先天的(転生)TS女子と、後天的(あさおん)TS女子による百合のようなナニカ (レズはホモ、ホモはレズ)
しおりを挟む

あさおんは男の夢(※個人差による)

【あさおん】:『朝起きたら女の子になっていた』というロマン溢れるシチュの略称。

【あさおんする】:動詞。朝起きたら女の子になること。


それでは、闇鍋を召し上がって下さい(ニッコリ)



 

『親友よ、あさおんってホントにあったんだな』

 

 

 とある日曜日の昼下がり。オレの携帯に突如送られてきたメッセージは、普通に見たら、全くもって意味不明としか言う他なかった。

 

 最寄りのショッピングモールへ行く途中、電車に揺られること数分。携帯を見ながらぼーっとしてたら、メッセージアプリからの通知が来てこの文面である。

 もう一度言おう。全くもって意味不明であった。

 

 とはいえ、シカトするのもなんだか申し訳ない。最近流行りの既読無視とかいうヤツにはなりたくないのである。

 とりあえず、当たり障りのない返事をするとしよう。

 

『オレはあさおんも好きだが、転生して女の子になるシチュの方が好きだぞ』

 

 訂正、オレもたいがい意味不明なことを言っているような気がする。だが今更の話だ。小学生の時に先生から『あなたって不思議ちゃんよね』って言われたこと、まだ根に持ってるんだぞ。

 

『知ってる。知ってるが、それとこれとは別だ』

 

『じゃあ何の話だよ』

 

『いやだから、あさおんってマジであったんだなって』

 

『ぱーどぅん?』

 

 普段の親友には中々ない、やけにまごついた言い方だった。

 いつもはむしろストレートに思いの丈をぶちまけるタイプだと思っていたのだが、話の本題がなかなか見えてこない。

 ただ、オレのメッセージにほぼノータイムで返信するあたり、何かしら慌てているんだなとは思えた。

 

『よく分からんが、あさおんがどうしたんだよ』

 

 あさおんあさおんって、オレが教えてやったジャンルではあるが、あいつはそんなに興味を持たなかったはずだ。

 朝起きたら突然女になるとか、ぞっとするわと言われた記憶がある。オレにとっては宣戦布告なので、三日は口を利かなかった覚えがある。

 イイじゃん、あさおん。一切の過程を無視して女の子に大変身できる奇跡のシチュじゃんか。

 

『今から言うことは、嘘じゃない。今日はエイプリルフールじゃないし、俺の気が狂ったわけでもない。多分』

 

 少しして、そんなメッセージが届く。

 

 ……ここまできて、オレも親友が何を言おうとしているのかは何となくわかってきた。

 勿論、それは二次元の話。この流れときたらこのシチュだろ、的なものだ。

 いざリアルの話として考えれば、『ありえない』とか、『そんなの創作の話だ』とか、普通の人はそう思うのだろう。

 だが、少なくともオレは──()は、ありえないことはないと思えてしまえた。

 何故といえば、オレ自身が少なからず()()に近い体験をしてきたからだろう。

 ──いわゆる転生、とかいう現実じゃあまずありえない現象。

 しかも、微かに残っているかつての記憶によれば、オレは元々男だった。まぁ、今の人生が楽しいから全然構わんがな!

 客観的に見ても自分の容姿は良い方だと思うし、恋愛対象は変わらず女だが、合法的に女の子とイチャコラできると思えばむしろ最高といえる。

 それに、以前の記憶なんて全くといって良いほど残ってないし。かれこれ十七年、今やオレは高校生。それだけ生きてれば、昔のことより今のことの方が大事になってくる。

 

 だが、それはあくまでもオレ個人の話だろう。

 皆が皆、オレと同じように男から女になっても何も思わないどころか喜ぶ変態だとは思っていない。

 だから、親友がもし本当に()()なってしまったのだとしたら、オレは──

 

 

 

 

『俺、あさおんしたっぽい』

 

『はい嘘乙ワロス』

 

 ──思いっきり煽ってやろう。

 

 

 

 ---

 

 

 

 親友の衝撃的なカミングアウトを無慈悲にスルーして、目的のショッピングモールで買い物をする。

 ウィンドウショッピングしつつ安めの衣服や下着を買ったり、薬局でなにかと消耗する生活用品を買い足したり。あとは、来週分の食料として、保存が利く食べ物や食材なんかを優先して買っておく。

 ついでに、福引きをやっていたので引いてみた。三回引いて、全部外れ。ポケットティッシュを3つ貰った。意外とありがたいのである。

 目的のものを全部買い、外に出てみれば、まだまだ明るい。買い物を始めた時からまだそんなに時間は経っていないみたいだ。

 

 ふと、敢えて振動機能をオフにしていた携帯を取り出して、待ち受け画面を確認する。

 メッセージの通知が、十三件。ついでに留守電が三件。

 

「ひぇっ」

 

 やべぇ、ストーカーみたいと思ったオレは何も悪くないと思う。

 恐る恐るメッセージアプリを開いてみれば、『いや』とか『待て』とか短い言葉から始まり、『頼む』『ほんとだから』『おまえしかたよれないんだ』『なあ』『おい』……と続いて以降ずっと呼び掛けのメッセージばかりである。

 見捨てられる寸前のヒモ彼氏かな? 漢字変換もしないとは、余程慌てていると見た。

 流石に可哀想だと思ったので、仕方なく、仕方なーく電話を掛けてやる。何様だって? 親友様だ。

 プルルルッ、とワンコール鳴り終わるか否かというところで即繋がった。喜べ、なにげに過去最速の反応速度だ。

 

「──待たせたな」

 

 できるだけ低い声を意識して、某段ボールの人をイメージしつつ告げる。

 だが、返事が返ってくる様子がない。微かな布擦れの音と、少し荒い息の音が聞こえるだけだ。字面だけだと変態だな。

 

『……あ、あー……もしもし。その、俺だ』

 

 数秒か、はたまた数十秒かの無言の後、『間違い電話でしたとか言って切ろうかな』と画策していた私の思考を遮ったのは、可愛らしい女の子の声だった。

 もう一度言う。女の子の声だった。やっべーマジだわ。

 

「あるぇー? 確か、オレは親友に掛けたはずなんだがなぁ。妹ちゃん、お兄ちゃんの携帯を勝手に触っちゃいかんぞぉ?」

 

 これでもかとわざとらしく、子供に向けるような甘ったるい声で煽る。私の煽りスキルは最高クラスと自負しているぜ。

 ちなみにあいつに妹はいない。一人っ子である。

 

『……俺が』

 

「んん? 何だってぇ? 可愛らしい声の妹ちゃん」

 

『だから、その……俺がっ…………』

 

 小さな声だった。何かを躊躇っているような、覚悟を決めかねているような──そして、救いを求めるような、弱々しい声。

 長い、長い沈黙が続く。その間、オレは何も言わなかった。

 

『………………俺が、明乃……なんだよ』

 

 そして、決心がついたのだろう。女の子の声の主が、自分こそがオレの親友──意澄 明乃(いすみあきの)なのだと、そう言った。

 とても重苦しい声だった。

 初めて耳にする女性の声だというのに、その声色からはどうしようもない負の感情──不安や混乱がゴチャゴチャに混ざり合ったような思いがひしひしと感じられる。

 きっと、不安だったのだろう。オレにそんな変なことを言って、信じてくれるのか、と。

 

 ──だが、オレは明乃の親友だ。

 少なくともオレにとっては唯一無二の親友である、明乃の言葉なのだ。あいつが本気なのかどうかなんて、簡単に分かる。

 まぁ煽るけど。それとこれとは別だ。

 

『……俺だって、ワケわかんねぇんだ。けどっ……けどよ……』

 

「……明乃」

 

 ちゃんと言えたじゃねぇか。なんて某ゴリラのセリフを思い出しながら、口を開く。

 

 

 

 

おけー(おk)。今からお前ん家行くから待ってろ」

 

『…………え?』

 

「安心しろ! 別に遠出じゃないからそっち行くのに大して時間はかからん」

 

『いや、おい待て。状況飲み込むの早すぎない? というかノリ軽くない?』

 

「あ、嘘だったら承知しねぇかんな!? オレはピュアなんだぜ!」

 

『いやいやいや! お前がピュアなんだったら世の中の女は全員腹黒だぞ!?』

 

「じゃ、後でな!」

 

『ちょ──!』

 

 一方的にそう言って、プチッと容赦なく通話を切る。

 うむ、ああやって思わずツッコむだけの余裕があるんだ。しばらくは大丈夫だろう。別に気を紛らわせるとかそういう狙いではなかったけど。

『やはりあいつのツッコミはキレがあるな……』とか心の中で師匠面しつつ、肩に掛けた買い物袋を掛け直す。

 やっぱ、いつもより買いすぎたかね。全くもって重いのなんの。

 

「……さてと、ちょっと急ぐとするか」

 

 まあ、ああ言った手前、『荷物が重かったんでやっぱり行くのやめます』とか言ったら流石に鬼畜が過ぎると思うので、あいつの自宅に向かうとするか。

 

 

 

 ---

 

 

 

 オレの親友たる明乃の家は、オレの自宅からそう遠くない位置にある。一般家庭としては普通の、よくある二階建ての一軒家だ。

 さっき電話をしてからだいたい20分ほど。家に帰らずにそのままここへ来たので、さっき買った荷物も持ったままだ。

 

『意澄』と書かれた表札の側にあるインターホンをポチッとな。ついでに備え付けのカメラに向かってダブルピースをしておく。かわいい(自画自賛)

 少しして、玄関の扉が開かれる。出てきたのは、顔の所々にしわのある、朗らかな顔をした女性だった。明乃の母さんだ。オレは親しみを込めておばさんと呼んでいる。

 

「碧葉ちゃん、いらっしゃい。今日も遊びにきたのかしら?」

 

「ちわっす、おばさん。ええ、性懲りもなく遊びに来ましたよ」

 

 冗談っぽくそう言ったら、おばさんは軽く笑って口元に手を当てる。

 ちなみに碧葉というのがオレの名前だ。瀬戸 碧葉(せとあおば)。それが今のオレである。

 

「あらあら、別にお邪魔じゃないから気にしなくて良いのよ? ささ、上がって上がって」

 

「それなら、遠慮なく」

 

 お邪魔します、と言って家に上がり、いつものようにリビングに通される。

 おばさんはこなれたようにお茶を用意している。かくいうオレも、この家には何度も来ているので、もうひとつの我が家のような感覚だ。荷物を一旦床に置き、ダイニングテーブルに向かって座る。

 

「でも、ごめんなさいねぇ」

 

「ん、どうかしたんですか?」

 

「明乃ったら、今日は中々部屋から出てこなくってねぇ。休みの日だから、また夜更かしして寝ちゃってるだけかもしれないけれど」

 

「ああ、あいつ集中し出すと止まらないタイプですもんね」

 

「そうなのよ、全く……」

 

 おばさんからお茶を受け取りつつ、いつものように軽く話をする。

 聞いている限りだと、明乃に異変があったとか、そういう雰囲気ではなさそうだった。

 ワンチャン、夜更かしのしすぎであいつの気が狂っただけじゃね? とか失礼なことを思いつつ、お茶を啜る。

 

「──()()()なんだから、もうちょっと身体に気を付けて欲しいんだけどねぇ」

 

「ブッフォ」

 

 ……ワッツ? ホワイ? 女の子? 

 今、おばさんは『女の子』と言った。オレの耳がイカれてなければ、確かに『女の子と』言っていた。驚きすぎて思わずお茶吹いちまったじゃねぇか。

 

「あら、大丈夫? 噎せちゃった?」

 

「え、ええ。すみません、直ぐ拭きますんで。いやホントすみません」

 

 都合良くお茶を吹いた理由を勘違いしてくれたおばさんから雑巾を頂き机を拭く。

 とりあえず、落ち着いて思い出せオレ。脳内会議の時間だ。議題は勿論『明乃は女であったか?』である。

 というか会議するまでもねぇ。あいつは男だ。

 そもそも、もし女だったら『幼馴染みで親友ポジの女の子とかそれもう手を出しても良いよね?』とか馬鹿なことを想像しているに違いない。それをしなかったのは、あいつが紛れもない男だったからだ。

 

 だが、ここでおばさんに『え? あいつ男ですよね?』とか言ったら変な目で見られること間違いなし。おばさん自身が明乃のことを女の子と言ったんだから、おばさんにとってはそれが当たり前の認識なんだろう。

 つまり、早急に事の状況を確認する方法は、唯一つである。

 

「えーと……オレが明乃の様子見てきますよ。元々あいつに用があったんで」

 

 明乃に直接会って確かめる。それしかないだろう。

 それに、あいつ自身の言葉もある。

 女の声で、自分のことを『明乃』だと言った彼女。あれは電話越しとはいえ、聞き間違いなどではなかった。

 本当に、あいつは女になってしまったのか。未だにちょっと疑念を抱いていたそれが、確信に近いものになっていく。

 

「ええ、そうしてくれると助かるわ。それと、本当に夜更かししてたんだったら、注意しておいてね。ホント、あの子ったら碧葉ちゃんの言葉は素直に聞くんだから……」

 

「……分かりました。言っておきますね」

 

 吹き出したお茶を綺麗に拭いた後、荷物を持っておばさんに会釈をしてリビングを出る。明乃の部屋は二階だ。すぐそばにある階段を上って、あいつの部屋の前に立つ。

 

 当然というか、扉は閉まっていた。鍵は無いタイプだが、無遠慮に開くほどオレは礼儀知らずじゃあない。

 

「おい明乃、オレだ。お前の親友にして美少女幼馴染みの碧葉様だぞ」

 

 ………………。

 返事はない。代わりに、部屋の中からゴソゴソと物音がする。

 いつもなら、『お前何様だよ』とか『腹黒美少女の間違いじゃねぇの』とか辛辣なツッコミが入室許可の合図なのだがね。

 ふむ。こうなりゃドーンと思いっきり部屋に侵入してやろうか。よししてやろう。え、礼儀はどうしたって? まあいいでしょ、緊急事態だし。

 

「返事しないのは許可と受け取った! 安心しろ、疚しいモノは見なかったことにしといてやる!」

 

『え、ちょっと──』

 

 扉の向こうから慌てたような女の子の声が聞こえた気がするが、無視だ無視! 

 

「ほーれじゅーう! きゅーう! ヒャア、がまんできねぇ! 失礼するぜ!」

 

『おい待て嘘だろ!?』

 

 ドアノブを捻り、勢い良くドアをバーンする。大丈夫、壊さないように手加減はした。一応人ん家だしね。

 

「さーてさーて、明乃よ。あさおんしたらしいなぁ! マジか? マジなのか!?」

 

 勝手知ったる親友の部屋。ズカズカと踏み入って、部屋の中を見回してみる。

 以前ここに来たときよりも多少部屋が荒れているが、置かれている物は大して変わっていない。普通の男子高校生の部屋って感じだ。

 そして、壁際に置かれたベッドを見やる。

 

 ──果たして、そこにいたのは、怯えるように布団にくるまって頭だけを出した一人の女の子だった。

 

「…………よ、よう、碧葉。俺だ、明乃だ。分かるか……?」

 

 自分を明乃と言った女の子は、小さな声で、確かめるようにオレの目を見つめる。その眼差しは、不安げに揺れていた。

 

「───……なっ」

 

 それを見て、オレは──マトモに声が出なかった。

 それは、驚きというか、予想外というか、とにかく、目の前の光景を改めて認識して、思考が固まったのだ。

 

「……あ、碧葉?」

 

「これは、まさか……嘘だろ……」

 

『なんてこった』。それが今のオレの気持ちを表すのに一番適切な言葉だろう。

 震える手で、彼女の困惑する顔を指差す。

 

「……あ、明乃、お前……」

 

 男の時と変わっていない、ややつり目気味の目元。

 黄金比とも言える、スラリとした目鼻立ち。

 肩まで伸びる、ウルフヘアーのように所々跳ねた黒髪。

 全体的に、可愛いというより格好良いという印象を受ける凛とした顔立ち。

 それ即ち──

 

 

「──お前、めっちゃオレのせいへ──いや好みにドストレートじゃねぇかよォ!!」

 

 いわゆる──イケメン系女子。オレの大好物なのである。

 

 

 

 

「…………やっぱり変態か……」

 

 明乃の呆れるようなため息が、やけに部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 




殴り書きなので、変なところがあったら直します。というかストーリーの設定自体が変ですが。

ちなみに次回は……ナオキです

8/2─冒頭に出てくる曜日を、『土曜日』から『日曜日』に変更しました。話の展開に影響はありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

先輩は敬えという話(byTS歴17年)


続いちゃっ……たぁ!

まだ一話しか投稿していないにも関わらず、感想、評価、お気に入りありがとうございます。ウレシイ…ウレシイ…
相変わらず勢いで書いていますが、誤字や噛み合わない表現にはできるだけ注意しています。だから、見直しをする必要があったんですね(メガトン構文)




 

 

 拝啓、どこの誰とも知れぬ、存在さえも疑わしい神様よ。

 オレにこうして二度目の生を与えてくれた感謝も勿論あるが、今ばかりは、それよりも尚深く、厚い感謝をあなたに捧げたいと思う。

 

「ふへへ……まじかよ、絵に描いたみたいにオレの好みまんまじゃーん……ふぉぉぉ……すばらし……」

 

「…………」

 

 オレは今まで、恋愛対象は女として生きてきた。

 将来的にも男と付き合うなんてまっぴら後免だと考えているし、子供とか、そういう女性としての幸せというのも、いまいち実感がわいてこない。それよか、付き合うなら女の子とだなと思っている。

 

 にしたって、オレにだって普通の人のように好みというものがある。

 可愛い女の子であれば誰にでもコナをかけるとか、そういう見境なしではないのだ。まあ仲良くなってあわよくばちょっと合法お触りしてみたいとか思うけども。

 しかしながら、現実には、自分の理想とする完璧な相手というのはなかなか存在しないものだ。

 だからオレは今までずっと、自分の中の理想を胸に抱えながら、理想とは違う女の子を見てきた。

 

「っべー、まじやっべー……あ、写真撮っていい? というか撮るぞ」

 

「あ、ああ……うん、どうぞ」

 

「安心しろ、拡散はしない。これはオレだけの宝だ」

 

 だが、だがしかし。どうしたことか。

 ──オレの理想は、ここにあった。

 

「──って、おい待て待て待て!」

 

「ん、どうした明乃? というか慌てる顔もマジですこ」

 

「そ、そうか──じゃなくて!」

 

 明乃はブンブンと首を振ると勢いよく立ち上がる。くるまっていた布団を引きはがして、ビシッとでも効果音が付きそうな圧を放ちながらオレを指差した。

 

「なんで! お前は! 普通に! 俺が女になったことを受け入れてんだぁッ!」

 

 …………。ああ! 

 そうだわ、そうだったわ。元はといえば明乃があさおんした云々とかそういう話だったな。ついつい、女になった明乃の顔が好みどストライクすぎてちょっと忘れてた。てへっ! 

 

「いやだって、お前明乃じゃん? 別人でしたーとかいうドッキリじゃないだろうし?」

 

「いや、まぁ、そうだけど……そうだけどなぁ!」

 

 明乃は納得いかねぇと言って頭をガシガシと掻き乱す。まあいいじゃん、健全な男子高校生の部屋に侵入して勝手に布団にくるまってた見知らぬ変態と思われるよりは。

 というか──

 

「──オイ明乃ォ!」

 

「ひぅっ、な、なんだよ……いきなり叫ぶなって」

 

「女の子の髪の毛を、そんな乱雑に扱うんじゃあない!」

 

 男と女では、髪質が全然違うのである。女になってしまったからには、その辺も気を付けて貰いたいものだ。

 

「よっ……余計なお世話だ! というか、それをよりにもよってお前が言うのかよ!」

 

 なんだァ? てめェ……

 オレだってな、元男ではあるが、可愛い子になるためにそれなりに努力してるんだぞ? まあオレは素で可愛いから? メイクとかは最低限でいいんですけどねぇ? 可愛くてゴメンネ! 

 

「ふふふ……少なくともお前よりは、女の子力が高いぜ? なりたてホヤホヤ、女の子初心者の明乃ちゃぁん?」

 

「……中学の家庭科の評価が1のヤツがか?」

 

「──あ゛?」

 

 明乃の、バカにするようなジト目がオレに突き刺さる。

 ……久々に……キレちまったよ……。

 

「おまっ、お前! オレだってなぁ! り、料理とか家事はできるんだよォ! あれは不当な評価だッ!」

 

 ただ単に、中学の時は苦手だった裁縫とか筆記とか、そういうのしか成績に載らなかったからだ! オレは悪くねぇ! 

 

「いいもんねいいもんね! そんなに言うなら、思い知らせてやる。お前はこの後オレに泣いて感謝することになるぜ?」

 

「……なんか、お前のそのいつもと変わらん謎のノリに安心さえするわ」

 

「うっさい!」

 

 ええい、そんな呆れるような目でオレを見るんじゃない!

 迸る怒りに身を任せ、わざわざ部屋まで持ってきていた買い物袋をゴソゴソと漁る。取り出したるは、とあるチェーン店のビニール袋。

 

「なんだ? それ」

 

「え、知らないの? しま〇らだぞ」

 

 安い服をいつでも買える、庶民の味方。ファッションセンターしま〇ら。その赤いデザインのビニール袋を、明乃の前に突き付ける。

 

「ゴッホン──時に、明乃よ。お前はあさおんした時、ほぼ必ず直面する問題は何だと思う」

 

「は?」

 

 無駄に真剣な顔つきを意識して作り、しま〇らの袋を開く。ノリに付いて行けてないKYが約一名いるが、今に分かるだろう。ふふふ。

 さて、かれこれTS歴十七年の瀬戸 碧葉。偉大なる先人による──『今日から君も女の子! 簡単TS講座』を始めるとしよう。え? 名前がダサい? まあいいじゃん、適当だし。

 

「あさおんした場合、なんであれ困るのは服だ。性別が変わりゃあ、今まで着てた服なんて殆ど使えん。まぁメンズでもファッション的に問題はないかもしれんが、下着が無けりゃ胸の()()が結構目立ったりする。そうなると、『服を買いに行く服もない』って状態だ。最悪ここで詰む」

 

 その時は、滅茶苦茶ブカブカな服で誤魔化すか、或いはピッチピチ(主に胸が)な服で押し通すかして、周りの変な視線に耐えながらそそくさと服を買いにいかなくてはならない。公開処刑である。

 ちなみにコレ、オレが今まで見てきたあさおんモノの傾向から言っている。まあ間違ってはいないのではないか。

 

「……そういう物なのか?」

 

「そういうモンだ!」

 

 せっかく丁寧に説明してやろうとしてるのに、明乃の反応はどうにも芳しくない。納得いってないというか、これは胡散臭いものを見る目である。

 

「まあ、という訳で、だ。この超気が利くことに定評のある碧葉様が、お前にも着れそうな服と下着を持ってきてやった。感謝しろよな!」

 

「一回『気が利く』の意味を辞書で調べてこいよ……って、え、マジで?」

 

 明乃は信じられないとばかりに目を丸くする。そりゃあ、思ってもみないだろう。あさおんした当日に、親友が女性用の衣装を用意してくれるなんて至れり尽くせりだぜ? ふはは、流石オレ。略してさすオレ。

 

「あと、なんだかんだ無いと困る生理用品とか、女性用のシャンプーとかエトセトラ……使い方は後で教えてやる」

 

 そう言いつつ、買い物袋から買ってきたものをじゃんじゃん取り出す。

 うむ、やっぱり他人の分まで一緒に買うと滅茶滅茶重たいわ。液体系とか嵩張るわ重いわで大変だし。

 

「いや、いやいやいやいや! 碧葉、お前なんでそんな色々買ってきてんだよ!」

 

「安心しろ、全部自腹だ。それにできるだけ安いの買ったし」

 

 オレは高校に上がってからすぐにバイトを始めたので、自分の自由に使えるお金はそこそこ持ってる。

 今日の本来の目的はおつかいだったのだが、そっちの分は親から貰ったお金で払い、明乃の分はオレの金で払ったのだ。

 

「違う、違う! なんでそんな用意周到なんだよ! 俺が女になったって連絡したの、昼頃だろ!?」

 

 確かに、明乃からそういう話がきたのは昼ぐらい、買い物に行く途中だった。その時に丁度いいから買っておこうって決めたわけだし、まあそんなものだろう。

 

「でもよ、それって……おかしい、だろ……」

 

 ──突然、いつもの調子を取り戻しつつあった明乃が、暗い顔をして俯いた。

 その様子は、オレが最初に部屋に入った時と同じような、不安げなもの。

 

「なんで、だよ」

 

 か細い声で、オレにそう聞いてくる。何が『なんで』なのかよく分からず、思わず黙ってしまったオレに、明乃はワケの分からないものでも見るかのような不信の目を向けてきた。

 ……その目が、あまりにも痛ましいものに思えて、オレは少しだけ居心地が悪くなってしまった。

 

「……それってさ。俺があんな意味不明なメッセージを送ってすぐのことなんだろ。『嘘乙』とかなんとか言ってたじゃねぇか。

 ……──なんで、あんな言葉あっさりと信じてて、こんな用意までしてくれてんだよ」

 

 いつの間にか、明乃は、泣きそうな顔をしていた。

 目のふちに涙を溜めて。オレがついさっきまでテンション上がって観察してた、その理想の顔をクシャクシャに歪めて。

 

 ……そうだ。明乃に言われて、オレは初めて自覚する。

 オレは、全く疑ってなかった。ふざけたことを考えてはいたが、オレは明乃自身の言葉に対して、何の疑いも持っていなかったのだ。

 あさおんしたって? マジか、煽ってやろう。

 慌てふためいてるだろうし、色々と買ってきて感謝されてやろう。

 大体そんな風に考えていた。

 

 そうやってあっさりと信じたのは、オレ自身が転生を経験してたから? いいや、よく考えてみれば、それは違う。それとこれとは、別だ。

 どんなに荒唐無稽な冗談や嘘だって、言うヤツはこの世にごまんといる。それを、片っ端から『転生があるんだから』なんて理由で信じてられるわけがない。オレは、そこまで馬鹿になったつもりはない。

 

「なあ、なんで、なんだよ。碧葉……ワケ、わかんねぇよ……」

 

 それでも、オレは、実際に明乃を信じた。あいつの言葉を真実だと疑わず、それを前提に行動していた。

 何故? なんで? 自問自答のように、明乃と全く同じ形の疑問が頭の中で反響する。

 理由。理由は。オレが明乃の言葉をあっさり信じた理由は──? 

 

 気付けばオレは、無意識に口を開いていた。

 

「そんなの──」

 

 自然と言葉が出るようだった。悩むまでもなく、言葉を選ぶまでもなく。

 ああ、そうだ──よく考えるまでもなく、簡単な話だった。

 

 

「──お前、オレに嘘ついたことないだろ?」

 

「───ぇ?」

 

 オレは今まで一度も、明乃の嘘を聞いたことがない。思い当たる理由なんて、その程度のものだった。

 

「……そ、それだけ? たったのそれだけなのか……?」

 

「ああ、そんだけだ。悪いか?」

 

 ……確か、明乃とオレが初めて会ったのは、幼稚園の時だったか。

 オレはその時から結構好き放題やってて、遊ぶ時も、男子に混じってはしゃいでたものだ。

 明乃とは、元々その遊び相手の一人というだけの関係だった。

 特別仲が良いとかじゃなくって、ただの友達。それくらいのもの。

 小学校に上がってからも交流はあったが、同じような友達はたくさんいた。

 けれども、あいつはあの時から、他とは違っていたのだろう。

 

 男の子というのは、大抵は気になる子にちょっかいやイタズラをしかけたり、見栄を張ってでも良い顔をしたかったりするものだ。

 オレはずっと、女子よりも男子に近い間柄だったからか、『そういうこと』も、他の女子よりもずっと多かったと思う。ホラ、オレってば可愛いし。

 だが、正直、興味なんて欠片もなかった。だって、女の子の方が好きだから。

 小さい子が頑張ってオレの気を引こうとするのは見てて微笑ましいものではあったが、それでなびくようなことは決してない。むしろ、段々と厄介だと思うようにまでなってきたのだ。

 

 それで、どうしたものかとうんうん悩んでいた時のことだった。

 

『──そんな変な顔して唸って、どうしたんだよ』

 

 明乃は、至って平然とした顔でそう聞いてきたのだ。

 おい、変な顔とはなんだ──そう言おうとして、ふと気付いた。

 

 ──そういえばコイツ、オレに全然『そういうこと』しねぇな。

 

 ちょっかいもイタズラもしない。見栄も嘘もつかない。普通にオレと一緒につるんで、普通に一緒に遊ぶ。子供ばっかりの環境の中では、一際大人びている。そんな感じだった。

 

 ──それからだろう。他の誰よりも、あいつと一番つるむようになったのは。

 小学校の間はあいつによく引っ付いて、あいつも鼻の下伸ばしたり、照れたりなんかせずに素面でオレに付き合ってた。

 そこから中学生になって、高校生になって。いつの間にか、こういうのを幼馴染みだなって言い合って、親友と呼んでいた。

 

 気楽だったのだ。オレは男に恋愛的な興味など一切なく、あいつはオレに全く恋愛的に興味を持たない。文字通り、友達以上、恋人未満を地で行く関係。

 しかも、あの時からずっと変わらず、オレに嘘など全くつかない。会話の流れで出てくる程度の冗談を、たまに言うくらいだった。

 

「……うん、そうだな。オレは、お前は嘘をつくヤツじゃないって知ってる。だから信じた。それだけだ」

 

「…………」

 

「それに。もし、仮に、お前が嘘ついてたとしても、このくらいの(モン)、元々オレが使うつもりだったってことにすりゃ良かったし。まぁ、なんだ……」

 

 今回の場合は、オレが勝手に信じて、勝手に行動した。それだけのことなんだ。

 ニッコリと笑って、親友にサムズアップする。あいつは面白いくらいに、鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしていた。

 うん、やっぱこいつのこの顔は、女になってもあんまり変わらねぇな。

 

「……安心しろよ。なんたって、親友だしな! こういう時はじゃんじゃん頼れってことだ!」

 

 ……決まった。我ながら、結構いいこと言ったような気がする。自画自賛だけども、まあ、これがオレの言いたかったことだから、嘘は言ってないさ。

 

「あお、ば……」

 

 明乃は、頬を真っ赤にして、両の瞼からポロポロと涙を流し……って、え、泣いてる? 

 いや、えぇ? どないしよ。どないせぇっちゅうねん。どないすんだよ。オレは泣いてる人の慰め方とか知らないぞ!? 

 

「え、お、おいあき──のぁっ!?」

 

 突然、明乃がベッドから降りてオレに飛び付いてくる。というか、抱き付かれた。

 …………ホワイ? 状況が分からず、頭が一瞬真っ白になった。

 フリーズするオレを余所に、明乃は泣き腫らした顔で、ぎこちなく笑う。

 

「……ぁぁ、その、ありがと、な。お前が親友で、ホントに良かった」

 

 ──ありがとう。

 

 そう言って、ギュッと抱き付く腕に力が入る。

 

 ……ああ、そうだ。当たり前のことだった。

 オレ自身で言っていたじゃないか。皆が皆、オレと同じように男から女になっても何も思わないどころか喜ぶ変態ではないって。

 明乃にとっては、それが精神的負担になった。それが今になって、爆発した。そういうことなのだろう。

 

「ふん、別に、お前の普段の行いがいいだけだよ。まぁ、感謝はありがたく受け取ってやろう」

 

 オレも、明乃の背中に腕を回して、お互いの胸が密着するくらいまで強く抱き締め合う。

 

 オレも明乃も、何も言わなかった。それが何秒、何十秒経ったかは数えてない。

 ただ、その間にオレはひとつだけ、言いたいことができた。

 明乃の背中に回した腕にちょっと力を入れて、胴体の位置をずらして調()()する。

 

「……なぁ、明乃」

 

「……なんだ」

 

 こいつは今のところ気付いた様子はない。まだまだその体に慣れていない証拠だ。

 ……うん、この辺か。ベストポジションだな。ふひひ、役得役得。

 

「──お前、結構胸でけぇじゃねぇかよ」

 

「っ──! この変態レズ野郎がァ!!」

 

 

 まあ、あんな風に抱きついたらお互いの胸がスッゴい当たるのは当然だよね! 仕方ないよね! 

 

 ……その後だって? シバかれたよ。まあ、照れる顔も素晴らしかったと言っておこう。

 

 

 





 ギャグ調にするつもりだったのに、いつの間にかシリアスに……。お前のプロット管理、ガバガバじゃねぇかよ! 

 というわけで、そら(普通の青少年があさおんしたら)そうよ(どんだけ取り繕っても精神的負担が凄いよね)という話でした。
 親友のピンチに全力で好感度稼いで一気に落とすムーブ。果たして攻めはどちらになるのか。

 次回も……ナオキです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

青春のゼロページ(TSしたてという意味で)


お待たせ、第3話しかなかったけどいいか……

……ファッ!?(評価+日刊ランキングを見ながら)

いつの間にか物凄いことになっていて嬉しさ半分プレッシャー半分で胃が痛い作者です。
皆さん。改めて感想、評価、お気に入りなどありがとうございます。誤字報告なんかも頂きまして、この変態的な小説をちゃんと読んでくれてるんだなと思えて喜ばしい限りです。

そして、ここで皆さんにお詫びを。
第1話にて、明乃があさおんした日を深く考えずに『土曜日』と設定していましたが、そこを日曜日に変更しようと思います。
このペースで書くとグダることが予想できましたし、何より、早いこと明乃くんちゃんを学校に行かせたかったので……お兄さん許して。

それでは、少し前書き長くなりましたが、どうぞ。



 

「…………」

 

「…………」

 

 明乃も、オレも、どちら共々言葉を発さない。それはまさしく、静寂が響くとでも言うべき、長い長い沈黙。

 お互いの胸がものっそい当たってた件についてではない。

 そっちの話はとりあえず、明乃の精神が著しく弱っていたとはいえ、突然抱き着くという奇行をしたこと。そして、オレがあのタイミングであまりにも空気を読まない言動をしたこととで、2:8で責任があるということで決着がついた。

 オレが八割方悪いことになったのはいまいち納得しかねるが、じゃあ明乃が悪いのかといえばそんなこともない気がするので、仕方なく認めてやることにした。

 

「…………」

 

「…………」

 

 まあそれはさておき、だ。

 現在重要なのは、何故今この瞬間、この上なく気まずい空気が流れているのかということだ。

 

「────」

 

 明乃は、面白いくらいに呆然とした顔をして、口をあんぐりと開けていた。その視線の先は──自身の部屋にあるクローゼットの中。

 

「……ふっ」

 

 一方オレはというと、何のことは無い、明乃と一緒にクローゼットの中を覗いているだけだ。

 何故なのかって? 単純にこの状況が面白くって『このままながめてるのもいいか』状態なだけである。さっきの反省? してねぇよ。

 

「なあ、碧葉」

 

「くく、なんだね?」

 

「……()()、どう思うよ」

 

 これまでにない、死にそうな掠れた声でオレにそう聞いてくる。というか、あさおんした時以上に深刻そうな声なのは気のせいだろうか。

 明乃がコレといって目線で示したのは、さっきまで呆然と見ていたクローゼット。その中には、当然ながらいくつかの服がハンガーに掛かっている。

 明乃が元からよく着ていた、黒を基調とした普段着だったり。ちょっとキッチリした襟付きのシャツだったり。

 

 だがしかし、そんな一見普通のクローゼットの中でも最も存在感を放っていたのが──ウチの学校の女子用の制服である。

 

 女 子 用 の 制 服 で あ る。

 

「どうって……変態だな!」

 

「だよな。俺っていつのまに女子生徒の制服持ってたんだな。というか俺の制服はどこ行ったし」

 

 冗談交じりにサムズアップして答えてやったら、ツッコまれなかったでござる。ははーん、さてはめっちゃ混乱してるな? 

 だが甘いぜ、明乃よ。オレの目は更なる問題のブツを見つけてしまった。

 オレはクローゼットの隅に置かれた半透明の収納ボックスに目を向ける。うっすらと中に何が入っているのか分かるようなものだ。

 

「おう、見ろよこの収納ボックス。中に入ってるの下着じゃね?」

 

「あ、ああ、そこには俺の下着が……というか男の下着をあんまり見るんじゃ──」

 

「いんや、どう見ても女物だわコレ。しかも上下あるぞ」

 

「────」

 

 明乃は死んだ目で天井を見上げた。その姿は誰がどう見ても悲しみを背負っているとしか言いようのない絶望を表現していた。

 流石のオレでもちょっと哀れに思えてくる。いつの間にか自分の制服と下着が異性のものとすり替えられていたら、そら死にそうになるわ。

 

「いやー! まさかお前がもう女物の下着を持ってたとはなー! こりゃあオレがわざわざ買ってきた意味もなかったなー! なー!」

 

 あまりにもひどい有り様だったので、気を紛らわそうと慰めの言葉を掛けてやる。え、煽りじゃないかって? これが碧葉式の慰めである。

 

 そもそもの話、どうしてこうなったのかと言えば、遡ること数分前のことだ。

 お胸の件のあと、暫く経って落ち着いてきた明乃と、結構マジでシバかれて痛がってたオレ。

 そんな中、立ち直りつつあった明乃の方から、あさおんしてしまった現状、これからどうしようかと現実的な意見を求められたのである。

 まあ親友として、今後の生活はいろいろと補助してやろうと考えていたのだが、ここでひとつ思い出したことがあった。

 

 ──そういや、明乃の母さん、お前のこと女の子って言ってたぞ。

 

 ──は? 

 

 ──女の子なんだから、身体に気を付けて欲しいとかなんとか。

 

 ──は? 

 

 ──多分、今のお前、初めから女だったことになってるっぽいぞ。

 

 ──……は? 

 

 何でもないことのようにサラッと言ってやったのがいけなかったのか、明乃はオレの言葉にフリーズしていた。

 実際(まあ二次元の話だが)、あさおんというものにも幾つか種類があり、その中のひとつとして、『ある日突然、自分が初めから女の子だったことになっていた』というシチュが存在する。

 言い換えれば現実改変、とでも言うべきシチュだろうか。

 そういう場合は、得てしてあさおんした人物と特別親しい者だけはその変化を認識しているというお決まりのパターン。そして、もう一つのお決まりといえば──ある程度の女性用グッズが既に()()()()()()()()()()()点だろうか。

 

 といったことを、あさおん初心者たる明乃ちゃんに丁寧に説明してやったのだが。

 うん、絶対半分も分かっていなかったわ。アレは。

 まあそんなこんなで、さっさと確認した方が早いでしょと言いくるめ、部屋を調べてみることになった。

 しかし、軽く確認したところだと、明乃の部屋はやはり全く変わっていなかった。至って普通の男の部屋というのに変わりはない。

 それで、一番変化があるとするなら、ここだろうとアタリをつけて、クローゼットを調べることになったのだ。

 

 ──で、この有り様である。

 

「まあいいじゃねえか。別にお前が盗んだわけでもあるまいし、『初めからここにあった』ってだけだろ」

 

「……まさかお前の言った通りとはな。いや全然分からんが、実際ここにあるんだからもうあり得ないとか言ってられねぇ」

 

「お? ようやくあさおんを受け入れ始めたか?」

 

「…………もう、諦めたってのが近いな」

 

 気のせいか、いつの間にか随分と窶れた顔になったように見える。

 だがまあ、諦めるというのは懸命な判断だと思う。

『論理的にありえない』とか言って膝抱えて現実逃避されるよりは、とても前向きだ。

 だって、あさおんというそれ自体が非現実的なことなんだし。なってからアレやコレやと言っても、現状は変わらない。

 

「──まあそれに、よく考えてみれば……」

 

「ん? どったの明乃」

 

 明乃はふと、オレの方をちらりと見た。どうしたのかと首を傾げてみせれば、あいつは「いや、独り言だ」と言って誤魔化すように頭を振る。うーん……? 

 

「……ハッ! まさかお前、女の子になってしまった今、合法的にあんなことやそんなことができる事に気付いてしまったか……!」

 

「それはお前だろ。いや、元々女なだけに余計に質が悪いか……」

 

 このムッツリさんめ! って感じで身構えつつ距離を取る。まあそりゃあ、あさおんしたら、大体の男共はそう考えるだろうな。だってオレがそうだしな! 

 

「……まあ、冗談は置いといて。とりあえず、これから女の子として生きていくには多分問題ないだろ。この分じゃあ、生理用品とか諸々もあるだろうし」

 

「いや、オレ使い方とか分からんぞ……というか、そうか。そういうのも必要になってくるのか……」

 

「使い方教えてやろうか? 手取り足取り、じぃーっくりと教えてやるぞ? しかも今なら実践方式でなぁ?」

 

 ニヤリと目を細めてそう言ってやると、ちょっと変な想像をしてしまったのだろう。明乃はみるみる内に顔を赤くして慌てふためいた。やだ、かわいい。

 

「そ、それは流石に──っ! ネットとか見て調べるから要らねぇって!」

 

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

 

「というか、お前に教えて貰うとぜってーロクなことにならねぇ! さっきみたいなセクハラかますつもりだろお前!」

 

「てへっ? バレちゃった?」

 

「バレバレだろ! 少しは隠す努力をしろ! いや違う、隠したら隠したで人知れず被害が……!」

 

「お前オレのこと見境なしの変態だと勘違いしてないか……?」

 

 失敬な。オレだって見ず知らずの人間にセクハラなんざしないというのに。あくまで親友として、親切心から教えてやろうと思っていたのになー。まぁあわよくばとか狙ってるけど。顔が好みだから是非もないよネ! 

 

「とにかくだ! そういうのは全部自分でやる! 手伝わなくていい!」

 

「え、制服もか? 一人で着れるか? 明日学校だぞ? 練習する必要あるんじゃないか? 例えば今とか? んん?」

 

「い……要らないったら要らない!」

 

「下着とか、お前着れるか? ブラジャーとか結構大変かもしれないぞ?」

 

「お前に任せる方が余計に不安だわ!」

 

 うーん、悲しい。これは完全に信用されてないですわ。

 しかし、そこまで言うなら仕方がない。オレも無理矢理するほど強情でもないし。

 

「はぁ……んじゃあ、そういうことで。明日、お前の制服姿楽しみにしてるぞ?」

 

「そ、それを言うな! オレだって、好きで着るつもりなんてないからな!」

 

 まぁでも、この言い草だと、普通に学校に行くつもりなようだ。ちょっと安心した。

 このまま塞ぎこんで、家から出ようとしないとかなったらオレも多少は気分が悪くなるし。腐っても親友なのだから、そうやって前向きに考えてくれるのは嬉しいものだ。

 

「……分かってるって、安心しろよ。お前は別にそういう趣味の変態でもないだろ」

 

 ただ、そんなことを素直に言えるわけがない。

 だって、それはオレのキャラじゃないし。

 こいつはあさおんしてしまっても、結局これっぽっちも変わってない……むしろ結構平気なんじゃね、と分かって、ちょっと安心しているだなんて。

 言ったらあいつ、ますますオレのこと変な目で見るんじゃないかね。

 

「んじゃあ、そろそろ帰るよ。今日の夕食当番オレだし、長居し過ぎると買ってきた食材が傷む」

 

「……あ、ああそうか。もうそんなに時間経ってるのか」

 

 部屋の置き時計を確認する明乃をよそに、荷物を纏めて帰り支度をする。

 ふと窓を見れば、既に太陽は落ちかけて、綺麗なオレンジ色の夕日が射し込んでいた。

 

「そいじゃ、また明日な。明日から女子高校生になる明乃ちゃん?」

 

 荷物を抱え上げて、煽り文句を挨拶代わりにして明乃に背を向ける。そしてドアノブに手を掛け──

 

「碧葉」

 

 ──ようとした時。明乃の声が、オレを引き留めた。立ち止まって、何だよと振り返ったオレに、明乃は──笑った。

 

「その……結構、気持ち楽になった気がするよ。……改めて、ホントに、ありがとな」

 

「───」

 

 ……はは。そういやあいつ、さっきからずっと顔真っ赤だな。そんなんじゃ血圧上がって早死にするぞ? 

 

「……ふん。気にすんなって。そりゃなんたって──」

 

 ああ、それにしても、夕日が眩しい。この部屋の窓、西側だからかめっちゃ夕日が入ってくる。日の光が直に入ってきてるわ。

 

「──親友、だからな!」

 

 だから、オレの顔がちょっと熱いのは、夕日のせいに違いない。

 オレはいつだってテンション高めがデフォなのだ。真面目になる時は多少あれども、照れるなんてこと、そうそうあるはずもないのだから。

 

 

 

 ---

 

 

 

 ──翌朝。

 オレはいつものように起床し、朝の支度をしていた。

 月曜日という名の憂鬱デーに多少辟易しつつも、今日の授業に使う教科書やらノートやらを鞄に詰め込む。

 

 そこでふと、昨日のことを思い出した。

 明乃が、あさおんした。そんな事件(と呼ぶべきか微妙だけど)を。

 一瞬、あれは実は夢だったりするんじゃないかと思って、携帯を取り出してメッセージアプリを確認する。だが、そこには依然として、昨日のやりとりが残っていた。

 これは夢ではない。このメッセージのログは、あさおんが紛れもない現実なのだという証拠だった。

 

 まあ、昨日じゃんじゃん頼れってオレが言ったんだ。困っていることがあれば、多少は手伝ってやろうかな。

 でも、あいつは自分でやるって言ったし、もしかしたらオレの手助けはいらないかもしれない。ああいう時、あいつは意地張ろうとするタイプだろうし。

 

 そう思っていると、手に持った携帯が突然震えだした。見てみれば、丁度たった今、明乃からメッセージが届いたみたいだ。

 どうしたのだろうか。さっそくメッセージを確認する。

 果たしてその内容は──

 

 

『すまん。一人で学校行くのちょっとしんどい。一緒に行ってくれないか?』

 

 

「…………即落ち2コマかな?」

 

 使い方は間違っているかもしれないが、思わずそう呟いたオレは悪くない。……はずだ。

 

 

 

 






次回からようやく(TS明乃くんちゃんの)新しい学校生活が始まります。

いつになるかは……またもやナオキです。気長に待って頂けると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。