魔法少女にはなりたくない! (のの)
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魔法少女にはなりたくない!

 男の子は特撮ヒーローに憧れるものだし、女の子は魔法少女に憧れるのが世の中一般の流れだった。

 ただ、逆もまたあり得るのだ。女の子が特撮ヒーローに憧れることがあってもいいし、また逆に男の子だろうと魔法少女を憧れるのも自由、それが権利というものだから。

 

 日曜日の放送枠に並べて入れられたそれらを妹と一緒に観ていて、俺としては心惹かれるのはどちらかといえば魔法少女の方だった。

 

 ヒーローという存在は俺にとって眩しすぎた。

 ヒーローは他人から憧れの存在だからこそ英雄足り得るのだ、主人公は基本的に自分に対して絶対的な自信を持っている。なろうとしてなるものじゃないのだ。

 初めからヒーローだから、その素質があってこそヒーローなのだろう。けれども自分にはそれがない。才能も、当然それに付随する自信も。

 

 逆に魔法少女におけるヒロインは大体にして平々凡々な人間が選ばれる。偶然、たまたま選ばれたのが彼女だったからこそ、誰もがヒロインになる素質を持てると打ち出しているのだ。

 

 シンデレラストーリー。そう、俺はシンデレラに憧れていた。

 

 けれどもシンデレラのように都合のいい魔法使いも、特撮ヒーローに出てくる怪人も、魔法少女に敵対する悪役もこの世界には存在しないのだ。

 所詮それらは夢物語だから、いつだって世界は平々凡々であり続ける。

 

 代わり映えのない日々を送っていた。魔法少女に憧れているとか公言できる趣味ではないから、隠れてそれらを食む生き物となり、その良き理解者になったのは妹だった。

 俺とは逆に特撮ヒーローにはまった妹とは何度もどっちがいいか論争になったが、お互い世間と少しずれてるということは似ていたから。

 

 そんなある日のことだった。

 その日もいつもと同じような日で。信号が青になって、交差点へと一歩前に踏み出して。

 

 体に強い衝撃が走って、視界が暗転した。

 

 悲鳴、怒号、それに熱。

 気づいたら澄み切った青い空を眺めていた。

 

 何してるんだろ、俺は。

 取り敢えず立ち上がろうとして、そうしてようやく体がうまく動かないことに気づいた。

 

 顔を横に向けるとガードレールに突っ込んでいる自動車が見えた。ああ、俺は車に轢かれたんだ。そうストンと理解できた。

 

 信号は守ってたはずなのに、けれどもちゃんと右左を確認しなかった自分の不手際か。

 流れる血がアスファルトを染めていくのをぼんやり眺めながら、ぼんやりそんなことを考えていた。

 

 多分、俺は死んでしまうのだろう。

 死にたくはないけれど、きっとそうなってしまうことを確信していた。真っ先に思い浮かんだのは妹のことだった。

 泣くだろうか、悲しむだろうか、ひょっとしたら俺のことなんて対して気にも留めないかもしれない。

 

 きっと後者の方であることを祈って、とうとう視界が暗くなりつつあるのに気づいた。

 タイムリミット、か。

 

 生まれ変わりとか、あるといいのだけれども。

 

 まあ、期待せずに──。

 

 

 

 

 ──もしも存在するなら、願わくば魔法少女のいる世界に行きたいな。

 

 最後に願ったのはそんな言葉だった。

 

 

 

 

 暗転。

 

 

 

 

 

 

 ●

 

 それはもう既に起こってしまったことだった、身にまとった女子高生の制服がそれを声高に主張する。

 女装趣味があったわけでもなく、今現在俺が着るべきものだから。

 

 そう、自分は女子高生なのだ。階段から無様に転げ落ちて死にかけの、と枕詞のつく女子高生。

 階段を登ってる最中に突如として激しい頭痛に襲われて、慌てて手すりを掴もうとした手は空を切って、それから。

 

 激しく痛む右腕に、言うことを聞かない体。声は出さず助けは来ない。死の淵に瀕して、ようやく思い出した記憶は、今この状況を打開する道具になり得ない。

 

 その記憶のせいで頭痛に襲われたのか、それとも頭をしたたかに打ったから思い出せたのかは区別がつかないところではあるが。

 

 助けは来ないのかという自分のつぶやきが届いたのか。今まさに転げ落ちた階段から、なにやら重たいものを転がす音が聞こえてきた。

 ゴロゴロ、と。

 

 そちらに何とか視線を向ける、気がつけば音はゴトンゴトンと何やら重たいものが落下する音に変わっていた。

 ボーリング玉を階段上から落下させるような、そんな感じの音。

 

 人ではないのだろうか? そんな不安がよぎる。

 けれどもそんな予想は斜め上の方向へと裏切られた。

 

 音が止み、再びゴロゴロという音ともに階段の影からこちらを覗いたのは黒い球体だった。

 

 それだけなら、良かったのに。

 その黒い球体の中心がパカリと横に割れて。いや違う、あれは目なのだ、大きな目。

 黒い球体の中心に一つ大きな目が付いていた。

 

 それがそのまま、上から自分のことをじっと見下ろしていた。

 自分は悪い夢を見てるのだろうか。階段から転げ落ちたのも、前の記憶とやらも全部悪い夢なんじゃないか? 

 

 それを証明するかのように、視界が再び暗くなってきて。

 

 ●

 

 次に目を覚ました時、自分は病室で天井を見上げていた、そうして自分は奇跡は存在すると確信したのだ。

 

 奇跡その1、生まれ変わりは確かに存在した。

 奇跡その2、今度は男ではなく女であったこと。

 

 車に轢かれた強い衝撃が必要だった。

 魂に焼きつくほど強烈な痛みを知っていたからこそ、また普通の女の子として生きてた自分が、前の記憶を思い出すことが出来たのだ。

 今度は車に轢かれたわけではなく、高校の階段を転げ落ちたわけだけれども、下手をすれば本当に死んでいたかもしれないからシャレにならない。

 

 階段から転げ落ちて、意識が暗転する前に前もこんなことがあった。そんな気がして。

 意識を失ってる間に前の人生を思い出して、気づけば白い天井を見上げていた。

 

 覚えていた。

 確かに死んで、無くなってしまう筈だったのに、偶然とはいえそれを拾い上げることができて、自分はたまらなく嬉しかった。

 

 気づけばポロポロと涙をこぼしていて、看護師に背中をヨシヨシとさすられていた。

 彼女に自分の気持ちは分かる筈はないだろうけれども、良かったね良かったねと貰い泣きしてるのを見て、笑って、再び泣いた。

 

 次にやってきたのは親で、その次の日には私の友達がやってきて、そうしていれば時間が過ぎていくのはあっという間だった。

 

 退院、その二文字が近づいてくる。

 後遺症もなく、腕は骨折していたけれど主な怪我はそれだけで。

 

 もっぱら1人で考えることは、俺として生きた記憶も、私として生きた記憶もあるということについて。

 俺も私も生まれ育った環境は違う筈なのに、趣味嗜好はよく似通っていた。

 だからこそ、彼女に彼氏がいなかったのだろうか? 

 関係ない筈、多分。

 

 そんなことを考えながら窓の外を眺める、綺麗な満月がぷかりぷかりと空に浮かんでいた。

 

 考えようとしていないことがあった。

 あの黒い訳の分からない球体のことである。

 

 あれは、本当に存在したのだろうか。死の間際に追い詰められて幻覚を見ていたんじゃないだろうか? 

 幻覚かはさておいてどちらの記憶においても、あんなものが存在していなかった。

 

 ロボット、だろうか? 

 無いだろう。ロボットは大体人型であったし、そもそもあんな悪趣味な目を中心に付ける時点でどうかしている。

 

 完全な球体は無機物、瞳は有機物と相反する物体で構成された、いやハイブリッドというべきなのだろうか。

 

 お見舞いに来た友達にそれとなく──瞳については伏せて──黒い球体のことを聞いても、やっぱり知らないとの事だった。

 

 自分が階段から落下してるのを発見したのは、通り掛かりの生徒だったらしい。その生徒にお礼ついでに聞いてみるべきか。

 

 黒い球体見かけませんでしたか、なんて。

 

 

 なんとなく嫌な予感がして、ブルッと身震いした。

 見なかったことにした方がいいような、そんな本能が警鐘を鳴らしていた。

 

 扉の外からゴロゴロとあの音が聞こえた気がした。

 慌てて耳を澄ましても、もう何も聞こえない。

 扉を開けて確認する勇気はなかった。

 

 寝よう、そう思った。寝れば考え事をしなくて済む、いろんなことを、前の記憶も、性別も、黒い球体のことも。

 問題は山積みで、黒い球体がいい目逸らしにしていたのも確かにある。

 

 なにも、なかった。それでいいじゃないか。

 最後に月を一目見ようとして、月の一点が黒く滲んでいることに気づいた。

 首をうーんと傾げる。あんなものあっただろうか、窓ガラスの汚れか? けれども窓ガラスはピカピカで指紋一つの汚れも付いていない。

 

 これ、なにやら大きくなってないか?

 そう思ったら展開は早かった。その点が段々と大きくなり、月を飲み込んで。いや違う、これは、こちらに何かが近づいてくるのだ。月の方から何かが。

 

 慌ててベッドの上へと逃げ帰る、窓には鍵が掛かってあるから大丈夫、なはずである。

 

 そのまま下に落下してくれと願っていた。

 それが万物の摂理であり、重力に縛られてる以上、黒い何かもまた同じことなのに、それでも当然のことを願ったのは本能がそれを理の外にあると理解していたからなのかもしれない。

 

 黒い球体が少しだけ姿を見せた。ふわふわと羽毛が落下するようなスピードで下へと向かっていた。

 

 そのまましたへいけ、いってしまえ。

 内心連呼しつつ、枕で口を押さえて自分の存在がばれないように必死だった。

 

 願いに反して、ピタリと黒い球体が動きを止まって。

 そうして、パカリと目が開いた。

 

「……魔法少女になりませんか?」

 

 どこにあるかも分からない口を使い、奴は流暢な日本語でそう言った。



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2話

 閉じていたはずの窓ガラスをすり抜けて、球体は室内へと入り込んでいた。

 目の前にいきなり正体不明のものが現れて、素直に首を縦に振るほど気が狂ってるわけでもなかった。

 ふわふわと浮かんでいる球体から目を離さず、ジリジリと扉に近づく。

 

「……予定とは少々形が違うな」

 

 黒い球体はそう独りごちた、けれどもその場に漂うばかりで何もしようとしない。

 逃げれる、そう思った。もう扉の目の前にたどり着いて、余裕ができたから。

 そこに至ってようやく欲望が鎌首を持たげた。

 

 本当に逃げてしまっていいのか? 

 

 逃げるべきだ、こんな怪しいものを信用するべきではない。そうは分かっているけれど、それが尋常ならざるものであることもまた確かな事実である。

 

 この機会を逃したら、もう2度と同じことは起きないのでは? 

 魔法少女になるなんて勧誘、そうそうあるものではない。

 

 こちらの心を見透かすように、その瞬間を言葉が撃ち抜いた。

 

「君は魔法少女になりたいのだろう?」

 

 なぜそれを知ってるのか、いやバーナム効果か。

 女子高生なら、今は忘れていたとしても幼少期の夢として抱きがちなものだろうから。

 

「ふむ、君はもしかして耳が聞こえていないのか?」

「……聞こえてるよ、当然」

 

 答えるべきではなかったのかもしれないけれど、俺はそう言ってしまった。すっと細まった眼を見ながら、自分はどうしたいのだろうと自問自答する。

 ──話をするだけなら、無料だから。そんな答えにため息をつく。

 けれども、そう決めたのならば。

 腹を据えろ、話をすると決めたんだから。

 

「お前は、なんだ?」

「私は魔法少女のスカウト役、兼、サポート役だ」

 

 そう言って奴は球の真下から触手を一本にょろにょろと伸ばした。

 

「死ななければ私が怪我を治す、君もまた私のおかげで助けられたと言うわけだ」

「俺を、助けた?」

「そう、死にかけの君をね」

 

 感謝してほしいものだね。そう言いながら握手でもしようとしてるのか、こちらに漂ってきた触手を払い除ける。本当だろうか? 右手のギプスをちらりと見やる、ならば右手の骨折はなんで放置されていたのだろうか。

 

「証拠はあるのか?」

「治した証拠はない。だが、治せるという証拠は見せることができる」

 

 今度は払い除けないでくれ、そう言いながら再び触手が漂ってくる。

 光沢もなく、ただ光を飲み込むだけの真っ暗闇、近くで見るとなんとも不思議な色合いだった。

 何で出来ているのだろう。流体の金属か、ゴムか、はたまた未知の物体か。

 

 そんな自分をさておいて、右腕に蛇のようにぐるぐると巻きついたかと思えば、すぐに離れていった。

 

「それで一応治っている」

「……へえ」

 

 そんな短時間で治るのか、何をやったのか全くわからなかったが。念のために軽くこんこんと叩いてみるが痛みはない。

 

「どうやって治したんだ?」

「当然、魔法に決まっているだろう?」

 

 もっとわかりやすい光とか、効果音が出るものではないのか。途轍もなく地味で、それに反して効果が大きすぎるように思えた。

 

「信用してもらえたかな?」

「半分ぐらいはな、でも分からないことだらけだ」

「それでいいさ、それで君は魔法少女になるか?」

 

 どうにもこの球体は話を急かしすぎる、もしかしたら魔法少女になるか? とは自分の知らない他の意味を持ってるのだろうかと思うぐらいに尋ねてくる。おはようございます、的な。

 

「なんでまた唐突に自分が勧誘されることになったんだ?」

「君には資格があったからだよ」

 

 魔法少女になる資格が、奴はそういった。けれども素質があるならばなんで今ごろになってやって来たのだろう、あまりに都合が良すぎるのではないか? 

 自分が死の瀬戸際になって、前の記憶を思い出した時になってようやく。

 

「資格ってなんなんだ、誰にでもなれるものじゃないのか?」

「そう、魔法少女は誰にでもなれるものじゃない。願いが必要なんだよ、人一倍魔法少女になりたいっていう願いが」

 

 その言葉を聞いて、ストンと腑に落ちた。

 前世の最後に俺は強く願っていた。魔法少女のいる世界に行きたいと、即ちそれは魔法少女になりたいという願望とイコールではなかったか? 

 その記憶を思い出して、その願望を追想したことが黒球を呼び出すトリガーとなった。

 

「君は珍しい、その年齢で魔法少女になりたいなんて願うなんて殆どいない。魔法少女になりたいなんて願うのは小学生、中学生がほとんどだからね」

「……そりゃどーも」

 

 褒められてるのか、貶されてるのか、球体から感情は全く読み取れない。

 

「けれども、ありえないことじゃない。ごく稀に君みたいな存在がいることもまた確かだ、そもそもかなり変わってなければ魔法少女になれない」

 

 変わっていることが良いことかは分からないけれども。ほかの魔法少女がどんな風に変わっているのかだけ、少しだけ気になった。

 

「で、魔法少女になったとして俺は何をすることになるんだ? まさか魔法で好き勝手して良いわけじゃないんだろう?」

「ああ、平和を守るために敵と戦ってもらう」

「敵?」

「魔物だ。人々の平和を脅かす存在、人がいる限り滅びな存在でもある。君は魔法少女になる気はあるか?」

 

 そこですぐに頷かなかったのは、たまたまだった。こちらに伸ばされた触手を掴もうとして、右腕を見た瞬間に嫌な予感がした。

 まっさらに綺麗になった右腕、それはいい。けれども骨折をわずか数秒で治してしまうその力は、ごっこ遊びにしてはその治療はあまりに完璧すぎた。

 いや、そもそも自分がそう思ってただけでこれは遊びじゃないのか。

 

「お前、役目はスカウト役兼サポート役って言ったよな?」

「ああ」

「……魔法少女はどれぐらい危険な仕事なんだ。どれだけ怪我をして、どれだけなかったことになるんだ?」

「質問の意味がわからないが」

「いや、違うな。その魔法少女は魔物に負けたら死ぬのか?」

 

 わかってる、これはゲームではなく現実だって。それに先に気づけたことがどれだけ幸運だったか。

 気づけば目の前に深淵がぽっかりと口を開けていた。

 

「当然、死ぬ」

 

 それを当然のように無感情で良い放てる黒球は、やっぱり人の心を持ち合わせていないのだ。

 それを聞いて、自分の答えも決まった。

 

「……悪いが、俺は魔法少女にならないよ」

「そこまでの願望を持ちながら魔法少女になろうとしないのは、やっぱり君は特別だ」

 

 平坦な声、けれどもほんの少しだけ言葉に喜色が見えた気がした。黒球は眼を閉じて、けれども去ろうとせず、そのままその場に漂い続けている。

 

「魔法少女に会ってみたくはないか?」

「まだ諦めてないのか」

「私は君はまだ魔法少女になりたいという気持ちを持ってることを知っているからね」

 

 そういうセンサーでも備わっているのだろうか、けれども実物の魔法少女に会えると聞いて興味が唆られるのもまた事実。

 

「会えるなら、会ってみたい。けれどもそれを条件に魔法少女なることを強制しないで欲しい」

「分かってる。強制はしない、それがポリシーだからね。なりない奴がなるべきだ。では君が退院後に会う機会を設ける」

 

 それだけ言って窓の外へと再び去っていった、やっぱり窓ガラスないのかのごとくすり抜けていく。

 

「君が魔法少女になる日を楽しみに待っているよ」

「そんな日は訪れないから安心してろ」

 

 フフッと声がして、それがあいつの笑い声だと気づいたのは次の日になってからだった。

 

 ●

 

 確かに魔法少女会いたいと言ったのは自分だったが、そう退院してようやく戻ってきた家の前で思い返す。

 魔法少女は変わっている奴が多いとも言った、けれども彼女と自分が同列に置かれるのは異議ありだ。

 

 自宅の表札がかけられた塀に寄りかかって、いかにも魔法少女っぽい服装の少女がスヤスヤと寝息を立てていた。

 髪は黒、長い髪をシュシュで一つのポニーテールに纏めている。ぱっと見中学生ぐらいの年に見えるが──。

 

 こんな場所で寝る奴が果たして中学生なのか? 

 なんでこの場所で寝れるのか、その神経がわからない。

 

 けれどもあいつが言ってたのはこれなのだろう、これだろうな、多分。

 会う機会を設けると言っていたけれど、こんなにすぐとは思わなかったし、事前に連絡を入れて欲しい。

 こんなの近所で噂になること間違いなしである。

 ついでに言えば彼女以外にして欲しいけれど、いまからチェンジとかできないのだろうか? 

 

 念のために周りを見渡すも黒い球体の姿はどこにも見つからなかった。役立たず、そう呟く。

 

 さては取り置き、とりあえず彼女を起こすべきだろう、そうして場所を移動するべきだろう、自宅には上げたくないな、そんなことを考えながら肩を揺する。

 

「こんなとこで寝るなー、起きろー」

「……ふぇ?」

 

 薄く開けられた眼を見て、思わず息を飲んだ。鮮やかな空色の瞳、それに吸い込まれて。

 互いに見つめ会ったまま、先に正気に戻ったのは彼女だった。

 

「あ、悪の魔法少女たる私を眠らせるなんて貴女は何者なんですか!?」

 

 呆気にとられてるあいだに彼女は数メートル距離を飛びのいて、どこからともなく取り出した杖をこちらに向けた。

 

「手を上げてください!」

 

 どこから突っ込めばいいのだろう。悪の魔法少女とは何か尋ねるべきか、勝手に寝ていたのはお前だというべきか、その杖はなんなんだとか。

 全てを置いといて、とりあえず両手を挙げた。

 

 絶対に酷い目に合わせてやる、内心そう思いながら。

 

 



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