?」

 

「だめだ炭治郎。一人っ子の私だと対処しきれない。」

 

「いや、もういい。諦めよう。」

 

あの太陽のような笑みを浮かべられる炭治郎が、諦めよう、というのだ。やはり善逸はかなり重症だろう。

 

しばらく放っておくと、善逸の恨み節は止んだ…が、第二波が来た。

 

「十十乃ちゃぁぁん!炭治郎ォォォ!俺を守ってぇぇぇ!」

 

例の死ぬ死ぬ節である。

最終選別の七日間を共に過ごした仲だけあり、十十乃はこれに対して多少免疫ができていた。それに十十乃自身、よく死ぬ死ぬ節を内心やっているので慣れている。

 

「チュン太郎が何言ってるか全然分かんないし…次の任務だって何なのか分かんないんだよぉぉ!ねえ十十乃ちゃん〜七日間を共にした仲でしょォォ守ってぇぇ!」

 

「誤解を招く言い方はやめるんだ。ていうか鳩の言ってることは分かるけど雀の言ってることは…」

 

「あ、善逸、偶然だな!俺たちと目的地が一緒みたいだぞ!」

 

そう言ったのは、手に雀…チュン太郎を乗せた炭治郎だった。

十十乃も善逸も、一瞬ポカンとした。そしてすぐに理解する。

 

炭治郎、雀と喋れるんだ、ということを。

 

「エェ…炭治郎、チュン太郎と喋れるの?」

 

と善逸。

 

「うん。そうみたいだ。十十乃の鳩々丸とは喋れないけど……」

 

「凄いな…雀と…話せるのか…」

 

十十乃は妙に感動する。

 

 

一方、炭治郎は少し混乱していた。自分が連続して出会った鬼殺隊の同期二人が、鎹“鴉”を持っていないのだ。

鎹鳩に、鎹雀。

この状況のせいで、もしかして鎹鴉は鴉じゃないのかもしれない。いやそもそも鎹鴉とは……という若干哲学的疑問が、炭治郎の脳内を漂っていた。

 

と、

 

炭治郎と善逸が、同時に顔をしかめた。善逸は“顔をしかめる”をさらにしかめた感じになっていたが。

 

「この匂いは…血の匂いだ!しかもかなり濃い」

 

「ヒィィィ!この音なんなんだよ……」

 

一体二人ともどうしたのだろうか。

十十乃には全く分からない。

何が何だか分からない。

 

「この先から、かなり濃い血の匂いが漂ってくるんだ!」

 

炭治郎が少し緊張した面持ちでそう言う。匂い…ああそうか、炭治郎は鼻が効くのか、と十十乃はこの時初めて知った。

善逸は…最終選別の時も、鬼を避けるような道を見つけてくれたり、今“音”と言っていたのできっと、桁外れに耳が良いんだろう。

 

それに比べて、十十乃は味覚しか鋭くない。あまり役に立つ機会がないのだ。

地面に這い蹲って土でも舐めれば血の味だとか鬼の味だとかが分かるかもしれないが、そんな事をこの場でしたら、ただの奇行種だ。

 

「ギィィィィ!!鬼の音だよぉぉ!何この太鼓の音ッ?!ねえなんなのッ?!」

 

善逸が耳を塞ぎながら辺りを転がり回り始めた。

 

「アーッ!もう俺行かないからッ!アーッ!」

 

「来たくないなら、ここで待ってて貰っても構わない。」

 

「ねえええだから何でそんな顔するの?!ねぇぇ?」

 

炭治郎とは思えない…恐ろしいというより軽蔑の表情を浮かべた炭治郎に、隣で見ているだけの十十乃も、思わず震えた。

善逸においては転げ回りながら恐怖が八割膝に来てる。

 

「十…十十乃ちゃん……」

 

「生きろ善逸。ていうか普通に強いだろ?善逸は。」

 

「冷たいねッ?!二人とも俺を守ってくれないの〜ッ?」

 

まあ何やかんやで善逸は泣きながら、炭治郎の羽織と十十乃の羽織を半分ずつ掴みながら、目的地まで引きずられて行くこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きっとこの屋敷だ。血の匂いの元は…」

 

登っていくにつれて獣道のように細くなっていく山道を登り切り、三人は、もうかれこれ十年は主人が居なかったのではないか、という程に寂れた屋敷の前に立っていた。

 

「確かに、血の味がするな。」

 

「え?何で地面に落ちてる葉っぱ食べてんの十十乃ちゃん?」

 

「これは…」

 

十十乃はすぐに落ち葉を地面に戻す。

だから嫌なのだ。人の前で色々口にするのは。

 

「落ち葉を食べる程空腹だったのか?!ごめん…匂いで気がつけなくて…」

 

「いや、ちょっ」

 

十十乃は慌てて、自分が味に敏感である事を話した。炭治郎が嗅覚、善逸は聴覚が鋭いように、自分は味覚が鋭いのだと。

そう説明すれば、二人はあっさりと納得した。

 

今更ながら、自分のように鋭い五感を持つ人物が他にもいるのだと分かって、少し嬉しかった。

幼い頃、それのせいでよく苦労したものだ。

 

と、

 

「あれ、どうしたんだこんな所で…迷子か?」

 

十十乃は、木の陰で縮こまっている二人の幼い兄妹を見つけた。

二人はワナワナと体を震わせて、酷く怯えている様子だ。

 

「大丈夫〜ダイジョウブダカラ……」

 

ウワァァァン、と昼下がりの山道に大きな泣き声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…そんな暗い中…よく頑張ったな、二人とも」

 

その兄妹を宥めるのはさすがの長男、炭治郎が引き受けてくれた。

 

十十乃が歳下に懐いて貰えないのはいつもの事だが、恐らく炭治郎が背負っているだろう禰豆子が懐かしくなった。

 

手乗り雀から始め、兄妹の名前を聞くにまで至った炭治郎の対応には、感服した。

 

「清兄ちゃんは…昨日の夜鬼に攫われて…村の人が一晩中探しても見つからないから、でも、攫われる時に足に怪我をしてて…その時の血を辿ってここまで来たんですけど……兄ちゃんは、無事でしょうか…」

 

目をこすりながらそう言う兄の方、恐らく九歳くらいの正一。

妹の照子を抱き締めながら頑張っている姿に、炭治郎も彼自身を重ねたのだろう、まるで自分の身に起きたことかの様に哀しそうな顔をしている。

 

「うん……きっと無事ダヨォォォ…」

 

「は、はあ…」

 

だが、正一よりも泣き腫らした目をしながら無事だ、と言う善逸を見て、正一は少し涙が止まったようだ。

 

「そうか…でも血を辿れるほどに出血したなら、早く助けないと危ない。正一君、その清兄ちゃんは何歳なんだ?」

 

「多分、今年で十二、三かと…」

 

「分かった。ありがとう。必ず私達が助けに行くよ。」

 

歳が上であればある程、身体が大きい。つまり血の量が多い。年齢次第ではもう手遅れなどでは…と十十乃は嫌な想像が一瞬頭に過ったのだ。だが十二、三であれば望みはある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポンッ ポンポンッ ポンッ ………

 

 

 

鼓の音が、屋敷の中で暗く響いた。

 

 

『久しぶりだねぇ、響凱。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




加奈子ちゃんは元気にやってます。


無銭飲食+不法侵入(+婚約妨害)。前科六犯まではまだ遠い。


今回序盤がカオス


体調が悪そうに見えたから話しかけた人に縋り付く→いきなり接点のない人に縋り付く
へ変更。



鋼舐めなくてよかった(二度目)



味覚の実用例:敵の顔を舐める→汗の味で嘘か分かる


小さい子には黒いモヤモヤとしたのが見える


最初に屋敷から転落して亡くなった人救済




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第12話 鼓音

色々散っちゃかめっちゃか


久しぶりだねぇ、響凱。

 

俺は随分と心配したんだぜ?無惨様が君から数字を剥奪したって聞いたから…もうあの晩は枕を濡らしたよ。

君の事は、無惨様も割と目にかけていたからね。

 

 

でも、本当に良かった。順調に稀血を喰らってるみたいで。

 

 

そうそう、それで。今日は偶然近くまで来たから、通告しておこうと思ったんだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に入るの?ねえ嘘でしょ?!炭治郎ッ!十十乃ちゃんッ俺を守ってェェェ!俺の弱さを舐めるなよ!」

 

「怖いけど、早く助けないと正一君の兄が危ないんだ…ていうか善逸お前全然弱くないッ」

 

「ハァァ?!」

 

目標の屋敷は、不気味な雰囲気を醸し出しながらその場に構えている。

その入り口は真っ暗で、妙な腐臭が漂っていた。

 

そんな入り口前で、先程から同極の磁石のように反発している十十乃と善逸を傍目に、炭治郎は背負っている木箱を下ろし、正一兄妹の手前にそっと置く。

 

「この箱は…?」

 

「もし危ない目に遭いそうになったら、この箱を開けてくれ。きっと二人を守ってくれるから。」

 

炭治郎の命より大事な者なのだ。ここに置いていくのは不安だが、でも…

 

「分かりました。あ、ありがとうございます。」

 

「お兄ちゃん、この箱カリカリ音がするよ……」

 

「だ、大丈夫。照子のことは兄ちゃんが守るから。清兄ちゃんはこの人達が助けてくれるって言うし…」

 

自分より幼いのに、妹を守ろうとする兄の姿に思わず胸が締めつけられる。

正一の言葉に、炭治郎は再び、彼らの兄を必ず助けようと心に決めた。

 

 

 

 

一方同期は。

 

 

 

 

 

「炭治郎ゥゥゥ!!」

 

「…どうしたんだ、善逸?」

 

「だからもうその諦観の表情ヤメテッッ!どうしようッ!ネエどうするの?どうしてくれるのッ?!」

 

「…どうしたんだ、善逸?」

 

「十十乃ちゃん屋敷の中に引きずり込まれたんだけど?!」

 

その言葉に、炭治郎はまともに善逸の方を見た。

そういえば確かに、さっきまでいた十十乃の姿が見当たらない。

 

「何に引きずり込まれたんだ?!」

 

炭治郎は若干焦って訊く。

 

「なんか猪みたいな奴に…でも鬼の音はしなかったんだよ…どっかで聞いたことある音…」

 

だが善逸が思い出しかけている間にも、炭治郎は既に屋敷の中に入ろうとしていた。

それを追うように、善逸は炭治郎にしがみ付く。

 

「俺は!?俺のことは守ってくれないのねッ?!」

 

「善逸…一刻を争うんだ。それに、俺は前の戦いで肋が折れてる。だから善逸のことは守…」

 

「ハァァ?!骨折ってるの?!それじゃ俺のこと守れないよ!?折れてる炭治郎じゃ俺のこと守れないよッ」

 

「ああ、別についてきたくないなら来なくても……」

 

「分かったよッ!そんな軽蔑する顔しないで怖いからッ」

 

他にも色々騒ぎながら、善逸はヤケになって屋敷の中に足を踏み入れた。

 

と、一緒にあの正一兄妹が屋敷に入ってきた。

 

「入ってきちゃ駄目だ。ここは危ないから。」

 

「でも…あの箱やっぱり変な音がするんです…何が入ってるんですか?」

 

正一が炭治郎に尋ねる。

炭治郎は少し困った顔をしながら、俺の命より大事なものなんだけど…と呟く。

もちろん、その呟きが、桁違いに聴覚がさえてる善逸の耳に入らない訳がない。

 

「命より大事なもの……」

 

 

 

ポン

 

ポン

 

ポンッポンッ

 

 

 

「とにかく、危ないから早くここから」

 

炭治郎のその声は、どこからか近寄ってきた鼓の音に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

畳八畳ほどの広さの部屋で。

 

 

「おい、一体なんなんだお前っ!」

 

「イッタ…」

 

十十乃は、自分の目の前にいる猪頭を被った少年(いや、少女はありえない)に屋敷の中へ引きずり込まれたせいで、背中を強打した。

なのに急に勝負と言い出されても、混乱する。

 

「おい!聞いてんのか弱味噌!」

 

「あれ、その刀もしかして日輪刀か?」

 

「そうだ!なんか文句でもあんのか?!」

 

十十乃は、彼が持っている日輪刀らしき刀を二度見する。刃の部分がギザギザに削られているのだ。

よくあの刀匠に殺されなかったものである。

 

「お前、凄いな」

 

あの刀匠に殺されないなんて。

 

それより、早く清兄を助けに行かなければ。

十十乃は、部屋の障子に手をかけた。

 

「ああそうだ、俺は凄い!なんせ山の王だからなあ!」

 

後ろで彼が何やら言ってるが、今は他に優先すべき事があるのだ。

だが、障子を開けて、隣の部屋へ足を踏み込みかけたその時。

 

 

ポン

 

ポン

 

ポンッポンッ

 

 

何やら太鼓の音がした。

 

と同時に、たった今まで入ろうとしていた隣の部屋が、無くなった。

正確に言えば、部屋が変わったのだ。

 

「どういう事だ?さっきの太鼓の音が何か……」

 

「猪突猛進ッ!」

 

「うわっ」

 

と、急に猪少年が十十乃の方目掛けて突進してきた。

 

「屍を晒して俺の踏み台となれ!!」

 

だが、幸い、彼は十十乃を狙った訳ではなく、障子を蹴破り、その奥の廊下目掛けて突進して行った。

一体何がいるのか、と十十乃は彼を追って飛び出した。

 

『美味そうなガキだなぁ…最近全部アイツに取られたせいでいい物を喰ってないんだ……』

 

猪少年が対峙、というか突っ込んで行ったのは、廊下の奥からノシノシと現れた巨体の鬼だった。

だがこの勝負は、十十乃が間に入る間も無く終わることとなる。

 

 

我流 獣の呼吸 参ノ牙 喰い裂き

 

 

有言実行、と言うべきか。

 

数秒も経たないうちに、その巨体の鬼は、首を牙に裂かれて屍となり、猪少年の踏み台になっていた。

だが…

 

「凄い!なんだその呼吸は?獣の呼吸…?水面斬りに近い技だが、水の呼吸のような変幻自在さは無いな。第一、二刀流の使い手なんてあまりいないからなぁ…一体何の呼吸から派生させた呼吸なんだ?」

 

初めてだった。見たことも、聞いたこともない呼吸を使う者がいると知るのは。

それに二本の刀を持っていても、実際使いこなせるとは…

 

「そうだ!俺は強い!お前よりも……」

 

「何の呼吸から派生させたんだ?いや待てよさっき我流って言ってたな…我流?!まさか一人で呼吸を創り出したのか?!どれくらいかかったんだ?誰かから教えは……」

 

「うるせえ!」

 

十十乃のうるさい質問攻めに、猪少年は心底うるさそうな声を上げてそう言った。

 

だが十十乃は、単純に凄いと思ったのだ。今まで、呼吸を派生もさせずに一から編み出したという話など、聞いたことがなかった。

この猪少年は、一体何者なのだろうか。

 

「そういえば名前をまだ聞いてなかったな。私は坂部十十乃。」

 

「俺は嘴平伊之助だ。おい サカタトロロ!」

 

「トロロじゃない。十十乃だ…ってオイ!」

 

猪少年改め伊之助は、素直に名乗ったが、なぜか次の瞬間、十十乃を投げ技…なのかよく分からない技で投げ飛ばした。

恐らく背負い投げに近い技、なのだろう。

 

「急に投げ飛ばすな…何で急に投げ飛ばすんだ?」

 

「お前は俺より弱い!よってトロロ、お前を今から俺の子分にしてやる!」

 

「不意打ちも作戦のうちだと。」

 

ガハハ、と笑ってる伊之助を見て、十十乃はすぐに立ち上がる。

 

「なんだ?俺と勝負するか?いいぜ俺は…」

 

だが別に伊之助と勝負したい訳ではない。

清兄を見つけるのが本来の目的なのだ。彼の創り出した呼吸の凄さに目移りしてる場合ではなかった。

 

獣の呼吸については気になるが、伊之助は多分鬼殺隊員だ。またいずれ会えるだろう。その時に話を聞こう。

 

「じゃあ伊之助、今度また話を聞かせてくれ。」

 

「おい待て!子分は親分の命令を聞くんだぞ!」

 

「子分…。」

 

と、気が付けば伊之助が隣にいた。いつの間に。

 

「清っていう名前の子を探してるんだ。この家の中で十二、三くらいの男の子を見なかったか?」

 

「あ?俺だって3日もこの家にいるけどそんな奴見てねえよ。」

 

3日!

3日も何をすればこの家から抜け出せないんだ。

 

だが、先程太鼓の音が鳴った時、確かに部屋の位置が変わったように見えた。

つまりこの家は、部屋の配置が太鼓の音一つで変わってしまう、という事なのだろうか。

 

背筋に悪寒が走る。

 

それはつまり、この家を操っている鬼を斃さない限り、永遠にこの屋敷を彷徨う事になるのだ。

 

清兄はこんな家に閉じ込められているのか。一晩閉じ込められただけでも十二程の歳の少年には恐怖しかないだろう。

 

「おい、なんでそっちに進んでんだ?」

 

「勘…?こう見えても方向上手なんだ。」

 

なぜか十十乃の足は勝手に動いていた。

廊下を歩き、突き当たりを左に、水場の部屋に入り、今度は戸を開けて直進する。

 

たまに廊下を飛び跳ね、障子を蹴破りながらも、伊之助は意外にも十十乃について来ていた。

 

 

 

 

 

二人はしばらく進んだところで、かなり大きな部屋の前で立ち止まる。

 

「中から人の声がするぞ、この部屋!」

 

「よし、ここだな!鬼の気配がするぜ!猪突猛進ッ!猪突猛進ッ!」

 

鬼、とは一言も言っていないが、そんな事はお構い無しに、伊之助は障子を踏み倒し、その部屋の中へと走り突っ込んで行く。

 

 

 

だが、その鬼の気配は当たっており、その部屋は……どういう訳か回転していた。

その部屋の、“反対側”の入り口には、身体から鼓の生やし、真っ赤な目をした鬼が、今まさに鼓に手を当てようとしている所だった。

 

 

「伊之助!踏むな!」

 

十十乃は、部屋が変えられる前に、恐らくこの屋敷を操っているだろう鬼に向かって、部屋の中に入り込んだ。

 

そして、なぜかこの部屋にいる照子を踏み付けている、伊之助の足を後ろからやや強引に退かさせ、自分も体勢を立て直す。

 

「おい邪魔するんじゃねえよ、トロロ!」

 

「いや普通に考えて踏んじゃ駄目だろ?!」

 

と、

 

「十十乃、無事だったのか!頼む、その子をあっちの部屋に…」

 

“下から”炭治郎の声がする。

ん?と思って見れば、

 

ポンッ

 

と再び太鼓の音が鳴る。

ああそうか、今、自分と伊之助と照子は、天井にいるのか。

 

分かった瞬間、身体が落ちて行く。

 

 

咄嗟に、一緒に落ちて行く照子を引っ張り、抱き抱えると同時に、炭治郎の言った部屋、もう一人、太鼓を持った少年がいる方に転がり込む。その少年は、照子と顔立ちが似ている。

 

「顔が似てる…?あ、君が清か。照子ちゃんの兄の。」

 

「え、ええ…」

 

急に部屋に入ってきた十十乃を、清兄は訝しげな顔で見るが、照子を彼に渡せば少し安堵した表情を見せた。

それを見たのか、炭治郎が清に向かって言う。

 

「さっき言った通りにしてくれ!」

 

「はい!」

 

清が、彼が手にしている太鼓を打とうとする。

この太鼓は、あの鬼の身体に生えていたものだ。なぜ彼の手元にあるかは分からなかったが、この太鼓は部屋の位置を変える。

 

彼が部屋を変えれば、今一緒にいる十十乃も、清達と共に他の部屋に移ってしまうだろう。

彼らを守ってやりたいが、兄妹には太鼓がある。だが、太鼓本体の鬼は、屋敷全体を動かす血鬼術を持つ程、中々手強い相手だ。

 

 

 

一瞬で決断を下し、十十乃は清兄妹の部屋を抜け、回転している隣の部屋へ、再び戻った。

 

『お前だな…あの方が探しているという鬼狩りは…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




冒頭の人は、ただ登場させたかった。それだけ。
そしてニアミス。

家主の過去を大幅に捏造。


変更点:台詞の位置


正一くん大人。


響凱編は約3話で完結予定。


猪突猛進。


色々と流れが違う。



支離滅裂な思考行動。


トロロ飯





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第13話 稲光

部屋は相変わらず、鼓の音に合わせて縦横無尽に回転する。

 

だがそんな中で、十十乃は…恐らく炭治郎もだが、太鼓の法則性が掴めてきた。

 

太鼓の持ち主である赤目の鬼の、右肩の太鼓は右回転、同じく左肩は左回転。右脚は…という風に、どこに生えてる鼓かによって、どのように回転するかも変わっているようなのだ。

 

 

ポンッ

 

 

「伊之助!」

 

「おわあああ」

 

部屋が右に回転し、十十乃は、今まで右壁だった場所へと倒れるように着地する。そして伊之助が、十十乃の隣に転落する。

そして、残念ながら伊之助は、鼓の音で部屋が回転することに、自分がその被害を直に受けるまで気がつかなかったようだ。

 

唯一綺麗に着地できていたのは、今室内にいる三人の内、炭治郎だけだった。

 

実力差を感じる。

 

『どいつもこいつも余所様の家にづかづかと入り込み…腹立たしい……小生の獲物だぞ…小生の縄張りで見つけた小生の獲物だ…あの者も上弦だからと言って高慢な……』

 

と、鼓の鬼が、這いずるような声で何かを呟く。

何を言ってるかはよく聞き取れない。

 

「なんだぁ?!この部屋、回んのか!」

 

「そうだ!あの鬼の身体に生えてる太鼓は、生えている位置で回転する向きが…」

 

「十十乃、危ない!次の鼓は爪の攻撃だ!」

 

だが、十十乃が伊之助に説明をしようとしたその時、炭治郎の切羽詰まった声が左の壁から聞こえてくる。

 

爪の攻撃?

 

反射的に、というか本能的に、十十乃は咄嗟に後ろへ身を引く。

伊之助も宙で一回転し、後ろに下がる。

 

見ると、たった今まで二人がいた場所の畳が、ズタズタに裂かれていた。

 

ただ部屋が回転するなら、血鬼術を使う鬼とはいえ、機を見極めて頸を取れる希望があった。

だが、この鬼、ただ回転させるだけでは無いようだ。

 

今のような攻撃が来るなら、できるだけ着地時間を短くしなければ。

 

「だとしたら玖の型が一番妥当か?漆の次に苦手なんだけどな…」

 

ポンッ

 

「猪突猛進ッ!猪突猛進ッ!」

 

と、なぜか急に、伊之助が左に部屋が回転しだすと同時に、こちらに向かってくる。

 

この期に及んでまだ投げ飛ばしたいのか。

 

「この状況を少しは考えてくれ。投げ飛ばしたいなら後で好きなだけやっていいから!」

 

「ジョウキョウ?それがなんだ、子分!」

 

本当に伊之助は大丈夫なのだろうか。色んな意味で。

 

しかし、部屋が左に回転しているというのに、伊之助は左から向かってくる。

このままでは、左の壁に着地する前に、伊之助と衝突する。

 

 

だが、幸運にもその時、部屋は左回転から後ろ回転へと、方向を捻じ曲げた。

 

突進しようとしていた時に、伊之助は急に、奥の方に飛ばされ、ぶつかり、そして……

 

奥の部屋の障子、正確に言うと、伊之助がさっき蹴破ったせいで穴だらけの障子から、彼自身が、飛ばされた拍子に強制退室させられた。

 

「た、多分…大丈夫、だよな……」

 

切り裂かれた訳じゃない。ただ退室させられただけだ。

 

ポンッ

 

次は右回転。同時に炭治郎が、十十乃の隣の壁に着地する。

だが着地の瞬間、彼は一瞬、痛そうに顔をしかめた。

 

「骨は大丈夫なのか?」

 

「え…ああ、うん!それより今は、一緒にこの状況を打開する方法を探そう!」

 

「分かった…でも無理するなよ」

 

十十乃がそう言うと、炭治郎は少し驚いたような、そんな表情を浮かべる。何か妙な事でも言っただろうか。

 

それより、あの鬼だ。この距離では、とてもじゃないが刃は届かない。一度距離を縮めなければ。

 

 

全集中 水の呼吸 参の型 流流舞い

 

 

と、早速、炭治郎が、回転する部屋の中、何とか足場を見つけながら技を繰り出す。

だが、鬼へあまり距離を縮められないうちに、爪の攻撃で退けられる。

 

 

全集中 水の呼吸 肆ノ型 打ち潮

 

 

炭治郎が退却した瞬間、十十乃も繋げるよう斬撃を繰り出し、鬼の方へ斬り込む。

 

思った通り、爪の攻撃に躱され、間合いに入るなど程遠かった。

だが、鬼が何かを呟く。

 

『お前のことは、殺すなと言われている…だがそっちの鬼狩り…お前は…小生が始末しなければ…』

 

「殺すなと、誰に言われたんだ?」

 

そうだ、珠世様の家に奇襲をかけてきた鬼も、十十乃の事は殺すな、と言っていた。“あの方”に言われたと。

ここでもそれが繋がるのか。

 

鬼は答えてくれる気がないらしい。だがその代わりに、爪の攻撃という有難い贈り物をくれた。

 

 

 

しかし…殺す気がないなら、一つ良い案がある。

 

 

 

 

ポンッ

 

 

どこかの部屋から鼓の音が鳴り、十十乃と炭治郎の眼前に広がる部屋が、変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「善逸さん……」

 

「アーーーッ!急に話しかけないでッ!心臓がまろび出るよ!そうしたら正一君は人を殺してたんだよッッ?!」

 

「はあ…すみません…」

 

正一は、兄が拐われ、妹と別れてしまった上、善逸というこの歳上の少年と不気味な屋敷を彷徨っていた。

だが正直言って、この善逸という少年、まったくもって頼りない。

 

今思えば、妹と一緒にいたあの赤味かかった髪の少年か、少し凶悪そうな顔をした少女と行動を共にすべきだった。

 

九歳の正一は、冷静にそんな事を考えていた。

 

「ギャアアアアア!今なんか変な音したよッ?!俺マジで死ぬよ?!ねえ!死ぬ死ぬ死ぬ……」

 

「あの……善逸さん…」

 

「だから急に話しかけないでってイッタデショっ!!内臓ごとまろび出……」

 

だが、正一の軽蔑の視線を受けて、善逸は急に静かになる。

正一から発せられるこの音…まるで氷点下ッ!

 

「善逸さん……死ぬ死ぬ言って恥ずかしくないんですか?」

 

「ギェッ」

 

「そうやって死ぬって言ってますけど、じゃああなたの腰の刀は何なんですか?ていうか廃刀令って知ってますか?明治九年に警察官吏や軍人以外が外帯刀を持つことを禁止するものですよね。そのせいで佐賀の乱や秋月の乱や…各地で士族の不満が募ったという歴史を知らないんですか?あなたはそういう歴史を知った上で、今責任を持ってその刀を持っているんですか。」

 

「物知りだねェ…正一くん……凄いねェェ…」

 

自分より六歳くらい下の少年に散々言われて、鬼の恐怖も重なり、善逸の顔はクシャクシャになっていた。

正一くんはなんでこんなに物知りなんだろう。

 

と、

 

『随分と活きのいいガキがいるなァ〜』

 

「ヒィィィ!!」

 

二人の背後から、ピチャリ…ピチャリ…と、水滴が垂れるような、気味の悪い水音が聞こえてくる。

 

恐る恐る……二人は振り返る間もなく、猛然と駆け出した。善逸が正一くんに縋り付く形で。

 

「鬼ィ?!来ないで来ないでマズイからッ!実際!俺は小骨ばっかで不味いですし?!この子は多分骨スカスカで不味いからッッ!」

 

正一はさり気なく悪口を言われた気がしたが、もう細かいことは気にしない事にした。

その間にも、長い舌が背後から、大蛇のように迫ってくる。

 

『美味いか不味いかなんて、食ってみなきゃ分かんないだろォ?』

 

「食わなくても分かるからッ!てか舌長ッ!アーッ!十十乃ちゃんッ!炭治郎ッ!守ってくれよぉぉぉ!」

 

バリィィン!

 

と音がし、見ると鬼の長い舌で、水瓶がパッカリ割れていた。

 

「水瓶パカッて!」

 

とにかく、正一と善逸は、すぐ近くの部屋に転がり込んだ。が……

 

「善逸さん!立って下さい!」

 

「ム…無理だよぉぉ…正一くん、俺を置いて先に逃げるんだ…」

 

「そんな事出来ないですよ!善逸さんを見捨てるなんて、それこそまさに人殺しじゃないですか!」

 

「優しいねぇぇ〜〜グズン…」

 

善逸の心の中は、今大変騒々しい事になっていた。

 

こんな優しい正一くんを、ここに留まらせて死なせてはいけない。

自分が守らなくては…だって…享年が一桁って可哀想すぎだろッ?!

じゃあどうすればいい…どうすれば……

 

正一と善逸は、部屋の奥へズリズリと這って下がる。

 

『まずはお前からだな〜黄色いほうからだ!さて…どこから食おうかなぁ〜』

 

「善逸さ……」

 

鬼の長い舌が、善逸の羽織をベロリと舐めた。

恐怖が上限に達し……善逸の意識は飛んだ。

 

「なんで今寝るんですか?!善逸さん!このままじゃ食べられちゃいますよ!」

 

『クククッ〜お前…こっちのガキも美味そうじゃねえか…』

 

正一は、覚悟を決めて目をギュッと瞑る。

頰に、生暖かい舌が触れる直前だった。

 

 

蛇のような舌は、電光石火の剣さばきで、斬られた。

 

「え…善逸さん…?」

 

 

シュゥゥ…と、まるで雷が落ちた後の、焦げた音が静寂を破る。

 

善逸が紫電を纏ったように、不思議と仄かな輝きが室内に満ちた。

 

『なんだァコイツ。さっきと気配が全然ちげえ…』

 

 

 

 

雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃

 

 

 

電流がうねる。

 

藤色の稲妻が屋敷の暗闇を照らし、光は刃に変化すると同時に、鬼の頸を斬り落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気のせいか…今まるで雷が落ちたような焦げた匂いが…」

 

炭治郎がそう言う。

 

「雷…そういえば善逸は雷の呼吸を使ってたな。そうそう、ああ見えて凄い強いんだ。善逸は。」

 

十十乃は声を潜めながらも言った。

 

「そ、そうなのか…」

 

十十乃の頭の中に、最終選別での光景が蘇る。

あの時は善逸に本当に助けられた。

 

二人は今、仄暗い廊下を歩いている。廊下の板は傷んでいて、時折ギシリと嫌な音を立てる。

 

先程部屋が変わってから、十十乃は炭治郎と共に、あの太鼓の鬼を探していた。

 

「あ、十十乃。その腕の擦り傷…」

 

「さっき投げ飛ばされたり転んだり…色々あったからな。」

 

見ると、手の甲から腕にかけて、少し血が滲んでいる。

まあ放っておけば治るだろう。

 

「この傷薬はよく効くぞ〜鱗滝さんがくれたんだ。さっき清にも塗ったんだけど…」

 

「炭治郎、それより自分の怪我は大丈夫なのか?」

 

彼の師匠である鱗滝から貰ったらしい傷薬を出してくれる炭治郎に、十十乃は言った。

やはり怪我を心配すると、炭治郎は何だか妙な表情を浮かべる。

 

「大丈夫だ。でもさっきの鼓の鬼…十十乃の事を殺さない、って言ってたよな。珠世さんの所に来た鬼も、同じような事を…」

 

「ああ。一体何なんだろうな。あの鬼も鬼舞辻が?」

 

「でもこの屋敷から鬼舞辻本体の匂いはしないんだ。」

 

十十乃は、炭治郎の言葉を聞いてハッとする。彼の怪我から話を逸らされたと気がついていたが、その前に質問が口から出ていた。

 

「炭治郎、お前…鬼舞辻無惨に会った事があるのか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




清兄以外は某鬼に差し押さえられ済。


今ならWで水の呼吸。


何回も言うように流れが色々違う


正一くんがレベルアップ。


響凱が少しレベルアップ。


YDK


今更気がついた人



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第14話 響凱

文字数がMoreMore


「実は、一度…十十乃や珠世さんと会う前、浅草で。」

 

「そんな事が…」

 

十十乃は、一瞬呆然とする。

柱ですら遭遇したことのない鬼の頭領に、数十年、鬼殺隊の前に一度もその姿を見せた事がない鬼舞辻に、炭治郎は遭った事があると。

 

今日は獣の呼吸といい、色々な未知の出来事が飛び込んでくる。

 

「どんな姿をしていた?声は?性別は?」

 

「えっと……」

 

十十乃は、自分が炭治郎に悪い事をしたと、すぐに気がついた。

 

「悪い。炭治郎も怪我して大変な時になんて自分勝手な質問を…」

 

「違う、違うんだ、十十乃。そうじゃなくて」

 

炭治郎も、答えようにも答えられないのだ。

どんな外見、と聞かれて “十十乃にそっくりな顔をしてる”だなんて言える訳がない。だから言葉に詰まったのだ。

 

と、その時。

鼻腔に、鉄臭い腐臭と、そして紙の匂いが侵入してくる。

 

あの鬼の匂いだ。

 

「さっきの太鼓の鬼の匂いだ…多分、この近くにいる」

 

小声で警告する炭治郎に、十十乃は頷き、刀を構えた。

 

『虫けらどもが…どこへ行った…小生の家…あの鬼狩りを捕らえれば…稀血を喰らえば……小生はまた、十二鬼月に戻れる…』

 

低くボソボソと呟くような声が、廊下の暗闇の中からジリジリと迫ってくる。

だが、何を言っているのかは相変わらずよく聞き取れない。

 

 

ポンッ

 

 

鼓の音が響き、傷んだ床に、爪痕が刻まれる。

 

 

だが相手の姿が見えないこの暗さでは、どの太鼓を鳴らしてるかが分からない。

 

「善逸だったら音で分かるんだろうが…」

 

十十乃も炭治郎も、視覚と聴覚は平凡である。

 

「炭治郎、近くの部屋に入ろう。暗いと何の太鼓が叩かれてるか、判別がつかない。」

 

十十乃は炭治郎に声をかけた。

 

「そうだな。ならこの部屋か…」

 

今、二人が立っている横には、襖がある。

 

襖の向こうにある部屋に灯りが灯っているのか分かりかねるが、このまま闇雲に相手の鬼に斬りかかり、爪で輪切りにされるよりはマシだ。

 

爪の攻撃を避けつつ、十十乃は襖を一気に開け放つ。

 

「ここでアイツが来るのを待ち受けよう。」

 

「ああ。にしてもこの部屋…あの鬼の匂いが濃すぎる。」

 

「そうなのか?…それに紙まみれだ。」

 

炭治郎は鼻をつまみ、十十乃は部屋の床一部に散らかっている紙に目をやる。

一体何が書いてあるのだろうか。

 

 

ズシ、ズシ、と、徐々に鬼の気配が近付いてくる。

二人は、部屋の中央で刀を構え、開け放たれたままの襖を向いて警戒する。

 

「来たな」

 

鬼の影が、室内に落ちた。

 

『ここか……まずはお前からだ……』

 

 

ポン

 

ポン

 

まずお前から、そう言われて、攻撃されたのは十十乃の方だった。

 

鬼が叩いたのは、腹部の太鼓。

爪の攻撃だ。

 

 

正面から襲いかかって来た透明な爪を、刀で左に流す。

だが、今の攻撃は、明らかに十十乃の腕を抉ろうとするような…ちょうど右腕の位置に来たのだ。

 

急所は外して攻撃しているのか。殺す気は無いと。

ならやはりあの妙案が使えるのでは……

 

しかし十十乃はすぐに気がつく。太鼓の音は二回響いたというの事に。

 

身体を横に捻る。

 

だが、二度目の爪は避けきれず、刀で受けた。

 

もちろん、爪はそのまま直進し、その爪に引っ張られて十十乃は壁に叩きつけられた。

 

 

ポンッ ポンッ ポンッ

 

 

同時に太鼓の音が三連続で鳴る。

 

左、前、後ろ

 

ガラガラと音を立てながら、部屋はかなりの速さで回転する。

 

先程の部屋とは、桁違いに回転速度が違う。

 

「炭治郎、一つ妙案があるんだけど、聞いてくれないか?」

 

「なんだ?!」

 

十十乃は構えを直し、灯のぶら下がった天井にいる、炭治郎に声をかけた。

が、

 

『小生がこの鬼狩りを始末するまで……お前は…邪魔だ…』

 

鬼が、両手を叩いた。

 

と、十十乃の足元が抜ける。

足場にしていた壁が、消えたのだ。

 

 

本当に、あの妙案を口にしようとする度、どうも邪魔が入る。

 

暗闇の落とし穴に、十十乃は落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で、十十乃が消えた。

と言うよりは、彼女が立っていた壁が、消されたのだ。

 

炭治郎は新しい情報を追加した。

太鼓に加え、鬼が手を叩くと、どこかの壁が消える。

 

 

これはかなり厄介だ。

 

 

ポンッ ポン ポンポンッ

 

 

右、後ろ、爪、左

 

 

脳内ですぐに音を方向に変換すると、炭治郎はすぐに部屋の動きに合わせて移動する。

 

十十乃は大丈夫なのだろうか。

しかし爪で裂かれた訳ではないし、この鬼は彼女のことを“殺さない“と言っていたではないか。きっと、無事だ。それに簡単に彼女は死なないだろう。

 

「痛っ…」

 

向かって来た爪を、飛び上がって避け、着地した瞬間。

肋に直接衝撃が走った。

 

 

 

駄目だ。肋がかなり痛い。

 

 

 

そうだ、ずっと我慢していたんだ。珠世の家で治療してもらってからも、怪我は完治していなかった。

 

善逸を抑え込んだ時も、清に傷薬を塗った時も、十十乃に心配された時も…

正直、ずっと骨が軋むように痛かったのだ。

 

でも、自分は長男だ。次男だったらきっとここまで我慢できていなかった。十十乃に怪我の具合を聞かれた時、”痛い“と言ってしまっていただろう。

 

長男だから。今までも我慢してこれた。

 

母に構って欲しくても、弟達がいたから我慢した。

タラの芽の和え物が余っていても、妹達がいたから我慢した。

 

でも禰豆子なんて、もっと我慢しているんだ。新しい着物を買うお金が無かったから、いつも古い着物のほつれを縫っていた。

 

 

 

戦い以外の場所に気持ちが行ってしまう。

 

パンッ

 

今度は両手。壁が消える。

 

炭治郎の足場となっていた壁が、スゥ〜と無くなる。

 

すぐに飛び上がり、隣の壁に着地した。

 

「このまま向かっていった所で、頸に刃が届く前に爪でやられる…俺は輪切りだ…」

 

針が刺すように骨が痛い。

 

痛みが、戦いに集中させてくれない。悪い想像ばかりが浮かぶ。

 

 

どうすればいい、どうすればいいんですか…鱗滝さん!!

 

 

 

”水はどんな形にでもなれる“

 

 

 

炭治郎の師範、鱗滝左近次の声が、耳の奥で思い出される。

 

 

 

“水は自由に形を変えて、時には岩すらも打ち砕く“

 

 

 

 

水の呼吸____水のように変幻自在に、流れるように攻撃を繰り出せる事ができる、そんな呼吸ではないか。

骨が、折れていても。

 

……折れていても?

 

 

 

『折れてるタンジローじゃダメだよぉぉ〜』

 

ゼンイツッッ!!

 

「ハイ、ソコ!ちょっと静かにして下さァいッ!」

 

 

 

そう、まだ使える呼吸は幾つもある。

視野を狭めないで、戦いの全体を見よう。

 

 

一番恐ろしいのは、爪の攻撃。だが部屋の回転に比べると、そこまで高速ではない。

 

壁が消えるのも、着地時間を減らせば、落ちる可能性はグンと減る。

 

これらを可能にする型が、あるじゃないか。

 

 

 

全集中 水の呼吸 玖の型 水流飛沫

 

 

 

どんな場所でも縦横無尽に、自由自在に足を運べる、着地面積、時間を最小限に抑えた、“歩技”を可能にするのが、この玖の型だ。

 

 

ポンッ ポンポンポンッ ポンッ

 

 

左 右 右 後ろ 前

 

 

連続で来る回転にも、この技ならきっと、対応ができる。

 

音を頭の中で方向に変換し、すぐさま音に合わせて足を素早く動かす。 着地する面積は小さく、一瞬で足を上げる。

頑張るんだ炭治郎、己を鼓舞しろ!

 

左! 右! 右! 後ろ! 前!

 

そうして回転は一通り終わり、受け身を取って炭治郎は着地する。

 

そうだ、やっぱりできるじゃないか。

 

炭治郎は漆黒の刀身を持つ刀を、しっかりと頭上で構え直した。

 

 

「頑張れ炭治郎、頑張れ!俺は今までよくやってきた!俺はできる奴だ!そして今日も、これからも!折れていてもッッ!俺が挫けることは絶対にないっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、十十乃。

 

 

 

 

「どの辺に落とされたんだ……あれ、この感じ、書斎か?」

 

 

最終選別の時の善逸のように、落とし穴に落ちた…というより壁が無くなったせいでどこかに落ちてきた十十乃は、辺りを見回した。

だが、何か妙だ。

 

この屋敷は、こんなに整備されていただろうか。

 

畳はケバケバしていて、埃がつもり、何が書いてあるか分からない紙は、床に散らばっていたはずだ。

 

でも今いる部屋の畳は柔らかく、紙は卓上に整えられて、置かれている。

 

 

そして何だろう、この閉塞感は。透明な壁に閉じ込められているような……

 

 

ふと、嫌な記憶が思い出される。

 

最終選別で着物の鬼に飲まれ、妙な光景を見た時。あの時も、こんな感覚がしたのだ。

まさか…次は一体何を見させられるんだ。

 

 

 

 

 

 

『本当に君の小説はつまらない。ゴミ屑だ…。それに最近お前、昼に外に出られないんだって?そんなに青白い顔をして、まるで死人のようだ。生きてるのか?』

 

耳に入ってきた第一声がそれだった。

悪口から始まるとは。気分が悪い。

 

『こんなに書いても無駄だろう。一向に文章力が上がってない。こんなんじゃ出版社に行っても門前払いだろうね。』

 

こんなに酷く言う必要はあるのか疑う位、男の声は酷く誰かに当たっている。

 

だが、この罵詈雑言を言っている男も、それを言われている側の人間にも、モヤがかかって顔まで見えない。

 

どういう喧嘩をすれば、こんな一方的に罵る形になるのか。

そんな事を思っていた、その時。

 

キィィィィン

 

 

突然、頭を針金で締め付けられたような痛みが走る。

 

こんな頭痛、人生の中で一回も体験した事がない。

頭が針山になりそうだ。

 

痛い……

 

と、視界が真っ赤に染まり、そして_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の…誰の映像だ…」

 

頭を両手で抱えながら、十十乃は呟く。

まだ痛みの余韻が残っている。

 

やはり、最終選別の時と同じ。

誰かの知らない映像を見せられた挙句、急に元の場所に飛ばされる。

 

今回は激痛というおまけ付き。この現象は謎だが、珠世様は何かを知っている風だった。

そういえば文を送ってくれると言っていたな。

 

再び自分の周辺を見れば、埃を被った畳に、血が飛び散った跡、そして黒くてカサカサ動く生物。

 

こんな光景でも、なぜだか安堵できる。

 

「よし、炭治郎を探そう。あの鬼に勝ってればいいんだけどな…どうか無事であってくれ…」

 

十十乃はすぐに部屋を出て、長い廊下を走り始める。

なぜだろう、やはり迷わない。

 

どこにあの鬼がいるのか、ハッキリと分かるのだ。どう説明すればいいか分からないが、感覚的に。

 

走るたびに、足元が派手に嫌な音をあげる。

それが煩いが、あの鬼、そして炭治郎がいる場所が近くに迫っている。

 

 

薄暗い廊下に、灯りが漏れ出ている障子を一つ、見つけた。中からは、あの太鼓の音がする。

 

あの部屋か。

 

 

この際乱暴だが、仕方ない。

 

十十乃は障子を蹴破り、再び回転地獄部屋に戻った。

 

 

 

 

「君、名前は?!」

 

 

『響…凱……』

 

 

まず目に入ったのは、なぜか鬼に名前を聞いている炭治郎。

なぜ今。

 

彼も見た感じ相当苦戦しているのに。

 

しかし人のことを言っていられない。刀を構えていると、十十乃が立っている場所が、消える。

 

「二度もかかってたまるかっ」

 

すぐに隣の壁に飛び移り、同時に十十乃は、どう炭治郎にあの作戦を伝えるか考える。

 

もちろん、炭治郎程の実力の持ち主なら、かなり粘ればあの鬼の頸も落とせるかもしれない。

だが、彼に及ばないとはいえ、自分も手伝いくらいはできる。

 

二人いるなら、二人の戦力を合わせ、一人よりもより早く、鬼を斃せるように動いた方が効率が良い。

 

「炭治郎!」

 

『また来たのか……妙な羽織の鬼狩りよ…しつこいぞ……』

 

ポンッ

 

 

太鼓の音と共に、爪が来る。

 

飛び上がってそれを躱し、着地するが、

 

 

パンッ

 

 

と、次は壁が抜ける。

 

思ったよりも遥かに難しい。炭治郎は、一人でどうやってここまで耐えたのだろう。

自分は何も役に立ってない。だから、この策で……

 

「十十乃、着地面積を最小にして、できるだけ着地時間も…」

 

「ああ、ちゃんと後でそうするよ。さっきは途中で失敗して悪かった!一つ提案がある。」

 

「なんだ?さっき言ってた“良い案”か!?」

 

パンッ

 

爪を避けながら訊き返す炭治郎の、足場が消える。

十十乃はそれを見て、自分の推測がかなり当たっている、と確信した。

 

ポン

 

パンッ

 

今度は十十乃の元に爪が襲い掛かって来た。それを避ければ、同じように足場にしてる地面が消える。

 

そしてそのまま、十十乃は刀をずっと“攻撃態勢”で構え続ける。

 

パンッ

 

回転とともにパン、と音がすれば、移動した十十乃の足場が消える。

 

「そうか。やっぱり当たってるかもしれない…」

 

 

ポンッポンッポンポン

 

 

回転に合わせて、綺麗に着地は決められないが、十十乃は炭治郎の隣に移動できた。

 

「一二三、四五、六七、八」

 

「それ、どういう意味なんだ?」

 

十十乃が挙げた意味のない数の並びに、炭治郎は疑問の声を上げる。

 

だがその間にも、容赦なく回転と爪は、二人に襲いかかってくる。

 

ゆっくり説明してる暇がない。

 

「その数に合わせて、今から私が囮になる。」

 

「いや、ちょっと待ってくれ!どういう事だ?!」

 

パンッ

 

再び手が鳴り、爪を躱した直後の炭治郎の床が、消える。

 

「説明する…その前に、この壁が消える術…より攻撃態勢の方を狙って、足場を消してる。というか、手を鳴らせば自動的に、そっちの方の壁が消える仕組みなんじゃないか?自動照準みたいに。」

 

「確かに、爪の攻撃よりは正確性がないけど…」

 

また、隣にいる炭治郎の方を爪が襲う。

彼がそれを躱せば、響凱というらしい鬼は、手を打ち鳴らす。

 

 

その瞬間、十十乃は刀を構えた。意味のない攻撃になるが…

 

全集中 水の呼吸 壱の型 水面斬り

 

 

そして明らかに、響凱が手を鳴らした後でも、壁が消えたのは、十十乃が今まで立っていた場所だった。

 

「確かに、そうなのか…!それで、十十乃、囮って一体何を考えてるんだ?」

 

左回転し始めた部屋の中、炭治郎が訊ねてくる。

 

 

「囮、というより、ただ頸をとる責任を放棄しただけにしか見えないかもしれないが…」

 

十十乃は、自分の考えを炭治郎に伝えた。

炭治郎は全てを聞くと、爪を躱して隣の壁に飛び移り、そして言った。

 

 

 

「別に俺は、この作戦で十十乃が“頸をとる責任を放棄した”なんて思わないよ。俺が必ず頸を斬る。任せてくれ。」

 

「ああ…ありがとう…」

 

赤味のかかった赫灼の目は、真っ直ぐだ。

 

やはり炭治郎には、いつまで経っても埋まらなそうな実力差がある。

 

 

 

 

全集中 水の呼吸 捌の型 滝壺 改 連

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




迷探偵の推理は一向に進展せず。


ゼンイツのYDK発動が若干早目に。


色々無礼(2度目)


稀血に対する説明はエンドロールで。


壁を消すという新能力。それによって若干ハードに。


友人の性格もハードに。


もうメチャクチャ


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第15話 共闘

3話程で響凱編完結と言いました。

嘘をつきました。




全集中 水の呼吸 捌の型 滝壺 改 連

 

 

 

十十乃は、畳を踏みしめ強く蹴り、部屋が回転する前に、天井に向けて跳び上がる。

 

滝壺は、上段から猛烈な勢いをつけて刀を打ち付ける技である…

 

普通人間は、球のように、上から落ちても跳ね返ったりはしない。

 

“改 ・ 連” では

 

上から下に落ちた衝撃を利用し、その反動を“跳ね返り”として、下から上へ、連続して滝壺を繰り出せる。

という動きを可能にするのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ポン ポン ポンポンッ

 

「一二三…」

 

炭治郎は、十十乃が滝壺を繰り出した回数を見る。

 

しかし…こんな風に滝壺を改変させたものを、炭治郎は初めて見た。

 

 

_____________________________________

 

 

 

「さっき言った数字の順番、覚えてるか?」

「一二三、四五、六七、八…だよな?」

 

「その数字の間隔で…だから一二三と四五の間、四五と六七の間で、私は一旦攻撃を止める。その隙間を縫って、あの鬼、響凱に近づいてくれないか。部屋が回転するから、着地する場所がどことは決められないが…」

 

言葉だけで具体的に伝わったか分からないが、十十乃の考えた策に、炭治郎は頷いてくれた。

 

この滝壺を使った囮作戦は、むしろこの部屋が回転するからこそ、一方向の攻撃にならず、撹乱しやすいだろう。

 

 

 

______________________________________________

 

 

 

 

 

滝を跳ね返らせて、部屋中を巡らせる。

 

その間に、壁が抜け落ちる攻撃は、全て十十乃の方に集中する。炭治郎の足場は抜けていない。良かった。

 

 

左回転する部屋に合わせ、十十乃は左壁に着地した。

同時に、足場にした壁が抜ける。

 

「今だ!」

 

その瞬間、十十乃は抜けた壁から跳び上がり、壁が再び元に戻った一瞬に、炭治郎は左壁へ飛び移る。

 

 

次は、四、五。

 

ポンッ ポン ポン ポンポン

 

 

天井に跳び、後ろ回転する部屋に合わせて、背後の壁に着地する。

だが、後ろ回転のせいで一度響凱から、距離が離されてしまった。

 

と、今まで床だった天井から、紙が数枚、ハラハラと落ちて来る。

 

「あっ…その紙…」

 

「ん?」

 

「踏まない方がいいんじゃないか?この家の人の物かも……」

 

見ると、足元に紙が落ちていた。何の紙かと思っていたが、原稿用紙だったらしい。

炭治郎に踏むな、と言われて十十乃は、紙を踏まないように足を退かした。

 

再び息を深く吸う。

 

捌の型 滝壺 改 連

 

 

今度は、六 七。

 

炭治郎が、あの鬼の頸に刃を届かせるまで、あと滝壺撹乱は二週は必要か?いや、でも彼なら……

 

左右の壁に滝ごとぶつかり、爪の攻撃は強引に滝壺で流す。そのせいで負担がかかるが、今はあえて配慮しない。

 

今度は右前の壁にまで近付けた。

 

そして壁を、強く蹴る。

 

最後だ、八回目の攻撃。

 

 

 

捌の型 滝壺 連

 

 

八!

 

 

ポン ポン ポンッ ポンッ ポン ポン

 

 

十十乃は、とにかく回転に合わせ、部屋中に滝壺を打ち付ける。

今度は規則性もなく、ただ連続の攻撃を繰り出すだけだ。

 

 

室内の、ほぼ全ての畳や壁に、十十乃の刀跡が残る。

だが、それでもなるべく、十十乃は原稿用紙を傷付けないよう気をつけた。

 

『煩わしい……小生の家に傷をつけるな……』

 

 

ポン ポン ポン ポン ポン

 

 

部屋が後ろに、連続して回る。

 

しかしそれならそれで、後ろに向かい滝壺を打ち付けた。

 

 

 

そう、これらの攻撃に意味はない。全く意味はないのだ。

 

 

 

 

 

全集中 水の呼吸 捌の型 滝壺

 

 

 

 

一度天井に着地した所で、十十乃は、改の型ではなく、通常の滝壺に切り替える。

 

 

 

そしてそのまま、響凱目掛け、天井から飛び降りるように斬りかかった。

 

『愚かしい…すぐに切り裂いてくれる……小生の頸にお前ごときの刀が届く訳がない…』

 

ポンッ

 

「もちろん、私は頸を斬れない。」

 

頭上から飛び降りて来た十十乃に、爪の攻撃が容赦なく襲いかかる。

両腕を斬り落とすつもりだったのだろうが、

 

 

その瞬間、十十乃は技を止め、横に転がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炭治郎は、響凱の集中が全て十十乃に向いた、その一瞬に、隙の糸を見た。

 

 

「炭治郎!」

 

 

 

「ああ!…響凱、君の血鬼術は本当に凄かった!」

 

 

 

 

 

 

全集中 水の呼吸 肆の形 打ち潮 !!

 

 

 

 

 

 

潮が流れるように、炭治郎の流麗な剣さばきが、刃が、糸をなぞり、響凱の頸に触れた。

 

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 

君の血鬼術は、凄かった.....?

 

 

そうだ、この鬼狩り達は....床に散らばった原稿用紙を、踏もうとしなかった。

 

響凱の友人にとって塵だったものも、この者達にとっては

少なくとも塵では、なかったのか....?

 

 

『もう喰えないのか....それがお前の限界なのだ。響凱。

数字を剥奪する。』

 

顔を、覗き込まれる。

あのお方だ。

 

なぜ、最期に......

 

 

 

 

 

 

 

ああ、でも。

 

ようやく、認めて貰えた

 

それだけで、満足だ。

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 

「泣いてる…?この鬼....」

 

炭治郎がその頸をはねた響凱は、ほんの少しずつ、灰と化して、畳の上に降り積もり始めていた。

 

十十乃は、響凱の赤い目に、青い瞳が浮かび上がり、そして涙がゆっくり流れ出ている様を覗き込んだ。

一体、なぜこの鬼は泣いているのだろうか。人間の頃の記憶を思い出したか、今まで人を殺めてきた事への後悔か?

 

「どうか、次この人が生まれ変わって来る時は…鬼になんて、なりませんように。」

 

見ると、頸をはねた響凱の横で炭治郎が目を瞑り、手を合わせていた。

…彼は一体どこまで慈しいんだろう。

 

 

その間、十十乃は、床に散らばっていた原稿用紙らしきものを拾い集めた。

血が染みて読めたものではないが、どうやら、物語が書かれていたようだ。

 

と、しゃがみ込んだ拍子に、目に入ったものがあった。

 

「この鬼の目…なんか数字が入ってるぞ。下陸…?十二鬼月か?!」

 

十十乃は、再び響凱の目を覗き込む。上から×で消されているが、確かにそこには、十二鬼月である証が刻まれていた。

 

「本当か!でもそれなら、珠世さんに、より濃い血が渡せる。」

 

「その小刀は?」

 

「これ、愈史郎さんがくれたんだ。」

 

炭治郎が小刀を持って、響凱の灰になりかけの頭に、それを突き立てた。

 

小刀の持ち手に入っているガラス管に、みるみる血が溜まっていく。

 

「へぇ。あの人こんな物造ってたのか。」

 

「器用だよなぁ。」

 

と、

 

ミャア〜ォ

 

カラン、と鈴の音がすると共に、猫の鳴き声が聞こえた。

 

「さっきまで、猫…いなかったよな?」

 

炭治郎が怪訝そうにそう言う。

 

「目が紫色だな…あ、首に何かぶら下げてるぞ。」

 

十十乃は、猫が首から何かかけているのに気がつき、その札を見る。

 

 

”お前らちゃんと血は採ってきてるのか?死んでないなら頑張れ。追伸:珠世様のことをまだ珠世様と呼んでいないだろうな。呼んでいたら…“

 

 

「多分この猫、血を回収しに来た珠世”さん“の所の猫だ。」

 

「ああ、そういう事か。きっと、愈史郎さんの術で姿が見えなかったんだな。」

 

炭治郎は小刀を鞘に収め、紫の目をした猫が背負っている木箱に、それを入れた。

 

「ミャ〜」

 

すると猫が、いつの間にか十十乃の足元にやって来た。

 

「え…?珠世さんから手紙か?」

 

よく見れば、口に何かを咥えている。

”坂部 十十乃 様“と書かれた和紙に包まれた、手紙らしき物だ。若干唾液でふやけてるが。

 

その紙を受け取り、十十乃は早速、中身を読み始めた。

 

 

 

 

《十十乃さん、このような前置きもない形の手紙となってしまい、大変申し訳ありません。そしてもう一つ、私は貴方に謝らなければならない事があります……》

 

 

 

 

 

 

「どうした、十十乃?その手紙がどうかしたのか?」

 

炭治郎は、急に十十乃から漂ってきた妙な匂いに、心配して声をかけた。

 

「いや。それより炭治郎、少し先に清兄妹を迎えに行ってくれないか。」

 

「分かった…」

 

有無を言わせない彼女の口調に、炭治郎は少し戸惑った後、部屋を後にした。

 

一体どうしたんだ、十十乃は。

 

…しかし、確かに響凱が彼女を殺そうとしなかった理由、それは炭治郎も引っかかった。

もちろん、本当の事は炭治郎もこの時知る由も無かったが。

 

 

 

 

 

 

 

《私は、貴方を治療した際、微量の血を貴方から摂取しました。許可を得なかった私の身勝手な行動を、どうか許して下さい。貴方の話を聞いて、そして何より貴方の顔を見て……私はどうしても知りたかったのです。十十乃さんの、父親について。》

 

 

 

 

 

 

手紙は、五枚に渡って書き綴られていた。

 

そして、その五枚全てを読み終えた時………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷の外は、明るかった。そうか、まだ昼間だったのだ。

 

十十乃は、あの後あの部屋からどう出て、どうここまで戻って来たか、自分でもよく分からなかった。

そして今、自分の羽織に入れてある手紙…あれをどうするべきか、自分でも分かりかねていた。

 

 

 

が……自分の目の前に広がるよく分からない光景に、唖然とする。

 

「俺は嘴平 伊之助だ!!」

 

「そうか!どんな字を書くんだ!」

 

「字ィ?!そんなもん知るか!俺の名前は褌に……」

 

上半身を曝け出した謎の美少女と、炭治郎、そして照子を盾にするボコボコにされた善逸。

 

一体全体、短時間でどうやればこんな意味分からない事になると言うのか。

 

バタン!

ブクブクブク……

 

少女が、急に倒れた。泡を吹いて。蟹みたいだった。

 

「伊之助?!」

 

「イノスケッ?!」

 

炭治郎は、確かに伊之助、と言いながら、その”少女“を起こした。

え、伊之助は猪じゃなかったのか。

 

十十乃は状況を把握しないまま、その少女の顔を見に行った。

 

白目を剥いているが、青味がかった黒い髪、高い鼻、透き通りそうな肌…そして横に転がるのはあの猪の被り物……

 

「エェ……伊之助……」

 

「伊之助の顔、こじんまりとした感じで良いと思わないか!」

 

驚愕のあまり言葉が出てない十十乃に、炭治郎はそう言った。

こじんまりした感じ。

 

「う、うん。」

 

 

 

 

 

「あの善逸さん。妹を盾にしないで貰えますか。」

 

「ごめん…なさい……」

 

 

と、照子を盾にしてる善逸に、正一が声をかけていた。後ろには清もいる。

兄妹は全員、無事だったようだ。

 

 

 

あの後、炭治郎、十十乃、善逸、清三兄弟、そして…伊之助は、響凱の屋敷から、遺体を運び出し埋葬していた。

痛ましい事に、遺体と認識できた者だけで、十人弱は亡くなっている事が分かった。

 

もちろん、埋葬をしよう、と言い出したのは炭治郎である。

 

 

 

そして墓穴を掘っている最中、十十乃は善逸に事情聴取をした。

 

 

 

なぜ伊之助が倒れる事になったか、それは炭治郎の頭突きが原因らしい。

 

なぜ炭治郎が頭突きする羽目になったか、それは善逸がボコボコにされたかららしい。

 

「で、何で善逸はボコボコにされたんだ。」

 

「だってさぁぁぁあ、猪頭が炭治郎の箱を串刺しにするとか言いやがるからさぁぁあ……」

 

「善逸…お前、本当、なんで自分の事弱い弱いって言うんだよ?だって今度は禰豆子ちゃんの命の恩……」

 

 

 

 

「なんだ?!マイソウって?!」

 

噂をすれば、炭治郎の方から伊之助の大声が聞こえてきた。

 

「亡くなった人達を埋めて、供養するんだ。」

 

「ハッ!くだらねえ!俺は絶対にやんねえからな!」

 

「そうか……」

 

しばしの沈黙の後、炭治郎が、伊之助に同情したように言う。

 

「傷が痛むんだな…悪い、さっき俺が頭をぶつけたから……」

 

「は、はあ?!傷なんて痛くねーよ!シニンだかイタイだか知らねえが、百体でも五百体でも埋めてやる!!」

 

そう言うやいなや、猪突猛進ッ!と声をあげ、砂埃をあげながら、伊之助は屋敷の中に消えた。

 

 

 

 

 

「…わざとやってんのかな?」

 

「会話…噛み合ってなかったな…」

 

炭治郎と伊之助の、どこかズレた会話を横目に、十十乃と善逸は黙々と穴を掘り続けた。

 

だが、善逸は、十十乃からする妙な音が、気になってたまらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、屋敷の中の遺体は全部か?」

 

善逸と二人で十十乃が掘った埋葬の為の穴は、合計十二。

 

泥まみれになりながらも、二人は全員分の墓穴を造った。

 

「おい、子分!」

 

「子分じゃない…あ、それより獣の呼吸のことを…」

 

伊之助に声をかけられ、十十乃はそっちを振り向いた。

 

「トロロ子分、お前さっき、“後でいくらでも投げ飛ばしていい”って言ったよな!」

 

「記憶にございません」

 

ていうか、言ったか、そんな事…いや、言ったな。ちょっと前に。

 

さり気なく、伊之助から離れた。

 

そして投げ飛ばされた。

 

十十乃はすぐに立ち上がって足を払った。

 

伊之助もすぐに起き上がって投げ飛ばそうとしてくる。

 

「二人とも、何してるんだ。」

 

この仮借なき争いを止めてくれたのは、やはり炭治郎。

 

それでも尚掴みかかってくる伊之助。

 

「もうやめよう伊之助。さっき脳震盪っぽいの起こして泡吹いてただろ。それにこれ以上やっても無駄だ。また今度にしよう。」

 

十十乃はとりあえず、伊之助を宥めようとした。が、

 

「そうだぞ、伊之助。こんな事してたら怪我に悪い。」

 

「俺は、怪我なんか、してないッッ!!」

 

効果があったのは、炭治郎の方だった。

 

 

 

 

 

 

 

『カァア〜カァア〜 オ前タチハ休息を取レ!近辺二藤ノ家紋ノ家ガアル〜』

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、十十乃が拾い集めた、響凱の原稿用紙を見た正一がそれに感銘を受け、後に作家として一世を風靡するなど……まだこの時は誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




猫の容姿改変


正一くんは隠れた天才 という捏造を+



次回、天麩羅戦争開始。



珠世様は字も美しい。強調。



愈史郎の特技








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第16話 藤花 (1日目)

ホワホワ


鴉に先導されて、四人は大きな屋敷の門の前に立っていた。

 

「あ、この藤の家紋、さっき清に渡してた御守りにも入っていた家紋だ。」

 

清に渡した御守り、というのは、“稀血“である清が鬼に襲われないよう、と作られ、炭治郎の鴉によって彼に渡された御守りの事だろう。

 

そうそう清は稀血だったが為に、響凱に狙われていたらしい。

 

「そんなのどうでもいいからさっさと入ろうぜ、蒲鉾権八郎、トロロ、紋逸。」

 

「竈門炭治郎だ。」

 

「チョッ!こっち来るなよッ!」

 

伊之助が真っ先に、門を開けてズカズカと入り込もうとする。が、その前に内側から扉が開けられた。

 

「お待ちしておりました。」

 

中から出て来たのは、小豆色の着物を着た、上品そうなお婆ちゃん。

 

「あ?なんだこのババア。弱っちそうだな」

 

「 何やってんの?!」

 

と、その婆ちゃんの髪を引っ張り上げて、ブラブラしてる伊之助に危機感を抱いた三人は、すぐに伊之助を引き剥がした。

 

「伊之助、駄目だろう。こんな事したら。」

 

「俺は何もしてねーよ」

 

炭治郎に注意されて、拗ねたような素振りを見せる伊之助にお構いなく、その婆ちゃんは四人を屋敷の中に招き入れてくれた。

 

「あれ…そういえば自然に入ってるけど、これ、いいの?」

 

と、善逸。

 

「この家は”藤の家紋の家“って言って、昔鬼殺隊に助けられた一族で…だから無償で色々提供してくれる、らしいぞ。チュン太郎によると。」

 

「だから炭治郎なんでチュン太郎と話せるのかねぇ…エッ!ていうかあの婆ちゃんいつの間に消えてるしッ。怖っ。何?怨霊なの?!」

 

「善逸。失礼だろう、そんなこと言ったら。」

 

伊之助に続き善逸も怒られた。

 

 

 

 

 

「こちらで一旦お待ち下さいませ。」

 

 

 

客間のような所に通された四人は…素直に休憩する訳もなく、伊之助は善逸を追い回し、ヒステリックな悲鳴を上げさせ、炭治郎は二人の仲裁に手間取っていた。

 

…だが、炭治郎は先程から、十十乃が全く喋っていない事に気がつく。

 

十十乃は、暗い顔をしている訳でもない。今も彼女は、伊之助に追われてる善逸の盾っぽい感じにされてるが、別にいつも通りに見える。

 

 

そして、炭治郎はハッとする。

十十乃はさっきから、自分と異様に距離を置いているのだ。

 

炭治郎がそんな事に気が付いた時、

 

 

「新しいお召し物をお持ち致しました。」

 

 

障子が音もなくスゥ〜と開き、四人分の浴衣を持った、先程のお婆ちゃんが現れた。

 

「やっぱこの婆ちゃん幽霊……ッ」

 

「善逸!」

 

炭治郎は、また失言をする善逸に注意する。

 

「そちらの方は、こちらでお着替え下さい。」

 

婆ちゃんが、十十乃の事を隣の部屋に案内しようとした。

だがその後ろで伊之助が何やら言い出す。

 

「何でトロロだけ特別扱いされてんだ?」

 

「いや当然の事でしょ。だって十十乃ちゃん女の子だよ?!」

 

「女ァ?俺と何が違うんだよ。何でアイツだけデカい部屋独り占めしてんだよ」

 

「エエ……何言ってるのカシラこの人……」

 

善逸は伊之助の非常識、と言うべきか何というかに非常に困った。

 

「男子と女子の違いか…何だろう…俺も兄妹は多かったけどあんまり考えた事はなかったなあ。やっぱり匂い?」

 

「そんな真面目に考える必要無いとオモイマスヨ。タンジロー」

 

炭治郎と伊之助は、どうも少しずつ色々ズレてるせいで、会話が色々ズレてる。

善逸は密かにこの二人組に恐怖していた。

 

「おいトロロ子分!さっきの続きしようぜ!あと百回でも千回でも投げ飛ば……」

 

「オイイッッ!!」

 

躊躇なく隣の部屋に入ろうとしていた伊之助を、少し顔を赤くした炭治郎と、青ざめた善逸がほぼ同時に羽交い締めにする。

 

「やって良い事と悪い事があるでしょッッ?!」

 

「さすがにこれは人として良くないぞ伊之助!」

 

 

 

 

しかし、三人がゴチャゴチャしている目の前で、バタンと隣室の障子が開く。

当の十十乃だった。

 

声は障子越しに聞こえたので、三人に別に悪気が無いのは分かっているが、ただ目の前にいたので面食らっただけである。

 

「あー…」

 

一瞬、三人の間(もちろん伊之助は含まれない)に何とも言えない静けさが広がった。

 

「なんか…ごめん…」

 

 

 

 

 

 

「御夕飯の支度が整いましたよ。」

 

 

 

 

 

 

炭治郎は紫の縦線が入った浴衣、十十乃は紫の蔦柄の浴衣、善逸は紫の格子柄の浴衣、伊之助は紫の蜻蛉柄の浴衣を半分脱いで、四人は夕食の席に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっめぇ!なんだコレッ?」

 

夕飯は、天麩羅だった。

 

 

茄子、肉厚の椎茸、蓮根や車海老が揚げられ、薄い狐色の衣で包まれている。

 

薄くもなく厚すぎない、食材が埋もれない厚さの衣は、口に入れた途端、サクリと割れて、その中から海老の香ばしさが溢れ出る。

 

それに天つゆ、大根おろしを溶いて浸せば、揚げたての熱さが少し冷め、また新たな味が染み込む。

 

味覚が鋭い十十乃は、この味をよく噛み締めた。

 

 

「あ…」

 

 

なので伊之助が、十十乃から天麩羅を横取りしても、多少は仕方がなかった。

罪な天麩羅である。

 

「へっ」

 

「は」

 

また一つ、十十乃の皿から天麩羅が消える。

今度は獅子唐を盗られた。

 

自慢げに、十十乃を見て笑う伊之助。

猪頭を取って、その顔はとても美しいものに変貌を遂げたいたが、やってる事は別に変わらない。

 

「次取ったら……って」

 

十十乃が警告しようとした所で、伊之助はもう一つ、十十乃の皿から天麩羅を強奪する。

が、

 

「うわっ!んだよこれ!ショッパッ!苦えッ!」

 

口を抑える伊之助に、十十乃が、ああ、と言う。

 

「ごめんそれ塩付けすぎたから端に寄せてたんだ。」

 

「シオ?!」

 

しかし、伊之助が取りそうな場所にそれを置いたのは故意的である。

十十乃の謝り方がやけに機械的なのは、そのせいだ。

 

と、

 

「十十乃のところから取り過ぎたら十十乃の分が無くなるだろう?そんなにお腹が空いてるなら、俺のを一杯食べていいぞ〜。ほら伊之助、これも是非食べてくれ。美味しかったぞ、この煮物。ほら十十乃も、足りなかったら俺の分を……」

 

炭治郎が、微笑みながら二人にそう言う。

 

 

その暖かい眼差しに、十十乃は己の心の狭さを恥じ、伊之助はホワホワした。

 

「え…俺の余ってるんだけど……」

 

善逸は食べ切れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな善逸の天麩羅達を引き取りながら、十十乃は隣に座っている炭治郎に、

 

「後で炭治郎が持ってるあの箱について、聞きたいことがある。」

 

一瞬サラリとそう言った。

 

炭治郎は思わず十十乃の方を見返したが、彼女はまた伊之助と攻防戦をしており、炭治郎は、まさか十十乃が距離を置いてたのはそれが原因なのだろうか、と少し引っかかりつつ、いつの間に空になった盆の上の器を片付け始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「医者が来ております。どうぞこちらに。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次は検診の時間だ。

善良そうな顔をした医師がいつのまにか待機しており、善逸はまた、怨霊ッ、と言った。

 

医師は四人の背中を触ったり、軽く叩いたりして、すぐに診断結果を告げた。

 

 

「うん。重傷。」

 

 

 

 

竈門炭治郎: 肋二本の骨折。その他数箇所の打撲など。

 

我妻善逸: 肋一本の骨折。膝への過度な負荷。

 

嘴平伊之助: 肋三本の骨折。頭部に強い衝撃を受けた形跡あり。

 

坂部十十乃: 肋数本にヒビあり。右足首の捻挫、腰、左腕の打撲。

 

 

以上、医師の診断帖より一部抜粋。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寝所のご用意ができましたので、こちらに。」

 

 

 

 

 

 

 

 

検診が終わってすぐに、四人は寝床に通された。

庭に面する廊下を歩きながら空を見れば、もうすっかり陽は落ちている。

 

 

 

炭治郎、善逸、伊之助は同室、十十乃は一人別室だったが、十十乃にとっては、今日はそれで丁度良かった。

 

 

 

 

バタン、と四人は同時に布団に寝転がる。

部屋が違うとはいえ、すぐ隣の部屋だ。声くらいは聞こえる。

 

早速伊之助が場所取りを始めた。恐ろしい速さだ。

 

「ここは俺の場所だからなッ!」

 

「いいぞ、伊之助。好きな所で寝てくれ。善逸も。俺はどこでも大丈夫だから。」

 

どこまでも海のように心が広い炭治郎に、伊之助はムカムカというかポワポワというか、擬音でしか表現できない感情を抱いた。

 

「キエエエッ」

 

伊之助は奇声をあげて、そのまま枕に突っ伏した。

 

「俺コイツの隣は嫌なんだけど……」

 

善逸は恐る恐る、伊之助から一番離れた端の布団に潜り込む。

端の布団の近くには、カリカリカリと音がするあの箱が置いてあり、それもそれで怖いのだ。

 

「アーッ」

 

善逸は奇声を発し、枕に突っ伏した。

 

「出会いがないなぁ婚約は邪魔されるし桃色の着物の女の子っていないのいやいるはずだ俺の運命の人はもう近くにいるんだ」

 

疲れのあまり色々と漏れ出て来ている善逸の横、真ん中の布団に、炭治郎は入った。

奇しくも、肋が折れた順番で寝ることになった。

 

三本

二本

一本

 

「おやすみ」

 

炭治郎が灯りを吹き消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてすぐに起き上がる。

頭使い過ぎたー、と言うがいなや猪頭を被った伊之助は、既に熟睡しているようにしか見えない。

 

善逸は……

 

「この家にいないかな可愛い子あわよくばその子と仲良くなってお嫁さんになってくれないかな正一君元気かなあんなに強いのに…」

 

しばらく話しかけないのがむしろ彼のためかもしれない。

炭治郎はそっと、部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十十乃」

 

彼女は部屋を出てすぐの廊下で座っていた。

振り返ってこちらを見る彼女にやはりあの鬼の姿が一瞬重なってしまい、炭治郎はすぐに頭を振る。

また自分は何て事を。

 

と、十十乃が口を開く。

 

「炭治郎、直球で言うけど…」

 

「…なんだ?」

 

「禰豆子ちゃんはさ…鬼だよな。いつも背負ってる箱…あの中に今もいるんだろう?」

 

炭治郎は十十乃から漂う匂いを嗅ぐ。

鬼への憎しみの匂いではない。復讐心も疑念の匂いも感じない。だが平静心を保っている匂いか、と言えばそれは違う。

 

でもそれ以前に、十十乃とは長くいる訳ではないが、彼女が信用できる人物という事は知っている。

 

「十十乃は…いつから気が付いていたんだ?」

 

「珠世さんの所で、あの鬼達と戦った後、くらいだな。でもあの時、確かに禰豆子ちゃんは、愈史郎さんと珠世さんを庇って戦っていた。それに意図してかはともかく、私もあの時助けられた。」

 

十十乃は少し笑みを浮かべ、言う。

 

「禰豆子ちゃんは”善い“鬼だ。今は鬼でも、本当の鬼じゃない。珠世さん達と同じように。」

 

「ああ、そう言ってくれてありがとう…」

 

禰豆子の箱を、ボロボロになっても守ってくれた善逸、『善い鬼』だと、鬼じゃないと言ってくれた十十乃に、禰豆子には自分以外にも味方がいるのだと思い、つい胸が熱くなった。

 

空が曇っている。月明かりが雲に遮られ、炭治郎達がいる所まで届かない。

 

「鬼舞辻無惨」

 

十十乃が言った。

その名前に、思わず炭治郎は反応する。

 

「奴が…どうしたんだ?」

 

「会ったことがあると、あの屋敷で言ったよな…禰豆子ちゃんを鬼にしたのも、そいつの仕業か」

 

「ああ。」

 

炭治郎の中に、あの日の記憶が蘇る。

血の匂い。幸せな日常が広がっていたあの家には、血の海が広がっていた。氷のように冷たくなった弟達妹達と母。

 

 

炭治郎は俯く。

 

と、

 

暗くてよく顔が見えなくても、十十乃の匂いがはっきりと漂ってくる。

 

苦しい匂い。焦りや不安、いつもは流れる川のような匂いが、濁流のように変化している。

 

 

”気持ち“が分かってもその”原因“までは匂いで分からない。

だが彼女が今痛いほど苦しい思いをしてるのはよく分かる。

 

炭治郎自身も、哀しい気持ちになるのだ。

 

だから、街に連れて行ってやれなかった時、落ち込んでいた弟にしたように、泣いていた妹にしたように、

炭治郎は十十乃の頭をそっと撫でた。

 

ほとんど無意識に。

 

 

「どうした!?」

 

「あ、ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ!あ…嫌だったか?」

 

「あ、アア…兄妹が多いとこういうのも普通なのか…」

 

けれど、息苦しさを込めた匂いは、かなり薄くなっていた。

良かった。

 

しかし十十乃は、しきりと自分で彼女自身の頭に手をやっている。

やはり気に触ったのだろうか。一人っ子と兄妹が多かった炭治郎との、大きな文化の差が招いた結果。

 

「誰にだっけ…」

 

十十乃は、小さく呟いた。

炭治郎は首を傾げる。はて、彼女が言った言葉は、どういう意味なのだろうか。

 

 

 

けれど十十乃の匂いから察するに不快な気分ではない。むしろ先程よりは軽やかな匂いがする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん。聞きたい事があるって言ったんだけど、実は言いたいことが…」

 

蔦柄の浴衣の袂から、十十乃は何かを取り出そうとする。

が、

 

 

「タァァァンジロォォォ?!鬼殺隊はなぁぁ!お遊びで入る場所じゃねええんだよォォ!!」

 

 

落雷のような怒号と共に、炭治郎の背後の障子が蹴り倒された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お婆ちゃんの準備が少しスローダウン。


医師が大変名医。



ゼンイツは良い人。


修学旅行のテンション。


タンジロウは真面目に考える。


季節不詳。



流れが違…



疲労による独り言。



天麩羅戦争終結…?


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第17話 藤花 (2日目)

「アア、アア、アーッ!タンジロォ〜これは一体どういう事だよ?何箱の中から可愛い女の子出て来てるんですかッ?!しかも超俺の運命の人なんですけどッ?!桃色の着物で顔可愛いッ!何!?俺が死なないように頑張ってる中でお前はずっとこんな可愛い子とキャッキャウフフお気楽にやってたのねッ?!ああそういえばタンジロォ。お前俺の一度目の婚約を無理に破綻させた挙句に正一君を家に帰してサァァ。それでいて何?一人鬼殺ぶらり散歩とか言ってこんな可愛い子とずっと旅してたの?!」

 

以下、省略。

 

後ろから障子を蹴り倒したのは、紛ごうことなき善逸。

 

こんな夜に騒音も甚だしく、目は血走って、心なしか電流をビリビリと纏いながら、一気にまくし立てる。

その上時々汚い高音を発するこのゼンイツに、炭治郎と、今度は十十乃も、初心に返って引いた。

 

「善逸、禰豆子は…」

 

「禰豆子ちゃんって言うのねッ!ネズコちゃんおいでっ!俺のここ空いてるよッ」

 

ゼンイツが両手を広げる先には、目を点にしてキョトンとする禰豆子。

彼女は十十乃が珠世の家で見た時と、全く姿が変わっていない。

 

「善逸……。」

 

しかしその時、善逸の耳に、恐ろしい音が響いた。炭治郎の音である。

まるで炎が燃え盛るかのような……

 

 

 

 

だが、愛の力は強いのだ。

 

「ネズコちゃぁ〜ん」

 

ゼンイツは鼻の下を伸ばしながら、ホワァァ〜と一人勝手に花を漂わせている。

禰豆子本人は、まるで道に咲いたタンポポを見つけたような、そんな顔をしていた。

 

「可愛いッ!可愛いよネズコちゃん〜」

 

「なあゼンイツ。」

 

「ヒエ」

 

しかし、ゼンイツの視線の先に現れたのは、顔を引攣らせた炭治郎。

轟々と燃えるような音を感じたゼンイツは、一瞬固まる。

 

「一回部屋に戻ろうかそしてもう寝ようゼンイツ」

 

「…ハッ…ハイ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十十乃におやすみ、と言ってゼンイツを連行して行った炭治郎を、十十乃はどういう表情で見送ればいいのか分からなかった。

 

そして一人、隣の部屋に戻り、薄暗がりの中溜息を吐く。

 

「やっぱり臆病だな…」

 

自分にしか聞こえないくらいの声で、寝転がりながら天井にそう言う。

 

珠代から届いた手紙の内容を、炭治郎に言うべきだったか…胸のあたりまで出てきた言葉を、十十乃は全部飲み込んでしまった。

しかし、禰豆子のことを聞いてから、余計に言い出せなくなったのだ。

 

勇気を一瞬振り絞ったが、ゼンイツが来た時、時を同じくして勇気がどこかに消え去った。

 

枕に突っぷす。

 

向こうの部屋から、ゼンイツと炭治郎の声が聞こえてくる。だが、

聞いて驚いた。

 

なんと善逸も、あの箱を庇って怪我を負った時から、禰豆子が鬼だと知っていた、と彼が言う声が薄っすらと届く。

 

やっぱり善逸は凄いやつだ。

 

改めてそう思う。

最終選別の時もだが、あんな光速の技を繰り出せる者はそうそういないのではないか。

 

だが、当のゼンイツの声は段々奇声に変わり、それはやがて汚い高音になったので、十十乃は布団を頭からかぶった。

だが寝る前に、枕下に手を入れる。確認だ。

 

 

ちゃんと手紙はある。

 

 

そういえば朝から晩まで、歩き詰め 戦い詰めだった。

 

最後に、炭治郎に撫でられた頭の方に、また無意識に手をやると、十十乃は泥のように眠りに落ちた。

 

 

 

 

屋敷中が寝静まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▲▲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周りは真っ暗で、頭上に広がるのは青黒い夜空。

 

 

 

その空に流れる美しい大河に、十十乃は思わず固まった。こんなに美しく彩られた夜空を、今まで一度も見たことがなかった。

 

 

うん?一度も…?

 

 

銀砂と水晶の粒が溢れ出たような、銀と青と黒の空。

溢れ出したその先で、仄かに光を瞬かせる大きな川が流れ出す。

 

この天の川のうち、一粒でいいから、水晶が欲しい。

 

 

 

天の川は、こんなにも素晴らしい星の集まりだったのか。

 

 

でも、なぜ今…

 

 

「あれが欲しいのかい。」

 

と、誰かの声がする。靄がかかってよく聞こえないが、何を言っているかは聞き取れた。

 

「ここからでは届かないよ。それに星は人間の幾倍も大きい。人間など簡単に潰れてしまう。」

 

全く、人が良い気分で空を見ているのに水を差さないで欲しいものだ。

だが、こちらから口は開けないし、なぜか開こうという意思すら湧かない。

 

もしかしてこれは…夢なのか。

ならば明晰夢とかいう、“夢の自覚がありながら夢を見る”という類のものを見ているのか、自分は。

 

書物で手に入れた知識で勝手に納得しながら、再び空に目を向けた。

 

「夜の方が良いだろう。鬱陶しく照りつける日光よりも。」

 

やけに憎悪が篭ったような声が、耳に届く。誰の声か、やはり靄がかかってて聞こえない。

 

 

 

そういえば、なぜ天の川が見えるのか。少し理由が分からなくもない。

 

十十乃が引き取られた日、天の川が綺麗だったらしい、と。昔坂部に言われた事があるのだ。なら、これはその時の記憶が勝手に出てきて夢を見せていると………疲れ過ぎているんだろう。今日はずっと動いていたから。

 

 

しかし、この声の主は。

 

 

だが思考が定まりかけて、再びボヤける。

 

頭に何かが触れる。武骨な、大きい手だ。氷のように冷たいが、どこか懐かしい。暖かい炭治郎の手ではないが…

心地は悪くない。

 

そういえばあの感覚も、こんな感じだったような……

 

 

 

 

 

 

 

ただ綺麗な星空を、十十乃はずっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▲▲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネーズーコちゃぁぁん〜」

 

「ゼンイツ…」

 

朝目覚めて一番に目に入ったのは、残念ながら朝陽ではなかった。

 

ゼンイツが禰豆子に花を渡しているところだった。

 

「これも夢かな」

 

ゼンイツがかなりの顔をしていたので、十十乃はそう思わざるをえなかった。

伊之助は何やら庭で騒いでるし、炭治郎の堪忍袋もそろそろまずい。ゼンイツはニヤケてホワアとしてるし、禰豆子はタンポポを摘んでいる。

 

本当に自分は何を見せられてるんだろう。

 

そして、

 

「ねえ“お義兄さん”、ネズコちゃんなんだけど……」

 

 

ゼンイツの一言と共に、炭治郎の堪忍袋は爆発した。

朝から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳なんだ。伊之助、さすがにその状態のゼンイツを蹴飛ばすのはよして差し上げろ。」

 

「俺ァそんなのどーでもいいんだよ!」

 

綺麗に整えられた純和風の庭園で。

その庭園の枯山水の砂模様を破壊しながら、十十乃、ゼンイツ、伊之助は色々と転がり回っていた。

 

 

色々と酷いことになってしまったゼンイツを、更に酷くしようとする伊之助。

ちなみに禰豆子への接近禁止命令が出されたせいで、ゼンイツは魂が抜けたようになっている。

 

 

「ネズコちゃぁぁん…」

 

「元気出せよゼンイツ。まだお互い若いんだ。この先いくらでも…」

 

「ムリ!俺はネズコちゃん以外を愛せないッ!」

 

「うるっせええよ紋逸!」

 

「紋逸じゃないッゼンイツだよ!いい加減名前覚えてッ」

 

 

3人揃えば文殊の知恵など、一体何の根拠があるのだろう。

3人揃えば事態は悪化の間違いである。

 

「ねぇぇえ?十十乃ちゃん?ネズコちゃん何あげたら喜ぶのかなぁぁあ、許してくれるかなぁぁあ」

 

「どっちかって言うと炭治郎の怒りが収まるのを待った方がいいんじゃないのか。怒らせたのは炭治郎の方だ」

 

「でもざぁぁあ、お花あげてもなんかイマイチなんだよッ!ないのッ?!女子的に嬉しいものとかさぁぁ!ていうか十十乃ちゃんは何貰えば嬉しいの?」

 

「鮟鱇。」

 

「え」

 

「鮟鱇。」

 

十十乃の返答に、ゼンイツはポカンとする。

そんなにポカンとされると、された側も傷つくものだ。

 

十十乃はゼンイツに言う。

 

「私が鮟鱇鍋好きなだけだ…それより、禰豆子ちゃんにあげるなら桃色の物とかはどうだ?いつも桃色の着物着てるし。」

 

「桃色…?桃とか?」

 

「それはちょっと違う」

 

だが、ゼンイツは次の瞬間、まるで天啓でも受けたかのような、何か良い案を閃いたような、そんな表情になる。

 

「着物……ありがとう十十乃ちゃんッ!会えないなら会えない時のためにネズコちゃんと会えるようにすればいいんだねッ」

 

「何するつもりだ…?」

 

完全に会話が噛み合わなかったのは気のせいではあるまい。

 

ゼンイツは急に走り出し、広い屋敷のどこかに消えた。

その速さたるや、とても人間のものとは思えなかった。

 

とはいえ、これでひと段落が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

十十乃は、炭治郎に声をかけようかと思ったが、やはり心の準備ができない。もう少し、もう少しだけ、このまま言わないでおきたい。

それに彼は今、ゼンイツの件でやや機嫌が悪いだろう。

 

十十乃が自室に戻ろうとした、その時。

 

 

「おいババア!俺の布団に何しやがってんだアァァ?!」

 

 

先程散々ゼンイツに当り散らした挙句、どこかに消えた伊之助の声が聞こえてきた。

ババア、なんて言ってるあたりもう悪い予感しかしない。

 

「今度は一体なんなんだ…」

 

声がした隣の部屋を見に行くと、伊之助があのお婆ちゃんの頭を掴んで、布団で海苔巻きみたいにしていた。

 

十十乃は顔面蒼白で、すぐにお婆ちゃんを海苔巻きの中から出した。

 

「すみません、大丈夫ですか?お怪我は?ていうか何かされてませんか?投げ飛ばされたりとか…」

 

「いえいえ、ご心配には及びません…」

 

それでは、と言って、お婆ちゃんはまた音もなくスゥ、と消える。

 

「イノスケェ〜。どうすればあのお婆ちゃんを海苔巻きにする事になるんだ。」

 

「あのババアが俺の寝床をいじりやがんのが悪りぃんだよッ!ていうかノリマキってなんだ?!」

 

「それは、布団片付けようとしてくれてたんだろ?!海苔巻きは食べ物だ!」

 

「意ッ味分かんねえ!」

 

「こッちも分からんッ!」

 

 

猪突猛進ッ!

キー!

 

と、訳の分からない声を上げながら、2人はひたすらに投げ技を掛け合う。

伊之助が蹴飛ばしてくれば、十十乃は腕十字。

受け身を取れば、受け身を取らせる間も無く伊之助の投げ技が飛んでくる。

 

 

 

特に意味のない戦いは、昼前くらいまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目ですよ。怪我が悪化するじゃないですか。」

 

「はい。」

「ハイ。」

 

「なんで休息のために来ているのに、鍛錬をしようとなんてしたんですか。」

 

「はい。」

「ハイ。」

 

「とにかく2人とも、今日はもう動かないで下さい。重傷。」

 

「はい。」

「ハイ。」

 

十十乃と伊之助は医師に怒られた。

 

あの無意味な戦いは、第一発見者の炭治郎が通報し、及び止めてくれたことで一応事無きを得た。

しかし善良な医師には散々絞られた挙句、今、4人揃って変な薬を飲まされそうになっている。

 

「えっと…これは何ですか…?蜥蜴の匂いが…」

 

「いや待てよ炭治郎、蜥蜴の匂いするのか」

 

唐突な炭治郎の発言に、十十乃は思わず聞き返す。

 

「ああ…あと何だこれ…蛇と蜂の………」

 

「もう言わないでッ!」

 

返答しようとした炭治郎を止めたのは善逸だ。

伊之助は、目の前に並べられている変な薬の茶碗を割ろうとして、医師に怒られていた。

 

この変な薬、医師によると“骨があっという間に治る”凄い薬らしいが、こんな緑と紫の毒毒しい固形と液体の間みたいなもの、どう頑張っても飲む気がしない。

 

しかも蜥蜴の匂いとは。

 

「効き目はあるんでしょうか」

 

十十乃は訊いた。

 

「はい。最新の薬ですから。」

 

医師はニコニコしながらそう言う。

なんか平安時代にいそうだな、この人。

と、薬の外見にやられて変な事を考え始める、

 

「こんな不味そうなの効く訳ないでしょッ!なんか気持ち悪い音するしッ」

 

「意外とうめーぞ」

 

「伊之助、茶碗は食べちゃ駄目だぞ。」

 

3人が恐る恐る口を付けようとする中、十十乃には、薬が効かずにキレてる誰かの姿が浮かぶが、多分それはそう遠くない未来の自分だろう。

この薬が効くなどあり得ない。蜥蜴。

 

 

 

 

 

 

 

 

結論からすると、4人とも薬は効いた。

そして全員吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日には完治しますよ。ハイ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「禰豆子ちゃん…」

 

箱の中にピッタリ収まって、スヤスヤ寝息を立てる禰豆子の横で、4人は布団に巻かれて転がされていた。

昼過ぎから転がされ、かれこれ数時間は経つ。

“治療中”

の張り紙を貼られて。

 

「そういえば明日また任務があるだろう?今度は確か…」

 

「那田山?だっけ。」

 

「そうだ、そんな名前の山。」

 

隣で転がされてる炭治郎と善逸が、そんな会話をするのを聞いて、十十乃は再び溜息を吐く。

 

「どうせ俺次の任務で死ぬんだ…脳みそ吸われて…」

 

善逸はガタガタ震えだす。

 

「また言ってるのか善逸…夕食の鮟鱇少しあげるから元気出せよ。」

 

「え?今日って鮟鱇なのか?今冬じゃないけど…」

 

十十乃が言った言葉に、炭治郎が反応する。

 

「天麩羅と鮟鱇鍋だって。タラの芽のお浸しも作ってくれるって言ってたぞ。」

 

あの後蜥蜴スープを飲み終えた4人に、お婆ちゃんが、わざわざ1人ずつに好物を訊きに来てくれたのだ。

この家で過ごす、最後の一晩だからと。

 

十十乃は一番最後に聞かれたので、3人が何て答えたかは知っていた。

 

ちなみに伊之助の口数が少ないのは、好物を聞かれたとき、なぜかホワァァァ〜としていたからだろう。

 

「へえ、そうか〜楽しみだなぁ」

 

炭治郎が嬉しそうに笑う。

 

善逸はまだガクガクしている。伊之助はホワァ〜の余韻に浸っていた。

 

十十乃は、禰豆子の箱と、炭治郎の屈託無い笑顔を見て、少しだけ唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藤花の家紋の家で過ごす、5人の最後の一晩だ。

 

 

 

 

 

 

 




流れがちが……


呼吸もあるだろうけど、完治するには特別な治療でもしたのかなと考えた結果蜥蜴スープに。



詰め込み過ぎ。




次回累ファミリーのご登場です。



鮟鱇鍋美味しい。冬だけど。



時間飛び方が酷いのはお約束。



朝の時点で伊之助は既に猪を被っている(設定)。



ゼンイツの愛が原作を更に超える勢い。



愛じゃよ愛。



藤家紋のお婆ちゃんの労力が×4に。



休憩時間終了のおしらせ。


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第18話 山怪

『 オヤカタサマ 。コンバンモ ホシガ、キレイデスネ。』

 

「ああ。そうなのかい…空の輝きは見えないけれど…また彼女についての事かな?」

 

『 エエ。イマカラ ワタシガ ヨミアゲマスユエ。』

 

青暗い夜闇の中で、鈴虫の羽音が、リンリンと響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変お世話になりました。」

 

「ありがとうございました。」

 

「ご迷惑をおかけしました。」

 

「なんだこのババア?!また付いてきやがんのかよ!」

 

 

「伊之助ッ」「イノスケっ」「オイッ!」

 

上から炭治郎、十十乃、善逸であるが、無論最後の(無礼な)挨拶は伊之助である。

そしてそれを止めた順番も、炭治郎、十十乃、善逸である。

 

「どのような時も、誇り高く生きて下さいませ…ご武運をお祈りしております…」

 

 

そう言って深々と頭を下げるお婆ちゃんに、“三人は“しっかりと頷いた。

お婆ちゃんからは、どこか気品高い音、そして香りがした。

 

カチッ カチッ

 

お婆ちゃんが手にしていた火打ち石を打ち鳴らす。魔除けである。

 

少し火の粉が飛んだ。

 

「おい何しやがんだババアッ!!」

 

「ハ?!大丈夫ッ?!これ火打ち石!何と誤解してんのよねえッ」

 

「ヒウチシ?んだよそれ」

 

火の粉が飛んだ事に急に怒り出す山の王。

善逸がそれを全力で押さえつけていた。

 

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

 

 

「ところで伊之助お前、今までどういう生活を送ってきたんだ。」

 

十十乃は少し落ち着いた伊之助に訊く。

四人が藤の家紋の家を経ってから、まだ少ししか時間が経っていない。次の目的地、那田蜘蛛山までは少々かかりそうだ。

 

「俺ァ猪に育てられたんだ!親なんていねえよ!ずっと一人で……」

 

「そうか…そうか伊之助……」

 

しかし伊之助が最後まで言い終わらないうちに、炭治郎がさめざめと泣き出す。

十十乃は自分で聞いておきながら、大変気まずくなった。

 

「なんか…悪かった…」

 

と、

 

「それよりトロロ!お前さっきの“ホコリ高く”ってなんだ?子分だから知ってんだろ」

 

「子分だから知ってるってのはよく分からないし、子分になった覚えはないんだが…まあなんだ?品格を保ってるって意味?」

 

「なんだよヒンカキって」

 

「品格だ」

 

本に書いてあったそのままの解答をしたが、伊之助に答える場合不正解だったようだ。

隣を見れば、炭治郎と善逸も妙に考え込んでいる。

 

確かに、真剣に意味なんて考えた事なかった。

 

「お前はどーなんだよ紋逸。お前も子分だから知ってんだろ」

 

「だからッ俺は子分じゃないッ…誇り高く…?埃高く…ほこり高く…エエ〜己を敬す?」

 

「なんだよケイスって。」

 

伊之助がグイッと善逸の眼前に顔を覗かせる。

 

「ヒィ!もういいッ!」

 

伊之助試験官は案外厳しかった。

十十乃も善逸も試験に落ちてしまった今、希望は炭治郎のみとなった。

 

「誇り高い、かあ…」

 

「これは良い回答をくれるはず、なあ善逸!」

「そうだね十十乃ちゃん!」

 

顎に手をやって考える炭治郎を、不合格だった二人はそっと見守る。

そして、いよいよ炭治郎が口を開いた。

 

「多分…自分の立場を理解して、それに恥じない行動をする、って事じゃないのかな。」

 

「さすが炭治郎!」「さすがお義兄…炭治郎!」

 

これには伊之助も分からざるを得ないだろう、と十十乃と善逸は伊之助の方を見た。

 

「タチバ?ンなの何であのババアに分かんだよ。ババアも自分のタチバちゃんと分かってねえだろ」

 

 

駄目だった。

全員不合格という結果で、伊之助の試験は幕を閉じた。

 

 

「誇り高い、ねえ…」

 

「十十乃ちゃんまだ考えてんの?」

 

「なんか気になるんだよな。それに伊之助に分からせたい。なんとなく。」

 

そっかぁ、と善逸は頷く。

例の伊之助試験官と、炭治郎はてんやわんやと色々ゴチャゴチャしながら、先の方に行ってしまった。

 

「善逸はさ、さっきは伊之助だったから答えられなかったかもしれないけど、禰豆子ちゃんに聞かれたら何て答えるんだ?」

 

別に悪気は無かったが、十十乃の一言に、善逸はポワッと頬を朱に染めた。

あまりにも反応が分かりやすいので、少しデリケートな話題だったか、と十十乃は危惧した。が…

 

「やだなぁ〜十十乃ちゃんてばぁ〜俺たちまだ結婚してないからねぇ〜?」

 

「まあ…それはそうだな。いや私が悪かった。忘れてく…」

 

「ええ〜だって結納がいつとか決めてないし〜」

 

「分かった…ちゃんと炭治郎には訊けよ…」

 

禰豆子への愛を再び垂れ流し始めた善逸。

しかし発端は自分なので、十十乃はとりあえず聞き手に徹していた。

 

「誇り高いねえ〜…なんだろ。何かを極めて…それでみんなの役に立つ、そうしたら俺は自分が誇り高いと思えるかなぁ」

 

けれど十十乃が話を聞いてるうちに、善逸は話の原点に戻ってきた。彼なりの”誇り高い“も中々深いものだ。

誇り高い、この一単語にここまで深く考えさせられる日が来るとは。

 

十十乃自身、よく考えてみる。”誇り高い“って何だろう。

 

「まだ分からないな…」

 

もちろん、耳の良い善逸に声が届いていないはずないだろうが、彼は今絶賛ネズコちゃんタイムなので、気が付いていないだろう。

 

 

 

炭治郎と伊之助はどこかに消えたが、善逸が拾うネズコの音を頼りに、二人は歩いた。

 

夏は過ぎたといえ、木も何もない畦道をずっと歩いていると直射日光が当たって暑い。

善逸による禰豆子講座を耳に挟みながら、十十乃達は陽が落ちるまで、ひたすら歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

『ワレハ ハトハトマル!』

 

「あ、十十乃ちゃんの鳩」

 

「本当だ。どうしたんだ鳩々丸。」

 

空が橙と紫になった頃、二人の頭上に鳩が飛んできた。

 

『サキホド 十名 ノ タイイン ヲ オクリコンダ』

 

鳩々丸が言う事に、二人は顔を見合わせた。

なら自分達はもう用済みなのだろうか。

 

だが、鳩々丸は絶望的な宣告を二人にした。

 

 

『ソノ スベテ ト レンラク ガ トダエタ。オニ ハ フクスウ イルモヨウ。』

 

 

 

人っ子一人いない田んぼに、二つの汚い高音が轟いた。

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

 

日が暮れた。

街灯の一つもない畦道は、ただ朧げな月の光を頼りに歩くしかなかった。

 

 

 

 

「炭治郎、伊之助。待たせた。」

 

「十十乃ちゃんもう帰ろうッ!この山おかしいよッ?!何コノ音は?!」

 

 

十十乃、そしてその羽織にしがみ付いて引きずられてきた善逸は、小走りで炭治郎と伊之助の元に来た。

 

「いや、俺たちも今着いたんだ…それより、この山…」

 

「変だよね?!おかしいよね?!もう帰ろうよぉぉ俺は絶対入んないッ!」

 

善逸が足をバタバタさせてそこら中を転がり回る。

しかし、善逸がこんなになってしまうのも無理はない。

 

今、四人の目の前にそびえている山。目的地である那田蜘蛛山は、明らかに異様だ。

 

黒っぽい霧が辺りを覆い、まだそんな季節ではないと言うのに枯れ木ばかりが目立つ。

鹿や熊、鳥などの生命の存在が、一切感じられない。

 

感じられるのは、冷気だけ。

 

「痛っ」

 

急に後頭部がキィィンと痛み、十十乃は眉をひそめた。

 

「ほらそれも!絶対この山のせいじゃん!俺帰るから一人でも帰るからッ!!」

 

「紋逸!お前はそうやってそこでずっと震えてろ!俺が一番乗りだぜ!」

 

猪突猛進、と言って突進していくのはやはり伊之助。

あのギザギザ刃の日輪刀両手に、勢いよく突っ込んで行く。

 

この調子では一生獣の呼吸については聞けなそうだ。

 

「伊之助、気を付けろ!何か来る!」

 

「アア?」

 

と、そんな伊之助に炭治郎が叫んだ。

 

炭治郎が言った何か、それは、確かに伊之助の頭上に迫りそして……

 

 

「隊服?!あなたは鬼殺隊員なんですか!?怪我は…」

 

 

ドサリ、と人の落ちたような鈍い音がした。

そしてその音の通り、落ちてきたのは同じ隊服を着た男だった。

 

霧の中に、砂埃が舞う。

 

 

「……鬼…助け…くれ………六体……も……」

 

 

息も絶え絶えの様子の彼は、見れば背中から大量に出血している。

これでは、長くは持たない。

しかし、せめて止血はしなければ…そう思い、炭治郎が抱き起こしているその隊員に近寄った時だった。

 

 

ヒュン

 

 

空を切るような音と共に、その隊員の姿が、消えた。

 

いや、正確に言えば、鬱蒼とした森の中に引きずり込まれるようにして消えた。

 

 

「ギャァァァァ!!」

 

「なんで…」

 

悲鳴をあげたのは言うまでもない善逸。

伊之助は固まり、炭治郎と十十乃は絶句した。

 

「森の中に…やっぱり鬼がこの山に潜んでるのか…どうりで酷い血の匂いがする訳だ」

 

炭治郎の手が、心なしか少し震えているように見える。

 

「ハッ!俺はこんなの怖くもなんともねえなぁ。あー、腹が減るぜ。」

 

四人の沈黙を突き破るように、伊之助が荒々しくそう言う。

 

「そうだな…俺たちが行ったら、まだ助かる人もいるかもしれない。よし、行こう!」

 

「ああ。じゃあ善逸も一緒に…」

 

炭治郎と伊之助が、駆け出す。十十乃ももちろん、それに倣おうとしたのだが…

 

「十十乃ちゃぁぁん!俺を守ってぇぇ!無理ッこれ絶対死ぬよ!俺だけなんで置いてくのねぇぇぇ」

 

「善逸、何回もくどいと思うが、いい加減謙遜はやめろ。そこまでやると度が過ぎてる。」

 

「謙遜?!何言ってんの?!俺のこと舐めてんの!!俺こんなに弱いんだよッ?」

 

十十乃の羽織を掴んでくる善逸を足蹴にする訳にもいかず、説得しようとしてる間に…

炭治郎と伊之助は、いつのまにかいなくなっていた。

 

全くあの二人は、どれだけ行動が早いんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、十十乃も正直言ってかなり怯んでいた。濃くなってきた霧、そして治ったものの少し頭痛の余韻がある。

森からは禍々しい空気が流れ出ている。

 

「分かったよ…もう先行くぞ。」

 

「エエッ?!」

 

「嫌ならそこで待ってればいい。まさか二人が説得しに戻ってくるなんて思ってないよな?それは可能性低いぞ。結構先に行ったからな、あの二人。」

 

十十乃は少し溜息を吐いてそう言った。

別に善逸にイラついているとか、あの二人についてもイラついている訳ではない。全くもってそれは無い。ただ、自分の強さを頑なに否定する善逸が不思議なだけだ。

 

「十十乃ちゃんまで俺を置いていくの…?」

 

「あーでもなーいたよなー」

 

目が泣き過ぎで充血している善逸に、ここで十十乃は最強の切り札を出した。

 

 

 

「ネズコちゃん、いたよなー」

 

「アアアアッ!!」

 

その瞬間、まるで辺りが稲妻でも轟いたかのように明るくなった。

もちろん、善逸が発光元である。

 

「フッザケンナ!タンジロォォ!俺の大事なネズコちゃんをよくもぉぉぉ!」

 

正直逆恨みどころか八つ当たりも甚だしいが、善逸はとにかくやる気になったらしい。

何より何より。

 

「十十乃ちゃんッ!俺絶対ネズコちゃん探し出して結婚するからッ!」

 

「よし、じゃあ行こう」

 

善逸と十十乃は、いや善逸が、恐ろしい勢いで那田蜘蛛山に突っ込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネズコちゃぁぁ〜ん!どこ〜?」

 

「こっちには鬼は来てないっぽいな…」

 

木についている、比較的清潔そうな葉を少し口元に近付けて、十十乃は言った。

善逸の音探知は、この禍々しい(善逸曰くドロドロとした音)感じに遮られて、あまり使えないらしい。本人がそう言っていた。

味覚というのはある意味、惑わされにくいものなのかもしれない。

 

 

今歩いている薄暗い色彩の無い森と、月明かりは、あの最終選別の時を思い起こさせる。

 

「この辺には人とか鬼の味が染み付いてないから、あまり人来ていないんじゃないかな。炭治郎達はここに来たかもしれないけど…」

 

「そっか…ネズコちゃんどこにいるのかなぁぁ。」

 

「もしかしたら真反対の方に…」

 

しかし十十乃が言いかけた途端、善逸が短い悲鳴を発した。

静けさだけが広がる暗い森で、悲鳴だけが一瞬響く。

 

「どうしたんだ、善逸?」

 

「近くで話し声がするッ……何?!エッ?!」

 

恐る恐る、善逸は左方向に指をさした。

十十乃はその指先に広がる方を見る。

 

何もない。

 

「少し見てくる。」

 

「なんで?!なんで自分から危ない事しに行くのッ!十十乃ちゃん俺の事守ってくれるんじゃなかったのッ」

 

「こっちが守って欲しいぐらいだ。それにすぐ戻るから、大丈夫。」

 

 

 

 

 

十十乃は、なるべく音を発さないように、滑るように移動して行く。

 

確かに、僅かに、ほんの薄っすらと、誰かの話し声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

『ねえ兄さん。兄さんの事をあの方に言わないであげてるの、忘れてない?』

 

『累、それは…』

 

『あの方の所から逃げ出したんでしょ?でも僕は言わないよ。だって兄さんは大事な家族だから。』

 

『分かってるよ。ちゃんと全力を尽くす。累の事を、ちゃんと守ってやる。』

 

 

 

 

 

 

『うん、それでいいよ。兄さん。それでこそ僕の兄さんだよ…ああ、それと。またここに、僕ら家族の邪魔をする奴らが来たよ。早く始末してくれる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




止まらないイノスケ


良かったね。最初から下弦とご対面。


累の家族増員


ネズコちゃんは元気です


鳩サブレー


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第19話 弱さ

五人→六人


始末してくれる、という声が聞こえた。

 

話している物騒な内容からして、恐らく二人共人間ではない。

いや、人間であったとしてもあまり友好的には接せなさそうである。

 

まあ木陰に隠れているし、大丈夫……

 

と思っていたが、間違いだったようだ。

 

『そこにいるんでしょ?隠れてないで出てきなよ。』

 

向こうの方から声が聞こえてくる。

気が付かれていたのか。

 

 

落ち葉を踏んで音を出さないように、十十乃はジッと息を潜めた。

 

『ねえ、出てきなよ。僕も兄さんもそんなに暇じゃないんだ。』

 

『累、ここは兄さんがやるから、母さんの所に…』

 

『は?』

 

どうやら累、と呼ばれてる方と、兄さん、と呼ばれている方の二体の鬼がいる。

“鬼狩り”なんて言っているし、始末するともう一度。

残念ながら相手が人間もしくは友好的な隣人である可能性はだだ下がりだ。

 

 

 

それにしても…おかしい。鬼は基本的に群れないはずではないのか。

 

『はあ…もういいよ。出てこないならこっちの黄色いのは殺すよ?』

 

「ギッギッギャァァァア!何何コイツ?!白ッ!ってか目ッ何目ッ」

 

『うるさいなぁ。』

 

善逸の声がする。

 

いつの間に捕まってしまったんだろう、彼は。いや、あの強い善逸を簡単に捕らえることができるほど強い鬼なのか。

しかし今ここで隠れていても何一つ利点はない。それどころか、善逸が危険な目に遭い、十十乃共々お陀仏の可能性が高い。

 

自分を守ってくれていた枯木の後ろから、十十乃は一歩踏み出した。

 

 

「善逸、無事なのか?」

 

「何?!この状況で無事に見えんのッ?!死にそうッもう嫌助けてェェェ」

 

『やっと出てきた…最初から出てくれば良かったのに。』

 

 

暗闇に、透明な糸で吊り下げられたようになっている善逸。

 

そしてその左右には、白い鬼がいた。

二人とも、容姿がよく似ている。だが…

 

 

「ちょっ!こっち見ないでッ!目ッ!目ッ!」

 

「目…」

 

 

片方の白い鬼には、異様に目が多かった。

まるで、蜘蛛の複眼のように。 その目玉達は月の光を受けて、ゴロゴロ回転している。

これを見た十十乃と善逸の意見は一致した。

 

気持ち悪い。

 

 

『そんなに兄さんの方ジロジロ見て…どうしたの?見世物じゃないんだけど。』

 

「善逸を離してくれ。交換条件があるなら聞こう。」

 

『へえ〜君は最初から向かって来ないのかい?珍しいね。戦い好きの鬼狩り共の中では。』

 

 

累という鬼に、兄さん、と呼ばれている方の鬼が十十乃にそう言う。

しかし、こちらにも考えがある。

 

一発で二体の鬼の頸を取れれば、それに越した事はない。

 

けれどもこの山で十名程の隊員を殲滅させる力を持つ鬼…安易に向かって行き、人質状態の善逸に危険が及ぶよりは、一度時間を稼いで、何かしら突破方法を考えた方が賢明だろう、と。

 

『やっぱり大丈夫だ、累。これくらい兄さんに任せとけ。すぐに終わらす。』

 

兄鬼が言う。

 

だが、累の方は何やら急に訝しげな顔をし、暫しの沈黙ののちに言った。

 

『ねえ。変な羽織の方…まあいいや。そっちは後で僕の所に連れて来てよ。兄さん。』

 

『…ッ!なあ累、もう兄さん達が家族なんだ。それで十分だろう?』

 

『そういう意味じゃないんだけど。ていうか兄さん、今日ちょっと喋り過ぎじゃない。』

 

 

 

全集中 水の呼吸 壱の型 水面斬り

 

 

 

鬼の兄弟が何やら言い合いを始めた時、一瞬、兄弟の視線は完全に善逸から逸れた。

 

十十乃はそれを好機に、善逸を吊り下げている糸を斬りにかかる。

だが、

 

『駄目だ。』

 

善逸を吊り下げている糸に、後一歩。

あと少しの所で、暗闇を切り裂く、細く鋭い何かが、十十乃を阻んだ。

 

「糸…?!」

 

それは、善逸を吊り下げているものと同じ、細い糸だった。

すんでの所で避けるが、避けきれなければ頚動脈を斬り裂かれていただろう。

 

 

この兄と呼ばれている鬼、糸を攻撃に使うのか!

 

「十十乃ちゃぁぁん…俺のことはいいから早く逃げてくれよォォォ!」

 

「だって善逸、禰豆子ちゃんと結婚するんだろ?!ここで諦めるなよ!」

 

「そうだけどざぁぁぁ!!ネズコちゃぁぁぁん!」

 

ピィィーッ!と泣き声をあげる宙ぶらりんの善逸。

しかし心なしか、彼を吊っている糸が、先程より縮んでいるではないか。

 

『累は行っちゃったし、じゃあ始めようか…。条件は一つ。』

 

暗がりから声がする。

兄鬼の方の声だ。

 

だが…当の兄鬼の姿がどこにも見当たらない。まるで煙のように姿を消してしまったのだ。

 

あんな姿、一度見たら忘れないのだが。

 

 

「ヒィッ!斜め後ろッ!!音がッ」

 

「え、善…ワッ!!」

 

 

何か、暗がりから急に飛んできた、飛去来器…ブーメランのようなものが、十十乃の横を掠めた。

善逸が音を探知して知らせてくれたお陰で何とか躱せたが…

 

『二度目も避けたのかい。まあいい。条件は一つ。君が一回攻撃に当たるごとに、うるさい鬼狩りの首を締め上げていく。で、もちろん糸が全部締まればうるさいのは死ぬ。』

 

「うるさい鬼狩りって何?!俺のこと?!ちょっと失礼でしょッッ!」

 

『人間の名前なんてどうでもいいさ。』

 

再び声の位置が移動している。

しかし相手の姿が見えない以上、どこを攻撃すれば良いかが分からない。

さらに薄暗く、夜目が利かないと来ている。

 

 

 

 

 

 

それに…今までに無いほど、十十乃の緊張は極限に達していた。

空を切る糸の音、善逸の泣き声以外は静まり返った森の中で、早鐘のように打ち付ける自分の鼓動の音が、やけにハッキリと耳に届く。

 

 

今まで戦った中で、“一人”対“一人”で戦った事が、十十乃は無かった。

 

最終選別の時には善逸と加奈子が、珠世の家で戦った時は炭治郎が、禰豆子が、愈史郎がいた。響凱と戦った時には炭治郎、そして伊之助がいた。

 

 

でも今、戦えるのは自分一人しかいない。そして、この三分の一青い刀を握る手に、善逸の命がかかっている。

両手が小刻みに震えてくる。

 

 

『何?なんでそんなに緊張するんだい。自分の力に自信が無いのか?』

 

「緊張なんかしてない。」

 

まただ、今度は曲線型の糸の手裏剣が、十十乃の方目掛けて飛んでくる。

 

戦闘中、集中すれば相手の話に応答してやる暇なんてないのに、答えてしまった。

 

集中できていないのか、自分は?

 

まずい。

 

頭がドクドクと熱くなる。

 

「十十乃ちゃんッ!!横ッ」

 

善逸の声で、十十乃はハッとする。

飛んできた糸の刃を、刀ではたき落とす。

 

『当たり。まずは一吊り。』

 

「当たり…?確かに避けたはずだぞ?!」

 

『そう。じゃあ見てみな。自分の髪をさ』

 

そう言われて見たいとは思わない。どうせロクでも無い事になってるんだろう。

察しはつく。

 

「ギギェッ!なんなのこの糸ッ?!何急に締まるのッ」

 

頭上で善逸の声がする。

 

 

分かってる、自分はまた、鬼に“本気で”殺されようとしていない。

けれど善逸の命がかかっているのだ。いくら善逸が強いとはいえ、今は自分がどうにかするしか無い。

 

 

そうだ、呼吸を……

いや待て、この状況で何が使える。

考えるんだ。

 

参の型か?いや、狙いが定まらないのにどうすればいい。

滝壺はどうだ?得意な型だ。いや、高木が多いこの地形で、それは不利に傾く…

 

『ほうほう、随分と焦っているか。まあ落ち着きな。お前の事は累に殺すなって言われてるから。死ぬのはうるさい方だけでいいよ。なんなら逃げてもいいよ。うるさいのだけ締め殺して、後でお前を迎えに行ってやるから。だってお前、“臆病”だろう?』

 

また目玉兄の声がする。

 

「出会って間もないのに随分手酷く言ってくれるな。心理学者か何かか?」

 

返答しながら十十乃は必死に考える。 夜の森の冷気が、身体に突き刺さってくる。

 

きっとこの目玉兄は、人を煽るのが好きなやつなんだろう。怒るだけ無駄だ。

臆病なのは事実だし。

 

 

 

全集中 水の呼吸 陸の型 ねじれ渦

 

 

 

十十乃が繰り出した斬撃で、近くの細木を数本切り倒せた。

 

もちろん今のは、相手が隠れている範囲を少しでも狭まらせる為に出したものであり、あの目玉兄の直接的攻撃にはならないだろう。

これで三百六十度中、大体三十度は、敵が隠れられる範囲を狭めた。

 

だが…これくらいの戦法しか思い付けないのだろうか。

いつもなら少しはマシなものを考えられたはずだ。

 

駄目だ、緊張のせいで思考の幅まで狭めてしまっている。

 

 

再び飛道具の攻撃が来る。

今度はしっかりと刀で流し受けられた。

 

そうだ、あまり深く考えないようにしよう。

 

と、

 

『ああ、そうやって隠れてる範囲を狭めようって思ってるんだ。今ので三十度?効率悪いなあ。ずっとそうやってやってる内に、あんな風になっちまう。』

 

「あんな風って……」

 

それよりなぜ、考えている事がそこまで精密に読める?

 

しかし、十十乃にそんな疑問が湧いてところで、兄鬼が言う。

 

 

『いや、今日は月光が明るくて良かったよ。ほら、俺の蒐集品だ。』

 

灰色の雲が覆っていた、満月の光が、徐々に漏れ出してくる。

その光は、木々の隙間を縫いながら、僅かに十十乃が立っている場所にも届いた。

 

 

そして月の光は、ある“複数”のものを照らし出す。

 

 

「……まさかお前、他の隊員にも同じことをやらせたのか…?」

 

『うん。まあ少しずつ条件に変化を加えさせたけど。隊員同士でやらせると生存時間が短くてね。片方がさっさと死ぬか、条件を破ってしまうから…何気にお前らは最長記録かもよ?』

 

言い返すまでもなかった。この鬼の常軌を逸した行動には。

 

 

月光が照らし出したもの、それは、吊り下げられている十数名の人間達だった。

その殆どが隊服を身に付けていて、

異様に首が伸びている者も、もう既に身体が腐り落ちかけている者もいる。

 

 

あまりにもおぞましい、地獄のような光景だった。

 

 

『あと少しでうるさいのも俺の蒐集品入りできる。おめでとう、歓迎するよ。まあ溜め込みすぎて累に半分持ってかれたけど。』

 

「ヒッ………」

 

その瞬間、宙ぶらりんの善逸が白眼を剥き、ガクンと頭が落ちる。

 

 

気絶したようだった。

 

 

それはそうだ。十十乃だって目の前の光景に、気絶できるもんならそうしたい。

しかし極度の緊張と元々気絶しにくいのも相まって、余計に目が冴えてしまう。

 

『おっと、気絶したら最期まで見れないだろ。お前の友達が俺に負ける所も、お前自身が死ぬ所も。』

 

と、暗がりの中から声がし、

 

「イダッ!何ッ?!」

 

それと共に善逸が顔を上げる。

何をしたかは知らないが、目玉鬼が、善逸を吊り下げている糸に何かをして、善逸を強制的に目覚めさせてしまった。

 

 

 

全集中 水の呼吸 弐の型 水車

 

 

 

しかし、そのお陰で、善逸を吊り下げている数本の糸……そのうちの一本が僅かに引っ張られているのが見える。

目玉兄の潜んでいる位置は、きっその糸の根元だ。

 

あとは、いち早く斬り込んで頸を落とさなければ…善逸を道連れにさせてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

と、当の目玉兄の声が耳に届く。

どうやら善逸に何かを言っているようだ。

 

『あ、そうだうるさい鬼狩り、どうやらお前の仲間のアイツ、お前に隠し事があるらしい。なんだっけな…ああ、そうそう、“手紙”の事で』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




目目目目〜

(すみません)


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