"しん"の呼吸して鬼狩る話 (低次元領域)
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過去を語る真の柱
昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがそれはそれは仲睦まじく住んでおりました。
朝は畑の世話をし、日が昇った昼は二人で一つの水筒を使い木陰で休み、夕方には明日のための準備をする。
とても働き者な二人は、年を食っても生活に困ることはない程度の貯えもあり、毎日を幸せに暮らしていました。
──ですが、ある日の夜の事。
二人は突然やってきた"鬼"に食い殺されてしまいました。
珍しくない事です。この世には鬼という人食いの化け物がおります。
鬼は日の光が嫌いなのか、単にそうであるだけのなのか、夜に動いては人を食らい、力を増しまた人を食いに動きます。
鬼は怪物らしく、首を切り落としても死にません。では、人の手で彼らを斃すことは不可能なのでしょうか?
「……遅かったか」
「あーぁ?」
──いえいえ、そんなこともありません。
獣がいて獣狩りを生業とする人が居る様に、
鬼がいれば鬼を狩る人もいるものなのです。
年老いた婆の肉を不味そうに食い漁っていた鬼の前に現れたるは、背丈5尺8寸ばかり(現代で言えば175cm近く)の偉丈夫。
色もそろわぬ着物を着て、自分で切ったのだろうと直ぐにわかるほどに形が滅茶苦茶な髪型。
肩に
「……なんだぁてめぇ、変な恰好しやがって」
「……」
奇妙だった。鬼は顔を顰め、首を傾げ、男を見やり喋る。
……そう、鬼は人語を解します。故に対話が出来ると思う人もいるのかもしれません。
けれど、この男は知っています。鬼とは理解できない生き物であり、人語に似たような鳴き声を話すだけであって答えても意味がない事に。
少なくとも彼はそう信じていますし、それが変わることもないのでしょう。
だからこそ、彼は何も言わず鉈を構えます。
「──ぷっ」
それを見て、鬼は吹き出してしまいました。
当たり前です。鬼にとっては物は怖くはありません。彼らはいくら切られようと死ぬこともありませんし、放っておけば再生します。
つまり鬼は目の前の男を「無知な馬鹿者」と思い込んでしまったのです。
それが、鬼の命運を尽き……いえ、違うのでしょう。
この男が鬼を見つけた、その時点で決まっていたのです。
「鬼の頭一つで十円、強い鬼なら更に」
男は、自分で確認するように何度か呟きました。
銭の計算です。既に目の前の鬼は狩ったものと考え、今月はどう生きて行こうかと算段しているのです。
──スゥッ、ハァー……
深い、深い深呼吸の音だけが家屋に響きます。
その発信源は当然、男のものです。
「……狩りの時間だ」
やがて、彼は鉈を振りかぶり向かっていきました。
結果は書くまでもありません。
──これは強い強い、日本一金に執着した男による鬼退治のお話。
◇
時はやや遡ること十年。
男、少年は、自己を理解したころには両親がいなった。
よくあることだ。殺されたのか、はたまた捨てられたのかも知らない。ただ「あれ、親ってのがいないな」と思い気が付いただけ。
……自分の事に気が付くにはかなり遅い歳ではあったが、過去の事などどうでもいいと探る気配もない。
別段そんな不幸を嘆こうとも思わなかった。
そんなことをしても腹も膨れぬし、体も汚くなっていくだけ。いい事なんて何もない。
だから、少年は物乞いを始めた。
少年にとって幸運だったのは、彼が貨幣の存在を理解していたこと。そして自分の立場をよく理解できるだけの地頭の良さがあったことか。
周りの人間はやたら金を持っているのがいる。子供が情けなくお恵みをねだればまぁ何人かは気前よく何かをくれる。
たまに暴力に訴え気を晴らそうとするものもいたが、そういう時には正義感が強そうなものに見せつける様に転んで事なきを得た。
……正義感が強そうなものに拾ってもらえばいい? 生憎だがそんな幸運は起きなかった。
町で生きる以上、乞食の存在は絶対。気まぐれで助けようとする者はいれど、ずっと続けようとするものなどいなかった。
少年はやがて、ただ乞うだけでは埒が明かぬと商売を……いわゆる「靴を磨いてやるから金をくれ」或いは「その辺で摘んだ綺麗な花を買わんかね」という、何かの対価として金銭を要求するようになる。
そうして稼いだ金のほんの少しだけを食費として使い、金は誰にもとられぬように隠し生き抜いた。
そうして、そうして、そうして……少年はいつのまにやら、鬼狩りとなっていた。
話が飛んでしまった? 仕方がないだろう。しばらくはただ金をためて、身なりを良くし少しでも稼げる日銭を多くしようとする日々が続くのだ。
そんなことを綴っても面白くもないだろう。これは鬼退治のお話なのだ。
簡潔に言えば、なにか手っ取り早く稼げる仕事はないものかと探していた時、獣狩りの仕事の手伝いを見つけた。
そうして都を離れ森や山に進むうちに、"鬼"なるものの存在を知った。
曰く、鬼とは太陽が出ている時は姿を隠し、月夜に人を襲い食らうのだという。
曰く、鬼とは不死の存在で、どれだけ切り落としても食らいつい来て、いつのまにやら再生しているのだという。
曰く、そんな鬼を狩ることが出来る「鬼狩り」というものがこの世には存在しているのだという。
冬眠できなかったクマなんてものよりももっと恐ろしい。そうマタギの爺さんは話していた。
少年は思った。「鬼狩りになれたのなら、どこへなりと鬼を狩ることと引き換えに多額の報酬をせびることが出来るのではないか?」と。
幸いなことに、その日の帰りに弾き語りでもして稼ごうと寄った居酒屋にて「鬼狩りを名乗る男」を見つけることが出来た。
「ん~おじさんに師事したいー? 駄目駄目、鬼狩りってのは厳しい仕事なのさ。お前さんみたいなお子様じゃむりむり。
あ、熱燗でも飲めば少しは教えてやらんこともないなー」
ちょっと怪しいおじさんだった。
……あの、この人本当に鬼狩りだったんですか? あ、そうなの……。
──んん、少年はそれでなれるのなら安いものだと熱燗一本を驕りました。
「……んくっ、カァーッ! うまい、やっぱり他人の金で飲む酒は美味いっ!」
……すっごい最低なことを吐きながら、飲んだくれ──失礼、男は語りました。
「いいかぁ坊主? 鬼狩りってのはなぁ、そりゃぁ厳しい厳しい教えを受けた人たちなんだよ。だからな、ちっせぇ猪退治ごときでへばってるようなお前さんじゃ無理なのさ。
もう少し筋肉付けてから出直しなぁ……どんくらいだって?
──そうだ」
酒を飲み干し、すっかりといい気分になった男はうんうんと首を回しながら話します。
……そうだ、とか言ってる時点でなにも考えずに話している気がしてならないんですけど。大丈夫なのでしょうか。
やがて、頼んでいた冷奴を口に入れながら話します。
「木を一本、難なく……そりゃもう豆腐を切る様にさ」
ありえない提案でした。
……ここではまだ少年は知りませんが、鬼狩りたちは「全集中の呼吸」という特殊な呼吸法を会得しています。彼らが人並み越えた力を引き出せているのはひとえにこれのおかげでなのです。
当然、そんなものを知らない少年はいくら鍛錬してもそこに辿りつけるはずがありません。
とても分かりやすい、冗談の言でした。
……え、冗談じゃない?
えっ、本当に切り倒したんですか!?
一か月ほど鍛錬を続けてようやく人間の腕位の、なんてことない木だったから半ば詐欺の様なものだったって……生木ですよね? その時の年齢は? 12、いやいやいや……えぇ……?
と、とにかく! 少年は、そのことを男に報告したんですね。
男……ええっと、お師匠さんは何て言われたんですか?
「え、本当にやったの?」だった? 当たり前ですよそりゃ! なんで? いやもう逆にこっちがなんで……お話を進めましょう。
それで、その後は一体どうしたのですか?
ははあ、第一段階は突破したから、次の教えをくださいと言ったと。
返しは? 師匠の言葉は一言一句覚えているとよく言っておりましたし分かりますよね?
「え、え~と……鬼狩りは特殊な呼吸をするのだ。お前もそれが出来なければ鬼狩りのおの字にも到達できないぞ!」
……あれ、この人本当に鬼狩りなんですかね。だからそう言っている? いやそれまでの言動が少し不安で……。
えーと、ここで「真の呼吸」なるものを教わったと。それが今の稼ぎを支えているから感謝していると。そうなんですね。
──失礼、かなり文体が砕けておりました。
少年は鍛えた肉体を見せようやく合格を貰い、苦難の末についに鬼狩りとしての第一歩とも言える呼吸法を教わることになったのです。
まずはどのようなものか見せて欲しい、そう懇願すると男は快く答えます。
「……え、えっと……今日はちょっと喉の調子が良く無くてな」
……快く、ではないかもしれませんが、鬼狩りとしてふさわしい呼吸を披露するのです。
その瞬間を今か今かと少年は待ちわびておりました。
「よ、よし見ておけ──スゥー……ハァー……」
……。
「…………よし、今のがしんの呼吸だ!!」
あの、この人……深呼吸しただけなように思えるのですが。
だからお前は分かっていない? いやまぁそりゃ師事を受けて未だに真の呼吸にたどり着けていない不出来な弟子ですが。
……一度流しましょう。この後はどうされたので?
全集中の呼吸をひたすらしたと、はい。
「お、おー……お前には才能があるのかもなぁ。まさかこの呼吸法をすぐに覚えるとは」
と師匠からも太鼓判だった程、少年の体にその呼吸はよく馴染んだ。
まるで生まれた時からしていた様に、赤子の手をひねるが如く……。
……深呼吸なんじゃやっぱり。
そ、それで呼吸法も習得したのですね。
では次はやはり選抜試験へ……へ、なにそれってえ?
う、受けてらっしゃらないんですか!? 鬼殺隊の人たちはてっきり皆あれを受けて鬼狩りになるものとばかり……。
へっ? そもそも最初は鬼殺隊ではなく流れの鬼狩りとして活動していた?
な、なるほどそうなんですね。では真の呼吸を学んだ後は鬼狩りとしてしばらく活動をなさって……あれ。
ち、ちなみに鬼の斃し方などはお師匠さんから教わって?
そうですよね、そうでないと殺せませんものね。よかったよかった。ちなみになんとおっしゃったんですか?
「……あの……その……や、奴らが日の光を嫌うとは知っているだろう!?」
……だいぶ言動が怪しい男は、自分の部屋に置いてあった鉈を一丁取り出し、少年に渡しました。
……え、まさか?
「か、刀でもなんでもいい! 刻んで刻んで肉片一つまでにして……日の光にでも当てればいいんだろう、多分、きっと!!」
師匠! やっぱりこの師匠の師匠、詐欺師ですよ!?
え、失礼なことを言うな? 実際にこれで斃せた? いやまぁ間違ってはないですけども……本当にこの男が鬼狩りならもっといい得物を持っているはずで、その陽の光を長い間受けた鉱石が──待ってください。
その……いつも師匠が大事に手入れし持っている鉈って……。
まだ使えるから持っている……って、つまり鬼殺の剣じゃないってことですよね!?
え、うちの師匠毎回鬼狩るとき太陽の光による直火!?
なんでそれで鬼殺の中でも最上位に位置する柱になれたんですか貴方!?
全ては真の呼吸のおかげって……絶対深呼吸ですよねこれ!?
「今回の授業料はもらっていくぞ、もう仕事だ」
あ、待ってください師匠、せめて私の刀を持って行ってください!
え、使いづらいからいい? そ、そうじゃなくて……!
誰か、誰でもいいからうちの、
アンタがやってるのはただの深呼吸だし、鬼は陽の光を浴びた鉱石で作った武器で切り落とすものなんだって!!
・懺悔
鬼滅の刃はまったので……
普段はイナイレなどではしゃいでおります。世界観的に合わなすぎる主人公ですが、どうかご容赦をば……。
~オリキャラ紹介~
・真柱くん
まことばしらとか色々誤読されるけど本当は しんばしら。
成りあがり夢見て鍛えまくりいつの間にか柱になった。強い。
けどそもそも全集中の呼吸を勘違いしている。
・弟子くんちゃん
性別不明にしておきたい作者の思惑のせいで一人称を私にされた。
真柱の継子という弟子ポジを獲得したが、条件が金払いとかいうやべー奴。才能はない。
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蓼食う鬼は好き嫌う話
キジバトの鳴く声で目を覚ます。
真柱の継子である私の朝は早い。
日が昇る前より前に起きて飯の準備をし、師匠の着る着物に不備はないかを確認。当然妙な匂いがすれば洗い直しだ。
そうしているうちに、予め決めておいた時刻になり起こしに行く。
……弟子と言うよりは従者のような気もするが仕方があるまい、師匠は金の無駄遣いを嫌う。やたらと人を屋敷入れるのを無駄遣いと評し、全て自分の手でやろうとするのだ。
流石に私も師匠にそんなことはさせられないと思い、抗議をしていたが……いつのまにか自分の仕事になっていた。
……と、ともかく! これは真柱の継子である私の業務だ。
「師匠、師匠……起きてください」
深屋敷、そう名付けられたこの建物は酷く狭い。正規の柱ではないためか、単に師匠が広い建物が気に入らないだけなのか。二人で住めばもう空きの部屋はない。
師匠の部屋は四畳半の狭い部屋。実のところ自室よりも狭い、そこにタンスなどを詰め込むものだから本当に狭くてかなわない。
師匠が市場で見つけた色付き硝子窓から差し込む光が薄暗かった部屋を照らす。
なんでも聖母マリア様がうんたらかんたら……外国の宗教はよくわからない、師匠もだが。単に綺麗で高価だからと師匠は気に入っていた。
ゆさゆさと薄い布団を揺らせば、歳に合わぬほど鍛え上げられ詰め込まれた筋肉がピクリと動くのを手のひらで感じる。
「──こ」
ゆっくりと天に伸ばされた手は、何かを握りしめようと開閉を繰り返す。
「?」
「……小銭の……舞…」
「……狐に化かされているような夢を見ないでください……」
健康に気を使い早寝早起きを心がけている師匠だが、布団には弱い。舶来の毛布など使った日には一日以上は平気で眠ってしまうそうだ。とても心地が良さそうに眠る彼を見ると、少々起こすことを気後れしてしまう。
……だが、ここは心を鬼にしなくてはならない。さもなくば師匠はこのまま午後まで眠ってしまい、無駄にした時間で稼げたであろう銭を皮算用し途方に暮れる。
「……師匠、早起きは──」
「──三文の徳! ……はっ!?」
大概師匠はこの言葉を投げかければ目を五銭通貨にして飛び起きる。それでもダメな時は小銭を畳の上に落とせば一発だ。
……これでも尊敬する師匠だ。決して失望などはしていない。うん。
「……ふあぁっ……ご苦労」
師匠はくぐっと手伸びをし肩を回す。そのうちにゴキゴキと骨がすり合う音が次第に小さくなっていく。
さぁ朝食の準備はできています。さっさと食べて任務に赴きましょう。そう言うと、腹のなる音がした。
これが、私と師匠の1日の始まりです。
◇
さて、今日の分の指導は終わりだ。
しっかり使った部位の筋を伸ばしておき午後に備え……ああそうか、今日の分の話がまだだったか。
では始めるかこれは……俺が初めて鬼を狩ろうとした日の事──毎度直ぐに墨を準備する速さには驚かされるな。
お前鬼狩りより書記とかの方が向いているんじゃないか……? 関係ない、か。まぁいい。
……それはまた、少々時が遡り、己が鬼狩りとしての初仕事をする日のことだ。
既に師とは別れた後のこと、師は皆伝だと告げると人知れぬ夜に姿を消してしまった。
あの日、教えを乞うてからはや二月が過ぎていた時の事だった。
そうか、ならば今日この日より鬼狩りとして動き出そうと思い立った日でもあった。
──……二ヶ月で免許皆伝をしたのですか? ちなみにどんな修行を……ひたすら身体能力を試す課題が課された?
山で熊狩りをしたり滝を切ったり山道を塞ぐ岩を割ったり? 全部鉈、じゃなくて岩を割るときはその辺掘って出てきた硬い石を使った……?
──もうツッコミませんからね?
あぁ、中々過酷なものだった。今にして思えば、熊狩りは鬼を探す技能に役立てられ、滝や岩を切ろうとしたことで太刀筋と体を鍛えあげることが出来た。
それらが出来なければ、俺はその辺りで鬼に負け喰われていた事だろう。特に、不可能だと思った壁に対し、自分が持っていない手札を探すという発想は役に立った、
──ち、ちなみに技の型とかは……?
いいや、真の呼吸にとって技の型とは修得者によって千差万別。例えば俺の師は……完全に切ったと思えるほどの構えから繰り出す、傷一つ付けない斬撃を得意としていた。あの境地に達しようと努力はしてみたが……どうにも俺には無理だった。
つまるところ、技とは足りぬものを補うものであり、決して元々ないものを手に出来るものではないと学んだ。
故に、俺は壁にぶつかるたびに新たな型を生み出すことが答えだと理解した。
……まだまだお前には訓練が壁となっていないようだ、明日は俺の代わりに鬼とやりあってみるか?
──……精進します。しっかり呼吸出来るようになります。だから呼吸もままならぬ私を鬼とやり合わせようとしないでいただきたい……ちゃんと限界量を見極めているから安心しろって……そりゃ確かに選別試験では何とか生き延びましたけど……殆ど強い人に頼っていただけで……
……まぁいい、さて話が逸れたな。
俺は師より賜った一丁の鉈を担ぎ、一人でとある麓の村へと向かった。
その少し前に旅商人から聞いた所によれば、村ではここしばらくの間、少なくない数の行方不明者が出ているそうだった。
さては人攫いか、はたまた天狗のいたずらか?
いいや、そうであるわけがない。これは鬼退治の話、きっとこれは人食い鬼の仕業に違いない。
確信をもち村を訪れれば……随分と寂れた風景があった。
割れた立て看板、人がいない家屋がいくつか見え、辺りには草一本も生えていない。毟った後を見るに、食ったのだろうか?
これを見て俺は……
──師匠は?
踵を返し今来た道を戻ろうとした。
──えっ、帰ったんですか!? いや金がなさそうだからって……だからって放っておいてはダメでしょう師匠!
……大丈夫、帰ろうとする自分はいつのまにか囲まれていた? そ、そうですか……
ああ、あっという間の事だった。村に近づくにつれ視線は感じていたが、あそこまで手が早いとは思っていなかった。
それで一体何の用だと構えていると、囲んでいた中の一人、初老の男性が話しかけてきてな……。
「おぉ……旅のお方よ。その格好はもしや、この地を荒らす怪物を退治しに来てくれたのだろうか?」
この時点で少々怪しいと思った。確かに俺は鉈を携えてはいたが、鬼狩りに果たして見えるか? と思ったのもあるし、そもそも俺はまだこの時点で12。成人もしていない子供を見てそう考えるのがおかしい。
だが、こちらに危害を加える気もなさそうだ。どうするか……しばし悩んだ後に一先ず話を聞いてみようと思ったんだ。
「……そうだ。この俺は真の呼吸の使い鬼を狩る者。
──対価さえ払えば必ず仕留めよう」
「さ、左様でございますか……呼吸? はよくわかりませんが、あの怪物を退治してくれるのであれば……!」
言葉を受け老夫は、しばし言い淀んだのちに泣き崩れた。先ほどまでの胡散臭い態度とは違い、その言葉には確かな真を感じた。
思い違いだったのだろうか、そう思った。
「──あぁアナタ……泣き崩れてばかりでは話も進みませんよ」
しかし、すぐにそれは打ち消される。
老夫を見て支えようとするのは同じように年を食いやせ細った老婆。恐らくは夫婦なのだろうと男に思わせる所作であった。
けれど、どこか老婆に支えられる老夫の体は震えており……ああこちらの婆の言葉は信用してはいけない、すぐにわかった。
老婆曰く、怪物が現れたのは一ヶ月ほど前。三日四日空けずふらりとやってきては、若い者から次々と襲い食ろうとしまうそうなのです。そうして何人か食うと満足するのかまたどこかへ姿を隠してしまう……。
おかげで村は若い者を失い、逃げようと離れようとした者はいつのまにか捕まり、見せしめとして生きたまま食われその叫びを村に響かせる。
まさしく人食いの鬼であると認識した俺は、老夫に鬼を狩って来たら必ず……金を支払うと約束させ……狩りに出ようとするところを老婆に止められました。
ちなみにだがこの時は初という事もあり、相場も分からず五円と提示してしまったのは失敗だったと今でも思っている。
「? 何の用だ、俺はこれより鬼を仕留めに行くが」
「まぁお待ちなされ旅の人よ……今しがた村に着いたばかりではありませんか。
旅のお疲れも癒さぬまま出れば怪物に食われてしまうじゃろうて。蓄えは少ないが、少しばかり歓迎させてはくれぬか」
……自分としては疲れているつもりは毛頭なかったが一理ある。
ここは素直に老婆の言葉に従い、明日の朝に村を出ようと計画する。今晩は村にお世話になることを決めた。
……俺がそう言った瞬間──老婆の口元が小さく笑ったのを見逃すことはなかった。
宴は慎ましくも豪快に、楽しい声とともに進んだ。
規模は小さくとも、人が集まり酒が出ればそれは間違いなく宴……宴は好きだ。金の無駄遣いだと思う時もあるが、溜め込んだ財を放つ余裕を持てたという優越感に浸れるのもまた良い。
……だが、駄目だった。
最初は近くで取れた小さい木の実を使った料理や萎れた野菜の味噌汁。ヒエやアワばかりの飯……当然ではあったが豪勢なものは何一つない。これなら獣狩り手伝いをしている時の方がましな飯が出ていた。
皆気を使いそんなことを口にしないが……足りるわけがない。村の中に唯一いた子供など、空っぽらなってしまった自分の椀を見つめ涙ぐむ始末。
「──これではいかん。腹が減るばかりだ」
これでは歓迎されている気分になどなれないと見かね、少し腹ごなしをすると言って外へ出た。当然老婆が止めようとしてきたが……無視して出かけた。
村人たちが困惑しているうちに、軽くその辺りにいた猪を捕まえて帰り言う。
「──毛皮と牙は渡さんが……肉は干し肉にするものを持ち合わせていない。腐らせるののももったいない……解体を手伝ってくれるのならば分けてやろう」
──……師匠は金に執着するところこそありますが、こういった優しさを持ち合わせているのはとてもいいことだと思います。ええ。この優しさをどうして私の時にも発揮して貰えなかったのか……
何を言うか、お前がこの館を訪れた時は二言目には継子にしてやると了承してやったろうに。
──いや……そこじゃなくて……まぁいいです。お先どうぞ
……? さて、言葉を受けた村人たちは大喜び。何せ動物の肉など本当に久しぶりのことだっただろう。村の近くに怪物がうろつく今では魚一匹取りに行くのも命がけらしかった。
慌てて俺の指示を受け、迅速に解体を進めていき……皆、腹一杯肉にありつくことができた。
村に残っていた唯一の子供などは目を輝かせ、骨の髄までしゃぶり尽くし歓声をあげる。
そうだ、この賑わいこそが宴だ。この村がもう少し金を持っていれば猪の代金まで払わせたが……この時はまだ若かったからな。後払いという発想がなかったのが痛いな。
──いい話が穢されていく……
その様を見て、老婆はにこりと笑う。
「いやはや……鬼狩りといえど子供……心の何処かでそう思ってはおりましたがよもやここまでとは」
「……全ては真の呼吸のおかげだ。明日になれば鬼もすぐさまに刈り取ってこよう」
その声を聞くと村人たちは笑い、きっと倒せるに違いないと太鼓判を押し……宴は更に盛り上がっていった。
……この後の事? まぁなんというか……ただの鬼退治が待っていたよ。
別に巻物に書く必要もないと思うが……聞きたいか、致し方あるまい。
◆
皆が寝静まったころのこと。男が用意された寝床で眠っていると……
瞼を開けてみれば月明りが障子を漏れ入り、寝室に誰かが入り込んでいることがすぐにわかった。
当然敵、気配からしてそうだと告げられていた。であれば、今こそが真の呼吸の見せ所と言うもの。
──真の呼吸・壱ノ型 断ち伐り
寝床に置いてあった鉈を手に取り、スゥーッ、ハァー、と短くも深い呼吸音の後に振られた。
けれどガキンと、その手ごたえは正しく岩を相手したような硬さ。もはや猪の首ぐらいならば容易に落とせるようになったはずの一撃を受けてもなお、刺客の胴体はつながっていた。
まずい、そう思い男は布団を吹き飛ばし相手に被せると跳びはね部屋の端にまで寄ります。
そこでようやく、男は刺客の全容を見ることが出来ました。
「──たび、びとびとのかたた……いったいどうし死たので……?」
「……老婆?」
薄い布団を切り裂き現れたのは、あの老婆。けれど明らかに様子がおかしいのです。
瞳孔は開いたり仕舞ったりを繰り返し、曲がっていたはずの腰は嫌な音を立て真っすぐに伸ばされていきます。その手足は老婆らしい皺など人もなく、逆に「中に何かが詰め込まれている」と分かるほどに張られ……一部は破け、血が出ています。
これはいったいどうしたことだろうか……しばし考えた後に気が付きました。
「──体の中に入り込んでいたのか」
「そ、そそのトオリ!! ──ゲヘヘヘヘ! もうこの隠れ蓑も使えねぇか!」
答えだといわんばかりに、老婆の体が弾け中からは異形の鬼が出てきました。体躯としては老婆よりも一回り小さくどこか油断を誘うほどの小ささ。
けれど表皮は血管が浮き彫りになり、腐っているのか誤解してしまうほどの緑色の肌と鬼の赤い眼がこちらを見つめております。部屋に飛び散る老婆だったものが男の服を汚し、思わず顔を歪めました。
「大方、老婆の中で次に食うものを見繕い……ああして旅人が来ればもてなすふりをして夜中に襲い食らう訳か。一度に村を食いつくしてしまえばただ廃村となるのみ……しかし、効率が悪いな」
「なぁ~に、この方法で既に馬鹿な旅人を5人は食えた。もう少しすりゃ食い尽くし次の村に行くつもりさ……。
鬼狩りと聞いたが……オレの胴も切れぬようでは勝ち目はない。とっとと諦めることだなぁ?」
よほど自分の体の固さに自信があるのか、鬼は隙だらけに嗤い、足元に転がっていた婆の肉片を拾い上げ口に入れた。
──その瞬間に、男はまた鉈を振りかぶり接近する。
けれど鬼はそれを見てもなお動きを止めない。太陽の力を持った武器で首さえ落とされなければ鬼は死なぬ。
胴すら切り落とせない目の前の男では何もできない。
──真の呼吸・壱ノ型
「ッ!?」
そう思っていたのが命取りでした。
この男は壁が出来る度に次の技を編み出そうとする男。たった一度の斬撃で切れぬというのであれば重ねるのみ。二度、三度……同じ箇所へと寸分たがわず叩き込まれ……先ほどは跳ね返されたはずの胴体を切り倒し吹き飛ばします。
「ぐっ!? ふざけんな……!」
鬼も負けてはいられません。
一息つくうちに切り離された下半身の切り口から腕が生え、上半身からは足が生えました。
けれど、
──真の呼吸・弐ノ型改 乱れ重ね伐り
次いで放たれたのは二度ずつ重ねられた五の斬撃。本来はやたらめったらに放たれるはずだった技は、今この瞬間に進化し、鬼を襲い……首に増えた腕、足が転がります。
ここまで切り刻まれては鬼もたまりません。慌てて飛び散った体を集め固まろうとします。
そうして気が付きます。男の鉈は鬼狩りのものではない。つまりこのまま続けていれば男の方が息切れるはずだと……希望を抱きました。
ですが、そんなことはありません。
「……
「っ……できるわけがあるか!」
昼に肉をたらふく喰らい、少しの睡眠をとり……疲れのつの字も無くなった男は、鉈を振り言い放ちました。
そんな訳がない、今の様な動きを続けられるはずがない。鬼は吠えます。
また切り刻まれ、鬼は転がり……隙を見て再生、男の首輪と取ろうと襲い掛かり……また刻まれます。
また、また、また………。
やがて、東の空が白み始め……男は嘘をついていなかったことを悟ると……男を化け物だと言い捨て、鬼は陽の光を浴びこの世からいなくなりましたとさ。
◆
……という訳だ。
初戦で異能の鬼とぶつかったことには驚いたが、あの経験のおかげでまだまだ己は鍛えねばならないと認識できた。
あの後は老夫に事情を話し、五円をもらい村を出た。老夫以外の村人は老婆が鬼とは知らなかったようでたいそう驚いていたな……。
──……あれ、これはじめての鬼狩りの話ですよね?
そうだな。事前に滝切りや森を切り開く試練の時に編み出していた技が通用しなく早くも改良する羽目になってしまった。
あぁ、今は基本の型としているから改はつかないな。言い忘れていた。
さて俺が弟子よ。
──……はい
とりあえずこれぐらいにはなれるよう特訓頑張れよ。
──……無理です!!
最初から無理と決めていては同期において行かれるぞお前。
……まぁいい、今日の話も終わりだ。俺はこれから鬼狩りの任務がある。午後は言われた通りの特訓をこなす事。
いいな?
──……はい
頑張れ、お前には才能を感じているんだ。きっとお前なら俺を越えることが出来る、その時には出世祝いで大金を手にするだろう。
正規の柱になれるよう頑張るんだ。
……がんばれ。
久方ぶりのこっち更新
まじめにこいつはひとでなし
~オリ技紹介~
-真の呼吸・壱ノ型 断ち伐り
ただ力を込めた一閃
真似すると力任せの一撃になってしまう不具合
-真の呼吸・壱ノ型改 重ね伐り
ただ力を込めた三閃を一つにまとめた物。三倍以上の力で無理やり切る。
どうやればそうなるか弟子が質問しても答えられず「ただ早く腕を動かせばいい」と言われ困らせる。
雇われとなった後も体も技も進化しているので現在は何回分の斬撃を合わせているのか
-真の呼吸・弐ノ型改 乱れ重ね切り
闇雲に五回振るい面として複数の斬撃を浴びせる。改良として五回の後同じ箇所にもう一度切りこむことで更に深く斬る。
~オリキャラ紹介~
※10/17 真が深になっていました、訴訟
・真柱くん
若い頃は失敗ばっかだったとしみじみ語る化け物
柱は九人のみなので、九人揃っている時は単なる雇われ鬼狩りになる。八人とかの時のみ代理として入る。
親方様に対してそこまで心酔していない。声が金になるなぁとは思っている。
・真継子くんちゃん
とある事情で鬼狩りになるべく選抜を受け生き残る。そして真柱を見つけ弟子にしてくれと頼みこみ金と引き換えに継子になった。
スパルタ式で鍛えられるため、同期と比べればかなり体は仕上がっている。でも呼吸が使えない。
鬼狩りの刀は持っているが色が変わらない。
・鬼くん
イメージは栽培マンがシュッとした奴。
表皮は骨代わりに固い血管がうき出ており、並の隊士では切るのも一苦労。血鬼術として相手の体内に入り込み操る力を持っている。
まぁかませだな
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ナマズを食べる話
それは、いつものように鍛錬に励んでいる時のこと。
その辺りから切り出した岩を坂の上まで運び転がし、剣で受けさせ……如何に力を流せば屈強な男相手でも立ち回れるかを教えていた時のこと。
……あぁ駄目か。目の前で弟子が岩に弾き飛ばされそのまま屋敷に激突した。
本来ならこちらの力で押し返して仕舞えば良いのだが、弟子は俺と違ってあまり図体は大きくない。こう言った小手先の技を覚えさせる必要があると朝飯の時に思いついた。
「……あの……すいません剣が折れました。あと骨も変な音がして痛みが──痛っ」
「安心しろ、鬼の住処から取ってきた剣ならば幾らでもある。値もつかぬ鈍ばかりだが鍛錬には使えるだろう。
……ふむ、骨もヒビは入っていないが氷で冷やしておけ」
鬼狩りは身体が資本だ。少しの気の緩みで大怪我につながりかねない。無理はいけない。
仕方がない、甘いと取られかねないが岩流しはまた明日に回すことにしよう。基礎鍛錬に励むと良い。
「えっ、明日も……? 明日もこれ……?」
そう言えば弟子は嬉し涙を流し氷を取りに屋敷の中へと向かった。若干涙に血が混じっている気がしたし呪詛を吐いている気もするが……気のせいだろう。
弟子を待っている内に、一羽の鴉が屋敷の縁側に降りてきて頭に止まる。頭上でガーと鳴いて、人語を話す。
『──!』
「……そうか、あい分かった。明日にはそちらに向かうと伝えよ」
『──!』
そう伝えると、鴉はア゛ーと汚い声を上げて空高く来た方へ戻っていった。その様子を見てふと、いつぞやのことだったか始めてあれを見た時、人語を解する鴉は売れば幾らになるだろうが? と捕らえようとした時のことを思い出した。
空に逃げられては対処が難しい。投網でも持ってこようかと悩んでいる内に逃げられてしまったが。
しかしいまにして考えてみれば、あれほど賢い烏では飼う方も気を使い、希少性に比べ値段はあまりつかなかっただろうとも思えた。
「氷取ってきました……あれ師匠、今どなたかとお話ししておりませんでしたか?」
「っあぁ、鴉がな──時に我が弟子」
『柱』……と言えば俺が考えるのはなんだと思う。そう我が弟子に尋ねてみた。
すると、弟子は氷を腕に当てながらしばらく悩み……かなり悩み、「消耗品」と答えた。
いい答えだ。これで自信満々に間違えようものならデコピンで食らわせてやろうと思っていたが、必要なかったようだ。
「そうだ。柱とは屋敷を支える……大黒柱さえ折れなければ、例え他が折れようと補修がきく。
……この場合で言えば、屋敷とは鬼殺隊当主、産屋敷殿だ。目にしたことはあるか?」
「い、いいえ……」
そうか、そういえばこいつは入隊してすぐ俺の所へ来たのだったか。柱が一堂に会す柱合会議の時でもなければそうそう姿を現すこともない。
まだまだ階級も低い……とは言っても態々会う必要もないが。
「そうか、であれば……初めて会う時は注意せよ。特にあの方の声にはな」
「は、はぁ……?」
──産屋敷輝哉、周りものからは親方様と呼ばれる者。
奴は聞く者の心を浮かし熱する声を持つ。別段、その声を持つことは悪い事ではないし。それを使って洗脳紛いの事をしているわけではない。柱のやる気向上には使われるだろうけれど。
だがあの声を頼りに剣を振るうのは危険なことだ。仕事を人生にしてはいけない。これはとても大事だ。
俺も鬼を狩り、或いはついでに見つけた金になりそうなものを売りさばいたりして金を稼いでいるが、ただ稼ぐだけ稼いで溜め込み死んではあの世の笑いもの。
その金を使い何をするか、そちらを夢見て振るう。ちなみに今の夢は舶来の果物であるという*1をたらふく手に入れることだ。
一度だけ味わったことがあるが……不思議な甘さだった。
「……ええと師匠、それで鴉はなんと?」
「あぁすまん──柱の一人が亡くなったそうだ。これで八人……故にまた代理……真柱としての仕事が来るわけだ」
恐らくは……鬼の中でもひときわ強力な、いわゆる幹部。十二鬼月たちの仕業か。憶測のみなのは恐らくそいつについていた烏も食われたか。
今となって走る由もない。ただ柱が死んだという事実が残るのみだ。
「……そう、ですか」
それだけ聞くと弟子は俯く。
大方、呼吸を使い鍛えぬいている柱が死んだと聞いて……呼吸も未だ使えない自身の死にざまを想像したか? 名もない鬼に成す術なく殺される……と。
……それはない、と拳骨を軽く落とす。俯いたままの奴に回避する手段はない。
「痛っ!?」
「阿呆め、金を貰ったこの俺が鍛えるのだ。生半可な鬼に殺される程度で放つ訳もないだろう。我が弟子よ、強く生きたければただ今は目の前の鍛錬に励め。
顔も知らぬ者の死に一々落ち込むな」
「そ、そりゃあ心強いですが。半年以上はこうして鍛えているのに未だ呼吸のこの字も使えず……」
更にもう一発。
「痛い!! あの多分師匠小突く感じでやってると思いますがだいぶ痛いんですけれど!?」
「ド阿呆が。確かに呼吸が使えれば身体能力も上がり技の精度も上がる。
だが、その下地には必ず──己の肉体が付いて回るのだ。いくら呼吸が上手くとも体が貧弱では宝の持ち腐れだ」
現に、昔は以前話した異能の鬼の首を落とすのに三回は切る必要があったが……今では一度でよい。
真の呼吸も進化はしたが、それ以上に肉体も鍛え上げた。だからこそ俺は今日この日まで生きているのだ。
呼吸は大事だが、全てではない。
「──では今日は、この話をしよう。
呼吸に頼れず、己の肉体に頼ることでしか窮地を脱することが出来なかった時の話だ」
◆
あくる日の事。鬼狩りとして仕事がないか探していた時のことだ。
俺は無性にナマズが食いたくなり、とある湖の近くにある村を訪れた。
噂では、ここの宿には臭みの全くない……絶品ナマズ料理が出てくるのだという。自分で釣って自分で裁くのもよいが、他人の手で作られた料理とというのも乙なものがある。
普段は野宿で済ませているがそういった時には畳の上で眠るのもよい。そう思い、ついこの間狩った鬼の分の報酬を懐に扉の戸を叩いた。
「すまない、旅のものだが今晩は泊まれるだろうか?」
すると出てきたのは薄紅色の着物の女性。どこか顔色は悪いが、俺を見るとニコリと笑顔を作り暖かく出迎えてくれた。
簡単に予算を伝え、これで観光もかねて2泊ほどしたいと伝える。
「あぁご丁寧にありがとうございます。お部屋でしたら勿論大丈夫でございますが」
「──それと、こちらではナマズ料理が出ると聞いたのだが……」
宿の外装と娘さんの態度から、これは期待が出来ると胸膨らませていた。
けれど、その料理の名を出すとびくりと肩を割るわし……丁度、今のお前の様に俯いてしまった。
どうやら何かあるようだと残念がるとともに、もしやこれは稼ぎ時ではないか? そう思い尋ねる。
「……実は──」
しばらく悩むそぶりをみせたあと、女性はポツポツと少しずつ話をし出した。
だが……しばらく聞いている内に、つい話の流れを塞ぐように言葉がこぼれてしまった。
「湖に河童?」
「……はい。普段ナマズを卸してくれいただける釣り師さんたちが襲われ……」
頭に皿、鋭い爪に水かきに甲羅。そんな姿形をした化け物が先日現れたそうなのだ。
そうか、鬼がいるというのなら河童もいるものか。そう思った俺は「では河童の首を取って来よう」と言いだした。
「ですので申し訳ありませんがナマズをお出しすることが……はい?」
「その河童がいなくなれば問題ないのだろう。俺は腕には自信がある、ついでにナマズも取って来よう。
……その際には、宿賃をマケていただけるか?」
「は、はいですがそ……その、そういって既に何人か向かわれているのですが……誰も帰ってきてはいないのです」
女性はそう言って俺を引き留めようとしたが問題はない。
上手いナマズ料理の前の腹ごなし、ついでに宿賃も浮くとなれば万々歳だ。そう思い自慢の鉈と、宿に置いてあった釣竿を借り湖へと出かけた。
……今にして思えば、観光という事もあり気が浮ついていた。反省すべき点だな。
「──ここか」
人気のいない、けれど人の手が入っていたのだと分かる湖。波もない水面に蓮の花が浮かび、僅かながら霧も出ている。
水草と、栄養が豊富なことを指し示す大量の藻が水の中を見通せないようにしていた。
そうして、僅かながら水の中を漂う「血の匂い」。人が襲われたとは聞いたが、この匂いからしてかなり近い時点で誰かが食われているのがわかった。
「……」
試しにとそこらで手に入れた瓜を針につけ垂らしてみる。
そうして数十分待ってみる。
けれど、何かがつつく感触こそ来るが一向に食いつかない。よくよく考えてみればこれしきで河童が釣れるわけもないか。
このまま湖の景色を眺めつつ河童を待つのもいいが……いやよくない。
さっさとナマズ料理が食いたいのだ俺は!
そう思い、服を脱いで湖の中へと飛び込んだ。
──えっ!? 河童居るんですよねそこ
あぁ、居るからこそ。人を襲う河童がいるならば陸で待つより水中に行った方が来るかと思ってな。
湖はそれなりに深い。視界は不明瞭で水草が多くかなり泳ぎづらくもあったが……まぁ問題はない。腰に巻き付けておいた鉈で邪魔な草を刈りながら河童を探した。
……ついでに穴の中に隠れていた丸々と太ったナマズを見つけたので手を突っ込み捕まえた。
──素手で?
あぁ。噛まれるといけないからお前もやる時は先に頭を叩き気絶させるといい。
片手で数えきれない程度に捕まえ陸に揚げた。
これで河童が見つからなくともナマズは食えるかと思っていた矢先であった。
──足が何者かに捕まれ、そのまま水底へと引きずり込まれた。
「──っ」
「ヒッヒッヒ……俺の湖で泳いでるなんて肝が据わってらぁ……うまそうだなぁ」
そこに居たのは河童……の様に見える鬼であった。対面した瞬間に気がついた。
なんだ、河童はいないのかと酷く落胆したよ。河童の体ならば干し粉にすれば妙薬、肉は珍味。爪や皿だって金になる。
だが鬼は違う、鬼は倒せば灰となり消えてしまう。金にならない。
──真の呼吸・壱の型 断ち伐り!!
あぁ仕方がない。さっさと切り刻み、日に当てて殺そう。そう思い鉈を振るった。
だがここで、俺は自分が失策したのだと気づかされる。
「っ!? (固……いや、この水が"重い"のか!)」
「痛ぇっー!? なんてなぁ、俺の水の中で切れるわけねえよなぁ? 随分と間抜けな奴だ」
鉈の刃が奴の左腕を切り落とそうと切り込むが途中でその勢いが止まる。
普段ならば水中で活け造りだって作って見せる自信があったが、どうにも河童鬼が操る水は重く、鉈を振るう速度が落ちてしまう。
おかげで以前会った異能の鬼より柔いだろう河童鬼の体を断ち切ることが出来ない。
……加えてここは水の中。力を爆発させるための「真の呼吸」が継続的に出来ない。先ほどは体に残っていた呼気を使ったがそのために潜水時間も減った。
隙をつき、水面に上がろうとして狙うが重い水がそうはさせまいと足を水底にまで沈ませる。
「ケケ、鉈ごときで殺せると思うなよ!」
更に、目の前の河童鬼は腕にめり込んだ鉈を奪い取り、獲物まで無くしてしまう。
まさしく、絶体絶命の危機であった。
──その、書に記させてもいいですか? とても気になります!
お、やる気が戻ってきたか。いい事だ。
それではしっかりと準備するがいい。ことはここから急転直下に進むのだ。
◆
既に技を封じられ武器も失い、放ってももうじき酸欠で溺れる身──ちなみにあとどれほど水に潜れたのでしょう? 四半刻……結構余裕じゃありませんか? 当時なら半刻いけるって……。え、えーととにかく追い詰められていました。
──けれど、男は諦めません。それこそが真の呼吸の使い手であり、あまたの強力な鬼を太陽の下消滅させてきた……鬼狩りである真柱の若き姿なのですから当然です。
対する河童鬼は既に勝ったといわんばかりに、男の体を見て舌なめずりをします。
さて……男──師匠は一体ここからどうやって勝利を収めたのでしょうか。
「まずはその太もッ──」
笑う鬼に対し、男が繰り出したのは……拳? 水底にあった小石を握りしめたと。
それも動きが制限されぬよう最小限の動きにとどめ顎を狙った?
……それで? 鬼の脳を揺らし気を失わせたら水の重さが消えたのでそのまま陸に打ちあげ八つ裂きに……?
その後はナマズ料理に舌鼓を打って大変満足したと……。
「鍛え抜いた体がなければ無理なことであった。このように、例え呼吸できなくとも、その時に出来る事を探し実践できる肉体を思考力を養っている必要があるのだ。
……どうした? 筆が止まっているが」
……いやその、鬼の脳天揺らす拳って……師匠の剣速が落ちるレベルに重い水の中でって……もうちょっとこう、奇想天外な発想とかでどうにかしたのかなって……。
それ多分、普通の人にできないって言うか……無理だと思います。
「無理だと思うから無理なのだ。人は無駄な動きさえそぎ落とせば、いくらでも無理が可能になる。
──腕の腫れも引いたようだな、よし今日は水の中で足に巻いた紐を切る鍛錬をするとしよう」
あっ、そのい、いきなり腕が痛くなってきたなーって……駄目ですか?
ちょ、その紐の量なんです!? 明らかに束の単位使うレベルですよね!! それ巻き付けて沈めるんですか!?
「安心しろ、今のお前が限界まで頑張れば達することのできる難易度にしている」
無理、助けて! この鬼!
殺される、柱になる前とか名もない鬼にやられるとかじゃなく──師匠に殺される!
アンタそもそも呼吸法使わず鬼倒しているからその筋力を元に考えている節がありますよね!!
継子が何も継げず死にますからやめて!!
鬼!って言われて怒らないタイプの柱(代理)
~オリキャラ紹介~
・真柱くん
前回のあとがきで間違えて深柱と表記してしまった。
鬼を斃す途中で拾った刀とか金品をこっそりいただいている。
しばらく保管し誰も探してなかったら自分のものにする。多分鬼狩りの刀とか混ざってる気がするけれど本人は刀は使わないそう。
ちなみに色変わりの刀を持たせると淡い緑色になるそう。
・真継子くんちゃん
刀が折れてしまったので師匠から鈍らと評されたものをいただいた。
所詮は消耗品よ……
手に汗握る戦いが幕を開けるかと思ったら何も始まらなかった。
訴訟。
・河童鬼くん
重い水で敵を上に上げずに溺死させる。水の呼吸の使い手とかでもないと何気にキツイ。
けれど真の呼吸だからしょうがない。
甲羅とかはあるけれど、そこまで固くないスッポンタイプ。
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煙火で暖を取った者の話
全くこの話に関係ないと思いますが、柱合会議時点の柱たちの入隊時期と柱にいつなったかの年表が欲しいと思いません?
後本当に関係ないんですが一番下の階級癸で現代換算20万円貰えるらしいっすね。
ちなみに真柱の継子料金は食費宿代込々で月換算15万円です。高いな!
……いや命かけている割に安い……? 保健とか引かれるものないよね……? 救護されたら救護費用差っ引かれるとかないよね?
しとしとと降りしきる雨の中、土はぬかるみ葉は撓む。
獣の匂いも花のにおいも消し流され何処かへと流れていく。
「はぁ、時間をかけ過ぎたか」
男は歩いていた。
道端で拾った具合のいい枝に紐をくくり、その先に結び縛られたモノを引っぱり歩いていた。
胸元から取り出した光り輝く懐中時計を見てため息を一つ。日は変わり朝日が昇る時間までまだ遠い。
いや、それどころか雨雲がこのまま消えぬのならコレの処理も面倒だと悩み事が増えて悩む。
「ク……ロセ……」
「──あぁ五月蠅い、動く骸がしゃべるな」
"足元"で蹴り転がされる化け物は口を作った。
しばらくの振動と共に声帯を再生させた鬼がしゃべる。
考え事を邪魔をするなと二度刻まれて何も言わぬ骸と化す。
……近くの村で六人だけ、たったそれだけ人を食った鬼であった。
再生する力も弱く力も弱いが隠れる技量だけはある、ある意味で厄介であった怪物だった。
「まったく……木の中に隠れているとは思いもよらなかった」
森の中に入れば誰かに見られているという感覚は常にあったが、どうにも自分を警戒しているようで出てこない。
普段ならば金の匂いがする場所を知ら見潰せばいいが今回はそうもいかない理由があった。
例えば刀、例えば宝石。技術を持つ腕に美味い食い物。
そういったものならば金の匂いがする、音がする、見て分かる。
けれど、そうでないもの。くず鉄や正真正銘な塵は全く何にも感じない。
著名でも新鮮でもない死体が動き出している。二度目の死を迎えれば……いいやこの言い方は鬼狩りにとって正しくない。
"操り人形"の糸を断ち斬れば、死体は灰となって崩れ消える。
残った何かを利用できるわけでも無し。ただ倒すという徒労のみが発生しうる。
ひどく、無駄な存在だ。
鬼狩りにとって、鬼とは金を掛けられてはじめて感知できるものだった。
『──あぁ鬼狩りのお人よ……うちの村は金も米もない。どうかこちらで……』
『俺は人の売り買いはしないのだが……』
「……」
「きつくはないか? 」
「……ん」
「そうか」
押し付けられた、親を失った子供が一人。手首に結ばれた紐を握りしめついてくるのを見て、らしくない気遣いをした。
フルフルと首を振り、ただ転がる鬼をじっと見つめる子。くいくいと引っ張られる紐を追いかけるように歩いていた。
「(さて、どうしたものか。金には……手入れこそいるが、それなりの額にはなる前兆、匂いがする)」
男は金を欲していた。
仮にこれが頭も足りぬ、育てても獣にすらなれぬような子であれば、かき集めてでも金を払うまで鬼を狩るのを待つつもりだった。
渋々ながら了承したのは、親無し子からほんの少しばかり、金の匂いがしたからだ。
……碌に洗っていない。下手をすればこれ一着しかなかったのだろうか。異臭のする麻の衣の袖はほつれ、頬には殴られた跡が見える。
飯も満足に食えてはいないのだろう。やせ細った腕と足では力仕事は出来そうにない。けれど無理をさせ鍬を持たせたのか。、紐を弱々しく握る手には潰れた血豆が見えた。
「……マレ、マ──ピッ」
──真の呼吸・参ノ型 叩き下ろし
「? 止まらぬぞ」
断面を荒く、切る瞬間にワザと軌道をずらす。再生を遅らせるのによく使う技。
何かぶつぶつと呟く鬼の顔へ使えば、汚い血を散らしつみれのようになった。
随分と転がしやすくなったなと思いつつ蹴る。
『……親が鬼に食い殺され貧しい村では手助けもしてやれない。
鬼狩り殿に連れて行ってもらえればこの子も幸せであろう』
そう聞いていたが、本当の所は違うのだろう。
「(まあ、そこはどうでもいいのだが)」
……顔の形はいい、髪も手入れをすれば復活するだろう。
手の荒れはしばし残るやもしれないがまだ幼子だ。飯を食わせ育てればいずれ薄れるだろう。
そう計算し、額を算出する。
「(半年、いいや三ヶ月あれば戻るか……遊郭、あるいはそれに準ずるような所に持ち込めば売れるだろうか?)」
流石の孤児育ち、人攫いというモノを見たことだってある。借金のカタに連れていかれる女も子も見たことがある。
なんならば自身とて連れていかれそうになったこともある。
……同じ人を売ることに罪悪感をあれど、タダで養う気もなかった。
「おい、子よ」
「……ぃ?」
村のすぐ近くまでやって来て、雨はいつの間にか止んでいた事に気が付いた。
もうしばしもすれば朝焼けが鬼を焼き殺すだろう。
そうすればこの子は晴れて自分のものとなる。その前に話しておくべきか、そう思ったのは親切心からかはたまた憐れに思ったからなのか。
「しばらくは丁稚代わりとして連れるが、半年もしないうちに別の所へ売り飛ばす。それまでに精々やせ細り見るに堪えない姿を直してもらう」
一先ず、異臭がする衣は捨てるか洗うかしろ。
そう言って男は自らの着替えを渡した。
大きさの合わぬ着物を頭からかぶさり、子は息を吐いた。
◇
欠けた穴を埋める代理として柱任命の議。
そのために男はお館様の下へと向かわねばならない。
走る、走る。
野を駆け山駆け川渡る。
上下合わぬ衣服の男を背負い走る黒一色の男が一人。
「……それで、その丁稚はどうされたんですか?」
「……運のいい事に、そいつは"稀血"という奴でな。連れれば普段よりも鬼が寄ってくるようになった。理解した後、鬼を引き寄せるの誘香代わりに汗を貰い鬼を寄せるのに使った。
血の方がいいが、毎度傷をつけていては価値を落とすだけだったからな」
あるいは鬼が嫌う藤の花のお守りを作ったり。
そういった裏だった作業を行う部隊に属する男は、背中におぶった……真柱になる男に尋ねた。
「飯を人一倍食うせいか、想定したよりも早く体の調子は戻ってな。売り場所を見つけるまでは少しでも価値を高めてやろうと色々と教えた。
俺が教わった獣のさばき方や保存食の作り方。服の縫い方や染め方」
姓を
代理として柱になった回数五回。消した鬼の数知れず、任務をこなした数数えきれず。
真の呼吸、という独特の流派をひっさげ、鬼殺隊に正式に所属せず協力者として存在する男。
人の為ではなく、金のためだと柱たちの前で言ってのけるという男。
その昔は、鬼殺しの刀も使わずに鬼狩りを続けていた異様な男。
隠にとって彼は人間の希望であり、人間が辿り着いていいものかと疑問に思う男であった。
そんな彼の強さの秘密が少しでも知れれば、そう思い尋ねてみれば「団子串三本分奢れ」と要求された。
とても、人間臭い男だと思った。
「……金の話ばかりしていたせいか計算ごとに強くなってな。最後は商家に雇わせた」
「それはそれは……鬼寄せとして連れ続ける気はなかったのですか?」
稀血。
人の中に極々たまに生まれる、鬼にとってのごちそう。食えば数十人から百人を超えた分食うの同義なほどの栄養がある者。
鬼に目を付けられれば、鬼殺隊のものが関わらない限りは惨い死に方を迎えるもの。
けれど、けれど稀血である者は必然的に鬼と出会いやすい。先ほどの話では鬼探しに苦労としていた男が手放す存在とは思えなかった。
「儲け話を持ってきたくれた褒美……のつもりだった。鬼と常に傍にいる職は厳しいものがあると思ったからな
あの阿呆は無駄にしてくれたが──と、いったん止まってくれ」
しかし、それを聞くと男は軽く笑って隠の肩を叩いた。
そうして隠の動きを止め、さっさと降り立つ。
「えっ──明鎮殿? 一体どうされてっ……」
「いや何……そうして何度も奴が寄せるうちにな……金に引き寄せられる、たかる虫を察知できるようになった。
この様に──なっ」
腰もとに結び付けていた鉈を引き抜き、遠くに投げた。
……隠は視認できず、それを腰から消えていた鉈、何かを投げたのだろうと思える動作で悟ることしかできなかった。
何かが叩きつけられる音、そして……異形のものと思える悲鳴が森に響く。
しばし時がたつと、高速で回転する鉈が男の手元へと戻ってきた。
「……え?」
「──真の呼吸・肆ノ型 放り廻し。
彼方に鬼がいるようだ、大して人は食っていないだろうが十円にはなる。さっさと済ませて来るので待っていてくれ……」
血が滴る鉈を肩に担ぎそれだけ言うと、明鎮は姿を消す。
鬼を狩りに行ったのだろう。
そう分かれば心配はない。柱として実力が確かな男が動いたのであれば隠として動けることはたかが知れている。特に守る人もいないこの場であればただ暇をつぶすのみだ。
そうなれば、疑問に思うのはやはり稀血の子の話だ。
商家の使用人として雇われた子は恐らく、置いて行った明鎮を探しに来たと選抜試験中に語っていたあの者に違いあるまい。
丁度、同期……同じ試験会場にいたためよく覚えている。
藤で覆い囲われた、人を一人か二人食った程度の鬼ばかりが放り込まれた山の中。
山の中で剣を折られ、鬼に食われそうになったところを助けられ……逃がしてくれたあの子。鬼狩りの刀も持たず、投石で気を散らすなどと創意工夫していたのは、今にして思えば傍にいた男のやり方を参考にしていたのだろう。
棄権し、隠となった後、その子が明鎮の屋敷を探し回っている隊士が居ると噂を聞き、そうか生き残ったのかと安堵していたが……。
「今では継子となり、鍛錬に励んでいると聞くが……」
果たして、真柱はそれを望んでいたのだろうか。
もしや、もう少し幸せな人生を歩んでほしい。そう思うと背中で聞こえた笑い声が木霊し、森の中に響いた鬼の悲鳴をかき消した。
本当にすぐ済みそうだ。
さっさと背負いなおし、早く目的の場所まで彼を連れて行かねば。
そう思った時、違和感を覚える。
あれ、そういえば……お館様の下へと連れて行くものには目隠しと耳栓をさせていただいているはずだか……。
「あれ、あの人何も外さず向かったな!? 柱になる人は化け物ばかりか!?」
い、いや流石に途中で外すか、そう思いなおした後、「鼻栓をするのを忘れていたな」そう言いつつ、チリ紙を詰める明鎮を見て隠は言葉を失った。
◇
行きは十円。帰りは二十円。
熱を持たないはずの札から、どこか暖かさが懐にじんわり広がる。今回の旅路は運が良かった。ついでに団子代も浮いたし言うことは何もない。
「あ、お帰りなさいませ師匠」
代理柱、真柱として任命され帰ってくると弟子が迎える。
自身の、深屋敷へと戻ってきたのだと改めて自覚した。
地を這いつくばりながら挨拶してくる弟子の首根っこを持ち、持ち上げる。
「鍛錬の進みはどうだ」
言いつけたことはしっかり守ったのだろうな?
そう尋ねると弟子は目を逸らした。わかりやすい奴だ。
「き、九割です……」
「……」
「……すみません、七割ようやく終えました」
そうだろうそうだろう。嘘はいけない。
お前の体の疲労状態など見ればわかる。大方一日目に気を抜いて、二日目に遅れを取り戻そうとし三日目に動けなくなったか。
そんなことでは払っている金がもったいないだろうというのに。呆れ、降ろした。
「よし、では残りの鍛錬をいまから言うことに置き換えてやろう」
今から残り三割をやるというのはどう考えても半日以上かかる。
それでは日が過ぎてしまう。内容を変えるほかあるまいと思い思案した。
なにか短くて経験を詰めるもの……そうだ、いいものがあったなと思い出す。
「あ、ありがとうございま──」
「俺と試合を五ほ──」
「──それは勘弁願います!」
言い切らせず弟子は慌てて起き上がり、残りの鍛錬をこなすため駆けて行く。
なんだ、思いのほかやる気が出たな。あれならば……日付が変わるほんの少し前には終わるか。
常日頃その覚悟で挑めこの阿呆う、そう言い切り土産の封を開け茶をしばくこととした。
-真柱の給料形態
・代理柱としての時
月給+出来高(高レート)
・柱がしっかりと九人揃っている時
出来高(最低雑魚鬼の一体十円から)のみ
査定は鎹烏にしてもらっているが一応明鎮も月一で何を斃したのか報告している。
~オリキャラ紹介~
・真柱 明鎮 豊人(みょうちん とよひと)
ようやく明かされる名前。
思えば名前ねーな、と思った男は適当に気に入った感じを自身の名とした。
フリーの時は痩せた馬だったり人だったりを押し付けられて困ることもしばしばあったそうだ。
・継子ちゃんくん
名前あるけどまあいいよね
両親を病で亡くしたあとは村の厄介者扱いされていた。殴られた後の血の匂いで鬼が寄って来ていたためまあまあ危なかった。
ちっょと成長し物心ついたと思ったら商人の家の使用人として置いてかれる。
ムカついたのでその後追いかける。
山の試験では傍にいた時に師匠にいろいろと聞き教わったことを生かして生き残る。
ようやく弟子になれた! え、師匠いつも太陽直火焼きだったの!? と漸く気が付く。
阿呆。
~オリ技紹介~
-真の呼吸・参ノ型 叩き下ろし
ミンチにする
-真の呼吸・肆ノ型 放り廻し
人はそれをブーメランと呼ぶ
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