目の前の焚き火から煙がくゆる。それを眺めながら煙管の吸口から煙を吸い、口から吐き出す。
「……ただの執着。いや、無いと落ち着かないだけか」
そう呟きながらも煙を吐き出すのは、女。
高級ではなくかといって安物でもない。それなりの品という評価が付く煙管を咥えながら、何処かの屋敷の縁側で女は煙を月へと向かって吐き出す。
「もはや意味の無い、この行為を終わらせるには至らない。全く貧弱になったもんだ」
「おい……」
「ん。おぉ、兄者」
屋敷の中から姿を現したのは長い黒髪を後ろで縛った男。その男を女は兄者と呼ぶ。これだけを見れば、何処かの裕福な家の跡取りと珍しく遊びまわっている妹に見えるだろう。だが違う。
女の足元には何かに食われた人の死骸があるし、女の口元は薄らと血で汚れている。男に至っては六つの眼が存在した。
「私のものを……勝手に漁るな……」
「わりぃわりぃ、美味そうだったからつい」
二人は鬼。
始祖の鬼の血によって人ではなくなった。人を喰らい、その度に強くなる。人喰いの鬼。
「お前ももう……十二鬼月……私と同じ……上弦……」
「説教は無しにしてくれよ。何百年も耳にタコが出来るくらい聞いてんだからさ」
しかも始祖の鬼が選別した最精鋭である
「夜刀華……」
女の名前らしきものを言うと男はそれ以降は黙して女────夜刀華を見つめ続ける。始めはどこ吹く風だったが、次第に居心地が悪そうに煙を吐き出したかと思えば根負けしたのかがぁっと怒鳴る。
「わぁったよ! 上弦としてちゃんと自分の飯は自分で確保する! これでいいか!」
「分かればいい……」
「ったく。兄者は上弦の壱の癖に細か過ぎんだよ」
苛立ちをぶつけるかのように灰になった葉をたき火に放り込んだ夜刀華はそのまま新しい葉を煙管へ詰め込む。薪を使って火をつけている夜刀華を見て男は用が無くなったのかそのまま屋敷の奥へと姿を消す。夜刀華はそれを見送ると、食べ残しから剥いだ服を焚き火にくべる。めらめらぱちぱちと燃える黒い服。
徐々に炭となる「滅」の字。それを眺めながら夜刀華は思う。
鬼になって数百年。兄と共に人を喰らい、強くなり、全く興味のなかった十二鬼月になって早十数年。上弦にも興味がなかったが、あの方からの勧め(命令)で壺の中に入っては出るを繰り返す気持ち悪い奴の首を斬って上弦になり、あの方よりさらに血を貰って数日。
(……腹が減った)
飢餓感が増し、形振り構ってはいられなかった。
(これだけで明日まで持つか……いや、もっと欲しいな)
服が完全に炭になる前に幾つか追加で持って帰ることを決めた夜刀華は、食べ残しを持って兄と同じくそのまま姿を消した。
本作の黒死牟さんは、妹に対して甘いお兄ちゃんとなっております。
甘いからと言っても、何でもかんでも許す感じではなく、ちょっとしたことなら許しちゃう妹思いの兄という感じです。
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