異世界はスマートフォンとともに 改 (Sayuki9284)
しおりを挟む

転生、そして始まりの街
第1話 落雷


第1話です。主人公の転生前の話になります。


20XX年。〇月。日本国内のとある科学実験施設でそれは起こった。

 

 

《地下5階》

 

パキ……パキ……パキンッ!!

 

『!!』

 

 

突如としてとある室内に染み渡った『聞こえてはならない』音に、その中にいた大人全員が身体を硬直させる。人間ありえないことが起こるとパニクって身体が動かなくなると言うが、まさにその状態だった。

 

 

……しかし、次の瞬間には嫌でも身体が勝手に動き出すことになる。そう、━━━━━死という名の恐怖によって……

 

 

パンッ!!!

 

「え……」

 

 

誰も声を発しようとしない、いや、発することが出来ない空気の中、突然目の前で発生したその音と『現象』に一人の男が間の抜けた声を漏らした。一番近くにいた故に、何が起こったのかすぐには理解出来なかったのだ。

 

 

……だが、まぁ…無理もないだろう。何せ『ただの人間がいきなり風船みたいに膨らんで全身バラバラに弾け飛んだ』のだから……

 

 

「あ、……あ、嗚呼ぁぁあぁぁぁ!!」

 

「い、嫌ァァあぁぁあ!!」

 

「うわァァあぁぁぁあ!!」

 

 

また別の一人の男の叫びを境に、他の人間が次々と部屋から逃げ出していく。その声と自分の鼻を突き刺す鉄の匂い、そして嫌でも目に入る、目の前に広がる血の海とそれに浮かぶ数多くの人間だったモノの一部を見て、ようやく死んだ人間の目の前にいた男も我に返って叫び声をあげた。

 

 

…………が、

 

 

「う、…うわァァあぁ……ぁ、ア?」

 

 

遅れながら叫び声をあげて踵を返した男は、またも不思議な光景に目を点にした。そう、━━━━━自分の胴体だけが血を噴火しながら走り去っていく光景に……

 

 

ボトッ

 

 

男の生首が地面に転がる。それだけでも恐怖なのだが、次の瞬間、それを逃げながら見ていた者達にさらに衝撃なことが訪れた。

 

その男の生首が何のためらいもなく、まるで道端に転がっている石ころのように踏み潰されたのだ。

 

 

「ひっ……」

 

「や、やめろ……来るなぁぁ……」

 

「い、いやだっ……いやだっ!!」

 

「「うわぁぁあぁぁぁ!!」」

 

 

・ ・ ・

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

《地下2階》

 

「はぁ……はぁ…、もうすぐ……もうすぐ地上に……」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ぁ?……なんだよ、あれ……」

 

「え?」

 

 

地上に逃げ出そうとして登ってきた人たちが、もうあと少しという地下1階へと続く階段を前に足を止める。本当ならエレベーターで一気に上がりたかったのだが、 “何故か” 施設内の電気機器が全て異常をきたしてしまい、仕方なく必死に階段を駆け上がってきたのだ。

 

その数、約60人。それでも地下にいた人間の1割に満たないのだから、どれだけの数殺されたのかは容易に想像がつくだろう。

 

そして、運良くここまで逃げきれてきた者たちが目にしたもの、それは、階段を埋め尽くす形で敷き詰められた死体の山と、施設内で実験道具として飼われていた『人間を含めた動物達』が自分たちに明らかな敵意を向けている光景である。

 

その光景は、一言で言って絶望的。前は敵、後ろは行き止まり、逃げ切る手段など一つもない。戦おうにも、目の前にいるのはただの人間、動物だけでなく、自分たちが実験に実験を重ね強化した猛獣もいる。それはつまり、自分たちがどんな文明兵器を使おうと無意味なことを示していた。

 

それに何より、ここにこの猛獣たちがいる時点で、既に自分たちが必死に逃げてきた存在が地下にいないことは明らかだった。

 

何せこの猛獣が管理されているのは常に地下だけであり、その多くは地下1階で管理されていたのだから。そしてそこで管理されていた猛獣たちが揃ってバリケードを張っている。まるで誰かにそう命じられたかのように……

 

 

出口は一つ、ほぼ一方通行だった道。なのに誰一人として追いつかれていた事に気づけなかった。

 

そのことに気づいた時にはもう、逃げてきたその人たちの目に生気は宿ってなかったのだった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

《地上3階》

 

「に、逃げろぉぉ!急げぇぇぇぇ!」

 

「いやぁぁぁ!!」

 

「うわぁぁあ!!!」

 

「化けモノォォ!!」

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

《地上8階》

 

「も、もうやだァァ!!」

「く、くそっ!こうなったら一か八か飛び降りるしか……」

 

「無理だバカやろ!!外はもう実験動物が埋め尽くしてる!!」

 

「でもこのままじゃ……」

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

《最上階(社長室)》

 

「っ、あ……」

 

「………………」

 

「ぁ……ぉ…ぉ…『ブスっ』……」

 

 

ロープで5つの首を縛られた見た目ボロボロの男の背から、突き抜けるように1本の腕が生えてきた。そこに握られているのは、ドクドクと動く男のアレ。

そしてアレを握っている張本人の真っ赤な少年は表情を一切変えないままに腕を一気に引き抜く。

 

 

プシャァあァァァ!!

 

 

腕が抜かれたあとの男の胸辺りからとんでもない量の血液が飛び出し、少年をさらに赤黒く染めた。しかし少年はそれを意に返した様子もなく既に生を終えている男の口に目を向けると、既に舌や歯もくり抜かれ何もなくなっていたその男の口の中へとアレを突っ込んだ。

当然サイズ的には少しきつい。それでも少年は片手で男の顎を無理やり外してこじ開け、アレを指先で握り潰しながら最後には細かく砕いて全てを飲み込ませた。

 

 

「クサイ……」

 

 

感情が篭ってるとも思えない声が部屋の中に響く。少年は最後に渾身の力でその男を人間だったかもわからない赤い塊に変えると、既に興味をなくしたかのようにこの部屋の中を荒し回り、そのまま男だったモノに1度も目をくれることなく夜の闇へと消えていった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

翌朝、日本国内全域に『昨夜、とある科学実験施設で大規模な爆発事故が発生』と報道された。

死亡者数は不明。だが少なくともその爆発した科学実験施設の関係者は全て死亡、もしくは消息が不明であることがわかった。

警察はもちろん最初はテロか何かとも予測したが、これといった手がかりになるものなど何も出てこず、また何か知っているかもしれない人間を探そうにも、一向に見つからなかった。

そして事件はそのまま闇の中へと忘れ去られたのだった……

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

科学実験施設での事故から約2ヶ月。あの時血に塗れていた少年は、今ではすっかり身体を綺麗にしてどこからか奪ってきた小綺麗な服を身につけ、とある公園のベンチに頬杖をついて座っていた。

その少年の目に写っているのは、砂場の上で元気に遊ぶ子供たちと、その姿を微笑みながら見守っている母親たちの姿。

もうどれくらいそうしているのだろうか。少年は瞬きもせずに、子供たちが砂場に飽きて滑り台やブランコなどではしゃいでいる間もずっとその姿を眺め続けていた。

しかしその時間も突如終わりを迎える。先程まで少し怪しかった空模様が急に悪化し始め、さらには俄雨まで降り出してきたのだ。

こうなってはこれ以上公園で遊ぶわけにも行かず、お母さんたちは急いで我が子の手を繋いで帰路につき始める。少年もここで初めて動きを見せ、ゆっくりと腰を上げ始めた。そして公園の出口に向かおうとしたところで、ふと足を止め振り返る。

そこには、お母さんの手を振り切り、お母さんがかける言葉を無視して、『あと1回だけ』だと言って滑り台に向かう少女の姿があった。

 

何か予兆があった訳ではない。ただただ悪い予感がしただけだった。

 

そして、その直後…………

 

ピカァァッ!!(ゴロゴロゴロ!!)

 

 

……同時だった。空が激しく光った瞬間、少年は自身の出せる最高速度で少女へと走り込んでいた。そして思いっきり、されど大怪我はしないように優しく少女を突き飛ばす。一緒に逃げている時間などないと分かっていたからだ。

そして少年はそのまま落ちてきた雷を浴び、自分が救った1人の小さな女の子の命と引き換えに、この世界での人生を終えることとなったのだった。

 

「おにぃ……ちゃん……」

 

目の前で突き飛ばした少女が呆然とそう言っている景色を最後に……

 

 

 




以上で、第1話は終了です。

よく分からないと思った方もいらっしゃるかもしれませんが、どうか寛大なお心でもう暫くお付き合い下さい。

第2話からはいよいよあのおじいちゃんが登場します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 神界

お待たせしました。第2話です。

追記:今後のストーリーを考えて、神様から貰うものを一つ増やしました!


 

「ん………ここは……?」

 

 

少年が目を覚ますと、まず最初に目の中に飛び込んできたのはどこまでも続く青い空と白い雲だった。

 

起き上がって周りを見てみても、今自分がいる6畳程の空間を除き、どこまでも真っ白な雲で埋め尽くされている。しかし、だからこそ、少年には自分の今いるこの6畳間の空間が異質でならなかった。

 

周りの風景など気にも止めないとでも言いたげに存在するこの空間は、見たものに少し前の日本の家庭の1室を思い浮かばせるかのように、床は畳で覆われ、その真ん中には木製の丸テーブルと椅子代わりの座布団、壁のない端には箪笥とダイヤル式の黒電話。そして隅に置いてあるのはこれまた一昔前のアナログテレビだ。

 

少年はこの状況を暫く頭の中で整理しているうちにひとつの結論に辿り着いた。

 

 

(そうか……ここが天国か……)

 

「いや、違う違う。」

 

「!!」

 

 

その声を聞いた瞬間、少年は思わず口から心臓を吐き出しそうになった。それほど少年にとって、自分が平時でも気配を読み取れない相手というのは異常だったのだ。

 

少年はゆっくりと深呼吸をしながら声の発生元を見る。そこにはいつの間にか1人の立派な白髭を蓄えたお爺さんが、さっきまでは無かった急須と茶飲みを使ってお茶を入れている光景があった。よく見ればテーブルの上にはご丁寧に煎餅まで用意されている。

 

少年はその光景を未だ頭で整理しきれていないものの、ゆっくりと丸テーブルを挟んでお爺さんの正面にある座布団の上に座り直し、お爺さんから受け取ったお茶を1口啜った。

 

 

「っ……美味いな。」

 

 

少年はほぼ無意識にそう口に出したが、それを知ってか知らずか、目の前に座る袴を来たお爺さんは嬉しそうに笑いながら自分も茶を啜り、口を開いた。

 

 

「それはよかった。ところで今のお主の状況なんじゃがの……」

 

「ああ……それなら、死ぬ前の記憶がいちようありますから。それで、ここは一体どこなんでしょうか?」

 

「ふむ。ここに特に名前などないのじゃが……そうさな、神界とでも呼ぼうかの。ずばり、神様たちのいる世界じゃ。」

 

「神界……」

 

 

少年はお爺さん……もとい、神様の言葉を聞いてようやく頭の中で先程の不可解な疑問を解決することが出来た。

 

 

(そりゃ相手が神様ならいくら俺でも気配なんて読めないよな……)

 

 

少年はそう思って開き直ると、再びお茶を一口啜って目の前の神様に向き直る。

 

 

「えっと、じゃあもうひとつ質問してよろしいですか?」

 

「ああ、構わんよ。いくつでもしてきなさい。」

 

「ではとりあえずひとつ目。なぜ俺はここにいるのでしょうか?普通は天国か地獄のどちらかだと思うのですが……」

 

「ああ、それについては本当に申し訳ないのじゃが……君を死なせてしまった雷、じつは儂が間違って落としたものなんじゃよ……」

 

「は…?」

 

 

神様のその言葉に、少年は相手が神様であることも忘れてそんな声を漏らした。

 

 

「あれは……あんたが落としたのか……」

 

「ああ、本当に申し訳ない…。儂の不注意で誤って神雷を下界に落としてしまったんじゃ。その上まさか落ちた先に人がいるとは……」

 

 

少年はきゅっとズボンの裾をきつく握りしめる。

 

 

「ふざけんなよ……不注意って……神様のくせに……」

 

 

少年は震えた口調でそう言うと、突如立ち上がり神様の胸倉を掴みあげた。

 

 

「ふざけんなよっ!……あんた……神様の癖に…っ。その癖に……不注意って……ありえねぇだろうが!……そのせいで、1人のまだ小さな女の子の命まで奪うとこだったんだぞ!!」

 

「なっ……し、しかし被害受けたのは君だけじゃったはず……」

 

「それは俺が雷が当たる寸前でその子を突き飛ばしたからだよ!!…………あんた、ほんとに何も知らないんだな……」

 

「…………返す言葉もないの……」

 

 

神様は少年の言葉にそれだけ返すと、そのまま深く俯いてしまった。

 

 

「……そうか、儂は……そんな小さな子の命を、奪うとこじゃったのか……」

 

「……そうだよ。だから……頼むから……謝るなら俺だけじゃなくて、あの子やあの子の親御さんにも……謝ってくれ…。」

 

 

少年はそう言ってそのまま深く頭を下げる。それを見た神様は慌てたように手を振りながら少年に声をかけた。

 

 

「いやいや、君が頭を下げる必要はない。分かった。必ずその子とその子の親御さんには夢の中にでも出て謝るとしようかの。」

 

「……お願いします。」

 

「うむ。……それにしても、君は優しい子じゃな。死んだのは自分なのに、自分じゃなくてその死にかけた少女のために怒るなんて……」

 

「そんな事……」

 

 

少年は神様の言葉を否定しようとして、その口を閉ざした。今ここで仮に自分が大量殺人犯などと言えば、下手をすれば自分だけじゃなくて先程自分が口にした少女にも何か影響を及ぼすかもしれないと考えたからだ。

 

そんな少年の姿を見た神様も、何か事情があるのだろうと思い少年に対して追求はせず、1度咳払いして話を進めた。

 

 

「それでじゃな、君の名前は何と言ったかの?たしか……しらさき……」

 

「白鷺優輝翔(しらさぎゆきと)です。あと、出来れば下の名前で呼んでくれるとありがたいのですが……」

 

「うむ。了解した。それでは優輝翔くん。早速なのじゃが、君には生き返って貰いたい。なにせ君は儂の不注意で死なせてしまったのじゃからな。」

 

「そう……なんですか?」

 

 

優輝翔はそう曖昧な返事をしつつ首を傾げた。

 

 

(生き返って貰うって……でも、俺の死体なんてもうないだろ…。)

 

 

そんな優輝翔の疑問に応えるかのように、神様は言葉を付け足す。

 

 

「うむ。ただ君が考えておる通り元の世界に生き返らせることは出来ん。そこで別の世界で生き返って貰いたい。」

 

「なるほど。そういう事ですか。分かりました。」

 

「ああ、素直に納得出来るわけがないと理解はしておるが……って、は?いいのか?」

 

「ええ、まぁ。俺自身思うところがないわけじゃないですけど、だからって喚き散らしたところで無意味なことだと理解しているので。そんな無駄なことをするよりは、まだ母さんに恵んでもらったこの生を全うできることに感謝しますよ。」

 

「そうか……本当に君は……」

 

 

神様は優輝翔の想像以上に達観した姿と母親への思いに袖で目を拭う仕草を見せる。そしてふと決意したような表情を作ると、優輝翔に向かって口を開いた。

 

 

「優輝翔くん。新たな世界に行くにあたって、何か叶えてほしいことはないか?たいていの事は叶えてあげられるはずじゃ。」

 

「えっ?うーん……、いきなりそんなこと言われても……とりあえず、これから俺が生きていく世界の情報を教えてもらえませんか?」

 

「おお、そうじゃったな。これから君を送る予定の世界は……」

 

 

長くなったので要約すると、どうやらこれから自分が行く世界は元の世界と比べて文明の発達していない中世のあたりらしい。だがその代わりに魔法というものが存在しているそうだ。

 

優輝翔自身はライトノベルというものを読んだことがないのでよく知らないのだが、何でも空気中に存在する魔素と自身の持つ魔力というものを利用して発動するものらしい。

 

さらにはその後、優輝翔はその世界のお金の価値や、生態系、身分制度、オススメのお金の稼ぎ方など色々なことを神様から教えて貰った。

 

 

「ありがとうございます。参考になりました。」

 

「なに、構わんよ。それで、願い事は決まったかね?」

 

「その前にひとつ。願い事はひとつだけですか?」

 

「いや、儂に叶えられることなら出来るだけ叶えようと思っとる。しかし、そんなに多いのか?」

 

 

神様のその疑問に優輝翔は首を横に振ると、指を2本を立てて神様に見せる。

 

 

「いえ、3つだけです。ひとつ目はお金に関してなんですが、先程の話でチラッと俺を町から離れた場所に送り込むと言われてましたが……」

 

「ふむ。いきなり町中にやって誰かに見られたらあれだからの。」

 

「となると、仮に俺がその日中に町につけたとしても、お金が無ければ結局外で野宿することになると思うんです。それに正直向こうで働きはするものの、最初の内は給料もたかが知れてるでしょうから、出来れば約1ヶ月、少なくとも2週間程は向こうで不自由なく生活が送れる程のお金を頂けると嬉しいのですが……」

 

「おお、確かにそうじゃな。ではこれを渡しておこう。」

 

 

神様は手をポンっと叩いて納得すると、これまたどこから取り出したのか、金貨を3枚優輝翔に差し出した。

 

 

「これって……こんなにいいんですか?正直1ヶ月以上は楽できる気が……」

 

 

優輝翔がそういうのも無理はない。先程神様に教えて貰った貨幣価値では、王金貨が1枚1千万円、白金貨が100万円、金貨が10万、銀貨が1万、銅貨が千円で、青銅貨が100円、鉄貨が10円だ。

 

つまり、今優輝翔は1ヶ月分の生活費としては明らかに多いであろう30万円を神様から貰ったことになるのだ。

 

 

「なに、気にせんで良い。それにお主の元いた世界じゃとこれが一般的な1ヶ月分の給与じゃそうじゃしな。」

 

 

確かに。優輝翔も働いたことはないとはいえ、一般的なサラリーマンのひと月の給与がこれくらいだと言う知識は持っていた。しかし自分がこれから行く世界は文明が遅れていて、恐らく貨幣価値も元の世界より確実に低い気がするのだが…。

 

するとそんな優輝翔の疑問を見透かしたかのように、神様は笑いながら優輝翔の前に金貨3枚を置いた。

 

 

「なに、多くて余った分は儂からの詫び賃やお小遣いとでも思っておきなさい。」

 

「そうですか…。では有難く貰っておきます…。」

 

 

優輝翔は先に神様にお礼を言って頭を下げてから、金貨3枚を受け取ってポケットに入れた。

 

 

「じゃあ2つ目ですけど、これを使えるように出来ませんか?」

 

 

優輝翔はそう言ってついひと月ほど前に初めて購入したばかりのスマートフォンを神様に見せる。

 

 

「これをか?うむ。まぁ制限はつくができないことはない。」

 

「それは例えば?」

 

「向こうの世界の住人に電話やメールなどの直接的干渉ができんことじゃな。まぁ何もかもはあれじゃし、儂に電話くらいはできるようにしておこう。」

 

「なるほど、分かりました。ところで充電などは……」

 

「おお、そうじゃな。それなら君の魔力でできるようにしておこう。なに、君の魔力量ならすぐ充電出来るじゃろう。」

 

「そうですか、ありがとうございます。」

 

 

優輝翔はそう言って再び頭を下げる。

 

優輝翔ととしては新たな世界で1番重要となる情報を手に入れる媒体が手に入ればよかったので、機能的には十分であった。まぁ神様への電話機能という特殊なものもついてきたが、それに関しては本当に困った時にでも使わせてもらうとしよう。

 

 

「じゃあ最後に三つ目。これは保険なのですが、今後異世界に行ってどうしても困ったことがあった時、一度でいいから助けて欲しいんです。もちろん立場上難しいこともあるでしょうから、無理なことであれば断ってくださって構いません。」

 

「なるほど……まぁいいじゃろ。元は儂が悪いんじゃしな。一度と言わず、困ったことがあればいつでも連絡してきなさい。さて、ではそろそろ蘇ってもらうとするかの。」

 

「分かりました。お願いします。」

 

「うむ。ではその前に……」

 

 

神様がそう言って優輝翔の前に手を翳すと、優輝翔の周りを暖かな光が包み込んだ。

 

 

「蘇ってすぐ死んでしまってはあれじゃからの。君の基礎能力、身体能力、その他諸々全ての能力値を底上げしておこう。これで余程のことが無ければ死ぬ事は無いじゃろう。無論、もう儂もあんなミスは犯さんように心がけるしな。」

 

「本当にお願いしますよ……」

 

「うむ、分かっとる。あと1度送り出してしもうたらもう儂からの干渉はあまり出来んのでな。そのつもりで。」

 

「分かりました。ありがとうございます。」

 

「うむ。では行くぞ。」

 

 

神様の言葉に優輝翔はひとつ頷く。

そして次の瞬間には、優輝翔の意識は既に途切れていたのだった……

 

 

 




次回、いよいよ異世界へ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 ファッションキングザナック

3話目です。今回もよろしくお願いします。


 

徐々に意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。直後に飛び込んできた景色は、先程神様のいた所でみた景色とほぼ変わらなかった。

 

続いて起き上がって周りを見る。こっちは違った。森、山、草原、それに道のようなものが1本、目の届く範囲いっぱいまで続いていたのだ。

 

 

「ここが異世界……なのか?」

 

 

優輝翔はそう疑問に思いながらスマホを取り出して電話帳を開く。確かにそこには『神様』という2文字が記されていた。

 

 

(夢じゃなかったんだな……)

 

 

優輝翔はそう確信すると、立ち上がって地図を開いた。そして1番近くにある町の位置を確認してから、道沿いを歩き始める。

 

町までは結構距離があるようだが、急がなくても日が暮れるまでには問題なく着く距離なので、優輝翔はゆっくりと歩いて向かうことにした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

ガタッ ゴトッ

 

「ん?」

 

 

しばらく歩いていると、何やら後ろから物音が聞こえてきた。

 

優輝翔が振り返ると、少し遠くからこちらに向かって1台の馬車が走ってくるのが見えた。何やらすごく高級感のある馬車だ。恐らく乗っているのはどこぞの貴族か何かだろう。

 

優輝翔は変に絡まれるのもあれなので、大人しく道を開けて馬車を先に行かせる。しかし馬車は優輝翔の隣を通り過ぎるとすぐにその場で停止してしまい、中から勢いよくお洒落で高そうな服を着た紳士が飛び降りてきた。そして不思議に思って立ち止まっていた優輝翔へと一直線に駆け寄り、その両肩をガシッと掴む。

 

 

「き、君っ!ちょっといいかねっ!」

 

 

紳士は優輝翔の身体をガクガク揺らしながらそう尋ねると、優輝翔は首を傾げながらも悪意はなさそうなので素直に頷いた。

 

 

「そ、そうかっ。で、では質問だがっ、この服はいったいどこで手に入れたのかねっ!?」

 

「服?」

 

 

優輝翔のその疑問の言葉を無視して、紳士は優輝翔から手を離すと優輝翔の周りをグルグルと周回しながら唸り始める。

 

 

「う~む…。服の生地や、刺繍、デザインや、縫製技術のひとつをとってもなんと素晴らしいことか…。」

 

 

その紳士の言葉を聞いて、優輝翔はふと自分の服装を思い出す。

 

 

(そう言えばこの服……元の世界にいた時に悪徳社長や評判の悪い政治家のとこから盗みに盗んだ物のひとつだったな。確か値段も桁が違っていたような…。)

 

 

優輝翔はそう思いながら紳士にある提案をした。

 

 

「もしやあなたは服飾関係を携わる方でしょうか?もしそうならこの服をお譲りしましょうか?」

 

「ほ、ほんとかねっ!?」

 

 

優輝翔の提案に紳士が勢いよく食いつく。優輝翔としてはこの服に何ら未練があるわけでもなく、ましてや売ることでよりこの世界に適応した服と高い金を得ることが出来るかもしれないので、万々歳だった。

 

 

「ええ。ただ代わりと言ってはなんですが、この服を売る代金とは別に1着、俺の着れる服を用意していただけると嬉しいのですが。」

 

「よかろう!馬車に乗りたまえ!次の町まで行けば私の店があるので、そこで君の服を用意させよう。服もその時に売ってくれ!」

 

「そうですか。ありがとうございます。」

 

 

優輝翔はそう言って紳士と握手を交わすと、紳士の乗っていた高級感溢れる(実際に中もふかふかの椅子と背もたれが置かれていた。)馬車に乗り、町までの時間を紳士(名をザナックさんと言うらしい)と色々話しながら過ごしたのだった……

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

3時間後、ザナックさんと優輝翔を乗せた馬車は無事に最寄り町『リフレット』に着いた。

 

 

「さぁ、着いたぞ。ここが私の店だ。」

 

 

ザナックさんに言われて馬車を降りると、優輝翔は目の前にある店を見上げた。

 

 

(……読めないか。でも何となく英語に似てるな。)

 

 

優輝翔は看板の文字を見て心の中でそう呟いてから、キョロキョロと辺りを見渡した。当然と言うべきか、そこには優輝翔が初めて見る景色が広がっている。

 

 

(これが中世……異世界…。)

 

 

優輝翔はそう思ってほんの少しの間目を瞑り感慨に浸ってから、先に店に入っていったザナックさんを追って店に入った。

 

 

「おお、来たか。ではそこの試着室を使ってくれたまえ。すぐに店の者に君にあった着替えをいくつか持って行かせるから、その中から気に入ったものを選んでくれればいい。」

 

「分かりました。」

 

 

優輝翔はそう返事をして試着室に入る。

 

そして店員の人に持ってきてもらった服に着替えを進めたのだが、ちょっとここで問題が発生した。なんと着替えてる途中で何度もザナックさんが乱入してきては、最終的には下着から何から全て売ってくれと言い出したのだ。

 

これには流石の優輝翔も怒りを通り越して呆れてしまい、結果流されるように全てのものをザナックさんに売った。まぁこの貸しは服の料金に迷惑料として上乗せしてもらうことで返してもらうとしよう。

 

 

(というか使用済みの下着なんて需要あんのかよ……)

 

 

優輝翔はそう思いながら自身の選んだ服を確認する。優輝翔の選んだ服は全体的に派手さはなくシックな感じで、動きにくさもなかった。

 

 

「悪くないな。」

 

 

優輝翔がそう言って納得していると、ザナックさんが見るからにホクホクとした顔で優輝翔の元へとやって来た。

 

 

「いやぁ、良い買い物をさせてもらった。それで、いったいいくら欲しいかね?無論、金に糸目はつけん!」

 

「そうですね…。俺としても多いに越したことは無いですが……ひとまず、ザナックさんの想定額を聞いても?」

 

「ふむ。私としては最低でも金貨30枚以上は出せると思っとる。上限としては倍の60枚あたりだ。」

 

「なるほど…。では金貨58枚でどうでしょうか?」

 

「乗った!」

 

 

優輝翔の提案にザナックさんが勢いよく頷く。

 

ちなみに増えた金貨のうち、約20枚、つまり500万円分は服の料金であり、残りの8枚、80万円は馬鹿高い迷惑料なのだが、まぁそのことは話す必要は無いだろう、うん。

 

 

「では決まりですね。内訳は白金貨5枚、金貨7枚、銀貨10枚でお願いできますか?」

 

「あい分かった。待っていたまえ。」

 

 

ザナックさんはそう言って店の奥に入っていく。

 

ちなみに内訳の理由は持ち数を減らして重さを軽減することと、使い勝手を良くすることだ。

 

そして戻ってきたザナックさんからお金を受け取って中身を確認すると、優輝翔は近くの宿屋の場所をザナックさんに尋ねた。

 

 

「ああ、それなら『銀月』という宿屋が近くにあるよ。ほら、この道を右手に真っ直ぐ行けばすぐだ。」

 

「分かりました。いろいろとありがとうございました。」

 

「なに、また珍しい服を手に入れたら持ってきてくれたまえ。」

 

 

ザナックさんに別れを告げ、優輝翔は『銀月』までの道を歩き始める。その道すがら、優輝翔はスマホの地図画面を開いてあることを確認した。

 

 

「……やっぱり、スマホだとちゃんと翻訳されて出てくるんだな。」

 

 

優輝翔はそう言って先程の店の文字が『ファッションキング・ザナック』と書いてあったことを確かめると、ついでに『銀月』の正確な位置を確認してスマホの画面を閉じた。

 

 

 




話の進みが遅いと思う方もいるかもしれませんが、どうか寛大なお心で読み続けて頂ければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 『銀月』

4話目です。この先話が進んでいくにつれて話の進行が遅いと思う方も多くなると思いますが、どうかゆったりと気長にお楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願いします。


 

「いらっしゃーい。食事ですか?それとも泊まりで?」

 

 

『銀月』と書かれた看板のある建物の前に着き両開きの扉を開けて中に入ると、右手から若い女性の声が聞こえてきた。

 

優輝翔が振り向くと、カウンターからオレンジ色の髪をポニーテールにした若い(恐らく20前後くらい)女の人がこちらに向かって笑顔を見せていた。

 

 

「すみません、宿泊をお願いしたいのですが……」

 

「はーい。うちは1泊前払いで銅貨2枚ね。あ、食事は3食付いてるから。」

 

「銅貨…(…安いんだな。)」

 

 

知識として日本の平均的なホテル代を知っていた優輝翔は、内心で少し驚きながらポケットから銀貨を6枚取り出す。

 

 

「ではとりあえず1ヶ月分お願いできますか?お代はこれで。」

 

 

優輝翔はそう言ってカウンターの上に銀貨を置くと、お姉さんは少し嬉しそうな顔をしてそれを受け取った。

 

 

「はーい、ぴったりね。今銀貨切らしちゃってたから助かったぁ。ありがとう。」

 

「どういたしまして。お役に立てのならよかったです。」

 

「ふふっ。じゃあここに名前を書いてくれる?」

 

 

お姉さんはそう言って優輝翔に宿帳のようなものと羽根ペンを差し出した。

 

 

「あの、すみません…。実は俺、まだ文字の読みかけがほとんど出来なくて…、代筆をお願いできますか?」

 

「そうなの?そういうことならもちろんよ。名前は?」

 

「白鷺優輝翔です。」

 

「シラサギ?変わった名前ね。」

 

「……いえ、優輝翔が名前です。あと、出来れば優輝翔の方で呼んでもらえますか?」

 

「えっ?まぁいいけど…。」

 

 

優輝翔の言葉にお姉さんは疑問に思いながらも素直に了承する。深く突っ込んでこないのは優輝翔としてもかなりありがたかった。

 

 

「すみません、無理言って……」

 

「えっ?あ、ううん。大丈夫。あ、ちなみに私はミカよ。よろしくね。」

 

「はい、お世話になります。」

 

 

優輝翔の言葉にお姉さん、もといミカさんは笑顔を浮かべて宿帳に目を戻した。

 

 

「にしても名前と家名が逆って……優輝翔君ってもしかしてイーシェンの出身かしら?」

 

「イーシェン……ああ。」

 

 

優輝翔は最初イーシェンが分からなかったが、そう言えば神様に日本と似た国の話を少しだけ聞いたことを思い出し、首を縦に振った。

 

 

「そうですね。まぁただ少し特殊なので、そこに関してもツッコミはなしでお願いできますか?」

 

「そうなの?分かったわ。」

 

 

優輝翔の提案にミカさんは快く頷いた。そして宿帳を後ろの棚にしまうと、今度は引き出しのところからひとつの鍵を取り出して優輝翔に手渡す。

 

 

「はい。これが部屋の鍵ね。場所は3階の奥の1番陽当たりがいい部屋よ。トイレと浴場は1階、食事はここでね。あ、お昼はもう食べた?まだなら何か軽いもの作るけど……」

 

「なら、お願いします。ちょうど小腹が空いてて……」

 

「はーい。じゃあ何か軽いもの作るから、その間に部屋の確認でもしてきて。」

 

「わかりました。お願いします。」

 

 

優輝翔はそう言うと階段を上って与えられた部屋に入った。

 

部屋の中は非常にシンプルな作りで、ベッドとクローゼットに、机と椅子が置いてあるだけだった。

 

試しにベッドに寝転がってみる。感触はなかなかであった。枕に関して言えば、どうやら元の世界のものよりも数段いい物のように思えるほど柔らかく滑らかな肌触りなのだが、これがこの世界の普通なのだろうか?

 

 

「……下行くか。」

 

 

優輝翔はしばらく寝転がった後で、そう言って立ち上がり部屋を出た。

 

 

「あっ、来たきた。ちょうど出来たよ。」

 

 

優輝翔が下に降りると、ちょうどミカさんがテーブルの上に食事を並べてくれていた。

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

優輝翔はお礼を言って食事の用意された席につく。メニューはシンプルにサンドイッチとサラダ、スープのようだ。

 

優輝翔はまずサンドイッチを手に取って一口齧る。たまごサンドだ。これはシンプルに卵の具合、料理した者の腕で味に違いも出やすいのだが……

 

 

「……美味い。」

 

 

優輝翔は素直にそう思った。なんと言うか、心休まる故郷の味と言った感じだ。まぁ、優輝翔に故郷(ソンナモノ)は存在しないが……

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

食事を終えた優輝翔はミカさんに一言ことわって町の様子を見に行った。優輝翔自身、初めて見る中世の(おそらくヨーロッパのあたりであろう)町並みに興味があったし、何よりこれからしばらくの間自分が過ごす予定のこの町をもう少し詳しく知っておこうと思ったのだ。

 

 

「やっぱり武器を持っている人は多いな。」

 

 

最初に口から出た言葉はそれだった。

 

優輝翔は予め神様にこの世界の一般的な稼ぎ方として、ギルドという場所で登録を済ませて依頼をこなす事で収入を得るということを聞いていたのだが、やはり魔物を狩る依頼なども多いのであろう。

 

そして優輝翔が自分の武器を何にしようか考えながら歩いていると、ふと近くの路地裏から複数人が争う声が聞こえてきた。しかも声を聞く限り幼い女の子も関わっているようだ。

 

 

「……行くか。」

 

 

優輝翔はそう呟くと静かに音の発生源へと歩いていった……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 双子との出会い

第5話です。いよいよ第1妃の登場です。


 

「約束が違うわ!代金は金貨1枚のはずでしょ!」

 

「けっ。何言ってやがる。確かにそうも言ったが、それは傷物でなければだ。ひとつでも傷があったらアウトなんだよ!」

 

「なっ……!そんなことっ、1度も言ってなかったわよ!だいたい傷だってねぇ!…………」

 

 

路地裏の先で1人の少女とガラの悪い男2人がそんな言い争いをしている。

 

少女の方は銀髪のロングヘアで、活発な印象を受ける女の子だ。そしてもう1人、女の子がそのロングヘアの少女のすぐ後ろに隠れるようにいるのだが、その子も銀髪(こちらは短く切り揃えられているが)であることから、恐らく姉妹であろう。後ろの女の子の方からは、どこか清楚な印象も受け取れる。共に歳は10代前半といったところだろうか。

 

男達の方は……まぁ、需要なさそうなので説明しなくともよいだろう。そんな男達だが、そのうちの1人、筋肉質?な男の方の手には何やら水晶でできた透明な鹿の角のようなものが握られていた。おそらくはあれが今回の争いの原因であろう。

 

そして確かに、その角にはほんの小さな切り傷があった。

 

なるほど。確かに元の世界の場合ならこれは男達に多少分のある争いである。まぁそれがこの世界でも同じかは分からないが、仮に同じであるとすれば、優輝翔が味方すべきは男達の方になるというわけだ。

 

だが……

 

 

(まぁ、ここで男達の肩を持つのはあれだわな。)

 

 

優輝翔はそう思ってため息を吐くとと、ゆっくりと争っている4人の元に歩いていって声をかけた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜

 

 

「悪い、ちょっといいか?」

 

「「「「!?」」」」

 

 

優輝翔の言葉に4人が一斉に優輝翔の方へ顔を向ける。最初は皆一様に驚いた顔をしていたが、次の瞬間には女の子たちは混乱したような戸惑っているような顔を、男達は睨みつけるような威嚇するような顔を優輝翔に向けた。

 

 

「あぁ!?なんだてめぇ!なんか用か!?」

 

「いや、別にあんたらに用はない。俺が用があるのはそっちの方だ。」

 

「なっ……」

 

 

そう言って優輝翔が銀髪ロングの女の子の方に顔を向けると、女の子は「えっ?私っ?」と言って再び驚いた様な顔を優輝翔に向けた。

 

そんな女の子に優輝翔は頷くと、ポケットから金貨を1枚取り出して女の子に交渉する。

 

 

「ああ。提案なんだが、その角、俺に金貨1枚で売ってくれねぇか?」

 

「………………!!う、売る!売るわ!」

 

 

一瞬、女の子は優輝翔が言っていることを理解出来なかったようだが、すぐにその意味を理解すると勢いよく頷いてそう言った。

 

 

「よし、契約成立だ。」

 

「わっ!」

 

 

優輝翔はそう言って女の子に金貨を投げる。女の子は急な事でビックリしていたが、なかなかにいい反射神経で見事金貨をキャッチした。

 

優輝翔はそれを見送ると、すぐに道端の石をひとつ拾い上げて先程からワアワア喚き散らしている男達の持つ角へ指で弾いて投げつける。

 

 

パリんっ!

 

「なっ!てめぇ!!」

 

「何すんだこらァッ!!」

 

「別に、その角が俺が買ったもので、その俺がいらなかったから割っただけだ。あんたらにやる価値もなさそうだしな。」

 

「このやろっ!」

 

「覚悟しやがれっ!」

 

 

角を割られたことで怒った男達は、細身の男はナイフを、筋肉質の男は斧のようなものを取り出して優輝翔に襲いかかった。

 

対して優輝翔は素手。武器などはまだ入手はしていなかった。

 

 

だがしかし、まぁ相手が悪かったとでも言っておこう。こと対人戦に関して、優輝翔の右に出るものなど、それこそ神を除いているはずもないのだから……

 

さらに、と言うべきか、優輝翔は神様により全能力値を底上げされているのだ。それがどういう意味か、もう分からない人はいないだろう。

 

 

(……遅い。)

 

 

まず感じたのはそれだった。優輝翔は男達との距離を2mとちょっとくらいまで詰めていたが、それでも男達が自分に攻撃を当てるまで、優輝翔としては男達を誇張なく3桁は殺せる時間があったように感じた。

 

そして男達たちの攻撃が優輝翔に届きそうになったところで……動く。

 

 

「なっ…カハっ!」

 

「!!……ガっ!」

 

 

男達にはいきなり動き出した優輝翔は消えたように見えたであろう。実際には優輝翔は全力のぜの字も出してないのだが、まぁそんなことはどうでも良いか。

 

優輝翔は男達の攻撃を一瞬のうちに躱した後、それぞれ首筋と鳩尾に衝撃を与え気絶させた。最初は殺そうかなとも考えたのだが、それは流石に目の前で血を見せられる女の子たちが可哀想だろうと思いやめたのだ。もし仮に優輝翔が冷静でなかったのなら、優輝翔は女の子の前であろうと関係なく男達を殺していただろう。男達にはこれでもまだ運が良い方だと思ってもらいたい。本当に。

 

そして優輝翔は男達が2人とも気を失っているのを確認すると、改めて女の子の方へと向き直って目の前まで歩く。

 

 

「すごい…。強いのね、あなた。」

 

 

優輝翔が目の前まで行くと、先程男達と言い争っていたロングヘアの女の子が目を輝かせながらそう言った。

 

心成しか、ショートヘアの子も顔を赤くして自分の方を見つめているように思える。

 

 

「まぁ、少なくともあれくらいはな…。ちなみに、俺は白鷺優輝翔だ。優輝翔が名前だからそっちで呼んでくれ。」

 

「分かったわ。私はエルゼ・シルエスカ。こっちは妹のリンゼよ。」

 

「リンゼ……シルエスカです//」

 

 

姉の紹介にショートカットの妹も照れながら頭を下げる。ちなみに2人は双子で、歳は共に13歳だそうだ。

 

 

「にしてもほんとに助かったわ。改めてありがとね、優輝翔。」

 

「ありがとうございます//」

 

「いや、別に気にしなくていい。ただこれからはもう少し気をつけるようにした方がいいと思うぞ。」

 

「そうね。今回のでよく分かったわ……」

 

 

優輝翔の忠告に、エルゼが少し反省したような顔色を見せる。しかしすぐに元に戻すと、ふと思い出したかのようにポケットに手を突っ込んで金貨を1枚(恐らく先程優輝翔が渡したやつを)取り出した。

 

 

「はい、これ。危うく返すの忘れる所だったわ。」

 

「はっ?なんで返すんだ。俺は確かに角を買ったぞ。」

 

「えっ、だってそれは私たちを助けるための口実じゃ……」

 

「角もすぐに割っていましたし……」

 

 

2人の言葉に優輝翔は首を横に振ると、金貨を差し出しているエルゼの手を押し返すようにして告げた。

 

 

「口実でもなんでもいいから、それは持っとけ。別に金には困ってねぇしな。それにあれは俺が助けたかったから助けただけだ。気にすんな。」

 

「でも……」

 

「いいから。それより、2人はこれからどうするんだ?」

 

 

優輝翔が話題を変えたことに2人は顔を見合わせると、エルゼは金貨を再びポケットにしまった。

 

「ありがとう//これからのことに関しては、とりあえず宿を取ろうと思ってるわ//」

 

 

「ありがとうございます//」

 

 

「ああ。それと宿に関してだが、良かったら俺の泊まってる宿に来るか?1泊前払い3食付いて銅貨2枚だ。ちなみに俺は今日から1ヶ月泊まる予定だが……」

 

 

優輝翔がそう言うと2人は顔を輝かせて同時に頷いた。

 

 

「ええ!お願いするわ!」

 

「よろしくお願いしますっ。」

 

 

「よし、なら行くか。」

 

 

そう言って優輝翔は2人を『銀月』まで連れて帰る。ミカさんは優輝翔がさらに新しいお客さんを連れてきてくれたことで嬉しそうにエルゼたちを歓迎し、そしてその日の夜は、みんなに少し豪勢な夕食が出てきたのだった……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 ギルド

第6話です。
今話もどうぞよろしくお願いします。
まだ序盤なので3話以降あまり原作と相違はないですが、それでも読んでくださる方に感謝を……


 

翌日、優輝翔は昨日会ったばかりの双子と一緒に朝からギルドへと向かった。

 

昨日、夕食後に3人で話し合った結果、一緒にギルドに行ってパーティーを組もうという話になったのだ。優輝翔としてもちょうどギルド登録をしようとしていたところだし、双子も双子で(特にエルゼが)昨日の出来事で懲りたのか、これからはギルドから依頼を受けて収入を得ようという話になり、それならばということで、そういう結論に辿り着いたのである。

 

優輝翔としても1人きりよりは何かと都合が良かったし、エルゼたちとしても優輝翔には強くて優しい頼れる人という印象がついていたので、お互いに何ら問題はなかった。

 

ギルドに着くと、3人は真っ直ぐに空いている受付へと向かった。

 

 

「すみません。ギルド登録をお願いしたいのですが……」

 

「はい。後ろの方も含め3人ですね。ギルド登録は初めてでしょうか?もしそうであれば簡単に説明の方を致しますが……」

 

「お願いします。」

 

「畏まりました。」

 

 

受付のお姉さんは軽く頭を下げると、ギルドについての説明を始めた。

 

以下、内容を簡単にまとめるとこんな感じだ。

 

1、ギルドは依頼者からの仕事を紹介してその仲介料を取る機関である。

 

2、仕事はその難易度によってランク分けされており、その難易度は下から順に、黒<紫<緑<青<赤<銀<金という順番になっている。

 

3、下位の者が上位ランクの仕事を受けることはできない。しかし、パーティーの過半数が上位ランクに達していれば、下位ランクの者がいても関係なく上位ランクの仕事を受けることができる。

 

4、依頼に失敗した場合、違約料が発生することがある。

 

5、さらに数回依頼に失敗し、悪質だと判断された場合は、ギルド登録を抹消される。この場合、もうどこの町のどこのギルドでも再登録は不可となる。

 

6、(その他)、5年間依頼をひとつも受けないと登録失効になる、複数の依頼は受けられない、討伐依頼は依頼書指定の地域以外で狩っても無効、基本、ギルドは冒険者同士の個人的な争いには不介入、ただし、ギルドに不利益をもたらすと判断された場合は別…etc

 

「以上で説明を終わります。他に何か不明な点などが出てきましたら、係のものにお尋ねください。」

 

「分かりました。」

 

「それではこちらに必要事項の記入をお願い致します。」

 

 

お姉さんはそう言って3枚の用紙と羽根ペンを優輝翔たちに差し出した。優輝翔はそれを受け取り案の定文字が読めないのを見ると、自分の横に来て今まさに用紙に文字を書き込もうとしているリンゼに話しかけた。

 

 

「リンゼ。リンゼたちは確か読み書きは普通に出来るんだよな?」

 

「えっ?あ、はい。できますけど……」

 

「なら俺のも頼めるか?実は読み書きをまだほとんど覚えてないんだ。」

 

「そうなんですか?分かりました。」

 

 

リンゼは優輝翔の頼みに快く頷くと、自分のと一緒に優輝翔のも書き上げた。

 

 

「出来ました。」

 

「ありがとな、リンゼ。」

 

「ふぁっ//ど、どういたしまして…//」

 

 

優輝翔がリンゼの頭にポンっと手を置いてお礼を言うと、リンゼは少し頬を染めて言葉を返した。優輝翔はそんなリンゼに軽く微笑むと、既に書き上げていたエルゼの用紙と一緒にお姉さんに渡した。

 

するとお姉さんは引き出しからピンと黒いカードを3枚ずつ出し、優輝翔たちにカードに血を染み込ませるように伝えた。

 

そして優輝翔たちがそれも終えると、お姉さんは最後にギルドカードについての説明(簡単に言うと、持ち主本人以外の人が持てば10秒ほどで灰色になる)を行って、ギルド登録の終了を優輝翔たちに伝えた。

 

 

「さあ!依頼を探しに行きましょうか!」

 

 

エルゼが元気よくそう言うと、他2人もそれに頷いて3人で依頼ボードの前に立った。

 

…………は、いいのだが……

 

「読めないんだよな……」

 

 

仕方ないので、優輝翔はリンゼに通訳してもらいながら3人で依頼を吟味し、最終的に1枚の依頼を選び出した。

 

内容は一角狼の討伐。数は5匹で、報酬は銅貨18枚だ。エルゼたち曰くこのメンツなら難しくない相手らしいので、その内容で1人6千円なら悪くない依頼だろう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

依頼申請を終えてギルドを出た3人は、優輝翔の武器調達のため町の武器屋に来ていた。

 

店の名前は『武器屋熊八』。その名の通り、店主も一目熊のような大男である。

 

 

「優輝翔はどんな武器がいいの?」

 

 

店の中を見て回りながら、エルゼがそう聞いてくる。

 

 

「そうだな…。(基本は素手で十分なんだが……)とりあえず、使いやすそうな剣を見てみてもいいか?」

 

「もちろんよ!ねっ?リンゼっ。」

 

「うんっ。優輝翔さんの場合はやっぱり力よりも速さが武器だと思うので、片手剣はどうですか?」

 

 

リンゼがそう言って片手剣のコーナーを指で指す。そして優輝翔がそこに行ってしばらく剣を見ていると、1本の剣に目が止まった。

 

いや、『刀』と言った方が正解なのだろう。

 

優輝翔はその刀をそっと両手で持って重さを確かめる。そしてその後はそっと刀を抜いて刃の形や質を見てから、ひとつ頷くとそれをまた鞘にしまった。

 

 

「あら、それ…。やっぱり故郷の剣が気になるの?優輝翔。」

 

 

優輝翔が刀を持って色々試しているのが気になったのか、エルゼが傍からそう優輝翔に聞いてきた。

 

 

「まぁな。とりあえずひとつはこれにするよ。」

 

「えっ?ひとつはって……いくつか買うんですか?」

 

「ああ、ちょっとな。」

 

 

優輝翔はリンゼの問いに軽くそう答えると、ナイフや小太刀などが売ってるエリアに行き、そこで数点物色してから店主のところに向かった。

 

 

「会計をお願いします。」

 

「はいよ。えーと……合計で金貨3枚と銀貨2枚ですね。」

 

「「えっ!?」」

 

あまりに金額が高かったせいか、優輝翔の後ろで待っていた双子が同時に声を上げて驚いた。

 

「金貨3枚って……」

 

「優輝翔さん……いったい何を買ったんですか…?」

 

「別に。ただ切れ味のいいナイフとを幾つかだけだ。」

 

 

優輝翔はそう言って金貨4枚で会計を済ませ、買ったナイフを自分の服の至る所に仕込んでいった。

 

 

「よし、じゃあ行くか。」

 

「優輝翔……あんたそれじゃまるで……」

 

「暗殺者……」

 

 

双子がそう言いながら固まっているが、優輝翔はそれに対して軽く口角を上げるだけで特に返答はせず、次の店へと歩き始めた。

 

そしてその後、必要なものを全て買い終えた優輝翔たちは3人揃って依頼の指定場所である東の森へと歩き始めたのだった……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 初戦闘

今話もよろしくお願いします。
今少し元々書きだめしてあったストーリーに手を加えていて、その関係でもしかしたら今まで出した話もいじるかも知れませんが、ストーリーの流れにほとんど影響、変化はないので安心してください。


 

リフレットを出て約2時間。優輝翔たちは無事に東の森まで辿り着いていた。

 

森の中に入ってしばらく経った頃、優輝翔は突如前方から2つの気配がものすごい勢いでこちらに向かって来るのを感じ取った。優輝翔は自分の後ろをついてきていた双子を手で合図して静止させると、そっと腰を落として剣に手を添える…。

 

 

ザシュッ!ザシュッ!

 

 

直後、前方から2匹の灰色の狼が連続して飛び出してきた。額に立派な角も生えていることから、この生き物が一角狼で間違いないのだろう。

 

尚、優輝翔がこのことを認識するのにかかった時間は僅か0.2秒。そして狼が飛び出してきてから0.5秒と経たないうちに、優輝翔はうち1匹に向かって素早くナイフを投げつけていた。

 

 

「わふっ!」

 

 

優輝翔の投げたナイフが見事片目に突き刺さり、刺された狼は失速した。そしてその隙に優輝翔はもう片方の狼の首を刀で飛ばし、続いて残ったもう一匹の狼の命の灯火も消し去った。

 

ここまでにかかった時間、僅か1.8秒。

 

 

「うわぁぁ…//」

 

「す、すごい……」

 

 

双子は優輝翔の戦いぶりに思わずとも驚きの声を漏らしていた。

別に打合せしていたわけではない。ただ、自分たちもと思った時には既に戦いが終わっていただけだった……

 

そんな呆然とした様子の双子に、優輝翔はそっと両の手の平を差し出す。

 

 

「次がもう来る。今度は任せたぜ。」

 

「「!!」」

 

「……ええ、任せておいて。」

 

「スー…ハー…スー…ハー……行きます。」

 

 

双子はそう言うとそれぞれ優輝翔の手に自分の手を軽く合わせてから臨戦態勢に入った。そして3匹の狼が飛び出してきた瞬間、リンゼが炎の魔法で瀕死に追い込み、エルゼが強烈なパンチを繰り出して戦いを終えた。

 

流石双子と言うべきだろう。実に息の合ったコンビネーションプレーであった。

 

 

「ふぅ。案外簡単だったわね。」

 

 

エルゼがそう言いながら汗を拭う仕草を見せる。別にそこまで汗はかいてないだろうから、単にそうしたい気分なのだろう。

 

 

「よし、じゃあさっそく角を切り取るか。」

 

 

優輝翔はそう言って倒した狼の角を採取していく。

このような討伐依頼の場合には倒した証拠として必ず討伐部位というものが必要になるそうで、その討伐部位というのは魔物ごとにほぼ決まっているらしいのだ。それが今回の一角狼で言うと、角に当たるのである。

 

ちなみに魔物の討伐部位以外の箇所も持って帰れば売ることは出来るそうなのだが、まぁそれは馬車で移動している人や空間系の魔法を使える人の特権だそうだ。

 

角の採取を終えると優輝翔たちはまた2時間掛けてリフレットの町へと戻った。そしてギルドに行って依頼完了の報告をする。

 

 

「はい。一角狼の角5本、確かに受け取りました。ではギルドカードの提出をお願いします。」

 

 

受付のお姉さんの言葉に優輝翔たちがカードを差し出すと、お姉さんは引き出しからハンコのようなものをひとつ取り出してカードに押し付けた。

するとそこから小さな魔法陣(?)のようなものが広がり、またすぐに消える。

 

 

「今のは?」

 

「これはカードにあなた方の実績を記録する魔道具です。こうして実績を積み重ねていけば、ランクアップの基準を満たした時には自然とカードの色が変わる仕組みです。」

 

 

お姉さんは優輝翔の疑問に丁寧に答えると、優輝翔たちにカードを返して小さな小袋を渡してきた。

 

 

「こちらが報酬の銅貨18枚になっております。ご確認ください。」

 

 

お姉さんに言われ優輝翔は枚数を確認すると、エルゼとリンゼに6枚ずつ分けた。

 

 

「ではこれにて依頼完了になります。お疲れ様でした。」

 

 

お姉さんの言葉に、優輝翔たちは軽く頭を下げてからギルドを出る。

するとエルゼがポンっと手を叩いて優輝翔とリンゼにある提案をした。

 

 

「ねぇ、折角だし、どこかで初依頼成功のお祝いでもしない?私、お腹すいちゃった。」

 

「そう言えば、もうお昼すぎてるもんね。」

 

「でしょ?リンゼもお腹すいてるみたいだし、優輝翔はどう?」

 

「ああ、俺もちょうど腹が減ってたんだ。どこか食べに行こうか。」

 

「やった!」

 

 

エルゼはそう言って可愛らしく胸の前で両の拳を握って喜ぶと、リンゼと一緒に飲食店を物色し始めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

その後、優輝翔たちはエルゼが選んだ『パレント』という喫茶店に入った。ちなみに選考理由は、「私の空腹センサーが反応したから」らしい。

 

注文を終えると、優輝翔は双子に昨日から考えていた頼みを伝える。

 

 

「2人とも、ちょっといいか?」

 

「ええ、いいわよ。」

 

「何でしょうか?」

 

「実は2人に2つほど頼みがあるんだが……」

 

 

優輝翔がそう言うと、2人は1度顔を見合わせてから笑顔で頷いた。

 

 

「ありがとう。実は俺に文字の読み書き、そして魔法を教えて欲しいんだ。」

 

「「えっ!?」」

 

 

優輝翔の言葉に2人は同時に声を上げて驚いた。その反応に優輝翔は少し首をかしげながら2人に尋ねる。

 

 

「どうした?何か変な事言ったか?」

 

「い、いえ、そうではないんですが……」

 

「魔法を教えてほしいって……適性はあるの?」

 

「適性?」

 

 

エルゼの疑問に、優輝翔も適性が何かわからずに疑問で返す。するとリンゼが適性について簡単に説明し始めた。

 

 

「適性とは、その人がどのタイプの魔法が使えるか、というもので、生まれ持った適性によっては、魔法を発動できない人も少なくありません。」

 

「なるほど。すべては適性次第か…。(そんな話は聞いてないぞ、神様。)」

 

 

優輝翔は内心で少しだけ愚痴ると、双子に適性の調べ方を尋ねる。

 

 

「それならここに……」

 

 

リンゼはそう言って自身の持っていたポーチを開くと、中から綺麗な色をした小石を幾つか取り出した。そしてそれを綺麗に並べると、1番左を指さして説明し始める。

 

 

「左から順番に水、火、土、風、光、闇、無の魔石、です。これを手に持って、水なら『水よ来たれ』。火なら『火よ来たれ』。と唱えれば、魔石の反応の有無で、適性は確認できます。」

 

「なるほどな。ちなみにその反応は?」

 

「水なら水が出て、火ならそのまま火が魔石から出てきますよ。」

 

「ならここではできないか…。じゃあリンゼ、悪いけどあとで一緒に適性の確認をしてもらってもいいか?」

 

「はいっ。もちろんです。」

 

 

リンゼはそう言って心地よく頷いてくれたところで、全員分の料理がテーブルに運ばれてきた。

 

 

「じゃあ乾杯!」

 

「「乾杯!!」」

 

 

エルゼの音頭に、優輝翔とリンゼが続く。そして3人は美味しい食事に舌づつみを打ちながら、一旦先程とは全く関係のない、たわいもない話を始めるのだった。

 

 

 




今話もありがとうございました。
短くて進むのも遅いですがどうか気長にお願いします。隙間時間にさっと読めると思うのも利点だとは思うので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 魔法と適性

第8話です。気づいた方がいたかも知れませんが、数時間前に1度間違えて時間指定せず投稿してしまいしまして…。勘違いさせて申し訳ありませんでした。
あと昨日から今月末にかけて最後の後書きのところにアンケートも出しているので、宜しければご協力ください。


 

『パレント』での初依頼達成祝賀会を終えた後、エルゼは1人単独で依頼を受けに、そして優輝翔はリンゼに魔法を教えてもらうため、リンゼとともに『銀月』へと戻っていった。

 

 

「ミカさん。ちょっといいですか?」

 

「あ、優輝翔くんっ。いいよ、どうしたの?」

 

 

優輝翔がカウンターから声をかけると、ミカさんがすぐに厨房から顔を出す。

 

 

「実はリンゼに魔法を教えてもらうことになったので、裏庭の方を使わせてほしいのですが……」

「えっ、優輝翔くんって魔法も使えたんだ?」

 

「ええ、まぁ。それを確かめるためでもあるんですけどね。いいですか?」

 

「うん、もちろん。今は他にお客さんもいないんだし、自由に使って。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

優輝翔はお礼を言うと、笑顔で手を振るミカさんに見送られながらリンゼと中庭に向かった。

 

そして中庭にあった木製の椅子にテーブルを挟んで座ると、さっそくリンゼから魔法についての講義を受け始めた。

 

 

「えっと、ではまずは基本的なところから……魔法には、『属性』というものが全部で7つ存在しています。えっと……内訳は、さっきお話しした通り、です。」

 

「確か水、火、土、風、光、闇、そして無だったな。」

 

「はい。そしてその中で私は水、火、光の3つの属性を使うことが出来るんですが、先に言っておくと、これは珍しい方なんですよ。」

 

「大抵は1つか2つ、もしくは適性なしなのか?」

 

「はい。例えばお姉ちゃんなら、無属性の1つしか適性がありません。」

 

「なるほど。他には何かあるか?」

 

「はい。次は属性の相性なのですが、例えば私の場合、火属性が1番得意なんですけど、光属性はあまり使えません。」

 

「苦手ということか…。そこんところもあの石ころで確認はできるのか?」

 

「はい。もちろんです。」

 

 

リンゼは優輝翔の問いにそう答えると、再びポーチから7つの小石を取りだして、その中から水の魔石を指で挟んで持った。

 

 

「水よ来たれ」

 

 

リンゼがそう唱えると、リンゼの持つ水の魔石から少量の水が零れれる。

 

 

「これは……少ないのか?」

 

「いえ、これが一般的だそうですよ。そしてこの場合、水の量や澄み具合で、魔法を発動した人の魔力量と質が分かるようになっています。」

 

「なるほどな。」

 

 

優輝翔は納得してリンゼから残りの説明を聞いた。

 

以下、簡単に要約すると、

 

1、光は別名を神聖魔法と言い、治癒魔法もここに含まれる。

 

2、闇は主に召喚魔法(契約した魔獣や魔物を使役する魔法)のことを指す。

 

3、無は特殊な魔法で、滅多に同じ魔法を使える人がいないことから、別名を個人魔法という。

ex)「ゲート」「ブースト」…etc

 

という事だ。

 

 

「さて、では優輝翔さんの適性を調べてみましょう。」

 

「よし、分かった。」

 

 

優輝翔はそう言って立ち上がると、まずは水の魔石から試す。

 

 

「水よ来たれ」

 

プシャーっ!!

 

「っ!」

 

「きゃっ!」

 

 

優輝翔が魔法を唱えた瞬間、先程のリンゼの時とは比較するのが烏滸がましい程の大量の水が魔石から溢れ出してきた。

 

流石の優輝翔もこのままでは服がびしょ濡れになってしまうため、慌てて魔石をテーブルに投げ捨てる。その時点でも既に靴は中までびしょびしょで、地面にはいくつか水溜まりが出来ていた。

 

 

「……リンゼ、今のはかなりの魔力量と見ていいのか?」

 

 

「あ、はい…。それに、それだけじゃなくて…、魔力の質も、すごい、です。ほんとに、ありえないくらい、澄んでて……」

 

 

リンゼは余程衝撃的だったのか、途切れ途切れになりながら言葉を紡ぐ。

 

優輝翔も最初は驚いたものの、すぐにこれについて分析し始めた。

 

結果、

 

 

(まぁ、神様に能力値を底上げしてもらったお陰だろうな。)

 

 

と結論を出した。そしてまだ余韻が残ってるのかぼーっとしているリンゼを置いて、次々と適性を確認していく。

 

 

「火よ来たれ」

 

ボワァァ!!

 

 

結果、魔石から猛烈に燃え盛る青白い色の炎が生まれた。

 

 

「土よ来たれ」

 

ザァーっ!!

 

 

結果、ものすごく綺麗な砂浜の土のようなものが土砂崩れのように流れ出た。

 

 

「風よ来たれ」

 

ビュゥゥっ!!

 

 

結果、綺麗で透き通った黄緑色の風が暴風みたいに吹き出た。

 

 

「光よ来たれ」

 

ピカァァっ!!

 

 

結果、太陽のように眩しく神々しい光が溢れ出た。

 

 

「闇よ来たれ」

 

モワァ……

 

 

結果、恐ろしく禍々しい闇が周囲一帯に広がった。

 

 

「無よ来たれ」

 

……………………シーン。

 

 

結果、反応なし。

 

 

「なるほど。俺は無属性以外の6属性というわけか。」

 

「………………えっ!あ、ち、違うんです!優輝翔さん!」

 

 

優輝翔が納得していると、先程まで優輝翔の行動を見ながら呆然と突っ立っていたリンゼが、突如そう声を上げながら首と手を横に振った。

 

 

「違うって……何がだ?」

 

「えっと、無属性魔法は特殊、なんです。だから、何か実在の魔法を唱えてみて、それが発動するかどうか、もしくは少しでも魔石に反応があるかどうかで、適性を調べるんです。」

 

「そうなのか。なら……」

 

 

リンゼの説明に優輝翔はもう一度無属性の魔石を持って立ち上がると、先程少し便利だと感じた魔法を唱える。

 

 

「ゲート」

 

 

…………結果、魔法はちゃんと発動した。

 

 

「………………「ブースト」。」

 

 

…………結果、こちらもちゃんと発動した。

 

 

「「…………………………」」

 

「全部だな……」

 

「そう、ですね……」

 

 

優輝翔の呟いた言葉に、リンゼがポツリと言葉を返す。そのあまりの衝撃に2人は動き出すことが出来ず、しばらくの間その場に立ち尽くしていたのだった……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 アイスクリーム

9話目です。
第1話を中心に修正を加えましたが、第1話以外はほぼ変化などないので、修正が気になる方は第1話だけ見ていただければ万事大丈夫です。


翌日、優輝翔たちは昨日同様に午前中に依頼を終わらせると、エルゼは再び1人で依頼を受けるためにギルドへ、優輝翔は今日は姉よりも頭がいいという(まぁ見た目からも滲み出てるが……)リンゼに文字の読み書きを教えてもらうため、リンゼとふたりで『銀月』へと戻った。

 

自室に戻ると道すがら買ってきた紙と羽根ペンを手に、リンゼに隣で教えてもらいながら一生懸命頭に叩き込む。もともと優輝翔は物覚えがかなり良い上、神様に記憶力の向上までされたので、1度紙に書いて読み上げた文字はその瞬間に頭の中にインプットされていた。

 

そしてそのお陰か、優輝翔は僅か数時間後にはリンゼの作ったテストで満点を叩き出したのだ。

 

「優輝翔さん、すごいです//このテスト、今日習ったばかりの人には絶対に満点を出せない程難しく作ったのに…//」

 

 

「てかそんなの出すなよ。」という言葉は言わない方がいいだろう。優輝翔は空気が読める男である。たぶん。

 

 

「まぁな。もともと物覚えはかなりいいんだ。でもそれだけじゃなくてリンゼの教え方が上手かったのも確かだから、ありがとな。」

 

「ふぇっ///あ、えっと、……はい…///」

 

 

優輝翔がそう言ってリンゼの頭を撫でると、リンゼは顔を真っ赤にしながら辿々しくそう返した。優輝翔はそんな初心で可愛らしい反応に自然と笑みを浮かべ、ほんの少しだけ長めにリンゼの頭を撫でていた。

 

 

「さて、じゃあ勉強タイムは終わった事だし、下に行って何かミカさんにデザートでも作ってもらうか。」

 

「あ、はいっ//」

 

 

優輝翔の言葉にリンゼが頬を染めながら頷く。そしてふたりで1階まで降りたのだが、1階の食堂で何やらミカさんとエルゼ、それとあと1人、優輝翔の知らない女の人が3人で難しい顔をして話している様子が見えて、二人は顔を見合わせて同時に首を傾げた。

 

 

「どうしたんですか?ミカさん。」

 

「あ、優輝翔君っ。お勉強は終わった?」

 

「ええ、まぁ。ところでそちらの人はミカさんの友人ですか?」

 

 

優輝翔が初めましての人を見ながらそう言うと、その女の人は少し驚いたように声をあげ、少し緊張気味に自己紹介し始めた。

 

 

「あっ、は、はいっ!私はミカの友人で、アエルと言いますっ。」

 

「俺は白鷺優輝翔です。あ、呼び方は優輝翔でお願いします。」

 

「分かりました、優輝翔さん。」

 

優輝翔の頼みにアエルさんは快く頷く。するとミカさんがアエルの隣にやって来て、補足事項を加えた。

 

 

「ちなみに、この子あの喫茶店『パレント』の従業員よ。……」

 

「へー。あそこのですか。俺達も昨日行きましたよ。とても美味しかったので、またお邪魔しますね。」

 

「ほんとですかっ?それは是非!」

 

 

優輝翔の言葉にアエルさんは嬉しそうに手を胸の前で叩いてそう言った。優輝翔がその姿に笑みを浮かべていると、ふと自分の服が後ろから少しだけ引っ張られてるのに気づき後ろを振り返る。するとリンゼがまたも可愛らしく、若干頬をふくらませながら少し拗ねた感じで抗議してきた。

 

 

「優輝翔さん……私も混ぜてくださいよぉ……」

 

「あー、ごめんごめん。」

 

 

優輝翔がそう言いながらリンゼの頭を撫でると、リンゼは一瞬で期限を直して優輝翔のなでなでを堪能する。優輝翔はその様子に柔らかな笑みを浮かべ、そのままアエルさんにリンゼを紹介した。

 

 

「アエルさん。この子はリンゼ・シルエスカ。そこにいるエルゼの双子の妹なんですけど……」

 

「まぁっ、それで似ていたのね。」

 

「……その様子だと、もう自己紹介自体は終わってるみたいですね。」

 

「当たり前よ。」

 

 

優輝翔の呟きに、ここで初めてエルゼが口を開いてそう返す。

 

 

「言ったでしょ。相談してるって。」

 

「いや、言ってねぇから。」

 

「あれ?そうだっけ?」

 

「あはは…。エルゼちゃん、実はまだ優輝翔くんたちには話してないんだよねぇ…。という訳で優輝翔くん。リンゼちゃんも、ちょっと相談に乗ってくれない?」

 

「「相談??」」

 

 

そう言ってまたも綺麗に同時に首を傾げる二人にミカさんは苦笑しながら、相談してた内容を説明してくれる。何でも、アエルさんが新作の女性受けするお菓子を作りたいそうで、そのアイデアを出してほしいということらしかった。

 

 

「女性受け……難しいですね…。」

 

「確かにな…。…………アイスクリーム、は単純すぎるか?」

 

「「「「アイスクリーム????」」」」

 

「えっ?」

 

 

優輝翔の言葉に今度は優輝翔以外の4人が一斉に首を傾げる。それに釣られて優輝翔も思わず声を漏らしてしまった。

 

 

「もしかして……アイスクリームを知らないのか?」

 

「えっと、氷……ではなく?」

 

「ああ……なるほどな。なら作ってみるか。」

 

 

リンゼの言葉に優輝翔はある意味納得した。考えてみればこの文明の遅れた世界に冷蔵庫などというものがあるはずも無く、それならばそんなすぐに溶けてしまうようなアイスクリームはなくても当然であろう、と。

だが……

 

 

(作ったって、その場で食べきれば問題ないか。てか氷魔法使えばよくね?)

 

 

そう思って優輝翔はスマホを取り出すと、パパっとアイスクリームのレシピを検索する。そして4人に手伝ってもらいながら、5人分のアイスクリームを作り始めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

しばらくして、アイスクリームが完成した。

 

 

「美味しい!」

 

 

まず最初にと、1口食べたアエルさんがそう反応する。いや、実際はそれよりも先に優輝翔が毒味(?)をしているので、最初ではないのだが……

 

 

「ほんとっ。美味しいね、これ。」

 

「すごく甘い……」

 

「うん。冷たいけど、それも美味しく感じます…。」

 

 

どうやら4人の口に問題なくあったらしい。優輝翔としてはこの世界と元の世界との味覚の違いに不安を寄せていたが、問題なかったようだ。

 

 

「どうですか?アエルさん。保存方法に関しては先程(※アイスクリームを作る時に、リンゼの氷の魔法を使って固めたこと)のように水属性の適性がある人に氷を作ってもらって、それを砕いて周りに固めて置いておけば小一時間くらいなら軽く持つと思うんですが…………」

 

「そうですねっ//アイスクリーム、すごくいいです!//ありがたく使わせて頂きますね!//」

 

 

アエルさんは嬉しそうにそう言うと、一目散に優輝翔から貰ったレシピを持って『パレント』へと帰る。優輝翔はそんなアエルさんに苦笑しつつ、ひとり頭の中で考える。

 

 

(今度はパフェのレシピでもあげてみようかな。)

 

 

と……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王都、そして、男と女
第10話 王都へ


節目の10話目です。
今話もよろしくお願いします(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+*ペコ


数週間後、週6ペースで依頼をこなしていた優輝翔たちのランクはともに紫まで上がった。

 

そしてその翌日、優輝翔たちはさっそく紫の依頼書の中から『王都への手紙配送(報酬:銀貨8枚)』という依頼を選択し、馬車で王都に向かう。この依頼の選考基準としては、この国の首都である王都に1度は足を運んでおきたい(そうすれば次からは「ゲート」が使えるため)というのと、この依頼の差出人が優輝翔の知り合い(?)であるザナックさんだったからだ。

 

王都への道すがら、優輝翔は実家が農家のため馬の扱いにも慣れているという双子に御者の方を任せ、1人荷台で魔法の本を読んでいた。ちなみに題名は『無属性魔法百科』である。

 

リンゼのお陰でこの世界の文字をほぼマスターした優輝翔は、午後から1人で買い集めた本を読み漁っていた。読んでる本の例を挙げると『水属性魔法百科』、『火属性魔法百科』、などの魔法の本や、『ベルファスト王国の歴史について』、『ミスミド王国の成り立ち』などの歴史や政治の本だ。

 

 

「優輝翔さん。調子はどうですか?」

 

 

今しがたエルゼと御者を交代したばかりのリンゼが優輝翔の隣に来てそう尋ねた。

 

 

「まぁまぁってところだ。他の魔法の本と違って、無属性魔法の本は分厚いくせに内容が薄いからな…。」

 

「まぁ、まさか個人魔法と呼ばれる無属性魔法を全部扱える人が出てくるなんて、誰も予想つかないですからね。」

 

「なるほど。こんな本を買うのはただのバカか物好きってか。」

 

 

優輝翔の投げやりな言葉に「あはは…」とリンゼが乾いた声を漏らしながら頷いた。

優輝翔はその反応を横目に見ながら「ふぅ…」とひとつ息を吐くと、パタンっと本を閉じてスマホを取り出した。

 

 

「休憩だ。流石に疲れた。」

 

「そう言えば優輝翔さん、途中の町で昼食を取った時以外はずっと本を読んでましたもんね。」

 

「まぁ、朝読んでたのは別の(歴史の本)やつだけどな。」

 

 

そう言いつつ、優輝翔は慣れた手つきでスマホの画面を開き、最近暇な時にやっているボードゲームアプリを開いた。そしてその中からチェスを選択して遊び始める。

 

 

「何をしているんですか?」

 

 

優輝翔がスマホに集中しているのが気になったのか、リンゼがそう尋ねてきた。

 

 

「ああ、ボードゲームだ。」

 

「ボードゲーム?」

 

「ん?………ああ。(そう言えばこの世界は娯楽が少ないんだったな)。ほら、これだ。」

 

 

優輝翔は1人そう納得すると、リンゼにスマホの画面を見せるために身体をくっつけた。

 

 

「ひゃっ///」

 

「ん?悪い、嫌だったか?」

 

「い、いえ…///……えっと、これが?//」

 

「ああ、これはチェスというゲームだ。他にも……」

 

 

優輝翔はそう言ってスマホの画面を戻し、リバーシ、将棋、麻雀、囲碁などの他のボードゲームを紹介する。

 

 

「すごい、こんなに……」

 

「リンゼは何かやりたいやつあるか?」

 

「そうですね…、お姉ちゃんならこの麻雀?というゲームなんですけど……」

 

「ん?何故だ?」

 

「だってお姉ちゃん、運はいいですから。」

 

「……そうなのか?」

 

「はい。」

 

 

優輝翔の疑問にリンゼははっきりとそう言って頷く。恐らくお祭りとかの抽選では毎回当たっていたのだろう。この世界にお祭りがあるかは知らないが……

 

その後、リンゼがとりあえず全部順番にやってみたいと言うので、優輝翔はリンゼがエルゼと御者を交代する時まで付きっきりでリンゼに大まかにルールを教えていった。

 

ただまぁ流石にこの量のゲームのルールを全て覚えきるのはすぐには無理なので、一通りルールを話した後は優輝翔が先ほど遊んでたチェスをより細かいルールを教えながらひたすら二人でやり続けたのだが…。

 

ちなみに、リンゼがエルゼと御者を交代したあと、エルゼはリンゼの勧めで優輝翔に簡単にルールを教えてもらってから、優輝翔とコンピューターを混ぜて麻雀を行い、案の定一人勝ちを収めたのだった。それも大勝。

 

そして『決してエルゼとは麻雀はしない』と心に誓う優輝翔であった…。

 

まぁそうなるとエルゼが拗ねてしまうので、結局その後エルゼと麻雀をやり続けたのだが……

 

(もちろん全敗)

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

夕刻になり、優輝翔たちを乗せた馬車はリフレットの次の次の町、『アマネスク』へと到着した。そして適当に宿を決めてその日はそこで一泊。

 

翌日、優輝翔たちは午前中をこの町でゆっくり過ごしてから旅を再開しようと話し合い、それぞれこの町の観光をし始めた。そして昼前になり、3人で集まって昼食場所を決めようとしたのだが……

 

 

「……何か騒がしいな。」

 

「ほんとね。何かあったのかしら?」

 

 

優輝翔の言葉にエルゼも続く。3人の目の前には少し人だかりが出来ていた。

 

優輝翔たちが気になってその中心まで顔を出してみると、そこでは1人の変わった格好の少女が複数人の男に囲まれている風景が映し出されていた。

 

薄い紅色の着物に紺色の袴を身につけ、腰には大小2つの刀を挿している。髪はポニーテールに結われていて、そこに控えめな簪が1つ添えられていた。

 

 

「侍か。」

 

「サムライ?それって確かイーシェンの……」

 

「ああ。」

 

 

リンゼの言葉に優輝翔が頷く。優輝翔自身も生で見たのは当然初めてであった。

 

どことなくオーラを感じなくもない。

 

そんなことを考えていると、男達が一斉に女の子に殴りかかった。中には武器を持っている者もいる。

 

 

「助けた方がいいかしら?」

 

「………いや、普通にやってれば問題ない。」

 

 

優輝翔の返しにエルゼが納得したように「それもそうね」と言って目の前の戦いを傍観した。

 

それもそのはずで、女の子は戦いが始まってから1度も男達に攻撃を当てられていないのだ。むしろ襲ってくる男達を剣を抜かずに体術だけでいなしていた。要は、相手になっていないのだ。

 

だが……

 

 

「ん?なんだ?」

 

 

女の子が攻撃を受けていないのにも関わらず、急にお腹を抑え始めたのを見て優輝翔がそう呟く。

 

そして男達は今が好機と思い、女の子に一斉に飛びかかった。

 

 

「優輝翔っ!」

 

「ちっ!ああ!」

 

 

エルゼと優輝翔はお互いに声をかけ合い、女の子に飛びかかろうとしていた男達を蹴散らす。女の子は初め混乱したような顔をしていたが、敵ではないと判断すると再び男達を蹴散らし始めた。

 

そしてほとんど男達を片付け終えたところで町の警備兵がやってきたので、後を任せて優輝翔たちは女の子とともにこの場から離れ、近くの路地裏に入った。

 

 

「ご助勢かたじけなく。拙者、九重八重と申す。あ、八重が名前で九重が家名でござる。」

 

 

そう言って女の子、もとい八重が頭を下げた。続いて優輝翔たちも自己紹介を行うと、優輝翔は先程の疑問を八重に尋ねる。すると八重はまたお腹を抑えながら……

 

 

「いやぁ……実は、その……拙者、ここに来るまでに、恥ずかしながら路銀を落としてしまい、それで……」

 

ぐうぅぅぅ……

 

 

八重の言葉に反応したかのように、八重のお腹から大きめの音がこの辺り一帯に響き渡ったのだった……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 襲撃

今話もよろしくお願いします。

それともアンケートの方ですが、一番多かった『このまま(週一投稿)』になりました。多くの投票ありがとうございました。


ちょうど自分たちも昼食を取ろうとしていたので、優輝翔は八重も伴って近くにあったこの町評判のレストランに入った。

 

八重は最初「赤の他人に施しを受けるわけにはいかないでござるっ!」と言っていたが、優輝翔たちが対価としてイーシェンの内政や八重自身の情報を要求するとあっさり首を縦に振った。チョロイ。

 

そして昼食中に分かったことは、

 

1、八重の家系は代々武家の家柄で、実家は八重のお兄さんが継ぐことになったので、八重は腕を磨くために武者修行の旅に出たということ。

 

2、八重の目的地が王都にいる、昔父が剣術を教えに出向いていた生徒の家だということ。

 

3、八重の家は徳川の収める領地のオエドにあるということ。

 

4、日本と同じような名前の武将(織田、毛利、上杉……etc)がイーシェンにもいるが、別に戦国時代のように争ってはないということ

 

などである。ああ、そう言えばもうひとつ。八重の胃袋は底なしだということも追加で。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

昼食を終えると、優輝翔たちは八重も加えて4人で王都へと旅立った。ちなみに何故八重も一緒かというと、単純に目的地が一緒だからだ。

 

但しそのままだと、王都に着くまでの間、八重は金銭面を優輝翔たちに頼りきってしまうことになってしまうので、優輝翔は八重を雇うという形にして、その代わりに八重は優輝翔に旅の費用を全額担ってもらうということでお互いに合意した。

 

そしてアマネスクの町を出て3日。優輝翔たちは今日も馬車に揺られていた。

 

今御者台には八重が1人で乗っている。基本はエルゼとリンゼも混ぜて3人で交代しながらなのだが、八重は自分が雇われているということで、2人よりもかなり多めの割合で御者を担っていた。

 

そして荷台では、エルゼは優輝翔のスマホで麻雀(しかも超上級者向け)をひたすらプレイしており、リンゼは優輝翔の隣に座って一緒に魔法の本を読んでいた。

 

 

「この魔法……試してみるか。」

 

「何かいい魔法があったんですか?」

 

 

優輝翔の声を聞いてリンゼが優輝翔に尋ねる。

 

 

「ああ。「アポーツ」って言う魔法なんだが……」

 

「……遠くにある小物を取り寄せる魔法……ですか。」

 

 

リンゼが優輝翔の持っている本を覗きながらそう言うと、優輝翔は頷いて手のひらを上に向けた。

 

 

「アポーツ」

 

「あっ!えっ、うそっ!」

 

 

目の前からエルゼの悲鳴が聞こえてくる。そして優輝翔の手のひらの上にあるのは1台のスマートフォン。そしてその画面では……

 

 

「あっ、負けてる……」

 

「しっ、仕方ないでしょっ!//相手も強いんだからっ!//」

 

 

優輝翔の呟きにエルゼがそう言いながら奪い取るように優輝翔の手の上からスマホをひったくった。

 

 

「珍しいな。」

 

「ふんっ!//言っとくけど勝率はいいんだからねっ!//次は勝つし…//」

 

 

エルゼはそう言うとまた元の場所に座ってスマホを弄り始めた。恐らく再戦をしているのだろう。

 

 

「もう……お姉ちゃんったら…。その魔道具は優輝翔さんのなのに……」

 

「別にいいさ。リンゼもゲームをやる時は熱中してるだろ?」

 

「えっ、あ、ごめんなさい……」

 

「気にするな。ふたりが楽しんでくれてるならそれでいいさ。」

 

「…///」

 

 

優輝翔がそう言いながらリンゼの頭を撫でると、リンゼはお馴染みのように顔を赤くした。そして照れ隠しのようにさっさと自分の読みかけていた本へと意識を落としたのだった……

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

午後、先程途中の町で昼食を終えた優輝翔たちは再び王都への旅路についていた。ちなみにもう距離もそこまで遠くはない。

 

そんな中、優輝翔はまたひとつ新しい魔法を試そうとしていた。

 

 

「ロングセンス」

 

 

優輝翔がそう唱えた瞬間、優輝翔は隣にいるリンゼだけでなく、優輝翔の目の前で今も麻雀をしているエルゼ、そして御者台にいる八重の呼吸音、さらにはその3人の心臓の鼓動までもが自分の耳に流れ込んでいる感じがした。

 

 

「これは、すごいな…。」

 

 

優輝翔がそう感心して他の音にも意識を傾けようとすると、ふと同じように強化されていた嗅覚に馴染み深い臭いがした。

 

優輝翔がすぐにその臭いの漂ってきた方角に視覚を最大限強化して向けると、目に飛び込んだのは革の鎧を身にまとった二足歩行の多数のトカゲ(恐らくリザードマンであろう)が、剣と盾を手に複数の鉄の鎧を着た兵士らしき者達と戦っている風景だった。

 

また兵士の人たちの後ろには優輝翔が今まで見たことも無い煌びやかな馬車があり、またリザードマンたちの後ろには黒のローブを着た怪しげな男が1人目の前の戦況を見守っていた。

 

その肝心な戦況だが、どうやら兵士たちの方が分が悪いようだ。恐らくは既に過半数が地面に倒れ血を流している。

 

 

(これは急がないとまず兵士は全員死ぬな。)

 

 

優輝翔はそう確信すると、数秒ほど悩んだ後、即座に御者台にいる八重に少し大きめの声で指示を出した。

 

 

「八重!全速力だ!もう少し行った先の森の中で人が襲われてる!」

 

「なっ!しょ、承知!」

 

 

優輝翔の掛け声に、八重が鞭を入れて一気に馬の速度を上げる。そして着くまでの間に優輝翔はもう少しだけ詳しい様子を見ることにした。

 

 

(倒れているのは……今はまだ6人か?でも残りが4人ならやばいな。というか1人は今にも倒れそうだ。対してリザードマンはその数倍。あとは男の方だが…………なるほど、やはりあいつは闇魔法の使い手か。)

 

 

優輝翔はローブの男が何やら呟いた後にリザードマンが1体男の前から現れたのを見てそう確信し、馬車に乗っている3人に指示を出し始めた。

 

 

「敵はリザードマン十数体だ。戦っている兵士は今はもう3人だ。」

 

「えっ!3人ですか!?」

 

「ちょっ!それやばいんじゃないの!?」

 

「いや、恐らくもう着くからもつにはもつだろ。ただ時間がないから先に指示を出す。リンゼ。」

 

「は、はい!」

 

「リンゼは目に見えるとこまで来たら先制魔法を打て。その後は八重とすぐ御者を交代。そのまま馬車の上から援護射撃してくれ。」

 

「分かりました!」

 

「エルゼ。八重。ふたりはリンゼが馬車を止めるか、行けると思ったら、すぐに飛び降りて兵士と協力してリザードマンを倒せ。俺は黒幕を殺る。」

 

「「了解(でござる)!!」」

 

 

ふたりからの返事を聞くと、優輝翔は再び戦況を確認する。4人を乗せた馬車と血のついた戦場までの距離は、もう目と鼻の先だ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 公爵令嬢

さてさて、今話もよろしくお願いします。

今話はいつもより文字数が多いですが、その分内容も濃いので、お楽しみいただければ幸いです。

それと先に書いちゃいますが、恐らくこれと同じタイミングで投稿されるであろう『異世界はスマートフォンとともに if』という小説もオススメしておきます。全部というわけではもちろんないですが、少なくとも色々変更しているこの作品よりは原作に似通っている作品なので、アニメを見ていない人、もしくはアニメのストーリーの記憶が曖昧な人はそちらを見てからこちらの作品を見に来てもらうのもありだと思います。

さて、前書きまで長くなってしまいましたが、改めて最新話をどうぞ(*^^*)



 

「炎よ来たれ、渦巻く螺旋、ファイアストーム」

 

戦場が見えたところで、御者台に移動していたリンゼが得意の火属性魔法をリザードマンの中心に叩き込んだ。そしてすぐさま八重と御者を変わると、馬車のスピードを落とす。

 

優輝翔たちは馬車のスピードがある程度落ちると、馬車から飛び降りてリザードマンたちの中に飛び込んだ。

 

 

「はぁぁっ!」

 

「っ!」

 

 

エルゼが得意の打撃で、八重が一撃必殺の一刀でリザードマンを倒していく。優輝翔もいつも使っている自身の愛刀を使って一瞬でリザードマンの息を刈り取りながら、一直線にローブの男のところに向かった。

 

そして……

 

 

「っ、このっ…「死ね」……」

 

 

ローブの男が優輝翔に気づいて声を上げた瞬間、優輝翔は既に男の頸動脈を一刀で斬り捨てていたのだった……

 

 

「あれ、消えた?」

 

「終わった……でござるか?」

 

 

後ろから聞こえたふたりの声に優輝翔が振り向くと、リザードマンたちは1匹残らず居なくなっていた。恐らく召喚主が殺されたことが原因だろう。

 

優輝翔はふたりと、馬車を止めて合流したリンゼの4人で兵士たちと対面した。

 

 

「すまん、助かった…」

 

 

足を怪我しているのか、剣を杖替わりにしている兵士が代表してそう告げてくる。

 

 

「いえ、ちなみに兵士で残ったのはあなた方3人だけですか?」

 

「ああ、他も確認したが……既に死んでいたよ…っ!」

 

 

悔しそうに兵士が歯を噛み締める。優輝翔はとりあえず残っている3人だけでもと、リンゼとふたりで回復魔法をかけた。

 

 

「助かった。ところで…「誰か!誰かおらぬかっ!」…っ!お嬢様!」

 

 

兵士が何か言いかけたところで、突如割って聞こえてきた声にそう叫んで自分たちが守っていた馬車のところへと飛んで行った。優輝翔たちも後に続き兵士たちの後ろから馬車の中を覗き見ると、中では先程の女の子が椅子に横たわっているお爺さんの手を握りながら助けを求めていた。

 

 

「誰か!誰か爺を!胸に…胸に矢が刺さってっ!」

 

「リンゼ!」

「はい!」

 

 

優輝翔は兵士を押し抜けてリンゼと共に馬車の中に入る。執事の礼服を着たお爺さんは確かに胸のあたりに矢が突き刺さっており、そこからは大量の血が溢れ出ていた。まだ息はしているが、もう虫のそれだ。

 

 

「まずいな。リンゼ、どうだ?」

 

「む、無理です!恐らく優輝翔さんの魔力なら上位魔法で治すことは可能ですが、矢が邪魔です!でも矢を無理に抜くのは……」

 

「ちっ…」

 

 

優輝翔は思わず舌打ちをする。確かに矢を抜けばそこからさらに出血して最悪死ぬだろう。だが矢を抜かなければ、たとえ回復したとしても刺さっている部分からまた出血を繰り返すだけだ。

 

 

「矢……矢を退ける方法は………………いや、ある!」

 

「えっ!」

 

 

優輝翔はそう叫ぶとすぐさまその魔法を唱えた。

 

 

「アポーツ」

 

「光よ来たれ、女神の癒し、メガヒール」

 

 

優輝翔は連続で2つの魔法を唱え、矢を取り除いた瞬間にお爺さんの傷を回復した。

 

 

「どうだ…?」

 

 

優輝翔がそう呟くと、お爺さんは自身の手を空いている方の手を胸のあたりに当て驚きの声を漏らした。

 

 

「こ、これは……痛く、ない…?」

 

「爺!」

 

 

お爺さんがゆっくりと起き上がると、女の子は嬉しさのあまりお爺さんに飛びついた。それを見た優輝翔は少しだけ嬉しそうなほっとしたような顔を浮かべ、まだあまり無理しないよう忠告してから馬車を出る。

 

すると、いきなり後ろと前から誰かに抱きつかれた。まぁ前はエルゼだと分かっていて、八重は自身の正面にいるのは見えているので、後ろも簡単に特定できるのだが……

 

(と言うか元よりひとりしかいない。)

 

 

「さすがです……優輝翔さん…///」

 

「ほんと……あんたって奴は…//」

 

 

そう言って自分に額を擦りつけてくるふたりの頭を優輝翔は優しく撫でる。

 

 

「いやぁ…リザードマンとの戦いの場面でもそうだったでござるが、優輝翔殿は魔法も一流なんでござるか…。ほんとに何でも出来そうでござるな…。」

 

 

八重がそう感心したような声でそう言うと、優輝翔はゆっくりと首を横に振りながら答えた。

 

 

「いや、何でもはできないさ。もし何でも出来るなら死んだ兵士も生き返らせてるよ。」

 

「優輝翔殿……」

 

 

優輝翔の哀愁が漂う言の葉に、八重はポツリとそう漏らした。

 

確かに優輝翔は「リザレクション」という蘇生魔法があるのは知っている。しかしそれには複数の複雑な条件や代償が必要になってくるのだ。優輝翔は当然全て暗記しているが、今回の兵士の場合、条件の面でまず蘇生は不可能であった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

戦後の後処理を終えた後、優輝翔たちは改めて助けたお爺さんに頭を下げられた。

 

 

「本当に助かりました。まさかまだこの生を全うできるとは、ほんとに、なんと御礼申し上げて良いのやら……」

 

「いえ、あまり深く考えないでください。俺としては目の前で死にかけてる人がいるのに無視する方が嫌ですし。それに執事さんも、さっきも言いましたが血がまだ戻ってないんですから、あまり無理はしないで下さい。」

 

 

優輝翔がそう言うと、今度はお爺さんの横で手を腰に当てて少し偉そうな態度で突っ立っていた女の子が優輝翔たちに感謝の意を述べる。

 

 

「感謝するぞ!優輝翔とやら!お主は爺の、いや爺だけではない。妾の命の恩人なのじゃ!」

 

「あ、ああ……」

 

「申し訳ございません、優輝翔さん。ご挨拶が遅れました。まず私、オルトリンデ公爵家家令を勤めております、レイムと申します。そしてこちらのお方が公爵家令嬢、スゥシィ・エルネア・オルトリンデ様でございます。」

 

「うむ!スゥシィ・エルネア・オルトリンデだ!よろしく頼む!」

 

 

お爺さんの言葉で優輝翔は女の子が偉そうな態度でいた理由を納得した。公爵とは即ち、国王を除く貴族のトップ、であり、国王を除いて唯一の王族でもあるのだ。

そしてその事実を聞いたせいか、優輝翔の隣にいた他3人はすぐさま地に膝をつけた。

 

 

「ああ、なるほど。確か今の公爵は国王陛下の弟……でしたっけ?」

 

「うむ!しかし……優輝翔は平然としておるの?大抵は横にいる女子共の様になるのに……」

 

「まぁ、お望みとあらば……」

 

 

そう言って優輝翔が跪こうとすると、慌てるようにスゥシィが優輝翔を止めた。

 

 

「いやいやいや、せんでよい!公式の場ではないし、さっきも言ったように優輝翔らは妾たちの命の恩人なのじゃ。本当なら頭を下げるのはこちらの方。呼び方も気軽にスゥでよいし、敬語もいらん。じゃからそこの女子共も楽にしてくれ。」

 

 

スゥの言葉を聞いて、躊躇いながらも跪いていた3人は互いに顔を見合わせながら立ち上がった。

 

ちなみにその後聞いた話では、スゥ達はとあることを調べるためにスゥのおばあちゃんの家に行った帰りだったようで……

 

 

「その道中を狙われた、か…。なるほどな。それで、これからどうするんだ?王都までまだ1日はかかるだろ?」

 

「その事なのでございますが……」

 

 

優輝翔がスゥにそう聞くと、レイムさんが口を挟んできた。

 

 

「護衛の兵士が半数以上倒れてしまった今、このままでは同じようなことが起きた時にお嬢様をお守りすることができません。そこで優輝翔さんたちに護衛依頼をお出ししたいのです。もちろん報酬は弾ませていただきますので、どうかお願いできないでしょうか?」

 

「護衛依頼ですか……」

 

 

レイムさんの頼みに、優輝翔は難しい顔でそう呟きながらチラッと後ろの3人に目を向けた。その視線に真っ先に気づいたリンゼはニッコリと微笑んで首を縦に振る。

 

 

「優輝翔さんにお任せします。」

 

「リンゼ……」

 

 

リンゼの言葉に優輝翔は表情を和らげた。するとエルゼ、八重からも続けて賛同を送られる。

 

 

「もちろん私はいいわよ!どうせ王都に行くんだしね!」

 

「拙者は雇われている身故、優輝翔殿におまかせするでござる。」

 

「……そうか。分かった。その依頼、引き受けさせてもらいます。」

 

「ありがとうございます!」

 

「よろしく頼むぞ!優輝翔!」

 

 

こうして4人はスゥたちとともに、もうあと少しまで迫った王都へ向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、この話にはまだ続きがあった。スゥたちを襲おうとした真犯人。それがまだ分かっていないのだ。

 

優輝翔があのローブの男を殺さずに尋問していればあるいはという可能性もあったが、あの時はとにかくリザードマンの数が多かったし、こういう場合現場に出向く男が真犯人を知っている可能性も低いので、優輝翔は迷いなく殺すことを選択したのだ。

 

そしてそれは正しかった。実際にローブの男は真犯人、自分にそれを命令した男のことを知らなかったのだから。

 

 

 

だが、それならそれで、優輝翔はもう少し周りに注意を向けるべきだったのだ。

 

 

『もし優輝翔たちが来るのが一日ずれていたとしたら?』

 

 

『ローブの男の目的がスゥを “殺す” ことではなく、 “誘拐する”事だったとしたら?』

 

 

もしそうなら、ローブの男は果たして安全にスゥを連れていけたのだろうか?恐らく誘拐するのであれば、人質の線が高い。何せスゥは公爵の愛娘。人質には十分すぎるくらい十分だ。

 

だとすれば、ローブの男はスゥにはなるべく傷を追わせたくないはず。つけるとしても、致命傷や重傷は避けたいはずだ。

 

ならば気絶させればいい?だとしてもどうやって運ぶ?流石に抱えては目立つだろう。それにローブの男は言わば金だけで雇われた下っ端。余所者。裏切らない可能性がどこにある?

 

 

ならここから導き出される結論はなんだ?

 

 

 

 

 

……そう、あの現場には真犯人が派遣した直属の部下がもう一人潜んでいたのだ。隠密能力に長け、戦闘能力に長け、消して裏切ることのない重要人物。

 

そして、その人物を優輝翔は見逃してしまった。気配は消していたので「ロングセンス」でざっと見渡しただけじゃ見つけられるはずもなかったのだが、それでも “音” に集中すれば間違いなく聞こえたはずなのだ。少し遠くに潜んでいる人間の鼓動が。

 

そしてこの失敗が後に大きく、大きく自分に返ってくることになる。

 

 

 

“最悪” という名の悲劇となって……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 公爵家

今話もよろしくお願いします(。ᵕᴗᵕ。)


翌日、優輝翔たちは公爵家令嬢のスゥたちと共に王都へと辿り着いた。

 

ちなみに優輝翔は4人の中で1番の実力者ということで、スゥを直接護衛するためにスゥとレイムさんの乗る馬車に乗っている。そしてその間は流石にスマホでゲームをしたり本を読んだりは出来ないので、優輝翔は暇つぶし代わりにまだ10歳になったばかりというスゥに日本の昔話や有名な映画のストーリーなどを読み聞かせていた。

 

そうこうしているうちに、馬車は庶民エリアから貴族エリアと呼ばれるエリアに突入し、やがて1軒の一際大きな大豪邸の前に出た。そして5、6人の門番が協力して開けた重そうな扉から中に入ると、大きな庭を暫く進んだ後に馬車が止まる。するとスゥが勢いよく扉を開けて外へ出ていったので、優輝翔たちもそれに続き、レイムさんに開けてもらった扉から家の中に入った。

 

 

「おかえりなさいませ、お嬢様。」

 

「うむ!」

 

 

いつからいたのか、スゥが中に入るとすぐに正面にあった赤い絨毯の両隣に並んでいたメイドさんたちが頭を下げた。そしてさらにその赤い絨毯を辿って目で正面に続く階段を登ってみると、そこには1人の見るからに高価な服を着た、スゥと同じ金髪の逞しい男性の姿があった。

 

 

「スゥ!」

 

「父上!」

 

 

男性、もといスゥの父である公爵が娘の名を叫びながら階下に駆け下りてくると、スゥもスゥで一直線に自身の父親のところへ駆けて行きその胸に飛び込んだ。

 

 

「おお、スゥ…。良かった…。本当に良かった…!」

 

「大丈夫、わらわはなんともありませぬ。昨日、早馬に持たせた手紙にそう書いてあったではありませぬか。」

 

「うむ……手紙が着いたときは、ほんとに生きた心地がしなかったよ…。」

 

 

男性は娘の生をしっかり感じるかのようにきつく抱きしめながらそう言うと、ふと優輝翔たちに気づいて視線を向けた。

 

 

「おお!君たちがスゥを助けてくれた冒険者だね!」

 

 

公爵はそう言いながら優輝翔たちに近づくと両手で1番前にいた優輝翔の手を握りしめる。

 

 

「ありがとう…。本当にありがとう…。」

 

「いえ、俺たちは人として当たり前のことをしただけですから。」

 

「そうか…。謙虚なんだな、君たちは。」

 

 

公爵はそう言うと嬉しそうに笑った。

 

そしてその後もう少し詳しいことを話すため、場所を2階のテラスに移した。テーブルは2つあったので、優輝翔はとりあえず未だに緊張気味だった3人を別のテーブルに押しやり、話し合いは自分と公爵のふたりで行うことにした。

 

 

「なるほど。君たちは手紙輸送の依頼で王都まで来たのか。」

 

「はい。まぁ1度は来てみたかったですからね。依頼を終えたら少しの間観光もするつもりです。」

 

「そうか。それではぜひ楽しんでいってくれ。王都は国の首都なだけあって他では見られないようなものもあるからな。」

 

 

公爵はそう言って笑いながら紅茶を一口飲む。そして「ふぅ…」と息を吐くと、少し真剣味を帯びた顔で呟いた。

 

 

「にしても、君たちがその依頼を受けてなければ……」

 

「……ちなみに、襲撃して来た者に心当たりは?」

 

「ない…とも言えんな。立場上、私のことを邪魔に思っている貴族もいるだろうし。」

 

「……やっぱめんどくさいですね。上の立場って……」

 

 

優輝翔が顔を顰めつつそう呟くと、公爵は苦笑いしながらまた紅茶を口にした。するとテラスの戸が開いて、レイムさんと一緒に薄桃色の可愛らしいドレスに着替えたスゥが出てきた。

 

 

「父上、お待たせしたのじゃ。」

 

「おお、エレンとは話せたかい?」

 

「うむ、襲われた件はあれなので黙っておいたのじゃ…。」

 

「あはは…、そうだね。」

 

 

スゥが席に着くと、レイムさんがスゥの紅茶を入れるついでにそれぞれに紅茶のお代わりとお菓子の追加をしてくれた。

 

 

「あの、エレン、というのはもしかして……」

 

「ん?ああ、すまない。エレンは私の妻だ。すまないね、娘の恩人なのに姿も見せず…。妻は目が悪くてね……」

 

「病気……ですか?」

 

「ああ、もう5年も前だ。一命は取り留めたが代わりに視力を失ったよ……」

 

 

公爵がそう言いながら辛そうに拳を握りしめる。スゥはそんなお父さんを心配し少しでも安心させるかのように自分の両手でその拳の片方をそっと包み込んだ。

 

 

「……医者は?」

「ダメだった。魔法も試したが宮廷魔導師を以てしても治すのは無理だと言われたよ。」

 

「こんな時……お爺様がいらっしゃれば……」

 

 

スゥのその言葉に、優輝翔は疑問を感じて公爵に問いかける。

 

 

「スゥのお爺さんは、もしかしてエレンさんを治すことの出来る何かを持っていらっしゃったんですか…?」

 

「ああ。スゥの祖父……妻の父は特別な魔法の使い手でね。あらゆる状態異常を治す魔法を使えたんだ。」

 

「……ちなみに、その魔法の属性は?」

 

「ん?無属性魔法だが、それがどうした?」

 

 

優輝翔はその言葉を聞くと、公爵が首を傾げながらそう聞いてくるのに対し、口角を釣り上げながら告げた。

 

 

「すぐに詳しい魔法の効果と魔法の名称を教えてください。そうすれば俺がエレンさんを治します。」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「あら?珍しい……お客様、ですか?」

 

 

優輝翔がベッドに横たわるエレンさんの元まで行くと、エレンさんはそう言いながら身体を起こしてベッドに腰掛けた。

 

 

「白鷺優輝翔です。呼ぶ時は優輝翔が名前ですので、ぜひそちらでお願いします。」

 

「えっと、はい…。……あの、あなた?」

 

「ああ、大丈夫だよ。エレン、優輝翔殿はスゥの命の恩人だ。」

 

「まぁ!」

 

 

公爵の言葉を聞いて、エレンさんは混乱したような驚きの声あげたが、すぐに目の前にいるであろう優輝翔に頭を下げた。

 

 

「ありがとうございます!スゥを……娘を助けていただいて……」

 

「大丈夫です。人として当たり前のことをしただけですから。それより、今からあなたの目を治したいので楽にしてもらえませんか?」

 

「えっ!?」

 

 

優輝翔の言葉を聞いてまたも驚きの声をあげて少し困惑した様子を見せたエレンさんだが、その後スゥや公爵から「大丈夫」との掛け声をもらって落ち着きを取り戻すと、静かにその場に沈静した。

 

 

「いきます……「リカバリー」。」

 

 

優輝翔がエレンさんの目の前に手を添えてそう唱えると、優輝翔の手から魔法陣が広がり、やがてそれが消えると、エレンさんが徐々に目を開いて辺りを見渡した。

 

 

「……どうですか?」

 

「……見え…る……見える……っ!見えますっ!見えますわっ!あなたっ!スゥシィっ!」

 

「エレンっ!」

 

「母上っ!」

 

 

エレンさんがその場から立ち上がってそう叫ぶと、すぐさま公爵とスゥが駆け寄ってきてふたりでエレンさんをきつく抱きしめた。

 

優輝翔はそんな3人を邪魔しないようにそっとその場から離れたのだが、すぐさまデジャブとでも言いたくなるように後ろ、前、そして今度は横も合わせて3人の少女に抱きつかれた。

 

 

「優輝翔さん……優輝翔さん…っ!////」

 

「やっぱあんた、すごすぎるわよ…///」

 

「うぅ……流石でござるよ…、優輝翔殿…//」

 

 

3人は涙を流しながらそれぞれそう言った。優輝翔は「はぁ…」と短く息を吐いて少し苦笑いを浮かべると、3人の頭を順に優しく撫で始めたのだった……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 公爵家からの報酬

もう14話目ですね。

実はもう少し先……と言っても週一なので実際は数ヶ月ほど先なんですけど、少し大幅な修正と加筆をしてまして…。量もさることながら内容も濃くしすぎたせいかちょっとスランプ気味で手が止まってまして……

数ヶ月あるので間に合えばいいんですけど、もしかしたらそこで話が止まるかも知れません。まぁまだまだ先なんですけど、いちよう先にお詫びとお願いをしておきます。

皆さんもし間に合わなかったらごめんなさい。そして出来れば間に合うようにコメントなので応援のメッセージなど頂ければ幸いです。

皆さんの一言一言が書いている人の力になるので、是非メッセージお待ちしております。

図々しくて申し訳ございません。

それでは今話もどうぞ。



 

「君たちには本当に世話になった。感謝してもし切れないほどだ。まさか娘やレイムの命だけではなく、妻の目まで治してくれるとは…。本当に…、本当にありがとう……」

 

 

応接間で優輝翔たちの向かいに座る公爵が改めて優輝翔たちにそう言いながら頭を深々と下げた。

 

ちなみにここには優輝翔たち4人と公爵、そして公爵の後ろで立って控えているレイムさんがいて、スゥは目が見えるようになったエレンさんといっぱい話をしたいからとここにはいない。

 

 

「いえ、俺としてもまだ知らなかった無属性魔法を知れましたし、エレンさんの件はそのお礼とでも考えてください。それにスゥの件も何回も言ったように、俺たちは人として当たり前のことを……」

 

「いや、悪いがそういうわけにはいかん。君たちにはきちんとお礼をしたいのだ。レイム。」

 

「はっ。」

 

 

公爵が優輝翔の言葉を遮りそう言ってレイムさんを呼ぶと、レイムさんはすぐに手に持っていた茶色の小袋と同色の小箱の乗った銀のお盆を公爵の手の届く位置に差し出した。そして公爵はそこからまずは小袋を手で持つと、優輝翔の前に置く。

 

 

「まずはこれから受け取ってくれ。娘を助けてもらったお礼と、道中の護衛に対しての礼だ。中に白金貨で40枚入ってる。」

 

「「「「!?」」」」

 

 

公爵から出された予想をはるかに超える金額に、優輝翔たちが一斉に目を丸くする。白金貨で40枚、つまり日本円に換算すると1人1千万という大金を貰うことになるのだ。

 

そして公爵は立て続けに小箱の方も手に取って優輝翔に差し出す。

 

 

「そしてこれは妻を助けてもらった礼だ。」

 

 

そう言って公爵が小箱を開けると、中には4枚の銀色のメダルが入っていた。

 

 

「これは…?」

 

「これは我が公爵家のメダルだ。これがあれば検問所は素通り。貴族しか利用できない施設も利用できる。なにかあったら公爵家が後ろ盾になるという証だ。君たちの身分証明になってくれるだろう。」

 

「いいんですか?そんな高価なもの……」

 

「なに、気にすることは無いさ。本来ならこの程度のはずがないんだ。逆にこっちが申し訳ないくらいだよ。」

 

 

公爵がそう言いながら申し訳なさそうに顔を暗くさせる。優輝翔はそんな公爵に一言「大丈夫ですよ」とだけ声をかけると、個人個人で刻まれている文字が違うらしいメダルを3人に配ってから自分のを手に取る。一方、お金に関しては流石に持ち歩くことは出来ないので、それぞれ1枚ずつ手元に残してから公爵経由でギルドへ預けてもらうことにした。

 

そしてそろそろお暇しようと玄関に移動すると、スゥとエレンさんも見送りのために急いで優輝翔たちの元に駆けつけてくれた。

 

 

「優輝翔さん、娘のことも、私自身のことも、本当にありがとうございました。」

 

「いえ。それよりも今までの分、たっぷりスゥと遊んであげてください。」

 

「はい。」

 

「優輝翔!また来るのじゃぞ!待ってるからな!」

 

「ああ、また来る。じゃあな。」

 

 

優輝翔はそう言って2人との会話を終えると、既に馬車に乗っていた3人に続いて馬車に乗り込んだ。

 

そして公爵家の面々に見送られながら、4人は公爵家を後にするのだった……

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「それにしても……私たちもこれをもらって良かったんでしょうか…?」

 

 

公爵家から十分離れた広場のようなところで馬車を止めると、リンゼはそう言いながら先程貰ったメダルを取り出した。

 

 

「ん?何故だ?」

 

「何故って…、だってエレンさんを治したのは優輝翔さんなんですよ……」

 

「そう言われてみればそうね。それに今思うと私たちはリザードマンをちょっと倒しただけで、争いに気づいたのも、レイムさんの命を救ったのも優輝翔だったし……」

 

「さらに言えば、拙者は雇われでござる。なのに優輝翔殿と同じ報酬は……」

 

 

そう顔を暗くしながら呟く3人に、優輝翔が首をかしげながら声をかける。

 

 

「別にいいだろ?俺たちはパーティーメンバーだ。」

「でも拙者は……」

 

「なら八重も混ざれよ。というかスカウトしようか。」

 

「「「えっ!」」」

 

 

優輝翔の言葉に八重のみならず双子までも驚きの声をあげた。そしてリンゼが少しダークな目を向けて優輝翔に問いかける。

 

 

「あれ、優輝翔さん……もしかして八重さんのこと……」

 

「ん?なんだ?リンゼは八重をパーティーメンバーに入れるのは嫌なのか?」

 

「ふぇっ//い、いえっ//優輝翔さんがいいならっ//それに、八重さんともせっかく仲良くなりましたし//」

 

 

優輝翔がリンゼの頭を撫でつつ顔を近づけて目を見ながらそう言うと、すぐにリンゼは頬を染めて目を少し逸らしながらそう言った。

 

ちなみに言っておくが、リンゼの発言に偽りはない。ただ嫉妬しただけで、八重との仲は良好である。

 

 

「さっすが優輝翔!//やったじゃないっ、八重。」

 

「い、いいんでござるか…?」

 

「いいも何も、リーダーの優輝翔がこう言ってるんだし。もちろん私ももっと八重といたいしね。」

 

「エルゼ殿…っ//有難く、お受けするでござる!//」

 

 

八重はそう言って涙を流しながら頭を下げた。そんな八重をリンゼとエルゼが嬉しそうに背中を撫でたり言葉をかけたりしている。

 

優輝翔はそんな3人を微笑ましく見つめつつも、いつまでもこの場にいるわけにいかないので3人に声をかけた。

 

 

「よし、そろそろ依頼を終わらせにいこうか。」

 

「っと、そうね。危うく忘れるところだったわ。」

 

「そう言えば、依頼の手紙の送り先はどなたなのでござるか?」

 

「えっと確か……ソードレック子爵、ですね。」

 

 

リンゼがザナックさんから受け取った手紙の送り主を見ながらそう答えると、八重は驚いたように目を見開いた。

 

 

「なんとっ!せ、拙者が会おうとしていたのもその人でござるよっ!」

 

「「「えっ!?」」」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

子爵家の応接間で優輝翔たちは子爵と対面する。子爵は公爵よりも一回り大きな体つきをしていて、その顔も温厚そうな公爵とは反対に険しく、見るからに武人と呼ぶのが相応しいような人物であった。

 

 

「さて、私がカルロッサ・ガルン・ソードレックだが、お前たちがザナックの使いか?」

 

「はい。この手紙を渡すように依頼を受けました。子爵に返事をいただくようにとも言われております。」

 

 

優輝翔がそう言いながらザナックさんからの手紙を差し出すと、子爵はそれをナイフで封を切って開き、中身にざっと目を通した。

 

 

「……なるほど。少し待て、返事を書く。」

 

 

子爵はそう言って部屋を出て行く。すると入れ替わりにメイドさんが入ってきて、お茶を菓子を優輝翔たちに用意し始めた。そして優輝翔たちが暫く寛いでいると、片手に手紙を持った子爵がズカズカと部屋に戻ってきた。

 

 

「待たせたな。これをザナックに渡してくれ。」

 

 

子爵はそう言って手紙を優輝翔に手渡すと、そのまま目線を今度は八重へと向けた。

 

 

「ところで……さっきから気になっていたんだが、そこのお前。どこかで…いや、会ったことはないな。しかし……名前は何という?」

 

 

首を捻りながら子爵が八重の目を見てそう尋ねると、八重も子爵の目を真っ直ぐ見つめ返しながら名を名乗った。

 

 

「拙者の名は九重八重。九重重兵衛の娘にござる。」

 

「なっ!お前、重兵衛殿の娘か!」

 

 

子爵はそう言って驚いたように目を見開くと、すぐに「ガッハッハッ」と笑いながら膝を叩いて嬉しそうにまじまじと八重の顔を眺め始めた。

 

 

「うむ、間違いない。若い頃の七重殿に瓜ふたつだな。母親似でよかったなあ!ハッハッハっ」

 

 

子爵は楽しそうに笑いながら、少し昔を懐かしむように言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「いやぁ……懐かしい。私がまだ若い鼻垂れ小僧だったとき、こっぴどくしごかれたもんだ。いや、あれは厳しかった。もう20年も前になるのか。そうか…、そりゃ娘も生まれてこんなに大きくなるわな…。」

 

「父上は今まで育ててきた剣士の中で、子爵殿ほど才に満ち溢れ、腕が立つ者はいなかったといつも口にしてござる。」

 

「ほほう?世辞でも嬉しいものだな、師に褒められるというのは。」

 

 

満更でもなさそうに子爵がそう言って笑みを浮かべる。そんな子爵に、八重は少し真剣味を帯びた口調で告げた。

 

 

「もし、子爵殿と出会うことがあらば、ぜひ一手指南していただけとも、父上は申していたでござるよ?」

 

「ほう…?」

 

 

子爵は八重の言葉に面白そうに目を細め、ペロリと唇舐めた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 子爵の力、そして……

長いですが、今話もよろしくお願いします。

さて、ここから原作解離を始めていきましょう^^*


ところ変わって、子爵家武闘場。武闘場とあるが、実際の造りは日本の剣術道場のまるでそれだ。その道場の中心部で2人の人物が対峙している。当然、八重と子爵、その二人である。

 

 

「お前達。お前達の中に回復魔法を使える者はいるか?」

 

 

子爵が見物人として端に正座していた優輝翔とリンゼにそう尋ねる。ちなみにエルゼは審判役なので、子爵たちと少しだけ離れたところで待機していた。

 

 

「俺と隣の彼女が回復魔法を扱えます。なので遠慮なく八重の指導をよろしくお願いします。」

 

「そうか、分かった。」

 

 

優輝翔がそう言って頭を下げると、子爵も一言そう呟いてまた八重の方を向いた。

 

 

「さて、じゃあ……」

 

 

優輝翔はそう言いながら自身のポケットに手を突っ込んでスマホを取り出した。それを見て、リンゼが首を傾げる。

 

 

「あれ?優輝翔さん、何かするんですか?」

 

「ああ、ちょっとこの試合の映像を記録しようと思ってな。」

 

「えいぞうをきろく?」

 

「まぁ、後で見せるさ。」

 

 

優輝翔がそう言ってカメラをムービーモードにして録画を開始したところで、エルゼの声が響き渡った。

 

 

「始め!」

 

 

その瞬間、八重は一瞬で子爵の元まで移動し木刀を振り抜いた。しかし子爵はその一撃を真正面から受け止めると、次いで繰り出される連撃を、すべて自らの木刀で受け流していく。

 

何度も……何度も…。子爵は八重が1度距離を置いたり、リズムを変えたり、フェイントを入れたりしながら繰り出していく剣を全て受け止めていた。時に流し……時に躱し……時に受け止め……また時には力で弾き返す。だが、攻撃は一切してこなかった。

 

そして八重の息が切れ攻撃が止んだところで、ゆっくりとその重たかった口を開く。

 

 

「なるほど。お前の剣はまさに正しい剣という言葉がぴったりだな。模範的というか、動きに無駄がない。俺が重兵衛殿から習ったそのままの剣だ。」

 

「……それが悪いと?」

 

「いや、悪くはないさ。だがもしこのままだというならば、お前にそこから上はない。」

 

「!?」

 

 

子爵がそう言いながら木刀を上段に構えた瞬間、今までにない闘気が溢れ出してきた。ビリビリとした鋭い気迫は優輝翔たちにこの武闘場が揺れてるのかとさえ思わせるほどのものだった。

 

 

「いくぞ。」

 

 

子爵はその一言とともにあっという間に八重の間合いまで飛び込むと、振りかぶった剣を八重の正面に振り落とした。八重はそれを受け止めるため木刀を頭上に掲げたのだが……

 

 

「終わったな。」

 

 

優輝翔は短く極小の声で1人そう呟いた。

 

そしてその次の瞬間には、八重は脇腹を押さえて道場に倒れ込んでいたのだった…。

 

 

「そ、そこまで!」

 

 

エルゼが慌てて試合の終了を告げる。優輝翔はその合図を聞いてからゆっくりと立ち上がると、慌てることなく八重に歩み寄り魔法をかけた。

 

 

「……もう、大丈夫でござる…。」

 

 

八重はそう言って立ち上がると、まず優輝翔に頭を下げてから、子爵の前でさらに頭を深く下げた。

 

 

「御指南かたじけなく。」

 

「お前の剣には影がない。虚実織り交ぜ、引いては進み、緩やかにして激しく。正しい剣だけでは道場剣術の域を出ぬ。それが悪いとは言わん。強さとは己次第で違うものなのだからな。」

 

 

子爵はそう言って八重をキッと睨みつける。

 

 

「お前は剣に何を求める?」

 

 

八重は何も答えなかった。いや、答えられなかったと言った方が正しいのだろう。何せ八重はまだ若干15歳。剣に捧げた時間が短すぎる。

 

 

「まずはそこからだな。さすれば、道も見えてこよう。そして見えたのなら、またここへ来るがいい。その時はまた、お前の相手になってやろう。」

 

 

子爵は最後にそう言い残し、静まり返る道場から去っていった……

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

その後、優輝翔たちは子爵邸を出て大通りの方へと向かった。その道中、荷台の上では八重がずっと1人考え込んでいた。そんな八重を心配してエルゼが声をかける。

 

 

「大丈夫よ!勝負は時の運、負ける時は何をやったって負けるんだから!」

 

「エルゼ殿…、それはあまりフォローになってないでござる…。」

 

「うっ……」

 

 

八重の冷静な指摘にエルゼはそっと目を逸らす。そんなエルゼを横目に八重は溜息をつきながら、ぼんやりと遠くを見つめるような目をして呟いた。

 

 

「それにしても……世の中は広いでござる…。あのような御仁がいるとは……」

 

「ああ…、確かにあの人の最後の一撃はすごかったもんね。私、近くにいたけど子爵が何をしたか全く分からなかったもの。」

 

「確かに…。あれは一体なんだったんでござろうか…?拙者は確かに頭に下ろされた剣を、受け止めたと思ったのでござるが…。」

 

「ああ、それなら答えは簡単だ。八重が受け止めたのはただの幻だよ。」

 

「「えっ?」」

 

 

突然割って入ってきた優輝翔の言葉に、エルゼと八重はともに驚きの声をあげて優輝翔を見た。

 

 

「幻ってどういうことでござる?確かに言われてみれば影の剣というものを拙者も聞いたことがあるでござるが……」

 

「てか私はそれも知らないわよ。と言うより、優輝翔は見えたの?」

 

 

そう言った2人の疑問に優輝翔は順番に答えながら真実を話す。

 

 

「ああ、見えた。ただかなり速くて特殊な技術も使ってたから、俺以外に初見で見破れるやつは少ないだろうな。」

 

「特殊な技術……それって、影の剣ではないのでござるか?」

 

「ああ……悪い。俺は影の剣と言う名は知らないんだ。だが恐らくそれであってると思う。もう答えを言ってしまうと、八重は幻……つまり子爵が自身の『気』で作った囮にまんまと引っかかったんだ。」

 

「なんとっ!」

 

「てかあんた、どうしてそんなのも知ってんのよ……」

 

 

優輝翔の言葉に八重は驚きで絶句し、エルゼはただただ首を振りながら少し呆れたような目線を優輝翔に向けた。

 

 

「まぁ詳細はこれに録画してある試合映像で確認してくれ。八重も影の剣なんてものを知ってるなら分析は1人でいけるだろう。」

 

 

優輝翔はそう言うとスマホで先程録画した映像を2人に見せた。2人は初めかなり驚いていろいろ優輝翔に問い詰めていたが、優輝翔が順番に説明していくと、驚きや呆れや感動や感激など多数の感情が入り交じった顔をし、その後、優輝翔から渡されたスマホで試合映像を食い入るように見て2人で話し合い始めた。

 

優輝翔はそんなふたりに暖かな笑みを向けると、1人御者台に座っているリンゼの隣へと向かった。

 

 

「悪いな、ほうっておいて。」

 

「ほんとです…。後で私にも見せて下さいよ?」

 

「ああ、分かってる。」

 

 

優輝翔がそう言いながらリンゼの頭を撫でてやると、リンゼは嬉しそうに目を細めて優輝翔の手に頭を擦りつけた。そしてそのまま身体もそっと優輝翔に密着させる。

 

 

「強かったですね、あの人。」

 

「ああ。今の八重じゃ手も足も出ねぇよ。」

 

「優輝翔さんなら、勝てますか?」

 

 

リンゼはそう言って優輝翔を見上げるも、何も答えずただ前を向き続ける優輝翔を見て答えを察し謝った。

 

 

「すみません、優輝翔さん。愚問でしたね。」

 

「だな。まぁ影の剣は厄介だし、子爵もさっきのが本気でもないと思うが、それでも俺は負ける気がしない。剣一本の勝負でも余裕だろ。」

 

「ふふっ。さすがです、優輝翔さん//」

 

 

リンゼはそう言って優輝翔の肩に頬を擦り、恥ずかしそうに上目遣いで優輝翔を見上げた。

 

 

「優輝翔さん、わたし…//」

 

「リンゼ……」

 

 

優輝翔はリンゼの想いに決して気づいていなかったわけではない。それどころか優輝翔は幼い頃に特殊な状況下にいた関係で、相手の感情を読み取るのはむしろ得意分野であった。そのためリンゼはもちろん、エルゼが恋愛感情を抱いているのも知っているし、まだ日が浅い八重でさえもそう言った感情が芽生え始めているのは理解している。

 

だが、そんな2人に比べてリンゼの気持ちは特段強かった。それこそ比較にすらならないほどに……

 

優輝翔は自分を真っ赤に染まった顔で見上げるリンゼの腰に優しく腕を回して、リンゼの身体をさらにぎゅっと引き寄せて抱きしめると、そっとリンゼの耳元に口を近づけて呟いた。

 

 

「リンゼ、今日の夜は俺の泊まった部屋に来い。それと、朝まで帰らせる気はないから、部屋割りは気をつけろ。」

 

 

優輝翔のその言葉にリンゼは目を見開くと、見る見るうちに涙を溜め込んで顔を更に紅潮させた。

 

 

「はいっ///」

 

 

リンゼがそう呟いた瞬間、1滴の雫がリンゼの頬を伝ってリンゼの服に染みこんでいった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……この時、リンゼはおろか、優輝翔ですら気づいていなかった。リンゼから優輝翔に対する想いは本物でも、優輝翔からリンゼに対する想いはまだ本物になりきれていないということを。

 

そして、それは “最悪な形” となって、後々自分に降り掛かってくるということを……

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

ところ変わって、とある屋敷の中……

 

 

「なに?失敗しただと?お前がいながら何をやっとたんだ!!」

 

 

一人の腹の出た男が、目の前で膝まづく黒のローブを着た男に怒鳴りつける。

 

 

「申し訳ございません。ですが、邪魔をした者達の顔はしっかりと記憶しております。そのもの達の処置はおまかせを。」

 

「ふむ……ちなみに、そいつらは全員男なのか?」

 

 

太った男がそう聞くと、ローブの男は下に向けた顔に笑みを浮かべながら、言葉を返した。

 

 

「いえいえ、まだ10代前半頃の女3人と後半くらいの男一人です。女の方は一人胸が物足りませんが全員レベルは高いと見え、何より年齢から考えておそらく “初モノ” かと…。」

 

「ほぉ…。よし、なら分かってるな。」

 

「全員で宜しいのですか?」

 

「男はいらん。あと女も男が混じってるのだから万が一もある。よく調べて初モノだけを連れてこい。後は好きにしろ。」

 

「御意に……」

 

 

ローブの男はそう言って深く頭を下げると、そのまますぅーっとその場から姿を消した。そして残された太った男はデーンっという効果音が似合う姿で後ろの無駄に豪華な椅子に座ると、ニンマリと笑みを浮かべながら呟く。

 

 

「ハッハッハッ。穢らわしい獣風情のせいで最近イライラが止まらんかったが、いい捌け口を見つけれそうじゃわい……」

 

 

そう呟く男の人生最悪最後の日まであと数週間……

 

 

 




今話もありがとうございました(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+*ペコ

一部口調に不安がありますが、皆さんどうか寛大な心でお許しください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 過去と今

16話目です。今回から18禁版の方も作成させていただき、そちらの方にもう少しだけ詳しく?書いた優輝翔の過去編①を乗っけております。

そちらも含め、今話もよろしくお願いします。


 

《過去編①》

 

━━━約十年前━━━

 

 

「おらっ!!」

 

「ゴホっ!」

 

 

男が一人、手加減なしでまだ六歳の子供の鳩尾に蹴りを入れた。そして休むことなく他の男達も追撃を加える。

 

 

「おら立てよこらっ!」「おらっ!」「おいっ!」「このっ!」

 

「かハッ!」「ゴボッ!」「ブッ!」「ッ……おえぇぇ……」

 

「たっく、可愛いねぇこいつぁ。いいサンドバッグだ、ストレス発散にもってこいってな。」

 

 

男はそう言って床に血を吐いて倒れている少年の頭を容赦なく踏みつけた。

 

 

「うぅ……痛い……痛いよ…、お母さん……おかあ…ヴぉえッ……」

 

「優輝翔!!」

 

 

目の前で苦しみながら自分に助けを求めてきた一人息子が乱暴に蹴りあげられるシーンを見せられ、男達に拘束されていた母親は大声で息子の名を呼んだ後、涙を流し懇願するような目で息子の近くにいる自分の『夫である男』に叫んだ。

 

 

「お願い!!私はなんでも言う事を聞くから!!だからっ!優輝翔だけは助けて!!お願いします!!」

 

 

もうここ一時間足らずで何度目か分からない母親の悲痛な叫びを聞いても『夫である男』の顔色が変わることは無かった。ただひたすら息子と自分の姿を見てニッコリと笑っているだけ。とても楽しそうに。

 

ただ、今回は少しだけ反応を示した。

 

 

「ふむ……何でもか…?」

 

「えっ…、ええっ!そう!なんでも聞く!聞きます!だから優輝翔は傷つけないで!!お願い!!!」

 

「そうか。なら……」

 

 

そう言って『夫である男』が始めたのが、この場にいる男達、計十三人(『夫である男』含め)全員で母親を壊すことだった……

 

 

 

 

 

そして、数時間後……

 

死ぬ間際の母親が最後に見たものは、自分の愛する一人息子の顔が、自身が死ぬ瞬間をまるでサーカスのクライマックスでも観ているかのような目で見つめている『夫であった男』に踏み潰されている、残酷な映像だった……

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「………嫌な夢を見たな……」

 

 

優輝翔は苦しそうな顔でそう呟いてベッドから起き上がる。

 

お金には余裕があるということで少し……いや、かなり高めの宿、否、ホテルを選択した優輝翔たちは、今はホテルでの豪勢な夕食も終えてそれぞれの自室で休んでいた。

 

ちなみに今回ホテルは1人1つの部屋を取っており、それぞれの部屋には風呂とトイレも完備されている。それゆえ値段もそれなりに高く、1人金貨3枚だ。

 

時刻は午後9時前。優輝翔は軽くシャワーを浴び、ベッドの上に座って1人の来客者を待った。

 

 

そして、その時はやって来る……

 

コンコンっ……

 

 

「いいぞ、入って。」

 

「し、失礼します…///」

 

 

そう言って控えめな態度で入ってきたのは、リンゼ・シルエスカ。今日優輝翔に自身の初めてを捧げるためにここに来た女の子である。

 

リンゼは緊張しているのか、顔を真っ赤にして身体をモジモジさせながら、チラチラ優輝翔を見つつその場にい続けていた。優輝翔はそんなリンゼの様子を見て立ち上がると、リンゼの元まで歩み寄ってその身体ぎゅっと抱きしめる。

 

 

「あっ…////」

 

「風呂、入ったんだな…//」

 

 

優輝翔はリンゼの濡れた銀髪を指で解きほぐしながら、耳元で囁いた。

 

 

「んっ// はい…////汗、かいてましたから…////」

 

「そうか…//スーッ……シャンプーのいい匂いだ…//」

 

「……////」

 

 

優輝翔がリンゼの髪に顔を擦り付け匂いを嗅ぐと、リンゼは頬を真っ赤に染めあげる。

 

 

「リンゼ…//先に幾つかいいか?//」

 

「は、はいっ…////」

 

「まずひとつ目なんだが……俺はまだ結婚とかする気はないし、子供も作る気はない//」

 

「えっ///でも優輝翔さ んっ…///」

 

 

リンゼは優輝翔の言葉に動揺したように声を上げたが、言葉を最後まで言えないまま優輝翔の指で口を閉ざされた。

 

 

「分かってる//だからリンゼにはこれを飲んでもらいたい//」

 

 

そう言って優輝翔がポケットから取り出したのが、小瓶に入っているピンク色の透明な液体だった。

 

 

「これは…?///」

 

「避妊薬だよ//後遺症とかもない安全なやつだ//」

 

「えっ、でもいつ…?///それに高かったんじゃ…///」

 

「まぁ…な//前者に関しては食後すぐだ//「ゲート」があるしな//後者はまぁ……リンゼが気にすることはない//だがその分効果は保証する//(少しだけ媚薬効果もあるしな//)」

 

 

実際は金貨1枚なのだが、まぁリンゼに知られて申し訳ないとか思われるよりはましであろう。リンゼも優輝翔の気遣いを気づいてかは知らないが、少し表情を崩して笑顔で頷いた。

 

 

「ありがとう//2つ目はエルゼたちに関してだが……//」

 

「あ、それならちゃんと『どうしても今日中に読み終えたい本があるから邪魔しないで』って伝えてあります///部屋の鍵も掛けました///」

 

「そうか…//じゃあ最後に、リンゼ//」

 

「はい…///」

 

 

優輝翔からの真剣な眼差しに応えるように、リンゼははっきりと返事をして真っ直ぐ優輝翔の目を見つめ返す。

 

 

「最初に言ったな//俺は今はまだ結婚もしないし、子供も作らないと//その理由には当然生まれてくる子供に安定した安全な生活空間を用意してやりたいというのもあるが、他にも俺がまだ冒険者でいたいだとか、リンゼたちともっと冒険者を続けていたいというのもある。これに関しては、あと最低1年くらいはやっていたいな//」

 

「1年…ですか…///そうですね…///まだ始まったばかりですし///」

 

「ああ//でも、俺はリンゼと恋人になる気はない…//それだと、心のどこかでリンゼを実験台にしているような気がして嫌なんだ…//」

 

「えっ……えっと…///」

 

 

優輝翔の言葉の真意が掴めず、リンゼは少し困惑した目を優輝翔に向けた。そんなリンゼに優輝翔は優しく微笑みかけると、そっと頭に手を置いて撫で始めた。

 

 

「リンゼ//今から出す問いには、これ以上ないくらい真剣に考えて答えを出してほしい//」

 

「…………はいっ…///」

 

 

リンゼは優輝翔の目から、言葉から、雰囲気からその問いに対する重要性を感じ取り、それに対して力強く言葉を返した。

 

優輝翔は1度頷くと、1度部屋の奥に行き、そこから小さな白の小箱を持って戻ってきた…。そしてその小箱を見た瞬間、リンゼは目を見開いて思わず声を漏らす。

 

 

「えっ///そ、それって///」

 

「ああ//………リンゼ//」

 

 

優輝翔はリンゼの言葉に頷くと、リンゼの前まで行って膝をつき小箱を開けた。そこにあったのは紛れもない『婚約指輪』と呼ばれるものであった。

 

その中でも優輝翔が選んだのは『エタニティリング』と呼ばれるもの。なんでも『永遠』を意味するのだとか。

優輝翔は指輪を見て感極まったのか、手を口に当てて涙を零しているリンゼの名を呼ぶと、しっかりと目を見つめながら言葉を紡いだ。

 

 

「リンゼ//俺のことを好きなのはリンゼだけじゃない///そのことはリンゼの方が気づいているよな…//」

 

「…はい…///」

 

「俺は……そいつらの気持ちにも、その都度応えていくつもりだ…//むろん一番はリンゼだが、お嫁さんが増えてくればお前だけに構う理由にはいかなくなる//」

 

「……コクリ///」

 

「……その場合、俺がリンゼに確かにあげられるものは、俺の『初めて』でリンゼの『初めて』を奪うことと…//俺がリンゼを一生守ってやるという誓いと…//」

 

 

リンゼの目から次々と涙が溢れ出す。それはもう口元を抑えている手の下から絶え間なく流れ落ちるほどに……

 

 

「お前が少しの間だけ、俺の唯一の婚約者であることと//お前が俺の第1妃であるという事実くらいだ…//まぁ最後のは俺がどっかの王様にでもならないとあまり意味をなさないだろうがな…//」

 

 

優輝翔は最後に冗談じみた言葉でリンゼの笑顔を誘おうとした。だがもはや、リンゼはもう前など見ていなかった。ただただ泣きながら顔を手で抑えて、優輝翔の言葉に耳を傾けていたのだ。

 

優輝翔は1度深呼吸をすると、指輪を手に取ってリンゼに尋ねた。

 

 

「リンゼ////ここまで聞いて尚……この指輪、受け取ってくれるか…?/////」

 

「…ッ……ッ…はぃ……ッ…/////」

 

 

大粒の涙を流しながらもしっかりと返事を返したリンゼに、優輝翔はそっと手を伸ばしてリンゼの左手を取った。そしてゆっくりと薬指に婚約指輪をはめる。

 

 

「……綺麗だ//よく似合ってる//」

 

「優輝翔さん…///わたし…///」

 

「ああ……リンゼ、キスしていいか…?//」

 

 

優輝翔の問いにリンゼは真っ赤な顔にトロンとした目を浮かべながらゆっくりと頷いた。そして優輝翔は1度立ち上がるとリンゼの腰と後頭部に手をやり、そのまま顔の距離を詰めた。リンゼも優輝翔の顔がアップされるのを見て静かに目を瞑る。

 

 

「んっ///」

 

 

リンゼの口から可愛らしい声が漏れた。優輝翔は一瞬だけ口を離すと、またすぐに自身の唇をリンゼのそれに押しつける。何度も……何度も……

 

リンゼも途中からは優輝翔の首に手を回し自分から優輝翔を求めていた。何回も……何回も……

 

 

 

時間にしては5分ほどだろうか。短いと思うかもしれないが、触れ合うだけのキスだけで5分は決して短くはないと思う。

 

事実、ふたりは永遠のような5分を過ごしていたのだから……

 

 

 




いかがでしたでしょうか?not18禁版に書き直す際にちょっと文字が変わった所もありますが、話の流れに変化はないのでご安心ください。

次回は完全18禁予定なので、そちらの方に投稿させていただく予定です。18歳以下の方は1週か2週話が飛んでしまいますが、どうかお許しいただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 指輪と魔法

こちらでは一週開きましたね。
お久しぶりです、みなさん(。ᵕᴗᵕ。)
今話もよろしくお願いします(。ᵕᴗᵕ。)

あ、話数はあってますよ?空いた17は18禁に入ってますから^^*


 

翌朝、優輝翔は部屋のドアがノックされる音で目が覚めた。

 

 

「……そう言えば、「サイレント」は中の音漏れは防ぐけど、外からの音は聞き取れるんだったな…。」

 

 

優輝翔は一瞬なぜノックの音が聞こえるのか疑問に思ったのだが、その事を思い出すと1人納得して携帯を見た。時刻は8時過ぎだった。ホテルの朝食が9時までということを考えると、恐らくそういうことであろう。

 

優輝翔は自身の目の前でぐっすりと眠っている女の子の頬に朝のキスをすると、未だドアを叩いている相手に対応するために素早く服を着てドアを開けた。

 

 

「遅い!!」

 

 

寝起きには酷く耳に悪い音量で目の前の女の子が怒鳴る。エルゼだ。優輝翔は両の手の指を耳に入れながら口を開く。

 

 

「悪い。昨日リンゼと(セッ〇スで)盛り上がって寝るのが遅くなったんだ。」

 

「何でそこでリンゼが出てくるのよ?ていうか何で盛り上がったの?」

 

「まぁ、それは(俺の部屋で寝てる)リンゼが起きたら聞いてくれ。」

 

「なによそれ……怪しい…。……てか、そろそろ耳栓はずしなさいよ。」

 

「え?ああ…。んで、朝ごはんか?」

 

「ええ。早くしないと無くなるんだから急ぎなさいよね!」

 

「パス。」

 

「へっ?」

 

「だからパス。悪いな、まだ眠いんだ。昼には起きる。てことで寝る。」

 

「えっ、ちょっと!ゆきっ……」

 

 

エルゼがまだ何か言おうとしていたが、優輝翔はそれよりも早く扉を閉めて鍵をかけた。そしてベッドに戻ると、再びリンゼの身体を抱きしめて二度寝をし始めた。

一方、取り残されたエルゼは……

 

 

「というかあいつ……なんでリンゼがまだ寝てることを知ってるのよ……」

 

 

ひっそりとそんな違和感を抱いていた。しかしまぁそこまで問題視はすることなく、お昼に起きてきた時に聞こうと思い、リンゼを起こしに行っている八重の元へと走っていったのだった……

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜

 

 

それから約2時間後、10時前になって優輝翔は再び目を覚ました。目の前の婚約者がまだ眠っているのを見て一瞬三度寝も頭に過ぎったが、寝坊するのもあれなので、婚約者が起きるまでの時間その愛おしい寝顔を見ることで時間稼いだ。そして約15分、微かに婚約者の瞼が動いた。

 

 

「……リンゼ、起きたか?」

 

「ん……優輝翔…さん?//」

 

 

リンゼはそう呟きながらゆっくりと目を開ける。そして下腹部の痛みとともに徐々に昨日の記憶を取り戻すと、急激に頬を赤く染めた。

 

 

「ふっ……朝から可愛いな、リンゼは。」

 

「はぅぅ…///」

 

 

優輝翔に頭を撫でられ、リンゼは恥ずかしそうに手で顔を隠す。優輝翔はその様子にも愛おしさを感じ、すぐにその手をどけて唇を重ねた。それも舌を絡める濃厚な。

 

 

「んっ……ふぁぁ……///」

 

「ふぅ…//リンゼ、おはよう。」

 

「はい//おはようございます、優輝翔さん//」

 

 

ふたりはもう1度くちづけを交わすと、優輝翔がまず身体を起こし、続いて優輝翔に支えられながらリンゼも身体を起こした。

 

 

「痛むか?」

 

「大丈夫です//今はまだ少しだけ痛みますけど、お昼にはましになってますから//」

 

「そうか…強いな、リンゼは。」

 

 

優輝翔は安心したような声色でそう言ってリンゼの頭を撫でる。そしてリンゼにエルゼたちのことを話した。

 

 

「あ、それならちゃんと私から説明しますから//優輝翔さんは気にしないでくださいね//」

 

「ああ。……いや、最初は俺も説明しよう。俺はリンゼの婚約者だし、責任もある。まぁエルゼたちの俺への想いに関してはリンゼに任せるがな。」

 

「優輝翔さん……はいっ//」

 

 

リンゼは優輝翔の心遣いに嬉しそうに微笑む。優輝翔はその笑顔を見てまたキスしたい衝動に駆られて唇を合わせた。しかしそうゆっくりはしてられないので、名残惜しげに行動し始める。

 

まずはシャワー。昨日の運動で汗もかいたし、匂いも残るだろうからこれは当然である。ただリンゼはまだ一人で動くのは危険だということで、優輝翔がお姫様抱っこで抱えて運ぶことにした。

 

 

「ひゃっ///は、恥ずかしいですよ…///」

 

 

リンゼがそう言って丸見えになっているところを手で隠す。

 

 

「大丈夫だ//昨日さんざん見たからな//」

 

「あぅぅ…///」

 

 

リンゼが恥ずかしさからか顔を優輝翔の肩のあたりに擦り始めた。優輝翔はその姿を可愛いと思いながらリンゼの額のあたりにキスをすると、そのままふたりでシャワーを浴びにいった。

 

いちよう言っておくが、何もしてはいない。せいぜいが背中の流しあいっこくらいだ。いくら優輝翔でも、昨日の今日でアレを回復できはしない。ちなみに、ベッドなどは「クリーン」という魔法で綺麗にするのだが、自分やリンゼにこれを使わない理由は、単にリンゼの中にまだ残っているであろうモノを、誤って消し去りたくないからである。

 

そしてシャワーを浴び終え服を着終えると、時刻は11時を過ぎたところだった。

 

 

「まだ時間があるな。エルゼたちが来るまでふたりでゲームでもするか?」

 

「はいっ//……でも、その……指輪…//」

 

「あっ、悪い…」

 

 

忘れていたわけではない。タブン……

 

優輝翔は今一度リンゼに謝ってから指輪を取ってリンゼの指にはめた。リンゼは嬉しそうな顔で指輪を見つめると、ぎゅっと優輝翔に抱きつく。

 

 

「優輝翔さん……大好きです…///」

 

「ああ…//でも、俺は愛してるぞ?//」

 

「はぅ……私も…///愛してます///」

 

 

リンゼが真っ赤な顔で上目遣いをしてそう告げる。優輝翔はそんな可愛らしい顔で婚約者に見つめられて我慢できるはずもなく、リンゼの唇を貪るように吸い始めた……

 

 

「………さて、じゃあその指輪の説明でもしようか//」

 

「はぁ…はぁ…説明?///」

 

 

リンゼは息を切らしながら首を傾げて、自身の左手薬指にはまっている指輪を見た。優輝翔はそんなリンゼの頭を撫でると、ベッドの端に胡座をかき自身の膝の上にリンゼを座らせてから説明を始めた。

 

 

「ああ。実はその指輪には付与魔法を使って2つだけ魔法を仕込んであるんだ。」

 

「えっ、そんなことが出来るですか?//」

 

「ああ。「エンチャント」という魔法でな。付与魔法なんだ。」

 

「そんな魔法もあるですね…//」

 

「まぁな。それでその指輪に付与した魔法だが……」

 

 

優輝翔はリンゼに指輪に付与した魔法の説明をし始める。

 

ざっとまとめると……

 

1、「トランスファー」魔力譲渡が可能になる無属性魔法で、優輝翔の膨大な魔力が充電されている。

 

2、「マルチプル」複数の(同一の)魔法を同時に展開できるようになる無属性魔法。

 

である。

 

通常、付与した魔法をそのまま本人が使うことは出来ないが、とある魔法によりそれは可能となる。それが無属性魔法「プログラム」だ。優輝翔は偶然見つけたその魔法を使い、この2つの魔法をリンゼが好きに使えるようにしたのだ。

 

「プログラム」自体は後に出会うとある妖精も使えるので、その時に詳しく説明させてもらおう。それよりも今皆さんが気になっているのは、それなら「ゲート」や「ブースト」など、ほかの魔法もありったけ付与すればいいじゃないか?ということなのではないだろうか?

 

確かにそうだ、と思う。だがそこには優輝翔なりの理由があった。

 

その二つの魔法は戦闘時にリンゼを手助けしてくれるし、「ゲート」や「リカバリー」などは自分が居れば問題ない。「ブースト」や「パワーライズ」はリンゼのタイプにあっていない。

 

などといった、表向きの理由が……

 

 

「まぁまだ3つだが、これからも何かいい魔法を覚えたらその都度付与するつもりだ。もちろん他の婚約者が出来たらその子にもな。」

 

「はい//ありがとうございます、優輝翔さん//」

 

「どういたしまして……と、言いたいところだが、リンゼ。」

 

「はい?//」

 

 

優輝翔の言葉にリンゼが優輝翔の上で可愛らしく首を傾げる。優輝翔はそんなリンゼの頬を優しく撫でながら告げた。

 

 

「リンゼ……お前の指輪には特別に、これからできるであろう婚約者よりも強力で、特別な魔法を付与しようと思う。」

 

「えっ!///」

 

「まぁ他の婚約者にも見つけれてたら付与するが、消して同じではないし、威力も違う。もしこの事で他の婚約者が何か言ってきても、俺が納得させると約束するよ。これは俺から1番最初の婚約者であるお前へのもうひとつのプレゼントだからな//」

 

「優輝翔さん…///」

 

 

リンゼは優輝翔の言葉に頬を赤らめると、ぎゅっと優輝翔の身体にしがみついた。優輝翔も愛おしいその女の子をきつく、されど優しく抱きしめ返しながら、魔法を唱えた。

 

 

「ジェネシス:優輝翔♡リンゼ」

 

 

その瞬間、ふたりの心臓辺りから綺麗なピンク色の球状の魔法陣が同時に広がった。やがてそれは優輝翔とリンゼのふたりを包み込むほど大きくなり重なると、より一層強い光を放ちながら弾けるように消え去った。

 

 

「終わったみたいだな。」

 

 

優輝翔はそう呟くと、改めてリンゼの指輪に手を翳して「ジェネシス」を「プログラム」で付与した。

 

 

「えっと……優輝翔さん?//さっきのは…?//」

 

「言ったろ?特殊って。この魔法はまず使用者が限られるんだ。」

 

「使用者が……限られる?//」

 

「ああ。魔法の固有名称は「ジェネシス」。その効果は夫婦……まぁ俺たちはまだ婚約関係だが、そんな最低でも愛し合ってる婚約関係の男女ただ1組にしか発揮されない。だからこの魔法には使用者のふたりを最初に『登録』する必要があるんだ。」

 

「それが…さっきの何ですか?//」

 

「ああ。さっきみたいに初めてこの魔法を唱える時に魔法名と一緒に俺たちふたりの名前も言うことで、『登録』という形で俺たちはこの魔法が使えるようになる。でも例えば……エルゼにしようか。もし俺がエルゼと婚約したとしても、俺はエルゼとこの魔法に登録できない。何故なら俺は既にこの魔法にリンゼとセットで登録してるからだ。」

 

 

優輝翔がそこまで説明すると、リンゼは少し混乱気味になりながらも恐る恐る聞いた。

 

 

「そんな魔法……ほんとにいいんですか…?//いえ、もう登録はしてしまったと思うんですけど……」

 

「もちろん。でも、リンゼにした理由はこの魔法の効果の特殊さにもあるぞ。この魔法の効果は俺たちふたりの互いを想う心の深さと強さ、所謂ふたりの間の愛の大きさの分だけ大きくなる。加えて、ふたりが交わった回数にさえまでも、そのまま比例してより大きな効果を発揮するんだ。この魔法自体は古代魔法の分類に入るが、その中でもいろんな意味で異質の魔法みたいだな。」

「えっ……えっと……えっ?//」

 

 

優輝翔の言葉を処理できなかったのか、リンゼは完全に混乱したような声を上げた。それもそうであろう。どこからツッコんでいいかわからない程におかしな所があったのだ。

 

やがてリンゼは大きく深呼吸をすると、疑問に思ったことを優輝翔に尋ね始めた。

 

 

「えっと……そんな魔法が……あったん、ですか…?//」

 

「ああ。実際に今俺たちを登録して付与もしただろ?」

 

「あ、はい…//……えっと、じゃあ……交わった回数……何ですけど…?//」

 

「リンゼは昨日俺の中のものを全部受け止めてくれたからな。これから婚約者が増えても、恐らく……いや、絶対にリンゼ以上に俺を受け止められる子はいないさ。」

 

「あぅ……//……じゃ、じゃあその……1番気になった事なんですけど……『古代魔法』……って、言いました…?//」

 

「ん?ああ。古い本で見つけてな。」

 

「文字……読めたんですか…?//」

 

「いや、魔法を使った。「リーディング」って言う翻訳ま…」

 

「その魔法の付与もお願いします!///」

 

「えっ…あ、ああ……」

 

 

優輝翔はいきなり少し興奮気味にそう言ってきたリンゼに少し驚いて身体を仰け反らせた。

 

何でも聞くところによると、リンゼは昔の本を読むのも好きで、何もなくても時間をかければある程度古代言語の解読もできるらしい。ただやはり楽できるなら楽をしたいというのは人間の性で、結果、優輝翔はリンゼに指輪ではなく、「モデリング」という魔法を用いて赤ぶちメガネを作り、そこに「エンチャント」で「リーディング」を付与してプレゼントした。

 

 

「ありがとうございます///優輝翔さん///」

 

 

リンゼはそう言って嬉しそうにメガネを抱えるように持った。優輝翔はそんなリンゼの髪を愛おしそうに解きほぐしながら、そっとリンゼの身体を抱きしめる。

 

これでリンゼには計4つの魔法をプレゼントしたことになるのだが、まぁ「ジェネシス」は先に述べた通りで、「リーディング」についてもリンゼだけ特別ということでも良いだろう。その代わりこれからできる婚約者の中に他にも古代の文字を解読したいという子が現れれば、またその子にもプレゼントするつもりである。

 

 

ちなみに、「ジェネシス」が載ってあった古い歴史本について。

 

優輝翔も最初その本を見つけた時はかなり驚いたものである。何故なら、普通の一般的な町の本屋さんにある普通の歴史本に混じって、ただひとつ明らかに古すぎる本が目立っていたのだから。そして気になって店主に聞いてみたところ、どうやら店主がその道の研究をしていたことがあるらしく、そのひとつだと言う。

 

優輝翔は最初、それならば買えないだろうと思ったのだが、意外にも店主が優輝翔に文字を読めるのなら譲ってやると言ってくれたため、優輝翔は古い本に書いてあった文字を「リーディング」で読み始めると、店主が感心したように手を叩いて譲ってくれたのだ。ただ流石にタダではあれなので、優輝翔はこの歴史本の価値も考えて、店を出る直前に店主にお礼として金貨1枚を半ば無理やり握らせたのだった。

 

 

 




……これ、ちゃんと17.9禁以内に収まってるよね?^^;


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 ジェネシスと過去②

今話もよろしくお願いします。

最近リアルが忙しく、咲野皐月さんという「イセスマ if」を書いている方には返信が出来ず迷惑をかけたり、この話もギリギリでちょっと修正点を見つけて書き直したせいで文章がおかしくなってたり、ほんと皆さんには迷惑をかけてばかり……

本当にごめんなさい。こんな私とこの作品ですが、これからもどうか、「イセスマ if」含めよろしくお願いしますm(_ _)m


 

「……っと、そうだ。「ジェネシス」の効果そのものについてなんだが……」

 

「あ、はい…//」

 

 

しばらく抱きしめ合っていたふたりだが、優輝翔がふと思い出したかのようにそう言ったところで、リンゼも同様な感じで頷いた。と言っても、膝には乗ったままなので距離はずっと近いままだが……

 

 

「古代魔法「ジェネシス」。この魔法の効果には常時発動しているタイプと、普通の魔法みたいにその時その時で詠唱して発動するタイプがあるんだ。」

 

「えっ!//ま、まだそんな秘密があったんですかっ//」

 

「ああ、ちなみに常時型の方はもう登録した時点で発動している。リンゼ。俺に言葉を発さず心の中で思うだけで語りかけてみろ。」

 

「えっ?//あ、はい…//」

 

(優輝翔さん…//)

 

(リンゼ……愛してる//)

 

「えっ!//」

 

リンゼはいきなり頭の中に直接響いたかのような声がして優輝翔の顔を見る。しかし優輝翔はゆっくりと首を横に振った。

 

 

「俺は喋ってない。心の中で語りかけただけだ。」

 

「じゃあ、これが…?//」

 

「ああ。便利だろ?」

 

「はいっ//」

 

 

優輝翔の問いかけにリンゼが嬉しそうに頷く。

そう、これが「ジェネシス」の常時発動型の効果の1つ目。『念話』である。

 

ちなみにこれはふたりの愛が深まれば深まるほど、そしてふたりが交われば交わるほど、より長い距離を念話でき、またその度合いがある一定値を超えると、なんと自分が見ている光景や、自分の伝えたい本当の思い(たとえそれがうまく言葉に出来なくても)までも、正確に相手に伝えることができるようになるのである。

 

そして1つ目と言うからには、当然2つ目もあるわけで……

 

それが『累加属性』だ。そしてこれは『念話』よりも更に特殊で、男と女で累加される属性が異なるのである。

 

簡単にまとめると……

 

・男の場合

火、土、光、闇の4つの属性が使えるようになり、その魔力消費量が減少し、発揮される効果が上がる。最終的には魔力消費ほぼ0で最大限の威力を発揮できる。

 

・女の場合

水、風、光、闇の4つの属性が使えるようになり、その魔力消費量が減少し、発揮される効果が上がる。最終的には魔力消費ほぼ0で最大限の威力を発揮できる。

 

と、このようになっている。

 

ちなみに無属性がないのは、「ジェネシス」自体が無属性魔法だからだ。何せ今まで述べてきたのは、全て常時型の効果なのだから。

 

 

「すごい…//じゃあ私は風と闇の属性も使えるようになっているってことですか?//」

 

「ああ。でもそれだけじゃない。リンゼは火が得意で光が苦手と言っていたが、これからはその光に加えて普通と言っていた水もより使えるようになる。」

 

「すごいですっ//なら私、もっともっと優輝翔さんのお役に立てるんですねっ//」

 

「役に立つっていうか……まぁ、これまで以上にリンゼを頼れるようにはなるな。離れていても『念話』があるし。」

 

「はいっ//」

 

 

優輝翔の『頼れる』という言葉を聞いてリンゼが嬉しそうに拳を握った。優輝翔はそんなリンゼを愛おしそうに撫でながら、忘れてはいけないもうひとつのタイプの説明を始める。

 

 

「さて、じゃあ次はその時その時……臨時型とでも言おうか?そっちの説明を始めたいんだが……」

 

 

優輝翔はそこまで言って口を閉ざした。溜めているとかではなく、どこか躊躇っている様子の優輝翔に、リンゼは首をかしげながらどうしたのか尋ねる。

 

 

「どうかしましたか?優輝翔さん。」

 

「いや、実は臨時型なんだが……詳細は分かってないんだ。」

 

「分かってない?載ってなかったんですか?」

 

「いや、なんて言うか…本にはこうあったんだ。『無属性魔法「ジェネシス」。戦闘時におけるこの魔法の効果は時が来るまで明かされず、使えない。心せよ。もしこれを使えれるようになれば、そこには大きな力と代償が目を覚ますだろう。』って……」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

その後、ふたりはエルゼたちが来るまで今度こそゲームをして過ごし、エルゼたちが迎えに来たところで外に出た。

 

朝から少し王都を探索して午後から行きたい店の目星をつけていたらしいふたりは、当然同じ部屋から出てきたリンゼと優輝翔を怪しく思い詰め寄った(特にエルゼ)が、昨夜から今に至る話を聞き、さらにリンゼの真っ直ぐな優輝翔への想いと、優輝翔のリンゼを真剣に想う強い意志を確認すると、あっさりと引き下がった。

 

しかし流石は姉妹、そして感情を読み取るのが得意な優輝翔というべきか、エルゼ、そして八重が落ち込んでいることはすぐにわかったので、ふたりは念話を使って話し合い(ほぼ確認みたいなもの)をし、リンゼがふたりを連れて優輝翔のいた部屋に入っていった。

 

そして僅か5分後、部屋からリンゼがふたりを連れて出てくる。その時優輝翔が見たふたりの顔が少し赤かったのは、おそらく気のせいではないのだろう。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

《過去編②》

 

 

「母さん……」

 

 

まだ幼いと言ってよい少年の、寂しげな声が少年のいる部屋一体に響き渡る。

 

いや、部屋と言っていいのかも分からない。少年のいる『そこ』はただただ4×25×25の全面真っ白な空間であった。家具などそういった類のものは愚か、ほこり一つ落ちてはいない『そこ』は、少年がもう1年も前にあの『夫であった男』に連れてこられた場所であった。

 

食事、睡眠、学業、その全ては『そこ』で行われ、少年が外に出られるのは風呂と、トイレ、そして『人体実験』を受ける時のみであった。

 

だが、そんなことはどうでもいい。何よりひどいのは、少年にあてがわれる『人体実験』が常軌を逸していた事だ。例えばやれ『実験』と称して食事を1日に何食も食べさせられたり、または全く食べさせられなかったり、さらにその『実験』で出される食事の内容も、普通の食事の時もあれば、ある時は生肉であったり、またある時は生きた虫であったり、さらに運が悪い担当者の時には自身の排便や毒蜘蛛を食べさせられたりもしたのだ。

 

当然少年は拒んだ。だがそんなもの意味は無い。食べさせられる。苦しい、気持ち悪い、吐きそう。毒蜘蛛の時など、何度死にかけたか。だが、死ななかった。そうやって少年はまず毒に対する絶対耐性を徐々につけられた。

 

他にもある。風呂に入る時にたまに熱湯風呂や冷たい風呂の中に突き落とされながら暑さと寒さ、風邪などの病気に無理やり耐性をつけたり、何度も皮膚を切り付けて痛みに強くしたり、電気を浴びせて電気耐性をつけたり、少年にとって、『人体実験』が行われる時間はまさに地獄だったのだ。

 

……だが、もう1年も『そこ』で暮らしてきた少年には、既にそんなことはどうでも良くなってきた。

 

いや、辛くないわけではない。確かに熱湯風呂は入ると火傷をして痛いし、食事も生きた虫や毒蛇、蠍などは味覚がおかしくなり、時には死の淵に落ちかけた時もあった。だが、もう一年も経てば大分耐性も付いてきて、今ではハブに噛まれても顔を歪ませるだけで済んでいる。

 

そんなクダラナイことよりも、今少年の心の奥底に今もこびりついて離れないのが、去年星になった母親の事であった。特に、最後の死ぬ間際の母の姿。

 

客観的に見れば散々な姿をしていたであろう。当然少年の目にも同じ母親の姿が映っていた。だが、少年はそれとは別にもうひとつ違う景色が見えていたのだ。

 

あの日、あの時、『夫であった男』に踏み潰されながらも、少年は確かに母親が自分を見ながら唇を動していたのを見逃さなかった。おそらく気づけたのは少年だけであろう。そして少年だけが、既に舌を無くしていた母親が伝えたかった『言葉』をはっきりと理解出来た。

 

 

『ごめんね』

 

 

たった4文字。されどそこに込められた母親の想いは、その何百倍もの文字ですら言い表せないものだった。

 

少年も当時はよく理解出来なかったものの、約1年経った今ではそこに込められた母親の愛情にも少しは気づくことが出来た。

 

だが、まだ少しだけだ。しかもその『少し』というのが本当に『少し』なのかは、少年には分からない。それを知る人物はもういない……いないのだ。

 

少年が目の前で母親を殺され施設へ連れて来られたあと、少年は何度も自殺を試みた。しかしそれを『夫であった男』、否、『実験道具の持ち主』が許すはずもなく、結果一年がすぎた。

 

どうして『男』は少年に固執しているのか。確かにまた代わりを用意すればいいだろうし、いちようストックも用意してあるのだが、それでも『道具としての愛着』はこの少年が1番強かったのだ。

 

他の少年少女なら簡単に斬り捨てていただろう。事実、この『実験道具の持ち主』は、要らなくなった少年を解体して『実験道具』や施設で買っている他の動物たちの餌にしたし、少女の場合は年齢に関係なく施設が雇っている男たちや飢えた獣の性処理道具、もしくは “ナニカ” の母胎にしていた。

 

しかし、この少年、この『実験道具』だけは捨てる気になれなかった。理由は主に2つ。1つは少年には才能があったこと。もう一つは少年の中に自分の中の『王』としての血が流れている事だ。

 

だからこそ、少年は死ぬことも許されず、『当たり前を模した』かのような日々の中で時折の拷問を受けながらここまで、そして、数年を過ごしてしまった。

 

しかし、少年が10歳になった頃、少年に一筋の光が訪れた。その光はやがて完全に闇に落ちていた少年を光の元に誘い、救い出していく。少年は徐々にその光に魅了され、心を取り戻していく。

 

 

幸せのないはずの空間で、一人の女性が、絶望を抱え込んでいた少年に、再び『幸せ』の意味を教えていく……

 

 

━━━過去編②終了━━━

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 狐の子

今話もよろしくお願いします(。ᵕᴗᵕ。)

さて、本日はこのSS上で非常に重要になってくる人物の登場です。まぁタイトルから推察できてる人がほとんどでしょう。

それではお楽しみくださいませ(。ᵕᴗᵕ。)


 

ホテルをチェックアウトして、近くの店で昼食を取った優輝翔たちは、ホテル代で使った白金貨を補充するために1度全員で王都のギルドに赴いた後、男女で分かれて王都の探索をすることにした。

 

3人と分かれた優輝翔はまずスマホで近くの防具屋を検索して1番近くの店に向かった。前から手に入れたいと思っていた守りの装備を手に入れるためだ。鎧とは言わない。あれは重い。

 

 

「ここか。」

 

 

優輝翔は目の前に建つふるめ…ゲフンゲフン…歴史を感じる煉瓦造りの立派な建物の前に立ってそう呟くと、『ベルクト』と書かれているその看板を一瞥し中に入った。

 

 

「いらっしゃいませ。ようこそベルクトへ。」

 

 

優輝翔が中に入ると、扉を開けてすぐの所に立っていたお姉さんが綺麗にお辞儀しつつそう言った。

 

 

「鎧とか重いものじゃない防具を見たいんだが……」

 

「その前に、お客様は当店を初めてご利用ですか?」

 

「ん?ああ、そうだけど…。」

 

「でしたら、先にお客様のご身分を証明する物、もしくはどなた様からの紹介状などをお見せいただきたいのですが……」

 

 

(なるほど、流石貴族街の店といったところか。)

 

 

優輝翔はそう思って軽くため息を吐くと、ポケットから公爵からもらったメダルを取り出してお姉さんに見せた。お姉さんはそのメダルを確認すると、再び頭を深く下げる。

 

 

「ありがとうございました。改めて、ようこそベルクトへ。本日は鎧でない防具をお求めとの事でしたが、軽くて防御性能に優れた装備ということでよろしいでしょうか?」

 

 

お姉さんの言葉に優輝翔は首を縦に振ると、さらに付け足す。

 

 

「ああ。あとなるべく派手じゃないのがいいな。そういうのはあるか?いちよう金に糸目はつけないつもりだが……」

 

「そうですね…………でしたら…。」

 

 

お姉さんは少しだけ考え込むように目を伏せた後、優輝翔に1度頭を下げて店の奥に入っていった。そしてすぐにどこからか白いファー付きコートを手に戻ってくると、それを広げながら口を開く。

 

 

「こちらはいかがでしょうか?耐刃、耐熱、耐寒、耐撃に加えて、非常に高い攻撃魔法に対する耐魔の付与も施されております。ただ1つ問題がありまして、最後の耐魔に関しましては装備されたその方の持つ適性のみに発揮され、逆に持っていない適性のダメージは倍加してしまうといった性能も付いておりまして……」

 

「買おう。」

 

「へっ?」

 

 

優輝翔の一言にお姉さんは思わず素の声で驚き、ポカンと優輝翔を見つめる。

 

 

「だから買うって言ったんだ。俺の言った条件も満たしているしな。」

 

「あ、はい。かしこまりました。こちらは今お召しになられますか?」

 

「そうだな。」

 

 

優輝翔がそう言って頷くと、お姉さんは「失礼します」と一言入れて優輝翔にコートを着させた。

 

 

「ありがとう。あといくつか小太刀やナイフのようなものも見せてもらっていいか?出来ればこれくいの……」

 

 

優輝翔はそう言って服の中から1本のナイフを取り出してお姉さんに見せる。その後優輝翔は4本のナイフと1本の刀も新たに購入すると、合計白金貨3枚をお姉さんに支払って店を出ていった。

 

優輝翔が買ったものリスト

 

・白のファーコート・・・耐刃、耐熱、耐寒、耐撃、耐魔(全属性)の性能。金貨8枚。

 

・小さな緑色の魔石が付いたナイフ × 8・・・斬れ味が良く、投げた時のスピードが速い。各金貨1枚と銀貨5枚。

 

・匠の刀・・・岩をも斬れると言われるほど切れ味がいい。金貨10枚。

 

・刀の手入れ道具・・・おまけ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「ここ、どこだろう…?」

 

 

1人のまだ顔に幼さの残る女の子が、キョロキョロと周りを見渡しながらそう呟いた。先程から同じ場所を行ったり来たりして困り果てた顔をするその女の子は、誰の目から見ても明らかに迷子の子猫(?)、そのものである。

 

だがこの女の子が今いる場所は王都の、それも人が行き交う大通りの真ん中であって、決して森の中などの人気が皆無の場所ではないのに、何故その女の子の近くを通っている人々は、誰も女の子を助けようと声をかけないのだろうか?

 

その裏には、その女の子の姿形と、この国の歴史というものがあった。

 

 

まず始めにこの女の子の容姿から説明しておこう。

 

年の瀬は12、3ほど。袖口に白色のフリルが付いた全体的にピンク色のワンピースと茶色のブーツを身につけ、胸元にある赤いリボンの留めには翠色に輝く楕円の宝石を付けている。

 

そして髪は綺麗な山吹色のストレートなのだが、問題はそこに生える同色の2本の耳と、お尻の辺りから生えているもふもふの尻尾だ。

 

そう、この女の子はただの女の子ではなく、異世界ならではの獣人(狐)の女の子なのである。

 

だがなぜ獣人と言うだけで、この街の人たちは誰も女の子に手を貸さないのだろう?別にこの女の子が凶暴な見た目をしているわけではなく、どちらかと言うとお淑やかでまだ幼く弱々しい外見をしているし、言葉が通じないわけでもない。それなのに何故?

 

その理由には、2つ目のこの国の歴史が関係していた。

 

この国、ベルファスト王国には古くから獣人などの亜人という普通の人族以外の種族を見下す風習があり、前国王の時にその認識を改める法が制定されたものの、未だにこの国の人々のほとんどが亜人たちと馴染めずにいるのだ。中でも歴史を持つ頭の固い貴族達の多くは未だに亜人たちを軽蔑の対象として見ているものも少なくない。

 

しかし、あくまでそれはこの国の人々の事情であって、他所から来たものには関係の無いことである。例えば優輝翔とか。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「どうしたんだ?」

 

「ひゃぁっ!」

 

 

優輝翔が女の子に近づいて優しく声をかけると、女の子はびっくりした声をあげて数歩後ろに下がった。そして涙目になりながら怯えるように震える手を胸の前で握ると、恐る恐る優輝翔に尋ねる。

 

 

「あ、あの……なんでしゅか…?」

 

「いや…、さっきからずっと同じ場所をキョロキョロしながらいたから。迷子か?」

 

「………ぅ……ぅぅ……」

 

「う?」

 

「ぅ……うわぁぁぁんっ!!」

 

「は?おい、ちょっ……」

 

 

優輝翔は突然泣き出して体当たりしてきた女の子を慌てて抱き止めると、困ったように頭を掻きつつ周りを見た。何人かこちらを見ている人はいたが、足を止めてまで見ている人はいなさそうである。

 

優輝翔は安心したように1つ息を吐き、とりあえず落ち着かせようと女の子の髪を撫でた。

 

 

「大丈夫。大丈夫だ。1人で怖かったのか?」

 

「グスン……はい…。」

 

「そうか。ならもう大丈夫だから、とりあえず泣き止もうな。」

 

 

優輝翔がそう言いながら女の子と目線を合わせてハンカチを目元に当てると、女の子はそっとそのハンカチを握る手に自分のを重ね、涙を拭き始めた。

 

優輝翔はその間もひたすら女の子の背を優しく撫で続け、やがて女の子が少しずつ落ち着きを取り戻してくると、怖がらせないように優しい笑みを見せながら話しかけた。

 

 

「もう大丈夫か?」

 

「……はい。あの、ありがとうございました//」

 

「どういたしまして。」

 

 

優輝翔は女の子の頭を撫でながらそう言って差し出されたハンカチを受け取ると、ポケットにしまって代わりにスマホを取り出した。

 

 

「それで、改めて聞くけど道に迷ったのか?」

 

「は、はい…。」

 

「そうか。ここには親と一緒に?」

 

「い、いえっ。お姉ちゃんと来たんですけど……気づいたらはぐれてて……」

 

「待ち合わせ場所とかは何も決めてないのか?」

 

「いえ。いちよう『ルカ』という魔法屋で……」

 

「魔法屋か……丁度いいな。」

 

「えっ?」

 

 

優輝翔はそう言うと不思議そうな声をあげた女の子を無視してスマホで素早く『ルカ』の場所を検索した。

 

 

「見つけた。じゃあ行こうか。」

 

「えっ?えと、どこに行くんですか?」

 

「ルカだよ。俺も丁度どっかの魔法屋に行こうとしてたから。」

 

「えっ?そ、そうなんですか?」

 

「ああ。」

 

 

優輝翔はそう言うと女の子にそっと手を差し出した。それに対し少し困惑した顔を見せる女の子に、優輝翔は少し腰を落として優しく言葉を添える。

 

 

「またはぐれたら困るだろう?一緒に行くぞ。」

 

「あ、はい…//」

 

 

女の子は少しだけ頬を染めてそう言うと、優輝翔の手を遠慮気味に、されどしっかりと力強く握り返した。そしてふたりはスマホの地図を頼りに魔法屋『ルカ』までの道を歩き始めるのだった……

 

 




このSSの第2ヒロイン、登場でございます。
(*´꒳`ノノ゙☆パチパチ

ちなみにですが、ここで言うヒロインとはお嫁さんになった順番、ではなく、優輝翔の信頼度の高い順です。ちなみに1位は2位と遥かな差をつけてダントツ(2位も3位とはかなり差があります)なのですが、この小説の常連さんは分かりますよね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 恋する乙女

今話もよろしくお願いします(。ᵕᴗᵕ。)

なんか最近1話あたりの話の文字数多かったり少なかったり、なかなか執筆活動に取り組めなかったりと大変な状況が続いていて( ๑´࿀`๑)=3
ストックもちょっとやばくなってきたかもしれないです(´TωT`)

なのでもしかしたら来年の1月くらいに1週インターバルを挟むかもしれませんが、どうかご理解の程宜しくお願いします。


 

歩き始めてからしばらく、狐の獣人の女の子は自身の手を握って道案内をしてくれている横の青年の顔をチラリと幾度か見上げていた。その度に、女の子の胸の鼓動が微かに振動数を上げていく。

 

 

(なんだろう……この感じ…//)

 

 

女の子はそっと繋いでいない方の手を自分の左胸の前に当てた。そこから伝わる鼓動ははっきりと感じて取れるほどに速く、そして大きくなっており、自身の耳にまでその音が鮮明に聞こえてくるような気がした。

 

 

(ど、どうしよう…//なんか心臓の音がいつもより大きいよぉ…//お、お兄さんに聞かれてないかな…//)

 

 

女の子は再度、今度は不安気に青年の顔を見上げる。それに対し、青年は女の子の視線や鼓動には一切気付く素振りを見せず、前を向いて歩き続けていた。

 

 

(よかった…//音は聞こえてないみたい…//)

 

 

女の子はそう思って内心で安堵の息を漏らすと、また横にいる青年の顔を見上げた。その横顔はおおよそ同年代の中では整っている方だと思える程の美形で、何よりも体全体から優し気な雰囲気(オーラ)というものが滲み出ていた。それらがまた女の子の心臓を加速させる。

 

初めての国、初めての土地、そして周りを別種族の知らない人たちに埋め尽くされた上、道に迷ってしまい不安でいっぱいだった自分に声をかけてくれた優しさ。初対面でいきなり泣きついてきた自分を、泣き止むまで温かく抱きしめて髪を撫で続けてくれた優しさ。歩く時にはぐれないようにと自然と手を差し出してくれる優しさ。少し身長差がある自分に何も言わずに歩幅を合わせてくれる優しさ。

 

そして、今なお繋いでいる手を通して直に伝わってくる青年の手の温もり。これら全てがこの女の子を恋する乙女へと変貌させる。

 

 

(………そっか…///わたし……///)

 

 

女の子はきゅっと自身の左胸辺りの服を握りしめた。そしてこの青年と出会えたことを神様に感謝しながら、女の子は青年に話しかける。

 

 

「あの……お名前、聞いてもいいですか?//」

「えっ?ああ、そう言えば自己紹介がまだだったな。俺は白鷺優輝翔だ。優輝翔が名前だからそっちで呼んでくれ。」

 

「はいっ//あ、私の名前はアルマ・ストランドです。私も気軽にアルマって呼んでくださいねっ//」

 

「ああ。よろしくな。」

「はいっ、優輝翔さんっ///」

 

 

女の子、改めアルマは嬉しそうに返事をして再び前を向く。すると、今度は優輝翔の方から会話を繋げてきた。

 

 

「ところで、アルマはどうしてベルファストの王都に来たんだ?」

 

「私ですか?私はお姉ちゃんについて来たんです。お姉ちゃんは仕事で来たんですけど、私は観光がメインですね。優輝翔さんは?」

 

「俺は仕事というか依頼だな。今はもうそれを終えて観光中だけど。」

 

「そうなんですか?じゃあひょっとして、優輝翔さんは冒険者の職業を?」

 

「ああ。お姉さんは何の仕事なんだ?」

 

「お姉ちゃんはミスミドの大使なんです。今度あそこにあるお城に入って、そのまた数日後には食事会が開かれるんですよ。」

 

 

アルマはそう言いながら王都の中心にそびえ立つ、美しい艶やかな緑色の屋根が特徴の立派な城を指さした。それに対し、優輝翔は『大使』という言葉に少し驚きを表す。

 

 

「へぇ…。じゃあアルマの家族はミスミドの貴族か何かなのか?」

 

「いえ。でもお父さんは大きな商会をやってるんですよっ。それが関係してよくお城のパーティーに参加させて貰ってます。」

 

「そうなのか?すごいんだな、アルマのお父さんは。」

 

「はいっ//」

 

 

アルマは優輝翔の言葉に嬉しそうに頷く。そしてまた喋り始めようとしたところで、不意に前方からアルマにとってとても馴染みのある声が聞こえてきた。

 

 

「アルマ!!」

 

「あっ、お姉ちゃん!!」

 

 

アルマはそう叫ぶと、優輝翔の手を離して一目散に自身の姉の胸元へと飛び込む。アルマのお姉さんはそんな妹をしっかり抱き止めると、ぎゅっとその小さな身体を抱きしめた。

 

 

「もう、心配したのよ…。」

 

「ごめんなさいっ。でも大丈夫だったよ。優輝翔さんがここまで連れてきてくれたから。」

 

 

アルマがそう言うと、お姉さんは優輝翔の方を向いて頭を下げる。

 

 

「妹がお世話になりました。感謝します。」

 

「いえ、俺としても明らかに迷子で困ってる雰囲気を出しててほっとけなかったですし、目的地もたまたま一緒だったので。」

 

「そうなんですね。ですが助けていただいたのも事実ですので、どうかお礼を。」

 

 

アルマのお姉さんはそう言って再び優輝翔に頭を下げた。優輝翔もここで何か言うのは悪手と考えて素直に謝罪を受け入れる。

 

 

「じゃあそろそろ店に入りませんか?そう言えば、ふたりは何を買いに?」

 

「私の魔法の本ですっ。ミスミドでも光属性の百科事典は買ったんですけど、ベルファストではどんなのが置いてあるかなって。」

 

「そうなのか。アルマは光属性の他にはなにか使えるのか?」

 

「はいっ。無属性魔法が使えます。まだどんな魔法かは分かってないんですけど……」

 

「そうか。まぁそのうち分かるって言うしな。それにふたつの属性が使えるだけでもすごいと思うぞ。」

 

「えへへ///」

 

 

優輝翔がそう言いながらアルマの頭を撫でると、アルマは幸せそうに尻尾を振りながら顔を蕩けさせた。その様子を見て、アルマのお姉さんは少し首を傾げる。

 

 

(何かやけに仲がいい気が……それにアルマの様子…。もしかしてこの子……………………よし。)

 

 

アルマのお姉さんは心の中で何やら自己完結すると、未だ自身の妹の髪を撫でている優輝翔に話しかける。

 

 

「あの、優輝翔さん……で、良かったでしょうか?」

 

「あ、はい。大丈夫です。あなたは?」

 

「オリガ・ストランドです。それで、1つお聞きしたいのですが、この後予定とかはありますか?」

 

「えっ?」

 

 

優輝翔はいきなりの質問に少し間抜けな声を上げ、とりあえずといった感じで首を横に振った。するとオリガさんは嬉しそうに手を合わせて優輝翔に提案する。

 

 

「でしたら、この後ご一緒にお茶でもしませんか?アルマのお礼もしたいですし。」

 

「いや、でも……」

 

「い、いいと思いましゅっ!//私も優輝翔さんにお礼したいですし…//その、えっと……もっと…いっしょにっ//…いたい、でしゅから…///」

 

 

アルマは最後の方はもうほぼ囁きに近い形になりながらも、そう言って顔を赤く染めた。普通の人なら聞き取れないほどの音量だったのだが、常人よりも聴覚が優れている優輝翔にはバッチリ聞き取れており、そのせいで優輝翔は少し頬を掻いた。

 

 

「分かりました//じゃあここでの買い物を終えてから一緒に近くの喫茶店にでも入りましょうか。」

 

「…っ!///お姉ちゃんっ///」

 

「ええ。じゃあそういう事で。」

 

 

オリガさんが嬉しそうにはしゃぐアルマに笑顔を見せながらそう言うと、3人はひとまず『ルカ』の中へと入っていった。

 

そして優輝翔は『無の巨匠(無属性魔法辞典)』と『古代魔法書』、『世界史』の3冊の本を、アルマとオリガさんも目的の本を買ったところで、3人は店を出て客の少ないカフェ探しに向かった。言っておくが人気のない店というわけではない。近しい言葉でいえば穴場探しだ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

数分後、優輝翔たちは貴族街の少し外れにある、『チェロ』という名の一見民家のようにも見える風情漂う喫茶店の前まで来ていた。

 

ちなみにここまで来る途中、アルマはずっと優輝翔と手を繋いでいる。その様子からも、姉のオリガさんは余程アルマが優輝翔の事を好いているのだと察せていた。

 

 

カランカラン♪

 

 

店の扉を開けると、扉に付けられていた鈴が優輝翔たちを歓迎するように鳴り響いた。そして優輝翔たちが中に入ると、1人のウエイターが優輝翔たちに近づいてきて頭を下げた。

 

 

「いらっしゃいませ。3名様でよろしいでしょうか?」

 

「ああ。」

 

「ではどなたかおひとり、お客様のご身分を証明するものは持ち合わせておりませんでしょうか?」

 

 

ウエイターがそう尋ねると、先頭にいた優輝翔は『べクルト』で見せたのと同じメダルを見せる。ウエイターはそれを見て頭を下げると、優輝翔たちを席に案内し始めた。

 

 

「こちらのお席です。どうぞごゆっくり。」

 

 

ウエイターはそう言って三度頭を下げると、店の奥の方に入っていった。優輝翔は案内された席が片側が壁になっていたため、そちらを姉妹に譲って自分は反対側の椅子に座ったのだが、何故か気づくとアルマがすぐ横に座っていたのだ。

 

 

「えっと……アルマ。オリガさんと一緒じゃなくていいのか?」

 

「えっ?えっと……お姉ちゃんの横もいいんですけど……今日は、その……優輝翔さんの横がいいなぁって…///」

 

 

また最後の方で小声になりつつもしっかりとそう告げるアルマに、優輝翔は少し困った顔で未だ席に座らず立っているオリガさんを見る。するとオリガさんはニコリと笑って壁側の席を手で示した。

 

 

「優輝翔さん。私のことは構わないので、どうかアルマとあちらに座っていただけないでしょうか?その方がアルマも喜ぶと思いますし。」

 

「……分かりました。じゃあお言葉に甘えて……」

 

 

優輝翔はそう言うと、アルマと共に柔らかなソファーになっている壁側の席に座る。そしてオリガさんもアルマの正面の席に座ったところで、3人でメニューを見始めた。

 

 

「優輝翔さんは何にするんですか?//」

 

「そうだな……じゃあ、この……」

 

 

優輝翔がそう言いながら指さしたのは、ドリンク付きのサンドウィッチだ。ちなみにドリンクはストレート。

 

 

「アルマはどうするんだ?」

 

「私はこれにします。ショートケーキとドリンクのセット。」

 

「飲み物はミルクか?」

 

「はいっ//あっ、えっと……子どもっぽいですか…?//」

 

「別に。むしろらしさがあって可愛いと思うぞ。俺も甘いもの欲しい時によく飲むしな。」

 

「優輝翔さん…///」

 

 

優輝翔が頭を軽く撫でながらそう言うと、アルマはまた頬を染めてうっとりした顔になる。その様子をオリガさんは微笑ましく眺めつつ、自分の注文も決めて店員さんを呼んだ。

 

 

「サンドウィッチのストレート、ショートのミルク、チョコケのコーヒーですね。かしこまりました。少々お待ちください。」

 

 

そう言ってウエイターが去ると、オリガさんは優輝翔の方を見て話し始める。

 

 

「そう言えば少し驚いたのですが、優輝翔さんは貴族の方なのですか?」

 

「え?……ああ、これですか。」

 

 

優輝翔はそう言いながらさっきウエイターに見せたメダルを取り出した。

 

 

「はい。さっきここに来る途中で冒険者と聞いていたので気になって……」

 

「俺は冒険者だし、貴族でもないですよ。これはたまたま依頼の道中に公爵の娘さんを助けたお礼に貰ったんです。」

 

 

優輝翔がそう答えると、姉妹は揃って驚きを表す。そしてさらに詳しく聞き、優輝翔からリフリットを出てから昨日までの話を聞かされると、ふたりはもはや呆然と口を半開きにしている事しかできなかった。

 

 

「すごい…///」

 

 

そんな中でも特に、アルマは目に輝きを持たせながら優輝翔を見つめていた。なぜならその話の工程の中で、優輝翔は自身が全属性に加えてすべての無属性魔法を扱えることを話したからだ。無論この話の際にはちゃんと念押しで他人に言わないようにと告げてある。

 

そしてさらに優輝翔はその力を誇示して振り回すことはせず、人の役に、人を助けるために使っているのだ。その事実にアルマはもう完全に心を奪われていた。

 

そしてアルマの目の前にいるオリガさんも、その話を聞いてようやくひとつの確信を持つことが出来ていた。

 

実のところ、オリガさんはアルマが行為を抱いている優輝翔に対し少しだけ心の中で、不審とはいかないまでも、何かしらの引っ掛かりを覚えていたのだ。

 

何せアルマと優輝翔はつい数分前に初対面したばかりだというのに、いくら道案内をしてくれたからってそこまで懐くだろうか?何か変な魔法などは使っていないのか?性格は?どういう人物なのだろうか?、などと疑問は出そうと思えばいくらでも出すことができた。でもそれも、今の話でほぼ全てが解決された、と言うより、どうでもよくなった。

 

圧倒的とも言える才能と力を誇示せずに人を助け、公爵から信頼された人物。一見信じ難い話だが、優輝翔は自分を大使と認識した上で公爵に確認してもいいと言ってきたことから、全て真実であろうことは推測がつく。それに性格もこの話を聞けば少なくとも悪とは思えないし、それならば妹の、アルマのことを任せるのもいいのかもしれない。まぁまだアルマは学生なので、結婚までいく……かどうかはまだ定かでないものの、もしそうなるのならば、それは最低でもアルマが卒業した後になるであろう。できれば自分もそれまでには……

 

オリガさんはそんなことを考えながら、今しがた運ばれてきたチョコレートケーキを一切れ口に運んだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 帰還日

お待たせしました。
今話もよろしくお願いしますm(_ _)m


優輝翔たちが『チェロ』に入店してから、約2時間もの時間が過ぎた。そんなに長居したら流石に店に迷惑がかかるのではないかと思うだろうが、心配はいらない。何故なら優輝翔たちがいた2時間、この店の席が100どころか、80%も埋まったことはないのだから。

 

そして優輝翔たちがこの2時間で話したことだが、まず優輝翔に関しては、

 

・今まで受けた依頼のこと。

 

・冒険者ランクが紫であること。

 

・自身のパーティーメンバーが女の子3人であること。

※前話の公爵からのメダルの話の時にはソロではなくパーティーを組んでいるとしか言っていない設定。

 

・そして女の子3人のうちの1人とは婚約していること。

 

である。

 

ちなみに最後の内容を話した時にはアルマが見るからにショックを受けたような顔をしたのだが、優輝翔が他にも自分を好いてくれている人がいて、(将来の)第一妃の子も公認なのでいずれその子たちとも付き合う予定であることをさりげなく告げると、一転して顔を明るくし、と思った次の瞬間には急に真剣味を帯びた顔で何やら考え始めていた。

 

その妹の様子に、優輝翔とオリガさんはクスクスと笑みを浮かべて微笑ましそうに見つめる。続いて姉妹に関しては、

 

・ミスミドという国のこと。

 

・姉妹の父親のこと。

 

・姉が武闘派で妹は知能派であること。

 

・妹は将来父の仕事を継ぐための学校に通ってること。

 

・その学校での生活や友達、あと学校が来年で終わる(卒業)こと。

 

である。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

そろそろいい時間ということで店を出ると、優輝翔はオリガさんに頭を下げた。

 

 

「すみません。結局奢ってもらう事になってしまって……」

 

「いえ、もともとお礼という話でしたから。」

 

「ありがとうございます。じゃあ俺はこれで……」

 

 

優輝翔がそう言ってふたりに背を向けようとすると、後ろから誰かに袖を引っ張られた。

 

 

「優輝翔さんっ//つ、次はいつ会えましゅかっ?//」

 

「えっ?ああ……別に俺はいつでもいいけど……」

 

 

優輝翔はアルマのいきなりの質問に一瞬驚くも、すぐに考えて答えを返す。するとアルマは目を輝かせて嬉しそうに言った。

 

 

「じゃあ明日!//明日また会いませんかっ?//」

 

「ア、アルマっ。優輝翔さん今日の夕方には帰るって……」

 

「ああ、いいですよ。魔法使えばすぐなので。」

 

 

優輝翔がそう言うと、オリガさんは「優輝翔さんがそうおっしゃるなら……」と言って、引き下がった。それを見て優輝翔はアルマに言葉を返す。

 

 

「明日でいいぞ。ただ朝はきついから昼からな。そうだな……12時はどうだ?昼ごはん奢ってやるよ。」

 

「ほんとでしゅかっ?//じゃあそれで!//」

 

「ああ。待ち合わせ場所は『ルカ』の前がわかりやすいか?また迷うなよ。」

 

「はい!//」

 

 

優輝翔が最後にまた頭を撫でながらそう言うと、アルマは嬉しそうに返事をして優輝翔の手を堪能する。優輝翔もアルマの幸せそうな顔を見て、少しだけ長い時間アルマの頭を撫で続けていたのだった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

アルマたちと別れたあと、優輝翔は何軒か店をまわって待ち合わせ場所へと向かった。するとそこには、まだ待ち合わせの時間ではないというのに既に3人の少女が待機していた。

 

 

「おそーい!!」

 

「悪い!……って、いちよう待ち合わせ時間には間に合ってるぞ。」

 

「そんなことはどうでもいいの!男は女の子よりも先に来なきゃダメ!ね?リンゼ。」

 

「えっ?私は別に…。むしろ優輝翔さんを待たせる方が申し訳ないですし…。」

 

 

リンゼがそう言うと、優輝翔はその優しい心に感動して条件反射でリンゼを抱きしめた。

 

 

「リンゼ、偉いなお前は。」

 

「ひゃっ//」

 

 

リンゼはいきなりの事に驚いて短く小さな悲鳴をあげるも、すぐに優輝翔の腰に手を回して額を優輝翔の胸に擦りつける。

 

 

「おかえりなさい、優輝翔さん//」

 

「ああ、ただいま。」

 

 

ふたりは顔を見合わせてそう言うと、ゆっくりと顔の距離を近づけ……

 

 

「いやいや、ここ公衆のど真ん中だから。」

 

「というかリンゼ殿も買い物してたわけでござるし、先程の挨拶は成り立たないような気がするでござる。」

 

 

そう言ってまずエルゼがふたりの顔を両手で押し退け、八重が冷静なツッコミを入れる。それに対し、優輝翔は少し不満そうに、リンゼは恥ずかしそうな反応を見せた。

 

 

「別にいいだろうが。好きなんだし。」

 

「だーめ。本気で付き合ってるみたいだし文句は言わないけど、な、何かするなら見えないとこでしなさいよね!//」

 

「……ちなみにその何かって?」

 

「な!何かは何かよ!!//」

 

 

優輝翔の意地悪な問いにエルゼは顔を真っ赤にしてそっぽを向く。優輝翔はその様子を見て面白そうに笑うと、ちゃんと謝ってエルゼの頭を撫でた。

 

 

「悪いな。でも可愛かったぞ。」

 

「にゃっ、にゃに言って…///」

 

「お姉ちゃん、顔真っ赤だよ?」

 

「う、うううるさーい!!///」

 

 

ついには妹のリンゼにまで追加攻撃され、エルゼはそう喚きながら先に御者台へ向かった八重を追って馬車の前の方に走っていった。

 

 

「騒がしいな。」

 

「ほんとですね。でもあれがお姉ちゃんですから。」

 

「だな。帰りは御者は?」

 

「あ、お姉ちゃんと八重さんがやってくれるそうです。」

 

「そうか。じゃあとりあえず乗るか。」

 

 

優輝翔はそう言ってリンゼとともに荷台に乗り込んだ。そして馬車は4人を乗せてリフレットまで出発する。

 

 

「ところで、リンゼたちは何を買ったんだ?」

 

 

優輝翔が馬車に積まれてある大量の買い物袋を見ながらそう聞くと、リンゼは思い出すように順番に答え始めた。

 

 

「えーっと……まず服、ですね。それからアクセサリーや小物も、それらがほとんどだと思います。あとは日用品も少し…。優輝翔さんは何を買ったんですか?」

 

「俺はまずこのコートだな。それとこの刀とナイフ。」

 

 

優輝翔はそう言ってさらに性能も説明していくと、リンゼは驚いた顔で優輝翔を見た。

 

 

「すごいですっ//特にそのコート、ほとんど優輝翔さんのためにあるみたいな性能な気がします//」

 

「まぁ全属性持ちなんて俺くらいだろうしな。そうそう、そう言えばその後……」

 

 

優輝翔がそう言ってアルマたちのことを話し始めると、リンゼは少し目を細めてボヤいた。

 

 

「…優輝翔さん、もう新しい子見つけたんですか?」

 

「いや、言い方……」

 

「ふふっ、ごめんなさい//……でも、いいんですよ//私は優輝翔さんがそばにいて、私のことをちゃんと見てくれるなら、私は優輝翔さんの全てを肯定しますh//」

 

「リンゼ…?」

 

 

リンゼはそう言いながら優輝翔の胸に両手を当てて身体を密着させる。一方優輝翔は一瞬リンゼの放った言葉に違和感を覚えるも、気のせいだと無視してそっとその身体を抱きしめた。

 

 

「リンゼ、もう身体は大丈夫か?//」

 

「はい///…今日もしますか?///」

 

「え?……ああ//じゃあ夜、バレないようにな//」

 

「はいっ///」

 

 

愛し合うふたりの男女が夕暮れに染まる空の下、揺れる荷台の上で、2度目の逢瀬の約束を交わした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

御者台での会話

 

 

「まーたあの2人抱き合ってるし……」

 

 

エルゼがそう言って口を尖らせると、手綱を握っている八重は苦笑いをしながらエルゼを慰めた。

 

 

「まぁまぁエルゼ殿。おふたりは恋人なんでござるし、気にしたら負けでござるよ。それよりも拙者は今朝リンゼ殿に言われたことの方に頭を悩ましてるでござる。」

 

「まぁ……確かに言われてみればね。八重はどうなの?優輝翔のこと。」

 

「拙者は正直、まだよく分からんのでござる。これが恋なのか。…………エルゼ殿はどうでござるか?」

 

「私は……」

 

 

八重の質問にエルゼは一瞬後ろにいるふたりに目を向ける。そして未だ抱き合っているふたりにため息をつき顔を元に戻すと、今度は八重と反対側を向いて移りゆく景色を眺めながら、ポツリと小さくこう呟いた。

 

 

『……すき…なのかな//』

 

 

 




今話もお読みいただきありがとうございました(。ᵕᴗᵕ。)

来週は流れに沿って18禁版をあげる予定です。相変わらず拙い文章だとは思いますが、どうか皆様、お楽しみくださいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

絶望と希望
第24話 狐の子とデート?


あけましておめでとうございます(⋆ᵕᴗᵕ⋆)"♡ペコ
お久しぶりです、皆さん(。ᵕᴗᵕ。)

こちらでは2週くらい開きましたかね?18禁版を読まれた方には報告しておいたのですが、申し訳ございません。こちらの方で『年末年始は活動を休止します』という報告を出すのを忘れていました。18歳未満の方は急に間隔が空くことになってしまってごめんなさい!本日からはまたこっちに出すので、また今年もよろしくお願いしますm(_ _)m

それと、18禁版の方に出した23話で、無事に第2章が終わりました。つきましては、この話から第3章に入らせていただきます。この章は本作品でも目玉となる章ですので、皆さん楽しみにしていてください。それでは、どうぞ!




翌日、優輝翔たちは八重も連れてギルドに足を運んだ。そして受付のお姉さんに今朝ザナックさんから貰ってきた依頼完了書を提出する。

 

 

「はい、確認いたしました。ではこちらが報酬の銀貨7枚です。」

 

「ありがとうございます。あと八重……この子のギルド登録もお願いしたいんですけど……」

 

「畏まりました。ではギルドの説明から……」

 

 

受付のお姉さんが八重に話し始めると、優輝翔はリンゼたちにそれぞれ銀貨を2枚ずつ分けた。すると、優輝翔から銀貨をもらったエルゼが、それを見て「はぁ…」と小さくため息を吐く。

 

 

「どうしたの?お姉ちゃん。」

 

「ううん。ただこの銀貨2枚が白金貨を見たあとだとどうにも……はぁ……」

 

「まぁ、仕方ないだろ。ただ無駄遣いはしないようにしないとな。」

 

「そうですね。それでその余った1枚はどうしますか?」

 

「ああ、それなら優輝翔でいいんじゃない?八重の食事代とか払ってたのほとんど優輝翔だし。」

 

「ん?いいのか?」

 

「「はいっ(ええ)。」」

 

 

優輝翔の言葉にふたりが笑顔で頷くと、優輝翔は一言お礼を言って計3枚の銀貨を財布にしまった。

 

 

「さて、じゃあ俺はもうリンゼと宿に帰るけど……」

 

「えっ?どうし…て……って、あ、あんたちまさか!き、昨日も……その……///」

 

「さぁな//……それで、エルゼは?」

 

「私は……どうせ来たんだし、依頼受けてくわ。たぶん八重も受けるって言うだろうし。」

 

「そうか、気をつけろよ。」

 

「お姉ちゃん、頑張ってね。」

 

 

優輝翔たちがそう言ってギルドを出ると、エルゼは未だ後ろでお姉さんから説明を受けている八重を見て一言ボヤく。

 

 

「私だって……負けないんだから…//」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

リンゼと『銀月』に戻ってきた優輝翔はまだ約束の時間まで時間があるため、部屋に戻ってふたりでゲームをすることにした。

 

 

「よし、じゃあやるか。」

 

「はい。ところで、あとどれくらいの時間が?」

 

「1時間くらいだな。長いか?」

 

「全然、です//優輝翔さんといれば、すぐですから//」

 

 

そう言ってリンゼは優輝翔の隣に座る。優輝翔はそんな可愛らしいことを言うリンゼに後ろから片腕を伸ばし抱きしめるようにして頭を撫でると、反対の手でボードゲームアプリ欄を開いた。

 

 

「今日はどれするんだ?」

 

「じゃあ将棋にします。」

 

「分かった。」

 

 

優輝翔はそう言って将棋のアプリを開き対人戦で振り駒を選択する。結果、優輝翔が先手となった。

 

 

『初手:26歩』

 

 

居飛車先手の典型的な初手だ。優輝翔は居飛車を主に使っているので、当然といえる。対してリンゼの得意戦法は中飛車だ。これは主にバランスに優れているのが特徴だが、バランス型故に攻守がともに薄くなり、切り替えが大事なところとなる戦法である。

 

その後着々と手が進み、お互いの駒組が終わる。優輝翔の囲いはスマホで仕入れた最近はやりらしい雁木。対してリンゼは王道美濃囲いだ。ただリンゼはここから隙を見て銀冠にすることも穴熊に組むこともあるので、まだ完全に終わったとは言い難い。

 

そしてここから、勝負は本格的な中盤に入っていく……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

リンゼと遊ぶだけ遊んだ優輝翔は、その後リンゼに頼みごとだけして魔法屋『ルカ』の前に来た。

 

まだアルマは来ていないようだ。優輝翔はボーッと立っているのもあれなのでボードゲームでもして時間を潰し始める。

 

そしてそれから5分くらいして、ようやくアルマが優輝翔の元に現れた。

 

 

「優輝翔さん、お待たせしました。」

 

「ああ、大丈夫だ。俺も今来たとこだからな。」

 

「きゃっ//…むぅ…//」

 

 

優輝翔がそう言いながらアルマの好きな頭なでなでをすると、アルマはピクンっと身体を震わせ俯き、されるがままになる。優輝翔はその様子を可愛らしく思いつつ、そのまま暫く撫で続けていた。

 

 

「…………さて、じゃあまずは昼ごはん食べようか。まだだろ?」

 

「はいっ//」

 

 

アルマが頷いて肯定すると、優輝翔はスマホで適当に程よい食事処を探し、そこに向かう。すると自分の横に付いたアルマがぎゅっと手を握りしめてきた。

 

 

「ん?どうした?」

 

「えっと、迷子になっちゃったらあれなので…//」

 

「そっか…。じゃあ、このまま行くか?」

 

「はいっ//」

 

 

優輝翔の言葉にアルマは嬉しそうに頷く。そしてふたりはそのまましばらく歩いて、スマホで見つけた食事処へとやってきた。

 

席につくとふたりはメニューを見てそれぞれ注文を選ぶ。

 

 

「うーん……よし。俺はステーキ定食でいいか。アルマは?」

 

「私はハンバーグにします。」

 

「分かった。」

 

 

優輝翔はそう言って頷くと店員にオーダーを頼む。そして優輝翔がアルマの学校生活の話を聞きながら待っていると、まずハンバーグ定食が運ばれてきた。

 

 

「わぁーっ!//美味しそうです!//」

 

「ほんとだな。先食べていいぞ。」

 

「はいっ//いただきますっ//………………う〜〜んっ//美味しい〜//」

 

 

アルマは両手を頬に当てながら幸せそうに顔を綻ばせる。その顔に優輝翔も自然と笑みを零した。

 

 

「可愛いな。」

 

「ふぇっ?!///」

 

「いや、何ていうか、感情が豊かだなって思ってさ。うん、可愛いな、アルマは。」

 

「え、えっと///……その…///」

 

「ふっ……おっ、俺のも来たな。」

 

 

優輝翔がアルマが自分の言葉に右往左往している様子を見て笑っていると、店員さんが優輝翔のステーキ定食をテーブルの上に運んできた。

 

 

「いただきます。………………うん、美味い。」

 

「むぅ…//」

 

「ん?どうした?」

 

「優輝翔さんはなんか普通です…。」

 

「まぁそりゃあな。アルマは可愛いの嫌か?」

 

「そんなことないですけど…//」

 

「ならいいだろ?それに俺はアルマみたいな可愛い子はすごくタイプだけどな。」

 

「えっ////」

 

 

優輝翔の不意打ちのような言葉に一気にアルマの頬が燃え上がった。そして両手で顔を抑えながら、俯きがちにブツブツと何か唱え始める。優輝翔はその様子を見て笑みを浮かべつつ、1人先々と食を進めていったのだった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

食事を終えた優輝翔たちは、続いてアルマの希望で王都の服飾店や小物屋さんを巡った後、休憩がてらにカフェにやって来た。

 

2人掛けのテーブル席に座り注文を終えると、優輝翔はスマホを取り出してボードゲームアプリを開いた。

 

 

「アルマ。こういうのは好きか?」

 

「これ、何ですか?」

 

「ボードゲームっていう娯楽の一種だ。まずこの黒と白の……」

 

 

そう言って優輝翔があらゆるボードゲームの特徴と簡単なやり方をアルマに説明していく。

 

 

「……と、こんな感じだ。何かやりたいやつはあるか?」

 

「うーん……囲碁と……オセロも、気になりますね…。」

 

「ああ、そう言えばアルマは数字に強いんだよな。よし、じゃあこのふたつ順番にやるか。」

 

「はいっ//」

 

 

アルマが可愛らしい元気な声で頷く。その後ふたりはなんと3時間もの間、ボードゲームをし続けた。何せ優輝翔としては、リンゼたちと違ってアルマはボードゲームにハマっても好きな時に出来る環境じゃないので、こんな時くらい思う存分やらせてあげたかったのだ。

 

 

(何か物作りの魔法でも探すか…。)

 

 

優輝翔がそんなことを思いながらオセロ盤の隅に黒を置き優位を築く。

 

 

「あぅ……でも……」

 

 

アルマは既に隅に置く優位性に気づいているために顔を少し顰めるも、まだ勝機があるという顔で白を盤に置いた。

 

その後着々と進んでいき、結果は黒38-白26。優輝翔が危なげなくアルマを下した。

 

 

「ふぅ……思ったよりは接戦だな。こっちは角4つ抑えたんだが…、アルマ、めちゃくちゃセンスあるんじゃないか?」

 

「でも、結果は負けでした…。でも次は勝ちます!」

 

「ふっ……ああ。だが、今日はもう終わりだな。時間も遅い。」

 

「えっ?……あ、ほんとですね。もう6時になりそうです……」

 

 

アルマは優輝翔のスマホの時計を見てそう言うと、少し表情を暗くさせた。

 

 

「もう……終わりなんですね…。……あの、また明日h…」

 

「ごめん。明日からは流石にな。また冒険者の仕事しなきゃだし。」

 

「そう……ですか……」

 

「大丈夫、また会えるさ。そうだ、公爵に今度魔法で作った囲碁盤とオセロ盤を渡してアルマに渡してもらうよ。そうすればいつでもできるだろう。」

 

「でも……」

 

「大丈夫。また、必ず会えるさ。……しょうがないな。ならこうしよう。アルマ、お前いつまでここにいるんだ?」

 

「えっ?えっと……1ヶ月はいると思いますけど……」

 

「なら数日以内に公爵を通して盤と一緒に日付と時間の書いた紙を渡しておくからさ。その書いてある時間にまた会わないか?」

 

 

優輝翔がそう言うとアルマは表情をパーっと輝かせる。

 

 

「はいっ//じゃあまたその日に!//」

 

「ああ。」

 

 

『その日に……』

 

 

 




如何でしたでしょうか?相変わらず文才がないのは目を瞑っていただけると幸いですm(_ _)m

いきなりシリアス展開もあれなので、最初の2話程度は原作を進めるついでに日常を書いています。この3章はこれより先ほぼオリジナル展開が待っていますので、皆さん、楽しみにしていてくださいね!(ちゃんと原作には回帰します)

あと実はこの前慎重勇者を最後の方貯めてたんで一気見したんですけど、やばいですね。感動しましたね。今期1、いや、それ以上の出来?
僕の中ではそれくらいやばかったです。もし読者の方で慎重勇者に同じく感動したという方がいれば、感想かメッセージください。意見が同じ人と話し合うのはとても楽しいので^^*


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 将棋と手作り

今話もよろしくお願いします ((○| ̄|_

伝え忘れていましたが、次回からは18禁投稿が続きます!18歳未満の方は閲覧頂けませんので、ご了承ください((。´・ω・)。´_ _))ペコリン


(おいおい、今日もまた雨かよ……)

 

 

朝、夢から覚めた優輝翔は窓の外の景色を眺めてそうボヤいた。どうやら今ベルファストは本格的に梅雨のような時期に入ってるらしく、リフレットではここ数日ずっと雨が降り続いている。

 

別に自分1人なら雨でも普通にギルドで依頼をこなすのだが、パーティーを組んでる今、他の3人も巻き込んで風邪をひかすわけにはいかないのが現状だ。

 

仕方がないので朝ごはんを食べたあとはずっと部屋にこもって、いつも通り本を読んでいた優輝翔だが、不意に心の中で自分の女の子の声が響き渡った。

 

 

(優輝翔さん、今いいですか?)

 

(リンゼか?どうした?)

 

(あ、えっと、すみません…。面倒ならいいんですけど、もしできるならちょっと食堂に来て欲しい、です。今、ドランさんとバラルさんに将棋を指してくれとせがまれてまして…。1人で2人相手にするのはキツイので優輝翔さんに来ていただければと……)

 

(……悪い、今ちょうどいいとこだから…。)

 

(そうですか……)

 

(悪いな。ていうかお前なら初心者のドランさんたち相手なら2人同時相手にしても問題ねぇと思うぞ?普通に打つだけなら2枚落ちでも勝てるはずだ。)

 

(そう、ですか…?)

 

(ああ。まぁそれでも何か問題があるっつーなら行ってやるから、じゃあな。)

 

(あ、はいっ//読書楽しんでくださいね//)

 

(ああ。)

 

 

優輝翔はそう告げて念話を終わらせると、話し中は落としていたペースをまた元に戻し、パラパラとページを進め始める。

 

一方リンゼはと言うと、優輝翔との念話を終えてさっそく、2人と将棋を打ち始めていた。準備に関しては、待ちきれなかった2人がさっさと終わらせていたようだ。

 

 

「ではゆくぞ!」

 

「俺も!」

 

「「「よろしくお願いします!!!」」」

 

 

3人が同時に頭を下げると、まずバラルさんとドランさんの2人が同時に駒を動かす。2人とも居飛車党なので、共に動かしたのは飛車先の歩だ。

 

これに対し、リンゼはそれぞれ別の動かし方を見せた。バラルさん相手には3四歩と角道を開け、ドランさん相手には5二飛車と飛車を真ん中に動かした。そして前の2人がまた同時にさっきと同じ歩を前に動かすと、リンゼはバラルさん相手には3三角、ドランさん相手には3二金と動かし飛車を受ける準備を整える。

 

以下、リンゼは六手目に、バラルさんには5二飛車、ドランさんには5三歩と動かし、自分の得意な中飛車を作り上げた。

 

ちなみにこの対局、結局駒落ちはしていない。初めての二面打ちということもあり、ここは全力で相手しようと決めたからだ。決して手は抜かない。リンゼにとって、自分が負けていい相手は優輝翔だけなのだから。

 

 

「王手!」

 

 

しばらくして、まずはバラルさんから大きな声が発された。バラルさんの打った駒がリンゼの王を討ち取れる位置に来てしまったのだ。

 

しかし、そこはさすがとでも言おうか。リンゼはノータイムで完璧に王手を躱して、すぐさまバラルさんからは呻くような声が発された。 続けてドランさんも負けじと王手を繰り出すが、これもあっさりと躱すリンゼ。

 

リンゼの将棋のレベルは、ぶっちゃけ既に中堅者の域に達してしまっている。もちろんそれでも優輝翔には八枚落ちでも勝てたことはないが、その成長速度は優輝翔でも目を見張るものがある。このままいくと、あと数ヶ月で余裕で元の世界で言うプロのレベルに到達すると思われ、もちろんそれは他のボードゲームに関しても同様だ。

 

ちなみに言うと、優輝翔はほぼ全てのボードゲームにおいて元の世界で言う世界チャンピオンのような実力なので、リンゼが八枚落ちでも勝てなかったのは仕方がない。

 

しばらくして対局(気づけば3局目)が終わると、バラルさんたち2人はそれぞれ軽くリンゼからアドバイスをもらい、今度は2人で打ち始めた。ようやく解放されたリンゼは優輝翔の部屋に行こうと階段に向かったが、登る直前にふと思い立ち、優輝翔と念話で会話して、1度ミカさんのとこに寄ってから、再び優輝翔の部屋へと歩を進めた。

 

 

(優輝翔さん。入っていいですか?)

 

(ん?ああ。いいぞ。)

 

(えっと、できれば開けてほしいんですけど……)

 

(ん?何か持ってるのか?)

 

 

優輝翔は念話でそう聞きながら、本を片手に部屋の扉を開ける。するとそこには、数種類のサンドウィッチとコップいっぱいのジュースが乗ったお盆を持ったリンゼが立っていた。

 

 

「どうぞ、軽食です。優輝翔さん、昼食取ってませんよね?」

 

「え?ああ……まぁ、本を読んでただけで、体力も何も使ってないからな。」

 

「ふふっ。私も実はまだ食べることが出来てないので、一緒に食べませんか?」

 

「ああ、そうだな。」

 

 

優輝翔がそう言ってリンゼを中に招き入れると、リンゼはまっすぐ進んで机の上に食事を置いた。

 

 

「椅子はどうする?」

 

「えっと、できれば優輝翔さんの膝の上に…って、言いたいですけど、それだと優輝翔さんが食べにくいでしょうし…、部屋から椅子、持ってきますね。」

 

「いや、本音ダダ漏れじゃねーか。しょうがないな……」

 

 

優輝翔は頭を掻きながらそう言うと、リンゼをベッドの上に移動させ、「プログラム」で食事を机ごとベッドの前に移動させた。そして人ひとり分横に開けてベッドに腰をかけると、その空いたスペースを叩き、リンゼに声をかける。

 

 

「ほら、早く来い。」

 

「えっ?//あ、はいっ//」

 

 

自分のために行動してくれる優輝翔の姿を時が止まったかのようにじーっと見つめていたリンゼは、優輝翔にそう言われハッとしたように返事して腰を下ろした。

 

 

「美味いな。」

 

「えっと、いつも通りって感じ…ですか?」

 

「ん?ああ……まぁいつもと違うっちゃ違うが、サンドウィッチなんてどれもこんなもんだろ?それとも、もしかしてこれミカさんが作ったものじゃないのか?」

 

「えっと……//」

 

 

リンゼが恥ずかしそうにモジモジしているとさすがに優輝翔も気づいたのか、柔らかい笑みを浮かべながらリンゼの頭を2度ポンポンと叩き、優しく撫でた。

 

 

「ありがとな、リンゼ。美味いよ。」

 

「っ……はいっ///」

 

 

優輝翔の言葉にリンゼが雲ひとつない満天の笑みで頷く。「ありがとう」、「美味しい」。何気ない、当たり前に存在するこんな一言一言が、その相手のことを思って作った人にとっては何よりの報いとなるものだ。そして、それを優輝翔は知っている。誰よりも……

 

 

 

 

 

おまけ

エルゼ&八重

 

オマタセシマシター、ヤキトリデス

 

「暇ね〜」

 

「そうでござるな〜ŧ‹”ŧ‹”」

 

オマタセシマシター、ギュウドンデス

 

「次どこ行こっか?」

 

「ŧ‹”ŧ‹”、拙者らも優輝翔殿みたいに「ゲート」が使えたらいいのでござるが、ŧ‹”ŧ‹”」

 

オマタセシマシター、ウドンデス

 

「あ〜、早く依頼受けたいわ〜」

 

「ŧ‹”ŧ‹”、拙者も早く修行したいでござるよ〜、ŧ‹”ŧ‹”」

 

オマタセシマシター、ブタノマルヤキデス

 

「ソウヨネー」

 

「ŧ ‹"ŧ‹"ŧ‹"ŧ‹"ŧ‹"…ゴックン、ん?どうしたでござるか?エルゼ殿。」

 

オマタセシマシター、オムライスオオモリデス

 

「おー、きたでござるか!ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”」

 

「いや!食べすぎだっつーのっ!!」

 

 

 




如何でしたでしょうか?よければ感想お願いします。
初めての方などもいたらぜひ!

それと、次回からこの作品は大きく脇道にそれ、物語が大きく動きます。

是非、楽しみにしていてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 過去編③

お待たせしました。久しぶりの過去編です。

18禁版の方も読んでくださってる方は「いや、過去編どころじゃない!」と思うかもしれませんが、どうしても入れたかったので、ご了承くださいm(*_ _)m

来週もう一度過去編(完結編)を挟み、続きに行こうと思います。

それではどうぞ!今話もお楽しみください(●︎´▽︎`●︎)


 

……コツ……コツ………

 

 

真っ白な空間の外から誰かが近づいてくる音が聞こえてくる。ただの足音がなぜ壁一枚隔てた空間の中まで響くのか。そもそもこの音は普通の人間なら聞き取ることも感じることもできないくらい小さな音だ。

 

しかし、少年には関係ない。少年の耳は最長ではるか数キロメートル先の人の会話を聞き分け、少年の目は最長ではるか数キロメートル先の光景を鮮明に脳へと送り込む。

 

ここに来てからもう5年が経つ。少年の身体はもうここまで改造されていた。心は閉ざされ、もはや感情は見る影もない。機械。ロボット。そう言われても仕方の無いほど、少年は人ならざるものに近づいていたのだ。

 

 

そんなある日のことだった。

 

コツコツと聞こえる足音。どうせいつものようにここの従業員が朝の食事を運んできたか、もしくは食事を抜きにして勉強でも始めさせようとしているのだろう。いや、人体実験を始めるために呼びに来たのだろうか?

 

まぁ、そんなことはどうでもよかった。どうせいつもの日常が始まるんだ。そう思ってた。

 

 

しかし……

 

 

「初めまして。私、星野あかりって言うの。よろしくね。」

 

「……だれ?」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

突然の出会いから数ヶ月。優輝翔の世話役だというあかりは週に3日、優輝翔のもとへ訪れて、食事や洗濯、教師役など、様々なことをしてくれていた。

 

最初は怪しげにあかりのことを監視していた優輝翔も、しっかりしつつも度々ドジってしまう人間味溢れるあかりに徐々に肩の力が抜け、1年もたった頃にはすっかりそれを日常と受け入れるようになっていた。

 

しかもありがたかったのは、あかりが来ている日は実験やまともじゃない食事が一切なかったのだ。まぁ食事は3食あかりが用意するので当然かもしれないが、人体実験を受けなくていいのはありがたい。あれは今でもなお、優輝翔にとっては苦痛の時間なのだ。

 

ただ、優輝翔は一つだけ大きな疑問を抱いていた。なぜあかりのような人間がこんな場所で、こんな仕事をしているのか。人体実験の時にここの研究員があかりにこのことは話すなととても強く念を押されたので、恐らくあかりは本当にこの施設に預けられている一人の少年の世話としか思ってないのだろうが、それでもここは、あかりのような真っ当な人間が来ては行けない場所である。

 

優輝翔はその事がどうにも頭から引っかかり、抜けそうになかった。

 

 

「こら。ちゃんと私の話聞いてた?」

 

「え?ああ。聞いてたよ。答えは log3+2 だろ?」

 

「む〜〜〜はぁ……。正解。ほんと、なんでこの子はもう高校レベルの問題が暗算で解けるようになってるのよ。」

 

「こんだけ一緒にいりゃ分かるだろ?俺が天才だからだよ。」

 

「こら。調子に乗るなっ。」

 

「…………ワァー、イターイ。」

 

 

あかりがそう言いながら優輝翔のおでこに指を弾くと、優輝翔は目を逸らしながら完璧な棒読み演技を行う。それを見てあかりがまたワーワー喚き、優輝翔がそれを興味無さそうに返す。いつもの光景だ。

 

……でも、1年前までは絶対に見れなかった、光景だ……

 

なんというのだろうか?この感情は……

 

嬉しい?楽しい?幸せ?

 

きっとどれも正解ではなく、きっとどれも当たってる。

 

まだ1年。されど1年。この1年で、優輝翔が徐々に人間に戻る道筋を歩み始めていたことに、優輝翔自身もまだ気づけていなかった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

それからさらに3年。なんと、今日はあかりが初めて自分を真っ白な空間の外に連れ出してくれた。なんでも教えることがなくなってきたので、課外授業ということらしい。

 

ただし常にあかりの傍を離れないという約束の元だ。恐らくどこからか監視されているのだろう。守れなければ、あかりがクビになるという。

 

 

「ま、俺はお前がいなくなっても別に困らねぇけどな。」

 

「あ、またゆきくんそういうこと言う。ダメだぞ。メッ。」

 

「……俺は何年生だよ、あかり。」

 

 

そんな砕けたいつもの会話を交わしながら、二人は手を繋ぎながら施設の外に出ていった。優輝翔の年齢はもう15歳。身長はとっくにあかりを越している。遠くから見たらほんとカップルにしか見れないだろう。実際会話もそれに近いものになっている。

 

 

「……眩しいな。」

 

「いい天気じゃん。久しぶりに外に出るんでしょ?」

 

「……もう10年くらい出てねぇな。」

 

「うげっ!マジで!?」

 

 

二人はそんな会話をしながら歩き、とある拓けた草むらに出たところで腰を下ろした。

 

二人はしばらく無言になり、大自然を感じる。そよ風に吹かれ聞こえる木々の音色、さらりと自分たちを包み込む優しい風、上から暖かく照らす陽の光。

 

 

「……気持ちいいね……」

 

「……ああ…。」

 

「……ゆきくん、お弁当食べる?」

 

「いや、はえーだろ。」

 

 

優輝翔のツッコミはいつも通り健在である。

 

 

……ポス

 

 

不意に、優輝翔の肩に何かが乗せられた。見なくてもわかる。音で、匂いで、空気の流れで。

 

 

「……どうした?眠いのか?」

 

「……うん//自然の中にいるとちょっと…//」

 

「なら横になれよ。俺はここにいるから。」

 

「ううん。これがいい。地面は枕ないもん。」

 

「自分の腕を枕にすればいいだろ。」

 

「やだ。腕痛い。」

 

「……しゃーねぇな//」

 

「えっ……//」

 

 

優輝翔はめんどくさそうに吐き捨てると、あかりを腕に抱いて地面に寝転がり、自分の腕を枕にしてもう片方の腕であかりを包み込んだ。

 

 

「ちょっ…//ゆきくん…//ダメだよ//こんな所で…//」

 

「別に//一緒に寝るだけだろ//」

 

「でも//」

 

「うるさい//口も塞ぐぞ//」

 

「あう//」

 

 

優輝翔の言葉にあかりは思わず口をとざす。さすがにこんな場所でキスまでされると、初なあかりは心臓が持たない。……と言っても、ここだけの話、あかりはアラs…( ´∀`)=⊃)`Д゚);、;'.・グホォ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

とある日の夜。

 

 

「ふんふっふ〜ん♪//ゆきくん今日の食事も美味しいって言ってくれた//最初の方は全く言ってくれなかったのに、今じゃ必ず言ってくれるからな〜//余計なことも言っちゃうけど…//」

 

 

あかりはいつもの要領で夜ご飯を優輝翔に作り、今は洗い物を終えて施設を出ようとしているところだ。

 

 

「次は土日挟んで月曜か〜。早くまた会いたいなぁ…//……そうだ、もう一回社長に頼みに行こっかな。ゆきくんにもっと会いたいって。」

 

 

実はあかり、優輝翔の父親に過去に二度、三度直訴したことがあるのだ。もっと優輝翔の世話をしたい(訳:優輝翔と一緒にいたい)から日数を増やして欲しいと。だが全て断られた。

 

それでもめげないのがこの人、星野あかりである。そして、あかりが適当な理由を考えながら社長室までの道を歩いていると、不意にちゃんと閉じられていなかった部屋の中から、奇妙なナニカの鳴き声のようなものが聞こえてきた。

 

 

「え?なに?」

 

 

あかりは気になってその扉を少しだけ開く。

 

 

 

 

 

……後悔した。開けなければよかったと、何度となく思う。でも、そんなものは、あとの祭りだ。

 

 

 

 

 

あかりが見たもの、それは…………

 

 

 

「ヒッ……」

 

 

 

 

 

紫色の涎を垂らした真っ黒な大蛇が、信じ難い餌を食べている光景だった。その餌の名は……【人間】

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 過去編(完結編)

やって参りました、Sayukiです(。ᵕᴗᵕ。)

さて、今回は過去編の最終回。力作となっております(๑•̀ㅂ•́)و✧

ちょっと文字数が多いですが、時間のある時にじっくりと読んでください!

涙腺緩い人はティッシュか何か準備しといてくださいね(*^^*)


それではどうぞ!


 

「……あかり、何かあったのか?」

 

「え?」

 

 

いつものようにあかりが持ってきた食事を二人で食べていると、優輝翔が怪訝そうな顔をしながらそう聞いてきた。

 

何かこれといった大きな変化が見えたわけじゃない。でも、確実に先週までと違っていたのだ。態度が、雰囲気が、顔色が、声のトーンが、その全てが、今までより若干負の方向に傾いているように優輝翔は感じていた。

 

 

「別に、何も変わってないよ。」

 

 

あかりは言う。いつもの笑顔で。でも、その笑顔でさえ、優輝翔が好きなそれではなくなっていることに、優輝翔が気づかないはずもない。

 

 

「嘘つくな。顔でわかる。」

 

「……何も無いって。」

 

「だから嘘を…「(バンッ!)ほっといて!」……」

 

 

優輝翔の言葉を遮るように、あかりは両手をテーブルの上に打ち付けてそう叫んだ。そして少し間を置いてから、悔しそうに下を向いて言葉を震わせながら呟いた。

 

 

「……ごめん、今はそっとしてて……」

 

「……わかった。」

 

「……洗い物してくる。」

 

 

あかりはそう言うと、2人分の食器を持って空間を出ていった。今まで……いや、先週までとは完全に違ったあかりの様子。いったい先週の金曜、別れてからあかりの身に何が起きたのか。

 

優輝翔はそこに嫌な予感しか感じられなかったが、ほっといてと言われた今、しばらくは様子を見ることにした。

 

 

 

 

 

その決断が後に、絶望という名の津波となって自分に返ってくることなんて、夢にも思わずに……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

(はぁ…。やちゃったな…、せっかく心配してくれたのに……)

 

「あかりさん。」

 

「えっ?」

 

 

あかりが顔を落としながら歩いていると、不意に目の前から自分の名を呼ばれ驚きながら一歩後ろに下がった。顔を上げた先にいたのは、自分を雇ってくれたこの会社の社長の秘書の男だった。

 

 

「あかりさん、社長がお呼びなので一緒に来ていただけますか?」

 

「えっ?社長さんが……」

 

 

あかりは怪訝そうな顔をしながらも、無視するわけに行かないので秘書の後を着いて社長室を訪れた。

 

 

「失礼します。…………何か御用でしょうか?」

 

 

あかりは社長室に足を踏み入れると、数歩だけ進んで椅子に座っている男に尋ねた。

 

 

「よく来たね、あかりさん。優輝翔はどうだい?仲良くやってるようだが?」

 

「えっと、息子さんは大変素晴らしいと思います。報告書にも書かせていただきましたが、既に高校学習範囲の全てをマスターしており、試しに受けさせてみた日本最難関大学の試験も満点。知識欲も深く、ダメ出しするところが見つからない次第です。」

 

「ほぉ…。一流大学に特待合格した君を持ってそう言わしめるか、さすが私の息子だ。……ところで、最近は教えることも無くなってきたように思えるが?」

 

「えっ、あ、はい…。ですから、最近は許可を頂き体験学習などを……」

 

 

あかりは言葉をつまらせながら質問に答える。ここで対応を誤れば、お役御免にもなりかねないのだから。もちろん、かなりの給与は貰っているし、退職金も出るだろうから金には困らないが、それでもあかりは、お金より優輝翔と離れるのを嫌ったのである。

 

だが事態は、あかりの思わぬ方向へ進み始めていた。

 

 

「体験学習ね…。何をするのかと思い1度は許可したものの、ほとんど草むらで添い寝ごっこをしていただけのように思えるが?」

 

「ごっ……いえ、ちゃんとその場で見つけた植物や昆虫、動物などとも触れ合い、多くのことを……」

 

「触れ合いねぇ…。そんなもの、教科書に書いてあるものだけでどうとでもなると思わないか?例えば生きた熊を捕まえてその場で齧り付いて味を確かめるくらいしてくれればこちらも何も言わないのだがね。」

 

「そっ、そんなこと!出来るわけが!息子さんに万が一のことがあったらどうするんですか!?」

 

「……ふふっ、はははっ!!ハッハッハッハッハッ!!!」

 

「!!」

 

 

突然大きな声で笑い始めた社長に驚いて、あかりは数歩後ろに下がる。しかし、すぐに壁ではない何かにぶつかって下がれなくなった。

 

後ろを振り向く。そこには、いつの間にいたのか、自分より遥かに背の高い2mくらいのムキムキの黒人男性がたっていた。

 

 

「やぁ、よく来たね、クロムくん。もう少し待ちたまえ。すぐに彼女を運んでもらうから。」

 

「えっ!?はっ、運ぶって!どういうことですか…っ?」

 

「そのままの意味さ。君の役目はひとつ終わったんだ。そろそろ次の役目に移ってもらおうかと思っててね。」

 

「次って……」

 

「 」

 

「ッ!!」

 

「……運べ。」

 

「いやっ、いやぁぁぁぁぁァぉー!!!!」

 

 

あかりは絶叫して逃げようとするも、すぐに黒人男に意識を奪われる。薄れゆく意識の中、あかりは一言だけ、心の中で、最後にこう囁いた。

 

 

(ゆき、くん……たすけ、て……)

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

翌日以降、あかりは優輝翔の前に姿を見せなくなった。どこに行ったのか、どうなったのか。

 

優輝翔の耳にはもう役目を終えたので大量の退職金とともに退職させられたと聞いたが、もしそうなら優輝翔はなぜ言ってくれなかったのだろうと、少しだけ怒りを覚えていた。

 

なんなのだろうか?このまるで、恋人にでも捨てられたかのような気持ちは……

 

自分はあかりのことを、自分でも気付かぬうちにこんなに大切に思っていたなんて……

 

あかりは違ったのだろうか?今まで自分に見せてくれていた笑顔は、作り物だったのだろうか?いや、そうでは無い。ちゃんとした本物だと、優輝翔はそう確信をもてた。

 

なら何故、あかりは何も言わず、相談もなしに立ち去ったのか……

 

優輝翔は心の中で、何か大切なものがぽっかりと抜けたような感覚を覚え始めていた。

 

 

 

それからの日々は、また、以前の地獄の日々と同じものだった。いや、勉強の時間が無くなり、人体実験が殆どになるのだから、以前よりも地獄と言った方がいいだろう。

 

半年も経つ頃には、優輝翔は毒、電気、熱、痛み、その全てに強固な耐性を手に入れ、1時間程度なら呼吸をしないで過ごせるようになっていた。

 

もはや人間ならぬ、人造人間と言った方が良いかもしれない。ハブに噛まれても死なず、地雷を踏んでも無傷、深さ数千メートルの水圧を再現した圧力に耐え、嵐の中を普通に歩く。腕力は象一頭を片手で投げ飛ばせるほどあるだろう。脚力は地球上に勝てるものはいなくなった。

 

ここまできたら、もう育てるものは何もない。あとはその成果を確かめて、飼育するだけだ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

20XX年 〇月。

 

 

優輝翔はここに来て10年目で、初めてとなる空間に連れてこられた。広い、とにかく広い空間。

 

いったいここで何が始まるのか。

 

優輝翔はその空間に入ると、指示された場所まで進む。そしてそこにたどり着くと、一瞬のうちにガラスの壁が四方を覆い、床から大量の粘着性のある液が漏れ出した。

 

 

「これは……」

 

 

優輝翔は試しに足をあげようとするが、動かない。かなり強力なのだろう。そして目の前にあるガラス。触って見てわかる。これはかなりの強度を持つ強化ガラスだ。

 

優輝翔がそうやって冷静に現状を確かめていると、どこからともなくいきなり空間内にある男の声が響き渡ってきた。

 

 

「やぁ。久しぶりだね、優輝翔。」

 

「………………」

 

「無言?酷いな。挨拶くらいできるだろう?」

 

「………………」

 

「……ふっ。まぁ、いい。今日はこれから面白いものを見せてやるからな。」

 

 

そんな声が聞こえた次の瞬間、優輝翔の正面にある床がパカッと開き、下から壁に手錠で張り付けられたあるものが上昇してきた。

 

 

……いや、ある人と言うべきか。懐かしい……あの人……

 

 

「なん…で……“あかり” が……ッ…」

 

 

星野あかり。約1年前、突然優輝翔の前からいなくなったはずのその人である。裏切られたと思っていたあの人が今、再び自分の前に姿を現したのだ。変わり果てた姿で……

 

 

「ゆき……くん……」

 

「あかり……どうしたんだよ…。そのお腹は……」

 

 

そう、久しぶりに会った彼女のお腹はまるで妊婦かのようにぷっくり膨れ上がっていたのだ。

 

一体誰の子を……いや、ナニの子を……

 

 

「いったい、何にあかりを襲わせやがった……」

 

「気になるか?彼女の相手が誰なのか?」

 

「ふざけるな!!どうせまともな生き物じゃねぇだろうが!!」

 

 

優輝翔はそう言いながら目の前のガラスを全力で叩く。だがガラスには、ヒビ1つ入らなかった。

 

 

「ッ……固い……」

 

「当然だよ!そのガラスは世界一強固なガラスとして作られているものを何重にも重ねたものなんだから!たとえ運良く表面の1枚を割れても、全部割ることは無理だろうね。ハッハッハッハッ!!」

 

「……ゲス野郎……」

 

「酷いなぁ。実の父に向かって。せっかくこれから出産ショーを見せてやろうと思ってるのに。」

 

「なっ、まさかっ……」

 

「そのまさかさ。もう時期産まれるよ。彼女の子はね。」

 

 

男の言葉に優輝翔はあかりのお腹に慌てて視線を戻す。確かに何かがしきりに暴れてるのが目に見えてわかった。そしてその度に、あかりが苦しんでいる姿も。

 

 

「あかり!しっかりしろ!」

 

「うぅ……ゆき、くん……助けて……」

 

「くそッ!!」

 

 

優輝翔は何度も何度も全力でガラスを叩き続ける。しかし、未だガラスにヒビは入らない。そして、そうこうしているあいだに……

 

 

「うっ……ぁ…………」

 

「っ!あかりっ……」

 

「うぅぅ……ぁ……ぁあぁぁあぁぁぁ!!!」

 

 

あかりは仰け反るようにして腰を突き出した。そして、一分半ほどかけて赤ちゃんが生まれるところから生まれてきたのは、蛇のような、されど蛇じゃないナニカ。ひとつ言えるのは、人の要素は何も無かったことだ。ある事象以外……

 

 

「オギャー、オギャー、オギャー……」

 

「!!これは……」

 

「ハッハッ!やったぞ!成功だ!」

 

 

突如聞こえてきた忌まわしき声。優輝翔の怒りの矛先は瞬時にあの男に向けられた。

 

 

「テメェ……あかりに何しやがった!!」

 

「なに、簡単なことだよ。私のペットの子供を産ませてやっただけさ。改良に改良を重ねたペットのね。」

 

「なに……」

 

「いやぁ〜大変だったよ。彼女の身体が何度拒絶反応を起こしたことか。その度に手術や薬などを打って、全く、彼女には最後までちゃんと仕事をしてもらわないと。今まで高い金払ってあげてたんだから。」

 

「っ!待てっ!これ以上何する気だテメェ!!」

 

「なに、簡単なことさ。用済みとなった彼女には食料となってもらうんだよ。ペットのね。」

 

「ッ!!」

 

 

男がそう言った直後、何人かの人間がこの空間に足を踏み入れてきた。そして痛みで気を失っているあかりを無視して生まれてきた蛇のようなナニカの赤ん坊を丁重に保護すると、少し距離を置いて立ち止まった。

 

 

「さて、それでは私のペットを紹介しようか。ああ、彼らは見物人だよ。最高のショーには観客も必要だからね。」

 

「テメェ……!!」

 

 

優輝翔が悔しそうに歯ぎしりしている目の前で、ゆっくりとあかりのさらに奥にある扉が開く。そしてそこから、長さ数十メートルはあるであろうこの世のものとは到底思えないほどどデカい蛇が現れた。

 

真っ黒な見た目に毒々しい吐息。反り立つ二本の牙は生きる者の命を簡単に奪い取ることができると思えるほど立派で、眼光は見ただけで石になりそうなほど鋭い。だが何より不気味なのは、その身体から無数に生えているうにょうにょした触手のようなものだった。

 

間違いなく、これはこの世の生き物などではない。違うナニカだ。

 

 

「……やれ。」

 

シュ〜〜〜

 

「っ!やめろォおぉぉぉ!!!」

 

 

優輝翔はそう叫びながら再びガラスを殴り始める。しかし殴れど殴れどヒビは入らない。いや、少しヒビ割れてきたようにも思えるが、それもまだ1枚だけ。あかりを救うなんて、夢のまた夢だった……

 

 

「あかりっ……あかりっっ!!」

 

「うっ……ゆき、くん…。」

 

 

優輝翔の声に反応したのか、それとも蛇の触手に持ち上げられたことによって目を覚ましたのか。兎にも角にもすぐに自分の現状を理解して未来がないのを悟ったあかりは、精一杯の笑顔を作りながら優輝翔に最後の言葉を送り始めた。

 

 

「ごめん……ね…。わたし……」

 

「謝んなよ!今助けるから!」

 

 

無理だと分かっていても、優輝翔はそう叫びながら懸命にガラスを殴り続けた。手を真っ赤に染めながら、それでも、やっと1枚目が砕けただけだった……

 

 

「無理……だよ…。ゆき、くん…。もう、やめて……」

 

「ふっざけんなっ!!あかりは殺らせねぇ!!あかりは!あかりだけは!あかりは俺の!俺の!!」

 

「……私もね、あなたのこと……」

 

「あかり!あかりっ!!」

 

「あなたが……だいすk…ベチャッ……」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「………………え?」

 

 

 

……ポタ……ポタ……

 

 

「……あかり?……あか…り……」

 

 

ヘビの口から、ポタポタと赤紫色の液体が垂れ落ちる。何度も……何度も……

 

 

(あかりは……死んだ、のか……)

 

 

(俺の目の前で……何も、できないままで……)

 

 

(俺が……弱かったから……)

 

 

(俺が……ガラスごときに、手こずってたから……)

 

 

(俺の目の前で、殺されたのか……)

 

 

(俺が……俺の……せいで……)

 

 

「ハッハッハッハッ!!最高のショーだったぞ!!ハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━ブチッ━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、優輝翔の中で、ナニカが切れた。それと同時に景色が変わる。

 

今までとは、何もかもが違っていた。

 

ガラスに片手の手のひらを当て、腕と指先に力を込める。一瞬だけ。それだけで、目の前のガラスは先程までが嘘のように一気に全て砕け散った。。

 

当然、周りにいた人々は恐怖した。今までは檻に入っていたから安全だと思っていたのに、急にその檻から這い出てきたのだ。当然である。そして、運悪く一番優輝翔のそばにいた人間は、その一秒後に生命活動を停止した。

 

 

「っ!バカな!あのガラスまでもを破るだと!素晴らしい!素晴らしいぞ優輝翔!」

 

「社長!そんな場合じゃありません!早くお逃げ下さい!」

 

「案ずるな。この空間は外から鍵をかければあのガラスの数百倍の強度を持つ。いくらあいつでも……」

 

 

ズッドーン!!!!!

 

 

「「「!!!!!」」」

 

 

男の言葉を遮って響き渡ってきた音に、全員がその空間の中が映し出されてるモニターに目を戻した。そこには、血塗れの床と、数匹+幾人もの死体、そして大きな風穴の空いた壁が映し出されていたのだった。

 

 

「……バカな。ここまでなのか……」

 

「社長!早くお逃げ下さい!」

 

「くっ!」

 

 

部下に言われ、ようやく男は逃げ出した。とりあえずは最上階の自分の部屋に行って、緊急脱出用のミニロケットを起動する。そのあとはどうとでもなるだろう。男はそう思って必死に階段をのぼり、社長室の扉をあける。

 

絶望した。

 

 

「……なぜ、もうここにいるんだ……」

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

それから数日。優輝翔は施設があった場所のすぐ近く、その場所に幾本かの花を植えた。死体はもうないので、彼女が好きだった場所に、花だけでもと。

 

 

その花の名は……【 スノードロップ 】

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 絶望から希望へ

皆さんこんにちは(。ᵕᴗᵕ。)

春になりましたね。普段ならもうすぐ春休みですし、卒業を控えている方は遊びまくってる時期でもあるのでしょう。ですが、今はコロナで大変な時期です。私のところも最近感染者がそう遠くないところで出たということで、より緊張が高まっています。皆さん、どうかお気をつけて。


はい!ということで小説の話をしましょうか!

今回はなんと約1万近い文字数でお届けしますよ!時間のある時、またはスキマ時間に少しづつでもお読みいただければ幸いです。

それでは、どうぞ!



『暗い……』

 

 

いつの間にか閉じていた目を開いた優輝翔が真っ先に呟いたのがその三文字だった。何もない。何も見えない。何も聞こえない。何も臭わない。何も感じない。人の持つ五感の全てを封じられたような暗闇。優輝翔がいたのは、そんな空間だった。

 

 

(ここは……俺は……どうしたんだっけ…?何か懐かしい夢を見てたような気もするけど……)

 

 

優輝翔は心の中で自問自答を繰り返す。あの後どうなったのか?なぜ自分はこんな所にいるのか?ここはどこなのか?そんな答えの見えない問いを繰り返していくうちに、いつしか優輝翔はそんなことを考えることすらめんどくさくなってしまった。

 

 

『もう、どうだっていいか。どうせ俺にはもう…、生きていく意味なんてないんだから。』

 

 

誰に言ったわけでもない。ただの独り言だった。でも紛れもない本心だった。そしてそんな優輝翔の言葉に、どこからともなく反応してくる者が一人。

 

 

 

『どうして、そう思うのよ?』

 

 

 

誰かは分からない。一瞬周りを見渡してみても、やはり先程と変わらず誰もいないし、何も聞こえない。なのにまるで心に直接響くように届けられたその声に優輝翔は初め少し驚いていたが、すぐにどうでもよくなって適当に応答し始めた。

 

 

『俺はあの男からは逃れられない。』

 

『…………』

 

『……俺は、逃れられない。だから、利用しようと思った。それが本来の俺の姿だろうから。でも……』

 

『でも?』

 

『……俺は、自分がこの世界を支配した後のことを考えても、その過程や、結果を見つめても、何も満たされねぇんだ。』

 

『……それで、それだけなのよ?』

 

『それだけ?』

 

 

優輝翔はそう聞かれて戸惑いながらも考える。他の人に言われたのなら跳ね返していたところだが、何故かこの妙に母性の滲み出る、優しくて、少し懐かしい声色の主に言われると、反論する口が塞がってしまったのだ。

 

 

『俺は、あの男が嫌いだ。母さんと、あかりを奪ったあの男が、大嫌いだ。……そして、そんな男の血が流れている俺が、嫌いなんだ…。』

 

『うん。それで?』

 

『っ……だから、利用することすら出来ないなら、いっそ俺は、俺のために俺を殺す。あの憎くて仕方がない男の血を絶やすために。』

 

『うん。……それだけ?』

 

『っ…………それだけだ。』

 

 

優輝翔はそう言って固く口を閉ざした。声の主はその後暫く何も言ってこなかったが、5分ほど経ってまた声をかけてきた。

 

 

『もう死んだのよ?』

 

『……見ればわかるだろ?』

 

『なんで死なないのよ。』

 

『どうだっていいだろ、そんなこと。あんたには関係ないはずだ。』

 

『ふーん。私はてっきりほんとは死にたくないのかなって思ったのよ?』

 

『は?』

 

『それかたぶん迷ってるのよ。迷ってて答えがわからないから、優輝翔くんが勝手に自分が死ぬべきだと思い込んでるだけだと思うのよ。』

 

『……うるさい。』

 

『そりゃ確かにあの男の人の血が入っている自分が憎いというのも嘘じゃないと思うし、利用しても満たされないのもほんとだと思うのよ。でも、なんで満たされないかってことが何より重要だと思うのよ。』

 

『……あんたに何がわかる。俺のことなんてなんも知らないあんたなんかに。』

 

『確かに優輝翔くんのことは知らないけど、分かるものは分かるのよ。優輝翔くん、あなた、本当はまだ死にたくないのよ。だって、あなたが支配した後満たされないのは、そこに “大切な人(リンゼちゃん)が生きていないから” なのよ。』

 

 

そう言われた瞬間、優輝翔は胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。完全に自分の本心を言い当てられたようなそんな感覚、だが優輝翔はそれを必死に首を振って否定する。それは自分の本心ではないと…。

 

 

『違う。確かに俺はリンゼが好きなのかもしれない。でも、そこまでじゃない。たかが数ヶ月一緒に過ごした程度の一人の女なんかに、俺は……』

 

『そう?でもあなたが満ちない理由は、間違いなくそれなのよ。』

 

『……そんなもの、真実だというなら馬鹿げてる。』

 

『なんで馬鹿げてるのよ?』

 

『なんでって、そりゃつまり死んだ人間を生き返らせようってことだろ?んなもんバカのすることだ?ファンタジーのこの世界でも、蘇生魔法もあの状態じゃどうにも出来ねぇよ。』

 

『確かに普通の方法ならそうなのよ。でも、あなたにはあるはずなのよ?あの子をたった1度だけ蘇生させられる、たったひとつの方法が。』

 

『たった……ひとつの……。そんなのあるわけ……』

 

 

そこまで言って優輝翔の口は止まった。

 

確かに存在していたのだ。リンゼを生き返らせる、自分だけに与えられた方法が。自分が以前、保険として用意していた方法。それを使えば………

 

 

でも、

 

 

 

『俺にはもう、必要ない……』

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

『俺にはもう、必要ない……』

 

『……どうして、そう思うのよ?』

 

『……俺は、リンゼを愛していなかった。あれだけ『好きだ』の『愛している』だのと言っておきながら、本心じゃ全くそう思ってなかったんだ。俺はただ女子の身体を知りたいがために、自分の欲望を満たしたいがためにリンゼを……』

 

『そっか……でも、それって悪いことなのよ?』

 

『は?』

 

 

何を今更?といった顔を優輝翔はどこにいるのかも分からない声の主に向ける。

 

 

『当たり前だろうが。相手の気持ちを利用して犯すなんて、最悪だよ。』

 

 

どの口が言うのだろう。他人を支配して気に入らなければ殺すことも十分最悪である。

 

 

『うーん……確かにそれだけなら最悪だと思うのよ。でもそれはお互いがお互いを好きでなかった場合 なのよ。あなたのことはひとまず置いといて、リンゼちゃんはあなたを好きじゃなかったのよ?』

 

『それは……』

 

『リンゼちゃんは、あの子はあなたの事が大好きだったのよ。だから例えあなたがそういう気持ちだったとしても、あの子はあなたを受け入れたと思うのよ。』

 

『…………』

 

 

優輝翔は声の主の言葉に何も言い返せなかった。優輝翔とて、まだ数ヶ月だが一緒に過ごしたリンゼの性格は理解している。

 

リンゼは人に尽くすタイプだ。優しくて真面目で努力家で、何よりも他人を優先する。その中でも特に好意を寄せていた優輝翔に対しては献身的だった。

 

だからこそ、もし自分がそういう気持ちだったとしてもリンゼが自分を受け入れてくれたであろうことは、優輝翔には容易に想像出来た。

 

 

『…っ………』

 

『それで、どうするのよ?もしあなたがどうしても過去のその自分を許せないなら、謝るのも手なのよ。そうすれば、あの子は絶対許してくれるのよ。』

 

『だろうな。でも、たとえ謝っても、どっちにしろ俺はもうリンゼとはいられない。』

 

『どうしてそう思うのよ?』

 

『言っただろ?俺はリンゼを愛してなかったんだ…。』

 

『そんなことはないのよ。むしろ、そんなはずがないのよ。』

 

『何であんたにそんな事が分かる?さっきからグチグチ言ってくるけど、あんたは俺の何を知ってるんだ?俺は俺しか、……いや、俺ですら、俺を知らない。』

 

『何急に難しい事言ってるのよ。確かに私はあなたのことは知らない。けど、あなたの過去は全部知ってるのよ。ちゃんとこの目で見たのよ?』

 

『……だからなんだ?』

 

『だから分かるのよ。あなたがちゃんとリンゼちゃんを好きでいたことが。』

 

『だから、そんなことはないとっ……』

 

『最後まで聞くのよ。確かにあなたはリンゼちゃんを利用していたのかもしれない。でも、それの何が悪いのよ?』

 

『何がって、だから……』

 

『人の愛し方に、人と人との恋愛に、正解なんてないのよ。』

 

『っ……』

 

 

優輝翔はその言葉を聞いて初めて顔をあげた。そこはもう暗い闇夜の底なんかじゃない、元いた森の中。まだ鼻にはきつい死臭が漂う中で、優輝翔の驚きに満ちた目線の先にいたのは、ピンク色の髪をウェーブにした可愛くも美人な絶世の美女であった。

 

 

「やっと私を見てくれたのよ。初めまして、優輝翔くん。私は恋愛神。神様なのよ。」

 

 

~〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「神様…。あんたも、あの神様の仲間なのか…?」

 

「神様とわかってその口調。でも優輝翔くんの過去を知ってしまったらもうどうでもいいのよ。それと質問の答えはYESなのよ。」

 

「そうか……」

 

「そうなのよ。ちなみにあのおじいちゃんは世界神様で、神様の中でも一番偉い存在なのよ?本来なら私がここに来るのにも世界神様の許可が必要なのだけれど、今回は少しだけだし、黙ってきちゃったのよ。」

 

「そうか……」

 

 

そう言って舌を可愛らしく出しながらてへぺろしている恋愛神に、優輝翔はいつの間にかまた虚空に戻った目を向け乾いた返事を返した。しかしふと何を思ったのか、目の色は変えず口だけ笑みを浮かべて目の前の恋愛神にこう吐き捨てる。

 

 

「その世界神様がただの女の子一人を殺しかけて、挙句俺をこの世界にやったんだ。神様ってのもたかが知れてるんだな。」

 

 

特に理由はない。強いていえば八つ当たりだろうか。リンゼを失った怒り。リンゼを殺してしまった怒り。そして、本当にリンゼを愛していたのかわからず、自分自身が見えなくなってしまったことへの怒り。

 

そのやり場のなく自分の中で燻っていた怒りを、いきなり目の前に現れて先程から遠慮の欠片もなく自分に話しかけてきていた神様にぶつけただけ。あわよくば逆ギレして自分がさっきまで望んでいたことを叶え、自分もリンゼと同じ場所に行けることを願って。

 

 

「心配しなくてもそうなったらあなたは地獄行きだから、どっちにしろリンゼちゃんとは会えないのよ。」

 

 

が、その考えを目の前の女神はあっさりと切り捨てる。そしてその言葉を聞いて「そりゃそうか」と自虐的に笑う優輝翔にため息をつくと、一つ一つ言い聞かせるように言葉を繋げた。

 

 

「確かにあなたは今までリンゼちゃんを愛してないにも関わらず利用してきただけ。でも、だからってそれが諦める理由になっていいはずもないのよ。」

 

「何言ってんだよ。あんたこそ難しい事言ってんじゃねーよ。」

 

「だから最後まで聞くのよし。あなたはリンゼちゃんを諦めちゃダメ。だって、リンゼちゃんまで居なくなったら、いったい誰があなたを真に理解してくれるのよ?」

 

「っ……うるせ……」

 

「お母さんを亡くして、初恋の子を亡くして、初めて恋人になって自分を受け入れてくれたリンゼちゃんまで諦めてしまったら、あなたはこの先どうするつもりなのよっ。」

 

「うるさい……うるさいなっ!」

 

「うるさくないのよ。それでどうするつもりなのよ?まぁ確かにリンゼちゃんを見捨てたところであなたにはまだあなたを好いてくれる子がいるし、エルゼちゃんはリンゼちゃんの事でどうなるか分からないけど、アルマちゃんならまたあなたの恋人になってくれる可能性は十二分にあるのよ。だからまぁ別にリンゼちゃんを諦めるなら諦めるでさっさとこの遺体を燃やすなりなんなりしちゃえば……」

 

 

ピキッ

 

 

「うるさいっつってんだろうがぁァアぁぁァァォ!!!!!!!!!!」

 

 

その瞬間、大気は揺れ、空気はヒビが入ったかのように歪み、森の木々がざわめいた。空の荒れ模様も一気に加速し、雷まで鳴り響く。そしてその現象の中心にいた優輝翔は何かを纏っているように全身から暗黒の何かを垂れ流しながら立ち上がると、そのまま失礼もへったくれもなく女神の胸ぐらを掴みあげて至近距離で睨みつけた。

 

 

「んなことな、言われなくても分かってんだよこっちはっ!別に死んだりしなくてもっ、リンゼがいなくたってエルゼを使えばいいしっ!アルマだってもうちょっとで手に入るしっ!八重だってっ、あいつチョロいから落とすのだって簡単なのは分かってんだよッ!こっちもッ!!!」

 

「……じゃあ、なんでさっさとリンゼちゃんを諦めないのよ?」

 

「っ……うっせぇよ…。だから、お前に何が分かる……」

 

「分からないのよ。だから理由を聞いてるのよ。」

 

「っ……このやろ……」

 

「ちゃんと答えるのよ。そうしてくれたら殴るなり何なりしてくれても、何もバツは与えないし、与えさせないのよ。」

 

「っっっ………」

 

 

一般人……いや、下手をすれば赤ランクの冒険者でさえ当てられただけで気絶してしまうであろうほどの殺気をぶつけてくる優輝翔に対し、女神は一歩も引くことなく正面からその怒りに荒れ狂ったように赤く染まった目を、その濁りのない純粋な金色の泉の様な目でしっかり見つめ返しながら告げた。

 

その言葉には嘘の欠片も見当たらず、恐らく優輝翔がちゃんと理由を話せば、本当に殴らせてくれるであろうことさえ容易に想像が出来るほどだった。

 

優輝翔はその目と雰囲気に飲まれそうになりながらも、今更引くことも出来ず歯を食いしばりながら、必死に言葉を絞り出す。

 

 

「俺は……俺は……っ…」

 

「………………」

 

 

女神は何も言わない。何も口にすることなく、ただじっと優輝翔の答えを待ち続ける。それが優輝翔を救う唯一の方法だと信じているから。

 

なぜ “分かる” じゃなく、 “信じる” のか。神様だって万能じゃないからだ。万能なら優輝翔が何を答えるかなんて、聞かずにでも分かってしまう。そりゃ多少は心読めるかもしれないが、それはなんの障壁もない丸出しの感情レベルのものだけ。本当に本人すら分からない、もしくはモヤモヤして簡単には答えを出せない感情、気持ちなんて、神様ですら読み解けるはずがない。

 

だから待ち続けた。ずっと。じっと。じっくりと。

 

 

 

 

 

……雨が小雨になってきた頃、ようやく優輝翔の口が開いた。心の中で整理がついたのだろう。そこにはもう先程までの優輝翔の姿はなく、胸ぐらを掴んだままであること以外は、いつもの優輝翔に戻っていた。

 

 

「俺は……俺には…、分からないんだよ…。分からないけど……全然理由とか分かんねぇけど…… “俺は……リンゼが好きなんだ” !」

 

 

……言った。言ってしまったと、優輝翔は少しだけ感じた。

 

言っちゃいけない。もうしてはいけなかったはずのもの。禁忌。それをおかしてしまった。

 

 

 

なのに、何故だろう…。この妙にスッキリした気持ちは。

 

 

……初めてだ。自分に正直になれたのは……

 

 

「俺は、リンゼと一緒にいて、最初はほんとに本気で好きになるつもりなんてなくて、利用しようという気持ちの方が強かった。だって、俺はこの世界に来る時に決めてたから。もう二度と、大切なものを作らないって。もう、あんな辛いことは嫌だって…。……もう、大切な誰かを失いたくないって……」

 

「うん、それで?」

 

「……だから、俺は、最初にリンゼの気持ちに気づいた時、ただ利用しようとした。自分が大切に思わなければ、失っても、別に平気だと思ったから。だから利用して、犯し尽くした。ほんとに、ただ利用してた。……ほんと、今思えば、俺は気づかないうちにあの男と同じことをしてたんだな……」

 

「……でも、今は?」

 

「……今?」

 

「優輝翔くんは、ちゃんとリンゼちゃんが好きなのよ?」

 

「…ああ。ほんと、なんでだろうな…。こんなはずじゃなかったのに。なんで俺は、いつの間に……こんなにも、……こんなにも、リンゼを好きになってんだよ…。」

 

 

 

 

 

 

“ 相手のことを想って

 

 

 

相手のために費やした時間が

 

 

 

その相手を特別な人にする ”

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

優輝翔は突然心の中に響いてきたその声に、そっと俯いていた顔を上げて目の前にいる女神の顔を見た。女神はぽかんとした顔で自分を見つめる優輝翔に軽く微笑みながら、ゆっくりと言葉を届け始める。

 

 

「最初に言った通り、私には正解なんて分からないのよ。でも、恋愛神だから、恋愛のことに関しては誰よりも分かっているつもりなのよ。だからきっと、優輝翔くんがいま心の中で聞いた言葉に何か感じ取ったのなら、それが答えだと思うのよ。」

 

「……今のは、あんたが……」

 

「そうなのよっ。私の一番お気に入りの言葉なのよ。」

 

 

女神の口から放たれる、ひとつ、ひとつの単語が、言葉が、優輝翔に届けられていく。まるで真っ暗で寒い深海の底からゆっくりと引き上げられるように、女神の言葉は優輝翔を宇宙(そら)へ誘う。

 

 

「優輝翔くん。人ってみんな同じなのよ?赤ちゃんも、おじいちゃんも、男の人も、女の人も。みんな一人の人間。優輝翔くんの世界じゃそんな人間が70億人もいるのよ。他の世界じゃ100億人いるところだってあるのよ。そんな中からたった一人だけの運命の人と出会うなんて、本当にできると思ってるのよ?」

 

「それは……でも、……わからない……」

 

「でしょ?だからこそ、私はあの言葉が好きなのよ。出会う時はなんでもない。運命かなんて当然分かるはずもないのよ。でも、相手のために費やす時間が積み重なっていくうちに、いつの間にかその人が特別になっているもんなのよ。」

 

「相手のことを想って、相手のために費やした時間が、その相手を特別な人にする…」

 

 

優輝翔がそう言葉を繰り返すと、女神は笑いながら頷いて、優輝翔に尋ねた。

 

 

「優輝翔くん。あなたはリンゼちゃんに何をして何をされてきたのよ?」

 

「俺は……」

 

 

優輝翔は過去を思い返す。リンゼと過ごした日々を……

 

初めて出会ったのはもう数ヶ月も前。ガラの悪い男達に絡まれていたのを見て助けたあの日。魔法を銀月の中庭で教えてもらったあの日。銀月の自室でリンゼに横についてもらいながら文字を教えてもらったあの日。その時に自分の書いた日本語が気になって聞いてきたリンゼに、母国語だと言って軽く日本語を教え返したあの日。一緒にたわいもない話をしながら笑いあったあの日。アイスクリームが売れたからとまた新作のお菓子を作って、真っ先に味見させたリンゼが美味しいと笑ってくれたあの日。その翌日、今度は初めて二人でお菓子を作って、それがまたパレットで売れて二人で喜んだあの日。初めて二人で討伐に出かけ背中を預けたあの日。そこで勝利してハイタッチし、得たお金で二人で乾杯したあの日。一緒に隣で本を読んでいる時に思わず寝てしまい、気づけばリンゼに膝枕してもらっていたあの日。逆にリンゼが寝てしまい俺が肩を貸し続けたあの日。一緒に様々なボードゲームで遊び、リンゼに色々教え込んだあの日。ハンデ戦とはいえ初めてリンゼに負けたあの日々。そして女の子の大切な初めてをもらったあの日……

 

その想い出の泉は、まだまだ底を見せることは無かった。

 

 

(こうして思えば、リンゼって、恋人になる前から俺と一番近い距離にいたんだな…。)

 

 

優輝翔はそっと目を閉じて力を抜く。外界との接触を封じ、外からの音を遮断する。そこは言わば暗闇の底。何も見えず、強いていえば暗闇しか見えず、何も聞こえず、何も感じず、何も臭わない。先程までと同じはずの空間。

 

でも、今は違った。集中すれば聞こえてくる。自分を優しく呼ぶ声が。集中すればかすかに匂う。既に慣れ親しんでしまった、自分がこの世界で一番心安らぐ匂いが。集中すれば感じる。自分がいつも触れていたあの温もりが。

 

 

……集中すれば、見えてくる。自分を本当の意味で暗闇から救ってくれる、一人の女の子の姿が。

 

 

「……リンゼ……」

 

 

優輝翔は暗闇に浮かんだ一人の少女の名をポツリと呟く。そしてこちらに向かって懸命に伸ばしてくるリンゼの手へと、自分も手を伸ばし、掴んだ。その瞬間……

 

 

 

「!!」

 

 

 

暗闇の中を風が吹き抜けた。

 

 

 

空間が割れ、外から光が差し込んでいく。

 

 

 

割れ目が増え、大きくなり、やがて……

 

 

 

暗闇は【完全】に崩壊した。

 

 

 

「もう、大丈夫みたいなのよ。」

 

 

優輝翔の吹っ切れた表情を見て、女神は今までで最高の笑顔を見せながら呟いた。その声に優輝翔は改めて女神の方を向き、こちらも女神に対し初めて向ける爽やかな曇のない笑顔で答える。

 

 

「……ああ。やっと、やっと分かった。俺はリンゼが好きだ。まだ愛してるなんて言えねぇし、言う資格もないけど、俺は、リンゼが好きだ。」

 

「その言葉が聞けて、私は満足なのよ。恋愛なんて、時間がかかって当たり前なのよ。だから焦らずに、ゆっくりとその好きを育てて、いつか自信を持って愛してると言えるようにすればいいと思うのよ。 」

 

「ああ。……でも、俺は……

 

「大丈夫。優輝翔くんは強い子なのよ。私が保証するのよ。」

 

 

そう言って自分に微笑んでくれる女神の笑顔は、優輝翔には今まで見た事ないほど綺麗なものに思えた。

 

 

「……ありがとな。えっと……」

 

 

優輝翔はお礼を言おうとして初めて自分が相手が女神だということ以外何も知らないのだと思い出した。

 

 

「なあ。あんた、名前はなんていうんだ?」

 

「名前?恋愛神なのよ。」

 

「違うって。あんたの名前だよ。役職じゃない。」

 

 

優輝翔がそう言うと、女神は困った顔で目を背ける。

 

 

「……名前なんて、神様にはないのよ。」

 

「そうなのか……」

 

 

優輝翔ととて流石に神界の知識まではないので知らなかったといえば当たり前なのだが、それでも流石にずっと恋愛神と呼び続けるのもどこか違和感がある。だってそれはどこまで行っても役職でしかないのだから。

 

ならあんたと呼べばいいのかもしれないが、それでは優輝翔自身が納得しない。なぜならこの女神は自分を救ってくれた恩人だから。この人のことは、ちゃんと名前で呼びたい。優輝翔の心はそう叫んでいた。

 

 

「なら、名前つけていいか?」

 

「優輝翔くんが、私に?」

 

「ダメか?流石に一般人が神様に名付けるってのも、あれか……」

 

 

そう言って自笑する優輝翔に最初こそ困惑した顔を浮かべた恋愛神だが、やがて柔らかな笑みを浮かべると、優輝翔の手を握って口を開いた。

 

 

「そんなことないのよ。名前、つけて欲しいのよ。神様とかじゃなくて、一人の女としての名前を。」

 

「一人の女、か…。なら……… “ステラ(STELLA)” だな。」

 

「ステラ……なのよ?」

 

「ああ。いやか?」

 

「ううん。とっても嬉しいのよ。でも、いいのよ?それってあの子の……」

 

「ははっ、よく分かったな。……いいんだよ。最初にあんたを見た時、一瞬だがあいつと重ねてしまうほど、あんたとあいつは似てたから。……それに、」

 

「それに?」

 

 

そう言って首を傾げる恋愛神、いや、ステラに優輝翔は初めて見せる最高の笑顔でこう言った。

 

 

「それに、あんたは俺に光をくれた。あんたが……ステラが、俺を照らしてくれたんだ。暗い……暗い底の闇夜から、負けじと光る星(あかり)の如く……」

 

「優輝翔くん……」

 

ステラは嬉しそうに頷くと、握っていた優輝翔の手を胸元に持ってきて呟いた。

 

 

「優輝翔君からもらった名前、大切にするのよ。」

 

「ああ。一生使ってくれ。」

 

「ふふっ。あっ、そうだっ!それなら私もゆきくんって呼びたいけど……いいのよ?」

 

「……ああ。ステラなら大歓迎だ。」

 

「ふふっ//じゃあこれは2人だけ//2人だけの秘密なのよ//呼んでいいのも今のところは優輝翔くんだけなのよ?というかもう一生そうなのよ。」

 

「……それっていつ決めたんだ?」

 

「今なのよっ!」

 

 

ステラは胸を張ってそう言い張った後、優輝翔と顔を見合わせて笑った。その顔にはもう一切の陰りはなく、空もまた、雲の隙間から月の “あかり” がこれでもかと二人を明るく照らし始めていた。

 

 

「じゃあ、そろそろ私は戻るのよ。バレたら怒られるのよ。」

 

「そうか。……また、会えるよな?」

 

「もちろんなのよ。また、絶対会うのよ。というか、もはや会いに行くのよ。」

 

「ははっ、そうか。……待ってる。」

 

 

優輝翔のその言葉を最後に、恋愛神は消えた。優輝翔は恋愛神がいなくなった後もしばらくその場で名残惜しげに空を見上げたあと、改めて好きな人と認識したリンゼを生き返らせるために、リンゼの遺体を「ストレージ」に入れ、とある神の元へと向かったのだった……

 

 

 




何故か同じ話が2話同時に投稿されていたみたいです。

困惑された方は申し訳ございませんでした┏●


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 リンゼ・シルエスカ

一週間ぶりです(。ᵕᴗᵕ。)

今話もよろしくお願いしますm(*_ _)m


 

一面真っ白な雲海に浮かぶ孤島の如き六畳間の和室。床以外の壁がなく丸見えなその畳の上で、一人の老人、否、神様が何やら美味しそうなお饅頭を茶請けにお茶を楽しんでいた。

 

 

「ふぅ…。落ち着くのぉ…。やはり疲れた時は緑茶が一番じゃ。」

 

 

神様は穏やかな顔でそう言うと、偶には地上(主に優輝翔)の様子でも見てみようとアナログテレビのリモコンを手に取る。そしてポチッと画面をつけようとしたその瞬間、いきなり目の前に「ゲート」が展開された。

 

 

「はっ?」

 

 

神様は予想もしてなかった意味不明の自体に思わずポカーンと口を開けて固まる。同じ神なら「ゲート」なんぞ使わなくてもここに来れるので、こんなことが起きたのは初めてだったのだ。

 

 

「えっと……とりあえず、お久しぶりです。神様。」

 

「お、おぉ…。君だったのか。いや、すまんすまん。ここに「ゲート」が開かれることなんぞ今までなかったし、まさか君がここに来れるとも思わんなんだったからちと驚いたわい。」

 

「すみません、電話する余裕もなくて……」

 

「ふむ……まぁ腰をかけなさい。」

 

 

神様は少し表情を暗ませた状態の優輝翔に何か察したが、落ち着いてはいるようなのでとりあえずそう言ってお茶を出した。そして優輝翔がお礼を言ってお茶を一口飲んだところで、何があったかを聞き出す。

 

 

「それで、何かあったのかね?力になれるかは分からんが、助けると言ったことは覚えておるし、まぁ話してみなさい。」

 

「はい…。実は、ある女の子を生き返らせて欲しいんです。」

 

「ある女の子を生き返らせる?」

 

 

神様は優輝翔の言葉に首を傾げるも、とりあえず嘘ではないと思い事情を聞き出した。そして優輝翔から自分の婚約者であるリンゼ・シルエスカという少女が殺害された話を聞かされると、神様は顔に怒りを顕にしながら首を横に振る。

 

 

「なんと……なんと愚かな…。よし分かった。生き返らせよう。願い事の件とは関係なくじゃ。」

 

「いいんですか?」

 

「いいも悪いもない。君は儂が殺してしまってこの世界に送り込んじゃのだから、儂には君をこの世界で幸せにする義務がある。」

 

 

神様がそう言うと、優輝翔もお礼を言って「ストレージ」から“バラバラ”の遺体を取り出した。

 

 

「これはっ!なんと酷いことを!」

 

「……この状態でも、治せますか?」

 

「もちろんじゃ。むしろこんな幼い少女をこんな目に合わせた輩に腹が立ってくる。すぐ生き返らせよう。」

 

 

神様はそう言うと両手をリンゼの前に翳す。するとリンゼの身体がとても目を開けてはいられないほど輝き、優輝翔が目を開けれた頃には、既にいつもの、それこそこの日の午前中に見ていた可愛らしいままの愛しい彼女がそこに眠っていたのだった。

 

 

「優輝翔くん。君にこれを渡しておこう。また彼女に付けてやるといい。付いてある付与魔法もそのままじゃ。」

 

「神様……ありがとうございます。」

 

 

優輝翔は心から感謝しながら、神様から指輪を受け取った。そしてそれを横わる少女の左手薬指に通す。

 

 

「リンゼ…。」

 

 

優輝翔は愛する少女の名を呼びながら優しくその髪を撫でる。そんな優輝翔に神様は尋ねたかったことを尋ねた。

 

 

「優輝翔くん。彼女を襲った犯人は目星はついているのかね?」

 

「いえ。でもそれくらいならリンゼ自身が教えてくれますよ。もし仮にリンゼがショックで覚えていなくても、俺が本気を出せば一日で片付きます。」

 

「そうか。ならよいかの。」

 

「?探してくれるつもりだったんですか?」

 

「なに。儂もこんな幼子をあんなにした輩を許せんからの。もしあの時儂が殺していたのが君が助けた少女ならば、儂は悔いてその子を生き返らたあとその子が死ぬまでその子に手を貸し続けたじゃろ。」

 

「…………」

 

 

優輝翔は内心で(じゃあ俺にもそうしてくれよ。)とか思ったが、すぐに頭を切り替えリンゼを優しく抱えあげた。

 

 

「とりあえず俺はそろそろ帰ります。ちゃんとベッドで寝かせてあげたいですし。神様、本当にありがとうございました。」

 

「なに、たった一つ願い事を叶えただけじゃ。困ったことがあったらまた来なさい。相談くらいはのるからの。」

 

「はい。じゃあ、また。」

 

 

優輝翔はそう言うと、「ゲート」を潜って『銀月』の自室に戻る。そしてそっとベッドの上にリンゼを下ろすと、布団をかけて、自分はそのすぐ横に椅子を持ってきて座った。ほんとは添い寝したかったが、今はとにかくリンゼの負担になることはしたくなかったので、傍で見守るだけにしたのだ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

翌朝未明。優輝翔は時折瞼が下がるのを耐えながら、ずっとリンゼの目が冷めるのを待ち続けていた。途中心配したミカさんに頼まれてエルゼと八重が二人分の食料を持ってきてくれたので、お腹などは空いてない。

 

ちなみに優輝翔はエルゼにもこのことは黙ったままだ。なにせもしエルゼに話して「やっぱあんたに妹(リンゼ)は任せらんない!!」なんて言われると、説得するのがとても面倒になるからだ。何せあの少女の頭の中はほとんどが筋肉なのだから。

 

それに優輝翔はリンゼが目を覚ましたらそのまま1週間くらいはずっとリンゼにベッタリとくっついて離れないつもりなので、それを邪魔されないためにもエルゼと八重にはしばらく適当な嘘で済ませておくつもりである。

 

と、雑談をしているうちに、リンゼの様子に変化が訪れた。

 

 

「ん……」

 

「っ、リンゼ!」

 

 

非常に小さな声だったが、それでも優輝翔がずっと待ち望んでいたその声を聞き逃すはずがない。

 

 

「リンゼ……」

 

 

優輝翔がリンゼの手を優しく握り、顔を覗き込むようにしてもう1度声をかける。するとリンゼの瞼が幾度かだけ微かに動き、ゆっくりと開き始めた。

 

 

「………ゆきと、さん…?」

 

「ああ…。そうだ。俺だ、リンゼ…。」

 

「……なん、で……わたし……」

 

 

リンゼは既に死んでしまったはずの自分の視界に何故優輝翔が映っているのか理解できなかった。もしかして優輝翔にも何かあって自分と一緒で殺されてしまったんじゃないか?

 

そんな考えが頭をよぎったリンゼに、優輝翔はゆっくりと首を横に振ると、丁寧に、一音一音をリンゼの中に響かせるように伝えていく。

 

 

「今は、何も考えなくてもいい。ただ一つ言えるのは……リンゼ、もう大丈夫だ。」

 

「あ……ッ………」

 

 

リンゼの両目からゆっくりと透明な雫が流れ出す。何故なら、見えたから。いや、見せてくれたから。自分が確かに命の灯火を消されたその直前、男(あくま)たちによって無惨にも壊された銀色のリングが、また自分の左手薬指で輝いている光景を…。

 

優輝翔はリンゼの手を握っていない空いている方の手の指の関節で優しく触れるようにリンゼの涙を掬いとると、そのままその手をそっとリンゼの頬に添える。そして優しく、されどぎゅっと押し付けるように唇を数秒重ねると、そのままもぞもぞと布団の中に潜り込んだ。

 

 

「まだ起きたばかりだからな//一緒にもう少しだけ寝よう//」

 

「はい…///」

 

 

優輝翔に抱きしめられながらそう耳元で囁かれると、リンゼはもう二度と味わえないと思っていた温もりを実感し、せっかく拭っもらった涙をまた零し始める。そしてそれを隠そうと俯いて額を優輝翔の胸板にグリグリ弱々しく押し付けるリンゼを、優輝翔は優しく撫で始めた。

 

そしてもう片方の手でトンっ、トンっ、とリズムよくリンゼの背を叩くと、ぎゅっと包み込むように抱きしめて囁く。

 

 

「おやすみ、リンゼ//」

 

「っ……//」

 

 

『おはよう』『おやすみ』そんな当たり前な挨拶が、こんなにも、こんなにも心に響くことなど、今まであっただろうか?一度死んだリンゼ、そして最愛の相手を幾度も失ってきた経験を持つ優輝翔だからこそ分かる。

 

 

 

“こんな当たり前の言葉(にちじょう)が、何よりも大切な(かけがえのない)ものなのだと……”

 

 

 

……そして、もう二度と…、

 

この当たり前を奪わせはしないと、優輝翔は固く心の中で誓った。

 

「おやすみなさい//優輝翔さん//」

 

 

リンゼが小さくそう答えると、気のせいか、優輝翔の抱く力が少しだけ強くなったように感じた。リンゼは自分が強く、そして果てしなく愛され、守られているのを感じ、安心して夢の中へと旅立ったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

《リンゼを襲った男たちの末路》

 

 

「ガッハッハッ//アンッアンッアンッだってよっ//いい声で鳴きやがったっ//」

 

「ほんとそれだよなっ//ヒャッハッハッ//」

 

 

もうすっかり日の暮れた街中、中でも一番高価なホテルの一室で、『3人』いる中、内2人の男が高い酒を飲みながら興奮気味に話し合っていた。

 

 

「っかぁ〜っ///にしても、あいつのお仲間一人を殺るだけでマジでこんなに金をくれるとはなぁ〜///」

 

「ほんとだぜっ///まっ、俺らは得してるからいいんだけどなっ///」

 

「違いねぇ///ガッハッハッ///」

 

「はっはっはっ。面白い話してるなぁ、お前ら。俺らも混ぜろよ?」

 

「「!!!」」

 

 

その瞬間、その場にいた3人は心の臓を直接鷲掴みされるかのような感覚に陥って、思わず立ち上がり声のした方を見て固まった。まるで開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったかのような、まるで肥満した豚がお腹を空かせた龍の前へと無防備にも飛び出してしまったかのような、……まるで、生きている実感すら感じられなくなる、死神を目の前にしたような、そんな感覚。

 

途方もない闇と怒りが2人だけに向けられていた。他の誰でもない、優輝翔によって。

 

 

「なぁ、なんの話してたんだっけな?」

 

「「「………………」」」

 

 

男たちは答えない。否、答えられない。死神の前では口を開くことさえ罪となる。

 

 

「おいおい聞かせてくれよ〜。お前らがアンアン鳴かせた女の子のことをな!」

 

「ガハッ!」

 

 

優輝翔の蹴りが筋肉質な男の腹にのめり込む。男は数メートルほど吹き飛ぶと、ボトッと鈍い音をたて床に叩きつけられた。ちなみに下の階には振動だけで音は響かない。何故ならこの部屋には既に、防音魔法が張られているからだ。

 

 

「ヒッ!ま、待てっ!勘違いd…グ…ハッ!」

 

「あ、ごめん。聞いてなかった。」

 

 

優輝翔は悪びれることもなくそう言うと、吹っ飛んでいった二人のいる床と自分、そして何故かいる謎の人物の足元に「ゲート」を開き、誰もいない森の中へと移動する。

 

 

「さて、これで心置き無く惨殺(話し合い)ができるな。」

 

「「字が違うぞ(じゃねぇか)!!」」

 

 

男たちは鋭いツッコミをしつつも、連れてこられたのが生き物の気配すらない真っ暗な森の中だということが、現実に重みを持たせていた。

 

 

「な、なぁ……話し合わねぇか…?」

 

「ほぉ…。いったい何を話すことがあるのか教えてくれねぇか?」

 

「いや、だからその……あれだよ。お前はきっとかんちg…ゲホッ!」

 

 

優輝翔のつま先が細身の男の鳩尾に食い込んで、そのまま数メートル後ろの木に当たるまで吹っ飛ばした。

 

 

「交渉決裂だな。そろそろショーを始めさせてもらおうか。」

 

「ひっ!!ち、違う!!違うんだって!!俺たちはそこにいる男に依頼されて……」

 

「……ほお?」

 

 

その瞬間、優輝翔は初めてもう一人いる男の方に完璧な殺意を向けた。その瞬間、男の身体は硬直し、体温は一気に低下、まるで冷凍庫の中に足を踏み入れたみたいに男の周りの空気が冷え、男の恐怖駆り立てていった。

 

 

「…………っ……」

 

 

シーンとした森の静けさが漂う中、数メートル離れていても男が鳴らした喉の音はハッキリと優輝翔に届いた。優輝翔はしばらく男を睨んでいたが、まずは先にやるべき事をやるため、再び二人の男達の方に顔を向ける。そして殺意の篭ったままの目でゆっくりと筋肉質の男の方に歩いていった。

 

 

「まっ、それはそれ。これはこれだ。お前達が死ぬ事実に変わりはない。」

 

「ま、待てっ!金ならやる!女ももっと色気のある美人な姉ちy…ヵ…ハッ!」

 

バンっ!!

 

 

筋肉質な男が細身の男がぶつかった木の隣の木にぶつかって地面に倒れ込む。優輝翔は痛みで寝転がってる男達の元まで歩くと、恐怖を顔に貼り付けて自分を見上げている男たちを感情のない目で見下ろしながら口を開いた。

 

 

「さて。こっちも簡単に殺すつもりはないわけだが、その前にお前らに一つ面白いものを見せてやるよ。」

 

 

優輝翔はそう言うと、自分の斜め後ろの位置に「ゲート」を開く。そこから出てきた人物に、男たちは信じられないものでも見ているかのような目を向けた。

 

 

「な、何でお前が……」

 

「お、おい…。どうなってんだよ……」

 

 

男たちは確かに自分たちが命を奪ったはずの人物が現れたことに、もう完全に思考が追いつかなくなってしまった。

 

 

“死となりて生には戻れぬ”

 

 

それは生きとし生けるもの、全ての、どこの世界においても共通の真理であり、曲げられない事実。理。この世界では唯一打開できるであろう光の魔法でも、その条件はとても厳しいものであることくらい男たちも知っていた。

 

だからめちゃくちゃに壊したのだ。証拠を消すために。蘇生できなくするために。

 

もし優輝翔が早めに発見しなければ、もうあと数十分後には血の匂いにつられた魔物に食べられていただろう。それほどまでにリンゼは危険な状態、もはや元通りに生き返ることなどあってはならないこと、のはずだった。

 

 

……だが、たったひとつ、たったひとつだけ、男たちには知らないことがあった。それは、“優輝翔が神様とも繋がりを持っていること”、である。

 

 

無論、その情報はリンゼにさえ話していないので、まして男たちが知りえるはずもないのだが、それでも、そのたった一つ知るか知らないかの差が、男たち、そしてリンゼの運命を左右したのだ。

 

 

リンゼは優輝翔が神様に頼むことで、絶望的な状態から蘇った。男たちは神様により息を吹き返したリンゼの口からでた証言により、この先の人生が絶たれた。ただそれだけの事である。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 湖畔

お待たせしました。

活動報告に上げさせて頂きましたが、今日からまた週一投稿を再開させていただきます。

今まで待っていてくださった皆様。本当に、本当にありがとうございました!これからもぜひ、よろしくお願いします!


 

「……ん……」

 

 

明け方。可愛らしい少女の口の隙間から小さな声が漏れ出す。

 

 

「リンゼ。起きたか?」

 

「……優輝翔、さん…?」

 

「ああ。おはよう。」

 

「……はい//おはようございます//」

 

 

リンゼがそう返すと、優輝翔は優しくリンゼの頭を二、三度撫で、そのまま手を離さずに会話を続けた。

 

 

「よく眠れたか?」

 

「はい//すごく…//」

 

「そうか…、よかった。違和感とかないか?どこか痛むとか……」

 

「大丈夫です//……あの、私……」

 

「どうした?」

 

「……私、夢じゃないですよね?なんで、私は……」

 

「リンゼ……」

 

 

リンゼが何を訴えたいかを理解した優輝翔は少し顔を暗くして目を瞑ると、しばらくしてゆっくり目を開き、リンゼに告げた。

 

 

「そうだな。その話は後できちんとしておこうか。じゃなきゃリンゼもモヤモヤしたままだろうしな。」

 

 

優輝翔はそう言うと、身体を起こして立ち上がり、何か作ってもらって来ると言って部屋を出ていった。

 

リンゼは大人しく寝て待ってようと思ったのだが、ふと視界の端に優輝翔が置きっぱなしにしていた『すまーとふぉん』なるものが写り、ちょっとだけと手を伸ばした。

 

 

「えっと、確かここを触ったら……あっ、ついた。えっと……なんて書いてるんだろ…?これは……」

 

「こーら。何やってんだリンゼ。」

 

「へっ//あ、ごめんなさい…//」

 

「たっく。まぁいいさ。リンゼなら。」

 

 

優輝翔はそう言うと、ベッドに腰掛けてリンゼを起こすと、自分の膝に座らせて後ろから抱きかかえる形でスマホの使い方を教え始めた。

 

 

「これは電話。こっちはメール。こっちは……って説明がめんどくさいな。いいや。後で全部まとめて教えてやるよ。あ、それとこの見た事ない難しい字あるだろ?これは漢字って言って……」

 

 

優輝翔はその後リンゼが急な高熱で道端で倒れていたという嘘を真に受けて心配しているエルゼがお粥を運んできてくれるまで、しばらくリンゼにまだ教えていなかった漢字や、簡単なスマートフォンの使い方を説明し続けた。

 

その後リンゼに病人のフリをしてもらい、心配しながらお粥を運んできたエルゼと八重を上手く切り抜けると、午後からは将棋や囲碁など、とにかく部屋の中でできることをして過ごした。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

翌日、優輝翔はエルゼたちにリンゼと王都でお泊まりデートしてくると言って銀月を出た。エルゼたちはまだリンゼの体調を心配していたが、療養も兼ねてることを伝えると渋々納得してくれた。

 

 

「さてと、じゃあとりあえず今日はホテル取ってゆっくりするか。」

 

「そうですね。」

 

「何したい?漢字の勉強でもしてみるか?古代文字の勉強とかもしてみようと思うんだが……」

 

「はいっ//じゃあそうしますっ//」

 

 

リンゼとしては優輝翔のすまーとふぉんとやらを早く自由に触れるようになりたかったので、優輝翔の提案は大歓迎だった。

 

 

「ところで優輝翔さん。ここ貴族街ですけど、こっちでホテル取るんですか?」

 

「ああ。今回はお詫びだからな。全額俺が払うから気にするな。」

 

「でも、ちょっと申し訳ないというか……」

 

「いいって。その代わり、たっぷりと夜はお前を味見させてもらうからな。」

 

「あぅ…///」

 

 

優輝翔の耳元で囁かれた言葉にリンゼは一気に顔を赤く染め上げる。そんな可愛い彼女を連れて王都でも有数の超高級貴族御用達ホテルに入ると、ノータイムで1番高い部屋を1週間とった。

 

 

「それでは代金が白金貨7枚になります。」

 

「はっ、白金貨7枚?!」

 

 

リンゼはあまりの額に、ここがホテルのロビーであることも忘れて思わず声を上げた。優輝翔はそんなリンゼに軽く笑みを浮かべつつ、何事もないかのように白金貨7枚を支払って部屋に案内してもらった。

 

 

「うわぁぁ…//」

 

「さすが最高級ホテルだな。」

 

 

案内された部屋は元の世界の一流ホテルと大差ないほど上質な部屋で、窓の外にはアレフィスの象徴である美しい湖の全貌が確認できた。

 

 

「いい部屋だな。」

 

「そうですね//」

 

「どうする?ちょっと歩くか?湖の周りは行ったことないだろ?」

 

「はいっ//」

 

 

優輝翔の提案にリンゼも嬉しそうに賛同した。そして2人は10分程かけて湖の畔にやってくると、周りに誰もいない自然のグリーンカーペットの上に座って、どちらかともなく手を繋いで身体を寄せあった。

 

 

「……静かだな。」

 

「そうですね//」

 

「なんだか久しぶりだよ。この感じ。大切な誰かと自然の中で2人きり。俺はこの時間が1番好きなのかもしれない。」

 

「ふふっ//私も、同じかもしれないです…//」

 

 

リンゼはそう言ってよりベッタリと優輝翔に体を預ける。優輝翔はそんな可愛い彼女の頭を優しく撫でると、そのまま額にキスを落とした。

 

 

「……ダメですよ?//優輝翔さん//ここはまだ外なんですから//」

 

「わかってる//キスだけだ//」

 

「だめ//恥ずかしいですから//」

 

「ダメか?//ひどいな//」

 

「ふふっ//その分夜にたっぷりと私を食べてください//」

 

「ああ、覚悟してろよ//お前のその罪悪感と全部まとめて食ってやる//」

 

 

優輝翔がそう言うと、リンゼはハッとしたように体を強ばらせた。

 

気づかれてしまった。気づかれてないと思ってないのに。

 

やっぱり優輝翔さんには……

 

 

「……敵わないですね///」

 

「今日は寝かさないからな//ほんとうに//」

 

「はい//私の心も、記憶も、過去も、思い出も、全部//優輝翔さんが壊して、優輝翔さんで埋めて、優輝翔さん色に染めてください///そして……」

 

 

リンゼはそう言って優輝翔の顔を見上げると、一拍おいて告げた。

 

 

「私の全てを、優輝翔さんの全てにしてください///」

 

「……今日から1週間で、必ずそのお前の願いを叶えてやる///覚悟してろ///リンゼ・シルエスカ///」

 

 

優輝翔がそう言い終わると、2人は向かい合ったそのままにゆっくりと唇を重ね合う。

 

刻は既に夕暮れ。2人の斜め後方から差し込む日差しが湖に寄り添うように2人の影を作った。

 

これはその光景をたまたまホテルの窓から目にしたものの話だが、その影はハートの形になっていたそうだ。

 

まるでようやく、2人が真の意味で愛で結ばれたことを証明するかのように……

 

 

 

 

 

そしてこの後、二人の間に何があったのか、この一週間何をしていたのかは、誰にも知ることが出来なかった。

 

ただひとつ言えるのは、この二人はどこの世界のどのカップルにも負けないほど、お互いの愛を育んだということである……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王城、そして、婚約ダッシュ?
第35話 古代遺跡


 

あの事件から10日ほどが経過した。リンゼもほぼ完全に復活したということで、優輝翔たちは久しぶりに依頼を受けるために王都のギルドに出向いた。何故王都かといえば、エルゼがたまには違う街の依頼も受けてみたいと言い、それに皆が賛成したからだ。

 

そしてそこで『廃墟に巣くうデュラハンの討伐(報酬:金貨2枚)』を選択し、優輝翔たちは今、その廃墟前の茂みにいる……のだが……

 

 

「なんで一角狼がいっぱいいるのよっ!」

 

「いや、俺に言われても……」

 

 

そう、廃墟にいたのはデュラハンだけではなく、共生しているかのように一角狼もざっと二十匹ほど住み着いていたのだ。

 

 

「仕方ないな。リンゼ、任せる。」

 

「はい。優輝翔さんもお気をつけて。」

 

「おう。」

 

 

優輝翔はそう言うと勢いよく飛び出していこうとしたのだが、それを慌てて止めたのはふたりのコミュニケーションに全くついていけなかったエルゼたちだ。

 

 

「ちょっと、何ふたりで盛り上がってんのよ。」

 

「そうでござるよ。拙者たちにも説明求むでござる。」

 

 

と、怒られてしまった。

 

 

「ああ、悪い。作戦だが、一角狼の数が多いのを考えて、そっちを3人で当たってくれ。」

 

「ちょっと、じゃあデュラハンは優輝翔ひとりじゃないの……」

 

「大丈夫、なんでござるか…?」

 

「問題ない。負ける気がしない。」

 

 

そう言って優輝翔は今度こそ茂みを飛び出すと、一直線にデュラハンに迫った。その間一角狼も襲ってくるが、1度躱せば、もう2度と追ってくることはなかった。

 

1度目はあっても、2度目は最愛のパートナーが赦さないという事だ。それに加えてエルゼと八重も茂みを出て狼たちの行く手を阻むので、もはや狼たちは優輝翔よりもリンゼたちの相手をせざるを得なくなっていた。

 

 

「ふんっ!」

 

キーンっ!!

 

 

優輝翔の刀とデュラハンの大剣が火花を散らす。そのまま2度3度と打ち合うも、両者の力加減は互角だった。いや、正直にいえば僅かに優輝翔が圧しているものの、倒しきれない状況だ。

 

 

「ちっ。やっぱアンデッド相手に刀は無理か。」

 

 

優輝翔はそう愚痴りながらチラリともう片方の戦況を確認する。狼の数は早くも10匹ほどまで減っていそうだ。

 

 

「……しゃーね。終わらすか。」

 

 

優輝翔はそう言うと猛スピードでデュラハンへと突進し、刀をぶつけた。デュラハンもその禍々しいオーラを放つ大剣で受け止めるも、力負けして身体ごと後ろの大岩にぶつけられる。

 

 

「終わりだ。『マルチプル』!『光よ穿て、輝く聖槍、シャイニングジャベリン』!」

 

 

『マルチプル』で増やした魔方陣から『シャイニングジャベリン』、通称光の矢をデュラハンの身体の節々に叩き込む。流石のデュラハンも弱点の光属性の攻撃には耐えきれず、闇の霧となって消え去ってしまった。

 

 

「終わったな。そっちはどうだ?」

 

「はい。全て殺し尽くしました。」

 

 

優輝翔の元に歩みよりながら、リンゼが満面の笑みでそう告げる。それに対し後ろからついてきていた2人は少し引いたような顔をしたものの、優輝翔は気にせず、むしろ嬉しそうにリンゼを抱きしめた。

 

 

「そうか//お疲れ//」

 

「優輝翔さんもお疲れ様です//」

 

 

さっきまでの激しく打ち合い殺しまくっていた状況とは一転、幸せオーラ全開の2人にエルゼと八重はただただため息をつくことしか出来なかったのだった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「はぁ〜……もう色々あって疲れたわ……」

 

「拙者もでござる……」

 

 

その後やっとの事でふたりのラブラブを中断させたエルゼと八重は、倒れた柱の辺りに来て同時にドスっと勢いよく座り込んだ。

 

 

「悪いな……ついリンゼが可愛すぎて…//」

 

「ゆ、優輝翔さんだって…かっこいい、です…///」

 

「ほら、そこ。イチャイチャしない。あぁ…もうっ!なんかこの二人ちょっと見ない間に仲良くなりすぎじゃないの?」

 

「そうか?」

 

「このくらい普通かと……」

 

 

エルゼの言葉に手を繋いで仲良くくっついて座っていた二人は顔を見合わせながら首をかしげた。まぁ実際はつい数日前にあった出来事が二人の仲を加速させた要因でもあるのだが、まぁそれは置いといて……

 

 

「もぅ〜、せっかく昔の王都ってところに来たんだし、イチャイチャよりも財宝の山を見せてよね〜。」

 

「いや、それはなかなかに無理な注文だと思うでござるが……」

 

「うーん……なら、まぁ試してみるか。………………『サーチ』」

 

 

優輝翔は少し歩き廃墟の真ん中付近に近づくと、探索魔法を唱えた。そして廃墟を隅から隅まで探ること十数秒、優輝翔の探索に1つの物体が反応を示した。

 

 

「これはっ……デカいな。」

 

 

優輝翔はそう呟きつつ、振り返って3人に何か見つけたと告げる。すると一瞬で3人が優輝翔に詰め寄り、目を輝かせながら何を見つけたのか聞いてきた。

 

 

「いや、まだ大きい何かとしか分かんないな。まぁとにかくこっちだ。」

 

 

そう言って優輝翔は3人を連れ発見した物体のある場所に向かう。瓦礫を退かし、地下に潜り、地下通路を進んで、4人は1つの大きな部屋の中に辿り着いた。

 

 

「ここだな。というより、この奥だ。」

 

「この奥……でも、壁ですよ?」

 

「なんか変な文字は書いてあるけど……」

 

「全く読めんでござる。」

 

「俺もだな。リンゼは読めるか?」

 

「うーん……」

 

 

リンゼは優輝翔の言葉に唸りながら壁へと近づき、自身の作った灯りで壁を照らす。

 

 

「……すみません。ちょっと文字が古すぎて分かりませんでした。」

 

「そうか。まぁ気にするな。ありがとな。」

 

「はいっ//」

 

 

優輝翔がそう労いながらリンゼの髪を撫でると、リンゼは頬を染めて笑顔を見せる。優輝翔もその笑顔を見てもっともっと撫でていたくなったが、流石に今度はエルゼに拳をぶつけられそうなので控えた。

 

 

「さて、仕方ないから4人で手分けして何か手がかりでも探すか。さすがにここまで来て帰りたくないだろう?」

 

「はいっ//」

 

「当然!」

 

「任せるでござる!」

 

 

3人は元気よくそう答え、それぞれ壁に手を当てたりして調べ始める。優輝翔もライトの魔法に加えてスマホの光でも壁を照らし調べていると、ふと茶色の魔石のようなものに手が触れた。

 

 

「これは……3人とも、少し壁から離れてくれ。」

 

 

優輝翔はそう言って魔石に土属性の魔力を込める。するとその直後、優輝翔の目の前の壁が土砂崩れのように細かな砂となって崩れ落ちた。

 

 

「これは……道?」

 

 

そこから現れたのは1本の道。その先で待ち受けているのは、4人の予想とは遠くかけ離れたものであった……

 

 

 




どうでしたか?

一部、某スライムさんのアニメのセリフを含んでいるのですが、気づいた方はいらっしゃいますでしょうか?

さて、次回はあのイセスマには切っても切れない必要不可欠な魔物の登場です!

お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 水晶の怪物

今話もどうぞお楽しみくださいませ(。ᵕᴗᵕ。)


 

「なに?これ。」

 

 

エルゼが目の前の直径2m程のコオロギのような物体に手を触れながらそう呟いた。優輝翔たちも手分けして物体の砂埃を落としながらよく見てみるも、その物体がガラスのようなもので出来ており、中に赤い球状のものが入っていることぐらいしか認識ができなかった。

 

 

「というか暗いな…。まだライトの持続時間はあるだろ……」

 

 

優輝翔がそうボヤきながら頭上に輝く自らのライトを見上げる。その光は確かに少しずつ力をなくしているようだった。まるで何かに吸い取られれもするかのように……

 

 

「っ!」

 

 

その瞬間、優輝翔はふと嫌な予感がして物体を振り返った。それと同時に、物体の中にあった赤い球が突如光を放ち始める。

 

 

「ちっ……みんな、一旦外に出るぞ。『ゲート』」

 

「はっ、はい!」

 

「ええっ!?ちょっ、待って……」

 

「拙者を置いていかないでほしいでござる〜!!」

 

 

八重がそう叫びながら最後に「ゲート」に飛び込む。優輝翔は全員が「ゲート」から飛び出してきたのを確認すると、即座に「ゲート」を閉じた。

 

 

「優輝翔さん、あれはいったい……」

 

「分からない。だが……すごく嫌な予感がしたんだ……」

 

「嫌な予感…………っ、優輝翔さんっ!」

 

「っ……ああ…。」

 

 

リンゼの叫びに優輝翔は首を縦に振る。ふと見ると横にいるエルゼと八重も戦闘態勢を取っていた。この地下から這い上がってくる甲高い音と地震のような揺れに警戒して……

 

 

ドカァンッ!!

 

 

突如優輝翔たちより僅か十数メートル先の地面が突き上がり、先程のコオロギが姿を現した。もう砂埃は綺麗に取れており、身体は半透明な水晶のような物質でできているようだ。

 

そしてそのコオロギが6本の足の1本を不意に優輝翔たちへ突き伸ばす。優輝翔たちがそれを避けると、その空いたスペースをコオロギが通過し、また振り返って足を突き伸ばしてきた。

 

 

「くっ!『光よ穿て、輝く聖槍、シャイニングジャベリン』!」

 

「『炎よ来たれ、赤き連弾、ファイアアロー』!」

 

 

優輝翔とリンゼがアイコンタクトで同時に魔法を発動させる。しかしコオロギはそれを避けようともせず、むしろ吸収するかのように全て受けきってしまった。

 

 

「そんなっ!」

 

「効かないのかっ……」

 

「ならば!」

 

 

八重がそう言って刀を抜きコオロギに斬りかかる。しかし、その刀で作れた傷はほんの1mm程の深さの切り傷だけだった。

 

 

「なっ、なんて硬さでござるか!」

 

「それなら!『ブースト』!!」

 

 

パリンッ!

 

 

「やった!」

 

 

エルゼの拳がコオロギの足の半分を砕き、エルゼがガッツポーズを見せる。しかし次の瞬間、突如赤い球が光り出したと思ったら、瞬く間に砕かれた足と八重の刀でつけられた傷が回復してしまったのだ。

 

 

「なっ、うそでしょっ!」

 

「回復持ちかよ……なら、『スリップ』!」

 

 

優輝翔は直接魔法ならぬ間接魔法の『スリップ』をコオロギの足元に展開する。するとコオロギはきちんと摩擦係数0の地面に滑り転げていた。

 

 

「よしっ!リンゼ!」

 

「任せてください!『氷よ来たれ、大いなる氷塊、アイスロック』!」

 

 

リンゼが魔法で大きな氷塊を作り出し、優輝翔が『スリップ』によって運んできたコオロギの上に叩き込む。

 

 

「よしっ!」

 

「やりましたっ//」

 

 

パンっ!

 

 

優輝翔とリンゼが確かな手応えに手を合わせる。その後潰れかけていたコオロギの足をエルゼが一気に砕き尽くし、場は一気に優輝翔たちの優勢ムードとなった。

が……

 

 

「っ!まさかまたっ!」

 

「ちっ!やっぱあの赤い球を破壊しなきゃダメか……」

 

 

コオロギの中の赤い球が強く光り、ほぼ全ての傷が癒される。そして……

 

 

キィィィィィン!!

 

 

『っ!』

 

 

耳障りな甲高い音を放ちながら、今度は一気に6本の足を突き刺してきた。それもエルゼ1人目掛けて…。

 

 

「っ!エルゼェ!!」

 

「っ…ちょっ、むr…カハッ!」

 

『!!』

 

 

6本の足全てを躱しきれるはずもなく、逃げよう背を向けたエルゼの身体から3本の水晶の足が生えた。2本はおへその辺りから、もう1本は心臓とは逆の肩口から。

 

そしてコオロギはエルゼをそのまま持ち上げると、容赦なく地面にその華奢な身体を叩きつけた。

 

 

「カ…ハッ……」

 

 

エルゼの口から血溜りが飛び出す。それを見て優輝翔は慌ててエルゼの元に向かった。

 

 

「リンゼ!!」

 

 

優輝翔はこの場を一人でも少しは持たせられる少女の名を叫ぶと、すぐさまエルゼを回収してコオロギの死角に連れていく。そして急いで光の上位魔法「メガヒール」を発動した。

 

 

「……...ぅ……ぁ……」

 

「エルゼっ…エルゼっ!!…」

 

「…ぁ……き…と……わたし……」

 

 

掠れるような声だが、しっかりと口を動かすエルゼに優輝翔は安心したように息を吐き出す。

 

 

「ああ。もう大丈夫だ。とりあえず、エルゼはしばらく休んでろ。絶対動くなよ。」

 

「でも……」

 

「動くなっ!!……絶対だ。」

 

「は、はい…。」

 

 

優輝翔の有無を言わせぬ圧力にエルゼは少し脅えながら首を縦に振る。優輝翔もそれを見て頷くと、ゆっくりと戦場に戻っていった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「今でござる!リンゼ殿!」

 

「『氷よ来たれ、大いなる氷塊、アイスロック』!」

 

 

刀をほぼ封じられたといってよい八重がコオロギを誘導し、リンゼがその上に氷塊を落とす。先程から戦場ではこれが何度も繰り返されていた。

 

 

「やったでござるな。でも……」

 

「はい……」

 

 

ふたりが表情を苦くして見つめる先には氷塊のしたから漏れ出す赤の光。コオロギが回復する合図だ。そう、この二人にはコオロギにダメージを与える力はあっても、致命傷を与える力はない。

 

 

「厄介でござるな……」

 

「そうですね……あっ!」

 

 

コオロギが氷の下から飛び出してきたのを見て、リンゼが声を上げる。そしてまた6本の足を2人に突き刺してきた。

 

 

「っ!」

 

「っ……ダメっ!」

 

 

 

八重は持ち前の身体能力で全て躱したものの、リンゼは避けきれずに正面から迫ってくる足の1本に目を瞑る。

 

 

(優輝翔さん……っ……)

 

 

リンゼが悲痛の思いでそう叫ぶ。そしてそれは予想外の行動で返された。

 

 

「ここにいる//安心しろ//」

 

「えっ…///」

 

 

突如自分の頭に乗って撫でてきた手とその言葉に、リンゼが驚いて目を開ける。そこには自身に迫ってきた足を片手で受け止め、空いているもう片方の手で優しい笑顔を浮かべながら自分を撫でている、最愛の人の姿があった。

 

 

「優輝翔さん…///」

 

「ああ//もう大丈夫だ//あとは任せろ//」

 

「……はいっ///」

 

 

リンゼは目に涙を溜めて頷く。不安などない。最愛の彼が「任せろ」と言ってくれたから。

 

 

「さて……」

 

 

優輝翔はリンゼに背を向け、コオロギの方に歩き出しながらそう呟く。その瞬間、優輝翔の表情は一変した。先程までリンゼに向けていた優しい笑みから、怒りの表情へと…。

 

 

キィィィン!!

 

 

流石のコオロギも危険を感じたのだろう。さきほど同様甲高い声で泣きながら6本の足の突き伸ばしてきた。

 

 

「優輝翔殿!」

 

 

後ろから八重の叫び声が聞こえてくる。しかしそんな八重の心配とは裏腹に、6本の足はふと立ち止まった優輝翔の目の前で全て粉々に砕け散ってしまった。

 

 

「えっ?な、何が起こったんでござるか…?」

 

 

八重は目の前で起こったことが理解出来ず呆然として声を漏らす。攻撃をしたコオロギさえも、何が起こったか分からない様子でいた。

 

しかしそれも当然であろう。優輝翔は確かに6本の足を全て破壊したのだ。じゃなきゃ自然に砕けるわけがない。問題はそれにかかった時間がとてつもなく短いということだ。その時間、僅か0.02秒。なんとあの狼を認識した時の20倍以上の速さである。これが、本気になった優輝翔、否、本気を思い出した優輝翔だ。

 

 

「ブースト」

 

「パワーライズ」

 

 

優輝翔が連続で2つの魔法を唱える。そして次の瞬間、優輝翔はコオロギの正面に本気の拳をぶち込んでいた。

 

 

バーンッ!!!

 

 

……ピキッ……ピキピキピキッ!!

 

 

コオロギの全身に徐々に徐々にヒビが広がっていく。

 

そして……

 

 

パリンッ!!!…………

 

 

コオロギは、中にあった赤い球体を残して粉々に砕け散ってしまった。

 

 

「………………」

 

 

優輝翔はじっと残った赤い球を見つめる。先程の拳の威力故に所々ヒビが入っているそれは、もう2度と光り始めることはなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 王宮毒殺未遂事件

いよいよユミナ編

今話もよろしくお願いします(。ᵕᴗᵕ。)

P.S.
先週は18禁編でした。18歳未満で見れなかった方は突然1週空いた形で申し訳ございませんでしたm(*_ _)m


2日後、昨日丸一日かけて壁画写真を『ドローイング』という転写魔法を見つけ用いて十数枚の紙に移し終えた優輝翔は、それらを束ねて朝から公爵家へと出向いた。

 

ちなみに刀などは自室に置きっぱなしだ。流石に公爵家に刃物を持ってズカズカとは入れない。まぁと言っても、ナイフ類は隠し持っているのだが……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「うわっ!」

 

 

優輝翔が「ゲート」を潜り抜けて来た瞬間、その先にいた門番が声を出して驚きを顕にした。だが実のところこれはいつもの事なので、優輝翔は無視して公爵家に足を踏み入れようとしたのだが、ふと目線の先から1台の豪勢な馬車が走ってくるのが見えて足を止めた。

 

 

「ん?出かけるのか?」

 

 

優輝翔がそう呟いて馬車を眺めていると、ふと馬車が優輝翔の真ん前で停車し、公爵が飛び出てきた。

 

 

「優輝翔殿!ちょうどよかった!頼む!乗ってくれ!」

 

「えっ?あ、はあ……」

 

 

優輝翔は曖昧な返事で半ば無理やり馬車に載せられると、そのまま馬車はどこかに走り出していった。

 

その馬車の中で、優輝翔は公爵からここに至る経緯を聞き出す。その結果は以下の通りだ。

 

・向かっているのは王宮

 

・公爵の兄、現国王が毒を盛られ非常に危険な状態

 

・優輝翔には「リカバリー」で毒を消すことを依頼

 

 

「なるほど。あらかた理解しました。」

 

「ああ。もちろん報酬は弾む。兄上もそうするはずだ。やってくれるか?」

 

「いや、ここに乗せた時点で返答は予測できてたでしょ。やりますよ。俺と公爵の仲ですし。」

 

 

優輝翔がそう言うと公爵はバッ!と優輝翔の手を両手で握りしめ、「ありがとう……ありがとう……」と涙ながらにお礼を伝えた。

 

 

「構いませんよ。それより、犯人の心当たりは?」

 

「私としてはスゥを狙ったのと同じ人物だと思っている。」

 

「なるほど。ほんと嫌になりますね……」

 

 

優輝翔がそう言って少し表情を厳しくすると、公爵も苦笑いしながら、色々とこの国の事情を説明してくれた。

 

 

「なるほど。要は新興国かつ亜人の国であるミスミドと国交を結ぶのに反対しているバカ共の仕業ってわけですか。」

 

「まぁ……そうなるな。」

 

 

馬車が城につくとふたりは公爵が先導して早足で中へと突き進んでいった。しかし入ってすぐの吹き抜けエリア正面の階段を登る際、ふと目の前に1人のデブの身なりだけはいいおじさんが立ち塞がる。

 

 

「これはこれは公爵殿下。お久しぶりでごさいますな。」

 

「っ!……バルサ伯爵……」

 

「ッ!!!」

 

 

『バルサ伯爵』

 

優輝翔はその名前を聞いた瞬間、とてつもない殺気と歓喜を湧き上がらせた。それを表に出さなかったのは、奇跡と言えよう。そんな優輝翔の心の内なんて知りもせず、バルサ伯爵は地雷を巻き続ける。

 

 

「ご安心ください。既に国王陛下を狙った輩は取り押さえましたぞ。あとは首を跳ねるだけです。」

 

「なっ、なんだと!」

 

「犯人はミスミドの大使ですよ。陛下が倒れる直前に飲んでたワインがその大使が送ったものでしてな。ついでに抵抗したので大使の妹や護衛も全員引っ捉えて鎖で繋いでおりますぞ。」

 

「っ!…………ふっ。」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、優輝翔の中で何かが切れた。

 

抵抗したアルマが捕らわれた。それはつまり、何らかの暴力行為も受けた可能性を示唆する。それを理解した瞬間にもう、バルサ伯爵の運命は、地獄から地獄の地獄へと、どんどん格下げされていったのだった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「リカバリー」

 

 

そう唱えた優輝翔の手のひらから出た光が、衰弱しきった国王を包み込む。そして気づけば国王はすっかり元通りになっていた。

 

 

「これは……どういう事だ?」

 

「お父様!」

 

「あなた!」

 

 

ふたりの少女と女性、恐らく娘と母が勢いよく起き上がった国王に抱きつく。そばに居た主治医?も王様の急な変わりように目を見開いていた。

 

 

「アル…アルフレッド。この者はいったい…?」

 

 

王様が自分を治した優輝翔を信じられないような目で見つめる。

 

 

「兄上。この者が我が妻の病を治し、娘を助けてくれた白鷺優輝翔殿です。」

 

「おー!彼が!」

 

 

国王はそう言ってキラキラした目を優輝翔に向けた。そんな国王に優輝翔は苦笑いを零していると、不意に後ろから背中を軍服の男の人に叩かれた。

 

 

「よくぞ陛下を救ってくれたな! 気に入ったぞ!」

 

「あ、ああ。いえ、別に大したことはしていないので。」

 

「そんなに謙遜するな!ガッハッハッ!!」

 

 

軍服の男がそう言って何度も優輝翔の肩を叩く。優輝翔がそれに流石に迷惑していると、男の横にいた翠色の髪の女性が男を止めてくれた。

 

 

「将軍、そのへんで。しかし、あれが無属性魔法「リカバリー」ですか。興味深いですわ。」

 

 

女性の言葉に優輝翔が苦笑いしていると、ふと後ろから公爵と王様の会話が聞こえてきた。

 

 

「兄上、それでミスミド王国の大使についてですが……」

 

「ん?大使がどうかしたか?」

 

「兄上暗殺の首謀者として親族護衛共にバルサ伯爵に拘束されております。いかがいたしましょう?」

 

「なんだと!?有り得ん!!ミスミドが私を殺してなんの得がある!?これは私を邪魔に思う別の者の犯行だ!!」

 

 

王様が怒鳴りながらそう言うと、先程の男と女性が王様に口を挟んだ。

 

 

「しかし実際、大使から贈られたワインを飲んで陛下はお倒れになられた。そしてその現場を多くの者が見ております。」

 

「だとすれば、大使から贈られたワインに毒が仕込まれていたのは事実です。これを覆さない限り、大使の容疑は……」

 

「ううむ……」

 

 

ふたりの言葉に王様は少し考え込む。しかしここで、優輝翔がふと今の女性の言葉に疑問を感じ、口を開いた。

 

 

「ひとついいでしょうか?」

 

「?何でしょう?」

 

「いや、今の話を聞いたところ一見とても筋が通ってるように見えたのですが、ちょっと裏付けがないように思えたので。そこで質問ですが、あなた方はワインの中から実際に毒を見つけたのですか?」

 

「それは……しかし陛下は……」

 

「見つけてないんですね。」

 

「………………」

 

 

優輝翔の攻めに女性が黙り込む。すると国王は優輝翔に首をかしげながら尋ねた。

 

 

「やけに大使の肩を持つようだが……もしかして、君は大使と知り合いか何かかね?」

 

「ええ、まぁ。それで陛下。俺に犯人探しを任せてはもらえませんか?どうせ犯人の目星はついているんでしょうし。」

 

 

優輝翔の言葉に国王は少し考えてから、チラリと公爵の方を見た。公爵がそれに頷くと、国王も優輝翔に首を縦に振る。

 

そこで優輝翔はその場にいる全員を引き連れ、王様が倒れたそのままの状態であるという大食堂に向かった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「広いな……」

 

 

大きなホールのようなその部屋に、優輝翔はポツリとそう呟く。そして将軍の男に手渡された例のワインを片手に、「サーチ」で毒探知を行った。

 

 

「っ!まさか、「リカバリー」だけでなく「サーチ」まで……」

 

 

後ろから女性の驚きの声が聞こえてくるが、優輝翔は構わず探知を続ける。そして……

 

「……はぁ。終わったな。」

 

 

優輝翔はそう言って後ろにいる全員に毒のありかを話すと、全員驚いたように目を見開いた。

 

 

「まさか……そんなところに毒が……」

 

「流石優輝翔殿だ……」

 

「まさか「サーチ」まで使えるなんて……」

 

「カッコイイ…//」

 

 

約1名、少し違った反応を示しているものの、皆一様に優輝翔の言葉を信じてくれたらしい。それを見て、優輝翔は全員に一芝居依頼をした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 優輝翔の復讐

今話もよろしくお願いします( ᵕᴗᵕ )


「へ、陛下?!お、お身体の方はもうなんとも!?」

 

「おう、バルサ伯爵。この通りなんともない。心配かけたようだな。」

 

 

大食堂に飛び込むように入ってきた伯爵に、国王陛下が笑いながら腕を回してそう答える。

 

 

「そ、そうですか……。ハハ、それはそれは……何よりでございます……」

 

 

陛下の元気な姿を見て汗をダラダラ垂れ流しながら、引きつった笑みを浮かべる伯爵。それをこの場にいる全員が冷めた目付きで見つめていた。

 

 

「さて、じゃあそろそろ犯人を顕にしましょうか。」

 

 

優輝翔がそう言うと、伯爵はあからさまに挙動不審になり、息を飲んだ。その様子に優輝翔は内心でため息を吐きながら、テーブルにおいてあったワインを持つ。

 

 

「まず大使が持ってきたというこのワインですが、これで間違いはありませんね?」

 

「ああ、問題ない。中身もそのままだ。」

 

 

優輝翔が先程のワインを持ってそう聞くと、軍服の男、もとい将軍が首を縦に振った。それを見て、優輝翔はワインをただのグラスに注ぎ国王に渡す。

 

 

「どうぞ。もう1度飲んでみてください。何かあれば治しますから。」

 

 

優輝翔がそう言うと、国王はひとつ頷いて優輝翔から受け取ったワインを1口口に含んだ。

 

 

「……うむ。最高の味だ。」

 

「………………」

 

 

国王の様子に益々顔色を悪くしていく伯爵。そんな中、優輝翔は早々に決着をつけに行った。

 

 

「じゃあ次は伯爵、あなたに飲んでもらいましょうか。」

 

 

優輝翔がそう言ってワインを注いだのは、国王陛下の席に置かれたグラスだった。その光景を見て、伯爵が見るからに慌てた様子で口を開く。

 

 

「ふっ、ふふふざけるなっ!そ、それは陛下のグラスだっ!」

 

「問題ないですよ。陛下から許可は降りています。」

 

「うむ。どうせただのグラスだ。心配をかけた詫びに飲んでみるがよい。」

 

 

国王陛下の後押しに、もうこれ以上ないほど真っ青になった伯爵。そんな伯爵に優輝翔は容赦なくワインを持って近づいていった。

 

 

「さぁ。どうぞ。」

 

「いや、私は……」

 

「伯爵はワインがお好きと聞きましたよ?陛下も進めてるんです。飲まないなんてこと……あってはいけませんよね?」

 

「………………」

 

 

ジリジリと後ろに下がる伯爵に、一歩一歩着実に迫る優輝翔。やがて伯爵がこれ以上下がるところがないところまで来ると、いよいよ優輝翔に迫られるだけとなった。

 

 

「さあ。飲んでくださいよ。」

 

「いや、その……」

 

「飲めますよね。ワインの中には毒はなかったんですから。」

 

「…………」

 

「……それとも、もしかして伯爵は国王陛下のグラスに毒が塗ってあることを知っていたりするのかな?」

 

「っ……」

 

 

優輝翔が冷たく刺すような目で伯爵を上から見下しながらそう聞くと、伯爵は口をパクパクしながら、ゴクリと息を飲んだ。もはや伯爵には優輝翔がタメ口になっていることに気づく余裕さえも残っていなかったのだ。

 

 

「っ……くそっ!」

 

 

伯爵はそう言って扉の入口の方へと走る。しかし……

 

 

「ゲート」

 

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 

優輝翔が突然扉に合わせて展開した「ゲート」に、止まる余裕もなくバルサ伯爵が突っ込む。

 

優輝翔はそれを見届けると、王様のたちの方に振り返り一言だけ残してから自分も「ゲート」に入った。

 

 

「それじゃ1時間ほどで戻るので、事後処理はお任せします。」

 

 

そう言って取り残された王様たち、「ゲート」の魔法や伯爵をどうするのかなど聞くことも出来ず、ポカンと口を開けて立つことしか出来なかったのだった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「ここは……どこだ?」

 

 

伯爵はそう言いながら周りを見渡す。暗い、どこまでも暗い場所。伯爵はためにしに歩いてみたが、どこまで行っても何かにぶつかるということはなく、また、何かに出会うということも無く、ただひたすら、1寸の光も見えない空間が続いているだけであった。

 

 

(目は……ちゃんと開いてる。目を凝らしたら自分の手も見える。なら何故こんな……)

 

 

そんな疑問を抱いていた伯爵に、突然天井から響き渡るかのように聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

『ようこそバルサ伯爵。まだ1時間だが俺の用意した世界は楽しんでくれてるかな?』

 

「っ!き、貴様はたしか!私の計画を邪魔した!」

 

『そうですよ?よく覚えましたね、えらいえらい。』

 

「っ……きさま……」

 

 

あからさまな挑発に簡単に乗るおバカなカエル。優輝翔はそれを憐れむようにとある場所から見ながら言葉を送った。

 

 

『さて、ここがどこか疑問に思ってる頃でしょう。ここは俺があなたのためだけに用意した世界。暗獄です。』

 

「暗獄…?どこだそこは!聞いたこともないぞ!」

 

『当然ですよ、はははっ!だって俺が作った世界なんですから。』

 

「はぁ?何を言って……」

 

 

バルサ伯爵がそういうのも無理はないだろう。何せこの世界、優輝翔が神様に無理を言ってお願いし、特別に作ってもらった本当の新世界なのだ。ただし大きさは日本の東京1つ分程。光もなく、水も太陽もない。あるのは人が生活出来る空気と、増えた二酸化炭素を酸素に変換してくれる不思議な地面だけ。

 

そしてもうひとつ、この世界では、人は歳を取らないのである……

 

ただその代わり、この空間にいれば人間の3大欲求の1つである食欲だけは無償で満たされ続けるのだ。何をしなくとも。

 

 

……しかし、考えてみてほしい。

 

この新世界で、この真っ暗で何も見えない空間で、何も味わうことが出来ずに、ただ寝るか起きるかしか出来ずに、性欲も満たせずに、いつまでもいつまでも、終わりの見えない生活を送るということを……

 

「なっ、なぜ私が……」

 

『ナゼって?復讐だよ。あんたは触れちゃいけないものに手を出したんだ。俺の女にな……』

 

「っ……ちっ、ちがっ…!私じゃない!!あれはっ、部下が勝手に!!」

 

『違う?勝手?HAHAHAっ!!これは面白いことを言うなぁ!傑作だ!!……俺はな、ちゃんと魔法も使って確認してんだよ。その部下とやらがあんたの命令を受けて行動を起こしたことを。スゥの計画を邪魔された腹いせなんだって?全部話してくれたよ。ま、その部下ももう居ないけどな。』

 

「……き、きさま……」

 

『……まぁ、せいぜい楽しんでくれよ。終わりのない、絶望を』

 

 

 

 

 

 

『さぁ、地獄の始まりだ……』

 

 

最後にそう告げて、優輝翔はバルサ伯爵に言葉を送るのをやめた。

 

この先、バルサ伯爵がどうなるのか。

 

それは、神のみぞ知る……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 三人目

今話もよろしくお願いします(。ᵕᴗᵕ。)


 

「お姉ちゃん……」

 

 

暗く閉ざされた部屋の中。外から鍵をかけられ中からは開けられない場所に、オリガさんとアルマ、そして姉妹の護衛の獣人たちが一同に閉じ込められていた。

 

 

「大丈夫よ、アルマ。」

 

 

オリガさんは不安そうに自分を呼び胸に頭を乗せる妹に優しく声をかけ、頭の上に頬を当てた。抱きしめることは出来ない。この場にいる全員両手を後ろで拘束されているから。

 

しかしそれでもオリガさんは、何があってもこの子だけはという気持ちを持っていた。そんな中、不意に部屋の鍵が開く音が響く。

 

 

ガチャ

 

 

『!!』

 

 

部屋の中にいた全員が一斉に扉の方を向く。姉妹は不安そうに。護衛の者達は睨みつけるように。そんな視線の集中する扉から入ってきたのは、誰もが予想もしなかった人物だった。

 

 

「優輝翔……さん……」

 

 

最初に口を割ったのはアルマだった。

 

優輝翔はその声に反応してアルマの姿を見つけると、安心したように優しく微笑む。

 

 

「っ……優輝翔さんっ!」

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「きゃっ!」

 

 

アルマが優輝翔に飛びつこうと立ち上がったが、短い手錠故にすぐ尻餅をついてしまった。そんなアルマの頭に、そっと温かい感触が乗る。

 

 

「大丈夫か?アルマ。待ってろ。すぐに外してやるから。」

 

「優輝翔さん……ッ//」

 

 

アルマは涙ぐみながら優輝翔の胸に額を擦りつける。優輝翔はそんなアルマの頭を2度3度と撫でると、両手で手錠を掴み、無理やり引きちぎった。

 

 

『っ!!』

 

 

その光景に周りにいた護衛やオリガさんは目を見開く。しかしそんなことは気にもとめずに、優輝翔はアルマの身体を両手でしっかりと抱きしめた。アルマも自由になった両腕を優輝翔の背に回し力いっぱい抱きついて涙を流す。

 

 

「ゆきとしゃん……ッ…ッ……ゆきとしゃんっ……ッ…///」

 

「大丈夫だ、アルマ。俺はここにいる。ごめんな、怖かったよな…。先に真犯人捕まえてたから遅くなったんだ。」

 

「えっ?」

 

 

優輝翔の言葉を聞いてオリガさんが声を漏らした。ちなみに護衛の人たちは最初優輝翔を睨みつけていたが、アルマの反応と優輝翔の言葉を聞いて、顔を見合わせながらとりあえず傍観していた。

 

 

「あの……真犯人は見つかったんですか……?」

 

「ええ。だからもう大丈夫ですよ。陛下も俺が治しましたから、後ほど直々に謝罪されるとの事です。」

 

『………………』

 

 

優輝翔の言葉を聞いてオリガさんと護衛の人たちは皆一様にポカンと口を開けて優輝翔を見つめた。事態が急速に終結したため、頭が追いついていないのだ。

 

だがそんな中でも、アルマだけは例外だった。と言うよりアルマは優輝翔の話などほぼ聞いていないのだ。ただ優輝翔がここにいて、自分を包み込んでくれている。それだけでもう大丈夫なんだと思えるほど、アルマの優輝翔に対する信頼度は高くなっていた。

 

 

「アルマ、少し落ち着いたか?」

 

「ッ………コクン…//」

 

 

優輝翔の問いかけにアルマが首を縦に振る。

 

 

「じゃあオリガさんたちの手錠も外したいから、少しだけ離れていいか?」

 

「フルフルフル………ずっと……このまま……///」

 

 

アルマはそう言って優輝翔に抱きつく腕により力を込め、額を何度も擦りつける。そんなアルマを優輝翔も力強く抱きしめて頭を撫でると、お姫様抱っこで抱えあげた。

 

 

「きゃっ///」

 

「これならいいだろ?アルマはただ俺の首に捕まってればいいから。」

 

「……うん///」

 

 

アルマがそう頷いて優輝翔の肩に顔を埋めると、優輝翔は順番に手錠を壊していった。護衛の人たちの時はまだ少し警戒されていたが、それでもお構い無しに優輝翔は全員の手錠を外し終えた。

 

その後1度全員で国王陛下のもとに行って謝罪を受けてから、護衛の人たちはそれぞれの持ち場に、オリガさんとアルマ、そして優輝翔は、国王陛下たちとともに王宮の客間へと訪れた。

 

 

「まずはもう1度だけ謝罪をしておこう。すまなかった。」

 

 

国王陛下はそう言って深く頭を下げる。それに対し、斜め右に座るオリガさんは申し訳なさそうに手を横に振っていた。

 

ちなみにアルマは陛下の向かいに座っている優輝翔の腕の中だ。先程謝罪を受けた時も、今も、決してそこから動こうとはしない。そして陛下たちもそれに対し何ら言うつもりもなかった。その裏にはアルマへの申し訳なさだけでなく、優輝翔を下手に怒らせたくないという気持ちがあったのは秘密である。

 

オリガさんへの謝罪を終えた陛下は、今度は優輝翔にお礼を言った。

 

 

「優輝翔殿。この度は本当に助かった。ありがとう。」

 

「いえ、お役に立てたならよかったです。ところで、実行犯役は見つかりましたか?」

 

「いや、今取り調べ中だ。だが必ず見つけ出し罰を与える。」

 

 

陛下は力強く優輝翔にそう告げた。本当なら伯爵に自供させるのが早いのだが、それはもう無理(優輝翔は伯爵は死んだと報告した)なので、仕方がない。

 

 

「さて、それはそうと優輝翔殿。余の命を救ってくれた礼として何か報いたいのだが、何か希望はあるか?無論、報酬は望むものを用意する。」

 

「うーん……今は特に…。正直お金も公爵から頂いた白金貨が半分以上残ってて何も不自由はしていないので。流石に王金貨は高望みですし、使う機会もなさそうで……」

 

 

優輝翔がそう言うと、陛下の左隣に座っていた公爵(右は王妃)が苦笑しながら口を開く。

 

 

「相変わらずだなぁ。もうちょっと何かあってもいいのだがね。報酬を弾むと言ったのはこちらだし。」

 

「言ったでしょ?公爵と俺の仲だとも。まぁ俺としても勝手に伯爵を始末してしまったので、今回は何も気にしないでください。強いて言えば、これから仲良くしていただければ幸いです。」

 

 

優輝翔の言葉に公爵はまたまた苦笑いを浮かべる。すると今度はオリガさんの正面、陛下の斜め左に座る女性、宮廷魔術師のシャルロッテさんがクスクスと笑って口を開く。

 

 

「何とも不思議な方ですね。3つも無属性魔法を使いこなしながら欲がないとは。」

 

「ん?いや、優輝翔殿はもっと多くの無属性魔法を使えるぞ。」

 

「……へ?」

 

 

公爵の一言にシャルロッテさんが固まる。優輝翔は苦笑いしながら全属性かつ無属性魔法を全て使えることを話すと、シャルロッテさんは顔を真っ赤にして口をパクパクとし、かと思ったら勢いよく立ち上がって部屋を出ていった。

 

 

「………………えっと……」

 

「すまんな、優輝翔殿。シャルロッテは魔法のこととなるとちょっとな。」

 

「いえ、大丈夫です。」

 

「そうか。それならいいんだが……ところでアルから教えられたのだが、将棋、というものは優輝翔殿が作ったのか?」

 

「ええ。興味がお有りですか?」

 

「うむ、あれは中々に面白い。」

 

 

そして優輝翔が陛下、そして公爵の3人と将棋の話に花を咲かせ始めたところで、あの人が戻ってきた。鬼の形相で。

 

 

「優輝翔さん!!こちらをお読みになれますか!!?」

 

 

そう言って鬼、もといシャルロッテさんが優輝翔に押し付けたのは数十枚に及ぶであろう羊皮紙の束だった。

 

 

「………………いや。ちなみにこの言語は?」

 

「っ!!こ、古代精霊言語です!!そそそ、そして!それを聞いたということはあの魔法もお使いになれるのですね!!?」

 

「え、えっと……まぁ多分あれですよね。「リーディング・古代精霊言語」。」

 

 

優輝翔がそう唱えるとシャルロッテさんは目を輝かせて頷いた。その様子に優輝翔は乾いた笑いを漏らしつつ羊皮紙に目を通す。

 

 

「……読めますね。大丈夫みたいです。」

 

「ほんとですか!!!??」

 

「ア、ハイ……」

 

 

あまりのシャルロッテさんの勢いに、優輝翔を持ってしても目を点にして少しひいてしまっていた。ずっと優輝翔に抱きついたままのアルマも、ビクンッと身体を跳ねさせてより一層抱きつく腕に力を込める。

 

そんな優輝翔たちの様子を察したのか、陛下がシャルロッテさんを咎める。

 

 

「シャルロッテ。少し落ち着かんか。」

 

「はっ!すす、すいません!つい夢中になってしまって……」

 

「まあ、気持ちはわからんでもないが、少し焦りすぎだ。優輝翔殿も少しひいとるぞ。優輝翔殿の腕の中にいるアルマ殿も怖がっている。後にしなさい。」

 

「うぅ……本当に申し訳ございません……//」

 

 

シャルロッテさんは流石にやりすぎだと思ったのか、綺麗にぺこりと頭を下げて謝ると、とぼとぼとどこかへ帰っていった。

 

 

「あー、えっと、陛下。すみませんがグラスを1つだけ頂いてよろしいですか?」

 

 

優輝翔が遠慮気味にそう聞くと、陛下は首をかしげながらも頷いて優輝翔にグラスを渡した。

 

優輝翔はそれに「モデリング」という物質変形魔法をかけ、眼鏡の形へと変える。

 

 

『おぉー!』

 

「エンチャント・リーディング・古代精霊言語」

 

 

優輝翔はさらに付与魔法をかけると、出来上がった眼鏡を陛下に渡した。

 

 

「これを後でシャルロッテさんにお願いします。必ずお役にたつはずですから。」

 

「ほぉー。よし、では余が後ほど渡しておこう。」

 

「ありがとうございます。ついでにもし城の外に出してもいい研究資料があるなら俺に回して欲しいんですが、お願いできますか?俺も少々興味があるので。」

 

「それくらいならよいだろう。優輝翔殿ならばら撒いたりせんだろうし。」

 

「ありがとうございます。」

 

「なに。こちらこそ騒がしくてすまんな。あの子は夢中になると他のことが見えなくなるのだよ。魔法に関しては我が国随一の天才なのだがな……」

 

「あら、そこがあの子のいいところですわよ?」

 

 

王様のため息をつきながらの発言に、横にいたユエル王妃がクスクス笑いながらそう言った。優輝翔も乾いた笑いを漏らして紅茶を手に取る。

 

 

「美味いな。」

 

 

いつぞやと同じ言葉。まぁ流石にあの時より味は落ちるものの、流石に一級品だけのものはあると思える味だった。

 

 

「アルマも飲むか?」

 

「コクン//」

 

 

優輝翔が自身の飲んだ紅茶をアルマの目の前に持って行ってそう聞くと、アルマは頬を染めて小さく頷いた。そんなアルマの頭を優輝翔は片手で軽く撫でると、そのままカップをアルマの口にあて、ゆっくり傾ける。

 

 

「……コクッ……コクッ……ぷはぁー……//」

 

「美味いか?」

 

「コクン///」

 

 

優輝翔と同じところから飲んだせいか、さらに顔を赤くしながら頷くアルマ。優輝翔は紅茶を置くと、そんな純粋で可愛らしいアルマを愛おしげにぎゅっと抱きしめる。

 

そしてそんな2人の様子を、オリガさんだけでなく、この場にいたほぼ全員が温かい目で見守っていたのだった。

 

ただ1人を除いて……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「あの……//」

 

 

そう声を上げたのは、先程から優輝翔の隣に座りじーっと優輝翔を見つめ続けていたこの国の姫、ユミナ姫だ。

 

 

「ん?どうかしましたか?」

 

「あ、はいっ//えっと……その……//ア、アルマさんとは深い仲なのですか…?//」

 

 

ユミナ姫が少し頬を染めながらそう聞くと、アルマはまたビクンッと身体を震わせた。そして少し潤った目で自分を見上げるアルマを見て、優輝翔は少し考えるように目を閉じてから口を開いた。

 

 

「……まぁ、まだ深くはないな。」

 

「まだ……?」

 

 

ユミナ姫が首を傾げながらそう繰り返すと、優輝翔は頷いてアルマを見た。

 

 

「ああ。だが俺はアルマさえよければ、アルマを3人目の婚約者にしたいと思っている。」

 

『!!』

 

「えっ……///」

 

 

優輝翔のツッコミどころが複数ある言葉に皆一様に驚きを示し、アルマはアルマで時が止まったように声を漏らして優輝翔と見つめあった。

 

 

「あの……優輝翔さん…//それって……///」

 

「まぁ、アルマがよければ//」

 

「………っ!///」

 

 

アルマは涙を流しながら力いっぱい優輝翔に抱きつく。言葉にならない感動の中で、それがアルマにとっての精一杯の意思表示だった。

 

そんなアルマを優輝翔は優しくそっと抱きしめる。力は優しくとも、決して離さないという想いを込めて……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 一気に四人目!?

今話もよろしくお願いします(。ᵕᴗᵕ。)


「えっと……ツッコミどころが多かったのですが、まず“ 婚約者 ”……ですか?」

 

 

ユミナ姫が首を傾げながら優輝翔にそう尋ねる。

 

 

「ん?……ああ、俺はまだ結婚とかする気はないからな。せめて後1、2年は冒険者やってたいし。」

 

「でも結婚しても冒険はできるんじゃあ……」

 

「それに関してはたぶんもうひとつのツッコミ所と被ると思うけど、俺の最初の婚約者と2人目の婚約者は俺とパーティー組んでる同じ冒険者でな。まだ始めてそんなに経ってないし、まだ今のうちは冒険を楽もうってことになったんだ。結婚するってなったら、子育てとかも考えて、そうなると冒険は出来ないだろう?まぁ他にもいろいろ理由はあるが、一番の理由はそれだな。」

 

「………………」

 

 

優輝翔の言葉にユミナ姫がポカンと小さく口を開けて固まる。そんな中、最初に反応したのは公爵だった。

 

 

「はははっ。優輝翔くんはモテモテだなぁ。その上冒険者としての力もあり、人望もある。ひょっとしてそのままどっかの王様にでもなっちゃうんじゃないかい?」

 

「ないですね。まぁ既存の国ではなく、新しくできた新興国の第1国王とかならほぼ自由に国のこと決められるんでなってみたいですけど、どっかの国の次代国王とかになるのはありえないですね。」

 

「ははっ。なるほど。確かになるならその方がいいか……」

 

 

公爵はそう言ってチラリと兄の国王を見た。陛下はその目線を受け取ると、少し考えてから優輝翔にあることを尋ねた。

 

 

「つまり、優輝翔殿はこの国の次代国王になる気はないということだな?」

 

「えっ?えっと……どこからそういう話になったのかは知りませんが、はっきり言ってないですね。」

 

「そうか…。まぁそれであるならばそれでも構わん。だからユミナ。お前はお前のやりたいようにしなさい。」

 

「へっ?!///」

 

 

陛下がいきなりユミナ姫に話を振ると、ユミナ姫はポンっと顔を真っ赤に染め上げた。

 

 

「え、えっと……お父様?//それはどういう……//」

 

「ははっ。なに、見ていたら分かるよ。なぁ、ユエル。」

 

「ええ。遂にユミナもそういう時期なのね……」

 

「お、お父様っ//お母様っ//」

 

 

ユミナ姫が立ち上がって真っ赤な顔でそう叫ぶ。対して隣にいた優輝翔はこの流れに若干取り残されつつ、状況を冷静に整理しようとしていた。

 

 

(えっと……つまり、どういう事だ?ユミナ姫も俺を好きってことか?でも俺、ユミナ姫にしたことなんて父親の陛下を治したくらいで……)

 

 

優輝翔がそんなふうに頭の中で色々考えていると、それを察したのか、優輝翔の腕の中にいたアルマがユミナ姫の方を向いてド直球に尋ねた。

 

 

「えっと、ユミナさ…姫、も、優輝翔さんが好きなんですか…?//」

 

「えっと……まず、前まで通りさん付けで構いません。あと質問についてですが………yes…です……//」

 

「優輝翔さん……//」

 

 

ユミナ姫が真っ赤な顔を手で覆い隠しながらそう言うと、アルマが懇願するような目で優輝翔を見上げた。その目はユミナの事も受け入れてくれと言ってるように優輝翔は思えた。

 

 

「はぁ…。ユミナ姫はいいのか?俺とは今日初対面のはずだけど……」

 

「問題ありません//優輝翔様は心優しいお方ですから//」

 

「いや、父親の陛下を助けただけでそんな……」

 

「そうではありませんっ//私の目が、そう判断しているのですっ//」

 

「目?」

 

 

優輝翔の疑問の声に、答えてくれたのは目の前にいた父親の国王だった。

 

 

「ユミナはな、『魔眼』の持ち主なのだよ。人の性質を見抜く力を持っているんだ。まぁほぼ直感のようなものだが、外れたことはないから信じてよい。」

 

「魔眼……」

 

 

優輝翔はそう呟きながら横にいるお姫様を見つめる。正確に言えば、その目、オットアイを。

 

魔法書や歴史書を読み漁ってる優輝翔故に、魔眼なるものの存在は認識していたが、それを実際に見ることになるとは思ってもみなかったのだ。

 

(魔眼ね……)

 

優輝翔はため息をつくと、続いて柔らかい笑みを浮かべユミナ姫に聞いた。

 

 

「さっきも言ったけど、俺には既に3人の婚約者がいて、それぞれ身分も年齢もバラバラだ。それでも俺が好きになったんだから “身分による” 差別をするつもりはないし、あと、ユミナ姫と婚約したからって次代国王になる気も……」

 

「分かっていますっ//それでも私は優輝翔様の横にいたいのです//シャルロッテから魔法も学んでいましたので冒険者になる事も吝かではありませんし、他の婚約者の方とも仲良くなりたいのです//どうかっ//どうか私と結婚してくださいっ///」

 

 

ユミナ姫はそう言って優輝翔に深く頭を下げる。優輝翔は少し困ったように頬をかくと、すっと片手を伸ばしてユミナ姫の頭を撫で始めた。

 

 

「あっ……//」

 

「まぁ、まだ婚約だけど//それでよければよろしくな、ユミナ//」

 

 

優輝翔がそう言うと、ユミナは目に涙を浮かべ、空いている左手側に思いっきり抱きついて、満面の笑みでこう言った。

 

 

「はいっ///よろしくお願いしますっ///」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「で、一気に2人も新たに婚約したのね。」

 

 

そう言って深いため息をついたのは、ついこの間優輝翔と婚約したエルゼだ。その隣には少しだけ驚いた顔をしたリンゼと、かなり驚いた顔をした八重がいる。

 

その向かいに座るのは、中心に優輝翔を置いて両隣に腕に抱きつきながら座るアルマとユミナ。

 

ちなみにここは既に銀月の食堂である。2人とも晴れて優輝翔の婚約者になったということで、優輝翔と共に銀月で生活することになったのだ。まぁアルマはオリガさんがミスミドに帰るまでの短い間だが……

 

 

「それで、これから一緒に過ごすってことだけど、冒険者業はどうするの?」

 

「ああ、それに関してはまずユミナは一緒に冒険者業をやっていくらしい。確か魔法が使えるんだよな。」

 

「はいっ//いちよう闇、風、土の3属性が使えます//」

 

「3属性ですか…。ちなみに腕前の方は?」

 

「いちよう宮廷魔術師のシャルロッテに指導していただいておりましたので、ある程度は……」

 

「シャルロッテさんが……それなら安心でしょうか。」

 

 

リンゼがそう言うと優輝翔は首を傾げながらリンゼに尋ねる。

 

 

「ん?リンゼはシャルロッテさんを知ってるのか?」

 

「あ、はい。何せこの国1の魔術師ですから。」

 

「へぇ…。まぁさすがリンゼと言ったところか。」

 

「いえ、そんな……//」

 

 

優輝翔の感心したような言葉に、リンゼの頬が紅く染まる。

 

ちなみにほんのひと月ほど前まではシャルロッテさんがリンゼの最も尊敬する人物だったのだが、今ではただ素晴らしい人物という認識でしかない。何せ、自身の最愛の人がそのまま最強なのだから。

 

 

「ところで、アルマ殿はどうするでござるか?」

 

「アルマは留守番だ。何か学校の宿題も持ってきてるらしいから、それをやっておくんだよな?」

 

「はい//終わったあとは適当に囲碁やオセロなどをしてみなさんの帰りを待ってますね//」

 

 

アルマがそう言うと、リンゼは思い出したかのようにアルマに語りかける。

 

 

「そう言えばアルマさんも囲碁をやってらっしゃるんですよね。私もやっていますので、この後よければどうですか?」

 

「ほんとですか?お願いします!」

 

 

リンゼの誘いにアルマが嬉しそうに両の拳を胸の前で握ってそう言った。

 

 

「さて、じゃあこの後どうする?リンゼとアルマは囲碁として、ユミナは町の見学でもするか?」

 

「冒険者業は明日からでしょうか?」

 

「ああ。ちょっとエルゼが2日前に大怪我したばっかでな。あと5日は冒険者業は中止の予定だ。」

 

「そうなんですね。じゃあ町の見学を。」

 

「よし。エルゼと八重はどうするる?」

 

「拙者はこの後1人刀でも振って修行しようと思ってるでごさるが……」

 

「あ、じゃあ私もい……」

 

「エルゼ。」

 

「あぅ……//だって身体動かしたいんだもん……//」

 

 

優輝翔の咎めにエルゼが涙目になりながらそう告げると、優輝翔はため息をはいて口を開いた。

 

 

「あと5日は我慢しろ。その代わり我慢できたら最後の日あたりにとっておきのプレゼント用意してやるから。」

 

「えっ?///ほ、ほんとっ?///じゃ、じゃあ……まぁ……//」

 

 

エルゼはそう言って頬を染めながら頷いた。その後、エルゼは優輝翔からスマホを借りて麻雀を、リンゼとアルマはリンゼの部屋で囲碁を、八重は中庭で修行を、そして優輝翔とユミナはリフレットの町中へと繰り出していったのだった……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 厄介な雑魚の死に様

今話もよろしくお願いします(。ᵕᴗᵕ。)


 

翌日。優輝翔たちはアルマを銀月に残してギルドに来ていた。そしてユミナのギルド登録を終えていざ依頼を探しに行こうとしたところで、1人の大男によってその道を断たれる。

 

 

「おい、兄ちゃん。可愛い子連れてんじゃねぇか。」

 

 

そう言ってきた男の背は約2mにも及び、腰の周りには何やらジャラジャラとした無駄に豪華な飾りがついていた。そして背中にはこれまた無駄に大きなバスターソードのようなものを背負っている。

その男は気持ちの悪いニヤニヤとした笑みを隠そうともせず、優輝翔……ではなく、優輝翔の周りにいる4人の女の子をジロジロ見ていた。そんな男にエルゼは怖いもの知らずと言うべきか、強めの口調で言い放つ。

 

 

「ちょっと。そこ邪魔なんだけどどいてくれない?」

 

「おっ、いいね。俺は強気の子もタイプだぜ。」

 

「うわっ、キモっ。」

 

 

エルゼの毒舌を男は笑って受け流す。そして優輝翔を見てこんな提案をしてきた。

 

 

「なぁ兄ちゃん。ちょっと表で手合わせしねぇか。そこの女を賭けてよ。」

 

「いいけど、そっちは何を賭けるんだ?」

 

「「「優輝翔(様)(殿)っ?!」」」

 

 

優輝翔がまさか賭けに乗るとは思ってなかったのか、エルゼ、ユミナ、八重が一斉に驚いた声を出す。そんな中、唯一声をあげなかったのがリンゼだ。エルゼはその事にも驚くが、兎にも角にも優輝翔に聞くのが先だと思い口を開く。

 

 

「ちょっ、優輝翔っ?なんで賭けなんて……」

 

「乗るかどうかは向こうの賭けるもん次第だよ。んで、そっちは何を賭けるんだ?こっちは大事な女の子を4人。生半可な物じゃ乗らねぇぞ。」

 

 

そんな脅しにも聞こえる優輝翔の声にも男は気にした素振りもなく笑いながら答える。

 

 

「そうだなぁ……それなら、俺の全財産でどうだ?そっちは手持ちの女すべて。こっちは手持ちの金を全てだ。女を食うにも金がいるだろう?」

 

 

『養う』ではなく『食う』と言った男の言葉に、リンゼたちが一斉に顔をしかめる。しかし優輝翔はそれを気にした様子もなく、男に質問をした。

 

 

「その額は?」

 

「金貨50枚だ。証拠もほら。」

 

 

男はそう言ってジャラジャラ音のする小袋を優輝翔の目の前に掲げ、すぐにそれをしまう。

 

 

「どうだ?」

 

「いいぜ。乗った。」

 

「へへっ。じゃあせっかくだし、人目につかないところまで行くか。」

 

 

男はそう言って優輝翔とともに近くの森へと向かう。優輝翔はリンゼたちは置いていきたかったのだが、それは男によって却下されたのでリンゼたちも一緒だ。

 

その道中、リンゼは念話で優輝翔に話しかけた。

 

 

(優輝翔さん。確実に勝てるからこそ受けたんでしょうが、あまりこういうことはしないでくださいね?)

 

(ん?ああ、そうか。悪いな、お前達を賭け事に使って。)

 

(いえ、それは私は気にしてませんし、むしろ私は優輝翔さんのものなんで優輝翔さんの好きにしていただいて構いません。そうではなく、優輝翔さんにあまり危険なことをして欲しくないんです。今回だって、相手の方すごく強いんじゃないんですか?)

 

(ああ、まぁな。でもそれに関しては無理だ。だってこういう奴は一度断ってもしつこいだろ?だからさ、……もうここで殺るに限るだろ。)

 

(!!)

 

 

リンゼは思わず立ち止まりそうになったのを何とか堪えるも、優輝翔の言葉に目を見開いて驚く。確かに勝負内容は手合わせだが、まさか殺すつもりだったとは思わなかったのだ。

 

まぁ、それでも、今のリンゼには優輝翔以外の人間の生死、それもこういう屑のような男の生死なんて興味の欠けらも無いので、それ以降優輝翔に何も言うことはなかったのだった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「さて、この辺りでいいだろう。それで、ルールはどうするんだ?」

 

 

優輝翔は立ち止まって目の前を歩いていた男にそう尋ねる。男はその言葉にゆっくり振り返ると、二ターっとした笑みを浮かべバスターソードを抜いた。

 

 

「んなもん、死んだ方の負けでいいだろうよっ!!」

 

『!!!!』

 

 

男がそう言いながら突然バスターソードを振り上げ先頭にいる優輝翔に突進してきたのを見て、後ろにいた4人は驚いて足を固まらせる。だがそんな状況でも、ただ1人優輝翔だけはまるで好都合とでも言うかのように笑みを浮かべていた。

 

 

「そうか。それは分かりやすいな。」

 

「ふんっ!」

 

 

男は優輝翔が動かないのを不意をつかれたのだと思いこみ、一撃で終わらせるつもりで優輝翔の脳天に大剣を振り下ろした。しかし、その剣は優輝翔のおでこにあたる寸前の距離で、まるで時が止まったかのように動きを止める。

 

 

「なっ!」

 

「……悪いな。軽すぎたみたいだ。」

 

 

優輝翔がそう言って2本指で止めていた大剣を押し返すと、男はそのまま数歩後ろに下がって驚愕の表情で優輝翔を見つめる。

 

 

「てめぇ……今、何しやがった……」

 

「さぁな。それより最後に言い残すことはそれか?」

 

「は……?」

 

「お前が言ったろ?死んだ方の負けって……」

 

「!!!」

 

 

その瞬間、優輝翔は一瞬のうちに男の横を通り過ぎ、とある物体だけ奪い取って男の背後に立った。

 

 

「待っ……おまえ……何を……」

 

「悪いな。俺はこういう殺し合いが大の得意分野なんだ。」

 

…ググ……パァんっ!

 

「!!…………」

 

 

優輝翔が目の前で奪い取った物体を握りつぶすと、男は目を見開いてそのまま地面へと突っ伏してしまった。起き上がることは無い。なぜならその男は、もう2度と身体中に血を巡らすことが出来ないのだから……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

『……………………』

 

 

目の前で倒れた男を4人は呆然と見つめる。恐怖はない。ただ、こんなに呆気なく勝負がついたことに驚きを隠せないでいるのだ。

 

 

「さすが……優輝翔さんですね……」

 

「ええ…。だって、この男……別に弱くはなかったわよ…。」

 

「拙者もそう思うでござる…。大剣を持った上でのあの速さ。体格も考えて実力は相当でござった…。」

 

「その上あの不意打ち…。優輝翔様……こんなに強かったのですね……」

 

 

ユミナはそう言って目の前で死んだ男の私物を漁っている優輝翔を見つめる。死んだ人の私物を奪うのはどうかとも思うが、今回は完全にこの男が悪なので、4人は誰一人何も言うことはなかった。

 

そんな中、真っ先に動いたのはやはりこの子である。

 

 

「優輝翔さん。そう言えばお怪我などは……」

 

「ん?ああ、大丈夫だ。あの程度なら怪我するまでもなく終えられる。」

 

「そうですか。ところでさっきからずっと漁ってますけど、もしかしてお金以外も貰うつもりですか?」

 

「まぁな。奪えるもんは奪っとこって策だ。どうせほっといても盗賊に奪われるんだろうし。」

 

 

優輝翔はそう言って男の持っていた全財産(金貨53枚銀貨16枚銅貨2枚)と宝石類、あとは武器や上着など奪えるもんはとことん奪い取り、みんなにも持ってもらって「ゲート」で王都へと向かった。何故リフレットじゃないかと言うと、王都の方がよりいい値段で売ることが出来ると思ったからだ。

 

そして順番に売って回り、結果総額が金貨20枚以上と大儲けをして、優輝翔はそれを詫び賃込で全員に均等に分けた。

 

 

「さて、じゃあこれからどうする?このまま王都のギルドで依頼を受けるか?」

 

「そうね。せっかく王都まできたし。ユミナもそれでいい?」

 

「はい。それで構いません。」

 

 

エルゼの言葉にユミナが頷く。ちなみに敬語を使わないのかと思うかもしれないが、これに関してはユミナが4人と仲良くなる際に「同じ婚約者に上下関係などないので敬語はいりません。」と最初に告げていたのだ。まぁそれでもリンゼとアルマだけは癖で敬語を使っているが……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

『キングエイプ × 5 討伐(金貨2枚)』の依頼を選んだ優輝翔たちは、指定された森の前へとやってきた。そこでユミナが召喚獣を呼び出すと言うので、優輝翔たちはそれを後ろから見守る。

 

 

(何気に闇魔法を使う瞬間を直で見るのは初めてだな。トカゲの時は距離も含めて色々邪魔でほとんどまともに見れてなかったし……)

 

 

優輝翔がそう思いながら少し目を輝かせていると、ユミナが詠唱を始めだした。

 

 

「闇よ来たれ、我が求むは誇り高き銀狼、シルバーウルフ」

 

 

ユミナがそう唱えた瞬間、ユミナの目の前に紫色の直径2mくらいの魔法陣が浮かび上がり、そこから5匹の銀狼が現れた。ユミナはその中央の一際大きな体を持つ、額に十字架の傷のある銀狼の頭を優しく撫でる。

 

 

「お願いしますね。」

 

「ウォンっ」

 

 

ユミナの声にリーダーは一声鳴くと、他の銀狼とともに森の中へと入っていった。

 

 

「あの子達がすぐに見つけてくれると思います。」

 

「そうか。なら適当に森の中を彷徨いて時間を稼ぐか。ここでぼーっとしてるのもアレだしな。」

 

 

優輝翔の案にみんなが頷き、5人は森の中へ足を踏み入れる。そしてしばらく歩いたところで、ユミナから銀狼たちが獲物を見つけたと報告があった。だが……

 

 

「数が多い?」

 

「はい。どうやら見つけたのは小さな群れみたいで……合計11匹いるみたいです。」

 

「じゅういちっ?!」

 

「さ、流石にその数は予想外でござるな……」

 

「元の倍以上ですね…。どうします?優輝翔さん。」

 

 

リンゼがそう尋ねると、優輝翔は少し考え込んでから、やがて結論を出したように頷いた。

 

 

「よし。迎え撃とう。エルゼと八重が前衛、リンゼとユミナが後衛だ。」

 

「優輝翔様はどうされるのですか?」

 

「俺は遊撃に回る。前衛をフォローしつつ、後衛までは敵を行かせない役割だな。」

 

「ふーん。……ところでさ、優輝翔。アレは使っていいの?」

 

「ああ。思いっきり暴れて来い。」

 

 

優輝翔の返しにエルゼはニンマリと口角を上げる。他の3人は意味を理解できず首をかしげていたが、やはりと言うべきかリンゼだけは、すぐにハッと気づいて笑みを浮かべたのだった……

 

 

 




今回はちょっととあるアニメのあのキャラが使ってた暗殺術を引用しました。気づいていただけましたか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 白帝

今話もどうぞ、お楽しみください(。ᵕᴗᵕ。)


 

ゴガァァァ!!

 

 

森の奥から大きくて迫力のある叫び声が聞こえてくる。やがてそれはドタバタと煩い足音とともに近づき、茂みから次々と白い体毛の巨大なゴリラが姿を現した。元の世界と違い、鬼のような牙と尖った耳を持っている。

 

 

(これがキングエイプか…。予想より大きいな。3m近くないか?)

 

 

優輝翔がそんなことを思っている合間にも、前衛のふたりが隠れていた茂みを飛び出し、後衛のふたりが詠唱を始めていた。

 

 

「雷よ来たれ、白蓮の雷槍、サンダースピア!」

 

「炎よ来たれ、紅蓮の炎槍、ファイアスピア!」

 

『ゴガァァッ?!!』

 

 

ふたりからの矢が前方にいたキングエイプたちに容赦なく降り注ぐ。特にリンゼの方は魔法の威力も上がっているため、その一撃だけで倒れる物も少なくなかった。ユミナの方もダメージと麻痺によって動けない状態になっているため、そのエイプたちに八重と優輝翔が次々とトドメを刺す。

 

え?エルゼ?エルゼは矢の届かなかった数匹をボコボコのボコにしていってますが何か?

 

 

「はぁーー!!粉砕ッ!!」

 

パァんっ!!!ベチャッ!!

 

 

…………ほらね?

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「ふぅ…。片付いたわね。」

 

 

そう言って袖で汗を拭うのは、もはや血の海と言っていい場所の上に立ち、片足をもはや原型が本当にキングエイプであったのかも分からない物の上に乗せているエルゼだ。リンゼたちがその様子に引きつった笑いを浮かべている中で、優輝翔だけは普通に笑みを浮かべエルゼに近づく。

 

 

「派手にやったな。いったい何倍まで強化したんだ?」

 

「もちろん99倍よ!ついでに『パワーライズ』と『ブースト』、名ずけて『パワーブースト』のおまけ付き!」

 

「そ、そうか……」

 

 

そう言って満面の笑みでウインクするエルゼに、優輝翔は引き攣った笑みを浮かべた。優輝翔としては初めて使うというのもあって10倍くらいに留めるものと思っていたのだが、いきなりフルパワーで戦うというのはちょっと想定外すぎた。

 

 

「魔力消費は?」

 

「余裕!これのおかげでねっ//」

 

 

エルゼがそう言ってガントレットを外し、自身の左手の甲を優輝翔に見せる。そこには太陽の光を反射して光り輝くエタニティリングがハマっていた。

 

 

「そうか。ところで、ここまでめちゃくちゃにしたのはいいけど、ちゃんと牙は残してるんだよな?」

 

「え……あ……」

 

 

エルゼが「まずいっ!」といった顔を浮かべ辺りを見回す。そこはもはや真っ赤な血の海そのもので、真っ白な牙など見当たる気配がなかった。

 

 

「……ほんとに粉砕しきったな……」

 

「あ、あはは……」

 

「はぁ……、まぁいいか。どうせ数は多かったんだし、適当に5匹分持っていこう。」

 

 

優輝翔はそう言って首を切られて死んだだけのゴリラから牙をもぎ取っていく。そして「ゲート」を王都の近くに開くと、5人でギルドへと向かったのだった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

同日午後、優輝翔は銀月の庭を借りて召喚魔法を使うための魔方陣を書いていた。ちなみにそのすぐ近くでは5人の女の子たちもその姿を見守っている。

 

 

「さて、じゃあやるか。」

 

「楽しみですね、何が出るか。」

 

「優輝翔っ、早く早くっ。」

 

「はいはい。」

 

 

エルゼの言葉を優輝翔はそう流して闇属性の魔力を魔方陣の中に込め始める。それはやがて徐々に黒い霧へと変わっていき、突如爆発的な魔力とともに霧の中から大きな影が現れた。

 

 

『我を呼び出したのはお前か?』

 

 

声だけで感じる相手の力量。優輝翔は自分がとんでもないものを呼び出したと感じつつ、霧が晴れるのを待つ。そしてそこから現れたのは体長およそ2.5m、高さ1.5mの大きな白虎だった。

 

 

「この威圧感……まさか……」

 

「びゃ、白帝……様……」

 

 

ユミナとアルマが震えながらそう言うと、白帝と呼ばれた白虎がジロリとアルマを睨む。

 

 

『ほぉ……我を知っておるか…。そう言えばお前からは我と同じ獣の臭いがするな……』

 

「は、はい……。わた、わたし……」

 

 

アルマは優輝翔の袖を握りしめながら必死に何か言おうとするも、白虎が放つ威圧感により上手く言葉を発せないでいた。そんなアルマの代わりに優輝翔がアルマの言いたいであろう事を告げる。

 

 

「アルマは獣人の国出身だからな。そこではお前を神獣として崇めてたはずだぜ。」

 

『ほぉ…。我の眼力と魔力を前にして平然としている上に我をお前と愚弄するとは……面白い。』

 

「いや、話逸らすなよ。まぁいい。こっちは大事な女が怖がってんだ。さっさと契約しようぜ。」

 

『ふっ……我と契約とは…。随分と……舐められたものよな…。』

 

「そういう御託はいいから早くしろ。」

 

『ふむ……まぁよい。ならば我にお前の魔力を注ぎ込んでみろ。やり方は我に触れて魔力を流すだけだ。その魔力量と質を見て判断させてもらおう。ま、どうせ大したことはないだろうがな。』

 

 

白虎はそう言って頭を優輝翔に差し出す。その言葉に少しイラッとした優輝翔は恐怖からか自分に掴まっていた5人を離して白虎に近づくと、その頭に触れ魔力を流し込み始めた。

 

 

『!?……なんだ、この澄みきった純粋な魔力の質は……っ!』

 

 

白虎が驚愕の言葉を並べている間も優輝翔は休まず魔力を送り続ける。疲れなどはない。むしろ減った感じすら受けない。

 

魔力というものは使った分だけ普通は減っていくのを自覚できるとリンゼに聞いていたのだが、事実、優輝翔はその感覚を今まで味わったことはなかった。

 

 

(どうせならこいつで試すか。こいつ強いし……まぁ、なんかあってもさっきのこいつの態度が悪かったって理由でいいよな。)

 

 

少しイラついていた優輝翔は自分のお嫁さんを怯えさせた仕返しも兼ねて、最大パワー白虎に魔力を流し始める。その直後、白虎の表情が変わった。

 

 

『なっ、なんだ…。こ、この魔力量は……いったい……』

 

 

白虎の顔が歪み、足が震え始める。それでも魔力を送る優輝翔手が離れることはない。

 

 

『ぐっ…あぁ……もぅ……や…め……』

 

「おっ?ちょっとだけ減ってきたな。」

 

 

優輝翔がそう言ってパッと白虎から手を離す。すると白虎はたちまちその場に泡を吹きながら倒れ込んでしまった。

 

 

「……やりすぎたか。」

 

 

優輝翔が他人事みたいにそうボヤくと、後ろからアルマの震えるような声が聞こえてきた。

 

 

「優輝翔…さん…。その……白帝様は……」

 

「ん?ああ、大丈夫だ。それとアルマ、そんなに怖がらなくていい。白帝はお前にとっては神の遣いでそれは今後もそうかもしれないが、こいつはもう俺の召喚獣で、その点ではお前の方が立場は上だ。」

 

「ふぇっ、いっ、いえっ…。しょんなこと……」

 

「はぁ……」

 

 

優輝翔はアルマの反応に思わずため息を吐く。まぁしかし気持ちも分からなくないので、アルマにはまた別の時に別の方法で話をつけることにした。

 

 

「さて、じゃあとりあえずこの虎の回復でもするか。」

 

「あっ、それならもう私がしておきました。」

 

「えっ?」

 

 

リンゼの言葉にふと白虎の方を振り向くと、白虎はフラフラとした足取りだが、きっちり立って優輝翔の目の前に歩いてきていた。

 

 

『……ひとつ聞きたい。今のでどれくらいの魔力を消費したんだ?』

 

「……まぁ、ギリギリ感じ取れるくらい?と言ったところか。現にもうすっかり回復してるし。」

 

『!!』

 

 

優輝翔の衝撃発言に白虎が目を見開き顎をこれでもかと開いて絶句する。しかしものの数秒で復活すると、すぐさま地に這いつくばって口を開いた。

 

 

『……あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?』

 

「白鷺優輝翔だ。優輝翔が名前だから基本的にそっちで頼む。」

 

『白鷺優輝翔様。我が主にふさわしきお方とお見受けいたしました。どうか我と主従の契約をお願いいたします。』

 

 

白虎がそう言うと、優輝翔は腕を組んで白虎につける名前を考え始める。召喚獣との契約は基本的に名前をつけることで成立するのだ。

 

ちなみにユミナは銀狼のリーダーに『シルバ』と名付けている。他の4匹はシルバの手下だ。上位の魔物と契約すればそれ以下の下位の魔物は自由に呼び出せるので、白帝の場合、優輝翔は契約すれば獣系の魔物ほぼ全てを手中に収めることが出来る。

 

 

「…………こはく。漢字では………おっ、いいな。」

 

 

優輝翔はそう言って白虎に琥珀と言う名を意味も含めて言い渡す。

 

 

『王の横に立つ白き虎……まさに我にふさわしき名前。ありがとうございます。これからは琥珀とお呼び下さい。』

 

「ああ。」

 

『それと、主にひとつお願いが……』

 

「ん?なんだ?」

 

『我をこちら側の世界に存在し続けることをお許し頂きたいのです。通常、術師が我らを呼び出してその存在を保つには術師の魔力が必要なのです。それ故こちらに存在し続ければやがて術師の魔力が切れ我らは消える。しかし、主の魔力だけは先程から一切減っておりません。それならば、こちら側の世界に存在し続けていても問題ないかと愚考いたしまして……』

 

「なるほど……」

 

 

優輝翔はそこでまた少し腕を組んで思考を働かせる。存在し続けること自体は構わない。そこはいいのだ。現に優輝翔もミスミドに帰れば自分と離れ離れになってしまうアルマのことは気にかけていたので、琥珀のような存在をアルマの近くに護衛として置いておければ心強い。ただ……

 

 

「如何せんその姿のまま街中を彷徨かれるのもな……」

 

『ふむ……ならばこれならどうでしょう?』

 

 

そう言って琥珀はポンっと音を立てて白い煙に包まれると、一瞬のうちに可愛らしい白猫のような姿になった。それを見て優輝翔の後ろにいた女の子たちが騒ぎ出す。

 

 

「ちょっ、何あれ可愛くないっ?!」

 

「うんっ!すっごく可愛いと思う!」

 

「せ、拙者、触ってもいいでござるかな……」

 

「わ、私……もう手が疼いて……」

 

「うぅ……あれは白帝様……あれは白帝様……」

 

 

若干1名未だにオドオドしているのがいるが、他の4人は今にも飛びかかりそうな勢いである。

 

 

『ふむ……主殿。後ろの者たちは何者なのです?』

 

「ああ。そこの着物を着ている八重って子以外は俺の婚約者だ。もちろんそこの獣人の子もな。」

 

『あ、主の奥様方っ?!』

 

 

琥珀が驚いた顔でリンゼたちを見る。優輝翔はそんな琥珀を抱えると、アルマの目の前へと連れていった。

 

 

「あ……」

 

「琥珀。他のみんなもそうだけど、アルマとも仲良くしてやってくれよな。」

 

「へっ//あのっ…//」

 

 

優輝翔がそう言って琥珀をアルマの腕に抱かせながら自分もアルマを抱くような形でアルマを撫でると、アルマはかなり反応に困った形で頬を染めながら目を泳がせた。

 

 

『はいっ、もちろんです。アルマ殿、これからよろしくお願いします。』

 

「えっ?!//はは、はいっ//よ、よろしくお願いしましゅ…//」

 

 

アルマはまだ緊張感が解れないのか、詰まりながらそう返す。そんなアルマに優輝翔は軽く息を吐くも、まぁ仕方のないことだしなと思い、琥珀をリンゼたちの元へと連れていった……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 エルゼとお買い物♪

一週間ぶりです(。ᵕᴗᵕ。)

今話もよろしくお願いしますm(*_ _)m


 

「んっ………………ぁ……///」

 

 

アルマがピクンっと身体を震わせて軽く瞬きしながらゆっくり目を開けると、最初に映り込んできたのは優輝翔の分厚い胸板だった。その絵と自身の鼻をくすぐる様々な臭いに、アルマが一瞬で昨日のことを思い出して頬を染める。

 

 

(そっか……わたし…///)

 

 

アルマは顔を上げて、まだ寝息をあげている優輝翔の顔を見た。

 

 

(ふふっ///優輝翔さんも昨日はしゃぎすぎて疲れたのかな///)

 

 

アルマはそう思いながら優輝翔の寝顔を見つめる。実をいうと優輝翔は今絶賛二度寝中なのだが、まぁそれは置いておいてもいいだろう。

 

アルマは優輝翔の寝顔を満足するまで見つめてから、そっと自身のお腹に目を向け優しく触れた。そこではまだ、昨日の夜に数時間掛けてたっぷり注がれた精液が未だにアルマの中でアルマを優輝翔色に染めあげている。

 

 

(優輝翔さん…////)

 

 

アルマは心の中で自身の最愛のパートナーの名を呼びながらお腹を撫でる。昨日あの後途中で避妊薬を飲まされたので妊娠は出来ないだろうが、それでも、今のアルマにはこれだけで十分であった。

 

むしろまだ学校もあるし正式に結婚もできるわけじゃないので、子供が出来てもあまり喜べない。

 

だからこそ、アルマはちゃんと避妊薬を自分に飲ませた上で限界まで愛してくれた優輝翔に心から感謝し、そんな優輝翔をこれでもかと言うほど大好きになっていた。

 

 

「優輝翔さん……愛してます…///」

 

 

アルマが小声で呟きながら、チュッと可愛らしいリップ音を立てて優輝翔の頬に口付けする。すると一瞬優輝翔の瞼が動いたので起こしてしまったかなと心配したアルマだが、再び優輝翔から寝息が聞こえてきたことで安心し、トンっと優輝翔の胸板に頭をつけた。

 

 

「おやすみなさい……優輝翔さん…///」

 

 

そう言ってアルマも優輝翔を追って二度寝タイムに入る。時刻はもう10時を回ったが、ふたりの朝はまだまだ訪れそうになかった。

 

ちなみに、心配しなくとも外野からの邪魔が入ることはない。何せ優輝翔が前もって頼りのリンゼに対応をお願いしてあるのだから……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「はぁぁ!!」

 

ドッスン!!!

 

 

エルゼの強烈な一撃に石でできた魔物、ガーゴイルが尻餅をつく。殴られた二の腕には僅かな亀裂が数本入っていた。

 

 

「嘘っ!?それだけ!?腕一本いけると思ったのに!」

 

 

エルゼがその予想以上の硬さに目を見開いて驚く。

 

現在優輝翔たちは緑の依頼書の『王都の遺跡を根城にする盗賊の討伐(金貨2枚銀貨5枚)』を受けて絶賛戦闘中なのだが、その盗賊の一味に闇魔法の使い手が1人いて、そいつが厄介なことにガーゴイルを召喚しそのまま根城の奥に閉じこもってしまったのだ。

 

優輝翔はガーゴイルとの相性を考えこの場をエルゼとリンゼに任せ、八重とユミナを連れて盗賊共を引っ捕らえに行ったのだが、その2人が今まさに苦戦を強いられていた。

 

 

「お姉ちゃん。今の何倍…?」

 

「50よ…。もう……硬いにも程があるわ!」

 

「私の魔法も威力の高いのを選んでるけど、少しヒビが入ってるだけだし……」

 

 

2人は目の前のガーゴイルとの間合いを測りながら愚痴をこぼす。

 

 

「仕方ないわね…。こうなったらまた99倍で……」

 

「あ、待って。お姉ちゃん。優輝翔さんが……」

 

「えっ?優輝翔がどうかしたのっ?」

 

 

エルゼは踏み出しそうになった足を止め振り返る。今までのエルゼならそのまま突っ込んでいただろうが、今やエルゼも優輝翔には全幅の信頼を置いているのだ。だからこそ、はやる気持ちを抑え優輝翔と離れても会話できるリンゼの方に顔を向けられた。

 

 

「お姉ちゃん!私が今からガーゴイルを燃やすから!その後キンキンに冷やしたガントレットで一撃を食らわせて!」

 

「へっ?燃やす?それにキンキンって……」

 

「炎よ来たれ、渦巻く螺旋、ファイアストーム」

 

 

エルゼの言葉を待たずして、リンゼの炎がガーゴイルをまるごと包み込む。あまり効いているようには思えないが、それでもリンゼはガーゴイルの石の体を燃やし続けた。

 

 

「お姉ちゃん!この後すぐに私が水魔法でガントレットを氷で覆うから、それで殴り倒して!」

 

「わ、分かったわ!とりあえず99倍にはして待機しとく……」

 

 

エルゼはそう言って前傾姿勢を取り狙いを定める。やがてリンゼがガーゴイルを十分加熱し終えエルゼのガントレットを凍らすと、エルゼは一気にその場から踏み出した。

 

 

「いっけぇぇ!!!」

 

ドンっ!!!

 

 

エルゼの一撃で鈍い音が辺りに響く。そのままエルゼがリンゼのもとまで戻って固まっているガーゴイルを見守っていると、殴った胸元辺りから徐々に徐々に石が裂け始め、やがてゴロゴロとその場に崩れ落ちていった……

 

 

「ふぅ……やっと片付いたわね……」

 

「うん…。すっごく強かった……」

 

「強いというよりこの硬さがやっかぁあァァ!!!」

 

 

エルゼが言葉を発しながら自身のガントレットを見た瞬間悲鳴のような大声をあげる。それにリンゼが驚いて何事か尋ねると、エルゼは絶望的な表情をしながら長年愛用してきたお気に入りのガントレットをリンゼに見せた。

 

ハッキリと分かるほどバキバキに割れて、今にもガーゴイルのように崩れ落ちそうな見た目の、それを……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「わぁお……これはダメだな……」

 

 

優輝翔は驚いた顔でバキバキにヒビ割れたガントレットを見ながらそう呟く。ある程度のヒビくらいなら「モデリング」を使えるかとも思ったが、ここまでくるといっそもう買い直した方がいいだろう。

 

 

「どうする?バランさんのとこに行くか?」

 

「うーん……私としては王都に行きたいんだけど……ダメ?//」

 

「別にいいぞ。確かに今は金もあるし、王都の方がいいもの手に入れられるしな。」

 

「よっし!」

 

 

エルゼは優輝翔に頼み事をする時の可愛らしい上目遣いとは一転、男らしくグッと拳を突き上げて喜びを顕にした。その様子に優輝翔は苦笑いしながらも、愛しいエルゼの髪にそっと手を置き、優しく撫でる。

 

 

「優輝翔?」

 

「……言っとくけど、他の男にさっきみたいな可愛い顔見せんなよな//」

 

「へっ?!!///あ、う、うん……///」

 

 

エルゼは恥ずかしそうに縮こまりながら、優輝翔の頭ナデナデを堪能する。そしてふたりは仲良く手を繋いで、王都へと買い物デートに出掛けたのだった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「いらっしゃいませ。ようこそ「ベルクト」へ。」

 

 

優輝翔たちが店に入ると、以前優輝翔に対応した店員と同じ人がまた頭を下げてふたりを出迎えた。

 

 

「2回目だけど、身分証はいるのか?」

 

「いいえ。お客様のことはちゃんと覚えておりますので必要ございません。もちろんお連れ様も。それで本日はどのようなものをお探しでしょうか?」

 

 

店員がそう聞くと、優輝翔は横にいるエルゼの肩を抱いて引き寄せながら質問に答えた。

 

 

「エルゼ……この子の武器をみたい。ガントレットなんだが、愛用してたのが壊れてな。いいものはないか?」

 

「何かご希望の性能などはありますか?特になければ順番にお見せしますが……」

 

「そうだな…。まぁ魔力付与がされてるのも最低条件として……エルゼ、何かあるか?」

 

「ううん//私もそれだけで十分//」

 

 

優輝翔に抱かれてるからか、頬を染めあげているエルゼが首を横に振って答える。それを見た店員は1度頭を下げると、順番に2つのガントレットをふたりの前に持ってきた。

 

 

「魔力付与されたガントレットは現在こちらの2点ございます。左手のメタルグリーンは遠距離物理攻撃を防ぎ、魔法抵抗値も非常に高めです。対して右手のゴールドレッドは魔力を溜めることでより威力を発揮し、同時に硬質化もして壊れにくいという特性もあります。」

 

「なるほど。エルゼはどっちがいいんだ?」

 

「んー……そうね。うん、両方もらうわ。」

 

「え?」

 

「だから両方。店員さん、お願い。」

 

「畏まりました。では1度つけていただいて違和感などがあればお教えください。」

 

 

エルゼの予想外の言葉で固まった優輝翔を無視して、トントン拍子でエルゼと店員の会話が進む。そしていつの間にか、優輝翔はエルゼの買った2つのガントレットの入った紙袋を片手にし、ご機嫌なエルゼと共に店の外に出ていたのだった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「まさか2つとも買うとは……」

 

「いいじゃない……別に。」

 

「まぁ買うこと自体はいいんだけど、お金、ギリギリだったろ?」

 

「うっ……ヒューヒュー……」

 

「下手な口笛すんなよ……」

 

 

優輝翔はそう言いながら「はぁ…」と息を吐くも、良くも悪くもそれがエルゼらしさだと思い直しまた「はぁ…」と息を漏らした。

 

するとふと横にいたエルゼが立ち止まったのに気づき、優輝翔は不思議そうに後ろを振り返る。そこにはショーケース越しにあるゴスロリ風の衣装に目を向け、うっとりとした顔をするエルゼの姿があった。

 

 

「欲しいのか?」

 

「へっ?!//あ、いや、そういう訳じゃ……//」

 

「嘘つけ。」

 

 

優輝翔はそう言いながらエルゼのおでこを指で突く。

 

 

「金はまだあるのか?」

 

「……フルフルフル//」

 

「はぁ……しょうがないな。買ってやるから中に入るぞ。ついでに他に欲しい物あったら買っとけ。」

 

「いいのっ?//」

 

 

期待していなかったと言われればそうでもないんだろうが、それでも実際にそう言ってもらえたことに対して、エルゼは驚き半分、嬉しさ半分と言った顔で優輝翔に尋ねる。そんなエルゼに優輝翔は優しさ気な笑みを浮かべると、空いている手でエルゼの頭を撫でながら答えた。

 

 

「2人でこうしてデートする機会もあまりないし、これからもほとんど作れないだろうからな//こっちだって責任感じてるし、今日くらいは存分に甘えさせてやるよ//彼氏として//そして……未来の夫としてな//」

 

「…………ありがとうっ///大好きっ///」

 

 

エルゼは飛びっきりの笑顔でそう言って優輝翔に抱きつく。優輝翔もそのエルゼを片腕できつく抱きしめ返しながら、そっとその愛おしい額にキスを落とした……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 お呼び出し

一週間ぶりです(。ᵕᴗᵕ。)

今話もよろしくお願いします(。ᵕᴗᵕ。)


 

翌日。昼になってようやくエルゼと銀月に帰ってきた優輝翔に、ユミナが昨日届いたという王家からの手紙を差し出してきた。

 

まぁなんで翌日の昼まで帰らなかったのかは言わなくても分かるだろう。ちなみに今、優輝翔たちは手ぶらである。昨日デートで買った荷物は全て、優輝翔が必死で見つけ出した収納魔法にしまってあるのだ。

 

 

「内容は?」

 

 

優輝翔は受け取った手紙の封が切られてるのを見て、ユミナにそう尋ねた。

 

 

「王宮への呼び出しです。優輝翔様と私、後リンゼさんたちもみんな。」

 

「みんな?何故だ?」

 

「優輝翔様以外の皆さんにはただ1度顔を合わせておきたいだけのようですが、優輝翔さんにはなんでも爵位を授与したいらしく……」

 

「爵位っ?!」

 

 

ユミナの言葉にエルゼが声をあげて驚き、尊敬の眼差しを優輝翔に向けたが、優輝翔はただただ顔を顰めるだけだった。

 

 

「……断れるのか?」

 

「ちょっ、なんでっ?もったいない……」

 

「俺は特定の国に仕えるつもりはないし、貴族は事務作業やコネとか体裁を保つのが面倒だ。金なら有り余ってるしな。」

 

 

優輝翔が少しイライラした口調でそう言うと、エルゼも流石にこれ以上は言えずに食い下がった。そんなふたりの様子を見て、ユミナも少し気を使いながら優輝翔に告げる。

 

 

「えっと、断る際は通常きちんとした公式の場でそれ相応の理由を述べる必要が……」

 

「通常?他にもあるのか?」

 

「い、いえっ。ですが優輝翔様でしたらお父様も無理強いはしないでしょうし、冒険者業を理由にしても大丈夫だと思います!何かあれば私からもお父様にお話しますし……」

 

「はぁ……で、今日やるのか?呼び出しってことは。」

 

 

優輝翔が少しイライラした雰囲気を引っ込めたことで、ユミナは安心したように息を吐いて質問に答えた。

 

 

「いえ。今日はただの打ち合わせのようなものですから。ですからもう今日のうちに断るのもありだと思います。それでしたらお父様も代わりに欲しいものなどを優輝翔様に直接お尋ねするかもしれませんし……」

 

「なるほどな。分かったよ。だが行くのは少し休んでからだ。あとその話の時はちゃんと俺の横にいろよ。」

 

「あっ、はいっ。もちろんです。」

 

 

ユミナの返事を聞いて優輝翔はエルゼとともに上の階に上がっていく。ユミナはふたりを見送ると、「ふぅ……」と大きく溜息をついて椅子に腰をかけた。そしてこの後のことを考えながら、「はぁぁ……」と息を吐いて頭を抱えるのだった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「おお、優輝翔殿。ユミナと皆の者も、よく来たな。」

 

 

レオン将軍とオリガさんの3人でお茶を楽しんでいた様子の陛下は部屋に入ってきた優輝翔たちを見てそう言うと、立ち上がって久しぶりに会えた娘を抱きしめた。

 

 

「どうだ?優輝翔殿とは順調か?」

 

「はいっ//同じ婚約者の皆さんや冒険の仲間の方とも仲良くさせてもらってます//」

 

 

ユミナがそう言って優輝翔の後ろでいつの間にか膝まづいているリンゼたちを見る。陛下はその様子に苦笑いしながら優輝翔に近づいた。

 

 

「そう畏まらんでよい。楽にしてくれ。それはそうと優輝翔殿。久しぶりだな。」

 

「ええ。陛下こそ、もうすっかり体調もいいようで。」

 

「はははっ。お蔭さまでな。」

 

 

その後優輝翔がアルマたちも交えて将軍、オリガさんと順番に挨拶して話していると、ふとオリガさんの表情が固まり震える声で優輝翔に尋ねてきた。

 

 

「ゆ、優輝翔さん……?そ、その子は……」

 

「ああ、この白虎は白帝ですよ。今は琥珀って名前で俺の仲間ですけど。」

 

『!!』

 

 

優輝翔の言葉に3人全員が驚き目を見開く。その後優輝翔が琥珀を仲間にした経緯を皆に説明すると、陛下と将軍は驚き呆れ、オリガさんはただただ信じられないというような顔で琥珀と優輝翔を交互に見続けていた。

 

 

「そんな……では白帝様は優輝翔様のお仲間で……優輝翔さん、いえ様は……」

 

「いいですよ、今まで通りで。アルマも最初はオリガさんみたいになってましたけど、今は普通に琥珀抱っこしてますし。」

 

 

優輝翔がそう言って自分の隣で琥珀を抱き抱えているアルマを見る。その妹を、オリガさんは信じられないと言った目で見つめていた……

 

 

「アルマ……」

 

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。」

 

 

アルマはそう言って琥珀をオリガさんの元に連れていく。オリガさんも最初はどうすればいいのか戸惑っていたが、琥珀自ら喋ってオリガさんに抱かれると、少し落ち着きを取り戻した。

 

 

「それにしても白帝様と契約してしまうとは……優輝翔さ、いえ、優輝翔様はいったい……」

 

「だから今まで通り……って、言っても無駄か。あと、俺はただの冒険者ですよ。」

 

 

優輝翔がそう言って肩をすくめると、急に部屋のドアが開き勢いよくひとりのよく知った女性が走り込んできた。

 

 

「ここに優輝翔さんがいらっしゃるとお聞きしましたが!!?」

 

「えっ?あ、はい。ここに……」

 

「優輝翔さん!!」

 

 

宮廷魔術師のシャルロッテさんは優輝翔の存在を確認し大声でその名を呼ぶと、血走った目でズカズカと優輝翔の前に歩いてきた。

 

そして優輝翔の前にグイっと何本かのグラスを差し出す。

 

 

「あのメガネもっと製造してください!!解読が追いつきません!!」

 

「いや、確かにそんな髪ボサボサで隈ありまくりの顔みたらそう思いましたけど……こんなに?」

 

「こんなにです!!お礼はありますからほら!!!」

 

 

シャルロッテさんはそう言って後ろのメイドたちに持たせている紙の束や本の山を見せる。それが何かは優輝翔も直ぐに分かったので、優輝翔も直ぐに素早くモデリングで幾つかの眼鏡を作り出すと、シャルロッテさんはそれをひったくるように取り、流れるようにお礼だけ言ってこの場を去っていった。

 

 

(嵐だな……)

 

 

優輝翔がそう思いながらメイドたちから受け取ったものを「ストレージ」にしまい溜息を吐くと、後ろから陛下がすまないと謝ってきた。

 

 

「あの子も悪気はないんだが……」

 

「分かってますよ。それより、なんか爵位の話が舞い込んできたのですが、断っても?」

 

 

優輝翔が少し声のトーンを下げてそう聞くと、陛下は苦笑いしながら首を縦に振った。

 

 

「もちろん構わんよ。こちらとしても余の命を救ってくれたものに何もせんのは周りが黙ってないのでな。」

 

 

陛下の言葉に優輝翔の隣に駆けつけるように寄ってきたユミナが安堵の息を吐く。これでもし陛下が渋って優輝翔に爵位を進めれば、優輝翔の機嫌がさらに悪くなっていたかもしれないで、これで一安心だ。

 

 

「まぁそんな事だろうとは思ってましたよ。」

 

「ははは。ところで、聞くのは2度目だが今も欲しいものはないのか?なければ余の方で何か代わりのものを優輝翔殿に授けることになるが……」

 

「例えば?」

 

「まぁ報奨金はもちろんとして、例えば国宝庫から1品、とかだな。」

 

 

陛下がそう言うと、ユミナが笑顔を浮かべて優輝翔に告げた。

 

 

「いいんじゃないでしょうか?//優輝翔様//国宝庫なら優輝翔様に直接何か欲しいものを探してもらうことも可能ですし//ね?お父様。」

 

 

目が笑っていない。いったいいつの間にそんな技術を身につけたのやら。

 

陛下はそんなことを思いながら愛娘の言葉に頷く。

 

 

「う、うむ。優輝翔殿が欲しい物が見つかるかもしれんし、余はそれでも構わん。」

 

「なるほど………………でしたら……」

 

 

その後、優輝翔は爵位の代わりとなる3つのものを王様に頼み、早速その中のひとつである国宝を、国宝庫に漁りに行ったのだった……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 新居

一週間ぶりです(。ᵕᴗᵕ。)

今話もよろしくお願いします(。ᵕᴗᵕ。)


 

数日後、優輝翔は公式の場で陛下から予め伝えていた3つの報酬を授かった。

 

1つは国宝。これは既に貰っているので、公式の場でもそのように発表された。

 

2つ目は冒険の拠点となる家。そして3つ目が、同じく冒険者業のための資金だ。

 

授与式は午前中に行われたため、優輝翔は午後から八重と婚約者全員を引き連れ、もらった家に向かった。え?パーティー?会食?優輝翔が出るわけない、うん。

 

 

「それで、その家はまだなの?」

 

 

王都の中を歩いていると、優輝翔の横についていたエルゼが優輝翔の顔をのぞき込むようにして尋ねてきた。

 

 

「ああ、まだ先だな。」

 

「住所はどの辺りなのですか?優輝翔様。」

 

 

エルゼと逆の横についていたユミナが、こちらは顔だけを優輝翔の方に向けて尋ねる。え?リンゼが隣じゃないのかって?そりゃまぁ、リンゼには正妻の余裕というものがありますから。後ろで八重と仲良く話しながらただついてきてますよ。

 

ちなみにアルマはユミナのさらに隣にいて、たった今優輝翔からユミナに渡された住所が書かれた目録をユミナと仲良く見ているところだ。

 

 

「西区、パララン通り21A…ですか。」

 

「どんなところなんですか?ユミナさん。」

 

「位置的には外周区ですが、割と裕福な層が住む区域ですね。こちらは優輝翔様が指定されたんですか?」

 

「いや、俺はボロくなくて広い家がいいって言っただけだな。あとは貴族エリアはやめてくれとも言ったが……」

 

「なるほど…。それならいい場所かも知れませんね。この辺りは裕福な層が住む場所故に、綺麗なのはもちろん、大きくて広い家も多いですから。」

 

 

ふたりがそんな話をしていると、いつの間にか優輝翔たちは西区へと到達し、やがてもらった家の前にも辿りついた……のだが、

 

 

「……デカいな。これは流石に予想外だ。」

 

 

優輝翔がそう呟いてしまうのも無理がなかった。優輝翔たちの目の前にあったのは白い壁に青い屋根の三階建ての立派な洋館だったのだ。

 

無論、公爵や子爵のそれには及ばないが、それでもいわゆる豪邸の類に入るそれは、優に2、30人の人が住むのを可能にするほどの大きさを持っていた。

 

 

「とりあえず、中に入るか……」

 

 

立ち止まっていてもなんなので、優輝翔はもらった鍵で門を開け、1番に足を踏み入れる。左右にある広い草むらがそれぞれ一列に並べられた花壇によって区切られ、その中央を通る石道を進んだ先には小さな噴水のついた池があった。よく見たら離れや馬小屋のようなものまで置かれている。

 

 

「大した設備だな。」

 

「これで馬も買えますね。」

 

 

ここで初めて、リンゼが優輝翔の隣に来てそう告げる。

 

実は優輝翔たちは冒険者業をするに当たって馬車がほしいと話し合っていたのだが、如何せん今まではその置き場所に困っていたのだ。しかしここならば、そんな心配は無用である。

 

 

「まぁな。でも流石にすぐは無理だ。馬の世話もそうだが、この家の広さだとさすがに誰か雇わないとやってられないだろ。」

 

「あっ、それなら私にお任せ下さい、優輝翔様//いい人材を知っています//」

 

 

優輝翔の発言にユミナが即座にそう告げる。すると優輝翔は少し考え込んでから、「よしっ」と言ってユミナに答えた。

 

 

「なら任せる。必要な役職などはユミナに任せていいな?俺としては家を掃除するメイドや馬の世話をする厩務員とかがほしいが、ユミナなら他に必要な役職も思いつくだろ?」

 

「はいっ//おまかせくださいっ//」

 

「ああ、頼りにしてる//」

 

「っ///はいっ///」

 

 

優輝翔がユミナの頭を撫でながら笑みを浮かべてそう言うと、ユミナはとても幸せそうな笑顔で拳を可愛く握りながら頷いた。

 

その後優輝翔たちは家の中を一通り見て回ると、引越しの準備をするため銀月へと帰ったのだった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

3日後、優輝翔たちは午前中の間にリフレットでお世話になった人たちに挨拶回りを行い、王都へ引っ越した。

 

荷物に関してはほとんどを優輝翔が「ストレージ」でしまい込んだので、特に馬車なども必要とせずに引越しを終えられた。そして優輝翔が6人の部屋にそれぞれの荷物を出し終え、それぞれ自分の部屋を片付けていると、ふと誰かが優輝翔の部屋のドアを叩いた。

 

 

「ん?誰だ?」

 

「優輝翔様。ユミナです。少しよろしいですか?」

 

「ああ、どうした?」

 

 

優輝翔がそう言うと、ユミナは「失礼します」と言って部屋に入ってくる。

 

 

「優輝翔様。雇う者達の件ですが、まず家令を務めてくれそうな者が来ましたので、お会いしていただけないでしょうか?」

 

「家令か。分かった。」

 

 

優輝翔はそう言ってユミナについて下に降りる。そしてリビング予定の大部屋に入ると、ひとりの老人が姿勢よく椅子に腰掛けていた。

 

老人は優輝翔が入ってくるとすぐさま立ち上がって頭を下げる。

 

 

「お初にお目に……いや、2度目でございましたな。ライムと申します。以後、お見知り置きを。」

 

「2度目……ああ、授与式の。ライムさんって言うのか。でもいいのか?ライムさんは王様に使えてるんだろ?」

 

「いえ、恥ずかしながらもう歳でして…。ちょうど引退を考えていた時に姫様にお誘いいただいたものですから。残りの人生、弟の命の恩人に報いるのも悪くないと思いまして。」

 

「弟?」

 

「レイムと申します。」

 

「ああっ。どうりで似てるわけか。」

 

 

優輝翔はそう言って納得すると、頭の中で少しばかり思考する。そして「よし」と言って頷くと、ライムさんに告げた。

 

 

「じゃあライムさんは家令として採用するけど、本当にここでいいのか?正直うちより高待遇な所は山ほどあるぞ。」

 

「いえ、私はもうここと心に決めましたので。」

 

「そうか……なら頼む。仕事内容は……まぁ、ライムさんなら説明するまでもないか。一様言っとくと、この家の管理業務全般だ。」

 

「畏まりました。ではまず、他の雇用したい人材を集めて参りますので、私は1度失礼させていただきます。」

 

 

ライムさんはそう言うとリビングを出ていった。優輝翔はそれを見送って、隣にいるユミナをぎゅっと抱きしめる。

 

 

「ひゃっ//ゆ、優輝翔様…?//」

 

「ユミナ、ありがとう//」

 

「ぁ……///」

 

 

優輝翔はそう言ってユミナの髪を撫でる。ユミナはその言葉と優輝翔のなでなでに顔を赤くし、ぎゅっと優輝翔の背に回した手で優輝翔の服を掴むと、めいっぱい優輝翔にくっついて額をすり寄せた。

 

 

「優輝翔様…//」

 

「今回はユミナにほんと助けられた//これからもよろしくな//」

 

「はい//お任せ下さい…//」

 

 

ユミナはそう言って幸せそうな顔で優輝翔に身体を預ける。今まであまり構ってもらえていなかったユミナにとって、優輝翔に褒めてもらえて、感謝され、甘やかしてもらえるこの時間は、何にも代えがたい至福の時間と言っても過言ではないのだった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

全員の片付けが終わった後、みんなで他に足りないものがないかリビングで話し合っていると、不意にリビングのドアがノックされてライムさんが入ってきた。

 

 

「旦那様。雇用したい者達を連れてまいりました。身元もしっかりしておりますので、どうか雇っていただけないでしょうか?」

 

「旦那様って……」

 

 

優輝翔はそうボヤきながら、ライムさんが連れてきた人たちを見る。メイド服の女性2人、戦えそうな男2人、あとは穏やかそうな男性と女性が1人ずつだ。

 

その中で、まずはメイド服の女性2人が一歩前に出て頭を下げてきた。

 

 

「メイドギルドから参りました。ラピスと申します。どうぞよろしくお願い致します。」

 

「同じくセシルと申しますぅ〜。よろしくお願い致しますぅ〜。」

 

 

真面目な黒髪ショートがラピス、ほんわかゆるゆる茶髪のウェーブがセシル。この2人の自己紹介が終わり2人が1歩下がると、今度は戦えそうな男共が前に出てきた。

 

 

「トマスと言います!元・王国重歩兵です!」

 

「ハックと言います!自分は元・王国軽騎兵です!」

 

 

重歩兵が太い方。軽騎兵が細い方。何とも失礼な覚え方だが、優輝翔は勝手にそう頭に入れた。そして最後に、穏やかそうな見た目の二人。

 

 

「庭師のフリオと申します。こっちは妻のクレアです。」

 

「クレアです。調理師です。」

 

(ああ…。やっぱり夫婦か。)

 

 

優輝翔はそう納得しながらふたりの事も頭に入れると、全員に採用を言い渡した。

 

 

「ありがとうございます。それでですね、旦那様。トマスとハックの二人は王都の中に家があるのですが、私も含め他の者達はこちらでの居住を希望しているのです。それについて許可をいただけないかと……」

 

「ああ。それに関しては構わない。部屋も余っているしな。それと、夫婦のふたりは離れを使うといい。あそこも人が住めるみたいだし、夫婦で過ごすなら離れの方が色々都合がいいだろう。」

 

 

優輝翔がそう言うと、夫婦含め5人は一斉に頭を下げる。そして優輝翔はひとまず雇った7人に十分な資金を渡すと、ここでの仕事や生活に必要なものを買い込むように命令した。そして再び優輝翔と婚約者、八重の6人だけになると、優輝翔たちは先程の話し合いを再開したのだった……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 アルマとのデート

一週間ぶりです(。ᵕᴗᵕ。)

いつの間にか50話超えましたね……
次の目標は『目指せ100』です!

それでは今話もどうぞ


 

翌日、優輝翔たちが庭のテラスで寛いでいると、ライムさんが窓を開けて入ってきた。

 

 

「失礼します。優輝翔様、オルトリンデ公爵殿下とスゥシィお嬢様がいらっしゃいました。」

 

「え?何でまた?まぁいいや。とりあえずここに通して。」

 

 

優輝翔がそう言うと、ライムさんは1度下がる。すると優輝翔と一緒のテーブルにいたリンゼはすぐさま別のテーブルに移動するために席を立った。

 

 

「悪いな、リンゼ。」

 

「いえ、構いません//」

 

 

優輝翔の言葉にリンゼは笑顔でそう言って去る。そんな何気ない姿にも、優輝翔はどこか安心感を覚えていた。

 

 

「やぁ、こんにちは。引越しはもう落ち着いたかい?」

 

「ええ、まぁ。…………細かいところは幾つか残ってますが、大方片付いてますよ。」

 

 

公爵の挨拶に優輝翔は紅茶を飲みながら答えた。

 

 

「こんにちはじゃ、ユミナ姉様!」

 

「ええ、こんにちは。スゥ。」

 

 

ユミナはそう答えると、スゥと喋りやすいように優輝翔のテーブルに移動する。そして全員が席につきライムさんが公爵とスゥの分のお茶を運んでくると、公爵はそれを一口飲んでから口を開いた。

 

 

「ふぅ…。それにしても、まさかユミナまで婚約者にしてしまうとはね。」

 

「ああ……まぁ、星の数いる男達の中から俺を選んでくれたんですから、幸せにはするつもりです。」

 

「はぅ…///」

 

 

優輝翔の発言にユミナは顔を赤く染める。それを見て公爵は声を上げて笑い始めた。

 

 

「はははっ。これは一本取られたな。まったく、こんなことならスゥもその流れに乗じて貰ってもらおうかな?」

 

「いや、流石にそれは。スゥはまだまだこれからだと思いますけど……」

 

「わらわは大歓迎じゃがな!」

 

 

スゥの満面の笑みでの発言に、優輝翔は苦笑いで答える。優輝翔としてもスゥはいい子なのはいい子だが、如何せん若すぎた。何せスゥはまだ10歳になったばかり。元の世界でいう小学4年生だ。最低でも中学生になってもらわないと、優輝翔は婚約する気になれなかった。

 

 

「はははっ。まぁ今日のところは引き下がろう。」

 

「今日のところは?」

 

「ううん!……実は、今日は君たちに依頼を持ってきたんだ。」

 

「………………はぁ。その依頼とは?」

 

 

優輝翔はあからさまに話を逸らした公爵にため息を吐き、めんどくさそうにその内容を尋ねた。

 

その内容は以下の通りである。

・ベルファスト王国は晴れてミスミドとの国交を結び、両国王が顔合わせを行うになった。

 

・ただどちらかの国王がどちらかの国の王都に行くにはリスクを伴う。

 

・そこで「ゲート」が使える優輝翔にミスミドの王都まで行ってもらいたい。

 

・報酬は弾み、ギルドランクも間違いなく上がるとのこと。

 

・尚、優輝翔たちがミスミドに行く時はオリガさんたちも護衛の騎士団とともに帰国する予定。

 

 

「なるほど。……………分かりました。お受けします。」

 

 

優輝翔は1度全員の顔を見渡してから、公爵に返事を返した。公爵曰く、出発は3日後。つまりあと今日を抜いて2日間しかアルマとのんびり過ごすことはできないようだ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

公爵たちが帰ると、優輝翔はすぐに少し表情を暗ませているアルマのもとに歩み寄った。

 

 

「アルマ。」

 

「ひゃ、ひゃいっ//なんでしょうか…?//」

 

「……お昼、みんなで食べたら、ふたりでデートに行こうか//」

 

「え……、はいっ///」

 

 

優輝翔の思いもよらない提案に、アルマは嬉しそうに頷く。そしてクレアさんが作ってくれた昼ごはんをみんなで食べ終わると、優輝翔はアルマを連れて王都の貴族外へと繰り出して行った。

 

 

「優輝翔さんっ//この服どうですかっ?//」

 

 

最初に入った可愛らしい内装の服飾店で、アルマは優輝翔に1着のワンピースを自分の前に当てながらそう尋ねた。色は黄色で、腰のところには可愛らしいリボンがつけられている。

 

 

「うん、可愛いよ//でももっとよく見たいから、1度試着室で着てごらん//ついでに他にアルマが可愛いと思う服も一緒にな//」

 

「はいっ//」

 

 

優輝翔の言葉にアルマは嬉しそうに頷いて服を選んでいく。ただ1度に持って入ると言っても限度はあるので、まずは5着ほど服を選んでアルマは試着室に入っていった。

 

 

「優輝翔さんっ//まずは1着目ですけど、どうですか?//」

 

「ああ、可愛い。ショートパンツだし、活発さもあっていいと思うぞ。」

 

「えへへっ//じゃあまた着替えますね//」

 

 

そう言って2着目、3着目、4着目と着替えていき、最後の5着目。アルマは先程のワンピースを身にまとって優輝翔に感想を尋ねた。

 

 

「優輝翔さん、どうですか?//」

 

「……すごく、可愛い//今すぐベッドに押し倒したいな//」

 

「っ///」

 

 

優輝翔がそう言いながら試着室に乗り込んでアルマの頬を撫でつつ軽く抱きしめると、アルマは一気に顔を紅く染めた。

 

 

「……夜まで、我慢してください//」

 

「……ああ、そうだな//」

 

 

優輝翔はそう言うとアルマから離れる。そしてまだ恥ずかしそうにしているアルマを見て笑みを浮かべながら尋ねた。

 

 

「それで、どうするんだ?5着とも買うか?」

 

「えっ?//えっと……もうちょっと、選んでもいいですか?//」

 

「ああ//今日は好きなだけ付き合ってやるよ//」

 

「はいっ//」

 

 

優輝翔の言葉にアルマは嬉しそうに返事して1度カーテンを閉じた。その後他の店もハシゴしながら、最終的に3時間以上かけて20着以上もの服を購入すると、それらを全部優輝翔の「ストレージ」にしまって、ふたりは休憩がてらカフェに訪れた。

 

 

「すみません。ガトーショコラとデラックスパンケーキ、紅茶のストレートとミルクをお願いします。」

 

「畏まりました。少々お待ちください。」

 

 

店員が注文を紙に書いて去っていくと、優輝翔はアルマの方を振り向いて会話し始める。

 

 

「さて、この後はどこに行こうか?」

 

「えっと、とりあえず色んなお店を見て回っても……」

 

「ああ、もちろん。今日は何でも好きなもん買ってやる。」

 

「はいっ//ありがとうございますっ//」

 

 

優輝翔の優しさにアルマは頬を染めて頷く。その後頼んだものが届くと二人は会話をやめて食べ始めた。

 

 

「う〜ん、美味しいです//」

 

「こっちも美味い。」

 

「ほんとですか?//いいなぁ〜//」

 

「食べてみるか?。」

 

「ふぇっ?//」

 

 

優輝翔がそう言ってアルマにフォークを差し出すと、アルマは驚いて固まった。そして徐々に顔を赤く染め上げると、恥ずかしそうに目を右往左往させながらもパクリと優輝翔に差し出されたガトーショコラを食べた。

 

 

「美味いか?」

 

「……コクン///」

 

 

アルマの反応に優輝翔が思わず笑い出す。それに対しアルマは頬をふくらませると、「ふんっ//」と言って顔を横に向けた。

 

 

「はははっ。ごめんごめん。なぁ、アルマ。俺も一口欲しいんだけど//」

 

「へっ?//あ、えっと……………あ、あーん…///」

 

「あーん//……うん、美味い//アルマの味もするな//」

 

「……もう…//優輝翔さんのエッチ…//」

 

 

アルマはそう言ってまた「ふんっ///」と顔を逸らす。しかしその顔はさっきよりもさらに赤く染まっており、優輝翔はもう照れ隠しにしか見えなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。